インフィニット・ストラトス 転生者はSTRIKE (バルバトスルプスレクス)
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プロローグ

ハーメルン一作目です。とりあえず、頑張ります。


 

 明日から新社会人となるはずだった一人の青年は、突然神に見放されたが如くトラックに撥ねられて死んだ。母の手を離れ、坂道を下るベビーカーの代わりに撥ねられて死んだ。

 たまたま通りかかって、ヒーローの様に赤ん坊を救ったのに、彼はあっけなく死んでしまった。それでも彼は後悔しなかった。小さな命を救えただけでも、彼にはとても満足だった。

 

 

 

 

 人間は死後、魂は肉体から解き放たれ、輪廻転生の理によってまた違う命、また違う人間として生を受ける。

 彼の魂は、何もない虚無空間にいた。ここに存在する魂は生前の記憶をリセットされるのだが、彼はどう言う訳か生前の記憶を保ったままだった。何故こうなのか、何故そうなのか、理解できずにいた。が、考えても仕方ないと思った。

 おとなしく新しい命になるのを待とうとしたその時、いつの間に現れたのか、白い生地の服に草の冠、白鳥の様な翼を背中に生やした女がいた。彼から見ればいい歳こいた天使のコスプレイヤーか何か、と冷めた目で見つめていた。

 

「おい貴様。 我をゲスな目で見るな」

 

 錦糸卵の様なチリ毛な金髪の毛先を指でいじりながら、彼を睨んでいた。概彼女の言う事は間違ってはいなかったが、そこまで言うかと彼は溜息を漏らし、目の前の女に何者かと尋ねた。

 

「我か? 我は…信じられんかもしれんが、貴様らが神と呼ぶ存在…言わば概念だな。 ところで貴様、何故自分自身がここに存在するのか分からんか?」

 

「そんな事、むしろこっちが知りたいところだ」

 

 彼は神に言い返すと、神はふんぞり返って淡々と語りだした。

 

「貴様は死ぬ直前、トラックにひかれる直前の赤ん坊の代わりに死んだ。 が、あそこで死ぬはずだったのは本来ならばあの赤子だったのだよ。 それを貴様は強引に変えた。 因果すら凌駕する……とまでは言わないが、貴様のせいでこちらは様々な事の修繕に忙しかったのだぞ?! 個人の自己満足で我ら神々に迷惑をかけるでない!! ここで貴様を記憶を保持した状態で留まらせたのも、この事で言いたい事があったからだ!!! それに何が満足だ。 齢20年ほどの青臭い奴が、悔しいと思わぬのか? 貴様の死は我によってではない、貴様自身の手で起きたのだ! …まぁ、これくらいだ。 言いたいことは全て言ったぞ」

 

 神から説教を受けるという奇妙な体験をした彼は、申し訳なさげに目の前の神を見つめていた。対する神は、これから彼の処遇について語りだした。

 現在の彼は生前の記憶を宿した状態。本来ならば既に生前の記憶を無くしているはずなのだが、今の彼はもう生前の記憶を無くすことはできない。細かい所を言うと長くて難解だと神が言うので、彼は詳しい事を聴くのをやめた。この状態で輪廻転生を行うと、転生者と言う神々の間ではイレギュラーな存在に生まれ変わると神は言う。

 

「まぁそんな所だ。 最後にこれだけは言っておく、転生後の世界は我でも知らんランダムで決まる。 長々と話し込んで済まない。 では、さらばだ」

 

 そこで、彼の意識は消えた。

 

 

 

 

 気が付くと彼は、見た事もない場所で何かの研究員に囲まれていた。それだけではない。今彼は、何かの液体に付け込まれていた。それをガラス越し、ケース越しの研究員たちが計器類をチェックし、何かを操作していた。かろうじて、研究員たちの声が彼の耳に届いていた。

 

『成功ですね、ユーレン教授』

 

『見た目はな。 だが中身が良くならねばならん』

 

『既に五年も経過しています。 ここで不備を出すわけにはいきませんからね』

 

 彼はこの時点で、転生してから五年が経過していたのに気が付いた。しかし、今の自分の状況はおかしい以外の何ものでもない。普通の五才児ならば幼稚園の年中組で、友達と遊びまわっていることが普通だ。なのに今の彼の状況は違う。これでは自分が人間ではない何かだ、と彼は思う。

 今の彼は、冷静すぎていた。何故だか分からないが、下手に暴れたら処分されると思ったからだ。

 

『最終チェック、入ります』

 

『第1パルス、正常』

 

『第2パルス、正常』

 

『第3パルス、正常』

 

『最終パルス、正常。 おめでとうございますユーレン教授、生体コードCの完成です』

 

 研究員たちが何を言っているのか、彼にはさっぱり見当がつかなかった。ユーレンと呼ばれた男がパネルを操作すると、彼は液体とケースから解放された。

 ユーレンは彼を抱きかかえると、父親のような表情で彼を見つめていた。

 

「五年もの間、外に出せなかった父さんを許してくれるか、カナード」

 

「カナー……ド?」

 

「あぁ。 お前の名だ」

 

 それが、この世界で新しく生を受けた自分の名前。

 

 

 

 

 あの日から更に五年の月日が経った。小学校四年生になったカナードは自分の通う小学校から自分の家である研究所…大和生物機械技術研究所に帰宅していた。父はユーレン・大和、母は大和静子の第一子として、カナードは新たな家族と共に今日まで過ごしていた。研究所に勤めている研究員達とも家族の様に接してきた。しかも彼は、転生の恩恵なのか技術者としての才能が開花され、小学校入学と同時にここの研究員になっていた。

 自宅でもあるこの研究所は、カナードが小学生になると同時に機械技術にも力を入れ始め、生体研究と機械技術研究の二種を掛け持つようになった。

 帰宅してすぐ、彼は自分の部屋に戻ると学校から出されていた宿題のプリントに、鉛筆を走らせていた。精神年齢既に三十路近い彼にとって小学四年生の問題など、造作もない。

 

「よし、こんなもんか」

 

 大して時間も掛からなかった事に気付いたカナードは見直しも行い、小さなミスを探していた。

 それが終わると、彼は部屋に備え付けられたテレビの電源を付けると、カナードの表情が強ばった。

 画面の中には空中で静止する白い鎧を纏った女性が、自分の身の丈ほどの剣を片手で持ち、2341発のミサイル群を切り落としていた。しかもそのミサイルは日本以外の国々から何ものかにハッキングを受け放たれたモノだと、テレビが告げていた。

 すると彼はテレビの電源を落とすと、私服の上から白衣を着て部屋を飛び出して、研究施設へと向かった。

 その道中で、彼は父親と合流する。

 

「父さん!!」

 

「カナード、お前も見たのか?」

 

「父さんには、あれが何に見える? 僕にはSF漫画のメカにしか見えないよ!!」

 

「私もだ。 だが詳しくはみんなが揃ってからだ!」

 

「はい!」

 

 そして、大和親子と研究所の主要メンバーが一堂に会していた。その会議室で、ユーレンは壇上に登る。

 

「皆も知っているだろうが、先程ここ日本に向け世界各国の軍事基地からミサイルが放たれた。 だがそれらは全て何ものかのハッキングを受けたからだ。 しかし、それを全て撃ち落としたのは……インフィニット・ストラトス、通称ISと言う代物だ」

 

 ここでカナードは、自分が『インフィニット・ストラトス』の世界に転生したのに気が付いた。と言う事は恐らくあの白い鎧は『白騎士』。転生してから今日までここが何の世界か気が付くのに、時間がかかりすぎていた。

 ほかの研究員たちはあれが何なのかは知らなかった。当たり前だ、彼らはその世界の住人なのだから。

 

「以前学会で、篠ノ之束と言う女性が提唱したモノだ。 質量保存を無視したかのような仕組みを持った…SF作品に出そうな代物だ。 当然学会でも彼女のそれに賛成する者はだれ一人いなかった」

 

「…じゃ、じゃあ先程のテレビに映っていたのは……」

 

「恐らくそれだ。 恐らく、これからの日本…いや、世界はこれから変わっていくのだろう」

 

 ――ISを中心に。ユーレンは最後にそう付け足していた。

 この時誰も、カナードが第二のISが扱える男性として世間から脚光を浴びるとは考えもしなかった。

 

 

続く

 




次回から本編です


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本編開始
一話 ストライク起動


今回から本編です
張り切りすぎたせいか、少々長めになってしまいました


 

 桜舞う四月、カナードは来月には16歳になる高校一年生になっていた。が、彼がいるのは普通の高校ではない。右を向けば女子、左も女子、前も後ろも女子、ななめも女子、でも少し離れた場所に男子が一人。その男子は目の前の教師から自己紹介をするように言われた。

 

「織斑一夏です……っとその…よろしくお願いします」

 

 たったそれだけの挨拶、そして女子の黄色い歓声。やはり原作通りか、とカナードは内心思う。その後の一夏と実姉である千冬とのやり取り、千冬の挨拶と彼女を慕うその他の女子生徒の黄色い歓声、やはりここも原作通り。しかし、自分はイレギュラー、介入することによって展開が大きく変わることがあるのかもしれない。そう懸念していると、千冬がカナードを指名する。

 間をすっ飛ばしてカナードに自己紹介をさせるのは、手本としてなのだろう。カナードは席から立ち、自己紹介を始めた。

 

「大和カナードです。 大和生物機械技術研究所の研究員でもあります。 ですが、自分の本業は学生ですので、座学や訓練等に励み、充実した学生生活を送ろうと思います。 三年間、よろしくお願いします」

 

 終わってコンマ一秒ほどで黄色い声。彼女らの言葉を全て受け流し、静かに席に着いた。

 

「どうだ分かったか、織斑。 これが自己紹介だ」

 

 言われて申し訳なさげに頭をうなだれる一夏に、カナードは少しばかり同情する。

 その後は簡単なレクリエーションだけで、一時限目は終わった。

 

 

 

 

 休み時間が始まってすぐ、カナードの席の周囲に女子生徒が集まりだすと、質問攻撃。視界の端で一夏とその幼馴染みである篠ノ之箒の二人が教室の外に出ていった。

 転生前からファース党だった彼は二人の仲を応援しつつも、冷静に質問攻撃一つ一つに対処していった。

 

「ねぇ大和君、いつから研究員やってるの?」

 

「小学校入学と同じだが?」

 

「お~、新手の冗談か何か?」

 

「いや、マジだ……つっても信じないか」

 

「じゃあさじゃあさ、好きな女の子のタイプは?」

 

「ん、しいて言えば……面倒見が良く、腹割って話せる相手だな。 これくらいだな」

 

「じゃあ最後に質問、どこでIS動かしたの?」

 

「さっき言った研究所だ。 研究用の打鉄の構造を理解して、こちらもISを開発して企業に売ろうとして……俺以外の研究員の男たちが触ってて…で、俺も触ったら今に至るって訳だ」

 

 言い終えると同時に、二時限目の授業が始まるベルが鳴った。それを耳にした女子生徒たちは颯爽と去っていった。余程千冬が怖いのか、それとも根が真面目な連中なのかとりあえずカナードは彼女らに感心する。

 

 

 

 

 二時限目の休み時間になると、織斑一夏がカナードの席に近づいてきた。同じISが扱える男同士、親睦を深めようとの事だろう。そう思ったカナードは出来るだけフレンドリーに接した。

 

「初めまして織斑君。 俺はカナードだ、名前で呼んでくれればいい」

 

「お、おう。 俺も一夏で良いぜ、カナード」

 

「しかし……どうやったら必読の文字が書いてある本を振るい電話帳と間違えるんだい? 違う意味で敬服する」

 

「ううっ。 ほじくり返すなよ……」

 

「いや、済まない。 同じ男のIS使い同士、互いに精進しよう」

 

 カナードの差し出した手を、一夏は握り返した。

 この時教室の一部では腐った女子の妄想があったようだが、カナードも一夏もそんな事知る由もなかった。と言うより、知る必要もなかった。

 ところで、と一夏がカナードに本当に研究員かどうかを尋ねた。カナード自身飽きるほど聞かれた質問なのだが、快く一夏に答える。

 

「リアルに研究員だ。 詳しい事はあまり話せないが、見学だったら俺が口添えしとくぜ?」

 

「それはありがたいな」

 

「日にちが決まったら伝えるよ」

 

 見学の件は一夏にだけ聞こえる様な小さい声で話した。見学者が多いと、他の研究員にも迷惑を掛けるのではないかと危惧しての事。小学校と中学校の友達を呼ばなかったのもこのためだ。が、一夏にそれを切り出したのは、彼が少なからず良識人であることをカナードが知っているからだ。

 そろそろ三限目が始まる。その時間もISの座学だ。

 

 

 

 

 放課後、カナードと一夏は教室に残っていた。座学が少し駄目な一夏にカナードが出来るだけ分かり易く解説していた。そこに、担任である千冬が二人に声をかけ、鍵を手渡していた。番号を見ると、一夏が1025号室、カナードはその隣の1026号室だった。

 何故いきなり寮なのか、何故部屋番号が違うのかを問う一夏に、千冬が答えた。

 

「いいか、お前らは国の保護プログラムによって、今日から寮生活だ。 部屋割りに関してはこちらの手違いだ、本来なら大和と同室だったのだがな」

 

「着替えとかはどうするんですか」と、カナードが千冬に問う。

 

「織斑の方は私が、大和の方は親御さんが持ってきた。 織斑は着替えと携帯電話の充電器だけでじゅうぶんだろうが、大和の方は色々と大変だな」

 

「ええ、まぁ……」

 

 千冬から鍵を受け取った一夏とカナードは寮の方へと向かった。

 その道中、カナードの携帯電話に着信が入った。相手は同じ研究所に居る同僚の一人だ。回線を開いて出ると、あるモノを持って来ているとのことで今から指定の場所に来いとの事。察しがついたカナードは一夏に一言言って、直ぐに指定の場所へと向かった。

 その場所とは主にISの製造設備などに使用する整備室。その一角で、カナードに気が付いた一人の白衣の男が手を振っていた。

 

「持って来てくれたんですか?」と、カナードは言った。

 

「まぁね。 それにしても入るのに手間取ったよ」

 

 白衣の男の名は窓木小次郎。カナードと同じ頃に研究員になった青年だ。

 

「ごめんなさい窓木さん。 お忙しい所を…」

 

「いやいや、そんなことないよ。 それにしても、これ……ISだよね? ユーレン教授が持って行けって言ってたけど…」

 

 小次郎が持って来たという二メートル強の幌が掛かった物体を指さしながら言った。

 

「そうですね、俺の……専用機と言っておきましょう」

 

 

 

 

 翌日、一夏とカナードが前の授業で出ていたことの簡単な復習をしていると、上品さを漂わせている女子生徒が二人に声をかけた。一夏は知らないだろうが、カナードは知っていた。女子生徒の名はセシリア・オルコット。前世で原作を知っていたカナードは出来るだけ穏やかに接しようとするが、先に一夏が答えてしまう。

 

「少しよろしくて?」

 

「ん?」

 

「まぁ、何ですのそのお返事は?」

 

 原作を知っていたカナードは最低でもこの事態を起こしたくなかった。が、やはり避ける事は出来ないのかと、カナードは頭を抱えたかった。

 

「申し訳ない。 一夏がとんだ失礼をした」

 

「あら、そちらは礼儀がなっておりますのね。 私の様な者に声をかけられた事を、光栄に思う事ですわね」

 

 やはり彼女は今の世相…女尊男卑を擬人化したような感じだとカナードは思う。

 

「私の名はセシリア・オルコット、イギリスの代表候補生にして学年首席でありますの」

 

 下手に刺激しないよう細心の注意を払おうとするカナードだが、一夏はそんなもの知らない。

 

「じゃあ、質問」

 

「下々の者の意見を聞くのも貴族の務め、何ですの?」

 

 次の一夏の爆弾発言を防ごうとするカナードだが、防ぐ事はかなわなかった。

 

「代表候補生て……何?」

 

 その瞬間、カナードは頭を抱え、周囲の女子たちは盛大にコケた。一夏からすれば疑問に思った事を素直に聞いているのかもしれないが、傍から見れば同じISを扱える人間なのにその知識がない人間にしか見えなかった。

 

「読んで字の如く、国家の代表の候補生…例えばそうだなぁ、オリンピック選手の候補と言ったら良いかな? で、ISの代表候補生になるには、かいつまんで話すと相当辛い努力が必要なんだ」

 

 カナードが代表候補生について分かり易く説明すると、気を取り直したセシリアが続いた。

 

「…とにかく、本来ならば私の様な選ばれたエリートと同じクラスになるだけでも幸運ですのよ? お分かりになって?」

 

「そうか、それはラッキーだ。 なぁ、カナード」

 

「一夏、それじゃ皮肉だ」

 

 そう小さく呟いたカナードの言葉は、一夏たちの耳には届かず、セシリアの堪忍袋は切れかかっていた。いつ噴火するか分からないセシリアと言う名の火山はあくまでも冷静にいようとしているものの、つい語尾が強くなってしまっていた。

 

「ば、馬鹿にしてますの?!」

 

「別に」

 

「一夏もうお前黙ってろ。 火に油注いでどうする」

 

 一夏の発言に業を煮やした彼女は憤慨しつつ、訳のわからない持論と理屈を並べ、女尊男卑の世界で自分達女性が優位に立っているとの事か、一夏とカナードを見下している彼女は終いに期待はずれと吐き捨てた。

 

「まぁでも、私は優秀ですからあなたの様な人間にも優しく接してあげますわ。 ISについて解らないのでしたら泣いて頼んでも宜しくてよ。 教えて差し上げますわ。 何せ私は、入試の際に共感を唯一倒す事が出来た、いわばエリート中のエリートですわ!!!」

 

 長いセリフをかまずに言えたセシリアを見て、一夏はまたも爆弾発言。

 

「それなら俺も倒したぞ」

 

「…えっ?」

 

「申し訳ないけど……、俺も」

 

「カナードもそうだったんだな」

 

「わ、私だけだと聞きましたわ!? あ、貴方方も教官を倒したと言いますの?!!」

 

 その時、授業開始の鐘が鳴った。カナードにとって救いになったが、セシリアにとってはタイミングが悪い事態。結局セシリアの聞きたかった事実は聞けずじまいになってしまい、仕方なく席に戻った。

 千冬と真耶が教室に入り、通常通り授業に入ると思ったが、何かを千冬が思い出した。それがクラス代表についての事とこれから起きる事をカナードは知っていた。

 

「そうだ、諸君の中からクラス代表を決めようと思う。 まぁ言ってみれば、学級委員みたいな役職だ。 決まれば一年間変更は出来ないから覚悟をしろ。 自薦他薦は問わないが、他薦されたものは拒否は出来ない」

 

「織斑君を推薦しまーす!」

 

「私は大和君を推薦します!」

 

 集中する一夏とカナードを推薦する声。彼女たちには彼らが珍しいからなのか、それともその器があると思っての事なのか、推薦されているカナードからしてみれば、恐らく前者なのだろうと苦笑いしていると、セシリアが抗議に出た。

 

「お待ちください!」

 

「何だオルコット?」

 

「私は納得がいきませんわ! その様な選出は認められません! 大体男がクラス代表などいい恥さらしですわ! 私に、このセシリア・オルコットにその様な屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか?!! 実力から言えば、私がクラス代表になるのは当然で必然! それを珍しいからと言ってそのような理由で極東の(モンキー)にされては困ります!! 私はこのような島国にわざわざISの修練に来ているのであって、サーカスする気など毛頭ございませんわ!! いいですか、クラス代表とは実力トップがなるべきであってそれこそ私が適任ですわ!!! 大体文化も後進的で古臭いこの島国で暮さなければならない事自体私にとって耐えがたい苦痛で……!!」

 

「いい加減にしろ!」

 

 一夏よりも先にカナードが激怒。言葉一つ一つに怒りを込めながら、カナードはセシリアに対して強くいった。

 

「大体なんだ? 男がクラス代表が恥さらしだぁ? そんな決定権が貴様にあると思っているのか! それが嫌なら自分から自薦しろ!! それとも何か? エリート様は他薦されなきゃ出来ない軟弱者ですかそうですか。 それに極東の猿? 人種差別も甚だしいね、アンタ忘れてないか? ISの開発者と俺らの担任の先生、この二人はお前が言う猿なのかい? まったく、イギリスは紳士淑女の国だと聞いてはいたが、アンタは自国の顔に泥を塗っていることに気が付かないのか?! それでよくまぁ代表候補に選ばれたよ、尊敬するよ、中身がもっと上品だったらね。 そう言うんだったらイギリスにも大した伝統がおありなんでしょうね、シャーロック・ホームズにウィンブルドンにサッカーと。 でもね、世界一マズイ飯何年覇者だよ逆に尊敬するよ!!!」

 

「あ、貴方私の国を…」

 

「シャラップ!! 先にお前は俺たち日本を侮辱した。 それで御相子だと何故気付かん! 自分の意見を押し強めるのがイギリス人なのか?! 代表候補なのか?!! それがお前と言う人間なのか?!!!」

 

「ぐぬぬ……ならば、決闘ですわ!! それでクラス代表を決めませんか?!」

 

「上等だよ。 ねぇ、一夏君」

 

「なぜ俺に振るんだ? でもま、四の五の言ってるよりかはその方が手っ取り早い。 ハンデはどれぐらい付ける?」

 

「あら? もう負けを見越してますの?」

 

「いや、一夏が言ってるのは、ハンデを負うのは『アンタが』じゃなくて、『俺たちが』ってこと」

 

 カナードが言ったその時、殆どの女子が笑い声をあげ、代表して一人が笑いながら言った。

 

「あのね大和君織斑君、男性が女性より強かったのって何年も前の話だよ……ぷふぅっ!」

 

 最後には噴き出していたが、対するカナードはニヤッと口角を吊り上げながら、冷静に言った。

 

「そんな方式、誰が決めた? 同じ土俵に立った者の間には絶対なんてない。 そんな方式、捻じ曲げてやるよ」

 

 言い終えると、千冬が強引に締めくくり、決闘は一週間後でそれまでカナード、一夏、セシリアの三人に当日万全の状態に挑むように言い渡した。

 

 

 

 

 それから数時間後の食堂。一夏は箒とカナードを昼食に誘っていた。簡単な作戦会議と見たカナードは、注文した醤油ラーメンを啜りながら提案する。

 

「確か、一夏と箒って剣道やってたんだって? だったら当日までさ、二人で剣道の練習したらいいんじゃないかな?」

 

「なっ、何を唐突に…!」

 

 箒が戸惑いながらそう言い、更にカナードは続ける。

 

「前に新聞かニュースで見たんだけど、箒が剣道の大会で優勝したのは事実だろ? ISを動かす基礎運動になるし、何よりISの性能が良くても動かす本人がひょろひょろモヤシだったら形無しだろうね」

 

「そうは言うけどさ、カナードはどうなんだ?」

 

 アジフライをかじりながら一夏が言った。当のカナードは飄々とした表情で更に続けた。

 

「そだね、俺は仮にも研究者だけど運動不足にならない程度に体は動かしていたし、たまに軽いスポーツをしていたよ。 趣味程度だけどね」

 

 そうカナードは言うが、一夏と箒はいまだにカナードが研究者だという事を信じていないようである。彼らの様子に苦笑いしつつも、ラーメンのスープを飲み干して食器を片づけながら二人に言った。

 

「そうだ、放課後君たちに見て貰いたいものがあるんだ今から言う場所に、放課後来てくれるかい?」

 

 その場所の名前を言うと、カナードは去り際一夏の耳元で小さくささやいた。

 

「君と箒が結ばれることを願うよ。 決めるのは君自身だけどね」

 

 そういうと、カナードは振り返らずに食堂を後にした。悪ふざけが過ぎたか、と反省しつつ時間を確認しつつ自室へと向かった。

 部屋に戻ると、カナードは真っ先にデスクの椅子に座ると、投影パネルのディスプレイを起動し付属のキーボードのキーを叩いて行く。これも生まれ持った才能なのか、キーを叩く指の速さは並外れた速さである。転生の恩恵が複数あるとは贅沢だなと思うカナードだが、今は目の前の作業に集中したかった。

 

「パワーフロー、コアネットワークシステム、火器管制システム、良好。 拡張領域(パス・スロット)内ストライカーパック展開可能、コリオリ偏差修正、ニューラルリンケージネットワーク再構築……よし、出来た」

 

 ディスプレイにはあるISの基本設計が映し出されており、先程カナードが入力したのはその最終調整で、あとは本体の最終調整を行い、このデータを機体にインストールするだけで完成する。

 クラス代表決定戦までには間に合いそうだ。そういいざるを得ない程だった。

 時刻を確認する。授業開始十分前だとわかると、カナードは作業の手を止めて教室へと戻った。

 

 

 

 

「織斑の機体だが、訓練機の申請が降りない為、こちらで専用機を用意する事となった」

 

 四時限目開始とともに、千冬がそう言った。が、当の一夏は何の事やらと言わんばかりの表情をしているところ、カナードが補足説明する。

 

「一年になりたてのこの時期に訓練機を回す予定が無いから、学園側で一夏に専用機が用意されるって事」

 

「って事は、それスゲェ事じゃないか……、って待てよ? カナードはどうするんだ?」

 

「大和の機体だが、自宅である研究所で開発したISを使用する事となっている。 そうだな?」

 

「ええ、後は細かな調整で終わります」

 

 周囲から彼ら二人を羨ましいとの声が聞こえていたが、カナードはそんな声など聞き流していた。ふと、セシリアの方を見ると、悔しいと言わんばかりの表情をしていたのがカナードの視界に入っていた。

 

 

 

 

 放課後、カナードに言われた場所である整備室に訪れていた一夏と箒はそこで幌に覆われた二メートル強の物体を目にしていた。これがISだという事は直ぐに分かった。

 

「先に来ていたのか」

 

 彼らの後ろでカナードが学園の制服の上に白衣を着た姿をしており、手にはタブレット端末が抱えられていた。

 一夏と箒の脇を通り、勢いよく幌を取り除いてカナードはそこに鎮座していたISとタブレット端末をコードで繋いだ。

 

「これで俺が研究者っての、理解できた?」

 

「す、すまんカナード」

 

「私も一夏も、正直半信半疑だ。 もしかして小学校入学と同時に研究者になったのも……」

 

「そのとぉおーり! おかげで自分専用機を製作するまでに至れたよ」

 

「け、けどコアは? 確かあれは世界に400個以上あるんだろ?」

 

「そ、量産の打鉄とラファールを含め、467個のコア。 その内の一つが運よく手に入ってね。 入学準備期間に開発し始めたんだけど、後は今のこの状況だよ」

 

 一夏の言葉にカナードは笑顔で答える。

 

「今日二人に来てもらったのは、最終調整を手伝ってもらいたいからなんだ。 難しい事じゃない、展開時のオプション装備を二人に決めてもらいたいんだ」

 

 コードがつながっている状態のタブレットを、カナードは言いながら一夏と箒に手渡した。そこに映っている物は、身の丈ほどの大きさの大剣装備の近距離型、ライフルとシールドと大型スラスターの三セットの中距離型、大口径レーザー砲とミサイルランチャーを装備した遠距離型。それら三つだった。

 先に提案してきたのは一夏だ。彼は接近戦装備で良いだろうと言うが、それを箒が否定する。

 

「いいか一夏。 私たちはオルコットの機体がどのような装備かを知らないんだ、うかつに接近戦装備にして相手が射撃特化だとしたら、それはいい的だ」

 

「あ、確かに。 俺たち三人オルコットの機体がどんなのか知らなかった…」

 

 その三人の内のカナードは前世でセシリアの機体を粗方知ってはいたが、敢えて知らないふりをした。下手に言うと何かが壊れる気がしたからだ。

 最終的には箒が提案した中距離戦装備に決定した。

 

「今日はありがとな、一夏に箒」

 

「いや、俺もずぶの素人だからさ、少し学べた気がするよ」

 

「そうだな。 まだ時間もある。 一夏、修練場に行くぞ、今から稽古つけてやる」

 

 整備室を去る二人の背中に手を振って送り出すと、カナードは誰もいないはずの整備室に響き渡るような声で喋りだした。

 

「隠れてないで出てきな。 話をしよう」

 

 反響が無くなると、機材の陰から蒼い髪をして眼鏡をかけていた女子生徒が姿を現した。

 

「急に声をかけて申し訳ない。 俺は一組の大和カナードだ」

 

「……簪」

 

 女子生徒は自分の名を名乗ると、再び隠れようとするが、カナードが再び声をかける。

 

「噂は聞いているよ。 でもね、これだけは言っておく。 自分と言う人間は他人にはなれない、自分は自分であって他の誰でもない。 相手が姉だろうと何だろうと……ね?」

 

 言い終えると、簪は機材の陰に再び隠れていた。

 カナードの前世の記憶が正しければ、彼女の正体は更識簪。生徒会長である姉がコンプレックスであること。そして、自身の専用機打鉄弐式の開発が現時点で手詰まっていること。いま整備室(こ こ)に彼女がいる理由を知っているカナードは、それ以上何も言わず、整備室を去った。

 

 

 

 

 決戦と言う日には太陽と青空が良く似合う。とカナードは待機状態の専用機である左腕に巻いたリストバンドをなでながら思う。一夏の専用機が先程届いたのだが、一番手はカナードに決まった。今彼がいるのは代表決定戦の為に使用しているアリーナのピットである。

 

「来い、ストライク!」

 

 主の声に応えるかのように、左腕のリストバンドを中心に眩い光。それが止むと、カナードに純白の装甲、レーザーライフル、大型のシールド、そして大型スラスターのエールストライカーが装備された。

 これがカナードの専用機、ストライクである。装着が完了すると、両足をカタパルトに固定。前傾姿勢を取った。

 

『発射タイミングを、大和君に譲渡します』

 

 ピットの管制室から通信が入った。あとは自分の好きなタイミングで射出される。

 

「大和カナード、ストライク行きます!」

 

 ブザーが鳴ると同時に、カナードは大空へと飛翔すると、装備していたスラスターの折りたたまれたウィングが展開された。

 カナードの目の前では、対戦相手である第三世代ISブルー・ティアーズを纏ったセシリアが腕組みの体勢から、メインウェポンであるスターライトMarkⅢを展開する。

 

「今までの非礼を詫び、私の奴隷となるのであらば、ここはおとなしく引いて差し上げますわ」

 

「それがあんたのハンデかい? 冗談はその態度だけにしなよ」

 

 言い切ると、ストライクのハイパーセンサーが反応する。相手のセーフティーが解除された事を示している。銃口がこちらに向かれる前に、カナードは上昇しレーザーライフルの引き金を引いた。撃ちだしたレーザーはブルー・ティアーズのショルダーアーマーを焼いた。

 そこからカナードは止まることなく引き金を引き続けるが、業を煮やしたセシリアが四基の機体と同名の浮遊()移動()砲台()、ブルー・ティアーズを展開する。

 

「踊りなさい! 私とブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワ ル ツ)を!!」

 

「そんなのやだね!」

 

 レーザーライフルの残量は一割程度、最後まで撃ち切る訳でもなく、それをビットに向けて投げ飛ばしヘッドギアから小型小銃でレーザーライフルを爆発させた。これで浮遊しているビットは残り三つ。これからどう料理してやろうかと、シールドで防ぎつつ思案していた。

 カナードが背面から白い円筒の物体を取り出すと、円筒の物体からビームサーベルが出現。右手でそれを振るい、ビットをテンポよく落としていく。浮遊物体が全て落とし切ると、今度は両手に一本ずつビームサーベルを持った。

 

「さて、分身たちは消えたぜ? Lady?」

 

「お生憎さま、ブルー・ティアーズは四基だけではありませんのよ?」

 

「腰部左右のそれが五基目と六基目だろ? 撃ってみろよ」

 

 言い終えると同時にカナードはセシリアに突貫。間髪入れずにセシリアがミサイルビットの火を吹かそうとするが、直前にカナードが持っていたビームサーベル二本でミサイルビットの砲塔を刺し貫いた。

 

「く、インターセプ…あぁっ!」

 

 接近武器を呼び出そうとするセシリアを蹴り放したカナードはエールストライカーとシールドをパージする。替えの武装を拡張領域から呼び出した。遠距離戦闘武装を呼び出すと、右肩にはバルカン砲とミサイルポットが併合したユニット、そして背面には大口径荷電粒子砲『アグニ』がマウントされたランチャーストライカーが装備された。

 左わきに荷電粒子砲(ア グ ニ)の砲身を構え、慎重に照準を合わせる。

 引き金を引くと極太の荷電粒子の筋が真っ直ぐにセシリアを包もうとしたが、彼女はスターライトMarkⅢを破壊されただけで、間一髪避けた。

 

「(あちゃー、やっぱシールドエネルギー減っちゃってるし……早めにきりかえるか)ランチャーパージ、ソードストライカー!」

 

 カナードは掛け声と共にユニットとストライカーをパージし、近接戦闘装備を選択。左肩にはビームブーメラン、同肘にはアンカーワイヤー、そして背面のストライカーは大剣『シュベルトゲベール』が供えられたソードストライカーが装備され、カナードは両手で大剣を握りしめて構える。カナードの知る限り、彼女…セシリアの武装はあのインターセプターただ一つ。

 (セ シ)(リ ア)もインターセプターを構えながら、カナードに問いかけてくる。

 

「私をここまで一方的に追い詰めるなんて、貴方本当に素人ですの?」

 

「触れたのは中三の時、人生初装着もその時。 で、実際に動かしたのは昨日一昨日くらい。 後は自分の機体特性を十分に理解したくらいかな」

 

「なら! そんな素人のあなたに、何故私が!」

 

「アンタの敗因は三つ。 一つは俺と一夏を男だからと言うだけで見下したこと、二つは戦う相手に対し軽率な態度を取ったこと、そして三つはアンタが傲慢だと言う事だ! いい機会だから言ってやる。 今まで自分が見てきたことが、物が、人が世界の総てじゃない!! もっと広い視野で総てを知るんだ! 世界の総てをっ!!」

 

 距離を詰める二人。セシリアはインターセプターの切っ先を向け、カナードはシュベルトゲベールを腰だめに構える。

 インターセプターの切っ先はカナードのヘッドギアに亀裂を入れたが、この時すでにセシリアの胴にはカナードがフルスイングしたシュベルトゲベールの刃が直撃していた。

 

『試合終了。 勝者、大和カナード』

 

 試合終了のアナウンスが勝者の名を告げた。既にセシリアのシールドエネルギーは空も同然。飛行もままならない彼女をカナードはソードストライカーからエールストライカーに変え、ゆっくりと地表へと降りていく。

 湧き上がる歓声をバックに、カナードはセシリアに右手を差し出し、握手を求めた。

 

「一週間前と先程は頭に血が上りすぎた。 申し訳ない」

 

「いえ、大和さん。 謝らなければいけないのは私もです。 男と言うものを、日本と言う国を理解していなかった私にも非はあります。 本当にごめんなさい、そして私の目を覚まさせていただきありがとうございます」

 

 二人が握手を交わすと同時に歓声はさらに大きくなった。

 次のセシリア対一夏戦まで一時間の猶予があった。それまでセシリアは自機の修復に向かい、カナードは一夏の下へと向かった。

 ピットに降り立つと纏っているストライクを待機状態のリストバンドにして、カナードは観客席へと向かう。その前に整備室へと向かう。目的はそこにいるだろう人物に会うためだ。

 到着すると、やはりいた。機体を前にタブレットとにらめっこしているところ、どうやらプログラムの面で手間取っているようだった。出来るだけ気配を消して、彼女…更識簪に近づきタブレットを覗き込んだ。

 

「あ、そこの計算間違ってるよ」

 

「…あ、ありが……え…?」

 

「それと、こことここの数値だけど…凄いな、俺じゃとても割り出せないどうやったのこれ?」

 

「…っと、ここを基礎として……それでこことこことを……で、割り出したんだけど…」

 

「じゃあここをこうすると…どう?」

 

「……すんなり行けた。 と言うか何で…?」

 

「何でって……気に障ったかしら?」

 

 某猫型ロボット風に答えるカナードは首を傾げながら言った。

 

「…別に……」

 

「所で聞いたよ。 倉持技研の技術者が君のでなく、一夏の機体の方へ集中しているらしいね。 同じ技術者として恥ずかしいもんだ」

 

 カナードのその発言に簪はどこで聞いたかを問い質すが、風の噂と返すばかり。本当は前世で読んだ原作で得た知識なのだが、下手に言うと逝っちゃってる奴に見られてしまうと危惧し口をつぐんだ。そこを敢えてぼかして答えるカナードは、簪の持っていたタブレットに自分のリストバンドをコードで直結。ランチャーストライカーのデータを明け渡す。

 本来ならばここは一夏が楯無生徒会長から言われてやるのだが、どう言う訳か自分でもわからずカナードは簪に対し純粋に手伝いたいと言う感情があった。

 

「理由としてはいくつかあるけど、俺こう見えて大和生物機械技術研究所で科学者やってる身だからさ、さっきも言ったとおり、倉持の連中が何も殆ど一夏の機体の方へ回された事が気に入らないし、何より少しでも話が合う友達が欲しかったんだよね」

 

「友……だ、ち…?」

 

「そ。 深い理由なんてないさ。 これから時々手伝ってもいいかな?」

 

 カナードの差し出された手をしばらく見ていた簪だったが、おずおずと握り返した。

 

「あ、そうだ。 簪はさ、『仮面ライダークウガ』って知ってる?!」

 

「…知ってる…と言うか、大好き」

 

「俺も! 俺の初めてのヒーローなんだ、クウガは」

 

「でも今見返すと…少し残酷」

 

「だが、そこが良い!」

 

 そこから十分ほど特撮やアニメについての話に花を咲かせていたが、一夏の試合が開始されて二十分が経っていた。特撮やアニメが前世から好きだったカナードは、同じ特撮とアニメ好きの簪と波長が合う事がとても清々しかった。

 簪の居る整備室を後にしたカナードはアリーナへと向かった。そろそろ一夏の白式が一次(ファ ー ス ト)移行(シ フ ト)する頃。何としても生で見てその目に焼き付きたいカナードは、あくまでも早歩きで目的の場所へと向かう。

 到着したアリーナには一組の生徒も観戦しており、揃って一夏対セシリアの試合を観戦していた。

 どこか空いている席は無いものかと、ウロウロと通路を歩いて行くとブカブカな長い袖をカナードに向けブンブンと振る女子生徒がいた。いつも眠たそうな表情をした布仏本音だ。

 

「かなかな~、こっちこっち~!」

 

 振ってない方の手で隣の空いた席を叩いていた。カナードがその席に座っていいか、と指さしてジェスチャーすると、本音は首を縦に振った。

 

「一夏どうなった?」

 

「ん~、おりむー苦戦中? でもぐいぐいいってる~」

 

「成程」

 

 空中では、なんとかビットに取りつこうとブレードを握りしめながらセシリアの射撃を避け続けている一夏の姿が見えた。投影ディスプレイの時計を見ると、試合開始からまだ十五分ほどしかたっていない事が分かる。あと十三分で一次(ファ ー ス ト)移行(シ フ ト)。カナードはその時間を心待ちにしていた。

 本音以外の女子生徒の表情を見る限り、全員一夏の敗北で終わると言わんばかりの表情で心なしか状況によってはセシリアを応援するのではないかと、カナードはそんな風に感じ取った。

 

 

 

 

「…試合開始からおよそ28分。 そろそろか?」

 

 誰に言う訳でもなくカナードは呟いた。シールドエネルギーはまだセシリアの方が上回っていた。と言うよりもそれほど減ってもなかった。しかし、ビットを操っている分セシリアも集中力を費やしている。ある意味五分と五分。

 先に動いたのは一夏だ。一つ、また一つとビットを切り落としていく。どうやら彼もビットを攻略したようだ。三つ、四つと切り捨てていく中、一夏の左手がせわしなく動いていた。一夏特有の調子に乗ってますサインで、大抵これが出るとつまらないミスが起きると言う。それが今起きていた。

 射撃特化の機体には少なからず近接武器等が備え付けられる場合もあり、現にセシリアのブルー・ティアーズには近接武器インターセプターと、両腰部には実弾を撃ちだす五基目六基目のブルー・ティアーズビットがある。零距離ともなればそれら二つの餌食。そして今、接近していた一夏にブルー・ティアーズビットの実弾が直撃した。

 

「あちゃ~、おりむーヤラレチャッタぁ~?」

 

 煙が発生する。セシリアは少し距離を開け、無言でそれを眺めていた。原作ではここでもまだ傲慢な態度が垣間見えていたが、カナード戦の折に態度を改めたのか礼節を弁えている様に見えた。良いように変わってよかったとカナードが感心すると同時に、煙を切り裂くように一夏が姿を現した。

 各部装甲がスライドしたその姿は先程と打って変わって、翼を広げた騎士の様に見えた。

 

「さて、剣道の成果、見せてもらおうかな」

 

 しかし、原作の通り物語が進むのか白式の単一(ワ ン オ フ)仕様(ア ビ リ ティ ー)零落(れ い ら く)白夜(びゃ く や)による激しい燃費によってシールドエネルギーが底を着いてしまいセシリアに軍配が上がった。

 

 

 

 

 試合終了後、カナードは管制室のドアの前で千冬と会話していた。

 

「何、クラス代表を辞退したいだと?」

 

「突然の申し出で申し訳ありませんが、その通りです。 私の生家を御存じですよね」

 

「大和生物機械技術研究所だったな、確か」

 

「はい、私自身もそこで研究者の身分です。 学生と研究者を両立して忙しい身なので、私自身辞退し、織斑君を推薦します」

 

 言い切って深々と千冬に礼をするカナード。それを見た千冬は少し考え、承諾した。

 再度千冬に頭を下げたカナードは、再び整備室へと向かった。

 

 

 

 

「と言う訳で、クラス代表は織斑君に決定しました! あ、一繋がりで、縁起がいいですね」

 

 はっきりと、はつらつにそう宣言したのは山田真耶だった。カナードはセシリアと共に辞退理由を述べる。どちらも名目上一夏の成長を促し見届けるというものだ。本当はどちらも明確な辞退理由があるのだが、それを語るにしても伝えるかどうか迷った上でそう言うしかなかった。

 が、クラス代表に決まった当の一夏はと言うと、未だに納得がいかない様子で席に座っていた。

 カナードはこれから先に起きるであろうイベントを待ち焦がれつつ、今日も授業を受けるのであった。

 

 

続く

 




次回には鈴音を出せるよう頑張ります


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二話 セカンド、来日

 

「織斑君、クラス代表就任おめでとーー!!」

 

 一夏がクラス代表に就任したその日の夕方、食堂は一組が事実上の貸し切り状態で、遅れて来た主役の一夏とおまけのカナードを出迎えていた。

 就任パーティーと銘打ってはあるが、テーブルの上の皿には菓子が殆ど。その他はチェーン店舗のフライドチキン、サラダ、そして菓子パン程度。出されている食べ物を見る限り、さすが学生らしい出来だとカナードは二度三度頷きながら空いた席に座った。

 少しすると、二年生らしき女子生徒が首から高価そうなカメラを提げてボイスレコーダーを片手に登場してきた。新聞部所属二年の黛薫子と名乗った彼女は、いの一番に一夏にインタビューを開始し、次にセシリアにインタビューをするもものの数秒で終わりすぐさまカナードの番。

 

「じゃあ最後。 自作のISで代表候補生を追い詰めたISを扱える第二の男、大和カナード君のインタビューを開始します」

 

「よろしくお願いします」

 

 マイク代わりのボイスレコーダーを片手に、カナードのインタビューを開始する薫子は持参してきた鞄から数枚の紙を取り出すと、それに書かれている質問を飛ばす。

 

「大和君へのインタビューはね、事前に一組以外の女子からアンケート取ってそこから幾つか質問するけど良いかな?」

 

「構いませんよ、答えられる範囲なら」

 

「じゃあ一つ目、『研究者と言うのは事実ですか』って事なんだけど?」

 

「そうですね、事実です。 小学校入学と同時に研究員になりました」

 

「成程。 二つ目、『研究者と言うならば、今何の研究を進めているのですか?』ってのも」

 

「残念ながらそれは言えません。 漏洩でもしたら色々と面倒なことが起こりそうなのでノーコメントで」

 

「三つ目、『研究所にはウホって言えるほどのイイ男は居ますか?』」

 

「ウホって言えるかどうかは分かりませんが、イイ男とは二十人ほどで殆ど未婚の人がいますね。 事実私の両親以外の研究員は全員未婚で独身です」

 

「最後、『今この学園内で異性として見れて、且つ恋人にしたい人はいますか?』っていうどストレートな質問は?」

 

「まだ入学して数日程度なので、まだそういう人は見つけてません」

 

「ん、ありがとうね。 他にも質問あるんだけど、載せられない位のやつが多いのよね」

 

 恐らく性癖とか下ネタとかそういうものだろう。容易に予想できたカナードは冷や汗を流しながら苦笑い。そして一夏、セシリアとカナードのスリーショット写真を撮ろうとの事で、薫子がカメラを構え、シャッターを押すと、ワッとその他の女子も映り込む始末。ちゃっかり箒も一夏の隣に立っていた。

 食堂が閉まる少し前にカナードは、整備室へと足早に向かう。打鉄弐式の進捗状況が気になったからだ。クラスの皆には自機のメンテナンスとだけ言った。あながち間違ってはいない。

 打鉄弐式のコンセプトは射撃特化機体。セシリアのブルー・ティアーズよりもコンセプトとしてはカナードのランチャーストライカーの方が近かったが故の事。一夏の二次(セカンド)移行(シフト)には三か月ほどかかる。そこまで悠長に待っても、簪の機体は完成しない。それなら原作通り、だがカナードはイレギュラーな存在。何処かでシナリオが、ストーリーが変化するかもしれない。現にセシリアの態度が改まった事もそうだ。

 整備室に足を踏み入れると、簪がカナードに気が付き手を振った。向こうもカナードに合うのが少し楽しみである事が少しわかる。

 

「進捗どお?」

 

「…今度のクラス代表戦には間に合うかも」

 

 簪が言っているのは、一夏と鈴音が対決し無人機が乱入した大会のようなものだ。優勝したクラスには食堂のデザートフリーパスが交付されると言う正に女子高らしい副賞がある大会だ。

 

「ってーと、簪も出れんの?」

 

「…四組のクラス代表は違う人だから、出るとしてもタッグマッチトーナメント」

 

「なぁる」

 

 データの方は充分らしく、あとは機体本体の配線や試運転等の細かな調整を終えるだけだ。

 

「専用機か…簪って日本の代表候補?」

 

「…うん」

 

 カナードの質問で、簪は表情を暗くする。代表候補になるには血の滲む様な努力の末に国家に認められてなれると言う。簪もそうなのだろうが、この自身の無さは生徒会長である姉の楯無の存在によるものだと考えるカナードは休憩と称し熱いコーヒーが注がれた紙コップを自分と簪の分用意する。

 簪はそれを受け取るとシュガースティックの中身とミルクを入れる。

 

「凄いんだな、簪は」

 

「…え?」

 

「芯が強いよ。 到底俺なんて真似できない。 俺と一夏はイレギュラーなワケで専用機持ってるけど、簪のは認められたからだろ?」

 

「…私は、そんな……」

 

「謙遜すんなって」

 

 作業を再開する二人は着実に打鉄弐式を組み上げていく。

 やっと形だけ完成に漕ぎ付けた頃には消灯間際の時間帯。寮長である千冬から鉄拳制裁を受けたくない二人は、寮の自室へと向かう。

 

 

 

 

 次の日、実技の授業でグランドでは一組の生徒たちは千冬の前で綺麗に整列していた。

 

「織斑、オルコット、そして大和の三人は前に出ろ。 専用機持ちは展開と飛翔、そして急停止をやってもらう。 その他は打鉄、若しくはラファールの起動訓練とする」

 

 言われた三人は列から出て整列し、カナードのストライク、セシリアのブルー・ティアーズ、そして一夏の白式の順に展開が完了する。ここで千冬が言うにはコンマ一秒より早く素早く展開する事。そして次は武装の展開。一夏は雪片、セシリアはスターライトMarkⅢ、そしてカナードはストライカーの換装。

 実際にやってみると、一夏は展開に時間がかかり、セシリアは右腕を真っ直ぐ伸ばしたことが仇となり、二人そろって千冬の雷を受ける。

 

「織斑、お前はすぐにでも展開できるようにしろ。 オルコット、お前は誰を狙い撃つつもりだ」

 

「で、ですがこれが私のやりやすいイメージであって……」

 

「だからどうした。 もしその方向に人がいたらどうするつもりだ? 最悪怪我ではすまされないぞ。 試しに接近武器を出してみろ」

 

 そういわれてセシリアはインターセプターを展開しようとするも中々形にできず、挙句の果てにイラついて呼び出す事でやっと形にできた。殆どスターライトMarkⅢで決着をつけて来たらしく、カナード戦と一夏戦ではセシリア自身予想だにしなかった事で、接近戦闘が苦手と見える。

 勿論そこも千冬は見逃すはずもなく雷を落とした。

 

「どうしたオルコット。 先程の様に即座に出して見せろ」

 

「で、ですが戦いとなればすぐにでも…!!」

 

「では聞くが、代表決定戦の時に大和と織斑が接近してきたが、何故出せなかった? 今のお前の発言には些か矛盾が感じられる。 今日の過ちを認め、明日に進め」

 

 最後に良い言葉をセシリアに送った後、千冬はカナードに武装の展開、ストライカーの換装をやってみろと言い、カナードは難なくやってのけた。

 

「成程。 拡張領域内にあらかじめ換装武装を複数ストックし、状況に応じた装備を展開か。 今は三種類だけか?」

 

「今のところはそうですが、複合兵装型や特殊兵装型をインストールしようかと思ってます」

 

 そう言って設計図らしき投影ディスプレイを表示する。四枚羽に二門のレールカノンと二振りの太刀が備え付けられていたストライカーと、単独で飛行する無人機兼ストライカーだ。しかもそれは素人目には理解できないほどの難解さで、特に興味本心で覗いて一夏の頭がオーバーヒートしてしまった。そこを見越して、カナードはそれらを見せつけたのだ。

 ディスプレイを少し見た千冬は手で消せとジェスチャーし、カナードはディスプレイを落とした。

 武装展開に続いて、飛翔。あっという間に地上100メートルを越え、セシリア、カナード、一夏の順に上昇していく。あまり成果が出ない一夏に千冬の叱責が飛んだ。性能では白式の方が比較的高いとの事だが、今の一夏では十分に性能は発揮できていない。

 やがて規定の位置にカナード、セシリア、そして一夏の順に到達する。地表に居る人たちが蟻の様に見えるほど自分は高い所に居るんだと、カナードが感慨深げになっていると、一夏が二人に上手く飛ぶコツを聞いてきた。

 

「参考にならないかもしれないけど、やっぱ自分の合ったイメージが大切なんだよね。 例えば、円錐をイメージって言われてもしっくりこないと思う、だから形の似ている物、円錐だったら鉛筆。 立方体だったらサイコロってね」

 

「カナードさんの言う通り、イメージはしょせんイメージですわ」

 

「成程な…」

 

 深く納得する一夏。が、そんな彼の耳をつんざく声がした。箒だ。彼女が真耶のインカムを奪い、中々来ない彼らを呼んでいたのだ。無論、千冬から出席簿クラッシュが飛んだ。

 箒からインカムを奪い返した千冬が、今度は地表十センチ以内に降りて来いと指示を出した。

 

 「お先に」とセシリアが先に急降下を始めた。その姿を例えるならば流星、真昼の空に輝く流星の様に見えた。それに続いてカナードも急降下。二人とも見事にクリアして見せた。最期の一夏の番。彼らに倣うように降下を開始する。

 

 降下する一夏のその姿は、まさに隕石。結末を知っているカナードは心の中で合掌。地表どころか穴を空けて地面に激突。さながら隕石であった彼に、千冬は雷を落とした。

 

 

 

 

 放課後、ストライクの整備をしていたカナードは整備室を出て寮に向かう途中、ボストンバッグを提げて動かずポツンと立っていたツインテールの髪型をした、IS学園の制服に身を包んだ女子生徒を見かけた。前世での記憶によるとその女子生徒の正体は(ファン)鈴音(りんいん)。一夏の幼馴染その二だ。

 この様子だと、入学手続きの場所が分からないようだ。親切心からカナードは彼女に声をかけた。

 

「あの、どうかしたんですか?」

 

「ん? アンタ男? IS学園って……ちょっとアンタ一夏知ってる?」

 

「知ってるも何も、同じクラスだよ?」

 

「丁度良かった! アンタさ、一夏のとこへ案内してくれないかしら?」

 

「いきなりですか? でもその前に、最初の質問に答えてくれますか?」

 

 質問を質問で返し、なおかつ要求までしてきた鈴音をカナードは取り敢えず一夏に合わせると言う名目で、事務室を経由して彼の部屋へと向かおうとした。

 これから起きる惨劇を、カナードは予測できずにいた。この状況はイレギュラーな事態だ。どうなるかも予想できない。が、一夏の部屋に行く前に鈴音は事務室での書類などで時間がかかり、下手したら手続きの終了が消灯の時間になるかもしれないと事務員の先生が言う。

 正直ほっとしたファース党のカナードは、この事態に感謝していた。

 

 

 

 

 翌朝。ホームルーム前の一組の教室では、二組の転校生の噂で持ち切りだった。その転校生が鈴音であることを知っているのはカナードくらいだ。

 

「二組に転校生ねー…」

 

 敢えて知らないふりをするカナードは棒読みでそう言った。

 

「この時期で…何か裏があるのか?」

 

「どんな奴なんだろうなぁ」

 

「まぁでも? 専用機持ちが一組と四組に集中していますから、転校生がどうであれ…」

 

「傲慢だよ、セシリア」

 

 セシリアの発言を遮ったカナードは、そろそろかと思い教室の後ろのドアを開く。ドアに手をかける寸前の鈴音がそこにいた。急な事態に慌てつつも、自分の中では格好いいと思っているポーズで立ちなおした。

 その鈴音の様子に、カナードは一夏に聞いた。

 

「ところで一夏、彼女を見てくれ。 彼女を見てどう思う?」

 

「すっごく……かわいそうです」

 

「なっ、何言ってんのよ、アンタも一夏も!! それにさっきの情報も古いっての! 二組のクラス代表にして中国の代表候補生、凰鈴音とはアタシの事よ!!!」

 

 両腕をブンブンと振りながら、鈴音はカナードと一夏に抗議するが、低身長な身体と行動が妙にマッチしており、見る人によっては『怖い』と言うよりも『可愛い』の一言に尽きる。ある意味マスコットキャラだなとカナードは思いつつ、教室に備え付けられた時計に目をやった。

 自分の席へと戻るカナードに目もくれず、鈴音は一夏に宣戦布告を申し込み、その一夏も久しぶりに会うもう一人の幼馴染み(一夏曰く、セカンド幼馴染)と談笑し、それを面白くないと言ったような表情をする箒。そして、鈴音に出席簿クラッシュを食らわせる千冬が現れる。

 

「お前ら、いつまでピーチクパーチク騒いでいるつもりだ。 さっさと席に着け、時間を常に意識しろ」

 

 千冬の説教が飛び、今日と言う一日が始まったなと、カナードを含めた一組の生徒はそう思った。

 

 

 

 

 昼食の時間、一夏と箒、カナードとセシリアの四人は食堂に訪れていた。目の前にはラーメンのトレーを持っていかにも「待ちわびた!」と言わんばかりの雰囲気を醸し出している鈴音が進路を遮っていた。それも器用に一夏たちだけをふさぐように。

 セカンド襲来。そう思ったカナードは一夏より先に鈴音に話しかける。

 

「えーっとね…とっととどいてくれるかな? 俺早く飯食ってその後やる事いっぱいあるしさ、時間が惜しい訳ね? で、君もヴァカじゃないなら分かるよね、どかないと俺たち織斑先生にどやされるし、それ以前に君のラーメンの麺も伸びてまずくなるだろうし、はやくね? お願いね? 分かるよね? アンダースタン?」

 

「ぐっ、ちょ、一夏何なのよコイツはぁっ?!」

 

「えーっと…似合ってないぞ、そのポーズ。 あとカナードの言う通りどいてくれ」

 

「アンタも大概ヒドイ!!」

 

 ややあって、一夏たちも昼食にありつくことが出来、鈴音も交えて五人で同じテーブルで食事をする。

 先ほどから鈴音と箒が仲良くする気配もなく、顔は笑顔でも眼だけは笑ってはいない。それを見ていた一夏はこの状況を半分も理解しておらず、暢気にクエスチョンマークを浮かべるばかり。少しでも和やかな雰囲気でも出そうかと、カナードが動いた。

 

「で、一夏。 そろそろ話すべきなんじゃないかな、二組の彼女の事」

 

「おお、そーだった。 箒が小学四年ごろ引っ越したろ?」

 

「あ、ああそうだ。 今思えば姉さんがあんなことしなければ…」

 

「で、五年になって鈴と同じクラスなんだ」

 

「へー、そーなんだー」

 

「あの、カナードさん。 何故棒読みなんですの?」

 

「特にこれと言って何の意味もないよ」

 

 しれっとセシリアにそう返すカナードは、味噌汁を啜る。

 話はクラス代表戦に移っていた。鈴音は既に二組のクラス代表の座に治まっており、初戦で当たる一夏に対し、宣戦布告に近い事を言ってきた。

 

「…ところで」

 

 突然カナードが言った。一夏たち四人は彼に視線を向ける。

 

「時間大丈夫? さっさと食べ終わらないと織斑先生の雷か出席簿が落ちるよ。 御馳走様」

 

 言われて初めて一夏たちは全然食べきっていない事と、既にカナードは食べ終えていることに気付いた。その恐ろしさを知っている四人は、下手をしたら喉に詰まるのではないかと思うほどの勢いだ。

 それに対し、カナードは既に食器を返して食堂を後にして、自室にへと歩を進めていた。

 

 

 

 

 部屋に到着して数分、カナードは廊下から来る騒ぎ声に気付くと部屋のドアを開けて周囲を見回すと、一夏と箒の部屋の前で箒と鈴音が口うるさく騒いでいた。

 理由がある程度分かっているカナードは、とりあえず二人の仲裁に入ることにした。

 

「お二人さーん、一夏の同室同居で争ってるお二人さーん。 ちといいかい?」

 

「か、カナード?!」

 

「おぅ、織斑先生でない事に感謝してくれよ箒」

 

「アンタにゃかんけーない話でしょーが!」

 

「一応隣人だよ、どーせあんたら一夏の同室問題で騒いでんだろ? 大方凰さんが箒に男との同室は気分が悪いとかで交代を申し出たんだろ? でも残念でした、寮監は織斑先生でそう簡単には変わらないと思うよ?」

 

「何コイツの全部見透かしましたって感じの発言は?!」

 

「さーぁ、何故でしょーねー?」

 

 またしても棒読みなカナードは周囲を改めて見回し、更に一夏がいるかどうかの確認にドアをノックする。誰もいない事が分かると、二人に一夏が好きかどうかを直球に尋ねた。しどろもどろに対応する箒に対し、鈴音は切り札でもあるのだと言わんばかりの勝ち誇った顔をしていた。

 しかしカナードは知っている。鈴音のプロポーズの様な言葉は一夏には届いていない…と言うよりも間違った形で伝わっている。典型的で最近聞かない「私の為に毎朝味噌汁を…」と言うあれだ。酢豚版を鈴音は一夏に対し言っていたが、あの一夏の鈍感具合を知っているカナードは、取り敢えず憐れみな視線を鈴音に送った。

 

「アンタ、アタシになんか恨みでもあんの?」

 

「いや、別に。 それよりも、二人とも時間時間」

 

 言いながらカナードは待機状態のストライクのディスプレイを出し、二人に現在の時刻を見せた。昼休み終了十分前を現していた。

 

 

 

 

 放課後の自主訓練では一夏対カナードの模擬戦闘が行われていた。

 カナードの今回のストライカーは一夏のスタイルに合わせたソードストライカー。雪片弐型とシュベルトゲベールを打ち合う二人を見に来るギャラリーは最近になって現れ、その中には簪と本音の姿も見えた。

 

「大振りすぎるよ、何やってんの!」

 

「だっ、こんのぉ!」

 

「最初から大きいダメージを与えるよりかは、序盤から徐々に少しずつダメージを与えるようにしなきゃ!」

 

 「駄目だろ」、と最後に追加したカナードは右足を振り上げ、一夏の左腕を蹴り付け体勢をくずして隙を作らせてシュベルトゲベールで一閃。一夏の敗北が決定した。

 模擬戦闘が終わった二人は地上に降り立ち、投影ディスプレイを表示する。

 

「一夏の(ワン)(オフ)(アビリ)(ティー)の零落白夜だっけ? 確かに一撃必殺の大技だね」

 

「当たればこっちのもんなんだけどなぁ」

 

「でもその前に、ダメージ受けちゃ意味ないでしょ? セシリア戦を思い出してみ? 最後の最後でシールドエネルギーが底を着いて負けた事を。 あのときはしょうがなかったけど、序盤でダメージをたくさん受けてちゃあね」

 

「む、むぅ…」

 

「大振りの癖を治すためにも、箒と剣道の練習は欠かさない方がいいね」

 

 言い終えると、壁際では箒とセシリアもカナード達と同じようにISの修練を行っていた。実はカナードがセシリアに頼んでやってもらってのこと。彼女自身二つ返事で承諾してくれた。いい傾向だと思いつつ、カナードはセシリアに感謝している。

 四人で、アリーナの更衣室へ向かう途中、鈴音がスポーツドリンクとスポーツタオルを手に、一夏の前に現れそれらを一夏に手渡した。自らの良妻ぶりを箒に見せ付けてやりたいのか、一夏に自分を選んでもらいたいのか定かではなかったが、カナードはその行いで箒の機嫌が悪くなっていることだけが分かった。

 

「はい、一夏。 ぬるめのスポーツドリンク飲んで」

 

「お、サンキュー」

 

「いきなり冷たいの飲んじゃ意味ないしね」

 

 言いながらカナードは自分で用意した一夏の飲んでいるのとは別メーカーのスポーツドリンクを飲んでいた。

 

「でもさ、そろそろ代表戦じゃなかったっけ? 敵状視察するにしては大胆だぁね」

 

「そ、そんなつもりじゃ!」

 

「な、何だとカナード、それは本当なのか?!」

 

「鈴、お前まさか…」

 

「アンタは簡単に信じるなー!」

 

 荒ぶる鈴音をほったらかしにしたカナードは、さっさと着替えてその足で自室へと向かう。後ろの喧騒など聞かない事にして、彼は歩みを進めていた。先程の模擬戦闘で気になる個所を幾らか見つけ、もっとよく調べるべく整備室へと向かった。

 そのカナードの背を、一夏たちは見送っていた。

 

「…あいつ、何か変わってるよな。 変な意味じゃないけど」

 

「やけに熱心すぎるしな…」

 

「それに、カナードさんは私たちに深い所を見せつけない節があります」

 

「ホント、何者なのかしらねー」

 

 四人の言葉はカナードの耳には届かなかったものの、彼らの中でカナードに対する謎が更に深まってしまった。しかし、彼らにカナードの謎を深く追及するつもりはない。もしそうしたら、彼らの前からカナードと言う存在が消えてしまいそうだと思ったからだ。それが、彼らの心の奥底に出来てしまっていた。

 深く知りたいと言う彼らの本心が、本能的に心の奥底にへと押し込められている。今は知るべき時ではないのだろう、いつか知る時が来るのだろう、その時が来るまで彼らはカナードとの絆を深めようと心に誓った。

 

 

 

 

 その日の夕方、整備室からの帰りにカナードは一夏の部屋から飛び出して来た鈴音と衝突。彼女の頭がカナードの鳩尾に激突。激しい痛みがカナードを襲い、主犯である鈴音はちょうど現場がカナードの部屋の前であることに気が付き、部屋のドアを開けてカナードを引きずり込み、ついでに鍵を閉めた。

 呻くカナードを何とかベッドの上に寝かせると、申し訳なさげに鈴音が反対のベッドに座っていた。

 

「…たた……、にゃろ~…」

 

「…ごめんなさい」

 

「気にするな…。 大方、一夏に昔の約束を出して、あいつが勘違いしたんだろ? あんたが箒と一夏の部屋の前でケンカしたとき、俺聞いたよな、一夏好きかって。 箒はしどろもどろだったけど、あんたは誇らしげだった。 なんか切り札でもねぇとあんな顔はしねぇ。 そんでさっきの衝突事故、一夏の部屋から飛び出た所を見るに、一夏がその切り札の意味を履き違えていた…違うか?」

 

 すべてを見透かしたかのようなカナードの言い分に、鈴音は信じられないと言ったような表情をする。カナードの前世での記憶なのだが、それは鈴音は知らない。知ったところで彼女の得にはならない。

 カナードが探偵か何かを疑って問う鈴音、しかしそれをカナードは笑って否定する。

 

「俺はただの科学者だよ。 それにさっき言ったのは俺の勘だ」

 

「勘にしてはズバッと当たりすぎよ……」

 

「…認めたな」

 

 痛みが引いてきたカナードは部屋の水道の蛇口を捻り、流れ出る水を電気ケトルの容器に入れ湯を沸かす。カップを二つ用意したところで、誰かがドアをノックする。

 

「カナード、いるかー?」

 

 声の正体は一夏だった。恐らく鈴音を探しているのだろうとカナードは思いつつ、鈴音にしばらく待つようジェスチャーを送り返事を出した。

 

「居るけどどうした?」

 

「鈴来てないか? 俺、何か悪いことしたみたいでさ…」

 

 この鈍感具合。やはり面倒だとカナードは溜息をもらして返答する。

 

「来てはいるが、今はお互い頭冷やせ。 話はそれからの方がいいし、確か明日は代表戦だろ? 今ここで更にこじれてややこしくめんどくさくなるのは嫌だろ?」

 

 半分怒気を含めながら、一夏にそう返したカナードはドアから離れる。

 

「さてと、あんたもさっきの聞いてたろ?」

 

「余計なお世話よ!」

 

「そうか? コーヒー飲んで少しは落ち着けよ」

 

「……角砂糖四つ…」

 

「スティックのしかないから四本な」

 

 カナードは自分用と来客用のマグカップにインスタントコーヒーの粉末を入れ、鈴音に出す方に四本のスティックシュガーの中身も入れて電気ケトルの中のお湯を流して粉末を溶かしてかき混ぜる。

 部屋中にコーヒーの良い匂いが立ち込めて来ると、鈴音は心を落ち着かせる。

 

「研究所の仲間が言った事なんだけど、コーヒーの香りは一種のアロマテラピーの様なもので、人によっては安らぎを与えることがあるそうだ」

 

 差し出されたコーヒーの入ったカップを鈴音に差しだしながらカナードはそう言った。

 カップを受け取った鈴音は香りを楽しみながら、しばらくはコーヒーの水面に暗く映る自分を見つめていた。それをカナードはデスクの椅子に座り、一口飲んでから部屋の鍵を開け、投影ディスプレイの電源を入れて、待機状態の愛機にケーブルを刺した。

 無言の空間に、カナードと鈴音はいた。カナードはコーヒーを飲みながらキィを叩き、鈴音はやけに静かにちびちびとコーヒーを飲んでいく。明日は代表戦、鈴音と一夏が戦い無人機が襲来する。それを知っているのはこの学園内だけではカナードだけ。察しのいい彼は無人機が誰が送り込んだモノか心当たりがあった。

 しかし、そのマッドサイエンティストの名前を出す必要は今のところ必要はない。いずれ一夏たちには正直に話そうとカナードは思ってはいた。

 

 

 

 

 代表戦当日。カナードは整備室にいた。クラスメイト達には新型のストライカーの初展開に取り掛かると言って、今彼はここに居る。事前に千冬には許可も取っている。

 愛機を展開し、何も装備していない素体状態にして新しく拡張領域に新しくインストールしてあるストライカーを選択し、呼び出した。

 

「I.W.S.P.!」

 

 カナードの呼び声とともに、背面には四枚の羽と二門のレールカノン、二振りの太刀が備え付けられた複合兵装特殊ストライカーが出現し、左腕にはガトリングとブーメランが備え付けられたシールドが出現する。

 初展開はインストールしてから八時間以上が経っていた。昨夜のインストール作業時にこれと言った以上も無く、今日の初展開も特に問題は無かった。

 あとは自立機動のストライカーの二種類。しかし、構造等が複雑な為形にすることは今のカナードには難しい。愛機を待機状態にして、投影ディスプレイを表示し設計を始めた。現時点、第三世代が主流となり始めた現状で、自立機動の無人支援機の開発は出来ていない。セシリアのBT兵器とはまた違う、装着者の脳波で動く訳でなく、独立で動くものだ。単独で飛行、援護、脱着を可能にするのは今の技術では形は出来ても中身は難しい。

 その二種類は、片方は支援機としても使えるタイプと相手のビーム兵器のエネルギーを利用するタイプだ。

 

「…時間がかかりすぎる……、あの篠ノ之束(マッドサイエンティスト)なら可能か?」

 

 接触(コンタクト)が可能なら、臨海学校その時だけ。しかし彼女自体カナードに興味が湧くかどうかが疑問だ。束は興味のあるモノ以外見向きもせず、また対応も酷い。人格に大いに問題あり。

 もし可能だとして、彼女にそれらの開発が可能なのだろうか。また彼女の人格からして開発には携わるのだろうか。しかし、無いものねだりは良くない事をカナードは知っている。仕方ないから自分で出来るところまで手を付け始めた。

 ふと、整備室に供えられた電子時計に目をやった。そろそろ一夏と鈴音との対決中に例の無人機が出現する頃だ。待機状態のストライクに手を置いて心を落ち着かせた。

 

「あれ、カナード…?」

 

「え、簪?」

 

 予想外の人物の出現に、カナードは呆気にとられていた。

 

「ねぇカナード。 どうしてここに居るの?」

 

「新しいストライカーの着工だよ。 織斑先生にも許可はとってあるから大丈夫だけど、簪は?」

 

「……人ごみが嫌い」

 

「あ、さいでっか…」

 

 少しして、整備室が揺れた。アリーナに無人機が襲来したのだとカナードは推測する。

 少し離れたここ整備室にまで揺れが来るとは、どれ程の衝撃なのだろう。不謹慎ながらカナードは興味が湧いた。

 避難勧告のアナウンスが整備室にまで聞こえてきた。それに従いカナード達二人も避難しようとしたその時、壁が崩れて無機質な四肢とスラリとしたボディの物体が現れる。しかもその物体は二人の退路を塞いでいた。見るからにIS、なのだがカナードはそれが無人機だと言う事を知っている。それをここに送り込んだのが誰なのかも。

 

「あらら~、これどう見てもイイヒトには見えませんね」

 

 出来るだけおちゃらけた風に言うカナードに簪は無言で首肯する。

 

「さて、簪は怪我しないように隠れてな。 俺は織斑先生たちに連絡して奴さんの相手やる」

 

「え、でも…危険……!」

 

「良いから。 俺も男だし、カッコつけさせてくれよ」

 

 そう言ってカナードは簪の手を引き、壁に掛けられた内線電話に近づき、千冬がいるであろうアリーナの管制室へと回線をつなぐ。無人機は彼らを探しているのか、辺りを散らして闊歩している。

 

『管制室だ。 誰だこんな時に』

 

 千冬の苛立った声が受話器の向こうから聞こえてきた。理由は分かっている。だが今はこちらの状況を伝えるしかなかった。

 

「こちら整備室の大和カナードです。 整備室にISが!」

 

『くっ、やはりか…こちらでも信号は確認している。 退避できるか?』

 

「出来ません。 奴が出入り口をふさいでいる状態です。 尚私の他に女子生徒が一名」

 

『学年と名前は分かるか?』

 

「一年四組、更識簪です」

 

 その瞬間、カナードの隣にいた簪の表情が曇った。同時に通信相手の千冬も参ったかのような息を漏らした。

 

『大和、よく聞け。 現在教員部隊はアリーナの対処で数が割けん』

 

「私がやります。 先生方が来るまで持ちこたえてみせます!」

 

 『任せたぞ』と千冬の返事が返ると同時にカナードは通信を切り、ストライクを展開装着する。

 

「ゴメン簪、さっき引き合いに出しちゃって…」

 

「……別に、気にしてない」

 

「打鉄二式、展開は出来そう?」

 

 その答えに簪は首を横に振った。

 

「なら、今は君を守らせてくれ! 何もしなくていいとは言わない、俺を信じて待ってくれ! せめて今は、君を守るヒーローにならせてくれ!!」

 

 返事も聞かず、カナードは飛び出し無人機にタックルする。左腕に構えていたシールドの先の突起が無人機の装甲と装甲の隙間に運よく入る。これにより無人機の動きが制限された。

 零距離でのビームライフルの連射。抵抗する無人機の装甲が一枚はがれた。お返しに無人機は掌底ビーム砲を撃ちだし、それをカナードは至近距離で受けてしまい、シールドエネルギーを削られてしまう。無人機の特性は理解しているはずのカナードは、頭で理解しても対処できずにいた。

 まるでやまびこの様にこちらから仕掛けて来る攻撃に反応して攻撃をし返してくる。

 

「ソードストライカー!」

 

 近接攻撃装備(ソードストライカー)を選択し、シュベルトゲベールを両手に握りしめて切りかかる。堅牢な装甲、一筋縄ではいかない事は理解できている。一夏の零落白夜なら貫くことは出来るあの装甲、カナードは如何に貫くかを戦いながら思案する。

 左腕に装着されているアンカーワイヤーで無人機の足を絡め、体勢を崩させる。鈍重なフォルムが仇となったのか、転倒する。完全に倒れる直前にランチャーストライカーに換装する。右肩のウェポンのガトリングとミサイルを撃ちだして確実にダメージを与えていく。起き上がる前に胸元を足で踏み、カナードはアグニの砲身を、銃口を無人機の頭部に向けた。

 引き金が引かれると、撃ちだされたアグニのビームが無人機の頭部を包んだ。警戒してカナードはエールストライカーに換装し、簪の近くへと飛んだ。無人機だと知らない簪に詳しい事を話しながら。

 

「…そんな、ISは人が乗って初めて……」

 

「動くんだろ? でもいい言葉を教えてやる、『有り得ないなんて有り得ない』。 何百年前の人間が現代の科学を予想できたか?」

 

「…確かに」

 

「それに、あれから人の気配どころか息遣いすら感じない。 有人の物さえできれば、無人も出来る。 今のうちに!」

 

 簪を抱え、整備室から抜け出せたカナードは彼女を下して、再び無人機に警戒する。

 動き出さないよう祈るカナードだが、案の定無人機は鈍い動作で立ち上がった。撃ち抜かれた頭部の装甲は破壊され、装甲の下にあった基盤や配線が覗く。

 

「ありゃりゃいりゃ~……。 決死覚悟ですかそうですかっ!」

 

 両手にビームサーベルを持ち、無人機に突貫するカナード。後ろには簪がいる。避けることは出来ない。無人機の光弾をビームサーベルで弾く様に切り捨てる。

 しかし、近づくにつれ流れ弾がエールストライカーに当たり、ついには翼をもがれた。誘爆を避ける前に切り離し、手に持っていたビームサーベルを無人機目掛け投げ捨てる。

 

「こんにゃろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 両腰部に収納してある折り畳み式のコンバットナイフ、アーマーシュナイダーを取り出して刃を展開。肩関節部位に一つずつ突き刺した。更にそれだけでは終わらなかった。二度目のI.W.S.P.の展開。至近距離でのガトリングが右腕を飛ばし、二振りの太刀を両手に持ち×字に切る。

 

「これで、とどめだぁぁぁ!!」

 

 レールカノンの砲門二つが無人機を捉え、火を噴いた。

 

 

 

 

 気が付いたらカナードは保健室にいた。ふと、横を見る。こちらに気付いているのかいないのか、一夏にキスしようとする鈴音の姿が見えた。

 

「寝ている相手に何無粋な事してんだ?」

 

「んなっ、あ、アンタ何見てんのよ!」

 

「いや、目覚めて直ぐの光景が……なぁ?」

 

「…っていうか、何でアンタがここに居るのよ」

 

「目ェ覚ましたらここに居た。 その前は…整備室で無人機相手にしてた」

 

「「嘘ぉっ!?」」

 

 カナードのカミングアウトに鈴音と目が覚めたばかりの一夏の驚きの声が上がった。

 

「あー、一夏目ェ覚めたんだな」

 

「何とかな。 と言うか鈴、お前…何してんだ?」

 

 一夏が鈴音に何故いるかを聞いていると、保健室のドアが勢いよく開いて箒が入室し、おまけ程度にセシリアが入室。心なしかセシリアがかわいそうに見えた。

 箒は入って来るや否や、真っ先に一夏の元に。彼女なりに一夏の安否がとても気になったのか、口では情けないだのなんだの言っている割には、寝ている一夏に抱き付いていた。その後ろでは鈴音が負けたと言った様な、少しうつむいた表情をしていた。

 ふと、カナードは自分の周囲を見回す。誰もいなかった。

 

 

 

 

 その日に部屋に戻れたカナードは、痛む体に鞭を撃ちながらも、キィを叩いていた。無人機との戦闘で使用したI.W.S.P.の性能が予想よりも低かったからだ。本来の性能ならば、今回の様に気絶することは無い。それでも守れた命はあった。

 調整終了と同時に、誰かがドアをノックする。来客か、とカナードは鍵を開けて出迎える。

 

「あれ、簪?」

 

「…お見舞いしようと思ったら、もう部屋に戻ったって聞いて……」

 

「立っているのもナンだ。 入るかい?」

 

「お邪魔…します」

 

 簪を部屋に招き入れたカナードは彼女の手に紙袋があることに気が付いた。

 

「さっきお見舞いがどうと言ってたけど、もしかしてその紙袋とか関係ある?」

 

 自分用と来客用のマグカップにティーバッグを一つずつ入れ、電気ケトルで沸かしたお湯を注ぎ蓋をしたカナードは尋ねる。

 

「あの子の完成と、私を守ってくれたことのお礼に…」

 

 言いながら簪は紙袋の中身を取り出す。綺麗に出来たカップケーキが一つずつラッピングされていた。

 

「へぇ、おいしそうだね。 紅茶に合いそうだし、良かったら一緒に食べようか?」

 

 コクリと首を縦に振る簪に、ティーバッグを取り出したマグカップを差し出しながらカナードは言った。

 誰かと一緒のティータイムもいいものだと、カナードは微笑んだ。

 

 

続く

 




次回はシャルとラウラを出す予定です。


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三話 フランスのペルソナとドイツのアーミー

今回は一話二話よりも多くなりましたが、よろしくお願いします


 

 鈴音が二組に転入し、一夏と箒の仲が少し進展して数日が経った。一組に新たに転入生が入った。何故二組や三組ではないのかと、心の中でカナードはそう突っ込む。

 入って来たのは金髪ブロンドのISを扱える第三の男と、銀髪に眼帯の軍人風の少女だった。

 

「シャルル・デュノアです、フランスから来ました。 ここには僕以外にISが扱える男子が二人もいて、安心できますが、どうかよろしくお願いします」

 

 礼儀正しく言ってきたシャルルの自己紹介。良く出来た方だと内心カナードは感心しつつ耳をふさぐ。そしてものの数秒ほどで黄色い歓声。良くこれほどまで声が出せるものだ。

 その次はラウラ・ボーデヴィッヒ。カナードの前世での記憶によれば、彼女は千冬がドイツに居たころの愛弟子。出来損ないだった己をトップにまで育て上げてもらった恩が、彼女(ラウラ)にはあった。それはいい。恩返しの縁がある事は無論悪い事ではない。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 沈黙。ただ自分の名前を言っただけ。なのに妙な威圧感が漂ってきた。

 

「え、えーっと…ボーデヴィッヒさん? それだけですか?」

 

「以上だ!」

 

 訪ねて来る真耶に冷たく返すラウラ。視線どころか身体すら真耶に向ける気配すら感じられない。

 

「自己紹介くらいまともにこなせ、ボーデヴィッヒ」

 

「はっ、織斑教官!」

 

「ここはドイツではない。 それにもう私は教官ではない、織斑先生と呼べ!」

 

「はっ、教官!」

 

 治せない程身体の奥底に染みついているのかそう簡単には言い直せなかった。

 そして間もなく一夏に近づくラウラ。振り上げられた右手が振り下ろされる前に、カナードが声を上げた。

 

「ドイツ人ってのは、恩師の血縁者に手ェ上げんのが礼儀なのか?」

 

「何だお前は。 お前には関係のない事だ。 コイツは織斑教官唯一の汚点!」

 

「だからどうした。 全ての決定権があんたにはあるのか? 俺は発言の度に、あんたに許可を取らねばならないのかい? それに一夏が織斑先生の汚点? 織斑先生がそう言ったのか? 違うよな、言ってないよな。 ちゃんちゃらおかしいぜ! ドイツ人はジャーマンポテトでも食って寝ろってんだ」

 

 セシリアと鈴音に使ったお得意の口撃に、ラウラは怯む様子もなくどころか突っかかろうとするが、千冬がそれを止めた。

 

「いい加減にしろ。 大和とボーデヴィッヒ、今はHR中だ時と場所を考えろ。 それとドイツ人にジャーマンポテトと言っても通じない」

 

「知ってます態と言いました」

 

 いざこざは起きたが、少ししてHRが終わって次は一時限目と二時限目を跨いで使った一二組合同のIS実習の時間。生徒は着替えてグラウンドに集合と千冬が言う。

 一夏の席にカナードが近づくと、そこにシャルルが二人に挨拶する。

 

「大和君と、織斑君だね。 僕はシャルルだよ」

 

「どうも。 大和カナード。 カナードで良い」

 

「俺も、一夏で良いぜ」

 

 もっとよく話そうとするシャルルの手を、カナードは引き一夏と共に教室を出る。思考が追い付かず、現状に理解できていないであろうシャルルにカナードは口を開く。

 

「一応確認しとくぜ。 俺たち男子はISを扱えるイレギュラーなワケですよ、でもここは元は女子校だったワケで何より…」

 

 決死の表情のカナード、先程から視線が落ち着かない一夏、そして未だに首をかしげるシャルル。平穏に進む彼らに、神は情け容赦なく試練を下した。

 はじめは僅かな揺れが壁や廊下に伝わり、次は足音、そして最後は黄色い声と学園の女子生徒たちの大波。カナードはこれを女子雪崩と呼んでいるが、今の彼らはそれから逃げ切るしかなかった。捕まったら終わる。捕まったら貞操が奪われかねないし、もし逃げ切ったとしても遅刻で千冬から出席簿クラッシュがくだる。その二つの未来から避けたいカナードと一夏は、シャルルとともに、アリーナへと向かう。

 

「むっきゃー! 大和君、織斑君ハケーン!」

 

「黒髪の織斑君に、こげ茶の大和君もいいけどブロンドのデュノア君も良いわぁ~!」

 

「もぅ、イケメンね! キライじゃないわ!!」

 

「ヤバスwwwwテラヤバスwwww! 織大? 大デュノ? これはご飯三倍イケますぞぉぉぉ!!」

 

「生んでくれてありがとうお母さん。 今年の母の日にはちゃんとしたカーネーションを贈るね!」

 

「ここに通わせてくれてありがとうお父さん。 今度お父さんのと私の洗濯されても我慢するわ!」

 

 カナードかシャルルを捕まえれば玉の輿、一夏を捕まえれば千冬の義妹になれる。その思想が彼女らにあった。

 それでも、何故彼女らが追ってくるのかシャルルはいまだに理解できていない。シャルルの正体を知りつつもカナードは分かり易く現状を解説する。

 

「いいかいシャルルよぉーく聞いて? 今俺たちは女子たちに追われています、それは何故か? もう一度言うけども、それはここがIS学園だから、IS使えるの普通は女性、んで俺ら男なのにここに居る。 女子高に男子生徒は珍しいしね、ある意味珍獣だ。 数十年前のウーパールーパーや河川敷のアザラシの気持ちがよぉーく分かるねこれは」

 

 そんなこんなで更衣室に辿りついた三人。カナードとシャルルは素手に着替えを終えているのだが、一夏は着替えに手間取っている為、仕方なしに置いてけぼりにして先を急ぐ。

 道中、カナードは遅刻しない程度の速度で隣を歩いているシャルルに質問を投げかける。

 

「所でシャルル、君はいつまでその性別を偽るつもりだい? 確かデュノア社に子息は居なかったはずだし、君がニュースに話題にならなかったのもおかしい」

 

「な、何を言うのかなカナードは…」

 

 額から流れる一筋の冷や汗。それが自分から流れていることに気が付かないシャルル本人に、カナードは追及するのをやめた。これ以上やると千冬にどやされると思ったからだ。

 

 

 

 

 整列する一組と二組の生徒。一期メインキャラが揃ってるなとカナードは感心しつつ千冬の話に耳を傾ける。

 彼女曰く今回は一組と二組から代表者を出しての模擬戦と、専用機持ちの指導。それだけだ。ただし専用機持ちの指導に使う人数分の打鉄の用意はカナードと一夏の仕事。何故シャルルはやらないんだと一夏は疑問に思うが、実姉の恐ろしさを十分に理解しているため深く考えるのをやめた。

 用意が終わり、千冬がセシリアと鈴音を呼び出し、前に出させる。この時セシリアの好意は一夏に向けられてない上に、カナードによって多少の傲慢さは和らいでおり、何でも来いと言った表情をしている。それに対し、鈴音はやはり一夏の事を諦めていないのか、千冬に言われるまでやる気も何も出せずにいたが豹変。やる気マックスと言った感じだ。

 そうして意気込む二人。相手は誰だと言うが、カナードは知っている。これから起きる出来事を。

 その時、空を切る様な音と女性の情けない悲鳴がカナード達の耳に届いてくる。その正体は学園に配備されているフランス・デュノア社製量産IS、ラファールだ。今の真耶の装備は遠距離ライフルがオプションされており、そのボディの緑色も相まって、某マイスターを彷彿させる。その内「狙い撃ちます」とか真耶が言い出しそうだとカナードは思いつつ、その身を構える。

 

「どいてくださぁぁぁぁい!!!」

 

 辛うじて見て取れる泣き顔の真耶の落下地点、そこには今も尚ぼぅっと突っ立っている一夏の姿。カナードはタックルする事で一夏と自身は真耶の直撃もその後の惨劇から回避することが出来た。

 一夏に激突する代わりに、真耶は地面に激突。それも尻を突き上げた体勢で。

 

「山田先生、早く準備を。 でなければ明日から一週間座布団運びさせますが?」

 

「は、ハイっ!」

 

「さて、オルコットに凰の相手はこちらの山田先生だ」

 

「……え?」

 

「あ、あの……よろしいんでしょうか?」

 

 セシリアが疑問を持つのも無理はない。先程の真耶の失態が未だにセシリア達の脳内に焼き付いている為そのイメージが固定されている。それに対してカナードは前世での記憶で、この後の出来事を思い出していた。それを踏まえてカナードは二人に忠告しようとするが、先に千冬が一言。

 

「安心しろ。 お前らの負けは確実だ」

 

 千冬に言われ、何処か納得がいかないセシリアと鈴音対、普段通りのほんわか笑顔の真耶の対決が始まった。

 同時に飛翔し、交戦している中、千冬がシャルルを指名して真耶が使用しているラファールを解説させた。

 

「山田先生が使用しているラファールは、フランス・デュノア社製のISです。 第二世代最後発にありながら、汎用性が高く、また……」

 

 シャルルの説明を聞き流し、セシリアと鈴音のコンビネーションを、カナードは見ていた。どっちもどっちのスタンドプレー。援護するそぶりすらも見えない。そして数秒後に二人そろって敗北。いつぞやの一夏と同じように地面に激突するのだった。

 見てられない。それがカナードが二人に対して抱いた感想だ。

 

「これで分かっただろう。 以後、教職員達には敬意を以て接するように。 そして山田先生は元日本の代表候補だった方だ」

 

「やめてくださいよ、織斑先生。 昔の話ですし」

 

 知っていたカナード以外驚きと言った表情だ。普段ホンワカとしている印象の彼女を、元ではあるが日本の代表候補だったと言う事を信じることが出来なかった。

 その後は、一夏、シャルル、カナード、ラウラ、鈴音、セシリアの専用機持ち五人に別れて箒を含めたその他の女子生徒がそれぞれの班に分けられるはずなのだが、どう言う訳か一夏たちに女子生徒が集中する事態に。ラウラはその冷たい雰囲気が、鈴音とセシリアは先程の情けない敗北が原因で誰もよりつかなかった。

 哀れ、鈴音。千冬がその他の女子生徒たちをどやすまで誰も寄り付きはしなかった。

 一夏の列に箒がいることにほっと胸を撫で下ろすカナードの列には、見覚えのある女子やそうでない女子が並んでいる。その中には本音の姿さえもあった。

 

「かなかな~、よろしくねー」

 

「はーい、じゃやりますか」

 

 

 

 

 昼休み、屋上では一夏と箒だけでなくカナードにシャルル、鈴音にセシリアの六人が揃っていた。この集まりは一夏が提案した事。その事実に箒は苛立ち、カナードは頭を抱える。

 一夏が箒のから揚げを褒め、鈴音がカナードにもだが酢豚を進めるところまで原作通り。そして魔の時間が訪れた。セシリアの手料理、見た目はいいサンドイッチだ。カナードは知っている。これがある意味生物兵器でお世辞にも美味いとは言えない代物だと。

 何も知らない一夏が手に取る前に、カナードは勇気を振り絞ってセシリアのサンドイッチを手に取り、思いっきり齧る。

 

「……まっずい。 何これ、舌痺れるほどマズイ」

 

「そっ、そんなはずは…?!」

 

 カナードの感想に抗議するセシリアは、納得がいかない様子だ。

 

「じゃあ聞くが、味見はしたか?」

 

「…あじ……み?」

 

「箒に一夏に鈴、このイギリス人に日本語をとことん教えてくれ」

 

「そこまで言いますかっ!」

 

「いいか、味見てのはな料理の過程で必要な工程の一つで、自分で一口味を確かめる事なんだ。 それは一流の料理人でも欠かさない初歩の初歩。 何で君はそれをしないんだい?」

 

 痺れが残る舌を酷使しながらカナードは言った。しかしセシリアは詫びるどころか自分は悪くないといった風に言い返す。

 

「お言葉ですがカナードさん。 私はこの抜群なプロポーションを維持するのに…」

 

「その話長くなりそうだからこの話題ここで終わりにしようか」

 

「そうしましょ」

 

「え、聞いておいて……カナードさん?!!」

 

 カナードと鈴音は強引に終了して酢豚を食べ、セシリアがそれに反応しているその近くで、シャルルが彼らを羨ましげな眼差しで見ていた。

 

 

 

 

 一夏たちより先に部屋に戻るカナードは、その途中で千冬とラウラが向かい合って立っているところを目撃。身を隠して二人の会話を聞いていた。

 

「教官、貴女が学園(ここ)に居る事は間違っています! ここの連中は、ISをただのファッションとしか思っていない!! 貴女がいるべき場所は…!!」

 

「15で選ばれた人間のつもりかボーデヴィッヒ。 それにここはドイツでもなければ、私はお前の教官でもない」

 

「で、ですが…!」

 

「くどい!! 正直お前には失望した。 それに私も暇ではない」

 

 千冬に強く突き放されたラウラは、一礼し去っていく。去りゆく少女の背中を見送った千冬は、カナードに気が付いていたのか、彼に忠告がてら話しかける。

 

「盗み聞きとは感心せんな、大和」

 

「たまたまですよ、たまたま。 それより、良いんですか? 一夏のやつ、あいつのビンタの意味理解してないと思いますが、余計な詮索でしたか?」

 

「そうだ余計な詮索だ。 今聞いた事は忘れろ、一夏には伝えるな」

 

「はい」

 

 

 

 

「よろしくね、カナード」

 

「お、よろしくなシャルル」

 

 カナードの部屋に、どう言う訳かシャルルがやってきた。未だに箒と一夏は同棲と言う名の相部屋状態。そろそろ箒の引っ越しではないのかと疑問を持つが、カナードはすぐにそんな疑問を捨てた。それよりも、カナードにとって重要なのは目の前のシャルルの事だった。

 今も目の前でにこにこと愛想よくいるシャルルに、カナードは追及しはじめる。

 

「相部屋になって早速で悪いが、何度か質問しても良いか?」

 

「うん、良いよ」

 

「なら一つ目。 前にも言ったが、お前本当は女だろ」

 

 疑問形でない実にストレートな質問と言うより確認の様なカナードの問いに、シャルルの表情は次第に強ばっていく。

 

「安心しろ、強請る気も摘発も告発する気もない」

 

「……あ、あはは。 カナードは冗談が上手だね…」

 

「不安にしていることに関しては謝罪する。 すまない。 しかし、お前が男だろうと女だろうとこれだけは言っておく……自分がどうしたいか、何処に居たいか自分で決めろ。 誰かに自分を委ねるんじゃねぇ、自分の道は自分で決めろ。 例えそれが、あった回数が五回にも満たねぇ親父相手もだ。 出来れば、俺とお前だけの時は、お前を偽る仮面(ペルソナ)を外してくれないか?」

 

 沈黙。誤魔化せないと言ったシャルルは、シャワールームに入り少しして出る。現れたのは豊かな胸のふくらみを持ったシャルル。

 

「……いつから気付いてたの?」

 

「具体的にいつって言われても…強いて言うなら、お前が一組に転入して俺たちの前で挨拶していた時、喉仏が見えなかった。 いくら体が華奢な男でも、太った男でも喉仏ってのは出るもんだ。 因みに喉仏ってこれな?」

 

 自分の喉元の部分をカナードはシャルルに教えた。

 ペタンとベッドの縁に腰を落としたシャルルは、自分の身の上を語り始めた。自分を生んだ母はデュノア社社長の愛人で、その母親と共に貧しくも逞しく、慎ましく幸せに暮らしていた。

 しかし、母親が亡くなってからのシャルルに幸福は訪れなかった。デュノア社社長に呼び出されたかと思うと、有無を言わさずシャルルを自社のテストパイロットに起用され、デュノア夫人からも手痛い扱いを受けていた。他国が第三世代に乗り出している最中、未だに第二世代で戸惑っている事に困惑した社長が一夏とカナードのニュースに目を止めて、シャルルを呼び出し現在に至ると言う。

 

「そんで、シャルルを男と言う事にしてIS学園に転入して、俺と一夏のどっちかが相部屋になった時、データを盗み取れ……と?」

 

 「うん」と、暗く返事するシャルル。

 

「…事情は分かった、分かったけどシャルルはどうしたいんだ?」

 

 質問するカナード。しかしシャルルは意味が分からないでいた。それを悟ったカナードが質問を変える。

 

「もし……もしだ、このまま卒業して母国の企業に俺のストライクのデータを渡せなかったら…」

 

「うーん、どうなんだろうね…」

 

「おいおい、お前自分の事だろ? 何他人ごとにしてんだよ!! もしばれたらお前、最悪…」

 

 言いたくなかった。最悪な結果は口にしなくとも分かり切っている。対象に自分の正体を知られた上に、何のデータも持って帰らずのこのこ帰国でもしたら…。

 鈴音の時とは違う沈黙がカナードとシャルルを包み込んだ。何かいい案が浮かばないカナードに、シャルルはもういいと諦めた様子で言った。

 

「もういいよカナード。 これが僕の運命だったんだ…」

 

「だからって……」

 

 今何もできない自分に苛立っているカナード。その時ふと、前世で読んだ原作を思い出し、シャルルの両肩に手を置き語り掛ける。

 

「確か、IS学園は在学中の三年間はどこの国家・企業・組織に干渉されないんだったよな? だったらその間に方法を考えよう、その間は俺が君の居場所になるさ!」

 

 ドンと胸を叩き、頼もしく言うカナードにシャルルはどうしてか目に熱いものが込上げてくるのを感じた。

 ―――嗚呼、自分はここに居ていいのか。

 そう思えたシャルルは大粒の涙を流し、号泣した。泣きじゃくるシャルロットあやしながら、カナードはこれからの事を考えていた。

 

 

 

 

 翌朝、誰も起きていないだろう時間帯に、シャルルとカナードは起床していた。これからの事についてだ。現状シャルルの正体を知っているのはカナード以外無に等しい。

 

「ねぇカナード、こんな朝早くに一体何なのぉ…」

 

 やや寝ぼけ眼のシャルルにブラックコーヒーを差し出すカナードは早速本題を切り出した。

 

「卒業まで君の性別を偽るのは困難極まりない、いつ織斑先生たちに切り出すかを今の内に決めないか?」

 

「…でも、まだいいんじゃないかなぁ」

 

「そうは言うがな、状況は常に最悪を想定しろと言う。 もしもだ、もし一夏の奴がお前と一緒に更衣室で…」

 

「それは危ない……じゃない、具体的にいつにしようか?」

 

 コーヒーのカフェインのおかげか、シャルルの意識は完全に覚醒。一夏は無遠慮が入り混じった所が少なからずあるせいで、報復を受ける事もしばしば。いつ言い出すべきかを模索していると、カナードの腹から低く、シャルルの腹から可愛らしい腹の虫が鳴り響く。そろそろ時刻は食堂が開くころ。

 指先で自身の腹と時計を指さすカナード。それに首を縦に振るシャルル。二人は制服に着替えて食堂へと向かった。その道中で彼らは小声で会話する。

 

「普段はコルセット巻いてんだなシャルルは」

 

「…カナードのえっち」

 

「今言う事か? 俺が言いたいのは、苦しくねぇのかって事だよ」

 

「んー、慣れればそうでもないよ」

 

 ケロッとカナード的には予想外な答えをシャルルはする。慣れとは凄いモノだと、無理やり納得するしかないカナードはこれ以上質問するのをやめた。

 朝も早いせいか、食堂で朝食をとる生徒は少なかった。

 

「日替わり和食スペシャル!」

 

「あいよー!」

 

 カナードが受け取った朝食のトレーには中盛りの白いご飯、わかめと豆腐の味噌汁、出汁巻き卵が三人分に焼き鮭、たくあん等のお新香、3パック分の納豆が載っており、これが今日の日替わり和食スペシャルのメニューだ。対してシャルルはモーニングセット(トースト、サラダ、半熟卵、コーヒー)だけ。

 

「朝食は一日のエネルギーだ。 コイツを胃に流し込んでこそ、一日が始まるってもんだ。 いくら俺が研究員だとしても、そいつぁ欠かせるこたぁ出来ねぇよ」

 

「僕にそういわれても……」

 

 食べながらそう話す二人の横を、簪が普通の日替わり和食セットを載せたトレーを持って通りかかる。

 

「お、簪おはよ!」

 

「あ、おはよう…」

 

「そうだ簪、紹介するよ。 三人目のISを扱える男で俺と同室になったシャルルだ」

 

 シャルルを紹介したカナードは簪も招き入れ朝食の席に同席させる。最初は怪訝な表情をする簪だったが、食べ終える頃には満更でもなかった様子だった。

 彼女の交友関係を広げたいカナードは満足して食器を戻し、シャルルもそれに続いて食器を戻してカナードの後に続く。

 

 

 

 

 その日の放課後、アリーナでは白式とストライクを展開した一夏とカナードが自身の機体の調子を見ていた。反応速度、照準や武装の展開速度などあらゆる部位をシャルルも交えてタブレットを通してチェックしていた。細かな異常は特に見られず、至って良好と言える状態だ。これなら今度のタッグマッチトーナメントには万全の状態で出られる。

 更にそこに箒に鈴音、セシリアも合流。と、同時に異様な殺気を感じ取ったカナードと一夏はその方に視線を向ける。

 そこに居たのは黒い鎧。重戦車をも彷彿させる砲台を右肩に構えたその正体はドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒとその専用機シュバルツェア・レーゲンだ。

 

「おいおい、ドイツでトライアル段階に入った第三世代様じゃあーりませんか?」

 

「織斑一夏、私と勝負しろ!」

 

「断る。 戦う理由が無い」

 

「貴様に無くても私には…ある!!」

 

 言い切る前に一夏に迫るラウラ。その間にカナードがエールストライカーを装備して間にシールドを突き立て、レーザーライフルの引き金を引く。威嚇射撃。光の筋は青空に吸い込まれていく。

 

「次は本当に当てるぞゲルマンが!」

 

 一言一言に怒気を秘めるカナードの目は、至って冷静なのだがその瞳の中には夜叉を秘めていた。

 互いににらみ合ったまま動かないところに、管制室からスピーカーを通して教職員の警告が届いた。

 

『そこの生徒何をしている!!』

 

「…邪魔が入ったな。 織斑一夏、私はお前を許さない!」

 

 捨て台詞を吐いて逃げ去るラウラの背を見送って、カナードはストライクを待機状態に戻しシャルルの腕をとって自分もそそくさと逃げ去った。一夏にこの場を任せようとの魂胆だ。その意図に気付かない、あるいは反応が遅れた一夏たちはアリーナに取り残されてしまった。

 先に逃げて部屋に戻ったカナードとシャルルは互いに肩で息をするほど息が上がっていた。いたずら小僧の様な笑みを浮かべるカナードは、ベッドの上に大の字で寝っ転がった。今頃の一夏達はどうしているかと、ハメた側が心配する。

 それから息が整ると、カナードはデスクのパソコンを起動。待機状態のストライクに繋げ、即座にキーを叩いて行く。

 

「……確かシャルルの専用機って、原型機(ラファール)から基本装備を外して後付装備(イコライザ)拡張(パス)領域(スロット)を大量に追加してんだって?」

 

「うん、そうなるね」

 

「となっと……色々と調整が必要だな。 よし、シャルル、一緒に『ウルトラマンティガ』見ようぜ!」

 

「さっきの流れ関係ないよねこれ!!?」

 

 シャルルのツッコミも聞かず、カナードは部屋に備え付けられたテレビと機器を起動させ、映像ディスクを挿入。鑑賞会が始まった。

 

 

 

 

 翌日の放課後、包みを持ったカナードとシャルルは保健室に駆け込んだ。原作を思い出したカナードはセシリアと鈴音を痛めつけた本人が瞬時に分かってしまう。ラウラだ。

 

「どう焚付けられたか知らないけど、その様子だとブルー・ティアーズと甲龍のダメージレベル高そうだな」

 

「フン、あんな奴アタシ一人でも」

 

「負けた奴が言う事か」

 

 鈴音の額にデコピンをかましながらカナードは言った。強がりを言える状況か、そう言った目をセシリアにも向ける。呆れたと言った様な冷めた視線も向ける。

 更にそこに真耶が現れ、ブルー・ティアーズ、甲龍の破損状況を記したデータを持って来た。カナードは許可を得てそれを手に取ると、文面に目を走らせる。

 

「……どんなぼろ負けしたか、容易に想像できるなこれは。 ダメージレベルC、修復に数日から数週間。 これは誰が見ても、安静にしてろと言いますね山田先生」

 

「そうです。 なのでお二人の専用機は、しばらくこちらで預かります」

 

「山田先生、私でも何か手伝う事はありますか?」

 

「気持ちは嬉しいですが、オルコットさんと凰さんはイギリスと中国の代表候補、なのでその他の国家が容易に触れると言うのは難しい事なんですよ」

 

「そうですよね、申し訳ありません。 出過ぎた真似でした」

 

 二人のやり取りが終わり、真耶が保健室を出て数分、数人数十人の女子が突如殺到。彼女らが要件を言う前にカナードがシャルルの腕を掴み、一夏と箒を合わせて言った。

 

「皆が何を言いたいのかよぉーくわかるが、惜しいなもうちょい前にペアは決まったんだ。 俺はシャルルと、一夏は箒と決まったから」

 

 次の瞬間、一夏と箒とシャルルの三人は顔が赤くなり、その他の女子達はあっという間に保健室を出て行った。口々に腐った妄想を呟く者もいたが、カナードは聞かないふりをした。

 その他の女子達が全て出ていくと、カナードは持っていた包みを解き、その中にあったものをそれぞれセシリアと鈴音に渡した。それは特撮やアニメの映像ディスクだ。

 

「セシリアのは『ウルトラマンネクサス』、鈴のは『機動武闘伝Gガンダム』と『新機動戦記ガンダムW』ね。 暫くIS使えないみたいだし、良かったらこれを見るといいよ」

 

 そのチョイスに戸惑うセシリアと鈴音をよそに、一夏達を連れて保健室を出るカナード。道中一夏がカナードにセシリアのチョイスについて質問する。『ウルトラマンネクサス』は鬱作品の一つにも数えられている作品で、土曜の朝の子供たちを一気にテンションダウンにさせたと言われているが、よく見ると傑作とも言えるものだ。

 それに対し鈴音に対するチョイスは一夏は納得した。

 

「セシリアに勧めたのは、その傲慢さを完全に消えるかなって。 鈴のは、どっちも中国のキャラが出て、機体が似てるって事かな」

 

「だとしてもなぁ…」

 

「それよりもだ、問題はラウラだ。 あいつをどうにかしないとな」

 

 話題を切り替え、ラウラの問題にカナードは変える。納得する三人を連れ、カナードは自分の部屋へと案内し、缶コーヒーを三人に配る。

 

「あいつの機体、聞いた限りだと慣性停止結界使ってんだろ? そいつの対処法考えねぇとな」

 

「カナードはどのストライカーを使うつもりなんだ?」

 

 一夏の問いにカナードは考えるそぶりを見せて言った。

 

「そうさなぁ、取り敢えずエールかI.W.S.P.で押す。 あとは状況に応じてなソードなりランチャーなり、臨機応変にやるさ」

 

 そう言ったカナードは、缶に残ったコーヒーを飲み干して笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 タッグマッチトーナメント当日。カナード&シャルルペアの初戦の相手はラウラ&簪ペアだった。

 

「……あれ? 何で簪が?」

 

 原作とは違う展開に、カナードの思考は定まらなかった。しかしこれは自分と言うイレギュラーによるものだと無理にでも理解するしかなかった。

 ピットに入り、カナードとシャルルはそれぞれ自機を展開。カタパルトに足を固定する。

 

『ストライク、ラファール・リバイブ・カスタム、カタパルト固定。 発射タイミングを大和君、デュノア君に譲渡します』

 

 管制室からのアナウンスに、カナードとシャルルはピットから飛び立った。

 

「大和カナード、ストライク、行きます」

 

「シャルル・デュノア、ラファール・リバイブ・カスタム行きます!」

 

 降り立った先に見えたのは、蒼と黒。打鉄弐式とシュバルツェア・レーゲンの二機。カナードは簪を相手にしようとするが、シャルルが制した。

 

「カナードはラウラの相手をしてきてよ。 彼女は僕が相手をするよ」

 

「でも…」

 

「友達とは戦い辛いでしょ? 大丈夫だよ、僕も彼女と同じだからさ」

 

 「任せて」と最後に付け足し、シャルルは簪に勝負を仕掛けた。彼…いや、彼女の言う通りだ。カナードは何処か簪に対して罪悪感を持っていた。本当ならカナードは簪と組みたかったが、シャルルの事がある。仮にその手を選んだりでもしたら、最悪の事態が起きるかもしれない。それはシャルルも分かっていた、だからこそ彼女は自ら簪の相手を買って出たのだ。

 シャルルの恩に感謝し、カナードはラウラと対峙する。

 警戒すべきは(アクティブ)(イナーシャル)(キャンセラー)、慣性停止結界だ。それに対し、カナードはエールを選択する。初手からI.W.S.P.を使用すれば、混戦の最中でシールドエネルギーが底を着くかもしれないと踏んでのことだ。もし使うとなると、シュバルツェア・レーゲンに組み込まれたあの禁忌のシステムが、発動されたその時。学園に入学してから今まで人物の関係以外ストーリーは歯車の通りに展開された。その法則にしたがえば、間違いなく…。

 目の前の軍人相手に、カナードはレーザーライフルを構え、引き金に指をかける。

 

「一夏が相手じゃなくて悪かったな、あんたのお眼鏡に叶うかどうかわからないけど、いい勝負をしようか!」

 

「ほざけ!」

 

 挨拶代わりのアンカーワイヤーがラウラの腕から放たれ、カナードのレーザーライフルに絡みついた。

 

「雑魚とは違う。 雑魚とはっ!」

 

 ラウラが某機動戦士のセリフの一つを叫んだその瞬間、アンカーワイヤーがレーザーライフルを締め付けて破壊し、カナードはとっさにシールドを掲げる。行動も似ていることにカナードはつい苦笑いをする。

 レーザーライフルが破壊されても怯まないカナードはラウラを中心にして円を描くように動き、ヘッドギアから小型小銃を撃ちだす。

 

「牽制のつもりか、(さか)しいな!」

 

「…牽制……ね、あんたにゃそう見えるか。 だとしたらそいつぁ、あんたの判断ミスだ!」

 

 スラスターの出力を上げ、速度を上げ残像を生んでいく。しかし、それだけで軍人である彼女を欺くのは難しいし、ラウラ自身カナードを残像の中から見破る事も造作もない。狙いを定め、右肩のレールカノンを放つ。すかさずの爆発。その爆炎の中から、ソードストライカーに換装したカナードがシュベルトゲベールを振り上げて突撃する。

 一撃目をサイドステップで避けるラウラに、カナードは説明する。

 

「残像を生み出すほどのスピードを出すのに、スラスターの火は大きくなる。 俺はあんたにそれを狙わせて、ストライカーを排除し換装してドーン!」

 

 途中で説明するのが面倒臭くなったカナードは終いには擬音で〆る。

 

「だがそれで私に勝ったつもりか!」

 

「勝つかどうか、それは今決める事じゃねぇと俺は思うね!」

 

 二撃目、突きで攻撃するカナード。それをラウラはAICでカナードをシュベルトゲベールごと動きを止めようとするが、寸前にカナードはシュベルトゲベールから手を放し、ソードからランチャーにストライカーを変え、アグニを構える。

 AIC発動中は集中力を要する。シュベルトゲベールを止めている今、切り替えるのに一瞬の隙が生じる。その隙がカナードにとって十分すぎていた。

 アグニの砲身から赤と白の入り混じったような光の筋がシュベルトゲベールごとラウラを包む。二人のシールドエネルギーが急激に減っていく。カナードの方はアグニのエネルギーに、ラウラはそのダメージとして減っていく。

 少し離れた場所で、シャルルと簪はお互いに弾丸を撃ち尽くしており、肉弾戦に入ろうとしているところだった。カナードのアグニが撃ちだされたと同時に、二人はカナードとラウラの方に視線を向ける。

 誰が見てもラウラの敗北。アグニの光の中で、ラウラは空けてはいけないパンドラの箱を開いた。

 

『VTシステム・スタンバイ』

 

「んなっ!」

 

 不気味な電子音声がカナードの耳に入る。

 咄嗟に距離を開け、シャルルと簪の元へと移動するカナードは、ストライカーをエールに変えた。

 ドロドロとシュバルツェア・レーゲンの装甲がラウラを見えなくするように包むと、別のものに変化する。それは二メートルを越えた巨体で、近接ブレードを持ち、なおかつ女性の形をしていた。

 

「……噂にゃ聞いていたが、これがVTシステムかっ!」

 

 VTシステム…ヴァルキリー・トレース・システム。それは千冬がかつて出場したモンド・グロッソでは多大な成績を残した各部門最優秀者には様々な称号が送られ、そのうちの一つに千冬が受賞したのがヴァルキリーだ。その動き、反射、攻撃方法など様々なものをトレースしたのが通称VTシステムと呼ばれるものなのだ。発動方法は多大なダメージがかかるその時、使用者の意思によってだ。しかし現在では、その研究・製造・使用全てが禁止されている。

 それが今、カナード達の目前で起きた。

 黒い巨体が近接ブレードを手に、カナード達に迫る。先程まで味方だった簪をもターゲットに含んでいるのか、と言うよりもこの雰囲気は、この黒い巨体から醸し出されている物は全てが敵だと言っているようだ。

 誰もが感じ取る黒い巨体から出るすべてに対する敵意は、カナード達にとって心地の良いものではない。捌ききれるかどうか、今のカナードには難しいのかもしれない。それでも、カナードはやるしかない。一夏の代わりに黒い巨体を倒すしかない。

 

「さぁて、どうするよお二人さん」

 

「どうしようも…ないよね」

 

「…私とデュノア君、弾丸すべて撃ち尽くした」

 

「俺は俺でシールドエネルギーが少ねぇ。 さて、どーしましょ」

 

 出来るだけおちゃらけても、この畏れは拭えない。

 

「更織さん、僕にいい考えがあるんだけど……」

 

「…奇遇。 デュノア君と考えが合うなんて」

 

 横目でお互いに頷き、機体の展開を解除する。この事態にカナードは一瞬目を丸くする。緊急事態、それも絶体絶命に近いこの状況で。

 

「おいおい、お前ら!」

 

 突然の行動に、カナードは驚いたが、前世で読んだ原作の流れを思い出し、二人の真意がすぐに読み取れた。だからそれ以上何も言う必要もなく、ストライカーを排除(パージ)して二人を迎える。

 

「カナード、僕たちのシールドエネルギー…」

 

「…貴方に、預ける」

 

「っしゃあ!!」

 

 待機状態のラファール・リバイブ・カスタムと打鉄をコードでストライクとつなげる。使用者二人の許可が下り、ストライクのシールドエネルギーは回復しきった。

 

「さんきゅ、二人とも。 さて、行きますか」

 

 意気込んでいると、オープンチャネルで千冬から通信が入った。

 

『大和、デュノア、更識。 直ちにアリーナから避難しろ、そいつは教職員部隊がやる』

 

「申し訳ありません織斑先生、その案はお断りいたします。 奴の狙いは私です、仕留めます」

 

『退けと言った』

 

「聞けません、通信を終わります」

 

 一方的に千冬との通信を終えると、カナードは拡張領域内に収納してあるI.W.S.P.を選択。両腕に太刀を握りしめ、黒い巨体と対峙する。

 

「力を求めた果てのその選択!」

 

 片方の太刀で近接ブレードの一撃をいなし、もう片方の太刀で切り付ける。

 

「故のその暴走!」

 

 レールカノンからの砲撃が着弾し、怯ませる。

 

「そんなモノ使うなら、自分自身の力で来い!」

 

 思っている言葉を吐き出しながら、神経を研ぎ澄まして切り付けていく。懐に入ったカナードが優勢。かと思いきや、黒い巨体はその腕でカナードを掴んだ。

 そして地面に叩き付け、足で踏みつける。相当の圧がカナードに掛かり、レールカノンが撃てずにいた。ダメージが溜まり、シールドエネルギーを減らしていく。ISを装着している限り死ぬことは無いが、もしシールドエネルギーが無くなったりでもしたら、カナードは間違いなく死ぬ。

 一度死んでまた死ぬと言う最悪な事態を拒むカナードだが、既に残りのシールドエネルギーは三割を低下していた。

 刹那、黒い巨体が大きく揺らぎ、カナードを踏みつけていた足はどかされた。

 

「カナード、無事か?!」

 

 一夏が雪片弐型を構えながら言った。

 

「……これが無事に見えるか?」

 

 フッと口角を吊り上げてカナードはそう返し、一夏の隣に移動する。幸いまだレールカノンも生きている。

 

「一夏、俺が奴の動きを止める。 その間に零落白夜かましたれ」

 

「そのつもりだ」

 

 言い終えると同時に、カナードはガトリングシールドを呼び出すと、レールカノンとで黒い巨体の動きを止める。やがて懐ががら空きになったところで、一夏が瞬時(イグニッション)加速(ブースト)で急接近し、真一文字に切り抜いた。

 黒い巨体の後方で一夏が着地すると同時に、中からラウラが落ちてきた。地に落ちる前にカナードはそれを受け止め、ストライクを待機状態にした。

 

 

 

 

 夕焼け色に染まった保健室。ラウラが目を覚ますと、傍らには千冬とカナードがいた。手ぶらな千冬に対し、カナードは紙袋を手に持っていた。

 

「気が付いたようだな」

 

「教官……私は…その男と戦っている時に…」

 

「お前の機体にはVTシステムが組み込まれていた。 お前は知っているだろうが、大和、説明しろ」

 

「はい。 通称VTシステムと呼ばれるヴァルキリー・トレース・システムとは、モンド・グロッソにてヴァルキリーの称号を得た人物の操縦技術を模倣(トレース)するもので、危険性を秘めており、現在どの国家・企業・組織のいずれでも、開発・使用・研究のいずれも禁止しております」

 

「ほぉ、よく知っているな大和。 つまりそう言う事だ」

 

 禁忌のシステムを使っても負けてしまった事に、ラウラはひどく落ち込んでいた。

 去り際に、千冬がラウラに聞いた。

 

「ボーデヴィッヒ、お前は何者だ?」

 

 その当然すぎる問いに、どう言う訳かラウラは答えられずにいた。答えられるはずの質問なのにだ。

 そもそも自分は何者なんだ?ドイツ軍シュバルツェア・ハーゼ隊隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒ。戦うだけに生まれた試験管ベイビー。恩人の名は織斑千冬。なのに、何故答えられないのだろう。

 

「何者でなければ、お前はラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「…え?」

 

「それとだボーデヴィッヒ。 お前は私にはなれんぞ」

 

 そう言って千冬は退室する。それを確認して、カナードは紙袋の中の物を取り出すとそれをラウラに手渡した。

 

「暫く退屈するだろうし、餞別ね」

 

「……何だ、これは?」

 

「『ウルトラマンコスモス』ていって、特撮ヒーローね。 あとは『仮面ライダーJ』」

 

 その映像ディスクを手渡すと、カナードは丸椅子に座り、ラウラに話しかける。

 

「俺は実は、五歳までガラスケースの……それも液体の入った中で過ごしたんだ」

 

 ラウラにだけ話した過去の自分。今日までカナードは誰にも言わなかった。

 

「家が大和生物機械技術研究所って言うところで、産まれて直ぐ体の出来が悪かったらしくてな」

 

「……」

 

「でも俺は、それに感謝してんだ。 この世で生きると言う素晴らしさを知れたし、あとは……まぁ、色々言い表せないけど……とにかくだ、生まれた事に感謝ってこと」

 

 そう言ってカナードも保健室を後にする。残されたラウラは急にリラックスしたかと思うと、急に笑い出した。大きく、響くほど。

 

 

 

 

 その日の夜。カナードが一人かけうどんを啜っていると、カルボナーラをトレーに乗せたシャルルが隣に座った。

 

「タッグマッチトーナメント、中止らしいな」

 

「まぁ、あんな事態になったしね。 でも後でデータ採取のために一回戦の組み合わせやるらしいよ?」

 

「ほぉ…」

 

 その後、一夏と箒も合流し四人で共に箸やフォークを進めていると、息を切らした真耶が現れ特別に大浴場が使えるとカナード達に言った。カナードと一夏が入学してから今日まで使えなかったのが、今日の事で貸し切りになったそうだ。

 湯船でゆくっりと浸かりたいカナードと一夏にとって嬉しいニュースだ。早速準備しようとする一夏の頭を、誰かが掴んだ。その正体は千冬で、彼女は自身の弟の頭部を鷲掴みにしていた。原因はカナードには分かっている。無断発進の事だろうと容易に予想できた。

 仕方なしに一夏を取り残した二人は、千冬と真耶に一礼し、箒に「一夏をよろしく」と言い残したカナードはシャルルと共に部屋へといったん戻る。因みにカナードの命令違反は、暴走状態のシュバルツェア・レーゲンを止めた事で相殺された。

 

 

 

 

 大浴場の入り口には筆で「本日男子の貸し切り」と書かれていた。また古風なものだとカナードは思い、部屋でシャルルと決めた通り、カナードが先に入ることにした。今日のダメージを癒す為と、シャルルの裸体を見ないようにする為だ。

 熱くもぬるくもない丁度いい湯加減。その湯船に浸かったカナードは、自分の体が解れていくような感じがした。心地よいこの上ないこの極楽気分に、カナードは浸っていた。

 その時、入り口が開いた音がした。カナードは予想が出来ていた。シャルルが入って来たのだと、カナードには分かっていた。分かっていたのだが、前世と今世含めて親族以外の女性と素肌で触れあった経験が無いので、内心動揺しすぎていた。

 湯船にシャルルが入り、背中合わせで湯船に浸かる。

 

「ま、まったく…お前ほど度胸がある女は初めてだ」

 

「そうかな……ここに来る前は男としての立ち振る舞いを叩きこまれたから…実感がないなぁ」

 

「一応褒めてる方なんだが……」

 

 こめかみを指で掻くカナードは知っていながらシャルルの話に耳を傾ける。

 本当の名前、母との思いで等聞いているうちに、いつの間にかカナードは彼女の頭をなでていた。無性に撫でたかった。

 

「……まぁ、何だ。 お前が良けりゃ…卒業したら家の研究所にテストパイロットか研究員として来いよ。 皆には俺から言っておくけど…」

 

「……ありがとう、かなーど」

 

 

 

 

 翌日、教壇上の真耶が苦い顔でSHRを進めていた。感づいた上に恐怖心に駆られているカナードは、自然とストライクに右腕を乗せていた。

 そうしていると、真耶が教室の外に居るであろう人物を呼んだ。入って来たのは女子生徒。女子生徒なのだが、昨日まで男子制服に袖を通し、その下にコルセットを巻いていたはずのシャルル…否、

 

「シャルロット・デュノアです。 今日まで騙してすみませんでした」

 

 そこから数分女子生徒たちのこそこそ話。昨日の大浴場の件でカナードとシャルロットが混浴状態になった事が知れ渡り、一夏にも疑惑の目が向けられたが、一夏と箒の証言で二人が入った時はまだ千冬にこってり絞られていたと言う。

 一気にカナードに視線が集中する最中、ラウラが教室に入って来た。この原作とは違う展開に、少なからずカナードは動揺する。そんな彼の席にラウラが近づくと、いきなりキスを仕掛けた。

 その時女子生徒の誰かが「痺れる」だの「憧れるゥ~」等と言っていたが、カナードの耳には届かない。ついでに言えばラウラの嫁宣言も聞こえなかった。

 この件でそれから一週間、簪はカナードに口をきかなかったそうだ。

 

 

 

 

続く

 




これにて残りは楯無生徒会長となりましたが、タイミングとしては夏休み後となります

次回をお楽しみに


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四話 福音への序章と紅き椿の花

今回タイトル通り紅椿が出ますし、所々でネタも多いです

そして今回初かもしれませんが、カナードの髪型の特徴が出ます


 

 前回から数日。初夏のある日の休日。一夏と同室になったカナードは、ベッドの違和感によって目が覚めた。原因は分かる。その上でゆっくりと布団を翻す。そこに居たのは半裸のラウラで、カナードの左半身に抱き付いていた。そんな彼女をシャルロットに次ぐ度胸の持ち主と評したカナードは、何とか音を立てずに拘束から逃げ、布団をかけてやり、手挽きのミルでコーヒー豆を砕きながらこの後の展開を思い出す。が、自分と言うイレギュラーが起こしたことが必ずしも原作通りとはいかない。

 カナードに次いでラウラが起床し、砕かれていく豆の香りで意識が覚醒する。作業中のカナードにラウラは声をかけず、コーヒーが出来るのを待ち始めた。

 コンセントにつながれたサイフォン下部の水がお湯となって、上部の砕かれた粉状の豆を浸し始める。上からスティックでかき混ぜながらカナードはラウラに声をかける。

 

「いつ忍び込んだかは聞かない。 何故ここに居るかも、その目的も聞かない。 ただ寝るとしても服は着なさい、腹を下すぞ」

 

「…問題はそこか?」

 

「ついでに言っておくが、日本で夫婦になれるのは婚姻関係を結び婚姻届を役所に届けてからであって、対象の人物やキャラクターを嫁と言っても夫婦にはなれん。 あれは自分のイチオシみたいなもんだ。 あのアイドルは俺の嫁ってな」

 

「で、では私とお前は…」

 

「嫁でも夫でも夫婦でもねぇな。 でもまぁ、兄妹ならまかり通るかな、どっちも髪長いし」

 

 バッサリと切り捨てて互いの小さな共通点を見付けたカナードは、男性にしては長めのこげ茶色の髪の毛先を弄る。髪を切るよりも、洗うのが大変でも伸ばした方がマシだとカナードは言う。

 

「なら私が姉だな」

 

「…どうしてそうなるの?」

 

 出来上がったコーヒーを差し出しながらカナードはそういう。が、ラウラの中では既に決定事項らしく、変更は利かないようだ。

 

 

 

 

 あの後原作の様な騒動は起きず、カナードはシャルロットと共に学園発のモノレールに乗り込んだ。今度の臨海学校に必要な水着やら何やらの新調や買出しとの事でシャルロットにカナードは誘われていた。

 モノレール内でカナードの長い焦げ茶色の髪に興味津々のシャルロットに、持ち主は隣に座っているシャルロットとは別の方向に髪を流す。気を抜いたら遊ばれると思ったからか、とりあえずカナードは自分の髪をシャルロットに向けるのを本能的に拒む。

 

「遊ぶなよ?」

 

「まだ僕何も…!!」

 

「じゃあなんで君の視線は俺の目じゃなく、髪の毛の方に向いているのかなぁ?」

 

 言われて初めてシャルロットはカナードの髪に凝視しているのに気が付き赤面する。

 度胸があると思えばこの反応。人によってはシャルロットの行動すべては計算なのでは、と疑う者も少なくない。しかしカナードにとってそんなことはどうでもいい。他人は他人で自分は自分だ。

 少しならいいかと、髪の毛の三割ほどをシャルロットの方に寄せる。それに気が付いたシャルロットはカナードに了承を得ようかどうかを迷っているが、本人の首が縦に振られると、そっとシャルロットはカナードの髪に触れた。

 

「あ、意外と…お手入れしてるんだ」

 

「そうか? 切るよりかはマシだ」

 

「変わってるね」

 

 そうして会話しつつ、二人を乗せたモノレールは目的地の駅に到着。この時カナードの髪の一部が三つ編みになっていた。駅に降り立つと同時にそれを解いたカナードは、残念がっているシャルルと共に、ショッピングモールへと歩いて行く

 その少し後ろの自動販売機付近の物陰では、人ごみが嫌いな筈の簪とカナードの偵察目的で同伴しているラウラがそこに居た。彼女たちは先を行くカナードとシャルロットを見失わないように、極力見つからないように尾行する。

 

 

 

 

 最初に二人が訪れたのは水着店だ。原作だとここでは一夏が見ず知らずの女性に水着を押し付けられそれを片づけるように言われた場所でもある。その面倒くささから回避すべく、極力カナードはシャルロットから離れずにいる。

 季節が季節なだけに店内の品ぞろえはそれなりに良い方だ。男用女用との棚の区別もきちんとしており、値段はどれもお手頃価格。普段このような場所には来ないカナードにとって、この店は何処か新鮮だった。小中と夏休みの殆を実家である研究所で過ごしていたからである。前世も同じようなもので殆どは実家で夏休みを過ごしていた。所謂インドア派だ。

 シャルロットと共に自分の新しい水着を選んでいるその時、カナードの視界の端に簪とラウラが見えた。これがイレギュラーか、とカナードは内心独り言ちる。シャルロットもカナードの反応に気付いていたが、敢えて気にしない事にした。彼女にとってこの雰囲気がとても気に入っているからだ。

 それが終わり、ショッピングモール内を散策していると二人は一夏と箒がデートしているのが見えた。カナードとシャルロットはそれなりに良識がある方なので、わざわざ合流すると言う無粋な真似はせず、某猫型ロボットの様な温かい目で過ぎ行く二人を見送った。

 

「…微笑ましい限りだな」

 

「僕たちもあんな関係になれたらなぁ…」

 

「……その事に関して、俺には時間が必要だ。 心の整理がつかない内は、答えは出ない。 だからよシャルロット、今はまだ受け入れねぇよ」

 

「…ずるいよ、そういうの」

 

 そのまま二人は買い物を続け、更に絆を深めていった。

 

 

 

 

 臨海学校当日。目的地へと走るバスの中で、カナードは爆睡していた。同室の一夏曰く、昨夜遅くまで新型ストライカーの設計に当たっていたと言う。また彼の隣では本音も爆睡。その内二人の鼻提灯が合体するのではないかと、運転手と千冬以外誰もが思っていた。二人の鼻提灯はそれほど大きくはないのだが、それでもそう思ってしまう。

 やがてバスは海沿いに差し掛かり、バス車内のテンションは一部上昇。はしゃぐのも良いが、と真耶がなだめようとするも、千冬の冷たく鋭い視線が無理やり黙らせる。

 バスが旅館に到着するとカナードと本音が目を覚ます。

 

「よし、一夏行くぞ」

 

 カナードと一夏が先にバスを降り、積んである荷物を降ろし始める。二泊三日と言う日程なのに、それ以上泊まるのではないかと疑ってしまうほどの荷物の量に、一夏とカナードは揃って同じ疑問を持った。が、気にしても解明されない謎なので、カナードは気にするのをやめた。

 すべての荷物を降ろし終え、旅館の女将に挨拶を済ませ、早速今日一日は自由行動の日。一日中遊びまくると言う行動概念が、女子生徒たちを駆らせる。彼女らの背を見送って、カナードは一夏と共に、自分の泊まる部屋へと移動する。

 

 

 

 

 水着に着替えたIS学園の生徒たちに、真耶は夕方になったら旅館に戻るように大声で言い、一夏達はそれに返事をする。その近くで、木陰で体育座りをしている二人がいた。カナードと簪だ。根っからのインドア二人は、取り敢えず海辺で遊ぶ級友たちを眺めていた。せっかく二人とも水着を新調したばかりなのだが…。

 そんな二人に、共通の友人である本音が狐の着ぐるみ姿でカナードと簪の手を取ると、そのまま一夏達の下へと連れて行く。そのままカナードと簪はビーチバレーやスイカ割りに参加。思いの外二人は海の遊びを誰よりも楽しみ始めた。

 そこからは誰もが、泳ぎ、潜り、遊び、散々楽しんでいたのだが、カナードはふとした違和感を感じ取った。ラウラが生地面積の少ない水着を着て恥ずかしがっている?違う。セシリアのサンオイルの件が起きなかった?それでもない。鈴音と一夏の水泳対決が何事もなく引き分けで終わった?でもない。掴めない違和感の正体を探っていると、シャルロットと簪が気付いていてカナードに教える。

 

「もしかして、箒がいない?」

 

「…さっきまではいた」

 

「そうか……一夏と水着デートしてっと思ったんだけどなぁ…」

 

 原作を知っていた筈のカナードでさえも、いざその場面に自分がいると知っていても気が付かないものだとしみじみ思う。それでも最終的には一夏とくっつく事を祈りつつ、海の遊びを楽しんでいた。

 

 

 

 

 箒は一人、沈む夕日を見て佇んでいた。昨夜の実姉との電話にて専用機に関しての話で、箒にも作ってくれるとの事。正直現在絶賛行方不明中で、一夏と離れ離れにした張本人に電話を掛けるのも躊躇したが、やはり血の繋がった実の姉、彼女に頼むしかなかった。電話口の彼女はふざけ過ぎていたが、それはいつもの事。

 専用機を送り付けるのは明日、しかもその日は専用機持ち達の訓練があり、もしかしたら箒もそこに参加できるかもしれない。

 一夏に近づくかもしれないと言う淡い期待感がある反面、迷いや葛藤の念が彼女から滲み出ていた。それは表情にも出ており、そんな顔を見られたくない為に今日は一人になりたかった。

 

「こんなところに居たのか篠ノ之。 一夏が探していたぞ」

 

「…今日は、一人になりたかったんです」

 

「お前の専用機についての話は、(ヤツ)から私も聞いていたが……、いかにもあいつらしい。 別の意味で敬服する」

 

 やれやれと言った表情で千冬は言った。その妹である箒も嫌と言うほど姉を理解しているので、千冬の見解に激しく同意する。しかし問題なのは彼女の人格ではなく、彼女御手製の箒の専用機。実の妹に道化を演じろと言うのだろうか、戸惑いを隠せずにいる箒。

 その箒の心情に、千冬も痛いほど理解できた。自分もかつて道化を演じる羽目となり、結果今の様なゆがんだ世界を生み出してしまった。その片棒を担がれた彼女は、その罪滅ぼしとして、そして二度と自分の様な人間を世に出さないように教鞭を振るっている。時には厳しすぎる事もあるが、それは生徒を愛するが故の事。

 本来の目的を思い出した千冬は、箒に要件を伝える。そろそろ集合時間だと。

 それを聞いた箒は頷いて沈む夕日に、これから自分のになるだろう専用機の名前を呟いた。

 

「…(あか)……椿(つばき)

 

 その小さな呟きは、沈む夕日が静かに包み込んだ。

 

 

 

 

 その日の夕方、旅館の宴会場でIS学園の生徒たちが夕食を取っていた。刺身やあら汁など海の幸が目立つものだ。その宴会場は半分がテーブル席となっていた。宗教上の問題や正座に慣れない国出身の生徒の為の措置だそうだ。ここでカナードはふとした疑問を抱いた。

 

「…テーブルなんか使ったら、畳痛んで勿体無いだろうに」

 

「……生粋の日本人なんだね、カナード」

 

「日本人だよ、俺は。 なぁ、簪」

 

「…うん」

 

「何か二人してひどくない?」

 

 カナードの疑問に左隣のシャルロットは呟き、カナードの右隣の簪は首を縦に振りシャルロットをおちょくるカナードの援護に回る。勿論シャルロットは冗談だと言う事を理解して半笑いで最後に言った。その後彼女は誤ってワサビの山を丸ごと口に入れて涙目になり、少々呆れたカナードがお茶ではなくゼロカロリーのコーラを差し出した。こっちの方がお茶よりもワサビのツーンとする辛さが早く抜けるそうだ。

 食事は静かに行うのが信条であるカナードに、目の前の席で長い袖が邪魔で持ちづらそうに箸を持った本音が糸目で見つめているのが見えた。これはカナードは分かる。簪もシャルロットも気付いている。シャルロットは鎌かけも兼ねて、以前カナードから教わった言葉を言った。

 

「本音、次に君はこう言う。 『かなかな~、あーんして~』と」

 

「かなかな~、あーんして~……え~?」

 

 何処かの漫画のセリフを用いられたうえで自分の言いたいことを言われた本音は訳が分からなかったが、直ぐにどうでもよくなりカナードに詰め寄り始めた。それが引き金となり、周囲の女子生徒たちがわらわらと一斉にカナードと一夏に群がり始めた。

 その中にちゃっかり簪にシャルロットまで混じっているので少々質が悪い。腕を十字に組んで謹んで辞退するカナードとは違い、一夏はこの状況に慣れず戸惑っていると、千冬降臨。一夏の後ろの襖を開けて現れた彼女は、群がる女子達に雷を落とす。その脇でカナードは何事もなかったかの様に箸を進めている。

 料理一つ一つの味を楽しみつつ、千冬の説教をもおかずにし箸を進めていく。

 

 

 

 

 その夜。カナードは割り振られた部屋にいた。本当ならカナードは一夏と同じく千冬と同じ部屋だったのだが、千冬と真耶がカナードの性格等を考えた結果だ。淫行目的の女子達を丁重に返す事を千冬たち教師陣は知っていた。

 それを知ってか知らずか、カナードは自分の周囲に投影ディスプレイを表示、新型ストライカーの着工を進めていた。外見(ボディ)は出来ているが、後は中身(プログラム)だけ。

 

「セシリアのビットを参考……駄目だ、仮にも他国。 現時点での日本でビットを扱っているのは心当たりない。 やはり、あのマッドサイエンティストに当たるしかないのか…」

 

 壁にぶち当たっていたカナードは小休止にディスプレイを閉じ、伸びの姿勢を取る。するとストライクにプライベートチャネルの通信が入った。携帯で言う非通知。相手の名前どころかISの機体名すら出ない。怪しみつつもカナードはその通信を開いた。

 

『はろー、いっくんと同じくISが使える少年!』

 

 この声、この口調、このノリ。間違いない。篠ノ之束だ。まさか彼女自身から連絡が来るとは、カナードはいまだに信じられずにいた。

 

「…驚きました。 現在行方をくらましている貴女から、恐らく興味対象外だと思っていた私に連絡をするとは……」

 

『かしこまらなくてイーよ。 束さんと言う天才科学者はイレギュラーと言うものに関心があるのだ!』

 

「同じ研究者として、それは同意します。 それで本題ですが、貴女の目的をお聞きしたい」

 

『ん? 目的? 君のISを通して面白いの見せてもらったよ。 凄いね、いっくんが見たら頭爆発しちゃうモノ作るなんて』

 

「新型ストライカーの設計図ですか? 確かに彼の頭はオーバーヒートしてましたが……まさか…」

 

『そのまさか! 束さんが手伝って進ぜよう!』

 

 思っていた以上に事が運んだ。本来ならばカナードが束が紅椿をお披露目する明日に見せる筈が、どう言う訳か彼女から連絡が来て完成を手伝うと言う発言が出た。ある意味願ったりかなったりのこの状況に、感謝半分嫌疑半分。

 ギブ&テイクと言う言葉がある通り、何かをするには代償が必要となる。

 

「それで、貴女は私に何を望むんですか?」

 

『ん? そだね、箒ちゃんといっくんの二人を幸せに導いてほしいな。 束さんのせいで箒ちゃんはいっくんと離れ離れになっちゃったからね』

 

「……罪滅ぼし、ですか?」

 

『そーしたいけど、束さん箒ちゃんからちょち嫌われてるみたいでさー』

 

「それは箒が戸惑っている様にも思いますが、私も箒と一夏には幸せになってもらいたいと思っています。 あの二人の空白の六年は、そう簡単に埋まると思ってません。 貴女もそれを理解しているはずですね」

 

 疑問詞でない確認の言葉に、束は肯定する。

 これ以上の通信は政府にも嗅ぎ着かれてしまうかもしれないと言う事で、束の方から強制的に通信が遮断する。嵐のような人間だとカナードは解釈する。それ以上は知る気はしない。人間台風とも相応しい彼女を理解するなど、タイムマシンを現実に作り上げるほど困難この上極まりない事である。

 ふと、部屋に掛けられている時計に目を向ける。時刻はそろそろ消灯。用心に用心を重ねる彼は、入り口や窓を内側から頑丈に厳重に固める。ラウラの様な人間がいる。クラスのモブ女子生徒達が彼女の技術を習得し、いつカナード一人の部屋に侵入するかたまったものではない。

 最終確認を終え、カナードは敷いた布団にくるまって深い眠りについた。

 

 

 

 

 翌朝、カナードはメカニカルなウサ耳を前にしゃがみ込む一夏を見付けた。ここに来る前に少々不機嫌な箒とすれ違ったカナードは原作を思い出していた。ここであのウサ耳を引っこ抜けば、大型ニンジンロケットに搭乗した束が現れる。そして一夏は躊躇いつつもそのウサ耳を引っこ抜いた。

 

『当たり! けど景品はないよ』

 

 おふざけ度マックスレベル。ウサ耳にはそんな札が付けられていて、それが一夏とカナードの視界に入る。何というか、二人は一瞬虫の居所を悪くされた感じがした。

 すると、上空で風を切る音が聞こえ、上空には次第に大きくなっていく黒い点が見えた。音と共に巨大化するそれは、ついには一夏の手前に激突。正体を掴めているカナードと掴めてない一夏は、そのニンジンロケットの中に人がいるのを確認した。その正体、着ている服のテーマは『一人不思議の国のアリス』、十分に眠る事が出来ていないのか半目に隈、髪留めカチューシャは機械的なウサ耳、そして出鱈目ワガママボディ。

 

「ヤッホー、いっくん!」

 

 篠ノ之束本人だ。

 

「出た」

 

「あの…、お久しぶりです束さん」

 

 現在行方をくらましている人間が今目の前にいる現実を、一夏とカナードは否定したかった。いくら否定をしたところで目の前の現実は変わらない。

 

「あ、ねーねーいっくん、箒ちゃんどこかな?」

 

 しかし束は一夏に聞くだけ聞いておいて答えを聞かずにその場から走り去る。

 

「……何だったんだ、一体?」

 

 誰に言うまでもなく呟いた一夏の一言に、カナードが敢えて一言を加える。

 

「俺が知るか」

 

 

 

 

 朝食後、カナードを含めた専用機持ち達+αは海岸沿いの断崖絶壁の場所にいた。2時間ドラマのラストによく使われそうな場所で、カナードとは違う+αのイレギュラーに気が付いた鈴音は、思った事を素直に千冬に伝える。

 

「よし、専用機持ちは全員そろったな」

 

「ちょっと待ってください。 箒は専用機を持っていないでしょう?」

 

 そう鈴音が言う。今の彼らの立ち位置は、鈴音、セシリア、一夏、カナード、簪、シャルロット、ラウラ、そして箒。それぞれ自前のISスーツを着用しており、その中で箒は先日までのとは違うデザインだ。カナードの視界の端で一夏の鼻の下が少し伸びていたが、それは気にしない事にした。

 理由を話そうとする千冬だったが、それを遮るように誰かの声が木霊する。心当たりがある四人は警戒する。これから来るであろう人災に備える。

 すぐ近くの斜面に一筋の土煙が舞う。そこか、と一夏達は視線をそちらに向けた。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 掛け声をあげたその人物は勢いよくジャンプし、千冬の下へと自由落下を開始する。そのシルエットは大の字に両手足を広げて、その姿を鮮明に見せた。千冬と同じかそれ以下の年齢の女性だ。天真爛漫な表情をしたその女性は、有無を言わさず千冬のアイアンクローの餌食となった。

 

「ちぃぃぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃぃちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

 物の数秒、千冬はその女性にアイアンクローで鷲掴みにしただけでなく、受け流して女性の威力を殺す。アイアンクローは人によってダメージが違う。千冬のは本気を出せば相手を悶絶させるほどの威力で、カナードはその恐ろしさを知っている。今の千冬のアイアンクローは殆ど本気に近い、常人だったら既に虫の息…なのだが、その女性は千冬のアイアンクローなど物ともせず…と言うかまるで利いていない様子。

 旧友との再会を喜んでいる女性は千冬に接触を図ろうとしていた。が、当の千冬はそれを拒み、アイアンクローの威力を強めるが、未だにその女性は参る様子はない。

 

「さぁさぁ、ちぃちゃん! 愛を確かめ合おうよぉ!」

 

「いい加減にしろ」

 

 ややあって、箒が岩陰に隠れ、千冬のアイアンクローから逃げ延びた女性が見つけ出し、セクハラ発言からの木刀クラッシュ。原作通りの展開に事が進み、女性はくるっと一回転し自己紹介を始める。

 

「私が天才の束さんだよー。 はろー、おわり」

 

「出たなマッドサイエンティスト」

 

 カナードの思っていた言葉が呟きとなって口から出る。その呟きを聞いていた一夏と千冬の二人は特に否定はしなかった。

 そして束と言えば、ISを開発した自他共に認める天才科学者。未だ各国でも解明されていないISのコアを唯一製作できる人間で、この狂った世の中を生み出した張本人だ。正体が分かった各国の代表候補達は現在行方をくらましている束が目の前にいる事実に驚愕の表情を浮かべていた。

 自分がある意味注目の的だと理解している束は細めた目を光らせると、急に天を仰ぐ格好をすると高らかに叫ぶ。

 

「さぁ、大空をご覧あれ!!」

 

 彼女の呼び声に呼応するように、上空からまたも風を切る音を出しながら何かが落下する。上空の点が徐々にこちらに近づいてくると、そのまま誰にも被害を与えずに束の隣に着地する。その正体は正八面体のモノリスで、カナードと簪はそれに似ている物の名前を言おうとしたが自粛する。

 

「これが、これこそが! 箒ちゃんの為の、箒ちゃんだけの専用IS! その名も紅椿(あかつばき)!! 現行ISのスペックを凌駕する束さんお手製の第四世代だよー!」

 

 正八面体のモノリスが可愛らしいエフェクトをまき散らしてその全貌を晒す。現れたのは紅く染まった装甲のISだ。可憐に咲く紅色の椿、はたまた勇ましい鎧武者のようにも見えた。その上世代が最新の第四世代である事から、この場に居る四人以外驚いていた。

 

「凄いな、現状じゃほとんどの国家が第三世代に踏み切ってるってのに…」

 

「そこがホレ、天才の束さんの手に掛かれば御茶の子さいさいへのへのカッパ! 天才束さんの成せる業なのだよ」

 

 カナードの問いに束が気を良くして答える。その対応に実の妹である箒や、彼女の得性を理解している一夏が目を丸くしたりポカンとした表情で彼を見る。カナードも興味の対象であることを意外と思っていたのだ。それを知らずに、束の裏の性格を知らないセシリアが興味本位で話しかけようとするがそれに気づいたカナードが全力で阻止する。

 邪魔されて憤慨するセシリアは尚も阻止しようとしているカナードを突破。目を輝かせたセシリアは、ISの第一人者に声を掛けたのだが……、

 

「あ? 何邪魔してんのアンタ。 今束さんいーとこなのに邪魔すんなんて、分かんないの? 理解できないの? 何がしたいの? まったく、自分が何者かを理解してんの? してないから平気で束さんの邪魔すんでしょ、あれだよねー、アンタ果てには首チョンパな結末迎えたいの? それとも黒くて巨大なISに乗って頭おかしくなりたいの? それとも白くてフリフリな格好してお子ちゃま達のプリティでキュアなヒーローにでもなんの? 巨大なひまわりの着ぐるみでも着てたら? これから束さんさぁ、箒ちゃんのフィッティングやパーソナライズしたいんだけどさ、邪魔だからもうどいてくんない? これだから外国の連中はヤなんだよね」

 

 怒涛の口撃に遭いましたとさ。

 これで如何に束と言う人物かを身を以て知ったセシリアを見て、カナードがあるカードゲームアニメのセリフ言った。

 

「もーやめてー、セシリアのらいふは0よー…」

 

 棒読みだった。

 ややあって箒のフィッティングとパーソナライズの作業に入った。流石天才科学者を自称しているだけあってか、両手の指先と関節を駆使して投影型のキィを叩いて行く。人は慣れれば片手でキィを叩く事も出来るが、彼女の場合は常識を逸していた。もし今の彼女に石で出来た変な仮面を渡したら、「人間をやめる」とまで言い出しそうな感じだ。

 カナードの隣で簪が束の指先を見ていた。自分にはとても真似出来る芸当ではないと悟った目で。

 作業が終了して、箒は紅椿と共に飛翔。流石最新世代IS、白式やストライクの比ではなかった。ここでカナードに一つの疑問が浮上した。

 

「…問題は、(あいつ)がその力の大きさに気付くかどうかだ」

 

 転生してこの世に生まれ、更にISまでも動かせるカナードは原作には無かった様々なイレギュラーを起こしてきた。大まかなところは原作通りなのだが、この後起きる事件で箒がミスしてしまう事を思い出したカナードはその事を危惧して呟いた。その呟きは運がいいのか悪いのか、誰一人としてその耳には届かなかった。

 自立機動ドローンを右手に握られた(あま)(つき)と、左手に握られた(から)(われ)で次々と落としていく箒の表情は、少なからず浮かんでいたのがカナードには見えた。

 その時、山田真耶が息を切らして千冬に近づいて耳打ちすると、千冬の表情が一変してカナード達に言った。

 

「訓練中止。 非常事態発生。 至急作戦室に集合! これより、極秘任務に入る!」

 

 それは、最悪な事件の始まりだった。

 

 

 

 

「今から二時間前、アメリカとイスラエルの合同軍事演習の際、新型のIS『シルバリオ・ゴスペル』通称『銀の福音』が突如暴走。 搭乗者は意識不明の状態のまま日本に向けてマッハの速度で接近中。 委員会から学園の方にこれの対処が下り、我々が一番近い場所にいることから」

 

「私たちにその暴走ISの活動を止め、尚且つ搭乗者の救助を任された……と」

 

「そうだ大和」

 

「それを何故、どの国家、どの組織にも属さない私たちが……それも学年の一年が対処しなければならないのでしょうか。 確かに私たちが一番近いのは分かります。 が、これでは…失礼ですが相手国の尻拭いを私たちがしなければならないのでしょうか」

 

「…私もそうは言った。 それを上が聞かなかっただけだ」

 

 臨時の作戦室。そこは宴会場に学園の機材を積んだ場所で、カナード達一年の専用機持ち達は千冬から現状を聞き、カナードが思った事を言った。

 続いてセシリアから福音の詳細なスペックデータを要求。それに対して、(ろう)(えい)した場合の処罰の旨を千冬は教師の立場と指令としての立場で語る。処罰は三か月間の監視等だ。セシリアとカナード達もその条件を受け入れ、千冬は一夏達に配った端末に福音の詳細なスペックデータを表示する。

 

「…化け物だなこりゃ」

 

「どれもこれも常軌を逸してる……」

 

 カナードと一夏が素直な感想を箒たちが同調する。

 

「そして規格外の速度で移動している為に攻撃が追い付かない。 アプローチは一度、そこで一撃必殺の威力を持った攻撃で止めるしかない」

 

「それが出来るのは……」

 

 そこで一斉に一夏に視線が集まり、当の本人は何故自分なのかが理解できずに居た。そう、一夏の白式の単一仕様、『零落白夜』と言うバリア無効化攻撃。それが決まれば、福音のシールドエネルギーは底を突き、搭乗者も救える。

 しかし、問題は如何にして福音に接触するかだ。悩んでいる一夏達をよそに、カナードが何処からか持って来た柄の長いモップを取り出すと、天井を一突き。するとどう言う訳か突いた所から束が一枚の天井板と共に落下。千冬の隣に落ちて尻餅を打った。

 

「こ、これが日本で有名な『ムッ、曲者』と言うやつか」

 

「違います」

 

 爛々と目を輝かせて言うラウラにカナードがツッコミを入れる。

 

「もー、酷いなぁ」

 

「さて束、盗み聞きとはいい度胸だ。 用が無いなら今からサメの餌になるか、それとも政府に売り出されるかどちらかを選べ」

 

「ちーちゃんヒドイ! お困りのところに束さんがいーこと教えようと思ったのにー」

 

「大和、確かこの近くにサメの巣があったな」

 

「そうですね、何ならすぐにでも篠ノ之博士(はくし)を連れて行きましょうか?」

 

「うぇーい、全然聞いてないよぉ。 箒ちゃんの紅椿の展開装甲を使えばあっという間なんだよ」

 

 『展開装甲』。その単語に、千冬までもが反応する。

 それはすなわち、第四世代の特徴で、瞬時(イグニッション)加速(ブースト)にも優る速度で移動できるとの事で、紅椿に白式を乗せて展開装甲を使えば、あっという間に目標に到達し、その時に当てれば作戦は成功だ。

 そこへセシリアが手を挙げて箒の代わりに自分がと名乗りを上げる。

 

「お待ちください。 本国より強化パッケージ、ストライクガンナーが送られています」

 

「インストールは?」

 

「まだですが、七時間はかかります」

 

「束、そちらはどうだ?」

 

「ばっちしばっちり7分で完了するよ」

 

 この時点で千冬の判断はもう決していた。

 

 

 

 

 二時間後、一夏は海岸沿いに立っていた。待機状態の白式のディスプレイを表示して時刻を確認する。もうすぐ作戦時間。まだかまだかと、今回の作戦パートナーを一夏は待っていた。

 そして、やって来た作戦パートナーと共に、一夏は白式を展開する。

 

 

 

続く

 




次回で福音戦&第二移行出します頑張ります
応援よろしくお願いします


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五話 嘆きの天使と覚醒の雪

今回少し詰めすぎたかなと思うところがありますが、これからも応援よろしくお願いいたします


 

 指令室で千冬が今作戦の概要を、通信機を通しオープンチャネルで白式を纏う一夏とその作戦パートナー、紅椿を纏った…箒に伝える。その様子を、離れた場所でカナード達が眺めていて、今作戦の行く末を見守ろうとしていた。その中でカナードは箒に釘を刺そうかと思ったが、今の彼に命令権もなく千冬がプライベートチャネルで一夏に向けて箒の様子に注意しろと伝える。

 作戦開始とともに、何故か居た束が突然カナードを何処かへと連れ出した。この事に関して千冬も承諾済みだ。もしかしなくてもこれは新型ストライカーの着工だ。束に手を引かれながら連れ去られるカナードは、どうか密漁船が出ないようにと心の裡で祈った。

 そもそも何故束が未だここに居るのに政府に見付けられていないのか。それは簡単、彼女のウサ耳カチューシャがステルス機能が備わっており、今現在もそれが機能中だそうだ。

 早速束がカナードの設計図に目を通し、興味深い所が多いのか随所随所でフムフムとわざわざ口で言いながら感心していた。

 

「ほほ~、中々おもしろいね~」

 

「通常はバックパックとして、その他は援護機能付きの無人機として使えるようにするのがブルーブースター。 敵のレーザーやビームを吸収してそれをシールドエネルギーの代わりとして超巨大レーザーを放つユニバースブースターと専用のライフルとシールドです」

 

「なぁんだ、てっきり手間取るモノかと思ったら……オッケー、中身(プログラム)くらいならきっちりキッカリ3分で完成できるよ! 束さん天才だからねー。 その間にカップ麺作っといてね~!」

 

 たった3分。彼女はそう言った。天才の名は伊達ではないと言う事か。後ろでカナードがカップ麺の容器にお湯を入れて蓋をした瞬間、束の指が分身している様にも見えた。高速でキーを叩いている彼女は、まるでピアノを演奏している小学生の様な表情をしていた。その上、目は狂気じみていた。

 きっかり3分。出来上がったプログラムの仕上がりを見て、カナードは驚愕する。見開いた目で見た物は、現在の自分の腕ではまともに到達できない代物。計算式等寸分の誤差もなく、完璧に仕上がっていた。

 そのカナードの様子を見ながら束は出来上がったカップ麺を啜っていた。しかも割り箸ではなくマイ箸で。

 

「むっふっふ~。 驚いた驚いた驚いたぁ? 束さんの手にかかりゃぁ…」

 

「本当に素晴らしい。 私にはここまで……そうか、ここはこうでそこがこうか。 そうか、こうすりゃあ良かったんだ。 ありがとうございます、束さん」

 

「束さんの台詞を遮らないで欲しいな。 でもいい返事だよ少年! でもインストール終了まですんごい時間かかるよ~」

 

「少なく見積もって…10時間程でしょうか?」

 

「ノンノン、4分の1の2時間半! その後直ぐにでも初展開できるよ。 じゃ、束さんもう行くね。 またね、転生者(・・・)さん」

 

 その言葉に、カナードの思考が一瞬ではあったが止まった。

 どの様にしてカナードの正体を知ったのか定かではないが、そう言い切ってすぐに屋根裏を通って束は去っていく。カナードはこの世に転生して一度も誰にも自分が転生者だとは名乗ってはいない。もし伝えたとしてもそれでは只の厨二病患者と受け止められてしまう。

 新型のストライカーの完成を手伝って貰えた事に感謝は禁じ得ない。が、それでも彼女が何故カナードの正体を知っているのか、今のカナードには解らない。イレギュラーに興味はあると彼女は言ったが、ならどうやってカナードが転生者だと知っていたのだろう。

 しかしそれ以上にも心配な事がある。一夏と箒の二人だ。まだ十分しかたっていないが、そろそろ福音に接触してもおかしくはない。二人の無事を祈りつつ、カナードは作戦司令室へと戻る。

 

 

 

 

 指令室に戻ったカナードは、簪の隣に座り彼女から現状を聞いた。福音への零落白夜は失敗。その後戦闘に持ち込み、今二人は福音の弾幕を避けながら何とか二度目の零落白夜を出す機会を窺っているところだ。

 この時カナードは、ある事を思い出していた。それは恒例となった前世の記憶だ。

 

「織斑先生、付近の海域は既に教員部隊が封鎖しているんですよね?」

 

「それがどうした、大和」

 

「もし封鎖前に船が出港していた場合の、そう言う情報はありませんか? もしかしたら密漁船が出た可能性も無くもありません」

 

「既に漁協に一時出向の停止は出ている……が、密漁船か…。 有り得なくもないな」

 

 密漁船が出ているかどうかを他の教員に千冬が指示を出すのと同時に、一夏からのオープンチャネルが届いた。

 

『千冬姉、密漁船がいる!』

 

「織斑先生だ。 今大和から密漁船の心配を聞いたばかりだったが…封鎖する前に出たのだろうな。 いいか、臨機応変に対処しろ」

 

 その指示に承諾する一夏と、自身の愛機の力を無暗に振り回している箒がカナード達の目に入っていた。

 そして、悪夢とも言える瞬間が訪れた。

 

 

 

 

 一夏が撃墜され意識不明の重体になってしまい、箒は箒で力の有りようと自分の不甲斐無さに嘆き、今は一夏の傍で項垂れていた。

 見舞いとしてカナードと鈴音がその部屋に訪れていた。いつもポニーテールに結っていた箒の髪は、結んでいたリボンが焼けてしまっていた。それだけでなく、いつもの彼女の風格も消えてしまったかのようで、暗かった。

 

「……どうだ、一夏の様子は」

 

「………」

 

「だんまりかよ…。 密漁船の乗組員は既に全員捕まったぜ。 今頃ワッパ掛けられてムショかブタ箱かもな」

 

「それで、アンタはどうしたいの? 答えなさいよ」

 

 カナードには答えなかったが、鈴音のその言葉で箒は力の抜けたような声で二人を見ながら言った。

 

「私はもう……ISには乗らない。 私には……過ぎた力だ」

 

 その言葉に鈴音が反応してぶっ叩こうとしたところ、カナードが代わって箒の肩を掴んで無理に視線を合わせて力強く叫ぶ。

 

「甘ったれんじゃねぇよ馬鹿野郎がっ!! 簡単に乗らねぇとか抜かすんじゃねぇ、紅椿はテメェの……テメェの姉さんがテメェの為に作ったんだぞ!! 現にテメェは束さんの身内で女だ! それだけでも束さんを獲得する重要な交渉カードで、同時に束さんに対する最終兵器だ! 今と学園に来る前のテメェは政府の保護下であると同時に、政府に所有されてんだぞ?! その紅椿はなぁ、どの国の物でもない何より優れたISだその持ち主はテメェだ!! それになァ、束さん言ってたんだよォ! 自分の妹に迷惑を掛けてしまって申し訳ねぇ、自分は今妹に嫌われてると思うって。 とんだ妹思いの良い姉さんじゃねぇか!!! テメェはその……肉親の好意を無下にすんのかよ、答えろよ! 答えろよ、篠ノ之箒!!! 紅椿はテメェにとって過ぎた力じゃねぇんだ、一夏と肩を並べられる力だ!!!!」

 

 カナードの口撃。実に的をよく射ている。

 

「で、アンタはどうしたいのよ」

 

 鈴音が箒の手を取った。

 

「私は私の友達の敵を討ちます。 オルコットの名に懸けて」

 

 セシリアの手が重なる。

 

「僕も。 一夏も皆も大切な友達だよ」

 

 シャルロットの手も重なった。

 

「既に福音の所定位置は既に我が黒ウサギ隊が捉えている。 いつでも仕掛けられるぞ」

 

 ラウラの手も。

 

「……それで、箒はどうしたいの?」

 

 簪も。

 

「み、皆……私は…私はもう一度戦う。 姉さんから貰った力、一夏の為に使う! 自分の為ではない、惚れた男のために戦う!!」

 

「そこまで言えるんだったら、もう何もこわ……」

 

『死亡フラグ!』

 

「はい、すみません皆さん」

 

 かくして、福音への再戦が決まった。待機中の身での命令違反。それをカナード達は敢えて破る。友の仇をとる為に。

 

 

 

 

 胎児の様に体を丸めた福音は、一夏と箒との戦闘でのダメージを癒していた。そこへ、プラズマレールカノンとアグニが直撃した。ラウラのとカナードの攻撃だ。

 

「初弾、命中!」

 

「大和カナード、及びIS学園一年専用機部隊!」

 

『任務、開始!!』

 

 散開してカナード達は福音に攻撃を仕掛けはじめる。この時のカナードのストライカーは只のランチャーストライカーではない。近接装備(ソード)中距離装備(エール)遠距離装備(ランチャー)を一纏めにしたパーフェクトストライカー。高機動からの重い斬撃と重火力がウリだ。一人で一個小隊ほどの力を有していると言っても過言ではない。

 鈴音とセシリアがいつになく統一のとれたコンビネーションが取れていた。セシリアがビットで福音を鈴音の距離へと誘い込んでいく。

 

「たぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 双天牙月を繋げず二刀流で重い斬撃を繰り出していく。その斬撃を躱そうとする福音だったが、完全に避け切れておらず、掠ってばかりである。引き際に鈴音が衝撃砲で福音を撃って距離を取り、シャルロットのアサルトライフルの弾丸が雨粒の様に福音に降りかかる。

 また入れ替わってラウラがプラズマ手刀で頭部の翼を切り落とし、直ぐに福音本体を(アクティブ)(イナーシャル)(キャンセラー)で拘束してカナードがシュベルトゲベールの斬撃がもう一方の翼を切り落とす。

 

「…ターゲットロック、『山嵐』!!」

 

 AICの拘束から解かれた福音は自由落下し、そこに簪の打鉄弐式の弾道ミサイル弾『山嵐』が全弾命中する。大ダメージは食らわせる事に成功したが、問題はその後。やや早い段階で福音を撃墜できたが、安心するのはまだ早い。

 すると、何処からか教会の鐘の音が聴こえてきた。周囲にそれらしき場所はなく、あるとするなら福音のみ。祝福を意味する筈のその音色は、悪夢の産声にも聴こえた。

 失われた筈の福音の翼が、四枚に増えて蘇った。

 

「……馬鹿な、早過ぎる! 二次(セカンド)移行(シフト)だと?!」

 

 カナードが言った。恐らく箒達も同じ様な事を思っているに違いないだろう。現実の悪夢そのものだ。

 移行後の福音は先程の戦闘スペックを遥かに凌駕しており、あっという間に形勢が逆転された。数で押していた筈が、圧倒的力によって押し返されていた。

 

「何なのよ、コイツはぁっ!」

 

 衝撃砲を放ちながら鈴音がステータスアップされた福音に対し悪態を突いた。全くその通りなのだが、今は福音の沈黙に集中するしかない。例え自分達が倒れようとも、刺し違える覚悟で闘っていた。未だ目覚めぬ友の為に、カナード達は闘っていた。

 現実は実に不条理に出来ている。ある人物が言っていた。『努力とは、宝くじを買うことである。努力そのものはやれば実る当たりくじのようなモノではない』と。カナード達は自分達が努力すれば、化け物じみたISに勝てるだろうと思っていた。が、現実は真逆で既にカナードはパーフェクトストライカーを破壊され、今はI.W.S.P.を使用しており何とか立ち回っていた。

 セシリアの場合はビットが半分も落とされ、鈴音は片方の双天牙月が砕かれ、シャルロットはスラスターを、ラウラはプラズマカノンの砲台を破壊されていた。未だほぼ健在なのは紅椿と打鉄弐式のみ。

 福音の多数の弾幕射撃(シルバー・ベル)が幾度となくカナード達を襲う。シールドで防ぐか、無理にでも体を捻るぐらいしかこの嵐は避けられない。

 

「やられるかよ、こなくそぉぉぉぉ!!」

 

 レーザーライフル、レールカノン、ガトリングのフルバースト攻撃。カナードも弾丸の嵐を福音に向けて撃ちだしていく。

 

 

 

 

 そこは辺り一面水浸しな場所。大小様々な形の雲が青空の中で流れていき、水面はくもりない鏡の様に空を映していた。

 福音の集中攻撃を受け意識不明の状態に陥っているはずの一夏はそこに居た。

 これは夢?それとも天国か?見つからない答えを探す彼の耳に、心地よい歌が聞こえてくる。その調、その歌詞、そしてその歌を謳う少女を一夏は知らない。そのはずなのに、どう言う訳か知っていた。

 気が付けばその近くに流木があった。目の前の少女は成人男性程の大きさの木の枝に腰をかけており、一夏も同じ様に流木に腰をかけ、彼女の歌に聴き入っていた。

 聴いている内に、少女は謳うのをやめると、急に青空を見上げた。

 

「もう、行かなきゃ」

 

 そう言った彼女の言葉に疑問を持った一夏は、その少女に声を掛けようとするが、彼の背後に金属がこすれる音がし、その方に視線を向ける。そこに居たのは、身の丈ほどの大剣を片手に持っていた純白の鎧を纏った純白の騎士だ。

 純白の騎士は凛とした佇まいで尚も一夏をバイザー越しに見つめていた。一夏から見えていないが、バイザーの奥の瞳には悪意も敵意すらも感じさせていなかった。

 

「あなたは力を欲しますか?」

 

 RPGでのお決まりの台詞が、今一夏に問いかけられていた。答えは既に決まっている。

 

「俺は力が欲しいさ。 でも、独りよがりなのは嫌だ! 仲間と、友達と、好きな女を守る力が欲しいんだ!!」

 

 力強く言い切った一夏に、騎士の露わになっている口元は笑って、少女は笑って一夏に言う。

 

「なら行かなきゃね。 友達のところ、仲間のところそして、愛する人の場所にね」

 

 その瞬間、一夏の意識は覚醒する。

 

 

 

 

 圧倒的火力。それは簡単に避け切ることはかなわない。

 圧倒的速度。それは簡単に逃げ切ることはかなわない。

 二次移行後の福音の強さに翻弄されっぱなしのカナード達は、シールドエネルギーの殆ど、若しくは武装の殆ども底に突きかけていた。パーフェクトストライカーと同様にI.W.S.P.は破壊され、エールストライカーにシュベルトゲベール、そしてI.W.S.P.のガトリングシールドを装備したカナードは、シルバー・ベルの弾幕をガトリングシールドで防ぎつつ、仲間たちの状況を聞いた。

 セシリアはビットが、鈴音も片方の衝撃砲を、ラウラは右肩のプラズマカノンを破壊され、シャルロットと簪はストックしていたアサルトライフルと弾丸が無くなりかけていた。箒は展開装甲を駆使する事でシールドエネルギーの消費は半分近くだけ削られていた。

 

「ちゃー、まずいなぁー」

 

「…そういうカナードは?」

 

「ぶっちゃけ今持ってる装備で最後です。はい」

 

 シュベルトゲベールを握り直して簪に答えるカナード。切っ先は尚も余裕な感じの福音に向けられていた。

 エールストライカーのスラスターを吹かし、カナードが突撃し、シュベルトゲベールを突き立てるが福音はそれを軽々避ける。しかしそこを読んでか、セシリアのスターライトMarkⅢから撃たれるレーザーが福音の背面に直撃する。福音の注意がセシリアに向けられた瞬間、左右からカナードのシュベルトゲベールと鈴音の双天牙月の斬撃が直撃する。しかしそれでも福音はのけぞらず、怯まず、ただ相手を殲滅せんとしていた。

 ラウラのアンカーワイヤーが飛び、シャルロットのシールドピアースが天使を穿つが、どちらも福音への決定打に至っていない。

 やがて、鈴音が、ラウラが海面に打ち付けられついには箒も福音に捕まってしまい、同じように海面に激突した。

 

「まだ使えねぇのかよ、くそっ!」

 

 インストール終了まで時間はかかる。それまで持ちこたえられるか、カナードには不安しかない。

 ダメもとで何度目かのスラスター最大出力で福音に突貫する。

 

 

 

 

 福音には歯が立たない。それを箒は痛いほど理解していた。一夏の仇を討ちたかった箒は、自分を愛してくれている自慢の姉から受け取った紅椿の性能を、十二分に発揮出来ずに、また扱いきれずに負けてしまった。

 情けない。惚れた男の分まで戦うと決意した結果がこれだ。

 ふと、誰かが自分の顔を覗いている気がした。重たい瞳を開け、ぼやけた視界がクリアになると、そこには今はここに居ないはずの男がそこに居た。

 

「よっ!」

 

「い、いち……か! 本当に、お前なのだな…?」

 

「ヒドイな箒、俺は生きてるぜ。 せっかくお前に渡したいものあるのにさ」

 

 そういうと一夏は懐からあるモノを取り出した。それは髪留めなどに使うリボンそのもの。今までしていたのは昼間に福音戦にて焼き切れてしまっている。

 

「誕生日、おめでとうな」

 

 それは箒への誕生日プレゼントの新しいリボンだ。実はこのリボン、カナードとシャルロットの二人が臨海学校前にショッピングモールに訪れた際に、同じように一夏と箒もそこに訪れていたその時に一夏が箒に内緒で買ったものだ。

 一夏の手からそれを受け取った箒は、長い髪を元のポニーテールに結い直す。

 

「ん、やっぱ箒はポニーテールが似合うな。 そんなお前が俺は大好きだ」

 

「私もお前の事は好きだ。 きっと来ると信じていたぞ」

 

「いけるか、箒?」

 

「ああ。 だが、先に行ってカナード達の援護に回ってくれ、私は少し遅れるぞ」

 

「ああ」と、一夏が短く言った。

 

 飛翔する一夏の背を見た箒は、白式の左腕とスラスターの変化を見た。一夏も福音と同じ様に二次移行に成功したのだろう。どういった経緯かは分からないが、箒にはこれだけは言える。

 ――やっと、あの背中に追いついた。ならば、自分は肩を並べても恥じないように戦うだけだ。

 その箒の決意が、紅椿に更なる力を目覚めさせた。

 

 

 

 

 福音のシルバー・ベルの掻い潜りつつ、カナードは次の一手を考えていた。が、そうは簡単にいかない。今のカナードにはこの後の展開が、理解できるはず状況が頭になかった。だから、その人物の登場に思考が追い付いていなかった。

 二枚から四枚に増えた背面のウィングスラスター、左腕の大きな武装と見た事の無い部分はあれど、右手に握られていた鋼色をした日本刀、それを装備した純白の鎧は、間違いなく彼の物だった。

 

「……けっ、主役は遅れて登場かよ、いぃぃちかさぁん!!」

 

 口を悪くして言うカナードだが、その顔には笑みが浮かべられていた。ハイパーセンサーを通してみた白式第二形態雪羅。

 一夏の登場と同時に、カナードの方である処理が完了する。二つの新型ストライカーのインストールが完了し、確認ボタンを押す。その瞬間、ストライクの追加武装が排除され、背中に新たな武装が現れた。

 可動式のウィングと砲門が二つあるその新型ストライカー、ブルーブースターがストライクの背面にマウントされる。

 

「っしゃあ、インストール及び展開完了! おい、一夏。 共にお披露目会といこうか?」

 

「ああ! 雪羅、クロ―モード!!」

 

 一夏の左腕、雪羅の指先から零落白夜の爪が出現する。その後ろでカナードが二門のレール砲を稼働させ、赤い極太レーザーを照射。一夏の援護に回る。それらに続くように、簪達も出来る限りの範囲内で援護を始める。

 しかし、問題なのはシールドエネルギー。特に一夏の場合、クロ―モードの雪羅と雪片の双方に零落白夜を起動しているためシールドエネルギーの消費が否めない。このままでは福音を止める前に、また一夏がやられるかもしれない。

 だがカナードは知っている。二つ目の切り札がこれから登場する事を。

 

「一夏っ!」

 

「待っていたぜ、箒」

 

 現れたのは金色に輝いていた紅椿を纏った箒。それは紅椿の単一仕様、『絢爛舞踏』が発動していた。差し出された箒の手を一夏は握り返すと、白式のシールドエネルギーが一気に回復した。これが絢爛舞踏の能力。シールドエネルギーの回復のみならず、余剰した分を僚機に譲渡出来る。

 つまりはこの箒の紅椿と、一夏の白式は対の存在であることが分かる。

 そこからカナード達の快進撃が始まった。しかし現状は福音の方がやや優勢で六割ほど。それでも逆の可能性は零ではない。カナード達は攻撃の手を、回避する足を止めなかった。手を止めれば福音を止められず、足を止めれば逆にこちらが落ちてしまう。暴走を止めるのに、福音から操縦者を救うのに休む暇はなかった。その時点で問題が変わる。シールドエネルギーの消費から体力の消費だ。

 

「弾幕、来るぞーっ!」

 

 疲弊していれば、カナードの叫びを聞いても判断が一瞬遅れてしまう。遅れたのは……簪だった。

 

「…っ!」

 

「か、簪ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 疲労で反応が少し遅れた簪の回避行動。直撃の寸前、カナードがその間に入り込んだ。シルバー・ベルの弾幕が、カナードと簪を包む…筈だった。

 シルバー・ベルの弾幕が、ストライクに吸収された。いや、正確にはストライクの左腕のアブゾーブシールドに吸収されたのだ。更に背面のブルーブースターはパージされると無人機へと変わり、また新たなストライカーが装備された。白い装甲のユニバースブースターである。

 このストライカーには専用のレーザーライフルと先程シルバー・ベルの弾幕を吸収したアブゾーブシールドが付属されている。

 

「………無事か、簪。 ブルーブースターに掴まってくれ、それを足に使うんだ」

 

 いつもより強いカナードの口調。彼の後ろで簪は悟っていた。彼は今、燃えたぎる溶岩の様に(いか)っていた。

 

「……充填完了。 これが、新型ストライカーの力だ! 括目せよ、その眼で! 肌で感じろ、我が存在を!!」

 

 その瞬間、カナードの前方に光のゲートが出現。それを一気にくぐると、装備しているユニバースブースターから蒼く輝く可視化したシールドエネルギーの翼が展開されるとカナードは、一気に福音に距離を詰めてその胴を思いっきり蹴り付ける。その吹き飛ばされた先には、双天牙月を両手に握っていた鈴音がいる。

 投手の投げた球を打ち返す強打者の様に、鈴音は福音を撃ちあげる。またその先に居たのはセシリアだ。唯一残っていた右腰のビットのミサイルを撃ちだし、インターセプターを投擲した。

 弾かれた先にはラウラがおり、ペンデュラムブレードでインターセプターを絡め取ると、それを福音に向けて投げ返すも二度目は簡単に避けられた。が、その福音の逃げた先にはシャルロットがいた。彼女はシールドピアース・パイルバンカーを何度も打ち付け、最後の一発で打ち上げる。

 姿勢制御のその瞬間、福音に隙が生まれた。簪が瞬時に福音に照準を付けると、ブルーブースターがそれに従い砲撃を開始した。原作でシャルロットが一夏にアサルトライフルを貸し出したのと同じ要領だ。

 続けて箒の空裂の巨大な光刃が福音の翼を二枚切り落とす。これで福音の機動力は激減する。間髪入れずに今度は展開された雪片と雪羅の零落白夜が、福音のシールドエネルギーを大量に削っていく。

 

『今だ!』

 

 一夏達が揃ってカナードに言う。

 

「目標、銀の福音。 フルバースト!」

 

 アブゾーブシールドとライフルが直結すると、ライフルの砲身が変形して銃身が伸び、更にユニバースブースターの砲身も展開。三つの砲門が福音を捉えていた。引き金を引くと、それぞれの砲門から赤みがかった白い光の奔流が放たれ、あっという間に福音を包んだ。

 二枚の翼が、全身の装甲がシールドエネルギーと共に消え去っていく。

 

「ぜぁおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 そうして残ったのは、武装の殆どが機能しなくなった福音と、操縦者の女性だけだった。

 落下する女性をカナードが受け止め、一夏達に向かって拳を突き撃だす。

 

「作戦、完了!」

 

 一夏達の拳もカナードの拳に合わせていく。

 

 

 

 

 旅館に戻った彼らを待ち受けていたのは、修羅と化した千冬。今カナード達は全員畳の上で正座をさせられていた。この程度ならまだいい、問題は処分内容だ。帰ったら特殊メニューと反省文の提出と、彼らには厳しい処置だった。

 かれこれ一時間近く経った頃だろう、真耶が人数分のスポーツドリンクを両腕に抱えて持って来て、千冬にその辺でと言う。

 

「…まぁ、生きて帰っただけでも良しとするか。 今日は皆休め、いいな? 今からメディカルチェックを受けろ」

 

「では私と一夏は別室で待機しています」

 

 そう言ってカナードは一夏を連れて一旦司令室を出て、自分たちの番が来るのを待ち始めた。

 

 

 

 

 その日の夜。夕食の席でカナード達は、一般の生徒たちから福音事件についてしつこく話を要求された。しかし専用機持ち達には漏洩した場合の処罰を理由に断っていた。最終的にはラウラの口から聞いた方にも厳しい罰がくだると言って、強制的に質問攻撃をした場合の処罰を理由に断っていた。最終的にはラウラの口から聞いた方にも厳しい罰がくだると言って、強制的に質問攻撃を封じ込めた。

 その代わりと、カナードは懐からボイスレコーダーを取り出して再生ボタンを押した。

 

『惚れた男のために戦う!!』

 

『そんなお前が俺は大好きだ』

 

「良い収穫だったにゃ」

 

「…弟よ、お前いつの間に一夏と箒の録音を……」

 

「何か知らんけどストライクが録音してました!」

 

 清々しいほどの笑顔とサムズアップでラウラに答えるカナード。それを聞いていた一般の女子生徒たちの興味話題は福音から即座に変わる。

 この時、カナードは誰よりも早く一夏と箒がいない事に気が付いたが、転生前からのファース党である彼は周囲には伝えず、自分の胸にしまい込むことにした。今頃海辺でラブロマンスなんだろうなと、カナードはそう思いながら箸を進めていた。

 因みに鈴音は、二組なのでカナード達より少し離れた場所でルームメイトの隣で夕食を食べていた。

 

 

 

 

 同じころ、一夏は旅館を出て海で泳いでいた。規則違反であるにもかかわらず、彼はどう言う訳か泳ぎたくなってここに居る。月夜の水泳も良いモノだと、爺臭い感想を持った一夏は岸に上がって腰を下ろして休憩する。

 するとそこに、箒が現れ一夏と背中合わせで座り込んだ。突然の彼女の登場とその水着姿にしどろもどろな反応を一夏は取った。一夏から見て、箒は真面目な方で規則違反をする人間だとは思っていなかったが、次の箒の言葉を聞いて、考えをかえた。

 

「……6年」

 

「え?」

 

 それは二人が離れ離れに合った年月。ISが…白騎士事件がそのきっかけになった。コアを唯一製造できる束の家族はある意味格好の獲物。そのせいで箒は一夏と自分の家族と離れ離れになってしまった。

 

「……今でも思うのだ、もし姉さんがISを開発していなければ、お前と離れ離れになる事もなかったのかもしれない………と。 だが私は…これでもよかったと思っているぞ」

 

「……俺もだ。 IS学園に入学する前はあの環境に馴染めるかなって不安だったけど、箒に再会できて俺は良かったって思ったよ。 もし俺が、愛越学園に入学してたら箒…お前とも再会できなかったはずだ」

 

「一夏……」

 

「箒……」

 

 いつの間にか、いつからか、箒と一夏の二人は互いを意識し始めていた。

 そして、二人の影が一つに重なる。

 筈だった。

 

「…人前でラブロマンスとは、偉くなったな織斑と篠ノ之」

 

 一夏の姉にしてブリュンヒルデとヴァルキリーの称号を持った千冬が、ジャージ姿で、竹刀を持って、睨みを利かせて二人を見下ろしていた。

 

「げぇっ、千冬姉?!」

 

「あ、あの…お、織斑先生、こ、これは……!!!」

 

 もはや弁明の余地はなかった。

 

「それとだ二人とも、大和からの伝言だ。 『二人の愛の前に何が出ても怖くないだろ?』だそうだ」

 

 この時一夏と箒には『たたかう』等と言う選択肢はなく、『にげる』しか残されていなかった。

 因みに、何故千冬かというと、カナードが彼女にだけ情報をリークしたのだった。そして、この二人に更に追加メニューがくだったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 同じ頃。風呂上がりのカナードを簪が待ち受けていた。てっきりシャルロットがやるだろうと思った所業を、簪が成し遂げてしまった。

 

「……どしたのよ簪」

 

「…今日の、お礼」

 

「お礼つったって…あぁ、あの時」

 

 移動しながらカナードは福音戦時、簪を庇った事を思い出した。あの時はカナード自身無我夢中であり、下手をしたらカナードまで一夏の二の舞だったのかもしれない。

 

「…ありがとう、カナード」

 

「どういたしまして。 あの場で簪を助けないとって、体が勝手に動いてたしね」

 

 それから二人は旅館内を歩き、簪が寝泊まりする部屋の前に到着するまで二人は会話を続けていた。勿論、アニメ・特撮談義である。

 

「それじゃ、お休みな簪」

 

「……おやすみなさい、カナード」

 

 

 

 

 翌朝、バスの中では一夏と箒に対して冷やかし合戦が起きている中、見知らぬ女性が乗車した。カナードはその女性の正体を知っている。福音の操縦者で名はナターシャ・ファイルス。

 

「ねぇ、この中で自作でISを作った男子って誰?」

 

 その答えに皆一斉してカナードを指差す。差された本人は挙手して座席から立った。彼の姿を見付けたナターシャは、軽くカナードにヘッドロックを掛ける。何故この仕打ちなのかと思うカナードにナターシャが答える。

 

「君の攻撃でねぇ、ダメージレベルがBに近いんだあの子。 止めてくれたのはありがたいけど、や・り・す・ぎ・だ・よ・ね?」

 

 小声で話すナターシャであったが、その代わり腕に力が伝わっていきカナードの首を段々に絞めていく。しかし殺す勢いではない為死ぬことは無いが、意識が堕ち掛けていた。

 堕ち掛ける寸前で拘束を解いたナターシャはカナードの頬に軽くキスをする。当人曰くお礼だそうだ。

 その後夏休みが来るまで、またも簪はカナードに口を利かなかった。

 

 

 

続く

 




次回冒頭から一夏とカナードがやっちゃいます


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夏休み編
六話 見学と決意と…


今回初っ端から一夏とカナードがやらかします


 

「俺のターン、ドロー! スケール1の星読みの魔術師とスケール8の時読みの魔術師でペンデュラムスケールをセッティング。 手札から、ブラック・マジシャン、二体のブラック・マジシャン・ガールをペンデュラム召喚!」

 

「甘いなカナード! 俺の場には銀河眼の光子竜がいるんだぜ?」

 

「それがどうしたんだよ、いぃちかくぅん! レベル6のブラック・マジシャン・ガール二体で、オーバーレイ! 混沌の魔導が、魔導士の弟子を強くする…エクシーズ召喚! いでよ、マジマジ☆マジシャンギャル! 更に、魔法カードワン・フォー・ワンを発動! 手札のダンディライアンをコストにレベル1モンスターのエフェクト・ヴェーラーを特殊召喚! 墓地に送られたダンディライアンの効果、自分の場に綿毛トークン二体を出現させる。 レベル1綿毛トークンにレベル1エフェクト・ヴェーラーをチューニング! 集いし銀河の道を、音速を越えて駆け抜ける閃光となれ…シンクロ召喚、走り出せフォーミュラ・シンクロン! フォーミュラ・シンクロンの効果で一枚ドロー! ここで永続トラップ発動、エンジェル・リフトでエフェクト・ヴェーラーを蘇生! レベル7のブラック・マジシャンに、レベル1のエフェクト・ヴェーラーをチューニング! 集いし夜空の輝きが、新たな命を紡ぎだす…閃光の道を行け! シンクロ召喚、輝けスターダスト・ドラゴン! ラストだ、レベル8スターダスト・ドラゴンにレベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング! クリアマインド! 集いし願いの星々が、希望に変わり流星となる…アクセルシンクロ! 輝け、シューティング・スター・ドラゴン!!」

 

「だ、だけど…」

 

「マジマジ☆マジシャンギャルの効果発動! オーバーレイユニットを一つ取り除き手札一枚を除外することで、お前の墓地のモンスターのコントロールを得る。 俺の手に堕ちろ、銀河眼の光子竜! ついでにシューティング・スターの効果、俺はデッキトップから五枚のカードをめくり、互いにそれを確認してチューナーモンスターの数だけシューティング・スターはその分攻撃可能!」

 

「んなっ?!」

 

「一枚目、チューナーモンスター、ジャンク・シンクロン! 二枚目、魔法カード、死者転生! 三枚目、チューナーモンスター、デブリ・ドラゴン! 四枚目、罠カード、緊急同調! 五枚目、Theトリッキー! バトル、俺の手に堕ちた銀河眼でお前の銀河眼を攻撃! ここで銀河眼の効果、戦闘時に俺とお前の銀河眼を除外。 マジマジ☆マジシャンギャルとシューティング・スターでダイレクトアタック!」

 

「……また、負けた!」

 

「………一体何をしているんだ、お前たちは」

 

 夏休みに入ったIS学園。この日、一夏の自宅では一夏とカナードがカードゲームに興じていた。それを脇で箒と簪、シャルロットが観覧していたのだ。

 

「何って…遊戯王OCG」

 

「カナードから『遊戯王ZEXAL』見せてもらったけど、俺に声がそっくりな奴がいてさ、何かやりたくなったんだけど……かれこれ十連敗」

 

「…さっきも『遊戯王5D's』のZ-ONE戦みたいなシューティング・クェーサー出してた」

 

「僕も見てみようかな、遊戯王」

 

 今回一夏の自宅に集まった理由。それはカナードの自宅である『大和生物機械技術研究所』の見学の許可が出たので、集合場所として一夏の自宅に決まった。因みにセシリア、鈴音、ラウラの三人は少し遅れて合流する。それをカナード達が聞いたのはカナードと一夏がゲームをする前だ。 

 少しして鈴音たちが一夏の家に到着する。遅れた理由は、セシリアに原因があった。道中でディスカウントショップの前を通りかかった瞬間、興味が惹かれたかと思うと移動させるのが面倒な事になるほどの買い物を始めたようだ。

 その時ラウラに三十回程苦言を受けてやっと会計に。その時の金額が鈴音にとって信じられないほどのものだったらしい。購入した物は殆ど学園の自室か実家の方に郵送したらしい。

 

「んじゃ、全員揃ったところで行きますか」

 

 そのカナードの一声に、一夏達はその後を付いて行く。

 

 

 

 

 一夏の自宅から電車で二駅隣の郊外地域、駅を出ると市街地とはまた違う風景が見える。木々が多いのだ。あるのは昔懐かし駄菓子屋が一件と、その奥にカナードの実家である『大和生物機械技術研究所』があるだけだ。

 真っ直ぐ研究所に向かう前に駄菓子屋によるカナード。それについて行く一夏と箒と鈴音そして簪の背を、残ったセシリア達が呆然とした目で見ていた。

 

「きなこ棒三つ」

 

「俺、ヨーグル八つ!」

 

「水あめ! 水あめありますか?!」

 

「アタシまいう棒チーズ味とめんたい味!」

 

「…私も同じの!」

 

 普段見ない簪の暴走を眺め、セシリア達はカナード達が魅入ってしまう駄菓子と言うものを物珍しく見ていた。ヨーロッパ諸国でも日本の駄菓子は有名なのか、次第に興味を抱きはじめる。

 やがて満足したカナードは一夏達を連れて目的地ヘと向かって、舗装された道を道なりに進んでいく。

 

 

 

 

 『大和生物機械技術研究所』のロビーでカナードは受付嬢にIDパスを提示する。それを確認した受付嬢はカナードに話し掛ける。

 

「お帰りなさいカナード研究員。 確か本日はお友達の見学でしたね」

 

「事前に打ち合わせたコースで行きます」

 

「はい、気を付けていってらっしゃい」

 

 受付嬢に見送られた一夏達はカナード案内の下、社会科見学の名の下に研究所内を歩きはじめた。

 

 

 

 

「まずはここ、生物研究部門。 ここでは野菜の品種改良、及び生き物のDNAの根幹とかを研究しているんだ。 将来的には地球全土で様々な野菜が出来るような夢を、彼等は掲げているんだ」 

 

 最初に案内されたその場所。カナード達は研究員達を通路のガラス窓から見下ろせていた。

 よくメディアで見る二重螺旋、白衣や割烹着で顕微鏡を覗き込む研究員達等を一夏達は見ていた。やっている事は畑違いではあるものの、興味を十分に引いていた。

 次のフロアは複数のモニターに様々な動物が映し出されていた。その姿は教科書でしか見たこと無いものばかりだ。

 

「ここじゃ絶滅動物復活のプロジェクトをしているんだ。 先月辺りに学会で出して、先週辺りニュースでもやってたから知ってる奴もいるだろう?」

 

「存じておりますわ。 ですがカナードさん、この研究にはそれなりに批判もあったはずですよね?」

 

「確か…命云々の話だったよな……? 俺もこの間そのニュースをチラッとだけだったけど見た事はある」

 

「…この研究は命を弄ぶのに等しいってある団体が抗議していた……」

 

「まぁ……な、色々とあるんだ…。 じゃあ次のフロアに案内すっぞ」

 

 

 

 

 続いてカナードが案内するのは彼の専門の部所。機械関係のフロアだ。

 最初に訪れたのはISに似て非なるものだ。一見それっぽく見えるのだが、完全に違っていた。装着して動かしているのは女性ではなく男性。見る限りでは(パッシブ)(イナーシャル)(キャンセラー)を使っているどころか積んでいるようにも見えない。その証拠に装着している男性は手足を自由に動かせないでいた。

 

「こいつは男性でも扱えるISの代わりだ。 用途は災害救助、物資運搬と色々とあるけどいまんところ研究段階で、あのプロトタイプが限界だけど…その内ISに本格的に代わるだろうぜ? まだ実用化は難しいけどな」

 

 カナードはそう言って一夏達に話した。聞いている方は如何にカナードの生家が凄いかを実感した。

 続いては研究員らしき人物が誰もいない区画。あるとすれば工具や機材、そして『触るな危険』と書かれた貼紙が貼ってある鉄の箱。その他にパソコンが数台置かれており、デスクトップの画面には『K-Y』と表示されている。これらを見て勘の良いシャルロットと簪が言った。

 

「もしかしてここって……」

 

「…カナードの研究エリア……?」

 

「ビンゴ! ざっつらいと!!」

 

 指を弾いて御機嫌なカナードは待機中のストライクをパソコンに繋いでキィを叩きながら、一夏達に見易いように投影ディスプレイを表示した。

 

「ここが俺の研究室なんだ。 寝泊まりする部屋は別だけど、ストライクの設計とかはここでしたんだ。武装の草案(プロット)もここでやって後は学園とかで作り上げるだけだ」

 

「……驚きましたわ、今のまままでカナードさんがここの研究員だと………にわかに信じられませんでしたが」

 

「これ見せられちゃあ嫌でも信じちゃうわ…」

 

「流石我が弟だな」

 

 セシリア、鈴音、ラウラの順で彼女達は思った事を素直に言った。一夏と箒はセシリア戦前に知ったが、今回改めてこの事実に驚いていた。

 表示されているストライクの武装が細かく表示されており、今の一夏達には理解し難いようだ。

 

「ストライクは単体でどんな状況でも対応できる事を目指した機体で、皆も知っている通り近接(ソード)中距離(エール)遠距離(ランチャー)に、I.W.S.P.や、ブルーブースターとユニバースブースターがある。 実はこれ以外に射撃特化装備も考えてたりして……」

 

 長い髪を纏め上げながら一夏達に解説をする。それを聞いている方は納得したり畏れを持ったりと様々な反応をする。自分達と歳がそうも変わらないカナードが、一夏達にはとても特殊に思えた。それでいて細かな狂気さが、伺えた。

 ふと、カナードが何かに気が付いて壁に掛けている時計に目をやった。連れられて一夏達も同じ方を見ると、時刻は十二時に差し掛かる所だった。時間が経つのは速いモノだと一夏はしみじみ思った。

 

「こんな時間か……おぅ、飯食ってくか?」

 

「良いのか、カナード?!」

 

「あぁ。 ついでだけどな」

 

 

 

 

 大和生物機械技術研究所の一角に、大和一家が居住する区画がある。そこのダイニングにて、一夏達とカナードの両親がテーブルを囲んでいた。

 ユーレンと静子はカナードの招いた客たちを歓迎していた。それもそのはず。カナードは今日まで自宅であるここには友人を誰一人として招いたことは無く、やっと今日招いてくれたことに感動していた。

 

「学園では息子が世話になっているね。 私が大和生物機械技術研究所所長、ユーレン・大和。 祖母が日本人だよ」

 

「母の静子です。 カナードが友達を連れて来るのを楽しみにしていたわ。 遠慮しないでいっぱい食べてってね」

 

「ま、そんな所だ。 一夏に皆、飯終ったら俺の部屋で待っていてくれ。 シャルロットと四人で少し大切な話があるんだ……って、ちょっと簪さん、怖い、怖いからその眼差しやめて。 俺のハート壊れちゃうから止めて。 あとシャルロット何頬赤らめてんの? そして一夏達も父さんらも変な想像やめてよ、いやマジで」

 

 ややあって昼食後。カナードの瞳を見て、ユーレンと静子は急に目の色を変えた。

 二人は事前にカナードからシャルロットについての連絡を受けていた。デュノア社の傀儡にされているシャルロットを、研究所に何とかして引き入れられないかと言う事を。カナードは最悪な状況を想定し、シャルロットはこの空気に緊張していた。

 

「……デュノア社の事だったな、カナード」

 

「というよりも、彼女の事だ。 前に連絡した通りだ」

 

「お母さんが亡くなって……辛かったでしょう?」

 

「…はい」

 

「……で、どうなんだ父さん」

 

 シャルロットのこれからを決める答えを、カナードはユーレンに求めた。が、返答はすぐに返っては来ない。仮にもシャルロットはフランスの代表候補でデュノア社に所属している。一研究機関がそう易々と、引き抜きが出来にくい。

 同じ女性の立場にある静子が、ユーレンに変わって自分なりの答えを出した。

 

「シャルロットさんの事だけども、研究所(こっち)に迎え入れるのは勿論簡単な事じゃないわ、相手に納得の出来る好条件を向こうに差し出さないとダメね」

 

「……シャルロットの対価…第三世代の技術って事?」

 

「そうなるな」

 

 ユーレンが肯定する。

 

「向こうからしたら…」

 

「わざわざ僕を出す必要も…」

 

「無かったと思うだろうな。 が、ここで第三世代ISに携わっているのは、カナードお前だ。 どうにかして奴さんと連絡を取れるようにしてみる」

 

「そしたら俺の出番かい父さん?」

 

 今度は無言で首肯する。話し合いの場は大人達が用意することは決まった。後はシャルロットの意志だ。デュノア社(むこう)に戻るか、研究所(こちら)の一員となるか、二つに一つ。

 当の本人は、出された緑茶の水面をしばらく眺め、迷っていた。母国に戻れば国家反逆罪に問われるかもしれないが、ここに来るとなれば唯一の肉親である父とは永遠に会えない気がした。あった回数が少ない肉親との偽った幸せを選ぶか、それともこんな自分を温かく迎えてくれる人たちとの幸せを選ぶかを、彼女は迷っていた。

 そんな彼女を見て、カナードはシャルロットの肩に優しく手を置く。

 

「シャルロット、良い言葉を教えてあげる。 『遠くの親戚より近くの他人』と『生みの親より育ての親』……詳しい意味は忘れたが、まぁそんな所だ」

 

「カナード……。 ありがとう、僕はもう迷わない……僕は!」

 

 

 

 

 それから数分経って、カナードはシャルロットと共に自室にいた。先に居た一夏達は、カナードの所有していた映像ディスクを鑑賞していた。因みに、現在彼らが見ているのは『仮面ライダー The Next』で、現在エンディングのスタッフロール。この先の結末を、カナード一人だけ知っていたが、敢えて教えなかった。

 

「あれ、まだ続きが……」

 

 訝しげに画面を見やる一夏達だったが、次の瞬間、画面内でホラー度が高い展開が起きたのだった。

 

「知ってるか、『The Next』って十五歳以上モノ何だぜ?」

 

「それ早く教えなさいよ!」

 

「知るか、アンタらが先に見たんでしょうが。 気を取り直して次こっちのシリーズ……『ぼくらのウォーゲーム』『デジモンタイフーン/黄金のデジメンタル』『ディアボロモンの逆襲』等のデジモン劇場版シリーズの一挙鑑賞会!!」

 

「流石アニメ大国ニッポン……クラリッサが熱中するわけだ」

 

 カナードの燃え上がりを見てラウラがポツリと呟いた。

 この時、シャルロットの顔はどこか吹っ切れていた。既に彼女の答えは出していた。その変化に、この部屋に居る全員は気が付いていたのだった。

 夏休みは始まったばかり。カナードのアニメ特撮布教はますます過熱していくのだった。

 

 

 

続く




因みに、鈴音とセシリアのプール戦闘回は出ません。が、次回は一夏&箒ペアとカナード&誰かのダブルデート回です
ここでアンケート。
次回のカナードのデート相手は次の内誰でしょうか。
1.シャルロット
2.簪
3.ラウラ
4.楯無
5.のほほんさんこと本音
お答えは換装欄にて


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七話 遊びと決意

夏休み編二話です。

前回の後書きにありましたクイズ的な何かですが、予想以上に回答してくれる方がいなかったのが凄い残念です(笑)

それでは、答え合わせも兼ねて七話の始まりです


 

 レゾナンスの一角のコーヒーチェーン店。一夏はその一席でブラックコーヒーを飲んでいた。彼は人を……カナードを待っていた。男二人で何処か遊びに出かけようとの事だったのだが、提案した言い出しっぺがまだ来ていなかった。まぁたまにはこういうのも良いかと、カップの中の黒い液体を胃に流し込んだ。

 そろそろ来る頃か。そう思い店の入り口の方へ顔を向けると、以前まで同室だった同門の姿が見えた。私服姿の箒だ。彼女も一夏に気が付いたようで、互いに手を振る。最近二人で出掛ける事も多い訳で、お互いに気恥ずかしがらずに隣同士に座り合う。

 聞けば箒は簪にどこか遊びに行かないかと誘われ、待ち合わせにこのコーヒーチェーン店を指定されたと言う。自分も同じだと答える一夏。

 

「もしかすると一夏、これは……」

 

「ああ箒、もしかしなくてもこれは……」

 

「はぁい首謀者とーじょー! いぇーい!」

 

「…いぇーい」

 

 言いながら後ろを見ると、そこには奇妙なポーズでハイタッチするカナードと簪の姿があった。

 この二人も合流し、首謀者は詳細を語る。

 

「何が目的かってお二人さん、ダブルデートって奴ですよ」

 

「…まだ二人きりは……慣れてないから」

 

「俺は今衝撃的な事実を聞いた気がするぞ」

 

「一夏、恐らくそれは気のせいだ。 気のせいであってほしい」

 

 短めのコーヒーブレイクを終えた一行は店を出てこれからどこへ行くかを相談する。カナードはゲームセンター、簪はアニメショップ、一夏は博物館、箒は植物館をチョイスする。

 この時期のゲームセンターは人の熱気で充満する恐れアリとの事で除外。植物園は高校生らしくないとの事で除外。博物館は今日は休館。結果行先はアニメショップに決定した。一番近い場所でモノレール一駅隣だと言う事が分かり、カナード達は早速モノレールに乗り込んでいく。

 流石夏休み。モノレールの乗客の一部にIS学園で見知った顔も少なくない。それ以外に、茶髪のロン毛の男女がカナードの隣に連なって座る。その二人をカナードは知っている。一夏の中学時代の友人の五反田弾と妹の蘭だ。彼らも一夏も互いに存在に気づき、挨拶を交わしていた。

 

「お、一夏」

 

「おー、弾」

 

 数日振りと会話するこの二人は互いの近況報告を交わす。夏休みに入る前に何度か会っているのだが、ほぼ女子高で過ごしている一夏にとって、学園の外の男子がある意味ストレスの解消だと思われる。しかし勘違いしてはいけない、一夏は同性愛者ではなく……同性の同級生がカナードを除いて少ないせいで精神が某ビダンになりかけているだけだ。

 互いにそれぞれ連れを紹介する。弾は妹の蘭を、一夏は箒と簪そしてカナードを紹介した。その際周囲に迷惑を掛けないように。

 

「ところで弾と蘭はどこに行くんだ? 俺たちは次の駅で降りるんだが」

 

「俺たちも同じだ……何か最近蘭の奴が『京アニ』てぇの? 何かそう言うのにはまってさー」

 

「『京アニ』つったらまず有名なのは『けいおん!』辺りだな。 でも蘭ちゃんで『京アニ』だと『Free!』じゃないかな」

 

「最近じゃあ『日常』も有名(メジャー)だよな」

 

「『氷菓』もオススメだな」

 

「…どれも捨てがたい」

 

「………IS学園って、オタ多いの?」

 

 五反田兄弟の二人は、いつの間にか変わってしまった一夏に唖然としていた。

 そんなこんなで目的の駅に到着した事を彼らは確認し、モノレールを降りると、突然カナードの調子(コンディション)がフルスロットル。いつもの口撃にも磨きがかかっていた。

 

「っと着いたぜヒャッハー! おい、見ろよ見てみろよ小さいマスコット人形ちゃんがお出迎えてくれてんぞ、こうしちゃおれん早速記念写真………と言いたい所だが、ぅわっほーこいつぁスゲー今はもう絶版されてる漫画だぜ! あぁでも値段が高い手が出せねぇ仕方ねぇ諦める……って、おいおいおいおい『デジモンネクスト』全巻と『デジモンツイン』のツーバージョンが同梱だと?! っべー、非常に買いだ買いだよ買いだよね買うしかねぇな。 三幻神とホルアクティセットに三幻魔とアーミタイルのセットかぁ……これも駄目だ手が出せねぇ、特にホルアクティ………。 おっと、こいつは64ソフトの初代スマブラじゃねぇか! 欲しかったんだよなぁ…買えなかったんだよなぁ……ついでにあれとこれとそれと……ついでにこれとこれっと。 お、やっと見つけた『スパークレンス』だゲットだぜ! 後は研究所の皆のお土産にっと名物茶菓子買わないとな、なぁにがいぃかにゃー」

 

 この行動振りにア然とする一夏達。弾と蘭もア然としていたが、目的地がカナード達とは正反対の場所なのでここで別れる事に。

 そのカナード達は目的地に着くと、カナード&簪組と一夏&箒組に分かれる。別れて速攻カナードと簪は限定品の購入に急いで自分の用を済ませると、今度は一夏と箒組の尾行に入った。これが二人の本当の目的だった。他人の恋愛事情は蜜の味だと静子が言っていた。正しくは他人の"不幸"は蜜の味であるが、今の二人にはそんなもの関係ない御様子。

 目の前の二人の尾行を続けつつ、小声で会話を始めるカナードと簪。最初の話題はシャルロットについてだった。切り出したのは簪で、カナードは意外そうに簪の話を聞いた。

 

「…シャルロットは、結局どっちを選んだ……の?」

 

「本人は研究所に移る方針だ。 後はあいつの親父さんと話付ければ正式にって所だ。 父さんや母さんがシャルロットを養女として迎えるとか何とか言ってたからそうなると、シャルロットは俺の義理の妹か姉になる……な」

 

 尚も視線を一夏と箒から離さずに、質問に答えたカナード。それが最善の方法なのだろうかと質問した方の簪は一人納得する。そうなると、今の彼女の愛機であるラファール・リバイブ・カスタムはデュノア社の所有物なワケで返却しなければならない。それと同様に、シャルロットもフランスの代表候補から外れるのかもしれない。

 尾行している二人の事などお構いなしの一夏と箒の二人は第三者から見ても充分恋仲に見えていた。実際そうなのだが。

 尾行していく中、カードショップに入った二人は野良プレイヤーからタッグマッチを挑まれるも、抜群のコンビネーションで返り討ちにした。去り際に野良プレイヤーが 「光子皇竜と六武衆コワイ」 等と言っていたがカナード達には聞こえない。そのカードショップの次は隣の古本屋に行ったり、スイーツワゴンの隠れた人気スイーツを食べていたり、時間が経ってもカナードと簪の尾行に気付く素振りは見せていない。

 

「成る程な、ミックスベリーなんぞ存在しねぇと思ったら、苺とブルーベリーね(つーか、あのワゴン原作で確か、シャルロットとラウラが……まぁ良いか)」

 

「…だから、ミックスベリー?」

 

「ベリーメロンじゃないだけまだ良いよな。 つか金色懐かしいなぁ……最終回見逃したけど」

 

 原作の記憶を思い出しつつ、イレギュラーによる影響かと一人納得しつつカナードは言った。簪もそのミックスベリーを風の噂で耳にした事はあった。あったが、今日目にするまで所詮都市伝説と切り捨てていた。

 それから少しして、尾行に飽きたカナードは簪と共にモノレール乗り場へと直行する。その際一夏に連絡を入れてから。

 

 

 

 

 フランス。デュノア社の応接室に、ユーレンとシャルロットそして社長のダヴィッド・デュノアが向かい合って座っていた。間のテーブルには数枚の書類が並べられており、ダヴィッドはそれらを手に取って目を通しつつ、真向かいのシャルロットに視線を向けた。

 提示されたシャルロットの交換条件。それはカナードが作成した第三世代の流用データ。コンセプトもデュノア社のラファールを発展したものに近い。しかも表向きはデュノア社が開発した事にするとまで出されていた。

 ある程度見回したダヴィッドは、一息ついてユーレンを見た。

 

「…中々な物を。 これをそちらのご子息が?」

 

「自慢の息子でしてね。 それで、お答えを頂きたい。 我々はそちらに所属しています、シャルル・デュノアを引き入れたい。 代価は我々の持つ第三世代の技術です」

 

 表向きではまだシャルロットはシャルルの名で、男の性別で所属していることになっている。本当の性別を知っているのは社の上層部と学園の生徒のみである。それをそう簡単に、日本のいち研究所に引き入れともあれば、世間は黙っていないだろう。

 しばらく考え込むダヴィッド。やがて答えが纏まったらしくシャルロットに視線を向けた。

 

「……シャルロットの正体に世間が気付くのも時間の問題だな。 シャルロット、最後に一つ聞こう」

 

「…はい」

 

「お前の本心は、腹の底は既に決まっているのだな?」

 

「…はい。 僕は……私は、日本に残ります。 今までお世話になりました、お父さん」

 

「……あった回数が五回に満たない私を、父と呼んでくれるか」

 

 気づけば、ダヴィッドはシャルロットを抱きしめていた。妾の子とは言え血を分けた娘には違いない。今まで碌に会う事も、それどころか愛情を与える事も無かった。プロパガンダに利用して済まない、利用して済まない、父でいる事を全うしなくて済まない。言いたいけれど言葉に出せない、今更過ぎるこの感情がダヴィッド自身今日まで抑えきれずにそんな感情を抱いていた。

 また、シャルロットもそうだった。父からの愛情に飢えていた。だからこそ、ダヴィッドを抱き返して嗚咽を漏らした。

 この瞬間だけでも親娘(おやこ)に戻れた二人にはもう充分過ぎていた。

 

 

 

 

 その日の夜。カナードは学園の自室でフランスに居る父からの連絡を受けていた。交渉は成立。シャルロットは明日から研究所職員で、窓木小次郎の養女となってカナードの義妹になる事は無いそうだ。

 フランスとの時差は七時間前、日本は現在午後9時なので向こうは午後2時である。これから飛行機にシャルロットと共に搭乗して日本へと帰国すると言う。

 

「成る程ね……じゃあ彼女に伝えておいてよ。 学友として研究所の仲間としてこれからもよろしくってさ」

 

 通話を終え、回線を切ったカナードは一次中断した作業を再開させる。パラメータの確認はもとより、武装展開時間、駆動系統など様々な部分をチェックする。この調子では二次移行は当分先頃になるだろう。焦る必要はないと感じたカナードは、作業を終了するとベッドに倒れて転生してから今日までの事を思い出して感慨深げに浸っていた。

 自分という存在はこれまでに様々なイレギュラーを生み出してきた。

 一夏に好意を向けていた者達は、彼の介入によって箒と鈴音以外は友情の念を抱きはじめた。

 それ以外には、簪の打鉄弐式が早めに完成したり、シャルロットがカナードの同室になったり、ラウラが一夏ではなく彼の自称姉を名乗った。

 これが生前ファース党一夏の嫁派だった自分が成してきた事なのだと思うと、改めて身震いしてしまう。

 

「……だが、問題は」

 

 篠ノ之束の存在が、彼にとって大きな問題だった。カナードという第二のISを扱える男というイレギュラーに興味を持っていてもおかしくはない。が、問題はどうしてカナードを転生者ということを知っているのかだ。告白すれば中二病患者扱いレベルに疑われても仕方ないくらいの事なのに、何故彼女は知っているのだろうか。考えに考えた末にカナードの導き出した答…というよりもそれしか思い浮かばなかった。

 

「まさか彼女も……俺と同じ…」

 

 束もカナードと同じ、転生者であった可能性が高いということだ。

 もしその可能性が当たっていれば、カナードの正体が転生者であってもおかしくはない。むしろそれしかないのだ。

 だとしたら束のあのキャラは演じているのか、それとも素なのか。所謂神のみぞ知るという奴だ。只のカナードには到底理解できない境地だろう。

 暫く思考の海に浸かっているカナードは、ルームメイトの一夏に声をかけられるまで時間が過ぎていくのを忘れていた。

 

「…何かお前、いつもより考え込んでたぞ」

 

「そうか? ま、そうなるわな、束さんの実態が気になった所で、簡単に明かせる訳じゃねぇのにな」

 

「それはカナードじゃなくても皆考え込むな」

 

 

 

 

 翌朝。カナードは一夏と共にアリーナを借りてストライク対白式の模擬戦を繰り広げていた。

 カナード側のセコンドには簪が、一夏側には箒が待機しており、パートナーの機体の調子をタブレットや投影ディスプレイで確認する。

 アリーナの地表ではソードストライカーを選択したカナードのシュベルトゲベールと一夏の主武装雪片弐型が、激しく火花を散らしてぶつかり合う。近づいては放れ、地を駆け、交差する度に火花が散る。入学したての頃より一夏の太刀筋は上達している。剣の腕が戻ったと、昔の彼を知っている者なら誰でも思うだろう。

 しかし、それと同じか以上にもカナードも成長している。転生効果でもない。鍛え上げた純粋な力だ。

 夏休みはまだ長い。この先カナードを待ち受けるのは、聖か邪か。

 

 

 

 

続く

 




さてさて次回も夏休み編です。

予告になりますが、次回は会長さん出ます。恐らくカナードが苦手とする人格者でしょう。

次回をお楽しみに


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八話 主要メンバーが少ない学園で

早く仕上がりましたので投稿します

今回一年専用機持ちはカナード以外出ません

でも会長は出ます


 

 IS学園にも当たり前の様に生徒会はある。この学園の実権をほぼ握っているとまではいかないが、普通の高校や普通の学園のそれとはどうも違うらしい。

 この日カナードは生徒会室に呼び出されていて、今はその入口の前にいた。待機状態のストライクのディスプレイを表示する。指定された時間の5分前だ。生前の就活時代の癖が現在にも出ていることに、カナードは内心苦笑いする。

 

「一年一組、大和カナード、入ります」

 

 ノックして学年と名前を述べると、ドアの向こうから入室の許可が出た。ドアを開け、再度学年と名前を述べ、ここに来た理由を口にしようとする前に彼を迎え入れた女子生徒…布仏虚(のほとけうつほ)が制する。

 

「お話は聞いています。 会長は間もなく参りますので、そちらのソファにかけてお待ちください」

 

「失礼します」

 

 促されてソファに着席して数分経つ。いつの間にかカナードの背後に人の気配がした。

 カナードは振り返る事はせず、その人物に話し掛ける。

 

「気配が完全に消えてませんよ、会長」

 

「んー、やるねぇ一年」

 

 バッと扇子が開く音がした事が正解を物語る。

 向かい合って座るIS学園生徒会長更識楯無。開いた扇子には「お見事」と達筆で書かれていた。生徒最強を謡う彼女はロシア代表。日本人なのだが自由国籍を得てのことだ。この人物こそ、今日カナードを生徒会室に呼び出した張本人である。

 

「お初にお目にかかります更識生徒会長。 一年一組の大和カナードです。 本日はどのような御用件でしょうか?」

 

「固くならずリラックスリラックス〜♪」

 

「申し訳ありませんが、これが私です」

 

「頑固だねぇ。 今日呼び出したのは他でもないの。 妹と仲良くしてくれているみたいね、姉としてお礼を言うわ」

 

「いえ、私はただ倉持の姿勢に苛立ちを覚えたまでですので」

 

「謙遜ね。 ごめんね、こんな事で呼び出しちゃって」

 

 一息入れる為か、虚が二人にリクエストを聞いた。楯無は虚お手製の紅茶、カナードもそれに合わせる。コーヒー党の彼でも紅茶を嗜むときもある。出されたのは暖かく優しい香りのする紅茶だ。口に含んだ瞬間、何とも言えぬ優しい味がした。

 

「虚の煎れるお茶って良い味してるのよね〜」

 

「恐縮です」

 

 話は続く。楯無はカナードに何度か質問を投げ掛けるが、今度はカナードが投げ掛ける番となった。

 

「確か会長や簪の生家である更識家は対暗部用暗部で、会長は『楯無』の名を継いでいると聞いておりますが……」

 

「紛れも無い事実よ、続けて」

 

「貴女は頭首を継いですぐ、簪に言ったことを覚えていますか? 『私が護るから何もしなくていい』と言ったそうですね彼女から聞きましたよ。 それじゃあ彼女が役立たずと言っている様にも思えます。 同時に貴女は簪の目標である以上にコンプレックスでもあるんです。 貴女は簪の苦悩を想像したことはありますか? 『楯無の妹だから』『楯無の妹なのに』と何度彼女は貴女と比べられた事かっ! 貴女が努力する度に、貴女は簪の壁となり新たなプレッシャーを与えていると何故お気づきにならない?! ただ一言、ただ一言彼女に……簪に向き合って頂けませんか?!!」

 

 その懇願を、楯無は険しい表情をする。彼女は虚を下がらせるとカナードが想像していた言葉が飛んできた。

 

「更識の人間でもない貴方が、何で知った風な事を言うのよ!」

 

 生前の原作知識+αとは今の所口が裂けても言えなかったカナードは、敢えてその事を伏せる。しかし黙っているままでも埒はあかない。確かにカナードは更識の人間ではない。楯無の言う通りでもある。しかしカナードは黙っていられない、どう言う訳か黙ると言う選択肢が彼には無かった。

 

「確かに私は更識の人間ではありません。 ありませんが、私は一人の人間として、こうして言わせて頂きます」

 

 しっかりと楯無だけを見据えた瞳をカナードは持っていた。少しでも、簪に楽になってもらいたいと言う一心が彼をそうさせていた。

 対する楯無はいつもより険しい表情をする。何も知らないくせにと言いそうな目で、尚もカナードを睨みつける。自分は大切な人を守る為、死に物狂いで党首の座とロシア代表と言う肩書を手にし、それに恥じぬ様鍛錬を怠ったことは一度も無かった。たった一度たりとも。それを目の前の男は知らない。知らないくせに知った風な口をする。そのカナードの態度を楯無は気に入らない。

 対するカナードは、先程から表情も姿勢も崩さずにいた。

 

「…先程から貴女を責めている事は謝罪いたします。 ですが、一度簪とゆっくりと話してあげてください」

 

「……今更あの子に何て言えばいいのよ」

 

「ただ一言。 ただ一言…自分が守る、だから傍に居てと」

 

 それだけ言うと、カナードはソファから立ち上がり、楯無に一礼して生徒会室を出た。入れ違いに虚が紅茶のお代りを持って入室。楯無の僅かな雰囲気の変わり具合を察した彼女は、紅茶の茶葉を変える。

 

 

 

 

 学生の夏休みにはやはり課題と言うものが付き物で、カナードは空調が効いている自室でシャーペンを走らせていた。因みに原作メンバーはと言うと、一夏は箒と共に織斑宅の掃除で鈴音も同行、セシリアは自国に帰省、シャルロットとラウラはショッピングモールで買い物、簪は本音ら一組の女子数人と合同で女子会をしている。

 しかしだからといってカナードはこの状況をとても満喫していたし、拒んでもいなかった。

 喧騒もトラブルも何一つ無い昼下がりを、彼はとても好んでいたのだ。平和一色とは言えないが、この穏やかな日々がこれから先長く続かないモノかとカナードはしみじみ思うが、そう簡単にいかないのがこの世界の常だ。

 原作の小説では秋の文化祭にキャノンボール・ファスト、アニメでは京都への学年旅行とどれもあの亡国機業(ファントム・タスク)が関わっている。出来る限りイレギュラーと言う自分の存在を充分に発揮して回避したい。が、自分は神ではない、転生者だ。今まで色々と変わったが、大まかな所はストーリー通り。クラス代表決定戦、ゴーレムの乱入、VTシステム、福音とこの通り。 

 澄み切った青空を見上げて、ふと待機状態の愛機の時計を見る。12時を少し過ぎた頃だ。

 

「飯にするか」

 

 因みに、今日のオススメメニューは冷し中華だそうだ。

 

 

 

 

 平らげた冷し中華の皿を返却したカナードに、三年生を示すリボンを制服に付けた先輩女子生徒が文字通り立ちはだかった。

 聞けば男なのにISが扱えるというのが気に入らない女尊男卑主義者の様で、故にカナードや一夏の存在も、その上専用機を持っている事実も気に入らないと言う。三年でしかも代表候補でない彼女達からは嫉妬と憎悪しか感じられないカナードは、そう言うならどうすれば良いのかを聞いた。勿論帰ってくる言葉は容易に予測出来た。初日のセシリアと同じ事を言うに違いない。

 

「ふん、そんなの言わなくてもわかるでしょ? 下僕よゲ・ボ・ク。 解るぅ〜?」

 

「理解しております。 そんなに私が気に入らない様でしたら、貴女方三人の内のどなたかと私とでアリーナで勝負しませんか? 勿論ISを使ってですよ? 貴女方が勝てば私を下僕にするなりお人形にするなり好きに出来るし、私は私で先輩方の技量を学ぶことが出来てちょうど良いギブアンドテイクですよね。 どうします? 受けますか、受けませんか?」

 

 半目でやや挑発的なカナードの申し出に、三人の堪忍袋の緒が切れかかる。しかしあくまで冷静さを保ちつつ彼女達は了承。三年女子生徒三人対カナード一人の対決が決定された。ただしアリーナのセッティングや訓練機の貸出申請はカナードが全てやることとなった。

 

 

 

 

 運よくアリーナも訓練機もどちらも申請が降りた。と言うのも…。

 

「まったく、目を付けられたと思えばこんな事…」

 

 織斑千冬が事の経緯を聞き付けてこうなった。千冬自身このような世界を作り上げたモノに手を貸してしまった事を今でも後悔していたからであろう。

 

『私自身も言い過ぎたなとは思いますが、まさか学園内に女尊男卑主義者が…それも先輩方にいたとは』

 

 画面の向こう、ストライクを身につけカタパルトに足を固定しているカナードが言った。

 

『主義者の存在は予想していましたが、ある意味で予想外でした』

 

「御託はもういい、相手方は既に出ている。 お前もそろそろ出ろ。 射出タイミングを譲渡」

 

『大和カナード、ストライク行きます』

 

 ピットから放たれた白い流星は、三機編成のラファールの前に着地した。それを見届けた千冬は、管制室の壁に掛けた時計を見てポツリと誰に言うまでも無く呟いた。

 

「一時間はかからないな」

 

 それは千冬が換算した試合終了時間を示していた。

 

 

 

 

 選択したのは基本のエールストライカー。そのカナードの選択に対戦相手の彼女たちは予想通りだと顔をニヤつかせた。

 程なくして試合開始のブザーがけたたましく鳴り響き、同時にカナード達も動き出す。ラファール三機はフォーメーションが取れており、三種別方向からの狙撃が彼女たちの売りのようだ。それをカナードは身を捻ったりシールドを掲げて防いでいく。

 セシリアのブルー・ティアーズ・ビットよりも狙いが正確だ。流石先輩方、とカナードは素直な感想を持つ。

 

「私ら三人いつも一緒!」

 

「だから口に出さなくても!」

 

「フォーメーションが簡単に!」

 

『とれるのよ!!!』

 

 双子に三つ子はテレパシーのようなものがあると噂されるが、それを仲の良さだけで擬似的に出来る彼女達は学年に恥じぬ腕前だ。シールドとライフルを増やし、両腕で防ぎ両腕でレーザーを打ち出す。ツインライフル&シールドと言う。

 グレネードが来ない事にふと疑問を持つカナードに彼女達が一人一人答える。

 

「私ら三年が!」

 

「一年で男であるアンタに!」

 

「負けるわけがない!」

 

 驕り。彼女達から出るのはそれだ。が、カナードは笑みを浮かべ、エールストライカーと二つのシールドとライフルをパージする。この行為が彼女達にとって侮辱に感じた。組んでいたフォーメーションを変えて、三人一斉にカナードにライフルを照射する。打ち出されたレーザーはカナードに直撃すると、土煙が舞い上がり彼の姿を隠した。

 やったか、と心の裡で舞い上がる彼女達に対し官制室の千冬は彼女達に呆れていた。

 

「ね、ねぇちょっと……」

 

「ヤダ、あいつ…」

 

「シールドエネルギーが……」

 

『無くなってない?!』

 

「いやはや、流石先輩方。 全力御指導ありがとうございます、それではこちらも全力で貴女方の実力にお応えしましょう!!」

 

 掲げていた左腕にはアブゾーブシールド、背面には白いユニバースブースター、右手には専用のレーザーライフルが装備されていた。福音戦以来その姿を学園で見せていない装備を、カナードはしていた。

 三人のレーザーをアブゾーブシールドで吸収したカナードは、パラメータを確認。まだ腹八分目。ちょうど彼女達も納得がいっていないようで、悪あがきの様にレーザーライフルを照射し続けた。しかしそれらはアブゾーブシールドに吸収され、推力などに変換される。

 ある程度溜まった所で、カナードは溜めていたレーザーエネルギーを解放、前面にゲートの様な物を展開するとカナードはそれを潜り抜ける。可視化されたシールドエネルギーが翼の様に現出すると、それの恩恵かカナードは風よりも速く空を駆け抜ける。

 福音を止めた切り札のフルバーストは使えない。使えるとすればこの高速移動に乗せた、アーマーシュナイダーによる斬撃。逆手に持ったそれを、相手の銃身や装甲の隙間に走らせる。溜めていたエネルギーは元あるストライクのシールドエネルギーとは違うのだが、そろそろつき掛けていた。

 

「I.W.S.P.!」

 

 底をつく前にストライカーを代えると共に、三機のラファールの武装が殆ど破壊されていた。

 

「それではフィナーレと参りましょう!」

 

 スラスターを吹かし、両手に太刀を握り絞めると三機のラファールに切りかかる。最後にレールカノンを数発打ち出した所で、千冬の声が飛ぶ。

 

『試合終了、双方共ISを解除しろ』

 

 指示に従い、カナードは地表に降り立ちストライクを待機状態にする。相手方は学園から借りた訓練機であるため、ラファールから降りれば良いのだが、シールドエネルギーが切れているにも関わらず、彼女達は無理に体を動かそうと躍起になる。このテの人間はプライドだけはいっちょ前、女尊男卑の世の中で女である自分が男に負けると言うのが彼女達にとって、信じられるものでもなかった。

 尚も悪あがきを見せる彼女達を見て、カナードはストライクを通して官制室の千冬に相談を持ち掛ける。

 

「いかが致しましょう、織斑先生…」

 

『放っておけ。 下らん思想などこの学園には通用しない事を身に覚えさせてやるが……なんなら同席するか?』

 

「謹んで辞退致します。 ストライクの機体調整などがありますし」

 

『なら仕方ないか』

 

 言って千冬の方から通信が切断され、カナードは自分にかかる視線などお構い無しにその場を去った。後に残ったのは、喚き続けている三年女子生徒だった。

 

 

 

 

 自室に戻ったカナードは、軽めのストレッチ運動をして身体を解す。心なしか節々からポキポキと音がなる。精神年齢36歳な為か、それともそういう体質なのか理由は解らない。

 こうなると明日はどうなるのだろうと思うカナードは、ルームメイトが戻るまで最新型のストライカーの着工に神経を集中していた。

 

 

 

 

続く

 




次回は、まだ未定です


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九話 従姉妹登場で終わる夏休み

はい、題名の通り今回で夏休み編は終了です

そして同じ題名の通りカナードの従姉妹が登場します


 

 花火大会。夏の風物詩の一つであり、その昔は『玉屋』と『加木屋』と言う二つの花火屋が競い合ってその花火の美しさを競い合っていたと言う。今や世界中に『HANABI』と知れ渡っている。そんな花火大会を明日に控えた織斑宅では、この家の住人とその友人が昔懐かしレトロゲームを興じていた。

 住人…一夏の操るインディアン風の男と、友人…カナードの操る白い柔道着の男が銭湯を戦場にして、格闘しているのがテレビ画面に映し出されている。

 

「で、明日の花火大会…確か何処でやるんだっけ?」

 

「篠ノ之神社だ。 毎年そこでやってるぞ……って、おいカナード壁ハメ!?」

 

「図体でけーの選ぶからだ。 あ、それっはどーけん!」

 

 カナードの操る白い柔道着の男から出された必殺技を受けた一夏の操る大男は、体力ゲージが消えて地に伏せた。一夏の負けだ。ゲーム終了後、ゲーム機の電源を切って会話に出た花火大会のチラシを一夏はカナードに渡す。篠ノ之神社からよく見える場所から打ち上げるそうで、神社では神楽舞や花火を見る人のために出店が数軒並ぶようだ。

 前世で読んだ原作と照らし合わせると、夏休み編にて一夏と箒の二人が浴衣で花火を見る話があった。その話にはあの五反田兄妹の二人も出る。

 日にちを確認するカナードの表情が、次第に苦い表情に変わっていく。一夏が気になって質問する。

 

「……この日は家の研究所でお偉方がいらっしゃるんでな」

 

「ほぇー…。 誰が来るんだ?」

 

「更識家現当主及び簪、明日刃(あすは)機業代表取締役社長…今後の日本におけるISの行く末だそうだ。 当日会議もあって俺も参加せにゃあならねぇ」

 

「……あー、開発担当者も交え……て?」

 

「仮にもストライクを作ったのは俺だ。 むしろ参加しない方がおかしい」

 

 左腕の愛機に手をやる彼は、何も映していない織斑宅のテレビ画面を見ていた。

 

「んじゃ次何やる?」

 

「64のマリオカートは?」

 

「じゃあミラーのキノコハイウェイで」

 

「マジでやめてくれカナード。 俺が死ぬ」

 

「ならポケモンスタジアム金銀クリスタルのミニゲームは?」

 

「難易度は普通か簡単でいこうぜ。 難しいでラッキーは無理」

 

 二人の小さなゲーム大会は昼過ぎにまで続いた。

 

 

 

 

 花火大会当日。カナードの実家である大和生物機械技術研究所の一角。そこで、今回の会議出席者が一同に会していた。

 研究所側からはユーレンとカナード、更識家からは楯無と簪、そして明日刃機業からは代表取締役社長の(かがり)と言うカナードと同い年の少女。篝は若くして代表取締役社長の座を手に入れたのは、彼女自身並々ならない人物だということが解る。その他には明日刃機業の役員に更識家の人間が数名出席しており、会議の重要性を見せていた。

 

「本日は各々忙しい中集まっていただき、感謝する」

 

 始めにユーレンが参加者達に挨拶をかけた。篝、楯無、簪の三人は各々会釈で返し、手元の資料に視線を落とした。

 

「今後の日本におけるISの……」

 

 ユーレンが資料にある事を読み進め、カナードが投影ディスプレイの端末を操作し様々な事項を映し出す。それから会議は数時間に渡り、様々な意見や反対、賛成などの声が飛び交った。機業への売り込みは勿論、そこから先の事を彼ら彼女らは話し合っていた。

 会議終了は九時を過ぎてやっとであった。会議室を出て、篝は通路の椅子にだらしなく座り込み、大きく息を漏らす。『ぷはー』と口にするならばまだ可愛げがあったのだが、篝は違っていた。

 

「…ぶはーっ! やっぱ無駄に堅くなるのは性にあわないな」

 

「……あんたの本性会社や他の機業の人間が知ったらどう見るんだかな」

 

 隣にカナードが、そのカナードの隣に簪と楯無の二人が並んで座り、二人を見る。その視線に気づいたカナードは、篝との関係を述べた。

 

「従姉妹。 母さん同士が双子の姉妹なんだ」

 

 そういえば心なしか似てはいる。顔の大まかな輪郭に目の大きさ、従姉妹でなければ兄弟姉妹にさえ見える。その関係性にほっとする簪はカナードの方に体重を預ける。

 今度は篝にカナードが更識姉妹の紹介をする。簪が日本の、楯無がロシアの代表候補だということも。それを聞いた篝は、肩書など気にしない様にとにこやかに握手を申し出た。簪、楯無の順に篝の手を握り返す。

 

「篝だ、よろしく頼む」

 

「コイツに堅苦しさは無縁だから、フランクな態度を取ればいいさ。 しかし会長、篝は仕事以外では年上だろうとタメ口なのでその点はご注意ください」

 

「コイツは年上や各上の相手にだけ敬語だから、無駄に堅苦しいけど気にするな楯無」

 

 こういうところは正反対なのかと、更識姉妹は納得する。

 そこへユーレンが合流。手にはタブレット端末があり、彼はそれを操作中だった。カナード達に気付き、ついでにタブレットの時刻にも気が付いた。

 

「遅くなったけど、食事にしようじゃないか。 篝も更識のお二方も一緒にいかがかな?」

 

「ま、篝の場合答えはもう決まってるか」

 

「お前それどういうつもりだ? 答えは当然ご馳走になるに決まってる!」

 

「やっぱり……(今頃一夏と箒奴イチャこらやってんだろうなぁ…)」

 

 来る度に飯をたかる癖がある従姉妹を持ったカナードは、今頃の一夏と箒の様子が気になっていた。

 因みに、本日のディナーは静子とシャルロット・デュノア改め窓木シャルロットの二人の見事に和洋折衷しているお手製メニューだったそうだ。当然の様に篝がカナードの分を手に掛けようとするが、何度もやられたカナードは何度も阻止するのだった。

 

 

 

 

 それから数日経った夏休み終盤の暑さが厳しいこの日、一夏の自宅に一年専用機持ち+αが集結していた。現在彼らは最近発売されたゲームソフトをプレイしていた。その名は『第二次モンド・グロッソW』。前作は色々とメーカーと国とで揉め事があったが、今作は登場ゲームキャラは各国が納得したステータスで登場。固有のスキルや必殺技を有しており、最大四人までの乱闘やチーム戦が出来る。一人プレイでは隠しボスとして千冬が本名で登場している。

 因みに、本人も嫌々了承は出してはいたが、ちゃっかり愛する弟の為にメーカーから本品を受け取っており、今一夏達がやっているのがそうだ。その中で異色な雰囲気を出していた篝は、3(鈴音、セシリア、ラウラ)対1(篝)という状況で上手く立ち回っていた。

 

「…篝って、ゲーマー?」

 

「格闘限定」

 

「お前の従姉妹すげーな……」

 

「んー、まぁ中身はほぼ男と取っても大丈夫じゃないか? 本人そんなの気にしてないし」

 

「そう言って……その、良いのか?」

 

「実際言ったら笑ってた」

 

 簪、一夏、箒の質問にカナードは来る途中で買った最新のデジモン漫画を読みながら答える。

 

「でも篝にも良いところはあるよ。 オシャレに気ぃ使う事もあるし、俺が小学生の時落ち込んでたら母親みたいにあやすし、その気になれば作る飯は美味いしな。 一応女ってところだね、一言で表すと」

 

「聞こえてるぞコラ!」

 

 楽しい夏休みは、(ひぐらし)の音と共にあっという間に去っていく。

 

 

 

続く




次回は文化祭です。
そう、亡国機業が本格的に絡んできたアレです。

カナードの従姉妹のモトネタは名の通りカガリです、カガリ・ユラ・アスハです。
双子の姉という立場よりこちらの方が出しやすかったので……あとただでさえ姉貴キャラ四人は出てるんだからこれ以上増やさなくても良くねと思った末の事です


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亡国機業登場編
十話 文化祭とその前後


今回から二学期編に移り、色々とやっちゃったりします


 

 夏休みが終了し、またいつもの学園生活に戻ってきたカナードは、日が昇りきったと同時に新たなストライカーを完成させた。セシリアのブルー・ティアーズを参考にした『閃光』の名を冠した狙撃特化ストライカー、その名もライトニングストライカー。特徴は左右に予備のシールドエネルギータンクが積まれており、任意のタイミングで供給出来、更に紅椿の『絢爛舞踏』と同じように僚機へのエネルギー譲渡が可能となっている。メイン武装はレールカノンを狙撃用に改造したロングレンジスナイパーライフルだ。

 新型の完成と同時にルームメイトの一夏が目を覚まし、カナードの脇からライトニングストライカーの設計図を覗き込む。しかし理解できない領域なのか、数秒もしない内に脳がオーバーヒート。肉眼でも一夏の頭部から湯気が立っているのが良くわかるくらい見える。

 

「おーい一夏、飯行くぞー」

 

「お、おー……」

 

 一応制服に着替えた二人はそのまま食堂へと向かう。その途中で箒、簪、本音と合流。最近よくこの面子で合流する事が多い。何の因果かよくそうなる事が多く、たまに鈴音も混じる事もある。

 箒と一夏が関係を深めた事で、鈴音は自ら一歩を引いて一夏の最高の友人になる事を決めた。そう言う訳で今では鈴音は異性の親友になっていた。

 

「…あー、そろそろ文化祭の時期か……」

 

 カナードが内心意識して言った。それに反応したのは姉が生徒会に属している簪と本音だ。

 

「…学園の生徒には、家族友人用の招待券を幾つか渡すみたい」

 

「いっぱい人来そうだねかなかな〜?」

 

「そだな……って事はだ、学年毎クラス毎で模擬店とか色々企画するんだろうなぁ……主に俺と一夏が景品のゲームとか出し物とか」

 

 最後の方を一夏達に聞こえない様に呟いたカナードは、何処か遠い目をしていた。

 

 

 

 

 本日一発目の授業は一年一組の文化祭の出し物だ。因みに鈴音は二組なので当然いない。

 クラス代表の一夏が教壇に立ち、サブとして彼のサポートを努めるのはカナード。彼は黒板に書き連ねていた出し物を順に読み通していく。

 

「男子とツイスター、ポッキーゲーム、耳に囁き、罵られたい、手を繋ぎたい、それ以上の領域に踏み込みたい………っけー、みんな話をしよう。 オノレらどーかしてるぜ!」

 

「却下、断然却下!」

 

「まず第一に、一般の人がくるので無し。 第二に、女尊男卑至上主義者の方も来ると思われるので無し。 俺が言って良いのかどうかわからんけど………万人受けするものがいいんじゃないかな? 先生方はどう思います?」

 

 カナードの質問に千冬は即答で 「お前らの好きにしろ」 と丸投げ、真耶はポッと頬を赤らめて何かブツブツと呟いて身体を少しくねらせている。期待できそうにないことは容易に理解できる。

 ここで、だったらとラウラが挙手。喫茶店の模擬店はどうだという。その案が意外と好評を得て可決。尚、没案は何故か模擬店でのミニゲームとして出すらしい。窓の外に広がる青空を見て、カナードは遠い目をした。主にミニゲームにだ。

 因みに、模擬店等の収益はボランティア活動の資金に寄付するそうだ。

 

「さて、話は纏まった所で授業を開始する。 お前らすぐに頭の中を切り換えろ」

 

 手を叩いて千冬が言う。壇上の一夏とカナードが自席に戻り、今日の授業が始まった。

 

 

 

 

 そして文化祭当日。クラスでの模擬店で休憩を貰ったカナードは、事前に渡したチケットを持った篝の案内をしていた。ほぼ半強制ではあったが、慣れきってしまった為最早どうとまでは思わなかった。

 篝も篝で普通なら年齢を考えれば女子高生。縁があればIS学園の生徒なのだが、篝は望んで今の道を選んだのだ。明日刃機業前代表取締役の渦巳(うずみ)が病に倒れたのが一昨年の暮れ、篝がその座に就いたのはそれから間もなくの事だった。

 今カナードの目に映るのは、年相応の少女そのもの。その視線に気が付いたのか、篝は模擬店で買ったタコ焼きを頬張りながら言った。

 

「ほひはははーほ(どしたカナード)?」

 

「食べっか喋っかどっちかにせい!」

 

「…んっ……、スマンスマン。 にしても凄いなIS学園(ここ)の模擬店のレベルは」

 

「や、クラス学年によるよそういうの。 それに勿体ないぜ、普通だったら篝は女子高生だろう?」

 

「何度目だよ、それ。 良いんだ、これは私が選んだんだかんな?」

 

「はいはい分かりました分かりましたよ。 分かりましたから爪楊枝で人を差しながら言わないの」

 

 少なくとももう篝に対しての心配は無用だと判断したカナードは、楯無の策略の時まで、正確には休憩終了まで篝と共に校内を歩き回った。

 

 

 

 

 それから少しして、ストライクと白式のカラーリングをイメージした王族の衣装を纏ったカナードと一夏が、舞台下で待機していた。そこでは訳が分からないと言った様な表情をする一夏が、隣で頭を抱えているルームメイトを見て疑問をぶつけた。

 

「なぁカナード、俺た…」

 

「覚悟しとけよ一夏、俺達はこれから戦場を見ることになる………気を引き締めねぇと、マジで死ぬぜ?!」

 

 その表情を読み取った一夏は、カナードの言う事が冗談でない事を悟り、一層気を引き締める。

 演劇が始まったのか、舞台装置が作動し一夏とカナードを舞台へと押し上げる。舞台から見た客席は満席の一言に尽きており、立ち見等もちらほら目立つ。観客の殆どはこの学園の生徒達で、白基調の一夏とトリコロール基調のカナードを彼女達は見比べていた。腐った妄想に浸っているのもちらほら見える。

 警戒している二人の頭上で、やや間延びしたナレーションが聞こえてきた。声の主は本音、そして恐らく彼女は楯無の書いたであろう台本を朗読している。

 

『シンデレラ…それは日食の日に生まれた魔法使いによって貧しい少女が王子と結ばれた話でぇ〜……貧しい少女の名前であった〜』

 

 最後まで読み切るのかとおもいきや、今度は楯無の声でナレーションが再開された。我慢ならなかったのだろうか、所々興奮している節が伺える。

 

『否ぁっ! それは既に名に在らず! 幾多の戦場をくぐり抜けた彼女達を、人は灰被り姫(シンデレラ)と呼んだのだぁっ! 彼女達は今宵も隣国の機密情報が隠された双子の王子の王冠を狙う!!』

 

「……ダメだあの人」

 

 半分絶望しきっているカナードは、微かに聞こえる風を切る音を聞き取った。ルームメイトに伝えようにも時間はない。すぐさまバックステップで避け、同時に一夏の襟を掴んで引くカナード。すると、さっきまで立っていた場所に青龍刀やら日本刀やらアーミーナイフ等が刺さっていた。

 次に現れたのは、それぞれ体型に合ったドレスを着た箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラそして簪の六人。しかし、立ち方というか並び方が異様だった。

 

「シンデレラ一号、篠ノ乃箒!」

 

「同じく二号、セシリア・オルコット!」

 

「同じく三号、凰鈴音!」

 

「同じく四号、窓木シャルロット!」

 

「同じく五号、ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「…同じく六号、更識簪」

 

「天・下・御・免の灰被り部隊…シンデレラ!」

 

『参る!!』

 

「シンケンジャーかあんたらは!?」

 

 レッドポジションの箒を中心に並ぶ彼女達にカナードは律儀に突っ込んだ。恐らく布教したのは簪だ、彼女しかいない。

 

「侍じゃないの?」

 

「馬鹿、何のんびりしてんだ! 移動するぞ!」

 

 一夏にも突っ込んだカナードは、やけに広く丈夫に出来た城のセットを駆け上がる。

 

「ナメるな一夏にカナード! シンデレラソード!」

 

 ただの日本刀です。

 

「行きますわよ、シンデレライフル!」

 

 ただのスナイパーライフルです。

 

「張り切って行くわよ、シンデレラブレード!」

 

 ただの青龍刀です。

 

「僕も頑張るよ、シンデレラガン!」

 

 ただのアサルトライフルです。

 

「待っていろよ弟よ、シンデレラナイフ!」

 

 ただのアーミーナイフです。

 

「…カナードの相部屋が欲しい、シンデレランチャー!」

 

 ただのミサイルランチャーです。

 

 セットの上で彼女達の武装を見て、カナードはポツリと感想を呟いた。

 

「シンデレラって……何だっけ?」

 

 そのカナードの小さな疑問に誰も答えることなく、演劇だか鬼ごっこだかわからないモノが始まった。IS学園には銃刀法など有って無いようなもの、故にこの演劇では先程の装備が容認されている。

 実はシンデレラの彼女たちには、楯無からある約束を言い渡されていた。カナードは今この現状を出来る限り推理し、導き出した答えを呟いた。

 

「…まさかと思えば会長、奴ら願いを叶わせるとか言ったんじゃ…」

 

「…その通り」

 

 振り返る。そこにはミサイルランチャーを背中に背負った簪がカナードに接近していた。反射的に王冠を手で押さえるカナードに、簪が耳打ちする。

 

「…お姉ちゃんが、セシリア以外にはカナードか一夏のどっちかの王冠を手に入れれば同居できて、セシリアの場合は面白そうだからとか母国の威厳とかで、援護役」

 

「まるで意味が解らんぞ」

 

 やはり原作寄りだ。しかも無駄にプライドが高いセシリアがこんな事に手を貸すなどとは意外だった。友情的な何かがあるのだろうか、そこは彼女以外は分からない。

 

「ついでに、俺と一夏を狙っている奴は?」

 

「…一夏には箒と鈴。 カナードには、私とシャルロットとラウラ」

 

「あ、成程ね……ところでさっきの名のりはどっから?」

 

「…シンケンジャー」

 

「あ、やっぱりね……」

 

 程なくして、カナードと簪の鬼ごっこが始まった。

 一夏の方も進路をセシリアの弾丸に狭まれ、日本刀と青龍刀の刃筋が迫って来る。危険な幼馴染みを持ったものだと、呟いた一夏は尚も逃げ続ける。しかし、箒と鈴音には野望がある。セシリアには友人の為に援護をする意地がある。

 箒はもう一度、一夏と同室になりたい野望がある。シャルロットがシャルルとして来た時部屋割りが変わるのではないかと不安がっていた。しかし、シャルルはカナードと同室になった時、千冬と廊下でバッタリと会った時彼女は教師と言う立場ではなく幼馴染みの姉として箒に言った。 「感謝しろよ」 と。

 鈴音にも野望はあった。今でも一夏を諦めずにいたが、昨日まで…いや、楯無にこの話を聞かされるまでその感情を胸にしまっていたが、ついに楯無の言葉で解放された。ただそれだけだ。

 

「あ、おい一夏!」

 

 そこにカナードが合流。

 

「デストロイモードだ、一夏」

 

「お前ら……ここから出ていけぇ!」

 

 珍しく一夏がツッコミに回り、絶叫する。可能性の獣なんて存在しなかった。

 斬撃やら銃弾やらの攻撃を避け続ける男子二人に、会長さんは無慈悲な試練を与える。恐らく自分の満足(サティスファクション)を満たしたいが為なのだろうが、被害者二人からしたら迷惑以外の何物でもない。

 

『さぁ、ここでその他女子生徒たちの登場! 集え、青春を謳歌する同志達よぉっ!!』

 

「はぁっ?!」

 

「あれが簪の姉とか…信じらんねぇ」

 

 舞台のセットが稼働し、そこからわらわらと女子の群れが迫る。地獄の軍団とまではいかないが、そう易々と捕まっていられない。

 雪崩の様に押し寄せる女子の群れ。恐らく彼女らにも楯無は箒たちと同じ条件を出したのだろう。雪崩はエクシアだけで十分だ。しかしそうは思っても、現実は非情だ。心の底でカナードは楯無を恨んだ。が、今は逃げるしかない。

 セットを踏み台にしてカナードは移動する。行く手を何度かシャルロットとラウラが遮るが、意地だけでカナードはその包囲網を突破する。

 

「そっち行ったよ、ラウラ!」

 

「任せたシャルロット! ここはテコでも動かん!」

 

「……ところがギッチョン!」

 

 『機動戦士ガンダムOO』の影響か、ラウラとカナードが劇中の台詞を口にした。ラウラと言う壁を、カナードは脇道に逸れて脱出を図るが、その先には簪が待ち構えていた。

 

「いやはや意外とアグレッシブな事で…」

 

「…褒め言葉にしておく」

 

 すぐにカナードの背後にシャルロットとラウラが待機、更に下の方ではその他大勢の女子生徒達。逃げ場はある意味無いのに等しい。いや、一カ所ある。

 上を見るカナード。そこにはセットの一部だろうテラスがある。

 

「(無理だ…なら下ッ!)どっせぇぇい!!」

 

 今自分が乗っている屋根のセットを体重を目一杯かけて破壊し、自由落下を始めた。案の定その下はマットが敷かれていたが、何故そうなのかは深く考えないカナードはそのまま逃走を始めた。

 恨めしそうに穴を覗き込む簪ら三人。仕方なしに箒達の援護に回ろうとしたが、あちらもあちらで一夏を見失っていた。

 最早演劇でも何でもないこの状況下で、簪がポツリと呟いた。

 

「…シンデレラって何だっけ?」

 

 その小さな質問にはやはり誰も答えなかった。

 

 

 

 

 やってられるかと衣装と王冠を脱ぎ捨て学生服に着直したカナードは、屋上に逃げ延びていた。王冠のビリビリはどういう訳か作動はしなかったが、それは考えない事にした。

 大の字になって倒れて空を見上げると、澄み切った蒼い空を色んな形の雲が流れていく。穏やかな秋空である。

 

「私は、平穏がこの上ない好物でしてね、それを除外する人間がとてもではありませんが、大嫌いなんですよ。 特に貴女方がそれに当たります…亡国機業(ファントム・タスク)のスコールさん」

 

「あら意外。 これでも気配は殺しているのに」

 

「御冗談を」

 

 身を起こして屋上に設置されているベンチに目をやると、そこには胸元が開いたスーツを着こなした金髪美女が足を組んで座っていた。

 

「冗談なんかじゃないわよ。 それにしても、よくまぁ私の名前を知ってるのね」

 

「機密事項ですよ。 それよりも、目的は何ですか? 白式ですか?」

 

「あながち間違ってないわね。 それよりも、貴方もしかして転生者? ISを扱える第二の男なんて原作にはいなかったはずよ」

 

「そういう貴女もそうですか?」

 

 否定することなく金髪美女ことスコールが頷いた。

 

「いい機会だから、教えてあげるわ。 神とやらの手違いで前世の私は死んだわ。 元々普通のOLだったのよ、ISが好きな事を除けば。 ネットとかじゃファース党とかセカン党とか言ってるけど、私は断然スコールと言う人間が好きな女だったの。 で、その神曰く転生する際、本人が心の底で思い入れが強い世界に転生するそうよ。 私はISのスコールに強い思い入れがあって本人になりたかったのよ」

 

「…私の場合は、本来死ぬはずだった人間の代わりに内定を貰ってすぐに死んで神に説教されましたよ。 成程、私の場合は第三者となって一夏と箒を結ばせたいと言う思念があったから……」

 

 これで束もその類であることがハッキリできた。福音事件の時、彼女がカナードの正体を知っている理由が説明できた。しかし、相手は転生者であっても亡国機業。ここで束も同族である事を語れば、この世界は最悪な形で終わる。

 張りつめた空気の中、スコールの懐から通信機の音が鳴る。慣れた手つきでスコールは回線を開く。スピーカーから恐らくオータムだろう喧しい声が、少し離れたカナードの耳に届いた。

 

『スコール、剥離剤(リ・ムーバー)が効かねぇぞ! どうなってんだ!?』

 

「…何を言っているの? 剥離剤が効かない?」

 

「手は打たせて頂きました!」

 

「……まさか?!」

 

 にぃっと口角を吊り上げてしたり顔のカナードに、スコールは気が付いた。

 

「こんな事もあろうかと、対剥離剤プログラムを白式に組み込ませて頂きました。 私と言うイレギュラーが存在しても、大まかなイベントは原作通りなので! まさかとは思いますが、私がこの事態を想定できないとでも?」

 

 原作のスコールよりも、今ここに居るスコールは詰めが甘かった。程なくして、空を切る音がする。Мだ。

 

「…見逃してくれるかしら?」

 

「見逃すのではなくて、逃げられた。 貴女を拘束しようとしたら逃げられたって事で」

 

 制服を脱ぎ捨て、ストライクを起動したカナードはそのままМの方へと飛び立った。

 一人残された女性は、カナードの飛び立った先に向かって軽く手を振っていた。

 

 

 

 

 ハイパーセンサーがカナードに詳細な情報を伝える。先にМにエンカウントしたのだ。

 イギリスで開発されたBT二号機サイレントゼフィルス。その姿はどこか蝶のようにも思えた。浮遊しているビットは『Gジェネ』のフェニックスガンダムのファンネルに似ていた。

 

「…あんた誰」

 

「お前には用はない!」

 

 複数のビットがカナードに砲撃を開始する。が、カナードはそれらを両腕に装着している二枚のシールドで防ぎ、体を捻って回避する。狙いがセシリアよりも上だ。

 

「流石イギリスのBT二号機! 一号機の比じゃねぇな!!」

 

「分かったならそこをどけ!」

 

「断る。 静かな日常をぶっ壊すあんたらを俺は絶対に許さないからな!!」

 

 ビットのレーザーを掻い潜り、カナードはМに接近。左手でビームサーベルを抜刀し、切りかかるが、Мも接近武器を取り出して鍔迫り合いに持ち込んだ。力量、テクニック、そして覇気がほぼ互角だった。一対一ではどちらも歩が悪い。総合起動時間は恐らくМの方がカナードの倍以上上回っている為、下手をすればカナードが負ける。

 しかし、そこまで現実は非情じゃなかった。カナードの後ろから四枚のビットが飛来し、サイレントゼフィルスをロックする。

 

「ちぃっ!」

 

 鍔迫り合いを止めて距離を取ったМもビットを展開。四枚の蒼いビットを狙う。

 

「遅くなりましたわ!」

 

「…助太刀に来た」

 

「他はどうした? いや、やめとく後で聞く」

 

 援護に来たセシリア、簪の二人にカナードは安堵しつつ事情を察する。

 

「事情は後で説明しますが、あれはまさか……?!」

 

 サイレントゼフィルスに気付いたセシリア。母国にあるはずの二号機が、ブルー・ティアーズの姉妹機が何故今ここで、しかも敵と思われる女性が動かしているのかがセシリアには分からなかった。

 

「やっぱそうか、BT二号機サイレントゼフィルス……おかしいな確か聞いた話じゃ厳重に管理されてたと思うが……」

 

「あんなザル警備が厳重だと? 笑わせる」

 

 Мのその言葉にセシリアの頭に血が上った。そこまで母国を侮辱されたとなると、プライドが高い彼女にとって十分な起爆剤だ。

 原作及びアニメ二期の記憶を照らし合わせたカナードは、その場面を脳内再生していた。

 

「いや、セシリア。 お前の国の警備がザルじゃなくて、あいつが強すぎるってだけだって思えよ……あー、いや待てよ…逆効果か?」

 

 最後の方を小さく呟くが、セシリアは聞かずスターライトMarkⅢの銃口をМに向け、引き金を引いた。聞いても聞いていなくても結局こうなるオチだ。そう判断するしかないカナードは簪にアイコンタクトを送り、簪は頷き返した。

 ストライカーをパーフェクトに代え、シュベルトゲベールを握り締めМに接近。迎え撃つサイレントゼフィルスのビットを、簪が放った『山嵐』とセシリアの射撃で撃ち落とす。

 正直今のМではシュベルトゲベールの斬撃から避ける事しかできなかった。接近武器ではリーチが足りないし、ブルー・ティアーズの様に腰部にミサイルビットなど装着されていない。頼りになるのはレーザービットのオールレンジ攻撃しかない。が、乗って数日足らずのМにはいささかサイレントゼフィルスの本来の性能を発揮する事は難しかった。

 

「……オータムの奴、しくじったか?!」

 

「へっ、残念だったな。 今頃一夏の方は会長さんに軍人さん、そして一夏の幼馴染み二人が付いてんだ。 ムリゲーだろ?」

 

「ほざけ!」

 

 ついにМが本気を出した。レーザービットの旋回性が一気に向上していた。これは『山嵐』でも対処が効きにくい。避け続けるしかないカナード達から逃げ延びたМは、オータムの回収に向かった。

 何とか追いかけるカナード達。だが、既にМはオータムを回収し終え、アラクネ―の追加ユニットが地上にでた一夏達を襲う。

 

 

 

 

 アラクネ―の追加ユニットの爆発は、ラウラのAICではなく楯無のミステリアス・レイディの能力によって被害が拡大する事はなかったが、そのミステリアス・レイディが補修行となった。明らかに爆破の威力が原作より上回っていた。

 そんな事もあって、波乱の文化祭は幕を閉じ、生徒たちはそれぞれの出し物の片づけを行っていた。

 

「こ…れ…で……よし、おーい皆片づけ終わったぞー!」

 

 最後のごみ袋を閉じたカナードの一声が、一組の教室にいるクラスメートたちに届いた。それぞれ一息ついており、満足したようにも見えた。あんな騒動の後だと言うのに、逞しいの一言に尽きる。

 あとはごみ袋の山を学園内のごみ置き場に持っていくだけだ。こういう仕事はカナードと一夏の仕事である。出し物が模擬店なのに、ごみはごみ袋八つ分しか出なかった。片手に二袋ずつ持って、カナードと一夏はごみ袋を運び始めた。

 

「そういえば一夏」

 

「どしたカナード」

 

「俺、思ったんだけどさ…」

 

「何だよ」

 

「この学園、イベントごとに事件起き過ぎね? クラス代表戦、臨海学校、今日の文化祭」

 

「たまたまじゃないのか?」

 

「こうなると……確か専用機タッグトーナメントに、キャノンボール・ファスト、京都旅行にも襲撃来るぞ。 今日みたいにさ」

 

「……どうしてそこまで言える?」

 

「勘だよ。 外れて欲しい勘だ」

 

「勘ならいいや」

 

 少ししてごみ袋を指定の場所に置き、二人はすぐ近くの水道で手を洗いながら会話を続けた。

 

「そういえばカナード」

 

「どった?」

 

「簪と付き合ってるのか? ほら、夏休みの時」

 

「…お前いつからその手の勘が冴えたんだ? ついこの間までお前恋愛に関しては鈍感も鈍感でトーヘンボクだって、弾が言ってたぞ。 そう言えば今日来てたな」

 

「俺が招待券渡して呼んだ。 で、どうなんだ?」

 

「……まだ返事以前の問題。 今はどっちも踏み出せない状況」

 

 これは事実だ。カナードは簪に告白していないし、簪もカナードに告白していない。現状友達以上恋人未満だ。

 

「なんつーか、怖いんだよ…。 今は趣味が合う友達だけど、もしそれが壊れたら………ってな。 ったく、なっさけねぇな俺は」

 

 会話を強制的に終了したカナードは一夏を置いて足早にその場を去った。地雷を踏んだと後悔している一夏は、無理に追うのをやめた。

 

 

 

 

 購買で買った高カロリークッキーを片手に、カナードは整備室でライトニングストライカーの着工に入っていた。ブルーブースターにユニバースブースターに比べれば比較的楽な作業だ。

 元々カナードの機体は、前世で好きだった『機動戦士ガンダムSEED』のストライクガンダムをモチーフにしており、この世界に充分に合っており、現実にその性能を発揮していた。

 しかし、カナード自身の腕はそうそう上達しなかった。機械技術の腕はあれど、戦闘技術は今ひとつで正直言って一夏より劣っている。それでも彼より強いのは、ストライカーの性能があってこそだ。ただカナードはそれを充分に理解し、上手く扱っただけに過ぎない。

 作業に夢中になりすぎたのか、整備室に誰かが入って来た事に気が付かなかった。

 

「…カナード」

 

「………」

 

「…カナード?」

 

「………」

 

 その人物は二度カナードの名前を呼ぶが、呼ばれた本人は作業に夢中でその声に気付いていない。呼んだ人物…簪はカナードの顔が見える位置に移動して顔を覗く。そこには今まで見せた事の無い形相で、パネルだけを見つめていた。その表情の凄味に驚いた簪は後ずさり、足元の機材にぶつかった。その音で初めてカナードは簪の存在に気が付き、いつもの穏やかな表情で簪に語り掛ける。

 

「あっれ、簪いつの間に……ひどいなぁ、一言くらい声かけてくれりゃいいのに」

 

「…二度、声を掛けた。 なのに、何で気付かないの?」

 

「……そう、か」

 

 表情が一変暗くなり、データを保存して機器の電源を落とし、スクラップ機材に腰かけ頭を抱えて深いため息をついた。行き詰ったり、落ち込んだり、自分で自分を責める時によくやるカナードの癖。大抵は一人で人気のない場所でやっていた。それが今日だけは簪の目の前で、その癖をさらけ出した。

 一度も見た事がないカナードの落ち込み様に、簪は隣に座って彼の表情を覗く。頬の辺りでキラリと光る筋が一つ。

 二人の間に言葉はいらなかった。簪はカナードの頭を引き寄せ、優しく頭を撫で始めた。その瞬間、カナードの嗚咽が大きくなり、二人しかいない整備室に響いた。

 正直言って、カナードは一夏の飲み込みの良さを羨んでいた。その秘めたる才能を羨んでいた。それの代わりとして、夢中で新型ストライカーの着工を進めていたと言うのに、自分を見失っていた。

 Мを逃したことを今でも悔いている。やると決めた筈が、戦闘技術の差で負けてしまい、悔しさで一杯だった。

 イレギュラーと言う自分が、何の為に存在しているのか分からなくなった。

 

 

 

 

 某国のホテル。

 数十年前にミサイル問題で一時期問題視された国のホテルで、スコールはある人物と会食をしていた。その相手は、童話のようなドレス衣装にメカニカルなウサ耳を付けた稀代の天才科学者、篠ノ之束。

 

「それで、お話は受けていただけますか?」

 

「ん~……そだね、無理と言っておくよ」

 

「あらあら、残念ね、せっかく同族の好で頼んでいると言うのに」

 

「ん、転生者同士(・・・・・)全員がいつ仲間って決めたのかな? 束さんわけがわからないよ」

 

「なら仕方ないわね。 せっかく誰もいない様に手配したと言うのに、無駄になったかしら?」

 

 牛フィレ肉のフォアグラソースをフォークとナイフで食すスコールは、牛頬肉の赤ワイン煮にがっつく束を目を細めていった。

 

「あ、話は変わるけどさすーちゃん。 転生者君に会ったみたいだね。 あの子はすーちゃんの仲間になりそう? なるわけないよね、転生者君はいっくんと箒ちゃんをらぁぶらぶしてくれた功労者だもん」

 

「そういう貴女も私も、同じ転生者でしょ? 貴女は篠ノ之束に思い入れが強く、私はスコールに思い入れが強かった、それだけよ」

 

 メインディッシュを終えた所で、スコールは束に何度か目の頼みごとを持ちだした。

 

「もう一度言うわ、亡国企業(こちら)の専属メカニックとして来てくれないかしら?」

 

「ほーぅほーぅ、その心は?」

 

「こちらに付けば元々の目的だった宇宙開発に…」

 

「だが、断る! じゃねまたね御馳走様~!」

 

 颯爽と逃げ去った束を見送って、残念と言わんばかりにスコールは懐から通信機を取り出して、指定の相手に通信を掛けた。相手はオータムでもМでもない別の人間。

 3コール程で相手が通信に応じた。壮年の男性の声だった。

 

『私だ。 目標はどうした』

 

「申し訳ありませんわ社長(ボス)。 中々条件を飲んでくれませんの」

 

『…目標の性格や思考を考えればそうなる、お前は悪くない。 さて、次の仕事だ』

 

「承知しましたわ。 織斑春十(はると)社長」

 

 通信を終え、スコールはピストルの形をまねた右手を賑やかな町並みに向け、「ばーん」と言って右手のスナップを聞かせて引き金を引く動作を真似た。

 

 誰もいない、ホテルのレストランの一室で。

 

 

 

続く

 




亡国機業のボスの名前ですが、もしかしてももしかしなくても…
今のところは深くは追及できません。この後のお楽しみに

さて、何故束がカナードを転生者と見破ったかの謎(?)が解けたかと思いますが、転生の条件は自分の解釈ですご了承ください

何か色々とやっちゃいましたが…気にしない方向で行こうともいますすみません
次回は、専用機持ちタッグトーナメントisゴーレムⅢの話です


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十一話 Cの爆発/乱入のGⅢ

今回はカナードが一夏に激突したり、ゴーレムⅢの乱入回でもあり、この世界で見つけたカナードの目的が出ます。


 

 世界というモノは非常だ。望んでないモノが存在し、望んでいるモノが存在しない。無理に納得する事しかできない。それが世界だ。

 数日後に専用機持ち限定のタッグトーナメント戦を控えたIS学園の寮長室。脱ぎ散らかした衣類だらけの部屋で、昼間の職員会議で渡されたトーナメント戦の資料を備え付けのデスクに置いた千冬はビールを片手に夜空を見上げていた。

 

「……暫く見ていないと思えば、何処をほっつき歩いていた?」

 

「やぁやぁちぃちゃん。 ある国でね、牛頬肉の赤ワイン煮込みご馳走になっちゃったんだ♪」

 

「……自慢か?」

 

「うんっ!」

 

 語り掛けた先、寮長室の窓枠に腰掛ける束は嬉々とした表情で答える。

 

「そういえばお前、福音事件の時私に聞いたな。 この世界は楽しいかと」

 

「ちぃちゃん、それがどーかした?」

 

「確かにそれなりに楽しめるさ、亡国機業がちょっかいを出さない限りな」

 

 冷蔵庫から缶ビールを取り出してそれを束に渡した千冬は、束の答えを待っている。

 

「いやいやー、ごっつぁん! 束さんもね、あいつらは嫌いだよ。 スカウトされても束さんは行かないよ」

 

 片手で器用に缶を開けた束はグビッとビールを胃へと流し込み、プハーッと一呼吸。

 

「機業とは言うが……、私でもそのトップを知らん。 お前は……いや、良い。 酒がまずくなる」

 

「ちぃちゃんと飲む酒が、世界中のどんな高級な酒よりも、束さんにとってはとっても美味しいし何よりとっても……とっても価値があるんだ」

 

 静かな夜。季節柄鈴虫等の虫の羽音が聞こえて来る。人工島と言えど、鈴虫はいるしそれを主食にする海鳥なんかも飛来する。稀にスズメやツバメすらも。

 涼しい夜風が、散らかった千冬の部屋に流れ換気される。それだけでもたいへん心地よく感じる千冬は、飲み終えたビールの缶をテスクの上に置いた。丁度良い酔い加減と言ったところだろう、小さな飲み会の参加者二人は会話を続ける。

 

「例えば……例えばだ束。 ここに二人の…ISの操縦者がいる。 一人は機体の性能を充分に活かしているが、実力が伴わない。 もう一人は実力が着々と付いて行っている半面、機体性能を充分に発揮できていない。 その二人が戦うとして、どっちの方が勝率が多い?」

 

「ふぅむ、束さんにはちと難解だけど……五分と五分ってところかな」

 

「……疑問詞でないと言う事は、やはり束もそう思うか」

 

 束もビールを飲み終えたようで、片手で器用に空き缶を握りつぶした。

 

「だって、いっくんともう一人のISを扱う男の子が戦っても……」

 

「…おいおい、何も私は一度も一夏と大和だとは言っていないが?」

 

「おっとっと、そうだったねちぃちゃん。 ま、おおざっぱな話、対決じゃなくて二人には共闘と言う言葉が丁度良いんだよ。 お互いの苦手なところをカバーし合うってことで」

 

「質問の答えになってない。 どうだ、秋の夜長と言う言葉もある。 もう一杯付き合え」

 

「むふふのふー……今夜は寝かさないよちぃちゃん」

 

「冗談だ馬鹿者が。 もう行け、さもなくば政府の人間に突きだす」

 

 手で追い返す仕草を束にする千冬は、もう一度トーナメント戦の資料に目を通す。窓枠に腰かけていた旧友は既にどこかへ行った。追うつもりもないし、政府に突きだすつもりも毛頭ない。

 面倒なことが起きない事を祈る千冬。

 しかし、世界は非情だ。望んでないモノが存在し、望んでいるモノが存在しない。望まない喧騒が存在し、臨んだ平穏が存在しない。千冬も、カナードと同じように平穏を望んでいたのだった。

 

 

 

 

「なぁカナード」

 

「トーナメント戦の事なら俺は簪と出る事に決まった。 お前は箒と出ろよ」

 

「いやそれはもう決まってるから。 そうじゃなくて、放課後やらないか」

 

「何をやるつもりだ、主語を付けろ馬鹿野郎が。 俺はホモでもゲイでも同性愛者でもねぇし、周り見ろ」

 

 専用機持ちトーナメント戦を数日後に控えたIS学園の食堂の隅で、最後に取っておいたきつねうどんの御揚げにかじりつきながらカナードは一夏の視線を顎でしゃくって誘導する。その先にいたのは口々に腐った妄想を語り合う女子生徒達の姿が見える。

 最近その手のプレッシャーに敏感になってきた一夏は、先程の言葉を訂正する。お互いにタッグトーナメント戦のパートナーが決まっている事を再確認して、一夏はたぬきそばを啜る。

 そういえば、と一夏はカナードに先日の文化祭でのオータム襲撃の事について礼を言った。

 

「対剥離剤に関しての礼は良いが、お前も気をつけろよ? ただでさえ俺とお前は数少ないISを扱える男だ。 白式やストライクのコアを狙う阿呆がこの世にはわんさかいるんだからな」

 

 残った汁を飲み干して、ついでにとカナードは一夏に放課後の戦闘訓練を申し出た。対する一夏は元々そのつもりで二つ返事で了承し、二人はハイタッチを交わす。

 そこを先程の腐女子達がメモに何やら走り書きで何かを書いていたが、カナードと一夏にとってはどうでもいいことだ。二人して気にしないフリをする。

 

 

 

 

 そして放課後。始まる前に、カナードは標準装備のエールストライカー、レーザーライフル、コーティングシールを収納し、アーマーシュナイダーだけを両手に逆手にして持つ。あれだけで勝負するつもりなのか、一夏は怪しみつつ雪片弐型を構える。

 アリーナ観客席では、箒たち一年専用機持ち達とシャルロットが観戦しており、カナードの行動に誰もが戸惑っていた。それは当のカナードでさえも気が付いている。

 疑問に思った一夏がカナードに真意を問うが、カナードは答えず一夏に接近する。

 

「……!」

 

「おわっ、おいカナード!」

 

 アーマーシュナイダーの軌道を読みながら一夏は雪片で防ぐ。

 

「どうした一夏。 何故雪羅を使わない」

 

「だけど…げふぉっ!」

 

 間合いが無いほぼ密着状態での蹴りが一夏の鳩尾に直撃。白式の絶対防御が作動し、シールドエネルギーが削げていく。

 この時一夏は悟る。今のカナードは自分を糧にする勢いでかかっている。ならば決着をつけるしかない。

 今度は一夏が接近。瞬時加速で迫りながら『零落白夜』を作動して雪片を振り下ろす。

 

「大振りだってことを忘れたか!」

 

 紙一重でギリギリ横に避け、脇腹にアーマーシュナイダーを突き出した。しかしそれを読んでの事か、一夏は完全に振り下ろす前に行平をカナードの方へと薙ぎ払う。アーマーシュナイダーのダメージと零落白夜のコストダメージが白式のシールドエネルギーを削ぎ、零落白夜のダメージがストライクのシールドエネルギーを削いでいく。

 二人のシールドエネルギーがそこを着いたのは同時。PICの機能が停止され、二人は愛機を待機状態にしてアリーナの更衣室に向かう。

 

 

 

 

 箒達は二人の着替えが終わったであろう時間を計らって、アリーナの更衣室へと向かっていた。その道中、彼女たちはカナードの変わり様に疑問を持ち始めていた。今までの彼ならば、豊富なストライカーの特徴を活かした戦法を得意としており、アーマーシュナイダーは所謂非常用。それをメインウェポンにすることは、いかにもカナードらしくはない。

 この中でカナードの事をある程度知っている簪は、文化祭後からのカナードに違和感を持っていた。新型ストライカーの着工を急いでいるようにも思えた。いや、実際はそうなのだろう。

 彼女たちがアリーナの更衣室に足を踏み入れた途端、強い衝撃がロッカー一列に当たった。その方を見ると、カナードが一夏の胸ぐらを掴んで空きロッカーに押し付けている姿が見えた。

 

「…テメェ、ふざけんじゃねぇよ。 何で本気で来ねぇんだよ、アレか? テメェの中で俺はテメェの格下なのか? ふざけんじゃねぇよ!!!!」

 

 言い終えてまたカナードは一夏をロッカーに叩き付けた。

 

「……テメェの目指す先なんざ俺ぁ知らねぇよ、知らねぇけどよ! テメェの目指す先は、格下をンな目で見る事なのか!!! 俺ぁな、テメェが羨ましかったんだよ! 白式のデビュー戦からテメェはメキメキと腕上げてよ、最悪高燃費のISをそれなりに上手く使いこなして……それに対してよ、俺ぁ何だ? 自分で作った機体の性能ばっかに助けられて…その癖俺ぁ………俺ぁ一度だって…実感した事ねぇんだ。 一度だってな…。 だからよ、俺ぁアーマーシュナイダーだけでテメェに挑んだ。 その結果がアレだよふざけんな稀代の大馬鹿野郎! 情けないか? テメェ、俺が情けねぇと思うか? 俺もそう思うよ! 実戦経験を積んで、ストライカーの性能だけを頼りにしない………腕が欲しかったんだ!!!! みっともねぇと思うか? こんな俺を、こんな俺をお前はみっともねぇと思うか?!!!! ナぁ、答えろよ! 答えろよ、織斑一夏ぁ!!!!!」

 

 その後も、カナードは一夏をロッカーに押さえ付けつづけ、目を見開いて続けた。流石の箒達も黙って見過ごせず、無理にでもカナードを一夏から引き離す。しかし、カナードからしてみれば彼女達は余計な邪魔である事他ならない。尚も足掻くが、軍人であるラウラの技によって昏倒するカナードを簪とシャルロットが二人掛かりでシートに寝かせた。

 この事態に一夏は気を失っているカナードを見た。今まで見たことなかった彼の顔を見て、吐き出された彼の思いを聞いて、何処か引っ掛かっていた。

 一夏も、カナードを羨んでいた。技術力や知識が一夏より上であることも、制作者故に自機の得意不得意を重々理解していることも、そして何より誰よりも愛機に掛ける愛情が誰よりも深く感じており、それらがとても羨ましかった。

 更なる可能性を見出だすのは、腕か知識か。それを理解するには、とても簡単なことではない。

 

「……カナードは、俺が部屋まで連れてくよ。 ルームメイトだし」

 

「あ、ああ。 そうだな」

 

「…私も行く」

 

「いや、良いんだ。 本気でやらなかった俺に責任があるかもしれないんだ」

 

 簪の申し出を断った一夏は、カナードを背負うと更衣室を出て部屋へと向かう。

 その後を箒達が見ていた。

 

 

 

 

 食堂の一角で、箒達がアリーナの更衣室での事を話題にしていた。

 

「カナードさんなんですが、初めて私と戦った時、まるで長時間……代表候補に準じる程の機動時間を有しているかの様でした。 今考えると、やはりストライカーの特製をカナードさん自身がよく理解している事が、勝因だと思うんです」

 

「それに、何かあいつ……熱中っていうか何て言うか……アタシがここに来てすぐあいつの部屋でコーヒー飲んだことあるんだけど、部屋にいるときのあいつって、ずぅっと画面と睨めっこしてんのよ」

 

「僕が相部屋の時も、アニメ観賞以外はずっと……」

 

「私は我が弟(カナード)の事を深くは知らないが、本物の技術屋……愛機の調整を文字通り欠かさないな」

 

 セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラが順にカナードの感想を並べる。

 今日のように、感情を激しく表したのは一度も見たことはなかった。それこそ最初の頃のセシリアとの口論以降でも、それ以上に感情を出しているところを見た事はなかった。

 

「今日に限ってどうしたんだお前ら、通夜でもあるまいし」

 

 そこにジャージ姿の千冬がトレーを持って登場。ちょうど良いとばかりに鈴音が放課後のアリーナであった事、その後の更衣室での事を千冬に告げた。その際簪とシャルロットが鈴音を黙らそうとするが、徒労に終わってしまい千冬に総て伝わった。

 最後まで聞いていた千冬は、溜息をついた。

 

「…今まで溜まりに溜まっていたのがモノが発散したんだ、今は余計な茶々を入れないほうが利口だ。 それに男の問題は男で、女の問題は女で片付けると言う言葉がある。 ま、私の言葉だがな」

 

 右手の人差指以外を軽く曲げ、その指先を天井に向けながら言った千冬。簪の「カブト派かぁ…」の呟きを聞き流した彼女は、コーヒーにスティックシュガーの中身をカップの中に入れ、スプーンで軽く掻き混ぜて一口飲む。

 確かにその通りだ。今はそっとしていた方がよっぽど良い。今はカナードの頭が冷やされるのを待つだけだ。待つだけなのだが、いつになく簪が忙しない様子で食堂の出入口に何度も視線を移していた。それを千冬達は見逃さずに視界の端で捕らえていた。気になったラウラが代表として簪に尋ねた。

 

「簪、先程から入口を何度も見ているようだが、カナードの事がそんなに心配か? まぁ、惚れた男の豹変に戸惑ったのだからな、無理もないか」

 

「…そ、そんなわけ……ない」

 

 顔を俯かせ、口ごもりながらも否定する。

 箒達の中で、答えは確定した。

 

 

 

 

 いよいよタッグトーナメントを明日に控えたIS学園では、各パートナーが最終確認に入っていた。

 精神的に落ち着いたカナードと、彼を心配する簪は屋上で投影ディスプレイで編成を確認する。

 

「準々決勝の前辺りまで俺がオフェンスで、簪がサブ。 そんでそれからは簪がオフェンスで俺がサブ。 これまで何か質問は?」

 

「…何故こんな編成に?」

 

「トーナメント前半で俺が主役だ主戦力だとアピールして、後半簪に変えて相手を少しさせる。 他の連中は簪は支援向けだと勘違いしてるしな。 荷電粒子砲『春雷(しゅんらい)』と近接近系統武器『夢現(ゆめうつつ)』を、よく今日まで隠せたね」

 

「…取って置きのつもりで」

 

「成る程、じゃ作戦に異存は?」

 

「……無い」

 

 小さな作戦会議が終了すると、カナードは屋上にある人工芝生の上に大の字でねっころがる。上空でゆっくりと形を変えながら動く雲を眺めていた。いつもなら直ぐにでも、新型の着工、プログラムの構成、そしてインストール作業に没頭するのだが、今日は何故かゆっくりと青空を眺めたかった。

 その隣に簪が座り、共に空を見上げた。

 二人が眺めた空は平穏そのもの。澄み切った青い空に綿飴の様な白い雲が、二人の目には映っていた。ISを装着すれば、あそこまで簡単に飛べる。それが当たり前に思えてしまうこの時代、この時間にカナードは生きている。友や家族とともに、生きている。

 

「……いよいよ明日か…」

 

「…うん」

 

「……お互いにベストを尽くす。 それで行こうか」

 

「…うん」

 

 目標まで決めた二人の視線は、まだ空に向けられている。

 

 

 

 

 タッグトーナメント当日。一回戦第一試合の映像を、カナードと簪の二人は整備室で観戦しながら新装備の展開作業を行っていた。何も装備していないストライクの胸部と背部、そして両手にそれが形となる。

 胸部のプロテクターは背部のライトニングストライカーの一部であり、両手のスナイパーレールカノンもケーブルでライトニングストライカーに直結されている。

 一流の狙撃手のように構えて、スナイパーレールカノンの調子を見る。

 

「っし、問題無いな。 簪、俺達の試合はいつ頃だっけ?」

 

「…一回戦の大トリ」

 

 簪が投影ディスプレイにトーナメント表を映し出してカナードに見せる。簪が見る分は自分の眼鏡がディスプレイ機能付きで問題無い。線を指先で辿ると、一夏&箒組に当たるのが準決勝、楯無と当たるのが決勝戦になっている。

 作業がひと段落ついた所で、簪が口ごもりながらあの日の事をカナードに聞いた。何故アーマーシュナイダーだけで一夏に挑み、本気で来るように望んだのかを。

 

「…理由はあの時、簪らが聞いた通りだ。 俺は知識だけが向上して、技術が向上しないのが悩みなんだ。 福音戦が特に顕著だ。 あの時はストライカーの特徴を作った俺が完全に理解していたからこそ、止められた……何か無茶苦茶言ってるようだけど、俺自身どう表わしたらいいか分からないんだなこれが」

 

「…でも、私はカナードに助けられた。 初めて会った時も、あの時も。 教えて、カナード。 貴女のその先にあるゴールは何なの? 何で新型を作るのに必死なの?! 何があなたをそうにまでさせるの?!! 一夏に勝つとかそう言うのじゃない!! 貴方の……貴方の本当の目的は何なの?!!」

 

「俺は……」

 

 重く開くカナードの口から答えが出るその瞬間、整備室中のハザードランプや警報が騒ぎ出し、トーナメント戦を映していたモニターも避難経路図へと切り替わる。切り替わる直前に見えた異形の影、それをカナードは見た。新型無人機『ゴーレムⅢ』のその姿を。恐らくこのアリーナに数機以上襲来している。

 警戒する二人、待機状態の愛機に手を置く。

 壁伝いに振動が来る。数は少なく見積もって十機以上、正確な数をカナードは忘れていた。原作記憶はそんなに細かく覚えている訳でも無い。ゴーレムⅢの数よりも、今大切なのは簪をその手から守る事だけ。それが今のカナードの優先事項だ。自然と身体が簪の側から離れない。

 次の瞬間、整備室の壁が激しい音を立てて崩壊。外の景色と、ゴーレムⅢの姿がそこにあった。ゴーレムⅢの遥か後方では火線が飛んでいる。

 

「ストライク、機動!」

 

「…ふっ!」

 

 ストライクと打鉄弐式の装着に反応して、ゴーレムⅢは心電図の様なカメラアイを光らせて、左肩に内蔵されたキャノンを連射する。砲台から撃ちだされるのではなく、左肩自体が砲台と砲門になっており、そこから何十発も光弾を射出する。

 光弾の嵐を掲げたコーティングシールドで凌ぎつつ、かい潜りながらカナードと簪はビームサーベルと夢現の斬撃がゴーレムⅢに直撃。がさほど効いてはいないらしく、ゴーレムⅢは反撃行動に移る。

 以前とは違い細身なボディ、見た目通りトリッキーな武装。発展機にしてはやや飛躍的だ。

 

「さてと簪、奴さんをぶっ飛ばすの手伝ってくんねぇか?」

 

「…うん。 もう、あの時の様に……私は守られる立場じゃない」

 

「へぇ…んじゃ今は?」

 

「…カナードが私を守ってくれるように、私もカナードを守る!」

 

「……へっ? あ、いや……お、応! せ、背中は任せた!!」

 

 簪の答えに戸惑いながらも、カナードはレーザーライフルの引き金を引いた。

 

 

 

 

 突然の無人機の襲来に、一夏は戸惑っていた。どこの誰かが何の目的でこんな事をしているのか彼には解らない。分かる事はただ一つ。

 

「箒、行くぞ!」

 

「応!」

 

 無人機の群れを相手に戦うだけだ。

 雪片弐型を両手で強く握り、出来る限り無人機に接近。下段の構えからの逆袈裟、続くは箒の天月の刺突によるエネルギー弾。今大会に置いてダークホースの中のダークホースの二人は、シールドエネルギーを浪費する機体と生成する機体。正直敵に回すと厄介この上極まりない。

 しかしそれは『絢爛舞踏』が発動すればの話だ。現状、箒は発動出来ずにいる。それは彼女のパートナーである一夏も既に承知している。機動時間からすれば一夏が上回っており、その分一夏は箒のカバーを必然的に行わなければならない。

 戦況が不利に傾いたその時、紅椿に異変が起きた。それは好機と言っても良い。

 そもそも紅椿は世間が第三世代に踏み切った最中に、篠ノ之束によって開発された第四世代IS。パッケージ換装をせずとも、単機でオールラウンドな性能を発揮し、何よりも展開装甲と言うものが特徴だ。そんな紅椿の初期装備は雨月と空裂の二振りのみ、だが、この瞬間、紅椿に…それを駆る箒にメッセージが届いた。

 

「何だこれは……『穿千(うがち)』…射撃武器か?!」

 

 紅椿の特徴、それは箒の姉である篠ノ之束が独自開発した『無段階移行(シームレス・シフト)』と言うシステムが組み込まれており、蓄積された経験値によって性能強化やパーツ単位での自己開発が随時行われる。穿千はそれにより生成された。しかし、箒は射撃と言うものが苦手だ。剣の道を生きた彼女にとって畑違いに等しいが、パートナーの一夏も射撃武器はある。彼も射撃は苦手だ。

 ならば撃つしかないと踏み切った箒は、パートナーに一声かける。

 

「一夏、一旦引け。 新装備を試す!」

 

「試すって、何を?」

 

 ゴーレムⅢを振り切り、箒の後方に言われるがままに後退する。

 穿千の引き金を引く。刹那、ボウガン状の武器の銃口から収束されたレーザーが照射され、ゴーレムⅢを貫き、その先のグラウンドの表面を焼き焦がした。あまりに強力、あまりに危険。しかし、リミッターを設ければ性能としては申し訳のないレベル。

 機能停止したゴーレムⅢの剥き出た中身からコアだけ回収すると、一夏はオープンチャネル回線で管制室に通信を掛け、状況報告を行った。既にその他の、セシリア&鈴音ペアとラウラ&シャルロットペアでも戦闘は終了しており、同じようにコアも回収して今頃は解析班に回されているそうだ。

 

『それとだ織斑。 良いニュースと悪いニュースがあるが、どっちを先に聞く?』

 

 いつに無い千冬の問いに、一夏は戸惑いながらも良いニュースから聞いた。

 

「えと…良いニュースから」

 

『良いニュースは、残る無人機は一機だ』

 

「では悪いニュースは何ですか、織斑先生」

 

 箒の問いに、千冬は一拍おいて深刻な声音で伝える。

 

『…大和の、ストライクの信号が……消えた』

 

 

 

 

 予想もしない事態と言うものに弱い人間と強い人間がいる。

 簪は恐らく予想もしない事態に弱い方の人間だ。

 目の前にいるのは、やっとの思いで左腕を肩部ごと破壊できたゴーレムⅢ。しかし完全に停止できていない。背後にいるのは、少量のコンクリート片に埋もれたカナード。しかも気を失っている上にストライクが強制的に待機状態に戻っている。

 現状を要約すると、

 

 ①二人でやっとゴーレムⅢの左腕を破壊できた。

 ↓

 ②しかしそれでもゴーレムⅢを機能停止に至る事は出来なかった。

 ↓

 ③奮戦するも一瞬の隙を突かれカナードが壁に打ち付けられて戦闘不能。

 ↓

 ④そして今に至る。

 

 と言う事になる。

 日本の代表候補の彼女の心は、恐怖に支配されている。

 心強い味方が、信頼している仲間が、好意の感情を向けている相手が戦えない今、自分が戦うしかない。それは理解している。理解している筈なのに、夢現を握る強さが次第によわっていく。

 最後には腰が抜け、その場でへたりと座り込んでしまった。

 嗚呼、無念。彼女はまだやる事が残っている。まだ姉を超えていない、まだ正式に日本の代表になっていない、そして何より……。

 ゴーレムⅢの右腕の手の平には銃口が埋め込まれている。簪の眼前にその銃口が光り、チャージが始まる。これが放たれれば、絶対防御が働きはするものの、最終的には死ぬのだろう。絶対防御と言うものは完ぺきではない、死ぬ危険性も孕む。

 どうしようもないその時、ゴーレムⅢの右腕の付け根…右肩部が何かに刺し貫かれていた。それは西洋で言うランス。先が円錐状になっており、刺突による一撃が最も強い。簪の知る限り、それを主兵装にしているISはただ一つ。

 

「この学園の生徒会長って言うのはね、生徒の中で最強じゃないと駄目なのよ」

 

 物言わぬ無人機にそう言ったのは、この学園の生徒会長であり学園最強の生徒、そして、簪の姉であって、簪の目指す先にある人物。更識楯無そのものである。

 楯無が纏っているのは『ミステリアス・レイディ』、別名『霧纏の淑女』。そしてその主兵装である槍の名は『ミストルテインの槍』である。

 

「…お姉ちゃん……」

 

「貴女のパートナーの信号が途絶えたって聞いて、居ても立っても居られなくなって……私の大切な妹を心配しないおねーちゃんなんて…おねーちゃんじゃないモノ。 私が守ってあげるから、貴女には傍に居て欲しい(・・・・・・・)から」

 

 傍に居て欲しい。その一言を、簪は聞きたかった。

 何もしなくていいと言われたあの日から、簪は楯無…刀奈を避け始めた。そして今日、やっとその一言が聞けた。次第に彼女から、恐怖が少しずつ消えていった。しかし完全に払拭されたわけではない。しかしそれでも、やるしかなかった。

 まだ、不安要素は残っている。

 それでも、やるしかなかった。

 カナードの代わりとは言え、楯無の腕前は申し分ない。が、楯無もここに来る前は連戦に続く連戦。シールドエネルギーは少ない方だ。故に、押され気味である。そもそもミステリアス・レイディは所謂紙装甲だ。装甲の殆どをナノマシンの入った水によって形成されており、それは攻撃の手段ともなり、防御の手段に切り替えが可能となっている。今はそれを防御形態に移行している。

 今の更識姉妹のフォーメーションは楯無のサブとして簪が援護と言ったところだ。姉妹の呼吸に乱れは認められない。しかし、先にもあった通り、楯無の機体のシールドエネルギーは少ない方で、簪もそれは同じこと。

 その逆境の最中、彼女たち姉妹は奮闘の末に頭部を破壊することが出来た。

 しかし、それがリミッターなのか破壊したかのように思えた両腕が、もとあった部位に戻された。合体ロボの様な元の戻り方。思えばその他のゴーレムⅢは頭部を破壊していなかった。

 ここで、楯無は最後の一手に出た。

 ミストルテインの槍を構え、体に纏っていたナノマシン水を矛先に集中する。

 

「簪ちゃん、行くわよ!」

 

「うん!」

 

 姉の意図を理解した妹は、姉の推力を担う。

 ミストルテインの槍の矛先が、打鉄弐式の推力を得て、威力の増した刺突をゴーレムⅢの腹部を捉えた。

 防御手段か、ゴーレムⅢの左肩のキャノン砲を撃ちだしてきた。当然前に出ている楯無に直撃し、赤い雫が垂れ下がる。

 

「お姉ちゃん?!!」

 

「大丈夫! 私は大丈夫だから、推力に集中して!!」

 

 言われて集中し直す簪ではあった、姉が傷ついて行くことにやるせなさを感じた。

 もう、ここまでなのか、と諦めていたその時、ゴーレムⅢのキャノン砲が突然潰れた。それは打鉄弐式の春雷ではない。では、何か?その答えとして、簪にプライベートチャネルが届く。

 

「諦めるなよ、折角の美味しいポジションなんだ。 胸を張ってけよ」

 

 声の主は、カナードだった。

 続けてゴーレムⅢの両手がピンポイントに狙撃された。セシリアのブルー・ティアーズではないカノン砲。

 

「ストライクの新型ストライカー、狙撃特化のライトニングストライカーの初陣だ!!」

 

 慣れない姿勢で銃身を構えるカナード。実は彼が意識を取り戻したのは、ゴーレムⅢの頭部が撥ねて両腕が戻ったその時。運よく展開とストライカーの交換をする分のシールドエネルギーは残されていた。展開した後は、ライトニングストライカーを展開してサブタンクの中の予備シールドエネルギーをストライクに供給して、援護射撃に回ったのだ。

 

「簪、今は君の力が必要だ。 持っている力を、存分に出し切るんだ! 決勝で会長と戦えなかった分、今ここで全力を出すんだ!!」

 

 カナードの言葉が後押しとなって、簪はスラスターにだけ集中する。

 気が付いたときは、ゴーレムⅢの上半身と下半身が分かれたときだった。

 

 

 

 

 真耶と千冬は、学園の地下深くにある区画に訪れていた。今回襲撃してきた無人機のコアの解析。と言ってもどこの国に所属されているコアかを調べるだけなのだが、千冬の中では既に見当がついていた。

 キィ叩いて答えを見つけだした真耶は、溜息をついてから千冬に顔を向けた。

 

「今回も同じくです」

 

「また所属不明のコアか……真耶、ここでの情報は…」

 

「ふふっ、分かってますよ、二人だけの秘密…ですね♪」

 

「ああ。 (一体何が目的なんだ、束)そろそろ戻ろう。 上に対する回答も考えなければならない」

 

 そう言う千冬の表情は、笑っていた。

 

 

 

 

 保健室から出た簪を待っていたのは、鉢巻のように頭に巻かれた包帯をしたカナードだ。

 

「臨海学校の時とは逆だな。 どうだい、会長と仲直りは出来たかい?」

 

「うん。 本当だったら、決勝で私の実力を見せたかったんだけどね」

 

「ま、結果オーライだわな……」

 

 道中、簪は無人機襲撃で聞けなかったカナードの目指す先の答えをもう一度問う。昼間とは違い、邪魔者はいない。気兼ねなくカナードは笑顔で語る。

 

「俺は、俺の最終目的は……ISを本来の使い方…宇宙開発の為の代物に戻すこと。 既に研究所ではそれについての会議は何度かやってる。 機械ってのは、本来の役割を全うするのが普通なんだ。 それを、今じゃ国のお偉いさんや軍の将校さんたちが戦争の道具にしている。 それが気に入らないんだ」

 

「それが……カナードの夢。 目指す先」

 

「そ。 それと、これあまりオープンに言っちゃうと、風当たりが酷くならぁ」

 

「大丈夫。 お姉ちゃんより口は堅い方だよ、私は」

 

「ありがたい事っすね」

 

 向き合って二人は笑い合い、会話は進む。

 その最中、話しながらカナードは周囲を見回して何かを気にしていた。

 そして、学生寮に続く道すがら、誰もいない事を確認し、深く深呼吸をするカナード。思えば前世でも、似たような事は経験したが結果は惨敗。今回も同じ道を辿らぬ事を祈りつつ、カナードは意を決して両頬を叩いて気を引き締める

 

「っし。 な、なぁ簪……実ぁちと…話が、あるんだ。 うん」

 

「…じ、実は……私も…」

 

 偶然にも簪もカナードに言いたいことがあったようだ。

 

 

 

 

 亡国機業。ある一人の男は、スコール・ミューゼルからの通信を終え、革張りの椅子に全身を預けた。

 男の名は織斑春十。現在の亡国機業トップの人間である。その春十のデスクにある写真立て、彼はそこに映る十年以上前の自分と家族を懐かしげに眺めていた。

 赤子を抱く自分、その隣には自分自身が愛した妻、そして二人の間には勝気な表情をした娘の姿。今の自分の心の支えとなっているそれを眺めた。

 

「道のりはまだ長い、まだ長いが………それまで、この愚かで哀れな父を赦してくれ。 いつか会うその日、その日まで許してくれ……千冬、そして一夏よ」

 

 春十の目的、その道のりは、春十しか知らない。

 

 

 

続く




カナードと簪については今後未定。

前回気付いた方もいるでしょうが、今作のラスボスポジは織斑春十です。

独自解釈のタグやネタ多しのタグを近々追記いたします。

これからも精進致しますので、よろしくお願いいたします。


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十二話 休みと大会と改造人間?

今回色々とやっちゃってます。ご了承ください。

いつもの事?そうですハイ最近勢いがかっちゃってたりしてます。

今回から簪の喋り方が少し変わります


 

「そういえばカナード、シャルロットのISって結局……どうなったの?」

 

「ん? ああ、ラファール・リヴァイブ・カスタムの事か? 父さん曰く元々はフランスのデュノア社のISだろ? 機体はもうコアを初期化して返してあるらしいな」

 

 その他の生徒よりも先に、簪はカナードと共に朝食を共にとっていた。朝食のメニューはどちらも焼き鯖定食。これが本日の朝食のオススメだから二人は頼んだ。

 会話の内容は主にシャルロットに対してだ。良い友人でもある彼女が簪自身気になるのか、カナードに何度か質問を投げた。

 

「それと、何でシャルロットがカナードの義妹にならなかったの?」

 

「あ、それね。 小次郎さん……あ、俺と同じ研究員の人ね、その人とシャルロットが意外にも気があったみたいでさ、そうなった」

 

「何か、凄い……アバウト」

 

「俺もそう思う。 あと、シャルロット本人から聞いたんだが……俺とは兄弟姉妹の関係になるのが、考えられないそうだ。 良い友人という距離を保ちたいんだとさ」

 

 言って味噌汁を啜るカナード。本日は土曜で休日なのだが、今日は実家である研究所に呼び出されていた。翌日も休日である事から明日にまで学園には帰れないそうだ。

 

「呼び出された事は大体想像つく。 今のところ部外秘だけど」

 

「明日のいつごろ……学園に戻るの?」

 

「晩飯前ごろには戻れると思うよ。 ……って言うかさ」

 

「どうしたの?」

 

 同時に完食し、最後に緑茶が入った湯呑を持ってカナードは目を細め、心底嬉しそうに、それでいて穏やかな口調で、目の前の簪に答える。

 

「なぁんかこういうのって、新婚夫婦っぽい上に家庭的で、いいな」

 

 

 

 

 大和生物機械技術研究所の受付嬢が、久々に帰って来た研究所所長の息子を出迎えて世間話をしていると、左頬と額を赤くしている事に気が付いた。なんとなく事情を察した受付嬢は確証なしにカナードをニヤついた目で見始めた。

 それに感づいたカナードは訂正する。

 

「何勘違いしているか知りませんが、別に振られたって訳じゃないですからね」

 

「じゃあ何なんですか?」

 

「んー……まぁ、何て言うかその………彼女と二人で朝飯食ってる時に…『新婚みたいだな』って言ったら…向こうが恥ずかしがって……まだそう言うの早いって叩かれてから言われて」

 

「で、ビンタなんですね。 そのおでこはどうしたんですか?」

 

「学園を出る前に、その娘のお姉さんに事情がどこからか伝わって、扇子でデコピンされました。 無言で笑顔で」

 

「思った事を素直すぎる程に発言する、カナード研究員の悪い癖ですね」

 

 口元を手で隠しながら笑う受付嬢を横目で見ながら、カナードは自室へと向かう。道中に生まれたころから在籍している先輩研究員や学園に入学してから来た後輩研究員にも挨拶を交わし、目的の部屋の前に到着。部屋の衣服掛けに掛けてある員証が付けられた白衣を着用し、今日と明日に主に使う会議室へと向かう。

 そうして会議室のドアの前に立ち、IS学園に入学した時に両親に買ってもらった、ガラパゴス携帯とスマートフォンの間程の性能を持った携帯電話の待受画面を覗き、時刻を確認する。集合時間30分前だ。

 中途半端な時間帯だが、特に問題は無い。ドアにノックして中に誰かいないかを確認する。その際に、自身の研究員識別ナンバーを述べる。ある種のセキュリティーの役割で、場所によってはこの場合は口頭で、その他ではカードキー等で誰が入室するのかを知らせる役目もある。

 

「ナンバーNP3228、大和カナード入ります」

 

「どうぞ、お入りください」

 

 先に誰かが居たようで、カナードに入室を促した。入ってみると、先に窓木がいた。手元には今日と明日に渡って必要な書類が数冊単位で纏められており、山積みにされていた。それらを見たカナードは、一人相当なのか日数相当なのかを推理する。

 その様子を見ていた窓木は、答えをすぐには言わずカナードの答えを待っている。その様子はさながらクイズ番組の視聴者そのもの。

 

「もしかしてその資料、一人相当ではありませんか?」

 

「正解。 いや、ホント丁度いい時に来てくれたねー、とりあえず今あるこの分を人数分コピーしてきてね」

 

 窓木の指差す先、カナードが入って来たのとは別のドアの向こうには数台のコピー機がある。

 原本を受け取って印刷作業に入る。これは骨が折れるぞ、と後ろで窓木が言った。

 それから間もなく、会議の主要メンバーが次第に集まっていく。その中にはシャルロットや篝の姿さえも見えた。特にシャルロットこそが今回の会議の主役とも言えよう。この会議は、シャルロットが研究所に所属を移した時から計画されていたらしい。現在シャルロットはパイロット科に変わらず在籍しており、実機訓練の際には量産機のラファールを使用。学園祭襲撃事件の際には、オータムとは一戦も交えてはなかったが、訓練機を纏って生徒の避難誘導に徹していた。

 しかし、今日の会議次第でシャルロットに関する環境が変わると言っても過言ではない。

 人数分の資料を整えたカナードは、ユーレンの隣に立つシャルロットに一度視線を向け、手元の資料にあった設計図に目を走らせる。

 

「知っている者もいるだろうが、窓木シャルロットが私たちの仲間となって間もなく、デュノア社はイギリスのメーカーの傘下に入った。 それと同時期に、国際IS委員会から我が研究所に新たにISコアが一基割り当てられた。 これを、このコアを二人目のテストパイロットシャルロットの専用ISに使う」

 

 ユーレンのその言葉に、少なからず同様を隠せないカナード達研究員。準備が良すぎる。グッドタイミング過ぎる。何か裏があるのではないかと、誰もが思うが、今は気にしない事にした。

 会議の本題はストライクに続く二機目の開発についてだ。コスト・時間・人員などの問題や、一度シャルル・デュノアとして表に出た現窓木シャルロットを再び表舞台に出す必要があるかを彼らは検討する。政府や委員会などには他人の空似、学園の方には真実を伝えてはいる。

 

「さて、シャルロット。 君はどのようなコンセプトを望む?」

 

 言ったのは小次郎だ。養父として、上司として彼はシャルロットに聞いた。

 

「私としては、以前の……ラファールの様な機体を望みます」

 

「となると、高速切替(ラピッド・スイッチ)か……だったらこれはストライクのデータを流用すれば出来なくは無いよ」

 

 カナードが即座に提案を入れ、それが賛成となった。ストライクを製作したカナード自身もシャルロットのラファール・リヴァイブ・カスタムの高速切替を、ストライカー換装システムのヒントにしていた。

 案の定会議も順調に進み、それにつれあっという間に時間が過ぎていく。

 

「大和所長、続きは翌日に移そう。 明日の午前中には会議は終わりそうだ」

 

 篝が、明日刃機業代表と言う立場としてユーレンに提案。それが了承され、この日の会議は終了した。

 退室する者全員は資料を手に取って持ち場に戻る。カナードもその一人で、資料を手にラボへと向かう。その道中、シャルロットと篝が付きそう。

 

「明日の午前中に会議を終えて、すぐさま機体作成するにも時間がかかる。 一応資料の設計図を見っと、俺のストライクに近いな」

 

「それはE型…進化(Evolution)(タイプ)だな。 素材はストライクのとは違って、やや軽めでその上丈夫な素材、一部にはカーボンナノチューブが使われている」

 

「進化したストライク……ストライクE型かぁ」

 

 資料の設計図を見て感想を漏らすカナード、その説明を述べる篝、未だ見ぬ新しい専用機を待つシャルロット。

 E型、Evolution型は文字通り進化を意味している。大まかなシルエットはストライクに類似しているが、武装面などに変更点が見られる。E型はアーマーシュナイダーを小型のレーザーライフルショーティーに変更。更に肩部アーマーも形状を変更している。しかしその反面、ストライカーの換装に関しては一部の制限が設けられていると言う。と、言うのも、まずE型の肩部には突起があり、ランチャーやソードの様な肩部ユニットの換装がストライクに比べ百分の一秒単位のタイムラグが生じる為だ。その他にも様々な面もあるが、発展機でもあるので、設計に漕ぎ着くことが可能となった。

 通常と同じように、エールストライカーかI.W.S.P.のどちらかを場面によって換装する事が出来るが、現状ではこの二種類しかない。なのでカナードの担当はE型専用のストライカーの設計及び開発だ。

 

「…んー、中々難しい機体だな」

 

「資材に関しては最大限援助するぞ」

 

「助かる。 んじゃ、シャルロット色々と数値とか見ないとな、さっさとラボ行くぞ」

 

 カナードに促され、付いていく二人。

 到着してカナードは待機状態のストライクにケーブルを差し込み、キィを叩く。ベースはI.W.S.P.にしてそれを簡易化し、ストライクE型に合うスマートなストライカーに設計し直す。余談だが、カナードは個人的にI.W.S.P.を好んでいる。

 作業はそのまま滞りなく進み、夜が更けていく中、ドリンク剤を片手にカナードはキィを叩くスピードを一旦止め、先に寝落ちした二人を見た。

 (いびき)をかきつつ、めくれ出たへその辺りをポリポリと掻く篝と、安らかな寝顔で身体を丸めたシャルロット。

 どちらも見慣れた寝顔だ。小学校時代に見た篝と、数か月前にルームメイトだったシャルロット。それらを見てどことなく微笑ましく思うカナード。そこに、夜食を持って来た静子が寝ている二人を極力起こさない様に気を遣いつつ、カナードの好物の一つ、きつねうどん(油揚げ二枚)を載せたトレーを手渡した。

 

「カナード、頑張るのも研究員技術屋としては良いけど、一息つけなさい。 体調崩しちゃ元も子もないわ」

 

 篝とシャルロットの耳に入らないような小さな声で、カナードにそう言った。

 

「そろそろそうしようかと思ってた所だよ。 っただっきやーす」

 

「今夜は少し冷えるそうよ、毛布持って来た方がいいかな?」

 

「頼むよ母さん、俺暫くは手ぇ離せないと思うし」

 

 早速麺を啜って提案するカナード。それを二つ返事で了承した静子は毛布を取りにカナードのラボを出た。

 

 

 

 

 翌日の会議終了後の研究所内に作られたカフェテラスで、目の下に隈が出ていたカナードは、少し恨めしそうに同じテーブルの篝を睨んだ。当の本人は冷や汗を掻きながら特盛チャーハンに手を付ける。

 訳が分からないシャルロットは、とりあえずカナードに聞いてみる。

 

「昨夜俺仮眠取ろうとしたのよね、んでどっかの従妹の鼾でね、一睡できなかったんですよ」

 

「す、すまんカナード…」

 

「おや、俺ぁ一言も篝って言ってないんだけど? まぁ自覚してるんだったら……ねぇ…。 まぁそれ以上言わない事にするよ」

 

「ま、まぁまぁ……今夜ゆっくりと眠ればいいよ。 篝も悪気があったわけじゃないんだし」

 

「そ、そうだぞカナード」

 

「……ま、いっか。 所でシャルロット、今日はいつ頃学園に戻るんだ?」

 

「明日の朝までかな。 義父(とう)さんや色々の人と一緒に色々とやる事が多いんだ」

 

「俺は今日中に学園の方に戻る。 基本ストライカーの設計や着工は研究所(こっち)学園(あっち)でも出来るしな」

 

 言ってほうじ茶を啜るカナードは手荷物を纏めて席を立つ。

 

「時間まで少しやってるよ。 んで篝、あまりシャルロット苛めんなよ?」

 

「苛めんわ!」

 

 

 

 

 それから数時間後、海原に赤い夕陽が沈む頃。IS学園にモノレールが停車する。

 

「予定より早めに着いたな……まぁいいか」

 

 モノレールを降りてIS学園の敷地内に足を踏み入れたカナードは、そう言って寮の自室へと足を運ぶ。その道中でカナードは某白い契約魔(インキュベーター)の着ぐるみを着た本音に遭遇。本音もカナードに気が付いた。

 どうやら彼女は今朝方カナードとシャルロットがいない事に疑問を持ったらしい。そのおかげで『大和カナードと窓木シャルロット、愛の逃避行』等と言う珍妙な噂が流れた事態が起きたと言う。そのおかげで簪も御冠だそうだ。そして本音は簪のルームメイトだけあってこれから部屋に戻ると言うので、カナードは本音に同行する。

 

「ちなみにかなかな〜、変わったシャツだねぇ」

 

「俺の中では漢字シャツがブームだったりする」

 

 現在のカナードの着用しているシャツの背中部分は『自由人』と達筆に描かれているデザインだ。その他にも、『隠者』や『運命』等のデザインも持っている。

 

「でゅっちーは〜?」

 

「明日の朝辺りに戻るそうだよ」

 

「お土産は〜?」

 

「近所の駄菓子屋のまいう棒ならあるぞ」

 

「味は〜?」

 

「カラメルプリン味と味噌カツ味とナポリタン味と山葵(わさび)醤油味…どれ食う?」

 

「カラメルプリンいただきま〜す!」

 

「ほら」

 

 ぶかぶかな袖から華奢な手を出して包装を破いて中身にかじりつく本音。その道中に同行するカナードは漸く目的の部屋に到着。ノックしようとするカナードだが、その前に扉が開き、中から簪が迎え出た。

 

「よっ!」

 

「…帰って来るの、早いね」

 

「意外とね。 ほいお土産…つっても実家近くの駄菓子だけどよ」

 

 先ほどのまいう棒の入ったレジ袋を簪に手渡したカナードは、改めて簪の部屋着に目をやる。視線に気づいた簪は恥ずかしさで顔を赤らめつつ、カナードに問う。

 

「え……、と。 カナー…ド?」

 

 その言葉に、カナードは一拍二拍おいて口を開く。ちなみに、この時の簪の私服は本音と同じもの。

 すると、カナードは簪の両手を取って言った。

 

「俺、君となら契約できる!」

 

 その後、満面の笑みではあるモノの両頬が赤く腫れたカナードと、顔を赤く染め上げた簪の姿が寮で数日間見られたと言う。珍妙な噂はこの時点で瓦解されたらしい。

 

 

 

 

 とある休日。それも9月27日の今日、カナードは紙袋を提げて織斑邸へと歩を進めていた。今日は一夏の誕生日。しかしその日はキャノンボール・ファスト当日のはずで、それも専用機持ちタッグトーナメントよりも前の日。この世界では順序が入れ代わっていた。これもイレギュラーによるモノなのだと無理に理解するカナードは、何も考えずに歩いていた。

 既に周囲は暗くなっており、一夏には遅れるとすでに伝えてある。

 その途中で、自動販売機の前を通り過ぎるその時、ふと嫌な予感を感じた。必死に思考を巡らせ、ついには原作知識までもが総動員。

 一夏の誕生日、自動販売機。そして目の前には一夏の姿。

 

「あ、おーいカナード!」

 

「…うぃっす。 つ~かどーしたよ、今日の主役さんよ。 あれか、もてなされてばかりで皆に申し訳ねぇからってみんなの分のジュース買いに来たんだろ?」

 

「ずいぶんと正確だなぁカナード。 お前探偵やったら?」

 

「あほか金にならん。 それと俺が言えた事じゃねぇが……男性IS装着者がそんなに気軽に外に出るなよ。 例えば……居るんだろ、出て来いよっ!」

 

 落ちていた空き缶を近くの茂みに蹴り飛ばすと、そこから勢いよく人影が飛び出した。その人物の目的を知っているカナードは、一夏に避難の声を出そうとしたがそれよりも先に、一夏の額に黒く冷たく堅いモノを押し付けた。誰が見てもそれが拳銃だと言う事は一目瞭然である。

 それ以上に、その拳銃以上に視線を奪うのはそれを携行した人物の顔である。

 

「ち、千冬姉……?」

 

 織斑千冬にその人物の顔が酷似していた。

 

「いや、私は織斑千冬ではない。 私は……織斑マドカだ」

 

 マドカ。そう名乗った女性は視線を一夏からカナードに移す。冷たく、鋭く、獲物を狙う獣の様な残忍な目を彼女はしていた。

 勝ち目がない事を理解しているカナードは、大人しく両手を上げる。

 

「ったく、いつから日本は法治国家じゃなくなったんだ?」

 

「……貴様のその声、何処かで聞いたな」

 

「ったり前よ。 一夏、良い事教えてやる。 コイツは学園祭襲撃の折に現れたイギリス開発BT兵器二号機サイレントゼフィルスの装着者だ。 合ってるかい、マドカ?」

 

「馴れ馴れしくファーストネームで私を呼ぶな。 しかし貴様の推測は当たりだ」

 

「やりぃ」

 

 とにかく今は時間を稼ぐしかない。

 カナードの介入により、セシリア、シャルロット、ラウラ、簪の四人に一夏への好意を芽生えさせない事が出来た。これがどう言う事かと言うとつまり、助けに入る人間がいないと言う事だ。ならばカナード自身でこの状況を覆すしかない。

 未だに銃口は一夏の額を狙って放さない。それなのにマドカは器用に一夏とカナードの両方に注意を向けている。

 

「なぁる、空間認識能力がお高いようで。 どーりでセシリア以上にビットを扱うのがウマい訳だ、コツがあるんだったら…いつの日かご教授頂けるかい?」

 

「時間稼ぎのつもりか? しかし無駄だ、タイムオーバー!」

 

 無情にもマドカは拳銃の引き金を引いた。

 空の薬莢が吐き出され、それはコロコロと転がり自動販売機の下に転がり込み、一夏の体が重力に従って腰を落とす。しかし、血は流れていない。ここでカナードはある事を思い出す。

 

「遅いと思ったら何やら我が弟まで危険にさらされていたとは……その報い、受ける覚悟はあるのだろうか?」

 

 銃口はあらぬ方向へと、ドイツの軍人で自称カナードの姉ことラウラの手によって向けられた。一夏も生存している。

 イレギュラーがあったとしても、ストーリーは大まか原作通り。故に、ラウラが一夏の危機を救ったのだ。

 

「……救われたな」

 

 マドカは自分の任務を失敗したのだろうか、表情を少し歪めて逃げ出した。

 取り敢えずは助かった。それだけは確かだ。

 未だにこの事態に困惑している一夏に、カナードはラウラにも聞こえるように話す。

 

「良いかテメェら。 俺たちは偶然ここで落ち合ったし、特に何も起きなかった。 いいな?」

 

 軍人であるラウラは理解力が高いようでそれに同調。続いて一夏も戸惑いつつ賛成の意を表し、そのまま織斑邸へと向かう。

 

 

 

 

 翌日。教室は今年度のキャノンボール・ファストの話題で持ち切りだ。そこにカナード達専用機持ちが来た瞬間、あっという間にクラス中の女子生徒たちが群がってきた。

 今年度のキャノンボール・ファストは異例中の異例で一年の専用機持ちが特別に参加することとなっている。その為か、今日はやけに一夏とカナードに詰め寄って来る女子が多い。振って来る質問を適当に受け流し、やっとの思いで席についたカナードは、携帯電話の画面に表示されているニュースページに目を走らせる。

 デュノア社が日本のとある研究所と共同開発した(・ ・ ・ ・ ・ ・)第三世代ISが発表されたというニュースだ。名前の部分を見る前に、千冬が教室に入り、カナードは授業の準備に入った。

 始まってすぐに、千冬がフランスの第三世代量産型ISを話題に出した。

 

「諸君らも知っての通り、デュノア社が大和の生家である研究所と共に開発された第三世代量産型・エテルネルの情報が解禁された。 機体スペックを見る限りでは、従来のラファールを上回るほどである事が分かる」

 

 しかしまだ発表されたばかり。これが販売にまでこぎつければ、数か月もしない内にIS学園でもエテルネルを配備するだろう。

 因みに、エテルネルはフランス語で永遠を意味している。

 

 

 

 

 それから数時間経った昼休み。昼食はいつも一年専用機持ちが集って居る場合が多い。しかし今日だけは違った。代表候補でもないのに専用機を持っている事、また未登録コア搭載の第四世代ISを持ってる事で一夏と箒は席をはずしており、今頃は職員室辺りにいるだろう。それとは別にカナードはどう言う訳か生徒会に呼び出されていた。

 残った五人は少し広めのボックス席で昼食をとっていた。かき揚げ蕎麦のかき揚げの食べ方で小さい諍いがあったが、鈴音とシャルロットが制止して事なきを得る。

 

「ねぇ、簪」

 

「何?」

 

 塩ラーメンのチャーシューを一口齧った鈴音が、かき揚げ蕎麦の麺を啜る簪を呼ぶ。投下された爆弾に、簪は思考は一時停止状態に入ってしまった。

 

「アンタさー、いつからカナードと付き合ってんの? 箒はマル分かりだけどさー」

 

「 」

 

 それに同調するかのようにセシリアにシャルロット、そしてラウラも一斉に詰め寄ってしまう。

 そして観念した簪は洗いざらい話すしかなかった。

 時はゴーレムⅢ襲撃事件。簪が楯無の見舞いを済ませ、退室するとカナードと合流。寮までの道のりを一緒に歩きながら好きな話題で盛り上がるなか、道中カナードが意を決して簪に向かい、思いの丈を吐き出したと言う。その時の光景がとても恥ずかしかったようで、思い出すと顔がとたんに赤くなってしまうと言う。

 

「それで……どんな告白だったの?」

 

「えと、『機動武闘伝Gガンダム』って見た事ある?」

 

「あ、それならアタシ前にカナードから借りたの見たわ。 ちょっと待って、『告白』で『Gガンダム』って……、まさかっ…?!」

 

「……その通り」

 

 カナードの告白光景を察した鈴音は額に一筋の冷や汗をたらし、未だに訳が分からないでいる残りの三人に解説を始める。

 所謂『三大恥ずかしい告白』と言うもので、口にするのも模倣するのも大変恥ずかしい行為であることを鈴音は簡潔に説明する。

 

「――つまり、カナードと簪の二人がどちらも話したいことを提示して、簪がカナードに発言を譲った際に『簪、お前が好きだ! お前が欲しいぃ!!』と言ったのか?」

 

 ラウラが確認も兼ねて簪に問う。間違いないと簪は首を縦に振った。大体合っているようだ。

 

「まぁ、他には月面にでかでかと二人の名前を彫ったり、電波に乗せてご近所に聞こえるくらいの告白劇があるくらいだから、まだいい方なんじゃない?」

 

 ポンッと簪の方を軽くたたきながら鈴音はそう言った。

 

「それにしても、良くまぁ……」

 

「私もカナードは好き。 だから……だからこそ、告白してくれたことが嬉しくて…」

 

 俯きながら指先を突きながら鈴音に答える簪。

 この時点で、簪自身も相当カナードにお熱である事をセシリア達は気付いた。

 

 

 

 

 同時刻、生徒会室にてカナードは向かいに座る学園最強と謳われる生徒会長更識楯無と話をしていた。内容は今年度のキャノンボール・ファストについてだ。

 一体何なのか、カナードは出された紅茶を飲みながら話の内容に耳を傾ける。

 

「実は今年度のキャノンボール・ファストなんだけど、今回は特別措置としてISを扱う男子同士のタイマンレースが企画されてるの。 勿論まだ企画段階で、国家IS委員会(う え)からのご通達よ」

 

「……つまりは私と一夏のレースは見世物、って事ですか。 主義者達からの反対声明は出なかったのですか?」

 

 主義者と言うのは女尊男卑主義者の事を示し、ISがこの世に出てから急に増えだした女性たちの事である。もともとISが女性にしか反応しないそれだけで優位に立っていると錯覚しているのが特徴とも言える。正確に言えば、本来ならISを扱える人間が優位なだけなのだが、そうでもないただ普通の女性達が現代社会に政界にも多い。

 下らない思想の下で、今日まで何人の男性たちが食い物にされただろう。カナードはそう言った人種が嫌いだ。男がISを扱うのも気にくわないと言う連中もそうだ。ISと言う名の虎の威を借りる女狐と言い表した方が適切なのかもしれない。

 

「その点なら問題ないわ。 委員会っていうのは比較的公平な立場であって、主義者たちはいないのよ安心した?」

 

「なら良いのですが……」

 

「主義者たちが嫌いなのね」

 

「見栄を張る人間や虚栄心の多い人間が嫌いなだけです」

 

 言ってカナードは出された紅茶を飲む。

 

「所で覚えているかしら? 私があなたを初めて生徒会室(こ こ)に招いた日、あなたは三年の女子生徒達から喧嘩を買ったか売ったかとか?」

 

「あながち間違ってませんね。 昼食を採り終えた瞬間ですよ。 男なのにISを扱える上に専用機を持っている事が気に入らないとかで」

 

「その先輩方なら織斑先生の地獄的指導の後、反省文数十枚程書かされたらしいわ」

 

「気のせいか反省文の方がマシなのは気のせいでしょうか?」

 

 互いに冷や汗を垂れ流し、その光景を想像する楯無とカナードの顔が次第に青ざめてくる。彼女の恐ろしさを知らぬ者はこの学園には存在しないだろう。それこそ口にすれば出席簿が飛ぶ。

 話は戻ってキャノンボール・フィストについて。VIPとしてユーレンに出てもらいたいとの事。例のデュノア社の第三世代ISの共同開発の件で、ダヴィッドの代理としてVIPとして出て欲しいそうだ。

 

「そうですか。 分かりました、近い内に父から返事を受け取って参ります」

 

 カナードの返事に納得した楯無は彼を下がらせた。

 

 

 

 

「―――ってな訳だって。 父さんは出るの? デュノア社社長の代理で」

 

 部屋に戻って最初にしたことは父親に楯無の提案をそのまま伝えたカナードは、電話越しの父親の返答を待った。答えはもう分かり切っている。研究者と言うのはそれほど暇ではない。研究所の所長でもあり、今も生物遺伝子組換における詳細なメリットとデメリットについての論文を纏めている最中だろう。

 故に、この案件は断るだろうと茶を啜る。

 

『ダヴィッドの代理ねぇ……出るよ』

 

「ぶふぉっ! げほげほっ……!」

 

『汚いな。 前に言ったと思うんだよ、生物遺伝子の論文だけどもう終わってるんだよね、それで今徹夜明けで寝ようとしたトコ』

 

「お疲れのところ申し訳ありませんでした親父殿ぉっ!!」

 

 電話片手に日本古来から伝わる最上位の謝罪の姿勢、土下座しながら電話の向こうの相手にカナードは謝罪の言葉を投げた。

 

『あ、いや…謝れても父ちゃん困るよ? 大丈夫だよ段々目は冴えて来てるし』

 

「それ過労まっしぐらコース! じゃあ出るって事で良いね? お休みのところゴメンね! 直ぐにでも会長にも話すから!! もう切るから即座に寝てくださいよ親父殿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 叫んで通話を切ったカナードは、そのまま携帯電話のアドレス帳にいつの間にか勝手に登録された楯無の番号に通話を掛けながらその足で生徒会室へと向かう。

 キャノンボール・ファストまで、あと数日。

 

 

 

 

 そして当日。晴天に恵まれた今年度キャノンボール・ファストのレースは三年、二年、一年と続き、いよいよある意味本日の目玉でもあるエキシビションマッチ。白式を纏う一夏と、I.W.S.P.を今回用にチューンアップしたストライカーを纏うカナード。二人が位置に付いた途端、黄色い声のブーイングと歓声が聞こえてきた。

 まさかこのような場所でヤジが飛ぶとは思わない一夏と、少なからず予想していたカナードの二人は気にする素振りを出来るだけ見せないようにした。したらしたで何かに負けた気がするからだ。

 レース開始のカウントダウンが始まる。ゼロになる瞬間を、二人の男は待ち望んでいた。その様子を選手控室では箒と簪、そして鈴音達が見守っていた。

 カウントがゼロになったその瞬間、二人は駆ける。

 スタートダッシュを制したのは一夏。しかし先にコーナーを制したのはカナードの方だ。

 スタートダッシュの一瞬に瞬時加速で差を付けた一夏だが、スラスターを使いコーナリングを制したカナードが首位に代わる。

 妨害ありのこのレース、先に相手のシールドエネルギーを無くすか自身がゴールするかで勝敗が決まる。

 

「……」

 

「くっ、……この!」

 

 最初の障害物。カナードは何も言わず針の穴に糸を通すような精密な動きを見せ、一夏は何度か障害物にぶつかりつつもカナードを追うようにしている。

 半周に差し掛かろうとした瞬間、上空からレーザーが降り注ぐ。勢いが殺せず、レーザーの合間をくぐり抜け減速して空を見る。サイレントゼフィルスが複数のビットを浮遊させて、上空で停滞していた。

 この時点で試合は中止、観客は総動員で避難しはじめ、VIP席の重役達も係員に従って退路を進んでいく。

 ストライカーをエールに換装したカナードは、サイレントゼフィルスに向けオープンチャネルで会話する。

 

「学園祭以来だなぁ……何が目的だ? つっても何も言わないなそうだろうな」

 

「解りきった事を…」

 

「あーららーららー…敵意剥き出し……」

 

 シールドエネルギーの残量を確認しながら、カナードは千冬にプライベートチャネルを掛けて指示を仰ぐ。帰って来る千冬の声はいたって冷静。別の場所で奪取されたアラクネーが出現し、二年と三年の生徒達が対処しており、現在箒達は出撃準備中だそうだ。

 チャネルを閉じ、相手の出方に気を付ける。慎重になるカナードに対し、一夏は雪片弐型を構え突撃。サイレントゼフィルスに切りかかる。しかし腕前の差は歴然。一夏の斬撃は掠りもせず、避けるだけで精一杯のようだ。シールドエネルギーの面も心配になって来たカナードはライトニングストライカーに換装し、一夏に指示を送る。

 

「一夏、奴から距離をとれ! シールドエネルギーの残量にも気を付けろ!!」

 

「分かった!」

 

 雪羅から放つ荷電粒子砲の出力を下げた威嚇射撃で距離を取り、カナードの近くに移動する一夏。そう簡単に行かせないとМが追うが、カナードのカノン砲がサイレントゼフィルスのビットを落としていき、その戦力を落としていき、距離を取らす。

 サブタンクからシールドエネルギーを受け取った一夏は改めて雪片を構え、カナードはストライカーをランチャーに換装する。その間に箒達も合流、その中にはストライクEを纏ったシャルロットの姿もある。ストライカーは間に合わせ程度にエールが装着されている。

 

「形勢逆転か? ビットを殆ど落とされた気分はどうだ!」

 

 アグニの銃口がサイレントゼフィルスに向けられる。が、Мはバイザーから露出した口を三日月の様にして不気味に笑う。

 何がおかしいと言うのだろう、Мは今も尚狂ったように笑い続ける。

 

「ハハハッ、あっははははははっ! 形勢逆転? ビットを殆ど落とされた? アイツといい貴様といい篠ノ之束といい、貴様は本当におかしなことを言う!! 馬鹿が! 貴様が落としたのは一割にも満たん……」

 

「な、ん………だと…?」

 

 遊ばれていた?いつから?

 Мと言う人間から放たれる威圧感(プレッシャー)が次第に増していく。強く、黒く、重くなって増していくのをカナードは感じ取った。学園祭襲撃時よりも強い。

 勇猛と呼ぶべきか、蛮勇とも呼ぶべきか、鈴音がМの態度が余程気に入らないのか、双天牙月を繋げ、突貫する。それに続くは一夏と箒、更にセシリアだ。

 

「…馬鹿、敵う訳が……!!」

 

「くっ、シャルロット、カナード、援護に回るぞ!」

 

「うん!」

 

「簪は山嵐でビットを落とせ! 俺もミサイルやアグニで落とす!!」

 

「うん…!」

 

 大量に展開されたサイレントゼフィルスのビット数はセシリアのそれより数は多く、一基一基の大きさはそれの半分以下。その分威力は少ないが、機動性や展開性に制圧性を鑑みればサイレントゼフィルスの方が優位なのかも知れない。

 現在のカナード達のフォーメーションは3-1-4。一夏、鈴音、箒の三人が切り、その背後でセシリアがМの動きを出来るだけ抑え、ビットの動きを残ったカナード達がレーザーやミサイル、荷電粒子砲などで落としていく。

 

 

 

 

 会場の外…それも目立たない場所で、楯無とスコールがそれぞれミステリアス・レイディにゴールデン・ドーンを展開しており、既にこの時数十合い以上も打ち合っていた。

 互いに一旦距離を置く。どちらも手練れのようで、疲労すら見せていない。

 

「元米軍所属スコール・ミューゼル…確か十年以上前に死亡認定されたはずよね? 何故生きてるの…って言うより、老けた感じがないわね、オバサン(・・・・)

 

「あら、私が軍人だって知ってるのね。 褒めてあげるわよ、お嬢ちゃん(・・・・・)

 

 再び撃ち合う青と金の軌跡は、激しい衝突を見せた。

 楯無がスコールと初めて邂逅したのは観客席で隣同士。話していて気が合ったが、互いに名前を確認した時、互いが敵であることが判明。Мとオータムの襲撃時にスコールは避難している人の山に紛れ逃走。楯無はやっとの事でここに追い詰めることが出来たのだ。

 楯無は蛇腹剣構え、少し前まで気が合ったスコールに目的を問う。が、そう簡単にスコールは答えない。むしろ敵に情報をべらべら話すほどスコールも阿呆ではない。

 また十数合いほど打ち合って、スコールがプライベートチャネルで連絡を取り合っていた。撤退か?そう思った楯無はミストルティンの槍を呼び出し、矛先に相手を捉えて突撃を繰り出し、スコールの左腕を飛ばした。

 

「…そ、そんな…!」

 

 その断面を見た楯無は驚愕する。飛ばされたスコールの左腕の断面からパイプやチューブの様な物が数本覗いていた。

 

「驚かせちゃったかなぁ、お嬢ちゃん?」

 

 暗部の一員である楯無は何度か生身の人間の肉片や断面を見る事は何度かあった。しかし、今回の様な事は今日までの17年間では初めての事だった。次第に冷静になり、落ち着いた楯無は再度突撃を繰り出すが、紙一重に避けられ逃げられてしまった。

 同じように、会場の方からもISが二機離脱したのが確認できた。

 

「ま、ISがあるくらいだから……改造人間もどきが出てもおかしくないわね」

 

 愛機を待機状態にし、誰に言うでもなく呟いた楯無は会場の方へと向かう。実の妹と、未来の弟になるであろう二人の身を案じていた。

 

 

 

続く




京都旅行よりも早く会長とスコールがやり合っちゃいましたすいません

9巻出たらしいですが、カナードの原作知識は8巻とアニメ一期二期だけです。なので、8巻部分から先は完全オリジナルとなります

専用機トーナメントとキャノンボール・ファストの順を逆にしてしまいましたが、OVAの方でも逆なパターンでしたので気が付いたらこうなっておりました

まだまだ至らない大馬鹿野郎な私ですが、これからも応援よろしくお願いいたします


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十三話 イベント大戦IS

今回いつもより長めに書きました。

意識して長く書こうとすると、構成に時間がかかってしまいました。

ネタを詰め込んだりシリアスを入れ込んだりと、捻りだすのに一苦労です。

そんなこんなで書き上げました。

まだまだ未熟だと自分自身分かっているつもりですが、これからの応援よろしくお願いいたします。

では十三話の始まりです


 

『第一回! チキチキIS学園最大鬼ごっこ〜〜!!』

 

「もうほんとやだこの会長……」

 

「ホントにごめんカナード、あんなお姉ちゃんで」

 

 襲撃に終わったキャノンボール・ファストから間もないIS学園。毎回イベントには襲撃が付き物になった今年度、まともに完了できず生徒の多くは不完全燃焼と言ったところだ。そこを生徒会が付け込んで今日の様な妙なイベントを開催したのだ。

 盛り上がる女子生徒たちの中で、一年の専用機持ち達は全員呆れた様子だ。

 因みに、一夏は倉持技研第二研究所の篝火ヒカルノと言う人物の元へと出向中で今は学園にいない。

 

『ルールを説明するわ! 鬼ごっこの範囲は学園内で行います』

 

「あ、意外と普通だ」

 

「気を付けてカナード、お姉ちゃんはそんなにふつうじゃないから」

 

『でも普通の鬼ごっこは流石につまらない、そこで女子生徒全員が鬼となり大和カナード君を追っかけます』

 

「あ、やっぱりいつもの会長だ」

 

「ホントごめんカナード、も、あの人とは縁を切りたい」

 

 白々しい表情をする二人。しかし楯無はその視線に等気が付かず、騒ぎ立てる女子生徒たちに開催の経緯とルール説明を述べていた。

 まずは開催の経緯であるが、これは一夏とカナードが未だに何処の部活にも所属していないからであるのと、先程楯無も言った通り今までのイベントには襲撃に遭い不完全燃焼な為にこのイベントが開催された。カナードにとってはとても迷惑に感じていたが、生徒会側から見れば当然なのだろうと取り敢えず納得する。続いてはルール説明だ。先程も楯無が述べた通り、学園内だけ。その範囲外に出られないように、教師たちが嫌々待ち構えていたりする。学園内であれば、どこに行こうが逃げようが規定は無し。

 規定時刻の正午までカナードが逃げ切るか、それまでにカナードが捕まればゲーム終了。カナードが捕まった場合、捕まえた女子生徒の所属する部活動に強制入部させられ、ついで程度だが部費が増量される。もしカナードが逃げ切ればの場合の賞品は、特に何もない。理不尽である。

 次に追うものと追われるもの、つまりはカナードと残りの女子生徒達についてだ。人数が多すぎる故にハンデとして女子生徒たちはアイマスクで目隠しをして、カナードは両腕に鈴付きのブレスレットを装備する事。

 

「あれ、これ俺……目ェ見えないから当然か」

 

『それじゃあ大和君には鈴を、他の皆にはアイマスを配布するわ。 大和君は装着次第すぐに逃げはじめてね~…あ、そうそう、鬼の皆なんだけど、大和君を捕まえる時は大和君の身体のどこかを掴んで、その箇所名を宣言しないと捕まった事にはならないからね~!』

 

「つまり、頭だったら『大和君の頭を捕まえた』って言わないと駄目なんだ」

 

「ぅわおっ! えぐいな」

 

 鈴を鳴らしながら逃げ始めるカナードはこれからどう動くかを思案する。両腕に装着されている鈴は手で掴んで音を抑えようとするが、気休め程度にしかならない。視覚を奪われると、その分を補おうとその他の感覚が鋭くなると言う。いくら音を抑えようとも、微かな音で大体は気付かれ追われるオチだ。しかも一度装着すると自動的にロックされるので外して囮には使えないし、鈴を抑えながら走っても腕組みの体勢では些か走りづらい。

 今カナードは鈴を鳴らしながら校舎内を移動している。ここに来るまで教師らしき人物の姿は見えていない。正午の時間までこのイベント中学園の外郭にいるのだから当然とも言える。そもそもIS学園は人工島の上にある。ここに来るのであればモノレールを利用するか、海を渡るしかない。

 二階から三階に通じる階段を駆け上がっている時に、体育館と校舎に通じる通路を目隠ししている女子生徒たちがぶつかりながらも進んでいるのが見えた。

 

「毎度毎度阿呆な事を立案されるな生徒会長殿!」

 

 強く独り言ちるが、まずはどこへ向かうか思案する。

 足跡が近づいて来たら物陰に隠れてやり過ごすか、はたまた常に動いて回るか二つに一つ。匂いでばれるか音でばれるか。

 手近な教室に入り、壁に身を潜め階段の方を見ると、安物のゾンビ映画さながらな歩き方をしている女子生徒達。リボンの色からして先輩方だ。口々にカナードの名を呼ぶ所を見る限り、女尊男卑主義者ではない事が分かる。

 

「どこにいるの、大和くん!」

 

「さっさとアタシらに捕まえられなさい!」

 

「大人しくしてよ部費の為にね!」

 

 この声には聞き覚えがある。夏休みの時因縁つけて来た三年女子生徒の三人だ。態度が粗方変わったようで前より穏やかな感じを出していた。

 しかしその後ろでは一部の主義者たちの声も少なからず聞こえてくる。しかしあくまでそれは少数であり、辛うじて聞き取れる程度だ。

 とにかく今のカナードに出来る事は、先輩方の足音が聞こえなくなるまで身を潜める事それしかない。もっとも、少しでも鈴が鳴ればおじゃんである。何気に楽しんでいるカナードであった。

 やがて先輩方の姿が見えなくなり、足音が遠退いていったのを確認して移動を開始した。出来るだけ鈴の音を鳴らさないようにするのが困難であるとカナードは理解するが、そうしたところでそう簡単に対処は出来ない。出来ても音を少しだけ抑える程度だ、気休めにしかならない。

 逃げていく内に、段々と楽しさを感じてきたカナードは、二度目に逃げ込んだ教室に掛けられた電子時計に目をやった。まだ始まって一時間も立ってない上に、制限時間の正午まで時間はまだある。このまま逃げ切れるかどうか、カナードの腕の見せ所と言える。

 多少鈴の音を抑えながら彼が向かったのは図書室だ。楯無は『鬼ごっこの範囲は学園内に限る』と宣言していた。学園内であれば、図書室の本棚の陰に身を潜めても問題は無い筈だ。目隠している女子生徒たちは恐らく大半は自分が何処に居るかを把握していない。

 

「しかしま、流石に司書の方がいないのは驚いた驚いた。 仕様……なのか? まぁ、どうでもいいか」

 

 また十数人ほどの足音が聞こえてくる。通り過ぎるモノかと思いきや、足取りを悪くしながら図書室のドアを開けてぞろぞろと入って来た。カナードの見知った同じクラスの女子生徒、本音やモブ系のその中に一人だけ違うクラスの簪の姿も見える。

 壁伝いに歩きながら本棚や壁に手を添え、空いてる手で進行方向に何があるかを探る手つきでそれぞれカナードを探していた。もはや満足に歩けない訳ではないが、少し歩けばすぐに捕まってしまうほどだ。しかし道がない訳ではない。道がないなら作るしかないのだ。

 

「(道は……本棚の上!)よっ!」

 

 少ないアクションで本棚をよじ登り、鈴を鳴らしながらも本棚の天辺に到着するが、その音に女子生徒たちは気が付いた。カナードが上った本棚に少しずつ集まりだし、人が集中しはじめる。そんな中カナードは鈴を鳴らしながらも別の本棚に飛び移り始めた。飛び移った先の本棚に群がる前に、次の本棚、次の本棚へと繰り返し移動しはじめる。その度に女子生徒たちはその音のなる方へと移動して、いつの間にか入り口を開けてしまう。その空いている隙にカナードは図書室から脱出、次なる潜伏先を鈴を鳴らしながら探し始めた。

 音を抑えながら走る事すら忘れて走るだけ自分の居場所を知らされるだけ。しかし、カナードはそれでも敵わない。楽しんでいた、この現状を、腹の底からいつの間にか楽しめるようになっていた。つかの間の安息と言うのはこういうのを指しているのだと改めて理解し、歩き、隠れ、走り出した。

 

 

 

 

 終了時刻まで30分を切った頃。

 カナードは籠城するを得ない状況に居た。いや、実際それに近いだろう。

 この状況までカナードはISの訓練で培った身体能力を駆使して逃げつづけた。大浴場の更衣室に潜入したり、空き段ボールで身を隠したり、その他無人と化している 教室でやり過ごしたりと終了までの時刻を待っていた。追う方の欲望が声になって丸出しになっており、『玉の輿』やら『奴隷』やらで狂気すら感じられた。

 しかし、現状は今までのそれとは違った。

 楯無のお得意『後からルール』が発動して、制限時間一時間を切った瞬間から専用機持ちのみ頭部ハイパーセンサーのみだが展開を許可するとのこと。目隠しをしようともハイパーセンサーで居場所が分かってしまう。その専用機持ち達が筆頭となり、何グループかに分かれてそれぞれでカナードを捜索し始めた。そこからは面白いように(カナードにとっては面白くもないが)遭遇しては見つかって、見つかっては逃げ切るしかできない。

 そして、カナードは今ある意味窮地に立たされていた。すぐ近くには内側から鍵を掛けられるタイプの物置が、それに対し目の前には簪筆頭の女子生徒たちの一部の群れが近づいてくる。もはやのがれることはできぬ。

 

「ぐえーっ!」

 

 変な声を上げながら物置…用具入れの中に逃げ込んだ。が、何故か鍵が掛けられないよう細工されていた。この時カナードの脳裏にとある人物の顔が走る。

 

「あんただったか、会長さんよぉっ!!」

 

 しかし今更外に逃げる事は出来ない。出た瞬間捕まるだけだ。

 

「…ったく、一時間前の俺を殴りたい。 それよか最悪こんな出鱈目ルールが出ることくらい予想すべきだった!」

 

 体全体で戸を閉め、外からの開ける力に対抗していた。

 

 

 

 

「か、カナードの…カナードの胴体を捕まえました!」

 

 制限時間一秒を残して、ゲームは終了した。

 男子一人の力に女子数十人の力に参ってしまい、最終的には簪に捕まってしまった。

 この後、カナードは語る。「俺を捕まえたのが簪で正直ホッとした」とやけにつやつやした肌で一夏に語っていたが、それはまた別のお話。

 捕まえられたカナードは簪が生徒会所属な為、強制的に生徒会に名を連ねる事となった。

 次は一夏が餌食になる番だと、学園全員が同じように考えていた。

 

 

 

 

 カナードの鬼ごっこイベントが終わった日の夜。生徒会(どちらかと言えば楯無)から解放されたカナードは、食堂へ向かう途中のシャルロットと鈴音と合流する。何だかんだで珍しい組み合わせだ。シャルロットはラウラと共に行動する場合が多いし、鈴音はセシリアとここ最近つるむ事が多くなっている。

 

「まぁ、あれだね。 俺じゃ荷ぃ重いわ」

 

 外は既に日が沈み夜の闇が広がっている。昼間とは違い雲が空全体を覆っている様に見え、星々の輝きすら見えない。

 生徒会室での出来事を明かりが点いた廊下を進みながらシャルロット鈴音に伝えた。この学園の生徒会長の性格や嗜好を知っている者であれば、誰でも彼に同情してしまう。現に疲れ気味のカナードの肩を、鈴音とシャルロットが叩いて無言で慰めていた。この時カナードは、心底良い友人を持ったと小さく二人に聴こえないような声で呟いた。

 それから他愛もない世間話が三人の口から出ていた。

 

「やっぱ『スクライド』は良いよ、カズマの生き様が良いね」

 

「へー、僕まだ見たことないけど鈴は?」

 

「私は見てたわね。 君島が死んだ時は信じきれなかったわ」

 

「てか、あれってさ『機動戦士ガンダムSEED』の前身だと思うんだ俺は。 キャラデザと主人公の声」

 

「そうなんだ、僕も見てみたいなぁ」

 

「ってゆーか、カナードってカズマとか大とかキラとか智樹に声似てない?」

 

「一夏とバナージの声が似てんのと同じじゃね?」

 

 少しメタい話が出る三人の会話を急に遮るかのように、突然廊下の明かりが消えうせた。停電か?いや違うとカナードは鈴音に停電してからの時間を聞いた。

 

「なぁ鈴…停電してからどれぐらい経った?」

 

「ざっと一分」

 

「おかしいよね、確か二秒で内部電源に切り替わるはずだよ?」

 

「ってこたぁ……システムを掌握されたって事かよ!」

 

 IS学園は最新鋭のホストコンピュータを有しており、主に学園内におけるISのコアの管理などに使用され、特別なファイアウォールによって外からのクラッキング対策もされておりそう簡単に外部からの攻撃は受けない程なのだが……。

 どこの誰がこんなマネをしているのは容易に想像できる。事件が起きれば大体そいつらの仕業だ。三人は顔を見合わせて頷き、生徒会室へと向かった。

 

 

 

 

 臨時の作戦室となっているのは生徒会室。

 原作八巻の記憶を思い出してみると、場所や人員も多少異なることが分かる。

 外部のクラッキングを受け掌握された今、サブコンピュータも役には立たないと言う。しかし完全にシステムを奪い返せない訳ではない。ISのコアネットワークを使い、使用者の意識をシステム領域に送り付けて問題を解消すると言うものだ。

 

「これ漫画版のエグゼに似たようなの有りましたね」

 

「パルストランスミッションか? 実はそれを参考にしている」

 

 千冬のそのカミングアウトにカナードは驚き、簪は納得する。しかし元ネタを知らない箒達は戸惑いがちに緊急時だと言うのに和んで同調しているカナードと千冬の二人を見ていた。

 

「ちなみに私は2以降は通常、ブルームーン、カーネル、ファルザーを購入した」

 

「私とは別ですね。 私は2以降はブラック、レッドサン、ブルース、グレイガの順でした。 やはりサーチソウルは万能ですね」

 

 そのままエグゼの会話に花を咲かせると思いきや、当の本人らは事の重要さを思い出し、シリアスモードに突入。周囲も引くほどの変わり映えである。

 しかしそのシステムは一人分の意識しか送り込めないと言う。元々は五人分あったのだが、何処かの天災兎がかっぱらっていったと言う。何が目的か定かではないが、とにかく今はその方法しかない訳だ。訳なのだが、誰が適任かを決めている最中にカナードが挙手して名乗り出た。

 

「私がやります。 と言うより、やらせてください」

 

「何故だ大和」

 

「恐らくシステムを掌握した人物らは、掌握しただけで終わるとは限りません。 私がもし敵であれば、掌握してタイミング次第で襲撃します。 そこで襲撃者がいつ、どの様に、どこからどう攻め入るか分かりませんので、箒達に対処して頂ければ問題ないと思います」

 

「異議あり、その選出は認められません」

 

 冷静に簪がカナードの考えを否定する。

 

「例えそのやり方で撃退に成功したとしても、もしシステムトラップに掛かったりしたら後遺症でも出たら…!」

 

「更識妹、それは何の立場での意見だ? 私には明らかに私情が含まれている気がするが、もしそうであればその意見は却下だ」

 

 その指摘に簪は一瞬だけ怯んでしまう。

 

「簪ちゃん、ここは大和君の意思を尊重するの。 それに、ここには各国の代表や代表候補が勢ぞろいしてるんだからね」

 

 確かにそうだ。襲撃者が来ようとなかろうと、この学園の防衛力は駐屯地のそれ以上とも言われている。今生徒会室にはイギリス、中国、ドイツ、日本の代表候補に、ロシア代表、元フランス代表候補。そして世界最強の女傑(ヴリュンヒルデ)とその弟がいる。戦力にならないはずがない。

 改めて現状を見直した簪もそれに賛同。しかし最低でもカナードにはサブが一人必要だ。原因を突き止めに行くのがカナードの役目であるならばサブはその道を開く役割がある。その役目は簪が名乗り出た。

 

「よし、ならばよく聞け。 何処かの馬鹿共が学園のシステムを掌握した。 しかしそれで終わるとは思えない為、大和と更識妹にはシステムの奪還を担当し、それ以外の諸君たちにはコンディションイエローを発令する。 いつ襲撃者が来ても良いように各自待機し、以後の判断は更識姉を司令塔とし行動する事。 各員の武運を祈る」

 

 かくして、作戦会議は終了した。

 解散して間もなく、シャルロットがカナードの近くに来る。同僚として心配はしてくれるのだろう。

 

「心配はありがたいよシャルロット。 それよか、ストライカーの方は大丈夫か?」

 

「うん、『ノワール』を昨日まで何時間も起動してたから、上手くいくよ」

 

「その意気だ。 ラファール・リヴァイブ・カスタムの時より若干の誤差や違和感とかが生じると思うが、そこは各部調整していけばいい。 機体色は前の様にオレンジで良かったか?」

 

「うん。 むしろその色がしっくり来るよ」

 

「じゃ、その意気だ。 存分に発揮しろよ?」

 

「そのつもりだよ」

 

 炎を灯したかのように燃えるシャルロットの目を見て、カナードは安堵し簪と共に移動を開始する。例の装置がある部屋までの道中、カナードは簪にある提案を持ちかけた。

 

「この作戦が完了したらよ、今度簪の親父さんに会わせてくれないか? 一度挨拶しようかと思うんだ」

 

「……え?」

 

 突然のカナードの申し入れに、簪の思考は一時フリーズしてしまった。いきなりすぎてどう反応して良いのか、どう返せばいいのか答えが定まらない。そしてその答えを理解した簪は急に顔を赤くして金魚の様に口をパクパクと開け閉めしてしまう。

 

「俺が簪の事が好きでいい付き合いしているって俺の父さんも知ってるし、そろそろってね。 それにもう殴られる覚悟もあるしさ」

 

「……分かった。 でも、必ず帰って来て。 約束」

 

「ああ、約束だ」

 

 かくして目的の部屋に到着する。そこにあるのはシングルサイズのベッドが一つに、数十にも及ぶ配線の数々、そしてパソコンが数台並んでいる。

 千冬に言われたとおりにセッティングを進めていく。待機状態のストライクにコードを接続し、カナードには配線コードが何本も付いたヘルメットがかぶせられる。準備は完了した。簪サポートの下、カナードの意識はシステム領域へと旅立った。

 キィを叩いて自分の仕事を全うする簪は、一瞬たりとも気を緩めたりはしなかった。自分を必要としてくれた彼の為に、彼が無事で帰ってこれるように、簪は手を休めなかった。掌握されたシステムの奪還は容易でない事は理解できる。

 手順を進めていく途中、ディスプレイに不吉な文字が並んだ。

 

「システム……エラー…? え…、嘘でしょ……カナー…ド?」

 

 

 

 

 カナードの意識がストライクのコアネットワークを通じてシステム領域を進んでいるその時、巨大な幹に一枚の扉がある大樹が目の前に聳え立っていた。北欧神話のユグドラシルに似たその巨木とカナードの意識以外、何もない空間。前世での死後、神とやらに説教されたあの時と感覚が似ている。

 扉の向こうに行けば、システムが復旧するのかもしれない。そう思ったカナードはノブに手を伸ばした。その瞬間、カナードの周囲が瞬く間に変わる。

 周囲は前世のカナードが住んでいた家のリビング。記憶が正しければ、家具の配置を見るにこれは確か中学生の時だ。ソファに座る生前のカナードの正面に座しているのは当時の父親だ。

 

『…小説家になる夢は諦めろ。 それだけで食っていけると思うな』

 

『……』

 

『お前は黙って父さんや母さんの言う事を聞きなさい。 それが出来なければ、お前など必要ない好きにしろ。 やはり、お前の弟の方を期待した方がよさそうだったな』

 

 この時は進路希望調査で、父親と話していた時の事だ。この時の夢は小説家。読書好きは生前から今も変わらない。母親はどっちにも付かず、まるで興味の無いと言わんばかりで夫と息子の進路相談など眼中になかった。しかし問題は、何故今こんな光景を見なければならないのかだ。罠か?勘ぐるカナードだが、周囲の景色が変わり中学の時のグラウンドに。

 当時はサッカー部に所属していた彼は、それ程上手くも下手でも無いこれと言って特(に)長(所)が無いのが特徴であった。練習中のこの時、サッカー部の顧問がわざと当時のカナードに聞こえる様に言った。

 

『……これと言って上手くなる気配は見えないな。 やはりあいつは、居ても居なくても同じだな』

 

 記憶の中のカナードも、今この光景を見ていた現在のカナードもその顧問の言葉を聞いて急に胃の中の物が吐き出されるか、血の気が一気に引いた感じがした。

 他の部員達はその顧問に同調するかのように笑い、誰一人として当時のカナードを擁護しなかった。これが彼らにとって軽い冗談だと思われるが、カナードにとっては言葉の暴力以外の何でもない。

 それから何度も、何度も何度も顧問の言葉が何度も何度も聞こえてくる。

 

 居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。居ても居なくても同じ。

 いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。いてもいなくてもおなじ。

 イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。イテモイナクテモオナジ。

 

 それに続いて、父親の言葉も何度も何度も何度も聞こえてきた。

 

 お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。お前など必要ない。

 おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。おまえなどひつようない。

 オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。オマエナドヒツヨウナイ。

 

 呪詛の様にカナードを雁字搦めにしていった。

 やめろ、やめてくれ!何で、何でそんな事を言うんだ!

 居ても居なくても同じなら何故俺を迎え入れてくれたんだ。必要ないと言うならどうしてそこまで育ててくれたんだ。何故笑うだけなんだ、何故興味を持たないんだ。

 気が付けばカナードの周囲は暗くなり、転生前と転生後の今の見知った顔が浮かび上がり、一斉に無機質にカナードを傷つける。

 

『大和、貴様の実力はストライカーの性能によってだ。 それが無ければただのゴミだ、クズだ』

 

「やめてくれ、やめてください、織斑先生!」

 

『カナードの様になりたいって思った俺がバカみたいだったよ。 やっぱ、必要ないよカナードは』

 

「一夏ぁ、やめてくれよ!」

 

『カナードが居ても居なくても所詮世界は変わらん。 小さい存在だ、ミジンコ以下のな』

 

「箒ぃっ! お前本当はそんな事言わないだろ! なぁ、やめてくれよ!」

 

『正直貴方が存在する意味など分かりませんわ。 微生物以下の貴方など誰も必要としてないのですわ』

 

「うわああああああ! やめろ、やめてくれぇぇぇ!!」

 

『アンタがいなくなっても皆困らないわよ!』

 

「やめろって……! やめろって言ってんだろ!!」

 

『本当は僕はカナードなんていらないって思うんだ』

 

「やめろぉぉ……やめてくれぇぇぇ…」

 

『貴様に言葉などかける価値など無い』

 

「や、め……く…」

 

『んー、おねーさんの立場から言わせてもらうけど、正直君は居ても居なくても同じかなー』

 

「……ろ…」

 

 そこから何人、何十人のカナードと知り合った人々から精神的苦痛を受け続け、カナードはついに言葉すら発しなくなった。

 今のカナードは再起不能の状態に近い。

 これが幻影だと分かっている。これが敵の罠であることは分かっている。分かっている、分かっているはずだった。なのにこれが事実や真実と信じてしまう。信じてはいけないのに、まともな判断が出来ず、反論も次第に出来なくなった。彼らがカナードを精神的に追い詰める事も、蔑むことも、見下す事も無いことは分かっている筈なのに。

 やがて浮かんでいた顔達は一斉に消え去り、簪の顔が空間いっぱいに浮かび上がり、曇り切った瞳で見つめていた。ここに来て何が来るんだ。希望なのか。淡い期待等の気持ちでいっぱいだった。

 彼女なら、彼女なら今の自分を救ってくれる。

 

 

 

 

『   あ   な   た   な   ん   て   だ   い   き   ら   い   』

 

 

 

 

 その言葉を聞くまでは……。

 

 

 

 

 カナードの予想の通り、月明かりに照らされた薄暗いIS学園に、見慣れない装備のラファールが編隊を組んで進行しているのを確認した楯無の指示の下で一夏達は動いていた。通信内容は傍受されない様に暗号伝達。各機に送信が完了し、受信が成功した時それぞれの母国語で指示が伝わる仕組みとなっていた。

 

「ストライクEの力、見せてあげるよ!」

 

 その中で、ノワールストライカーを装備したシャルロットのストライクEはいい意味で目立つ。シャルロットは連射や乱射が得意らしく、ストライクEとは相性がいい。サイドアーマーにマウントされている拳銃型のレーザーライフルショーティー、ノワールストライカーのレールカノンの二つがシャルロットの指示を受けて火を噴いた。

 相手の名もなき部隊(アンネイムド)と呼ばれる敵ラファール隊はどれも手練れ。場慣れしている事が良くわかる。それでも立ち回れるのは学園最強がいるからだ。

 

「楯無さん、零落白夜の発動タイミングは?!」

 

 合流してきた一夏が楯無から指示を聞く。

 

「敵さんが一か所に集まったその瞬間だけよ、それまではシールドエネルギーを温存させるの! 箒ちゃん、絢爛舞踏は発動できる?」

 

「いつでも行けます!」

 

 楯無の指示は正確だ。気が付けば既に名もなき部隊は完全に包囲されていた。逃げ場を模索する部隊員達だったが、一夏の零落白夜が逃げ場が無くなった名もなき部隊の彼女達に直撃する。

 

 

 

 

「ポニーテールにするのは…何年振りだろうな」

 

 千冬が言った。彼女の腰には打鉄用のブレードが六本装着されており、別口から来た侵入者達を出迎えた。相手方はラファールが三機。しかし、ブリュンヒルデの称号持つ千冬にとってはその力量など関係ない。

 三機のラファールが発砲を開始したかと思えば、千冬が低い姿勢で走りだしラファールの駆動部にブレードを突きさした。例えシールドエネルギーに残量が有ろうと無かろうと、そこを突かれれば動作に若干の支障が出る。三機とも動きにくくなったところで千冬の仕事は終わった。

 

「真耶、メインディッシュは取っておいたぞ」

 

「ハイ!」

 

 影から現れたのはガトリングを八連装に装備した濃緑色のラファール。かつての真耶の専用機だ。モチーフは真耶の好きな『ヘビーアームズ改カスタム』だそうだ。

 銃弾の雨に打ち付けられているのを見ながら、千冬は真耶が持って来たコーヒーを啜る。

 

「うむ、やはり真耶の淹れるコーヒーはうまいな」

 

「それ、インスタントですよ」

 

 しばらくは発砲音と排出された薬莢が床に弾かれた音しか響かなかった。

 外と中の侵入者たちは、同時刻に無力化されIS学園側に確保されたのだった。

 

 

 

 

 日が昇り、カナードの身体は保健室とは違う医療関係の設備が整った部屋にあった。顔には酸素吸引のマスクが付けられ、その周囲には生命維持装置の類が置かれ、画面には様々なデータが映し出されている。

 掌握されたはずのシステムは既に復旧されており、敵の本来の目的はカナードにあった事が良くわかる。

 

「身体的な問題はありません。 ありませんが、精神の方が大きなダメージを受けている模様です。 恐らく、その類の罠…本人にとってのトラウマが再発される罠が仕組まれたと思われます」

 

 それが医師の見解だ。カルテを見た千冬と楯無が納得した様子。

 

「それで大和の回復の兆しはどうなんだ?」

 

「命に別状がないとはいえ、目が覚めたとしても後遺症が確認されると思われます。 彼の精神を大きくすり減らした原因が何か分かれば何とかなるんですが、プライベートを含めた彼にそう言った類はありませんか?」

 

 それを聞いて楯無と千冬は心当たりを探るがどうも思い浮かばないようだ。いや、楯無にはあった。昨日のイベントにおいて、カナードが半強制的に生徒会に入ったあの時、小さく呟いた言葉が楯無の耳に入っていた。

 

「…『必要としてくれるだけでうれしい』……そう呟いていたのを聞いています」

 

「どう言う事だ?」

 

「詳しい事は何も……妹から聞いたところだと、家族や研究員たちとの仲は良好、この学園にも主義者たちはいても苦にはならなかったようで…」

 

 またも行き詰まってしまった。

 ここはやはり、と千冬は楯無と共にその部屋を出ると、移動を開始した。

 

 

 

 

 千冬からカナードの現状を聞いた一夏達一年専用機持ちは現在生徒会室に呼び出されていた。

 

「やっぱり…俺のせい……なのか?」

 

 第一声は一夏だ。事情を知っていた千冬は「一夏の責任ではない」と言って、彼を宥める。

 今度はセシリア達だ。カナードと出会ってからの印象などを上げていく。それらを聞いて千冬が注目していたのは集中してストライカーの設計をしている時の彼の事だ。何かに夢中になるのは誰しも同じ事、しかしそれとは違う何かを鈴音とシャルロットは感じ取っていたのだった。

 

「兎に角、その他の生徒達にはこの事は伏せておけ。 大和の事は私の方から言っておく」

 

 それだけ言って千冬は一夏達を下がらせて、頭を抱える。

 

「……更識、お前は何処の馬鹿がこの事態を招いたと思う?」

 

「十中八九亡国機業かと」

 

「そのやつらのちょっかいは日に日に面倒になっている…」

 

 頭を抱えているのは楯無も同じ。妹の大切な人を傷つけられた事に何もできていない自分に腹が立っていた。所詮学園最強はお山の大将と言う事か。

 何か方法はないかと二人は思案する。その答えは一つしかないのだった。

 

 

 

 

 その頃自習中の一年一組の教室では、生徒会室に呼ばれていた一夏達に一気に詰め寄って来る。それは二組と四組でも変わらない。呼び出された理由を知りたがる者もいれば、カナードがいない理由を聞きたがる者もいる。答えてあげたい一夏だが、言ったら言ったであの姉からどんな制裁が来るかを想像すると途端に言えなくなった。

 シャルロットが一夏の変わりに言えることだけを伝えた。

 

「ごめんね皆織斑先生から口止めされてるから…」

 

 手を合わせてそれらしい意思表示を見せたシャルロットに皆それぞれ納得し、席に着く。

 そして時間が経ち、千冬が教室に来た。

 

「さて、授業を始める前にだが…皆大和の事が気になるようだな、目を見れば分かる。 ただの体調不良だ心配ない」

 

 千冬のそれはあながち間違いではない。精神に傷を負い、今も尚集中治療室、良くて保健室のベッドの上で眠っている。

 

「ただ、念の為実家の研究所の方が引き取りがてら様子を見に来るとの事だ。 廊下で会ったとしても失礼のないようにな」

 

 それでは授業を開始する。そう言って千冬は強制的にその話題を終わらせた。

 

 

 

 

 様子を見に来たのは小次郎ともう一人の少年だった。窓木は分かるとしても、もう一人の少年が来た意味が分からない。出迎えた千冬とシャルロット以外の一年専用機持ち経ちが疑問に思っていると、視線に気が付いた小次郎が説明する。

 少年の名は飛鳥(あすか)(しん)。歳はカナードより一つ下ではあるが、中学生の身でありながら先月から研究所に所属している。今はカナードの研究グループに所属しており、ストライクやストライクEのメカニックを担当している。

 

「義父さん!」

 

「シャルロット、早速で悪いが彼をストライクの所に案内してくれ」

 

「解った。 じゃ、真こっち」

 

「はい!」

 

 シャルロットが真をストライクが保管してある場所へ向かい、小次郎は千冬案内の元カナードの所へと向かう。その道中千冬は小次郎からカナードのトラウマに関して聞き出していた。

 

「トラウマ……と言っていいのかどうか解らないのですが、彼は中学時代に立案したシステムやプログラム発表の際、『必要ない』『要らない』『無い方がいい』と言う言葉を受けた際酷く落ち込んだり…まぁその度に篝に慰められてたりして立ち直ってたよ」

 

「それがいつどこで受けたものなのかご存知でしょうか」

 

 目的地手前の角に差し掛かったところで千冬が質問する。その答えに小次郎はノーと答えた。

 

「恐らく、研究所のメンバーでも原因は分かっていません。 無論親であるユーレン教授も奥様も」

 

 やはりわからない。千冬はそう思う。

 カナードがどこで受けたかも解らない心の傷。その原因を探りたかった千冬達はもはやお手上げ状態だ。

 目的地である集中治療室。その部屋のベッドの上に、カナードはいる。

 千冬がドアノブに手を掛け開けると、そこにはあわただしく動く保険医の姿。その奥のガラスの向こう、千冬たち…特に簪は釘づけになっていた。

 

『やだぁっ! ずでないでっ! うぉれを…ずでないでよ!! だーのぅがらぁっ! 要らないっで言わないで!!』

 

 目からは涙、鼻からは鼻水、口から唾液が流れてベッドの上で数人の保険医に押さえつけられながらも暴れるカナードがそこにいた。長く綺麗だったこげ茶の髪は激しく暴れたのかふり乱れていた。

 初めてみる壊れたカナードの姿に、千冬たちは唖然とした。保険医の一人があとから来た千冬たちに説明する。

 

「目が覚めたのは三十分前、同時にあのように『捨てないで』『要らないって言わないで』等と叫びながら暴れています。 鎮静剤を打ち込もうとしたのですが、私の判断ではとてもじゃありませんが決断できませんでした。 このままだと、いずれ舌を噛み切って窒息死してしまう恐れがあります」

 

「…ならばすぐに処置を。 鎮静剤の用意をしろ、私の生徒だ死なさせるな! 私たちも出来る事は手伝う!」

 

 そこからの手筈は迅速だった。一夏と小次郎がカナードを押さえるのを手伝い、残りの千冬たちは棚から鎮静剤の入った容器を保険医に手渡したり、計器の異常を報告をしていた。

 保険医の一人が暴れ続けるカナードの首筋に鎮静剤が入った注射器を刺し、中身をカナードの体内に流し込んだ。ものの数秒経って、暴れていたカナードは大人しくなり、やがて静かに眠りについた。

 この時小次郎の頭の中には、あるモノが浮かんでいた。しかしまだ実験段階にすら入っておらず、すぐに使えるか不安であった。だが躊躇う暇も理由もない。

 

「使うしかないのか」

 

 

 

 

 その後の土曜。千冬同伴の下、一夏達は大和生物機械技術研究所に訪れていた。今いるのは夏休みにカナードに案内された場所より深い所で、会議に参加していた更識姉妹や、職員であるシャルロットすら知らないコードSSSと呼ばれる区画にいる。

 そこには眠っているカナードを中心に大小様々なコードが繋がれており、特にその中の数本の先にはISに繋げる為の端子規格がついてあった。

 真がユーレンや静子、小次郎に代わって一夏達に装置の説明をする。

 

「今からストライクを通してカナード先輩の深層心理に皆さんに行ってもらいます。 このパルストランスミッションはIS学園にある物と同様ですけど、違うのはISを装着している状態でシステムではなく人の深層心理に無理なく入り込むことが可能です……理論上(・・・)ですけどね」

 

「理論…上……?」

 

 真の説明に、一夏が珍しく引っかかった。

 

「まだ完成したばかりなんです。 下手をしたら、カナード先輩かあなた達…あるいは全員命を落とすリスクさえあるんですよ。 皆さん、カナード先輩助けるのに、自分の命賭ける勇気はありますか?」

 

 彼の赤い瞳を見ていた一夏達が事の重要さを再認識している中、簪が前に出た。

 

「私、やります。 打鉄弐式(あの子)の完成を手伝ってくれた……でもそれ以上に、それ以上に今カナードを助けたい! それに、まだ彼との約束がまだ済んでない!」

 

 カナードと簪の約束。帰ってこれたら簪の両親に挨拶に行く事。それを果たすべく、簪は志願する。すると、それに続いて一夏達も一人一人手を上げていく。

 話は纏まった。真が顎でしゃくって一夏達を装置に向かわせる。白式、紅椿、ブルー・ティアーズ、甲龍、ストライクE、シュバルツェア・レーゲン、打鉄二式がそれぞれ展開された。それぞれの端子に直結(コネクティング)する。

 まるでエヴァのサルベージだと、誰かが言った。今の状況は正にそれに近い。方法や救助対象は違えども、想いは同じであった。

 ユーレンら研究員たちがそれぞれの位置でキィを叩きはじめる。

 簪の意識がカナードに流れ始めるのに、時間はかからない。

 

 

 

 

 一夏達は気が付けば見慣れない住宅街の中にいた。目の前には二階建ての一軒家、その家のドアを開ける。これがカナードの意識内でなければ住居侵入罪で御用となるはずだ。しかしそれでも一夏達はドアを開けた。

 玄関かと思えば今自分たちがいるのはリビングルーム。その一か所で、父親と息子の進路相談とそれに興味を示さない母親の図が一夏達の目の前で起きていた。

 

『…そいつは前世での俺の記憶だ』

 

 声のする方にカナードはいた。しかし色素は半透明のそれで、表情すら読み取れない。

『皆には言わなかったが、俺には前世の記憶が残ってんだ。 この光景はその一部。 当時の親父から夢を否定された瞬間だ』

 

「カナード、お前一体何言って…どぇっ?!」

 

 触ろうとする一夏の手はカナードには触れられず、そのままカナードの身体を貫いた。虚像だ。

 ここはカナードの深窓心理。つまり今のカナードは誰にも触れられたくないということなのだろう。

 

「…カナード、私達は貴方を迎えに来たの」

 

 簪が触れられないと知りつつもカナードに近付き、彼の胸の位置に手を置いた。心音は聞こえなかったが、そこにカナードはいると簪は感じ取っていた。一夏達はそれを見守る中、周囲の景色は変わって前世でのカナードの母校の中学校のグラウンド。それが変わって、一夏達の耳にカナードの存在を拒む様な音と声がエコーで聞こえてきた。これがカナードの闇の正体か。そう思う一夏達は次第に身構えつつ、カナードと簪を囲む。

 カナードの深層心理には誰かに存在を拒まれる恐怖心が少なからず存在していた。夏休みのあの日、楯無と会話したあの日、カナードは簪にこの時の自分と同じ目に合わせたくない思いであった。その元にカナードは生徒会長でもある楯無に強く出たのだ。シャルロットの時もそう。やはり自分と同じ目に遭いたくないカナードが彼女を今の居場所を見つけ出した。

 次は彼女達がカナードを救う番だ。

 

「戻ってきてよカナード。 君は僕に居場所を見いだせてくれたんだ! まだ僕はその恩を返し切れてないんだ! だから帰ろうよ、カナード!」

 

『…シャルロット……』

 

「貴方は私を…楯無の妹としてじゃなく……更式簪としての私と接してくれた! この空間にいて解る。 前世で存在を蔑ろにされた貴方を救う! カナード、私は貴方が……貴方が必要なの!」

 

『か……ん…ざし…』

 

 その瞬間、総てが終わった。

 

 

 

 

 目を開けると、見慣れた部屋の中。そこにカナードはいた。

 実家の部屋のベッドの上で、カナードは目を覚ました。棚には今まで趣味程度に作った素組のガンプラの数々、テレビには複数台のテレビゲーム機がセッティングされているいつものカナードの部屋。

 その中に、今カナードの側で、彼が愛している大切な人がいた。

 内側に癖の着いた蒼く伸びた髪。更式簪はカナードの部屋にあった読んでいた漫画本から視線をカナードに移す。

 

「良かった。 目が覚めて」

 

「あぁ、わりぃな心配かけちまってよ。 見ちまったんならよ信じるかい? 俺の前世ってのをよ」

 

「…前世が何だろうと、カナードはカナード。 今を生きる貴方は大和カナードであって、それ以上でもそれ以下でもないわ」

 

 そう言って微笑む簪に、カナードは微笑み返す。その時、部屋のドアを誰かがノックする。部屋の主が招き入れたのは父のユーレンだ。入って来るなり、ユーレンは目覚めた息子の顔を見るなり、しかめた顔を柔らめた。

 

「…無事で良かった」

 

「あはは…、ごめん父さん」

 

「アホ、子は親に迷惑かけてなんぼだ。 ま、程々なのが良いが……無事で何よりだ。 話は一夏君達から聞いていたが…カナード、お前はお前だ。 父さんの自慢の息子だ、私達大和の夫婦にとって大切な宝だ!」

 

 乱暴にカナードの頭を撫でながらユーレンはそう言った。

 父のその言葉に、カナードは救われた感じがした。この世界は自分を必要としてくれる。ならば今自分がやるべきことはそれらの期待に応える事だ。この世界に転生して、改めて喜びを感じたカナードは、輝かしい笑顔をしていた。

 

 

 

 

 カナードが目覚めたのと時同じくして、春十はスコールと共に某国某所の研究所にいた。二人の目の前には液体の詰まったカプセルがあり、その中には呼吸器を付けたマドカが使っていた。春十はディスプレイの細かな数値の変動を見逃さず、隣に立つ部下に声を掛ける。

 

「…キャノンボール・ファストの件だが、お前にしては珍しい負傷だな。 ワザとか?」

 

「いえ、更識家現当主の腕を正直なめた結果ですわ」

 

「侮るなよ? 彼奴(きゃつ)はれっきとしたロシアの代表だ。 なめてかかるからわざわざ貴様の腕の修復を急がせた。 失望させるな」

 

「次こそは必ず」

 

「今度こそは全力でやれ」

 

「承知いたしました」

 

 頭を下げたスコールはその場から去り、残った春十はコンソールパネルを操作する。

 数値を上げ下げしてマドカのパラメータを調節する。ビットの大量操作の秘訣の一つだ。

 

「……経過は上々だな」

 

 口角を吊り上げ、一人で小さく狂った笑いを上げる。

 

「まったく、今日の今日まで運がいい。 待っていろ一夏ぁっ! 千冬ぅっ! そして……秋百(あきえ)ぇっ! もう一度、もう一度四人で……いや、マドカを入れて五人で暮らそう!! 家族(ファミリー)を取り戻す為にぃ!!」

 

 小さく狂った笑いは次第に大きくなり、彼しかいない部屋に木霊する。その顔はカプセルの中のマドカの目にも映っていた。

 あれが……父親と言う人間なのか。

 カプセルの中に届かないはずの春十の笑い声が、マドカ自身聞こえる気がしてきたのだった。

 

 

 

続く




謎がまだ残るまま終わりました十三話。

カナードの挨拶は次回になります。

物語は9巻辺に入ると思いますが、カナードの原作知識が『アニメ一期と二期』『原作八巻まで』なのと、自分自身まだ9巻を読んでいないのでそのままオリジナル展開となりますご了承ください。

それではまた次回をお楽しみに

感想お待ちしております。


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十四話 TRUTH

十四話です。
 サブタイは真実を意味します。
  何の真実が何処で明らかになるのかは、お楽しみに


 

「父さん、今なんつった?」

 

 十月にもなりだいぶ冷え込んできたある日の事。大和カナードは父親からの電話の内容にそう返した。

 今日は休みでこれから簪の実家に挨拶に行く日で、待ち合わせ場所に一時間近く早く来た所ユーレンからカナードの携帯に連絡が掛かったのだ。

 

『もう一度いうけどさ、窓木と織斑千冬女史の見合いの席を設けようと思うんだけどどうかなと』

 

「……何で…また?」

 

『いやアイツも義理とは言え一児の父だぞ? そろそろ所帯をだね、持たせようと所長である私の考えで』

 

「…それは俺じゃなくて織斑先生か一夏に言ってくれないかな。 じゃあ俺は俺で用事があるので失礼しますぞ親父殿」

 

 言って通話を切ってバイブ機能を停止したマナーモードに設定し懐にしまう。それから間もなく簪と合流し、そのまま簪と共に彼女の実家へと向かう。

 二人が待ち合わせたのは簪の実家近くにあるモノレール駅の待合室。そこから駅を出てバスに乗り一時間も掛からないバス停で降り、更にそこから歩いて10分程経って更式家に到着する。都会のコンクリートジャングルの中でもその存在が良く解る日本屋敷がそこにあった。

 裏では対暗部用暗部組織であり、その表面上では『更識流武術道場家元』として通しているようでその看板もある。木製でとても味のある良い雰囲気の看板だ。その看板が掲げられている門を潜り、案内されてある部屋にカナードと簪は到着する。簪の方も入学してから一度も帰ってきていないらしく、実家にいるのに借りてきた猫のようだ。

 それもそのはず、目の前で腕組みながら正座でこちらを見る厳つい男、楯無と簪の父親は白髪交じりの蒼髪に左目の眼帯。カナードの印象からして、髪を蒼くしたキング・ブラッドレイである。違う意味で戦々恐々のカナードは、両手を膝の前について挨拶する。

 

「本日はこの様な若輩者の為にお時間を割いていただき、ありがとうございます。 私、大和生物機械技術研究所の大和カナードです。 簪さんとは同じ学年でクラスは違いますが、現在清いお付き合いをさせていただいております。 今日はそのご挨拶に参りました」

 

 深々と頭を下げたカナードに、簪の父は口を開く。

 

「ほぅ、今時の若者にしては礼儀はなっとるな。 私は更識刀眞(とうま)…16代目の元・楯無だ」

 

 口を動かす度に見事に整えられた見事な口髭が揺れる。反応からして良好と言っても過言ではない。

 それから刀眞は簪を下がらせ、遠ざかったのを確認するといきなりカナードの両手を取って一心不乱にしゃべりだした。

 

「大和君と言ったね、簪を好きでいてくれてありがとう。 あやつは刀奈の存在がコンプレックスで周囲からよく比べられいて……さぞかし心を痛めただろうな。 誰も彼も簪は楯無の妹とだけ見られていたが、君は……君だけは簪を一人の人間として、一人の女性として選んでくれた。 いまその事に私は猛烈に感動している! これからも、これからもずっとあいつを愛してくれるか?」

 

 突然の刀眞の行動ではあったが、やはり彼も簪の心の傷を気付いていた。気付いていたのだが、不器用なのかどうすればいいのか分からなかったようだ。

 

「無論です。 私は簪さんとはこれからも互いに支え合うつもりです」

 

「成程、ユーレン教授の言う通り出来た息子だ。 いや君のお父上とはつい先日初めてお会いしてな、彼の口から君の事を聞いた。 君になら、簪は任せられそうだ」

 

「恐縮です、簪さんのお父さん」

 

 そこから二人の話題は現当主楯無(刀 奈)に変わる。

 

「更識生徒会長の学園最強の名は伊達ではありませんでした。 本の数回ほどですが、お恥ずかしい所私は一度も勝てませんでした」

 

「うむ、刀奈は幼い頃より簪と共に武術を叩きこんでおる。 何より優秀な師範代の功績だ。 それに今日は道場のほうにおる」

 

 会ってみるかと刀眞の申し出を受けるカナードは簪と合流し本音案内の元、道場へと向かう。

 更識家はカナードの好みの昔ながらの日本家屋の造りで、築百年かそれ以上と思われる。道場も同じだ。趣があって良い。中からカナードより年下の子供の掛け声が聞こえてくる。確か今日は小学生の体験日だと刀眞が言った。

 その道場の戸を開けると、体験中の小学生たちにそれ程難しくなさそうな『型』を披露して指導する袴姿の初老の男性がいた。

 その男はカナードと同じくらいの長い白髪を三つ編みにして一纏めにしており、額の方にも髪がアンテナの様に自己主張している。鼻の下には髪と同じ色の端がカールされている口髭。そして目は刀眞とは違ってギラリと開いていた。雰囲気からして『機動武闘伝Gガンダム』の『東方不敗マスター・アジア』と『鋼の錬金術師』の『アームストロング少佐』を足して2で割った感じだ。恰幅の良い筋肉質のこの男は体験者の子供達に向けて挨拶を促した。

 

「諸君、こちらの御仁がこの道場の家本であります。 さぁ諸君挨拶を!」

 

『よろしくおねがいします!』

 

 元気が良い子供達に機嫌を良くした刀眞も挨拶を返し、本来の目的を果たす。

 

「師範よ、今は大丈夫かね?」

 

「申し訳ありませんが、今はまだ体験者の子供達の指導を始めたばかりですぐには…」

 

 申し訳なさ気に師範代はそう言った。刀眞もこのあと外せない用事があるようで、予定が合いそうにない。仕方ない、と刀眞が言ってカナードには帰るように促した。因みに簪もこの後家の用事で席が外せないそうだ。

 道場から入り口の門までを簪と一緒に向かうカナード。そして更識邸を後にすると、今度は駅の方へと戻っていく。

 

 

 

 

 更識家から実家に帰宅したカナードは、所内に作られたテストルームにストライクを纏って立っていた。背面には先程完成した新型ストライカー・ガンバレルストライカーが装着されており、正面にはダミーバルーンが空中を漂っていた。

 テストが開始される。ストライカーから×の字に固定されていたポッドが本体から離れて変形すると、有線式のビットとなった。これがガンバレルの所以銃身(Gun Barrel)である。

 カナードの砲撃のイメージがイメージインターフェースを通じて有線ビットに指示を出し、的を続けて射抜いて行く。

 

『一次テスト終了。 続いて二次テストを開始する。 シャルロット、スタンバイ』

 

 別室での職員の声がスピーカーから通され、二次テストに移行された。

 カナードの目の前の扉から、ISを展開しているシャルロットが現れる。装備はカナードお気に入りのI.W.S.P.で、両手にはその太刀が握られている。対するカナードはガンバレルストライカー以外の武装はライフルとシールドのみではあるが、怯む様子は見られない。

 スピーカーから開始の合図が飛んだ。その瞬間、ガンバレルストライカーの有線ポッドが射出され、四方からシャルロットを囲む。迎え撃つシャルロットはレールカノンでポッドを撃ち落とそうとするが、カナードのライフル射撃で狙いが付けづらく破壊する事はままならない上に、ポッドから吐き出されたレーザーに撃たれてしまった。

 

「…セシリアのブルー・ティアーズの様にはいかねぇが、上手くいったかな」

 

「んー、精度は向こうが高いけど……すごいねカナード。 有線でもBT兵器を作るなんて」

 

「理論はブルーブースターやユニバースブースターのデータを使用して、それを主としてイメージインターフェースを通して追加指示ってやつだ。 なぁに、向こうが何言おうが俺は流す。 技術協力? んなもん知らん日本政府通せ…って感じだ」

 

「喧嘩はダメだよ?」

 

 おしゃべりも程々にして次の作業に移るべく、二人は愛機を待機状態にして別室に移動する。戦闘データの採集などだ。どの時点でどう変わったのかを調べ、異常が出ればすぐにプログラムの修正を行い、なければ今度はシャルロットが機動テストを行うだけだ。

 因みにこの日篝が来ていた。ガンバレルストライカーに使われている自社部品の異常確認等の視察だ。良く仕事する社長さんだとカナードは評価している。贔屓目ではなく純粋な気持ちでだ。我ながら良い従妹だと思ったカナードは到着した自分のラボのパソコンを起動、キィを高速で叩く。画面では何かが構成されていき、一つの鎧となった。

 

「(…ISのコアをガンダムOOのGNドライブだと仮定して、コアを二基搭載して……制御は通常通りできるのか? それよりも一次移行すらままならない状態だったら……起動実験を使用にもそれに回す余分なコアが無い)…コアの数が増えればいいんだがなぁ……無いものねだりはやめるかこれは取り敢えず保留保留。 あーとーはー、ストライクなんだよなぁ、問題は」

 

 今まで表示していたデータを閉じ、別のデータを表示する。

 

「(問題はとうとうストライクの反応速度が鈍くなり始めた事だ。 つっても、俺が進化してるのかどうかは知らんが……まぁこの際理由は何でもいいか)取り敢えずは…この自由(フリーダム)を完成させなけりゃなんねぇな」

 

 先月頃から…いや、もっと言えばキャノンボールフィストあたりから微かに違和感は感じられた。千分の一秒ほどではあるが若干のタイムロス。二度に渡る対М戦の敗北をそのせいにしたかったカナードは、黙々と作業を続ける。

 しかし、あと少しの所で行き詰ってしまった。マルチロックオンシステムだ。それは簪の打鉄弐式に使われている代物で、『山嵐』の肝である。複数の機体の照準を同時に行うそのシステムはカナードにとって作れないことは無い…のだが、何故だか指が進まない。理由は解らないが、何故だか進まない。行き詰ったままではまともな代物は出来上がらない事を知っているカナードは、これまでの作業工程を保存し、ラボを離れた。

 

 

 

 

 数日後のIS学園。放課後のアリーナでは、ガンバレルストライカーを装備したカナードは、BT兵器では先輩にあたるセシリアと模擬戦に励んでいた。カナードの場合はイメージインターフェースを用いた有線式誤差修正機能付き自動追尾砲撃型、セシリアの場合は完全イメージインターフェースで四基を無線で自由自在に操る。

 自動(オート)手動(マニュアル)でそれぞれ四基のビットを操る二人は、常に相手を意識し分身たちに指示を送る。

 その様子を少し離れた方でシャルロットがタブレット端末を持ってガンバレルストライカーの調子を調べていた。指示伝達速度や駆動系統で異常がないかの確認で、インカムを通してオープンチャネルでカナードに随時連絡する。受けたカナードは「ああ」と「了解」の二通りだけである。

 模擬戦終了後、ISを待機状態にしたカナードはセシリアから感想を聞き出した。

 

「取り敢えずどうだったセシリア。 感想を聞きたい」

 

「そうですわね……カナードさんのガンバレルは自動追尾型であってますわね?」

 

「ああ。 つかむしろ完全手動程の技術は英国(そっち)の方がお得意だろうが」

 

「ですわね。 で、感想なのですが…一度に四基を操る事に慣れていらっしゃらないようなのでまずは二基で制御してみてはいかがでしょうか?」

 

「成程な、参考になったよありがとうさんお疲れ様」

 

「はい、お疲れ様ですカナードさん」

 

 模擬戦相手に感謝とねぎらいの言葉を掛け、カナードは更衣室で着替えを済ませ、観客席のシャルロットにデータの確認を取り、その後は自室へと向かう。道中で簪と合流、そのままカナードは彼女を部屋へ招き入れる……のだが、部屋の主がドアノブに手を掛けたその瞬間に脳内が一瞬に閃いた。

 出る前までは鍵を閉めた筈が不思議と開錠されており、蝶番に仕込んでいたシャープペンの芯が折れた状態で足元に落ちていた。明らかに怪しい。そこでカナードは簪に口元に人差指を当て、懐から携帯電話を取り出してある人物の番号を表示してからドアを開く。

 

「お・か・え・り。 何にしま…え、あれ、簪…ちゃん?」

 

「あ、織斑先生ですか? はい大和ですお疲れ様です。 お忙しいところ申し訳ありませんが、私の部屋に不審者が侵入しておりまして、しかもそれが生徒会長なので……ええ、はい…分かりました拘束しておきます」

 

 部屋の中にいたのは水着エプロン姿の更識楯無。楯無は何の用かカナードの部屋に侵入した上に変わった行動をして、今はカナードに通報され実の妹からは冷たい視線を浴びていた。

 数分もしない内に千冬が現れ、楯無をアイアンクローした上にそのまま引きずっていく。その姿をハンカチを振って送り出したカナードは、無言で簪を部屋に招き入れ先程の異常事態をなかったことにした。

 他愛ない会話の内容は特撮ヒーロー談義から、現在カナードが開発している物に変わる。

 

「ツインコア?」

 

「そ、ISのコアを二基搭載し、常にコア同士をプライベートチャネルで繋げて通常搭載型の二乗分の性能……ってところだけど、余分にコアが手元にないから今設計図止まり。 まぁ、もしツインコアシステムが出たら位置付けはそうさなぁ……第五世代ってところかな」

 

「何かダブルオーみたい」

 

「あ、わかるか? もちイメージそれよ、何年先何十年先…もしくは何百年先になるかもしれないけどね」

 

 笑いながら言うカナードはいたずら小僧の様な表情をしていた。

 

 

 

 

 所変わって束が潜伏している移動型ラボ『吾輩は猫である(名前はまだない)』では、主の束がキィを高速でたたきながら嬉々とした表情でモニタに映るある物を見ていた。

 両肩のバインダーらしき部位にはISのコアを内包しているようになっていた。それはカナードの設計した仮第五世代型である『ダブルオー』の設計図で、束はそれを嬉々とした表情で眺めていた。自分が考えもしなかったコアの使用法をいとも容易く考え付く少年『大和カナード』を束はますます気に入っていた。更に彼のデータに深く深く侵入すると、仮第六世代とも言うべきISの設計図が束の目に入った。

 

「これはこれは……」

 

「何かいいものでも見つかりましたか、束様」

 

 好奇心に駆られている束にそう言って声を掛けたのはクロエ・クロニクル。束の右腕的存在である意味なくてはならない存在でもある。尋ねられた束は気を良くして子供の様にはしゃぐ。

 

「束さんね、見付けたんだよ! 束さんの理想を実現してくれる子にさ!!」

 

「そうですか」

 

 子供の様にはしゃぐ束とは違い、クロエは大人の様な振る舞い且つ無表情で返した。

 まるで正反対な二人ではあるが、二人は互いを信頼している仲で束はクロエに『ママ』と呼ばせている様にしてはいるが当の本人は頑なに様付で束を呼んでいた。

 

「んもー、束さんの事はママって呼んでって言ってるのにー」

 

 笑いながら言った束の目はモニタから離れていない。今は設計図を脳内にコピー中で目が離せないでいた。実に興味深く、すぐにでも取り掛かるつもりだ。と言うよりも別のモニタに既に我流でツインコア搭載型第五世代の設計図を書き表していた。中盤頃にカナードに向けてこの旨の連絡を入れていた。

 

 

 

 

 同時刻、寮の自室でコーヒー豆を砕きながら束からの通信を受けているカナードは一瞬思考が停止しつつも、束の話を聞いていた。いきなりストライクにプライベートチャネルで通信を入れて何事かと思えば、『ダブルオー』の建造を任せて欲しいと言いだしたのだ、驚かないのも無理な話だ。

 コアが製造できるのは現存開発者の束のみで、その彼女が作り上げようと言うのだ。

 

「…とてもありがたい話ではありますが……世間はどう思うでしょうか。 コアが増えたという事実で新たな火種になりますよ…それこそ第三次世界大戦の開戦も有り得なくはありません。 ただでさえ主義者たちは…!」

 

『そんなことならのーぷろぶれむ! IS学園(そ こ)に送り付けるから問題はないよ。 各国の政府(分からず屋)の連中にはてきとーに脅したりするから問題ないよ』

 

 言って彼女はそこで通信を切った。一方的にだ。

 

「……何やってたんだよ俺は………戦火の火種が彼女であることを忘れちゃ駄目だろうになぁ…アンチが多い訳だこりゃ」

 

 独り言ちるカナード。彼の今の心境は、ダブルオーの建造に対しての『期待』と、それが新たな火種になり兼ねない事の『不安』で一杯だった。改めてとんでもない人物に気に入られてしまったと、手を組んでしまったと、知り合ってしまったとカナードは背筋が一瞬凍ったかの様に感じた。

 気が付けば待機状態のストライクに手をやってしまう。正直な話不安しかない。むしろそれ以外何と言い表せばいいのだろう、今のカナードにはそんな感情しかないのだ。気を紛らわせるように砕いたコーヒー豆をドリップしてマイカップに注ぎ、昨夜行っていたフリーダムの設計を再開していた。キィを叩くスピードはいつも以上に速く強くたたき、ランチャーの火力、ソードの剣技、エールの高機動を継承させていく。パーフェクトを簡略化したI.W.S.P.。それを更に簡略化したノワールストライカー。そしてそれを更に進化させ、機体と一体化したのがこのフリーダムなのだ。

 このカナードの姿を傍から見れば戦争の道具を作る科学者に見えかねないが、あくまでカナードがやっているのは、戦争の道具になりかかっているISを本来のあるべき姿に戻す事で、今はそれに向けた技術向上でしかないのだから。戦争をする気等毛頭ないカナードは一旦作業を終了させると、重い足取りで食堂へと向かう。その道中、カナードは箒と一夏の二人とばったり出くわした。

 

「よぉご両人……俺はとんでもねー天災科学者(マッドサイエンティスト)と手ぇ組んじまってたようだ」

 

「それは今更だぞカナード。 あの姉さんに気に入られたんだ、少しは腹を括ればいいものを……」

 

「俺らに科学者の苦労話が理解できるわけないだろカナード」

 

「のやろ……。 所で二人はダンガンロンパ知ってるか? 原作がゲームのアレ」

 

「あぁ、アニメも見たぞ。 特に霧切というキャラは気に入ったな」

 

「俺も見たけど…苗木とモノクマの声優さん初めて聞いたな……なぁカナード、その二人って新じ…」

 

「だまらっしゃいワンサマーが!!」

 

 カナードのエルボーが一夏の脇腹を捉えた。効果は抜群だ。

 

「てめーには旧ドラえもん映画シリーズとエヴァンゲリオンシリーズの映像ディスク貸すからみっちり見とけ、緒方さんと大山さん馬鹿にすんな!!」

 

「これは一夏が悪いな。 ネットの方でもお前と同じ過ちをした者もいる。 半端な知識をむやみやたらと口にしない方がいいぞ、一夏」

 

「なんとなくだが俺が悪いのは良く解るぜ」

 

 珍しく勘が冴えていた一夏は自分の非を一応認め、エルボーされた脇腹を摩る。

 

 

 

 

 翌日。

 アリーナではカナードが頭を抱え、千冬はいつも以上に不機嫌になり、その他の専用機所持者たちの表情はこわばっていた。彼ら彼女らの前には――

 

「あるぇー? 何で皆変な顔してるのかなー?」

 

 ――カナード設計束開発の新規コア二基搭載型第五世代新型IS『ダブルオー』と、現状をよく理解できていない稀代の天災科学者(マッドサイエンティスト)の篠ノ之束が立っていた。

 突然現れていきなり第五世代を引っ提げてきたのだから、驚きを隠せることはできない。

 

「………あの、設計した私自身が言うのもナンですが、規格外にも程がありますよね、つい昨日ですよね私の所から設計図を閲覧していたのは。 だとしても早すぎやしませんか? 今更貴女にどうこう言う筋合いが無いのは分かってます分かってますけどもぉ…! 流石に限度と言うモノがありますでしょうが!! じゃああれですか、その気になればゲッターでもアクエリオンでもデスザウラーでもエネルガーでもグレンダイザーでもファフナーやその他のスーパーロボットもISにする気ですか貴女は?! ですが私は絶対に設計しませんよ、この腐った世界のバランスを更にぶっ壊してとんでもないことになるのは薄々気づいていますし、何気に亡国機業の連中が目ェ付けそうなのは予想してますが、今この瞬間にその様な連中が襲撃にでも来てしまったら貴女は一体どうするおつもりなんですか? っていうかそもそも私自身言えた事じゃないって事は重々理解してますけどもぉぉぉぉぉ!!」

 

「やばい、カナードが壊れた」

 

 ポツリと一夏が言うが、束はそんなの気にしない風で続けた。

 現在ダブルオーはまっさらな状態ではあるが、正式な搭乗者は決めていないそうだ。亡国機業に関してだが、未だにこの事については掴んでいないらしく、今も尚束製特殊AIがISのコアネットワークを監視しているそうだ。

 

「んでんで、このダブルオーなんだけどねー、並の人間じゃ扱えないらしいんだ。 コアを二つも使ってるんだから後は分かるよねー」

 

「二基のコアの情報量に人間の容量(キャパシティ)を超えてしまうと言う事なのか?」

 

「まぁそんなもんだよラウラ。 設計した俺と開発した束さんが言うんだ、間違いはない。 それに、ダブルオーの真価は戦闘じゃなく、()()。 その為だけの機体なんだ」

 

 コーン状の隔壁の中にあるISのコアは常にプライベートチャネルで繋がっており、それら二基のコアの共振状態によって、特定範囲内のIS複数機のコアネットワークに侵入し、強制的にプライベートチャネルを開始する。それがダブルオーの特性だ。その為、武装は必要最低限のレーザーダガーを二基のみ搭載している。

 その説明がカナードの口から発せられた。それがカナードの見付けたISの戦い以外の使い道であると確信した一夏達は改めて彼の腕を再認識していた。

 

「で、ですがカナードさん、一体何故ダブルオーの建造を企画したのですか?」

 

 セシリアの質問。

 

「ま、ぶっちゃけ女尊男卑主義者の連中に対する対抗策さ。 手前の認識を押し付ける奴にゃ効果的だ」

 

 今度は鈴音から質問が飛んだ。

 

「だったら、そもそも何でアンタはそんなに主義者が嫌いなわけ? あんな連中気にしなきゃいいのに」

 

「気にしちまうんだよ、虎の威を借る狐が嫌いなんだ。 おかげで今日までどれ程の男たちが冤罪などで苦しんだことか……。 あとは、兵器転用する連中の多くも嫌いなんだよ。 気にすんなってのも無理な相談だ」

 

 質問終わり、とカナードが手を叩いて再びダブルオーに視線を向けた。青を基調にした装甲が太陽光を反射してその存在を主張する。

 千冬以外の誰もがその存在を眩しげに見ていたが、彼女だけはある種の殺気を感じ取った。

 刹那、アリーナ上空から小径の砲弾の雨が降り注いだ。砲弾はダブルオーとカナード達に当たらない様に放たれていた。降り立ったのは、金色に輝く装甲のゴールデン・ドーンとスーツ姿の壮年の男性だ。彼は紳士的な佇まいを漂わせながらカナード達に近づいてくる。その男の姿を見て、千冬は苦い表情をしながらカナード達を守る盾のように立ちふさがった。

 

「素晴らしい……二基のコア搭載型を設計する少年と、それを形にする天才科学者。 良い人材だ、スカウトさせてくれないか千冬」

 

「今更私たち姉弟(きょうだい)の前に出たと思えば……」

 

「父親に向かってその態度。 いい大人がみっともない」

 

 父親と言ったその男は、千冬から一夏に視線を向きかえて表情をにこやかにした。

 

「一夏、お前はまだ小さかったら覚えていないだろうが、久しぶりだな我が息子よ。 お前と千冬の父、春十だ。 今は亡国機業の最高経営責任者をしている」

 

 その男、春十の口から亡国機業の名が出た瞬間、誰もが驚愕していた。勿論カナードもだ。彼の原作知識によると、テレビアニメ一期二期、原作八巻には存在は匂わせていても本人そのものは登場しなかった。しかし、カナードが今存在する現実には目の前に一夏の父は存在していた。

 春十の後ろで待機していたゴールデン・ドーンは展開を解いていた。派手なドレスに身を包んだ美女…スコールは澄まし顔でその場に留まっていた。

 

「俺の……父親…?」

 

 一夏が呟いた。物心ついた頃から無かった父との記憶。今ハッキリと父の顔を見ることが出来た彼は、少しの間放心状態に入ってしまった。いち早くそれに気が付いた千冬とカナード、箒の三人が一夏を囲む。

 

「まぁそう気を荒げないでくれよ。 父と娘そして息子が揃ったんだ、白式のコアの秘密を明らかにしようか」

 

 次に春十が語ったのは、白騎士事件以前に起きた事だった。

 まだ幼かった一夏と千冬を残し、織斑春十と秋百の夫妻は新たな命を宿したまま束と共にコアの開発に着手し始めた。

 当時の束はまだコアを一人で生成する事は出来ず、夫妻と共に開発に携わっていた。そうして出来上がったコア一号の完成時には既に新たな命が誕生していた。

 そして、コア一号の稼働実験の時、悲劇は起きた。

 テストパイロットとして秋百が試作型IS零号の稼働実験を行った瞬間、その場にいた春十達を残して秋百は消失したのだった。秋百の身体はどう言う訳か量子化されコアに吸収されてしまったのだ。拡張領域内を見ても量子化された秋百は発見できなかった。

 そしてそれが、奇しくもISのコアの誕生の瞬間だったのだ。

 

「その後に起きた白騎士事件…あの白騎士のコアは秋百を量子化吸収した物が使われたんだよ。 そして、その白騎士のコアは今は――」

 

「――一夏の白式に使われている…だから一夏はISを扱える……だなんて言う御積もりですか?」

 

「ん? その口ぶりだと、君は白騎士と白式のコアは同一であることに気が付いているね」

 

「”白式《びゃくしき》”を”白式《しろしき》”と読み替えると、アナグラムで”白騎士《しろきし》”になりますからね」

 

 春十とカナードが睨みあう。

 何とも言えぬこの状況下、一夏は春十の言葉に混乱していた。自分を産んだ母はコアに取り込まれ、そのコアは白騎士に使われて今は白式にそのコアが使われていると言われたのだから、直ぐに納得できる筈がなかった。

 そして今まで明かされなかった秘密。何故男の自分がISを扱えたのか。愛越学園の受験会場を間違えたあの日、あれは恐らく束が用意した切っ掛け…引き金にすぎなかったとしたら……。

 

「じ、じゃあ…俺が……俺が白式を…ISを動かせたのは……」

 

 非現実的なその答えに、いつも飄々としていた束の表情も曇り切っていた。

 様々な真実が明らかになったこの時を、この瞬間を、この日を一体誰が予測したのだろう。

 ただ一つ、明らかになったのは……一夏がISを動かせたのは、秋百の加護だと言う事だけだった。

 

 

 

続く




と言う事で何故一夏がISを動かせるのかを自分なりに考えた結果、エヴァ的になっちゃいました。

でもこれの方が妙にすっきりするんですよね。

両親が姿をくらました辻褄が合うだろうとの結果です。

最後になりますが、皆様の感想が自分の原動力になります。ご感想、お待ちしています。


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十五話 Sword Alight

皆さまお久しぶりです15話京都旅行回とカナード乗り換えの回です

因みに、サブタイの訳は後書きにて


 

 たった今明かされた衝撃の真実とやらを知ってしまった一夏と、箒達は今も尚唖然としており、それとは打って変わりカナードと千冬に束そしてラウラだけは目の前にいる壮年の男…織斑春十を見据えつつ一夏の盾のかわりとなり、その男の魔の手を防いでいた。

 それを見た春十は、やれやれと言わんばかりに後ろで構えていたスコールに指示を出す。

 

「…交渉は決裂……か、ならば仕方ない。 スコール、やれ」

 

「はっ!」

 

 待機していたスコールが、春十の指示の下、ゴールデン・ドーンを展開しダブルオーに接近。しかし直前にストライクを展開したカナードが、シールドを掲げて突撃して無理に軌道を変えさせた。

 軌道を無理やり変えられたスコールはオータムとМを呼び出す。亡国機業(やつら)の目的は『ダブルオー』にある。それに気が付いたラウラと楯無が展開、それと同時に現れたオータムやМの対処に入った。それに続き、一夏達もISを展開。それぞれの援護に入る中、束と千冬がダブルオーを待機状態にして脱出を図る。

 

「逃げるつもりかい千冬。 大人しくダブルオーをこちらに渡すんだ」

 

「残念だが、今の貴方の言う事は聞く事は出来ない。 思えば貴方は…、貴方はあの頃から変わっていない! 束っ!」

 

「あいあいさー、もうダブルオーの収容は終わってるよー!」

 

「М、候補生はオータムに任せてお前は篠ノ之束を追え」

 

「了解した!」

 

 春十の指示を受けたМはビットを大量展開し、シャルロット、ラウラ、セシリアを振り切って束に突撃。束と千冬をビットで強引に引き離し、自分に有利になるようにМはフィールドを作る。相手はISの生みの親とはいえ生身、しかもダブルオーともども捕まえることが出来れば、自分自身の価値も力も気に入らない連中全てに知らしめることが出来る。少なくともМはそう思い込んでいた。

 非情な現実は、唐突にМに訪れた。

 ダブルオーと束へと伸ばされたМの腕が、サイレントゼフィルスの腕が寸断(・・)されていたのだ。

 ハイパーセンサーを用いてもはっきりとしかわからなかったが、一瞬、ただほんの一瞬だけだったのだが、青いブレードが横切ったのだ。それはサイレントゼフィルスの腕を切り裂き、地に突き刺さって刀身にオイルを滴らせていたシュベルトゲベール。

 

「な、なん……だ、と?!」

 

 その剣は間違いなくカナードの物。スコールの相手をしているはずだが、何故この様な事が起きたのだろうか。

 答えは、楯無にあった。

 彼女は一夏と箒にオータムを任せた事により、スコールと対峙していたカナードの援護に入り、その隙にストライカーをユニバースに変更したカナードが雪羅から放たれる荷電粒子砲を吸収し、それによる超スピードでシュベルトゲベールを呼び出して投擲したのだった。それは一瞬の出来事と言ってもいいだろう。それをカナード達はやってのけたのだから。

 

「ふむ、こうなっては仕方ないな。 三人とも、ここは退こう」

 

「あァ?! 何言ってんだ社長(ボス)、折角の獲物が目の前にいるってのに…!! ったくよぉ……」

 

 春十の突然の撤退命令に納得がいかない様子のオータム。しかしそこは社長命令な為か渋々従い、撤退していく。

 去り際に春十はスコールのゴールデン・ドーンに足をかけながら、織斑姉弟に父親として二人の方を見た。

 

「今日はこのくらいにしておく。 千冬、それに一夏。 今はまだ言えないが、いつの日か母さんを取り戻してマドカを入れた五人で共に暮らそう」

 

 そう言って、春十はスコールに発進の指示を出し、IS学園の空域から離脱していった。

 侵入者の撃退が完了した今、カナードはストライクを待機状態にしてふとある事を疑問に思った。何故教員部隊が来なかったのだろうと。そして、後に原因は学園のセンサーが正常に作動していなかったため、スコールら侵入者に反応しなかった。原因だったこれをカナードが知るのは、もう少し後の事。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。一週間後に京都旅行がある事をホームルームで聞いたカナードはパソコンのモニターに映る事に、忌々しげに舌を打った。

 今日で確信してしまった。ストライクが限界を迎えてきたのだ。

 

「(…フリーダムの完成を早めにゃなんねぇな。 今日の今日で無理したのが原因かねぇ…)仕方ねぇな、オーバーホールに回して時間を稼ぐしかない」

 

 キィを打ちながらそう呟いたカナードは、同室の一夏が戻ってきたことに気が付いた。

 声を掛けようと思ったが、カナードはそれを躊躇った。

 物心つく前に別れた父との再会、自分がISを扱える訳、白式のコアの秘密。衝撃的事実の連発だったからか、心なしか一夏の目が死んだ魚のそれの様な感じになっていた。今の彼にどう対処しても追い打ちをかけるに等しいと感じたカナードは、そっと静かに部屋を出て食堂へと歩き出した。空腹なのと、今はそっとしておきたいと言う理由から来ている。

 食堂に到着して、視界の端で女子生徒たちの人だかりが出来ているのが見えたカナードは、少々行儀悪いと自嘲しつつも耳を傾ける。やはり噂話というものはどう言う訳か無性に聞きたくなるものだ。

 

「……で……けどね…」

 

「えーっ?!」

 

「それどこじょうほーぅ?! マジでそれどこじょうほーぅ?!!」

 

 聞く限りでは意外性の高い話題のようで、その盛り上がり様はカナードの存在には気が付いていない。

 取り敢えず深入りしない事にしたカナードはから揚げ定食を注文して窓際のボックス席に腰を下ろす。

 から揚げを咀嚼するなか、彼は純粋にその味を楽しむ事は出来なかった。ほんのりと生姜のアクセントが効いている筈なのに、どうにも……。

 そうして既に完食していたことに気が付いたカナードは、未だに暗い表情のまま食器をカウンターに戻し、一度部屋へ向かおうとした瞬間、先程まで集まっていた女子生徒達がどっとカナードに押し寄せてきた。何事かと戸惑う彼に女子生徒の一人が口火を切る。

 

「ねぇねぇ大和君! 織斑先生がお見合いするって本当?!」

 

「篠ノ之博士と新型のISを作ってるって言うのも?!!」

 

 口々に女子生徒たちの口から出ることに困惑し始めたカナードは、一体どこからそんな情報が漏れだしたのかと気になり始めた。兎に角のらりくらりで受け流すしかないと決めていたが、如何せん十代女子の好奇心や詰め寄りは思っていたより強く、精神年齢アラフォーのカナードは参るばかりだ。

 この状況をどう切り抜けるべきか考えているカナードだったが、幸いにもセシリアとラウラが食堂に現れ、女子生徒たちの波から解放された。

 深いため息を漏らし、恩人二人に対してカナードは礼を述べると同時に、何処から情報が漏れだしたのか気になり始めた。同じようにセシリアとラウラも気になり始め考えていたところ、寮の方へと向かう通路の壁に誰かが隠れたのに気が付く。

 気配を殺しながらラウラが近づくと、そこにいたのは二年生の黛薫子である。

 そういえば彼女は新聞部だった、とカナードは思い出すと同時に一つの仮説を見出していた。

 

「黛さん、不躾な質問を失礼します。 情報を漏らしたのは、貴女で間違いないでしょうか?」

 

「…………な、なんにょことかなぁ~?」

 

 そういう彼女の目は真っ直ぐ前を向いてはいたが、額に少量ではあるが冷や汗が流れていた。

 三人は薫子を囲み、無言で睨みつけていた。

 

「…………はい、そうです。 私が漏らしましたその特ダネ」

 

 この瞬間、彼女は堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 それから少しした生徒会室。

 漏えいした薫子を中心とし、楯無とカナードそして千冬といった面々がソファーに腰を下ろしていた。

 問題なのは千冬の見合い話ではなく、『ダブルオー』についてだ。これは仮とは言え第五世代相当のスペック、及び開発には篠ノ之束が関わっていると言う事で、特ダネと言う理由だけで生徒たちにその情報を流すと言うのは本来ならあってはならない事だ。が、薫子が見たのはアリーナで『ダブルオー』を披露する束がカナード達の面々に見せ付けた所だ。話を聞いていく内に、彼女の中で何かが暴走して今回のような事態が起きたのだと言う。

 その後の亡国機業襲来の時には既にアリーナを出ていたようで、織斑姉弟の父親の事は知らないようだ。

 見合い話の件については、千冬とカナードが話し合っているところをたまたま偶然耳に入れてしまったとの事。これについては仕方がないので、その点については不問。しかし、事を大きくする前に釘をさす事でこの場はお開きとなった。

 これ以上話が大事にならない事を祈りつつ、カナード達も解散。それぞれ自室への帰路についていた。

 そうして部屋に戻ったカナードは、ノートパソコンを立ち上げ設計途中のフリーダムの作業に入る。とは言っても残るマルチロックシステムだけが唯一難点であった。自作するにもあまりにも時間が掛かるし、その上理論すらカナードは把握していない。一度たりともそのシステムの設計に携わっていないのだから仕方がないと言えば仕方がないのだろう。

 手元には携帯電話。アドレス帳を開いて簪の名前を見つけ出す。

 今ここで彼女にコールしてマルチロックシステムに関する事を聞き出す事は容易だ。が、カナード自身それを拒んでいる。簪を、彼女を良いように利用してしまうのではないかと危惧していたのだ。

 

「さーてと、どぅすっかなぁ……」

 

 結局、諦めて電源を切ってその日はもう寝る事にした。

 ここ最近ヘタレ気味になっていくことに、カナード自身痛感していた。

 

 

 

 

 翌日の放課後、簪と二人で整備室でお互いのISの整備をしていたカナードは、気難しい表情でマルチロックシステムについて簪に話を切り出した。システムの作成自体は出来ないことは無いのだが、簪の打鉄弐式にそれが採用されているため、それをカナード自身が躊躇っている事。それを聞いた簪は、一度鳩が豆鉄砲を食ったような表情を取ったかと思えば、不意に笑い出した。

 

「……そんなに…おかしい事か? 俺としてはすんごい悩みなんすけど…」

 

「あはは……ごめん。 でも大丈夫だよ、打鉄弐式(あの子)のマルチロックシステムは殆ど私が作った様なものだから、カナードが自分のシステム作っちゃ駄目な道理はないんだよ」

 

 それはカナードにとって意外な回答で、いつの間にかそれを望んでいた。

 

「確かに開発には倉持技研が関わってるけどね、データとかは私オリジナルなの」

 

「あ、そうなんすか。 えーと……じ、じゃあ…簪が良ければよ、……その…構築とか手伝ってくれねぇかな? 機体(フリーダム)そのものは出来てるっちゃできてんだけど…その……プログラム関連で少し参考にしたいし」

 

「うん、喜んで!」

 

 その後二人は整備室を後にカナードの自室へ向かうのだが、道中に二人の姿を見たその他の女子生徒達からは吐血ならぬ吐糖症状を発症したそうだ。その他にも、未だにパートナーがいない女子生徒たちからは血の涙が流れ出ていたそうな。

 

 

 

 

 時間は経って、カナード達一年の京都旅行の日。移動中の最新式リニアの中でカナードは睡魔に負け、静かに寝息を立てていた。隣に座る一夏は、先日の塞がりようが嘘のようにいつもの明るさを取り戻していた。が、彼をよく知る専用機持ち達からは、取り戻している"様"にしか見えなかった。その一夏を見ていた箒は、困惑した表情で顔を俯かせていた。それは幼馴染としての感情なのか、または恋人としての感情なのか、当の箒本人にも分からない。

 そもそも、父親が自分を誘拐した組織のトップで、母親がISの…それも自分の専用機のコアに取り込まれていて、その恩恵で操縦できるなど、誰が想像できただろう。否、そんなことは誰も想像できないはずだ。誰しもその様な体験は出来もしないし、起きもしない。

 やがてリニアは目的に到着。同時にカナードの目も覚め、揃ってリニアからぞくぞく降りていく。

 秋も深まりつつある京都は、筆舌しがたい程の絶景であった。

 まずはここからバスに乗り換えてから旅館に向かう。到着した先で先に送っていた荷物を受け取るのだが、必要最低限の荷物だけの一夏とカナードとは違い、その他の女子生徒たちの荷物が異様に多い。

 

「……二泊三日じゃなかったのか? 何泊する気だよ」

 

 ふと、異様に大きくその他の女子生徒たちの物よりも目立つ黄色い箱がカナードの視界に入る。これが何か感づいたカナードは、同じものを感じた簪と共にゆっくりと蓋を開ける。

 

「やっは…ってちょ、二人ともなっ…!」

 

 中から現れた一人の少女。その正体を知った二人は即座に、問答無用に蓋を閉め、更にガムテープとどこで販売しているのか分からない怪しい札で念入りに封をして運送トラックのコンテナに紛れ込ませコンテナの扉を閉める。到着して早々にある意味面倒な人物に巡り会ってしまったカナードと簪はどっと疲労感に襲われた。

 漸く落ち着いたカナードはふと、生前の世界を思い出していた。前世で一度中学の修学旅行で訪れた事があり、その趣のある風景や落ち着いた空気をとても気に入っている。

 初日の今日はホテルから自由行動。さっそくカナードは簪を見つけて行動を共にする……のだが、オプションなのか分からないが、どう言う訳か本音まで一緒に行動する事になった。ホテルの柱の物陰に、更識楯無が不敵な笑みで隠れていたのを千冬以外誰も知らぬまま。

 

「…野暮な質問で悪ぃんだけどさぁ、何で谷本とか相川辺りと回んないの?」

 

「ん~、何かねぇかんちゃんとかなかなのカメラ役を任されたのだ~」

 

「一夏じゃねぇんかよ! てか何で俺ら?」

 

「おりむーと、おしのさんのばっくが怖い」

 

「でぇすよねぇー…」

 

 改めて織斑千冬と篠ノ之束の脅威を思い知ったカナード。確かに下手に一夏と箒を茶化し過ぎると、後で二人の姉が怖い事になると誰もが予測は出来る。

 だからこそのカナードと簪なのだろう。だとしても楯無生徒会長の場合でも同じなのかもしれない。

 

「因みにお嬢様からもお目付けを任されたのだ~」

 

「…………もう好きにしてくだせぇや」

 

 もうこの事に関して考えることをやめたカナードは、やはり同じ心境である簪と共に本音を受け入れる。

 その後は北野天満宮や金閣寺を訪れたり、舞妓の衣装を簪が着てカナードと本音が鼻血を流したり、記念写真を撮ったりと充分京都旅行を満喫していく。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、清水寺の一角にてふとカナードはある違和感を感じ取る。それが何かを知っている彼は、簪と本音に先に行くように言って少し外れに足を向ける。奥に進むと日の光が少なくなっていき、同時に肌に突き刺すような異様な空気をカナードはその身で感じ取る。いつか体感したこの空気に見覚えがある。それでいてスコールとも、Мとも違うナニか。

 ここ最近やけに殺気を読み取れるようになって、やや胃痛気味のカナードはその方向に目を遣った。

 

「誰なんです、こんなところに誘導させておいて」

 

 柱の影が盛り上がったかと思えば、それは人影で、一人の女性だった。荒々しさをその顔に秘めた人物…オータム。彼女は目に見えて分かるように狂った笑みを浮かべてISアラクネーを展開する。

 ちらりと見えた彼女の目。猛禽類を思わせるほどの鋭さと、理性さを感じさせない程の狂気さ。その二つを秘め、アラクネーから見下ろす彼女はいまやカナードを捕食せんとする獣。対するカナードは左腕に待機させた愛機に手をかけ、起動する。やや不調気味のカナードのISストライクではあるが、無いよりかはマシだ。

 右手のレーザーライフルを拡張領域内に収納し、エールストライカーからビームサーベルを引き抜くと、アラクネーの猛攻を捌いていく。

 

「くぅっ…(まだか……時間稼ぎになりゃいいんだけど…)」

 

 絶不調の愛機以上に目の前の相手が厄介この上極まりなく、それでも勝たなければならない。いくら相手が狂化されていようとも、信頼する友と、愛する彼女を守る為にもカナードは闘う。

 もう一方のビームサーベルの柄を握り締め、二刀流でアラクネーにダメもとで切りかかる。

 

「これで!」

 

「らぁっ!!」

 

 対するオータムも多脚を活かした蹴り技、両手に持ったナイフ状の武装を駆使し、カナードに対してIS操縦者としてのキャリアの差を見せつけていた。

 世代が違うとはいえ、機体の良し悪しがあるとはいえ、結局は腕の良し悪しで決まる。故に、カナードは蹂躙されていく。恐らくは薬物で強化されたのであろうスコールの猛攻に機体は悲鳴を上げ始め、絶対防御も働き始めてシールドエネルギーも消費されていく。

 防ぎきれない。

 捌ききれない。

 そして何よりも、彼女と合流できそうにない。

 ストライカーをソード、あるいはI.W.S.P.のどちらかに変更すれば少なからず勝率は上がるだろうが、換装する余裕は無く終始圧倒されていく。

 

「おらぁぁぁぁっ!!!!」

 

 そして、アラクネーの一撃が止めとなり、ストライクはコアを残して機体は崩壊。カナードは大破した機体から転げ落ちながらもどうにかコアをつかみ取る。

 勝利の雄たけびの如く叫びを上げるオータム。眼下で尚をコアを取られまいと警戒し続けるカナードなど眼中にないのか、それともまだ遊び足りないのかその場から飛翔して消えていった。

 運がいいのか悪いのか、残されたカナードは、襲い掛かる痛みに耐えながらも無理をして立ち上がる。しかし、先程の戦闘で蓄積されたダメージが襲う。痛みに負け倒れこみ、小さく呻きを漏らす。

 こんなところで寝ていられるか!

 そんな時、カナードの視界によく知ったロゴがプリントされている鉛色のコンテナと数人の男女が入った。それは、カナードの新たな剣の現出を意味していた。

 

 

 

 

 IS学園の生徒を乗せたリニア内部では、千冬が頭痛に悩まされていた。集合時間だと言うのに一夏は兎も角、真面目な部類に入るだろうカナードやセシリア、それと箒までもが集合時間を過ぎても姿を見せない。まだカナードは直前まで共に行動していた本音と簪に声を掛けていたとは言うが、どうも腑に落ちない。

 事前に『集合時間に遅れた場合は一度連絡を入れる』『出発時間に遅れた場合、その他交通機関を使用し次の目的地に行く』と言うこの二つは伝えているので、過度に心配する必要はない……のだが、やはり嫌な予感しかしないのだ。

 これ以上待っていても時間に余裕も無いのでリニアの扉は閉まり、静かに動くとやがては速度を上げ走り出す。その後は安定な速度を一定に保ち走行するはずなのだが、どう言う訳かリニアは急に速度を上げ、暴走状態になってしまった。

 各駅停車であるはずのリニアは停止することなく暴走。体中に掛かるGに耐えながらも千冬は先頭車両運転席を確認する。しかし、そこには誰もおらず無人。では誰がこのような事態を引き起こしたのだろうか。心当たりはただ一つ、亡国機業だけである。

 現状、リニアは弾道ミサイルと何ら変わらない危険な代物と言ってもいいだろう。その上棺桶とも変わりない。

 パニック状態の生徒達の中で、簪が待機状態の打鉄弐式を繋いだ端末と運転席のコンソールパネルを繋ぐ。そこから奥深くのプログラムに侵入。自動運転機能だったのを手動操作に切り返し、ブレーキと思われるレバーを思いっきり引いた。そして漸く止まったリニア。慣性の法則からか、他の生徒たちは進行方向側へと投げ飛ばされてしまったがそれ程ひどいけがをしている人物は誰一人としていなかった。

 状況確認の為、千冬と真耶が生徒一人一人の確認をしていると車内スピーカーから動画投稿サイトなどでよく聞く音声ソフトでのアナウンスが流れだした。

 

<初めまして、IS学園の諸君。 暴走車両の停止にまずは称賛の言葉を贈りましょう。 ですが、ゲームは始まったばかりです>

 

「ゲーム……だと? ふざけているのか?!」

 

 千冬が言った。あまりにも人命を軽んじているような言葉に憤り、奥歯を噛みしめる。

 

<ゲームと言うのは、このリニアに設置されている時限爆弾の探索と解除を制限時間内に行う事。 開始はこのメッセージが終わるころ、制限時間はそれから5分。 それでは、ゲーム開始5秒前。 5……4……3……2……1……Game Start>

 

 アナウンスが止むと、社内のモニターがカウントダウンを映し始めた。それにより一部女子生徒たちは半狂乱に陥り、ある者は泣き喚き、ある者は気を失い、またある者は過呼吸に陥っていた。そんな女子生徒達を真耶に任せた千冬は、鈴音、簪、ラウラ、シャルロットに指示を出す。

 簪はリニアに設置された時限爆弾を端末を使用して捜索。ラウラは発見次第回収及び解除、もしくは解除が間に合わず爆破しそうであればAICでそれを拘束。そして鈴音とシャルロットは千冬と共に真耶のアシストに入る事。それが彼女たちに課せられた任務だ。

 早速簪が停車した時と同じように運転席のコンソールを通し、車体スキャンシステムのプログラムを起動する。

 近年の科学技術はISの登場により実に進歩していた。その一つに車体スキャンシステムがある。車両点検時に主に使用されるプログラムで、これにより従来よりも車体の不具合が見つけやすくなっていった。まさかこの様な非常事態に、しかもIS学園の生徒に使用されるとは、開発者も元々の運転手も予想だに出来なかったであろう。

 残り時間3分を切った頃、3車両目の上部ユニット内部に爆弾が発見。そこからのラウラの行動は速かった。一番近くの窓ガラスを部分展開したシュヴァルツェア・レーゲンの右腕部で突き破り、そのまま外に飛び出て完全展開し3車両目の上部ユニットを開き、爆弾の解除作業に入る。現役軍人であるラウラからすれば、今回仕掛けられた爆弾は粗末な出来としか思えない。

 

「こちらラウラ。 爆弾の解除に成功」

 

『こちら簪。 了解、こちらでも解除を確認。 他のクラスの子は皆軽傷で済んだみたい』

 

「そうか(しかし妙だ……こんな粗末な爆弾…わざわざ解除してくれと言った物だ。 例えるなら爆破物処理班を呼び出すまでもない位だが……どういうことだ、何を考えているんだ亡国機業)」

 

 この事態に疑問を持ち始めるラウラだが、突如として耳をつんざく様なアラートが鳴る。

 識別信号はアラクネー。ハイパーセンサーやレーダーを頼りにラウラはそれが飛来してくる方向に視線を向ける。

 

「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハっっ!!!!」

 

 会敵と同時に幾つもの足から来る蹴り技を喰らい、打ち所を悪くして大型レールカノンが使い物にならなくなってしまった。これでレーゲンに残された武装はプラズマ手刀とアンカーワイヤーのみである。それだけでもやるしかない、戦うしかない、とラウラは標的を確認して迎撃行動に出る。

 一方のアラクネー(オータム)。ラウラは知らないが、カナードを堕とした時と同じ武装であるナイフ状の武器。一般的にはククリと呼称されるネパールやインド等で戦闘の際に用いられる武器をオータムは両手に逆手に握っている。無論軍人であるラウラはククリナイフを知らない筈がない。しかし、だからと言って簡単に相手を撃退、又は撃破する事はできない。

 プラズマ手刀とククリナイフが何度もぶつかり合い、その度に甲高い金属音を打ち鳴らしていた。ある時は一定に、またある時は不規則に撃ち合っていたが、戦況はアラクネーに若干ではあるが軍配が上がっている。

 動きが読めない。ランダムな攻撃パターンにより、行動予測が先読みできないラウラは苦戦を強いられているのだ。

 

「くっ…(何と言う事だ……それにしても…以前より攻撃性が増しているだと…?!)」

 

 オータムの攻撃性の増した理由。ラウラはその理由を薬物投与による強化と推測する。以前部下であるクラリッサから身体能力が向上する代わりに精神が崩壊すると言う違法薬物が流通しているとの情報を、受けていた彼女は恐らくそれであろうと結論付ける。そしてそれは正解であった。

 薬物強化による身体能力及び操縦技術の向上により、現役軍人であるラウラを押しているスコールは尚も攻撃の手を緩めはしない。今の彼女が満足する事は、目の前の敵を殲滅するだけだ。

 

 

 

 

 清水の舞台から愛用のカメラを落としてしまい下まで取りに行った一夏と、それが心配になった箒とセシリア達は落としたカメラではなくとんでもないモノと遭遇してしまった。

 蒼い装甲を纏い、それを中心として揺れる花弁のように浮遊する複数のビット。サイレントゼフィルスが、聖書等に登場する天使のように、または唐突な死を宣告する冥界の悪魔のように一夏達の前に降り立った。元はイギリスが所有するISで、セシリアの愛機であるブルー・ティアーズの姉妹機とされている。それが今では目の前に、しかも亡国機業所属のМが纏っているのだ。

 そのМはカナードによって寸断された部位を白式の雪羅にも似通った武装に変わっていた。恐らくスペアパーツが無いのか、はたまた戦力増強の為かは定かではない。

 

「………やるしかないのか。 やるしかないのかよッ!」

 

 白式を展開。雪片弐型を構え、そのままサイレントゼフィルスに突っ込んでいく。

 いつに無い過ぎた一夏の無鉄砲、それに戸惑いつつ箒とセシリアも愛機を展開し援護に入る。

 一夏がこうなってしまったのは、父である春十の存在が大きい。

 何故自分達姉弟を置き去りにしたのか、何故Мを、マドカに駒のようにこんなことをさせるのか。

 しかしそれは目の前のサイレントゼフィルスを倒さない限り、直接聞きださない限り、確かめる方法はない。

 だから一夏は雪片を振るう。

 

「雑魚が、何度来ても同じだ。 お前が……お前がいなくなればァァァァッ!!!」

 

 怒号と共に花弁が舞う。サイレントゼフィルスのビットだ。それぞれが独立した意志を持っているかのようにМの指示を受け付け一夏達を襲う。対抗すべく、セシリアも入学当時から上達したビット射撃を繰り出すが、やはりサイレントゼフィルスには掠りもしない。

 雪羅のクロー攻撃も、雨月の弾道も斬撃も、ミサイルビットでさえも掠りはしない。

 

「織斑一夏、貴様さえ……貴様さえいなくなればァッ!」

 

「誰がッ! イエスって! 言うかよ! 俺は知りたいんだ、父さんの事、母さんの事!!」

 

「一夏落ち着け、前に出過ぎだ!!」

 

 諭す箒の声もむなしく、隠された真相に突き動かされている一夏。

 その時、何かが、何かが割れる様な音が一夏達の耳に入り、一斉にその方へと目を向けた。

 モノレールの車両先頭にそれはあった。翼を広げ、神々しさを秘めた輝きを見せていた。

 白い四肢、青い八枚の翼。そして関節部分からは眩い金色の輝きが見えていた。

 

 

 

 

 突然だが、まず話を逆行する事を赦してほしい。

 サイレントゼフィルスが一夏達と邂逅する少し前に、カナードは「こんなこともあろうかと!」とフリーダムが格納されてあるトレーラーの助手席から豪語するシャルロットの義父である窓木小次郎と、彼の部下たちと遭遇。実は事前にこうなる事を予測していたカナード自身が仕組んだことだった。名目上では旅行先で最終チェックに入る事で、生徒会長及び千冬からも事前に許可も取っており、前世記憶を余すことなく思い出した結果がこれだ。

 駆け寄って来た小次郎は大破したストライクを見て事情を察し、コンテナの扉を開ける。中に入ると、そこには天使の様な鎧がそこにあった。

 ストライクに次ぐ新たなIS。

 即座にカナードはストライクのコアをフリーダムに繋げ、同調作業に即座に入る。ISのコアと言う物は違うISにインストールする場合、コア自身が拒否反応を出す事があると言う。仮にその反応が出なくても、インストール作業から初起動まで早くても十時間以上かかる事もあると言う。しかしそれでもカナードはキィを一心不乱に叩き続け、小次郎達もそれに続く。

 難航に思われたコアの同調作業だったが、カナードがその身を預けた瞬間に身体が包まれた。

 

「何でこんなに……いや、考えても仕方ない。 出ます!」

 

「ま、待てカナード! まだフィッティングもパーソナライズも……それに細かな調整もまだなんだぞ!」

 

「なモン後でやりまさぁ!」

 

 小次郎の制止も振り切り虚空を切り裂くように飛び出した。

 急上昇した後に、瞬時にアラクネーの位置をフリーダムが算出。即座に位置が割れるとその方角に向け、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で空を駆ける。すると、一度の瞬時加速で一次移行(ファーストシフト)が行われ、畳まれていた青と黒の十枚の翼が広がり、灰色の機体に色が付く。二度目の瞬時加速で、奇跡が起きた。その軌跡は起きるべくして起きたのか、はたまた偶然なのかは分からない。

 ただ一つ。地表に取り残された小次郎達にはただ一つだけ分かる事があった。

 

「…愛故って奴か。 っかー、若いねぇカナード」

 

「そういう主任だってブリュンヒルデとお見合いするって言うじゃないですか」

 

「何で今そういう話題だすかなー………」

 

 それが一夏達が見た進化の輝きの顛末である。

 

 

 

 

 モノレールの運転席前で翼を広げ、両手にはレーザーライフルが握られており、ラウラを振り切りったアラクネーを見据えるはフリーダムに乗り換えた大和カナード。しかし、乗り換えたフリーダムは一次移行をすっ飛ばし二次移行を迎えていた。

 収束荷電粒子砲バラエーナが内包された十枚の翼は、ガンバレルストライカーの有線式ビットの発展型である八基のドラグーンと呼ばれる無線式のビットが装備された八枚の翼に、三つ折りだったクスィフィアスが二つ折りに小型化し、一丁だったレーザーライフルも形状が変わり二丁に変化し、腹部には装甲と砲門が、そしてコーティングシールドも無くなり代わりとして前腕部にビームシールド発生装置が追加されていた。

 運転席にいた簪は以前カナードから見せてもらった図面に記されていたのとは違う、目の前のカナードの纏うフリーダムに目を奪われていた。

 ドアの開錠作業中にラウラから振り切ったアラクネーに運転席を狙われたかと思えば、投擲したククリナイフをレーザーライフルで撃ち落として現れたカナードに、簪は改めて惚れ直していた。

 

「簪を……、殺すってんなら……俺が全力で貴女を撃つ!!」

 

「ひぃぃぃひゃははははははは!!」

 

 再度対決するカナード。リベンジも兼ね、フリーダム第二形態ストライクフリーダムの調子を確かめる。

 接近して持っていたレーザーライフルの持ち方を変え、トンファーの様に拳銃で言う撃鉄に当たる部位をぶつける。ライフルをトンファー代わりにする相手に戸惑いを見せたオータム。薬物強化されているとはいえ、本能的にそう感じた。

 

「はーははははは!!!」

 

 サブレッグも交えた攻撃はクスィフィアスによって殆ど破壊され、残る武装は学園祭で使用した奥の手。しかし自我が保てていない今のオータムでは発動できないが、事前に誰かがこの事態を予測していたのか、オートでその奥の手が作動する。

 本能的に動くオータムはすぐにその場を離脱。一夏達の相手をしていたМが舌を打って回収していった。

 どうにか敵を退けたカナード達。が、安心はまだできない。誰よりも先にカナードが奥の手として切り離され時限爆弾となったアラクネーの下部ユニットを持ち上げる。

 

「皆、こいつを空中で爆発させる! 手伝ってくれ!」

 

「カナード……ああ、やろう!!」

 

 一夏に続き、箒、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラそして簪もそれぞれ下部ユニットを持ち上げ、飛翔。そして辺りに何もない場所まで移動すると、タイミングを合わせて放り上げた。

 爆発までの限界時間(タイムリミット)が迫る前に、紅椿の穿千、ブルー・ティアーズのビット射撃、甲龍の衝撃砲、シュヴァルツェア・レーゲンとストライクEのレールカノン、そして白式の雪羅、打鉄二式の春雷、ストライクフリーダムのカリドゥスが一斉に吐き出され押し上げた。

 

「いっけええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 そしてカウントが、ゼロを迎えた。

 

 

 

 

 その後、カナード達は旅館に無事到着。

 爆発物となったアラクネーのユニットはどうにか高高度での爆破に成功。なぜこの様な作戦かと問われたカナードが、「頭がいっぱいいっぱいだったからこれしか考えられなかった」との事。しかし、どんな理由であれ勝手な単独行動のペナルティとしてカナードには学園に帰り次第反省文の提出を千冬から言い渡された。

 今カナードは旅館の割り当てられた部屋にて、起動して間もなく二次移行を迎えたフリーダム(もとい)ストライクフリーダムの報告書をまとめていた。纏めていく内に、カナードはある仮説を立てた。

 この急速な二次移行の原因はコアにあると言う事。

 もともとストライクの物だったコア。これまでの模擬戦訓練や戦闘において積まれた経験値が移植されたのを機にこうなったのではないかと推測。現にこの京都旅行の前までのストライクの反応速度が鈍かったのは、二次移行前の予兆で、蝶で例えると(さなぎ)かそれになる直前の幼虫と言えよう。

 兎に角納得して報告書を纏め終え、データを保存し今度は反省文の制作に取り掛かる。

 その時、誰かが訪ねて来たのか襖を叩く音がした。一夏は先程温泉に向かって行ったし、同室(みはり)の千冬は真耶と別室で会議なので真耶を含めたその三人ではないと推測。ドアを開ける。

 

「やっはろー」

 

「え、会長?!」

 

「えー、そこは義姉さんでしょう?」

 

「兎に角何なんですか貴女は。 確か簪と一緒に封をしたはずなんですが……」

 

「ま、そんな細かい所は置いといて、ちょっとおねーさんとお話ししましょ。 や、そんな身構えないでよ……流石の私でも妹の彼氏寝取る趣味なんてないわ」

 

「だといいんですけど…」

 

 このまま入り口に立たせたままではあらぬ誤解も生まれるので、カナードは渋々来客である楯無を迎え入れた。

 部屋に入るなり早速自室の様に寛ぐ楯無。それに対し、頭を抱え対面するように座るカナード。

 

「で、何しに来たんです?」

 

「簪ちゃんのどこが好きになったのかを聞きに来たんだけど」

 

「はいぃっ?!!」

 

「実際問題さ、男の子っておっぱい大きい娘とか大好きでしょ? 私の方がおっぱい大きいわよ!」

 

 何処か偏見とネタが混じりこんだ楯無に、カナードは呆れてしまい終いには蹴りだすように追い出した。

 やはり楯無の相手は付かれる、と二学期に入ってから何度も感じる何とも言えない疲労感。彼女の妹である簪はこれに慣れてるのかと思うと、心底尊敬しつつ今度何かしてあげようと思うカナードであった。

 反省文の作業に戻ろうとした時、また誰かが扉を叩く。

 また楯無かと思いつつゆっくりと扉を開ける。

 

「入っても……いいかな?」

 

 今度は簪だった。温泉から上がったばかりなのか、何処か色っぽく感じてしまいカナードは急に顔を赤くする。楯無の後なので安心感すらも感じられた。

 

「あ、ああ。 まー、うん、入りなよ」

 

 ぎこちなく簪を招き入れたカナードは、楯無の時とは違い部屋に備え付けられた緑茶を自分と簪の分を煎れて差し出した。

 

「あー、その、温泉入って来たんだろ? 何か湯気見えてるし」

 

「う、うん。 箒達と一緒に。 でも、入る直前に女湯から一夏が出たときは凄い驚いた……」

 

「あー、あれじゃね? 入浴しているのに気づかなかった仲居さんが暖簾入れ替えたとか」

 

 実のところそれは正解であった。アニメ二期最終回の記憶を引き出した結果だ。むしろ、原作時よりまだマシになっていた事にカナードは心底安心していた。

 

「(俺だってまだ簪の裸見てねぇのに一夏に見られたりしちゃあ………場合によっちゃ奴をムッコロスしかねえ)多分そういうのじゃねぇか?」

 

「多分そうかも。 それにしても……今日は助けてくれてありがとう」

 

「当然だろ。 むしろあんときゃリベンジしたかったし……」

 

――何より……

 

 座椅子から立ち上がったカナードは、簪に近づき両手で彼女を優しく包み込むように抱いた。

 突然の出来事だった。カナードは「やっちまったー!!」と内心絶叫し、簪に至っては目を点にしてフリーズしてしまっていた。しかし、それでも言いたいことは言おう、伝えたいことは伝えようとカナードは簪と目を合わせる。しっとりと濡れていた蒼く長い髪、頬はほんのりと紅潮し、眼鏡型(度なし)ディスプレイの奥に見える澄んだ瞳。どれもこれもカナードにとっては愛おしい簪の魅力だ。

 だからこそ、言えるうちにカナードは言葉を紡ぐ。

 

「何よりも、大好きな簪を守りたい。 誰よりも、何よりも……」

 

 そのままカナードは目を瞑り、簪も受け入れるように同じく目を瞑ると二人は静かに距離を詰めていく。

 やがてその影が重なる前に、扉が開く音と共に一夏と千冬の声が聞こえてきた。特に千冬の声が聞こえると同時に二人は押し入れの中に避難。やり過ごそうと息を殺して身を潜めていたのだが、そこは鬼教官織斑千冬。一足多い館内用のスリッパ、書き掛けの反省文に仄かに香る石鹸の香り。それらの少ないヒントから、千冬は何のためらいも無く押し入れを勢いよく開く。

 

「……何をしている、大和に更識妹」

 

「な、何をって……」

 

「……アクエリオンロゴスごっこ」

 

 そこにいたのは浴衣姿と言えど、アクエリオンロゴス一話の灰吹と月銀のハートの人文字の体勢を取ったカナードと簪であった。

 その後、二人には追加の反省文と織斑流ドイツ式IS教練メニューの強制参加要請が言い渡された。

 

 

 

続く




サブタイの訳は舞い降りる剣でした

しかし、長らくお待たせしてしまいました事を深くお詫び申し上げます

これからも私の作品の応援よろしくお願いいたします

ご感想その他もろもろお待ちしております


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十六話 無限の鼓動と八咫烏の産声

久々の投稿お待たせいたしました!

内容的にもネタ的にも平常運行と言う事をお伝えいたします

第一部である一年生編は予定としては十九話までとし、その後にカナードのキャラ設定とちょっとした短編集を上げるつもりです


 

 季節の移り変わりが目に見える程に見え始めたIS学園では京都旅行の後、ハロウィンパーティーが有志により開催。

 カナードがシェルブリットに、一夏がナンバーズハンターに、箒がセーラー服姿で片手には『マネジメント』と言う本を持ち、シャルロットが季節外れの純白のワンピースに麦わら帽姿でしきりに「とぅっとぅるー」と口にしたり、ラウラが何処かの調査兵団の服を着たり、千冬が髪をポニーテールにしたかと思えば服装は暗色のタンクトップにホットパンツで二丁拳銃と言う出で立ちをしていた。本来のハロウィンとは違うのではないかと些か疑問に思う鈴音とセシリアをよそに、簪もカナードに合わせた仮装にすべきかを悩んでいた。

 そうして有志だったためか不埒な闖入者は現れず、平和に行事を終えることが出来た。

 翌十一月に入ると、カナードは目に見えて忙しく授業が終われば生徒会室に直行する事が多くなった。理由を知るとするならば生徒会に席を置く簪や本音、更に彼女たちの姉である楯無や虚だけであろう。ただカナードの同僚のシャルロットだけは知らされていなかった。

 

「あ、もしかしたら…あれ……かなぁ?」

 

 ふと、シャルロットには何か思い当たる節があるらしく、そう呟いた。時は昼休み、食堂にて本日の日替わりランチ(メンチカツ)に箸を突っつき、かき揚げ蕎麦のかき揚げを頬張るラウラがその呟きを拾った。

 

「何か心当たりでもあるのか?」

 

「あー、でも……食堂(こ こ)じゃ言えないし……」

 

「何っ、シャルロット…まさか…………猥談か?」

 

「そ、そんな訳ないよ! でもね、ここで話せないのは本当だよ」

 

「となると後は何が……ああ、そうだなそういえばそうだ」

 

 どうやらラウラも心当たりがあるのか、シャルロットの考えている事を察し、そして自身も納得した。

 

 

 

 

 その日の放課後、講堂に集められた生徒達。しかし集められたのは全生徒のうち、ある共通点を持つ女子生徒達だった。そんな彼女たちを、楯無だけでなくカナードら一年の専用機持ち達が壇上の陰から覗き見ていた。これから始まる事に、一夏は恐る恐るカナードに問いかける。

 

「な、なぁカナード。 お前………本気…なのか?」

 

「何を言うかアホンダラ。 その為のこれだ、今更退けるかっつーの」

 

そうは言うカナードではあるが、こめかみには数滴の脂汗。それはこれから起きるカナードの運命を物語っている様にも思える。簪が心配そうに彼の脂汗をハンカチで拭う。二度三度の深呼吸の後、気を引き締めたカナードは楯無の後に続き、壇上に姿をさらす。

 会場にざわめきが走るなか、壇上のマイク越しに楯無の声が講堂内に響き渡る。

 

『皆、放課後のこの時間に突然集めだしてごめんなさい。 今日皆に集まってもらったのは、実は今私の後ろにいる大和君から皆にお知らせがあるの。 勿論、この学園の生徒としてじゃなくて大和生物機械技術研究所職員としてのお知らせよ。 みんなしっかりと聞いてちょうだい』

 

 楯無から合図が出され、カナードはそれに従いマイクの前に移動する。

 

『只今ご紹介に預かりました、大和生物機械技術研究所所属、一年一組大和カナードです。 本日皆様を集めましたのは、私が開発した新型IS……『ダブルオー』の搭乗者をこの学園にて募集を致します。 募集するにあたり、皆さんには入り口にて手渡されたかと思います資料の1ページ目をご覧ください』

 

 騒めきつつも女子生徒たちはそれぞれ1ページ目を開く。

 

『まず募集いたしますのは、皆さん国家・企業・団体に所属しておらず且つ専用機を受領していない生徒のみです』

 

 そのカナードの一言に、同じく資料に記されていたその一行に、生徒たちは騒めきだした。

 無理もない。IS学園の一年一組の生徒にしてカナードの製作した新型ISの搭乗者を、今この瞬間募ったのだから。それを聞いた女子生徒たちは更に騒めきだし、戸惑いの様子を見せる。彼女たちの反応が予想通りのカナードは懐からリモコンを取り出してボタンを押し、スクリーンを降ろし更に講堂内のカーテンが一斉に閉まっていく。

 闇に包まれた講堂内のスクリーンに映し出されたのは、カナードが設計した『ダブルオー』の設計図と完成した本体の画像データだった。

 

『これが、私が設計し篠ノ之博士(はくし)が開発したダブルオーです。 現時点での詳細なスペックデータを明かす事は出来ません。 出来ませんが、一次試験二次試験の過程で順次明かしていくつもりです。 そして、晴れて装着員になった方は私や窓木シャルロットと同じく大和生物機械技術研究所の所属となります。 続きましては――』

 

 

 

 

「あー…、しんど…」

 

「お疲れ様、カナード」

 

 『ダブルオー』のテストパイロットを募る演説の後、放課後の食堂にてカナードは力尽き、テーブルの上に頭を乗せていた。その真向かいでは簪が彼の頭を優しく撫で、労っていた。

 搭乗者募集の開始は一週間後に、締め切りはその日から一週間以内に決った。そこから書類選考や面接を経て、最終的には三人を候補として採用する予定だ。あまり多すぎても少なすぎても、計画に支障がきたす恐れもある。もしそうなってしまえば、再度人員の補充やら選定やらで時間も掛かり、最悪下手をすれば亡国機業の連中に『ダブルオー』が強奪されるかもしれない。それだけは避けるべきである。

 

「さてと、ヘロヘロタイムは5秒で充分。 面接の質問内容の作成するんだけど、簪って今大丈夫? もし良けりゃあ質問内容見てもらいたいんだ」

 

「いいよ、見せて」

 

 すっかり元の調子に戻り、質問内容の草案が詰まったメモ帳を懐から取り出して簪に見せた。

 受け取った簪は文面に目を走らせる。

 なるべく中立の立場から、相手に質問する事を前提に一つ一つ添削していく。

 

「……大体こんくらいかな。 ありがとう簪、貴重な意見ありがとう」

 

「どういたしまして。 所でカナードのフリーダムなんだけど、マルチロックシステムの調子はどう?」

 

「ん? あーんー、四苦八苦してるよ。 ここ最近は浮遊型のドローンとか一夏とかで練習してんだけど……」

 

 言って左腕に巻かれている蒼色のリストバンドを操作してフリーダムの戦闘ログデータを投影する。

 大破したストライクに代わり、カナードの左腕に巻かれているのは待機状態のフリーダムだ。

 映し出されている戦闘ログデータを要所要所見回す簪は、二度三度頷いてみせた。

 

「これ…マニュアルでやってるんだよね?」

 

「あ、はい……え、何かまずった?」

 

「そう言うんじゃなくて、慣れてないならオートでやってみたらどうかな?」

 

「オートで、……か。 ストライクの時、ガンバレルのテストの時セシリアからも言われたなぁ。 あん時は個数の問題だったけど…」

 

「いきなり慣れる人はそうそういないよ?」

 

「でぇすよねぇー…」

 

「あとそれからなんだけど……」

 

「お、おう…」

 

 

 

 

 同じ頃、某国のある研究施設。

 そこは数十年前のバイオテロによって封鎖され、月日が経った今でもよほどのことが無い限り立ち入りを禁じられている。かつては人の声で充満していた部屋や廊下に、その名残は残っていなかった。そして二度と、ここに以前の様な活気はもう戻ることは無い事を物語っていた。

 ――つい先日までは。

 地下数百メートルにあるフロアに『黒』はあった。ドーム状の装甲に数十本単位のケーブルが幾重にも繋がれており、それら全ては『黒』を見下ろせる位置にある幾数ものガラスの向こうと、見上げる位置に設置してある電子機器と繋がっている。『黒』の大きさは全長およそ八メートルを軽々と超え、ドーム状の装甲は半楕円形でありそれを支える鳥のそれに近い足が三脚伸びていた。その足元では何人もの作業員が走り回りつつ、作業を続けていた。

 そんな作業風景を見下ろしていた男がいる。織斑春十は一番高いガラス窓の向こう側にいた。

 

「大体は出来上がっているな。 進捗状況はどうなっている?」

 

「既に七割近く完成しております。 このまま続けば少なくとも四か月、早ければ一か月以内に完成します」

 

 春十の問いに開発主任らしきスキンヘッドの男が答える。

 

「ふむ………、遅すぎる。 半月以内にしろ貴様らなら可能な筈だ」

 

「は、半月ですか?! そんな無茶な………」

 

 男の顔にイヤな汗が流れる。現場の作業員達はここ数日徹夜での作業を強いられており、その上納期の繰り上げでもされてしまえば、作業効率も落ち、最悪体調不良を訴える作業員も出るだろう。

 しかし、それでも春十はそんな些細な事しったことかと口を開く。

 

「もう一度言う。 半月以内に仕上げろ」

 

「……承知いたしました」

 

 春十から滲み出る威圧感が、これ以上逆らってはいけないと男の中で危険信号を鳴らさせた。結局、男は現場の作業員たちよりも自分の身が一番可愛いのだ。

 

「それで、生体CPUの方はどうか?」

 

「はっ、現在調整を終了したとの報告書が上がっております」

 

 今度は若い職員が報告する。春十はその職員から纏められた報告書を受け取っていた。

 報告書には多岐にも渡る幾つもの項目が事細かに記載されており、その生体CPUたるモノが如何なるものかを物語っていた。

 じっくりと見回したそれを若い職員に返すと春十は満足げに今いる部屋を出て、その部屋の外でスーツ姿のスコールが春十を迎える。

 

「スコールか。 待たせたな」

 

「いいえ社長(ボス)

 

「計画は順調に進んでいる事が知れただけで儲けモノだ。 しかし、そろそろお前のISも限界が来ているはずだ、どうなんだスコール」

 

 通路を進みながら春十は言った。それに対し、スコールは毅然とした態度で答える。その様子は企業の社長と女秘書と言えよう。

 

「いえ、あの機体はまだ大丈夫ですわ。 私独自のカスタマイズを少々施しておりますの」

 

「……それならばいい。 計画が遂行さえすれば、それだけで……いい」

 

 その後はスコールの運転する車に乗り込むと、市街へと走り出す。

 街灯の淡い光だけが夜道に点々と市街に続き、それに沿うように車は走行し、目的地へと向かう。

 その車内で、春十は流れる景色に目を遣りながら一息ついた。彼の表情をルームミラー越しにスコールが覗く。

 

「ダブルオーの件ですが…」

 

 緩やかなカーブに差し掛かり、車体に遠心力が掛かるなか、春十は何も答えない。そんな上司にこれ以上何を聞いても返ってこない事を悟るスコールは再び運転に集中する。

 市街に入ると、既に深夜である事もあってか人の気配も少なく同じように家々の明かりも消えている。市街の殆どは夢の中。その中でもよく目立つ高層ビル群の一つにスコールが運転する車がその地下へと走っていく。途中にある様々なセキュリティを通って駐車スペースに車を止めた。

 

「作戦決行の日取りは………分かっているな?」

 

「ええ、連絡は来ています」

 

「ならいい。 言っておくが、『八咫烏計画』に変更はない」

 

「……承知しました」

 

 重々しく、それでいて有無を言わさせない春十の重圧(プレッシャー)がスコールに覆いかぶさった。不快に感じるそれをスコールは堪えしのぎ、肯定してオフィスに向かう春十を見送った。

 

 

 

 

 日本時間翌日の土曜日のIS学園。そのアリーナの一つでは、二つの蒼が空を優雅に舞いながらも火花を散らしていた。

 甲高い金属音が辺りに響き渡り、片や蛇腹剣を携えた学園最強の名を冠した更識楯無と、片や直結したレーザーサーベルを握り締め何度も切りかかろうと迫る大和カナードの二人は互いに剣を交えていた。

 直結したレーザーサーベル『アンビテクストラスハルバート』は本来上下の発振部からレーザーで形成された刀身が出現されるのだが、今カナードがやっているのは片方にだけ刀身を現出させており、これによって通常の倍の大きさの刀身が現出されているので、見ようによっては薙刀に見えるそれで楯無とやり合っていた。

 

「んー、ラウラちゃんや鈴ちゃん程じゃないけど中々やるじゃない」

 

「お褒めに預かり光栄……です?」

 

「何でそこで疑問詞なのかはさておいて。 薙刀の扱いがウマいじゃない」

 

「まぁそこは名コーチがいますので」

 

 二、三言交わしてまた鍔迫り合い幾度かの剣戟の後、カナードはレーザーサーベルを納刀して二丁のレーザーライフルを構え射撃に切り替える。

 つい先日セシリアからBT兵器の手ほどきを受けていた恩恵か、拙いながらも二基のドラグーンがストライクフリーダムのウィングバインダーから射出される。イメージインターフェースを通し射撃命令を出して、後はオートに設定し独立機動を見せる。この技を会得するのにかなりの時間を要し、そのせいか簪の機嫌を損ねると言うデメリットが生まれてしまった。機嫌を損ねてしまった彼女と一緒に今度『ウルトラマン』の新作映画を見に行こうと、カナードは独り言ちる。

 時刻はそろそろ正午に差し掛かる時間帯。アリーナの使用時間も終了間際な事もあって、今回の模擬戦は終了となり、二人はピットに降り立って愛機を待機状態にする。

 楯無と別れたカナードは更衣室で着替えを済ませ、食堂へと向かう。

 十一月にもなると先月と比べて一段と肌寒くなり、吐く息の白さが一際寒さを感じさせた。

 先々週頃にはあったテレビの紅葉特集も、この時期になると大雪対策や冬グルメ特集などがよく目に入る。特に冬グルメに関してはここIS学園でも特に力を入れているのか、新メニューも今週から並んでいると言う。因みに、人気メニュートップ3は下から順にグラタン、シチュー、おでんだと言う。

 ――今日の昼飯はおでんにしよう。

 そう思ったカナードが食堂に差し掛かろうとした時、簪と遭遇。その際ではあるが若干不機嫌さも伺えてしまった。

 

「……お姉ちゃんと模擬戦してたんじゃないの? その前はセシリアとだったし」

 

 訂正、若干ではなかったようだ。短いその言葉の中にトゲを感じたカナードは苦笑いを浮かべながら手を合わせて謝罪の意を表して許しを請う。

 

「あー、ゴメン簪。 スマン、許せ、このとーり! お詫びに今度の休みに映画行こうぜ! 『ウルトラマン』と『仮面ライダー』の映画をはしごしてさ」

 

「………」

 

「なんなら鉄火堂の芭瑠芭奴洲(ばるばどす)まんじゅう帰りに食ってこうよ!」

 

「…………」

 

「だったら……だったら…えーっと………!!」

 

「……ふぅ、もういいよカナード。 許したげる」

 

「マジで?! ってかほんっとにゴメン! お詫びと言っちゃあナンだが簪の気が済むまで俺を好きにしていいから! あ、でも痛いのと恥ずかしいのは無しネ?」

 

「それなら、今日直ぐにでもしてくれる?」

 

「お安い御用で」

 

 そんな一幕の後、昼食の場となった食堂にて熱々のおでんをカナードに食べさせてあげる簪の姿が目撃されたとか。

 

 

 

 

 それからまた時間が経った、募集締め切りの一週間後のIS学園。いよいよ始まった『ダブルオー』のテストパイロットの一次選考試験の日。試験とは言ってもこの日は書類選考だけだ。判断基準は志望動機に重きを置く。

 操縦者に求めるのは『互いに理解し合う』事と、それ以上に必要なのはコアを二基搭載させている為に操縦者にはかなりの負担が掛かる恐れがある為、操縦者自身のキャパシティーの高さ。それらを考慮しなければならない。

 今それが行われているのは生徒会室。応募者はざっと二百人を軽く超えていて、志願書の山が出来ていた。しかし、カナードにとって二百枚もある志願書は敵じゃない。自宅ではその倍の資料に目を通す事は多かった事もあって、ものの四時間で終了した。十時前に始めて現在の時刻は三時を過ぎていた。

 選考結果は五十六人に絞り込めた。あとは面接を残すだけである。

 

「あら、もう終わったの?」

 

「終わったのでしたら、紅茶でもいかがですか? 良い茶葉が手に入ったんですよ」

 

 そう言って虚がトレーに載せたその紅茶をカナードと楯無に渡す。

 受け取ったカナードはそれを一口飲んで一息ついた。彼が先程こなした作業を脇で見ていた生徒会長更識楯無と、長年彼女の従者を務めた布仏虚の二人も紅茶を飲みながら同じように一息ついた。

 

「すみません会長に虚さん、お仕事お邪魔してしまって」

 

「そんなかしこまらなくていーわよ。 ね、虚ちゃん」

 

「そうですよ、楯無お嬢様よりも手が掛かりませんから」

 

「そうですかね?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「ねぇ、二人して私に何か恨みでもあるのかしら?」

 

 楯無のそんな一言がさらりと流されると虚は空のカップを片づけ、カナードは荷物を纏めて自室へと戻る。

 志願書は全て楯無によって生徒会室の保管庫に厳重に保管されており、並大抵の金庫破りでも突破する事は出来ないらしい。もっとも、並大抵以上の金庫破りが出ない事を祈るのみである。因みにその保管に関しては楯無が言い出した事であった。これにはカナードも断る理由もなく、むしろカナードにとって願ったり叶ったりであった。

 普段ふざけた態度を見せる楯無だが、仮にも対暗部用暗部の十七代目を務める身。やる時はやる学園最強の人材である。恋仲の簪の姉と言う立場から内心尊敬してはいる。いざと言うときは頼りになる人だ。

 

「あれ、カナード書類選考終わったの?」

 

「我が弟よ、よく頑張ったな」

 

 生徒会室を出て寮へ向かう道すがらに、アリーナで模擬戦してきた帰りだと言う簪とラウラに遭遇。珍しい組み合わせだ、とカナードは内心思いながら帰路を共にした。

 その道中で『デジモンセイバーズ』の話が盛り上がり、それに登場する好きなデジモンを語り合う内にラウラがあるデジモンのモチーフが気になりだした。

 

「そういえばカナードよ。 お前はヤタガラモンのモチーフを知っているか? 三本の足を持つカラスなど見た事も無い」

 

「あー、お国柄ラウラは知らなかったなそう言えば。 モチーフは八咫烏って言って、日本の古事記や日本書記によると神様の遣いと言う形で登場するんだ。 因みに八咫烏の八咫は『ヤアタ』と読み、とっても大きいと言う意味を持つんだってさ」

 

「成程……簪は知ってたか?」

 

「少しだけなら」

 

 その後寮に到着し、カナードは二人と別れ自分の部屋に向かった。

 夕食まで時間がまだある為、部屋で予習か復習でもしようと決め込んでいた。

 部屋のドアに手を掛けて入出すると、どう言う訳かそこにいたのはベッドの上で数センチほど顔を近づけていた一夏と箒がそこに居た。二人の方もカナードの存在に気づき慌てて離れてみせるが、二人の弁明よりも早くカナードはドアを勢いよく閉めた。

 

「………おやつ食べに行こう」

 

 未だに簪とキスどころか手をつなぐことが出来ないカナードは、先程見た光景を忘れ購買スペースへと足を運ぶ。

 ――明日はあの二人に「昨日はお楽しみでしたね」とでも言っておこう。

 そう心に決めたカナードの耳に、後ろから聞こえてくる一夏と箒の声は届いていなかった。

 

 

 

 

 一体どれ程の薬物を投与したのだろう。簡易ベッドの上でベルトに固定された女性はかつて見せていた獣の様な荒々しさを秘めた美しさなど無く、あるのは狂った獣の表情だけだった。いや、獣その物と言うにふさわしいだろう。時に暴れ、時に吠え散らかしてみせてはいるが固定された状態で何も変わらない。

 彼女の周囲には白衣姿の男女が機械を操作し、記録して、会話を交わしていた。その口々から出る単語を女性はもう理解する事は出来なかった。何故ならば彼女にもう言葉など、会話など必要なくなったのだから。

 女性の正体は生体CPUとなったオータムだ。そこにかつての面影を残していない今、彼女はオータムではなく生体CPUとして存在している。

 今行われている調整作業は最終段階に入っていた。これが成功すれば、人間と言う一個人ではなく、人間と言う使い捨ての駒が完成する。完成すれば『黒』の操縦者(パーツ)となり、春十の計画が進むことになる。

 もし失敗した場合は何処か適当な国から被検体をスカウトする。それが亡国機業(ファントム・タスク)なのだ。

 生体CPU(オータム)の調整作業を、『黒』の時と同じく春十は別室で眺めていた。前回とは違い、スコールもМも同じ部屋にいる。その三人以外にも一人の白衣姿の男性がいた。

 

「ふむ、こっちは順調そうだな」

 

「ええ。 この調整が完了次第直ぐにでも出せます」

 

「後は『八咫烏』の完成を待つばかりか……」

 

「……ヤタガラス?」

 

「あら、Мは確か知らなかったのよね? 『八咫烏』は別の施設で建造中の巨大ISって事しか貴方には言えないわ。 ですわよね、社長(ボス)

 

「ああ。 これも全ては秋百の為、家族の為だ」

 

 自分には知らされず、また知る事も許されないМは歯噛みする。

 隣の女はかつて恋人の様に振る舞ったオータムにこれと言って何の感情も見せず、それどころか春十と共に自分に何も知らせない事に内心憤っていた。

 しかし、これだけは理解できた。

 『八咫烏』の産声は確かに上げていると言う事を。

 

 

 

 

 

続く




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十七話 父よ……

お待たせしました十七話です。

次々回でエピローグになり、その後はカナードと篝のちょっとしたキャラ設定と三話程度の時系列めちゃくちゃな短編をやります。

せめて三年生編までオリジナル構成で頑張ります

なので、応援よろしくお願いいたします


 

 雲一つない快晴の広がる空の下で、『ダブルオー』正装着者採用最終試験はIS学園のアリーナを貸し切って行われる。それが今日この日なのだ。

 書類選考から始まって、一次面接二次面接を終えた段階で残った三人はそれぞれ国もクラスも違う女子生徒達。既に彼女たちには『ダブルオー』の真価が『対話』である事を理解している。後は起動試験を行うのみである。

 

「――では何度も言うようで申し訳ないんですが、この『ダブルオー』はコアを二基搭載しており、起動の際脳に負担を掛ける事も起き得ます。 なのでもし、万が一の事が起きた場合は自己責任でお願いします。 それが無理でしたら、ここで辞退しても構いません。 その上でよくお考えください」

 

 採用試験官を務めるカナードのその一言に三人の女子生徒たちの顔に嫌な汗が流れる。下手をすれば廃人になるかもしれないこの試験だが、彼女たちはそのデメリットを理解した上でここまで残って来たのだ。毒を喰らわば皿までと言う言葉もある。

 アリーナ中央の『ダブルオー』には様々な機械に繋がれており、己の主人を待つ鎧の様にも見える。

 青と白をメインとしたカラーリング。背面には両肩部にある二つのコアを支えるバインダーが伸びている。武装は何一つ無く、それだけでも『ダブルオー』は非戦闘用ISである事が良く解る。

 

「…それでは試験を開始いたします。 まずは二年四組、鷹月美鈴(たかつき めいりん)さん」

 

 まずは一人目。美鈴は一度、深呼吸をして『ダブルオー』に手を伸ばす。

 手の平が完全に接触したその時、『ダブルオー』は自身の担い手を受け入れれば成功。弾き飛ばせば失敗。しかし、たとえ受け入れたとしても搭乗者の脳に負担をかけて失敗。正にハイリスク。

 美鈴の手が『ダブルオー』に触れた瞬間、小さくスパークが走ったかと思うと美鈴は軽く弾き飛ばされた。

 一人目が失敗に終わった。この事にとても残念がる美鈴だったが、軽く尻餅を突くだけで済んだ事には喜んでいた。

 

 

 

 

 IS学園にて『ダブルオー』の正装着者採用最終試験が行われていると同じ頃の某国。

 ドーム状の建物が左右に広がり、その中から半円形のボディの下からのびる三本足の『黒』こと、大型ISヤタガラスが飛び立った。名は体を表すと言うが、その名に似合わず海面を漂うクラゲを思わせる飛び方は、PICの恩恵を受けての飛行だ。宙に浮かぶヤタガラスは三本の足を垂らし、それらの先端にある三本爪は一定間隔にカツカツと音を鳴らす。

 重々しい巨体を見送るのは織斑春十。にやりと見つめていた彼は後ろに控えていたスコールとМに視線を移し、指示を下す。

 

「――作戦開始だ。 華々しく行こう」

 

 短いその一言を合図に、Мはヤタガラスの後に付いて行き、スコールは春十を掴み、それぞれサイレントゼフィルスとゴールデンドーンは飛翔する。

 

 

 

 

 二人目は一年三組の洲上原心愛(すがみはら ここあ)。しかし彼女も『ダブルオー』に拒否されてしまい失敗に終わる。

 残るは三人目の二年一組のエリナ・ヴェステンフルス。彼女が『ダブルオー』に触れるか触れないかの所で、突如千冬の搭乗者採用試験の中止の声がスピーカー越しにアリーナ中に鳴り響いた。この事態試験は急遽中止になり、美鈴、心愛、エリナの三人は千冬の指示の下半強制的に解散を言い渡され、カナードは待機状態に出来ない『ダブルオー』をストライクフリーダムを展開してピットへと運ぶ。そこには無線マイクを持っていた千冬と、何故か束までもがいた。

 

「一体何があったんですか」

 

 『ダブルオー』を束に任せ、カナードは千冬に事情を問う。

 

「非情に面倒な事が起きた。 ただそれだけだ」

 

 短絡且つ簡潔なその一言に、今何が起きているのかカナードは直ぐに理解した。

 亡国機業が動き出したと言う事を。

 その仮の緊急対策室である生徒会室に連れられたカナードは先に集められていたメンバーを見渡していた。簪をはじめとした一年の専用機持ち以外に、楯無と同じ二年のフォルテ・サファイアとサラ・ウェルキンソン、そしてメンバーの中で最年長三年のダリル・ケイシーの十一人。

 

「さて、全員そろったな。 実は先程、委員会からある通達が学園に届いた。 レーダージャミングが施されている正体不明の大型ISの対処に学園から数名の専用機持ちが駆り出されることが決まった」

 

 簡単に言ってしまえば徴兵令に近いそれを聞いて、カナード達は表情を一斉に強ばらせる。福音戦の時と同じではないのだろうか、とカナードは内心思うが千冬は淡々と続ける。

 大型ISの進行ルート上にはIS学園がある為、こちら側にその様な指示が飛んだのだ。現在その巨大ISは太平洋上で海上自衛隊や委員会のIS部隊等により足止めされている物の、戦力の差で足止めの効果は微々たるものだそうだ。そこで三年と二年の専用機持ち達は応援としてこれに合流し、残るカナードら一年は学園にて待機だそうだ。

 その後に解散の指示が出されカナードは一人、今回の事件に疑問を持っていた。ステルス機能を装備していながら、何故今回の様に目立つ様に戦闘を引き起こしたのだろうと。中止になってしまったが、今日の試験にいつぞやの様に一夏と千冬の父とその側近が襲撃に来るだろうとは予測していた。それなのに何故わざわざ途中で足止めを喰らう事になっているのだろうと。

 思考にふけっているその時、四つの線が彼方へと伸びているのが見えた。楯無ら先輩方が今し方飛びったったのだろうとカナードは納得する。

 

「ねぇカナード、これってもしかしたら……」

 

「ああ、多分……そうなんだろうな。 それにさ、さっきっから嫌な予感しかしねぇんだよなぁ。 例えっとどっかの総司令官が『私にいい考えがある』と同じくらい嫌な予感しかしねぇ」

 

 その例えに納得した簪もカナードと同じように表情を歪め、神妙な面持ちになる。姉が戦線に飛び立つ事に一種の不安感を抱き始め、ついこの間まですれ違っていた事はあったが、今はそれから来る劣等感より強いモノをひしひしと感じていた。

 これ以上嫌な予感がしない事を祈るばかりのカナードは、一夏の方に目を向けた。彼の父・春十は亡国機業のトップ。この状況も春十が出した命令の結果なのかもしれない。実の息子からすれば、何とも言えない言い表せない心境だろう。

 その時だ。それぞれの専用機を通して千冬の声が響く。サイレントゼフィルスの反応を捉えたと同時に迎撃に出ていた教師部隊が突破された事により、残っていたカナードら専用機持ち達に出撃命令が出された。

 

「多分……大型ISは恐らく囮、そんでサイレントゼフィルスも囮だとすれば本命は……だとしたら早めに片付けるしかねぇな!!」

 

 校舎を出て、地下通路を駆けながらカナードは一つの答えを見出していた。自分らはまんまと相手の囮に掛かったと言う事を。

 二段構えの囮作戦だろうと予測するが、今は目先のサイレントゼフィルスを相手にするだけだ。『ダブルオー』は今束と共にある為、そこには千冬と真耶が護衛に入る。

 全員制服の下に常にISスーツを着用しているおかげか、スタイリッシュに制服を脱ぎ捨てそれぞれ専用機を纏い、ピット内のカタパルトに足を固定し、それぞれ発進する。

 

『フリーダム、白式、打鉄弐式、紅椿のカタパルト固定を確認。 コンディションオールグリーン。 進路クリア、発進どうぞ!』

 

「大和カナード! フリーダム、行きます!」

 

「織斑一夏! 白式、行きます!」

 

「打鉄弐式は更識簪で行きます!」

 

「篠ノ之箒! 紅椿、押して参る!」

 

『you have control』

 

「I have control! セシリア・オルコット、ブルー・ティアーズ! 目標を狙い撃ちますわ!」

 

『続けて甲龍、ストライクE、シュヴァルツェア・レーゲンのカタパルト接続を確認。 進路クリア、発進どうぞ!』

 

「凰鈴音、甲龍で出るわ!」

 

「窓木シャルロット、ストライクE! 行きます!」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、シュヴァルツェア・レーゲン! 目標を破壊する!!」

 

 八つの機体がそれぞれ空を舞う。彼方に見える蝶に似た蒼い銃士・サイレントゼフィルスは、ただ静かにBT兵器を射出して迎え撃つ。

 数で勝るカナード達ではあったが、機体性能と操縦技術はサイレントゼフィルスの方に軍配が上がる。しかしそれでも、カナード達は負けるわけにはいかない。勝たなければならないのだ。

 ブルー・ティアーズビットが四基が射出され、それが開始の合図となりアンビテクストラスハルバード・ナギナタモードと夢現(ゆめうつつ)を構えたカナードと簪がМに肉薄する。正面からそれらを見事に捌いてみせたМは続けざまに来たシャルロットの握るフラガラッハブレードを片手でそれぞれ受け止める。

 

「この程度……かッ!」

 

「…がはっ! っく、ラウラァッ!」

 

「応ッ!」

 

 蹴り飛ばされてしまったシャルロットだったが即座に体勢を立て直し、一瞬の隙を突いてラウラのペンデュラムブレードと同時に(てのひら)からアンカーワイヤーを射出してサイレントゼフィルスのビットラックを狙った。シャルロットの本当の目的はこれだ。セシリアのブルー・ティアーズビット、カナードと簪でМの気を向かせ、接近。当然Мはそれらを簡単にいなすし、ブレードを受け止める事も予想できた。

 しかし、当のМがそうはさせまいとビットを全基射出して格子状にレーザーを撃ちだして簡易的なバリアーを貼ってみせた。得意の中距離戦に持ち込み、専用のライフルを呼び出すと同時に発砲。更にビットの火線も加わりレーザーの雨がカナード達を襲う。

 レーザーの雨を掻い潜りながらも何とか接近を試みるが、簡単にそうさせてくれないのがМだ。技量からして格が違う。

 

「……弱いな」

 

 ため息とともに出たМのその感想はまさにその通りだった。恐らく一年の中では強豪に入るだろうカナードらではあるが、ラウラの様な自国の軍に所属するISパイロットを除けば、所詮は井の中の蛙で公式試合のルールに(のっと)った中で得た経験値。相対するМは亡国機業の兵士として本当の戦場をその身で潜り抜けて得た経験値がある。

 埋められない操縦技術の差を、機体性能と数の差で補う形でカナードらはそれでも怯まずに応戦する。

 もはや手を温存していられないと思ったカナードは、ドラグーン全基に射出命令を出し、同時にマルチロックオンシステムを起動してサイレントゼフィルスとそれに追従するサイレントゼフィルスビットに照準を当てる。慣れない動作故か、理想とする時間内に照準が中々定まらない。

 

「のろまがッ!」

 

 そんな隙をМが見逃すはずもないのだが、どうにもフリーダムに入るカバーが厄介で吹きり切る事は叶わない。

 そして十三もの火線ハイマットフルバーストがフリーダムから放たれ、ビットの四割と本体のビットラックが蒸発した。

 撃ちだした当の本人は、ぶすぶすと煙を上げた砲身とサイレントゼフィルスの状況を交互に見やり、顔を青ざめてしまう。

 

「うっわー、俺が言うのもナンだけど……威力あり過ぎでしょうに」

 

「言っとる場合か!」

 

 とは言え、これでどうにかМの、サイレントゼフィルスの戦力を削る事に成功した。現にМもバイザーから露出した口元を歪めて小さく舌を打つ。

 

「形勢逆転……でいいんだよなコレ?」

 

 以前同じような事を口にして手痛い目に遭った事を思い出したカナード。今回も同じような事が起きないよう願うばかりだが、もしそうなろうとしても臨機応変に対処するのみである。

 レーザーライフルを構え直し、連結してロングレンジライフルモードにしてカナードはМの出方を伺っていた。ロングレンジライフルモードは高威力のレーザーを撃ちだせるだけでなく、引き延ばされた銃口から出現するナノマシンで形成されたレーザー刀による突きと斬撃の攻撃も可能である。これによりМがどう動いてもある程度対処できる。

 未だ反応を見せないМに奇妙な感覚を覚えるカナードら。フリーダムのハイマットフルバーストを受けて大幅な戦力ダウンを被ったのだが、以前見せた様な狂った笑みどころか、爆発的な怒りすら感じない。

 

「どういう事? 何で何の反応も無いのよ、あいつ」

 

 連結していた双天牙月を二振りの状態に戻し、警戒しつつも鈴音はそう言った

 確かに彼女の言う通りだ。気味が悪いほど静かで、それでいて人形のようだった。

 すると、サイレントゼフィルスの機能が急に低下したかの様なアクションを取ったかと思えば、突如装甲が消失。更に強制解除が起きてしまい、Мの身体が重力に従い落下し始めた。

 突然の事態で直ぐに体は動かなかったが、真っ先にラウラがМを抱きとめた所でカナードと一夏は胸を撫で下ろす。バイザーがなくなったその顔は、間違いなく一夏の誕生日に見た時と変わりない。

 

「どういう事だこれは?! 何故こいつは……こいつの顔は千冬さんの顔に似ている! 答えろ一夏、カナードォッ!」

 

「なもん俺が知るか! 逆に俺が知りたいわっ!! ……つっても、何でまた装甲展開が……はッ…ま、まさか、威力が強すぎた……とかか? い、いや、でも………」

 

「それよりもカナード、早く千冬姉の所に!」

 

「そ、それもそうだ! 簪、この子を任せた」

 

「任された!」

 

 簪との短いやり取りを済ませたカナードは一夏と共に『ダブルオー』と千冬の下へと飛び立った。

 

 

 

 

 待機状態の『ダブルオー』は一輪の花を儚げに模している。稀代のマッドサイエンティスト・篠ノ之束に掛かれば正装着者の介入がなくとも出来る芸当だ。待機状態のそれは専用のケースの中に入れられ、更にジュラルミンケースの中にマトリョーシカの様に厳重に納められている。

 そのジュラルミンケースを抱える束の前にはIS用のブレードを軽々と持ち上げている千冬と、チューンアップを施したラファールを装着した真耶、更にその向こうには追加武装を施したゴールデン・ドーンを展開するスコールと拳銃を構える春十の姿があった。

 正に袋のネズミと言う状況はこの事なのだろう。春十を前にして真耶は気を引き締めつつもそう思う。

 

「大型ISもサイレントゼフィルスも囮だったと言う考えは正しかったか」

 

 誰に言うまでもなく呟いた千冬。元はと言えば束が『ダブルオー』を建造しなければこの様な事態にはならなかったはずだ。しかし今となっては取り返しようもない事態。今は目の前の敵を追い払うのみだ。

 

「まったく、いい加減父さんの話を聞かないか。 それさえあれば、篠ノ之束の抱えているそれを使えば、また昔の様に母さんと四人……いや、マドカを入れて五人で暮らせるんだぞ?」

 

 優しく諭すように言う春十のその言葉を千冬は聞き入れない。話し合いには応じない、と言わんばかりの気迫を放ち、ブレードを構え直す。

 今千冬たちは学園の整備室に追い詰められていた。何とか束と合流できた二人はゴールデン・ドーンの襲撃に遭い、手持無沙汰だった為に退避する事しか出来なかった。搭乗するリスクが高い『ダブルオー』を展開装着する考えもあったが、そもそも『ダブルオー』が受け入れるかどうかも解らない上に展開装甲の暇さえなかった。こうなった今、「袋のネズミとはこの事か」と毒づく余裕すらない。

 ゴールデン・ドーンの追加武装の内の一つである回転式自動小銃(ガトリング)が二挺スコールの両手に収まった。

 

「ハチの巣にしちゃいましょうか、社長(ボス)

 

 冗談交じりに言ったスコール。本気にも思えるそれに春十は表情を曇らせる。そんな事をされては春十にとってとても寝覚めが悪い。

 その時だ。整備室の入り口の方からフリーダムと白式の姿が見えた。

 

「……ったく、感動の再会たぁ到底思えないなこりゃ」

 

「あら、もう来たのね。 社長、ちょっと相手してきても宜しいかしら?」

 

「いや、いい。 まだ手を出すな」

 

「……了解。 ちぃッ」

 

 不満げに言うスコールは小さく舌を打ちながらもゴールデン・ドーンの展開を解かずに武装を降ろす。

 

「カナード……」

 

「ああ。 わーってるから……お前はお前のしたい事をしろよ。 けどよ……後悔だけはすんじゃねぇぞ」

 

 カナードもスコールと同じように展開を解かずに、クスィフィアスを移動し両手のレーザーライフルを両腰のアタッチメントに装着した。

 ここに居るのは一夏以外に、姉である千冬、副担任の真耶と幼馴染みの姉束、友のカナード、そして父親の春十とその部下であるスコールがいる。この場合真耶は関係ないのだが、『ダブルオー』と束の護衛の為ここを離れるわけにもいかない。

 今一夏の前には、父がいる。生まれてきて今日まで約16年、物心ついた頃から記憶が無かったからか、再会と言うべきか初対面と言うべきか、いや今日で二度目だから再会と言うべきだろう。

 成すべきことを成す為に、一夏は白式の展開を解いた。

 

「一夏、何の真似だこれは!」

 

「ごめん千冬姉。 でも、俺は……俺は俺のやるべきことをやるだけなんだ!」

 

 いつになく強く輝く弟の眼を見て、千冬は一夏から可能性の様な物を感じ取った。

 ならばここは弟に任せよう。そう思った彼女は手を出さず、かといってその場を離れるわけでもなく弟と父のやり取りに視線を放さない。春十もまた掲げていた拳銃を降ろし、一夏に向かい合うように体を向ける。

 

「こうやって、お前とサシで話す日が来るなんて……思いもよらない様で、何処か待ち望んでいた気がするなあ」

 

「――俺もだ。 だけど…だけど今は……!」

 

 途端に一夏の中で今まで抑え込んでいた疑問がふつふつと湧き上がっていく。

 何故、千冬と自分を残して消えてしまったのか。

 何故、今日まで自分たちの前に姿を見せてくれなかったのか。

 公園で一組の親子がキャッチボールをしているのを見て羨ましいとさえ思った。

 それ以外にも色々と父と話したいことがある。一夏はそれらを吐き出したかったが、どうもうまく口にすることが出来なかった。

 それを察しても、春十は挙げた拳銃をそのままにする。目の前にいた一夏は勿論、千冬も、真耶に束も、そしてカナードも。

 

「……やはりどうあっても一夏、お前も私の計画に賛同してはくれないのか?」

 

 そう言った春十の顔は、悲しみの念が感じられた。彼がこれまでに亡国機業のトップとしてしてきたことは、決して褒められたモノではないだろう。しかし、だからと言って『ダブルオー』を強奪してそれを介しての春十の妻にして一夏と千冬の母・秋百を呼び戻して良い理由にはならない。その計画に関しては少なからず千冬に一夏、ひいては束やカナードの協力が欠かせないとは言うがやはり賛同は出来ない。だからこそ、一夏は首を縦に振らなかった。

 冷たく重く張り付いた空気の中で、カナードには頬を伝う汗に構う余裕すら無かった。腕で拭えば隙が生じる。そうなれば自分が狙われるうえに、一夏達にも被害が無いとは言いにくい。

 拮抗する織斑親子だったが、タイムリミットが来たと言わんばかりにスコールのゴールデン・ドーンが突然アクションを起こす。外付けの武装からスモークが炊き上げられ、整備室一帯を満たす。ジャミング効果もあるのだろう、炊きあげられたスモークの向こうをフリーダムを以ってしてもカナードには見る事は出来ない。昨今のIS技術によってスモークによる目くらまし効果はほぼ無意味となっている。しかし、先程ゴールデン・ドーンから炊きあげられたそのスモークにはハイパーセンサーの機能を妨害するナノマシンが含まれているのか、一寸先は闇というよりは一寸先は煙だ。

 その時だ。乾いた音が周囲に響く。銃声だ。次にカナードの耳に入ったのは、春十のうめき声と真耶の悲鳴だった。

 

「父さん……、父さん!!」

 

 一夏の叫びが煙越しに響く。

 煙が晴れたその先に居たのは、腹部に銃撃を受けて腹から血を流していた春十と彼を抱えた一夏の姿だった。

 

 

 

 

 結果から言えば、春十は腹部に銃弾を受け重傷。『ダブルオー』は幸いにも強奪を免れた。それ以外にあるとすればスコールだ。『ダブルオー』を強奪する訳ではなく、どう言う訳か春十を撃ち、逃亡するだけだった。

 今カナード達はもう一つの問題である学園の地下施設の一角にある医療施設のベッドの上で寝ているМ、もといマドカの周囲に集まっていた。

 その寝顔を注意深く見ると、やはり千冬に瓜二つ。先日の、束が『ダブルオー』を引っ提げてカナードと千冬の頭痛が酷かったあの日に、春十の言った事が正しければ、マドカは一夏の妹と言う事になる。いや、事実そうなのだろう。

 

「最後に見た母の姿は、母体にマドカを宿していた。 それだけは確かだ」

 

 千冬がベッド横の丸椅子に座りマドカの頬を撫でながらそう言った。今までは敵として、春十の尖兵として何度もカナードらと刃を交えてきたが、既にその形相はない。その寝顔は年相応の少女のモノだ。

 その隣のベッドには腹部に包帯が巻かれた春十が、酸素呼吸器を顔に装着して意識を失ったまま眠り続けている。幸い致命傷にならなかったものの油断できない状態だ。出来るなら彼にはこれまでの罪を償ってほしい所だが、意識を取り戻さない限りそれは無理だろう。

 

「二人そろって意識が戻ればいいんですけどね」

 

 二人の顔色を窺ったカナードがポツリとつぶやいた。誰にも聞こえる吐かれたその言葉に、今はただ頷く事しか出来ない。それをとてももどかしく感じたのは千冬と一夏の二人だ。父と妹が、今まで敵として相対し、家族として接する事は出来なかったが、これから先その様な事が果たして出来るのだろうか。

 暗い雰囲気を漂わせ、息がつまりそうになる。そう思ったカナードはふと、スコールの取った最後の行動が気になりだした。『ダブルオー』を奪わず、春十を撃ってそのまま離脱したその理由が解らない。

 彼女自身春十を見限ったのだろうか。そうだとしても立場上有り得なくはない。春十が雇われ店長ならぬ雇われ社長であればそうだ。目的が不明瞭過ぎて理解できない。

 そんな時、真耶が息を切らして現れた。千冬らは彼女の様子を見てただ事ではないのを悟り、彼女を一旦落ち着かせると真耶は自身の口からとんでもない事実を口走ったのだ。

 

「さ、更識楯無さん達の信号が……途絶えました」

 

 

 

 

続く




今回一番やりたかった事、

カタパルト発進シーン

ご感想お待ちしております


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十八話 洋上にてカラスは鳴く

どうもお久しぶりです。

今回は時間をおいて一話ずつ

十八話を今日、

十九話を明日、

キャラ設定と時系列バラバラ短編集を明後日に投稿いたします



 

 海上自衛隊が保有する中で一番の旧式空母。その一角にある食堂にカナードと一夏を除いた専用機持ちはいた。彼女らと向かい合って座る壮年の男は、制服に縫い付けられた階級章を見るに二等海佐。分かり易く言うと旧日本海軍や外国軍隊で言う中佐と同じ階級である。

 戸高二等海佐は、やや濃い目に淹れたコーヒーを傾けながらIS学園から手渡された資料や、IS委員会から送られた指示書を交互に見やる。直後に頭痛に襲われた戸高は、何度目かの溜息をついた。その眉間に集まった皺は深く、今までに何度厄介ごとに悩まされたのだろうかと思ってしまう。

 

「……全く世知辛い世の中だな。 よもや海上自衛隊(われら)がタクシー代わりになるとは……。 救助支援の為とは言え、はてさて、喜んでいい事なのやら…」

 

 何故簪らがこの艦にいるのかは真耶が楯無らが敗北した報せを受けた頃に遡る。

 楯無らの敗北の知らせと同時にIS委員会からある命令が下されたのだ。

 

『現在日本に向けて進行中の巨大不明ISにより、海上自衛隊と委員会のIS部隊及びIS学園所属の更識楯無他三名が負傷したと思われる。これにより海上自衛隊の支援の下、更識楯無他三名の救助もしくは巨大不明ISの撃墜をIS学園生徒に命ずる。尚、一切の指揮系統はIS学園に一任する』

 

 簡単に言ってしまえば、カナードらに対して徴兵令が下されたのだ。これに難色を示した千冬は抗議に出たのだが、こちら側の要求を委員会は一切受け付けなかった。捻じ曲げる気は毛頭ないのだろう。その協力として海上自衛隊が挙げられたのだが、このご時世に於いて男手の多い自衛隊は実質委員会のパシリ扱いである。戸高の眉間の皺も増える一方だ。

 それとは別に一夏とカナードはと言うと、自衛隊の所有するタンカーに乗船しており、簪らがいる空母よりかなり後方を航行中で今に至る。

 戸高は簪ら一人一人の顔を一通り見回しながら、手元の資料とを交互に視線を向ける。

 日本代表候補、更識簪。専用IS『打鉄弐式』。

 中国代表候補、凰鈴音。専用IS『甲龍』。

 イギリス代表候補、セシリア・オルコット。専用IS『ブルー・ティアーズ』。

 ドイツ代表候補、ラウラ・ボーデヴィッヒ。専用IS『シュヴァルツェア・レーゲン』。

 大和生物機械技術研究所所属テストパイロット、窓木シャルロット。専用IS『ストライクE』。

 そして、ISの生みの親である篠ノ之束の妹、篠ノ之箒。専用IS『紅椿』。

 彼女たちはまだ十代の乙女たちであり、それをこれから戦場に送り出す事に戸高は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「正直言って、例え代表候補だろうと篠ノ之束や更識楯無の妹だろうと子供を戦線に出すのはハッキリ言っていいモノでは無いと私は思うんだがね。 しかしだ、そう言う指示が出れば従うのも当然だ。 我々が出来るのは近海まで諸君らを送り届ける。 ただ、それだけだ」

 

 堅い口調で言う真面目な印象を放つ戸高に、ラウラを除く面々は一瞬ではあるが委縮してしまった。それに対してラウラは戸高に礼を言い、それに倣うように簪らも続けて戸高に礼を述べた。

 その後彼女らは女性自衛官に連れられ、あてがわれた部屋に案内される。艦内通路は旧式艦と言う割には小奇麗に整頓されており、経年による劣化がほとんど見当たらず、前を歩く女性自衛官は現在の女尊男卑の風潮に流されている様子は無い様で、すれ違う男性自衛官には高圧的な態度は取らないでいた。

 程なくして彼女らは宛がわれた部屋に通される。二段ベッドが三セット用意された質素とも言える部屋だ。そこには既に作戦指揮官の立場にある千冬の姿も居た。彼女も駆り出されたに等しい。

 

「予定の海域まで到着に約三時間かかります。 それまで皆さんはここで待機してくださいね」

 

 そう言って女性自衛官は敬礼し、扉を閉めた。彼女の言う様に、決戦まで三時間を簪らはここで待機するほかなかった。

 

「……っとに一体何なのよ、亡国機業って」

 

 一番先に口を開いたのは鈴音だった。椅子に座るも行儀悪く貧乏ゆすりをしてしまうが、確かに彼女の言う通りだ。幹部が社長と同僚を切り捨てて退散したり、製造元及び搭乗者不明の謎の巨大ISの出現と、何の目的があっての事なのだろう。これが考えなしの行動であるのならば、それはそれで恐ろしいことこの上ない。

 しかし、問題はそれだけではない。負傷していると思われる楯無らとは未だに連絡も取れておらず、確認できたのはISの強制停止の信号だけだ。生きているか死んでいるかも解らない。何より、その楯無の妹である簪はいつもの様に落ち着いた様子は見せてはいるが、姉の生死が不明故に身体が僅かに振るえている。

 

「(あーあ、…こんな時にカナードが居てくれればなぁ……)だ、大丈夫……だよね、簪」

 

「ありがとうシャルロット。 でも大丈夫、大丈夫……だから」

 

 僅かにだが、明らかに無理している。そう感じたシャルロットは、今この場にカナードがいない事を盛大に呪っていた。主に、委員会に向けて。

 

 

 

 

 そのカナードが一夏と共に乗船しているタンカーには、幌に包まれた巨大な物体が積み込まれていた。観光バス程の巨大さを誇るそれは大小さまざまなケーブルが繋がれており、それを囲んでいる周囲は忙しなく駆けまわっていた。

 その中でカナードは繋がれたケーブルの先にある一つの端末に、視線を走らせながらキィを叩く。モニターに映し出されているのはケーブルが繋がれた先のデータ。それにカナードは新しく追加データを構築されていき、彼のサブに入っていた海自のメカニック達は、目を見開いて手を貸す隙間も無かった。

 そして、一方の一夏はというと。

 

「おい織斑ペンチ持って来い!」

 

「は、はいっ!」

 

「こっちはスパナだ大至急!」

 

「分かりましたぁっ!」

 

「ウェス何枚か持って来い!」

 

「はいぃぃっ!」

 

 もっぱらこの手の作業には疎い一夏は現在パシリ状態にあった。

 今カナードらは元々海自にあった月面開発兼災害救助用大型IS用拡張パッケージ、通称ミーティアの改造作業に入っていた。本来ならミーティアは海自でのテスト運用を経て、その都度改修し、遅くとも二年後に正式採用する筈だったのだが、本体が届いた状態で維持コスト等の問題が発覚。計画が頓挫されたところ、この事件が起きたのだ。

 海自のIS部隊に追加武装としてミーティアは使われるはずが、「必要ない」「邪魔」「趣味に合わない」と言う女尊男卑派の身勝手な理由や「機体と合わない」「合ったとしても調整する時間が無い」と言った女尊男卑否定派のまともな理由もあって、出発までこのタンカーに載せられていたのだ。皮肉にも今回の事件が起きなければそのまま船内で解体される筈が、今はこうしてカナード達の手によって解体されずに済んだのだから。

 改造作業中の技術者たちの中には明日刃機業の人材、それもカナードの知人が数名入っている。その中で篝とも交友関係にある三人の明日刃機業所属のテストパイロット。ウェーブのかかった金髪のセミロングの近衛(このえ)アサギ、茶色のショートカットの髪型の薔薇津(ばらつ)まゆら、メガネがチャームポイントだと言う雲丹恵朱里(うにえ じゅり)。彼女らは明日刃機業からメカニックとして派遣された。ミーティアの製造元は明日刃機業であるためだ。

 

「まゆら、この数値ちょっと見てくれる?!」

 

「火器管制システムは異常なしね。 ねぇ朱里、そっちはどう?」

 

「こっちは両アームとも問題なし。 あ、あとミサイルハッチに推進機構、可変機構その他諸々問題なしよ!」

 

 仮にもテストパイロットである彼女らも、自身の手で機体を整備する事もあるので作業に支障は出なかった。

 作業する中、銀の福音の時とは違う身体に掛かるプレッシャーでカナードの胸の辺りがざわつき始めた。あれから半年も経っていない筈なのに、あの時感じたプレッシャー(重 圧)が今再びカナードに襲い掛かったのだ。

 それ以上に心配な事がある。

 簪の事だ。

 彼女の腕はカナードも重々承知している。それに彼女以外にも信頼できる同僚や腕の立つ友がいる。だから過度に心配する必要はないのだが、それでも心配せずにはいられなかった。

 

「おっと!」

 

「あ、すいません、どこか間違ってましたか?」

 

 簪を心配するあまり余計なキィを叩いたせいか、サブに入っていた作業員が突然声を上げた。

 

「あー、いや。 大丈夫だよ大和君、少し驚いただけだよ問題ないさ。 いやぁそれにしても、中々の腕前だ」

 

「あ、…はい。 恐縮です」

 

 どうやらカナードの思い違いだったようだ。

 再び作業に集中し直す。

 キィを叩く速度は変わらず、カナードは黙々と作業を進めていた。

 やっと手が空いた一夏は休憩を取りながらカナードの様子を眺めていた。自分には踏み込めない領域…と言えばいいのか、カナードには敵わないとしか言いようがなかった。

 

 

 

 

 簪らを乗せた空母が順調に航海を続けていく中、艦橋では戸高が双眼鏡を手に遙か前方を見据えていた。

 目標の海域には依然巨大不明ISがどう言う訳か同僚や委員会のIS部隊に楯無らを急に空中で静止しているとの情報が既に戸高には届いていた。恐らくは先の戦闘でシールドエネルギーが予想以上に消費し、その為の休眠の様なプロセスなのだろうか。

 例えなんであろうとしても、それが脅威であることには変わらない。戸高たちはやるべきことをやるだけだ。

 

「………そろそろ、予定海域だな。 警戒態勢を厳に!」

 

 艦橋内でそれが復唱され、自衛官たちは忙しなく自らの持ち場へと足早に移動する。

 

「やはりこうするしかないのか……ならば止むを得ん。 乙女たちを送り出してやろう………盛大にな」

 

 戸高の合図で甲板が開き、次いでスピーカーから音楽が鳴り響く。

 デンドンデンドンデンドンデンドン……デーデデーン、デーデデーン、デデデデーン!

 勇ましい『ヱクセリヲンマーチ』と共に、箒をセンターとして並び立つIS学園一年専用機持ち達が開かれた甲板の中から腕を組んだ仁王立ち姿の所謂「ガイナ立ち」と呼ばれる格好で現れた。なぜこんな演出なのかは誰も気にせず疑問も持たなかったが、戦いに赴く乙女たちを勇気付けさせるのには十分だった。

 吹き付ける潮風が彼女たちのしなやかな髪を優しく撫でる。福音の時に感じた夏の心地より、冬目前の秋の潮風は少し厳しい。

 

「全機、発進!」

 

 インカムを付けた千冬から出された号令に、箒らは勢いよく大空へ舞った。

 彼女たちを見送った後の艦橋で戸高がまた深いため息をつく。技術の進歩と共に自分より若い世代が戦場に立つこの時代はどこか間違っている。飛び立った彼女らはまだ子供で、本来ならその手は銃や剣を握るのではなく未来を創る為のはずだ。となりに立つ千冬も、顔を顰めている。やはり彼女も戸高と同じ心境なのだろう。

 どこでこの世界は狂ってしまったのだろう。

 誰がこんな世界にしてしまったのだろう。

 誰でもいい、答えてくれ。誰か自分にこの世界の心理を教えてくれ。

 しかし、その問いに答える者は果たしているのだろうか。いたとしてもそれは戸高にどう答えるのだろう。晴れぬ疑問を抱えたまま、戸高は奥歯を噛みしめた。

 

 

 

 

 洋上を飛行し続ける箒達は、目の前に浮かんだ風鈴の様に佇む黒い巨大ISを見た。

 その名が『ヤタガラス』であることを箒達はまだ知らない。

 ISと言う規格に収まらないその巨体さに内心圧倒されるが、それで臆する彼女たちではない。あくまで彼女たちの目的は、楯無らの救助だ。

 

『篠ノ之と更識妹が正面を狙い、窓木と凰は二人の援護に。 ボーデヴィッヒとオルコットはその間救助活動に入れ!』

 

 オープンチャネルを通じて届く千冬からの作戦指示が飛び、箒達は了承してそれぞれ行動に移した。

 箒の左手に握られた空裂から放たれる光刃を合図に、簪は春雷を放つ。着弾と同時にヤタガラスは起動音を響かせ迎撃態勢に入った。その間にラウラがセシリアと共に、楯無らを救助するのだが、如何せん要救助者は数が多い。数を確認したところで、ラウラが千冬にオープンチャネルで通信。更にその情報をカナード達の方へと流す手はずになっている。

 カナードらの到着まで、簡易ボートに要救助者達を乗せたラウラとセシリアはその壁となる。補給用のシールドエネルギーを用意する事は出来たが、委員会から派遣された血気盛んな操縦者が勝手な行動を取って余計しなくていい破損をしてしまう恐れがあるからだ。回復能力を持つ箒の紅椿の『絢爛舞踏』も同じ理由で、現在はヤタガラスの注意を引き付ける役目を担っていた。

 

「何なのよホントに、堅いったらありゃしない!!」

 

 もう何度目か分からない程、ヤタガラスの装甲に双天牙月も刃を突き立てた鈴音がそう吐き捨てた。

 堅牢とも言えるヤタガラスの黒い鋼のボディはどの様な威力を持った武器でさえ、表面にはかすり傷程度しか負わない。こうなるとシールドエネルギーも消費していないだろう。

 ヤタガラスの防御力は並ではないと知り、思わず歯噛みしてしまう。その上迎撃機能も備わっており、逆に箒達自身のシールドエネルギーだけが削られていく。垂れ下がった三本の脚にある合計9つの爪は誘導弾。一度打てば直ぐに次が装填される。何度避けても直ぐに次の爪が飛んでくる。

 

「流石にきついな……だが、何故だ?」

 

 飛んできた爪を切り捨て、ヤタガラスの各部に備わっているCIWSを避け続けながら箒は呟いた。

 生徒最強の楯無を含めた強豪とも言える精鋭たちが敗退した。それに対し、自分たちは彼女らとは実力が下なのにまだ誰一人として撃墜されていない。単純に自分たちが優秀とは思えない。自分たちは遊ばれているのだろうか、それとも何かを待っているのだろうか。

 

「くっ、仮に遊ばれているにしても理由が分からなくてはッ!」

 

 雨月を振るいながら吐き捨てた箒。その額に汗が流れ、深いと感じながらもそれを拭う余裕すらない。

 今度は空裂を構え、ヤタガラスを見据える。

 

 

 

 

 ミーティアのチェックを終えたカナード達は先行した簪達が要救助者達を保護し、巨大ISと対峙している報せを受けていた。

 待ってましたとばかりに一夏は手の平に拳を打ち付け、その後ろではカナードがアサギ達から説明を受けていた。

 

「いい? 種や種死みたいにバカスカビームやレーザー出せないんだからね?」

 

「むしろエネルギー効率の問題だな。 出来たとしても連続可動時間は五分以下だ」

 

「下手したらそれ以下かもね」

 

「そろそろ時間よ。 織斑君も白式を展開して。 追加装甲を付けます」

 

 眼鏡の位置を直して朱里が言った。

 何事かと疑問に思いつつ白式を展開した一夏。すると手の空いた作業員が外付けの武装を次々と用意しては両腕部に二連装のガトリングが一セットずつ、さらにそこに物理シールドを追加。更に同じものを背部に一セット。その脇にはミサイルポットを詰めた小型コンテナを備え付けたバズーカ砲が二挺追加される。両足にも小型ミサイルコンテナが装備され、おまけとばかりにブースターユニットが二つ装着された。

 これは、そう。まるで……

 

「ってこれフルアーマーユニコーンじゃねぇかよ! おいカナードどういうことだよ!! 俺は可能性の獣かッ?!」

 

「ま、どっちかってーとフルウェポンだわな」

 

「いやだからそういう意味じゃねーよ!!」

 

「慌てんなっての。 雪羅代わりだよ」

 

 曰く、シールドエネルギーの燃費が悪いエネルギー武装の代わりにミサイルやバズーカなどの実弾攻撃や、ブースターユニットによる移動でいざと言うときの為の『零落白夜』が温存するための措置だ。

 確かに、と一夏は納得する。ここ最近の訓練でも『零落白夜』や雪羅の荷電粒子砲等の無駄撃ちによる敗北は目立たなくなったものの、訓練後の残留シールドエネルギー値もカナード達と比べて一番低い。

 理由に納得した一夏を見て、カナード自身も愛機を展開しミーティアを装着する。両腕の延長たる大型アームは大型レーザーもサーベルも出ないが、ミサイルハッチが複数存在する。まるで動く弾薬庫だと独り言ちるカナードはハイパーセンサーを通してくるミーティアの情報処理をフリーダムに任せ、開いて行く天井の隙間から覗く青空を見上げた。

 

 

 

 

 シールドエネルギーの心配は箒の紅椿の単一仕様『絢爛舞踏』で解消はされるものの、弾薬や操縦者の疲労は流石に回復はされない。幸いにもヤタガラスの装甲の一部に深い傷を負わせることが出来た。斬撃を一か所に集中する事で出来たのだ。

 しかし、その代償は小さくなかった。刃が(こぼ)れだした雨月と空裂を見て、箒は思わず舌を打ってしまう。

 

『何と言う堅牢(かた)さだ……』

 

 空母から届く千冬の声音に戸惑いの色が混じっていた。恐らくは簪らと同じ感想なのだろう。

 

「これだけやってもまだ健在ですの?!」

 

「……私たちは遊ばれていた。 どうやらその仮説が当たったわけだ」

 

 冷静に分析するラウラは頬に流れる汗を拭う。

 すると、ヤタガラスが耳障りな機械音を発したかと思うと、その各部から今度は駆動音が響く。

 三本の脚は向きを反転し、上部ユニットは装甲が開かれてその中身を露わにした。

 変形を遂げたそれは、古来より日本に神話として伝わる三本足の鴉(ヤタガラス)そのものだった。上部ユニットは一対の翼と尾羽に開き、隠された頭部の眼が赤黒く輝いていた。

 名は体を表すと言うよりも、その名の通りの姿と言えよう。黒い鳥型のボディに三本の脚、正しくそれは日本神話に登場する鳥…八咫烏(ヤタガラス)だ。

 その一部始終に驚く箒達だったが、何よりも衝撃的だったのはその胴体部分。一人の女性が十字架に磔にされているかのような体勢で、ヤタガラスを操縦していた。指先足先が筒状のコンソールに包まれ、外に露出しているのは胴体と頭のみだった。

 獣の様に笑い狂うその操縦者を、簪は知っている。

 

「ひゃーーっははははははははははははははは!!」

 

 かつて、京都旅行のあの日。リニアの運転席から見たアラクネーの操縦者。オータムがそこに居たのだ。

 もはやそれは操縦者や搭乗者の括りではなく、パーツと言う単位でしかなかった。何度か相対する度に人間性を失われていく彼女を見て如何に亡国機業が恐ろしい組織である事が嫌でも理解できる。

 変形してすぐにヤタガラスがどんなものか、簪達は体感する。

 変形した事により、頭部やそこかしこに仕込まれた火器などの高火力が得られた。更にそれに加え変形前の装甲の堅牢ささえも顕在している。これにより簪らはその高火力に翻弄され、いたぶられるばかり。

 楯無らが撃墜されたのも納得がいく。変形前の風鈴の様な形態は恐らくはエネルギー節約の為のセーブモード。そしてその名の通りの形態が戦闘用の形態なのだろう。

 

「……楯無さんが負けた理由が良く解る。 単純な力ではあちらの方が上か!」

 

 圧倒的すぎるヤタガラスの存在に勝利をイメージする事は出来ず、ラウラが考察する。

 だがしかし、対策が無い訳ではない。

 

「箒、雨月の稼働状況は?!」

 

「大丈夫だ、すこし歯が毀れただけだが問題は無い!」

 

「だったらそれをアイツの胴体に集中的に使って! こっちも山嵐を使うから!」

 

 つまりは弾幕を張りヤタガラスに当て、体勢を逸らせること。その隙に攻撃を集中させるのが簪の狙いだ。その狙いが理解できた箒は空裂を収納し、雨月を両手で握り構えを取る。その間に簪は山嵐の調整を行っていた。

 最後の修正を終えた瞬間、山嵐の一斉発射と同時に箒は雨月を力強く振るう。

 撃ちだされたミサイルと光弾が広範囲に広がった。

 その結果、簪の予想通りヤタガラスに直撃しほんの少しではあるが隙を見せた。好機とみてシャルロットのフルバースト攻撃を皮切りに、彼女たちの反撃が始まった。どんなに堅かろうと力を一点に集中すればダイヤモンドだって粉々に出来る。

 狙うはヤタガラスの喉元。オータムの頭上に集中的に攻撃を与えていく。黒い装甲は徐々に傷ついて行くが、それだけだった。

 オータムが獣のように叫び嗤う。そんなモノなど通用しないと言わんばかりに。

 

「あーっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」

 

 ヤタガラスの眼の輝きが更に紅く、更に強く輝いた。

 その瞬間簪らに緊張が走った。そして見た。上下に開いた(くちばし)が左右に分割し、砲塔が太陽光を反射させてその姿を現せたのを。

 しかもその射線は簪らではなく、彼女らの背後…海自の空母だ。光が収束されつつある砲塔に近づけさせない様に、ヤタガラス各部のCIWSが一斉に機動する。

 収束が完了し誰もが諦めた瞬間、突如ヤタガラスの頭部が爆発した。エネルギーが臨界に達した頭部レーザー砲が直撃を受けてヤタガラスの頭部を巻き込んで爆発したのだ。

 攻撃する隙が与えられなかった簪らは、待ってましたと言わんばかりに振り向いた。

 

「ふぃー、間に合った見てェだな!」

 

 白亜の大型ユニット・ミーティアを装備したフリーダムを装着した大和カナード。

 

「千冬姉をやらせるかよ!」

 

 そして、追加武装だらけの白式を装着した織斑一夏。

 先程の爆発は白式に装備されたブースターユニットを切り離し、ミサイルの代わりに発射しそこにミーティアのミサイルを発射し、砲塔ごと爆発させたのだ。

 

「悪い簪、遅くなっちまった」

 

「ううん、私たちは大丈夫。 それよりも、お姉ちゃん達を空母に」

 

「分かった。 一夏、会長たちは俺が保護するから後は任せた!」

 

「応、任された!」

 

 背部に備え付けられたバズーカを両手に持ち、狙いを定めながら一夏はカナードに返す。撃ちだされた弾は散弾で破壊され、残った弾はヤタガラスのボディに直撃した。

 手ごたえが無いことに一夏は歯噛みする。

 

「一夏、奴の装甲は堅牢だ! 狙うとすれば頭のあった場所を狙え!」

 

 穿千を呼び出して冷静に弱点に気が付いた箒の言葉に一夏はその場所を見やった。

 回路や配線がむき出しになった頭部。先程の爆発で出来たそこが活路だ。そこを狙えばヤタガラスは活動を停止する。

 しかし、そうはさせてくれないヤタガラス。三本の脚から撃ちだされる9つの爪。撃ちだされては直ぐに装填されまた撃ちだされる。弱点が露出した事でより近づきにくくなってしまった。

 弾が無くなったバズーカやミサイルポットとヒビが入り始めたシールドを切り離し、飛来する爪を両腕のガトリングで撃ち落とす一夏は何とか近づこうとするが、羽ばたき移動するヤタガラスは決して速いとは言えないが各部のCIWSも相まって零落白夜すら使えない。

 背後を取ったラウラのリボルバーカノンに簪の春雷、そして箒の穿千が一点に集中する。すると、ここに来てやっとひびが入り始めた。更にセシリアのティアーズビットが右翼を、シャルロットと鈴音の猛攻により左翼にもひびを入れた。

 あと少し、もう少しで止められる。そう望んでいた一夏達であったが、既にシールドエネルギーの残量が残り四割を下回っていた。

 絢爛舞踏も搭乗者である箒本人のスタミナが切れかかっており、いくらシールドエネルギーを回復したとしても現時点で四時間を優に超えた連続戦闘時間の中で疲労が蓄積されている。それに一夏の方もスタミナが不足しており、残りシールドエネルギーも零落白夜一発分しかない。

 無理に攻め入ったとしても、CIWSに迎撃されシールドエネルギーが底を突くことは目に見えている。

 ――もう無理か。と、一夏が内心思ったその時、カナードが再び合流した。

 

「どうしたんだカナード。 やけに遅かったな」

 

「いやー、救助した後俺も行こうとしたんだけど……ね、血気盛んな操縦者のお姉さんがいちゃもんかけてきて織斑先生に助けてもらえなかったら更に遅れてた」

 

 ラウラの問いにカナードが冷や汗を掻きながらそう答えた。やはり一夏よりもカナードがISを操縦する事に難色を示す操縦者はいるのだ。こういう状況でもいちゃもんの一つくらい言いたくなるのは少しおかしい気がするが、何はともあれ今は目の前の状況を片づけるのみだった。

 ミーティアの大型アームの先端。元ネタ的には大型レーザーブレードが出るのだが、現実的に出てくるのは打鉄にも採用されているブレード『葵』と同系統の大型の実体剣、名は『芙蓉(ふよう)』だ。ついで、ミーティアの特徴とも言える推進力。爆発的に生み出された推力で一気にヤタガラスに突っ込むカナード。両アームの芙蓉がヒビが走ったヤタガラスの翼を刺し貫いた。

 

「どぉぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」

 

 勇ましい雄たけびをあげ、無理やりこじ開けるかのようにその翼を破壊した。

 これで頭部のあった所と合わせて三か所の弱点が生まれた。今が好機(チャンス)と見てトドメを刺そうとしたその時、黄金の輝きを放つ機影がカナード達の前に立ちはだかった。スコールとその専用機、ゴールデン・ドーンだ。

 

「よくも………、よくも父さんを!」

 

 一夏の父・春十に銃撃を加えた張本人を前に、一夏は激昂し雪片で切りかかるが、手練れでもあるスコールの前では赤子同然にいなされてしまった。

 

「勘違いしないでくれるかしら。 私の目的は貴方たちじゃなくて、あくまでオータムただ一人なの」

 

 そう言ってスコールは、磔の搭乗者の頬を撫でながらカナード達を見た。

 

「……」

 

「ま、信用しないならそれでいいわ。 実を言えば織斑一夏、貴方のお父様にはほとほと嫌気がさしたのよ。 会えるかどうかも解らない上に生きているのか死んでいるのかさえも解らない妻の為に、私の愛しい恋人(オータム)をモルモットにするから。 だから貴方たちも、もうこれ以上彼女には手を出さないでくれるかしら?」

 

「だが、そう言う訳にも行くまい!! 貴様は然るべき場所で然るべき罰を受けるべきだ!!」

 

 ラウラが強く言った。

 話の通じないやつらだ、とスコールは小さく呟くとヤタガラスの頭部のあった部分に己の身を合せた。その恰好はデモンゾーアの頭から生えたカミーラの様に。ゴールデン・ドーン自体もヤタガラスと合体していき、コントロールがスコールに移る。しかし、無理に合体をしたせいなのか、所々スパークが走っている。

 

「いま、ヤタガラスの自爆装置を作動したわ。 あと一時間もしない内に半径10キロの爆発を生むわ。 もうこれ以上、オータムを苦しませるわけには……」

 

「なっ?! 貴女は……貴女は死んで逃げるって言うんですか?!!」

 

 カナードが叫ぶ。しかし、スコールの決意も堅い様で、CIWSで弾丸のカーテンを張りその隙にヤタガラスはカナード達から大幅に距離を取り、スピードに乗ってそのまま海中へと沈んでいった。

 一方の空母の方から千冬の退避の指示が飛んだ。艦橋からでもヤタガラスのコアの反応を確認し、残り爆破時間もスコールの供述とも一致している。カナード達も空母に着艦し、それぞれ展開を解いて海原を見た。

 

「………何で」

 

「え?」

 

「何でこんな結末になったんだ……」

 

 憂える瞳をしたカナードが、握り拳を作りながら言った。

 春十の目的は『ダブルオー』を使い、白式のコアから彼の妻で、千冬と一夏の母・秋百(あきえ)を救い出す事だった。そのためにヤタガラスと言う巨大ISを建造してオータムを調整し、手薄になった学園にМとスコールを連れて現れて。何も相手から奪うだけが道では無い筈だ。もっと他に道もあったはずではないのか。

 一夏もカナードと同じだった。なにもあの場で学園で銃撃せずとも、機業の社長ならばそれなりの手順を踏んでその座を降ろすことだってできる筈だ。それなのに、どうしてこんな行動にでたのだろう。

 

「それ程……それ程あの女の人にとってオータムって人が大切なんだと思うな。 それに私だって、カナードがあんな風にされたら我慢ならないよ」

 

「簪……」

 

 カナードの疑問に簪がそう答えたその時、轟音と共に巨大な水柱が上がった。轟音はヤタガラスの断末魔。水柱はその墓標の様にカナード達には見えた。

 

 

 

 

続く




今回一番やりたかった事。

ガイナ立ち


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十九話 エピローグ

今回出る登場人物はいろんな意味ではっちゃけます

例えるなら、ビーストウォーズ位に


 

 あのヤタガラス事件から数日が経った。大型ISヤタガラスの生体CPUことオータムはヤタガラスの残骸と共に遺体となって発見され、海中から引き上げられた。しかし、オータムと運命を共にしたと思われるスコール・ミューゼルは左腕一本を残したまま遺体は見つかっていなかった。

 この事により、世間にはスコールが亡国機業の社長(トップ)として認識され、元々その位置にいた春十と工作員だったマドカは事件後に意識を取り戻し、二人はそれぞれ技術提供者とその実娘で同社のテストパイロットとして亡国機業に加担していたと言う事で翌年まで国際IS委員会に保護と言う名目で拘束されている。尚、この事件の捜索は難航しており、最悪被疑者死亡としてそのまま書類送検されるだろう。

 そして『ダブルオー』だが、最後の試験者エリナ・ヴェステンフルスでも起動しなかった。なので来年度にまた搭乗者採用試験を行う事が決定され、それまでは束が預かる事が決まった。と言うよりも束が勝手に持ち出していった。元より、束自身ISを宇宙開発の為に開発したのだから、武装を施して台無しにすることはまずないだろう。千冬と箒も束の去り際にきつく釘を刺していたから心配は無い筈だ。

 今日は12月24日のクリスマス・イブ。更識簪は紙袋やキャリーケースを手に、電車に乗って移動していた。昨日から冬休みに入ったIS学園の生徒たちは夏休みと同じように祖国に帰国するか、日本に残るかの二つに分かれており友人であるセシリアとラウラは前者に該当される。後者にあたる箒は実家が神社でもある為か初詣の準備やらがあるが、鈴音の場合は祖国中国よりも慣れ親しんだここ日本で冬休みを学園の寮で過ごすと言う。シャルロットは今朝方故郷のフランスへと母親の墓参りに小次郎と共に渡仏している。

 そして簪はと言うと……、

 

「簪ちゃーん、こっちこっち!」

 

「あ、静子さん。 短い間ですが、お世話になります!」

 

 夕暮時にカナードの実家の最寄り駅に降り立ち、そこで彼の母親・静子と待ち合わせていた。

 本来なら実家に戻ってあいさつ回りやら行事やらをやるはずなのだが、姉や家の方から「30日に戻ってくればいい」と言われ送り出された。傍から見ればそれでいいのかと疑問に思うのだが、現楯無が党首の座に就任した折、いやそれ以前から周囲から簪に対する風当たりがあり、姉とよく比べられたため憔悴しきっていた時にカナードと出会い本来の性格を取り戻した。この事により、十六代目元楯無である更識刀眞はカナードの事をとても気に入り、30日までとはいえ、簪に外泊許可を与えたのだ。

 そして、この日から数か月後に発覚する事なのだが、刀眞本人が「孫の顔が見たい」等とぼそりと呟いているのを家の人間によって多数目撃されたと言う。また、それが自分に対する事だと現楯無は勘違いした。

 話を戻して、静子の愛車の助手席に載せてもらった簪は、車窓の向こうに流れる風景に目をやっていた。

 カナードの故郷は学園周辺と比べれば比較的田舎だ。田んぼに畑、小川に山が視界一杯に入ってくる。

 

「この町ってさぁ…ホントなぁんにもないけど、ここ気に入った?」

 

「はい、とても! 私の実家の近所や学園の周辺よりも静かで自然豊かで私は好きです!」

 

「そう。 よかったぁ、これで安心して貴女をカナードの妻として迎えられるねぇ」

 

「……ゑ? あ、ああ……」

 

「恥ずかしがることじゃないよ。 私も愚息(カナード)から簪ちゃんの事よく聞かされたから気に入っちゃったよ。 ホントに良い娘ねぇ、正直言って貴女のような娘が欲しかったわ」

 

 正確には聞かされたではなく『聞き出した』と言うのが正確だが、簪はその事を知らずあとでカナードに恥ずかしい思いをさせた罪を償わせようと思っていた。完全にカナードのとばっちりである。

 そうして到着したカナードの実家。『大和生物機械技術研究所』の裏手にある二階建ての一般的な家屋。二階部分と一階部分は研究所本棟に通じる通路もあって、いつも部屋から研究室まではそこを通るのだろう。

 

「あ、そうそう。 家の人はまだ研究室に居てね」

 

「あ、はぁ……」

 

「私は私でこれから晩ご飯の準備しなきゃならないし」

 

「はぁ……」

 

「だからね、それまでカナードの部屋で待っててくれるかな?」

 

「はぁ……って、えゑェっ?!」

 

「え、そこまで驚く? あの子昨夜まで明日刃機業宛の報告書やら何やら書いてて徹夜してたけど……ま、大丈夫だよね」

 

 その後静子に送り出された簪はどうやってカナードの部屋の前に来たのか覚えていなかった。初めて来た夏休みのあの時は一夏や箒達が居てある程度気恥ずかしさは無かった。二度目のカナードの見舞いの時は静子もユーレンも一緒だったがそれは部屋に通されただけ。しかし今は違う、自分一人だけだ。気恥ずかしさを分け合う仲間はいない。

 五分経った。意を決し、ドアをノックする。

 

「………いないのかな?」

 

 しかしドアノブに手をかけると鍵は掛かっていなかった。静子は部屋で待てと言っていたからカナードはいるのだろう。

 

「お、おじゃましまー……す?」

 

 いざ入ってみれば部屋の主がベッドの上で仰向けになって寝ており、それを見た安心半分呆れ半分な簪は静かにドアを閉めると寝息を立てているカナードに近寄った。

 学園の寮では見た事ないカナードのその寝姿は、焦げ茶色の長い髪は一本に纏まっており、うっすらとではあるが目には隈が出来ていた。視線を移して机の上を見ると報告書らしき紙の束があり、ようやく出来あがって直ぐに寝たと言う事だろうか。だとしたら無理やり起こしたらカナードに悪い。

 

「寝顔……(少しくらい触っても………いいよね)ごめんね」

 

 恐る恐るカナードの寝顔に触ろうとするが、直前に寝返りを打ち空振り。また触ろうとするとまた寝返りを打たれる。その後何度か挑戦するもその度に空振りに終わってしまう。こうなれば、と半ばヤケ気味になった簪は大胆にも仰向けの姿勢に戻ったカナードに押し倒した後の様な姿勢で跨ぎ、片腕を顔の横に置き呼吸を整えていざ指を伸ばす。さしずめ壁ドンならぬベッドドンと言ったところか。

 次第に鼻息と心臓の鼓動が強くなり、指先にもブレが生じる。

 あと少し。あともう少し。触れるか触れないかのタイミングで、部屋のドアが開かれた。

 

「二人ともー、晩ご飯出来………あら?」

 

「あ…!」

 

「んー……ん? って………えぇぇ?」

 

「あぁっ!」

 

 静子が入室して驚く簪。更にその簪の声にカナードの目が覚めてまた驚く簪。

 漫画の中でもそうそう起きない状況が状況だけに、静子は何か早とちりしてにんまりとした某猫型ロボットの温かい目をした顔で足早に去っていった。

 弁解しようと簪は逃げる静子の後を追おうとするが……

 

「ああぁっ、ちょっ静子さ…!」

 

「みぎゃああああああああああ!!!!」

 

 慌てた拍子に誤ってカナードの下腹部を踏みつけてしまったのだった。

 

 

 

 

 その夕飯の席。食卓で事情を聞いてユーレンは苦笑いを浮かべるのに対し、静子は笑いっぱなし。テーブルを挟んで反対側に座っているカナードと隣に座る簪は顔を赤くして、それぞれ目を合せない様にしていた。

 食卓にはクリスマス・イブだからかスタンダードなホールケーキが切り分けられており、それだけでなくカナードの好物である料理が数品ならんでいるが、当の本人は手を付ける様子は無く、静子を恨めしそうにジト目で睨んでいた。

 

「笑うのはその位にして……母さん、俺今日簪来ること聞いてねぇんだけど?」

 

「あら、言ってなかったっけ?」

 

「いや、聞かされてねーよ。 父さんはどうなん?」

 

「聞いていたぞ? 簪ちゃん、キミはどう聞いていたんだい?」

 

「私はカナードにも伝えるって聞いてましたけど……静子さん?」

 

「あ、ごっめーん。 カナード(・・・・)にだけ伝えるの忘れてたわ」

 

 俗に言うてへぺろの格好をしてそう言ってのけた母に戦慄を覚えたカナードは、もうこれ以上母を追及するする事を止めて食事に専念する事にした。本来ならば箒がやりそうなネタだが、今はそんな事は関係ない。

 夕食後、カナードは自室の向かいの来客用の空き部屋に簪の荷物を運び終えて一息ついていた。と言っても、カナードの自室に置きっぱなしだったのを移しただけである。

 

「お疲れ様、カナード」

 

 先程まで簪は静子と共に食器洗いをしていた。話が弾んでいたのか、真下のキッチンからその話声がうっすらとではあったが聞こえていたくらいだ。

 

「その……荷物、重くなかった?」

 

「あー大丈夫だよ、これでも少しは鍛えてますから。 泊まってる間はこの部屋好きにしちゃっていいよ」

 

 部屋面積はカナードの部屋と同じくらいの広さ。建てた時に来客用の部屋として設計されており、使われていないときでも定期的に掃除はされているからか埃はそうそう目立っていない。

 その部屋の隅には既に布団も敷かれており、今夜は相当冷えるらしく毛布や厚い掛け布団が掛けられていた。

 

「それにしても……目ェ覚めた時は凄い驚いたんですが」

 

「あうぅぅ……それは忘れてよ」

 

 夕食前の出来事を思い出して、互いに顔を赤くして俯くカナードと簪。傍から見れば一線を越えようとする男女なのだが、今の二人はキスどころか手を繋いで人前で歩く事すら恥ずかしがって出来ない。一夏と箒の二人でさえ出来ていると言うのに。

 

「あ、そうだ。 風呂入る時間だけど、大体俺の家は八時頃からまばらに入り始めるけど、一声かけてな。 朝飯は六時半で昼飯は正午、晩飯は七時前ね」

 

「うん、わかった」

 

「じゃ、俺は部屋に戻ってるから何かあったら言ってくれよ」

 

「あ、待って」

 

 部屋を退室しようとするカナードを呼び止め、咄嗟に手を取った簪はその手を引き寄せて抱きとめた。

 突然の事に驚きを隠せないカナードも簪を優しく抱きしめた。

 あくまで人前(・・)ではこうやっていちゃつく事は互いに恥ずかしがって出来ないが、こうして二人だけの時は思う存分遠慮なくいちゃつくことが出来る。

 

「何はともあれ、すっげーサプライズだったよ。 俺メッチャ嬉しいよ。 こんなに嬉しいクリスマスプレゼントは最高だ、生まれて初めてだよ」

 

 抱き合ったまま床に座って耳元で優しく囁いた。いつも学園の寮でどちらか片方の部屋で二人っきりの時によくやる行為だ。二人にとって現状最上の愛情表現と言ったところだろう。

 

「ふふっ。 静子さんの怪我の功名だね」

 

「あー、うんそだねぇー……怪我の功名」

 

 母親のうっかりに喜んでいいのやらカナードは少し遠い目をするが、今はこの時間を堪能するだけ。密着しているだけでも、相手の体温が良く解る。

 

「それにね、プレゼントは別に用意してあるんだよ」

 

 部屋の電気を消し、更に体を密着し合う二人。良いムードを醸し出す中、互いに顔を近づけていくのだが、やはりこの様な時でも邪魔は入る物だった。

 

「カナードー! お父さん急に仕事が出来たから先お風呂入っちゃいなさーい!」

 

 今度こそ。今度こそキスくらいには踏み切れるだろうと思っていたのだが、例の如く毎度のことながら誰かしらの邪魔が入る。簪からしたら二度目、それも同じ相手からだ。

 邪魔が入り変な空気になってしまいキスどころではなくなった二人は、部屋の電気を付けて互いに顔を向けながら苦笑い。何てタイミングの悪いことだろうか。

 

「……も、もう台無し……だね?」

 

「すんません、家のおかんが……」

 

「ねー、聞いてんのカナード! 風呂入っちゃいなって言ってるんだけどー!」

 

 雰囲気もへったくれも無くなった空気に、苦笑いを浮かべる簪と手で顔を覆うカナード。静子には息子のラブロマンスの邪魔をしないと言う考えを持ってほしいモノだ。しかしこれ以上静子の催促の声が強くなっては面倒だと思い、後ろ髪を引かれつつもカナードは風呂場へと向かう。

 一人取り残された簪は待っている間に、持って来た荷物の中から虚に勧められた『仮面ライダーアマゾンズ』の映像ディスクを取り出した。この部屋には幸いにも再生機器があったため、直ぐに再生しようとした時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 

 

 

 

 長い髪を束ねて浴槽内の壁に背中からもたれながらカナードは、ぼうっと湯気が立ち込める中天井だけを見上げていた。

 一番風呂に浸かれた事は幸いだが、折角愛する簪が家に来ているのにキスの一つも出来ない自分が情けなく感じた。強引にしてしまったら彼女を傷付けてしまうし、逆に慎重になりすぎると互いに溝が生じてしまう。

 ただ、傍から見た自分たちは充分お熱いらしいのだが、当の二人はまだ足りない位だと思っている。互いに膝枕をしたりすることも、カナードの腕で簪に腕枕をしたことも今日まで何度かあった。

 

「あー、ったく俺どこまでヘタレなんだろ………」

 

 簪に対するカナードの愛情は本物だ。彼女以外の女性に惚れる事はこの先一生涯無い。それだけは確かだ、嘘偽りはない。

 段々と身体も温まってきたところで、一度浴槽から上がり、髪を解いてシャワーの栓を捻って温水を流しだし、それを頭から被る。切るのも面倒になってそのまま伸ばした長い黒髪にシャンプーを泡立てていく。

 頭の中のマイナスな思考ごと頭皮に溜まった脂を取り除いて行く。

 段々と頭がさっぱりしていくその時、風呂場のドアが開く音がした。泡が目に入らない様に目をつむったままカナードはドアのある方へと顔を向けた。

 

「ん、母さんか?」

 

「!」

 

「どったの、何か用?」

 

「あ、……えっと…」

 

「………ゑ?」

 

 意外だった。いや、そういう可能性だってあったはずだったのに気が付かなかった。

 まさか簪がカナードの入浴中に風呂場に来るとは、カナード本人でさえ予想不可能だ。今カナードは洗髪中であった為に目を閉じたままだ。簪がどんな格好でいるのか見えていない。

 

「もしかして……(おいぃぃぃぃぃぃぃっ、どうする? どうするよぉぉぉぉっ、おい……ここは泡を流して彼女を見るべきか…それともこのまま………いや待てつーか、何で簪が風呂場に来たの?! いやいや、嬉しくない訳じゃないけどメッチャ嬉しいのは確かなんだけど……いやいやいやいやそれよりも俺の股間のビームサーベル見えてないよね、見えてたら俺変態じゃん! 落ち着け…、兎に角餅突く…じゃない落ち着くんだ!!)……え、簪……なのか?」

 

「あ、うん……」

 

「(うっわー合ってた!! 大丈夫か、俺のビームサーベル見えてないか? 見えてたら一大事だよ今何時どころじゃねぇよ、そうね大体ねでもねぇ)な、……何故に簪さんがここに居るのでしょうか? あ、いや…拒絶してるわけじゃないっつーか、嬉しくて戸惑ってるって言うか、何つーか……!!!」

 

「お、おおお落ち着いてカナード! だだっ大丈夫、大丈夫だから! 私今服着てるから!」

 

「あ、そうなの! あ、そうですかはい!! (嬉しいようなさみしいような……)」

 

 少し残念がるカナードは髪を洗い流して顔を拭き、股間を風呂場用のハンドタオルで隠して後ろを見る。そこには市販のジャージを着こんだ簪がいた。

 

「あの、背中……流してあげようかと…」

 

「あ、じゃあお願いします」

 

 妙に大胆な行動に走った簪に少し戸惑いつつも、嬉しさが勝ってるカナードの表情は緩みっぱなしだ。鏡越しにその表情を見た簪もまた、表情を緩ませる。

 今この瞬間がとても幸せだと感じる。

 思えば今日まで、二人が出会ってから半年以上の月日が経っている。初めは学園の整備室。そこで出会い、交流を深め、よき友となりそれが今では恋人同士となって今ここに居る。

 しかし、もしカナードがISに適合していなかったら、もし簪の打鉄二式が完成していたら…。今この瞬間は存在しないのかもしれない。

 

「どう……かな? 痛かったら言ってね」

 

「いやちょうど好い(ちから)加減だよ。 自分でやるより最高だ」

 

「ふふっ、良かった気に入ってくれて」

 

「よしっ、なら今度は俺が……」

 

「だめ」

 

「まだ何にも言ってないけど」

 

「私の背中を流してくれるのは嬉しいけど…その………恥ず…かしい」

 

 頬を赤く染めて顔を逸らす彼女に益々惚れ直すカナード。やはり体系がコンプレックスなのだろうか。そう思うカナードだが実際のところ気にしてはいなかった。むしろ同じ一年の専用機持ちの中で箒やシャルロットセシリア、姉の楯無、更には彼女の幼馴染の布仏本音たちの胸囲が大きすぎるのだ(ただし例外として鈴音とラウラがいるのだが……話題に出すのは野暮である)。

 そんな事を話題にしたらかえって彼女を傷付けてしまうと感じたカナードは、持ち前の悪い癖を発揮するしかなかった。

 

「あー、うん、ゴメン俺ががっつき過ぎた。 でもさ、俺は簪の全部が大好きだよ」

 

「…えっ?!」

 

「笑顔のときも怒ってるとき、アニメや特撮見てるときに弐式を調整してたとき、かき揚げ蕎麦食べてるときゲームしてるときの色んな表情の簪が俺は大好きなんだ」

 

「え、ええっ!!」

 

「簪はさ、もっと自信を持って良いんだよ。 大丈夫、俺が保証する。 こんなに可愛い彼女を持って俺は幸せ者だなぁ」

 

「あ、あわ、あわわわわわわわわわわわわ!!!」

 

「えっと………簪……さん?」

 

「も、もう上がるねッ!!」

 

 振り返ったカナードが見たのは、顔を真っ赤にした簪が逃げるように風呂場から逃げ出したところだった。

 少しやり過ぎたか。思った事をすぐ口に出す悪い癖が暴走してしまったようで、カナードは反省する。だが、後悔はしていない。自分が持つ簪への真っ直ぐな愛は充分伝えた。後は行動で示そうと決意したカナードは体を洗い、もう一度浴槽に浸かり、風呂を出た。

 その後、カナードは静子からクロスチョップを受ける羽目になるのであった。

 

 

 

 

 自室に戻ったカナードは学園から出された冬休みの課題をある程度終わらせて、ベッドの上で読みかけの『小説 仮面ライダークウガ』を開く。もうこの本を読むのは何度目だろう。結末を知っていても何度も読みたくなる。

 中盤まで読み進めると誰かがドアをノックする。ドアを開けると、そこにはパジャマ姿の簪がいた。来ているパジャマは本音が普段着用しているような着ぐるみ系のネコさんパジャマだ。

 早速部屋に招き入れると、簪は『仮面ライダーアマゾンズ』の映像ディスクをカナードに見せた

 

「一緒にこれ見よ? 出がけに虚さんから渡されたの」

 

「良いけど……これ、凄い怖いぞ?」

 

「らしいね。 でも、カナードと一緒なら……平気」

 

「うーん、そうだね。 前に一夏らが俺の部屋で『The Next』見てた時は簪だけケロリとしてたし」

 

「『真仮面ライダー序章』で慣れましたから。 今でも続編待ってるんだよ、私」

 

「続編は出ないんじゃなかったっけかなぁ……」

 

 そして一巻を観終わると、その内容に興奮してしまった二人から眠気はほぼ無くなっていた。

 ふと、カナードは枕元に置いてある時計に目をやった。時刻は午後11時。あと一時間でクリスマスになる所でカナードはベッド脇の紙袋から中身を取り出した。それは小さな包みで、梱包が丁寧に施されたプレゼントだった。

 

「なぁ簪。 今日もあと一時間だけどメリークリスマス!」

 

「ありがとうカナード! 私からも、メリークリスマスカナード!」

 

 先に簪からカナードにプレゼントが手渡される。彼女から開封の許可をもらったカナードは、早速包みを解いた。中から現れたのは、デフォルメされたストライクとフリーダムのぬいぐるみだった。所々特徴もよく捉えられており、デフォルメでも角度によっては格好良く可愛くも見えた。

 

「すっげー……ありがとう簪! 俺これ、大事にするよ!!」

 

「気に入ってくれて良かったぁ。 ねぇ、私も開けて良い?」

 

「もち!」

 

 簪も受け取ったプレゼントの包みを丁寧に剥がすと、そこにあったのは青い小箱。それが何なのか理解できた簪は一度カナードを見て、ゆっくりとその小箱を開けた。

 中にあったものは、どこか歪んでギリギリ簪の指のサイズの大きさの指輪だ。しかし、どこか温かみが感じられた指輪でもあった。

 

「今は俺の手作りが精いっぱいだけどさ、十年以内に今度は本物の指輪を贈るよ。 プロポーズ込みで。 ってか、本物高くて手が出せなくて……あは、あははは…」

 

 そう言って苦笑いを浮かべるカナード。

 しかし、例えこの指輪がイミテーションだろうと本物だろうと、カナードの簪に対する愛は本物だろう。そう感じた簪はカナードお手製の指輪を左手の薬指に嵌めた。少々歪で飾りっ気が無くとも、どんなに高価な指輪にも負けてはいない。

 

「もしかしてこれって……婚約指輪?」

 

「ああ」

 

「そっか……(はやいよ、バカ)嬉しい」

 

 愛おしそうにその指輪を眺める簪を見て、今までのクリスマスより幸せに感じるカナードはふと、カーテンの隙間から見えた窓を見た。一瞬、ほんの一瞬だったが微かに白い粉が待っている様に見えたのだ。簪もそれに気が付いたようで、二人はゆっくりとカーテンを開けた。

 

「おぉ……」

 

「わぁ……」

 

 闇夜に目立つ白い雪が、しんしんと降り注いでいた。

 これが世に言うホワイトクリスマスか。カナードは腕を組んで段々と白くなっていく故郷の風景を眺める。前世を含めれば何気に生まれて初めてのホワイトクリスマスを、それも愛する人と迎えるのはとても幸運だ。

 雪も降れば当然その分寒くなる。寒さで身震いしてしまうカナードに、可愛らしいくしゃみをしてしまう簪はさっとカーテンを閉じる。気が付けば日付も変わっており、一時間近くも外の景色を見ていれば寒い訳だ。

 

「やっべ寒いな。 なぁ大丈夫か、簪」

 

「うぅ…無理かも……やっぱり……寒いかな」

 

「ですよねー……じゃあ、身体温まるまで俺のベッドに入るか? あ、いや別にヤマシイ意味じゃなくて身体を温める為にですね」

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

「ところで貴女今日積極的すぎやしませんか?」

 

 ベッドに潜り込んだカナードはそう零しながら端に移動して簪を招き入れる。

 いずれはこうなるのが日常になるのだろうか。そう思いながら隣の空いたスペースに入って来た簪に顔を向ける。どうやら簪も同じことを考えていたようで、彼女はカナードの顔を見た瞬間顔を赤くして反対側に顔を向けてしまった。積極的すぎると思えばこれだ。だがしかし、そこが良いと思うカナードは背中から彼女を抱きしめる。

 

「んもぅ。 がっつき過ぎだよぉ」

 

「そういう簪だって積極的になってるじゃん」

 

「それは……そうだけど。 むぅ…」

 

 図星を突かれた簪はそう言うと体を反転してカナードと向き合う体勢になる。その頬はまだ赤く染まったままだった。

 それでも互いに相手を優しく包むように抱きしめて、顔を視線を合せる。

 昼間の様に邪魔が入る事はまずない深夜帯。しかもそれだけでなくホワイトクリスマスと言う事もあって、二人の心音は強くなるばかりである。

 やるとするならば、今がその時だ。

 

「簪……」

 

「カナード……」

 

 ほぼ無音に近い薄暗い闇に包まれたこの部屋の中で、二人の男女の影は今日になってやっと一つに重なった。最初は軽く、そして吐息を漏らしながら深くキスをする。

 

「やっと……だね」

 

「やっと……だな」

 

 

 

 

 同じ頃、更識家の近所にある二十四時間経営の居酒屋にて、刀眞とユーレンがテーブルを挟んで酒を酌み交わしていた。二人の他には静子だけでなく、楯無と簪の母・魅桜(みおう)がいた。

 実はユーレンに急な仕事とやらは入っておらず、そのまま家を出てから刀眞が指定したこの居酒屋に向かっていた。そして静子はカナードと簪が風呂から上がり、それぞれ部屋に向かったところを見届けてからここに合流していたのだった。

 尚、簪がカナードの入浴時に突入した際にはメールでユーレン達にその旨を実況するほど静子は楽しんでいた静子の行動は、母親らしからぬそれではあったものの、結局は彼女なりに二人の応援をしたかったからかも知れない。

 

「それでは、カナードと簪ちゃんの二人の未来に乾杯!」

 

「ユーレンよ、それで何度目だ。 お前は酒が入るといつもこうだ、同じことを繰り返す」

 

「いいんじゃないですか、それでも。 ねぇ、魅桜先輩」

 

「確かに…な」

 

 酒が回り切ったユーレン等気にせずに魅桜はジョッキの中のビールを一気に飲み干した。

 そんな魅桜の見た目はブラッドレイ夫人を若くした見た目で、年齢は静子より上である事は間違いない。

 魅桜と静子の関係は、同じ中学と高校の先輩後輩の関係で、今日何十年かぶりに再開できたのであった。

 

「私たちの再会は静子の息子のお陰だな」

 

「いいえ、それを言うなら簪ちゃんのお陰ですよ」

 

「じゃ、ここは二人のお陰って事で! イモ焼酎追加お願いしまーす!!」

 

「だから飲み過ぎだと言っただろうユーレン!!」

 

 かくして、大人たちの酒宴は夜が明けるまで続いた。

 

「私の出番はこれだけかッ?!」

 

 そして、刀眞の叫びには誰にも答えない。流されるだけだった。

 

 

 

 

 12月25日の朝。カーテンの隙間から差し込んだ積もった雪に反射した朝日によって目が覚めたカナードと簪は、結局同じベッドで寝てしまった事に苦笑いを隠せないでいた。しかし、キスまで行けた事に二人は何ら後悔はしていない。今日を含めてあと5日間簪と擬似結婚生活を送れることに喜びを隠せないカナードは、簪に目覚めのキスを贈った。

 

「おはよ、簪」

 

「おはよ、カナード」

 

 

 

 

続く




今回出た楯無(刀奈)と簪の母のモチーフはやはりハガレンのブラッドレイ夫人でした。

刀眞のモチーフがキング・ブラッドレイならと言う理由です


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インターミッション
キャラ設定と短編集


名前 大和カナード(やまと・かなーど)

位置付け 主人公

性別 男

誕生日 5月18日

イメージCV 保志総一朗さん

専用IS ストライク→(乗り換え)→フリーダム→(第二移行)→ストライクフリーダム

 

 今作の主人公。転生主人公であり、前世は就活中の二十歳の学生。が、トラックに撥ねられそうになった赤ん坊の身代わりとなり永眠。謎の存在によりISの世界にて転生し、今に至る。

 転生後は5歳の時に、液体の入ったカプセルの中で目覚めた。生後身体が弱かった為、転生後の父・ユーレンによってカプセルの中に。その後は所謂転生特典とやらで要領よい学習能力を手に入れ、それを駆使しISが扱えることが解ってからは自宅である研究所の仲間と共にISストライクを開発。以降それを自身の専用機とする。

 ISに適正が分かってからIS学園に半強制的に入学。以降一夏達との交友を広め、その中で更識簪と出会い彼女の専用機打鉄弐式の作成に手を貸した。この時点で彼女との間に絆が生まれ、後に交際関係に至った。

 性格は飄々としたり真面目できりっとしたりヘタレだったりと、たまに情緒不安定。

 ヘタレなのは、恋仲になった簪相手にキスどころか手を握る事に踏み出せないほど。ヘタレの理由には前世で気になる異性に告白した際、失敗した上にからかわれた事が原因。しかし、転生した今ではカナード自身の内面の成長故か一緒に朝食を取ったり背中を合わせて座ったり、膝の上に座らせる事は出来る。

 特撮やアニメ、ゲームに漫画、その他には読書などサブカル文化にある程度広く浅く精通していたりする。因みに、好きなヒーローは仮面ライダークウガにウルトラマンティガ。

 味覚の好みとしては甘いものを好み、和菓子洋菓子をよく口にしている。また、偏食気味な食のこだわり(例:どら焼きだけアンコは粒あん、それ以外は基本的にこしあん。出来るだけウィンナーは皮がパリッと。栗は栗、アンコはアンコで別々に)を持つ。

 弱点は存在を否定されること。転生前に経験した父親と部活の顧問の心無い一言が突き刺さり、それが忘れられないカナードのトラウマとなっている。なので、それに関するワードもしくは精神攻撃を受けた場合、精神が一時的に崩壊してしまう。分かり易く言うとテレビ版『機動戦士Ζガンダム』最終回後の『カミーユ・ビダン』よりほんの少しマシな程度。

 それ以外に弱点を挙げるとするならば、臨海学校ではカナヅチの疑惑が浮上していることだろう。

 外見のモデルは『機動戦士ガンダムSEED X ASTRAY』の『カナード・パルス』。

 

 

 

名前 明日刃篝(あすは・かがり)

位置付け 主人公の従妹

性別 女

誕生日 5月18日

イメージCV 進藤尚美さん

 

 主人公カナードの母方の従妹。従妹と言う設定は他のキャラには姉やら妹やらが多すぎてそれらとの差別化である。カナードが落ち込んでいる際には母親か姉の様に彼を慰める一面もある。

 年齢はカナードと同じでありながら、彼女の父親である渦巳(うずみ)が経営する明日刃機業の社長。渦巳が病に倒れた事からその座に就任した。彼女の社長就任エピソードは、また別の機会に記すとしよう。

 腹を出して寝ることからプライベートでの性格はガサツ。しかし、社長と言う立場では180度違う性格となりその年に似合わない程の仕事っぷりを発揮させる。

 また、年相応の少女らしくおしゃれに気を遣っていると言う一面がカナードの口からも語られている。

 モデルは『機動戦士ガンダムSEED』の登場人物である『カガリ・ユラ・アスハ』と通称『kガリ』と呼ばれる『スパロボK』におけるカガリを足して二で割った感じ。

 

 

 

【ドラグーンはつらいよ】

 

 アリーナにて板状の十二枚の飛行物体が上下左右に、縦横無尽に飛び交い光の線を吐き出していた。

 その内の四枚はイギリスの代表候補生セシリア・オルコットの愛機のISブルー・ティアーズと同名のビット。残りの八枚は日本で二番目にISを起動した大和カナードの駆るストライクフリーダムのビットであるドラグーン。

 技術では上であるセシリア、対するは数では上のカナードの二人が行っているのはビット兵器の操作訓練だ。

 イギリスが先行して開発しているBT兵器。その象徴たるのがセシリアのブルー・ティアーズ・ビットである。機体と同名のそれを国から託された彼女の技量は入学時より向上しており、当面の目標である偏向射撃(フレキシブル)の習得に余念がない。

 それに対するカナード。彼の八枚のドラグーンビットはセミオートと言うべきか、『射出』『射撃』『格納』の三つの命令をイメージインターフェースを用いたマニュアル操作で指示を送り、その他の動きをオート操作で動かしているのだが……

 

「あ、あのカナード……さん?」

 

「んあ? どったセシリア」

 

「そろそろ…その、休憩しませんか? その…鼻血がでてますわよ?」

 

「え、嘘、マジで?!」

 

 すぐさまカナードはドラグーンに『格納』の指示を飛ばし、ウィングバインダーに全てのドラグーンビットが戻ったのを確認すると、フリーダムを待機状態にして手の甲で鼻の下を拭う。

 

「なんじゃ……こ…りゃ」

 

 手の甲にべっとりと付いた鼻血を見て、数十年前の、特に自分らの親が恐らく直撃世代の刑事ドラマの仕草を見せたカナードに、元ネタを知らないセシリアが冷や汗をかきつつ突っ込んだ。

 

「なんじゃ……って、鼻血ですわよカナードさん」

 

「いや、解ってっけどさー、……やっぱセシリアには世代的にゃあ通じねーか」

 

「でも何十年も前のドラマの殉職シーンだから世代的に仕方ないよ。 ほら、カナードじっとしてて吹いてあげる」

 

「あ、すまん」

 

 簪が甲斐甲斐しくポケットティッシュから二三枚取り出してカナードの鼻血を拭ってやる。

 見ていて解る簪の良妻っぷりに感心するセシリアだったが、ふとある事に気が付いた。ブルー・ティアーズを待機状態に戻して、疑問の種に近づいた。

 

「あの簪さん、いつからいらしたんですの?」

 

 そう、先程までセシリアとカナードしかいなかったアリーナのフィールドに簪がいたのだ。鼻の下からイチョウの形に広がったカナードの鼻血を拭い終えた彼女は素面で答える。

 

「ついさっき」

 

 その一言にセシリアは無理に納得するしかなかった。

 

 

 

【生徒会の一コマ】

 

 IS学園の生徒会室。

 正式な役員ではない大和カナードは、正規メンバーのヘルプとして呼ばれていた。

 カリカリとペンを走らせる音、シャッと資料が擦れる音が生徒会室に響き渡るなか、カナードは正規メンバーから任された簡単な仕事を順調にこなしていく。

 

「大和君、各部活からの部費に関する資料はありますか?」

 

「はい虚さん、既に各部活毎にまとめてあります。 確か………あ、あったあった、これですねハイ」

 

「カナード、これ任せられる?」

 

「あいよ簪、人数分のコピーね了解」

 

「大和くーん、こっちの仕事代わりやってー」

 

「それは会長にしか任せられないやつでしょう? ヘルパーの私に任せないでくださいよ」

 

「かなかなー、おやつー!」

 

「確か給湯室の戸棚の上から三番目に確かどら焼きがあるから、先に自分の分だけ食べていいよ」

 

 これらはカナードがヘルパーとしてよく見られる光景だ。一般の生徒に見られても問題の無い書類を纏めてホチキスで留めるだけの簡単な仕事をカナードは淡々とこなし続ける。

 仕事が全て片付いたらお茶の時間。虚の淹れた紅茶と、カナードの用意した紅茶に合う和菓子が作業後の小腹が空いた生徒会メンバーの舌と胃を満足させる。

 

「それにしても……あれねぇ」

 

 そんな中楯無が不意に声を上げた。すでに和菓子を食べ終え食後のお昼寝モードの本音を除いた三人が、声の主楯無へと視線を向ける。向けられた本人はカップの中身を飲み干すと、続けて言った。

 

「誰か私に良い男、紹介してくれないかしらねぇ…」

 

 また、この話題か。カナードは心底呆れたと言わんばかりに目頭を押さえる。今週に入って何度目だろう、彼女はこの手の話題をわざとカナード達の前で、特に今日の様な集まりの場でよく漏らしていた。事実この場にはカナードと簪が恋仲であり、虚は一夏の友人の五反田弾と言う歳下の恋人がいる。この三人を見て楯無も一人の女子高生だ、自分も彼氏の一人は欲しいと言う願望があってもおかしくはない。

 最初にこの話題が上がった際にカナードが、

 

「許嫁とかいないんですか? 確か更識家って、結構いいところの家系だったはずでは」

 

 と尋ねたのだが、当の本人は乗り気ではないらしく、そこは楯無と簪の母親も否定的である。それ以前にもしそうであれば簪はカナードと交際していないだろう。

 ともかく、彼氏が欲しいと嘆く楯無の言い分をこれ以上聞きたくないカナードは、地元の友人連中の顔を次々に浮かびあげる。ちょうどいい奴がいたな、と。

 

 

 

【カナード実家話】

 

 京都旅行から数日が経ち、カナードは実家の研究所に帰省していた。

 二次移行(セカンドシフト)したフリーダム第二形態ストライクフリーダムのレポートを提出して、自宅スペースの自室に向かう途中、ユーレンに呼び止められたカナードは何事かと彼に付いて行く。

 付いた場所は自宅スペースではあるが付いた場所は居間。つい最近買い替えたと言う大型テレビの電源を入れ、ユーレンとカナードは画面に映りこむ番組に目をやった。

 

「で、最近どうなんだ?」

 

「どうって何が?」

 

「簪ちゃんとだよお前。 それで、何処まで行ったんだ?」

 

「………はいぃっ?!」

 

「だからさ、折角出来た彼女だろ初彼女だろ? キスしたり手ぇ繋いだり膝枕したりハグしたりさぁ」

 

 アンタは思春期の男子中学生か、とカナードは内心ユーレンに突っ込んだが、まさか親からそんな事を尋ねられるハメになるとは思いもよらなかった。そこに静子すらも来てユーレンの味方に入り、カナードに簪とのやり取りを根掘り葉掘り更に尋ねられる。

 もしここに篝がいたら面白がって絶対にユーレンの味方に付くだろう。そんな事さえ容易に想像できたカナードは、冷や汗を垂らしながらも仕方なしに応えるしかなかった。

 

「で、どうなんだカナード」

 

「膝枕、してもらってるんでしょう?」

 

「いや、どっちかってーと俺がしてあげてる場合が多いよ」

 

「なんだそれ。 じゃあキスはどうなんだ? 恋人同士なんだキスの一回や二回……」

 

「あー、………いざしようとすると何でか邪魔が入るんだよなぁ…」

 

「あららー、我が子ながらなんて不憫」

 

「何でかねぇ……こればかりは俺自身も知りたいわ。 ってかさぁ、もういいだろよ父さんに母さん」

 

 両親の質問にカナードはとうとう嫌気がさし自室に逃げ込むように居間から飛び出した。

 一人息子に彼女が出来たから喜ばしいだろうとは思うが、流石に鬱陶しいとしか言えなかった。

 しかし、それでも今日まで自分を大切に育ててくれた両親だ。前世とはまるっきり違っても、自分の両親と言う事実に間違いはないのだから。

 

 

 

第二部予告

 

 進級したカナード達を待ち受けたのはクラス替えと言う名のデッキカット。

 

 パイロット科と整備科に分けられた選択を経て彼ら彼女らは新たな扉を抜けた。

 

 括目せよ!肝を据えよ!

 

 己が選んだ道に悔いが無いと言うのであれば、悔いはしたくないと言うのであれば!

 

 ならば進むが良い!

 

 ここから先は想像も予想も許されない道なき獣道!

 

次回 第二部第一話 【進級】

 

 カナードの淹れるコーヒーは苦い




次回予告をボトムズ風にしてみました


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二年生編
一話 進級


さて、今回から二年生編となりました

ここから先はある意味獣道でございますが、頑張ります

こっから先何人ガンダム系のそっくりさん出すべきか……


 

 IS学園の卒業式が終わり、あと数日で次学年への準備期間でもある春休みが始まるなか、カナードは早朝ジョギングの為に早起きした一夏より一時間遅れて目が覚める。今日は土曜で休み。今日はもう少し惰眠を貪ろうかと思ったが、その前に形態の電源を入れる。やがて『シェルブリットのカズマ』のコスプレ姿の自分と、彼に合わせて『由詫かなみ』のコスプレ姿の簪が写った待ち受け画面が映し出された。ハロウィンパーティーの後にこっそりと二人で撮った写真だ。あれから半年近く経った今でも昨日の様によく覚えている。

 その写真データに被る様に映し出されたデジタル時計が午前六時を半分過ぎた頃を刻んでいた。

 まだ意識は半分覚醒しているだけで完全に眠気も消えてない。食堂が開く時間まで少し二度寝をしよう。そう思い意識を手放そうとした瞬間、簪から通話の着信が入った。眠気に必死に抗いながらカナードは回線を開いた。

 

『あ、もしもしカナード?』

 

「…んぁ……よぉー、かん…ざしぃ…?」

 

『あ、ごめん。 起こしちゃっ……た?』

 

「いんや、二度寝しようかどうか迷ったところ。 ってか簪の声聞いたら目ェ覚めた」

 

『あはは…』

 

 電話越しに聞こえる簪の苦笑い。彼女がどんな表情をしているのかカナードは想像しながら着替えを始める。まずは朝食を食堂で済ませるため制服に袖を通す。入学当時より腕を通し続けたその袖はややしんなりとしているように思えた。一年経って味が付き始めたのだろう。

 その途中、制服のズボンを穿いてベルトを留めた頃に簪が提案する。

 

『それでね、今日ってカナード予定ある?』

 

「ん? いや、ねーけど」

 

『だったら今日映画を観に行こうよ! 十数年ぶりに帰って来た怪獣映画!』

 

「よし、それなら行こう!」

 

『そう言うと思った。 でね、待ち合わせしてから行こうよ、レゾナンスに新しく出来た映画館で十一時の回』

 

「そんじゃあ待ち合わせ場所や時間とかは食堂で決めようか?」

 

『うん。 じゃあ私食堂の入り口で待ってるね』

 

「おっけー、りょーかい!!」

 

 通話を終えて一度時計を見やる。まだ食堂が開く時刻ではない事を確認して、顔を洗う。

 蛇口を捻って出る流水に手をやると、春先であってもまだとても水が冷たく、顔に当てるとその冷たさで眠気が一瞬にして消え去った。

 豆を砕いて目覚めの一杯のコーヒーの準備をしていると、豆を砕ききった所で汗まみれの一夏が返ってきた。カナードに気が付いた一夏は開口一番「シャワーを浴びる」と言ってシャワールームに消えた。

 

「(ついでに一夏の分も淹れてやっか……)」

 

 そうしてコーヒーが出来上がると同時に一夏がシャワールームから出てきた。最初の頃は図々しくも自分の分をせがんできたが、今では一夏の分までカナードはコーヒーの用意をする。

 飲みながら時間を確認しつつ、着替えを済ませた一夏の顔を見てカナードは首をかしげる。何やらここ最近やけにつやつやした様な感じで、先週よりも幾ばくか若く見える。少なくとも冬休み前よりかは肌のハリやツヤも違う気がした。

 

「ん? 俺の顔に何か付いているのか?」

 

 カナードの視線に気づいた一夏が言った。面向かってみてもどこか違う気がしてしまう。

 

「いや、気にすんな。 俺の気のせいだ」

 

「ふーん……にっが」

 

 先に飲み終えたカナードは部屋のシンクにマイカップを置き、やっぱり自分の気のせいかと切り捨てて一夏よりも一足先に食堂に足を向ける。

 寮の廊下は春先の気候もあってか日向は昨日より徐々に暖かくなり、花壇の蕾もよりふっくらと膨らみ始めていた。もう少ししたら桜も開花し、花壇の花もより鮮やかになりより賑やかになるだろう。そんな事を考えつつ食堂の入り口で簪と合流したカナードは互いにハイタッチを交わす。それに気が付いた何人かは「いつもの光景」として捉えており、囃し立てるとこもなく、また慣れているせいか吐糖症状を発症する者もいない。

 

「おはよ、簪」

 

「おはよ、カナード」

 

 互いに挨拶も済ませ食券を買い、カウンターで朝食を受け取って空いてる適当な席に座る。

 食堂が開いて間もないからかカナード達以外に生徒は四人もいない。この時間帯他の生徒達はまだ夢の中か、早朝自主練の最中である事が多い。

 

「でも……よかったのカナード?」

 

 おかずの鮭をほぐしているカナードに簪が突然聞いた。

 

「二年生になったらパイロット科とメカニック科のどちらかを選んで進学するのは知ってるよね?」

 

 それがIS学園の特徴だ。パイロット科は主に代表候補生などが、将来モンド・グロッソに出場または操縦を主とする各企業のテストパイロット等を目指す生徒の為の学科。もう一方のメカニック科はISを操縦ではなく、製造及び整備を主とした学科であり、カナードは本来ならパイロット科に進むだろうと誰もが思われていたが、当の本人は何故かパイロット科を希望したのだ。

 簪から理由を聞かれたカナードはワカメとネギの味噌汁を飲み干して答える。

 

「そりゃ、あれだよ。 俺自身技術者兼テストパイロットだからだよ」

 

「あ、そうか。 実家が研究所だから」

 

「ぶっちゃけそれもあるけどね。 だからテストパイロットでもあるからそのための操縦技術も学びたいんだ」

 

 これに簪も納得してふと笑みをこぼす。如何にもカナードらしいとでも思ったのだろうか。

 その後は今日この後のデートの打ち合わせだけで終わり、二人はそれぞれの部屋に戻る。

 

 

 

 

 食堂で別れた後、カナードは部屋に戻り今自分が所持している一部の私服に着替えて身形を整える。持っている衣服の中から特に気に入っているグレーのパーカーを主体に、黒いシャツ、そしてデニムのパンツのコーディネートだ。

 

「へぇー、デートかよ」

 

 一夏が何処かの王様(ファラオ)のように言った。彼もこれから出かけるのか、カナードと同じように私服に着替えていた。カナードは青を基調としたシンプルな服装に、薄手のパーカーを羽織る。一夏も白を基調としたこれまたシンプルな服装に着替えていた。

 先に準備を終え、そろそろ出かけるかと貴重品を持って部屋を出ようとする一夏に、今度はカナードがからかいだした。

 

「俺からしたらまだ地味過ぎるくらいだぜ。 もっと腕にシルバー巻くとかS☆A!」

 

「白式があるだろ! あと俺には合わないからな!」

 

 王様ネタを王様ネタで返された一夏は律儀にツッコミを言い放ち朝食前とは違い、カナードよりも先に部屋を出た。

 そう言えば先日春休み中に自宅の掃除をしなければならないと一夏は言っていた。定期的に外出の許可を取っては朝から学園を出て、夕方ごろには戻ってくる。今日もそれくらいは掛かるだろうとカナードは思いつつ部屋の戸締りをしっかりと確認してから軽い足取りで部屋を出る。つい最近になって楯無の不法侵入は少なくなってきたものの、やはり警戒は怠れない。最後に指差し確認もしてから部屋を出た。

 簪とのデートも一か月ぶりだ。その時はホワイトデーで不器用ながらもチョコと抹茶とプレーンのクッキーをお返しに贈っていたカナード。その時の彼女の表情を思い出して思わず微笑んでしまう。

 学園発のモノレールに乗り込み、数分経ってレゾナンスに到着する。待ち合わせ場所はモノレール駅前の時計台に九時半。今はその十分前で大分余裕を持てた。自分か簪のどちらが先かを考えながら軽い足取りで待ち合わせ場所に向かう。

 道中ですれ違う人々は、恐らく新学期前のお祝いか何かなのだろう親子連れが多く、妻や子供に振り回される父親たちは満更でもなさそうに見える。あと数十年したら自分もあの父親と同じようになるのだろうか、とふと考える。その時の自分たちはどんな家庭を築いているだろう、子供は何人いるのだろう。見えない未来を描きつつ、簪の下へと急いだ。

 そしてその待ち合わせ場所に到着すると、先に簪が待ち合わせ場所に到着していた。簪はまだカナードに気が付いておらず、キョロキョロと辺りを見渡しながらカナードを待っていた。

 

「悪いな簪、待ったか?」

 

 もう少し観察してから合流しようと思っていたが、大分待たせるのも悪いしガラの悪い人間が寄るのも好ましくない。急いできた風を装って手を振りながら合流を果たす。それに気付いた簪も笑顔で手を振り返していた。

 待ってないと返す簪も楽しみにしていた様子で目を爛々(らんらん)と輝かせており、上映の時間を今か今かと待ち望んでいる。対するカナードも今日見る映画のシリーズの大ファンであり、過去作の映像ディスクやフィギュアを集めるほど。その新作映画を簪と一緒に観られることに幸せを感じずにはいられなかった。

 上映の時間まであと一時間近く。席の確保のため、先にレゾナンスのシネコンに足を運び、十一時の回のチケットを購入して、時間までその辺をぶらぶらするとになった二人は取り敢えず近くの中規模の書店に向かった。

 好きなタイトルの漫画やラノベの新刊は既に購入を済ませており、立ち読み中心に書店内を巡る。

 

「ほぇー、やっぱIS操縦者ってモデルとかやんのね」

 

 適当に取った雑誌のページをパラパラと捲って見たページには、たまにテレビで見る昨年度のモンド・グロッソの各国出場者や、学園内でたまに見かける先輩が映った写真がいくつか掲載されている。さながら本職のファッションモデルとも見間違えてしまう。

 そう言えば、と何度か自分にもその手の取材が実家にも来ていたなとカナードは思い出す。その時は白衣姿で伊達メガネを付けさせられた事もあった。その時を思い出したカナードは、思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。

 次のページを捲っても目ぼしい情報も無いので棚に本を戻して時間を確認する。

 

「そろそろ時間だね」

 

 隣では簪も時間を確認していたようで彼女も読んでいたアニメ雑誌をもとあった場所に戻していた。

 上映開始まであと二十分。二人はチケットを買ったシネコンに戻っていった。

 

 

 

 

 春休みが終って、それから間もない4月の入学式。昨年とは違って男性IS操縦者はいない新入生は後姿でもわかる程に緊張している様だった。昨年の今頃はあそこにいた事を思い出し、その後は何かと波乱が待ち受けていたことも思い出すカナード。今年一年くらいは、いやもっと言えば今年だけでなく来年も平穏な学生生活を送りたい。むしろ送らせて欲しいと望んでしまう。

 壇上では昨年はいなかった楯無が新入生に向けての挨拶をしていた。形式的なものだが、随所に彼女らしいアレンジが見受けられる。

 

「(会長は日に何度かふざけないと死ぬ病気にでも罹っているのか)」

 

 内心失礼な事を考えているカナード。楯無の普段を見ているので、その様なイメージを持ってしまうのは仕方ない事なのだが、未来の義弟になるだろうカナードにそう思われる楯無にも責任がある。覆しようがない事実だ。

 それから少しして式は終了し、生徒達はそれぞれの教室に向かうのだが、カナードら旧一年生、つまり新二年生は今年度からパイロット科の一組と二組、メカニック科の三組と四組の教室へと向かう。

 カナードが席に着いたのはパイロット科二組の教室。彼の他には昨年と同じく今年度も二組の凰鈴音、元ルームメイトにして同僚の窓木シャルロット、そして昨年は別クラスの四組だった更識簪がいた。残りの四人、一夏と箒、セシリアとラウラはパイロット科一組に進学している。そして本音は今年から整備科なので整備科三組か四組のどちらかだろう。

 周囲を見回しても、他のクラスメイトの顔を見ると見知った顔はそう多くなかった。

 少しして新学年一発目のホームルーム。このクラスの担任教師が教室に入って来た。

 その教師の姿は、一年経っても『こどもが無理して大人の服を着た』と言う印象を放ちながらも主張が激しい胸を宿した眼鏡を掛けた女性だ。

 

「はい、皆さんおはようございます。 今日からこのクラスの担任教師となりました山田真耶です」

 

 昨年度では一年一組の副担任だった真耶は今年度からこのクラスの担任。そうなると昨年までのドジっ子具合も幾ばくか減る事だろうと、内心で元一年一組生徒たちはそう思っていたのだが、初めて彼女から指導を受ける女子生徒たちは一部絶望に浸り、彼女らだけでなく鈴音も簪でさえも絶望に浸っていた。

 教壇の真耶は女子生徒たちの絶望した理由が解らずおろおろしていたのだが、直ぐに気を取り直して早速一時間目を開始するのであった。そこから見せる真耶の姿は、いつも見せるマスコット的な一面は見せず一人の教師としての生徒達と真摯に向き合うものだった。

 そしてクラス代表を誰にするかだが、元一年二組クラス代表である鈴音と二人目の男性IS操縦者であるカナードに票が分かれてしまったが、僅差で鈴音が上回っていたのでそのまま鈴音が二年連続でクラス代表の座を得るのであった。

 それから休み時間になるまで授業は滞りなく進み、内容も分かり易いものだった。

 しかし、未だ精神的ダメージを負う者もおり、特に顕著なのは鈴音。簪は幾ばくか精神状態は安定してはいるのだが、やはり心の傷は深かったのか、カナードの背中に抱き付いたまま顔を埋めている。

 

「……シャル、鈴任せた」

 

「え? あ、ちょっとカナード! 僕を見捨てないでよー!!」

 

「抜かせ、俺には簪がいる。 それだけだ!」

 

 

 

 

 その日の放課後のアリーナではカナードは愛機フリーダムを展開し、ドラグーン制御訓練に励んでいた。対するはストライクEノワールストライカーを展開したシャルロットで、その両手にはレーザーライフルショーティーではなく、ダミーバルーン射出機能を兼ね備えた改造型レーザーライフル。銃口から吐き出されて膨らむバルーンをカナードの制御するドラグーンが一つ一つダミーバルーンを狙撃する。

 今のカナードの動きは入学当初のセシリアとほぼ同じで、移動しながらのドラグーンへのマニュアル指示はまだ完璧には出来ていない。だからこそ、まずはセミオートでドラグーンを制御しきる事が当面のカナードの目標である。

 

「(当たれッ!)」

 

 射撃指示を受けたドラグーン数基は軌道を描いたのち、ダミーバルーンをあらゆる角度から射撃する。それをシャルロットからの射撃を避けながらでだ。

 ハイパーセンサーを用いらなければその情報量の多さにより脳に深刻なダメージを負ってしまう。つくづくISのハイパーセンサーとやらは便利なものだと腹の中で思い、今日の訓練を終える。

 

「……ふぃー、シャルロットお疲れさん」

 

「お疲れ、カナード。 前より上達してるよドラグーンの制御」

 

「そうか…? 何か実感わかねぇんだよなぁ……ベイブレードだったら実感わくんだけどなぁ」

 

「ドラグーン違いだよねそれ。 あとカナードだったら多分ブルックリンのゼウスじゃないかな?」

 

 それぞれ展開を解除し、別々の更衣室に向かう途中観客席の辺りに目を向ける。真新しい制服に身を包んだ女子生徒達、新一年生がいた。訓練開始の時からいた事は知っていが、その時から既に三時間近く経っており、余程勤勉なのだろうと推測する。のだが、それはカナードの見解であり、シャルロットの見解は違っていた。

 

「(あぁー、カナードも鈍感(そっち)なのかなぁ? あ、でも簪がいるから全部そっちに気持ちが全部行ってるのか)あぁ、うん……ミンナベンキョウネッシンダヨネー」

 

「何故に棒読みなんだよ…」

 

 れっきとした彼女がいるせいか、それともそう言う視線とは今まで無縁だったのかカナードはその視線が自分だけに注がれている事実を知らずにシャルロットとは別の先程まで自分が着替えに使っていた更衣室の方へと消えていった。

 

 

 

 

 日が沈み切った夕食時、二年専用機持ち達は纏まって食事を取っていた。因みに本日のオススメメニューはチキン南蛮定食で注文したのは一夏だけでカナードは野菜炒め定食、箒は豚の生姜焼き定食、簪とラウラはかき揚げ蕎麦、鈴音はいつもの如くラーメン、セシリアはビーフシチュー、そしてシャルロットは天ぷらそばである。

 かき揚げの食べ方で早速火花を散らす簪とラウラの間に戦争を起こすまいと座ったカナードが、何度か食堂の入り口を見やっていた。誰かに監視されているようで落ち着かない。

 

「誰かに見られてるって気のせいではないのか?」

 

 箒が言った。確かにそう言ってしまえばそうなのだが、やはり視線は感じるとカナードは言う。さらに細かく言うと、ドラグーン制御訓練が終わって寮に戻る道すがらからずっと感じていると言う。

 さすがにそこまで来ると気のせいだと思えなくなってきたのだが、誰がどんな目的でカナードを監視するのだろうか。だとしたら昨年から感じてもおかしくない筈である。それが今年になって感じるようになったから薄気味悪さを感じるカナード。

 

「一年……じゃないかしらね」

 

「一年って……有り得なくはないがなぁ」

 

 確かにその線はある。熱心なファンであればまだ可愛い方だが行き過ぎた場合はもはやストーカーだ。もしその視線が楯無であれば、気配を消すか小型カメラを設置して別の場所から監視するなどの二通りがある。もっとも、その気になれば昨年、もっと言えば簪と付き合い始めた頃にその行為に走っていても問題は無い。

 だが、問題は動機だ。カナード自身後輩からストーキングされる理由がこれと言って思い浮かばないと言うが、それは違うとシャルロットが真っ向から否定する。

 

「はぁっ?! 一目惚れ?」

 

「……」

 

「簪アンタ大丈夫? 箸落としたわよ」

 

 それほどまでに驚く事態になってしまったか。そう思いながらシャルロットは苦笑いを浮かべて、無表情で箸を落とした簪を横目で見た。簪にとっても充分衝撃的すぎた事実である事に間違いはない。

 何をバカな。そう言わんばかりにカナードは食事を終え、カウンターに返却しようと席を立った所で食堂の入り口から誰かが覗き込んでいる事に気が付いた。しかし向こうもカナードの視線に気が付いたのか、その瞬間に姿を消した。ちらりと見えた限りでは髪が黒く長いと言う事だけだ。

 

「今のがそうなのかな……?」

 

 どうやら気が付いたのはカナードだけではないらしい。とは言っても簪とラウラだけである。暗部の家の生まれである簪と、ドイツ軍現役少佐であるラウラの二人もこちらを見ていただろう人物には気が付いていたのだが、カナードと同じように顔は見えず後姿しか見えていなかったようだった。

 逆に残りの一夏らは気が付いておらず、まさか今の今まで見られていた事に気が付かなかったようだ。

 

「どうやら気のせいじゃなかったようだったよ箒」

 

「む……」

 

 ともあれ、今追いかけてもすでに逃げられている上に既に自室に戻っている場合もある。追いかけるだけ無駄であろう。

 

 

 

 

 翌日の放課後。今日は整備室でフリーダムのメンテナンスの為訓練は休みだ。

 専用機を持つ人間であれば、愛機の調整は怠る事はない。日々問題なく動くように、細心の注意を払い調整を行わなければ、いつ不具合が起きて怪我をしてしまう恐れがある。学園で用意されている量産機も、日々整備科の生徒達が実習時に整備を行っているため、常時問題なく動いている。

 システムログを見る限りでは、ドラグーンの制御は少しずつではあるものの日増しに良くなっている事が良く解る。しかしあくまでそれはサブだ。フリーダムの武器はドラグーンでなく、高い機動性によるヒットアンドアウェイとマルチロックから来る一斉射撃(フルバースト)にある。二本のレーザーサーベル、二挺のレーザーライフルを駆使しての切り込み、殴打、狙撃で序盤を有利に持ち込み、距離を離されたところでドラグーンで翻弄させて落とす。それがこのフリーダムなのだが、ドラグーンだけは"フリーダム第二形態ストライクフリーダム"の戦い方だ。

 繰り返すようだが、本来のフリーダムの戦い方は高速軌道からのレーザーサーベル二本による斬撃と、多対一を想定にした場合による一斉射撃のみだったはずなのだが、ストライクからコアを移植してからの二次移行が原因なのだ。

 ストライクがガンバレルストライカーを経験した上で生まれたのがフリーダムのドラグーンと言う訳だ。他にもレーザーライフルとシールドを両腕にワンセットずつ使う事もあった為、最初からレーザーライフルは二挺で、シールドに至っては小型化されて腕に仕込まれており、さながら元ネタと同じようにビームシールドとして展開でき、更には物理シールドも展開できる。

 

「………上達したとは言えまだまだだ。 とりあえず、ドラグーンは予定通りセミオートで、あとは斬撃だけかな。 他は拡張領域の空きが多いからそうだな……試しにシュベルトゲベールをインストールしてみるか」

 

 ここでふと時計を見やる。いつもなら食堂で夕食を取る時間帯だ。もうそんな時間か、とフリーダムを待機状態にして、忘れ物の有無を確認して整備室を出るカナード。

 まだ食堂は開いている。今から歩いて行っても間に合うだろうと、移動すると廊下の曲がり角で一人の女子生徒と遭遇した。真新しい制服とリボンの色から一年である事は間違いない。それだけならばただの後輩なのだが、その女子生徒は黒く長い髪だけは見覚えがあった。昨日に感じた視線の主に違いなかった。

 

「あ、あの…大和先輩これから晩ご飯ですか?」

 

「え、あ、うん。 そうだけど……君は?」

 

「私は一年一組の紗理奈・アドモスっていいます。 昨日の大和先輩の起動訓練を見て私、先輩の事が好きになりました!」

 

「…………えっ?」

 

 突然の告白に戸惑ってしまったカナード。紗理奈の『好き』が『Love』と『Like』のどちらかは分からないが、カナードには生涯愛すると決めた簪がいる。戸惑っているとはいえやんわりと彼女の真意を聞き出そうとするが、その前に紗理奈は足早に去ってしまった。

 カナードが一体何だったのかが理解できずに呆然立ち尽くしている所に見知った顔が通りかかった。訝し気にカナードの顔を覗きこんだのは真耶だった。彼女だけでなく、食堂の方から簪がなかなか来ないカナードを心配して現れた。

 その二人に声を掛けられ我に返るカナードは、二度三度深呼吸して心配している担任と恋人に言った。

 

「……さっき後輩から突然告白されたんですけど?」

 

 それを聞いた瞬間に簪の目の輝きは消え失せ、真耶に至っては「青春ですねぇ…」と独り言ちる。

 簪にとっては衝撃的すぎたそれは思考停止状態に陥ってしまうほどの衝撃が全身を駆け巡る。心配したカナードが簪の肩に触れると、彼女は目にも止まらぬ速さでカナードの身体に抱き付いて顔をうずめる。

 

「……」

 

 あまりの事でショックを受けたのだろう。カナードは何も言わず、簪の頭を撫でながら真耶に会釈して彼女を連れて部屋へと送って行った。

 

「若いって、良いですねぇ…」

 

 某パンツメダルと同じ心境なのか定かではないが、その言葉には一切の陰りも嫉妬心も無く、あるとするならばそれは羨望に近い感情だと言えよう。現役時代からの先輩である千冬もお見合い相手とはここ最近上手くいっていると聞いている。それが自分が受け持つクラスの生徒の養父である事も知っている。そしてカナードの同僚でもある事も。

 しみじみ思う真耶は、二人の背中が見えなくなるまでそこにいた。

 

 

 

 

 簪の自室に到着したカナードはドアをノックして簪のルームメイトの有無を確認するが、その前にそのルームメイトの本音が部屋から先に出て来た。何も言わずカナードと簪の様子を見て、何か悟ったようで流石簪の従者と言えばいいのか、いつもの様子を見せてあだ名通りの『のほほん』とした空気を放ちながら、恐らくは昨年同じクラスだった谷本か相川辺りの所へと歩いて行った。

 気を利かせてもらったカナードはその部屋に簪を運び込んで、以前教えてもらった手前のベッドに座らせた。

 しかし、相変わらず眼は虚ろで口から何かが飛び出しているかの様に見えていた。ここまで深く心にダメージを負うところを初めて見てどう対処すべきだろうか。今は隣に座った状態で頭を撫でながら簪の身体を寄せているカナード。

 

「……えっと、大丈夫か簪」

 

「……なに?」

 

「その……さっきのだよ。 あまり知らん後輩から告白されて驚いたのは俺も同じだよ」

 

「……うん」

 

「でも靡かねぇから…うん、俺はお前一筋だからな」

 

「わかってる」

 

 話していく内に簪の目の輝きも元に戻っていき、それに伴う様にカナードの身体に回していた腕に力が入っていく。

 

「でも、何があっても…」

 

「ああ、わかってるよ」

 

 カナードも簪を深く抱きしめ、頭を撫でる。

 しかし、良いムードになった途端、カナードの腹の音が強くなった。そう言えば夕食を食べ損ねていた事を思い出し、途端にばつが悪そうに溜息が漏れてしまった。これには簪も不意にくすくすと笑ってしまう。

 しかし、怪我の功名と言うべきかカナードの腹の虫が不意に簪の笑いを誘った。これを吉とすべきか悩むカナードだったが、それとは反対に簪はすっかり元の調子で備え付けのキッチンへと向かって軽食を振る舞うと言った。何気にカップケーキ以外で彼女の手料理を食べるのは初めてであるカナードだった。

 

 

 

 

 五反田蘭はこの春から晴れてIS学園の生徒になった。寮生活を送るなかで得たルームメイトにして友人の紗理奈・アドモスは部屋に戻るなり妙にうきうきとした様子で手紙を書き始めていた。脇から覗くとそれが恋文(ラヴレター)である事は容易に想像できる内容であることは確かだ。問題はそれが誰に宛られるかだ。

 噂ではこの学園でも同性愛者同士のカップルが少なからずいると言われるが、紗理奈もそう言う相手が見つかったのだろう。そうでなければ、一夏かカナードの二人だろう。

 

「……ねぇ、紗理奈。 やけにウキウキしてるけど、何かあった?」

 

 恐る恐る蘭が訪ねた。手紙を差し出す相手が気になるのもあるしペンを走らせる紗理奈の背中が怖く感じたからもある。

 振り返った紗理奈の眼は曇りなく輝いていたが、蘭にはそれが恐ろしく思えた。

 

「ああ、蘭。 実はね、好きな人が出来てさっき好きだって言ってきたんだ!」

 

「へ、へぇー……それで、どんな人なの?」

 

「二年の大和カナードって先輩でね、放課後の訓練を見学に行って――」

 

「ちょ、ちょっと待って紗理奈! 今誰が好きになったって言った?!」

 

「だーかーらー、二年の大和カナード先輩って」

 

「その人私あったことあるけどさ、彼女いるよその人……」

 

「…………え?」

 

 紗理奈・アドモスの初恋が砂となって崩れた瞬間だった。

 

 

 

 

 某国の地下数十階の区画で、一人の女が目を覚ました。

 ここは何処だろう、何故自分はここに居るのだろう。女は唯一残っていた腕を吊るされた状態で、両足はそれぞれ端を床に固定された鎖で繋がれているので自由が利かない。

 周囲は暗闇に覆われ、明かりと呼べるものは真上のスポットライトのみで自分の周りだけが明るかった。

 女の名はスコール・ミューゼル。亡国機業の幹部で、オータムと共に海に散った筈の女だった。スコール自身も何故自分が生き残っていたのか分からなかった。あの時自分はヤタガラスを自爆させてともども死んだはずだ。それなのに何故……?

 

「おやおや、お目覚めかな。 ミスミューゼル…」

 

 暗闇の向こうからねっとりとした口調で喋る男が姿を現した。顔の上半分を無機質なマスクで隠しており、白一色の軍服は何処の国の物か分からないが、露出した顔下半分の色素の薄い肌を見ると白装束にも思える。

 ここが何処で、男は何者で、そして何故自分が生きてここに居るのかスコールは問いたかったが、体中に激痛が走り声を出そうにも掠れた息しか出ない。

 

「無理はしない方がいい。 ふむ、麻酔の後遺症か………まぁ、そんな事は良い。 君が聞きたいことは予想できるが、今は落ち着いて方が良い」

 

 上から物を言う男の態度にスコールは苛立った。

 

「今君に教えられるには三つだ。 まず一つは、君の専用機は既にコアの残骸もろとも国際IS委員会に回収されている。 これで君は闘う力を失ったと言う訳だ」

 

 そんな事は大方の予想は出来ている。ヤタガラスの自爆に巻き込まれたのだから無事なわけがない。もし残骸が残っていれば、それを解析せんと委員会は回収しない筈もない。

 

「次に二つ、既に君はこの世にいない人物になっている。 君はもう死んでいるという事にね」

 

「……」

 

「最後に三つ、私の名はミッシェル・ル・クルーゼ。 死霊の騎士団(ゴースト・ナイツ)の代表だ」

 

 

 

 

 

続く




次回もお楽しみに!


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二話 胎動する摂理の天帝

深夜テンションの力を駆使して完成いたしました。

あとこれ関係ない事ですが、PSPのタッグフォーススペシャルのデータがお陀仏となってしまいました。

あと一人で完全クリアだったのに余計残念です。

では、第二部第二話スタートです


 

 進学して既に一か月近くが経った。人によっては漸く新たな環境に慣れ始めて来るか、五月病に(さいな)まれるかのころのある日、IS学園の二年生達がより本格的になって来た授業内容に右往左往している中、夏休みごろに行われるパイロット科の強化合宿が行われることを他の生徒達から聞いていたカナードは真偽の程を千冬と楯無に聞きに向っていた。

 しかしてその道すがらで、目当ての二人とそれぞれ別の場所で落ち合ったのだが、今のところ詳細は教えられないが本当に行われることだけは確かだそうだ。兎に角噂が真実であることに納得がいったカナードはそのまま二組の教室に戻った。

 今日もまた、いつもの様に真耶の授業が始まると、初日より幾分かマシになった鈴音と簪の落ち込み具合と言うか心の傷はさほど目立たなくなったが、休み時間ともなると呪詛の様な呟きを発するようになってしまった。

 

「……何なの? ねぇホントに何なの? 童顔で巨乳で眼鏡って……同じ眼鏡なのに…」

 

「………ほんっとに反則じゃないのよ…何なのよあれは……あれはぁぁぁ……」

 

「あー、今日も闇が深い事深い事……このテの話題は俺じゃどうしようもないもんなぁ。 あーよしよし、よぉしよしよし大丈夫だよ簪。 簪は今のままでもすっごい可愛いからさ、自信もって良いんだよ?」

 

「あっはははは………」

 

 今日も今日とてカナードは机に突っ伏している簪の頭を撫でて慰めており、こちらもいつも通りでシャルロットは苦笑いを浮かべる。今となっては最早恒例となったこの光景を見慣れている二年二組のその他の女子生徒たちは、特に反応することは無かった。

 

「あ、いたいた。 ねぇー、凰さーん、今日ってさ確かクラス代表戦の打ち合わせじゃなかったっけー? さっき山田先生が呼んでたんだけどー」

 

 そう言えばもうそんな時期かと、教室を出る鈴音の背中を見送りながらカナードは昨年のクラス代表戦を思い出していた。あの時は確かゴーレムなる無人機が襲撃して結局はお流れになった催し物。その事件後にカナードは簪に微かに惚れていて、自覚し始めたのは文化祭の前ごろだったかそれ以前だったか。

 感慨深くなっているところで、今一度簪の顔を覗く。幾らか顔色は良くなり、呪詛の呟きは吐かなくなっていつものカナードの好きな優しく可愛らしい笑顔の表情に戻っていた。

 

 

 

 

 東京都内にある明日刃機業の本社ビル。その最上階の一角にある社長室ではカナードと同い年でありながら社長の座に就いている篝が今日もいつもの様に様々な書類一枚一枚に目を通していた。彼女の脇では秘書の木坂(きさか)と呼ばれる筋骨隆々の男が篝とは別の書類作業を行っていた。

 その書類の一部には、ヤタガラス戦におけるミーティアの可動データを記した書類もあった。

 あの事件後、元々廃棄予定だったミーティアはヒビ等の損傷が入っていたとはいえ、ヤタガラスの翼を突きさした上に破壊して見せた事により、奇跡的に廃棄は免れて今後の自然災害による救助用や、月面開発用等の次世代型IS埋め込み式強化パッケージの基礎となった。こうなるとしばらくはアサギらもデータ収集作業に忙しく休む間も少なくなってしまうだろう、と篝は思いつつ一息ついて椅子の背もたれに身を任せた。

 

「ふはーっ……これで大体終わったか…」

 

 一呼吸入れた篝が目頭を押さえて呟いた。いつもの作業であることに変わりはないのだが、やはりキツイ物はキツイ。

 

「ああ、そうだな。 だが、この後のスケジュールは…どうにも面倒だぞ?」

 

「面倒……?」

 

 それはどういうことだ、と言いたげな篝の表情を見た木坂は手元のタブレット端末を操作して、篝にそのスケジュール項目をみせた。途端に篝の表情は苦虫を嚙潰したかのような顔に歪み、溜息までついてしまった。

 そこに書かれていたのは現静蘭(せいらん)カンパニーCEOとの面会で、最後まで読み通した後篝は端末を木坂に返して渋々と面会の準備に入った。

 静蘭カンパニーは明日刃機業とは別系統とは言え、IS関連の商品を生み出している企業の一つ。主にISスーツの方に力を入れており、高価ながらも防弾性は勿論速乾吸水消臭と優れている。そんな企業なのだが、篝が苦手としているのはそのCEOである静蘭(せいらん)悠那(ゆうな)だ。

 悠那は篝と年齢はそれほど離れていないのにも関わらず自社のCEOなのだが、その経営権は実質父親の静蘭宇名斗(うなと)と母親の雅江(まさえ)の二人の思うがまま。つまりは悠那のCEOと言う立場は傀儡で、その上本人の経営力はお世辞にも良いとは言えず、もっぱら両親の言いなりだ。それも自覚した上で傀儡であることを甘んじている為尚も質が悪い。が、それでも彼を慕う社員も少なくはない。

 そして、篝が悠那を苦手としている最たる理由は彼の熱烈なアプローチである。

 

「(アイツは会う度に面倒をかけて来るからなぁ……正直言って苦手なんだがなぁ。 それに私は悠那と交際する気は全く無いと何度も言ったはずなんだがなぁ)仕方ないな……」

 

 悠那との出会いは篝が社長に就任して間もない頃だった。その頃に初めて二人の会談が行われたのだが、悠那にとって篝はどストライクだったのか速攻に一目ぼれして今に至る。それからはプライベートで会う度に何度も悠那は交際を申し入れるのだが、当の篝にはその気がなく段々と悠那を毛嫌いしていったのだ。流石に仕事上ではつっけんどんに接する訳にもいかず、ある程度の距離を保っているのだが、やはり篝は悠那を好きになれないのだ。

 ため息を漏らした彼女に秘書は「諦めろ」と言わんばかりに視線を送った。

 

「今車を用意する。 例え拒否し続けても、どの道奴は何度もしつこくアポ取るだろうからな、行くしかないだろう」

 

「だが、そのアポを取ってスケジュールを組んだのはどこのどいつなんだ? 木坂」

 

 篝のその言葉を背に受けても木坂は特に反応を見せずに社長室から姿を消した。

 悠那との面会場所は都内のホテルの一室。宿泊のためのではない小規模のパーティなどの催し物等に利用されるフロアだった。そこで先に到着していた悠那はやってきた篝に気が付くと、早速諸手を挙げて彼女を迎えた。

 

「やぁやぁやぁかがりカガリ篝かーがりィっ!!! 会えてうれしいよ篝! ボクはねぇ君と出会うために生まれて来たんだってつくづく……」

 

「そんな事より、私を呼び出した理由は何だ悠那。 わざわざアポを取ったくらいなんだ、下らない用事だったらはっ倒すぞ?」

 

 ジト目で悠那から距離を取りつつも警戒を解かない篝。しかし、それに動じない悠那は終始緩みっぱなしだった表情を瞬時に強張らせると、離れた場所に待機させていた自身のSPに預けていたアタッシュケースを受け取り、中から幾つかの資料を篝に見せた。この時の悠那の神妙な面持ちを見て、篝も即座に表情を強ばらせた。

 

「事は丁度三か月前に起きた。 その日、何の予告もなしに静蘭カンパニー(う ち)の系列の工場に保管され凍結中だったISが何者かによって強奪されたんだ」

 

「強奪だと…?! しかし、確か保管されていたのは…」

 

「そう、保管されていたのはコア無搭載の第一世代の試作機の内の出来損ないの失敗作(スクラップ)。 今月にはわが社のエントランスに展示品として飾るか廃棄処分にまわす予定だったISだよ」

 

 ISの管理と言う物は本来国が厳重に厳重を重ねた上で保管しなければならないのだ。が、それはISのコアを搭載された場合のみ。それ以外の場合、製造企業が自己責任で凍結補完しなければならないのだ。

 昨年起きたブルー・ティアーズ二号機サイレントゼフィルスの強奪以降、警備の底上げが全世界で図られたのだが、それはコアが搭載されている物、あるいは無搭載とは言え搭載すれば稼働できる状態の物のみであった為、搭載しても起動できないISに関しては比較的緩い警備なので今回の様な事件が起きてしまったのだ。

 

「でもってその今回盗まれた機体っていうのは篝も知ってる通りだと思うんだけど、起動テストの時、コアを搭載しても起動しなかった機体だったんだ」

 

「それが一体何故盗まれたんだ? そもそも、そこの当時の警備の方は一体どうなっていたんだ…」

 

「けど盗まれたのは紛れもなく事実。 現にその日に工場は何処からかクラッキングやらコンピュータウィルスやらの被害に遭ってね、その対処に追われている隙の犯行だったんだけど……亡国機業が壊滅した今、誰が何の目的で盗んだと思う? それに、ボクの会社以外の海外の企業や研究機関でも同じように、同じ境遇の失敗作が悉く強奪されているんだ。 機体パーツだけじゃなく武装とかもね」

 

「なっ……!」

 

「…驚くのも無理ないよね。 だけど、これも事実なんだ。 どこの国も企業も同じように、クラッキングなどで注意をそらされてのね。 それぞれの手口から見て同一犯であることは間違いないんだ」

 

 しかし、悠那の言う事が真実ならば何故その様な報道が一切されてこなかったのだろうか。恐らくは何者かが不祥事をもみ消す為に情報を操作したのか、それとも報道する価値が全く無かったかの二つだ。

 手渡された資料に目をやる篝。そこには有名どころや無名の各国の企業から強奪された機体及び武装が記載されていた。幸い明日刃機業やカナードの生家の大和生物機械技術研究所の名は無かったものの、警戒しない訳にはいかないと篝は強く思った。

 

 

 

 

 悠那との会談を終え、木坂の運転する車の中で篝は最近買い替えたばかりのスマートフォンを取り出し、電話帳から目当ての人物を見付けて即座に通話を掛ける。

 時刻は正午を少し回った頃で、この時間帯であれば目当ての人物はスリーコール鳴った所で回線を開いた。

 

<――あ、もしもし篝どうしたの?>

 

「いや、詳しくは言えないが少しばかり気になる事案が他所で起きてな……お前の所で何か強奪されたとかそういう事は起きてないか? 勿論学園じゃなく、実家の研究所の方でだがどうなんだ」

 

<って言われてもなー、強奪されるつっても、俺が設計した『ダブルオー』は束さんが持ってったし……やっぱ家に強奪される物は特に無いな>

 

「そうか…。 ではストライクはどうなんだ?」

 

<あー、ストライクはもうボロボロだったからなぁ……だから今はもうシャルのストライクEとフリーダムの予備パーツに回してるぜ。 そもそもフリーダムに乗り換え直前に機体は京都で大破しちまったからな>

 

 その事を聞いて篝はほっと胸を撫で下ろす。その息遣いが聞こえたカナードが電話越しに何事かを聞き出した。それに答えるかどうか篝は悩んだが、「詳しく言えない」と言った手前、取り敢えず話せる部分だけ答えることにした。

 

<去年の事……?>

 

「ああ。 亡国機業が各国家、施設などでISの強奪が今までに何度かあったろ?」

 

<あー…うん、まぁ確かにコアの製造は束さんにしかできないのが現状だからな。 つまりはその強奪模倣犯がいつ出てもおかしくないって言いたいんだろ? 俺の実家とか篝の会社とかにも>

 

「そうだ、そんな所だ」

 

<……うん、わかった。 ただ、何度も言うようだけど篝の方も気を付けろよ? 今のお前の立場を妬む奴は少なくないんだからな>

 

「そこから来る奴にも気を付けるさ…」

 

 最後に従兄に心配されつつも篝は通話を切って、スモークの貼られたガラス越しの景色を眺めていた。まばらな高さのコンクリートの塔が車の走行に合わせて後方へと流れていく。

 明日刃機業のトップに就任してから二年近くが経つ。十代の小娘には荷が重いという意見も少なくないが、それでも篝は病に倒れた父に追いつき、追い越そうと今も努力し続けている。そんな彼女の姿勢を見て、付いて行こうと互いに支え合える仲間も何人もいる。

 木坂もその一人だ。彼は渦巳の時代から明日刃機業に属しており、共に篝の成長を見届けた人物でもある。言わば木坂は篝にとってただの秘書ではなくもう一人の父親でもあるのだ。

 

 

 

 

 新学期のIS学園の生徒会。前年度のポストはヘルパーだったカナードも正式メンバーに加わり、元々(うつほ)のポストだった副会長には簪が就任し、本音は昨年度と同じポストで今年度の生徒会も始まった。それだけでなく、新たに一年から二名の生徒が加わったのだ。

 一人は五反田蘭。今は卒業した元生徒会副会長布仏(のほとけ)(うつほ)の年下の恋人である五反田弾の妹で、エスカレーター式の私立中時代には生徒会会長を経験していたという。

 もう一人は先日カナードに告白をしてきた紗理奈・アドモスだ。件の事は互いに水に流している物の、やはりどこかで当事者の三人は何処か複雑な心境を抱いている。

 前年度に引き続き生徒会長の座に就いている楯無はと言うと、身体をロープで椅子に繋がれながら書類作業に従事していた。

 

「会長、次はこれです。 職員室から至急にと言われていますので、早急にお願いいたします」

 

「……ね、ねぇー、簪ちゃんに義弟君。 このロープは一体何なのかなぁ? おねーさんはね、どちらかと言えば縛られる方より――」

 

「お願いだからちょっと黙ってお姉ちゃん。 それに、そのロープ外したりでもしたらお姉ちゃん逃げるでしょ絶対」

 

「逃げない、逃げないから! 今年からちゃんと真面目に取り組むから! ね、おねがーい!」

 

「しかし会長、私たちは虚さんから情け容赦なくやってくれと言われているのでこればかりは譲れません」

 

「なっ?! あ、貴方たち二人そろって誰の味方よ!」

 

「愚問ですね。 私は簪の――」

 

「私はカナードの――」

 

『――味方です!』

 

 速さを信条にする某クーガーの兄貴の名言をパロった二人を見て呆然とする後輩二人に本音はいつもの事だとぶかぶかの袖を揺らす。蘭も気にするだけ無駄かと悟り、事務仕事を再開すべく書類の山と格闘し始めた。紗理奈もそれに続いて書類仕事に手を付け始めた。

 せっせと仕事を(こな)し始める後輩達に刺激を受けた楯無は渋々己の仕事を全うするしかなかった。昨年度のサボった分のツケが巡り巡って帰ってきたのだ。

 

 

 

 

 翌日の放課後。前日の鬱憤を晴らすが如く楯無はその手に持った得物・蒼流旋を振るい、カナードの操るドラグーンを踏み台にして彼に迫る。

 彼女の猛攻に四苦八苦しているカナードは避けるので手いっぱいだった。両腕に仕込んでいたビームシールドを展開するも、防戦一方で焼け石に水でしかない。

 

「ほぅらほらぁっ! どうしたのどうしたの?!」

 

 やはり生徒最強の肩書は伊達ではないと痛感するカナードは、簡単にやられてたまるかと両手に握ったレーザーライフルを上に放り投げ、更に腕部のビームシールドを発生させて蛇腹剣・ラスティーネイルを白刃取りの要領で根本をがっしりと受け止めた。続けてクスィフィアスとカリドゥスを打ち込むも、簡単に避けられてしまい火線が虚空を切り裂いて無駄撃ちに終わってしまった。

 落下する二挺のレーザーライフルをトンファーの様に持ち替えて即座に再接近。格闘戦に移行する。

 

「ハァッ!」

 

「無駄よぉっ!!」

 

 今度は鮮やかに回避された上に、蒼流旋に埋め込まれた小型マシンガンの雨を全身に浴びてしまったその瞬間、カナードの敗北が決定した。

 模擬戦通算27連敗目を喫してしまった事に項垂れつつも地表に降り立ち、愛機を待機状態にしたカナードは、その場にドサッと腰を下ろして空を見上げた。やはり勝てない。その一言に尽きる。

 

「どーお、大和君。 生徒最強の実力は?」

 

 バサッと広げた扇子には『最強』の二文字。一体どういう仕組みなのかが気になるカナードは、真横から声を掛けて来た楯無に改めて敬服する。この学園の生徒会長でもある上に国家代表と二つの肩書を持ち、更にそれに見合った実力も備わっている。性格面に若干の難ありだが、それでもカナードにとっては尊敬するに値する人物である。

 少しよろめきながらも立ち上がって訓練に付き合ってくれた彼女に最敬礼で頭を下げる。

 

「今日も指導の程、ありがとうございます会長!」

 

「もういいわよそんなの。 ぶっちゃけ未来の弟が強くなってほしいだけだから」

 

 再度広げた扇子には『本心』とこれまた達筆に記されており、相変わらずの高性能な扇子である事が良く解る。

 未来の弟と言われて顔を赤くして顔を覆ってしまうカナード。実際に言われてみると気恥ずかしさが強く、マトモに未来の姉になるであろう楯無の顔を見ることが出来なくなった。こうなってしまうと楯無のおちょくりに火がついてしまうのだが、そこに割って入るかのように三人の新入生が打鉄を纏って現れた。

 よくいる思考が女尊男卑派に染まり切っている高慢な態度の持ち主。

 彼女たちの言い分を纏めると、カナードの存在…男性でISが使える上に専用機を自作し、日本代表候補と交際をしているのが癪に障るので三人がかりでカナードを成敗すると言うのだ。

 はた迷惑そうにするカナードをよそに、面白そうだからと言う理由で楯無がアリーナの仕様の再申請をいつの間にか出してしまっていた。

 

「やるしかないのかぁ……」

 

 既に楯無との模擬戦で疲労が溜まっているだけでなく、フリーダムのシールドエネルギーも半分以下に減っている。せめて全回復まで待って居て欲しかったが、後輩三人にはその気が全くないことが解り仕方なしにカナードは愛機を起動。シールドエネルギーの節約目的としてインストールしておいたシュベルトゲベールを、フリーダムの起動と同時に呼び出して両手に握る。

 眼前の三人も同じように近接ブレード葵を構えており、仕掛ける。

 三人を相手取るのは昨年の夏休み以来だ。その時は機体はストライクで、相手は当時の三年生で実力も相当だった。ストライカーの性能に助けられて勝利した当時よりカナードの腕前は間違いなく上がっている。だからこそ、後輩に後れを取る訳にはいかない。

 一人目との鍔迫り合いの最中にカナードはドラグーンを四基射出する。残った二人に二基ずつのドラグーンが撹乱して注意を奪う。

 

「ぐっ、この…卑怯者がぁーっ!!」

 

 何度目かの鍔迫り合いの最中に後輩女子生徒が叫んだ。

 

「一体何を言うんだ。 これが卑怯だと言うなら、何がっ!」

 

 正しいんだ、と言いながらクスィフィアスを至近距離で連発して一人目を打ち負かした。

 残る二人は仲間がやられたことに隙を見せ、ドラグーンの吐き出すレーザーの直撃を受けてしまう。返す刀で残りの二人もシュベルトゲベールを叩きつけてシールドエネルギーをゼロにする。決して小さくないハンデを抱えているにも拘らず、先輩としての威厳を保てることが出来、フリーダムを待機状態にしてカナードはアリーナを後にした。

 更衣室で汗を拭いて制服に着替えて出た所で簪が手を振って待ち構えていた。

 

「今日もお疲れ様カナード」

 

 昨年では嫉妬心からかふくれっ面で恋人を迎えた簪だったが、今ではもう慣れているのか今日の様に笑顔で迎える事が多くなった。今も彼女は楯無との模擬戦とその後の後輩三人を相手取った模擬戦も見ていて、特に後輩三人相手の結果は予想通りだと言わんばかりに胸を張っていた。

 因みに、翌日にはカナードに負けた三人の後輩が簪にも模擬戦を挑んだのだが、結果は簪の勝利に終わった。

 勇ましく挑んでみたはいいものの、山嵐や春雷で翻弄撹乱された後に簪の接近を赦して夢現の錆となって瞬殺されたのだった。

 これは当然と言うべきか、はたまた挑んだ後輩三人が愚か過ぎていたのか。

 

 

 

 

 失った片腕の再生もさせてもらえないまま一か月以上の時間、スコールは拘束されていたままだった。

 天井、壁、床には自傷行為を防ぐためなのか衝撃吸収緩和材で出来ており、どんなに暴れようとも徒労に終わるのは想像に容易かった。また、中央には病院で一般的に使用されるベッド、部屋の至る所には小型カメラなどで随時監視されている。

 本来ならば愛していた女性オータムと共に死ぬべき筈だったが、何の因果か今もこうして訳も分からないまま生かされていた。

 食事はサングラスを掛けた所員らしき女性がトレーに載せたペースト食を食べさせてくれる為に飢えることは無いだろう。

 現状を知るべく、ここが何処の国の施設なのか、何故自分がここで生かされているのか、そして死霊の騎士団の目的は何なのかを食事の時に聞いてみたのだが、女性職員は何とも返さない。クルーゼとやらから何も言わない様に言われているのだろうか。何にせよ、スコールには今以上の事を知ることが出来なかった。

 

 

 

 

「申し訳ないなスコール。 残念ながら今はまだ君を自由にさせるわけにはいかないのだよ」

 

 バスルームから出て独り言ちるクルーゼは身体に流れる水滴をふき取り、バスローブを羽織ってブレットに映るスコールの様子を監視していた。

 グラスに氷を入れてブランデーを注ぎ、タブレットを操作して違う画面を表示する。

 映し出されたのはグレーのISとその周囲に様々な機材とメカニックがせわしなく作業を進めていた風景だ。更にクルーゼはタブレットを操作して、グレーのISの設計図を表示してグラスを傾ける。

 

「摂理と天帝、その二つの名を冠するこの機体。 どれ程の性能を持っているかは定かではないが、機動テストの結果次第だな」

 

 笑みを浮かべた彼はそのISが完成するのを今か今かと楽しみにしていた。

 素体は静蘭カンパニーから、プログラムの一部はイタリア、左腕の複合兵装防盾システムはオリジナルではあるが部品の殆どはロシアから、更にはイギリスからはブルー・ティアーズやサイレントゼフィルスと同じようにBT兵器も盗用している。どれも強奪元で失敗作の烙印を押された物ではあるが、それらの良い所だけを抽出、再設計した結果できた。

 クルーゼの眼には既に完成系が見えている。あとは自分たちの悲願を達成するための道のりを見直すだけだ。

 彼ら死霊の騎士団は、主に裏社会でのみまことしやかに存在しているとされていた団体の一つ。その特徴というのが、表社会において死んだことにされている(・・・・・・・・・・・)人間で構成されていると言う事である。その大半がこの十余年の間に、IS中心となったこの御時世に女尊男卑主義者連中によって当時の立場を追いやられたり、様々な罪の冤罪を被って死んだことにされているのだ。その中には男性だけでなく、女性も少なくはない。彼女たちは言ってみれば同じ女性であるはずが、たかが反女尊男卑派の人間と言うだけで過激な主義者たちから虐げられていた。

 そんな彼ら彼女らの上に立っているのが、死霊の騎士団代表のミッシェル・ル・クルーゼなのだ。

 彼もまたこの世の不条理によってここに居る。彼が仮面を付け始めたのも同時期だ。彼もまた、表社会から追いやられた人間の一人なのだった。

 サイドテーブルにブランデーが入ったグラスを置いたクルーゼは、室内に設けられた内線電話を操作して目当ての部署に通話を始める。

 

「私だ。 例の物の開発はどうか?」

 

 受話器から聞こえてくるのはその進捗状況。クルーゼはその報告を聞くと、様々な問題点を指摘し所員たちに期待の念を送り通話を終える。

 

 

 

 

 素顔を仮面に隠し、白い軍服に身を包んだクルーゼは拘束状態のスコールを車椅子に乗せて、無機質な白い通路を進んでいた。

 長い時間をかけてようやく到着したのは、テニスコート三面分の広さと十メートルほどの高さのフロアだった。よく見ればそのフロアはISの稼働訓練などに使用される専用の物に似ているが、ISによって立場を追いやられた彼らが何のために使うのかスコールには解らない。だが彼らがこのフロアで何かを行う事は明白。

 

「これから君が見るのは、少々信じがたいかもしれないが、ある意味では見慣れている光景と言えるだろう」

 

 刹那、スコールはニヤリと不気味に笑みを浮かべるクルーゼから恐怖を感じ取った。

 程なくして、クルーゼの部下らしき数名の男女が台車に載せた打鉄を運び込んできた。恐らくこれもどこからか拝借(ごうだつ)した代物だろう、とかつては同じ穴の狢だったスコールは推測する。勿論それは正解である。しかし、重要なのはそこではない。注目すべきはクルーゼのその出で立ちだ。彼は軍服を脱ぎ捨てると、その下には首から下を総て覆った薄手のウェットスーツに似たスーツを着用していた。

 

「まさか……貴方、『三人目』だと言うの?!」

 

 彼女の言う『三人目』はこの状況下においては誰がどう聞いても織斑一夏と大和カナードと言ったISを扱える男と言う事になる。そのスコールの言葉を肯定するかのように、クルーゼは打鉄にその身を預けた。すると、打鉄はたちまち彼を守護する鎧と化し、見えない翼を与えて宙に浮かぶ。

 

「――成程、これがISと言う物か。 確かに兵器運用したくなるのも分からなくないな」

 

 ISを装着したクルーゼは近接ブレード葵を振るいながら浮遊しており、尚も仰天とした表情で見上げるスコールが視界に入ると、笑みを浮かべながらゆっくりと地に降下して足を付ける。

 

「あぁ、勘違いしないでほしいが、そもそも私は三人目ではない。 しかし秘訣を言うならば……このスーツの特性だと言っておこうか」

 

「特性……ですって?」

 

 疑問に思いオウム返しに聞き返すスコール。

 使用した打鉄のデータチェックを見守りながらクルーゼは説明する。

 

「現存のISは、織斑一夏及び大和カナードを除き基本は女性にしか反応しない。 しかし、我々の研究の末にある抜け道を見つけたのだよ。 どうやらISは装着者の遺伝子情報、特に女性のXX染色体に反応して起動する。 そこで我々はこの男性の持つXY染色体をXX染色体と誤認出来るスーツを開発した。 この計画自体は織斑一夏の報道直後から進められていてね、それがようやくつい先程君に見せたように男と言う性でもISは起動できたと言う訳だ」

 

 解る人に例えるならば、リメイク版ガイキングにおけるプロイストがライキングとバルキングを操縦した時に着用した特殊変換スーツと言ったところだろうか。スーツを通して着用している人物の遺伝子情報を誤認させるにしても、相当の技術力と資金を要したに違いない。

 もしそうだとしても、その資金源は一体どこから流れつくのだろうか。何より、死霊の騎士団と言う如何にも胡散臭い団体に資金提供するもの好きがこの世にいるだろうか。疑問に思うスコールだが、クルーゼがそこまで易々と話す事は無いだろうと結局その思考を放棄し、今度は別の疑問を抱きはじめた。

 

「……まさかとは思うけど、もしかして貴方達は既にそのスーツの量産体制に入っているのかしら?」

 

「少なくとも今日の結果次第では早くとも明後日には量産が始まる。 仮にこのスーツ……名付けるとすれば、さしずめジャミングスーツとしておこう。 今はまだ無理かもしれないが、これが世界各国の女尊男卑の被害男性たちの手に渡れば……後は簡単に想像がつくだろう。 よもや君にそれが予測できない訳が……ないだろう?」

 

「男達による報復が始まると言うなら……それは大きな間違いよ」

 

 仮に、世界中の女尊男卑派による被害男性たち一人一人にジャミングスーツが出回ったとしても、肝心のISは一部の例外を除いてそう簡単においそれと盗める代物でもなければ、篠ノ之束以外生産できない限り増える事のないコアは現時点において500基にも満たない事から戦争はもとより、紛争どころかデモすら起きないだろう。

 スコールの言い分を理解したクルーゼではあるが、彼女の言い分を否定するかのように立てた人差指を軽く横に振るやや古臭いアクションを取った。

 

「いいや始まるさ、間違いなくね。 君は知らないだけだ。 人間は古来より、自らに理性や本能を抑制する(たが)を有している。 しかしてそれを外したその瞬間に己の(うち)に抑え込まれている理性は暴走し、獣の如くの獰猛さを以って本能は解き放たれる。 日本の諺に『窮鼠猫を嚙む』と言う言葉があるようにねぇ…」

 

 彼の、クルーゼの笑みに含まれた狂気を垣間見た瞬間だった。

 そしてこの時スコールは知る由もなかった。

 彼が、クルーゼが、死霊の騎士団が掲げる理念とその内面に蔓延る狂気の実態が何であるかを……。

 

 

 

続く




ご感想お待ちしております

次回もお楽しみに!


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三話 三者面談と前触れと…

DMMのISのゲームやってるんですがね、新キャラよりも本音のデカさと専用機に度肝抜かれました


 

 前年度は闖入者たる無人機IS通称ゴーレムの襲撃が起きてお流れになってしまった大会が今年は何の問題もなく無事終わり、一週間近い連休に入ったIS学園。人工島であるこの学園と本土を結ぶモノレールには外出許可を取ったカナードが一人乗車していた。

 目的地である街の駅に到着したのは午前10時半。人と待ち合わせをしているカナードは指定された場所へと歩き出す。

 今カナードが歩いているのは人の通りが少ない、所謂シャッター通りと言われるかつては人で賑わっていたであろう商店街。この時間帯にシャッターが閉まってない店は全体の四割ほどしかなかった。その中でカナードが訪れたのは、数十年以上も続く老舗の個室付きの食堂だった。長く続いている為か、周囲の建物よりも重みのある風格がより一層強く感じられる。

 足を踏み入れると、店内は隅々まで清掃が行き届いており清潔さが保たれていた。外の寂れた風景とは打って変わったこの店の雰囲気にやや圧倒されつつ、カナードは今日自分を呼び出した人物の待つ店の奥へと店員に案内される。

 

「やぁカナード君、待っていたよ」

 

 そこに待っていたのは更識刀眞。しかも彼以外には何故かユーレンも同席しており、心なしかほくそ笑んでいる様に見えた。この時点で既に嫌な予感しかしなかったカナードは刀眞に促されユーレンの隣に腰を下ろした。

 ここが食堂とは言え、高級料亭のようなこの8畳間の個室の雰囲気に慣れず、緊張しっぱなしのカナード。突然刀眞に呼び出され、更に自身の父親も同席とはこれではまるで学校の三者面談のようではないか。そう思わざるを得ない彼は自分の父親と目の前にいる恋人の父親を交互に見やった。

 

「ふむ、これではまるで三者面談の様だな」

 

 苦笑いを浮かべながらカナードの考えと同じ事を言った刀眞。恐らく第三者が見ても同じような感想を出すであろうこの状況下で、表情を強張らせてカナードを見やった。当の本人は知らず知らずの内に刀眞の逆鱗に触れるようなことを仕出かしたかどうかを懸命に思い出しながら、流れ出る冷や汗に構うことなく記憶の扉を開き続けていた。

 しかし、幾ら思い出そうとしても簪との仲は良好で、例え喧嘩はしても内容は「きのこかたけのこか」「きつねうどんかたぬきそばか」「犬か猫か」「カレーはかき混ぜながら食べるかそうでないか」等子供じみた理由でしかない。結局最後にはいつの間にか仲直りしてるだけなのだが、一体刀眞の口から何が出るのかカナードは震えるしかなかった。が、その不安と恐怖は杞憂に終わる。

 

「単刀直入に言おう、君は簪のどこに惚れたのかね?」

 

「………はいぃ?」

 

「因みに私は妻の尻に惚れた!」

 

「あ、はぁ……」

 

「でもって父さんは母さんの太ももに惚れたぞ」

 

「いや、知りとう無かったわ親父のは」

 

 詰まる所、カナードから異性の好きな体の部位を直接この個室食堂の一画で聞き出そうと言うのだった。

 会う度に見せる荘厳な刀眞の雰囲気は既に見る影もなく、今いるのは親ばかな刀眞だった。同時に知りたくなかった父親のカミングアウトにカナードは突然の頭痛に悩まされた。

 

「ほう、ユーレン貴様は太もも派か…」

 

「そう言う刀眞は尻派か…」

 

「(え、これ俺も言うパターンなの? って言うかいわなきゃだめなパターンなの?!)」

 

 これは自分自身も言わなければならないだろうと悟り、必死になって簪の全身図を頭の中に思い浮かべた。身体の部位であれば、胸か尻、またはうなじの三か所を思い浮かべて顎に手の甲を当てて思案する。

 カナードが簪に惚れたのは一言に言えば内面性と言えばいいだろう。初めて会った時、専用機の開発が中止になって自分一人でも完成させなければならない彼女の姿勢に、カナードはいつの間にか惹かれていたのだった。自覚したのはその年の秋ごろだった。それまでは趣味と気の合う異性の友人と思っていた。

 色々と思案している時に、ユーレンの声でカナードは我に返る。

 

「今度はお前の番だぞカナード。 おっさん二人で白熱してても味気ないからな」

 

「ここからは君の意見も聞かせ願えるかな?」

 

 どうやら答えるしかないとカナードは呼吸を整えて言った。

 

「うなじ……です、はい」

 

「うなじか……ふむ」

 

「うなじねぇ……うん」

 

 奇妙な三者面談から、最早拷問ともいえる状況に変わって困惑しはじめる若人など気にも止めない壮年の男たちはそのまま止まる所を知らずに加速していった。伴侶とのなれそめから始まり、初デートとプロポーズの言葉など終始刀眞とユーレンの独壇場だ。

 こんな状態が一時間弱ほど続いて、店員に本日のお勧め定食を三人分の注文終えると、即座に刀眞は表情を強張らせた。どうやらここからがカナードを呼び出した本題らしい。

 

「さて、そろそろ本題なのだがカナード君、君は死霊の騎士団を知っているかね?」

 

 聞き覚えの無い単語に首をかしげるカナードの反応を見て、刀眞が話を続ける。

 

「私も最近名前だけ知ったんだが、各国の企業や研究施設等でIS関連の部品が強奪されている。 静蘭カンパニーを知ってるね?」

 

 その名前を篝からよく聞いていたカナードは知っていた。鬱陶しいアプローチを掛ける男がいる会社である事とその事業内容も。しかし、刀眞の先程の発言から恐らくはその企業も被害を受けていることは明白だろう。

 しかし問題は死霊の騎士団の正体だ。話を聞く限りでは亡国機業と似たような強奪事件を起こしているようだ。であるのに対し、対暗部用暗部の更識家でもその存在を今までに関知していない事を鑑みると、亡国機業よりマイナーなのか動くべき時ではなかったのか。

 

「それとこれはオフレコで頼むが、彼奴等の強奪した部品の数はおよそIS一機分に相当する。 仮にも部品自体は出来損ないとはいえ、彼奴等の手で完成でもされてしまったら亡国機業に代わる新たなテロ組織が結成され、テロ行為に及ぶ恐れもある。 既に各国の政府の一部(・・)はこれの対策を進めているが……」

 

「日和見主義者が多い。 そういう事だな?」

 

「うむ、それも利権団体が深く絡んでる方のな。 不良品の部品やプログラムでまともなISが出来る訳がないとい言っておる」

 

 高を括って何もできないだろうとふんぞり返っている主義者連中の様子が容易に想像出来た。

 事態が起きた時、主義者連中がどう対処するのだろうか。こちらの方は予想もできない。

 

「状況は最悪と言ってもいい。 いつ完成するのか、それとも既に完成しているのか、はたまたまだ部品の強奪を今も何処かで人知れず繰り返している最中なのかもわからないのだ。 17代目現楯無もこの事は周知しているが、あやつでもまだ情報を掴めていない。 まるで雲をつかむ様な感じだ、全くと言って良いほど実態が掴められないのだ。 組織の名前だけ知れたのは僥倖かも知れない」

 

 ギラリと光るその眼光に事態は深刻であることを再認識したカナードの頬を嫌な汗が流れる。

 仮にもし死霊の騎士団が友に、家族に、そして愛する人に牙を剝けたとして、カナードはその脅威に立ち向かえるだろうか。亡国機業の時は倒した、勝ったわけではない、相手が自らの手で幕引きをしたのだ。カナード達が勝利したわけではない。

 その後、運び込まれた本日のお勧めの定食の味が思い出せない程、カナードは目に見えない何かに鷲掴みにされる錯覚に陥っていた。

 

 

 

 

 同じ頃のIS学園のアリーナで、二年二組クラス代表凰鈴音は目の前の現実から逃げ出したかった。

 

「(そうよねー、時期的にもドンピシャだもんねー。 一年経ったんだもんねー)ひ、久々じゃないの…乱」

 

「ええ、お久しぶりね鈴『お姉ちゃん』!」

 

 やや厭味ったらしく、誇らしげに胸を張るのは台湾代表候補生凰乱音。性格は似ているが、髪型はツインテールの鈴音とは違い、こちらは左側のサイドテール。

 鈴音の一つ年下の従妹に当たる凰乱音は専用機甲龍・紫煙を駆る一年二組のクラス代表だ。今年度のクラス代表戦一年生部門の優勝者でもある彼女は展開している紫煙の主武装である一振りの青龍刀を肩に担ぐ。そんな彼女の仕草が鈴音は苦手なのだ。

 

「お姉ちゃんって言ってたけど、鈴の……妹?」

 

「その様ですわね…?」

 

「あー、違うわよ、従妹よいーとーこ。 そー言えば、こないだのクラス代表戦優勝したそうじゃないの」

 

 気だるげに乱音の成績を褒め称えるが、内心ではさっさとこの場を去りたい気持ちで一杯な鈴音。現に乱音に絡まれるまで、簪とセシリアの三人で模擬戦のローテを行っていて、それが終わって可動ログを見直していたところなのだ。それが終わり次第、カナードから借りていた『ウルトラマン超闘士激伝新章』の三巻を本人に返そうかと思っていたところ、今に至る。

 それ以上に鈴音が乱音が苦手なところがある。

 それは、年下の乱音の胸が鈴音より大きいこと。しかし、大きいと言っても簪と鈴音の間くらいだが、鈴音にとっては大きな問題らしい。

 そんな乱音は鈴音の気だるげな称賛を受け流してアリーナ中を見回す。

 

「そんな事より、あの二人はいないの? ほらあのISが動かせる男子ってやつ」

 

「一夏だったら今日は確か実家の掃除だって言ってたけど……ねぇ簪、カナードは?」

 

「うちのお父さんと食事だって言ってた。 お父さんからも聞いてる」

 

 どうやら乱音の目当ては一夏とカナードの様だった。

 昨年は全世界を揺るがしたISが扱える二人の登場。しかし今年は一人として現れず、乱音の興味が二年の一夏とカナードに向けられるのも当然だろう。

 曰く、二人の実力とやらを確かめるべく模擬戦を申し込みたかったそうだ。

 

「片やブリュンヒルデの実弟で、片や自作でISを組み上げた男でしょ」

 

「ええ、そうね。 冷静に考えたらカナードの奴全く経験無い筈なのに何でストライク完成出来たのかしら」

 

「何でだろうね……倉持じゃないからかな?」

 

「簪さんまだ引きずってますのね」

 

「いないなら仕方ないわね。 また明日出直すから二人には『首を洗って待ってなさい』って伝えといてね」

 

 そう言い残して去っていく乱音の背中を見送った三人は取り敢えず解散する事となった。

 更衣室で簡単にシャワーを浴びた後制服に着替えて昼食の時間なので一路食堂へと向かった。

 

 

 

 

「――と言う訳なんだけど」

 

「成程ね。 それにしても何で俺って今年に入ってから喧嘩売られてるんだかな」

 

 昼食後、寮の自室で自分が刀眞と父親との会食の時に起きた事を簪から聞いたカナードは今年度に入ってからの事を振り返っていた。アリーナで稼働訓練時に喧嘩を売られる要領で後輩達から模擬戦を申し込まれる事が、この二か月間で既に20回も起きている。今二人は『GE2RB』の通信プレイに興じており、ターゲットのアラガミを左右から交互に攻撃していた。因みに、カナードの神器はロングブレード・シールド・アサルトの組み合わせで、簪はショート・ブラスト・バックラーである。

 

「で、その乱音……だっけか? 専用機持ちなんだよな。 っし、ブラッドレイジ発動!」

 

「うん、一年二組のクラス代表で、今年度のクラス代表戦一年生部門の優勝者だって。 あ、ホールドトラップ設置したよ」

 

「って事は実力は高いって事だよな。 それにしても、もう一年か……」

 

「ほんと、もう一年経ったんだね……」

 

 ターゲットを仕留めた二人は、きっかりセーブして携帯ゲーム機の電源を切って、昨年度のクラス代表戦を思い出していた。

 たしかあの時だった。カナードと簪の二人の間に繋がりが出来たのは。それは一年経った今でもこの先も一生忘れることは絶体無いだろう。

 

「代表戦の映像って学園で撮ってるんだっけか?」

 

「うん、この学園のホームページに各イベントの様子を録画した動画を掲載しているんだって」

 

 備え付けのデスクの上に置かれたノートパソコンを操作して目的のホームページに辿りついたカナードは、『おもひで』と銘打たれたページにアクセスした。簪の言う通り、先日の代表戦の動画がいくつかピックアップされている。恐らく大いに盛り上がった試合だけアップロードされているのだろう。

 

「去年のは色々合ったから勿論歯抜け…だろうな……」

 

「掲載できない事ばっかりだったからね、無人機の襲撃とか亡国機業とか」

 

 案の定昨年の動画は殆ど掲載されておらず、簪の指摘通りだ。

 しかし、今の目的は今年度の動画だ昨年のではない。カナードは目的の動画を探し出して即座に再生する。

 甲龍・紫煙は鈴音の専用機甲龍の後継機に当たる。燃費をさらに良くし、試合継続時間延長に成功したIS。武装は青龍刀型ブレードが一枚、単一の龍砲が頭上にあり、その他には下半身の三本の鞭の様な武装などが装備されている。そしてそのフォルムはと言うと、一般的なISよりも軽装に出来ている。これも燃費の良さに通じているのだろうかとカナードが予想する。

 凰乱音の戦闘スタイルは親戚である鈴音によく似た近接型。反撃の隙を与えない青龍刀捌きは油断すればこちらが負けると言ってもよいほど鮮やか。

 対するカナードは射撃特化の高速格闘型。ドラグーンの精密性はここ最近上達はしており、フリーダムの理想的な戦闘スタイルが確立されている。距離を詰められればカリドゥスやクスィフィアスを叩きこむか、二本のレーザーサーベルによる斬撃で対処するだけ。

 

「……大体の試合は殆ど青龍刀だけで終わってるね」

 

「射撃が苦手なのか、下手に情報を明かさないかのどちらかだろうな。 実際その時にならないと対処のしようがないか…」

 

 何度も何度も二人が乱音の試合映像を再生していると、一夏が酷くやつれた様子で帰ってきた。

 聞けば午前中に自宅の掃除を終えて五反田食堂で昼食を済ませて、学園に戻って来るや否や一夏の目の前に突然現れた乱音が模擬戦の申し入れで絡んできたと言う。

 

「で、そっからどうなったらそんなやつれた顔になるんだよ(ま、何となく予想は出来そうだけど)」

 

「俺にも良く解らないんだけど……『まるで鈴弐号機だな』って言ったら殺されかけたんだよ。 逃げ切るのに精一杯でさ」

 

「女の子に『弐号機』とか言っちゃだめだから。 汎用ヒト型決戦兵器じゃないんだからね?」

 

 簪の言い分に「そうなのか…?」と首をかしげる一夏にカナードはある事を思い出していた。

 

「(やっぱりか……そう言えばこいつ、箒をファースト、鈴をセカンド幼馴染って言ってたっけな)まー、結果てきにゃお前の方にも模擬戦を申し込まれたんだ、今の内に乱音の試合動画でも見ておけ」

 

「あ、ああ…気を付ける。 カナードはどうするんだ? お前も模擬戦を申し込まれたんだろ」

 

「簪経由だけどな。 俺は俺でフリーダムの調整がてらに稼働訓練だよ。 今の内にセシリアまで行かなくともドラグーンの完全手動(マニュアル)操作を極めにゃなんねぇしな」

 

「私も手伝いたいけど、打鉄弐式の整備を本音と約束してるからそろそろ行かなきゃ」

 

 部屋に一夏だけを残して、カナードと簪はそれぞれの目的地へと歩いて行った。

 

 

 

 

 もう何度やれば彼らの気が済むのだろう。スコールは何度目かの稼働実験に繰り出されうんざりしていた。失われた片腕は義手が機能しており、悪い見た目とは裏腹に機能性が高く纏っているラファールの操縦にも差し支えない。他に利点があるとするならば高い防水性だけだろうか。とにかくそれだけならば何も問題はないのだが、いま彼女の頭上で浮遊している人物が特に問題だった。

 グレーを主体とし、円錐形ドラグーンが十数基接続されている円形の増設ユニットを背負ったそれは既存のISよりも異質と言えよう。

 ユーディキウムレーザーライフルを右手に、レーザーサーベル内蔵型の複合防盾が左腕を嵌め込んでいた。

 その他にも注目すべき兵装が多々見受けられるが、一番注目すべきはその操縦者なのだ。

 

「まだだ………まだ『プロヴィデンス』は、完全ではない」

 

 己の専用機を纏い、汗が滝のように体中から流れ、ドラグーン制御の影響か鼻血を流しているクルーゼが吐き捨てた。呼吸は荒々しく、肩で息するその姿はスコール以上の疲労感が見て取れる。

 フロアの端で待機していた所員がクルーゼのもとに近づいて体中の汗を拭きとったり、何人かで集まってタブレット端末を操作する。スコールの方にも所員は来たが、十人以上はいるクルーゼ側と違って二人だけだ。その内の一人からドリンクを受け取った彼女は乾いた喉を潤して一息ついた。

 

「一体何が完全じゃないって言うの? もう十分じゃないのかしら?」

 

 未だ納得のいってないクルーゼにスコールが質問を投げかけた。何度もプロヴィデンスの稼働実験に付き合わされた彼女はその機体性能を充分に理解しているのだが、終わりの見えない行動に少しばかり苛立ちをみせていた。

 ジャミングスーツを着用している為、男性でありながらISを操縦するクルーゼ。スーツのデメリットとして基本的なISのスペックが平均値よりも低くなっているが、時間の経過とともにクルーゼの操作技術が上達していき、同時にスーツのデメリットが気にならない程にもなっている。機体のコンディションもスコールの眼から見ても並のISより一線を画している。それでもクルーゼは納得がいっていなかった。

 

「まだ私とプロヴィデンスの呼吸が合っていないのだよスコール。 君も知っての通り、ISのコアにはコア人格なる物があるとされている。 人はそれを『友』と例え、『相棒』とも例え、『家族』や『兄弟』、または『恋人』としても例えてられている。 その様に擬人化しているのは何故か、それはヒトと同じようにISも日々成長していくからだと私は思う。 そしてその成長の度合と言うべきレベルがあるとして、私とプロヴィデンスのレベルはまだ噛み合っていないと言う事だ。 もっとも、プロヴィデンスが私についてこれないのか、私がプロヴィデンスについてこれないのか……どちらかは分からないがね」

 

「仮にもしそのレベルが噛み合ったとして、その時点でプロヴィデンス……いえ、貴方達の計画は始まると言うのかしら?」

 

「……いずれにせよ、計画の遂行にはプロヴィデンスの完成は急務だ。 完成を急がねばならないのだよ」

 

 滴る汗を拭い、クルーゼはプロヴィデンスを駆り、宙を舞う。所員が打ち出したターゲットドローンをレーザーライフルで撃ち抜き、複合防盾から展開したナノマシンで形成したレーザーサーベルで切り裂き、そしてプロヴィデンスの目玉と言うべき兵装ドラグーンが十数基プロヴィデンス本体から射出され次々とターゲットドローンを破壊していった。正に天帝の二つ名に恥じない性能である。

 プロヴィデンスのドラグーン制御はスコールから見てもとても洗練されている様に見えた。とても一か月も前に初めてISを扱ったばかりとは思えないほど上達していった。

 それはクルーゼの努力の賜であろう。鬼気迫る彼の並々ならぬ成長具合には目を見張るものがある。

 

「スコール、今日の所はもう休んでいい。 長時間付き合ってくれてすまなかったね」

 

 視線を合わせずにねぎらいの言葉を述べる辺り、スコールはどこか切羽詰まっていたように見える。

 しかしスコールにとって正直言ってクルーゼの計画や目的など初めは興味は湧かなかった。しかし、彼らとかかわっていく内に次第に自然と興味が湧いていたのだ。

 男性でもISが扱えるジャミングスーツ。その量産化の暁には一体どれ程の血が流れるのだろうか。簡単にはそうはならないだろうと思っていても、クルーゼの言った『(たが)』とやらが外れた瞬間を想像してしまう。

 今まで自分たちが優位に立っていると思っている女たちは、事が起きるその時まで地獄を味わうなどと言う考えなど持ち合わせていないのだろう。そんな愚かな考えが瓦解した瞬間世界はどう変わってしまうのかがスコールは気になっていた。

 与えられた部屋に戻ると真っ先に彼女は衣類の総てを備え付けのランドリーバスケットに投げ入れてシャワールームに入った。コックを捻って出る冷水に身を震わせながらも、先程の稼働訓練のときに湧き出た汗を洗い流した。

 

 

 

 

 雲一つない晴天。蒼穹ともいえるその青空の下、IS学園のアリーナの一つでは初夏の暑さを肌で感じ取りながらも、浮遊しながら対面し合うフリーダム…大和カナードと甲龍・紫煙…凰乱音が管制室の担当教諭の号令を合図に模擬戦を開始した。

 カナード側のピットに待機している簪とセシリア、そしてシャルロットと鈴音の四人が模擬戦の内容を記録していた。

 フリーダムの高機動による連続射撃を乱音は出来る限り躱し切るものの少なからず被弾している。甲龍・紫煙の武装の殆どは中・近距離タイプに集中している。その点を知っているカナードは二挺のレーザーライフル、腹部のカリドゥス、腰部左右のクスィフィアスや背面のドラグーン等のフリーダムにもとからある武装だけでなく、ストライク時代に愛用していたアグニを拡張領域内から呼び出して光の線を打ち出して甲龍・紫煙のシールドエネルギーを削る。

 

「あれは……去年カナードさんが最初に使っていた荷電粒子砲で名前は確かアグニだったではないでしょうか」

 

「名残だって本人は言ってたよ。 後はシュベルトゲベールも入ってるって言ってたよ」

 

 かつてその威力を身を以て思い知ったセシリアがカナードのストライク時代の懐かしの武装を目にして、シャルロットが補足説明をする。

 一方でアグニの火線により、甲龍・紫煙の三本の鞭の様な武装が破壊され乱音は小さく舌を打ち、青龍刀を構え直してフリーダムを見据える。やはり男と言えど一年先輩。場数が違えば実力も違うと言う事だろうか。

 

「(何なのよ、あのフリーダムってISは。 速いったらありゃしない)……だったらぁ!」

 

 乱音が上段の構えから捨て身の突進を繰り出した。相手が撃つ前に近づいて距離を詰めて切り付けるしかない。しかもカナードはアリーナの壁に追い詰められている為に反応が遅れているようだ。

 これで決まったと誰もが思う中、カナードはあくまでも冷静に迫る乱音を見据える。

 

「ちぇぇぇぇぇすとぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 青龍刀が振り下ろされる直前、カナードは二挺のレーザーライフルを真上に思いっきり放り投げ、物理シールドを展開しながら白刃取りで青龍刀を抑え込んで、乱音が驚愕して隙を見せるとすかさずカリドゥスとクスィフィアスを甲龍・紫煙のボディーに打ち込んだ。

 油断した。乱音は歯噛みしつつ、眼前の落下したレーザーライフルを回収するカナードを睨んで己の行動を悔いていた。今のでシールドエネルギーは残り三割近く。誘い込んだつもりがこちらが誘い込まれたのだと嫌でも理解してしまう。

 

「おぉぅらぁっ!!」

 

 逆袈裟にカナードがシュベルトゲベールを振り、得物が弾き飛ばされ残りの武装は単一の龍砲のみ。現状では焼け石に水かもしれないが乱音はそれを乱射する。

 見えない弾丸は避けようにもない。が、カナードとて一年も無意味にISを乗り回していたわけではない。八基のドラグーンを射出して、両腕部の物理シールドを展開してそのまま接近する。龍砲から打ち出された見えない弾丸は物理シールドに阻まれ何度目かの接近を赦してしまい、二本のレーザーサーベルの斬撃で龍砲を破損させられて八方から来るドラグーンの火線を集中的に浴びてシールドエネルギーが底を突いた。

 この瞬間、カナードの勝利が確定した。

 

「お疲れ様。 いやー、やっぱ強いね君」

 

「と、とーぜんよ! 何てったって一年生最強なんだから(って言うけど、正直言ってこっちが圧倒されっぱなしだったじゃないのよ。 もしかしたら鈴お姉ちゃんは……私なんかよりも、多分この人よりももっと強いのかも…)」

 

 模擬戦終了後、称賛の言葉を贈りながら握手を求めるカナードに応じた乱音。彼女は内心鈴音の現在の実力を予想して少なからず戦慄していた。

 昨年は亡国機業と幾度となく刃を交えたからか、カナード達は自然と実力が向上していた。しかし乱音は訓練と言う範疇の中で付けていった実力なので、その差は歴然と言って良いだろう。現に、二年の中で下から数えた方が早い実力の一夏との模擬戦でもあと一歩のところで零落白夜を受けて敗北している。

 そして、この日以降乱音は決して驕ることなく、実技と座学に真摯に取り組んでいった。それに対して乱音と同じ学年の女子生徒たちは驕った態度を崩さずカナードや一夏に模擬戦を仕掛けるも、乱音程善戦する事無く敗れ去っている。しかし、それでも自分と相手の実力差を認めないのがその内のごく一部存在しているので余計に性質が悪い。

 

「あっぶなかった……」

 

 乱音との模擬戦を終えた一夏が、疲労困憊と言った様子で自分が飛び出したピットに戻った。

 

「流石に一年生最強を豪語するだけはあるな。 戦い方次第では一夏が負けてもおかしくはなかった」

 

 手厳しい箒の評価にがっくりとうなだれてしまう一夏。その横で鈴音とラウラがフォローを入れるが、一夏自身己の力不足を認識しており、明日からはさらに精進しようと決意を新たにしていた。

 まだまだこれから自分自分は強くなれる。そのためにも、一夏は目標として個別連続(リボルバー)瞬時(イグニッション)加速(ブースト)の習得を掲げるのであった。

 

 

 

 

続く




次回から夏休み編に入りますお楽しみに


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夏休み合宿編
四話 モルゲンレーテへようこそ


今回から夏休み編となります

DMMのISがまさかのサービス終了を聞いてプレイしている身としては寂しいですホント




 

 タッグマッチトーナメントも難なく滞りなく終了した翌日の事。

 二年二組の教室。朝のホームルームで真耶はカナードら二組の生徒達に『夏季強化合宿のお知らせ』と記された小冊子を配布した。夏休み中の二週間を使って、ある企業から提供された訓練施設に合宿を行うと言うのだ。パイロット科の生徒も整備科の生徒も強制参加のようで、不満を隠しきれていない生徒が鈴音を含めて半数近くはいた。

 夏休みと言えば学生が一番楽しみにしているビッグイベントと言っても過言ではない。一人一人夏休みの予定も合ることだろうが、冷静に考えればここはIS学園で自分達は二年生。それに加えてしつこいようだが前年度は亡国機業のテロ行為が盛んだった為か、今年度から本格的に生徒たちのレベルを底上げしようとの事なのだろう。

 程なくして日程やら合宿に使用する施設の地図やらが記載された冊子が真耶から生徒一人一人に配られ、全員に行き渡ると一瞬の内に教室内はざわつき始める。合宿中における訓練内容も勿論だが、持参品の制限に頭を悩ませている女子生徒が多かった。

 しかし、一人だけ他の生徒達とは違うページで頭を悩ませている生徒がいた。

 

「うっそだろおい……」

 

 小さく呟いたカナードは己の顔を引きつらせていた。

 訓練内容は問題はない。自身のレベルアップに繋げてくれるのでとてもありがたい。

 日程の方も問題はない。二週間と言う期間は夏休みの三分の一を使ってはいるが、訓練内容を鑑みるに妥当だと言える。

 その二つでないとすると何故カナードは顔を引きつらせているのだろうか。

 初めに気が付いたのは真耶だった。ざわついている教室内で、唯一と言って良いほど異様に静かで、尚且つ一番前の席であった為か真先に気が付いた。次いで隣の席の簪が何とも言えないと言ったような表情を尚もしているカナードの顔を覗き込んだ。

 

「えーっと……大和君、どうしたんですか?」

 

 恐る恐る尋ねて来る真耶に、カナードは苦笑い気味に答えるのだった。

 

「この合宿先………明日刃機業の施設だって事に驚いたんですが…」

 

 ――それ以上に、とカナードが付け加えて更に応える。彼の手には地図が記載されたページが開かれていた。

 

「――この施設の地図……私の実家の近くなんですよね」

 

 

 

 

 時は経ち、IS学園二度目の夏休み。その夏合宿の初日は五時起床六時出発でIS学園手前のモノレール駅から数台のバスに乗り込んだ二年生は、現地到着までの間足りなかった睡眠時間を貪るか、読みかけの小説に目を走らせるか、配布された冊子を何度も見直すものと様々だったが、特にカナードに至ってはそれのどれにも当てはまらない。

 従妹の篝に連絡を入れようにもどう言う訳か今日になっても連絡が付かず、着信を拒否しているのではないのかとさえもカナードは思いながら、諦めて携帯電話を懐にしまっていた。

 自分のあずかり知らない所で突然決まったこの合宿訓練。一番の疑問点である明日刃機業が今回関わっていると言うのに、従妹である社長の篝からは何の連絡もないのだから、意味なく困惑してしまうカナードだった。

 隣の座席に座る簪は恋人に声を掛けようかどうかを迷いつつ、取り敢えず窓の外の景色を眺めることにした。

 バスは下りの高速道路を走行しており、目的地に向かう途中に三回ほどサービスエリアにて15分ほどのトイレ休憩を設けている。その間にサービスエリア限定スウィーツを購入する計画を立てる生徒達も多かった。

 二か所目のサービスエリアに到着して、小用を済ませた一夏とカナードは自販機でジュースを買おうと財布から小銭を取り出そうとするが、カナードが手を滑らせて小銭を落としてしまった。篝の携帯に繋がらない理由を考えながらだったのか、手元が疎かになっていた。

 慌てて落とした小銭を二人で拾い上げると、見覚えのないグラサンを掛けた金色の長髪の男性が拾うのを手伝っていた。

 

「大丈夫だったかね?」

 

「すみません、大丈夫ですありがとうございました」

 

 頭を下げて礼を言うカナードの顔を笑みを浮かべて見ていた男性は、「気にすることは無い」と言いたげにジェスチャーする。猫糞(ネコババ)を決め込む事無いその男性の口元は微笑んでいる様に見えた。

 

「あ、カナードそろそろバスが出る時間だぞ!」

 

 一夏に言われて時計を確認したカナードはジュースを買うのを諦め、小銭を拾うのを手伝ってくれた男性に再度深く頭を下げると、足早にバスの方へと戻っていった。

 一人その場で佇む男性は、一夏とカナードが乗り込んだバスが発車するのを見送っていた。

 

「(先程の二人、制服からしてIS学園の……。成程、あの二人がスコールの言っていた例の少年達か)」

 

 男性…ミッシェル・ル・クルーゼはいつもの白い軍服と無機質な仮面と言う出で立ちではなく、大量生産品で安物のシャツにロングパンツのラフな服装にグラサンを掛けただけの格好だ。とてもテロリスト集団の首謀者には見えず、傍から見れば観光客にしか見えない。

 やがて彼は踵を返してサービスエリア内を歩き出した。すれ違う人々の合間を縫うように移動しながら彼は喫煙所で足を止めた。

 

「団長、間もなく第二班が到着する予定です」

 

 クルーゼの横で新聞を広げたスーツ姿の若い男性が報告する。

 

「そうか。 予定より少し遅いようだが、そこまで大きな問題ではないな。 では出資者殿からの連絡はどうか?」

 

「そちらも同じく、第二班と同じ頃の到着となります。 その後は我々と合流後、目的地へ直行いたします」

 

 報告を終えたらしいスーツ姿の男性は広げていた新聞紙を畳み、持っていたカバンの中に入れて今度はタブレット端末を取り出すとそれをクルーゼに手渡した。画面に表示されていたのは一見すると最新のスウェットスーツのように見える代物だが、その正体が何であるかを理解しているクルーゼにとっては僥倖(ぎょうこう)である事に違いはない。

 それはジャミングスーツのテスト実績のデータであった。

 ジャミングスーツはクルーゼの所持している一着だけでない。データ採取の為に十着近くも生産されており、その十人分のIS稼働時のデータが事細かに記されていたのだ。

 

「成程……いいデータだ」

 

 今、カナード達の知らない所で新たな戦火の火種が生まれていた。

 ミッシェル・ル・クルーゼが率いる死霊の騎士団。彼らの宣戦布告のその日は、そう遠くはないのかもしれない。

 

 

 

 

 IS学園を発射したバスはついにカナードの故郷の地を走っていた。

 バスの向こうに見える山々の緑と、田んぼの成長した稲が風を受けて揺らぐのが良く見える。この時数人の女子生徒に囲まれてその口々から実家の場所を執拗に問われるカナード。対応に困っていた彼だったが、運がいいことにバスが目的地に到着。千冬の指示を受けて乗車していた生徒たちはバスを降りて整列する。

 ここ明日刃機業が有する訓練施設『モルゲンレーテ』は山に囲まれた平地にあり、建物は地上8階地下6階まであると言う。更に少し離れた山林の中にはキャンプ地や別荘地にあるようなログハウスが数戸建っている。そしてこの駐車場に整列する生徒達の前に、二人組の巨漢と少女が立っていた。一人は木坂でもう一人は篝だ。

 

「私が明日刃機業の明日刃篝だ。 今日から二週間、皆には私たちの施設での強化訓練を受けてもらう。 突然の事で未だに戸惑っている者もいると思うが、その辺は我慢してくれ」

 

 短いその挨拶の後、整備科の生徒と、パイロット科の生徒、そして専用機持ち達の三つのグループに分かれるのだが、この時篝はカナードら専用機持ち達の所で事の経緯を話すべく、今回の訓練でカナードが宿泊するログハウスに移動する。その間他の生徒たちは真耶と共に整備科とパイロット科も合わせて木坂に連れられ『モルゲンレーテ』内部へと案内されている。

 ログハウスの方は防音性に無駄に優れており、耐震は勿論耐火性にも無駄に優れていると篝は説明する。

 

「まずはカナードが気になっていた今回の事だが、この中で死霊の騎士団について聞き覚えがある奴はいるか?」

 

「俺は簪の親父さんから名前は聞いているが、聞くところによるとかなり面倒な事を仕出かしたらしい」

 

「で、その時お父さんそれ以外に何か言ってた?」

 

「つってものろけ話だったけど? あ、ごめん篝続けて」

 

「あ、ああ。 情報によると、連中は各国の様々な企業からおよそIS一機分に相当する部品やプログラムを強奪している。 更識刀眞氏の言った面倒な事とはこの事だろ?」

 

 篝の問いに首肯するカナードの脇で、千冬が手を挙げていた。彼女もどこからかで情報を得ていたのだろう、篝に指名されると一呼吸おいて重く口を開いた。

 

「私がその組織の名を聞いたのは、新学期に入る前の事だった」

 

 

 

 

 IS委員会本部の地下で千冬は春十と会っていた。ヤタガラス事件の一件から直後の面会には時間や手間がかかり、ようやく面会が許されたのだった。

 以前あった時は敵同士。親は秘密結社の首魁、娘は世界最強の名を頂いた学園の教師。それが事件後になれば以前の様な親子関係に戻っていると言われれば答えはノーだ。そんな二人は今、ガラス越しの対面となっていた。

 

「……久しぶりだね、千冬。 一夏はどうしたんだ?」

 

「あいつは学園です。 今貴方と顔を合わせる時ではないと判断しました」

 

 その判断は正しかったと言えよう。こんな状況では面会時間ぎりぎりまで会話をすることはできない事は予想できる。

 しかし、千冬も何か話そうと気持ちを落ち着かせようとする。

 見合いの話をしようにも、現在窓木小次郎との付き合いは時間が合った時にいっしょに酒を飲む程度で互いに色恋沙汰には奥手なのか、なかなかそれ以上に進展はしていない。だが決して相性が悪い訳ではないのである。

 

「早速親子の会話と行きたいが、どうもそれ以上に話さなければならない事がある。 よく聞いてくれ」

 

 眉間にしわを寄せて語られるのは、亡国機業とは別の脅威の存在であった。

 第二次世界大戦前後には幾つものの秘密結社が存在していた。亡国機業もまたその一つ。それが現実に壊滅したとしても、それで世界が平和一色になると思ったらそうではない。また別の組織が現れるだけだ。

 その中にひそかに動き始めているのが死霊の騎士団である。組織の名前は裏社会にあるものの、構成員の素性や人数だけでなく、どこの国に存在及び活動しているのか裏社会でも明らかになっていない。しかし、それだけならば他の組織や結社も同じではあるが、他とは違う特徴があった。

 

「構成員の何人かは既に()()()()()()()の人間だ」

 

 不思議と千冬は驚きはしなかった。行方不明者が死亡宣告後にひょっこり帰って来るパターンは物語とかでよくあるし、稀に現実に起こってニュースになった事もあった。

 

「だが、問題はそこではない」

 

 しかしその後に紡がれた春十の告白には、流石の千冬でさえも驚きを禁じ得なかったのだ。

 

 

 

 

「連中は……死霊の騎士団は男性でもISが操縦できるスーツの開発に着手していると言っていた」

 

 それは突然投下された爆弾的発言だった。誰もが開いた口が塞がらない状態で、金魚の様に口をパクパクしている。しかし、その中でカナードと篝は「やはりか…」と呟いて口元に手を置いていた。

 

「俺と一夏のあのニュースが引き金になったんだな、恐らくは」

 

「だろうな。 二人の登場から一年以上経っている。 先天的に動かせる因子を持つ男性を新たに探し出す、もしくは遺伝子操作で生み出すよりも、後天的に因子を持たせたほうが時間的労力は低いと踏み込んだんだろうな」

 

 篝の見解は間違ってはいない。そもそも一夏の登場後世界規模で捜索したものの、唯一見つかったのはカナードだけ。今年の三月にも行われはしたが結果は空振りに終わっている。だからこそ後天的に動かせる因子を持たせることしか道はなかったのだろう。

 そんな中、セシリアが挙手した。

 

「先程織斑先生はスーツの開発に着手したと仰いました。 それはつまり、ISが女性にしか動かせない理由が判明したと言う事も考えられませんか?」

 

 セシリアの仮説は一理ある。そもそもISと言う物は女性にしか動かせない欠陥機である。何故そうなのか、どうしてそうなのかは開発者の篠ノ之束すらも分かっていない。もしくは本当は原因を知っていながら敢えてそうしているのか、真相は定かではない。しかしその中でのイレギュラーが織斑一夏と大和カナードの二人である。一夏の場合は白式のコアに取り込まれ融合した織斑秋百の遺伝子情報により操縦することが可能なのだが、それに対し未だにカナードが動かせる原因が未だに判明していない。

 その仮説の通りでスーツが量産体制に入ったとして、死霊の騎士団はそれを以って何を遂げるのかが彼ら彼女らの新たな疑問となった。

 

「確実に販売の線は無いだろうな」

 

 ラウラが、言った。彼女が言うには国際IS委員会の女尊男卑派がスーツの存在をデマであると風評するか、適当な理由やこじ付けで販売の差し押さえされるとの事。

 

「ラウラの言う通りかもしれないけれど、それは表立った場合よ。 例えば裏社会とかで非合法に秘密裏に売買するとかじゃないかしら」

 

「あと考えられるのは、自分たちで運用するとかじゃないかな?」

 

 鈴音とシャルロットもラウラの考えに補足するように言った。

 

「だが、問題はそこじゃない。 いずれにしてもそうなった場合、委員会はお前たちIS学園に出動を要請するだろう。 だからこそ私の会社とでこの合宿を考案したんだ」

 

「そういう事だったのか……それなら納得だ」

 

「新たな脅威に対する戦力の向上か。 カナード、お前は良い従妹を持ったな」

 

 自分の従妹の仕業に納得がいったカナードに箒が横目でカナードに言った。

 会議が終了してログハウスから出たカナードらは、自身らにあてがわれた(と言っても男女別にしただけ)別のログハウスの中でISスーツの上にジャージを纏った格好に着替えてから篝と千冬指導の下トレーニングメニューに取り掛かった。

 トレーニング内容は個人ごとに違っており、それぞれの長所及び短所の具合によって構築されている。

 例えば、接近戦に弱いセシリア。彼女は昨年の一夏とカナードの初戦時それぞれに接近を赦してしまった事がある。今では距離を縮めさせないようになってはいるが、今後も昨年と同じようなハプニングが起きないとは限らない。なのでその対処法を現役ドイツ軍人であるラウラからナイフを用いた模擬戦を通して教わっている。

 次に一夏。白式第二形態雪羅は零落白夜の爪や楯を有しているが、如何せん燃費が悪い為自滅する事もしばしば。そこで彼に課せられたメニューは異なる三基のピッチングマシーンから放たれる野球の硬球玉、サッカーボール、バレーボールの雨霰を避けながらマシーンに接近してそのスイッチを切ると言う物。

 これを一夏は顔を腫らしながらもなんとか達成したが、

 

「誰がこれで終わりと言った」

 

 と言う篝の宣告と共にまた新たにピッチングマシーンが一基追加され、更にスイッチを切ったピッチングマシーンのスイッチを戻して四基から再スタートすることになった。

 この時一夏は悟る。「クリアする毎に一基ずつ増える奴だ」と。

 

 

 

 

「――シンクロ率67…69…75…88……、シンクロ率100%突破しました。 おめでとうございます団長、プロヴィデンスの完成です!」

 

 商談を終えて直ぐに東北某所の地下施設では、クルーゼら死霊の騎士団たちは歓喜の中に包まれていた。

 簡潔に言ってしまえば今この瞬間、プロヴィデンスが完成したのだ。

 ISを待機状態に戻し、スタッフに預けたクルーゼは吹き出た汗を拭って賛辞の言葉を送る。これまで彼らには苦労を散々掛けてしまったが、今この瞬間総てが報われた気がしていた。

 互いに手を取り合い、肩を寄せ合い、抱き合ってる職員たちをスコールは少し離れた場所で一人眺めていた。あの輪の中に入るべき人間でない。元々スコールは騎士団のメンバーではなく、拾われた身。あの中に入る気がしない。

 

「どうしたのかね? 君にも十分苦労を掛けてしまったよ」

 

 一人だけ離れている彼女を見かねたのかクルーゼが歩み寄ってきた。右手を差し出しながら彼女に握手を求めるも、その手を取らずスコールは踵を返して足早に去っていった。数人のスタッフが彼女の行動を怪訝そうに見ている中、クルーゼは「彼女はあくまで協力者」とだけ言い残して彼もまた割り振られた自室へと向かった。

 残されたスタッフ達は休憩を交代でとりながら、データの整理作業に入る。

 部屋へと向かう道中で突然胸掴んでよろめいて壁にもたれかける。

 普段のイメージとは違う荒々しい呼吸をしながら忌々し気に口元をゆがませて、懐にしまい込んでいたピルケースから乱暴に錠剤を口の中に放り込んでかみ砕いた。誰にも見せたくない彼唯一の弱み。もう十年近くこの症状に悩まされている。最初は年に四回だったのが徐々にその感覚が短くなってきた。不治の病と言う訳でもない身体的なストレスによるものである。

 錠剤の成分が効きだして呼吸が楽になると今度はロケットペンダントを取り出して中の写真を開く。

 

「決戦の時まで、しばしの休息も必要と言いたいか君は……」

 

 写真の中でカメラ目線に微笑む女性をクルーゼは愛おしそうに指で撫でた。

 その後は何とか立ち上がって部屋へと歩いて行った。

 

 

 

 

続く




実はIS小説第三弾として胸ライオン系を製作中です


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五話 合宿二日目と……

強化合宿編二話です

だいぶ時間かかってしまってすみませんでした


 

 強化合宿二日目の朝を清々しく迎えたカナードは早朝の涼しい風をログハウス二階のベランダから肌で感じ、慣れ親しんだ故郷の山と山の間から顔を出した朝日を全身で浴びた事でようやく意識が覚醒する。やはり故郷の地で味わう空気は、IS学園付近のそれよりも数倍数十倍心地よく感じられる。

 専用機持ち達は合宿中男女でそれぞれ二件のログハウスに別れて生活している。その他の女子生徒たちは整備科パイロット科も含めてモルゲンレーテ宿舎の一部を借りている。カナードと同じログハウスを使っている一夏もカナードより一時間早めに起きて早朝マラソンの最中だ。ここでふと隣の簪や箒らの使うログハウスに目をやると、竹刀を振るって朝稽古をしている箒が見えた。

 

「む、カナードか。 おはよう、随分と早い目覚めだな」

 

「おはよう。 やっぱ地元の空気のお陰だろうな多分。 小学校の時の夏休みを思い出す。 あー、あと一夏なら俺より一時間早く起きてそこらへん走り回ってるだろうよ」

 

「そうか。 なら、もう一本竹刀を用意しなければならないな」

 

 朝っぱらから熱心な剣道少女だ。朝も早い時間にもかかわらず、竹刀を振るい続け尚且つ野試合まで熟そうとする。カナードは純粋に称賛つつ、部屋に戻り学園指定のジャージに着替え自身も軽いウォーミングアップに入った。

 

 

 

 

 二日目の専用機持ちは敷地内の山道を走り続けていた。今日の最初の合宿メニューである。

 コースは完全に人の手によって整備されているわけでなく、コンクリートは一切ない所々木の根がむき出しになっているので下手をすればそこに足を引っかけて顔面を強打してしまうだろう。現にセシリアとシャルロットの二人が相次いでその被害に遭っていた。それに加え、この夏の猛暑もあってか疲労感や汗の流れも尋常ではなく、衣類が肌に引っ付く不快感で余計に疲れを感じてしまう。

 一定の間隔で吸水ポイントもあるため実質マラソンであるこの合宿メニューではあるが、それはカナードら専用機持ちだけ。その他の専用機を持っていないパイロット科と整備科の生徒たちは揃って冷房の効いたモルゲンレーテ本棟ないにて座学の実習中である。

 山道のコースを難なく走り続けるカナード。ここは彼の故郷の地、幼い頃からこの地を駆けまわったからか木の根に足元を取られる事無く一定の速度で走り続けていた。

 

「な、なぁどうやったらそんなにスイスイいけるんだよ。 ラウラとか鈴は兎も角カナードはどちらかと言えばインドア系だと思ったんだけど?」

 

「そう言われてもなぁ、昔から虫取りとかでその辺を走り回ってたからとしか言えないな」

 

 覚えている限りの昔の事を思い出し、理由らしい理由も曖昧なまま答えつつも一定の速度で走り続けるカナード。それに対し、質問してきた一夏は若干呼吸が乱れてきている。その二人を中心に、前方をラウラと鈴音がほぼ並走してその後ろには箒。後方はシャルロットが若干疲れを見せつつあるセシリアと最後尾である簪の様子をカナードが見守りながら走り続けていた。

 マラソン訓練が終われば10分間の休憩。日陰の道が多かったとはいえ、夏の暑い陽射しを受けながら走り続けているため、吸水ポイントでの水分補給でも足りなかったのか、気が付けばカナードらは合計2リットル近くのスポーツドリンクを飲み干していた。

 その後はISを展開してからの模擬戦や、各自機体の調整作業、そしてそれらに関するレポートの製作などを行っていくと時刻は既に昼食の時間。千冬の号令で専用機持ち達は揃ってモルゲンレーテの食堂に向かう。料金は昼食代として社員たちのIDカードを通して給料から注文した分差し引かれているが、合宿で明日刃機業の施設を使わせてもらっているIS学園生徒及び引率の教師たちは食堂を利用する際、初日に配られた特別IDカードを通して篝の給料から半額で差し引かれているのだ。簡単に言えば篝の奢りと言えば良いだろう。

 食堂の内装は一般的な社食というスタイルから少し外れたファミレスに近い内装になっている。メニューは元々いる社員のその日の体調に合わせたヘルシーメニューか普通の社食のどちらかが普通だったのだが、今日はどう言う訳かメニューが数種類のラーメンや餃子やチャーハン等中華料理屋か本格ラーメン屋の様なメニュー表に代わっていた。

 券売機が三台並んでいてバリエーションの多さに怯みつつ、自分の食べたいラーメンやサイドメニューを選び、特別IDカードを読み込ませた。

 カナードが注文したのは味噌ラーメンに追加のトッピングに煮卵とコーンを乗せ、サイドメニューに餃子を一皿。

 一夏と箒は塩ラーメンに追加トッピングは無かったが、一夏の方だけ餃子とミニチャーハンの皿があった。

 次いで鈴音は醤油ラーメンに追加トッピングの焼きネギと煮卵にサイドメニューの餃子。

 簪はチャーシュー抜きの塩ラーメンだけ。後のラウラは味噌、セシリアとシャルロットは醤油で簪同様三人ともトッピングもサイドメニューも注文しなかった。

 

「ねぇ皆。 ラーメンの卵っていつ食べる?」

 

 四人テーブルを二つ繋げて着席して食べ始めた時、レンゲでスープをすくいながら不意にシャルロットがそう言った。何処かのドラマCDのやり取りじゃねぇかよと内心突っ込みつつも髪が邪魔にならないように一本に纏めたカナードが先に答えた。

 

「俺はその時々だけどな。 先に食う時もあれば、半分だったり最後だったり」

 

「俺は最後だな。 最後のお楽しみにな」

 

「私もだ」

 

「私は最初よ」

 

「わたくしも最後ですわね」

 

「私も鈴と同じくだ」

 

「カナードと同じく。 じゃあシャルはどうなの?」

 

「僕は半分過ぎた頃…かな」

 

 何が彼女の疑問だったのかはさておき、食のスタイルは人によって違う事は確かである。

 生まれや育ちによって個人の味覚は様々に差別化され、育っていく。甘い物が好き。辛いのが平気。癖のある食べ物が好き。質素な食べ物が好きと、自分の食べ方と言うのは長い時間をかけて形成されていくのだ。これは餃子にも言える事だ。現にカナードは醬油とポン酢を1:1、一夏は醤油とラー油を8:2、そして鈴音は酢と胡椒を9:1の割合で付けダレを用意している。さらに言えば今カナードらが食べているこの餃子はニンニクやニラの代用として数種類のハーブが使われているため、その他の女子生徒達から受けもよい。

 

「つーか、何でまたンな事聞いてんだよ」

 

「だってこうやって皆でラーメン食べるなんて、学園の食堂でも中々出来ないよ」

 

 言われてみれば、と一斉に納得した反応をみせるカナード達。学園の食堂では料理の種類が豊富な為、全員が全員ラーメンを頼むことはまずないし、かと言ってそんなにしょっちゅうラーメン屋に行く事も今までなかった。

 この様な機会が無ければ、友の食の嗜好を新たに知ることも無かっただろう。

 それから昼食の時間も終わり、午後の教練の時間。モルゲンレーテ正面グラウンドに明日刃機業のロゴがプリントされた五台のトラックが停車し、コンテナ内部から二十機程のISとはまた違ったパワードスーツが降ろされた。

 Extended Operation Seeker(拡張された操作捜索者)通称E()O()S()と呼ばれるそれは現存のISとはかけ離れた文字通りの鉄塊だ。「有るだけマシ、無いよりはマシ」と評されるパワーアシスト以外特に目を張るものはない。移動は脚部に備え付けられたローラーダッシュ。しかしそのEOSは全体の半数の十基ほどしかない。

 

「ではこれより、お前たちには現行出回っている強化服EOSの稼働訓練をやってもらう」

 

「あの、その前に織斑先生、EOSとは別にあるあのパワードスーツって、何ですか?」

 

 女子生徒の一人の疑問はカナードらも同じである。

 件のパワードスーツはEOSと比べスッキリとした印象が持てる。さらに特徴的なのは、かつて第二世代以前のISに存在していた全身装甲(フル・スキン)に酷似していているのだ。移動方法はEOSと同様のローラーダッシュらしい。

 Multipurpose model Reinforcement(次 世 代 に 向 け た)External Skeleton Armor for the next generation(多 目 的 型 強 化 外 骨 格 鎧)通称MRESA(マレサ)がその名前だ。製造は明日刃機業、設計は大和生物機械技術研究所。そうカナードらに説明したのは、MRESAの背後に控えていた緑色の髪をした長身の青年だった。年恰好はカナードらより少し年上だろうその青年の背後には飛鳥真と、海よりも青い髪をした同い年であろう青年がいた。

 

「これより君たちにはMRESA及びEOSの稼働テストを受けてもらいます。 EOSを専用機を所持している生徒に、MRESAはそれ以外の生徒に装着していただきます。 自己紹介が遅れましたが、俺は明日刃企業技術部門所属の衛宮(えみや)スティングです」

 

「同じく、新田(にった)アウルよろしくなー」

 

「大和生物機械技術研究所所属の飛鳥真です」

 

 昨年の今頃だったか、一夏たちがカナードの実家の研究所に見学に行った際に見たカナード曰く「男性にも扱えるISの代わり」の発展型であることはまず間違いない。というよりも骨組みに近かったあの状態から飛躍的に進化し過ぎではなかろうか。

 カナード自体部門が違うためか、MRESAのデザインだけでなく性能面においても興味津々の様子で爛々と目を輝かせている。特にデザインに関しては厨二心をくすぐられる物で、トリコロールカラーで往年のヒーローロボの様な外見である。彼と同じように目を爛々と輝かせるのは簪と一夏。静かに興奮している三人をよそに稼働テストの準備が着々と進んでいく。

 

「大和君、衛宮さんと新田君のアドレス教えて!」

 

「いきなりなんだよ。 つかあの二人は明日刃機業の社員だからそんなに顔合わせとかしたことねぇーし、真に関しては彼女がいるから無理だろうよ」

 

「え、真って彼女いたの?」

 

 迫る女子たちをどうにかさばいて見せたカナードだったが、同僚のシャルロットはその事実を認知していなかった様だ。しかし、これ以上長引くと後々面倒なことになるので、さっさと訓練に移ることにした。

 今回行うのは先にスティングが言った通り、カナードら専用機持ちたちがEOSをそれぞれ装着したのだが、一歩踏み出すごとに疲労感が増していく。それだけEOSが鈍重であることは間違いない。

 その後EOSとMRESAを交換しての稼働訓練に移ったのだが、性能面すべてにおいて全くと言っていいほど比較にならない。IS程ではないにしろ、MRESAは使い易くそれでいて程よい重量感がある。何しろEOSとは雲泥の差だ。

 訓練終了後、案の定囲まれてしまったスティングとアウルを見捨てた専用機持ちたちはいつの間にか真を確保していた。

 

「え、言っちゃったんですかカナードさん!」

 

「物の弾みでな。 正直すまんかった」

 

「それよりも真、いつの間に彼女なんか」

 

「あーそれだったらなずっと前からだな。 もう二年以上になるか?」

 

 同僚であるシャルロットの疑問をカナードにあっさり答えられた上に交際期間まで暴露されたことに「アンタって人はぁーっ!」と真は怒鳴りつつも仕方なしにスマートフォンを操作し、嫌々シャルロットたちに画面を見せ付けた。

 画面に表示されていたのは男女のツーショット写真。片方は真だが、問題はその隣の少女。金髪のセミロングに子犬のような人懐っこさそうな印象がある。背景から何処かのテーマパークで撮影されたようで、ジェットコースターの特徴的なレールが一部写り込んでいる。

 

「ステラって言います。 実を言うと秋の彼女の誕生日に何かプレゼントを贈ろうかなぁーっと思って」

 

「そんで、篝のところで募集してたバイトに応募したってのか? つかうちの研究所バイトとか副業とか掛け持ち禁止じゃなかったか?」

 

「所長からは出向扱いで、特別給与が出るって言ってました。 プレゼント買うのに資金が足りないなぁって時に紹介されたんですよ」

 

 現役高校生ながら研究所所属はISが普及している現代においてそうそう珍しいことではない。

 部署は違うとはいえ、後輩の頑張る姿を見て自然とやる気が生まれたカナードは、この後に行われるEOSとMRESAに関するレポート制作に気合を入れるのだった。

 

 

 

 

 和気藹々とカナードたちが強化合宿の最中とは別のとある地下施設では壮年の男がジャミングスーツを着用した状態で打鉄を纏い、縦横無尽に飛行しながら浮遊しているターゲットバルーンを近接ブレードで一つ一つ乱雑に切り捨てていた。水を得た魚のごとく、操縦者は嬉々とした表情で打鉄の感触を確かめていた。

 この日もクルーゼはジャミングスーツの商談で自分たちと同じ境遇の団体を訪ねていた。彼らもまた、混迷する現代の被害者。職や地位を追われ、理不尽な仕打ちを受けてきた。そんな中クルーゼら死霊の騎士団に出会えた彼らは、胡散臭い団体だと最初は警戒していたが、今日になってようやく同志として手を取り合ったのだ。

 

「これは……凄い」

 

「気に入ってくれて幸いだよ。 それで急で申し訳ないが――」

 

「手を貸そう。 こんなにも素晴らしいプレゼントは初めてだ」

 

 固い握手を交わし、クルーゼの中で着々と自身の野望が組み上がっていく。しかし実行に移すにしてももう少し人手が必要である。今はまだ小さい一歩に過ぎない。ジャミングスーツの量産自体は滞りなく進んでおり、このまま何も問題がなければ秋ごろには彼の野望が成就される。

 今はまだ下準備に過ぎない。商談の予定は来月いっぱいまで終わらない。

 この日の商談の後、クルーゼは石動が運転する車に乗り込み、次の目的地へと向かっていった。

 窓の外を眺めることなくピルケースから錠剤を取り出して口の中に放り込む。商談中も鈍い痛みに襲われていたが、ようやく解放された。

 

「団長、今日はもう休まれてはいかがでしょう。 当日になってあなたが倒れては総ては水の泡です」

 

 バックミラー越しに振ってくる部下の視線と心配にクルーゼは苦笑いを浮かべるだけ。今日は商談のため無機質な仮面ではなく、サングラスを着用している。仮面をつけている時より表情が比較的豊かに見える

 

「しかしだね、トップが動かなければ部下は動かないのは定石ではないかね? 君とて重々理解しているはずさ」

 

「そうですが、少しは私たちを頼ってください」

 

 これでも大変頼っていると思っているのだがね、と内心思うクルーゼは次の目的地に到着するまで仮眠をとることにした。

 

 

 

 

 

続く




夏休み編は次々回で終了です

所で原作ISで一夏がISを動かせる理由が判明しましたが、この作品内の織斑姉弟はSEEDでいうナチュラルとして生を受けました

ならばこの作品内におけるプロジェクトモザイカと同様の計画によってSEEDでいうコーディネーターとして生を受けたのは……

次回も応援よろしくお願いいたします


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六話 開戦の狼煙

前回から一年半になりました上に今回も予定を大幅に変更しました

つまりは合宿編も今回でラストとなりますが今後とも今作をどうぞよろしくお願いいたします。


 

 内容が濃く、それでいて実に充実した合宿もついに残すはあと三日。案外あっという間であったと感慨深げに夜空を見上げるのは大和カナード。地元での強化合宿を聞いて戸惑いはしたが、今となってはもうそんな気はしない。

 IS学園では見えなかった星空も、故郷の地では満天の星。通いだす前では当たり前すぎて感じていなかったが、やはり故郷で見る星は格別なものだ。

 

「夏の夜空も結構綺麗だね」

 

「俺は簪のほうがきれいに思えるなぁ」

 

 隣のログハウスの二階のベランダにいる簪と共に夏の夜空の天体観測。昨年の年末にカナードの実家にて冬の天体観測した時と違う夜空だが、これもまたいい物だ。カナードは視線を夜空から移して簪を見やる。

 すると簪もカナードの視線に気が付き視線を合わせた。

 

「ん、どうしたの?」

 

 首をかしげながら声をかける彼女に、カナードは「なんでもない」と短く答える。

 耳をすませば少し離れた場所にある田んぼからカエルの合唱がかすかに聞こえてくる。都会出身の女子生徒たちは初日の夜はその合唱に慣れないせいであまり眠れなかったという。それは専用機持ちたちである箒たちも同様で、特に気にしなかったのはカナードと一夏それと簪の三人だけだ。

 

「簪ってさ、カエルとかの鳴き声とか大丈夫だったんだな。 よく眠れたな」

 

「それはここがカナードの故郷だから、いずれ慣れないといけないから」

 

「それもそうか……そうだよな、うん」

 

 誰かが二人のやり取りを盗み聞いていれば間違いなく砂糖を吐く事態になっていたかもしれない。が、カナードと簪にとってはいつものやり取りなわけで特に問題はない。

 女子専用機持ちの使用しているログハウス一階の明かりから箒たちの声、というよりも鈴音とセシリアの喧騒が隣の二階とはいえ、会話の内容がよく聞こえてくる。どうやらカードゲームに興じているようで、「粉砕!玉砕!大喝采!ですわーっっ!」とセシリアの声が高らかに響いていた。それに次いで高笑いまでするとなると自分の思うように展開でき鈴音を圧倒したに違いない。現に鈴音の再戦を申し込む声すら聞こえてくる。それは恐らく連敗記録更新の狼煙になるだろう。

 

「デッキにブルーアイズ新規融合モンスターを入れたんだって。 私のスーパーなHEROデッキですら歯が立たなかったもん」

 

「じゃ、一夏の銀河眼と俺のブラマジもしくはジャンドならギリギリいけるか?」

 

 いくら消灯時間前の自由時間とは言え、まだあと三日残っているというのにあの様子では時間ギリギリまで対戦を申し込むだろう。

 月明かりに照らされて夜空を見上げると、ついつい感慨深くなって初日から今日までの出来事が鮮明に蘇ってきた。

 MRESAの稼働訓練の次の日はツーマンセルで模擬戦を行い、ペアになったセシリアとのタッグ戦では同じ射撃型のISながらも一夏・鈴音ペア、箒・簪ペア、シャルロット・ラウラペアと連戦。今までセシリアとはドラグーンの制御指導を受けるだけでタッグペアを組むことはなかなか無かったからか、いつも彼女とつるんでる鈴音の気持ちがどんなものなのだろうかと今でも想像してしまう。

 その翌日以降は鈴音、シャルロット、ラウラそして一夏と関わることが多かった。他愛もない無駄話、戦闘時における自身の役割についての議論、更には課題の片付けなどをしてきた。それもあと少しで終わるのだ、感慨深くもなる。

 

 

 

 

 翌日の朝。昨日までであれば生徒たちは宿泊している部屋を出て食堂で朝食をとる時間帯なのだが、和やかな空気は一変し緊張感漂う空間に変化していた。食堂に備え付けられていたニュース映像が映し出されている大型テレビの前に全員が集まっており、神妙な面持ちでモニターに視線を向けていた。

 画面に映し出されるのは、炎揺らめく廃墟と空を駆ける機械の鎧。その鎧の正体はデュノア社製第二世代ISラファールであることはIS学園の生徒であるならば知っていて当然なのだが、問題はそこではない。

 

『この映像は先ほど現地の中東国家から送られてきたものです。 驚くべきことに複数人の男性がISを操縦していることが分かります!』

 

 ISを動かせる男は織斑一夏と大和カナードのただ二人だけというのが昨日までの世界での常識だった。それが今日破られたのだ。更に驚くべきところは、動かしているのが一人二人どころではなく、ニュースキャスターが言ったように複数人……映像を見る限り少なくとも十人以上の男性装着者が宙を舞い、引き金を引いているのだ。

 テレビにかじりついている集団の後ろでは千冬がどこかと通話し、敬語で話していることから恐らくは学園の上層部か或いは委員会の方のどちらかと連絡を取っていた。そして通話を終えて携帯電話を懐にしまい込んでカナードら生徒に指示を出した。

 

「お前らよく聞け、この後の訓練は予定を変更して中止とし、指示が来るまで全員部屋で待機。 尚、専用機持ちはこの後私と山田先生の後について来い。 解散!」

 

 千冬のその号令で集まっていた女子生徒らは真っ直ぐ割り当てられた部屋へと戻り、専用機持ちたちは千冬と真耶を先頭にモルゲンレーテ内の一画にある大会議室に到着する。窓の外の山々の景色を臨むこの大会議室では篝や木坂だけでなく、静蘭カンパニーの悠那もいた。カナードは篝から話を聞いていたが、このような状況下でようやく顔を拝むことができた。

 連れてこられたカナードらを確認した篝から合図を受けた木坂がリモコンを操作すると、全ての窓にシャッターが下りて外からは覗けないようになると、篝の背後にあった食堂の物よりは巨大なモニター画面に先ほどのニュース映像のラファール達が映し出された。

 

「恐らく死霊の騎士団がついに動き出したものとされる。 先ほどのニュースにもあった通り、あの集団は現地の武装集団もしくは反米勢力の過激派のいずれかであり、駐留米軍の所有するISを騎士団から入手したと思われる特殊なISスーツで強奪したようだ」

 

「このニュース映像に映っていたあのウェットスーツのような物が例のISスーツで間違いないようだな」

 

 千冬のその言葉は正解である。篝も言っていたようについに死霊の騎士団が男でもISが動かせるISスーツを世に出せる程に本格始動したのだから。

 これにより、国際IS委員会は事態の鎮圧を図るため、国連加盟国所有のIS部隊を派遣したのがつい先ほどになる。

 

「しかし、もしもの事がある」

 

 それは、中東で起きている今回の事件が陽動の可能性があるということ。仮に大勢の操縦者が対処に向かってしまえば、その分守備が手薄になった国の軍事、もしくは民間の施設が襲撃される恐れもある。しかし、それだけが死霊の騎士団の目的とは限らない。今日になって妄想の産物でしかなかったスーツが世界中に知れ渡り、十年にも満たないISの歴史や常識が

 現在IS学園の守りは数人の専用機持ちがいるとは言え、完璧な守りとは言い難い。もしもの時はISを展開したカナードら専用機持ちが学園のほうに急行しなければならない為、現状は待機するしかないのだ。

 

「この事態になるなら、たとえ失敗作でも厳重に厳重を重ねて保管或いは廃棄すべきだったよ」

 

 絞りながら漏らすのは静蘭カンパニーの悠那。篝からの愚痴を聞いていなければ中々の好青年に見える彼は、篝同様年若い会社経営者。両親の傀儡とは言え、彼自身今回の件について悔やんでも悔やみきれないだろう。

 

「悠那、今は悔やむことより先々の事を考えろ。 木坂、現地の状況はどうなっている?」

 

「たった今派遣されたIS部隊がテログループとの交戦に入ったという情報が届いてきた。 しかし、戦況は拮抗していると言っていい」

 

 曰く、十人の男性装着者に対し五人の派遣IS部隊が対処しているのだが、どちらとも一進一退の攻防で統率の取れたツーマンセルで相手を翻弄し技術と経験の差を埋めていた。彼らが着用しているISスーツが如何なるものかを知らしめるには十分だろう。

 テログループのISスーツを千冬は便宜上特殊スーツと呼称。更に先ほどの映像を少し見ていただけだというのに、メリットとデメリットを即座に見付けたという。メリット自体は男性でもISを動かせるということ。

 

「そして、デメリットはISの基本スペックの低下だろうな」

 

 これにはカナードがいち早く気が付いて「やっぱそうか…」と呟いた。

 現に木坂からもたらされた情報とを照らし合わせると、男性操縦者二人で熟練操縦者一人を相手に互角に渡り合えていた。特殊スーツを通せば基本スペックを半減する代わりに男性でもISが扱える事は、ニュース映像でも証明されている。

 その時、真耶が慌てた様子で現れた。彼女が持ち込んできた派遣IS部隊の敗北を知らせに、誰もが予想だにしなかった様子で驚いていた。詳しく聞いてみると、地上で待機していた同じテログループの他のメンバーから援護を受けて派遣IS部隊は全滅。しかもそのテログループは派遣IS部隊から纏っていたISを強奪したのちに元々の搭乗者を射殺している。

 

「最低でも15機が奴らの手に渡ったというのか!」

 

 驚愕や怒りが入り混じったような表情の千冬が頭を抱えた。数が限りがあるとはいえこの世界において最強の機動兵器が詳細不明のテログループに奪取されたこの状況に、新たな争いの因子が生まれてしまったのだ。

 未だテログループからの犯行予告自体はどこにも届いていないが、予断を許さない状況に誰もが歯噛みする。

 そんな時、まるでファーストフードのセットメニューかと揶揄したくなるように、それでいて決して安心とは言えない知らせを真耶が息を切らせて持ってきた。

 

「あ、IS学園及び各国主要施設に死霊の騎士団の代表と思われる人物からのメッセージ映像が届きました! 今モニターに出します!」

 

 抱えていたタブレット端末をBluetooth接続でモニター画面に映像を表示させる。

 頭上のスポットライトに照らされた顔の上半分をマスクで被った白い軍服の様な服を着用した男が、後ろ手に組んでいた。この映像がどこで撮影されたものなのか分からない程、男の周囲は深い闇に包まれている。

 

『まずは初めましてというべきか。 私の名はミッシェル・ル・クルーゼ、死霊の騎士団(ゴーストナイツ)の団長を務めさせてもらっている。 突然だが、我々は今この瞬間、君たちに対し宣戦を布告する』

 

 画面の中の男が語る宣戦布告。今頃各国では同じように驚きの浮かべる人間がどれ程いるかは分からない。

 クルーゼなる男は後ろ手に組みながらその場に直立したままではあるが、彼の背後にはうっすらと何人物の人影が映り込み、その人影たちは隊列を組んで整列されていた。

 

『君たちも既に察しがついていようがいまいが、我々は男性でもISを動かせる特殊なスーツ、言わばジャミングスーツの開発に成功した。 我々は死霊の騎士団。 我々は男女問わずこの世界のルールから虐げられて来た。 夢も、希望も、愛も何もかもが、増長し腐敗したこの世を一度破壊し新たな秩序のもとに、本来あるべき世界を取り戻す。 そのために、我々は今日この日を以て立ち上がる! これこそがその力だ!!』

 

 画面の中の彼が突如光に包まれたかと思えば、次の瞬間彼はグレーの装甲に円形の大型ユニットを背負ったISを展開していた。

 大型のレーザーライフル、左腕を肘まで覆う特殊な形状のユニット、更にカナードらの目を引き付けたのは背面のドラグーンユニットではなく、クルーゼがISを展開したことだ。これでニュース映像のISを展開した男たちがフェイクでないと嫌でも理解してしまう。

 少なくとも昨年の亡国機業以上の戦力を有しているのは想像に難くない。当時の機業の単純な戦力は三人ほどであったが、今回の戦力はその数は明らかになっていない。

 そんな事態なので、この日の午後は予定を繰り上げて専用機持ちも含めてバスに乗り込みIS学園に戻る事となった。

 死霊の騎士団のテロ活動がいつ何処で起きるか分からない。そのためにも、一度戻り情報を集める必要もある。バスの発車間際に篝宛にいざという時は手を貸してほしい旨をメッセージアプリで送った。

 

 

 

 

 そして夏休み最終日を迎えた一夏たち。

 休みらしい休みすら送れなかった一年から三年までの専用機持ち達は死霊の騎士団の宣戦布告から今日まで学園での待機が命じられ、死霊の騎士団関連の事件発生の際に援軍として各国に派遣されていた。その発生件数は10件にも満たなかったが、専用機持ち達が派遣されたのはそのうちの半数ほど。発生のその都度学園から直接出撃、もしくは襲撃が予測される地域や国に短期間の滞在をするなどして対処にあたっていたのだ。

 

「あーもー、何なのよ…ったく!」

 

 今ここにいる専用機持ちの中で一番気が短いほうである乱音が学生らしい休みを満喫できなかった事と、死霊の騎士団に対して大きく不満を漏らす。次いで二番目に気が短いほうの鈴音が同意するように「まったくよ!!」と腕を組んで行儀の悪い椅子の座り方をしてふんぞり返る。二人だけでない。口にしていないだけではあるが、同じ思いをしているものは少なくない。

 件数こそ多くは無いものの、一件につき死霊の騎士団の構成員が最低でも二名以上がテロ行為を起こしている。

 因みにその分夏休みの課題の何割かが免除されている事が専用機持ちたちにとって唯一の救いではある。

 

「それにしても、連中はもっとまともな方法でスーツを発表すれば良い物を」

 

 箒のその一言に何人かが頷いた。が、一人だけ反応が違っていた。

 

「恐らくこのやり口は、白騎士事件の意趣返しだな」

 

 大和カナードは腕を組みながら語る。

 

「そもそもISが兵器として認知されたあの事件、白騎士事件がどういった事件だったか、覚えているか? 本来ISは宇宙開発用のマルチフォームスーツ。 だが、最初のIS白騎士が日本に飛来してきたミサイルの撃墜、これがきっかけにより世界はISを兵器として見るようになった」

 

 それがどうしたと言いたくなるのを抑えた一夏達だが、楯無はカナードが何を言いたいのかを理解していた。

 

「つまりカナード君、貴方が言いたいのは」

 

「はい。 ISのプロデュースの方法がもし違っていたらジャミングスーツのプロデュースも評価も変わっていたってことです。 例えば災害救助、例えば土木作業、それこそ本来の月面開発などでプロデュースしていれば、少なくともISによる現在の女尊男否の風潮は低く、ジャミングスーツも違う名前として発表されていたでしょうに」

 

 憶測にすぎませんがね、と付け足した彼の仮説。

 確かにそれは誰もがみな一度は考えはしたifではあるが、今回のジャミングスーツもアプローチの違いという点では白騎士事件と少し類似している。

 

「じゃあ何? あいつ等は篠ノ之博士に恨み持ってる連中の集まりだっていうの?」

 

「少なくとも、現代社会の風潮により居場所を失った人たちの集まりじゃないのかって話だ」

 

「『お前たちのせいでこうなった』『お前たちの使い方が正しければこうならなかった』……仮に白騎士事件が起きなかったとしても姉さんのことだ、あの人は人命救助という選択肢はまず取らなかっただろう」

 

 実妹である箒が姉の業をつくづく実感してしまう。いや、今回のは氷山の一角にすぎず、実際には自分の与り知らない事実がいくつもあることだろう。

 いつの時代も道具は使い道次第でその用途を変える。料理で人を喜ばせる事ができる包丁も、他人の命を奪う凶器にもなるように。今の世の中ではISがまさにそれだ。

 改めてこの世界が如何に歪んでいるかを再認識した専用機持ち達。自分達が無意識のうちに見ないようにしていた世界の影の部分が、知ろうともしなかった現実が、関心を持とうともしなかった結果が今の世界なのだろうか。

 

「――うむ、貴重な情報感謝する。 皆少し良いか」

 

 いつの間にかスマートフォンでどこかの誰かと連絡を取っていたラウラが通話を終え、その場の視線を一身に受ける。

 

「今し方母国にいる私の部下から死霊の騎士団に関する報告が来た」

 

 僥倖とはまさにこの事か。内心思うカナードら達にラウラは語りだす。

 十数年前に廃墟となったとある研究所にここ数か月の内に人の出入りが激しくなったと思えば、今はぱったりと人の出入りが無くなったという。そのタイミングが死霊の騎士団の宣戦布告の前後の時期。

 その出入りしていたのが死霊の騎士団であるならば直ぐにでも調査するべきなのだが。

 

「しかし、私の部下達が上層部に調査の打診をしたものの、その隙に騎士団が手薄になった首都機能を攻撃しない筈がないとのことで調査の件は一旦保留となった」

 

 何よそれと憤る鈴音、それもそうかと頷く楯無と反応は様々。

 出来るならば然るべき団体や組織が調査を執り行うはずなのだが、ラウラも言っていたように調査中に襲撃されないとも言い切れない。

 現状稼働状態のISコアの数を鑑みても、余裕があるとはとても言い切れない。

 そしてカナードたちは待機中の最中。今日で夏休みが終わろうとしているが、それでも指示には従わなくてはならない。

 いつから自分たちは学生の身分から軍人の真似事をやる様になってしまったのか。こういったことは大人の仕事ではないのか。

 今度はセシリアに着信が入った。彼女がディスプレイを覗き込むと、表示されていたのはオルコット家に仕えるメイドのチェルシーの名前。彼女は教室の隅に離れて回線を開いた。短いやり取りではあったが、最後の方でセシリアは焦った様子になり、一息ついて回線を切った。

 

「皆さん、少しよろしいでしょうか?」

 

「お前達、揃っているか?」

 

 ほかの専用機持ち達の視線を集めようとするセシリアだったが、突然千冬が入室してきた。いつも以上に顔をこわばらせる彼女の様子に、その場にいた生徒たちは一斉に視線を向ける。

 

「先ほど、IS委員会から通達があった。 現時刻を以てお前達への待機命令は解除され、それに伴い学園に新たに代表候補生の補充が決定された」

 

「補充って……」

 

 いつから俺達は軍人になったんだ。そう言いそうになるのを必死に抑え、強く拳を握るカナード。だが今の状況を考えればそうなるのも仕方ないのかもしれないと冷静になる。いや、冷静になるしかなった。

 織斑千冬は曲がりなりにも教師だ。彼女とて、きっと心苦しい思いで委員会からの通達を受けたに違いないだろう。

 

「教官、実は先ほど母国の部下から死霊の騎士団に関する報告を受けました」

 

「私もです」

 

 ラウラの報告はカナード達も聞いた通りの事。しかし、問題はセシリアが母国から受けた情報だった。それを聞いた面々は途端に表情を強張らせ、次第に窓の向こうの空を睨んだ。

 セシリアが受けた情報、それは……。

 

「我が国イギリスが打ち上げた人工衛星の一つが、死霊の騎士団を名乗る集団に奪取され現在兵器としての改造がされているとのことです」

 

 

 

 

 

続く




次回も未定ですが、そろそろカナードの核心に触れようと思います


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