パーティから追放された天才神官の私はチヤホヤされる為に女の子になりました。 (節山)
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天才神官様のパーティ追放

「てめぇをパーティから追放する!」

 

 空には夜の帳が降り、仕事帰りの男達や、荒くれもの達が思い思いに騒ぐ酒場の一角で、目の前に座る髭面の戦士、ジョーがそう言い放つ。

 さて、追放?追放だと?

 私は聞き間違いかと思い、眼前で怫然とした表情を見せるジョーに問いかけた。

 

「追放と言ったか?ジョー?おかしいな、私はしっかりパーティの為に働いている筈だが……理由を聞いても構わないかな?」

 

「胸に手を当てて考えてみろ」

 

 ジョーは私の問いかけに苦虫を噛み潰したような表情でギリギリと歯ぎしりを立てる。

 ふむ、胸に手を当てて考えて見ろと言われても……

 

「いや、わからないな。何故ならこの私――カシミール・カミンスキは天才的高位神官であり有能!かつ美貌にも優れた最強の神官なのだから!」

 

 そう、私ことカシミール・カミンスキは我らの信じる神、ギアナ神より加護を受けた超ハイスペック天才大神官、いやさ、超神官である!

 神官の持つ癒しの力『神聖力』による回復術どころか補助の術、強化・付与の術式、種類は少ないが光の攻撃術式、更には蘇生術までも扱え、肉体的な戦闘力も戦士程ではないにしろ優秀である。欠点たりうるものは無い。

 今日の探索でも無様にも敵に強打を受けたジョーの傷を癒してやったところだ。

 感謝されこそすれ、嫌われる道理はあるまい。

 だというのに……

 

「そんな私を追放するなど、気の狂いとしか思え……ああいや、だが君は精々サル程度の知能しか持たぬ腐れ脳ミソだったな。なるほど、私の有用性を理解できないほどに脳が退化していたとは予想外だったが……なるほどそれならば頷ける!ま、愚か極まりない判断だが生まれついての知性というものはどうしようもあるまい。愚者なりに強く生きてくれジョー!」

 

「そういうとこじゃぁぁぁ!おおし!ブッ殺したらぁ!!」

 

「ジョー!やめろ!やめろって!気持ちはわかるけど!!」

 

 気が狂ったのか、腰の剣を抜いて私に襲い掛かろうとするジョーをパーティの小柄な斥候、ロフトが羽交い絞めにして必死に止める。

 うむ、当然だな。超優秀な私が抜けて困るのはパーティの方なのだから。

 このロフトはジョーと比べてまだ冷静なようで安心した。流石は斥候だ。

 やはり戦士などをやっていると他の職業よりも圧倒的に知性が不足するのかもしれないな。

 とはいえ、だ。

 私には到底理解できない頭の悪い論理ながら、ジョーがこれほどまでに怒り狂うということは、確かに性格の不一致がパーティを揺るがす、ということもあるのだろう。

 やれやれ、と溜息を吐きながら、私はジョーに多少なりとも譲歩することとする。

 

「なるほど、ジョーの言い分も理解した。要は知性に余りにも差があると意識の共有が困難だと言うことだ。であれば、仕方あるまい、どうしてもと頼むなら貴様の知識レベルをこの私が鍛えてやることとしよう!はは、光栄に思ってもらっても構わんよ!」

 

「てめぇの性格の方の問題なんだよボケナスがぁ!!なんで上から目線なんだお前コラァ!!!」

 

「やれやれ。ジョーよ、知っているかい?満足な環境を得るには人を変えるよりもまず、自分を変えなければならないのだよ?」

 

「その言葉そっくりそのまま返すわクソッタレ!!!」

 

 私の語る正論に今日一番の怒声で返すジョー。

 呆れるな。私は正しいことを言っているというのに、この哀れな髭のサルには理解できないようだ。

 いや、ともすれば私が天才すぎるのが悪いのかもしれない。

 余人と比べて抜きんでている、というのも孤独なものだ。仕方ないな。

 などと考えていると、私の肩にぽん、と手が置かれる。

 振り向くと、そこにいたのは金髪の巻き毛に、大柄な体躯を持った女性。

 パーティの武道家であるカリカだ。

 

「もういい。カリカ、そいつ外に放り投げてこい」

 

 疲れたようにはぁ、と大きな溜息をついたジョーがそう言うと、カリカが無言でぐいっと力を込めて私の体を持ち上げる。

 相変わらずの馬鹿力だ。

 このカリカは無口な分、あまり人間性がわからないが、ジョーの言うことに素直に従うあたり、やはり精神構造がサルに近いのかもしれない。

 戦士と武道家、というところもあるし、肉体を酷使する職業は知性が下がるのだろう。

 カリカは私を担ぎ上げると、そのままグイグイと店内を進み、そっと私を店の外に降ろした。

 

「ううむ、愚かだな……ま、仮にもリーダーが決めたことであれば仕方あるまい。この天才神官カシミール様のいないパーティで精々頑張るがいいさ!」

 

「♪」

 

 私の言葉の意味が解っているのか、いないのか、カリカは満足気な笑みを浮かべながら、胸の前で両手をグッと握り込んだ。

 素直に頑張る、という意味なのか、私がいなくなったことが嬉しいのか、どうにも判別がつかない。

 無口な人間というのは付き合うのに気楽だが、何を考えているのか理解しづらいのが困ったところである。

 と、私が店を立ち去ろうとすると、カリカの裏からもう一つの小柄な影が姿を現した。

 

「ちょっ……待て待て、カシミール!ああもう!しゃあねえな、これ持ってけ!」

 

 そう言ってカリカの後ろからひょこっと現れたロフトが慌てて渡してきたのは、美しい首飾りだ。

 細い鎖に、いくつかの金の装飾が繋げられたそれには、金に囲まれるようにして中央に緑に妖しく光る宝石が下げられている。

 

「これ、今日の探索で見つけたやつで、まだ鑑定もしてないから効果もわかんないが……まあ慰謝料……っていうのも変だけどお前にやるよ。土産にでもしといてくれ」

 

「へぇ……ふふん、流石はロフトだ、やはりあの粗雑なサルとは違うな。このカシミール、有難く受け取っておいてやろう!」

 

「誰がサルだコラ!さっさと出てけボケカス!!」

 

 素直に感謝の言葉を述べる私に、酒場の窓から顔を出したジョーが尚も不満の言葉を浴びせる。

 サルというのは言い過ぎたか。道具を使える知性はあるようだし、ゴブリン程度が適切だったかもしれん。

 ともあれ、かくしてこの天才神官カシミールは、卑劣で無能なパーティリーダーから追放されることと相成ったのだった。

 

 



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可愛いは正義

 愚者のジョーにパーティを追放された翌日、私は行きつけの魔道具店に来ていた。

 店の棚には紫色の毒々しい髑髏に、ミイラ化した何かの手、色とりどりの宝玉で飾られた鏡など、何に使うのかも解らないものがそこら中に置かれている。

 だが今日の目的はこんなくだらない玩具ではない。

 私は商品に見向きもせずに足を進めると、カウンターでカリカリと金細工をいじっている禿げかけた恰幅の良い男に声をかけた。

 

「店主、鑑定を頼みたいのだが、構わないかね?」

 

「ん……ああ、カシミールか。今日はどんなもん持ってきたんだ?」

 

 ぶっきらぼうに言う店主に、懐から取り出した首飾りを差し出すと、店主は動かしていた手を止め、じっと首飾りを見定める。

 

「変化の首飾りだな、珍しい。どこで手に入れた?」

 

「アドニスの迷宮、第4層くらいだ。恐らくだがな」

 

「くらい?」

 

「ロフトに貰ったものだからな、具体的に奴がどこで拾ったかまではわからぬさ。私は木っ端共が何をしているか等にいちいち気を遣う程ヒマではないのでね」

 

「お前のそういう性格さっさと直した方が良いぞ」

 

 呆れたようにそう言う店主だったが、言いながらも首飾りを手に持ち、光に透かすと、より詳しく調べ始める。

 口ではそう言っているが私を悪く思ってはいないのだろう。

 ま、天才の私を嫌うようなものはそれこそジョーのような非才かつ粗雑な野蛮人ぐらいなので当然だが。

 などと考えていると店主が一言、唸り声を上げてこちらに語り掛けた。

 

「駄目だ、カシミール、こいつは呪われてるぞ。装備しないで売っぱらった方が良い」

 

「ほう……そうか、まあロフトも鑑定したとは言っていなかったからな。仕方あるまいさ」

 

「どうする?売るつもりならウチで買い取ってやってもいいが……」

 

「いいや、仮にも元パーティメンバーからの捧げものだ。取っておくとするさ。それに最悪、私であれば解呪の神聖術も扱えるしな」

 

 そう言いながら店主の差し出した首飾りを受け取る。

 ロフトが私に憧れてプレゼントしてくれた品、ということを抜きにしても、呪われた状態で売っても二束三文にしかならないだろう。

 解呪しても構わないが、呪われた装備というのはモノによっては解呪すると砕け散る場合や、魔道具としての効果が消え失せるものもある。

 そうなってしまっても勿体ないし、この首飾りはひとまず自分で持っていても良いだろう。

 そう判断した私が店を後にするべく戸を開けると、背後から店主の『ああ、それと』という声が届いた。

 

「ジョーの奴に会ったらツケ払うように言っといてくれ、こないだ買ってった魔剣の支払いがまだ残ってるってな」

 

「ふむ、会えば伝えておくが……あの愚物に会うかどうかはわからないぞ?」

 

「ああ?なんでだい、同じパーティじゃ――」

 

 不思議そうな顔でこちらを見つめる店主に、私はにこやかな笑顔を浮かべ、晴れやかに返す。

 

「昨日、解雇されてしまったからね」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「さて、どうするか」

 

 魔道具店を出た私は、街の中央広場に位置する噴水に腰掛けると、晴れ渡った空を見上げながらポツリと呟いた。

 パーティを追放されてしまった。

 それ自体は別に構わない。私の有用さを理解できなかったジョーが愚かなだけなのだから。

 だが問題は、ジョーとカリカ、それにロフト、彼らが知性や人間性はともかく、冒険者としては中々の手練れだったということだ。

 ジョーは戦士としての攻撃力もありながら、敵の攻撃を受け流せる技術、最悪受け止められるタフネスというものを持っている。

 カリカもジョーと同じかそれ以上の攻撃力と、武道家としての素早さ・正確さは一流だ。

 ロフトに関しても戦闘技術はそこまでではないが、罠の探知やアイテムの使用判断などに優れていた。

 それに対し、私も攻撃から回復・補助まですべてをこなせる天才超神官であるとはいえ、メインはあくまで神聖術だ。

 本業の戦士が持つ一流の技術と比べれば僅かといえども劣るだろうし、神聖術に耐性を持つ敵が現れたら一人で対処するのは厳しいだろう。

 

「流石に一人でアドニスの迷宮に潜るのは無謀というものだな……」

 

 アドニスの迷宮とは、いわゆるダンジョンの一種である。

 この大地に現れる魔力と謎に満ちた迷宮の数々。

 そんなダンジョンのうちの一つ、この街のほど近くに位置するアドニスの迷宮には誰もが求める宝――神具とでも言うべきものが眠っているとされている。

 そして『その宝を手に入れた人間はあらゆる願いを叶えることが出来る』と囁かれているのだ。

 かくいう私、カシミール・カミンスキもその宝を手に入れたいと願っている。

 

 しかし、当然ながらそのダンジョンの踏破は容易いことではない。

 ダンジョンは奥に行くほどに現れる魔物や罠も強力になり、逆に帰還は困難になっていく。

 それ故に、未知の宝を目指してダンジョンの最奥を目指す冒険者と言うのは驚く程に少ない。

 ましてや何度も迷宮に挑むベテラン、しかも実力者の冒険者、というのはそれこそ希少だ。

 多くの冒険者は最初こそ憧れを持ってダンジョンに挑んだとしても、冒険の中で挫折を経験していくうちに心が折られてしまう。

 ダンジョンの浅層で金になる魔物の素材を得るか、ダンジョン特有の鉱石や薬草の採取で小銭を稼いで得られる日々の暮らしに満足するようになってしまうのだ。

 いくら愚かとはいえ、戦士としての実力があり、尚且つ最奥を目指すべく冒険を続けるジョーは何だかんだで優秀な冒険者だった。

 

「私もその部分については認めていたというのに……奴が愚かすぎる故に私の真心も通じなかった。というところか、参ったな」

 

 確かにダンジョンで得た財宝を少し多めに懐に入れたり、回復する際にあえて思わせぶりな態度をして相手の反応を楽しんだり、回復は別途料金として強請ったりもしたが……

 毎回なんだかんだで適切な補助や回復はかけてやっていたのだ。それで命が助かるのならば安いものではないだろうか?

 流石にパーティの生命線たる有能な神官をクビにする理由たりえないな。やれやれだ。

 と、しかし今更あのパーティに思いを馳せても仕方ない。大事なのは次に進むことだ。

 が――――

 

「問題はパーティに入ることが出来るかどうか……いや……私に見合う人物がいるかどうか、だな!」

 

 パーティに入ること自体は問題ではない、何しろ、この私なのだ!

 ひとたび募集を掛ければ私のスペックと才能の前に全ての冒険者がパーティに入ってくれと首を垂れる筈……

 が、問題はその後、パーティに入った後で私の活躍を妬んだジョーのような脳筋戦士に追い出されないとも限らない。

 でなくとも、ダンジョン浅層でゴミ漁りをしているようなクズパーティはお断りだ。

 少なくともある程度の実力と深層を目指す意思のある冒険者でなければ……

 やれやれ、何故この私がこんな苦労を……

 

『てめぇの性格の方の問題なんだよボケナスがぁ!』

 

 ――――不意にジョーの言葉が頭を過ぎった。

 ふむ、私の性格か……この私の性格に欠点があるとは到底思えないが、ひょっとしたら凡人にとっては有能すぎる者が近くにいると不安なのやもしれないな。

 だが、性格をどう変えれば良いと言うのだ?私に性格を変えることが出来るのか?

 あるいはこのままの性格で受け入れられる方法を探すべきなのでは――

 

「えっ、お前の仕事の報酬、全部その女に盗られたの!?」

 

 と、私が必死に思考を重ねていると、同じく広場の噴水に腰掛けた男が叫んだ。

 やれやれだ、人が思考に励んでいるというのに……自分のことしか考えていないような自意識の高い連中は救いようが無いな。

 私がうんざりしているのにも全く気付かない様子で、男達は話を続ける。

 

「そうなんだよ~、いや盗られたっていうかあいつが欲しいって言うからなんだけど……困るよな~」

 

「いやいや、困るよな~で済ませんなよ……そんな女パーティからクビにすればいいじゃんか」

 

「う~ん……でも、なんつーか憎めないっつーか……可愛いからつい許しちゃうんだよな」

 

「!」

 

 可愛いからつい許しちゃう……可愛いからつい許しちゃう、だと!?

 男の一方は呆れた様子で話を聞きながらも、頭を掻きながら答えた。

 

「まあなあ、気持ちはわかるけど……俺だってついお気に入りの娼婦に服とか貢いじゃうもんな」

 

「だよな~、でもプレゼントとかすると喜んでくれるから……それが可愛いんだよなあ」

 

「可愛いは正義ってやつだな」

 

 可愛いは正義!!!

 私の脳髄に電流が走った。

 なるほど、そうか!

 理解したぞ、私に足りないものは何だったのか……確かに私は天才であり美形だが……それは『カッコイイ』系の美しさ!

 男を宥めるには、パーティの和を保つのに必要なのは、そう、女の子としての可愛さだったのだ!!

 そして今の私の手には……この変化の首飾りがある……これは……繋がった!

 

「やっぱ女の子がパーティにいると違……」

 

「諸君!良い話を聞かせてくれた!感謝しよう!」

 

「えっ、あっ、おう……えっ、誰?」

 

 私は意気揚々と立ちあがると、隣で話す男達の肩を叩き、感謝の言葉を述べて広場を後にする。

 待っているがいい、ダンジョン!そしてまだ見ぬパーティメンバーよ!

 

 私は今日――――可愛い女の子になるぞ!!

 



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私は可愛い!(確信)

 通りに面し、行き交う人々の喧騒が聞こえる宿屋の一室。

 柔らかなベッドに腰掛けながら、私は手元に置かれた鏡を目の前に掲げ、覗き込む。

 鏡に映ったのは――一人の美しい少女だった。

 絹の如くしっとりと流れるプラチナブロンドの髪は丁寧に切り揃えられており、ぱちりとした目はキリッと真面目そうな印象を持たせながらも、どこかあどけなさを残している。

 薄桃色にぷくりと膨らんだ唇は少女特有の可愛らしさを演出し、白く透き通るような肌がそれを更に際立たせる。

 

「美しい……」

 

 鏡の中の自分を見つめて、私はついポツリと呟いた。

 その声もまた、澄んだ笛の音が如き清楚さで宿の部屋に響き渡る。

 自分の声ながらうっとりしてしまいそうだ。

 

「ふふ……素晴らしいね!まるで妖精の如き愛らしさじゃあないか!?やはり私は天才だな!」

 

 あはは、と可愛らしい笑い声が響く。

 これが私の、カシミール・カミンスキの声だとは誰が信じるだろうか。

 広場の男達の話を聞いてすぐに宿に戻った私は、すぐさま変化の首飾りを装備し、可愛らしい女子になることを念じた。

 するとどうだ、鏡の中に現れたのは私の想像通りの美少女である。

 まあ、元が良いので私が美少女となるのは当然だろうが、それにしても素晴らしい!

 

「はは、この姿であればジョーも私だとは分かるまい。もう一度あのパーティに入ることも……いや……」

 

 そう考えたところで、ふと冷静さを取り戻す。

 姿は変わったと言えど、私の記憶や術式、本質は変わっていない。

 迂闊にジョーと関わっては、普段の言動やクセなど、私自身でも理解していない部分で正体がバレてしまう可能性もある。

 そうなってしまってはこの姿になった意味も無いだろう。

 で、あれば、新たな冒険者のパーティを探す方が無難かもしれないな。

 

「ま、いずれにせよ、早いところ見つけるにこしたことはあるまい」

 

 何せこの姿であり、かつ優秀なヒーラーともなればどのパーティでも引く手数多だろう。

 この美貌の前には性格が合わない、などと馬鹿らしい理由で追い出されるわけもなく、ひとたびパーティに入ればチヤホヤされるであろうことは想像に難くない。

 ふふ、早くこの体で接することによる相手の反応というものを見てみたいものだ。

 そう想像を膨らませながら、私は急いで外へ――

 

「わぶっ!」

 

 出ようとしたところで、法衣の裾を踏んで転げてしまった。

 しまった。少女になったことで装備のサイズが合わなくなってしまったか。

 仕方あるまい、出掛けにどこかで適当な装備を買っていこう……

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 人通りの多く、活気にあふれる街の大通り。

 その通りを進むと、入り口に大きな旗を掲げた石造りのしっかりとした大きな建物が見えてくる。

 私はその建物――冒険者ギルドの扉を開けると、さっと辺りを見回した。

 広い空間になっており、いくつかの長机と簡素な椅子が置かれたロビーには数人の男達や、依頼を持ち込みに来た街の人間が佇むのみで、閑散とした印象を受ける。

 それもその筈、冒険者は基本的に朝一で依頼を受けてダンジョン、あるいは依頼主の元へ赴くものだ。

 魔道具屋に行ってから宿に戻り、その足で装備品を買って、午後を過ぎてからノコノコと現れる冒険者など、何か特殊な用事があるか、休日に茶化しに来る奴、要するにロクでもないカスのような冒険者だけだ。

 一刻も早くパーティを見つけたいと思っていたが、流石に勇み足過ぎたか。

 そう考えて、はあと溜息をついていると、あれも冒険者だろうか、皮鎧を纏い、ショートソードを腰下げた若い男がギルドの受付で何やら声を荒らげているのが見える。

 

「なんで一人じゃダメなんですか!?依頼書には冒険者ならランクは問わずって――」

 

「依頼書をよく見て下さい、この依頼には二人以上のパーティを組んでいる冒険者であることが条件です。ソロではお受けできません」

 

 声を荒らげる男に、しかし受付嬢は冷静に、淡々と返している。

 叫び声を上げるマンドラゴラの採取や、いくつもの首を持つヒドラ、あるいは本体は隠れながら人形を差し向けてくるリビングアーマーなど、そもそもソロでは依頼達成が困難な敵や依頼、というものは実際ある。

 基本的にギルドは冒険者の自主性に任せ、生死は冒険者自身の責任だが、それでもむざむざ死なせに行くようなリスクはなるべく減らそうとしているようだ。

 なるほど、確かにそういった依頼をこなす上でもパーティを組む必要はあるな。

 見たところあの男は新人冒険者のようだが――他にギルドに依頼をこなしに来ている冒険者もいないようだし、物は試しだ。

 

「失礼、少し良いかな?」

 

 私が背後から声を掛けると、驚いたのだろうか、ワッと少し声をあげて、男の身が跳ねる。

 驚きながらも、いぶかしげに私を見つめる男を見つめながら、私は更に続けた。

 

「一人では受けられない依頼、というのが聞こえて来てね、どうだろう?私が一緒にパーティに入ってやろうじゃないか?」

 

「えっ!?パーティに!?いやでも……」

 

「何、構わないだろう?この天才美男……いや!美少女神官が手伝ってやろうと言っているのだ、断る理由は無いと思うが?どうかね?」

 

「それは……ううん……わかったよ、ありがとう。僕としても助かる」

 

「交渉成立だな!というわけだ、受付嬢よ、その依頼をこなさせてもらおうじゃあないか!」

 

 決まった!

 ふふん、経験豊富で強力な冒険者……とは言えないが今日のところは良いだろう。

 一日限りの付き合いとしても良いし、何より!冒険初心者のこの坊主に先輩として色々とマウントを取って教えてやるのも気分が良さそうだ!

 やはり善行というのは気持ちいいものだからな!

 と、依頼書を改めて受け取るべく手を伸ばした私を、受付嬢がポカンとしながら見つめている。

 ふむ?何をしているのだ、この受付嬢は。いつものようにスッとハンコを押して依頼書を渡してくれれば――

 

「ええと……その、すみませんが、お嬢さん……初めて見る顔ですが――冒険者登録はお済みですか?」

 

「あっ」

 

 忘れていた。

 

 



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キラープラント

 アドニスの迷宮第一層

 

 『この穴はこのまま深淵まで続くのではないか』

 

 そんな錯覚を覚える程に、黒く深く、ぽっかりと大きな口を開けた岩の洞穴。

 そこがダンジョン――アドニスの迷宮への入口だ。

 洞穴の岩を直接削って作られた階段をしばらく下っていくと、入口から見えた暗い洞穴の中だとは到底信じられないような光溢れた空間が現れる。

 辺りにはこれまた迷宮内部とは思えないような巨大な木々が空間を埋め尽くし、苔に覆われた地面や岩盤はうっすらと光を放っている。

 私にとっては何度も見た光景だ。

 こんなもので今更驚くものでもないのだが――

 

「あ、カミラさん、気を付けてね、そのあたり滑りやすいんだ」

 

「はっ、知っているとも!私を誰だと思っているのかね?」

 

「誰って……さっき冒険者登録済ませたばかりの新人冒険者じゃないか」

 

「ぐむっ……!」

 

 『カミラ・カリスキ』

 私が新たに冒険者登録をする際に使った偽名だ。

 何しろ、変化の首飾りのせいで麗しい少女の体になってしまった。いや自分からなったのだが。

 この状況で受付に私がカシミール・カミンスキだと名乗っても信用してもらえまい。

 よしんばされたとしても、同名で活動してジョーや他の連中に私が化けているとバレてしまっては困る。

 ということで不本意ながら、新人冒険者のカミラ・カリスキとして新たに冒険者登録を行った。というわけだ。

 そのせいで私を迷宮初心者の貧弱な少女だとでも勘違いしたのだろう。

 サイズの合う装備をと思い、防具店に寄った際にあったものが初級の神官服のみだったのも良くなかったのかもしれない。

 武器こそ前から愛用していた神聖モーニングスターで事足りるだろうが、防具はまた新しく仕立ててもらう必要があるな。

 いずれにせよ、そのせいでこちらを迷宮初心者と勘違いして何かと先輩であることを誇張してくるこの男が不愉快で仕方ない、この男が――

 そこまで考えて、ふと気付いた。

 

「そういえば……貴様の名前は何というんだ?聞いていなかったな?」

 

「あっ、言われてみればそうだね。俺の名前はリガス。戦士リガスだ」

 

「リガスか、覚えた。冒険者になってからどれくらいだ?」

 

「一か月くらいかな、ランクはまだ最下層のE級なんだけど……早いところD級に上がりたくてさ、今回の依頼を受けたかったんだ」

 

「なるほどな、それでか」

 

 リガスが受けようとしていた依頼はキラープラントという植物系の魔物から採れる根の採取だ。

 この依頼自体は冒険者の最下級であるE級でも受けられる。

 とはいえ、他のランクであればともかく、E級の依頼としては難易度が高い部類だ。

 キラープラントは球根からいくつもの蔓が伸びたかのような魔物であり、蔓を伸ばして相手を拘束、捕食してくるのだが、蔓の殺傷能力自体は低く、獲物を自身の消化器官へ取り込んでから消化するまでも半日近くかかる。

 そのため、普通であれば誰かが捕食されかけるか、あるいは完全に捕食されたとしても、その隙を縫って攻撃をしかけたりして倒すことが出来るのだ。

 

 しかしそれはあくまで『パーティを組んでいた場合』である。

 

 一人で挑むとなると、キラープラントが密かに伸ばす蔓に捕まった時点で勝負は決してしまう。

 キラープラントの蔓は隠密性に優れており、罠のように地上に垂らし、そこで近くを通った獲物には素早く反応する。

 そして捕らえた敵を拘束する力は相当に強いのだ。

 力ずくで内側から触手を打ち破るのは困難だろう。

 とはいえ、その蔓も一度に何人もの人間を拘束するほど多く生えているわけでは無いので、その辺りもパーティさえ組んでいれば解決するのだが。

 

 ともあれ、そんなキラープラントの討伐はある意味でEランクからDランクへ上る為の登竜門、近道のようなものとなっていた。

 この魔物を倒せる実力がある、ということはパーティを組み、互いにある程度のチームワークを活かせる実力者である、という証明なのだ。

 かくいう私も前のパーティにいた時はジョーを突っ込ませて痺れている様子を楽しく眺めた後、カリカにプラントを思いっきり殴らせたものである。

 私の溢れる知性が発揮された輝かしい思い出と言えるだろう。

 

「キラープラントの討伐であれば私も経験がある。大船に乗ったつもりで任せておきたまえ!」

 

「本当かな……」

 

 自信満々に語る私に、リガスがじろりと不安げな表情でこちらを見つめる。

 やれやれ、全く失礼な奴だ。ま、相手の実力を見抜くにも経験というものが必要だからな。仕方あるまい。

 

「ふふん、ま、私の実力は見れば分かるだろう!貴様がこの天才神官の私の実力に泣いてひれ伏す時が楽しみだよ!」

 

「はは、まあ期待してるよ」

 

「む……貴様あまり信用していないな?やれやれだ」

 

「いやいや、そんなことないって、キラープラントが出たら頼むよ!」

 

 そう言ってにこやかに笑いながらリガスは私の頭をポンポンと撫でる。

 全くの少女扱いだ。気に食わないな。まあ変化をしたのは私なのだが……

 とはいえ、ある意味でチヤホヤされていることは間違いあるまいし、今のところ会話の内容も良好だ。

 前の姿で嫌われるよりは良しとしよう。

 と……あれは……

 

「リガス、止まれ」

 

「カミラさん?どうし――」

 

「キラープラントだ」

 

 眼前の地面に、木の葉や雑草に紛れるようにしてキラープラントの蔓が投げ出されていた。

 私のように注意深く見ないと気付かないだろう。

 この蔓の先にキラープラント本体がいる筈だ。

 そう思い視線を辺りに巡らすと……見つけた、私達から見て左側の茂みの中だ。

 

「さて、どうする?リガス、まずどちらかが囮となるのが定石だが――」

 

「俺が行くよ、戦士は壁役だ。身を張ってこその職業だからね」

 

「……ほう、いいのかな?私が奴にトドメを刺せなければ終わりだぞ?」

 

「天才神官、なんだろ?キラープラントの本体自体はそこまで防御力があるわけじゃない。そのメイスで思いっきり叩けば倒せるはずだ」

 

 見上げた精神だ。

 私から言い出す前に率先して囮に名乗り出るとは……ジョーならば囮を命じた時点でキレ散らかしていたところなのにな。

 見どころのある若者、といったところか、ふふん、気に入った。

 

「良いだろう、この天才神官カミラ様の大神聖術をしかと目に焼き付けるのだな!」

 

「ああ、頼りにしてるよ……っと!」

 

 言うと、リガスは腰の剣を抜き、キラープラント目掛けて突っ込んでいく。

 それを察知したのだろう。キラープラントもすぐさま辺りに這わせていた蔓をリガスに向けて放ち、足を掴む。

 

「くっ……!」

 

 拘束して吊り上げられたリガスが、それでも剣を振り回し、いくつかの蔓を切断すると、それに対応するかのようにキラープラントの蔓が右腕を絡めとる。

 やがて他の蔓もリガスの左腕、胴、首、と各部をギリリと締め付け、本体の球根がぶるりと震えたかと思うと、獲物を捕食するべく球根の中心からぐちょりと音を立てて、筒のような捕食器官を露出させた。

 しかし――

 

「今だカミラさん!」

 

 球根が捕食体勢に映った瞬間、私は茂みから飛び出し、キラープラントの本体へ向けて駆ける。

 全く、上手いこと行くものだ!

 E級の雑魚冒険者がここまで立派に仕事をこなしてくれるとはな!

 思わず笑みをこぼしながら、私は体内に巡る神の与えし神聖なる力を練る。

 

「ふははは!褒美に見せてやろうリガス!これこそが天才――上位神官たる私の放つ神聖術!」

 

 体中を駆け回る神聖力を手に持つモーニングスターに込め、祈りと共に天に掲げる。

 

「主よ!我が敵をその鉄槌で以て打ち砕き給え!神聖鉄槌!ホーリーハンマー!!」

 

 目も眩むような光の奔流が上空から降り注ぎ、キラープラントへ鉄槌となって降り注ぐ。

 光が消え去った次の瞬間――そこに残っていたのは黒く焼け焦げた灰のみだった。

 

「カミラさん……すっごい……」

 

「ふふふ、見たか!これぞ私!天才神官カミラの実力というものだ!見直したかね!?」

 

「うん……すごい……!正直ちょっと疑ってたけどゴメン!すごいよカミラさん!神聖術でこんなことできる人は初めて見た!」

 

「ははははは!当然のことを言われても困るなぁ~!ホーリーハンマー如き中級の術でこれだけ褒められてはなあ!ははは!」

 

 気持ちいい!

 ふふ、やはり面と向かって自分より遥かに劣っている人間から褒められるのは最高だ!

 私が天才であり敬われるべき人間なのだということが改めて理解できる!

 もっと言っても良いんだぞ、リガス!

 と、ちらりとリガスを見ると、興奮冷めやらぬ様子のリガスが更に続けて口を開いた。

 

「それで……依頼のキラープラントの根は?」

 

「……あっ?」

 

 リガスの言葉にハッ、と気付き、キラープラントのいた場所を見ると、そこには煤けた灰しか残っていなかったのだった。

 



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アンラッキーストライク

「よし、今度こそ根を傷つけずに倒したぞ」

 

 言いながら私はキラープラントの球根にめり込んだモーニングスターを引き抜く。

 普段ならば通常攻撃でも一撃で倒せそうなものだが、キラープラントに向けて三回もモーニングスターを振り下ろす羽目になってしまった。

 ひょっとしたら少女の体になったことで筋力が下がっているのかもしれない。

 だとしたら少し嫌なデメリットだ。

 ともあれ、そこは後で考えることとしよう。

 いずれにせよ後はこの球根を掘り返して根を入手するだけだ。

 

「お疲れ様!これで依頼達成だね」

 

「うむ、実力を考えれば当然だが、我々がD級に上がれるのもそう遠くはないな!」

 

 なにしろ新規冒険者登録をしたことで私もE級からのスタートになってしまったからな。

 あまりランクが低すぎるとギルドへのダンジョン深部への探索許可が降りなかったり、街の武具屋などからも甘く見られて良い装備を売ってもらえない。なんてこともある。

 でなくともランクが高くなれば報酬の高い依頼を貰えたり、新たに発見された未知のマップの探索などを優先的に回してもらうことも出来る。

 ダンジョン最奥に眠る、という神具を手に入れるにも結局はランクを上げるのが近道なのだ。

 

「さて、根も手に入れたことだし早めに帰ろう。今日は組んでくれてありがとう、カミラさん」

 

「うむ、もっと褒め称えても構わないのだぞ!いや!というか……」

 

 ふと、ある考えが頭を過ぎる。

 キラープラントを探す道中でいくつかの魔物にも遭遇したが、この若い戦士、リガスはそのいずれにも冷静に対処できていた。

 一線級の冒険者となる日もそう遠くは無いだろう。

 対して私は不本意ながら今は最下級の駆け出し冒険者、ということになっている。

 欲を言えばランク的にはB級か、それ以上の連中と組みたいところだが、彼らに今の私の価値を理解できる程の頭脳があるかどうかは疑問である。

 で、あれば――

 

「というか、だな、リガス!貴様が望むなら今日だけではなく、今後もパーティとして付き合ってやっても良いぞ!」

 

 これはリガスにとっても破格の良い話だろう。

 なにしろ下級冒険者にこの至高の神官たる私が手を貸してやるのだからな!

 リガスの快い返事を期待してチラリと見やると、リガスは照れた様子で頬をかきながら答えた。

 

「えっ、いや……ごめん、それはちょっと……」

 

「うむ!そうであろう、そうであろう!なあに、感謝は不要だとも、私の力を求めるのは当然……は?」

 

「ありがたいけど……お断りしておくよ、ごめんね、カミラさん」

 

「なっ……なんだと……!?」

 

 私の提案を断るだと!?本気か!?

 それともやはり戦士だから脳味噌まで筋肉に支配されて理知的な思考が出来ないのか!?

 でなければやはりジョーのように私の性格が気に食わない……いやいや、今の私は超絶美少女だ!

 多少性格が悪くともそこは優しく見てくれるのが普通の男の思考、というものだろう!

 どういうことだ、と問い詰める私に、リガスは尚も言いづらそうな様子で告白する。

 

「俺はなんていうか……運が悪いんだ」

 

「運が悪い……運が悪いだと?はっ!なんだ!くだらないな!そんなもの自分の気の持ちようの問題だろう!」

 

「いや、それはそうなんだけど……カミラさんはステータスって知ってる?」

 

「はっ、知っているに決まってるさ、この私だぞ?」

 

 ステータス。

 その人間が持つ肉体の強度、あるいは体内の魔力・精神力等を調査し、数値化したものだ。

 一般的には教会や冒険者ギルドで魔道具を使ったりして調査することが出来る。

 尤も、計った際の体調や鍛錬の具合、あるいは強化付与の魔術や装備などの些細な要素で観測できる数値は変動するし、ステータスは低くとも、生まれ持った特殊な能力や、修練で得た技術でその辺りを補って余りある活動をする者もいる。

 それ故にあまり信用しすぎるのも危険だが、大まかな実力の指標にはなる。

 

「で、そのステータスがどうしたというのだ?」

 

「俺はそのステータスのラック――幸運値が1しか無かった」

 

「……ラックが、1?」

 

「うん」

 

 予想だにしなかった答えに思わず目を見開いた。

 ラックが1……1だと?他のステータスに関しては体調や鍛錬で変動することもあるだろうが、ラック……即ち幸運値に関しては話が別だ。

 筋力や魔力のステータスが個人が現状持つ肉体の能力を数値化したものだとしたら、幸運値は言わば過去と未来に歩むであろう人生の予測から導き出される数値。

 これに関しては正直どういう仕組みで上下するステータスなのか、何を元に観測できているのか、教会でも魔術師連中でも未だに解明できていない。

 一般的には10~20程度の数値があるのが普通ではあるが、かと思ったらそんな一般人が急に50を超える幸運値を得て商売で大成功したりだとか、逆に高い幸運値を持つ貴族が急に幸運値を下げて没落する。などという話もある。

 教会ではそんな不可解を最高神ギアナによる導きや神罰だということにしているが、実際どうなのかは眉唾である。

 

「にしても1は低いな……今までよく生き延びてこれたものだ。が……それでどうしてパーティを組めないという話になるのだ?」

 

「いやまあ、それは……」

 

 と、リガスが口を淀ませながらも、何やら言おうとしたその時、突如として大地が揺れる。

 この揺れは――

 私が揺れの正体を看破するよりも早く、足元の地面が盛り上がったかと思うと、ぼこんと音を立てて空いた穴から幾多もの触手が立ちあがる。

 続いて地面から這い出るように、ゆっくりと、巨大な花の蕾のような物が姿を現したかと思うと、次の瞬間、その蕾が勢いよく花開く。

 しかし、蕾の中から現れたのは美しい花とは程遠い醜く、凶悪な牙を揃え、五つに分かれた顎、そして獲物を待ち望むかの如く、中央の穴から溢れ出す涎のような体液である。

 

 マンイーター。

 キラープラントの上位種であり、普段ならば上位の冒険者が数人でかかるような凶暴かつ強力な食人植物だ。

 普段は地中深くで眠っている為、第一層でも出現するのは稀なのだが……などと私が呆然と見つめていると、リガスが乾いた笑いを漏らしながら、こちらに向き直り、言う。

 

「つまりその――運が悪すぎて、こういう奴を引き寄せちゃうんだよね」

 

「言っている場合かーーー!!!」

 

 どうやら私も相当な貧乏くじを引いてしまったようだ。

 ひょっとしたら幸運値がガクッと下がっているのかもしれない。

 後でギルドで確認する必要があるな……等と考えながら、猛烈に迫るマンイーターから脱兎の如き勢いで逃げ出すのであった。

 

 



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天才神官、不覚を取る

 どん、どん、どん、と、激しく大地を打ち付けるような轟音を立て、辺りの木々をへし折りながら背後からマンイーターが迫る。

 クソ、なんて日だ!とんだ貧乏くじを引かされてしまった!

 いや、思えばリガスのように駆け出しとはいえそれなりに優秀な戦士が、あんな時間にソロでギルドにいる時点で警戒すべきだったのだ!

 ソロで時間をズラしてギルドで依頼を受けるような奴など、集団行動の出来ないカスか、他者を認めない人格破綻者でしかないに決まっている!

 激しく怒りを覚えながらマンイーターから逃げるが、流石に少し辛い。

 入り組んだ木々に行き場を遮られ、妨害されながら逃げる私達に対し、マンイーターはそんな障害など気にもせずに追い詰めてくる。

 

「クソッ、やれやれだな!こうなれば仕方あるまい!」

 

「カミラさん!?」

 

 事ここに至っては仕方あるまい、と、勢いよく立ち止まり、体内の神聖力を引き出す。

 先程は雑魚のキラープラント相手だったのでオーバーキルも良いところだったが、マンイーターなれば相手にとって不足は無い!

 

「神の怒りを思い知るがいい!神聖鉄槌!ホーリーハンマー!!」

 

 瞬間、モーニングスターに込められた神聖力が眩い光を放ったかと思うと、瞬間――

 

 ぽふん

 

 と、間抜けな音を立てて光が消え失せた。

 

「……む?あれ?いや待て、ホーリーハンマー!ホーリーハンマー!ホーリーランス!」

 

 何度叫んでモーニングスターを振り回しても一向にホーリーハンマーが出ない。

 ならば、と、他の神聖術を試しても同様だ。

 思わず唖然とする私の背後から、リガスの必死な叫びが響いた。

 

「カミラさん!足元!」

 

「ん?足元……しまっ……!」

 

 私の足にいつの間にか延ばされるマンイーターの触手を認識するよりも早く、猛烈な勢いで足首を掴んだ触手が私の体を持ち上げると、そのまま素早い動きでマンイーターのぽかりと空いた口へと触手を伸ばし――

 

「待っ……」

 

 ばくん、と、マンイーターの花弁が閉じ、そのまま私の体は飲み込まれてしまった。

 

「くそっ……なんたる不覚だ!天才神官の私ともあろう物ものが……」

 

 狭く、湿った肉厚な壁に囲まれたかのようなマンイーターの体内。

 ぎちり、と締め付けられるように体を包まれ、その力の強さに体を動かすことが出来ない。

 クソッ、神聖術が使えたらこんなもの体内からブチ破ってやるというのに……何故だ!?どうして使えない!?

 混乱しながらも、なんとか脱出すべく身をよじると、次第に自身を囲む壁からドロドロとした粘液が次々に溢れ出してきたのがわかった。

 これは……消化液だ、まずい!

 既にじわり、じわりと水が染み込むような音を立てて、法衣の一部が少しずつ溶かされている。

 このままでは私の体までもが溶解されるのは時間の問題だろう。

 そう考えると、頭に浮かんだ嫌な想像に、じわりと冷たい汗が背中に流れるのを感じる。

 

「うぐ……馬鹿な!くそ!私はカシミール・カミンスキだぞ!天才神官だ!他の連中なんかとは違うんだぞ!くそ!やめろ!私はこんなところで死んで良い人間じゃないんだ!」

 

 必死に叫ぶ私の声はマンイーターの体内の壁に吸収され、くぐもったように響く。

 嫌だ、くそ、ふざけるな!

 絶対にこんなところで死ぬわけには――――

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

「カミラさん…!」

 

 なんてことだ、カミラさんがマンイーターに飲み込まれてしまった!

 俺のせいだ……俺が無理にこんな依頼を受けなければ、いや、パーティを組まなければ、幸運値がもう少し高かったら……!

 ギリ、と噛んだ歯をきしませながら後悔の念が沸き立つ中、ふと眼前のマンイーターからくぐもった声が響いた。

 

「―――!――っ――!――!」

 

 いや、違う。マンイーターじゃない。

 見ると、マンイーターの腹部……幹というべきだろうか、花弁に繋がる一際太い幹、その一部が盛り上がっているのが見える。

 カミラさんはまだ死んでいない!ただ生きながら飲み込まれただけだ!

 マンイーターを倒しさえすれば――

 そう考えたところで、マンイーターは現れた時と同じように、ぼこん、ぼこん、と、触手で土を掘り返し、自身の根をその土に差し込んでいく。

 

「逃げるつもりか!?まずい!」

 

 獲物を捕食したことで満足したのだろうか、マンイーターは眼前に立つ俺に目もくれずに土の中に戻ろうとしている。

 そうなれば飲み込まれたカミラさんを救助するのは不可能だろう。

 そう考えると俺は足に力を込め、剣を振りかぶってマンイーターに切りかかる。

 が――

 

「待て!マンイー……うがっ!」

 

 マンイーターの幹に剣を突き立てた瞬間、地中から素早く伸びた触手が俺の脇腹を鞭の如き動きで強く叩く。

 1本だけではない、2本、3本、と触手が俺に向けて放たれる。

 たまらず慌てて飛びのくと、俺は慌てるが故、まずいことをしてしまったことに気付いた。

 今の攻撃でマンイーターは完全にこちらを敵と認識した。

 やるなら一撃で幹を切断しなきゃいけなかった!こうなっては完全に地中に埋まるまで周囲をあの触手で守るだろう。

 あの触手を掻い潜り、幹を破壊する実力など今の俺には――

 

「いや……」

 

 一つだけ、ある。

 この手段は運が悪いこと以外に、俺が他人とパーティを組みたくない理由の一つだ。

 これを見せたら例えカミラさんを救えたとして、印象は最悪だろう。

 きっと嫌われるだろうし、俺と一時的にでもパーティを組んだことを後悔するかもしれない。

 最悪、そこから情報が洩れて冒険者の資格まで剥奪されるかもしれない。

 

 ――――だとしても。

 

「目の前の女の子一人救えないようじゃ……どのみち上位の冒険者になんかなれないよな!」

 

 そう言って、渾身の力で雄叫びを上げると――手に持っていた剣を、自身の腹へと勢いよく突き立て、次の瞬間、俺の意識は闇の中へ落ちていった。

 

 



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獣の戦士

「はぁ……くそ……ヒール!」

 

 ギチギチと体を締め付けるマンイーターの体内で必死に神聖力を引き出し、自身に初歩の回復術であるヒールをかける。

 どうやらこれは成功したようだ。

 消化液によって溶けかけた肌が瞬く間に治癒されていく。

 ホーリーハンマーは出せないのにヒールは出せる、何故だ?

 確かにホーリーハンマー……というより神聖術による攻撃呪文はいずれも中級以上の術だ。

 当然、ごくごく初歩的な術であるヒールよりは難易度も高く、消費する神聖力も多い。

 が、この私、カシミール・カミンスキ……今はカミラだが……とにかく私は天才的な高位神官だ。

 当然ながら殆どの神聖術は会得しているし、ホーリーハンマー程度であれば日に十発程度は余裕で撃てた筈だ。

 だというのに、今の私にはこの程度のヒールしか出来ない、いや、ヒールもあと何発撃てるか……

 それが尽きたらどうなるのか……

 

 嫌な想像に、つい弱気になる私だったが、瞬間、世界がぐるりとひっくり返った。

 ぐりん、ぐりん、と縦横に激しく揺れるマンイーターの体内で、肌に触れる肉壁も小刻みにびくんと震えている。

 マンイーターが激しく動いている?何があった!?

 状況を把握しようと努める私を無視するかのようにぐりぐりと動くマンイーターだったが、しばしの時間の後、私を包む肉壁の締め付けが弱まったかと思うと、そのままずるりと体液と共に私の体を吐き出した。

 

「ぐはっ!はぁ……はっ……で……出られた!?出られたのか!?はは!やった!外だ!」

 

 マンイーターの体液でぐしょりと濡れた体に、外気の新鮮な空気が染み渡る。

 せっかく買った装備はボロボロになってしまったが、まあ良かろう!今は無事に外に出られたことを喜ぼう!

 それにしても、マンイーターはどうして私を吐き出したのだろう?

 それを確認すべく後ろを振り向くと、そこには触手をいくつも断ち切られ、幹も根も、ずたずたに切り裂かれたマンイーターが倒れ伏していた。

 そして、そのマンイーターの体の上で、俯く影が一人――

 

「リガス!」

 

 背を向けていて見えづらいが、あれは間違いない、戦士リガスだ。

 なるほどな!私を救うべく決死の覚悟でマンイーターを打ち倒したということか!

 どうやら私の予想よりもよほど強い戦士だったらしい。

 いや、むしろ予想通り、奴を見出した私の目が見事だった、と言うべきか!流石だな私は!

 と、自身の優秀さに打ち震えながら俯くリガスへ声を掛ける。

 

「ふふん、よくやったぞリガス!この私をこんなところで失っては冒険者、いや!人類の損失だからな!大いに褒めてや――」

 

「ぐるる……」

 

「……ぐるる?」

 

 私の讃辞にまるで獣の如き唸りを上げて返すリガスに、不審に思っていると、それまで俯いていたリガスがゆらりと立ちあがり、こちらを振り向いた。

 改めて見たリガス――恐らく、リガスであろう姿を見て私はぎょっとした。

 若々しく、端正で人の好さげだった顔立ちには今、魔物の如き理性無き瞳が赤く爛々と輝き、口元には肉食動物を連想させる鋭い牙がずらりと並んでいる。

 体も皮鎧に包まれていてもわかるほどに一回り大きく膨張し、露出した腕には硬く黒い剛毛がびっしりと生え、指の爪はネコ科動物の如く鋭く伸びていた。

 

「貴様その姿、まさか――狂戦士か!」

 

「がああああああ!!」

 

 理性を失った狂戦士と化したリガスが、雄叫びを上げて襲い掛かるのを間一髪で躱す。

 

 狂戦士・バーサーカー、自身の生命の危機に反応して体を組み替え、忘我状態となり敵味方構わずに破壊の限りを尽くす獣の如き戦士だ。

 鍛錬で培われる能力ではなく、神々より呪いを受けて生まれるか、禁術と言うべき外法によって得られる特殊な能力。

 リガスはこの能力を持っていたのか。

 恐らくはマンイーターとの戦闘で手傷を追い、この状況になったのだろう。

 運が悪いからどうとかも言っていたが――ソロで冒険者をやっていた本当の理由もこれか!

 ピンチの時限定とはいえ、敵味方問わず暴れ回る厄介な戦士だなどと他者に名乗れるわけもなく、隠して組んだパーティの相手を傷つけたらそれこそ問題だ!

 というか現に今、私がその状況なのだからな!

 

「ぐるぁぁ!」

 

 慌ててモーニングスターを振り回して抵抗するが、今の私は攻撃的な神聖術もロクに使えず、装備品もボロボロの状況だ。流石に分が悪い。

 どうする?逃げるか?だが相手は野獣の如き身体能力の戦士だ。

 奴の素早さを前に逃げ切ることが出来るか!?

 などと必死に考える私を他所に、リガスは凶悪な爪で私を追い詰めるべく攻撃を繰り返す。

 そして――――

 

「がああっ!」

 

「しまっ――うがっ!」

 

 ドシン、と重く響く音と共に、私の体が猛烈な力で押さえつけられる。

 

「くそっ……待て待て待て!リガス!やめないか!私だぞ!カミラだ!パーティの仲間だろう!」

 

「ぐる……カ……ミ……」

 

「そうだ、カミラだ!わかるか!?」 

 

 せめてもの望みを懸けて、必死に訴えかける。

 狂戦士とはいえ理性が完全に消え失せたわけでは無い。

 狂戦士化はあくまでも一時的なピンチを脱する為の身体強化の一種!戦闘が終われば元の人格に戻るのが常……の筈だ!

 マンイーターが倒れた今、その元の人格に呼びかけさえすれば……

 

「元に戻ってくれ、リガス、私はお前のそんな姿を見たくない……」

 

「ウウ……カミ……ラ……」

 

「うんうん、そう、そうだ!天才神官カミラ様だ!わかったら――」

 

「オンナノ……ニオイ……イイ、ニオイ……」

 

「は?」

 

 言うと、リガスは自身の鼻先を私の顔に近づけ――舐めてきた。

 舐めてきた!こいつ!クソッ!正気か!?いや狂化してるから正気なわけはないな!?

 だとしても、理性を失っているとはいえ何故この私が男に舐められなければならない!物理的な意味で!

 いやだが、なんだ?女?女の臭いと言ったのか?なんでこんな……いや?待てよ?狂戦士化は理性を失い、獣の如き本能で暴れ回るように……いや、待て待て、まさか――

 

「こいつ――私に欲情しているのか!?」

 

 信じられない、というように私が叫ぶと、リガスはそのままクンクン、と私の脇に鼻を押し当てる。

 

「ひっ……ちょ……」

 

 そしてそのまま、ただでさえボロボロになった装備を乱暴に引き裂きくと、私の胸を露に――

 いやいや、いやいやいや、いやいやいや!

 待て待て!私は男だぞ!いや今の体は美少女だが!馬鹿な!?こいつ本当に私に興奮しているのか!?

 

「ふざけっ……リガス!やめないか!私を誰だと思ってる!おい!天才神官様だぞ!この私にこんなことをしてどうなるか――ひあっ!?」

 

 必死に抵抗しようと手足を動かす私など意に返さぬように、リガスは力づくで私の足を掴んで大きく開く。

 駄目だ、駄目だ!くそ、信じられん!本気かコイツ!理性を失っているとはいえ限度があるだろう!なんだ!?見た目が女なら何でもいいのか!?クソ化物が!

 考えろ、考えろ!こんな化け物に女として犯されるなど死んでもゴメンだ!

 狂戦士を元に戻すのは、状態異常回復の術でいけるか……いや、だが今の私に使えるのか!?

 今の私に確実に使える術はヒールくらいで……ああ駄目だ、迷っていたら間に合わん!

 くそ、待て待て!ええと、狂戦士はピンチになる……つまり手傷を追うと狂化するのだから!であれば!

 

「ああもう!一か八かだ!ヒール!」

 

「ぐるっ……」

 

 混乱する頭で、どうにかこうにかヒール――初級の回復術をリガスに向けて放つ。

 ダメージを負うと狂化するのであれば、傷を回復をすれば狂化も治る筈だ!

 もしこれでダメなら――ああくそ、考えたくもない!ちくしょう!神よ!私の祈りを聞き届けたまえ!

 ヒールに怯んだのか、リガスの動きが止まり、しばしの静寂が訪れる中――突如としてリガスの体が私の上にのしかかった。

 

「うわっ!?くそっ!?失敗か!?ああもう、やめろ!この私は――――あれ?」

 

 慌てて抵抗すべくリガスの体を押し返すと、すぐに気付いた。

 筋肉で膨張していたリガスの体は瞬く間に萎み、腕に生えそろった剛毛はパラパラと抜け落ち、元の端正な顔立ちのまま、本人は目を閉じ、穏やかな寝息を立てている。

 ……一か八かではあったが、どうにか助かったようだ。

 それにしても――

 

「……こんなことなら、女の子なんかにならなきゃ良かった」

 

 ほう、と、安心混じりの一際大きな溜息をつくと、ダンジョンの冷たい地面に寝ころんだまま、私は心底からそう思うのであった。

 

 



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依頼を終えて

 西の空が暗く染まりはじめ、東の空を夕陽が赤く輝かせる時。

 この時間はダンジョンに潜っていた冒険者達が一斉に帰還しはじめ、ギルドも慌ただしくなる時間帯だ。

 そんな人々でごった返すギルドの中を進み、受付まで辿り着くと、受付嬢がぎょっとした顔で我々を見つめ、恐る恐るといった感じで口を開いた。

 

「ず……随分と苦労されたようですね……」

 

「まあね……」

 

 驚くのも当然だろう。片や狂化で膨れ上がった筋肉とマンイーターの攻撃で装備の袖がビリビリに敗れ、鎧までもズタボロになった戦士。

 片やマンイーターの粘液で全身から粘ついた粘液を垂らし、法衣も大部分が溶かされるか裂かれるかして惨めな姿を晒す神官だ。

 受付嬢のみならず、道中の町人や冒険者たちもジロジロと珍しいものを見るかのような目で見てきた。くそ、見世物ではないのだぞ!

 そんな私達を前に、受付嬢は溜息をつきながら呆れた様子で続ける。

 

「キラープラントの根の採取で大分苦労したようですね、それで根の部分は……」

 

「ふふん、勿論あるとも!それに……キラープラントだけではない、マンイーターの素材もだ!」

 

 言うと、キラープラントの根の入った袋と、それとは別にマンイーターの討伐部位の証明となる花弁の一部を詰めたズタ袋をカウンターに出す。

 マンイーターという言葉に訝し気な表情を見せた受付嬢だったが、袋の中身を確認すると、驚いた様子で目を見開く。

 

「これは……本当にマンイーター!?えっ!?本当に討伐したんですか!?Eランク二人で!?どうやって!?」

 

「あっ……え……ええと、それは……」

 

「やれやれ、私達を疑うというのか?天才神官カミラ様の実力であればマンイーター如き屠るのは容易いことだよ!ふふん、どうだい?依頼達成の報酬にも色をつけてもらってもいいのだよ?」

 

「あっ、それは依頼内容に含まれていないので無理です。まあ実績にはなるのでランクの判定には加味させていただきますね」

 

 私の自信満々の態度に、受付嬢はさらりとそう言って流すと、依頼達成報酬としてカウンターに銀貨を2枚だけ差し出した。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「……あれだけやって銀貨2枚か……」

 

「分けたら一人につき1枚だね、はいカミラさん」

 

「うむ……ありがとう……ではなく!!」

 

 納得がいかん!私は銀貨を受け取って唸りながら頭を抱えた。

 ギルドで依頼達成報告を済ませた後、私達は一度宿に戻り、水浴びを済ませてからとある酒場に集まっていた。

 報酬の分配と今後の話、ついでに夕飯を済ませる為だ。

 しかし……はあ、と大きな溜息をつきながら今しがた手渡された銀貨を見つめる。

 あれだけやって銀貨1枚……マンイーターを倒したのに金にはならずか。

 マンイーター退治の依頼を受けたわけでも、素材の納品依頼でも何でもないので、当然と言えば当然なのだが……それでもこの私の努力と才能が認められないのは納得がいかん!

 やはり女の子となるメリットよりも、女の子になってしまったデメリットの方が大きかったのでは?そんな考えが頭を過ぎる中、眼前に座るリガスが口を開いた。

 

「カミラさん、今日はありがとう。本当に助かったよ」

 

「ん?ふふん、まあな、私は天才だからね!」

 

「はは、本当だね……さっきもマンイーターを討伐したって話になった時、どう答えるべきか迷ったんだけど……カミラさんが庇ってくれたおかげで本当に助かった!」

 

「ん?庇った?うん?ま、まあな?」

 

「うん、俺の狂化能力は見ただろう?アレがギルドにバレてたら俺はもうダンジョンに潜らせてもらえなかったかもしれない」

 

 なるほど。確かに怒り狂った狂戦士というのは厄介だ。

 敵味方構わずに攻撃を仕掛け、しかも素早く、力強く、体力もある。

 当然、ギルドとしてはそんな奴を他の冒険者も集まるダンジョンに野放しにしておくわけにもいくまいし、パーティを組ませるわけにもいかないだろう。

 まあ、その辺り実際どうなるかは私にはわからないが、少なくとも冒険に制約は与えられるに違いない。隷属化の呪いなり何なりで制御されるとかな。

 そうなったら大変だろうが――

 

「ま、私にとっては貴様が狂戦士として暴れようが、制御されようがどうでもいいさ。かくいう私も相当自由にやっているつもりだしね」

 

「――そうか、はは、ありがとうカミラさん」

 

「しかし、わざわざそんな危ない橋を渡らなくとも、貴様ほどの実力があればダンジョン探索以外でも稼ぐ方法は山ほどあるだろうに。このダンジョンに固執する理由でもあるのかい?」

 

「ああ、そうだね……俺は、このダンジョンに眠る神具を手に入れて、この狂戦士化を治したいんだ」

 

「――ほう?」

 

 そこから勝手に語り始めた話によると、リガスの狂化はどうやら後天的に得た物らしい。

 子供の頃、半死半生の怪我を負った際に、旅の魔術師が治療と称して呪いをかけていったそうだ。

 実際それで死の淵から生還したのだとしたら、確かに治療は治療なのかもしれないが、よりによって狂化の呪いとは……そもそもこの呪い自体が相当に高位な術の筈だ。

 恐らく、魔術師は新たに習得した呪いの実験台として死にかけた子供を利用したのだろう。

 余程に高位な魔術師であると同時に、相当に性格の悪い外道らしい。

 ましてや生死を彷徨っている時に肉体に深く刻み込まれたこの呪いは、リガス本人の命とも密接に結びついている複雑なものだ。

 私のような高位神官であっても解くのは不可能……というか、無理に解いたらリガス自身の命も同時に失われるだろう。

 それを回避するには、それこそダンジョンに眠る神具で願いを叶えるしかない。ということか。

 理由はどうあれ、呪いを前にして諦めずにダンジョンの最奥へ挑もうとする気概は立派なものだ。まあ私ほどではないが。

 

「その為にもランクは上げたいし、狂化をギルドにバレるわけにもいかない。それと……誰かとパーティを組むわけにも……」

 

「ま、確かに今回は無事に戻せたとはいえ、私も襲われかけたのは事実だからね」

 

「うん……俺は間違ってカミラさんを手にかけるようなことはしたくないし……パーティは解散すべきだと思う、少しだけ寂しいけどね……」

 

「……そうか」

 

「ごめんね、カミラさん」

 

「いや、いいさリガス、それじゃあ、また」

 

 そう言って私は腰を上げると、別れの挨拶を済ませて酒場を後にする。

 狂戦士リガスか。

 実際のところ一人でどこまで頑張れるものか、気になるところではあるが……ま、私ももう奴と駆け出し神官カミラとして出会うことはないだろう。

 今回のことで理解したが、女子になってパーティを組んだところで然程のメリットがあるようには思えないからな。

 さっさと宿で解呪を行い、この呪われた首飾りを魔道具屋に売り払うとでもしよう。

 そう考えながら、私は日の沈んだ道を一人、歩いて帰るのだった。



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解呪と救い

「呪いが解けない……」

 

 すっかり日も暮れ、窓の外から見える空が暗黒に染まる頃、宿の一室で私は呆然と呟いた。

 呪いが解けない。

 その事実に唖然としながらも、いやいや、この私に限ってそんなこと有り得るものか、何かの間違いに違いない。

 と、改めて体内に神聖力を巡らせ、解呪の呪文を唱える。

 

「我が神よ、天上のギアナ神よ、願わくば我が身に掛けられた悪しき呪いをほどきたまえ――ディスペル!」

 

 ぽふん

 そんな間抜けな音が鳴り、術は不発に終わる。

 マンイーターに向けてホーリーハンマーを放った時と同じだ!

 確かに解呪は高難度の呪文ではあるが……私は修練の結果として、紛れもなく体得したはずだ!

 だというのに何故――いや……

 実のところ、思い当たる節はある。

 というよりある程度の予想はついている。

 しかしそんなまさか……

 そうでないことを祈りながらも、私は部屋の中央、何もない空間に向けて今度は違う術を放つ。

 

「……主よ、我が敵をその槍で貫き給え――ホーリーランス!」

 

 瞬間、何もない空間を囲むようにして光の槍が出現し、空を貫いた。

 ホーリーランスはホーリーハンマーと同様、中級の攻撃用神聖術だ。

 であれば……私はもう一度、同じ呪文を繰り返しホーリーランスを繰り出す。

 が、しかし、今度は先程の解呪と同様、ぽふんという音を立てて不発に終わるのみだった。

 

「なら次は……ヒール!」

 

 続けざまにヒールの呪文を唱えると、体を優しい光が包む。

 傷を負っていないので回復はしないが、発動していることは間違いあるまい。

 

「ヒール!ヒール!ヒール!」

 

 そのまま、何度かヒールを繰り返すと、2発ほど撃ったところでまた不発に終わる。

 やはり、だ。

 こうなると間違いない。

 

「……神聖力が衰えている」

 

 以前、超絶美青年としての姿だった頃、カミラではなくカシミールであった頃であれば、ホーリーランスは日に20発、ヒールなら日に50は余裕で撃てた。

 だというのに、今の私にはホーリーランスやホーリーハンマーであれば日に1発、それを撃たずにヒールだけでも日に10発いけるかどうかだろう。

 ステータスは測っていないが、前の私の最大神聖力が数値にして150~200程だったとするなら、今の私は20~30程度、といったところか。

 到底この力で解呪の術なども使える筈もない。

 だが何故だ!?変化の術とは基本的にただ姿を、外見を変えるだけの術の筈だ。

 動物に変身することで嗅覚が鋭くなったりだとか、足が速くなったりだとか、その程度の肉体の変化はあるにしろ、あくまでベースは元の人間のステータスである。

 魔術師がオークに変身したからと言って魔術が使えなくなるわけでもないし、剣士がゴブリンに変身したからといって剣が振れなくなったり、剣術を忘れたりすることは無い。

 外見が変わったところで、それまでに培った経験や技術、体内に蓄えた魔力や神聖力が失われるわけではないのだ。

 だというのに……今の私は男だった頃に比べて著しく神聖力が衰えている。いや、思い返せば筋力もだ。

 これではまるで本当に駆け出しの少女神官では――――

 そこまで考えて、ふと一つの可能性に気付き、首元に下がる呪われた首飾りに指で触れ、カチリと鳴らす。

 

「まさか……そもそも『変化』ではないのか?」

 

 呪われていて外すことが出来ない以上、確かめることも出来ないが、これは変化の範疇を超えているようにも思える。

 外見の変化だけではなく、言わば在り方そのものを『駆け出し冒険者の美少女神官』として定められたようなものだ。

 だとしたら、これは個人の存在そのものを書き換えるが如き恐るべし魔道具だ。

 私が伝承に語られる勇者になることを望めばそれだけの力を持った勇者に、魔王になることを望めば同じくそれだけの力を持つ魔王に、存在ごと書き換えていた可能性すらある。

 犬や猫などの動物に変身していたら、ひょっとして人間としての知性そのものを失い、本物の犬として生きる羽目になっていたのかもしれない。

 とはいえ、そんな魔道具が存在するなどとは聞いたことが無いし、あくまで予想……ではあるのだが……

 本当にそうだとしたら、これは呪い自体が私の存在そのものに関わる類の悪質なものだ。

 リガスの持つ狂化の呪いと同様、無理に解こうとしたら精神が崩壊する可能性さえあるだろう。

 いや……だが……ひょっとしたら神聖力が衰えたのは別の要因で、普通に解呪の術さえ使えれば首飾りの呪いが解ける可能性も……が……しかし……

 

 ううん、と唸り声を上げてベッドに倒れ伏す。

 自分で解呪を試せない以上、高い金を払って高位神官に解呪を依頼するしかない。

 が、解呪したら私が死ぬ可能性もゼロではない……リガスのようにダンジョンの最奥に眠るという神具であれば無事に呪いを解けるかもしれないが……

 だがなあ……私が神具を求めていたのは偏に私の才能を広く愚民たちに知らしめ、得られる富と名誉と権力で人々の上に立つことだ。

 神具を解呪に使うとなるとその崇高な夢が叶えられなくなるかもしれない。

 いやいや、というかそれ以前にこの体ではダンジョン深部に潜ることすら……いや……待てよ?

 

 確かに神聖力は衰えているが……今までに覚えた術の知識、カシミールとして生きた私の記憶自体が消えたわけでは無い。

 それに今のこの体は……見た感じ、年齢にして15歳くらいだろうか。

 かつての私よりも若返っていることは間違いない。

 で、あればつまり……今のこの体で修練を積めば、むしろ前までよりも効率的、かつ爆速で術を収め、成長できるということではないか!?

 何しろ私は天才なのだ!例え神聖力が減ったとしても、それを増やす方法もわかっているし、殆どの術の使用法自体は既に理解している!

 つまり――時間はかかるかもしれないが、解呪をせずともこの体のままで元の私の実力まで成長できれば結果オーライなのだ!

 

「よし、それでいくぞ!私は天才だ!前の私にだって出来たのだから!」

 

 私はパシンと両手で頬を叩き、気合を引き出す。

 かつての私だって最初から圧倒的な実力を持っていたわけでは無いのだ。

 それでも優秀な高位神官になれたことを思えば、同じ私がそうなれないわけがない!

 となれば、効率的に鍛えるためにダンジョンに潜る必要があるな。結局のところ、魔物と戦うのが修練には最適だ。

 なにせダンジョンでは魔物を倒すことでその力……魔力の一端を吸収し、敵を倒せば倒すほどに少しずつではあるが、自身の体も強化されていく。

 俗に言うレベルアップというやつだ。

 以前の私も様々な修練を行ったが、結局のところ魔物と戦うのが一番効率的ではあった。

 とはいえ、いくら天才の私でも、今の状態……言うなればレベル1のまま一人で迷宮へ潜り、何匹もの魔物と戦い、帰還する程の力はあるまい。

 出来ればパーティを組む相手を見つけたいところだが……ジョー……にはこんな無様な状況を知られるわけにはいかないな。

 出来れば私と同等の迷宮初心者であってほしいな……私がマウントを取れる相手でなければ……

 それでいて優秀な実力を持っていて……まだパーティを組んでいないような――

 

「――――あ」

 

 一人いた。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

「ではE級の依頼……迷宮第一層の薬草採取、よろしくお願い致します」

 

「はい」

 

 そう言って俺は受付嬢さんが差し出した依頼書を受け取る。

 残念ながらまだD級にはランクを上げさせてもらえないらしい。

 まあ仕方ないといえば仕方ないけど……やっぱり少し残念だ。

 

「さて、薬草採取か……結構ノルマ多いな。こういうのもパーティ組んでたら楽なんだろうけど……」

 

 人で溢れるギルド内で、依頼書を読みながら独りごちると、頭の中に昨日一時的にパーティを組んだ彼女の姿が過ぎる。

 カミラ・カリスキ、そう名乗った可愛く、元気な神官の女の子。

 面白い子だったな。

 思い返すと、つい笑みがこぼれる。

 常に自信満々で、自分のことを何一つとして疑っていないその生き方は、ある意味ではとても眩しいものだった。

 何より、彼女は俺の醜い姿を見ても、全く怯えることなく接してくれた。

 それどころか暴れる俺を回復術で癒してくれたのだという。

 そんなことが出来る心の澄んだ神官が世の中にどれだけいるだろうか。

 まさしく聖女と呼ぶに相応しい存在だ。

 

 だが――だからこそ、俺のような存在が、彼女と一緒にいていいものではない。

 

 彼女を傷つけるのが怖い。

 もしも俺が狂戦士だとバレた時、彼女も一緒に罰せられたらどうする?

 聖女の如き彼女に、俺が穢れをつけるわけにはいかない。

 正直に言うと、少し寂しいし――出来ることなら、ちゃんとパーティを組んで一緒に冒険をしたい。

 そんな気持ちはあるが、それは俺の我儘だ。

 これは仕方のないことだ。悪いのは俺だ。

 落ち込んだりなんかするな。

 早く諦めて一人で――

 

「――――やあ、リガス、随分と待たせたじゃないか!」

 

「!?」

 

 俯いて歩く俺の前方から、可愛く、ころころと笑う声が聞こえる。

 顔を上げて見ると、そこに立っていたのは、見覚えのある、自信に満ちた、どこか悪戯っぽい表情の聖女。

 

「か……カミラさん!?待たせたじゃないかって……えっ、どういう……」

 

「はっ!決まっているだろう!それとも愚者には一から十まで行って聞かせないと分からないか?」

 

「いや、だって昨日分かれて、それに俺は、狂戦士で」

 

「それがどうした、優秀な戦士ということに変わりはあるまい!もしも貴様が暴れたら、私が治してやればいいことだ!」

 

「でも――」

 

「それに、私達はパーティだろう!」

 

「!」

 

 パーティと、まだこんな俺と、パーティだと言ってくれるのか、この子は。

 でも駄目だ、俺は、俺は狂った獣だ。

 俺はパーティなんか組んじゃいけない、俺は一人でいかないと、俺は――

 葛藤する俺に、目の前の少女は少し不審げな顔を見せたかと思うと、すぐにニヤリと笑みを浮かべ、堂々と口を開いた。

 

「行くぞリガス、この天才神官カミラ様の冒険に、貴様を付き合わせてやる!」

 

 そう言って、彼女は戸惑う俺の手を取り、迷宮へと駆け出した。

 

 ああ、くそ、良いのか。

 俺なんかでも、彼女と一緒にいて良いのか。

 

 ああ、神様、すみません。

 

 俺は狂った獣です。

 

 だけど、少しの間だけ――この人と一緒に冒険することを、許してください。

 

 



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薬草採取はクソ

「どうして私が薬草採取などやらなければならん!」

 

「ええええ!?いや、だって冒険についてきてくれるって!」

 

「草むしりが冒険と言えるか!私は天才神官だ!エリートなんだぞ!もっと魔物の討伐とかすべきだろう!」

 

 ふくれっ面で不満を口にしながら、私は目の前に生える薬草をむしり取った。

 折角、この私がパーティを組んでやろうと、ダンジョン前で待ってやっていたというのに!

 薬草採取!薬草採取だと!子供のお使いではないか!

 まあ確かに、薬草採取自体は駆け出し冒険者の貴重な収入源だ。

 それどころか浅層で小遣い稼ぎに、と、本職で商売や鍛冶をやる傍らに副業として何年も続けているような連中もいる。

 薬草は種類にもよるが各種ポーションに丸薬、武器に塗る毒、果ては料理にといくらでも使い道があるからな。どれだけあっても困るということは無いのだ。

 しかも迷宮内の薬草は不思議なことに、刈っても刈っても翌日になればいくらでも生えてくる。

 恐らくは迷宮に満ちる魔力が関係しているらしいが……まあ今は関係あるまい。

 

「ともかく、私が言いたいのはだね、こんな依頼を受けるのは無駄極まりないということだ!まだ依頼を受けずにフリーでダンジョンに潜った方がマシというものだよ!」

 

「けどほら、一応金にはなるし」

 

「はっ!はした金じゃないか!こんなものは修練にも経験にもならない!単なるバイトだ!」

 

 斥候や商人であれば、危険な薬草とそうでない薬草の見分け方だとか、効率的に薬草を採取するコツだとか、そういったものを会得する理由にはなるだろう。

 だが我々は戦士と神官だ!そんな微妙な技術を磨くよりももっとやるべきことがある筈だろう!

 というか、私に至っては薬草の種類など既に殆どを覚えているしな!天才だから!

 そんな私に今更薬草採取など――

 

「ん……リガス?」

 

「ああ、周りに何かいる……」

 

 殺気と言うべきか、敵意を含んだ視線がいつの間にか私達を囲んでいた。

 やはり運が無いだけある。リガスは魔物を引き寄せる能力は一級品だな。

 そして私はそれこそを求めていたのだ!

 警戒しながらギュッとモーニングスターを握り込む私に向かい、甲高い鳴き声を上げながら一つの影が飛び出した。

 が、しかし、その影は私に届く前に伸ばされたリガスの剣で両断される。

 どしゃり、と、ドロリとした粘液を撒き散らしながら地面に落ちたそれを見て、敵の正体に気付く。

 

「ポイズントードか!は!この私にとっては張り合いの無い敵だね!」

 

「でも毒を持ってる!注意してカミラさん!」

 

「ははっ!なんだリガス、私が何か忘れたのか!?天才神官様だ!」

 

 言いながら、新たに茂みから飛び出すポイズントードの頭にモーニングスターを叩き付ける。

 今の私の筋力では一撃で倒せないが、モーニングスターはそれ自体が重量のある武器だ。そんなものを頭に食らえば大抵の敵は怯んで動きが鈍る。

 その隙を突いてまた頭に、また頭に、と、次々に打撃を加えていく。

 と、私が一匹を叩き潰す間に新たにポイズントードが一匹飛びかかるも、そちらはリガスが素早く一撃で処理する。

 ふふん、なかなか良いチームワークではないだろうか!流石だな!私!

 残りのポイズントードは二匹程だろうか。距離を取って警戒していたトード達が、ぶるりと喉を震わせたかと思うと、頬をぷくりと膨らませる。

 

「まずい!カミラさん!」

 

 言いながらリガスが私の前に立ち、トードの大きく空いた口から放たれた霧を全身に浴びた。

 

「うっ……が……」

 

 かしゃり、という音がして、リガスの手に持つ剣が地に落ち、崩れるように膝を突く。

 毒霧だ。こいつらの吐き出す毒は致死性ではないが、獲物の動きを麻痺させ、そのままじわじわと体力を奪っていく。

 この状況で襲い掛かられたら冒険初心者にはなすすべも無いだろう。

 まあ――この私がいなければの話だが!

 

「ははっ!やれやれ、世話の焼ける戦士だ!キュアー!」

 

 言うと、私は眼前でうずくまるリガスに状態異常解除の術・キュアをかける。

 その瞬間、体の自由を取り戻したリガスは流れるような動きで地面に落ちた剣を拾い上げると、素早くポイズントードに突進する。

 たまったものではないのはポイズントードだ。

 今しがた動きを封じた筈の獲物の突進に慌てふためいた様子を見せながらも、舌を突き出して反撃を試みるが――

 反撃むなしく、二匹の胴体をほぼ同時にリガスの剣が切り裂いた。

 倒れたポイズントードを確認すると、リガスははあっ、と大きく息を吐き、安心したかのようにこちらを振り向く。

 

「カミラさん、ありがとう!助かったよ!」

 

「ふふん、そうだろう、そうだろう?全く世話の焼ける男だなあ!ははは!」

 

 私がいなければリガスがどうなっていたかは想像に難くない。

 これは私のお陰の勝利と言っても過言ではないだろう!やはり天才だったか!まあ知っていたがな!

 

「さて、折角だ。ポイズントードの素材を採取していこう。毒肝はそれなりの値段で売れたはずだ」

 

「あれ……俺達、薬草採取に来たんじゃなかったっけ?」

 

「薬草採取などついでだろう!あくまで小遣い稼ぎだ、あんなものは!」

 

 私は言いながら小刀を取り出しトードを解体していく。

 マンイーターは残念ながらサイズが大きすぎて、ギルドに提出する討伐部位以外の素材を持ち帰ることが出来なかったが、ポイズントードは比較的小柄な魔物だ。

 肝と皮くらいなら持って帰って解体屋にでも売ることが出来るだろう。

 やれやれ、と、苦笑いを浮かべながらも、リガスも隣でトードの皮を剥ぎはじめた。

 うんうん、初心者はそうやって先輩に従うのが大切だぞ!即ち私にな!

 と、二人で黙々と作業を進め、少しの後に皮と肝を無事に採取すると、リガスが口を開く。

 

「さて、トードの解体も終わったし後はもうちょっと薬草採取を……いいかな?」

 

「ま、仕方ないだろう。薬草採取とはいえ依頼未達成では評判に傷がつくからな」

 

「だね、こんなことでランクを上げるのに手こずっても――ん?」

 

 ぼとり。

 そんな音を立てて、少し離れた地面にポイズントードが落ちてきた。

 

「まだ一匹残っていたのか、やれやれ、出てきたのなら仕方ないな!」

 

 私はそう言ってモーニングスターを構える。

 

「たかだかポイズントードだ。何匹出てきたところで――」

 

 ぼとり。ぼとり。ぼとり。ぼとり。ぼとり。ぼとり。

 ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。

 一匹、二匹、三匹、四匹、十匹、二十、三十――いっぱい。

 山ほどのポイズントードが次々に頭上から降ってくる。

 ははあ、ふぅん、なるほど。なるほどね。

 私は隣で剣を構えるリガスに目をやると、互いに見つめ合い、頷く。

 

「――前言撤回だー!!!」

 

 私の言葉を合図に二人して一目散にダッシュする。

 いくら天才神官とはいえ逃げる時は逃げるのだ!

 

 



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俺達E級冒険者

「ポイズントードの群れ、ですか?」

 

 帰還後、ギルドに報告すると受付嬢が困惑したかのような表情で私達に言葉を返す。

 あれのせいで結局、薬草採取の依頼はノルマに届かなかった。最悪だ。

 薬草採取程度ができない冒険者に価値など無いじゃないか!

 だが仕方ないだろう、あれだけの群れに対して冒険初心者二人でどうしたらいい!

 いや!本来の私であれば一人で壊滅させられるのだがな!

 だがあいにく、今の私は天才だが成長前だ!よって私のせいじゃないな!うん!

 

「しかし……受付嬢!貴様さては信じていないな!本当だぞ!ギアナ神にかけて私は嘘をついていない!」

 

「俺からも言えます!本当にポイズントードが何十匹も……」

 

「ああ、いえ、すいません。信じていないわけではないんです。ただ――同じ報告がいくつかの冒険者から入っていたので」

 

「なに?」

 

 どうやらポイズントードの群れに襲われたのは私達だけじゃないらしい。

 主に迷宮の浅層、第一層に入ってすぐのところで襲われた者が多いらしい。

 ポイズントードは比較的弱い魔物ではあるが、それでも迷宮の入り口付近にまで大量発生することは無い。

 となれば――

 

 

 しばし受付嬢に依頼発生時の詳しい状況を報告し、しばしのやり取りをした後、私とリガスは大広間の椅子に腰掛けて話し合う。

 

「私が考えるに、別の魔物の影響でポイズントードの生息域が変わってるというとこだろう」

 

「つまり……ポイズントードを襲うような魔物が浅層に現れて、それで住処を失ったポイズントードが溢れ出した?」

 

「可能性はあるだろうね。ふふ、戦士の割には中々に賢いじゃないか」

 

 実際に強力な魔物がポイズントードを追い出したのかどうかはともかく、ギルドとしても何らかの異常が発生したと見ているようだ。

 翌日には緊急で多くの冒険者に募集をかけ、原因の調査・究明に乗り出すつもりらしい。

 ついでに今回は異常発生による事故として、薬草採取任務の失敗は不問とされることとなった。当然だがな!

 

「ともあれ、見方を変えればこれはチャンスだ。そうじゃないか?リガス」

 

「チャンス……かなあ?受付さんはどっちかっていうと、しばらくE級は迷宮に入るの控えるべきって感じだったけど」

 

 そう、調査に関して直接ギルドから声を掛けられるのは主にD級以上の冒険者たちだ。

 Eランクだと殆ど一般人と変わらない程度の実力である者もそこそこいる為、万に一つもそういった者が巻き込まれないようにということなのだろう。

 とはいえ、冒険者は基本として自己責任なのでギルドも無理には止めないようだが、遠回しに今回は休むように勧めているらしい。

 が……私に言わせてもらえば愚策でしか無いな!

 私はふふん、と優雅に微笑むと、眼前のリガスへ胸を張って言う。

 

「ランクなどあくまで経験の目安でしかない!低ランクでも私達のように優秀な冒険者というのはいるのだからな!」

 

 まあ、以前の私と比べれば著しく弱体した身ではあるが、かといってEランク、いやさDランク程度の冒険者には遅れは取らないだろう。

 つまり、高位から中位の冒険者の受ける、異常の原因そのものの対処……とは言わないまでも、迷宮浅層の軽い調査くらいだったら私達でも受けられる筈だ。

 そしてこういった迷宮全体の異常解明に貢献した……となれば、流石に無知蒙昧なギルドといえども私達の実力は認めるだろう!

 ランクを上げ、実力をつけ、迷宮深部へ潜る為にもこういったことは必要ではないだろうか!

 と、熱弁をふるうと、最初は困ったような顔をして聞いていたリガスも納得したように、なるほど、と頷いている。

 

「確かに一理あるな……自ら危険に飛び込まないと、どのみち高位の冒険者なんかにはなれないか……」

 

「うむ、なあに、安心するがいいさ!この私がついているのだ!多少の危険な依頼程度アッサリこなしてやるとも!」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「クッソめんどくせぇ」

 

 晴れ晴れとした青空の下、迷宮の入口付近に集まった総勢30人程度の冒険者を眺めながら俺――ジョー・コールマンは独り言ちる。

 なんで俺がこんなことしなきゃいけねえんだ、戦士だぞこちとら。

 そんな思いに頭を悩ませていると、隣に立つロフトが呆れた様子で俺に話しかけた。

 

「そう言ってやるなよ。街一番の冒険者だって認められてるからこそ、今回の異常の解決を依頼されたんだろ?ひょっとしたら超強い魔物が相手かもしれないぜ?」

 

「ああ、それは良いんだよ別に……良いんだけどよ……だからって俺がこの調査隊を纏めないといけない意味がわかんねぇ。もうちょい自由にやらせてもらいてぇんだ俺は」

 

 俺を窘めるように言うロフトに、頭を掻いて反論する。

 俺は戦士だ。自由気ままに生きながら、まだ見ぬ未知のお宝を求めて危険に突っ込む冒険者だ。

 異常の原因を叩くってのはともかく、ギルドの連中をまとめ上げて指揮……なんてのは正直あんま向いてねえ。

 つーか正直、誰かの上に立つなんてまっぴらごめんだ。

 そんな俺の心を読んだかのように、ロフトは溜息をつくとまた俺に言う。

 

「だからカシミールの奴を解雇しなけりゃ良かったのに……あいつだったらきっとそういうこと喜んでやってくれてたぜ」

 

「嫌に決まってんだろ!あいつの場合その後めちゃくちゃ得意げに上から目線でこっち馬鹿にしてくるに決まってるじゃねえか!」

 

『はっ!粗忽な野蛮人にはやはり人をまとめ上げることは少し難しすぎたと見えるね!やはり上に立つには私のような天に選ばれた才人でなければ!君達とは格が違うというところかな!ふふ、いやぁ、天才は孤独すぎて辛いものだとも!』

 

 そんなことを言いながら自慢げに渾身のドヤ顔をしてくるあのクソ神官の様子がありありと想像できる。

 アレをされるくらいなら俺が指示出した方がマシだ。

 つーか、そういえば追放してからギルドでも迷宮でもあいつ見かけねえな。

 ま、会わねえにこしたことはねえが……どうせどっか出掛けてるかソロで迷宮潜るかしてんだろ。

 なんてことを考えていると、不意にちょん、ちょん、と肩を突かれた。カリカだ。

 

「おう、どうしたカリカ?」

 

「!」

 

 カリカは俺が顔を向けると、にこやかな笑顔を浮かべながら迷宮前に設置された木製の台と、その周りに立つギルド職員を指差した。

 どうやらあの台に登って何か言えってことらしい。めんどくせぇ。

 つーか、冒険者共がどうするかなんてギルドの方でも決まってんだから自分達で指示出せよ!

 

「気持ちは分かるけど、街一番で高ランクの冒険者が音頭を取る……ってことで他の冒険者への示しがつくし士気の向上にもなるんだろ、ほら、さっさと行けって」

 

「ロフト……お前なんでちょいちょい俺の考え読めんだよ……ったく、わかった!行くよ!行きゃいいんだろ!」

 

 言いながらグイグイ背中を押すロフトに負け、俺は胸を張って壇上に登ると、眼下の冒険者達の視線が突き刺さる。

 ったく……俺は内心舌打ちしながらも、懐からギルドからの依頼書を取り出し、集まった冒険者達へと告げた。

 

「あー……みんな聞いてるとは思うが、今回はダンジョンの異変の調査だ。多分第一層での問題発生だと思うが、実際のとこどうだかわかんねえ!ってことで、とりあえず今日は第一層全域を調査することになった!」

 

 第一層全域の調査、と簡単に言っても、その第一層だけでも相当に広大だ。そう簡単に行くものじゃねえ。

 とはいえ、おおまかなマップは今までの冒険者たちの情報で大体出来上がってる。

 ってことで、俺のパーティを含むB級以上の連中は主にダンジョン第二層へ続く階段付近の調査。第二層が近いだけあってこの辺が一番危険だからな。

 で、C級の連中は更にそこから手前、第一層の中間地点付近の調査。

 

「で……D級の連中はダンジョンの入口から中間地点までの間の調査だ!ポイズントードは見つけ次第処理!ちなみに俺は何か情報があったら即座に駆け付けられるように中間地点で待機しとく!いいな!」

 

 言うと、集まった連中が頷き、雄叫びを上げる。

 半信半疑だったが、マジで俺が指示出すだけで士気が上がるらしい。

 そのへんの気持ちってよくわかんねえな……っと、壇上を降りようとすると遠目にロフトが何か言っているのが見えた。

 ああ一つ忘れてたな、と、また向き直る。

 

「わりぃ、一つ忘れてた。え~、今回の作戦に何か質問とかある奴いるか?いねえならこれで――」

 

「はいっ!」 

 

 これで締める。

 そう言おうとしたところで、一人の冒険者が高々と手を掲げた。

 何だ何だと、周りの冒険者もざわめきながら一斉にその掲げた手に目を向けると――声を発した正体はまだ若い少女だった。

 装備からすると神官っぽいが、いかにも駆け出しという感じだ。

 いや、つっても今回の依頼はD級以上のある程度経験を積んだ連中に対して募集をかけたはずだし……こう見えて意外と実力者なのかもしれない。

 まあロフトも年頃で言えば似たようなもんだしな。

 と、気を取り直して俺は少女へ声をかける。

 

「おう、そこの神官の子か、どんな質問だ?」

 

「ふふん、ボロが出たなジョー!E級冒険者であるこの私はどうしたらいいのか、まだ聞いていないぞ!」

 

「E級は家に帰って寝てろボケェ!!!」

 

 ついそう叫ぶと、少女はやれやれ、といった様子で、呆れたように肩を竦めた。

 

『はは、なんだジョー、ランクなどという愚者御用達の基準をまだ信用しているのか?これだから他者の実力を読めない無能系脳筋戦士には参ったものだよ!』

 

 なんていう最高にムカつく野郎の幻聴が聞こえた気がする。

 なんつーか、スゲェ嫌な予感がしてきたぞ!くそったれ!!

 



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激嵐

「E級冒険者であるこの私はどうしたらいいのか、まだ聞いていないぞ!」

 

 集まった冒険者に向け、壇上で偉そうにも指示を飛ばすジョーに私が声を掛ける。

 奴の言った調査指示はD級以上の冒険者に対する指示しか無かった。

 やれやれだ、どうやらE級の存在自体を忘れているらしい、なんて傲慢なことか!

 あまつさえ家に帰って寝てろなどと叫び出した。

 ふっ、単に自分の低能さ故に忘れていただけのことを認めたくないらしい。

 などと考えていると、私の隣でぽかんとした表情を浮かべていたリガスが、驚いた様子で声を掛けてきた。

 

「びっくりした……カミラさん、まさかジョーさんと知り合いなの?」

 

「ふふん、もち――あっ、いや、初対面だが!?」

 

 しまった。

 そもそもジョー達にバレない為にリガスとパーティを組んだのだった。

 こんなことで私の正体がバレて冒険者界隈から干されでもしたらたまったものではない。

 ちょっと気を付けないといけないな。反省できるからこその天才なのだ。

 そんなわけで私が全く知り合いじゃない、と伝えると、リガスは少し残念そうな表情を浮かべながら呟く。

 

「う~ん、そうか……カミラさんが知り合いなら、俺もジョーさんと話せるかと思ったけど……」

 

「ええ……本気か?あんなのと話してどうする気だい?単なる馬鹿じゃないか」

 

「いやいや、だってあの『激嵐のジョー』さんだよ!剣士なら誰でも憧れる冒険者じゃないか!」

 

 何だその二つ名、あいつそんな恥ずかしい名前で呼ばれてたのか。

 などと呆れる私に、リガスは自身の聞いたであろうジョーの活躍を語っていく。

 水流を発する魔剣でマンティコアを討伐した、だの、前人未踏の迷宮第四層まで潜って生還し、尚も前線を更新し続ける冒険者の鑑だと。

 確かに、いつぞやマンティコアを討伐したのは事実だし、第四層まで潜ってきたのも事実だ。

 ま、それは私も同じなのだがな!

 褒められる対象がジョーというのは気に食わないが、私が先導した偉業を褒め称えられるのは悪い気分ではない。

 もっと褒めて良いぞ!

 

「こら、クソガキ」

 

 リガスの話を聞きながら悦に浸っていると、不意に背後からコツン、と頭を突かれた。

 むっ、この私の頭を突くとは無礼な。

 眉間に皺を寄せながら振り向くと、そこには先程まで壇上で指示を飛ばしていた筈のジョーが立っていた。

 どうやら指示は終わって、今はギルド職員が詳しい事件の概要について話しているらしい。

 ふむ、しかし何故ここで私達に声を……と、考えたところ、天才の私はすぐさま一つの結論に辿り着いた。

 

「なるほど、察するにさっきE級を忘れていた無礼を謝罪に来たということかな!よろしい!許してやろうじゃないか!」

 

「てめぇのその自信どっから来てんだクソガキがよぉ!危ねぇからさっさと帰れって言いに来たんだよ!!」

 

 私の結論に、眼前のジョーが激高して叫ぶ。

 むう、そんなに怒らずとも良いではないか、今の私は女の子なんだぞ。

 尚もジョーは強い口調で私に言う。

 

「大体な、ギルドの方もE級は出来ればしばらく待機で……って言ってなかったか?」

 

「言われたが明確に禁止されているわけではないだろう、つまり、参加しても良いということだ!」

 

「良くねえから遠回しに指示出されてんだよなあ!?」

 

 いちいちリアクションのデカい男だ。

 私がそんなジョーにうんざりしていると、それまで背後でソワソワとしていたリガスが不意に口を開いた。

 

「あ、あの……ジョーさんですよね!すいません、うちの神官が…!」

 

「ったく……いや、いいけどな……坊主は?一緒のパーティか?」

 

「はい!リガスといいます!まさかこんな近くで話せるなんて……あっ、ジョーさんは俺の憧れなんですよ!尊敬してます!」

 

「お、おう……マジか……へっ、まあそう言われて悪い気はしねぇな、ありがとよ」

 

 言いながら恥ずかしそうに鼻を掻くジョーと、キラキラした眼差しを向けながら声を掛けるリガス。

 こいつら私に対する時と態度が違わないか?

 まあ、肉体労働の戦士同士だ。

 何かしらで通じ合う部分があるのかもしれない。

 ん?待てよ?この調子なら……

 

「リガス……ちょっといいか?こう……」

 

「え?カミラさん何……あ……うん、いいけど……」

 

 私は思いついたことを伝えるべく、リガスにこそっと耳打ちする。

 と、ジョーは自分がここに来た目的を思い出したのか、ごほんと一つ咳払いをして口を開いた。

 

「っと……とにかくだ、今回はE級が出張るにはちょっと早い。リガスっつったな。お前も危ないから家に帰っておとなしくしとけ」

 

「でも……難度の高い依頼をこなせばそれだけ冒険者ランクも早く上がりますよね?俺達は何としても早くランクを上げないといけないんです!」

 

「そんなに生き急がなくても良いと思うが……まあいい、何か事情でもあんのか?」

 

「うむ、そうなのだよ、実は……私達の生まれた村は性質の悪い呪いに侵されていてな……」

 

 私とリガスの生まれた村はある日、とある凶悪な魔物に呪いをかけられ、農作物が育たず、毒沼の満ちる汚らわしい土地に変えられてしまった。

 それ故に私達はダンジョンの最奥に眠る神具でその呪いを解こうと考えている。

 そしてその為にもランクを上げて早く迷宮深部に潜れるようにならなければならないのだ。

 ……という嘘を即興ででっち上げ、つらつらとジョーに語って聞かせる。

 もちろん、なるべく不憫に見えるように俯き、目を逸らしながらだ!

 流石は私だな!演技力に関しても優れていると見える!

 これでジョーが同情して便宜を図ってくれたら良いが――ちらりと目をやり、ジョーを見ると、なんとも苦々しい顔で頭を掻きながら口をへの字に結んでいる。

 

「なるほど、生まれた村がな……ったく、仕方ねえな……おおい!テレンス!」

 

 話を聞くと、ジョーは集まった冒険者達の方へ向けて声を掛ける。

 既にギルドからの説明も終わり、冒険者は各々、装備を確認したりといった準備段階に入っていた。

 そんな中、一人の冒険者がジョーの声に反応すると、のたりとこちらへと歩いてきた。

 浅黒い肌にバンダナを巻いた初老の男は無表情のまま、ジョーの隣に並んで話しかけた。

 

「ジョー?どうした?」

 

「テレンス、悪いんだけどこいつらの面倒ちょっと見てやってくれ、E級だ」

 

「ウム……?E級の子守か?なぜ儂が……」

 

「いいから、お前ぐらいしか任せられる奴いねえだろ!報酬出してやっから!」

 

 ぶつくさ言うテレンスを納得させると、ジョーはまたこちらに向き直る。

 

「ってことで、坊主ども!参加するのは良いが、絶対このテレンスに従うようにしとけよ!」

 

「ジョーさん……ありがとうございます!」

 

「ったく……無理だけはすんじゃねえぞ、死んだら元も子もないんだからな」

 

「ジョー……」

 

 ちょっっっっろ!!!

 は~!雑っ魚!すぐさま信じたじゃないか!あんな雑な作り話を!やはり脳筋!騙すのは簡単だったな!

 思わず笑みをこぼしそうになりながらも、私は真面目な顔でリガスに続いて感謝を述べる。

 いや、実際こうして初心者にベテラン冒険者を護衛としてつけてくれるのは良い采配だと言えるだろう。

 阿呆は阿呆だが、こういうところは素直に認めといてやらなくてはな。

 天才の私は他者の長所や功績自体はきちんと評価するのだ。

 

「フム……ジョーの奴、何を考えておるのか……まあ良い、準備が出来たら行くぞE級の坊主たちよ」

 

「はい!よろしくお願い致します、テレンスさん!」

 

「うむ、私と共に依頼をこなせることを光栄に思いたまえ!」

 

 そんなこんなで、我々の迷宮調査が幕を上げたのだった。

 



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泉と石と精神異常と

 迷宮第一層、入り口から中間地点の間の森の中で今、私達の前にポイズントードの群れが立ち塞がっていた。

 やはり通常よりも群れの数がはるかに多い。数にしておおよそ20匹程度と言ったところだろうか。

 私達を囲むようにして、ゲコゲコと喉を鳴らして威嚇する蛙たちを前に、色黒の冒険者――テレンスが両手にナイフを構えて言う。

 

「20匹か……フム、半分は儂が引き受けよう。E級といえども、自ら調査に志願したのだ。ポイズントードの10匹程度に遅れは取るまい?」

 

「ハッ!無論だとも!やってやろうじゃないかリガス!」

 

「勿論!」

 

 じろり、と、こちらを試すような視線を向けて聞くテレンスに、私は堂々と言い返す。

 やれやれ、失礼な奴だ!この天才神官たる私をナメていると見えるな!

 リガスは私に目で合図をすると、力強く踏み込み、次の瞬間、眼前のポイズントードを斬り捨てた。

 流石だ、こころなしか先日よりも少し早くなっているように思える。

 ダンジョンでの経験を積んで成長したのだろう。良いことだ。

 にやり、と微笑みながら、私はポイズントード達の只中に入り込んだリガスへ向けて術を唱える。

 

「プロテクション!」

 

 と、私が唱えると同時にポイズントードがリガスへ舌を伸ばすものの、ばちんと音がして舌が弾き返された。

 プロテクションは防御の術式。

 物理攻撃であれば余程のものでなければ軽減することが出来る優秀な補助の術だ。

 まあ、それも私が使ってこそだがな!

 と、プロテクションを身に纏い、蛙どもの攻撃を凌ぎながらも一匹、また一匹と、リガスは確実に斬り伏せていく。

 流石に不利だと感じたのだろうか、数匹の蛙が標的を私に変えて向かってくるものの、そこは私も天才神官!

 上手くモーニングスターで頭を打ち据え、攻撃を躱し、またモーニングスターで、と、上手く立ち回って処理する。

 少女の体になったことで弱体化したとはいえ、戦闘の勘や知識自体は鈍っていない。

 今の自分の実力を理解した上で立ち回れば、最適な動きというのは自ずと導き出されるものだ。

 と、最後の一匹を叩き潰したところでリガスに目をやると、あちらも終わったようだ。

 

「お疲れ、カミラさん……そうだ!テレンスさんは……」

 

「あれしきに手こずるわけがなかろう」

 

 と、背後から響いた低く貫禄のある声に目を向けると、テレンスは落ち着いた様子でゆっくりとナイフに付いた血を拭っていた。

 足元には何匹ものポイズントードの死体が転がり、血が溢れているが、驚くべきことにテレンス自身の体はナイフ以外ちっとも血で汚れていない。

 プロテクションをかけて精々かすり傷で済んでいるとはいえ、体にいくつかの打撃を受け、鎧を返り血でべとべとにしているリガスとは雲泥の差だ。

 流石はベテランの斥候、といったところか。最速、かつ最低限の動きでポイズントードを処理したのだろう。

 テレンスは落ち着いた動作でナイフを鞘にしまうと、しかし……と前置きをしながら、薄い微笑みを浮かべる。

 

「E級というから、どれほど酷いかと思ったが……思ったよりは動けるではないか」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

「ウム……真面目にやっておればD級、C級まではすぐであろう、励むがよいさ」

 

 言いながらテレンスは軽くリガスの頭を撫でる。

 見たところベテラン、というよりもう老齢に差し掛かりそうな年代のテレンスだ。

 後進の若い冒険者に対しては少し思うところがあるのかもしれない。

 そう考えると首飾りのお陰で結果的に若返ることが出来た私のメリットは大きいな。流石は天才だ。

 

「さて、お主等がその調子であれば、もう少し奥まで進んでも良さそうだが……どうする?」

 

「無論!進むに決まっているさ!だろう、リガス!」

 

「えっ、あっ、はい!勿論です!」

 

「フ、威勢が良いな……良いことだ。この先をしばらく行くと確か小さな回復の泉がある。そこまで行くとしよう」

 

 回復の泉か。

 迷宮の各所に沸く魔力を含んだ清浄な泉だ。

 これもまた謎が多い存在だが、この泉に浸かったり、飲んだりすると体力や魔力、神聖力が回復する。

 確か第一層の中間地点もその泉があった筈だ。というより泉があるから中間地点となったのか。

 いずれにせよ、それがあるのならば万が一のことが起きてもどうにかなるだろう。反論する余地はあるまい。

 言いながらテレンスはぐしょり、と血濡れの地面を踏みしめ、私達もそれについて歩いて行った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「……泉?」

 

「む……おかしいな……」

 

 言いながら、気まずそうな顔で顎をこするテレンス。

 泉があるということで案内された場所――私達の眼前には、清浄な泉とは程遠く、どろどろと濁った沼地が広がっていた。

 

「これは……泉が沼地に変わったんですか?」

 

 リガスが不思議そうに沼地を見つけながら問いかける。

 何らかの要因で泉の水が増えたり、別の場所から土砂が流れ込んだりして、辺りを沼に変えたのではということだ。

 が、声を掛けられたテレンスはふるふると小さく首を振って答えた。

 

「いや、それはあるまい。儂の見つけた泉は本当に小さいものだったからな。変わったのだとしたら――泉ではなく、その周りの地形ごとだ」

 

「なるほど……『組み換え』かな?」

 

「可能性はあるだろう」

 

 迷宮は謎が多く、気まぐれなものだ。

 探索された地域が急に別の地形へ『組み変わる』という事象も、他の階層ではよくあることだ。

 なんなれば、それが前提となって迷路のように絶えず道筋が組み変わる階層というのもある。

 今回もそのパターンなのかもしれない。

 だとすると、この組み換えが異常に関わっている可能性もあるが……私はテレンスにまた問いかける。

 

「どうするんだい?テレンス?調査していくか?」

 

「フム……E級二人を抱えての沼地調査は少し厳しいが……少しだけ、私一人で沼地の様子を見てみよう。万が一、泉が残っていたらそこで休息も出来る」

 

 テレンスはそう言うと、ざぶん、と沼地に脚を踏み入れる。

 沼地はただの森と比べても危険度が高い。

 ただでさえ足元が不安定な上に、出てくる魔物も沼地に適応し、泥や葦に身を潜めて静かに近づき、襲い掛かってくるのだ。

 急にワニのような魔物に飛びかかられたり、巨大なヒルに吸い付かれてはたまったものではない。

 とはいえ、ベテランの斥候であるテレンスであればそれは当然理解した上で、自分なりの対処法もあるのだろう。

 それ故の単独の沼地調査ということだ。

 

「ウム……確かにここにあった筈だが……目印に建てた旗も無くなっている……回復の泉自体もどこかに消え失せた……いや……移動したのか……?」

 

 ぶつくさと独り言を呟きながら、テレンスは沼地の葦を掻き分け、足元の泥を調べ、辺りに生えた木を調べている。

 私達がそんなテレンスの様子を眺めていると、不意にテレンスが驚いたような声を上げた。

 

「オオッ……これは……お嬢さん!良いかね!?」

 

「おや、どうしたというのかね?」

 

「これを見てくれ」

 

 どし、どし、と、何か岩の塊のような物を背負いながら沼地を進み、戻ってくると、テレンスはその岩の塊をどすん、と地面に置いた。

 と、近くで見てハッキリと気付く。

 岩ではなくこれは――彫刻だ。

 杖を抱え、とんがり帽を被った魔女のような形のその彫刻は、何か言いたげに口を開いている。

 ははあ、なるほど、これは……と、私が考えている中、彫刻をしげしげと見つめるリガスが、間抜けにも感心したように話しかけてきた。

 

「はあ……凄いですね、この彫刻……まるで生きているみたいな……」

 

「ハッ!間抜けだなあ、リガスくん!生きているに決まっているじゃあないか!」

 

「えっ、じゃあこれって……」

 

 驚いたようにこちらを見るリガスに、私はドヤ顔で頷きながら言って聞かせる。

 

「これは生きた人間、石化した冒険者だ。魔物にやられたのだろう」

 

「ウム、儂もそう見る。神官ならば癒せるか?」

 

「当然も当然だとも!私を誰だと思っているんだい!?」

 

 言いながら私は彫刻の額にトン、と手を当てると、状態異常回復――キュアを唱える。

 すると、みるみるうちに彫刻の表面から石の膜が剥がれ、中から一人の魔女が現れると――その魔女はすぐさま膝から崩れ落ちた。

 石化の術の厄介なところだ。

 あまりにも長いこと石化され続けていると、精神や体自体が長い時の中で摩耗し、石化を解いた瞬間に発狂したり死んだりすることもある。

 とは言っても、数日程度ならば解除後もすぐ動ける筈だし、精神に異常がきたすことも無い筈なのだが……

 やれやれ、仕方ない。

 私は石化解除された後、そのままそこに倒れ伏す魔女に屈みながら声を掛ける。

 

「やあ、この天才神官カミラ様が君の石化を解除してやったぞ!大丈夫かね!?問題無いようなら立ち上がってくれると嬉しいが――」

 

「き……か……た」

 

 私の声に、魔女は僅かながらに呟くような声を発した。

 石化している間に声の出し方を忘れる、ということもある。

 この魔女もその類か……と、考えたその時、今度は明確に、くっきりと聞こえる声が私の耳に響いた。

 

「石化……気持ちよかったぁ……!」

 

 魔女はだらしなく、蕩けそうに幸せそうな表情を浮かべながら、そう呟いた。

 なるほど、石化が気持ち良かった。ふむ。なるほど。

 

 どうやら精神に異常をきたしたタイプの奴らしいな!!

 

 



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石化トラップダンジョン

「へひぃ……助けていただいて、ありがとうございます」

 

 とんがり帽子を深く被った魔女は、にへらとした笑顔でそう言いながら頭を下げた。

 目元には不健康そうな隈が出来、髪は伸ばし放題でぼさぼさだが、一応ちゃんと体を動かすことは出来るようだ。

 先程まで石化していた彼女だが、状態異常回復の後、しばし休んだことで復調したらしい。

 すぐに治って本人も平気そうなところを見ると、別に長いこと石化してたわけでもないのかもしれない。

 

「私の名前はトゥーラっていいます……E級の冒険者です……へへ……」

 

「またE級か。どうやら今日の儂は余程に子守に縁があるらしいな」

 

「ふふん、テレンスよ、ひょっとしたら幸運値が下がっているんじゃあないかな?私はステータスを図ったら下がっていたぞ!」

 

「うっ……ご、ごめん」

 

 顔を抑えて困ったように天を仰ぐテレンスを煽ると、無関係のリガスが何とも気まずそうな表情で謝る。

 そういえばこいつも幸運値1だったな。

 と、そんな話題に食いついたのだろうか。

 トゥーラと名乗った魔女がふへへ、と、気味の悪い笑い声を漏らしながら口を開く。

 

「幸運値ですか……良いですよね、あれは……確か状態異常にかかる確率にも関係してるとか……」

 

「ああ、確かにそういった説もあったな。実際どうなのかまでは天才の私でさえわからないが」

 

「でも、そうだとしたらロマンがありますよねえ……石化にもかかりやすいってことですから……!」

 

 石化。

 その言葉を口にすると同時に、トゥーラは帽子の奥の目をキラキラと輝かせる。

 やはり回復させた時のセリフも聞き間違いではなかったのか?

 困惑しながらも私はトゥーラに問いかける。

 

「先程からちょいちょい石化について触れているが……君はその……石化の魔術に関して詳しいのかな?」

 

「それはもう……!ふへへ、良いですよねえ、石化……それまでハキハキと動いていた生物が一瞬で物言わぬ石へと変わる無情感……!ああ、でもゆっくりと四肢から石化していくパターンも良いですよね……恐怖に満ちた表情で石像と化す人間にはまた別のゾクゾクとする美しさがありますし、私自身が石化する際もやっぱりじっくりと足元からされた方がこう、じわじわと自身の体が冷たく固い石に変わっていく感覚ですか……ふふ、恐ろしくも気持ちよくて、なんだか妙な快感が背筋を震わせ」

 

 私は軽率に問いかけたのを激しく後悔して頭を抱えた。

 そんな私に気付いているのかいないのか、トゥーラはうっとりした様子で石化の魅力を語っていく。

 ふーん!なるほど、これが変態というやつだな!私には到底理解できん!

 うんざりしながらも、無理矢理にトゥーラのその語りを打ち切って問いかける。

 

「わかった!わかった!貴様が石化フェチとでも言うべき変態魔術師なのは理解したとも!それで……まさか自分で自分を石化させてあんな沼に沈んでいたなどとは言うまいね?」

 

「ふへぇ……まさか……自分でやる時はちゃんと数時間で解けるようにして術かけますよぉ……」

 

 それはそれでどうなんだ?

 と、思いつつも、話を進めるようにを促すと、トゥーラは自身に降りかかった状況について、ぽつぽつと語り始めた。

 元々、トゥーラはポイズントード達が溢れる数日程前にソロで第一層へと潜りに来たらしい。

 そこで探索の最中、この辺りに泉を見つけて休息を取っていたようだ。

 恐らくはこれがテレンスの語っていた回復の泉なのだろう。少なくとも、数日前までにはここにあったらしい。

 そして休息を取り、そろそろ帰るかと腰を持ち上げたところで事件が起きた。

 

「急にその……ダンジョンが組み変わって……気付いたら私のいるところが沼地になってたんです……」

 

「フムゥ……予想通りではあるが……ダンジョンの第一層で迷宮が組み変わるとは、珍しいことよな」

 

「そうなんですか?」

 

「おやおや、知らないのか?リガス?ダンジョンは深く潜れば潜るほどに不可解な出来事が突如として起こる。裏を返せば浅い層ほどそういうことは起きづらい、ということだ!」

 

 ましてや地形が多少変わる程度ではなく、森が沼地に変わるほどの組み換えだ。

 沼地自体は第一層にもいくつかあるが、それが突如として現れるなど滅多にあることではない。

 気になる事象ではあるが……まあ、迷宮のそういった謎は今考えたところでそうそう解けるものでもあるまい。

 いくつもの解けない謎と不思議に溢れているからこそ、人を惑わせる迷宮なのだ。

 とりあえずその件の解明は後回しにして、私はトゥーラに話の続きを促す。

 

「とにかく……それで沼地で何らかの要因が起きて石化したと?」

 

「えへ……そうですね……とりあえず陸地に上がろうと思ったら……その時にはもう脚が石化していて……」

 

 そう言いながらうっとりとした表情で脚を撫でるトゥーラ。

 その時の感覚を思い返しているのだろう。

 私も石化されたことは一度や二度はあるがそうはならないぞ……一体何がそんなに良いのだろう……

 変態性癖にドン引きしている私を尻目に、興奮した様子で話し続けるトゥーラだったが、不意にテレンスが人差し指を口の前に立て、皆に静かにするようにというジェスチャーをする。

 

「どうした?テレンス?」

 

「しっ……聞こえぬか……?これは……」

 

 耳を澄ますと、バシャバシャと水の上を何かが跳ねまわるような音に気付く。

 その慌ただしい水音はすぐさま、耳を澄まさずとも聞こえるようになり、喧しい音を辺りに轟かせると、沼地の方向から音の正体が姿を現した。

 

「またポイズントードだ!」

 

 リガスはそう叫ぶと、迫りくるポイズントードの群れに挑むべく剣を構える。

 

「いや待て、小僧……様子が……」

 

 警戒態勢を取りながらも、テレンスが今にも飛び出そうかというリガスを手で制する。

 その間も、恐るべき速さでこちらに押し寄せ、迫るポイズントードだったが――

 警戒する私達にまるで興味を示さぬ様子で、私達の頭上を飛び越え、脇を抜け、ポイズントード達は猛烈な勢いで周囲を通過していく。

 

「何だ……?こいつら、この私達を無視して――うわっ!」

 

 どしん、と、ひどく重たく、低い音が響いたかと思うと、私達の眼前に一つの石像――

 否、石化したポイズントードが振ってきた。

 まさか――

 困惑する私達の眼前に、沼地の水からゆっくりと、黒く大きな影がその巨体をもたげ、姿を見せる。

 

「――バジリスクだ!」

 

 咄嗟にそう叫ぶテレンスの声と同時に、私達は即座に背を向けて逃げ出すのだった。

 



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バジリスク

 ――バジリスク

 

 『蛇の王』とも称されるその魔物は、しなやかでありながら、固く、分厚く、長く巨大な胴体を持ち、凶悪な牙を持つ大蛇だ。

 その体躯だけでも見るものに威圧感を与える恐ろしい魔物ではあるのだが……最大の特徴はその赤々と不気味に光る邪眼だろう。

 バジリスクはこの邪眼で見たものを石化させることができる。

 魔力を込めた邪視をその身に受けるだけでも、見られた一部分は石化してしまうし、目が合いでもしたら一発で全身が固まってしまう。

 そうして石化した獲物を、バジリスクは保存食として自らの縄張りの中にいくつも確保しておくのだ。

 石化したトゥーラが沼地でそのまま放置されていたのも、恐らくは腹が減るまで保存するつもりだったのだろう。

 そんなバジリスクが今、迷宮の森の中を逃げる私達の背後から猛然と迫っていた。

 

「あいつ!なんで俺達を襲ってくるんですか!?」

 

「ムウ……恐らくは縄張りに踏み込んだからか、保存食を石化解除して持ち帰ろうとしているからだろう」

 

「ふへぇ……ごめんなさい……!」

 

 叫ぶリガスにテレンスが冷静に返すと、トゥーラが謝りながらも走る。

 全くだ!くそっ!私が石化解除してやったのが裏目に出てしまった!

 と、逃げる私達の背後、バジリスクがその妖しい目を光らせる。

 

「隠れろ!」

 

 テレンスの合図を聞き、慌てて大きな木の影に隠れる。

 と、次の瞬間、真っ赤な閃光が走ったかと思うと、隠れていた大木の一部がひんやりとした石に変わる。

 唸り声を上げながら、その石化した大木を睨みつけるバジリスクの視線を避けながら、テレンスが周囲の倒れた大木のうろへと手で誘導する。

 巨大な木のうろの中は、そのまますっぽりと数人が入れるほどの広さがあった。

 この中であれば、ひとまず視線を受けることはあるまい。

 と、人心地ついたところで、私はやれやれと口を開く。

 

「ひとまずどうにかなったが……だが、見つかるのも時間の問題だろうね、困ったものだ」

 

「カミラさん、あいつが今回の異変の原因かな?」

 

「恐らくはな。バジリスクは本来ならば第三階層に出現するランクCの魔物だ。何も無ければこんなところには出ないさ」

 

 あいつが第一層に出現し、ポイズントード達を住処から追いやったことで今回の異変が起きたのだろう。

 凶暴な性質と邪眼を持つバジリスクは自分の縄張りに無造作に石化した獲物を保存する。それ故に縄張りに踏み入る者に関しては敏感だ。

 元々ポイズントード達の縄張りだったところを占拠して、更にそのまま縄張りを広げているのだろう。

 全く、厄介なことをするものだ。

 

「ともあれ――どうする?テレンス?あいつに勝てるか?」

 

「フム、無理だな……儂もCランクの冒険者だが、あくまで斥候だ。戦闘がメインの職業ではない」

 

「ふふん、だろうね!私のような天才神官ならともかく、斥候程度ではそんなものだ!」

 

「言うではないか、お嬢さんならば勝てると?」

 

「はっ、神聖力が足りていて囮になる馬鹿が何人かいれば、楽勝だね!」

 

「それ、結局無理ってことじゃない?」

 

 呆れたようにリガスが口を開く。

 失礼な奴だ。神聖力さえ足りていれば私ならホーリーハンマー2発もあれば倒せるんだぞ。

 まあ弱体化してしまった今の体では話は別だが……ともあれ、現状やや倒すのが難しいことは事実だ。

 と、なれば、どうするか。

 

「フム……原因がわかった以上……ここはジョーに助けを求めるしかあるまい」

 

「むっ、あの馬鹿に……ぐぬぬ……仕方ないか……」

 

 あいつに助けを求めるのは屈辱だ……が、確かにあいつならバジリスクの一匹や二匹、簡単に対処できるだろう。

 腐っても街一番の冒険者と呼ばれるだけの実力はあるのだ。

 しかし、そうなると新たな問題が出てくる。

 

「中間地点まで、俺達全員で報告しに戻れるかな?」

 

「……難しかろうな」

 

 テレンスがちらりと木のうろから外に目をやると、バジリスクがチロチロと真っ赤な舌を出しながら、こちらに近づいてくるのが見える。

 キョロキョロと辺りを探しているようだが、そう遠くない内に私達を見つけるだろう。

 ここで私達四人全員で飛び出したら、それこそその場で気付かれる。

 バジリスクに追われながらジョー達のいる中間地点まで辿り着けるか、と言われたら難しいだろう。

 だが――

 

「貴様一人なら、どうだ?テレンス?」

 

「……抜けられるとも。これでもC級の斥候だ……が……」

 

 言いながらテレンスは目を泳がす。

 身軽なプロの斥候一人ならば突破できる。

 が、テレンスは恐らく、私達を置いていくことを不安に思っているのだろう。

 テレンスが抜けたら、この場にいるのは天才神官の私と、E級の狂戦士、同じくE級の石化フェチの変態魔術師だ。

 うむ、このパーティでは私以外に頼れる者はいないな!テレンスが不安がるのも当然だろう!

 だが、それでも、だ。

 

「それでも――俺達は冒険者だ。危険に身を置かなきゃ成長できない、だよね、カミラさん?」

 

「ふふ、わかってるじゃないか、リガス」

 

「伊達に君とパーティ組んでるわけじゃないさ……だから、テレンスさん」

 

「……ウム……ならば何も言うまい。だが、無理はするでないぞ」

 

 言うと、テレンスは素早い動きで木のうろから飛び出し、巧みにバジリスクの目を盗みながらどこかへと消えていった。

 私は奴の姿が消えたのを確認すると、目の前のリガスと視線を合わせ、頷く。

 

「よし……それじゃあ、カミラさん、俺達はここでしばらく身を守って――」

 

「よし、リガス!これでようやく――邪魔者が消えたな!」

 

「……えっ?」

 

「えっ?」

 

 私の言葉に、リガスのみならず、隣で震えていたトゥーラまでもがポカンと間抜けな表情を浮かべて私を見る。

 ん?なんだ?変なことを言ったか?

 はて?と私が疑問に思っていると、リガスは震えた声で私に問いかける。

 

「いや、あの、カミラさん……俺はこのままこの木のうろで身を守るつもりだったんだけど……」

 

「やれやれ、何を言っているんだリガス。私は天才だぞ?」

 

 木のうろで身を守るだと?バジリスク程度から?

 はっ、やれやれだな!これだから戦士というのは頭脳が足りていない!

 私は呆れたように、はぁ~と大きな溜息をつくと、胸を張ってリガスに答える。

 

「このまま、バジリスクを倒すぞ!私達だけでな!」

 



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石の魔女

「た……倒すって言っても……」

 

 トゥーラが気後れした様子で、不安そうな表情のままチラリと木のうろから外に目をやる。

 バジリスクは相も変わらず舌をチロチロと出してこちらを探しているようだ。

 まあ、トゥーラが怯えるのもわからんでもない。

 E級の新人冒険者3人でバジリスク討伐、というのは通常であれば難易度が高いことは間違いない。

 通常であれば、な!

 トゥーラと違い、リガスは流石に私の行動に慣れた様子で、すぐさま落ち着きを取り戻す。

 

「全く……カミラさんと話してると飽きないな。それで?どう倒すつもりなの?」

 

「うむ!リガス、貴様の役割が重要だぞ?まず貴様にも分かるように言ってやるとだね……」

 

「……言っとくけどアレは使えないよ?」

 

 リガスは未だに怯えた様子のトゥーラをチラリと見ながら、小声で答える。

 アレ、とは狂化のことだろう。

 理性が無くなるとはいえ、マンイーターを単独で倒せるほどの強化だ。

 それが使えたらバジリスクにも……とは当然、私の考えにもあったのだが……

 そんな私の考えをリガスはキッパリと否定する。

 

「ん……なんだ、トゥーラがいるからか?アレは最悪気絶させるかバジリスクに石化させれば良いだろう」

 

「カミラさんって素で発想が酷い時あるよね……じゃなくて、単純に相性が悪いんだ。俺はアレになった時――まあ自分じゃ覚えてないけど、とにかく理性を失って獣の如く暴れ回るわけだろう?そんな状態で意識してバジリスクの邪眼を躱せるかな?」

 

「……厳しいかもしれないな」

 

 私達が今、こうしてバジリスクの邪眼を意識しながら立ち回れるのは、考えることのできる知性があるからこそだ。

 本能で動く獣が、その邪視をくぐり抜けてバジリスク自身を倒せるかとなると、難しいかもしれない。

 一か八か、石化される前にバジリスクの急所を突き、倒せる可能性……あるいは狂化によるステータスの上昇で石化そのものに耐性がつく可能性も無くはないだろうが、確証は得られない。

 もしもやるとしても最後の手段、ということになるだろう。

 

 まあ、無論?天才である私はその可能性も考慮していたわけだが?

 私はリガスに余裕をもってふふん、と笑ってみせると、もう一つのプランを提示する。

 

「ま、安心するがいいさ、リガス。元より私は貴様の狂化に頼ろうなどとは思っていない!重要なのは基本、つまりパーティの役割分担だ!」

 

「役割分担?」

 

「そうとも、つまりパーティの盾であるリガスが奴の注意を引き付け、私がリガスの状態異常とダメージを回復……そして――トゥーラ!」

 

「ふぇっ!?な……なんですか……えっ、私?」

 

「然り!貴様があのバジリスクにトドメを刺すのだ!」

 

 これはパーティで戦う際の基本戦術にして極意だ。

 実際、ジョー達とバジリスクに会敵した時も似たような方法で倒していた。

 あのパーティの場合は壁役のジョーにバジリスクのヘイトを集め、私が回復、カリカが攻撃、ロフトがその補助という具合だ。

 ま、アタッカーが武道家か魔術師かという違いがあるとはいえ、攻撃に秀でた職業であることに変わりはない。

 と、慌てた様子のトゥーラが必死に言葉を紡ぐ。

 

「わ、私がトドメって……ふへ……む、無理ですよぉ……無理です、絶対に無理です……」

 

「は、心配せずとも良いさ!バジリスクは状態異常や炎には滅法強いが、一方で氷属性の攻撃にはこの上なく弱い!」

 

 そう、なにせこの私はバジリスクの弱点を知っている!天才だから!

 武道家であるカリカはバジリスクを力技で撲殺していたが、本来であれば弱点を的確に突ける魔術師の方が、アタッカーとしての汎用性が高いのだ。

 

「なに、初級の氷魔術でも構うまい、もし失敗して石化させられそうになっても私が治して――」

 

「ふえ、あの……そそ……そうじゃなくてですね……えへ……ええっとぉ……」

 

 なにやらモジモジと、言いづらそうに顔を逸らすトゥーラ。

 なんだ、やけに渋るではないか。

 まさか石化されたいからバジリスクを倒したくないだとか、そんなふざけたことでも言うのではないか?

 そんな疑念が頭を過ぎる私だったが、トゥーラはやがて、意を決したように唾をゴクリと呑み込み、語り出す。

 

「実は私……石化の魔術しか使えないんです……」

 

「……は?」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 ――――私、トゥーラ・トラコリが最初に魔術を使えるようになったのは、6歳の頃だ。

 

 魔術師である父に教えてもらい、自身の魔力を引き出せるようになったその日。

 父の言うとおり、自然に、自分の体に流れる魔力を庭で思い切り放出してみると――私の眼前に咲いていた花が一瞬で石に変化し、ぼろぼろと崩れたのだ。

 

 小さかった私は、それはもう、とても喜んだ。

 私の魔術だ。父のような立派な魔術師になるのだと励んで、魔術の学校に通って勉強した。

 けれども、いくら勉強しても、いくら頑張っても、私に使えたのは石化の魔術だけだった。

 炎も出せなければ氷も出せず、空を飛ぶなんて夢のまた夢。

 とどのつまり、私は能無しの落ちこぼれだったのだ。

 

 学校のみんなからも笑われ、教師にも見放された私は、逃げるように唯一使える石化の魔術にのめり込んでいった。

 

 石化は良い。

 石化した生物は何も言わない。私に何かをしたりしない。

 私を見下すことも無ければ失望することも無い。

 

 ――けれども、何も言わない石に癒されることはあっても、それで心の穴が埋まることは無い。

 私が何も出来ない能無しであることには変わりない。

 目の前の少女、カミラちゃんというらしい。この子もきっとそう思っている。

 天才神官……そう自身で名乗る程の自信家であり、才能のある少女なのだ。

 そんな少女は、私の告白を聞くと、唸り声を上げながら顔を俯かせる。

 

 やっぱりだ。困っている。きっと私のことを見下している。

 バジリスクを倒すなんて言っていたけど、流石に私がこんなんじゃ無理に決まっている。

 ひょっとしたらこのまま、私は見捨てられて、囮として一人でバジリスクに石化させられて、ボリボリと噛まれて砕かれながら呑まれるのかもしれない。

 ……それはそれで良いかもしれない。

 どうせ生きてたって良いことは無いんだし、だったら最後に十分石化の気持ちよさを味わって死ぬのもアリだ。

 流石の私も石化させられながら砕かれたことはまだ無い。

 どういう感じなんだろう。意識あるまま石化させてくれないかな。ああ、完全に石化される前に半身砕かれたらどうなるんだろう。死ぬのかな。

 なんて、すっかりこれからのことを考えて心を躍らせ……いや、不安になる私に、眼前のカミラちゃんは俯いていた顔を上げて口を開いた。

 

「なるほど、わかった。では……私がアタッカーになるしかないな!」

 

「ふぇっ……!?」

 

「ええ!?」

 

 堂々と言い放つ少女の姿に、傍らのリガスと名乗った戦士も驚いた様子で声を掛ける。

 

「いや、アタッカーって……カミラさん神官じゃ……」

 

「天才神官、だ!リガスも私の攻撃神聖術の威力は知っているだろう!今日はもうプロテクションとキュアを一回ずつ使ってしまったが……それでも今ならホーリーハンマーの一発くらいは使える筈だ!ポイズントードを倒してレベルも上がっている筈だからな!」

 

「ふぇ……いや……待っ、なんで……」

 

 あまりにも堂々とした佇まいに、私は思わず問いかける。

 どうして――

 

「どうして……私のせいだって言わないの……?」

 

 私が基礎的な氷の魔術でも使えたら済む話だったのに、私が使えないからいけないのに、なんでこの子は。

 そう思う私の前で、カミラちゃんはやれやれ、という風に首を振ると、正面から私の目を見据えて答える。

 

「私が天才だからだ!」

 

「……へ?」

 

「いいかね?天才というものは決して止まらない!歩き続ける者!努力し続ける者だ!凡人でも出来る努力という行為、これを天才が行えずにどうする!」

 

 困惑する私を前に、カミラちゃんは得意気な様子で尚も語り続ける。

 

「天才が、他者が凡愚であることを理由に努力を辞めるか?立ち止まるか?否!そういう状況を乗り越えられるからこその天才というものだろう!まして――私から見たら貴様も他の連中も全員等しく凡愚だ!さしたる問題はあるまいさ!」

 

 熱を込めて語り続けるカミラちゃんを、リガスさんが微かに笑みを漏らしながら、優しく……どこか尊敬しているかのような視線で見つめている。

 ああ、そうか、この子は……

 

「石化の術しか使えない、は!大いに結構!ならばそれを生かして敵を倒してみせてこその天才、というやつだ!」

 

「ふぇ……カミラちゃん……」

 

「石化しか使えないなら使えないで、やってもらうことはある。貴様には――」

 

 と、カミラちゃんが言葉を紡ごうとしたその瞬間、ぽかりと空いていた木のうろに突如として影が差す。

 

 まさか、と思いながら恐る恐る目をやると――真っ赤な邪眼が、じっと私達を覗いていた。

 



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再び沼地

「――目を逸らせ!」

 

 私が言うが早いか、木のうろを覗き込んだ真っ赤な瞳が妖しい輝きを放つ。

 邪視だ!くそっ、やっぱり見つかったか!

 木のうろで直視は避けられたかと思ったが――うわ、まずい!

 

 邪眼の光が失せ、辺りを見回すと、隣のリガスは木の内側にへばりつき、何とか難を逃れたようだが、対面のトゥーラは一瞬で全身が石化していた。

 ええい!もう!なんて間抜けな奴!

 氷の魔術も使えないらしいし、根本的に魔術に向いていないのではないか!?くそっ!愚物!

 とはいえ、そんな愚物を使いこなさねばならないのも事実!やれやれだ、天才は辛いな!

 と、トゥーラに駆け寄ろうとする私だったが――そこで違和感に気付いた。

 

 足が動かない。

 

 まさか、と思いながら目を下に向けると、ああ、最悪だ!

 私の腰から下が石化している!

 目を合わせることこそ免れたものの、奴の視線の中には入っていたのだろう。

 このまま放置していたら瞬く間に上半身まで石化の毒が回ってしまう。

 早くキュアで異常を解除しなければ――と、私が神聖術を唱えようとした瞬間、バキンと大きな音が響いた。

 見ると、バジリスクは私達が身を潜む木を破壊せんと噛みついてきている。

 

「くそっ…!このままでは――うわっ!」

 

 またバキン、と音を立て、木の内側にバジリスクの牙が食い込んだ。

 このままではキュアも出来ないし、最悪、木を砕かれた時の衝撃で石化した下半身が砕けかねない!

 くそっ、最悪だ!誰だ、バジリスクと戦おうなどと言い出した馬鹿は!

 さしもの私も慌てる中、傍らのリガスが不意に声を張り上げた。

 

「くっ……仕方ないか……カミラさん!後は任せた!」

 

「リガス!?貴様……」

 

 言うと、リガスは腰の剣を引き抜き、木に噛みつくバジリスクの舌に斬りかかる。

 ぼとり、と音を立ててバジリスクの舌が木の中に転がると、さしものバジリスクも痛みに暴れ、噛みついていた大木から牙を離す。

 と、リガスはその隙を突いて木から飛び出すと、剣と盾をガンガンと打ち鳴らしながら声高らかに叫ぶ。

 

「こっちだ!バジリスク!ついてこい!」

 

 言いながらリガスがどこかで向かって走り出すと、怒り狂ったバジリスクもまた、リガスを追ってその巨体を移動させる。

 なるほど、自ら囮になって身を捧げてくれるとは、流石はリガスだ!戦士としての役割が何なのかをきちんと理解していると見える!えらいぞ!

 凡夫なりにやるではないか、と、リガスを見直しながら、私は自身の下半身へキュアをかけて治療する。

 と、続いて眼前のトゥーラに駆け寄って再度キュアをかけると、咳き込みながらも、トゥーラが無事に復活する。

 

「けほっ……ふへ……わ、私……石化してました……!?」

 

「ああ、良かったじゃあないか、気持ちよかったか?」

 

「え、う~ん……一瞬で固まっちゃったので……ちょっと勿体ないことをしちゃっ……ではなく、バジリスクは……」

 

「リガスを追っていった。道は奴が踏み倒していった木を辿ればわかるが……」

 

 私はトゥーラが石化している間に何があったか、手短に説明する。

 リガスはまあ……しばらくは大丈夫だろう。盾も持ってるし、最悪の場合でも狂化がある。

 とはいえ、早めに助けに行かないとマズいが……

 

「問題は、私が今の2発のキュアで殆どの神聖力を使い果たしてしまったことだ」

 

「そ……そんなに……?」

 

「そんなにだとも!ただでさえ、今日はもう何度か神聖術を使っているのだ!せめて中級の攻撃神聖術一発を撃てる程度の力が無ければ……うむむ……!」

 

 石化の術しか使えない魔術師と、回復術しか使えない状態の私、そして盾役のリガスでは火力が足りない。

 やはりリガスに狂化してもらうしか……

 

「ぐぬぬ……せめて回復の泉が残っていればまだ……」

 

「回復の泉……私が寄ったあの泉の水があれ……ば…………あっ!」

 

 と、トゥーラは何かを思い出したような様子で、パンと手を叩くと、腰にぶら下げていたポーチをガサゴソと漁りだした。

 

「あの……カミラちゃん……こ、これ……えへ……」

 

「それは……ふふ、ははは!でかした!トゥーラ!行くぞ、バジリスクを倒しに!」

 

「はい!」

 

 言うと、私達は急いでバジリスクの通った跡を辿って駆け出すのだった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 バジリスクの眼が赤く輝き、俺は必死にそれを直視しないように盾を構える。

 とはいえ、幾度かの邪眼の輝きを受けているうちに、盾を構えた左手は徐々に石化が進んでいっていた。

 まだ両脚が石化されていないのは幸いだけど、果たしてどれだけ持つか……

 と、じりじりとバジリスクの間合いを避けるように後退していると、ぼちゃん、と音を立てて、右足が水中へと突っ込んだ。

 

「く……!」

 

 挑発しながら逃げているうちに、また例の沼地まで戻ってきてしまったらしい。

 流石に沼地に入ってしまっては逃げ切ることは難しいだろう。

 俺もこのあたりで年貢の納め時なのかもしれない。

 せめてカミラさん達が無事に逃げ切れていればいいが――いや、それは無いか。

 

「リガース!!」

 

 と、森の方からカミラさんと、トゥーラさんがこちらへ駆けるのが見えた。

 ほら見ろ、やっぱりだ。

 態勢を整えたなら、カミラさんはバジリスクを倒そうと向かってくるに決まっている!

 仕方ないなと呆れながらも、どこか心強い感覚を味わっていると、カミラさんが叫んだ。

 

「リガス!何も聞かずに沼の方に全力で逃げこめ!いいな!」

 

「沼に!?」

 

 不意に聞こえた言葉に、思わず驚いて背後に広がる沼地をチラリと見る。

 沼地はそれなりに水かさもある。

 入り込めばすぐさま、俺の胸ぐらいまでは水に沈むだろう。

 加えて、足元には重く、粘土質な泥が溜まっている。

 そんな沼地に逃げ込むなど自殺行為だ……が!

 

「わかったカミラさん!お前もこっちに来いバジリスク!」

 

 言うと、俺はカミラさん達に注意が行かないように、とうに石と化した盾を剣の柄でガンガンと打ち鳴らし、バジリスクを挑発する。

 背後のカミラさん達に、少し苛立つ素振りを見せていたバジリスクも、この音に反応してこちらに向き直ると、俺はそれを確認して、派手な水音を立てながら沼に飛び込む。

 カミラさんがああ言うんだ。きっと何か作戦がある筈だ。俺が彼女を信じなくてどうするんだ!

 ばしゃばしゃと飛沫を上げ、半ば泳ぐようにして急いで沼地を進んでいく。

 チラリとバジリスクを見ると、心なしかニヤリと口を歪めながら、水に飛び込み、猛烈なスピードで体をくねらせこちらに迫る。

 あっという間に俺の眼前まで迫ったバジリスクは、水中からゆっくりと鎌首をもたげ、眼前の俺を捕食せんと大口を開け、ぎらりと鋭い牙を覗かせた。

 

 ……本当に大丈夫だよね!?カミラさん!?



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石の水

「リガス!何も聞かずに沼の方に全力で逃げこめ!いいな!」

 

 傍らの少女神官、カミラちゃんの声と同時に作戦が始まる。

 上手くいくだろうか、いや、やらなければ……!

 私は震える手でギュッと杖を抱えながら、はあ、と大きく息を吐く。

 大した打ち合わせも出来なかったので不安だったが、リガスさんもカミラちゃんの意図を理解したのだろうか、迷うことなく沼地の泥水へと飛び込んでいく。

 バジリスクもそれを追い、巨体を泥水へと投げ入れた。

 私とカミラちゃんは更にそれを追い、沼の目前まで行って止まると、もう一度ふう、と大きく息を吐き、目を閉じる。

 

 大丈夫だ。私なら出来る。

 

 私は――駄目な魔術師だ。

 きっと才能がない。何をやっても上手くいかない。

 

 だけど――――

 

「石化の魔術だけなら……誰にも負けません!」

 

 私は意を決して叫び、自分を奮い立たせると、足元の泥に杖をずぷりと突き立て、呪文の詠唱に入る。

 石化の魔術――だが、バジリスクはそれ自体が石化の邪眼を扱い、状態異常に強い耐性を持つ魔物だ。

 バジリスク本体を石化させることは難しいだろう。

 でも、それ以外の物であれば?

 

 私は頭の中にイメージを思い浮かべる。

 固く、強く、決して砕けない頑丈な石。

 万物万象、全てを捕らえ、固め、拘束する石の力を。

 

「――ブレイク!」

 

 私が呪文を唱えると、一瞬、ピシリと何かが割れたような音が響き、バジリスクが振り下ろそうとした首が、リガスさんに到達する前にピタリと止まる。

 困惑した様子で首を動かし、暴れ回ろうとするバジリスクだが、体の一部が動かないことに気付いたのだろう、不審そうな様子で沼地を見下ろす。

 と、バジリスクにも感情があるのかどうか知らないが、少なくとも私には、かの大蛇が驚きで目を見開いたように見えた。

 

 でも、うん、それは驚くかもしれない。

 

 さっきの一瞬にして――自分が浸かる泥水が全て、石へと変わっていたのだから。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 私の隣で杖を握る魔女、トゥーラによるブレイク――石化の魔術の発動と同時に、バジリスクの半身が沈む一帯の水が、一瞬にして石へと変わる。

 

 驚いたな!

 無機物や自然物を石化させること自体は決して難しいことではない。

 バジリスクがリガスの盾や、森の木を石化させたように、動かない物質を石化させること自体は容易ではある。

 

 が、広範囲の水を全て石に変える、というのは相当の魔力量が無ければ出来ることではあるまい。

 正直なところ、トゥーラが水を石化させてバジリスクを拘束させるなんて言った時は馬鹿かこいつと思ったし、流石の私も半信半疑だったが、なかなかどうして!

 私が感心していると、隣で杖を握るトゥーラが、焦ったように声を掛けてきた。

 

「か……カミラちゃん……は……早く……長くは持ちませんよぉ……」

 

「おっと、そうか!そうだな!では後は私に任せてもらおう!」

 

 情けなくもプルプルと震えるトゥーラを尻目に、私も急いで石と化した水面を駆ける。

 バジリスクは足元――と言って良いのだろうか、水中に浸かっていた胴体がまるまる石で閉じ込められ、動かせるのは首だけだ。

 しかも、最高なことに、今の私は神聖力が満ちている!!

 

『あの……カミラちゃん……こ、これ……』

 

 バジリスクを追う前、そう言ってトゥーラが渡してきた物は、一本の瓶に入った液体だった。

 なんとそれは、件の回復の泉で汲んだ水だという!

 回復の泉で休憩した際、ついでにとポーションの空瓶に入れておいて、そのままバッグごと石化したらしい。

 ま、経緯はどうでも良い!とにかく今は……

 

「これで、貴様の頭を全力で殴れるということだ!ホーリーハンマー!!」

 

 回復したばかりの漲る神聖力をモーニングスターに込め、眩い光をバジリスクの首に思い切り叩き付ける。

 メキメキ、と、何かにヒビが入るような音を立てながら折れ曲がるバジリスクの首だったが、どうやらまだ息はあるらしい。

 シュウと、甲高い鳴き声を上げながら、怒ったように私の方へ頭を向ける。

 だが――はっ!遅い!遅すぎるね!しかも今の私はポイズントードを倒して少しは成長している!

 

「即ち――ギリギリだが、ホーリーハンマーもう一発くらいは撃てるのだよ!食らえ!ホーリーハンマー!」

 

 もう一度、今度はバジリスクの頭部を狙ってモーニングスターから溢れる光をバジリスクに撃ち付ける。

 ぐしゃり、と、鈍い音と共にバジリスクの頭部が陥没し、血が噴き出した。

 流石にこれでもうお終いだろう!流石の火力!流石は私だ!

 アンデッド以外にもこれだけ神聖術で火力を出せる神官というのは私を置いて他にはいるまい!

 

「はっはっは!見たかリガス!私にかかればこんなもの――」

 

「――カミラさん!バジリスクが!」

 

「あっ?」

 

 リガスの声に、頭から噴水のように血を流し、石の沼地に倒れ伏すバジリスクを見やる。

 と、紛れもなく死にかけの筈のバジリスクの瞳が、最後のあがきとばかりに大きく見開き、その瞳から自身の血と同じ真っ赤な輝きを私に浴びせ――

 

 ――――その真っ赤な閃光の中、石と化した私の体はごつんと音を立てて転がるのだった。

 



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A級冒険者

「どっ……こい……しょと!」

 

 掛け声と同時に、俺は脇に抱えていた石像――カミラさんの体をずしりと地面に降ろす。

 と、陸地で待機したままのトゥーラさんが小走りで駆け寄ってきた。

 

「お……お疲れ様です、リガスさん……あの……えへ、色々と助かりました……」

 

「こちらこそ、すごいねトゥーラさんのあの魔術」

 

「いえいえ……へへぇ……その、私なんて全然……!」

 

 謙遜するように手を振るトゥーラさんだが、実際アレは凄かった。

 沼地の水面が一瞬にして石化し、バジリスクの動きを拘束したあの魔術。

 魔術に詳しくない俺にも並大抵のものではないだろうことは理解できる。

 先程まで目の前で起こった出来事を噛み締めるように、もう一度沼地に目をやると、石と化していたのが嘘のように、水面にはわずかに波がさざめき、沼底から生えた葦がたゆたっている。

 平和にすら感じる沼地の風景だったが、その傍らにはバジリスクが頭部から血を流しながら横たわっていた。

 息絶える瞬間、最後のあがきとばかりに撃たれた邪視でカミラさんが石化してしまったものの、その後はまた起き上がることは無く、静かに倒れて沼地の水と泥に沈んだのだ。

 まあ、アレはカミラさんが調子に乗って油断したせいもあるだろうけど……などと思いながら、先程運んできたカミラさんに目をやると、トゥーラさんが鼻息荒くカミラさんの石化した肌を撫でていた。

 

「はあ……あれだけ元気で偉そうだったカミラさんがこんなに静かで美しい石像に……良い……!やはり石化の妙……元気っ娘であればあるほどこうなった時のギャップによる興奮度が高く……この勝利を確信して油断したポーズもまた一瞬で固められた感が滲み出てととても良いと思いませんかリガスさん!」

 

「えっ、や、俺に振られても困るけど!?」

 

「あ、ふひぇ、す、すみません……つい興奮して……」

 

 トゥーラさんは変な趣味の人だ。

 石化の魔術しか使えないって言っていたし、そのせいでこんな性癖になったのかもしれない。いや、元々そういう性癖だったから石化魔術に秀でてるのか……?

 そんなことを考えながら、トゥーラさんになすがまま、ピクリとも動かないカミラさんを見やる。

 石化の魅力は分からないが……なるほど確かに、普段のカミラさんなら今頃バジリスクを倒したことを誇らしげに語っていることだろう。

 それが無く、静かにそこにいるというのは実際、不思議な感覚ではある。

 ともあれ、カミラさんをこのままにもしておけないし、早く街に戻って治療したいところだけど……

 

「今の俺達が下手にここから動いても危険かな……とりあえずテレンスさんが戻ってくるのを待とうか?」

 

「あっ、そ、そうですね……テレンスさんなら……石化の治療薬も持ってるかもですし……良いと思います」

 

 確かに、斥候を務める人達はいざという時はサポート役にも回れるよう、様々なアイテムを常備していることが多い。

 もしそれでカミラさんが元に戻れば、俺の石化したままの左手も治療してもらえるだろう。

 そうすれば無事に任務を終えられ――

 

 と、俺が人心地ついたその時、盛大な水飛沫と轟音を響かせながら、バジリスクの死体が跳ね上がった。

 まさかまだ生きて――いや、違う、間違いなく死んでいる!

 跳ね上がったバジリスクの死体は、そのまま力なくまた沼地に落ちる。

 確かにバジリスクは死んでいる。

 死んでいるのだが――目を見開いて沼地を見つめる俺の前に、四つの影が沼地の泥水を滴らせながら、ゆっくりと姿を現した。

 

「バジリスクが……四体……!」

 

 紛れもなく、先程苦戦して倒したはずのバジリスクと同種の魔物達だ。

 考えてみれば当然のことだ。いくらバジリスクとはいえ、一体のみで迷宮一層のポイズントード達があれだけ大量に逃げ出したりはしないだろう。

 ポイズントード達が群れ単位で逃げ出していたように、バジリスクもまた群れで現れていたのだ。

 俺は咄嗟に、横のトゥーラさんに目を向けるが――駄目だ、トゥーラさんも呆然としている。

 ましてや先程、あれだけの魔術を使ったのだ。もう魔力は残っていないだろう。

 ならどうする、俺だけでどうにかできるか!?

 最後の手段に狂化を……いやでもトゥーラさんに見せるのはマズいんじゃ……いやそんな場合じゃ

 俺が必死に考えを巡らすのも無視して、バジリスク四匹、八つの目が俺達を睨むと、無慈悲にもその邪眼から赤い光が放たれ――

 

「どっっっこいしょっとぉぉ!!!」

 

 ――放たれるかに思えたその瞬間、後方から野太い雄叫びが轟くと、矢の如き勢いで何かがバジリスク目掛けて飛び出した。

 呆気に取られる俺達とバジリスクを他所に、その邪眼の前に踊り出た人物は、飛び出た勢いそのままに、脚を大きく振り上げる。

 と、次の瞬間、何かが折れ砕けるような音と、何かが水面にぶつかる激しい水音、その二つの轟音を同時に炸裂させ、バジリスクの一匹の頭が熟れた果物の如く破裂した。

 バジリスクの頭を蹴り潰した人物――ふわりと風に流れる金髪に、屈強な体躯の女武道家は、その勢いのまま、俺達の目前に軽やかに着地する。

 と、それと同時に後方から先程の野太い声が辺りにまた響いた。

 

「っし!やったれ、カリカ!!」

 

 それが合図であるかのように、目前に立つ女武道家――カリカさんは力強く、しかし軽やかな動きで地を蹴り、今度は別のバジリスクの胴体へ蹴りを繰り出す。

 苦しむかのような鳴き声を上げるバジリスクだったが、そこは執念深い蛇と言うべきか、蹴りを食らいながらも、他の二匹と共に、邪眼でカリカさんを睨みつける。

 

「危なっ――」

 

 思わず声をあげる俺だったが、カリカさんはこともなげに、バジリスクの邪視を飛びのいて躱す。

 六つの邪眼から放たれる赤い輝き、バジリスクの視線を、次々に躱す。躱す。躱す。

 流石のバジリスクもこれ程までに軽々と連続で躱された経験は初めてだったのだろう。

 辛抱を切らしたのか、バジリスクのうちの一体が、大口を開けて噛みつかんとカリカさんに迫る。

 猛烈な勢いでバジリスクの牙がカリカさんに食い込むか否か、その刹那、カリカさんは体ごとぐるりと回転し牙を受け流す。

 噛みつきを透かした隙だらけのバジリスクの頭部、その真横にするりと避けると、息をつく間もなく、カリカさんが拳を振り下ろし――熟れて潰れた果物がまた一つ増えた。

 

「すご……」

 

「だろ?アレがAランクの武道家ってやつだよ」

 

「然り……いやしかし……無事でよかったぞ、坊主ども」

 

「あっ!テレンスさんと――」

 

「ロフトだ。俺もテレンスと同じ斥候だよ。石化解除の薬あるからそっちの子の石化解除するぞ。いいか?」

 

 言いながらロフトさんは腰に下げた鞄からガラス瓶に入った液体を取り出す。

 先程まで俺達の目前にまで迫っていたバジリスクは、カリカさんを追ってもう大分距離が離れている。

 この為にあえてバジリスクの邪視を躱してみせたのか……と、驚愕しながらも戦闘を眺めていると、喉を鳴らして威嚇するバジリスクの背後から一つの影が声を掛けた。

 

「よっしゃっと……そろそろ良いか!俺にやらせろカリカ!」

 

「!」

 

 男――ジョーさんの声に反応して、カリカさんが笑顔を浮かべながら、指でOKとサインを作り、またバジリスクの邪視を軽やかに避けつつ、ジョーさんへ駆け寄る。

 当然、残り二体となったバジリスク達もそれを追い、恐るべきスピードで迫ると、ジョーさんはゆっくりと腰に下げた剣を引き抜いた。

 ファルシオンの如く分厚く、沿った大剣ながら、青く澄んだ刀身は、大剣の無骨さを微塵も感じさせず美しく輝いている。

 

「覚えときな蛇ども、これがA級冒険者!ジョー様の持つ水流剣だってなァ!」

 

 言いながらジョーさんが剣を振りかぶると、不思議なことに剣から次々に水が湧きだし、水流となって剣の周囲に竜巻の如く螺旋を描いた。

 そしてジョーさんは、まだ間合いの外であろうバジリスク達へ向けて、横一閃、剣を振るう。

 

 ……一瞬の静寂が辺りを支配した後、剣が鞘にしまわれるカチリという音だけが響くと、ジョーさんはこともなげにこちらへ振り向き、にこやかに俺に声を掛けた。

 

「よう坊主、よく生きてたな!やるじゃねえか!あの生意気なクソガキは……はっはっはっ!石化されてんのか!ざまぁねえな!ははは!」

 

「あっ、いやでも、頑張ったんですよ!カミラさんも!バジリスクを一体ちゃんと倒してくれて……」

 

「はっ、みてぇだな。俺達が倒した数より死体が一匹多い。E級にしちゃ大金星だ!やるじゃねえか!」

 

「いえ、そんな……俺達は、まだまだです」

 

「お、わかってんじゃねえか。そうだ。この迷宮を踏破する気なら――バジリスクの群れぐらい、一人で退治できるくらいにはならねえとな?」

 

 そう言いながらニヤリと笑うジョーさんの背後では、先程まで猛然と迫っていたバジリスク二体が、音も無くその場に倒れ伏していた。

 



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いざ休日

「……って感じで、本当に凄かったんだよ!ジョーさん!本当にあれぞA級冒険者って感じだ!」

 

「はぁ~~!?私の方が凄いんだが~~!!?」

 

 バジリスクを倒した翌日、私達はいつも通りギルドの広間にて顔を突き合わせていた。

 結局、あの調査依頼はどうにか達成できたらしい。

 らしい、というのは私が不覚にもバジリスクによって石化させられていたからだ。

 話を聞くに、それからジョー達が駆けつけて他に数体いたバジリスク達を撃破したらしいのだが…

 

「いやいや、カミラさんはジョーさん達の実力を見てないからだよ。凄かったんだから!あれぞAランクパーティだね!」

 

 などと、すっかりリガスはジョーに心酔しているようだ。

 は~、全く、腹が立つ!

 私だってあいつなんぞに後れを取らない……いや、あいつよりも優れている筈だ!

 だというのに私よりもジョーなんかを……まあ……だが神官とは補助と回復に回るのがメインの職業であるし?

 その有能さは見る目の無い凡人には見抜けまい!ふん!

 愚鈍な戦士に私の才能を見抜けないのも、ある意味では当然だ。仕方あるまい。

 が……それはそれとして、あれだけジョーに関して明るく話すリガスを見ると、なんだか心にモヤモヤするものを感じるな……

 まるで私といる時よりもジョーといる時の方が楽しいみたいじゃないか。

 くそっ!気に食わないな!私は天才なのに!リガスにはこの私とパーティを組めることの幸福をもっと噛み締めていてほしい!

 そんな私が眉間に皺を寄せているのに気付いたのだろうか、慌てたようにリガスが話を逸らす。

 

「あっ、ええと、それより……カミラさん、体は大丈夫?」

 

「はっ!この私が一度や二度の状態異常を引きずるとでも!?今すぐにでも第二層に潜れるさ!」

 

「いや、流石にやめとこう!みんな今回はあれだけ頑張ったんだから……少なくともカミラさんは数日ちゃんと休みべきだよ」

 

「むう……そうか……」

 

「うん、今回はギルドから特別手当も出たことだし……少しくらいそれ使ってゆっくりしてもバチは当たらないさ」

 

 そう、今回の依頼で迷宮の異変の原因を発見したこと、Cランク相当の魔物であるバジリスクの一匹を撃破したこと等が評価され、特別に手当が出た上にDランク冒険者への昇格を果たせることとなったのだ!

 ついでにE級冒険者が無茶をしないようにだとか、ギルドの言うことはちゃんと聞くようにだとか、色々と小言も加えられたのだが……ま、そこはどうでもいいだろう。

 ともあれ、そういうこともあって今、私達の手にはそこそこの金がある。

 私の場合、前の姿の頃からもっぱらこの手の金は貯金に回しているのだが……

 私はううん、と、唸りながら首をひねる。

 

 今回のバジリスク討伐では、天才の私といえども反省するべき点がほんのちょっぴりだけあった。

 一つは自身の神聖力の管理。

 トゥーラが回復の泉から水を汲んでいなければ、些か困ったことになっていただろう。

 もう一つは石化……ないし状態異常への対策の無さ。

 あれだけポンポンとパーティメンバーが石化させられては、私も延々と回復に回らざるを得ない。

 が、神官が常に回復をし続けていなければならない状態など、負け戦と同じようなものだ。

 じりじりと神官の神聖力とアタッカーの体力が減っていき、なんとも気持ちの悪い敗北を味わう羽目になる。

 正直、その辺りの対策は迷宮第一層の敵など余裕だろうと考え、私が舐めプしていた部分もあるのだが、今回のことで考えを改めた。

 いくら浅層といえどもイレギュラーは起こるのだ。

 

 そしてこれらの問題に対する解決策として、一番手軽なのは……

 

「それじゃあ、どうする?カミラさん?今日のところは解散して、宿かどこかでゆっくり……」

 

「待て、リガス!」

 

 解散ムードで椅子から立ち上がろうとするリガスの手を、私は咄嗟に握りしめる。

 どのみちパーティ全体の問題なのだし、折角だ。この男にも手伝ってもらおう。

 と、驚いた様子で見つめるリガスに、私もじっと見つめ返しながら口を開く。

 

「リガス……私と付き合ってくれないか!?」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「付き合っ……えっ!?」

 

 眼前でこちらを見上げる、カミラさんの表情に思わず驚いて答える。

 付き合ってくれって言われたよな……言われた……!

 言葉の意味を反芻すると同時に、ふと俺の手を握るカミラさんの手を意識してしまう。

 小さくて、温かくて柔らかい。

 女の子に手を握られるなんて、いつぶりのことだろう。

 思わず心臓が跳ね上がるのを感じる。

 元々、狂戦士として他人と距離を取っていた俺だ。

 自分で言うのもアレだが、女の子に対する免疫なんてものは無い!

 

「いや……その、お、俺は良いけど……」

 

「本当か!?よし、助かる!流石はリガスだ!」

 

 なんとか言葉を返すと、カミラさんはいつも通り、明るく快活な笑みを浮かべて答える。

 かわいい。

 いや、美少女なのは理解していたが、意識してしまうと猶更かわいい気がする。

 いや、いや、落ち着けリガス!

 椅子から腰を上げ、ギルドから出るカミラさんに、俺はなるべく平然と、なんとか心を落ち着かせながら問いかける。

 

「それでその、どうするの?カミラさん?」

 

「はっ、どうもこうも……決まってるじゃないか!買い物に行くんだ!」 

 

 ショッピング。

 女の子と二人でショッピングか、なるほど、これはもうデートなのでは!?

 思わずそんな考えが頭を過ぎる俺だったが、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、カミラさんは軽やかに足取りを進めながら、俺に問いかける。

 

「さて、いくつか見て回りたいところだが……リガスは何か良い店を知っているか?」

 

「いや、俺はその……武器屋とか防具屋ぐらいにしか、いつも行かないんだけど……」

 

「おや、良いじゃないか、どこの店だい?」

 

 つい武器屋、防具屋、なんて色気も何もない店の話をしてしまったが、カミラさんは不快な様子を一切見せずに明るく答える。

 女の子に慣れた伊達男であれば、こういう時にこじゃれたアクセサリーショップや、カフェの一つでも紹介できるのだろう。

 俺には到底無理なのが悲しいところだが。

 店の位置を伝えると、カミラさんはふむ、と考えるような表情を見せて、また俺に問いかける。

 

「で、あれば先にその防具屋に行ってみるか。リガスは何か欲しいものあるか?」

 

「えっ、い、いや、俺は特に……」

 

「はぁ?馬鹿を言え、貴様の皮鎧では迷宮二階層の敵の攻撃に耐えきれまいさ、ここで装備を新調しておくべきだろう!」

 

 カミラさんはそう言いながら、呆れたような表情で俺の皮鎧をばしんと叩く。

 まさか、自分のショッピングよりも先に俺の装備を新調してくれるつもりなのか……なんて……あれっ、今迷宮二階層って言った?

 ひょっとして……と、少し嫌な予感を覚えながら、今度は俺からカミラさんに問う。

 

「ちなみにその、買い物って言ってたけど……カミラさんは何を買うつもりなの?」

 

「ううむ、武器はモーニングスターで間に合っているから、法衣だな。せめて軽めの状態異常を弾く程度の性能のものが欲しいところだ」

 

 言いながら、カミラさんは自身の身に纏う駆け出し神官の法衣を手でつまむ。

 はあ、なるほど、えっと、つまり……

 

「付き合ってくれっていうのは……装備の買い出しにってことか」

 

「は?当然だろう、何だ?他に意味があるとでも思ったか?」

 

 ぽかん、とした表情で頭に?を浮かべながら答えるカミラさん。

 なるほどね、まあ、そうだよな。

 うん、勘違いした俺が悪いよ。

 そうだよ。カミラさんだぞ。

 大丈夫、大丈夫、わかってたから、わかってた。うん。

 

 だから全然、残念なんかじゃ無いんだ!ちくしょう!

 



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武器防具店ブラッディーストライク

 迷宮都市に暖かな昼の日差しが注ぐ中、私とリガスは大通りを進んでいく。

 活気の溢れた大通りでは冒険者から旅人、商人など、様々な人々が行き交い、大いににぎわいを見せている。

 

 ここに限らず、迷宮に隣接する都市は、基本的に多くの人が集まるものだ。

 なにせ迷宮は危険で謎の多い深淵である一方、迷宮からしか取れない特殊な素材やアイテムもあり、迷宮に現れる魔物は何故かどれだけ狩っても尽きることは無い。

 伝手さえあれば確実に商品を仕入れ、捌き続けることのできる理想の環境と言えるのだろう。

 もっとも、迷宮には先日のような異変が起きることもままあるし、迷宮から魔物が溢れ出し周辺地域にまで危害を加える大事故も稀にだが発生するので、デメリットが無いわけでもないのだが。

 まあ、それを承知の上で集まってきている商人達だ。

 冒険者程ではないにしろ、命知らずで剛毅な者達が多いのかもしれない。

 

 などと、行き交う人々に思いを馳せながら歩いていると、先導するリガスがこちらを振り返り、大通りに面した一つの店を指示した。

 

「あった、カミラさん、ここだよ。俺がよく行く武器と防具の店」

 

「ほう、なになに……最高の装備をお求めのあなたに……ブラッディーストライク……」

 

 私はそう書かれた店頭の看板を読み上げる。

 どうやらブラッディーストライクというのが店名らしい。ふむふむ。なるほど。

 ダッッッッサ!!!!

 あまりにも店名がダサい。というより店構えもダサい。

 全体的に黒めでなんだか赤くて意味ありげな紋章が店の外壁に刻まれている。

 私には到底受け入れがたいセンスだが、リガスは意外とこういったものが好みのようだ。はっ、お子様だな。

 キラキラした目でお気に入りのおもちゃを眺める子供のように、店頭に置かれたレプリカの鎧……これもいやに黒くてトゲトゲしていて実用性に疑問のある品だが……を眺めている。

 と、ふとその隣に目を向けると、見覚えのあるとんがり帽子の魔女が、やはり店頭のディスプレイを眺めている。

 

「はぁ……かか……かっこいい……いいなあ、やっぱりこういうのが似合うように……」

 

「……トゥーラ?」

 

「へひぃっ!?」

 

 思わず私が声を掛けると、トゥーラは驚いて体をビクリと震わせた。

 昨日の依頼が終わってから別れたきりだったが、まさかこんなところで再開するとは。

 

「ち、違うんですよ……私はただかっこいいなーって見てただけで……あ、カミラちゃん!?」

 

「昨日ぶりだな、トゥーラも装備を買いに来たのか?」

 

「は、いえ、それはそうなんですけど……このお店入ったことないので、ちょっと怖くてどうしようかなって……」

 

 と、トゥーラは俯いて目をキョロキョロと挙動不審に動かす。

 店頭のディスプレイにちょっと気になったものの、今まで入ったことの無い店に一人で入るのが少し恥ずかしいらしい。

 遠慮するポイントが正直よくわからん。我々は客なのだから、気になったら遠慮なく入ればよかろうなのだ!

 まあ、しかし、ここで出会ったのも何かの縁だろう。

 

「なら折角だし、私達と一緒に見て回るとするか!ふふん!光栄に思っていいぞ!」

 

「ふぇ、あ、ありがとう、カミラちゃん……で、でも良いの……?」

 

「うん?何がだ?」

 

 私が問いかけると、トゥーラはちらりとリガスに視線をやりながら、ボソリと答える。

 

「だってその……リガスさんとデート……してるんじゃ……」

 

「……はぁ!?」

 

「ああっ、ご、ごめんなさいぃ……!だだだ……だって二人で仲良く買い物に来てるから……!」

 

 どうやら、トゥーラは私とリガスが一緒にいるのを恋仲か何かだと勘違いしたらしい。

 そんなわけないだろうに、全く、少し考えればわからないか!?私は男だぞ!?

 あっ、いや、だが今は美少女か!

 だとすれば……ふん、私の美貌がついそう勘違いさせてしまったか!

 であれば、まあ、仕方あるまいが……しかし、くそ、恥ずかしい。

 第一、パーティメンバーが一緒に装備を買いに来たとて何ら不思議なことではないだろうに、それをすぐこうして恋愛に……ああ、これだから考えの足りない凡人というのは!くそっ、もう!

 私は勘違いされた恥ずかしさからか、顔が上気して些か赤くなるのを感じながら、未だにゴテゴテした鎧を眺めるリガスの尻を後ろから蹴飛ばし、さっさと入店を促すのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「かっ……こいい……!」

 

 店内に入ると、すぐさまトゥーラがそう呟いた。

 外見から想像した以上に広々とした店内は、店の外見とはまた違った印象を受ける。

 板張りの床は奇麗に磨かれ、その中央には赤地に金の装飾が施された絨毯が敷かれている。

 壁にはやはり、赤地の豪奢なタペストリーがいくつか掛けられ、その合間には間接照明として、魔力の込められたランプが仄かな光を放っていた。

 しかし、やはり異様なのは、そんな店内の各所に飾られた商品――武具の数々だろう。

 所狭しと壁に飾られた武器の黒々と光る刀身は、どこか危険な雰囲気を醸し出し、台座に飾られた防具もまた、見る者を威嚇するかのような威圧感を与えてくる。

 要するに――――やっぱりダサい!

 鎧の肩からやけにトゲが突き出している!いるか!?そのトゲ!?それで何を攻撃するんだ!?ショルダータックルでもするのか!?

 武器の方もそうだ!壁に飾られた剣なんか、何故か切っ先が二股に分かれている。なんだ?ハサミか?鞘にしまう時どうするんだ、それは。

 と、呆れながらも商品を眺める私を他所に、トゥーラとリガスは興奮した様子で語り合う。

 

「やっぱり、良いよね!こういうの!俺もこういうカッコいい武器使いたいなってずっと思ってて……」

 

「わかります、わかります!やっぱりこの赤黒い感じがこう……ロマンに溢れているというか……」

 

「わかる!だよね!ね!カミラさんもそう思わない!?」

 

 そう言いながら、リガスとトゥーラが満面の笑みでこちらに顔を向ける。

 なるほど、ロマンか……確かに、そういう目で装備を考えるのもアリなのかもしれない。

 見方を変えればこれも――と、私は目を閉じ、眼前の二人に優しく答えを返す。

 

「――いや、どう考えてもカッコよくは無いだろう!」

 



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防具なんか買わない!!

 趣味の悪い武具が所狭しと並ぶ店内で、リガスとトゥーラは二人で盛り上がりを見せながら商品を物色している。

 私はそんな二人とは少し距離を取り、壁にもたれながら、ぼんやりと店内を見回していた。

 意外にもこの店、客がそれなりに多い。

 現時点で既に私達以外にも五人程の冒険者が、同じように商品を物色していた。

 私も折角なので、一応はいくつかの商品を手に取って見はしたものの、いまひとつ好みには合わなかった。

 なにせここで売っている武器、どことなく禍々しい見た目に加え、いちいち炎なり氷なり、何かしらの属性が付与されている。

 別に属性攻撃の出来る武器、ということ自体は別に悪いことではない。

 ジョーの水流剣しかり、強力な魔剣には、えてしてそういう効果も付与されているものだ。

 が、この店で売っている属性武器は、そういった魔剣と似ているようで全く違う。

 ジョーの場合は水流剣の魔力の出力を調整したり、あえて水を止めたりということも行っていたのだが、ここの武器にはそういうことが出来ない。

 ただ武器に埋め込められた魔石から一定の量の魔力が供給され、放出され続けるだけなのだ。いささか実用性には欠ける。

 そもそも、私の場合は神聖攻撃術を使う時に武器に神聖力を流すので、そことも折り合いが悪いのだ。

 属性魔力と光の神聖力、両方をいっぺんに込められたら武器の方が耐えられまい。

 と、いうことで特に惹かれるわけでもなく、ぼんやりと店内を眺めていると、不意に鎧を纏った客……冒険者だろうか、に、声をかけられた。

 

「おやおや、そこな神官殿!どうなさいました?お探しのものが見当たりませぬかな!?」

 

 全身にやたらと赤黒く、ごつごつとした鎧を着こんだ冒険者は、見た目とは裏腹にはきはきと、しかし凛々しく高い声で話しかけてきた。

 しっかり兜を被っている為、男性かと思ったが、声からすると女性なのかもしれない。

 鎧の女性は尚もグイグイと私に迫る。

 

「ふふふ、何を隠そう拙者、こちらの店の常連なれば!神官殿のお目当てのものがあればパパッと探して見せますよ!いかがです!」

 

「はっ、必要ないさ、この店には天才神官たる私にお似合いの物は無さそうだからね!」

 

 私は鼻息荒く迫る鎧女を追い払うように、しっしっと手で払いながらそう告げる。

 実際のところ、本当にいらないので有難迷惑、いや単純に迷惑だ!

 と、そんな私達のやり取りを見ていたのだろうか。

 その鎧女の背後から、今度は丁寧な口調の男性の声が聞こえてきた。

 

「おやおや、ヌン殿、どうかなさいましたか?」

 

「あっ!店長!おはようございます!いえいえ、こちらの神官殿に是非ともこの店の素晴らしい武具をオススメさせていただこうかと!」

 

「ははあ、なるほど……ありがとうございます。ですが、押し売りのような真似はいけませんよ?」

 

「ハッ、それは確かに……失礼いたしました!神官殿!」

 

「ああ、いや、私は構わないが……」

 

 ヌン、と呼ばれた鎧女は、店長であろう細身の男の言葉にハッとしたように頭を下げ、謝る。

 まあ、反省しているのなら構わないが……なんだか奇妙な感じだ。

 こいつ冒険者のくせになぜこんなに武具屋の店主相手に下手、というか部下のような態度を取っているのだろう。

 本当は店員なのではないか?と、疑問を抱く私を他所に、店長と呼ばれた男が頭を下げる。

 

「うちの常連がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません……おや、お客様、その首飾りは……」

 

 と、店長は少し驚いたような様子で、私の首元に下がる呪いの首飾りへと目をやる。

 まずい、ひょっとして呪い装備なことがバレたか!?

 

「あ、いや、これはだね……」

 

「ふむ……その首飾り……随分と上等なものですね!素晴らしい!可愛らしいお嬢様に美しい首飾り……ここに美しい防具が加われば更に完璧だとは思いませんか?」

 

「は?」

 

 と、店長がパチリと指を鳴らすと、いくつかの服を手に、どこからともなく店員が駆けつけた

 店長はその服をいくつか見ると、そのうちの一つを手に取り、納得がいったように頷くと、にこやかに私に語り掛ける。

 

「そうですね、お嬢様にであれば、こちらの装備がお似合いかと……先程うちの常連がご迷惑をおかけしたお詫びです。こちら無料で差し上げますので、是非ともお受け取り下さい」

 

「いや、別に必要は……いや待て、無料か……」

 

 その言葉に、少し心が揺れる。

 私は基本的に、タダの物は病気以外は何でも貰う性質の人間だ!いざという時の為に金を管理できてこその天才だからな!

 それにほら、下々の物から献上された品を受け取らないというのも上に立つ者として失礼じゃないだろうか、いや天才は困るな!

 しかも見たところ、店頭に置かれたゴテゴテとした鎧などとは違い、この装備は神官用にちゃんと軽く、かつ丈夫な布で織られている。

 まあ、パッと見ところどころにフリルがついていたり、ミニスカートのように裾の丈が短そうなのが気になるが、実際のところ、他の商品よりは圧倒的に私に向いていると言えるだろう。

 受け取るべきか些か悩んでいると、私と店長のやり取りを気にして見に来たのだろうか、いつの間にか傍に来ていたリガス達もそれぞれに口を開く。

 

「カミラさん、これ無料で貰えるって?良かったじゃないか!俺も属性武器買おうかどうか悩んだんだけど、結構値段も張るし、どの属性にするか悩んじゃって……」

 

「私もです……えへへ……でも、その装備はカミラさんに似合いそうで良いと思います!貰ってみては?」

 

「う……ううん、しかし……」

 

「もしもサイズが気になるようでしたら、試着室もありますので、是非こちらに!」

 

 と、店長が手を叩くと、先程の店員達が私の手を取り、試着室に案内する。

 ま、まあ試着くらいなら構わないだろう……うん!

 などと私が考えている間にも、あれよあれよという間に店員達に脱がされ、先程の装備を着せられた。

 サイズは……まるで特別にあつらえたようにピッタリだ。

 ぴったりと張り付くように肌に密着したそれは、まるでもう一つの皮膚かと錯覚するかのように体に馴染む。

 しかも、どこか可愛らしい見た目の印象とは相反するように、生地の方も頑丈のようだ。

 試しに手で叩いてみると、叩いた衝撃は殆ど体に伝わらずに生地に吸収されていくのがわかる。

 恐らくは武器と同じように、この服にも魔力が込められているのだろう。

 生地の装飾に混ざってキラリと光る魔石が見える。

 なるほど、防御系の魔術の効果が付与されているのだとしたら、物理攻撃のみならず魔術攻撃にも強い耐性を誇るだろう。

 が……や……やっぱり、デザインが少し気になる!

 フリルのあしらわれた女性っぽすぎるデザイン!加えて少しその……食い込むようなというか、肌に馴染むだけに体のラインが出る上、何故だか太腿が妙に露出されている!

 これは性能云々というより、単純に男として少し抵抗があるというか……いや、今の私は美少女ではあるのだが!だからといってそう簡単に……

 

「如何でしょう、お嬢様!」

 

「うわぁっ!」

 

 などと頭を悩ましている私を他所に、試着室のカーテンが開けられ、店長が室内を覗き込む。

 くっ……ひ、人に見られるかと思うと猶更ちょっと恥ずかしい!

 思わず羞恥で顔が熱くなる私に、店長は満足そうな笑みを浮かべながらにこやかに話し出した。

 

「おお、やはり!思った通り、お似合いですね!見る者全てを魅了する愛らしさかと……!」

 

「然り!拙者も斯様に思います!神官殿、とても可愛らしくお似合いかと!」

 

「ふ、ふふ、そそ、そうか?まま、ま、まあ!?天才だからねぇ!?」

 

 口々に私の美貌を褒め称える店長と、ヌンとかいう鎧女を前に、思わず声が上ずってしまう。

 いやいや、下々の者が私を褒め称えるのは当然のことながら!?

 実際に褒められると、やっぱり違うというか?うん?まあ、それはまあ、嬉しいに決まっているとも!?

 と、つい顔を逸らす私の視線の先にリガスの顔が見える。

 リガスも今の私の姿に少し戸惑い、顔を赤らめながらも、目が合ったことで慌てて同じように口を開いた。

 

「あっ、え……ええと……お、俺も良いと思うよ、カミラさん、その、か、可愛いし……!」

 

「あはぁ……私も良いと思います……凄く良い……えっちで……このまま石化してもらえたら私はもう何も言うことが……ふへへへ……」

 

 トゥーラだけ少し着眼点がおかしい気もするが、まあ褒められていることには違いない。

 いや、これだけ多くの人を衣装一つで魅了してしまう、というのは困るなぁ!

 私の姿に人々が一喜一憂するかと思うと、身動きできない馬鹿に回復術をかける時とはまた別の優越感が心に湧き上がるというものだ。

 どこかゾクゾクする優越の快感に浸る私に、眼前の店長がまた、にこやかに笑みを浮かべ、問いかける。

 

「さて、それではそちらの商品――お受け取りいただけますか?」

 

「勿論だとも!!!」

 

 即答であった。

 



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ヘムロック魔道具店

「いやあ、良い買い物をしたな!」

 

「買ってはいないよね」

 

 後ろからツッコミを入れるリガスを無視しながら、私は先程の武具店、ブラッディーストライクで貰った装備を手に、意気揚々と大通りを歩く。

 あれだけの性能の防具が無料で貰えるとは、今日は良い日だ。

 とはいえ、あの装備でそのあたりをうろつくのは少し恥ずかしいので、服はもう元の法衣に戻している。

 あの装備を真面目に使うなら露出を隠せるような外套も買っておいた方が良いかもしれない。

 

「しかし……店に入る前は貴様らの方がはしゃいでいたのに、結局買い物をしたのは私だけか」

 

「う~ん、俺も色々と欲しかったけど……どの属性武器もカッコ良くて結局コレ!ってのが無かったんだよね」

 

「ふへぇ……品揃えが良すぎるのも問題ですねぇ……私は元々、今日は別に装備を買う気ではなかったので……」

 

「なんだなんだ、優柔不断じゃあないか!それでは私のように立派な冒険者にはなれないぞ!ふふん!」

 

 顎に手を当てて悩むリガス達に振り向き、私は堂々と言ってのける。

 私はこういう時にあまり悩まないからな!何故なら悩んでいる時間が勿体ないからだ!

 即断即決!それもまた天才としての素養である!

 

「と……しかし、リガスの装備が心もとないのは困るな、あの店のトゲトゲ鎧では流石に大げさすぎるが……鎖帷子か何かくらいどこかで買っておくべきだろう」

 

「やっぱりそうかな……俺の場合そう簡単に大ダメージ負えないしね」

 

「ふぇ、そ、そうなんですか?戦士なのに?」

 

「あ、いや、それはその……」

 

 リガスが不用意に余計なことを言ったばかりに、隣のトゥーラが不思議そうな表情でリガスの顔を覗き込む。

 馬鹿め!迂闊に自分から正体をバラすようなことを言ってどうする!

 何故か出会っちゃったせいで一緒に行動しているが、別にトゥーラはパーティメンバーでも何でもないんだぞ!

 と、慌てて口ごもるリガスに助け舟を出してやろうと、私は咄嗟に話題を変えるべく話に割り込んだ。

 

「そうそう、そういえば私の行きつけの魔道具屋が裏路地に入ったところにあるんだ。店主はいささか人間性に難があるが、たまに掘り出し物が眠っていることもある。行ってみるか?」

 

「あっ、う、うん、そうだね!そうしよう!トゥーラさんも!」

 

「ふへっ?あ、は、はい……私は良いですけど……」

 

 ううん、と不思議そうな表情を浮かべたものの、トゥーラはそれ以上に突っ込むつもりは無いらしい。

 以降は何ともない日常的な雑談を交わしながらも、私達は大通りから脇道へ、そこから更に枝分かれした裏路地へと進んでいく。

 そうして進んでいくとやがて、どこか薄気味の悪いじめじめとした路地に立つ、怪しげな雰囲気の小さな店が視界に入った。

 さて、ここの店主もしばらく前に会ったきりだが――

 と、そこまで考えてハッと気付く。

 

 女の子になってから、ここの店主に会ったこと無くない?

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 薄暗いその魔道具店の店先には、これまた薄気味悪い奇妙な小鬼のミイラが飾られ、申し訳程度に掛けられた看板は、表面が掠れて店名すらよく読めなくなっていた。

 本当にこんなところがカミラさんの行きつけの店なのだろうか?

 カミラさんのことは信じているが、さっきの武具店、ブラッディーストライクの派手さ、華やかさと比べると、どうしても少し不安になる。

 こういった裏路地の隠れた店はいかにも一見禁止、という雰囲気があるのも少し怖い。

 まあ、そこはカミラさんがいるから大丈夫だろうが――と、俺の後ろで腕組みをして立つカミラさんが、思い出したように口を開く。

 

「そうそう、リガス。私はこの店には入れないから、貴様とトゥーラだけで入るといい!」

 

「ふへぇ!?」

 

「ええっ!?」

 

 隣でしげしげとミイラを眺めていたトゥーラさんと共に、つい驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。

 実際のところ、それはちょっと困る。

 俺はカミラさんが一緒に来てくれるとばかり思っていたのに……

 思わず俺はカミラさんに問い返す。

 

「入れないって……なんで?カミラさんの行きつけの店なんじゃ?」

 

「それはそうなんだが……うむ……ええい!いいから早く入ってしまえ!大丈夫だ!店主は自分が認めた冒険者には優しいぞ!ツケで迷宮産の魔道具を譲ってくれたりする!」

 

「そのツケって借金なんじゃ……っと、とと、ちょっ、カミラさん!?」

 

「良いから早く行けというのだ!私は外で待っているからな!」

 

 言いながら、カミラさんはグイグイと俺の背中を押して早く入店するように促す。

 どうやら、どうしてもこの店には入りたくないらしい。

 まあ、嫌がる女の子に無理矢理頼むのも気が引けるし、これはこれで仕方ないか……と、俺は意を決して、ボロボロの木製のドアに手をかける。

 ギィ、と軋む音を立てて開いたドアを抜けると、店内もまた雑多で怪しげな雰囲気だ。

 何に使うのかも分からない道具がそこかしこに雑に置かれ、武器のような物もあれば薬のような物もあり、カウンターには犬のぬいぐるみのような物まで置いてある。

 

「あ、こ……これ、可愛いですね……!」

 

 と、ぬいぐるみを見かけたトゥーラさんが興味深げに手を伸ばした。

 すると、手が触れた瞬間、ぬいぐるみが大きく口を開け、目から綿を撒き散らしながら、地獄の底から響くかのような恐ろしい悲鳴を上げる。

 

「ふへっひぃ!?」

 

「うっわ!だだ、大丈夫?トゥーラさん!?」

 

「だ……だだだ……大丈夫、です……ふぇ……」

 

「ヒヒヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒッヒイヒヒヒヒヒヒヒヒッヒヒヒヒヒヒヒッヒヒ!!!!」

 

 腰を抜かして倒れそうになるトゥーラさんを間一髪のところで支えると、ぬいぐるみは今度は楽し気にけたたましい笑い声を延々と発し続ける。

 怖い。

 正直もう出てしまっても良いんじゃないか、この店。

 そんなことが頭を過ぎる中、またしても突如、バン!と勢いよくカウンターの裏から手が伸び、ぬいぐるみの頭を叩き付ける。

 驚いて何も言えない俺達を他所に、手の主……どうやらカウンターの裏でしゃがんで作業していたらしい、髪の禿げかけた恰幅の良い老人が、けだるげに立ち上がる。

 

「ああ~~~~……うっせぇわい……」

 

 立ちあがった老人は、面倒臭そうな様子で頭をボリボリと掻くと、ギロリとこちらに視線をやり、ぶっきらぼうに言い捨てる。

 

「ようこそ、ヘムロック魔道具店へ」



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火花

「坊主ども……見ない顔だな、見たところ駆け出し冒険者か……誰の紹介だ?」

 

 カウンターに肘をつけながら、ジロリとこちらを睨みつけ、ぶっきらぼうに話す店主。

 ヘムロック魔道具店、というのだから恐らくはこの店主がヘムロックなのだろう。

 なんとも剣呑とした雰囲気を醸し出す禿げかかった老人を前に、俺は気圧されないようになんとか踏ん張りながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

「か、カミラさんっていう神官の女の子の紹介で来たんですけど……知ってます?」

 

「カミラ……は、覚えが無いな」

 

「あの、カミラさんは15歳くらいの女の子で……すごい自信満々で、よく自分を天才神官だ!って言ってます!そんな子なので、一度会ったことがあれば覚えてるんじゃないかと……」

 

「……天才神官?ふむ、そんな恥知らずなことを自称する神官は一人しか知らんが……女の子……?」

 

 それまで威圧するような態度でこちらを睨んでいた店主、ヘムロック翁は天才神官、という言葉にピクリと耳を動かすと、少し興味深そうに身を乗り出した。

 

「はい、女の子です!今日はちょっと店に入れないとか何とかで、外で待ってるんですけど……」

 

「ふむ……」

 

 言うと、ヘムロック翁はカウンターの脇の小窓を開き、身を乗り出して外を見やる。

 少しの間、外を眺めた後でまた窓を閉じると、じっと目を閉じながら、どこか呆れたような声で呟いた。

 

「…………まあ、構わんか……性癖は人それぞれだからな……」

 

「?」

 

「いや、何でも無い。それよりも……どら、魔道具を見繕ってやる。そちらのお嬢さんから来い」

 

「ふぇっ!?」

 

 と、ヘムロック翁は先程よりやや柔らかくなった態度で、俺の後ろで怯えるトゥーラさんを手招きする。

 トゥーラさんはその手招きに、ひとしきりオロオロと辺りを見渡したかと思うと、ゆっくりと俺の後ろから姿を現し、おずおずと口を開いた。

 

「ふへ……あ、あのぅ……わわ、私は付き添いで……買い物しに来たわけじゃ……」

 

「知らん。この店じゃ客に何を売るかは俺が決める」

 

 ヘムロック翁は怯えるトゥーラさんに、堂々とそう言い放つ。

 ちょっと理不尽な気もするが、こんな店を経営するような物好きな老人だ。

 良くも悪くも変わっているのだろう。

 カミラさんが人間性に難があるとか何とか言っていたのはこのせいか……いや、でもカミラさんが言えたことでもないな……

 などと考える俺を他所に、店主はカウンターの裏で何やら木箱をゴソゴソと漁り、中から透き通った一つの水晶の玉を取り出すと、丁寧にカウンターの上に置く。

 

「嬢ちゃん、これに魔力を流してみろ」

 

「ふへ……かか、噛みついたりしないですか……?」

 

「するわけねぇだろ、水晶だぞ」

 

 ヘムロック翁が呆れたように言い捨てると、トゥーラさんは無言でチラリとカウンターに置かれたぬいぐるみに目をやる。

 わかるよ。ぬいぐるみがあんなんだった以上この水晶にも安心できないよね。

 とはいえ、眼前でジッとこちらを睨みつけるヘムロック翁も怖いのだろう。

 トゥーラさんは意を決したように水晶に両手をかざし、魔力を流し込み始める。

 すると、水晶の中で突如としていくつもの火花が弾けだした。

 白――いや、灰色か?それ一色の火花が、勢いよく、小気味の良い音を立てて連続で弾け続ける。

 ヘムロック翁はそれを見ると、ほぉ、とわずかに感嘆したような声をあげた。

 

「驚いたな。嬢ちゃん、あんた――何か一つの魔術しか使えないだろう」

 

「ふぇっ!?そ、そうですけど……」

 

「普通はもうちょい色とりどりの火花が出るもんだ。これだけ単色のみってのは滅多にない。しかも魔力量は相当に多いと来た。随分ピーキーな魔術師だな」

 

 水晶の火花を見ただけでそれほどまでに分かるものか、ヘムロック翁はどこか愉快そうな様子で、つらつらと語り出した。

 先程までの憮然とした表情が嘘のようだ。

 よっぽどトゥーラさんの魔力に興味を惹かれたのだろう。

 どこか恥ずかしそうな様子で俯くトゥーラさんに、ヘムロック翁は尚も続ける。

 

「だが、魔力量が多いだけに……嬢ちゃん、あんた細かい魔力のコントロールは苦手だろう。違うかい?」

 

「へぇ……!?そそ……それも正解です……!」

 

「だろうな、ま、そこは杖が合ってないせいもある。杖にはおおまかに魔力を高め広範囲に拡散させる効果の杖と、魔力の消費を抑えて小回りが効くようにする杖がある。嬢ちゃんのは前者だ」

 

 そう語り出しながら、ヘムロック翁はカウンター脇の扉を開き、店内の片隅で乱雑に樽に突っ込まれていた杖を一本引き抜く。

 まるで白炭のように真っ白に光り輝く木で出来たその杖は、ごくごくシンプルに真っ直ぐ伸び、先端にのみ二匹の蛇が互いに天を睨むようにして絡み合う銀の装飾が施されている。

 

「ほれ、持ってみろ」

 

「わた……たっ……!?」

 

 ヘムロック翁がその杖を雑にトゥーラさんに放り投げると、なんとかトゥーラさんもそれを受け取る。

 すると――俺にはわからないが、明らかに何かが違ったらしい。

 トゥーラさんが驚いたように目を見開き、蛇の装飾を見つめると、杖の握り心地を確かめるかのように何度か手に力を入れ、グッと握る。

 

「これ……えっ……す、すごいですよ、リガスさん!な、なんでしょう……何もしてないのに杖が導いてくれる感じというか、魔力が循環する感じというか……」

 

「そういう杖だ。特殊な効果があるわけじゃあないが……出来は良い」

 

「はあ……凄い……これ、おいくらに……」

 

「銀貨40枚ってとこだな」

 

「よんじゅっ……」

 

 銀貨40枚。

 大体庶民の生活一月分の金額である。

 この間のバジリスク討伐でボーナスを貰えたとはいえ――その金も精々銀貨10枚程度だ。

 駆け出し冒険者の俺達にとっては正直なところ、大分高い。

 いくら良い杖とはいえ、俺達が持つにはまだ少しハードルが高いような気も……などと考える俺を他所に、トゥーラさんは即座に気持ちよく言い放つ。

 

「買います!」

 

「ほう、銀貨は?」

 

「えと、その、大丈夫です!溜めてた分と合わせてギリギリあった筈なので……後で取りに来るので、取り置きできますか……!?」

 

「いいぜ。まいどあり、嬢ちゃん」

 

 そう言ってトゥーラさんから杖を受け取ると、ヘムロック翁はカウンターに置かれた木の札にサラサラと取り置き品の文字を書き、カウンターの裏に杖を仕舞った。

 トゥーラさんだって駆け出し冒険者だ。銀貨40枚は相当な出費だろう。

 それを迷いなく支払えると言えるほどの品だとは……

 そう思っていると、顔に滲み出ていたのだろうか、ヘムロック翁が俺を指差し、釘を刺すように言う。

 

「言っておくが坊主、高くて良い品だから合うってわけじゃないぞ。この嬢ちゃんのクセと魔力に合う杖があの杖だった。それだけだ」

 

「……店主さんは、それを見分けられると?」

 

「それが仕事だからな。坊主もとっとと水晶に魔力を流せ」

 

「いや、俺は戦士というか剣士というか……別に魔術師じゃ……」

 

「魔術師じゃなくても魔力にはそいつの才能と潜在能力が秘められてる。魔力の込め方がわからんなら何となく手に力を込めて念じるだけでも良い」

 

 そう言われても……と、少し困るところだったが、隣で未だ興奮した様子で急かすトゥーラさんと、店主の眼力に気圧され、渋々ながら水晶に手をかざす。

 魔力を流す……といっても魔術なんか使ったことは無いので、言われた通りに、何となく手に力を込めて念じる。

 すると――驚くべきことに、ちゃんと火花が出た。

 出た、が……

 

「……赤黒い……火?」

 

 先程のトゥーラさんの火花とは違い、水晶の中には血のように濃く、赤黒い火がゆらゆらと静かに揺れていた。

 ヘムロック翁はこれまた驚いたように目を見開くと、じっとその火を眺める。

 やがて、もういい、と言う風に手を振ると、老人はようやく口を開いた。

 

「坊主、ちょっとその背負ってる剣と盾を構えてみろ」

 

「えっ、はい、こんな感じで……」

 

 いつも通り、俺が剣と盾を構え、魔物と対する時のように立つと、ヘムロック翁はそれをしげしげと観察しながら、何か考え込むかのように顎を撫でると、再度もういい、という風に手を振る。。

 

「なるほどな……坊主、お前に向いてるのは……アレだな、ここの……」

 

 俺が構えを解いたのを見ると、ヘムロック翁はまたも店内の雑多に武器が突っ込まれた樽へと向かい、ゴソゴソと様々な武器を取り出す。

 さっきはトゥーラさんの杖の銀貨40枚という値段に思わず驚いてしまったが、やっぱり自分の新しい武器を選んでもらえると思うと少し心が沸き立つものを感じる。

 ヘムロック翁は、俺に一体どんな武器を取り出してみせるのだろう。

 ……出来ればジョーさんみたいなカッコいい魔剣が良いな!

 ブラッディーストライクではカッコいい魔剣は沢山あったが、今一つしっくり来る魔剣が無かった。

 それさえあれば、俺はもうとっくに魔剣を買い求めていただろう。

 ああ、でも盾でも良いかもしれない。

 強力な大盾でもあれば確実にカミラさん達を守ることが出来るし、俺自体もダメージを受けて暴走しなくても済む。

 そんなことを考える俺に、ヘムロック翁はやはりぶっきらぼうに、一つの武器を取り出し、カウンターに戻る。

 

「坊主に一番合う武器は、こいつだ。」

 

 老人はそう言いながら、カウンターの上に、『爪』を置いた。

 



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爪と誓約と新パーティ

 『爪』

 もっぱら拳で握り込むタイプのその武器は、武道家、モンクなどの格闘特化の冒険者がメインで扱う武器である。

 当然ながら、剣士が使うような類の武器ではない。

 素早い攻撃には向いているが、剣よりも尚リーチが短く、どこか野性的、そういうイメージの武器だ。

 そんな爪――ヘムロック翁がカウンターに置いたそれを、俺はじっと見つめる。

 

 ――奇麗だ。

 思わずそう感じてしまった。

 亀の甲羅のように曲線を描く手甲部分は、白く輝く鋼に金の装飾が施され、どこか神聖な印象を与える。

 その手甲部分から一本、大き目のナイフ程度の刀身がすらりと伸びている。

 いわゆるジャマダハルというやつだろうか。

 一見して爪という武器種の乱暴なイメージとは少し離れているように思えた。

 確かに、ヘムロック翁の見る目は確かなのだろう。これはきっと素晴らしい武器だ。

 しかし……

 

「あの……俺、爪なんか使ったことないんですけど……」

 

 俺は恐る恐る口を開く。

 いや、でも本当に使ったことないんだ。

 到底扱える自信は無い。

 そんな俺に、ヘムロック翁は珍しく、くっくっと笑い声を漏らしながら問いかける。

 

「ほう、爪は使ったことが無いか……では剣は?お貴族様みたいに最初から誰かに習ってたのか?」

 

「いや、剣も我流は我流ですけど……」

 

「なら同じことだ。剣に固執し続ける理由もねえだろ」

 

「それは……」

 

 確かに……元々、俺が剣と盾を握って迷宮に飛び込んだのは、それがソロでやるのに一番効率が良い武器だったからだ。

 取り回しのしやすい剣は基本的にどんな状況でも使えるし、盾があれば万一の際も敵の攻撃を防いで逃げられる。

 剣と盾、というのは良くも悪くも汎用性が高く、一人で冒険する迷宮初心者にとってはうってつけだったのだ。

 だが、今は……俺が言う前に、眼前のヘムロック翁が口を開く。

 

「そこの嬢ちゃんも、外で待ってる天才神官様(笑)もパーティにいるんだろ。なら、剣に固執する必要も無い筈だ」

 

「ふぇっ……わ……私も……!?」

 

「トゥーラさんは別にまだパーティってわけじゃないんだけど……」

 

「なら、今ここでもうパーティを組め。その嬢ちゃんとお前らは相性が良い」

 

 じろりとトゥーラさんを横目で見ながらそう言うと、ヘムロック翁はさて、と、呟き、爪を持ち上げる。

 

「商品説明に戻るぞ。この爪は『精神異常軽減』の祝福がかかってる神聖武器だ」

 

「!」

 

 精神異常とは、魔術による状態異常を細かく分けた区分の一つだ。

 体に直接害を与える毒や石化と異なり、精神異常の魔術は幻術や魅了など、その名の通り相手の精神に直接影響を与える。

 ちなみに神聖武器というのは、魔力の込められた魔剣とは異なり、神官、あるいは神や精霊による神聖術を付与された武器であり、魔剣とは異なり攻撃よりも防御や補助の効果の得られる武器が多い。

 詳しくどういう効果かは聞いていないが、それこそカミラさんのモーニングスターも祝福を受けた神聖武器だった筈だ。

 しかし、精神異常軽減か……

 

「ヘムロックさん、あなたは一体どこまで俺の……」

 

「さてね、それでどうする?買うのかい?ちなみに値段は金貨5枚だ」

 

「金貨!?」

 

「ああ、ちなみにツケでも構わん、その場合は迷宮で見つけた宝を優先的に俺のとこに持ってきてもらうがな」

 

 そうは言っても……金貨の価値は1枚でざっと銀貨100枚分だ。

 それが5枚……どれだけ迷宮の宝を持ち帰らないといけないのだろうか……

 悩む俺に、ヘムロック翁はふふん、と鼻息を鳴らしながら、また口を開く。

 

「ま、買わないなら買わんで構わんさ。だが折角だ、少しの間だけ無料で貸してやる。お試し期間というやつだ」

 

「えっ、それならまあ……有難いですけど……良いんですか?」

 

「当然だ。俺は多くの冒険者を見て来てる。坊主はきっとこれを買う。一度使ってみりゃ病みつきだ」

 

 そこまで行くかな……と、考えながらも、ヘムロック翁が差し出した爪を有難く受け取る。

 確かに、これを無料で使えるのなら、試しに少し爪での戦闘を練習してみても良いかもしれない。

 仮に合わなかったとしても、それはそれ、また別の武器を見繕ってもらえば良いだけのことだ。

 爪の装飾を撫でながらそんなことを考えていると、ヘムロック翁はこれで仕事は終わりだとばかりに伸びをして、ぶっきらぼうに問いかける。

 

「で、まだ何かあるか?あるなら勝手に持ってきゃいいが」

 

「あ、そうだ、出来れば鎖帷子か何かを……」

 

 元々そういったものを買いに来たのだ。

 それを思い出した俺達は、いくつかの新しい防具や冒険で使う道具などを買い求めると、奇妙な魔道具店を後にする。

 カミラさんに相談したいこともあるし、この後ちょっと酒場かどこかにも行っておかないと……

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「トゥーラをパーティに入れる!?」

 

「うん、いいかな、カミラさん」

 

 大通りに面した小さな酒場――まだ昼が高いので、そこまで客は入っておらず閑散としている。

 その酒場で少し遅めの昼食をつまみながら、リガスがまたアホらしいことを言い出した。

 あの禿げた性悪ジジイに何か言われでもしたのだろう。トゥーラをパーティに加えるつもりのようだ。

 っはー!やれやれ!少し他人に何か言われただけで影響される!これだから凡夫というやつは度し難い!

 恐らくは理解していないであろうリガスに、私はゆっくりと言い聞かせる。

 

「いいかい、リガス。トゥーラは魔力量こそ多いが……決して便利な魔術が使えるわけではない。魔術師が欲しいなら他に良いのは沢山いる」

 

「それは……」

 

「ましてや、お前は……その……『アレ』だ。バレたらマズいんじゃないのか?」

 

 そう、リガスは何せ狂戦士だ。

 他の冒険者たちにそれがバレたら何かと面倒なことになる。

 パーティメンバーを増やすにしても、余程に信頼のおける奴ではないと安心はできないだろう。

 そう考える私だったが……それに関しては、リガスはこちらの目を正面から見つめ返し、堂々と答える。

 

「大丈夫だよ、トゥーラさんは信用できる」

 

「……根拠はあるのか?」

 

「今まで話した感じと、あとヘムロックさんの目かな……?」

 

「根拠が無いも同然じゃあないか!!貴様の頭は何だ!?理性的な思考を放棄しているのか!っはー!やれやれ!少しは私の天才的思考を見習ってほしい!」

 

「す、すいません……やっぱり駄目ですよね……私なんか……」

 

「ええい、そっちも落ち込むな!実力と才能はあるのだから堂々としていろ!」

 

 私とリガスの会話を聞きながら、どんよりと暗い表情で俯くトゥーラに喝を入れる。

 全く、実際のところ、私はトゥーラの魔力と実力自体は認めているのだ。

 使える魔術があまりにも少ない、というのはネックにも程があるが、そこは使い方の問題だしな。

 だというのに、うじうじと……

 

「そもそも……トゥーラ、私達は迷宮最深部を本気で目指している。貴様はそんな私達のパーティに本気で入る気があるのか!?」

 

「ふぇっ!?さ、最深部に……!」

 

「当然だとも!私達は迷宮の浅瀬でチャプチャプ遊んでいるカスとはワケが違うんだからな!貴様にちゃんと覚悟が無い限りは、パーティに入れる、入れない以前の話だろう!」

 

「私は……」

 

 私の問いかけに、トゥーラは震える手で杖をぎゅっと握りしめながら、目を閉じて俯く。

 ふふん、それ見ろ!そうそう簡単に覚悟など決まるわけがないのだ!

 

「ふ、やっぱり無理かな?ま、仕方ないがね!迷宮深部に挑むには才能に加え努力!実力!そして運!全てを兼ね揃えた私のような傑物でないと――」

 

「私、やれます!」

 

「――――へ?」

 

 見ると、トゥーラは手を震わせながらも、こちらを真っ直ぐに見つめ、相も変わらずおどおどとした調子ながらも、しかし、どこか筋の通った声で語り始める。

 

「私は……その……今まで、あまり人に褒めてもらったり……信用してもらえたりはしませんでした……でも、カミラさんは、そんな私の魔術を信じてくれて……受け入れてくれて……初めてだったんです、あんなこと言ってもらえたの……私……それがすごい嬉しくて……」

 

 うん?受け入れた……ああ、あのバジリスク戦の時の……?

 

「私には迷宮深部を目指す特別な理由はありません……でも、私を信じてくれたカミラさんとリガスさん……二人と一緒のパーティに入れるなら……私だって、命を賭ける覚悟くらいは……できます!」

 

 そう言って、トゥーラはまた、堂々とこちらを向く。

 どうやら本気のようだ。

 いや、まあ、確かに私はトゥーラの石化魔術の凄さは認めたが?受け入れてはいるが?それはまあ天才として当然のことであって……

 つまり……こうなってくると、断りづらくなってくるではないか!

 どうしよう、と、隣のリガスに視線をやると、リガスは何も言わずに、にこやかに頷いた。

 何だ貴様、何の笑顔だそれは!伝わっているようで私には全く伝わらんぞ!調子に乗るな!

 

 はー、やれやれ……全く……キラキラとした目でこちらを見つめるトゥーラを前に、一度私は冷静に考える。

 ……正味な話、トゥーラ以外の魔術師を得たところで、リガスの正体がバレたらマズいのは同じだ。パーティに新戦力を入れるのが難しいことは変わりない。

 であれば、この私に恩義を感じているというトゥーラを入れるのは別に悪い選択肢では無いのか……?

 私に恩を感じているなら、ピンチになったら私をかばって魔物の餌になってくれる程度はしてくれるだろうし、迷宮の宝も優先的に献上してくれるだろう。

 うん、そう考えると悪くは無い気もしてきた。いないよりはマシかもしれない。

 そこまで考えを纏めると、私は一度、大きく息を吐き、またトゥーラに向き直る。

 

「わかった。ただしトゥーラ、何が起きても必ずリガスと私の命令には従ってもらうぞ!絶対に裏切るんじゃないぞ!」

 

「はっ……はい、それは……えへ……」

 

「うむ、それなら……よし、誓約を交わしてやろうじゃないか!頭を出せ!」

 

 トゥーラが答えたのを見ると、私は腰の鞄から聖水を取り出し、その水を少し親指の先に付ける。

 そしてその指先をトゥーラの額に押し付けると、コホンと一つ咳払いをして、神官らしく誓約の祝詞を口にする。

 

「魔術師トゥーラよ、貴方は我らが大いなる地母神、母なるギアナの前に、私達を裏切らないことを誓いますか?」

 

「――はい、誓います」

 

 トゥーラがそう言ったのを確認すると、私は頷いて、トゥーラの額から指先を離す。

 これは私達の神殿における誓約の儀式だ。

 まあ、別に誓いを交わしたところで魔術の強制力のようなものがあるわけでもないが、一応は、この誓いを破ると天罰が落ちたりする……ということになっている。

 そんな迷信……と、私が言うのもアレだが、ともかく、よっぽどのことが無ければこの辺りの人間は、一度神官の前で交わした誓約を破ろうとはしない。

 仮にリガスの秘密がバレたとしても、これが少しでも抑止力になれば良いのだがな……

 などと考えながら、私達は新たなパーティメンバーと昼間から酒を飲み交わすこととしたのだった。

 

 



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宝物塔

 迷宮第一層の森林地帯を通り、中間地点を経由して更に進むと、木々の立ち並ぶ中に佇む石造りの遺跡が現れる。

 その遺跡に入ってすぐの大階段を降りると辿り着く先。

 そこが迷宮第二階層、通称『宝物塔』だ。

 石造りの壁に囲まれ、迷路のように入り組むそこは、正しく迷宮と言うべきだろう。

 私達は今、その宝物塔の入口――最上部から少し入った通路を進んでいた。

 

「わーっはっはっは!雑魚!雑魚!雑魚め!」

 

「ちょっ、か、カミラさん!早いって!」

 

「はっ、問題ないさ!こいつらは神官にとっては!餌!同然!」

 

 私はそう高らかに声をあげながら、モーニングスターで眼前のスケルトンの頭蓋を叩き割る。

 後ろからリガスの諫める声が聞こえるが、そんなもの別に聞く必要は無いな!

 なにせ相手はスケルトン!そして私は神官!天才の!

 神官の持つ神聖力はスケルトンやゾンビ等のアンデッド系の雑魚を寄せ付けず、その場にいるだけでも優位に立てる!

 

「更に――ブレス!」

 

 指先に神聖力を込め、生じた光の玉を通路の角に集まってきたゾンビに向けて放つ。

 すると、一瞬激しい光が瞬き、ゾンビ達が、さながら水に濡れた砂の城のようにボロボロと崩れ去った。

 神聖術には攻撃力のある術が少ない。あっても、ホーリーハンマーのように神聖力を多く使う高位の神聖術ばかりだ。

 が、しかし!アンデッドに対してはその限りではない!

 先程のブレスの術も通常であれば、単に眩しい光が出るだけの術だ。

 が!その光はアンデッドに対しては特攻も特攻!浴びただけで苦痛にまみれ、のたうち回る……いや、痛覚は無いから別にそうはならないのか、とにかくアンデッドには無敵ということだ!

 

「ははははは!これが天才神官様の本来の実力と言うもの!さしずめチートな天才神官様の迷宮無双といったところだ!」

 

「ふへぇ……そのセンスはどうかと思いますけど……」

 

「何故だ!良いだろう!このタイトルで将来的には私の自伝として……おっと、通路が終わるか?」

 

 私の最強無双っぷりでアンデッド達を蹴散らしながら通路を進んでいるうち、どうやら通路が終わり、広間に出たようだ。

 広間には既に汚れてボロボロながら、かつては美しかったであろう絨毯が敷かれ、同じくボロボロのテーブルと椅子がいくつか置かれている。

 この階層にはこういった人が暮らしていたような形跡のある場所も多い。

 本当に人が暮らしていたのか、はたまた迷宮が作り出したものなのかは謎だ。

 

「とにかく、ここで少し休めそう――」

 

「カミラさん!上!」

 

「上――うわっ!」

 

 と、リガスが叫んだかと思うと、次の瞬間、私に抱き着きそのままゴロゴロと転がる。

 なんだなんだ、こいつ急に興奮でもしたのか!?これだから狂戦士は!

 私がリガスに文句を言うが早いか、先程まで私が立っていた場所に、ズシン、と地響きを立てて勢いよく何かが落下する。

 落下してきたものは、固く、黒い剛毛に全身が覆われ、凶悪な豚面に、大きな翼を持った魔物……大蝙蝠だ!

 残念ながらこいつはアンデッドではないので、私の対アンデッド最強戦闘術は通用しない。

 それを分かっているのだろう、私が立ちあがるよりも早く、リガスが蝙蝠に向かって走り出す。

 爪――どうやら、あの魔道具屋の爺さんに借り受けたらしい。

 やっぱり魔剣なんかより神聖武器だ!あの爺さんもたまには分かっているじゃないか!

 ともかく、その爪を勢いよく蝙蝠に突き出すリガスだったが――

 

「ギィィッ!」

 

「っと……くそっ!」

 

 爪が当たるよりも先に、蝙蝠はけたたましい鳴き声をあげ、砂煙を撒き散らしながら、広間上空へと対比する。

 思わずつんのめりそうになりながらも耐えるリガスだったが、蝙蝠はそんなリガスをおちょくるように上空をばさばさと羽音をかき鳴らしながら飛び回る。

 そうしてぐるりと旋回し、獲物に噛みつくべく牙を向ける蝙蝠だったが――

 

「ブレイク!」

 

 広間に響いたトゥーラの声と同時、蝙蝠の羽が石化し、そのまま迷宮の床に落下する。

 何が起きたか理解できなかったのだろう、石化し、砕けた羽を尚も動かそうともがく蝙蝠だったが、無情にも羽から全身に石化が広がり、さほどの時間もかからないうちに物言わぬ石像へと姿を変える。

 

「助かった……ありがとう、トゥーラさん!」

 

「ああ、やるじゃないか!私ほどではないが!私ほどではないがな!!」

 

「うへへ……あ、ありがとうございます……!」

 

 口々に褒める私達の言葉に、トゥーラは杖を握りしめながら、恥ずかしそうな様子ではにかむ。

 トゥーラが握っているのは白木に銀の蛇の装飾が施された魔術師の杖――これもあの爺さんの店で買ったらしい。

 よほどにトゥーラ自身の魔力に馴染むのか、石化のコントロールが以前より巧みになったそうだ。

 元々の魔力が高かったのもあり、だいぶ頼りになるようになったのではないだろうか。私ほどではないが!

 と――落ち着いたかに見えた私達だったが、先程の戦闘の音を聞きつけたのだろうか、広間のそこかしこからゾンビの呻き声、スケルトンの骨がカチャカチャと鳴る音、それに蝙蝠の羽音が合唱となって響き始める。

 

「休ませてはくれないようだな、は、構わんともさ!トゥーラ!蝙蝠は貴様担当だ!私はアンデッド殲滅無双!」

 

「は……はい!」

 

「カミラさん、俺は……」

 

「リガスは適当に頑張れ!」

 

「あっ、うん……」

 

 少ししょんぼりした様子のリガスを差し置き、私は手にしたモーニングスターでアンデッドを浄化する作業に戻るのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 迷宮第二層、宝物塔。

 ここは先程の広場のように、人為的な広間、家具、物、様々なものが存在する。

 それらは人にとっては貴重な宝となる場合もあり、ここまで潜れる冒険者は必死にそれらを地上へ持ち帰ろうとする。故に宝物塔。

 ま、私達が目指すのは迷宮深部だけなので、そこまで宝に惹かれるわけでもないが――有難いのはそんな人為的な部屋が多い、ということだ。

 広間を突破し、迷路を突破した私達は今、また別の広間――噴水のような回復の泉が沸きだす安全地帯にてキャンプを張り、休憩することとしていた。

 迷宮内部とはいえ、安心してゆったり休めるというのは有難いことだ。

 第一層のような開けた場所では回復の泉が沸いていても安心できるとは限らないからな。

 ささやかな幸せを噛み締める、そんな私の眼前で……

 

「はぁ……」

 

 リガスががっつり肩を落としていた。

 

「ええい、鬱陶しいな、リガス!爪の間合いを把握できなくて攻撃スカしたり、それで私に回復してもらったり、盾が無いのを忘れて思い切り敵の攻撃を受けた程度でウジウジと!」

 

「それだけ失敗してれば普通は落ち込まないかな!?」

 

「私は落ち込まん!天才だからな!私がダメな時があるとしたら相手が悪いのだ!」

 

「あの……カミラちゃんのそういうところ……普通の人は真似しちゃ駄目だと思いますよ……?」

 

 なんだ、失礼だな。私が普通の人間じゃないみたいな言い方をするじゃないかトゥーラめ。

 ま、天才だからな、普通の人間じゃないというのは確かか!うん、なら褒め言葉だな!良しとしよう!

 

「とにかく、今までロクに使っていない爪に慣れていないのは仕方あるまい!戦闘の中でさっさと適応させれば良いだけだ!良いな!」

 

「簡単に言うなあ……」

 

 はあ、と溜息を突きながら、リガスは手にした爪を眺める。

 ま、最悪、爪が使い物にならなかったらあの爺に返せば良いだけだからな、別にモノにならなかったらならなかったで構うまい。

 トゥーラの杖はちゃんと効果を発揮しているのだし、これだけでもあの店を紹介した甲斐はあるというものだ。

 

「装備って言えば……カミラちゃんの、それはどうですか?」

 

「ん?うむ、まあ、恥ずかしいのは恥ずかしいが……悪くは無いんじゃないか?恥ずかしいが……」

 

 トゥーラの言葉に、はた、と、私が今着ている装備のことを思い出す。

 ブラッディーストライクで買った、あの太腿がやたらに出る装備だ。

 一応は上から外套を羽織ってはいるのだが、それでも脚がやたらと見えてしまって少し恥ずかしい。

 まあ、幸いにして戦闘中は意識している暇も無いし、心なしか調子がいい気はするので、特に問題は無いだろう。

 相手がクソザコアンデッドばかりで防御性能を確かめられないのが辛いところだ。は~、私が強すぎて辛い!私が天才なばかりにな!困るな~! 

 などと考えながら、外套の下の装備をチェックする私の背後で、広間の扉がギィ、と音を立てて開いた。

 すわ魔物か、と警戒を強める私達だったが――

 

「……ややっ!これはこれは!いつぞやお会いした神官様では!?」

 

「なんだ、ヌン、知り合いか?」

 

「はい!ふふん、これも縁というものですな!」

 

 扉を開けて現れたのは、また別の冒険者グループ……この間ブラッディーストライクで会った鎧女、ヌンとその一行だ。

 相も変わらず、やけに仰々しい鎧を着こんだヌンの他、三人のパーティメンバーも皆、ゴテゴテとした装飾過多な装備を着込んでいる。

 恐らくは皆、あの店で買い求めた防具なのだろう。

 ……アレと同じ店を使ったと思われると、私も仲間のようでちゃんと恥ずかしいな。

 などと思いながら、私達同様にキャンプの準備を始めるヌン達を見ていると、隣で見ていたリガスがまた、はあと溜息をついて呟く。

 

「やっぱり俺も、あそこの魔剣にしとけば良かったかな……」

 

 それはどうかと思う。

 



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メタルな魔物と悪魔の噂

 迷宮内の安全地帯になり得る回復の泉の近辺には、自然と人が集まる。

 ましてや迷宮二階層からは日帰りで探索することが難しくなってくるため、自然と皆、そこにキャンプを張ることになるのだ。

 そんなわけで今、この広間にはいくつかのパーティがテントを張り、飯を炊き、さながら戦の陣中のような有様を見せていた。

 そんな人々を眺めながら、パンと干し肉を手にしたリガスが不思議そうな表情で問いかける。

 

「人が増えてきたね、迷宮二層ってこれくらいが普通なのかな?」

 

「二層までならまだ宝を持って安全に帰ることのできる距離だからね、通常の冒険者であれば、この第二層に現れる宝を地上で売るだけでもそれなりに生活できるだろうさ」

 

「ふへぇ……宝物塔の名は伊達じゃないんですねぇ……」

 

「ああ、迷宮はどこでもそうだが……この第二層にもどこからか宝が湧きだしてくることがある。しかも、他の階層よりもその頻度と数が多いのだ!故に宝物塔!」

 

 迷宮では、それまで何も無かった道でも、不思議なことに宝箱が突然ポツンと現れることがある。

 第二階層ではその宝箱の現れる頻度が多い……というより、単純に森の木々で入り組んでいる第一層よりもその宝が見つけやすい、という部分もあるだろう。

 更に第三階層以降は危険度が増すし、帰路が長ければ長い程、貴重な品を沢山持って帰還することは困難になる。

 よって、普通の冒険者であれば第二階層で宝を漁るのが鉄板なのだ。

 ま、それでも当然危険はあるので、広場にキャンプを張ったまま戻ってこないパーティというのも存在するのだが……ま、私達はそうはなるまい!天才だしな!

 と、改めて私は、広間の石造りの床の上に、二枚の紙を広げる。

 一枚はギルドの依頼書。もう一枚は迷宮の地図だ。

 地図の四隅をそのへんの石で固定すると、私は干し肉を噛むリガスとトゥーラに、言い聞かせるように話し始める。

 

「さて、改めて依頼の確認だ!今回の依頼は……メタルスケルトンの素材納品!」

 

「メタルスケルトンか……見つけること自体が難しい魔物だって聞いてるけど……」

 

「ふふん、その通り!だが、だからこそ良い!」

 

 メタルスケルトン、迷宮第二層に出現するスケルトンの亜種であり、全身がさながら鋼の如く輝く突然変異でもある。

 迷宮に満ちる魔力を殊更に多く吸収した魔物は、これに限らず、魔力の影響を受けて全身が金・銀・鋼や宝石の如く輝くようになることが多い。

 そうして、そうなった希少な亜種達に共通して言えることは――倒せば高く売れて、更にレベル上げにも最適!ということだ!

 迷宮では魔物を倒すことで、その魔物の持つ魔力を吸収し、自身の筋力・体力・器用さなどのステータスを高めることが出来る。

 希少種は、その吸収できる魔力の効率が良いのだ。

 潤沢な魔力を蓄えたそれは、確かに通常のスケルトンよりは強いのだが、迷宮各所に潜む主――いわゆるボスモンスター程に強いというわけでもない。

 言ってしまえば雑魚同然!

 

「ふっふっふ、更に――私はそのメタルスケルトンの湧きやすい場所を知っているのだ!天才だからな!」

 

 言いながら、私は地図に記された一箇所を指差す。

 迷宮第二層はそれなりに人が多く入るのと、わかりやすい通路や広間の存在によってマッピングがしやすく、それなりに地図が普及しているのだ。

 ……最も、迷宮の組み換えなどの不確定要素もあるので、手放しに信用していいものでもないが、まあ、前にジョー達と行った時はちゃんとメタルスケルトンがいたし、大丈夫だろう。

 

「ともあれ、これこそ資金稼ぎとレベル上げを兼ねた一石二鳥の天才作戦!どうだい!?褒めてくれても良いんだよ!?」

 

「えっ……あ……はい!か、カミラちゃん、凄いです!」

 

「俺もちょっと不安はあるけど、良い計画だと思うよ、しっかり調べてくれてありがとう」

 

「ははははは!よせやい、よせやい!照れるじゃないか!ふふ、この私が天才だなんて!そんなわかりきったこと!」

 

 っはー!それほどに褒められると照れる!照れるなー!

 と、私が上機嫌になりながらパンを口にしていると、不意に背後から誰かに声をかけられた。

 

「そこの神官ちゃん、元気そうだな、もう石化は大丈夫なのか?」

 

「ん?なんだ、誰……ああ、なんだロフトか」

 

 振り向くと、そこにいたのはジョーとパーティを組む小柄な斥候――ロフトだった。

 私がなんだ、と、溜息を突くのに対し、リガスが慌てたように頭を下げる。

 

「ロフトさん!先日のバジリスクの時は、ありがとうございました!今日はジョーさんは?」

 

「今日は俺だけだよ。あの件でまだ迷宮が荒れてるみたいでさ、斥候だけでちょこちょこ調査して来いってことさ」

 

「はっ、なんだなんだ!?ジョーの奴は怖気づいたか!?っは~!やれやれだなぁ!斥候一人だけ行かせるとかなぁ!」

 

「……こないだは石化してたから気付かなかったけど、この子、こんなにうるさかったんだな」

 

「すいません、うちの神官が」

 

 言いながら、リガスが頭を下げる。

 おいおい、確かに相手はジョーよりは頭が良いとはいえ、たかが斥候だぞ。大袈裟じゃないかリガス。

 と、いうか……そうか、私はロフトのことを知っているが、ロフトは私をバジリスクの石化から治したのが初対面……と思っているのか。

 ……万が一にでも、私の正体がバレたら厄介だな……ジョーはアホだから大丈夫だったかもしれないが、ロフトはそれよりもちょっと頭が良い。

 ましてや、この首飾りを私にくれたのはロフトだ。

 見られたら一発でバレる……とは言わないまでも、答えに辿り着くことはあるかもしれない。

 私は慌てて外套で胸元を隠しながら、ごほん、と咳払いをして、なるべく平然とした態度でロフトに問いかける。

 

「それで……迷宮が荒れてる、とか言ってたが、具体的にはどういうことだい?」

 

「あ~……嘘か本当かまだ分かんないからアレなんだけど……噂だと最近、この階層に悪魔が出るらしくってさ」

 

「悪魔……ですか?」

 

 悪魔――いわゆる魔族と呼ばれるものの一種であり、魔物とはまた別の存在だ。

 システム的に迷宮で生み出され、自我も持たずに人を襲う魔物とは違い、魔族は迷宮の外で産まれ、それぞれの種族ごとに独自の文化と文明を築いている。

 鬼と呼ばれる魔族はひたすらに強者との戦いを好むし、吸血鬼と呼ばれる種は、人の街に紛れ込むことすらある。ダークエルフは自身の森に引きこもり、余程のことが無ければ外には出ない。

 その中にあって、悪魔と呼ばれる種族は、殊更に人間への反感が強いものとされている。

 ずる賢く、凶悪な悪魔という種は、過去にはとある人間の王国の宰相にまで成り上がり、誰にも気付かれないうちに国を衰退させ、滅ぼしたという。

 

「――そんな悪魔が本当に迷宮にいるとしたら、それはそれで問題だ。っていうことで、調査するように頼まれたんだよ。俺一人だけなのは、斥候一人の方がこの手の仕事はさっさと終わるから」

 

「はっ、ジョーは相変わらずお人よしだな!そんな依頼をこなす間に迷宮深部まで潜れるだろうに!」

 

「本当にな……頼まれたら断れないんだよ、あいつ。それが良いところでもあるんだけど……とにかく、他のパーティにも注意喚起はしておくけど、お前達も気をつけろよ?悪魔の仕業かどうかはともかく、二階層から戻ってこないパーティは既にいくつも出てるんだ」

 

「ははは、誰に言っているのだロフト!私は天才神官、カミラ様だぞ!ふふん!悪魔だろうが何だろうが、楽勝だとも!」

 

「……天才神官様、ねぇ?」

 

 と、ロフトは少し怪訝そうな表情を浮かべたものの、特にそれ以上、何も言わずに去っていった。

 なんだ?天才が天才と名乗るのが不満なのだろうか?

 ふふ、まあ、ロフトは凡人だからな、私の天才ぶりが羨ましいのかもしれない。

 やれやれ、妬まれる側というのも大変だな!

 

「ともあれ――今の私達に大切なのは、悪魔なんかよりもメタルスケルトンだ!飯を食べたら出発するぞ!」

 

「だ……大丈夫ですかね……?」

 

「ふふん、大丈夫さ!私が低俗なスケルトン如きに遅れなど取るわけが無いだろう!」

 

 と、そこはかとなく怯えた様子のトゥーラを激励しながら、私はパンをちぎって口に運ぶのだった。



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闇の墓所

「さて……食事も取ったし、装備も大丈夫、神へのお祈りも済ませて準備万端だ!」

 

「俺も準備できてるよ。トゥーラさんは?」

 

「あっ、わ、私も大丈夫です!へへ……」

 

 二人はそう言うと、必要最低限の回復薬や食料などが入った背嚢を背負う。

 今回の目的はあくまでメタルスケルトンの討伐のみなので、必要以上の食料や代えの装備などはキャンプに置いていく。

 冒険者の間では、基本的にこういったキャンプに置かれた物を漁るのは御法度だ。

 迷宮内で死んだであろう冒険者の遺品や、いつまで経っても戻ってこない冒険者の荷物ならばともかく、建てられたばかりのキャンプから物を漁る奴は滅多にいない。

 ま、いたとしても、正直そこまで貴重な物は置いていかないのが普通なので、然程の問題があるわけでも無いのだが……

 ましてや、広間には見たところ、まだ数組のパーティが残っている。

 どうやらヌンのパーティも含め、連中は私達とは違い、腰を据えてじっくり迷宮の探索を行うつもりのようで、腰を降ろしてゆっくりと温かいスープをすすっているところもある。

 これだけ人数がいる中で、他のパーティの荷物を漁る馬鹿もいないだろう。

 良し、と、準備が整ったことを確認し、広間から通路へと進む私たちの背中から、くぐもった女性の声が響いた。

 

「やや、出発ですかな!?頑張ってください!ご武運を!」

 

「貴様らもな、女神ギアナの加護があらんことを!」

 

 声をかけてきたのは鎧女のヌンだ。

 返答を返すと、他の冒険者たちも口々に激励の言葉を述べながら手を振って送り出す。

 ふふん、こうして一般凡夫達に送り出される、というのも悪くない!

 ま、こうして他の冒険者を激励するのも、別に期待されてるとかではなく、単に冒険者としてのマナーや心構えのようなものなのだが。

 

「ふへぇ……こ、こうして送り出されると、頑張らなきゃって思いますね……」

 

「だね、迷宮一層までの間じゃこういう拠点も無かったし、みんなギルドで依頼受けてその日のうちに帰ってって感じだもん」

 

「私はそれはそれで後腐れが無くて好みだがな!ともあれ、気を引き締めて進むぞ!」

 

 と、私は気が緩んだ様子の二人にピシャリと言ってのける。

 頑張るのは良いが、応援されただけで頑張った気になられるのも困るのだ。

 

 幸い、真面目な二人は私の激にすぐさま気持ちを切り替えると、入り組んだ迷宮の通路を警戒しながら、けれどもそれなりにスムーズなペースで進んでいく。

 道中に出るゾンビやスケルトンは例によって私の敵ではなく、たまに現れる大蝙蝠や大トカゲもトゥーラの魔術で石化させ、邪魔な場合は私のモーニングスターとリガスの爪で砕いていく。

 爪が有効な魔物が少ないとはいえ、最早単なる掘削機と化しているな、こいつの爪。

 まあ、私が言うまでも無く、この状況に一番焦りを感じているのは本人だろうが、そこは流石と言うべきか、リガスは腐った様子などを見せること無く、落ち着いて最前に構え、警戒しながら迷宮を進む。

 ま、この間まで盾を持って肉壁をこなしていたのだ。

 最悪、攻撃が出来ずとも味方の盾になるだけで役に立つことを理解しているのだろう。

 そんなことを考えながら、道中の魔物を蹴散らして進んでいると、私達は一つの部屋に行きついた。

 

「ここは……行き止まりかな?」

 

「あ……あれ?カミラちゃん、道間違えちゃったんです……?」

 

 先程の広間とは違い、こじんまりとした一室には、古ぼけた本棚が壁際に置かれ、ボロボロの樽が転がるのみで、見た感じは単なる打ち捨てられた廃墟にしか見えない。

 が――ふふふ、愚か~!

 これだから目に見えるものでしか判断できない新米冒険者は!やれやれ!ここは私の天才たる知識を見せつけてやるか!

 と、私は堂々と室内に入り、振り向くと、これでもかというほど自慢げな顔を浮かべ、リガス達に言う。

 

「ふふふ、間違っていないとも!さあ、見ろ!そして褒めろ私を!ここの本棚の裏の……この壁に……これだ!」

 

 本棚の裏、わずかに盛り上がった壁のレンガを押すと、ガコン、と何かが動くような音がして、部屋の壁の一部が上に持ちあがる。

 突如として現れたもう一つの出入り口の先に続くのは、塔の下の階へと通じる階段だ。

 暗く、湿ったその階段の下を覗き込もうと目を凝らしても、暗闇が広がるばかりで、数メートル先がどうなっているのかすら分からない。

 そんな階段を覗き込みながら、リガスが感心したかのように唸り、呟く。

 

「こんなところに隠し階段が……全然気付かなかった……」

 

「私もです……凄いですね、カミラさん!」

 

「だろ~~~~!?ふはははは!もっと褒めても構わんのだぞ!」

 

「うん、凄いよ!だってカミラさんも第二層に潜るのってはじめてだよね?こんなとこどうやって知ったの?」

 

「……それはまあ……ええい、いいだろう、そんなことは!さっさと行くぞ!」

 

 こいつ、何とも答えづらいところを突いてくる。素直に私を褒め称えるだけで良いというのに!

 元々は最初にジョー達と第二層に潜った時に、壁の仕掛けに気付いたロフトが見つけたものだからな、それを言うのは私の正体的にも評価的にも憚られるというものだ。

 まあ、だが仲間の手柄も私の天才的リーダーシップがあってこそ……つまり、仲間の手柄も私の手柄のようなものだ!うん、自慢気に語って何の問題があろう!

 と、いうことで、心の中でロフトに感謝をしつつ、この階層の細かな仕掛けは積極的に使わせてもらおう。

 私はそう考えながらも呪文を唱えると、構えたメイスの先に、優しく光が灯った。

 初級の神聖術である、ヒーリングトーチだ。

 この光の周囲にいると、少しずつではあるが、体力が徐々に回復する。

 ついでにアンデッドへの多少の攻撃力もある。焚いておけば不意打ち程度は防げるだろう。

 私はそんなヒーリングトーチによって光を放つメイスを松明のようにして掲げると、暗闇へと通じる階段を下っていく。

 足元に注意しながら、ゆっくりと歩みを進める私の背後から、トゥーラの怯えたような声が響いた。

 

「ふぇぇ……く、暗いですね……この階段ってどこに通じてるんです……?」

 

「ふふん、聞いて驚くがいい!なんと塔の中に隠し墓地のようなものがあってな、そこの通じているのだ!」

 

「墓地ってことは……今までのとこよりもアンデッドがもっと出るってこと?」

 

「無論さ、だが安心しろ!天才神官の私がついているのだからな!アンデッド程度、何匹いたとて物の数ではないね!」

 

 私はそう言うと、怯えて私の肩を掴むトゥーラを無視して歩みを進める。

 どうやら震えているようで、恐怖からか、僅かにあわわと呻く声も聞こえる。

 この階段では後ろを振り向けないので顔は分からないが、ひょっとしたら怯えて涙目になっているかもしれない。

 やれやれ、情けない魔女だ!

 私はそんなトゥーラを宥めるように、落ち着いて言う。

 

「落ち着けトゥーラ、その墓地は魔力が集まるところのようだから、より強い魔物が出やすい!つまりメタルスケルトンも他のところよりも全然出やすいのだ!討伐してすぐ帰れるさ!」

 

「そそ……それって、他の魔物も強いのが出やすいってことじゃないですか……?」

 

「……そうとも言うが、まあ、なに、出たところで精々が骸骨剣士とかデュラハンとかだ!私に任せてドンと……」

 

 と、言いながらも進んでいると、階段が終わり、下の階層の通路へと辿り着いたようだ。

 上の階層よりも少し広々とした通路の壁と天井はアーチ状に曲線を描き、暗く光の差さないことも相まって、さながら地下の下水道を思わせる。

 そんな通路に辿り着いた私が、トゥーラ達を先導しようと振り返るよりも早く――音も無く、ヒーリングトーチで照らされた大きな影が踊り出た。

 

「え」

 

 私が呆気に取られている間にも、その影は勢いよく、手にした大剣を振りかぶり――そのまま私の頭目掛け振り下ろす。

 が、激しく風を切りながら振り下ろされた大剣は、私の頭をかち割るより先に、白く輝く鋼に当たり、キンと甲高い音を立てて止まる。

 私と影――大剣を持ち、鎧を着こんだスケルトン、いわゆる骸骨剣士との間に潜り込んだのはリガスだ。

 爪の甲で大剣の一撃を防いだリガスは、そのまま骸骨剣士の剣を弾くと、爪の連撃を繰り出し、骸骨剣士もそれを防ぐべく剣を振り回すと、剣と爪がぶつかり合う甲高い金属音が何度か響いた後、骸骨剣士は素早く背後に飛び退き、暗闇の中に身を隠す。

 リガスは尚もその暗闇を睨みながら、背後で腰を抜かす私に声を掛けた。

 

「カミラさん、大丈夫!?」

 

「あ、ああ、当ったり前だろう!わ、私を誰だと思ってる!」

 

 正直死ぬかと思った。

 急に出てくるのは反則じゃないか!?

 なんだ!?この魔物には王道というものが分からないのか!?

 くそっ!この私がこんなに無様な姿を晒すとは!

 こんな姿を見せ続けてなるものかと、慌てて私が立ちあがると、またも暗闇から骸骨剣士が飛び出し、今度はリガスに襲い掛かる。

 すんでのところで骸骨剣士の剣戟を躱したリガスだが、反撃の爪を伸ばす前に骸骨剣士はまた大きく飛び退き、闇に消える。

 リガスが手強いと踏んでヒット&アウェイに切り替えたか。魔物のくせに知恵の回る奴。

 このままの攻撃を食らい続けていたら、そのうちリガスが致命の一撃を受けてもおかしくはないが――と、再び骸骨剣士が飛び出し、今度はリガスに大剣での連撃を繰り出す。

 防戦一方のリガスに向け更に大剣の一撃を繰り出そうとした骸骨剣士だったが――

 

「――ブレイク!」

 

 私の傍らでトゥーラが呪文を唱えると、骸骨剣士が勢いよく振り下ろした剣がリガスの爪とぶつかり、粉みじんに砕け散った。

 見ると、骸骨剣士の持つ大剣がいつの間にか石へと変わり、ぼろぼろと砕け始めている。

 どこか困惑したかのような様子で自らの持つ剣の、残った持ち手を見る骸骨剣士だったが、不利を悟ったか、性懲りも無く後ろに飛び退く。

 が……馬鹿め!骸骨剣士が後ろに飛び退いたタイミングで、今度は私が術を唱える。

 

「ブレス!」

 

 瞬間、まばゆい光が通路を照らし、光に照らされた骸骨剣士はその場で苦しむかのようによろめく。

 当然、その隙をうちのアタッカーが逃すはずもない。

 リガスはよろめく骸骨剣士の体に素早く両手の爪を突き出し、肋骨の隙間に刃を差し込むと、そのまま捩じるようにして、骸骨剣士の骨を両断した。

 要となる背骨を断ち切られた骸骨剣士は、最早立ち上がることも出来ず、しばらくは頭蓋骨だけがカタカタと音を立てて動いていたが――やがて、魂が抜け落ちたかのように静かになった。

 ようやく落ち着いた私達は、無言でヒーリングトーチの元に集まると、互いに顔を向かい合わせて頷く。

 

「――――な?どうにかなっただろう?」

 

「正気ですかカミラさん」

 

 そう冷たく言い放つトゥーラの言葉が突き刺さった。

 いや、大丈夫、次は油断しないから!だって私は天才だぞ!な!大丈夫だ!大丈夫だって!

 

 

 



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露払い

「ええと、この壁をこうして……こうだ!」

 

 暗闇に閉ざされた通路の壁、つるりとした壁面の一部に不自然に四角く穿たれた窪みを指でまさぐると、カチリと言う音を立てて仕掛けが作動する。

 どういう仕組みなのかは謎だが……とにかく、この仕掛けで四角い壁の窪みに淡い光を放つ光球がふわりと浮かび上がった。

 これもいつぞやロフトが見つけた仕掛けだ。

 ずっとヒーリングトーチを展開して歩くのも消耗が激しいし、何より見える範囲が限られるからな。

 通路そのものを照らせた方が余程に良い。

 

「よし、それでは次はまた少し先の壁面だ!敵が現れるかもしれないから決して油断はするんじゃないぞ!」

 

「さっき骸骨剣士に瞬殺されかけた神官の台詞とは思えないけど……」

 

「ええい、うるさい!黒歴史を掘り返すな!」

 

 いちいち細かいところを突くリガスだったが、やれやれと困ったような笑みを浮かべると、私を守るかのように、ピタリと隣に張り付いて歩く。

 ついでにトゥーラも同様だ。チラチラと後方に注意を向けながら、私の後ろについてきている。

 っは~!やれやれ、なんだ?甘えん坊か?こいつら余程に私の近くから離れるのが不安と見える。

 ふふん、ま、私だからな!頼られるのも必然と言ったところか!

 ……ん、いや?だがこの場合は頼られてるのではなく守られているのか?いやいや、頼りになるから守られているとも言える。

 どちらにせよ私がパーティの要ということには変わりはないだろう。うん!

 

 私は満足しながら次々に通路の仕掛けを作動させ、灯を付けていく。

 途中、何体かの骸骨剣士が現れたものの、そちらはパーティの連携で見事に撃破だ。

 なんだかんだでリガスも徐々に爪を使いこなしてきているようで、最後の骸骨剣士に至っては私がサポートするまでもなく打ち勝てるようになっていた。

 元々の戦闘センスが高いというのもあるのだろうが、なかなかの成長速度だ。

 ヘムロックの禿げ爺の目利きは正しかったのかもしれない。

 ともあれ、そんな調子で順調に通路を進んでいくと、やがて通路の終点、広間へと出る道が見えた。

 そこまで来ると、私は警戒するリガス達を手で制して言う。

 

「この広間が墓地みたいになってる。見てみろ」

 

 言いながら、私達は通路の壁に張り付くと、隠れるように墓地へと目を向ける。

 広々とした空間には、足元にざらざらとした土が敷き詰められ、美しく装飾の施された天井からは、上階からだろうか、ところどころ光が漏れ出ている。

 ともあれ、その光のお陰で、通路ほどには真っ暗闇というわけではない。

 薄暗がりの中には、そこかしこに音を立ててうろつくスケルトンやゾンビ、レイスの群れ、それよりは少ないながら、骸骨剣士もいくらか見える。

 そしてその後方――墓地にことさら目立つように置かれた棺を守るようにして、三体の銀色に輝くスケルトンが立っていた。

 

「いたぞ、メタルスケルトンだ!それもお誂え向きに三体と来た!」

 

「い、いたのは良いですけど……すごい魔物の数ですよ……ど、どうするんです……?」

 

「はっ!無論!私が飛び込んでホーリーハンマーで奴らを全部」

 

「よし、作戦立てようかカミラさん、トゥーラさん」

 

「ですね!」

 

 と、二人が頷きながら私の肩を押さえつける。

 なんだ、ほんの冗談じゃないか!失礼な奴らだな!

 まあ実際、昔の私だったら飛び込んでホーリーハンマーを何発かぶち込めば、あのくらいのアンデッド共は瞬殺といったところだが……

 いや、というか、今の私もレベルが上がったことでホーリーハンマーの使用上限は増えてる筈だし……三発も撃てば実際いけるのでは……?

 などと考える私に、心を読んだかのように目の前のリガスが声を掛ける。

 

「流石にあの中に飛び込むのは無謀だよカミラさん、第一、撃ち漏らしがあったら致命的だ」

 

「そうですよ……カミラちゃん、バジリスク倒した後も慢心して石化させられたじゃないですか……」

 

「うっ……い、痛いところを突いてくるな……わかった、仕方ない!貴様らも活躍させてやるさ!作戦を立てるとするなら――」

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「……という感じだが、ふふん、どうだ!?」

 

「良いんじゃないかな、トゥーラさんは?ちょっと危険だけど……」

 

「だ、大丈夫です!いざとなったら私、自分を石化して乗り切りますから……!」

 

 それは単なる性癖なのでは?

 そう思う私だったが、リガスの方はトゥーラの言葉に安心した様子で頷くと、意を決して墓地に飛び込んでいく。

 墓地に入ったリガスは、素早く爪を突き出すと、まず手近なところにいたスケルトンの体を砕いた。

 からからと軽快な音を立てて崩れ落ちるスケルトンとだったが、その音でリガスに気付いたのだろう。

 墓地を徘徊していた幾多ものアンデッドがリガス目掛けて動き出す。

 まず最初に襲い掛かってきたのは宙を浮き、素早く動けるレイスだ。

 直接的な攻撃力は薄いが、奴らの放つ魔術は、相手に恐怖や混乱の精神異常をもたらす。

 が、リガスはそんなレイス達の攻撃を軽々と受け止めていく。

 聞いたところにやると、あの爪に精神異常軽減の効果が付与されているらしい。

 中々良い神聖武器だ。私のモーニングスター程じゃないが。

 と、レイス達の攻撃を受け止め、躱しながらも、リガスは墓地の広い範囲を駆け回る。

 当然ながらアンデッド達も気付いて追ってくるが、そんなことはお構いなしだ。

 実際のところ、骸骨剣士とレイスはともかく、スケルトンとゾンビの動きは極めて遅い。

 骸骨剣士にだけ気を付けていれば、逃げ切ることはそう難しくないだろう。

 その骸骨剣士も直線的に追ってくる、というよりは、警戒しながらじりじり間合いを詰めるように動いている。

 と、墓地内の多くのアンデッド達が自分に気付き、追ってくるのを確認すると、リガスは今度は逃げるようにして一目散に通路に戻ろうとする。

 続くのはレイス、更に、骸骨剣士たちも相手が背中を見せたことで隙があると見たのだろう。素早い動きでリガスを追う。

 最後に一塊になって追ってくるのがスケルトンとゾンビだ。

 そして、逃げたリガスを追い、レイスと骸骨剣士が狭い通路に押し寄せたその時――

 

「ブレス!」

 

 私の祝福の術が、狭い通路を眩しく照らす。

 神聖なる光の前に、哀れレイスは雲散霧消!

 怯みながらも耐えた骸骨剣士達は、墓地内に戻ろうと振り向くが――そこで、引き返すのを邪魔される。

 通路と墓地とを繋ぐ道が石の塊……石化したゾンビ達の体で、いつの間にか塞がれていたためだ。

 当然、これをしたのはトゥーラである。

 通路と墓地の境目でひっそりと待機していたトゥーラは、ゾンビ達が折り重なって通路に押し寄せた時、彼らを石化させて道を塞いだのだ。

 チラリと横を見ると、ゾンビに紛れるようにして本人も石化している。

 壁にピタリとくっついているのもあって、まるで壁に施された彫刻のようだ。

 ま、眼前をアンデッド共が通り過ぎるすぐ横で待機してもらってたわけだからな、危険を感じるのも仕方ない。性癖も混ざっているのだろうが。

 ともあれ、最早引き返すことも出来ない骸骨剣士達は、必然的に再び私達の立つ通路の奥に目を向ける。

 

「しかし――ここでまたブレス!」

 

 と、再度、眩い光が通路を埋め尽くす。

 光に耐えきれずに、いくつかの骸骨剣士がその場にガラガラと倒れ伏した。

 残った骸骨剣士達も満身創痍、といった様子で、膝を突いている。

 さて、もう一度ブレスを撃ってやっても良いが……と、私が術を唱える前に、隣に立っていたリガスが骸骨剣士に向けて突進する。

 後はただ、ろくに動けない骸骨たちの骨をリガスの爪が打ち砕いていくだけだった。

 既に祝福による大ダメージを受けた骸骨剣士達は、ろくに抵抗できずに砕け散っていく。

 最後の一体の頭蓋を叩き割ったところで、リガスはふう、と溜息を吐いた。

 

「なんか凄く卑怯なことした気分ですけど……勝ったね!カミラさん!」

 

「卑怯ではなく天才的と言ってくれ!ふふん!吊り出しはダンジョン探索の基本戦術だ!」

 

 ましてやこんな場所ではな、警戒しない方が悪いのだ!私は卑怯じゃない!

 ふふん、と、得意気に私が鼻を鳴らすと、たたたと軽い足音を響かせ、トゥーラが駆け寄る。

 

「やりましたね、カミラちゃん!えへ……私も役に立てて良かったです!」

 

「トゥーラ、お前……石化してたのに骸骨剣士が倒れたのを察知してたのか……どうやってるんだそれ……」

 

「ふふ……やっぱり意識残し石化って良いものですからね……」

 

 トゥーラはそう言いながら、うっとりした様子で杖を撫でる。

 どうやら石化にも細かい種類がある……のか?こいつの変態性が産んだオリジナルじゃないのか?

 薄々そんなことを考えながらも、続いてトゥーラにゾンビ達の石化を解除してもらうと、わっと通路に流れ込むゾンビ達に私がブレスを唱えて消していく。

 こいつら程度ならブレス一発で消え失せてくれるのでとても良い!

 骸骨剣士のように警戒して引こうともしてこないしな。猪の如くこちらを突き進むアンデッドを単純作業で消していくだけだ。

 と、何度目かのブレスを唱え、アンデッド達が消え失せると――どうやら、それであらかた片付いたらしい。

 墓地の方へ目をやっても、他のアンデッドはほぼいない。

 メタルスケルトン三体は相変わらず棺桶の前に立っているが、それだけだ。

 よし、と、状況を確認した私は、二人に向き直って言う。

 

「露払いは済んだ!後は――今回のメインの仕事だけだ!」

 

「ああ!」

 

「はい!」

 

 眼前で答える二人も気合十分、といったところだ。

 やはりパーティの皆と連携が取れるというのは素晴らしい!気合を入れた私達は、速やかにメタルスケルトンを討伐――

 

「……する前に、さっきのアンデッド達のドロップ品を漁っていこう」

 

「ゾンビでも魔石あれば少しは売れるもんね」

 

「あ……このスケルトン金の指輪つけてますよ」 

 

 剥ぎ取りは金策の基本である。

 しっかりやっていこう。

 



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箪笥の角に指をぶつけると痛い。

「さ、剥ぎ取りも済んだところで、メタルスケルトンだ!」

 

 剥ぎ取りが終わり、戦利品で懐も温まったところで、私は意気揚々と声を上げると、同じく剥ぎ取りを済ませたリガスが私に問いかける。

 

「それでカミラさん……作戦は?」

 

「はっ!無論!ホーリーハンマーぶっぱに決まってるだろう!」

 

「またか……」

 

「またですねぇ……」

 

「……いや、待て待て待て!今回はちゃんと合理的な理由だからな!?」

 

 呆れたように溜息を吐くリガスとトゥーラに、私は慌てて弁解する。

 メタルスケルトンはそれほど強い攻撃や、特殊な魔術を扱うわけでは無い、が、とにかく固い。

 魔力を蓄えたメタル種はみんなそうだが、物理的な攻撃にも、魔術での攻撃にも強い耐性を持っているのだ。

 が、それでも弱点というものはある。

 メタル化して強化されているとはいえ、元となるアンデッドの性質自体は持っている。

 この場合で言えば、スケルトンの弱点――つまり神聖術と、炎、更に骨を打ち砕く打撃攻撃に弱いのだ。

 

「そして私のホーリーハンマーは神聖術であり、尚且つ打撃技なのだ!さしものメタルスケルトンでもこれで倒れるのは必至!」

 

「ちゃ、ちゃんと考えてたんですね、カミラちゃん……!」

 

「当然だろう!私を何だと思っているんだ!」

 

 こいつら、全く失礼な奴だ!

 私が何も考えずに突撃をする浅はかな人間だとでも思っているらしい!天才なのに!

 ともあれ、実際ホーリーハンマーぶっぱは問題無いにしろ……懸念点もある。

 

「体感的にホーリーハンマーを撃てるのはあと二回だ。私もレベルアップはした筈だが、それでも今回は道中でいくつか神聖術を使ってしまっているからな」

 

「ってことは……敵は一匹余るってことか」

 

「うむ、まあ、依頼達成には別に一体だけで良い筈だが……折角だ。残りの一体も倒したいだろう?」

 

「それは勿論」

 

「で、出来るなら……」

 

 私の問いかけに、リガスとトゥーラは頷いて答える。

 うむうむ、そうでなくては!ここで素直に引き下がるようでは迷宮深部までは到底到達できまい。

 目標達成のためには退くことと進むこと、どちらも大切なのだからな!ということで……

 

「それでは、残りの一体は貴様らに任せた!」

 

「…………ええ!?」

 

 私の発言に、素っ頓狂な顔で目を見開きながら、リガスが驚く。

 仕方ないだろう。私はホーリーハンマー二発撃ったらもう終わりだ。

 ああ、いや、多少の回復や初級の術が使える程度の神聖力は残るかもしれないが……ことメタルスケルトン相手では有効たりえない。

 奴を倒すなら、私以外の二人がどうにかするしかないのだ。

 といったことを言って聞かせると、二人は納得したか、真剣な表情で頷く。

 

「……わかった。なんとかしてみせるよ。それじゃカミラさん」

 

「ああ、行くぞ!」

 

 言うと、私を先頭に、最早アンデッドの大半が消え失せ、がらんとしてしまった墓地に足を踏み入れる。

 それでも動かないメタルスケルトンだったが、一直線に棺に向けて歩を進めると、流石にこちらを認識したのか、ゆっくりと手に持った武器を構え始める……が。

 

「遅いなッ!ホーリーハンマー!」

 

 私は警戒態勢を取るメタルスケルトンのうち二体に、躊躇無くホーリーハンマーを二発、連続で撃ち込む。

 メタルな防御力に胡坐をかいたツケだ!

 さしものメタルスケルトンもこれには耐えきれず、一体は無残にもその銀色に輝く骨をバラバラにして砕け散り、もう一体は命からがら、といった様子で全身にヒビが入っている。

 が、それを見逃すほどに優しい私達でもない。

 メタルスケルトンの体に入ったヒビを見逃さず、リガスが爪を突き立てる。

 いくら防御力が高いとはいえ、この状態で攻撃を食らってしまってはどうしようもあるまい。

 二匹目のメタルスケルトンもアッサリとその場に砕け散ってしまった。

 さて、問題は三匹目だが――と、私は戦闘状態に入った二人と一体から少し離れて、そこかしこに立つ朽ち果てた墓石の一つに腰掛ける。

 

 リガスは残ったメタルスケルトン一匹に何度か爪での攻撃を仕掛けるが、目に見えて大したダメージを与えてはいないようだ。

 攻撃の雨の中、メタルスケルトンは怯むことなくゆっくりと腕を振り上げ、持っていた剣を振り下ろす。

 

「くっ……!」

 

 慌ててリガスが距離を取ると、スケルトンの振り下ろした剣が、棺の前に置かれた墓石を真っ二つに切り裂いた。

 動きはそれほど素早いわけでは無いにしろ、厄介なのはあの頑丈さ、加えてパワーも中々のようだ。

 直撃を食らおうものなら、ただでは済まないだろう。

 加えてリガスの爪との相性も悪い。あれは斬撃武器だからな。

 カリカのような本職の武道家であれば、爪を捨てて素手で殴ればメタルスケルトン程度の骨格は粉砕できるのだろうが、如何せん、リガスはこの間まで剣士だった男だ。

 さて、どうしたものかと見ていると、またスケルトンが剣を振り上げる。

 が、今度は――

 

「脆いブレイク!」

 

 リガスの後方で杖を構えるトゥーラの呪文によって、メタルスケルトンの持つ剣が石化する。

 骸骨剣士にやったのと同じ手だ!やるじゃないか!

 リガスも意図を察したのか、同じように石化した剣をあっさり砕く。

 これで相手の攻撃力は大幅に落ちた。

 が、防御力に関しては変わらないぞ?さて、どうする?メタル系の耐性では流石に本体への石化は効かないだろう。

 そう考えながら、ニヤニヤと眺めていると、再度トゥーラが口を開き、指示を出す。

 

「リガスさん!メタルスケルトンを掴んで!あの棺に!」

 

「棺に……わかった!」

 

 言うと、リガスは爪を放り捨て、メタルスケルトンに向かってタックルをかます。

 なんと、がっしりとメタルスケルトンの腰を掴んで、猛烈な勢いで押していくじゃないか。

 メタルスケルトンも抵抗しようと、素手でリガスの背中を殴りつけるが、如何せん、体勢が悪い。

 あれではリガスに大したダメージは入らないはずだ。

 と、すかさず、トゥーラが更に続けて呪文を唱える。

 

「せぇの……硬いブレイク!」

 

 そう唱えると、次に石化したのは、墓地の中央に置かれた棺だ。

 元々が石製であろう棺を石化して何を――と思ったのだが、目をやると、白く分厚い石で作られていた筈の棺は今、鉄のように黒く輝いていた。

 

「ふへっ、鉄鉱石だって……石ですから!リガスさん、それに!」

 

「うおおっ!」

 

 あの杖のお陰なのか、何なのか、どうやらトゥーラはいつの間にか石化の魔術にやたらと広いバリエーションを持たせていたらしい。

 ともあれ、その『硬い石』と化した棺に向かって、リガスは思い切りメタルスケルトンの体を叩き付ける。

 なるほど、スケルトンが物理攻撃に弱いのなら、何も、ぶつけるものは武器でなくても良い。

 極端な話、固くて衝撃を伝えるものであれば、壁でも床でも柱でも棺桶でも何でも良いのだ。

 とはいえ、流石のメタルスケルトン、一度叩き付けられた程度で砕けはしない。

 尚も抵抗と続けようと腕を振り上げるが――

 

「おらぁっ!」

 

 すかさずリガスが、スケルトンの無防備な頭骨を掴んで棺桶の角に叩き付ける。

 それでも一度では砕けないので、何度も何度も叩き付ける。

 鉄の頭蓋骨が鉄の箱の角にぶつかる、なんとも重く低い反響音が辺りに響く中、何度目かの叩き付けにより、ついにスケルトンの頭蓋に亀裂が入り、真っ二つにぱかりと割れた。

 メタルスケルトンの体はそのまま力無く、ガシャンと崩れると、さしずめ自身の墓標であるかのように棺桶の上へと降り注ぐ。

 何度か素手での反撃も食らっていたせいだろう。リガスは息を荒げながら顔を上げると、背後を振り向き、私とトゥーラに満足気な笑みを浮かべた。

 

「はぁ……はぁ……どう、カミラさん!?やったよ!」

 

「ええ……ふへっ……み、見ました!?カミラちゃん!私の硬いブレイク……!」

 

「ああ、凄いじゃないか!流石はこの私のパーティメンバーだ!褒めてやるともさ!」

 

 メタルスケルトンを倒した高揚感からだろう、興奮した様子でリガスとトゥーラがはしゃぐ。

 私もとりあえずは褒めてやる。手柄は手柄だからな!大したものだと言ってやろう!

 が――パーティメンバーを育てるには飴と鞭が必要だ。

 

「メタルスケルトンを倒したのは見事だった……が、反省点も述べておかねばなるまい!」

 

「は、反省点……」

 

「そうだ!貴様らの戦い方……」

 

 そう、戦い方だ。

 なんだアレは、爪での攻撃が通らないのは仕方ないにしろ、硬くした棺桶の角に頭を叩き付けて倒すなど。

 あんなのは……

 

「あんなのは、そうだ!野蛮極まる!奇をてらいすぎだ!もうちょっとスマートかつ王道な倒し方をするべきじゃないだろうか!」

 

「カミラさんにだけはそれ言われたくないな」

 

「本当ですねぇ……」

 

「はっ!?いやいやいや、聞き捨てならんぞ!私はいつもいかにも天才!と言うべきスマートな戦闘を見せてるだろう!おい!ちょっ……黙って素材を拾うな!」

 

 なんとも生暖かい目で私を見つめながら、最早色々と諦めたかのようにメタルスケルトンの骨をかき集めるリガス達に、いまいち納得いかないものを感じて私はぐるると唸るのであった。 

 



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まどろみ

「よし、こんなものか……ふふふ、大収穫だな!」

 

 私は上機嫌でそう口にしながら、拾い集めたメタルスケルトンの骨を背嚢に仕舞い込む。

 依頼の討伐対象であるメタルスケルトンの骨はギルドに高く買い取ってもらえるし、討伐証明にもなるから私達のランクも上がる。

 ランクが上がれば、そのうち迷宮の未踏破地域への調査依頼なんかも優先的に回してもらえるようになる筈だ。

 その時が今から待ち遠しいな。

 などと、気分良く大量の素材を眺める私の背後で、他のスケルトンの素材を回収していたリガスが呟いた。

 

「そういえば、この棺って何か入ってたりしないのかな?」

 

「えぇ……か、棺ですよ……開けたら罰が当たるというか……中からすごく強いアンデッドが出てくるんじゃ……」

 

「ふふん、安心しろトゥーラ、その棺桶からは何も出てこないとも!」

 

 私は棺を囲んで話す二人の間に割り込み、意気揚々と説明する。

 そもそも、この棺に関しては前にジョー達と来た時にちゃんと調べたのだ。

 結果は空。

 残念ながら、棺には何も入っておらず、ボスモンスターが出てくることも無ければ宝があるわけでもなかった。

 元から何も入っていない空の棺だったのか、それとも私達が来る以前に誰かに宝を持ち去られたのか――あるいは、中に入っていた何かがひとりでに外に這い出たのか。

 真相は謎だが……ま、とにかく何も入っていないことは確かなのだ。そんなものに頭を悩ましても仕方あるまい。

 

「そもそも、ダンジョン自体がどういったものなのか未だにわかっていないのだ。この宝物塔はいかにも人工的な建物ではあるが――果たしてこれは本当に人が作ったものなのか、作ったとしたら誰が何の為に作ったのか?とかだな」

 

「迷宮の神秘というやつですね……カミラちゃんは、そういうの調べたりするんですか……?」

 

「ふふん、探索の為に必要な知識なら一応は学ぶが、別に謎を解き明かしたいとは思わないね!私がしたいのは神具を手に入れて私の名と名誉を世界に知らしめることだけさ!」

 

「いかにもカミラさんだなあ」

 

「ですねぇ……」

 

 と、私が目標を声高らかに宣言すると、リガス達は呆れたように微笑を浮かべながら、拾った骨を背嚢に詰め始める。

 はっ、どうやらこの私の崇高な目的が理解できないと見える!

 まあ天才の目指すところは凡人には理解できないものな!仕方のないことだ!

 ともあれ、未だ目指す頂は遥か遠く、今の私はメタルスケルトンの骨を持ち帰るだけで精一杯だが……

 

「ま、これでも十二分の成果と言えるだろうさ!一度キャンプに戻って、休んでから地上に戻ることとしよう!」

 

「私もです……もう魔力がすっからかんですよぉ……」

 

「ふふん、なんだなんだ、情けないな……ま、私も神聖力が尽きかけてるわけだが……」

 

「……まさか今戦えるのって俺しかいない?」

 

 私とトゥーラの会話に、リガスが振り向くと、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で問いかける。

 確かに、まあ、うん、メタルスケルトン戦で神聖力を殆ど使ってしまったし、思えば帰り道のことは忘れていたが…………なんだ……うん、頑張れリガス!

 そういう気持ちを込めて、私が美少女として出来る最大限の笑顔をリガスに向けて、親指をグッと立てると、リガスは一際大きい溜息を吐いた後、こころなしか力無く背嚢を持ち上げるのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「やや、お戻りになられましたか!神官様達……どうかなさいましたかな?」

 

「はぁ……はぁ……な、なんでもないです……」

 

「死にそう……」

 

「はひ……へぇ……な、なんだ?情けないぞリガス……こ、この程度で……私は天才だから大丈夫だがな、ふ、ふふん!」

 

 結局、墓場からキャンプまで戻る道中でも何度か魔物に襲われ、その度にリガスが撃退していた。

 とはいえ、流石に一人に任せるわけにもいかないので、トゥーラは杖で、私はメイスで僅かながら応戦していたのだが……

 結果として皆、満身創痍とも言える状態だ。

 キャンプで出迎えてくれた鎧女のヌンも、慌てて消耗した私達を回復の泉へと促す。

 

 泉の水を汲み。ごくりと飲むと、冷たい水が乾いた喉を潤し、体に活力を与えてくれる。

 衰えた神聖力も瞬く間に回復していくのが分かる。

 これがあるから回復の泉というのは助かる!

 が、泉の水によって肉体的な傷や、消耗した魔力・神聖力が回復するとはいえ、精神的な疲労はまた別だ。

 私達は水を飲むと、すぐさま背負っていた背嚢をキャンプの前に降ろし、その場にへたり込む。

 

「つっ……かれたぁ~~~……」

 

 思わずそんな声を出してうなだれる私達の姿を、ヌンがしげしげと眺めながら、問いかける。

 

「ははあ、余程の危険地域にまで冒険に出掛けたようで……第二層まで来るのですからE級というわけでもないのでしょうが……あまり無理してはいけませぬぞ?」

 

「ふ、ふふん……時には危険に身を投じなければ得られないものというのもあるのだ……貴様らのパーティこそ、冒険には出掛けなかったのか?」

 

 私達より遅く出発した筈のヌンのパーティは、今、私達より先にキャンプに戻って休んでいるようだった。

 キャンプの前で談笑する何人かの冒険者の顔には、そこまでの疲労の色は見えない。

 

「は、拙者らはまだ第二層に不慣れなもので……此度は初日ということもあり、手近なところを軽めに探索して戻った次第です。やはり命あっての物種ですからな!」

 

「正論だね、カミラさん」

 

「明日は休みにしましょうよ……」

 

「っは~!だらしのない奴らだな!泉の水でしっかり回復したろうに……まあ、それはそれとして、明日地上に戻ったら休日を取ることにはしようか……ふぁ……」

 

 私は疲れた口調で口々に文句を言う二人に対しそう返しながらも、自分でも相当に疲労が溜まっているのか、思わず大きく欠伸を漏らす。

 これではいかん、と、寝ぼけた目をこすりながら、最後の力で背嚢をテントの中に仕舞い込むと、私達はそのままテントの中で横になった。

 

「……ゆっくりと寝て疲れを癒しなされ、神官様、良い夜を」

 

 テントの外でそう呟くヌンの声を耳にしながら、私達はうとうとと、深い夢の中に落ちていくのであった。

 



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夜の魔物

 夜も更け――と言っても迷宮の中なので夜なのか朝なのかも曖昧ながら、腹具合からして恐らくは夜でしょう。

 ぐつぐつとスープを煮込む音と、数グループの冒険者が話し合う声が聞こえる迷宮第二層の広場では、拙者――ヌンの所属するパーティも夕飯時といったところです。

 

「拙者は初めての迷宮二層でしたが……本日は無事に探索が終わって何より!上々ですな!」

 

「だな、これも例の武具屋のお陰だ」

 

「ああ、思ったよりもずっと良い装備だった。状態異常にも強いし、買って正解だったぜ」

 

 そう言うと、拙者と共に鍋を囲むパーティの仲間、戦士のホフマンと、斥候のリーがそれぞれ身に纏った装備を撫でます。

 何を隠そう、このパーティの皆は例の武具屋、ブラッディーストライクで出会い、意気投合したのです。

 不思議な魅力があり、何故か引き込まれるあの店の武具の数々を買う為に、迷宮一層でせこせこ金を貯め、ようやく武具一式を揃えたところで二層の攻略に乗り出しました。

 拙者もご多分に漏れず、あの店で買った鎧のお陰で今日は助かりました。

 突如として襲い掛かってきた大蝙蝠の牙をこの鎧は見事に防いでくれたのです!

 それに、この魔石が嵌め込められ、炎の魔力を有した槍。

 特殊な品とはいえ、結局は店売りの物なので、細かい炎の調整などは出来ませんが、それでもアンデッドの多いこの階層では重宝するものです。

 これさえあれば今後の冒険も順調に行くだろう。そんな予感を感じさせてくれますね。

 と、眼前のホフマンがスープを頬張りながら、辺りを見回して口を開きました。

 

「そういや、俺達以外にも結構な人数があそこの装備使ってるみたいだな、やっぱり良い物ってのは売れるもんだ」

 

「俺もさっき見たけど俺達以外の他のパーティも結構あそこの装備してるの多かったぜ」

 

「さもありなん、今後はますます売れるのかもしれませぬな、店長殿も商売繁盛で喜ばしいことでしょう」

 

 ふと広場を見回すと、確かに他の冒険者の方々も私達と同じような武具を手に持っていました。

 ブラッディーストライク店長が優し気な笑みを浮かべながらも、商売繁盛と喜ぶ様が目に浮かぶようです。

 あの店が特別人気になる前に買い求めることのできた私達は幸運だったのかもしれません。

 と、他の冒険者とあの店と言えば――

 

「そういえば、あの神官様のパーティはまだ起きてこぬようですな」

 

「ああ、あの戻ってきて早々に倒れてた連中か、一体どこまで冒険しに行ったんだか……」

 

「あんだけ無防備にテントから寝息こぼすくらいだもんなあ……折角の冒険の成果を誰かに盗みに入られるんじゃねえかって不安になるぜ」

 

「むむ、リーさん、いけませぬぞ、冒険者同士の窃盗は厳罰にて」

 

「わかってる、わかってる、ただちょっと危なっかしいなって話だよ」

 

 言いながら手をぷらぷらと振るリーさんをじっと見ると、拙者は例の彼女らのテントに視線をやります。

 恐らくは、冒険から戻ってきてまだ寝ているのでしょう。

 確かにリーさんの言う通り、無防備すぎるような気もします。

 冒険者同士での窃盗や強奪は厳罰に処される、とはいえ、バレないように掠め取る輩が出てきて、折角の冒険の成果が全て奪われるということも有り得なくはないでしょう。

 

「で、あれば――その前に、拙者が殺してやるしかありますまいな」

 

「……ん?」

 

「ヌン?お前、なんて?」

 

「やや、拙者、何か妙なことを言いましたかな?」

 

 私の発言に、ホフマンさんとリーさんは、驚いたように目を見開いてこちらを見ます。

 はて、何やらおかしなことを言いましたかね……?

 拙者は……あのような無防備な輩は殺して装備を奪うべきだと思うのですが……ん……あれ……?

 いや、いやいや、何を馬鹿な……冒険者同士の窃盗・強奪は罪だと先程言ったばかり……ん……何故……?

 何故、殺してはならないのか?

 殺すべきでは?

 殺して――宝を……あの首飾りを、奪う、べき、では……?

 突如として割れそうに痛む頭を抑え込みながらも、私は傍らに立てかけた炎の槍を握ると、再びホフマンさん達に問いかけます。

 

「殺さねばなりませぬ。あれを」

 

「……ああ、ああ、そうだな、殺さないとな?」

 

「そうだ、そうだよな、俺達は……そうしないといけない」

 

 良かった。二人も正気を取り戻したようですね。

 そうです。私達はあの神官様を、その仲間を殺さないといけないのです。

 それが――今、下された命令なのですから。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「ん……」

 

 迷宮の闇の中、不意に私はぽつりと目を覚ます。

 寝ぼけながらも、むくりとテントの中で上半身を起こし、伸びをすると、両脇に転がる二人をちらりと見る。

 カミラさんと、リガスさん、どうやら二人はまだぐっすりのようだ。

 けれどもそれも当然だろう。二人共、今回の依頼では何かと色々してくれたのだ。

 片隅で隠れながらちょこちょこ石化の魔術を撃っていた私とは違う。

 

「んく……体も……あまり疲れてないかな……」

 

 私の場合は魔力こそそれなりに使ったものの、あまり肉体的な疲労は溜まっていない。

 背嚢に入れたメタルスケルトンの骨は重かったし、帰りの上り階段も辛かったけど、それだけだ。

 で、あれば……折角だ、早く目覚めた分、少しでもパーティの訳に立たないと、そう考えた私は、スープか何かでも作ろうかと辺りを見回し、食料品を入れた袋を探す。

 と――違和感に気付いた。

 テントの布地からチラチラと漏れて見える炎の灯……恐らくは、他の冒険者が点けた篝火なり、松明なりの灯なのだろうが……

 それが段々と、こちらに近づいてきている。

 まさか盗みでも無いだろうけど……そうだったらどうしよう……などと考えながら、テントの隙間からチラリと外の様子を伺う。

 すると、ゆっくりと、何人もの冒険者が歩みを進め、こちらのテントを取り囲んでいるのが一目で分かった。

 しかも……冒険者達の手元に目をやると、何人かの冒険者は紛れもなく、武器を持っている。

 

 尋常ならざる様子を察した私は、慌ててテントの中に戻り、買ったばかりの銀蛇の杖を手に取る。

 すると、私のその動きに気付いたのか、周りを囲んでいた冒険者が、一気にテントに駆け寄り、それぞれが手に持った武器をテントに向けて――

 

「かっ!硬いブレイク!!」

 

 ――テントに向けて幾多の刃が降り注ぐ瞬間、私は慌ててテントそのものを強固な石に変化させる。

 と、同時、カン、カンと、硬い刃がこれまた硬い石にぶつかり、弾かれる音が何度も何度も折り重なってテントの中に響いた。

 わけがわからない、どうなってるのか、何が起こっているのか。

 

「かっ、かっか、カミラさん!リガスさん!起きてくださいよぉ!」

 

 わからないながらも――私は必死に、隣に寝転ぶパーティメンバー二人の名を叫ぶのであった。

 



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悪魔

 頭上から響くトゥーラの甲高い声で目が覚める。

 っは~、なんだなんだ、朝っぱらからやかましい奴め。

 もう少し寝かせてくれていたって良いじゃないか、私は昨日は攻撃に回復にと三面六臂の大活躍を……

 昨夜のぼんやりした記憶を思い返しながら、ごろりと寝転ぶと、瞬間、私の眼前に槍の穂先が突き刺さった。

 まだ夢でも見ているのかと思った私だったが、テントの中に響く石を叩き、削るかのような音に、何か異常が起きたことを勘付き、慌てて飛び起きる。

 

「な、なんだなんだ!?どうしたトゥーラ!?」

 

「わ、わかりません……他の冒険者の人達が……!」

 

「はぁ!?おいおい何だい貴様ら!私達の成果を妬む気持ちはわかるが、他の冒険者を襲うのはご法度だとわかっ……あぁお!?」

 

 私が声を上げると、石と化したテントの隙間からねじ込まれた剣先が、私目掛けて突き出された。

 恐らくはトゥーラがやったのだろう、硬い石となり攻撃を防ぐテントだったが、元々がそこまで良い品ではない、ところどころ開いた穴や継ぎ目からいくつか穂先が突き出される。

 それを避けるようにテントの中央に密接している私達の背後から、もう既に起きていたらしいリガスの声が聞こえた。

 

「どうする?カミラさん!?」

 

「愚問だな、このままここで相手をするわけにもいかないだろうさ!トゥーラ!」

 

「は、はい!」

 

 私の言葉を聞いて、トゥーラがテントの入口付近の石化を解除する。

 それにリガスも頷くと、爪で頭を守るようにしてすぐさまテントの外へ飛び出した。

 予想通り、テントの外では冒険者が待ち受けていたが、リガスは構うことなく冒険者に体当たりをかまし、私達もその間に慌てて外に転び出る。

 チラリと見ると、確かに、数パーティ分の冒険者達が私達のテントを囲い込み、攻撃を加えていたようだ。

 ゆっくりとこちらを振り向く彼らから逃げるように、私達は慌てて広間の中央、噴水の影へと隠れる。

 

「はあ……ど、どうしたんでしょう……あの人達……」

 

「さてね、見たところ、何らの原因で正気を失っている……いや、操られているのか?状態異常の類ながら私がキュアを唱えれば治るかもしれんが、近づかないといけないしな……」

 

 と、私達が話す間にも、冒険者達はじりじりと迫ってくる。

 正気を失っている故だろうか、急いでこちらに詰めてこないのは救いだが、どのみち相手は大人数だ。このままではまた囲まれるのも時間の問題だろう。

 それに気付いたのか、リガスが少し焦ったように私に言う。

 

「どうする?カミラさん?俺がまた突っ込んで相手のヘイトを……」

 

「はっ、馬鹿を言うじゃないかリガス、今度の相手は人間だぞ?アンデッド達の時のように、ブレスをかけたところで何の効果もあるまいさ!それより……」

 

 ちらり、と私は隣で震えるトゥーラに目を向ける。

 

「今度の相手はメタルスケルトンとは違って……石化が効く!だろう!?トゥーラ!」

 

「……は、はい!やります!」

 

 私の言葉にトゥーラが頷くと、それを合図に私達は噴水の影から飛び出した。

 その姿を視認すると、冒険者達もそれぞれ私達に向かって襲い掛かるべく、歩みを進める。

 だが……ふふん、やはりな!歩調がバラバラだ!

 普通、冒険者が敵との距離を詰める時というのは、それぞれ適切な距離を取り、カバーできるように動く。

 が、今回の相手はそういう風には動けていない。

 斥候は先に、戦士は後ろから、ただ一直線に進んでくるだけだ。

 思わず笑みをこぼしながらも、私は隣のトゥーラに合図を送る。

 

「今だトゥーラ!」

 

「はい!ブレイク!」

 

 トゥーラが呪文を唱えると、敵の戦闘を走っていた斥候二名が何かに躓いたように、勢いよくすっ転ぶ。

 まず足だけを石化され、転んだ斥候が起き上がろうとしたところで――もう一度、今度は全身が石化した。

 これで困るのは相手の後衛――というより、斥候の後ろから詰めて来ていた連中だ。

 眼前ですっ転び、石化した斥候が邪魔をして、思わぬ形で動きを封じる。

 その間に私達はまた距離を取る。

 石像を乗り越えて連中が攻めてきたところで、次も同じことをするだけだ。

 通常の状態ならこいつらもこの程度の戦法に引っ掛かりはしないのだろうが……

 

「ふふ、誰が黒幕だか知らないが……愚かであることは間違いないな!戦闘のせの字も知らないと見える!ははは!ひょっとして今までパーティを組んだことの無い孤独なぼっちかな!?」

 

「カミラさん、相手を煽るのは良いけど、警戒緩めないでね!」

 

「はっ!リガス、私を誰だと思っているんだい!?わかっているさ!この私がそうそう油断――」

 

 ぐらり。

 瞬間、世界が揺れて、思わず私はその場にへたり込む。

 ……何だ?何が起こった?混乱しながらも、私がまた立ち上がると、隣のトゥーラが不安気に口を開いた。

 

「か、カミラさん!?だ、大丈夫ですか!?」

 

「ん……あ、ああ、大丈夫だ。はは、どうやら体に疲れが――っつ!」

 

 ずきり、と、今度は刺すような痛みが私の頭の奥底に響いた。

 何だ、この痛みは?

 頭を抱える私に、今度はリガスの方が慌てて声を掛ける。

 

「カミラさん、どうしたの!?大丈夫!?」

 

「あ、ああ、大丈夫だ、大丈夫だとも、大丈夫だから――早く、私のこの身を、あの方に――」

 

 そうだ、私はその為にこの迷宮に……いや、待て、待て、あの方って誰だ!?くそ、私の頭に知らない何かが流れ込んでくる!

 知らない声が私の頭に響く。

 その甘美な声が響くと、何故だかそうしないといけない気がしてきてしまう。

 言うことを聞きたくなってきてしまう。

 私が私で考えられなくなってしまう。

 私は、何を――

 

「――――っ!キュア!」

 

 すんでのところで状態異常解除の神聖術を唱えると、瞬間、頭がパアッと晴れ渡る。

 危ない。あれは精神汚染の類の何か、闇の魔術の何かだ。

 心配そうにこちらを見るリガス達に手を振ると、私は眼前の空間に叫ぶ。

 

「はっ!馬鹿め!あの程度のもので――この天才神官カミラ様が操り人形にされるとでも思ったか!?誰だか知らんが、そこに控える奴は余程に間抜けな奴と見える!」

 

「間抜けとは……随分なことを言ってくれるじゃないか、お嬢さん」

 

 これだけ強力な精神汚染を遠距離から仕掛けてくるのは不可能だ。

 恐らく、術者は近くに潜んでこちらを見ている。

 そう判断し、挑発する私に答えた声はしかし――私の背後から聞こえてきた。

 思わず振り向いた私の眼前に立っていた男――見覚えがある、あの趣味の悪い武具店、ブラッディーストライクの店長だ。

 その店長は困惑する私の腰に手をやり、何ともなしに顔を近づける。

 

「っ、ブレイク!」

 

 瞬間、トゥーラの石化の呪文が広間に響くが、驚くことに、術が発動するよりも早く、店長は私を掴んだまま大きく跳んだ。

 

「なっ……こいつ……!」

 

「また会ったね、と言うべきかな?お嬢さん、私の名は悪魔ミキシン、覚えておいてくれたまえ」

 

 悪魔ミキシン、そう名乗った男は、私の体を力強く押さえつけたまま、リガス達から距離を取ると、私の顎をくいと上げ、じっと瞳を見つめてくる。

 

「いやはや、その装備をしてくれているんだ。あの冒険者の連中と同じく、アッサリ支配できるものだと思ったが――抵抗するとは、やるじゃあないか」 

 

「は、貴様の腕が三流なだけだろう……っ!」

 

 ミキシンが間近からじっと私を見つめながら、さらりと私の腰を撫でると、思わず私はびくりと体を跳ね上げる。

 さっきとは違う、直接的に、こいつの魔力が私の体――いや違う、この装備だ。

 身に着けた服から自分の魔力を送り込み、私の体がこいつの術に包まれ、支配されていくのがわかる。

 

「こいっ……貴様……この為に……店で……!」

 

「おや、自称天才神官様にしては気付くのが遅いんじゃないかな?君には――いや、その首飾りには、店で会った時から目を付けていたというのに」

 

 クソッ!油断した!

 あの操られている冒険者も、私も、こいつの店の装備を身に着けている!

 呪いとはいかないまでも、こいつは自分の魔力を装備の一部に織り込み、いつでも装着者を操れるようにしていたのだ!

 しかし、首飾り、首飾りだと?この呪いの?

 何故だ、この首飾りにどんな意味がある?

 何故こいつはそんな手を使って街に潜入していたんだ?

 何故、悪魔が、迷宮に?

 何故――――

 

 ――――そんな疑問に答えが出るよりも早く、ぷつりと音を立てて、私の意識は私の物では無くなった。

 



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悪堕ち洗脳大神官

 突如として現れた店長――悪魔ミキシンと名乗った男は、俺の目の前でカミラさんの細い腰を指でなぞる。

 何らかの術を食らってしまったのだろう、カミラさんはぐったりと力無く、ミキシンに体を預けてしまっている。

 

「フフフ……これが……なるほど、確かに……素晴らしい……!」

 

 言いながら、ミキシンはカミラさんの胸元に手をやり、首飾りを弄ると、それを見て俺の心に何とも言えない不快感が湧き上がる。

 あいつに、あんな奴に、カミラさんを渡してはいけない。

 俺があんな店を紹介しなければ……思い返せば、あそこの店自体が外壁に奇妙な装飾が施されていた。

 きっと、客を引き込むためだったり、人の正常な思考を奪う類の魔術や呪いもかけていたのだろう。

 俺は、それに気付けなかった、素直に装備がスゴいと浮かれてしまった。

 これは俺の責任だ。

 後悔と怒りに唇を噛みながら、俺はミキシンに怒鳴り、踏み込むべく足に力を入れる。

 

「カミラさんから手を放せ、悪魔!」

 

「おっと、失礼、君達もいたんだったね……ま、だが私が用があるのはこの子だけだ」

 

 俺の言葉に対し、つまらなさそうな視線をチラリと向けると、ミキシンはパチンと指を鳴らす。

 と、先程まで俺達に襲い掛かってきていた冒険者達が一斉に駆け出し、素早い動きでミキシンとの間に立ちはだかる。

 

「さ、その哀れな少年達を磨り潰してくれ、我が人形達」

 

 もう一度ミキシンがパチンと指を鳴らすと、冒険者達が勢いよく俺達に飛びかかる。

 

「――ブレイク!」

 

 と、襲い来る冒険者達に向けて、咄嗟に隣のトゥーラさんが呪文を放った。

 先程と同じように、最前列の冒険者の何名かが石となり、それが後方から迫る冒険者の進撃を防ぐ。

 ミキシンはそれを見ると、おや、と、ほんの少し興味深そうな表情を浮かべて顎を撫でる。

 

「なるほど、なるほど、そういえば君は石化の魔術を使うんだったね……ふふふ、それでは……折角だ、お嬢さん……カミラちゃんに頼むとしようか?」

 

 ミキシンがまたパチンと指を鳴らすと、抱えていたカミラさんの体がびくりと跳ね、ゆっくりと立ち上がった。

 が――やはり、他の冒険者同様、目は光を失い、虚ろな表情を浮かべている。

 

「あいつ……!」

 

 思わず唸る俺を挑発するかのように、ミキシンは微笑みながらカミラさんの肩に手をやり、言う。

 

「ふっふ……さあ、カミラちゃん、神官なんだろう?あの人形達の石化を治せるかな?」

 

「――はい、ミキシン、様、キュア」

 

 途切れ途切れに、ミキシンに従うような言葉を口にすると、カミラさんは冒険者達に駆け寄り、状態異常回復の術……キュアを唱える。

 と、石化していた冒険者達がみるみるうちに回復し、再びがしゃりと武器を構える。

 後ろからそれを眺めていたミキシンは、治療を終えたカミラさんを再び抱き寄せると、俺達を嘲笑うかのように笑みを漏らした。

 

「ふふ……はははは!どうだい?君達の味方のせいで更なるピンチになってしまったぞう?次はどうする?冒険者達を斬るか?また石化させてみるか?どちらにせよこの子が治してしまうだろうがねぇ!」

 

「っ……リガスさん……!」

 

「ミキシン……こいつ!」

 

「はははははは!良いよぉ?十分に考えてくれ!どのみち逃げ場など無いのだから!」

 

 思わず後退る俺とトゥーラさんに、ミキシンが面白くてたまらないといった様子で笑い出す。

 既に石化から解かれた冒険者達も、じりじりと前進を続け、ゆっくり、だが着実に俺達を広間の壁際へと追い詰める。

 その後方で、ミキシンは見世物でも眺めるかのように、ニヤニヤとこちらを見ていた。

 調子に乗って……あいつだけは許せない……なんとしてもここで倒すべき邪悪だ!

 だが、どうする?トゥーラさんの石化の術はこうなってしまってはもう意味が薄い。

 ミキシンを直接石化させようにも、距離が遠い。

 あいつは傲慢な態度を取っている一方、こちらに迂闊に近付く素振りは見せない。

 あくまで安全圏から、冒険者達を使って俺達を磨り潰すつもりなんだ。

 くそ……こんな時でもカミラさんなら、絶対に良い手を思いついてくれる筈なのに……!

 不甲斐ない自分に怒りを覚えながらも、俺はなんとか案を絞り出そうと頭を働かせる。

 

「いっそ回復しに出てきたカミラさんを石化させれば……出来るかな、トゥーラさん?」

 

「……難しいです、距離もあるし……ましてや、彼らの装備……結構優秀みたいで……ゾンビ達のように一気に何人も石化させるのは流石に無理です……」

  

 トゥーラさんがそう言う方向を見ると、なるほど、分厚い鎧に身を包んだ戦士……確かヌンさんという名だ。

 そのヌンさんと、もう一人の戦士が盾を構えてミキシンの前に陣取っている。

 さっきカミラさんが石化の治療をしに出てきた際、周りを囲んでいたのもこの二人だ。

 恐らくは状態異常に耐性のある装備なのだろう。

 俺達が見ているのに気付いたのか、再びミキシンが笑みを浮かべながら言う。

 

「ははは、私の店の装備は値段は張るが、モノは良いよ?なにせ悪魔が丹精込めて作った品……それに私の手駒となる者にこそ与える装備だからねえ!」

 

「く……!」

 

「そおれ、壁際だ!もう逃げ場は無いよ!?」

 

 どん、と、じりじりと下がる俺の背中が迷宮の冷たい壁へとぶつかった。

 通路へ逃げようにも扉の前には既に冒険者が構えており、退路を塞がれている。

 どうするか、と、考える俺達に、満足がいったのだろうか、ミキシンは一際大きく、ふうと溜息を吐くと、先程までの愉快な笑顔はどこへやら、冷たい視線を俺達に突き刺し、告げる。

 

「やれ」

 

 一斉に、冒険者達が距離を詰める。

 トゥーラさんの石化の魔術もあるが……如何せん、相手の人数が多い。

 一人を石化させる間に他の冒険者に詰められ、やられてしまうだろう。

 

 なら、やるべきことは一つしかない。

 

「トゥーラさん!自分に石化を!」

 

「えっ……で、でも……!」

 

「いいから早く!俺に任せて!」

 

 俺の言葉に驚いて目を見開くトゥーラさんに、有無を言わさず俺も叫ぶ。

 すると、迷った素振りを見せながらも、トゥーラさんは静かに頷いて答える。

 

「……わかりました!硬いブレイク!」

 

 瞬間、トゥーラさんの体ががちりと黒く頑丈な石へと変わり、冒険者の振りかぶった剣が金属音を立てて弾かれる。

 これでトゥーラさんは少なくとも大丈夫だ。

 ここにいる冒険者達には突破できないだろうし……俺に巻き込まれることもない。

 トゥーラさんに襲い掛かった者とは別に、押し寄せてきた冒険者の剣が、俺の腹部を、肩を貫いた。

 痛みで倒れそうになりながらも、攻撃を受けた個所から血が熱くなるのを感じる。

 今回の件は俺のせいだ、俺があの店を紹介したから。

 俺が背後から迫ったミキシンに気付かなかったから。

 俺がカミラさんみたいに上手く作戦を立てられないから。

 だからせめて……俺が責任を取らないといけない。

 自分の肉体が変化し、筋肉が盛り上がっていくのを感じる最中、驚いたように叫ぶミキシンの声だけが、俺の耳に残った。

 

「――――は、なんだい、少年!君も、こっち側じゃあないか!」

 

 



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天才神官

 人狼、ライカンスロープ、狐憑き、ベルセルク、狂戦士、そして悪魔憑き。

 呼び名は様々ながら、伝承に語られる理性を失った獣が如き人間。

 彼らは私達悪魔の呪いや魔術、あるいは単にその血を引いたか……とにかく、悪魔と関わることによって体を弄られた哀れな玩具だ。

 通常は魔物として処理されたり、自らの境遇に絶望して森の奥深くに閉じこもったりするものだが――

 

「まさか、こんなところで楽しい玩具が見られるとはね……折角だ、もう少し見物していこう」

 

 私、悪魔ミキシンはそう独り言ちると、広間の端で唸り、咆哮を上げる狂戦士を眺める。

 どこの悪魔が作り出した玩具かは知らないが、中々面白いことをするものだ。

 私が広場に広がるであろう凄惨な光景に心を躍らせていると、予想通り、というべきか、狂戦士が私の操る冒険者達に襲い掛かる。

 

「ウオオオオオッ!」

 

 咆哮と同時に、狂戦士は手にした爪で冒険者の鎧を紙のように切り裂き、腹部に思い切り蹴りを食らわせて吹き飛ばす。

 反撃すべく、多人数で囲い込み、武器を突き出す冒険者だったが――なんと、狂戦士はその場に高く飛び上がり、突き出された刃を躱した。

 そして飛び上がった勢いそのまま、爪を思い切り冒険者の鎧に突き立て破壊すると、冒険者はその衝撃で勢い良くゴロゴロと転がり、倒れ伏す。

 この私が手ずから作成した鎧をアッサリと打ち砕くとは……なるほど、思ったよりも強い戦士だったらしい。

 

「ならば……これはどうかな?」

 

 私がパチンと指を鳴らすと、冒険者の一人が手にした大盾を構え、立ち塞がる。

 これは流石に爪では破壊できないのではないかな?

 そんな私の予測に私に答えるかのように、狂戦士はぐるると唸り、警戒するように後退る。

 ふむ、やはり流石にこの大盾には歯が立たないらしい。

 予想通りとはいえ、これはこれで残念だ。もう少し楽しめると思っていたのだが……

 私はもう一度、指をパチンと鳴らすと、大盾を構えた冒険者を勢いよく突進させる。

 このまま大盾に押し潰されて終わるか……そう考えていたのも束の間、なんと狂戦士は目前に迫る大盾を掴み、力技で冒険者の突進を止めたじゃないか!

 そして、そのまま唸り声を上げると、大盾ごと冒険者をひっくり返し……転がった冒険者の胴体に、やはり爪を食い込ませる。

 

「ははは、なんだなんだ、やるじゃあないか!だがまだ冒険者は残っているぞ!」

 

 もう一度、二度、指を鳴らすと、残った冒険者達が一斉に手に持つ魔剣・魔槍の魔力を解放する。

 狂戦士は風の魔力の込められた突きを躱すが、突きと同時に発生する風の刃は避けられず、右腕から血を噴き出させる。

 そこに続けざまに、氷の魔力の込められた斬撃が繰り出されるが、これも躱す。

 しかし、外れた斬撃からも発生した魔力は床を瞬く間に凍てつかせ、狂戦士の足を取る。

 そこに突き出されるのが私の自信作、ヌンの持つ炎の槍だ。

 この炎の槍によって、哀れな狂戦士は腹部を貫かれ全身を焼け焦げ――

 

「オオオオオオオオオオッ!!」

 

 ――槍に貫かれるかに思えた人狼だったが、突き出された槍を咄嗟に防いだようだ。

 自身の装備する爪と、突き出された槍が甲高い金属音を立てながらぶつかり合う。

 だが当然、この槍からも他の武器のように魔力による炎が生み出されている。

 刃は防いだとはいえ、槍の刃先から溢れる炎に身を焼かれる狂戦士だったが……

 

「ウオオッ!!」

 

 また一つ、咆哮を轟かせると、狂戦士は目にも止まらない速さで冒険者達の間を駆け抜け――それと同時に、冒険者達の武具が砕け、一斉に倒れ伏していく。

 なるほど、魔槍の炎で凍り付いた足元を溶かしたらしい。

 狙ってやったのか、偶然か、いずれにせよ中々やるじゃないか、と、感心する私に、獣と化した狂戦士の爪が迫る。

 が……残念だったね、狂戦士君。

 

「――プロテクション」

 

 私の抱える少女、カミラの放った術によって中空に光の壁が現れ、狂戦士の攻撃が阻まれる。

 

「ウウ……!」

 

「はは、どうだね、狂戦士君!かつての仲間と戦い、攻撃を防がれる気分は!冒険者をほぼ全て倒した手管には驚いたが……残念ながらここまでだ!」

 

 そう、ここまで、面白い見世物ではあったが、これ以上付き合う必要はない。

 私の目的はあくまで今抱えるこの神官少女……いや、彼女の身に着ける首飾りに他ならない。

 これさえ手に入れば、冒険者共がいくら噛み殺されようが関係ないのだ。

 

「悪いが、撤退させてもらうよ。もう二度と会うことはないだろうが――」

 

「――――ブレイク」

 

 撤退すべく脚に力を込める私だったが、ふと違和感に気付く。

 脚が……動かない……!?

 見ると、いつの間にかすぐ近くに狂戦士のもう一人の仲間――あの石化の術しか使えない未熟な魔女が私の背後から接近してきていた。

 

「ばっ……この……人間如きが!」

 

「硬いブレイク!」

 

 思わず激高しながら、私は上半身だけを捻り、魔女を焼き殺すべく炎の魔術を放つ。

 が、しかし、それが当たるよりも早く、魔女は自身の体を石化させ防いだ。

 ええい、くそ、なんだ、あの魔術は!?そもそも、石化していたくせに、どうやってタイミング良くそれを解いてこちらに!?石化している最中も意識があったとでもいうのか!?何だ!?

 思わず私が顔を歪ませ、舌打ちしたその一瞬、激しい衝撃が私の体を揺らし、吹き飛ばす。

 あの狂戦士だ!くそ!

 石化した足では着地することも出来ず、私はそのまま広間の床を転げる羽目になった。

 しかし……爪で突かれた衝撃はかなりのものだったが、幸いにも私の装備はギリギリ破壊されていない。

 当然か、この私の装備はあの冒険者共の鎧よりも更に高価で貴重な闇の素材で作った一流の装備だ。簡単に破壊されては困る。

 それに、脚の石化も徐々に解けかけてきている。

 ついさっきまでは膝まで石化していたが、今はもう足の指先から脛の部分までといったところだ。

 術者である魔女が石化した故か、あるいはこの装備のお陰か……いずれにせよあの魔女でも、私の足を短時間石化させるのが精一杯だったらしい。

 石化が治ったらすぐさまあの狂戦士を、あの獣をブチ殺してくれる!

 そう決意を固めながら、残った人形……カミラを動かすべく目をやると、気付く。

 

「おや……おやおや……くく……ははは!なんだ!やはり獣だな!無様なものじゃあないか!ははははは!」

 

 私の視線の先、怒り狂う狂戦士は今――私のことなど気にもしない様子で、興奮したように激しく呼吸を繰り返しながら、カミラに覆い被さっていた。

 やはり獣、女の臭いに本能が耐えられなかったといったところか?

 それで自らの仲間を汚し、犯し、殺しにかかるか……!はは、見世物として最高だ!

 正直なところ、私としては首飾りが無事でさえあれば、カミラという少女自身はどうなっても構わない。

 私の足の石化が治るまで、精々あの飢えた獣の餌になってもらうとしよう。

 パチン、と指を鳴らし、私は人形と化したカミラに指示を出す。

 

「動くなよ、人形、そのまま食われて時間を稼げ」

 

「――はい、ご主人様」

 

 虚ろな表情で呟き、力無く体を横たえるカミラに、狂戦士は我慢の限界だとでも言うように襲い掛かる。

 鼻息荒い口元から涎を垂らし、鋭く生えた牙で少女の腹に噛みつく。

 ぶちぶちと音を立てて何かが裂ける音を立てながら、少女の体が激しく揺れる。

 その間にも私の石化はどんどん解けていく。

 もう少しだ、もう少しで――にやりと笑みを浮かべながら、狂戦士の少年が仲間の少女に噛みつき、服を裂く様子を愉悦をもって眺めながら、私は少しずつ立ち上がる。

 ふふふ、あの少年も災難なことだ。

 最善手と信じて獣と化したのだろうが、その結果としてパーティメンバーを自ら汚し、手にかけるのだ。

 くく、はは、素晴らしいね!そうだ、首飾りを回収したら、もう一人の魔女の方は石化したまま手足を砕き、狂戦士の少年はそのまま生かしておくとしよう。

 生きてはいるが、石化を解いた瞬間に手足を失い死ぬ魔女と、無惨にも腸をぶちまけて死ぬ少女神官。

 それを認識した時のあの少年の絶望、それを想像するだけで心が躍るじゃないか!

 と、思わず、甘美な想像にうっとりする私の前で、獣の唸り声に混じり、不意に高く澄んだ少女の声が響いた。

 

「ヒール」

 

 少女の声に続くように、ピタリと狂戦士の動きが止まると、そのまま元の少年の姿に戻り、力無く少女にもたれかかる。

 

「……う……カミラさん、ごめん、俺……」

 

「は、何を謝る、お前がちゃんと理性を持っててくれたから、私が助かったんじゃないか」

 

「うん……爪……買っといて……よかっ……」

 

 言いながら、狂戦士はそのまま目を閉じ、ばたりとその場に倒れ伏した。

 代わりに、少女――先程まで私の操り人形となり、虚ろな目をしていたカミラが、黄金色に煌めく目をこちらに向けながら、堂々とした態度で立ち上がる。

 無惨にも、先程まで着ていた服は食い破られ、外套一枚を羽織るのみの状態だが――それでも、その立ち姿はえも言えぬ神聖さを醸し出していた。

 

 ――やられた。

 

 あの狂戦士は恐らくだが……装備か、アイテムか、ともあれ、何らかの効果で、僅かでも理性を保っていたのだ。

 それでいて尚、理性を失ったふりをして、牙であの少女の服を裂いた!

 あの少女が操られていたのは私の店で売っていた、私の魔力の込められた装備をしていたからこそだ。

 それが破壊され、裂かれ、一糸纏わぬ状態になった今、最早操ることは出来ない。

 だが、しかし……私は最早石化も完全に解けた足に力を込め、悠々と立ち上がる。

 

「まさか、最初から服を剥ぐことの方が目的だったとはね……いやあ、驚いたよ、だけど……はは、愚かだねえ」

 

 私は再び、笑みを浮かべながら、眼前に立つ、哀れで愚かな少女に言い放つ。

 

「洗脳が解けたところで、君程度がこの私に……悪魔に勝てるとでも思っているのかな?」

 

 そう、冷静に考えれば不利なのは少女の方だ。

 装備も失い、仲間も失っている。

 それでなくても私は悪魔、強大な魔力と肉体を持つ魔族だ。

 人間の、少女一人ぐらい今更復活したところで何が出来るわけでもあるまい。

 そんな私の嘲笑を無視するかのように、少女はゆったりとした動作で床に落ちたモーニングスターを拾うべく、腰を落とす。

 はは!馬鹿め!やはり雑魚だ!隙を見せるとは!

 私は少女の視線が外れた隙を突いて、猛烈な勢いで地を蹴り、襲い掛かる。

 ――瞬間、鈍く重い音が私の頭の中に響き渡り、激しい衝撃と共に、私の体が宙を舞う。

 

「がっ……!?」

 

 何が起こった!?

 理解する間もなく、また床に転げた私だったが、今度は速やかに着地し、体勢を整え、少女を見ると、少女は淡々と、落ち着いた調子で言葉を紡ぐ。

 

「愚かなのは貴様の方だ、悪魔、この私を誰だと思っている?」

 

「がは……誰?誰だって?たかが人間の、たかが神官だろう!それが偉そうに……」

 

「はっ!違うね、私は――そうだ!私は天才神官!カミラ様だ!」

 

 落ち着いた調子から一転、激しく、自身に溢れた口調でそう叫ぶと、カミラは堂々と、どこか挑発的な視線で私を睨み、モーニングスターを構えた。

 

「やろうか、悪魔!天才神官の力、とくと思い知らせてやろう!」

 



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エクソシズム

「よっ……と……狭いな……」

 

 迷宮第二層、入り組んだ通路の一部にぽかりと空いた四角い穴へと俺――ロフトは身をよじらせる。

 迷宮の中でも、この手の人工的な造りになっている部分は隠し部屋や隠し通路……と言って良いのかアレだが、ともあれ、通気口や下水道のような道筋が多い。

 今回の調査でジョーやカリカを連れてこなかったのもこの為だ、あいつら無駄に身体がデカくて通れないからな。

 と、体をよじりながら穴を奥まで進んでいくと、やがて一つの部屋の床下へと辿り着いたようだ。

 道を塞ぐかのように格子がかけられているが、そこは斥候、腰から取り出した糸鋸で格子を切り、取り外し、顔を出す。

 石造りの小さな部屋には、どことなく禍々しさを感じさせるいくつかの武器・防具、それに呪いか何かに使うであろう書物が置かれ、床の一部に怪しげな魔法陣が描かれている。

 入口はこの床に空いた穴……恐らく下水道とは別にあるようだが、扉には何やら妙な色に輝く魔石がぶら下げられており、不思議な魔力を放っている。

 恐らくは幻惑の魔術か何かで入口を隠しているのだろう。

 

「これだけだと人間の気の狂った魔術師の拠点、って可能性も無きにしも非ずだな……悪魔……悪魔か……」

 

 悪魔、人と神に抗い邪悪な術を扱う魔の者。

 そんな悪魔が迷宮に出た、という噂だったが――依頼を思い返すうち、天才神官を自称する一人の痛い男の姿、それから同じく天才神官を名乗る自信に満ちた女の子の姿を思い返す。

 まさか、まさかだけどなあ……

 なんとも荒唐無稽な予想と、嫌な予感を感じながらも、再び部屋を見回すと、俺は溜息を吐いて独り言ちる。

 

「ま、本当に悪魔が出たとしても……あいつなら大丈夫か、性格は最悪だけど実力は本物だもんな」

 

 そう、相手が悪魔なら猶更――あいつが負けるということは、俺には到底想像できなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 腹立たしい。

 眼前で私を睨みつける悪魔、ミキシンにモーニングスターを構えて見せながら、私は内心どうしようもない怒りを感じていた。

 この私が、あんな三流悪魔に後れを取るとは!

 確かに?天才といえども、後れを取ることはある、不意を突かれることもある!油断することもある!天才だからといって万能ではない!

 だが、だからと言って、あんなクズみたいな雑魚悪魔に不意を突かれて、あまつさえ無様にも操られる、などということがあって良いのか!?いや、良くない!

 私の実力がこの程度だと勘違いされたまま逃げられては堪ったものではない!

 奴には私の実力を心底から理解させてやらねばならない!全ては私の納得のために!

 と、ミキシンに不敵な笑みを浮かべて見せると、先程私に叩かれたことが屈辱だったのもあるのだろう、ミキシンはギリリと歯を食いしばりながら言う。

 

「神官の少女如きが……くく……私の本気の姿を見ても余裕でいられるかなぁ!?」

 

 そう言うと、ミキシンは自らの体を変質させる。

 めきめきと音を立て、頭からは黒々とした角が生え始め、肌は血のような赤に染まり、背中からは漆黒の翼が姿を現した。

 その赤黒く、盛り上がった肉体は、正しく悪魔そのもの、先程まで端正で紳士的な武具屋の店主としての姿を見せていたとは信じられないほどだ。

 

「ジャッ!」

 

 本気の姿を露にしたことで、何やら自信を得たのだろうか、掛け声と同時に、ミキシンは激しく床を蹴り、私に迫る。

 馬鹿め。

 私は間抜けな悪魔に向けて、一つ呪文を呟いた。

 

「プロテクション」

 

「がっ……壁かっ!くそっ!この程度……」

 

 突撃をプロテクションで防がれながら、尚も力を込めるミキシンだったが、私はそんな悪魔の眼前にモーニングスターを掲げ、また呟く。

 

「ブレス!」

 

「あっ……がああああああ!」

 

 瞬間、広間に光が溢れ、ミキシンは目を抑えてのたうち回る。

 神聖術は神の与えし光の術。

 神の子たる人間には癒しの力足り得るが、既に命を失い、邪神の眷属に落ちたアンデッドには身を焼く炎となる。

 そしてそれは、悪魔も例外ではない。

 

「対魔の力というやつだ。悪魔、吸血鬼、屍鬼、幽鬼、そういったものに特別大きなダメージを与える、それが神聖術だよ。勉強になったかな?三流悪魔くん?」

 

「ぐぬっ……き、貴様……アアッ!」

 

 ブレスのダメージから回復したのか、こちらを睨みながら、ふらふらと立ちあがろうとするミキシンだったが、その前にモーニングスターの打撃を横合いから思い切り叩き付け、また転げる。

 痛みに転げ周り、這いずりながら苦しそうに胃液を吐き出すと、ミキシンは、焦ったような表情で叫ぶ。

 

「はっ……が、うぐ、頭が割れる……馬鹿な……こ、こんな少女の細腕で……何だ……その、武器は……!」

 

「神聖武器だよ、悪魔、そこのリガスの爪と同じ、祝福のかかった武器だ」

 

 尤も、リガスの爪にかかっているのが精神異常軽減という回復・補助的な効果なのに対して、私のモーニングスターに込められたものは単純明快、対魔特攻だ。

 前述した邪悪に属するものを相手にした際、神の祝福がより強く相手に伝わり、その身を滅ぼす。

 だって私にはリガスみたいな精神異常も無ければ、そうそう油断して大怪我をするなんてことも無いからな、守りの力より邪悪をブチ倒す力を込めた方が向いている、というものだろう!

 

「神官とは闇を打ち払い、祝福で以て人を癒す者!その中にあって天才と呼ばれる者は何か!?そう!絶対に邪悪に負けない最強神官ということさ!」

 

「なっ……にを……ふざけたことを!」

 

 ミキシンが激高して叫ぶと、辺りに紫がかった靄のようなものがかかり、体を覆い隠し――いや、違う。

 見回すと一つ、二つ、三つ、私を取り囲むようにして、いくつものミキシンの姿が現れていた。

 ほほう、と、感心して唸る私に、靄の中からミキシンの得意気な声が響く。

 

「ふふ……ははは!これぞ幻惑魔術!私は本来、肉弾戦などではなく知略と魔術を駆使して戦うタイプなのだよ!君とは違ってね!」

 

「はっ!私が知的じゃないような言い方は止めてもらおうか!」

 

「やかましい!私の罠にまんまとハマった間抜けの分際で!」

 

 言うと、靄の中からいくつもの火球が飛び出し、私に襲い掛かる。

 火球をひらりと躱す私だったが、連続して氷の塊に、風の刃と、様々な魔術による攻撃が襲い掛かった。

 私はプロテクションを張り、矢継ぎ早に飛んでくる魔術を防ぐ。

 なるほど、どうやら無暗に突進するのは危険だと踏んで、魔術による遠距離戦に切り替えらたらしい。

 確かに狡猾、どうやら失敗から学ぶ程度の知性はあると見える。

 

「壁を張ったとて!無駄なこと!」

 

 声と同時に、先程とは逆側から、続いてまた別方向から、と、連続して多方面から魔術が飛んでくる。

 私はそれらを避けるが――流石に全部は無理だ、火球が一つ、私の背中にぶつかり、爆ぜる。

 

「かっ……!」

 

「ふ、はは!当たった!当たったねぇ!やはり人間なんて所詮はこの程度だ!」

 

 靄の中からミキシンの嘲笑う声が響く。

 どうやら私に一発攻撃を当てたのが余程に嬉しいらしい。

 上機嫌な様子で笑いながら、尚も言葉が続く。

 

「さあ、どうする人間?命乞いをすれば、また私の人形にして命だけは助けてあげるかもしれないよ!はは!額を床にこすりつけてその高慢ちきな顔を涙で濡らす姿を見せてくれ!」

 

「は、私が命乞い……命乞いだと?貴様みたいな三流の悪魔に?」

 

 全く、度し難い馬鹿悪魔、雑魚、阿呆、救い難い能無しだ。

 最初から貴様が勝てるチャンスなど無かったとも知らず、調子に乗った口を。

 私はまた、にこりと笑みを作ってみせると、体から神聖力を引き出す。

 あの時は使えなかった、最初にこの首飾りの呪いを解こうとした時は。

 だが今の私なら、バジリスクを、アンデッドを、メタルスケルトンを倒してレベルの上がった今の私なら。

 

「我が神よ、天上のギアナ神よ、願わくば我が身に掛けられた悪しき呪いをほどきたまえ――ディスペル!」

 

「っ!」

 

 眩い光と共に、解呪の術が発動する。

 呪いや魔術を打ち払う神聖術、しかし今回の対象はこの首飾りではない、打ち消すのは――

 

「私の……幻惑が……!」

 

 光に照らされ、辺りにかかった靄が瞬く間に解け、ミキシンの虚像が消え失せていく。

 残ったのはさっきまでの広間と、ぽつりと立つミキシン本人だけ。

 

「くっ……だがまだ……!」

 

「そうはいくか!」

 

「うぬっ!」

 

 慌てて再度、術をかけるべく魔力を込めるミキシンだったが、術が発動するよりも早く、私が奴に向けてモーニングスターを思い切り放り投げる。

 なんとか躱したミキシンだったが、幻術の発動は停止させざるを得ない、そこで――

 

「ホーリーブロー!」

 

「おがぁっ!?」

 

 一足飛びに飛び込んだ私の正拳、いや、聖拳がミキシンの腹に食い込む。

 このホーリーブローも拳に神聖術を込めて殴るだけ……要は人間相手では普通のパンチにしかなり得ないのだが、悪魔相手なら効果抜群だ。

 膝から崩れ落ちるミキシンの頭に、もう一度ホーリーブローを叩き付けると、私は傍に落ちたモーニングスターを拾い、言う。

 

「はっ、残念だったな悪魔」

 

「うぐ……こ……この……」

 

「貴様の敗因は三つ……一つに私を、私のパーティをナメたこと!二つ、私がメタルスケルトンを倒して成長していたこと!」

 

 息を切らせながら、縋るような眼でこちらを見上げるミキシンに、私は躊躇なくモーニングスターを振りかざし、言う。

 

「そして最後は――装備のセンスが悪いことだ!私は!最初から貴様の店の装備なんか気に食わなかったんだからなぁ!!」

 

「いやっ、き、君だって着てたじゃないかあああああ!!!!!」

 

 絶叫と共に、私は思い切り神聖モーニングスターを振り下ろすと、鈍い音と同時にミキシンの頭が迷宮の床にめり込んだ。

 いや、だって、本当に私は最初からダサいと思ってた!最初から罠だってわかってたんだ!だから騙されてない!私は騙されてないぞ!

 そうとも、私は全く悪くない!

 そんな思いと共に、私は諸々を思い返して羞恥で赤くなった顔を指で覆い隠すのだった。

 



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冒険後夜

「ははははは!ざまぁないね!あのクソ悪魔のみじめな顔ったらなかったよ!」

 

 夕暮れに照らされる街角の酒場、仕事帰りの人々や冒険者で賑わうそこで、私は上機嫌になりながら酒を流し込む。

 悪魔ミキシンと名乗る男を退治した後、私達は奴をふんじばって突き出した。

 迷宮の中での事件に対しては、国の方でもそれ用の部隊というものがいるので、そこに引き渡した形だ。

 今頃は牢屋の中でマズい冷や飯でも食わされていることだろう!はは!ざまぁ!

 

「悪魔の不幸で酒が旨いとはこのことだね、奴もこんないたいけな美少女にわからされるとは思ってもみなかったろう!」

 

「そうだね……」

 

 私が爽快に笑い飛ばしてみせると、しかし、対面に座るリガスはどこか浮かない様子だ。

 先程から食事に手を付けようとしないし、酒も飲んでいる様子はない。

 別にこいつが凹もうが何だろうが知ったことではないが、めでたい席でこういう表情をされるのもケチがつくというものだ。

 私は一つ溜息を吐きながら、やれやれといった調子でリガスに問いかける。

 

「なんだなんだ、リガス、元気が無いじゃないか、もう少し明るい表情をしろ!メタルスケルトンの方だって依頼大成功だったんだぞ!」

 

「それはそうだけど……」

 

 悪魔の方で上書きされてしまったが、メタルスケルトンの方も三体分の素材を納入できたことでかなりの金にはなった。

 冒険者ランクが上がるとこういう稼げる依頼も受けられるのが嬉しいところだ。

 ずっしりとした銭袋の重みに私が悦に浸っていると、リガスがポツリポツリと語り出す。

 

「今回は俺のせいでカミラさんに迷惑かけちゃって……悪魔の策を打ち破る為とはいえ、女の子の服をまた剥いちゃったし……」

 

 何か気にしているとは思っていたが、やっぱりそういうことか。

 リガスはどうにも責任感が強い、というか真面目だ。

 そのあたりは今までパーティを組んでこなかったせいもあるのだろうか。

 迷宮内での冒険で自分一人に責があることなど、そうはあるまいに。

 私は俯くリガスの頭をぱしんと叩き、明るく告げる。

 

「馬鹿め、リガス!気にしすぎだ!別にお前のせいじゃあるまい!」

 

「でも、俺があの店を勧めなければ……」

 

「は、それを言ったら私があの店でまんまと装備を買わされたのが悪……いや違うだろう!売りつけた悪魔が悪い!私のせいじゃない!」

 

「それはそうだけど……」

 

「だろう!?悪いのは悪魔だ!私達じゃない!はい復唱!自分は悪くない!」

 

「じ、自分は悪くない」

 

「そうだ!私は悪くないぞ!だろう!ふふん!」

 

 私は酒に酔って浮かれた頭でそう叫ぶと、満足してまたジョッキの酒をぐいっと飲み干す。

 リガスも私の言葉で少し元気が出てきたのだろうか、まだ少しばつの悪そうな笑みを浮かべながらも、同じように酒を口に運んだ。

 

「それに、だ、あんなクソみたいなセンスの悪い装備は破って正解だったともさ、やっぱり神官はしっかりとした法衣でなければ!」

 

「そう言ってもらえると有難いけど……」

 

「うむ、貞淑で清純な乙女であれば裸を見られたことで純潔がどうこう、とかなるかもしれないが、私はおと……ンンッ!ゴホッ!いやっ、私も乙女だがな!?そこはそんなに気にしないというか!?」

 

 思わず口を滑らせそうになりながらも、私は誤魔化すように、新たに買った法衣をさらりと撫でてみせる。

 結局あの新しい装備は破ってしまったので、私もヘムロック魔道具店で新たな装備を買い求めることにしたのだった。

 なんと店主の爺さんは今日まさに私ぐらいの少女用の神官装備を仕入れたところだったという。

 最初から私があの店に買いに行くことを見越していたかのような采配で、正直ちょっと気味が悪いと思った。あの爺さんはそういうところがある。

 とはいえ、流石にヘムロック爺さんと言うべきか、品としては良い物だ。

 デザインは私が最初に着ていた初心者用の法衣に近いものながら、魔術耐性と自動回復の祝福がかかっており、軽めの魔術なら弾くことも出来るだろう。

 後衛としての生存力が求められる神官にとっては最適な装備だと言える。

 まあ私は割と前衛にも出るタイプだが……と、私がまた酒を一口、飲み込むと、それまで黙って野菜をポリポリとつまんでいたトゥーラが、不意に口を開いた。

 

「あの、い、良いですか?私もその……カミラちゃんに聞きたいことがあるんですけど……」

 

「おやおや、何だい?ふふん、頼られすぎて困ってしまうな!だがそう!私は天才!知りたいことがあるなら何でも答えてあげようじゃないか!」

 

「その……リガスさんって、狂戦士なんですか……?」

 

「あっ」

 

「あ」

 

 忘れてた。

 そういえばトゥーラ、こいつ新しい杖の性能のお陰か、レベルアップしたせいか、ともあれ石化したまま意識を保つことが出来るようになったらしい。気が狂っている。

 それで助かったのも事実なのだが、同時にリガスが理性を失って暴れる様も見られてしまった。

 思わず私はトゥーラの肩を掴んで、顔を近づけながら語り掛ける。

 

「いいかい、トゥーラ、これは私達だけの秘密だよ?もし言ったら……」

 

「ふぇっ……い、言いませんよ……!私だって、お二人が凄く良い人なのは知ってますし……私はずっと二人と冒険したいですもん……」

 

「そっか……助かるよ、ありがとう、トゥーラさん」

 

 トゥーラが少し照れくさそうにそう呟くと、リガスもほっとしたように返す。

 人を信じるのが早すぎないかリガスよ。

 とはいえ、トゥーラの方もこの件を他の人間にバラしたところで何も得することは無い筈だし、そうそうバラされることも無いだろう。

 もしバラしたら今後一生教会を利用できないくらいのことはさせてもらうが。

 

「ま、いずれにせよ、今日の冒険は大成功といったところでな!今日の成果に乾杯!」

 

 私は改めてそう言うと、酒の入ったジョッキを突き出し、三人で杯を突き合わせる。

 

「乾杯!」

 

 色々あったが、万事順調!何も無く終わった良かった!というものだ!

 私は酒をぐいと飲むと、安心した気持ちに大きく息を吐き出すのであった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 夜、誰しもが寝静まり、宿屋の一室に月明かりが差し込む中、こんこんと軽く戸を叩く音が聞こえて、私は目を覚ました。

 頭が痛い。酒を飲みすぎたかもしれない、神官なのに。

 いやでも楽しい時には酒を飲んでも良いというか、別にギアナ神は酒を禁じるタイプの神ではないし、問題は無い筈だ。

 とはいえ、頭が重いのはいただけない、ううんと唸りながら顔を上げ、眠気と怠さに目をこする私の頭に、またこんこんというノックの音が響く。

 

「はいはい、全く、なんだい、この天才神官様を叩き起こすような真似をして……」

 

 私はのそりと起き上がると、半ば寝惚けた状態のまま戸を開ける。

 と、そこに立っていたのは、少女となった私と殆ど変わらないくらいの身長の男性、けれども紛れもなく優秀な斥候であり、Aランクの冒険者でもある少年。

 ロフトが目の前に立っていた。

 

「悪いな、寝てたか?」

 

「ん……ふぁ……なんだロフトか……こんな夜更けに天才神官様を叩き起こして何の用だい?」

 

「いや……」

 

 そう呟くと、ロフトはまじまじと私の顔を眺める。

 はて、なんだ?少し前の、カシミールだった頃の私ならともかく、今の私は別にそこまでロフトと接点を持っていない筈だが……

 確かに今回は迷宮で少し話したがそのくらい……はっ、いやだが、ロフトも年頃の少年だ、同年代かつ天才で美しく、更には優秀な冒険者の女性がいたら惹かれるのも道理なのでは……?

 つまり私のことなのだが!いやだが、悪いなロフト!私はあくまで男!いかに今の外見が絶世の美少女となっていたとしても貴様の思いに答えてやることは出来ないのだよ!

 ふふ、私の顔と胸をしげしげと眺める、いかにも思春期と言うべき視線には申し訳ないが!な!

 と、私が髪を掻き上げながらふふんと鼻を鳴らすと、私の胸を見つめていたロフトが視線を上げ、口を開く。

 

「なあ、カミラちゃん?」

 

「ふふん、なんだいロフト?いかに私が天才美少女といえど、残念ながら君とは」

 

「お前、カシミールだろ、うちのパーティの」

 

「…………人違いです!」

 

 全身から汗が噴き出すのを感じながらも、私はバタンと勢いよく戸を閉めた。

 



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身バレと謎と第四層

「何故バレた!?」

 

「俺はむしろバレないと思ってたお前にビックリだよ」

 

「うわぁ!?普通に入ってくるな!」

 

 突如として来訪して私の正体を見破ったロフトに、私は慌てて部屋の扉を閉めたのだが、残念ながら相手は腕利きの斥候だ。

 ロフトは宿の扉についた鍵などあっという間に開けて、ごくごく自然な雰囲気で部屋に入る。

 あまりにも不躾な態度のそれに、私も腕を組むと、眉間に皺を寄せて吐き捨てるように言う。

 

「年頃の女の子の部屋に鍵を開けて侵入するのは不躾じゃないかな、ロフト君?お里が知れるというものだよ?」

 

「年頃の女の子は男物のパンツ一丁で客を出迎えたりしないだろ、カシミール」

 

「むぐ……」

 

 そういえば、直前まで服を脱いで寝ていたせいで、今は上半身素っ裸のままだ。

 天才美少女カミラちゃんとして生きるのであれば、女の子らしい寝間着などもあった方が良いのだろうが、部屋で一人だとついつい男時代の感じで居てしまう。

 あのミキシンが着させてきた装備もそうだが、明確に可愛らしい女性用の服の方が、裸よりむしろ恥ずかしい気がしてしまうのだ。

 とはいえ人の前で半裸でいるのも良くないな、と、軽く上着を羽織り、ベッドに腰掛ける私の前で、ロフトは遠慮なく部屋の椅子に腰掛けると、呆れたように口を開く。

 

「そもそも、自分で自分を天才とか言い出すような奴はそうそういないし、バレたくないならもうちょい隠したら良かったじゃんか。口調とか態度変えるとかあるだろ」

 

「はっ!馬鹿を言わないでくれよロフト!常に自分に自信を持ち、自分を天才だと信じるからこその私なのだ!それを恥じて態度を変えることなどする必要はあるか!?いや、無いね!ふふん!」

 

「だよな~、お前ってそういう奴だよな……」

 

「うむ!」

 

 バレているのなら仕方ない、とばかしに開き直り、堂々とした態度で私は言う。

 正体がバレたのがロフトというのも、まあ良かった。いや良くはないが。

 ジョーなら嬉々として私の正体を言いふらしたかもしれないが、ロフトは自分に得が無い限りはそういうことはしないタイプだ。

 と、そこまで考えてふと気付く。

 

「ちなみにだが……ロフト以外の奴は私の正体に気付いているのか?」

 

「少なくともジョーは気付いてないんじゃないかな、馬鹿だから。カリカは……わかんないけど、気付いてたとしても大丈夫だろ、無口だし」

 

「ふふん、なんだ、やっぱりそうか!心配する程のことではなかったな!」

 

「あとヘムロックの爺さんは気付いてたけど」

 

「えっ、ウソ」

 

 あの爺さん、私が新しい法衣を買いにいった時は特に何も言わなかったくせに……

 まあ良いか、あの爺さんも別に私の正体を言いふらすタイプではないだろう。

 私は思考を切り替えて、対面に座るロフトに問う。

 

「こほん……それで、ロフトは私に何の用事があって来たんだい?ま、予想は出来るがね?」

 

「へえ?どうしてだと思う?」

 

「ふふん!ずばり……私にパーティに戻ってきてほしい、ということだろう!」

 

 興味深そうにこちらを見つめるロフトに、私はどうだとばかりに笑みを浮かべて返す。

 やはりな、やはり、それしか考えられないだろう!

 何せこの天才神官たる私が抜けてしまったのだ!パーティの損失は計り知れまい!

 それ故に困ったジョーが泣きつき、私の正体に気付いたロフトが新戦力としてスカウトに来た、と!

 っは~!やれやれ!天才神官はこれだから困ってしまうな!頼られてしまうな~!まったく!

 

「私を追放したジョーが困るのは正直ざまぁ!というところだが、仕方が無いな!ふふん!頭を下げて頼まれてしまっては私もやぶさかではな」

 

「あ、いや、別にパーティには戻ってこなくて良いかな」

 

「……うん?」

 

 パーティには戻ってこなくても良い、そう告げると、ロフトは更に続けて語り出す。

 

「ほら、お前って補助っていうか攻撃寄りの神官だろ?ウチもう攻撃要員は二人いるしさ」

 

「まあ、それは……いやだが、回復・補助も天才的だろう、私は!」

 

「そうだけど……性格がさあ……ジョーと合わなさすぎるじゃんか……たまにアイツより前に出ようとすらするだろお前……」

 

「はっ!そこは神官に前に出られてしまうような不甲斐ない戦士に問題があるんじゃないかね!つまりジョーが悪いね!」

 

「そういうとこだよ」

 

 どういうところだ?

 いささかロフトの言に釈然としないものを感じながらも、仕方が無いかと溜息を吐く。

 ま、パーティには相性というものがあるからな、いくら私が天才でも、リーダーの器が小さいと扱いきれない、というところなのだろう。

 しかし、そうなるとロフトは何故、私を訪ねてきたんだ?

 はて、と、頭を捻る私に、ロフトは指ですっと胸元を指し示す。

 

「その首飾りについてだよ」

 

「ああ、貴様にもらったこれか!そうだ、元はと言えばこれのせいで大変なことになってしまったんだぞ!全く、こんなもの一体どこで拾ったのだか」

 

「いや、それが……俺もそれ、どうやって手に入れたか覚えてないんだよ」

 

「…………んん?」

 

 これのせいで(天才なのは変わらないし美少女になれたのは良いことだとしても)弱体化し、呪われ、悪魔に狙われ、といった散々なことを思い返しながら、文句をつけると、ロフトは何ともばつが悪そうな表情でそれに返す。

 どういうことだ?と、不審に思いながらも見つめ返していると、ロフトはポツリポツリと語り出した。

 

「覚えてないんだ、それをどうやって手に入れたのかも、どうしてお前に渡したのかも」

 

「……あの時は確か……迷宮四層を探索した帰りだっただろう?だから、私も四層で手に入れた物だと思っていたが……」

 

「それはそうだと思う。ただ、どこでどうやって手に入れたかは覚えてない。宝箱なり何なりから手に入れたなら、お前達も見てた筈だろ?」

 

「……確かに、そうか」

 

 私は首元に下がった、金色に煌めく首飾りを手で撫でながら、その時の探索を思い返す。

 パーティ内で手に入れたアイテムの情報は共有するものだ、が、これに関しては確かにそういったやり取りをした覚えがない。

 

「ヘムロックの爺さん曰く、これは変化の首飾りだったらしいが……」

 

 と、私は爺さんの見立てと、実際にこれを装備してから気付いたことについてロフトに聞かせる。

 ついでに悪魔がこれに関心を示していたことにもだ。

 それを聞き終わると、ロフトはううん、と唸り、また口を開いた。

 

「……呪われてるけど、何にでもなれるかもしれない首飾り……しかも悪魔がそれを狙ってるか……」

 

「ふん、言葉にすると、確かに何かありそうな物に聞こえてくるな」

 

「試してないって言ってたけど多分、通常の解呪も効かないんだよな?ううん、謎だらけだな」

 

 と、今までのことを整理して二人で頭を抱える。

 考えれば考える程によく分からないアイテムだ。

 ロフトも考え込むように顎に手を当てると、ポツリと呟く。

 

「謎を解明するにしても……とにかく、また四層まで潜らないといけないな」

 

「ほう?」

 

 迷宮第四層『白冠都市』

 前回の探索では私も一緒にそこまで行った。

 純白に輝く豪奢かつ上品な趣の建築物が立ち並び、迷宮内部なのにも関わらずどこからか照らされる光によって、一つの一つの建築物があたかも芸術作品の如く煌めく不思議な都。

 が、息を呑むほどの美しさの都とは逆に、そこに出現する魔物の危険度は上層の比ではない。

 あらゆる攻撃に耐性を持ち、しかも驚異的な怪力を持つミスリルの巨人、三つ首を持ち、それぞれの口から猛毒を吐き出すヒドラ、音も無く忍び寄り、自身の体液で鉄をも溶かすヒュージスライムなど、思い返すだけでも恐ろしい怪物が跋扈している。

 私の為にまたそんなところまで行ってくれるとは……ふふん、余程に私を尊敬しているらしい!良いぞロフト!

 

「いや、言っとくけど普通に迷宮最深部の神具狙いだからね俺、お前の為じゃないっていうか、何なら首飾りの件がついでだからな?」

 

 私の心を読んだかのように、呆れた表情でロフトがそう言う。

 素直じゃない奴め。

 

「どのみちバジリスクの件とか色々片付いたし、俺達が潜るとしたらこのタイミングだ。しばらくは真面目に最深部を目指すことになると思う」

 

「ふうん、なるほど……前回とは違い、道中にこの私、こと天才神官はいないが大丈夫かい?」

 

「一度行ったお陰で道は分かってるし、大丈夫だと思う」

 

 それより、と、ロフトは椅子から立ちあがると、ベッドに腰掛ける私を見下ろしながら続ける。

 

「お前の方こそ気を付けろよ、悪魔が狙ってくるっていうのも十分ヤバいことなんだから」

 

「は!それこそ心配ご無用だ!対魔特効!天才神官の私だぞ!悪魔如きに負けると思うかい!?」

 

「一回負けかけたって聞いたぜ?」

 

「はぁ!!?負けてないが!!!??」

 

 ロフトの言葉に声を荒げながら返すと、ロフトは軽く悪戯っぽい笑みを浮かべながら、私に手を振り、部屋を後にする。

 いや、本当に負けてないが???は??なんだあいつ??意味が分からん!

 ……が、まあ、負けてないが、確かにちょっとピンチにはなったので、まあ、アドバイス通り悪魔には気を付けることとしよう。

 そう考えながら、私はまたベッドに横になると、毛布にくるまり目を閉じる。

 悪魔に、首飾り、迷宮四層……考えることは山積みだが……まあ、今のところは素直に眠りに落ちるとしよう。

 

 



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魔王

 どんよりと分厚い雲が空を覆い、僅かな光が薄暗い部屋に差し込む中、あたしはベッドの上で呻き声を上げる。

 まだ起きたくない。

 外の時間は……まだ夕方くらいだろうか。

 嫌だ、起きたくない、年中分厚い雲が差す闇に閉ざされたこの国にあっても尚、昼の光はあたしにとっては眩しすぎる。

 せめて完全に日が落ちるまでは寝ていられないものだろうか、などと夢うつつで考えていると、不意に部屋のドアを叩く、コンコンという音が響く。

 

「カンナ、来い、仕事だ」

 

「むにゃ……ううん……はっ……!?し、師匠!?ええ!?早くないですかぁ!?」

 

 ノックの音に続いて聞こえた、低く、くぐもった男の声に、慌ててあたしは飛び上がる。

 目をこすりながらドアを開けると、そこにいたのは漆黒の鎧兜に全身を包んだ一人の騎士だ。

 騎士の名はザッパローグ、あたし、カンナの師匠である。

 師匠は寝起きのあたしを見るなり、兜の上からでも分かるくらいの溜息を吐いた。

 

「寝起きか……急いで準備しろ、カンナ、王が我らをお呼びだ」

 

「王様が?」

 

 言うと、あたしはチラリと師匠の背後、純白の雪景色の中、ぽかりと空いた穴のように黒く浮かぶ城を見る。

 雪深く、切り立った渓谷が立ち並び、暗澹たる雲が日の光を遮るこの国、フェロンドの王城。

 そこに住まう鬼、悪魔、吸血鬼、数多の魔族をまとめ上げ、国を治める王――魔王様が住まう城だ。

 王様があたし……や、師匠に何の用だろう、そんな疑問を浮かべながらも、あたしは兜の覗き穴ごしにこちらを見下ろす師匠の視線にハッとなり、慌てて身支度を整えるのだった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「おっ待たせしました!」

 

「うむ、では行くぞ」

 

 あたしが金色に輝く髪を編み、いつもの仕事用の隊服を身に着けて外に出ると、師匠は先程までと寸分違わぬ位置に立ち、待っていた。

 師匠はこういうところがちょっと怖い。

 別にあまり激しく怒ったりはしないのだが、常に感情が薄いというか、何を考えているのか分からないところがある。

 雪深い道を歩きながら、あたりはそんな師匠の後ろ姿に語り掛ける。

 

「王様の用事って何なんでしょうね、師匠、聞いてます?」

 

「いや」

 

「うーん、師匠を呼ぶくらいだからきっと面倒な魔物が出たから倒してくれ~とか、人間の軍隊が攻めてきたぞ~とか、そういうのだと思うんですけど、どう思います?」

 

「知らぬ、どのような任であれ、王が望むのであれば私はそれに従うのみだ」

 

 これである。

 師匠はこの国でも最高の腕を持つ騎士だ。

 本来であれば、一国一城の主になってたっておかしくない。

 なのにも関わらず、師匠はずっとこの王城近くで警備だの魔物退治だの、そういう仕事ばかりさせられている。

 もっと自己主張しても良いと思うんだけど、そういうのは苦手なんだろう。

 あたしは師匠のそういうところが好みであると同時に、世渡り下手だなあ、とか、不器用だなあと、ちょっと呆れる気持ちもある。

 

 と、そんなことを考えながら歩いていくうちに、あたし達は王城へと辿り着く。

 見るものに威圧感を与える漆黒の外壁、その中心の巨大な門の脇には、これまた巨大なガーゴイル達が侵入者を阻むかのように立ちはだかっている。

 ガーゴイルはその冷たい石の瞳をこちらに向けると、師匠とあたしを認識したのか、ゆっくりと頷き、門を開く。

 あたし達が礼をしながら門をくぐると、しかし、ギィ、と、金属の軋む音と共に、すぐさま再び門が閉ざされる。

 警戒が厳しいのは当然だけど、もうちょい余韻とかあってもいいと思う。

 ともあれ、ようやく暖か……でもないが、城内に入ると、また別のガーゴイル達があたし達を謁見の間へと案内する。

 通された謁見の間は、やはり黒を基調とした、冷たくもどこか落ち着く建築になっており、ところどころに恐ろし気な悪魔の像が置かれてはいるものの、丁寧に磨かれ光り輝く床や、上品な装飾は、そこが高貴な者の住処なのだということを教えてくれている。

 

「おや、ザッパじゃないか、君も呼ばれていたとはね」

 

 と、男――悪魔の証明たるねじれた二本の角に、ところどころ跳ねた頭髪を雑にまとめ、眼鏡をかけた男が、謁見の間に入ったあたし達に振り向き、声をかけてくる。

 うっわ、あたしはその男の姿を見た途端、眉間に皺を寄せて師匠の背後に隠れる。

 男はそんなあたしの姿を見て、何が可笑しいのか、意地悪く笑い出した。

 

「ンフフ、そう怖がられると僕も傷ついちゃうな、その奇麗な顔を見せておくれよ、カンナちゃん」

 

「うっさい、喋んな、変態のダキア」

 

 男の名はダキア。

 あたしはこいつが嫌いだ。

 そんなあたしの態度に、傷つく素振りも見せず、ンフフと含み笑いを漏らしながらダキアは尚も続ける。

 

「良いね、カンナちゃん、すごく良いよ。ンフフ、しばらく見ないうちに随分強くなったみたいじゃないか、フフ、良い目付きだね、体の方も成長したんじゃないのかい?」

 

「っ~!」

 

 思わずぞわりとした悪寒が背筋に走る。

 本当に気持ち悪い、顔は端正で整っている部類なのだろうけど、舐めるような視線であたしの体を見回した挙句、セクハラめいたことを言ってくる。本当に無理だ。キモい。

 が、これでもこいつは魔王様お抱えの魔術師……というより錬金術師?科学者?というやつらしく、国の発展の為にと魔王様に気に入られているらしい。

 あたしからすると怪しい実験をしている気持ちの悪い男でしか無いのだが、あまり事を荒立てるわけにもいかない、そんなところが更にあたしを苛つかせるわけだが。

 そんな自分の立ち位置を自覚しているのか、いないのか、堂々とあたしを舐め回すように視線をやるダキアに、師匠が一歩、踏み込んだ。

 

「あまり私の愛弟子をからかってくれるな」

 

「フフ、悪いねえザッパ、僕の悪い癖だ。でもほら、君の鍛え方が良いから僕も気になっちゃうんだよ。フフ、良いねえ、本当は今すぐにでも……」

 

「私の弟子に手を出すな」

 

「ンフフ」

 

 決して叫びはしないものの、有無を言わさぬ口調で釘を刺す師匠に、ダキアの方は相変わらずのヘラヘラとした笑みで応える。

 どことなくピリッとした緊張感が謁見の間に走るが――それを破ったのは微かな、力無く響く一言だった。

 

「やめい」

 

 その言葉と同時に、あたし達はその場に跪く。

 

「面を上げよ」

 

 やはり力無く、どこか気だるげに響くその声に顔を上げると、眼前の玉座に一人の老人が腰掛けていた。

 頭頂部に生えた角は白く、僅かにひび割れており、髪の毛も同様に白く乾ききっている。

 かつては見る者に威圧感を与えたであろう体躯は細く、肌はひび割れ、どこか枯木のような印象を抱かせる。

 これが、あたし達の魔王様だ。

 魔王様は跪く私達を見て頷くと、掠れた声で、ただただ淡々と言葉を紡ぐ。

 

「アドニスに潜入させていた悪魔……ミキシンという若造が、報告を入れてきた。鍵を見つけたそうだ」

 

「鍵を……」

 

 鍵、その言葉に師匠とダキアが僅かに驚いたような声を上げる。

 あたしは下っ端なので知らないけど、きっと重要な物なんだろう。

 なんとなくあたしも頷いて見せていると、師匠が魔王様に対して問いかける。

 

「なれば、魔王様もアドニスにお向かいに?」

 

「否とよ、若造一人の言葉を鵜呑みにするわけにもいかぬ……まして我が身を見よザッパ、最早迷宮には潜れまい」

 

「は……」

 

 師匠の問いかけに、僅かに魔王様が口元に笑みを浮かべながら答える。

 それに応える師匠の声もどこか残念そうだ。

 

「さりとて無視するわけにもいかぬ、ザッパよ、そこのダキアを伴い、アドニスの迷宮を調べに向かうがよい」

 

 うっわ、あいつも一緒か、最悪。

 うんざりしながらチラリと横のダキアを見ると、あちらはむしろ嬉しそうな様子で気持ち悪い笑みを浮かべながら、あたしに視線を返す。キモい。

 

「して、その鍵を見つけたというミキシンなる若造は?」

 

「もう連絡がつかぬそうだ。鍵を手にする前に何者かにやられたか、あるいは…………まあ、生きておったら助けてやるが良かろう」

 

「御意」

 

「頼むぞ、ザッパよ、鍵を得るためにもし邪魔をしてくる者がおれば、殺しても構わぬ。既に鍵が誰かの手に渡っておるのなら、持ち主を殺して奪い返せ。あれは我らの物だ」

 

 段々と、力無く、掠れていく魔王様の声に、師匠は全身で応えるかのように立ち上がると、胸に手を当て、堂々と言い放つ。

 

「承知いたしました、我らが王。このザッパローグ、命に代えてもその鍵、人間共より奪い返して見せましょうぞ」

 



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酒場テンプレ

「明るい……」

 

 アドニスの街に入って最初に抱いた印象はそれだった。

 あたし達が街に辿り着いた時には既に日が暮れ、夜の帳が降りていたが、それでも尚明るい。

 大通りに立ち並ぶ家々や商店からは、窓の隙間から灯が漏れ出し、魔石か何かを利用しているのだろう、所々に立った街灯も街を明るく照らしている。

 

「ンン、フフ、人間は我らと違い闇夜を恐れるものだからねえ、カンナちゃんの繊細なお肌には辛いかな?」

 

「は?別に大丈夫だけど?太陽の光でもあるまいし、ちょっと眩しいだけだよ」

 

「ハハハ、それは残念」

 

 隣を歩くダキアはそう言ってニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる。

 何が残念なんだ。

 あたしが不快感を露にしていると、先導する師匠が少しこちらを振り向いた。

 

「カンナ、今回の任務はそのダキアの護衛も兼ねている。嫌なのは分かるが多少は受け入れろ」

 

「……はぁい」

 

 今回の任務はミキシンとかいう悪魔が発見したという鍵の調査と奪取。

 奪取だけならあたし達だけで十分だと思うけど、調査に関してはそうもいかない。

 というか、鍵だけじゃなく迷宮自体の調査もしておきたいらしく、そのへんもダキアの仕事らしい。

 あまりにも不本意だけど、それの護衛や力仕事が魔王様から与えられた仕事だ。

 仕事なら仕方ない、あたしも師匠みたくクールに仕事をこなせるようにならないと。

 そう考えて気合を入れていると、再び師匠があたしに向けて声をかける。

 

「カンナ、お前は酒場かどこかで迷宮に関しての情報を仕入れてきてくれ。街の様子を見るに丁度冒険者達が探索から帰還してきている頃だ」

 

「あっ、はい!師匠は?」

 

「私は例のミキシンなる悪魔と接触する。話によれば牢に囚われている筈だ」

 

「了解です」

 

 道々で情報を集めたところ、例のミキシンという悪魔はまだこの街にいるらしかった。

 悪魔が絡むかどうかはともかく、迷宮での揉め事というのは結構よくあるので、街にはそれらのゴロツキや犯罪者を収監する用の牢と、治安維持のための騎士団がいるらしい。

 警備を掻い潜って牢へ潜入するのも相当に危険だろうけど……まあ師匠なら大丈夫だろう。

 と、師匠の話を聞いたダキアが少し考え込むようなポーズを取ったかと思うと、またニヤリと笑みを浮かべながらこちらに向き直る。

 

「ンン……フフ、では僕もカンナちゃんと一緒に酒場に行くと」

 

「貴様は私と一緒に牢だ」

 

「ンンン~!いやいや、インドア派の僕には牢への侵入なんて危険すぎるよ、そうじゃないかな?」

 

「馬鹿を言うな、むしろ得意だろう……それに貴様からは目を離せん」

 

「フフ、嫌われたものだねぇ」

 

 師匠の言葉に、やれやれといったポーズを取り、溜息を吐きながらも、ダキアは素直に従うようだ。

 ちゃんと師匠について大通りの向こう側へと消えていった。

 道中もそうだったが、散々煽るような言動をする割には、意外とちゃんと指示に従ってはくれている。

 それだけに結局何がしたいのかイマイチわからずに腹が立つのだが……まあ、あいつの言動を理解しようとしても仕方ないか。

 あたしも諦めたように溜息を吐くと、冒険者で賑わう酒場へと足を踏み入れた。

 

 酒場は何人もの冒険者や、仕事帰りの男達でごった返していた。

 あたしはキョロキョロと辺りを見回すと、とりあえず適当な椅子に腰を降ろす。

 さて、ここで情報収集……といっても、どうしたら良いんだろう。

 いつもは師匠と一緒に街の警備とかがメインの仕事だったので、一人でこういうことをするのは実はあんまり慣れていない。

 とりあえず冒険者に話しかければいいんだよね……?

 と、あたしはとりあえず近場で酒を飲む冒険者らしき男達に声をかける。

 

「あの、ちょっといい?」

 

「ああん?なんだい嬢ちゃん!注いでくれんのかい!?」

 

「おお、酌婦か!気が利くねえ!おら!こっち座んな!」

 

「あえっ、いや、そ、そういうんじゃなくて、話をちょっと……」

 

「おいおい馬鹿が!テメェらみてぇな汗臭いおっさんじゃ嫌だってよ!嬢ちゃんこっち来な!」

 

「ああ!?誰がだッラァ!」

 

 ちょっと声を掛けただけなのに、瞬く間に男達が下卑た笑い声で騒ぎ出したかと思うと、流れるように仲間内での罵り合いに移行し始めた。

 えっ、何、人間っていつもこうなの?怖……

 慌てて別の席へ移動しようとするあたしの前に、今度はまた別の男が声を掛ける。

 

「おお、嬢ちゃん、女の子一人でこんなとこでどうしたぁ?」

 

「客でも探してんのかぁ!?ははは!俺達で良いんなら相手してやんぜ!」

 

「えっ、いや、そういうわけじゃ……!」

 

「遠慮すんなよ!こちとら迷宮帰りの冒険者様だぞ!」

 

 酒に酔った男達はあたしに絡むと、無遠慮に腕を掴み、腰に手を回す。

 最悪だ。ダキアもクソだけど人間はそれ以上にゴミすぎる!

 師匠には怒られるかもしれないけど、ここでこいつら殺しちゃっても――

 しかし、そこまで考えたあたしが行動に移すよりも早く、男達の顔に突然ばしゃりと水が掛けられる。

 

「わっぶ!冷たっ……んだこら!」

 

「ふふん、やれやれだね!冒険者ともあろう者がいたいけな少女に乱暴を働くとは――いかにも下衆!無様!愚物というところ!」

 

 男達の野太い笑い声が響く店内にあって、一際高く、愛らしい声がその場に流れる。

 声の主はプラチナブロンドの髪に、金色の瞳を自信満々に輝かせる少女。

 恐らくは神官なのであろう、法衣を纏った少女は、手にしたモーニングスターを突き出しながら、男達に告げる。

 

「ふふん、愚物には難しいかもしれないが――志の高い冒険者であれば、常日頃からそれ相応の態度と姿を見せるべきだ!そうじゃないか?私はそうしている!天才だからね!」

 

「なっ……にが天才だ!このメスガキが――」

 

「ブレイク!」

 

 瞬間、拳を突き上げた荒くれの体が石へと変わる。

 態勢を崩してゴロンと転がった男を見て、連れの男は青ざめた顔で石と化した仲間を抱える。

 あの神官の少女が何かしたのか、そう考えたあたしだったが、すぐさま少女の後ろから駆け寄ってきた魔女と戦士の姿に、それが勘違いだと分かる。

 

「はぁ……か、カミラさん!もう、無茶しないでよ!」

 

「はっ、どこが無茶だリガス!こいつらの顔を私は知らん!ということは迷宮の低層ループして冒険者気分の木っ端共だ!そんな奴らにこの天才神官、カミラ様が負けるとでも!?」

 

「ふへぇ……カミラちゃん、今日は同じようなこと言って第二層のファントムに眠らされてたじゃないですか……」

 

「あれは不意を突かれただけだ!私のせいじゃないね!それより……」

 

 カミラ、そう呼ばれた神官の少女は、隣で呆れたように言う魔女の言葉に反論すると、くるりとこちらに向き直る。

 

「災難だったね、お嬢さん!私の名はカミラ!天才神官だ!何か困ったことがあれば何でも聞いてくれ!」

 

 自ら天才神官を名乗る少女は、満面の笑みでそう言うと、その柔らかな手をあたしに向けて差し出すのだった。

 



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暴け!天才神官の正体!

「……ということで、そこで現れたバジリスクを打ち倒した最強神官こそが私!カミラ様なのだよ!天才!」

 

「へぇ~」

 

 あたし――カンナの前には今、そう言って空の杯を振りかざしながら堂々と語る少女の姿があった。

 乱暴な冒険者に絡まれたあたしは、そこを助けてくれたこのパーティから迷宮についての情報を収集することとしたのだ。

 他の冒険者と比べて歳も近そうだし、女の子が二人いて話しやすい部分もあったかもしれない。

 ちなみに拳を振るおうとして石化させられた冒険者は、その後すぐに石化を解かれて逃げ帰っていた。

 

「カミラちゃんはバジリスク以外とも戦ったの?」

 

「ふふん、当然!メタルスケルトンからマンティコアまで何でもござれだとも!」

 

「マンティコアはまだ倒してなくない?」

 

「ん……いや、まあ、どのみち第四層まで行けば会うことになるだろう!よって倒したようなものだ!」

 

 傍らで酒を飲む男の子……リガスというらしい、に、突かれて少し戸惑う様を見せるものの、カミラちゃんはすぐさまそう言って胸を張る。

 どうやら相当に自信家な女の子らしい。自己主張をしない師匠とは真逆なタイプだ。

 だが、その自己主張のお陰で色々な話が聞けた。

 迷宮に挑む為の冒険者という制度、迷宮一層から四層までのおおまかな内容、ついでに街で迷宮内部の地図や便利なアイテムを売っている店の情報などだ。

 これだけ情報が集まれば、ひとまずは師匠に怒られないで済むだろう。

 と、それまで静かに話を聞いていたあたしに、気を遣ったのだろうか、魔術師であろう少女、トゥーラが声を掛ける。

 

「えと……カンナちゃんはその……どうしてこの街に……?やっぱり迷宮……?」

 

「ふふん、それはもう!この迷宮に挑むからには神具目当てだろう!今更来ても遅いがな!」

 

「カミラさんちょっと静かに」

 

 あたしへの問いかけにカミラちゃんが反応して立ち上がると、それをリガス君が止める。

 神具、恐らくは大概の冒険者は、手にすると願いが叶うというその宝を求めて、迷宮に挑むんだろう。

 だけど……

 

「うーん……あたしは仕事で来ただけだから、別にそういうのはなあ……」

 

 実際、あたしはその神具を求めて来たわけじゃない。

 や、話を聞くと、魔王様の言っていた鍵とその神具が関わっているっぽい気はするけど、あたし自身はあくまで師匠についてきただけだ。

 自分の欲の前にまず、与えられた任務を果たさないといけない。

 そう思っていると、カミラちゃんはやれやれと呆れたように首を振って言う。

 

「なんだなんだ、若いのに冷めた女だなぁ、理想は高く持ってこその天才だぞ!」

 

「そういうカミラちゃんはどういう理由なの?」

 

「ふふん、決まっているとも!神具を手に入れることで、名誉と権力を手に入れ、広くこの世に私の存在を知らしめることさ!」

 

「や~……それはそれで俗っぽくない?」

 

「だよねぇ、俺もそう思う」

 

「こらリガス!貴様に言われるのは納得いかんぞ!パーティメンバーだろう!」

 

 と、いかにも俗物、といった願望を語るカミラちゃんに、リガス君ははにかんだ笑みを浮かべながら言葉を返す。

 

「ふふん、まあ確かに、正義や平和の為だとか、そういったことを願った方がウケは良いだろうさ、だが、しかしだよ!歴史に名を残したい!これは男であれば誰しも胸に描く夢じゃないか!?」

 

「えっ、カンナちゃんって女の子だよね?」

 

「ふへ……ですねぇ……」

 

「あっ」

 

 あたしの問いかけにカミラちゃんが一瞬、目を白黒させる。

 世の中には女の子の恰好をしている男もいるとダキアから聞いたことがあったので、一瞬それかな?と思ったが、そうでもないらしい。

 単なる言葉のあやというやつだろう。

 あたしも変なところを気にしてしまうものだ。ちょっと申し訳ない。

 変なところを突かれたと思ったのはカミラちゃんも同じだったのか、顔を恥ずかしそうに、少し赤く染めながらも、すぐさま咳払いをして言い直す。

 

「んっ、こほん、今は……ええい!バーカ!揚げ足を取るな!私が言いたいのは要は……目的は明確に持てということだ!その方がモチベーションを保てるからな!」

 

「んー……まあ確かに、正義の為とかで何かドデカいことしようとしても、そこまでモチベ続かないかもね」

 

「そう、そういうことだ!わかってるじゃないかカンナ!ふふっ!一杯奢ってやろう!」

 

 あたしが相槌を返すと、カミラちゃんは上機嫌にそう言って杯に酒を注ぐ。

 言ってることは小物っぽいが、実際そういうものなのかもしれない。

 まあ、あたしも師匠の為に来てるようなもんだし――と、眼前で酒を注ぐカミラちゃんの胸元で、何かがカチャンと音を立てる。

 ふと、気になってその音の正体を見ると、それは首飾りだった。

 金の細工が施されたその首飾りは、一見して単なる装備品の一部にしか見えないが、何故かそこには目を惹かれるものがある。

 華美なわけでもなく、奇抜なわけでも、逆に汚らわしいわけでもない。

 言うなれば――

 

「……神々しい?」

 

 ぽつりと漏らしたその言葉に、カミラちゃんがキョトンとした顔でこちらに向き直る。

 しまった、口に出してしまった。

 もしかしたら不審がられたかも――そんな不安を覚えるあたしに、カミラちゃんがゆっくりと口を開く。

 

「神々しい……神々しいか……ふふ、参ったな!しかし当然!この天才美少女神官カミラ様を前にしてはな!ふふん!私も自分で自分を見た時につい美しさに惚れ惚れしてしまうほどだ!」

 

「あっ……うん、うん!そう!カミラちゃんがね!本当そう!可愛いと思う!」

 

「ははは!いや、本当のこととは言え照れるなぁ!ふふ、気に入った!もっと飲んでいいぞカンナ!」

 

「あ……あざっす!うぇーい!」

 

 あたしは誤魔化す為に無駄にテンションを上げてみせると、そのまま杯に注がれた酒を飲み干した。

 いやー……カミラちゃんがアホで良かった!

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

「……カンナ、どうした?」

 

「うぅあ~……あ、し、師匠~……」

 

 カンナちゃんと飲み始めてからしばらく経ち、夜も更けたところで解散と相成ると、あたしはフラつく足で予め師匠が取っていた宿に戻る。

 既に師匠とダキアは帰ってきており、部屋のテーブルに腰掛けて話の擦り合わせを行っているようだった。

 一方、あたしは散々に注がれた酒で頭と足元がちょっとフラフラしている。

 みっともないところを見せてしまったが、師匠は鉄兜の下でわずかに溜息を吐くと、あたしにベッドに腰掛けるように言う。

 

「すいません……師匠……」

 

「良い、酒場に行かせたのは私だ」

 

「弟子には甘いねえ、ザッパ」

 

 すっと水を差し出す師匠に、ダキアが茶化すように言う。

 ちょっぴり腹が立つが、今回に限っては本当に甘やかされているので何とも言えない。

 

「酒に酔っているところ悪いが、情報は得られたか?カンナ?」

 

「あっ、ふぁい……えっとですね……」

 

 と、師匠に促されるまま、あたしはカミラちゃんから仕入れた情報を語っていく。

 冒険者の制度について、迷宮の組み換えについて、出現する魔物についてなどだ。

 ある程度話していくと、師匠は何かを考え込むようなポーズを取って、向き直る。

 

「ふむ……なるほど……どうだ?ダキア?」

 

「ンフフ、僕が知ってる迷宮とは大分違うねえ」

 

「ダキアって迷宮のこと詳しいの?」

 

「フフ、まあねえ、僕はザッパと違って人間の国に顔を出すことも多いし、人間と組んで冒険者やってたことだってあるさ」

 

「ふうん」

 

 水を飲みながら、なんとはなしにダキアの話に相槌を打つ。

 何でも五十年ほど前に、とある冒険者と組んでいくつかの迷宮に挑んだらしいのだが、結局踏破は出来なかった……いや、しなかった?らしい。

 

「ま、踏破しても僕にとっては意味が無かったしね、鍵が無いと意味が無い」

 

「その鍵ってのは?」

 

「うむ、こちらは例の悪魔、ミキシンから仕入れた情報だ」

 

 そういえば師匠達はそっちに情報を聞きに行っていたんだった。

 ただ、結果として言えばミキシンからはあまり大きな情報は得られなかったらしい。

 何せ本人が余程に手酷くやられたのか、全身を神聖力に侵されていて、未だに傷が癒えていない上に、いささか錯乱していたそうだ。

 師匠はそんなミキシンの姿を思い出したのか、また溜息を吐いて、ポツリと呟く。

 

「あわよくば案内役か何かに使えたらと思ったが、あれでは難しかろう」

 

 結局、最低限のことだけを聞き出して、牢に囚われたままにしておいたらしい。

 ミキシンにはちょっと申し訳ないが、下手に助け出して騒ぎを起こすよりは、そのまま牢に置いておいた方が良いという判断だ。

 というようなことを私に話すと、最後に、と師匠は私に言って聞かせた。

 

「奴は……天才神官にやられた。と言っていた」

 

 天才神官。

 

「ンフフフ、まあ、三流だとしても、悪魔を一方的に痛めつけることの出来る神官だ。確かに天才かもしれない。油断ならない敵だろうねえ」

 

「ああ、更にその神官が鍵を持っているとも語っていた……一体どのような相手なのか……」

 

「あの……師匠……その鍵ってこう……見たら分かったりしますかね……?」

 

 考え込む師匠達に、おずおずと問い掛けると、答えを返したのはダキアの方だった。

 

「フフ、勿論さカンナちゃん、鍵は……人間共からしたら呪われていると感じるだろうが、僕達魔族からしたら、それは呪いではなく祝福に他ならない。魔族であれば、一目見れば神々しいと感じられる輝きを放っているものの筈さ!」

 

「あー……」

 

「……どうした?カンナ?」

 

 脳内に浮かんだイメージと、師匠達の話す内容がもうピッタリと重なってしまった。

 どこか訝しげな態度であたしを見下ろす師匠に、あたしはちょっぴり気まずいながらも、ポツリと呟く。

 

「……さっきまでその天才神官様と呑んでました」

 



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護衛依頼

「護衛依頼?」

 

「うん、お願いできる?」

 

 人でにぎわう冒険者ギルドのロビー、そこで私の眼前に立ち、頭を下げるのはつい先日出会った少女、カンナだ。

 先日、酒場で絡まれているカンナをこの私が助けてやったところ、恩に着たのか何度か私に声を掛けてきて、すっかり意気投合する仲となった。

 毎回ちゃんと私の話に付き合ってくれる偉い娘だ、ふふん、見所があると言って良いだろう!

 して、そのカンナが今回、私に頼み込んで来た内容こそが護衛――即ち、迷宮へ潜る一般人への付き添いである。

 

 一般人……冒険者登録をしていない人間が迷宮へ潜る、というのは基本的に褒められたものではない。

 ただ行くだけでは、そもそも迷宮の入口で見張る騎士達に呼び止められるのがオチだろう。

 が、何事にも例外が存在する。

 例えば、国や大店の商店からの調査依頼や採取依頼などで、専門知識を持つ学者などが必要な場合だ。

 その場合は冒険者の護衛を雇うことで、一般人の学者であっても迷宮内部へと潜ることが出来る。

 尤も、迷宮では基本的に自己責任なので、それで何かが起きても文句は言わないこと、報酬が良いことなどが条件ではあるが。

 そんな依頼を投げかけてきたカンナに、私はふむ、と一つ息を吐いて応える。

 

「カンナは学者とかそういうのだったのか?」

 

「や~……あたしもその学者の護衛ではあるんだけど……ほら、あたしって迷宮に関してはよく知らないからさ」

 

「道案内が必要ってことだね」

 

 少し気まずそうな表情で頭を掻くカンナに、リガスが横合いから相槌を打つ。

 なるほど、カンナは護衛として来はしたものの、ひょっとしたら迷宮に潜るとは知らされていなかったのかもしれない。

 いや、知ってたとしても冒険者のシステムに関しては知らなかった、とかかな?

 だとしても、若干の違和感があるような気はする。

 

「道案内なら私達じゃなくても良い気もするが……それにカンナ自身が護衛としてついているなら、案内役でなくとも地図を買うだけで二層くらいまでは調査できるだろう」

 

「えっ、やっ、それは……そうかもだけども……」

 

 私の問いかけにカンナが答えに詰まったようにううん、と唸り声を上げる。

 や、私とて知り合いの頼みを断るのは少し申し訳ないような気もするのだよ?

 だが、小遣い稼ぎのような依頼をこなしてばかりでは、いつまで経っても迷宮の深部に挑むことは出来なくなってしまう!

 依頼をこなして金を稼ぐこともそれなりに大切ではあるが、私としてはそれ以上にレベルを上げつつ迷宮の奥まで潜れるようになることが一番重要なことなのだ!

 と、私がカンナに断りを入れつつ、他の冒険者を紹介してやろうとでも思っていると、不意に背後から低くくっくっと笑う男の声が響いた。

 

「フフフ、僕の護衛にそんなに意地悪をしないでくれたまえ、天才神官様」

 

「貴様は?」

 

「フフ、僕の名はダキア、何を隠そう、この僕が迷宮の調査を命じられた学者だよ。以後、お見知りおきを」

 

 言うと、ダキアと名乗った男は懐から取り出した羊皮紙を広げ、私の眼前に広げる。

 そこにはしっかりと、有名商会からの紹介である旨が書かれていた。

 となれば、本当に学者であることは確かなのだろう。

 じっと羊皮紙を見つめる私に、ダキアは恭しい態度で語り掛ける。

 

「今回、君達に護衛を頼みたいと思ったのは、何を隠そう僕の方なんだ。フフ、聞けばカミラさん、君はD級の冒険者でありながらバジリスクや悪魔までも討伐したらしいじゃないか」

 

「ん?うん、ま、まあ、当然だな!ふふん、私だからな!」

 

「ンフフフ!その働き、まさしく天才神官!やはり僕としても護衛としてつけるならばそれぐらい優秀・有能な天才でなくてはならないと思ったわけさ!間違ってるかな?」

 

「いやいや、当然だろう!ふふん!十把一絡げの低能冒険者などを護衛に雇っては何をされるか分かるまい!」

 

「そう、その通り!冒険者など基本的に荒くれ者のゴロツキばかりだからねぇ、その点、カミラさんは見目麗しく、かつ理知的で高貴なお方だ!」

 

 やたらに私を持ち上げるダキアに、私も正直悪い気はしない。

 こうして面と向かって私の有能さを褒められる、というのは実のところ、そうあるものではないからな!

 自画自賛も悪くはないが、やはり賞賛というものは他人から向けられてこそじゃないだろうか!私はそう思う!

 むしろ今まで会った連中が私を過小評価しすぎていたのでは!?

 そう思わせる程に流暢に私を持ち上げると、ダキアは仰々しく頭を下げ、丁寧な口振りで言う。

 

「そんな非凡にして秀麗なカミラさんだからこそ、迷宮の案内を頼むに相応しい、僕はそのように思うのだけれど……」

 

 言いながら、ダキアはちらりとカンナに視線を向けると、カンナもハッとしたような表情を見せ、慌てたように口を開く。

 

「そ、そう!そうなんだよね~!あたしもカミラちゃんなら安心して頼めるかなって思って……だってほら、天才だし!」

 

「フッ……やれやれだな、カンナ、確かに私は天才だが……そんな天才がそう簡単に依頼を引き受けると……?」

 

「う……で、でもカミラちゃ――」

 

 些か取ってつけたように私を褒めるカンナに、私は腕を組み、背中を向けて応える。

 冒険者の本分はあくまで迷宮探索、あくまで未知への探求だ。

 正直、この依頼は受けなくても私にとっては全く問題が無い。

 が……

 

「っは~!仕方ないなあ!全く!これだけ頼まれては嫌とは言えまい!」

 

 まあ、知り合いの頼みだしなあ!

 困っている知人を見捨てるというのも冒険者的にちょっと、というか!? 

 まして、ここまで私に媚びへつらう哀れな凡俗共を助けるのも天才の役目というか?

 私はやれやれ、全く仕方ないな、という態度を見せながらも、カンナの依頼を受けることにすると、ダキアが目を輝かせて口を開く。

 

「フフフ!流石はカミラさん!話が分かる!これは天才神官!」

 

「さすカミ!」

 

「ハハハ!良いとも、もっと言ってくれたまえ!ハッハッハッハ!」

 

 かくして、一連の流れを眺めつつ、諦めたように溜息を吐くリガス達を尻目に、私達の護衛任務が始まったのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「馬鹿で良かった」

 

「馬鹿で良かったですねえ」

 

「ンッフフフフ、いやあ、本当に天才神官様は愚かだ」

 

 小声でそう言いながら、あたしと師匠、ついでにダキアは街中を先導するカミラちゃんについて歩く。

 最初こそ護衛依頼を渋っていたカミラちゃんだったが、少し褒めると一気に機嫌を良くして依頼を引き受けてくれたのだ。

 正直こんなにアッサリ行くとは思わなかった。

 しかし……

 

「ちょっと回りくどい気もしますね、師匠、今ここでカミラちゃん殺すんじゃ駄目なんですか?」

 

「街中では騎士団や一般人の視線もある。奇襲出来たとしても、逃げられる可能性もあれば、集まった騎士団に捕まる可能性もある」

 

「フフ、それに鍵があっても迷宮に入れなければ本末転倒だ。迷宮の中で殺して鍵を奪い取った方が良いだろうね」

 

「なるほど」

 

 確かに、迷宮で栄えるこの街は、治安維持にもそれなりに力を入れているようだし、人間の国としても相当に重要な拠点でもあるようだ。

 そこに魔族が現れて冒険者を襲ったとなれば騎士団も警戒するに違いない。

 というより、ミキシンのせいで既に警戒は高まっている筈だ。

 騒ぎを起こして騎士団が駆けつけてきた場合、流石に師匠とあたしだけでは厳しいかもしれない。

 カミラちゃんを襲って鍵を奪うとしても、迷宮のそれなりに奥、少なくとも他の冒険者達がいないようなところではないといけないか。

 

「おおい!貴様ら、何をしている!遅いぞ!この天才眉目秀麗完璧神官!カミラ様が案内をしてやっているんだ!ちゃんとついてくるといい!ふふん!」

 

 などと考えるあたしを他所に、ターゲットであるカミラちゃんがふふん、と、得意気な笑みを浮かべて前方で手を大きく振っているのが見える。

 自分が狙われているなどとは微塵も思っていないのだろう。

 ちょっぴり申し訳ないような気もするけど、あたしも魔王様に仕える魔族の一人だ。

 手心を加えるつもりは毛頭ない。

 あたし達はカミラちゃんについて、迷宮の入口を降り、第一層の森を抜けると、第二層へ降る階段を降りていく。

 この第二層までは割と他の冒険者も多いらしい、が、幸いにして入り組んでいる迷路でもある。

 ここで仕掛けるのもアリかもしれない。

 と、観察を続けながら足を進めていくと、通路を抜け、回復の泉の湧き出す大広間へと辿り着く。

 冒険者達はここでキャンプを張るのが普通らしいが、魔族のあたしにとって、この回復の泉から漏れ出す神聖な気配はちょっぴり嫌な感じだ。

 

「と……ひとまず、ここに調査拠点を設置するのが良いだろう!カンナ達も良いかな!」

 

「ん、OK」

 

「……異論は無い」

 

 あたし達が答えると、カミラちゃん達はテキパキと大広間にキャンプを設置しはじめる。

 見ると、拠点なだけにここもまだ他の冒険者がたむろしているようだった。

 やっぱり、ここで仕掛けるのはまだ少し早すぎるだろう。

 そう見て、あたし達もカミラちゃん達と同じように、キャンプを設置していると、広間の冒険者の一人が何かに気付いたようにこちらに駆け寄ってきた。

 

「よぉ、見ねえ顔だな、新人冒険者か?」

 

「フフ、いえいえ、僕の名前はダキア、学者ですよ。今回はきちんと依頼を出した上で優秀な護衛も雇っておりますので、ご安心を」

 

「ああ、そういう奴か、なら良いけどよ……調査するにも二層はそれなりに危険だからな、気を付けろよ」

 

 言うと、その冒険者……むさ苦しく、黒々とした髭を生やした粗野な印象の男は、少し忠告めいたことをダキアに助言する。

 見た目に反して割と世話焼き、というか慎重なタイプの男なのだろうか。

 腰に差した大剣も、心なしか流麗な印象を与えるものだ。

 と、先にキャンプの設置を終えたのだろう、カミラちゃんがこちらに駆け寄り、声を掛ける。

 

「ふふん、カンナ!私達の方はもうキャンプ設置が終わったぞ!どうだ、頼れる護衛だろう!もっと褒めても良いんだぞ!」

 

「あ~、凄い!凄いね!カミラちゃん!さすカミ!」

 

「ははははは!護衛として当然だとも!有能な護衛として、な!」

 

 どやぁっ!と、自信満々な笑みを浮かべて胸を張るカミラちゃんだったが、一方、先程こちらに来ていた髭の冒険者は困ったように頭を抱えて口を開く。

 

「…………お前らが雇った優秀な護衛って、これか?」

 

「ンフ?そうですが、何か?」

 

 男の声に、カミラちゃんの方も気付いたようだ。

 男の顔を確認すると、ゲッ、と眉間に皺を寄せながら、男を見つめる。

 

「……悪いことは言わねえから、このクソメスガキ連れてくくらいなら――さっさと街に戻った方が良いぜ?」

 

「なんだとジョー!」

 

 と、髭面の冒険者ジョーと、自称天才神官のカミラちゃんは、あたしの目の前で互いに睨み合いを始めたのだった。

 



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はじめてのおつかい

「だぁから!そもそも二階層に入ったばっかのお前らが護衛はまだ早いっつってんだよ!」

 

「はっ、何を言うかと思えば!言うに事欠いてこの私に護衛が早いとは……呆れ果てて物も言えないね!私を天才だと知ってのことかな!?」

 

「どっからその自信が出てんだってお前よォ!!」

 

 迷宮第二層の石造りの通路、そこであたしの前を進む冒険者……ジョーさんと、カミラちゃんは互いに言い争いながらもずんずんと先導していく。

 キャンプを張って一休みした後、出発したあたし達と時を同じくして、ジョーさんのパーティも出発していた。

 前方を進むジョーさんに対し、パーティメンバーのロフトという少年と、カリカという女性があたし達の背後からゆっくりと歩みを進める。

 わざわざ同時に出発した上で、先導しつつカミラちゃんを窘めるジョーさんだが、パーティメンバーのカリカさん達はまるでいつも通りの日常のように、平然とした表情でリガス君らと会話をしていた。

 護衛対象であるあたし達……というかダキアは、その二つのパーティの真ん中に挟まれた形だ。

 どうしたものか、と、内心ちょっと焦るあたしを他所に、前方のジョーさんは振り向き、声を掛ける。

 

「ダキアっつったか、学者先生よ……そもそも、あんたもどこまで調査するつもりなんだ?まさか迷宮の深層までなんて言わねえだろ?」

 

「ンフフ……そうですねぇ、話によれば第二層の奥にも古代の墳墓があるそうではないですか、そのあたりを調査するのも良いかなと思ってますよ」

 

 ジョーさんの問いに、ダキアが不敵な笑みを浮かべながら、上手い具合に切り返す。

 二層に古代の墓や棺がある、という話はあたしが先日カミラちゃん達から聞いた話を伝えたものだ。

 実際のところ、鍵を奪うにしても迷宮の深層まで潜るのは危険だし、浅くて人が多いところでは目撃される可能性がある。

 カミラちゃん達を襲うとしたらそのあたり、二層の奥が適当ではあるだろう。というのが師匠とダキアの出した結論だった。

 まあ、ダキア自身はその第二層の仕掛けやら何やらの話に興味を示していたので、単純に学者として興味があるのかもしれないが。

 

「二層奥かァ~……しゃあねえなったく……」

 

 話を聞いたジョーは、少し考え込んだ素振りを見せると、大きく溜息を吐いて、やれやれという感じで口を開く。

 

「どうせ俺達も通り道だ、行きだけは一緒に行って手伝ってやるよ」

 

「え」

 

 いいよな?と、ジョーが後ろのパーティメンバー、カリカとロフトに声を掛けると、二人はこういったことに慣れているのか、まあ良いんじゃないのといった態度で応える。

 が、あたし達としては厄介、というか余計なお世話に他ならない。

 鍵を奪って、それで終わりでは無いのだ。

 出来るだけ波風を立てずに迷宮に潜る為にも、他のパーティに見られる危険性は避けたい。

 いっそのこと、全員をまとめて倒し、目撃者を消せれば楽なのだろうが――

 

(やめておけ)

 

 あたしがそう考えたところで、脳内に師匠の声が響く。

 口に出さず、思念を直接伝える魔術だ。

 師匠は隠密行動なんかで連絡する際によくこれを使う。

 

(あれは手練れの冒険者だ、僅かでも殺気を漏らすな)

 

(すいません、師匠)

 

 あたしもいつの間にか肩に力が入っていたことに気付き、一つ息を吐いて心を落ち着かせる。

 眼前でブツクサとカミラちゃんと言い争いながら進むジョーさん。

 いかにも無骨で粗雑な冒険者といった印象だが、乱暴に話ながらも、その実、隙が見当たらない。

 常に前方や後方から敵が来ないか、といったことを警戒しながら進んでいるのだ。

 確かに手練れの冒険者なのだろう。師匠ならともかく、あたしじゃ手に負えないかもしれない。

 と、そんな実力者の気持ちを知ってか知らずか、カミラちゃんがまた挑発的な口振りで言う。

 

「っは~、やれやれ、心配性すぎるぞジョー、私ははじめてのおつかいに行く童女でも何でもないんだ、そんな保護者みたいについてくることはないだろう!」

 

「馬鹿お前、こないだのバジリスクの時どうなってたか覚えてねえのか?」

 

「アレはアレ、これはこれ!だ!ましてや今の私はその時よりもレベルが上がっているのさ!ふふん!魔物程度に絶対負けたりなんかしないね!」

 

「その口ぶりがもう不安なんだっつうんだよ!クソが!」

 

 カミラちゃんが自信満々に顔の横でピースサインをしてみせるのに対して、ジョーさんは怒ったように怒鳴る。

 実際、どこか保護者目線で見ている部分はあるのかもしれないなと思った。

 ジョーさんは見たところ、人間で言えば壮年と言うべき年齢だろう。

 カミラちゃんとはそれこそ、親子でもおかしくない年齢差の筈だ。

 そんな年齢の女の子が自信満々に危険な場所に赴く、というのに不安があるのかもしれない。

 が、親の心子知らずと言うべきか、カミラちゃんはそんなジョーさんの言葉を一笑に付す。

 

「ふふん、私が心配なようだが……忘れたのか、ジョー!私は天才神官だぞ!?」

 

「それがどうしたよ」

 

「つまり、君のような凡人と比べたら成長速度も倍率ドン!ということさ!才人である私はもうあの頃よりも随分と成長したわけだ!凡愚であるジョーには想像もつかないようなスピードかもしれないが、な!」

 

「っっっっの……!!!!」

 

「おやおやおや、図星を突かれて怒ったのか?ふふん、相も変わらず器が小さいなあ、ジョーは!」

 

「っっっっっ……ダァオ!!!」

 

 プー、クスクス、と、からかうように意地悪な笑みを浮かべるカミラちゃんに、ジョーさんは思わず、といった感じで拳を振り上げるが――

 流石に子供を殴る、というのには抵抗があるのか、拳をギュッと握りしめると、怒りを発散するかのように、迷宮の壁にドンと拳を打ち付けながら叫んだ。

 ここまで言われては怒るのも仕方ない、というか、当然だろう。

 むしろ我慢出来てるジョーさんは正直スゴイと思う。

 と、ちょっと感心しているあたしの目の前で、ジョーさんの拳が打ち付けられた迷宮の壁の一部が、ガコン、と、音を立てて凹む。

 すると次の瞬間、突如としてジョーさんとカミラちゃんの足元の床が消え去り、ぽかりと大口を開けた暗闇が出現した。

 

「―――――――は?」

 

 その場の皆がポカンとした表情で、暗闇に飲み込まれるジョーさんとカミラちゃんを眺める中、咄嗟に、といった感じで、師匠がカミラちゃんの手を取ろうと駆け出す。

 

「師匠――!」

 

 ハッとなり、叫びながら、師匠に続くべく手を伸ばすあたしだったが、その一瞬の後にはもう、暗闇に落ちた師匠達の姿は消え去り、足元には迷宮の冷たい石床があるだけだった。

 



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落とし穴の底

「ああああああああああああああああ!!!!」

 

 ジョーの阿呆みたいなミスのせいで、迷宮の罠に突き落とされた私達は、暗闇の中をどこまでも落下していく。

 もし通常のトラップよろしく、底に槍でも敷かれていたら、いや、というかこの高さでは普通に落ちるだけでも即死だろう。

 私を脇に抱えて落ち続けるジョーに向けて、必死に声を荒げる。

 

「なんとかしろ!ジョー!」

 

「このクソッ……オラァ!水龍剣!」

 

 掛け声と同時に、剣を引き抜くと、勢い良く発生した水流が迷宮の壁に激しくぶつかり、落下の勢いが弱まった。

 

「ダラァッ!」

 

 続けざまにジョーが下方へ向けて剣を突き出すと、今度は水が箱状の形となって現れ、私達はそれに着水する。

 私達の体はすぐさまその水の箱を突き抜けて落下を始めるが、ジョーは続けて水の箱をいくつも設置し、落下の勢いを殺していく。

 それを何度か繰り返し、いくつかの水の箱を突き抜けたところで、どしんと音を立てて、ジョーの体が迷宮の硬い床にぶつかった。

 私は咄嗟に身を捻ると、ジョーの体を尻に敷くようにして着地する。尻の下からゲフッと少し苦しそうに息を吐き出す声が聞こえた気がした。

 

「ごほっ……おま……いや、いいや……つ、疲れた……」

 

「ふふん、やるじゃないかジョー、助かったぞ!今回ばかりは褒めてやろうじゃないか!」

 

「いやお前、おま……降りろやァ!!」

 

 と、私は寛大にも褒めてやったのにも関わらず、ジョーは力任せに起き上がると、私の体を乱雑にどかした。

 なんて失礼な奴だ。

 やれやれ、と、私がジョーの粗雑さに溜息を吐いていると、今度は頭上から低く、くぐもった声が聞こえてくる。

 

「無事のようだな」

 

 声の主は……確かザッパローグと名乗っていた男だ。カンナは師匠と呼んでいた。

 黒々とした重厚な甲冑に身を包んだ男は、しかし、そんな重さなど感じていないかのように、ふわりと宙に浮いている。

 

「……お前、騎士じゃねえのかよ」

 

「騎士だとも、ただ魔術が得意なだけだ」

 

 言うと、ザッパローグは軽やかに落とし穴の底に着地する。

 どうやら、私達と一緒に落ちたのはこの騎士だけらしい。

 空中浮遊の魔術が使えるのなら、このまま上に戻れそうな気もするが……

 

「空中浮遊は出来る、が、流石に二人を担いでこの距離は登れぬ」

 

 私の視線に気付いたのか、問いかける前にザッパローグがそう答える。

 天才の私とはいえ、魔術に関してはそこまで詳しいわけでは無い。

 本人が無理だと言っている以上、私達がここで無理に推し進めるのも危険だろう。

 なんなら上に戻る途中で魔力が尽きて、今度こそ落下して即死、なんて可能性もある。

 

「やっぱ、このまま探索進めてカリカ達と合流するしかねえか」

 

 話を聞いたジョーもそう言うと、周囲を観察するように見渡す。

 落とし穴の底は真四角の狭い空間になっており、四方の壁のうち、一つに鉄格子の扉が嵌め込まれている。

 錆びてボロボロの鉄格子の隙間からは、薄暗く、じめじめとした通路が見える。

 ジョーはずんずんと鉄格子に歩み寄ると、思い切り鉄格子を足で蹴り飛ばし、鉄格子がガシャンとけたたましい音を立てて倒れる。

 ロフトならしっかり鍵を開けたりするのだろうが、ジョーの場合はこうして雑に突破することが多い。

 が、まあ、こういう場所においては頼りにはなるのも事実だ。

 私は通路を進むジョーの背後にぴたりと張り付き、共に狭い通路を進んでいく。

 

「なんでこの手の罠ってこういう脱出経路あるんだろうな」

 

「……脱出経路ではなく、回収経路だろう。これはむしろ、罠に落ちた侵入者を回収する為の通路だ」

 

「ああ、なるほど」

 

 ジョーがそういえば、という感じで口に出した疑問に、背後のザッパローグが答える。

 なるほど、確かに罠を仕掛ける側としたら、罠にかかった間抜けの遺体や遺品は回収しておきたいものなのだろう。

 とはいえ、この迷宮に人が住んでいるとは思えないので、そういった用途でこの道を使用している者もないだろうが……

 ひょっとしたら昔は迷宮にも人が住んでいたりしたのかもしれない。

 そんな考察をしながら進んでいると、やがて通路が終わり、広い空間に出る。

 迷宮の硬い石造りの床ではなく、湿った地面が広がり、ところどころに柱や彫刻が立ち並ぶその空間は、さしずめ王宮の中庭といった印象だ。

 尤も、かつては豪奢であったかもしれないそれらの彫刻や柱は今はひび割れ、崩れ落ち、中庭に生えていたであろう木はぐずぐずに腐って崩れ落ちているのだが。

 

「ジョー、ここがどこか知ってるか?」

 

「知らねぇ、けど雰囲気的には第二層の最下層ってとこだろうな。だいぶ落とされたぞこりゃ……」

 

「むう、そうかぁ……くっ……ジョーが愚かにも美少女の戯れにキレて壁ドンなんかしなければ……」

 

「俺が壁ドンした原因は誰かなぁ!!?あぁ!!?」

 

 私が大きく溜息を吐き、呆れたように呟くと、ジョーが眉間に皺を寄せて怒鳴り始める。

 やれやれ、そういうところだぞ!

 ジョーはもうちょっと我慢と言うものを覚えるべきだと思う。やれやれだ。

 私はそんな哀れな怒れる男を蔑むようにはっ、と息を吐くと、苔むした地面に足を踏み入れる。

 いずれにせよリガス達と合流するには上層に戻らないと行けないということだろう。

 

「ったく……気を付けろよ、また罠があるかもしれないだろ」

 

 中庭に足を踏み入れ、進む私の背後からジョーが注意するような言葉をかけながらついてくる。

 上の階層からそうだったが、口やかましい奴だ。

 見たところ中庭には魔物らしい魔物も見えないし、ここは素直に進んでも問題無いだろう!

 私がそう考えながら足を踏み出すと、不意に土とは違う、ぐにゃりとした感覚が足の裏に伝わってきた。

 

「ん?なんだ?柔らか――――ぶはわっ!?」

 

 妙な感触に、僅かながらの不安を感じ、足元に目をやると――瞬間、ぼふんと音を立てて、足元の地面から大量の粉が噴き出した。

 突然の粉に視界が塞がれ、尻餅をついて転げる私の前で、先程まで踏みつけていた地面がモコモコと盛り上がる。

 粉を噴き出し、地面から現れたのは、まるでキノコのような姿をした魔物だ。

 巨大なキノコに太く短い手足の生えたソレは、ゆらりと起き上がると、小さく落ちくぼんだ瞳でこちらをじっと見つめる。

 

「ま……マタンゴか……まずい……」

 

 マタンゴの吐き出す胞子には厄介な効果がある。

 この胞子はまず、噴き掛けられた獲物の体を毒で犯し、じわじわと体力を奪い取る。

 更に症状が進むと、獲物は幻覚や幻聴を感じるようになり、方向感覚を失い、動くことすら困難になる。

 胞子はそうなった獲物に根を張り、やがて獲物はキノコの苗床となり朽ち果てるのだ。

 これを回避するには先んじて状態異常を回復するか、あるいは――

 

「水龍剣」

 

「わぶっ!」

 

 胞子に視界を遮られている中、突如として私の頭上から水が降り注ぐ。

 ジョーの水龍剣だ。突然の水に髪も服もびしょ濡れになってしまったのは遺憾だが……対処としては悪くない。

 要はマタンゴの胞子が体内に吸収され、悪さをする前に洗い流してしまおうということだ。

 ジョーは、再び噴出されたマタンゴの胞子を水流で洗い流すと、そのまま一足飛びで距離を詰め、マタンゴを袈裟懸けに斬り捨てた。

 ぐちゃりと水に濡れた地面に沈むマタンゴを見届けると、ジョーはこちらを振り向き、にやりと笑みを浮かべる。

 

「はっ、だから言っただろ天才神官様よ!あんだけ調子に乗っといてマタンゴ如きにピンチになって今どんな気分だ!?」

 

「はぁ~!?全然ピンチじゃなかったんだが~!?やれやれ、凡夫には私があの程度で倒れるか弱い村娘にでも見えたらしい、見る目が無いなあ!?」

 

「実際か弱い村娘みたいなもんだろ、自分の実力を理解してから迷宮に潜れってんだよ」

 

「無論、正しく理解しているとも、その上で――私は天才だという自信を持っているのだからね!」

 

 言うと、先程の戦闘で起きたのだろう、地面からむくりと起き上がろうとしたマタンゴに、私はモーニングスターを叩き付ける。

 脳天からモーニングスターを叩きつけられたマタンゴは、頭から謎の汁を噴き出し、その場に倒れ伏した。

 私はどうだと言わんばかりの表情でジョーに向き直ると、ジョーはまた、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。

 

「クソガキがよ」

 

「ふふん、負け惜しみかな?」

 

 言い合いながら、わらわらと現れるマタンゴを叩き伏せ、斬り捨てていると、背後で腕組みをしながらじっと戦況を眺めていたザッパローグが、ポツリと呟く。

 

「……貴公ら、仲が良いのだな」

 

「はぁ!?良くないが!!!??」 

 

 私とジョーは背後のザッパローグに振り返ると、二人で同時にそう言い放つのであった。

 

 



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パラサイト

「だからな、俺が言いたいのは無暗に回復役が前に出るなってことなんだよ、回復役が真っ先にやられたらパーティ壊滅するだろうが」

 

「いやいや、勘違いするんじゃないジョー、私だって勝ち目が無いと悟ったら逃げるとも!が、それを踏まえても天才の私ならイケるだろうという自信があるから行く時には行くわけだ!」

 

「わかってねえだろうが!ボッケコラァ!!」

 

 湿り、苔むした地面を踏みしめ、眼前の少女カミラと、冒険者のジョーが言い争う。

 先程からずっとあの調子だ。

 仲が悪いのかとも思ったが、その割には現れる魔物への対処はしっかり連携できている。

 油断からか実力不足からか、カミラの方が不覚を取ることもあるが、その度にジョーの方がカバーしているのだ。

 

「ともかく、この階層から脱出しなきゃいけねぇ、せめてこのキノコ共の縄張り抜けねえとな」

 

「ほほう、A級の冒険者様ともあろうものがマタンゴに怖気づいたか?やれやれ、情けないぞジョー!」

 

「言ってろクソガキ、マタンゴは別に強くねえし怖くねえけど、あいつらが出るとこは厄介な敵も多いだろうが」

 

 言うと、ジョーは抜け目なく前方の地面から少し笠を出すマタンゴに剣を突き立てる。

 私はまだこの迷宮をよく知らないが故、理解していないが、歴戦の冒険者であろうこの男が言う程だ。

 警戒しておくに越したことはないのだろう。

 マタンゴを逐一潰しながら進む二人を見ながら、私は念話の魔術を使う。

 

(カンナ)

 

(うわっ、びっくりした!師匠!無事ですか!?)

 

(無論だ)

 

 頭の中にカンナの驚いた声が響く。どうやら多少なりとも心配をかけたらしい。

 私はカンナを落ち着かせるように、落とし穴に落ちてからの現状を報告した。

 

(……というわけで、今は第二層の奥にいるようだ。中庭のような場所で、マタンゴが多い)

 

(そうなんですか……こっちも一応、ロフトさんが落とし穴がどこに繋がってるかっていうのを見当つけて、そっちに向かってるとこです)

 

(うむ)

 

 と、カンナの念話を切り、前方を確認すると、先に進んでいた二人はいつの間にか立ち止まり、朽ち果てたアーチ状の門に寄り掛かるかのように辺りを伺っている。

 

「どうした?」

 

「うお、鎧の……ザッパっつったか、いやな、この中庭からの出口は見つかったんだが……」

 

 言うと、ジョーは前方、中庭の外縁部を指差す。

 指差した方を見ると、なるほど巨大な門があり、広々とした通路に繋がっているようだ。

 だが、その門の前に陣取るかのように巨大なキノコがその場を塞いでいる。

 

「あれは……」

 

「キングマタンゴだ。動きは鈍いが硬いし、粉を噴き出す範囲が広い」

 

「ふむ、倒せないのか?」

 

「倒せなくはねえけど……相性が悪いんだよなぁ……あのクラスになると水の攻撃に耐性持ってたりするからよ」

 

 なるほど、キノコは湿気を好む。

 しかも落とし穴からこちら、様子を見ていた感じだと、この男の使う魔剣は水流を発生させ、操る類の物のようだ。

 斬撃を繰り出すにしても、あれほど巨大なキノコが相手ではそう簡単には断ち切れまい。相性が悪い、というのはそのことだろう。

 

「一応、炎の攻撃とかには弱かった筈なんだけどな……お前ら火とか持ってねえよな?」

 

「ふふん、持っていないね!火打石か油でもあれば既にそこらの木に火をつけて投げこんでいるさ!」

 

「お前にゃ期待してねえよクソが」

 

 言うと、何故か自信満々に返すカミラに、ジョーは舌打ちをして返す。

 それから、如何にして火を発生させるか、いっそ回り込むべきか、等と話し合いはじめた。

 さて、どうするか、炎の魔術であれば私が扱える。

 倒せと言われれば、あの程度のキノコを焼き尽くすことは可能だろう。

 だが……

 

 私は言い争う二人を見下ろすと、今度は門前に控えるキングマタンゴに目を向ける。

 今はまだこちらに気付いていない様子だが、気付いたら何かしらの行動を起こすだろう。

 粉の範囲が広いとも言っていたし、もしかしたらこちらにも届くかもしれない。

 

 ――好都合だ。

 

 私は二人に気付かれないよう、静かに腕を前に突き出すと、パチン、と一つ指を鳴らす。

 瞬間――雷が如き鋭い音が響き渡り、キングマタンゴの全身が大きく揺れた。

 驚いた様子を見せたのは言い合っていたジョーとカミラだ、慌てて顔を上げると、キングマタンゴに目をやり、叫ぶ。

 

「何だ!?おいザッパ!何があった!?」

 

「わからんな、私には突然キングマタンゴが暴れ出したように見えた」

 

 ジョーの問いにとぼけて答えると、怒り狂ったキングマタンゴは小さく落ち窪んだ瞳をこちらに向け、笠を大きく振り出した。

 すると、恐るべき勢いで辺りに胞子が拡散する。

 さて、私は何なれば浮遊の魔術で逃れることも可能だが……

 

「チッ!水龍剣!」

 

 ジョーが腰の剣を振り抜くと、発生した水流が雨のように降り注ぎ、振り撒かれた胞子を洗い流した。

 それに怒り狂った様子で体を震わせるキングマタンゴを見ながら、カミラの方がまた、挑発的に声を発する。

 

「気付かれたのなら仕方ないぞ、ジョー!イケるか!?それとも逃げるのかな!?」

 

「あ~!畜生!しゃあねえな、やったらァ!」

 

 言うと、ジョーは力強く足を踏み込み、キングマタンゴ目掛けて駆ける。

 向かってくる敵に対して、キングマタンゴも胞子を振り撒き、手足なのだろうか、自身の体から枝分かれしたキノコを突き出すが、ジョーは水流で胞子を洗い流し、突き出すキノコを受け流していく。

 そうしてある程度まで接近すると、横一文字に魔剣を振り抜き、キングマタンゴの体を深く斬りつけた。

 が――キングマタンゴは僅かに怯むように体を揺らしたものの、じろりとその小さい瞳をジョーに向け、地面から勢い良く自身の分身であろうキノコ達をいくつも突き出した。

 

「チッ!」

 

 ジョーも上手いこと突き出されたキノコの攻撃を防ぎ、受け流すが、流石に不利だったのか、後ろに飛び退いて距離を取る。

 

「っだぁ、クソ!肉厚!これだからキノコは嫌なんだ俺は!」

 

「ふふん、どうしたジョー!苦戦してるじゃないか、仕方ないな、この天才神官様が手を貸してやっても!」

 

「っせぇ!お前は後方支援!回復に集中してろバカ!」

 

「むぐぅ」

 

 ふふん、と鼻を鳴らしながら自慢げに髪を掻き分けるカミラの言葉に、ジョーは怒りながらも的確に支援の指示を出す。

 と、カミラは不満げに口をへの字に曲げ、頬を膨らませた。

 後方支援が嫌なのか、ジョーの命令するような口調が嫌なのか、ともかく納得いかないらしい。

 が、ジョーはそんなカミラの態度を無視するかのように、今度は私に向き直ると、同じ調子で言い放つ。

 

「ザッパ!お前は……あれだ、浮遊とか出来るくらいだ!魔術使えるんだろ!?前に出て何か適当に攻撃しろ!」

 

「ふむ……仕方あるまい」

 

「っしゃあ!やっぞ!オラァ!」

 

 私としてはキングマタンゴにジョーを消耗させ、弱ったところを倒し、カミラから鍵を奪い取るつもりであった。

 が、それ以前にジョーから疑われ、警戒されるのも避けた方が無難だろう。

 ジョーを消すにしても、一時の仲間として警戒が弱まった時に刺すべきだ。

 キングマタンゴを倒さない程度に攻撃に参加した方が良いだろう。不自然でない程度に協力するポーズを見せなければ。

 などと考えながら、私はキングマタンゴに指先を向け、再び指をパチンと鳴らす。

 すると、どこからともなくふわりと風が巻き起こり、刃となってキングマタンゴの笠を傷つけた。

 

「風の魔術か……まあいい!ガンガンやれ!ザッパ!」

 

「承知」

 

 あえて炎の魔術は使わない。

 キングマタンゴがなるべくジョーを消耗させるように、攻撃は最小限。

 更に、先程の攻防を見たところ、キングマタンゴは斬撃に対してそれなりに耐性があるらしい。

 よって風の魔術による斬撃で、少ないダメージを与える。

 これであれば私にヘイトが向く危険性も少なく、消耗も少ない。

 矢面に立つのはあくまでジョーだ。

 そして消耗したジョーを倒し、一人残ったカミラから鍵を奪い取りさえすれば、私の目的は――

 

「っぎゃーーーーーーー!!!」

 

 達成される。

 そう考えていたところで、突如、後方からカミラの甲高い叫び声が響いた。

 何故だ、確かに後方支援を任せていたはず、彼女には危険性の少ない位置にいてもらった筈だが――

 振り向くと、いつの間にか私達の背後から、カチカチと牙を鳴らして威嚇するような音が響く。

 白く輝く甲羅に、6本の足、ノコギリのような牙を持った昆虫のような魔物の群れだ。

 しかし何より異様なのは――その昆虫たちの背から、まるで甲羅を突き破るようにして巨大なキノコが生えている点である。

 私が些か混乱していると、ジョーの方は、何やら心当たりのようなものがあったのか、チッと大きく舌を打ち、吐き捨てるようにして叫ぶ。

 

「だから嫌なんだよ……キノコってのはよ!」

 

 



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冬虫夏草

 

 『冬虫夏草』

 キノコの一種が昆虫などに寄生し、そのまま体に根を張り成長の糧としたものである。

 地上にも珍しいキノコの一種として存在するソレだが……この迷宮においては些か毛色が違う。

 マタンゴの一種と思われるキノコは、周辺に住み着く魔物との共生関係にあるのだ。

 魔物の方は寄生されることでいずれは死に至るが、同時に寄生したマタンゴの胞子によって効率良く狩りを行うことが出来る。

 マタンゴの方も、通常であれば動きが鈍く、キングマタンゴともなれば根を張った場所からは然程は移動できない。

 

「が――この虫共に寄生すれば、素早く静かに遠くまで移動できるってわけだ!クソが!」

 

 などと説明しながら、ジョーが周囲に集る冬虫夏草達を斬り伏せる。

 キングマタンゴとの戦闘で周囲に散っていた冬虫夏草達に気付かれたのか、はたまたキングマタンゴが呼び寄せたのか。

 ともかく、ワラワラと集まる冬虫夏草に囲まれ、キングマタンゴどころの状況では無くなっていた。

 数が多いだけであればまだ良い。しかし、こいつらは一体一体が鉄の如き甲羅と牙を持ち、背中から生えたキノコからは状態異常効果のある胞子を撒き散らす。

 更には動きも素早く、地面から天井から、息つく間もなく攻撃を仕掛けてくるのだ。

 当然、ジョーだけでなくこちらにも攻撃を仕掛けてくる為、私も適当に風の魔術で吹き飛ばし、切り裂き、自身に迫った虫を処理していく。

 とはいえ、私一人であれば最悪、炎の魔術を用いてキノコも虫も焼き尽くすか、あるいは浮遊の魔術で逃げることはできる。

 ジョーがここで虫共に食い殺されることも構わない。が、問題はもう一人……カミラの方だ。

 叫び声を挙げてから、どうやら胞子か、単純なダメージか、ともかく動きを封じられて虫共に連れ去られてしまった。

 鍵さえ無事であればまだ問題は無いが……私はジョーに問いかける。

 

「連れさらわれたカミラはどうなる?」

 

「すぐは殺されねえが、だからって安心できねえよ!普通なら虫共の巣に連れてかれて、キノコの苗床にされるか虫の餌にされるかのどっちかだ!」

 

「ならば、虫共の巣を見つければ問題は無いのだな?」

 

「見つかればな!こいつら迷宮の壁から地面から天井から、どこにでも細かい穴開けて巣穴作ってやがる!どこに連れてかれたか調べるだけでも困難なんだよ!」

 

「なるほど」

 

 息を切らし、虫共の攻撃を躱し、受け流しながらも答えるジョーに、私も相槌を打ちながら、風の魔術で虫を吹き飛ばす。

 その話が本当であれば、むざむざカミラを連れて行かれるわけにもいくまい。

 私の観測範囲に鍵があるのならばまだ良い。だが、どこにあるのかも分からない虫の巣に持っていかれ、ましてやキノコの苗床になどされてしまっては、捜索するのも困難だ。

 ここで虫共を逃がす理由は一つも無い。

 

「クソッ、こうなったらアレをするしか……いや、おいザッパ!お前なんか……」

 

 剣を構え、息を切らせながらブツブツと呟くジョーを見やると、私は浮遊の魔術を使い、ふわりと空中に舞い上がる。

 高所からであれば、獲物を運ぶ虫の動きもすぐに把握できる。

 カミラを運ぶ虫の群れを見つけると、私は下方のジョーに一言告げる。

 

「見つけた、カミラの救出は私に任せよ」

 

「あっ!?いや、ちょっと待てザッ――だぁっ!」

 

 言うと、私の眼下で、一人となったジョーに虫共が群がり、その姿が黒々とした甲羅に埋まり、覆いつくされた。

 さて、死ぬだろうか、これで死んでくれれば苦労は無いのだが……いずれにせよ、すぐには動けまい。

 私は虫共から視線を外すと、そのまま風を巻き起こし、カミラ目掛けて空中を駆けた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 ジョーの馬鹿野郎め!!!

 っは~!最悪だ!警戒心が足りないんじゃないか、あいつ!

 キングマタンゴがいる場所なら、冬虫夏草への警戒もしておくべきだろう!

 二層だからって気を抜いたのか!?雑だ!これでもA級冒険者か!?

 全く、普段こういった索敵やアイテムの管理をロフトに任せていたツケだな!っは~!愚物!

 などと、心中で激しく憤りながらも、私は体を動かせないまま、冬虫夏草の背に乗せられ、運ばれていく。

 

 ……ジョーは確かに警戒心が足りなかったが、私もほんのちょっぴり油断していた。

 いや、だが、頭上から急に巨大な虫が降ってきたら誰であろうと面食らうのではないだろうか。

 まして私は天才だが、神官だ。

 ゾンビやスケルトン、悪魔が相手ならともかく、ただデカいだけの昆虫への対処は本職ではない。

 故にうん、まあ、仕方ない、仕方あるまい!

 

 確か、この手の冬虫夏草は獲物を毒で痺れさせ、巣に持ち帰ってキノコの苗床にする筈だ。

 だが、ふふん、残念だったな!私の新調した法衣には状態異常を軽減する効果がある!

 恐らくだが、多少の時間を置けばギリギリ動ける程度には回復するはずだ。

 そして、神聖術さえ唱えられるようになればキュアで状態異常は解除できる。

 そうしたら、後は虫共の群れの中から逃げ……

 

 ……あれ?逃げられるか?

 

 いや、いやいや、大丈夫だ。私は天才だぞ?

 こんな知性の欠片も無い虫共から逃げるなど、赤子の手を捻るようなもの、楽勝!楽勝の筈だ!

 だって私だぞ!天才神官カミラ様だ!その私がこんなところでキノコの苗床にされて冒険終了など、そんなことが――

 などと、思わず頭を過ぎる嫌な想像を振り切ろうとする私の顔に、不意に激しい風が吹きつける。

 風は激しく、強くぶつかり、私のみならず、周囲の虫共も纏めて吹き飛ばし、転倒させた。

 

「あっ……ぶっ……」

 

 私はそのまま風で吹き飛ばされ、地面に背中を打ち付けて思わず唸る。

 が、麻痺している為に上手く声が出ない。

 くそっ、なんだなんだ、立て続けにこの私にこんなことを……

 私は僅かに動く目を動かし、周囲の状況を把握する。

 ごろごろと吹き飛び、ひっくり返り、周囲を警戒する虫共。

 そうして、その虫共の頭上、朽ちた中庭の中空に浮かぶ、黒い影が一つ。

 

「ここであれば、遠慮する必要は無いな」

 

 影はそう呟くと、牙をカチカチと鳴らし、胞子を撒き散らす冬虫夏草を見下ろしながら、落ち着いた動きで掌を突き出し、下方へと向ける。

 その掌に濃密な魔力が集まり、やがて、収束した魔力はそこに燃え盛る火球を出現させる。

 火球が両手で抱える程の大きさにまで燃え上がると、呟いた。

 

「業火球」

 

 声と同時に、指をパチンと鳴らすと、火球はふわりと手を離れ――バチンと弾けた。

 弾けた炎は雨の如く辺りに降り注ぎ、地上で牙を鳴らす虫共の甲殻を焼き、キノコを燃やし尽くしていく。

 キィーと、金属音のような甲高い鳴き声を放ちながら、あっという間に私を運んでいた虫の群れの全てが焼き尽くされ、炎の中にその体を沈めていった。

 全ての虫が焼き尽くされたことを確認すると、中空の影はすう、と音も無く地に降り、表情の読めない鉄仮面を私に向ける。

 

「無事だったか」

 

「あっ……か……!」

 

 ザッパローグ、私達と一緒に落とし穴に落ちてきた護衛の男だ。

 ともあれ、助かった!流石だ!やっぱりジョーとは違うな!私の価値を正しく理解して真っ先に助けに来たと見える!

 しかし、炎の魔術が使えるなら最初からキングマタンゴを焼き尽くしてくれれば良かったのに……何故使わなかったんだ?

 私がほんの僅かな疑問を覚える中、ザッパは苔むした地面を踏みしめ、私に向かって歩みを進める。

 

「どうやら、まだ麻痺が効いているらしい、好都合だ」

 

「あ、え……?ろう……」

 

 私が呂律の回らない口で問いかけようとすると、その前にザッパローグは私の首元に手を伸ばし――呪いの首飾りを力任せに引っ張った。

 

「あぐっ……!」

 

 首飾りの紐が首に食い込み、思わず唸り声が漏れる。

 どうやら引きちぎるつもりだったらしいザッパローグは、怪訝そうに首飾りを外そうとするものの、不思議と紐は千切れず、普通に外そうにも不思議な力で押さえつけられたかのように動かない。

 にしても苦しい、紐をあっちにこっちに捻られるたびに、私の首に強く食い込む。

 なんだこいつ、私を助けに来たんじゃないのか!?

 これでは、まるで野盗か山賊か、あるいはこの間の悪魔のような――

 

「祝福……いや、人間にとっては呪いか…………仕方あるまい」

 

 私がまさか、と、想像していると、ザッパローグは首飾りの紐を更に強く絞り、私の首を締め上げる。

 

「かっ……あ……!」

 

 息が出来ない。

 紐が食い込み、私の呼吸を塞ぐ。

 思わず私の口から叫び声が飛び出そうになるが――それすらも、発するのを塞がれ、声にもならない声がカヒュッと僅かに漏れ出るのみだ。

 まずい、こいつ、本当に私を殺すつもりで……!

 

「ッ……ヒッ…………ッ!」

 

 私は慌てて抵抗しようと体を動かすが――まだ麻痺の効果が残っている。

 手足に力を込めたところで、僅かに足をばたつかせるのが精々だ。

 神聖術も唱えられない。

 息が詰まる。

 馬鹿な、そんな、私は、私は天才だぞ。

 こんなところで、こんな惨めな死に方をして良い人間じゃない。

 

「ァ……ッ……!」

 

 何か無いか、何か……!

 朦朧とする頭で、せめて、と、力無く手足を地面に這わせる。

 ザッパローグは、憐れんでいるのか、それとも歓喜しているのか、鉄仮面の下から淡々と呟く。 

 

「すまぬな、少女よ、恨んでくれるな」

 

「ッ……」

 

 恨んでくれるな、だと、は、ふざけ、ふざけるなよ。

 このクソ鉄仮面、私を誰だと思っている。

 私は天才だ!天才神官カミラ様だぞ!

 その私が、こんなところで、やられるわけが……ないだろうが!

 

 必死に動かした手の指が、僅かに盛り上がった地面に触れる。

 私は今込められる渾身の力を腕に込めその盛り上がった地面に振り下ろすと――ぼふん、と音を立てて、緑色の粉がザッパローグ目掛けて噴き出した。

 

「む……!」

 

「っはひっ……っ……はぁ……!」

 

 火事場の馬鹿力というやつか、粉が噴き出し、僅かにザッパローグの手が緩むと同時に、私はごろんと転がり、這うようにして逃れる。

 ザッパローグは冒険者じゃない。

 マタンゴのいる地面と、いない地面の違いをわかっていなかったのが功を奏した。

 しかも、地面に押さえつけられてたせいで、粉の直撃は喰らわなかった!ラッキーだ!

 だが――

 

 ぼん、と、何かが燃え上がるような背後から響く。

 恐らく……というか十中八九、あのマタンゴが燃やされたのだろう。

 くそ、もう少し粘ってもらいたかった。アンラッキーだ。

 まだ炎が残る地面を背に、ザッパローグが溜息を吐き、反省するかのように口を開く。

 

「ふむ……鍵に万が一のことがあっては、と、魔術を使わず殺すつもりだったが……失策だったな……すまぬ、少女よ」

 

 言うが早いか、ザッパローグは再び掌を突き出す。

 

「やはり、油断なく、速やかに焼き尽くすべきであった」

 

 掌にまた魔力が集まる。

 さっき冬虫夏草をやったあの炎か、はたまた別の術なのか、ともかく私を殺すに足る魔術なのは明らかだ。

 万事休すか――と、ザッパローグが魔術を放つか否か、その刹那、どこからか鋭く放たれた水の刃がザッパローグ目掛け、襲い掛かった。

 

「何……?」

 

 あわや直撃かというところ、ザッパローグも咄嗟に水の刃を飛んで躱し、そのまま空中に浮かび上がる。

 

「は……おそい、ぞ……ジョー……」

 

 私は呂律が回らない口でそう呟きながら、立ち塞がるようにして私の前に立った男に笑みを浮かべる。

 

「っせぇな、馬鹿、こっちも色々あったんだよ、色々」

 

 ジョーは呆れたように溜息を吐くと、こちらを向かずにそう言い捨てる。

 実際、背中や腕には切り裂かれたような傷跡がいくつもある。

 それなりにダメージを受けている筈だ。

 だが、ジョーはそんなダメージなど無いかのように堂々と立ち、空中のザッパローグに剣を向けると、叫んだ。

 

「さぁて……うちのギルドのクソ生意気な新人冒険者によォ……何してくれてんだァ、このクソ鉄仮面野郎!!」

 

 



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魔導騎士

「ほほぉ……素晴らしい……」

 

 うっとりした表情でそう口にしながら、ダキアは迷宮の一室に置かれた棺を舐め回すように眺める。

 あたし……カンナと、他の一行は落とし穴に落ちた師匠達の行方を追って、ロフトさんの先導で迷宮の内部を進んでいた。

 ロフトさん曰く、こういった罠には、必ずそこへ行きつく為の死体回収用とも言うべき道筋も存在していて、迷宮の内部が組み変わっていたとしても、大まかな道筋自体は何となくわかるらしい。

 本職の斥候としての知識と経験というやつだろうか。

 ともあれ、そんなロフトさんはサクサクと隠し通路や下り階段を見つけながら、迷宮の奥へと進んでいくのだった。

 そうして今、私達が辿り着いたのは――王城とでも言うべきだろうか、どこかウチの魔王城と似た雰囲気の、荘厳な大広間だ。

 尤も、長い時の中で朽ち果てたのか、魔王城とは比べ物にならない程に薄汚れ、床もひび割れているが、それでも広々とした空間と、柱や壁に刻まれた細かな装飾からは、かつてはさぞ煌びやかな城であったのだろうという印象を感じさせる。

 そんな広間の中心部には、これまた華美な装飾を施された棺が、まるでそれ自体を讃えるかのよう安置されている。

 

「俺達が行った墓場もそうですけど、何ていうか、第二層って何かとお城みたいな感じしますよね」

 

「フフフ、さてさて、本当に城かもしれないよ?君達はダンジョンの成立の説をご存知かな?」

 

 リガス君がふと発した言葉に、ダキアがここぞとばかりに食いつく。

 

「フフ、それらの中にはこの地で信仰される女神ギアナがもたらした恵みであるという説、あるいは地脈を通る魔力の流れに沿って自然発生したものだという説がある。だが、面白い物では、これらの迷宮はかつて世界に存在した国の寄せ集めだという説もある」

 

「国の寄せ集め……?」

 

 ペラペラと早口で語り出すダキアに、トゥーラが疑問を返す。

 あの話ちゃんと聞いてたのか、凄いな、あたしは右から左に受け流してた。

 話を聞いてもらえたのが嬉しかったのか、ダキアはうふふと奇妙な笑みを浮かべながら、また自慢げに語り出す。

 

「然り!太古の昔、この世界を制していた大帝国の伝承は知ってるかな!?勇猛果敢にして知恵に優れた王のもと栄えた帝国は世界の殆どを食らいつくしながら、突如として終焉を迎える!その帝国が――」

 

「いいからこっちの手伝いしてくれねーかな?」

 

 止まらずに話し続けるダキアを制したのは、広間の端で何やら床に敷かれた石板を剥がしているロフトさんの声だ。

 荘厳な大広間からは、いくつかの道に通じているようなのだが、それらはいずれも頑丈な鉄格子やら何やらで入口を塞がれてしまっていた。

 恐らくはそれらの仕掛けを解除する鍵が床下にあるのだろう。いや、あたしはそういうのよくわかんないけど。

 

「普通はこういう門とか開く為のレバーみたいなのも、城内にあったりするんだけどな……あった、ほらコレとか……カリカ頼む」

 

「♪」

 

 ロフトさんの声に従って、カリカさんが床下のレバーのようなものを引っ張ると、ガコンと音を立てて鉄格子の一つが開いた。

 よし、と少し嬉しそうに呟きながら、ロフトさんは床下から身を乗り上げ、あたしに向かって問いかける。

 

「お前の師匠が念話の魔術使えるっつってたよな?ジョー達はまだ無事か?」

 

「ん~、大丈夫だと思うけど……あたしは受信専門で自分から連絡できないんだよね……まだ未熟だからさ」

 

「そうか、まあジョーのことだし大丈夫だとは思うけど……ちょっ、カリカ、やめろやめろ、もう」

 

 そう言いながら溜息をつくロフトさんを慰めるように、カリカさんが笑顔でくしゃくしゃと頭を撫でる。

 カリカさんは無口な割にこういうスキンシップは好きらしい。

 同じ無口で体の大きい相手であっても、あたしは師匠からそういうことされたことが無いので、ちょっぴり寂しい気もする。

 しかし、師匠は大丈夫だろうか。

 まあ大丈夫だとは思うけど、一度念話が来てからはまるで連絡が無い。

 無事なら一言二言なんか言ってくれても良いと思うんだけど――

 

(カンナ)

 

「あばわっ!?」

 

 などと思ってると、不意に師匠の声が頭に響いた。

 つい驚いて変な声が出てしまった。

 が、とにかく師匠が無事でよかった。あたしも問いかけるようにして心の中で念を送る。

 

(良かった、師匠、無事だったんで――)

 

(無事ではない、今ジョーと交戦中だ)

 

(は?)

 

(合流は無しだ。奴らの仲間をお前とダキアで引き離すか、足止めするか、あるいは処理しろ)

 

(は?)

 

(以上だ)

 

(いや、ちょ、師匠――)

 

 と、あたしが問い返す前に師匠はさっさと念話を切ってしまった。

 いや、なんていうか師匠、こう……いや……まあ……やるけどさぁ!

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 カンナに念話での連絡を済ませると、私は眼下で剣を構える男、ジョーに問いかける。

 

「驚いたな、あの状況では生き延びるのは困難……仮に生き延びて追ってくるとしても、かなり時間がかかるものだと思っていたが」

 

 相性の悪い水の魔剣に、大量に湧いた冬虫夏草、そしてキングマタンゴ。

 いくら実力があったとしても抜け出るのは難しいだろう、というのが私の判断だったのだが、この男は多少の傷を負ってはいるものの、戦えるだけの体力を残し、速やかにここへ駆けつけた。

 

「恐らくは何かカラクリがあるのだろうが……ふむ、どのようにしたのだ?」

 

「言うわけねえだろ馬鹿が!」

 

 言うと、ジョーは私のいる空中目掛けて剣を振り抜き、いくつもの水の刃を繰り出した。

 キングマタンゴのような弾力と肉厚があるのならばともかく、私がこれをまともに食らえばただでは済むまい。

 

「業火球」

 

 私はすかさず体の前面に火球を出現させると、その業火の熱で迫る水の刃を蒸発せしめる。

 が――炎と水がぶつかり、辺りに霧の如き水蒸気が発生した刹那、霧の中から水ではなく、鋭い剣そのものが突き出された。

 なるほど、水の刃は陽動、私がそれを防ぐべく動いたタイミングで、自身の剣でトドメを刺すということか。

 流石は歴戦の冒険者と言うべきか、中々にやる。

 私は顔面に迫る魔剣の切っ先をすんでのところで躱し、くるりと空中で回転すると、そのまま指をパチンと鳴らし、台風の如く噴き荒ぶ風をジョーにぶつける。

 

「な、んのぉ!」

 

 あわや吹き飛びそうになるジョーだったが、落とし穴に落ちた時と同様だ。

 噴き出す水流で勢いを殺し、上手いこと着地して見せる。

 風に飛ばされて遠くに行ってくれたら楽だったのだが、まあ仕方ない。

 ……それにしても解せない。

 地面に降りたジョーに視線を合わせるように、私も地に降り、向き合うと、ちらりとジョーの後ろで倒れる少女――カミラに目を向ける。

 

「わからぬな、何故助ける」

 

「は?」

 

「その娘は貴様の仲間ではないだろう、何故そうまでして助けるのか、私には分からん」

 

 人間なのだ、自分が助かる為に身を張るのは理解できる。

 だが、本人曰く仲が良いわけでもなく、『うるさいクソガキ』を助ける為に身を張る意味が理解できない。

 そう問いかけると、ジョーは少し、何かを言いかけてから口を噤んだ後、呆れたように溜息を吐き、答えた。

 

「愚問だな。理由なんか無かろうが、自分より弱い初心者の……ましてやこんな若い女の子が死にかけてたら――助けてやらねえ男はいねえよ」

 

「お人好しすきる……だろぉ……ばか……」

 

「うっせぇ馬鹿、助けねえぞ」

 

 呂律の回らない口で倒れながら文句を言うカミラに、ジョーがぶっきらぼうに返す。

 なるほど、不可解というか、非効率だが、これがこの男の信念のようなものなのだろう。

  

「そもそも……俺がやられると思って話してんじゃねえよザッパ、要するに勝ちゃ良いだけだ!」

 

 言うと、ジョーは力強く地面を蹴り、私に迫る。

 直接ぶつけてくる剣戟に、私も魔術を用いて防ぎ、躱し、距離を取っていく。

 すると、ジョーはやはりなと笑みを浮かべ、剣戟を繰り出しながらも、自信満々といった様子で口を開く。

 

「やっぱりな!てめぇの魔術は基本的に炎か風のどっちかだろ!俺の水龍剣とは相性が悪い!ついでに魔術師なら接近戦も苦手ってわけだ!」

 

 言いながら、ジョーは絶え間なく攻撃を繰り出し、やがて私は中庭の朽ちた柱に背をついた。

 背後は倒れた柱や崩れた壁で塞がれており、最早逃げ場は無いだろう。

 ジョーはそんな私に容赦なく、ここぞとばかりに再び水の刃を撃ち込む。

 同じ水の刃でも先程の牽制とは違い、広範囲かつ大量の水流を用いた攻撃、まともに食らえば全身が切り刻まれるだろう。

 が――私はまた、腕を突き出し、呟く。

 

「氷陣」

 

 パチン、と高い音が響くと同時に、私に迫る水の刃が全て停止し、瞬く間に白く凍てついた氷柱へと変わった。

 

「な……」

 

 面食らったような表情を見せるジョーを尻目に、私はすぐさま氷の魔術を解除し、辺りの氷を溶かす。

 私はまた浮遊の魔術で浮かび上がると、今しがた大量の水がぶちまけられ、ぬかるんだ地面に、腕を突き出し、また呟く。

 

「雷槍」

 

 言って、音も無く雷光が走ると、刹那の後に轟音が辺りを揺さぶる。

 

「私個人として、魔術が尤も優れているのは、その汎用性だと思っている」

 

 渇いた木や死体に対しての炎の魔術、素早く空を舞う敵に対しての風の魔術、柔らかく攻撃を受け流す敵に対する氷の魔術、そして、水中に隠れた敵をも瞬時に焼く雷の魔術。

 あらゆる敵に対処し、的確に弱点を突き、対応できるからこその魔術師。

 それを極め、接近戦にさえ対処するべく、鎧に身を固めた私をこそ、人々はこう呼ぶのだ。

 

「我が名は魔道騎士ザッパローグ。あらゆる敵を撃滅せしめる、王の持ちたる雷光である」

 

 言いながら、私は眼下の焼け焦げ、煙立つ地面を睨みつけるのだった。

 



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煙の中から

「ジョー!冒険に行くわよ!」

 

 かつて、俺がまだ小さい子供だった頃、山と森に閉ざされ鬱屈とした田舎の村で、毎日そう言って遊びに誘う少女がいた。

 少女は俺よりもほんの少し年上で、だからだろうか、俺に対してやけに偉そうで、自信満々で、何かと俺を守ろうとした。

 冒険と称して山の中に入った挙句、怪我をした俺を抱えると、やれやれといった表情で腰に付けた袋から包帯を取り出すのだ。

 

「情けないなあジョーは、私がついてないと何にも出来ないんだから!」

 

 俺はそう言われるたびに、お前が連れ出したんだろうがクソったれと思いつつも、言われるがまま抱き着かれるのが正直そんなに嫌いじゃなかった。

 今にして思えば、あいつは閉ざされた田舎の村から脱出する為に冒険を求めていたのだろう。

 年頃の幼馴染とピンチを乗り越え、弱者を守り、夢へと駆ける、そんな物語の冒険者にこそ憧れていたのかもしれない。

 そんな少女はある日の夜、俺に問いかけた。

 

「ねえジョー、ジョーは私が冒険に行ったらさ、一緒について来てくれる?」

 

 いつもの山への冒険ごっこかと思った俺は、今から付き合うと親父にしこたま怒られるなとか考えて、『今日は行かない』と答えた。

 結果として、それが良かったのか悪かったのか、あいつは俺の言葉を聞いた後、ほんの少し寂しそうな表情で笑いながら一言。

 

「そっか」

 

 そう呟いて、夜闇の中をどこかへと去っていった。

 

 結論から言えば、俺が少女を見たのはそれが最後だった。

 きっと冒険に行ったのだろう、そう考えた俺も後で故郷を出て様々なところを訪ねたものの、それでも結局あいつの痕跡は見つけられなかった。

 冒険の途中で盗賊にでも殺されたのか、迷宮で魔物に食われたか、それとも挫折してどこかで平和に暮らしてるのか。

 正直どれもありそうな気がするし、俺が心配することでもないのかもしれない。

 ただ一つ言えるのは――

 

 あんな後味の悪いことは二度とゴメンだってことだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 雷電に焼かれ、地面からもうもうと煙の立ちあがる中、ゆらりと一つの人影が立ちあがる。

 

「……驚いたな、まだ生きていたか」

 

「ったりめぇだろ……こちとら天下のジョー様だぞ……」

 

 体を黒く焦がし、ふらつきながらも、男は剣を構えてこちらを睨みつける。

 常人であればとうに倒れ伏しているだろう。恐るべき精神力だ。

 敵ながらその姿勢は称賛に価する。

 

「となれば、一方的に空中から痛めつけるのは流石に無礼と言うものか」

 

 そう呟き、私は煙立つ地面に足を着く。

 

「せめてもの情けだ、最期は視線を合わせ、迎え撃ってやろう」

 

「この期に及んで……上から目線でモノ言ってんじゃねえぞ!」

 

 吠えながら、ジョーは手にした魔剣を振りかざし、私に襲い掛かる。

 だが――明らかに動きが鈍い。

 思えば、群がる冬虫夏草から脱出するのだけでも相当に体力を消費した筈だ。

 その上であの雷撃を食らって動けるだけでも卓越したタフネスと言えるだろう。

 

「立派なものだな」

 

 そう返しながら、私はジョーの剣戟を苦も無く躱すと、そのまま指を鳴らし――ジョーの体に雷撃の衝撃が突き刺さる。

 

「あがっ……!」

 

 ジョーの体が衝撃で吹き飛び、ごろりと転がると、流石に限界だったのか、切れ切れとした息を吐きながら、そのまま倒れ伏している。

 いや、立ち上がろうとはしているようだが、最早ここまで来ると体に力が入らないのだろう。

 無様な姿だ。戦士としてこれ以上こんな姿を晒すのも苦しかろう。

 私はまた、地を這うジョーに指先を向け、呪文を唱える。

 

「雷槍」

 

 言うが早いか、ジョーの頭上から雷撃が降り注ぐ。

 轟音とともに黒々とした煙が巻き上がり、空気が振動した。

 強く優秀な良い戦士だったが、敵であれば跡形も無く消し去るのも致し方無し。

 後はゆっくりカミラの持つ鍵を――

 

「ッ!?」

 

 鍵を奪うべく、ジョーの居た場所から目を逸らした瞬間、ぼこりと鈍い音が響き、私の鎧の一部が砕かれた。

 鎧が破壊された衝撃は体にも伝わり、思わず呻きながら後ろに飛び退く。

 ジョーは始末した筈だ。仮に生きていたとしても動けるはずがない。どこかに野生の魔物がいたのか?

 咄嗟にそう思い至り、警戒態勢を取る私に、もうもうと立つ煙の中から――美しく透き通り、どこか自信に満ちた少女の声が耳朶に響く。

 

「ワーッハッハ!情けないなジョー!あれだけ大見得を切っておいて惨敗とか!は~!雑っ魚!私がいなきゃ死んでたんじゃないか~!?」

 

「そこはお互い様だろうがクソボケがよ!お前よくあんだけピンチ助けてもらっといてそれ言えるな!?」

 

 この声は――馬鹿な、早すぎる。

 麻痺を解除するにしてももう少し時間がかかる筈だ、ましてや、あれだけいくら神官と言えど、あれだけ負傷したジョーをすぐさまこれだけ治療できる筈が無い。

 神官による治療行為、神聖術は確かに傷ついた人々の肉体を癒すが、それには傷口を適度に、素早く癒す技術・観察力などが求められる。

 才気に溢れ努力を重ねる熟練の神官であればともかく、彼女のような年若く、生意気で、傲慢な駆け出し神官が瞬時にこんな回復量を――――いや。

 

「そうか、忘れていた。貴様は……天才神官と名乗っていたな」

 

「その通りさ」

 

 雷撃による煙が晴れると、眼前にはそれまでの傷が嘘のように健康的な肉体を見せつけるジョーと、もう一人。

 どこか人を挑発するような目付きで、口元ににやりと不敵な笑みを浮かべながら、そこに少女――カミラが堂々と立っていた。

 

「さあ、第二ラウンドだ、ザッパローグ!天才神官カミラ様の力!存分に心に刻んで咽び泣くと良い!」

 

 そう叫ぶと、眼前の少女はずずいと一歩踏み出し、手にしたモーニングスターを私に向けて構えるのだった。

 



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クロコダインベホマズンデッキ

 

「ホーリーアーマー!」

 

 カミラがそう唱えると、手前で構えるジョーの体をうっすらと白い光が包んだ。

 これは確か直接攻撃や魔術に対する防御力を上げる呪文だ。

 強力な防御壁を張るプロテクションと違い、攻撃を完全に防げるわけでは無いが、防御力を上げたまま素早い動きを保つことが出来、汎用性が高い。

 

「っしゃあ!ったらぁ!オラァ!!」

 

 ホーリーアーマーを纏ったジョーが地を蹴り、こちらに突進する。

 さて、どうするか、私の魔術であれば防御力が上がっていたとしても、ある程度のダメージを与えることは出来るだろう。

 だが、一撃では仕留め切れまい。

 相打ち覚悟で飛び込まれる危険性もある。

 これまでの戦いで、このジョーという男はそういうことをやる精神性と根性がある男だというのは理解している。

 で、あれば――

 

「毒霧」

 

 愚直に距離を詰めるジョーに向けてパチンと指を鳴らすと、周囲に毒々しい緑色の霧が充満する。

 ホーリーアーマーで防げるのは、主に外部からのダメージのみだ。

 であれば、体の内部を毒で侵し、動きを封じる。

 毒に侵された体は継続ダメージによる体力の減少のみならず、腹部や胸部への激痛、それによるモチベーションや集中力の低下などを招く。

 回復役がいる以上は放っておけば治療されるだろうが、その前に毒で怯んだ隙を狙って更にダメージを――

 

「っだらぁぁぁ!!」

 

「っな……」

 

 そう考える私の目の前に、毒の霧の中から勢い良く剣先が飛び出す。

 思わず後ろに飛び退くが、水流を纏った魔剣は勢いそのまま、私の兜の一部を掠め、削り取る。

 

「逃っ……げんな!オラァ!」

 

 尚も勢いを止めず、続けざまに繰り出されるジョーの剣戟を、私も魔術を用いて防いでいく。

 しかしながら、鎧に身を纏い汎用的な魔術を持つ私とはいえ、距離をこうまで詰められて連続攻撃を続けられると流石にマズい。

 よもや毒の魔術が効いていなかったのか?とも思ったが、ジョーは攻撃を繰り出しながら、自身も口から血を噴き出している。

 やはり体内を毒に侵されてはいるのだ。侵された上で微塵も怯むことなく、気合だけで切り結んできている。

 

「愚直にも程がある」

 

「うおっ……!?」

 

 私は距離を詰めるジョーに指を鳴らし、強風を発生させて吹き飛ばす。

 毒が効いているのならば長期戦も悪くは無いのだが……

 

「おやおや、なんだジョー、苦しいか!?ふふん、仕方ないなあ、やはり私がいないと何も出来ないと見える!」

 

「っせぇ!クソボケェ!さっさとキュアとヒールかけろやァ!」

 

 言いながら、ふふんと鼻息を鳴らしながらカミラが状態異常回復の神聖術を唱える。

 やはり、回復役がいるとそうなるか。

 であれば――再び私に向けて距離を詰めるジョーに、魔術を放つ。

 

「氷陣」

 

「っぶね……!」

 

 パキン、と、高い音が響き周囲の地面が凍り付き、鋭い氷柱が突き出した。

 それを躱すべく飛び退いたジョーだったが、地に足のついた瞬間、ジョーの足も凍り付き、地面に張り付く。

 直接的なダメージは無い。

 だが、少し動きを封じるだけでも十分だろう。

 回復役がいる敵との戦闘ではまず――その回復役を叩く。

 

「雷槍」

 

「プロテクション!」

 

 指を鳴らし、雷の槍を放つ私だったが、カミラも瞬時に光の壁を作り、それを防ぐ。

 意外にやる。

 先程の回復術からしてそうだったが、この神官の少女は術の発生速度と正確性が尋常ではない。

 状況を適切に判断しながら、素早く的確に術を放っているのだ。

 

「ふふん、どうした?情けないなあ!魔導騎士様とか何とか言ってなかったか!?はは、首絞め趣味の悪魔様は美少女神官一人捉えられないと見える!」

 

 ……この人を煽るかのような態度さえ無ければ、最高の神官かもしれない。

 まあ、私はこの程度の挑発で心を乱されはしないが、いずれにせよ攻撃を連続して繰り出す他あるまい。

 プロテクションは強力な防御の術だが、いつまでも持続するものではなく、そう何発も絶え間なく連続で放てるものでもない。

 解除された瞬間に強力な攻撃を差し込むか、絶え間無く攻撃に晒されるかしていれば、いずれ術者は逃げ出さざるを得なくなる。

 予想通り、私がいくつかの魔術を放つと、その合間を縫うかのように、カミラは距離を取ろうと飛び出す。

 

「馬鹿め、そこから出ればもう――私の術の餌食だ」

 

「はっ、馬鹿は貴様だ!ジョー!」

 

 飛び出したカミラに向けて、再び雷の槍を放つ、が――今度は射線に光の壁ではなく、人影が飛び出し――

 

「ぎゃああああああああ!!!」

 

 雷に焼き尽くされた。

 言うまでも無く、間に入った人影はジョーだ。

 私がプロテクションに攻撃している間に氷の足枷を解き、身を挺してカミラを庇ったらしい。

 ホーリーアーマーがありながらも尚、相当なダメージを受けた筈のジョーだったが……

 

「ほら、ヒール!」

 

「っだぁぁぁ!ちくしょう!!」

 

 即座にカミラが回復の術をかけると、すぐさまジョーは体力を取り戻し、こちらへ斬りかかる。

 私はそれを弾き飛ばし、また距離を取るものの、なんともはや、厄介だ。

 ジョーに攻撃を仕掛けても即座に神聖術で回復されてしまい、カミラに攻撃すればプロテクションで防がれる。

 

「ふふん、私以外の無知蒙昧な連中はパーティに回復役がいる場合、すぐこう思うだろう『回復役から叩けば良い』とね」

 

 距離を取った私に、カミラは腰に手を当てて胸を張りながら、自慢気に語り掛ける。

 

「だが、この天才神官カミラ様についてはそれでは済まない、何故なら、私を攻撃する前にこの肉盾が立ち塞がるからだ!これぞ無能ながらもタフネスと気合と根性だけはあるタンクを生かした必殺戦法――無限回復デッキ!」 

 

「俺の負担がデカすぎるんだよなぁ!!!」

 

 どうだ!と言わんばかりの自信たっぷりの笑みを浮かべながら語るカミラに、ジョーが苦虫を噛み潰したような表情で返す。

 確かに、理論上では可能だろう。

 体力のある者に攻撃を受けさせ、即座に回復する、それを繰り返すことで相手の消耗を招きながら攻撃のチャンスを探る。

 だが言うほど簡単なことではない、この戦法の盾役は必然的に、強力無比な攻撃をその身で受け、即座にそのダメージを回復され、再び攻撃を身に受けることになるのだ。

 回復したところで、体に感じる痛みが消えるわけでもなく、痛みと癒しが短時間で交互に押し寄せる感覚、というのは、常人であれば発狂しかねない程の苦しみだろう。

 盾役にはその過酷な立場をこなす体力と精神性、回復役には適切に回復を繰り返す術の精度、一気に体力を全快させる回復量というものが求められる。

 

「だから嫌なんだよな、我儘な回復役ってのはよ……俺はもうちょっと堅実にいきてぇんだよ!」

 

 ごもっともである。

 こんなことを頻繁にこなしていたら、盾役の負担はとんでもないだろう。

 しかも――この戦法には弱点がある。

 

「貴様らの……他の仲間がいれば、あるいは私が負けていたかもしれぬな」

 

 私はボソリとそう呟く。

 この戦法は盾役と回復役、それにもう一人、アタッカーがいてこそ完璧に機能するものだろう。

 盾役が防ぎ、回復役が癒し、その間、もう一人が攻撃を仕掛ける。

 本来であれば上層でジョーと一緒のパーティを組んでいた、カリカとロフト、その二人がその役割を担っていたはずだ。

 だが今、ここには盾役と回復役しかいない。

 であれば、私を倒すには不足している。

 そうした私の考えを察したのか、ジョーの背後で構えるカミラが、頷きながら口を開く。

 

「確かに、そうだね、いくら天才神官の私であれど、流石にこの状況でアタッカーも兼任できる程には万能ではないだろう」

 

「わかっているではないか……ならば、潔く……」

 

「それで、ザッパローグ、貴様の魔力は――あとどれくらいかな?」

 

「……!」

 

 そう来たか。

 これまでの戦闘で私は相当に魔術を使用した。

 それでもまだ魔力の底はついていない。だが、長時間の戦闘を続けられる程、潤沢に残っているわけでもない。

 ましてや長期戦になれば、奴らの仲間がここまで来る可能性もある。

 カンナには足止めをするように念話を送ったが、それが上手くいっているかどうかも分からぬ。

 長期戦になって不利になるのは、こちらの方なのだ。

 どうする?いっそ、ここは一度引いて、次の機会を狙うか……いや……

 既に私がカミラを狙っているということは割れている。

 それを警戒されて迷宮に潜るのを止められるのもマズい。

 地上で襲い、都市を守る騎士団と戦うとなると、それは最早人間と魔族の戦に他ならない。

 奪うのならば、ここで、だ。

 私は一つ、覚悟を決めると、残った魔力を練り上げ、持ち得る最大の魔術を放つべく腕を構える。

 魔力が集まり、収束する影響が辺りに漏れ出し、周囲には稲光が瞬くと、それを見たジョーが警戒するような体勢を取ると、ふうと大きく息を吐いて返す。

 

「上等じゃねえか」

 

 言うと、ジョーが魔剣を担ぐかのように構え、腰を深く落とす。

 魔剣に纏う水流が渦を巻き、ゴボゴボと音を立てて巻き上がる。

 水流は勢いを増し、辺りには嵐の如き風と水滴が吹き荒れた。

 雷光と風雨の吹き荒れる嵐の中、後方のカミラが髪の毛を抑えながらジョーに問いかける。

 

「わぶっ……なんだジョー!あれを使うのか!?疲れるから嫌だと前に言ってなかったか!?」

 

「嫌に決まってんだろ、神官の回復が無きゃロクに使えねえ技なんて。俺は本来、ちゃんと対策とか準備とか練って確実に探索したいタイプなんだよ」

 

 が――これでないと私の魔術は止められない。

 そう語るかのように私と視線をぶつけ合うジョーに、私も身構える。

 魔剣……ミキシンや他の魔族が作った模造品が一定の出力、一定の攻撃しか出来ないのに対して、迷宮や遺跡の奥底に眠るそれは多彩な攻撃手段を持っている。

 中でも特徴的なのは、これらの魔剣は術者の力を吸うことで、魔剣自体も力を得るということだ。

 通常であれば、魔力や神聖力を糧に力を増すものだが――

 

「生憎、俺には魔力だの神聖力だのがロクに無いんでな、捧げられるのはいつもコレだ」

 

 体力、あるいは気力、人間が生きる為に誰しもが持つ力。

 それを捧げることで魔剣の出力を増している。

 思えば、冬虫夏草の群れに囲まれて脱出したのも、こうして魔剣の力を引き出したが故なのだろう。

 だからこそ、あの後、目に見えて疲弊していたのだ。

 

 次に来る攻撃が恐るべき威力であろうことは想像に難くない。

 だが、逃げるわけにもいかない。

 背中からこれを撃たれてはそれこそ対処のしようが無い。

 故に――真っ向から受け止めるしか無い。

 

「……行くぞ」

 

「おお、かかってこいや」

 

 嵐の中、不思議と僅かな静寂が訪れた後――

 放たれた雷光が辺りを照らし、暗く湿った中庭に、破裂音が轟いた。

 



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血の雫

 時は少し巻き戻って――

 

 迷宮二層、いくつもの道に通じる城の大広間にて、ロフトさんが罠を解除して扉を開いた。

 さっき、あたしに届いた念話によると、師匠はカミラちゃん達と戦闘に入ったらしい。

 よって他のパーティメンバー……ロフトさんやリガス君たちを足止めするように指示されたわけだけど……

 人数の不利は否めない。

 ダキアを戦力に数えたとしても、二対四でどれだけ足止めできるか……

 

「何やってんだ、お前ら、とっととジョー達のとこ見つけるぞ」

 

 言うと、ロフトさんが先程仕掛けを解除した通路の前に立ち、大広間のあたしたちに声を掛ける。

 どうするべきか、考え込むあたしに気が付いたのか、ダキアはちらりとこちらに目をやると、ふふん、と笑い声を漏らしながら呟いた。

 

「んん……ふふふ、悪いんだけどロフト君、そっちは君達だけで行ってくれないかな?」

 

「は?どうして……」

 

「ふふ、冒険者の君達はともかく、僕の目的はあくまで迷宮の調査だ。そんな調査対象が目の前にあるというのに、はぐれたメンバーの救助なんてことしてられないさ」

 

 そう口にしながら、ダキアはうっとりとした様子で大広間に置かれた彫像を撫でる。

 ロフトさんは、そんなダキアの態度に呆れたように溜息を吐くものの、どこか諦めたように言葉を返す。

 

「そういうことなら、俺は良いけどさ……他の連中はどうする?」

 

「あ、俺も出来ればカミラさんを助けに行きたいです」

 

「わ、私も……」

 

 ロフトさんの問い掛けに、リガス君とトゥーラちゃんが返答するものの、その答えを嘲笑うかのように、横からダキアが口を挟む。

 

「ん……ふふ、それは困るね、僕は君達を護衛として雇い入れたんだ。その君達が僕から離れて、護衛対象を一人にするとなると……これはもう、任務失敗としてギルドに報告させてもらうしかないねぇ」

 

「うっ……!」

 

 いやらしい言い方で、護衛対象としての立場を強調すると、リガス君たちも言葉を詰まらせる。

 パーティメンバーの一人が行方知らずになってしまった、とはいえ、確かにここでダキアから離れるということは、任務中に護衛対象を放り出すことには変わりないのだ。

 元から別の目的で迷宮に潜ってきたロフトさん達はともかく、あたし達からの護衛任務を引き受けて迷宮に潜ったリガス君たちとしては、それでダキアが襲われようものなら紛れもない任務失敗である。

 そして任務の失敗は冒険者としての評判にも響く。出来れば避けたいところだろう。

 その辺りの雰囲気を察したのか、一部始終を眺めていたロフトさんは、やれやれといった感じで頭を掻きながら、また口を開く。

 

「わかった、そしたらリガス達はここで待っててくれていいさ、言って向こうにはジョーも一緒にいるんだし――俺達もまあ、カリカと二人ならなんとかなるだろ」

 

「!」

 

 言いながら、ロフトさんが傍らのカリカさんの肩をトン、と叩くと、カリカさんは任せろと言うかのように鼻息を鳴らし、頷く。

 リガス君たちも顔を見合わせると、一応は納得したのか、同じように頷き、返す。

 

「すいません、うちの自称天才神官をお願いします、ロフトさん」

 

「ああ、それじゃな」

 

 ロフトさんはそう答えると、手を振りながら、大広間から伸びる通路へと足を踏み入れていく。

 さて、そうなると――あたしは広間に残るダキアにちらりと視線をやると、互いに頷く。

 あたしの仕事も、ここからだ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 城の大広間のような一室から、通路を通って先に進むと、いくつかの柱が立ち並ぶ回廊へと出た。

 柱に囲まれた石造りの床からは、辺りに広々とした――けれども、やたらに陰鬱な、湿った苔に覆われた地面が広がっている。

 かつては泉か何かだったのだろう、毒々しい小さな沼地の先には、これまたかつては荘厳であったのだろう、ボロボロの城壁が聳え立っている。

 広いが、庭というほどの解放感は無い。

 あくまで渡り廊下から見える城の憩いの風景、という程度の場所だったのかもしれない。

 そんな風景を眺めながら、俺は傍らを歩くカリカを見上げる。

 こいつ、武道家だからか何なのか、やけに身長がデカいので毎回こうして見上げないといけない。

 男としてはちょっと悔しいが、それはそれとして、俺は冷静に声を掛ける。

 

「カリカ、どうだ?ジョーはこっちの方だと思うか?」

 

「~?…………!」

 

 カリカは俺の問いに、う~ん、と何かを考え込むような態度を見せると、やがて、自信に満ちた表情で頷く。

 こいつ喋らない……というか、喋れないだけで表情自体はやたらと豊かだ。

 ついでに言えば勘が鋭い。

 俺やジョーが何だかんだで冷静に、確実に動くタイプだとしたら、カリカは本能的な勘でパッと動くタイプだ。

 かといってやたら勝手なことをするわけでもないので、カシミールともまた違うタイプだが。

 そんなカリカが何となく、と指で示した方向に着いて行くと、不意にぼこん、と土が盛り上がり、黒々と光る甲羅が地中から姿を現した。

 背中からキノコを生やした昆虫型の魔物――冬虫夏草だ。

 おおよそ三体の冬虫夏草が俺達を囲むように現れ、牙をカチカチと鳴らして威嚇する。

 こいつらは本来、魔術師の炎で焼き尽くすのが定石だが、あいにく、俺達のパーティに魔術師はいない。

 さて、どうするか、自分からは動きたくないな……と、構えて動かない俺達に、業を煮やしたのか、冬虫夏草の一匹が唸り声を上げながら飛び込む。

 と――瞬間、飛びかかった冬虫夏草の甲羅が砕け、弾け飛び、吹き飛んだ体が石柱にぶつかって倒れ込む。

 

 カリカだ。

 冬虫夏草が胞子を振り撒くよりも、牙を伸ばすよりも早く、拳を甲羅に叩き込み、吹き飛ばした。

 仲間が吹き飛んだことで警戒したのか、僅かに後退る冬虫夏草の頭に、カリカは続けざまに踵を落として力で砕く。

 最後に一体、残った冬虫夏草が、慌てて牙を突き出すと、カリカはその牙を両手で掴み取った。

 掴んだ手に力を入れると、カリカは冬虫夏草の牙をそのまま外へと開き――メリメリという音を立てて、冬虫夏草の頭が真っ二つに裂けた。

 裂けた冬虫夏草の頭を投げ捨てると、カリカはこちらに顔を向け、どうだ!と言わんばかりの笑みを浮かべる。

 こいつ本当に怖い。

 喋らないせいもあるけど、とにかくパワーで全部解決しようとするし、実際それが出来るから怖い。

 こういう時に備えて俺は一応、油壷とか火種とかも持ち歩いてはいるんだけど、カリカがいるとそういう準備があまり役しない。

 いや、節約できるし楽だから良いんだけど。

 うん、いや、良いんだ、うん、よし、俺は気を取り直して、カリカに声を掛ける。

 

「よし、カリカ、それじゃ先に進――ん?」

 

 声を掛け、回廊の先に進もうとした俺の目の前に、何か不可思議な物が浮いているのが見えた。

 

 ――――赤い。

 

 それは赤い球体だった。

 腕から宙に漏れた血の雫。それをそのまま空中に固定したかのような、血のように赤い球体。

 手に平にすっぽり収まる程度のサイズであろうソレは、朽ち果て、色の褪せた回廊にあって異質な存在感を放っていた。

 何かがおかしい。

 眼前のそれを警戒して、俺の体が後ろに下がった瞬間――

 

「ーッ!」

 

 カリカの、声にならない声が響き、俺の体が強い力で吹き飛ばされる。

 何が起こったのか分からず、転げ回りながら、慌てて視線を戻すと、先程まで俺の体があった場所、丁度背中側にあたる位置に、もう一つ、血の雫が浮いていた。

 けれども、血の雫は先程までの球体とは打って変わって、激しく壁にぶつかった血痕のように、鋭利な棘を辺りに伸ばしている。

 本来ならば、俺の背中があったであろう、その位置、俺の背中に突き刺さっていたであろう、その棘は――

 俺の代わりに、倒れ伏したカリカの背中に突き刺さっていた。

 



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俺以外はみんな馬鹿

 私、カンナルグ・トリフは吸血鬼だ。

 魔族としての特徴で言えば、日光に弱く、人や動物の血を啜り、高い身体能力を持ち、様々な術を使う怪物。

 とはいえ、あたしの魔術は師匠に比べたらまだまだだ。

 師匠は魔術の最大の強みを汎用性だと語り、事実、炎に氷に雷に、果ては空間魔術まで様々な魔術を使いこなせることができる。

 一方で、あたしの使える魔術は一つに特化しすぎている。

 自身の血を操り、肉体を変質させる吸血鬼としての魔術。

 

 あたしはじっとその場から動かず、辺りを見回す。

 城壁に囲まれた苔むした地面に、朽ちた柱が転がる回廊。

 念話では、師匠がいるところも同じく、苔むした地面の中庭だと言っていた。

 ここからそう遠くはないのだろう。

 そう判断したあたしは、今しがたそこを進む二人を襲い、カリカさんをダウンさせた。

 カリカさんがロフトさんを庇った結果のダメージだが……これに関してはラッキーだ。

 正直、立ち姿や雑魚敵との戦闘を観察するに、ロフトさんは他の二人、ジョーさんとカリカさんに比べて戦闘能力は一歩劣る。

 それでも実力者であろうことは間違い無いので、油断は出来ないのだが――さて。

 師匠に命じられた任務は彼らの足止め……だったけど……

 

「倒せるのなら、それに越したことは無い筈だよね」

 

 あたしはそう判断すると、ぽつりぽつりと垂らした血の玉を、ロフトさん目掛けて伸ばしていく。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「―――っぶな!!」

 

 そこかしこに浮かぶ血の玉から、俺目掛けて鋭い棘が次々に飛び出す。

 咄嗟に身をよじり、躱すものの、とてもじゃないが俺にはそれで精一杯だ。

 反撃の隙が無い。

 先程、カリカを襲ったような血の玉は、大小様々な多数の血の玉となって、あたかも海に浮かぶクラゲの群れが如く、空中にふわりと漂っている。

 厄介なのは、こいつらは放っておくと増えるということだ。

 一つの玉から同じようなサイズの血の玉が分裂して、また空中にふわりと浮く。

 そのせいで俺が逃げ続け、反撃の隙を伺っているうちにどんどん逃げ場が閉ざされていくのだ。

 

「せめて発生原因が分かれば良いんだけど……」

 

 言いながら、続けて血の玉が突き出す棘を躱す。

 これが迷宮の罠、という可能性も考えたが、行動が能動的すぎる。

 意識して俺を襲ってきているように感じる。

 の割には、回廊でダウンしているカリカにトドメを刺しには行っていない。

 俺を優先的に狙っている――というか、俺がカリカを助け起こそうと向かうのを待っているような節がある。

 相手は、それなりの知性を持っている。

 機械的に動く迷宮の罠や、目の前の敵をただただ襲い続けるだけの魔物とは根本的に違う存在だ。

 

 つまり――相手は人間、あるいはそれと同程度の知恵を持った存在だ。

 つい最近、迷宮に悪魔がいる痕跡を発見したばっかりだ。

 カシミール……いや、カミラか、あいつが倒した例の悪魔の仲間かもしれない。

 ただ、その線を探ったところで――

 

「これじゃ……どうしようもないだろっ!」

 

 一つの血の棘を躱したところで、次の棘が続けて飛び出し、それをギリギリのところで身をよじって躱す。

 どう考えても意識的に俺を狙った動き――術者がいるとしたら、絶対にすぐ傍にいる。

 これだけ精密な術を、状況を見ずに遠隔で操作できる奴なんてそうはいない、いる筈がない。

 絶対にこの血の玉を近くで操作している筈……なのだが……

 

「くそっ……姿が見えねぇ……!」

 

 チッと舌打ちをしながらも、息を整え、俺は一つ吐き捨てる。

 敵の姿が見えない。

 こういう面倒臭い術に対する一番の対処法は、術者本人を速やかに処理することだ。だというのに、辺りに術者の姿が一向に見つからない。

 柱や岩の影、はたまた地面に身を隠しでもしているのかと、血の棘を避けながら辺りを見回していたが、それでも怪しいところは一つも見つからない。

 クソッ、早くしないと、このままじゃいずれ追い詰められる。

 

『考えろ、大丈夫だ、落ち着けッ!』

 

 俺は心の中でそう叫び、精神を落ち着かせながら、尚も辺りを観察する。

 大丈夫だ、大丈夫、確かに俺はジョーやカリカに比べて戦闘能力は低い、カシミールみたいな瞬時に回復を出来る技能も持ってない。

 だが――それでも俺はA級冒険者だ、俺はこのパーティには欠かせない人材だ。

 

 何故なら――そうだ、俺がこのパーティで……一番ちゃんとしてるからだ!

 

 カシミールは駄目だ、あいつが一番駄目、クソカスだ、あいつは。

 美少女になってたから、そのへんの愛嬌で許せる気もするけど、基本的には駄目人間だ。

 頭は良いかもしれないし、実力もあるが、すぐに調子に乗ってピンチになって俺達の最悪の想定のちょっと斜め上の最悪を引き起こす。

 いや本当に駄目だな、あいつ、なんだ?俺が今こうして苦労してるのもあいつのせいじゃないか?カスか?

 

 大体ジョーも駄目だ、カシミールが馬鹿すぎて本人ちょっと冷静なパーティリーダーみたいになってるけど、普通ならジョーも大体が脳筋の類だ。

 確かに基本的に調子に乗ったりしないし、堅実だし、年相応の現実的な考えもあるけど――あいつは基本が冒険野郎だし、あと短気だ。

 カシミールのちょっとムカつく態度も聞き流せばいいのに、ジョーは正面から受け取って喧嘩する。不器用なんだ。

 だから勝手にキレて迷宮の壁殴って罠を起動させる。なんだあいつ、馬鹿か。

 

 カリカは正直いまだによく分からない。

 喋れないのは別に本人のせいじゃないらしいし、それに関して責めることは出来ない……けど、いや。

 だとしてもやっぱ直情的だ。武道家たから当然かもしれないけど、危険な時に一番先に突っ込むし、咄嗟の時に指示とか聞けないし。

 なんだこのA級パーティ、終わってないか?駄目じゃないかこれ?

 

 ていうかカシミールはもう追放されてるし、女の子になってるし、もう本当に……

 

「――俺がしっかりしてないと、駄目じゃねえか!!」

 

 そう叫ぶと、気持ち血の玉の動きがビクリと止まった気がした。

 やっぱり何らかの術者の意思がある。

 絶対ここら辺に隠れている筈だ。

 一発ちょっと叫ぶことで、一気に頭を冷静に出来た。

 そうだ、マジで俺がどうにかしないといけないし、俺ならどうにか出来る。

 戦闘能力は他のクソボケ馬鹿共と比べて劣るかもしれないけど、俺は斥候だ。

 観察能力に関しては他の三人に負けちゃいない、というか圧倒的に勝っている。

 が、いずれにせよこの棘共を相手にするには情報が足りないし、攻撃するチャンスも少ない、ならまずは……

 

「――この血の玉の術者の奴!聞いてるんだろ!提案だ!」

 

 俺の問いかけに、血の玉の動きがピタッと止まり、周囲からくぐもったような、掠れたような声が響いた。

 

「……提案?」

 

 魔術か何かで声を変えているのだろう、男とも女ともつかない声が、辺りに反響して響く。

 声から術者の居場所を特定するのは難しいか、だが、これで確実に術者が周辺にいることは確信できた。

 俺は術者の警戒を解くように、ゆっくりと、落ち着いた動作で問いかける。

 

「ああ、あんたの目的は何だ?俺達を必ず殺さないと達成できないものか?」

 

「…………」

 

「必ずしもそうでないのなら、俺はあんたに協力してやることもやぶさかじゃない、俺は他の冒険者連中の命や、迷宮の宝よりは俺の命の方が大切だからな」

 

 沈黙する術者に、俺はそう語り掛ける。

 実際のところ、この術者のメインの狙いは俺達じゃないと踏んでいる。

 ダウンしたカリカをすぐには殺さず、積極的に攻撃を仕掛けてきている、とはいえ、俺が絶対に避けられないような大技、確実に殺せるような大魔術といった術は仕掛けてきていない。

 自身の姿を見せないこともそうだが、必殺の意思、俺達を絶対にここで殺すという意識自体はそこまで感じられないのだ。

 どちらかといえば、俺達の足止め、あるいは観察、攻撃を仕掛けながらも俺の動きを見極めようとしてくる意思を感じる。

 血の玉から見えてくる感覚はこんなもんか。

 

「俺達を殺さないで助けてくれる、ってんなら、協力してやるが――どうだ?」

 

「……協力は断る、しかし、ここに留まり我々の邪魔をしないのならば……」

 

「ああ……感謝する、よっ!」

 

 俺の提案に僅かに警戒を解いたかのように、血の玉がふわりと下がった瞬間――俺は腰に下げた嚢から一つの壺を取り出し、集まる血の玉の真上へと投げ込む。

 

「っ!?」

 

 術者の驚いたような、息を呑む声が響くと同時、血の玉が壺を目掛けて棘を突き出すと、粉々に砕かれた壺から黒い液体が撒き散らされ、血の玉へ降り注ぐ。

 血のような赤黒い球に、真っ黒い液体が混ざり込むと、俺はすかさず嚢から取り出した松明に火を点け、それも血の玉目掛けて投げつける。

 と――やはり迎撃すべく血の玉が棘を突き出し、松明を破壊すると、しかし、千切れながらも尚、松明の炎は降り注ぎ――それが血の玉に触れると同時、辺りに炎が燃え広がった。



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武道家カリカ

「あああああああああああっ!」

 

 辺りに燃え広がる炎が、血の玉に混ざった油に燃え移り、更には激しく燃え上がると、辺りから絶叫が響く。

 血の玉を操る術者がこの周辺にいることは間違い無い。

 が、術者の姿は見当たらず、物陰やどこかに隠れている様子も無い。

 ということは、術者は何かしらの魔術を使って、自身の姿を透明にしているか、幻術か何かでこちらの視覚を歪めている。

 そうでなければ――何かに化けている。

 

 さて、化けているとして、何に化けているのか?どこに化けているのか?

 辺りには朽ちた柱や彫像が転がり、それに化けているという可能性もある。

 が、一方で術者は、そこかしこを動き回る俺に躊躇なく血の棘を突き出してきた。

 相手だってわざわざ自傷の可能性のある場所に棘を突き出したりはしづらいだろう。

 まして、化けているとはいえ、俺が近くにいたら、いつ正体がバレるか気が気でない筈だ。

 と、なれば、敵の位置は俺が寄り付かない場所――否、寄ろうとしても寄れない場所。

 つまりは、あのいくつもの血の玉が浮かぶところの中心だ。

 

 まあ、それもあくまで一つの可能性程度だったわけだが、幸いにも当たってたみたいだ。

 斥候の俺には血の玉を破壊する手段、広範囲に攻撃する手段は無いと踏んでいたのかもしれないが――残念だったな。

 なんならウチのパーティでこういう攻撃できるのはジョーと俺くらいだ!

 ついでに言えばジョーも水龍剣での攻撃限定だから火を使えるのは俺だけだ。

 やっぱこのパーティアンバランスすぎるよ。カシミールの後釜にもっと落ち着いた神官か賢者か魔術師入れようぜ。マジで。

 

 などと考えながら、燃え盛る火の海を眺めていると、そこから一つの影が飛び出してくるのが見えた。

 形の崩れた血の塊のようなそれは、びしゃりと音を立てて地面に落ちると、やがて力を取り戻すかのように盛り上がり、人の形を取り出した。

 

「へぇ……なるほど、お前か、カンナ」

 

「……」

 

 言いながらじっと見つめる俺を、カンナは凶悪な目付きで黙って睨む。

 あの血の玉のどれかに化けていたのなら、肌のいくらかは油で焼けた筈だが、見たところ既に治癒しているようだ。

 なるほど、魔術や神聖術じゃなく、単純に体の機能として自動で傷を回復している。

 

「となれば――吸血鬼ってあたりかな、当たりだろ?」

 

「……当たってる、抜け目ないね、斥候っていうのは」

 

「これでもA級なんでね、それでどうする?まだやるか?」

 

 俺の問いかけに、カンナはゆっくりと立ち上がり、答える。

 

「やるよ、まだロクに足止めも出来てないし――隠れなくても、あんただけなら、あたし一人で十分だ」

 

 そう言いながら、カンナはすっと腕を突き出し、拳をぐっと握り込むと、拳の内側から湧き出すように血が噴き出し、再びいくつもの血の玉となって浮かび上がった。

 ……というか、さっきよりも明らかに数が多いし、一つ一つの玉がデカい。

 さっきよりも激しく、強力な攻撃を続けられたら、俺一人じゃどうしようもないかもしれない。

 一人で十分、というのも決して見栄や根拠のない自信ではなく、冷静に戦力を判断した結果なのだろう。

 足止め、ともポツリと口に出してたし、さっきまではあくまでその為の動きだったのかもしれない。

 実際、あいつの本体探すのに結構時間使わされちゃったしな。

 威嚇するように、血の玉をゆっくりと広げながら、カンナがまた口を開く。

 

「カリカさんは最初に倒した。あとはロフトさんだけ、倒せばそれで良い」

 

「ごもっともだ、けど……どうかな……」

 

「?」

 

「悪いけど、うちの武道家は――思ってるより厄介なんだよ」

 

 俺がそう言うと同時、何かが砕けるような轟音が辺りに響き、砕けた血の棘の中心で、うちの無口な女武道家がただ静かに立ち上がっていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 しくったかもしんない。

 悠々と立ち上がった女武道家、カリカさんを見て、ついそう思った。

 ダウンしたカリカさんにすぐトドメを刺していれば――いや、でもあれは生かしておくことでロフトさんを逃がさない目的もあった。

 それに関しては今更どう考えても仕方ない。

 第一、あたしだってカリカさんを生かすからには、それなりの対策をしておいた。

 ダウンしたカリカさんに刺さった棘はそのまま固定していたし、万が一起き上がられた時、すぐに拘束できるように血の玉を周囲に設置しておいた。

 が――何故か今、それらの動きを封じる血の玉が全て、消え去っていた。

 

 術を解いたつもりは無いけど、あたしがさっきの油でダメージを受けた時につい解除しちゃってたとか?

 じゃなければ、魔術や神聖術……モンクだったりだとかで、武道家でありながら特殊な術を扱う人間、というのもいないわけじゃない。

 それらの術によるものか……などと考えるあたしを他所に、カリカさんは棘に刺されたダメージなど無いかのように、腕をぐるりと回して見せると、腰を落とし、一気にこちらへ駆け出した。

 小細工も何も無しに、一直線に駆けてくる。

 あたしからしたら良い的だ。

 すかさず、カリカさんの前方に幾多もの血の玉を集め、棘を突き出し、体を串刺しに――

 

「――は?」

 

 串刺しに、するべく突き出した幾多もの棘が、次の瞬間、全て打ち砕かれていた。

 見えなかったけど――いやいや、自分の拳だけで戦ってる武道家が、そんな一瞬であの棘の全てに対処できるわけがない。

 やっぱり術だ!何かしらの魔術か何かで対処している。

 

「棘が駄目なら、これで!」

 

 尚も迫るカリカさんに、距離を取るように後ろへ飛び退きながら、あたしは次の血の玉を送り出す。

 カリカさんの行方を塞ぐようにして広がった血の玉は、それぞれが更に細かく広がり、あたかも網のようになってカリカさんを覆い包む。

 『血の玉』状態のあたしの血はまだ液状で、それこそ風で吹き飛ばすか、水で薄めるか、油を混ぜて燃やすかでないと破壊できない。

 が、棘や網、形状変化した状態の血はそれなりの強度を保つ。

 この網だって当然、しなやかながら鉄の如き強度だ、普通の網だって素手の人間にはそうそう引き千切れないのに、この網を人間の武道家程度が――

 なんて思ったのも束の間、カリカさんが僅かにそう掛け声を発しながら、両の手で網を掴み、引っ張ると、あっという間に網が千切れ、再びカリカさんが足を踏み出す。

 

「はっ、ちょっ、嘘でしょ!?」

 

 もう大分近くまで迫ってきていたカリカさんに、あたしは慌てて血を刃のように薄く引き伸ばし、周囲から投げつける。

 が、これもカリカさんは難なく砕き、続いて飛び出した血の棘などは腕で受け止め、そのまま砕く。

 どんな形状の血をぶつけ、行く手を塞いでも、そんなもの意に介さないかのように、カリカさんは全てを砕き、ずんずん進んでいく。

 事ここに至って、ようやく気付いた。

 ――魔術とかじゃない。

 単純に筋力、肉体的なパワーと瞬発力で全ての攻撃を防ぎ、砕いている。

 というか、何なら最初に棘で突き刺した時の傷も筋肉で塞いでいる有様だ。

 ひょっとしたら、動こうと思えばすぐに動けたのかもしれない。

 だとしたら、何で動かなかった?あたしが姿を現すまで――いや、ひょっとして、あたしが姿を現したから?

 

 カリカさんの戦闘スタイルじゃ、いくら攻撃を防いだところで、術者本人を叩けないと意味が無い。

 もし本当に筋肉で全てをどうにかしていて、魔術が使えないのなら、敵の魔術自体を自分で解除したり、それこそ師匠の風のように吹き飛ばして無効化したりだとかは出来ないからだ。

 だから、あたしが姿を現すまでは死んだふりをしてじっとしていた。

 あたしが姿を現したのは――

 

「どうした、カンナ?顔が青いぞ?」

 

 ロフトさんのせいだ!

 くっそ!ひょっとして、こうなることを読んでて火であたしを引きずり出した!?

 自分一人じゃ勝てないけど、カリカさんがあたし本体を見つけさえすれば、後はもうぶつけるだけ。

 事実、今あたしはカリカさんが近距離に迫ってくるのを防ぐのに手一杯で、あっちにまで意識が向かない。

 

「ッ!」

 

「うっ、わっ!?」

 

 などと、一瞬そちらに注意を向けた瞬間、もうカリカさんが踏み込み、さっきまであたしがいた地面を拳で抉る。

 こうなったらもう、退くしかない。

 師匠に言われた足止めをこなせたかどうかは微妙だけど、一番マズいのは敵に捕まって情報から何から引き出されたり、人質になって足を引っ張ったりすることだ。

 そうするくらいなら、ここはさっさと逃げ……

 

「逃げるんなら、まあ当然、後ろに下がるよな」

 

 カリカさんの猛攻を逃れようと、後ろに飛び退き、地面に着地した瞬間――ぐにゃりと妙な感触をした地面にバランスを崩し、あたしはその場に尻餅をついた。

 

「くっ……何だこ……えっ、あれっ、う……動けなっ……!」

 

 慌てて立ち上がろうとするものの、粘ついた白い物体に手足と尻を固定され、引っ張っても全く取れない。

 

「トリモチってやつでな、俺はこういう罠もよく持ち歩いてるんだ、勉強になったな」

 

「ふざけっ……こんなの、また血に変化しちゃえば――あ」

 

 いつの間に罠を仕掛けていたのか、挑発的に口を挟むロフトさんに言い返しながら、変化して逃れようとするあたしの頭上に影が差す。

 無言であたしを見下ろすように立ち塞ぐカリカさんは、拳をグッと握りしめると、そのまま振り下ろし――

 直後、地面を揺るがすかのような鈍い音が辺りに響いたのだった。



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迷宮の記憶

 精巧な彫刻が立ち並び、大理石の如く輝く石造りの大広間。

 その中央に鎮座する棺の蓋をゆっくりとずらしながら、眼前の白衣の男――ダキアさんがんふふと笑みを溢しながら問いかけた。

 

「リガス君、迷宮とは何だと思う?」

 

「え?」

 

 作業を横目に周囲を警戒していた俺の耳に、思いもよらない問いが飛び込む。

 迷宮とは何か。

 神々の作りし恩恵だとか、かつての魔王が作りし呪いだとか、はたまた誰が作った物でもなく、森や海のように自然に生まれ出でるものだとか、様々な説がある。

 俺自身もいくらか、そういった話を聞いたことがあった為、漠然とそういった伝説や自然が生み出した『よくわからないけど凄い場所』くらいの認識でいたのだが……具体的に聞かれると言葉に詰まる。

 なんとはなしに傍らに立つトゥーラさんに視線を向けるも、やはりトゥーラさんも俺と同程度の理解のようだ。

 困ったように顔をふるふると横に振る。

 そんな俺達がおかしいのか、ダキアさんは、ふふふと怪しげな笑みを浮かべて、棺の内部を何やらまさぐっている。

 

「不思議に思ったことは無いかい?地下にある筈の迷宮に木や森、高くそびえる城や塔、果ては火山や砂漠、湖までもが存在する」

 

「それは……」

 

 言われてみれば不思議だが、そういうものだと受け入れていた。

 ダキアさんは知識を披露できることが嬉しいのか、笑いながら尚も語る。

 

「思うに僕は、これらは土地の記憶なのだと考える」

 

「記憶?」

 

 ダキアさんの言葉に、俺もトゥーラさんもポカンとした顔でそのまま言葉を返すと、ダキアさんは更に続ける。

 

「かつて、この地上には一人の強大な王があり、世界を統べる王国を築いていた、そんな話は知っているかな?」

 

「おとぎ話ですよね……その、聞いたことは……ありますけど……」

 

 ボソリと返すトゥーラさんの言葉に、俺も頷いて肯定する。

 大昔、この世界の全てを支配した王、だが神にも届き得る程に強大な力を誇った王はしかし、その力に溺れ、暴虐を繰り返し、それを見かねた女神ギアナによって追放されたという話だ。

 その伝説が元になって、今でも女神ギアナは人々を守護する大地母神として崇められている。

 確かカミラさんが神官として信仰しているのもそれだった筈だ。

 

「そう、だが王が滅んでも尚、かつて王が統べる大地、王の築いた都。それがある限り、王は再起する」

 

 ダキアさんは、どこか寂し気な表情を浮かべ、そう呟くと、パッとこちらに向き直る。

 

「故に王は、自らの記憶、自らの統べた土地を情報として迷宮に押し込めたんだよ。いずれそれらを全て取り戻し、そして再び地上を統べる為にね」

 

 そう言うと、あくまで一つの仮説だけどね、と付け加えてダキアさんは肩をすくめる。

 この迷宮が、かつて地上に築かれた自然や建築物の記憶によって形作られたもの――

 なるほど、言われてみれば納得できないことも無い。

 形状としておかしく歪なこの第二階層の建築物に関しても、しきりに迷宮の一部が組み変わり、地形が変わる事象に関しても、それは虚ろいゆく記憶によるもの。

 朧げな記憶、夢とでも言うべき不安定さがこの迷宮を形作っているのだ。と言われれば、なるほど、という気もしてしまう。

 しかし――

 

「ダキアさんは、何でそんなことを……」

 

「知っているのかって?ふふ、昔は仲間と一緒に迷宮に挑むこともあったからね。その時に調べたんだよ。尤も、こことは違う迷宮だけど。あとは――」

 

 と、言いかけたところで、ダキアさんは何か良い事を思いついた、とでも言うかのような、悪戯っぽい表情でなんとはなしに呟いた。

 

「僕がその王の部下で、魔族だから、かな?」

 

「――――は?」

 

 何の気負いも無く、世間話のように、ダキアさんがそう告白した瞬間、轟音が辺りに響き、大地が激しく揺れた。

 俺とトゥーラさんは慌てながらも、すぐさま戦闘態勢を取ってダキアさんに向き直る。

 

「っダキアさん!?何をした!?」

 

「んふふふふ、不思議に思わないかい?この階層のそこかしこに存在する棺、何故そんなものが不自然に広間の中央に鎮座しているのか」

 

 それは――なんとなく、不思議ではあった。

 置いてある割には何も入っていなかったりする、あの棺。

 だが迷宮はそれ自体が不思議な物だ。それらをいちいち気にすることなどしていなかった。

 唇を噛み締める俺に、ダキアさんは満足げにふふふと笑い、意気揚々と語り出す。

 

「あの棺はね、生贄の類だよ。何かを呼び出す為の供物、何かに願う為の生贄を捧げていたんだ。即ち――血をね」

 

 言うと、ダキアさんは握り込んだ手を俺達に向けてパッと開いて見せる。

 いつの間に傷つけたのだろうか、手の平についた切り傷から血がどばどばと噴き出し、その血を飲み込むかのように、棺に向かって零れた血が吸い寄せられている。 

 

「ふふ、これだけじゃあ少し物足りないかもしれないが……眠っていた迷宮の化物を起こすには十分だろう。さて、今頃、君らの仲間達のところはどうなっているかな?」

 

「カミラさん達が……クソッ、トゥーラさん、急いで――!」

 

「リガスさん!」

 

 慌てて俺が広間の出口に目を向けた瞬間、鋭い短刀が音も無く俺の頭に迫った。

 トゥーラさんの声に爪を動かし、飛んできた短刀をすんでのところで防ぐと、ダキアさんは可笑しそうにくっくっと笑い声を漏らす。

 

「ふふ、いやぁ、惜しかったねぇ、もうあと少しだった」

 

「この……ダキアさん、どうして……!」

 

 わけがわからない。

 ダキアさんを信用してたのに何故、とかいう話でもない。

 正直ちょっと胡散臭い人だなとは思っていたし、信用してたわけでもない。ましてや先日、悪魔ミキシンに騙されたばかりだ。俺だってある程度は警戒していた。

 けれど――ダキアさんにはここで俺達を襲う理由が無い。

 ましてや自身が魔族だと告白する理由も無ければ、懇切丁寧に迷宮の成り立ちを説明する必要も無い。

 不可解なことだらけだ。

 何を考えているのか、何の為に行動しているのか、それが全く分からない。

 そんな疑問を浮かべている俺に気付いたのだろうか、また例の怪しげな笑みを浮かべながら、ダキアさんが言葉を返す。

 

「ふふ、なあに、大層な理由は無いさ。折角カンナちゃんも、ザッパも、みんなして楽しんでいるんだ。僕らも少しくらいは触れ合い、打ち解けるとしようじゃないか」

 

「……俺は打ち解けられるとは思わないけどな」

 

「おや、つれないね、だけど……んふふ、これを見れば少しは打ち解ける気になるんじゃないかなあ」

 

 言いながら、ダキアさんが不意に天を仰ぎ、体の内側から絞り出すような――獣のような唸り声をあげる。

 すると、次第に筋肉が盛り上がり、先程までの研究者然とした細腕からは考えられない程に、黒く、筋骨隆々な肉体へと変わり、黒々とした硬く荒々しい毛が全身を覆う。

 加えて、それまで眼鏡をかけて理知的な雰囲気だった顔は縦に長く伸び、同じく黒々とした毛に覆われ、裂けるかのように大きく開いた口には鋭い牙が立ち並ぶ。

 獣の――狼の如き醜悪な、凶暴な姿を現したダキアさんの姿、しかし、その姿は――

 

「――――狂戦士?」

 

 俺にとってはひどく見覚えのある、獣の如き戦士の姿だった。

 

 

 



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人狼

「ガァァァァッ!」

 

 唸り声と同時に獣と化したダキアさんの爪が迫ると、俺はすんでのところでそれを受け流し、慌てて後ろへ飛び退く。

 

「リガスさん!」

 

「俺は大丈夫!トゥーラさんは後衛でサポートを!」

 

 背後で杖を構えるトゥーラさんにそう言うと、俺は改めて眼前の狂戦士に向き直り、爪を構える。

 唸り声を上げる狂戦士――ダキアさんは、今にも噛みつかんばかりに凶悪な表情でこちらを睨みつけ、体勢を低く構えていた。

 狂戦士の強さは俺が一番よく知っている。

 身体的な能力で言えばそれほどでもない、駆け出しの頃の俺でさえ、容易くマンイーターを屠ることが出来るのだ。

 ダキアさんの元々の戦闘能力が分からないので、それがどれほど強化されているのかは知る術も無いが、決して油断できる相手ではない。

 

 だが、しかし、狂戦士の弱点を一番知っているのも俺だ。

 その俺から言わせてもらうと、やはり狂化して理性を失うのが最大の弱点だろう。

 本能的に相手を警戒したりだとか、そういったことはまだしも、『退く』という選択肢を選ぶことが出来ない。

 例え致命的な傷を負わされようと、例えどれだけ硬い敵であろうと、敵か自分が死ぬまで戦い続けることを止めない、それが狂戦士だ。

 その性質を理解していればこそ、対処の仕様もある。

 

 俺は牙を剥きだすダキアさんに、爪の甲を盾のようにして防御の構えを取った。

 その構えに、ダキアさんも獣のように長く伸びた耳をピクリと動かし、唸る。

 俺の取る対処法は、言うなればカウンターだ。

 強大な力を持つが故に、直線的に攻めてくる狂戦士の攻撃を耐え、それに合わせて反撃を加える。

 最初の一撃を防ぐことが前提になる為、リスクが無いわけでもないが、さりとて紙一重で回避などしたら素早い連撃が飛び出し、あっという間に切り裂かれるだろう。

 こちら側の攻撃を防ぐという意思、連撃に繋げさせない為の防御、それが重要だ。

 

「さあ、来るなら来い」

 

 敢えて僅かに笑みを浮かべ、挑発してみせると、狙い通り、ダキアさんは唸り声を上げてこちらへ飛び込む。

 刹那、激しい衝撃が俺の左腕に襲い掛かった。

 破城鎚でも食らったのではないかという程の衝撃に、しかし、歯を食いしばり、床を踏みしめ、なんとか耐える。

 左腕がひしゃげそうなくらいに痛いが、ともあれ、相手の動きは止まった。

 ここだ!

 俺はすかさず、左腕の爪でダキアさんの腕を弾き、右腕の爪を腹部へと突き出すと――

 

「ンン、惜しいね」

 

 そう、呟く声が妙に大きく広間に響き、ダキアさんは俺の突き出した爪をするりと躱す。

 絶対に当たると思っていたタイミングでの攻撃、それが躱された事実に、驚く暇も無く、みしりと骨が歪む音が響き、瞬間、衝撃と共に体が宙へ舞い上がった。

 

「あっ……がっ……!」

 

 呆気に取られたのも束の間、中空へ放り出された俺の体が広間の床に叩き付けられる。

 手加減されたのか、それともカウンターのせいで体勢が崩れたのか、ともかく、まだ我を忘れる程のダメージじゃないが……どうやら、あの一瞬で腹部に蹴りを食らったらしい。

 困惑しながらも立ち上がる俺に、先程までの凶悪な顔が嘘のように、にこやかで胡散臭い笑みを浮かべながら、しかし、尚も獣の如き体躯を保ったままのダキアさんが口を開く。

 

「ンフフフ、いやいや、素晴らしいね。良いカウンターだったよ、リガス君」

 

「お前は……何で……!」

 

 ふふふ、と、目を細めながら、ダキアさんが口元を歪めて笑う。

 狂戦士、獣の如き姿と力を持ち、代わりに理性を失った戦士――その筈だ。

 けれども、眼前に立つダキアさんからは到底、理性を失ったような気配は見えない。

 先程までの凶悪な表情も演技だったのではと思う程――いや、実際そうだったのだろう。

 紳士然とした態度で、落ち着いてそこに立っている。

 困惑する俺に対し、ダキアさんがゆっくりと答える。

 

「何故、理性を失わないのか?ンフフ、ヘムロック君から聞いてないのかい?」

 

「ヘムロックさんに……?」

 

「その爪、彼の物だろう?」

 

 予想外の名前に、ちらりと俺は装備した爪を見る。

 白く輝く精神異常軽減の祝福が施されたこの爪、確かにこれをくれたのはヘムロックさんだけど、何でダキアさんがあの人を……

 そんな俺の疑問に気付いたのだろうか、ダキアさんはフフフと面白そうに笑いながら答える。

 

「ふふ、もう二、三十年は前かな?僕は彼と一緒に冒険をしていた時期があってね、その時に僕は――彼を狂戦士にしてあげたのさ」

 

「狂戦士に……した?」

 

 ざわりと、心に嫌な靄がかかるのを感じる。

 ヘムロック爺さんが狂戦士だった?

 いや、だが、考えてみればなるほど、確かに彼は俺が店に訪れてすぐ、この爪を譲り渡してくれた。

 精神異常軽減の爪、狂戦士にとってはもってこいの獲物だ。だが、いや、それよりも――狂戦士にした?

 どういうことだ?と、困惑する俺に、ダキアさんはゆっくり、講釈でもするかのように、カツカツと、広間の床を歩き出しながら、語り出す。

 

「吸血鬼に噛まれた人間はグールになる、そんな話を聞いたことは無いかな?狂戦士、狼男、理性を失うそれらは、人間が彼ら……吸血鬼や悪魔、生粋の魔族の血を与えられることで生まれたものだ」

 

 何が可笑しいのか、ふふ、と笑いながら、ダキアさんは続ける。

 

「体に血が合っていないのさ。強力な力を与えられる反面、それが暴走すれば理性を失う。ところが、だ、僕達のような生粋の魔族にとって、それは異物じゃあない。獣の如き体を持つ魔族は数多いるが――アラクネが蜘蛛のような知性しか持たないか?ラミアは蛇と同程度の理性なのか?いやいや、勿論違うとも」

 

 言われてみれば……一理あるような気もしないでもない。

 そんな俺の様子をチラリと見ながら、ダキアさんの語りは尚も止まらない。

 

「僕の正体もそれだ。僕は人狼。そして正統なる人狼は知性高く、人に紛れ人を欺き、人を利用する。そう、例えば――人里に降りて手駒となる狂戦士を増やしたり、だとかね」

 

「――――は」

 

 心がざわつく。

 俺の嫌な予感に応えるかのように、まるで挑発するかのような口調で、ダキアさんはいやらしく言葉を紡ぐ。

 

「フフフ、僕は昔から人里に降りて人間と交流をするのが好きでね、そうして関わっていると――人間達から頼まれるのさ、力が欲しい、怪我をした子供を救ってほしい、なんてね」

 

「……やめろ」

 

「だから僕は、頼みを聞いてやる。パッとしない戦士に血を与え、子供に血を与えてやって、狂戦士へと堕とす。するとどうだろう、せっかく救ってもらった命だというのに――ああ、人々は次第に救われた子供を恐れるようになり、遠ざけるようになるじゃないか!」

 

 言いながら、大仰に、芝居がかった態度で腕を広げながら、ダキアはつらつらと語り続ける。

 

「さて、獣と化し、人に馴染めない子供はどうなるか、人に迫害され、疎まれ、隠れ潜むようになり、やがては――人を、憎むようになる」

 

 放たれたそんな言葉と同時に、俺は眼前に立つダキアに飛びかかり、爪と爪とがぶつかる甲高い音が鳴り響いた。



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怒り

 

「お前がぁぁっ!」

 

 咆哮を上げて、俺はダキアに向かって飛びかかる。

 こいつのせいで俺がどれだけ苦労したか、どれだけ人を避けてきたか、どれだけ自分を呪ったか!

 甲高い金属音と共に、爪と爪とがぶつかり合い、火花を散らすと、激高する俺を煽るかのようにダキアがにやけた表情で言う。

 

「くふふふ、恨まれる筋合いは無いんだけどねえ、僕はただ死にかけていた子供を救ってあげただけじゃないか。言うなれば命の恩人だよ?」

 

「うるせぇぇ!!」

 

 どの面を下げてそんな恩着せがましいことを言えるのか。

 確かに、見方によっては命の恩人と言えるのかもしれない。

 だが、そのせいで俺は見捨てられた。

 狂化した姿に母さんは怯え、苦しみ、俺を怖がったし、父さんや村の皆は俺のことを化物だと、純粋無垢な人間のリガスは死んで、悪魔に成り変わられたのだと信じるようになった。

 それから村を追い出されて、今まで生きてこれたのは単純に運が良かっただけだ。

 一歩間違えればいつ死んでもおかしくなかった。

 だというのに、だというのに、こいつは!

 

 怒りに頭が熱くなり、筋肉が盛り上がるのを感じる。

 と、同時に体が素早く、力強く動き、突き出した爪がダキアの腹部を掠めて空を切った。

 

「おや、ふふふ、早いじゃないかリガス君、良いねえ」

 

 腹部から僅かに血を漏らしながら、ダキアは不敵に笑みを浮かべ、続けざまに突き出した俺の爪を弾く。

 まだ力が足りない。

 もっとだ、もっと、あいつが弾けないくらいの力で斬撃を突き出さなくては。

 

「ウオオオオオッッ!」

 

 全身の筋肉を隆起させ、渾身の力で爪を振り下ろす。

 目の前の男を倒す。

 爪で切り裂く。

 そして――

 

「――――狂戦士の弱点は、理性が著しく低下することだ。そうだろ、リガス君」

 

 渾身の一撃はしかし、虚しく空を切ると、次の瞬間、無防備な俺の顔面にダキアの膝が強烈に突き刺さった。

 鼻先に思い切り食らった打撃に、体が背後へと吹き飛び、床を転げる。

 

「ふふふふふ、あれだけ言っていたのに、理性を失ってカウンターを食らっていたら世話が無い!はは、狂戦士としての自覚が足りないんじゃあないかな?」

 

「グゥゥゥッ!!」

 

 なんとか床から身を起こす俺に、ダキアは煽るように腕を広げ、笑いながら言って見せる。

 こいつだけは、このまま許しておくわけにはいかない。

 絶対に殺す。絶対に――

 

「ブレイク」

 

 殺す。

 その決意を胸に、再び飛びかかろうとした時、ピシリと音を立てて、俺の足元が凍り付いたように動かなくなった。

 何が起きたのか、と、足元を見る俺の耳に、か細く、ひ弱な、震える声が届く。

 

「ふへぇ……だ、駄目ですよ、リガスさん……そういうのは……その、少し落ち着かないと……」

 

 声の主は白い杖を手に握りしめ、とんがり帽子を目深に被る魔女、トゥーラさんだ。

 トゥーラさんは足元が石化し、動けない俺の前に出ると、おずおずと語り出す。

 

「あの人は……明らかにリガスさんを挑発しています。そういうのに乗っても相手の手の内で……えっと、だからその……」

 

 トゥーラさんはそこまで言うと、ごくりと唾を飲み込み、白く輝く杖をダキアに向けて、告げる。

 

「ここは私に任せてください」

 

 そう言って普段の態度とは違う、堂々とした態度でダキアの前に立ち塞がるトゥーラさんに、しかし、ダキアはくっくっと笑いを漏らしながら、煽るように言う。

 

「ふふ、なるほど確かに、理性を失いかけた愚かな狂戦士には任せておけないか。けど……ふふ、道中に聞いたよ、君は石化の魔術しか扱えないんだよね?」

 

 ダキアは言いながら、さも眼前の魔術師が敵ではないとでも言うかのように、歩を進める。

 

「僕の友人の言うところ、魔術の際たる強みはその汎用性だ。一種類の魔術しか使えないというのは、それだけで魔術の強みの大半を失っている。ましてや石化、石化だ。ふふ」

 

 くすくす、と笑いながら、トゥーラさんの目の前――とうに爪の間合いの内側だろう、そこまで歩みを進めると、ダキアはおちょくるように腕を広げる。

 

「僕ら魔族は……まあ細かい種族にもよるけど、基本的に状態異常への強い耐性を持っている。当然、そう易々と石化なんかが効くはずも無い。ふふふ、耐性も何もないただの人間相手ならともかく、僕らを相手に君のような魔術師が――」

 

 ぴしり。

 瞬間、僅かな音にダキアの言葉が遮られると、次の瞬間――鈍い衝撃音と共に、ダキアの体がぐるりと回り、硬い石床に転げる。

 何より驚いたのは当のダキアだろう。

 何が起きたか分からない、という様子で目を見開き、態勢を立て直すと、すぐさま爪を構え、再びあのにやけた表情で口を開く。

 

「ふふ、驚いたよ。どうやら石化以外にも何かあるのかな?なら君への評価を――」

 

「ブレイク」

 

 トゥーラさんが唱えると、再び、ぴしりと音が鳴り、ダキアの全身が石と化す。

 ダキアは別の魔術かと思ったようだが、さっきのアレも間違いなく石化の魔術だ。

 トゥーラさんは――相手の石化耐性を突き破って石化の魔術を掛けている。

 だが、やはり耐性があるというのは確かなのだろう。ダキアの体もすぐさま、石化が解除され、元の状態に戻る。

 しかし、その一瞬。

 一瞬の石化、一瞬の意識の遮断と同時に、トゥーラさんは踏み込み、杖に魔術を込める。

 

「――すごい硬いブレイク」

 

 魔術により、あたかも鋼の如く変質した杖を振り上げると、そこでダキアの石化が解け、そして。

 

「改めッッブァ!!」

 

 鉄塊が肉を叩き潰すかのような、鈍い音を立てて杖がダキアの頭に食い込み、弾き飛ばす。

 再び、困惑するように目を見開き、立ち上がるダキアに、トゥーラさんはゆっくりと、落ち着いた様子で口を開く。

 

「……私は怒ってます」

 

 俺の位置からでは背中しか見えないが、それでも、トゥーラさんから今まで感じたことのない圧が放たれているように思えた。

 思わずたじろぐ俺を他所に、トゥーラさんは尚も淡々と、落ち着いて話し続ける。

 

「狂戦士にしたから、人間に受け入れられないとか、迫害されるとか……実際そうだったから許せないとか……そう言うじゃないですか、でも……でもですよ、カミラちゃんと私はそれを知った上でリガスさんを仲間だと思っているんです。リガスさんには私達がいるんです」

 

 言いながら、トゥーラさんは杖をグッと握りしめ、力強く――芯の通った口調で告げる。

 

「そんな私達を無視して、仲間を侮辱しないでください。私は……とても不快です」

 

 眼前の人狼に向けてそう言い放つと、トゥーラさんは堂々と、けれども静かに、その場に杖を構えるのだった。

 

 

 

 

 



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This is 石

 

「私は、とても不快です」

 

 眼前に立つ人狼、ダキアに向けて、私はそう言い放つと、心臓が早鐘のように跳ね上がる。

 言ってしまった。ああ、普段こういうこと言わないのに。

 柄にもないことを言ってしまったことで、ほんの少し、恥ずかしさと緊張で心臓の鼓動が更に激しく響く。

 けれども、言ってしまったことに後悔は無い。

 

 目の前の人狼は私の仲間、リガスさんをおちょくった。

 しかもリガスさんを狂戦士に仕立て上げて今まで孤独に生きる理由となった張本人だという。

 その話が本当なのかどうか、本当だとしたら、何故そんなにペラペラと話すのか?少し疑問に思うところはあるけれど――今、問題なのはただ一つ。

 

 彼は私の仲間を侮辱したということだ。

 

 私は……私は別に、人とそこまで親しくなれるわけではない。

 魔術学校に通っていた頃は石化魔術しか使えない、という劣等生と仲良くなろう、なんて人達はいなかったし、どちらかと言えば蔑まれる側だった。

 冒険者になってからもそうだ。魔術師を募集してるパーティがあったとしても、そこで募集しているのは炎と氷を発する魔術師らしい魔術師だったし、私自身もそのうち、こんな私がパーティを組むのは無理なんだと思うようになっていた。

 でも、カミラちゃんとリガスさんは、そんな私でも受け入れてくれた。

 私の石化を頼りにしてくれた。

 二人は私の大切な人だ。

 だからこそ――その彼らに悪意を持って接する人達に、私が何もしないわけにはいかない。

 

「しっ!」

 

 掛け声と同時にダキアが血を蹴り、猛烈な勢いで私に迫ると、私はそれに向けて石化の魔術を唱える。

 ぴしり、という音と同時に、激しく鋭い動きから一転、ダキアはその場に静止する。

 とはいえ、高位の魔族相手にそうそう長くは石化は続かない。

 私はすぐさま杖を固くして、静止したダキアの眼前に杖を突き出す。

 瞬間――石化が解けた勢いそのまま、動き出したダキアの額に杖の先端が激しくぶつかり、鈍い音を立てる。

 

「おぐっ……!?」

 

 呻き声を上げて転げるダキアに、私は少し距離を取って、再び杖を構える。

 私の戦闘スタイルはあくまでサポート、石化して動きを封じた敵をカミラちゃんやリガスさんに倒してもらうのが基本だ。

 自分一人ではどうしても火力が足りない。

 それにリガスさんとのやり取りを見た限りだと、相手はかなり狡猾だ。

 ダウンしたところに合わせて追撃に行けば、これ幸いとばかりに反撃を食らうかもしれない。

 そう考えた私が距離を取り、警戒するのを見ると、ダキアはふふん、と、少し残念そうに歯を見せ、凶悪な笑みを浮かべながら体を起こす。

 

「追撃には来ない、か、ふふ、賢いねえ……そこの狂戦士君とはえらい違いだ」

 

「こいつ……!」

 

 ダキアの挑発に、私の背後でリガスさんが唸る。

 本当なら今すぐにでも飛びかかりたいところなのだろう。けど、ダキアの方はそれを狙っているような気さえする。

 リガスさんを挑発して何がしたいのか、この人の行動の全ては不可解で、理解出来ないけれど、乗せられるのはマズい気がする……というか……

 

「単純に……私が面白くありません!」

 

「ふふ、言うじゃないか、それじゃあ……次だ!」

 

 言って、再びダキアは地を蹴り、こちらへと迫る。

 さっきと同じ挙動だ、ならば、と私が再び石化の魔術を唱えると――瞬間、ダキアは激しく地を蹴り、右へと大きく飛び退いた。

 

「躱しっ……!?」

 

 驚く私に、ダキアは辺りをぴょんぴょんと跳ねながら、ふふふと楽し気な笑い声を上げる。

 

「躱せる、ふふ、躱せるとも、当然じゃないか……魔術には射線というものがあるからね」

 

 魔術は基本的に中~遠距離の相手に対して撃つものだ。

 故に魔術師は自身の体から発する魔力によって、それらの魔術を飛ばすことで攻撃をする。

 

「炎の魔術や風の魔術であれば、その動きは千変万化、血を走らせることも出来れば、頭上から降り注がせることも出来る。が、君のは違う」

 

「っ……!」

 

「君の魔術は飛ばした魔力が相手に当たることで発動する。それ故に、水のように形を変えることも無ければ、風の如く空から襲うことも無い、杖や君の体の動き、詠唱に気を付けていれば避けることなど――」

 

「ブレイク!」

 

「――容易いということさ!」

 

 慌てて放った石化魔術を、ダキアはするりと躱すと、猛烈な勢いで私に迫る。

 術を放った後の隙で一気に距離を詰めると、ダキアはその勢いのまま、私の腹部に強烈な膝蹴りを叩き込んだ。

 

「っげひ……!」

 

 衝撃で私の体が宙を舞い、石の床に叩き付けられ、転げる。

 痛い。

 内臓が掻き回されたかのような衝撃で呼吸が切れ切れになり、口から血か胃液か、何かの液体が零れ落ちる。

 

「はははは、所詮は魔術師!一度蹴り飛ばしただけでこの様とはね、んふふ、いやいや、同じにしてはザッパに悪いか、奴ならこの程度は余裕で耐えるだろうからね、ともあれ――」

 

 なんとか体を起こし、杖を構える私の前に、ダキアは余裕綽々といった感じで歩を進める。

 

「君の敗因はやはり、石化の魔術しか使えない、なんていう出来損ない故にだよ。他の魔術が使えていればこうはならなかった」

 

 言いながら、ダキアはゆっくりと腕を後ろに引き、私の体に狙いを定め――鋭い爪を突き出す。

 まずい、どうしよう。

 刹那の一瞬、様々な思いが過ぎっては消える。

 遠くでリガスさんが何かを叫んでいるのが聞こえる。

 リガスさんの石化を解除する?いやでも、ここで解除したところで間に合わない。

 すごく硬いブレイクで自分を石化させて防御する?

 出来るかもしれないけど、そうしたらまたリガスさんとダキアの一対一になる。何も変わらない。

 ダキアを石化させる?いや無理、相手の爪の方が早い。どのみち躱される。

 脆いブレイクで爪を――――

 そんな考えを断ち切るかのように、瞬間、ずぶりと、重く、鈍い音を立てて、人狼の爪が私の体を貫いたのを感じた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

「トゥーラよ、魔術とは何ぞや」

 

「はっ、えっ……その……魔術は魔術じゃないですか……?」

 

 魔術学校、魔術の才能がある子に向けて解放され、魔術師を育てる養成機関。

 その教室の一つ、ガラクタがそこかしこに転がり、教室というよりは物置とでも言うべき部屋の一室で、私はとある教師に教えを乞うていた。

 先生は変な人だった。

 黒くゆったりしたローブに、不愉快そうにつり上がった眉毛、深く刻まれた皺に、白く長く蓄えた髭は如何にも魔術師然といった感じなのだが、その一方で常に魔術そのものを疑っていた。

 私の答えに対しても、不満そうに顔をしかめて、腕を組んだかと思うと、今度は別の疑問を投げかけてきた。

 

「ではトゥーラよ、炎の魔術は如何にして発生する?」

 

「それは……自身の魔力を炎の形に変化させて……」

 

「何故、魔力が炎へと変化する?」

 

「…………」

 

 私が答えに詰まっていると、先生は再び、ふんと鼻を鳴らし、杖をふい、と動かしガラクタの山から小さな木製の人形をふわりと浮き上がらせた。

 

「見ておれ」

 

 そう言って、先生が呪文を唱えると、ぴしり、という音と同時に、人形が石へと変わった。

 

「これは何の魔術じゃ?」

 

「ふぇ……そ、その……石化です……」

 

 私の答えに先生は無言で頷くと、人形の石化を解除し、再び同じ呪文を唱える。

 ぴしり、という音が響き、やはり同じように、人形が石へと変わった。

 先程までと違う点と言えば、人形の色が変わったことくらいだ。先程の石化では灰色の石へと変化していた人形が、今度は漆黒のような色へと変化している。

 

「これは何の魔術じゃ?」

 

「せ、石化です……?」

 

「然り、だが同じではない」

 

 言うと、先生は再び人形を元に戻し、ぶっきらぼうに口を開く。

 

「先程は石灰岩、此度は黒曜石へと変化させた。然れども、これは両方とも同じ石化の魔術、何故にこのような差が出るのか?」

 

「え、ええと……わかりません……」

 

 そうであろうな、と、ふん、と不愉快そうに鼻を鳴らすと、先生は再び同じ呪文を唱えて、人形を石へと変える。今度は黄褐色の石だ。

 

「此度はレンガへと変化させた。トゥーラよ、これは石か?」

 

「えっ、えと、まあ……石……ですよね?石材です」

 

 そう答えると、先生は無言で、今度は別の人形をもう一体取り出し、同じ呪文を唱える。

 すると、もう一体の人形は、ぐにゃり、と柔らかく変形し、先生がそれを床へ落とすと、ぺちゃんと間抜けな音を立てて変形した。

 

「トゥーラよ、これは石か?」

 

「えっ、違いま」

 

「否とよ、石である」

 

 私が否定しようとすると、先生は不機嫌そうな様子で、かぶせ気味に口を開いた。

 足元に落ち、柔らかく変形したこれは、どう見ても石ではない。

 石ではないのに、先生は石と断言している。

 いよいよボケたのかもしれない……そう思いながら、どうしようと困っていると、先生は呆れたように大きく溜息を吐いて答える。

 

「トゥーラよ、貴様は先程、レンガを石と断言した。レンガが如何にして出来るかは、知っておろうな?」

 

「えっ、その……いえ……」

 

「レンガを作るには粘土を固め、天日に晒す必要がある。逆に言えばそれだけじゃ。レンガとこの粘土、互いを構成しておる要素に違いは無い。故に――この粘土は石である」

 

「なるほ…………いえ、いえいえ……いえいえいえいえ!!?」

 

 明らかにおかしい気がする。

 粘土は石ではないと思います!

 いやでも、レンガはまあ……石?

 混乱する私を他所に、先生はつらつらと自身の考えを語り出した。

 

「石のみではない、例えば火じゃ、初級の炎の魔術と上級の炎では出力や範囲が異なる。が、熟練の魔術師の放つ初級魔術の威力は、格下の放つ上級のそれに劣らぬ」

 

「それは、まあ、稀に聞く話ですれど……試験で初級の魔術を放って会場を半壊させる人がいる……とか……」

 

「然り、どの魔術が自身に向いているか、向いておらぬか、というものはあるが、魔術の本質はそこに在らず」

 

 先生はそう呟くと、再びぶすっとした表情で腕を組み、続ける。

 

「儂は魔力とは、魂の力、意思の力であると仮定しておる。魔力量とは即ち、その意志の力をどれだけ現実に出力できるか、影響を及ぼせるかという指標。加えて、出来ると思うこと、出来ると信じることによる意思の力による発現、それこそが魔術の一側面なのではないか、と」

 

 教室の一角、日が沈みだし、ゴォン、と夕暮れを告げる鐘が鳴る中、ぶっきらぼうで不愛想で少し怖い師匠は、その鋭い目を私に向けて、言い放った。

 

「良いな、トゥーラよ……粘土は石じゃ」

 

「それは違うと思います!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ずぶり、僕の突き出した爪が、眼前に立つ魔術師の女性、トゥーラとかいったっけ。

 彼女の腹部に深く突き刺さった。

 ふふ、んん、しまったな。

 殺すつもりは無かったんだけど……例の鍵を持つ神官、カミラのパーティ、彼女らにはまだやってもらうことがある。

 僕としたことがうっかりだな……けどまあ、この魔女、トゥーラに関してはそれ程には重要な存在ではない。

 カミラやリガス君に比べたら、いなくてもどうにかなる存在だ。

 

「ふふ、残念だけど不幸な事故だと思って……」

 

 そこまで考えたところで、違和感に気付いた。

 

 血が流れていない。

 

 僕の爪は確実に魔女の腹部を貫いていた。

 だというのに、血が流れる様子も無く、それどころか――

 

「……捕まえましたよ!」

 

 眼前の魔女は絶命するどころか、強い意思の籠った瞳で、僕を正面から睨みつける。

 

「馬鹿な、防げてはいない筈だ、どうやって耐えっ……!」

 

 慌てて問いかける僕に、魔女はがしりと、腹部に突き刺さった僕の腕を掴み、叫ぶ。

 

「知りませんか……粘土は石なんですよ!!」

 

「石ではないよねえ!!?」

 

 体を石化――ならぬ粘土化して攻撃を受け流した……いや、受けた?

 流石の僕にも理解し難いが、ともあれ致命傷を避けることに成功したらしい。

 この子にトドメを刺せなかったことは別に構わない、だが、早くこの腕を抜かないと――

 

「硬いブレイク!」

 

 そう考える僕を嘲笑うかのように、魔女は腕を抱えたまま鋼鉄の如き石へと体を変える。

 マズい、抜けない!

 この魔女、腕にがっしりと絡みついて離さないつもりだ。

 それだけなら良い、どれだけ硬い石になろうが、石化した魔女なんか時間をかければ砕けるだろうし、ザッパを呼べばどうにかなるだろう。

 だが――

 

「……ごめんね、トゥーラさん、迷惑をかけて」

 

 動きを封じられた僕の背後から、どこか落ち着いた様子の、若い男の声が響く。

 やはり、この魔女、自分が石化するよりも前に――リガス君の石化を解いていた!

 背後からゆっくり、一歩ずつ、こちらへと歩みを進める足音が、冷たい石の広間に響く。

 一歩、また一歩、その足音が僕の真後ろで止まった時――

 

「っだぁ!!」

 

 風を切る音が間近に響き、広間に赤い鮮血が吹き上がったのだった。

 

 



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魔族バーーーカ!!!

 

「……トゥーラさん!」

 

 間近でかけられる声に、目を開けると、不安気な表情でこちらを見下ろすリガス君の顔があった。

 あれから気絶してしまっていたらしい。

 どこか不甲斐なさを感じながらも、座り込んで私の体を支えるリガス君に言葉を返す。

 

「リガス君……大丈――……っあっいだだだだ!!」

 

 起き上がり、声を発した途端に、下腹に激痛が走る。

 ちらりと視線を下にやると、腹部は一見してもう何ともない。

 貫かれた傷跡が残っているわけでもなければ、粘土化してドロドロになっているわけでもなく、いつも通りの私の肌だ。

 が――お腹の内側は話が別だ。

 酷い下痢にかかった時のような気分の悪さと痛みが絶え間なく押し寄せる。

 やっぱり、体も内臓もその場に静止させる石化と違い、軟化させて直接体を弄る粘土化は体への負担が酷いのかもしれない。

 いや、単に私のレベルが足りていない、術に慣れていない。というのもあるのかもしれないけど……。

 

「はへぇ……先生の言う通り……もうちょっと意思を強く持たないと駄目ですね……」

 

 魔術とは意思の具現、魔力とは魂の力。

 そんな先生の教えを思い出し、不意にあの人狼、ダキアの語った言葉を思い返す。

 この迷宮の成り立ち、かつて地上に栄えた国の記憶を形にして保存したものだという話。

 果たして、そんなことが出来るものなのだろうか?

 あの話が事実だとしたら、一体それを成す為にどれだけの意思と魂が……そんなことを考えながら、そういえば、と私はキョロキョロと辺りを見回し、問いかける。

 

「それでリガス君、あの人――ダキアさんは?」

 

「逃げたよ。トゥーラさんが腕を固定してくれたから手傷は負わせられたけど――捕らえる前に狂化を解除して抜け出した」

 

 お腹に突き刺さったまま掴んだダキアの腕だったが、なるほど、あれは狂化して筋肉が肥大した状態の腕だ。

 狂化を解除することで筋肉を盛り下げ、それで生じた緩みで抜け出したのだろう。

 

「最後まで余裕たっぷりで笑いながらどこかに消えていった。なんていうか……不気味な人だよね」

 

「そうですね……迷宮のことや狂化のこと……自分が魔族であること……考えてみれば、そんなことを私達に話す必要は無い筈です」

 

 それなのにも関わらず、私達にヒントでも与えるかのように情報を与え、その上で襲い掛かる。

 矛盾している。何がしたいのかが分からない。

 襲いはしても殺すつもりではなかった?逆に殺すつもりだったから情報を開示した?

 わからない。どちらも微妙にしっくりこない気がする。

 もっと何か、肝心なことを隠しているような……。

 

 頭を悩ましているのも束の間、不意に広間の床が揺れ、遠くで何かが激しくぶつかるような轟音が響いた。

 そういえば、ダキアは迷宮には何か特殊な怪物が封印されている、というようなことも語っていた。

 それを目覚めさせるのが魔族の血だとも。

 

「あたた……り、リガス君……行きましょう……!」

 

「けど……トゥーラさん、大丈夫?」

 

「大丈夫です、直接的なダメージを負ったわけでもないですし、それに――」

 

 私の体を支えながらも、不安そうに問いかけるリガス君に、私は思わず微笑を浮かべて言葉を返す。

 

「私達のパーティの天才神官ちゃんは、危なっかしくて放っておけないでしょう?」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「バーーーーーーーーーーーーーカ!!!!魔族バーーーーーーーーーーーカ!!!!!!!」

 

「くたばれクソ魔族!!!何考えてんだこのクソ馬鹿!!!」

 

「私に言われても困る」

 

 辺りに轟音が響き、地面が割れて隆起する中、私とジョーが辺りの轟音にも負けない程の声量で宙にふわりと浮くザッパローグを罵る。

 ジョーとザッパローグの技がぶつかり、決着がつくかに見えた瞬間、突如として辺りを激しい揺れが襲い、地面が割れたのだ。

 

「私達に負けそうになったからといって、勝つのを諦めて卑怯な手段に出ることにしたんだろう!!!ずるいぞ!!!」

 

「……馬鹿を言うな、これに関しては私は関与していない。恐らくはダキアの仕業だ」

 

 私の罵声に、ザッパローグが言い訳がましく答える。

 知らん、そんなの。魔族がやったんだから連帯責任だ。

 と、魔族特有の無責任さに腹を立てていると、足元で何かが爆発したかのような強い衝撃が地面に轟き、とてつもない勢いで私の体が跳ね上げられる。

 

「うべっ!!」

 

 ごろりと転がる私が顔を上げると、もうもうと湧き上がる砂埃の中、一つの小山のような影が揺らめくのが見えた。

 砂埃が晴れるにつれ、眼前に立つそれの姿が鮮明に湧き上がる。

 赤褐色の体には、全身を覆うように刺々しく、ざらざらとした鱗が生え揃い、逞しく太い腕から伸びた爪が大地を掴み、頭部からは黒く、長く伸びた1対の角が天高く伸びていた。

 初めて見るその姿はしかし、同時に幾度となく、英雄たちの冒険物語で見聞きし、目にしたことのある、馴染みのある巨大な怪物でもあった。

 

「――ドラゴンか!」

 

 同じように横で転がるジョーが、苦々し気にそう呟くと、私達に気付いたのだろうか、ドラゴンはゆっくりとその長い首を持ち上げ、爛々と輝く黄金の瞳で私達をじっと見つめ――瞬間、耳をつんざくような甲高い咆哮を上げた。

 

「っ――2階層にドラゴンがいるなんて聞いてないぞ、ジョー!!」

 

「俺だって見たことねえよ!!どういうことだクソ魔族オラァ!!!」

 

 慌てながらも、迷わず背中を向けて逃げながらも、私達は頭上のザッパローグに尚も罵声を上げると、ザッパローグはさもありなん、といったような態度で何ともなしに答える。

 

「ドラゴンは宝を守るべく存在するものだ。故にこの第2層が宝物塔であるならば――それを守る為にいるのは必定だろう」

 

「はいはい!ご教授ありがとうございます!馬鹿が!くたばれ!!」

 

「そうだそうだ!ドラゴン止めろ!」

 

 さも当然のドラゴン知識をつらつらと語るザッパローグに、私達が苛立ちながら腕を振り上げ叫ぶと、ザッパローグは困ったように顔をふるふると横に振り、再び答える。

 

「残念ながら、それは無理だ」

 

「なんで!?」

 

「何故も何も――――」

 

 ザッパローグが言うか早いか、ドラゴンは私達の逃げる姿に一瞥すると、鼻からごお、と、竜巻の如き音を立てて周囲の煙を吸い上げる。

 そして空気を溜め込んだ後、喉元が大きく膨れ上がったかと思うと――次の瞬間、大きく開けた口から、あたかも大砲の如く燃え上がる火球が放たれ、辺りを炎で覆いつくす。

 周囲の苔は燃え、水が蒸発し、瓦礫が崩れ落ちていく中、ジョーの水流による防御でなんとか炎を凌いだ私達のすぐ後ろで、ザッパローグが淡々と続ける。

 

「あのドラゴン、我々にも制御出来るわけでは無いからな」

 

「魔族バーーーーーーーーーーーーーーーーカ!!!!!!!!!!」

 

 もうもうと煙の立ち上がる、焼け落ちた中庭に、ドラゴンの咆哮よりも更に強く、私の罵声が轟くのであった。 

 

 



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ドラゴン

 

 炎に包まれ、焼け焦げた中庭に立つ小山のようなドラゴンは、ひとしきり炎を噴くと、最後にボン、とゲップでもするかのように黒煙を吐き出し、ぎょろりと辺りを見回した。

 その様を見ながら、燃え残った瓦礫に身を隠した私は、隣で座り込むジョーに声を掛ける。

 

「よし、良い事を思いついた。ジョー、私が回復してやるから肉壁になって炎を防ぐが良い!!」

 

「無理に決まってんだろが!!お前マジで!!馬鹿がよ!!」

 

 私が天才的な提案を投げかけてやったにも関わらず、ジョーはすぐさまうるさく叫んで否定する。

 使えない男だ、戦士職なら敵の攻撃を身で受けるくらいはすべきだろうに、役目でしょ。

 などと、私が不満気に溜息を吐くのに苛立った様子で歯を食いしばるジョーの肩を抑えつつ、その背後のザッパローグが口を開く。

 

「ドラゴンのブレスは範囲攻撃だ。いかな回復術があったとしても、ジョーだけでは全てを受けきることは出来なかろう」

 

「ほら見ろ、ザッパもこう言ってるじゃねえか!!バーカ!!!考えが浅はかなんだよメスガキ神官がよ!!!」

 

「は~!?脳まで筋肉で出来てるような戦士に言われたくないんだがねぇ!!?」

 

 この男、ザッパローグのフォローが入った途端に強気になって私を責めてきた。 

 昨日の敵は今日の友、なんて言葉があるにしても手の平を返すのが早すぎるだろう。

 私だって元パーティメンバーだぞ。

 言い争う私達、というかジョーにだと思うが、流石に呆れたように兜を抑えながら、ザッパローグが淡々と続ける。

 

「ましてや、貴様らは先の戦闘で疲労があるだろう。回復術を使うとして、あとどれだけ神聖力が持つ?傷が癒え、体力が回復したとて、あとどれだけ気力が持つのだ?」

 

「むう……」

 

 ザッパローグの理知的な反論に思わず言葉が詰まる。

 確かに、さっきまでの回復で結構な数の神聖術を撃ってしまった。

 いかに私が天才であり、レベルも2層に入って上がったと言っても、流石に無尽蔵に回復を撃てるわけではない。

 ジョーの方も同様だ。

 回復術によりその場で体力は回復するとは言っても、絶え間なく襲うダメージと回復のギャップは受け手の気力、精神を蝕む。

 ジョーが幾度も大ダメージからの回復を繰り返しても平気なのは、偏にジョー自身の精神力と、私が以前から無理矢理にでも回復して立たせまくっていた故だろう。

 つまり私のお陰なのだが、ジョーとしてはそれが嫌で私を追い出した部分もあったのかもしれないな。恩知らずな奴だ。

 ともあれ、ジョーを囮にしてドラゴンを叩く作戦は無しだな。

 となれば……

 

「近距離戦で殴り合うしかないか」

 

 私がポツリと吐いた言葉に、ジョーが驚いたように目を丸くして、呆気に取られたように問い掛ける。

 

「お前今なんつった???」

 

「近距離戦で一か八か、殴り合うしかないと言ったのさ、ジョー、耳が遠くなったかな?」

 

「ばっ……お前、本当に馬鹿か!?さっきのブレスの威力見ただろうが!水龍剣でもそう何度も何度も防げねえぞ!」

 

 私の言葉にジョーが火でも着いたかのように、わんわんと喚き立てる。

 やれやれ、やかましい奴だ。ふふん、やはり剣をブンブン振り回して戦うような原始人には知能が足りないと見える。

 私は喚くジョーの口元を抑えるように指をやり、静かにその場に佇むドラゴンを指差し、言う。

 

「見ろ、ジョー、さっきブレスで私達のいる周辺は焼き尽くされたが――ドラゴンの背後は燃えてない」

 

「……で?」

 

「つまり、ブレスを躱すには奴の背後に回るのが一番、故に接近戦が最適解!というわけだ!」

 

 私の理知正論とした理論に、ジョーが顔を手の平で覆い隠し、うなだれる。

 事実、ブレスはドラゴンの口元から放射状に、広範囲に広がっているようだった。

 よってブレスを躱し、ドラゴンの背後に回れば攻撃を仕掛け放題な筈だ。

 ましてや――これはジョーが気付いているかどうか、いや、アホだから気付いてはいないだろうが、今のドラゴンはまだ動きが鈍い。

 開幕のブレスこそ殺意マシマシだったが、今はどこかぼんやりした様子で、静かに四足で立ちながら、時折キョロキョロと辺りを見回すのみだ。

 恐らくだが、今どういう状況なのか?何をすれば良いのか?何故起こされたのか?あのドラゴンも理解出来ていないのでは?

 いや、あるいは単に寝起きでまだ目が覚めていないのかもしれない。

 接近戦に持ち込めれば戦う手立てはある筈だ。

 というのが私の見立てなのだが――

 

「そんなことしなくても逃げれば良いんじゃねえか?」

 

「忘れたのかジョー、この広場の出口にはキングマタンゴが根を張ってるんだぞ?ドラゴンに逃げてるところを見つかり、マタンゴに行方を塞がれたらどうする?」

 

 まあドラゴンの炎でマタンゴを焼き尽くすなら構わないが、と、付け加えて話すと、ジョーは腕を組んだまま、更にうなだれ、唸り声を上げる。

 いずれにせよリスクがあるのだ。

 ならドラゴンに背を向けるよりは立ち向かった方が良いように思う。

 私の考えは間違っていない筈だ。天才だしな!

 

「さあ、ジョー、どうする?立ち向かうか、逃げるかだ!」

 

「…………しっ……かたねぇなぁ~~~」

 

 私の問いかけに、ジョーがどこか諦めたように髪を掻き上げ、顔を上げて向き直る。

 

「やってやるよ、ドラゴン討伐」

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 少しの間を置いた後、瓦礫の裏に隠れながらも体勢を整え、すぐにでも飛び出せるように構えたジョーが、背後に控える私達に声を掛ける。

 

「それじゃあ行くぞ、ザッパも協力してもらうぜ」

 

「構わん、カミラの鍵がドラゴンの炎で焼き飛ばされては私も困る。それに、このような形で決着というのも本意ではない」

 

「……意外と熱い奴だな、お前」

 

 へえ、と、ザッパローグの答えに意外そうな表情を浮かべると、ジョーはふふん、と、どこか嬉しそうな笑みを返した。

 ザッパローグ本人の表情は兜で隠れて見えないが、それでもこちらもどこか満足気な雰囲気だ。

 案外、血も涙もない殺人魔族というよりは、むしろ戦士としての誇りとかを重んじるタイプなのかもしれない。確かにちょっぴり意外だ。

 でも私の首を絞めてきたのは許してないぞ。

 武人っぽい誇りを持ってるからって、この大天才美少女神官様に無礼をしたことが許されると思うな、馬鹿め!

 と、威嚇も込めてギロリと睨みつけてやっていると、再びドラゴンの動きを見つめながらジョーが指示を出す。

 

「それじゃ行くぞ、3、2、1……GO!」

 

 合図と同時に私とジョーが飛び出すと、散漫に周辺をキョロキョロと見回していたドラゴンも、私達の存在に気付いて、鱗に覆われた長い首をぐにゃりと動かす。

 そうして口を大きく開け、凶悪に立ち並ぶ牙を見せて威嚇するかのように咆哮を上げると、空気を大きく吸い込み始める。

 

「やっぱブレスだ!来るぞ!死ぬ気で走れよ!」

 

「はっ、誰に物を言っているんだい!」

 

 ドラゴンが空気を溜めている間に、なるべく早く、一歩でも先にと必死に駆ける。

 そうしている間にドラゴンが息を止め、ボコン、と、喉元が赤く、一回り大きく膨らむと――

 

「滑りこめぇぇ!!」

 

 次の瞬間、ドラゴンの口元から真っ白に輝く灼熱の炎が放たれる。

 扇状に広がりながら放たれるそれは、最初のブレスで燃え残った瓦礫や岩をも更に熱し、ボロボロと崩していく。

 もし直撃すれば命は無いだろう。

 瞬時に体が蒸発し、この世には影すらも残らなくなるかもしれない。

 まあ――当たればの話だがな!!

 

 ドラゴンがブレスを放つより早く、ギリギリ滑りこんだ私とジョーは、そのままドラゴンの足元に張り付く。

 

「あっっっついな!!ここでも普通に熱いじゃないか!!誰だドラゴンの後ろなら安心だと言ったやつは!!!」

 

「お前だ馬鹿!!!オラ!やるぞ!!」

 

 私がドラゴンの足元に身を隠す一方、ジョーはドラゴンの巨体を駆け上がり、足元から首へとするすると登り、剣を振り下ろした。

 さしものドラゴンの鋼鉄の如き鱗とはいえ、攻撃中の無防備な隙、ましてや相手は仮にも一流冒険者であるジョーと、それが持つ水の魔剣だ。

 素早い斬撃に鱗が引き裂かれ、首筋に一条の切れ込みが走ると、そこから真っ赤な鮮血が噴き出した。

 しかし――

 

「かっ……てぇ!!」

 

 なんとか鱗を切り裂いたジョーだったが、流石はドラゴンと言うべきか、鱗の下の肉を深く傷つけるまでは行かなかったようだ。

 だが、それでも傷は傷である。

 首元を傷つけられたことに危機を感じたのか、あるいは単におっさんが張り付いているのが不快なのか、ひとしきりブレスを吐き切ったドラゴンが身をよじり、前足の爪を首に張り付くジョーに向けて振り下ろす。

 

「あっぶね…!」

 

「プロテクション!」

 

 ゴキン、と、重い衝撃音と同時に、ジョーの頭上へ張った防御壁にドラゴンの爪が突き刺さる。

 この私のプロテクションですら完全に攻撃を防ぐとはいかないようだ。

 ともあれ、ジョーなら一瞬でも防げれば十分だろう。

 

「ありがてぇ……なっと!」

 

 プロテクションによって爪が阻まれた瞬間を縫って、ジョーは素早く首元から離脱すると、今度はドラゴンの背中に張り付き、再び水龍剣を抜き放つ。

 

「オオッ……ラァァ!!」

 

 容赦無く放たれる水の刃の連撃に、ドラゴンの背から血が噴出する。

 二度目の攻撃はジョーもコツを掴んだのか、一撃目よりも深く斬り裂くことが出来たようだ。

 ドラゴンも先程よりも更に不快そうに、苦しむかのように呻き、大きく体を揺すってジョーを振り落とす。

 

「っと……っしゃ!来い!」

 

 ジョーは振り落とされながらも体勢を整え、鮮やかに着地すると、挑発でもするかのようにドラゴンの顔面へ水流を浴びせかける。

 これは殆どダメージを与えないようだったが、ドラゴンの怒りを買うには十分だ。

 ドラゴンは咆哮を上げながら、威嚇するように前足を持ち上げ、2足で立ち上がると、そのままジョーを押し潰すべく上体を叩きつける。

 ドラゴンの巨体が轟音を上げて地面に倒れ込むと、衝撃で地が揺れ、辺りの瓦礫が勢いよく舞い上がる。

 あたかも地震の如きこの攻撃を防ぐには、流石にプロテクションでは無理だろう。が――

 

「はっ、初動が分かりやすいぜ!っと!」

 

 防ぐのは無理でも、ジョーならこの程度は躱せて当然だ。

 倒れ込んだドラゴンの瞳に向けて斬撃を繰り出す、と――流石にそれは嫌ったか、ドラゴンも素早く首を大きく振り、ジョーの斬撃を角で弾いた。

 ジョーとの戦闘の中でドラゴンもそろそろ目が覚めてきたのかもしれない。

 怒りのこもった視線をジロリとジョーに向けるドラゴンだったが――

 

「良いのかい、ドラゴン様よ、下ばっかり見てると――上から雷が落ちて来るぜ」

 

 その言葉の通り、ジョーがドラゴンの頭上を指差すと、それを合図にしたかのように、ドラゴンの頭上に漆黒の鎧に身を纏った騎士が姿を現す。

 ジョーが足元でドラゴンの注意を引き、ヘイトを買っている間、残った魔力を練り上げ、存分に『溜め』を込めたザッパローグだ。

 ザッパローグは眼下のドラゴンを見つめると、ふわり、と手の平の上に浮かべた魔力を放り上げ、ぱちん、と、指を鳴らして呟く。

 

「雷槍」

 

 刹那、音よりも尚早く、紫紺の雷光がドラゴンの体を目掛けて突き刺さるのだった。

 

 



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やくめでしょ。

 ぱちん、とザッパローグが指を弾くと同時に、雷鳴が轟き、ドラゴンの頭上から雷の槍が降り注ぐ。

 激しい衝撃がドラゴンに突き刺さると、ドラゴンは苦しむような雄叫びを上げながら、ずしりと足をよろめかせる。

 流石はザッパローグだ。ジョーとの戦闘を繰り広げた後で尚、これだけの魔術を放てるとは。奴もまた天才なのかもしれないな、私の次にだが!

 少しは見直してやろうかと思わんでも――

 

「あっっぶね!!?」

 

 咄嗟にジョーが私の体を抱きかかえるようにして飛び込み、地面にごろりと転がると、続けざまにどぉん、と、雷鳴を轟かせ、先程まで私がいた地面に雷が落ちる。

 

「あっ、あいつ!今絶対に私ごとブチ殺すつもりだったぞ!!?」

 

 ジョーが奇跡的に気の利く行動をしてくれたから良いものの、あわやドラゴンの近くに落ちた雷槍で焼き貫かれるところだ。

 というか普通によろめいたドラゴンに踏み潰されそうでもある。

 これを狙ったのだとしたら卑怯極まりない、流石は魔族とも言うべき陰湿さだろう。

 

「はっ、まったく、魔族というのはせせこましいことばかりするじゃあないか!バーーカ!!汚いな!さすが魔族!きたない!」

 

「…………人間如きが」

 

 チッ、と僅かに頭上で舌を鳴らす音が聞こえた気がした。

 反省の色が見られないな!っは~!これだから魔族は!やっぱり闇に堕ちた悪辣な連中というのはこういうもの!

 仮に意図的で無かったにしろ地に額を擦りつけて咽び泣きながら謝罪の意を述べるべきだろう!

 申し訳ないと思ってるならドラゴンの炎が身を焦がす場所でも土下座できる筈だぞ!?

 などというやり取りの間に、落雷の衝撃から回復したのだろうか。

 よろめいていたドラゴンが突如、ずしん、と大地を踏みしめ、長い首をぐるりと上空へ向け、ふわりと宙を浮くザッパローグを睨みつける。

 そして――

 

「――――むっ」

 

 連続で何かが爆ぜるような爆音と同時に、ドラゴンの口から幾多もの火球がザッパローグ目掛けて放射された。

 最初に放ってきた火炎放射と比べて溜めが短い。

 が、それは逆に受け取れば、最初の火炎放射と比べて威力が低いということだ。

 事実、サッパローグは大砲の如く自身目掛けて飛んできた火球を、躱し、防ぎ、見事にいなしている。

 ちっ、流石にやるじゃないか、私としてはここであいつがやられてくれても――私がそう思った時だった。

 ゴクン、と、ドラゴンが喉を鳴らしたかと思うと、再び、爆音と同時にドラゴンが火炎を吐き出した。

 

「っな……ぐ……!?」

 

 最初と同じような火炎放射。

 喉を鳴らし、これでもかというほどに口を開いて放射する炎――否。

 

「熱っつ……!これは……熱波か!?」

 

 熱波、あるいは熱風と言うべきか、炎であって炎ではなく、それによって生じる風。

 目に見えず、避けることも難しく、風や雷を起こしたところでそう簡単には防げないだろう。

 ましてやザッパローグはあの鎧を纏っている。

 直接的な熱のダメージがどのようなものかは想像もしたくない。

 それでも何とかドラゴンと距離を取り、熱波を弱めようとするザッパローグに、ドラゴンは追撃とでも言わんばかりに喉で何かを爆ぜさせる。

 と、勢い良く吐き出したのは――煙、黒々と立ち上る煙を、あたかも自身が蒸気機関にでもなったかのように勢いよく吐き出した。

 煙は瞬く間に辺りを覆い、迷宮の天井までもうもうと立ち上っていく。

 

「げほっ!」

 

 辺りに充満した煙を吸い込み、思わず咳き込む。

 この煙自体は普通の煙だ。恐らくはドラゴンが体内で炎を生成した際に副産物的に蓄えられるものなのだろう。

 攻撃性能は無い――が、タチが悪い!

 上空に厚く煙を張られたことで、ザッパローグの姿が視認できない。

 熱波で死んでいなければ、恐らくはあちらも同じだろう。

 この巨体に超火力の火炎を持ちながら、尚も絡め手まで使ってくるとは……こいつドラゴンとしての矜持とか無いのか!?恥を知れ!汚いぞ!

 そう考えていると、よもや私が内心で罵ったのを聞いたわけでは無いだろうが、ドラゴンは今度はぐるりと首を下へと回し、私をじろりと睨みつける。

 

「まずっ――ええい!」

 

 ドラゴンの顔の正面にいては、ブレスが来る!

 私は慌ててドラゴンの顔から右へ回り、背後を取るべく駆ける。

 ブレスはドラゴンの背後には届かない!それはさっき確認済みだ!後ろを取ってさえしまえば――

 

「――っぶねぇ!!」

 

 ドラゴンの背後まで駆け抜けた、その時、ジョーの掛け声と同時に、私の体が強く押し出され、そのまま勢いよく転がる。

 

「痛っっった!!何するジョー!とうとう敵と味方の区別も――」

 

 ごろりと転がった私が振り向くと、先程、私が突き飛ばされた場所には、ドラゴンの刺々しく、太い尻尾が、あたかも今まさに叩きつけたかのように、地面にめり込み、周囲の地面を盛り上げていた。

 そしてその尻尾の下敷きになるようにして、上半身だけが顔を出しているのが――

 

「っ……ジョー!?」

 

「馬鹿……だから油断するなって……」

 

 口から吐血し、血に這いずりながら、ジョーは力無く手を伸ばす。

 どうする?回復させないといけない、私ならすぐさま回復させてやれる。

 が、駄目だ、ジョーの体はドラゴンの尻尾が押さえつけている。このまま肉体を回復しても、またすぐさまバキバキに潰されるのがオチだ。

 まずい、どう――

 しかし、私が次の一手に頭を悩ませ、手を考えるよりも前に、ジョーの体はそのまま勢い良く振り上げたドラゴンの尻尾に、地面ごと抉るようにして吹き飛ばされた。

 まずい、そもそも距離が離れてしまっては回復どうこう以前の問題だ!

 

「ましてこの煙幕の中――」

 

 私が吹き飛ばされたジョーを追おうと、目で追った時、体の正面からどしん、と、地響きのような音が響き、煙の中からぬっと、ドラゴンの顔が姿を現した。

 思わず見つめてしまったその瞳は、赤く爛々と輝き、鋭く生えそろった牙で今にも獲物を食らおうかと、口は凶暴に開かれている。

 間近で吹かれる吐息の熱に、思わずその場で固まり、全身から冷たい汗がぶわりと噴き出す。

 震える体をぴくりとも動かないまま、ドラゴンの真っ赤な口中が眼前に迫り、思わずぎゅっと目を閉じる。

 まずい。まずい。終わった。終わるのか?何が?私の人生が?

 馬鹿な、天才の私が?こんなところで、ドラゴンに食われて終わる?

 馬鹿、馬鹿馬鹿、そんなのあるか、私は、私はこれからのし上がる筈の、権力を掴むはずの天才神官様なんだ。

 ああ、駄目だ、駄目駄目、誰か、神様!神官がピンチなんだぞ!なあ、神様、今までどれだけ信仰してやったと思ってる!?

 私は天才神官様だからそれはもう、すごい信仰した!ああ、偉大なるギアナ神!すごい!天才!私よりも天才かもしれない!流石は神だ!

 だから助けられます!神様なら私のこと助けられる!ね!そうですよね!?

 ほら、なんかもう、まだドラゴンに食われてないし!今ならまだ――あれ?

 

 まだ、食われていない。

 

 死の間際で体感時間がすごく長くなっているのか?それとも別の……?

 よもやもう死んでいる、なんていうのは無いだろうな……と、恐る恐る、目を開けると――そこにあったのは『手』だった。

 幾多もの白い、どこか神聖な印象を抱かせる手が、ドラゴンの体を撫でるように、優しく触れている。

 なんだ、これは?この手はどこから来た?

 そんな疑問に答えるように、私の胸元に下げられた首飾り――ザッパローグは鍵と呼んでいた、この呪いの装備が、ふわりと、柔らかな光を放つ。

 そういえば、ドラゴンは宝を守る為に配置されている、とザッパローグは言っていた。

 宝、つまりこの首飾りと、それを持つ私を宝として認めたということか?いや、にしても、この手は何だ?

 考えを巡らせる私を他所に、白い手がドラゴンの額をゆっくりなぞるように撫でると、ドラゴンはどこか安心したような――あたかも飼い主に撫でられた犬のように、安らかに目を閉じ、そしてその場に、ごろり、と横たわった。

 死んだわけでは無いようだが……もう敵意は感じない。

 ぐるりと体を丸まらせたドラゴンは、穏やかに寝息を立て、眠っている。

 と、白い手はドラゴンを撫でることを止めると、ぽかんと口を開ける私に何かを伝えるかのように手をふわり、と振ると――

 それまで浮かんでいた白い手はその全てが、あたかも夢を見ていたかのように消え去り、煙の晴れた迷宮の中庭にはただ、寝息を立てるドラゴンと、焼け焦げた大地だけが残されていた。



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風と共に去りぬ

 

 先程までの地を揺るがす轟音と炎の熱気が嘘のように、静まり返った中庭で、ドラゴンは静かに体を横たえ、目を閉じている。

 どうしてこうなったのかはよく分からないが……まあ多分、私が天才だからだろうな!!

 神が私を生かしてくれたということだろう!うん、やはり天才神官!信仰というのはしとくもんである!

 

「と……そうだ、ジョー!無事か!?」

 

 まさか死んではいないだろうが、不本意とはいえ私を庇ってドラゴンの尻尾に吹き飛ばされたのだ。

 このまま放置して死なれてしまっては流石の私も寝覚めが悪い。

 ひとまずドラゴンを放置し、ジョーが吹き飛ばされた方向へ向かうと、すぐさま本人が見つかった。

 気を失っているようだが、まだ息はある。

 

「流石に頑丈な奴だな。そのくせ気絶しているのはマイナスだが……回復してやるから後で咽び泣いて感謝するが良い!ふふん!」

 

 気を失っているジョーの体にヒールをかけると、淡い光が辺りを照らし、傷を癒していく。

 実際のところ、ドラゴンにマトモに殴られて息があるだけでも大したものだろう。

 

「ともあれ、これで一安心だな……後はリガス達と合流できれば……」

 

「驚いたな」

 

 ジョーを回復させる私の背後から、一つの低く、くぐもった声が響く。

 咄嗟に後ろを振り返った私の眼前に立つのは、焼け焦げ、赤茶けた鎧に身を纏う一人の騎士、ザッパローグだった。

 

「おや、生きていたのか、やるじゃないか」

 

「無論だ」

 

 互いに緊張感の走る中、私が挑発的に言葉を掛けると、ザッパローグもそれに答える。

 ドラゴンの炎に焦がされて、それでも生きているのは実際大したものだ。

 とはいえ、見た印象の通り、もう体はボロボロの筈だ。戦える程の体力は残っていないだろう。

 だが――

 

「……その鍵が、どういう物なのか、なるほど、理解させてもらった……やはり……それを貴様らに持たせておくわけにはいかぬ……!」

 

 言うと、ザッパローグは恐らく残り少ないであろう魔力を練り上げ、かざした手の平に集中させていく。

 どうするか?私は戦闘態勢に入ったザッパローグを前に、考えを巡らせる。

 相手は満身創痍だが有能な魔導騎士、対して私は、そこそこ消耗しているが、天才美少女完璧神官だ。

 ふむ、なるほど……

 

「であれば――勝てない理由が無いな!その気ならば来るといいさ、ザッパローグ!返り討ちにしてみせるとも!」

 

「その思考の飛び具合はどうかと思うが……まあ、私としては都合が良い……悪くは思うな!」

 

 互いに向き合う形になった私に、ザッパローグは魔術を放つべく、腕を突き出し、指を鳴らそうと構えるが――

 

「ッ!?」

 

 その時、横合いから二つの影がザッパローグ目掛けて飛びかかった。

 ザッパローグが慌てて術を中断し、飛び退くと、目標を失った拳が空を切り、地を抉る。

 

「……遅かったか」

 

「手は出させないよ……カミラさんは、うちのパーティメンバーなんでね!」

 

 飛びかかった影の一つ、リガスが爪を構え、そうザッパローグに宣言する。

 もう一つの影はカリカだ。相も変わらず無言のまま、軽く地面を抉った拳をゆっくり持ち上げ、構える。

 

「はあ、間に合ったか……うわ、ジョー気絶してるじゃん!」

 

「か、カミラさん……ふへ……私にも回復もらえますか……?」

 

 二人に続くようにして、背後からロフトとトゥーラも姿を現した。

 ロフトの方は特に問題なさそうだが、トゥーラの方は足元をふらつかせながら、下痢でもしたかのように腹を抑えている。

 大丈夫かこいつ。と、心配になりながらも私はトゥーラにヒールを唱えてやり、問いかける。

 

「よく来たな、トゥーラ、大丈夫だったか?」

 

「ふへぇ……わ、私はお腹が粘土になったくらいで大丈夫です……」

 

 ちょっと何を言っているのかよく分からない。

 下痢の比喩か何かだろうか、ともあれ、トゥーラはかなり消耗している様子で、私のヒールを受けながら体を横にして目を閉じている。

 どっちが助けに来たのか分からないな、と、今度は傍らのロフトに目を向け、そちらに語り掛けた。

 

「しかし、ここまでの道にキングマタンゴがいた筈だが……奴はどうしたんだ?」

 

「それは門の裏側からカリカが腕突っ込んで縦に裂いてたぞ」

 

「なるほど、全てを筋力で解決しようとするのはどうかと思う」

 

 ちらりとカリカに視線をやると、どこか自慢気な様子でガッツポーズをしているのが見えた。

 相変わらず筋力に全振りしたような女だ。まあ門の内側から、ということは背後から攻めたことになるので、キングマタンゴも対処が取りづらかったという部分もあるのだろうが。

 

「さて、それで――どうする?ザッパローグさん、まだやりますか?」

 

 と、カリカの隣で爪を構えるリガスが、眼前のザッパローグに問いかける。

 おや、リガスはちょっと見てない間にどこか肝が据わったような感じがする。

 私の見ていないところで何かがあったのか、経験値を積んだのかもしれない。

 ふむ、良いぞ、天才神官の私のパーティにいるんだ、それに恥ずかしくない程の成長をしてくれ!

 ガチャリ、と、爪を鳴らして構えるリガスに、ふう、と、溜息をこぼしながら、ザッパローグが答える。

 

「否、貴様らが来たということは、ダキアもカンナもやられたのだろう。加えて万全であればともかく、満身創痍の今の私に一対多の戦闘は厳しい。此度は逃げさせてもらうとしよう」

 

「そう簡単に逃がすと――」

 

 堂々と逃げる、と宣言するザッパローグに、リガスが飛びかかろうとしたその時、ぶわっと風が巻き起こり、周囲の灰や煤が辺りを覆い隠した。 

 

「わぶっ……!」

 

「さらばだ、鍵の少女、カミラよ。また会おう」

 

 私が舞い散る灰に目を閉じ、息を止めている最中、ザッパローグは辺りにその言葉を響かせると――それからすぐ、風が止み、本人の姿も消えていた。

 

「……終わっ……たかぁ~……!」

 

「カミラさん!?」

 

 虫もキノコも、魔族も消え去り、ドラゴンは静かに眠る迷宮二層、宝物塔の中庭にて――ようやく私達の護衛任務が終わったことを自覚すると、私はそのままバタリと体を横たえ、リガスが何か叫ぶ中、微睡に引きずり込まれるのであった。



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そこに迷宮があるからだ

 月明かりの下、灯で照らされた迷宮都市の大通りには、幾多もの人々が口々に語り合い、笑い合い、通りをゆっくりと歩んでいく。

 そんな大通りに面した一つの酒場、ことさら冒険者達で賑わい、喧騒で埋め尽くされるその店の中にあって、疲れて息も出来ない、といった様相のパーティ――つまるところ、ジョーと私達のパーティ6人は、静かに卓を囲んでいた。

 今回の冒険は本当に疲れた。天才と言えども疲れ知らずというわけではないのだ。

 流石に他の連中も似たようなものだろう、と、皆が疲れをゆっくり癒すかのように酒を口に運ぶ中、パン、と両手を叩いたロフトが口を開く。

 

「それじゃあ、整理しよう、まずあの魔族連中……あいつらが狙ってたのはカミラの身に着けてる首飾りだったんだよな?」

 

「あ~、そんなこと言ってた気もすんなぁ」

 

「ふふ、首飾りだけじゃないかもしれないぞ、何せこの私!天才神官カミラ様にこそ価値があるんだからな!首飾りなんかついでもついで!明らかに私自身のこの才覚と知能にこそ代えがたい価値が」

 

「うるせぇ黙れ!バカ二人!」

 

 私がつらつらと返してやると、ロフトはそれを遮るようにして話を切った。

 むう、失礼な、大体バカなのはジョーの方だけだ、私はその対極に位置する存在……要は天才だというのに、やれやれ。

 などと考えていると、ロフトは何が気に入らなかったのか、呆れたようにかぶりを振ると、私の傍らで肉を頬張るリガスに目をやった。

 

「で、あの眼鏡の魔族……ダキアの方はまた別の話してたって?」

 

「ええ、何でも昔に栄えた王国を復活させるとか何とか……」

 

 リガスとトゥーラが対面した男、ダキアの話を纏めると、どうやらあの迷宮は魔術によって、太古に栄えた王国の記憶を保存したものだということだ。

 そして、それを再び手中に入れるべく彼らの主――魔族の王、魔王が彼らを遣わしたのではないか、という話。

 

「つっても、正直な話、荒唐無稽っつうかよくわかんねえよな」

 

「うーん……俺も聞いててちゃんと理解できたわけではないんですけど……そもそも本当にそんな魔術があるのか……トゥーラさんはどう思う?」

 

「へっ……わ、私ですか……!?」

 

 話を聞いて唸るジョーと、自分で話しておきながらいまいちピンときていない様子のリガスが、黙々とテーブルのサラダを食んでいたトゥーラに目をやり、問いかける。

 実際、この面子の中で魔術に詳しいのはトゥーラくらいのものだ。聞きたくなるのも当然だろう。

 いや、まあ私も別にトゥーラに負けてはいないんだがな?天才だから?

 ともかく、水を向けられたトゥーラは、ごくりと口に運んだ野菜を飲み込むと、少し考える素振りをして、ゆっくりと話し始める。

 

「普通に考えたら……そんな魔術があるとは信じられません……魔物を産み、宝を産む不思議な迷宮……ましてやそれが本来は形のない本人の記憶から生まれたなんて……」

 

 ふむ、まあ確かに、これらの迷宮が如何にして出来たのか?というのは未だに誰も解明していなかった謎の一つだ。

 それが太古の王が魔術で記憶を形にした、などと言われてもすぐさま納得出来るものではない。

 何故この地上に人間が生まれたか?という話で、猿が知恵をつけて人間に進化したのだ!などと唱える異教徒がいるが、それ系の根拠のない与太話だ。

 と、トゥーラの話に頷いていると、しかし、トゥーラは更に続ける。

 

「けれど……その……魔力は魂の力、魔術は『出来る』という意思の力です。もしも、膨大な数の魂の力、そして絶対にそれを成すという鋼の意思を持つ大魔術師がいたとするなら――」

 

「無いわけではない、か?」

 

 私の言葉に、トゥーラはこくり、と頷いた。

 なるほど、魂だの意思だのの力はよくわからないが……ダキアの話が本当なら、あの迷宮を作ったのは太古の魔王、大地母神ギアナと覇を競った魔の神だ。

 であれば、人智を越えた力を持っていたかもしれないし、やってやれないことも無いのだろう、多分。

 

「だとしても、私のこれが鍵、というのはよく分からないな」

 

 言いながら、私の胸元に下がる首飾りを指で弄ると、それを見たロフトがまた頭を悩ませるように唸る。

 

「それはそうなんだよなぁ……鍵って言ってる以上はそれが無いと目的が果たせない、ってことなんだろうけど……」

 

「……なんにせよだ!」

 

 うんうんと思考を巡らせるロフトを尻目に、傍らに座るジョーが一気に酒を飲み干すと、ドン、と勢いよくジョッキをテーブルに置いて口を開く。

 

「何かが分かるとしたら迷宮のもっと奥、最下層だろ。どのみち俺達のゴール地点は変わってねえ」

 

 そう言うと、ジョーはジョッキにまた酒を注ぎ、ぐい、と飲み干す。

 なるほど、こいつは馬鹿だが、これでいて意外と物事の本質を見ている。

 確かに、何だかよく分からないものや、魔族の行動に頭を悩ませているよりかは、その謎の中心である迷宮深部へ突き進むのが一番単純、かつ近道なのかもしれない。

 と、いうか元々こいつらの目的地もそこだしな。ジョーの言う通り、やることは変わっていないということだ。

 ふふん、たまには良い事を言うじゃないか、と、鼻を鳴らして私も酒をジョッキに注ぐと、上機嫌に語り出す。

 

「ようし、話は決まったな!私達も一気に迷宮深部を目指すとするぞ!」

 

「いやお前らは残れよ馬鹿」

 

「えっ」

 

 勢いよくジョッキを突き出したものの、あっさりかわされ、ジョーは私のジョッキを避けるように手で押し返す。

 

「いいか?あいつらはお前の持ってる鍵を狙ってるんだろうが、だったら、むざむざ狙いやすいところに飛び込むことはねえだろ!」

 

「ま、確かに……迷宮じゃなくてこの街にいれば騎士団もいるし人も多いし安全だよなあ」

 

「ばっ……きさっ……この私を誰だと……!」

 

「天才神官様、だろ?じゃあ今どうしたら良いのか分かるはずだ、そうじゃねえか?」

 

「うぐっ……」

 

 ぐうの音も出ない、確かに、奴らの目的が首飾りなのだとしたら、私はこの街の騎士団に守ってもらうのが最適解なのだろう。

 わざわざ奴らの待つ迷宮内部に入ることも無い。正論だ。正論だが……

 

「ぐぬぅ~~~~!!」

 

 正論だが、何かムカつく!!

 と、私が腕を組んで唸っていると、ジョーは少し満足したかのように、鼻を鳴らし、ジョッキを置いて立ち上がる。

 

「俺達はこれから準備を整えて、一気に迷宮最深部まで降りる。お前らはそれまでここで大人しく待ってるんだな」

 

 そう言い捨てて酒代にと銀貨を一枚置いていくと、ジョーとロフト、それから黙ってひたすら肉を食っていたカリカは、私達三人を残してさっさと酒場を後にしたのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 薄暗く、どこか遠くで水音が響く迷宮第二層の一部。

 お誂え向き、といった感じで灯や寝台の置かれた隠し部屋の中で、寝台に横たわる少女……カンナを眺めながら、私は呟く。

 

「カンナはそれなりにダメージを受けたか……人間も、思ったよりもやるものだ」

 

「本当だねえ、まさか僕も背中に斬りかかられるなんて思わなかったよ。ふふ、見るかい?この背中」

 

 私の独り言に応えるかのように、背後からおどけた調子のダキアの声が響く。

 ほらほら、などと言い、口元に笑みを浮かべながら背中の傷跡を私に向けて見せてくる。

 が、つい先程つけられた筈のその傷は最早、幾年前の古傷かと見まごう程度に薄く、真新しい皮膚に覆われていた。

 

「……その様子であれば、まだ戦えたのではないか?」

 

「んふふ、冗談言っちゃいけないよ、こっちの敵も強かったよ?魔術師の子なんかギリギリのところで新しい魔術使ってきてねぇ、ふふ、ああ、人の可能性というものだねぇ、素晴らしいじゃないか!」

 

「戯言を」

 

 まるで挑発でもするかのように、大仰な身振りで人の素晴らしさ、などというものを語るダキアに、私は正面から向き合い、詰め寄ると、そのまま首を掴み、壁に叩き付ける。

 

「おや、どうしたんだい?ザッパ?仲間に対して随分な態度じゃないか」

 

「黙れ、何故ドラゴンの封印を解いた?」

 

 壁に体を押し付けられて尚、飄々と答えるダキアに、私は抑えつける力を強めながら、問いかける。

 

「ふふ、何故、何故も何も無いじゃないか、当然、ターゲットを始末する為の戦力に……」

 

「黙れ、あわや鍵ごと焼き尽くされるとこだったのだぞ、まして――」

 

 ましてドラゴンに攻撃を食らうどころか、あの鍵から出現した手は――

 あれが何だったのか、鍵を得ることで一体何が起きるのか、私は何も知らされていない。

 目の前のダキアは恐らくはそれを知っているのだろう。無理矢理にでも聞き出すべきかもしれないが……

 私は一つ、大きく溜息を吐くと、ゆっくりと手の力を緩め、ダキアから手を放す。

 

「おや、ふふふ、やっぱり冷静だね、ザッパ」

 

「黙れ、私は王の騎士、王の剣だ。余計なことをせずに命じられたことのみを行う……だが……」

 

 私は頭の中から余計な疑問を振り払うと、再び息を整えて言葉を続ける。

 

「ドラゴンをけしかけたのは、やはり失敗だった。鍵を持つ少女……カミラはもうこの迷宮には乗り込んではくるまい、街で騎士団を頼る筈だ。ともすれば、我が国とこの人間の国との全面戦争にもなりかねぬぞ」

 

「んん、ふふ……ふふふふ、はは、それは無い、それは無いさ、ザッパ。彼女は必ずまたこの迷宮に戻ってくる」

 

「……何故だ?」

 

 私の疑問に、ダキアは相も変わらず、薄い笑みを浮かべながら、どこか遠くを見るような瞳で、ゆっくりと言葉を返す。

 

「彼女は――冒険者だからね」

 

 ダキアはただ一言、そう呟くと、暗く、静かな笑みを浮かべながら、ゆっくりと部屋を後にするのだった。

 



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淵の海

 迷宮第二層で魔族との戦闘を経験し、地上に戻ってから数日。

 傷と疲れを癒したジョーさん達は、今度こそ迷宮最深部を目指すべく旅立った。

 当然、俺達はその探索にはついていけない。

 普通に断られたし、カミラさんが魔族に狙われたら大ごとになる可能性があるからだ。

 そんな状況の今、昼日中の人もまばらな酒場のテーブルで、俺の正面に座るカミラさんが堂々と口を開く。

 

「それでは、私達も迷宮に潜るとしようじゃないか!!」

 

「だよね」

 

「そうだと思ってました」

 

 俺は隣に座るトゥーラさんと視線を交わすと、互いに『仕方ないなぁ』とでも言うような苦笑を浮かべ、カミラさんに向き直る。

 と、カミラさんも満足気にふふん、と鼻を鳴らし、話を続けた。

 

「ふふん、さて、迷宮最深部に行くと言っても、そう簡単なことではない。まずは第二層、宝物塔を抜けなければならない」

 

「宝物塔を……」

 

 言いながら、カミラさんは迷宮内部の簡素な地図を広げ、その地図上に指を這わせる。

 迷宮内部は全て解明されたわけでは無いので、この地図もジョーさん達の話から描かれて販売されている粗雑な物のようだが、それでも旅の指針にはなるだろう。

 

「とはいえ、だ、今の私達であれば第二階層などは問題あるまい!ふふん、ここは最早考えるだけ無駄だな!スルーだ!」

 

「え、で、でも……その……例のドラゴンみたいなのがまた出てきたら……」

 

 自信満々なカミラさんに、恐る恐ると言った感じでトゥーラさんが手を挙げて質問する。

 ドラゴン、俺達も第二階層でカミラさん達と合流した時に眠っている姿を見たが、なんとも恐ろしく、大きく、圧倒的な迫力を持つ怪物だった。

 結局、あの時はみんな疲弊していたこともあって、眠っていたドラゴンをそのままにして逃げ帰ったのだが、もしアレが再び目覚めて第二層にいるのだとしたら……

 などと考えていると、俺達の不安を見て取ったのか、カミラさんはまた、にやりと笑みを浮かべて答える。

 

「心配しなくても良いとも!あんなドラゴンとそうそう何度も出くわしてたまるか!第一、下に降りるルートにあそこを使う必要は無いしな!もう二度とあんなトカゲとであうことはあるまい!」

 

「……そうだね」

 

 腕を組み、堂々とそう言い放つカミラさんだったが、個人的には今一つ不安が拭えない部分もある。

 そもそも、カミラさんがそうやって油断してる時は大体なんだか思いもよらないアクシデントが起こるからだ。

 短い付き合いだけど流石にそのくらいは分かる。

 と、トゥーラさんも同じ不安を感じ取ったのだろう、俺達二人はまた互いに視線を交わすと、ゆっくりと頷く。

 

(何が起こっても驚かないようにはしておこう)

 

 そんな俺達の思いに気付いているのかいないのか、カミラさんは尚もゆっくりと、白く細い指を地図上に這わせていく。

 

「さて、第二階層は問題無しだ!となると、次、第三階層だが……ここが問題だ」

 

 言うと、カミラさんは先程よりも深刻そうな顔付きになり、何かを考え込むように顎に手をやる。

 第三階層、このあたりになってくると、行って帰ってきた人間は殆どいない、と思って良い。

 第二階層と比べて、極端に情報が少ないらしいのだ。

 俺も今まで第一、第二階層で精一杯だったこともあり、第三階層については詳しくない。

 

「カミラさんは、第三階層がどういうところだか知ってるんですか?」

 

「おやおや、この私を侮ってくれるなよリガス、当然知っているさ!」

 

 俺がカミラさんに目を向け、問いかけると、待ってましたと言わんばかりに嬉しそうな表情を見せ、カミラさんが口を開く。

 

「いいかい?この第三階層は通称『淵の海』と呼ばれている。海水で埋め尽くされ、覆われた暗く冷たい階層――それがここだ」

 

「淵の海……」

 

「海……め、迷宮の中にですか?」

 

 カミラさんの言葉に、トゥーラさんが驚いたように言葉を返す。

 確かに、迷宮の中に海がある、というのもおかしな話だ。不可解に思って当然だろう。

 が、そんなトゥーラさんの疑問も、カミラさんは一笑に付すと、更に続けて語り始める。

 

「何を今更だね、トゥーラ!迷宮の中では何でも起こる!地中である筈なのに森やら塔が存在してるんだ、今更海があったくらいで驚いてはいられないさ!」

 

「それは――そうですね……」

 

 カミラさんの言葉に、トゥーラさんも納得したのか、ふむ、と、顎に手をやり頷く。

 まあ、広大な森林や塔が存在し、どこからか魔物や宝が生まれ、突如として組み変わる迷宮だ。

 海くらいはあっても当然なのかもしれない。

 というか、それも具現化されたかつての王の記憶、というやつなのだろう。

 

「さて、そしてここからが本題だが、この淵の海から下に進む為には、一つ……そして最大の問題があるわけだ」

 

「最大の問題……」

 

「なるほど、確かに……」

 

 海の階層、そこから下に進む、ということは当然『潜る』ということになるのだろう。

 陸地とは違う、潮の流れと浮力と水の圧力に晒されることは想像に難くない。

 そしてそこで待ち受ける問題と言えば――

 

「水中の魔物への対策をどうするか、だね」

 

「どうやって息をするか……ですね?」

 

「どのような水着を選ぶか、ということだな!!」

 

 …………

 

 なんて?

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

「ち……ちちち、小さくないですか……!?布地が……むむむ、無理ですよぉ!?」

 

「泣き言をいうなトゥーラ!いいかい?胸が大きいお姉さんはビキニを着るべきなのだ!これは法律で決まっている!」

 

「き、聞いたことありませんけど!?」

 

 わいわいと騒ぎながら、ああでもない、こうでもないと薄い布地を手に取る女性二人を眺めながら、俺は店のカウンターで大きく溜息を吐くヘムロック翁と視線を交わす。

 

 水着が必要。

 

 そんなカミラさんの言葉に呆れながらも、酒場を出たカミラさんと一緒に行くことになったのは再びここ、ヘムロック魔道具店だった。

 水着と言っても、カミラさんの言う水着とは水中防具兼生存装置であるらしい。

 つまるところ、水中呼吸の魔術が込められた魔道具としての水着であり、決して迷宮で海に入って遊びたい、とかそういうわけではなかったようだ。

 流石にカミラさんも迷宮でそんな馬鹿なことはしないだろう、と思いながらも、カミラさんならあるいは……という気持ちも無いわけではなかったので、そういう疑念が晴れたのは良かった。

 それにしても……

 

「水中呼吸の魔術を込めるだけなら別の装備でも良いんじゃないですか?鎧とか……」

 

「馬鹿を言え小僧、水中呼吸はあくまで呼吸が出来るだけだ。水中で陸上並みに動けるわけじゃねえ。鎧に水中呼吸をつけたとて、泳げず浮かべずに水中に沈むだけだ」

 

 俺がポツリと口にした疑問に、カウンターのヘムロック翁は面倒臭そうに答えを返す。

 なるほど、確かに鎧をつけながら水中を泳ぐのは難しいか……そう考えると確かに水中を探索する為に水着に水中呼吸を付与する、というのは悪くないのかも……

 

「……と思ったけど、だとしても別にビキニとかハイレグにする必要は無くないですか?」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめながら、今度は競泳用のような、ぴっちりと体を覆う水着を身に着けて試着室から姿を現したトゥーラさんを眺めながら呟くと、ヘムロック翁はペッ、と吐き捨てるようにして俺の独り言に答える。

 

「んなもん、そっちの方が職人の気が乗るからに決まってるだろうが!女の子には色気もクソも無い装備より露出の高い水着を着てほしい!付与魔術師だってそう思っとるわ!!」

 

「そこまで熱弁するほどですか!!?」

 

 珍しく激高するヘムロック翁の言葉に、俺がたじろいでいると、どうやら水着を選び終えたのだろうか、元の服に着替えたトゥーラさんと、満足気に笑みを浮かべるカミラさんがカウンター前まで歩み寄ってきた。

 

「ふふふ、いやあ、トゥーラ、意外と良い体をしてるじゃないか!もう少し自信を持って良いんじゃないか!?私のように!?」

 

「い、嫌ですよぅ……ふはぁ……恥ずかしい……」

 

 カミラさんの言葉にトゥーラさんが顔を赤らめながら答える。

 確かに、トゥーラさんの水着は思ったより……いや、やめろ、俺の馬鹿!パーティメンバーをそういう目で見るな!

 全く……カミラさんは女の子だから良いけど、男が軽率に良い体だ、なんて言おうものならセクハラだ。

 思っておくだけに留めておけ。

 ふう、と息を吐いて俺が自分の精神を抑えていると、カミラさんは先程選んだであろう水着をいくつかカウンターの上に広げる。

 万が一、水中で装備が破損した際のことも考えて、水着は各自2枚ずつ持っていくことになった。

 つまり、今カミラさんがカウンターに広げた、トゥーラさん用の水着が2枚、俺用の海パンが2枚、カミラさん用の水着が――

 

「……あれ?カミラさん、俺用の海パンが4枚もありますけど――」

 

 カウンターに置かれた水着を眺めて覚えた違和感を口にする、女性用の水着が2枚しか無いのに対して、男性用の水着が4枚もあるのだ。

 俺の分だけなら2枚でいい筈なのに……と、疑問を告げると、カミラさんはポカン、とした表情で、何がおかしいのか分からない、という風に答える。

 

「こっちの海パン2枚は私のだが?」

 

「は??」

 

 海パン、よもや海パンで?

 カミラさんは上半身裸で海に入るつもりなのか?

 あれっ、女性、女性だよな、女性なのに?

 と、俺が困惑していると、不思議そうな表情を浮かべるカミラさんの肩を、トゥーラさんが後ろからがしり、と掴み、笑顔で告げる。

 

「カミラちゃん……水着、私が選びましょうか……!」

 

「えっ、待て待てトゥーラ!!いや、だって私、その、そういう食い込みとか女性っぽい装備は前のトラウマが……そっ、ちょっ、と、トゥーラ!!!」

 

 かくして、トゥーラさんは笑顔でリベンジを果たすべく、カミラさんを水着と一緒に試着室に押し込むのだった。

 

 



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勇者の記録

 

「いやいやいや、トゥーラ!これは無い!布面積が……」

 

「ふへへ……大丈夫ですよ、大丈夫……カミラちゃん、いけますよ……!かわいい……!」

 

 薄暗く雑多な品々が並ぶ店内とは似つかわしくない、女性同士の明るくはしゃぐ声が更衣室から漏れ出ている。

 あの分だと水着を選ぶのにまだ時間がかかりそうだ。

 しかし、トゥーラさんはカミラさんにどういう水着を選ぶつもりなのだろう……

 俺としてはカミラさんはビキニとかより、布面積が多くてフリルとかついてるような可愛い系のやつが似合うと思……

 

「覗くなよリガス」

 

「のっ……ぞきませんけど!!!??」

 

「は、そうかい?顔赤くしてニヤニヤしてるように見えたがな。女の子の水着姿でも想像してたんじゃねえのか」

 

「そっ……や……んん……!」

 

 俺がつい言葉を詰まらせながら、行き場のない手を遊ばせていると、ヘムロック翁はくっくっ、と意地悪な笑みを漏らす。

 ヘムロック翁は基本はぶっきらぼうな偏屈老人ながらも、たまにこうして意地の悪い部分を見せる。

 まあ、そこも店に通って打ち解けられた結果だと思えば、別に悪いことでは無いのかもしれない。

 と、自身の顔をパチンと叩くと、カミラさんの水着についてはひとまず頭から振り払い、ヘムロック翁に向き直る。

 

「ヘムロックさん、聞きたいことがあるんですが」

 

「……どうした?」

 

「ダキア、っていう魔族――人狼に心当たりはありませんか?」

 

 いつの間にか元のぶっきらぼうな表情に戻り、カウンターで帳簿か何かを睨んでいたヘムロック翁は、俺の問いかけに、ピクリ、と眉を動かすと、それからゆっくりと顔を俺に向けて、ふぅーっと大きな息を吐く。

 

「……懐かしい名前だな、会ったのか」

 

「はい」

 

「聞かせろ」

 

 真剣な表情でカウンターに肘をつくヘムロック翁に、俺は迷宮であった出来事を語り始める。

 特にダキアの語っていたこと、奴が昔、ヘムロック翁と冒険をしていたらしいこと、自らの血を与え、狂戦士としたこと。

 諸々のことを語り終えると、ヘムロック翁は少し考え込むような素振りで顎髭を撫でながら、ぽつりと呟くように言った。

 

「……変わってねえな、あいつ」

 

「……実際、どうなんですか?ダキアの言ってたことは本当なんですか?」

 

「嘘じゃあねえな」

 

 そう言いながら、ヘムロック翁は椅子に腰を深く沈めると、どこか遠くを見るかのような、優しい目つきでぽつぽつと語り出した。

 

「も20年と少し前のことだ。俺とダキア――それからもう一人でパーティを組んで、冒険をしていた時期があった」

 

「もう一人?」

 

 登場人物が増えた。

 俺はてっきりダキアとヘムロック翁だけで何かをしていたものだと……それでダキアに騙されたヘムロック翁が狂戦士となったのだと思っていたが……

 そんな疑問が表情に浮かんでいたのだろう、ヘムロック翁は俺の顔をちらりと見ると、続けて口を開く。

 

「当時の俺は斥候、ダキアはまあ……魔族ってのは隠して、一応は魔術師って名目で着いてきてた。そんでもう一人ってのは…………勇者だ」

 

「勇者」

 

 突如として出てきた言葉に、俺は思わず目を見開いた。

 勇者。

 俺やジョーさんのような戦士とも、カミラさんのような神官とも、トゥーラさんのような魔術師とも違う。

 かつては人と魔族との戦で活躍した神に選ばれし特別な戦士であり、称号であったというが――

 

「勿論、戦で活躍したとか国に認められてたとか、そういう類の勇者じゃねえ、戦に行ってたら冒険なんざ出来ねえしな」

 

「それでも勇者ってヘムロックさんが認めてたってことは……」

 

「あいつは使えたんだよ。体術から神聖術から魔術まで、おおよそ人間に使える殆どの術をな」

 

 通常、人間にはやれること、やれないことがある。

 戦士であれば体術の習得が得意だし、迷宮に潜れば筋力はめきめき成長する、が、魔術や神聖術はほぼ使えない。

 魔術師であればその逆、魔術を使える才能が有れど、力は成長しづらく、神聖術は決して扱えない。

 一方、カミラさんのような神官も、魔術師の扱うような魔術は扱えない。

 が、勇者と呼ばれる者達――生まれながらに神々に愛された彼らは違う。

 戦士を凌ぐ武勇を誇り、魔術師に勝る魔力を持ち、神官よりも神に近い彼らは、努力次第で体術も魔術も神聖術も、全てを習得することが出来る。

 とはいえ、実際そんな人間はそうそう生まれる物でも無いし、おとぎ話のようなものではあるが――

 

「ともかく、俺はその勇者……それからダキアと一緒に、しばらくの間、冒険してた。それは事実だ」

 

 と、俺の考えを振り切るかのように、ヘムロック翁はぶらぶらと手を振りながら、過去のことを語り始める。

 20数年前、既にそれなりにベテランの冒険者であったヘムロック翁は、酒場で仲間を募集していた若い冒険者に出会い、半ば無理矢理パーティに引き込まれたらしい。

 それから冒険者が勇者としての素質を備えていることに気付いた後、その噂を聞きつけたのか、どうなのか、ダキアと出会い、共にパーティを組むことになった。

 尤も、当然というか何というか、その時はダキアが人狼であるということには気付かなかったようだが――

 

「……とある迷宮でな、俺は最下層の魔物を相手に深手を負った。絶体絶命のピンチだったな、あの時は。」

 

「勇者に回復してもらうわけにはいかなかったんですか?」

 

「は、全部出来るってことは、全部やらなきゃいけないってことだ。あの時の勇者は魔物の攻撃を引き受けるのと自己回復で手一杯で俺の治療どころじゃなかった」

 

 なるほど、勇者は万能だが、それ故に選択肢が多くなる。

 強敵との戦いであれば、ジョーさんのように攻撃を引き受けるタンクも、カミラさんのように回復に回る神官も、魔獣に痛打を与えるアタッカーも全て必要だ。

 勇者はその全てをこなせるからこそ、パーティの誰か一人が倒れた時、その全てを引き受けざるを得なかったのだろう。

 

「とはいえ、俺が死んだらジリ貧だったのは目に見えてた。そんな時だ、俺の横で控えてたダキアがこう問い掛けた」

 

『ヘムロック、化け物になって勝つか、そのまま死ぬかだったらどっちが良い?』

 

「それで血を……」

 

 俺がぽつりと呟くと、ヘムロック翁はゆっくりと、肯定するように頷いた。

 

「結局、その場はそれでどうにかなったらしい。俺は覚えてないがな……とはいえ、狂戦士となった男がどうなるか、お前も分かっとるだろう」

 

 今度は俺がこくりと頷く。

 それは俺だって痛いほどに分かっている。

 狂戦士は狂化すると理性が無くなる危険な人間――いや、半分は魔物のようなものと言っても良いのかもしれない。

 何かしらの手段が無ければ、誰かとパーティを組んだりなどは出来よう筈もない。

 

「が――まあ、なんだ、勇者は俺をパーティから抜かすのが嫌だったらしくてな……それで神聖術を武器に付与して……それで出来たのがそいつだ」

 

 そう言いながらヘムロック翁はゆっくりと、俺の腰に下げた爪を指差した。

 精神異常耐性のある白銀の爪。

 なるほど、これはヘムロック翁の為に、勇者が手ずから作った物だったのか。と、俺は改めて爪を手に取り、じっと見つめる。

 

「……道理で、こんな俺にピッタリの武器があるわけですね」

 

「は、でなきゃ狂戦士用の武器なんざ、そうそうあるわけがなかろう」

 

 ごもっとも。

 思わず俺とヘムロック翁は互いに見合い、にやりと笑う。

 どうやら俺も知らず知らずのうちに勇者に助けられていたらしい。

 しかし――

 

「それじゃあ、この爪を作ってからヘムロックさんはまたパーティに?」

 

「しばらくはな。だが狂戦士化とは関係なく、当時もう俺の体にはガタが出てきていた」

 

 言うと、ヘムロック翁はどこか寂しそうな目付きで自身の皺だらけの手を眺めながら、言葉を続ける。

 

「……歳は取りたくねえもんだ。それでも5年ぐらいは連中と一緒にいたんだが――結局俺は一足先に抜ける羽目になった」

 

 引退。

 年齢を重ねる以上、仕方のないことではあるが、やはりやるせないものはあったのだろう。

 ヘムロック翁はどこか悔しそうに、ぐっ、と力無く、皺だらけの拳を握ると、思い出したかのように俺に向き直り、口を開く。

 

「ああ、ダキアのことだったな。言っての通り、俺はパーティから一足先に抜けた。それから先、奴らがどうなったのかは知らん」

 

「……ダキアは、魔王の為に動いている、というようなことを言ってましたけど」

 

「さて、どうかな、奴なら勇者の下についてから続けざまに魔王に鞍替え、くらいのことは軽くやるだろうが――」

 

 ヘムロック翁は少し考え込むような素振りを見せると、だが、と続ける。

 

「奴は自分にとって意味の無いことはしない。奴の本質は探究者だ。きっと何か知りたいことでもあるんだろうよ」

 

「知りたいこと……」

 

「それが何かまでは分からんがな……いずれにせよ、油断せんことだ」

 

 そう言うと、ヘムロック翁は小さく溜息を吐きながら、過去を懐かしむかのように、窓から見える、赤く染まり始めた空を見上げるのだった。

 

 

 

 

 などと、どこかしんみりした雰囲気に包まれた店内で、唐突にドタバタとした足音が響き、更衣室から鼻を鳴らしたトゥーラさんと顔を真っ赤にしたカミラさんが姿を現す。

 

「えへへ……へふぅ……で、出来ましたよリガスさん!見て下さい!このカミラちゃんの水着!可愛くないですか!ふふへへ……!」

 

「嫌だーーーーー!!!リガスも言ってやってくれ!私はこんなマイクロなやつよりもこう、せめてワンピースみたいな!!布の多いやつが良い!!!天才神官だぞ!!!!なぁ!!!?!??」

 

「いや、今ちょっと良いとこだったんだけど俺も確かにワンピースの方が良いと思います!!!!!!!」

 

 

 



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海と幼人

「海だーーーーッ!!!」

 

 眼前にどこまでも広がるかのように青い海、そこに向かってそう叫びながら、水着姿のカミラさんは砂浜を駆け、そのまま水飛沫を上げて海に飛び込む。

 青い海、白い砂浜、そして何故か広がる透き通ったような空。

 何も知らない人にこの光景を見せても、迷宮の内部だとは到底信じることが出来ないだろう。

 それ程までに奇麗で穏やかな光景が広がっていた。

 

「ふっ……やはり海と言えば海水浴!そして私は天才であり水も滴る良い男……いやさ、良い美少女!!ふふふ、この私の美しさを今のうちに目に焼き付けておくんだな、リガス!」

 

「あっ、うん」

 

 海水で全身を濡らしながら、ポーズをキメたカミラさんが誇らしげに、こちらに視線をやる。

 いや、実際カミラさんは美少女だし、青空の下で水着にポニーテールに纏めた髪を振り回す様は間違いなく美しいものなのだけど、やっぱり何となく素直にそうは言いづらい。

 俺が反応に困っていると、隣に立つトゥーラさんも困ったように笑いながら、ゆっくり砂浜を踏みしめて海へと向かう。

 

「ふふ、確かに奇麗ですけど……危ないですよカミラちゃん、穏やかに見えても迷宮なんですから……」

 

「ははは!心配するなトゥーラ!迷宮第三層で厄介な魔物はもっぱらこの海の深海層!この辺の浜辺に出る魔物など大した奴は――」

 

 カミラさんがそう言いかけたところで、海面から音もなく這い出た赤い触手がカミラさんの体に素早く絡みついたのが見えた。

 

「ああああーーーーーーーーッ!!!!!」

 

「カミラさん!!!馬鹿!!!!!」

 

 触手がカミラさんの体に絡みついたかと思った一瞬の後、カミラさんはそのまま触手に持ちあげられて高々と身を浮かし、同時に、砂浜に触手の主――巨大なタコのような魔物が姿を現した。

 

「く、クラーケンです……!リガスさん、カミラちゃんを!」

 

「勿論!」

 

 すぐさま状況を理解して杖を構えるトゥーラさんに続くように、俺も爪を構えて駆ける。

 クラーケン自体も相当に強力な魔物だが、何よりもこのままカミラさんを掴んで深海にまで引きずり込まれるのがマズい。

 水着に付与されている水中呼吸の魔術は、あくまで水中で呼吸が出来るというだけで、水中で陸地のような動きが出来るわけでも、何かしらの防御効果があるわけでもない。

 大型の魔物に水中に引きずり込まれて捕食などされようものなら、窒息せずとも牙で噛み砕かれるか消化液で溶かされるかだ。

 浜辺に顔を出している今のうちに、無理矢理にでもカミラさんを救出しないといけない。

 それを防ぐため、俺はすかさずクラーケンの触手の一本を斬りつけると、クラーケンは嫌がるように体を震わせ、何本かの触手をこちら目掛けて勢いよく伸ばす。

 飛んでくる触手の動きをすんでのところで躱すと、触手が浜辺の砂に突き刺さり、クラーケンは更に浜辺へ身を乗り出す。

 そこに合わせるように、俺は再びクラーケン目掛けて飛び込むと、勢いそのまま、カミラさんを掴んでいる触手を爪で斬りつける。

 

「うわっと!」

 

 パツン、と、弾けるように千切れた触手から滑り落ちるカミラさんを抱えて捕まえると、俺とカミラさんはそのまま水面に転がり落ちた。

 さて、これでカミラさんは救出できたが――と、クラーケンの方に目をやると、やはりと言うべきか、切断された触手を振り回し、威嚇するかのように体色を変色させていた。

 触手を千切られたことで怒ったのだろう。このまま捕まって水面下に引き込まれでもしたら厄介だが――

 

「残念、トゥーラさん!」

 

「はい……ブレイク!」

 

 クラーケンが触手を振り上げ、今まさに振り下ろさんとした刹那、触手は振り下ろされること無く、石のように固まり、あたかもクラーケン自身が浜辺の岩礁であったかのように、音もなく静止する。

 俺は岩礁と化したクラーケンを足場に浜辺へと戻ると、抱えていたカミラさんを砂浜に降ろし、杖を構えてほっとしたように微笑むトゥーラさんに声を掛けた。

 

「助かったよ、トゥーラさん、ありがとう」

 

「えへへ……そんな……わ、私これしか出来ませんから……」

 

 少し照れたかのように頬を掻くトゥーラさんだったが、実際クラーケンを一息で石化させるというのは尋常ではない。

 魔族との戦いを経てレベルアップしたように思える。

 なんとも頼りになる人だ。

 と、そう思っていたのは俺だけでは無いのだろう。

 髪の毛を整えながらゆっくりと立ち上がったカミラさんが、トゥーラさんに胸を張ってみせる。

 

「ふふん、中々やるじゃないかトゥーラ!成長したな!私ほどでは無いが!」

 

「ふへへ……そ、そんな……えへ、ありがとうございます」

 

「それにリガスもだな、前よりも体の使い方が上手くなったんじゃないか?凡人にしてはよくやっているぞ、ふふん、褒めてやろう!」

 

「えっ、そ、そうかな、ありがとう」

 

 なんとも傲慢な態度ながら、カミラさんはトゥーラさんを褒めると、そのまま顔を俺に向けて口を開いた。

 俺も少し不意打ち気味に褒められて戸惑ってしまう。

 確かに成長したんじゃないか?という実感はあったが、他人から褒められるとやはり自分の成長が間違っていないのだという自信が持てる。

 ましてやカミラさんに言われるのだ、やっぱり少しは嬉しい。

 俺も何か気の利いた言葉を返さないと――

 

「カミラさんも、その……」

 

「うん、何だ!?天才か!?ふふん、今更だな!言われずともわかっているとも!皆まで言わなくて良いぞ!ふふふ!」

 

「…………あっ、うん」

 

「えへへ……そうですねぇ、カミラちゃんは天才ですよ」

 

 言いながら、トゥーラさんが満更でもなさそうな表情で胸を張るカミラさんの頭を撫でる。

 俺も褒めようと思いつつ、クラーケンに対して何もしていないので特にカミラさんに何かを言えるわけでもなかったのだが……

 まあ……うん、良いか、良いだろう。うん。

 カミラさんは俺が褒めるよりも先に自分で自分を褒めるので、結局俺が何かを言う必要も無いのかもしれない。

 まあ、でも、とりあえずは――

 

「カミラさん、迂闊に海に飛び込むのはやめようね」

 

「は??言われずともわかってるが???さっきのは貴様らの実力を測る為にあえてクラーケンに捕まっただけだが!?天才だが!??」

 

「うんうん、そうだね」

 

「そうですねー」

 

「天才だが!!!!???」

 

 俺の指摘に全く悪びれる素振りも無く、堂々と答えるカミラさんを微笑ましく眺めながら、俺とトゥーラさんは目を見合わせて、暗く深く、危険な海へと潜るべく持ち物の整理に入るのだった。

 



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追放されて無自覚系

 

 反射する光に青く輝き、その輝きが海中に揺蕩う海藻や珊瑚、小魚達の銀の鱗を美しく照らしていた。

 迷宮第三層『淵の海』、私は今、きらきらと光る小魚達に紛れながら、この海の中を優雅に漂っている。

 

「本当に水中で息が出来るんですね」

 

 そう背後から声を掛けてきたのはリガスだ。

 リガスも私と同じように、水中に漂いながらあちらこちらに目をやっている。

 これが水中呼吸の魔術の効果、というよりもそれを付与された水着の効果だ。

 よくよく見ると、リガスの体全体がうっすらとした光の膜に覆われており、それが水の侵入を防いでいるのが見える。

 水着の効果により目・鼻・口・耳などから水が入り込まないように防護されているのだ。

 ついでに水中呼吸、の名の通り、水中の酸素を上手いこと取り出してどうこう、とかしているらしい。

 尤も、私にとっては魔術は専門外なのでそこまで詳しくは知らないのだが、それはそれとして私は背後のリガスに語ってみせる。

 

「当然だとも!これが水中呼吸というものさ!ふふふ、私はもう経験済みだがなっ!」

 

「け……経験済みって言うと少し語弊がある気がしますけど……」

 

「? 経験済みは経験済みだろう?ふふふ、貴様らとは違うのだよ!」

 

 苦笑いでこちらを見つめるトゥーラに、私はふふん、と髪を掻き上げて見せる。

 とはいえ、水中なので掻き上げた手が髪を撫でることは無く、水流でふわりと流れるだけなのだが。

 ともあれ、と、私は間抜けな顔で観光気分丸出しの背後のパーティメンバー二人に告げる。

 

「浮かれていられるのは浅瀬部分まで、更に潜って光の届かない深層まで行くにつれて海は私達に牙を剥き始める」

 

「魔物が強くなるってことですか?」

 

「それもある、が、それ以上に暗く静かな海ではどこから何が襲ってくるか分からない。方向感覚もおかしくなるから迷ったらもうそれまでだ」

 

「ふへぇ……そ……それでその……どうやって次の階層に……」

 

「ふふん、安心するがいいとも!道順に関しては先達の遺してくれた目印やら何やらがある!ほらそこに難破船が見えるだろう?あれとかだ!」

 

 言いながら、私は海底に沈み、フジツボや貝が所狭しと張り付く船の残骸を指差した。

 前にジョーのパーティで第四層まで行った時は、こういった残骸や、先達の冒険者が目印として残していった鎖や杭などの目印を頼りに進んでいったのだ。

 勿論、ジョー自身も分かりやすいようにと自身の歩んだ道筋に分かりやすく、旗を括った杭を打ち込んでいた。

 あの時は何を無駄なことをする奴なんだ、馬鹿だなあとコケにしたものだが、実際こうして役立つ時が来るとはな。

 なんやかんやで馬鹿なりに私の役に立つ男である。

 

「さて、ともかく、あの難破船のすぐ先から一気に深い海へと突入する。勿論、住み着いている海の魔物も多い!決して気を抜かずに行くぞ!」

 

「ああ、勿論!」

 

「は……はい、が、頑張ります!」

 

 私が激を飛ばすと、リガスとトゥーラも真面目な表情で頷き、それに応える。

 ここまで来たら誰一人として気を抜いていない。

 ふふん、流石だ、最初に仲間にした時は本当に役に立たない奴らだと思っていたが、成長したな!

 私はそんな感慨に浸りながらも、くるりと振り向き、気合を入れて叫ぶ。

 

「よぉし、では行くぞ!この天才カミラ様について来るがいい!!」

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

「楽勝すぎないか~~~~~~??????」

 

「カミラさんもうムチャクチャ気合抜いてない!!?」

 

 はぁ~っと、吐いた溜息がぼこんと大きな泡になって海中を登っていく。

 巨大なクラーケンにメガロドン、海獣、そして海竜種まで住まう海にあって、私達はあっという間に海底まで辿り着き、今は岩壁の側に浮かせた神聖術・ヒーリングトーチの灯の元に集まっていた。

 

「と、いうかだな」

 

 私は海中に漂いながら、胡坐を組んでみせると、ヒーリングトーチの光に照らされる仲間達に言う。

 

「トゥーラ!!貴様だ!!なんなんだ、貴様は!!?」

 

「ふぇっ……!!?へ……わ……わわ、私、何かやっちゃいました……!?」

 

「はぁ~~~~!!何だ貴様、その無自覚系強者みたいな態度は!クソッ、もう!違う!強すぎるんだ貴様が!!」

 

 びくりと体を震わせながら、おどおどと呟くトゥーラに向けて、私は声を荒げる。

 いや、だって実際の話、本当にトゥーラが強い。というより海中と石化の相性がえげつない、と言うべきだろうか。

 何せ当然のことで阿あるのだが、『石は水に沈む』のだ。

 つまり、海中の魔物を石化させた場合どうなるかというと、もうそのまま深海まで真っ逆さまということである。

 しかも巨大で恐ろしい魔物であればあるほど、石化の魔術は当てやすく、また、石化した際の重量も大きい。

 そして――まあ、これが一番恐ろしいところなのだが、トゥーラは基本的にどんな魔物であっても石化させられる。

 無論、石化耐性が全く意味を成さないわけではないのだが、今のトゥーラは石化耐性がある敵に対しても、体の一部だったり、あるいは数秒~数分間の短い石化をさせられるくらいの威力と熟練度を有している。

 そして海中で体の一部が石化、あるいは数分間の短い石化をしようものなら、あっという間に海の底だ。

 その間に逃げ出すことは決して難しいことではない。

 そんなわけで、私達は特に苦戦することも無く、ここまで潜ることが出来たのだった。

 

「やれやれ、これでは海中が厳しいみたいに言っていた私が馬鹿みたいじゃないか」

 

「いや、トゥーラさんがおかしいだけで、僕らだけじゃ相当キツかったんだろうなってのは分かるよ」

 

「ええ……り、リガスさんまで……!?」

 

 私がはぁ~っと呆れたように呟くと、リガスもそれに追従する。

 トゥーラは自分がおかしいのか、と、不安そうな様子で私やリガスに交互に目をやるが、実際かなり変な魔術師ではあるのだ。

 そのあたりは自覚するべきだと思うぞ、天才的に。

 などと思っていると、それで、と、トゥーラを無視したリガスがこちらに向けて口を開く。

 

「ここから先はどうするんですか?」

 

「うむ、この海底の岩壁があるだろ?この岩壁のどこかに洞穴が開いていたはずだ。海底洞窟だな!」

 

 私は過去の記憶を思い出しながら、第三層から第四層までの道筋を口にしていく。

 海底洞窟は確か結構な長さだった筈だが、洞窟自体が狭いので大きな魔物が出ないのが幸いと言えば幸いだ。

 とはいえ、ずっと楽な洞窟ではない、出口付近には所謂ボスモンスターと言うべきだろうか、ダゴンと呼ばれる巨大な魚人が道を塞いでいるのだ。

 前にジョー達と行った時は結局、ダゴンを倒しきることは出来ず、弱ったところを抜けていった記憶がある。

 まあ今思えば水龍剣で水属性の斬撃を繰り出すジョーと、強い水魔術耐性を持つであろう深海の魔物とは相性が悪かったのだろう。

 今回はどうやってアレを突破するつもりだったのかは分からないが、いずれにせよこの道を行ってはいる筈だ。

 私達より先に倒していてくれてることを願うべきだろう。頑張れジョー。

 

 などと考えながら、ヒーリングトーチの灯を頼りに岩壁を辿っていくと、目当ての洞窟がぽかりと口を開けているのが見えた。

 背後にぴたりとくっつくリガス達に頷いて見せると、私はその洞窟にするりと入り込み、顔を上げるとぷはぁっと大きく息を吸い込んだ。

 

「ぷはっ……うわ、空気がある!」

 

「ぷは……あ、ほ、本当ですね……!」

 

「ふふん、驚いたか驚いたか!この洞窟には何故か空気があるのだ!」

 

 私は自慢げにそう言うと、水面から這い上がり、洞窟の冷たい岩にぺたりと足を着けて立つ。

 どこまでも続く闇の如き深海と違い、この洞窟内は仄かに青白い光に照らされている。

 洞窟内部の壁にはピンクや青の珊瑚や貝のようなものが至る所に張り付いており、それらが光を放っているようにも見える。

 

「さて、ここを進めば第四層だが――――うん?」

 

 リガスとトゥーラが水面から出るのを待ちながら、洞窟の中を見回していると、一つ、不自然な物が視界の中に飛び込んでくる。

 青白く光る洞窟内、岩と珊瑚と貝の住まう中にあって、灰褐色の暗いコートと、その中から漏れ出る閃光のように流れる銀の髪を垂らした少女。

 吸血鬼・カンナが、光の中に倒れ伏していた。

 

 



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出口のダゴン

 まるで海の中にいるかのような、暗く、深くまで沈んだ意識の中、あたしは昔の記憶を夢に見る。

 夢で会うのはいつも同じ顔だ。

 どこかの吸血鬼にまんまと騙され、あたしを産んだ馬鹿な母親。

 魔族の血を引くあたしを恐れて蔑みながら、そのくせ自分達の方が上なんだぞと言わんばかりに、ニヤニヤと笑みを浮かべ、拳を振り上げる村の男達。

 それから――そんなクソみたいな村に雷を落とす、大きな、漆黒の鎧の魔導騎士。

 

 村を焼いた魔族――魔導騎士ザッパローグは、あたしの手を取り、連れて帰ると、そのまま住むところと食事を与えてくれた。

 偶然見つけた魔族の子供を放っておけなかったのか、それとも単なる気まぐれなのか、師匠が何故そこまでしてくれたのかは分からない。

 師匠は口数が多くない。

 あたしに多くを語って聞かせたりはしないし、鎧に隠された素顔を見せてくれもしない。笑ってるところだって一度も見たことが無い。

 

 けれども、あたしにとってはそれで十分だった。

 師匠はあたしを蔑んだりしない。殴ったりもしないし、あたしの顔を見て泣いたりしない。

 

 だから、そんな師匠だからこそ、あたしは――――

 

 師匠がやることだったら、どんなことでも着いて行くって、そう決めた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

「師匠……」

 

 暗く沈んだ微睡から目覚め、ゆっくりと瞼を開く。

 視界に入ったのは、青白く光り、ごつごつとした洞窟の天井だ。

 何故ここに?師匠は?ダキア……は、どうでも良いけど、私はどうして気絶してたんだっけ? 

 と、目覚めたばかりの頭を働かせ、起こったことを思い出そうと目を閉じると、不意に洞窟内に甲高い声が響いた。

 

「い~~~や!私は放っておくべきだと思うね!魔族だぞ!?」

 

 生意気で自信に満ちた明るい女の子の声……この声は聞き覚えがある。

 カミラちゃんだ、師匠や魔王様の求める鍵を持った神官の少女……

 どうして彼女がここに?と、身を起こそうとしたところで、自分の腕が後ろ手に縛られていることに気付く。

 腕だけではなく、足も縄で縛られている。

 察するに、気を失っているところをカミラちゃん達に発見されて、そのまま拘束されていたのだろう。

 あたしとしたことが、迂闊だった。師匠に見られたら呆れられるかもしれないな。

 等と思いながら、なんとか腹に力を入れて身を起こすと、そのまま身をよじって洞窟の壁にもたれかかる。

 どうやら、ここは洞窟内の横穴のようだ。

 狭い部屋がいくつか繋がったような構造の穴の一つで、カミラちゃんと仲間達が何やら話し合いをしているらしい。

 

「で、でも……こんなところに放っておいたら死んじゃいますよ……そ、それは流石にちょっと可哀想というか……リガスさんはどう思います?」

 

「うーん……俺も魔族を助けるのはどうかと思うけど……ただ見捨てていくのも後味が悪いっていうのも分かるよ」

 

「っは~!やれやれだ、甘ちゃんたちめ!そんな気構えで迷宮を生き残れると思ってるのか!?」

 

 トゥーラちゃん、リガス君の声に続いてカミラちゃんの呆れたような声が洞窟に響く。

 全くだ。甘いにも程がある。

 思わずあたしも溜息を吐きながら、カミラちゃんの言葉に頷いた。

 敵を見つけておいて殺さずに助けるなんて、あたしだったら多分しないね。

 まあ、とはいえその甘ちゃん思考のお陰で、あたしも助かったみたいだけど……と、聞き耳を立てていると、カミラちゃんに僅かながらに反論するかのように、トゥーラちゃんがおずおずと口を開く。

 

「えと、その、同じ迷宮に潜ってるんですし……今の私達は敵である前に同じ冒険者ですよね……冒険者同士は助け合いが基本だってその……ギルドで……えへ……」

 

「それは……そうだがなぁ~……!」

 

 トゥーラちゃんの言葉に、カミラちゃんが困った様子で唸りながら腕を組む。

 冒険者ってそんなルールあったんだ。知らなかった。

 あたし冒険者じゃないから知ったこっちゃないんだけどな。

 ともあれ、連中がそういう意識でいてくれるのなら、あたしとしては大歓迎である。

 

 油断した隙に寝首を掻いて鍵を奪い取る。

 

 手足を縛った程度であたしの動きを封じたつもりかもしれないが――生憎、あたしは変化が得意な吸血鬼だ。

 ほんの少し、精神を集中させて変化の魔術を唱えると、瞬く間にあたしの手足がどろりとした赤黒い血に変わり、するりと縄を抜け出す。

 これで準備はOKだ。

 後は連中が隙を見せたところで襲い掛かる。

 3体1じゃ流石にちょっと厳しいかもしれないけど、最悪カミラちゃんだけ倒して鍵を奪い取って逃げれば――――

 逃げ……れば……

 

 そこまで思い至ったところで、ふと、あたしが気を失う前の状況について思い出す。

 そうだ、確か――いや、いやいや、待って、ちょっと、駄目じゃない?

 それだと、カミラちゃんから鍵を奪ったところでどうしようもないってか……え~~~~っと……うん……!?

 ヤバイ、どうしよう。

 

 あたしが考えを巡らしている一方、それに全く気付いた様子もなくカミラちゃんが会話を続ける声が辺りに響く。

 

「ま、あの魔族は置いておくとして、先に進むことを考えなくてはな、天才は常に一歩先を行かなければ」

 

「先って言うと、この先の魔物……ダゴンだったっけ?その話?」

 

「その通りだとも!さっきも言ったが、ダゴンのいる場所は洞窟の奥深く、というか出口だな。あのあたりは入口同様、水中だ。真っ当に戦ってはこちらが不利、というわけで、故に準備と作戦をしっかり練らないと――」

 

 ダゴン、ああ、ダゴン、あいつか……あいつかぁ~……!

 気絶する前の記憶を思い返す。

 そうだ、確かにこの洞窟の奥深く……水中であの巨大な魚人と戦った。

 あたしはそれでダメージを負ったのだ。

 

 尤も、それだけなら良かったんだけど……今の状況は……いや、う~ん……!

 考えれば考えるほど、あたし一人ではどうしようも出来なくないことに気付く。

 すごく不本意だけど……こうなればもう……腹を括るしかないか……

 

 あたしは吸った息をゆっくり、大きく吐き出すと、意を決して足を踏み出したのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

「――面白い話してるじゃん」

 

 私、こと天才神官カミラ様がリガス達にダゴンの脅威を語っていたところ、不意に洞窟内に聞きなれない声が響いた。

 声の主は――言うまでもない、さっき洞窟内で倒れているのを見つけた魔族、カンナだ。

 一体どうやったのか、手足を縛って転がしておいた筈が、いつの間にか縄を解いてごく自然に立っている。

 

「貴様、いつの間に!」

 

 私がモーニングスターに手をかけながら立ち上がると、トゥーラとリガスも、慌てた様子で武器を手に立ち上がり、構える。

 っは~!ったくもう、この二人は!判断が遅い!

 だから放置するか殺しておこうと言ったんだ私は!凡人が天才の言葉を素直に聞かないからこうなる!

 ともあれ、警戒しながら武器を構える私達を見たカンナは、しかし、それがどうしたと言わんばかりに薄く笑みを漏らし、ゆっくりと告げる。

 

「ふふん、嫌われたもんね……でも安心してよ、今はあんた達に手を出したりしないから」

 

「はっ!どうだかな!この私が魔族の言葉を易々と信じるほど愚かに見えるか!?」

 

 ジョーならまだしも、この大天才である私がそうそう簡単に騙されたりはしないとも!

 騙せると思っていたのなら、相当に間抜けだ!馬鹿魔族め!

 と、睨みつけていると、カンナは余裕綽々、といった様子で言葉を返す。

 

「敵の魔族を殺さないで助けてる時点で、かなり愚かだと思うけど?」

 

「ふふん、全くだな……だがそれはトゥーラがやったことなのでノーカンだ!私の愚かポイントには加算されてない!」

 

「へぇぇっ!?カミラちゃん!!?」

 

 敵ながら正論である、でも実際トゥーラがやったことだからな、私のせいじゃない!

 私は間違ってない、私は天才のままだ!

 トゥーラが何かを言いたげにこちらに視線をやるが、知ったことではない。

 

「言うねカミラちゃん、けど本当にあたしは今敵対するつもりは無いよ、3対1じゃ流石に厳しいし……それにカミラちゃん達、さっきダゴンの話してたでしょ?」

 

「……それがどうした?」

 

 ダゴンの話を聞かれていたのか。

 だが、私達が話し合っていたダゴン対策と、カンナが襲ってこない理由が繋がらない。

 疑問に思っていると、それに気付いたのだろうか、カンナはゆっくりと目を閉じ、そして語り出す。

 

「ふふ……そのダゴンのいる出口のあたり……洞窟の壁が崩れて……通れなくなっちゃったんだよね……」

 

「……………………はぁぁぁ!!!??」

 

 どこか申し訳なさそうにポツリと呟いたカンナの言葉の直後、思わず飛び出た私達の呆れた叫びが洞窟内部に反響するのだった。

 

 



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くたばれ人類

 

 ――カンナの話を纏めるとこういうことらしい。

 

 まず、私達に負けておめおめと逃げ帰った魔族共は第二層に隠れ潜み、傷を癒す。

 その後、第三層へと赴いたものの、第三層はこの淵の海だ。

 とてもじゃないが、先達の冒険者の知識や情報が無ければそうそう深く潜れるものではないだろう。

 事実、魔術を用いて海中を調べたザッパローグにも、明確に下層へ繋がる道筋は見つからなかったようだ。

 まあ、先達の冒険者が目印の杭やら何やらを撃ち込んでくれているとはいえ、それは冒険者だからこそ理解し、通じる符号だ。

 冒険者でないザッパローグでは理解できずとも仕方ないだろう。

 

 ともあれ、これでは埒が明かないと考えたザッパローグは、案内役を待つこととした。

 三層まで潜り、尚且つ四層までの道筋を既に理解している熟達の冒険者――つまりジョー達である。

 そこは私達でも良かったんじゃないか?と思うが、まあ、ジョー達の方が先に潜っていったからな。タイミングの問題だろう。許すこととする。

 さて、第三層に辿り着き、例によって深海を目指すジョー達を追い、ザッパローグ達も深海を目指す。

 ちなみに水中呼吸に関してはザッパローグの魔術でどうにかしていたそうだ。

 幅広い魔術が使える奴がいるとこういう部分で便利だな、と、ひしひしと感じる。

 それから深海に辿り着いたジョー達、ないしザッパローグ達はこの洞窟に入り、そして最下層の洞窟出口――ダゴンの巣へと向かう。

 と――ここで事件が起こる。

 

 ジョー達はここがダゴンの巣だということを理解していた。

 故に、気配を消し、水中の岩陰を通じてコッソリと第四層へと向かうつもりだったのだが……間抜けな魔族三人衆はそれを知らない。

 無論、ジョーを尾行する為に気配は消していたのだろうが、あくまでジョーに気付かれない為の隠密だ。

 巣に入り込んだ異物に対し、ダゴンは一切の容赦をしない。

 すぐさま水中を凄まじい速度で飛ぶように泳ぎ、ザッパローグ達を目掛けて襲い掛かる。

 こうなると、最早隠密も何もあったものではない。当然、ジョーにも気付かれるが――ダゴンの方もジョーに気付く。

 後はもう三つ巴の乱戦である。

 困ったことに、ジョーの水龍剣は水流を操る都合上、深海の主とも言うべきダゴンには攻撃が通りづらい。

 また、ザッパローグの方も水中では得意の雷を放てず、かといって他の魔術でそう易々と打ち倒せるダゴンではない。

 さて、そうなるとどうなるか、結果として接近戦を強いられる羽目になり――傷つけられたダゴンは、所狭しと暴れ回る。

 その結果として――――

 

「こうなった、と……」

 

「うん」

 

 カンナの説明を受けながらも歩を進め、洞窟の最奥に辿り着いた私達の前に待っていたものは、崩れた岩壁の山、山、山!

 ダゴンの巣から第四層へ向かう海中洞窟のルートが見事に岩で塞がれてしまっていた。

 本っ当に魔族はろくでもないことしかしない!

 ダゴンと戦うにしても、せめて素直に相打ちになるか見事打ち倒すかしてくれたら良かったものを。ちっ。

 私があまりのことに呆れて溜息を吐いていると、先程から気まずそうに顔を背けるカンナに対し、リガスが問い掛ける。

 

「で、カンナさんだけどうしてここに?ダゴンと戦闘してたんなら沈むか先に進むか……」

 

「ああ、それは簡単。あたしダゴンとの戦闘でダメージ食らっちゃってさ、師匠に一旦戻って傷を癒すように言われたんだよね。そしたら洞窟が崩れちゃって……」

 

「それで結局、傷も癒せず洞窟をうろついて倒れていた、と?」

 

 リガスの問い掛けに、うっ、と唸りながらも、渋々といった様子でカンナが頷く。

 

「正解。ま、吸血鬼だから放っといても傷自体は塞がったんだけどさ、気絶しちゃったのは不覚だよね」 

 

「……なんか不覚だらけじゃないか?魔族、やはり下等種族なのでは??」

 

「は、何、喧嘩売ってんの人間」

 

「はっ、何だ、図星を突かれて焦ったか?悔しいならもっと精進するのだな!私のように!!」

 

「カミラさん喧嘩しないの!!」

 

 間抜けな吸血鬼と私が視線をぶつけてバチバチと火花を鳴らしていると、焦ったようにリガスが間に入る。

 やれやれ、そこまで焦らなくても良いだろうに。

 いざ喧嘩になっても未熟な吸血鬼一匹、私の神聖術でそりゃもう悪鬼滅殺、縦横無尽といったものだ!

 などと思いながらも、当のカンナはフンッと不服そうにしながらも、それ以上に喧嘩を売ることも無く、顔を背ける。

 どうやら不満はありながらも、事を荒げるつもりは無いらしい。

 うん、愚かな魔族ながら身の程というものを分かっているようだ。偉いぞ!

 

「と……え、えっと、それで、カミラちゃん……これからどうします……?」

 

 私がクソザコ吸血鬼の態度に満足気に頷いていると、背後からトゥーラがおずおずと口を開く。

 確かに、こんな奴よりも今はどうやって先に進むかを考えるべきか……

 

「普通にこの岩をどかすわけにはいかないかな?」

 

「う~ん……難しいだろう。流石に水中に沈んだ岩まで運ぶ技術は無いし、そもそも岩を撤去するのに何日かかるか……だ」

 

「そ……そんなに何日もここで足止めされるわけには……ってことですよね……最悪、一旦帰るというのも……」

 

「それは嫌だ!」

 

 トゥーラの一時帰還の発言に、カンナが焦ったように振り向き、叫ぶ。

 

「師匠は……師匠はきっと、ダゴンを倒して先に進んでる。だったら、あたしも何とか……何をしてでも、先に進んで合流しないといけない」

 

「はぇ……そ……そうは言っても……」

 

 そうは言っても、先へ進む道が塞がれているのは事実。

 私はそう言いたげなトゥーラの言葉を遮り、カンナへ向かってニヤリと笑みを浮かべてやる。

 

「なるほどなるほど、そこまでして下層に行きたいなら、一応は他にも方法はあるが――カンナ、貴様、本当に下層へ向かう為に何でも出来るか?」

 

「――勿論!」

 

 私の問い掛けに、ほんの少し驚いたような表情を浮かべたカンナだったが、すぐさま輝く瞳をこちらへ向け、承諾すると、私もそれに柔らかな笑みを浮かべて返すのであった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「――さて、前にも言ったと思うが、第三層のルートはジョー達を含め、先達の冒険者が開拓してきたものだ。つまり私達の辿ってきたルートも『このルートなら下層まで行けるよ』というものの一つでしかない」

 

「ってことは……」

 

「ふふん、そうとも!つまり――冒険者がまだ見つけていない未知のルート、あるいは、見つけたものの帰還・報告出来なかったルート、というものも存在するはずだ!」

 

「今回はそれを探すっていうことですね……」

 

 あたしの眼前、自慢気に講釈を垂れるカミラちゃんの前で、その話を聞きながらもリガス君とトゥーラちゃんがチラチラとこちらを振り向く。

 話の内容、そしてこの状況に、思わずあたしもフーッと大きく息を吐き、呆れたように頭を抱えて呟く。

 

「……や、それは分かるよ……分かるけどさあ……この格好する必要は無くない!!!!??」

 

 そう叫ぶあたしは今、体に何とも心もとない水着を身に纏い、ついでに腰にロープを括りつけられた状態だ。

 何だ?あたしが魔族だからって恥をかかせたいのか?吸血鬼だぞこっちは!なんなら一番肌を晒すのに慣れてないのに!!水着!!

 と、憤っていると、カミラちゃんがやれやれ、とでも言いたげに呆れたように首を振って答える。

 

「その水着には水中呼吸の効果があるからな、それが無いと水中活動は出来ないぞ。流石にもうザッパローグの魔術は切れているだろう?」

 

「それは……」

 

「まあ、私としては貴様がずっとこの洞窟に留まって餓死したいと言うなら止めはしないがな!」

 

「ぐぬぬ……わ、わかったよ……そんで、このロープは?」

 

 人間というのはわざわざ水着に水中呼吸の効果をつけるらしい。馬鹿なんじゃない?人間は愚かなのでは?

 そんな疑問が浮かんだものの、ひとまずそれは棚に上げておいて、あたしの腰に括られたロープについて尋ねる。

 魔族であるあたしを用心して動きを封じているつもりだろうか?いや、だったら腕や足を括る方が安全な筈だし……などと考えていると、目の前に立つカミラちゃんが、ふふんと鼻を鳴らして自慢気に答える。

 

「何、安心すると良い!それは命綱だ!万が一の時はそれを引っ張って助けてやる!」

 

「……つまり?」

 

「うん、つまり――これから貴様を海にぶち込んで、ちょっとずつ新たなルートを開拓していく!!」

 

「……いや、それって炭鉱のカナリアっていうか、捨て駒の偵察隊みたいな――」

 

「ふふっ、せいぜい頑張ってくるのだな!魔族!」

 

「ばっ、ちょっ、ま―――――くたばれ人間!!!!!!!!」

 

 そう叫びながら――炭鉱のカナリア、ないし深海の吸血鬼たるあたしは、暗い深海へとぶち込まれるのであった。

 

 

 



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海底の吸血鬼

「ぶわっは!!」

 

「おや、おかえり」

 

 息を整えながらも水面から顔を上げて、洞窟の中を見回すと、のんびりと焚火の前に陣取るカミラがなんとはなしに口を開く。

 

「何がおかえりさ、ブッ殺すよクソ神官」

 

「はっ!この私の手足になって役に立てるんだ!むしろクソ魔族には感謝してほしいくらいだがね!」

 

 ざばり、と水を滴らせながら洞窟内へ上がるあたしに自慢げにそう語ると、カミラちゃんはそれで、と続ける。

 

「で、調査結果は?」

 

「ロープの範囲内には何も無かったよ、ルート探すならもうちょい遠出しなきゃね」

 

「で……でもロープはこれしか無いですし……」

 

 カミラちゃんのパーティメンバーとあたしは焚火を囲みながら、あたしの腰に括りつけられたロープを解く。

 ロープの範囲内で行けるところまでは探索した。が、持ち運び出来るロープで探れる範囲なんてタカが知れたもの。

 大した結果は得られなかったのだ。

 ということを言って聞かせると、困ったように頭を抱えるリガス君とトゥーラちゃん……と対照的に、相も変わらず偉そうに腕組みをするカミラちゃんが言い放つ。

 

「となれば命綱無しだな、よし、頑張って死にに行ってくれ魔族!」

 

「あんたさっきから喧嘩売ってんの!!?」

 

「はっ、馬鹿を言え!魔族如きに喧嘩を売る価値があると思うか?これは義務!そう、つまり卑劣でダメダメな物はより優れた天才!つまり私に従うべきだという事実!ふふん、さあ行け!テイムされた魔獣が如く!」

 

「あたしコイツ嫌い!!」

 

「慣れると可愛いもんですよ」

 

 堂々と胸を張り、自分の為に尽くせと言ってのけるカミラちゃんを刺して、色々と諦めたようにリガス君があたしに言う。

 いや慣れんわ。

 ともあれ、師匠に追いつく為にも、ここであたしが手をこまねいているわけにもいかない。

 尺だが、どのみちあたしが海に飛び込むしか無いのだろう。

 

「とはいえ、命綱無しはちょっとね……しゃーないなあ……」

 

 うんざりして溜息を吐きながらも、あたしは自分の人差し指に牙を突き立てる。

 と、指先から流れ出した血が糸のように細く伸び、先程のロープの先端に巻き付いた。

 

「はええ……血、血の魔術ですね……!はじめて見ました……!」

 

「ふふ~ん、でしょ?こればっかりは吸血鬼の専売特許だからね!まあ師匠からしたら他の魔術も覚えてほしいんだろうけど……」

 

 てかあたしももっと他の魔術覚えたいけど。

 こればっかりは向き不向きがあるので仕方ない。

 トゥーラちゃんのこと馬鹿に出来ないな。と、考えながら、指先から流れ出る血液をスルスルと長く伸ばしていく。

 

「何かあったらこれ引っ張るから、ちゃんと引き上げてよね」

 

「ふふん、任せておけ!こちとら天才だからな!」

 

 その天才が積極的に魔族殺しに来てるじゃん。

 と、思わないでもないが、喉まで出かかった言葉をぐっと堪えると、あたしはまた深い深い海の底目掛け飛び込むのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 あたかも星々が隠れた真夜中の如く、暗く、漆黒に染められた海の底。

 とはいえ、吸血鬼としてはむしろ望むところといった明るさだ。

 吸血鬼の持つ目は夜闇の僅かな光を捉え、ぼうっと歩く人間を静かに狩るのに適している。

 深海の闇も、あたしにとってはそこまで問題にはなり得ない。

 

「……てなことまで、分かっててあたしに行かせてんのかな、カミラちゃんは」

 

 ふと、そこまで思い至り、ポツリと独り言ちる。

 や、まあ、他の人間達じゃこうして血液を命綱に変質させるなんて出来ないし、灯もカミラちゃんのヒーリングトーチしか無いから、っていうのもあるんだろうけど。

 いずれにしても、この海中探索にかけてはあたしが最適ではあるのだ。

 まあ単純に面倒臭いのと魔族憎しで押し付けてきただけかもしれないが。

 

「ま、この状況で他の奴らにいられてもかえって――うわぉ!?」

 

 などと考え事をしながら泳いでいるあたしの眼前に、突如として上空……いや海上?から巨大な塊が降り注ぐ。

 すんでのところで躱して上から覗くと、塊の正体は巨大な岩石――否、魚か?

 体の半分近くが石化した巨大魚が口をぱくぱくと動かしながら、必死に尾鰭をばたつかせ、海底の砂を巻き上げていた。

 

「トゥーラちゃんか……えっぐいことするなあ……」

 

 石化魔術しか使えない、という話だったが、あのダキアをして一時的に完全石化される程の石化魔術の精度・出力だ。

 多少なりとも石化耐性があっても抵抗は難しいのだろう。

 いや、というか完全石化から多少なりとも回復してアレだったりするのだろうか?

 

「……やっぱあの3人をあたし一人で襲うのはキツいかも」

 

 と、思わずぞわりと背筋を震わせながら呟くと、その間にも巨大魚はなんとか、といった風に体を持ち上げ、地上でジャンプでもする時のように、海底を跳ね上がり、どこかへと去っていく。

 もしかしたら他にもああいった中途半端な石化をした海底モンスター達がいるのだろうか。

 いたとしたら――まあ石化しているから敵では無いだろうが、目の前で暴れられるのは少し困る。

 なにせあの巨大魚に辺りの砂を巻き上げられたことで視界が悪い。

 流石の吸血鬼と言えど、夜闇の暗さではなく砂埃や煙のようなものを見通すには苦労するのだ。明るさとは別の要素だから。

 ともかく、この砂が落ち着くまで待たないと――あたしがそう考え、海底に足を着けると、不意にこつん、と、冷たく、硬いものが足の裏にあるのを感じた。

 岩ではない。つるりとした表面は例えるなら槍の持ち手のような――つるりとした金属製の物体。

 

「まさか」

 

 あたしはゆっくりとしゃがんで、足元に沈むそれを持ち上げ、しげしげと眺める。

 物体の正体は金属製の杭だ。

 そこまで長くは無いが、岩盤に突き刺し、目印にするには丁度いい。

 そして、今までは砂で隠れていたのだろうが、改めて見ると杭の上部には目印だろう。

 わかりやすく、赤い派手な布が括りつけられている。

 恐らくはこれが先達の冒険者の目印、というやつなのだろう。

 見ると、あの魚が周囲の砂を巻き上げたおかげか、辺りにも、あたかも足跡の如く赤い布が海底に顔をのぞかせているのが見える。

 

「あとはこの目印の先に何かあれば良いんだけ……うわ、なにこれダッサ!」

 

 ひとまずカミラちゃん達に報告に戻るべきか、そう考えながら杭に括られた布を眺めて、思わずあたしは顔を顰める。

 

 布にはこれまた派手な金の糸で刺繍が施されていた。

 こんな探索用の杭にここまでする意味があるのか、本当に人間は愚かだ。

 しかも、何か重要な情報を刻んでいるのかと思ったら、全く意味の無い自己満足――

 

 【勇者参上!】

 

 そんな、呆れるほどにくだらない文言が、赤い布に刻まれていた。

 

 

 

 



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海底神殿

 深海のどこまでも続くのではないかと思えるほどの漆黒の中にあって、場違いに淡く光る球体の元、光に照らされた金髪を水に揺らす美しい少女――まあ私なのだが、が、呟く。

 

「海底神殿?」

 

「だと思う」

 

 私の視線の先にいるのは、じっと目を凝らして深海の闇を見つめる吸血鬼、カンナだ。

 私の神聖術、もといヒーリングトーチが無ければろくに視界が開けない私達とは違い、吸血鬼である彼女は闇の中でも視力が効くらしい。

 尤も、私達を迷わせようと嘘でもついているのならまた別だが――と、浮かんだ私の疑念を払うかのように、リガスが海底の砂に刺さった一つの杭を指差す。

 

「ここにも目印の杭だ。こっち側に何かあるのは間違いないみたいだね」

 

「勇者参上!ですか……ううん……」

 

 リガスが指差した杭を見ながら、トゥーラがどこか不安気に眉を歪ませる。

 『勇者参上!』私達はそう書かれた布を括りつけられた杭を頼りに海底を進んで来た。

 等間隔で置かれた杭に導かれるように進んだ先に、実際ようやく海底神殿が見えてきたわけだが――

 

「この杭を打ち込んだ奴、アホっぽいんだよなあ……私と違って」

 

「いやカミラさんも割と」

 

「は???」

 

「ま、まあまあ、でもほら、勇者って言ってますし……」

 

 聞き捨てならない言葉をポツリと呟いたリガスに私が問い詰めようとすると、それを遮るようにトゥーラが口を挟む。

 ちっ、まあ良いさ、聞き間違いか何かだろう。

 私の天才っぷりをここまで散々に体験しているリガスが私に異を唱える筈が無いものな。ふふん。

 しかし、勇者……う~む……私は唸りながら水中に身を浮かべると、背後のトゥーラに振り向いて答える。

 

「勇者と言ってもピンキリだぞトゥーラ、自称してるだけの偽勇者もいれば自身で名乗らないくせに教会からは実力を認められて称号を授かっている者もいる。ま、勇者だからと言って信用できるかどうかは別、というわけだ」

 

「つまり、あの海底神殿が安全かどうか分からないってことでしょ」

 

「そういうことだ、魔族のくせに理解が早いじゃないか」

 

 私がそう言ってやると、カンナはそりゃどうも、と言いながら呆れたように息を吐いた。

 なんだなんだ、素直に褒めてやったというのに、ひねくれた奴だ。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……でかいな」

 

 闇に閉ざされた海の底、暗い深海よりも尚も黒く、威圧感のある巨大な神殿の影が目の前にゆらりと浮かんでいた。

 かつては白く神聖なものであったのだろう神殿は、今はフジツボや貝であったり、あるいは海底の砂であったりがまとわりつき、遠目からでは海底に沈む岩山か何かにしか見えないだろう。

 しかし、その巨大さ、ヒーリングトーチの灯では全体が見渡せない程の広さは、かつての荘厳さ、威容を感じさせるには十分なものだった。

 

「さて、見つけたからには中を探索しなければな、いけカンナ!」

 

「ナチュラルにあたしに特攻させようとすんのやめてくんない?」

 

 神殿を指差し、カンナに中を調べるように命じると、等のカンナは露骨に嫌そうな表情を浮かべて私を睨む。

 

「ったく、神官様が魔族を嫌うのは分かるけどさ、こんな未知の神殿に先行しろってのは無茶ってもんでしょ」

 

 呆れたようにそう言うカンナに、私は首を横に振ると、哀れなものに言って聞かせるように優しく答えてやる。

 

「ふっ、分かっていないな吸血鬼は、未知の神殿だからこそ、だ。私達のパーティは残念ながら斥候と呼べる奴がいない」

 

 一応リガスは斥候の技術も持っているのだが、本文はあくまで戦士、戦闘要員だ。

 

「対してカンナ、貴様は例え神殿内部が暗かろうがどうだろうが、少なくとも視界を封じられることは無い、しかもさっきの探索で使った血の糸を使えば、周囲の安全もわかるんじゃないか?」

 

「……そりゃまあ、出来るけど」

 

「なら決まりだろう、ふふん、適材適所、というやつだ!何も私は貴様が嫌いだから任せてるわけではないぞ!天才神官はそんな浅はかな思考では動かないのだ!」

 

「そうだったんだ……」

 

「て……てっきり浅はかな思考で動いてるんだとばかり……へへ……」

 

「あれっ、リガス!?トゥーラ!?」

 

 こ、こいつら……カンナはともかく、リガスやトゥーラにもそんなに浅はかな人間だと思われていたのはちょっと心外だ。

 確かに私は魔族のことを基本的にカスだと思ってはいるが、それはそれ、これはこれなのだ。

 その辺りを分けて考えられるからこそ天才なんだぞ。

 と、気を取り直して傍らのカンナにもう一度命じる。

 

「そういうわけで、行けカンナ!」

 

「……は~……ったくもう、わかったよ、でもあたしの後にあんたらもちゃんと続いてよ?中でボスモンスターとかいたら困るんだからさ」

 

「勿論だとも」

 

 そう答えると、カンナは意を決したように神殿へ目を向け、入り口と思しき門に向かって泳ぎ始める。

 巨大な門は閉じられてはいる物の、海水による劣化か、あるいは巨大な海生モンスターがぶつかりでもしたのか、所々が朽ちている為、通るには苦労しない。

 隙間を縫うように進んでいくと、そのうちいくつもの柱が立ち並ぶ、巨大な通路へと辿り着いた。

 往時はさぞかし神聖な大神殿だったのだろうが、巨大な柱はやはり水の勢いに侵食されて、所々ひび割れ、朽ちている。

 その通路を進んだ先、恐らくは大広間か何かがあるのであろう、閉ざされた門へと辿り着く、と、カンナが手で私達に止まるように合図を出し、門の前へ軽やかな動きで泳ぎ着く。

 

 カンナはそのまま門へ手をかざすと、何やら呪文のようなものを唱えて手の平からぼこり、と自身の血液を噴出させる。

 水に混ざって霧散するかに思えた血液だったが、カンナの手の動きに応じるように、血液は一箇所に纏まり、固まり、細長い糸を形作る。

 その糸を門の隙間に通し、目を閉じてじっとしていたカンナだったが――少しの後、驚いたように目を見開くと、カンナは慌てて背後の私達へと向き直る。

 

「カンナ?どうし――」

 

「ヤバいのが来る!」

 

 そう叫び、出口へ向けて泳ぎ去ろうとするカンナだったが、その直後、水の中を伝わる重苦しい響きと共に、海底神殿の門がゆっくりと開き――

 その門の隙間から、ギラギラと緑色に光る巨大な瞳が、じっと私達を見つめていた。

 

 

 



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魚巨人

 重く、のしかかるような威圧感を感じさせる鉄の扉がゆっくりと開き、岩肌に擦れる振動が水中に伝わる。

 少しずつ開かれた門扉の間から見えるそれは、人のような体躯を持ちながらも、しかし、一目で人間とはまるで違う存在だと私達に認識させる。

 何せ見上げる程の巨躯に、それを覆うぬらぬらと艶めく鱗、背中に立ち並ぶ透き通る鰭と尾鰭のような尻尾、ぎょろりと不気味に光る丸く大きな瞳と、緩く開いた口元からはいくつもの鋭い牙が立ち並んでいる。

 この怪物こそ――

 

「ダゴン……!」

 

 私が口を開くのとほぼ同時、感情の見えないぎょろりとした目を私達に向けたダゴンは、ぼこりと一つ、首筋の鰓から空気を吐き出すと、そのまま凶悪な口元を大きく広げ、叫ぶ。

 

「■■■■■■■――――!」

 

 耳をつんざくような甲高い音、言葉とも悲鳴ともつかない金属音のような不気味な咆哮が水中に響き渡ると、ダゴンはゆっくりと首を前に傾かせ、構える。

 

「来るぞ!」

 

 私が言うが早いか、ダゴンの巨体が恐るべき速さで水中を駆ける。

 が、私の指示のおかげだろうな。巻き上げられた水流に流されながらも、パーティ一同は皆、なんとか攻撃を避ける。

 一方でダゴンは勢いそのまま、神殿の外壁にぶつかると、轟音と共に海底の砂を巻き上げながらようやく制止する。

 なるほど、神殿の入口の柱やら何やらが崩れていたのは経年劣化だけではなく、こいつの戦闘によるものだったのかもしれない。

 などと私が考えを巡らせていると、カンナの慌てた声が私の耳に響く。

 

「あいつ、こっち狙ってきてるんじゃない?その灯もう消したら!?」

 

「馬鹿を言え、貴様みたいな吸血鬼じゃないんだぞ!ヒーリングトーチの灯を消したら海底神殿の中で何も見えなくなる!」

 

「クッソ……人間って無能!」

 

 お、なんだ?やるか?

 悪態をつきながらダゴンへ向き直るカンナに一言なにか飛ばしてやろうと思う私だったが、しかし、そんな場合ではない。

 突進で距離が取れたのも束の間、ダゴンはすぐさまこちらへ向かって泳ぎ始める。

 水中での単純なスピードは私達とダゴンでは比べるべくもない。素直に逃げ切るのは不可能だろう。

 

「素直には、な!トゥーラ!」

 

「は……はい!ブレイク!」 

 

 私が声を掛けると、トゥーラがそれに合わせてすぐさまブレイクの魔術を唱えると、炸裂した魔術はダゴンの右腕を一瞬にして石の塊へと変える。

 さしものダゴンも突如として石化した右腕にバランスを崩されると、そのまま海底神殿の床へ転がるように沈み、ぶつかる。

 そしてその隙を逃す私達ではない。

 

「よーし!やれ、リガス!」

 

「カンナさん、行くよ!」

 

「えっ、ちょっ、ああもう!了解!」

 

 私の指示でリガスが水中を駆けると、カンナもそれに続くように泳ぐ。

 リガスは素早く泳ぎ、転倒したダゴンへと近寄ると、腕に装備した鋭い爪をダゴンの首筋に突き立てる。

 

「せー……のっ!!」

 

「■■■――!!!」

 

 掛け声と同時に、リガスが突き立てた爪を振るい、肉を裂くと、再びダゴンの悲鳴のような咆哮が辺りに轟く。

 

「まだまだ!」

 

 リガスに続いて接近したカンナがダゴンに手をかざすと、水中に混じるようにしてどろりと漂った血液が、瞬く間にねじれ固まり、赤い血の銛へと姿を変える。

 カンナがかざした指先を弾くと同時、周囲に生み出した血の銛がダゴン目掛けて襲い掛かり、ダゴンの晒した腹部へと突き刺さる。

 

「■■■■■――――!!!」

 

 またしてもダゴンの咆哮が響くと、ダゴンは突き刺さった銛を引き抜こうと身をよじる。

 着実にダメージを与えてはいるのだろう。

 辺りの海水に混じり、ダゴンの緑色の体液が滲んでいる。

 

「これなら……!」

 

 苦しむような素振りを見せるダゴンに、追撃を仕掛けようとリガスが爪を突き出す。

 石化で動きを封じた上で、おおよそ生物の弱点であろう首筋と腹部へダメージを与えたのだ。

 このまま倒し切れれば文句は無いのだが――

 

「――――下がれリガス!」

 

 私が指示を出すよりも早く、ダゴンが動き出す。

 まさか、と言うべきか、自らに攻撃を仕掛けるべく爪を突き出したリガスに対しダゴンは身をよじり、石化した右腕を構えたのだ。

 

「なっ……!」

 

 リガスの突き出した爪は、巨大な石の塊と化したダゴンの腕に当たると、僅かに表面に切り込みを入れるにとどまり、弾かれる。

 そして、敵の隙を逃がさないのは私達だけではない。 

 

「う……がぁっ!!」

 

 攻撃が弾かれ、リガスの体が水中に浮かんだ一瞬、ダゴンの突き出した左拳がリガスの体を捉え、弾き飛ばす。

 水中では石化した腕にバランスを崩され、泳ぎのスピードが鈍くなる――少なくとも、この第三層において出会った魔物達の大半はそうだった。

 だが、失念していた。

 ダゴンは魚ではなく、魚人であり、手足がある。

 で、あれば、必ずしも遊泳に拘る必要は無いのだ。

 あたかも大地を踏みしめるが如く、両脚で海底を踏みしめ、拳を突き出すことが出来る。地を跳ねることが出来る!

 

「リガス!」

 

「っ……たくもう!人間ってこれだから!」

 

 弾かれるようにして吹き飛ばされたリガスの体だったが、幸い、リガスの後方で控えていたカンナが再び血を凝固させ、網のような形を作り出すと、それでもってリガスの体を受け止める。

 が、しかし――

 

「安心するなカンナ!」

 

「え――わっ!」

 

 無事にリガスを受け止めたカンナだったが、それを見てダゴンも動き出す。

 泳ぎではない、海底神殿の床を蹴り、跳ねるようにして石と化した右腕を武器のように振るう。

 幸いにして、今回は私の指示が早かった。

 すんでのところでカンナが血の盾を作り出すと、巨石の右腕を防ぎ、逆に吹き飛ばされる衝撃を利用して後方に控える私達の元へと戻る。

 

「カンナ、リガスは!?」

 

「気絶してる!人間って軟弱じゃない!?」

 

「オッケー!治療する!」

 

 見ると、気を失った様子のリガスは、口元からごぽりと血を吐き出している。

 死んでこそいないが、ダゴンの攻撃で内臓にダメージを受けたのだろう。

 私は状況を把握すると、手早くリガスの腹部に手をやり、ヒールをかける。

 

「わ……私の石化のせいで……」

 

 と、血を吐きながら呻くリガスの様子をトゥーラが青ざめた表情で見ながら呟く。

 トゥーラのせいではない。私もリガスも、道中トゥーラの石化魔術に頼りっぱなしだった。

 水中であれば、例え体の一部でも石化させさえしてしまえば相手の動きを封じることが出来る、心のどこかでそんな油断があったのだ。

 直接攻撃して反撃食らったのはリガスだから、まあ、リガスが一番悪いんだが、その油断が無ければ私ももうちょっと早く指示を出せたかもしれない。

 いずれにせよ、気を失った戦士を抱えての戦闘継続は困難だ。

 後はもう何とかして逃げるしか――

 

「■■■■■■―――――■■■――!!!!!」

 

 そんな私達の思惑を断ち切るように、耳をつんざくような咆哮が轟く。

 

「うっさ……!何やってんのあいつ!?」

 

「はっ、負け惜しみだろう!バーカバーカ!今のうちに逃げるぞ!」

 

「待っ……か、カミラちゃん……あ、あれ……!」

 

 威嚇で吼えてるだけなら結構。

 その間に距離を取って――などと考える私に、トゥーラの震える声が届く。

 トゥーラが指差したのは私達の後方、先程開いた神殿の大扉の奥から、ヒーリングトーチの光に照らされた影がゆらゆらと揺らめいているのが見えた。

 小さい、私達と同じくらいの大きさしかない影は、しかし、一つ、二つ、三つ、十、二十、三十、幾多もの影となり、光の元へ姿を現す。

 影の正体はダゴンと同じく全身を鱗に覆われた魚人の群れ――マーマンだ。

 単体では大したことの無い魚人の魔物、だが、その群れが今――ダゴンと対峙する私達の周囲を、ぐるりと囲んでいた。

 



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 荘厳に佇む海底神殿の中にあって、場に似つかわしくない甲高い唸り声のようなものが周囲から忙しなく響く。

 唸り声の主であるマーマンの群れ、その中の何匹かが私達を嘲るように笑いながら、手にした銛を次々に勢いよく突き出した。

 

「こっ……の!」

 

 リガスを抱えたままのカンナが、咄嗟に血の槍を作り出して眼前に迫る刃先を弾き返すと、その隙にと後方から別のマーマンが襲い掛かる。

 

「させるか馬鹿め!プロテクション!」

 

 が、そちらのマーマンの攻撃は私の作り出した神聖術の防壁に阻まれる。

 当然!この私のプロテクションをマーマン如きが破れる筈もないので、すごすご逃げ帰るのみだ、が……問題は……

 

「数が多い……!」

 

 背中合わせに構えるカンナが、血の槍を構えながら呟く。

 そう、マーマン1匹だけなら大した敵ではない。

 だが今の私達はゆうに30匹は超えるマーマン達に前後左右、それに上下までもを囲まれている状態だ。

 地上であればともかく、連中に地の利がある水中でこの状況はかなりマズい。

 先程弾かれたマーマンが後方へ下がると、マーマン達は互いにキィキィとした声を発しながら、次は別のマーマン達が複数匹で銛を手に前進する。

 

 防ぐだけでは駄目だ。一撃で倒さなければこうして後方へ引かれて体制を立て直されてしまう。

 が、如何せん、私の神聖術は攻撃がメインではない。

 いや、無論、ホーリーハンマーとかを使えばマーマンの1匹や2匹程度なら余裕で屠れるんだが?

 だが、ホーリーハンマーは神聖力の消耗が激しい技であることも事実だ。そうそう乱発して良いものでもない。

 

 本来であればこういう多数の雑魚相手にこそトゥーラの魔術が役に立つのだが――

 

「……ブレイク!」

 

 そう思った矢先、私とカンナの間で杖を握りしめていたトゥーラが、迫るマーマン達へと魔術を放つ。

 石化の魔術がマーマン達目掛けて炸裂すると、瞬く間に1匹のマーマンが石像と化し、音もなく海底へ沈んでいく。

 が、後続のマーマン達は驚いた様子を見せつつも、特に体のどこかが石化した様子もなく、止まらずに突き進む。

 

「っ……!なんで――」

 

「ホーリーハンマー!」

 

 トゥーラ目掛けて銛を突き出すマーマンだったが、その攻撃は私の放った神聖術によって阻まれ、光の鉄槌に体を飲み込まれ、吹き飛ばされる。

 見事!やはり私のホーリーハンマーならばマーマン程度は一撃で屠れるのだ!有言実行!

 が、トゥーラがウダウダしているせいで使いたくないホーリーハンマーを早速使ってしまった!クソ!有言不実行だ!

 思わず私は傍らで杖を握りしめるトゥーラに目を向ける。

 

「トゥーラ!何をしてるんだ!もうちょっと――」

 

「す……すいません、や、やってるんです……いつも通りにやってるのに……!」

 

 私の声に怯えた様子で、トゥーラはびくりと体を震わせる。

 いつもだったらトゥーラの石化魔術だけで、この程度の雑魚の魔物は一気に石化させられるだろう。

 が、先程放った魔術はマーマンの先頭1匹を石化させるのが精一杯の様子だった。

 恐らくは、だが、先程のダゴンとの戦闘で、奴にかけた石化の魔術が逆にこちらのピンチに繋がったことを気にしているのだろう。

 魔術や神聖術、体に宿した魔力や神聖力といったものは、使い手の精神状態に大きく影響を受ける。

 出来ると思えば出来るし、出来ないと思うと途端に出来なくなるものなのだ。

 

 歴戦の冒険者、あるいは私のような天才であれば戦闘中の失敗の一つや二つ、微塵も悔いることは無いが、トゥーラは冒険者としての経験自体はまだまだ浅い。ついでに元来そこまでメンタルが強いタイプでも無いだろう。

 戦闘に意識を切り替えようにも、心のどこかで自分の魔術に疑念を覚えてしまったのだろう。

 

『本当に石化の魔術を撃って良いのか』

 

『また失敗するのではないか』

 

 そういった不安が無意識に魔術の発動そのものに影響してしまい、威力が十全に発揮されないのだと思う。

 ……まあ、そういうのはもう少し余裕のある時に経験しておいてもらいたかったが!!

 正直すごい言いたいことはあるが、それはそれ!今ここでトゥーラを更に追い詰めるのも愚の骨頂だろう。

 そう、私は独りよがりで自分勝手な天才ではない!味方のケアが出来る男!いや、美少女!

 

「慌てるなトゥーラ、確実に一体づつ石化させるだけでも良い!」

 

「は……はい、すいません……!」

 

 とは言ったものの、トゥーラの石化が無いこの状況はやはり厳しい。

 ましてや、敵はマーマンだけではない。先程まで戦闘をしていたダゴンも、マーマン達の後方から未だにじっと私達を見つめているのだ。

 既に右腕の石化は解けているようだが、恐らくは先程の戦闘でリガスとカンナが与えたダメージから、こちらに多少の警戒をしているのだろう。

 自身が私達に向かって積極的に攻撃を仕掛けてくる様子は無い。

 一応はありがたい状況……と言えるだろう。

 

「ともあれ――どうする、カンナ!」

 

「天才大神官様なんでしょ!あんたが考えなよ!」

 

 言っている間にも、マーマン達は絶え間なく銛を突き出し、上下左右から私達へと襲い掛かる。

 血の槍に石化魔術に神聖術に、と、私達も上手く防いではいるのだが、流石にこれが続けばそう遠くない未来、私達は力尽きてマーマンの餌にされるだろう。

 カンナの言う通り、天才の私が何とかする手段を考えなければいけな――

 

「っだぁ!?」

 

 私が思案を巡らした途端、突き出されたマーマンの銛が私の頬を掠めて飛んでいく。

 私達にいくらか撃破されたためか、マーマン達は遠巻きに私達を見下ろしながら、手にした銛や石を投げる作戦に変更したようだ。

 確かに、囲まれた状態で逃げられない敵に対して自ら肉薄する理由も無い。なかなか頭が良い。魚のくせに!

 

「チッ……!」

 

 舌打ちをしながら飛んでくる武器を弾くカンナを見下ろしながら、周囲を囲むマーマン達がギィギィと耳障りな笑い声を上げる。

 ギョロリと光る大きな目で私達を見下し、勝ち誇るマーマン達。

 その後方に控えるダゴンも、最早マーマン達だけで十分だと確信したのか、息絶える寸前の獲物を見るかのような、余裕すら感じる瞳をこちらにじっと向けていた。

 

「……腹立たしい」

 

「何が!?」

 

「私はなあ……カンナ!自分が優位に立った途端、これでもう勝ったな!とばかりに余裕こいてこちらを見下してくる馬鹿が大嫌いなんだ!」

 

 私がそう言うと、カンナが物凄く怪訝そうな目でこちらを見つめてきたが、そんなことはどうでも良い。

 私はああいう奴らが嫌いだ。何故なら、私は天才だから、私の方が上だからだ!

 私が奴らを見下すのは良い!天才だから!実際に優秀なんだから仕方ない!が、奴らは数で群れて優位に立ってるだけだ!一匹一匹はカスにも劣る雑魚モンスターのくせに、それで勝った気でいる!実に愚かだ!

 

「が……私はそういう奴らに吠え面をかかせるのが大好きだ!!」

 

 じっとこちらを見下す目――あのギョロっとした目を、全部ぶっ潰してやる。

 私はそう決意すると、それまでずっと傍らに浮かべていた光――ヒーリングトーチを解除した。

 闇夜に閉ざされた深海を照らす為の灯、それを解除したことで、神殿内部は瞬く間に漆黒の闇へと姿を変える。

 当然ながら、マーマン達も一瞬、私達を見失い、銛の投擲も中断される。

 が、マーマンやダゴン、元来暗い海中に住む生物というのは、海中でも僅かな光を捉えて目で物を見ているのだという。

 このままならすぐさま元の闇夜に目が慣れて私達を一方的に襲いにかかるだろう。

 そう、このままなら、な!

 

「カンナ!ちょっと、いやかなり痛いかもしれないが――悪いな!目を閉じろ!!」

 

「はっ、目を閉じっ、なん……」

 

「ホーリーブレス!」

 

 瞬間、漆黒の海底に一際明るく強い閃光が辺りを照らす。

 ホーリーブレス。神聖術による聖なる光の放出だ。

 本来であれば単純に広範囲に神聖力を撒き散らし、周囲のアンデッドを滅する為の神聖術、まあつまり普通のブレス同様、闇の眷属以外には効果の薄い術ではあるのだが――

 

「■■■■――!?」

 

「あああああああっっっっっづぅぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 やはり、だ!

 僅かな光を捉え、暗闇に目を凝らすマーマンやダゴン達にホーリーブレスの閃光が突き刺さる。

 奴らは嗅覚や音よりもまず目で獲物を捉えているようだったからな!これで少しの間、奴らの目も眩むだろう!

 まあ隣でおもっくそホーリーブレスの光を浴びたカンナは魔族への特攻効果で全身が焼けたようにのたうち回っているが、それはそれ、高位の魔族ならホーリーブレス一発程度で死にはするまい。

 

「ということでカンナ!貴様の目が頼りだ!今のうちに私達の手を引いて逃げるがいい!」

 

「この状態でよく助けてもらえると思えんね!!あたし別にあんたら捨ててっても良いんだけど!!?」

 

「ふふん、捨てていったら、それはそれで困るんだろう?」

 

「そっ……ああもう!!」

 

 なんとも悔しそうな喚き声を上げながらも、深海の暗闇の中、カンナはしっかと私とトゥーラの手を引いて泳ぎ始めるのだった。 

 

 



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亀裂と声

 馬っっっ鹿じゃないの!!!??

 

 大声でそう叫んでやりたい衝動を抑えつつも、あたしは両手にカミラちゃんとトゥーラちゃんの手を繋いだまま、急な光に目をくらましているマーマン達の間をするりと泳ぐ。

 そりゃまあ、あたしはこれでも立派な吸血鬼だし、ましてやこんな暗闇だったら少しくらい肌が焼けてもまあすぐ回復するけどさあ!

 あたしの視界を頼りにしておいて、あたしを巻き込むの前提の技ぶっぱなすのってどういう気なの!?この神官様は!魔族嫌いなの!?嫌いだよね!神官だもんね!!クソ!!

 等々、色々と罵ってやりたいのは山々なのだが、折角マーマンの視界を塞いだのに声を出しては元の木阿弥だ。

 いささか癪だが罵詈雑言は後に取っておくとしよう。

 まあ言ったところで『普通の奴がやらないことをやるからこそ天才なのさ!』なんて開き直られそうな気もするが。

 いやもう、本当に腹立つなこいつ。後で見てろマジで。

 などと考えながら、海底神殿から脱出すべく神殿の入口、倒れた柱や瓦礫の隙間へと向かって泳ぐ私だったが――

 

「■■■■―――!!!」

 

 けたたましい咆哮と共に、マーマン達の背後に控えていたダゴンが暴れ出す。

 逃げようとしていることがバレたのか、いや、だとしてもまだ光に目がくらんだままの筈、あたし達の姿は見えていない筈だ。

 目が見えないのなら、あたし達を直接狙うことは出来ないだろう。

 そう思ったのも束の間、咆哮を上げたダゴンはそのまま腕を大きく振り上げ、神殿の柱へ叩き付けた。

 

「ばっ……!」

 

 びしり、と亀裂の入る音が響き、そのまま柱が崩れると、今まさに目指していた神殿の入口に崩れた柱と瓦礫の山が降り注ぐ。

 

 ――逃げ道を塞がれた。

 まずい。

 瓦礫と巻き上げられた海底の砂に覆われて、入口は最早あたしにさえも見通せない状態になってしまった。

 注意深く探せば瓦礫や柱の隙間を伝って外に出ることも可能化もしれない。

 だが、そんなことをしている間にもマーマンやダゴンの視界は回復し、瞬く間にまた周囲を取り囲まれるだろう。

 そうなれば今度こそ逃げ場はない。

 

 あたし達を逃がさないためにそこまでやるあたり、もしかしたらあのダゴンには知性があるのかもしれない。

 思えば、右腕を石化されながらもそれを利用して戦闘を続けるのも、状況を理解して手下達を呼び集めるのも、知性あっての行動だったのだろう。

 だが、それが分かったところでどうする?

 相手の強さがより顕著になっただけじゃないのか?

 

 逃げ道を塞がれたあたしは、慌てて辺りを見回す。

 他にどこか逃げられるところは無いか、神殿の奥は?駄目だ、行くまでに時間がかかりすぎる。

 ひとまず岩の影にでも隠れるか、駄目だ。さっきダゴンの知性を知ったばかりだろう。すぐに見つかる。

 どうすればいい、どうすれば――

 

「……よ」

 

 思考を巡らすあたしの耳に、不意に澄んだ風のような声が響く。

 暗い海底に似つかわしくないその声に驚く間もなく、声は再び、より大きく、はっきりと告げる。

 

「……こっちだよ!」

 

 不思議な声に、思わず聞こえた方向へと振り向くと、神殿の壁の一部に細かい亀裂が走っていることに気付く。

 先程のダゴンの攻撃でついたのか、あるいは以前からあったのか、ともかく人間一人程度だったら通れそうな隙間だ。

 あるいは、単に身を隠すだけの亀裂にしかならないか、別の場所へ通じていたとして、行った先にまたマーマンがいる可能性も――

 そんな可能性が頭に浮かびつつも、他に手は無いことに気付いたあたしは、意を決して亀裂へと泳ぎ出すのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

「こっち!」

 

 そう言って手を引くカンナに従って泳ぐと、私達は神殿の壁へと泳ぎ着く。

 

「な~にをやってるんだカンナ!壁じゃないか!?私だって流石にこれが壁だということくらいはわかるぞ!吸血鬼のくせに暗闇すら見通せないのか!」

 

「うっせぇ馬鹿!ほらそこの亀裂!流石に見えるでしょ!入るよ!」

 

「わっ……は、はい……!」

 

 言うと、カンナは暗闇の中、ぽっかりと口を開ける隙間を指差すと、すぐさまそこの隙間に入り込み、気絶したままのリガスを放り込んだ後にトゥーラの体を引き上げた。

 

「奥はどうなってる!?」

 

 急がないとマーマン達が視力を取り戻すかもしれない。

 とはいえ、こういう場面で私が先に進むのも良くないだろう。

 進んだ先に更に凶悪な魔物やトラップが無いとも限らない。

 こういうのは斥候に任せておいて、手柄となったら先頭に立つのが一番なのだ。私は天才だからそれを知っている。

 

「奥は……マーマン達はいない!それに水上に上がれそうな感じ――ちょっと待って、リガス引っ張るから!」

 

「わ、私も押します!」

 

 言うと、亀裂の間を縫うようにトゥーラが進み、気絶したままのリガスの体を押し出す。

 私も流石に手伝ってやりたいのは山々だが、如何せん、亀裂は人間一人が通るのが精一杯といったところだろう。

 今は後方を警戒しながら、さっさとトゥーラがそのデカい尻を進ませてくれるのを祈る他ない。

 と、警戒していると、再び、轟音が耳朶に届く。

 

「■■■■―――!!!」

 

 ダゴンの咆哮と共に、重苦しい打撃音が辺りに響く。

 さっきもこの咆哮と共に何かを破壊していたようだが、私達が逃げようとしているのがバレたのか、あるいは単に威嚇なのか。

 いずれにせよ、ヒーリングトーチを消してしまった今の私には相手の細かい様子を窺うことは出来ない。

 さっさと逃げたいところだが――

 

「っと……抜けました!カミラちゃんも、こっちに……」

 

「言われずとも、だ!こんなところ今すぐ――」

 

 亀裂を抜けたのだろう。

 トゥーラの声が背後から届き、私もそれに応えて亀裂に体を潜り込ませようとした正にその時――

 

「■■■■■■――――!!!」

 

 再度の轟音と衝撃がびりびりと海中に伝わり、ぴしり、と、眼前の壁にひびが入る音がした。

 

「ばっ……!」

 

 まずい。

 そう察知した私が慌てて亀裂から体を抜き出すと、すぐさま先程までトゥーラ達が通っていた亀裂がぼろぼろと崩れだす。

 

「いや、いやいやいや、馬鹿な、待て待て、私は天才だぞ?運だって良い、それなのにそんな――」

 

 進むべき道を見失い、呆然と海中に漂う私が他の道は無いか、隠れるところは無いか、と、辺りに目を向けるが――

 暗闇の中、ぎらぎらと緑色に光るいくつもの瞳が私をすぐそばでじっと見つめていた。

 

 



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参上!!!

 

 ――――暗い。

 

 暗くて、怖い。

 寒い、体が動かない。

 感覚が無い、けれども、ぴりぴりとした痛みだけがただただ続く。

 もうどれだけの時間、ここでこうしているだろう。

 一時間?一日?一年?十年?

 時間の感覚がひどく曖昧だ。

 つい先ほど『こうなった』ような気もするし、生まれてからずっとこうしている気もする。

 分かるのはただ何も見えず、聞こえず、ここには何も無いということだけ。

 僕はどうしてここにいるんだっけ、僕は何をして……いや、そもそも……

 

 ――僕は一体誰だったっけ?

 

 そんなことさえ分からなくなってきた頃、辺りの冷たい暗闇に変化が訪れた。

 暗闇の中を照らすようにして、ゆらりと、仄かな、けれども確かに暖かな光が差したように感じた。

 光、そう。光だ。

 

 長らく忘れていた気がする光。

 そうだ、あれが光というものだ。

 思わず、動かない筈の体を動かそうと藻掻き、出ない筈の声を上げる。

 

 ――こっちだ。

 

 そうだ、こっちだ。

 こっちに来てくれ。

 その光があれば、そうだ。

 僕は自分を思い出せる気がする。

 僕はどうしてここにいるのか、どうしてこうしているのか。

 

 僕は一体何者なのか。

 それを思い出せるような気がして、僕は必死に光を呼んで叫ぶのだった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「あっ……ぶなかったぁ……」

 

 海底神殿の奥深く、瓦礫の隙間を縫って辿り着いた部屋の中で、あたしはホウッと息を吐く。

 所々が崩れたこの神殿の一室だったが、沈む過程で空気が溜まる場所だったのか、あるいは迷宮の不思議な力によるものなのか、ともあれこの部屋には空気がある。

 ダゴンの巨体では流石にここまでは入り込めないだろうし、よしんばマーマンの一匹や二匹が迷い込んできても、水中でなければ余裕で撃退できるだろう。

 まずは一安心、と、魔術で作った篝火に当たりながら人心地つくあたしだったのだが――

 

「…………」

 

「…………」

 

 部屋の奥では、死んだように横たわるトゥーラちゃんと、暗い表情でじっと俯いたままのリガス君の姿があった。

 トゥーラちゃんはこの部屋に辿り着いた途端に倒れ伏してしまい、リガス君はつい先ほど気を取り戻したものの、事の顛末を聞いてからずっとこうして黙ったまま顔を伏している。

 

 まあ、理由は分かる。

 ダゴンから無事に逃げられたとはいえ、カミラちゃんが犠牲になってしまったのだ。

 しかもリガス君は油断して攻撃を受けてしまい、そのまま気絶したせいでバーサーカーにすらなる暇が無かったという体たらく。

 トゥーラちゃんは自身がかけた石化魔術によって逆にダゴンを強化してしまい、リガス君が気絶する原因を作ってしまった。

 その辺りについての自責の念、いくら考えても拭えない後悔のようなものに苛まれているのだろう。

 

 まあ、あたしとしてはカミラちゃんは露骨に魔族嫌ってるし、自信満々の割にはツメが甘いし、なんかやたらと偉そうだし、挙句の果てにあたしごと巻き込んで神聖術ぶっぱなすので知ったこっちゃないのだけれど、この二人にとっては大切なパーティの仲間だったのだろう。

 あたしが師匠を失ったらどうなるか、と考えたら気落ちするのもさもありなん、といったところだ。

 が、まあ、それはそれとして、次の指針というものを考えなければいけない。

 篝火の少し熱いくらいの光を感じながら、あたしはゆっくりと口を開く。

 

「で、これからどうするの?」

 

「…………」

 

「あたしとしては第四層にさえ行ければそれで良いんだけど、下へ向かう階段か何かを探すにしても、この海底神殿を探索しないとだし……」

 

「…………」

 

「やっぱりあのダゴン倒さなきゃ行けない、ってなるとキツいな~と思うんだよね、どう思う?」

 

「…………」

 

「……いや、何か言ってよ!!」

 

 思わず突っ込んでしまった。

 いや、そういう話が出来る雰囲気なのは分かるよ、あたしだって。

 あの天才神官(笑)と違って人の気持ちが分からないわけじゃないしね?

 でもさあ、冒険者でしょ?こういうことだって起こるじゃない?

 さっさと切り替えて進んだ方が合理的なんじゃないの?

 と、呆れて溜息を吐くあたしに、リガス君が申し訳なさそうにぽつりと呟く。

 

「……ごめん、俺がもうちょっとしっかりしてれば」

 

「それは本当にそうだけどさ」

 

「っ……」

 

 あたしがすぐさまリガス君に言葉を返すと、やはりというか、また黙って俯いてしまった。

 しまった。師匠が普段から厳しいせいか、あたしも自然と厳しい返しをしてしまったかもしれない。

 やっぱり人の気持ちは難しいかもしれない。

 

「……ま、なに?あたしが少し周辺探索してくるからさ、その間に気持ちの整理つけときなよ」

 

 言いながら、あたしは篝火の光を後に、辺りの暗闇に目を凝らす。

 さて、ここ自体は神殿の一室に過ぎないが、扉や瓦礫の隙間を通って行けそうな場所もいくつかありそうだ。

 それに何より、気になっていることが一つある。

 

「いるんでしょ、どっかに」

 

 ダゴンから逃げる際に聞こえた声、あたしを導くように囁いた何か。

 まさかそのまま人間が住み着いているわけでもないだろうが、あたし達を助けるような行動である以上、ダゴンや魔物では無い筈だ。

 と、考えながら中空に問いかけると、再び、ふわりとした、くぐもったような声が耳朶に響く。

 

『ここ……る……よ……』

 

「ここ?ここって……この辺だよね?見当たんないけど……」

 

 声に問い返しながら、辺りを見回す。

 やはり特に何も無い、暗闇の中に篝火の炎がゆらりと揺れているだけだ。

 

『あった……い……か……』

 

「なんて言ってるか分からないんだけど……そもそもあんた誰?どうしてここにいるの?」

 

 正確にはここにいるかどうかも分からないのだが、いるのはいるようなので、再び問いかける。

 

『ぼく……だれ……か……?』

 

「そう、人間じゃないっぽいけど、何?魔族なの?じゃなきゃ妖精とかゴーストとか?」

 

 妖精やゴーストであれば、直接目に見えないのも頷ける。

 ああいったものは特定の人間……それこそ聖職者でなければ見えない筈のものらしい。

 まあ、生者への恨みやらを抱えてレイスやスケルトンと化したアンデッドなら普通の人間や魔族でも見えるのだが、この相手はそうでは無いらしい。

 となれば、あたし……というか魔族では見えないもの……聖なるものに類する何か、ということになる。

 

「しっかし、こんなところにそんなのが――」

 

 言いかけて、ふと、記憶が蘇る。

 この海底神殿へ向けて、後続の冒険者を導くように海底へ突き刺さった目印。

 そして、そこに縫い付けられた言葉。

 

「…………勇者、とか?」

 

 ポツリと発したその言葉に反応するかのように、瞬間、辺りに光が弾けた。

 

「痛ッッ!!!」

 

 弾けた光の粒が神殿の暗闇を照らし、あたしの肌を刺す。

 いや、痛っ、痛いって!何!?あたし、さっきからこんなんばっかじゃない!?

 高位魔族じゃなかったらマジで死にかけてたかもしれない。

 そんな思いを抱くあたしの眼前で、ぼんやりと浮かんだ光が、ゆっくりと人の形を取り始めた。

 

『そうだ、思い出した、僕は――』

 

 今度は以前よりもはっきりと、力強く響くその声に合わせて、辺りに散らばっていた光が一点へと収束していく。

 見ると、先程までぼんやりとしていた光は今、明確に人の――少女の形となって、自信に満ちた精悍な表情であたしを真正面から見つめていた。

 

「そうだ、そう、僕は勇者、僕の名は――そう!最強勇者!シヴ様だッ!!以後よろしくッ!!」

 

 力強く、明るい表情で高らかにそう名乗った光の塊――シヴ様とやらは、ぽかんと見つめるあたし達に、ニカッと満面の笑みを浮かべて指を二本突き立てるのだった。 

 

 

 

 



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熱血魂!勇者シヴ!

「……ってわけで第四層まで行ったんだけどさあ!そっからさあ帰るか!ってとこで死んじゃったんだよね~!」

 

 勇者シヴ、そう名乗り、あたし達の眼前に姿を現した少女の霊は、薄暗い迷宮にあって場違いな程にあっけらかんとした口調でそう語る。

 

「いや~、志半ばで、ってやつだよね!冒険者ならこういうこともあるか~と思うけどさ、まあそれはそれ、やっぱ死ぬほど痛かったよね!まあ実際に死んでるんだけどさ!」

 

「う……うっぜぇ!」

 

 思わずあたしがそう呟くと、シヴはどこか恥ずかしそうに頭を掻く仕草をしてへへっと笑う。

 

「へへっ、よく言われる!サンキュー!」

 

「褒めてないから……じゃなくて!」

 

 あたしはついつい相手のペースに乗せられかけていることに気付くと、色々と言いたいことを振り払うように頭を軽く振り、すう、と一つ息を吸い込み、眼前の勇者に問いかける。

 

「あんたに聞きたいことは沢山ある。何故あたし達を助けてくれたのか?何故勇者が幽霊になっているのか?」

 

 勇者と言えばかつて神々の使者として魔王様に敵対し、地上を人間の手に取り戻した英雄とされている。

 尤も、それは原初の勇者のみであって現在の勇者はもっぱらその活躍や功績から与えられる称号という話だが……いずれにせよ、相応の力を持ち、善に属する実力者である筈だ。

 そんな奴が何故こんなところで幽霊になっているのか――あたしはもう一度、勇者シヴの目をきっと見据えると、シヴはその視線に応えるようにふふんと軽く笑みを浮かべ、口を開く。

 

「良いね、じゃあ後ろから順に答えようか、どうして僕が幽霊になっているのか!それはまあ、死んだからだね!以上!」

 

「シンプルすぎない?」

 

「それ以上に言えること無いからね、実を言うと僕も今さっき目覚めたばかりだし!」

 

「ふむ……」

 

 この世界において、死者が幽霊――アンデッドとして蘇ること自体は無くはない。

 レイスやスケルトンといったアンデッドは魔力の濃い場所で死んだ遺体や魂が変質したものであったり、あるいは力のある魔術師が遺体を利用して作り出すものだ。

 が、こうして善良なゴーストとして蘇るパターン、ましてやこんなに魔力に満ちた迷宮で、というのはそう無いだろう。

 あるいはこれが勇者としての神の祝福のようなものなのかもしれないが――

 

「なんて言うかこう、閉じ込められてる感じだったかな~、目が覚める前ね、どこにも行けないで迷宮に閉じ込められてる感じというかさ!ひょっとしてアンデッド一歩手前だったかもね!」

 

「…………迷宮に閉じ込められる……ですか……」

 

 と、シヴの言葉に顎に手を当てて考え込んでいたあたしの背後で、それまでうずくまっていたトゥーラが立ち上がり、ぼそりと呟いていた。

 

「トゥーラ、何かわかる?」

 

「あ、えと……わかりませんけど……私の先生は魔力とは魂の力なのではないか、と定義していました」

 

 魔術師としての好奇心か、あるいはシヴの快活な雰囲気にあてられたのか、少し立ち直った様子のトゥーラが、考え込むように俯きながら、杖をコンコン、と地面に突き当てる。

 

「この迷宮には魔力が満ちています。それが魂の力だとしたら……ええと……迷宮で死んだ冒険者の魂を捕まえて離さず、迷宮の魔力として循環させているというか……」

 

「面白い考えだね!それでそれで!?」

 

「あっ……えと……それで魔力……魂の力を何かしらの為に使っている……?単純に迷宮維持の為かもですけど……ううん……いずれにせよ、それでどうするかまでは……」

 

「ふーん、魔術師的にはちょっと気になる話だけど、まあ、今考えてもなって話か」

 

「すみません……」

 

 あたしの言葉にトゥーラがまた、しゅんとしたように頭を下げた。

 う、別に文句言おうと思ったわけじゃないんだけど……ちょっぴり申し訳なさを覚えたあたしが慌ててトゥーラを励まそうとすると、その前にふむ、と、何か得心がいったような様子のシヴがまた話し出す。

 

「いやいや、興味深い話だと思う!となると、君達が持っていた何かが僕の魂を迷宮の魔力から外してくれた、ということかもしれないしね!」

 

「あたし達が持っていた何か?」

 

 シヴの言葉に、はて、と、トゥーラと顔を見合わせるあたし達だったが、シヴはそんなことはお構いなしに語り続ける。

 

「正直な話、僕は別に君達を助けようとしたつもりじゃないんだよね。ただ君達が持ってた何かが光って見えたから、それにずっと呼びかけてただけで――――あれ?」

 

 話している最中、シヴが何かに気付いたように、あたし達をじっと見つめると、それから何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回し始めた。

 

「おっかしいなあ、何かこう、キラキラしたやつが近くにあったと思うんだけど……君達、この迷宮でなんかこう、すごいアイテム~!って感じのやつ持ってなかった?」

 

「すごいアイテム……あっ!」

 

 鍵!

 元はと言えばあたしはそれを探しに来たんだった。

 てかまあ、本当はカミラちゃんから奪い取るつもりだったんだけど、如何せんあたし一人じゃどうしようも出来ない現在の状況ですっかり頭から抜け落ちていた。

 アレもカミラちゃんと一緒にダゴンとマーマン達に奪われてしまったのだろう。

 なんなら一緒にダゴンの腹の中かもしれない。

 カミラちゃんがいなくなる分にはあたし的にはまあ別にって感じだけれど、鍵の場所がわからなくなるのはとても困る。

 新たに生まれた問題に頭を悩ませていると、きょろきょろと辺りを見回していたシヴが神殿の床の一部を見て何かに気付いたようにまた口を開く。

 

「あっ、なんだ!あっちにあるのか!」

 

「あっち?」

 

 シヴの言葉に、トゥーラが怪訝そうな表情で視線の先を見つめる。

 そこにあるのは神殿の朽ち果てた床、暗い石くれだけだ。

 今一つ理解が出来ない、といった様子であたしの方を振り向くトゥーラと視線を交わし、互いに困ったように首を振ると、それを見たシヴが少し驚いた様子で問いかける。

 

「えっ、あれだって!見えない?こう……壁の向こう側……?なんかとにかくボンヤリ光ってる感じが……ええい!ちょっと見てくる!」

 

「あっ!ちょっ」

 

 言うが早いか、シヴはするりと神殿の壁をすり抜けてどこかへ向かってしまった。

 そうか、魂だけの存在である霊であれば壁や床なんて関係ないのか。

 あるいは視覚ではない何か、霊としての力みたいなもので物を見ているのかもしれない。

 にしても見つけた途端に飛び出すあたり、かなりの行動力だ。生前はそれが原因で死んだんじゃないか、と、思いつつ、帰りを待つ間、先程シヴの言っていたことに思考を巡らす。

 シヴが言う光が迷宮の鍵……あたしや師匠、ひいては魔王様が求めるあの首飾りだとして、何故シヴがそれの位置を分かるのか。

 あるいは迷宮で死んだ者として、迷宮が生み出したであろう鍵と何かしらの繋がりがあるのかもしれない。

 いずれにせよ、重要なのはシヴが、鍵の位置を察知できるということだ。

 戻ってきたシヴに問いただせば、鍵がどこにあるのかは分かる。

 本来の持ち主であるカミラちゃんがあの状況から無事だとは思わないし、トゥーラちゃんに止められても石化のタネさえ分かっていれば対処は出来る。

 後はリガス君だけど……と、あたしは部屋の隅でうずくまるリガス君に目をやる。

 先程までのシヴとの会話の最中も、ずっと俯いてぴくりとも動かないままだ。

 カミラちゃんを失ったことが相当に堪えているのだろう。あるいはもう死んでいるのでは、というほどに生気を感じられない。

 

 ――であれば、問題ないかな。

 

 シヴから鍵の場所を聞き出して、回収する。

 ついでに第四層へ向かう道も見つけてもらえたら良いんだけど……そうすれば後はリガス君やトゥーラちゃんと一緒にいる必要も無い。

 仮に二人が鍵を取り戻そうとしてきたとしても、今のこの二人相手であれば十分に対処可能だろう。

 そうしたら――

 

「ただいま!!」

 

「うわっ!」

 

 考えがまとまりかけた瞬間、シヴが神殿の床からにゅっと顔を覗かせる。

 そのままぽんと床から抜け出したシヴは、あたしが何か言おうするよりも前に、持ち前の明るい声を室内に響かせる。

 

「やー!あったよ!あった!あの首飾り――あっちの女の子の方が持ってたんだね!」

 

 ――あっちの女の子。

 誰のことか、などと聞くまでも無いだろう。

 あたしはごくり、と唾を飲み込むと、問いかける。

 

「女の子って……」

 

「いやいや、可愛い子だったよ!髪の毛サラサラでちょっと生意気そうで――」

 

 更に続けようとするシヴの言葉を遮るかのように、突如として暗い室内にがしゃん、と金属のぶつかり合う大きな音が響く。

 音のした方に目をやると、そこでは先程までうずくまっていたリガス君が立ち上がり、大きく息を吐き出すと、ゆっくりと、力強い声で問いかける。

 

「シヴさん、その女の子、まだ生きてた?」

 

「そりゃそうでしょ~!死んでる子に可愛いとか言わないよ僕!まあ僕は死んでても可愛いんだけど!」

 

「……マーマン達はいましたか?」

 

「あ、いたいた!その子も何だろ、マーマンに捕まってた……かな?」

 

「なら」

 

「ひへ……決まりですね……」

 

 リガス君とトゥーラちゃんは互いに視線を交わすと、短く、力強く、言葉を放つ。

 

「今度こそ、俺達でカミラさんを助けに行こう」

 

 そう言うリガス君と、頷くトゥーラちゃんの瞳は、先程までうずくまっていたとは思えない程に熱く、ギラギラと輝いていた。

 

 

 

 



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ファンサしちゃうぞ

 迷宮第三層・淵の海、その最深部にあたる海底神殿

 

 ぴちゃり、ぴちゃり、と、どこか寂し気な水音だけが響く湿った暗闇の中にあって、その場に似つかわしくない軽快で素晴らしい美少女ボイスが静寂を打ち破る。

 

「はーっはっはっは!!さあ貴様ら!この私をもっと褒め称えるがいい!」

 

「■■■■―――!!!」

 

 そう、私だ!天才神官カミラちゃん!

 リガスらを逃がした後、ダゴンとマーマンに連れ去られた私は、神殿内部の広間――恐らくは何らかの儀式が執り行われていた祭祀場なのだろう。その中心部へ連れてこられた。

 当然ではあるが、この神殿は私の所属するギアナ神のものとは違う。古代の異教、蛮族の信じる神のものだ。

 と、なれば私をこの神か何かの生贄にでもするつもりかと震えたものだが、結果は意外なものだった。

 奴らは祭壇に立った私を崇め始めたのである!

 

「■■■■――!」

 

「■■――■■■――!」

 

「はははは、そう推すな推すな!無論、この美少女天才アイドルカミラちゃんを目の前にして興奮するのは分かるがな!は~!魔物さえ私を崇めたくなる罪……!やはり私!!」

 

 周囲に群がるマーマン達が何を言っているのかは分からないが、皆、一様に跪き、手を合わせたまま、私を見上げて懇願するように声を発していた。

 

「ふむ、とはいえ――どうしたものかな」

 

 頭を下げるマーマン達を尻目に、さて、と、私は顎に手を当て、真面目に思考を巡らせる。

 連中が何を言っているかは不明だが、少なくとも私に危害を加えるつもりは無いらしい。

 が、流石に言う事を聞いてくれるとまでは思えない。

 そもそも、この祭祀場に連れてこられるまで私も何も抵抗しなかったわけではない。

 離せ!やめろ!私なんかより他の奴らの方が美味しいぞ!とばかしに叫んで抵抗したのだ。

 が、連中がそれを聞き届けることも無く、私は有無を言わさずにここまで連れてこられてしまった。

 仮にリガス達と合流しようとしても、奴らが手を出してこないのは恐らく私だけだろう。

 先の戦いでリガスはこっぴどくやられていたし、カンナもトゥーラもマーマン達から積極的に狙われていたように思う。

 

「うーむ、どうしたものかな……」

 

 そう考えた時、不意に第二層でのドラゴンとの戦闘が頭を過ぎる。

 そういえば、あの時はこの首飾りから出てきた手がドラゴンを大人しくさせたのだった。

 ああいうことがまた起きれば良いのだが……そう考えながら、私の首元にぶら下がる首飾りをチャラリと揺らすと同時、周囲からワッと歓声が上がった。

 

「■■――!!

 

「■■■!!!」

 

「……まさかとは思うが」

 

 チャラリ、私はまた首飾りを掴み、今度はマーマン達によく見えるように鎖を伸ばす。

 と、やはりと言うべきか、周囲から先程以上の歓声が沸き上がり、マーマン達がまるで祈りを捧げるかのように手を合わせ、首を深々と下げている。

 なるほどな。

 

「私を推してるわけじゃないんかい!!!」

 

 思わず首飾りを引き千切りたい衝動に駆られる、引っ張るが、残念ながらぐいっと鎖が私の首に食い込むだけで終わった。

 呪われているので外せない。

 くそっ、腹立つ。

 

 いやまあ、考えてみればドラゴンも私ではなくこの首飾りの力に跪いたように思えたし、当然と言えば当然。

 恐らくはこの首飾り自体に、迷宮の魔物に対する何らかの効果等があるのだろう。

 だが、だからこそ不満だ。

 それだけの力があるのならば猶更、私にもっと利益があってもいい筈では無いだろうか。

 

「せめて、こいつらの言葉が理解できるようになるくらいはしてくれても良いだろうに」

 

 はあ、と溜息を吐き出しながらそう呟いた瞬間、突如として首飾りが僅かな熱を帯びるのを感じた。

 

「なんっ……!?」

 

 瞬間、戸惑う間もなく、首飾りが強烈な光を発すると、マーマン達が今までにない程に湧き上がる音――いや、声が私の周囲に轟く。

 

「オ■■オ■――ア■コ■■ハ!!」

 

「■カリ!ヒ■■ガ!」

 

「ファ■サ!!■ァン■!!ア■■ト!!!」

 

 断片的に――だが、所々しっかりと、マーマン達の声が聞こえる。理解できる。

 最初、断片的だったそれらの声は徐々に、明確な言葉として私の耳朶に届くようになった。

 

「これは――また、この首飾りが……!」

 

 首飾りに目を落とすと、先程までの光が嘘のように、古めかしく、鈍く光を反射するのみである。

 これが何かをしているのは間違い無いだろうが――いや、まさか――

 思考を巡らせる中、突如として神殿を揺るがすような、大きな振動音が鳴り響く。

 

「……ヤ……イア……」

 

「ダゴン……!」

 

 ずしん、と、大きな足音を響かせて祭祀場に姿を現したのは魚巨人――ダゴンだ。

 やはり、というべきか、こいつの言葉も理解できそうだが……

 薄暗い神殿の中、暗く、感情の見えない瞳で、じっと私を見つめていたダゴンだったが、しばらくそうしていたかと思うと――あたかも騎士が主君に対してそうするかのように、胸に手を押し当て、深々と頭を下げた。

 

「んっ……はい!?」

 

 思わず固唾を飲む私に、ダゴンは先程戦った印象とはまるで違う、丁寧な口調で語り掛ける。

 

「ああ……ようやく……長年頭にかかっていた靄が晴れたような心地です……」

 

 マーマン達と比べてより流暢に、はっきりとした言葉でそう語ると、ダゴンは下げていた頭を再び持ち上げ、私をじっと見つめながらまた口を開く。

 

「お待ちしておりました、我らが女王」

 

「……へい?」

 

 女王。

 その言葉に付き従うように、それまでバラバラに私を称えていたマーマン達が、敬礼のような動作を取る。

 一方、私は予想外の展開に、思わず慌てて眼前に跪くダゴンに問いかけた。

 

「待て待て、待て!女王とは何だ!勝手に納得したようだが私は――」

 

「ああ、ああ、私としたことが、申し訳ありませぬ。女王には……このような神殿は相応しくありますまい!ああ!やはり、やはり!」

 

「いや、言葉が通じるようになった意味……うわぁ!」

 

「ああ、ああ、失礼いたします。我が下賤な手で触れることをお許しくだされ!」

 

 折角言葉が通じるようになった筈――なのに、くそっ!

 こいつ私の話を聞きやしない!やっぱり魔物は駄目だ!

 わけのわからないことを言いながら勝手に納得した様子のダゴンは、有無を言わさず私をその巨大な手でがしり、と掴むと、巨体を引きずり、祭祀場の奥へ、奥へと進んでいく。

 

「くそっ……離しっ……ええいもう!どこに連れて行くつもりだ!」

 

「ああ、決まっています、ああ女王が、王の番が現れたのです、戻ってきたのです!であれば、目指すべきところはただ一つ!」

 

 言いながら、祭祀場の奥――巨大な扉の前に行きついたダゴンはゆっくりと、私を掴んでいない方の手で扉を押し開く。

 

「行きましょう、我らと、迷宮の最奥――白冠都市へ!」

 

 その言葉と共に、ダゴンと私の体は、眩く、白く輝く光の中へと呑み込まれていったのだった。

 



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輝く城と生魚

 迷宮第四層・白冠都市

 

 白く清潔で、規則正しく並ぶ美しい建造物が立ち並ぶその都市から上空を見上げると、迷宮内部の地下深くとは思えないような、どこまでも続くかに思えるような白い輝きが続いている。

 実際のところ、どこまでも続いているというわけではなく、半球状の結界のようなものが都市をすっぽり囲っているようで、俺達もその結界の間に出来た隙間のようなところから侵入したわけだが、いずれにせよ神秘的な光景だ。

 天井から視線を降ろすと、白く輝く街の中心部、一際大きく、荘厳に佇む、やはり純白の城が視界に入る。

 他の建造物に比べて遥かに複雑な装飾の施されたその城は、しかし、荘厳さに反した清廉な神殿の如き雰囲気と、どこか物悲しくなるような、そんな静かな印象を受ける城だった。

 

 いずれにせよ、あれが俺達の当面の目的地だ。

 この迷宮第四層の中心部に立つあの城にこそ、この迷宮の宝、あるいは次の階層に続く何かがあるに違いない。

 俺は改めて城を眺めながら、現在地から城までの距離を測ると、すぐ傍の純白の建物へと足を踏み入れる。

 

「……!」

 

「よお、ロフト、どんな感じだった?」

 

 建物へ入ると、野営――まあ室内なのでそう言うのもおかしいような気もするが、ともかく休息の準備を整えていたのだろう。

 荷物を床に広げて干し肉に齧りつきながら、パーティーメンバーであるジョーとカリカが出迎えてくれた。

 

「あんま目に見えるところに敵はいなさそうだな。しばらくは安心しても良いと思う」

 

「よっしゃ、隠れて進んできた甲斐があったな!」

 

 俺が報告をすると、ジョーは嬉しそうにニヤリと笑い、手にしていた干し肉を噛み千切った。

 迷宮第四層の魔物は手強い。

 俺達が第四層に足を踏み入れるのはこれで二回目だが、なにせ一回目は早々に強力な魔物複数匹に出くわして、結局あまり探索できずに撤退する羽目になった。

 第二層のスケルトンやマタンゴのように数の多い敵がいないのが幸いだが、代わりに、と言うべきか、一体一体の魔物がすこぶる強いのだ。

 まあ、それを言ったら第三層のダゴンも相当……というより、水中戦にならざるを得ないこともあり、下手な第四層の魔物よりも強力だったのだが、いずれにせよ、回避出来るのなら回避していった方が良い。

 何せ俺達の目標は迷宮に眠る宝であって、魔物達の素材では無いのだ。

 が……

 

「前回はあの馬鹿がいたからなあ」

 

「わかる」

 

「~~……」

 

 ジョーがポツリと呟くと、俺とカリカも賛同するように頷く。

 あいつ、即ちカシミール……もといカミラのことを思い出していた。

 迷宮第四層の魔物は強い、出来るだけ戦いたくない、が、あいつがいると何故か正面から戦う羽目になりがちだ。

 何せあいつ本当にヤバい状態にならない限りは『ふふん、この私がいて負けるとでも!?天才神官様だぞ!』と言わんばかりの謎の自信を持ってるからな。

 あいつ自身も勝てると思った相手でないと積極的に喧嘩を売りはしない……と思うが、いずれにせよあの自信とクソみたいな戦術眼のお陰で何度トラブルに見舞われたことか。

 

「神聖術の腕だけはマジであったから、そこだけは惜しい気もするけどな」

 

 俺がポツリと呟くと、ジョーが苦い顔をしてもう一度干し肉を噛み千切る。

 

「まあ確かに神聖術の回復速度は大したもんだけどな……お前それ受けるのもっぱら俺だぞ!?日に何度も死にそうになって回復させられるの想像してみろ!?」

 

「お前なら耐えられるじゃん」

 

「耐えられるだけで辛いことに変わりねえんだっつの!」

 

 ジョーが苛立ちながら声を荒げると、残った干し肉を一気に頬張った。

 実際のところ、負傷からの急速回復は術者以上に回復される側の疲労が凄いらしい。

 昔は拷問なんかでも使われたという話もあるし、相当に鍛えた戦士でも辛いものはあるんだろう。

 まあ俺はそもそもダメージ食らわないように立ち回るから関係ないけど。斥候だしな。

 とはいえ、それでなくてもカシミールがいるだけで何故かトラブルと戦闘回数は増えるのだ。

 実際にあいつが抜けた今回の探索で然程のトラブルも無く、ここまで進んでこれているのが安定している証明だろう。

 

「ま、それはそれとして、だ」

 

 と、俺がカシミールに思考を巡らせていたところで、ジョーがそれを断ち切るように言う。

 

「これから俺達はあの城を目指す。魔物も周囲にはいないし、索敵してきゃ戦闘も回避出来るだろう。が、問題は……」

 

「あの魔族連中だな」

 

「それだ」

 

 俺の答えに、ジョーが指をパチンと鳴らして答える。

 第二層で俺達が遭遇し、戦った魔族の連中。

 魔術師ザッパローグ、吸血鬼カンナ、人狼のダキア、この三人の連中だ。

 

「ダゴンとの戦闘でやられててくれりゃ良いんだけどな」

 

 言いながら、俺達が第三層を抜けた時のことを思い出す。

 海底洞窟を抜けてダゴンの巣を突破する際、俺達を尾行していたらしい連中がダゴンと戦闘になったのだ。

 あわや三つ巴の戦闘になるところだったが、俺達は上手く隙を突いてさっさと逃げた。

 ダゴンに対する知識と戦闘スタイルに対する違いだろうな。

 尤も、そこにカシミールがいたらやっぱりガチることになってただろうけど。

 いずれにせよ、ダゴンにやられてくれていれば一安心なんだが、そんな俺の思いを感じ取ったのか、ジョーが残念そうに首を振り答える。

 

「そう易々とやられる連中じゃねえだろ。特にザッパローグ、あいつがダゴン程度に負けるとは思わねえな」

 

「結構評価高いんだな。自分が負けそうになったせいか?」

 

「負けてねえけどなぁ!!?言っとくが俺ぁダゴンとだってその気になりゃ……」

 

「いやザッパローグにはカシ……カミラの回復がいなきゃ負けてたって話だし、水龍剣じゃバッチリ水中適応してるダゴンにほぼほぼダメージ通らねえじゃん」

 

「ぐぬ……」

 

 俺が言い返すと、ジョーはぐうの音も出ない。といった風に頭を抱えて俯いた。

 そんなジョーを傍らのカリカが干し肉をしゃぶりながら、慰めるように背中をばんばん叩いている。

 まあ実際ジョーが弱いってわけじゃないんだけどな。ただ、ダゴンに限らず水中の敵に水龍剣の生み出す水の刃はあんまり意味が無い……というか、水中でそれを使っても水の抵抗で敵に届く前に消えてしまうのだ。

 ダゴンを徹底して回避しようとしたのはそういった部分もある。

 

「ちっ……わかったよ、認めてやる、俺よりかザッパの方がまあ……ちょっと上かもしれねえな!」

 

「そうだな、で?」

 

「もし奴が俺達に何か仕掛けてくるようなら……徹底して逃げる!幸いこんな真っ白い街なんだ、あんな黒い鎧が近づいてきたらすぐ分かるだろ!」

 

「まあな、仮に察知されても魔術の攻撃範囲に入るよりも前に俺が気付く、が……一応聞いとくけど、それでも戦闘が避けられそうに無かったらどうする?」

 

「……そりゃまあ、俺と……カリカで二人がかりでいきゃあ……ギリギリどうにか……」

 

 なるかなあ?

 微妙なところだ。

 名前を呼ばれたカリカは、任せろと言わんばかりに拳を持ち上げているが、如何せん、カリカは武闘家だ。

 カリカのパワーなら鎧も砕けるだろうし、接近戦になれば問題は無いだろう。

 だが魔術師に接近するというのは容易なことじゃない。

 何せ遠距離から魔術をバンバン撃ってくる上に、ザッパに関しては浮遊の魔術で空も飛べるのだ。

 上空に逃げられたらジョー以上に手も足も出ないと思う。

 そのあたりはジョーも分かっているのだろう。どこかバツの悪そうな表情で目を泳がせている。

 

「チッ、こういう時だけあいつ並に神聖術使える奴がいりゃあ……ああ……そういやロフト、あのカミラちゃんって子……」

 

 ジョーがそういえば、という風に視線を上げて俺を見据えた。

 さて、カミラか、確かにあいつならカシミールの代わりになる。ていうか本人だし。

 とはいえ、カシミールを追い出したのもジョー自身だ。

 流石に戻ってきてほしいとは言わないだろうけど……

 

「あの子クラスなら回復任せられるんだが……ただなあ……」

 

 ジョーからは戻ってきてほしいとは言えないだろう。

 さっきあれだけボロクソ言っちゃったし、実際ザッパローグと交戦する可能性を踏まえてもあいついない方が探索が安定し……

 

「あの子、カシミールの妹か何かっぽくね?」

 

「お前マジで馬鹿なんだな」

 

「なんで!!?」

 

 呆れたように呟く俺に、ジョーが驚いて声を上げる。

 いやマジかこいつ、まだ気付いてないのか。

 

「俺はただ、あいつ本人ならまだしも妹ならまだ若いし、ちゃんと教えれば迷宮内での立ち回りを覚え」

 

「覚えねえよ、覚えないから諦めろ馬鹿」

 

「お、おう……そっか……」

 

 ジョーが言葉を紡ごうとするのを断ち切るように、食い気味で否定する。

 いやでも絶対無理だぞジョー。

 

「ま、余計なことは考えないで戦闘を避けていくのが得策だよジョー。焦らず堅実に行こうぜ」

 

「……確かに、折角ここまで来たのに焦って無理してもしゃーねえか。ありがとよロフト、そうしたら厄介毎は避けて、じっくりあの城を目指し――」

 

「■■■■■―――――ッッッ!!!!!」

 

 ジョーがそう言い切ろうとしたその時、けたたましい金切り声と衝撃音が辺りに響き、紡ぐ言葉がかき消された。

 俺達は咄嗟に武器を構え、戦闘態勢を取ると、斥候の俺が建物の窓から外をの様子を窺う。

 轟音の正体は――まさか、俺は自分の目を疑いながら、もう一度よく目を凝らす。

 やはり、疑いようもない。全身をぬめぬめを輝く鱗で覆われた魚巨人――ダゴン。

 それが、どこから出現したのか、白く輝く中空に出現した門を大きく開け放ち叫んでいた。

 先程の衝撃音はあの扉が開いた音なのだろう。だが、どうしてダゴンが……そんな俺の疑問を挟む間もなく、ダゴンが中空の門から飛び降りる。

 すると、ダゴンの叫び声に続いて、どこか聞き覚えのあるような――あまり聞きたくなかった少女の声が辺りに響き渡った。

 

「ああああああああああーーーっ!!馬鹿!!離せこの魚がーーッ!!私は!!天才神官だぞーーーッ!!!!」

 

 少女叫びはしかし、ダゴンが都市に落ち、建物が砕ける音にかき消される。

 どうやら、俺達のいる場所から少し遠いところに落ちたらしい。

 俺はなんとか状況を飲み込むと、ふう、と一つ大きな息を吐き出し、背後で頭を抱えるジョーと何故だかおかしそうに笑顔を浮かべるカリカに向き直る。

 

「どうする?パーティーリーダー?」 

 

 

 

 



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大混戦

 

 白冠都市に立ち並ぶ、均整の取れた純白の建物の群れ。

 その一際高い場所、塔の如く伸びた四角い建築物の屋上から、私は上空に現れた扉を眺めていた。

 

「ダゴンか……あれがこの階層にまで降りてくるとは聞いていないが……」

 

「フフ、想定外のことは起きるよ。だろうザッパ?そうでなきゃ面白くないしねえ」

 

 私の呟いた言葉に、のんびりとした様子で座り込んでいたダキアが反応する。

 迷宮第三層を抜ける際、あのダゴンとの戦闘になり、カンナとはぐれた。

 それからは例のジョーという冒険者の一行や、迷宮の現生モンスターで出くわして戦闘になりつつも、ようやくこの塔を拠点とし、腰を落ち着けた。

 如何せん、全てが白いこの都では私の黒い鎧と外套が目立ちすぎる。

 故に都市から見えづらい高所を取り、敵を排除するという方針は間違ってはいなかった筈なのだが……

 

「ダゴン……それに例の鍵の少女……カミラが来るとなると、話が変わってくる」

 

「ンン~……まあ、そうだねぇ。ジョーの一行も彼女を確保する為に動くだろうし、ダゴンのあの様子……どうやら迷宮の魔物達も鍵の価値に気付いたようだ」

 

「鍵の価値?」

 

 くっくっと不気味に笑いながら、何やら納得した様子で呟くダキアに、私は兜の下で怪訝な目を向け、問いかける。

 

「ン?ンフフ……鍵は鍵だよザッパ」

 

 と、ダキアは何が面白いのか、やはり笑いながら、どこかこちらを嘲るような――少し嬉しそうな表情で、言葉を紡いだ。

 

「鍵は……何かを開く為にあるものだろう?」

 

「…………」

 

 ダキアの言葉に、私もまた無言で返す。

 鍵。

 元々は私達に迷宮の調査を命じた魔王様が口にした言葉だ。

 迷宮に眠る鍵を見つけ、確保せよ。

 それが魔王様に課せられた私達への命令だ。

 それ自体には特に不安や疑問は無い。

 だが――

 

「フフフフ、さてザッパ、僕らも向かうとしよう。ダゴンの目的は恐らくは都市の中央、あの城の祭壇だ、そこで――」

 

「ダキア、貴様……私に何か隠していないか?」

 

「……」

 

「何故ダゴンがあの城を目指すと分かる?迷宮第二階層のドラゴンのこともそうだ。貴様は本当はこの迷宮のことを――」

 

「…………フフ、隠していたら、何だい?」

 

 私の問いに、少しの間を開けてからダキアがいつもの微笑みを浮かべながら答える。

 もしもダキアが私に隠し事をしていたらどうするか、言われてそれを考えたところで、私の答えは変わらない。

 

「……どうもしない。私の役目は鍵の確保、それが魔王様に託された命令だ」

 

「そうだろう、そうだろう。それで良いよザッパ。フフ、魔王様もそういう奴だからこそ君を選んだわけだからねえ」

 

 言いながら、ダキアと私は荷物を纏め、城を目指すダゴンを追うべく、塔を下る。

 そうだ。些か癪ではあるが、ダキアの言う事は間違ってはいない。

 私は魔導騎士ザッパローグ。

 魔王様に仕える騎士なのだから。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「あああああああああ!!!止まれ馬鹿ぁぁぁぁ!!!!」

 

 私の制止の声も空しくかき消され、ダゴンが上空から都市に着地――いや、落下する衝撃音が響く。

 迷宮第四層・白冠都市、私は一度ここに来たことがある。

 尤も、あの時はジョーのヘマで撤退せざるを得なかったわけだが。

 うん、決して私のせいじゃないぞ。私がヘマするわけないからな。

 過去のことを思い返しながら、ダゴンの手の中から頭を出して、きょろきょろと辺りを見回す。

 どうやら周囲に魔物はいないようだ。

 ダゴンと一緒に飛び降りてきたマーマン達を除けば、だが――

 

「さあ行きましょう!行きましょうぞ!」

 

「ちょまっ!」

 

 私が思考を巡らすよりも早く、ダゴンが駆け出す。

 くそっ!こいつ全然話を聞かない!これだから魚類は!やっぱり脳は発達していないんだろうな!は~!やっぱり神の祝福を受けてない連中は駄目だ!

 にしても一体どこを目指しているのか……激しい揺れの中、なんとか目を開きダゴンの進行方向を見ると、うっすらと白く輝く巨大な城が見える。

 あれか、都市の中心にそびえる城、ジョーやロフトとあそこに迷宮の宝、願いを叶える神具があるのではと予想を立てたものだが――

 

 などと考えているうちに、ダゴンは立ち並ぶ建物を意にも解さない様子で突き進み、あっという間に城への距離が縮まる。

 どうやらこの魚巨人は明確にあの場所を目指しているらしい。

 待てよ……?これは結果的にはOKなのかもしれない。

 私の目的は願いを叶える神具、ついでに迷宮を踏破したという実績と栄光だ。

 このままダゴンに突き進めさせれば、あっさりとあそこへ辿り着けるじゃないか!そして私は労せず栄光を手にすることが出来るというわけだ!

 うーん!天才的発想!流石だな私は!

 

「そうと決まれば良いぞ、ダゴン!この調子で行け!」

 

「無論でございます!我が女王――」

 

 ダゴンがそう言いかけたその瞬間、突如として視界が上下に大きくぶれたかと思うと、轟音と共に激しい衝撃に襲われ、私の体は勢いよくダゴンの手からすり抜けた。

 

「わっ……ぶ!!!くそっ、なんだ!?」 

 

 転げるようにして硬い石床にべちんとぶつけた鼻をさすりながら、私は周囲の様子を見回した。

 すると、先程まで軽快に走っていたダゴンの体が、深い穴――落とし穴というよりは、城を守る空堀なのだろう。

 そこへ落下し、頭から突っ込んだ様子のダゴンが、下半身の尻尾をあたかも陸に打ち上げられた魚のようにぴちぴちさせているのが見えた。

 いや、まあ、考えてみれば当然だ。

 ダンジョン内、ましてや最奥に位置するであろうこの階層にトラップが存在しないわけがない。

 しかも城の目前だ。純粋に城を守る為の防衛装置だってあるだろう。

 

「全く……そのあたり気が回らないのか!やはり魚頭!私のような天才神官とは頭の出来が違うという事だろうな!」

 

 やれやれ、と、肩を竦めてダゴンの考えの無さに呆れる私だったが――さて、しかしどうするか。

 ダゴンが空堀から抜け出すまでにはまだ少しかかるだろう。

 それまで待つか、あるいは城はもう目と鼻の先だ。

 私だけでそこを目指すか――いや、うん、私だけで目指そう。

 ダゴンは所詮は魔物だ。迷宮の神具を前にしたら気が変わって敵に回らないとも限らない。信用は出来ないだろう。

 そう考え、ダゴンから目を背けて城へと目を向けた瞬間、私の足元にどろりとした黒い粘液のようなものが垂れていることに気付く。

 はて、油か何かか?しかしロフトでもあるまいし、私は油壷や何かなんか持っていなかった筈――いや、違う!

 

「あっっっぶな!!!」

 

 咄嗟に飛び退いた次の瞬間、どろりとした粘液が先程まで私がいた位置へ向けて、一気に纏わりつくように伸び上がる。

 触手のように伸びたその粘液が空を切ると、先程まで足元に広がっていた粘液がぷるぷると盛り上がり、あたかも巨大なゼリーのような姿へと変わった。

 

「ヒュージスライム、か!」

 

 スライム系の魔物の上位種。

 不定形の粘液のような体で獲物を包み込み、消化する魔物だ。

 通常のスライムでも厄介な体だが、ヒュージスライムのそれは通常よりも大きく、強く、囚われれば脱出するのは容易ではないという。

 

「ふふん、まあ迷宮第四層だ、強力なモンスターがいるのは分かり切っていたさ!がっ!私は天才神官!そしてスライムは物理にこそ強いが、神聖術や魔術に対する抵抗は――」

 

 態勢を整えた私が腰のモーニングスターを手に構え、スライムと向き合ったその時――再び轟音。

 だが今度の音の正体はダゴンではない。

 スライムの背後、城へと続く階段の上部から飛び降りるようにして姿を現した人型のそれは、しかし、周囲の建物が椅子か机か何かのように見える程の巨体、そして顔の中心部にぎょろりと輝く一つ目が、それが人間とは全く違う怪物だということを十分に知らしめていた。

 

「サイクロプス!!」

 

 一つ目の巨人、サイクロプスは、大きな瞳をじろりと動かし、私とヒュージスライムを一睨みすると、威嚇するように咆哮を上げる。

 まずい、まずいぞ!ヒュージスライムだけなら何とかなるが、サイクロプスは聞いてない!

 あれに捕まったら有無も言わさず叩き潰されるか、頭から齧られるかどうかだろう。

 私はそんな死に方は御免だ!栄光を掴んで左団扇で暮らした後に晴耕雨読の老後を送って人々に惜しまれながらベッドで死にたい!!

 となれば撤退だな、うん!ダゴンを囮にして堀を戻って――瞬時にそう判断し、背後へ振り返った私の瞳に映ったのはしかし、信じられない光景だった。

 

「ぬがあああああああああああああ!!!」

 

 ダゴンは――もう堀から抜け出していた。

 いや、具体的には堀から抜け出せる状況にはありつつも、堀の中から伸びた長い首に絡まれて、抜け出せずにいた。

 ダゴンの物とはまた別の鱗に覆われた黄金の体をぬるりと動かし、絡みつく蛇の頭――が、一つ、二つ、三つ――九つ。

 紅く、血のように輝く十八の瞳のうちのいくつかは、私へと注がれている。

 

「ひ、ヒドラ……!?」

 

 さて、すぐ傍のヒュージスライム、前門のサイクロプス、後門のヒドラ……

 天才神官カミラちゃんは、この最悪の状況をどう打破すべき……打破出来なくないか!!???なあ!!!!

 

 

 



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油断大敵

 迷宮第四層、ただでさえ危険なこの迷宮の最奥で、目の前にはヒュージスライム、前方にサイクロプス、後方にヒドラ。

 一見して絶体絶命の状態だが、さてどうする!?

 

 ①天才神官カミラ様は天才なので反撃のアイデアがひらめく。

 ②仲間が来て助けてくれる。

 ③助からない。現実は非情である。

 

「なんて言うまでもなく①だっ!天才だからな!」

 

 言うと、私は目前でぷるぷると震えるヒュージスライムに背を向け、ダッシュで後方――ヒドラとダゴンが取っ組み合っている空堀へ向かう。

 言うまでも無いことだが、逃走ではない!作戦だ!

 私はこういう時、まず相手に序列をつける。

 ヒドラとサイクロプスとヒュージスライム、この三体の中で最も厄介なもの、最も倒さなければいけないのはどれか、ということだ。

 おおまかな特徴としてヒドラは巨体に加えて九つの首を持ち、強力な毒液を持つ魔物、竜に属するとも言われる強力な魔物だ。

 そしてサイクロプス、こちらは直立した時の巨大さで言えばヒドラ以上、そして大木のような太さの巨大の腕、そしてその腕で抱えたこれまた大木そのもののような棍棒での一撃は絶大な破壊力だろう。

 最後にヒュージスライム、ぶっちゃけた話、こいつが一番どうでもいい。粘性と硬度を兼ね備えた体に包まれこそしたら脅威だが、動きはそこまで早くないし、直接的な攻撃力も低く、物理体制は高いが魔術や神聖術には弱い。

 つまるところ神官の私にとっては雑魚同然!となれば、どうにかしないといけないのはもっぱらヒドラとサイクロプスということになる。

 

「で、あれば、ダゴン!」

 

「お、おお!我が女王よ!お待ちくだされ!!このような暴徒、今すぐに私が――」

 

 ヒドラの頭の何本かに絡まれながらも、私の声に振り返ったダゴンだったが、こちらを見てすぐぎょっとしたように大きな目を見開く。

 だろうな!さっき駆け出した私の背後から、ずっとずしん、ずしん、と、地を揺るがす程の足音が絶え間なく響いている。

 つまるところ――

 私は空堀の縁、あと一歩でそこに落ちるのではないか、というところ、空堀から身を乗り出そうとするダゴンのすぐ目前でピタリと止まると、すぐさま後ろを振り返る。

 まず視界に飛び込んできたのは、あたかも壁のように眼前に立ち塞がる青い巨木――否、サイクロプスの巨大な脚だ。

 そこから上を見上げると、サイクロプスはたった一つの大きな瞳をじっと私に向け――笑ったのだろうが、僅かに瞳がぐにゃりと歪むと、風を切る、どころか空気を破裂させるほどの轟音を響かせながら、手にした巨木を勢いよく振り下ろす。

 人間が食らったら肉片の一つも残らずただの赤い染みと化すだろう。

 が、大丈夫だ!私は天才神官だぞ!

 咄嗟に身を低く屈み、唱える。

 

「プロテクション!!」

 

 刹那、その場に雷が落ちたかのような衝撃と音に襲われながらも、私が周囲に張った光の結界はそれらを完璧に防ぐ。

 いや、ちょっと待て、完璧には嘘かも、わりかしヒビ入ってないかこれ?えっ、危なっ、これもうちょっとレベル足らなかったら私死ん……いや、いやいや、良いんだ、耐えたんだから!それが結果!天才なのでもしものことは考えない!

 ともあれ、結果として、サイクロプスの振り下ろした棍棒は私ではなく、その背後――

 ダゴンと、それに巻き付いていたヒドラの首に勢いよく振り下ろされたのだった。

 

「ッシィィーーーーーーーー!!!」

 

 金属と金属がぶつかり合ったような甲高い咆哮が辺りに轟く。

 これは恐らくヒドラだろう。

 プロテクションの防壁の中でちらりと振り向き、棍棒の下から様子を窺う。

 どうやら、ダゴンに深く巻き付いていたのが災いしたのか、あるいはダゴンが咄嗟に盾として差し出したのか、いずれにせよダゴンごとヒドラの首のうち、二つか三つが棍棒の餌食になったらしい。

 勿論、ダゴンも棍棒の衝撃を十二分に食らっただろうが、まあ奴も魔物だし別に問題無いだろう!むしろ一緒に討伐出来てラッキーかもしれんな!win-winというやつだ!

 さて、この一撃で怒り狂ったのは当然ながら首を潰されたヒドラだ。

 けたたましく張り裂けそうな咆哮を上げて、残りの首と毒牙を一斉にサイクロプスへと伸ばす。

 サイクロプスもこれに対抗しないわけにはいかず、再び棍棒を持ち上げ、体の前に構える。

 すると、プロテクションの上に覆いかぶさっていた巨木が無くなったことで、当然、私の体は自由を得る。

 

「ふふふ!はーっはっは!バァーーカ!!見たかこの知能の足りない魔物共め!!貴様ら程度この大!天才神官カミラ様にかかればどうということはないさ!!」

 

 言いながら、私は全力でサイクロプスの股下をくぐり抜け、危機を脱する。

 こんな地獄みたいなところにはいられないからな!私はさっさとあの城へ入るぞ!

 

「はははは!間抜けな魔物共め!この私を倒したいのならばまずは転生して人間並みの知能を身に着けるところからやり直すんだなぁ!!はーっは……は?」

 

 ふふふ、いやしかし上手くいった!ざまぁ無いな!雑魚共め!雑ー魚!雑ー魚!

 上機嫌で背後にそう言葉を投げかけた私が、満足して正面に向き直ると、しかし――

 目の前に、どろりとした真っ黒な壁が広がっていた。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「絶っっっ対こういうことになると思ったんだよ!!!!」

 

 轟音、地響き、そして咆哮。

 遠巻きに聞こえるそれらの音と、ついでに遠くに見える魔物達の影を見上げながら、俺とロフト、それとカリカが白い街を駆け回る。

 

「俺はよぉ!魔物は回避して進もうっつったよなぁ!!なのに何でわざわざ自分から魔物に突っ込む羽目になってんだろうなぁ!!?」

 

「嫌なら見捨てちゃっても良いじゃんか」

 

「出来るか馬鹿!!おめぇ、あんな年端もいかない女の子が殺されそうなの無視してられるか!!?」

 

 怒りを吐き出すように叫びながらも、ロフトの冷静な言葉にまた声を荒げて返す。

 そりゃまあ、探索の為なら無視して進むのがどう考えたって良いんだよ!俺だって分かってるわ、そんなもん!

 けど――

 脳裏に、地元から送り出した少女の明るく、自信に満ちた笑顔が過ぎる。

 

「死にそうなもんを見ておいて放っておいたらよ、どうせ後で思い出して死ぬほど後悔するだろうが!」

 

 言いながら、白い建物の間を突き進み、ぐんぐんと魔物に迫る。

 また轟音――先程よりも更に大きな衝撃音が響き、サイクロプスの巨大な姿が視界に入る。

 どうやら今しがた手にした棍棒を振り下ろしたらしい。

 あの下にカミラがいたら今頃は見るに堪えない姿になってるだろうが――いや、大丈夫だ。

 嫌な予感に心臓が跳ね上がるのを感じながらも、棍棒の下から漏れる神聖術の白い光に安堵の溜息を吐く。

 状況を見る感じ、サイクロプスとヒドラとダゴンで争わせようとしているのだろう。

 その狙い通り、ヒドラがサイクロプスを狙い、その隙を突いてカミラがサイクロプスの背後へと駆け出す。

 よし、この調子なら俺達が手を出さないでも……一安心したその時、カミラが背後を振り向き挑発でもするように叫ぶ。

 

「はーっはっは!バァーカ!!見たかこの知能の足りない魔物共め!!」

 

 と、その声に反応したのだろうか、カミラの進む先から、どろりとした黒い影が、あたかも忍び寄る蜘蛛のように音もなく、するりと行く手を塞ぐ。

 が、カミラはサイクロプスから逃げおおせた高揚からか、それに気付いた様子は無い。

 

「おまっ、ほんっ……馬鹿がよぉぉーーーっ!!!」

 

 俺はそう叫びながら腰から水龍剣を引き抜き、水の刃をスライム目掛けて飛ばすのだった。

 ――馬鹿なことに、すぐ近くに別の野郎がいることにも気付かぬまま。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「あの娘はトラブルを引き込む才能でもあるのか?」

 

 言いながら、私はダキアを抱えて白い建物の上空を飛び回る。

 人を抱えている分、速度は落ちるが、それでもダキアに合わせて地上を走るよりはマシだ。

 見ると、少し先で地響きが轟き、巨大な魔物の影がいくつか見える。

 

「おや、これは……急いだ方が良いかもしれないねえ、ザッパ」

 

「言われるまでもない」

 

 ふふふ、と、どこか余裕のある様子で呟くダキアに言い返しながら、私は魔物どものすぐ傍の建物へと着地する。

 ここならば、どの魔物が暴れ出しても私の魔術が届く範囲だ。

 尤も、もう既にいくらか暴れていた様子ではあるが――

 私は兜の下の目を凝らし、眼下の魔物達を見下ろす。

 どうやら今しがたサイクロプスがヒドラの首をいくらか叩き潰したところらしい。

 この隙に奴らへ魔術を撃ちこむべきか、とも考えるが、肝心のカミラがどこにいるか見えない。

 それにこのクラスの魔物が相手となれば、如何に私の魔術であっても一撃では仕留め切れないだろう。

 これ以上の混乱をあえて起こすのは避けたいところだが……

 どうすべきか悩んでいると、けたたましい咆哮と共にヒドラがサイクロプスへ噛みつくべく首をもたげ、持ち上げられた棍棒の下からするりと逃げ出す影が見えた。

 カミラだ。

 どうやら無事だったらしい。

 

「これは有難いな」

 

 私としても鍵の奪取に不要な戦闘は避けたい。

 彼女がサイクロプス達と距離を取ってくれるのならば、そこで確実に彼女一人だけを――いや、待て。

 逃げ出す彼女の前方に、するりと現れ、漆黒の体を広げるスライムが視界に入る。

 スライムの捕食体勢だ。

 正面から見ていれば躱すのは容易ではあるだろうが――

 

「はーっはっは!バァーカ!!見たかこの知能の足りない魔物共め!!」

 

 肝心のカミラに気付いた様子は無い。

 まずい。

 ここでスライムに鍵を奪われるわけにはいかぬ。

 

「雷槍」

 

 私は呪文を呟き、正しく光速の槍をスライム目掛けて放つ。

 ――間抜けなことに、すぐ対面に、例の戦士がいることにも気付かぬまま。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 どろりとした黒い壁――否、ヒュージスライムの体そのものが眼前に大きく広がる。

 そこまで速度のある攻撃ではない。

 普段の私なら避けられるであろう攻撃だ。

 が、残念ながら今の私はあろうことかこのスライム目掛けて全力ダッシュの真っ最中。

 ここから急に回避行動に移れるほどの余裕はない。

 じゃあどうする!?神聖術で……あっ、いや、無理だな!こっちもそんな速度は無い!

 いや、だが、私は天才だぞ!?こんなところでやられるわけ

 

「馬鹿がよぉぉーーーっ!!!」

 

 刹那、聞き馴染みのある野太く、粗野な叫びと同時に、スライム目掛けて放たれる水の刃が視界に映る。

 ジョーだ!よし!やっぱりやれば出来るじゃないか!

 醜く哀れで粗野な男だが、ちょっぴり認識を改めてやろう!カミラちゃんポイント500加点だ!

 一瞬の後、この水の刃がスライムを切り裂き、私は助かるだろう。

 いやぁ、まさか答えが②だとは――

 

 が、一瞬の後に起きたのは私の予想外。

 同じくスライム目掛けて飛んできた雷の槍と、ジョーの水の刃との衝突、そして消滅だった。

 恐らくはどちらもスライムに向けて放った攻撃だったのだろうが、スライムに当たるか否か、というところでかち合った水と雷は、小気味のいい弾けるような音と共に消え失せる。

 そして、当然、傷つくことなく残ったスライムは――

 

「ああああああああああーーーーーーーーーーーーっ!!!!???」

 

 いくつかの悲鳴に似た声が同時に重なりながら、私の体はスライムの真っ黒な体液に飲み込まれたのだった。

 

 

 



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枯木の王

 しくじった。

 咄嗟に放った雷の魔術が、対面から放たれた水刃とぶつかり、弾けて消えた。

 ここまで来てあの技を放つ人間は一人しか思い浮かばん。

 余計なことをしてくれたものだ。

 私は内心で毒づきながらも、スライム目掛けて二の矢、三の矢を放とうと構える。

 が、それを知ってか知らずか、カミラを飲み込んだスライムはするりと流れるように、立ち並ぶ建物の間へと入り込んでしまった。

 私の魔術は攻撃範囲も威力も申し分は無いが、流石に正確に狙うには対象を知覚しなければいけない。

 隠れる場所が多いこの場では、それこそヒドラやサイクロプスよりも、隠れ潜むのが得意なスライムの方が難敵かもしれん。

 

「上空から索敵するしか無いか……ダキ……」

 

 スライムを追う必要がある。

 無論、ダキアも連れて行く必要があるだろう。

 そう考えて振り向いたものの、いつの間にかダキアは姿を消していた。

 私が言うまでもなくあのスライムを追ったのだろうか?

 些か信用ならない男ではあるが……まあ良いだろう、こちらも一人の方が飛びやすいのは事実なのだ。

 一刻も早く鍵を手に入れなければいけないことには変わりはない。

 そう考え、ふわりと中空に浮かび上がった私だったが――

 

「行かせるかボケェェ!!!」

 

「む……!」

 

 突如として上空の私よりも更に上方、天上から激しい雨粒が私の鎧に叩き付けられる。

 水龍剣、そう言っていた奴の魔剣の力なのだろう。

 絶え間なく降り落ちる雨粒は次第に勢いを増し、すぐさま、滝の如き水量となって私の体を押し流す。

 

「はーっはっは!見たかバァーカ!いつまでも見下ろせると思ってんじゃねえぞ!」

 

「……不可解な男だ。貴様に私とやり合う理由は無い筈だが?」

 

 言いながら、降りしきる雨粒の中、私はゆっくりと立ち上がり、前方の男に問いかける。

 第二階層では互いにやり合う必要もあった。

 鍵を手に入れる上で邪魔だったからだ。

 しかし、今この状況であれば、あえて私と戦うという選択肢は必要無いだろう。

 カミラを助けるのならばスライムを追うべきだし、ただ冒険者として迷宮深部を目指すのならば、この騒動に首を突っ込む必要も無い筈だ。

 そう考えていると、それを察したのだろうか、ジョーが苦々し気な表情で口を開く。

 

「馬鹿言え、お前ここで飛ばしたらすぐアイツ見つけてスライムごと焼き殺すだろうが。どうあっても、お前はここで俺が止めるしかないってわけだ」

 

「……止められるとでも?」

 

「さあな、けどまあ……やるだけやってみるしかねえだろ!」

 

 言いながら、ジョーは水龍剣を構える。

 やはり愚かな、そして真っ直ぐな――なんとも人間らしい男だ。

 私は溜息を吐きながら、腕を突き出し、同じように構えると、再び、私達の間で雷と水が爆ぜ合う音が響くのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「あああああああああああ!!痛い痛い痛い!!!」

 

 黒く閉ざされた視界、スライムの体内で肌がじりじりと焼けていく。

 スライムの消化液でゆっくりと、しかし確実に溶かされているのだろう。

 このままではどう足掻いても絶望だが――いや大丈夫!私は天才神官だから!

 

「ぷはっ……リッ……リジェネェェ!!」

 

 スライムの消化液に焼かれながら、辛うじてそう唱えると、神聖術の暖かな光が体を包み込み、焼けた肌がじわりと癒される。

 ふっ、どうやら私のリジェネの方がスライムの消化液による継続ダメージより回復量が高いらしい。流石は天才!

 これでスライムに溶かされることは無いだろうが、後はどうやって脱出するか、だ。

 スライム自体は神聖術や魔術に対する耐性が極めて低い。

 一撃ぶちかませば倒せるだろう、が、問題は今の体勢だ。

 私の体は今、スライムの体――体液と言うべきか、それに全身を包まれて締め付けられてしまっている。

 通常のスライムと違い、この黒いヒュージスライムは弾性と粘性を兼ね備えた、言うなれば固まりかけのタールの如きものになっている。

 つまるところ、完全に手足を拘束されて身動きが取れないのだ。

 そして神聖術の攻撃は私のモーニングスターを媒介としてぶちかます必要がある。

 リジェネやヒール程度ならギリギリ唱えられるが、いずれにせよ手足が封じられた今の状態では攻撃の手段が無いのだ。

 天才と言えど神官だからな、ジョーと違って野蛮なことは苦手なんだよ!私は文化人なんだ。

 

「だが、このままじゃ――」

 

「そうだねぇ、ピンチかもしれないね」

 

 ぎちり、と、締め付けるスライムの体からなんとか脱出しようと身をくねらせていると、頭上からどこか妖しく、ねっとりした男の声が響く。

 と、突如としてスライムの体が跳ね上がり、そして――叩き付けられる。

 

「あぶっ!」

 

「ふふふ、すまないねぇ、少し我慢しておくれよ?」

 

 スライムがクッションになりながらも、勢いよく石畳に叩き付けられた衝撃で思わず顔を顰めていると、ぼんやりとした影がスライムに馬乗りになるのが見える。

 とはいえ、スライムは前述した通り物理耐性が極めて高い。

 石畳に叩き付けられたことも意に介さず、影を飲み込もうと体を広げ、影の手足を絡めとるスライムだったが――

 

「ふふ、そうそう、目の前の獲物に喜んで食いついてきてくれよ、そら!」

 

 影はそう呟きながら、スライムの絡めた体を思い切り引っ張り、後ろへ飛ぶと、スライムの体もそれに伴ってずるりと伸びていく。

 

「おや、そんなに体を伸ばして大丈夫かい?そろそろ――あちらを拘束する力が弱まるんじゃないかな?」

 

 言う通り、スライムの体が影への攻撃の為に伸び切ったおかげで、私を包むスライムの分量が多いに減った。

 それでもぎちりと締め付けるスライムの体が私の体に張り付いては来るが、私はどうにか手にしたモーニングスターを振り上げ、叫ぶ。

 

「ホーリーハンマー!!」

 

 閃光、神聖術の白い光と共に、スライムの黒い体液が辺りに弾ける。

 ふふん、見たことか!やっぱり私にかかればこの程度のスライムは大した相手じゃないな!

 むしろ目下の問題は――

 息を整えながら、先程の影に向き直ろうとした私だったが、いつの間にやら先程の場所から影は消え失せ、私の背後から囁くような声が耳朶に響く。

 

「はいお疲れ様」

 

「きさっ……!」

 

 慌てて振り向いた私だったが、影はそんな私を嘲笑うかのように、何か黒い物質を私の体に巻き付ける。

 さっき伸ばしたスライムの触腕だ。

 スライムの体の殆どは先程のホーリーハンマーで破壊した筈だが、スライムはそれ自身が液体生物。

 サイズこと小さくなったものの、奴に伸ばした体の一部は分離してまだ生きていたということだろう。

 

「くっそ……!さっき倒したのに!」

 

「うんうん、助かったよ、鍵ごと君の全身が溶かされでもしたら事だったからね」

 

 的確に手足を黒いスライムで拘束され、転げる私を見下ろすようにして影――

 人狼、ダキアが不気味ににやけた表情で、私を見下ろしていた。

 

「さて、あの状況で君がスライムに連れ去られるのは予想外だったけれど――結果として僥倖、僕にとっては良い結果だ。どさくさ紛れに君を追い、邪魔なスライムも排除し、そうしてここに来れたのだからね」

 

「ここ?」

 

 ダキアの言葉に、きょろりと辺りを見回すと、周囲には荘厳に美しく光り輝く白亜の壁が立ち並び、広々とした天井には複雑な模様の描かれたガラスの板が嵌め込まれ、外からの光を複雑に反射させ、その模様をきらきらと煌めかせている。

 恐らくはこここそが、この都市の中心に位置する城の内部なのだろう。

 どうやら私を捕食したスライムが逃げるうちにこの城の内部へと入り込んでいたらしい。

 いや、あるいは眼前のダキアがそうなるように誘導したのかもしれないが。

 

「それで……どうするつもりかな、クソ魔族、ここで私を殺すつもりか?」

 

 私は縛られた手足でどうにか上体を起こし、ダキアをキッと睨みつけながらそう言う。

 ピンチと言えばピンチだが、こういう場面で舐められたらそれこそ終わりだ。

 奴が私を殺すつもりだとしても、せめて限界まで抵抗してやらねば気が済まない。

 そう意を決していたのだが、しかし、帰ってきた返事は意外なものだった。

 

「ふふふ、まさか、まだ殺しはしないさ。万が一、ということもあるからね」

 

「万が一……?」

 

「ああ、尤も、そうならないと有難いんだけど……」

 

 ふふ、と、妖しく顔を歪ませて笑いながら、ダキアは城の内部をカツン、カツンと、高く響く靴音を鳴らしながら歩き出す。

 このまま隙を見せてくれたらその間にこのスライムを解いて脱出するんだが……と考える私だったが、流石にそうはいかない。

 ダキアは靴音を響かせながら、何かを探るように城の床に手を置く。

 そしてまた、ふふ、と笑いながら、歩を進め、別の床へ、別の床へと進んでいく。

 

「何をしているんだ……?」

 

「ふふ……カミラちゃんは迷宮第二層でのことを覚えているかい?あのドラゴンのことだ」

 

「覚えてるに決まってるだろう、天才だぞ!」

 

 忘れようと思って忘れられるものではない。

 何せ始めて見る正真正銘のドラゴンだ。

 流石にアレが出た時は私も死ぬかもと思った。

 

「あれが封じられていた棺のように、この迷宮には様々な仕掛けが施されている。それは何故だか分かるかい?」

 

 三つ、四つ、床に手を置いては離れながら、ダキアがこちらに顔を向けて問いかける。

 

「何故も何も、侵入者を阻むためだろう、迷宮なんだから罠があるのは当然だ」

 

「ふふ、その通り、それも間違いではないけど――それ以上に重要な理由がある」

 

 五つ、六つ、変わらず床を撫でながらダキアは語り続ける。

 

「この迷宮はね、待っているんだ。いや、むしろいずれ戻る時の為に設置しておいた、というべきかな」

 

「戻る……?」

 

「ふふ、決まっているだろう?この迷宮を創り出した者――かつて、古の王国を創り出し、そして世界の支配者となった偉大な人物」

 

 言いながら、ダキアは城の広間の中心、私のすぐ傍へと再びゆっくりと戻ったかと思うと、虚空へ向けて拳を突き出し、グッと力強く握りしめる。

 獣の如き唸り声と共に膨れ上がったダキアの腕は、見る見るうちに太く、荒々しい毛に覆われ、突き出した拳からは――自らの爪が手の平に突き刺さっているのだろう。

 そうして拳から噴き出した血が、純白の城の床へぼとぼとと落ちると、白い世界の中に突如として現れた赤い鮮血に反応したのか、先程ダキアが触れた床が淡い光を放ち、城の床に真っ赤な紋様が浮かび上がる。

 

「魔法陣……!?何の……うわっ!」

 

 私が驚く間もなく、床全体、浮かび上がった魔法陣から眩い程の光が放たれ、辺りに熱風と白煙が巻き起こる。

 やがて光が収まり、目を開けた私の瞳に映ったのはダキアに加えて、魔法陣の中心に立つ一人の影。

 小さく、折れ曲がった背をどうにか杖で支えて立っているような、枯木のような老人だった。

 何だこの爺さんは。

 訝し気に老人を見つめる私を他所に、ダキアはその老人を確認すると、恭しく膝を突き、頭を下げる。

 老人はダキアのその態度を見ると、満足気にゆっくりと頷き、気だるげな、絞り出すような細々とした声を、その枯木の洞の如き口から吐き出した。

 

「ダキアよ……大儀である……面を上げよ……」

 

「はっ、魔王様」

 

 魔王様。

 そう呼ばれた老人の声に応えるように、ダキアが顔を上げると、老人――魔王は、再び細々とした声で語り出す。

 

「やはり……正解であった……いずれ戻る時が為……転移魔法陣を……」

 

「……こいつが」

 

 魔王。魔王だと?

 ダキアの話ではこの迷宮を作り出した魔術師、古の王国を統べた世界の支配者であり、そして我らが神に敗れ魔族の王に落ちぶれた男。

 ――こんな枯木みたいなジジイがか?

 言ってしまっては何だが到底信じられない。

 私は神官、天才神官だ。生物の生命力を感じ取る能力であれば超一流だろう。

 だが、この老人からは生命力を殆ど感じない。

 どちらかと言えば迷宮のアンデッドに近いのではないかと錯覚しかける程の老いさらばえた魂、触れればぽきりと折れてしまいそうな枯木の如き肉体には、微塵も威厳といったものが感じられない。

 こんな男が魔王だなんてとてもじゃないが……そう感じ、訝し気に眺める私に気付いたのだろうか、魔王は落ち窪んだ瞳でじっとこちらを見つめ、ゆっくりと口を開く。

 

「おお、おお……その首飾りよ……それだ……ああ、少女よ……その姿こそ……」

 

 ゆっくり、ゆっくりと、ふらつきながらも杖を突き、歩を進める魔王の声に呼応するかのように、私の呪いの首飾りがぼんやりとした光を放つ。

 まただ、ドラゴンの時、ダゴンの時と同じように、白く淡い光が首飾りを包み込んでいる。

 

「ああ……これぞ……これぞ……余は……これで、ようやく――」

 

 カツン、カツン、杖を城の床に打ち付ける音を響かせながら、ゆっくりと歩を進める魔王。

 そしてその背後で、ダキアが身を起こし、魔王に付き従うかのように背後に歩み寄ったその瞬間。

 ぽきり、と、あまりにも軽く、小さな音が響いた時、人狼の邪悪な腕が、枯木のような老人の首を握り砕いていた。

 



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鍵と錠

 

「フフ……ハハハ……ハハハハハハ!」

 

 純白の城、荘厳で清らかな空気に満ちたそこに、あまりにも場違いな獣の笑い声が響く。

 魔王。

 自身の仕える主であろうそれを、あたかも庭の邪魔な枝葉を手折るかの如く、気軽にぼきりと首を砕いた人狼は、自らの足元に横たわる哀れな老人の体を見下ろしながら、満足気に息を吐く。

 

「なんだなんだ、仲間割れか!?」

 

 眼前で起きた出来事を把握しつつも、私は思わずダキアに問いかける。

 ダキアが魔王を殺した。その事実は理解できた。

 が、何故殺したのか?それが分からない。

 私は天才なので凡人の気持ちが分からないのだ。

 天才の唯一の弱点と言えるかもしれない。

 そんな私の問い掛けで、ようやく私がいるのを思い出したと言った風にこちらに視線を向けたダキアは、いつもの――いや、人狼化しているからいつもより凶悪なのだが、それでもやっぱりねっとりとした薄気味笑い笑顔を顔に張りつけ、私に返す。

 

「フフ……仲間割れ、うん、その通りさ。魔王様が迷宮の力を使ってしまっては僕の願いが叶わないからねえ」

 

「迷宮の力……?」

 

「んふふ、リガス君達に聞いてないかな?魔王様の目的はこの迷宮をそっくりそのまま外に顕現させること――古の王国を再生させることだ」

 

 その辺りはダキアの言う通り、リガスから聞いた。

 魔王は大昔に繁栄した国の王であり、その国の情報を迷宮として保存しておいた、という話だ。

 そしてそれを地上に顕現させることが願い……ということは今まさに眼前のダキアが語ったが、ダキアはひとしきり語ると、どこか呆れたような溜息を溢し、言う。

 

「――全く、くだらない。そうは思わないかい?」

 

 言いながら、ダキアはしゃがみ込み、先程自らが殺害した魔王の体を睨みつける。

 

「折角の願いを叶える機会、迷宮に込められた大魔力、それを何故そんな老人の懐古の為に使わなければいけない?僕はこんな迷宮、いや、過去の王国のことも、魔族のこともどうでもいい、ただ僕は僕の願いを叶えたいだけだ」

 

「……」

 

 正直なところ、全くの同意である。

 ここまで努力して辿り着いたのは私だ。

 願いを叶える機会が一度しか無いと言うのなら、その機会を他の誰に渡すものか!

 ていうか私の願いが客観的に見て一番尊く高潔な筈だからな!

 尤も、その為にダキアが願いを叶えるのも困るので私としては何とか抵抗したいところだが。

 どうにかして手足にへばりついたスライムを外せないか、身をよじる私の頭上から、機嫌の良さそうなダキアの声がまた届く。

 

「さて、そして……願いを叶える為の鍵、それがカミラちゃんのソレであることはもう気付いているよねぇ?」

 

「はっ、舐めるなよ天才だぞ、気付いてないわけが無いだろう!」

 

 私のかけた呪いの首飾り、散々ザッパやカンナにも鍵だ鍵だと言われ、ドラゴンやダゴン相手にも不思議な力を発揮したのだ。

 思えば、最初に使用した時に体が変化したのも『願いを叶える』という力の一端だったのかもしれない。

 私の答えに満足気に頷くと、ダキアは満足気に頷き、続ける。

 

「そう、そして鍵があるということは、開けるべき鍵穴、鍵に合う錠が必要だ。それこそがこれ――魔王様の血だ」

 

 言いながら、ダキアは先程手折った魔王の頭を掴み捻ると――ばきり、と、軽快な音と共に魔王の首が胴体と分かれ、裂ける。

 

「魔王様の血と、それに対応する鍵!この二つを以て城の最奥で儀式を行う!僕の調査ではそれで完璧に願いが―――――願い……が……?」

 

 魔王の首を掲げ、高らかに勝利の雄叫びを上げるダキアだったが、そこで一つの違和感、決定的な計画の狂いに気付くと、信じられないとでも言うように、目をぎょろりと見開き、自身が掲げた魔王の首を見つめる。

 

 ――――血が出ていない。

 

 首を捩じ切られ、細々とした骨と肉が零れ落ちても、血だけは一滴たりとも垂れていないのだ。

 

「馬鹿な」

 

 驚愕の表情を浮かべながら、ダキアは魔王の首を両手で挟み込むと、微塵の躊躇も無く割り潰す。

 しかし、それでも血は出ない。

 渇いた老人の砕かれた頭からはただ、粉々になった骨の欠片がぱらぱらと零れ落ちるだけである。

 

「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!そんなことがあるか!?」

 

 諦めきれない、と言った様子で、ダキアは残された魔王の体を爪で裂き、踏み砕き、噛み砕く。

 が、やはりというべきか、血の一滴も滴ることは無く、肉体からは乾いて木片のようになった肉と骨の欠片が飛び散るばかりだった。

 

「馬鹿な、この体は、これでは――」

 

「――――人形の如し、であろう」

 

 困惑した様子で粉々になった魔王の遺体を見下ろすダキアの呟きに応えるように、城の奥からゆったりと落ち着いた――血の底から響くような、重く低い囁きが響いた。

 驚いて声の方を振り向く私とダキアだったが、一手遅い。

 振り向き、声の主の姿を確認するよりも早く、一筋の閃光が走り抜けたかと思った次の瞬間。

 ぼとり、と、重たく、柔らかいものが地に落ちる音と共に、私の眼前に毛深く、逞しい狼の腕が千切れ落ちた。

 

「なっ――がっ、あああああ!?」

 

 何が起きたかも分からない一瞬の静寂の後、ダキアの苦痛に呻く叫び声と共に、それまで無い、無い、と探し求めていた血が辺りに降り注ぐ。

 見ると、ダキアの左腕が付け根から吹き飛び、そこから夥しい量の瑞々しい血が溢れ出していた。

 

「――如何した?血を求めていたのであろう」

 

 ダキアの絶叫の中にあって、不思議と絶叫にかき消されること無く、重く耳朶に届く声が、徐々に徐々に近づいてくるのを感じる。

 こつん、こつん、と、静かに、淡々と響く靴音と共に、声の主が私の前に姿を現す。

 それは、端正に整った美しい男の顔をしていた。

 夜空の如く黒く美しい煌めきに、金色の紋様の刺繍された衣服――どこか私、いや、神殿の神官服に似ているだろうか、豪奢ながらも下品さを感じさせないそれを翻し、衣服に負けず漆黒に輝く黒髪は長く伸び、その頭頂部からは一対の黄金の角が生えていた。

 ゆっくりと足取りを進めるその男の、美しくもどこか背筋がぞわりと震えるような恐ろしさ、凍り付くような雰囲気に、思わず汗が吹き出し、息が浅くなる。

 これが誰か、など、言われずとも理解できる。

 私が天才だから――――ではない。

 例え誰であろうと、王都の学徒であろうと、田舎の木こりでも、いや、下水道の鼠でさえも、見た瞬間に直感的に感じ取ることが出来るだろう。

 

「魔王……!」

 

 私がそう言うと、眼前の男……魔王は、どこか嬉しそうな、どこか寂しそうな、そんな表情を浮かべ、私の顔を見つめ返すのだった。

 

 



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魔王復活

 ――懐かしい。

 

 幾年月ぶりだろうか。

 若く、血が巡り、滾る体。

 はっきりと物が見え、聞こえる体。

 逞しい手足でじっくり大地を踏みしめることの出来る体。

 新しく――いや、旧きを取り戻した肉体で、眼前の少女を改めて見つめる。

 

 白く、柔らかな肌にきめ細かいブロンドの髪を輝かせる少女。

 

 ――懐かしい。

 

 再びそう感じると、記憶の奥底から我が妻の、愛すべき声が蘇る。

 彼女は優しい人だった。

 人間でありながら余を、魔族を、自分以外の全てを、慈愛を以て分け隔てなく愛する人だった。

 我が国が女神に、勇者に敵視されても尚、逃げずに留まる強い人でもあった。

 

「――いいのです、■■■■様。私はやりたいようにやっているだけ。貴方と共にいたいだけなのです」

 

 はにかみながらそう語る彼女の表情を思い出す。

 眼前の少女の少し驚いたような、愛らしい表情とついつい見比べてしまう。

 思わず少女に手を伸ばし、その頬に手を触れ――

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

「だらああああああああっ!!!」

 

 ゆっくりと、私の頬に向けて手を差し出した魔王の足元目掛けて、私はスライムの張り付いたままの脚をそのまま思い切り突き出した。

 

「っ……!?」

 

 無論、か弱い神官の蹴り程度でダメージにはならないだろうが、魔王は僅かに驚いたような表情を見せて後退ると、自分の手と私に交互に視線を向ける。

 

「ふっ……魔王だか何だか知らないが、勘違いするんじゃないぞ!私は天才神官カミラ様だ!そう!女神ギアナに愛されし天才!魔王といえども魔族如きが軽率に手を触れられると思うなよ!!バァーカめ!!!」

 

 私はそう、至極真っ当な意見を正面から述べる。

 何が魔王だ?確かに魔族を統べる王!なるほど偉いのだろうさ!

 でも私は天才だぞ!?

 将来的には魔王なんかよりよっぽど偉く、凄くなる素質を持った大神官様だ!

 まあ今は美少女になったからな、この汚れ無き美少女のもちもち素肌に触りたいという欲求はわからないでもない!私だって元は男だからな!目の前にこんな可愛い女の子がいたらそりゃもうテンション上がるとも!

 だが、だからこそ軽率に触れさせるわけにはいかない!

 そう、美少女の肉体は財産なのだ!汚れの無さ!純潔!神はそれを愛するし私もそんな軽々に人にこのパーフェクトボディを預けるものか!

 まして魔族相手なんかが私の体に触れるに相応しいか!?いやいや、そんな筈は無いだろう!

 

「この私を好きにしたいのなら、力づくでどうにかしてみせるんだなあ!!」

 

 そう、この手足を縛りつけているスライムのようにな!!!

 手足を縛られたまま、どうにか体を起こして魔王にそう言ってのけると、魔王は何か言いたそうに口を開け、驚いた様子を見せたものの――

 

「――左様か、貴様は、彼女ではないのだな」

 

 そう言うと、魔王は再び先程同様の威圧感、そして先程以上の敵意――僅かながらの憎悪を込めて、私をぎろりと睨みつける。

 ……少しマズいことを言ってしまったのだろうか?

 いや、でも私の言ったことは正論だぞ!逆ギレするあっちが悪い!

 ともあれ、啖呵を切ってしまった以上は戦わざるを得ないわけだが、さて、どうするか。

 手足を縛るスライムを見つめつつ、反撃すべく思考を巡らせている中、私の背後からくっくっと不気味に笑う声が響いた。

 

「ンフ、フフフフ、振られてしまったようですねえ、魔王様」

 

「……ダキアか」

 

 息を荒く、肩を上下させながら、血の吹き出す左肩を抑えるダキアを魔王が一瞥すると、然程の興味も無さそうに口を開く。

 

「余を呼び出したこと、大儀である。その功績に免じ、今であれば余の人形を破壊したことは不問とするが?」

 

「フフ……許していただかずとも結構ですよ……いずれにせよ、貴方の願いには賛同できない……迷宮を地上に顕現させようという話には……」

 

「……迷宮を顕現?」

 

 ダキアの言葉に、魔王は少し考え込むように顎に手を当てて答える。

 

「行き違いがあるな。迷宮を顕現させること、それ自体は余の目的に在らず」

 

 魔王の言葉に、今度はダキアが驚いたように目を見開く。

 

「余の目的は、過去に栄えた余の王国の復活……無論、この迷宮の地、思い出深き都、海、塔、森、それらを地上に戻すのも目的の内には含まれるが、尤も重視すべきは国民だ」

 

「……国民?」

 

 ダキアが怪訝そうな表情で問いかけると、魔王はまるで教壇に立つ教師が答え合わせでもする風につらつらと語り出す。

 

「この迷宮は余の魔術で生み出したものだ。なれど、余の魔力のみではこれ程の大魔術、地表の記憶をそのまま残し、保存する術など使える筈も無い……が、余のみの力で無ければ如何か?」

 

「……まさか」

 

 淡々と語る魔王に、ダキアが何かを察した様子で、震える声を返す。

 話の内容を考えるのなら、魔王以外の魔力、他人の魔力を借りたということだろう。

 だが――私は第二階層の攻略後、トゥーラが師から聞いたという言葉を思い返す。

 魔力とは即ち魂の力。

 それを他人から補ったということはつまり……私達が見つめる中、魔王がまた静かに口を開く。

 

「当時の我が国民、幾千万人。余は彼らの魂を一つ所に集め、その魂の力で以てこの迷宮を創り出した」

 

「――――――」

 

 驚愕の表情を浮かべ、魔王を見つめるダキアを横目に見ながら、私は魔王の言葉に問いを返す。

 

「……魂の力、ってことは、国民を全員殺したっていうことか?」

 

「……ふっ、ふふ、馬鹿なことを申すな。我が愛する臣民を殺す、等と言う事があるものか。彼らは今なおこの迷宮で息づいている」

 

 魔王は私の問いに僅かに笑い声を溢し、どこか上機嫌な様子で語る。

 さて、さっきもそうだったが、私を相手にすると妙に嬉しそうな表情をしている気がする。

 

「迷宮は魂の保管庫……魂、そして魔力が循環する場だ。ここに閉じ込めた我が国民の魂は――あるいはマンイーター、あるいはバジリスク、あるいはダゴン、それらの迷宮を守る魔物へと姿を変じ、生きている」

 

「……!?」

 

 今度は私が驚愕の声を上げる。

 迷宮の魔物がかつてのこの国の国民。

 いや、言われてみればそれっぽい覚えは無くはない、第二層のアンデッド達は死してなお宝物塔を守る番人であったし、第四層のダゴンに至っては正気こそ失っている様子だったが、明らかに意思があった。

 だが、しかし――

 

「自分の国民を、魔物に変えて、冒険者と戦わせていたのか!?」

 

「然り。それにより迷宮はここで死んだ冒険者の魂を捕らえる。迷宮は幾多もの強い魂、更に多くの魔力が循環し、成長していく。そうして十分な力を蓄えた時――ようやく、鍵が生み出される」

 

 言いながら魔王は私の首飾りを指差した。

 

「それこそは迷宮の溜めた魔力を解放する為の鍵、かつて勇者に滅ぼされかけた我が国、我が臣民を蘇らせる為の鍵だ」

 

「……蘇らせる?」

 

 私の問いに、魔王はまた、薄く微笑みを浮かべながら、どこか誇らしげに言い放つ。

 

「迷宮を解放し、我が臣民の魂と地上の者共の魂を入れ替える」

 

「……はぁ!?」

 

「魂のみと化した臣民たちには最早、かつての肉体は無い、だが代わりに今の地上には幾多もの人間達、幾多もの新たな魔族が生まれ育っている。彼らは実に良い……良い器になるであろう。そこの枯木の如くな」

 

 言うと、魔王は先程ダキアに粉砕された老人の肉体を一瞥すると、得心がいった様子のダキアが口を開く。

 

「そうか、他の国民はともかく、王がかつての肉体、旗印となるべきシンボルを失うわけにはいかない……だから逆か……!魔王様、貴方はかつての国民を魂だけにして迷宮に封じる一方、自身は肉体のみを迷宮に封じ、魂を地上に置いた!地上を監視しつつ、いずれこの都に帰るべく!」

 

「然り」

 

「そして、それと同様に今度は……その国民達幾千万の魂を地上の者達に乗り移らせ、かつての王国、そして国民を復活させると……くふ……はは、なんて馬鹿げた……!懐古にも程がある!」

 

 ダキアはそう言うと、今にも倒れそうにふらつきながら、嘲るような笑い声を漏らす。

 かくいう私も、呆れるのを通り越して何も言えずに溜息だけが漏れる。

 かつて自分が統べた王国、かつての国民を復活させる為だけに、国民すべての魂を迷宮に閉じ込め、何百、何千年の後に、地上の者達の体を依り代にして復活させる?

 あまりにも馬鹿げている。過去に囚われているなんてどころじゃないぞ。

 だが、そんな私達の気持ちを知ってか知らずか、魔王は自信に満ちた表情で手を差し出し、語る。

 

「ダキア、貴様の体は良い依り代になる。改めて、私に従う意思は無いか?従うのなら貴様の魂も保存し、来るべき時に新たな器に移し替えてやる」

 

「……魔王様、一つ、質問してもよろしいでしょうか」

 

「許す。言ってみるが良い」

 

「魔王様のその願いで復活するのは、臣民のみですか?この迷宮で果てた冒険者は、迷宮を成長させる為の礎となった冒険者は救済されないのですか?」

 

 ダキアが絞り出すように、僅かな希望に縋るように、言葉を放つと、魔王はどこか不思議そうな表情を浮かべ、不可解な様子で答えを返す。

 

「される筈が無かろう?余が救済させるべきは余の臣民のみ、愚かにも迷宮に踏み込んで勝手に死んだ冒険者の魂は、ただただ魔力を蓄える燃料としてしか使えぬ。迷宮を解放したとて、そのまま消え去るのみであろうよ」

 

「……そうですか」

 

 言うと、ダキアはゆっくりと前に足を踏み出し、魔王へ向けて跪き、頭を下げる。

 

「ならば魔王様、私は――」

 

 残った右腕を胸にやり、恭しく首を垂れるダキアを見下ろし、僅かに魔王の威圧が薄れたその瞬間、人狼の荒々しい牙が素早く魔王の右足目掛けて突き出される。

 

「愚かな」

 

 が、魔王は突き出した牙をなんともないようにするりと躱すと、空を切ったダキアの顎目掛け、先程下げた足を思い切り突き出し、蹴り飛ばす。

 

「ぐっ……が……!」

 

 勢いよく吹き飛んだダキアが城の床に叩き付けられ、鞠のように跳ね上がると同時、再び閃光が瞬くと――次の瞬間、哀れな人狼は胸から鮮血を噴出し、純白の床に倒れ伏すのだった。

 

 

 



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雷雨注意

 美しくも寂しく、静かに佇む白冠都市。

 中央にそびえる城へと続く道の一角で、弾けるような雷鳴と雨音が周囲に激しく鳴り響く。

 

「っち!」

 

 稲光を走らせ、浮遊する鎧の騎士、ザッパローグはそれを見ると、苦々し気な舌打ちと共にこちらを見下ろす。

 

「はっ!バァーーカ!!そんだけ何度も食らってりゃ攻撃のタイミングくらい読めるっつーの!!バーーーカ!!!」

 

 言いながら、建物に隠れて様子を窺う俺とカリカの視線の先で、水龍剣を構えたジョーが自慢げに叫ぶ。

 

 ――ジョーはアレでいていささか慎重、というか自分を低く見積もるところがある。

 

 先の雑談でザッパローグに勝てるか、という話題になった時に微妙じゃないか、と答えていたが、いざ対面してみれば、ザッパの魔術発動のタイミングに合わせて水龍剣を振り、見事に頭上から降る雷の槍を防いでいた。

 加えて、周囲に水流を巻き上げ、雨を降らせることで炎の魔術も防いでいる。

 ザッパの攻撃手段はそれなりに限られて決め手に欠けている状態だ。

 尤も、雷の迎撃タイミングを間違ったら一気に不利にはなるだろうし、そもそも空中のザッパに有効的な攻撃があるか、と言われたら確かに微妙なところではあるので、決め手がないのはお互い様なのだが。

 

「そこをどうにかするのがパーティメンバーの仕事だよな、カリカ」

 

 言いながら、俺にしがみつくようにして背後に控えるカリカに顔を向け、互いに視線を交わす。

 流石にパーティを組んで付き合いも長い。

 カリカは俺の意図を察した様子で頷き、身軽な動きで建物の影に消えると、俺はその場に残って再びジョーとザッパの戦闘に視線を戻す。

 

「雷槍連」

 

 見ると、ザッパが呪文とぱちりと指を鳴らし、再び雷の槍――を、連続で放つところだった。

 正しく光の速度でジョーに向けて襲い掛かる幾多もの雷の槍。

 初見であれば防げる道理も無いだろうが――

 

「うおっらああ!!!」

 

 ジョーは水龍剣で巻き上げた水流で雷を受け止め、電流を辺りへと散らす。

 俺だって流石にこんだけ見てれば分かる。

 ザッパは魔術を放つ際にあの指を弾く動作が必要なのだろう。

 癖なのか、あるいは魔術の威力や速度を高める為の動作なのか、いずれにせよ、あの指の動きとほぼ同時、そして正確無比に標的へと向けて攻撃が放たれる。

 きっとジョーやカシミールとは比べ物にならない程に律儀で真面目な性格なんだろうな。

 寸分の狂いも無く、正確無比で高速の攻撃。

 だが、それ故にタイミングが取りやすいのだと思う。

 尤も、大概の奴はそのタイミングを計る前に死ぬだろうし、事実、ジョーだってカミラの回復が無きゃ一戦目でやられてたんだろうけどな。

 

「どうしたオラァ!もう終わりかぁ!?大したことねえな魔導騎士ってのは……」

 

「――氷陣」

 

 ジョーの挑発が耳に入っているのかいないのか、変わらぬ無感情な声で再びザッパが魔術を放つと、瞬く間にジョーの周囲に広がる水が凍りつく。

 雨と水流での迎撃によって周囲は水浸しだ。

 このままではジョーの動きは大きく制限されるだろうが――

 

「それも前に見たよなぁ!」

 

 言うと、ジョーは凍り付くよりも早く、周囲の水を纏めて水の渦と化すと、それをそのままザッパへ向けて巻き上げる。

 言うなれば雹の混じった小型の竜巻を直接叩き付けられるようなものだ。

 さしものザッパも水流を受けて大きくよろめき、落下しかける。

 

「む……!」

 

 が、流石と言うべきか、落下するよりも早く風の魔術を展開し、再びふわりと浮き上がる。

 

「はっはっは!俺の雨を利用しようと思ったんだろうが、残念だったなあ!利くわけねえだろそんな浅はかな」

 

「上か」

 

 ザッパは勝ち誇るジョーの言葉を意に介さず、ぽつりと呟くと、再び指を鳴らして唱える。

 

「氷刃」

 

 言うと同時、降り注いでいた雨が空中に静止し、雨粒一つ一つが寄り集まり、あたかも幾千もの刃のような氷柱へと凍り付き、姿を変える。

 

「ちょっとその技は聞いてねえ」

 

 ジョーのそんな言葉が届くが早いか否か、すぐさま幾多もの氷柱がジョーへと向けて連続で降り注ぐ。

 

「っだあーーーーっ!!ックショウ!!!」

 

 なんとか水龍剣を手に降り注ぐ氷柱を防ぐジョー。

 速度自体は先程の雷とは比較にならない程度の遅さだが、何しろ今度は物質的な質量がある。

 水流で壁を作っても突き抜けて降り注ぐだろう。いや、視界が塞がれてしまう分、下手に壁を張らない方が良いかもしれない。

 事実、どうにか剣で防ぐジョーだが、欠けた細かい破片や、地面に落ちて砕けた氷の欠片が、体をかすめ、突き刺さり、切り裂く。

 破片自体がさほどのサイズではない為に致命傷には至らないが、これを何度も食らえばキツいだろう。

 そして氷柱を捌くジョーに対して、ザッパがゆっくりと腕を構える。

 雷だ。

 

「終わりだ」

 

 パチリ、と指が鳴るか鳴らないか、というその瞬間、俺は腰に下げた鞄から一つ袋を取り出し、放り投げる。

 と、ザッパも咄嗟に視界に飛び込んで来たその袋へと視線を向け、そこへ雷の槍を放ち――

 ぼん、と、何かが弾けるような音と共に、周囲がもうもうと立ち込める煙に囲まれた。

 

「……煙幕か」

 

 正解。

 俺は斥候だからな、こういう役立つ道具は当然ながらいくつか常備してる。

 普通は逃げる時に使ったりするんだけどな。カシミールがパーティにいる時はよく使ったなあ。

 さて、とはいえ、ザッパには風の魔術もある。こんな煙すぐさま吹き飛ばされるだろう。

 その前に、と、俺は煙の中、ジョーの大体の場所まで駆け寄ると、囁く。

 

「ジョー、無事か?」

 

「当ったり前だ、で、どうしたロフト?撤退か?」

 

 煙の中、撤退ならそれはそれで、と言いたそうななんとも苦々し気なジョーの髭面が見えた。

 撤退を進言すれば受け入れるが、それはそれとして勝負がつかないのもムカつく、というところだろう。

 

「いいや、逃げない。いいかジョー……これから……」

 

「……はぁ!?いやでもそれ……さっきよ……」

 

「いいから、今度は――」

 

 俺がこっそりジョーへ作戦を耳打ちすると、すぐさま突風が吹き、辺りの煙幕を吹き飛ばす。

 煙が払われ、丸裸になった俺とジョーを見下ろすように、上空から重々しい声が響くのが聞こえた。

 

「無駄なことだ。斥候如きが一人増えようと」

 

「それはどうかな、やってみなきゃ分からないだろ……なあ、ジョー!」

 

「おまっ、クソッ!やったらぁ!!」

 

 言うと、ジョーが水龍剣を振るい、再び周囲に水を巻き上げるとまた先程のように辺りに雨が降り注ぐ。

 

「馬鹿め」

 

 それはさっき失敗しただろう、とでも言いたそうに、ザッパは呆れたように呟くと、腕を前に突き出し、再び唱える。

 

「氷刃」

 

 またも雨粒が固まり、幾多もの氷の刃が生成される中、俺はにやりと口の端を吊り上げ、叫ぶ。

 

「今だジョー!」

 

「おっしゃあ!!」

 

 ジョーが吼えながら、また水流を巻き上げ、雨を降り注がせる。

 

「何を――」

 

「もっともっと、もっとだ!」

 

 僅かに困惑した様子を見せるザッパを他所に、また雨を、また雨を、また雨を、雨を!

 繰り返すように水を巻き上げ、最早嵐の只中にいるかの如き豪雨と化し、降り注いでいた。

 

「っ……!」

 

 勿論、これらの雨もザッパの氷刃に組み込まれ、凍り付く、が――

 何重にも振り、折り重なった雨は最早、刃ではなく、不格好な岩のように大きく、醜く固まり、宙に静止している。

 

「馬鹿重い氷塊と自分の体!どこまで魔術で支え切れるかな!」

 

 ザッパの浮遊は風の魔術を用いて行っている行為だ。

 原理はよく知らないが、風の魔術ということは風の流れを利用しているんだろう。

 ならば――その風がコントロール出来ない程の豪雨の中、更に情報から激しい雨粒を叩き付けられたら?

 さっきの水の竜巻を食らった時と同様、落ちはしないまでも体を支えることはかなり困難なのではないか?

 ましてや、浮遊の魔術と別に氷刃の魔術、二つを同時に発動している状態だ。

 ここで予定外の物が加わったら――

 

「魔術の……制御が……!」

 

 滝のような雨にザッパの体が上から抑えつけられ、そしてふっと力を失ったかのように、押し流されるように落ちていく。

 

「だが……支えられぬのなら……!」

 

 そして、ザッパが落ちると同時に、必然ながら、巨大な一塊の氷塊も俺達の頭上目掛けて振り下ろされる。

 

「潰れて死ね!人間よ!」 

 

 落ちる間際、そう言い放つザッパだったが、しかし、それを受けてジョーはにやりと笑みを浮かべながら、剣を鞘に納める。

 

「馬鹿言いやがる!ああ、こういうのだ、こういうので良いんだよ!キノコだのダゴンだのブヨブヨしたのじゃなく、細けぇ氷柱なんかでもねぇ!」

 

 すぐ頭上に迫る氷塊を前に、ジョーは鞘と剣の柄を手に、ぐっと力を入れて構えると――

 

「ただのデカい氷塊ぐらい、俺に斬れないわけがねえだろうが!!」 

 

 大きく吠え、一閃、剣を振り抜くと――僅かな水滴を走らせながら、氷塊が真っ二つに切り裂かれ、そして――

 

「……割っても落ちてくるのは変わんなくね?」

 

「……あ?あああああああああああああああああああ!!!?」

 

 二つに割れた氷塊が、地響きを鳴らしながら降り注いだのだった。

 

 



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武闘家パンチだ

 衝撃と共に私の体が硬い石畳に叩き付けられる。

 それとほぼ同時に巨大な氷塊が地に落ち、砕けた氷の欠片がこちらへ散らばる。

 全く、よくやるものだ。

 あのジョーという男、単純な力や魔力こそ魔族には及ばないものの、あの剣技、胆力、気力といったものは敵ながら賞賛すべきだろう。

 氷塊を叩き付けはしたが、私が落ちた時に氷塊が二つに割れる……いや、斬られるのが見えた。

 恐らく直撃はしていまい。

 落下した私に対して追撃を仕掛けてくるつもりの筈だ。

 

「ならば……氷陣」

 

 私はパチリと指を鳴らし、雨によって生まれた周囲の水溜まりを氷の壁へと変化させる。

 あの氷塊の落下の最中、連中は私がどこに落ちたかも完全には把握していない筈。

 この氷の壁の中で迷い、動きが制限されている間に、私も再度魔力を整え、空中に浮かび上がる。

 そうなれば今度は先程のような雨は通用しない。

 次は氷ではなく別の手で攻めれば良い。魔術の長所は汎用性の高さだ。

 どのような状況でも必ず打開すべき方法は――

 

「……?」

 

 思考を巡らしながら魔力を整えていると、不意にばきり、と、何かが砕けるような音が辺りに響いた。

 何か、決まっている。この周囲の氷だろう。

 恐らくはジョーが私に追撃を仕掛けようと氷を砕いているのだ。

 だが、そう簡単には見つからな……いや、待て。

 

 氷の砕ける音が、次第に私に近づいてきている。

 

 私の位置を把握していたのか?あの氷塊が落ちる中で?

 些か予想外ではあるが、まあ良い。こちらに向かってくると分かれば迎撃するだけだ。

 魔力はまだ完全には整っていないが、氷を砕く音の方向へ向かって魔術を放つ程度の余裕はある。

 ばきばきと砕ける音の方角へ向けて構え、指を鳴らす。

 

「雷槍」

 

 些か制御が乱れているせいか、普段よりも荒々しく、周囲に散らばるような雷が広範囲に落ちる。

 想定とは違う魔力の挙動だが、こちらも相手を黙止していない以上、広範囲へ散らばるのはかえって好都合だ。

 この雷を掻い潜って私に迫ること等――――

 

 ばきり。

 

 氷の砕ける音と同時に、私の眼前に聳え立つ氷壁が粉々に砕け散り、氷の破片の隙間から金に輝くふわりとした髪が浮かび上がる。

 ジョーではない。

 いや、そうか、ジョーのパーティメンバーだ。

 カンナが交戦したと聞いた。

 金髪にがっしりとした肉体を持ち、ひたすら突き進んできたという。

 

「武闘家の――カリカ!」

 

 言いながら、次なる魔術を放つべく腕を突き出すと、私はぱちりと指を鳴らし放った雷を――躱された。

 カリカは至近距離から放たれた雷をするりと身を捻って避けると、そのまま拳を下から抉るように突き出す。

 

 ばきり。

 

 腹に響くような衝撃と、何かが砕けるような音。

 無論、今回砕けた物は先程のような氷ではない。私の鎧だ。

 鎧に包まれた筈の私の体――いや、腹部の鎧は砕け、内に着こんでいた鎖帷子が露出してしまったが――が、軽々と吹き飛ばされる。

 まさか、この私が至近距離から武闘家の拳を叩き込まれ、あまつさえこの鎧が破壊されるとは。

 想定外だが、私とてそれで狼狽える程度の経験しか積んでいないわけではない。

 空中で体勢を整えると、再び浮遊の魔術で宙に浮かぶ。

 まだ魔力が完全には整っていない故、ぐらぐらと、ひどく落ち着かない浮遊ではあるが、それでも手早く距離を取らねばいけない。

 と、宙へ浮かび上がった私の脚を、ぎしり、と、カリカの手が掴む。

 この女、私が完全に飛ぶ前にジャンプを――

 不安定な浮遊の魔術で二人を持ち上げられる筈も無く、そのまま落下した私の脚を掴んだまま、カリカは思い切り私の体を振り上げ、叩き付ける。

 

「ぐっ……!この女……!」

 

 ぱちりと指を鳴らす。

 稲光が走り、カリカに直撃する。今度こそ至近距離の雷だ。

 魔力の制御と練りが足りない為、威力も射程も今一つだろうが、一先ず脚から手を離させることは出来た。

 後は距離だ。距離を、とにかく距離を取らねばいけない。

 距離を――取るべく、後ろへ飛び退いた私に、起き上がったカリカが一足飛びで追いつき、眼前に迫る。

 

「――――な」

 

「ッ!」

 

 衝撃、衝撃、衝撃。

 休む間もなく連続した拳が鎧目掛けて撃ち込まれる。

 距離を……取れない!

 まずい、このままでは倒される。鎧が砕ける。

 このような人間に私が打ち倒されるなど、あってはならない!

 

「うおっ!」

 

 怒声と共に、渾身の風の魔術を放つ。

 魔力の制御も足りず、ただただ風を吹かせるだけの魔術とも呼べないものだが、カリカの体をある程度まで吹き飛ばすくらいは出来たようだ。

 吹き飛ばされ、転げたカリカは、すぐさま身を反転させて立ち上がる。

 この身のこなしの速さ、肉体の強靭さ。これだ。

 ジョーめ、こんなにも厄介な仲間を今の今まで隠していたとは……いや、隠していたわけではないのだろう。

 単純に私が浮遊している間は攻撃が届かなかない為、参戦していなかったというだけなのだ。

 それ故にジョーは多少の無理を通してまで私を地上へ叩き落とそうとしていたのだろう。

 事実、私は想定外の苦戦を強いられている。

 再び距離を取り、そのまま逃走まで視野に入れたいところではあるが、果たしてそれを許してくれるか――

 

「オオオオオオオオオオオオオオーーーーーッ!!」

 

 そんな私の思考を切り裂くかのように、辺りに咆哮が轟く。

 対面に構えるカリカも予想外の咆哮に警戒したのだろうか、ちらりと視線をそちらに向けると、そこには奇妙な光景が広がっていた。

 なにせ、先程まで相争っていた魔物、ダゴン、ヒドラ、サイクロプスの三体があたかも何かに跪くかのように一様に首を垂れ、城へと視線を向けている。

 凶暴凶悪、迷宮の深層に潜む強力な魔物達の筈が、あたかも王に忠誠を誓った騎士のように、整然と並び、膝を突く。

 

「ついに、ついにお戻りになられた!ああ、ああ!この覇気、この魔力!我らが王!」

 

 更に奇妙なことに、中央に跪いていたダゴンが感涙に咽び泣くかのように声を上げ、明確に言葉を発する。

 馬鹿な、こいつはわけのわからない咆哮、鳴き声しか上げられなかった筈だ。

 そんな私の疑問を挟む間もなく、ダゴンは勢い良く立ち上がり、私達の方向へ――否、その先の城へ向けてその巨体を躍動させる。

 

「ああ!!今すぐ!!今すぐ向かいますぞ!我が主!我が王!!」

 

「……!」

 

 こちらに勢い良く迫るダゴン。

 だが、これは逆に好機かもしれぬ。

 そう考えた私は、カリカが変わらずダゴンへ視線を向けて警戒しているのを確認すると、足元へ向けて風の魔術を放ち、大きく跳躍する。

 浮遊の魔術ではないが、これで十分。私はそのまま突進するダゴンの背中へ飛び乗ると、勢いそのまま、ダゴンは構えるカリカの上を乗り越え、城へ向けて歩を進める。

 これで良い。あれとは距離を取らねばどうしようもない。態勢さえ整えればまだ対応も出来る筈だ。

 それに、ダゴンの言葉も気になる。

 確かに言う通り、城の方から圧倒的な魔力、覇気とも言うべき威圧感が漂っていた。

 そして、私もその魔力の質には覚えがある。

 だがしかし、まさか――

 

「オオオオオオオオオオッ!」

 

 再度の咆哮と共に、ダゴンが城の大扉へとぶつかり、巨大な扉が勢いよく開く。

 そうして現れた白く輝く広間に見えた姿は――まず人狼、ダキアだ。何があったのか、全身から血を噴き、倒れ伏している。

 二つ目にカミラ、そして三つ目に見えたのは、そのカミラに相対する黒く、美しく佇む紛れもない王の姿。

 魔王様の姿が、そこにはあった。

 



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王の威厳

 

 ――黒。

 瞬き一つ程の刹那、漆黒の光が私の視界を覆い、魔王の手から閃光が放たれる。

 と、反応する間もなく、閃光はダキアの体を貫き、吹き飛ばした。

 

「ごっ……」

 

 一度、二度、吹き飛ばされたダキアは力無く弾み転がると、最早言葉を発することも出来ず、血濡れの床に倒れ伏す。

 

「ダキアよ……残念だ。余は貴様のことをそれなりに買っていたのだが、な」

 

 言いながら、魔王は憐れみとも侮蔑とも見える視線をダキアに向けるが、それはすぐさま無感情な、どうでも良いかとでも言いたげな視線へと変わる。

 

「さて……それよりもだ」

 

 魔王はダキアに向けた視線をゆっくりと私に戻すと、先程閃光を放った手で私の頭をぐいと掴むと、そのまま力任せに私の体を持ち上げる。

 

「ぐっ……!?このっ!」

 

 私は抵抗すべく、スライムに拘束されたままの手足を振り回すが、魔王は意に介する様子も無く、じっと私の体を見つめている。

 

「はっ……なんだ!?この私に見惚れでもしたか!?だが私は天才神官だ!魔王とはいえ魔族如きがそう好き勝手に出来ると思うなよ!?」

 

「……ふむ、見惚れていたように見えたか……いや、そうかもしれぬな」

 

 言いながら、魔王は僅かに唇の端を歪ませる。

 

「だが、まあ、好き勝手にしようにも君自身にはそこまで興味は無い。見た目はともかく、中身はあまりにも彼女とは違う」

 

「……?」

 

 どこか懐かしむような様子で見つめる魔王に困惑した私だったが、次の瞬間、ずしりとした奇妙な感覚が頭へ流れ込む。

 

「がっ……!?あ……!?」

 

 魔王の手を通じて、まるで冷たい鉛でも詰め込まれているかのような、不快な異物感が頭を支配する。

 何かが私の内側に入り込み、這いずり回る感覚、重く、冷たく、柔らかい何かが私の頭を掻き回す感覚。

 

「きさっ……わ……私の……頭に……何を……」

 

「ふむ……先程言った筈であったが……」

 

 浅く呼吸をしながら、なんとか言葉を振り絞る私に、魔王は事も無げに言う。

 

「君の中に、別の魂を入れる」

 

「はぁ……?」

 

「言っただろう、余はかつての国を、民を取り戻す。今を生きる人々の体に、かつての民の魂を入れてそっくり入れ替えさせる」

 

「はっ……め……迷宮と地上を入れ替えるというやつか……だが……!」

 

 淡々とそう言いながら、尚も手を放さない魔王に私は言う。

 馬鹿な奴だ、私に、別の奴の魂を入れるだと?それで私がこの体を渡すとでも思っているのか!?

 

「いいか……私は、私だ……!私は天才神――」

 

 ――――?

 違う、私は……あれ……?

 頭の中に、何かが浮かぶ。

 白く、美しい都市で暮らす人々、日に照らされて煌めく海、花に満ちた庭園。

 待て、違う、そんな光景、私は知らない。知ってる。

 見たことなんか無い。ずっと昔から眺めていた。

 違う、どっちがだ?

 違う、思い出せ、私は、教会で――そうだ、この、この街の教会――あれ?

 違う、もっと、私の町は、私は、私は女の子で――いや、違って、男だ、私の名前は――――

 

 ――――私は、誰だっけ?

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 ダゴンが駆けたことで崩れ割れた石畳を踏み、飛び越えながら走るジョー、カリカに続いて俺も走る。

 

「あの野郎、負けそうだからって逃げやがって!ふざけんなあの野郎!」

 

「いや、お前もカリカがいなきゃ負けてたよな?」

 

 ダゴンが突っ込んできたことで、それに乗じてザッパローグにも逃げられてしまった。

 ジョーとしてはそこのところが悔しいところではあるのだろう。

 ともあれ、ジョーの感情を抜きにしてもここであいつに逃げられると厄介だ。

 

「この先だ!」

 

 ダゴンが開けたであろう城門をくぐり、いつもの陣形で構え、警戒しながら城へと足を踏み入れる。

 この都市の中心部であり、これだけ巨大な城だ。

 入った途端に何かに攻撃されるという可能性も考えての行動だったが――

 

 目前に広がっていたのは血濡れの白い床と、そこに横たわり、ピクリとも動かない人狼。

 その奥では広間の中央に向かって跪くダゴンと、まだ回復しきってはいないのだろう、胸を押さえ、膝を突くザッパローグの姿。

 

 そしてその視線の先――広間の中央付近では、漆黒の髪を煌めかせた若々しい男が、力無く、ぐったりと手を下げるカミラの頭を掴んでいるところだった。

 

「何やってんだテメェ!」

 

 その光景を目にして真っ先に動いたのがジョーだ。

 水龍剣を構え、黒髪の男目掛けて向かっていくが――

 

「不敬者ォォ!!」

 

 そのジョーに反応して、跪いていたダゴンが立ち上がり、巨腕を振り上げる。

 頭上から叩き付けられる拳に、鈍い衝撃音が響き渡る。

 肉と肉がぶつかり合う音が響き、あわやジョーは押し潰されたかに思えたが――

 

「!」

 

 次第にダゴンの拳が持ち上げられるように――いや、事実、拳の下に潜り込んだカリカが拳を両腕で支え、押し上げていた。

 

「はっ!馬鹿がよ!水中ならともかく地上でなら……俺達が魚に負けるわけねえだろうが!!」

 

 ジョーの言葉に応じるように、カリカがダゴンの拳を弾き飛ばし、僅かにダゴンの体勢が崩れる。

 そして生じた隙に、ジョーが踏み込み、ダゴンの腕へ水龍剣を振りかぶると――刹那、ダゴンの巨腕がずるりと切れ落ちた。

 

「っがああああああああ!!」

 

「はっ、水流に耐性があろうが無かろうが、直接切り刻んじまえばお終いよ!」

 

 ダゴンの腕から噴き出す鮮血が降り注ぐ中、ジョーは倒れかかるダゴンを意に介さずに、すぐさま黒髪の男へと向かっていく。

 が――

 

 閃光。

 黒く輝く閃光が走ると同時、ジョーの踏み出した脚から血が噴き出した。

 

「がっ……!?」

 

「ジョー!?」

 

 見えなかった。

 恐らく俺だけじゃなく、カリカも同様だろう。

 驚いた様子で振り返り、倒れ込むジョーに視線をやると、ダゴンの隣にいたザッパローグが苦し気に、ゆっくりと口を開く。

 

「静まれ人間共、王の御前であるぞ」

 

 ザッパローグの言葉に怪訝な表情を浮かべながらも、ジョーとカリカが見つめる先で、黒髪の男はカミラの頭から手を放し、体を支えるようにしてゆっくりと床に横たわらせる。

 そして、すう、と一つ息を吸い込んだその時――みしり、と、音を立てて周囲の空気が震えた。

 圧、というものだろうか、男から発せられる魔力、いや、それだけじゃないだろう。

 威圧感、経験、そういった目に見えない圧――王の威厳が周囲を押し潰さんばかりに発せられるのを肌に感じていた。

 

 



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魔王からは

 この俺、A級冒険者ジョー・コールマンは決して最強の冒険者というわけじゃあない。

 んなこたとっくの昔に分かってる。

 が、それでも長いことこの仕事をこなして生き延びてきた。結構なベテランだっていう自覚もある。

 その俺が――

 

「……ふむ、中々にしぶとい」

 

 未だ、魔王に一度も近付けないまま、全身を血で濡らしていた。

 

「ジョー!」

 

「うっせぇロフト!出てくんな!俺がどうにかする!」

 

 背後でロフトが叫ぶ声が聞こえたが、俺は歯を食いしばって言葉を返す。

 俺はベテランだ。その自負がある。っつーか、その俺だからこそ、まだ立っていられている。

 魔王の指先一つで予備動作なく放たれるあの光の魔術。ありゃマズい。

 光速で放たれて軽々と肉体を貫通する光の矢だ。

 ザッパの雷の槍とも近いっちゃ近いが、あっちが大雑把に飛んでくる砲弾だとしたら、こっちはより的確に、静かに素早く、的確に放たれる狩人の矢の如し。

 今のとこどうにか致命傷は受けちゃいないが、攻撃そのものも躱せていない。

 急所に当たらなかったとて、血を流しすぎれば人は死ぬ。

 正直その前のザッパとの連戦もあって、水龍剣の魔力も落ちてるし、俺自身足がフラついている。

 このままじゃマズい。

 そう考える俺を知ってか知らずか、魔王の側で跪いたままのザッパが口を開いた。

 

「恐れながら魔王様」

 

「ザッパか。如何した?」

 

「この程度の男、直接魔王様が手を下さずとも良いのではないでしょうか。命じていただけるのならば、私でもダゴンでも」

 

 僅かな時間で少しは回復したのだろう。

 まだ荒々しい呼吸ながら、ザッパが顔を上げてこちらを睨みつけるように視線を向ける。

 が、魔王はそんなザッパの問いに淡々と言葉を返した。

 

「否とよ。迷宮の魔物達を制し、ここまで辿り着いた者達だ。手負いの貴様に任せるには荷が重かろう」

 

 魔王はちらりとザッパの方に視線をやると、すぐさま再び俺の方へと向き直り、続ける。

 

「それに、余もまだこの体の使い方を思い出しておらぬ。見よ。魔術も急所には当たっておらぬのだ。まだ準備運動が必要であろう」

 

「……準備運動だぁ?」

 

 ナメたことを言ってくれる。

 が、その準備運動で手傷を負わされてるのは事実だ。

 強気に睨み返しはするものの、貫かれ、血を流す体の痛みは変わらない。

 背筋に冷たい汗がじわりと流れるのを感じた。

 

「とはいえ、準備運動はいつでも出来る。それにこの娘の精神の上書きも存外に手間取っておる故な……ふむ、良かろう」

 

 魔王は僅かに眉をひそめ、眠ったように目を閉じるカミラの頬を撫でると、淡々とその言葉を言い放つ。

 

「逃げても構わぬぞ、冒険者よ」

 

「……あ?」

 

「余は貴様らについて何れの感情も持ち得ておらぬ。このまま戦って死ぬと言うのならば構わぬし、命惜しくば逃げて僅かな余生を地上で平和に過ごすが良い。許す。存分に魔王から逃げるが良かろう」

 

 魔王の言葉に、僅かに俺の肩の力が弱まる。

 

 なるほど、撤退すべきだ。

 

 今のままじゃ勝ち目が見えねえ。相手の攻撃手段も光の魔術以外に見てねえし、俺の体力も限界が近い。

 地上に戻って体勢を整える。あるいはギルドや国に報告して討伐隊を組んでもらう。

 単に逃げ帰るだけじゃない。撤退すればこいつらに対抗する手段もまた何か生まれるだろう。

 だが――息を整えながら魔王と、奴が抱える少女、カミラに視線をやると、俺はもう一つ、ふうと大きく息を吐く。

 

「俺はベテランのA級冒険者、ジョー・コールマンだ」

 

 ぽつりと呟きながら、俺は背後で構えるカリカとロフトと、ちらりと視線を交わす。

 

「目の前で捕まってる女の子一人、放っておけるほど落ちぶれちゃいねえよ!」

 

 啖呵を切って叫ぶと、俺は全力で床を蹴り、魔王に向かって突進していく。

 しないわけにはいかない、が、畜生!どうする!?

 割と考え無しで飛び出しちまった!カシミールのこと馬鹿に出来ねえ!

 いや、いやいや、大丈夫だ。

 俺の経験上、こういう時は案外どうにかなる。

 こういう時は――

 

「ジョー!雨だ!」

 

「よし来たァ!」

 

 後方からのロフトの声に合わせて、水龍剣を振りかざすと、屋内に突如として土砂降りの雨が降る。

 

「死ぬ方を選んだか」

 

 降りしきる雨の中、やはりと言うべきか、魔王はぴくりとも眉を動かさないまま、黒い閃光を放つ。

 さっきまでより距離が近い。狙いも正確だ。

 光速で突き進む黒い光は、正確無比に、一瞬で俺の心臓目掛けて突き刺さ――らない。

 黒い光の矢は雨に遮られ、霧散し、俺に届く前に消え去っていた。

 なるほど、黒かろうが何だろうが、攻撃が光であるならば雨雲や霧には遮られて届かない。

 

「やるぜロフト!天才だな!!」

 

 魔王の魔術を防いだ一瞬の間で距離を詰め、俺はカミラの体を支える魔王の腕目掛けて水龍剣を叩き付けると、刀身が魔王の腕に食い込み――止まった。

 

「――他の魔術が使えないとでも、思っていたか?」

 

 見ると、魔王の腕が先程の矢同様の黒い光に包まれ、その光の鎧とでも言うべきものに斬撃が阻まれている。

 やっぱりだ。そりゃあ、アレだけじゃねえだろうとは思ってた。

 が、光の鎧か、なるほど、こいつの得意な術が分かってきた。

 それに――

 

「こうなることくらい、承知の上で突っ込んだんだぜ!カリカァ!」

 

「魔王様!」

 

 俺の声に合わせて、俺の背後からカリカが魔王目掛けて飛び跳ねる。

 雨粒と俺の体に隠れて接近していたことにザッパは気付いたようだが、流石にここまで接近したらもう遅い。

 俺は咄嗟に水龍剣を手放し、しゃがみ込むと、それに合わせるようにして光の鎧に食い込んだ水龍剣目掛けて踵を振り下ろす。

 

「むっ……!」

 

 水龍剣での斬撃に加えて、カリカの打撃が加わった衝撃。

 流石の光の鎧も耐えきれない衝撃だったのだろう。

 魔王の腕が大きく弾かれ、全身が大きく揺らぐ。

 俺は弾かれ、中空に浮き上がった水龍剣をキャッチすると、カリカと息を合わせ、同時に、魔王の体に斬りかかる。

 再びの衝撃に、今度は魔王の体が吹き飛び、抱えられていたカミラの体が投げ出される。

 

「っ!」

 

 カミラの体が床に叩き付けられる前に、慌ててカリカが体を抱きかかえると、起き上がろうとする魔王を尻目に俺とカリカは一気に後方へとひた走る。

 

「っしゃあ!ざま見ろクソがぁ!!逃げるぞロフトーーッ!!」

 

「おっしゃ!早く来いジョー!」

 

 言いながら、ロフトが何かの袋を片手に叫ぶのが見える。

 多分煙幕だろう。こいつで目をくらませているうちに逃げ――

 

「――前言を撤回しよう」

 

 逃げる。

 そう思った瞬間、ずぶり、と、肉が潰れる音が響き、血が噴き出すのが見えた。

 俺の体じゃない。

 潰れたのは――

 

「カリカ!」

 

「っ……!」

 

 床に投げ出されたカミラとカリカ、二人の体を見て、俺も立ち止まる。

 何が起こったのか、カリカの体に目をやると、ついさっき踵落としを決めた右足の一部が、あたかも内側から食い破られたように肉が破れ、噴き出している。

 魔王はそれを見て頷くと、ゆっくり立ち上がり息を吐く。

 

「やはり、逃すわけにはいかぬな」

 

「こいつ……!」

 

 やべぇ。

 カリカの脚をやられたのは致命的だ。

 俺がカリカを、ロフトがカミラを抱えて逃げるとなると、機動力が相当に落ちる。

 仮に煙幕を炊いて逃げられたとしても、すぐさま後を着けられて追いつかれるだろう。

 かといって二人を置いていくわけにはいかない。

 俺が残って魔王を食い止めるにしても、ロフトじゃ二人を抱えらんねえ。

 やべぇ、マズい状況になった。どうする?どうやって逃げる?逃げられるのか?こいつから――

 

「ふ、ふふ、ふ、いいえ。逃げさせてもらいますよ」

 

 俺が全力で思考を巡らす中、背後で弱弱しく、しかし、はっきりとした男の声が響いた。

 驚いた様子を見せたのは魔王だ。

 感心した様子で声の主を見下ろし、口を開く。

 

「驚いた。まだ生きておったか。ダキア」

 

「ふふ、ええ、騙すのは得意でしてね」

 

 魔王の言葉に返すダキアだったが、しかし、強気な言葉とは裏腹に、その口からはごぼりと音を立てて鮮血が滴り落ちる。

 明らかに無事ではないその状態に、魔王も僅かに憐みのような表情を浮かべる。

 

「ふむ……逃げる。逃げるとな。その様でか?ダキアよ」

 

 魔王が言葉を紡ぐ間にも、ダキアは苦しげな様子で蹲り、血濡れの床に手をついていた。

 とてもじゃねえが、マトモに動ける状態には見えねえ。

 

「貴様はもう動けまい。それとも、その冒険者に頼るつもりか?余の目には、そちらも満身創痍に見えるがな」

 

 ご尤も。

 カリカは動けず、カミラも目覚めない。

 俺も正直そろそろ限界だし、ロフトはダメージこそ受けてないもののそもそも戦闘要員じゃねえ。

 手詰まりだ。俺にはこれ以上どうしたら良いか思い浮かばねえ。

 が、ダキアはそんな魔王の言葉に対し、唇の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべて言う。

 

「魔王様――貴方は、御身がどのようにここへ着いたかお忘れですか?」

 

 ダキアのその言葉と同時に、雨と血で濡れた床が眩い光を放つ。

 

「――――貴様!?」

 

 その様子に何かを察したのか、魔王は驚いた様子で声を荒げる。

 俺は何が起きているのかわけのわからないまま、急にふわりと体が浮き上がった。

 ロフト達も同様に光に包まれ、浮かび上がる中、魔王やザッパが足元で何やら言っている声だけが聞こえる。

 

「転移の魔術――ふふ、貴方を呼ぶ為、そして万が一の時に逃げる為に仕掛けた魔術ですよ。では敬愛する魔王様――おさらばです」

 

 ダキアのその声と同時に、俺達の体は光の奔流に押し流されたのだった。 

 

 

 



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クリティアス

「ついにここまで来たんだね……」

 

「長かったですね……」

 

「しんどかったなあ……」

 

「何か月かかかった気すらするね!」

 

 俺、トゥーラさん、カンナさん、そして前方をふよふよと浮かんでいるシヴさんは、思い思いに呟くと、前方に広がる空間へと目を向ける。

 

 迷宮第三層、淵の海。

 

 カミラさんと別れ、行方を追うべく海底神殿内部を進んでいった俺達は、道中でマーマンやサハギン、セイレーンといった海の怪物との戦闘を重ねつつ、ようやく海底神殿の最奥部まで辿り着いた。

 瓦礫で崩れ、狭い道を縫うようにして辿り着いた神殿最奥部――広々とした天井に、荘厳さを称えた巨大な柱がいくつも立ち並び、中央には朽ちた祭壇のようなものが置かれている。

 どれだけ昔かは知るべくもないが、恐らくは本来ここで祭祀などを行っていたのだろう。

 そして、現在はダゴンが住処としていたのだと思う。

 思う、というのは、俺達がここに辿り着いた時には、既にダゴンも配下のマーマンも姿が無く、祭祀場自体がもぬけの殻だったからだ。

 代わりに、と言うべきだろうか、祭壇よりも更に奥、どこか神々しさすら感じさせる巨大な門。

 人ならざるものが作ったのではないか、そういった錯覚を覚えるほどに雄大にそびえる巨大門はしかし、その荘厳さに似合わず雑に押し開かれ、あたかも不用心な民家の扉が如く開けっ放しにされていた。

 

「そしてこの先が……」

 

 言いながら俺は一歩前に進み、開け放たれた門から顔を覗かせる。

 不思議なことに、門の先には道は続いておらず、中空にぽっかり空いたように開かれた門からは、迷宮内部だというのに白く輝く都の街並みが広がっていた。

 

「白冠都市……め……迷宮第四層、ですね……」

 

 恐る恐る、といった表情で俺の後ろから覗き込むトゥーラさんが口を開く。

 ジョーさんのパーティが僅かに踏み入って以降、未だ詳細が分からない迷宮最下層。

 俺達は今まさにそこに辿り着こうとしているのだ。

 

「で、どうするの?行く?」

 

 眼下に広がる光景にごくり、と唾を飲み込む俺とトゥーラさんに、カンナさんがさも興味無さげな様子で声をかける。

 

「行くさ、カミラさんが待ってる」

 

「……別に尻尾巻いて逃げ帰っても良いと思うけど?」

 

 眼下の都市から目を逸らさず言い放つと、カンナさんはどこかバツの悪そうな様子で、長い三つ編みをいじりながらそう言う。

 短い付き合いだが、何となく分かってきた。きっとこれはカンナさんなりの優しさなのだろう。

 俺達の目的はカミラさんを救出し、迷宮最下層を目指すこと。

 だがカンナさんの目的は、彼女が師匠と呼ぶザッパローグとの合流だ。

 ザッパローグは俺達と出会ったらきっと容赦しないだろう。カミラさんを手に入れようとしている彼とはきっと戦闘になる。

 カンナさんはきっと、それが分かっているのだ。

 互いに敵同士に戻る前に関係を断とうと言うのだろう。

 だが、それでも。

 

「それでも俺は、カミラさんを助けに行かなきゃいけない」

 

「……はぁ、それならそれで良いけどさ、あたしは」

 

 立ち上がり、今度はしっかりとカンナさんに向き直ってそう言うと、カンナさんも観念したように深いため息を吐き、苦笑交じりに答える。

 

「うーん、良いね、リガス君!勇者の素質あるよ!僕の跡継がない!?」

 

 俺達のやり取りを見ながら、うんうん、と満足気な笑みを浮かべて頷いていたシヴさんがそう口にする。

 勇者か。

 憧れないわけでもないけど、俺には少し重すぎるかもしれない。

 勇者が己の勇気で戦い、人に勇気を与える人だとしたら、俺よりももっとずっと似合う人がいるだろう。

 そんなことを考えていると、不意にカミラさんの明るく自信に満ちた表情が頭を過ぎる。

 そうだ、彼女ともう一度笑って話す為にも俺はここで止まっていられない。

 

「それじゃ、もうちょっとだけ付き合ってあげるよ。準備良い?」

 

「いつでも」

 

 問いかけるカンナさんと視線を交わし、頷き、そして――

 

 ぎゅるるるるるるる。

 

 ――俺の決心は突如として響いた間抜けな音に遮られる。

 

 音の元は……と、俺は顔をゆっくりと後ろへ向け――トゥーラさんが顔を赤くして抑えているお腹に目をやる。

 

「あっ、あのっ……す、すいません、お腹が……」

 

「お腹空いた!?それとも下痢かな!?大丈夫だよトゥーラちゃん!生理現象は恥ずかしくないから!なんなら僕なんて死んでるからお腹鳴らないしね!お腹鳴るの羨ましいなあ!なんてね!あはは!」

 

「それクソ追い打ちかけてない?」

 

 顔を真っ赤にするトゥーラさんと、それを励ますシヴさんを眺めながら、俺はゆっくりと息を吐く。

 やれやれだけれど、確かに生理現象である以上は仕方がない、腹ごなしでもして万全の準備を整えてから――そう考えたところで、先程まで赤くなっていたトゥーラさんの顔が一転、青ざめていることに気付く。

 

「トゥーラさん……?」

 

「はっ……あ……う……すみません……変なんです……さっきからお腹が……」

 

 言うと、トゥーラさんはがくりと床に膝をつき、倒れ込む。

 尋常な様子ではない。

 

「トゥーラさん!」

 

 毒か?呪いか?いつの間に?誰に攻撃を受けた?

 狼狽える俺を他所に、トゥーラさんのお腹から、じわりと赤い光が漏れ出すのが見える。

 カミラさんを助けに行く以前にトゥーラさんまで失うなんて、考えただけで背筋が凍る。

 俺はわき目もふらずにトゥーラさんの方へと駆け出し、そして――

 

「うっ、ああっ!」

 

 光の奔流が走り、トゥーラさんの腹部どころか、全身が光り輝いているのではないかと錯覚するほどの光が祭祀場を覆う。

 俺は思わず腕で顔を覆うと、次の瞬間、どしり、とした重たい感触が腕を伝わり――

 

「ぶわっ!」

 

 どすどすどす。

 重く鈍い衝撃と共に、俺の体にいくつもの肉体がのしかかる。

 一体何が起きたのか、何が出てきたのか、それを確認する為にうっすらと目を開け――息が止まる。

 いつの間にか、抱え込むようにして支えていた白く、柔らかな体。

 プラチナブロンドにきらきらと光る髪がさらりと俺の頬を撫で、閉じた瞼から生えた睫毛もまた、白馬の鬣の如き気品ある輝きを見せている。

 何度この顔を見ただろう。

 けれど、一体どれだけこの顔を見ていなかったのだろう。

 俺は思わず、抱え込んだその女性に向けてポツリと呟く。

 

「……カミラさん?」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 暖かな日差しが白亜の街並みを照らし、気持ちよく吹く風がふわりと私の髪を撫でる。

 同じように風に揺れる草花から漂う香りが尾行をくすぐり、どこかで小鳥が囀る声が辺りに響く。

 

「……ん?どこだここは?」

 

 ふと我に返った私が辺りを見渡すと、そこは宮殿の中庭のようだった。

 辺りに植えられた木々は手入れが行き届き、歩きやすいように敷き詰められた石畳は光を反射してきらきらと輝いている。

 どこか迷宮二層に似ているだろうか。まあ、あそこはもっと薄暗いし汚いし不潔な場所だったが、辺りに立ち並ぶ柱の意匠などはどこか近しいものを感じる。

 そんなことを考えながら石畳の道を歩いていくと、道の先に円形のテラスだろうか、簡素ながらも気品漂う屋根の下、やはり白く輝く上品な円形のテーブルと椅子。

 そして、それに腰掛ける一人の女性――美しく整えられたプラチナブロンドの髪に、純白のドレスに身を包んだ女性が座っていた。

 

「ほほう、なかなか美しい女性じゃないか、私みたいだ!」

 

「逆ですよ」

 

 私が思わず女性の容姿を褒める言葉を口にすると、それまで目を閉じていた女性がゆっくりと瞼を開き、どこか愁いを帯びた瞳で私の顔を見つめ、答える。

 

「あなたが私に似ているのです。カミラさん……いえ、カシミールさんとお呼びした方が良いですか?」

 

「……ほほう?」

 

 くすり、と、僅かに笑みを浮かべながら答えると、彼女は私にテラスに置かれたもう一つの椅子に腰かけるように促す。

 この女が誰かは分からないが、まずは対話をということなのだろう。

 うん、文明人としては当然の態度だ。ちゃんと対等に向き合う、というのなら私も対応してやるのもやぶさかではない。

 私は促されるまま、椅子に深く腰掛けると、テーブルを挟んで私と同じ顔の女に向き合い、問う。

 

「で、貴様は誰だ?」

 

「私の名はクリティアス、かつてこの地を統べた大国の王妃、そして――あなた達が魔王と呼ぶ彼の妻だった女です。」

 

 クリティアス、と名乗った女は淡々とそう告げると、こちらに穏やかで優し気な笑みを向ける。

 思わず見とれてしまう程の美しい笑顔だ。まあ私と同じ顔だしな。

 だが親の顔より見た私の美少女フェイスに今更絆される私ではない。

 クリティアスの微笑みをフフン、と一笑に付し、次なる疑問を口にする。

 

「大した肩書じゃないか。それで?その魔王様の奥様がどうしてこんなところ――いや、というか、そうだ、ここはどこだ?」

 

 そうだ、なんとなくしれっと会話をしているが、ここがどこだったか分かっていない。

 そんな私の疑問に、クリティアスはやはり淡々と、怯むことなく言葉を返す。

 

「ここは心の中の世界、言うなればあなたの心象風景のようなものですよ、カシミールさん」

 

「カミラで良い。しかし心象風景?私はこんな場所に覚えが無いが……」

 

「それはそうでしょう、あなたの精神は私に乗っ取られかけていますし」

 

「ふうん…………はぁ!!!!!!????」

 

 クリティアスが事も無げに放った言葉に、思わず驚いて立ち上がる。

 

「我が夫……魔王様が仰っていたでしょう?彼は地上の人間をかつての王国民の魂を入れる器にしたいのですよ」

 

「それは言っていたが……いや、思い出してきたぞ!そうだ、あのクソ魔族が私の頭にアイアンクロー決めて何か流し込んで来ただろう!」

 

 それが貴様か、貴様の魂か、と合点がいって問い詰めると、クリティアスはくすりと笑って頷く。

 

「はい、その通りです」

 

「は~ん、なるほど、なるほど?それで私の美少女天才大神官ボディを乗っ取ろうという腹か、だが残念だったな!この私がそう易々と天才頭脳を凡夫に渡すと思ってか!」

 

「あ、ご安心を。そもそも私はカミラさんの体を乗っ取るつもりはありませんから」

 

「ん?」

 

 私の体は私の物、私の頭は私の物だ、そう宣言する私に、クリティアスはやはり淡々と言い返すと、困惑する私に向けて更に言葉を続ける。

 

「この私、そして私達の王国は滅びたのです。今を生きる人間を犠牲にしてまで復活して良いものではありません」

 

「魔王はそう思ってないようだが?」

 

「ええ、困った人ですね」

 

 あはは、と、それまでの淡々とした会話とは違った調子でクリティアスが声を上げて笑う。

 

「ですからカミラさん、この体はカミラさんにお返しします」

 

「ふむ、まあ当然だな!私の体だし!が、そうなると貴様はどうなる?」

 

 所詮は迷宮の中に残った魂、ゴーストのようなものだろう。

 このまま霧散するのか、それとも迷宮に囚われたままでいるのか。

 そう問いかけると、クリティアスは優雅な所作で立ち上がり、ゆっくりと私の胸――いや、そこから下がる首飾りを指差す。

 

「その為の鍵です。これは魔力の、魂の集積器、迷宮に遺され、解放を望む魂の力が寄り固まり力となった物」

 

 クリティアスの指がとん、と置かれると、首飾りはそれに応えるようにちゃりん、と、音を立てて揺れる。

 

「これを使い、この迷宮を解放してください、カミラさん。私もまた、その時まで首飾りの中でお待ちしております」

 

 クリティアスがそう言うと、辺りの景色が揺らぎ、光り輝くテラスのテーブルは木製のくすんだ、どこか古臭いテーブルに、太陽の暖かな日差しは薄暗い屋内を明々と照らすランタンの光に、囀る小鳥の声は野太く活気に満ちた酒場の喧騒へと変わる。

 私にとって馴染みの深い、冒険者のいる光景だ。

 うるさく、下品で、優雅の欠片も無い無骨な光景ながら、どこか安心する私の心の光景。

 それを眺めながら、クリティアスはゆっくりと私の髪を掻き上げ、耳元に口を寄せる。

 

「最後にあの人……魔王様に通用する呪文をこっそり教えてあげます」

 

「私は神官だから魔術は使えないが?」

 

「大丈夫、大丈夫ですよカミラさん、その呪文はね……」

 

 クリティアスがその言葉を口にした刹那、首飾りが輝きを放ち、周囲の光景がまた大きく歪む。

 

 世界が歪み、崩れ落ちる衝撃に思わず目を閉じた私だったが、不意に背中に暖かな、けれどもごつごつとした感触を感じる。

 小鳥のさえずりも、男達の喧騒も消えた世界で、目を開き、そこにある顔を見上げると、どこか安心した気持ちが満ちるのを感じながら、ゆっくりと口を開く。

 

「ただいま、リガス」

 

「おかえり、カミラさん」

 

 薄暗く朽ち果てた海底神殿の祭祀場、どこか生臭いこの場所で、私達はそう言って互いに微笑みを交わしたのだった。

 

 

 



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おっさん達の再会

 薄暗く、じめじめと湿った海底診断の大神殿。

 その祭壇に悠々と立ち、私は清く美しい神官服に袖を通す。

 やはり着慣れたこれが一番だな。

 そんなことを考えながら腰にモーニングスターを下げ、輝く白金の髪をさらりとかき上げると、私は声高らかに堂々と宣言する。

 

「ハーッハッハッハ!待たせたな!天才神官カミラ様の復活だ!」

 

「やったー!カミラさん!」

 

「ひゅ……ヒュー!」

 

 私の発言に、祭壇の前に立つリガスとトゥーラが続けて声を上げる。

 う~ん、ノリの良い奴らだ。

 この私が選んだパーティメンバーなだけのことはある!やったね!

 気を良くした私は更に続けて声を上げる。

 

「久々に見た天才神官カミラ様の姿はどうだー!?」

 

「可愛いー!」

 

「だろ~~~~!?頭脳は~~~????」

 

「天才ー!!」

 

「だろ~~~~~~~~!!!!???」

 

 最高。

 なんて良い奴らなんだ。

 やっぱりパーティメンバーは私を崇め奉りチヤホヤしてくれる奴に限るな!

 このへんやっぱジョーは出来てないので追放も止む無し。

 そう、私が追放されたんじゃなく奴を追放してやったんだ私は。ワハハ。

 

「いや馬鹿か?」

 

 ……なんて、私が気分良く高揚感に浸っていると、それを切り裂くように冷淡な声が響く。

 声の主に目をやると、呆れた様子のロフトが簡易的に敷いた布の上で体を起こしながら溜め息を吐いた。

 ので、私も奴の言葉に堂々と言い返す。

 

「は?天才だが?」

 

「いやどう……まあ良いか、俺はそういう言い合いめんどいし……ジョーみたいに馬鹿正直にやり合うのももっと馬鹿だしな」

 

「ふふん、分かってるじゃないか。それでそのジョーは?」

 

 言い返すと、私は辺りをぐるりと見回す。

 ダキアの魔術で第三層まで転移した私達は、全く酷い有様だった。

 ロフトはまだダメージが少なかったが、カリカとジョーは魔王の攻撃で体のあちこちに穴が開き、気を失っていたのだ。

 そんな中でせいぜいちょっぴり首が痛い程度ですぐさま目覚めた私の有能具合ときたら。やはり天才かもしれない。いや言うまでもなく天才だが。

 ともあれ、そんな不甲斐ない連中の体を神聖術で癒し、少なくとも体の傷は治癒させたのがこの私だ。

 傷は癒したとはいえ、少しの間は休んだ方が良いだろうということでロフトは腰を落ち着けてアイテムの整備、カリカはその横で豪快に腕を広げて寝転んでいた。

 が、ジョーの姿だけが見当たらない。

 まさかあの単純猪突猛進バカ髭蛮族に限って逃げ出すといったことはないだろうが……

 そんな疑問も込でロフトに問い掛けると、ロフトは神殿の一角を顎で指し示す。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 俺の村には勇者がいた。

 いや、っていうよりかは勇者志望の無謀な冒険者見習いだな。

 俺の幼馴染でちょっと年上のそいつは、ある時勝手に村を飛び出して冒険者になった。

 馬鹿だねぇ、と笑う村の大人達の言葉に頷きながらも、自分で自分の道を切り開き、夢を抱えてひた走るあいつの姿に俺はひっそり憧れた。

 勇者じゃなくても良い。そんな大層な人間じゃないことくらいは分かってる。

 それでも夢を目指して続けさえすりゃ――あいつに並ぶ戦士くらいにはなれるんじゃねえか。

 心のどこかでそう思いながら、俺はいつしか街に出て、一人の冒険者として迷宮に潜るようになった。

 いつかあいつに負けないような男になる。

 いつかどっかで勇者をやってるあいつを見つけてやる。

 そんな思いでいた……が……いや、お前……お前さあ……

 

「死んでんじゃねーーーーッ!!!!!」

 

「あっはっはっはっは!ごめんごめん!」

 

 俺が大声で叫ぶと、目の前のちょっと体が空けたゴースト……ゴーストか?いやまあ良い。とにかく幽霊となった幼馴染。シヴはまるで子供の頃のように明るく笑った。

 

「いや~、僕も別に死ぬ気で迷宮に潜ったわけじゃないんだよ?でもやっぱ冒険者ってそういうこともあるよね!」

 

「あるよねじゃねえんだよブッ殺すぞ」

 

「もう死んでま~す!」

 

 ブッ殺してぇ~~~~。

 俺の周りの女って何でいつもこうなんだ。

 いやカリカは腕力ゴリラなだけで大人しいか。

 そんなことを考えていると、シヴは何か言いたげに俺の顔をじろじろと眺め、そういえば、といった調子で口を開いた。

 

「ジョーってば老けたよねえ」

 

「お前が出てって何十年経ってると思ってんだボケがァ……!」

 

 言いながらシヴに掴みかかった俺の手が空を切ると、シヴはふふふと得意気に笑う。

 そこは体が無いことを悲しむとかしようぜ。

 俺は大きく溜息を吐くと、呆れたような、どこか懐かしいような気持ちで口を開く。

 

「俺はロクに見た目の変わらないお前よりババアになったお前と会いたかったよ」

 

「それはそうかもね、ごめん」

 

「……謝んなくても良いけどよ」

 

 少し嫌味なことを言ってしまったかもしれない。

 僅かに俯いたシヴを見ながらそんなことを考えた俺だったが、一方のシヴはすぐさま顔を上げるとカラッと笑う。

 

「ま、冒険者やってる以上いつ死んだっておかしくないからね!」

 

「それはそうだけどな」

 

「でっしょお!!」

 

 明るくそう話すシヴと視線を交わし、俺も思わず笑みがこぼれる。

 本当に幽霊になっても変わんねえんだからコイツ。

 

「で、問題は幽霊になってどうするかってことだよ。お前どうなんの?」

 

「魔王様とやらは迷宮内の魂を地上の人を器にして復活させるんでしょ?それなら私も生き返れるんじゃない?」

 

「それはありませんよ」

 

 軽い調子で魔王の目的を復習するように語るシヴの声を短く切るようにして男の声が背後から響く。

 声の主であるダキアは血で汚れ、ボロボロになった体をリガス達が敷いた寝袋に横たえている。

 人狼……生粋の魔族であるこいつにはどうやらカミラの神聖術の効きは今一つらしい。

 人狼特有の頑丈さで何とか命を保っているものの、満身創痍。

 いつ死んでもおかしくはないだろう。

 そんな状況の男が、荒い呼吸をしながらも、ゆっくり、静かに言葉を紡いでいく。

 

「魔王様の愛しているのは魔族だけ……それも今を生きる我々ですらなく、大昔に生きていた同胞だけ。迷宮で死んだただの人間の魂など……循環することすらなく、魔術を行使する為の力の一部として履き捨てられるでしょうねぇ」

 

「だってさ、ジョー」

 

「いや、だってさじゃねえよ。結構ヤバイこと言われてんぞ」

 

 魂の力、魔力をそのまま搾り尽くされ捨てられる。

 そうなった魂がどうなるのかは俺には到底想像できないが、ろくでもないことだってことは分かる。

 

「まあ、あくまでこの魔族の予想だし、信じていいのかどうかも微妙だけどよ……」

 

「でもダキアは嘘つかないからなあ」

 

「……知ったようなこと言うじゃねえか」

 

「だって仲間だったし」

 

「は?」

 

 何でもないように言うシヴの言葉に、俺が目を丸くして両者を眺めると、ダキアは汗の滲んだ顔をにやりと歪める。

 

「おやおや、勇者様に憧れていたのが自分だけだとでもお思いで?」

 

「ははっ、ジョーってば、男の嫉妬は見苦しいよ~?」

 

「別にそんなん思ってねぇよ!!大人だぞこちとら!!」

 

 重傷人と死人が二人そろって俺を煽る。

 何なんだお前らその元気さは。

 しかし、と、ごほんと一つ大きな咳を吐き、ダキアが続ける。

 

「だからと言って、自慢はできないなぁ……君を取り戻す筈が見事に魔王様に返り討ちにあって失敗……その上、君は元気に幽霊生活、とは、んふふ……」

 

「でもダキアがいたからジョー達が助かったんでしょ、良いじゃん、よく頑張ったよ!ありがとうね!」

 

「……ふふ」

 

 シヴの言葉に少し照れたのか、ダキアはぎこちなく体の向きを変えると、それから黙って眠りについた。

 まだ体力が戻ってないのもあるんだろう。

 個人的な性格はともかく、あいつもシヴの為、自分の目的の為に願いを叶えようとこの迷宮に挑んだわけだ。

 気に食わない魔族ではあるが、そこのところだけは少し尊敬してやっても良いかな、と思わんでもない。

 いや、ムカつくけどな。カミラの次にムカつく奴だけどな。

 そんなことを考えていると、それで、とシヴが俺に向き直る。

 

「で、ジョーはどうするの?」

 

「俺?」

 

「逃げることも出来るでしょ?」

 

「……まあな」

 

 迷宮の魂と地上の魂を入れ替える、であれば迷宮にいる生きた人間は多分その埒外だろう。

 このままやり過ごせば俺と仲間は多分助かる。

 無理に戦う必要も無いっちゃ無い、が……

 俺はじっとシヴのあどけない、半透明の透けた顔をよく眺める。

 

「?」

 

「……まあ、なんだ、あの魔族が女の為にあんだけ頑張ったんだ」

 

 だったら、やるしかねえだろ。

 俺は腹からゆっくりと息を吐くと、シヴに背を向けて歩みを進める。

 

「男としちゃ負けてられねえよな」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

「男としちゃ負けてられねえよな……だっ……とさ……!!ぷっ……ふふ……!!」

 

 今しがたカッコつけたことを言って振り向いたジョーと、それを物陰で聞いていた私達とで目が合う。

 ふふっ……かっこいいこと言うなああいつ!!最高!!!

 戦士じゃなくて劇俳優の方が向いてるんじゃないか!?そう考えながら、口に手をやり笑いを抑える私に、隣で一緒に聞いていたトゥーラとロフトが声をかける。

 

「い、いやそこ笑うのはちょっと可哀想ですよカミラさん……ふふっ……」

 

「良いだろ、おっさんもたまにはカッコつけたいんだよ」

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオイ!!!!!!ガキ共がよォォォォォ!!!!!!!」

 

 二人のフォローでかえって恥ずかしくなったのか、ジョーはさっきまでの余裕はどこへやら、真っ赤にした顔で剣を振り上げて私に叫ぶ。

 おいおい、それはそれでカッコ悪いぞ~!ふふふ!

 私はにやにやしながらキレちらかすジョーの攻撃をプロテクションで防ぐと、隣にいるであろうリガスに声をかける。

 

「ふふふ、やあ、見たかリガス!笑いものとしては最高だがこういう大人になっては……あれっ、リガス?」

 

 いつの間にやら先程まで、いや、もっと前から金魚の糞のように私にくっついていた筈のリガスの姿が無い。

 きょろりと辺りを見回すと、いつの間にかダキアの寝袋の横でしゃがみ込んでいるリガスの姿が見える。

 おいおい、この私を放っておいて下賤な人狼おじさんのところに行くとは随分じゃないか。

 あいつにも一度わからせてやるべきかも――などと考えた私がリガスへ声を掛けようとすると同時。

 ガツーンという音を立ててジョーのゲンコツが私の頭頂部にぶち込まれたのだった。



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作戦会議

「なんでこの村に人狼が」

 

「リガスは病気で死んで人狼が乗り移ったに違いない」

 

「あれは村の子供じゃない」

 

「――――お前は、私の子じゃない」

 

 村にいた頃――いや、俺が人狼の血を与えられ、狂戦士になってからのこと、それまで優しかった村の神父、村長、近所のおじさん、おばさん、そして母親の言葉を思い出す。

 もしも俺が病だった時、人狼の血を分け与えられなかったら、もしも普通に病から回復していたら、今頃俺は故郷の村で畑を耕し、牛の乳を搾り、村の頼れる若者として在れたのだろうか。

 そんな思いを抱きながら、眼下に横たわる人狼を見下ろす。

 俺に血を分けた男。狡猾な人狼。もしも、こいつがいなければ――

 

「……殺すのかな?」

 

 俺がすぐ傍に立っていることに気付いていたのだろうか、体を横たえたままのダキアが、ポツリと口を開く。

 

「…………」

 

「ンフフフ……まあそれはそうだろうねぇ、憎いだろうねぇ、僕が気まぐれで君に血を与えなければ、君がこうして命を懸けて迷宮に挑むことにはならなかった」

 

 俺が言葉を返さないでいると、どこか自嘲気味に笑いながら、ダキアが言葉を続ける。

 

「まあ、殺されるのなら仕方ないね、フフ、迷宮の中での死だ。もしかしたらシヴのようにゴーストになれるかもしれない」

 

「…………」

 

「君がそれで満足するなら――ッフフ、どうぞ、お好きなように」

 

 そう言うと、ダキアは相も変わらず不敵な笑みを浮かべながら、ごろりと仰向けの体勢をとり、あたかも陸に投げ出された魚の如く、観念したように手足を広げた。

 俺はそんな宿敵の無防備な姿を、どこか冷ややかな気持ちで眺めながら、ゆっくりと口を開く。

 

「――あんた、本当に素直なんだな」

 

「……はい?」

 

 俺の言葉が意外だったのだろうか、ダキアはぽかんとした表情を浮かべながら、見下ろす俺と目を合わせる。

 

「思えば第二階層で戦った時からだ。あんたは不自然にこの迷宮がどうだとか、仕掛けがどうだとか、自分の正体だとか俺達にベラベラ喋って――しかも、俺とトゥーラさんとの二対一っていう不利な状況で襲ってきた」

 

「……」

 

「で、シヴさんにあんたのことを聞いたよ。ヘムロックさんとシヴさんとあんたでパーティ組んでたって」

 

「そんなことも……あったねぇ……フフ……」

 

「……で、魔王を倒して自分の願いを叶えようとしたけど失敗して、ボロクソにされて横たわってる」

 

 ダキアは変わらず不敵な笑みを浮かべながらも、俺の言葉をじっと聞いている。

 考えれば考える程、話を聞けば聞くほど、こいつの行動目的は分かりやすい。

 だって――

 

「あんた、好きな女を生き返らせたかっただけなんだろ?」

 

「…………ちっ……がいますけど……?」

 

「いや絶対そうじゃん!!!」

 

 俺の言葉に顔を背けながら――けれども髪の間から覗く耳を真っ赤にしながら、ダキアが辛うじて、といった感じで問いに答える。

 いやもう好きじゃん。

 人の恥を掘り返すようで少し心苦しいが、俺も苦労をかけさせられた側だ。お構いなしで続けて言う

 

「あんたが俺達に情報を分け与えたのも、ついでに俺達と戦ったのも万が一の保険だ。俺達を成長させる為、自分が駄目だった時に俺達が魔王を止められるように。実際、あんたとの戦いで俺とトゥーラさんは成長した」

 

「……だとしても、君達を利用したことには変わりない。君を狂戦士へと変質させてしまったこともだ」

 

「……じゃあ聞きたいんだけどさ、研究とか利用とか言いながら、俺を狂戦士にしてあんたに得はあったのか?何かの役に立ったか?」

 

「ンッ……ンン……」

 

 俺の言葉にまた、ダキアが言葉を詰まらせる。

 そうなんだよな。

 こいつはさも自分の目的の為に俺を狂戦士にしたみたいなことを言っていた。研究の為だとか何とか。

 だが、そうしたところでこいつがその研究を何に生かせるか?人間の子供を眷属にして放置して何がしたかったのか?

 目的の為?いや、こいつの目的は迷宮最深部に辿り着いてシヴさんを生き返らせることだった筈だ。嚙み合わない。

 じゃあ何故俺に血を分け与えたのか。

 

「あんたはただ、死にそうな人間の子供を助けたかっただけだったんだな」

 

「…………クッ……フフ、だとしても……恨んでくれても良いとも。狂戦士と化したことで村を追放されたのは事実だろうからねぇ」

 

「それはそうだけど、でも――」

 

 観念したといった様子で自嘲気味に語るダキアの言葉に頷きながら、俺はちらりと背後に視線をやる。

 そこでは輝くような白銀の髪に意思の強い瞳を携えながら腕を組む一人の少女、カミラさんが、やれやれといった表情で俺とダキアの様子を眺めていた。

 

「――そのお陰で、俺はカミラさんに会えたんだ。俺にとって最高の……天才神官様にね」

 

 恨んでいないわけではない。

 過去を思い返して、もしもああだったら、こうだったらと夢想することだってある。

 けれども、俺が狂戦士でなかったら、村にずっと留まっていたら、きっとこの自信に満ちた、小生意気なパーティーリーダーには出会えなかったろう。

 

「クッ……フフ……フハハ!なるほどねぇ……好きな女の為に頑張る一途な男という意味では、君も僕と同じというわけだ」

 

「好っ……!!?」

 

 ダキアの言葉に慌ててカミラさんから視線を反らし、また下を見下ろすと、ダキアはニヤリとやはり不敵に、からかうような笑みを浮かべてこちらを眺めながら、お返しだとばかりに舌を出す。

 

「フフッ、まあ、精々頑張るがいいさ少年……世界の為、愛する人を守る為、なんて青臭い理由でね」

 

「……根が青臭いおっさんがよく言うよ」

 

 言いながら、どこか憑き物が落ちた様子で微笑み、目を閉じるダキアを見下ろしながら、俺はゆっくりと立ち上がり、再びカミラさんに目を向ける。

 ああ、良いよ。やってやる。

 俺だって、好きな女の為に命を懸けてやるさ。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「天才神官カミラ様の~~!!作戦会議~!!!」

 

 そんな私の声が神殿の高い天井に反響すると、それに呼応するかのようにパチパチと拍手の音が鳴り響いた。

 ふふふ、よせやいよせやい。

 神殿中央、祭壇のすぐ傍で円になって座る私達の中心部には、かなり大きな羊皮紙が1枚、それから細々としたサイズの紙が何枚か散らばっている。

 細々とした紙片には何やらメモのようなものが書き殴ってあり、大きな羊皮紙には建物や岩を示した図形――即ち地図であり、第四層である白冠都市の大まかな地形が記されていた。

 

「一応、俺が斥候として探索できたのはこの地図に書いてある部分だけだ。もうちょい時間あれば隠し道とか見つかったかもな」

 

 どこか皮肉屋めいた口調でそう言うロフトは、とんとんと地図の一部を指し示す。

 

「こ、これ全部ロフトさんが描いたんですか……?」

 

「俺だってA級冒険者の斥候だからな、戦闘に向いてない分、これくらいは軽く出来るさ」

 

 地図を眺めながら感心したように言うトゥーラに、ロフトは微かに笑みを浮かべて答える。

 まあ実際こいつはその為にパーティにいるおうなものだからな。

 天才神官である私がめちゃくちゃ高度な神聖術を使えるように、こいつもこれくらいマッピング出来て当然だろう。

 そんなことを考えながら私が地図に視線をやると、ロフトは傍らにあった小石をこつん、と、地図の中央に置いた。

 

「さて、位置的にはここが都市の中心部である城――そして魔王がいるところだな。で、俺達のおおよその位置はここ」

 

 ロフトはそう言うと、地図の中心部からやや離れた地点に別の小石を置く。

 正確に言えば私達がいるのはその小石の置かれた場所の上空なのだが、まあ地図で立体的な位置関係までは表せないからな。

 

「で、魔王の目的はカミラだ。今はまだ落ち着いてるけど、そのうち配下の魔物達なり何なりを使って捕えに来るだろう」

 

「それで、カミラさん……というかその首飾り……鍵が取られたら魔王はほぼほぼ目的達成ってことだよね?」

 

 ロフトの説明に今度はリガスが確認するかのように尋ねる。

 魔王が降臨した時にリガス達はいなかったからな。ジョーやダキアと比べてまだ現実感が薄いのかもしれない。

 

「それを踏まえた上でどうするか、だが――」

 

「なるほど……フッ、完全に理解した……つまり――」

 

 私とロフトが視線を交わし、頷くと、二人同時に口を開く。

 

「なるべく早めに逃げる」

 

「速攻で魔王を倒せば良いということだ!!!」

 

 ――――沈黙。

 

 ぴしり、という音が響いた気がした。

 うん?おかしいな、私ほどではないにしてもロフトはそれなりに頭が良い筈だ。

 てっきり私と同じ天才的発想で答えに辿り着くかと思ったのだが……そう思いながら視線をやると、ロフトは呆れたように大きく息を吐いて答える。

 

「あのなあ……倒せる保障なんかあるのか?ジョーとカリカ、ついでにそこの人狼で手も足も出なかった相手だぞ」

 

「俺も負けてねぇけどな別に!!」

 

 ロフトの言葉にジョーがチッと舌打ちをしながら吐き捨てるように言うと、カリカもそれを肯定するように頷く。

 そうは言っても私もその場面を見ていないからな。

 まあでもジョーのことだから普通に負けたのだろう。やれやれ、凡人が虚勢を張るのは格好悪いぞ。

 

「カッコつけてたジョーには悪いけど、ここは一度引いてやり直す……何ならギルドに報告して王都の騎士連中を動かしてもらう方が確実だろ?」

 

「ロフト俺のこと嫌いか?なあ?」

 

 悲し気な瞳でロフトを見つめるジョーは置いておいて、なるほどロフトの話も一理ある。

 私という宝を持ち出して、その上でこの国の軍隊を以てして迷宮を攻略するというのは堅実ではあるのだろう。

 だが――

 

「忘れたのか、ロフト?魔王は自身の領地からここまで、転移してきたんだ」

 

「……それが?」

 

「こちらに来ることが出来たなら、帰ることも出来る。そうじゃないか?人狼?」

 

「……フフ、そうだね。そもそも、いつかこの迷宮に戻るべく転移陣を設置したのは魔王様だ。若返って力を取り戻した今の魔王様であれば――まあ、多少の時間があれば迷宮と地上の行き来は可能だろう」

 

 少し離れたところで横になりながらも、ダキアはなんとかそう告げる。

 そして魔王が地上に戻ったらどうなるか。

 

「そうなったら当然――戦争になる。私という宝を求める魔王と、単純に国を守るべくして立ち上がる人間たちとの、だ」

 

「それは……」

 

 私の言葉に反論するつもりだったのか、口を開きかけたロフトだったが、すぐさま考え込むように俯き、ぽつりと呟く。

 

「無い、とは言えないな」

 

「だろう?そしてこの時代に人間と魔族の全面戦争、だなんて御伽噺にもなりはしない。どちらにせよ地上はメチャクチャだ」

 

「加えて言えば――この第三層から地上まで逃げる間、魔王が何もしないとも思いません……」

 

 おずおずと、しかし真剣な眼差しで、トゥーラが私に続けて言葉を発する。

 

「もしも魔王がこの迷宮を統べているのなら、例えば第二層のドラゴンのような、そういった魔物を片端から目覚めさせることも可能じゃないでしょうか……今はまだ若返った体に慣れていない、変化した迷宮やかつての国民を統べてはいない、とするのなら――慣れ、つまり時間は彼の味方です」

 

 立て続けに言葉を紡いだ後、トゥーラは私の顔にちらりと目をやり、意を決したように息を吐く。

 

「私は、カミラさんの案に賛成です」

 

「俺もだ」

 

 トゥーラの確固とした意志を感じさせる言葉に、リガスが間髪入れず手を挙げる。

 

「カミラさんを守れるなら逃げるのも有りだ。けど、もしも戦になったらそんな余裕は無くなる。相手の目的はカミラさんなんだ。カミラさんを捧げれば魔王も進行を止める、となれば人間にだって狙われるかもしれない」

 

 それに、と、リガスもこちらに視線をやり、言葉を続ける。

 

「仮にそこから逃れたとしても、いつまで逃れ続ければ良いか分からない。誰もを疑って、逃げて隠れて怯えて過ごす、なんてのは守るとは言えないし、それに何より――天才神官様は望まないだろ?」

 

「わかってるじゃないか」

 

 にやり、と笑みを浮かべるリガスに、私も笑みを浮かべてこつん、と拳を突き合わせる。

 思えばこいつは最初から私についてきてくれていた。

 天才神官には優秀な戦士、ということだ。

 

「お前らさあ……ああもう、考えてるのは分かったけどなんていうか、戦闘狂すぎないか?」

 

「はは、狂戦士だからね」

 

「おや、上手いこと言うじゃないか!大体だなロフト、考えてもみろ、私達の目的は何だ?」

 

「魔王に地上をメチャクチャにさせないことだろ?」

 

「ふっ、やれやれこれだから凡人は……愚かだな!!バーカ!!バーカ!!!」

 

 てんで的外れなことを言うロフトに呆れて溜息を吐くと、あわや拳を握り立ち上がろうとするロフトをジョーが後ろから羽交い絞めにして止める。

 自分の頭の悪さを他人のせいにしないでもらいたいな。

 やれやれ、といった調子で私は首を横に振ると、ロフトに向けて諭すように言う。

 

「良いかロフト、私達の目的は――迷宮の最深部に辿り着き、願いを叶えることだろ?」

 

「――――あ」

 

 魔王がどうの、戦争がどうの、そこは問題ではない。

 いや問題ではあるのだが、私達の目的はずっとただ一つ、迷宮最深部への到達と神具による願望実現。

 まして今はこの首飾りと魔王の血という二点でこの迷宮の魔力を扱えるという答えが示されているのだ。

 あと一歩、あと少しでその目的は達成される。

 それを目の前にして逃げ出すというのはまあ、平々凡々と暮らすつもりの善良なる一般市民なら正しいのだろうが―――――

 

「私は冒険者、天才大神官カミラ様だ」

 

 目的を前にして足を止める愚者ではない。

 

「さあ――ボス攻略と行こうじゃないか!!」

 

 

 



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再開

 海底神殿の祭壇から少し外れた小部屋――と言っても、普段俺達が使っている宿の一室よりは余程に広いだろう。

 しかしあたり一面に乱雑に散らばり、高く積み上げられた武具に圧迫されるせいか、そこまでの広さは感じない。

 魔物どもの武器庫と言うべきか、この神殿の一室は恐らく倒れた冒険者の武具、あるいは迷宮が生み出す武具をしまうのに使われていたのだろう。

 そんな部屋の真ん中で、俺は手にした剣を軽く振りながら出入り口でしゃがみ込むロフトに問いかける。

 

「で、あの作戦どう思う?」

 

「馬鹿だな~って思う」

 

「だよなぁ!?」

 

 俺は剣を構えたまま、ロフトに顔を向けてそう言う。

 マトモなのが俺だけじゃなくってマジで良かった。

 とはいえ、と、ロフトの脇で布に包まれた武具を手にしたトゥーラが言葉を紡ぐ。

 

「で、でも、カミラさんの作戦が一番良い……とは言えないですけど、一理はあるというか……成功したら一番というか……」

 

「ハイリスクローリターンだね!そういう博打は僕も嫌いじゃないよ!」

 

 まあ僕はそれで死んだんだけど、と、脇でふわふわと浮いていたシヴがカラッと笑いながら付け足す。

 縁起でもないことを言わないでほしいってかその死人ギャグやめろ。

 っつっても止めないことは俺が一番知っているので、溜息を吐いて手にした剣を鞘にしまう。

 

「その剣どう?ジョー?」

 

「水龍剣とはだいぶ使い心地は違うが……まあイケるだろ」

 

「うんうん、心して使ってくれよ!何せ僕の、いや、勇者の剣なんだからね!」

 

 そう言うと、シヴはどこか懐かしむような眼で俺の手にしている純白の剣を眺める。

 

 ――勇者の剣。

 

 なんて言うと大層なもんだが、要はシヴが生前に使っていた神聖武器だ。

 作戦を聞いた後、もしかしたらということで神殿内を捜索したところ、この武器庫と、そこに埋もれたこの武器を発見した。

 そして作戦の都合上、俺がこれを使うのが一番良いのではないかとなったわけだ。

 

「大勢の敵を相手にするんだ。それに魔物達は魔王の復活の影響で魔族としての力が増している……かもしれない!」

 

「そうなりゃ魔剣より神聖武器の方が通りが良い……っつってもなぁ……」

 

 この武器の効果はシヴから聞いた。

 だが、どうにも試すことの出来ない効果だ。

 てかこんな倉庫に何十年も仕舞われてたら効果も消えてんじゃねえか?

 そもそもシヴは勇者だから神聖武器も使いこなせただろうが、俺はただのちょっとベテランの戦士ってだけだ。

 そんな俺がこいつを使いこなせるのか?

 そこのところはつまるところ一発勝負。

 

「――まあ、いつものことか」

 

 はぁ、と、諦めにも似た溜息を吐き出し、俺は武器庫の入り口に歩を進めると、俯いて武具の包みを抱えるトゥーラちゃんの背中をトンと叩く。

 ひゃっ、と、短い悲鳴を上げるトゥーラちゃんだったが、俺は構わず歩みを進めながら、一言告げる。

 

「後のとこは任せたぜ、しっかりやれよ」

 

「――――がっ、頑張りひゃふ!」

 

 そんなトゥーラちゃんの緊張で噛み噛みの言葉にはにかみながら、俺は――俺達パーティ一行は、再び白冠都市の入口へと向かうのだった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「――打って出たと?」

 

「はっ、現在城門前にて交戦中です」

 

 ひび割れた鎧を身に纏い、片膝をつく魔道騎士ザッパローグの言葉に、余は思わず問い返す。

 些か予想外の行動ではある。

 あれだけ彼我の実力差を思い知った筈の彼奴らだ。

 次なる一手は逃げか服従か、そのどちらかだと予想していた。

 

「それが打って出るとは」

 

「如何なさいますか?」

 

 ぽつりと呟いた言葉にザッパローグが問いかける。

 なるほど、予想外ではある。然れど問題には非ず。

 追い詰めた敵が打って出るなぞ当然である。当然すぎるが故に意外だっただけのこと。

 盤上の遊戯で『このまま攻めれば負ける』と考えれば手を捻って妙手を打つものであり、敵もその思考を読み妙手の対策を打つ。

 そこを正面から馬鹿正直にそのまま攻める。それは意表を突いた最善手足り得るだろうか?否。単なる悪手に過ぎない。

 故に対策を練る意味すらない。ただただ此方も正攻法で圧し潰すのみ。これはそういった話だ。

 

 

「配下の魔物達、城に既に集まった者達を使い出てきた者達を捕えよ」

 

「は、ではそのように」

 

 言うと、ザッパローグは頭を下げたまま広間を後にする。

 それを見送り、一人となった私は、白亜の城の天井……美しく彩られたステンドガラスの煌めきを見上げて独り言ちる。

 

「……些か残念だな」

 

 呆気ない。

 余から一度は逃げおおせた時には少しばかり楽しませてくれるのではないかと期待したのだが……いや、良いか。

 余の目的は魔族の復活の筈だ。そのような感情は不要の筈。

 それが……

 

「若返った故に血が滾りでもしたかな」

 

 ふ、と、僅かに微笑を洩らしながら、私は玉座に深く腰を埋める。

 問題は無い。

 ザッパローグはまあどうでも良いが、こちらにはダゴンをはじめとする我が忠実なる家臣どもがいる。

 更に彼らは迷宮の魔力により、死しても死なず、新たに器となる魔物の肉体を得て蘇るのだ。

 故に余が負ける道理はない。 

 全ては計算通り、順調に進み――――

 

「っだああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 ――余の思考をすぱりと断ち切るかのように、美しい筈の、けれども余の知るはずの優雅さとは程遠い声が――頭上から響いた。

 

「……何?」

 

 余が天を見上げると同時、美しく彩られ光を放つステンドグラスが粉々に打ち砕かれ、上空から三つの影が現れ――盛大な砂埃を巻き上げ、城の床へ叩きつけられた。

 

「!?」

 

 思わず目を見張り、立ち上がる。

 飛び込んできた影の一つはまごうことなく我が妻、麗しきクリティアスの姿。

 つまり彼女の肉体の写し見となった少女だ。

 それが――上空から飛び降り、床に叩き付けられた。

 

「いかん……!」

 

 中の少女はどうでも良い。

 だがあの器は我が妻の魂の器なのだ。

 それが床に叩き付けられ、無残にも破壊された姿を思うとこの余の胸にも焦りが生まれる。

 生きているだろうか、いや、生きておらなんだとしても肉体は修復可能な程度の損傷であれば良いのだが。

 そんな思いを胸に駆け寄った私だったが、彼女の元に辿り着こうかという寸前、がくりと脚が重くなり、止まる。

 

「ぬ……!?」

 

 思わず止まった脚に引きずられ、がくりと膝をつくと、白亜に輝く美しい我が城の床がいつの間にか、泥沼のごとき泥濘に変化していることに気付く。

 考えてみればおかしなことだ。

 石で出来たこの城の床に叩き付けられたとして、砂埃が舞うはずも無し。

 それでも焦って妻の肉体の安否を確認しに向かわざるを得なかった、この余の脚を捕らえる泥沼……いや、これは……

 

「粘土化……なんて、使いませんものね、普通の魔術師なら……」

 

 沼に嵌り、動きの止まった余の耳に、砂埃の中から落ち着いた声が響く。

 我が妻ではない。これは――

 余が思考を巡らせるよりもなお早く、砂埃を晴らして二つの影が姿を現す。

 片方は茶色くくすんだ髪に神聖武器であろう、純白の爪を構えた男の戦士。

 もう一人は……

 

「クリ……」

 

「ホーリーハンマー!!!!死ねぇ!!!!!」

 

 我が妻――の、麗しの名前を呼ぶよりも早く、光り輝くモーニングスターの一撃が、余の脳天に振り下ろされたのだった。

 

 



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カンナとザッパ

 

「……というわけで、ジョー達が雑魚共の相手をしている隙に、私達が魔王の首を取る!完璧な作戦だな!」

 

 中央に広げられた地図を指さし、私は堂々とそう告げる。

 う~ん、我ながら完璧な作戦だ。天才。そりゃそうだ。

 こればっかりはいくらジョーやロフトでも文句のつけようがあるまい。

 崇め奉っても良いんだぞ、この私を!そう思いながらちらりと辺りを見回すと、ロフトがすうーっと息を大きく吸い込んで言葉を吐き出す。

 

「どこが???」

 

「全てだが??」

 

 ロフトは私の返答に頭を抱えてうずくまる。

 おいおいおいおい、何だ何だ、この私の完璧な作戦に文句でもあるのだろうか。

 貴様の凡人俗物平々凡々な脳味噌では理解できないだけではないだろうか。

 そこを私のせいにしてもらっては困るなあ。

 そんな気持ちでやれやれ、と溜息を吐く私にロフトは苦々しげな表情で言葉を紡ぐ。

 

「……まず、だ、俺達が雑魚の相手をするっていうのは良いよ。これでもA級冒険者だしジョーもカリカも四層の魔物にも慣れてきただろうし、ただお前らがどうやって魔王のとこまで行くんだ?」

 

 言いながら、ロフトはいくつかの小石を地図の中央に置く。

 

「魔王の配下は既に城に集まってる。俺達が注意を引いたとして、お前らが気付かれずに城に侵入できるかは疑問だ」

 

 そう言って地図上の道を指でなぞるロフト。

 なるほど、道を辿れば敵にぶつかる。

 そして私達、いや、この私が見つかれば連中は必ず私を最優先に狙ってくるだろう。

 何せ大目的の鍵を持っており、しかも可愛い。美少女。天才神官様とあっては当然だ。

 が――

 

「道を行けば、の話だろう?」

 

 言いながら、私は地図上の道――ではなく、その上の虚空を指差して答える。

 

「幸いこの海底神殿の出口は白冠都市の上空にある。このままここから飛んでいけばいい」

 

「……はぁ?馬鹿言うなよ、どうやって飛んで……」

 

 私の言葉に素っ頓狂な声を上げたロフトを手で制すと、私は視線を祭壇よりやや外れた柱の陰に向け、問いかける。

 

「いけるだろう?カンナ!」

 

「…………は?え?あたしィ!!?」

 

 予想外だったのだろうか、私が声をかけてからやや間を開けてから皆がカンナへ視線をやり、カンナ自身も驚いた様子で自分を指差す。

 

「吸血鬼なら飛べるんじゃないのか?」

 

「飛べっ……いや、まあ、出来るけど……そういうことじゃなくてさぁ!」

 

 カンナは呆れた様子で溜息を吐くと、とんとん、と、床を踏み鳴らして答える。

 

「流れでついてきただけで協力してもらえるとでも思った?あたしは吸血鬼、魔族だよ?魔王様に協力する理由はあってもあんたらに協力する理由なんて……」

 

「じゃあ何でまだここにいるんだ?」

 

「それは……」

 

 カンナは言葉に詰まった様子で、その場で俯く。

 うむうむ、分かるぞ。味方を裏切るというのは辛いことだろう。

 

「だが、この私のカリスマ性に惚れ込んでしまい一緒に来たい、と思ったのだろう?ふふふ、罪な神官だ私は……そういうことなら例え魔族だろうと下僕くらいにはしてやっ」

 

「いやそれはマジで違うけど」

 

 ……違うの?

 おかしい、てっきりこいつは私の美貌と人間性とカリスマ性に惹かれて改宗したのだと思ったのだが。

 では一体なぜ……不思議そうな顔でカンナを見つめていると、カンナは再び溜息を吐き、言葉を紡ぐ。

 

「あたしがここに――この迷宮に来たのは師匠に誘われたからだ。師匠が行くって言ったからだ。あたしは正直なとこ魔王様のやりたいことはどうでも良い。けれど――」

 

 カンナはゆっくりと目を閉じ、考え込むように俯くと、しばらくの後、ゆっくりと顔を上げて口を開く。

 

「良いよ、飛んであんたら運ぶくらいならやってあげる」

 

「よ~~~~~~し!ほーらな!これが私のカリスマの成せる技!」

 

「あんたの為じゃないっつってんじゃん!ただ、あたしは――」

 

 カンナはそこまで言って口を閉じると、ゆっくりと首を振り、ぽつりと続きの言葉を呟いた。

 

「あたしは、師匠に会いたいだけだよ」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 そして現在、あたしは背中から大きく広げた血の羽をばさりと羽ばたかせながら、眼下に立つ純白な城を空中から見下ろしている。

 つい先ほどあのクソ神官達をここから降ろしてやったけれども……そう考えながら、落下の衝撃でブチ割れた城の窓を眺める。

 粉々に砕け散った窓からは、僅かに窓枠に残った破片がパラパラと零れ落ちているのが見える。うわあ、これひょっとして死んでんじゃないかな。

 ……いや大丈夫かな。あの神官はアホだけどしぶとい、いや本当にアホみたいにしぶとい、この程度じゃ死んでないとは思う。

 てか死んでてもあたしには関係ないしね、うん。

 そう考えて空中で頷くと、気を取り直したあたしは羽を動かして空気を捉えると、ふわりと後ろに向かって飛ぶ。

 あっちが不安と言えばそうだけど、あたしの目的はそこじゃない。

 視線を城から城壁へ動かすと、そこでは均整の取れた美しい城壁とは不釣り合いな程に禍々しく、凶悪な怪物達が一点に向けて押し寄せていた。

 それを確認すると、あたしも先程よりも大きく羽を動かして、勢いよく空を翔る。

 空中からぐんぐん近づいていくと、怪物達が襲い掛かっている人物の姿が次第にはっきりしてきた。

 まあ視認する前から分かってはいたんだけども。

 同時に、怪物達の唸り声を掻き消すようにして、ぎゃあぎゃあとうるさい声が響く。

 

「無理に決まってんだろこんなもんよォォォ!!!!!!」

 

 言いながら怪物達の中心にいた男――ジョーが手にした剣で魔物の首を断ち切った。

 

「出来てるじゃん!がんばれがんばれ!」

 

「気楽に言ってくれるよなあ!俺の周りの女どもはどいつもこいつも!」

 

 ジョーの後ろに隠れるようにして浮いているシヴに言葉を返しながらも、ジョーは剣を巧みに操り、魔物の攻撃を捌き、叩き、そして斬る。

 あたしから見てもやっぱり優秀な戦士に思える。力任せなようでいて臨機応変、魔物の動きを見切り、上手く虚を突いて攻撃を仕掛けている。

 勿論そうは言っても、多対一の戦いなら自分の死角から攻撃を受ける、ということもあるのだろうけど……

 

「やばっ!カリカちゃん!上!」

 

「!」

 

 何かに気付いたようなシヴの声と同時、ジョーの背後から飛びかかろうとしていた昆虫型の魔物の外殻が砕け散る。

 ジョーと同様に戦っていたカリカが飛び上がり、拳を叩き付けたのだ。

 魔物を撃墜したカリカはどこか満足気な表情でジョーに嬉しそうな眼差しを向けている。

 

「はいはい!後で褒めてやるから!!」

 

「♪」

 

 そんなカリカの視線をいなしながら、ジョーは襲い掛かる狼型の魔物の牙をギリギリで剣で受けて凌いでいた。

 きっと以前からこうして互いの死角を補いながら戦っていたのだろう。

 とはいえ魔物の物量に押され気味ではあるが……

 

「そろそろだよな!おらこっちだ!」

 

 ジョーとカリカに対する包囲が狭まってきたところで魔物達の背後に紫色の煙がボウッと広がる。

 と、そちらに注意を向けた魔物の数匹が唸りを上げて煙の中へと突進する。

 怒り狂ったように暴れまわる魔物達を余所に、どこから抜け出たのか、先程の煙とは離れたところにロフトがひょっこりと顔を出す。

 

「ジョー!俺もこれあと6回くらいしか出来ないからな!それまでになるべく減らせよ!」

 

「無理に決まってんだろって!!!!!!!」

 

 言いながらもやはり上手く魔物の攻撃に耐えるジョー達を見下ろし、まあ大丈夫だろと考えたあたしは、そのまま周囲へと視線をやる。

 見たところジョー達に群がっている魔物はダゴンやドラゴンのような所謂ボス級の魔物ではない。

 今のところは雑兵をぶつけているだけだ。それで倒せれば良い。消耗した冒険者ならそれで充分――だった筈なのだろうけども。

 あいにくジョー達は神聖術で体力だけは全回復している。

 今の感じを見ていると雑魚だけで倒すにはかなりの時間がかかるだろう。

 それはきっと望ましくない筈だ。

 

「師匠にとってもね」

 

 瞬間、魔物達の合間を縫うように稲妻が走り――雷鳴。

 圧倒的な雷光と衝撃にジョーの周囲を囲っていた魔物達のいくらかが吹き飛んだ。

 

「嗚呼!!素晴らしい!!愚かにも我らが王に牙を剝く愚かな人間共を吹き飛ばす美しき雷光!!王の僕たるだけのことはありますなァァ!!」

 

「……」

 

 雷撃で焼かれた魔物や建材がもうもうと煙を立ち昇らせるのを眺めながら、鎧の魔術師と巨大な魚人が魔物達の海を割って歩を進める。

 なるほど、如何に鍛えられた戦士でも、如何に隙を潰そうとも、乱戦の中で周囲を丸ごと吹き飛ばすような砲撃を受ければ話は別だ。

 それ相手では剣の腕も鍛えられた体も関係なく、周囲ごと焼き尽くされるだけなのだろう。

 ただ、それは勿論――

 

「あたしがいなきゃの話だけど」

 

 瞬間、風が吹き煙が晴れると、先程雷撃が落ちた場所を包み込むように真っ赤な液状のドームが立っていた。

 

「ッ……!」

 

 師匠が僅かに呼吸を乱した様子を耳で聞きながら、あたしはパチンと指を鳴らすと、血のドームはぱしゃりと溶けて、中からジョーとカリカの姿が現れる。

 

「っぶね~~~~……!!!やっぱこの作戦全部間違ってなかったか!!?なあ!?」

 

「あたしが協力する前提なのイカれてるよマジで」

 

 呼吸を荒げて高速で瞬きを繰り返すジョーに言葉を返しながら、あたしは血の羽をしまって地上に降り立つ。

 眼前には魔物の群れ、ダゴン、そして――

 

「久しぶり、師匠」

 

「カンナ」 

 

 あたしはさも当然のように、今までのように、地上で特訓をしていた時のように、にこりと師匠に微笑みを向ける。

 対して師匠はいつもの鉄面皮。

 嬉しがっているのか、困惑しているのか、あるいは怒っているのか、声だけでは分からない、が――

 

「雷槍」

 

 いずれにせよ、相対する以上は敵だと認識したのだろう。

 パチンと指を鳴らすと同時、あたし目掛けて雷の槍が襲い掛かる。

 ――ってのはしてくるだろうなと思ってたけど。

 

 ボフン、どこか籠った爆発音と共に、あたしの目の前で血が弾け飛ぶ。

 咄嗟に出していた血の盾だ。

 

「血で自らの身を守ったか。機転が利くようになったな」

 

「魔術は汎用性って教えてくれたのは師匠ですからね!」

 

 言いながら、あたしは弾けた血を空中で束ねて赤い血の槍を形成すると、それを師匠に向けて放つ。

 

 ――ここからはあたしの戦いだ。

 

 

 

 

 



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血と雷と

 鮮やかな赤い鮮血が舞い上がり、青白い閃光が瞬くと、ぶつかり合った二つの色はぱちんと弾けてどちらも消える。

 魔力の光、ぶつかり合い弾けた光がきらきらと美しく振り落ちるが、今のあたしにはそれに見惚れている余裕は無い。

 あたしは光が消え失せるよりも早く腕を前に突き出し、指をぱちりと鳴らすと、先程弾けた鮮血が再び周囲に集まり、真っ赤な槍を形作っていく。

 

「いっけぇぇ!」

 

 形が出来上がるが早いか投げるのが早いか、とにかくあたしは集まった血の槍を師匠目掛けて勢い良く放つ。

 

「氷陣」

 

 ぱちり、と、指を鳴らす音と同時、一瞬で師匠の前に氷の壁が現れ、血の槍は氷の割れる気持ちいい音を立てて壁に突き刺さった。残念ながら壁の中ほどで止められてしまったようで、槍は師匠までは届いていない。

 あたしはちっ、と一つ舌打ちを鳴らすと、それを見た師匠が鉄仮面のまま淡々と返す。

 

「攻撃に移る動作が遅い。それでは攻撃後の隙を突かれるぞ」

 

「はいはい!ご忠告ありがとうございます!」

 

 師匠の言葉に声を荒げて返しながら、あたしは再び指をぱちんと鳴らす。すると氷の壁に突き刺さったままの槍から、あたかも地中を掘り進む根のように新たな穂先が枝分かれして生まれ、氷の内壁からバキバキと軽快な音を響かせる。

 いくら固く分厚い氷の壁といえども、氷の内部から圧力をかけられては耐えられない。結果、すぐさま氷の壁が砕け散ると、現れた血の根はそのまま師匠へ襲い掛かる。

 

「なるほど、投擲した血の槍をそこで終わらせず、更なる攻撃への布石にするというのは良い、が――」

 

 襲い来る血の根を前にした師匠だったが、しかし動じることなく再び指をぱちんと鳴らす。

 

「武器を術者自身から離しすぎだ」

 

 刹那、重く低い衝撃音が響く――よりもなお早く、青白い雷撃があたしの頭上から降り注ぐ。

 身を焼き地を抉る師匠の雷の槍、あたしがまともに喰らったら死にはしないまでも戦闘続行は難しいだろう。

 

「なので……」

 

「……!」

 

 雷撃が生み出す土煙を払い、あたしは見せつけるようにして師匠の前に姿を晒す。雷撃が落ちたにも関わらず無傷な弟子の姿を。

 

「血で身を守ったか?」

 

「教えてあげない。師匠なら弟子のやることくらいわかるでしょ?」

 

 訝し気に聞く師匠の言葉に挑発的に返すと、師匠はふむ、と、納得した様子で顎に手を当てる。

 実際のところ、あたしの操れる血の量には上限がある。

 今みたいな血の槍での攻撃と身を守る為の血の盾を同時に出すのは無理……とまでは言わないまでも結構しんどい。

 そしてそれは師匠も分かっている。分かっているからこそどう防いだか訝しんでいるのだろう。

 となれば、こういう時に師匠は――

 

「雷槍」

 

 師匠がぱちんと指を鳴らすと同時、再び閃光があたし目掛けて襲い掛かる。

 

「それは読んでるって!」

 

 あたしは追撃を読んで戻しておいた血の槍を変形させ、今度は血の盾を作り受け止める。

 師匠は何故あたしが雷撃を防げたのかを見破りたいんだ。だったらその方法を見せることは無い。

 防御に使う気で戻しておけば十分に血の盾も作れるし雷撃も防げる。

 問題は――

 

「防いでばかりでは勝てんぞ」

 

 再び師匠がぱちんと指を鳴らすと、今度はあたしの周囲を取り囲むようにして風が巻き上がる。竜巻だ。

 この竜巻は敵を取り囲んで風の刃で切り裂く術。

 要するに一方向からの攻撃しか防げない盾じゃ対応できないってことなんだけど……

 

「魔術ってのは……汎用性がキモ、なんでしょ!」

 

 言うと、あたしは周囲を囲む竜巻向けて突っ込んでいく。

 このまま突っ込めば通常であれば全身を切り裂かれてかなりのダメージを負うだろう。なのでここで一工夫。

 血をより広げ、硬度を保ったまま全身に纏う。血の鎧だ。

 盾と比べたら全身に広げている分、厚さには劣るが――竜巻の攻撃力もさっきの雷撃よりは劣る。なんてったって師匠は幅広い魔術を扱えるとは言っても一番得意なのは雷の攻撃なんだ。それはあたしが一番よく知っている。

 

「だああっ!」

 

「!」

 

 竜巻で巻き上げられる土煙の中から勢いよく飛び出したあたしは、その勢いのまま師匠に向かって駆け出す。

 魔術師の弱点は接近戦、それは師匠と言えど変わらない。

 尤も、師匠の場合はそれをカバーする為に風の魔術で宙に浮けるんだけれども、飛べるのはあたしだって同じことだ。

 お互いに飛べてお互いに鎧、となれば勝負を決めるのは――

 

「パワーでしょ!!」

 

 あたしは勢いそのまま、拳を振り上げ、師匠の兜目掛けて叩き付ける。

 

「むっ……!」

 

 鎧が鈍い音を響かせると、師匠は僅かによろめいて――けどしっかりこちらを見据えたまま、指を鳴らす。

 ぱちん

 いつもの音と同時、今度は師匠の手のひらからあたし目掛けて雷撃が走り、ぶつかる。

 雷の熱と衝撃で血の鎧は焼け焦げ、砕け散る、が、その時には既にあたしの姿は鎧の中には無い。

 雷撃が来る直前、鎧を変形させて抜け出したあたしは空中に飛び出し――そのまま師匠の兜目掛けて足を振り下ろした。

 

「ぬぐっ……!」

 

 再びの鈍い音だったが、今度の師匠は先程よりも大きく体勢を崩し、膝をつく。

 あたしは師匠のやってくることは全部わかっている。弟子だから。

 だから――

 

「なるほど」

 

 師匠はそう言うと、ゆらりと起き上がって構える。

 きっとまた雷槍だ。さっきの鎧がまだ手元に戻ってないから防げない……そんな風に考え……

 

「豪火球」

 

 ぱちん、という音と共に、あたしの予想を裏切って周囲に炎が巻き上がった。

 

「あっっっつ!」

 

 炎、しかも直線的ではなく周囲一帯を焼き尽くすような火炎が噴き出す。

 鎧があれば防げたかもしれないけど……いやでも直接的なダメージとしては大したものじゃない、まだ大丈――

 

「火球」

 

 師匠が指を弾くと、今度は拳くらいの大きさの火球があたし目掛けて放たれる。それも一発だけじゃない。師匠が指を鳴らす毎に一発、二発、三発と、いくつもの火球があたしに襲い掛かる。

 今のあたしには盾を作るだけの血は戻ってない。必然、矢継ぎ早に襲い掛かる火球を躱すしか出来ない。

 

「くそっ……血を戻せれば……!」

 

 良いんだけど、周囲の炎のせいで血を液状に戻せない。迂闊に戻すと蒸発しかねない。

 そうなるとこの場で操れる血の絶対量が減ってより不利になる。

 砕けた鎧に近づいて自分で回収するしかないけど師匠がそれを許してくれない。

 なんとか師匠の隙を作るしかないけど、その為には――あたしは考えながら火球を躱し、出来るだけ余裕のありそうな笑みを浮かべて師匠に返す。

 

「はっ!どうしたのさ師匠!その程度の下級魔術じゃ当たんないし当たっても効かないよ!それとも魔力がぼちぼち切れた!?」

 

「そう思うか?」

 

 まさか、師匠の魔力がそうそう簡単に切れてたまるか。というか、魔力切れ近いから軽めの魔術でセーブしようなんていう人じゃない。

 

「違うんだったら雷槍でも撃ってごらんよ、あれくらいじゃなきゃ当たんないよ」

 

 事実、師匠の雷槍は早いは火力高いわの必殺技だ。他の術ならともかく、あれの直撃は食らいたくない。

 けど、強い技だからこそ警戒して対策を立てている。防げる。そういう確信がある。

 そうしたらその隙に体勢を立て直せる。

 

「……良いだろう。では行くぞカンナ、しっかり受け止めろ」

 

「良いよ!どっからでも来い!」

 

 師匠の言葉を受けてあたしは雷槍を受け止めるべく構える。

 さっきと同じだ。流石にまだ師匠にはバレてない筈、今の内に――

 

「火球」

 

 そんなあたしの期待を裏切るかのように打ち出された火球は、あたしの体を大きく外して飛んでいき――ボッと、軽い音を立てて何かに当たると、それを燃やした。

 

「あっ」

 

 燃えたのは血の柱とも言うべきか、単なる棒状の細く立った血の塊。

 ついさっき、雷槍が来る、と確信してあたしが少ない血を集めて立てたものだ。

 少ない血で雷を防ぐ為にはどうするか?それを考えて作り出したのがこれだ。血中の鉄分を集めて柱にして少し離れたところに立てる。あたし自身はなるべく低く身を屈める。

 すると雷はあたしより先に血の柱に向かって引き寄せられる。そうすれば直撃だけは避けることが出来る。

 まあ言ってしまえば即席の避雷針というわけだったのだけれど……それを燃やされた、やばい。

 

「ちょっ、師匠待っ」

 

「雷槍」

 

 ぱちん。

 いつも通り、何度も繰り返されてきた師匠の雷の槍。

 音より早く降り注ぎ敵を焼く青白い閃光が、今度は寸分違わずあたし目掛けて降り注いだのだった。

 

 

 

 

 



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赤い糸

 純白の城下に稲光が走り、辺りに焦げ臭い黒煙が立ち込める。

 白く輝く石畳の一部は雷撃が直撃したことで、あたかも絵画に垂らされた一滴のインクの如き場違いな印象を醸し出していた。

 ――そんなインクの染みの真横に倒れ込んだあたしは、というと。

 

「げっほ……」

 

 まだ生きている。

 師匠の雷撃、さっきまではコッソリ立てておいた血の棒……言うなれば血の避雷針に誘導し、衝撃を軽減していた雷を先刻モロに喰らってしまったのだ。

 

「つっ……」

 

 じゅうっという肉が焼け焦げ縮む音を立てる左腕をちらりと見る。

 咄嗟に腕を突き出し、ガードする形で雷撃を受けてしまったせいだろう。

 直撃を食らった左腕は黒く焼け焦げ、一部の肉がぼろぼろと崩れ落ちていく。

 神経が焼き切れているのだろうか。痛い、という感覚すら無く腕が朽ちていく様は、むしろただ痛いだけよりも不気味な印象を受ける。

 しかし痛み自体も当然ながら嫌なもので、左腕以外の全身には肌が焼けこげる火傷の痛み、あるいは衝撃を受けたことによる骨が軋むような痛みを感じていた。

 

「ゲホッ……ハッ……ぐ……!」

 

「辛そうだな、カンナ」

 

 雷撃と炎によって生じた煙で呼吸を乱され、息を乱しながら立ち上がるあたしに、頭上から師匠の声が響く。

 

「死にはするまい。お前は吸血鬼だ。その腕も血を飲めばいずれ治る」

 

「……随分と余裕だね師匠」

 

 精一杯の虚勢を張って立ち上がり、あたしから距離を置いて地に立った師匠を睨みつける。

 実際のところ、ダメージの差は歴然としている。

 少なくともあたしの左腕はしばらくは使い物にならないし、全身も軋んで正直なとこ息をしているのだって辛い。

 何とか残った右腕を構え、息を大きく吐き出すと、肺と喉が焼けたようにビリビリと痛む。実際に焼けているのかもしれない。

 そんなあたしの様子を見ながら、師匠も息を一つ吐き出した。

 

「カンナ、私はお前のことを子供の時分から知っている」

 

「うん」

 

「私とて好き好んで弟子を殺したいわけではない。それは理解できるな?」

 

「うん」

 

 優しく、諭すように言葉を紡ぐ師匠の姿は子供の頃からずっと見てきた姿と同じものだ。

 ならば、と、師匠は俯きながら、ゆっくりと語りかける。

 

「魔王様の元へ戻ってこいカンナ。あの人間達に手を貸す義理は無いはずだ」

 

「そうだね」

 

 師匠の言う事は全部合ってる。

 師匠があたしを殺したくないってのも、あたしがバカな人間共に手を貸す義理は無いってのもそう。

 そうなんだけど――

 

「でも、あたしは魔王様には従わないよ師匠」

 

「カンナ」

 

 あたしは咎めるように僅かに声を荒げる師匠の姿をじっと見つめる。

 酷いものだ。

 ジョー達と戦った時のせいだろう。師匠の黒く輝く鎧は見る影もなく薄汚れ、鎧の一部は砕け、兜は醜く凹んでいる。

 あたしの方がダメージは大きいと言ったけど、その実、師匠の見た目も大概なものだ。

 それはいい。戦いでついた名誉の負傷というだけだ。そこまではわかる。

 でも、と、あたしは痛む肺に再び空気を吸い込み、言葉を吐き出す。

 

「師匠、師匠がそんなになるまで戦って、魔王様は何か言ってくれた?」

 

「…………いや」

 

 僅かに考える素振りを見せた後、師匠は悪い考えを振り払うように首を振る。

 

「いや、カンナ、見返りではない。私は魔族の騎士だ。身命を賭して王に仕える者だ。ただ忠実に」

 

「師匠はともかく、あたしがムカつくっつってんの」

 

 正直なとこ、前からうっすらとは感じていた。

 そもそも師匠とあたしとダキア、3人だけで迷宮潜れってのがもうナメてる。ふざけてんのかアイツ。

 そんで魔王様の目的が大昔の魔族の復活?

 それじゃあ今生きてる魔族はどうなの?自分の国民じゃないのか?大事にすべきじゃないのか?

 

 ダキアに城で起きた出来事を聞いて、その思いはより強く、確信に変わった。

 魔王様はずっと在りし日の幻想を追いかけている。過去にしか興味が無く、今のあたし達には興味が無い。

 多分いてもいなくても良い。幻想を取り戻す為の手足でしかないのだろう。

 それはそれで構いやしないんだけど、でも。

 

 あたしは改めて眼前に立つ師匠の姿を見る。

 薄汚れ、凹み、割れた鎧の師匠の姿。

 師匠は昔からすごい頑張っている。真面目で、忠実で、頑固で優しい最高の騎士だと思ってる。

 そんな師匠が尽くして尽くして、努力して、それが顧みられないというのにあたしは無性に腹が立つ。

 ――――要するにムカつくってこと!

 

「あたしは魔王様じゃなく、師匠に仕えるつもりなんだよ」

 

「…………そうか」

 

 あたしの言葉に少しの間俯いた師匠だったが、すぐさま顔を上げると、いつも通りの重く響く、固い音で言葉を紡ぐ。

 

「ならば互いに力で止めるしかあるまいな」

 

「上等よ!」

 

 言うが早いか、師匠の指先から炎の波が迸り、あたし目掛けて襲い掛かる。

 あたしも急いで後ろに飛びのくと、そのまま周囲に立つ建物の陰に身を隠し、思考を巡らせる。

 さて、啖呵を切ったもののどうするかという話だ。

 戦闘に使える血はもう残り少ない。

 血の避雷針は立てられるかもしれないが、立てたところで雷以外の魔術で攻められるのがオチだ。

 

「どうすっ……あぶおぅっ!!!」

 

 建物の陰で立ち止まるあたしの頭上から炎の雨が降り注ぐ。

 どうやら師匠は隠れたあたしの正確な位置を計りかねているようだ。

 あたしは位置を特定されないように慌てて別の建物の中へ逃れる。少なくとも屋内なら雷の直撃を受けることは無い。

 師匠は魔術の汎用性を重要視しているだけあって様々な魔術を扱えるのが強みだが、反面、索敵能力はそこまで高いわけじゃない。

 ……いや低くも無いし見晴らし良ければ上空から発見してはくるだろうけど。

 

「何より、あたしの目的は逃げることじゃないもんな」

 

 あたしが逃げたら師匠はジョー達と戦うことになるだろうけど、気に食わないことにジョーとカリカ、ついでにロフトは師匠への対策をきっちり見出している。

 それで無くても今の連中には【作戦】があるのだ。戦ったら師匠はただでは済まないだろう。

 あたしは少なくとも、師匠に死んでほしくはない。

 

 ただどうやって師匠を無力化するか、という話だ。

 残り少ない血を使って武器を作る……いや防具か……?いや駄目だ。

 思考を巡らせながら、師匠の言葉を思い出す。

 魔術に大切なのは汎用性。

 武器や防具を作ったところで一つのこと以外には対応できない。もっと柔らかく、更に言えば雷を散らせるような、逃がせるような……

 

『……ほ~!低俗な魔族の頭脳では思い浮かばないか!?やれやれ、それじゃあ私が教えてやろう、良いか?』

 

 ――――不意に頭に浮かんだのは、あの自称天才美少女神官様(笑)

 

 いやでもそうだ。

 あいつだったら多分……

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「あたしがムカつくっつってんの」

 

 先程のカンナの言葉が頭に響く。

 私にとって魔王様に仕えるのは当然のことだ。

 在野の魔族だった私は魔王軍に目をかけられ、そして軍の中で実力をつけていった。

 だが、魔王様に何かしてもらえたのか、か。

 言われてみればあまり覚えはない。

 魔王様は私が初めて謁見した時には既に古木の如き老体であり、政務や叙勲は主に配下の者たちが代わって行っていた。

 そういうものだと思っていたのだ。恐らくは私だけではないだろう。

 魔王様はいて当然であり、直接部下に関わることは滅多に無く、ただただ仕える私達は従うのみだと。

 だが、カンナは、そうか。

 

「魔王様ではなく、私に仕えている気だったとはな」

 

 我が弟子ながら可愛いものだ。

 だが、そう言われたところで私も今更生き方は変えられない。

 今の私に出来るのは……

 

「ただ、死なない程度に無力化してやることだけだ」

 

 そう呟くと、私は指を鳴らして周囲に風を巻き起こす。

 攻撃目的の風ではない。風に自身の魔力を乗せ、感覚でもって周囲を探る為の魔術だ。

 尤も、あまり広範囲には広げられぬし、何より集中を要するので戦闘中などに咄嗟に使うには向かない術だが……

 

「……そこか」

 

 吹き抜ける風に触れる小柄な体の感覚。カンナだ。

 屋内に隠れているな。

 屋外から雷を撃ったところで直撃はさせられない。

 だがこちらも屋内に入り、至近距離で打ち出せば話は別だ。

 私は風の魔術を解き、地に降り立つと建物内部へと繋がるアーチ状の入り口を潜り抜ける。

 白冠都市の建物はそれなりに入り組んでおり、屋内にはかつて生活に使われていたであろう家具や装飾品がそのまま残っていることも多い。

 恐らくは迷宮に封じ込められている当時の魂たちの記憶が迷宮を形作っている為だろう。

 冒険者が迷宮で手に入れるという宝も元々は大昔に誰かが使用していたものの複製に違いない。

 美しく保たれながらも人の手が入らずにいた建物の扉を開け、小さな小窓から僅かばかりの光が差し込む小部屋に入る。

 物置だったのだろうか、薄暗い室内の入り口には蜘蛛の巣が張られ、それを掻き分けて入ると、あたりに壺や木箱が雑多に置かれているのが目に入る。

 その部屋の中央、散らばった家具に囲まれるようにして待ち構えるカンナに目をやる。 

 

「……ふむ」

 

 緊張した面持ちで立つカンナの右腕には、鈍く光る盾が構えられていた。

 なるほど、迷宮で手に入る武具という物か。

 室内に逃げたのは私の魔術を防ぐと同時に、そういった武具を見つける目的もあったのかもしれない。

 だが……裏を返せば今のカンナはそれらの武具に頼らざるを得ない、魔術師として、吸血鬼として扱える血が少ないということだ。

 

「ならばいくらでも対処のしようがある」

 

 私はぱちりと指を鳴らすと、指先から太陽の如き炎の球が生じ、薄暗い屋内が途端に眩しい程の光で満たされる。

 炎の魔術だ。

 盾が木製であれば燃える筈。金属製であっても熱によるダメージがカンナの残った右腕に与えられるだろう。

 

「さあどうなるか」

 

 再び指を鳴らし、いくつか火球をカンナ目掛けて射出する。

 

「つっ……!」

 

 勢いよく飛んで行った火球は盾にぶつかると、盾の表面を焦がしてそのまま消え失せる。

 木製ではない。金属製ないしそれに準ずる材質だろう。

 

「室内に逃げたのは軽率だったな。逃げ場が無いぞ」

 

 言うと、私は矢継ぎ早に火球を飛ばす。

 事実、カンナは苦しそうな表情を見せながら火球を受け止めている。

 右腕に炎熱のダメージがあるのは勿論だろうが、逃げ場のない屋内で火を焚けば呼吸がままならなくなるのも目に見えている。

 唯一ある入り口は私の背であり、窓はせいぜい小鳥が入れる程度のものだけだ。

 成すすべなく追い詰められたカンナは盾を構えたまま後ずさると、部屋の隅に置かれた壺に足をかける。

 

「そんな火程度じゃ……やられないよ!」

 

 言いながら壺を蹴り上げると、辺りに水飛沫が上がり、砕けた壺から水が溢れ出す。

 これも生活に使っていた水なのだろう。なるほど、それで炎のダメージを抑制しようと言うのだろうが……

 

「氷陣」

 

 ぱちりと指を鳴らし、瞬く間に周囲に散らばった水を凍らせる。

 

「うわやば!」

 

 ぱきぱきと小気味よい音と共に、氷の波は素早く部屋中に伝わり、カンナの足元までも凍てつかせる。

 なるほど、炎のダメージを抑制する。だがそれだけではないだろう。

 炎で決定打が与えられない状況に持ち込まれたとして、次に私が使う魔術は雷だ。

 そこに備えて狭い室内に水を撒くことで、あわよくば私を感電させ、相打ちに持ち込もうということだろう。

 中々面白い戦法だ。我が弟子ながら柔軟に育ったものだ。が――――

 

「少し想定が足りなかったな」

 

 その水も凍らせてしまえばそう簡単には電気を通さない。

 私を相打ちで倒すことは出来なくなったのだ。

 後はこの距離で雷槍を放つだけ。仮に一撃、二撃程度を盾で防げたとしてもそこから反撃する手立てはない。

 私の勝ちだ。そう確信し、構えた指をぱちりと鳴らす。

 

「雷槍――――」

 

 瞬間、衝撃と轟音が室内を見たし――――私の鎧が、熱く焼け焦げる。

 

「…………!!!?」

 

 熱い。

 全身が焼け焦げ、息が出来ない。カンナはどこだ?視線がいつの間にか天井に向いている。

 何が起きた?私は倒れているのか?足に力が入らない。何故だ?

 雷だ。恐らくは自身が打ち出した雷槍を自分で食らった。だが何故?水は凍らせた筈だ。

 いや、それよりもカンナは――――

 

「勝負ありだね、師匠」

 

 私が思考を巡らせ、起き上がろうとするよりも先に、首元に真っ赤な短刀を向けられる。カンナだ。

 目の前に姿を現したカンナは左腕が焦げ落ち、全身が焼け焦げてはいるが、それは先程までと同様だ。つまり私が最後に打ち出した雷槍を食らってはいない。

 相打ちかと思ったが違う。

 明確に私がカンナに倒されたのだ。

 

「……参ったな」

 

 ふう、と大きく息を吐き、倒れた私に跨るようにして短刀を構えるカンナを見つめる。

 

「避雷針は無かった。いや、あったとしても雷が返されることはないだろう……一体何をしたんだ?」

 

 跨ったままのカンナに問いかけると、カンナは自慢げな表情を浮かべながら、手にした短刀を変形させていく。

 しゅるしゅると形を変え、細く細く、糸のようにして伸びていった血は縦に横に広がっていき、一つの形を作り出す。

 

「……蜘蛛の巣、か」

 

「そうだよ、師匠気付かなかったでしょ」

 

 細く伸び、組み合わさった血の糸。

 部屋に入った時に張られていた蜘蛛の糸が既にカンナの血だったのだろう。

 カンナは残り少ない血を武器として形作るのではなく、糸として細く伸ばし、室内に張り巡らしていたのだ。

 

「だから火で攻撃された時は焦ったよ。焼けるかと思った」

 

「馬鹿を言うな。そうなっても良いように入り口付近に張ってあったのだろう」

 

 言うと、カンナは舌をぺろりと出して視線を反らす。

 ぶちまけた水は感電させる為ではなく、私に氷の魔術を使わせて炎での攻撃を敬遠させ、更には雷での攻撃を引き出す為のものだった。

 攻撃手段を雷だけに持ち込めば後は簡単だ。部屋中の血の糸を、自身の前に蜘蛛の巣のようにして広げる。

 明るい場所であればともかく、火が消えて薄暗くなった室内では私もそれに気づかない。

 雷槍を受け、張った蜘蛛の糸一本一本に電撃が伝わり、電流は広く散らばる。

 そうして散らばった電流は部屋に入った際に蜘蛛の巣……血の糸に触れたことで繋がっていた私の体へと流れ込む、と。

 

「どう?師匠、自分で自分の雷食らったのは初めてなんじゃない?」

 

「ああ」

 

 にひひひ、と、悪戯っぽく笑うカンナに、私もつられて口元が緩む。

 弟子の言葉で心を乱され、その弟子に負け、魔王様の期待にも応えられず、地に倒れ伏している。

 きっとこれは騎士としても魔族としても、男としても無様な姿なのだろう。

 ただ、まあ、しかし。

 

 可愛い弟子の嬉しそうな顔を見られた、という意味では、まあ、そう悪くもない。

 



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