Red gem of galar (Mira)
しおりを挟む

Are you ready?

イーブイとルビィの話


鬱蒼とした茂みの中でイーブイは佇んでいた。首から下げられた軽石のような何かは赤い紐が通されている。イーブイは前足を紐に引っかけると、そのまま引っ張った。イーブイは小さく悲鳴を上げ、軽石―かわらずのいしが舞った。イーブイはふん、と鼻を鳴らした後、走り去った。その姿を深緑色のエーフィが、見つめていた。

 

 

茂みを抜けたイーブイは北上し、そのまま隣町の大きな屋敷へと向かった。比較的小型なポケモン用の窓口を潜り抜け、疾走する。使用人の声が聞こえるが気にしない。そのまま軽快に階段を駆け上がった。物の少ない部屋の窓側には小さなベッドが置いてあり、掛布団が盛り上がっている。イーブイはそのまま跳びあがるとベッドへ飛び乗り、トランポリンのように跳ねた。

 

「うぅん......起きるってばぁ。」

 

今日はお休みなのに、と布団の中の主がのそりと起きだした。ぼんやりとした脳内にスマホのバイブレーターの音が響く。スマホの画面には幼馴染とウールーが笑顔で並んだアイコンが映っていた。

 

「......もしもし?」

『もしもしルビィ?今起きただろその声。』

「......うん。」

『朝弱いなぁ......でもアニキの到着までまだ間に合うぞ。』

「あ、今日だったっけ。支度しなきゃ!」

『焦るなよルビィ。準備できたらオレの家に集合な!』

 

 

通話終了、をタップしたルビィは頭を抱えた。年末年始休暇に入って気が抜けていたのだ。間に合うとは言え、もしイーブイが起こさなければ一大事だっただろう。

 

 

「起こしてくれてありがとう。」

 

 

ルビィはイーブイの頭を撫でた。たわし呼ばわりされる彼女の毛並みを触ると、どこか落ち着いた。ルビィは布団から這い出ると、寝ぐせ直しウォーターや基礎化粧品の入った籠とタオルを抱えて、イーブイと共に階段を降りて行った。

 

 

昔からガラル地方では人々とポケモンが力を合わせて生活を送っていました。

しかし、そんなガラル地方でも人々とポケモンが危険に晒されたことがありました。

―其れは2万年も前のこと、ガラルの空が黒く渦巻きました。

その瞬間、ポケモンたちは突然巨大化し、我を忘れて人間を襲い始めました。

しかし一人の若者が―後のガラルの王が黒い渦を治めました。

黒い渦が元に戻ると、ポケモンたちは元の大きさに戻り、落ち着きを取り戻しました。

今日もまた、ガラルでは人々とポケモンは協力しながら生活しています。

 

「このお話はおしまい。次のお話会は明日の1時からだから、楽しみにしてる子はまたおいでね。」

 

元気に返事をする子供たちの前で、花丸は絵本を閉じた。花丸お姉ちゃんまたお話聞かせてね、という声に思わず微笑む。ターフタウンの小さな教会で週末に開かれる読み聞かせは町の子供たちの楽しみであり、同時に本の虫である花丸にとってもお気に入りのイベントであった。

 

「花丸ちゃんお疲れ様。これ差し入れだよ。」

 

「兄ちゃん、いつもありがとうずら。」

ヤローの差し入れを受け取った花丸は花が咲くように笑った。下手をすればユキハミ並みの食事量でも平気で食べてしまうため体力に自信のあるヤローでも困ることはあるが、花丸が美味しそうに食べる姿を見れば作った甲斐があったというものである。

 

「花丸ちゃんの読み聞かせ、とっても好評なんだね。さっきすれ違った子が明日も行くんだ!って言ってたよ。」

「えへへ......、嬉しいなぁ。」

 

花丸は笑顔が増えた。読み聞かせはもちろん聖歌隊や農園の手伝いはヤローが気が付いた時から行っているし楽しそうにしている。これは花丸が通っているスクールのスクールアイドルとしても活動するようになって以降の変化だ。歌も本も手伝いも花丸の好きなものだし笑わない子ではなかった。しかし兄妹として過ごしてきたからこそわかる、嬉しい変化だ。

 

「花丸ちゃん、最近楽しい?」

「楽しいずら!」

 

弾む声で花丸は答えた。

 

「久しぶりね、果南ちゃん。」

「あ、ルリナさん。また来てくれてありがとうございます。」

 

モデルの仕事も並行しているルリナは、チャンピオンカップ前の休みがとても貴重である。英気を養うために贔屓のダイビングショップへ赴いた。ダイビングショップの店員である果南は気さくで話しやすく、同時にかつて通っていたスクールの同輩にもあたるため思わず話が弾んだ。

 

「前回のガラル代表戦、残念だったわね。決して悪いパフォーマンスではなかったのに。」

「ガラルでは4番目以内、ってことなんですけど、まぁ確かに悔しいですね。」

 

浦の星女学院は入学者数の減少から別の義務教育学校との統廃合が検討されていた。卒業生とは言え母校が形を変えてしまうのは聊か遺憾と感じたルリナは、密かに母校のスクールアイドルを応援していた。といっても定休日があるような仕事ではないので、公式MVを見るくらいで精一杯ではあるが。

 

「でもまぁ、次回に全力かけますよ。もうラストチャンスですけど。」

「楽しみにしてるわ!ちゃーんと、ガラル代表に選ばれてよね?」

 

冗談めかしく笑うと、ボンベを引きずって更衣室へ足を運んだ。スクールも、スクールアイドルとしての知名度も上がったのは事実であるが、果南は口に出せなかった。

 

自分たちの活動は、入学希望者数に何もつながっていなかったことに。

 

鞠莉は悩んでいた。浦の星の入学者数が「1名」から増えないことに。正確には冬季大会の代表戦でようやく増えたのだが、それ以来からっきしだ。浦の星に資金提供をする代わりとして鞠莉は理事長職を務めているのだが、それ以前に浦の星の生徒だ。来年卒業する身とは言え、何とか統廃合は防ぎたい。実際問題、スクールアイドル活動が廃校寸前の学校の入学者数増加につながり廃校を免れた、という話はある。鞠莉たちもそれを信じて活動したこともある。しかし現状は芳しくなかった。今でこそ浦の星のスクールアイドル、Aqoursのお陰で学校の知名度は上昇したが、立地の問題か、将又教育を受けなければならない年齢の女子の人口そのものが少なくなったからなのかは不明だが、入学希望者数が増えていない以上Aqoursの活動は統廃合を食い止める要因としては意味がない。

 

「どうすれば...。」

 

ふと、つけっぱなしにしていたテレビ画面が目に留まる。チャンピオンカップエントリーのCMだった。そう言えばスクールアイドルでポケモンリーグに挑んだという話は聞いたことがない。スクールアイドルの世界では今や伝説となったµ'sやA-RISEでさえポケモントレーナーではあったものの、彼女らはリーグに挑んだわけではなかった。

 

「......これだわ。」

 

スクールアイドル初のリーグ挑戦者、なら箔がつくだろう。高いハードルだが仮にチャンピオンになれれば余計に。挑戦者は善子かダイヤがいいだろう。あの2人はスクールアイドルバトルでも頻繁に出場する実力者だ。だがガラルのチャンピオンカップはリーグ関係者の推薦状が必要だ。鞠莉はマクロコスモスの役員の令嬢とは言え、立場としては聊か弱い。

 

「......あら?珍しいわね。」

 

スマホロトムが着信を知らせる。映し出されたのは親友の一人の妹の名前だった。通話に出る、というタブをスライドし通話口に声を入れる。

 

「もしもし、鞠莉ちゃん。皆にお知らせしたいことがあるの。」

 

ルビィから告げられた事実に、鞠莉は言葉を失った。




長らく更新できず大変申し訳ございません。
2022.12.17に修正しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Strange Encounter.

初めてのバトル。英雄との邂逅。


ガラルに暖かな光と静寂が訪れるクリスマス休暇。隣町に住む幼馴染の勧めで、ルビィは彼の兄とその長年のライバルという青年のエキシビジョンマッチを共に眺めていた。エキシビジョンマッチは公式戦とは言えどジムリーダーたちの成績に反映するものではないが、ガラルのチャンピオンは10年間無敗記録を更新し続けている。今回の対戦相手はダンデのライバルと称され、尚且つお互いも認めているキバナだった。

 

『ダンデ!エキシビジョンマッチとは言えどお前の無敗記録、ここで止めてやる!!』

『どんなバトルでも負けないぞ!』

 

10年間無敗を貫くためにどれだけ努力し、どれだけ精神的に強くあらねばならないのだろうか。今から課せられるもう一つの運命に、ルビィは大きく深呼吸しながら膝を抱きしめた。

 

「ダンデさん、やっぱり強いね。」

「だろだろ!!いつかあそこまで上り詰めるんだ......!」

 

幼馴染のホップは兄をとても慕っており、そして兄と同じ景色が見たいといつも願っていた。ルビィも姉のことを尊敬しているが、到底姉のようにはなれないだろう。そんな自分は果たしてホップと共に茨の道を走れるのだろうか。白熱した試合を目にしながら、ルビィは昨日のミーティングを思い出すのだった。

 

 

ラブライブ夏季大会に向けたミーティングの最後に、ルビィはあることを告げた。それは今年自分がジムチャレンジの推薦を受けようと考えていることだった。勿論隣町に住む幼馴染も一緒に推薦を受けると伝えて。だがそれを真っ先に反対したのは自分の姉であった。

 

「私は断固反対ですわ。どうせあの男がしつこかったのでしょう。」

 

ダイヤはガラルの現チャンピオンの弟に嫌悪感を抱いていた。ダンデやホップとは隣町とは言え懇意にして貰っていたが、ほぼ面識のないダンデは兎も角としてルビィと仲の良いホップに対してはこの有様である。ダイヤが浦の星の初等部に入学した頃は今日ほど辛辣な態度ではなかったはずだが。

 

「ホップ君はルビィのことを待っててくれてたんだよ。ルビィの決心が固まってからでいい、って。」

「ちょっと待って!ルビィちゃんダンデさんと知り合いなの!?」

 

梨子の驚きの声にルビィは頷く。どうも梨子もそれなりにジムチャレンジは観戦しているし、余裕があれば現地観戦もしているようだ。

 

「うん、あまり会ったことはないんだけど...隣町に仲のいい子がいるんだけど、その子のお兄さん。」

 

世間って狭いのね、と呆けた顔をする梨子に対して他のメンバーも互いの顔を見合わせあっている。それもそのはず、現チャンピオンはガラルリーグ史上最年少にして、それまでバトル経験もなかったにも拘わらずチャンピオンに上り詰めたのだから。

 

「そ、そのダンデの弟を介してアプローチを受けてたってわけ?」

「善子ちゃん、語弊を招く言い方はやめるずら。」

 

善子は元々ポケモンに詳しいが故にスクールアイドル交流のための親善バトルでも好成績を残しているし、花丸に至っては兄がジムリーダーであるためジムチャレンジの事情には詳しい。だからこそダンデから推薦したいと前々から告げられていたという事実はビッグニュースだった。

 

「それって凄いことなの?」

「凄いよ!ダンデさんって、とっても強いのに今まで推薦したことなかったんだよ!?」

 

千歌はジムチャレンジに興味がないため、あまりピンと来ていなかったが曜がフォローする。しかもその相手が、スクールアイドル初の挑戦者になるかもしれないのだ。

 

「成程、それなら統廃合の決め手にもなりそうね。」

「それにルビィちゃんもやる気だよ?ダイヤはどうしてそんなに嫌なの?」

「そうよ、Aqoursとジムチャレンジの相乗効果で入学希望者数が増えるかもしれないのに!」

 

ルビィの活躍によって入学希望者数が増えたら願ったり叶ったりだ。浦の星があるバウタウンでは、観光に対するガイドラインが役所から交付されるほど第三次産業の収益は上がっている。だが入学したい、と思わせるあと一歩を探していた鞠莉はにやりと笑った。おまけに現チャンピオンからの推薦だ、益々箔がつくだろう。しかし、それでもダイヤは動かなかった。

 

「いいですか、ジムチャレンジを突破するには半年以内に8つの街を回らなくてはならないのですよ?しかも道中は決して安全ではありませんわ。ルビィはバトルもしたことがないのに......。」

「......ダンデはジムチャレンジが初バトルだったのよ?」

 

そんなものは理由にならない、と善子が暗に示すとダイヤがオーロンゲのような形相を浮かべた。善子は小さく悲鳴を上げる。

 

「手持ちポケモンだっていないのですよ!?そんなルビィにどうしてあの男は......!」

「いるよ。」

 

イーブイ、とルビィは声をかける。すると机の下から元気な鳴き声と共に、ひょこりと癖毛のイーブイが顔を覗かせた。千歌がかわいい!と叫ぶとイーブイに一斉に注目が集まる。イーブイ自身はきゃっきゃと笑い声をあげた。

 

「尻尾が少し小さいから雌なのね、珍しいわ。」

「......お姉ちゃん、この子が産まれた時からルビィは一緒にいた。この子と一緒に、ルビィは強くなる。」

「......お母様は、何と。」

「ルビィがやりたいなら、応援するだけだって。」

「......もし危ない目に遭ったら、家の総力を上げて辞退連絡をします。」

「そんなことにはならないよ。でも、ありがとうお姉ちゃん。」

 

イーブイの大きな瞳がダイヤをじいっと見つめる。ダイヤは大きく目を見開いた。胸元にあったはずのかわらずのいしが、なくなっていたのだから。

 

エキシビジョンマッチは激戦だったとは言え、勝利を納めたのはダンデだった。長年のパートナーであるリザードンとハイタッチをする一方で、対戦相手の青年は笑顔ではあったものの、その前に両手で頭を抱え込んでいたことをルビィは見逃さなかった。

 

「この人、悔しそう。」

 

キバナは8番目のジムリーダーでありダンデが認めるライバルだ。今もなお黒星を付けられないでいる。もちろん8番目ということは最後のジムであり、尚且つ『他地方であればチャンピオンになれる実力』と称されているのだ。ダンデが規格外なだけで、キバナもまた実力者であるのは確かなのに。

 

「アニキがいっつも言うんだ。観客はどちらかの勝利と敗北、両方を望む残酷な人々なんだって。」

「うん、スクールアイドル始めてルビィも感じた。」

 

好成績を上げればそのままラブライブ一次予選を免除されるスクールアイドルのイベントに参加した結果、あまりにも残酷な結果を目の当たりにしたからこそ言える。確かにバウタウンでは持て囃されていた。しかしそれは人々の好意に甘えていたに過ぎなかった。ガラル全体、全地方までスケールを広げたら見向きもされないことは最早珍しくない。スクールアイドルの数が黎明期の10倍にも膨れ上がった今日ではあり得る現象だったとは言え、その現実は迎えに来たソニアの胸元でルビィが大泣きするほどだったし、千歌も海岸で悔し泣きしていた。

 

「でも、アニキはこうも言ってた!その中で掴む勝利は、何物にも耐えがたいって......!!」

 

しかし一次予選では上位4組に食い込み、最終予選まで駒を進めたのだ。そのときの嬉しさは確かに覚えている。ダンデも10年間玉座死守を望まれた一方、敗北を強く願われたのかもしれない。成程説得力がある。

 

「そんなアニキが俺たちを認めてくれたんだ!絶対伝説を刻んでやるぞ!!」

「うん!頑張ろうね!!」

 

はた、と気づく。そういえばあの完璧超人なチャンピオンだが、一つだけ欠点があったのだ。

 

「ダンデさん、ちゃんとハロンタウンまで来れるのかな......。」

「......ちょっと心配になってきたぞ。」

 

ダンデは方向音痴だ。馴染みの場所ですら道に迷う。リザードンに乗っていればその限りではないが、言い換えれば長年のパートナーがいなければ目的地に辿り着けないのだ。二人は顔を見合わせた。

 

「迎えに行こうか!」

「ああ!リザードンだけじゃちょっと心配だもんな!」

 

 

ブラッシータウン駅前は酷く混雑していた。駅の利用者が大勢いるわけではない、リーグ開会前にチャンピオンが故郷に帰ってきたのだから。あまり身長の高くないルビィとホップが首を伸ばしても、ダンデの姿は確認できない。しかし隙間から橙色の竜が見え、2人は人ごみの隙間を縫ってダンデに駆け寄った。

 

「やあお前たち!待っていたぞ!」

 

ダンデは住民たちとは違う穏やかで、しかし太陽のような笑みを浮かべてホップとルビィの頭をそれぞれ撫でた。張り切らんばかりに飛び跳ねるイーブイを久しぶりだな!と抱きかかえたりもした。

 

「アニキ!不安だからルビィと迎えに来たぞ!」

「ありがとう!いやぁ、リザードンがいなければ目の前の建物にも辿り着けないからな俺は!」

 

誤魔化すように高らかに笑うダンデにルビィは苦笑いした。ホップでさえ呆れ顔、イーブイに至ってはジト目である。

 

「そんなことより!ポケモンとルビィへのプレゼントは?」

「ああ、今日の本題だな。まずは家に帰ろう!」

 

当然実家にすら満足に帰れないなんてことは御免だ。ホップが先頭でダンデの手を引き、ルビィが最後尾についてハロンタウンへと向かった。リザードンがルビィに申し訳なさそうな顔をしていたのは内緒である。

 

「みんな、出てこい!」

 

3つのモンスターボールがダンデから解き放たれると、3匹のポケモンたちがダンデとホップの実家の庭で楽しそうに遊んでいた。ちょっとしたアクシデントでメッソンが泣き始めたり、途中でヒバニーが蹴飛ばした小石をイーブイが尻尾で叩き落としたことですっかりメッソンの涙も引っ込んだ。ルビィの頬が自然と緩む。この3匹の内1体が、ホップのパートナーになるのだと言う。

 

「......ウールーに続く、お前の大切な仲間になる子だ。しっかり考えて選ぶんだぞ!」

 

可愛らしく、しかしとても頼りになる相棒なのだから。しばらく頭を悩ませていたホップだが、ヒバニーに拳を差し出した。

 

「...決めた!お前にするぞ、ヒバニー!!」

 

声をかけられたヒバニーは嬉しそうに拳を差し出した。ダンデは残りのサルノリとメッソンに一言かけた後、ルビィに向き合った。鞄の中から小箱を取り出し、ルビィに差し向けた。

 

「この箱の中身は、きっと君の相棒の力になってくれる。好きなものを選ぶんだ。」

 

小箱の中には赤、青、黄色、緑、水色の石が並んでいた。覗き込んだホップも思わず綺麗、と息を呑んだ。しばらく小箱の中を眺めていたルビィだが、導かれるように緑色の石を手に取った。自分の瞳の色と同じ色の石はリーフの石。くさタイプの力を秘めた進化の石だった。

 

「イーブイは遺伝子の揺らぎが大きく、周りの環境の影響を受けやすい。だが、それは様々な進化の可能性を秘めているとも言えるんだ。進化の石による進化以外にもあるとは聞いているが...それをいつどのように使うかは、君たち次第だ。」

 

いつもならルビィにべったりなイーブイがダンデを真剣に見つめる。その時、イーブイは跳びあがってルビィの手元にあったリーフの石に触れた。ルビィが小さく悲鳴を上げた途端、イーブイは光に包まれた。あまりの眩しさにホップも目を瞑る。

 

「...あれ?」

 

イーブイが目の前にいない。代わりに葉を模した尻尾や耳を持つ姿に変わっていた。

「おめでとう、ルビィ。イーブイは今、くさタイプの力を秘めたリーフィアに進化した。きっと君の旅の心強い相棒になる。」

 

ルビィはリーフィア、と繰り返しながら小首を傾げた。どうも色合いが父のエーフィと違うからだ。リーフィアは嬉しそうに、しかし誇らしげににこにこと笑ってルビィの胸元に飛び込んだ。ルビィはリーフィアを抱きかかえ、頑張ろうねと囁いた。リーフィアもそれに応えるように鳴いた。

 

「すっごいもん見ちゃったぞ!!俺たちも頑張ろうな、ヒバニー!」

 

初めてポケモンの進化を目の当たりにしたのだ。ホップは少し興奮気味だったし、ヒバニーも目を輝かせていた。

 

「さて、せっかく冒険に出るんだ。2人でバトルをしてみたらどうだ?」

 

ジムチャレンジに挑むということは、バトルは避けられない道だ。ダンデもルビィの事情は知っていたとは言え、ジムチャレンジに挑むということはバトルをすることを了承したということだ。当然ルビィも気丈な返事を返した。

 

「頑張ります!」

「ルビィ、勝負だ!ここから、俺の伝説の1ページが刻まれる!」

 

 

勝負はルビィに白星だった。ホップはウールーもパートナーだったが、リーフィアが堅実に対応してくれたお蔭でタイプ相性的に不利なヒバニーも倒してしまった。

 

「ホップ君2体いるし、相性不利だし焦ったよぉ......。」

「何言ってんだよ!お前とリーフィア強すぎだぞ!」

「2人とも素晴らしいバトルだった!思わずリザードンと一緒に参加してしまいそうになった...!」

 

ダンデはその座に胡坐をかかない。ビギナー同士のバトルでも学ぶべきものは学び、素質を見出す。だが本当にリザードンと一緒に割って入られると困るとホップが告げると、また誤魔化すように笑った。

 

「と言うかアニキ!推薦状は?」

「まぁ待て。まずは2人とも、ポケモンにもっと詳しくなるんだ。ルビィ、ブラッシータウンのポケモン研究所のことはわかるな?」

「はい!ルビィの家のすぐ近くだから。」

「そこに知り合いの博士見習いがいる!ポケモン図鑑をもらってくると良い。」

 

2人ともポケモンのことに対しては初心者だ。知識を制する者はバトルをも制す。ダンデが言いたいことはそういうことであろう。一緒に行こうと一声かけようとしたルビィだったが、ホップがあるウールーを見つめていた。

 

「あいつ、まどろみの森に入っていこうとしてないか?」

 

まどろみの森は霧が深いため、本来子供たちが入っていいような場所ではない。ブラッシータウンに住んでいるルビィにさえその言いつけは伝えられていた。普段は門が閉められているが、それをウールーがたいあたりしてこじ開けようとしていた、ということである。

 

「流石に放っておけないぞ......。」

 

まどろみの森に走って行ってしまったホップをルビィは追いかけた。ルビィはホップより年上だが、当然まどろみの森にすら入ったことがなかった。初めはともかく、だんだん霧が深くなりルビィも怖気づく。しかし、一気に霧が深くなった頃、ルビィの前に誰かが現れた。正確には人ではない。青い髪を携えた狼のような......。

 

「...貴方は誰?」

 

その狼のようなそれはルビィをじっと見つめた後、霧の中に溶けていった。




2022.12.17.大幅に修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

One more push.

推薦状。そして旅の始まり。


結局まどろみの森の中に入り込んでしまったウールーはホップの手により捕まった。それはいい。問題は近隣住民によりルビィとホップがまどろみの森に入り込んでしまったのを目撃されたことだ。ウールーを捕まえたホップとルビィが森の中から抜け出した直後、待っていたのはホップの母とダイヤだった。

 

「全く!これ以上ルビィを誑かすのもやめてくださいまし!ルビィ!どうして止めなかったのですか!」

 

ホップの母はダイヤのあまりの剣幕にもうその辺にしてあげて、と宥めていた。ダイヤはルビィには甘いが、事ルビィの身に危機があるとどこへでも飛んできてしまう。確かにホップでさえルビィの方が少し年上だということを忘れてしまうが、彼女はそう遠くないうちに成人を迎えてしまうのに。周囲の囁き声も相まって身を竦ませたルビィは隣にいるホップに目配せをすると、顔を上げて一歩歩みだした。

 

「お姉ちゃん、ごめんなさい。ウールーがまどろみの森に入ろうとしちゃって二人で追いかけたの。」

「違うよ、先に追いかけたのは俺なんだ!」

 

激化するダイヤの態度に空かさずルビィは頭を下げる。ホップは目を見開くと、ルビィより前に歩みだして謝罪した。実際、先にまどろみの森に入ってしまったのは紛れもないホップだからだ。それにこのままではルビィが旅に出れなくなってしまうかもしれない。それだけは何としても避けたかった。

 

「もういいだろう、ダイヤ。兎に角、お前たちが無事でよかったよ。」

 

言葉を詰まらせたダイヤを見計らって、ダンデは2人を労わった。ダイヤの目つきが一層鋭くなる。今にも歯軋りしそうなダイヤの烈火の如くの対応に、ホップは目を伏せた。

 

ルビィもホップも、ポケモンのことは何も知らない。ポケモンを知るほど、バトルは有利になる。だからこそダンデがソニアに根回しをしてあることを頼んでいた。

 

「はい!ポケモン図鑑のアプリ入れたよ!ルビィちゃんもホップもポケモンについてはあまり詳しくないでしょ?」

 

道中はバトルが付き物。バトルの際はポケモンの基礎知識を押さえておかなくてはならない。更にガラルにいる多くのポケモンを知ることもできる。アプリを開くとイーブイとリーフィアのデータが掲載されていて、ルビィは目を輝かせた。ホップはウールーとヒバニーが登録された画面を食い入るように見つめていた。

 

「そう言えば、私たちの実家でダンデ君待ってるみたいだよ?」

「あれ?いつの間にアニキいなくなったんだ?」

 

ソニアとその祖母、マグノリア博士の実家はブラッシータウンのはずれにある。いつの間に移動してしまったのだろうか。ソニアの口ぶりからおそらく迷わずソニアの祖母の家に向かったのだろう。世話が焼けるな、とホップは頭を掻きルビィの手を引いた。ソニアに礼を言って間もなく呟いた言葉を、ルビィは耳にし、小首を傾げた。

 

「私は、助手。」

 

「おばあちゃま、お久しぶり!」

「そのリーフィアは......まぁ、大事にしているのね。改めてようこそ。ダンデ君から話は聞いていますよ。」

 

マグノリア博士は町の、引いてはガラルで最も有名なポケモンの研究者だ。高齢のためフィールドワークが難しくなってしまったが意欲は枯渇せず、孫娘のソニアと共に論文を一定スパンで提出し続けている。しかしながら気取ることはなく、常に謙虚であるため誰からも慕われている。ぺこりとお辞儀をしたリーフィアとルビィを見たマグノリア博士は最初こそ驚いた様子を見せたが、すぐ顔を綻ばせた。

 

「ダンデ君、こんなにも有望な2人なのです。それに君の目標はガラル地方そのものが強くなることでしょう。なら、2人が共に強くなる道を歩ませるのが道理ですよ。」

 

ポケモンの捕まえ方もわからなかった2人なのだ。あのダンデとて不安だったのだろう。ルビィは身を竦めたが、リーフィアは緊張を解きほぐすように足元にすり寄った。

 

「...2人とも、ポケモンたちのおかげで世界が広がっただろう?」

 

2人は大きくうなずいた。ガラルには様々なポケモンが住んでいることも、自分たちの手持ちのポケモンではまだジムチャレンジを進めるのに心許ないことも。

 

「なら、その成果を俺に見せてくれ。最初のバトルとは一味も二味も違うはずだ!」

「あら、それなら私も見学しますよ。若い子が強くなる様は、何事にも代えがたい素晴らしいものですから。」

 

2人は顔を見合わせ、笑いあった。新しい仲間も増えたのだ。その成果をダンデに見せてやろうと。

 

「やってやろうぜ、ルビィ!」

「またよろしくお願いします!!」

 

あらゆるバトルも自分の力に変える大人たちに見守られ、バトルに決着が着いた。結果は再びルビィの勝ち。やっぱり強い!とホップは悔しがりルビィは自分のポケモンたちを労わった。

 

「1戦目以上に素晴らしいバトルだったよ、2人とも。」

「ちょっと冷や冷やしたけど、楽しいね!」

 

今日までバトル未経験だったルビィも、爽やかな笑顔を浮かべていた。一方的に勝負を挑まれ泣いていたルビィはもういない、ダンデは安堵した表情を浮かべた。

 

「思わず飛び込みそうになるくらいの熱い勝負だった!!これを受け取ってくれ!」

 

ダンデは2人に封筒を手渡す。―それはチャンピオンカップ挑戦者の推薦状だった。リーフィアはやったぞ、と言わんばかりに飛び跳ねている。

 

「やった......やったぞルビィ!」

「やったねホップくん!」

「ああ!ここからが、俺の伝説の始まりだ!!」

 

ようやく兄と同じ場所に立てる、と喜ぶホップの横でルビィは推薦状をまじまじと眺めていた。これでようやく強くなれる。家からも解放され、家族であるリーフィアと共に自由になれる。ルビィは唾を飲み込んだ。刹那、ルビィの頭に何かが当たった。かさりと芝生にそれは落ちる。

 

「え。」

 

手を伸ばした瞬間、ルビィの鼓動が大きく跳ね上がる。胸を押さえながらその塊を掴んだ。心配して駆け寄るホップに、大丈夫とただ一言告げるのだった。

 

スクールアイドル部の部室に、水の張った洗面器が置かれていた。厳密にはその中にダンデがホップのために勧めようとしたポケモンの候補であるメッソンがいるのだが。ダンデも忙しい身なので、このメッソンをAqoursの皆で育ててほしいとダイヤに授けたのだ。Aqoursが可愛いかわいいと顔を綻ばせる一方、突然知らない人間に囲まれたメッソンは泣き出してしまった。

 

「わわ!泣き出しちゃった!!」

「おーよしよし......。」

 

メッソンは泣き虫で、涙自体にも催涙効果がある。あやしている善子もぼろぼろと泣いていた。ルビィは学業とスクールアイドル、ジムチャレンジに奔走しなければならないため、なるべく8人で役割を分担することにした。花丸は図書館で早速図鑑を取り出して生態を調べるほどだ。Aqoursの意味は「水」。ちょうどみずタイプでビギナー向けポケモンのメッソンならAqoursらしい。全員が了承した。

 

「メッソン、あたし達Aqoursもこれから沢山たくさん強くならなきゃいけないんだ。......一緒に頑張ってみる?」

 

メッソンに目線を合わせ、語り掛ける千歌。冬季大会の予選には脱落してしまったが、統廃合決定までもう時間がない。それに高等部の3人はこれがラストチャンスなのだ。千歌の思いを受け取ったのか、メッソンは笑った。




2022.12.17.大幅に修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

In the silence

旅立ち、油断。
不穏な気配。


開会式は年明けである1月2日。いつもなら前日にダイヤの誕生日を細やかに祝った翌日にスクールに通うのだが、例年通りなら開会式に到底間に合わない。何故なら開会式の会場はスタジアムの中でも老舗と言っていいエンジンシティスタジアムなのだ。ブラッシータウンからは鉄道を使わねばならず、しかもここ数日ウールーが線路を陣取っておりワイルドエリア駅で降車して抜けなくてはならないことが発覚した。しかもこのワイルドエリアが広く、天気もコロコロと変わるため余裕を持たなければ間に合わないし、最悪命の危険もある。それを知ったダイヤが速攻でリーグに辞退の連絡をしかけたほどだ。しかしルビィが再び頭を下げたことと、クリスマス休暇を家族と、そしてAqoursと共にダイヤの誕生日を祝うことで渋々と了承してもらえた。そしてその日はルビィの出立祝いも兼ねていた。不慣れながらもルビィが抹茶のティラミスを鞠莉と善子と作ったり、方やダイヤもルビィの好物であるスイートポテトを振舞ってくれた。ダイヤはようやく成人を迎え、飲酒させてみようかと鞠莉が提案したものの、善子と花丸はまだ15歳だったため果南が止めた。3人でお酒を飲みましょう、とダイヤが窘めればようやく鞠莉も大人しくなった。

 

 

「ルビィちゃん、お祝いってほどじゃないけどおばあちゃんからルビィちゃんにって。」

 

ダンデはリーグ開催が近くなったためシュートシティへ出発してしまったが、ホップとソニアもダイヤの誕生日を祝ってくれた。ルビィの作るお菓子は2人には好評だった。

 

「ほら、ホップとバトルした後頭上から何か降ってきたでしょ?あれはねがいぼしって言って、ポケモンがダイマックスするエネルギーが込められているの。原因はまだわかっていなくて、おばあちゃんと研究してるんだけど......。」

 

ダンデに推薦状をもらった後、空から降ってきた黒い塊。それをマグノリア博士が回収し、パワースポットでポケモンをダイマックスできるリストバンドを作ってくれた、とのことだった。実際ホップも右手首に同じものを付けていた。

 

「いつかルビィとダイマックスバトルする日が来るんだな!」

 

声を弾ませるホップに、心強い仲間ができたとルビィは安堵した。どくり、と鳴った心臓に目を背けたまま。

 

 

広大なワイルドエリアをリーフィアが駆け、道端で捕まえたココガラが彼女を追いかける。青空と雨雲のグラデーションに冷や汗をかいたルビィは2匹を追いかけた。

 

「待って!雨が降るよ!!」

 

リーフィアは明るい性分だが、まさかボールから勝手に出てくるとはルビィも予想外だった。ほぼ放し飼い状態だったためボールの外に慣れているせいもあるのだろう。おまけにココガラも似たような性分と来た。2匹ばかりを気にして足元を見ていなかったルビィは巣穴に躓き、そのまま巣穴へ真っ逆さまに落ちてしまった。ルビィの悲鳴にリーフィアが立ち止まり、つられてココガラも動きが止まる。2匹が振り返ると、静寂の巣穴から赤紫色の光が放たれた。

 

「痛た...。」

 

軋む身体を持ち上げるようにルビィは起き上がった。空は赤黒く、赤い閃光が迸る。辺りは岩山ばかりで、緑や川もない。ルビィは身を竦ませながらも、辺りを見回した。リーフィアとココガラを追いかけていたら石に躓いた気がするが、確かソニアからワイルドエリアのことは粗方聞いた気がする。ワイルドエリアはねがいぼしが潤沢な場所で、巣穴に潜り込むときは注意しろと。ルビィからさぁっと血の気が引く。ボールベルトをぺたぺたと触るも、2匹ともボールから放り出してしまっている。ルビィは頭を抱えた。瞬間、ルビィを吹き飛ばすような咆哮が響く。そこに現れたのはサイドンだった。ダイヤの自慢のパートナーとは勿論別個体だが、一度ダイヤの機嫌を損ねて追いかけまわされたこともあり、小さな悲鳴を上げる。どうしよう、と呟くも打つ手がない。瞬間、ここにあるはずのない木の葉がふわりと舞い、サイドンを襲った。

 

「リーフィア!」

 

くるりと一回転してルビィの足元に降り立つ。ココガラも巣穴から飛んできてルビィの周りを飛び回った。恐らく心配してくれているのだろう。申し訳なさはサイドンの咆哮と共に盛り上がった大地に掻き消される。このサイドンは明らかにルビィを狙っている。最初に入ってきた異物と見做されたのか。リーフィアとココガラが割って入る。このままではこの2匹も無事では済まない。何より自らの不注意が理由だと言うのに!

 

「やめて!!!!」

 

 

気が付けばルビィは巣穴の横で、雨ざらしの状態で倒れていた。リーフィアとココガラが自分を覗き込んでいる。ココガラは呆れたように溜息を吐き、リーフィアは自慢の尻尾でぺしぺしとルビィの頬を叩いた。

 

「ごめんてば。」

 

あれは夢だったのだろうか。だが膝の痛みが続いているからきっと現実だ。だがサイドンに攻撃されてから巣穴から放り出されるまで全く記憶にない。ルビィは片手で額を押さえて考え込むが、リーフィアとココガラにスカートの裾を引っ張られて我に返った。

 

「そうだね。移動しようか。」

 

少し移動すればきっと快晴だろう。そこまで移動してキャンプを張って、小腹を満たそう。ルビィは2匹をボールに戻し、ワイルドエリアを駆けていく。

 

 

2匹は伝える術を持たない。ルビィの口から赤い光線が放たれたことを。

 

 

 

時は少し遡り、クリスマス休暇の前にリーグミーティングがあった。本来ならシーズン外のこの時期だが、年末前にジムチャレンジ挑戦者が一通り決まるため、そのリストがジムリーダーたちに配布された。挑戦者の顔写真や氏名、住所、家柄まで事細かに掲載されているリストは万が一のことを考えて処分しやすいよう紙媒体での配布である。相変わらず大都市のエンジンシティやシュートシティ出身の挑戦者が多いな、と独り言ちながら、ページを捲っていく。はたと目に留まったのは女性、正確には少女のチャレンジャーだった。ブラッシータウンの出身だそうだが、推薦者欄にはよく知った名前が記載されていた。

 

「推薦者、ダンデ?」

 

何でこんなガキを、と不思議に思った。来年のジムチャレンジにはダンデは2名推薦したそうだが、もう片方は弟だからわからなくもない。しかし彼女はダンデの故郷の隣町の住人であることを差っ引いても、怯えを隠しきれていない表情に小首をかしげた。他のジムトレーナーたち曰くブラッシータウンの領主の次女らしいが、バウタウンにある女学校のスクールアイドルの一員だそうだ。

 

「......何だそれ。」

 

しかもよく見たら中等教育下に置かれていて余計驚いた。ダンデの弟と同い年かまたは年下だと思い込んでいたのだ。彼はSNSを頻繁に更新したり、ファッションに明るくおまけに美丈夫であるため勘違いされやすいが、本来己に厳しく価値観もしっかり持っているため流行に関してはとんと疎い。おまけに芸能関係に関しては本人の興味の対象外であることも相まって聞かれても困るほどだ。

 

「......でもお姉さんや同期の子たちはよくバトル配信してるのに、ルビィちゃんあまりこういうのに参加しないんですよね。」

 

それなら猶更不思議だ。バトル経験も豊富で恐らく後継ぎであろう姉を推薦するのはまだわかるから。だがどうもいら立ちが募る。否、その表現では済まないほどの何かが沸き上がった。

 

―師匠!

 

担架に乗って運ばれる先代ドラゴンジムリーダー。幼き自分を抑えるジムトレーナーたち。目を伏せる兄弟子。新聞に掲載された、ナックル城を破壊した犯人。

 

 

推薦者ダンデのページにメモを書いた付箋を貼り、キバナはリストを机に放った。

 

"Going to kill you."




2022.12.17.大幅に修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Opening Ceremony

開会式。
運命は交錯する。


Aqoursの面々ー一人を除くーが小遣いを出し合ってプレゼントされたキャンプセットをリーフィアとアオガラスと共に畳む。アオガラスが獲ってきたきのみを刻んで煮込んだカレーはルビィが今日まで食べたものよりも美味だった。母のカレーは香辛料の味しかせず、ダイヤのカレーはモモンの実とレードル3杯分のあまいミツを入れているため大変甘い。クラボの実は少し辛かったが、味は悪くないと自画自賛した。

空腹を満たしたルビィはリーフィアとアオガラスを追いかける。道中の野生ポケモンのバトルか、カレーで力をつけたのかは不明だがココガラは瞬く間にアオガラスに進化した。元気な2体を追いかける内に、エンジンシティのゲートに辿り着いた。サングラスで顔が見えないリーグスタッフが推薦状を出せと命じる。電車なら兎も角、ワイルドエリアを無事抜けたトレーナーは大体相応の実力があると見做されるためだ。無法者を炙り出すため、トレーナーである資格を提示する必要がある。ルビィはダンデからの推薦状を提出し、封筒に書かれたダンデの署名を見て目を丸くするものの、乱暴に推薦状を返して通れ、と顎でしゃくった。リーフィアは唸り声を上げるが、ルビィは制止した。いくらなんでも悪手すぎる。ルビィは無言でエンジンシティのゲートを潜った。

 

 

 

元々善子と曜の故郷なので何度か遊びに行ったことがある。蒸気機関により発展したこの町は善子も色々言いつつ気に入っているらしい。今でこそシュートシティに規模は奪われてしまったが、十分なガラルの巨大都市だ。

開会式会場であるエンジンシティスタジアムは、ガラル地方のスタジアムの中で最も古巣だ。故に開会式の会場として毎年利用されている。ルビィがスタジアムに繋がる昇降機に乗り込もうとした瞬間、昇降機とは真逆の方向に歩くダンデを見つけた。ルビィは顎が外れそうになったが、スクールアイドル活動で培った肺活量を活かした。

 

「ダンデさん!逆です!!逆!!」

 

だがダンデは気づかない。開会式前で賑やかとは言え、ルビィに振り向いている歩行者もいるのに。幸いリザードンがボールから出て昇降機を指差し、漸くダンデは道を間違えたことに気づいたようで、申し訳なさそうに笑っていた。唇を噛むルビィを見つめたリーフィアは昇降機のUPボタンを押し、ぷい、とダンデからそっぽを向いた。

 

巨大な歯車が回転すると、目の前にはスタジアム。開会式故かチャンピオンカップの関門である8つのスタジアムのエンブレムが飾られている。スタジアムに入ろうとしていたホップが振り返り、ルビィに大きく手を振った。ルビィも手を振りかえし、駆け寄った。

 

「開会式は全国に放映されて、家族だけじゃなくみんなが見るんだ......!」

 

ガラルのポケモンリーグは他の地方のリーグと比較してもエンターテイメント性が強い。チャレンジ中は毎回公式ウェブサイトで配信され、テレビでは特番が組まれてその様子が全国放映される。つまりルビィがジムチャレンジに挑む姿がガラルの人々の前に晒されるわけである。例えリタイアしてしまっても、それは変わらない。ルビィは胸元で手をきゅっと結んだ。

 

「そっか。ラブライブ以上の規模の人たちが。」

 

ラブライブもアマチュアとは言え、まざまざと結果を突きつけられる。あるグループの勝利はそれ以外のグループの敗北。歓声をあげて飛び跳ねるスクールアイドルの横で、顔を覆って泣くスクールアイドルたちを何度見てきたことか。拳を握ると、足元にリーフィアが擦り寄った。大丈夫、私が付いていると言わんばかりに。リーフィアを一撫ですると、ころころと笑った。

 

「行こうルビィ!世界が俺たちを知るんだ!」

 

ホップがルビィの手を握り、興奮を隠さぬよう走っていく。ホップが自分の手を握るのは今に始まったことではないが、その力強さと熱さで心が落ち着いていく。

 

チャンピオンカップには毎年多くの挑戦者がエンジンシティスタジアムに集まる。その参加者人数にルビィとホップは目を丸くして周囲を見渡した。流石のホップも挑戦者の数に圧倒された。この中で戦わねばならないのかと、ルビィは足が竦んだ。しかしリーフィアの強い眼差しとココガラたちのエールを送るような震え、そしてホップが手を引いてくれたことがルビィを奮い立たせた。推薦状を手元に準備すると、受付を済ませたらしい少年が太々しく去っていった。何なんだよあいつ、とホップは顔を顰める。眉間に皺を寄せ、辺りを敵のように認識したかのように振舞う少年の様子は、プルエタウンの姉妹ユニットの片割れにどこか似ていた。

 

ダンデが挑戦者を推薦したことは今までなかったという。弟のホップは兎も角、ルビィに対してスタッフは推薦状とルビィの顔を何度も見返した。周囲の囁き声、笑い声。その真意は不明であるが、「舐められている」のはルビィさえもわかった。悲しいかな、気がついた時からそんな扱いだ。Aqoursとして活動するようになっても尚。故に、そのような機微には嫌でも敏感であった。リーフィアが少しだけ唸った気がした。

しかし開会式は明日に控えているため、スボミーインに1日過ごすことにした。

 

「おっ、ルビィちゃんにホップ!」

「ソニアお姉ちゃん?どうしてエンジンシティに?」

 

スボミーインのフロントのオブジェ前に佇んでいたソニアは自動ドアの開閉音に振り返った。妹分と幼馴染の弟を確認すると、笑顔で手を振った。

 

「おばあさまからの課題だよ。ほら。この銅像、ガラル地方を救った伝説の英雄だよ。」

 

左手に赤い宝珠を埋め込んだ盾を、右手に青い宝珠を埋め込んだ剣を掲げた青年の銅像を。かつて、ルビィたちさえ生まれていなかった頃、空に黒い渦―ブラックナイトが出現しポケモンたちが我を忘れて暴走したという。そのブラックナイトを一人の青年が鎮めた。ところが権力に目が眩んだ人々により青年は惨たらしく殺されてしまった。やがてその功績を称えられ聖人に列し、青年は名誉を返上した。花丸が日曜礼拝の一環で、子供たちに朗読していた絵本が確かそんな内容だったー道徳の授業でも題材にしていたことを失念してダイヤにこってり絞られたーとルビィは思い出す。―ところが近年、この話は時を経て変容したのではないかと議論されている。まだ預言者が磔にされる前、即ち人々が精霊たちに感謝していた頃、それらしいエピソードが残っているのだと。実話という説も浮上しているが、ならばブラックナイトがなぜ出現したか、この危機はどのように治めたのかは依然として不明なまま。

 

「つまり、あの本の内容はずっと前のものだってことか?」

「それじゃあ調べることがいっぱいあるね。ソニアお姉ちゃん大変でしょ?」

「まぁ、それが私のミッションだし?」

「そうだ!もし旅の最中に何か見つけたら連絡するね。」

「え、いいの?ルビィちゃん助かるー!」

 

ジムチャレンジはガラル本当を旅することに等しい。ひょっとしたら旅の最中に何かわかるかもしれない。何気ないルビィの助言は、ソニアがルビィの手を握って飛び跳ねる程度のものだった。

 

 

ソニアはタクシーを呼んでスボミーインを後にした。日が暮れないうちに帰宅してノートを作成するためだ。残された2人はチェックインをしようと受付に向かうと、パンクロック風のコスチュームの団体にレセプションを占領されていた。他の宿泊客は顔を顰めてはいるが、遠巻きにしてるだけで割って入る気はない。受付のスタッフは主張する。チェックインの手続きをしてくれと。集団は反論する、自分達の関係者が挑戦者だからそのまま滞在させろと。受付スタッフは冷や汗をかきながらも首を横に振ると、彼らは怒鳴り、ブブゼラを鳴らした。体中にペイントを入れた集団にルビィは恐れ戦きそうになったが、しかし他の宿泊客の様子を見たルビィは大きく息を吸い込んだ。

 

「他の挑戦者さんたちの迷惑です!どいてください!」

 

ルビィは叫ばんばかりに彼らを律そうとした。その内の1人が振り向く。

 

「我々の邪魔をするんですか!?」

 

見た目に反し丁寧な口調であったが、ルビィに明らかに喧嘩を売っている。ルビィは身を竦めたがそれは一瞬、アオガラスのいるボールを構えた。

 

「いい加減にしろよ!皆困ってるだろ!?」

 

ホップが掌に拳を打ち付けるように、ボールを掌でばしりと叩く。目配せをしたルビィと視線が合うと、二人は小さく頷いて振りかぶった。

 

―結果はルビィたちの白星。ざわつくレセプションは、華やかな声に静まり返った。

 

「あんたたち、何しとーの?」

 

彼らはその声に肩を震わせた。ツーブロックをツインテールにし、モルペコを連れた少女が小さく溜息をついていた。凛々しくも愛らしいその姿に、ルビィは叫びそうになった。

 

「他の挑戦者に喧嘩売るなって言ったよね。......ごめん、こいつら、エール団はあたしの応援団なんだけど、みんな浮かれとーのかな......。」

 

エール団は少女の応援団だと言う。だが応援に熱が入っているのか定かではないが、挑戦者を見つけては迷惑行為を働くため彼女が方々に頭を下げているのだと。少女はエール団を窘め、手を振り払って「さっさと帰れ」と促せばエール団は素直に従った。少女は大きくため息をつくと、ルビィとホップに向き合い頭を下げた。

 

「でも、早速ファンがいるなんて凄いぞ。」

 

挑戦者としてファンがいるなんて光栄だ、とホップが感嘆すると少女はクスリと笑った。応援されるのは決して悪い気分ではないのだが、やはり他の挑戦者に喧嘩を売るような真似をされるのは不本意なのだろう。確かにスクールアイドルのファンでもそういった手合いはおり、ルビィもファンー実際は地元にいたダイヤの後援会の一員ーから泥の入ったサンドイッチを贈られたことがある。幸い臭いを嗅いで顔を顰めたイーブイにはたき落とされて事なきを得たが、自分にも厄介な手合いが湧いた事実に肝が冷えた覚えがある。

 

「何かあった?」

「...ううん、なんでも。」

 

少女はルビィの顔を覗き込んだ。目を大きく見開いたのは一瞬だけ。少女は漸く、彼女が母校の救済に奔走するスクールアイドルの一員と認識したのだ。

 

開会式にはAqours全員で駆けつける、というグループチャットに顔を綻ばせ、ルビィは髪の毛を梳かす。開会式まであと数時間。不安と緊張、興奮が心を支配する。アオガラスはルビィが用意したフーズを摘み、リーフィアは窓際で日光浴をしていた。何故かその姿が、父のエーフィに似ていた。

 

「......え?」

 

窓際に佇むリーフィアがルビィを見つめている。いや、あれはリーフィアではない。リーフィアの体色はクリーム色だ。若草色ではない。額に石もない。あれは父のエーフィだ。あり得ない。何故ならエーフィは10年前ー

 

インターホンが鳴り、我に帰る。窓際にはリーフィアがいた。風に靡く若葉を思わせる耳と尻尾がある。リーフィアは汗まみれのルビィに小首を傾げた。ルビィは心臓の鼓動を押さえるように胸を押さえ、ドアへ向かった。スコープの向こうに見知った藍色の髪を確認して、扉を開けた。

 

「ルビィ大丈夫か?連絡しても出ないし、髪もそのままだし...。」

「ちょっとぼーっとしてたの。帽子で隠して、控室で整えるから。」

 

ルビィはボールを2つ用意すると、アオガラスとリーフィアに向ける。2体はそれぞれ機嫌良く鳴くと、ボールに収まった。クローゼットに引っ掛けたキャスケットの中に、髪を緩くまとめて収める。お待たせ、と声をかけられたホップはにんまりと笑った。

 

「ホテルを出たら競争だ!エンジンシティスタジアムまで!!」

 

俺のチャンピオンとしての伝説が始まる!と息巻いたホップの後をルビィは追いかける。運動は得意な方ではないが、ホップを追いかけるルビィの表情は晴れやかだった。

 

受付で挑戦者No.を申請する。ジムリーダーやダンデと同じ番号はNGだ。0から1へ、1からその先へ―Aqoursの号令を基にした挑戦者No.がスタッフによって入力されていく。スタッフの手には挑戦者No.と名前が印字されたユニフォームがあった。それを抱えて女子更衣室へと入り、荷物をロッカーに放り込む。制服は所属を表すというが、やはりユニフォームに袖を通すと不安が自分を包み込んだ。しかし腰元には、横には仲間がいる。胸元で拳を握った後、ルビィは小さなアクセサリーボックスからヘアゴムを取り出してツーサイドアップを作るのだった。

 

 

スタジアムには大勢の観客が犇めいていた。その中にはAqoursもいるのだろう。突如、大きな拍手が響き渡る。ダンデが登場したのかと思って顔を上げると、そこには喪服を着用した母がいた。恭しく方々に挨拶し、Aqoursのいる座席に向かってカーティシーをした。一体どういうつもりなのだろう。自分を嗤いにきたのかとルビィは膝の上で拳を握った。

リーグ委員長が登場したのは母がやって来て間もなくのことだった。軽い挨拶と開会宣言。8人のジムリーダーに勝った挑戦者のみがチャンピオンカップに駒を進めることができる。単純そうであるが、ミーティングでダイヤが指摘していたようにその道のりは大変厳しい。挑戦者たちが談笑する中、変わらずルビィは太ももの上で手を握り締めた。―モニター内では8人、正確には7人のジムリーダーたちが紹介されていた。中には顔見知りもいたが、そんなものはジムチャレンジに関係ない。センターラインに7人が並んだあと、挑戦者紹介の時間になった。他の挑戦者はルビィを素通りしてグラウンド通用口に向かう。ふと鳴き声がする。

 

「どうして......!?」

 

ルビィが悲鳴を上げると、深緑色のエーフィは通用口へと走り去った。ルビィは立ち上がり、エーフィを追いかける。スタジアムの照明は強く、エーフィの姿は光に消えていく。この道は対して長くないのに、永遠のように感じた。鮮やかな青いフィールドがルビィの目の前に飛び込む。芝生が軽やかにルビィの歩を鳴らす。嗚呼、その真ん中にはエーフィがいた。銀色の髪に空色の瞳を携えた、中性的な男と共に。

 

 

 

 

 

「ルビィ、一体どうしたんだ?」

 

開会式後、エンジンシティのレセプションでホップは力なく座るルビィの顔を覗き込んだ。まばらに登場した挑戦者の中にルビィはいなかった。気難しそうなあの銀髪の少年や、既にファンクラブが出来上がっている少女はいたのに。瞬間、ルビィが血相を変えて走り込んできた。その表情は驚愕と困惑に満ち満ちていた。横並びのジムリーダーを見上げて、目を見開いた。何かを叫ぼうとしたルビィをホップは抱え込み、口を押えた。過呼吸気味になっていたルビィは解散の合図までには落ち着いたが、それでも更衣室までホップは面倒を見続けた。

 

「全く恥をかきましたわ!お母様に頼んで病院を手配しますわ。」

「ダイヤ、そこまで言うことではありませんよ。」

 

ダイヤは仁王立ちし、ルビィに叱責する。余計縮こまるルビィの間に立ったのは姉妹の母だった。風貌はダイヤに瓜二つのようだが、髪の毛は肩につく程度の長さ。柔和な笑みを湛えているが、ルビィは完全に俯き、ホップはルビィの前に移動した。

 

「ルビィ。貴女の雄姿、しかと見届けました。」

「光栄です。お母様。」

 

その言葉にどんな負の感情を湛えているのか、ルビィは最早把握できない。ホップも静かに奥歯を噛み締めた。Aqoursは全員で顔を見合わせ、家族と距離をとった。得体の知れない雰囲気に気圧された。

 

「お2人ですね、チャンピオンに推薦されたのは!」

「まぁこれは代表取締役!久方ぶりの逢瀬でございますね。」

「これはこれは寿美礼様。ご息女がチャンピオンに推薦された挑戦者なんて、さぞ誉でしょう。」

 

開会式で司会を務めていた委員長がダンデを伴って現れた。鞠莉はローズを見た瞬間、礼をした。あの鞠莉が頭を下げる程の立場であることに全員が身震いする。ローズが軽く手を上げると、鞠莉はようやく頭を上げた。にもかかわらず姉妹の母はローズを恐れる様子はない。善子はぽかんと口を開けた。はた、とローズはルビィの右腕につけられたダイマックスバンドに視線を向け、その目を細めた。

 

「君たちは願い星に導かれたのですね。」

「ええ、まさかこれが願い星の加護を真っ先に受けるなんて。」

「いやいや、今年のジムチャレンジは特に面白くなりそうですよ。」

 

ルビィとホップのダイマックスバンドはマグノリア博士の手製だ。だが本来挑戦者やジムリーダー―1人を除く―に提供されるダイマックスバンドは主要スポンサーであるマクロコスモス製のものを使用するらしい。ルビィはエーフィと「彼」に気取られてしっかり見ていなかったが、挑戦者たちの右腕にはダイマックスバンドは装着されていなかった。

ローズが寿美礼との会話に花を咲かせている最中、ホップはルビィに耳打ちする。

 

「ルビィ、本当に何があったんだ?」

「......ただ、おかしな夢を見ていただけなの。」

 

10年前、ガラル地方を守って命を散らした父とそのパートナーがいたなんて、誰が信じてくれると言うのだろうか。

 

 

 

「一体何だったのよ、あの子。」

 

シニヨンを解き髪の毛をポニーテールに整えながら、ルリナは吐き捨てた。突然顔面蒼白の小さな挑戦者が走り込み、別の挑戦者に抱え込まれた姿は異様に滑稽に映った。気がおかしくなった挑戦者など前代未聞だ。

 

「本当ね。カブのところまで辿り着くかもわからないねぇ。」

 

メロンはコートを小脇に抱え、足早に控室を出た。1人は独り立ちしているものの、四児の母であるメロンは目まぐるしく忙しい。本人はそれを楽しんでもいるのだが、その分人を見る目はジムリーダーたちの中でも厳しかった。

 

「そんな、わかりませんよ。強さってのは見た目だけじゃあわからん。」

「あたしはヤローに賛同するよ。......よくない夢を見てたんだろうよ。」

 

ヤローはスマホで家族にメッセージを送りながら苦笑する。ヤローと彼女は元々妹を通じて面識があった。贔屓目に思われるのは承知の上で、第一印象だけで決めてはならないと釘をさす。ポプラはゆっくりと頷き、誰にも聞こえない音量で何かを呟いた。嘲笑にも似た雰囲気にオニオンは縮こまる。死の世界に誘われかけた彼は怪奇現象に巻き込まれやすいが、その類だろうか。それにしたって、オニオンは何も感知できなかったが。

 

「カブさん、今日はずっとだんまりじゃねえか。」

「うん、そうだった?そういう君だって険しい顔だけど。」

 

ロッカーの前で俯くカブにキバナは肩を軽く叩く。カブはぎこちなく笑い、キバナの目は笑っていなかった。片方は友の忘れ形見を目にしてしまった驚愕から、片方は師匠を喪った元凶の娘への怨嗟から。

 

その様子を、男とエーフィはうっそりと見つめていた。




2022.12.18.大幅に修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Just a little more.

初戦前。彼女は何を思う。


少女はスクールアイドルが大好きだ。プロのミュージシャンとして活動している兄とも謙遜のないパフォーマンスは勿論のこと、学校生活という一瞬を精一杯謳歌する姿は何と尊いことか。

少女が一際応援しているスクールアイドルがいる。彼女たちのスクールは年々入学者数が減少し、統廃合の危機に瀕しているという。元々は「普通の自分でも輝きたい」というリーダーの思いの元結成されたようだが、結果として統廃合阻止のために活動するようになった、と。そのインタビューを見た少女は、自分の故郷に思いを馳せた。年々退去していく住人達、ジムチャレンジシーズン中なのに訪れない観客。愛する故郷と兄に対する不穏な言葉。自分を育んでくれたこの町のために何ができるだろう。少女は兄のような音楽センスもなく、人前でパフォーマンスするにはシャイな娘であった。だがある一点において、兄以上のセンスを発揮した。

 

「マリィは俺よりもセンスがありますね。」

 

それは兄とバトルのトレーニングをしていたときのことだった。己にはバトルの才があると。それも故郷一の。ジムリーダーを務める兄のバトルは見習うべきところが多かったが、そんな兄から褒められたのが何よりも嬉しかった。相棒のモルペコもうらら、と飛び跳ねて笑っている。

少女は決心した。バトルならあの大好きなスクールアイドルのようになれるかもしれない。故郷の復興と、そして自分の願いのため、マリィは兄に告白した。

 

「アニキ、あたしチャンピオンになりたか!」

 

 

「あぁぁああ!?また負けたー!!」

「やったあ!」

 

開会式後、しばらく固まって動かなかったルビィに口火を切ったのはダイヤでも千歌でもなくホップだった。気晴らしも兼ねて一緒に特訓しよう、と再び手を引かれ、ダンデとマグノリア博士に見守られて以来のポケモンバトルが始まった。それもAqoursを観衆として。ポケモンリーグのことなど門外漢の千歌でさえも固唾を呑んで見守った。

結果は再びルビィの白星。胸元に飛び込んできたリーフィアを抱き抱えて、ルビィはくるくると回って喜んだ。

 

「凄い......ホップ君の手持ちへの有効打が少ないのに...ルビィちゃんのバトルセンスは未知数ずら。」

「えぇ、正直舐めてたわ。」

「そうなんだ...私たちも頑張らなくちゃね、メッソン。」

「ルビィ、アオガラスいるだろ?もう少し活躍させたいんだけど...。」

「うーん、そうだね...。」

 

今までバトルをしたことがないとは思えない的確な指示と慎重さは、ジムリーダーの家族を持つ花丸と比較的バトルに対しては積極的な善子ですら舌を巻いた。特に驚いたのはダイヤで、ただただ唖然とするばかりだった。驚くべきことに、共通のポケモンであるアオガラスについてホップと戦略を練るほどに成長した。

 

「こんなものはまぐれ、ですわ。ルビィはか弱いからターフタウンにまで辿り着けるかどうか」

「マルの実家だよ?来たことあるよね。」

 

最初のジムチャレンジはターフタウン。エンジンシティからは確かに離れているが、花丸の実家はターフタウンにある大きな農家だ。時折教会の日曜礼拝や農園の手伝いを行っているから、距離は兎も角経路はルビィも知っていた。食い気味に指摘する花丸にダイヤもぐっと息を詰まらせる。

 

「ダイヤさん、年末は認めてくれたのに...。」

「実際に送り出して、心配なんじゃない?」

「ホップ君仲良いし優しそうだから、大丈夫だと思うんだけどな。」

 

年末の申し出に折れたはずのダイヤに疑念を抱く梨子を、果南が嗜める。しかし曜が指摘するように、ルビィにはAqours以外にも心強い仲間がいるのだ。決して悪い結果にはならないだろう。額を突き合わせる2人をAqoursは微笑ましく見守った。一人を除いて。

 

 

 

『ジグザグマが新しく図鑑に登録されます。』

「あれっ、この子もジグザグマなんだ。」

 

白黒のジグザグマを捕獲したルビィは首を傾げた。ジグザグマの絵本は幼い頃に読み聞かせてもらったことがあるが、絵本の中の彼らはセピア色で穏やかな表情をしていたはずだ。住処によって適応するために独自の形態を持ったポケモンが確認されており、ジグザグマもその一つだった。図鑑アプリに一通り目を通しながらルビィは草むらを出る。

 

「あくタイプならこの先育てても損はないかな。でもどんな子になるんだろう?」

「あっ、ルビィちゃん!捗ってるね!」

「ぴぎっ...なんだぁ、ソニアお姉ちゃんかぁ。」

 

不意に肩を掴まれたルビィは悲鳴を上げた。犯人がソニアであることを確認すると、大きく脱力した。何だとはなんだ、とソニアは満更でもなさそうに笑う。

 

「ここで何か調べ物してるの?」

「うん、最終的にはターフタウンに行きたいんだけどね。」

 

ソニアは小さな小屋を指さした。大草原の中にぽつんと建っている、古めかしい小屋を。

 

「あれ、何だと思う?」

「?誰かのお家じゃないの?」

「あれね、ローズさんの会社。」

「えっ!?」

 

今日では、ガラル地方で知らぬものはいないとされるマクロコスモスだが、元はエネルギーインフラ企業として設立した。この小屋はマクロコスモスの原点とも言うべき工場らしく、現在は3番道路先の鉱山で掘り出した鉱石をエネルギーに変換しているという。

 

「マクロコスモスって、いつからあるんだっけ...。」

「20年前。よくここまで大きくしたよね。」

 

マクロコスモスを起業してから20年ほどしか経過していないにも関わらず、ポケモンリーグのメインスポンサーとして躍り出ている。しかもその事業はレジャーや金融、警備など多岐にわたる。鞠莉の実家もマクロコスモスの傘下に入ったはずだ、残念ながら屋号は消滅したが。

 

「えっと、エネルギーの燃料って何だっけ。」

「それが企業秘密みたいで、わからないんだよね。」

 

ルビィの耳に、そこにいないはずのエーフィの笑い声が響いた。

 

 

鉱山はまるで星空のようだった。鉱石がきらきらと反射する夢の世界。まるでエーフィの額に輝く石のよう。一方実際にマクロコスモスの社紋を刻んだヘルメットを被った作業員が猫車に鉱石を載せているのを見て、本当にマクロコスモスの区域なのだなと小さく呟いた。その積まれた鉱石を見たルビィは心臓が大きく跳ねた。大きさは違うが、あれはねがいぼしに似ていたのだ。大いなる願いを持つものに降り注ぐのではないのか、そんな簡単に掘れるものなのだろうか。そしてこの苦しみは一体。

 

「まさか、ね。」

 

鉱山は決して長くない。光を抜けたらターフタウンだ。足を進めようとした瞬間、ルビィの脇腹に何かが勢いよくぶつかった。あまりの力に倒れ伏したルビィは痛みに耐えながらも身体を起こす。ぶつかったそれはドッコラーだった。赤い鉄骨を片手に素早く起き上がり、再び暗闇の中に消えていく。ルビィはこっそり後をつけると、ドッコラーは積み上がった鉱石を守るように、木材を肩に乗せて構えていた。ドッコラーの目線の先には人間がいた。ルビィではない。開会式の受付で無愛想にしていた、あの少年だ。

 

「僕の邪魔をするな!!」

 

少年は声を荒らげたと同時にボールを放り投げる。ユニランだ。反射的にルビィはアオガラスの入ったボールを放った。アオガラスはドッコラーの首根っこを咥えると、ユニランのサイケこうせんを躱しながらルビィの足元にゆっくり着地した。

 

少年は人相の悪い表情でルビィを睨みつける。ルビィも睨み返すと、髪の毛をかき上げて不敵に笑った。

 

「貴女、確かチャンピオンに推薦された挑戦者でしたよね?」

「そう、ですけど。」

「くだらない。チャンピオンが貴女のようなひ弱で、学生の飯事に耽る人を推薦するなんて。それにチャンピオンより委員長の方が偉い。だから僕の方が凄いんです。」

 

沸々と湧く屈辱に蓋をするように、ルビィは歯軋りした。見縊るな、と。スクールアイドルで、しかも旧王家の血を継いでいるとは言え、曰く付きの次女を推薦するなんてダンデは気でも狂ったのかと。ホップでさえ顔を顰め、ルビィのことなんか何もわかってないくせに!と憤った。ダンデがどうして自分に目を付けたのか、ルビィにはわからない。だが自分のせいでダンデの評価が下がってしまうのは居たたまれなかった。

 

「凄いかどうかはバトルの勝敗で判断して!」

 

 

 

手持ちが倒れるたびに嫌味を吐いてくる少年に辟易としながらも、ルビィはアオガラス1体で奮闘した。こちらも本気ではなかったという負け惜しみに、何も突っ込む気は起きない。

 

「ここにある願い星は、すべて集まりましたから。」

 

本戦では自分が勝つと宣言してルビィに背を向けた。ルビィの身体から力がどっと抜け、膝をついた。足元でルビィを見守り続けていたドッコラーはルビィのボールベルトを指差して頷いた。いいの?と尋ねると、ドッコラーは木材を肩に担ぎ、ガッツポーズをした。ルビィはボールを収納しているポケットからモンスターボールを1つ取り出すと、ドッコラーの額に開閉ボタンを当てる。ドッコラーの身体が光ったかと思うと、ボールだけが残された。

 

 

鉱山の出口にイーブイが臥せっていた。ルビィは叫び声を堪えるように両手で口を抑え、駆け寄った。

全身に怪我をしている。特にひどいのは左の前脚だ。イーブイの本来の住処はワイルドエリアや巣穴を除けばターフタウン近くの草むらだ。誰かに追い回されたのか、トレーナーに暴行されたのかはわからない。ルビィはリュックの中身を引っ掻き回すと、キズぐすりを取り出してイーブイにスプレーした。いざというときは引き取ることも視野に入れて。

ポケモン用に作られたキズぐすりの即効性は馬鹿にならず、傷は見る見るうちに塞がった。後はポケモンセンターに診てもらって、詳細を確認せねば。

起き上がる気力を取り戻したイーブイはルビィを見つめて擦り寄った。戸惑うルビィが少し歩くと、イーブイもついてくる。また歩けばついてくる。それは宛らまだイーブイだったころのリーフィアのようで。ルビィはモンスターボールを1個取り出してイーブイの前に掲げると、イーブイは開閉スイッチを鼻先で押して自らボールに入っていった。ドッコラーに引き続き2人目だ。

 

「不思議なこともあるなぁ。」

 

嘆息したその時、馴染みのある悲鳴が轟音と共に響いた。

 

 

「じゅらあああああああああ!!!!!!」

「花丸ちゃん!ウールー!!」

「えっ...ぴぎゃああああああああ!!!!!」

 

坂道をごろごろと転がるウールーに花丸が巻き添えになっているではないか。反応が遅れたルビィはそのまま巻き込まれ、急斜面のゴローニャのように転がった。ヤローの絶叫が青空に木霊した。

 

「ごめんね、大丈夫?」

 

すっかり元気なウールーに対し、花丸は未だ目をぐるぐる回している。ルビィは背中を打っただけに留まったが、ポケモンのたいあたりがこれほど痛いことを文字通り痛感した。

 

「ルビィちゃん、まさか挑戦者として会えるなんて思わなかったわぁ。」

 

ヤローは花丸の兄だ。農園経営に忙しい両親の代わりに、面談に来たり差し入れを提供しているため浦の星でもちょっとした有名人である。心優しく、Aqoursで手伝いに行ったときも手厚くもてなした。とは言え農園の跡取り兼プレミアリーグのジムリーダーである関係上、会場で目にしたことはほとんどない。それでもWEB配信で観てくれるあたり、花丸諸共Aqoursを支持してくれている。

 

「でも、チャンピオンが君を推薦したということは実力者なんじゃろ?楽しみにしているからね。」

「あっ......よろしくお願いします。」

 

ヤローは花丸を抱えると、ウールーを引き連れてターフタウンに戻っていった。花丸は気絶しており、ルビィは気の毒にと手を振った。

 

「実力者、か。」

 

果たしてそうなのだろうか、と独り言ちた。最初から値踏みされて、果ては優しいヤローまで貶されたら冗談ではない。ルビィは力強く拳を握った。




2022/12/18大幅に修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Like a jewel box

初めてのジム戦。
彼女はまるで、宝石箱のような女の子。


ターフタウンの外れに、花丸の実家はある。広い土地には立派に育った作物の成る畑と、ウールーたちの牧場があった。中等教育過程に差し掛かったルビィは花丸の家に遊びに行くついでに、花丸の家の手伝いをするようになった。

繁忙期は春から夏にかけて。その頃兄はジムリーダーとして挑戦者を迎えており、当時花丸には弟が産まれたため母親は育児に専念していた。必然的に家業の担い手は農園主の父と花丸に集中し、卸先に連絡するのは父の役目だったので、収穫や水撒き、ウールーの牧草やり等は花丸が1人で行っていた。

それに対して夏休みの間ならと手伝いを申し出たのはルビィだ。ルビィは家からの縛りが強く、花丸の実家であれば遊びに行く許可が降りた。果南や鞠莉とブラッシータウンではしゃぐダイヤを恨めしく見なくて済む時期だ。

ところで心身共におっとりとした花丸だが、実は力持ちだ。それこそウールーと変わらないサイズの牧草を軽々と持ち上げ、籠一杯の野菜を両手でひょいと持ち歩く。難点があるとすれば鈍臭いのか、ウールーの暴走に巻き込まれやすいことと、走るのが苦手なこと、そしてスタミナの少なさか。幸いベビーシッターの訪問日や卸先との用事がない限り両親は作業を率先してくれるし、兄もシーズン外なら基本的に農作業に集中するので、申し訳なさはあれど困ったことはないと花丸は言う。

 

「ぴぎっ......!」

 

牧草をイーブイと運ぶルビィにワンパチが吠える。ルビィはそのまま後ずさり、イーブイは小首を傾げた。ワンパチはルビィを睨みつけている。ほどほどの警戒心こそあれ、人懐こいソニアのワンパチとは異なる態度にルビィは竦み上がった。

 

「ルビィちゃーん、休憩ずらー。」

 

ルンパッパが牧草を肩代わりし、花丸が手招きをする。肩の力が抜けたルビィはしばらくワンパチに視線をやりながらも、花丸の方へ歩いていく。そろそろ休憩にしようか、と花丸が目をやった先にはティーカップを乗せたトレーを持ったクサイハナがいた。

 

「ターフ農園のワンパチって攻撃的なの?」

「うーん、ワンパチってどこもそうだと思うずら。」

「そうなのかなぁ。ルビィの知ってるワンパチは人懐こいから、吠えられてびっくりしちゃった。」

「ルビィちゃん、元々ワンパチはー」

 

 

「イヌヌワン!」

「あれ?ワンパチ、どうしてここにいるの?」

 

緑生い茂る農業の町、ターフタウンは冠自治区とは雰囲気は異なるものの穏やかな空気に満ちている。一方でジムチャレンジ最初の関門の町でもある。一見すると相反する要素を含んだ町に足を踏み入れた瞬間、独特な鳴き方のワンパチが坂を降りてきた。しゃがんで頭を撫でると、また坂を駆け上がった。反射的にワンパチを追いかけると、見知った鮮やかな髪とベージュ色のコートが目に入った。

 

「ソニアお姉ちゃん!ターフタウンにいたんだね」

「ルビィちゃん!?...ワンパチ、呼んできたな?」

 

ワンパチは胸を張るように鼻を鳴らした。

ソニアが指を刺した先には地上絵があった。草原と石灰のコントラストは大変美しく、目を引く。傍の看板には、かつてターフタウンの領民が領主の命で作成したものと説明されていた。そしてその内容も。

 

『太古のガラルに、巨大な黒い渦が現れた。ポケモンは巨大化し、我を忘れて殺戮を繰り返した。』

 

「もしかして、これってブラックナイトのこと?」

「そう思う。黒い渦が空を覆い尽くしたから、ブラックナイトって表現したんじゃないかな。」

 

太陽のような渦はブラックナイトで、巨人のようなものは巨大化したポケモン。この地上絵は少なくとも3000年も前に作成されたものらしいが、この頃のガラル地方は、ハルモニア家が率いる古代の帝国の傘下にあった。当時はその帝国の思想が他の地方にも蔓延しており、そこにはブラックナイトの記述などなかったはずだ。即ち、ブラックナイトの神話はガラル地方独自の言い伝えということがわかる。

 

「だけどこれだけだと、ブラックナイトとダイマックスの因果関係はわからないよね。」

 

ソニアは頭を抱えた。確かにブラックナイト下の現象と、ガラルリーグに適用されているダイマックスは非常に似ている。だが仮にブラックナイトとダイマックスに因果関係が実際に存在するなら、それらを関連付ける明確な証拠が必要だ。地上絵だけでは限界がある。

 

「そうなんだよなぁ...おばあさまの宿題は重いよぉ。」

「えっと...余計なこと言っちゃったね。」

「まさか!批判的な目線は研究者に必要だよ。」

 

 

引き止めてしまったお詫びとして、ソニアからキズぐすりなどの物資を貰ったルビィはポケモンセンターに立ち寄った。怪我をしたイーブイを預けるためだ。職員に言伝をして3つのボールを預け、その内リーフィアとアオガラスは間も無く返ってきた。案の定イーブイは重症であり、特に左前脚は形成不全を起こしていて完全には戻らないと言う。このまま専門のブリーダーに預けるか否かを問われたルビィは、くさバッジをもらったらすぐ迎えに来ると伝えてポケモンセンターを後にした。

 

「ルビィ!丁度いいところに!」

 

自動ドアが開いた瞬間、これまた見知った藍色の髪の幼馴染が立っていた。頬を紅く染めたホップは右手でポーチを弄ると、バッジフレームを突きつけた。開会式の後配布されたフレームには、草の意匠を模ったバッジが1つ。

 

「すごい!おめでとう!!」

「ウールーを扱わせたら俺は最強だからな!」

 

胸を張るホップの表情が冷め、間も無く両手で口を押さえた。はて、とルビィは小首をかしげるも、ポケモンセンターに身を寄せているトレーナーたちは2人を睨みつけていた。

 

「ルビィも勝てる!じゃあ俺は先に行くから!」

 

ホップはルビィの肩を叩いて走り去った。ルビィも手を振って見送る。途端にポケモンセンターから囁き声が聞こえ始める。

 

「ねぇ、あの子ジムミッションのねたばらししようとしたよね。」

「マジで迷惑。ルール違反だって説明聞いてなかったのかな。」

「どうせダンデの弟だから許されるでしょ。それよりもー」

 

それは真っ当なようで、無意識の悪意のこもった囁き。その続きはきっと、ルビィの尊厳を潰すようなもの。ルビィはその先を振り払うように頭を振り、一目散に走った。

 

 

兄ちゃんは弱いものいじめが嫌い。

そう言ったのは花丸だ。ヤローは自分より弱いトレーナーに対して全力を出すことを嫌う。プレミアリーグに組み込まれている以上その実力は確かだ。事実、ホップと予習した歴代試合は余程相性が不利でない限り上位に食い込むほど。しかしその美点か、悪癖か、それが原因で最初の関門として組み込まれている。あまりにも実力がないと、ダイマックスすら発動してくれないとも聞く。

あの子にはダイマックスすら必要ないよね、という心の底からの憐れみを他の挑戦者たちから投げかけられる。ヤローは確かに優しい。妹が世話になっているとはいえ、定期的に差し入れをくれ、農作業を手伝えば自家製の紅茶を提供して労ってくれる。だがもし自分が今日、憐れみをかけられたらどうだろう?最初から弱者認定されるなんてごめんだ。ルビィは膝の上で拳を握った。

自分の番号を呼ばれ、ルビィはレセプションに向かう。幸い今日は挑戦者が少なく、間もなくミッション入りできるとのことだった。ジムトレーナーはゲートを開け、ルビィを促した。

 

ミッションフィールドにはレフェリーが一人立っている。彼がミッションの説明を行うだけでなく、試合結果の報告も兼ねている。くさジムのジムミッションは、牧草ロールまでウールーを追い込み道を作ること。

 

牧場を象ったフィールドには20頭のウールーが思い思いに過ごしており、一定間隔で牧草ロールが束になって置かれている。何故ホップが「ウールーなら一人前」と言ったのか、そして他のトレーナーから睨まれたのか漸くわかった。ホップの発言は所謂ネタバレだ。シーズン外なら兎も角、シーズン中、それもシーズン開始後間もなくなら不快に思うだろう。ルビィは頷いた。ミッション開始のホイッスルが鳴る。目の前にいるウールーに近づくと、向こう側へと転がる。端からウールーを一か所に固めて、牧草ロールへ向かって走っていく。まるでサッカーをするように20頭も集められたウールーは見事に牧草ロールをぶち抜いた。幼い頃にホップの実家のウールーを2人で追いかけまわしたことを思い出し、自然と笑顔になった。

しかしそうは問屋が卸さなかった。2フィールド目の牧草ロールの前にいるワンパチに吠えられるとウールーは道を逸らしてしまった。しまった、とルビィは呟く。

 

『ワンパチって元々牧畜ポケモンずら。だからあんなに小さいんだよ。』

 

農園のワンパチに吠えられたとき、花丸はワンパチが元々牧畜ポケモンであることを説明してくれた。ウールーやミルタンクが牧場から逃げないよう、誘導するために適応したポケモンであると。であればワンパチの気を引いて上手くウールーを誘導するのが理想だが、ただでさえ広いフィールドを駆け回ったルビィは膝に手をついて息を整えつつ頭を整理する。急に立ち止まったルビィに試合放棄だとブーイングが発生する。

 

「あれ?」

 

ルビィはワンパチに視線だけを向けた。彼がいるのはジムトレーナーの足元だ。つまりワンパチを管理しているのは彼に違いない。もしかしたら彼を倒せばワンパチは大人しくなるのだろうか。ルビィは姿勢を整えると、アオガラスのボールを手に取った。

 

「あの、ルビィと、戦ってください!」

 

3フィールド目のワンパチは2匹もいた。だが2度目はルビィに通用しない。このワンパチたちもまたジムトレーナーに実力を示せばたちまち大人しくなった。やがてすべての牧草ロールがぶち抜かれた。呼吸を整えながら階段を上っていく。ミッションコンプリートのホイッスルに、ルビィは大きく息を吐いた。

 

 

決して明るくないトンネルの先には眩いバトルフィールドが広がっている。目どころか体すら焼いてしまうだろう。だがそうはならない。ここで最初のバッジを手に入れなければ、何も始まらない。

 

「逃げない。」

 

ルビィの足取りは重く、軽やかだった。

 

ターフタウンスタジアムは最初の関門。他のスタジアムと比較して挑戦者数も多い。ヤローの特性の関係上、ジムチャレンジは簡単にクリアできないよう、体力と閃きを必要とするやや厳しいものだ。

 

「流石だわぁ、ルビィちゃん。」

 

ヤローは大きく頷きながらルビィを称賛し、降り注がれる好奇の目線を和らげるように微笑んだ。しかし柔和な顔つきは一変して、凛々しいものへと変化する。

 

「ルビィちゃんはポケモンへの理解がとても深いんだな。きっと手強い勝負になる。」

 

ルビィは再び大きく息を吸い込んだ。花丸曰く、ヤローは確かに弱者には手加減してしまうかもしれない。だが挑戦者を見抜く目は決して侮れないと。

互いに背を向けて歩き出す。その鼓動は緊張か、高揚か。そのまま振り返ると、スタジアムの中央に光が舞った。

 

「アオガラス、ついばむ!」

 

勝負は順調。アオガラスはヒメンカの頭を嘴で咥えて放り投げた。フィールドに叩きつけられたヒメンカは目を回して倒れ、戦闘不能を確認した。ヤローは凛々しい顔つきのまま頷き、ボールを掲げる。

 

「さあダイマックスだ!根こそぎ刈り取ってやる!!」

 

ダイマックスバンドから赤いエネルギーが注がれ、ボールが巨大化する。ヤローはそのボールを愛おし気に撫でた後、片手で放り投げた。ダイマックスしたポケモンはワタシラガ、ヒメンカの進化体だった。

 

「やったねアオガラス、行くよ!ダイマックス!!」

 

一方のルビィはにやりと笑う。ダイマックスを使ってきたということは、実力を認められた証だ。高らかに鳴くアオガラスをボールに収め、ダイマックスバンドからエネルギーを注入する。巨大化したボールを抱き留め、片手で投げ飛ばした。ダイマックスしたアオガラスはワタシラガと睨み合いを続けている。

 

「驚けよ!これがダイソウゲンじゃあ!!」

「アオガラス、ダイジェット!ダイソウゲンを吹き飛ばすよ!」

 

ワタシラガの綿毛から種が噴き出た。アオガラスは大きく羽ばたき竜巻を起こす。風は種を押し返し、ワタシラガに激突した。吹き飛ばされたワタシラガのダイマックスは解除され、そのまま倒れ伏した。ルビィの勝利を宣告するアナウンスが流れ、悲鳴のような声がスタジアム中に響き渡った。

 

「君にとって、実りある勝負になったら嬉しいわぁ。」

 

肩に下げていたタオルで汗を拭いたヤローは納得したかのようにルビィを讃えた。バッジフレームに草の文様が描かれたバッジが嵌め込まれる。差し出された大きな手に、ルビィも手を伸ばした。

 

「あの、ありがとうございます。」

「あと7つのジムを突破できるよう、心から祈っているよ。」

 

 

「あの子凄かったね。」

「スクールアイドルやってる子でしょ?でも今だけだと思うよ。」

「芸能人の飯事やってるから中途半端に体力あっただけだよねー。ジムチャレンジはそんなに甘くないっつの。」

 

皆何もわかってない!花丸はそう叫びたい気持ちを抑えてレセプションのソファに座り込んでいた。何を隠そう、兄を迎えるためだ。

きっと兄は評価書と申し送り事項を作成していることだろう。兄は何て書いているのだろうか。秘匿事項だから家族である花丸にさえ教えてくれないだろうが、何となく察しはつく。

ヤローはダイマックスまで使った。ダイマックスすら使わない挑戦者もいるというのに。ルビィは認められたのだ。きっと高評価に違いない。なのに。

 

「ルビィちゃん、きっとバッジを全部制覇するずら。」

 

スタジアムの観衆たちの噂話はこれでもかと耳にする。ルビィはジムチャレンジエントリーまでまともなバトルは未経験だった。それを抜きにしてもポテンシャルそのものは決して馬鹿にできない。ウールーがワンパチの鳴き声を嫌がることをきちんと判断し、彼らを放ったトレーナーたちに勝負を挑んで大人しくさせる方法をとった。それに彼女のアオガラスはよく鍛えられている。実際ルビィはアオガラスの戦い方についてホップと議論できるのだ。ポケモン図鑑をきちんと利用してポケモンの理解に努めているだろう。

 

「いくらなんだって、みんな酷いよ。」

 

どうせ最初のジムなんだから当たり前だよねという嘲笑は、ターフタウンではよく耳にする。温厚な花丸さえこればかりは我慢ならなかった。ひょっとすると嘲るなんて思っていないんだろう。それが不快の元だった。ルビィが挑戦者としてエントリーしたという事実は、確かにリーグ関係者にとってセンセーショナルなニュースだったらしい。妹である花丸の友人であるから喜ばしかったし、実力を試してみたいとヤローは意気込んですらいた。そもそも挑戦者がバトルビギナーなどちっとも珍しくはない。寧ろ現チャンピオンはその状態でジムチャレンジを突破し、先代チャンピオンを打ち負かしたではないか。

そんな花丸のいら立ちは、自分の名を呼ぶ声に掻き消される。

 

「花丸ちゃん、お迎えありがとう。」

「兄ちゃんお疲れ様!」

 

花丸はヤローに駆け寄ると、手を握って労った。ヤローは一つも疲れを見せず、花丸に温かい笑顔を返す。あ、とヤローは目線を天に向けた後、花丸に質問した。

 

「ねぇ花丸ちゃん、ルビィちゃんってどんな子?」

 

花丸は考えた末に、百点満点の笑顔で返した。

 

 

 

「とても優しくて、気にしいで。でも胸の中にはカラフルな夢を宝石箱みたいに詰め込んだ女の子!」




2022.12.18.大幅に修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Wanna be

2つ目のジム戦。
必ず、勝ってみせる。


「あぁぁぁあ!?何でこんなに力の差があるんだよ!」

「でもホップ君また強くなってるよ?」

 

次の町へ続く橋の上で、ルビィは再びホップと力試しをした。くさジムを突破した両名の結果はルビィの白星。穏やかな気性に反して物理に長けたリーフィアと安定したアオガラスのコンビネーションは鮮やかだった。

 

「やどりぎのタネと絡ませるなんて思わなかったぞ。」

「もしリーフィアが倒れても、アオガラスが繋いでくれるからね。」

 

ホップの手持ちはウールーにアオガラス、そしてラビフット。内2体はリーフィアに有効打が打てるが、ルビィはそれを見越してやどりぎのタネを植え付け持ちこたえ、倒れたところでアオガラスが待っている。ヤローは「くさタイプは粘り強さが持ち味」と常日頃から口にしているが、それを実践してみせたのだった。

ホップは再び草むらで鍛錬を積むと言って別れて、ルビィは立てかけていた自転車を起こして跨った。

 

元々ルビィは自転車を持ち歩いていない。ロトムの技術者に譲られたのだ。ポケモンセンターで治療中だったイーブイを引き取りバウタウンに向かおうとしたところ、エール団に絡まれている技術者に遭遇した。スボミーインでのトラブルと同様に、人々は遠巻きに見るのみで誰も助けようとしない。

 

「その人困ってます!やめてください。」

「また貴女ですか!?いい加減しつこいですね!」

 

エール団の挑発も2度目ともなれば目を細めるだけに終わり、ルビィはドッコラーを呼び出した。木材をぐるぐると振り回すドッコラーにエール団は動揺する。まさかルビィがドッコラーを出すなんて思わなんだろうか。頬を少しだけ膨らませたルビィはドッコラーに冷静な指示を出し、あっさりと倒してしまった。

 

「助けていただきありがとうございます。」

「いえ、放っておけなかっただけです。」

 

感謝の念を込めてルビィの手を両手で包む男にルビィは仰け反る。只でさえ人見知りで、特に男性に対してはあまり関わるのが得意ではないのだ。彼はそれを物ともせず、ロトムを搭載した電気自転車を感謝の印として贈呈した、というのが顛末である。上市されていないとはいえ大きな贈り物にルビィは一旦断ったが、男が強引に説明をし始めたこと、そして道中の移動が少しでも楽になれば御の字と考えて受け入れるのだった。

 

 

市場と港に恵まれた町バウタウン。浦の星女学院はここに構えられており、Aqoursのメンバーの内3人の居住地である。当然練習場所もバウタウンの海岸であり、スクールアイドルファンの聖地と化した。お蔭で定期的に黄色い声が上がる。

そんな中ルビィは駐輪場に自転車を停めた。まさか曜あたりが囲われているのだろうと思いきや、中央にいたのは中肉中背の中年男性だった。どこぞの有名人なのかと思いきや、険しい顔で立っているオリーヴのお蔭でルビィは口をぽかんと開けた。

 

「恐れ入りますが、委員長はご多忙です。お引き取りください。」

「あっ......みんな、まだサインするよ?ポケモンリーグカードも如何ですか...?」

 

恐らくプライベートなのに人が寄ってきてしまい、長身の女性が人払いをしているようだ。ファンあっての彼らとは言え、プライベートへの踏み込みには限度がある。アマチュアであるスクールアイドルでさえその境界線が曖昧になりつつあるのだ。ルビィは気付かれないように丁寧に自転車を折りたたんだ。

 

「オリーヴ君、鞠莉君より厳しすぎやしない?」

「彼女はあまりにも楽観的なだけです。」

 

嗚呼、そう言えば鞠莉はポケモンリーグのアルバイトスタッフとして小遣いを稼いでいることをミーティングで報告されたこともある。マクロコスモスグループのレジャー部門に鞠莉の父親が所属していることを利用して、休みの日はポケモンリーグの発展に尽力したいと。尤も激務であることには変わりなく、月曜日には隈を作って登校しているが。

 

「僕も全力で頑張ります!ローズ委員長のためですから。」

 

声変わりの最中にある高めの少年の声に、ルビィはぎょっと肩を震わせた。視線を寄越すと銀色の癖毛と明紫色のロングコートが目に入る。彼もまたバッジを1つ手に入れたのか。ルビィは静かに溜息を吐く。ローズは彼の名前を失念していたようで可哀想だったが、オリーヴから「ビート」という名前を聞き出せた。思えばルビィの母も碌に名前を呼ばなかったような。

 

「決勝戦を制するのは、君か...それともチャンピオンに推薦されたトレーナーかな。」

「いいえ!優勝するのは委員長に推薦された僕です!!」

 

ビートは気を悪くしたのか声を張り上げてスタジアムとは逆方向に走り去ってしまった。途端にルビィに冷たいものが走る。ローズは「チャンピオンに推薦されたトレーナー」という玉虫色の表現をした。つまりルビィが自転車を片付けながら聞き耳を立てていることを知られていたのでは、と。

 

「あぁ、ルビィ君!」

 

ルビィはぎこちなくローズの方を向いた。錆びついたレアコイルがギャップを回す音がするほどに。ま人だかりがなくなって漸くわかったのだが、私服なのだろうか、ランニングウェアがちんちくりんだ。オリーヴは指摘しないのだろうか。何なら見立てたいと思ってしまった。御免被るが。ルビィは祈った。頼むからそれ以上近づかないでほしいと。

 

「あの、到着したら人だかりができていて気になってしまって......。」

「気にしないで。それにしてもダンデ君が君を推薦するなんてね。てっきりお姉さんの方かと思ったんだけど。」

 

悪かったな、という反論をぐっと飲みこんだ。バトルビギナーなのは兎も角、確かにダイヤの方が箔がつくだろう。何度指摘という悪意をぶつけられたか数えきれないが、苛立ちがぐるぐると腹の底で渦巻く。それこそターフタウンの地上絵のブラックナイトの如く。一方ローズはルビィの心情など気にも留めずぽん、と手を叩いた。

 

「そうだ!!ルリナくんに勝ったら私がお祝いしよう!」

「え?でも......。」

「ガラルの未来のため、そして浦の星のために頑張ってくださいね。」

 

聞けばルビィやAqoursのことを知りたいらしいが、何故こんな大きな立ち位置の人に話さねばならないのだろうか。確かに母がルビィのことを詳しく話してくれるとは思えない。どういう思惑かわからず、ルビィはふらついた。オリーヴは大きく溜息を吐いた後、夕方に防波亭で待っているからそれまでにバウタウンのジムチャレンジを制覇しろと厳しさと呆れの混じった声で命を下したのであった。その表情は、週明け登校する鞠莉の顔に似ていた。

 

 

ジムリーダーは全員ガラルの有名人と言って差し支えないが、とりわけルリナは浦の星のスターである。浦の星OGがジムリーダーであり、ガラル地方を代表するモデルなのだから。だからこそオフの日やジムチャレンジ前の休憩時間にルリナがどこにいるか生徒たちは把握していたし、もし見かけてもそっとしておくことは暗黙の了解であった。ルリナから声をかけられない限りは。

 

「ルビィちゃん?」

「ピギッ......はい、そうです......。」

「貴女有名人ね。地元のスターの一人だし、しかもダンデの推薦も受けたんだから。」

 

スターの格が違うだろうという反論を抑え込み、ルビィは曖昧に笑う。一瞬だけ、ルリナの眉間に皺が寄ったのをルビィは見てしまった。ルリナに妹のように可愛がられてきた果南曰く、ルリナは自信のない人間を好まないと聞く。姉と比較され続け、公然と母に馬鹿にされ続けたルビィにはルリナの態度と言葉の裏が読めてしまった。「どうしてお前が。」と。

 

「早速スタジアムにおいで。貴女とのバトル、楽しみにしてる。」

 

好戦的な笑みを浮かべて、ルリナはスタジアムへと戻っていった。どうしよう、こんなに話が大きくなっていたなんて。道行く人たちの囁きが増幅する。

 

―スクールアイドルならイベントずっとやっていればいいのに。

―精々獲得できるバッジは1つでしょ、どうしてチャンピオンはあんな子を推薦したの?

―お姉さんの方がよかったのに。

―いっそ千歌ちゃん推薦すればよかったのに。

―バトルもしたことなくて、あんな弱そうな子すぐ敗退するよ。

 

五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い!!好きなことばかり言うな!!ルビィは両手で耳を塞ぎ、蹲る。耳を塞いでも尚聞こえてくる声は過去の幻聴か、現在進行形の善意か。腹の底の渦が大きくなる。瞬間、ルビィの体勢が崩れる。臀部への重い痛みと下品な笑い声が響き、蹴り上げられたことがわかった。コンクリートに爪を立て、奥歯を噛み締める。

 

「絶対、負けない。」

 

こんな惨めな思いをずっとするくらいなら、己とポケモンたちの力で身を立ててやる。ルビィの指先から赤い血が滲む。その血はコンクリートを赤く染めただけでなく、少しずつ崩れ落ちた。

 

 

バウタウンスタジアム内は巨大なプールであり、太いパイプから大量の水が排出されている。排水個所は通れなくなっているため、ハンドルを開閉して排水を停めねばならない。

 

水の臭いにくらくらしながら、ルビィは赤いハンドルを閉じた。ハンドルの色が水柱の位置に該当するらしく、手前の赤いハンドルは、ハンドルから最も近い赤い格子に流れる位置の水流を止めた。だが闇雲に閉じていてはどん詰まりに陥ってしまう。扉手前の水流の位置には青い格子がある。それを踏まえながら閉じなければ。要所要所にいるジムトレーナ―と水の臭いと脳の回転と指先の痛みでルビィは息が詰まりかけた。尤もそれは足元で元気に戦うパートナーのお陰で息を吹き返したのだが。―最後の青いハンドルを回した後、扉の前の3つの水柱が止まった。ルビィは一目散に階段を駆け上がった。青いハンドルに付着した血液は、ハンドルを腐食させた。

 

 

「ようこそ、ルビィちゃん。そして難しいミッションをクリアできたこと、褒めてあげるわ。」

 

意外と冴えてるのね、とルリナは挑発的な笑みを浮かべた。ヤローのジムミッションが体力と閃きを使うものなら、ルリナのミッションは主に頭を使うものだ。ハンドルと水流の位置を把握しながら迷路を脱出しなければならない。意外に思われていることは言外からも察することができるが、評価は評価、素直に感謝の言葉を述べてカーティシーをした。周囲から嘲笑が漏れる。

 

「でもね、どんな作戦を練っても私と自慢のパートナーが全部流し去ってあげるわ。」

「......なら、どんな攻撃にも耐えてみせましょう。」

 

冷たい声にルリナは目を見張った。開会式で発狂していた彼女ではない。今日まで抱いていた、年の割に遥かに幼いイメージさえも崩れそうになった。ルビィの構えるボールに、今度こそ血液は付着していなかった。[newpage]

 

鞠莉が用意した8つの席は、一般席の中でも特にスタジアムを見渡せる掘り出し物だった。アルバイトの給料で8人分の座席を手配しているのだから一般席で勘弁してほしいと鞠莉は常々思うが、今回ばかりは神の加護があったようだ。

ほぼ全員が緊張した面持ちで見つめる中、ダイヤと善子は険しい表情を保ったままだった。

 

「ルビィちゃん、今回はどうなるかな。」

「リタイア、ですわ。」

 

曜の弾んだ声をダイヤが萎ませる。そこまで言うことはないと梨子が窘めると、ダイヤは静かに首を振った。

 

「ヤローさんの場合はジムミッションさえ突破できれば挑戦者の勝利です。ルリナさんから先はそこまで甘くありませんわ。」

 

花丸が鋭く睨みつけるが、ダイヤは怖気づくことなくふんぞり返る。善子も静かに頷いた。みずジムは2番目のジムなので挑戦者に合わせてポケモンたちは調整されているとは言え、互角以上の戦いを繰り広げるつもりだ。そう易々と通すつもりもないだろう。

 

「トサキント、つつく!」

 

現にリーフィアの弱点であるひこうタイプの技を出そうとしている。観客の大勢が鼻で嗤った。Aqoursの表情は絶望的なものになる。ドローンロトムが偶然ルリナを映してしまったが故に誰も気づかなかった。ルビィの口元が弧を描いたことに。

 

「リーフィア、はっぱカッターで攪乱して!!」

 

リーフィアの周囲に無数の葉―刃が舞う。トサキントが自慢の角を向けて特攻するのを防いだ。はっぱカッターによるダメージは着実に蓄積していき、トサキントはリーフィアに触れる前に戦闘不能になってしまった。

 

「こんな使い方するなんて!」

 

善子の絶叫がきっかけになったのか、観客がどよめき始める。次鋒のサシカマスのアクアブレイクははっぱカッターにより水流が押し退けられノックアウト。数多の挑戦者を見てきたルリナでさえ目を見開いたが、頭を振って再び仁王立ちをした。

 

「中々の戦闘センスね。そんな貴女にプレゼントよ!」

「リーフィア気張るよ!ダイマックス!」

 

ルリナの3つ目のボールにエネルギーが注入され、巨大化する。放り出されたのはダイマックスしたカジリガメ。気性が荒く、立派な顎で噛まれたらひとたまりもないとされる。対するルビィはリーフィアをボールに収めエネルギーを注入、巨大化したボールを放り投げた。ダイマックスしたリーフィアは相も変わらず穏やかに微笑んでいた。

 

「特大の贈り物よ!ダイストリーム!!」

「ダイソウゲンでお返しして!!」

 

カジリガメの水流と、リーフィアの種子が同時に放たれる。種子は早々に水流を割りカジリガメに直撃した。―レフェリーの声が挑戦者の勝利を宣言すると、リーフィアは高らかに鳴いた。悔しさを隠しもせず、ルリナは髪を掻き毟った。ああまたやってるよ、と呆れ声を漏らしたのは果南だ。花丸はほっと胸を撫でおろし、千歌はガッツポーズを決めた。4人は茫然としたままバトルフィールドを見つめ、ダイヤは唇を噛み締めた。

 

 

「......正直甘く見てたわ。全部押し流されちゃった。」

「ありがとうございました。ルビィの相手してくれて。」

「ううん、相手してよくわかった。貴女はチャンピオンに挑むだけポテンシャルがあるって。」

 

懐から取り出した水の文様のバッジをフレームに嵌め込んだ後、ルビィに向かって右手を差し出した。ルビィも右手を差し出して応じる

 

「頑張ってね。ジムチャレンジも、スクールアイドルも。」

 

ルビィの手に、無意識に力が込められた。ルリナの顔がほんの少し歪んだ。

 

 

奮闘したルビィを迎えに来たのはAqoursと、オリーヴだった。さあっと背中に冷たいものが走る。ルリナに勝ったら防波亭に来ること。ジムチャレンジに夢中で約束を今の今までルビィは忘れていた。

 

「ジムチャレンジ突破おめでとうございます。委員長が防波亭でお待ちです。」

 

言外にさっさと来い、と込められているような気がしてルビィは身を竦ませた。当然Aqoursの面々も驚きを隠せない。が、おもちゃを見つけたぞと言わんばかりの表情の鞠莉がルビィに近づいた。

 

「ルビィ、会長と食事に行くの? 」

「うん、ジムチャレンジの前に約束してたの。」

「何故そのような方と貴女が食事の約束をしていたのですか!?」

 

ダイヤの咎める声にルビィは俯いてしまうが、それを打破したのは鞠莉だった。鞠莉はニヤニヤしながらオリーヴにさっと近づいた。

 

「ねぇオリーヴ、私たちも行っていいかしら?」

「委員長は彼女との対話を所望しているのです。貴女方ではありません。それにいくら鞠莉の頼みとは言え......。」

「あら?会長なら快くOKを出すと思うわ。」

 

ぐいぐいとオリーヴの背中を鞠莉は押す。完全にオリーヴは鞠莉に呑まれてしまった。ぽかん、と全員顔を見合わせる。皆おいでー!と先を行ってしまったオリーヴと鞠莉に追いつくよう、慌てて走っていくのだった。

 

結局全員分をローズが奢るということで承諾された。寧ろローズ本人もガラルで知らない人はいないスクールアイドルと食事ができるなんて! と喜んでいた。おまけにソニアまで同席していたのだからルビィは余計に驚愕した。どういうこと?と小声で尋ねると、よくわからないと肩を竦められた。

水産の町であるバウタウンの魚介料理に全員舌鼓を打った。実はガラル地方でも有数の高級店故というのはご愛敬である。

 

「ところで、マグノリア博士はお元気にしていらっしゃいますか?」

 

ダイマックス研究の第一人者はマグノリア博士だが、ダイマックスバンドの開発権利はマクロコスモスが握っている。逆に言えばダイマックスの研究はマグノリア博士に一任されていると言える。

 

「祖母は長年ダイマックスの研究を行っていますが、依然として解明できていない点も多いようです。私もフィールドワークの際は、パワースポットセンサーを携帯しています。」

 

仮にダイマックスが疑似的なブラックナイトだとしたら。ダイマックスのエネルギー源はねがいぼし、即ちガラル粒子だ。つまりブラックナイトとガラル粒子に因果関係があるということだが、そもそもガラル粒子は「莫大なエネルギーを持つ石」程度にしか考えられていない。

料理の手が進まないルビィにダイヤが小突く。

 

「ソニア君、ナックルシティにある宝物庫の見学の手配をしよう!もちろんルビィ君も。」

 

科学的な解明が難しいなら、まずは歴史を紐解いてみてはどうだろうと。確かに研究結果を考察するには先人の考えやその背景を知る必要があるため理にはかなっている。しかしあのローズからの提案にソニアはぽかんと口を開けた。

 

「私から見学の手配をします。宝物庫到着の際は管理人にお声がけください。......委員長、お時間です。」

「えー?ルビィ君の話を聞けてないのに。」

「そうよそうよ。」

「鞠莉、貴女は静かにして。」

 

口を尖らせるこの人はポケモンリーグ委員長で、ガラルを代表する企業の代表取締役である。ローズは大きく溜息を吐いた後やるべきことはやらないとね、と呟き立ち上がる。お会計は私が済ませるから、また話を聞かせてねとローズは微笑んだ。ローズとオリーヴを見送った後、ソニアは大きなため息を吐いた。

 

「......親切のつもりなのかなぁ。」

「わざわざ宝物庫の手配までして?」

「うん、別に私でもやるってのに。......っとルビィちゃん、ルリナに勝ったんだって?おめでとう!」

 

宝物庫の見学予約はウェブサイトから可能だ。余程身元が怪しくない限り見学可能らしい。ソニアは口を尖らせた後、破顔してルビィの頭をわしわしと撫でた。ルビィは目を細めて心地よさそうに礼を述べた。

 

「知ってるかもしれないけど、ルリナ負けず嫌いだからさ......。ちょっと様子見に行ってくるね。序にルビィちゃんのことも自慢してやるんだから!」

 

またね!とソニアは手を振る。そんなことしてもらう必要ないのに、とルビィははにかんだ。その一方で千歌は小首を傾げた。

 

「結局あたしたちって、なんのためにいたの?」




2022.12.18.大幅に修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Can do

3番目のジムチャレンジ。
彼女はやれる。たとえどんな手を使っても。

※ガラル地方の伝説について大幅に捏造を入れ込んでいます。またBWの設定を借りています。


「ルビィちゃん、次のジムチャレンジにはこの子を活躍させてほしいの。」

 

千歌から託されたポケモンはジメレオン。ルビィが推薦状を貰ったその日に、ダンデからAqoursにと託されたメッソンが進化した個体だった。一緒に強くなろう、と個々のトレーニングも兼ねてローテーションで面倒を見ていた。千歌は大張り切りでメッソンを連れて行きイワークに返り討ちにされかけ、同伴していた曜がピッピ人形を投げて事なきを得たと聞いてルビィは苦笑いした。寧ろジメレオンの進化に貢献したのは善子と花丸だった。2人も育成の苦労を語り、見張り塔跡地付近でゴーストポケモンに囲われた際は一目散に逃げたのだとか。

 

「よし...ジメレオン、よく頑張ったね。」

 

その日はダイマックスの巣穴にイーブイが大量発生していた。ジメレオンのトレーニングとルビィのパーティ構成を再考するため巣穴に籠っていた。図鑑でステータスの傾向を確認し、進化先を定めたルビィはジメレオンの顎を撫でた。名は体を表すとはよく言ったものだが、口角を緩く上げて頬を赤く染めるジメレオンはまんざらでもなさそうだ。千歌曰く、浦の星にメッソンがやってきたときは大泣きしたそうだが、今やそんな素振りは見せない。成程、ルビィの知らぬ間に協力して育て上げたのだろう。そしてそれだけ応援されていることに、胸に仄かな温かさと重さを感じた。

交流のために、新しく捕まえたイーブイたちとジメレオンを加えてキャンプを張る。今日のカレーはどうしようか。少し余っていたフライ盛り合わせを使ってみようか。見るからに脂っこいが、これだけ動いたので罰は当たらないだろう。

 

「......あれ?」

 

カレーの鍋をドッコラーと用意していたルビィの視線の端に、光が映った。間違いない。あれは―。

 

 

 

梨子によれば、3番目のジムチャレンジ会場であるエンジンシティジムリーダーであるカブは夕方以降不在らしい。カブは8人のジムリーダーの中でもベテラン格であるにも関わらず、今日も修行を欠かさないそうだ。これは成績不良により一時期マイナーリーグに所属していたことに所以するらしい。流石はジムチャレンジの最初の関門と言われるだけあるが、梨子はどうしてカブのことをよく知っているのだろう。尋ねたところでどもりながらはぐらかされた。

 

ルビィは大きく溜息を吐いた。それはそれは幸運が全て逃げてしまうほど。何故なら目の前にはビートがいた。憎まれ口は相変わらず。何が「レベルの低いバトルはポケモンによくない」だ。只でさえ坑道の中は酷く気分が悪くなるというのに。ルビィはボールベルトに手を伸ばした後、ワイルドエリアで手塩にかけて育てたイーブイ―基ブラッキーに指示を出した。

 

相性が断トツでよかったのか、将又フェアリーやむし技を放たれなかったのが幸運なのか。ブラッキーは鼻を鳴らしてテブリムを見下ろした。ビートは歯軋りした後、吐き捨てるかのようにルビィを罵倒―否、評価した。

 

「評価を改めましょう。弱い、ではなくちょっと弱い。でしたね。」

「格上げしてくれるんですね。」

「だから!!......どうせ貴女のような人が勝ち上がるなんて思ってませんよ。」

 

ルビィが鼻で嗤われる番だった。寧ろ罵倒しているつもりが褒めているなんて認めたくないのだろう。ビートは小さく呟いた。願い星を集めないと、と。

 

「何か、悲しそうだね。」

 

ブラッキーは何も答えなかった。

 

 

「凄いなぁ。ヒバニー、ラビフットに進化しちゃった!」

「ルビィこそ、ブラッキーいつの間に連れてきたんだ?」

 

坑道でラビフットと歩くホップを見かけたルビィは、駆け寄って肩を叩いた。ヒバニーの進化に手を叩いて喜ぶルビィに対し、ホップはしゃがみ込んでブラッキーを見つめていた。ブラッキーはルビィへの忠心は高い―ポケモンとトレーナー間の信頼度が進化の鍵であるため―が、他のトレーナーに対しては警戒心が強いのかホップを睨んだ。ホップは苦笑いしながら立ち上がると、目を見開いて人差し指を立て、ルビィに「静かに」と耳打ちした。

視線の先にはエール団と、し小柄な壮年男性が対峙していた。ガラル地方の男性としては小柄な彼は、堂々と胸を張っていた。

 

「いいトレーニングになりました。ありがとう。しかし...トロッゴンは仕事中だったんだ。邪魔するのはどうかと思うよ。」

 

トロッゴンは土木作業員たちと共に坑道で採掘に従事している。鉱山に足を運べばよく見かける光景だ。エール団は「自分たちは応援していただけ」と反論するも、口を噤んでしまった。男は背を向けていたが、恐らく表情を見て反論することをやめたのだろう。そして何故彼がエール団を咎めたのか予想がついた。大声で叫んだのだ。そして彼とバトルして負けたのだと。エール団は気まずそうな表情ですごすごと去っていった。見計らったホップは感激のあまり駆け寄った。

 

「あの、カブさんですか?」

「君たちは...ホップとルビィだね。ダンデの推薦した。」

「覚えててくれたんだ!かっこよかったんだぞ!!」

 

カブは目を見開いた後、ややぎこちないながらも柔らかい表情で対応した。

 

「鍛錬中ですか?もうすぐ日が暮れてしまいます。」

「そうだけど、挑戦者であっても最高の試合をしたいんだ。ギリギリまで追い込みたくてね。」

 

梨子の言う通り、カブは明朝から挑戦者を迎えるために鍛錬に励んでいたのだ。例えチャンピオンカップ参加者を篩にかける「試験」であっても、最良の試合をするために。カブの目線の先には仄暗い池があった。そこにはカラクナシやドジョッチが穏やかに泳いでいる。いずれもほのおタイプの弱点だ。ほのおタイプに対して弱点をつけるポケモンが多く生息するこの鉱山はカブにとっては絶好の修行場所なのだろう。だがそれは暗に、3番目のジムであっても容易に通させないという意味を孕んでいた。梨子は言っていた。カブはジムチャレンジの最初の大きな篩だと。

 

「さぁ、夜も遅い。エンジンシティに着いたらホテルでゆっくり休むんだよ。僕はトロッゴンを送り届けるから、この辺で。」

 

明日は燃えるよ!と少しぎこちなく笑って走り去っていった。

 

「燃えてきたな!ルビィ!ホテルまで競争だ!」

「暗いから走らないの!!」

 

ホップを咎めるルビィの声は明るく、いつの間にか走り出していた。小さく溜息を吐いたブラッキーの輪帯は、月光のように仄かに輝いていた。

 

 

挑戦者がレセプションにごった返しており、順番が来るまでルビィは英雄像の前で呆けていた。

この英雄はブラックナイトを解決する際、ガラル地方の人々に己の思想を信じてもらうことを条件にしたという。それを知ったハルモニアの王に幾度もの拷問を受け、最期は斬首されたと。ガラル地方では聖人として祭り上げられ、地方の旗のモデルになったり硬貨に刻まれていたのもそういえばこの英雄だった。思想の授業が嫌いなルビィはいい加減に聞いていて、花丸の助けがなければ試験も危うかったが、ソニアの研究に付き合うならば真面目に聞いていればよかったと後悔した。

だがどうも、知れば知るほどルビィはこの英雄が苦手になった。多様性が叫ばれるガラル地方だが、寧ろかつては多くの神々が世界中の人々と共存し、加護を与え、時には祟ったとされている。多様性が叫ばれる割には何故このような伝説を人々は信じているのだろうと。自分の思想を信じることを条件に脅威を解決するなんて最早脅迫ではないか。そんなことを口にすれば自分の立場はなくなってしまうのはよくわかっていた。実際ダイヤからは試験の成績の悪さ以上に怒鳴られてしまったからだ。

 

「ルビィ選手?」

 

幼さの残る声に振り向くと、そこにはマリィがいた。開会式の前夜以来の再会だ。

 

「えっと、貴女は。」

「マリィだよ。遅くまで頑張っとーねー。」

「マリィちゃんこそ、お疲れ様。」

 

初対面時はトラブルがあったため、ようやくマリィの顔を確認できたが、美人だとルビィは思った。身長はルビィと大きく変わらないが、いつかルビィを追い越すだろう。ツーブロックを二つに結わいた髪型と長い睫毛に囲まれた翡翠色の瞳のギャップに見惚れてしまう。

 

「チェックインまで時間かかるでしょ?ちょいと腕試しせん?」

 

マリィの足元にいたモルペコはバッジフレームを両手で抱えてルビィに見せつけた。2つのバッジが嵌め込まれたそれが蛍光灯の光を反射した。

 

「いいよ。喜んで。」

 

ルビィがバトルの申し出を引き受けた途端、ホテルの扉からエール団がわらわらと沸いてきた。ルビィは小さく叫び声を上げたが、マリィが鼻で嗤った。

 

「ビビッてんの?」

「まさか!」

 

 

エール団は項垂れ、マリィはやるじゃん、とそっぽを向いた。ルビィは奮闘したニンフィアを撫でてやった。第一鉱山の出口に捨てられていたイーブイの進化個体だ。ニンフィアは気持ちよさそうに顔を摺り寄せ、触覚がうねった。

 

「明日に備えて寝ようか。おやすみ。」

「今日はありがとう。おやすみなさい。」

 

マリィは拳を突き出し、ルビィも拳を突き出した。互いの拳がこつんと当たる。モルペコがマリィの足元でうらら、と笑った。

 

 

メッセージの受信を知らせるアラートでルビィは目を覚ました。

ビートに因縁をつけられ、ホップと健闘を讃え合い、マリィと力試しをする。昨日は充足していた。お蔭で目ざめが良い。メッセージの送り主であるホップは既にエンジンシティスタジアムに向かってしまったらしい。いつも行動が早いから見習いたいなぁ、とルビィは眠い目を擦った。これから挑むジムチャレンジは関門、きっと弱点に何らかの対策を立てているのだろう。今日の切り札であるインテレオンが強い眼差しでルビィを見つめる。だが彼だけで突き進むのはよくない。きっとカブに早々に潰されるのは目に見えている。ブラッキーはどうだろう?だが昨日ビートと戦ってしまったのでなるべく参加させたくない。

鈴の鳴るような声が聞こえる。また窓際に色違いエーフィが現れた。ルビィはその幻影に大きく目を見開くが、同時に脳裏に懐かしい思い出が過る。幼い頃、近所の子供たちの悪戯でポケモンたちに追いかけまわされたとき。エーフィがそのポケモンたちを追い返したのだ。その追い返し方は―

 

「エーフィ、お願いがあるの。」

 

ポケモン用のベッドの上で日光浴をしていたエーフィがむくりと起き上がる。ルビィは2枚のわざマシンを取り出し、エーフィは頷いた。

窓際にいた色違いエーフィは、どこにもいなかった。

 

 

ミッションフィールドは草むらを模したものになっており、3か所の草むらにジムトレーナーが点在していた。草むらにはポケモンが潜んでおり、捕獲、もしくは倒すことがミッションとなる。捕獲すると2点、倒すと1点獲得でき、総合点が5点以上になるとミッションクリアとなる。但し、チャンスは3回。3回の捕獲チャンスで5点を獲得できないとミッション失敗。即ちやり直しだ。また、ジムミッション中はジムトレーナーが付き添うことになっているため、挑戦者単独では挑めない。

 

だがルビィは草むらの前で立ち止まってしまった。観客席でそれを見ていた一部の観客がブーイングを飛ばす。ダイヤさえ席を立ちかけた。

 

「気が早いわ、ダイヤさん。」

「これ以上見る価値はありません。一体何を考えているのですか。」

 

普段自己主張が控えめな梨子がダイヤの腰に抱き着く形で妨害する。実際立ち止まってしまったルビィに不安を覚えたのはダイヤだけではない。善子や曜は膝の上で手を握って見守り、果南はモニターを凝視し、千歌は右往左往し、鞠莉は口を押えていた。だが一人だけ、モニターをじいっと見つめていた。

遂にルビィが草むらに足を踏み入れる。目の前にいるのはロコンだ。ジムトレーナーとルビィがボールを放る。間もなく、会場はどよめきに満ちた。

 

「インテレオン、タンドンにみずのはどう!」

 

インテレオンが右手を差し出すと、水流と共に衝撃波が放たれる。水の振動をまともに喰らったタンドンはリタイアし、ロコンはルビィの投げたボールの中に無事収められた。2度目も同じ手法でヒトモシを捕獲し、3度目は残念ながらヤクデを倒してしまった。それでも合格点は合格点、ミッションクリアと相成った。

 

「え...どういうこと?」

「ミッションのクリア条件は『すべての草むらに入って5点以上獲得すること』。それだけずら。」

 

疑問符を大量に浮かべる千歌に対し、花丸は冷静だった。このミッションは少なくともポケモンを2体捕獲すればよい。つまり倒していい、即ち失敗が許されるのは1回のみだ。

 

「それとジムトレーナーは『付き添う』とまでは説明があったけど、『捕獲に協力する』とまでは言ってないずら。」

「そうね。他の挑戦者の動画も見てたけど、あの人たちは妨害要員よ。」

 

ルビィが立ち止まったのもそういうことだと花丸は付け足した。ジムトレーナーの役割を具体的に説明されていなかったためだ。先手を取って倒してしまうか、将又挑戦者の手数を減らしてリタイアに導かせる可能性だってある。それを見抜けずリタイアになってしまった挑戦者もいれば、隙を狙って5点を獲得した挑戦者もいる。梨子が確認した限りホップを含めた通過者は後者だ。ルビィのようにジムトレーナーに先手を打つ挑戦者は今日まで現れていない。観客の批判は免れないかもしれないが、戦略としては理に適っている。

 

「ずら丸はわかるけど......詳しいのねリリー。」

「そ、そうかしら。」

 

カブの出場するバトルは公式戦だろうが何だろうが観ているなんて、梨子は言えなかった。

 

興奮しているのかボールを揺らすインテレオンを宥めながら、ルビィは息を吐いた。あまり褒められないミッションクリアだったかもしれない。だがそれが何だと言うのだ。この先のバトルも見苦しいものかもしれない。だがルビィはその方向性を曲げるつもりはなかった。

ふと右隣に人の気配がする。カブだ。光の向こう側―バトルフィールドを見据えて集中している。その姿はなんと眩しいのか。カブが走り出すと同時に、ルビィも歩き出した。その先に佇んでいた銀髪の青年は、ゲートを出た瞬間霧のように消えていった。

 

「よくぞここまで来た。改めて僕がジムリーダーのカブだ。」

「ルビィです。よろしくお願いします。」

「どのトレーナー、どのポケモンも勝つために鍛錬を積む。」

「でも、それは相手も同じ。」

 

よく知っているね、とカブは頷く。

ラブライブは遊びじゃない!と激高したスクールアイドルがいた。努力したところで1つの席に座れるとは限らない。否、その前に用意された席にすら座れないことだってある。スクールアイドルでも同じこと。自分たちは頑張ったのに、と嘆くのは簡単だ。努力は無駄だと、勝者に唾を吐くことも容易。だがその一瞬のために血反吐を吐き、気の遠くなるような努力をする。その条件はどの挑戦者も同じことだ。

 

「キュウコン!出番だ!!」

「エーフィ、おいで!」

 

白金の毛並みの九尾のポケモンと、二又の尻尾を持つポケモンが睨み合う。カブはほう、と息を吐いた。ほのおタイプの弱点を最初から繰り出してくると思っていたが、そうではない。寧ろ削られることを見越してエーフィを先手に出したのだろう。カブの胸の内の炎が燻り始める。数々の挑戦者を見てきたが、これは面白い戦いになるだろうと。

 

「キュウコン、おにび!」

 

まずは賭けに出る。やけどでスリップダメージを与えてステータスにデバフをかける。エーフィは特殊アタッカーだが効果がないとは言えない。青白い火の玉がキュウコンの周りを囲み、エーフィに襲い掛かった。はずだった。おにびは文字通りエーフィに跳ね返され、キュウコンの身体に吸収された。

 

「成程、マジックミラーか!」

「ご明察!エーフィ、ひかりのかべ!」

 

エーフィの特性はマジックミラー。状態異常やデバフを齎す補助技を跳ね返す特性だ。幸運なことに、キュウコンがほのおタイプ故に吸収されただけで済んだ。エーフィの前に透明な壁が張られる。特殊技の効果を抑制する壁だ。

 

「挑戦者でここまでとは凄いね!キュウコン、ほのおのうず!」

「エーフィ落ち着いて!リフレクター!」

 

エーフィを炎が囲う。行動するたびにスリップダメージを与え、交代もできない。ルビィは己とエーフィに檄を飛ばすように叫び、再び透明な壁が張られた。物理技を抑制するための壁を。

 

「キュウコン、でんこうせっか!」

「エーフィ、サイケこうせん!」

 

エーフィに先制される前に先制技で返り討ちにし、盤上を整えたエーフィは攻撃に転じた。2枚の壁のお蔭かエーフィに与えるダメージは少なく、キュウコンはふらついて倒れてしまった。

 

「今度は簡単にいかせないよ!ウインディ!」

 

次鋒はウインディ。ステータスバランスの良さと豊富な技構成はキュウコンと似ているが、ウインディはより攻撃的な戦法がとれる。

 

「ウインディ、こうそくいどう!」

「エーフィ、サイケこうせん!」

 

まずは素早さをあげて先制をとれるようにする。いくら壁を張っていても、エーフィの物理体勢の弱さを踏まえれば駒を進めるには容易だ。しかし、

 

「エーフィ、バトンタッチ!」

 

炎の渦から白い光が漏れる。バトンタッチは交代技だ。しかもステータスのバフ・デバフや壁は維持されるだけでなく、ほのおのうずやうずしおの中でも交代できる強みがある。カブの背筋に冷たいものが駆けあがった。

 

「ウインディ、かみつく!」

「インテレオン、ねらいうち!」

 

ウインディが渦の中にいるポケモン―インテレオンに突撃する。渦の中からまっすぐに水流が伸び、ウインディに直撃した。水流の勢いは徐々に増し、遂には観客席の壁に激突。ウインディは伸びてしまった。

 

「カブよ...頭を燃やせ。動かせ!」

 

カブに勝利できる挑戦者は見込みがあるとされている。カブ自身は己を圧倒してくるようなトレーナーの誕生に歓喜した。ならばこちらも全力で応えるのが流儀というものだ。

 

「燃え盛れ!!キョダイマックスだ!」

 

カブの瞳に小さな炎が灯り、手元のボールがダイマックスバンドから注入されたエネルギーで徐々に大きくなる。ボールから放たれたのはマルヤクデ。しかしただダイマックスしただけではない。本来のマルヤクデは百足のような姿をしている。だが彼は龍に近い姿だ。それはまるで、ホウエン地方に伝わる自然の化身。

 

「インテレオン!ダイマックス!このフィールドを海に変えて!」

 

インテレオンがボールへと吸い込まれていく。ルビィから放たれたインテレオンは両手を広げ、まるで主役のように高らかに鳴いた。

 

「僕らは上を目指す!炎が燃え上がるように!キョダイヒャッカ!」

「インテレオン!ダイストリーム!」

 

炎と水流がぶつかる。熱い水蒸気がスタジアムを満たす。しかし間もなくスタジアムに雨が降りマルヤクデはキョダイマックスを解除すると共に地に伏せた。インテレオン、即ちルビィの勝利が高らかに告げられる。水蒸気の向こう側に、カブはとある青年の影を見た。

 

「君の才能が、僕の長年の経験を上回ったね。」

「そんな、まだルビィは未熟です。」

「有望な挑戦者だね。僕もまだまだ学び続ける必要があるようだ。」

 

バッジフレームに炎の意匠を象ったバッジが嵌め込まれた。フレームを見つめるカブの目は、どこか凪いでいた。

 

 

「緊張したぞ、ルビィ!」

 

観客席からルビィを見守っていたホップはルビィの肩に腕を回した。男性を苦手とする傾向のルビィにスキンシップを働くホップにAqoursの面々はギョッとした。花丸が「マルも家族以外の男の人に触られたくないずら」と呟くまでは。

 

「ホップ君はどうやってミッションクリアしたの?」

「ポケモンが弱ってるタイミングを見越してボールを投げたんだ。でもジムトレーナーを牽制した方がやりやすかったなぁ......。」

「え!凄い!ルビィならできないよ。」

 

互いの適性の違いと、それを踏まえた戦略を讃え合う。ルビィはもう己の力を客観視できるようになったのかもしれない。俯瞰して己を見据えるのは易いことではない。

 

「ダンデ打倒も夢じゃないわね。」

「鞠莉さん!いい加減なこと言わないでくださいまし!」

「そうだ!ルビィは強いんだ!!」

 

確かにこの後のジムチャレンジは生半可な強さでは突破できない。ダイヤの懸念に唇を噛み締めたルビィを見やったホップは大声で反論した。果南もダイヤの肩に優しく手を置く。

 

「ダイヤ、もうルビィちゃんはバッジを3つ手に入れたんだよ。それは評価しよう?」

「ええ......おめでとう、ルビィ。」

「ありがとう、お姉ちゃん。」

 

 

この先のジムチャレンジはまずナックルシティを経由する必要がある。ナックルシティ付近のワイルドエリアのポケモンたちも相当に強いこともあり、挑戦者ではないトレーナーは相応の職業に就いていない限りワイルドエリアを回れないのだ。ちょうどラブライブ予備予選までまだ時間はあるので、先にエンジンシティを抜けることにした。スタジアムを出て昇降機を降りる。ところが街をある程度通過したところで別の声に呼び止められた。

 

「カブさん?どうされたんですか?」

「ジムバッジを3つ集められずジムチャレンジをリタイアする挑戦者も多くてね。僕に勝った挑戦者は皆見送ることにしているんだ。」

 

確かにあのミッションと、おにびやかみつくでこちらを抑制するカブの戦法は生半可なトレーナーを篩い落とすものだ。正にジムチャレンジの登竜門。おまけにもう2つの足音に周囲が騒めきだす。

 

「間に合ったあ、タクシー様様だよ。......ルビィちゃん、ホップ!カブさんに勝ったのね!」

「本当に少ないんだよ。カブさんからバッジを貰える挑戦者。」

 

だから応援の意味も込めてヤローとルリナも加わって見送るのだとヤローは付け加えた。カブは深呼吸し、よく通る声でルビィとホップに声援を送った。

 

「行け行け!ホップ!!やれやれ!ルビィ!!」

 

カブの声援の熱さとヤローとルリナの誠意にルビィは涙ぐんだ。これまでの努力が認められ、そして何よりポケモンたちの力が相応のものであると証明されたように思えたのだ。だがルビィは込み上げる気持ちをぐっと堪え、こっそりホップと拳をぶつけ合った。

 

「これから先に待つジムリーダーたちは強者だ。だが君たちなら勝ちぬける!ポケモンと自分を信じるんだ!!」

「俺たちガンガン勝ち進めます!」

「ありがとうございます!!」

 

 

走る若い背中を3人は見届ける。カブは目を細めた。あの表情は「彼」にそっくりだった。否、顔立ちだけなら瓜二つだ。

 

「流石に、覚えてないか......。」

 

宝石のように煌めく銀色の髪、あどけない容姿、そしてその姿に見合わぬ眼光。だがその光は10年前に焼失してしまった。マイナーリーグに陥落した自分は、彼を見送ることすらできなかった。知らされなかったとはいえ、今はもう彼らが眠る場所さえわからない。

 

「あの、お時間よろしいでしょうか。」

 

突然声をかけられたカブははっと顔をあげた。グレーのセーラー服着た3人の少女がいた。ルリナは叫ぶように浦の星の子!?と指摘した。浦の星と言えばルビィの所属校だが、バウタウンにある別のスクールと統合することがわかっている。あくまでも予定だが、それを解消すべくスクールアイドルが結成され活動中だ。他の生徒たちも、統廃合阻止のために地道な努力を続けている。

 

「Aqoursが統廃合阻止のために努力してますが、私たちにもできることはあります!」

「もしよければ統廃合阻止の署名をお願いしたくて......!」

「もちろん!おねーさん協力しちゃう!」

 

レイジングウェイブとしてもモデルとしてでもない、浦の星の卒業生のルリナがペンを握った。ルリナさんがいれば100人力ですね!という声にルリナはこれでもかと顔を綻ばせた。

 

「じゃあ僕も。妹が通ってるんです。」

 

ヤローもペンを取る。本人自ら口に出すことは少ないが、ヤローには妹と弟がいる。妹はよくヤローと同伴しており、彼女こそがAqoursの一員だと聞く。世間の狭さに驚愕しかけたカブであったが、あんなに有望な挑戦者が在籍しているのだ。彼女の悲願を願うのも、悪くはないだろう。

 

「......せめて、彼女の居場所だけは。」

 

ヤローから渡されたペンを、カブは受け取った。あのとき貸せなかった力を、せめて彼の忘れ形見に。




プライベートが忙しく、ハーメルンでの投稿が遅れております。
閲覧していただき、ありがとうございます。

2022.12.18大幅に修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Once upon a time.

少年の挫折。ガラルの今と昔。


雨が体を打ち付ける。雲の向こう側から降る小さな滴はホップの身体をひどく打ち付けた。倒れたラビフットはただただ雨ざらしに遭っていた。茫然と見つめていたホップははっと我に返り、モンスターボールを取り出してラビフットを収めた。

 

「これがチャンピオンの弟の実力ですか。」

 

ビートは鼻で嗤った。

それは本当に偶然だった。ワイルドエリアを介してナックルシティに向かう途中の桟橋で、ビートに声をかけられてバトルに縺れ込んだ。だがその結果は散々だった。エンジンシティまで勝ち抜いた自慢のメンバーは、同じくエンジンシティまで勝ち抜いたビートの仲間たちに屠られてしまった。

 

「...何が言いたいんだよ。」

「こんな無様に負けて、チャンピオンの名が汚れますね。」

 

ホップは腹の底が熱くなる感覚を覚えた。ポケモンバトルは確かに平等だ。勝敗が全て。だが敗北した相手をこき下ろすのはマナー違反だ。

 

「......もう一人のチャンピオンの推薦者がいましたね。スクールアイドルなんてものと並行している、あの弱弱しい女の子。」

「ルビィを馬鹿にするのかよ!」

 

 

ビートは更に畳みかける。ルビィをコケにしてまで。それはホップの熱くなった部分をマグマッグのように煮えたぎらせるのに十分だった。

 

「そのルビィに勝てたことはあるんですか。」

 

ホップは黙りこくってしまった。確かにルビィに挑んだことは何回もある。だが結局どれも黒星だ。ポケモンの相性はホップの方がいいのに、ルビィはそれを見越して戦略を練っている。この僕さえ彼女に黒星を与えたことはないですけれど、とビートは嘆息した。

 

「旧冠王国の王族の...末裔で、お姉さんは次期家長かつ王位請求者。しかもバウタウンの女学校の統廃合を阻止するために芸能活動をしているんでしょう?貴方よりずっと立派じゃないですか。」

 

確かにルビィは舐められやすい。小柄で内気で、縮こまって俯いている。だが彼女は曲がりなりにも良家の娘だ。芯が強くて賢い、度胸もあって誇れる幼馴染。なら自分はどうだろうか。いつも自己評価には兄がいたガラルが誇る無敵のチャンピオン。はた、と気づいた。それ以外にホップにあるものは。

 

「つまり。貴方の負けによって、チャンピオンに傷がつくんですよ。」

 

ホップは膝をつき、ただただ雨曝しになるばかりだった。

 

 

くさ、みず、ほのおバッジが嵌め込まれたバッジホルダーをナックルシティゲート前のスタッフに提示する。彼はホルダーとルビィの顔を交互に見つめた後、頷いた。

 

「確認いたしました。今後も健闘を祈ります。」

 

ありがとうございます、とスタッフに礼を言ってルビィはゲートを通るために一歩踏み出した。

 

「ルビィさんではありませんか。」

 

ルビィは振り返った。そこには嫌らしく笑うビートがいた。

 

「一体何の用ですか。」

 

ルビィにとって、ビートの印象は芳しくない。ドッコラーが怒っていた以上、許可なく鉱山のねがいぼしを漁っていたのは事実。ローズに推薦されたことを誇りにしているものの、その割には他のトレーナーに喧嘩を売るような真似ばかりする。スクールアイドルでもそういった手合い者はいるが、大体が本戦に間に合わず辞退する。学校の名前を背負い、ごく一部とはいえアマチュアである以上下手に心象が悪くなったらおしまいなのだ。ファン離れはもちろんだが、母校の生徒や卒業生、教員から不評を買うことがほとんどである。

 

「ホップ君は辞退しますよ。この僕に惨めに負けましたから。」

「...は?」

 

ビートは思わず肩を竦ませた。ルビィから地を這うような低い声が漏れたのだから。

ルビィは本来感受性の高い娘である。一度共感すれば共に笑い、泣き、肩を寄せ合えるような娘。ルビィ自身を侮辱される程度なら歯を噛み締めてぐっと堪えることはできる。だが一度ルビィから標的が逸れればその限りではない。

 

「だってそうでしょう?彼はチャンピオンの弟だ。いずれ視聴者にも知られるところとなる。だから―」

 

ビートの声は震えた。ルビィがビートを見据え、大股で近づいてきたのだ。ビートは後ずさるが間に合わず、首元に手を伸ばして勢いよく押し倒した。2人を跨ぐかのように、アーマーガアが飛び去って行った。

 

「これは正当防衛です。アーマーガアが彼に追突するところでしたので。」

 

ルール違反だと告げようとするスタッフにルビィが一瞥する。スタッフは息を呑み、頷いた。

ジムチャレンジは法に触れれば処分が下される。ジムチャレンジのドロップなら可愛いもので、最悪の場合はトレーナー資格の剥奪だ。だが偶然を利用してルビィはそれを退けた。ビートは顔面蒼白だ。ルビィはビートの耳元に口を近づけた。

 

「それ以上ホップ君を侮辱するなら、私はトレーナーをやめてやる。」

 

暗に込めた、暴力も辞さないという意志。ルビィは体を起こし、手をビートの首元から離した。ビートは勢いよく起き上がり、一目散に逃げていった。途中で転んだのはご愛敬。

ぽん、と腰元のボールから光が漏れる。目の前にはニンフィアがいた。悲しそうに鳴くニンフィアは触角を伸ばしてルビィを包み込んだ。ニンフィアの触角は精神を和らげる波動を含んでいる。ルビィの刺々しくなった心は次第に凪いでいった。ルビィはニンフィアを抱き留めると、小さくありがとう、と告げた。

そもそも失格になったところで意味がない。指をさされ続ける生活を送る羽目になり、浦の星に悪評が集まってしまう。それらがAqoursやホップにまで飛び火したらと思うと今更ながらゾッとした。旧王家の娘であることは嘘ではないが、ルビィには後ろ盾がない。だからこそ己の身だけで強くならねばならない。ルビィはニンフィアを抱き留めたまま、立ち上がった。

 

 

城をそのまま利用したスタジアムは所謂文化遺産であり、一切手を加えられていない。ドラゴンを象ったそれは侵入者を見張り、ならず者を燃やし尽くすだけの圧がある。ルビィはワイルドエリアの向こう側は幼い頃に何度か行ったことがあり、記憶も朧気だ。だが城の周りを父と手を繋いで歩いたのは覚えている。一体どういう経緯かはもう覚えていない。ルビィはニンフィアを抱きかかえつつ、ナックルシティに足を踏み入れた。

その麓でローズとオリーヴ、ビートが対峙していた。ビートはルビィを怒らせてしまったせいで大汗をかいていたが、ローズは特に咎めることもなかった。

 

「委員長、願い星は順調に集まりました。ジムバッジも、余裕で3つめです。」

「流石ビート選手。今後も委員長に選ばれたことを忘れずに励みなさい。」

 

ルビィは門で身を隠した。ねがいぼしの収集はローズの指示だった。その割にはドッコラーは協力的ではなかった。ドッコラーは作業員と共に採掘作業を手伝っていたが、ビートに対してはそうではなかった。ビートのポケモンはよく鍛えられているし、ポケモンに極度に嫌われているわけでもないだろう。ならばねがいぼしの収集はビートにしか頼んでいないのだろうか。

 

「ねがいぼしがあれば、委員長の悩みも解決するのですね!」

 

ビートは目を爛々とさせて陶酔する。ねがいぼしを集めればローズの悩みが解決する?どうやって?7つの珠を集めれば願いを叶うわけでもあるまいし。あれはポケモンをダイマックスさせるエネルギーを持つ石ではなかったのか。

 

「いや、正確にはガラル地方の未来のためだよ。それに願い星だけではなく、チャンピオンのように強いポケモントレーナーも必要さ。」

 

お言葉ですが、とビートの発言に棘が含まれる。

 

「チャンピオンが推薦した挑戦者の一人、ホップはいずれ辞退することでしょう。」

 

僕ならチャンピオンに勝てます、とビートは自信満々だ。ルビィにその後何をされたかすっかり忘れているようで、いっそ潔い。ところがローズは一層感心したように頷いた。

 

「みんなでジムチャレンジを盛り上げてね!」

 

流すかのような発言が気に食わなかったのかビートは俯いていた。ビートはオリーヴに何かを耳打ちされ、スタジアムの奥へと消えていった。

ルビィは一部始終を聞いて大きく溜息を吐いた。一つ分かったことは、ローズは信用に足るかどうかだ。正直、わけがわからない。初対面で感じた底冷えするような恐怖はきっとそのせいなのだろう。ルビィに大きな影がかかる。顔を上げた瞬間、ローズの顔がぬっと現れた。ルビィはニンフィアと一緒に絶叫した。

 

「ルビィ君、話は聞こえていたようだね。」

「あの、また盗み聞きみたいなことして......。」

「気にしないでくれよ!」

 

一先ず何より私服で近づくのは笑ってしまうからご勘弁願いたいとルビィは念じたがそうはいかなかった。そして接近してるのに大声で話すことも。

 

「私に何か質問があるのかな?例えばそうだね...ねがいぼしを何に利用するつもりか、とか。」

 

ルビィの心臓がどきりと跳ね上がる。ニンフィアさえ恐怖で触角がぴんと硬く張り詰めた。

 

「ねがいぼしはポケモンをダイマックスするだけの膨大なエネルギーを秘めているんだ......。そうだ、詳細を知りたいのならスタジアムに行こう。」

「へ?」

「いやもう今すぐ行こう!ガラルのエネルギーについて教えるよ!」

 

ついておいで!とローズはがしりとルビィの手首を掴んで走り出した。ニンフィアはルビィの手を離れ、2人の後を追う。走る速度より話の展開の方が何倍も速く、只でさえ足の形成異常を持つニンフィアは縺れかけた。

 

ネイビーとワインレッドのツートンカラーの絨毯が敷かれた物々しいスタジアムのレセプションを、ルビィは見回した。煉瓦造りの城は光があまり差し込まれておらず、幻想的な印象を与える。しかし一か所だけ、エレベーターの扉だけが異様に映った。

このナックルシティスタジアムはエネルギープラントとしての役割を担っており、このエレベーターはプラントに通じているらしい。戸惑うルビィの目の前にタブレットが差し出される。笑顔のローズのイラストの横に、エネルギー変換の模式図が描かれている。その傍らには、ねがいぼしに似たイラストが。つまり願い星のエネルギーをこのナックススタジアムのプラントに貯め込んで電気エネルギーに変換しているという。

 

「えっと、ねがいぼしのエネルギーを電気や熱エネルギーに変換している。ってことですか?」

「その通り!つまりマクロコスモスでは、ねがいぼしの産業利用を目指しているんだよ。」

 

現代人の暮らしは様々なエネルギーによって成り立っている。確かに社会の教科書にそう載っていた気がするし、幼いころから資源を大事にしようと説かれていた気がするが、ねがいぼしの産業利用は初めてだ。果たして企業説明にもそのようなことが記載されているのだろうか。実際マクロコスモスにはエネルギー事業の関連会社があるそうだが、前身は化学燃料の会社だったらしい。ターフタウンに行く道すがらにある、あの小さな小屋を利用して。

 

「ローズ様、お時間です。」

「おっと...本格的に怒られる前に移動しようじゃないか。」

 

6番道路側に宝物庫があることも、管理人に一言声をかけることもルビィの頭をすり抜けていく。この人の話の展開だけで世界が一周できるとルビィは確信した。

 

 

げっそりした表情を隠しもせず、ルビィはスタジアムを後にした。スマホで地図アプリを展開しようとしたところ、爽やかな声に意識が向かった。

 

「順調そうだな、ルビィ。」

「お久しぶりです。何とか3つバッジを集められました。」

 

ルビィは軽く会釈してバッジホルダーをダンデに示すと、ダンデは目を丸くした。ルビィはその表情に込められた意図を察し、眉間に皺を寄せる。

 

「そう言えば......ホップとは別行動なのか?」

「第二鉱山で別れてから、見かけてないですけど......。」

 

ダンデが言うには、今しがたホップとすれ違ったと言う。しかしどことなく覇気がなく、声をかけると突然謝罪されて逃げるように去って行ってしまったらしい。

 

「ちょっと色々あったみたいで......落ち込んでいるみたいなんです。」

 

仮に「ビートに負けて煽られました」なんて言ってしまえばホップの尊厳を傷つけかねない。この問題は少なくともダンデに関係ないからだ。ルビィは言葉を濁すと、ダンデは肩を竦めた。

 

「そうか......兎に角、ホップのことをよろしく頼む。あいつは、ルビィとジムチャレンジができることを楽しみにしていたから。」

 

ダンデはルビィの左肩に優しく手を置いた。信頼されているのは悪いことではない。だがもしこの先敗北してしまったら?ビートの言葉が否に突き刺さる。ホップが特別弱いとは思わない―もし口にしたら嫌味に思われるだろう。ルビィがジムチャレンジに挑むのは結局は自分のためだ。だがその背後には家と浦の星が重たく圧し掛かっている。馬鹿馬鹿しいのは承知の上だが、もし敗北を喫したらルビィ以外の誰かが後ろ指を指されるのは冗談ではなかった。どうせ母親は後ろ指刺されないが、花丸や善子が巻き添えを喰らうのはごめんだ。

ダンデはこれからローズとの打ち合わせに赴くらしい。もし遅刻すればオリーヴがお冠だそうだ。場所は知らされていないらしいが。常に仏頂面、しかも時間に厳しそうなオリーヴに、時間も知らされず怒られることを想像したルビィはまたもげんなりした。

 

「ところで、宝物庫に行くんだろう?キバナから聞いたぞ。」

「キバナ?」

「ああ、宝物庫の管理人で俺の最高のライバルで......ジムチャレンジ最後の門番だ。」

 

キバナは宝物庫で待っていると言う。エキシビジョンマッチでダンデと対峙していた青年だ。あぁ、とルビィは小さく声を漏らした。

 

「......委員長には遅れると連絡しておくから、宝物庫まで送るよ。」

「お手数おかけします......。」

 

ダンデはホップの手紙のやり取りを思い出した。ルビィは人見知りだと。特に初対面の男性に対して。とりあえず指示通り動いてください、とルビィは小言のようにダンデに指示をした。誤魔化すようにダンデは笑った。

 

 

ルビィがダンデの手を引き、ニンフィアがその後ろを不器用に歩く。所謂ケツ持ちだ。小さな挑戦者が大きなチャンピオンの手を引っ張る姿に住民は唖然とした。

ダンデは小首を傾げた。ルビィの身長はガラル地方の同世代の女性としては小柄だ。平均身長は凡そ164cm。鞠莉やダイヤ、果南がそのくらいの身長だ。だが非常に力が強い。どこからこんな力を発揮するのだろうか。かくとうジムリーダーのサイトウも鍛えているだけあって力強いが、何より彼女は高身長だ。

橋を渡り、ポケモンセンターを抜けた広場の向かい側に宝物庫があった。物々しい扉の前でスマホをいじりながら待つ、高身長の男性にダンデは声をかけた。

 

「キバナ、さっきぶりだな。この子だろう、宝物庫に来館予定だった。」

「あの、ルビィです。よろしくお願いします。」

「どうしたダンデ。委員長と予定あったんだろ。」

 

キバナが気になったのはダンデではない。自分の姿を見るなりダンデの後ろに引っ込んでしまった小さな挑戦者だ。自分の胸にも届かない背丈のルビィはダンデの後ろに隠れてしまって余計に小さく見える。ルリナのジムチャレンジのときの姿が嘘のように弱々しく、寧ろ開会式の時に見せた挙動不審さが見え隠れしていた。

 

「すまない、ルビィは男性が少々苦手でな......一人で行かせるわけにもいかなくて。」

「ごめんなさい、失礼ですよね。」

「いや、いいんだ。俺様この通りの見た目だから怖かったろ。」

 

キバナは鼻で嗤いそうになった。こんな弱弱しくて挙動不審な娘、どうせ自分の手を下さず終わってしまうだろう。その一方でダンデは腰を屈めて、宛ら家族を前にしたような表情を浮かべた。

 

「ルビィ、しばらくここでお別れだ。」

「あの、ここまでありがとうございました。えっと、キバナさん、よろしくお願いします。」

「あぁ、よろしくな。案内するぜ。」

 

宝物庫の受付には様々な勲章とドラゴンジムのエンブレムが飾られていた。受付の女性はユニフォームを着用しており、ジムトレーナーであることを伺わせる。

受付の階段の先が宝物庫に繋がっており、既にソニアが到着しているらしい。研究者の姉ちゃん、お前のこと待ってたぞとキバナは促した。ルビィは軽く会釈をすると、宝物庫に小走りで向かった。宝物庫までの距離はそこそこで、城の一角の小さな扉を開けると、ソニアが4枚のタペストリーを見上げていた。

 

「あ!ルビィちゃん!来てくれたんだね!」

「うん!......これ、何のタペストリー?」

「これね、ガラル史の一端なんだって。」

 

ルビィはタペストリーのその下のキャプションを交互に見やった。

ストーリーとしてはこうだ。ねがいぼしを目にした2人の青年は、やがて未曽有の災厄に巻き込まれてしまう。彼らは武器をとって災厄に立ち向かい、それを治めた。その功績を称え、彼らはガラル王国と冠王国―後の冠自治区の王となった。

 

「ソニアお姉ちゃん。これって聖人のお話と似てない?」

「そうなんだよ!2枚目のタペストリーに地上絵と同じ絵があるの!」

「聖人はブラックナイトを治めたけど、思想を押し付けた代償として処刑された。でもこのタペストリーからは、ブラックナイトを鎮めた功績として王様になってガラル地方の原型を作った。ってことになるよね。」

「そうなんだよ!聖人の話より、タペストリーの記録の方が古いんだよ!?」

 

ソニアはそれぞれのキャプションに指をさす。遥か昔、文字や印刷技術がなかった時期に作成されたものだ。当然聖人の話が掲載されている書物何て手に入らない。これでわかったのは、元々英雄は2人だったということ。つまり、何らかの手が加わって聖人の話に挿げ替えられたと推測できる。

 

「でもなぁ...収穫はそれだけなんだよ。」

「結局ブラックナイトって何だろうね。」

「災厄を薙ぎ払った武器もよくわかんないんだよね......。」

 

 

ソニアは宝物庫で追加調査をしたいと残ることになった。

階段を降りると、キバナがレセプションで待機していた。キバナは宝物庫のキュレーターも務めており、タペストリーの解説を口頭で行った。思想が統一されて事実上封印された歴史を。

 

「いいか、お前のゴールはダンデに勝つことだ。」

「......必ず、ジムバッジ7つ集めて貴方に会います。」

 

ルビィの目に冷たく、そして熱い炎が灯る。それを見逃さなかったキバナの目が吊り上がった。どくりと血が沸き上がる。いつか必ず、殺してやる。




2022.12.18大幅に修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Trouble and trouble

迷う幼馴染、スクールアイドルの両立、「何もなかった」彼のこと。


ラテラルタウンスタジアム受付で手続きをしたルビィは、レセプションのソファに腰かけて大きく溜息を吐いた。別に何かしたわけでもないが、非常に疲れていた。浦の星からバウタウンの灯台を何往復した時のような疲弊感。

額に手の甲を添え、ナックルシティからラテラルタウンまでの道程が頭に過る。

 

宝物庫の見学を済ませ、ラテラルタウンへと足を進めようとしたところ、エール団に出くわしてしまった。足元には船を漕ぐスナヘビ。第二鉱山で働くトロッゴンへの対応を考えるに、恐らく見守っているのだろう。その割には囁き声が喧しい。あれでは起きてしまいかねない。せめて遠くから見守ればいいのに、と目を逸らして素通りしようとしたが、襟首をエール団に引っ掴まれて怒鳴られた。

 

「貴女のような耳障りな声の人が通るからスナヘビが起きるでしょう!」

「失礼だな。とにかく離せよ。ルビィがラテラルタウンに行けないから。」

 

ルビィは間もなく解放された。ホップがエール団の手首を掴み上げていたのだ。でも様子がおかしい。その声はルビィの腹の中を撫でる。まるで機嫌を損ねてしまったダイヤの声のように。

 

―だってそうでしょう?彼はチャンピオンの弟だ。いずれ視聴者にも知られるところとなる。

 

ホップに圧倒的な差を見せつけてやったと嘯くビートの嘲笑が蘇る。ガラルではポケモンリーグが興行として親しまれている。穿った表現をするならば、負けた姿すらお茶の間に晒されるのだ。おまけに推薦者はあのダンデだ。実際ホップは、ダンデの弟であることを誇りとしていて、アイデンティティの一つだ。あまりにも強い自覚が、彼を打ちのめしたのだろう。

 

ドテッコツが鉄骨を振り回そうが、ニンフィアやエール団が大声を出そうがスナヘビは案の定船を漕いでいた。黒星を付けられ大人しく退散するエール団に対し、ホップは下を向いたままだった。ホップの表情は伺えない。だが声は小さく震えていた。

 

「オレ、ビートにボロ負けしてさ......いや、負けたのはいいんだ。勝負ってそんなものだから。ただ、あいつに『こんな無様に負けて、チャンピオンの名が汚れる』って......。」

「そんな......ホップ君だって3つバッジを貰ったのに。」

「それはビートもお前も同じだろ。それにオレはルビィに一度も勝ってない。」

 

ホップをフォローしようにも、届かない。条件だけなら同じだろうと正論を突き付けられたルビィは押し黙る他なかった。

チャンピオンの名が汚れる―その発言はルビィもかけられたことがある。電子の海を揺蕩うどころか、直接投げかけられたことの方が多いかもしれない。その度に『ダイヤがよかった』と当たり前のように付け加えられ、何度歯を喰いしばったことだろう。

 

「ルビィは相応の結果を出してるじゃないか。学校も、おじさんのことも、アニキのことも、全部背負って。ルビィは自覚ないかもしれないけど、ルビィを見直したって人も沢山いるんだぞ。でも俺は......そんなこと言わせたのが悔しくて、嫌だ。」

 

ただバトルが楽しい。パートナーたちと歩めるのが楽しい。それだけで3つのジムを通過した。だからこそ忘れかけていた。己の身一つで強くなりたいから、ホップの誘いを受けたこと。浦の星の統廃合を阻止できるかもしれないと、Aqoursから送り出されたこと。自分の背後には母校と父と、チャンピオンがいることを。ビートの発言に思うことがないわけではなかった。彼はローズの推薦を受けている。態度はどうあれ、彼が挑戦者であることをプライドとして持っているのは否定しない。ルビィは拳を握り締めた。幼い頃から慕っていたホップに対して何もできない無力感に打ちひしがれ、手の平に爪を立てた。

 

「ルビィは悪くないぞ。ほら、そんな握ると血が出る。」

「ホップ君、あの。」

「......オレ、もう少し考えてみるから。」

 

ホップはルビィの手をとり、笑った。ホップが一番泣きたいだろうに、自分の方が搔き乱されてしまった。ホップはルビィの肩を軽く叩くと、6番道路へと駆けていく。その背中は酷く小さく見えた。

 

 

ラテラルタウンは砂漠と遺跡と旅人の町。砂や泥を押し固めて作られた家の狭間で、旅商人同士が商談に花を咲かせている。露店には旅人が商人と取引をしている。遺跡があるなら、もうソニアは調査に乗り出しているかもしれない。

スタジアムの前には大階段がある。砂でできたそれはとても立派で迫力があった。その大階段の前にホップはいた。どこか力がなく、呆けていた。

 

「結局考えたけど、どうすればいいかよくわからない。」

「......うん。」

「でも、強くなるしかないのはわかった。...オレと戦ってくれ、ルビィ。」

 

ルビィはこれ以上何を返せばいいのかわからなかった。そもそもホップが弱いとは到底思えなかった。確かにホップに負けたことは一度もないが、それは結果論だ。かつてのヒバニーに有効打のあるポケモンがいなかった頃は特に何度も窮地に落とされたことがある。負けなしなのは機転と、リーフィアたちの努力のお蔭だ。

だがポケモンバトルは残酷なほどに平等だ。勝敗が全て。時の運すらも抱き込んだ実力こそが正解。ルビィはホップに応えようとした。そして愕然とした。そこにはかつてホップが可愛がっていたウールーがいなかったのだから。勝利が欲しいと叫ぶように言い放つホップに、ルビィの脳裏に懐かしい声が過った。

 

―君にできることはただ一つ。自分の身だけで強くなること。

 

 

結果は圧倒的なルビィの白星だった。ホップはラビフットを除く仲間たちを総取り換えしてしまったのだ。パーティの再構築自体は否定しない。寧ろその場その場で最高のコンディションを維持するには重要な戦法だ。実際ルビィもジムチャレンジ毎に構成を再考しているのだから。だがそれはリーフィアだったりアーマーガアを補強するために行うものだ。だがラビフットは十分に働けただろうか。ホップは彼らをきちんと理解し、役割を果たせていたのだろうか。嗚呼、ホップは明らかに迷走している。只でさえウールーとアオガラスがいないと言うのに。

 

「オレ、アニキのこと憧れてるんだ。家族として、一人のトレーナーとして。」

「うん。」

「だから、弱い俺のせいでアニキが馬鹿にされるのは嫌だ。」

 

実際ホップが期待外れだとする声は一切聞いたことがない。実はホップも知らないうちにそう言われていたのかもしれないが、少なくとも電子の海にそういった不純物は見受けられなかった。だがルビィはまた答えに窮してしまった。これ以上何かフォローしてもきっと響かないだろうし、何より嫌味に捉えられてしまい悪循環になりかねない。

ホップは修行すると称して、6番道路へと逃げるように走った。ルビィはただ、見送ることしかできなかった。

 

「あの子たちだね、チャンピオンから推薦された挑戦者。」

 

老淑女は静かに佇む。紫色のファーを靡かせて。

 

「ポケモンバトルってのは、トレーナーとポケモンのためにあるもんだよ。」

 

未熟な2人に語りかけるように、ポプラは呟く。

ポケモンは本来戦闘種族だ。己の命を守るために戦う、弱肉強食の世界で生きる種族。それは時として人へ牙を剥く。そんな獰猛で純粋な彼らを仲間としたトレーナーは、実力者として人からもポケモンからも一目置かれるのだ。それがジムリーダーであり、歴代チャンピオンであり、ダンデなのだ。彼らは既に実力を確立してしまった。ホップがどうこうしたところで、覆されるものではない。

そもそも、ポケモンバトルは泥臭いもの。倒すのではなく倒れないために戦うのだ。だがガラルリーグではどうも、そのような戦法は好まれない。ガラル地方において、ポケモンバトルはエンターテイメントだからだ。泥臭い試合は物好きの趣味で、金にならない。本家大元セキエイリーグでは、明らかに信頼関係が希薄なトレーナーでない限りそういった戦法に対して小言を言う者は皆無と聞く。なんにせよ、ジムリーダーや四天王でない限り、バトルをジャッジする権限はないはずだ。

 

「まぁ坊やは心配ないね。いつか気づけるはず。ただ...。」

 

ポプラはルビィを捉え、目を細めた。ホップのポテンシャルは既に申し送り事項としてジムリーダーに周知されている。ルビィも同様だが、ホップと比べて地道で泥臭い。それはいい。実にピンクだが、少なくとも自分の後継には向かない。

 

「...主も残酷なことをするねぇ。」

 

スタジアムへ踵を返すポプラの足元に、色違いエーフィが大人しく座っていた。

 

 

さて、大階段を駆け上がり受付を済ませようと足を踏み入れたルビィは口をぽかんと開けた。消沈するダイヤたち最終学年トリオと千歌、花丸。そして彼女らを背に土下座する善子がいた。よく見ると梨子と曜がいないが、スタジアムの外でラブライブ本部と連絡を取り合っていると花丸は言う。小首を傾げるルビィの前で、5人は静かに口を開いた。

 

その原因は出場チーム紹介を兼ねた一次予選のローテーション発表だった。ルビィをジムチャレンジに専念させるため、ルビィを抜いた8人が参加した。ところでこのローテンション発表だが、参戦チームの紹介を兼ねているためウェブ配信される。ローテーションは出場チームの代表者がくじ引きを行い、降順に日時が決まる。即ち抽選だ。µ'sやA-RISE最盛期以上にスクールアイドルの数が膨れ上がった今日においては2日間に分けて行われることになった。

 

「今回のガラル地方代表戦出場チームは100組ですから、ラテラルタウンにルビィが到着する時間を考えると50番以降が望ましいでしょう。」

「そうね、50番以前でも構わないけどルビィの負担になっちゃう。」

 

Aqoursとしての活動も続けると宣言したのはルビィ自身である。しかし、だからこそどちらかを捨てろとルビィに頼み込むわけにはいかない。故にこの抽選は勝負であった。

 

「でも、誰がくじを引くの?セオリー通りなら千歌ちゃんだけど......。」

「うぅ......責任重大だあ......。」

「それならこの堕天使ヨハネが、堕天使の加護を齎しましょう。」

「ルビィちゃんのために代表になります、と言っているずら。」

「だから!!!」

 

恒例の邪気眼を発動した善子が名乗りを上げた。尖ったパーソナルの彼女だが、実は気配り屋だ。冷えてしまった空気を邪気眼によって絶対零度にしてしまうこともあるが、それもまた周囲に敏感であり他人思いであるが故の行動である。この場にいない、それも浦の星を背負ってジムチャレンジに赴く同期のためにいい格好をしたかった。

しかし、善子の背中を祈るように見つめる全員が全員失念していた。善子の長所をチャラにする不運っぷりを。傘を忘れればハリケーンが上陸し、じゃんけんにはいつも負け、遠出をするときに限って感染症になる彼女を。

高らかに引いた番号は24番。つまり1日目の夕方。それはいい。問題は日程だ。ガラルリーグのホームページを見ると、ぽこんとルビィの名前が挿入された。それは4番目の関門ゴーストジム。日程は丁度、地方予選の日の昼。対して予選の会場はエンジンシティのライブハウス。ラテラルタウンからエンジンシティまでの時間を踏まえるととても余裕がない。ほんの数日前、エンジンシティで見事な戦いっぷりを披露したインテレオンは、進化前のジメレオンのようにジト目で善子を見つめて大きなため息を吐くのであった。

 

「本当になんてことをしてくれたのですか!!」

「ダイヤ、声大きいよ。」

 

禍々しい色のカーペットに染みが作られる。善子のゲンガーとミミッキュは善子を足蹴にしていた。

 

「えっと、誰かがエンジンシティに残ってくれればルビィアーマーガアで向かえるよ?」

「それがそうも行かないずら......。」

 

今日までの3回のジムチャレンジは鞠莉が8人分のチケットを購入して現地で観戦していたのだ。そして今回も。近年は高額転売を防ぐため、期日が迫るとリセールすらできない。おまけに鞠莉はリーグスタッフとは言えアルバイトの身、決して多くない給料で馬鹿にならない価格のチケット代を8人分も肩代わりしているのだ。それだけAqoursが自分のことを応援してくれているのはありがたかったが、まさかラブライブに影響が出たら本末転倒だろう。ルビィも頭を抱えた。エントランスを背にしたルビィの背後から、俯いた曜と梨子が現れる。

 

「今、ラブライブ運営に連絡してきたんだ。でも、応じられないって。」

「スクールアイドルを続けながらジムチャレンジに挑んだのはルビィちゃんの意志だし、前例もないうえに1つのチームのために融通効かせることはできないみたい.......。」

 

体調不良や悪天候による交通機関の麻痺など、客観的に参加が難しい場合は兎も角なのだがジムチャレンジは任意だ。ラブライブ運営からすれば前代未聞である故に、参加チームもそう多くはないガラルのスクールアイドルに融通を効かせれば他のスクールアイドルたちにも影響が及んでしまう。そもそもガラルリーグだけシステムが異なるのも足を引っ張ってしまった。梨子も曜も、これ以上交渉してしまったら相応の処遇を執り行うと言われて引き下がる他なかった。

 

「どうすればいいんだろう......。」

「空を飛ぶポケモンを持っているのは......。」

「あー、ごめん......。あたしと曜は持ってないんだ......。」

「あたしも......。」

 

果南や曜は海を渡るポケモンをメインに揃えており、千歌は実家に迷い込んできたポケモンたちをパートナーにしているため空を渡ることすら考えていなかった。そもそもタクシーの数も限りがあるし、マクロコスモスにも無理を言ってしまった鞠莉は父親の力を使うわけにもいかない。本気で全員が頭を抱えた。その時、壮年のジムトレーナーがルビィに声をかけた。

 

「ルビィさん、ジムチャレンジが終わり次第レセプションでお待ちください。」

「貴方、話を聞いていたんですの?だらだらしていたら予選に―」

「待ってお姉ちゃん。理由をお聞かせいただいても?」

 

ジムトレーナーは口を開く。その内容に、Aqours全員が息を呑んだ。

 

 

「ぴぎいぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!!!!」

 

Aqoursの面々で遊びに行ったシュートシティの遊園地のコーヒーカップを思わせるカップに乗り込んだルビィは、これでもかと悲鳴を上げた。

ゴーストジムのミッションは、カップを回して迷路を脱出することだ。中央のハンドルを駆使しながら迷路を抜けねばならないのだが、壁や障害物である手にあたってしまうと勢いよく跳ね返る。驚きのあまりぐるぐるとハンドルを回して何とか体勢を立て直すことの繰り返し。途中ジムトレーナーに阻まれながらも、三半規管に負けじとルビィはカップを降りた。ミッションクリアのアナウンスが流れると、ルビィはそのまま倒れた。ボールから勝手に出てきたブラッキーには小突かれた。

 

 

挑戦者控室の座席に仰向けになったおかげで何とか回復したルビィはフィールドへ向かう。向かい側からふらふらの足取りでやってきたのは、ルビィとそこまで背丈の変わらない少年だった。仮面の奥に存在するはずの瞳は、闇の中に沈んでいる。

 

「こんにちは、オニオンです。」

「えっと、ルビィです。」

「あの、ルビィさん今日時間ないんですよね......そうですね、始めましょう。」

 

妙に物分かりのいいオニオンには理由があった。彼はとあるメンバーを密かに応援していた。だからこそルビィと戦えることも楽しみにしていたし、予選も喜んで送り出すつもりだった。

だからと言ってオニオンは手を抜かない。ゴーストタイプの強みは弱点の少なさだ。タイプの複合によりうまく立ち回れるポケモンも少なくない。しかしルビィの相手はブラッキー。あくタイプ随一の「壁」だ。有効打を打てるミミッキュさえイカサマで沈められ、どんな攻撃もまるで効いていないかのように唾を吐いた。

 

「もうおしまい...?悲しいよ...。」

 

これで最後の1匹、紫色の瞳が光る。繰り出されたのは友人のポケモンと同じ、ゲンガーだった。ルビィはブラッキーをボールに収めると、ダイマックスバンドからエネルギーを注ぎ込んだ。

 

「ゲンガー.....ブラッキーを闇で包み込んで......!」

「ブラッキー、ダイマックス!!」

 

睨みあう2体が互いのボールに吸い込まれる。オニオンの背後には、大口を構えて獲物を待つゲンガーがいた。まるでブラッキーを夢の世界へと誘うかのように。対してルビィの背後にいるブラッキーは耳や脚を光らせながら吠える。両者は睨み合い、先に動いたのは―。

 

「ブラッキー、ダイアーク!」

 

ブラッキーの咆哮が闇を生む。禍々しい影の中に放り込まれたゲンガーのキョダイマックスが断末魔と共に解除され、そのままフィールドに倒れ伏した。

 

「あの、ありがとうございました。気を使わせてしまって。」

 

ゲンガーのボールを労わるように見つめるオニオンにルビィは声をかける。オニオンは吃りながらも気にしないでください、と袖と首を横に振った。

 

「その、僕はこの後予選駆けつけられないですけど、見守ってますから。」

 

応援してます。とオニオンは紫色の文様のバッジを嵌め込んだ。

 

Aqoursと共にラテラルタウンスタジアムを出たルビィは仰天した。何と一体のアーマーガアが待ち構えていたからだ。ルビィもダイヤもアーマーガアを所持しているが、ルビィはラテラルタウンに到着してからアーマーガアをボールから放っていないし、ダイヤのアーマーガアはセピア色、即ち色違いだ。だがアーマーガアはルビィを目にすると目を細め、頷いた。ルビィも大きく頷き返す。大丈夫だ。この子は信じていい。

 

「アーマーガア!エンジンシティまでお願い!!」

 

ルビィのアーマーガアが鳴く。ラテラルタウンからナックルシティを抜けてワイルドエリアを滑空した。結局ルビィのアーマーガアがダイヤを足で掴んでおり、ギギギアルが果南を、ダイヤのアーマーガアが梨子を乗せたので結局9人分の頭数が足りてしまった。ふと光沢を放つ翼がルビィの視線の横に入る。そこにはアーマーガアと彼に跨る千歌がいた。

 

「ルビィちゃん!ジムチャレンジ楽しい?」

「楽しい!」

 

推薦制度という重たい参加条件。ガラルの誰かが必ず見ているという重圧。悪意のない評価。しかしそれらに逆らうかのように、仲間たちと勝利を掴むことは何とも代えがたい喜びだった。勝利を重ねれば重ねるほどパートナーたちは応えてくれる。それは今まで踏めなかったステップが踏めるようになったり、或いは音が全て繋がるかのような達成感があった。

 

「ほんっとうに災難だったよね!でもジムチャレンジも成功してラブライブも成功して....浦の星が救えたら最高じゃん!!」

「この予選に参加できなかったら、決勝戦にすら行けないんだもん!それに今日の曲は、お姉ちゃんにはぴったりだから!」

 

ダイヤと、そして彼女の要望で叶ったダブルセンター。その相方が自分であることにルビィは重圧こそあれど誇らしくなった。カントー地方にいたとされる、芸事と蜜事で男たちを癒し、ガラルやイッシュ、カロスでは禁忌とされていた職業を伝統として昇華させた女たちをイメージした衣装を着たダイヤはどこまでも美しかった。だからこそルビィのせいでダイヤが、Aqoursが棄権になるのはルビィも本意ではなかった。

 

「ホップ君がルビィの推薦を掛け合ってくれた!浦の星のみんなもルビィを送り出してくれた!だから、どっちも諦めるなんてできない!!」

 

エンジンシティのワイルドエリアゲートが近づいてくる。ルビィのアーマーガアは速度を強めた。

 

 

エンジンシティのバトルカフェの一角で、ホップはスマホを眺めていた。正確にはパフォーマンスだ。ホップは口角を上げ、しかし祈るように画面を見つめていた。そこにはカントー地方の民族衣装を模した衣装を身にまとった彼女たちが歌い、踊っていた。

 

「色々言われてるけど、オレは悪くないと思うぞ。」

 

その言葉は人々の会話に呑まれて消えていく。ホップは密やかにルビィを尊敬していた。同時に哀れんでいた。旧王家の娘という肩書に対して、後ろ盾がないルビィ。だがその実力は決して低くはない。ダイヤが高すぎるのだ。おまけに同期は個性や得意分野が際立つ。対してルビィは卒なくこなす。尤も適性があるであろうバトルが見れないのは残念だが。ガラルリーグばかりに目を向けていたホップでさえ、ルビィのパフォーマンスは欠かさず見ていた。

一通りのパフォーマンスが終了すると、ホップは投票画面に「Yes」とタップする。ホップは天井を見上げて呟いた。

 

「諦めるなよ、お前は。」

 

その後、予選を突破したAqoursが地方代表選に選ばれるのはまた別の話。

 

 

アーマーガアに乗って再びラテラルタウンへと向かう。次のジムチャレンジの会場であるアラベスクタウンに向かうのと、ソニアに会うためだ。ジムチャレンジを4つクリアしたことや地方予選の合格をメッセンジャーでやりとりしていた最中、ソニアが「ラテラルタウンの遺跡でフィールドワークをしている」と伝えてくれたのだ。ルビィはソニアに進捗を聞いてみたいと連絡し、遺跡で落ち合うことになった。

アーマーガアにオボンの実をやり、顎を撫でる。目を細めるアーマーガアに礼を言ってボールに収めると、スタジアムの西側にある遺跡へと足を運ぶ。大階段を上った先の踊り場にはワンパチがいた。短い脚でぽてぽてと駆け寄るワンパチをルビィはしゃがんで迎え入れる。足元で顔を摺り寄せるワンパチの顎を撫でれば、特徴的な鳴き声で跳ね回った。ルビィの頭上から呆れ声が降ってくる。

 

「ワンパチ、ルビィちゃんのこと大好きだよねー。」

「悪い気はしないもん。」

「もー、ルビィちゃんジゴロ?あ、そうそう。ラテラルタウンの遺跡だけど、やっぱりガラルの英雄にを祭ってるみたいなんだ。」

 

レプリカであるとは言え、ラテラルタウンの遺跡は運よく公開されていた。レプリカとは言え収穫。美術品でも模写や写しが展示されることがあるように。

 

「ルビィちゃん、最終予選っていつだっけ?」

「ラブライブの?8月だよ。カントー地方の中高生は長期休暇だから。」

「そっかぁ、でも日程的にはまだ余裕あるんだね。」

 

他愛もない話に花を咲かせていた2人の地面が、轟音を立てて揺れた。観光客も尻もちをつき、子供たちは泣き出してしまった。

 

「何の音!?」

「向こうから聞こえたよ!?」

 

ルビィが指をさした方向は階段の先。ソニアの顔が見る見るうちに青褪めていく。階段の向こうには遺跡があるのだ。まさか、とソニアは駆けだした。ルビィもその後を追った。

 

観光客も地元の住民もパニックになっている。無理もない。突然の轟音が、ラテラルタウンの遺産である遺跡から響いたのだ。周囲の囁き声にルビィの背筋が突然冷たくなる。

―ねぇ、あの子ジムチャレンジャーだよね?

だがそれはルビィを示しているのではない、遺跡のレプリカを壊そうとしているダイオウドウと、もう一人は―。

 

「ほら!もっと壊しなさい!!願い星を、願い星を集めれば、委員長が僕らを認めてくれる!」

 

ダイオウドウは鳴いた。それが誇りなのか悲しみなのかわからない、どっちつかずな悲鳴。傍らにいるのは癖のある銀髪に赤紫色のコート、間違いない。ビートだ。ビートは狂ったように叫ぶ。このダイオウドウはビートのパートナーではなく、ローズのパートナーであること。ローズのポケモンなら心から喜べ、と。ルビィはひゅ、と息を呑んだ。あまりにも彼が哀れで、恐ろしかったのだ。

 

「君、何してるの!?」

 

感情が混濁したルビィにはもうわからない。それでもビートは不遜な態度を崩さなかった。寧ろルビィ自身もローズに気に入られたいのかと妄言を吐く始末。それほどまでにビートは錯乱しているのだ。ビートがどういう心境で遺跡を破壊する行為に至ったのか。だがもうルビィにはどうでもいい。寧ろホップはこのような少年に詰られたのかと、ルビィは頭が沸騰した。必死で戦って負けることと、裏で問題行動をとって結果を積み重ねること。どちらが軽蔑すべきだろうか。

 

「ホップ君は、貴方みたいな人に詰られたの?」

「偉大な兄弟を持ってるのに負けた彼が悪いんですよ!それに貴女も気に食わない!!どうして委員長は貴女に興味を持っている?認めない.....僕は認めないぞ!」

 

ビートは気付かない。ここまでの道中でそれなりの人間がビートを見ていたことを。ホップにかけた呪いが、今にして跳ね返ってきたことを。

 

 

何故自分が邪魔されるのか、とビートは呪詛のように呟く。自分のしたことがどういうことかわかっていないのか、とルビィは歩み出る。が、それを遮ったのは1つの声。リーグスタッフに囲まれた、悲痛な面持ちのローズと無表情にいら立ちを添えたオリーヴがいた。

 

「ダイオウドウを貸してほしい頼んできたのは...このために?」

 

遺跡を壊す挑戦者がいると通報があり、ローズさえ駆けつけてしまった。しかもパートナーを遺跡破壊の道具に利用して。しかしビートは悪びれず、1000年先の未来に比べて遺跡が何だというのだと悪態をつく。挙句の果てにはオリーヴを扱き下ろすおまけつき。だが残念、とローズが零した言葉にビートは顔をひきつらせた。

ルビィは思い出す。確か動画配信サイトのリーグ公式チャンネルの挑戦者特集だっただろうか。ビートは幼いころ、孤独であった。詳しいことはビート自身も語らなかったが、家庭内トラブルが原因で児童養護施設で過ごしていた。ところがビートの負った心の傷なのか、はたまた性質なのかは不明だが同じく施設に預けられていた子供たちともトラブルを起こす余り、ローズが名乗りを上げるまで里親すら見つからなかったというのだ。幸いポケモンバトルには幼い頃から適性があったためか、ローズはトレーナーズスクールに通わせた。ジムチャレンジの推薦状も書いたという。

ホップを悩ませたことや遺跡を壊そうとしたことは許せない。しかし行動の節々の理由に、ルビィは俯く他なかった。

 

「遺跡を壊すような、ガラルを愛していない挑戦者に、ジムチャレンジに参加する資格はありません。」

 

何故ローズまで駆けつけたのか。それは懲戒処分を下すためだ。これは立派な器物破損だと。嘘だ、と目を見開くビート。嘘だ、嘘だと虚ろな瞳でビートは壊れたラジカセのように呟く。オリーヴがビートのコートのポケットをまさぐり、ポーチのようなものを取り出すと、ビートはリーグスタッフに連れていかれてしまった。

 

とんだ災難でしたね、とローズは労わりの声をかける。大会というのはいつでも公平だ。勝った挑戦者が次のコマに進め、期間内に条件を達成できなかった挑戦者は脱落する。勿論、トラブルを起こした挑戦者が懲戒という形でリタイアするのは別段おかしくはない。しかし何もなかったのにチャンスを与えたローズのためにジムチャレンジに挑戦し、そしてそのローズに処分を言い渡されるビートはあまりにも―。

 

「遺跡、無事かしら?」

「......!ソニアお姉ちゃん!!後ろ下がって!!」

 

ソニアが振り返った瞬間にぴしりと入った罅をルビィは見逃さなかった。ソニアを押し倒すようにルビィは壁になる。そのまま遺跡はぼろぼろと崩れ去った。崩れた先に見えたのは、2人の英雄を守るように佇む、剣と盾を咥えた2頭の狼だった。

 

―願い星を受け取った2人の若者たちは、剣と盾を持って脅威に立ち向かった。災厄は鎮められ、その功績を称えられた青年たちはガラル王国と冠王国の王となった。

 

「剣と盾の正体は、ポケモンだった......?」

「英雄の像よりも、古いタペストリーよりも昔に作られていた遺跡のほうが脚色がない......!」

 

宝物庫のタペストリーに書かれた製作年代より、遺跡の方が遥かに古い。地上絵とほぼ同世代だ。雨風に曝された地上絵以上に、レプリカによって守られていたのもあって非常に状態がよかった。これで漸く確信した。英雄は2人で、武器は2体のポケモンであると。

 

 

「でも遺跡はどうしてレプリカで隠されていたのかしら?」

「この遺跡を見られると、不都合があるからとか?それともこの遺跡を守るためにわざと?」




大変遅くなりました。
閲覧いただきありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Pinky game

ピンクとクイズと、ほんの少しの胸騒ぎと。


ダイヤは茫然としていた。自分のたっての願いを叶える序に妹の力になりたかっただけなのに。

事の発端はルビィがゴーストジムに挑む前のこと。善子の引きの悪さとそれに気づかなかった自身に苛立っていたダイヤはラテラルタウンを足早に散歩していた。Aqoursの一員と己を噂する囁き声すら自分を苛立たせるほどに。

 

「お嬢ちゃん、かわいい顔が台無しだぜ。」

 

商人の男が見かねて声をかけた。

 

「あら、余程有用な商品でないと私は釣られませんわよ。」

 

ダイヤはAqoursであることを抜きにしても今も尚影響力のある領主の末裔だ。地方領主とは言え有名人であることは確かである。だからこそ自分に危機が降りかからんとしていれば毅然とした態度をとる。甘ったれな妹も己を見習ってほしいとさえ思う。

 

「プロテクターが手に入ったんだ。今なら3,000円だよ。」

 

ダイヤには長年のパートナーであるサイドンがいる。元は祖父のサイドンをブリーダーに預けて生まれた子だったらしい。ところがサイドンはサイドンのままだった。ドサイドンへの進化にはプロテクターが必要だから。ポケモンの進化に関わるアイテムはいくつか存在するが、ほとんどが手に入りづらい。だからこそプロテクターを手に入れたのは幸運だった。が、失念していた。ドサイドンに進化するにはプロテクターを持たせた上で「他のトレーナーとポケモンを交換し合う」必要があることを。鞠莉のポケモンたちは全員条件が合わないし、果南は既にカイリキーがいる。親戚たちは言わずもがな。サイドンは強い。しかしより活躍させるためにはドサイドンへの進化も悪くはない。それを思い返した地方予選の後、身支度を整えていたダイヤに声がかかった。

 

「お姉ちゃん、プロテクターが手に入ったって本当?」

「誰から聞きましたの?」

「商人のおじさん。」

 

ダイヤは歯軋りした。情報漏洩がひどすぎる、と。ルビィはそれに気づいたのかどうかわからないが、きらきらとした目でダイヤを見つめる。

 

「丁度良かった!ルビィのポケモンにね、交換をしないと進化しない子がいて。」

「そうだったんですの。では私のサイドンと交換しませんこと?ちゃんと返すんですのよ。」

 

わかってるよぉ、と頬を膨らませるルビィを尻目にサイドンにプロテクターを持たせてやる。大丈夫だよ、すぐ戻ってこれるよ。とルビィはボールに向かって声をかけていた。

 

結果としてサイドンは無事にドサイドンに進化した。これには素直に喜んだ。が、ルビィが交換条件に出したポケモンにダイヤは冷や汗をかいた。

 

「すごい!大きくなったねぇ。」

 

数にして1.8m、両手にコンクリートを携えたそのポケモンはローブシン。飛び跳ねるようにはしゃぐルビィを親のように微笑んで見守っているが、如何せん圧が強い。インテレオンはAqoursでローテーションで育てているのでともかく、思い浮かぶルビィのパートナーたちの中では異様に映った。そもそもゴーストジムまでかくとうタイプであるドテッコツが活躍する場はなく―エール団はまた別だが―、ダイヤも知らなかったのはある種当然なのだが。それを読み取られたのだろうか。ローブシンが視線だけを寄越し、ギロリと睨みつけていた。小さく悲鳴を上げた。

 

「ローブシン、どうしたの?」

 

ルビィの一声にローブシンは向き直り、ようやく安堵する。この主人は大丈夫か、と心配そうにドサイドンは見つめていた。

 

ガラルは決して大きな島ではない。だが少し移動すれば異なる景観を見せてくれる。ルビィや花丸の故郷を思わせる豊かな自然、千歌や果南、曜の住む学校のある大きな海と港町、善子の住む蒸気機関を模した都市等々。だがおとぎ話のような幻想的な空間があるとは聞いていたけれども、実際足を運べば夢のようだった。光る茸に触れながら駆け抜けていく。途中茸の後ろ側にベロバーが隠れていた。じいっと見つめていればそそくさに別の茸へと走り去っていったのでくすりと笑った。

森を抜けた先に次のジムチャレンジの会場、アラベスクタウンがある。幻想的な世界が広がり、ルビィは溜息を吐いた。かつて義賊が住んでいたという町は、宛ら妖精の住処のようであった。スタジアムはアラベスクタウンの奥地にある。ふと一次予選終了後に善子が話していたことを思い出す。アラベスクタウンのジムチャレンジはかなり特殊なものであると。

 

ジムミッション―バトル中に出題されるクイズに答えること。正誤でステータスにバフ、もしくはデバフがかかる。尚、本ミッションはアラベスクタウンジムリーダーのオーディションも兼ねている。

 

ステージ裏のようなミッションフィールドに案内された先にはポプラがいた。本来ならスタッフが説明するのだが、ポプラ直々にミッション案内をしてくれた。何でも高齢のため後継者を探しているそうだ。何故挑戦者から選出するかは不明であるが。

 

「まあ簡単さね。勝負をしつつ、皆が出すクイズに答えるだけ。」

 

バトルに集中しているのにクイズに回答しろ、なんて無茶ではないか。なんて考えをぐっと飲みこみ、ルビィは気の抜けた声しか返せなかった。意地悪という評判がぬぐえないポプラであったが、ルビィはあまりそうは思えなかった。少し変わっているのは事実だろうが。

 

クイズの内容は、確かに捻られていた......どころのものではなかった。フェアリータイプの弱点はよしとしよう、どちらの答えを選んでも正解だったから。だが1人前に戦ったジムトレーナーの名前だとか、朝食に食べているものなんてわかるはずがない。ルビィは己の記憶力と、リーフィアを除いて最も付き合いの長いアーマーガアに感謝した。何より一番怖かったのは演出家のごとく自分のバトルを見つめているポプラだったのは、墓場まで持っていきたい話であった。

 

結果、ジムミッションはクリア、基一時中断した。中々気の抜けないルビィは丸テーブルに腕を付いて大きく息を吐いた。ふと、机の上には書類が置かれていた。それは10年前の、即ちダンデが挑戦者としてジムチャレンジに参加した時のオーディション結果であった。そこにはダンデのバトルセンスと正答数、その他パーソナリティの評価が綴られていた。ポプラの人の見る目に冷や汗をかきつつも、ダンデの下に綴られていた名前を見て仰天した。正答数は3、優秀だが諦めやすい、マグノリアの孫は大変だね、という同情―

 

「ソニアお姉ちゃん......。」

 

バトルフィールドのセンターには、ポプラが一人佇んでいた。70年ほどジムリーダーを務めていただけの貫禄はルビィの肌をひりつかせる。

 

「来たようだねお嬢ちゃん。今更だけど、あたしがジムリーダーのポプラさね。」

「ルビィです。貴女と戦えることを心待ちにしていました。」

 

言うじゃないかい、とポプラの口は弧を描いた。ホップの悩む姿に心を痛めていたルビィの背中をポプラは押したのだ。70年以上ジムリーダーを任された器はどれだけ広いのだろうか。しかしどういう意図があれ、ジムリーダーにはバトルで報わねばならない。

 

「クイズにしっかり答えたアンタのリアクション、たっぷりと見させてもらうよ。」

「......どうぞ、存分に。」

 

「さぁ、あたしの自慢の子だよ。」

 

先鋒はマタドガス、対するルビィはアーマーガア。だがアラベスクタウンのジムチャレンジは折り返し地点だ。ふう、とルビィは息を吐く。

 

「第一問。あたしの渾名、知ってるかい?」

「......魔術師です。」

 

正答のベルが鳴る。まずは一問、とルビィは胸に手を当てた。

 

「だがあたしの自慢の子は甘くないよ。」

 

マタドガスの口から白い蒸気が放たれる。ところがアーマーガアはそれを諸ともせずマタドガスに頭突きを喰らわせた。ポプラはほう、と息を吐く。確かにアーマーガアははがねタイプのためフェアリーには有利だ。ところがそれにルビィは胡坐をかいていない。現にマタドガスはあの頭突きで伸びてしまった。

 

「見どころのある子だね。だが、次のこいつはどうだい?」

 

次鋒はクチート。クチートの威嚇によってアーマーガアの火力が削られる。ステータスは安定しているが、アーマーガアはステータスが平均である一方決定打に欠けるポケモンだ。ルビィは考えた末ブースターと交代させた。あどけないが大変冷静だと、ポプラは興味深そうに微笑んだ。

 

「第二問。あたしの好きな色、知っているかい?」

「......紫色です!」

 

ルビィは見逃さなかった。ユニフォームのアクセントに使われている紫色に。他人に求めるものと本人の好みは違う、それを見抜いていたことにポプラは感心した。

 

「いいね、あんたいいよ!」

 

だがポプラも本気で答える。どのポケモンたちも相当に鍛えているであろうから。クチートのいかくに先制されても、ルビィもブースターもどこ吹く風だった。ブースターは足の遅さと脆さで忌避されがちであるが、元の火力は決して侮れない。故に威嚇だけで牽制することは難しかった。ブースターは炎を身にまとい、クチートにそのまま突進した。

 

「やるねえ。」

「この機を活かさないわけにはいかないから!」

 

ぎらついた翡翠の瞳に、今日まで最もバトルセンスが高いと認めた少年を思い出す。ポプラもまた密かに高揚した。

 

「だが次はどうだい?」

 

副将はトゲキッス。対するルビィはアーマーガアと交代させた。成程、この子は見た目に反して甘くない。トゲキッスは風の刃をアーマーガアに見舞う。同じひこうタイプのアーマーガアはそれを受け止め、頭突きを喰らわせた。甘くはないいい子ちゃん、ポプラはゆっくり頷いた。

 

「......眠気覚ましの紅茶、ようやく効いてきたようだよ。」

 

大将はマホイップ。だがその小さな見た目に、ルビィは畏怖した。マホイップもまたポプラと長い人生を歩んできたはずだ。小さな体から放たれる何かに気圧される。血が冷たくなるのを感じたルビィに再び温度を取り戻させたのは、ルビィに視線を寄越すアーマーガアだった。―嗚呼、怖がってばかりじゃいけない。この子たちは、ルビィを信じているんだ!

 

「いい目をしているね...腹を括ったかい?ちょいと楽しませてもらうよ。」

「畏れも一緒に!楽しむ!!」

 

2体はボールに吸い込まれていく。ポプラの後ろに現れたのは巨大なケーキにちょこんと座るマホイップ。ルビィの後ろではアーマーガアが吠え、客席を薙ぎ払んばかりに羽ばたいた。

 

「あたしの自慢の相棒さ。実にピンクだろう?」

「ええ、とても...でもアーマーガアだって負けてない!!」

 

何て眩しい。少し前に彼女とその仲間たちのパフォーマンスを見たが、それとは違った眩しさだ。勿論アーマーガアも。

 

「でもね、あんたらに足りないピンク、あたしらがプレゼントしてやるよ!」

「それならこれが!ルビィたちからの贈り物です!!」

 

マホイップを鋼の剣山が突き刺す。しかし大将として鍛えられただけはあるだろう、マホイップはそれを耐えきった。

 

「中々重くていい一撃じゃないか。でもこいつはどうだい?」

 

アーマーガアの頭上から放たれる星々。アーマーガア自体は元気に空を舞っていたが、マホイップは体力を取り戻してしまった。ポプラの口元が弧を描く。

 

「さて、最後の一撃の前に最終問題!!この問題でその子の一撃が通るかどうか決まると思いな!」

 

ぎらぎらとした目を隠さず、ルビィは身構える。ところがその目は驚愕に見開かれた。

 

「あたしの年齢、知っているかい?」

「......年齢!?」

「あたしは優しいからね、二択にしてあげるよ。1, 16歳。2, 88歳。」

 

どう考えても88歳だろう、とルビィは飲み込む。今日のルビィとそう変わらない年でジムリーダーに就任して70年以上経過しているのに。だが相手は女性だ。正直に答えられて気を損ねるかもしれない。だが16歳と答えたところで世辞を言うなと不機嫌になってしまうのではないか―ああ、もう。どうにでもなれ。

 

「16歳!!!!!」

 

やけくそになったルビィはハチャメチャな答えを叫んだ。ポプラは鋭くルビィを見つめる。ルビィの呼吸が浅くなった。

 

「いい答えだよ!!」

 

アーマーガアは更に吠える。この機を逃すな!とやけっぱちになったルビィは叫んだ。2度目の剣山に、流石のマホイップも耐えきれなかった。

 

「...おめでとう。これで最後のチャレンジは突破だよ。それとオーディションだけどね、残念ながら不合格さ。」

 

趣味みたいなものだから気にするな、とポプラはバッジフレームにピンク色の文様のバッジを嵌め込んだ。ありがとうございました、と満足そうに答えるルビィにポプラは今度こそ満足そうに満ち足りたように笑った。

 

「...それじゃああたしはこれでお暇するよ。」

 

年寄りが蔑ろにされる世界もよくないが、年寄りがでしゃばる世界もよくない。そう呟きながら退場するポプラを、ルビィは静かに見つめていた。視界の端に、見知った銀色の髪の毛が揺らめいた。

 

 

6番目のスタジアムはキルクスタウンにあるという。これもナックルシティを経由せねばならない。タクシーを呼べるか考えていたところ、聞いたばかりの声に呼び止められた。

 

「ナックルシティに用事があるんだけどね、あんたもついてくるかい?」

「え、いいんですか?」

「まぁ、ついでさね。」

 

ポプラとタクシーに乗り込み、ナックルシティを目指す。ポプラは世間の評判よりも面倒見がよい人であった。単にジムチャレンジが特異なだけで。とりあえずピンク、が魅力的、という意味合いのものであるのは何となくわかった。タクシーから降車したところ、見覚えのある後ろ姿があった。

 

「ビート君?」

「......僕の姿を態々見に来るなんて、随分余裕ですね?」

「偶然なんだけどなあ。」

 

ビートの悪態はどこか慣れてしまった。寧ろいっそ微笑ましくて、胸に刺さるものがある。何より目元にできた隈が証拠だ。おそらくローズに挑戦者として復帰させてほしいと頼みに来たのだろうか。それを指摘したところで怒られるだろうが。

 

「おや、あの子...如何にもピンクだね!」

 

突然の大声にへ?と間抜けな声が漏れた。ルビィの傍にいたリーフィアも同時にポプラを凝視した。真っすぐでひねくれている、と評したポプラは形容し難い形相で杖を放り投げピートに掴みかかった。ルビィもリーフィアも目が点になった。

 

「ピンク!ピンク!!ピンク!!!おめでとう!」

 

これにはビートもいきなり何をするんだと仰天していた。このときばかりはルビィも大きく頷いた。リーフィアも頷いた。

 

「オリーヴにいいように使われて必死に願い星を集めてたのに、見捨てられて困ってるんだろ?」

 

付いてくれば何とかしてやる、とポプラは付け足した。必死に願い星を集めている挑戦者として有名になっていることにビートはどう思うのだろう。あまりいい目を向けられていなかったのではないか。しかし当のビートも負けん気が強いのか、貴女を認めさせてやると着いていってしまった。一件落着?と、ルビィはリーフィアと顔を見合わせるのだった。

 

「おっ、ルビィちゃん。ジムチャレンジ順調?」

「うん、お蔭様で。」

 

5つのバッジを嵌め込んだフレームを掲げると、ソニアはおめでとう!と抱き寄せて頭を撫でてくれた。一方リーフィアはワンパチと戯れていた。

 

「あれからラテラルタウンの遺跡を調べていたんだけど、剣と盾がどんなポケモンかわからないんだよね......。」

「どこにいるんだろう......。」

 

ルビィの頭に過る、まどろみの森にいた赤い狼。ルビィをじっと見つめて、霧の中に溶けていった「彼」はどこに行ったのだろう。だが、それと剣と盾に何の関係が?

とにかくソニアは再び宝物庫を見学して調査を進めるそうだ。ルビィもまた、道中何かわかれば連絡すると伝えた瞬間、空から轟音が鳴り響いた。2人は、いや、その場にいた全員が空を見上げた。

 

「何の音!?」

「今、スタジアムが揺れて......!」

 

スタジアムの地下にはマクロコスモスのエネルギープラントが眠っているはずだ。もしそこで異変があったら一大事だ。ソニアのポケットからアラームが鳴る。パワースポットを探知するセンサーが搭載されたスマホロトムだ。

 

「パワースポット......ダイマックスできるってこと?」

 

ソニアとルビィは顔を見合わせた。

 

「驚かせてしまったな。ローズ委員長がまた何かテストをしているらしくて......。」

 

スタジアムから駆けてきたダンデがソニアの元にやってくる。ソニアは悲鳴を上げた。

 

「そのせいでナックルシティでポケモンがダイマックスしちゃうかもしれないじゃない!」

「そうなのか?委員長に伝えないと......。」

 

現在のナックルシティスタジアム周辺が、一時的にとは言えパワースポットと化していることを知っているのはソニアしかいない。そもそも、ダンデ自身がテストの内容を知らないのかもしれない。だが、ダイマックスという現象自体が現状不明瞭なのだ。如何なる影響があるかもわからないし、現に街全体に影響が及んだのだ。ルビィの背中に冷たさが走る。

 

「ダンデ君は迷うでしょ?私も一緒に伝える!」

「あの......。」

 

自分も、とルビィは前に出る。だがダンデはそれを制した。

 

「俺は楽しみにしているんだ、君と戦えることを。」

「そうそう!あたしたち大人に全部任せて、ルビィちゃんはキルクスタウンに行っておいで!」

 

先に走って行ってしまったダンデを待って!と追いかけるようにソニアは走る。嫌な胸騒ぎがする―ルビィは手を伸ばした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。