【完結】転生せし音色~夢に縋る青年だった少女~ (御船アイ)
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無情のスキャット

 ――この世に天使がいるものなら 私の頬にも恵みをくれ

   報わることない労苦背負い 日陰に佇むこの私に

 

 ――人間椅子『無情のスキャット』

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「お疲れ様ですー……」

 

 俺はその日のバイトを終え、疲れた体に鞭打ちながら帰路につこうと歩き始めていた。

 肩にはいつも背負っているギターケースを担いでいる。

 このギターが表しているように、俺は音楽をしている。

 俺の夢は歌手としてメジャーデビューをすることだ。

 そのために色々と努力しているつもりだ。路上ライブという古典的な方法から、ネット上に好きな歌手のカバーをアップしたり、オリジナルソングを作って流したりなどもしている。

 もちろんライブハウスにも行き、歌声を披露している。

 更には当然、オーディションを受けたり、レコード会社にデモテープを送ったりもしている。

 とにかく、考えられる手段はいろいろ取っている。

 だが、俺の実力が足りないのか、それとも運が無いのかはわからないが、なかなかメジャーデビューまでこぎつけることができない。

 必死にギターの腕を磨いても、歌声を鍛えても、作詞作曲の術を研究しても、である。

 そんな生活を高校から続けて気づけばもう三十という年齢が近くなっていた。

 いわゆる、いい年というやつである。

 親は夢を捨ててまともな仕事に就職しろという。

 でも、俺はどうしても夢を捨てることができなかった。

 歌手になりたい。なって、俺の歌を世界中に届けたい。

 そんな輝かしい妄想への憧憬を捨てられずにいた。

 でも、やはり芽は出ない。

 正直、俺は少し疲れていた。

 

「ふう……今日はオリジナルソングの収録はちょっと休んで、友達から借りたアニメでも見直すかな……そろそろ返す期限だし」

 

 俺は吸収できるものならすべて吸収しようという考えがあり、アニメもその目的で友達から借りた。

 音楽が主体となっているアニメで、紅白歌手として有名な声優が出演しているアニメだ。

 その名も『戦姫絶唱シンフォギア』

 歌って戦う少女達の物語に、俺は引き込まれた。物語も、曲もとても素晴らしい。

 アニメの類は子供の頃に卒業していたのだが、久々に見たそのアニメはとても俺を引き込んだ。

 今ではお気に入りで何度も見直すアニメだ。友人にそろそろブルーレイを返すタイミングだが、正直返さずに見ていたい。

 でもそうはいかないので、返したら自分でブルーレイを揃えるつもりだ。

 そんなことを思いながら、俺は街でも特に大きい川の上に架かっている橋を渡る。

 

「それにしても、今日は本当に疲れた……」

 

 俺は足元をフラフラとさせてしまう。いけない、このままだと路上で倒れてしまう。

 そう思って、俺は姿勢を正そうとする。

 と、そのときだった。

 ギターが不意にぐらりとして、俺の体を引っ張ったのだ。

 普段ならどうとでもないそれは、今の力無い俺の足では耐えられず――

 

「――えっ」

 

 そして、俺はそのまま柵を越え、川へと落ちていった。

 

「やば――」

 

 そうして俺は、水の中に沈む。

 これが、俺の人生の幕引き。

『第一』の生の、終焉である。

 



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踊る赤ちゃん人間

 俺は前世の記憶を持っている。

 うだつの上がらない歌手志望として生き、結局夢を叶えられずに死んだ生の記憶が。

 そして、俺は今、第二の人生を過ごしている。

 

「あ、祭ちゃんだ! おーい! 祭ちゃーん!」

 

 弓弾(ゆみひき)(まつり)という、少女として。

 

 

 最初に前世の記憶を確認したのは言葉を喋られるようになり、物心ついて間もない頃だった。

 いつしか俺の頭には前世の記憶がしっかりと居座っていたのだ。

 俺は混乱した。体は女の子なのに、頭には男の記憶がある。

 そのギャップに、俺は幼少ながらしばらく熱で寝込んだ。

 そして熱が引いた頃には、すっかり俺は今の自分と過去の自分両方を受け入れた人間になってしまっていた。

 まあそれはいい。言葉が使えるようになったと思ったら男口調になってしまって親には迷惑をかけたとは思うが、そこは前世の記憶が強すぎるから仕方ない。

 問題は、である。

 

「祭ちゃーん! あーそーぼ!」

「待ってよー! 響ー!」

 

 今、公園で俺を呼びかけ走ってくる少女と、その少女を追う少女。

 二人の名前がそれぞれ立花響と小日向未来であるということ。

 つまり、今の俺は前世の俺が見ていたアニメ『戦姫絶唱シンフォギア』の世界に生まれてきた、という事実である。

 まさかと思い両親には内緒でやたら未来的な携帯端末を使い調べたが、どんどんと合致する情報が出てくる。特に「特異指定災害ノイズ」という単語はシンフォギアにしかない。これにより俺がシンフォギア世界に転生したことは確定事項となった。なんとアニメの世界に転生するとは……。

 その事実を知ったとき、俺はまたも混乱し、再度熱で寝込んだ。

 

「祭ちゃんーん! 遊ぼ遊ぼ!」

「……いい」

 

 俺はつーんとそっぽを向く。すると、俺は今公園の噴水の縁に座っているので、水面に俺の顔が映る。

 長い紫の髪を後ろでまとめ、ポニーテールにした髪型と、紅の瞳の少女。

 ……何度見ても違和感がある。

 前世の俺は、言ってしまえば平凡な顔つきだった。ブサイクというわけでもないが、イケメンというわけでもない。

 正直あまり華がある方ではなかった。……故に必死に音楽だけに打ち込んでいたのだが。

 それがどうだ。こっちではまだ小学校に上がったばっかりなのに、とても整った顔立ちをしている。

 成長すれば絶世の美女となるだろうことは確約されているようなものだ。

 なんだか理不尽を感じる。

 

「えー! いいじゃんー! 遊ぼ遊ぼー!」

「…………」

 

 俺は響の言葉にそっぽを向き続ける。

 別に答えてもいいのだが、俺の心はやはりいい年した大人の男なわけで。

 この年齢の少女の遊びと言えばおままごとやお人形遊びが主なわけで。

 すると、そういったことにおっさん手前だった俺の心はどうしても拒否反応を示すわけで。

 なので、俺は響の申し出を断っていた。

 

「だめだよー響。祭ちゃんも困ってるじゃない」

 

 さすが未来だ。幼いのによく他人のことをおもんばかれている。

 そのまま響を引き剥がしてくれ。

 

「えー! だって祭ちゃん、いっつも一人で寂しそうなんだもん! みんなで遊べば絶対楽しいよ!」

「……うっ」

 

 痛いところを突かれる。

 そう、俺は心だけは半端に大人の男なせいで、現状友達が一人もいない。

 だって、そんな状態で今から子供に混じって遊べなんて無茶じゃないか!

 いや、やろうと努力したことはあったんですよ?

 ただ、やっぱり半端に大人なわけで妙に大人ぶった子供ができあがっているせいで

 

「あの子遊びづらいね」なんて言われるわけで……世知辛い。

 

 でも、今響はそんな俺の状況を知りながらも突っ込んできてくれる。

 さすが作中でお日様と称されるだけの子である。眩しい。

 

「……分かった。遊ぶ」

 

 ゆえに俺は、その眩しさに耐えられず承諾してしまう。

 はぁ……何して遊ぶんだろうなぁ……。

 

「やったぁ! じゃああれしよ! 鬼ごっこ!」

「鬼ごっこー? えぇー響に勝てるわけないじゃん!」

 

 未来が響に対し不満を言う。

 

「いやーでも未来、私より早いじゃん!」

 

 それに対し響が反論する。

 確かに未来の言い分は分かるが、でも、俺にとってはむしろありがたい。鬼ごっこなら、男子も女子も関係ないから。

 

「……分かった、鬼ごっこだね。いいよ」

「え? いいの祭ちゃん? 響は無駄に元気だから鬼ごっこ強いよ? 体動かし慣れてないなら無理はだめだよ?」

「未来ー! 無駄ってどういうことー!?」

 

 未来が俺のことを心配してくれている。

 こういう優しさが、ひだまりと称される所以なのだろう。心地いい優しさである。

 

「大丈夫だよ別に。俺もそっちのほうがやりやすいから」

「分かった! じゃあじゃんけんしよ!」

「もーしょうがないなー」

 

 こうして俺達はじゃんけんをして鬼を決めることになった。

 しかし、この二人は俺の一人称にどうこう言わないんだな、と思う。

 他の子は「女の子なのに俺って変なのー!」なんて言う子もいたりするものなんだが。

 ……成長したら言いづらい発言だなとどうでもいいことを考えたが、頭から消しておこう。

 

「それじゃーいくよー! じゃーんけーんぽん!」

「ぽん!」

「ぽん……あ」

 

 結果はグー、グー、チョキ。

 そしてチョキは俺。

 つまり鬼である。

 

「はーい祭ちゃんの鬼ねー! じゃあそこで十数えて! 未来、逃げるよ!」

「ちょっと響いきなりすぎー! ごめんね祭ちゃんー!」

「……ふふっ」

 

 いきなり逃げ始める響とそれを追いかける未来。

 そんな自由奔放さに、俺はちょっとだけ笑う。

 

「……いーち、にーい、さーん――」

 

 そして、数を数え始める。

 こんな数の数え方、それこぞ前世の子供の頃以来だ。ちょっと楽しくなってきた。

 

「――きゅーう、じゅう!」

 

 そして十数えると、俺は走り始める。

 とりあえず最初に狙うは未来。理由は近くにいて捕まえやすそうだから。

 

「うわー! 来ないでー!」

 

 来ないでと言われても行くものは行くのだ。最初は未来の足の速さに距離を離されたが、なんとか体力で勝ち、足を遅めた彼女の背中を触る。

 

「タッチ」

「ああ、捕まっちゃった……」

「よし、じゃあ次は未来が鬼だね。十数えて」

「うっ、うう……わかった。それじゃあ数えるね。いーち、にーい――」

 

 そうして鬼になって数え始める未来。

 今更だが、鬼を変えたがこういうルールで良かったらしい。増えるタイプという前提だったらどうしようかと思った。

 

「――じゅう! よし、行くよー!」

 

 そうして未来が走り始める。彼女の狙いは俺ではなく、響のようだった。

 

「へへーん、未来には捕まらないよー!」

「それはどうかなー? ……あっ響! あっちにアイスクリーム屋さんが!」

「えっどこ!?」

「はいタッチ!」

「ええー!?」

 

 なんとも古典的な手に引っかかった響である。だがまあ子供だしこういうものか。

 いや響らしいと言えば響らしいと思うが。

 

「じゃあ次、響が鬼ね!」

「分かった! いーち! ――」

 

 そうして響が鬼となり、数え始める。次の彼女の標的は恐らく……

 

「はーち! きゅーう! じゅう! よーし! いくぞー祭ちゃん!」

 

 やっぱり俺だ。

 なんとなくそう思ったのだけど、やっぱりだった。でも、俺もやるからには全力だ。ただでは捕まる気はない。

 見よ、この前世のテレビで見た陸上選手の走り方を!

 

「うわー、祭ちゃんのフォームきれー……」

 

 将来の陸上部に言われるのは光栄である。まあそれにお礼を言うことなく俺は逃げるが。

 

「ぐぬぬー! 待てー! あっ、あそこにアイスクリーム屋さんが!」

「同じ手に引っかかるわけないでしょ!」

 

 俺は後ろの響に叫ぶ。自分がハメられた同じ手が通用すると思うなんて、子供らしい。

 そのことに俺はいつしか笑っていた。

 

「まてー! うおーっ!」

 

 追いかけてくる響。逃げる俺。

 それをずっと続ける。

 どちらが音を上げるかの勝負だった。

 

「はぁ……はぁ……そろそろ諦めてくれ……」

 

 そして、その勝負に負けたのは俺だった。

 俺の体力はしばらく走った結果、すっかり切れてしまった。

 

「ま、まてー……」

 

 だが、それは響もだった。でも、彼女は走るのを止めない。

 

「……うう」

 

 一方の俺は、とうとう脇腹が痛くなり、走るのを止める。

 

「ぜえ……ぜえ……タッチぃ……!」

 

 そんな俺を、響はタッチする。俺の完全敗北だ。

 

「うう、脇腹痛い……」

 

 響が脇腹を押さえる。同じく押さえている、俺と同じように。

 

「……響もお腹痛いんじゃないか。どうしてそれなのに走るのを止めなかったんだ?」

 

 俺は聞く。子供なら辛いのは耐えられなくてもおかしくないのに。

 すると、響は答えた。

 

「だって、祭ちゃんと一緒にいるのを諦めたくなかったから!」

 

 ああ……なんて眩しい笑顔で言うんだろう、この子は。

 

「……ふふ、なんだそれ、ふふふ!」

 

 俺はその回答と顔を見て、いつしか笑ってしまっていた。そして、言った。

 

「……祭でいいよ。未来みたいに、呼び捨てにして」

「本当! うん、祭!」

 

 響は元気に言った。とても嬉しそうな顔で。

 

「あ、だったら私も祭って呼んでいい?」

 

 そこで、歩いてやって来た未来が言う。俺はもちろん応える。

 

「当然!」

「うん、ありがとう、祭」

 

 未来もまた、いい笑顔を作って言ってくれた。

 こうして、俺に二人の友達ができた。

 大人ぶりながらも、子供の意地を張っていた俺に。

 



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Yesterday Once More

 あの日から俺は、響と未来との三人で一緒に行動することがほとんどになっていた。

 特にお互いそうしようと言い合ったわけではない。

 ただ、一緒にいることが自然となったのだ。

 

「祭ー! 未来ー! こっちこっちー!」

「ちょ、早いって響!」

「そうだぞ、もう少し落ち着いていこう!」

 

 その日も俺達は一緒に走っていた。

 正確には、響が一人で走るからそれについていくために走らざるを得ないという状況である。

 ではなぜ響はそんな走っているのかと言うと、俺達のいる小学校の近くにある学校、私立リディアン音楽院の学園祭にいくためだ。

 リディアン……その名を俺は知っていた。

 シンフォギアの物語で、将来響や未来が通うことになる学校だ。

 そして、その地下にはノイズと戦っている特異災害対策機動部二課の基地が存在している。

 更に、その基地はカ・ディンギルという兵器の隠れ蓑で……というのが、シンフォギアの最初の話だった。

 まあ現在の俺達にはそんなことは関係なく、ただ純粋に学園祭に遊びに行っているだけなのだが。

 

「うわー! ここがリディアンかあ! すごいね、二人共!」

 

 一般向けに開放されたリディアンの門を潜った響が言う。

 確かに、小学生の小さな背から見上げるリディアン、そしてそこに集まる人並みは凄かった。

 荘厳な建築様式で作られ古風さを保ちながらも共に真新しさを共に持った校舎。

 その学び舎に出入りする音楽を志す将来有望な生徒達。

 彼女らの未来の希望に溢れた姿は、一度夢を失い死んだ俺にとってはとてもまぶしく映る。

 一応俺だって音大には行っていたが、あまりいい思い出はない……。

 

「……どうしたの祭? お腹でも痛い?」

 

 と、俺が一人勝手に暗くなっているのを、未来に見抜かれたようで彼女に心配そうな声をかけられた。

「え? ああ、いやなんでもないよ。ほら、こんなにいっぱい大きい人がいるところって初めてだから圧倒されちゃって」

 俺は笑ってごまかす。

 すると未来は、少し訝しむ表情をしながらも「そっかあ」と一応納得してくれた。

 

「そうだよね、こんなにいっぱいのお姉さん達、なかなか見ないもんね。でももし辛かったら言ってね? 響には私から言っておくから」

「大丈夫、もう慣れたから」

 

 やはり未来は優しい。

 俺の細かな機微にまで気を回してくる。

 いい友達を持ったと、俺は改めて思った。

 

「おーい二人共! 早くお店回ろうよー!」

 

 そんな俺達に、響の呑気で元気な声が響いた。既に彼女の手には、大きな綿あめが握られている。

 

「……もう、響ったら」

「ふふっ……」

 

 呆れる未来に、思わず笑う俺。

 俺達はその後軽く目をあわせ合い、笑い合って響のところへ走っていったのだった。

 

 

 そうして俺達は学園祭の出店をいくつか回った。

 と言っても、主に回ったのは食べ物の出店ばかりだ。

 なぜかと言うと、響がそれを望んだから。

 響は幼い現在から健啖家であり、次々といろいろなものを食べ歩いていった。

 一方で俺と未来は、その響からちょっとずつおすそ分けをしてもらって食べた。

 とてもじゃないが、響のペースについていける自信はなかった。

 そして、そうしてあらかたの食べ物屋を回ったときだった。

 

「ふーお腹いっぱい……」

「もう、食べ過ぎだよ……って響、時計見て! そろそろ時間だよ!」

 

 響の口についた食べかすをハンカチで拭っていた未来が時計を見て大声を上げた。

 俺もその時計を見てはっとする。

 それは、俺達が一番の目的にしていた、講堂でのライブ公演の時間が迫っていたのだ。

 

「あっ、本当だ! 急ごう!」

「ああ!」

 

 そうして俺達は講堂に走っていく。

 途中、食べ過ぎた響が脇腹を痛め押さえながら走るということになったが、なんとか時間に到着した。

 

「うわーすごい人……全然ステージが見えないよー!」

「二階の席にいこう。そこからなら上から見下ろせるはずだよ」

 

 俺はぴょんぴょんとジャンプする響に言う。

 未来はそんな俺の言葉に「そうだね」とうなずいてくれたので、三人で二階へと行く。

 二階も人でごった返していたが、俺達はなんとか前の席を取ってステージを見下ろすことができた。

 そして少し待って――

 

「あっ、来たっ! 来たよ響! 祭!」

 

 未来が嬉しそうな声を上げる。

 

「本当だー! わーい! こっち見てー!」

 

 それに応えるように響も歓声を上げる。

 俺も声は上げなかったが心の中で興奮する。

 ステージに上がったのは、今の日本で大人気の女性バンドグループだ。

 新曲から過去の名曲のカバーまで様々な曲を歌い、ちょっとしたブームを起こしている。

 彼女らはここの卒業生で、俺達は彼女らを見るために、この学園祭にやって来たのだ。

 歓声に包まれながら、彼女らはステージ上で集まったリディアンの生徒、及び学園祭に来た客に軽快に挨拶をすると、さっそく歌い始めた。

 まずは彼女らのオリジナル曲だ。

 会場はその歌に耳を傾け、当然響も未来も興奮しながら彼女らの歌声に聞き入る。

 それは俺もだ。

 シンフォギアの世界は二〇四〇年代というちょっとした未来だが、歌の熱気はいつの時代も変わらないことを教えられる。

 彼女らの歌を聞くと、俺の中に潜んでいた歌への憧れが蘇ってくるのを感じる。

 

「みんなありがとう! それじゃあ次はしっとりとしたカバーを行こう……カーペンターズの『Yesterday Once More』」

「あっ……」

 

 壇上の彼らが歌い始めた曲に、俺は思わず声を上げた。

 その曲は、前世の俺が好きだった曲の一つだったからだ。

 本来のカーペンターズとは似ても似つかない独自の歌声と歌い方をしているが、その曲の素晴らしさは何も変わらない。

 その後も様々なカバーやオリジナルソングが歌われ、俺はすっかり彼女らの歌声に聞き入っていた。

 

 

「いやー凄かった! 凄かった! 本当に凄かった!」

「もう響ったらずっとそればっかり」

 

 ライブ後の帰り道、感嘆しすぎて語彙がなくなっている響に対し未来が苦笑いする。

 だがそんな未来も声から未だ興奮冷めやらないのが溢れていた。

 

「……なあ」

 

 そんな二人に、俺は立ち止まって話しかける。

 二人は不思議そうな顔をして足を止める。

 

「どうしたの? 祭」

「実は、二人に相談があるんだ……」

「相談? なんでも言ってよ、祭の言うことならなんでも聞くよ!」

 

 響が笑顔で言ってくれる。

 それに対し、俺は言う。

 

「ずっと未来の話なんだけど……俺と一緒に、リディアンに行かないか!?」

「ええっ!?」

 

 未来が驚いた声を上げる。それはそうだろう。突然こんな帰り道で進路の話をされたら誰だって驚く。

 だが俺は言いたかった。この熱が冷めやらぬうちに。

 

「俺、今日のライブを見て思ったんだ。歌手になりたいって……そのためには、リディアンに行くのがやっぱり近道なんだって。だから、俺は決めた。リディアンに行くって。それで、もしよかったらだけど……」

「……そんなの、オッケーに決まってるじゃん!」

 

 俺がおずおずと聞いた態度に対し、響は即答する。

 

「私も思った! 将来音楽を勉強したいって! だから私もリディアンに行く!」

「……そうだね、私も実は昔からずっとリディアンには憧れていたんだ。だから、二人が行くって言ってくれたの、なんか嬉しいな」

 

 共感してくれる二人。

 

「ありがとう……!」

 

 俺は二人に笑顔でお礼を言う。

 だが、その一方で心が少し傷んでもいた。

 なぜなら、二人がリディアンに行くのは確定事項だからだ。

 原作で二人はリディアンに進学する。その理由はいろいろあるだろうが、恐らく、その一つが今日だったのだろう。

 そこに俺は相乗りしただけだ。でも、それをまるで自分の意思で二人を巻き込んだかのように言う俺は、なんと汚いのだろう。

 でも、俺はそうでもしても自分を奮い立たせたかった。応援してくれる仲間が欲しかった。

 一度失った夢を、もう一度見るために……。

 そんなことも知らず俺に笑いかけてくれる二人に、罪悪感が静かに渦巻いた……。

 



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Fight For Justice

 それは、俺達が小学四年生に上がって少しした頃だった。

 さすがに小学四年生ともなると、俺が自分の事を俺と言うことも一つの個性として受け入れられてきていた。

 ただ、そういった個性を受け入れられないような人間は当然いるわけで……。

 

「おい男女! うぜーんだよお前!」

「…………」

 

 放課後、俺は学校の体育館裏に呼び出され、数人の男子生徒および女子生徒に囲まれていた。

 内訳は六年生男子三人に同級生の四年生女子一人。

 どうしてこんなことになっているかというと、

 

「お前のことうちの妹気持ち悪いっつってんだぞ! いい加減その口調やめろよ!」

 

 ……とのことだ。

 俺のことを嫌いな同級生が、兄の六年生に告げ口し、その六年生がたまたま学年の不良グループのボスだったために徒党を組んでやってきた、という流れである。

 

「……はぁ」

 

 俺はため息をつく。

 小学六年生にもなって下の学年、しかも女子相手に威張って楽しいのだろうか。

 いやでも、小学生なんてこんなものか……。

 

「おい、何ため息ついてるんだよ! その態度マジムカつくなてめー!」

「……すんません」

「もっとちゃんと謝れよお前!」

 

 ついアホらしく思ってしまっているのが態度に出てしまい、相手の感情を煽ってしまう。

 

「兄ちゃんマジこいつムカつくからやっちゃってよ!」

「おう! うちの妹を困らせる奴は誰も許さねぇからな!」

 

 目の前の六年生のボス格の男子がそう言うと、私の胸ぐらが掴まれる。

 

「ぐっ……!」

 

 さすがにそれは苦しく、俺は声を上げてしまう。

 そんな俺の姿を見てか、同級生の女子は笑う。

 本当に意地の悪い子だな……。

 

「おらっ!」

「ぐっ!」

 

 そのまま俺は地面に突き飛ばされてしまう。

 うう、さすがに年下女子相手にやり過ぎだろう……。

 でも、自慢じゃないが俺は生前から喧嘩は弱かった。さらに今は女の体。

 上級生男子がいる複数人相手に勝てるわけもない。故に、俺は黙ってその暴力を受けるしかない。そう思った。

 

「なんだ、その目は!」

 

 でも、ムカつくものはムカつく。

 そんな俺の感情が目に現れてしまった。それを目の前のボス格の男子が見過ごすはずもなく、俺は再び胸ぐらを掴まれる。

「女だからって加減すると思ってんじゃねぇぞ!」

 そして、そのままその男子の片手が握りこぶしを作って振りかぶられる。

 殴られる。

 俺はそう思い、ぎゅっと目を閉じた。

 そのときだった。

 

「やめろっ!」

 

 聞き慣れた叫び声が、俺の耳に響いた。

 

「響……?」

 

 そこにいたのは響だった。どこで知ったのか、響はこの体育館裏にやってきて、俺を今殴ろうとしている男子に叫んでいたのだ。

 

「ああん? なんだてめぇ!」

「男の子なのに年下の女子いじめて恥ずかしくないの!? やめなよ、そんなことっ! そして祭から手を離せっ!」

「ちっうぜぇな! 黙ってろ女のクセに!」

「なんだとっ!」

 

 そして次の瞬間、俺にとって驚くべき行動を響はとった。

 なんと、俺を掴んでいた男子に駆け寄って体当たりしたのだ。

 

「うげっ!?」

 

 男子はその勢いで俺ごと地面に倒れる。

 

「行こうっ!」

 

 そして響は、一緒に倒れた俺の手を取って一気に走り始めた。ちょっと勢い良すぎて方が抜けそうだと、俺は思った。

「あっ! 待てこらっ!」

 ボス格の男子は倒れたまま叫ぶ。その声を背後に、俺は響に連れられとにかく逃げたのだった。

 

 

「……はぁ、はぁ。ここまでくれば大丈夫かな」

 

 しばらく走った俺と響は、授業に使われていない理科室に駆け込んでぜぇぜぇと息を吐いていた。

 

「ひ、響……無茶しすぎだ……」

 

 俺は響に言う。

 

「……へへ、ごめんね」

 

 その俺の言葉に、響は汗を流しながらも笑みで答えた。

 

「でも、祭が危ないって未来から聞いて、現場についてあの姿を見たらいてもたってもいられなくて……」

「響……でも、よかったのか?」

「え? 何が?」

「だって、響って暴力は嫌いじゃないか。でも、あんなふうにぶつかって……」

 

 俺にとっての一番の心配事はそれだった。

 響は暴力が嫌いだ。アニメの作中でも、今まで付き合ってきた中でも、まずは話し合いをしようとする子だ。

 それがいきなり体当たりなんて、俺にとっては驚きの事だった。

 

「うん……そうだね」

 

 それに対し、響は苦笑を作る。

 

「確かに、私はそういうの好きじゃないよ。話し合って済むならそれでいいと思うし、手は殴るためじゃなくて人と繋ぐためにあると思う。でもね、あのときはそんなこと言ってられなさそうな状況だったから……大切な親友が傷つくのを見るなんて、私は絶対嫌なんだ」

「……響」

 

 俺は彼女の名前を呼ぶのが精一杯なぐらいに心が満たされた。

 彼女が俺の事を親友と呼んでくれたことが、とても嬉しかった。

 この体になってから、俺と響、そして未来は短くない時間を一緒に過ごしてきた。

 でも、それでも俺は響にとってちゃんとした友達なのか不安になることがあった。

 だって俺は異物だから。本来のシンフォギアには存在しないはずの人間だから。

 でも、そんな俺を響は親友と呼び信条を曲げてくれた。

 そのことが、俺はとても嬉しかった。

 だから、俺は言った。

 

「……ありがとう」

 

 一言、お礼の言葉を。

 いろんな感情を含めた、一言を。

 

「……うん! どういたしまして!」

 

 それに対して響は笑みを見せてくれた。太陽のような笑みを。

 彼女のその笑みを見て、俺は決めた。

 俺は、この親友を何があっても守ろうと。

 前世ではついぞ作れなかった、親友のためにこの新たな生をかけようと。

 そう思わせる力が、彼女の笑顔にはあった。

 



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絶対運命黙示録

 時は流れ、俺達は中学生になっていた。

 俺達は順当にリディアンへの進学を目指す音楽好きの女子に育っており、それぞれが好きなアーティストなどができていた。

 そんななかで、未来が熱中しているユニットがいた。その名は『ツヴァイウィング』

 ……そう、風鳴翼と天羽奏という、シンフォギアの物語において始まりとなる二人の装者からなるユニットだ。

 未来がそのツヴァイウィングに入れ込んでいるのを知ったとき、俺はまさしく流れが俺の知っているシンフォギアへと進んでいるのを感じた。

 そして、それは響の苦難の始まりである。

 俺は考えた。

 このまま響にシンフォギアの物語を進ませてもいいのだろうかと。

 それについて悩み、俺は一つの答えを出した。

 響を、ライブ会場にいかせない、と。

 確かに響はこの先世界を五度も救う未来が待っている。

 だが、それは同時に彼女がとても辛い思いをするということでもある。

 一人の音楽を愛する少女には、重すぎる十字架を背負わされるハメになるのだ。

 俺はそんなの嫌だった。俺の親友が、ひどいことに鳴るのなんて見過ごせるはずがなかった。

 だって俺は、もう前世のアニメを楽しんでいた一人の歌手志望じゃない。

 立花響の、親友なんだ。なら、その親友が辛い目にあう未来を、見過ごせるはずがない。

 大丈夫、きっとこの世界はなんとかなる。だって前世ではソーシャルゲームでもたくさんの平行世界があってたどった道が違ってもなんとかなっていえる世界がたくさんあると聞いた。

 俺はゲームをやる余裕がなかったから友人から聞いた話にしか過ぎないが。

 とにかく、響が装者にならなくてもきっとなんとかなるはずだ。俺はそんな現実逃避にも似た考えで響を装者の道から遠ざける正当化をした。

 そもそも彼女を物語から遠ざけるなら、一緒にリディアンに行く約束をしなければよかったという、自己矛盾から目をそらしながら……。

 

 

「響! 祭! 一緒にツヴァイウィングのライブに行こう!」

 

 俺がそ響を装者にさせまいと決意をしてすぐのこと。未来がそう言い出したのはライブが告知されてすぐのことだった。

 ライブは三ヶ月後にあり、そのためにチケットを取ろうとのことだった。

 

「えぇ!? でも私ツヴァイウィングのことあんまり詳しくないよ!?」

「……俺も」

 

 困惑する響に対し、乗り気でないような雰囲気を出しながら俺は言う。

 もちろんこんなことで響がライブに行かないなんてことはないだろうが、一応試しにしてみるだけだ。

 

「大丈夫! 響達も実際のライブを見ればすぐファンになるって!」

 

 未来は明るく言う。

 ここまでぐいぐいくる未来は珍しいと、俺は思った。

 未来は別に内気な性格というわけじゃないが、俺達三人のグループの行動の主導権はだいたい響が握っていたからだ。

 なので、自ら主導権を握る未来というのはなかなかに珍しかった。

 

「うーん、未来がそこまで言うのなら……。まあ、興味自体は実はあったしね!」

 

 それに対し答える響。

 やはり、響はライブに行くことを決断した。

 

「本当に!? よかったぁ! それで、祭はどうする? なんか乗り気じゃないみたいだし、嫌なら……」

 

 そして、次に未来は俺に聞く。

 乗り気でない反応をした俺の気持ちに配慮するようなそんな尋ね方だった。

 

「……分かった。俺も行くよ。せっかく行くんなら、みんなで行ったほうが楽しいだろうし」

 

 ここで行かないと答えるのは簡単だ。でも、それだと完全に物語通りに話を進めてしまうこととなる。

 なら、ここであえて同行し、当日になんらかの工作をするほうがいい。

 そう思ったからだ。

 

「祭も来てくれるんだ! ありがとう! それじゃ、さっそくチケット取ろう!」

 

 そうして、俺達は三ヶ月後に控えるライブのチケットをスマートフォンを使って取った。

 

「えっと、これでいいのかな……」

 

 スマートフォンで電子チケットの購入手続きをする響。

 彼女のその姿を見て、俺はひらめいた。

 そうだ……当日会場に行っても、チケットがなければ被害にあうことはないはずだ、と。

 

 

「はぁ、私って呪われてるかも……」

 

 三ヶ月後、ライブ当日。

 ライブ会場の手前で響が呟いた。

 未来の盛岡のおばさんが怪我をし家族で盛岡に行かないといけないために、これないという電話をよこした直後だった。

 この流れは、そのままシンフォギアのアニメのままだ。

 ただ、俺が横にいることを除けば。

 

「まあ仕方ないよ。二人で楽しもう」

「……うん、そうだね」

 

 未来との電話を切った響に俺は言う。

 響はそんな俺に笑いかけてくれた。

 でも響、ごめん。お前を会場に入れるわけにはいかないんだ……。

 俺は心の中でそう謝る。

 一方で、そんな俺の胸中を知るはずもない響はライブ開場のまだ開いていない扉を見やっていた。

 

「んーと、開場まであとどれくらいだったっけかなぁ」

 

 彼女はそう言いながら、スマートフォンをカバンにしまった。

 

「それでは開場しまーす!」

 

 響がスマートフォンをしまうのとほぼ同時に、会場が開かれた。

 

「あっ、開いた!」

 

 響が嬉しそうな声を上げ注意が完全にそっちに行く。

 ――今だ!

 

「うわっ!」

 

 俺はまるで不意なアクシデントにあったかのような声を上げて、わざと響にぶつかった。

 

「きゃっ!?」

 

 そして、そのまま響を巻き込んで地面に倒れ、彼女のカバンの中身を地面に広げさせる。

 

「あっ、ごめん響……! 進もうとして足をもつれさせて……!」

「ううん、大丈夫。それより祭、怪我はない?」

「ああ、問題ないよ……俺のことよりも響の荷物が大変なことになっちゃってごめん……」

 

 俺は響に謝罪しながらも、こっそりと彼女のスマートフォンを盗み取った。彼女のチケットのデータが入っているスマートフォンを。

 響はそのことに気づかずに俺の事を心配そうに見ている。

 その顔に俺は罪悪感に苛まれるが、なんとか表情を平静に保つ。

 

「みなさんごめんなさーい!」

 

 そして、スマートフォンのことを知らない振りをして響の荷物を急いで集める。

 側で並んでいた人も一緒に手伝ってくれて、荷物はあっという間に集まった。

 

「あれ……あれ!? あれ!?」

 

 そこで響は自分のスマートフォンがなくなったことに気づいたようだった。

 まあ当然だろう。俺が盗んだのだから見当たらなくて当然だ。

 

「どうしよう祭……スマホが……私のスマホがない!」

「落ち着いて響、本当にちゃんと探したの?」

 

 狼狽する響に俺は言う。

 我ながらなんと白々しいのだろうと思う。

 彼女の探しものはこの懐にあると言うのに。

 

「うん……いくら探してもないの……どうしよう、スマホがないと会場に入れない……!」

「そうだね……とりあえず一旦落ち着こう。あっちのベンチに座ろう? ね?」

 

 俺は響を落ち着かせながら一緒に近くに設置してあったベンチに座った。

 二人で並んで座ると、俺は肩を落とす彼女に手を置く。

 

「はぁ……やっぱり私って呪われてるかも……」

「まあ気を取り直して響。もともと未来がこれなくなったライブなんだし、そういう運命だったと考えようよ」

「でも……祭はライブ観に行ってもいいんだよ? 祭のスマホはなくなってないでしょ?」

「うん、そうだね。でも響と一緒に見れないライブなんて意味がないし」

 

 俺は響に笑いかける。

 これで響がライブを見なければ、彼女がノイズに襲われることもなく、装者になることもない。

 俺はしょぼくれる彼女に心を痛めながらも、一方でそう安心していた。

 

「そうだ! そこの売店でアイスクリーム売ってるからさ! それ食べて元気だしなよ! ちょっと買ってくるよ!」

 

 二つの気持ちで複雑な胸中になった俺は、それをごまかすために響にアイスクリームを買ってやることにした。

 そのために、俺は響のもとを離れ少し遠い場所にある売店へと行く。

 

「すいません、アイスクリーム二つください」

「はい、一つ二百円になります」

 

 俺は二つのアイスクリームを買うために、懐から財布を出した。

 そんなときだった。

 

「わっ!?」

 

 突然誰かが俺にぶつかってきたのだ。

 その勢いで俺は突き飛ばされ、財布や響のスマートフォンなど諸々を地面に落としてしまう。

 今回は演技ではなく、本当に物を地面に広げてしまったのだ。

 

「いたた……」

 

 俺は立ち上がろうと左足に力を入れる。

 

「いっ!?」

 

 そのとき、ズキリとした痛みが走る。どうやら足を捻ってしまったらしい。

 不幸はそれだけではない。

 

「祭、大丈夫?」

 

 響がその場にやってきたのだ。

 

「ひ、響……」

「どうしたの転んで? って、あ……私のスマホ!?」

 

 響は見つけてしまったのだ。俺が盗んだスマートフォンを。

 

「なんで……? まさか、祭が……?」

「そ、それは……」

 

 俺は言い淀む。

 この状況では、さすがに言い逃れができない。

 

「……まさかね。祭が、私にそんな嫌がらせみたいなこと、するはずないよね」

 

 しかし、ここで帰ってきたのは想定外の反応だった。

 

「え?」

「あれでしょ? 飛ばされたのをさっき偶然拾ったとかそんな感じでしょ? ありがとう祭!」

 

 無垢に俺に笑いかける響。

 その太陽のような笑顔に俺は、

 

「あ、ああ……」

 

 思わず相槌を打ってしまった。

 

「ありがとう祭! それより足大丈夫? 確かこういう大きなライブのときには医療スタッフも一緒にいるって聞いたことあるから、一緒にドームに入って診てもらおう!」

「え……あ、う、うん……」

 

 俺はまたも生返事で肯定の答えをしてしまう。

 ああ、バカだ俺は。ここでまた何かうまいごまかし方をしておけば、彼女をライブ会場から引き離せたのに……。

 でも、彼女の善意を跳ね除けるほど、俺の心は強くなかった。

 

「さ、いこう。祭!」

 

 そうして、俺は響に肩を貸された状態でライブ会場に入って、ドーム内の医療スタッフに引き渡された。

 

「軽く捻ったようですね。少し冷やしてれば大丈夫ですから、あなたはライブ会場に入っていて大丈夫ですよ」

 

 更に、医療スタッフは響にそんなことを言った。

 

「でも……大丈夫ですか?」

「せっかくのライブなんですから。大丈夫、すぐに治りますよ。行ってください」

「……はい。それじゃあ祭、待ってるから! それに思えば祭、こういうときは先に行けっていっつも言ってるもんね。今回は余計な手間かけさせないから! それじゃ!」

 

 響は笑顔を作って俺に言う。

 

「あ……待っ……!」

 

 俺は響に手を伸ばす。だが、痛みで声が出ず彼女を止めることはできなかった。

 確かに俺は一人遅れるときは迷惑をかけるのが嫌でそういうことをよく言っていたけど、だからってこんなときに空気を読まなくたって……!

 

「はい落ち着いて。今、足を冷やすからね」

 

 医療スタッフに俺は押さえられる。

 そうして、響は行ってしまった。そして、出来事は俺が知っている通りに動き出した。

 ノイズの襲撃に、逃げ遅れ大怪我をして搬送された響。

 そんな流れを、俺はというとスタッフにいち早く怪我人として外に出されたために、ただ指を咥えて眺めることしかできなかった。

 こうして始まってしまったのだ。戦姫絶唱シンフォギアの物語が。

 そして、俺の親友、立花響の受難が……。

 



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STAND UP TO THE VICTORY

 響が物語通りに事故にあってから、一週間が過ぎた。

 彼女は今、街の病院にいる。

 意識は一日で戻った。医者によると、あれほどの怪我でこんなにも早く目覚めるのは早々ないことらしい。

 だが、彼女は怪我の後遺症で満足に立ち歩けない体になってしまっていた。

 そんな彼女のもとに、俺と未来は足繁く通った。

 

「響、来たよー!」

「やあ、元気か。響」

「あっ、未来。それに祭……!」

 

 俺達が病室に顔を出すと、響はぱあっとした笑顔を作ってくれた。

 でも、体の痛々しい包帯がどうしても目を引く。

 

「大丈夫か? 体、動かせてるか?」

 

 だから、俺はつい聞いてしまう。

 そして、その後にやっぱり聞かなきゃよかったと後悔が襲ってくる。

 何気ない世間話でもして怪我のことなんて忘れさせてやればよかったんじゃないかと。

 楽しくおしゃべりして現実逃避でもすればよかったのではないかと、そんな後悔を。

 

「うーん……まだ全然思うように動かないけど……でも、リハビリ頑張ってるよ。早く昔みたいに自由に動きたいしね」

 

 だが、俺の言葉に響はまた笑って返した。

 やはり響は強い子だ。

 俺はそう思った。

 だから、俺は響に言う。

 

「大丈夫だよ響。響ならきっとすぐにもとに戻れるって! そのために、俺達も全力で手伝う辛さ! なあ未来!」

「うん、そうだよ! 響ならすぐ元気になれるよ! だって元気が取り柄なんだもん響は!」

「……うん、そうだよね! 元気のない私なんて私じゃない! へいきへっちゃら!」

 

 響はまたそう言って笑った。

 俺と未来はお互いに視線をあわせてうなずき合う。

 そうだ、俺達が響を支えなきゃならない。

 特に、響を救えなかった俺は。

 響は一人でも立ち上がるなんてアニメの展開で知ってる。

 でもそれがどうした。

 今、俺は響の友達なんだ。なら、友達のためにできることはするべきじゃないか。

 

 

 そうしてその日から三人一緒のリハビリ生活が始まった。

 響は最初、まともに歩くことすらできなかった。

 看護師や医者が一緒にいて車椅子で押してもらわないと移動することもできない。

 そんな響を俺達は全力でサポートした。

 歩く練習のときは手を引いてやり、手を動かす練習のときは彼女が指の動きを練習しやすいように様々な工夫をした。

 そうして、響のリハビリは日々進んでいった。

 

 

「はぁ……やっぱ私って呪われてるかも……」

 

 でも、そんな頑張ってる響だって弱音を吐くことだってある。

 それは、リハビリを初めて一週間。

 歩く練習がうまくいっていない日だった。

 

「どうした、響?」

「うん……この一週間頑張ってるのに、私全然歩けない。こうして助かった、助けてもらった命なのに、それを活かせない。やっぱり私って、ダメなのかな……」

「そんなことない!」

 

 俺はその言葉に反射的にどなっていた。

 

「響がダメなことなんてあるもんか! 響はいっつも俺達の中心にいて、太陽みたいな存在なんだ! そんな響が、呪われてるなんて……ダメなことなんてあるわけない!」

「祭……」

「あっ……」

 

 つい熱くなった俺は自分の口を手で閉じる。

 言い過ぎたかな……思えば俺は前世で人付き合いが苦手だった。

 それに、余計なことを言って他人と逆に距離を取られることもあった。

 もしかしたら……。

 そんな不安が、俺の中によぎる。

 

「……ありがと、祭。そうだね、しょげるなんて私らしくない! へいきへっちゃら!」

 

 でも、響はまた笑顔を作っていった。

 ああ、これが彼女の強さだ……辛く苦しくても、太陽のように笑うことができる。

 それが、立花響という、俺の親友なんだなって。

 俺はそのことにとても感動した。

 そして、この友人のために俺はできることをまた頑張らないと、と思った。

 響と一緒に立ち上がるんだ、俺も。

 そして俺は決意した。

 この後、響を待っている世間の悪意から、必ず彼女を守ると。

 

 だが、そんな俺の考えが甘かったことを、俺はすぐ知ることになる……。

 



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Freezing Moon

 リハビリで体を元通りに動かせるようになった響を待っていたのは、世間のバッシングだった。

 彼女が帰る前までは普通だった立花家は、響が帰宅したと分かるとすぐさま口汚い言葉が描かれた張り紙や落書きで覆い尽くされた。

 さらには投石や罵詈雑言の投げかけなど、上げればきりがない嫌がらせに見舞われた。

 そんな過酷な環境に、響達一家はみるみると衰弱していっているのが、俺から見ても分かった。

 そんな彼女らの姿を見て、俺と未来は、できることをしようと、心に決めた。

 まず、響のケアは未来に任せた。

 学校ではいじめに合わないよう常に三人一緒にいたが、大切なときは俺よりも響のことを理解している未来に頼んでいる。

 響の心を癒やすことができるのは彼女において他はないだろう。

 一方、俺はというと……

 

「祭ちゃん、もういいのに……」

「いいえ、やらせてください。これは俺のせいみたいなものなんですから」

 

 響のお父さん――立花洸さんが心配する一方で、俺は響の家に貼られた張り紙を剥がし、汚された壁を掃除していた。

 家がこんな状態ではどんどんと心が参って当然だ。

 なら、少しでも綺麗にしてやるのが、俺のできることだと、そう思ったのだ。

 

「祭ちゃんのせいなんかじゃないよ……悪いのは、世の中とノイズだ。どうして、助かった響をあそこまで言うんだ……」

「……そうですね、後半部分には同意です。でも、やっぱり責任の一部は俺にあるんです」

 

 俺が響をライブ会場から引き離せなかったから。

 あのとき、無理にでも引き離しておけばよかったんだ。

 そうすれば、響の家族は今まで通り幸せでいられたのに。

 自分の不甲斐なさに苛ついて、壁を拭く雑巾を持つ手に力が入る。

 

「それってどういう……」

「……分からなくていいです。俺が勝手に思ってることですから。それよりも、響のお父さん」

 俺は一度壁を拭く手を止めて、洸さんと向き合った。

「とても辛いのは見ていてもよく分かります。でも……逃げるなんてことだけは、絶対にしないでください」

「えっ!?」

 

 彼はとても驚いた表情をする。

 それはそうだろう。恐らく、今彼の心の中に渦巻いている感情を、娘と同い年の女子が言い当てたのだから。

 洸さんはこの世間からの悪意に耐えられず出ていくのを、俺は知っていた。

 それが、シンフォギアのアニメの展開であったことだから。そんな父親と再会していろいろと苦しみ、そしてそれを乗り越えるのがシンフォギアの三期であるGXの話の一つだった。

 でも、響の友達になった以上、それを見過ごすことはできない。

 響に辛い思いなんてこれ以上させちゃいけないんだ。

 

「……は、ははは……俺がそんなことするはずないじゃないか……」

 

 洸さんは笑ってごまかそうとしている。

 でも、俺はそれでなあなあになんてしない。

 俺は彼に駆け寄って、腕をぎゅっと掴んだ。

 

「嘘です、洸さんは心の中で今すぐにでも逃げ出したいと思ってるはずです。でも、それだけは絶対にやめてください。娘の一番辛いときに、親が一緒にいてやらないでどうするんですか! お願いです、私にできることならなんでもします。だから、響を見捨てないでください……!」

「……祭ちゃん」

 

 不審がられたって構わない。

 さかしい子供だと思われても構わない。

 俺は俺にできることを全部するんだって。

 もう後悔しないように行動するんだって、そう決めたんだ。

 

「……すごいね、君は」

 

 と、そこで洸さんが俺に笑いかけた。

 

「いやぁね、確かにそういうこと、ちょっとだけ思ってたんだ。もう耐えられない、逃げ出したいって……でも、今の君の言葉で俺は目が覚めたよ。うん、そうだね。響が頑張ってるんだ。俺も頑張らないでどうする。大丈夫、この程度の嫌がらせ、へいきへっちゃらさ!」

 

 響の口癖、それは父親である彼の口癖でもあった。

 それを口にする彼の姿は、とてもたくましく見えた。

 

「……よかった」

 

 もう、大丈夫な気がする。

 俺はなんとなくだがそう思った。

 もちろん逃げ出さないように目は光らせるつもりだが、少なくとも勝手にいなくなるなんてことはないだろうと、そう彼の姿は俺には見えた。

「あっ、祭!」

 と、そこで聞き慣れた声が俺の耳に入ってきた。

 響だ。外に出ていたらしい彼女が帰宅してきたのだ。

 

「祭、いつもありがとうね……いっつもうちの掃除を手伝ってもらっちゃって」

「ううん、いいんだ。だって、大事な友達のためなんだから」

「祭……そうだ、今日はうちでご飯を食べていきなよ! ねぇ父さん!」

「そうだな! 祭ちゃんにうちの手料理をたんと振る舞おう! 最近は夜中に警察さんが見回ってくれているから、晩ごはんぐらいなら落ち着いて食べられるしな!」

「……ありがとうございます。お言葉に甘えます」

 

 俺はそう言って、家に連絡した後に彼らと一緒に食事をすることにした。

 響と一緒に食べるご飯は、とても温かい味がした。

 

 

「ふぅ……いっぱい食べたな」

 

 その夜、帰路についていた俺は自分のお腹をさすった。

 立花家の晩ごはんの量はとても多く、俺はお腹がいっぱいいっぱいになるまで食べることとなった。

 

「今度いただくときは、もうちょっと遠慮しないとな……」

 

 俺はそんなことを言いながら苦笑する。

 このまま頑張っていけば、辛い状況なのは変わらなくとも少しは響を癒やしてやれる気がする。そんな、漠然とした未来が見える気がした。

 

「おい、お前」

 

 そんなときだった。

 粗野な声が、俺の背後から聞こえてきた。

 

「はい……?」

 

 俺は振り返る。そこには、見た目が汚らしい、筋肉質な男が立っていた。

 

「お前、あの家の掃除毎日してるな。しかも、今日はあそこから出てきた。お前、あの家族とどういう関係なんだ」

 

 その言葉で俺はすぐに察した。

 こいつは、響の家に嫌がらせをしている一人なのだと。

 

「……別に、見ての通りですけど」

 

 だから俺は、不快感を隠さずに言う。

 こんな相手に礼儀正しくできるほど、俺は人間ができちゃいない。

 

「お前分かってるのか? あの家の娘のせいでたくさんの人間が死んだんだぞ!」

「そんなの勝手な責任のなすりつけじゃないですか! 響は悪くない! 悪いのは突如現れたノイズでしょうが!」

「うるせぇ! あの事件で死んだ人間はノイズの被害よりも逃げようとしたパニックで死んだやつのほうが多いって話じゃねぇか! どうせあの娘だってそうやって他人の命を無視して逃げたに決まってるんだ!」

「何をふざけたことをッ!!」

 

 俺はあまりに勝手な言葉に頭に血が昇り、その男に怒鳴った。

 怒鳴らずにはいられなかった。

 

「そんな馬鹿げた話あるものか! たった一人の子がたくさんの人を殺すなんて、響がそんなことをするなんてありえないっ! 第一彼女はれっきとした被害者なんだぞ!? それを何も知らないのに勝手なことを……ッ!」

「うるせぇ! 俺の息子もあの会場にいたんだ! そして、避難の波に飲まれて死んじまったんだ! てめぇみたいなガキに子を失った親の気持ちは分かるわけねぇだろうが!」

「だとしても! それを響になすりつけてあんな馬鹿げた嫌がらせをするなんて、最低だッ!」

 

 俺はいつしかその男に掴みかかっていた。

 男も俺を掴み返す。俺と彼は取っ組み合いの状態になっていた。

 

「てめぇ……知ったような口をぉ!」

 

 男は明らかに怒り心頭な状態で言うと、懐からとあるものを取り出して俺に向けた。

 それは、包丁だった。

 

「っ!?」

「今すぐあの家に関わるのをやめろ! でないと、タダじゃすまさねぇぞ!」

「う、うるさい……! そんなもの、怖いもんか……! 誰がやめるか……!」

「わからねぇガキがッ!」

 

 男は包丁を持った状態のまま俺の襟首を掴み持ち上げる。

 

「かっ……!?」

 

 俺はそれで苦しくなりもがき、足をバタバタとさせる。

 そんなときだった。

 

「ぐっ!?」

 

 俺がばたつかせた足が、男の腹部を蹴り飛ばしてしまったのだ。

 

「このガキィ……!」

 

 男は完全に怒り、そして、俺を地面に突き飛ばし、包丁を振りかぶり――

 

「ああああああああああああああっ!」

 

 俺の喉に、包丁を突き刺した。

 

「かっ――!?」

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!!!!????

「――ッ!? ――!?」

 

 激しい激痛が俺を襲う。

 俺の視界はすぐさまぼやけていく。

 ――ああ、俺はまた、死ぬのか……。

 そう思っていく俺が恐らく最後に見るだろう光景は、夜空に浮かぶ月だった。

 俺は、血が抜け凍える体でその月の輪郭があやふやになっていくのをただぼおっと見ていた……。

 

 



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「はっ……! はっ……!」

 

 立花響は走っていた。

 脇目も振らず、注意する周りの声も聞かず走っていた。

 理由は一つ。

 生死の境を漂っていた、彼女の親友、弓弾祭の意識が戻ったと聞いたからだ。

 祭は、響の家で夕食を食べた夜に、異常者に襲われ喉に包丁を刺された。

 幸い、そのすぐ後に辺りを巡回していた警察が発見し、異常者を確保。すぐさま病院へと連絡が行き搬送されたことにより一命をとりとめた。

 だが、祭の状態は予断を許さず、しばらくの間、意識も戻らず面会も謝絶状態だった。

 そんな彼女が、意識を取り戻し面会できる状態になったというのだ。そのことを聞いた響は、居ても立っても居られず、今こうして駆けていた。

 

「祭っ!? 大丈夫っ!?」

 

 響は彼女のいる病室の戸を勢いよく開ける。

 すると、そこにはいた。祭がいた。

 窓の外を眺める彼女がいた。

 響はほっと胸をなでおろす。

 

「祭、よかった……」

 

 安心して響は祭に歩み寄る。

 そして、それに合わせて祭は響に振り返り、言葉を発した。

 

『ああ、響。来てくれたのか……』

 

 まるで機械のような、無機質な声で。

 

「……まつ、り……?」

 

 響はその声に自分の耳を疑った。

 

『……確かに、驚くよね。これは』

 

 だが、次の彼女の言葉も同じく機械の声だったために、それが現実であることを思い知らされる。

 

『すごいよね、今の医療。少し前の時代だったら死んじゃう怪我だったのに、俺はちゃんとこうして生きてる。でも、その代わりに、声帯が潰れちゃったんだ。もう、まともに俺自身の言葉ではしゃべれないんだってさ。だから、こうして機械を喉に埋め込んで声帯の代わりにしてるんだ』

 

 祭は首元にまかれている黒いチョーカーをさすりながら言った。

 その顔は、とても寂しく、辛い笑みだった。

 

「……そんな……祭……」

『ははっ、こんな声じゃ、歌手になるなんて絶対無理だよね。機械に歌わせるなら、今はもっとうまくやる人がいっぱいいるんだから。機械の真似事をしている人間の声なんて、誰も興味わかないよ』

「そんな……そんなこと……」

 

 ――そんなことない。

 響はそう言おうとしたが、言えなかった。

 目元を真っ赤に晴らした祭の表情を見たら、とてもではないがそんなことを口にすることはできなかった。

 

『……ごめん、響。ちょっと一人にしてくれないかな。まだ起きたばっかりで、調子が悪いんだ……』

「……うん」

 

 響は彼女の言葉に、頷き、出ていくことしかできなかった。

 そして、出ていって病室の扉を閉めて少しして――

 

『あああああああああああああああああっ!!!!』

 

 機械の無機質な叫びと、何かが壊される音が、扉の向こうから聞こえてくるのを、響を聞いてしまった。

 夢を失った、心なき慟哭を。

 



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ULTRA BRAVE

『…………』

 

 俺は一人、公園のベンチに座っていた。

 病院からの退院は思っていたよりもずっと早く済んだ。

 喉を貫いたナイフはご丁寧に声帯を的確に破壊し、刺さったままの状態だったために一命をとりとめられたらしい。

 ゆえに、治療は声帯を修復できないこと以外は完全に終了し、病院での経過観察も二週間ほどで、それを終えると俺は退院することができた。

 両親は俺が生きて帰ってきたことに泣いて喜んで迎えてくれた。

 そのとき、ああ、今生での家族は間違いなくこの人達なのだなと俺は改めて知り、両親の温かさに俺もまた涙した。

 でも、俺の夢が潰えたことに関しては、決してそれだけで癒やされることはなかった。

 あの日以来、俺は学校にもいかずただ街中をふらつく生活をしている。

 両親はまだショックが抜けていないのだと考え、何も言ってこない。

 正直ありがたかった。

 今の気持ちのまま、学校に行っても、まともに授業を受けられる気はしないから。

 

「あ、おねーちゃん! ボール取って!」

 

 不意に、俺の足元にゴムボールが転がってきた。

 どうやら公園で遊んでいた子供達が飛ばしてきたものらしい。

 三人ほどの男児が俺の下に駆け寄ってくる

 

『……はい、どうぞ』

 

 俺はそれを拾って、彼らに渡した。

 

「うわーお姉ちゃん変な声! ロボット! ロボットだ!」

「本当だー! ロボットっているんだー! すげー!」

「おいロボット! なんかしてみてよ!」

 

 すると、俺の声を聞いた子供達は俺をロボット扱いしてきた。

 無理もない。

 声は間違いなく機械なのだ。子供がロボット扱いしても仕方ない。

 

『……そうだよ、お姉ちゃんはロボットさ。お前達人間を滅ぼしにやってきたのさ。わっ!』

 

 でも、俺はそれを優しく許容できる精神的余裕がなく、つい子供達を脅してしまうような事を言い、大声を上げた。

 

「うわあああああっ! 殺人ロボットだあああああ!」

 

 すると、効果てきめんで子供達はボールをもったまま一目散に逃げていく。

 俺はそんな子供達の背中も見ながら、ぎゅっと握りこぶしを作って、先程まで座っていたベンチの背もたれに叩きつけた。

 

 

 俺はそんな風に、半ば自暴自棄な生活を送り続けた。

 一日中家にいるか、外をふらつくか。

 なんの生産性もない、灰色の日々。

 

『……俺って、なんのために新しい人生を送ってるんだろうな』

 

 その日もまた、一人で街中を歩いていた。そして、歩きながらそんな言葉が溢れる。

 俺の声を聞いたと思わしき通行人が、物珍しげに俺のほうを振り返り、聞き間違いかと思ったのかすぐさま視線を前に戻していく。

 まるで見世物小屋のフリークスだ。

 人々の好奇の視線を集めるためだけに生きている。

 俺には、そんな気がしてならなかった。

 

『……響、未来。俺は、一体どうしたら……』

 

 俺はふと友人二人の名前を上げていた。

 もう長い間彼女達に会っていない。

 病院にいる間は、二人は時折俺に会いに来てくれていた。

 特に響なんて、自分も病み上がりで家が大変な状態でそんな余裕がないはずなのに、である。

 きっと彼女のことだ。責任を感じているのだろう。

 そんな彼女に『責任なんて感じなくてもいい』と言ってやれればよかったのだが、俺は結局病院にいる間にその言葉を紡ぐことができなかった。

 他人に、親友に心配してもらっている状況が、わずかながらに慰めになっていたからだと思う。

 俺は卑怯な奴だ。親友の負い目を利用するなんて。

 でも、それぐらいの慰めでもいいから、俺は欲しかったんだ。

 

「危ないっ!!」

 

 そんなときだった。

 俺の背後から大声が飛んでくる。

 顔を上げると、俺は赤信号の横断歩道のど真ん中にいた。そして、すぐ横には大きなトラックが迫っている。

 

『やっ――』

 

 ああ、せっかく助かった命を、俺はこうして――

 

 

「はあっ!」

 

 俺がそんな諦めを抱いた瞬間だった。俺は、突如力強く抱きしめられてすごい速さで横断歩道から向こう側の歩道まで運ばれた。

 その直後に、俺のいたところをトラックが走り抜ける。トラックはそのまま走りすぎていった。

 

「大丈夫か! 君!」

『は、はい……』

 

 とても大きな腕で、俺は抱かれている。目の前には、赤いシャツで覆われた厚い胸板があった。

 誰だろう、こんな俺を助けてくれた人は。

 そう思い、俺は顔を上げる。

 そして、俺はその顔を見て驚いた。

 

『あなたは……!?』

「ん? 俺か? 俺は風鳴弦十郎というただの風来坊さ。怪我はないか、君」

 

 風鳴弦十郎。

 シンフォギアの主要人物の一人が、そこにはいた。

 



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All My Tomorrows

「なるほど……犯罪に巻き込まれて、声を失い我を失っていた、と……」

『はい……』

 

 あやうく事故になりかけた横断歩道の近場のカフェで、俺は弦十郎さんに話を聞いてもらっていた。

 弦十郎さんは俺を助けたあと病院に連れて行こうかと言ってくれたのだが、俺はそんなことよりも話を聞いてほしいということを彼に言ってこうしてカフェに入ったのだ。

 弦十郎さんは俺の言葉に何も聞かずに「……ああ、わかった」と頷いてくれた。

 そして俺は、彼に今までの経緯を簡単に話したのだ。

 将来は歌手になりたかったこと。でも、暴漢に襲われて声を失い、こうして機械の喉になったことを。

 転生したことや友人があの会場にいた響であることはもちろん伏せて話した。ヘタなことを言うとめんどうなことになりそうな予感がしたからであるし、転生したなんて言ったら頭のおかしい子と思われるのがオチである。

 

「それは大変だったな……」

『……はい』

 

 弦十郎さんはとても親身になって聞いてくれた。

 俺は、ただ話しているだけなのに包容力のようなものを彼から感じていた。

 両親の温かさとも違うような、別種のぬくもりのようなものを。

 うまく言葉にできないが、とにかく彼にはそんなものを感じていた。

 

「……しかしだ、だからといっていつまでも自棄な生き方では、よくないと俺は思う」

『……それは、分かってるんですけど』

 

 弦十郎さんは俺に厳しい言葉を投げかけた。

 他の誰もくれなかった、厳しい言葉を。

 

「確かに夢や希望を失ってしまったのはとても辛いことだ。でも、今の君は生きている。ならば、まだ何かなせることはあるのではないか?」

『……そんなこと、言われても』

 

 そんなこと言われても、俺には何も思いつかない。

 どうすればいいのか、これから何を目標にして生きていけばいいのか。

 何も思いつかないのだ。

 

「そうだな……君はどうして、歌手になりたかったんだ?」

『え?』

「君の中の思いを掘り返してみれば、新しい未来へと繋がるかもしれん何かが見つかるかもしれん。もちろん、ただ辛い現実に打ち当たるだけかもしれんが……」

『どうして、歌手に……』

 

 俺は思い返す。

 どうして、俺は歌手になりたかったのかを。

 そして思い返す。前世の子供の頃に見た光景を。

 

『……俺は、昔見た歌手のライブの光景に強く影響されたんだと思います。歌で、音で人々を魅了するその姿に俺もまた魅了されて、そしてまたそう俺もなりたいって、そう思ったんだと思います……』

「なるほど……君は、純粋に音楽への憧れを抱いて歌手になりたかった、そういうわけだな」

『そう、なるんでしょうか……』

「ならば、やることは一つだ」

 

 そう言って弦十郎さんは、俺の手を引いて歩き始めた。

 

『え? ちょ、どこに行くんですか!?』

「そんなの決まっている! 君の好きを思い出せる場所だ!」

 

 

『俺の好きを思い出せる場所って……ここ、ですか?』

 

 弦十郎さんが俺を連れてきたのは、また近所にあった音楽ショップだった。

 CDだけでなく、楽器なども売っている大きな店だ。

 

「道に迷ったときは、好きなものを見て自分の原点を思い出すに限る! 俺も、迷ったときは映画を見て道を教えてもらっているぞ!」

『はあ……』

 

 よく分からない理屈だが、俺はとりあえず頷いた。

 確かに、この喉になってから、こういう店は無意識に避けていたように思える。

 なら、今一度入ってみるのも悪くない……かな?

 俺はそう思い弦十郎さんと一緒に店に入る。

 すると、さっそく店内放送で今流行りの歌手の歌声が流れてきた。

 正直、ちょっと辛い。

 

『……弦十郎さん、どうしたんです?』

 

 と、そこで店の入り口で立ち止まる弦十郎さんの姿があった。

 俺は不思議に思い彼に声をかける。

 

「……いや、思えば俺はこういう店に入ったことがなくてな。どこをどう行けばよく分からないことに気づいた」

『……はぁ。まったく、よくそれでここに来ようって言えましたね』

「す、すまん」

『……ふふっ、仕方ないですね。俺が案内するから、一緒に回りましょう』

 

 俺は呆れながらもなんだかおかしい気分になって笑う。

 そうして、俺は弦十郎さんを案内しながらショップを回ることにした。

 人気の歌手の曲が並んでる場所から、クラシック曲、弦十郎さんの好きな映画のサントラコーナー、そして――

 

「ほう、ここには楽器が並んでいるのか」

『はい、そうですね。この店は大きいですから、いろんな楽器が並んでますよ』

 

 俺達は楽器コーナーへとたどり着いていた。

 そこには沢山の楽器があり、実際に弾くこともできる場所だった。

 

『試しに何か弾いて見ます? ここにあるギターとかどうですか?』

「いや、俺はその手のものは全然なんだ……君は弾けるのか?」

『ええまあ。歌のための嗜み程度ですか』

 

 そうして俺は、近くにあったギターを手に取り、軽く演奏する。

 演奏する曲は『亡き王女のパヴァーヌ』

 クラシックの名曲を前世の頃に動画のネタとしてギターアレンジしたものだ。

 前世の最初の頃はそういやっていろいろなことをしていた。歌手としてメジャーデビューを目指すためにすぐ歌うことばかりになっていったのだが……。

 

「…………」

 

 弦十郎さんは黙って俺の演奏を聞いてくれている。

 腕を組み、まぶたを閉じ、しっかりと俺の演奏に耳を傾けてくれている。

 それが、俺にはとても嬉しくて、演奏にも熱が入っていった。

 ……思えば、こちらの体で生まれ変わってから、こうして静かに楽器を弾くことはなかったかもしれない。

 歌を歌うこと、それだけを見ていたのかも知れない。

 でも、昔はそうじゃなかった。昔は純粋に、音楽全般が好きだった。音楽を奏でること、聞くこと、それらすべてが好きだった。

 でも、いつしか歌手に固執して、そのことを忘れていた。

 歌手になりたいということだけを思って、音楽の楽しさを忘れていたのもしれない。

 馬鹿だな、俺は。

 響達と一緒に学園祭のライブを見たときに、一度その気持ちを取り戻していたはずなのに、すぐに忘れてしまっていた。

 まったく、俺は本当に馬鹿だ。

 

「……見事だ! 祭君!」

 

 俺がそんなことを考えながらギターを弾き終えると、弦十郎さんがパチパチと俺に拍手をしてくれた。

 

『……ありがとうございます、弦十郎さん』

「いや、本当に見事だったからこうして称賛しているまでだ。俺は音楽に詳しくないが、今の演奏がとてもよかったのは分かるぞ!」

『……本当に、嬉しいです。俺、ちょっと思い出せたかもしれません。自分の気持ち』

「……そうか、それはよかった」

 

 弦十郎さんは俺が何を思い出したかは聞かなかった。

 きっと、根掘り葉掘り聞くまでもないことなのだろうと判断したんだと思う。

 本当に、彼は大人だ。その包容力に、俺は思わず顔が緩む。

 

『そうだ、俺、実はピアノもできるんですよ。よかったら聞いてくれますか?』

「ああ、もちろんだ! いつまでも付き合うぞ!」

『じゃあ今度は楽しげな曲でも弾きますよ! さっきはしっとりしたやつでしたからね』

 

 そうして、俺は弦十郎さんに自分の演奏を思う存分聞かせた。

 弦十郎さんはそれを最後まで嫌がる事なく聞いてくれた。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

『響、未来。今日は来てくれてありがとう』

 

 後日のこと。

 俺は、響と未来を自分の家に呼び出した。

 二人共、重苦しい顔をしている。

 声を失ってから俺達の関係はギクシャクしていたのだ。急に呼び出されれば暗い話題と思い表情も陰るのは当然だろう。

 

「……祭、私……」

 

 響が何かを言おうとする。

 それを、俺は手を突き出して制止した。

 

『待って。まず、俺の話を聞いてくれ』

「……ほら、響。祭の話、ちゃんと聞こう」

「うん……」

 

 未来が響をなだめてくれる。俺はそれをありがたく思いながら、口を開いた。

 

『実は二人に頼みたいんだ。もう一度、しっかりと』

「もう一度……?」

 

 未来が不思議そうな声を上げる。

 そして、俺は頭を下げて言った。

 

『俺と一緒に、リディアン音楽院に行ってくれ!』

「え、ええっ!?」

「祭!?」

 

 二人共とても驚いた声を上げる。

 声を失った俺が言うその言葉に、やはり二人は驚いているようだった。

 

『確かに、俺は声を失った。この声じゃもう歌手は無理だと思う。でも、それでも俺は音楽を捨てられないんだ。俺は、音楽で生きていきたい。歌だけが音楽じゃないから。でも、正直一人じゃ心細いんだ。だから俺に、二人から勇気をくれ……!』

「祭……」

 

 頭を上げた俺を、響が複雑そうな顔をする。

 

「…………」

 

 そして、しばらくの沈黙のあと、響はぱっと表情を笑顔にして――

 

「――そんなの、当たり前じゃん!」

 

 と、大声で言った。

 

「祭が行くなら、私だって行く! 私だって、祭と一緒にいたおかげで音楽好きになったもん! みんなで、将来のスターを目指そう!」

「……そうだね。私も音楽好き。陸上と同じくらい好き。だから、祭がまたやる気になってくれたなら、私は二人についていくよ」

『響……未来……!』

 

 俺は二人の言葉がとても嬉しかった。

 思わず、涙をこぼしてしまうほどに。

 

「あっ!? 祭泣いてる!? 大丈夫!? 傷が痛むの!?」

『いや、そうじゃないよ響。ただ、嬉しくて……』

「……そうなんだ。ふふっ」

 

 微笑む響。俺も、泣きながら笑みになる。

 

「それにしても、そんな決意をするなんて、何かあったの祭?」

『えっ? それは……内緒』

 

 俺はついそんな風に言ってしまった。

 別に弦十郎さんに会ったことは内緒にしなくてもよいのに、どうして俺は内緒なんて言ってしまったんだろう。

 それになんだか、妙に体が火照るような……。

 すると、そんな俺に対して未来が妙にニヤニヤし始めた。

 

「……へぇー、ふぅーん。なるほどぉー」

「えっ、未来、どうしたの? 何か分かったの?」

「いいや、内緒。でもこれだけは言わせてね。うまくいったら、私には教えてね」

『……うん?』

 

 未来は何を言っているんだろう。何が“うまくいったら”なんだろうか……?

 

「あらあら、案外そういうことには鈍感なんだね、祭って」

 

 未来は相変わらずしたり顔で俺を見る。

 結局、その意味は俺には分からずじまいであった。

 



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Cthulhu Dawn

 時は流れ、まだ寒さ残る初春の頃。

 俺達はリディアンへの受験を合格し、寮への入居も済ませ後は入学式を待つのみになっていた。

 響と未来は原作通り相部屋になり、俺は一人部屋となった。

 二人は三人で一緒の部屋にしようと言ったが、それは俺から断った。

 これから原作通りのことが起こるなら、俺がヘタに介入するより二人一緒のほうがいいだろうと思ったからだ。

 あと、もし未来が一人寂しさを感じたときに、俺の部屋を開けておくことでどうにか二人をケアできないかという思惑もある。

 二人それぞれが悩み相談できる駆け込み寺があったほうがいいだろうという判断だ。

 そうやって新生活の準備を進めながらも間の期間で暇ができる季節だった。

 とある企画展が街の美術館で行われるのを、俺は目にし、興味を惹かれることとなった。

 

「いわくつきの音楽展……?」

 

 俺が二人にその名を口にすると、響が難しい顔をして復唱した。

 

『そう、いわくきの音楽展ってのを、今度美術館でやるらしいんだ。なんか面白そうじゃないか? いってみようよ』

「んー……確かに面白そうではあるね」

「そうだねー。でもちょっと怖いかも」

 

 未来と響がそれぞれ言う。

 どうやら少し迷っているらしい。そこで俺は後押しするために口を開く。

 

『絶対楽しいって! だって、世界中からいわくつきの音楽にまつわるものが集まるんだよ!? オカルトとミステリーの詰まった音楽ってなんかワクワクするじゃないか!』

「おお、祭がいつにもましてグイグイくる!?」

「そんなに行きたいんだ……これ、すでにチケット取ってあるやつだよね多分」

『ふふ、よく分かったね』

 

 俺は二人にしたり顔をしながらチケットを取り出し見せてやる。

 

「はぁ、やっぱり……そんなの用意されたら行くしかないじゃない」

「ははっ、祭ってば強引ー」

 

 呆れる未来に笑う響。

 とにかく、俺は三人で遊びに行く約束を取り付けることができたことにより、ニヤリと笑うのだった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「いやぁ、思った以上にあるね。いわくつきの品……」

 

 そして当日。

 俺達は三人でお昼を取ってから美術館に行き、様々ないわくつきの品を見て回っていた。

 

「吹いた人間が死ぬと言われているトランペットに、演奏すると不幸が訪れる楽譜、必ず毎年一人死んで一人行方不明になるオペラ座の説明……世の中いわくつきのものありすぎじゃない?」

 

 未来が半ば呆れた表情で言う。

 一方で響は、とてもドキドキしたような表情でそれらを見ている。

 

「凄いよ未来! 夜になるとひとりでに鳴るピアノだって! どういう仕組みなんだろう!」

「仕組みがあったらいわくつきじゃないじゃない……」

『ははっ、そうだな』

 

 俺は笑顔になりながら言う。

 いやぁ楽しい。

 半ば俺個人の趣味に二人を巻き込んだ形だったが、こうしてああだこうだ言いながら音楽にまつわるものを見て回るのはとても楽しい。

 俺は改めて二人が一緒に来てくれたことを喜んだ。

 後で何かケーキでも奢ろう、お礼として。

 

『……ん?』

 

 そんなときだった。

 俺は美術館の展示台の隅に置かれているものに何故かふいに目が惹かれた。

 それはヴァイオリンで、名前はこう描かれていた。

 

『エーリッヒ・ツァンのヴィオル』と。

 

 ヴィオルとは、ヴァイオリン以前に愛好された六弦楽器のことで、目の前にはひどく痛んだヴィオルがひっそりと置かれていた。

 俺は誘われるようにそのヴィオルの前に立って、説明を読む。

 

 ――このヴィオルは、二十世紀初頭にいたとされる音楽家、エーリッヒ・ツァンが使用していたとされるヴィオルである。エーリッヒには謎が多く、彼に関しては彼が唖であったこと、オーゼイユという街に住んでいたことしかはっきりしたことは分かっていない。エーリッヒはこのヴィオルで音楽を奏でていたが、その音楽はとても不気味でありながら、人を魅了したと言われている。だが、彼はある日突如不審死を遂げた。しかし、このヴィオルは主が死んだ後もおぞましい音色を奏で続けたと言われている。

 

『…………』

 

 唖、つまり言葉をうまくしゃべれない音楽家。

 俺はそれに共感のような、不思議な親しみのようなものを覚えた。

 言ってしまえば俺も言葉を失った者だ。言葉がなくとも死ぬまで音楽を奏で続けた彼に、俺は尊敬の念を抱いていた。

 そんな彼のヴィオルに興味を持ち、俺は俺とヴィオルを隔てるガラスに手を当てた。

 すると、その瞬間だった。

 一瞬にして、あたりの空間の光と闇が反転した。

 そして、ヴィオルの向こうには、雲と煙と稲妻が、湧き上がる深淵が垣間見えた。どす黒い半獣半人の何かが、蠢いていた。

 それらの光景が永遠にも感じられる時間、俺を拘束し続ける――

 

「……り……祭っ!」

 

 と、そんな光景を見ていた俺を、聞き慣れた声が現実に引き戻す。

 いつしか、俺の背後には響と未来がいた。

「どしたの? こんなとこでぼうっとして」

 俺は不思議そうな顔をする二人に振り返る。

 

『へ? いやあの、このヴィオルが……』

「ヴィオル? そんなものないけど……」

『え?』

 

 俺が顔を戻すと、そこにはあったはずのヴィオルがなかった。

 あるのは、説明文とヴィオルを置いていた台だけだった。

 

「このブースなんだろう? 説明文はあるのに楽器も写真もないや。何かあったのかな?」

 

 響がとても不思議そうな声で言う。

 

『…………』

 

 俺は何も言えなかった。

 なんだか、とてもおぞましいものに触れた気がして、怖くなって何一つ口にすることができなかった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 特異災害対策機動部二課では、その日の午後にあった聖遺物絡みではないかと思われる事件を調査していた。

 街の美術館で展示していた楽器が、突如消失したのだ。

 それを知った二課の司令官である弦十郎と研究者である櫻井了子は映像データを収集し、それを本部で調査していた。

 

「ふむ……確かに不思議ね。映像を見ても、突然消失したようにしか見えないわ。もしかしたら映像のフレームの間に何か起きたのかもしれないけど、それでも数十分の一秒の間で楽器が突如消失するなんて、ただごとじゃないわね……」

「……これは」

 

 了子が分析する一方で、弦十郎はその映像に映っていた少女に目がいっていた。

 それを了子は気づく。

 

「ん? どしたの弦十郎君?」

「あ、いや。この楽器の前にいる子、実は知り合いでな……不思議な偶然もあったものだと思っていたところだ」

「へぇ、どこでひっかけてきたのかしら、この色男」

「ん? いや決してそういう関係では……」

「分かってるわよ。もう、つれないわねぇ。うーん、でも、この子、気になるわね……この子の目の前で起きたことだから何か関わっているかもしれないわ」

「この少女がか? 了子君はこの楽器が聖遺物で、彼女が適合者とでも言いたいのか? 彼女は事情聴取では映像の通り、突然消えたと証言したそうだが」

「うーん聖遺物はいわゆるオーパーツ、現代の技術では作れない異端技術の結晶だから、明らかに近世に作られた楽器が聖遺物である可能性は非常に低いわ。……けれど」

「けれど?」

 

 弦十郎は聞く。それに対し了子は、珍しく真面目な表情と声色で言う。

 

「現代でもその異端技術を用い、さらに私達人間には埒外の技術や力を行使できる何者かが干渉した存在とするならば……あるいは」

「埒外の技術や力……?」

「ええ、例えば宇宙の神様、とかね」

「……えらく壮大な話になってきたな」

「そうね、あくまで眉唾な話だから冗談と思って頂戴。でも、本当にそんなものが存在するなら、聖遺物とは異なる技術を外なる宇宙から集めたこの世界における異物……そう、『聖遺物』ならぬ『外異物』とでも言うべきかしらね」

「外異物、か……」

「まー冗談みたいなものよ。忘れて頂戴」

 

 了子はそう茶目っ気のある笑みで言った。

 その瞳の奥では、決して笑いではない別の感情を渦巻かせながら……。

 



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覚醒

 美術館での不思議な体験から一ヶ月ほどが経った。

 あれから特に俺の日常に変わりはなく、無事リディアンでの入学式を済ませ、高校生活を謳歌していた。

 ただ、必須科目である声楽の授業は俺の場合、見学ということになっている。

 この声ではさすがに参加するのは難しいからだ。

 その代わり、みんなが歌うときにピアノを奏でる先生の側にいて、ピアノの技術を勉強している。

 ただ側で見て聞くだけでもかなりの勉強になるため、声楽の授業も俺にとっては大切な授業の一つだ。

 つまりは、思った以上に俺はつつがなくやれているということだ。

 一方で、響と未来もリディアンの生徒として楽しくやっているようだった。

 部屋が違うため普段の生活まではわからないが、少なくとも授業のときや昼休み、放課後に一緒にいるときはそう感じる。

 ただ、響には一つ気になる事があるようで……。

 

「はぁ……翼さんに絶対変な子って思われた……」

 

 響は同じ学校にいる、元ツヴァイウィングの風鳴翼のことが気になるようだった。

 まあ、それは言ってしまえば原作通りということなのだが。

 響がリディアンに来た理由の一つに、翼さんと接近したいという理由もあるはずだからだ。

 響はあの会場での事件で見たものを真実かどうか確かめたがっている。

 そのことを聞いたわけではないが、俺は前世の知識で知っていた。

 

「間違ってないんだからいいんじゃない?」

『アレぐらい別にどうってことないって。ていうか、多分すぐに忘れられてる』

 

 日直に取り組む未来と俺はべたぁと机に倒れ込む響に言った。

 

「えぇ!? 祭がひどいよ未来ー!」

『未来のはひどくないのかよ』

 

 俺は苦笑いする。

 響はすっかり翼さんの大ファンだ。

 あのライブの前はツヴァイウィングのことを全然知らなかったというのに。変わるものである。

 

『あ、ごめん。ちょっとトイレ』

 

 と、そこで俺は少し催したためトイレへと行く。

 そしてトイレに入りながら少し考える。

 響はこのままいけばシンフォギア装者としての覚醒をすることになるだろう。

 それは彼女にとって苦難でもあり、大きな一歩でもある。

 俺はそれにどうするべきなのだろうか。止めるべきか、成り行きに任せるべきか……。

 

『……ん?』

 

 あれ? そういえば、さっきのやり取り、どこかで聞いたような……。

 俺はそんな違和感を抱えながら教室に戻る。すると、そこには響の姿はなく未来の姿だけがあった。

 

『あれ? 未来、響はどうしたの?』

「響はもう帰ったよ。今日は翼さんのCD発売日だから、売り切れるとまずいからって先に帰らせたの」

『へぇなるほどねぇ……って、ああっ!?』

 

 そこで俺は気づいた。

 今のやり取り、そして翼さんのCD……どれも響がシンフォギア装者として目覚める直前のやり取りじゃないか!

 こうしちゃいられない!

 

『ごめん未来! すっごい大事な急用思い出したから、俺も帰る!』

「え? あ、ああうん……?」

 

 狼狽する俺の様子を不思議がる未来。

 でも説明している暇はない。というか、説明できる気がしない。

 とにかく俺は、響のところへと走ることにしたのだった。

 

 

『……って、響はどこのショップに行ったんだ!?』

 

 学院を走って出てしばらく、俺はそんな簡単なことを忘れていたことに気づいた。

 場所が分からないなら、走っても意味がないじゃないか……。

 

「落ち着け、俺。とりあえず、一番学院から近いコンビニだ。そこに行ってみよう!」

 

 俺はそう思い立ちまた走る。

 そして、その一番近いコンビニへとさしかかったときだった。

 

「これ以上は近づかないでください! ノイズが出没したためこの地区は立ち入り禁止です! 誘導に従って避難してください!」

 

 ……どうやら正解だったようだ。

 ノイズが出没した場所。

 それはつまり、響が襲われた場所でもある。

 ならば、次に響の行く場所は……。

 

『……工場地帯だ!』

 

 俺は前世で見た内容を必死に思い出し、道を封鎖している自衛隊の人間に見つからないように近場にあったと思われる工場へと向かう。

 その道中で、俺はまた思った。

 結局俺は、どうしたいかを決めてはいない。

 今響のところにたどり着いて、どうなるというのか。

 でも、そんなことを整理するより、俺の体は動いてしまっている。

 こうなったら、ついてから考えよう。

 そんな行きあたりばったりなことを。

 

 

『……いた!』

 

 工場についた俺は、ついに響を見つけた。

 彼女は今、ノイズに追われながらも子供を背負い梯子を登っていた。

 

『よし、とにかく、俺も登って……!』

 

 と、そのときだった。

 自分の後ろに、おぞましい気配を感じる。

 俺は恐る恐る振り返る。そこには、それがいた。

 

『……ノイズ!』

 

 ノイズ。触れただけで人間を炭化させる、恐るべき特異災害。人を殺すためだけのおぞましき存在。

 そのノイズが、いつしか俺に迫っていたのだ。

 さらにそれだけではない。

 響が登った梯子へと行く道も、ノイズが塞いでいたのだ。

 

『……チクショウ!』

 

 俺は仕方なくその場から逃げ出すことにした。

 しかし、そんな俺をノイズは追ってくる。

 

『ちっ、何かしたいから来たのに、何もできずにただ逃げるだけなんて!』

 

 せめてこれで響に迫っていたノイズがこちらに来てくれれば、この工場に来た意味があるのだが。

 そう思い彼女の登った建物の上を見やる。すると、そこにはノイズに追い詰められ万事休すとなっている響の姿が。

 

『これは……この状況は!?』

 

 そう、この次の瞬間響は聖詠を唱えて――

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron……」

 

 ああ、聞こえる。

 響の聖詠が。彼女が、シンフォギア装者になる瞬間が訪れたのだ。

 その瞬間だった。

 

『うぐっ……!?』

 

 響の聖詠を聞いた瞬間、俺の喉が急に燃えるように熱くなった。

 あまりの熱さに焼け死んでしまうかと思うぐらいで、俺は思わずその場に崩れ落ちる。

 

『がっ……がっ……!?』

 

 なんだ……これ……!?

 こんなの、知らない……!? どうして、俺の喉が……!?

 

『が……あ……!?』

 

 刹那、俺はなぜだか理解した。

 ――ああ、俺もまた、“覚醒める”のだと。

 

『***********************――――ッ!!!!』

 

 俺の口から、喉から、けたたましいこの世のものとは思えない“音”が溢れ出す。

 そして俺は、“変わった”。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「ガングニール、だとぅ!?」

 

 二課の基地で、弦十郎は驚愕していた。

 かつて天羽奏がまとっていたシンフォギア。その反応がノイズが出没したとされる場所で検知されたからだ。

 失われていた聖遺物ガングニール、その新たな適合者が現れたことは、二課の人間全員を驚愕させていた。

 しかし、彼らはさらなる驚愕にさらされる事となる。

 

「待ってください! もう一つ、反応があります!」

 

 オペレーターの一人、藤尭朔也が叫ぶ。

 

「また別の反応だと!? さらなる聖遺物が現れたとでも言うのか!?」

「いえ、それが、強烈なフォニックゲイン反応を示していることは確かなのですが、こんな数値、見たことありません……!」

 

 次にまたオペレーターの一人、友里あおいが言う。

 

「これは……数値のすべてが虚数領域へと伸びている!? こんな反応、聖遺物の覚醒ではありえない……!」

 

 その数値を見た了子が慌てるように言う。

 次々と起こる予測不能の事態に、世界でも屈指の頭脳を持つ彼女すら動揺していたのだ。

 

「ええい! 全員落ち着け! まずは状況を確認することが大切だ! 衛星からの映像はまだか!」

 

 弦十郎が混乱のさなかにある二課に言う。

 

「は、はい!」

「今出します!」

 

 それに朔也とあおいは答え、すぐさま衛星からの映像を基地に映し出す。

 そこに映し出されていたのは、ガングニールのシンフォギアをまとった響。

 更に、そして――

 

「この、少女は……!?」

 

 ガングニールとはまた違ったスーツをまとう少女が、そこにはいた。

 その鎧は、木と金属が混沌とした状態で融合しており、体の各部に弦楽器の弦や、トランペットなどが音を出す先の部分――ヘルが現れていた。

 その姿を形容するとするならば、筋繊維が様々な楽器になり合体した装備のようだと、二課の人間達には思えた。

 だが、弦十郎は更に驚くことがあった。

 その装備をまとっていた少女を、彼は知っていたからだ。

 

「……祭、君……!?」

 

 そう、かつて弦十郎が勇気づけた少女。弓弾祭が、異形の鎧をまといそこに立っていたのだ。

 響と祭。

 二人のイレギュラーが、二課基地の大画面に映し出されていた……。

 



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Master of Puppets

『あ……これ……は……?』

 

 気づいたとき、俺の体は変質していた。

 木と金属が入り混じった体は、まるで元からそうであったかのように俺の体に馴染んでいる。

 そして、その異常な変化を当たり前のように受け入れている自分がいる。そのことが、とても気持ち悪かった。

 

「…………」

『……っ!』

 

 と、俺が自分の変化をまじまじと受け入れている時間はなかった。

 ノイズが変化した俺に集まってきていたのだ。

 

『……ふん!』

 

【Tuning】

 

 そのとき、俺はどうするべきかを理解し動いていた。

 俺は金属の右腕を地面に叩きつける。

 すると、金管楽器と木管楽器、そして弦楽器がそれぞれ音を調律するかのような音が辺り一帯に響いた。

 そう、まさしくチューニングのように。

 

「…………!」

 

 すると、俺を取り囲んでいたノイズに異変が起こる。

 おぼろげな輪郭と不安定な色彩が、どちらもはっきりと見えるものになったのだ。

 俺の“音”はやつらをこの三次元世界に固着させたのだ。

 ゆえに――

 

『だあっ!』

 

 俺の蹴りが、ノイズを二つに割いた。

 物理攻撃がノイズに通るようになったのだ。

 しかし、俺に格闘の心得はない。今の蹴りも、このスーツで強化した勢いと力に任せたものに過ぎない。

 俺には俺の戦いがあると、このスーツが言っている。

 

『はぁっ!』

 

 俺はその場で高く跳ぶ。

 そして、スーツについているヘルから、ノイズめがけて“演奏”した。

 

【forte】

 

 強烈な音がノイズめがけて降りかかる。

 すると、その音の範疇にいたノイズ達は細かく体を振動させ、それぞれを爆散させた。

 俺の出した音の振動が、三次元世界に固着し実体化したノイズのそれぞれの固有振動に共振、破壊したのだ。

 しかし、まだまだノイズは迫ってくる。

 

「……!」

 

 宙に待っていたノイズが、槍のようになって俺に迫ってくる。

 俺はそのノイズめがけて、先程とはまた違った音色を奏でた。

 

【piano】

 

 すると、ノイズの動きかまるでスローモーションになったかのように緩慢になったのだ。

 ノイズ周辺の重力子に干渉、動きを制限したのだ。

 そして俺は再び【forte】で空中のノイズを破壊する。

 次々とノイズを撃破する俺に、奴らは俺を危険対象とみなしたようで、さらなる数のノイズが俺に迫ってくる。

 俺はそんなノイズに対し、戦闘態勢を取ることにした。

 

【Thrash Metal】

 

 音楽ジャンルの一つ、更に言えばメタルの一ジャンルであるスラッシュメタル。

 今の俺は、それを奏でることによって攻撃的なスタイルに移り変わることができた。

 

『さあ……奏でるよ』

 

 俺の体からスラッシュメタルが奏でられる。

 それと当時に、俺の手首からビームウィップが飛び出る。

 俺はそれを、メタルを奏でながら振るい、ノイズを駆逐していった。

 

『はっ! だあっ!』

 

 音楽と一体になりながら戦う俺。

 それは知らない何者かに体を動かされているようだった。

 まるで何者かの糸で動かされる操り人形のようで、少し気分が悪くなるほどに。

 

『だあっ!!』

「でやっ!!」

 

 と、そこで背中が誰かとぶつかりあった。

 俺は即座に後ろを向く。一方で、相手も即座に振り向いた。

 

「えっ、祭!?」

「響っ……!」

 

 俺と背中をぶつけ合わせたのは、シンフォギアをまといながら少女を抱える響だった。

 お互い、人外の力をまとった身での邂逅だった。

 

「どうしたの祭!? 何その姿!?」

『人のこと言えないだろ響だって……それよりも、くるぞ響!』

「えっ!? あっ、うん!」

 

 こうして、共に肩を並べる俺と響。

 そして、迫りくるノイズ。

 今、自由に戦えるのは俺だけ。俺は響と少女をかばうように前に立った。

 そのときだった。

 

「はあっ!」

 

 俺達の前に、颯爽とバイクで青い影が現れたのだ。

 そしてその青い影は、俺が固着させたノイズにバイクをぶつけ、俺達の前に降り立つ。

 

「……翼、さん?」

「呆けない!」

 

 現れたのは、やはり翼さんだった。

 この流れを、俺は知っている。翼さんと響が、お互い装者として初めて出会う場面だ。

 俺という、異分子が存在するが。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron……」

 

 そして彼女は歌い、まとう。

 シンフォギア、天羽々斬を。

 

「はあっ!」

 

 そして翼さんは、次々とノイズを駆除していき、場のノイズのすべてを倒してしまった。

 

『すごい……』

 

 その圧倒的な力に、俺は見惚れる。

 これが“防人”である風鳴翼なのかと。

 

「……あなた達には、私と一緒に来てもらいます」

 

 ノイズをすべて倒した翼さんは、俺達に言った。

 おそらく二課の黒服の人間を引き連れながら。

 そうして、俺達はついに行くことになった。リディアンの地下にある、二課の秘密基地へと。

 



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The Thing That Should Not Be

「ようこそ! 人類守護の砦! 特異災害対策機動部二課へ!」

 

 地下へと降りた俺達を、弦十郎さん始め二課の人々が華々しく笑顔で迎えてくれた。

 途中のエレベーターで「微笑みなど必要ない」と言った翼さんはとても呆れた表情をしている。

 

「嫌です! 手錠をした状態での写真なんてきっと悲しい思い出になっちゃいます!」

 

 二課のメンバーに歓迎されながら、響は櫻井了子からのツーショット写真を断っていた。

 これも、原作通りの流れだ。

 

「……まさか、こうして君と再び会うなんてな」

 

 すでに知り合いだった、俺と弦十郎さんを除けば。

 

『そうですね……俺もこんな再会をするなんて思っても見ませんでした』

「あれ? 祭、そこの人とお知り合いなの!? どういうこと!?」

 

 当然俺達の関係に響は驚く。

 なお、彼女の手錠はすでに解かれていた。

 

「ん? ああ、俺は彼女と偶然出会って、彼女の音楽を聞かせてもらったことがあるのだ。なあ祭君」

『ええまあ、はい……』

 

 まあ言ってしまえばそうなのだが、なんだか端的にまとめられるとなぜだか不満に思ってしまう俺がいる。

 別にそんな風に思う必要はないというのに、どうしたというのだろうか、俺は。

 

「えっ、じゃあ祭がリディアンをもう一度目指すことになったきっかけって……」

「あらぁやっぱりそういう関係なんじゃないの弦十郎君。こんなかわいい彼女を作っちゃって」

『か、彼女ぉ!?』

 

 俺は思わず了子さんの言葉に大声で反応してしまう。

 

『べ、別にそんなじゃないですよ!』

「そうだぞ了子君。俺をからかうのはいいが、彼女までからかってはかわいそうだ。それに以前にも言ったように、そういうのでは一切ないぞ」

「…………」

 

 弦十郎さんがしっかりと否定する。

 さすが誠実な人だと思った。

 それにしても、先程の俺はどうにも動揺しすぎたな。

 どうしたのだろうか、変身したことによって感情の振れ幅が大きくなっているのだろうか。

 その後、二課の二人が自己紹介をし、俺達はメディカルチェックを受けることになった。

 裸にされて、あれこれ見られて……その日は、それで終わりとなった。

 帰った後、俺はぐったりとなって眠った。まさかあそこまで疲れているとは、自分でも思っていなかった……。

 そして翌日、俺達は再び二課へと呼び出された俺達。そこで、響は聖遺物、そしてシンフォギア、更に響の心臓にガングニールの破片があることを説明された。

 俺の力も、あの美術館にあったヴィオルが喉の人工声帯と融合したその聖遺物の力であるということを。俺はその説明をただ黙って聞いていた。

 

「私の力で誰かを助けられるんですよね……!?」

 

 すべての説明を受けた後、響は表情を改めて部屋を出ていった。更に、そのすぐ後に鳴り響くアラート。

 ノイズ出現のアラートだ。

 それに翼さんはいち早く反応し、出動する。

 響も彼女の後を追った。

 そこで俺は気づく。

 まずい……これ、響が翼さんの地雷を踏むやつだ!

 いくら原作通りとは言え、これから二人の関係が不仲になるのを見過ごせない!

 

『あっ、まって響! 俺も――』

「ああ祭ちゃん! あなたはちょっと待ってて!」

 

 と、そこで俺は了子さんに引き止められる。

 そうしているうちに、響は翼さんを追い出動してしまう。

 

『な、なんですか!? 一人でも頭数は多いほうがいいんじゃないですか!?』

 

 俺は言う。

 すると、了子さんが俺の腕をぐいと掴んで司令室の外に出た。そして近くの個室に入ったかと思うと、ぐいと顔を近づけてきた。

 

「うーん、そうなんだけど……あなたの場合、ちょっと事情が違うのよねぇ」

 

 ぐっ、この人、そういえば一期のラスボスのフィーネなんだよなぁ……。

 なんらかの陰謀があって俺を引き止めているとかそんなんじゃ……。

 

「ん? どうしたの?」

 

 そんなことを思っているのが顔に出たのか、了子さんは不思議そうな顔をする。

 

『い、いえ、顔が近いなと思って……』

 

 俺はそれをとりあえずごまかす。

 

「あら、ごめんなさい」

 

 すると、ごまかされてくれたのか了子さんは顔を離す。

 ふう、とりあえず落ち着いた……。

 

「さっきね、あなたの力も聖遺物の力って言ったでしょ? あれ、嘘なの」

『へ?』

 

 それって、どういう……。

 

「あなたの首にある物体、先程言ったように私達は『エーリッヒ・ツァンのヴィオル』と展示されていたモノの名前で呼んでいるけれど、具体的にはそれ、聖遺物じゃないっぽいのよね」

『聖遺物じゃ、ない……?』

 

 あれ? どういうことだ? ここ、シンフォギアの世界だろう?

 それなのに、超常的な力が、聖遺物の力じゃない……?

 

「あなたの首にあるものが示した反応は、どれも聖遺物ではありえない数値を示した。具体的には虚数数値という数値なんだけど……これはさすがに難しすぎてわからないわよね。とにかく、あなたの首にあるものは、聖遺物じゃないの」

『そ、それじゃあ俺の首にあるものは、一体……?』

「……正直、わからないわ。でも、あなたの首にあるものが人類の理から外れた存在なのは確かよ。私達はそれを『外異物』と呼称しているわ」

『外異物……』

 

 そんなの、聞いたこと無い……錬金術の代物でもないようだ。

 了子もといフィーネは錬金術師と戦ってきた過去があったはずだから、異端技術の学者としてその手のことを知っているふりもできるだろう。

 でも、それをする素振りもない。

 ということは、本当に彼女すら知らない力なのか……?

 

「……不安になるのは分かるわ」

 

 了子さんが、真面目な声で言う。

 

「だから、それが何かはっきりするまでは、あんまり戦わないでほしいの。あなたの持つ力に、一体どんなデメリットがあるかわからないから。あと、このことは響ちゃんには内緒ね。弦十郎君や翼ちゃんは観測しているときのモニター前にいたから知ってるけど、響ちゃんにこれ以上の情報量は酷だと思うから」

『……はい』

 

 俺は頷く。

 もしかしたらこれも了子さんもといフィーネの策略かもしれない。でも、弦十郎さんや翼さんも知っているとなれば、彼女の言うことも本当なのかもしれない。

 とにかく、俺の力がイレギュラーなのは確かなのだ。なにせ、原作には存在しない力なのだから。

 ならば、とりあえずは彼女が櫻井了子として行動しているうちは、彼女の言うことを聞いたほうがいいだろう。

 

「うん、よろしい。できるだけ、無茶はしないでね」

 

 そこで了子さんは笑顔に戻り、俺と一緒に司令室に戻った。

 そのときだった。

 

「何をやってるんだ! あの二人は!」

 

 弦十郎さんの大声が響いた。

 ……響は、しっかりと翼さんの地雷を踏んだようだった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

『……もしもし、母さん』

 

 その日、帰った俺はふと母親の声を聞きたくなって、電話をかけていた。

 自分が何かわけのわからない存在になったことがとても不安になったのかもしれない。

 響の力になれなかったのが残念だったのかもしれない。

 とにかく、母さんの声が聞きたくなったのだ。

 

『あら、どうしたの? 祭』

『いや……なんとなく、母さんの声が聞きたくなってさ』

『そうなの……大丈夫? いじめられてない? 無理してない?』

『大丈夫だよ、俺は平気だよ。たださ、ほら、ふと寂しくなるときってあるじゃん』

『……そう』

 

 母さんは黙って俺の話を聞いてくれた。

 その日、俺は母さんととりとめのない話を続けた。

 そして話を終えて、俺は最後に言った。

 

『……ありがとう、母さん』

『……らしくないこと言っちゃって。それじゃあ、ね』

 

 電話を切る直前に、母さんが微笑んでいるのが、電話越しにも分かった。

 通話を終えた静けさの後に、俺は思う。

 やはり今の俺は、この世界の人間なのだと。

 母親から感じる親からの愛情、そして、俺が感じる親への愛情。

 それは紛れもない本物だ。

 前世の記憶を持ちながらも、俺はやはり弓弾祭という少女なのだ。

 ならば、俺は俺の日常を、すべてを守りたい。

 例え、未知の力を使ってでも。

 俺は自分の喉に触れながら、そう思った。

 



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ガチャガチャきゅ~と・ふぃぎゅ@メイト

「自分も戦っていきたい……だと?」

 

 了子さんからあまり戦わないで欲しいと言われてすぐ、俺は弦十郎さん達に自分の気持ちを話した。

『はい。俺の力が、出自不明の謎の力なのは分かっています。でも、人を助けられる力を、俺の守りたいものを守れる力を持っているのに、何もせずにただ指を咥えて見たくはないんです』

「しかし……」

『それに、いざ調べるとなってもこの力を実際に使用してみないことにはデータは取れないでしょう? なら、できるだけ実践で使ったほうがいいと思うんです』

「……ふむ、確かに一理あるわねぇ」

「了子くん!」

 

 俺の意見に同調する了子さんに驚く弦十郎さん。

 その後彼は、しばらく考えるように顎や頭に手を置き、軽く「はぁ……」とため息をついた後に俺を見て言った。

 

「……分かった。正直、うちも猫の手を借りたい状況なのは確かだ。不本意ではあるが、君の力も借りさせてもらおう」

『はい。……すいません、無茶を言って』

「いや、無茶を言っているのはこちらも同じことだ。ただ、未知の力であることは確かゆえに、なるべく君の出動回数は少なくするようにする。それでいいな」

『ええ、もちろん』

 

 そうして、俺も響達と一緒にノイズ退治の任務を請け負うことになった。

 始めは翼さんと一緒のチームを組むことが多かった。

 響と一悶着あった翼さんだが、彼女は俺にまで冷たく当たることはなかった。一方で、過度に干渉してくることもなかったが。

 お互い、仕事での関係と言った感じだった。

 俺も虎の尾を踏むのが怖いので翼さんにノイズ退治以外のことで自分から干渉していくことはなかった。

 俺と翼さんはあくまで戦闘のことだけでつながっている、ビジネスライクな関係だった。

 だがまったく会話がないかと言われればそうでもなく、戦闘のことでいえば彼女から色々と教えてもらうことも多かった。

 間合いのとり方や攻撃のタイミングの見極め方など、そういうことに関して彼女はしっかりと俺に教えてくれた。

 俺も彼女の言うことをしっかりと吸収し、自らの戦闘に活かしていった。

 そうしていくうちに、俺と響との二人で組むシフトも出てくるようになった。

 響の戦闘はまぁ……あまり褒められるような戦い方ではなかった。

 その補佐を、俺がする感じのコンビ戦闘になっていた。

 しょうがない、彼女が戦闘面で開花するのは、弦十郎さんに師事してからのことだ。

 今の彼女はまだまだ蕾の開いていない花のようなものだ。

 彼女が大輪の花を咲かせるまで、しっかりと俺がサポートしてやらないと。そんなことを俺は思うようになった。

 そうこうしているうちに、一ヶ月の時間が流れていた。

 

 

「はぁ……私、どうやったら翼さんとうまくやれるんだろう」

 

 弦十郎さん達から司令室に呼び出され、ノイズが意図的に呼び出されていること、そして、基地の地下にあるデュランダルについて話された帰り道、響はそう俺に吐露した。

 

『そういや、まだうまくいってないのか』

「うん……祭は翼さんとうまくやっているのに、私は全然……ねぇ、祭はどうやって翼さんとやってるの? 助けると思ってお願い!」

 

 響は俺に両手を合わせて頼み込む。

 

『と言われてもなぁ……俺と翼さんはあくまで戦闘上うまくやるだけのパートナーって感じだし、響の言うように仲良しこよしでやってるってわけでもないからなぁ』

「私はその戦闘すらうまくやれないんだよぉ! ……私、翼さんに嫌われちゃってるっぽいし……」

『……それが分かってるなら、その原因を直していくしかないんじゃないか』

 

「分かってるんだけどねぇ。私、もっとしっかりしないとって。でも、なかなかうまくいかなくて……」

 響はがっくりと肩を落としながら歩く。

 俺はそんな彼女の頭を、がっと掴んでワシワシと撫でる。

 

「わっ!? 祭っ!?」

『大丈夫だよ、響なら。きっと、いつか翼さんと一緒に笑って肩を並べられる日が来るさ』

 

 俺はそれを知っているから。

 だから、そんな無責任に言える。

 彼女が翼さんと最高のチームになる未来を、すでに見ているから。

 

「そうかなぁ……はぁ」

 

 ヘコみながらも一緒に歩いていく響。

 俺にできるのは、彼女の背中を見守っていくことだけ。

 そう思った。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「いぇーい! 今回だけ特別オッケーだってー!」

 

 その日、響は溜まっていたレポートを片付けたことを、俺と未来に伝えはしゃいでいた。

 

「おめでとう響!」

『おつかれさん!』

 

 俺と未来は彼女の出してきた手を叩いて彼女を祝う。

 

「これで一緒に流れ星見れるね! 私カバン取ってくる!」

 

 未来が嬉しそうな顔で言い、廊下を駆けていく。

 そこで俺は気づく。この流れ……響達が、雪音クリスと出会う直前の流れだ!

 確かここで響に電話がかかってきて――

 ――Pll、Pll……

 思っていた通り、響の携帯に電話がかかってくる。

 それを、響が暗い顔をして取る。

 

「……はい」

 

 電話越しに二課の人間と話す響。断片的にしか聞こえない会話だが、やはりノイズが出たという電話だった。

 

『……っ!』

 

 それに気づいた俺は、いつの間にか咄嗟に響の電話を奪っていた。

 

「えっ!? 祭!?」

『そのノイズ退治、俺が行きます!』

『えっ、でも今回のシフトは響ちゃんじゃ……』

 

 受話器越しに聞こえてきたのは藤尭さんの声だった。

 そんな彼に、俺ははっきりと言う。

 

『いいえ、とにかくそのノイズ退治は俺が行きます! 弦十郎さん達にもそう伝えてください!』

『あ、ああ……』

 

 困惑する藤尭さんには悪いが、俺は自分の体と口が勝手に動くのを止められなかった。

 これも原作への介入になって、事態がより悪化するかもしれない。

 でも、俺は響に未来と一緒に流星群を見て欲しかった。そう思ったら、いつの間にかこうなっていたのだ。

 

「祭……」

『……いってこいよ、流れ星。ずっと楽しみにしてただろ?』

「……ありがとう、祭!」

 

 響は、俺に満面の笑みを見せた。

 俺も、そんな響にニカっと笑みで返す。

 そうして俺は、ノイズ退治へと向かった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

『……どういう、ことだ?』

 

 俺は混乱する。

 まず、ノイズが出てきた場所が原作と違った。

 俺の記憶だとノイズは地下鉄に出現していたはずなのに、俺が向かわされたのは町外れの工場だった。

 さらに、ノイズ発生場所と指示され向かった場所に、ノイズの姿がなかった。

 だが、恐らく犠牲となった人達が転がっていた。

 それも、ノイズの犠牲のなり方ではない。ノイズによって犠牲になった人間は、炭化し炭になるはずだ。

 それが、目の前に横たわっている人達は皆、老化し痩せ細っていたのだ。

 まるで、命を吸われたかのように――

 

『これは、これはまるで……』

「まるで、なぁーに?」

 

 そこで、頭上から甘く囁くような声を聞こえてきた。

 俺の頭上にいたのは、少女の姿をした存在。しかして、少女ではない存在。

 

『お前、は……』

 

 俺の知っている、その存在。その名は――

 

「あらぁ? まるでこのガリィちゃんのこと知ってるような口ぶりねぇ。でもそんなはずないわよねぇ。私とあなた、初対面なんだから。もしかしてナンパぁ? あーやだやだ、持てる女ってつらぁーい! クスクス……」

 

 そこにいたのは、ガリィ・トゥーマーン。錬金術師キャロル・マールス・ディーンハイムが操る自動人形、オートスコアラー。

 今、この場にいるはずのない敵が、その場にいた。

 

「ま、どうでもいいけどね。さあ来てもらうわよぉ弓弾祭……うちのマスターが、あんたをご所望なの」

 

 ガリィは性根の腐ったのが分かる下卑た笑みを見せ、俺にそう言った。

 



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蝋人形の館

『…………っ!』

 

 あまりの事態に言葉が出なかった。

 俺の目の前に突如現れたオートスコアラー、ガリィ。

 彼女は、本来今この場で登場するキャラクターではない。もっと先の舞台で登場するはずだったと、俺の前世の知識が言っている。

 だが、こうして彼女は今目の前にあらわれている。

 俺の前の現実として。

 

「キヒヒ、私の可愛さに声もでないぃ? ま、この状況でそんなわけないかぁ……それじゃ、ちゃっちゃと行くよ」

 

 すると、ガリィは突如俺の目の前に現れる。

 

「っ!?」

 

 俺はそれに対しすぐさま後ろへと退き、そして――

 

『――――』

 

 喉から“奏でた”。

 

「……! へぇ、それが……」

 

 ガリィがニヤリと笑う。“エーリッヒ・ツァンのヴィオル”を身にまとった俺の姿を見て。

 

「キヒヒ、それそれぇ! それが見たかったんだよねぇ! さあ、踊ろうかぁっ!!」

 

 ガリィは腕に氷の剣を作り出し、俺に次々と切りかかっていく。

 俺はそれを両腕で防ぐ。

 

『ぐっ……!』

 

 このままでは防戦一方だ……やるしかない!

 

『すぅ……』

 

 俺は軽く息を吸い――

 

【forte】

 

 ガリィを破壊するために音を放つ。

 だが、

 

「そんなの、とっくに対策済みぃ!」

 

 ガリィは胸から赤い音叉を取り出し、それを鳴らす。

 すると、俺の【forte】がかき消されたではないか。

 

『っ!?』

「固有振動に干渉し物質を破壊する音……まさに私達人形にとっては厄介な技ですからねぇ……うちのマスター、ちゃんと予習復習できる子なんですよぉ?」

『ちっ! 自分の主に対し敬意の欠片もないその物言いっ!』

「あら、敬意はちゃんとありますぉ? ただ、ガリィちゃんはそういうの気にするの嫌いなだけでぇーす!」

 

 そう言いながらもガリィの攻撃の手は止まらない。

 俺の防戦はなお続く。

 

『ならばっ!』

 

 俺は次の手を取る。

 ガリィへの直接干渉が無理ならば!

 

【piano】

 

『ならば、周囲の環境に手を伸ばすまでっ!』

 

 俺は重力子を操作し、ガリィの動きを鈍らせる。

 

「ちっ、面倒な……と、でも言うと思ったぁ?」

 

 ガリィは今度、青い音叉を取り出し、それを鳴らす。

 すると、彼女の動きはすぐさま元に戻った。

 

『くっ、そっちも対策済みか!』

「そうなのぉ、残念でしたぁ! うちのマスターは本当に優等生だから、できる対策は何重にも重ねていくのよねぇ、特に、あなたみたいなわけのわからない存在には」

『俺がわけのわからない存在、だと!?』

 

【Thrash Metal】

 

 俺は会話をしながら攻撃スタイルに切り替える。

 手首からビームウィップを出し、ガリィの攻撃に合わせる。

 氷の刃とビームウィップがぶつかりあい、火花を散らす。

 

「だってそうじゃない? あなたのまとっている“ソレ”、聖遺物のようでなく聖遺物ではない、哲学兵装のようで哲学兵装でない。そんなこれまでのこの世界の存在とは一線を画した装備、それが意味不明じゃなくてなんだって言うのぉ?」

『それは……! でも、そんなの歩く人形のお前に言われたくない……!』

「あらぁ人形差別ぅ? よくないなぁそういうのぉ。今は差別に敏感な時代だって言うのに、そういうやつは……棒で叩いちゃえぇ!!」

 

 そのときだった。

 俺の背後に、何者かの気配を感じた。

 俺は咄嗟に振り向く。

 

「遅いです」

 

 だが、背後に現れたその者の言葉通り、俺の反応は遅かった。

 

『がっ……!?』

 

 俺は鋭いソレに薙ぎ払われ、大きく吹き飛ぶ。

 

「気をそらしながらの後ろからの不意打ち……まったく、ガリィらしい性根の腐った汚い作戦ですね」

「クスクス、でもそれにファラは乗ってくれたじゃないですかぁ? つまり同類ってことですぉ」

 

 俺の背後に現れた、新たなオートスコアラー。

 その名は、ファラ・スユーフ。

 剣を破壊する剣殺しの哲学兵装を持つ、緑のオートスコアラー。

 彼女の操る風をまとった剣に、俺は吹き飛ばされたのだ。

 

『ぐ……なんの……!』

「あら、まだ立ちますか」

「キヒヒ、そうでなくちゃあ。でも、私の策がただの不意打ちだと思ったら大間違いよぉ?」

『何を……なっ!?』

 

 そこで俺は気づく。

 俺の吹き飛ばされた先。そこには、大量のノイズがいたのだ。

 しかもそれは、ただのノイズではないことを、俺は知っていた。

 

「キヒヒ! そこにいるのはただのノイズじゃないんだよねぇ! 世界を解剖する解剖器官を備えたアルカ・ノイズの群れを、あなたはどれだけさばけるのかしらぁ?」

「あらガリィ、自分から手の内を晒すなんてらしくない」

「いやぁ、こういうときははっきりと絶望を教え込んだほうが楽しいじゃない?」

「……まったく、性根の腐ったガリィらしい」

『くそっ、まずい!』

 

 アルカ・ノイズの解剖器官に対策無しで触れられれば、あらゆるものは分解されてしまう!

 このままでは……!

 俺はアルカ・ノイズをビームウィップで薙いでいく。

 だが、多勢に無勢。さらに普段のノイズとは違う戦い方を強いられた俺の形勢はどんどん不利になっていき、そして、

 

『まずっ……!?』

 

 アルカ・ノイズの解剖器官が俺に触れた。

 俺は外異物が分解されるのを覚悟し、ギュッと目を瞑る。

 だが――

 

『……え?』

 

 俺の外異物には、傷一つついていなかった。

 

「……やはり、解剖器官を持ってしても分解できませんか」

「ふぅーん、ありえないと思ったけど、やっぱりマスターの見立て通りだったねぇ。これでこそ、誘拐する価値があるってものねぇ」

『どうして……?』

 

 俺は自分で自分が分からない。

 アルカ・ノイズの解剖器官はあらゆるものを分解するのではなかったのか……?

「その反応……やっぱ知ってたんだ。アルカ・ノイズのこと。うーんますますさらいたいねぇ、ジャンク品さん」

『ジャンク品だと!? 俺のことをそう言ったか! お前ら、何を知っているんだ!』

「いやぁ、ジャンク品はただのあだ名ですってばぁ。まともな声でさえずることもできやしない、音楽を志しながらも声のない哀れなジャンク品の小娘。私達オートスコアラーよりもずっと人形に近い。それがあなた。どう? いいセンスでしょう?」

『……貴様ァ!!!!』

 

 ガリィの言葉に、俺は怒りを抑えることができなかった。

 

『倒す! お前だけは、絶対俺が倒すッ!!』

 

【Orchestra】

 

「っ!? これは……!」

「ガリィ! 構えなさい!」

 

 俺は音により大気を操作、圧縮、開放する。

 それにより俺の周囲に次々と爆発を起こし、アルカ・ノイズを吹き飛ばす。

 

『あああああああああああああああっ!!』

 

 俺は猛る。猛り狂う。そうして、二人に突撃する。

 

「……まず――」

 

 そうして、ガリィとファラの目前まで接近する。

 

「――なぁんてねぇ!」

 

 そこで俺の体は動かなくなる。身動き、一つできない。

 

『がっ……!?』

「キヒヒヒヒ、本当にマスターの準備万端ぶりには感嘆しますねぇ。時の流動の一部分を固着させることによって対象を捕縛する錬金術式。まぁ、マスターの“アイツ”の力添えがあったからできた芸当だけど」

「それを言うとマスターが機嫌を損ねます。そこまでにしておきなさい」

『くそっ……くそっ……!』

 

 俺はもがこうとする。だが、ピクリとも動けない。

 

「さて、キツい一発でもかまして、しばらく気を失って貰おうかしら。そして、私達のアジトへご案内しまーす!」

 

 ガリィとファラがゆっくりと俺に近づいてくる。

 俺はもうだめと思い、諦観の中で目を瞑った。

 

「「祭っ!」」

 

 そのとき、二つの声が重なって聞こえた。

 俺は天を観る。

 そこには、来るはずのないふたつの影が月明りを背にしていた。

 

『どうして来たんだ……響! 翼さん!』

 

 響と翼さんが、俺達の戦いに割って入ってきたのだ。

 

「祭、大丈夫!?」

 

 響が俺に駆け寄り、俺の体を抱く。すると、俺の体はするりと拘束から脱出し、響によって抱きかかえられたまま遠くに離れる。

 

「ちっ、やっぱり他者からの干渉に弱い術式だなぁ……マスターももっといいもの作ればいいのに」

「貴様ら、一体何者だ! 人、ではないな……この国を脅かすというのなら、この剣が相手になろう!」

 

 そして、翼さんが俺のいたところに降り立ち、二人に剣を向ける。

 

『ダメだっ! 今の二人じゃっ!』

 

 今の二人じゃ、あの二人にはかなわない。

 俺にはそれが分かっていた。

 だって、原作ではさんざん戦いの経験積んだ上で、イグナイトモジュールの行使によって勝てた相手なんだ。

 それを、初期の状態でなんて……!

 

「……分かっている、祭。私も、相手の力量を測れないほど、未熟者のつもりではない」

「ほう、私達との力量差が分かっている、と。それなのに私達に切っ先を向けるとは、随分と殊勝なことですね。それとも、死にたいのですか?」

 

 ファラが翼さんを煽るように言う。

 すると、翼さんはゆっくりと目を閉じる。

 

「……確かに、死を覚悟しているというのは、あながち嘘ではないかもしれない」

『翼さん!?』

 

「私は今まで一人で戦ってきた。だが、今こうしてこの国を脅かす存在に自分の力ではどうすることもできない、それどころか、同じくこの国のために戦っている同志を守れない。そんな状況では、覚悟を決めるしかない」

 翼さん、俺との戦いはビジネスライクだったのに、それなのに、俺の命一つにそこまでのことを……この国の未来のために、そこまでの覚悟を……。

 これが、奏さんを失った翼さんの覚悟なのかと、俺は思った。

 

「しかし、私も防人の意地がある。二人共、そこで見ているといい! 私の、防人としての覚悟と生き様を!」

 

 翼さんは俺達に叫ぶ。

 そして、言う。

 

「……月が出ている間に、終わらせましょう」

「何を……、っ!?」

 

 そしてそこで、ガリィ達は気づく。自分達もまた、動けなくなっていることに。

 

【影縫い】

 

「これは……!」

「動けない……!」

 

 ガリィとファラがなんとか動こうと必死に体を動かしている。

 そして、そこに翼さんは歩み寄り、“詠い”はじめた。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal. Emustolronzen fine el baral zizzl ――」

 

 それは、シンフォギア装者のすべてを捧げる歌。

 すべてを引き換えに、すべてを滅ぼす歌。

 

『これは……絶唱!?』

「えっ!? 絶唱って……翼さんッ!!」

 

 走って止めに行こうとする響。

 だが、もう止めることはできなかった。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal. Emustolronzen fine el zizzl……」

 

 彼女が詠いきった瞬間、強烈なエネルギーが放出され、そして――

 

「「があああああああああああああああああああああああああああああっ!?」」

 

 それを、ガリィは、ファラは、そしてアルカ・ノイズの群れはまともに食らった。

 アルカ・ノイズの群れは、それにより消滅。

 そして、翼さんを中心に、大きなクレーターを作り、オートスコアラーの二体は大きく吹き飛ばされていった。

 

「う……あ……!」

「おの……れ……!」

 

 オートスコアラーの惨状はひどいものだった。手足がほぼおしゃかになっており、ぐったりと廃墟とかした工場の中で寝そべっている。

 まだ活動しているのが不思議なほどだった。

 

「おぼえて……いろ……!」

 

 そして、オートスコアラーはなけなしの力を使って、転移し消えていく。

 とりあえず、この場の難は去ったようだった。

 しかし――

 

「……翼さぁぁぁぁぁん!」

 

 クレーターの中心で、目から、口から血を流し立ち尽くす翼さんの姿に、決して俺達は勝利を喜べないのであった……。

 



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ガラガラヘビがやってくる

 翼さんが命を賭してもぎ取った勝利の後、彼女は二課と関連があるリディアンの隣の病院へと搬送された。

 そして、その手術室の側で、俺達は翼さんのマネージャーをして、さらに二課のエージェントでもある緒川慎次さんから、彼女の過去、天羽奏さんのことについて聞かされた。

 その話を聞いて、響は泣いていた。

 今まで一人ぼっちで戦っていた翼さんに思いをはせて、そして、自分の軽率さを恥じて。

 だが、一方で俺は響のように涙を流せなかった。

 俺は未だ心中で混乱していたからだ。

 なぜ……なぜ、オートスコアラーが……!?

 オートスコアラーに襲われたということは、背後にいるのは錬金術師であるキャロルのはずだ。

 そのキャロルがなぜ俺を狙う!?

 より正確には、俺の持つ外異物――エーリッヒ・ツァンのヴィオルを狙っている。

 俺の喉にあるこれが、それほどまでに重要なのだろうか。

 そして、相手をオートスコアラーに変えても、こうして原作通りの流れが進んでいる。

 これは一体どういうことなのか。

 もしや、俺の持っている知識ではどうにもならないようなことが起きようとしているのではないか?

 そんな恐れが、俺の中で生まれてきた。

 ゆえに、俺は泣けなかった。

 俺は響と違って、自分のことで精一杯になっていてしまっていた。

 その日は結局、緒川さんからの話を聞いて終わった。

 俺は自分の内にもやもやを抱え込みながら、誰もいない部屋に帰宅した。

 帰った俺は、すぐさまベッドに入る。こういうときは寝てしまったほうがいい。前世でも、メンタルが弱ったときはそうしていた。

 だが――

 

「……眠れない」

 

 俺は眠りにつけなかった。

 眠れないほどに心が疲れているとは、思っても見なかった。

 どうにも、俺は存外臆病な性格だったらしい。

 

「…………誰かと、話したいな」

 

 俺は自分の気持ちを吐露する。

 ゆえに、携帯を取り出し、電話帳を開く。

 そして、タップし電話をかけた相手は――

 

『……んああ……どうした祭、こんな夜遅くに』

『いや……ちょっと声が聞きたくてさ、父さん』

 

 俺が電話をかけた相手は父さんだった。

 明日も仕事があるゆえに迷惑なのは分かっていた。でも、どうしても親の声を聞きたくなったのだ。

 

『……そうか。まあ、何があったかは聞かん。とりあえず、適当にでも話すか』

『……ありがとう』

 

 そして父さんは、俺のそんな気持ちを察してくれたのか、ただ話を聞いてくれた。

 結局、俺はその日ずっと父さんととりとめのない話をした。

 そのおかげで、自分の中の辛さが少し晴れていった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「よく来てくれた、祭君」

 

 その日、俺は弦十郎さんから二課に呼び出されていた。

 内容は、言われずとも分かっていた。

 

『この前の襲撃の件……ですよね』

「ああ、そうだ。そのことについて話がしたい」

『はい。……にしても、弦十郎さん』

「なんだ?」

『ちょっと汗臭いですよ……』

「ああ、実は響君から修行させて欲しいと頼まれてな。微力ながら、ここ数日、彼女に稽古をつけていたのだ」

『ああ、なるほど……』

 

 どうやら響は原作通り弦十郎さんに師事しているらしい。

 これでもう、彼女は大丈夫だろう。弦十郎さんに稽古をつけてもらうことで、響が一皮むけるのは分かっているから。

 それよりも、である。

 

「まあそんなことよりもだ。今日は、ここ最近調べていた敵の正体について、しっぽが掴めたから君と話をしにきたのだ」

『掴めたんですか!? 相手の正体が!?』

 

 俺は驚いた。

 相手の正体、つまり錬金術師だということをどうやって掴んだのだろうか。

 そこは、さすが二課とでも言うべきなのだろうか。

 

『一体、どうやって……』

「それについて、なのだが……」

 

 と、そのときだった。

 突然部屋が暗くなる。電灯がすべて落ちたのだ。

 そして、背後に並々ならぬ気配を感じた。体中に鳥肌が立つような気配を。

 

『っ!?』

 

 俺は咄嗟に振り向く。そして、条件反射的に喉から奏でようとする。

 

「あら、だめよ。ここは基地内なんだからそんなオイタしようとしちゃ」

 

 それを、聞いたことのある声が静止し、スラリとした手が俺の腕を掴んだ。

 

『っ……!? あなたは……!?』

 

 電灯がつく。それによって、俺を止めた人物の姿が見える。

 そこにいたのは、俺が知っている、しかしこの目では初めて見る人物の姿だった。

 俺は、思わずその名を呟いてしまう。

 

『……フィーネ……!?』

「ほう、やはり私の事を知っていたか。私の見立ては、どうやら間違っていなかったようね」

 

 そこにいたのは、何度も輪廻転生を繰り返し人類史に影響を与え続けてきた巫女、フィーネだった。

 服装は櫻井了子としての白衣だが、髪色はフィーネとしての金髪だった。

 

『あっ、今のは……!?』

「いいのよ、あなたのことについて、私はある憶測を立てている。そして、私の憶測はあなたのその言葉によってある程度裏付けられた」

 

 怪しい笑みで笑いながら言うフィーネ。

 俺はそんな彼女を警戒し身構える。

 

「落ち着け、祭君。彼女は、了子くんは敵ではない」

 

 だが、そんな俺を弦十郎さんが諌めた。

 

『弦十郎さん!? でも、彼女は……!』

「そうよ弦十郎君。今はたしかにそうだけど、いつ私があなた達と敵対しないとも限らないのだから」

「俺がいる限り、そんなことはさせんさ」

『……!? ……!?』

 

 俺の頭は混乱しかなかった。

 どうしてフィーネが……!? どうして弦十郎さんと普通に話しているんだ……!? どうして……!?

 

「……だいぶ混乱しているようだな。まずは全員、座ってゆっくり話そう」

 

 そうして俺は半ば力づくで座らされ、落ち着くまで弦十郎さん達は待ってくれた。

 

 

「……落ち着いたかしら?」

『……はい』

 

 フィーネの言葉に、俺は警戒を解かない状態でありながらも頷く。

 今は、落ち着いて話すしかない。俺はそう判断した。

 

「改めて、私は櫻井了子もといフィーネ……あなたは知っているようだけど、一応ね」

『……それは』

「どうして私がこうしてこの場にいるのか、という顔ね。いいわ、教えてあげる」

 

 そうしてフィーネは語る。彼女が今ここにいる理由を。

 

「簡単に言ってしまえば、私は弦十郎君に野望を阻止されたのよ。私の目的は、人をカストディアンの呪縛……バラルの呪詛から解き放つためにこの基地と一体になっていたカ・ディンギルによって月を破壊すること。でも、弦十郎君はとあるときにその私の計画を看破し、それを阻止した。でも、弦十郎君は私にトドメを刺さなかった。そればかりか、再び私に手を差し伸べたのよ。本当に、青いわよね。ただまあ、私だってまだ次の輪廻に入るのは早いと思ったし、彼の言う『別の可能性を見せてやる』なんて言葉も面白いと思った。ゆえに、私はその可能性とやらを見せてもらえるまでの間、協力して上げることにしたのよ」

『…………』

 

 俺は言葉が出なかった。

 そして理解した。今この世界は、俺の知っているシンフォギアとは完全に逸脱しているのだと。

 

「驚き、という顔ね。まああなたが私の事をどこまで知っているかについては、こちらは推測するしかないけど……しょうがないわね」

『……俺が、どうしてあなたのことを知っていると?』

「それよ。私が着目したのは」

 

 そう言って、フィーネは指をピンと立てる。

 

「私は最初に見たときからまず敵が錬金術師だということを看破していた。なにせ、昔何度も戦った相手だからね。手の内は分かってるのよ。蛇の道は蛇、というわけね。そして次にあなたと錬金術師の戦いのログを確認した。そして、あなたがアルカ・ノイズのことについて知っていることに私は着目した。アルカ・ノイズのことについて知っているのは錬金術師について知っている者のみ。そしてそれは現代の人間では普通ありえない、ってね」

『あ……』

 

 迂闊だった。戦いに熱くなっていたとはいえ、俺はどうやら失態をおかしていたようだった。

 フィーネは話を続ける。

 

「そこで私はある仮説を立てたの。外異物によって、あなたは世界を外側から見ているのではないかと」

『外側から……』

 

 彼女の仮説は当たらずとも遠からずだった。外異物の力ではないが、俺は前世この世界をアニメとして見ていた。

 それは、世界を外側から見ていると言っても過言ではないだろう。

 

「どうやら図星のようね」

 

 フィーネは怪しい笑みを見せる。

 

「あなたが世界の外側から物事を観測したのなら、当然私の事も知っている。私はそう思って、あなたに正体を明かしたのよ。二課では弦十郎君しか知らない、私の正体をね」

『そうだったんですか……』

 

 さすがフィーネ、と言ったところだった。

 僅かな情報でここまで俺の核心についてきた。まさに何度も輪廻を繰り返し、人類史を影から支えてきた彼女ならではであろう。

 

「あなたの外異物の力は世界を外から見れる力がある、または外から見たものによって起動できる。それは、外異物に世界の外と直結する力がある。そこから敵の目的が見えてくるのよ」

『見えてくる、目的……?』

「ええ。つまり、敵はその外異物の力によってどうにか世界を外側から見ようとしている。あるいは、その力を使って何かを行使しようとしている、とね」

 

 彼女の説明は理屈が通っているように思えた。

 俺と外異物との繋がりは恐らく後者だ。俺が別の世界でこの世界の知識を持って生まれてきたから、外異物が反応した。それはつまり、外異物が別の世界とつながる力があるということだ。

 敵、つまりキャロルはそれを狙っている可能性が高い。

 

『なるほど、だから俺を狙ってきた、というわけですね……?』

「ええ、あくまで仮説だけどね。本当はもっと情報が欲しいところなんだけど……それにしても」

 

 と、そこでフィーネは言葉を区切った。

 

「別の世界から介入してくる存在……まるで、あなたの外異物はノイズのようね。クスクス」

「了子君! 言葉が過ぎるぞ!」

『…………』

 

 諌めてくれる弦十郎さん。それが嬉しかったが、俺は反論もできなかった。

 別の世界からこの世界に前世の知識を持ち込んだ俺は、まさに別の世界の存在と言っても過言ではない。

 それは、本来別の世界から襲いかかってくるノイズと同じと言えてしまう。

 俺は、自分でもそう思ってしまった。

 

『俺は……』

「祭君、君は決してノイズと同じなどではない。それは、この俺が保証しよう。君は君の守りたいもののために力を振るっている。それがノイズと同じと、どうして言えようか」

『弦十郎さん……』

「まったく、相変わらず暑苦しい男ね弦十郎君は。まあ、そういうの嫌いじゃないけどね」

 

 フィーネはフフっと笑いながら言った。

 俺には、今ひとつ彼女の感情を読み取ることができなかった。

 

「ま、とにかく敵の錬金術師があなたを狙っていることは揺るぎのない事実ということね。だから、あなたにも私達に情報提供をして欲しいの。こちらも、あなたに助力するために助っ人を呼んだわ」

『わかりました。俺の知っている情報……と言っても、今の状況において有益な情報は少ないと思いますけど。それにしても、助っ人……?』

「ええ、そうよ。さっきも言ったように、蛇の道は蛇。私にも、一応仲間はいるのよ。……入ってらっしゃい」

 

 フィーネがそう言うと、部屋の扉が開かれた。

 

「なんだよ、やっと出番かよ。待ちくたびれたぜ」

 

 そして、中に入ってきた人物に、俺はまたも驚愕した。

 

『君……は……!?』

「なんだぁ、アタシのこと知ってるのか? フィーネから聞いた通り、変な奴だな。まあいいや、よろしくな、ええと……祭さんよ」

 

 ぶっきらぼうな口調。雪のように白い髪。端正な顔立ち。美しいプロポーション。

 そのすべてが、彼女の名前を俺に告げている。

 

「アタシは雪音クリス。イチイバルのシンフォギア装者だ。これから、あんたと一緒に行動して、守ってやるよ」

 

 クリスがニヤリと俺に笑みを向け、そこに立っていた。

 

『マジか……』

 

 俺は思わずそう呟くことしかできなかった。

 



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ミュージック・アワー

『ふわぁ……』

「祭、大丈夫? なんだか凄い眠そうだよ?」

 

 学校での昼時、大きなあくびをした俺に未来が気遣うように言ってくれた。

 

『んん……最近寝不足でね……』

 

 それは本当である。

 突如敵として現れた錬金術師。

 更には味方として現れたフィーネ。

 次々と起こる予測不可能な事態に、俺の脳はすでにパンク寸前で、しっかりとした睡眠が取れないでいたのだ。

 

「最近、祭なんか大変そうだしね……響も今日の朝から修行とか言ってどっか行っちゃったし、なんか私だけ置いてけぼりって感じ」

 

 未来がすねたように言う。

 俺はそんな彼女の顔に、思わず気まずい気持ちになる。

 響と俺が未来にしている隠し事は、同一な隠し事なわけで。つまり、彼女に嘘をついているわけで。

 ずっと仲良し三人組として一緒にいたのに、ここにきて彼女を仲間はずれにしているようで、個人的にとても気分が悪い。

 きっとそれは響もだろう。

 実際、原作では響と未来はそれで一悶着あったしなぁ……。

 

「おう、祭、ここにいたのか!」

 

 と、そこで俺に乱暴な口調が投げかけられてきた。

 聞き覚えのある声に、俺は少し苦々しい顔になりながらも振り向く。

 

『……クリス……先輩』

 

 そこにいたのはクリスだった。彼女は俺達と同じリディアンの制服を着てすぐそこに立っていた。

 手には料理の乗ったトレーが持たれている。

 

「ここいいか?」

『ええ、まあ……』

「え? 誰、祭? 先輩?」

「よう、アタシは雪音クリス、二年生だ。つっても、ついこの前転校してきたばかりだけどな。祭とは、今同室なんだ」

「えっ、祭、上級生と同じ部屋なの!?」

『うん、まあ、部屋がどうしてもないっぽくて、今……』

 

 それは嘘である。

 クリスは俺の護衛としてこの学校に転入してきた。そして、俺を守るのにちょうどいいからと俺と同室にされたのだ。

 そこはリディアンの創設に関わっている二課が手を回したらしい。

 

「……もしかして、祭の寝不足の原因ってこの先輩?」

 

 未来が訝しんだような表情で俺に聞く。

 

『えーと……うーん……当たらずとも遠からずっていうか……』

 

 まあある意味間違ってないからどう答えたらいいものか……。

 俺が煮え切らない態度を取っていると、未来は今度クリスに目を向ける。

 

「どうも、小日向未来です。祭の幼馴染です」

「おう未来、よろしく! よっと」

 

 クリスは俺と未来の正面に座る。乗っている料理はハンバーグだった。

 

「何してるか知りませんけど、祭をあんまり困らせないでくださいね? 祭、今寝不足で困ってるんですよ」

「寝不足ぅ? アタシのせいでか?」

『いやーその……ハハハ……』

 

 俺は愛想笑いをするしかなかった。

 別にクリスのせいではないんだけど、とりあえずそうしといたほうが収まりがいい。俺はそういう意図を込めたアイコンタクトをクリスにさりげなく送る。

 

「……ああ、なるほど」

 

 すると、案外敏いクリスは気づいてくれたようだった。

 

「悪かったよ、アタシも別に突き合わせるつもりじゃなかったんだが、日本は久々でな。色々話を聞いてたら、夜遅くまでつきあわせちまったんだよ」

「そうだったんですか……」

 

 とっさにそれらしい作り話をしてくれたクリス。

 助かる……後でフラワーのおばちゃんのお好み焼きでもおごっておこう……。

 

「それで、クリス先輩はどうして今この時期に日本に? というか、どこの国にいたんですか?」

「ん? ああーえっと……アタシ、ちょっと連続での転校が多くてなーどこって言われると少し困るんだよ」

 

 クリスは一瞬端切れ悪く言う。俺はそこで、クリスが来たときの自己紹介を思い出していた。

 彼女は中東のバルベルデ共和国でテロにあい、両親を失ってテロリストに捕まっていた。

 そこをフィーネに助けられ、しばらく共に生活していたらしい。それで彼女に付き従っていたのだが、フィーネが弦十郎さんに負けた後は彼女も弦十郎さんに従い二課の裏の戦力として戦っている、らしい。

 どうも彼女は原作よりずっと早く助け出されたらしく、さらにはフィーネが甲斐甲斐しく育てたということもあったらしい。ゆえに、原作一期のときより抱え込んでいないように俺には思えた。

 とにかく、そんな事情で彼女は世界各地を飛び回っていたらしい。

 ゆえに、どこの国からという質問に少し困ったのだろう。

 結果、嘘だけど嘘じゃない回答でごまかした、というわけだ。

 

「なるほど……両親がお忙しい方なんですか?」

「んーまあ……そんなかんじかな? まあ、でもしばらくはこっちにいると思うぜ、なあ祭」

『……俺に聞かないでくださいよ』

 

 突然俺に振られても困るから止めてほしい。

 俺に分かるわけないじゃないか、敵の動向なんて。

 確かに俺は外異物の力で世界を外から見た、ということになっているけど、すでに流れが原作を逸脱してるんだから答えられることは全然ないんだ。

 フィーネ達に俺の知っていることを話したときも、前世知識ということは伏せながら錬金術師キャロルのことなど伝えたときもそういう感じのことは言ったのだが。

 

「そうですよ。祭が先輩のこれからを知るわけないじゃないですか」

「それもそうか。ハッハッハ!」

 

 クリスはごまかすように笑う。

 笑い方がわざとらしいなぁ……ほら、未来が訝しんでる。

 

「……ま、いいですけど。それより食べちゃおう祭。じゃないと、お昼終わっちゃう」

『ん? ああそうだね。早く食べちゃおう』

「そうだな、じゃあアタシも食べるとするか」

 

 そうして俺達は半ば強引に話を切り上げて食事を取った。

 クリスの食べ方は、とても汚かった。未来はドン引きしていた。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 放課後。

 俺はリディアンにいくつもある音楽室のうちの一つにいた。

 手にはギターを持ち、音楽を奏でる。演奏している曲はシンフォギアの時代においては昔のアーティストにあたる『ポルノグラフィティ』の曲『ミュージック・アワー』だ。

 俺が前世で大好きだったバンドの一つで、この喉になってから楽器の練習がてらよく弾く曲の一つでもある。

 なお、自分なりにアレンジをしている。具体的には、歌の部分を違和感なくギターで奏でるようなアレンジを。

 歌えない喉のかわりにギターが喉という感じだ。

 いつもはこうして授業終わりに一人で練習しているのだが、今日は観客がいた。

 未来とクリスだ。

 二人は俺が弾き終えると、パチパチと拍手をした。

 

「すごい祭! また一段とうまくなったね!」

「へぇ、最初曲名を聞いたときはまた古い曲をと思ったが、またずいぶんいいもんじゃねぇか」

「……ありがとう、二人共」

 

 俺は二人から少し顔を逸らしながら言う。

 なんだかちょっと照れくさかったのだ。

 

「あー、祭ったら照れちゃって。もうかわいいんだから」

 

 それを未来に見抜かれ、茶化される。

 

「お、なんだ照れてるのか? 確かにそれはかわいいなぁ、んん祭?」

 

 それにクリスも乗っかってくる。

 くっ、こいつら……人がちょっと照れたぐらいで……!

 

『……帰る!』

 

 俺はちょっとムカついてわざとらしくギターを持って立ってみせる。

 

「ああ悪かった悪かった! お前の演奏に感銘を受けたのは、嘘じゃねぇから!」

「そうだよ祭! ごめんね茶化しちゃって。また祭の演奏聞かせてほしいな」

『……ずるいな、二人共。そう言われたら、許しちゃうじゃないか』

 

 俺は思った以上にチョロいらしい。

 二人に曲を褒められて、俺はすぐさま機嫌を直してしまった。

 そうして俺はまたギターを構え、次の曲の準備をする。

 ……実際、こうして誰かの前で演奏するのは楽しい。音楽の楽しさを再び思い出せたのは、間違いなく弦十郎さんのおかげで、だからこそ今の俺がこうしてあると思う。

 でも……やはり歌への未練は残っているんだなと、俺はこの前思い知った。

 だって、ガリィに煽られたときに、俺は我を忘れて怒ってしまったから。

 歌への捨てられない未練が、この喉をバカにされたときに燃え上がる燃料となったのだろう。

 やはり、歌への憧憬は捨てられない。

 こんな喉になっていなければと思うことを、どうしてもやめられない。

 でも、だからと言って音楽を奏でること自体は先程も思ったように好きだ。

 その二つの感情が、並列しているのだ。

 我ながら難儀なことである。

 今はただ、こうして楽器を奏でることしか俺にはできないのに。

 俺は二人に気付かれないようにそっとため息をついた。

 自分から見ても哀れな夢への縋りように、である。

 

『……それじゃ、次もポルノグラフィティで。曲は“Zombies are standing out”』

 

 俺はそんな自分の未練を捨てられるようにと、激しめの曲をチョイスし、勢いよくギターを弾くのだった。

 



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Zombies are standing out

「いやぁすっかり遅くなっちまったなぁ」

 

 夕暮れの放課後、俺はクリスと一緒に寮への帰路をついていた。

 

『クリスがあんなに曲をリクエストするからじゃないか』

「ああ? いいだろ別に。ていうか、嫌だったらお前が止めればよかったじゃねぇか」

『うぅ、それは……』

 

 俺達は俺の放課後の練習の帰りだった。

 練習に観客として付き合っていた未来とクリスのうち、未来は響が帰ってくるとの連絡があったから途中で帰ったのだが、クリスはじっくり俺に付き合い、さらには曲をリクエストしてきた。

 それに俺も答え、結果、帰りが遅くなったのだ。

 

『……まあその、誰かに求められるのって結構気持ちがいいというか、つい調子に乗ってしまったというか』

「へへっ、気持ちよかったならいいじゃねぇか」

 

 クリスがニヤニヤとした笑みで言う。

 くっ、クリスと一緒に生活するようになってから、時折こういうふうに笑われる……。

 どうやら俺はクリスにとってからかいがいのある相手らしい。

 

『にしても』

「ん?」

『いや、クリスは本当に音楽が好きなんだな、ってね』

「ああ、まあな。アタシの死んじまったパパとママが音楽家夫婦だったから、自然とな」

『……大丈夫なの?』

「へ? 何がだ?」

『いや、この前聞いた話だと、クリスは両親の活動についていった結果で両親を失って、それでしばらくゲリラに捕虜にされてたんだろう? そんな経緯があったら、音楽が嫌いになってもしかたない気もして……』

 

 原作の序盤のクリスは歌が嫌いだと言っていた。

 だが、今俺の目の前にいるクリスにそんな素振りはない。

 むしろ、とても好んでいるように見える。その違いが、俺には気になった。

 

「ああ、なんだ、んなことか。確かに一時期嫌いになりかけた時期はあったさ。でもよ、両親は本気で音楽で世界が平和にできると思って努力してたんだ。それを娘のアタシが忘れちゃ世話ねぇだろ? アタシは間違いなくあの人達の娘なんだ。それに、アタシを助けてくれたフィーネだって今は平和的なやり方で頑張ってんだ。それにも報いてやらねぇとな」

『……すごいなぁ、クリスは』

 

 俺は素直な感想をこぼした。

 彼女は本当に素晴らしい人間だ。俺はそう思ったのだ。

 

「なんだよ、褒めても何もでねぇぞ?」

『いや、そういうつもりじゃなくてさ。いろいろ大変な事を経験してるのに、しっかり前を向いてさ……俺はいつまでも後ろ向いてウジウジしてるところがあるから、素直に憧れちゃうんだ』

「……後ろを向いて、か。それもしょうがねぇと思うぞ? アタシだって後ろを向いてた時期はあったし、お前のソレはすぐに立ち直れるようなことじゃないだろ」

 

 そう言ってクリスは俺の喉を見た。

 俺は彼女の視線を受けながら、そっと自分の喉を撫でる。

 黒いチョーカーは、体温よりも冷たかった。

 

「お前は頑張ってると思うぞ、アタシは。普通はそんな喉になったら、腐っても仕方ねぇ。でも、腐らずにお前は別の目標を見つけたんだ。十分、前を向いてるさ」

『……そうかな』

 

 俺はガリィの昔の夢についてけなす言葉に激昂してしまった。

 それは、未だに俺が昔の夢に縋っている証拠だ。

 俺には、どうしてもそれが自分の情けなさに繋がっているように思えた。

 

「そうだよ、自信持てって。お前が頑張ってるのは、アタシが保証するからさ!」

 

 そう言ってクリスは俺の肩をばしっと叩いた。

 ちょっと痛かったが、それ以上に温かみを感じた。

 

『……ありがと、クリス』

「おう。そういえばお前、人前ではアタシに先輩ってつけてるけど、それ止めてもいいんだぞ? 普通にクリスって呼べよ学校でも」

『いやでも、一応先輩だしそこらへんをしっかりしないと怪しまれるかもだし……』

「めんどくせぇこと考える必要ないって。アタシとお前の仲じゃねぇか!」

『……考えとく』

 

 二課のことがバレないための念の為の呼び方だったが、彼女がそう言うのなら変えてもいいのかもしれない。

 俺はそう思った。

 

「おやおやぁ? 今回は二人なのぉ? 私の事が怖いのかなぁ? キヒヒ!」

 

 と、そのときだった。

 煽るような言葉と笑い声が突如上から聞こえてきたのだ。

 俺達は声の方向を向く。

 

『……ガリィ!』

 

 そこには、木の上に立つガリィがいた。

 

「おい、あまり煽るんじゃない。ソレを言ったら俺達だって二人じゃないか」

 

 今度は目の前から声が聞こえてくる。

 そこには、小柄な人影があった。その姿を、俺は知っていた。

 

『お前は……! キャロルか……!』

 

 そこにいたのは、オートスコアラーの主である錬金術師、キャロルだった。

 

「……ほう、俺様の事を知っているのか。やはり、その外異物の力は本物のようだな。ますます欲しくなったぞ、その力」

「へぇ、こいつらがお前を狙う敵ってわけか。ぶっ飛ばしがいがありそうじゃねぇか……!」

 

 クリスが好戦的な笑みを浮かべながら言う。

 そんな彼女を、キャロルは冷たい視線で見つめる。

 

「貴様は……フィーネの子飼いのシンフォギア装者か。去れ、貴様に興味はない」

「そう言われてはいと返すわけはねぇんだよなぁ。なんせ、アタシの仕事はコイツの護衛だからな」

 

 そう言って、クリスはシンフォギアを首元から取り出し、詠い始めた。

 

「Killiter Ichaival tron……」

 

 クリスのシンフォギア、イチイバルの聖詠。

 それが響き渡ったかと思うと、彼女の体を光が包み始め、そしてクリスはシンフォギアをまとった姿で再び現れる。

 赤い鎧、イチイバルをまとった姿に。

 

『――――』

 

 俺もそれに合わせ、喉を鳴らす。

 それにより、俺は外異物エーリッヒ・ツァンのヴィオルをまとった姿になった。

 

「ふん、聖遺物と外異物、揃い踏みというわけか。だが、今回はわざわざ俺が出張っているんだ。絶対にいただくぞ、貴様の力!」

 

 そう言ってキャロルは虚空からハーブを取り出したかと思うと、錬金術師が戦闘時にまとう、ファウストローブをまとい始める。

 ソレとともに、彼女の体は成長した姿になる。

 

「あらあらぁ、マスターもやる気じゃないですかぁ。汗臭い闘志ですねぇ」

「黙れガリィ。ファラよりも貴様を優先して修復した分の仕事はしろ」

「はぁーい」

 

 そう言ってガリィは木の上から降りてくる。そして、さっと赤い結晶体をばらまいた。

 すると、そこから次々と召喚される姿があった。アルカ・ノイズだ。

 

「さぁて、まずは小手調べ」

 

 ガリィはそう言うとバッと手を前に出す。

 すると、アルカ・ノイズが一斉に襲いかかってきたのだ。

 

『クリス!』

「ああっ!」

 

 俺とクリスは応戦する。

 クリスは鉛玉で、俺は音でアルカ・ノイズを撃破していく。

 特にクリスの戦果はものすごく、彼女が向いた方向はアルカ・ノイズが次々と消えていったほどだ。

 

「へぇ、どこぞの馬の骨かと思ったけど結構やるじゃない。でもぉ……レイア!」

「地味に承知!」

 

 ガリィが叫んだその瞬間、クリスの背後にオートスコアラーの一人であるレイア・ダラーヒムが突如として現れた。

 そして、彼女の技であるコイン飛ばしでクリスの足を止める。

 

「ちっ!? 新手かっ!」

「地味に足を止めたぞ、今だガリィ」

「はぁい! いけぇ!」

 

 そこで、ガリィは周囲にいたアルカ・ノイズをすべてクリスへと向かわせた。

 

『しまった!』

 

 俺は叫び、クリスのもとへ向かおうとする。このままでは、アルカ・ノイズの解剖器官によってクリスのシンフォギアが破壊されてしまう!

 だが、俺とクリスの間にスっとキャロルが入ってきた。

 

「おっと、いかせんぞ? 外異物の小娘」

『お前が人に言えたことかっ……!』

「ふん、言えるさ。重ねてきた齢はお前達とは天と地の差があるからなぁ」

 

 俺の足はキャロルの攻撃で止められる。

 

「ちぃっ!」

 

 さらに、クリスの足もレイアの攻撃で止められている。

 二人の足が止まった、そのとき――

 

「いけぇ!」

 

 アルカ・ノイズの解剖器官が、クリスのシンフォギアに触れた。

 

『クリスッ!!』

 

 俺は叫ぶ。

 助けられなかった……!

 そう思った。

 だが――

 

「……へっ、それがどうしたぁっ!」

 

 彼女はまったくもって平気なようだった。そしてそのまま、彼女は銃弾をバラまき、周囲にいたアルカ・ノイズを殲滅した。

 

「何っ!?」

「あれれぇ!?」

 

 レイアとガリィは驚きの表情を見せる。一方で、クリスは余裕の、かつ挑発するような笑みだ。

 

「悪いなぁ、うちの大将は敵があんたらってわかった時点でしっかりと対策済みなんだよ」

「……フィーネか!」

 

 クリスの言葉にキャロルが苦虫を噛み潰したような顔で反応する。

 そうか、フィーネがアルカ・ノイズ対策をシンフォギアに組み込んでいたのか……!

 

『さすが、味方にするとなんと頼もしい……!』

「だろ?」

 

 俺の言葉に、クリスは不敵な笑みのままウィンクした。

 

「ふん、それならが俺達の力でゴリ押すのみだ! 行け、ガリィ! ファラ!」

「はーい!」

「地味に了解!」

 

 すると今度は、ガリィとレイアがクリスに向かい襲いかかる。そして俺の相手はキャロルという形になっていた。

 

「ちっ……!」

 

 さすがのクリスも、オートスコアラー二人相手は辛そうだった。

 俺も救援に行きたいが、ファウストローブをまとったキャロルは俺にとっても強敵で、片手間で相手をすることなどできなかった。

 だが、そんなときだった。

 

「はぁっ!」

「だああっ!」

 

 二つの雄々しい叫びが、戦場に響いた。

 

「なっ!?」

「ぐうっ!?」

「ぐへっ!?」

 

 キャロル、レイラ、ガリィがそれぞれその二つの声の主によって吹き飛ばされる。

 叫びと土煙と共に現れた二つの影が、ゆっくりと姿を見せ始める。

 その姿は、馴染み深い姿だった。

 

『響! 弦十郎さん!』

 

 クリスの前には響が、そして俺の前には弦十郎さんが現れていた。

 二人共、拳を振りかぶった姿で立っている。

 

「大丈夫!? 二人共!」

 

 響が叫ぶ。それに対し、俺とクリスはそれぞれ「ああ!」と答えた。

 

「よくやったぞバカ! いいタイミングだ!」

「もうクリスちゃん! 私達最近出会ったばっかりなのにバカってあだ名はひどくない!?」

「お前こそ不躾にちゃん付けしてるからおあいこだよ! アタシのほうが年上だっつってるだろうが!」

 

 すでに顔合わせはしていた響とクリスは互いに言い合う。すでに二人の仲は出来上がっているようだった。

 

「それにしても、今度は守れてよかったぁ……!」

「よくやったぞ響君!」

「いいえ、師匠こそさすがです!」

 

 ほっとして声を上げる響を褒める弦十郎さんに、それに答え弦十郎さんを称える響。

 

『はい、お見事でした、弦十郎さん……!』

 

 俺はもまたを素直に称賛する。

 彼の背中が、とても大きく見えた。

 

「ふん、そんなことないさ。それに、相手がノイズでないなら、俺の拳もちゃんと通用する! そして、指揮の必要がない場面ならば俺が出ても何も問題はない! そういうことだ!」

「なんだこの男は……! 普通の人間の力じゃないぞ……!」

 

 弦十郎さんの力に驚嘆するキャロル。俺はそんな彼女に不敵に笑ってやる。

 

『ふん、どうだいうちのボスは! 勝てるものなら勝ってみろ!』

「ちっ、急に元気になりやがって……! 虎の威を借る狐というやつだな……!」

 

 キャロルの言葉は的を得ていると思うが、今はそれで悔しく思ったりしない。それほどに、弦十郎さんの存在は頼もしかった。

 今なら勝てる……!

 そう、思うほどに。

 

『さあ、行きましょう弦十郎さん!』

「ああっ!」

 

 そうして、俺は弦十郎さんと一緒に駆けた。

 弦十郎さんと共に戦える。それだけで、俺の心はなぜか踊った。

 

「――まったく、見ておられんな」

 

 だが、そのときだった。

 上空から何者かが、降りてきた。

 そいつによって、俺と弦十郎さんは出鼻をくじかれる。

 ただ現れたならまだしも、かなりの速度で落ちてきたからか、大きな衝撃波を伴ってそこに降り立ったからだ。

 

『ぐっ、なんだ……!?』

「おいおい、また新手かよ!?」

 

 俺とクリスは言う。

 そして、俺達はそこに現れたものの姿を確認する。

 現れたそいつは女だった。

 体は虹色の鱗で作られたスーツか何かで覆われており、不気味な雰囲気を醸し出している。

 髪は腰まで伸びている青い髪を背中のところで一度一つにまとめていた。

 顔は端正な顔つきで、美人というよりも凛々しいという表現が似合うだろう。瞳の色は濁ったような灰色だった。

 年齢は正確にはわからないが、十代後半から二十代前半と言ったところだろうか。

 なぜだか俺は、彼女の姿に翼さんを連想した。

 しかし、彼女自身の素性よりも俺は気になることがあった。俺は、そのスーツを見た瞬間、理解したのだ。それは“外異物”であると。

 

『……お前、その姿は……!』

「ふん、さすがに“同類”は分かるらしいな。私がまとっているものがなんであるか、を」

「お前、いや、あなたは……!? そんな、バカな……!?」

 

 するとそのとき、弦十郎さんがありえないものを見ているかのような目で彼女を見、声を上げた。

 弦十郎さんが想定外の自体に驚くのはよくあることだが、今回はその質が違うように思えた。

 

『どうしたんですか、弦十郎さん……?』

「バカな……どうして……どうしてあなたが……!!」

「……ふっ、久しぶりだな、弦十郎。随分と老けたな、お前は。それにしても、ひどい顔だぞ。まるでゾンビでも見たかのようだな」

「それはそうだ……どうして、あなたがここにいる! 死んだはずのあなたが! 一姫(かずき)姉ぇ!!!!」

 

『姉さん……!?』

 

 その言葉に、俺達三人は動揺し、驚く。

 どういうことだ……!? 弦十郎さんの、お姉さん……!?

 

「それを語るには長い話になるが……まずは初見の子供らに挨拶をするのが礼儀だろう。私は、風鳴一姫。弦十郎の姉であり、風鳴家の長女であったものだ」

 

 鱗のスーツをまとった女、風鳴一姫は、俺とクリス、響にそれぞれ目配せをしながら、そう名乗った。

 




七月、八月は個人的な都合により更新ペースが遅くなります。申し訳ありません。


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Thriller

『風鳴……一姫!?』

 

 どういうことだ!? 俺の前世の知識に、そんな名前の人間はいなかったぞ!?

 それに、弦十郎さんの姉で長女って……!?

 

「どういうことなんだ一姫姉! その身にまとっているものが、何か関係しているのか!?」

「こういうときでも観察を怠らない……さすがにこういうときでも敏いな弦十郎。さすが、あの老いぼれの血を色濃く継いでいるだけはある」

 

 俺達の混乱をよそに、一姫はそう言ってニヤリと笑った。

 そして――

 

「それが、たまらなく気に食わん!」

 

 次の瞬間、目にも止まらぬ速さで弦十郎さんに迫った!

 

「っ!?」

「はっ!」

 

 弦十郎さんの目前に迫った一姫は、手刀を弦十郎さんの心臓目掛けて突き出す。

 それを、弦十郎さんはギリギリのところで弾いて防いだ。

 

「くっ!? 今の速さはっ!?」

「見事だ弦十郎。不意打ちに近かった今の攻撃をよくぞ防いだ。忌々しい……」

 

 そこから、一姫の目にも留まらぬ速さの攻勢が始まる。

 拳や蹴りを次々に繰り出している。

 弦十郎さんはそれを防ぐので精一杯のようだった。

 

『あの弦十郎さんが、防戦一方だなんて……!』

「なんだ……この速さは! あの病弱だった一姫姉が、こんな力を……!」

「ああ、そうだったな懐かしい。常に病床に臥せり、失敗作とみなされていた頃の私……まったく、思い出すだけで苦々しい」

 

 そこで一段と素早い蹴りが飛び出し、それが弦十郎さんの脇腹に深く入った。

 

「がっ……!?」

『弦十郎さん!』

 

 俺は叫ぶ。

 弦十郎さんはその蹴りで吹き飛ばされ、近くにあった木にぶつかった。木はその衝撃に耐えられず、勢いよくへし折れた。

 

「ぐ……! なんて重さの蹴りだ……!」

「あの蹴りで生きているとは、さすが化け物じみた男だ。なるほど、さらに力で踏みしだす必要がありそうだ……」

 

 そう言って一姫はニヤリと笑った。

 まだこの上の力があるのか!?

 俺は驚愕する。

 一方で、その言葉を聞いた弦十郎さんは、苦い顔をしていた。

 

「では――」

『待て!』

 

 そこで、俺は二人の間に割って入った。

 

「……ほう?」

「祭君!」

 

 二人共驚いた顔をする。

 それはそうだ。俺だって驚いている。

 弦十郎さんと一姫、二人の戦いははっきり言って俺には到底ついていけない戦いだ。

 でも、それでも体が動いた。弦十郎さんのことを思うと、勝手に動いたのだ。

 

『これ以上、弦十郎さんを傷つけさせはしない……!』

「これはこれは……同類、見上げた勇気だな。だが、実力差があるのは貴様にもわかっているだろう?」

『人を勝手に同類呼ばわりするな! ……ああ、分かってるさそれぐらい。でも、女には黙ってられないときだってあるんだ!』

 

 正直言えば、怖い。俺は恐怖している。

 でも、言ったように、引けないときだってあるんだ……!

 

「祭っ!」

 

 と、そこで俺の横に並び立ったものがいた。響だ。

 

『響!? どうして……!』

「祭が女を見せたんだ、私だって見せないと。でしょ!?」

 

 響は構えながら俺に笑顔を見せる。その笑顔で、俺は何倍も勇気づけられた。

 

「ったく、しょうがねぇなぁ」

 

 更に、そこにクリスも来てくれた。

 

「アタシの仕事はお前を守ることだ。護衛対象がバカやるんなら、アタシも一緒にバカやらないとな」

『クリス……響……!』

 

 俺の心は震えた。

 バカなことをやっても、こうしてついてきてくれる友人達がいる。そのことに。

 

「……ふん」

 

 すると、驚くべきことが起きた。そこで一姫はなんと俺達に踵を返したのだ。

 

「今回は見逃してやろう。しかし、勘違いするな。形勢は未だ私のほうが圧倒的に有利だ。ただ“時”ではない……それだけは教えておいてやろう」

 

 一姫は俺達に背中を見せながらそう語る。

 そして、その場から去ろうとする。

 

「おい待て! お前は勝手に納得しているようだが、俺様達は納得していないぞ!」

 

 と、そこで言うのはキャロルだ。

 キャロルは一姫に不満があるようだった。

 

「何を今更……ただでさえ貴様らが不甲斐ないから出てやったというのだ。ならば、撤退も私の意思で行うことの何が悪い」

「ぐっ、それは……!」

「それにお前のところの人形の一つ、まだ本調子ではないだろう? やるなら万全の状態でいくべきではないのか?」

 

 そう言って一姫はガリィを見る。

 ガリィはその視線に対し、軽く肩をすくめたのだった。

 

「ちっ……しょうがねぇ。おい! 俺達も引くぞ!」

「はーい、ガリィちゃん了解しましたー」

「地味に承知」

 

 そうして、キャロル達錬金術師一行はその場から去っていった。

 俺は、体中から力が抜けるのを感じた。

 

『ほっ……』

 

 それと同時に俺の体は元に戻り、その場にゆっくりと崩れ落ちそうになる。

 

「祭!」

「おっと!」

 

 それを、同じく姿を戻した響とクリスが支えてくれる。

 

『……ありがとう』

 

 友達とは、いいものだ。俺はそう思った。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「……さて、今回の一件についてだが」

 

 二課の基地に戻った俺達。

 そこで弦十郎さんはメンバーを集め、話し始める。

 

「錬金術師の介入までは想定内だった。が、そこでまさか一姫姉ぇが現れるとは、さすがに想定外の事態だ……」

『弦十郎さん……あの一姫って人は、何者なんですか。俺達と同年代のようにも見えましたが、弦十郎さんのお姉さんって……』

「ああ、まずはそれについて説明しなければなるまい」

 

 と、そこで二課のモニターに写真が映し出される。それは、先程現れた一姫の写真だった。

 

「彼女の名は、風鳴一姫。俺の親父、風鳴訃堂の最初の子であり、長女。俺の姉でもある」

 

 そうして新たな写真がモニターに映し出される。それは家族写真のようだった。そこにいるのは、まだ幼い弦十郎さん達と思われる少年達と、一姫の姿だった。

 一姫は着物を来ていたが、会ったときとは違いとても儚げな雰囲気だった。

 

「ここに映っているのが俺で、ここにいるのが一姫姉だ。もう二十年以上前の写真になる」

「あら、この頃の弦十郎君、なかなかにかわいいじゃない。やんちゃな少年って感じ」

「茶化さないでくれ、了子君」

 

 フィーネもとい了子さんの言葉に、少し照れた様子で反応する弦十郎さん。

 確かに、子供の弦十郎さんは今の面影を残しながらもかわいい少年と言った感じだった。

 

「一姫姉は生まれながらに病気がちで、常に床に伏せていた。この写真も、珍しく体調が良かったときに撮った写真だ」

 

 弦十郎さんは、そのことをとても重苦しい表情で話す。

 

「……病弱な一姫姉は、俺達の父、風鳴訃堂から疎まれていた。防人となるべき風鳴の人間が、病弱とは何事かと、娘扱いされていなかった。そのせいで一姫姉は最後まで部屋に閉じ込めらる生活を強いられていた……」

「そんな……ひどい……」

「ああ、胸糞悪ぃ話だな……」

 

 響とクリスが言う。俺もその話を聞いて、あまりいい気分にはならなかった。

 

「そして一姫姉は、そのまま病床の中で息を引き取った……そのはず、だったんだ。だが、なぜか一姫姉は当時と同じ姿で俺達の前に現れた。当時とは打って変わって、生命力に溢れた姿で。これは、一体どういうことなんだ……」

「おそらく、彼女が祭ちゃんに言った“同類”という言葉がキーワードでしょうね」

 

 と、そこで言ったのは了子さんだ。

 了子さんは怪しい笑みを浮かべながら俺達の前に出る。

 

「祭ちゃんと同類……つまりは、彼女もまた“外異物”の力を用いている可能性が高いわ。あの虹色のスーツがまさしくそれでしょうね。どんな力を持った外異物かは分からないけど、少なくともあれほどの身体能力と、体の老いを止める力があるのは明白ね」

『…………』

 

 またも現れた“外異物”。

 その事実に、俺は押し黙ることしかできなかった。

 急襲してきた錬金術師といい、どんどんと“シンフォギアの物語”からズレているのを感じる。

 このままいった場合、先にどんな未来が待っているのか、俺には想像もできなかった。

 

「そんな彼女が錬金術師と結託して何かを企んでいる……あんまり面白くない状況ねぇ。こちらが後手後手に回っているんですもの」

「ああ、そうだな。せめて敵の目的を明確に知ることができれば……」

 

 気まずい沈黙が場を支配する。

 急転する状況に対し、なんら先手を取ることのできないこちら。

 形勢は、はっきりと不利と言ってよいだろう。

 

「とにかく、いつ奴らが襲ってくるかわからん。全員、常日頃から注意してほしい。俺が今言えることはそれぐらいだ」

 

 そうして、その日の会議は終わった。

 二課で情報をできるだけ集めるらしいが、相手が相手だ。どれほどの情報が集まるかは怪しいだろう。

 これからどうすればいいのか。俺には何ができるのか。

 そんなことを考えながら、俺はクリスと共に帰路につく。そうして、俺達の寮の部屋についた、そのときだった。

 

『……?』

 

 部屋の前に、黒いローブを来た何者かが立っていたのだ。

 とても小柄で、一見した印象では子供に思えた。

 俺とクリスは、不思議に思いながらも警戒してそのローブ姿の人物に近づく。

 

「……あっ、あなた達が、祭さんと、クリスさんですか?」

『ああ、そうだけど……君は……』

 

 と、俺が尋ねたときにその人物はローブのフードを脱ぐ。すると、そこで出てきた顔を、俺達は知っていた。

 

「てめぇは……さっきの……!?」

「いいえ、僕はキャロルではありません。僕の名はエルフナイン。彼女に作られた……ホムンクルスです。僕は、あなた達に協力するためにやって来たんです」

 

 エルフナイン……シンフォギアの主要人物の一人がまた、俺の前に現れたのだった。

 



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NIGHTMARE 悪夢

「……ってことは何かぁ? 整理すると、お前さんはあのキャロルが作ったホムンクルスで、キャロルを止めるためにアタシ達に寝返りたい、ってことでいいのか?」

 

 玄関で待っていたエルフナインをひとまず家にあげた後、彼女の話を聞いたクリスが話の内容を総括した。

 

「はい……その通りです」

 

 その言葉に対してエルフナインが頷く。

 一方で俺はというと、またも起きた予想外の出来事に混乱してしまいうまく話に参加できないでいた。

 とりあえず、クリスが同室で助かったと思った。

 

「キャロルはあの風鳴一姫さんにうまく利用されてしまっているんです。もちろん、キャロルもそれは承知の上ですが、彼女の目的にも合致しているためあえて黙殺しているようなんです。でも、僕はそれをとてもよくないと思い、こうして彼女のところを出奔してきました」

「なるほどな……そして、そのキャロルの目的っていうと……」

『世界を識ること……』

「はい、さすが外異物の力を持っているあなたはそれをも知っているわけですね」

 

 俺が思わず呟いた彼女の目的に、エルフナインが言う。

 本来口にするつもりはなかったのだが、無意識に呟いてしまった。

 だがエルフナインはそれについて驚いた様子はなかった。

 

「一姫さんもそうでした……本来知り得ない情報を知っている。そしてそれが、外異物の力だと」

『一姫が!?』

 

 逆に、俺のほうが驚くことになってしまった。

 

「ええ、そうです。一姫さんはその情報と力で、キャロルに取り入ったんです。それら外異物について僕が知っていること、僕なりの研究をまとめたレポートを持ってきました。どうかこれを、二課のいる櫻井了子……いえ、フィーネに渡して欲しいんです」

「……! どうやら、フィーネの正体まで知っているってなると、マジっぽいな……」

 

 クリスが複雑そうな顔をする。

 それは俺もだ。

 そこまで知っているとなると、俺は一つの可能性を考慮しないといけない。それは、風鳴一姫という人物もまた、前世の記憶を持っているのではないかということ。

 つまり、俺と同じように前世でアニメとしてシンフォギアを見ていたのではないかということだ。

 そしてそうであれば、彼女の存在、そして本来の道筋の歪みも説明できる……と思う。

 なにせ、俺も彼女も本来のシンフォギアにはいない人物なのだから。

 

「……大丈夫か、祭? 複雑そうな顔してるけどよ」

『へっ? あ、ああ……うん大丈夫、ちょっと驚いて考え事しただけだから』

 

 クリスが俺のことを心配そうな顔をして見てくるので、俺は彼女に対し笑顔を作って答える。

 ……が、どうもうまく笑えていなかったようで、クリスは依然心配そうな顔つきをする。

 

「ったく、まだ会ってそんな時間も経ってないのに、心配させやがる奴だな、お前は……。よし、アタシはこれからこいつを二課につれていくが、お前は今日は休んでろ。アタシ一人で連れて行くからよ」

『えっ、でも……』

「でもじゃねぇ。まず今日襲われてまだその疲れが抜けてないだろお前」

『それは……でもそれはクリスも同じじゃ』

「アタシはそんなヤワじゃねぇんだ。一緒にすんな」

 

 クリスは力こぶを作りながらニカっと笑って言う。

 そうして、クリスはそのままエルフナインと一緒に部屋を出ていった。

 

『……ふぅ。まったく、一体何がどうなっているのやら』

 

 俺は一人になった部屋でカーペットの上に寝転んで、天井を仰ぎながら言った。

 急襲してきた錬金術師。

 新たな敵。

 そして、外異物の存在。

 これらすべてが、俺に起因するものなのか、はたまた相手にいた風鳴一姫のせいなのか、それは分からない。

 でも、歯車が大きく狂い始めていることだけは、なんとなく分かった。

 

『……寝よう』

 

 とにかく、今の俺にできることは何もない。

 できるとしたら、クリスが二課に連れて行った後の反応を、後日聞くことだけだ。

 ならば、今はゆっくりと体を休めよう……。

 俺はそう思い、シャワーを浴びてパジャマに着替え、クリスがいつかえってきても良いように、電気はつけたまま二段ベッドの上に潜ったのだった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 ――ここは、どこだ……?

 

 気づくと俺は見知らぬ場所にいた。

 どうやらとても古い作りの部屋のようで、きしむ木材でできた床、壁、天井に囲まれている。

 部屋の隅にはベッドがあり、壁の一方には窓がかかっている。

 窓の外からはぼんやりとした明かりが差し込んでおり、どうやら月明かりであることが分かる。

 そして、部屋に中央には、椅子と共に、とても見覚えのあるヴィオルがあった。

 あのとき、俺の目の前で消えたあのヴィオル……『エーリッヒ・ツァンのヴィオル』だと。

 

 ――…………

 

 俺はフラフラとそのヴィオルに吸い寄せられていく。

 そして、椅子に座り、内から湧き上がる衝動に動かされるまま、そのヴィオルを弾きはじめる。

 

 ――……! ……!

 

 演奏すればするほど、体が熱くなっていくのを感じる。

 不思議な高揚感で包まれる。

 猛々しい力が、外から入ってくる。

 俺はなおも演奏を続ける。

 より激しく。より高らかに。

 すると、周囲の壁が、床が、天井が演奏に合わせた不協和音を奏で始める。

 不協和音はどんどんと大きくなり、それがまた俺の演奏を苛烈にさせる。

 そして、ついには窓が力強く開く。その窓の向こうには、既知かつ未知な光景が広がっていた。

 雲と煙と稲妻。湧き上がる深淵。どす黒い半獣半人の何か……。

 その光景を目にした瞬間、ヴィオルから黒い触手が伸び始める。

 触手は俺の体に這って行き、俺の四肢に絡みつき始める。

 怖い。逃げたい。助けて。

 それでも、俺は演奏を止められない。止めることができない。

 頭では恐怖を感じているのに、心では演奏を続けたがっている。

 演奏をそうして続けていくうちに、俺の体はすっかり黒い触手で覆われて、そして――

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

『……うわああああああっ!?』

 

 俺はガバっとベッドから飛び起きた。

 体中汗でぐっちょりで、まるで百メートルを全力疾走したかのように息切れがする。

 

『……夢?』

 

 とても嫌な夢を見た。

 何だったのか、先程の夢は。

 夢にしては、あまりにリアリティがありすぎた夢だった。

 正直、体にその感覚が残って――

 

『……え?』

 

 俺はそんなことを思いながら体を見て、ゾッっとする。

 俺の腕に、あったのだ。

 跡が。

 何かが這い回り、締め付けたかのような、ミミズ状の赤くなった跡が。

 

『……どう……して……』

「……んあ……どうしたんだぁ……? まつりぃ……?」

 

 と、そこで下のベッドから声が聞こえてきて、俺は思わずパジャマで跡を隠す。

 声の主はクリスだった。

 

『あっ! ク、クリス! 帰ってたんだ! おかえり!』

「んあ……そりゃあ帰ってくるに決まってんだろ……なんか慌ててたみたいだけど、どうした……?」

『い、いや! なんでもない! ちょっと夢見が悪かっただけだから!』

「ん……そうかぁ……ふわああ……目を覚まさねぇとな、今日も学校だしよ……」

 

 クリスは眠そうに言いながらベッドから出る。

 俺も表面上は何気ない顔でベッドから降りた。

 でも、着替えは彼女の見えないところでうまくやるしかなかった。

 こんな姿、とても見せられない。

 なぜだか、そんな感情を大きな恐怖と共に抱いたからだった……。

 



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ボクノート

 不吉な夢を見たからと言って、日常が止まるわけでもない。

 俺とクリスは共に学校に登校する。

 ただ、やはり悪夢の影響から早く日常に溶け込みたくなり、朝早く通学路を歩いている。

 そのせいか、通学路には他の学生の姿がほとんどいない。朝練に出る

 

「んあ……こんな早く登校するのは初めてだな。しかしまた急な風の吹き回しだな。こんな時間に登校しようなんて」

『ま、まあね……ちょっとそういう気分でさ』

 

 俺はとりあえず嘘をつく。

 さすがに夢が怖かったからなんて子供みたいな理由を話すことはできない。言ったら多分呆れられるだろう。

 

「そういやよ」

 

 と、そこでクリスが話題を仕切り直すように言う。

 

「これ、学校が終わった後でおっさんに届けてくれねぇか?」

 

 彼女はそう言って俺にあるものを手渡してきた。

 ファイリングされた資料のようだった。ちなみにおっさんとはもちろん弦十郎さんのことだ。

 

『これは?』

「ああ、エルフナインが昨日言ってたレポートのコピーだよ。昨日集まったメンバー……アタシとおっさんとフィーネのメンツで回し読みしてな。それを、それぞれ手元に持っといたほうがいいってコピーしたんだ。ま、アタシが貰ったのはアタシが読むためっつうより外異物の主であるお前に読ませるためなんだけどな」

『俺に……でも、どうしてそれを弦十郎さんに?』

「いやぁよ。それがアタシ間違っちまってさぁ。アタシの分とおっさんの分、二つ一緒に持って帰っちまったんだよ。だから、おっさんの分を返して欲しいんだ」

『ああなるほど……でも、クリスがそんなミスするなんて珍しい。案外几帳面なクリスが』

「案外は余計だろ」

 

 クリスが少し怒ったような過去で言う。

 とは言え、本当に怒っているわけではないだろうが。

 俺はとりあえず頷き、そのファイルを受け取って、鞄に入れる。

 

「せっかくだし学校行くまで余裕があれば読んどけよ? 何かの糸口になるかもしれねぇしな。あと、溜まってるもんあったらおっさんに相談してみたらどうだ。良い口実になるだろ」

 

 その言葉で、俺は気づく。

 

『クリス……まさかそのために?』

「別に。ただ、昨日あの一姫って女にあってからずっと様子がおかしかったからよ。昨日は休んだけど、何か機会があるなら信用できる大人にでも話しとくと楽になるかな、って今偶然に、そう偶然に思っただけだ」

 

 クリスは軽く笑いながら言う。

 そうして、少し駆け足で俺の前に出る。

 

「ほら、とっとと学校行くぞ。今いけば、それもゆっくり読めるだろ」

『う……うん!』

 

 俺は頷き、彼女の後を追うことにする。

 

『ありがとう……クリス』

 

 彼女への感謝の言葉を、一人呟きながら。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「おお、よく来たな祭君! 大丈夫か、昨日の今日で?」

 

 放課後、俺はファイルを持ってリディアンの地下にある基地を訪れた。

 そこには当然弦十郎さんがいて、俺を迎えてくれる。

 

『ええ、大丈夫です。ゆっくり休みましたから。はい弦十郎さん、これ、弦十郎さんのファイルです』

「おお、ありがとう。そうか、クリス君が間違って持っていったか。いやぁ、俺もうかつだったな。はっはっは!」

 

 わざとらしく笑う弦十郎さん。

 多分、弦十郎さんはわざともっていかせたのだろう。こうして、俺が来る口実を作るために。

 もしかしたら二人で示し合わせたのかもしれない。

 でも、今はそんな二人に感謝だ。

 弦十郎さんになら、この胸の不安を吐き出せる。彼の前に立ったことで、そう思えたからだ。

 

『あの弦十郎さん、もしよければ二人で話したいことがあるのですが……』

「ああ、いいぞ」

「即答ですか、ふふっ」

 

 俺は思わず笑ってしまった。弦十郎さんが断るなんてことは考えていなかったが、ここまではっきりすぐに答えられると、さすがに気持ちよすぎる性格だなというかなんというか。

 

「そういうことだ。ここは任せたぞ了子君。何かあったら呼んでくれ」

「はーい! 弦十郎君はしっぽり二人の時間を過ごしてきてね? 私は、新しく入ったこの子といろいろしているから」

 

 弦十郎さんの言葉にそう答えた了子さんは、近くの席に白衣で座っていた彼女―エルフナインの方に手を置く。

 エルフナインは、そんな了子さんのスキンシップに苦笑いしていた。

 まあそれはそうだろう。だって、エルフナインは了子さんがフィーネだということを知っている。

 そして、ということは昨日フィーネとしての了子さんに会ったはずだ。そんな彼女が櫻井了子としてエルフナインに接触しているのは、最初は違和感が凄いはずだ。

 実際俺も凄かった。まあ慣れたんだが。

 俺はそんな二人を後に、弦十郎さんと共に司令室を出る。

 そして、人のいない休憩室へと入る。

 

「ここで話そうか。時間的にしばらく他のスタッフも来ないだろうしな」

『ありがとうございます。……あ、そういえば大丈夫なんですか?』

「ん? 何がだ?」

『いえ、エルフナインのことです。もしかしたらキャロルに何か仕込みをされて情報が漏洩してるなんてことは……』

 

 俺は前世の記憶でエルフナインから情報が筒抜けだった展開のことを思い出して言った。

 もしかしたら、今回も同じ手段が使われているかもしれない。そう思ったのだ。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 それに弦十郎さんはすぐに答える。

 

「それについては了子君が懸念し、隅々まで調べた。そして、彼女の調査によれば彼女な“シロ”だそうだ。……了子君は何かあれば逆に利用してやりたかったと少し残念がっていたがな」

『そうですか』

 

 ほっとした。

 少なくとも、こちらの情報が向こうに渡ることはないようだ。

 

「それよりも、俺に何か話したいことがあって来たんじゃないのか?」

『あ、はい。その……俺……』

 

 そして俺は、弦十郎さんに今自分が抱えている不安の大体を話す。

 

『俺、すごく不安なんです。というのも、俺の……外異物で得た知識と、今の状況の知識が、すごい食い違ってて』

 

 不安の中心を話しながらも、あくまで知識は外異物のものということにした。前世というのは、やはり話せない。

 

「ふむ、食い違っている、とは?」

『はい。実は、俺の知識ではあの夜襲撃してくるはずだったのは、オートスコアラーじゃなくクリスのはずだったんです。しかも、相手は俺じゃなく響で』

「クリス君が? しかも響君を? どういうことだ?」

『えっと……何て言ったらいいのかな。その、俺の知っている“歴史の知識”だと、本来フィーネさんは敵対して、月を破壊するために暗躍していたはずなんです。それを響達が止めて、錬金術師達が現れるのはずっと後で……っていう感じで、全然違うんです。まあその、さらに言えばまず俺の知っている知識には俺自身がいないんですが……』

「祭君がいない? それは、外異物の使い手としての君ということか?」

『……それは』

 

 俺は少し言い淀む。ここで言っていいのだろうか。俺が本来のシンフォギアの世界にとっての“異物”であることを。

 もしそれを言ったら、弦十郎さんは受け入れてくれるだろうか? 険しい目で、俺を見ないだろうか?

 俺はそう逡巡し、そして――

 

『……そう、ですね』

 

 ひとまず、嘘をつくことにした。今の俺には、すべてを話す勇気はなかった。

 

「そうか……それは、難しい問題だな。外異物の知識もすべてではないということか。一姫姉はキャロルに対し断片的にしか情報を伝えてないために、そこらはわからなかったが、もしかしたら一姫姉も同じく知識は不完全なのかもしれんな」

『そうですね……そのことはレポートで読みました。彼女は知識を小出しにしてキャロルと駆け引きしていると』

 

 エルフナインのレポートにはそういった彼女の動向も書かれていた。

 彼女の外異物について分かっているのは、彼女もまた知識を持っていること、そして、彼女の外異物の力を推測するに、恐らく『時間』に関わる力を持っているのではないか、ということぐらいだ。

 

『一姫は恐らく時間を操る力を持つ外異物を使っている……それは、彼女の外異物が恐らく“偉大なる種族”と呼ばれる存在に関係しているからだ、と』

「ああ、エルフナイン君はそれを彼女との会話を聞いて推察したらしいな。“偉大なる種族”……それがなんなのかは、了子君がまた推察していた。恐らく、先史文明よりも前に存在した、人間以外の種族の事ではないか、と」

『途方も無い話ですね……』

 

 そこら辺は完全にシンフォギアの物語の範疇から外れている。

 やはり、俺の知らない方向に歴史が進んでいるように思える。

 

『俺は、その話も知りません……だから、思うんです。俺がこうして外異物を持って介入したせいで、歴史が狂ってるんじゃないかって……俺のせいで……』

「祭君……」

 

 弦十郎さんが心配そうな声を出す。

 ああ、俺はなんて情けないんだろう。自分の不安を話すためにここに来たとはいえ、弦十郎さんにこんな顔をさせてしまうなんて。

 俺は自分の不甲斐なさにまた暗い気分になった。

 だが、その次の瞬間だった。

 俺の頭の上に、ゴツゴツとした大きな、しかし温かいものが乗っかったのだ。

 それは、弦十郎さんの手のひらだった。

 

『弦十郎さん……?』

「安心しろ、祭君。君が悪いことなんて、何もない」

 

 そう言って、弦十郎さんは俺の頭を撫でる。ゴツゴツとした手からは想像もできない、優しい手付きで。

 

「本来、未来なんてわからんもんだ。それこそ、明日の出来事すらな。それが普通なんだ。君はちょっと違った世界を外異物で見たに過ぎない。今、君が生きている時間はここなんだ、分からない出来事があるのは当然さ。だから安心しろ。君は、君の人生は、何も間違っちゃいない」

『弦十郎、さん……』

 

 ああ、やはりこの人は凄い。

 この人の言葉で、俺の不安が振り払われていく。霧がかかっていた俺の心が晴れていく。この感じは知っている。そうだ、あのときと一緒だ。

 声を失って、傷心していたときに救われた、あのときと……。

 

『……ありがとうございます。気持ち、かなり楽になりました』

「そうか、それはよかった。でもまだ万全じゃないようだな?」

『まあ……乙女には、話せない事もいろいろあるんですよ』

 

 俺はそう言ってごまかす。

 弦十郎さんのおかげでだいぶ心は楽になった。でもまだもう一つの問題があった。

 それが、昨夜見た夢。体に跡を作った恐ろしい夢。

 でも、これは弦十郎さんに話す勇気はまだ出ない。口にしたら、本当に現実になってしまいそうだったから。

 

「ふむ、そうか……ならそうだ! 一緒に映画でも見ないか?」

『映画、ですか?』

「ああ、映画は人生を豊かにしてくれる。もしかしたら、君の悩みにも効くかもしれんぞ? 実は今見たい映画がちょうど公開が始まってな。今日見に行こうと思っていたんだ。それで、一緒にどうか、とな」

『……二人で、ですか?』

「ああ、嫌だったか?」

『いえ、そうではなく……』

 

 二人っきりで。

 映画館で映画を見る。

 このシチュエーション……なんだか覚えがある……そうだ、よく恋愛話で定番になるシチュエーション……つまり、これってもしかして、いわゆる、デートのお誘いという奴なのでは……?

 

『……っ!!??!?』

 

 そう思った瞬間、急に体が凄い熱くなり始めた。

 体が燃えているような気分だ。どうした、どうしたんだ俺……!?

 

「む、どうした祭君?」

『い、いや! なんでもないです! 見ましょう! 映画! 二人っきりで!』

「ん? ああ、そうだな! その食いつき用、もしかして祭君も映画が好きだな? ふふっ、いやぁ同好の士ができてよかったよ! はっはっは!」

 

 豪快に笑う弦十郎さん。

 一方で俺は、血液を沸騰させる謎の体内の炎を抑えるために精一杯になっていた。

 そうして俺は、弦十郎さんと共に映画館に行き隣同士で座って映画を見ることに。

 でも、隣にいる彼の事をつい考え、映画の中身はあんまり頭に入ってこないまま、その日を終えてしまうのだった……。

 



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ヒトリノ夜

「なんか今日は随分と上機嫌だね、祭」

『え?』

 

 俺がいつものように放課後の音楽室でギターを弾いていると、ふらっと入ってきて聞いていた未来がそう俺に言った。

 

『そうかな?』

「そうだよ、なんだか演奏に弾みがあるもん。伊達にこうして祭の演奏をいっつも聞いてるわけじゃないんだからね、私」

『ふむ……』

 

 自分ではそういうつもりはなかったのだが、確かにいつもより楽しく弾けていたかもしれない。

 ではなぜそうかと考えると……思い当たる理由は、弦十郎さんとの映画鑑賞だ。

 あれから数日経っているのに、思い返せばまだ胸がドキドキする。

 どうして大の大人と一緒に映画を見に行っただけでこんなにも心が踊るのか。

 正直、自分でもよく分からない。

 

「ほら、なんだか思い出し笑いしてる」

『え、今俺笑ってた?』

「うん、笑ってた。はぁ……いいなぁ、私も祭ぐらい何かいいことがあればいいのに」

 

 未来は少し不機嫌そうに窓の外に視線を向けながら言う。

 どうにも今の未来は上機嫌とは無縁のようだった。

 

『どうしたんだ未来、何かあるなら話聞くよ?』

「話を聞く、か……正直、祭も無関係じゃないと私は思ってるんだけどね」

『俺が?』

 

 未来が悩んでいることに俺が関わっている?

 一体どういうことなのだろうか。

 

「……祭、響と一緒に何か私に隠し事してるでしょ」

『…………』

 

 俺は思わず無言で返してしまう。

 ああ、これはあれだ……未来と響の関係が、シンフォギア絡みでうまくいっていないんだ。

 もちろん錬金術師の件もあるが、それ以外にも俺と響は翼さんの分を埋めるために出没するノイズへの対処に出動することがままある。

 もちろん、出動は突然かつ急を要する事が多く、俺も響もローテーションしているとはいえ日常生活や学校生活の中で急に招集されることも多い。

 俺のルームメイトは事情を知っているクリスだからいいのだが、響の場合は未来だからなぁ……俺の知っているシンフォギアでもそこで二人が喧嘩していた。

 

「……そこで無言になっちゃうのが、祭の悪いところでもあり良いところだよね。嘘が下手くそっていうか」

『へ!? い、いや今のは……!?』

「いいの、なんだか大事な用事を二人で抱えているのはなんとなく分かってるの。今日だって、響はその“用事”とやらで早く帰っちゃったし。……でも、私に何か話して欲しいなって、ちょっと思っただけ」

『う……』

 

 俺はどう返答したらいいかわからず、言葉に窮する。

 もし本来のシンフォギアの通りに歴史が進めば、未来もいずれ物語に絡んでいたところだろう。

 だが、今はこれから先何が起こるか分からない状況だ。もしかしたら俺の一言のせいで大惨事になる可能性だってある。

 それだけは避けたかった。

 でも、こういうとき何も言えないのは、やはり親友として心苦しい……。

 

『まあその……きっと、いつか話せるときが来るよ』

 

 そして、やっと俺が捻り出せた言葉は、どうしようもなく薄っぺらい言葉だった。

 なんの保証もない、その場しのぎの言葉でしかない。

 

「……そうだといいね」

 

 未来は不機嫌を隠さず答える。

 俺は申し訳なくて、その日その後演奏する気力も出ず、その日は二人で気まずいまま帰路についたのだった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 あの日以降、俺と未来はギクシャクしたままになってしまった。

 みんなでご飯を食べるために集まっても、俺と未来の間での会話は少ない。

 それは響も同じで、つまりは三人の間での会話がなくなってしまったのだ。

 一緒に昼を取る創世、詩織、弓美の三人娘はもちろん俺達のことを怪訝に思うし、最近一緒に参加したクリスにも心配された。

 ただ、外からの心配でどうにかなる問題でもなく、ノイズは否応なく出没するわけで。

 俺達のギクシャクは修復されずに日々は過ぎていく。

 あの日以降錬金術師達がおとなしいのが数少ない救いだった。

 了子さんもといフィーネはその静けさを逆に不審に思っているようだったが。

 とにかく、時間は否応なく流れていくわけで。そうしていくうちに、変化は当然出てくる。

 翼さんが、目を覚ましたのだ。

 俺達はその報告を受けてすぐ、翼さんの見舞いに行った。

 助けてもらった俺は当然行かなくちゃいけないし、響も翼さんと向き合いたいだろうし、クリスも新しくやってきた装者として話がしたいだろうしで、三人で向かった。

 そこで目にするのは当然、荒れ果てた翼さんの部屋で――

 

「大丈夫ですか!? 翼さん!? 敵か何かに襲われたんですか!?」

「あの……これはそういうのじゃなくて……」

 翼さんの部屋の惨状に気づかない響に、すぐさま察したクリスと、もともと知っていた俺でなんとも言えない空気が最初の再会で流れたのだった。

 それから少し間を置いて――

『でもまあ、翼さんが元気そうでよかったですよ』

「それをあなたが言う? 司令から話を聞いたけど、狙われているのはあなたなのでしょう? あなたこそ大丈夫なの?」

『う、それは……まあ、なんとかなりますしなってますよ、現状』

「はぁ……行き当たりばったりね」

 頭を抱える翼さん。

 それは分かってます。でも、行き当たりばったりじゃないとやってられないんです……。

「まったく大変だな、先輩」

「……いつの間にか知らない後輩が増えてて、そっちもびっくりなのだけれど」

 カラカラ笑うクリスに、苦笑いする翼さん。

 本来の流れならクリスが翼さんを先輩と呼ぶのには長い時間がかかるのだが、今の二人、特にクリスの過ごしてきた時間が違うので、素直に先輩、後輩の関係になれたようだった。

「……ところで聞いておきたいのだけれど」

 と、そこで翼さんが真面目な顔で俺達を見て言う。

「これから共に肩を並べて戦う仲間として聞いておきたい。あなた達の戦う理由を」

「……私は人助けが趣味みたいなもので……」

 

 最初に答えたのは、響だった。

 

「でもきっかけは、あの事件だと思います。奏さんが、私を救うために命を燃やしたあの二年前のライブ。あの日、沢山の人が命を失いました。でも私は笑ってご飯を食べている。だからせめて誰かの役に立ちたいんです。今日も笑って、ご飯を食べるために」

「アタシも似たようなもんだな。助けられた命だから、助けてくれたやつのために戦う。その中で、アタシの両親が目指した平和な世界を……歌が響く平和な世界を作りたい。それだけだ」

 

 その次に答えたのはクリスだ。

 彼女はまっすぐな瞳と、不敵な笑みで答える。

 二人とも、ちゃんと芯を持っている。芯を持った答えを、口にしている。

 じゃあ、俺は……?

 

『俺は……正直言ってしまえば、二人ほど確かな動機はないんです』

 

 翼さんの眉がピクリと動く。

 ああ、おっかないなぁ……でも、ここは本音で言わないと。本音で話さないと、ダメだ。

 

『ただ、俺は力を得てしまった。その力を持った状態で、何もしないでいるってのは、正直気持ちが悪いっていうか……その……ああ、うまく言えないな……ああでも、これだけははっきりと言えることがあります』

「……それは、何?」

『友達を見捨てられない、ってことです』

「……そう、三人の心持ちはよくわかったわ」

 

 翼さんが真剣な表情で言う。そして、俺達に再び視線を向ける。

 

「……三人とも、ちゃんと理由を持っているのね。安心したわ」

 

 穏やかな、笑みで。

 

『……俺の理由、ちゃんとしてましたか? 正直、二人に比べると弱い動機なんじゃないかなって思うんですけど』

「そんなことはないわ。身近な誰かのために頑張りたい。それはある意味一番明確な動機よ。誇っていいわ」

『……翼さん』

 

 俺は嬉しかった。翼さんが肯定してくれた。

 それだけで、今までの何倍も心強くなれる。

 

『……へへ』

 

 そして同時になんだかむず痒くなり、照れ隠しとして窓の外に視線を移す。

 

「……あ」

 

 そのときだった。

 視線があったのだ。

 リディアンにいて、図書館からこちらを見つめる、未来と。

 とても悲しい視線でこちらを見る、彼女と。

 



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英雄

『なあ未来』

「…………」

『聞いてくれ』

「…………」

『違うんだ』

「……何が違うの」

 

 未来の背中を見せたままの冷たい声が、歩く彼女を追いかける俺に飛んでくる。

 翼さんの病室で未来と目が合った後、俺は一人病室を出て彼女の元へと向かった。

 未来はちょうど帰る途中らしく声をかけたが、この結果である。

 

「祭も響も二人で同じ秘密を共有してて、私だけは仲間外れ。そういうことでしょ」

『いやその……そうだけどそうじゃないっていうか……その、ごめん』

「……なんで謝るのよ」

 

 未来はそう言うと、歩みを止めた。

 俺もまた、歩みを止める。

 

「謝るってことは、悪いことしてるって認めてるも同じじゃない……」

『……確かに、俺達は未来にだけ黙っていることがある』

「……っ」

 

 未来の声にならない声が聞こえる。

 辛い思いをしている感情がそれだけで伝わってきた。

 

『でもそれは、したくてしてるわけじゃないんだ。本当なら俺だって響だって、打ち明けられるなら全部打ち明けてしまいたい。でもできないんだ。だってそうしないと、未来に危険が……いや、違うな』

 

 俺は「未来に危険が迫るかもしれない」という言葉を飲み込む。

 それはただの言い訳だ。

 だって俺は知っているから。彼女がいずれシンフォギアの事を識るかもしれないことを。

 そして、知った彼女は大きな支えに、力になってくれることを。そのことを知りつつも、彼女に嘘をつき続ける理由が、二課の大人達に口止めされている以外にも俺には別にあるのだ。

それは――

 

『――……俺達の日常が壊れてしまうかもしれないから』

「……どういう、こと?」

 

 未来は口元を見せる程度に僅かに振り返る。

 俺はそんな彼女に言う。

 

『未来……響がいつも言ってくれているように、未来は俺達にとってのひだまりなんだ。だから、せめて未来の傍では、普段と変わらない、明るい立花響と、音楽家に憧れる弓弾祭っていう、二人の普通の少女でいさせてほしい』

 

 例え未来が近い将来俺達の真実を知って、そして神獣鏡の装者になる未来があったとしても――

 

『未来には、今の未来のままでいて欲しいんだ』

 

 かけがえのない日常。

 帰るべき場所。

 それが、俺にとっての未来なんだ。

 

「……はぁ。わかった」

 

 すると、未来は軽くため息をついた後、俺の方へと振り返った。

 その顔は、呆れた顔つきだったが、怒りは見えなかった。

 

「……二人が私に何を隠しているのかはもう聞かない。響にもそのことは言う」

『未来、いいのか……?』

「完全に釈然としたわけじゃないよ。でも、響と祭が悪い意味で私に嘘をついて仲間外れにしようとしているなんてのは、最初から思ってない。ただ、心配だったの。二人とも無茶をするタイプだから、私の知らない間に何か大きく傷ついちゃわないか、ってね」

『それは……』

 

 シンフォギアと外異物で戦う以上、ありえることなんだよな……。

 ちょっと俺は言い淀んでしまう。

 

「あ、やっぱり危ないことしてるんだ。まったくもう……でも、信じるよ。二人を。危険なことをしているかもしれない。でも、必要なことなんでしょ? 二人にとって。だったら、私は待ってるから。二人がいつか、私のところに帰ってきてくれることを」

『未来……! ありがとうっ!』

 

 俺は嬉しくなって、未来の手を両手で掴む。

 すると、未来は軽く苦笑した。

 

「もう、響よりはおとなしいけど、たまに祭もスキンシップが大胆になるよね」

『え? そうかな?』

「そうだよ、ふふふ」

『……はははは』

 

 俺達は笑い合う。

 未来とまた一つ深い関係になれた。そのことが、俺には嬉しかった。

 だが、そんなときだった。

 

『――っ!?』

 

 俺は知っている気配と殺気を感じた。

 

『未来っ、危ないっ!』

「えっ、きゃあっ!?」

 

 俺は未来をとっさに抱いて地面に一緒に伏せる。

 すると、その直後俺達の頭上を弧状の形を持った衝撃波が通り過ぎた。

 その衝撃波はそのまま進み、近くに駐車してあった車を吹き飛ばす。

 

「……ふん、虚を突いたのだが、やはり勘付いたか同類。同じ外異物を身にまとう者同士、お互いの存在に鋭敏になるようだな」

『風鳴……一姫……!』

 

 そこには、虚空に向かい蹴りを飛ばし終えたポーズの一姫がいた。

 どうやら先程の衝撃波は、彼女の蹴りから飛ばされたもののようだった。

 

「えっ、な、何!? 何なの!?」

『……未来、逃げて』

 

 俺は臨戦態勢に移りながら、未来に言う。

 

「逃げてって、祭は!?」

『あいつを……足止めする』

 

 そして俺は、奏でる。彼女の前で。

 

『******************――』

 

 喉にある外異物、エーリッヒ・ツァンのヴィオルを奏でる俺。

 そうして、外異物を体に纏う。木と金属が融合した、いびつなこのスーツを。

 

「えっ……祭!? その姿は……!?」

『……まさか、さっきの今で秘密を明かすことになるなんてね』

「ふん、まとったな。……行け、人形共」

 

 俺が外異物をまとったのを見て、一姫はすっと指を前に出す。

 すると、彼女の背後から三つの影が現れた。オートスコアラーのガリィ、レイア、ファラだ。

 

「お前に指示されるのはすごーい不本意だけどぉ、マスターの命令ですしお前の指示にも従ってあげるぅ! キヒヒッ!」

「地味に共闘」

「三体一とは優雅ではありませんが、致し方ありませんね」

『ちっ、三人同時だと……!? 早く逃げて、未来っ!』

 

【Orchestra】

 

 俺は空中を派手に吹き飛ばし、足止めかつ煙幕作りをする。

 

「よく分かんないけど、う、うんっ……!」

 

 未来は状況を理解できていないながらも、俺の言葉に頷き、後ろに向かって走り出してくれた。

 さすが未来、敏い子だ。

 

「いかせなぁーい!」

 

 爆炎の中からガリィが突出してくる。

 俺は彼女に向かい音を放つ。

 

【forte】

 

「そんなもの、対策済みだと忘れて――」

 

 音叉を取り出し、共鳴させようとするガリィ。

 だが、

 

「――がっ!?」

 

 彼女の目論見は失敗に終わった。

 俺の音により、彼女は大きく吹き飛ばされたのだ。

 

「はぁ!? どゆことぉ!?」

『ふん、対策できるのはそっちだけだとでも?』

 

 俺はしたり顔をしてやる。

 オートスコアラーとの戦いのデータを取ったフィーネの案により、俺は音の振動数を僅かに変化させることにした。

 それにより、固有振動数での破壊はできなくなるが、音が強烈な衝撃波の武器になり、かつ毎回わずかに変化させることにより対策不可にしたのだ。

 

「なるほど、そちらも馬鹿ではない、か……地味に面倒」

「とはいえ、私達三人を相手取れるものですかね。いきますよ、ガリィ、レイア。マスターの作り上げた私達の力を、そこの小娘に見せて差し上げましょう」

「はいはーい了解りょうかーい!」

 

 ファラのその言葉と共に、三人が再び同時に襲ってくる。

 俺はソレに対し再び【Orchestra】を放つ。

 だが、その爆炎を越えて三人が同時に俺に襲いかかる。

 

「よくやった人形共。では私は……ふんっ!」

 

 すると、今度はなんと一姫は俺を飛び越えていったのだ。

 そして、彼女の向かう先には、まだ逃げ切れていない未来が。

 

『なっ、どうして未来をっ!?』

「おんやぁ!? よそ見してていいのかなぁ!? キャハッ!」

 

 笑うガリィ。三人は俺の気がそれた瞬間を狙い、激しい攻撃を浴びせかけて俺の足を完全に止める。

 

『ぐっ!? 未来ううううううううっ!』

 

 俺は叫ぶ。

 早く逃げてくれと祈り叫ぶ。

 だが、一姫の視界に捉えられないほどの圧倒的な速度に、いくら元陸上部の未来でも逃げ切ることはできず、一姫の魔の手が未来に伸びる――

 

「ふん、捕まえたぞ、小娘――」

「――させるかああああああああああああっ!」

 

 だがその瞬間だった。

 激しい咆哮にも似た叫び声が轟いたかと思うと、一姫が横に思いっきり吹き飛んだのだ。

 彼女を横合いから殴り飛ばした者がいたのだ。

 それは――

 

「……響っ!?」

「ごめん未来、祭っ! 遅くなった!」

 

 そこにいたのは、ガングニールをまとった響だった。

 彼女の腕のギアが、プシュゥと蒸気を上げながらガシャン! とピストン運動をする。

 

「響……!? 響まで一体……!?」

「……ごめん未来、私、未来に嘘ついてた」

「うん……それはいいの。さっき祭と話し合って、いいってことにしたから。でも、大丈夫なの、怪我してない?」

「……こんなときまで私の心配なんて、やっぱり未来は未来だなぁ」

 

 響は未来に向かってニカっと笑う。

 それに釣られて、未来も微笑む。

 

「ぐ……不意打ちを食らったか……おのれ立花響……」

「おっとアタシ達を忘れてもらっちゃあ――」

「――困るなっ!」

 

【MEGA DETH PARTY】

【蒼ノ一閃】

 

 さらなる二つの声と共に、赤いミサイルと青い斬撃が一姫を襲う。

 一姫はそれを再び受け止める。

 

「ぐっ……!? なんだと……!?」

 

 さらなる攻撃に怯む一姫。

 その彼女の前に、二つの人影が降り立つ。

 

『来てくれたのかっ、クリス! 翼さんっ!』

 

 そこに現れたのは、イチイバルをまとったクリス、そして天羽々斬をまとった翼さんだった。

 

「あったりめーだろ。アタシはお前の護衛だぜ? お前がピンチになったら、アタシはすかさず参上よぉ」

「遅くなったが、私も戦えるまでに回復した。これからは、共に刃を並べ戦うぞ!」

「雪音クリス……そして、そして翼ぁ……!」

 

 一姫が恨みがましい声と目で翼さんを見た。

 その放たれるおぞましいオーラにオートスコアラーを含めたその場の者全員が体を強張らせる。

 

「会いたかったぞ翼……! あの老害の寵愛を最も受けた風鳴の剣……! 貴様を……貴様をぉ……!」

「あなたが、一姫叔母様なのですね……話にしか聞いたことはありませぬが、なぜそこまで私に敵意を……」

「ふん、“選ばれた”者は知りすらせぬか……それも当然。私のように“選ばれなかった”者のことなど、分かるわけもなし……」

「どういうことですか……!」

「言葉など……不要っ!」

 

 すると一姫は、またも目にも留まらぬ速さで移動し、翼さんに殴りかかる。

 翼さんはそれをすんでのところで防ぐ。

 

「くっ、聞きしに勝る速さと重さっ……!」

「翼さんっ!」

「先輩っ!」

 

 そんな一姫相手に、響とクリスが加勢する。

 三対一の構図で、ようやくバランスが取れたようだった。

 なら、俺のやることは――

 

『ならこっちは、一対三で頑張るかなっ!』

 

 俺はオートスコアラー相手に、音による衝撃波攻撃を再開する。

 

「ちぃっ!」

「くっ!」

「ちょこざいな……!」

 

 音の攻撃は不可視かつ文字通り音速。

 簡単に避けられるものではない。

 それにより、オートスコアラー達の足止めはうまくいっていた。

 よし、あとはあの三人を……シンフォギアの主人公達を信じるのみ!

 俺は三人なら一姫を倒せると確信していた。

 だって、三人は主人公なんだ。ならば、悪に負ける道理はない。

 

「ふんっ! せいっ!」

「ちっ! 弾丸避けるとかなんだよそれっ!」

「任せろ雪音っ! 私が動きを止めるっ!」

「やれるものならっ!」

「やってみせるさっ!」

 

 一姫の速度に追随する翼さん。さらに、それによって動きを指向された一姫に、クリスの弾丸が浴びせかけられる。

 

「ぐっ……!?」

「はんっ! 足が止まればこっちのもんよっ! おらっ、馬鹿も行けっ!」

「うんっ!」

 

 そして、クリスの援護射撃を受けながら響が一姫に拳を浴びせかける。

 一姫はそれをありえない反応速度で防ぐ。が、それが精一杯のようにも見えた。

 

「一姫さん! どうして未来を狙うんですか!? どうして錬金術師達を使って祭を襲うんですか!? ワケを教えて下さいっ! もしかしたら、戦わずに解決できるかも……!」

「この期に及んで話し合いをしようとするだと? ふん、さすが立花響、聞きしに勝る気狂いよっ!」

「狂ってなんかいません! だって私達は同じ人間同士! 言葉が通じる人間同士なんです! なら、理解しあえるはずっ!」

戦場(いくさば)で戯言をっ……!」

 

 一姫と三人の戦いは拮抗していた。

 そして、それは俺も。

 

「ふんっ! 地味に堕ちろっ!」

『食らうかっ!』

 

【mute】

 

 俺はレイアの飛ばしてくるコインの攻撃の勢いを、消音器を使ったスピーカーからの音をぶつけ、ゼロにする。

 これが相手の飛び道具を無効化する技【mute】である。

 俺の頭の中に、突如ひらめいたこの技は、彼女らの攻撃を防ぐのに役立ってくれた。

 

「くっ、こいつ、新たな技を……!」

「進化……いいえ、加速しているのでしょうね。外異物とのリンクが」

「ちっ、厄介な……」

 

 不機嫌そうな顔をするオートスコアラー三人。

 これならいける……!

 俺はそう思った。ここで勝敗を決することができるかもしれない。少なくとも、オートスコアラーと一姫相手に……!

 俺が戦いに希望を見出した、そのときだった。

 

「形勢不利で敗北へと至る展開を覆す者……それこそこの僕、英雄だああああああああっ!」

 

 狂った声が響いたかと思うと、赤いガス状のものが突如一体を包む。

 

「っ……!? なんだ、急に力が……!」

「抜けて……!?」

「なんだよ、これっ……!?」

 

 翼さん、響、そしてクリスが急に膝をついた。

 今の声。そして、この赤い霧と脱力する三人……まさか!?

 

「ふん、遅いぞウェル博士」

「ふふふ、英雄とは遅れて来るものですよぉ一姫さん。それに、あなたが政治的な裏工作をもっと早くして僕を深淵の竜宮から出すのが早ければ更に素早く現れることもできたんですよ?」

 

 ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。

 シンフォギアの主要人物の一人であり、悪役の一人がまたしても現れたのだ。

 今度はフィーネと違い、明確な敵として。

 

「しかし、アンチリンカーとはここまでの効き目とは。さすが頭脳は評価に値する」

「おやおや、英雄としての資質も評価してもらいたいものですけどねぇ」

『響! 翼さんっ! クリス!』

「おっとよそ見はよくないよぉ!?」

『ぐあぁっ!?』

 

 地面に膝をつく三人に気を取られた俺は、オートスコアラーの攻撃を防げず軽く吹き飛ばされる。

 そして、近くにあった木にぶつかり、その木を折ってしまった。

 

『ぐ……』

 

 なんとか立ち上がる俺。

 だが、顔を上げた俺の視界に映ったのは、絶望的な光景だった。

 

「よし……今回の目的は果たせたな」

「まったく、こんな少女一人にこんな大捕物とは、あまり英雄的な行動ではありませんね」

 

 気を失った未来が、一姫に抱え上げられていたのだ。

 

「『未来っ!!』」

 

 俺と響が同時に叫ぶ。

 だが、気を失った彼女には俺達の声は届かない。

 

「しかし、あなたの言葉が本当だとすれば彼女は――」

「そこまでだウェル博士。私達の情報をこいつらにくれてやる道理はないだろう」

「おっと、それもそうでしたね。それではおいたましましょうか。人形諸君! お願いしますよ!」

「……ったく、やなかんじー」

 

 ウェルの言葉に応じ、三人のオートスコアラーが一姫とウェルの元へと飛んだ。

 そして、そのまま二人をつれて魔法陣から転移する。

 未来を含めた三人と三体は、あっという間にその場から姿を消してしまったのだった。

 

「『……未来うううううううううううううううううううっ!!』」

 

 俺と響の叫びが、赤い霧が晴れつつあるその場に虚しくこだました……。

 



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BAD NEWS(黒い予感)

「……それで、この小娘をさらってきたということに何か意味はあるんだろうな」

 

 錬金術師とその一味のアジト、チフォージュ・シャトー。

 そのアジトに据え置かれている玉座に座りながら、キャロルは目の前で縛り上げられた状態で気を失っている少女、未来を見ながら言った。

 

「もちろんだ、この少女には聖遺物『神獣鏡』に適合できる素質がある」

「……ほう?」

 

 未来の直ぐ側で言う一姫の言葉に、キャロルは眉を動かした。その鋭い視線が未来を射抜く。

 

「それも貴様の持つ外異物の力で読み取った『外側から見た世界』の情報か?」

「ああ、そうだ」

「ふん……まったく忌々しいものだな。俺様達錬金術師が必死になって解剖しようとすることを、貴様はその外異物の力で簡単に知ってしまうのだから」

「……別に、いいことばかりでもないさ。貴様の羨みなど、真の世界の前では霞む」

 

 表情を陰らせながら言う一姫。キャロルは、彼女のその表情がまた癪に障る、と思いながらも、敢えて口にすることはなかった。ここでそれを口にしても、無駄な言い争いが増えるだけだと思ったからだ。

 

「……ちっ」

 

 故に、それらの感情を一つの舌打ちに乗せて解消する。続いて、キャロルは未来を挟んで一姫と並んでいる男、ウェルの方を見た。

 

「おいお前、それで一姫の言う神獣鏡の準備は出来ているんだろうな」

「ええ、もちろんですとも! この僕がそこを抜かるはずはないんだよなぁ! しっかりと、F.I.S.から逃走するときに懐に忍ばせてもらったんですよ、神獣鏡のギアをね」

「まったく、火事場泥棒とはいい根性だ」

「いいえ、とんでもない。そもそもアレはこの僕が日本の二課から譲り受けたもの! ならば、僕の持ち物であって、火事場泥棒なんてことはないんですよ! この腕に宿る、ネフィリムと同じようにねぇ!」

 

 ウェルはいちいち大仰な様子でキャロルに言った。

 それがまた彼女を苛立たせるのだが、目の前の相手はその手の反応を示しても意味がないことを彼女は経験上知っていたため、再び「ちっ」という舌打ちでやり場のない感情を誤魔化した。

 

「まあいい。ならばとっととその小娘に処置を施せ。俺様達の貴重な戦力となり、あの機械声の女から外異物を奪い取るための尖兵となる、その小娘にな」

「ああ」

「承知しましたぁ!」

 

 二人はキャロルの言葉に答えると、一姫が未来を抱えてその場を去っていく。

 ウェルもまた、一姫の後に続いてシャトーの闇の中に消えていく。

 二人が完全にその場から消えた後、キャロルはそれまで不機嫌だった表情をさらに不機嫌にした。

 

「ふん……俗物共め」

「あらぁマスター、随分とご機嫌斜めですねぇ」

 

 苛立ちを隠そうともしないキャロルの元に、さらに耳障りな声が届く。ガリィが突如キャロルの背後に現れて彼女に囁いたのだ。

 

「ふん、ガリィか。いちいちとうるさい奴だ。お前の仕事はどうなっている」

「はいー! それならご心配なく! ミカちゃんはしっかりと起動に成功しましたよぉ? こつこつと貯めてた思い出の力を、ぜぇんぶ彼女に注ぎましたからねぇ! これで、オートスコアラー揃い踏みです」

「ならばいい。戦力があればあるほど、俺達にとっては有利だからな。ウェルがあの小娘を傀儡と仕立て上げたそのときは、いよいよ決戦だ。全兵力を持って二課、更にはあの女を叩くぞ」

「はーい! それにしてもキヒヒ、マスターったらそんなにあの外異物が欲しいんですかぁ? そんなモノ使わなくても、自分で世界を解剖すればいいのにぃ」

 

 挑発的な口調で言うガリィ。その言葉にキャロルは「ふん」と鼻を鳴らす。

 

「それが最善手なら俺様だってそうするさ。だが、それ以上に外異物の力は魅力的だ。この宇宙の理を外れた、文字通り別次元の力を秘めたアーティファクト……それこそが外異物だ。その力を行使するものはみな例外なく外からこの世界を観察できるという。それは、錬金術師がこの二千年間到達できなかった境地だ。それを、たった一つのアーティファクトで到達できる。ならば、俺様は最も効率のいい手段を取るだけだ」

「ふぅん……ま、マスターのそういう現実的なところ、私は好きですよぉ」

「ガリィに褒められても、何も嬉しくないな」

「そうですか? ガリィちゃん悲しーい! うえーん!」

 

 キャロルの言葉にあからさまな嘘泣きをするガリィ。そんなガリィの仕草にキャロルは呆れながらも、椅子に肘をつき頬杖をつく。

 そんなときだった。

 ドゴォン! と、突如激しい音がシャトーの中に鳴り響いたのだ。

 

「っ!? 何だ!? ガリィ!」

「はいはーい! ……と、これは驚きです。マスター、侵入者ですよ。このタイミングで、カモがネギ背負ってやってきました」

「ほう? ということは……」

『見つけたぞ、キャロル!』

 

 キャロルの目の前の天井に穴が開く。そして、機械的な声がキャロルに向かって鳴り響く。彼女の目の前に現れたのは、祭、そして“六人”のシンフォギア装者の姿だった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 ――前日。

 

「まったく、まずいことになったな……」

「そうね。まさか、潰したはずのF.I.S.から脱走したドクターウェルがまだ生きていて、そして腕にネフィリムを宿していたなんてね」

 

 渋い顔をする弦十郎さんに、相変わらず余裕めいた表情で言うフィーネ。

 その弦十郎達の会話を、直ぐ側で、響、クリス、翼さん、そして俺の四人は黙って聞いていた。

 

「あの……司令。少しよろしいでしょうか」

「ん? なんだ翼」

「櫻井女史の様子が普段とまるで違うのですが……それと、潰したはずのF.I,S.とは一体……」

「ああそうだな。まずは了子くんのことを説明しよう」

「あら、それは私から話すからいいわよ弦十郎君」

 

 フィーネが弦十郎さんに微笑みながら答えると、彼女はその笑みを保ったまた俺達のほうへと振り向く。

 その顔に怪しい笑みを浮かべながら。

 

「改めてはじめまして、風鳴翼、立花響。私の名前はフィーネ。先史文明期に生きた人間の生まれ変わり……と言ったほうが伝わりやすいかしらね。今まで黙っていて悪かったわね。これが私の真の姿なの。でも、私の目的を考えると、情報公開する人間はできるだけ少ないほうがいいと思って、弦十郎君には黙っていてもらっていたの。そこの弓弾祭と、クリスにもね」

 

 フィーネが妖艶に唇に指を当てながら言う。

 その彼女の説明に、翼さんと響は大きく驚いた表情を見せた。

 

「なんと……!? 櫻井女史が、そんな人物だったとは……!?」

「ふえぇ!? 私もびっくりです……というか、祭とクリスちゃんは知ってたの!?」

『ん、まあね……色々とありまして』

 

 驚愕した響に聞かれた俺は、思わずバツの悪そうな顔で響に答えてしまった。だって本当にいろいろかつ流れで紹介されたんだから、仕方ないじゃないか。一方でクリスは、そんな状況の中一人呆れた顔していた。

 

「ったく、とっとと話さないからこんな土壇場で話すことになってんだぜ、フィーネよ」

「ふん、別に今はそんなことどうでもいいでしょう。それより、今は今起きてる事態についてよ」

「ま、そうだけどよ。適当に煙に巻きやがって……」

 

 そう言って「はぁ」と軽くため息をつくクリス。

 一方で、そのフィーネの言葉に翼さんと響は話を聞く態勢に戻る。

 俺もまた、現状のF.I.S.の状況を知らないためにフィーネの話に耳を傾ける。

 

「さて、それで話の続きだけど、F.I.S.……米国の聖遺物研究機関はかつて非人道的な実験をしていた。それを、弦十郎君はつきとめて、壊滅させたのよ」

 

 さらっと説明するフィーネ。

 その言葉に、翼さんと響、そして当然俺も驚きの表情を浮かべる。

 

「米国の機関を壊滅……!? よくそんな無茶が通りましたね……国際問題にならなかったんですか司令?」

「ああ、そこは向こうの高官から裏ルートで要請されたことでもあったしな。高度な政治的判断、というやつだ。だか今回は、その政治を敵に利用されてしまったわけだが……」

 

 歯がゆそうな顔をする弦十郎さん。彼の思いを考えると、なぜだか俺も胸が張り裂けそうな気持ちになる。

 

「とにかく、そこでF.I.S.を壊滅させたのだが、どうしようもないやつもいた。それがあのウェル博士。腕に完全聖遺物『ネフィリム』を宿していたために処罰の下しようもなく、仕方なく聖遺物の隔離所『深淵の竜宮』に幽閉していたのだが、どうやら一姫姉が解き放ったらしい」

『厄介ですね……響達装者の適合を強制解除されたあたり、あれはアンチリンカーですよね?』

「さすが、よく知っているな祭君は。そう、リンカーとは逆の作用を持つアンチリンカー。それを作れるのは、ここにいる了子君と、あのウェルという男だけなのだ」

 

 歯がゆそうに奥歯を噛みしめる弦十郎さん。一方でフィーネは、未だに余裕のありそうな表情をしている。

 

「安心しなさい。対策は既に講じているわ。もし次に戦闘になった場合、あなた達装者にアンチリンカーに対抗する酵素を投与する。それにより、アンチリンカーの効果を無効化することができるわ。アンチリンカージャマー、なんていい方でもしましょうかしら。あまり美しい言い方ではないけれど」

 

 冗談めいた口調で言うフィーネの言葉に、俺達は笑って良いのかは分からなかった。ただ、状況が逼迫していることだけは今この説明を受けている状況でも理解できていた。

 

『それより、どうするんですか、未来のことは。あいつらに拐われて、何をされるかわからないんですよ!』

「そうです! 早く未来を助けないと……!」

 

 俺の言葉に追随する響。それに対し、弦十郎さんはコクリとうなずいた。

 

「ああ、分かっている。それについては、エルフナイン君が元いた拠点、チフォージュ・シャトーの現在の場所を探り当てようとしている。そして、俺のほうでも対策を打っておいた。もうすぐ来るはずだ」

『来る? 来るって、誰が……』

 

 そういいながらも、俺は既に予感していた。これから俺達の元に来る、彼女らについて。

 

「ああ、実はF.I.S.はただ壊滅させたのではない。そこで実験台にされたいた少年少女達を大勢救い出したのだが、そこで俺達二課の仕事を手伝ってくれると言ってくれた者達がいてな。君達と同じ、シンフォギア装者だ」

「シンフォギア装者が、他にも!?」

 

 響が驚きの声を上げる。一方で、翼さんは驚くことなく静かに頷いていた。

 

「ああ、そうか。立花は知らなかったな。私達の他にもいるのだ。三人の装者がな。普段は別の任務でこちらにはいないのだが、頼もしい仲間がいる」

「ええ!? なんで言ってくれなかったんですか翼さんー!」

「いや、言うタイミングがなくてな……」

 

 驚きながらも翼さんに詰め寄る響と、少しバツが悪そうにする翼さん。

 一方で、俺は既に予感していたことに、ただ密かに納得していた。

 やはり来るのだ、彼女らが。

 ウェル博士が出てきたことから、僅かながらそうなのではと俺は思っていた。そして、それはどうやら現実になりそうだ。

 そこで、フィーネが端末を取り出して、ニコリと微笑んだのも、そのことだと俺は分かった。

 

「弦十郎君、噂をすればよ」

「おお、そうか。では、入ってもらってくれ」

 

 そこで、今まで俺達が話していた司令室の扉が開かれ、三人の人影が入ってきた。

 高い身長の女性と、小さな二人の少女。

 当然、その三人の名前と姿を俺は知っていた。彼女らは――

 

「どうも、みなさん。はじめまして。私はマリア・カデンツァヴナ・イヴ。聖遺物『アガートラーム』の装者よ。そしてこっちが――」

「――どうもデス。私は暁切歌って言うデス!」

「……月読調、よろしく」

 

 三人のF.I.S.組の装者三人が、その場に並び立っていた。

 ……もう慣れたかもしれないなぁ、この手のサプライズ。

 俺は三人の姿を見て、ふとそんなことを思ってしまうのであった。

 



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Monster

『あれが……チフォージュ・シャトー』

 

 俺そして響達の合計七人は、二課によって手配された輸送機の機体後部の開放されたハッチから、眼下に浮かんでいるシャトーを見ながら言った。

 

『はい、今のシャトーはドクターウェルの片手にあるネフィリムの力によって駆動をしている状態です。本来の『世界を解剖する力』までは至ってませんが、移動式の基地としては十分に機能を発揮している状態です』

『ステルス機能も使っていてエルフナイン一人では発見できなかったでしょうけど、まあこの私がいるもの。錬金術師の作り上げたものぐらい、簡単に発見できるわ』

 

 耳に備え付けた無線越しに聞こえてくるのはエルフナインとフィーネの声だ。

 彼女らの尽力によって、キャロル一派のアジトであるシャトーを発見することができた。

 エルフナインが来てから今まで二人で探し続けていたのが、ついに昨日結実したらしい。このタイミングで見つかってくれたことに、俺は二人に感謝しかないと思った。

 

『みんな、頑張ってくれ。本来は俺もついていきたかったところだが……現状で俺が抜けると指揮系統が麻痺するのと、それに加えて一姫姉の謀略によって政治的な拘束を受けてしまっていてな……まったく、無念だ』

 

 無線越しからも弦十郎さんが悔しそうにしているのが伝わってくる。その声を聞いただけで、俺の胸まで張り裂けそうになった。

 

『大丈夫ですよ弦十郎さん! 弦十郎さんの無念の分まで、俺達がきっちりケリをつけてきますから!』

 

 だから俺は弦十郎さんに全力で答える。

 もちろん、未来のことだって忘れてはいない。というか、今回は未来を取り戻すのが主目的なのだから、そこを忘れるわけはない。

 ただ、弦十郎さんが悲しそうにしていると何故か俺まですごく悲しくなってしまうので、自分自身に発破をかけるつもりで言っているだけであって。

 

「……ねぇ翼。私、彼女とは昨日が初対面なのだけれど、もしかして彼女って……」

「……ああ、どうもそうらしい。もっとも、弓弾自身は自分の気持ちに気づいていないようだがな……」

『ん? どうしたんですか翼さん、マリアさん? 俺の方みながら何かヒソヒソ話して』

「い、いえ! なんでもないのよ祭! ねぇ翼!」

「あ、ああ! そうだな! なんでもない!」

『……そうですか?』

 

 二人は明らかに内緒話をしていたように思えたのだが、まあなんでもないというのならいいだろう。

 

「えっと……祭、さん」

 

 と、そこで俺に話しかけてくる声があった。調ちゃんだ。すぐ脇には切歌ちゃんもついて来ている。

 

『うん、なんだい? 調ちゃん』

「その……私、あんまりこうやって大勢の人と一緒に戦うことは慣れてないんですけど……頑張りましょう。祭さん達の大切な友人を助けるために」

「そうデスよ! 私も調が拐われたらって思うときっと気が動転しちゃうデス! それでも冷静になって救いに行こうなんてするみなさんは凄いって、さっき調と話してたんデス! だから、私達もきっと力になって見せるデス!」

『調ちゃん……切歌ちゃん……ありがとう』

 

 俺は二人の無垢で純粋な善意に感動してしまった。

 彼女達はただ俺達のことを思い言葉をかけてくれたのだ。それは、とても尊く、美しい感情だ。ならば、俺もその感情に答えるために頑張るしかない。そう思った。

 

『……響、聞いたか? 俺達には、こんな心強い味方がいる。これなら、きっと未来を助け出せるさ』

「そうだね、祭。必ず、未来を助け出そう!」

 

 俺の言葉に、響は自らの手のひらに拳をぶつけて答える。

 さらに、クリスや翼さん、マリアさんも不敵な笑みで俺達に同意してくれる。

 

「さあ……行こう!」

 

 そして、代表して響が言う。その言葉を合図に、俺達は輸送機の後部からシャトー目掛けて飛び降りた。

 

『****************――』

 

 飛び降りながら俺は喉のヴィオルを奏でる。響達装者もまた、聖詠を歌いシンフォギアをまとう。これにより俺達七人は戦闘モードへとなった。

 その状態で俺達はそれぞれ近づき、円の形を作りながらシャトーへと降下していく。

 

「はああああああああああああああああああああああっ!」

 

 シャトーが肉薄したそのとき、響が大声で叫びながら大きく腕を振りかぶる。響の拳はシャトーにぶつかる寸前に振り下ろされ、その天井に大きな穴を開けた。

 そして、俺達は降り立つ。シャトーの内部へ。キャロルの、目の前へ。

 

『見つけたぞ、キャロル!』

「……ふん、やはり貴様らか。外異物をまとう娘、そして、シンフォギア装者共」

 

 キャロルは予測していたと言わんばかりに、鼻をならす。その彼女の傍に、四体のオートスコアラーが彼女を守るように現れる。

 ついに来たのだ、決戦のときが。

 俺は状況を見定めながらも、そう思った。

 

「よくもまあこの場所が分かったものだな。ふん、さてはエルフナインだな? あいつめ、生み出してやった恩を忘れて、この俺様を裏切るとはな……」

「それは違うよキャロルちゃん! エルフナインちゃんは、あなたの暴走を止めようと……!」

「黙れ!」

 

 響の言葉に、キャロルの激昂した声が飛ぶ。

 

「俺を止める!? バカな事を! 父親から授かった大事な言葉を果たすまで、俺は諦めない! この気持ちが貴様に分かるか、立花響!」

「分かるよ!」

 

 響はそれに即答する。その言葉には、確かな芯があった。

 

「私のお父さんは情けない人だけど……でも、私が一番辛いときに一緒にいてくれた! それにお父さんは教えてくれたんだ! 『へいき、へっちゃら』っていう魔法の言葉をッ!」

「ふん、俺の父とは重みの違う言葉だろうが、そんなものッ!」

「そんなことない! 親からの愛情に、重いも軽いもないッ!」

 

 二人の視線がバチバチと火花を散らす。場は一触即発と言った状況だった。

 

「……立花、弓弾、お前達二人は、未来の救出に向かえ」

 

 と、そこで翼さんが俺達に言った。無論、キャロル達から目をそらすことなく、である。

 

『翼さん……いいんですね』

「ああ、ここは私達に任せろ。防人としての戦で、お前達の活路を開いてやる」

「エルフナインとフィーネによって未来って子がいる場所も分かってるわよね。なら、そこに向かって走りなさい。あなた達とはあったばかりだけど、とてもいい子ですもの。きっと、その未来って子もいい子なんでしょうから。早く助けないとダメよ」

 

 今度はマリアさんが言ってくれた。彼女は、俺達にこっそりとウィンクをしてくれる。

 その姿はとてもキュートだった。

 

『みんな……ありがとう! いこう! 響!』

「うん! 祭!」

 

 そうして俺達は走り出す。未来がいると思わしき場所に向かって。

 

「させるかっ!」

 

 背中を見せた俺達にキャロルが言う。俺は後ろからオートスコアラー達が飛びかかってくるのを感じた。

 

「おっと、ここから先は通行止めだ!」

 

【GIGA ZEPPELIN】

 

 だが、彼女達の手が俺達に伸びることはなかった。クリスが俺達を守ってくれたからだ。

 

『ありがとう、クリスっ!』

「お礼はいい! とっとと行けっ!」

 

 俺と響は互いに目を合わせ、頷き合う。そして、みんなを背に二人でシャトーの内部へと駆けていったのだった。

 激しい戦闘音を後にしながら。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 俺と響はとある部屋へと到達した。

 シャトーの深部にある、研究室だと言う。未来がいるとするならば、そこが怪しいというのがエルフナインの言葉だった。

 そして、その言葉は正しかった。未来が、その部屋の中心で椅子に拘束されていたからだ。

 

「『未来っ!!』」

 

 俺と響は同時に叫ぶ。そして、未来のところに向かって二人で同時に駆け出した。

 と、その瞬間だった。

 

「っ!? 危ないっ!」

 

 未来のいるところから、突如紫のレーザーが飛んできたのだ。俺達、目掛けて。

 

『なっ!? 今のは……!』

「くっくっく、どうやらギリギリ成功したようですねぇ……!」

 

 と、そこで耳障りな笑い声と共に二つの人影が現れる。

 一人は声の主、ウェル。そして、もう一人は、風鳴一姫。

 未来を拐った主犯二人が、俺達の目の前に姿を現したのだ。そして、その直後に未来が立ち上がる。

 紫色の、シンフォギアをまとった姿で。

 

「成功って……未来に何をしたの!?」

 

 響が叫ぶ。彼女にとっては正体不明のレーザーであり、姿だったからだ。対して、俺は今の未来の状態を知っていた。あの姿は、神獣鏡だ……!

 

『響……今の未来は、あいつらに洗脳されて無理矢理シンフォギアをまとわされているんだ。気をつけて。あのシンフォギアは、聖遺物殺しの力を持っている……!』

「えっ、そんな……!? 未来に、なんてことを……!」

「ふん、さすが同類。貴様も知っているのだな。その通り、今この娘はシンフォギア『神獣鏡』を装備している。そして、心はなく行動は私達の思いのままだ」

 

 淡々と語る一姫に、俺の心は怒りで満たされていく。

 

『貴様ら……未来になんてことを!』

「なんとでも言うがいい。戦いは、勝ったほうが正しいのだ。……さあ、行くぞ!」

 

 一姫がそう言うと、彼女は未来からの支援攻撃を受けながらこちらに突っ込んできた。

 俺達はその未来の攻撃を交わしながら、なんとか一姫の攻撃をいなす。

 

『くっ! 面倒なっ! 響!』

「何っ、祭ッ!」

『俺が未来のところへ向かって、正気に戻す! きっと俺の外異物なら未来の聖遺物殺しの攻撃も効かない……と思う! 響は悪いけど、一姫の相手をしてくれないかッ!?』

「承知!」

 

 響は俺の無茶な提案に二つ返事で答えてくれた。さすが響、どんなときでも気持ちのいい奴ッ!

 

『ありがとうっ! これは気休めしかならないけど、役立ててくれ!』

 

【symphony】

 

 そうして俺は奏でる。仲間の戦闘能力を向上させる音色を。

 この音色もまた、今俺の頭に浮かんだものだった。

 

「おおっ!? 力が湧いてくる! ありがとう祭! これならいける!」

「この期に及んで更に融合が進んでいくか、厄介な! やはりここで潰すっ!」

「おっと、祭のところには行かせないよっ!」

 

 一姫が俺に向かって跳ねてくる、が、それを受け止める響。

 俺は彼女の支援を受けながら未来の元へと向かう。

 

「…………」

 

 未来は無言で俺目掛けてレーザーを飛ばしてくる。俺はそれを出来得る限り避けながら進む。

 しかし、距離が近づくにつれ、攻撃は激しくなり、やがて――

 

『ぐっ!』

 

 攻撃が当たる。しかし、俺の外異物が破壊されることはないようだった。

 どうやら読みは当たっていたらしい。よかった……。

 俺は自分の体がまだ無事なことを確認すると、より加速して未来に近づいた。

 

「…………」

 

 未来はさらに光線の数を増やす。俺は次々とその光線に当たる。

 

『……っ! さすがにキツい……!』

 

 無論、そのことにより俺の体はボロボロになっていく。

 

『けれどもっ!』

 

 だが、躊躇していられようか。未来を助けるためだ。この程度の傷、なんだというものか!

 そうして俺は未来に肉薄していく。そしてついに、手の届く距離にまで近づいた。

 

『未来うううううううううううううっ!』

 

 俺は必死に手を伸ばす。必死に、必死に手を伸ばす。もはや光線の雨あられを体に受けながらも、必死に伸ばす。

 そしてその伸ばした手が、ついに彼女に触れた。

 

『はあああああああああああああああああっ!』

 

 俺は未来をその手で掴むと、一気に自分のところへと抱き寄せる。そして――

 

【finale】

 

 俺はまたも頭に浮かんだ音を奏でる。あらゆるものを任意に“終了”させる音。それを、未来を抱き寄せた状態で。

 すると、未来の姿が一瞬で元の未来の姿に戻った。

 

『未来っ!』

 

 俺は彼女を抱きかかえながら叫ぶ。

 

「ん……祭?」

 

 すると、未来はその目をうっすらと開け、俺を見てくれた。

 よかった、未来は無事だ……!

 

『響! 未来を取り戻したぞっ!』

「さすが祭! やってくれるッ!」

 

 響が戦闘しながら答える。その響相手に、一姫は不愉快そうな表情をしている。

 

「くっ、どういうことだ! 私の攻撃を、すべて受け止めるだとっ……!? そんなことが……!」

「了子さんから聞きました! あなたを解析した結果、あなたは“自分の時間”を操っていると! それでものすごい速度で動けるんだって! なら、やることは一つ! 私は時間をどうこうできない! だから、早く動いている相手に合わせてこっちもできる限りの速度で反応して拳をぶつける、それだけッ!」

 

 そうして響が拳を一姫に放ち始める。

 右、左、右、左。

 左右の拳が一姫にものすごい速度で飛ぶ。そのあまりの速度に俺の目はついていけない。

 一姫もまた、防戦するのが精一杯なようだった。

 

「こんなバカな……あの一姫が押されているなんて……! に、逃げないと……!」

 

 と、そのとき、そんな呟きが聞こえた。それは紛れもなく、先程まで高みの見物を決めていたウェルの言葉だった。

 

『させるかっ!』

 

 俺はとっさに手に巻き付いている木の根を伸ばし、ウェルの体を拘束する。

 

「ひいっ!?」

 

 ウェルの体に木の根は巻き付き、完全に彼の動きを止める。彼は木の根にぐるぐる巻きにされた状態で、地面にうつ伏せに倒れた。

 

『悪いけど、全部が終わるまでそこで大人しくしてもらうよ』

 

 俺はウェルに言う。ウェルはその言葉に「この僕は英雄なんだぞ! こんなことぉ!」と負け惜しみを喚いていたが、俺はそれを聞き流すのだった。

 一方で、響と一姫の戦いはどんどんと形勢が傾いていっていた。

 無論、響にである。

 

「はあっ! でやぁっ!」

 

 響の回し蹴りが、一姫の顔側面を狙う。一姫はそれを腕でなんとか防ぐ。

 

「ぐうっ!?」

 

 だが、あまりのその威力にダメージを相殺しきれず、一姫は勢いよく吹き飛ぶ。部屋の壁を壊すほどに。

 

「はっ!」

 

 響はその彼女に飛び追随する。そして、吹き飛んでいる途中の彼女を先回りして、今度は叩きつけるように拳をお見舞いした。

 

「があっ!?」

 

 それはかなりの致命打になったらしく、一姫は大きく叫びながら床に叩きつけられた。

 

「ぐ……が……」

 

 その攻撃を受けてもなんとか立ち上がろうとする一姫。だが、あまりのダメージに立ち上がることができず、膝をつく。

 響はそんな彼女の前に立つ。

 それに相対そうとする一姫。だが、次の響の行動は彼女を驚かせるのに十分だった。

 響は、拳を下ろしたのだ。

 

「貴様……どういうつもりだ……私にとどめを刺せる機会なのだぞ……!」

「一姫さん……私達は人間同士です……ノイズと違って、言葉が通じる。だから、話し合いましょう。あなたのしたいことを、私は知らない。でも、何か他の道があるはずです! こんな暴力に訴えなくても、平和的に解決する方法が!」

「正気か……? この期に及んで、話し合いだと? ククク、ハハハハ……!」

 

 一姫は笑う。だが、俺はそれを黙って見つめる。響が伊達や酔狂ではなく、本気で言っていることを、俺は知っていたから。だから、なりゆきを見届けよう、そう思ったのだ。

 

「一姫さん、話してください。あなたは、どうしてこんなことをするんですか? それは、暴力に訴えないとだめなことなんですか……?」

「……立花響……貴様、本気で……」

 

 響が本気だということに気づいた一姫は、驚愕の表情を見せる。が、次のい瞬間、憎々しげな表情に切り替わった。

 

「当たり前だ……! 私の目的は唯一つ、この世界への、憎悪の発露だっ……!」

「世界への……憎悪……?」

「ああ、そうだ! 私は風鳴の長女として生まれたが、風鳴にふさわしくない不要な女として、押し込められ、飼い殺されてきたっ! 末の弟の八紘や弦十郎が風鳴の人間として成長していくのを見ながらだ! そしてついに、私は捨てられた! 完全に不要な存在として、命を狙われた! だが、そのとき私はこの力を手に入れた……外異物を見つけ、手に入れたのだ! この力は命を助けてくれたさ……でも、それはより残酷な現実を直視するきっかけにすぎなかったんだ!」

「残酷な、現実……? なんですか、それは!?」

「ふん……わかるまい……いや、そこの同類ならもしくは分かるかもしれんな……自分こそが、“外”なる“異物”の存在で本来世界には存在しない人間だということを知ることを!」

『――ッ!?』

 

 その言葉を聞いたとき、俺は“本能”で理解した。

 一姫は、知ったのだ。本来の『シンフォギアの世界』に自分という人間が存在しないことを。世界にとっての“異物”であるということを。

 

「祭ッ!? どういうことなの!? 分かるの、この人の言っていることが!?」

『……ああ』

「ふん、やはり同類、貴様もかっ……クク、カハハハハハハハハ! これは面白い! 同類! お前は私と同じく自分が“異物”だと知りながらもその女を親友として助けたのか! 滑稽な! 我々がいなくても世界は、いや我々がいないほうが世界は正しく廻ると言うのに! それでも! 貴様は! ククク、ハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 一姫の狂ったような笑いが響く。いや、実際狂っているのだろう、彼女は。

 自分自身が不要な異物である。そのことを知って彼女はおかしくなってしまったのだろう。

 俺には前世の知識があったからこうはならなかった。でも、どうやら彼女にはないようだった。だから、彼女はこうなってしまったのだろう。

 ああ、そう考えると、俺は彼女が急にかわいそうで、救ってやりたい存在に思えてくる。この感情は、同情なのだろうか? それとも、自分はそうじゃないと否定するための、自己満足なのだろうか……?

 

「……異物とか正直、全然わかりません! でも、あなたはここにいるじゃないですか!? なら、そんな悲観する必要なんてありません! もし必要なら、私が隣にいてあげます! だから、もうやめましょう、一姫さん……!」

 

 そう言って、響は一姫に手を伸ばす。それは紛れもない響の、太陽のようなぬくもりの心の現れだった。

 

「……ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁっ!!」

 

 だが、それは逆効果だった。それが、一姫の逆鱗に触れたようだった。

 

「この世界の中心である貴様がっ! 主演女優である貴様が、何をぬけぬけとおおおおおおおおおおおおおっ! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 激昂し、喉がはちきれんばかりの声で叫ぶ一姫。

 すると次の瞬間、恐ろしいことが起き始めた。

 彼女の周りを、闇が覆い始めたのだ。粘質状の闇が、まとわりつき始めたのだ。

 まずい、あれは、まずいっ……!

 

「えっ!?」

『響、こっちへこい! 早くっ!』

 俺は響に声をかけ、その場からこちらへと逃げさせる。一方で、一姫の体は完全に闇に覆われた。

 

 かと思うと、その中から手が飛び出してくる。

 鱗に覆われた、いびつに長く、太い手足が。

 その手が地面についたかと思うと、今度は体が現れる。手と動揺に鱗に覆われた体。そして、巨大な一つ目がギラギラと輝く触覚のように伸びた頭が。そして、最後に下半身が床についた状態で現れる。手や体と同じく、これまた鱗に覆われた太く、長い足と、鋭利な三角錐が先端についたしっぽをゆらめかせながら。

 闇がすべて消える。そして現れた姿の印象を一言で表すなら、まさしくいびつな猟犬だった。

 長い触覚の頭、鱗に覆われた四足歩行の体、鋭い尻尾。

 それは、先程までの風鳴一姫とは似ても似つかない、別の存在だった。

 

「こ、これは、一体……」

『ああ……変わったんだ、彼女は……もう、人じゃない……異物だ、異物の怪物、“怪異物”になったんだ……!』

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 怪異物となった一姫が“吠える”。

 シンフォギアの世界には存在しなかったはずの、異物が今そこに現れた瞬間だった。

 



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DIE SET DOWN

「これで終いだ、キャロル!」

 

 翼はキャロルの腕を押さえつけ、拘束具をつけて床にキャロルを押し倒していた。

 あたりには、疲弊しながらも精悍な顔つきをしている装者達、そして、バラバラになったオートスコアラーの体が散らばっていた。

 

「くそっ……バカな、この俺様が負けた、だと……!?」

 

 キャロルが口惜しそうに言う。彼女は、翼達装者との戦いの末に、オートスコアラーをすべて撃退され、そして彼女自身もまた装者の攻撃に倒れ、敗北したのだ。

 それは紛れもない激戦だった。だが、装者達はその戦いで勝ち星を拾い、今こうしてキャロルの動きを封じているのだった。

 

「ちっ……殺せ! 目的を果たせず監獄の中で永遠に封じ込められるぐらいなら、死んだほうがマシだ!」

「そうはいかないわ。あなたにはちゃんと罪を償ってもらわないと」

 

 マリアがキャロルに言う。彼女の言葉に、キャロルは苦々しく歯を食いしばることしかできなかった。

 

「さて、こいつは回収に来る二課の連中に渡すとして、後はあのバカ達だが……ちゃんと救えてるんだろうな、ちょっとアタシ見てくるわ」

「あ、だったら私も行くデス!」

「私も……!」

 

 クリスの言葉に、一緒についていこうとする切歌と調。そうして、その三人が響達の後を追ってシャトーの奥に進もうとした、そのときだった。

 

「ぐっ!?」

『がっ……!?』

 

 突如、ドオォン! という轟音と共に響と祭が壁と共に部屋の中に吹き飛ばされてきたのだ。

 

「な、何だ何だ!?」

 

 驚くクリス。しかし、彼女らの後を追って現れた“ソレ”を見た瞬間、それどころではない驚きをその場にいた一同全員がするのだった。

 

「グググググ……!」

 

 二人が吹き飛び穴を開けた壁から現れたのは、全身を鱗で覆われた四足歩行の怪物。怪異物と化した、一姫だった。

 

「何だ……あれは!?」

 

 翼が目を見開きながら言う。

 その場にいた装者達全員、それが一姫だということに気づくことができなかった。

 

「あの姿……もしや、あいつ……!?」

 

 一方で、地面に押さえつけられた状態ではあるが、キャロルは勘付いていた。その異形の化け物が、一姫の成れの果てであることに。

 

「ぐ……みんな、気をつけて……!」

 

 そこで、ボロボロになりながらも立ち上がった響が周りの仲間達に警告するように言った。その姿と言葉を受けて、全員がやっと現実を悟り臨戦態勢を取る。

 

「おいバカ! なんだあれは!? 錬金術の代物か何かか!?」

「あれは……」

『あれは、風鳴一姫……だよ、クリス……』

 

 そこで、同じく立ち上がり態勢を立て直した祭が言う。彼女のその言葉に、またも一同は驚く。

 

「え、ええっ!? どういうことデス!?」

「データだとこんな姿、知らされてない……」

「ああ、私も初めて見たぞ、やつはこんな奥の手を持っていたと言うのか……?」

「ガアアアアアアアアッ!」

 

 動揺する一同を差し置いて、一姫だったものは恐ろしい速度で駆け、体当たりをしてくる。その目標は、相変わらず響と祭。

 

「くっ!?」

『ちっ!』

 

 二人はその体当たりをギリギリのところで避ける。体当たりを避けられた一姫は、前足を強く床に擦ってその場でターンし、再び二人を牽制するように、触手のように伸びた頭の一つ目で睨みつけてくる。

 他の装者達は、すぐさま祭達に近寄り、攻撃に備え構える。

 

「おい、あれが一姫ってどういうことだ! 何があったか手短に教えろ! あと未来達は大丈夫なんだろうな!?」

『……響が一姫を倒した。ウェルは捕まえて、未来も無事だ。でも、その後に外異物の力が暴走して、彼女を怪物に……怪異物に変えてしまった……!』

「はぁ!? なんだよそれ……人間が化け物になったって、そういうことかよ……!?」

「驚いている場合ではないぞ雪音! 来る!」

「ガアッ!」

 

 一姫は装者達に話し合いの時間を与えない。

 理性のない、しかし獰猛な動きで一姫は装者達に飛びかかる。

 

「ふんっ!」

「はっ!」

 

 それを、翼とマリアがそれぞれ刃で押し留めた。

 一姫の爪と、翼の剣、そしてマリアのナイフがそれぞれ拮抗し火花を放つ。ギリギリギリギリと、火花と音を散らしながら力比べが行われる。

 

「グググ……グアッ!!」

「がっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 そのあまりの力に、翼とマリアは鍔迫り合いに負け、横に薙ぎ飛ばされてしまった。

 

「クソがっ!」

 

 それにとっさに反応したのはクリスだった。

 クリスは二人を飛ばした一姫にいち早くガトリングガンの銃口を向ける。

 

【BILLION MAIDEN】

 

 ガトリングガンの銃口から、無数の弾丸が飛ぶ。

 その弾はすべて一姫へと向かい、その鱗の体に次々と当たっていく。

 

「グガッ!?」

 

 ガトリングガンの猛攻を受け、一姫の体は吹き飛ばされる。それほど大きく飛ばされたわけでもないが、ダメージを与えていることは間違いなかった。

 

「よしっ! 案外なんとかなりそうな気がしてきたぞ……!」

「待って、クリスちゃん!」

 

 汗を垂らしながらもニヤリと笑うクリスの前に、響が現れながら叫んだ。その突然の響の行為に、クリスは面食らう。

 

「なんだよ!? バカ、避けろ!」

「ダメだよクリスちゃん! ああなったとはいえ、一姫さんは人間なんだよ!? このまま倒しちゃったら、もしかしたら死んじゃうかも……!」

「バカ! そんなこと言ってたらアタシ達が死んじまうかもしれないんだぞ!? アレは手を抜ける相手じゃねぇ!」

「分かってる! でも、何か他に方法を……!」

『二人共、来るっ!』

 

 言い争う響とクリスに、祭が叫ぶ。

 一姫が態勢を立て直して、目にも留まらぬ速さで突撃してきたのだ。

 

「ちっ! 間に合わねぇ!」

 

 その速さに、銃口を向けるのを諦め回避行動を取るクリス。

 

「くっ!」

「デェス!?」

 

 それになんとかついていき、一緒に攻撃を避ける切歌と調。だが、

 

「きゃあっ!?」

「うわっ!?」

 

 一姫の鋭利なしっぽが、しなるように調と切歌を襲い、二人を跳ね飛ばしたのだ。

 二人はその攻撃を受け止めきれず、大きく吹き飛んで壁にぶつけられてしまう。

 

「調ちゃんっ! 切歌ちゃん!」

『ちっ、このっ!』

 

【Thrash Metal】

 

 祭の腕から鞭が伸び、それが一姫の体を縛り付ける。その状態で、祭はなんとか一姫の体を拘束しようとその場で踏ん張る。

 

『――っ!?』

 

 そのときだった。

 祭は、一つの事実を悟ってしまった。一姫と鞭を介して繋がったことによって、外異物同士が反応しあい、ある情報が彼女の頭に流れ込んできたのだ。

 ――もう彼女は元には戻らない。命を奪わない限りは。

 そんな、非情な真実を。

 

『そんな……!』

「どうしたの、祭っ!?」

『……響』

 

 祭は一姫を縛り上げ拘束しながら思う。

 ――もはや、彼女を助けることはできない。怪異物として、その命を奪うことしかできない。でも、そんなことを……人殺しの罪を、彼女達に、背負わせたくない。ならば……。

 

『……なあ響、俺に一つ考えがある。今は、俺の言うことを聞いてくれないか』

「……うん! 祭がそう言うなら!」

 

 響は笑顔で答える。彼女は思ったのだ。祭が、同じ外異物をまとう祭が、何か一姫を救う手立てを見つけたのだと。

 その信頼の眼差しが、祭には痛く刺さった。

 

『やって欲しいことは唯一つ。今俺がしてるみたいに、一姫の動きを封じてくれ。殴って伸びさせるのでも、掴んで動きを止めるのでもなんでもいい。とにかく大きな隙を作って欲しいんだ。俺一人だと、自分で拘束するので精一杯で、やりたいことができないからね……』

「分かった! クリスちゃん!手伝って!」

「ったく、しょうがねぇなあ! 二人で抑え込むぞっ!」

「おっと、私達を忘れてもらっては困るな」

 

 と、そこに現れたのは先程吹き飛ばされた翼とマリアだった。彼女らは、ボロボロになりながらも戦闘に復帰し、響とクリスの言葉に頷いた。

 

「二人より三人、三人より四人のほうが抑え込みやすいでしょ? 私達に、任せなさい……!」

「グアアアアアアアッ!」

 

 と、そこで一姫の咆哮が響き渡る。それに、祭はまずい顔をする。

 

『まずい、限界だっ……!』

 

 その祭の言葉と同時に、鞭が切れ、拘束が解かれる。そして、すぐさま一姫は五人目掛けて突進してくる。

 

「いくぞ! マリア、立花、雪音!」

「ええっ!」

「はいっ!」

「おうっ!」

 

 翼の号令に、勢いよく答える三人。その第一陣として、まずマリアが突撃してくる一姫に向かって走った。

 

「ガアッ!」

「はっ!」

 

 一姫の爪がマリア目掛けて襲いかかる。

 だが、マリアはそれをすんでのところでジャンプして回避し、空中で蛇腹剣を伸ばし、一姫の首に刃を寝かせて巻きつけ着地した。

 

「グアッ!?」

 

 それにより、まるで首輪をつけられたかのようになった一姫の足は、再び止まる。そして今度は翼、クリス、響が向かう。

 

「ふんっ!」

 

【影縫い】

 

 一姫の動きを止めている状態で、今度は翼が【影縫い】を一姫の影目掛けて放つ。

 それにより、一姫は二重に動きを封じられる。だが、それだけではない。

 

「はああああああっ!」

「だあああああああっ!」

 

 響とクリスが、その状態の一姫を地面に押し付けたのだ。これにより、一姫は三重の拘束を受けていることになる。

 状況は、完全に整えられた。

 

「今だよ、祭ッ!」

「ああ、ありがとう、響ッ!」

 

 祭は響の言葉に頷き、すぐさま一姫に距離を詰める。そして、頭に右手を当てて――

 

「……ごめんなさい」

 

【sforzando】

 

 謝罪の言葉と共に、強烈な破壊振動を一姫へと浴びせかけた。

 

「グッ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 それにより、内部から破壊され、姫が大きな悲鳴を上げる。

 一姫はそのまま大きく暴れそうになりながらも動けず、そしてそのままゆっくりと動かなくなった。

 そして、彼女の体が元の人間の体へと戻っていく。鱗が落ち、黒いタール状の闇が地面に染みるように彼女の体から溢れ出す。

 結果、残ったのは外異物をまとった、うつ伏せに倒れた彼女の青ざめた体だけだった。

 

『……終わった、よ』

「……あれ? ……祭、これって……?」

 

 一姫が元に戻ったことによって、その場に立ち尽くすことになった響が、驚きと疑問、そして困惑を表情に出しながら祭を見る。翼やクリス、マリアもまた困惑を隠しきれずに祭を見ていた。

 

「おい、祭。これ……もしかして、死んでねぇか……?」

「……弓弾、まさかお前、わざと……」

『……こうするしか、なかったんです。彼女はもう、元に戻ることはできなかった。だから、こうするしか……』

「……そんな、そんな……!」

 

 響が脱力したようにその場に崩れ落ちる。

 そんな響の肩に、翼が手を置く。

 

「……立花」

「祭……どうして……どうして、そうならそうって言ってくれなかったの? どうして、祭が手を汚そうなんて……」

『それは……みんなに、手を汚して欲しく、なかったから……』

「そんな……勝手だよ、祭……そんなの、勝手だよ……!」

 

 響は泣く。両の手で顔を覆いながら泣く。それは、自分の大切な親友が自分のために手を汚す判断をしたことによる、後悔の涙だった。

 一方で、翼とクリス、そしてマリアは真面目な面持ちで祭を見ていた。

 その視線は決して彼女を責めるものではない。むしろ、大いに憐憫が混ざった視線であった。

 

『……ごめんな、響。でも、この罪は俺が背負っていく罪にしたかったんだ。命を奪うという、その罪を……』

 

 そう言いながら、祭は一姫の亡骸へと歩み寄る。そしてそっと膝を折り、両の手で彼女の体を触ろうとした。

 その刹那だった。

 

「――――ッ!!」

「……え?」

 

 何か素早いものが、祭の眼前をかすめた。そして、急に襲いかかる謎の喪失感。

 その喪失感は自分の腕から発せられていた。祭はその正体を確かめようと、自分の手を見る。

 だが、そこには何もなかった。

 あるはずの腕が、なかったのだ。

 そして、目が合う。死んだはずの一姫と、祭は目があった。

 祭はそこで気づく。

 自分は、一姫に両腕を時間加速された手刀によって跳ね飛ばされたのだ、と。

 

「……あ、ああ……」

「私の……憎悪を……貴様が受け、継げ……」

 

 悪意に満ちた視線の一姫はそう言い残し、今度こそ完全に絶命した。

 残ったのは、消えた両手と、気づいたことにより襲いかかる、おぞましい激痛。そして――

 

「あっ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 両手を失ったことによる、恐慌だった。

 

「祭っ!? 祭いいいいいいいいいいっ!」

「おい! 急いで救護班を呼べ! 早く!」

「分かってるよ! おいおっさん! おっさん!」

「気をしっかり持ちなさい! 祭! 弓弾祭!」

 

 仲間達の声が耳に入ってくる。だがそれは耳に入ってくるだけで、頭には届かない。

 

「あああああああああああああああああっ!? ああああああああああああっ!?」

 

 祭はただただ悲鳴を上げ、そして、そのまま意識を閉ざしていくのであった……。

 



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異端者の悲しみ

 ――貴様は風鳴の家には不要な人間よ。

 

 やめろ、やめてくれ……。

 

 ――待ってください、お父様! お父様!

 

 いかないでくれ、見捨てないでくれ……。

 

 ――私は一人なの……? 誰も、私に味方してくれないの……?

 

 寂しいよ……暗いよ……助けて……。

 

 ――私はこの世界には不要だった……風鳴の家だけじゃなく、世界からすらも異端児だった……。

 

 どうして、どうしてこんなことに……。

 

 ――憎い……憎いよ……すべてが憎い……!

 

 この世のすべてが……祝福されて生まれた命すべてが……!

 

 ――『憎いっ……!』

 

 

 

『…………ッ!?』

 

 俺は強烈な吐き気および不快感と共に、ベッドの上で飛び起きた。

 

『……はぁ、はぁ、また、あの夢……』

 

 何度と無く見たその夢。

 風鳴一姫の過去を見るその夢に、だんだんと俺の心は侵されていっていた。

 そして、その夢を見るたびに俺は思い出す。

 

『……うう……!』

 

 無くした手の、感覚を。

 無いはずの手の平から感じる、痛みを。

 

『……こんなものを、つけているっていうのにね……』

 

 俺は手があったはずの場所に視線を送る。

 そこにあるのは、機械とシリコンで出来た手のひら。

 いわゆる、義手という奴だった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 あのあと気を失った俺は、二課絡みの病院に運ばれていた。翼さんが絶唱の傷を負ったときに運ばれた病院と一緒だ。

 そこで俺は手術を受けたのだが、離れた俺の手はくっつくことはなかった。

 どうも外異物によって切断されたのが現代の科学では解明不能な症状を引き起こし、切断された手を結合させる邪魔をしたらしい。それにより、俺の手は元に戻らず、結局義手という選択肢を考慮させられることになった。

 もちろん、義手をつけるか否かは意識を取り戻した後の俺に相談された。

 と言っても、その提案を受けたのは意識が戻ってから少し後だったのだが……。

 なぜかと言うと、恥ずかしい話、自分の手がなくなったことに非情に取り乱してしまい、しばらくはまともに人と会話ができなかったのだ。

 それを話ができるまで落ち着くのを待ってくれた医師の先生方には、感謝しかない。

 とにかく、そうして俺は義手の提案を受け、それを受け入れた。無くしたモノはあまりに大きいが、少しでも以前に戻れるのならばそれに越したことはないからだ。

 義手の手術はうまくいった。下手したら外異物の力が義手にまで及ぶかもしれないと思ったが、さすがにそこまでのことはなかった。

 今の時代、二〇四〇年代の義手は大変高性能だった。細かく指を独自に動かすことができるし、握力の調整も自在にできる。ある程度の繊細な作業だってこなせてしまう。科学の進歩さまさまと言った感じだった。

 ただ……俺の日常の中で、義手では無理なことが一つだけあった。それは、楽器を演奏すること。

 義手での演奏ができないわけではない。だが、以前のように巧みにギターを弾くことはできなくなってしまったのだ。ピアノの演奏も難しい。

 音を出すこと自体はできる。ただ、音に人間らしい温かみがだせなくなったというか、細かな演奏がどうしてもできないというか。とにかく、俺が積み重ねてきた経験と技術がすべて無駄になってしまったのは確かだった。

 義手楽器というものもあるらしく、先生からそれを勧められて触れてはみたものの、俺の理想とする音は出せなかった。

 つまりは、断たれてしまったのだ。俺の、音楽家になるという夢が。

 その現実を突きつけられたとき、俺は一人泣いてしまった。そして、それからだった。夢で一姫の記憶を追体験するようになったのは。

 誰からも必要とされず、捨てられ、最後には世界からも異端者であることを突きつけられた彼女の苦悩と悲しみ、そして憎しみ。それが夢として俺の心を蝕むようになった。

 夢では一姫の苦しみが、起きている現実では消えた手が、俺を苛む。

 そんな日々の中で、見舞いに来てくれる者達もいた。

 響や翼さん達装者に、未来、弦十郎さん達二課のメンバー、そして、両親。

 二課絡みの人達は、まず事の顛末を教えてくれた。キャロルとウェルは捕まり竜宮の深淵に幽閉されていること。ノイズは未だ出没するが、装者のみんなが一丸となって対処してくれているために特に大きな被害はでなくなったということ。

 そうした説明の後、みんな思い思いに俺を励まそうとしてくれた。

 まず響と未来は、

 

「退院したら、いっぱい美味しいもの食べようね! フラワーのおばちゃんのところとかさ!」

 

 と言ってくれたし、翼さんやクリスは、

 

「私達が力になる。だから、共に歩んでいこう」

 

 なんて一緒に頑張ってくれるということを言ってくれた。

 まだ付き合いの浅いマリアさん達、元F.I.S.組の三人も、

 

「あなたは立派な戦士だった。その功績は、誰にも汚されるものじゃない」

 

 と俺を讃えてくれた。彼女らなりの励まし方だったのだろう。

 弦十郎さんは開口一番が謝罪だった。

 

「君を矢面に立たせたばかりにこんなことになり、本当に申し訳ない……。その後の君の人生のバックアップは、日本政府が全力でサポートする」

 

 それは、大人らしく責任を取るということなのだろう。ただ、その謝罪の横でフィーネが少し呆れた表情をしていたように思えた。実際、俺も何故かちょっと寂しさを感じてしまった。

 ただその後、病院で寂しくないようにとたくさんの映画のブルーレイディスクを持ってきてくれたのは弦十郎さんらしくて、ちょっと和んだけど。

 最後に両親には、秘密にしていたこれまでのすべてを話すことになった。

 両腕を切断する自体になったのだ。そうなるのはしょうがなかった。両親は俺と二課の人が話す真実に最初は面食らっていたが、それが嘘偽りではない事実だと知ると、ただ黙って噛み締めていた。

 そして、部屋が俺と両親だけになると、二人は俺を優しく抱いてくれた。そして言ってくれた。

 

「よく、頑張ったね」

 

 と。

 その腕は暖かく、心満たされるもののはずだった。

 でも、俺は思ってしまったのだ。

 もうここで、俺の頑張りは終わりなのだろうか、と。これからは、俺はもう努力すらできないのか、と。

 そんなある種捻くれたことを考えてしまい、俺は両親の前では泣くことができなかった。

 俺を見舞いに来てくれた人達はみんな優しく、俺のことを励まし、応援してくれた……のだと思う。

 でも、俺の暗澹とした気持ちは晴れることはなかった。

 だって、終わってしまったんだから。俺の夢は。

 そう思うと、俺は何もする気力が沸かなかった。結果、ある程度自由に動かせる手の状態にも関わらず、退院まで時間がかかり、四ヶ月ほどの時が流れてしまった。

 入学したばかりだったあの春から、枯葉が見え始める秋になってしまうほどの時間だった。

 手を……夢を失った俺は、もう前向きに生きていける活力が沸かない。

 でも、それでも俺は生きている。だから、俺は行くしかなかった。リディアン、そして、二課へと。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「おかえり、祭」

「おかえり」

 

 最初にそう言ってくれたのは……響、そして未来だった。

 二人の優しい笑みでの出迎え。親友としての温かさ。それに対し、俺は――

 

『……うん』

 

 と、暗く反応することしかできなかった。

 

「……祭」

「…………」

 

 ああ、二人までそんな顔をしないでくれ……俺が後ろ向きだからって、二人まで暗い顔をしないでくれ。

 元気が取り柄の響と、優しさに溢れた未来にそんな顔をさせるなんて、俺はなんて罪作りな奴なんだ……。

 

『……ごめん、ね』

「……どうして、祭が謝るの……?」

「そうだよ……祭が謝ることなんて、ないよ……謝るのはむしろ……」

 

 未来が何か言いかけ、そこで口をつぐむ。

 俺はそれで正解だと思った。だって、それを口にしたら、もうどうしようもなくなってしまうだろうから。

 

『……行こうか、学校!』

 

 だから俺は、笑顔を作る。

 無理をしてるのは分かってる。でも、こうして俺が笑わないと。みんなが笑顔になれないだろうから。だから俺は笑顔になる。俺のせいで、みんなが不幸になる必要はないから。

 うん、大丈夫。へいき、へっちゃらだ。

 

「……まつ、り……そうだね! いこっか! ね、響!」

「う、うん! 分かった! 行こう! 二人共! 今日もお昼ごはん楽しみー!」

 

 二人も無理して笑ってくれる。ああ、いい友人を持った。本当に。

 頑張らないと。この笑顔を守るために、俺が、無理をしないと。

 

『まったく、響ったら食べ物のことばっかりなんだから! ははっ!』

 

 ああ、俺は自然に笑えているだろうか。心で暴れている悲しみを、抑え込めているだろうか。

 ぜひ、そうであって欲しいな。

 そう思いながら、俺は三人で笑いながら通学路を歩く。

 俺の手に向けられる、奇異の視線に気づかないふりをしながら。

 



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Love Destiny

『…………』

 

 廊下を歩くだけで自分の手に様々な目が向けられているのを、俺は感じていた。

 その視線の色は彩り豊かだ。

 好奇心、憐憫、恐怖、嫌悪……一言では言い表せない感情の渦が、俺の手に向けられているのを、ありありと感じる。

 学校では、俺は大きな事故にあったということになっていた。

 シンフォギア及び外異物、そして錬金術師のことはトップシークレットだ。それも当然だ。

 それに、俺が人外の力を身にまとう、なんて情報が回っていたらさらに俺に向けられる視線はひどくなっただろうから、ある意味助かったと言えよう。

 そんな視線に耐えながら廊下を歩ききって教室に入ると、騒がしかった教室が急に静かになる。

 

『……はぁ』

 

 俺は軽くため息をつく。

 人が現れただけで急に態度を変えるのは、正直不快だ。

 言いたいことがあるなら何か言えばいい。はっきりと、気持ち悪いと口にすればいい。

 

「……ねぇ今……だよねぇ……」

 

 そんな中で、俺をチラチラ見ながら小声で何かを話しているグループがいた。

 俺は気づかないふりをして席に座る。

 実は、この手の視線や陰口は今回の手になってからのものではなかった。以前から、この機械の喉に奇異の目を向けられていたし、裏でいろいろと言われているのにも気づいていた。

 ただ、手と違って表立ってビジュアルとして目立つようなものではなかったし、俺が真面目に音楽に取り組んでいたからそういうことをしたり言ったりするのはやめよう、という風潮がどうにもあったらしかった。

 しかし、手がこうなり、俺が音楽に取り組めなくなると、その問題はどんどんと表出していった、というわけだ。

 今の俺はリディアンの温情により学校にいる。卒業の単位を取らせてもらうために在籍させてもらっているのだ。

 それを、面白がったり快く思わなかったりする連中は、それなりにいる、というわけなのだ。

 まったく、どうしてこうも人間の嫌な面ばかりこの手になってから見えてくるのか。

 これだから、人間というものは醜い――

 

『――!? っと、いけないいけない……』

 

 俺は小声で自分の思ったことを否定する。この手になってから、さらに言えば一姫の過去を夢で見るようになってから、どうにも俺は人、および世の中を侮蔑するようになってきてしまっているようだった。

 それが一姫の残した呪いなのか、単に俺がやさぐれているだけなのかは分からないが、自分でもあまりよくないことだとは自覚している。

 別に俺がこうなってしまったのは俺自身の不注意の結果だ。それを、世の中のせいにするなんて、的外れもいいところだ。

 

「……かな……うんうん……」

 

 相変わらず耳障りなさえずりが聞こえてくる。俺はそれを必死に我慢しながら、響と未来が教室に訪れるのを待った。彼女らが来ると、一応はそういうものが鳴りを潜めるからである。

 ゆえに俺は、必死に耐え続けた。今すぐにでもめちゃくちゃにしてやりたい、悪意から目を背けながら。

 

 

 学校が終わると俺は二課を訪れる。何か重要な理由があるというわけではない。ただ、まっすぐ寮の部屋に戻ると、自分の現状について思い悩んでしまいがちだから、少しでも気晴らしをしたいからだ。

 

「ん? あら、祭じゃない。いらっしゃい」

 

 二課の談話室にやってきたときに俺を向かえたのは、マリアさんだった。

 

『……どうも、こんにちは。マリアさん』

 

 俺は笑顔を作ってマリアさんに挨拶する。他のみんなに迷惑をかけないために、感情を偽ることにももう慣れた。

 みんなも分かってか分からずかは知らないが、俺の笑顔に付き合ってくれる。

 それでいいのだと思う。いつまでもうじうじするのは、一人のときだけでいい。他のみんなには、俺のことなんて気にせず生活をしていてほしい。

 

「何か飲む? 奢ってあげるわよ」

『本当ですか? じゃあ、カフェラテのホットお願いします』

「ええ、わかったわ」

 

 マリアさんは笑みを浮かべながら言ってくれると、談話室にある自販機のボタンを押し、缶のカフェラテを俺に渡してくれる。

 

「はい、温かいものどうぞ」

『はい、温かいものどうも』

 

 俺は二課のテンプレートになっているやり取りをしながら、カフェラテをゆっくり受け取る。まあ、今の俺の手だと温度なんてわからないのだが。

 

『ん……はぁ、あったまりますね』

 缶を開け、俺はぐいっとカフェラテを飲んだ後にマリアさんに言う。ちょうど外が寒かったからホットの缶の味が喉に染み渡るようだった。

 

「そうねー、最近すっかり寒くなって来たもの。日本の冬というのも、なかなか寒いのね」

『そうですね。……ところでマリアさん、マリアさん達はもうずっとこっちにいるんですか?』

 

 俺はふと気になっていたことを聞いてみようと思った。マリアさん達三人は俺が病院で鬱屈としている間ずっと日本で響達と共に戦っていた。そしてそれは、俺が復帰しても変わらなかった。

 

「そうね、一番の懸念事項だったドクターのことも完全にケリがついたし、これからはどうどうと二課のメンツとして協力していくつもりよ。今まで警護していたマム――あ、私達の育ての親みたいな人のことなんだけど――も、随分と前に病気で亡くなってしまったし、ね……」

『そうなんですか……』

 

 ナスターシャ教授が亡くなっていたことは初耳だった。しかも、口ぶりからするとだいぶ穏やかに亡くなったようだ。それが彼女達が今ここにいる理由の一つならば、合点もいくというものだ。

 

「あなたはどうするの? まだ、二課の一員として?」

 

 すると、今度はマリアさんから予想外の質問が飛んできた。でも、確かにそれは気になることなのだろうと、俺は思った。

 だから俺は、それについて嘘偽りなく答えることにした。

 

『……ええ、そうですね。手がこうなっても、別に外異物の力が無くなったわけじゃないですし、それに、今の俺にできることなんて、戦うことしかないですから。このまま、二課に就職していこうかなーって、ハハハ』

「……そう」

 

 マリアさんが俺の回答に少し陰りを見せる。

 むぅ、少しまずったかな……最後のは本音ではあるが、場が暗くならないように冗談めいた口調で言ったのだが……。

 

「あ、マリアと祭デース! やっほー! こんにちはデース!」

「……切ちゃん、ちょっとボリューム大きい……」

 

 と、そこに切歌ちゃんと調ちゃんもやって来た。

 よかった、空気が重たくなる前に、明るくしてくれそうな子達が来てくれて。

 

『ああ、二人共どうも! そうだ、こないだ貸したBDはもう見た?』

「うう……実はまだ見れてない。ホラーだからって、切ちゃんが怖がって……」

「そ、そうじゃないデース! ただみんなで一緒にみたいなーって思ってるから、クリス先輩とかを誘いたいだけで……」

『ははは、そっか。じゃあ今度みんなで鑑賞会だね』

 

 俺は二人にも笑顔を作って言う。大丈夫、今の俺はきっとちゃんと笑えているはずだと、そう思い込みながら。

 

「…………」

 

 俺がそうやって二人と話していると、マリアさんが何やら思いつめた顔で黙ってしまっていた。

 どうしたのだろうか。もしかして、俺に何かボロでもあったのだろうか……?

 

『……どうしたんですか、マリアさん?』

「……いいえ、なんでもないわ。気にしないで。それより、映画鑑賞会、楽しそうな話ね。ぜひとも私も誘って頂戴」

「おお! マリアがいれば百人力デース! 楽しみデース!」

「もう、切ちゃんったら……」

 

 マリアさんは何かを言いたげだったが、何も言わなかったため俺は追求しないことにした。楽しく生活するコツは、お互いの隠していることを黙って気づかないフリをし合うことだと、俺はこの手になってから学んだからだ。

 

「……やっぱり、力を借りないとダメよね」

『ん? マリアさん、何か言いました?』

「いいえ、何も言ってないわ。それより鑑賞会の日にち、決めるなら早くね」

 

 その後、俺達はこれから行うであろう鑑賞会についていろいろと話し合った。その間、俺はずっと笑顔を作っていたが、やはり心の中ではどこか虚しさを感じてしまっていたが、気づかれてなければいいな……。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 そうして、自分も他人も欺く日々を、俺は送り続けていた。

 嘘で固めた生活は、思ったより苦しくなかった。嘘も続けていれば本当になる、というのは誰の言葉かは忘れたが、あながちそれ自体は嘘ではないような気もしてくる。

 とはいえ、俺の手と喉が帰ってくることはないので、現実は相変わらず厳しいのだが。

 それに……どうしても、俺は忘れられなかった。

 俺が今まで追いかけ続けていた、夢のことを。

 俺はミュージシャンになりたかった。昔は歌手に、この喉になってからはギターの演奏家に。

 でも、その夢は両手を失ったときに消えてしまった。義手での生活もだいぶ慣れたが、やはり細かい作業には無理があった。

 けれども、俺はやはり憧れを抱いてしまうのだ。音楽家という道に、テレビの向こうや大きなライブハウスに立つ彼らの姿に。

 その証拠に、俺は一度そういったものが収録されている音楽関係の映像ソフトやCDなどといったものをすべて処分しようとしたときがあった。

 でも、できなかった。まとめている最中にいろんな思い出が蘇ってきて、捨てるに捨てられなくなってしまったのだ。

 俺はなんて弱いんだろうと、そのとき自分で思ってしまった。その弱さを、今でも俺は捨てきれていない。

 

『…………』

 

 だって、今もこうして俺は自分のギターを置いてもらわせているリディアンの音楽室を訪れてしまっているのだから。

 

『……バカだな、俺は』

 

 そう自嘲する。だって、本当にバカだ。弾けないはずのギターを取り出し、椅子をひっぱりだして抱えて座るなんて、バカのすること以外に何があるというのか。

 

『……っ』

 

 ほら、こうして弾こうとしてもロクな音が出せない。ただ弦を跳ねているだけで、俺が今していることは楽器を演奏するといううことからは程遠い。

 バカバカしい。ああ、バカバカしい。俺はなんて間抜けで、哀れな女なんだ。

 自分の現状にイライラする。どうして、どうしてこんなことに……。

 

『……そうだ、こんなものがあるからいつまでも未練がましく過去にすがってしまうんだ』

 

 俺は自分のギターを見ながら言った。

 こんなもの、あるからいけないんだ。映像ソフトなどを捨てられなかったのも、こうして可能性を残しているからなんだ。

 ありえない可能性を残すなんて、現実が見えていない証拠なんだ。

 

『……こんなもの!』

 

 俺はギターを強くつかみ、過去と決別するためにそのままそれを床に投げつけ――

 

「止めろっ!!」

 

 ――られなかった。

 俺の腕を、大きな手が掴んで止めたのだ。

 その手と声の主は、すぐに分かった。弦十郎さんだ。弦十郎さんが、いつの間にかこの音楽室に現れ、俺を止めたのだ。

 

『……っ!? 弦十郎さん!? どうして……いや、そんなことより放してください! 俺は、もうこんなもの必要ないんです!』

「だからそれを止めろと言っているんだ! 確かに今の君には弾けないかもしれない! だが、過去を捨てることはないんだ! 過去も、大事な君の一部じゃないか!」

『……っ! でも……でも……!』

 

 こんなもの、あるだけで辛いんですよ、弦十郎さん……!

 

『どうせ、あなたには分からない……!』

「ああ、俺には分からないだろうさ! 失った本人の、苦しみを理解できるなんて出過ぎたことは言わん! だが、それを捨てさせるわけにはいかんのだ! そうすると、君は本当に君ではなくなってしまう! それを、俺は見過ごすわけにはいかん!」

 

 弦十郎さんが俺に熱い口調で言ってくれる。その表情は、真剣そのものだった。

 

『……俺が、俺で……』

「そうだ。これは君が君だったことを作っていた大切なものの一つだ。それはかけがえのないものだ。それを捨てるということは、人生の否定そのものだ! そんなこと、俺は君にして欲しくない……!」

 

 弦十郎さんはそこで、ギターを持った俺をゆっくりと抱きしめた。

 

『……弦十郎、さん……』

 

 彼のゴツゴツとした腕と手は、俺に温もりをくれた。硬いはずなのに、とても優しく、柔らかい抱かれ心地だった。

「もう一度同じ夢を見ろなんて、酷なことは言わない。だが、捨てて欲しくないんだ……君は君のまま、新しい道を見つけて欲しい。そのために、俺は出来得る限りのことをなんでもする。だから、うかつに過去を捨ててしまわないでくれ……」

 

『……あ、ああ……』

 

 その言葉を、その優しさを、俺は受け止める。そうしたとき、俺は自然と涙がこぼれているのに気づいた。

 本当に、この人は優しい人だ。俺のことをここまで親身に思ってくれるなんて、立派な大人だ。

 俺は、その気持ちがとても嬉しかった。できるなら、この人の気持ちに答えたい。そして、一緒にいたい――

 

『……あ』

 

 そのとき、俺は気づいた。

 ああ、そうか……そうなんだ。今やっと気づいた。俺は、好きなんだ。この人のことが。一人の女として、男性としてこの人のことを見ているんだ。

 ずっと一緒にいたいと、結ばれたいと、思っているんだ……。

 

『……弦十郎、さん……!』

 

 俺は泣きながら弦十郎さんを抱きしめ返す。

 ああ、気づくとなんて簡単で、心が満たされることなのだろう。

 このとき、初めて俺、弓弾祭は自覚した。

 俺自身の、恋心を。この眼の前の大きな大人を、愛するという気持ちを。

 恋に落ちる、音がした――。

 



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世界はそれを愛と呼ぶんだぜ

『好きな人が、できました……』

 

 寒さの染み入る夜、俺は寮の俺の部屋に装者のみんなを呼び集め、自分の気持ちをみんなに相談することにした。

 なぜ装者のみんなかと言うと、俺の知っている女子友達で弦十郎さんのことを知っているのが彼女らしかいないのと、俺がみんなならきっと何かいい返答があると信頼しているからである。

 ただ、やはりこのことを言うのは勇気が必要だった。みんなもさぞ驚いているに違いない。でも、ちゃんど誰を好きになったのかを言わないと、相談にならないよね……。

 

『それで、俺が好きになった人はと言うと――』

「風鳴司令、でしょ?」

 

 すると、マリアさんからさも当然のことを言うかのように返ってきた。

 

『え!? なんで分かったんです!?』

「いやなんでも何も……ねぇ」

「そうだな、いくら疎い私でも分かる素振りだったぞ」

「バレバレ」

「むしろまだ自分の気持ちに気づいてなかったんだな……って、ははは……」

「今更かって感じだよな」

 

 マリアさんのあとに翼さん、調ちゃん、未来、クリスが続けて言う。

 

『え!? そんな昔から態度に出てたの!?』

「ああ、それはもう……」

 

 翼さんが苦笑いしながら言う。そんな……昔からそこまで態度に現れてたなんて……。

 

「ええっ、祭って、師匠のことが好きなの!?」

「驚きデース!? ロマンチックデース!」

『……あの』

「ああ、あの二人はちょっと鈍感が過ぎるから……勘定しないで。あなたも人のこと言えないけど」

 

 マリアさんが呆れた様子で言う。二人共、オーバーなリアクションで俺の告白に動揺していた。うん、俺が最初考えていたみんなの反応はこんな感じだったんだよね……。

 

『ま、まあ分かってもらえてたなら話は早いや。……その……どうすればいいでしょうか……』

 

 俺は話の軌道を修正するのもかねてみんなに聞く。

 すると、みんなは腕を組んだり顎に指を当てたりと、考え込む様子をとりながらうんうんとしはじめた。

 

「うむ……先程も言ったように私はそういうことに疎いからな……的確なアドバイスは出せそうもない、すまない」

『そうですか……ありがとうございます、考えてくれるだけでも嬉しいです』

 

 申し訳無さそうに言う翼さん。その回答は真摯に思い悩んでくれたことが伝わってきて、とても嬉しい気持ちになる。

 今更だけど世界の歌姫たる翼さんに恋バナに乗ってもらうって俺、凄いことしてもらってるな……。

 

「んー……具体的にどうすればかって言われてもなぁ……もう告っちまえば良いんじゃねぇの?」

『それはさすがに性急すぎないかなクリス!?』

 

 今度は随分短絡的な回答が返ってきたため、俺は思わず突っ込んでしまう。

 そ、そんな、いきなり告白だなんて……!

 でも、クリスの表情はいたって真剣だった。

 

「いや、別にテキトー言ってるわけじゃねぇぞ? なんだかんだで、この中でいるメンバーだと先輩の次ぐらいにおっさんとの付き合い長げぇじゃねぇかお前。だったらもう、お友達からって言う間柄でもねぇだろ。なら、もうあとは出たとこ勝負だと思うぞ」

『な、なるほど……』

 

 俺は彼女の言葉に納得する。確かに、今更そういう段階を踏むという関係でもない……。

 とはいえ、やっぱり急な告白ってのはちょっと怖いなぁ……。

 

「祭は、どうしたいの?」

 

 と、そこで悩む俺のことを察してくれたのか、未来が助け舟を出してくれる。

 俺が、どうしたい、か……。

 

『その、できれば早く弦十郎さんと恋仲になりたいな、なんて事は思ってる……』

「なら決まりじゃねぇか」

『で、でも! やっぱりいきなりの告白は怖いって言うか……勇気が足りないっていうか……』

「なるほどね。じゃあ、その勇気が出るまで軽いステップを踏んでみたらどうかな」

 

 俺の回答に未来が笑顔で人差し指を立てながら言う。

 

『ステップ?』

「うん、弦十郎さんをデートにお誘いするの。それで、勇気が出たら告白する、ってのでどうかな」

『デ、デート!?』

 

 突然の少女めいた単語に俺は顔から火が出そうになる。想像するだけで……おお……!

 俺は思わず硬い両手の指をもじもじと絡めてしまった。

 

『そ、そんな……デートなんて……』

「もう祭ったら変なところで弱気になっちゃって! そんなんじゃ、告白なんて遠い夢だよ! デートぐらいはすっと行けるようにならないと!」

『そ、そうか……うん、そうだよね……!』

 

 彼女の言葉が、だんだん説得力があるように思えてきた。そうだよね、デートぐらい行けないと、告白なんてできやしないよね……!

 

「おお、祭がやる気になってる! 凄い! これが恋の力!」

「ラブパワーデース! キュンキュンデース!」

「響さんと切ちゃんはちょっと黙ってて……」

 

 なんだかワイワイしている響と切歌ちゃんを調ちゃんがなだめている。

 ここで横道にそれるとまた軌道修正が大変そうなので、ありがたさを感じざるをえない。

 

『そうかぁ……デートかぁ……なら、いろいろと弦十郎さんに相応しいように頑張って自分を磨かないと……』

「師匠はあまりそういうの頓着しないんじゃない?」

『それでもなの! 少しでも自分を良く見せたいの!』

「ったく、そんなんだからお前はバカなんだよ」

「クリスちゃんひどいっ!?」

「ほらまた話がズレるからやめなさい。それで、具体的にはどうする? ファッションのことなら、少しぐらいなら私が力になれると思うけど」

 

 マリアさんが俺に言ってくれる。確かに、世界の歌姫として常に取材やテレビの脚光を浴びている彼女の言葉ならタメになるだろう。

 俺はマリアさんの言葉に深く頷いた。

 

『ありがとうございます。あとその……ちょっと自分でも変えてみようと思うことがあって』

「ふむ、それはなんだ?」

『その……自分の呼び方を、俺から私にしようかなって……』

 

 翼さんの言葉に、俺……もとい私は返した。

 

「一人称をか? どうしてまた?」

『いえその、この恋心を自覚してからというもの、俺っていう一人称はどうも粗暴すぎるかなって……もっと、女子らしくしたいなって』

「うーん、でも祭は祭のままでいいと思うんだけどなぁ」

『ありがとう響、でも、これは私の中でもう変えようって決めちゃってることなんだ。少しでもお……じゃなく私も女の子らしく、可愛らしく、なりたくて……』

 

 私はまだ慣れない自分の呼び方を口にし、気持ちを伝えた。

 思えば俺という自分の呼び方は、前世からの慣習での呼び方だった。でも、本当に女の子らしくなるなら、こういう自意識から変えていかなきゃダメだよね、と、私は思ったのだ。

 前世絡みのことだから、みんなにははぐらかして言ったけど。

 

「まあ、祭がそうしたいならそれでいいんじゃないかな。そうやって自意識から勇気をつけていくって大切だしね」

『うん、ありがとう未来……』

 

 さすが未来だ。私のことをちゃんと応援して肯定してくれている。他のみんなもそうすいてくれているけど、未来はレベルが違うというか、響を甲斐甲斐しく支えていた経験が生きているのを、なんとなく私は感じた。

 

「よし、これでどうやら祭の覚悟も決まったっぽいし、じゃあデートして、そこで盛り上がったら告白ってことだな! それじゃあみんなで考えようぜ、デートプランってのをよ!」

 

 クリスが不敵な笑みを浮かべながらみんなに言った。

 その言葉に、その場にいたみんなが目を輝かせる。

 

「ふむ、やはり叔父様のことだからデートプランに映画鑑賞は必須だろう。ただ、いつものようにアクション映画だと雰囲気が出るとかは怪しいな……」

「んーでもそこは相手の好きな映画を見たほうが盛り上がるし、変にジャンル違いのを見て失敗するよりはいいんじゃねぇか?」

「でも師匠って案外映画のストライクゾーン広いから大丈夫じゃない? 確かに家にはアクション映画ばっかだったけど……」

「そもそも女の子がエスコートするって何か違うような……今回はアプローチかける方ではあるけど……」

「調、それを言ったら今回の話が全部吹き飛んじゃうデース……」

「むしろ司令なら映画は心配することじゃないと思うわ。問題は、その他の行き先よ。司令が映画以外の事でどれだけ楽しめるか、いい雰囲気にもっていけるかを考えないと」

「そうですね。順当に雰囲気作りをしないと告白ってなりませんものね……難しいところだなぁ」

 

 みんなが思い思いのことを話し合う。

 その光景を見ながら、私は思わず笑顔がこぼれた。

 私にはこんなにも想ってくれるたくさんの友人がいる。それがとても嬉しかったから。

 それから、私のデートスポットに関する話し合いは、その日の深夜まで行われたのだった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 翌週。

 私は駅の広場の前で今か今かと時計を見ていた。

 

『さすがに、二時間前は早すぎたかな……』

 

 みんなが私のために思い悩んでくれた翌日、さっそく私は弦十郎さんをデートに誘った。

 すると、二つ返事で弦十郎さんは了承してくれた。弦十郎さんはどうやら私の事を気にかけていくれていたらしく、私からこうした申し出があったことをとても喜んでくれた。

 まずそれがとても嬉しく、私は小躍りしそうになった。だがそれをぐっとこらえ、私は弦十郎さんに都合のいい日を聞いて、お昼に駅前で待ち合わせることにした。それが今日というわけだ。

 正直、今日まで私はロクな睡眠ができない日々が続いた。だって、楽しみすぎたんだもの。

 こうして二時間前に来たのもその証拠だ。ああ、早く時間が過ぎて欲しい。

 ちなみに、デートすると決めてから一姫のことを夢で見なくなった。心境の変化が影響しているのかは知らないが、デートまでの日々に水を差されなくてよかったと思っている。

 私は再度時計を見る。まだ先程から五分も経っていなかった。

 

『うう、時の流れが遅い……』

 

 俺はまるで焦らされているかのような気持ちになる。早く来たのは自分なのに、さすがに馬鹿らしいか。でも、それでも来たかったんだからしかたない……よね。

 

『ああ、早く約束の時間になって欲しいな……』

 

 そんなことを思って、私は悶々と時間が過ぎるのを待ち続けた。そうして、やっと一時間の時が流れた、そのときだった。

 

「ん? おーい祭君!」

『えっ!? あ、はい! 弦十郎さん……!』

 

 約束の時間よりも一時間早く、弦十郎さんがやって来てくれたのだ……!

 私は小躍りしたくなった気分を抑え、弦十郎さんの元へと駆けていく。

 

「ずいぶんと早いな祭君、もしかして、待ったかい?」

『い、いいえ! 今来たところです!』

 

 漫画やドラマでよく聞いたフレーズだけど、まさか自分が言うとは。

 こんなこともあるものなんだなと、しみじみ私は思った。

 

「そうか。本来は俺のほうが先に待っていなければならなかったのに、先を越されてしまったな」

『いいえ、偶然私が先についたみたいなものですから、おかまいなく!』

「そうか。ならそうしよう。それにしても、随分と可愛らしい服装だな。俺も普段のままの格好じゃなく、もっと気合を入れてくるべきだったか」

『えっ!? あっ、ありがとうございますっ!! 弦十郎さんはそのままでも素敵ですよっ!』

 

 私は若干機械の声のトーンを上面せながら言った。

 今の俺の格好は、上は縦のラインが入ったセーター、通称縦セーター、下はロングのスカートといった姿になっている。

 選んだのは私自身だ。と言っても、マリアさんのアドバイスを体分に受けて、だけれど。

 それが褒められたのだから、とても嬉しい。

 

「ははっ、ありがとう。それじゃあどうしようか? 予定では、まず昼食を取ることになっていたが……」

『え、ええ。そうですね。じゃあ少し早いですけど、お昼ごはんにしましょう』

「ああ、そうだな」

 

 弦十郎さんは私の提案に笑顔で頷いてくれた。

 こうして始まったのだ。私にとっての、一世一代の大勝負が。私は義手をギュッと握りしめながら、弦十郎さんと一緒に足を踏み出した。

 



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I Want Love (Studio Mix)

 まず私は、昼食のために弦十郎さんと一緒に駅近くにある喫茶店へと入った。

 おしゃれな内装がいい雰囲気を出している、最近出来たばっかりの喫茶店だ。

 店に入ると、私と弦十郎さんは窓の近くの席に向かい合って座る。店内はそこそこに混んでおり、盛況と言った様子だった。

 

「いらっしゃいませ、二名様でしょうか」

 

 席についた私達のところに店員さんがやってきて聞いてくる。それに代表して、私が答える。

 

『はい、二名です』

 

 すると、一瞬店員さんは驚いたような表情を見せた。きっと、私の声に面食らったのだろう。

 まあしょうがないことだ。この手の反応はもうずっとのことなので慣れている。

 店員さんもプロなので、すぐさま表情を戻し、私達のテーブルに水とおしぼりを置くと「注文が決まりましたらお呼びください」と言い残し去っていった。

 そこで、私はメニュー表を確認し始める。

 

『いろいろありますね……弦十郎さんは何がいいですか?』

「そうだな……このカレーライス、それにコーヒーにしようと思う」

『わかりました、私は……そうだな、このサンドイッチとオレンジジュースにします。じゃあ店員さん呼びますね』

「あ、その応対は俺がやろう」

 

 と、私が店員さんを呼び止めようとしたところで弦十郎さんが言った。

 

『え? 別にいいですよ、今日誘ったのは私ですし』

「いや、しかし……」

 

 そこで弦十郎さんは少しばかりだが思い悩むような表情を見せる。その顔を見て、私はピンと来た。

 

『ああ……もしかして、私の声で店の人が反応するのを、私が辛く思ってないか心配してくださってるんですか?』

「ん、まあな……いらぬ世話かもしれないが、なるべく俺がしたほうがいいかと思ってな……」

 

 その弦十郎さんの言葉に私はたまらなく嬉しくなる。想い人に想われている、それがこんなに嬉しいことだなんて。

 私はつい微笑んでしまう。

 

『大丈夫ですよ弦十郎さん、私、そういうのはすっかり慣れてますから。今更ですよ。気にしないでください』

「そうか……やはり、いらぬ心配だったか。すまないな、祭くん」

『いいえ、その気持ちだけで私は嬉しいですよ。さ、お昼を頼みましょう!』

 

 私は本心を笑って言った。弦十郎さんも引きずることなく「ああ、そうだな」とすっぱり回答してくれたため、重たい空気は一切なく助かった。

 やっぱり、弦十郎さんはそういうところが大人だなと、私は思った。そうして、その後私達はそれぞれ昼食を頼み、そして間もなくテーブルに頼んだサンドイッチとオレンジジュース、そしてカレーライスとコーヒーが運ばれてきた。

 

「おお、こいつはうまそうだな!」

『そうですね、それじゃ、食べますか』

 

 弦十郎さんはバクバクとカレーライスを勢いよく食べる。そのたくましい姿に、思わず私は見惚れてしまう。

 こうしたちょっとした動作でも素敵に思えてしまうのは、まさしく恋の病と言ったところなのか、私はそれがなんだかおかしくて苦笑いした。

 

「ん? どうした祭君? 食べないのか?」

 

 そこで弦十郎さんに言われて、私はまだ自分のサンドイッチに一口二口しか口をつけていないことに気づいた。

 いけないいけない、自然体でいかないと。

 

『あっ、いえ、食べます食べます! はむっ!』

 

 私は置いてあるサンドイッチの一つ、たまごサンドイッチを口にする。うん、おいしい。ここの料理はよくできている。確かにこれは繁盛するわけだ。

 そんなことを思いながら、私もサンドイッチを食べ進める。ただ、あまり粗雑な食べ方にならないよう気をつけながら、であるが。好きな人の前ではおしとやかな乙女でいたいのだ、私は。

 と、そうやって私がゆっくり食べている間に、弦十郎さんはあっという間にカレーライスを食べきってしまっていた。さすが弦十郎さん、食の勢いも豪胆である。

 しかし、あれだけで足りるのであろうか? 弦十郎さんの体はかなり大きい。だから、もしかしたら足りないかも……ふと、私の頭の中にそんな考えがよぎった。

 どうしよう、ここは私のサンドイッチを一つ弦十郎さんに譲るべきかな……いやしかし、いきなりそんなことを言ったら失礼にならないだろうか……うう、こんなことならもっと他人と食事に行って対人スキルを上げておけばよかった……。私はそんな後悔をする。

 

「そういえば今更だが祭君。君は自分の呼び方を変えたのだな」

『え? ああ、はい』

 

 そこで急に、弦十郎さんが私に言った。私はちょっとびっくりしながらも答える。

 

「何か理由があるのか? 差し支えなければ聞いても?」

『い、いえ。特に……ただ、可愛らしくなりたくて……』

 

 さすがにあなたのために変えましたなんてのは言えない。

 私がそう回答すると、弦十郎さんは「なるほど……」とつぶやいた後、にっこりと笑顔を見せてくれた。

 

「うむ、いいのではないか? 以前のままでもよかったとは思うが、君がそうやって自己を磨く努力を、俺は応援するぞ。それに、似合ってるしな」

『そ、そうですか!? ありがとうございますっ!』

 

 弦十郎さんに褒められ、私は思わず舞い上がってしまう。一人称、変えてよかった……!

 結局、私はその後も舞い上がったまま自分のサンドイッチを完食し、お互い頼んだドリンクを飲んで、店を出た。

 ちなみに、お金は弦十郎さんが出してくれた。大人が子供にお金を払わせるわけにはいかないと、半ば勢いで押し切られてしまったのだ。

 まあ、せっかくの好意を無下にしてはそれこそ失礼だし、ここはお言葉に甘えておこう、と私はおごられることにしたのだった。

 

「さて、腹も満たされたし……では行くか、映画!」

『はい!』

 

 弦十郎さんが目を輝かせて言った言葉に、私は元気よく頷いた。

 本当に弦十郎さんは映画が好きなのだなと、私はしみじみ感じ入る。

 私達はその後徒歩で映画館へと向かった。向かったと言っても、今回行く映画館は駅の直ぐ側にあるため、それほど歩いたわけではなかったのだが。

 でも、そんな短い距離の移動でも私は弦十郎さんの優しさを知った。と言うのも、歩道を歩くとき、弦十郎さんが車道側を自然と歩いて私をエスコートしてくれたのである。

 私はそんな細かな気配りにも嬉しくなった。私、ちゃんと弦十郎さんに女の子として見てもらえているんだな……と、小さな事ではあったがとても嬉しくなったのだ。

 それに歩幅も私の小さな歩幅に合わせてくれた。弦十郎さんは体が大きいから私に歩みを合わせるのは大変だろうに、一切苦にしていない様子で。

 弦十郎さんのそんな小さな気配りに、私はさらに彼のことが好きになるのを感じた。

 これも、恋の為す連鎖なのだろうか……と、私はそんなことを考えまたこっそりと苦笑いをした。

 そうこうするうちにあっという間に映画館につく。鑑賞する映画は、結局事前には決められなかった。みんなといろいろ考えた結果、弦十郎さんと二人で見るものを決めるのがデートらしいかなと、そういう結論になったのだ。

 

『いろいろと公開してますね。弦十郎さん、何か見てみたいものとかありますか?』

「ん? 俺の嗜好でいいのか? 祭君こそ、見たいものを選んでいいのだぞ?」

『はは、それがお恥ずかしい事なんですが、私、最近の映画には疎くて……どれがどう面白いのか、ちょっとさっぱりなんですよ』

「そうか、なるほど……まあ、俺の好きなタイプの映画を選ぶとするなら、これだな」

 

 弦十郎さんがそう言って選んだのは、やはりアクション映画だった。ハリウッドで作られた超大作映画らしい。ポスターには主演のかっこいい顔をしたアクション俳優がでかでかと写っている。

 

『なるほど、じゃあこれにしましょうか』

「お、即決か。祭君も結構アクション映画とかいける口かな?」

『ええまあ、人並み程度には』

 

 私は笑って言った。思えば前世では、それほど映画を見てこなかった気がする。見るとしても、音楽が凄いとかそういう方面で興味を持ってだから、単純に映画を見に行くことはあまりなかったな。

 それがこうして今は女の子として恋する男性の人と一緒に見に来ている。分からないものだ。

 

「ふふ、嬉しいことだな、それは。それではチケットを買うとするか。ところで祭君は映画のお供に飲み物やポップコーンを買うタイプかな?」

『んー私はあんまり……途中でお手洗いに行きたくなるかもしれませんし……』

「そうか。俺は映画館での映画のお供にはポップコーンは王道だと思っていてな。一度試してみるといいかもしれんぞ」

『わかりました。弦十郎さんがそう言うなら』

 

 そうして俺達はチケットの他にも飲み物とポップコーンを購入し、シアターに入り映画を鑑賞した。

 鑑賞の途中は、お互い映画を見入っていたために、よくある最中に手をつなぐといった王道シチュエーションは起こらなかった。

 でも、それでいいと私は思った。だって、映画は弦十郎さんの大好きな趣味だもの。それを私の下心で邪魔するなんて、とんでもないじゃないか。

 結局、映画の鑑賞中はお互いずっと画面に集中し続けたのだった。

 

『いやぁ、面白かったですね!』

 

 そして見終わった後、私は素直な感想を弦十郎さんに述べた。

 

「おお、祭君もそう思ったか! ああ、とてもいい映画だった!」

『アクション凄かったですし、お話も見やすくて楽しかったです! 特に主人公が悪役を容赦なくやっつけるシーンは爽快でした!』

「ああ! あそこは見る限りスタントマンを使っていない生の演技だったから、俺もとても参考になったぞ! やはり、男の鍛錬に映画は必須だな!」

『ははは、弦十郎さんらしいですね』

 

 私はその後もあれこれと弦十郎さんと映画の感想を語り合った。

 こうして彼と同じ体験を共有し、それについて話し合う。それはとてもかけがえのない経験で、私はたまらなく嬉しくなった。

 その後も、私は弦十郎さんとデートを楽しんだ。

 映画館の後に行ったのはゲームセンターだった。

 

「俺はあまりこういうところに来たことがないのだが……」

 

 と困惑していた弦十郎さん。だから、今度は私が弦十郎さんをエスコートした。

 

『これがUFOキャッチャーですよ弦十郎さん。タイミングをあわせてボタンを押して、景品を取るんです』

「なるほど、ではせっかくだ。チャレンジしてみるか」

『はい、頑張ってください!』

「よし……む……ここで……ここだ! う! 失敗だとぅ!? くぅ、これはなかなか難しいな……」

『ふふっ、頑張ってください』

 

 初めてのゲームセンターに四苦八苦する弦十郎さんを、時には応援し、時には静かに見守り、楽しいひとときを過ごした。

 その後は、二人で街の商店街を巡ってみた。

 

『あ、弦十郎さん! あそこにアイスクリン売っているみたいですよ! 食べてみましょう!』

「アイスクリンか、あまりそういう甘いものは食べたことがないが、美味しそうだな」

『今回は私もお金を出しますからね。これぐらいは出させてください』

「わかった、そうしよう」

『はい、すいません、アイスクリン二つ!』

 

 そんなふうに、二人で商店街の美味しそうなものを食べ歩いたり、

 

『どうですか弦十郎さん。このサングラス、似合いますか?』

「んーなかなかおもしろいデザインだが、日常に使うには合わないんじゃないか?」

『ま、こういうのはジョークグッズとしての一面もありますから。弦十郎さんもそんな思い悩まずに、面白そうだからって理由で買い物しちゃいましょうよ』

「なるほど、そういうものか……」

 

 一緒に、くだらないものを買い合ったりした。

 そうして私達は、二人の時間を過ごした。それは、とても楽しい時間だった。

 でも、そんな時間はあっという間に流れていく。気づけば、時間は夕方になっていた。

 私達のデートも、終わりが近づく。

 デートの最後に私達が訪れたのは、街全体が見渡せる展望台だった。夜景の綺麗なスポットで、他にも多くの観光客やカップルがいた。

 その中を私達は二人で歩く。他の人達から見れば、私達はきっと親子のように見えているのだろう。

 でも、私の覚悟は違った。私がここを最後の場所に選んだのは、この綺麗な夜景を見ながら、弦十郎さんに告白するためなのだ。

 

『……綺麗ですね、街』

 

 私は弦十郎さんの一歩前を歩きながら夜景を眺め言う。

 

「ああ、君達が必死に守ってくれた街だ。その明るさは、人々の活気の証拠だ。いつもすまない」

 

 輝く街の光を見ながら、弦十郎さんがしんみりと言う。

 

「ノイズに対して、俺達大人は何も出来ない。それだけじゃない。錬金術師相手にも、俺達は君達子供に頼り切りだった。正直、我が身が情けない。おかげで、君にそんな大怪我までさせてしまったからな……」

 

 弦十郎さんの視線が私の手に向かっているのが分かった。私はその言葉に立ち止まり、振り返って、微笑んで首を横に振る。

 

『いいえ、弦十郎さんはベストを尽くしてくれたじゃないですか。だからこそ、私達は私達として頑張れたんです。それにこの手は私の油断が原因……弦十郎さんが気にすることじゃありませんよ』

「そうか……強いんだな、君は」

『いいえ、そんな……こうあれるのも、弦十郎さんや響達のおかげです』

 

 みんなのおかげで、今私はこうして立っていられている。私はそう思っていた。

 きっとみんながいなければ、私は夢をなくしたショックで、我を失い一姫のようになっていただろう。

 そうなっていないのは――

 

『弦十郎さん……改めて、ありがとうございます。私が、私でいられるのは、みんなのおかげです』

「祭君……」

『弦十郎さん……』

 

 私は弦十郎さんの顔を真剣な目で見る。

 言うなら、今だ。

 

『好き、です』

「――――」

『あなたのことを、愛しています。どうか、私と恋人になってください』

 

 私は言った。一世一代の告白を。私の気持ち全部を、短い一文に載せて。

 待つ。私は、待つ。彼からの回答を。

 その時間は永遠にすら思えた。しかし、本当に永遠なわけではない。やがて、答えは返ってくる。

 

「……祭君」

 

 そうして、彼から返ってきた答えは――

 

「――すまない……」

 

 否定の、言葉だった。

 

『…………』

「俺は君のことが嫌いなわけじゃない。むしろ、とても良い子だと好いている。だが、それは他の装者達にも抱いている感情で、言うなれば、子供を見守る親の感情に近いんだ。つまりその……俺は君のことを我が子のように思っているが、それ以上の感情を抱くことが、できない……」

『……………………そう、ですか』

 

 私はなんとかその一言を絞り出した。

 

『……わかり、ました……ごめん、なさい……変なこと、言っちゃって……』

「いや、そんなことはない! 君の気持ちに変なところなんて、ない! ただ、受け止められない俺が悪いんだ……」

『そんなことないです、よ……弦十郎さんは、立派、です……大人として、立派な線引だと、思い、ます……』

 

 ああ、視界が滲む。機械で作っているはずの声がかすれる。

 辛い。もうこれ以上は、限界だ。

 

『ごめんなさい。今日はもう、一人で帰らせてください……』

「……ああ」

『本当に……ごめんなさい……!』

 私はその場から走って去った。弦十郎さん一人を置いて、去った。

 

 その後のことは覚えていない。ただ、一人展望台にあったトイレに駆け込んだことははっきりしている。

 

『うっ……うえええええっ……うわあああああっ……!』

 

 そこで、私は泣いた。声を上げ、大声で泣いた。それだけは、しっかりと覚えている。

 私の恋は、その日終わった。

 淡く青い気持ちは、機械的な煩い鳴き声と共に、昏い夜空へと、溶けていったのだった……。

 

 

 

 ――コップからあふれるほどの愛が欲しい

   それは私の心を満たさないけれども

   樽いっぱいの愛が欲しい

   それが私の心を満たさないのは知っているけれども

 

 ――山岡晃、Mary Elizabeth McGlynn『I Want Love (Studio Mix)』

 

 

 



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上を向いて歩こう

 その日、響と未来は落ち着かない様子で教室の一角に集まっていた。

 

「まだ来ないね……」

「うん……」

 

 二人がせわしなくしている理由、それは、先日想い人に告白をし、その想い叶わなかった少女、祭の事だった。

 先日、他の装者達が二課に集まり報告を待っていると、響に一本の電話がかかってきた。

 その電話の相手は祭で、響が電話を取ると、ぐずぐずな鳴き声が混じった声でこう伝えられた。

 

『ごめん……ね……私、フラれちゃった……みんなには……報告しないとって……私……』

 

 祭はそれだけを言うと電話を切り、その後響達が何度電話をかけても応答しなかった。さらには同室のクリスが寮の部屋に帰ってみても彼女は帰っていなかった。

 そんな状態のまま時間が流れ朝となり登校日となったのだから、響達七人は心配で気が気でなかった。

 部屋に戻らないまま、学校にもまだ来ていない。もしかして、失恋のショックで早まった気を起こしたのでは……とすら考えてしまうほどであった。

 しかし祭に限ってそんなことはないと、響達は信じて、こうして今も学校で祭を待っているのだ。

 

「祭……大丈夫だよね……」

「だ、大丈夫だって未来! 祭だもん! 命の大切さは良く分かってるはずだって……」

 

 二人が不安げな声で喋っている、そんなときだった。

 

『おはよー! 二人共!』

 

 二人の背後から、突如特徴的な機械音声が聞こえてきたのだ。

 間違いない、祭の声だ! と二人はとっさに振り向く。

 そこには、やはり祭がいた。ニコニコとした笑顔で、元気よく片手を上げた状態で。

 

「祭!? 大丈夫だったの!?」

『え? ああごめんごめん、昨日は電話しちゃったあとそのまま寝ちゃって……それで今まで連絡し忘れてこんな時間になっちゃった』

 

 響の言葉に祭はあっけらかんと返す。だが、二人は納得できない。

 

「寝てたって……どこで!? 部屋には戻ってなかったってクリスが……!」

 

 未来が聞く。彼女の質問に、祭はバツが悪そうに頬をかいた。

 

『あーそれなんだけど……公園のトイレで座ったまま、ね。うう、恥ずかしい……』

「トイレでって……」

『ああでも! 幸い風邪とかは引いてないみたいだから! いやぁ幸運だったよこの寒い時期に! 私ってツイてるのかなーハハハ!』

「祭……でも……」

『ま、心配かけたけどもう大丈夫! 一晩ぐっすり寝て私はすっかり元気になったから! だからほらほら! もうそろそろ授業始まるし席に座ろう?』

「あ、ちょっと祭!?」

「わわわわ!?」

 

 慌てる二人にお構いなしと背中を押して席へと連れて行く祭。

 そうやって彼女に押されながらも響と未来は顔を合わせ無言でお互い思ったのだった。

 まだ、全然大丈夫じゃない、と。

 しかし、だからといって今の彼女にかけてやる言葉を、すぐには出せないのも二人の現実であった。

 

 

『いただきまーす!』

 

 お昼。祭は屋上にて購買で買ったパンを広げていた。そこには当然響と未来もおり、さらには翼とクリスもいた。

 四人とも、元気な顔をしてパンを頬張る祭を怪訝な顔で見ている。

 が、普通の戦いならいざ知らず失恋を経験した女子相手にどう接すればいいか四人の中でもなかなか答えがでないのか、しばらくの間沈黙が続いていた。

 

『ん? どうしたのみんな? 食べないの?』

「え!? あ、ああ! 食べるとも! なあみんな!」

「へ!? は、はいっ! 食べますとも! この立花響がご飯を食べないなんてそんなことありえませんよ! 翼さん!」

「ったく、飯のことに関しちゃ本当に元気になるなこのバカは! なあ!」

「……え!? あ、う、うんそうだね! まったく響きったら……」

 

 四人とも大げさに笑いながら祭の言葉に答え、弁当や購買で買った食べ物をそれぞれ広げる。

 そうして五人での食事が始まったのだが、祭を覗いた四人はとてもではないが食事の味を美味しく感じることができなかった。

 

『あ、響! その唐揚げ美味しそう! 未来のお手製かな?』

「う、うん。晩ごはんのあまり温めただけどね」

『いいなぁ、もらってもいい?』

「い、いいよ……」

『ありがと!』

 

 そういい祭は素手で唐揚げをつまみ、自分の口に放り込む。すると、またオーバーに体を縮こめ、伸ばしてリアクションを取って美味しさを表現した。

 

『んー、未来の料理は昨日の残り物でも美味しいね! さすが未来』

「あ、ありがとう。でも、残り物って言い方は余計だよ」

『あ、そっか。ごめんごめん、へへへ』

「は、はははは……祭ったら……」

「ははは……」

「ふ、ふふ、まったく弓弾ときたら……」

 

 引きつりながらも合わせて笑う響、未来、翼の三人。だが、一人だけ笑っていない者がいた。

 

「…………」

 

 クリスである。

 彼女は、渋い表情で祭を見ていた。

 その視線に、祭も気づく。

 

『ん? どしたのクリス? 惣菜パンハズレだった?』

「……いや、それよりお前さ……」

 

 クリスはそこで一瞬言葉を詰まらせる。だが、意を決した表情になって祭を見て、彼女に詰め寄り胸元を掴んだ。

 

「いい加減にしろよ……!」

「クリス!?」

「クリスちゃん!?」

「雪音!?」

 

 三人も驚き立ち上がる。だが、クリスの様子は変わることはない。

 

『ちょ、クリス!? 一体何がどうしたの……?』

「何がどうかしたじゃねぇ! 下手な無理するんじゃねぇっつってんだよ!」

 

 そのままクリスは掴んだ胸元を放さないまま祭を押し出して屋上を囲うフェンスへとぶつける。その拍子に、祭が持っていたパンが地面にポロっと落ちる。

 

「落ち込んだら落ち込んだって素直に白状しろや! あからさまな無理されるとこっちが気を使って大変なんだよ!」

『……別に……む、無理なんて……』

 

 掴まれ息がうまく出来ない状態でも、祭はニヤニヤと笑みをたたえながらクリスに言う。だが、それがクリスの怒りに触れることとなった。

 

「だから! そういうのをやめろっつってんだよ!」

 

 ガシャン! というフェンスの音がする。祭が再度フェンスに押し付けられたことによる音だった。

 

『う……苦し……』

「ちょ、ちょっとクリスちゃん! もう少し緩めてあげて!? それじゃあ祭も言いたいこと言えないって!」

「そうだぞ雪音! お前も少しクールダウンしろ!」

「あ!? ……ああ、そうだな」

 

 響と翼の二人に諭され、クリスは掴んでいた手を放して祭をフェンスに押し付けるのを止める。

 それにより開放された祭は、ぎこちない笑みを浮かべクリスを見る。

 

『あ、ありがとう……でもクリス、私、無理なんか……』

「ああ!? まだ言うかよ!? してるっつってんだよ! じゃなかったらその不自然なハイテンションはなんなんだよ気持ち悪ぃな! そういうキャラじゃねーだろお前は!」

『そ、それは……』

「おっさんにフラれて辛いのは分かるさ! でもよ? だからってアタシ達の前でまで無理して平静を装う必要はないっつってんだよ! 一緒に戦ってきた仲だろ!? ならよ、曝け出せよ、仲間の前でぐらい、自分の本音をよぉ!」

 

 激しく、かつ熱く自分の気持ちをぶつけるクリス。それを見て、翼や未来、そして響は一瞬ハっと空気を飲むようにし、その後、それぞれ頷き合い、祭の方を見て、口を開く。

 

「祭……私も、祭には本音を聞かせてほしいよ……」

「そ、そうだよ! 祭が辛いときは、私達も一緒になるから!」

「ああ、立花と小日向の言う通りだ。弓弾の心を、私達に開いてほしい……」

『…………』

 

 みんなの熱い視線と言葉を受けた祭。それに対し、彼女は、

 

『……うるさい。うるさいうるさいうるさいッ! みんなに、何が分かるって言うんだ!』

 

 怒りで、反応した。

 

『ただ失恋しただけならここまで私もならないよ! でもさ、私には結局何もないことを思い知らされたんだよ!? 夢も、恋も! それも、誰も悪くない、私が悪い形で! 結局ずっとただの独り相撲だったことを改めて思い知らされた、私の気持ちが分かるっていうの!?』

「分からないよっ!」

 

 激しく声を荒げ、髪を見出しながら言う祭に答えたのは、響だった。

 響は、今にも泣きそうな顔で、しかししっかりと芯の通った声で祭に叫んだ。

 

「分からないよ! 言ってくれないと! 私達は人間だ! ノイズじゃない! だから言葉が通じ合う! でも、それはこうして話さないとダメなんだ! だから、言ってもらわないと分かんないよっ!」

 

『……っ! それは……そんなの……そんなの……!』

 

 響の言葉に窮する祭。響の言葉が通じている。その証拠だった。

 

『…………その、私――』

 

 そして、何かを言いかける祭。そのときだった。

 ジリリリリ! とその場にいた五人の持っている端末すべてに同じ音が鳴り響いたのだ。

 それは、二課からの連絡音だった。

 

『みんな! ノイズが現れた! 相当な数だ! 場所はG地区の四九ポイント! 既にマリア君達が先行している! みんなも――』

 

 端末から響いてきた弦十郎の声。その声にいち早く反応したのは、祭だった。

 

『――っ!! ************ッ!』

 

 祭はその声を聞くやいなや、すぐさま外異物をまとい、大きく屋上から跳ねたのだ。

 

「あっ、祭っ! 待って!」

「弓弾を一人で行かせるな! いくぞみんなっ!」

「おう!」

「は、はいっ!」

 

 その後を、他四人の装者も追う。

 

「なっ!? 早いっ!? 待って、祭!」

 

 しかし、祭の速さは尋常ではなかった。明らかに今まで出したことのない速度で空を飛び、四人を突き放していったのだ。

 

「チクショウ! おい! ミサイル出すからみんな乗れっ!」

 

 クリスはそう言って空中でミサイルに向け発射。その上に全員で乗って、祭を追いかける。

 だが、その速度にとてもではないが追いつけない。その速さはまるで――

 

「まるで、風鳴一姫みてぇな速さじゃねぇか……」

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 それからしばらくして、四人はやっと戦場へとたどり着く。

 だが、そこにいたのは立ち尽くすマリア、調、切歌の三人と、少し離れた、うっすらと灰の漂う場所の中心で両手を広げ、目をつむりながら天を仰ぐ祭の姿があった。

 フォーン……という、美しく鳴り響く音と共に。

 

「すまぬ遅れた! 戦況は!?」

「……えっ!? あ、翼……!」

 

 翼がマリアに聞く。それに、マリアは一瞬遅れた反応で答えた。

 

「それがその……ここにいたノイズの大群を、彼女が一人で、殲滅してしまったの……」

「なん、だと……!?」

「ええっ、祭が一人で!?」

 

 驚愕する翼。そして響達。

 そんな彼女らにマリア達は頷き、さらに説明する。

 

「もう凄かったデース! 突然すごい速さでやってきたと思ったら、次々と音でノイズを吹き飛ばしていったデース! まさに音速の戦いデース!」

「戦いに鬼気迫るものがあった……でも……その最中、祭さん、笑ってた……」

「笑って、た……?」

 

 調の言葉が解せぬ未来。

 彼女はそのまま疑問を抱いた状態で、そっと祭に近づき始める。

 そこで気づく。先程から鳴り響く音は、彼女から出ていることに。そして、天を仰ぐ祭が、幸せそうな顔をしていることに。

 

「……祭?」

『……ああ、未来。話には聞いていたけど、ちゃんと装者として戦っているんだね』

 

 祭が首だけを未来に向け、恍惚とした表情で未来に返す。その顔に、どこかおぞましさを感じながらも、未来はそんなはずないと自分の考えを否定し祭に答える。

 

「う、うん。祭達が助け出してくれた後、フィーネさんから調整を受けさせてもらったから……」

『そう。でももう、未来は戦わなくていいよ。だってすべてのノイズは、私が倒すんだから』

「……え?」

 

 祭の言葉に、驚愕を隠せない未来、そして六人。祭はそのままその場で両手を開いたままくるくると回転しながら話し始める。

 どこか狂った、彼女の考えを。歪な笑みで。

 

『私ね、気づいたんだ……もう私には、戦うことだけが唯一、私を表現できることだって……この姿になっているときには、こうして手や喉が関係なく、音を出すことができるんだって……だったら、私はずっとこの姿でいる。ずっとこの姿で戦っている。そうすれば、私は私の夢にまだすがりつける……』

「ま、祭、何を言って……?」

『ああ未来、聞こえるだろう? 私の体から鳴り響く旋律を。こんな綺麗な音、今まで出せたことはなかった。でも、こうすれば私はいつでも音を奏でることができる。私が私であることができる。だから、私は戦い続けるんだ。永遠に、ね』

「この……大馬鹿が!」

 

 それに怒りを示したのはクリスだった。他の六人も、それぞれがそれぞれの表情をしながらも、どれも祭を止めたいという意思で共通していた。

 

「さっきお前が言ったように、確かにお前は全部失ったのかもしれねぇ! でもよ! だからってそんなやけっぱちになる必要なんてねぇんだよ! 頭冷やせこの大馬鹿!」

『……クリスにはわからないようだね、この音色の良さが。それに、それを除いたってもうダメなんだよ。こうして戦い続けないと、もう私はダメなところまで来ちゃっているみたいなんだ……』

「それは、どういう……!?」

『さあ、どういうことだろうね。……ああ、次のノイズが来る気配がする……さようなら、みんな。みんなと一緒にいれて、楽しかったよ』

 

 翼の言葉にはぐらかしながら答えた祭は、笑みを浮かべたまま、突如その場の空間を『割った』のだ。

 文字通り、目の前の空間をガラスのように、である。そして、そこに入って彼女は消えていった。

 彼女が入った途端、空間は何事もなかったかのように修復されたのだ。

 そうして、唖然とする七人を残して、その日以来、弓弾祭は装者、そして二課のメンバーの前から姿を消した。

 彼女の身に何があったのかという、謎を残して。

 



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呪いのシャ・ナ・ナ・ナ

 それは、私が弦十郎さんに振られた直後、トイレで泣きはらしてからのことだ。

 

 ――……ここは?

 

 気づくと、私は妙な場所にいた。

 真っ暗な空間の中、一人スポットライトに当てられた椅子に座っている。椅子は木製で、今にも壊れてしまいそうな椅子だ。

 私はとっさに立ち上がろうとするも、立ち上がることができなかった。まるで、お尻と手足が椅子にべったりとくっついているかのように離れない。

 そこで、私は思った。ああ、これは夢なんだと。弦十郎さんへの恋心を自覚してから見ることがなくなっていた、あの嫌な夢なんだと。

 

「そう、これは貴様の夢だ」

 

 私が夢を自覚した直後、私に闇の向こうから語りかけてくるものがいた。それは、私の方へとコツコツと歩き、やがて姿を現す。

 現れたのは、風鳴一姫だった。

 

「これは貴様の見ている夢、しかし、まごうことなき現実でもある」

 

 一姫は私に向かって憎悪のこもった笑みで笑いかけ、私の体に触れてくる。

 腹部から、つつっと喉元にかけて指を這わせてくる。

 

「貴様は今、大きな絶望の中に堕ちた。それが、再度扉を……いいや、窓を開くこととなった」

 

 ――窓? 一体なんのこと?

 

 私は質問しようとするも、口が開かない。しかし、私の思っていることを彼女はしっかりと認識しているようで、笑みを浮かべ、手で私の首元を撫で回したまま、私の背後へと廻る。

 

「さあ、その目でしっかりと見るといい……異端者にのみ開かれる、深淵たる真実の世界を……」

 

 彼女がそう言うと、私の前の闇が晴れ、窓が現れた。そして、その窓はゆっくりと開き始める。

 

 ――嫌だ……見たくない……開くな……!

 

 私の本能がそう叫ぶ。だが、私は顔を逸らすことができず、その窓の向こうを直視してしまう。

 窓の向こうには星空が広がっていた。ただの星空ではなく、無数の星々が集ってできた銀河系、さらには毒々しい色をしたガス星雲。そして、それらの奥から、そいつは現れた。

 そいつは、白いうねりの、今にも破裂しそうな泡の、おぞましき暗澹の集合体だった。見るからに知性を感じることはできないはずなのに、なぜだかおぞましき邪智が存在すると私に確信させた。その白き塊としかいいようのないそれは、私の認識を犯しながら、少しずつこちらの窓へと向かってその触手を近づけてくる。

 

 ――やめろ……来るな……来るなっ!!

 

 叫びたい。そう心から叫びたい。でも、叫ぶことは出来ない。かろうじて出せるのは、聞き苦しいうめき声だけ。

 

「さあ……受け入れて……私のように……」

 

 一姫が妙に甘い声を私の耳元でささやく。私の体に腕を絡ませながら。

 ついに窓からその白い触手が這い出てくる。その触手はずずず……と私の体へと近づいてきて、私の足に、手に絡まってくる。

 それが這い進んでいくにつれ、私の手が勝手に動く。先程まで張り付いていたはずの腕が、ゆっくりと椅子から離れていく。

 手はやがて目の前にいつの間にか現れていたそれを手にとった。

 エーリッヒ・ツァンのヴィオルを。

 

 ――止めろ……止めて……私にそれを、奏でさせないで……!

 

 だが私の願いは虚しく、私の手はヴィオルを掴み、そして、ついにはその音を――

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

『……っ!?』

 

 そこで私の目が覚めた。ぐっしょりと冷や汗を流しながら、トイレの個室の中で目覚めた。

 だが、おかしい。目が覚めている。その自覚はある。なのに、なのに――

 

 視界のすべてが、深緑色の毒々しい色に染まって見えるのだ。

 

『何……これ……』

 

 暗いトイレを出て、明るい太陽きらめくはずの外に出ても、それだった。

 しかも、周囲を行く人々はまったく気にしている様子はない。どうやら、私の視界だけがおかしくなったようだった。

 さらにそれだけはない。天を仰げば、あの白い触手が見えるのだ。空のはるか向こうからぼんやりと伸びる、あの白い触手が見えるのだ。

 

『ああ……! ああ……!』

 

 私はそのあまりのおぞましさに、思わずその場で膝をついてしまう。

 なんだこれは……なんなんだこれは……!?

 私の魂は恐怖で縛られる。あまりにおぞましいその光景に、私の体は震える。

 

『は……はは……ははは……』

 

 その果てに、私の口から出たのは、笑いだった。

 ああ……そうだ。こんなもの、笑い飛ばしてしまおう。すべてがおかしいんだ。全部全部、笑い飛ばしてしまおう。楽しく、陽気にいこう。

 なぜだか、そんな気になってきた。

 

『は……はは……! そうだ、学校へ行かないと! 遅れちゃう!』

 

 ああ、楽しみだな学校! みんなきっと心配してるだろうな、でもちゃんと大丈夫だって伝えないと。そう、私は大丈夫。何もおかしくなってたりしていない。何もおかしくなってたりしていない……!

 そうして、私は学校へと笑顔で行った。

 私が元気良く挨拶をすると、響と未来は驚いているようだった。そうだよね、昨日の今日で、この元気さはおかしいよね。でも、しょうがないんだ。今の私は、笑いたくてしょうがないんだから……!

 私はそのまま学校生活を送る。そう、普通に、普通に。……これが私の普通なんだ。これが私の――

 

「何がどうかしたじゃねぇ! 下手な無理するんじゃねぇっつってんだよ!」

 

 ……ああ、クリスに気づかれた。私が、私を偽っていることを。

 さすがクリス、勘が鋭い。でも、これをなんて説明すればいい? みんなと別の世界が見えています? そんなこと、とても口が裂けても言えない。そんなこと言ったら、私はなんともないのにおかしくなったと思われて病院送りだ。

 ああどうしよう。どう言い訳しよう。……そうだ、クリスが思い込んでるように、失恋して無理しているってことにしよう。そうすれば、きっと私はまだ“普通”扱いだよね。

 

『……うるさい。うるさいうるさいうるさいッ! みんなに、何が分かるって言うんだ!』

 

 これは半分本気。私の見えてる世界がみんなに分かるわけないから、本気。

 

『ただ失恋しただけならここまで私もならないよ! でもさ、私には結局何もないことを思い知らされたんだよ!? 夢も、恋も! それも、誰も悪くない、私が悪い形で! 結局ずっとただの独り相撲だったことを改めて思い知らされた、私の気持ちが分かるっていうの!?』

 

 これも半分本気。私がすべてを失って空っぽになっていることは、紛れもない事実だから。

 でも、やっぱりそれ以上に、私が今見ている光景への恐怖が、勝っているんだよね。

 そんな私にクリスは熱く説得を試みる。クリスだけじゃない、響も、未来も、翼さんも。

 私のことを思って言葉をぶつけてくれる。

 ああ、本当にいい友人を持ったと、私は思う。でもね、みんなが思っている以上に、私は変なことになっているんだ。

 それを言ったら、私は変な子になっちゃうから、それは言いたくないんだ。認めたくないんだ。だから、どうにか……。

 

「分からないよ! 言ってくれないと! 私達は人間だ! ノイズじゃない! だから言葉が通じ合う! でも、それはこうして話さないとダメなんだ! だから、言ってもらわないと分かんないよっ!」

『……っ! それは……そんなの……そんなの……!』

 

 ……なんで純真な言葉なんだろう。響の言葉は。さすが、この世界の主人公だ。彼女の言葉を聞いていると、私も私の真実を伝えても大丈夫なんじゃないかと思えてくる。

 いや、大丈夫なんじゃないか? 彼女らなら、実際に問題ないんじゃないか?

 今の私の事実を伝えても、受け入れてくれるんじゃないか……?

 そんな希望が、私の胸に灯った。

 だから、私は話してみようとした。私に起きている、異変について。

 

『…………その、私――』

 

 その瞬間だった。

 

『みんな! ノイズが現れた!』

 

 端末から、弦十郎さんの声が聞こえてきた。

 彼の声を聞いた瞬間、私の感情は途端にぐちゃぐちゃになった。弦十郎さんが、あのとき、私の想いが届かなかった弦十郎さんが、話しかけてきている。

 弦十郎さんが――

 そう思った次の瞬間、私は外異物をまとい、空を飛んでいた。

 しかも、ものすごいスピードで。

 同時に私は悟る。この外異物の真の力に。この外異物は、空間を操る力を持っている。一姫が操っていた時間を操る力とは、同質かつ対極の力を。

 そして今、私はそれを行使している。音という形で。そして、その音だけは、この歪んだ世界で唯一、馴染みのある音だった。

 

『……心地いい……』

 

 私は自らの出す音に、そうこぼした。

 ああ、なんて心地のいい音だろう。音が、私を癒やしてくれる。もっと、もっと音を出したい。

 喉と手を失って、私が出せなくなったはずの音を、もっと……!

 そう思った矢先に、奴らはいた。ノイズだ。ああ、彼らなら私が音を出す理由を、正当化してくれる。

 やつら相手になら、私はいくら音を出してもいい。この、狂った世界の中で、唯一私が正常な証を、示しても良いんだ……!

 そうして、私はノイズを狩った。体中から美しい音色を奏で、自分の存在を証明した。自分の正気を訴えた。

 なのに、だと言うのに……後から現れた装者のみんなは、私をおぞましいものを見るかのような目で見る。

 ああ、みんなにはわからないんだよ……この狂った世界の中で、何が正しいのか。

 でも、それを言ってもきっとみんなはわからないだろうな。だから、分かる範囲で言ってあげないと。

 

『私ね、気づいたんだ……もう私には、戦うことだけが唯一、私を表現できることだって……この姿になっているときには、こうして手や喉が関係なく、音を出すことができるんだって……だったら、私はずっとこの姿でいる。ずっとこの姿で戦っている。そうすれば、私は私の夢にまだすがりつける……』

 

 そう、これは私の夢の形。私が叶えたかった未来の形。それが、この姿。

 この音によって、私は私でいられるんだ……。

 ああ、次のノイズの気配がする、行かないと……私が私であることを、証明するために。

 そうして私は、空間を操る力を使って、次のノイズのもとへと向かった。私の正しさを、しっかりと自覚するために。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 そうして、私はノイズを狩り続ける。

 ノイズはバビロニアの宝物庫からほぼ無数に現れてくる。

 でも、今の私にはそんなの意味のないこと。なぜなら、私はこの空間を操る力でどこに現れたかすぐ察知して、その場に瞬時に現れることができるからだ。

 なんなら、自分でノイズを呼び出すこともできる。ゆえに、私が無限に戦っていられる。

 永遠に音を奏でていられる。私は私であり続けることができる。

 ……ふふ。なんだかおかしいや。この狂った世界でも、私は音楽の力で自分の正気を保っている。

 やはり音楽とは素晴らしいものだ。この力で、音楽の力で、私は私であり続けるんだ。私は――

 

「祭ッ――!!」

 

 瞬間、私は顔を思い切り殴りつけられ、激しい痛みとともに地面に転がった。

 

『う……ひ、響……?』

 

 そこにいたのは、拳を振りかぶったシンフォギア姿の響だった。

 そばには、未来と翼さんもいる。二人共、言葉を失っているといったような表情だった。

 

『何をするんだ響……私は、ただノイズを倒していただけだよ……?』

「祭……祭……!」

 

 私の言葉に、響が涙した。ボロボロと、大粒の涙をこぼしていた。

 一体、どうしたというんだろう、彼女は……。

 

『響、どうしたの……?』

「祭……祭には……“その人達”が、ノイズに見えているんだね……」

『…………え?』

 

 その、人、達……?

 私はあたりを見回す。その視界は、いつの間にかあの深緑の淀みがなくなっており、クリアだった。

 そして、私の視界に映ったものは――

 

『あ……ああ……う、そ……』

 

 無数の、人の死体の山だった。

 



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隷堕のロジック

「師匠! 祭の居場所はまだつかめないんですか!?」

 

 祭が突如失踪してから一週間、響は二課本部で弦十郎を問い詰めていた。

 祭は消えて以降、ノイズの出現場所に現れては消えるという行動パターンを繰り返していた。これに装者は対応するも、ノイズ出現の報告を受けては現場に到着しても、いつもすでにノイズは倒され祭は消えているという状況の繰り返しだった。

 この事の繰り返しで、響は祭がおかしくなって消えてしまったことに対しどんどんとストレスを溜めてしまっていた。

 

「ああ、すまん……こちらも全力で探してはいるのだが……」

「でも、二課は情報収集とかが本来のお仕事だって、前に……!」

「響、落ち着いて。二課の人たちも必死で頑張ってるのは、響だってわかってるでしょ? それに、私達だって祭が現れた場所に急いでいってもいつもノイズは倒された後でいなくなっているじゃない」

「う、うん……それはわかってるけど……」

 

 興奮気味の響を、未来がなだめる。その未来の言葉で、響はなんとか平静を保っているようだった。

 

「私だって辛いよ……祭が、一番苦しんでたときに、気づいてあげられなかったのが……」

 

 ただ、未来も未来でとても辛そうな表情をしており、彼女の精神もまた追い詰められているのが見て取れた。

 一方で、弦十郎もまた未だ申し訳無さそうな顔を響達にしている。

 

「すまない……俺が不甲斐ないばかりに、こんなことに……」

「別にあなたのせいじゃないでしょ」

 

 そこで弦十郎の背後から現れた者がいた。フィーネだった。

 フィーネは軽く呆れたような表情で弦十郎を見ている。

 

「彼女の告白を受け入れられないといったあなたの気持ちに嘘はなかったのだし、むしろ嘘で受け入れたほうがもっと面倒なことになってたと思うわ。そして、今彼女の居場所を割り出せないのも、あなたに責任があるわけじゃない。二課全体の捜査能力を持ってしても割り出せないのは、恐らく、こちらの想像以上の技術によって隠遁している可能性が高い。だから、あなたが気に病む必要はないのよ」

 

 そう言ってフィーネは弦十郎の肩を軽く叩き、響達の前に出る。そして、弦十郎と同じく暗い顔をしている響と未来の前に出て、言った。

 

「いい二人共。これはあくまで私の仮説なのだけれど、今彼女は別の空間にいる可能性が高いわ」

「別の、空間……?」

「ええ。異次元、とでも言えば分かりやすいかしらね。こちらの観測、そしてあなた達が見た空間を割る彼女の姿から考察するに、彼女の外異物の真の力は音を操る力ではなく、空間を操る力。そして、その力を自由に行使できるとするならば、こちらの三次元領域とは違う別の空間にいる、という仮説を立てることができる。だから、普通の捜索方法では彼女を捕まえることはできないわ」

「そんな、それじゃあどうやって……」

 

 さらに表情に陰りを作る響。

 一方で、フィーネは余裕を持った顔で、ふっと笑った。

 

「大丈夫よ、その結論に行き着いた時点で、私達はすでにアプローチの方法を変えたわ。平時の弓弾祭を捕まえられないのならば、こちらに現れる予兆を彼女より先に察知すればいいのよ」

「予兆を先に……つまり、ノイズの出現を事前に察知する、ってことですか?」

 

 未来がフィーネの言葉に応える。

 それに、フィーネはコクリと頷いた。

 

「ええ、その通りよ。今まで私達は、ノイズの出現に対して出現した後からの事後対応しかできていなかった。でも、弓弾祭の外異物のデータを今一度研究し直すことによって、ある程度空間における異端技術の干渉をより仔細にデータ化することに成功した。さらにこれに、現在私が厳重保管しているノイズを召喚できる聖遺物、ソロモンの杖のデータを合わせることによって、ついにノイズの出現を事前に予測することを可能としたのよ」

「じゃあ、それを使えば……!」

「ええ、弓弾祭が現れるのに対応することができる。本当はソロモンの杖の力でこちらから彼女を呼び寄せたいところなのだけれど、試したところどうにも彼女は自然発生したノイズじゃないと対応してくれないみたいなのよね」

「なるほど……だったら、早く出現予測を!」

「落ち着きなさい」

 

 はやる響のおでこを、フィーネはピンと立てた指を乗せて抑える。そして、その指を軽く押して響の体をくらりと後ろに倒した。

 

「うわっ!」

「そうやって事を急くんじゃないの。予測計はすでに稼働してあるわ。でも、実際にノイズが現れようとしない限りには彼女も現れない。それに、あなた達装者の出撃準備ができて最善の状態じゃないと彼女に追いつかないかもしれない。あなたたち、ずっと二課に缶詰する気はある?」

 

 フィーネは腰を曲げ、ぐいと響達に顔を近づけ意思を確かめる。それに対し、響と未来は、

 

「はい! もちろんです! 大切な親友のためです、缶詰くらいなんですか!」

「私も! 親友を取り戻すためなら、なんだって!」

 

 とすぐさま答えた。さらにそれだけではなかった。

 

「その話、私達も乗ろう!」

 

 部屋の奥、司令室の扉の方から、凛とした声が飛んできたのだ。そこにいたのは、翼、クリス、マリア、切歌、調の五人だった。

 

「翼さん! みんな……!」

「弓弾は私にとっても大切な仲間の一人だ。見捨てはおけん!」

「アタシの仕事はもとからあいつの警護だからな。警護対象にどっかいかれると困るんだよ」

「私はまだ彼女と出会って日が浅いけど……でも、今の彼女を見過ごすことができないわ」

「そうデース! 祭先輩は私達の大切な先輩デスからね!」

「響さん達が守りたいものは、私達にとっても守りたいもの……」

 

 五人がそれぞれ、響と未来に自分の祭を助けたいという気持ちをぶつける。彼女らの言葉に対し、響は「みんな……」と一言呟き、感極ってすすっと涙を流した。

 

「みんな、ありがとう……!」

「はい、本当に、ありがとうございます……!」

 

 涙を流しながら感謝する響、そして、涙は流さなかったものの、今にも表情を崩しそうな顔で大きく頭を下げる未来。

 全員が、祭を説得したい、助けたい、という気持ちで一丸になっていた。

 対して、そんな少女達を見ながら、弦十郎は自分の手のひらをギュッと握っていた。

 

「俺は、結局なんにも彼女達の力にはなれていないな……ダメな大人だ、まったく……」

「あら、そんなことないわよ」

 

 そこに、彼の横にすっとフィーネが立ち、言う。

 

「少なくとも、私はあなたの言葉があったからこうして横にいる。そして、私があの子達のために頑張ろうと思ったのも、あなたのおかげみたいなところがある」

「俺の……?」

「ええ。あなたがどこまでもバカ真摯にやってるものだから、つい手助けしたくなっちゃうのよ。まったく、世話のかかる子ほどなんとやらってやつなのかしらね」

「了子君……」

「……と、話しすぎたわね。それじゃ、頑張りなさい。私は徹夜する気はないから、あとはあなた達の仕事よ」

 

 そう言ってフィーネは弦十郎の近くから離れ、司令室の自分の席に深く腰をつけた。

 弦十郎はその姿とお互いに言葉を掛け合う装者達を見て、ようやく表情を柔らかくしたのだった。

 こうして、装者達が二課に住み込みノイズ出現を待つ日々が始まった。さすがに全員でずっと張り付いているのは効率が悪いため、それぞれがローテーションを決めての生活を二課で送った。

 弦十郎も、できるだけそれに付き合った。できるだけ装者に合わせて起きながらも、ちゃんとフィーネやオペレーター達と交代し休憩を取っていた。

 このようにノイズ出現を待ち続けて十日ほどが経った。そんなときだった。

 

「ノイズ出現の予兆、感知しました! X地区の六六ポイントです!」

 

 あおいの声が、二課全体に放送されたのだ。

 

「X地区……そこって、祭の実家があるところだ……! わかりました! 大至急向かいます!」

 

 それに答えたのは、響だった。そばには、未来と翼もいる。ちょうど、その三人がローテーションで起きていたところだった。

 

「よし! みんな、任せたぞ! 祭君を捕まえ引っ張って来てくれ!」

 

 弦十郎が三人に激を飛ばす。その言葉に、三人は、

 

「「「了解!」」」

 

 と声を揃えて答えた。

 そしてノイズ出現予測を受けてからまもなく、三人は出撃した。

 計算によれば、三人が目的地に到着するのは十分後。そして、ノイズが現れるのは九分後であり、ギリギリノイズの出現には間に合わないことになる。

 だが、その一分の間に祭がノイズを倒しきれるかは分からず、祭が駆除しきれない数のノイズが現れることを祈るばかりだった。

 そのことの説明を受けたとき、翼は普段あれほどに敵として憎んでいたノイズの出現を数多く願うことに皮肉めいたものを感じ、軽く自嘲した。

 一方で響と未来は、祭のことで頭がいっぱいになっていた。

 

「ねぇ響、次のX地区って、祭の家があるところだよね。おじさんとおばさん、大丈夫かな……」

「大丈夫だよ、きっと逃げられてる。ノイズ出現の予測と一緒に警報を鳴らしたって言うし、きっと逃げてるよ」

「そうだね。今の祭、おじさんとおばさんが見ないといいね……」

「……うん」

 

 それぞれがそれぞれの想いを胸に秘めながら、ついにノイズ出現場所へと到達する。だが、そこで三人を向かえた光景は、想像とは違ったものだった。

 

「……え?」

 

 響はその光景に、思わず声を漏らす。

 三人が見たもの、それは、祭が逃げ遅れた人々を手にかける姿だった。

 

「弓弾……何をやって……弓弾っ!!」

 

 翼が祭に向かって叫ぶ。だが、祭は人々の虐殺を止めない。まるでノイズを駆逐するかのように、祭は笑いながら、狂った瞳で音で人々の体を裂いていた。

 

「……う……そ……」

 

 あまりの光景に、絶望した顔をする未来。

 一方で、響は――

 

「――っ!!」

 

 祭目掛けて、素早く駆けていた。

 

「祭ッ――!!」

 

 そして響は、その手で祭の顔を思い切り殴り飛ばした。

 

『う……ひ、響……?』

 

 その一撃で、祭の目に理性の光が灯る。何がなんだか分からない。そんな顔をしていた。

 

『何をするんだ響……私は、ただノイズを倒していただけだよ……?』

「祭……祭……!」

 

 響は泣く。泣きながら、祭を見る。そして理解する。祭が、人とノイズの区別がつかなくなっていたことを。

 

『響、どうしたの……?』

「祭……祭には……“その人達”が、ノイズに見えているんだね……」

『…………え?』

 

 そして、祭もまた気づく。響の言葉で、自分が今まで何をしていかたということを。

 

『あ……ああ……う、そ……』

 

 人を、殺していたという現実を。

 

『わた、し……なんて……ことを……』

「……これは、一体……櫻井女史ッ!!」

 

 翼はいち早く頭を冷やし――と言っても困惑しているのには変わりないが――本部へと連絡を取る。

 

『……おそらく、外異物の影響が彼女の脳にまで出たのだと考えられるわ。彼女のずっと音を奏でていたい。それを正当化するために、あらゆるものを敵であるノイズと認識させていた、というのが一番の仮説かしら』

 

 翼に自らの考えを語るフィーネ。その内容は、翼だけにでなく未来、そして響にも伝わっていた。

 

「そんな……そんなことが……!」

『ごめんなさい、こちらも外異物の事に関してはデータが少なすぎて予測ができてなかったわ。それより気をつけて、外異物が彼女の脳、つまりは感情に左右されているのだとしたら、大きな感情の変動はさらなる変化を引き起こす可能性がある。くれぐれも現状以上に彼女に刺激を与えないで』

「そんなこと言われても……! くっ……了解しました……! 立花、分かっているな……!」

 

 翼は唇を噛みながらも頭をコクリと動かし、響へと叫ぶ。

 

「……はい、分かってます、翼さん……!」

 

 それに泣きながら頷く響。そして響は、涙を拭って、頑張って笑みを作って祭に近づく。

 

「……祭、帰ろう? 一緒に、二課へ」

『私……人、殺して……! 私、こんなつもりじゃ……!』

 

 一方で祭は、頭を抱え、目を見開き、わなわなと震えていた。そんな彼女を、刺激しないよう、優しい言葉をかける響。

 

「大丈夫、分かってるから……! 祭がそんなことを望んでするような子じゃないって、みんな、わかってるから……!」

『あ、ああ……響……私……私……!』

「大丈夫だよ祭、さあ、私の手を握って」

『ひび、き……』

 

 響が手を伸ばす。その手に、祭もまた手を伸ばす。そのときだった。

 

『……あ』

 

 祭は、何かを踏んでしまったことに気づく。そして、その踏んでしまったものを見る。

 そこにあったのは二つの死体だった。初老あたりの二人の男女の死体だった。その死体の上半身と下半身はちぎれており、祭の音によって引きちぎられたようだった。

 そこまでは他の死体と一緒だった。だが、その死体が他と決定的に違う点が一つだけあった。

 祭は知っていたのだ。その死体が誰かを。それは、よく見知った顔で、自分が人生で一番お世話になった、愛する人達の顔で――

 

『あ……お父さん……お母さん……?』

 

 そこに転がっていたのは、祭の両親の死体だった。今まで彼女を甲斐甲斐しく育てて、困ったときにはいつでも話し相手になってくれた……愛してくれた、かけがえのない家族の、死体だった。

 そんな両親が、今彼女の目の前で溢れんばかりの血を流しながら倒れている。祭自身の手にかけられて、倒れている。

 

『私が……お父さんと、お母さんを……? 私、が……!? あっ、あああああああ、ああああああああああああああっ!?!?』

『ッ!! まずい!! 立花響!! 今すぐ彼女の意識を奪ってこちらに連れてきなさい! 早くっ!!』

 

 フィーネの通信が響の耳に鳴り響く。

 だが、既に遅かった。

 

『うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!』

 

 祭は叫んだ。機械の喉でありながら、あまりにも悲痛な声で。作られた喉が壊れんばかりの勢いで。機械の手を握りつぶすほどの力を込めて。

 

「祭ッ! 落ち着いて! 祭ッ!」

 

 響が近くで叫ぶ。だが次の瞬間、祭の体から大きな衝撃波が飛んできて、響は吹き飛ばされてしまった。

 

「うわっ!?」

「響!」

「大丈夫か、立花!」

「私は大丈夫です……それより、祭が……!」

 

 起き上がった響は再び祭を見る。すると、そこには以前にも見たことのある光景があった。

 祭が、体に闇をまとっていたのだ。粘着質の、ベタベタとした闇を。

 やがてその闇が祭の体全体を覆い隠す。かと思いきや、その闇にヒビが入り始める。

 響はそれを知っていた。同じだったのだ。風鳴一姫が、怪異物へと姿を変貌させた、そのときと。

 そして次の瞬間、その闇がボロボロと崩れ落ち、中からそれが現れる。

 木と金属が混沌とした形で入り混じさせ、いたるところに音を奏でるための弦やヘルを生やした、人の形をした怪物。手足だけで普通の人の身長ほどありそうな長さをさせた異形。耳元まで裂けた口から牙をギラつかせ、長い舌からよだれをベタベタと垂らしている、目のない相貌の化け物。

 怪異物となった弓弾祭が、そこにいた。

 



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ワタシ空想生命体

「まつ、り……?」

 

 響は言葉を失う。

 目の前で起きたことが信じられなかった。嘘だと言ってほしかった。夢だと思った。ありえない。おかしい。たちの悪い冗談だ。

 そうやって必死になって目の前で起きたことを否定する。だが――

 

「シャッ!!」

「立花ッ!」

「きゃっ!?」

 

 飛びかかってきた祭であったものから、翼に救われたことにより響は現実に戻される。

 

「くっ、危なかった……大丈夫か、立花!?」

「翼、さん……私……」

「しっかりしろ立花! 来るぞ!」

「シャアアアアアアアアアッ!!」

 

 混乱する響をよそに、再び飛びかかってくる祭。

 翼はそれを、今度は彼女の刀で受け止めた。

 

「ぐっ……! なんて腕力だ……!」

「シャアアア……!」

「翼さんっ!」

 

 祭の混沌とした様相を見せる両手に押され、踏ん張ったまま背後に動かされる翼。それでも翼はなんとか両手で剣を支える。

 そんな彼女の顔に、祭の祭でなくなった顔が近づく。目がなく、樹木と金属のパイプが入り混じった脳みそのような相貌。

 顔なき顔から伸びる長い長い涎のこぼれる舌。

 その舌に、翼の顔は舐められそうになる。

 

「翼ッ!」

「今助けるっ!」

「デェス!」

「行くっ……!」

 

 窮地に立たされる翼を助けようと、マリアとクリス、そして切歌と調が突撃する。

 それを察知した祭。その次の瞬間――

 

「****************――!!」

 大きな“音”で“啼いた”。

 

「ぐうっ!?」

「がっ!?」

「かはっ!?」

「デェッ!?」

「っ!?」

 

 その“音”が鳴り響いた瞬間、祭に飛びかかった四人は逆に吹き飛ばされる。更に、近くで剣を交えていた翼も、膝を着いて剣を落とし両手で耳を塞いだ。

 

「か……!?」

 

 そして、彼女らの体を覆っていたギアにヒビが入り始める。

 かろうじて体がギアに守られている、そのような印象を遠くで見守っていた響と未来は受けた。

 

「ッア!!」

 

 その直後に、祭はその不自然に長い腕で翼を近くの壁まで吹き飛ばす。

 

「ぐはっ!」

「翼さん! 大丈夫ですか!?」

 

 翼に駆け寄る響。一方で翼は、

 

「あ……立花……?」

 

 響の姿だけに、反応しているようだった。

 

「すまない、立花……耳がやられた……しばらくはお前の声が聞こえそうにない……」

「そんな……翼さん!」

 

 声が聞こえないと分かっていても、響は翼に叫ぶことを止められない。

 そんな響の姿を見て、翼は彼女の肩に手を置く。

 

「いいか立花……お前の声が聞こえないから、これからお前に勝手にものを言うぞ……。立花、弓弾と、戦え」

「えっ!? で、でも……! もし、一姫さんのときみたいに助けられなかったら……!」

 

 困惑する響。そこに、

 

「シャアアアアアアッ!」

 

 と声を上げて祭が突っ込んでくる。

 

「させ、ないっ……!」

 

 だが、それを起き上がったマリアが立ちふさがり止める。

 

「オラアッ!」

「聞こえないけど行かせないデェス!」

「連携が取りづらい……!」

 

 さらに、そこにクリスや切歌、調も加わる。

 戦う四人を背後に、響は翼の言葉を聞き続ける。

 

「ふっ、目で見てもわかるように混乱しているな……だが、戦わねばならんのだ。お前は、親友にこれ以上手を血で染めさせてもいいのか? これ以上、罪で彼女を苦しませる気か?」

「っ!? それは……!」

「戦うんだ立花……! もしかすれば、奇跡が起きるかもしれん……! いや、起こすんだ! お前の手で、守りたいものを守って見せろ……!」

「……っ!」

 

 翼の言葉に、ハッとする響。そして、翼はそこまで言うと、ゆっくりと壁際で立ち上がった。

 

「……先に行っているぞ」

 

 そこで、翼は響を置いて祭との戦いに参加した。残された響は、ギュッと握りこぶしを握る。

 

「響……」

 

 そんな彼女に更に話しかけるものがいた。未来だ。

 

「未来……」

「……止めよう、祭を。例えそれが、祭の命を奪うことになったとしても」

「……うん!」

 

 未来の言葉に、力強く頷く響。

 

「でも、祭は殺さないよ……だって、救うんだもの、私の手を、祭に伸ばすんだから……!」

 

 そうして、強く握った握りこぶしを見つめた後、彼女達は駆ける。祭との戦場へ。

 だが、戦場は混沌としていた。

 響と未来を除いた五人の装者は耳をやられているため、それぞれ勝手に歌を歌い戦っていたからだ。

 シンフォギアは歌を歌うことによってフォニックゲインを高め力とする。だが、耳をやられた装者は自分の勘に頼って歌わないといけないため、そこから調和が失われる。

 つまり、不安定な音程で歌われている歌がぶつかりあって、不協和音を出しているのである。そのせいで、フォニックゲインがうまく高まらず、装者達は全力を出せていないのだ。

 そんな状況につっこんだ響と未来は、ひとまず歌うことを一時止め、そのまま祭へと攻撃を仕掛ける。

 

「祭いいいいいいいいいっ! はあっ!」

 

 響の拳が祭に飛ぶ。だが、それを祭は――

 

「****ッ!」

 

 “音”のバリアで悠々と防いだ。

 

「なっ!? そんなっ!?」

「**ッ!」

 

 更に、そこで強烈な“音”を響にけしかける。それにより、響は軽く吹き飛ぶ。

 

「がっ!?」

「響っ!」

 

 吹き飛んだ響を、遠くからレーザーで攻撃しながらも避けられ、防がれていた未来が受け止める。

 

「大丈夫!?」

「う、うんっ! ありがと! でも……!」

 

 響は未来に礼を行った後、顔を正面に戻す。そこには――

 

「はああっ!」

「でやああっ!」

「シャア!!」

「ぐふっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 息も合わずに刃を持って飛びかかったところを祭の腕により飛ばされる翼とマリア。さらに、

 

「デヤアアアアアッ!」

「ララララッ!」

「セイッ!」

 

 攻撃をそれぞれ独自に斬撃、銃撃、ヨーヨーと遠距離攻撃をしかける切歌、クリス、調。それもまた――

 

「*****――」

 

 祭の出した“音”のバリアによって防がれる。そこからさらに、

 

「******ッ!」

「「「きゃあっ!?」」」

 

 強烈に指向性された“音”を飛ばして三人に遠距離攻撃を返す。

 その光景はあまりにもおぞましく、強烈だった。

 

「みんなっ……! くっ……!」

 

 倒れる仲間達の後に再び駆ける響。そして、祭目掛けて拳を飛ばす。

 

「セイッ!」

「***!」

「ハッ!」

「**!」

「オラオラオラオラオラオラッ!」

「*************!」

 

 響が次々と畳み込む拳。そのすべてが“音”によって阻まれる。

 まるで、祭が響の手を否定するかのように。

 

「***********――!」

「ぐっ!」

 

 そして、一際大きな“音”を祭が発して、響を再度吹き飛ばす。

 ズザザッ! と地面を滑る響。だが、すぐさま立ち上がり祭へと向かう。

 

「まだまだっ! ハアアアアアアアアアアアッ!」

「****ッ!」

「キャアッ!」

 

 再度の突撃も、また同じように飛ばされる。その後も、装者達は次々と攻撃をそれぞれしかけていった。だが、すべてが、彼女の“音”によって防がれてしまう。

 鉄壁の守りと、絶対の攻撃。その両方を、今の祭は兼ね備えていた。

 

「ああっ!」

 

 もう何度目かもわからないぐらいに吹き飛ばされた響。彼女は「く……」と奥歯をかみながらゆっくりと立ち上がろうとするも、ボロボロになった彼女はついにガクリと膝を折ってしまう。

 

「ぐっ……! くそ……どうして……まだ、祭に手を伸ばせてないのに……!」

「響……!」

 

 駆け寄る未来。そんな未来の手を借りて立ち上がる響。その表情は、悔しさに満ちていた。

 

「祭にこの手が届かない……! あまりに祭が私達を拒絶するから……! どうすれば……どうすれば私の手が彼女に……!」

 

 そう言い歯噛みする響。そんなときだった。

 

「はああああああああああああああああああっ!」

 

 突如、上空から野太い声がしたかと思うと、祭目掛けて大きくケリを浴びせかけたものがいたのだ。

 

「っ!?」

 

 その姿はあまりに早く、祭は“音”を発する隙を与えられず仕方なく腕で防ぐ。が、

 

「――シャッ!?」

 

 防いだはずのそのキックの勢いに、祭は耐えられず今度は彼女が大きく吹き飛ばされた。

 

「……今のは――」

 

 祭がいた場所に上がる土煙。その中で立ち上がる人影。そのシルエットを、その場の誰もが知っていた。

 そう、彼こそは――

 

「――師匠!」

 

 風鳴弦十郎。二課の長、祭の恋い焦がれた相手、勇猛果敢の士が、その場に立っていた。

 

「待たせたな、みんな! 反撃開始だ! 祭君を、元に戻すぞ!」

 



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Take Control

「師匠!」

「叔父様!?」

「おっさん!?」

 

 突然の弦十郎の登場、それに装者達は驚きを隠せなかった。一方で弦十郎は、凛々しい表情で彼女らに振り向く。

 

「大丈夫か、みんな!」

 

 弦十郎は装者達に駆け寄ると、集まった彼女らの顔をそれぞれ見ながら言う。

 

「はい!」

「な、なんとか……」

 

 だが、その声に反応できているのは耳をやられていない響と未来だけだった。

 それを、彼は様子から察する。

 

「む、耳をやられているのか、ならちょうどいい……みんな、これを飲むんだ」

 

 そう言って弦十郎が取り出したのは細いガラス瓶に入った青色の液体だった。液体は曇天の中暮れてきた夕日に照らされ怪しく輝いている。

 

「……?」

「いいか、こう飲むんだ」

 

 装者達は不思議に思いながらも、弦十郎が身を持って飲む姿に従って後を追うように飲む。

 すると、それまで装者達の負っていた傷がみるみるうちに治っていったのだ。

 

「こ、これは……!? あ、耳も……!?」

 

 翼が驚愕する声を上げる。他の装者達もまた、驚きを素直に顔と声に出した。

 

「凄い……!」

「どうなってんだ、これ!?」

「これはエリクサーと言ってな、了子君とエルフナイン君がそれぞれの知識を合わせて作り上げた回復薬らしい。ご覧の通り、効果は絶大だ。故に、連続での使用はあまり進められないらしいがな」

「なるほど……ありがとうございます、叔父……司令」

「ああ、気にするな。それより……」

「ググ、ガガ……」

 

 弦十郎の視線は、先程吹き飛ばした祭のほうへと向かう。そこには、瓦礫を押しのけ立ち上がろうとする祭の姿があった。

 その姿を見て、装者達は再び臨戦態勢を取る。

 

「いいかみんな、全力で彼女に当たるぞ。それこそが、彼女を元に戻す術だと、了子君が言っていた」

「そうなんですか!? じゃあ、祭は……!」

「ああ、可能性は低いが、ないわけではないらしい。それこそ、シンフォギアの歌の力が必要らしいが」

「シンフォギアの……?」

 

 響は自分の体を見下ろしながら触れる。

 宿ったときは戸惑いしかなかった力。だが、今その力は大切なものを取り戻すための力でもある。

 そう思った響は、一瞬瞳を閉じ、そして、再び開いたときには強い意思の力をその目に宿していた。

 

「やります、師匠! 私達の力で、祭を救いましょう!」

「ああ、その意気だ響君! 俺も全力でサポートする!」

「司令がいれば百人力です!」

 

 翼が嬉しそうに言う。その言葉に、弦十郎は男らしい微笑みで返した。

 

「ふっ、言ってくれるな翼。……さあ、いくぞ!」

「「「「「「「了解っ!」」」」」」」

「シャアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 そうして、装者達は駆ける。咆哮を上げる祭に向かって。そして響く。装者達の力強い歌が。

 

「そうだ、歌えみんな! 君達が歌うことで、彼女の音による空間干渉を相殺できる!」

 

 弦十郎が叫ぶ。その言葉通り、装者達が歌いだしてからと言うもの先程から悩まされていた祭の“音”が飛んでこなくなった。

 

「ふんっ!」

 

 祭の懐に飛び込む響。そして、彼女の拳が巨大な祭の体躯における腹部へと伸びる。

 

「はああああああああっ!」

「シャッ……!?」

 

 それは祭に確実なダメージを与えたらしく、そのとき初めて祭が悲鳴を上げた。

 

「まだまだっ!」

 

 そこに、翼が上空から現れて剣を構える。そして――

 

【蒼ノ一閃】

 

 巨大な青い斬撃を、祭に向かって飛ばした。

 

「ガギッ!?」

 

 その斬撃は、響の拳で吹き飛んだ祭に直撃し、吹き飛んでいた彼女を地面に叩きつけた。

 彼女らの攻撃はさらに止まらない。

「くらいやがれ、このバカっ!」

 

【MEGA DETH FUGA】

 

 今度はクリスから地上に叩きつけられた祭に向かってミサイルが仕掛けられる。

 そのミサイルは見事に祭に直撃し、爆発。着実なダメージを彼女に与える。

 

「ガ、ガガガ……!」

 

 しかしそれでも祭は立ち上がる。

 長い手を揺らしながら、目がないはずの相貌から睨まれたかのような印象を与える顔の動きを装者達に見せる。

 そして、素早い動きで装者達に接近しその腕で彼女らを薙ぎ払おうとする。

 だが――

 

「させないっ!」

「デース!」

 

 それを調と切歌の二人が武器を使って防ぐ。更に、その腕を大きく弾き飛ばし、また二人で上空にジャンプして攻撃の態勢に移る。

 

「正気にっ!」

「戻るデース!」

 

【禁合β式・Zあ破刃惨無uうNN】

 

 調のヨーヨーに切歌の鎌が合体し、巨大な刃のついた車輪が完成する。そして、それとともに二人は祭へと突撃した。

 

「「はあああああああああああああっ!!」」

「グギッ……!?」

 

 なんとか二人の突撃を両腕で防ぐ祭。だが、勢いを殺しきれず腕を弾かれ刃が体を襲い、再び祭は吹き飛ばされる。

 

「そこっ!」

 

 吹き飛んだ祭を追撃しにいったのはマリアだ。彼女は素早く祭へと向かって駆け先回りする。

 

【HORIZON†CANNON】

 

 そして、放つ。ほぼゼロ距離からの高エネルギー射撃を。

 

「ギャッ……!?」

 

 それにはさすがの怪異物の体も悲鳴を上げたのか、祭は刹那に声を上げたかと思うと防ぎきれないダメージに大きく体を焼かれ、その場に膝をついた。

 

「祭……元に戻って!」

 

【混沌】

 

 さらなる追撃が祭に襲いかかる。未来の神鏡獣から放たれた数多くの鏡にビームが反射し、集中して祭を焼いたのだ。

 

「ガアアアアアアアアアア!?」

 

 それにはたまらず祭も大きな悲鳴を上げる。彼女は今確実に弱っていた。

 

「ハアアアアアアアアアアアッ!」

 

 そこに、トドメと言わんばかりに弦十郎が突撃する。弦十郎は、膝をついていた祭を蹴り上げ、そして、

 

「ふんっ!」

 

 空中に飛び、今度は地面に向かって蹴り落とした。

 

「ギッ!? ギギッ!?」

 

 あからさまな悲鳴を上げ地面に叩きつけられる祭。

 一方で、装者達は降り立った弦十郎を中心に結集していた。

 

「ここまでやれば、さすがに……!」

「いや、まだだ!」

 

 未来の期待するかのような言葉を、弦十郎が制止する。

 彼女らの見る先、地面に叩きつけられ倒れていた祭は、再度立ち上がったのだ。そして――

 

「***********************――ッ!!!!」

 

 かつてないほど大きな“音”を発し始めたのだ。

 

「っ!?」

 

 それには装者達の歌もかき消され、大きな衝撃波が彼女らを襲った。

 更にそれだけではない。

 

『っ! みんな、聞いて!』

 

 フィーネの焦った声が全員のギアを通して聞こえてきたのだ。

 

『弓弾祭は最後の手段に出たわ! 自分の体の負担をいとわない強烈な空間干渉よ! このままでは、空間が歪められ巨大なブラックホールが生まれ地球が……いえ、太陽系が消滅するわ!』

「ええっ!? そ、そんな!? じゃあ、どうすればっ!!」

『もう一度、あなた達の歌を束ねなさい! 胸から響く、ありったけの歌を! 全力で!』

 

 フィーネのはちきれんばかりの声が装者達に届く。その声を聞いて、彼女らは頷き合い、お互いに手を繋ぐ。

 

「みんな……歌おう! 祭を、助けるための絶唱を!」

 

 響が言う。そうして奏でられる。装者七人の、魂の歌……始まりの歌を。

 

『託す魂よ、繋ぐ魂よ、天を羽撃くヒカリ、弓に番えよう……何億の愛を重ね、我らは時を重ねて、原初の鼓動の歌へと、我らは今還る……』

 

 響を中心に束ねられる歌。

 天へと昇る詩。

 大切な友達を思い紡がれる唄。

 その想いが、祭の発する滅びの“音”をかき消していく。

 

「いいぞみんな! さあ、行くぞっ……! 支配を奪い、解き放てっ!」

 

 歌が奏でられる中、弦十郎が言う。

 彼の言葉に合わせ、装者達は頷く。そして、発つ。

 

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!」

 

 八人が、行く。光りに包まれた八人が、往く。

 そうして巨大な光となった八人は、怪異物となった祭を、貫いた。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 美しい夜空に、星が流れる。

 その日は流星群が流れる日だった。天から堕ちくる星々の下、彼女、弓弾祭は瓦礫の中、生まれたままの姿で倒れていた。

 

「祭っ!」

 

 そんな彼女の元に集うは彼女の友人達。叫ぶのは第一の親友、響。

 祭はその声を聞いてうっすらと目を開ける。

 

「ひ、びき……」

「祭……! よかった、戻って、祭……!」

 

 響は祭を抱き上げ、ぎゅっと力強く抱いて涙を流しながら言った。

 

「……私、声が……」

 

 祭はそんな中で自分の喉を撫でる。その喉も、撫でる手も、元の彼女自身のものに戻っていた。

 それを知った祭は、おぼろげな視界で見る。自分を戻すために奮闘してくれた仲間達を。そして、未だに恋い焦がれている、想い人の姿を。

 

「祭君……」

「げん、じゅうろう、さん……みん、な……」

 

 その場にいたみんなが、祭の姿を見て安心した顔をする。だが、祭は違った。

 彼女は一人悟ったかのような表情で微笑み、そして言った。

 

「ねぇ、みんな……私の最期のお願い、聞いてくれる……?」

「……え?」

 

 祭のその言葉に、その場にいた全員が表情を凍らせる。

 

「……ま、祭……最期って、どういうこと……?」

「……私の命、残り少ないみたい……だから、お願い、聞いて欲しいの……」

「そ、そんな……そんなことって……師匠!? フィーネさん!?」

 

 響は叫ぶ。聞かれた弦十郎だったが、彼もまた困惑した表情をしていた。

 

「どういうことだ……もしや、最初から……!? 了子君!」

『……ごめんなさい。彼女の命を伸ばすことができても、救うことはできない。それは、最初から分かっていたことだったの』

 

 無線越しから聞こえる、フィーネの申し訳無さそうな声に、その場にいた全員が絶望した表情を見せる。

 だが、ただ一人、祭だけは穏やかな表情を見せていた。

 

「ねぇ……みんな……」

「やだよ! 最期だなんて! そんなの認めない! 祭は、また私達と一緒に元気に学校に行くんだ! また私達に、ギターを聞かせてくれるんだッ!」

「……ごめん、それは無理みたい。だから、せめて聞いてほしいの。私の……歌を……みんなに……」

「歌……?」

 

 響が聞く。その言葉に、祭は微笑んだ。

 

「うん、私の、歌……私の夢……最期に叶えさせて欲しいんだ……」

「……うん! ……うん……わかった、よ……!」

「ありがとう……じゃあ、歌うね……私が、一番好きな歌……」

 

 泣きながら頷く響。そうして、祭が歌う。彼女が最も愛した歌を。

 

「……Sing sing a song(歌おう、歌を歌おう。) Sing out loud Sing out strong (大きな声で歌おう。力いっぱいに歌おう)

 

 Sing。カーペンターズの往年の名曲。それこそが、彼女の愛した歌だった。

 

Sing Sing a song(歌おう、歌を歌おう。) Make it simple(簡単にできるよ。) To last your whole life long(長い人生でずっと続けられるの)

 

 彼女は歌い続ける。

 シンプルで、しかし奥深く、美しい歌を。

 

「……ありがとう、みんな。聞いてくれて。みんなの前で歌いたいっていう、私の夢、叶えられた……」

 

 そして彼女はある程度歌うと、途中で止めてみんなに笑顔を見せた。

 

「祭……うっ、うわあああああ……!」

 

 響は耐えきれず泣き始める。響だけではない。未来も泣き、調や切歌も泣いた。翼、クリス、マリアは泣きはしなかったが、悲しみに沈んだ表情を隠さなかった。

 

「……弦十郎さん」

 

 その中で、唯一険しい表情を崩さなかった弦十郎を、祭は呼んだ。

 

「……なんだ」

「こっちに、来てくれますか……」

「……ああ」

 

 弦十郎は呼ばれたまま祭へと近づき、そして、彼女のために膝を下ろして顔を近づける。

 すると、そのときだった。

 

「っ!?」

 

 祭が、両腕で弦十郎の首に手を回し、そのまま頭を上げて彼の唇に自分の唇を重ねたのだ。

 

「祭、君……!」

「……へへ。ごめんなさい。でも、できれば、この想い、最期の最期でいいから、遂げたかったの……わがままだよね、私……」

「そんなことない、そんなこと……!」

 

 弦十郎は必死で言う。その弦十郎の顔を見て、祭は満足そうに笑った。

 

「……ああ、きっと私は、この恋を知るために、この世界に……」

 

 そこまで言って、祭の両腕から力が抜け、だらりと地面に垂れた。

 

「……祭?」

 

 響が祭に問いかける。だが、彼女の顔は、満足げに眠るように瞳を閉じていた。

 

「……祭いいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 

 響の慟哭が、星空に渡り響いた。

 




次回、最終回です。


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Sing

 ――アウトサイダー事変における私見 櫻井了子

 

 このレポートはアウトサイダー事変(外異物を取り巻く一連の事件の名称)における私見をまとめたものである。個人的な総括のために記述しているもののため、他者が許可なくこのレポートを見ることを禁ず。

 今回の事変においては、ひとえに「外からやってきたモノ」によるこちらの世界への干渉が引き起こした惨劇というのが簡潔なまとめとなるだろう。というのも、外異物「エーリッヒ・ツァンのヴィオル」「偉大なる種族のペン」そしてその適合者たる弓弾祭、風鳴一姫は本来こちらの世界の存在ではなかったと仮定することができるからである。

 その理由として、まず外異物がこちらの宇宙の理論からまったく外れた存在であることが大きい。こちらの宇宙の理論には当てはまらない現象を起こし、かつ異端技術、埒外法則と呼びうるものですら発生しえない数値(資料1に記述)を検出させる外異物は、未だ人類が観測しえていない外なる次元、外宇宙からもたらされたものと考えるのが妥当である(これに関しては多次元世界への連結を可能とする完全聖遺物ギャラルホルン、また神なる存在と言われるアヌンナキのデータが裏付けとなる)。

 そして、それら外異物が適合者として選ぶ人間もまた、異なる次元、または宇宙からの来訪者であると考えることができる。これは、風鳴一姫がその力により観測した自らを「“外なる”異物“」と称したのが糸口となっている。これらの情報から推察するに、宇宙の歴史、また次元においては根幹となる「本流」とも言うべきものが存在し、そこから歴史が枝分かれしているのではなかろうか。そして、外異物の適合者となった彼女らは、その「本流」にはまったく存在していない、外異物と同等の外なる要素の一つであったのではないだろうか。

 もちろんこれはあくまで仮説に過ぎない。だが、現状外異物とその適合者を説明するにおいて、これ以上の説明をしえないのも事実である。

 また、ここからはその仮説を元に飛躍させた考えであるが、外異物が何らかの悪意をもって適合者達に接近したと見ることができる。というのも、外異物が適合者の極度の精神衰弱、いわゆる絶望の状態に陥った際に適合者の肉体を変質させ、怪異物へと変貌させた事例は、あまりにもできすぎていると言わざるをえないからである。

 風鳴一姫の場合、外異物の力により「本流」を観測し自らが外なる要素であることに絶望し、今回の事変の引き金を引いた。それは、もともとそうなるように外異物を送り込んだ何者か(どのような存在かは断定できないが、ここでは便宜上“者”とする)による作為があったのではないかと私は推察する。自らのアイデンティティの喪失は、自己の精神の崩壊にたやすく繋がるのは容易に想像ができる。

 ではなぜ同じく外異物で「本流」を見たはずの弓弾祭が上記によるアイデンティティの相殺を起こさなかったのか、であるが、これもあくまで根拠の薄い仮説であるが、彼女は元から自分が外なる要素であることを知っていたのではないのだろうか? ゆえに、風鳴一姫の外異物を通じた干渉(私はこれを“悪意の伝染”と呼んでいる)があるまで、精神の崩壊に至らなかったのではないだろうか?

 これら以上のことはすべて確定的な根拠のない仮説であるが、現状私にとってこれ以外の仮説を立てることはできないと思っている。

 今回の事変は大変に興味深い。もし私が仮定したように外なる存在の驚異が存在するのならば、私達人類は、お互いにいがみ合っている場合ではないだろう。先史文明の存在である私も、現在竜宮の深淵に投獄されている二名においても、また、未だ姿を見せていない錬金術師の一党、パヴァリア光明結社も、そして、当然シンフォギア装者も、そのすべてが力を合わせなくてはいけない日が、いずれ訪れるかもしれない。空間に干渉する外異物のデータを用い、バビロニアの宝物庫にいるノイズを駆逐できつつある今、それはいずれ急務となるだろう。

 その道程が過酷なことは重々承知している。だが、この事変を、彼女らの犠牲をただの惨劇にしてしまわないためにも、我々は団結せねばなるまい。それが例え、バラルの呪詛を人類に課したあの方の意に反することになったとしても……。

 

〈レポートの下に小さく走り書きがされている。後から自筆で付け加えられた模様〉

 

 最後は感傷的になりすぎたわね、私らしくもなくて笑っちゃうわ。後で弦十郎君にスイーツでも買わせて気分を入れ替えること。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 一年後――

 

 

「…………」

 

 弦十郎は、寂れた墓地の中にある一つの墓石に手を合わせていた。その墓石には名前が刻まれていなかったが、写真の入った額縁だけがひっそりと置かれていた。

 その額縁の中に映っていたのは、祭だった。彼女の、いつ撮ったとも分からぬ写真が収められていたのだ。

 弦十郎は、そんな墓石に対し、ずっと手を合わせ、瞳をつぶり続けていた。

 

「叔父様」

 

 そんな彼の後ろから話しかける者がいた。翼だ。

 弦十郎は翼の声に気づくと、ゆっくりと立ち上がり振り返る。

 

「翼か」

「今日もここに来られているのですね」

「ああ、俺にできるのは……こうして彼女に手を合わせることぐらいだからな」

「叔父様……」

 

 翼はどう声をかけていいのか分からず、言葉を失う。

 対して弦十郎は、ポケットに両手を入れて、空を仰いだ。

 

「なあ翼……夢とは、なんだろうな」

「え?」

 

 突然の弦十郎からの質問に、翼は思わず声を上げる。一方で、弦十郎は空を仰いだまま喋り続ける。

 

「俺はな、昔からずっと風鳴の防人として、この国を、人々を守るために生きてきた。趣味で映画をたくさん見たりはしてるが、将来映画監督になりたいなんかとは思わず、ずっとこの国のために生きていくもんだと思っていた。だが、彼女は違う。彼女は、一人の少女として、ミュージシャンを目指していた。歌えなくなってもその夢を諦めず、進もうとしていた。でもだ、その夢を、俺は戦いに巻き込むことで潰してしまった。それだけでなく、彼女の命も……なあ翼、俺は、彼女に何かしてあげられたのだろうか。彼女をただ苦しめただけなんじゃないだろうか。俺は――」

「――満たされること、ではないでしょうか」

 

 翼は弦十郎の言葉を遮るように、大きな声で言った。今度は弦十郎が翼のその言葉に驚き、顔を翼に向けた。翼は、そんな彼の顔を見ながら言う。

 

「夢とは……夢が叶うとは、満たされることではないかと、私は思います」

「満たされる、こと……?」

「はい。例えば昔の私は、ずっと奏と歌い続けることが夢でした。そして、奏と一緒に歌っている間は、その夢が叶っていて、私の心も満たされていた。もちろん、今歌うのも楽しいです。ただ、今の私の夢は世界に羽ばたき歌うことだから、まだ完全には満たされていない……夢とは、心がそうやって目指したもの、ああなりたい、こうなりたい、こうしたいと望んだものを叶えて満たされるものの事を言うのではないでしょうか」

「満たされる、もの、か……」

「はい。そして、弓弾は、みんなの前で歌いたいという夢を、最後の最後に私達の前で叶えました。そして、叔父様、あなたへの想いも……。私には、あのときの弓弾の顔は、とても満たされていたと思うんです。そう、まるで、あのときの奏みたいに……」

 

 翼はそこで言葉を切る。その顔は、奏のことを思い出したせいか、それとも祭の最後を思い出したせいか、どちらかは弦十郎には分からなかったが、ともかく、今にも泣きそうな顔をしていた。

 

「……ごめんなさい。こんなのただの自己弁護の言い訳ですよね。ただ、死んでいった者達が最後に夢を叶えて満たされたなんて、自分勝手な思い込みを……」

「……いや、そんなことないぞ」

 

 そこで、弦十郎は翼の肩にポンと手を置いた。その弦十郎の顔を翼が見上げると、そこにはいつもの頼れる弦十郎の顔があった。

 

「そんなことない。彼女達は、最後の最後で笑っていたんだ。笑うってのは、辛く苦しい感情から来ることもあるっちゃあるが、俺には彼女の笑みがそんな笑みだったとは思わん。奏もだ。彼女らは、そんな嘘をつけない子達だったからな。彼女らの魂が、最後に夢を叶えたと思うこと、それの悪いことなんて、なんにもないはずだ」

「叔父様……!」

「すまなかったな翼。しばらく俺らしくなかった。俺も、またちゃんと前を向いて進まないとな。もちろん、彼女の事を忘れずに、だがな」

「はい! 私も、心は常に奏と一緒です……!」

「ああ、そうだ。俺達の魂の中に、彼女らの魂も生きているんだ。それを背負って生きていくことが、俺達にできることだ!」

「ええ……! ……あ、そうだ叔父様。今日はリディアンの学園祭の日なんです。私は卒業しましたが、今日のステージの中に見に行きたい者達がいるので、一緒に行きませんか?」

「見に行きたい……となると、つまりは――」

「ええ、立花達、ですよ」

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「マリア、こっちデース!」

「切ちゃん、声が大きい……!」

 

 リディアンの講堂。大勢の生徒が集まるそこで、切歌と調はマリアの名を呼んでいた。

 

「ちょっと待って……! あ、すいませんすいません」

 

 二人の声に呼ばれて人混みをかき分けていくマリアは、奇妙な格好をしていた。

 黒いサングラスに大きな帽子、さらにトレンチコートをまとっていたのだ。怪しさ満載である。

 

「ふぅ、やっと来れた……ちょっと切歌、やっぱりこの変装はおかしくない?」

「そうデスか? マリアは世界の歌姫だから変装しないとデス。だからとっても変装らしい服装にしたデスよ?」

「だからだと思うよ切ちゃん……」

「おい、騒いでないで座ったらどうだ。せっかく特等席を取ってやったんだからよ」

 

 と、そこにぶっきらぼうな声がかけられる。クリスだ。

 今四人がいるところは、講堂でもステージがよく見えるサイドの指定席だった。

 

「ここの席取るの、苦労したんだからな? 感謝しろよお前ら」

「はいはい、感謝してるわよ。それより、翼はまだ来ないの?」

「ああ、ちょっと野暮用してからって言っていたが……と噂をすればだ」

 

 クリスがそう言って視線を後ろに動かす。すると、そこには弦十郎を引き連れた翼が現れていた。

 

「おう、おせーぞ! って、おっさんも一緒なのか?」

「ああ、ちょっと出会ってな。せっかくだから一緒に来ることにしたんだ」

 

 翼は苦笑いしながら説明する。彼女の説明に一同はなんとなく事情を察したのか、そこまでつっこんで聞こうとはしなかった。

 

「ったく、来るならもっと早く来いよな。もう始まるぞ。ほら、さっさと座れ座れ」

「ああ」

「ええ」

「んーシートが心地良いデース!」

「そんな変わらないと思うけど……」

 

 他の四人が座るなか、弦十郎だけは座らなかった。その姿にクリスが訝しんだ顔をする。

 

「なんだよ、おっさんも座れよ」

「いや、俺は体がでかいから、立ってるよ。俺が座るとさすがにスペースがギチギチすぎるし――」

「いいからっ!」

「おわっ!?」

 

 クリスはそう言って弦十郎を無理やり椅子に座らせる。すると、弦十郎の言っていた通り、スペースはかなりギチギチになってしまった。

 が、誰も文句を言おうとしなかった。むしろ楽しそうである。

 

「うう、いいのか……?」

「いいんだよ、これで。ほら、それより始まるぞ。あのバカ達のステージがな」

 

 そこで、全員がステージに注目する。ステージにはちょうど、司会進行の生徒が中央に立っているところだった。

 

「さて、お次はいよいよみなさんお待ちかね! 今年彗星の如く音楽界に現れメジャーデビューした我が校のユニット! 立花響さんと小日向未来さんによる『meteor shower』です!」

 

 司会の言葉と共に、万雷の拍手によって向かえられステージに立つ響と未来。

 響の前にはマイクが、未来の前にはピアノが置かれていた。

 

「んん……! えーと、みなさんこんにちは!」

 

 そして、マイクを通してとても元気な声で響が挨拶する。あまりに元気なものだから、マイクがハウリングを起こし、キィーンという音が会場に鳴り響いた。

 

「うわっ!? あ、すいません……! まだこういう会場慣れてなくて、へへ……」

 

 申し訳無さそうに笑いながら頭をかく響。そんな彼女に会場は笑いで包まれた。

 

「ったく、あのバカ、何やってんだか」

「でも、響さんらしいです」

 

 苦笑いしながら悪態をつくクリスに、同じく笑って返す調。

 他のメンバーもみな笑顔を浮かべていた。

 ステージ上では仕切り直しての挨拶が行われている。

 

「えーと……改めましてどうも、『meteor shower』ボーカルの立花響です。そしてこっちが――」

「どうも、小日向未来です」

 

 未来が近くにあったマイクを手にとって丁寧にお辞儀しながら挨拶する。

 その姿は響と違ってとても慣れたものだった。

 

「おっ、さすが未来! かっこいい!」

「もういいから響、挨拶」

「あ、いけないいけない。……はい、私達はこうして二人で音楽ユニットをやらせて、今年嬉しいことにメジャーデビューをさせてもらいました。これもみんなの応援のおかげです。ありがとうございます」

 

 そこで響と未来は一礼する。それに対し、再び会場から拍手が送られる。

 

「ありがとうございます。実は、私達がこうして音楽家になろうと思ったのは、ある親友の夢があったからなんです。その親友は今はもう、いません……。でも私達は、彼女の夢が好きで、彼女と一緒に夢の話をするのが好きでした。だから、こうして彼女の夢を一緒に叶えたくて、音楽家になろうと思いました。だから、今日は、たくさん私達の歌を聞いていってください!」

 

 響のその言葉に、再三の拍手が送られる。

 特に、サイド席にいるクリス達は、力いっぱいの拍手を送っていた。

 

「ありがとうございます、みなさん。それじゃあ、さっそく一曲目から。一曲目はカバーです。なんでカバーかと言うと、その親友が、大好きだった曲だからです。私達とその親友は、その曲をここで聞いて、リディアンに来ようって思ったんです。だから聞いてください。『Yesterday Once More』」

 

 そうして響は歌い始める。あの日、祭と一緒に聞いた、思い出の曲を。

 

When I was young I’d listen to the radio.(若い頃ラジオを聞いていたの) Waitin’ for my favorite songs(お気に入りの歌を待ちながら) When they played I’d sing along,(流れてきたら一緒に歌うの) it made smile(そしたら笑顔になれた)……」

 

 響の綺麗な歌声が、会場を包み込む。美しい未来の伴奏に合わせながら。

 

Those were such happy times and not so long ago. (それほど昔ではないけど、幸せな時間だった)How I wondered where they’d gone.(あの歌達はどこへ行ったのだろう) But they’re back agein just like along lost friend(でも古い友人のように戻ってきた) All the songs I loved so well(すべて私がとても愛した歌ばかり)……!」

 

 そうして、響は歌い続ける。今は亡き親友の夢と、共にありながら。

 

Every Sha-la-la-la(シャラララ) Every Wo-o-wo-o(ウォウウォウ) Still shines(まだ輝いてる) Every shing-a-ling-a-ling(シンガ・リンガ・リンと) that they’re startin’ to sing’s(歌い出す歌すべてが) So fine(とても素敵)……」

 

 すべてが輝いていた、あの日々を想いながら。

 




これにて本作は完結です。
最後までお付き合いくださった読者の皆様、ありがとうございました。


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