龍神ボーラスで東方暮らし (名無しの永遠衆)
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古代編
第一話 龍神になった凡人
皆さんは
世界初のトレーディングカードゲームであるMTGは、プレイヤーが様々な世界を内包した多元宇宙を渡り歩くプレインズウォーカーと呼ばれる存在となって呪文を唱えて対戦相手と戦うゲームだ。
様々な土地からマナを生み出し、得られたマナで呪文を唱える。
呪文はクリーチャー(生物)、アーティファクト(人工物)、インスタント・ソーサリー(魔法)、エンチャント(呪い・加護)と多岐にわたり、中には同盟者としてプレインズウォーカーを唱える事すらできる。
勝ち方もクリーチャーで殴り合うだけでなく、ダメージを与える呪文での勝利・カードの効果による特殊勝利・対戦相手のデッキをすべて失くすライブラリアウトなど現在の対戦型トレーディングカードゲームの基礎を築いたといっても過言ではない。
さて、そんなMTGだがカードにまつわるストーリーも充実している。
初期はカードの雰囲気付けのいわゆるフレーバーテキスト程度だったが、最近ではカードセットの
主人公は名のあるプレインズウォーカー達、舞台はカードセットで描かれる多元宇宙の中の世界の一つである。
彼らは各地で起こる騒動や事件に遭遇しながら、様々な次元世界を旅していく。
では、そもそも彼らは
それはプレインズウォーカーの秘める《灯》によるものだ。
知性を持つ種族……人、獣人、悪魔、あるいはゴーレムや
その力は理解の及ぶ範囲で全能に近いものだったが、次元世界でのプレインズウォーカー達の度重なる魔法乱用の影響による《時の裂け目》の発生とその修復である《大修復》により《プレインズウォーカーの灯》は大きく変質し、その力は大きく衰退した。
ほとんどのプレインズウォーカー達は《灯》の変質を受け入れたが、全盛期の力を取り戻そうと野望を抱く者がいた。
それがエルダードラゴンのプレインズウォーカー、ニコル・ボーラスである。
彼はドミナリアという次元で最古のプレインズウォーカーと呼ばれていたほどの古株で、一度死を経験しながらも復活し、全知全能の力を目指して多元宇宙に陰謀を張り巡らせた。
その計画は最終的にラヴニカという次元で灯争大戦という大きな戦いとなったが、最後には名前すら失い、自分の双子の兄弟に死ぬまで幽閉されることとなる。
まぁ長々とこんな話を何故したかというと……
始まりは突然だった。
俺は自分の部屋で、買ってきた『灯争大戦』のパックを剥いていて、神話レアのプレインズウォーカー・カード《龍神、ニコル・ボーラス》の絵違いFoil*1を当てて歓喜の叫びを上げた……筈だった。
しかし、気付けば手に持っていたはずのカードは無く、雑多に物が散らかっていた部屋は鬱蒼とした森に、歓喜の叫びは恐ろしい咆哮となっている。
突然まったく違う場所にいる事の衝撃よりも、せっかく当てたレアカードの消失に打ちひしがれて顔を両手で覆ったのはカードゲーマーのサガだった。
だが、両手を顔に当てると嫌でも気付く手や顔の骨格の人間との違い。
現実逃避したい気持ちを抑えて恐る恐る目を開いて両手を見つめると、そこには鉤爪のある3本指の鱗に覆われた手があった。
──────なんだ? 俺は爬虫類にでもなってしまったのか?
理解不能な状況に気持ちが荒ぶり、それに呼応するように周囲にバッサバッサと激しい風が吹き荒れる。
……否、視界の端に見えてしまった。
風が吹いているのではない、俺の背中についているコウモリのような翼が
爬虫類になったという仮定の時点でおかしいのに、その上に翼が生えている。
こんな珍獣、見つかったら間違いなく保護という名の監禁だ。
カフカの「変身」で出てくる青年よりマシかもしれないが、「レアカードを当てたら羽トカゲになりました」とか不条理にもほどがあるぞチクショウ!
憤懣のままに合わせても6本しかない指でガシガシ頭を搔くと、頭の上にぶっといツノが2本生えているのが分かった。
……羽とツノの生えたトカゲとか、それもうドラゴンじゃん。
マジかよ、俺ドラゴンになっちゃったの? たしかにボーラス様とか好きだったけど、それとこれとは話が別──────ん? ボーラス?
改めて両手を見る。
次に無意識に忙しなく動いてしまう巨大な皮膜の翼を見て、頭に生えたツノを触って形状を確かめたところでどっと冷や汗が流れ出す。
この特徴的な湾曲した2本角……まさか……
頭を屈めて角の間に伸ばした手が、卵型の硬い物に触れた時に予感は確信へと変わった。
──────俺、ニコル・ボーラスになってる……!
なんだよこれウギン*2仕事しろ! いややっぱしないで! 見つかったら死ぬまで幽閉とか保護珍獣コースよりヒデェじゃねぇか!?
どうすれば……精神が入れ替わりましたって言ったら分かってもらえるかな……?
……いや、無理だろ。
ボーラスが生きてるって知れるだけでも影響力が半端ないのに、瞑想領土*3から抜け出した後に精神が入れ替わったので幽閉しないでとか胡散臭すぎる。
とりあえず、なんとしてでもウギンに見つからないようにしなくては……!
ここがなんていう名前の次元世界かは知らないけど、危険な生物の蔓延る世界はいくらでもある。
まずは落ち着ける場所を探さないと。
こうして突如ニコル・ボーラスとなった俺は、ウギンという脅威の存在が明確になった事でなんとか落ち着きを取り戻し、森の中から移動を始めた。
なおこの世界は東方なのでウギンはいない
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第二話 己の内のマナ
俺自身のことながら、木々の間を抜け、森をうろうろするニコル・ボーラスとは……シュールだ……
最初はボーラスの身体のシェイプシフター*1の能力で自分が小さくなっているのかと思ったが、どうやらエルダードラゴンのこの身体より森の木々が馬鹿でかいらしい。
しかし、森の中ではち合わせた野生の獣は牙やツノがでかかったり妙ちきりんな姿をしていたものの俺よりかなり小さく、体格差でこちらが強いと判断して勝手に逃げてくれた。
中には化け物みたいな見た目のやつやエイヴン*2みたいな鳥と人の合いの子みたいなのもいたので地球ではないだろう。
MTGの次元世界に地球があるのか知らんけど。
一方的に野生動物の縄張りを荒らしながら直進していると、ふと森が途切れ、切り立った崖と岩山が視界に広がった。
ボーラスの大きさで見上げるのだからかなり大きい。
近くに見える動物もサイズ差*3で羽虫のような小ささに見える鳥ばかりだし、ここなら腰を落ち着けられそうだ。
早速崖にトカゲのように張り付いて登っていく。
人間だった時は無理だったかもしれないが、ドラゴンのパワーは並ではない。
しっかりしたとっかかりさえあれば腕力にものを言わせてスルスルと登っていける。
唯一、この2本のツノが非常に邪魔だが、取り外せるような物ではないので諦めるしかないな。
崖の上に登り終えると、平らな所を選んで丸くなるように寝そべる。
こういうことが自然にできるのは、体に精神が引っ張られているのかな?
健全な精神が健全な肉体に宿るなら、ボーラスの肉体に健全な精神が宿りようがない気もするが……それは今はいいだろう。
現実は受け入れなきゃいけないけれど、今はとにかく不貞寝していたい。
目が覚めたら、その時の俺はきっと良いことを思いついているさ。
現実逃避以外の何物でもないことを考えながら、俺は目を閉じ微睡みに落ちていった。
意識がどこかはっきりとしない、ふわふわとした浮遊感の中でとても広い湖のような場所を俯瞰している。
ああ、これは夢だ。
なんとなくそう確信して自分を見ると、そこにはやはりドラゴンの身体がある。
なんだ、せっかくの明晰夢なんだから、夢の中でくらい人間でいさせてくれたっていいだろうに。
夢だし、念じれば人間の体になれないかなぁと試してみると、体は変えられなかったが、体の中に色のついた玉が5つあるように感じられた。
色付きの5つの玉は全部で3色、黒が3つに赤と青が1つずつ。
揺らめくような色合いの玉を綺麗だなー、と暢気に眺めていると、玉は突然ぐるぐる荒ぶり始め、夢特有の浮遊感は急激に失われていった。
目が覚めると、岩山にはしとしとと雨が降り出しており、俺の身体はすっかり濡れてしまっている。
流石のドラゴンボディのおかげで寒さなどは感じないが、やっぱり屋根がある場所で寝るべきだったか……?
体が入るくらいの洞穴を探すべきだな、と身を起こした時、ふと先程の夢が脳裏に浮かぶ。
突然動き始めて驚いたけど、あの玉綺麗だったなー、などと考えていると、さっきの夢と同じように体の中に色付きの玉が動いてるのを感じる。
──────夢じゃなかった!?
驚きに呼応するように身の内で荒ぶる玉を感じながら、俺はどれだけ効果があるかは分からないが深呼吸して落ち着こうとする。
すると、気持ちが落ち着いてくるとともに玉の動きもゆっくりになっていき、止めようと意識を向ければピタリと止める事すらできた。
それでもドキドキしたり意識が逸れたりすると途端に動き出しそうになる玉を感じ、その色合いにハッとする。
コレ……
プレインズウォーカー・カード《龍神、ニコル・ボーラス》のマナコストも青マナ・黒マナ×3・赤マナの構成だ。
ボーラスになった俺の中にあるこれは、もしかして俺の保有マナなのか……?
そう考えながら玉を見ていると、体の外にも1つ赤い玉を感じ取ることが出来た。
場所は俺の身体の下、この岩山からである。
山……基本土地*4の山扱いってことかな? このマナもしかして使える?
岩山から感じられる赤マナ(仮)を手繰り寄せるように念じると、山の中にあった
体に岩山の赤マナ(仮)に入った瞬間、俺は何とも言えない充足感が体中に広がるのを感じた。
まるで何でもできそうな全能感、しかしそれはまるで潮が引くようになくなり、俺は思わず溜息を吐く。
そして己の内に感覚を向けると、赤い玉が加わって玉が6つになっていた。
しかし、元からあった赤マナ(仮)と比べると、岩山の方は幾分ぼやけていてどこか頼りない。
土地から生み出したマナはターンごとになくなるから、そういう事なのかもしれないな。
ならば消えないうちに、この岩山の赤マナ(仮)を使えないかな?
さっき岩山から引き出したのとは逆に、朧げな赤い玉だけを体から押し出すように動かしてみる。
イメージしにくいせいかゆるゆるとだが玉は動き出し、少し抵抗があったが一気に手から赤マナ(仮)を押し出す。
──────!?
体から赤マナ(仮)が出た途端に幾らかの喪失感を感じたが、それよりも驚いたのは赤マナ(仮)が玉から形状を変化させ始め、最終的に人型になって地面から立ち上がったからだ。
顔は明らかに頭蓋骨を想起させる生者ではない風情で、右手にはショーテルのような反りの大きい武器を持っている。
そしてその全身は青みを帯びた鉱物で鎧のように覆われており、異様な風貌を強調していた。
……ってかこれ《不気味な修練者》*5*6じゃん、灯争大戦のパックで出たボーラスの尖兵の。
コストが赤マナ(仮)──いや、もう(仮)はいらないか──1つだからこいつが出てきたんだろうか?
じゃあ青黒赤の3色が関わる呪文なら使えるのだろうか……エンチャントに弱いなぁ……*7
MTG脳になっていた俺の前で《不気味な修練者》は地面に武器を置き、流れるような動きで……土下座をした。
……いや、跪いてるんだろうけどね! 俺の視点からだと完全に土下座にしか見えない。
土下座をする者とされる者、静かに降る雨の中の痛いような沈黙*8に俺はもう一度溜息を吐いた。
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第三話 ××との遭遇
いきなりの土下座には少々面食らったが、こいつに叛意が無いのは分かった。
とりあえずは放っておいても大丈夫そうだし、残りのマナで建物のアーティファクトでも出して雨風を凌ごう。
でも、ボーラスのドラゴンボディはかなりの巨体だ。
生半可な大きさの建物ではドールハウスくらいにしかみえないだろう。
そもそもボーラス自体が《王神の玉座》*1とか《ボーラスの城塞》*2とか、吹きっさらしの見晴らしの良い所にいることを好んでいたのもあって建物の中にいたイメージがあまり無い。
この図体が収まる建築物か……
……お? そうだ、アモンケット*3にあった巨大建造物はどうだろう。
風雨を防ぐためだけにしては大仰だが、サイズ的に大きいものになるのは致し方ない。
後は入れるような入り口があるかどうかだが……んー、《権威の殿堂》*4なら大丈夫かな?
雨宿り用では絶対にないけど、入れそうなスペースがあるし。
入るというか、挟まるというか。
一度経験したことで幾らかしやすくなったマナを出す行為を、黒マナ2つと青マナ1つで行う。
キャストする*5イメージは《権威の殿堂》。
《不気味な修練者》を出した時よりも強い脱力感に襲われながら身体からマナを出すと、瞬く間に身体から出たマナは混じり合い、岩山の上に巨大な構造物となって実体化した。
……今更だけど、本当に雨よけに出す建物じゃねーな。
「カードの能力を使うたびに石材カウンターを乗せて完成させていく」というコンセプト故にかところどころまだ未完成ではあるが、十分立派な巨大建築が岩山に現れた。
マナを出した後の倦怠感が引いてからのそのそと《権威の殿堂》の空いてるスペースに入っていくと、なんと翼をたたんだ状態でジャストサイズ!
多少の余裕はあるが、3マナも使ってもし入れなかったら泣いてたぞ……
上向きに生えた大きな二本角だけはどう頑張っても入らなかったので、仕方なく頭だけは雨ざらしだ。
……これって見方によっては甲羅から首出してる亀みたいなんじゃないか?
でも別の建物出すほどマナに余裕はないしなぁ。
土地のマナはともかく、最初からあったマナが回復するか分からないが今は戦力と人手が欲しい。
残っていた赤マナと黒マナ1つずつを出しながら、クリーチャー来い! と念じる。
マナが出るときにクラッと軽い眩暈がしたが、無事にマナを出すことができた。
身体から出たマナがとった姿は《不気味な修練者》のように青い鉱物で体を覆った人型の不死者。
《不気味な修練者》よりは幾分装飾の入った姿をしており、手には曲刀ではなく、端にトゲ付きの鉄球が繋がった鎖を持っている。
これは……《戦慄衆の解体者》*6だな。
速攻*7持ちで、クリーチャー以外にダメージを与えるたびサイズが大きくなる*8能力と死亡時のパワーと同値のダメージを任意の相手に与える能力がある。
こいつもやはり灯争大戦でボーラスの手駒として送り込まれたゾンビ──────"戦慄衆"の内の一体だ。
具体的なイメージが無かったら、ボーラスゆかりのカードが優先して出てくるのか?
いや、アモンケットの建造物もボーラスに縁があるものだし、それ以外出せないというのもあり得る。
MTG的に言えばブロール*9に近い制約も考えられるけど……検証するにはマナが全然足りないな。
新たに現れた《戦慄衆の解体者》は、いまだにひれ伏している《不気味な修練者》の隣に並ぶと──────流れるように土下座した。
なんなの!? 流行ってんの!?
……落ち着け、俺。
これはたぶんボーラスに対して敬意とか恭順を示してるだけなんだ。
しかし、こいつもゾンビだから喋れないし、リアクションが取りづらい……
「か、顔を上げろ」
俺の言葉に反応して2体はバッと頭を上げてこちらを見る。
うぅ……ゾンビだけあって結構顔怖えぇ……
だがこれでこちらの言う事を聞いてくれるのは分かった。
「俺はもう一度寝る。《不気味な修練者》は周囲を警戒、《戦慄衆の解体者》は話の通じるやつを探して丁重に連れてこい。丁重にだぞ、乱暴にするな」
色々あって疲れた、もう一回寝たい。
先制攻撃*10持ちの《不気味な修練者》の方が探索に向いているかもしれないが、召喚酔い*11があるかもしれないのでやめておいた。
両者がコクリと頷き、《戦慄衆の解体者》が離れていくのを見送って、俺は瞼を閉じた。
目が覚めると、雨は既に止んでいて、岩山の麓の森の向こうの地平線から朝日が昇ってくるところだった。
建物ギリギリに収まってる状況では直立できないので、猫のように伸びをして背筋を伸ばす。
眠気がとんだところで自分の中に意識を向けると、昨日と同じく5つのマナが存在するのが感じられた。
これは多分一日で回復するってことなのだろう、山のマナも岩山の中に感じられるし。
建物の下から這い出てぐぐっと首を伸ばすと、岩山の崖の縁で《不気味な修練者》がこちらに背を向ける形で直立不動で辺りを警戒しているのが見えた。
……こういうところを見ると便利だよなぁゾンビ、疲れ知らずで眠りもしない、倫理的に完全にアウトだけど。
「警戒、ご苦労」
俺がそう声をかけると、《不気味な修練者》はペコリとお辞儀を返し、また警戒へ戻った。
"戦慄衆"を含めたボーラスの手勢であるゾンビの軍団──────"永遠衆"は、ボーラスが「手下と犠牲者を区別しない」と言われるほど尊大で理不尽なプレインズウォーカーだったため、完璧に従順で感情というものが無い。
MTGのストーリーではこの実直さのままに殺戮や破壊の蛮行を繰り広げたのだが、命令されなければ三原則のぶっ壊れたロボットと大差ないな。
俺一人では何をすればいいか考えるのにも限界があるし、喋れる相手が欲しいところなんだが、ボーラスに友好的な相手となると……
アモンケットでボーラスが暴虐の限りを尽くしても信仰していた狂信者でも出すか? いや、そんなの出しても追従の意見しか出ないよな。
ボーラスが意見を聞くなんて殊勝なことする訳もないし、大概の相手はボーラスと敵対している。
うわ……
そう考えると、《戦慄衆の解体者》の役割が大きくなってくる。
この次元がボーラスと関係ないことに賭けて、住民と友好的な関係を築くんだ。
配下がゾンビなのは大きな問題だが、アモンケットみたいに一部の死者とは共存してた次元もある。
俺のマナ能力で協力する代わりに知恵を貸してもらう、あわよくば文明的な暮らしも手に入れたい!
そんな風にこれからの行動指針を確認していたら、岩山の岸壁を軽々と登って《戦慄衆の解体者》が戻ってきた。
……片腕に女の子を抱えて。
十代前半にしか見えない女の子を抱えて帰ってきたことに思わず「犯罪ですよ!」と言いかけるが、俺にしか理解できないだろうからそのまま呑み込む。
赤と青のツートンカラーの服を着た少女は敵意を隠さない瞳でこちらを睨みつけると、大声で叫んだ。
「あなたがこの不死者の主人!? 私に何かあったら都市から討伐隊がやってくるわよ!」
がるるると威嚇せんばかりの少女に頭を搔きながら答える。
「あー、確かにそいつの主人は俺だ。だが君に危害を加えるつもりはない」
言ってから思うが、全く説得力ないだろうな。
配下はどっちもゾンビ、主人は悪そうなドラゴン、絵に描いたような悪役だ。
だが可能ならこの縁は失くしたくない。
この少女は見たところ人間、獣人やエルフではなく人間だ。
ボーラスの被害には人間も多く遭っているが、特に獣人とエルフは恨みが深い。
それに俺の姿を見てニコル・ボーラスの名前が出なかったのも大きい。
ボーラスは自己顕示欲の塊みたいなドラゴンだったので、支配したところには自分のトレードマークである二本角の意匠をいたる所に置いた。
ボーラスの影響を受けた次元でこの見た目に反応しないやつらはいないだろう。
どう説得したものかと悩む俺だったが、少女は予想外に冷静に何事か考えこむと、警戒はしているが幾らか敵意の減じた瞳で言った。
「いいわ、信じてあげる。で、貴方は何の妖怪?」
いきなり態度を変えた少女に困惑して「随分素直に信じるんだな?」と言うと、少女は「論理的に考えただけよ」と返した。
「この不死者は、私が妖怪に襲われているところを助けてくれた。最初は獲物を横取りしただけかと思ったけれど、主人の貴方も穢れを持っていても理性的だわ。だから信じることにしたの」
《戦慄衆の解体者》はそんなことをしていたのか……グッジョブ!
それにしても
雨にちょっと降られて拭かずにそのままだけど、濡れた野犬みたいな匂いがしてたら俺のメンタルが若干傷付く。
そんな俺の姿を見て少女は吹きだして笑いだした。
「穢れは
クスクス笑い続ける少女に調子を崩された気分になったが、不愉快ではなかった。
だが、一応修正しておかないと。
「俺は妖怪じゃない。ニコル・ボーラス、エルダードラゴンだ」
妖怪が存在する次元ということは神河*12みたいな和風の世界なんだろうな。
この俺の見た目でドラゴンを連想しないということは、この世界にドラゴンは存在しないのかもしれない。
少女は聞いたことが無いのか小首をかしげ、まっすぐ俺を見つめて言う。
「自己紹介されたなら私も返さなきゃね。私は
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第四話 近くて遠い文明化
永琳は物怖じしない少女だった。
自己紹介を終えると、俺から視線を外して《権威の殿堂》の方を眺める。
「随分原始的だけど、こんなに大きな建物がここにあったなんて知らなかったわ。貴方達が造ったの?」
原始的かぁ……まぁアモンケットでは人力で造られてた石造りの建造物だから妥当な評価か。
この口振りだと、この次元は文明がかなり進んでいるのかもしれない。
次元世界の中には高度な機械文明が発展している所もあるのであり得ない話じゃない。
そうなると、マナで色々な物を出す俺の能力は高い評価を得られるかもしれないな、元手ゼロだし。
早速アピールしていこう!
「これを建てたのは俺の能力だ。俺は建物や
どうだい? 今なら土木工事にもぴったりなドラゴンボディも付いてくるぞ!
内心では猛アピールしながら表面は平静を装う。
何事も足元を見られちゃ条件が厳しくなるもんだし。
しかし、俺のプレインズウォーカーとしての能力に永琳は食い付いてこず、何やら納得した様子で頷いている。
「そう、それが貴方の能力なのね。奇遇ね、私にも能力があるの」
永琳の発言に思わず「本当か!?」とこちらが食い付いてしまう。
言ってからバツが悪く俺の顔は歪んだが、永琳は逆に得意気な顔になったのでどうやら考えが見透かされていたらしい。
これがチャラい兄ちゃんならドラゴンパンチのひとつもお見舞いしてやりたくなるが、このくらいの女の子のやることなら微笑ましくて簡単に流してやれる。
可愛いって得だなぁ。
「私の能力は【あらゆる薬を作る程度の能力】なの。もちろん、材料は必要だけどね」
自慢気に言う永琳には悪いが、スゴいという感想よりプレインズウォーカーでなくてよかったという気持ちの方が大きい。
今の俺はこの体に慣れてないから、
俺の反応が芳しくなかったのが気に入らなかったようで、「何よ、貴方も薬を軽く見てるクチ?」とじっとりとした目で見てくる。
なんでも、永琳は住んでいる都市で薬の研究者兼発明家として名が知れているのだが、天才的な頭脳で画期的な発明を幾つもしているせいで、薬より発明に重点をおいて欲しいという者もいるのだという。
永琳としては発明は研究の片手間なので、薬を軽視するのは許せない……らしい。
「怪我や難病を患った時だけ『新薬が欲しい』なんて言って! 日頃の研究がなくて新薬なんてできるわけないでしょ!」
いつの間にか永琳の日頃の鬱憤を話す場になってきているので、俺は話を変えることにした。
「それで薬の材料を採りに来て、妖怪に襲われていたのか?」
「武器さえあれば、あんな妖怪になんか負けなかったわ! ……武器は転んで落としちゃったけど」
最後はゴニョゴニョと口ごもりながらだったが、俺のこの無駄に高性能なドラゴンイヤーは聞き漏らさない。
……この子、結構ドジなのか?
武器もないそうだし、このまま帰すのは危ないか。
「住んでいるところまで送っていこう。ついでに住人に俺を紹介してくれると助かる」
永琳の護衛にかこつけた都市への案内を提案したが、反応は渋かった。
「うーん、初めは貴方と一緒は難しいと思うわ。私が一日帰ってこなくて捜索隊がでてるか、そうでなくとも警備隊はピリピリしてると思うもの」
むむむ、確かにそれは俺が一緒だと即座に攻撃されそうだなぁ。
しょうがない、最初は《不気味な修練者》に護衛をさせて、俺が都市に行くのは永琳が話を通してからにするか。
無慈悲ではあるが、倒されても惜しくはないしな。
俺は軽く残酷な判断をしていたが、永琳の言葉で俺自身も残酷な現実を突きつけられた。
「送ってもらえるなら話は通しておくけど、都市の住人がどう思うかは微妙な所ね」
「何っ! どうしてだ!?」
この次元の住民と親密になっておかないとゲートウォッチ*1やウギンに見つかったら悪・即・斬されてしまう……!
正直、衣食住の衣以外が保障されるなら*2だいたいの条件は呑んでもいいとさえ思ってるのに、何故?
物分かりの悪い生徒に教えるように、永琳は簡潔に言った。
「答えは簡単。貴方が穢れを持っているから」
「穢れ……? さっきも言っていたな、それは何なんだ?」
永琳が溜息を吐きながら教えてくれた話によると、都市のお偉いさんである"ツクヨミ"と言う人が発見した生き物が発生させるもので、近くに多くあると生き物の寿命を縮めるんだそうだ。
不死者などは穢れの塊みたいなもので、それを使役する俺も強い穢れがある……らしい。
穢れなんて持った覚えは──────あるな。
黒マナ、こいつは間違いなく穢れ扱いでいいだろう。
ゾンビなどには大概関わっているマナだし、腐敗などにも縁深い。
特に俺の保有マナは半分以上黒マナだからな、強い穢れを持ってると言われても否定できない。
マナは毎日回復するみたいだし、これは都市に住むのは無理かぁ……グッバイ文明的生活……
思った以上に俺はしょぼくれていたようで、永琳は慌ててフォローするように言った。
「だ、大丈夫! もしダメでも助けてもらったんだもの、私のできる範囲で必要なものは融通してあげるわ!」
「おお! 本当か!? 助かる!」
よっしゃぁ! 神は俺を見捨てていなかった! ボーラスは神を大勢殺してる*3けど!
巨体を揺らして喜ぶ俺に、永琳は困った子供を見るような目で微笑んだ。
そして、そんな永琳との出会いから5年の月日が流れた──────
永琳という少女との出会いから5年、俺は最初に出した《権威の殿堂》を拠点として建造物をマナが続く限り出していき、岩山を中心に"新アモンケット*4"という都市を造った。
ネーミングについては怒る人もいそうだが、俺の頭ではこのくらい安直なのしか思い付かなかったから許してほしい。
住民は鳥や虫、獣の妖怪などの中の比較的力の弱い者たちだ。
基本的に来る者拒まず去るもの追わずだが、都市の中で乱暴狼藉を働くと最寄りの永遠衆が駆けつけて取り押さえて叩き出す。
そのおかげか、都市の治安はすこぶる良く、外では暴れまわるような輩もここでは大人しくしている。
永琳の住んでる都市との交流は……まぁ付かず離れずといったところか。
相変わらず向こうの都市の連中は俺や永遠衆を近づけようとしないが、向こうの依頼で暴れまわる妖怪の退治なんかを請け負っている。
完全に未来都市な向こうの方が技術は上だが、幾らでも湧いてくる妖怪相手には永遠衆のような物量の方が適任だ。
それでも敵の敵は味方にはならないらしく、退治の途中で向こうの都市に近づきすぎた部隊が依頼主に殲滅されたこともあった。
永琳は……かなり頻繁に新アモンケットに遊びに来る。
会った時のように武器を失くすようなことはそれ以降なく、護衛もなしに都市間の移動を容易くこなしている。
《権威の殿堂》、《王神の玉座》、《神々のピラミッド》*5のような古代エジプト風の建物が物珍しいようで、仕事の良い息抜きになっているようだ。
端々で伝え聞く彼女の天才具合を見込んで、あるアーティファクトの解析と改造を頼んだところ、たった2年で改造をしてのけたのだから驚いた。
改造したアーティファクトは、《不滅の太陽》。
かつてアゾールというスフィンクスがウギンと協力してボーラスを倒すために作ったアーティファクト。
その機能は、配置された次元のプレインズウォーカーが次元移動能力『プレインズウォーク』をできなくなるというものだ。
しかし、これでは俺が出られないだけで他の次元のプレインズウォーカーはこの次元に来れてしまう。
そこで永琳に解析して貰って機能を反転、『この次元にプレインズウォークできない』アーティファクト……《不滅の満月》*6へと改造した。
これで多少はウギンたちに見つかる可能性が低くなったんじゃないかな?
でも機能停止の呪文はオミットできなかったし、この次元で生まれたプレインズウォーカーはウギンたちに告げ口に行けるんだ。
そうなったら是が非でもこの次元に来ようと方法を模索するだろうし、制作者の一人であるウギンが無力化する方法を思いつかないとも限らない。
やはり地道に交流を進めつつ、もしもの時に時間稼ぎできる戦力を確保していくしかないな。
「どうしたんだ? こんな時間に来るなんて珍しい」
永琳はある日の夜更けに新アモンケットへやって来た。
夜は妖怪たちの時間だ、都市の外では妖怪が活性化し、獲物を求めて動き回る。
たとえ彼女が圧倒的な武器を携えているとはいえ、危険なことには変わりない。
5年来の友人としてここは注意を促すべきだろうか。
あの出会いから5年が経ち、永琳は美しく成長した。
長く美しい銀髪は緩く三つ編みに纏められ、腰にも届かんばかり。
あの日と同じ彼女のお気に入りの赤青ツートンカラーの服に身を包んだ姿は振り返る男も多いだろう。
この都市では妖怪以外は永遠衆しかいないから心配はないだろうが、暗いうちに向こうに返すのは二重の意味で危ないかな。
「今日は泊っていくか?」と聞こうとしてギョッとする。
──────彼女は目を腫らして泣いていた。
「伝えなくちゃいけないことがあるの」
服の端を握りしめ、そう言う彼女の真剣な様子に、俺も首を下ろして視線を合わせる。
「大丈夫か? なんなら明日でも「駄目、今日中に帰らなきゃいけないの」……」
俺の言葉を遮り、一泊することすら拒む永琳。
なんだろう、都市間の交流断絶だろうか、でもそれくらいならこっちは遊びに来ても歓迎するのに。
そう考えていた俺は、甘すぎた。
永琳は言った。
「明日の夜、地上を離れることになったの」
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第五話 別れと閃光
「地上……離れる……? どういう事だ?」
あまりに突飛な話に俺の頭は付いてこれていなかったが、永琳はボソボソと呟くように説明してくれた。
永琳の住んでいる都市では"穢れ"をできるだけ排除して生活しているが、それでも地上に住んでいる限り生物の生む穢れから逃れるのは難しく、いっそのこと生物の住んでいない月へ移住することで穢れから離れよう……という計画が進んでいたのだという。
月で人が生活できるのか? という疑問があるが、次元によっては太陽が2つあったりするくらいだし、この次元の月は人が住めるのだろう。
「しかし明日の夜とは……随分と急だな」
「ごめんなさい、私もこんなに早くなるなんて思わなくて……」
計画ではまだ一か月以上先の出発を見込んでいたのだが、噂を聞き付けた妖怪達が都市への大規模な襲撃を企てていることが分かり、急遽予定が繰り上げられたらしい。
明日の昼からは宇宙船への搭乗が始まるので、夜にもかかわらず最後の挨拶に来た、と言う事だ。
「月へと移住したら……もう地上へ戻ることはないと思う」
「……そうか」
この5年間、永琳には世話になってばかりだった。
新アモンケットの建築当初に雨よけの天幕や食料の援助をしてくれたのも彼女だ。
《不滅の太陽》の改造については「私の勉強にもなるから」と快く引き受けてくれたが、2年も諦めず研究を続けてくれたことには感謝しかない。
今生の別れか……それに報いることができるかは分からないが……
「永琳、これを君に」
鋭い鉤爪で壊さないように気を付けながら、永琳の手にそっと用意していた物を渡す。
《知識のカルト―シュ》*1、かつてのアモンケットでは試練を乗り越え精神力を証明した者に与えられた護符。
比類なき智慧を持つ彼女にはぴったりだろう。
本来は来月の彼女の誕生日のために用意していたのだが、まさか別れの餞別になるとは思ってもみなかった。
「これは……あの不死者たちの鎧と同じ素材ね。魔法が込められているのに魔法を弾く性質を持つ不思議な鉱物……」
「それを持っていれば空を飛ぶことだってできる*2。君が新しい地で強く羽ばたけるよう、祈っている」
最後に関しては少々こじつけだが、もともと永琳はラゾテプ*3に興味があったようだから相応しい
この次元世界での初めての友人との別れ……やっぱり結構きついもんだな……
永琳も《知識のカルト―シュ》を胸に抱きしめて、涙をポロポロ零しながら言った。
「ありがとう……! ずっと大事にするわ……」
「遠く離れてもお前とは友達さ。俺たちは、いわば"盟友"だろう?」
少し茶目っ気を込めて言った俺の言葉に、永琳は涙を拭き、あの日のように優しい瞳で笑った。
この時のやり取りを見ていた木っ端妖怪が、その後も生き残り"妖怪の盟友"の話を子孫へと語り継いでいくのは、また別の話……
永琳と最後の別れをした次の日の早朝、俺は新アモンケットに最低限の戦力だけを残し出陣の準備をしていた。
向こうの都市を襲おうとしている妖怪たちにとっては、今日は最後のチャンス。
もし話が漏れていれば夜の出発までに襲撃があるだろう。
今回の出陣の目的はその妖怪たちの排除と、宇宙へ旅立つ永琳の乗った宇宙船を見送ることだ。
永遠衆以外の新アモンケットの住民は、下手したら調子に乗って向こうの都市に襲い掛かりかねないので強制的にお留守番を言い渡してある。
「よし、出陣! 友の旅立ちを邪魔する無粋者を蹴散らしてやれ!」
俺の号令とともに永遠衆たちが一糸乱れず動き出す。
一言も言葉を吐くことなく、ただ前進するその姿はまるで《永遠の刻》*4*5。
ゲートウォッチたちが見たら憤激するだろうな。
埒もない空想に、思わず溜息が漏れた。
予想通りというか、当たっていて欲しくはなかったが、永琳の住む都市は妖怪たちによって包囲されていた。
都市の警備隊たちは機銃のようなものを使って妖怪たちを薙ぎ払っているが、地を埋め尽くさんばかりの数に都市の壁へ近づけないのが精一杯のようだった。
そこへ到着した俺の率いる永遠衆たちが襲い掛かる。
先鋒の《不気味な修練者》たちの突撃によって乱戦となり、討ち取り討ち取られの戦況となるが、まるで問題は無い。
《不気味な修練者》の死亡時の効果によって動員*61が発動、永遠衆が増員・強化され、数は減らないからだ。
「うぉらあぁぁ!! よし、討ちとっグギャァァァ!?」
強化された《戦慄衆の解体者》を決死の攻撃で倒した妖怪が、砕け散った腕だけで振るわれた最期の鉄球に頭をカチ割られて倒される。
「ぎゃあぁぁぁ!? な、なんで受け止めたのに傷が!?」
永遠衆の攻撃を止めた妖怪が、加虐*7によって斬られていないのに傷を受ける。
腕の立つ妖怪も多かったが、どんな傷を受けても決して動きを止めない永遠衆にどんどんと押されていった。
もちろん、一番
襲撃に参加している妖怪の数が多かったのもあり、中には厄介な奴も混じっている。
その筆頭は"鬼"だ。
とにかく頑丈で、馬鹿みたいに力が強くて、時には妖術のような搦手まで使う。
幾ら永遠衆でも一対一では勝ち目がないので、動員した大量のゾンビ軍団を蟻のように群がらせて動きを封じてタコ殴りにする。
そうしてようやく6割……いや7割こちらが有利になってきたところで辺りは夜になり、都市に攻め込もうとする妖怪達は活性化して乱戦から潰し合いに様相が変わってきた。
意地でも都市を襲おうとする妖怪達と、命を惜しまず戦う永遠衆達。
そんな果てしない潰し合いの中で、都市から轟音とともに何かが空へ向かって飛翔して行く。
(ああ、永琳。ついに旅立ったんだな。それじゃあ何とかして引き上げるとするか)
天高く飛んでいく光に目を細めながら、俺が永遠衆に撤収の号令を出そうとした時。
──────激しい閃光と爆風によって、俺の意識は刈り取られた。
「どういうこと!?」
永琳はモニターの中で起こった出来事に瞠目し、近くに居た船員に詰め寄った。
問題は、なぜアレが今まで住んでいた都市に向かって、置き土産のように落とされたのかという事だ。
「情報の消去ですよ。残った都市の技術を妖怪達に渡して、月に来れるようになられては困りますからね」
それは分かる、でも、残った都市を調べても技術が流用できないよう、情報保全の処置をしたのは永琳だ。
あんな風に、彼を巻き添えにしてまでしなくてはならなかった事なのか?
疑念を抱く永琳に、船員はすっきりしたような顔で言った。
「それにしても、これで心置きなく月に向かえるというものです。妖怪も穢れた龍も不死者の軍団も、脅威でしかありませんからね」
その言葉に、彼女の心の何処かが、スッと冷えるのが分かった。
ああ、この人は、いや他の住民たちも、彼を妖怪達と同列にしか見ていないんだ。
彼は、私達が出発するまで都市を代わりに守ってくれたというのに。
喉まで出かけた言葉をすべて呑み込んで、永琳はポケットの中の《知識のカルト―シュ》を、血が滲むほど握りしめた。
彼女はヤンデレではない、いいね?
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神代編
第六話 村の守り神と龍師範
読んでくださる皆様のおかげです。
暗い、暗い海の中にいるような気持ちがしていた。
何も見えない空間で、ただひたすらに揺らめく流れに揺られているような気がしていた。
そんないつまでも続いて行くような空間に、湖面で揺らめくような光が差し込む。
俺は、無意識に光の方へと進み、水中から浮かび上がっていった……
──────そしたら、また森の中な件について。
既視感のある状況に手で眉間を抑えようとするが、できない。
っていうか手が無い、腕すらない。
見回すように動かしたが身体もない。
(……まさか幽霊になっちゃった?)
最悪の予想が脳裏をよぎるが、5年の歳月で習慣になっていたマナの確認を行うと、そうではないことが分かった。
俺の意識がある場所からへその緒のようなものがずっと地中深くへ続いていて、その先に5つのマナがあるのが感じられる。
今の俺の身体は障害物など関係ないようで、へその緒をたどると俺の身体が地中深くに埋まっていた。
最初は死んでいるのかと思ったぐらい傷だらけだが、わずかに拍動している。
どうやら深い傷を負って休眠状態になり、今の俺は精神だけが飛び出た状態にあるようだ。
(死んでないのは良かったけど、幽霊の一歩手前だな。とりあえずマナで永遠衆を……ってあれ?)
体内のマナを動かそうとするのだが、へその緒の向こうのマナはうんともすんともいわない。
小一時間頑張ってみたが、本体のマナを今の時点で使うのは無理そうだ。
それなら周辺の土地マナを使えばいい話なのだが、なぜか近くの土地のマナも動かせない。
いや、正確には動きそうなのだが、誰かが押さえているような感触がある。
(どうしよう、体もマナも使えないんじゃ本当にただの幽霊と同じだぞ……)
途方に暮れそうになった俺だが、とりあえずは周辺と行動できる範囲を確認しよう、と森の中を彷徨いだした。
森はそれほど広くはなく、木々が途切れると、大きな湖とその湖畔に小さな集落があった。
永琳が住んでいた都市など比べるべくもないが、そこには確かに人間の営みの香りが感じられる。
(思えば、森の木々も種類自体が違うのかそれほど大きくなかった。だいぶ時間が経っているのか……新アモンケットはどうなったんだろう)
フラフラと集落へ近づいて行くと、集落の中から金髪の幼子がこちらへ向かってきた。
袖の余り気味な服を着て、幼さの残る顔は愛らしい。
集落の外に何か用事でもあるのだろうか?
集落に近づくのを一旦止めて幼子の様子を見守っていると、彼女は俺のすぐそばで立ち止まった。
「あーうー、何か近づいてきた気がしたんだけどなぁ。誰もいない、気のせいだったのかな?」
この子、今聞き捨てならないこと言ったぞ!
幽霊みたいな俺の存在に気付いてくれる人間がいるのなら、この辺のマナを仕切っている存在について聞けるかもしれない。
俺は逸る気持ちを抑えて幼子に話しかけた。
(君には俺が分かるのか?)
「うあっ、なになに? 誰もいないのに声がするー!?」
飛び上がって驚く女の子。
どうやら姿は見えていないようだが*1、声は聞こえるようだ。
最初は何が起きるのかと警戒している様子だったが、何も起きない(というか俺は何もできない)のが分かると、徐々にこちらの声に応えてくれた。
「ふぅ、びっくりさせないでよね。新手の妖怪が襲いに来たのかと思ったじゃん」
(まぁ俺は今話すことくらいしかできないからなぁ。でも妖怪が出るなら集落から出ない方がいいんじゃないか?)
俺の忠告に幼子はふふーん、と胸を張る。
……うん、ひらt、いやなんでもない。
「私はこの村の守り神、
へぇ、神……神!? そうは見えないなぁ、こんな姿で破壊不能*2とか持ってるんだろうか。
話を聞いていくと、彼女はこの村の周辺の土地神であり、村へ来る妖怪の撃退や作物の成長を促したりしているらしい。
ゆくゆくはこの村を大きくして、自分の王国を築くべく人々の信仰を集めているのだとか。
MTGの次元世界で神が人の姿を取っているのはまぁ珍しいことじゃないが、こんなに小さい*3のは中々ないんじゃないか?
だが、村を大きくしたいというなら俺がマナを使えるようになれば力になれるだろう。
なんたって"新アモンケット"を造った実績があるし。
「え? 土地のマナ? を仕切ってるのは誰かって?」
(そうだ、土地が生み出す魔力のようなもので、それが使えれば君の力になれると思う)
「そんなの私に決まってるじゃん! この村と湖、周囲の森と山々くらいまでは私の領域なんだー」
自慢げに胸を叩いて言った洩矢は、ふと何かに気付いて言う。
「んぅ? ……あー! さっきそのマナ? とかいうの勝手に動かそうとしたの君でしょ! 私の所で勝手してー!」
(すまなかった、マナを使うのは俺にとっても死活問題でな)
まぁ今の俺は半分以上死んでるようなもんだが。
怒った洩矢がぶんぶん両手を振るって怒りを表すが、そもそも体のない俺には痛くも痒くもない。
少しして落ち着いた彼女は納得いかなそうに膨れっ面をしていたが、俺が(可愛い顔が台無しだぞ)と言うと頬から空気を抜いた。
「むぅ、神様に対して失礼だと思わないの? もうちょっと崇めてもいいと思うんだけど」
(残念だが、神の相手をした経験が無いもんでなぁ)
身体があったら頭を搔いていたくらい困った声で俺が言うと、洩矢は子供っぽく口をとがらせて問う。
「で、君は何者なワケ? まだ名前も聞いてないんだけど」
彼女の問いに、永琳にしたのと同じ自己紹介をしようとして、待てよ、と考える。
永琳はそこまででもなかったが、同じ都市の連中は俺の事を"穢れた龍"と呼んで忌み嫌っていた。
俺の名前が伝わっていれば、彼らと同じとはいかないまでも印象が悪くなるかもしれない。
洩矢には悪いが、ここは偽名で通させてもらおう。
(俺は
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第七話 洩矢の王国と侵略者
結果として、集落の守り神・洩矢と龍師範こと俺は契約を交わした。
洩矢は俺に自分の管理する土地のマナを提供する。
俺はそのマナを使って集落と支配領域の拡大に協力し、余ったマナで傷を癒す。
互いが利益を得るWin-Winの関係だ。
だが、マナで出すものに関しては必ず一度彼女の確認を得ることになった。
これは洩矢が純粋な信仰のみから生まれた土着神であるため、俺の協力を己の神威として見せる関係上、無軌道に増やすと神格がぶれてしまうから……らしい。
信仰さえあれば飛躍的に力を増す代わりに、信仰の形があやふやになると神の形もあやふやになるとは洩矢の言だ。
確かに他の次元世界の神も、信心*1が足りなければ顕現できなかったりする*2し、そういうものなのかもしれない。
洩矢との協議の末、基本的に出すクリーチャーは《ナーガの永遠衆》*3のみになった。
これは彼女の御使いが豊穣と再生を意味する蛇であったため、まだ自分の神威の範囲に近いだろうという事である。
元となったナーガは蛇の頭と下半身をもつ種族だから、アリ……なのか?
まぁ蛇の頭蓋骨なんて見たことあるやつはそうないだろうし、人間の頭蓋骨の感じがそのままの人間を元にした永遠衆より全体的に青い蛇っぽいナーガの方がマシかもしれない。
「本当は私もでっかい建物をばばーんて出してあげたいけど、そーいうおっきな建物は
(よく分からんが、神ってのも大変なんだな)
「ふふーん、信仰する気持ちが湧いてきた?」
(いや、それは全然)
「なんでさー!?」
洩矢との掛け合いを楽しみながら、将来広げていく集落の展望などを語り合う。
彼女には夢見ている
時に夢見がちに、時に現実的に、時に無責任に、時に民を想って、一人と一柱の話題は尽きなかった。
永遠衆という人外のパワーと疲れ知らずで休みなく働く身体を併せ持つ戦力を得た洩矢の集落は、勢力を急拡大していった。
集落を襲う妖怪の退治、用水工事で出た岩の粉砕、開墾作業での重機的役割、果ては畑のカカシ的立場まで。
頼り過ぎないようにそこそこ人々に仕事を振りながら、ここぞというところを楽にして感謝の気持ちを高める。
そうして数十年としないうちに洩矢を国主とした神治の王国は湖の近くから広がっていった。
「うんうん、今年の作物もいい
(そうだな、君の『坤を創造する程度の能力』とは便利なものだ)
洩矢は照れくさそうにしながらも、それは違うと首を振る。
「私がどれだけ加護を与えても、最後は人の努力が無いと穣りは無いよ。上に立つ者として、そこは押さえてないとねー」
(立派なものだ。……しかしその帽子、本当に奇妙だな)
「言わないでよ、今でもちょっと恥ずかしいんだから……」
上に目のようなものが付いた奇妙な帽子を深くかぶる様にして顔を隠す洩矢。
これも彼女が最初に言っていた『神格のぶれ』によるものだ。
彼女の支配域が広がり集落の人口が増えるにつれ、住民の中には不心得者も現れ始める。
そういう連中を懲らしめるため、洩矢は周囲の祟り神の信仰を己の信仰に習合してその権能を得た。
そのせいで普通の蛇だった御使いは瞳の赤い白蛇となり、住民には「白き
ここまでは彼女も予想していた内容だったのだが、ここから信仰に予想もしていなかったぶれが出る。
御使いや永遠衆がみんな蛇に類するものだったため、民が捧げ物としてカエルを積極的に渡すようになった。
その話がどこでどうねじ曲がったのか、「洩矢様はカエルが大好き」という話になってしまい、結果として彼女の神格にはカエルの意匠が混ざり込んでしまった。
この姿になってすぐの頃は、俺も初見では絶句してしまい、彼女に激怒されてしまったものだ。
今でこそこの姿でも堂々と謁見したりしているが、最初はずっと御簾越しから姿を見せようとしなかったものである。
(しかし君が、仕えてくれている神職に子供を産ませるとは思わなかったぞ?)
「うっ! ……いいじゃんか! 私にとって姿も性別も移ろいゆくものなんだから、一夜の過ちぐらいおかしたって!」
(まぁ子供を認知してれば話も違ったんだがなぁ……)
洩矢の子である神官職の女性の子供は、その女性の家の子として神官職を引き立てられてて特に問題にならなかったからいいものの、現代だったら家族ぐるみの大修羅場である。
幾らか力を受け継いでいるとはいえ、定命の子に自分の王国を引き継ぐような立場にはさせられないという洩矢の意見にも一理あるから強くは言わなかったが、俺の倫理観からしたら結構大事なのでネチネチいうのは我慢して欲しい。
その子の子孫も変わらず神職として洩矢に仕えているし、ある意味綺麗に納まっているのかもしれないが。
(それで、鉄の生産は順調なのか? 侵略者が迫っていると聞いたが)
「あちゃー、もう噂になってるかぁ。ま、今年は来ないよ。来るのは明年の夏くらいじゃない?」
(それなら大丈夫そうだな、冬は薪を製鉄に使えんし)
永琳の住んでいた都市を思うと驚くべきことなのだが、ここでは鉄製の物でも最先端だ。
開墾で出た木材で製鉄を行っているといえど、冬はどうしても防寒に割かれがちになる。
永遠衆がいれば負けることは無いと思うが、やはり武器はあっても困らないだろう。
(侵略者か……100年ぶりか?)
「うーん、この辺が完全に私の支配下になってからだから120年くらいじゃない?」
こういう会話をしてると神って本当に息が長いんだなと思う。
それに付き合ってる俺もそう変わりはないかもしれないけれど。
洩矢と出会ってから正確に何年過ぎたのかはもう覚えていないが、俺の本体の傷はあまりよくなっていない。
原因は回復ができる呪文の不足だ。
本来回復は白のマナが得意とするところなのだが、これは平地という土地が生み出すマナなのだ。
洩矢の支配域は山、森、湖・川(島扱い)、水田(沼扱い)がほとんどで平地が無い。
その為、他のマナはたくさんあるのに本体が回復できない悲しい状況にある。
(敵なら、回復の手段にしてもいいよな?)
「師範、ほどほどにね?」
──────開戦の時は、近い。
神奈子様逃げて!超逃げて!
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第八話 諏訪大戦
本当にありがとうございます。
そして時は過ぎ、暑い夏がやって来た。
洩矢曰く、侵略者の
その予想を肯定するように、夏になってから王国の外縁部の支配下の集落が次々と向こうの手に落ちていった。
(どうする? 永遠衆に奪回させるか?)
「それじゃ意味ないよ、国の境界に戦力をべったり貼り付けたら『向こうを怖れました』って喧伝するようなもんだ。どこかで頭を直接叩かないと」
(統率者を叩くか……なら、ある程度は中に引き込む必要があるな)
「流石師範、話が早いね。あとは誘い込んだ奴らに、隠した戦力を纏めてぶつけられたら最高だ」
洩矢との作戦会議の結果、決戦の舞台は俺の本体が埋まっている森になった。
あそこは洩矢の王国の発祥地である湖……諏訪湖の近くだし、蛇体の永遠衆達は森に隠れるのはお手の物である。
侵攻ルートの住民を避難させて手ごたえを失くすことでこの森へと侵略者を誘い込み、洩矢を含めた全戦力での伏撃で決着をつける予定だ。
しかしこれは同時に、一度負ければ降伏するしか道のない背水の陣でもある。
彼女にその旨覚悟はあるのか、と問うと、「これで勝てないくらい実力差があるなら、サッパリ国をくれてやるさ」と答えた。
その顔からは確かな本気が感じられたが、負ける前提で戦うつもりはない不敵さも伝わってきた。
相手にバレないよう、少しずつ国内の永遠衆を森へと潜伏させ、洩矢は戦場で俺に素早く支配域から集めたマナを譲渡する練習に余念がない。
そうして準備を万全に整えた夏の盛りの嵐の日、侵略者達はやって来た。
侵略者達は大和の神……いわゆる人間社会から生まれた『神霊』というものらしく、洩矢と違って信仰によって己の形がぶれることが無い。
その為、新たな信仰者を積極的に求めて他所に侵略してくることがあり、土着の神からしてみればいい迷惑である。
(洩矢、敵の先遣隊は始末した。後は本隊がどれくらいいるかだな)
相手の先遣隊は馬鹿正直にも森の中を行軍してきたので、森の木々の上や足元の草むらの中、四方八方から音もなく襲い来る《ナーガの永遠衆》を前に呆気なく全滅した。
一柱も逃がさなかったことで本隊に情報は渡っていないだろうが、先遣隊が帰ってこない以上、
この後の戦いは間違いなく決戦になる、そう確信した。
「……私の知覚範囲にも入ってきたよ。──────すごいね、まるで嵐みたいな気配だ」
どうやら先遣隊がやられた上でなお進む以上、隠れるつもりは毛頭ないということらしい。
それだけの戦力なのか、自信があるのか……どちらにしても手強いことに変わりはない。
この森に俺達が戦力を隠していることは百も承知のはず、強行突破できる戦力があるというなら先遣隊が弱かったことを考えると、実力者は少ない。
つまりは統率者の武神だ。
(洩矢、敵は少数精鋭だろうが、一体何柱いる?)
俺の問いに、彼女は自分でも信じられないように戸惑いがちに言った。
「……たった二柱だ。しかも気配からして強いのは一柱だけ」
(ほぅ、武神御自らの御出陣だな。もう一柱は付き人かお目付け役というところか)
「舐められてるねぇ……これは思い知らせてやらなきゃ」
そう言って黒い笑みを浮かべる洩矢。
祟り神の権能を得て以降、彼女はこういう顔をよくするようになった。
伝えると改めるが、これも神格への影響なのかもしれないな。
大和の武神の進軍は予想外の方法で、俺達はその解決法に思わず唖然としてしまった。
方法は単純、森の木々を暴風で根こそぎなぎ倒して進む、それだけだ。
あまりにも粗略、あまりの暴威、まさに計り知ることのできない風雨の化身の御業だった。
森に潜伏していた永遠衆達は木々の下敷きにされたり風で吹き飛ばされたり、武神に相手にもされていない。
強力な敵だとは思っていたがこれほどとは……
状況を見てこれでは劣勢だと判断した洩矢は即座に決断する。
「仕方ない、こうなったら諏訪湖に着くまでに直接対決と行こうじゃないか」
(だが、相手の力を削ぐことが出来ていない、大丈夫か?)
「最後はやっぱり戦わなきゃいけないんだから変わんないさ。この『洩矢の鉄の輪』の神威を見せたげるよ!」
そう言って彼女は手にした
坤という大地を司る洩矢は、そこから生み出される鉄をも司っている。
その鉄の輪の威力は、永遠衆も手古摺る強力な妖怪の外殻を容易く切り裂くほどだ。
鉄の輪を携えた洩矢とともに、森をなぎ倒しながら進む武神の下へと向かう。
この王国の王としての彼女の強さを信じてはいても、俺には会った当初の印象から心配する気持ちはどうしても消せなかった。
「ほう、お前がこの国の王、土着の神・洩矢か」
森の木々をもなぎ倒す暴風の顕現は、意外にも美しい女性の姿をしていた。
紫がかった青色の髪はサイドに広がるように流れ、赤の上着と
最初は傍らにいる、緑の髪の青年のような神が武神かと思ったのだが、先に口を開き、青年神が控えるように立ったことから、こちらの女性神が武神なのだと分かった。
「そうさ、自己紹介はいらないみたいだけど、戦う前にそっちの名前も聞いときたいね?」
洩矢の軽口に武神はハッ、と傲岸に笑うと、荒ぶる風を背に名乗りを上げた。
「我が名を聞くか! ならば答えよう。我は八坂、風雨を操る大和の武神なり!」
「はぁ? 風の神なのに八坂*2なの?」
「問題ないさ、これからこの山国が我が物になるのだからな!」
そう言って武神・八坂が己の神威の一つと思われる巨大な木の柱を複数呼び寄せると、洩矢も鉄の輪を構えて待ち受ける。
それからの戦いはそれは激しいものだった。
八坂の操る暴風雨の中で敵を打ち据えんと迫る柱を、洩矢は鉄の輪でいなし、断つ。
風をもって空を舞う八坂を洩矢は鉄の輪を投げうち狙うが、暴風で軌道を外され躱される。
お互い決定打が無いまま戦いが続いていたが、八坂が傍らの青年神に「やれ!」と合図を送ると事態が変わった。
青年神が細い蔓のようなものを放ると、それはたちまち鉄の輪に絡みつき、刃を瞬く間に錆びさせてしまった。
「これは……!?」
「貴様に何の対策も持たずに来たと思ったか! 鉄も元は土より生まれしもの、ならば土に帰るも道理というものよ!」
鉄の輪が崩れ去ったとなれば、洩矢の不利は揺るぎない。
この戦いは勝っても負けても洩矢の事を後世に語り継ぐ決戦になると思った。
だから
(二対一か……ならば、俺が手を貸したところで、よもや卑怯とは言うまいね?)
「っ!? まだ伏兵がいたか! 気を付けろ、私にも姿が見えん!」
八坂が青年神に警戒を呼び掛けるが無駄だ、俺はそもそも
存在しないものを見つけるのは無理というものだ。
(洩矢、ありったけのマナを渡してくれ。デカいのを使う)
「……分かった。鉄の輪がやられたならどうこう言ってもいられないしね」
洩矢が己の支配域からマナを移動させ、俺に渡す。
八坂達は俺達が何をしているのかは分かっていないが、何かとんでもないことをしようとしているのは直感で分かったようだ。
「させるかぁっ!」
八坂の渾身の柱の投擲、それはマナを引き渡し終えた洩矢を吹き飛ばす。
(洩矢っ!? ……だが、もう遅い! 喰らえ、《残酷な根本原理》*3!!)
姿なき声が不気味な言葉を口走った瞬間、彼女の傍らにいた眷属神が
「なっ!? おのれ、何をし……ぐあぁぁぁ!!」
眷属との繋がりが断たれて紛れもなく死んだのだと確信し、せめて相手を恫喝しようとした八坂の身体からみるみるうちに
見れば、彼女の神威の象徴たる
なんだ? 洩矢とは所詮田舎の土着の神ではなかったのか?
困惑する彼女に構うことなく、吹き飛んだ洩矢との間の地面が見る間に盛り上がり──────
──────弾け飛ぶ土煙を纏って、巨大な龍が目の前に現れていた。
八坂に《残酷な根本原理》を撃ったおかげで、相手に5点相当のライフダメージ与え、自分は5点のライフ回復をすることが出来た*6。
ドロー効果はこの際関係ないが、5点も回復したおかげで本体が動かせるようになった。
久しぶりの肉体での空気! 思わず吸い過ぎて、吐き出した息が咆哮となって響き渡る。
「……あららー、もしかして君、龍師範?」
後ろを振り向くと、地面を転がったせいでだいぶ汚れた姿の洩矢がこちらを見上げていた。
「そうだ。本当の名はニコル・ボーラスと言う。エルダードラゴンだ」
彼女は身体の傷も気にせずにぽかーんと呆気に取られていたが、クシャッと顔を歪めて笑って言った。
「いけないんだー。神様を騙すなんて、祟っちゃうよ?」
洩矢はクスクス笑いながら言っているが、冗談ではない。
俺の色はエンチャント*7を除去しづらいんだ、本当に勘弁してつかぁさい。
「っ!! 貴様ら、私を無視するな!」
おっと、ついいつもの空気になってしまった。
放っておかれた八坂は顔を真っ赤にして怒り心頭の様子。
だが、《残酷な根本原理》で弱体化した今、この
俺が鉤爪を振りかぶろうとすると、俺の前に洩矢が出てきて俺を止めた。
「どうした?」
「今のこいつなら、現状の私で五分と五分。なら、恨みっこなしの
それにこのままだと私の神格またぶれちゃいそうだし、と笑って言う洩矢の言葉に、八坂はこれ以上無いと思っていた赤い顔にさらに血を上らせる。
「舐めるなぁっ! 田舎土着神程度、今の私でも何するものぞ! おい、そこの龍! 洩矢を倒したら次はお前だからな!」
威勢よく啖呵を切って、洩矢と向かい合う八坂神。
こうして、洩矢の王国と大和の神の侵略者による諏訪大戦は、キャットファイトとは程遠いガチンコの殴り合いで幕を閉じた。
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第九話 戦後とこれから
二柱による壮絶な泥仕合はかろうじて八坂神が辛勝を収め、ボロボロの状態のまま八坂神は宣言通り俺に二回戦を挑んできた。
あまりにボロボロだったので、俺のドラゴンデコピン一発で地に沈んだが。
一応の勝敗がついたことで、八坂神と洩矢の間で戦後処理についての話し合いがもたれた。
八坂の要求は自分を国主とする全面的な信仰の譲渡と永遠衆の使用の廃止。
彼女は自分が代わりに国主になることで信仰は自然に集まってくると思っているが、永遠衆をそのままにしては民の生活の中での洩矢信仰の匂いが強すぎるとのことだ。
洩矢は至極あっさりとそれを受け入れ、洩矢の王国は八坂神の物となった。
「よかったのか?」
俺が洩矢に問いかけると、彼女は呆気らかんとした顔で答えた。
「あの状況で負けるなら、もう仕方がなかったってことだよ。それに、君にぶっ飛ばされるやつの姿も見られたしね」
にししと笑う洩矢の頭を、ゴチン! と八坂の鉄拳が襲う。
「その話はやめろ! お前は私の下になったという自覚が無いのか!?」
いくら満身創痍の状態であり、相手が
それが分かっているのか、洩矢は事に付けてはその話を出して八坂をからかっていた。
勝者と敗者と言うにはだいぶすっきりした関係になった二柱だが、洩矢も少しは腹に抱える物があるのかもしれないな。
「イテテ……あー、たしかに私はアンタに国を譲るよ? でも苦しい戦いはこれからだと思うなー」
「なんだと? どういう事だ!」
「私は祟り神の権能も持ってる。民は私を畏れていると同時に恐れているから、そう簡単に信仰は集まらないんじゃない?」
宗旨替えは神を畏れぬ所業の最たるものだ。
豊作と庇護を与える彼女に民は感謝しているが、同時に罰を与える洩矢の祟りに恐怖もしている。
たしかにこれでは、洩矢が国を譲っても信仰の譲渡はスムーズには進むまい。
八坂もそれに気づいたのか、拳を握り締めてふるふる震えていたが、どうしようもないと分かったのか大きな溜息を吐いて拳を開いた。
「分かった、この点ではお前が一枚上手だった。だが、私の負けでは終わらんぞ」
不敵に笑う八坂に俺が「暴挙をするなら受けて立つぞ」と言うと、彼女はフッと鼻で嗤って言った。
「信仰を得るのにそんな事をするものか。……洩矢には、名を変えて新生し私の下についてもらう。──────そうさな、名は守矢、と言ったところか」
その言葉に洩矢がゲッ、と嫌そうな顔をする。
信仰の形が変われば性質も変わる、洩矢はそういう神だからな。
名を変えて王国で大きな権限を与えられ信仰され続けても、結果的に八坂のために働くことになるとなれば嫌な顔の一つもするだろう。
緩やかに弱っていく楽隠居から、元気なままでの馬車馬生活とは……八坂神も意地が悪い。
「お前とは長い付き合いになりそうだな。改めて自己紹介しておこう、私は八坂神奈子。風雨の神であり武神であり、これからはこの山国の神でもある」
洩矢にそう話す八坂神を見て、そう言えば洩矢は下の名が無かったな、と思う。
洩矢自身に聞くと、八坂神は神霊であり、元となった霊の名前があるからなのだそうだ。
その説明をした途端、八坂神──もう神奈子でいいや──は洩矢に勝ち誇った顔をし、洩矢の顔を歪ませる。
案外子供っぽい面もあるんだな……
「むぅー! 師範! ……じゃなくて、ニコルなんちゃらなんだっけ? 私にふさわしい名前、何か無い!?」
「おいおい、そういう事はノリで決める事じゃないだろ」
俺の忠告にも洩矢は耳を傾けもしない。
「いいんだよ、これからは神奈子のやつが表に立つんだから!」
「おい、いきなり私を呼び捨てか」
「なに? これからずっと私に"八坂神様"って呼ばれたい?」
「……いや、いい。鳥肌が立つわ」
からかわれていたのもそうだが、どうやら口では神奈子より洩矢の方が強いらしい。
しかし、洩矢にふさわしい名前か……ネーミングに自信はないんだが……
「そうだな根拠地の湖からとって、"諏訪子"とかどうだ?」
「うーん、ちょっと安直だけど、まあいっか! 今日から私は洩矢諏訪子だ!」
そして洩矢……諏訪子は、神奈子に対してニヤリと笑う。
今まで同格の存在がいなかったせいだろうけど、すごい張り合ってるなぁ。
勝者敗者に分かれはしたが、神奈子は諏訪子をそう簡単に切り捨てられない。
お互いに張り合ってるようだし、存外二柱は良い関係になれそうだ。
俺がそんな思いでほのぼのしていると、二柱が居住まいを正してこちらを向いた。
「どうした?」
俺が問うと、二柱は視線を交わして代表して神奈子が口を開いた。
「これまでの話は前座だ。最も重要なのは……これからのお前の扱いだ」
神奈子の言葉に諏訪子もウンウンと頷いた。
これから永遠衆は廃止され、守矢に名を変えた諏訪子とともに神奈子が国の舵取りを行う。
しかしそこに、明らかに強そうな龍が居たらどうなるか?
これぞ洩矢の怒りではないかなど無責任な噂も出るだろうし、異端信仰・反乱の拠り所など碌なことにはならないだろうとのことだ。
「お前に負けた私が言う事ではないかもしれないが……お前は、この国を出た方がいいと私は思う」
無用な面倒事に巻き込まれるのは本意ではないだろう、と神奈子は言うが、俺もそれなりにこの国で暮らして愛着はある。
俺の存在が不安定要因となるなら、離れるのが無難だろうか……
それに洩矢との契約の目的だった本体の復活も叶ったし、永遠衆が廃止されるならこの国での俺のできることは少ない。
いや、俺が人目に触れることで起きる不利益の方が大きいだろう。
「師範……貴方は裏方だったけど、実質もう一人のこの国の王だった。それなのにこんな事言うのは嫌だけど……」
辛そうに口を言葉を紡ごうとする諏訪子の口に指を爪が当たらないように当てて続けるのを封じる。
それ以上は言わなくていい、そんな気持ちを込めて。
「……分かった! 身体も取り戻したことだし、俺は出ていこう!」
空元気でもいいから明るく聞こえるように声を出す。
だから、そんなに辛そうな顔をしないで欲しかった。
諏訪子の、いや神奈子の国を出て、俺はまた家無しドラゴンに戻った。
いや、龍師範の頃も明確に家があったかって言えば違うけど。
身体を取り戻して自由に動けるようになった今だからやらなければいけないこともある。
新アモンケットにあった《不滅の満月》の捜索だ。
あれは相当頑丈なアーティファクトだから壊れていないとは思う*1が、できれば目の届くところに置いておきたい。
その後は……どうしようか。
これまでの経験で、受け身になっては上手くいかないということが身に沁みて分かった。
そう、これからは積極的に生きる! 俺はデキるドラゴンだ!
お手本になるのはやっぱりゲートウォッチ達も最初は居心地よすぎて困惑したアモンケットにすべきだな。
どうやらこの地では中央集権化が進んでいるらしいから、権力者と癒着できれば大っぴらにやれることも増えるだろう。
まんまアモンケットにしたら、造反者*2が出てゲートウォッチに告げ口しちゃうから注意しないとな!
これからの未来への展望を考えつつ、俺は翼をはためかせた。
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歪む歴史
第十話 企む邪と龍
《不滅の満月》の捜索は思った以上に難航した。
諏訪子との話で、新アモンケットや永琳の住んでいた都市の話なんて聞いたこともないと言うから、時代がだいぶ下って統治者がいなくなった両都市は忘れ去られたのだと思っていたのだが、自由に動けるようになった身体で都市の残骸を探しても欠片も見当たらないことからして当時の爆発の余波で破壊されてしまったのかもしれない。
埋もれているなら掘り出せばいいが、何処を掘り返せばいいかすらわからないのは困る。
何か頼りになる情報を得るため、俺は其処ら中で長生きしている奴の所に行って話を聞いた。
とはいえ、永琳たちに遠く及ばない技術レベルになったこの時代、人間の平均寿命は短い。
そこで、長い時を経てなお生きている妖怪たちに目を付けた。
まだ本調子ではないのか、それとも長い間精神だけで生きてきて癖になったのか、俺はある程度の時間なら本体から精神だけで抜け出て動き回ることが出来るようになっていた。
これを使って人里で昔からいる妖怪の噂を集めて回り、夜にその妖怪の
そんな事を繰り返すうちに、どうやら何者かがそれらしき物を掘り返して運んでいった、と言う話が得られた。
ずいぶん昔の話らしく、興味もない物だったが、巨大な物を必死に運んでいたことを覚えていたそうだ。
その妖怪には礼をして*1すぐにお暇し、似たようなことを見た覚えがないか・聞いた覚えはないかと周辺で情報を集めていく。
その結果、いつのまにか俺は海に面した沿岸地域までやってきていた。
「龍神さま、この集落には碌なものはございませぬ。どうかこの老体一つでお許しください……」
「そんなことはどうでもいい! この辺りから、光を放つ巨大な円盤状の物を運んだ話は残っていないか!?」
なぜか集落の老人に生贄志願に来られたが、そんな事より話が聞きたい!
俺の必死な声に老人はポカンとしていたが、年の功なのか、今まであった妖怪達よりよほどはっきりとした声で受け答えをした。
「……生憎ですが、そのような話は寡聞にして聞いた覚えがございません」
「そうか……」
クソッ、陸路ならともかく海路で運ばれたんじゃ何処に着いたか分かりようがない。
あれは元となったアーティファクトをさらに改造したものだから、もう一度出しても意味が無いんだ。
失意に沈む俺に、老人はおどおどしながら話しかけてくる。
「ご期待に沿えず申し訳ございません。……かくなる上はこの老体を」
「いや、いいから」
老人の提案に断りを入れて、俺は思案する。
どうしたものか、ここから沿岸の寄港地になりそうな所をしらみつぶしにするか?
いや、もし遠洋に出られていれば意味がない、どうすれば……
「ならば御身のお出ましを祝い、集落で祭りを開かせます。この集落自慢の"海の月"をご覧になって御心をお慰めください」
めげずに話しかけてくる老人。
俺の姿が怖いのは分かるが……海の月? たしかに
せめてエチゼンクラゲ並みじゃないと。
そう言って俺が断ろうとした時、老人は聞き捨てならないことを言った。
「"海の月"はこの村の名物でしてな、夜になると沖合の海に月齢を問わず満ちた月が映るのです!」
「それだ──ー!!」
思わず大声を出してしまい、驚いた老人がそのまま失神する。
申し訳ないが、そんな事よりその"海の月"だ!
ここに昔から住んでいる老人にはいつもの風景なのかもしれないが、そんなことは普通はありえない。
月齢に関わらず水面に満月が浮かぶなら、それは水面下で何かが光っているのだ。
《不滅の満月》あったじゃん! っていうか沈んでるじゃん!?
何処の誰かは知らないが、《不滅の満月》を運んでいった奴らは船に乗せて行って、見事に沈んだようだな。
それなら呼吸の必要が無い永遠衆達に引き上げさせれば何とかなる!
希望が見えて落ち着いた俺は、とりあえず気を失った老人を介抱することにした。
引き揚げ作業は水中で動きやすい姿をしている《ナーガの永遠衆》や《呪文織りの永遠衆》*2、《ラゾテプのビヒモス》*3などで行った。
対象が光っているので見つけるのはそれほど手間ではなかったが、沖合のかなり潮の変わりやすい場所にあったため、作業には時間がかかった。
それでも休みなしに動ける永遠衆のおかげで人力でやるよりよっぽど早く引き上げは終わったんだが、情報集めで方々に奔走したのも合わせると半世紀以上経ってるのに気付き愕然とする。
「どうしました? お風邪でも召しましたか?」
そんな俺に、これっぽっちも心のこもっていない言葉をかけてくる女性。
青い髪を∞の形に結い、変わった形の
大陸にある国からこの国へとやってきたという自称・仙人だ。
「お前、俺が風邪ひくなんて思ってもないだろうに」
「あら? 私はいつも御身を心配しておりますよ、ウフフ」
殊勝なことを言っているが、ニヤケた顔を見れば言葉だけであるのは明白だ。
この女、会った時から慇懃な態度を崩していないが、言葉の節々に毒があるので不審に思い、《結束の限界》*4で聞き出したら案の定だった。
本人は悪意というつもりはないのかもしれないが、強い者が好き、だけど強い者が破滅するのを見るのも好き、となれば気を許すことは難しい。
毒婦という言葉がこれ以上ないほど似合う存在で、俺はその食指に触れてしまったようだ。
ある日、「龍神の噂を聞いてやってきました」と言って、沿岸に構えた拠点に押し掛けたかと思えば、それからずっと居座っている。
関係は……気を許せないが、利用しあう仲、ともいえる。
「目的の物が引き揚げられた……つまり、ついに
「ああ、最初の直接接触はお前の仕事だ。俺も精神で付いて行くが、出会いがしらに斬られたら運が悪かったと思え」
「あらら、随分薄情ですねぇ。私、これでもか弱い女なのですが」
「抜かせ」
この女なら敵対しそうなら口八丁で何とかやって、俺に罪をかぶせるくらいしてもおかしくない。
だが、こいつの能力はこの任務にぴったりなのだ。
『壁をすり抜けられる程度の能力』。
この能力を使えば、たとえ都の朝廷の警備と言えどザル同然である。
それに、永遠衆達ではどうしても最初に嫌悪感が来るかもしれんしな。
権力者に繋ぎを取るこの計画では、やはり頭に話を通してトップダウンで進めたい。
「……さぁ乗れ、音に聞こえた権力者。
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第十一話 聖人との密談
良ければご回答お願いします。
この国の王の血族であり、政治家として統治の多くを差配する権力者。
その力量は確かで、この国の中央集権化を強く推し進めている勢力の中心だ。
そして青娥の調べが確かなら──────いつかは死ぬ人間の運命に不満を持っている。
この悪趣味な仙人がどんな方法でそれを調べ上げたのかは知りたくもないが、この情報は俺が動くのを決めるに足る情報だった。
これほどに
もちろん、最初からそこまでできるとは思っていない。
しかし俺には永い寿命を持つ
まず、最初の数回の接触は当然警戒されるだろうから、敵意がないのを示す事だけを目標とする。
そして何度か貢物(賄賂ともいう)を贈って敵意を和らげてから、初めて話をする所まで行けるだろう。
なんならもっと時間をかけても構わない。
豊聡耳神子の権勢は上り調子で、年齢からしても立場からしても権力の座から引くまでには時間があるはずだ。
権勢が続く間になんとかして話を通す。
そして最初は徐々に、ゆくゆくは引き返せないズブズブの関係にしてしまえばいい。
こちとら金や権力は求めていないんだ、そのぶん相手に大きなメリットを用意する。
互いに同じ利益という名の車を回す両輪だと分かれば、切り離すのは難しくなるに違いない。
「あらあら、悪いお顔になっていますわよ?」
(……顔など見えていないだろうが。黙って進め)
気の抜けた……というか最初から緊張などしていない青娥がからかいの言葉を投げかけてくるが、相手をしても喜ぶだけなので会話を断ち切る。
俺は今回精神体での同行となっているので、例え喋っても只の人には声も聞こえなければ居る事すら感じられない。
壁もすり抜けられるんだから俺だけでいいんじゃないか、そう上手くは話は行かない。
接触する相手は神子と呼ばれているが神奈子や諏訪子のような神でもなければ、青娥のような仙人でもない。
青娥の話では俺の精神体の声は何らかの超常的感覚が無ければ聞こえないとのことで、実際それは俺自身も確かめている。
つまり一方的な接触にならないためにも青娥の存在は必要なのだ……とても残念なことに。
彼女が妙な形の
空けた穴はいつの間にか消えて塞がっているので、見回りの者が穴を見つけることもできない。
まさに不法侵入のためにあるような能力である。
「どうやら、この壁の先のようですね」
そう青娥が手元の見取り図を見ながら言う。
……仮にも王族の邸宅の見取り図をどうやって手に入れたのかは気になるが、聞いたら絶対に後悔しそうなので聞かない。
そして彼女が簪で壁に穴をあけると──────
──────夜着を着た女性が剣を抜いてこちらへ向けていた。
「おやおや、私の寝所に忍び込む不届き者がどんな顔をしているかと思いきや、まさか女性だとは」
剣を構えた女性はそう言い、警戒しながらも余裕のある風情で口を開いた。
私の寝所、ということは彼女が豊聡耳神子か。
青娥も自分たちが気取られていたことに驚いていたが、気を取り直して言葉を紡ぐ。
「お気付きとは、流石は音に聞こえし聖徳王様。感服しましてございます」
「殊勝な物言いだが、寝所に入り込んで言う事ではないな?」
青娥お得意の世辞に対しても一欠片の気の緩みもない、これが王の下で位人臣を極めたる者の在り様というものか。
警戒は確かにあるが、外の警備を呼んでも青娥をここで仕留められないことも分かっているのだろう。
そして、相対している青娥では己に傷をつけることはできないという自負。
先程まで軽口をたたいていた青娥が冷や汗を垂らしていることを考えると、それほど的外れでもあるまい。
噂は何度も聞いていたが、これほどの傑物とは思わなかったな。
「
「待て」
すぐさま撤退に移ろうとする青娥を、豊聡耳は引き留めた。
しかし、その顔に先程までの敵意は無く、むしろ面白い玩具を得た子供のような笑みを浮かべている。
「その様子だと、また来るつもりだろう。なら話したいことは言っていきなさい。それに──────まだ紹介するべき者がいるはずだが?」
(ッ!?)
豊聡耳の言葉で思わず俺はビクリとしてしまう。
彼女は人間としては優れているが特殊な能力は持っていないと思っていたのだが、誤りだったのか……
(……まさか気付かれるとは思わなかったな)
「ふふふ、私の
青娥め、こんな重要な事を調べ損ねるとは……やはり全面的にあてにしてはいかんな。
そう思った俺に対して豊聡耳は、「彼女を責めてやるな。人は自分より優れた者を表現しにくいものさ」と付け加える。
超人的な洞察力、そして驕り高ぶった言い方なのに嫌味にすら感じられないカリスマ性。
依存させるような関係になろうとしていたが、この傑物相手には俺では分が悪い。
最低限、俺にメリットがある形で話が通せれば御の字だな、と考えを変え、改めて挨拶をする。
(改めて、俺はニコル・ボーラス。エルダードラゴンだ。ここに来るには身体が大きすぎるのでな、精神だけで失礼する)
豊聡耳は俺の自己紹介に「えるだぁ……?」と少し小首を傾げ、「よくわからんが
青娥が間髪入れずに「ぼぉらす様は龍の化生にございます」と言うと、「龍か、瑞兆*1だな」とウンウン頷いた。
俺としては瑞兆と言われるとモヤモヤするのだが、この国ではその方が通りがいい。
否定するほどの不満があるわけではないのだが……つい、毎回訂正したくなってしまう。
俺の気持ち────欲が伝わったのか、豊聡耳はクスクス笑いながら「随分と人間臭い龍のようだね」と言った。
「さて、ではお話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
青娥が豊聡耳に問いかけると、彼女は尊大に、しかしよく似合った風に頷く。
「聞かせてもらおうか、君たちの企みを。ただし、愚にもつかない話なら私の耳は貸せないぞ?」
俺たちの計画はこうだ。
権力者たちは青娥の勧める道教を信仰し、超人的な力を得るとともに仙人となって不老になる。
俺の能力で都で出た死者たちを労働力として使役し、生産性を高める。
今まで単純労働についていた者たちは武や智の研鑽に努め、死後、自らの身体が子孫の助けになることを誉れとするよう誘導する。
民がいらぬ知恵と武力を得て蜂起する危険を考えるかもしれないが、その段階に行く前に労働力である俺の使役する死者が行き渡るのが先なので、簡単に鎮圧できる。
もちろんアモンケットのように積極的に死者を出すことを強要したりはしない、あくまでも生き抜いた後での死者の遺体を利用する形だ。
豊聡耳には大きなメリットを出した形だが、彼女の顔は渋かった。
「権力者だけが仙人として不老を得るのは良い、だが神道の教えが主流の今、死とは穢れだ。生活が楽になると言えど、簡単に受け入れられるとは思えん」
もっともな意見だったが、豊聡耳自身、この計画を馬鹿らしいと切って捨てなかった事から魅力は感じられたとみていいだろう。
なんとか妥協点を探さねば、と考えたところで青娥が口を出す。
「ならば民には神道に仏教を混ぜて教えを広めればどうです? 仏教では死とは次の生の始まり。魂は彼岸へ赴き、此岸に残された身体は朽ちず子孫のため働き続けるのだ、とすれば」
「なるほど……ならば、黄泉平坂の岩戸を開き伊邪那美神と和解した、と言って神道派を懐柔するのもありだな」
(……)
実際仙人化以外をやるのは俺なのだが、二人の頭の回転が速すぎて追いつけない。
早々と豊聡耳に俺に兵力を向けない限り、永遠衆の指揮権を貸すという条件を付けられた他はほとんど話に入れなかった。
三つ子の魂百までというが、やはりどれだけ生きても俺は凡人だなぁ、落ち込むわぁ……
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第十二話 骸伝永年不朽法、施行
カードゲーム感バリバリの『エルフデッキと戦場暮らし』も面白いから読んでね!(ダイレクトマーケティング)
豊聡耳神子との初対面は思った以上に良好な結果で終わり、その後も幾度か彼女と密談の場を設けた。
俺はできないことを述べるくらいで豊聡耳と青娥の
彼女の"耳"は余程いいのか、俺の気が逸れ始めるとすぐに気付く。
俺が"協力者"として相応しくなるようにするためだ、と言われると断ることもできず、小難しい心構えや偉そうな言動の意味などを懇々と説かれることになった。
そうそう、何度目かの密談から新たに加わった者が2人。
1人は銀髪の小柄な少女、
もう1人は薄緑色の髪をした女性、
両者共に豊聡耳の信頼厚い人物であり、今回の計画について知るに値する者達だと紹介された。
詳しい立場を聞いてみたところ、なんと2人は廃仏派の物部氏と親仏派の蘇我氏、それぞれの氏族の姫なのだという。
敵対する勢力の重要人物同士が裏でつながっていて、しかも全く別の道教を信奉して不老を目指している……まさに複雑怪奇、魑魅魍魎の世界だな……
彼女ら2人は豊聡耳ほど超常的な感覚は持ち合わせていないようで、俺の声を聞き取ることはできなかった。
ただ物部の方は"地脈や気の流れ"についての知識に明るいらしく、俺の精神体がいる所が「不自然に陰の気が強い」と存在を朧気にだが感知しているようである。
「陰の気」というのは例によって黒マナの事だろうな。
本体に繋がってるだけでマナを余所から使う必要のあった龍師範時代と違って、今の精神体は本体からマナを引っ張ってこれる。
それ故に黒マナの比率が高くて不自然に感じられるのだろう。
こういう判別法もあるのなら、精神体だからって過信しすぎることはできない。
あんまり調子に乗って多用しすぎるとエライ目に遭いそうだ。
「太子様、本当にコイツ……ら、を信用していいんですか?」
疑問を呈したのは蘇我の姫、屠自古。
まあ妥当な話ではある。
彼女からは俺の存在も全く感じ取れないので、計画の話を彼女らにしているのは胡散臭さ満点の青娥だ。
少しでも豊聡耳を案じる心があるなら疑ってしかるべきだろう、俺も同じ立場なら疑う*1。
そんな彼女の言葉にもう1人の姫、布都が異議を唱える。
「なんじゃ屠自古、こやつらを信じた太子様を疑うというのか! 青娥殿も仙人として腕は確か。理由なく疑うのは失礼であろう」
こちらの言い分は人を見る目の確かな豊聡耳の意見への信頼、という名の考えの放棄である。
実際に豊聡耳が有能過ぎるからこそ正論になるのだが……後半については素直過ぎて少し心配になってくる。
もうちょっと疑ってもいいと思うよ?
「屠自古、布都。彼らの欲を私の"耳"は聞いた。利益を得ようとする心が無いとは言わないが、騙りは無い。それに故無い者に無私の奉仕を求めているわけではないからね」
豊聡耳の言葉に不満気ながら言葉を呑み込む屠自古と、なぜか自慢げに胸を張る布都。
対照的で敵対する勢力に属する者同士の2人だが、その立場からは意外なほどに仲が良い。
2人の相性がいいのもあるだろうが、やはり豊聡耳に心酔する者同士というのが大きいのだろうな。
布都は素直過ぎるが、屠自古が歯止め役になって上手く回っているように見える。
そんな気はないが、豊聡耳を裏切ったら地の底まで追いかけてきそうだ、くわばらくわばら。
(では明日、ついに決行ということでいいのか?)
「ああ、根回しも済んだ。あとは君と私がどれだけ衝撃を与えられるかでやり易さが変わってくる。ここまで私の教えを受けたんだ、できないとは言わせないよ?」
(……楽な仕事というのはどこにもないものだな)
最後の密談を終え、帰る間際の会話でも容赦なく発破をかけてくる豊聡耳。
最初は、表向きは吉兆の珍獣枠で入り込んでもいいかなと思ってたんだが、そんな話は跡形もなくなってしまった。
威厳のある態度というのを衆目にわかるよう示さねばならないのは気が重いが、これが上手くいけば中央の権力構造に大きく食い込めるのも事実。
ハァ……仕方がないと割り切るしかないか……
「ぼぉらす様、御一緒には行けませんが成功をお祈りしております。頑張って下さいまし」
ニコニコしながら青娥が激励してくるが、これは面白がってる顔だ。
くそぅ、青娥の奴め、自分が完全に裏方だからって煽ってきやがる。
上層部の一握りだけが『選ばれて』不老になるという筋書きなので、青娥の存在は秘さねばならない。
俺だってドラゴンボディがあんなに大きくなけりゃそっちがよかったよ……
「むむ! よく分からぬが、ぼぉらす殿こそ計画の要。この布都も応援しておりますぞ!」
「あー……姿も見えねー奴にこういうこと言うのも変な感じだが、アンタには太子様も期待してるんだ。せいぜい頑張りな」
ああ、布都と屠自古の激励が心に沁みる。
一緒に行動しているこの性格ひん曲がった邪仙とはえらい違いだ*2。
さあ、早く帰って明日に備えなくちゃいけないな。
明日には、この国の歴史が大きく変わるのだから。
陽も沈みかけ、空が紅く染まる刻限に、都の朝廷では内裏の大きな庭で式典の準備が調っていた。
今朝の朝議にて、時の権力者である豊聡耳神子が「黄泉の神より託宣を受けた」と言い放ち、「夕の刻限に龍神がやってくる」と告げたからだ。
位の低いものの言葉ならば笑い話にもなろうが、豊聡耳神子ほどの者の言葉となれば何かしらの行動はせねばならない。
半信半疑より些か疑の勝つ話ではあったが、朝廷の警備含め、権力者の怒りを買いたくない者達は「どうせ形だけだ」と式典の用意をした。
普段は何日も、あるいは何週間もかけて行事の準備をするところを、たった半日弱で用意をしたので朝廷は今日一日上へ下への大騒ぎだった。
陽が沈み、夜になれば太子様の気も済むだろうと考えていた者たちの眼に、太陽の方角の空に浮かぶ影が映る。
影はみるみるうちに大きくなっていき、立派な翼と双角を持った異形の龍が自分たちの前に降りてきた。
本気にしていなかった者たちが腰を抜かし、警備の武官ですら圧倒されて何もできない中、豊聡耳神子が前へと進み出る。
「龍神よ、御身を歓迎する」
太子の声は涼やかで、恐れを欠片も感じさせなかった。
次の瞬間には異形の龍によって太子が害されるのではと周りは怯えていたが、龍は思ったよりも落ち着いた、深みのある声で応えた。
「豊聡耳神子よ、黄泉の女神は其方を祝福する。神徳において死者は其方にひれ伏すだろう」
その言葉とともに、何処からか青い光沢を放つ鎧を全身に着た死人が現れ、次々と太子の前に跪く。
この段になって、太子の言葉を疑っていた者達は己の不明を恥じ、人よりはるかに優れていた太子が名実ともに一つ階梯を上がったのだと感じた。
跪く死人達を前に頷いた太子は、後ろにいる大勢の者達へ向け声を上げた。
「聞け! 我に与えられし神徳により死者はこれより生者とともに歩む
その言葉を瞬時に理解できたものはいなかっただろう。
しかしその場にいた誰もが、新たな時代の訪れを肌で感じていた。
後の世に『
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第十三話 変わる歴史
豊聡耳と俺がグルになってやった壮大な茶番劇は一応の成功を収め、俺は黄泉の龍神(大嘘)として都に迎え入れられた。
各所にこの大事件を伝えるために文官たちは上へ下への大騒ぎ、武官たちもまた他人事ではなく、龍神来訪によって起きつつある都の騒ぎを鎮めるために衛士たちの応援に駆り出された。
俺のやることと言えば、豊聡耳の言葉に重々しく頷いたり、虚勢で強気な態度を見せようとした者を威圧したりするくらいだったが、朝廷の上層部では緊急朝議が開かれ侃々諤々の論争となっていたらしい。
最も大きな争点は、"
現世に降臨した神、それも黄泉の女神の配下ということは国生みの女神に仕える神ということ。
対してこの国の王は、その女神の夫である男神が彼女と訣別した後に生み出した三貴神の一人、太陽の女神の末裔である。
豊聡耳とのやりとりから王族に含むものはないと見て取れるものの、黄泉の神が王族の下に置かれて耐えられるだろうか。
しかして至尊の座にある王の上に龍神を置くとなれば、この国の統治そのものが揺らぐ。
夜が明けるほどの長い論戦の末、朝廷は『受け入れつつ、隔離する』という玉虫色の回答を出すに至った。
すなわち、『都から北東に龍神を祀る
勅は王族である豊聡耳を介して俺に伝えられたが、予定地はいまだ原野で工事にはこれから取り掛かるとのこと。
"それまでは宮廷にてゆるりと休まれよ"なんて言われたが、冗談じゃない。
ここの庭先を借りるのも、宮廷の噂雀どもの視線を集めるのもご免だ。
北東に腕をかざし、ここらの土地のマナを借りて都から少し離れたところに《王神の玉座》*1を出現させる。
土台部分はともかく上ににょっきり伸びた二本角の飾りは宮廷からでも見えるほど巨大で、官吏たちからどよめきが起きるが、俺がそれっぽく"相応しく整えさせてもらった"と言うと、感嘆の声に変わる。
……やった後で思ったけど、これ予定になかったよね、大丈夫?
恐る恐る豊聡耳に視線で問いかけると、むしろ"よくやった! "と言わんばかりにニッコニコだったので胸を撫で下ろす。
その後は、適当に話を合わせて"豊聡耳の味方するよー、でも王様まで押し上げるつもりは無いよー"って感じの内容を回りくどく伝え、恭しく礼をする豊聡耳と官吏の前から飛び立った。
大きく翼を広げて宮廷の上空を何周かしてから先程《王神の玉座》を出した場所へ向かったが……はっきり言って、疲れた。
会話のやり取りなども事前の帝王学講座で叩き込まれたが、何分付け焼刃で演技指導に近いありさまだったので、長時間するのはどうにも気分的に肩が凝る。
まあでも、顔見せが終われば今後は『祝福を受けた豊聡耳のみが拝謁する』という建前で他の奴らとやり取りしなくてよくなるらしいので、必要な苦労だったと思おう。
居住場所の指定をされたこと以外は、ほぼほぼ想定の範疇。
これから豊聡耳による反対派や様子見の中立派の切り崩しを待って"死者の労働力"を導入、依存度を高めて多数派となればもう誰にも止められない。
クックックッ……この国には俺の力で安定して繁栄してもらう……
─────────だからゲートウォッチやウギンが来たら、代わりに命乞いしてくれよな!
俺が《王神の玉座》に居を構えてしばらく。
周りには天幕などが張られ、急ピッチで建物が建設されている。
豊聡耳の接触待ちになった俺は、とりあえずこれから必要となる"死者の労働力"の頭数を揃えるために動き出した。
幸い、都の近辺の神はほとんどが神奈子のような"神霊"で、俺がマナを使うことを妨げる"土地神"や"土着神"はいない。
それにここらは諏訪と違って白マナを生み出す土地もあったので、新たに永遠衆とは別系統のゾンビを出してみることにした。
《仕える者たち》。
アモンケットで単純労働から農作業、鍛錬の相手や身の回りの世話までこなしていたミイラたち。
白い包帯で全身グルグル巻きだから髑髏のインパクトが強い永遠衆より印象が柔らかいし、マナカラーも白なので穢れも多少は薄いんじゃないか?
何より一度で複数体出るのが嬉しい、一体ずつ出すのは数を揃えるには効率が悪いからな。
そしてもう一つ新たな試みをしてみることにした。
それには《不朽処理者の道具》というアーティファクトが関わっている。
このアーティファクトは『墓地で発動するクリーチャーの能力』*2を使う時のコストを軽減する効果があるのだが、むしろ今回注目したのはこの道具のストーリーでの役割だ。
アモンケットで使われたこの道具は、《仕える者たち》のようなミイラが遺体を不朽処理して自分と同じ働くミイラとするためのものである。
ゲーム上ではコストを軽減するくらいの能力しかなかったが、ストーリー的に考えるならば、これを使わせれば勝手にミイラを増やしてくれるんじゃないか、というのが狙いだ。
いきなり人間の遺体で試すのもアレなので、俺の食事用と称して献上して貰った鹿でまず試してみることにした。
結果は成功、包帯で巻かれた鹿ミイラが生まれた……まぁこれに関してはゾンビ・猫トークンとかもいたし失敗するとは思ってなかったが。
何はともあれ、これで遺体さえあればミイラを俺の手を経ずに増やすことも可能になったわけだ。
国が発展していけば寿命以外の死亡も減って平均寿命も延びるだろうが……それまでに十分な数のゾンビたちは得られる見通し(豊聡耳予測)だ。
まさに濡れ手で粟、俺もその分のマナを他に回せるようになるし、笑いが止まらないなぁ!
……おっと、豊聡耳直伝帝王学曰く『驕れる者は高転びに転ぶ』だったか、地盤を固めるまでは堅実に行かねば。
ニコル・ボーラスの最期的にも、シャレにならないしな……
周りの建物を含めた俺の住居、通称"龍洞御所"も結構できてきた頃、豊聡耳がやって来た。
遺体の入手はまだできなかったのでマナで色んな永遠衆やミイラを出したり、《王神の玉座》の近くに《不滅の満月》を設置したり
「久しいな豊聡耳、少し遅かったのではないか?」
俺の文句に、豊聡耳は恭しく跪きながらも余裕綽々に返す。
「一見無駄に見える時間を置くというのも、大局を見据えれば必要な事さ。おかげでもう労働力としての受け入れは限定的には許可が下りたよ」
「ほう……流石の辣腕だな」
許可が下りたということは中立派をほぼ取り込んだか反対派が切り崩せたという事、どちらにしても、具体的な成果や実績もなしに簡単に行えるものではない。
「権力者もまた人間、元来臆病なものだ。しかし君が今まで大人しくしていたという事実が臆病さを眠らせ、現世利益という欲が彼らを揺り動かす。後はその方向性を導くだけだったよ」
流石は『十人の話を同時に聞くことが出来る程度の能力』の持ち主、欲の声を聞き、その者の本質を見据える超人的な洞察力の主は思考誘導も得意らしい。
良いなぁ、俺もボーラス様みたいな《ドミナリア*4最古の悪》とか《マジック界における究極の悪の黒幕》みたいな二つ名に見合う知性が欲しいもんだ。
「しかし、中には聞く耳を持たんという奴らも居るだろうに、よくやったものだ」
「そちらはもっと簡単だったよ。強硬な反対派は物部氏だったのでね。布都の情報が役に立った」
そうか、豊聡耳は布都姫と屠自古姫を通して朝廷の二大勢力である物部氏と蘇我氏の中枢にパイプがあるんだ。
これじゃあどちらも手を打とうにも全てのタネが割れてるようなもんじゃないか、えげつない……
「そうか……で、これからどうする?」
「まずは下層の貧民へのテコ入れからだね。そこの待遇が明らかに良くなれば、羨ましい上は否応なしに引きずられていく」
底辺が恵まれれば、上も同じように恵まれなければ納得できなくなるという事か、なるほど理に適っている。
そして贅沢や楽したことは習慣になりやすい、一度味わえば苦しい暮らしには戻れまい。
それが最初は悪印象だったとしても、底辺は生きていくことの方が大事だから受け入れるだろう。
そこまで考えられた策か……味方だと頼もしい限りだ。
「そうそう、これで君との謁見もそれなりにできるようになるから、次から帝王学の講義を再開することにしよう。研がねば鈍るのは当然の事だからね」
えぇ……あれで終わりじゃなかったのか……
いつになったら楽ができるのやら…………
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第十四話 龍神の神馬
東方鬼形獣は未プレイなので、設定練るための情報収集で知ってびっくりした。
どんな世界でも富める者たちがいればその陰に貧する者たちがいる。
衣食足りて礼節を知ると言うように、足りぬ者は生きるための手段など選べないのだ。
その弱みにつけこむように『冥田収受制』という制度が施行された。
《仕える者たち》によって既に開墾された田畑を条件付きではあるが、一代限り無償で与える制度。
与えられる土地は野生の獣や妖怪の蔓延る都の外だが、冥府の戦士たちによる警備が昼夜を問わず行われる。
田畑を開墾した《仕える者たち》はそのまま労働力として農作を補助してくれ、人口が増えれば増員も認められるという。
制度による土地の授受を受けるための条件は『死後、子孫の為に働く事に同意する』こと。
明日の見えぬ生活をしていた貧民たちは、訝しみながらもこの制度に飛びついた。
折りしも、衛士たちに従う形で冥府の戦士たちが都の警備と治安維持の強化を行ったことで、追剥ぎや窃盗ができなくなったことも追い風であった。
こうして貧民の救済をお題目にして死者の労働力の導入は始まったのである。
「────という訳で、下層民の間での死者の労働力の普及は順調だね。初回の収穫が終われば、領地を持つ豪族たちも座視できなくなるほどに」
今日も今日とて謁見に来た豊聡耳の報告を聞く。
《仕える者たち》の増員を急かされたから何かと思えば、そんなことまでしてたのか。
しかも、貧困層の最後の逃げ道である犯罪を治安強化で潰して行うあたり、流石えげつない。
そこまで齢を食ってるようには見えないが、ここら辺はやはり統治者としての経験が違うのだろう。
「そうか。……だが、武力としての永遠衆はあまり普及していないな? 戦力としては優秀だと思うのだが」
「そちらは生者の武官との兼ね合いがあるからね。なに、不満を爆発させた豪族の叛乱の一つも潰せば遅れは取り戻せる」
叛乱の鎮圧か……確かに圧倒的な戦果を叩き出せれば、武断的な者たちも口をつぐむな。
あとは指揮統率する者として生者を戦力化すれば、住み分けができて問題も少なくなるだろう。
無論、《戦慄衆の将軍、リリアナ》*1のように全権を委ねたりは絶対しないが。
「だが、そんなに都合よく叛乱など起きるか?」
「その時は布都が物部を煽る。死者の穢れに強い懸念を抱いている彼らはすぐに暴発するだろうさ」
……で、叛乱自体は布都から情報が洩れてるから簡単に鎮圧可能、と。
黒い、びっくりするほど真っ黒だ、人当たりの良い笑顔が薄ら寒く見えるくらいに。
「ハァ……分かった。万事恙なしという事だな」
「ああそれと、今日は別件で少し頼みごとがあるんだ」
「頼みごと?」
前にゾンビの増産を頼まれた時はかき集めたマナをやりくりして昼夜問わず創り出して結構大変だったんだが。
思わず身構えると、豊聡耳は一旦謁見の間から出て、一頭の馬を連れて戻って来た。
ドラゴンの俺からすれば小さいが、この国の馬にしては立派な体躯の黒毛の馬、四つ足の根元だけ靴下のように白くなっているのが特徴と言えば特徴か。
「その馬は?」
「君が大人しくしているから、侮る声も少なからずあってね。ここいらで君の力を穏便に見せつけておきたいと思ったのさ」
「話が見えんな。それとその馬に何の関係がある?」
「この馬は王の命で国の各地から献上された馬の一頭、そして私が龍神の加護ある神馬だと宣言した。それに相応しい箔を君が付ければ、元々私に名声がある分、君へ賛美の声が流れるというものだろう?」
ほほう、つまりこの馬は俺の加護を示す広告塔という訳か。
ならば何かしら目に見えて分かる派手さがあった方がいいな。
純粋な強化より、目に見える異能とかがいい、そう……例えば飛行、空を飛ぶとか。
飛行を与えるエンチャント、と考えた時、昔の思い出が脳裏をよぎり胸がチクリと痛む。
アレの方がマナコストが軽いが、思い出を大切にしたいという感傷的な気持ちに従い、土地のマナと自身の保有マナの大部分を注ぎ込む。
「《古老の熟達》*2」
《古老の熟達》は名前からでは察しづらいが、まさにボーラスの加護と言うべき呪文だ。
原語では『Elder Mastery』、エルダー(Elder)ドラゴンであるニコル・ボーラスの支配下(Mastery)に入り、力の一部を授けられた様子を表す。
効果も受けた者を劣化ボーラスといった感じの存在にするもので、今更だが普通の馬にはちょっとやりすぎかもしれない。
赤と黒と青、グリクシスカラー*3のもやが黒馬へと吸い込まれていく。
馬は本来臆病な生き物と聞いたことがあるが、この馬は豊聡耳を信頼しているのか身を震わせながらも力の奔流にじっと耐えている。
もやが完全に黒馬を包み込み、それが消え去ると、馬の背には俺と同じドラゴンの翼が付いていた。
ウギンみたいな鳥っぽい翼ならペガサスといっていい姿なんだが、ボーラスと同じコウモリみたいな皮膜の翼だとむしろキメラっぽいな……
呪文をかけられた当人……当馬? に失礼なことを考えていると、豊聡耳がせっかくだから試し乗りをしてみるという。
彼女が乗ろうとすると黒馬は翼を畳んで乗りやすいよう足を折って座る、すごい賢いな!
騎乗した豊聡耳が手綱を持つと黒馬は翼をはためかせ、宙に道があるかのように軽やかに空を駆けた。
調子がノッてきたのか徐々にスピードは上がっていき、空の上をまるで流星の如く走る一人と一頭は東の空へ消えていった……
──────3日後、やっと帰って来た豊聡耳は溜まった政務に奔走することになったが、"国一番の霊峰を飛び越えて来た"と終始ご機嫌だった。
よく落ちなかったもんだ。
六四さん、誤字報告ありがとうございました。
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第十五話 古呪と叛乱
「ぼぉらす様、御相伴に与りに参りました~!」
「青娥、また来たのか……」
日が天頂に達そうという頃、俺の根城『龍洞御所』に青娥が押しかけて来た。
永遠衆たちも順調に根を下ろし始めたため、青娥は普段豊聡耳たちに仙人修行を手ほどきしている。
しかし
とは言っても、狙ったように
「まあいい……おい、持ってこい」
俺が傍付きをさせている永遠衆たちに声をかけると、少し時間をおいて一匹の牡鹿が運ばれてくる。
永遠衆たちによって力ずくで拘束されており、必死で暴れてはいるが、疲れを知らない彼らの縛めが緩むことはない。
「立派な鹿ですねぇ。ぼぉらす様、たまには丸まま味わってみては?」
「そうだな、お前がこれから
「あらあら、それはできません。好き嫌いせずに食べることが不老長生の秘訣ですゆえ」
コロコロ笑う青娥と言葉遊びをしているうちに鹿は俺の前に引き出され、一人の永遠衆が進み出てそれに腕を伸ばす。
不気味な光を帯びたその手を向けられた牡鹿は、恐怖を感じたのか一層激しく暴れだす。
永遠衆の光る掌が牡鹿に触れると、その身体から
永遠衆の身体を熱する光が頂点に達した時、牡鹿の肢体は力なく
これは永遠衆全てが持つ能力であり、ラヴニカ*1でニコル・ボーラスが企んだ計画の一端、《古呪》だ。
永遠衆はプレインズウォーカーから《灯》を奪い取ることができる。
絶大なエネルギーでもある《灯》を抜き取られたプレインズウォーカーは絶命し、奪った永遠衆も《灯》に内側から焼き尽くされるが、主を失い宙を漂う《灯》はボーラスによって回収されるという仕組みだ。
『配下と犠牲者を区別しない』と言われたボーラスの冷酷さが垣間見える手法である。
もちろんこの鹿はプレインズウォーカーではないのだが、《灯》が燃え上がる前のもの、《プレインズウォーカーの火種》といえるものを奪い取っているらしい。
《灯》より明らかに弱々しいが奪われた者は絶命するし、奪った永遠衆も焼き尽くされないまでも使い物にならなくなる。
それでも数日に一度、野生動物などを使ってこの行為は繰り返してきた。
永遠衆が収穫した《火種》をパクリと呑み込む。
新アモンケットの頃から、精神体で過ごしていた期間を除いて数日おきに《火種》の収穫を行っている。
これをするだけで俺の巨大すぎるドラゴンボディーは何も食わなくても支障なく過ごせるのだ。
正直、俺の体格に見合う食料を食べていては、すぐに食料が尽きてしまう。
最初はダメもとで行った事だが、今では便利に使うようになった。
死んだ鹿は精肉して最近来るようになった龍洞御所の参拝者に振舞ったりしているのだが、青娥は器用にこれをする日にやってくる。
空腹感を感じてきたら行うので、別に決まった日数開けてやってるわけじゃないんだが、なぜわかるのだろう。
まさかこの邪仙、俺を監視してるんじゃあるまいな……?
姿だけは上品に焼いた鹿のもも肉を口に運ぶ女仙人に問いかける。
「そういえば青娥、豊聡耳たちの仙人修行とやらはどうなっているんだ?」
青娥の指導の下に始まった3人の仙人修行、彼女の話によると仙人にも色々いるらしい。
天に昇華し仙人となる天仙、霊山に遊び仙人となる地仙、そして死を契機に仙人となる尸解仙だ。
死から遠ざかるのが仙人の道であるのに対し、死を経験する尸解仙は最も位階が低いとされている。
だが、豊聡耳たちは権力の中枢にいる者なので、気の遠くなるような時間をかけたり人里離れた場所にこもるような修行はできない。
故に最も短く済む尸解仙を目指す、というのは正論ではあるのだが、それでも『死を契機にする』というのは存外重い。
青娥が教えるのは代わりの物で死を装い、尸解仙となるきっかけとする道教の秘術だ。
代替物に肉体を再構成させる方法もあるらしいが、こちらは埋葬されてから復活するという形で時間がかかるとのこと。
修行と代替物の準備さえできるなら、こちらの方が確実だという。
代替物は最も簡単なのは竹の棒、格が高いのは宝剣らしいが、まだ彼女たちの修行はその段階には至っていないという。
「豊聡耳様たちはとても励んでおられますが、秘術を施すにはまだ肉体が追い付いていません。せめてあと1年は修行を続けて、相応しい宝物を用意しなければ……」
「なるほど、そう簡単にはいかんか」
豊聡耳たちが仙人になれば俺たちの体制は盤石になる。
彼女らにはぜひ頑張ってもらいたいものだ。
「はい、まずは土台を固めることこそ寛容……あら?」
にわかに龍洞御所の門前が騒がしくなり、こちらへドタドタと忙しなく走る足音が響いてくる。
外と謁見の間を分ける扉が勢いよく開け放たれると、血塗れの屠自古姫を抱えた豊聡耳が涙目の布都姫を帯同して入って来た。
「屠自古が物部の叛乱で深手を負った! 青娥、何とかならないか!」
豊聡耳は普段の澄ました笑みが消し飛んで真っ青になって、布都姫はボロボロと涙を流している。
これには邪仙もいつもの胡散臭い笑みを止めて、屠自古姫の傷の具合を診に近寄った。
腹部に負った傷は布で縛られているが、染み出した鮮血でそれは真っ赤に染まってしまっている。
「これは……厳しいですね。わたくしも肉体の修復には造詣の深い自負がありますが、傷だけ直しても助かる見込みは少ないかと」
青娥の的確だが冷たい言葉に、布都姫は涙を零しながら言い
「そんな!? 何とかならぬのか? 我の、我のせいなのだ。屠自古は我を庇って……」
「残念ですが、傷は直せても熱が後から出ることがございます。臓腑まで傷つけられているとなると、まず間違いなく命に関わる熱が出ることでしょう」
見る間に顔を曇らせ震える布都姫は、今度は俺に請い願う。
「ならばぼぉらす殿は? ぼぉらす殿の力で屠自古を助けては頂けませぬか!?」
これには俺も顔が苦る。
原作ボーラスは『生と死は取り替えが利く』と豪語するほどの力の持ち主だったが、繊細なマナ操作が必要なようで、今まで試しても一度も成功していないのだ。
中途半端に蘇ってすぐまた死んだり、ひどい時だとゾンビになってしまったりした。
これでは彼女が望むものには到底及ばない。
「……すまない。力は貸してやりたいが、俺の力は何もかも叶えられるものではないんだ」
絶望に打ちひしがれる布都姫を見ると、なぜもっとマナ操作の鍛錬をしてこなかったのか、もっと強力な、万能な力が欲しいと強く思う。
奇しくもそれは、ニコル・ボーラスが抱えていた全能の力への渇望に似ていたかもしれない。
「ぼぉらす様、力をお貸しいただける気持ちはあるのですね?」
話に入って来たのは青髪の邪仙、霍青娥。
念押しするような言葉は、思わず断りを入れたくなるような不穏さを俺に感じさせた。
「そうだが、何か方法があるのか?」
あるならさっさと言え、と怒鳴り付けたい気持ちを抑えながら聞くと、青娥は場違いなほどにっこりと笑みを浮かべて言った。
「道教には霊魂を使役する術が存在します。これを応用し、屠自古様の御魂を生前と同じく此岸に繋ぎ留めることならば可能ではないかと思いまして」
「なるほど、死ぬのは防げないが次善の策という事だな。で、何故先に言わなかった?」
「術を制御するには相応しい術符が必要です。今から材料を選別するには時間がありませんが、ぼぉらす様が死人の戦士の鎧と同じ素材をくださればと……」
コイツ……ラゾテプが欲しいだけじゃないのか?
そんな疑念が頭をよぎるが、今は時間が惜しい。
それで出来るというなら、くれてやろうじゃないか。
「分かった、受け取れ。《野望のカルトーシュ》*2」
青娥の手の上に、ラゾテプで出来たカルトーシュが現れる。
これは《絆魂》という与えたダメージ分回復する吸血鬼などが持つ能力も付くので、意識のない屠自古姫には悪いが、俺が自傷して血を彼女に垂らせば治るかもしれない。
「確かにお預かりしました。わたくしに出来る全力を尽くすと誓いましょう」
青娥も真剣な顔になり、床へ寝かせられた屠自古姫のところで術の準備を始めた。
布都姫はまだ涙目だが、多少の望みを信じてまっすぐにそれを見ている。
一部始終を珍しく顔を歪めながら黙って見ていた豊聡耳は、瞑目し一つ頷くと謁見の間の出口へ身を
「豊聡耳、何処へ行くんだ」
「私は統治者だ、叛乱の鎮圧に赴かねばならない。氏族の姫を傷つけられた蘇我氏はご立腹だ。上手く誘導しないと、叛乱の情報を知らせてくれた布都まで殺せと言いかねない。……大丈夫、君たちを信じているからね」
彼女の声色は平生のものと変わらなかったが、固く握りしめられた右手だけが、彼女の内心を表していた。
「……"統治者は、信用はしても信頼はしないべき"じゃなかったのか?」
これから彼女は大切な者の行く末を見守ることもできず戦場へ赴く。
そんな姿が痛々しくて、感情を爆発させてもいいのだ、と帝王学講義の内容を基にあえて揚げ足をとってみた。
しかし豊聡耳は"私が気を使われるとは、私もまだまだ青いね"と呟いて、握りしめた手を解いて言った。
「統治者でも、信頼する者が数人はいないとやっていられないよ。統治者だって人間だからね」
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閑話 現代っ子、東風谷早苗の生活
私の名前は東風谷早苗、中学三年生です。
先日、15歳の誕生日を迎え、母から守矢神社の
私の家系は代々、守矢神社の神職を務めてきた家系。
この諏訪の地に根を張る由緒正しき神社である守矢神社に、遥か昔から仕えています。
正式に風祝の役職を継いだ私の朝は、境内の掃除から始まります。
朝の弱い私は毎日が眠気との戦いですが、
朝早くに神社の参拝に来る方もおられるので、おろそかにはできない仕事です。
掃除が終われば朝食の時間。
テレビが流す朝のニュースを見ながら、母の作った朝ごはんを頂きます。
『──────県警と永遠衆の方々の合同による【王神派】団体の一斉摘発が行われ、複数の逮捕者が──────』
ふむふむ、今日のニュースは宗教カルトの摘発ですか。
同じ宗教関係者としては、なんだかなぁ、という気分です。
【王神派】、世界で唯一現世に残った神として龍神様を、神々の王たる『王神』と信仰する新興宗教。
崇める龍神様自身が弾圧しているのに、いなくならないのは何故なんでしょうね?
それに、現世に唯一残った神、という考えも不快です。
みんなには見えないだけで、神々はこの世に
ご飯を食べたら、制服に着替えて通学カバンの中身を最終チェック。
私の家兼社務所は学校から近いですが、取りに帰るには坂道がつらいので念のため。
教科書が全部そろっているか確認していると、後ろから声がかかりました。
(さなえー、そろそろ出ないとヤバいんじゃない?)
時間を注意してくれたのは、諏訪子様でした。
金髪の
その姿は時代の流れによる信仰の変化によって、今では私と母にしか見えませんが、この国で広く信仰されている龍神様より私にとっては身近な神様です。
「ありがとうございます、諏訪子様。じゃあいってきますね」
通学カバンを持って玄関から出ようとする私を、諏訪子様は"神奈子にも挨拶してやりなよー。ほっとくと拗ねちゃうから"と悪戯気に笑って送り出してくださいました。
その言葉に笑みで返し、拝殿の前へ向かいます。
神奈子様は普段本殿の中で過ごされていますが、毎朝のこの時間はいつも拝殿に出てこられます。
拝殿の
「神奈子様、いってまいります」
(ああ、ケガしないように気を付けなさいよ)
微かにほほ笑んで返して下さる守矢神社のもう一柱の祭神、神奈子様。
その身に纏う威風から、最初は諏訪子様より近寄りがたく感じられた神奈子様ですが、本当は深い優しさをお持ちです。
お二方についてみんなと感想を共有できないのはモヤモヤするところですが、私は優しいお二方に風祝としてお仕え出来てとても幸せです。
通学路では、冥侍の方が伸びた草刈りやゴミの清掃といった作業をしてらっしゃいました。
全身を白い包帯で覆った姿をした冥侍の方は、社会貢献を重ねて
それを龍神様の秘儀によって、生前と変わらぬ能力で生きている者の為に働き続けられるようにしていただいたものです。
古き時代と違い、現代では冥侍の方や永遠衆になることが出来るのはほんの一握り。
生前に抜群の功を成し得た者にだけ許される狭き門です。
特に戦争となれば、国民を守るために最前線で恐れも疲れも知らず戦う永遠衆や、その精鋭たる戦慄衆は小さな男の子の誰もが夢見る
かたや、冥侍の方は永遠衆に選ばれし者たちと違い派手さはありませんが、食料の生産や単純労働、インフラの維持、介護にいたるまで……
私たち生きる者がより高みに至るために、様々な労働を肩代わりし、死した己より先を進もうとする私たちを見守ってくださっています。
礼儀として、一心不乱に作業にいそしむ冥侍の方に一礼して敬意を示し、学校に向かいました。
学校では中学三年生ということもあり、修学旅行の話で持ちきりです。
私の通っている学校では毎年、
首都である京都の人気も高いですが、それよりも、龍神様の
同級生の話の焦点は、3泊4日の修学旅行の間に古都の上空を舞う龍神様を目撃できるかどうかのようです。
龍神様のご機嫌が良ければ、龍洞御所から空へ飛び立つ龍神様を見られるそうなのですが、何分時間は限られているので見られないなら京都の方がいいのでは、という意見もあるみたいです。
私としては、もちろん龍神様も見てみたいですが、古都の独特の石造建築の数々を見て回るのも悪くないと思います。
それに古都には、王治から法治へと国体が変わっても政策顧問として政府に名を連ねる不死の皇族である"神子様"と、己の氏族の叛乱をいち早く知らせた功をもって侍ることを許された忠臣"布都姫"、彼女を庇い肉体を失えども神子様に仕え続ける英霊"屠自古姫"の住まう離宮もあります。
この国の中央集権の流れを学ぶにはぴったりだと思うのですが、友達に言ったら"早苗ったらマジメすぎー! "と言われました。
なんででしょう……?
家に帰り、本殿の掃除をしていると諏訪子様に声をかけられました。
(いやー頑張ってるね、少しは力を抜いたら?)
「そうはいきません、私はお二方に仕える風祝ですから!」
私は意気込んで答えたのですが、諏訪子様は少し寂しそうな顔をして
(そうは言っても、もう時代が時代だからねぇ。信者も龍神を信じているから私たちの存在を信じてるだけで、畏れなんかない。消える心配はしなくていいけど、昔のように、とはもういかないからさ)
"だから適当でもいいんだよ? "と言って去っていく諏訪子様に、私は悲しさを感じます。
みんなが私と母のように、お二方を見ることができれば諏訪子様の諦感を解くことができるのでしょうか。
……いいえ、そもそも龍神様の影響力は破格です。
もしお二方がみんなの目に映るようになったとしても、今度は龍神様と比べられて幻滅されるかもしれません。
そうではなかったとしても、龍神様ほどのご利益無しには諏訪子様の言う"往年の力"は戻らないでしょう。
死者とともに生きる今のこの国の体制を作り、"聖戦"と称して攻め来る侵略者を打ち払ってきた大いなる庇護者たる龍神様が、とてつもなく大きな壁のように感じられました。
神奈子様も、諏訪子様のように現状に諦めを感じているのでしょうか。
それとも……この国の守護神とさえ言える龍神様に反感を抱きながら堪えているのでしょうか。
わかりません、しかし、後者だとするのならば、神奈子様はいつか行動を起こすでしょう。
神奈子様は神としての己への自負に溢れたお方です。
もしそれが龍神様に対する叛乱と言えるものだったとしたら……
いいえ、迷ってはいけません。
私はお二方に仕える今代の風祝。
たとえ地の果てでも、お二方にお仕えし、付いて行く所存です!
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第十六話 尸解の聖人
結論から言って、屠自古姫は助からなかった。
臓腑まで届いた傷は深く、彼女はその日の夜には高熱にうなされながら命を落とすこととなった。
しかし、青娥の道術は正しく効果を発揮し、その魂はあの世に旅立つことなく霊体として穢土*1に留められる。
布都姫は、苦しむ屠自古姫を見て泣き、術で霊体として再誕するのを見て安堵でさらに泣き、もう見ていて気の毒になるほどだった。
現在は泣き疲れて、霊体となった屠自古姫の膝……たぶん膝を枕にして寝入ってしまっている。
「んー、腹を刺された後の記憶がないけど、まさかこんな姿になるとはね……」
布都姫の頭を載せたまま、まるで漂う煙のように白く不確かな形となった、いわゆる幽霊足の先をぴこぴこ動かす屠自古姫。
青娥は全力を尽くしたのだが、急ごしらえの術式であった事実は覆しがたく、両足の再構成は不完全なものになってしまった。
かろうじて足が二本になっていることは分かるが、この足では人間を装うのは難しいだろう。
幸いにも霊体となった事で浮遊して移動できるようになったので歩けずとも移動に困ることはないが、表舞台に戻るには何かしらの手段が要りそうだ。
まあそこら辺は豊聡耳が上手くやるだろうが……
「すまないな、お前を助けることができなかった」
「おいおい、アンタまで布都みたいなこと言うなよ。そりゃあ身体を失くしたのは残念だけどさ、これはこれで便利そうだし不満は無いよ」
そう言って笑う屠自古姫。
その顔には、言葉通り己を襲った境遇に対する不満は感じられない。
あの豊聡耳の側近をしているだけあって、切り替えの早さも器の大きさも段違いだな。
「それに
彼女は胸に下げられた《野望のカルトーシュ》を手で弄びながら言う。
突貫作業のぶっつけ本番でそれを術符に改造した青娥は、術が成功したのを確認すると倒れるように眠りについた。
青娥が寝る前に、霊体が安定するまで術符を身に着けておく方がいいと言ったため、屠自古姫は首から下げるように身に着けたが、奇しくもそれは永遠衆やアモンケットの修練者たちと同じ方法だ。
何かしら悪影響が無いといいんだが。
「それにしても、豊聡耳は叛乱の鎮圧を上手くやっているだろうか」
「心配は無用じゃないか? 太子様に勝てる奴がいるとも思えないしね」
流石の豊聡耳信者、圧倒的信頼感だ。
でも確かに、あの怪物的政治家が永遠衆の戦力込みで一豪族に負けるとは思えないけど。
「勝てる奴がいないというのは、俺を含めてもか?」
少なくとも俺が不覚を取ったのは、超未来都市の爆撃の時だけだぞ。
エルダードラゴンボディはその質量だけでも圧倒的戦力なんだ。
俺の意地の悪い問いに、屠自古姫は苦笑して返す。
「……訂正、互角の力があれば、太子様に勝てる奴はいないよ」
あー、同じ力の持ち主なら地頭の差で負けるなあ確かに。
俺もプレインズウォーカーとしてのボーラスの身体を使いこなしているとは言い難いし。
「おお、怖い怖い。敵にしないようにしなくてはなぁ」
「そうだよ、せいぜい太子様の役に立ちな」
お互いにクスクス笑いながら言葉を交わす。
亡霊と龍の間に、豊聡耳が敗れるなどといった疑念は、欠片もありえなかった。
「鎮圧にかかった時間は兵の召集を含めてわずか一刻半、物部氏は布都姫を除いて族滅か……」
「豪族の叛乱としてはむしろ規模は小さい方でございますよ? 布都様も変わらず豊聡耳様に仕えることを許されたのですし、むしろ穏当かと」
明くる朝、朝日が昇る頃には既に叛乱は鎮圧されていた。
豊聡耳は兵を緊急召集すると、遅れた兵が集まるのを待たずに永遠衆を使って夜襲を仕掛けたのだ。
夜の闇に乗じて攻め込んできたのが死者の軍勢だったのを見た時の相手側の驚きは相当なものだったのだろう。
瞬く間に叛乱軍は総崩れ、豊聡耳の采配もあり、物部氏の中に逃げ延びられた者はいなかったという。
血生臭い話ではあるが、この世界、この時代ではそう珍しいものではない。
というか、そういった事をしてなかったのは永琳が住んでた未来都市くらいのものじゃないかな。
諏訪子の国も神奈子ががっつり攻めて来たし。
布都姫は己の氏族の叛乱を良しとせず、その情報を一早く豊聡耳に伝えた功をもって特別に許された。
ただし、その身は豊聡耳の預かりとなり、婿を取ることは許されない。
血を継ぐことを重視する女性観の中ではかなりの罰なのだが、本人は全く
「これで太子様のもっと近くで
その発想は流石にどうなんだ、と思わなくもないが、この前向きさが布都姫の美点なのかもしれない。
逆に良い方向で受け入れられたのが屠自古姫だ。
霊体とはいえ、助からないと覚悟した屠自古姫と再会できた彼女の父と兄は涙を流して喜び、死してなお仕える決意を聞いた父親は頭を下げて"娘をよろしく頼む"と豊聡耳に頼み込むほどだった。
豊聡耳と蘇我氏の根回しによって、屠自古姫は『英霊』として
本人は"仰々しくされるのは好きじゃない"と、やや不満げだったが。
命を失い霊体となった屠自古姫の件を受け、豊聡耳は仙人修行を急ぐ決断をした。
朝廷の支配域拡大を多少遅らせてでも尸解仙となることを優先するようになったのだ。
それは、彼女自身の慢心への自戒であり、残された布都姫を案じてのことでもあったのだろう。
軍権を握る武闘派や豪族が永遠衆の浸透によって大人しくなっていったため、彼女らの仙人修行も順調に進み、一年の時が過ぎたころ、ついに尸解の時が訪れた。
※※※
尸解は死を契機とする必要があるため、豊聡耳たちは"黄泉の国の女神にお目通りに行く"という名目で、一時の死を装うことにした。
秘術の媒体にするのは豊聡耳は名のある宝剣、布都姫は特殊な焼成で作った特製の皿だ。
死の演技をするとはいっても大勢にバレると成功率が下がるらしいので、倒れた後は俺が黄泉の国に連れて行くという体で運び去ってうやむやにする。
あとは術が成功次第、都に帰るだけという寸法だ。
……これ"黄泉の国の女神"とやらにバレたらえらいことになるな、《夜陰明神》*2みたいな奴じゃないといいんだけど。
式典のような儀礼は龍洞御所で行われ、豊聡耳たちは俺の前で気負いした様子もなく毒酒*3を
ぐらりと倒れた二人を屠自古姫と支え、落とさないように全員を抱えて御所から飛び立つと、速すぎないように気を付けながら西へと飛び立つ。
都が山で隠れて見えなくなったところで適当な森の中に降りて隠れ、後から追いかけてくる青娥が合流するのを待った。
かなり待つのは覚悟していたのだが、突然足元の地面に穴をあけて出てきたのには驚いたな。
青娥いわく、"仙界"という術で作った人工空間を応用した長距離移動だそうだが、この笑顔は驚かしたかっただけだな。
入口さえ作れば俺でも入れるという話だったが、瞑想領土*4といい、特殊な空間は嫌な予感がするので遠慮しておいた。
「術は成功しております。あとは肉体がこの状態に慣れて安定するのを待つだけですね」
青娥の太鼓判も出たので、本当にあとは時間を置いて帰るだけなのだが、媒体をもとに秘術を受けた身体が安定するまで青娥が教えた道術は使えないらしいので、周囲の警戒と敵性者の排除は俺の仕事だ。
青娥にも働けとは言ったが、"術の不具合に対処する人員はいらないので? "と言われれば口を
たぶんコイツは楽したいだけだと思うが。
野営など一度もした事のないお偉いさんかと思っていたが、豊聡耳は野営の基本などを心得ていた。
"軍を率いるならこれぐらい知っていて当然"とは彼女の言だが、本当に完璧超人だな……
それに比べ、布都姫と屠自古姫は本物の箱入り娘だったようで、二人とも慣れない野営に苦労していた。
具体的に彼女らが何をしたとは言わないが、火の扱いは布都姫に任せてはいけないと一同は心に誓った。
そんな野生に返りかける数日間の後、俺たちは都へと戻った。
多くの臣が
彼女が気に入っていた愛馬、あの馬は豊聡耳が死んだと思ってあとを追うように亡くなった。
馬には一時的に死ぬだのということは分からなかったのだろう。
人知れず、自分に忠を誓っていた者が死んだという事実が、屠自古姫の件で残った心の傷をささくれさせたのか。
協力者が仙人として不老になった事でこの国での基盤は盤石といっていいが、願わくば時間が彼女の心の傷を塞ぐことを願わずにはいられなかった。
書いてから思ったけど、死んで数日後戻ってくるって罪を背負ってない立川の聖人みたいですね。
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第十七話 隠れ里の賢者たち
豊聡耳たちの生還を祝う式典は、舞踊の披露や宴会なども開かれて盛大に行われた。
一時的にとはいっても"死んで黄泉の国へと向かう"というのには不安を感じる者も多かったようで、特に豊聡耳を信頼している王とその側近や、留守中の政務を任された官吏たちは政府首班である彼女の帰還を大いに喜んだ。
そんな賑やかさも日が沈めば徐々に落ち着いていき、龍洞御所も元の静寂を取り戻していく。
俺も永遠衆たちに警備を任せて眠りについたが、夜半を過ぎたころ、妙な違和感を感じて目を覚ます。
「なんだ……?」
身体が引っ張られるような、押し返されるような、微妙な感覚。
人間くらいの大きさならそれほど感じなかったかもしれないが、俺の巨大な身体全てにそんな感覚があれば嫌でも目が覚める。
寝床である屋根付きのスペースから猫のように丸めた身体を伸ばして這い出し、首を伸ばして妙な感覚があった方向、《王神の玉座》の前を覗き見た。
そこにいたのは紫色のドレスを着た長い金髪の女性。
満月の月光の下で明るく照らされた謁見の間に、上品な日傘をさして立っていた。
この事に驚いた俺は急いでその女性の前に移動した。
こんな夜更けに永遠衆たちの警備を出し抜いてここまで来た事にも驚いたが、なによりもその服装に驚いたのだ。
この次元世界で洋風の服装をしているのを見たのは初めてだった。
永琳の服装はなんとも表現しがたいセンスだったし、他は大まかに言って和風といってよかった。
そこに現れた明らかに現代的な洋風のドレスの女性。
まさかプレインズウォーカーか、と警戒した俺を誰も間違っているとは責められまい。
「何者だ?」
俺の
「こんばんは、"偽りの龍神"様。良い夜ですわね」
その言葉にドキリと心臓が跳ねた気がした。
俺の"黄泉の龍神"という触れ込みが偽りだと知っている……!
とっさに俺は周辺の土地から一気にマナを集めて戦闘態勢に入ったが、女性は日傘を回しながらクスクスと笑っていた。
「あらあら怖い、こんなか弱き女に暴力を振るうおつもりですか?」
口では怖いと言っているが、女性は余裕綽々と言った風で、
ここに入ってこれたこともそうだが、まともな胆力ではないな、油断はできない。
「もう一度だけ言う、何者だ?」
俺の再度の誰何、いや恫喝ともとれる問いに、女性は恐れた風もなく艶やかに笑んで返す。
「
その言葉にいくつかの疑問が氷解する。
妖怪は人よりも長生きだ、諏訪子のところで厄介になっていた頃を知ってる奴もいるだろうし、特殊な能力があればここに忍び込んでくるのも不可能ではない。
なにより見た目で判断できない相手が多いので、この女性もそんな妖怪の一人なのだろう。
スキマ妖怪というのは聞いた覚えがないが……まあ次元世界特有の生き物とかも多いし、そこは聞くだけ無駄だな。
しかし、話し合い?
「そんな事の為にこの夜更けにやって来たのか」
「
ぐっ……豊聡耳と密談したことまでバレてるな、これは。
思った以上に目の前の女性、八雲の耳は良いらしい。
できるなら帝王学師範・豊聡耳に同席してもらいたいが……
「わざわざこの日、この時間を選んだということは豊聡耳が来れないのも想定のうちか」
「うふふ、聖徳王様は人間の指導者ですもの。
その言い方だと暗に俺の方が
全部相手の予想通りなのは気に入らないが、こういう相手は下手に反抗した態度をとるとより酷い目に遭う*1。
相手の持ってきた流れに乗るのは悪いことじゃない、大事なのは舐められない事だ……だったかな。
「分かった。話し合いとやら、させてもらおう。相手はお前一人か?」
「いいえ? 今呼ばせていただきますわ」
八雲はそう言うと、何もない宙に指を滑らせる。
指の軌跡に線のようなものが残り、そこを起点に
裂けた場所の中は、真っ暗な中に無数の目玉が存在する異様な空間だった。
空間の裂け目の両端には可愛らしいリボンが結ばれており、裂け目の異様さを一層増している。
永遠衆というゾンビを使っている俺も思わずドン引きする異空間から、ぞろぞろと何人かの人影が出てくる。
一人ずつ八雲が紹介してくれるのだが、是非曲直庁の
まあとりあえず、妖怪の八雲が連れて来たということは人間以外の勢力の各々の有力者なんだろう、程度で聞き流した。
紹介を終え、八雲は少しばかり顔を引き締めて本題を切り出した。
「"偽りの龍神"……いいえ、ニコル・ボーラス様。貴方様のやっていることに
「!?」
その言葉に俺は一瞬呼吸を忘れる。
ドラゴンなのに頭から血の気が引いていくような気分になりながらも、一番重要な事を聞く。
「お前は……俺を、ボーラスを知っているのか?」
最悪の場合は、この場で《
「? 貴方様のお名前ですが? 諏訪の地中から現れた異形の龍、その力は神をも凌ぐほど、と伝え聞いております」
……あっっっっぶねぇぇぇぇ! セーフ! プレインズウォーカーじゃなかった!!
思いきり安堵して大きく息を吐く。
俺の情報がそこからなら、大きな問題は無い。
いや、都の人間に知られたらまずいけど、妖怪の言う事を信じたりはしないだろう。
いっそもう大抵の願いなら手伝ってもいいくらいに安心した。
話を遮ったことを謝り続きを促すと、八雲は訝し気にしながらも続けた。
「
うーん……文明が進むと不利益を被るっていうのがよく分からんが、《グルール一族》*3みたいなものか?
正直、俺たちのやってることの真反対といった感じだが、これまでの応対でも分かるほどの智慧者を敵に回すのは確かに愚かというしかない。
こういう智慧者が相手の時は……
「そこまで言うという事は、腹案があるのだろう?」
「……お話が早くて助かりますわ」
よし、成功! 地頭がいい奴はこういう時に、自分の考えを纏めていないはずがない。
あとはその流れに、譲れない所を主張してこっちの色も出すだけだ。
「
なるほど、主張がぶつかり合うなら距離を置く、実にまっとうな考えだ。
俺もわざわざ自分のやり方が正しいと示したいとか考えてる訳じゃないし、平和裏に済むならそっちでいい。
朝廷はこれから支配域をどんどん拡大していくだろうが、その広がっていく領域に比べれば隠れ里の一つや二つ小さいもんだ。
「分かった。互いに不干渉、それでいい」
「助かります。了解が取れたところで
「待て紫、話が終わったなら私にも話させろ!」
会話に割って入って来たのは、金髪は八雲と同じだが、服装はオレンジ色の狩衣に緑の
「
「何を言う! ここで話した方が早いではないか」
やがて押しの強さに八雲は諦めたのか大きくため息を吐いて少女に道を譲る。
え、丸投げされても困るんだが。
「私は秘神・摩多羅隠岐奈! 名にし負う聖徳王に私の化身にならないか、聞いておいてはくれまいか?」
いっそ清々しいほど自分の望みだけ言って説明を省いた言葉に、俺は思わず八雲に視線を向けた。
八雲はいささか面倒臭そうに言葉を紡ぐ。
「隠岐奈は大陸から渡って来た密教の神で、見所のある人間を自らの化身ということにして自身の神徳に習合するのが趣味なのですわ。今でも後戸の神・障碍の神・星の神・養蚕の神と様々な神徳を持っています」
なんだそれ、無節操過ぎない? 諏訪子みたいな土着神だったら姿が歪むとかいう問題じゃないくらいだぞ。
「うむ! 聖徳王の帰還を言祝ぐ宴で
うわぁ……スカウト(死後)という点では人のこと言えないが、これは酷い。
一応共犯者のよしみで断ってやろう。
「悪いが、豊聡耳はしばらく死ぬ予定はない。他を当られるとよろしい」
「ん、そうか? アレはなかなかの傑物なのだが……残念だが仕方ない。だがその気があればいつでも迎えると伝えておいてくれ!」
「隠岐奈、いい加減にしておきなさい。……それではニコル・ボーラス様、約定の程、よろしくお願いいたします」
そう八雲が別れの言葉を口にすると、再び空間が裂けて俺以外のこの場に集まった者たちを呑み込んだ。
……摩多羅だけ下に落とすように呑み込んだように見えたが、まあ神なら死にはしないだろう。
日中の式典も含めて今日は疲れた……
明日、青娥が来たら愚痴ってやろう。
疲れから深い眠りについた俺を、次の日の昼まで起こす者は誰も存在しないのだった。
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第十八話 傀儡の工匠
後日、豊聡耳に八雲との対談について話すと、彼女は目を細めて笑みを浮かべた。
顔は笑ってるけど、目が笑ってない……これは説教されるやつか?
「基本的には君の考えは間違ってない。けれど、迂闊に言質を取らせるものではないよ。交渉を長引かせるのは面倒かも知れないが、相手の譲歩を待つ以外にも、自分の懸念を相手に伝える意味もあるのだから」
実力者を敵に回さないという考えは及第点だがね、と付け加えられたが、全く嬉しくない。
俺も
どうしてもこういう事は経験がモロに出る。
いや、原作ボーラスでも"従え、さもなくば死ね"って感じで交渉とか考えてなかった気もするけど。
「おそらく君との交渉に焦点を絞ったのは、永遠衆が君の一元管理の下に成り立っていることを知られたからだろう。君から言質をとれば、死人の戦力を利用する私の方はなし崩しに従うと見たのさ。……少し、不快だね」
なるほど、俺は"豊聡耳でもこれは受け入れられる"と考えたが、八雲は"俺から言質をとれば豊聡耳も聞き入れざるを得ない"と考えたわけだ。
まあ物理的なパワーで見ればそうかも知れないが、俺はゲートウォッチとかの対策にこの次元での正当性を求めている。
そこに俺と八雲との間の思考のズレがあったんだな。
「聞けば摩多羅隠岐奈という神もいたらしいじゃないか。摩多羅神は被差別民の神でもある、朝廷によって排斥された者も吸収して隠れ里を創るつもりなのだろうさ。まあそういう民の受け皿ができると思えば悪いことじゃない」
俺としては将来のことを考えて民の幸福度は上げても無駄にならないから、被差別民がわざわざ隠れ里に行ってくれるのは問題ない。
どうしても差別というのは取り除きにくいからな、棲み分けで文句がでないならむしろ助かる。
……造反者みたいに俺にヘイトを高めてないか八雲と連絡を取り合いたいところだが。
「私が尸解仙となったからといって、まだまだここは出発点だ。繫栄させるより衰退を防ぐ方が舵取りは難しい。君にも期待していいかな?」
「任せろ、
謁見の予定もないある日、俺は青娥とともに実験を行っていた。
実験対象は《不滅の満月》。
永琳が改造したこのアーティファクトは、この次元へのプレインズウォーカーの移動を封じる機能がある。
では、実際に呼ぼうとしても来ないのか、というのが今回の実験の趣旨である。
プレインズウォーカーであるプレイヤーがプレインズウォーカー呪文を唱えるのは、異なる次元から同盟者を呼び寄せることの表現だ。
ならば、俺がマナを使ってプレインズウォーカーを唱えても、《不滅の満月》で来れない、という結果が起きれば成功である。
もちろん俺にとって危険な相手を呼び出すつもりは無い。
ニコル・ボーラスが利用したり配下にしたプレインズウォーカーは数多いる。
ドラゴンを崇拝するシャーマン"サルカン・ヴォル"*1、暗殺者を率いる女ゴルゴン"ヴラスカ"*2、オルゾフ組のギルドマスターとなった"ケイヤ"*3、イゼット団のギルド魔道士"ラル・ザレック"*4、グルール一族の若者"ドムリ・ラーデ"*5、アゾリウス評議会大判事"ドビン・バーン"*6……
たくさんいるにはいるのだが、大半が利用されたことを恨みに思っていたり、見放したり、裏切ったりしている。
"リリアナ・ヴェス"とかは呼べたらノータイムで殺しにかかってくるだろうし……人選が難しいな。
考えに考え抜いた末、対象は"テゼレット"にすることにした。
テゼレット……5つに分かれていたアラーラ次元の断片の一つ"エスパー"出身の工匠。
死にかけてボーラスのいたグリクシス次元に転移してしまったせいで、長らくボーラスの配下として活動していた。
霊気を封じ込めた合金"エーテリウム"に体の一部を置換しており、アーティファクトに造詣が深い。
策謀を好む傾向は要注意だが、生き残ることにかけては定評のある男だ。
しかし、ここでもう一つの疑問ができる。
ゲームでは同一人物の別カードが同時に戦場に出ることも、過去と現在の同じ人物が出ることもあったが、現実ではどのようなことになるのか。
ラヴニカ次元にあるはずの《不滅の太陽》が出せたのだから、俺のマナで出てくるのは史実の本物という訳ではないのだろう。
ならば人格を持った人物はどうなるのか、コピーでありつつ同じ人格を持っているのか、今回の実験はそれを確認することも含めている。
複数の要素を一度に確かめるため、呼び出す為のマナは《次元橋》*7と合体する前の姿である《策謀家テゼレット》に準拠しておく。
「来い、《策謀家テゼレット》」
俺が唱えるとともにマナを込めると、体から抜け出たマナが集まって人の形をした
「あれ?」
実体化しないのは別にいい、しかし
呆ける俺を余所に、青娥はその
おかしい、込めたマナの分はキチンと減っているし、実体化もしないのに残り続けるとは……
試しに《不気味な修練者》を出してみるが、こちらは何事もなく成功した。
うーん、予想した失敗ではないし、成功とも言い難い。
この事象について考えを巡らす俺に、検分を終えた青娥が声をかけた。
「これは不完全な霊体のようですね。魂魄の魂の部分が足りず、自我が存在しないあやふやなもの。術で実体化させることも可能でしょうが、こちらの命令に反応すらしない
ほう、そうなるのか。
これは過去の姿を呼び出そうとしたせいなのか、それとも《不滅の満月》に妨害されたからか。
どっちにしろゲートウォッチやウギンをそのまま呼び込まれることを警戒する必要は少なくなりそうだ。
それに、それならそうで
「青娥、そいつを実体化させろ」
「良いのですか? 先程言った通りこれは……」
「いい。操る方法はいくらでもある」
コントロール奪取もボーラスは得意なんだ、問題ない。
青娥が術をかけて霊体が実体化していくと、霊体はドレッドヘアーに近い髪形をした壮年の男の姿に変わる。
右腕は銀色の鉤爪にも似た義手になっていて、その顔つきは俺が言うのもなんだが油断ならない悪人顔だ。
しかし実体化し、
こいつは灯争大戦でボーラスを見放して逃げたから、報復にビビらないことから自我がないというのは本当のようだ。
「こっちへ来い」
試しにさっき呼んだ《不気味な修練者》とともにこっちに来るよう命じてみるが、動くのは《不気味な修練者》だけでテゼレットは動かない。
まあ、ここまでは予想通り、後は……
「《ボーラスの手中》」
凶悪な、エンチャント型のコントロール奪取呪文。
大量の青マナがテゼレットに吸い込まれると、一瞬だけビクンと彼の身体が揺れる。
「よし、こっちに来い」
確かな手ごたえを感じて改めて命じると、テゼレットは虚ろな顔のままこちらに歩いてきた。
成功、だな。
抜け殻の精神を俺によって掌握されたテゼレットは、操り人形同然だ。
ちょっと悪行ポイント高めかも知れないが、テゼレットもラヴニカでは指名手配犯だし、多少酷く扱ったって引き渡せば文句は言われないだろう、ヴラスカもドビンを匿おうとしてたし。
青娥は自我のない霊を使役する術に興味津々のようだが、悪用するとしか思えんこいつに詳しく見せる義理はない。
《ボーラスの手中》は伝説の呪文という特殊なカテゴリーの呪文なので、複数対象には同時に使えないしな。
まあ今回で十分な実験結果も出たし、これ以上はしないでおこう。
自意識が無い以上、テゼレットには何をさせるべきか……
とりあえず、能力を活かして"エーテリウム電池"でも生産しててもらおうかな*8。
この判断が、のちのエネルギー事情を大きく動かすとは、この時は俺自身も全く気付いていなかった。
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第十九話 月の姫
とりあえず、新しく配下に加わったテゼレットについて
ごめんって、予定ではこうなるはずじゃなかったんだって。
文句は言われたものの、豊聡耳は手早く根回しを終え、テゼレットに作業をさせる場所も手配してくれた。
突貫作業で龍洞御所に
材料は、俺に当てられた歳費で購入された幾らかの卑金属と
エーテリウムの生産には本来はサングライト、あるいはカルモットという赤い特殊な鉱物が必要なのだが、これは実は戦闘で死亡したドラゴンの血の化石なのだ。
なので俺の血で代用できないかと試させたのだが、思ったより簡単にエーテリウムの試作は完成した。
エーテリウムは肉体の一部と置換して埋め込むことで寿命の延長や魔法の才能の向上、知性向上などの効果もある不可思議な合金であるが、過剰に置換しすぎると《エーテリッチ》というアンデッドの怪物になってしまう。
死者の労働力を使っている手前、管理外のアンデッドが多発して評判を下げるのは避けたい。
そういう思惑の結果、テゼレットは内匠寮外局でエーテリウム電池を造り続けている。
豊聡耳に何に使うのか聞かれたので"緊急時のマナ供給用*2"と答えたが、興味を持った彼女が"他の者にも何かに使えないか試させたい"と言ったのでいくつか譲った。
材料費もそんなに高いものじゃないし、別の利用法も見つかるといいな。
朝廷の支配圏の拡大、そしてその支配域での冥田収受法と骸伝永年不朽法の施行が軌道にのると、時間は驚くほど早く過ぎていった。
豊聡耳と組んで物部氏を討伐した蘇我氏も、屠自古姫の甥とその息子の代で増長して大コケし滅亡、今は分家がほどほどの名門として残るのみだ。
代わりに台頭してきたのが藤原氏、こっちは今の王と組んで朝廷で幅を利かせている。
王も何度も代替わりして、何代か前の王が突然別の場所に都を造ると言い出したのには驚いたものだ。
豊聡耳いわく"私を目の上の
大丈夫なのかと聞き返すと、"周りを
豊聡耳が固めた政権基盤は盤石なようで、造都後に王が代替わりすると執務の救援の依頼がすぐさまやってきたくらいだ。
今は政策指導という体で助言の立場をとっているが、未だにこの国を動かしているのは実質豊聡耳だというのは変わらないらしい。
俺は大きくこの国の歴史を動かしたが、それが安定してきて、悪いものではないという事もこの頃になると周知の事になり、いつしか"降臨祭"という催しが開かれるほどになった。
"降臨祭"、まあ俺が黄泉の国からやってきた(大嘘)ことを祝うという趣旨の催しなのだが、初めはガチガチの堅苦しい祭礼だった。
俺としては本当は神じゃないし、都のお偉いさん方に延々祝いを述べられても嬉しくない。
そこで、豊聡耳に頼み込んでかなりソフトな、縁日みたいな祭りにしてもらった。
この日だけは待機中の《仕える者たち》や永遠衆もフル稼働して生者は仕事から解放される。
生者は生きている事に感謝し、死者に助けられていることを改めて感じる、そんな日だ。
……結果としてその日は龍洞御所への参拝者が激増し、気疲れする日でもあるが、一日二日くらいはそんな日があってもいいだろう。
降臨祭の日は大勢の人が龍洞御所へやってくるため、行列のできる参道には永遠衆たちが俺の歳費から買った食べ物を配る屋台などを設けていて結構騒がしい。
直接民衆に謁見させるのはやり過ぎだと止められたので、参拝者たちはお堂のような部屋で《ボーラスの肖像》*3を眺めるだけだ。
そんな中、俺は謁見の間から精神体で抜け出して民衆の雑談などに耳を傾けている。
豊聡耳たちは身分が高いから卑近な噂話など聞けないし、青娥だと妙なバイアスかかってそうだしな……
民衆の間で今最もホットな話題は、一介の竹細工師から富豪になった老夫婦の一人娘が何処へ嫁に行くからしい。
なんでもこの娘、とんでもない美人らしく、5人の貴族が名乗りを上げるもけんもほろろに断られたのだとか。
正確には見たこともない宝物を持ってくることを条件に出されたそうだが……そういやこの前、俺の角の間の宝石が欲しいって謁見求めてきた貴族がいたな、断ったけど。
まあ結局5人とも断られて、もう王が側室に上げるくらいしかないんじゃないかという下馬評だ。
今の王もそんな女好きとは聞かないが、それ程の美人なんだろうな。
ていうか、全体的にすごい『竹取物語』な感じがする……この次元世界は本当に日本に酷似してるんだな。
あれ? ってことは、最後にかぐや姫は月に……
そのことに気付いた俺は、急いで青娥を呼び出し、二度目の深夜訪問に出る決意をした。
「ウフフ、こうしてぼぉらす様と企み事をするのは久しぶりですね」
(人聞きの悪いことを言うな、さっさと進め)
いつぞやの豊聡耳との密談よろしく、俺は精神体で青娥を伴って
豊聡耳にも一応伝えはしたが、若い娘に古い知り合いへの伝言を頼むという支離滅裂な内容に首を傾げていることだろう。
実際、竹取物語がモチーフだと思うからという薄弱な根拠に基づく行動であり、娘が月と無関係なら無駄足にしかならない。
それでも……わずかにでも可能性があるなら、彼女に俺からの言葉を伝えたかった。
「あらあら、この程度の警備ならば、わたくしは必要なかったのでは?」
(それだと俺の声を聞けなかったらどうするつもりだ。分かり切ったことを抜かすんじゃない、口元を隠してても笑ってるのが見え見えだぞ)
「これは失礼いたしました。それではこちらから入るとしましょう」
慇懃無礼の見本のような邪仙は、高い塀に能力で手早く穴をあける。
立派な庭を通って屋敷に近づくと、邸宅の縁側に座って空を見上げる黒髪の少女の姿があった。
見事な着物を着た、腰に届くかという長髪の見目麗しい少女。
空へ向けた視線をちらりとこちらへ向けるが、警備の者や下男を呼ぶでもなく、再びぼんやりと空を見上げている。
「この邸宅の姫様とお見受けいたします。都は北東の龍洞御所に御座します、龍神様のお言葉を伝えに参りました」
「ふーん、夜更けに私を一目見ようと押し入る不埒な男よりはマシだけど、それは
(ッ!! ……いやはや、最近は見破られることが多いな)
彼女が扇で指し示した場所は、俺の精神体がいる場所に相違ない。
一般人にはバレたことないんだが、名のある者と会う時は使うの控えた方がいいのかもしれないな。
「気にしないでいいわよ。私の故郷ではそういうのに敏感な人が多いの、普通は分からないと思うわ」
口元を隠して優雅に笑う少女。
月へ行った未来都市の連中も穢れにはうるさかったし、そういうものなのか?
「それで、姿の無い貴方が龍神か、その縁者?」
(あ、ああ。俺が龍神と呼ばれている者、ニコル・ボーラスだ。体が大きいから精神体で来させてもらった)
俺の答えに少女は目を丸くして瞬きをし、一呼吸おいて破願した。
「驚いた! "穢れた龍"の系譜ってまだ途絶えていなかったのね! 私はとうの昔に死に絶えたって習っていたわ」
ビンゴ、この少女は間違いなく月の関係者だ。
俺の事を"穢れた龍"と呼んだのは、後にも先にもあの都市の奴らだけ(永琳を除く)。
本人は隠す気もないみたいだから、素直に事情を話しても大丈夫、かな?
「そう言えば自己紹介が遅れたわね、私は
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第二十話 再会
「それで? 貴方たちは何を話しに来たのかしら。求婚に来た者たちなんかよりずっと面白いから、雑談でも構わないのだけれど」
そう言ってクスクス笑う輝夜姫。
こちらとしては好都合なんだが、警戒心がなくて逆に心配になるな。
永遠衆たちの昼夜を問わない巡回によって治安が劇的に良くなったとはいえ、それでも犯罪者というのはどこにでも湧いて出るものだ。
今の時代、命は軽い。
"俺たちは害する意思は無いが、少しは警戒しろ"と苦言を呈すると、意味深な顔で"私は大丈夫よ、
過信などではなく、何か根拠があっての確信のようだが……不思議だ、身を護る術など知らない少女にしか見えないんだが。
もしかしたら、月から超技術兵器の一つでも持ってきてるのかもしれない。
(俺の用件は、知り合いに伝言を頼みたいだけだ)
俺の言葉に、輝夜姫は可愛らしく小首を傾げる。
「別にいいけれど……それ、私じゃないといけない事? 私、そのうち月に連れ帰られるのだけど」
(ああ、むしろ輝夜姫以外にはできない。俺の知り合いは月にいるんでな)
彼女は俺の発言に驚いたのか一瞬
「素敵だわ! あの月の都に貴方みたいな穢れを持ってる者と仲のいい人がいたなんて、地上に来てよかった!」
なんだか喜んでるようだが、何が心の琴線に触れたのだろう。
あの超未来都市の連中が築いた都なら、それ以降の地上の都市なんて屁じゃない程生活水準は良いと思うが。
そのことについて問うと、彼女は整った顔を歪めて言った。
「退屈なのよ」
(は?)
「退屈なの! 誰も彼も穢れを抑えるために欲も少なく変わり映えのしない毎日。無いも同然の寿命が来るまでそんな毎日を過ごし続けるなんて私はまっぴらだったの!」
まあ……退屈は心を殺すというし、気持ちは分からなくもないが、そのために争いの絶えない地上まで来るとは見上げた度胸だ。
彼女の口から止めどなくぶちまけられる憤懣に、相当鬱屈として過ごしていたことが察せられる。
話のそこかしこから地上に来てからの刺激的な日々への感動も分かるし、この姫、地上生活をかなりエンジョイしていたようだ。
そう考えると月へ帰るのは不本意なんだろうが、伝言は帰らないとできないし、これ頼んでいいやつなのだろうか?
「……ああ、ごめんなさい。愚痴を聞かせちゃったわね。大丈夫よ、次の満月には迎えが来るだろうし、諦めもついてるから」
(そうか? なんなら永遠衆の警備を派遣しても……いや無理か、月へ行った連中が相手だと)
「ふふっ、正しい自己評価のできる人は好きよ。地上の民では月の民には敵わない、この国の王様にはそれが分からないのかしらねぇ」
聞くと、王は月からの迎えを返り討ちにするつもりなんだそうだ。
正直、肉片が残るかどうかも怪しいというのが感想である。
永遠衆の軍隊でも数を頼みに時間稼ぎくらいしかできそうにない相手に、この国の兵士で相対しようというのがそもそもの間違いだろう。
当時のあいつらは永遠衆に近づきたがらなかったから小康状態が保てただけで、正面からぶつかり合えば普通に負ける。
伝言の事がなければ、勝てないまでも力を貸してやりたいくらいだが、相手が悪い。
口ごもる俺に、彼女は力なく笑って問う。
「それで、伝えたい言葉ってなに?」
(……ああ、それは────────)
「ぼぉらす様、よろしかったので?」
珍しく空気を読んで席を外していた青娥が、邸宅を去ろうとしていたところでどこからか現れる。
いつもこれぐらい気が利いたら良かったんだが……いや、それはそれで不安になるな。
俺は失礼千万なことを考えているのを声に出さない様にして答える。
(いいんだ。ようやく政治が上手くいっているのに、都に
「それほどですか……」
青娥は月の民に興味があるようだが、あらかじめ"命が惜しければ関わるな"と忠告しておく。
あいつらと戦う事を考えると、アモンケットの封印されていた蟲の神*1や永遠神*2を投入することまでやらなければ難しい。
しかし、俺に迫る巨体で隠せないから騒ぎになることは間違いなしだ。
罪悪感が残るが、輝夜姫が月でそれなりの扱いを受けることを祈ろう。
……大丈夫、伝言の相手はきっと輝夜姫のことも見捨てないと信じている。
※※※
輝夜姫を訪問した日から次の満月の夜。
俺は龍洞御所で月を見上げて物思いにふけっていた。
もう、輝夜姫は月へ帰ったのだろうか。
都で騒乱が起きた様子はないが、月の連中との技術差を考えれば騒ぎすら起こらなくてもおかしくない。
流石に王は現場にいないだろうけど、生者の兵や武官が遺体も残さずごっそり死ぬと人員の補充など結構な痛手だ。
豊聡耳たち後始末をさせられる側からしたら、王をハッ倒してやりたいくらいだろうな。
そんな事を月を見ながらつらつらと考えていたが、突然の青娥の声に現実に引き戻される。
「思索中に申し訳ありません。外にぼぉらす様を訪ねに来た方がおられます」
こんな時間に誰だ? 青娥が明言しないということは豊聡耳たちでもない。
それを彼女に聞くと、"どなたかは存じませんが所作から貴人の類かと。輝夜姫様を伴っておいでです"と答えた。
「は!? 輝夜姫が共に来ているだと!」
まずい、月の連中が輝夜姫の迎えついでに俺を殺しに来たのか!?
そう考え慌てる俺に、青娥はおっとりと"少々荒れた姿ではございましたが、害意は無いようでした。輝夜姫様を背負われて、仲睦まじいご様子で"と言う。
それは……刺客では、ないようだな。
月に行く前の連中は常に
それが、俺や胡散臭い青娥*3に待たされるのを容認するというのも訝しい。
輝夜姫を連れているということは、彼女を連れ帰りたい者たちとは別の勢力? しかし月の連中を
分からない、分からないが……俺との敵対的接触を求めているわけではなさそうだ。
なら、せいぜい虚勢を張って、こちらを良く見せるくらいができることかな。
「分かった、会おう。ここに案内してくれ」
「かしこまりました」
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
緊張しながらも、威厳ある龍神の仮面をかぶって邂逅に臨む。
しかしそんな覚悟は、扉を開けてその人物が入ってきた瞬間にすべて頭から吹き飛んだ。
入って来たのは、スヤスヤと寝ている輝夜姫をおぶった銀髪の女性。
三つ編みで纏められた長い銀髪、青と赤に色が分かれた衣装、首から下げられた見覚えのある護符、砂埃で少しばかり汚れていたが見間違えるはずもない。
入ってきた女性は、懐かしい笑顔を浮かべて言った。
「伝言、受け取ったわ。『いつでも訪問を歓迎する』、嘘じゃないわよね?」
「……ああ! 歓迎するとも、
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第二十一話 月の頭脳
なんで永琳がここにいるかは分からんが、とにかくめでたい!
立ちっぱなしも辛かろうと、普段は豊聡耳たちが使っている円座と敷布を永遠衆たちに用意させる。
用意させた後で、穢れの無いらしい月で長く暮らしていた彼女に穢れの強い永遠衆たちが接するのは不味かったかと思い至ったが、永琳は気にした様子もなく円座に腰を下ろした。
「それにしても驚いた。まさかこんなに早く訪ねてきてくれるとは」
「あら? やっぱり迷惑だった?」
俺がすぐさま"そんな事はない! "と否定すると、永琳はクスクス笑いながら"冗談よ"と返す。
永琳には昔、本当に世話になった。
月に行ったときは……まあ不幸な行き違いがあったが、アレが彼女の意志が介在したものではなかったと今も信じている。
現在に至るまでの時間を考えればほんの短い期間だったが、それだけの絆があった。
少なくとも、経緯が不明でも訪問を歓迎できるくらいには。
「輝夜姫と一緒にいる事を見るに、彼女を連れ帰るのに永琳が来たという事か?」
今もって静かに寝息を立てている輝夜姫の頭を膝に乗せ、優しく頭を撫ぜている永琳に聞くと、"半分は正しいわね"と言う。
半分? と首をひねると、永琳は濡羽色の輝夜姫の髪を手櫛で梳きながら答えた。
「輝夜を連れ帰る月の民のリーダーとして私がここに来たのは正解、でもこの子を連れて月に帰るつもりは無いわ」
?? つまり、そういう名目で他の奴らと一緒に月から降りて来たけど、今は輝夜姫と一緒に逃避行という事か?
それは……ヤバくない?
「今すぐ戦力をかき集めた方がいいか? 敵わないまでも、永琳たちが逃げる時間稼ぎくらいはできると思うが」
「大丈夫よ、他の奴らはみんな殺したから」
……長生きしすぎて耳が遠くなったかな、なんか今もの凄く剣呑な言葉が聞こえたような気がするんだが。
思わず現実逃避しかける俺に、永琳は全く変わりのない微笑みを
「月夜見や弟子の
笑顔のままで放たれる酷薄な言葉に、俺はしばし呆然とする。
永琳ってこんな覚悟ガンギマリガールだったっけ……もう少し、というかだいぶ穏やかな天才少女だったと思うんだが。
月日の流れとは残酷なものだとよく言うが、こんな形で実感はしたくなかったよ……
向こうでどんな経験をすれば、こういう成長をするのか。
俺に出来る事は、辛い経験をしてきただろう彼女を労わることだけなのかもしれない。*1
「しかし、殺したとなると向こうも
「いいえ、月の民には今では
爆撃か、あれには酷い目に遭ったな。
それに永遠衆の最大の力は数なのに、同じく数で月の民の技術による兵器となると確かに厳しい。
そうなると、どう頑張っても目立つ俺の近くよりも、どこかに隠れ住んだ方がマシか……
永琳も先に同じ結論に至ったのか、先程よりも幾分儚げに笑って言う。
「残念だけど、
あの頃、月に行った連中がまだ地上にいて、俺が新アモンケットを造った頃。
隠れ住むとなれば、俺の住んでいる龍洞御所や、都に気軽に顔を出すというのも難しいだろう。
少し気落ちしたような永琳に、俺は元気づけるように声をかけた。
「それでも、月にいた頃よりは連絡を取り合えるようになるさ。住処が決まればちょくちょく使いを出すよ」
「フフッ、ありがとね」
彼女の顔の暗さが少し薄らぎ、昔から変わっていない所もあるのだと感じる。
一応の話がひと段落したところで、永琳に気になっていたことを聞いてみた。
「そう言えば、輝夜姫は一体何の罪で地上にやってきたんだ?」
竹取物語でもそこら辺りはあやふやだった気がするし、単純な好奇心で訊ねる。
聞かれた永琳も"言ってなかったわね"と快く教えてくれた。
輝夜姫の罪、それは永琳が輝夜姫の協力の下で作り出した"蓬莱の薬"を服用した事なのだという。
この薬は、穢れを排することで老いを遠ざけた月の民とは違う方法で不老不死を実現したものである。
輝夜姫の"永遠と須臾を操る程度の能力"という御大層な能力と、俺がかつて永琳にした"
その効果によって、服用者は肉体ではなく魂を根幹とする生物へと変わり、肉体が失われても魂を元にそれを再生する。
一見月の民が求めるものに見えるのだが、術式が存在を完全とするのに5つのマナ(赤・青・緑・白・黒)を補うため、服用とともに否応なく黒マナ、穢れが発生するのだ。
故に、月の民の間ではこの薬の使用は重罪とされ、服用した輝夜姫は地上へと送られた……と。
「服用者が罪人にされたのに、開発者の私は無罪放免。それで愛想が尽きたの。地上に降りてから私も飲んだし、晴れて同じ境遇ってやつね」
不老不死か……今からでも豊聡耳は欲しがるのかな? 妖怪とかに飲まれて不死身の特攻とか仕掛けられても困るんだが。
そう永琳に伝えると、輝夜姫が少しだけ老夫婦の屋敷に残してきたが、人間(月の住人を含む)用に調整したので、仙人や妖怪には意味がないだろうとのこと。
最悪の場合、逆に死に至るまで有り得るらしいのでひとまず安心だ。
「じゃあ、永琳たちの隠れ家をどこかに作らないとなぁ」
「そうね、一般社会からも知られてない所ならなお良いのだけれど」
「うーん……あっ」
※※※
「……それで、私たちの隠れ里に移住したい、と」
かつての会談の後に"何か連絡がありましたら"と渡されていた折り紙の鳥のような『式』で繋ぎを取った八雲は、頭痛を堪える様な顔でそう言った。
「ああ、お前たちの隠れ里作りも試行錯誤で、住民は随時募集中なのだろう?」
「確かに人間と妖怪の力の均衡の取り方で行き詰ってはいます。話を聞く限り、
理ではなく感情で承服しかねる、といった表情の八雲を前に、永琳は悠然と言葉を発した。
「あら、少なくとも箱庭の管理
「く、くらい……」
なんか二人の間で火花が散っているような気がするが、それを見て輝夜姫はコロコロ笑っている。
しばらく八雲と永琳の間で言葉の応酬があったが、最終的には八雲が折れて二人は彼女の隠れ里へ移住することに決まった。
八雲の作っている里は
目に付きにくい《戦慄猫》*2で使いを出すのも許可してもらったし、手紙*3を送るのが楽しみだ。
「ボーラス様、頼りになる御方をご紹介ありがとうございます。ですが! 次に何方か紹介されるのであれば、今度は厄の無い方をお願致しますね?」
少し浮かれていたのがバレたのか、八雲にはしっかりと釘を刺されたのだった。
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第二十二話 龍神の守護像
永琳たちが八雲の作った隠れ里"幻想郷"に移住してから、時々八雲も俺を訪ねてくるようになった。
人々から恐れられる妖怪の身で問題が起こりうることは承知のようで、人目を避けて夜に来てくれるのは有り難いが、毎度のように愚痴るのはやめてくれないかなぁ。
月の追手がかかってる者たちという重度の厄ネタを抱え込ませた手前、聞く耳持たんとは言えんが……
「八意様の術で、幻想郷内に作った人間の里がすぐさま妖怪に襲われて壊滅することはなくなりました。しかし、あの方の術は強力すぎて、人が妖怪を恐れなくなるのではと心配で……」
「ふぅむ、妖怪が生きていくのにも難儀な調整が必要なのだな」
仕事の絶えない箱庭の管理者は、だいぶお疲れの様子だ。
綺麗な金髪を紫色のドレスの上に流した出で立ちは輝夜姫や永琳にも劣ることのない人ならざる美しさを滲ませているが、今日は疲労の色が濃い。
ストレスが溜まっているのか、全く可愛くない《戦慄猫》を撫でて癒されている姿など、いっそ哀れだ。
「八意様の術は完璧すぎます。人里の中の安全は保障されますし、そう頼んだのは私ですけれど……妖怪を威圧する要素が無いので無警戒な妖怪が返り討ちになるなど、問題も多いのですわ」
むう、月の民の技術だと、妖怪は追い払うより
八雲としては、"妖怪が警戒して遠巻きにするけれど、人間も安心はしきれない"という絶妙なバランスが欲しいんだろうが、それをするには月の民の技術と戦力は強すぎる。
永琳ならば、とは思うが、彼女も他者に分かりやすい派手でゴテゴテしたのは好みじゃないだろうしな。
そういうのは、むしろ原作ボーラスの
「一つ、思いついた事がある」
「……聞きましょう」
おい、そんな諦めたような顔で見るな、失礼だろう。
遠い目をして《戦慄猫》を撫でまわすんじゃない!
「これ、ですか」
「これだ」
「確かに存在感はあると思いますが……」
俺たちの前に、闇夜を押し退けるようにそびえ立っているのは《王神の立像》。
"《灯》の収穫"というボーラスの計画の最終段階で永遠衆に侵攻されたラヴニカ次元で、都市の破壊と戦乱の最中に街に建てられたニコル・ボーラス自身をかたどった巨大な像だ。
戦火に耐えるラヴニカの住人すべてへの侮辱であり、ボーラスの自分本位な思考と自己顕示欲の塊。
初めて目にした奴は、悪い意味で遠巻きにしたくなる代物である。
「まさか、これを置いて"龍神"の威光で守るとは言い出しませんよね?」
「当たり前だ。というか、お前の中で俺の印象はどうなってるんだ」
オホホホホ、と笑って誤魔化す八雲を睨みつけていると、永遠衆に呼ばれたもう一人の必要人員がやってきた。
「ボーラス様、お呼びと聞いて罷り越しました! 何の御用でしょう。それが何であれ、粉骨砕身の覚悟で全う致します!」
「分かった、分かったから静かにしろ。お前の能力が必要なんだ…………
そう言って、跪いた右腕が義手の男を立たせる。
コイツ、最初は本当に操り人形だったのに、いつの間にやら感情を持って自分で動くようになったのだ。
豊聡耳に言わせれば、"道具とて
アモンケット次元も死体は何もしなければ必ずアンデッドになる、といった法則があったし、そういうこともあるのかもしれない。
原作テゼレットの魂ではなく新たに魂が宿った事と、テゼレットの忠誠度がすでに激高になっていた事が悪魔合体して、現在のような俺に忠誠を尽くす"キレイなテゼレット*1"状態になったようだ。
都合が良いと言えば良いんだが、違和感がすごいんだよなぁ……
「畏まりました。必要なのはエーテリウム電池でしょうか、それとも……*2」
テゼレットが剣呑な眼で八雲の方を見たので、すぐに否定する。
エーテリウム電池ばかり作ってるところに直の呼び出しだからそうも思うか。
だが、今回呼んだ理由はその二つの能力ではない。
「テゼレット、奥義*3を使え」
俺の言葉にテゼレットは目を瞠り、表情を硬くして言う。
「なんと……よろしいので?」
「構わん。その為にお前を呼んだんだ」
許可が出たことでテゼレットは黙って一礼して承知したことを示し、《王神の立像》に歩いて行った。
俺たちのやり取りを困惑しながら見守っていた八雲は、テゼレットの背中を見ながら俺に問いかける。
「先程の言葉、どういう意味ですの?」
「なに、非常時にコイツが動いて人里を守れるなら、条件は満たせるだろう」
「……そうかも知れませんが、この巨大な像を動かせるので?」
八雲も『式』という人工物を動かす手段を持っているので、その困難さが分かるのだろう。
しかし、問題は無い。
テゼレットは生きている金属……
奴がエーテリウム製の鉤爪状の義手で《王神の立像》の足元に複雑な紋章を刻むと、命を吹き込まれた巨像が重々しく動き出す。
この能力で動く
派手だし大抵の妖怪なら対処できるだろうけれど、これ一つでは絶対安心まではいかないだろう。
生き物のように動く巨像を見上げて驚く八雲を見ながらそう思う。
妖怪とはいえ女性に対してこういうのもなんだが、いつもの胡散臭い笑みを消してポカンと口を開いた八雲の顔は、なかなか見ものだった。
八雲は疲れた顔で感謝を述べ、例の謎空間に《王神の立像》を呑み込んだ。
あんな大物もしまえるんだから、大概すごい能力だよなぁ。
テゼレットが意思を持つようになってから、俺もプレインズウォーカーとしての能力を使おうと練習しているのだが、イマイチ安定しない。
基本的に物騒な能力しかないので、気軽にぶっ放す気持で使えないのも一因だ。
テゼレットのマネはサイズ的に難しいし。
テゼレットは見事に使いこなしているのに……俺が本物じゃないからなんだろうか。
「改めて、ご助力感謝いたします。八意様への手紙も、お届けしておきますわ」
「ああ、頼んだ。だが、そうだな……」
辞去の挨拶をする八雲に、俺はニヤリと笑って言い放つ。
「──────これで、貸し借り無し、だな?」
八雲は
「ホホホ……そうですね、そういうことにしておきましょう。で・す・か・ら! もう借りを返そうとはしないでいいですからね!」
「そ、そうか? 少しぐらいは力を貸してやっても……」
「い・い・ん・で・す!」
「お、おう」
現代日本でも、外国人は日本人を慎み深いというが、こういうことなんだろうか。
キッパリ断られて、少し寂しかったのは秘密だ。
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第二十三話 遷都と造形神
八雲に引き渡した《王神の立像》はその後、幻想郷でその派手さから妖怪たちに一定以上の警戒を抱かせることに成功したらしい。
……まあ、人間たちも人里に一夜にして設置された巨大な像に瞠目したらしいが。
だが、とにかくデカくて目立ち、幻想郷に行った妖怪には"龍神"としての俺の姿を知る者もいたので、八雲も元は取れたと太鼓判を押してくれた。
迂闊に妖怪たちが人里へ襲撃しなければ、永琳の提供した術式も問題なく使える。
もし襲撃の兆候があっても、あの巨体が動けば脅しには十分だろう。
《王神の立像》には、永く人里の平和の象徴として頑張って欲しいものだ。
なお、著しく景観を損ねるという八雲からの陳情には全力で耳を塞いだ。
ゾンビの永遠衆や不老の豊聡耳たちと共にいると時間の流れを忘れがちだが、そんなことは言っていられない程大きな出来事があった。
新たな王が都を、北の新都に
なんでも今代の王は大陸の国との交易に熱心らしく、かの国で流行っている仏教を都に受け入れたという風に見せたいがために遷都したのだという。
確かに、新都"平安京都"に比べて"安門京都"と呼ばれるようになったこの都は国作りの夫婦神を初めとした"八百万の神"への信仰の匂いが強い。
向こうの宗教施設がある都ならば使者も少なからず安心するだろうし、国家間の対話も円滑になるというものだろう。
もちろん、新たな王も豊聡耳との関係を崩すつもりは無いので、彼女には新たに『太政大臣』という地位が新設されて授けられた。
これは、"政治を執り行う最高機関の長官で、王の手本になる人"が就く地位として作られたもので、簡単に言えば滅茶苦茶偉い。
その権力は王に次ぐというのだから、そんなものを豊聡耳が不老とはいえ作ってよかったのか疑問に思った。
しかし彼女に聞くと、"任官基準の欄に『相応しい者が居なければ欠員』と書いてあるから問題ない。今代の王はやり手だね"と笑っていたから、多分褒めているのだろう。
俺は三度説明を受けてようやく理解したが、これは豊聡耳が政治に関わる根拠となると同時に、何らかの事情で彼女がいなくなった時にはすぐさま実権の無い名誉職に切り替えられるという事なのだそうだ。
体裁でだけ仏教を取り入れることといい、今の王は辣腕なのだな……
この地位に就いてから、豊聡耳は『太政大臣』にあたる大陸の官職名である『太師』と呼ばれるようになり、過去の王に号された"聖徳王"と合わせて"聖徳太師"とも呼ばれた。
……本当に、日本史と似ていても違うことが随所にあるあたり、輝夜姫の一件が例外だったのだろうかと首を傾げることしきりである。
都が平安京都に遷都すると、幾らかの住人も新都へ移住していった。
結果として安門京都で余った土地には、俺が歳費を貯めて土地を買い上げ《権威の殿堂》、《神託者の大聖堂》*1、《神々のピラミッド》*2といったアモンケットの建造物を建てていっている。
この国とは建築様式が大きく異なるが、"神"の関わる建物だと言うとこの国の住民はとりあえずありがたがるので、特に深刻な問題は起きていない。
これらの建造物は出した時点では未完成なので、永遠衆や《仕える者たち》の労働力の一部を使って完成させていくことになる。
……その工事の関係で
《王神の贈り物》。
"蓋世の英雄"と呼ばれる、神々の五つの試練をも突破したアモンケットの修練者の遺体を永遠衆に加工していた
原作のニコル・ボーラスがアモンケットの人々に示した『約束された来世』という欺瞞の核心そのものである。
代を重ねたことで死者の労働力も受け入れられ、永遠衆も増員する時期に入ったと感じたからこその設置だが、念のため秘密裏に人々の目の届かない場所に設置した。
なにせこのアーティファクト……自動化されているのだ。
これが設置されていたアモンケットにボーラスが帰還するまで永遠衆を造り続けたのだから当たり前といえば当たり前だが、遷都してすぐの今ではこの話が広がるのは少し危うい。
《来世への門》*3とまではいかなくても、多少は神聖さを感じさせた方がウケがいいのは今までの経験で感じている。
できればもう少し期間を置いて、地上部分には《永遠衆の墓所》*4でも設置して受け入れ口としたい。
死後に永遠衆になる武官たちはいわば職業軍人だからな、無味乾燥な終わりより色を付けてやった方がいいだろう。
新都の体制がどれほどで落ち着くか、王の統治に期待だな。
基本的に俺との謁見は、豊聡耳で一本に絞られている。
輝夜姫の時に貴族の一人が謁見を求めてきたこともあったが、普通に断っても問題にはならなかった。
そんな窓口が非常に狭い俺に、豊聡耳が謁見を取り次いできた。
「で、相手は誰なんだ?」
この件に関して、妙に歯切れが悪い豊郷耳に問うと、彼女は珍しく困った様子で答えた。
「それが、相手は神霊でね。それほど有名ではないが、出自は非常に良い。というか良すぎる。だから断れなかった」
「それほどか……」
神が少なくとも人のくくりに入る豊聡耳に謁見を取り次がせたというのも凄いが、詳しく聞くとその神霊とやらの出自も凄い。
国産みの女神、彼女が死にゆく際に体から生まれた"
神としては、窯業など焼き物に関わる者の一部に信仰されるのみなのでそれ程でもないが、出自はほぼ最高のものだ。
設定上では、俺は黄泉の国へ行ったその女神の配下だから、いうなれば主筋ということになるか。
……それは断れないな。
「
「ああ、肝に銘じる」
釘を刺してきた豊聡耳が謁見の間の扉を
緑の頭巾をかぶり、同じ色の前掛けを独特の模様の縁取りがされた黄色い衣装の上に着た青い長髪の少女神。
彼女が入ってくるとともに、
「はじめましてね、同輩さん。私は
……一応、まだ疑われてはないようだ。
敬意を込めて頭を下げて応えると、彼女は満足そうに頷いて返す。
「時間は有限よ、早速本題に入りたいのだけれど」
「あ、ああ。此度は一体何用で?」
できるだけ丁寧に袿姫に問いかけると、彼女は興奮した様子で言った。
「貴方の作品を見させてもらったわ! 一切の無駄を排した妥協なき造形、死しているのに生きている新たな命の形、そして生前の一点の
怒涛の勢いで矢継ぎ早に言葉を紡ぐ袿姫を一旦落ち着かせ、頭が痛くなるような内容に思わず確認を入れる。
「あー、つまり、永遠衆の制作現場が見たい、ただそれだけだと?」
「ええ!」
コイツあれだ、天才肌の芸術家だ。
この手の自身の欲求に素直な奴は、断っても絶対にゴネる。
なら、いっそ願いを聞いてやった方が扱い易いだろう。
……自分の母親なのに、
「見せてもいいが……永遠衆の制作は今は俺の手を離れて、自動で行われている」
「自動!?」
俺の言葉に袿姫は頭を殴られたかのように大きなショックを受けたようだ。
それもそうか、制作に一家言ある自分も難しいと思った技術が職人技じゃなくて大量生産なんだからな。
彼女があまりにも呆然としているので、居心地の悪い俺は適当に思いついた事を口にした。
「製作は造れて三流、良いものを造れて二流、自分の手を介さずとも造れて初めて一流だと思わないか?」
それっぽいことを言っただけで意味などないなのだが、この言葉を聞いた袿姫の目の焦点が徐々に戻って来た。
「……そうか、そうね。自分の手を使わないと良いものは造れないというのは傲慢だったのかもしれない。作品に命を与えられるなら、作品自身も作品を作れるはずよね」
うむ、なにかよく分からんが、自己解決したようだ。
我に返った袿姫は鬼気迫る表情で爛々と瞳を輝かせ、《王神の贈り物》の中を食い入るように見学して帰って行った。
帰り際に、"私も貴方に負けない一流の作品を仕上げて見せるわ"と言った彼女の顔は、早口でまくし立てた時以上に生気に満ち溢れていた。
…………俺は職人じゃないんだがな、バレなくてよかった。
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第二十四話 鬼退治と尻拭い
《王神の贈り物》の設置による永遠衆の増員によって新・旧都周辺の治安は劇的に良くなっていった……のだが、最近になって平安京都で妖怪による被害報告が相次いでいる。
下手人は昼夜問わず堂々と犯行に及んでいた為どんな妖怪の仕業か調べる必要はなかったが、その妖怪の種族を聞いて思わず頭痛がする思いがした。
犯人の種族は、『鬼』。
よりにもよってアイツらか、と思った俺を責めることはできないだろう。
『鬼』、人ならざる者、有角の妖怪。
強大な腕力と妖力で人畜を害し、その肌は並の刃物では傷つけることすら叶わない。
しかも奴らは世紀末を生きてるのかと思うくらいの暴力の信徒であり、なんでもかんでも力で片づけようとする。
新アモンケットの頃も定期的に略奪に来る鬼たちの撃退にどれほど苦労した事か……
鬼は基本的に高いパワーとタフネスを併せ持つ脳筋種族で、
まあそれは、『殴った方が早い』という経験則に裏打ちされているのだが。
とにかく、大抵の鬼は真正面から力づくで物を奪い、人を襲う。
罠や反撃は踏み破り、儚い抵抗を打ち砕き、満足したら意気揚々と帰っていくのだ。
いかに一般人や木っ端妖怪では相手にならない永遠衆でも、鬼相手では被害覚悟で数で袋叩きにするしか勝ち筋がない。
数体やそこらでは、奴らの足止めくらいしかできないからだ。
緑クリーチャーもびっくり*1の戦闘種族、それが鬼なのだ。
平安京都に居を構える今代の王もこれを座視することはできず、王家の血を引く『源氏』の将に討伐の勅を出した。
しかし、下調べの段階で恐ろしい事実が判明する。
度重なる被害をもたらした鬼の本拠は、新都の北西"大江山"。
そこには鬼たちを統べる鬼の頭領がおり、幾多の鬼が配下として集っているという。
ただでさえ一人でも対策が難しいというのに、本拠には強大な鬼がうじゃうじゃいる。
"源氏の将も大江山の鬼に攻めあぐねている"という噂が流れ出した頃、その本人が俺の居る龍洞御所を参拝してから大江山へ出発した。
まともに戦えばまず間違いなくひねり潰される戦力差でどうするのか、興味が湧いた俺は彼らの鬼退治を見届けることにした。
使役した屍鬼と視界を共有する青娥の術を《戦慄猫》に掛けて、彼らの後を追わせる。
こいつなら目立たずに鬼退治を観戦できるだろう。
「しかし、本当にどうやってあの鬼どもを退治するつもりなのか……」
「さてはて、私なら関わり合いにならないようにするか、逃げの一手ですけれど。……そろそろ大江山ですね」
今回、新都の防衛強化くらいしか関わっていない俺は完全に他人事として見ている。
最悪の場合、俺が上空から大江山にありったけのマナを込めた《溶岩震》*2をぶち込むことで豊聡耳に了解は取れているからな。
せいぜい彼らの勇気と知恵のほどを見せてもらおうじゃないか。
「あら、なにやら着替えておりますね。あれは……山伏の格好でしょうか」
「そういえば、山伏が妖怪になった『天狗』と鬼は仲が良いと聞いたな」
なるほど、山伏の姿で鬼を油断させて、隙ができた所をドスッっという訳か。
しかし、それでは鬼の首領と数人は倒せても、全員倒すのは難しいんじゃないか?
そう考えながら彼らの様子を見ていると、手土産に酒をたっぷり持って行ったようで、鬼たちは喜色満面で歓迎していた。
ははぁ、ヤマタノオロチで有名な酔い潰してから倒す方法か、それならみんな寝てるから大丈夫って訳だ。
けど、少人数で持っていける程度の酒で足りるのか? 鬼は誰も彼も酒豪ぞろい、頭領に至っては『酒吞童子』と呼ばれるほどだという。
鬼たちと一緒にどんちゃん騒ぎをする様子を見て首を捻っていると、手土産の酒がいきわたって少し経ったくらいで、鬼の一人が杯をポトリと落とした。
それを皮切りに、次々に鬼たちが倒れ伏し、鬼の頭領とその側近と思われる者たちも体が痺れたように動けなくなっている。
「あらあら、
「……何か心当たりでもあるのか?」
あまり聞きたくはないが、青娥に訳知り顔をさせておくのも腹が立つ。
彼女に問うと、まるで世間話をするように自然にとんでもないことを言い放った。
「はい、私も買い物などするために都で小さな薬屋を開いているのですが、最近"妖怪にしか効かない無味無臭の毒"を頼まれまして。お代も十分頂きましたので、精一杯のものをお渡ししたのですが、まさかこういう使われ方をするとは。オホホホホ」
コイツ……その依頼内容でこういう使い方以外があるか! 絶対分かっていて受けただろう。
鬼たちは青娥謹製の毒を受け、動けないために無防備に首を刈られていく。
頭領と側近は足腰が立たないながらも腕をぶんぶん振るって牽制しているが、じわじわと包囲されていっている。
鬼の身体に傷を付けられるのだから、討伐隊の者たちが持っているのもさぞや名のある霊刀なのだろうが……この使われ方は、かなり惨い。
毒を盛られた鬼たちの怒りの形相は、筆舌に尽くしがたいものだ。
それこそ、末代まで祟られそうなほどに。
頭領の側近の一人の腕が斬り飛ばされた時、金髪に一本角を持った女の鬼が咆哮を上げ、生き残った仲間を抱えて転がるように逃げ出した。
他の鬼の首を取った討伐隊の者たちは咆哮に居竦み、彼女らの逃走を許してしまったようだ。
「こんなものか。しかし毒を盛られるとは、鬼たちも災難だな」
「皆が皆、ぼぉらす様のようにとはゆきませんわ。弱いからこそ知恵を絞り、手法を凝らす。それが人の強さですから」
青娥の言う通り、この方法でなくば犠牲無しに鬼たちを倒すことはできなかったのだから、合理的に考えれば彼らのやり方は間違っていない。
俺に出来るのは、俺自身が毒を盛られる立場にならないよう気を配ることだけだ。
思えば、嫌な予感はしていた。
《戦慄猫》に帰還命令を伝えさせた直後、青娥が急に用事を思い出したと都へ帰ったのをもっと追及するべきだった。
控えめに言って、現状は最悪だ。
「テゼレット! 状況はどうなっている!?」
「現在、警備の永遠衆たちの十二重の陣は八段目まで突破されました! この場に到達するのも時間の問題かと思われます!」
始まりは龍洞御所の周辺の警備をしている永遠衆の一団が倒されたことだった。
何者かの襲撃へ対応するため警備と御所内に配置された永遠衆たちはすぐさま厳戒体制へ移行、しかして襲撃者はそれを気に留めることなく全てをなぎ倒しながらこちらへ進んできている。
テゼレットが「代人」と呼ばれるゴーレムを介して必死に指揮を執っているが、形勢は圧倒的に不利。
……これ以上は、もし何とかなっても被害が無視できないレベルになるな。
この襲撃自体は都にも伝わっているはず、ならば安易に逃げる姿を見せるわけにはいかない……まあ殺されるくらいだったら飛んで逃げるけど。
とにかく、パワー的なものだけみればこっちの最大戦力は俺なんだ。
鉄火場は得意じゃないが、やるしかない。
「テゼレット、陣を解け。ここで迎え撃つぞ!」
「……ハッ! 微力ながら、お供致します!」
死ぬかもしれないような形勢不利の状況で、ボーラスの為にテゼレットが最後まで付いてくる……か、皮肉なもんだ*3。
永遠衆たちが抵抗を止めたせいか、襲撃者はそうかからずに謁見の間の壁をぶち抜いて現れた。
「おう萃香、ここであってるのかい?」
「合ってる合ってる、だからあんま揺らさないでよ。一番たくさん飲んでたせいでまだあの毒酒が残ってクラクラするんだ」
なにより、その顔を見たのは術越しとはいえ忘れるほど時が経ってない。
「……大江山の鬼の頭領と、その側近か」
俺の言葉に、幼女の姿をした鬼が"あー、違う違う"と答えた。
「大江山では四人で頭を張ってたのさ、まあ生き残ったのは私たち含めて三人だけど」
だから、まあ、と言葉を溜めた
二人の鬼は口を同じくして言う。
『お礼参りをしなくちゃなぁ!』
…………なんかスッゲェ誤解されてる気がするんですけどォ!?
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第二十五話 鬼との戦いと死の予感
今後は原作の設定に対する最低限のリスペクトが感じられるよう努めますので、読者様方は私が書き方の偏向や誤解を招く言い回しに気付けるよう、今後とも感想に感じたままの言葉を載せてくださると助かります。
恐ろしい形相で指をバキバキ鳴らす一本角の長身の鬼と、酔っぱらったようにフラフラと左右に揺れている二本角の小さな鬼。
宣戦布告は終わってしまった。
機を
「テゼレット、小さい方の足止めはできるか?」
経験則的に『鬼』は体躯がデカいとパワー型が多く、小さいのは搦め手が得意な奴が多い。
まあ小さくても尋常じゃない怪力とタフネスは持っているんだが。
「ご命令とあらば、命に代えましても!」
「やめろ、お前に死なれると被害を抑えるために迎え撃つ形にした意味がない。何が何でも生き残れ」
「……ハッ!」
こっちのやり取りを聞いていた鬼たちは、小さい方と睨み合ったまま俺から引き離そうとするテゼレットを見て場違いなほど快く笑った。
「私の相手はそっちの異人さんか。いいよ、"鬼の四天王"が一人、
謁見の間の壁ごと吹き飛ばして交戦しながら離れていく二人を余所に、長身の鬼は頭を搔く。
「萃香の奴……本調子じゃないから無理はしないんじゃなかったのかよ……」
呆れを滲ませて戦場の緊張が一時緩んだのを見計らい、戦う前に言っておきたい事を言うことにした。
「今更かもしれんが。今回の件、俺は無関係……とまでは言わんが、直接関わってはいないぞ」
むしろ9割9分青娥が悪いと言ってもいい。
しかし、長身の鬼は剣呑な視線を返した。
「……私たちの仲間の茨木が解析した毒の術式と、ウチの根城を覗き見していた奴に掛けられた術のクセが同じだった。で、覗き見してた青黒いのはアンタの眷属なんだってな。これで信じろってのは、寝言は寝て言うもんだよ?」
そう言われてみると状況証拠では真っ黒だなオイ!?
だが理不尽な復讐は断固断る!
「だが、都を先に襲撃したのは鬼だろう? 毒を盛られようが闇討ちされようが、因果応報というものではないか」
俺の言葉に、長身の鬼はハッと嗤う。
「一番の目的は、人と鬼の絆にケチをつけた事、心を偽らせたことのケジメを付けるためさ。退治に来たことでガタガタ騒ぐものかよ」
「絆? 心? どういうことだ?」
「知りたけりゃ後で教えてやるよ、私とアンタのどっちかが死んでなきゃなぁ!」
交流することが無かったから鬼の行動原理なんぞ知らんのだが、何かがこいつらの心の琴線に触れてしまったらしい。
いわゆる"地雷踏んだ"ってやつだな……恨むぞ青娥!
再び緊張を高まらせて睨み合う中、拳を固めた長身の鬼は戦名乗りを上げた。
「私は大江山の鬼の四天王、
俺と勇儀の戦いは、不本意なことに地上戦になっていた。
できれば俺は距離をとれる空中に居たいのだが、空を飛ぼうとすると勇儀がでかい瓦礫を剛速球で投げつけて翼を破ろうとするので防御するしかない。
となると小回りの利く勇儀が有利になっているのか、というと必ずしもそうでもない。
勇儀は典型的な力押しをしてくるタイプの鬼で、基本戦術は"まっすぐ行って、右ストレートでぶっ飛ばす"に近い。
空恐ろしいほどの踏み込みの速さでこっちに向かってカッ飛んでくる勇儀の一撃に合わせて俺も体躯を活かした一撃を彼女に見舞うが、拳の一撃の威力で相殺され目に見えるダメージは入っていない。
何百倍という体格差があるというのにコレとは流石鬼……この世界の法則に文句を付けたいくらいだ。
「見た目だけじゃないって訳だ、ならこれならどうだ!」
一直線に突っ込んできた勇儀の一撃に同じように合わせたら、有る筈の拳がぶつかり合う衝撃が無く、一瞬で俺の視界の天地が逆転する。
投げられた!? どんだけ体重差があると……! これだから鬼は相手にしたくないんだ!
状況を理解するとともに尾を地面に叩きつけて投げが極まるのを回避し、体を捻って四足の状態になり地面に着地する。
これには勇儀も驚いて目を丸くしているところに、猫パンチのような身軽さで上からドラゴンパンチをお見舞いする。
周りの地面ごと陥没するほどの威力だが、これで済むとは思っていない。
穴から出てくる前に、ダメ押しで縦に一回転して勢いを付けた尾の一撃で圧し潰した。
謁見の間は見るも無残な有り様になっており、むしろ残っているのは壁の一部くらいのもの。
でも死んではいないんだろうなぁ……鬼だし。
穴……というか溝から這い出てこないので一息ついていると、小さい方の鬼"萃香"と交戦していたテゼレットがゴーレムに抱えられた状態で戻って来た。
「……申し訳ございません、戦力は削りましたがこれ以上は難しいと判断し撤退いたしました」
「構わん。よくやったな」
「ありがたき幸せ」
テゼレットを追いかけるように現れた萃香は切り傷だらけ痣だらけ、テゼレット謹製のゴーレムに纏わりつかれた状態でそれらを引き摺るように入って来る。
「ハァ……ハァ……まだ、終わってないぞ!」
傍から見てもよく立ってるなという感じなのに、このガッツはなんなのか。
鬼全般に言えるけれど、異常に精神力が強いんだよなぁ。
「ゆ、勇儀!?」
お、相方の状態に気付いた。
萃香の声に反応したのか、勇儀の方も割れ目からズルズルと這い出して来た。
「あー痛ぇ、強いなぁ、気持ち良いぐらい強い。だけど、この際一矢報いるくらいはしないとなぁ」
口の中に溜まった血を吐き出し、緩慢な動きで立ち上がった勇儀はこれまでと違う、何かの
「勇儀! 毒の残った身体でそれはマズイって!」
「まぁ、もし死んだらお前が茨木の奴に伝えてくれや」
「馬鹿!
突然の愁嘆場に目を白黒させていると萃香の身体がみるみる薄れ、拘束していたゴーレムを残して消えてしまった。
なんだ? ゴーレムがとれたってことは透明になる能力じゃないな。
霧になるとか小さくなるような能力か?
俺が周囲を警戒していると、勇儀が"警戒する必要は無いよ"と言った。
「悪いがアイツは見届け人にさせてもらった。勝手をした分は、終わった後に私の首で帳消してくれ」
「……首?」
「ああ、鬼の首は誉れの証。アンタはそれに値する」
おかしいな、この世界は元の世界で言う平安時代くらいだと思ってたんだが、首狩り民族になるには時代が早くない?
といってもここにいるのは勇儀以外は俺とテゼレット、この世界の常識には疎い奴しかいない。
そういうもんかと呑み込む以外ないか。
「どう転んでもこれで最後だ。その前に強き者よ、名を聞いておきたい」
「……ボーラス。ニコル・ボーラスだ」
「ぼぉらす、か。耳慣れない響きだが、いい冥途の土産ができた」
そう言って朗らかに笑った勇儀だが、笑みを収めると今日一番の闘気が場に渦巻いた。
本能的にヤバイと感じる雰囲気に、テゼレットを避難させてから勇儀に向き直る。
ボロボロの身体の総身に闘気を漲らせた彼女は、俺の準備ができたと見て渾身の技で挑んできた。
「四天王奥義・三歩必殺!!」
その言葉が聞こえた瞬間、勇儀の居た場所には踏み砕かれた地面だけが残り、俺のすぐ近くにその姿は移動している。
全く動きが見えなかった。
遅れて聞こえてきた「一ッ!」の声とほぼ同時に「ニッ!」の声が聞こえ、勇儀の姿は俺の鼻先の空中に飛びあがっていた。
あまりの速さに飛びのくような大きな動きはできない。
せめて打点をずらしてダメージを抑えようと身をよじるが、勇儀は「三ッ!」の声と共に
俺が身をよじって生まれた空間があっという間になくなる。
避けられない。
総毛立つような死の予感が俺を襲っていた。
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第二十六話 恐れの化身と見解の相違
勇儀の全霊の一撃が迫る。
たとえ俺のウロコが鉄より硬くても、一切の関係なくすべてを血煙へと変える剛拳。
マナを動かすには時間が足りない、せめて《暴君の嘲笑》*1が使えれば……
次の瞬間に襲い来るだろう死へ通ずる痛みを思い、俺はただ固く目を閉じるしかできなかった。
…………あれ? 痛みが、来ない?
恐る恐る目を開けると、勇儀は俺に拳を当てる直前で光でできた鎖や障壁でがんじがらめにされ空中に縫い留められていた。
「ぐ、ぐぎぎぎぎ……ダメだ、全然動かん! 最後の一矢も報いず、か……」
歯を食いしばり、必死にもがこうとする勇儀だったが、首から下はピクリともしていない。
鬼の馬鹿力を封じ込めるとは、これは一体……
「ぼぉらす様~、ご無事ですか~?」
困惑しているところに、地面に穴をあけて癪に障るほど綺麗な声をした女仙人がひょっこり顔を見せた。
「青娥!?」
「はい! 忠義の臣、霍青娥でございますよ」
場違いにニコニコしている青娥は穴から出てくるとおどけた様子で一礼し、心にもない言葉を吐いた。
お前が忠義の臣だったら、この世界のだいたいの奴は
「安門京都の豊聡耳様、蘇我様、物部様に御出座いただいて三方陣を敷きました。準備に時間がかかりましたが、ご無事な様で何よりです」
そうか……あの三人が協力しての術ならば強力なのも頷ける。
応援を呼んでくれて一瞬感謝しそうになったが……そう言えば元凶こいつじゃねぇか! ほとんどとばっちりだったわ!
「青娥、とりあえずこっち来い」
「えっと、助けを呼んだので相殺になったりしません?」
「いいから来い!」
この期に及んで往生際の悪い青娥の結った髪に爪を引っかけて強引に引っ張って来る。
青娥は"乙女の命になんてことを! "などと言っていたが、乙女なんて齢か、お前が。
ゴネる青娥を引き摺って勇儀の前に連れて行き、"こいつが毒の出処だ"と告げる。
それを聞いた勇儀は頬を引きつらせながら答える。
「あー、つまり、本当にアンタは無関係で、そいつが元凶だと……?」
「最初からそう言ってる。というか、今度は信じるんだな?」
俺が適当に生贄を差し出して尻尾を切ろうとしてると疑うかと思ったが。
それに対して彼女は、"そいつからは性根の腐った臭いがプンプンするからね"と返した。
さもありなん。
「迷惑かけちまったね。私の首は晒そうが何しようが構わないが、くれてやる前にそいつを八つ裂きにしてもいいかい?」
「いいぞ」
「ぼぉらす様!?」
おっといかん、つい本音が。
「……と言いたいところだが、こんなのでも替えの利かん人材でな。襤褸切れみたいになるまでこき使う予定だから諦めてくれ」
「ヨヨヨ、忠義の臣にこのような扱い……あんまりです……」
おい青娥、あからさまな泣き真似するな、勇儀に差し出したくなるだろうが。
勇儀も言ってみただけなのか、先程までの闘気は欠片もなく、ただ己の首を刈られるのを受け入れる清々しいほどの潔さがあった。
「じゃあスパッと首落としちまってくれや。鬼の首は誉れだが、力と絆で私の全力を退けたアンタならどんな扱いをしても恨みは残らないからさ」
人ではないからか、それとも鬼特有のものなのか。
己の死について語っているはずなのに、相対する側が現実感を失うほどに、彼女はまっすぐだった。
「聞いていいか」
「うん?」
「戦う前に言っていた、"人の心を偽らせるのが許せない"とはどういうことだ」
なんとなく、此処で聞いておかなければ埋めることのできないすれ違いが起きたままになるような気がして、俺は彼女に問いかけていた。
「そうさねぇ……私たち妖怪は、人間の"恐れる心"が形になったもの。それ故に人間を
勇儀は一つ一つ噛み締めるように語った。
それは最期に語る言葉だからか、それとも、己の根源に触れることだからなのか。
今まで知ることのなかったこの世界の
「だからね、鬼に本来人は勝てやしないのさ。それでも鬼が人に退治されるのは、人が鬼に心で勝つからに他ならない」
「心で勝つ?」
「そうさ、人が鬼に心で勝った時、鬼は負けを認める。鬼は強いが故に心を偽れない。自分が負けを認めたら誤魔化す事なんてできないのさ」
そして、と言葉を切り、勇儀は歯をギシリと鳴らして怒気を溢れさせた。
「鬼は心を偽ることを憎む。嘘や謀りを否定するんじゃない、己自身の心に嘘をつくのを許せないんだ。それは抜けない棘となっていつか己の心を殺すものだからね」
妖怪は人の心から生まれると勇儀は言った。
ならば己に嘘をつけず、ひたすらにまっすぐな鬼があれほど強いのも当然だろう。
心が強いのが強い妖怪であり、鬼なのだろうから。
「退治に来たやつらも、あれほどの武器と技量を持ちながら、鬼に立ち向かう事を止めた。何かしらの理由を付けて、今までの己を、仲間を信じなかったんだ。それが私達には許せない、それを勧めた奴もね」
これで全部だ、と言って勇儀は怒気を解いた。
愚直なまでのまっすぐさ、それが鬼の強みであり、変えられない存在原理なのだろう。
少なくとも龍神という偽りの虚像で塗り固めている俺には彼女の在り方は否定できない。
せめて一撃で首を落とすのが情けか、と考えていると青娥がずい、と前に出た。
「お言葉ですが鬼の方、私は毒は用意しましたが、毒を使うように勧めてはいません。全ては源氏の御大将の選択にございます」
「なっ!? あの男は心は偽れど、その力量は本物だった! 心弱き者にあそこまで鍛えられるはずがあるか!」
青娥の言葉に再び怒気を漲らせる勇儀。
しかし、青娥は臆することなく言葉を連ねた。
「恐れながらそれは見解の相違というもの、人は貴方々の思うほどに弱くはございません。抜けぬ棘、消えぬ咎を背負おうと、墓まで運んでいけるのが人の強さ。その不屈の心の強みはそれこそ鬼の貴方様の方がよく知ることでは?」
「そ、れは……」
勇儀にも思い当たることがあったのだろう、己の価値観の根幹が揺らぐショック*2に言葉も出ない様子だ。
呆然自失となった勇儀を尻目に、青娥は俺に振り返って仰々しく礼をして言った。
「ぼぉらす様、この者の助命をお願い致したく存じます」
「「!?」」
ギョッとして思わず言葉を失った俺より少し早く我に返った勇儀は青娥へ向かって問い詰めた。
「何故だ、何故お前のような者が私を助けようとする!」
勇儀の言葉に青娥はニコニコした顔のまま応える。
「個人的に貴方様のような方が好ましいというのが一つ。もう一つは、鬼は上がいなくなると無秩序に被害が増えるので皆さん纏めて隠棲して欲しいのですよ」
ようやく話が見えてきて俺は思わず息を吐く。
青娥が慈愛に目覚めたのかと思って勇儀の一撃より世界の終わりを感じたぞ。
「つまり幻想郷だな」
「はい、幻想郷です」
こちらから隔離するのに便利なんだよな幻想郷、まあ八雲も"強い妖怪は危機感が無くてなかなか受け入れが進まない"とか言ってたし渡りに船だろう、たぶん。
「かなり上位の鬼とお見受けしましたので、ご同胞を
「待て! まだやるとも言ってないだろ!」
勇儀の必死の抗議にも、青娥は腹が立つほど笑顔のまま現実を突きつける。
「敗北者には選択肢など無いものですよ。なにより貴方様も先程の言葉に思うところがあるのでは? 心の底で認めてしまったものからは目をそらせないでしょうに」
「ぐっ……」
いっそ気の毒になるほど青娥に弄ばれている……こいつ自分が優位だと途端に調子が出るんだよなぁ。
まぁ勘違いで襲撃されたのは許しがたいが、鬼が全員幻想郷に行って以降被害がほぼなくなるなら利がでる。
でも感情的に納得しづらいのは分かる、青娥は全方面苛立たせる天才だし。
結局、青娥の"人が道を分かち先へ進んだ今、鬼は挑まれない壁と同じで置き去りにされますよ"という言葉に折れ、醜態を晒し続けるくらいならと隠棲することに同意した。
俺としても鬼との暴力的説得に出張る必要が無く、今後のための投資と思えば旨味のある話なので認めることに否やは無い。
鬼の嘘をつかない心根は理解したので、勇儀には自分の名に懸けて隠棲するように他の鬼を説得すると誓ってもらった。
首をくれてやれない詫びとして『入れた酒の味がグンと良くなる盃』という鬼の秘宝を譲られたが……いまいち価値が分からん。
三方陣を解除した後、豊聡耳からは説教を喰らいそうになったものの、"鬼が全員隠棲したら、龍神が調伏したと流布する"という案でかろうじて許してもらえた。
俺の影響力は豊聡耳の後ろ盾だからなぁ、おちおち死んでもいられない。
テゼレットなんか泣きながら"最後までお供出来ずすみません!"と切腹しそうな勢いだったな。
全てが一段落ついた後、早速再建が始まった龍洞御所を見ながら青娥に問いかける。
「青娥、勇儀の助命を乞うたのは他にも何か理由があるだろう。到底あれだけとは思えん」
こいつに限って変な仏心を出した訳もなし、確認しておかないと重大な事だとマズイし。
「ホホホ、幻想郷に移って醜態を晒して淘汰されるのを避けたとて、人に置き去りにされるのに変わりはありません。ただそれを眺めるだけの日々……力強き者のみじめな末路と思いませんか?」
あー、うん、やっぱこいつ邪仙だわ。
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閑話 諦めない者たち
「……えー、このような背景でもって、日本の統一政権誕生後初の他国による大規模侵略"元寇"が起きた。この時、永遠衆の方々による軍備増強を疑問視していた者たちも、改めて平和を保つための備えの必要性を認識したと言っていい」
とある高校で行われている歴史の授業。
世界でも類を見ない経緯を辿ったこの国の歴史は近代以前までと近・現代に分類されているが、どちらかは必ず履修しなくてはならないため生徒たちの越えねばならない壁だ。
学習意欲に差は有れど、飛鳥時代の
もっとも、年代を覚える暗記要素が嫌われるのは変わらないのだが。
「この元寇の攻勢は二度に渡り、一度目は文永の役・二度目は弘安の役という。特に二度目の攻勢に備えて行われた歴史的な出来事があった。──────鈴木、言ってみろ」
「ハイッ! 『永遠神の投入』です!」
そうだ、と満足そうに頷く男性教師。
年号も同じように覚えてくれればな、と思いつつ、説明をする口が
「龍神様の御力で、有事の備えとして遥か昔に亡くなった
教師は思わず話が逸れてしまったことに気付き、ごほん、と咳払いして気恥ずかし気に続けた。
彼が学生たちと同じ年頃の時、歴史研究会に所属して日夜仲間と語り合っていた身としては、この話題は身が入りすぎる。
教師としては、あまりに趣味に寄った話を聞かせるわけにはいかないのだ。
「永遠神の個別の名は秘されているが、それぞれ蛇の頭を持つ神が活力、猫の頭を持つ神が結束、鳥の頭を持つ神が知識を司っていたとされる。……おい、ノートとれー! テストに出るぞー!」
慌ててノートに書き込みだす生徒たちを見て、教師はやれやれと肩をすくめた。
所変わって、とある秘境のそのまた奥、限られたものにしか辿り着く事の叶わぬ屋敷"マヨヒガ"。
そこで、紫の道士服を着た女性が空間に映し出された高校の様子を眺めている。
「おや、紫様。
名の通りの色をした服を着る女性に声をかけたのは、似たような作りの青の服を纏う女。
二人とも金の髪を持ち、どちらも負けず劣らぬ秀麗な顔立ち。
いささか方向性が違いはするが、人によっては美人の姉妹と思う事だろう。
しかし青の道士服を纏う女性の背後には九つもの獣毛に覆われた尻尾が生えていて、あからさまなほどに人外の化生であることを物語っていた。
「いやねぇ藍、私も"神隠しの主犯"と呼ばれる存在だもの。外の世界の
「そうですか。ならば"幻想郷の賢者"としても、結界の管理にもう少し力を割いて頂きたいものですが」
狐目の女性"
幻想郷がまだ不安定な隠れ里だったころ、
それまで我の強い他の賢者を必死で纏めながら幻想郷を運営していた紫にとっては、まさに天の
紫が配下にするときに埋め込んだ"式"の補助を含めてもほぼどんな仕事でもこなせたため、必要に駆られて彼女は藍に仕事をどんどん割り振った。
なまじ優秀なのが悪かったのか、"幻と実体の境界"や"博麗大結界"を作成する激動の時代を越える頃にはその仕事量はもはや常態化。
主人と式、使う者と使われる者の関係ではあるが、紫もちょっぴり悪いなーとは思っているのだ。
「それにしても
紫が術で映し出した現世の風景を見て、藍はげんなりとした顔をする。
話題を変えられそうだと感じた紫は、あえて余裕をもって部下に問いかけた。
「あら、藍はやっぱり永遠衆は嫌い?」
思惑を隠した主人の問いに、真面目な藍は苦み走った表情で答える。
「利は分かります。しかし、朝廷で正体がバレた時にアイツらに数の暴力で叩き出されましたからね……倒しても倒してもキリがないあの感覚は、どうにも苦手です」
「ふふふ、今の顔、
「お戯れを……」
責められていたのに、いつの間にか
この変わり身の早さは
しかし、これらのまやかしに誤魔化されたままでいるほど、八雲藍という妖怪は若くはなかった。
「……それで、今度は何処の誰が接触してきたのですか?」
「あら、分かる?」
この箱庭を管理するための膨大な雑務を藍はこなしてきたのだ、新参者が来る前の予兆が感じ取れるようにもなる。
それに紫という管理者の女房役も慣れたものだ、未だに追いつけるとは思わないが、いつも誤魔化されるほど付き合いは短くない。
「しかし、ここで新参者ですか……また幻想郷が荒れますね」
「大丈夫よ、当代の博麗の巫女は手加減しない子だから」
クスクス笑う紫に、今から後処理の規模の計算を始める藍。
彼女らに新しい移住者を受け入れないという選択肢はない。
此処は幻想郷、忘れられしものの楽園。
故に幻想郷は全てを受け入れる。
それはそれは残酷な話である。
深夜、守矢神社の祭殿。
誰もが寝静まるこの時間に、洩矢諏訪子は同じ神社の中でも被らないように行動している八坂神奈子の下を訪れた。
「神奈子、まーたなんか企んでるでしょ」
「いきなり随分な物言いだな」
単刀直入に問う諏訪子とは対照的に、神奈子はどこかはぐらかすように答える。
いつもならちょっとした注意だけで終わらせるところだが、感情の行き場が無く鬱屈していた神奈子に余裕がある時点で
「先の大戦、氏子たちの戦勝祈願に応えた加護も結局信仰に大きくつながらなかったしさぁ。もういい加減諦めたら?」
分隊長として永遠衆の実地指揮をしに戦地へ赴く氏子たち。
戦勝祈願に多少集まった信仰に応えて可能な限りの加護を与えたが、結局戦勝は永遠衆の活躍あっての事。
結果としてやらないよりマシだったが、大勢を変えうるものではなかった。
あれから大きな戦は無い。
未来の展望のなさ、生かされているだけの現状に神奈子が不満を持っていたのは知っていた。
だが、今更自分たちに何ができる?
出来る事と言えば、参拝する熱心な氏子の小さな願いを叶えることくらい。
そんな体たらくにもかかわらず、内なる野心を隠そうともしない神奈子が諏訪子は昔から好きで嫌いだった。
もし、神奈子が無茶しようとすれば、きっと
それだけは、認められない。
龍神以外に信仰などほぼ存在せぬ時代になって、今更現れた先祖返り。
かつての王国の残り香、愛しく切ない我が子の
あの娘を巻き添えに死に花咲かせようなんて考えているのなら、全力で刺し違える覚悟があった。
軽い言葉とは違い、言外に"タワケたこと抜かしたらぶっ飛ばしてやる"という気迫のこもった諏訪子の言葉に、神奈子は涼しい顔で応える。
「諦めなどしない、私が私としてある限りな。……だが今すぐ
すぐさま臨戦態勢に入りかけた諏訪子を、神奈子は余裕をもってなだめた。
諏訪子は釈然としない顔をしたが、神奈子が一枚の紙────術の込められた式紙を見せると表情が変わる。
「ふーん、それが今のアンタの"希望"?」
「ああ、秘境"幻想郷"の話は知っているだろう。そこに移住を考えている」
神奈子の言葉に、諏訪子は訝し気に彼女を見つめた。
「本気? 幻想郷、忘れられたものの楽園と言えば聞こえはいいけど、結局は敗残兵のたまり場でしょ? 牛後より鶏口ってのは分からなくはないけど、お山の大将で満足するのはアンタらしくないね」
まだ隠してるならさっさと吐け、という諏訪子の促しに、神奈子は語った。
幻想郷のまやかしに包まれた事実を。
「たしかに幻想郷は負けた者の集まり、敗れ忘れられた者が最後にたどり着く場所だ。……だがおかしいとは思わないか? 幻想となったものを限られた箱庭にかき集め続けるなど」
「その方が都合が良いんでしょ。なんだっけ五百年くらい前に『妖怪拡張計画』だとか言って各地の妖怪やらの集まりに触れ回ってたじゃん」
諏訪子の言葉は事実だ。
五百年以上前ではあるが、各地に隠れ潜んでいた人ならざる者たちを幻想郷がかき集めた。
幻想郷内部の妖怪の数のバランスの為だと言われていたが。
「五百年も前の話だぞ? 未だに結界で幻想の者たちを集め続ける理由にはならん」
そう言われれば、おかしな話ではある。
人間と妖怪の数のバランス調整ならもっと短い期間で終えているはず、しかし幻想郷は今もって忘れられたものたちを集め続けている。
諏訪子は話が
こんな紛争のタネみたいな話、神奈子が首を突っ込まないはずがない。
「幻想郷の中に忘れられた者たちを集め続ける、外の世界には
「中の幻想が外の世界に溢れ出す、か………… なーにが楽園だい。反撃の牙城の間違いじゃない?」
実際にはそんな日は来ないのかもしれない。
だが逆転の目があるなら、未来に希望をもっていられる。
実に神奈子らしい、大きな野心だ。
「一緒に来い、諏訪子。私はお前を死ぬほどこき使うと決めているんだ」
「……早苗は連れて行くの?」
一緒に来て欲しい想いと、無理に付き合わせたくない想い。
二つに揺れる諏訪子に、神奈子は自信ありげに笑った。
「私とお前が一緒に行くなら、止めたって付いて来るさ。あの子は私の
「……言っとくけど、
逆転の一手か、破滅への道か。
ただ星空は、諦めない者たちのために輝いていた。
某龍神「ケフネトは許す、ロナスも許す。オケチラも、まぁ許そう。
だがバントゥ、テメーはダメだ。」
アマラ深界在住 様、誤字報告ありがとうございます。
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第二十七話 怪しい噂
鬼たちの襲撃からはや数ヶ月。
勇儀は約束を守ったようで、龍洞御所の修繕が終わる頃には都の近辺の国で鬼の目撃は激減した。
流石に種族全員漏れなくとはいかなかったが、勇儀に声をかけられなかった名も無き鬼は種族の中では弱小の部類なので永遠衆でかろうじて対処できる。
弱小の輩でそれなんだから本当にフィジカル強いよなぁ……
龍洞御所の復旧が終わったことで、定期的に行われていた豊聡耳たちとの会合を再開することになった。
定例会合は最近では身の回りで起きたちょっとした出来事の報告や豊聡耳の政務の愚痴、布都と屠自古の習得した術の発表会みたいになっているが、時折り新たに開発されたエーテリウム電池動力のカラクリ仕掛けなどの報告もあって侮れない。
"冥田収受法で貸与された《仕える者たち》を返すので、新たに不朽処理された血縁者の遺体を取り上げないで欲しい"という嘆願が出ていたのを知ったのもこの会合だったし。
総じて、迂闊な事をするたびに耳に痛い小言を貰う場ではあるが、貴重な生の情報が得られる機会でもある。
※※※
「歳を取らない尼僧?」
定例会合で豊聡耳たちと談話する中で、最近安門京都で流れている噂としてそんな話題が出た。
龍洞御所とは都を挟んで反対側、都の裏鬼門に当たる方角の山寺にいつまで経っても若い尼僧がいるらしい。
毘沙門天を祀る山寺で仏道の教えを説いているその尼僧は、近くにある信貴山の寺を建立した命蓮という高僧の姉を名乗り、高徳により歳を取らず若いままなのだと。
「流石に騙りじゃないか? というか、その尼僧の弟の命蓮とやらに確認をとればいいだろうに」
「初めにやったさ。しかしね…………死んでるんだよ、とっくに」
「は?」
話を聞くと、信貴山の寺が建立されたのは今から六代も前の王の御代のこと。
その時の王が崩御したのも六十年以上前で、命蓮の姉らしき人物が訪ねて来たことはあったらしいが詳しいことは定かではない。
問い合わせられた現在の住職は面目無いと謝罪して来たそうだが、責めるのは流石に無体だろう。
となると、実際その尼僧に会った者の古参の感想だけが元になる。
これが五、六年やそこらならただの童顔で済んだ話だが……
「十年以上経ってもシワ一つ無いそうだ、訝しいだろう」
「裏が無いとしたら驚異的な若作りだな」
この時代でそのレベルの若作りができるとも思えないので、つまりは裏があるということになる。
こう言っては何だが、どんな裏があろうが、表面上を取り繕えるのならば介入するほどの話ではないのだ。
問題は、その尼僧の化けの皮がはがれた時に"歳を取らない人間"ということになっている豊聡耳たちに疑いの目が連鎖するかもしれない事か。
「歳を取らない人間などいない、死後の輪廻解脱を謳う仏道の信徒ならなおさらね。ならば正体は人間ではないか、人間をやめた"人でなし"かだ」
厳密に言えば豊聡耳を含めた仙人も彼女の言うところの"人でなし"なのだが、それを口にすれば"【理想的な為政者】など只人の身で務まるとでも? "とか返ってくるだけだから黙っていよう。
その尼僧の正体が狐狸の類か、はたまた外法に手を出した破戒僧かは知らんが、政治不信の引き鉄になってもらっては困る。
まともな説法しかしてないなら可哀想ではあるが、盤石な基盤の維持の為にも王道楽土の礎になってもらう他ない。
「しかし、この話を俺にする必要あったか? 俺の図体じゃ尼僧の身辺調査とか向いてないんだが」
精神体での偵察は妖怪や特殊な感覚の持ち主にはバレるのは判明済みだ。
むしろ豊聡耳が対処を済ませて報告だけ上げるのを聞く以外に出来ることあるのか?
「その尼僧の居る山寺が評判になるのと前後して、近隣で"空飛ぶ船"が目撃されている。彼女は吉兆の『宝船』だと説いてるらしいが……叩けば埃が出そうだろう」
その言葉に思わず唸る。
なるほど、豊聡耳たちが山寺を査察でもして調査、俺は関連の疑いがある宝船の現場を押さえて証拠か情報を押収する訳だな。
空の上まで出張る必要があるのなら、確かに俺向きの仕事だ。
「ああ、それと今回は連絡役として布都を君に同行させる。布都も、もう十分に実力を養った。生半な妖怪には
「この物部布都、ぼぉらす殿の足手まといにはなりませぬ! 共に太師様のために怪しき輩を征伐しましょうぞ!」
話に上がった布都は、フンスフンスと聞こえそうな程息荒く意気軒高な様子だ。
征伐って…………まだ討ち取ると決まってはいないんだが。
暴走しそうなくらい気合が入ってる様子に他の面々に助けを視線で求めるが、豊聡耳はこの役割を決めただけに涼しい顔、屠自古は"アンタにゃ悪いが面倒見てやってくれ"と言いたげな申し訳なさそうな顔、青娥は……完全に面白がってるなコンニャロウ。
思わず青娥に"お前も手伝え"と言いたくなったが、この状態の布都に加えて青娥もとなると俺の手には余ると思い直す。
青娥は『ギリギリ怒られはするけど許される』くらいのラインまで踏み込むのに躊躇が無いからな、巻き込むと話がややこしくなりやすい。
特に、興奮して猪突猛進な状態の布都など格好のからかいのタネだろう。
むしろ勝手に首を突っ込んでこない様に、しばらくテゼレットとエーテリウム電池動力機関の研究を名目にカンヅメにさせておくか。
「では、ぼぉらす殿! 早速明日にでも、その怪しき船を探しに行きませぬか?」
「待て待て、闇雲に行っては上手くいかん。まずは事前調査をだな……」
あー、本当に大丈夫なのかね、この娘は。
※※※
永遠衆の中でも飛行能力を持つ《エイヴンの永遠衆》や《叫ぶ落下兵》を使った事前調査の結果、満月の度にそれらしき物体が上空を飛翔している事が分かった。
しかし一体何処から現れたのか、そして何処へ帰っていくのかも、その時になって急に周囲を覆い隠す雲のせいで分からず仕舞いである。
そういう訳で、当初の予定通り飛んでいるところを直接押さえるべく、俺と布都は満月の空に飛び立った。
「布都、もうすぐ目的の"空飛ぶ船"とご対面だ。準備は良いか?」
「問題ありませぬ! しかし、雲間の遥か空の上とは、足元が揺れてまるで船の上のような不確かさですな……」
むう、俺は自分の翼で飛んでいるが、布都は俺に乗っているだけだからなぁ。
自分の思うようにいかない不安定な足場は、平衡感覚が狂うから本能的に嫌なものだし。
幸い、布都は乗り物酔いしない方のようで、飛行機などとは比べ物にならない程乗り心地の悪い俺の上でも気分が悪くなったりはしていない。
豊聡耳に付き添って馬で遠乗りとかもしてるらしいから、一般人より振動に慣れてるのかな。
そんな事を考えてる飛んでいるうちに、進行方向の雲が引き裂かれ、件の"宝船"とやらが姿を現した。
「…………宝船と聞いたからどんなものかと思っていたが、こんなものか?」
大きさは中々だ。
竜骨など西洋船にある構造が無いこの国の船に比べれば、確かに巨大と言えるだろう。
その船の上に、一軒の長屋を載せたような独特の形状。
積載だけでなく居住まで用途として考えられているのだろうか。
概してこの国の船としては規格外に凄いのだろうが……俺としては拍子抜けだ。
なんかもっとこう、でっかい帆に宝とか書いてあって、珊瑚や米俵をこれ見よがしに載せたおめでたい感じかと思ったがそうじゃないし。
MTG的にも《宝船の巡航》*1なんかは印象深いカードだったが、それに比べても木材一色で地味だ。
空を飛ぶくらいだから、特殊な力があるのは間違いないが……
「ぼぉらす殿、いかがしますか?」
「……そうだな、まずは接触し、相手の出方を見てみるとしよう」
俺は船の前半分にしがみつくように掴まり、体重をかける。
船は大きく木材の軋む音を響かせるが、壊れることはなかった。
これは、見た目通りの耐久力じゃないな。
その辺にも何か特殊な力が働いていると見るべきだろう。
「くぉらあああああぁぁぁ! 私の船になんてことすんの!」
「ちょっとムラサ! 出ちゃダメだって!」
船の建築物部分から飛び出してきたのは、白装束にびしょ濡れの黒髪と空色の髪の尼頭巾姿の少女二人組。
尼姿の方がはがい締めにして抑えようとしているが、びしょ濡れの白装束の方が底抜けの柄杓を振り回しながら彼女を引き摺って出て来た。
……片方は尼、か。
やっぱり、件の尼僧は黒だったらしい。
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特別短編 クリスマスと豊聡耳
ある時代の、年の瀬も迫る師走*1の二十四日、龍洞御所にて。
豊聡耳たちとの定例会合も第何回だかもう分らなくなってしまって久しい。
現在この国は外国との戦争状態にある。
つまりは戦時中であるのだが、戦場は本領である列島から南西に離れた地であり、戦力のほとんどは永遠衆たちであるため民に緊迫感はない。
青娥が死人を媒介にした遠見の術に長けているから戦況の把握も容易い。
そんな訳で、俺以外のメンツは火鉢に載せた鍋をつつきながら今後の方針についてまったりと話している。
「しかし、敵もなかなか諦めんな。寛容さがウリの宗教ではなかったのか」
敵となっているのは南西の地に進出してきた遥か西の国の勢力であり、奇しくも
向こうは宗教的に死人を使役するのが許せないらしく、反感は根深い。
こっちとしても現地勢力に武力を貸し出すビジネスをしているので、襲撃される度に叩き出すの繰り返しだ。
又聞きではあるが、教義的に「右の頬を打たれたら……」のやつだと思うんだけど、やっぱ異教徒は対象外なのかな。
戦線のいたる所で行われる襲撃と嫌がらせのような攻撃に豊聡耳も辟易しているようだ。
「まったく、きりが無いよ。手を変え品を変え、よく飽きないものだ」
あちち、と鍋の水菜を口にする豊聡耳の顔も、どことなく冴えない。
軍勢のほとんどが疲労を感じない死人であるからマシなものの、生者だったらどうなっていたことか。
とかく敵の執念は鬼気迫るものがる。
「襲撃に対応するため指揮する武官の疲労も考えねばなりませぬ。せめて休養をもう少し取らせてやりたいものですが……」
「けど、相手さんが休戦に応じると思うか? 言葉は通じても話が通じないんじゃどーしよーもねー」
布都と屠自古も事態を案じているが、根本として最低限の信頼や信用が互いに存在しないのが難しいところ。
こんな空気じゃせっかくの鍋の味も鈍るだろう、俺は食わないけど。
「ぼぉらす様は何か案はございませんか?」
青娥が配下のキョンシーの
案、案ねぇ……
「クリスマス休戦、は無理だろうなぁ……」
「くりすますー? なんだそれー」
俺の言葉に、青娥からもらった肉をほぼ丸飲みしながら芳香が疑問を口にする。
他の面々も揃って首を捻っている。
そりゃそうか、一応存在はするらしいが、そんなのわざわざ調べたりしないだろうからな。
「あいつら……
「へぇ……詳しいじゃないか。そう言えば、彼らの信ずるところについて調べてはいなかったな……」
豊聡耳が興味深そうに頷き、続きを促してくる。
といっても、俺も元の世界と違いがないか調べたくらいなんだが……
「うむ、まず彼らの救世主は王となることを予言されて馬小屋で生まれ……」
「うん?」←(馬小屋で生まれた
「数々の奇跡を起こし、水の上を歩いたり、死者を生き返らせたり……」
「ふむ」←(馬に乗って空を飛んだり、死者を
「最期は処刑され、死後三日して復活したのだそうだ」
「ほほう」←(設定上、朝廷の文武百官の前で一度死に、蘇った)
「……まあ、そんなわけで信仰の対象になっているらしい」
俺が語り終ると、皆しょっぱそうな顔をしているが一体どうしたんだ?
そんな中、一人だけ目をキラキラさせた布都は元気いっぱいに言った。
「分かりました! つまりは西の国における太師様のような存在なのですな!」
自信満々なところ悪いが、たぶん彼らが聞いたら怒り狂うぞ。
どうやら文化・宗教の作る溝は思ったより深いようだ。
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第二十八話 激突!宝船(前編)
夜な夜な空を飛ぶ宝船(仮)に、それを操る妖怪と尼僧。
まあ流石にこの尼僧が噂の主だとは思わんが、仏教関係者がここにいる時点で件の尼僧の疑わしさは格段に増した。
というか、妖怪が動かしてた船を"宝船だ”と吹聴した事だけで引っ張っていけそうな気もする。
そうなると、こいつらを確保できれば俺の仕事は終わりだな。
「あー……なんだ。抵抗せずに投降するなら酷い事にはならんよう
正直、俺たちとしては政治不信につながる噂の尼僧を排除できればいいのであって、妖怪の一人や二人くらいよそへ送れば命を取る程ではない。
立場上は目上の俺の発言だから遮らないだけで、布都はスゲェ不満そうにしているが。
俺の降伏勧告に、濡れ髪の妖怪は鋭い目つきでビシッと手に持った柄杓を突きつけながら言った。
「馬鹿にするんじゃないわよ! いきなり私の
「ちょっとムラサ、いい加減落ち着きなさいよ。無闇に争いを起こすのは止められてるでしょ」
完全に喧嘩腰の濡れ髪の方と違って、尼姿の方は幾らか理性的なようだ。
相方を抑えながら、逆に俺に問い返してきた。
「この船が人騒がせだったかもしれないけど、実害は出していないわ。貴方たちみたいなのに捕まるいわれはないのだけれど?」
確かに、この尼姿の女の言う通りではあるんだが、その言い分は通りはしない。
極論してしまえば、俺たちが手に入れたいのは不埒な妖怪の身柄ではなく噂の尼僧"白蓮法師"の失脚の材料なのだから。
「お前たちと関係が疑わしき人物がいる。それさえ確かめられればお前たちを害するつもりは無い、その後で都以外の何処へなりとも行くがいい」
もし白蓮法師が妖怪から援助されて力を借りてる場合やギブ&テイクな関係なら、妖怪側にとってこれはかなりの好条件だ。
白蓮法師との関係を切ればこれまでの事はお咎めなし、受けてくれれば俺も仕事が楽に済む。
──────だが、こういう時に限って物事とはうまく運ばないものである。
「……ムラサ、前言撤回。返り討ちにするわよ!」
「おうとも!」
あっれー? 好条件出したら逆に敵対に舵を取られてしまった。
察するに、白蓮法師とこの妖怪たちの関係は対等ではない。
徳か思慕か支配かは知らんが、むしろ白蓮法師を上に置いた主従に近いと見た。
だとすると俺の出した好条件は、こいつらの虎の尾を踏みつけただけか……
「仕方ない……布都、実力行使だ! ……布都?」
二対二だが俺は小回りが利かないからな、連携するべき相方の布都に声をかけるが、彼女はなにやら
「せいれんせん……
「おーい? 布都、聞いてるかー?」
俺の呼びかけにも反応しなかった彼女は、しばらくして顔をあげると怒りを滲ませた声で叫んだ。
「妖怪風情が、なんたる増長! なんたる
「おっ、おい。どうした急に」
やる気があるのは構わんが、どっちかというと『
相手方の発言にそんなに引っかかる所ってあったか?
不思議がる俺に、布都は熱弁した。
「【
いや、できれば連携して当たりたかったんだが……こりゃ無理だな。
ならいっそ一対一の形にした方がマシか。
濡れ髪の妖怪も船をディスられて戦う気になっているようで、両者とも相方を放り出してヒートアップしている。
俺は同じく相方に置いていかれた形になっている尼姿に声をかけた。
「まあ、そんな訳だ。そっちの相手は俺がするが、異存はないな?」
「ええ、いいわよ。
尼僧は意味深な言葉を口にして、"付いてきて"と船の後部へと俺を先導した。
宝船(仮)──────いや、聖輦船の後部甲板。
俺と尼僧は距離を取って向かい合っていた。
「最後にもう一度言うが、投降する気はないか? 手加減ができるとも限らんぞ」
「舐めないでよね、姐さんの敵は私たちの敵。悪いけど、無事に帰れるとは思わないで」
俺の最終勧告にも、尼僧は一顧だにしない。
噂の白蓮法師とやら、なかなか人望のある御仁のようだ。
僧職だから人徳というべきか。
「しかし、こう言っては何だが
尼僧は見た目普通の少女とほとんど変わらん。
パワフルなエルダードラゴンボディーとガチンコできるようには見えないが。
「一対一? 残念でした、
彼女が余裕たっぷりに口にした瞬間、突然現れた巨大な拳が俺の顔面に迫った。
「なっ……!?」
急いで翼を大きくはためかせ、空へ逃げることでその一撃をかろうじて躱す。
体勢を調えた俺の眼には、先程まで存在しなかったものが映っていた。
尼僧の傍に付き従うように出現した桃色の雲のような巨体。
禿頭に髭を蓄えた壮年の男の姿をした
「私は"入道使い"の雲居一輪、彼は相棒の雲山よ。私たち二人が貴方の相手をしてあげる」
アイエエー! ニ対一、ニ対一ナンデ!?
いや待て落ち着くんだ、結局は尼僧……一輪の方が俺に匹敵しそうにないことは変わらないから、雲山とやらとの一対一プラスアルファだと考えるんだ……
でも俺は小回り利かないからなぁ、やっぱり劣勢か。
せめてもの救いは、雲山とやらが俺よりは小さい事か?
そんな事を考えていたら、雲山の桃色の巨体がブルリと震え、みるみるうちに俺ですら見上げるほどに巨大化していく。
驚きに目を
「ふふ、"見越し入道"って知ってる? 雲山は"見上げるほどの"妖怪。貴方が大きければ大きいほど、雲山の身体も大きくなるの」
ゲッ! 相手依存のサイズ変化能力持ちか!?
完全に後出しジャンケンじゃないか!
クリーチャーのボーラスを参考にしてもパワー/タフネスが7/7以上の相手なんてまともに相手していられないぞ。
巨大化した雲山が嵐のような拳の乱打を俺に向けて放つ。
俺は空の上を縦横無尽に飛ぶことで何とかそれを躱すが、反撃を入れられるほどの余裕がない。
これは結果論だが、布都が一緒だとこんな無茶な空中機動はできなかったからむしろ良かったのかもしれん。
かといって、俺との相性が良い訳じゃないんだが。
「雲山、まかせて!」
一輪との連携も面倒だ。
彼女の得物は諏訪子の鉄の輪に似た
雲山もそれに合わせて軌道が直線の小さな乱打から妙に追尾してくる大きな強打に拳の大きさと性質を変えてきた。
……仕方ない、殺すつもりは無かったが、このままではジリ貧だ。
俺は自身の中にある"マナとは違う力"を動かし、練り上げ、雲山の巨体へと放った。
「かぁっ!!」
咆哮と共に放たれた不可視の力が直撃し、雲山の身体が砕けたガラスの様に粉々に分かれていく。
『龍神、ニコル・ボーラス』の忠誠度能力その2、【クリーチャー1体かプレインズウォーカー1体を対象とし、それを破壊する】
長年の努力によってようやく使えるようになったが、問答無用で命を奪う殺意の塊なので使いどころのなかった能力だ。
使った次の日から凄い脱力感を伴うので、あまり使いたいものでもないが背に腹は代えられない。
あとは、一輪を確保して布都を回収すればミッション終了か……
疲れた溜息を吐いた俺の前で、体を砕かれ霧散したはずの桃色の雲が再び逆巻き収束を始める。
「何っ!?」
「……驚いた。でも無駄よ、雲山の身体は雲。千切れても砕けても、失くすことはできないわ」
──────再生能力まで持ってるのかよぉ!
これは……本格的にヤバイことになってきたかもしれん。
太陽のガリ茶 様、誤字報告ありがとうございます。
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第二十九話 激突!宝船(後編)
時間をしばらく遡り、布都の方では──────
「驕り高ぶりし妖怪よ、この物部布都が身の程というものを叩きこんでくれようぞ!」
「あ゛ぁん? 他人の船にカチコんできて説教する気? あんたこそタダで済むとは思わない事ね!」
お互い止める相方がいない上に、逆鱗に下世話に触れられたのだ。
気炎は高まる一方である。
自身の得物である術符と柄杓を構え、一触即発の空気で睨み合う二人。
船の後部で轟音が響くと、それを合図に両者は弾かれたように動き出した。
ムラサが柄杓を振るうとどこからか湧き出た水が濁流となって押し寄せる。
空飛ぶ船の甲板から侵入者を押し流そうとする水流に、布都は術符で障壁を張り流れを堰き止めようとした。
しかし、濁流は意志を持つかのように障壁を避け、布都もろともに舳先の向こうへ勢いよく流れていく。
「なーんだ、口ばかり達者で大したことないじゃんか。さて、私も一輪に加勢しに行かないと……」
空を飛ぶ術を持たない人間は、この聖輦船から落ちれば助からない。
手応えのない相手に
瞬間、後方から飛来した術符が発動し、先程までムラサがいた場所を炎が舐める。
自らの船が一部とはいえ焦がされたことに舌打ちをするが、それよりも重要なその怒りの矛先に視線を向けた。
「なかなか見事な術ではあったが、その程度ではこの布都は仕留められぬよ」
舳先の上で小早のような形の小舟に乗って宙に浮く布都。
一人二人しか乗れぬ大きさの小舟ではあるが、宙に浮いている事、強い神威を放っていることからもただの船ではあるまい。
再び油断なく柄杓を構えるムラサに、布都は自慢気に言った。
「この船こそは我が物部の氏神"
「たしかに私は水にまつわる存在だし、土気が強いのは苦手だよ……」
布都の操る『天の磐船』が速度を上げてムラサに突っ込んでくる中、彼女は皮肉気に言った。
「でも…………『船』を選んだのは間違いだったねぇ!」
高速でムラサに激突しようとした『天の磐船』は、彼女の寸前で停止した。
船には無数の青白い腕が絡まり、船体が動くのを妨げている。
船上にいた布都もまた、船から湧き出るように現れた潮の匂いのする水に包まれ呼吸を封じられていた。
「何故、って顔してるね。私は"
村紗の発言に布都は驚愕する。
舟幽霊は船の水難事故で亡くなった者の怨霊、無差別に船を沈めようとするものだ。
それがどうして、自分の船を持って沈めずにいるというのか。
布都も尸解仙であり、常人よりはるかに頑丈であると自負しているが、本当に死んでから仙人になるのではなく死を装ってなった故に体は完全な死人ではない。
呼吸を封じられれば当然苦しいし、意識も朦朧とする。
術の制御が続かず『天の磐船』が消え、甲板に落ちた布都に止めを刺さず、村紗はあえて水の拘束を解いた。
「ぷはっ、ぜぇ……ぜぇ……」
「勝手に好き放題やってくれたんだから、そう簡単に許しやしないよ。せいぜい苦しみな」
ようやく息が継げて荒々しく呼吸をする布都の頭部を再び潮水が包む。
再び呼吸が封じられ、苦しむ最中で布都は逆転の一手を探した。
布都の得意な術は、物部に伝わる神道の秘術と火に関わる道術だ。
しかし秘術で最も相性が良い筈の術は完封され、火の術は水妖には効果が薄い。
後は挙げるとすれば風水の知識に明るく、八卦の調整が上手いことぐらいだが……
(…………!)
覚悟を決めた布都は、村紗が水を解いた瞬間に複数の術符を放った。
「
「はい、息継ぎしゅーりょー。何しようとしたのか知らないけど、発動できなかったみたいだね」
再度頭部を包む潮水。
放った術符も特に何かを発動するでもなく、村紗とは見当違いの方向に飛んでいった。
水の中で苦しむ布都に余裕綽々に告げる村紗。
「次の息継ぎで最後だよ。安心してよ、溺れても死なない塩梅にはしといてやるからさ」
全く安心できない言葉を言ってしばらく布都が苦しむのを眺めた後、彼女は水の拘束を解く。
それこそが布都にとっての最後の好機だった。
「ゲホッゲホッ……
更に四枚の術符を放ち布都が印を結ぶと、村紗を囲んだ八枚の術符の内部が炎に包まれた。
村紗は冷静に水を操って消火しようとするが、水を受けた火はさらにその勢いを増して彼女を焦がす。
「ぎゃあああああああああ!!」
この炎は道術における猛火"真火"。
水にて消すことができない強力無比な炎であるが、その制御の為に八卦炉の中でつくられる。
布都は術符で周囲の五行の気を調整することで疑似的な八卦炉を作り出し、この場に真火を生み出したのだ。
風水に明るく、火の道術に長けた布都だからこそできた荒業である。
本来、真火は八卦を調整せねば消えはしないが、布都は村紗が気を失うのを確認すると術を操り鎮火させた。
「生かしておくのは業腹だが……助命をしようとしたのは感心である。命までは奪わん」
真火の威力で黒焦げにはなっているが、妖怪化生の類はこの程度では死なない。
思った以上に苦戦はしたが、何とか片付いた。
術符で意識を取り戻しても抵抗できない様に村紗を拘束すると、布都はボーラスに加勢するために後部甲板へ向かった。
時を再度戻し、ボーラスは──────
相手によってサイズを変え、再生能力まで持つ雲の巨人。
ここまで強いと、むしろなんかあからさまな弱点があるんじゃないかと思うんだが、それが分からないとなるとただの強キャラだ。
だが、そういう相手でもマナが豊富ならやれることはある。
この上にさらに呪禁*1とか持ってたら詰むが。
「雲山、大きいの行くわよ!」
逃げに徹していると、しびれを切らした相手が大技の態勢に入った。
それを待ってたんだよ!
「喰らえ、《暴君の嘲笑》!」
俺から放たれた衝撃波が雲山の巨体を吹き散らす。
こんだけ能力盛りだくさんでマナコスト3以下扱いは無かろう*2。
「無駄だって言ったでしょう! 雲山戻ってきて!」
すぐさま吹き散らされた桃色の雲が収束を始めるが、それを許す気はない。
戦場に出たら対処できないなら、戦場に出さないようにするまでだ。
「《相殺の風》!」
呪文と共に周囲に風が吹き乱れ、跡形もないほどに雲を散らしていく。
《相殺の風》は唱えた呪文を打ち消すいわゆるカウンター呪文。
今までの経歴から俺の墓地は相当な数があるはずだから、避けられるとは思えない。
ゲーム的に見る以外にも、雲の身体ではここまで徹底的に吹き散らかされれば元にはそう簡単には戻れないだろう。
戦場から離れるのが再生条件じゃなかったら、その時は同様にして今度は《退路無し》*3だな。
「なっ!? 雲山!」
幸いにして、雲山は一輪の声に応えない。
どうやら何とかなったようだ。
威圧的に近づく俺に、一輪は毅然と抵抗する構えを取ったが、そのせいか後方からの乱入者に気づかなかった。
「ぼぉらす殿、遅ればせながら助太刀いたします!」
「えっ? きゃあっ!!」
後部甲板へやってきた布都の術符で、不意を突かれ拘束される一輪。
どうやら布都の方も何とかなったみたいだな。
……なんか凄いずぶぬれだけど。
「一応聞くが、白蓮法師との関係をしゃべるつもりはあるか?」
「くっ、殺しなさい!」
いや、殺さんけど。
これだけ慕われているとなれば、白蓮法師の方もこいつらの身柄を持ってれば素直に従いそうだし。
無くてもいいけど一応確認だけしとくか。
「話さないなら、後はお前の頭の中に聞こう。《侵略の代償》」
「な、なにを……あ……あァ……」
《侵略の代償》は相手の手札を
これを使えば相手の記憶をある程度覗けるのは試用済みだ。
……ふむふむ、やっぱり白蓮法師とつながりがあるな。
排斥されたところを拾われた、もう一方のムラサとやらも似た境遇か。
目的は、仏教の下の人妖の共存。
なーんか裏がありそうだと思うのは穿ち過ぎだろうか、俺自身がそうだからかな?
おっと、長く覗きすぎるのも良くないな、適当な……排斥される前の記憶を
以前と決別する決意があったから、多少無くても────良くはないが────他の記憶よりマシだろ。
「ア……アぁ………………」
はい、お疲れ様。
呪文が終わり気を失った一輪を、《侵略の代償》の副次効果で現れた永遠衆に運ばせる。
布都の話だとムラサの方も拘束したらしいし、この船は……《永遠衆の天空王》*4で戦慄衆に空を飛ばせて朝までにどこかに運んどこう。
今までは雲による隠蔽があったが、もうそうでもないし。
「しかし、こやつ一人にしてはぼぉらす殿も手古摺ったようですな」
「こいつ……一輪はそうでもなかったんだが、雲山とかいう見越し入道がな……」
サイズで相手が上、再生能力持ち、本当に呪禁持ちだったら危なかった。
想像して怖気を振るう俺に、布都はふむと頷く。
「見越し入道ですか、相手より大きくなる妖ですな。大きくなる前に"見越し入道、見越したぞ"というと退治できると聞きますが」
マジで……? どういう条件だよ……
かのデュエマの"カレーパン"みたいなもんか……?
その後、白蓮法師は妖怪に通じた破戒僧として拘束、同門の仏僧たちの封印術によって"法界"という別次元に封印された。
スムーズに事が運んだのは、村紗と一輪の身柄がこちらにあったことも一助だろう。
封印の要には聖輦船……かつて高僧命蓮が法力を込めたという"飛倉"が使われた。
当然のことだが、封印を解除できないよう"飛倉"も隠さねばならない。
そこで目を付けたのが"地獄"だ。
仏教における地底にある苦界。
仏教が少数派のこの国でも、規模が甚だ小さいながらも存在しているらしい。
以前、幻想郷関連で地獄の獄吏と会ったことがあるのでその伝手から、地獄に置いてもらうことになった。
……少々無理を言って、妖怪の仏教徒である一輪と村紗も監視も兼ねて置いてもらった。
"お前、もし死ぬことがあったら覚悟しとけよ"的な言葉を遠回しに言われたが、了承してもらえたんだから良しとしよう。
こうして一人の尼僧から始まった一連の騒動は、政治不信に波及することなく幕を引いたのである。
死にたいとは思ってないが、ますます死ねない理由が増えたな……
聖「私の時代なのに、一切出番ないのどうして……どうして……」
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第三十話 友好のための暗躍
俺のねぐらである龍洞御所に参拝に来るものは多いが、直接謁見できるものはごく少ない。
共犯者の豊聡耳一行や政界の大物、一部の物好きな神など、そんなところだ。
その日、謁見を願い出たのはそのどれにも当てはまらない。
本当は謁見を断っても問題なかったんだが、実はこの老人には個人的な借りがある。
かつてこの男がもう少し若かった頃、
明らかに妖怪であり、都にも近いので永遠衆に討伐に行かせるところだったのだが、下調べの時に不穏な情報が入ったのだ。
曰く、”大百足は龍を食い殺す力を持つ”。
少ないとは思うが、もしドラゴンやエルダードラゴンへのメタ能力*2持ちだとヤバい。
そう考えた俺は、若かりし頃のこの男に接触して大百足を討伐させたのだ。
青娥に"大百足に住処を追われた龍神の一族の娘”に扮して討伐を依頼させ、俺は裏からありったけの強化呪文で援護に徹した。
こいつ自身も『討伐の際に神格化した過去の王”八幡神”に祈ったら急に力が湧いた』と言ってたから、利用されたとは露ほども思ってはいないだろうけど、借りは借り。
そういう訳で、武者としては高名だが政治的にそれほど力があるわけではない秀郷は謁見が許可されたのだ。
謁見は酷く畏まる秀郷の、老い先短い命を懸けた最後の嘆願……と言えばいいのだろうか。
本来、
軍部において起こりつつある派閥の衝突。
これを俺に仲裁、もしくは勅勘*3で
一応、俺も『神』としての体裁を保つために安請け合いするわけにもいかないが、拒否しないことで願いを聞き入れた事を示す。
安堵の表情で謁見の間から下がっていく秀郷を見送りながら、俺はどう手を回したものか頭をひねった。
現在の朝廷の軍部は戦力に大きく永遠衆が関わっており、生者は指揮官や一部官僚に限られている。
その中で二大派閥と言える者たち。
厄介なのは、両者共に派閥の祖が臣籍に降りた王族であったことか。
片や、血筋の良さから名目上の軍勢の大将になるうちに軍事知識を身に着け、高級将官となった指揮官側の氏族、源氏。
片や、軍勢の大将に王からの勅命を告げるために、文官の中でも血筋の良い者が任じられた軍の高級官僚の氏族、平氏。
派閥の長である二大氏族は、重視するものが全く違うためにすこぶる仲が悪い。
源氏は指揮官として臨機応変な対応こそ重要視するため、軍官僚による作戦の過度な制限を好まない。
平氏は軍官僚として予算の大幅な逸脱を忌避するため、指揮官の大幅な自由裁量を制限したい。
元の世界なら
だからといって何をやってもいい訳が無いので制限は必要で……いがみ合いが続く訳である。
特に平氏は、前に関東で反乱を起こそうとしたはねっ返り*4が同族にいたので、弱みを見せまいと頑なだ。
秀郷が永遠衆を率いて反乱を鎮圧した時など、源氏は鬼の首を獲ったかのようだったという。
豊聡耳に聞いたら、源氏と平氏の揃う朝議では口角泡を飛ばす議論が毎度のように行われているらしい。
「
「
王が臨席しないと、このような発言が平然と飛び交うほどだという。
確かにこれは何とかした方がいいなぁ。
とはいえ、俺が独断で動いていいような規模の案件じゃない。
なので、テゼレットに俺の腹案を書面にまとめてもらい、豊聡耳が来た時に見せたのだが……
「ふむ、まぁ良いんじゃないか? 彼らの諍いも目に余る、少しばかり荒療治も必要だ」
あっさり通った。
裏でお膳立てしたことがバレそうになったら、全部まとめて
一人二人くらいなら記憶をいじれば済むし。
最も渋られたのは『敵の敵は味方大作戦』という計画名くらいか。
どうせ
今回の計画の大枠は、源氏と平氏が協力せざるを得ない状況が起きれば少しはマシになるだろう、ということだ。
足を引っ張るだけの無能の存在を許す程、
今いる武官文官はそれをわきまえた者ばかりだ。
手を取り合わねば越えられない障壁を経験すれば、相手が必要であることも分かるだろうし。
都の中で源氏と平氏が協力するくらいの大騒ぎを、しかも今後を考えて永遠衆にやらせるわけにはいかない。
源氏の手勢には永遠衆も多く配備されてるからな。
一番簡単なのは適当に捕まえてきた手ごろな強さの妖怪を放つ事だが、この計画の為に無駄な死人を出すのもためらわれる。
困った俺は、
封獣ぬえ。
悪戯者として有名で、鬼ほど理不尽な強さを持たず、《正体を判らなくする程度の能力》を持つ。
今回の計画にはこれ以上ない人材……妖材? だったので、すぐに永遠衆を派遣して
「なんだよお前ら! 私が何したってのさ!」
背中から青と赤、二つの触手のような羽根を非対称に生やした黒服の少女に見えるぬえ。
急いだせいで少々手荒な招待になったし、気が立ってるな。
向こうの意思で協力してもらった方がスムーズだ、機嫌を直してもらう方が先か。
「すまんな、急だったことは詫びよう。その力を見込んで頼みがある、どうか受けてはくれないだろうか」
俺が身を屈めて頭を下げると、ぬえはまんざらでもなさそうにそっぽを向いた。
「ふ、ふぅん、なかなか礼儀が分かってるじゃない。まあ、話は聞いてやってもいいよ」
よし、掴みはオッケー!
俺の身体は無駄にデカいからな、頭を下げて見せるだけでも相手は悪くない気分だ。
ぬえは妖怪だから、俺が頭を下げた事実は人間に広まることはないし、下げ得である。
それでも協力が得られる兆しもないなら、記憶を少々消して他を当たったが。
ぬえには軍部の力学的な事情の説明は一切せず、安穏とした人間が信仰をおろそかにしているので危機感を思い出させたい、人死にが出なければ好きに驚かせて回って構わない、名高い貴方なら心胆寒からしめることができるだろう、とそこそこ神っぽいカバーストーリーで依頼した。
享楽的な性格らしいぬえはこれを快諾、彼女の将来が不安になるくらいあっさりである。
彼女の能力が『”正体不明のタネ”を何かに埋め込んで、見る者によって違う物に見せる』ということだったため、自身は安全だったのもあるのだろうか。
試しに実演して貰ったら、ぬえが《リリアナ・ヴェス》*6に見えた。
危うく《リリアナの敗北》*7を撃つところだったよ。
そうして実行された『敵の敵は味方大作戦』…………結果は、まあまあといったところか。
夜ごとに都のあちこちに現れる奇怪な姿の妖怪(正体はそこらへんの鳥)を相手に大立ち回りをする中で、源氏と平氏は緊急時の休戦協定を結んだ。
恒久的な協力関係ではないが、そのとっかかりができたことは喜ばしい。
謎の妖怪()も源氏の武者の手で討ち取られたし、平氏は彼らとの適切な距離を学んだ。
ぬえも都で大騒ぎを起こせてご機嫌で"また呼んで! "というくらいだったから、すべて丸く収まったな。
またいがみ合う状態に戻るようなら、忘れた頃に二度目をやってもいいし。
誰も犠牲にならない、仲良くするための大作戦。
ゲートウォッチも、今なら目こぼししてくれるんじゃないか?
俺はそう思いながら、目を細めた。
実は今回、鵺(偽)を討った源氏の武者は源頼政ではありません。
(今回の話が990年代、頼政の鵺退治は1150年代)
ボーラスが2回目の『敵の敵は味方大作戦』を実施したのが、1150年代だと思ってもらえれば助かります。
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第三十一話 発明と褒賞
長い間研究を進めてきたが、ついにこの世界に新たな技術体系が誕生した。
エーテリウム電池動力から更に先に進んだ、土地に宿るマナを拝借してエーテリウムで増幅して駆動する機構──────霊気動力機関の発明である。
これは、死者の労働力により軽減された労苦がある程度自動化できる可能性をも示している。
実際に報告のために作られた試作品"霊気動力車壱号"はカラデシュ*1の《高速警備車》*2ほど洗練されてはいないものの、自動車といっていい外見になっていた。
エーテリウム電池の頻繁な交換も必要なく、夢の動力かと思われたのだが、思わぬ落とし穴があった。
土地から微量ではあるがマナを借りて動力機関を動かす都合上、霊気動力機関が一つの土地に集中すると出力が落ちるという問題が発覚したのだ。
まあ、都では貴人の牛車の代わりに霊気自動車が納入されたので"速すぎるのは雅ではない"との意見が多く、さして問題にはならなかったのだが。
だが、エーテリウム電池の備蓄があるとはいえ、俺がマナを使うための制限に加えてこの問題があるとすぐに一般民に普及というのも難しい。
結果として、未開拓域の開拓作業機械などの動力に優先して採用が決定され、耕作地がすごい勢いで増えた。
豊聡耳の中央集権政策の過程で公地公民という私有地・私有民の否定が行われたため、土地の所有者が死ぬと所持していた土地は政府に返還されることになる。
だがそれは必死で開拓して土地を増やしても、子孫に受け継げないと言うことでもある。
もちろん子孫にも冥田収受法で一定の土地が与えられるが、不公平感は否めない。
そこで、生前に余剰した土地を政府に献上することで対価として褒賞を与える制度ができた。
死ぬ前に開拓して増やした土地を政府に渡せば、別の形で子孫に受け継げるという寸法だ。
……それを利用した開拓集団が現れたのは予想外だったが。
開拓の為に支給される霊気動力機械は僻地であるほど出力が上がる。
それに気づいた開拓団は、開発度合いが上がって出力が下がり始めると土地を献上して新たな開拓地に移動するという開拓集団へと変貌した。
耕作に適した土地をひたすら開拓して回る、フロンティアスピリッツの塊のような連中だ。
おかげで着々と国土の開発は進んでいるが、あいつら耕す場所が無くなったらどうするんだろう……?
金はふんだんに持ってるし、どこかに定着するか土建屋にでもなるのかな。
※※※
今回の霊気動力の発明、特に功があったのがテゼレットと青娥だ。
テゼレットは公式な身分として内匠寮の外局の技官であるので豊聡耳経由で褒賞が与えられたが、青娥は存在が秘されているので個人的に労うしかない。
故に何か望むことはあるかと聞いたのだが……
「……で、その女性の遺体は何だ?」
「
答えになってない。
褒賞に望むものを聞いたら、遺体の入った棺桶持ち出すとかどういう神経をしているんだ?
「どこから盗ってきたか知らんが、遺族に返してきなさい」
「手に入れたのは百年以上前ですから、遺族は残っていませんし問題ありませんね」
問題しかない。
だが、実際問題として受け取る者がいないものは返せないし、訴える者がいなければ罪は公にならない。
こいつ……やはり邪仙……
「この娘を
つまりはラゾテプ製のカルト―シュが欲しいというわけか。
青娥め、屠自古の時から機をうかがってんたんだな。
正直言って断りたいが、豊聡耳帝王学講座いわく”綸言汗の如し、軽々に言葉は撤回してはいけない”という。
口惜しいが、褒賞を与えると言ったんだ、吐いた唾は飲めん。
「……分かった、受け取れ。《活力のカルト―シュ》」
「おお、前とは少し違いますね……」
屠自古の時と同じ《野望のカルト―シュ》を渡して
青娥は俺から受け取ったカルト―シュをしばらく眺め、棺桶の中の芳香の首に掛けて術を練り始めた。
「しかし百年前の遺体を使うとは、何か思い入れでもあるのか?」
「フフフ、それは乙女の秘密でございますよ」
お前が乙女って齢か。
だが煙に巻いたということは、何かしらはあったんだろう。
使役される
それが世間一般の”大事”とは限らないが。
そうこうするうちに術が完成し、触媒として光を放っていたカルト―シュが明度を落とす。
パチリと目を開いた芳香とやらは、未だ焦点の定まっていない瞳で覗き込んでいる青娥を見つめ返した。
「ん~、おー?」
「芳香ちゃん、おはよう。気分はどう?」
声をかける青娥を見て目をパチクリさせた芳香は、心底不思議そうに応えた。
「だいじょぶ~。で、おまえ、だれだ~?」
「あらあら……」
状況が分かっていないどころか、主人の認識もできていない様子の芳香に苦笑する青娥。
気の抜けるようなやりとりに、俺は青娥に疑問を呈する。
「おいおい、大丈夫なのか? 記憶どころか色々と吹っ飛んでるようだが」
「うーん、施術までに時間が開きすぎてオツムがちょっと弱くなっちゃったみたいですねぇ」
「む~、わたしはバカじゃないぞ~!」
芳香は抗議しているが、まだ起きたばかりなせいもあって舌がうまく回っておらず雰囲気がさらに幼さすら感じる。
芳香も死人だが、永遠衆と違って普通に喋るので印象がだいぶ違うな。
「まあなってしまったものはしょうがない。青娥、責任持って面倒を見るんだぞ」
「心得ておりますよ」
「んあ~?」
こうして青娥は自分に忠実な死体『
素直だし勤勉だが、ちょっと抜けたところがあって頭が足りない。
しかし、彼女と接している時の青娥はどこか楽し気であった。
ひね様 様 誤字報告ありがとうございます。
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第三十二話 隠された悪意、宮中の狐
霊気動力の利用が始まって、都の発展は著しい。
工業では紡績機・織機の自動化、農業では耕運機などの農業機械の導入もあり、国としての生産力も右肩上がりだ。
耕作地の急速な拡大とテゼレット肝いりのプロジェクト『霊気動力鉄道計画』によって物流も大いに盛んになってきている。
今のところ大規模耕作地と各地の都市の幾つかを繋ぐ程度に留まっているが、最終的には国中に食料と物品を流通させる一大計画は、人口の増加に伴う
まあそんなこんなで、民の生活水準は上昇、国の国力も充足してきて大きな戦乱も無し────これは芽が出てすぐに潰しているからだが────と全部良いように見えるが、今一番地獄を見ているのは朝廷の文官だろう。
急速に拡大する農地と税収、増えた人口に割り当てる冥田と《
そうなれば朝廷の最高責任者である王の執務も当然のように激務であり、引退して”上皇””院”と号される先代の王も執務に引っ張り出されて戦力に数えられてしまう事態になっていた。
特に為政者としての経験が段違いに長い豊聡耳は院と王を足しても届かないくらいに多い執務をこなして余裕を持っていたのだが……
「しばらく来れない?」
「ああ、引き受ける執務の量が流石にね……」
定例会合で豊聡耳からそう聞いた時には、いよいよ朝廷の処理能力も限界に近いのかと思った。
しかし聞いてみると、話はそう単純ではないらしい。
執務の大きな戦力でもある先代の王、鳥羽院。
彼が最近、体調を崩しがちで執務をまともにこなせなくなったために豊聡耳にしわ寄せが来たようだ。
鳥羽院も、もう引退した身なんだ、齢が齢なら身体にガタがくることぐらいあるだろうと思ったのだが、典薬寮*1の診察ではそうではないとのこと。
「は? 腎虚*2?」
「……まあ、私もこれを聞いた時は耳を疑ったがね」
いい歳した先王が新しく入った若い寵姫に魅了されて体調を崩す程にやつれている、と……それで仕事が回ってきた豊聡耳はさぞ複雑な気持ちだろう。
先王もそこまで色好みといった噂は聞かなかったが、そんなに入れ込むとはその寵姫はどれほど美しいのか。
美貌でもって権力者の身代を持ち崩す、まさに傾城……いや朝廷の執務に障害が出ているんだから傾国か。
「そんなに美しいというなら一つ俺も見てみたいものだな」
「種族が違う君にそこまで言われるとは、美しさで”玉藻の前”に敵う者はいないかもね」
…………あ? たまものまえ?
「その寵姫の名前は”玉藻の前”で間違いないのか?」
「あ、ああ。そうだが、どうかしたかい」
玉藻の前、傾国の美貌、新しく寵姫になった、体調を崩す先王……
やべぇ、アカン要素が役満になってる。
「豊聡耳、お前から見てその寵姫はどう見えた?」
「いや、執務が忙しくて鳥羽院の寵姫に面会するほどの暇は取れなくてね。……だが、博識で女官もやっている彼女と確かに一度も顔を合わせたことがない、妙だな」
豊聡耳を執務で忙殺して正体を隠す、か……やってくれるじゃないか。
他人の欲の声を聴く豊聡耳が相手では隠し切れないと踏んだからこそ、自然な形で接触機会を消したわけだ。
俺も”玉藻の前”なんてビッグネームじゃなかったら、年寄りの火遊びだと見逃すところだった。
「布都はその寵姫と会ったことはあるか?」
「数度言葉を交わした程度ですが……心映え穏やかで、機知に富んだ好人物に思えましたが」
布都視点では怪しい所は無しか。
じゃあ屠自古は? たいていセットで行動してるよなこの二人。
話を彼女に振ると、少し言い辛そうに答えた。
「私はこの体だからあんまし文官と接点ねーからな……だけど、遠目に見る限り愛想のいい奴っぽかったが」
……ふむ、屠自古視点でもシロか。
もしかしてこの世界では普通の寵姫なのか?
思えば、俺の疑念の論拠は元の世界の記憶だけだし……でもなぁ、”玉藻の前”だしなぁ……
「あらあら、お二人は少し眼が曇っていらっしゃるのでは? 私から言わせれば、彼女はかなりの食わせ物だと思いますよ」
「青娥……」
芳香を膝枕してあやしながら剣呑な意見を出したのは青髪の邪仙。
その顔は微笑みを湛えてはいるが、寵姫を貶める己の意見に強い自信があるのは明らかだった。
「”良い子チャン”過ぎるのですよね。性格に幾らかの
なるほど……毒婦は毒婦を知る、ということか。
蛇の道は蛇に聞け、とはよく言ったものだな。
そう考えれば、もう何百年為政者の側近をやっているということもない二人をして隠し通せるとは尋常の演技力ではない。
新しく寵姫として入ったというなら齢は若いはず、まずあり得る事とは思えん。
確かめねばならない、一番簡単なのは豊聡耳に面通しさせることだが……
顔を豊聡耳に向けると、彼女は肩をすくめた。
「まあ確実に何かと理由をつけて私の面会を断るだろうね。最悪は骨抜きにされた鳥羽院から有形無形の妨害が入るだろう。……いや、執務も逼迫しているから既に入っているのか」
まあ、そうだろうな。
仮に俺が記憶を見ようと玉藻の前を呼び出しても、体調不良とか先王が断りを入れるとかするだろうし。
そうなると、非公式で忍び込み、記憶を見てしまうのが簡単か。
豊聡耳にそう伝えると、任せる、だが……と釘を刺された。
「いつかの宝船騒動の時のように、足元を掬われることの無いよう気を付けたまえよ」
「……そうだな、『追い込まれた狐はジャッカルより凶暴』*3かもしれん」
「じゃっかるとは何だい?」
「あ~~……
※※※
毎度お馴染みになった精神体で、宮中の壁を無視して玉藻の前に割り当てられた居室に向かう。
マナを支障が出ない程度に可能な限りかき集めて来たので、不安定な抽出されたマナが消えるまで時間との勝負だ。
普段宮中の壁には妖怪や怨霊除けの結界が張られているが、今は青娥の手引きで解除されている。
精神体の今の俺には遮る物が無いので、ほどなくして目的の場所に到達した。
豊聡耳の面会依頼を体調不良で断ったので、居室で御簾の中で横になって眠っている玉藻の前。
俺の存在に気付いているのか、それとも気付かず眠っているのか、どちらも記憶を見ればわかることだ。
(それでは確認させてもらおう。《心臓露呈》)
物騒な名前の呪文だが、本質は宝船騒動の時に一輪に使ったものと同じ
野望の神バントゥ曰く、『真意が宿るのは頭脳ではなく心臓だ』。
その心底、見定めさせてもらおう……
俺が玉藻の前の記憶を読もうとした時、視界が暗転し世界が全く違うものへと変わった。
精神体だったはずの俺はいつものドラゴンボディに、周囲は黒で塗りつぶされたような果ての無いものに、そして眼前には石で作られた組木細工のような隙間の無い立方体が浮かんでいる。
そして頭に響いたのは妙齢の女の声。
【淑女の心に土足で踏み入ろうという不埒者には、それ相応の報いを受けてもらおうか】
声と共に眼前の立方体が震えると、青く燃える火球が幾つも現れて俺へ目がけて放たれた。
マナはいつになく充足している、《相殺の風》で火球を吹き散らし、俺は状況を理解した。
これは精神世界だ。
アモンケットでジェイス・ベレレン*5がボーラスに精神魔法で挑んだ時のように、己の精神が剝き身で晒されているのだ。
もともとゲートウォッチがカチコんでくることも考えてたんだ、精神魔法に関してはだいぶ前から研究している。
一つ、精神世界では
二つ、精神世界では
三つ、それらの呪文は
つまり精神世界での戦いとは、クリーチャーなしでの空中戦だ。
そして精神世界と言うことは、現実で使ったらヤバそうな呪文を使っても何の影響もないということ。
マナは十分すぎるほどある、まずはこちらを有利にさせてもらおう。
【いくぞ、《
膨大な多色のマナが吹き荒れ、俺の精神の写し身であるボーラスのドラゴンボディがみるみる大きくなっていく。
《
アラーラという五つに分かれた次元の断片が元に戻る時に引き起こされる強大なマナの嵐を、自分の為にかすめ取ろうというボーラスの邪悪な計画の一つ。
効果は赤・青・緑・白・黒のカードを一枚ずつライブラリー(デッキ)から選んで手札に加える破格のものだ。
……まあコストも五色+3マナと破格なんだが。
立方体が再び火球を飛ばしてくるが、既に体格差でその程度の大きさの火球など手で振り払っても熱くもなんともない。
俺が立方体をこじ開けようと大人と子供どころか巨人と小人ほども差がある手を伸ばすと、すぐさま立方体は形を栗のイガのように変えて掴まれるのに抵抗した。
棘が刺さらないように一部を毟ると、すぐさま新たな棘を生やして俺を威嚇する。
もはや俺に攻撃するのはやめて守勢に専念している玉藻の前の精神(仮)に、俺はとどめの一撃を与える事にした。
そう、まさにこういう局面にぴったりのやつを。
【下らない作戦もそれまでだな、玉藻の前よ。身の程知らずのうぬぼれはどこへいった? *6 《機知の終わり》】
相手の手札全てを捨てさせる、まさに破滅の呪文。
それを受け、溶けるように彼女の精神の防殻が消え去ると内に守られていた記憶が流れ込んできた。
──────やはり、九尾の狐だったか。
大陸の国家を荒らした後、遣唐使の船に便乗してこの国にやってきたようだ。
俺としては濡れ衣じゃない事さえわかればそれでいい。
適当な記憶を一つ吹き飛ばすと、世界は元の玉藻の前の居室に戻っていた。
しかしそこにいるのはもう玉藻の前ではない。
着物の下からは九つの金毛の尻尾が見え隠れし、艶のある黒だった髪も獣毛と同じ金髪に変わっている。
「えっと~、あなおそろしや~。玉藻の前様は狐の化生であった~、者ども~であえ~であえ~!」
間延びした声で女官姿の芳香が叫ぶと、扉から永遠衆が部屋になだれ込む。
呆けていた玉藻の前も己を取り戻し、巨大な狐へと姿を変えて彼らを弾き飛ばすも、その数は全く減らない。
この日の為に、近隣から二万体の永遠衆を動員したんだ、そう簡単には弾は尽きないぞ。
気付かれないよう青娥が手引きして、この辺の天井裏から床下まで永遠衆がみっちり控えてるんだ。
まるで蟻にたかられた死に掛けのバッタみたいになっている九尾の狐を尻目に、後を任せて俺は宮中を後にした。
※※※
「ハァッ、ハッ……ハァッ……」
雲霞の如く襲い来る龍神の眷属を命からがらいなし、宮中を脱出した九尾の狐。
襤褸雑巾のようになった体を引きずり山中に身を隠したが、騒がしい声が遠くから近付いていることから考えるに、既に山狩りが始まっているらしい。
「もはや、これまでか……」
「そうでもありませんわ」
「なに!? ウッ……」
突然の他者の声に驚くのも束の間、何かが身体に打ち込まれる感覚と共に九尾の狐は意識を失った。
山狩りは夜通し行われたが、血痕は見つかったものの不自然に途切れ、その遺骸は見つかることはなかったという。
「朝廷に幻想が圧されている今、貴重な戦力になりますものね」
闇の中に誰が聞くこともない、うすら怪しい婦人の声だけが響いた。
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第三十三話 冥侍の由来
”宮中に
今までは必要に応じて生者の武官を伴うだけだったから、相当に危機感を感じたのだな。
しかし永遠衆の力の本質は”数の暴力”だ。
生前の能力をそのまま使うことができる利点はあるが、鬼のような突出した個の力が有るわけではない。
俺がマナを使って出す『死体から作られていない永遠衆』ならば総じて特殊な能力があるが、死体が加工された時点でパワーとタフネスが4/4の《王神の贈り物》製の永遠衆に比べて性能でむしろ見劣りする。
それを補うには更に数が必要となり……いくらマナに余裕があっても、そんな使い方をしていればあっという間に枯渇してしまうこと請け合いだ。
だが、貴人の護衛をするには徒に数を増やさず、質を高める必要がある。
なんとか両方のいいとこどりができないかと研究を始めたものの、手掛かりも何もなく、成果が出るには時間がかかるものと思われたが…………意外な事に十年と経たずに結果は出た。
必要な要素のほとんどは既に揃っていたのだ。
《王神の贈り物》と《不朽処理者の道具》、その併用こそがカギだった。
まず、普段は白のゾンビたちが死体を《仕える者たち》に加工するのに使用している《不朽処理者の道具》で不朽処理をある段階まで進める。
そして俺が目的のクリーチャーに対応した色マナを込め、その後《王神の贈り物》で永遠衆に加工するのだ。
この手法の良いところは、死体の生前の技能と永遠衆の平均化された性能に加えて、目的のクリーチャーの能力を付与できること。
素の性能が低いクリーチャーの能力も4/4のパワー・タフネスを持つ永遠衆として運用できるだけでなく、今まで造反を危惧して出せなかった永遠衆以外のクリーチャーの能力も付与できる。
残念ながら素体の種族と大きく異なるクリーチャーの能力は付与できなかったので、人間の死体にミノタウルス*1やエイヴン*2、ケンラ*3などの能力を付与したりはできない。
手間は普通の永遠衆よりかかるが、性能は圧倒的に良くなるし特別感もある。
よって、特に功の大きい武官を素体に《選定の司祭》*4、少しマナコストはかさむが《名誉ある門長》*5なんかの人間・クリーチャーの能力を付与していった。
《選定の司祭》は実質ゾンビを生産するたびにライフを回復できるし、《名誉ある門長》は集団戦で有効だろう。
勿論、普通の永遠衆の能力も付与できるので、マナ効率的にあんまり出さなかった《戦慄衆の先駆け》*6や《煌めく監視者》*7も生産し、戦力の底上げをしている。
武功が高い戦の一番槍や撤退の
そうして順調に新世代の永遠衆が製造されていたのだが…………ある日、朝廷からの貴人の遺体を永遠衆にする依頼が来た。
それ自体は、そう珍しい事ではない。
基本、生前の職務で
だが、何事にも例外が存在する。
依頼された貴人の遺体の生前の名は”崇徳院”。
遺体を再利用されない例外の存在である王家の人間、しかも直近で王だった経験のある先王である。
そんな立場の者の遺体がなぜ来たのか、それは崇徳院自身に理由がある。
崇徳院は執務に熱心で、治世に熱意のある王だった。
それだけを見ると名君なのだが、問題は崇徳院に能力が伴っておらず、頑張れば頑張るほど空回りする性質だったことだろう。
意欲的なのは分かるのだが、彼に執務を任せると逆に仕事が増えるので、重臣や側近たちはやんわりと彼を実権から遠ざけた。
当然、そんなことをされて面白くない院は何を思ったか実権を取り戻すために反乱を計画。
軍によって反乱は無血で鎮圧されたものの、厳しい処罰は免れず、離島へ島流しとされた。
都から遠く離れた島への流刑ではあるが、昨今の僻地開発の経緯から暮らし向きはそう悪くはなかったはずだ。
その地で反省の日々を過ごしていた院は、民の平穏を祈りたい、と大陸から伝わった経典を写経し、奉納して欲しいと都に送った。
これもまた美談であろう。
…………気持ちを込めようと、血文字で書かれていなければ。
そんな呪いのこもっていそうな経典を送り付けられた都の現王は、当然受け取りを拒否。
それに対し”民を安んじる心が無いのか”と院は激憤、『我、死して龍神に仕えし冥侍の骸となりてこの国を守る一助とならん』と遺書を残して自死してしまう。
泡を食ったのは朝廷の重臣たちである。
困ったお方だとは思っていても、別に死んでほしい訳ではなかったのだから突然の展開に慌てるのも無理はない。
王族の遺体を永遠衆にしてもいいのか、せめて遺志は尊重するべきではないか。
長い議論の末、現王は崇徳院の意思を尊重することを決めた。
ただし依頼の中に条件として、威権を崩さぬよう一般の永遠衆と差をつけること、前線で使い潰さないことが付け加えられた。
俺としては《呪われた者の王》*8とかがいいかなと思ったのだが、能力付与した永遠衆は能力元に見た目が引っ張られるので豊聡耳からストップが入り、協議の結果《
一般永遠衆より豪華な見た目、ゾンビ・トークンに接死*9を与える関係上、直接戦闘に出る必要が無い能力。
特別感を出すために、レジェンド・ルール*10みたいな運用が必要になってしまうが、しょうがないか。
こうして、特例ではあるが俺の配下に唯一無二となることが決定した《蠍の侍臣》が加わった。
生前の能力も受け継いでいるのでやたら所作が上品で、喋れはしないが宮中作法に精通している異色の永遠衆。
運用法の問題で外に出せないことで、”龍神の奥の手””永遠衆の切り札”などと言われるようになり、その生前に残した文から永遠衆と違って呼び方が定まっていなかった《仕える者たち》が《冥侍の方》と呼ばれるようになるのは先のことである。
「あ゙ー、息抜きがしたい……」
永遠衆の加工のひと手間で戦力が向上するのは良い事なのだが、俺にしかできない作業があるので《王神の贈り物》と違って放りっぱなしにできない。
能力の実験も研究対象が定まってないし……最近は
肉体的疲労は無いに等しいが、精神的消耗でもうへろへろだ。
「おやおや、だいぶキテるようだね」
俺の様子に豊聡耳も苦笑いである。
気晴らしにどこかに出かけたいところだが、生憎俺の立場では勝手に外出するわけにもいかん。
そこで布都か屠自古のどちらかを貸してもらいたい、と泣きついたのが現状である。
「そんなに息抜きがしたいなら、
「止めてくれ、逆に息が詰まる」
政府や軍部のお歴々が集まる中で、終始偉そうにふんぞりかえるなど仕事と変わらん。
俺はお前と違って生まれた時から偉そうにするのがデフォルトじゃないんだ。
「ハハハ、すまない、ほんの冗談さ。ただ、立場上気兼ねなく息抜きしてこいとは言えなくてね」
まあ、そうだろうな。
豊聡耳の側近を伴っても、大げさにならずに済ませるなら日帰りか、出来て一泊まで。
それ以上は行幸・行啓*11のような一大行事になりかねん。
しかし、短期間の物見遊山にちょうどいいなにか…………時期ももう弥生*12か……
「花見などいいかもしれんな」
俺が思いついたことを口にすると、その場に居た者全員がきょとんとした顔をした。
え? 俺なんか変なこと言った?
「ぼぉらす様、花見にはいささか時期が遅いのでは? もう花が散ってしまっている頃かと」
布都がおずおずと口にするが、俺は首をひねるしかない。
暖かくなってきたけど、まだ桜咲いてないよね?
「そうか? まだ蕾だと思うが」
「蕾どころか梅はとっくに咲いて散ったよ。何の花見るつもりなんだてめーは」
…………あー。
屠自古に言われて思い出す、今の時代じゃ花見の主流は梅なんだった。
ソメイヨシノなんかもかけらもない時代だし、桜の名所など数えるほどだ。
でも、俺としては花見といえばやっぱ桜なんだよなぁ。
植樹なんてされてないから見渡す限りの桜はどこにもないが、見ごたえのある古木なら在りはするだろう。
豊聡耳に有名な桜の木はないか、と聞くと意外なことにすぐに答えが返ってきた。
「なんでも、ある高名な歌人の入滅の地にそれは見事な桜の大木があるという」
木の下で入滅した歌人の名からその桜の名は────────西行桜。
風流人が死に場所に選ぶほどの絶景、楽しみなことだ。
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第三十四話 古桜と西行の娘
件の古木”西行桜”があるのは
花見ごときを大事にしたくない俺からすれば人気が少ないのは好都合で、出発を目撃する者がいないように日が沈んでからの出発だ。
同行者は三人。
豊聡耳から借りてきた随伴者兼お目付け役、蘇我屠自古。
霊気動力鉄道計画の列車初号機『クロミウム*1』と弐号機『アスマディ*2』が完成したので息抜きに連れてきた開発主任、テゼレット。
──────”花見をするから来い”と雑に誘われた幻想郷の賢者、八雲紫。
約一名笑顔が怖いが、善意で誘ったのにコレガワカラナイ。
しかも道中で妖怪嫌いの屠自古は八雲に一々つっかかり、八雲も分かっていて彼女をからかうものだから、仲裁するテゼレットが元の性格との乖離とか気にならなくなるくらいの清涼剤だ。
屠自古は豊聡耳と離れ離れな事へのイライラから八つ当たり気味なのはわかるが、一応俺が呼んだ客なんだから少しは仲良くしてくれよな……
面倒な山道もひとっ飛び、空から目的地を探すと山間の開けた場所に本当に桜かと疑うような巨木が生えている。
咲き方からして八分、いや七部咲きってところか?
今日は空に雲も少ないし、明日の昼ごろには満開になってるかもな。
どうやら絶好のタイミングで来られたらしい。
なぜか巨木の周りだけは森が開けているので、空き地に木々を薙ぎ倒さないように降りる。
いやしかし、たまには外出もいいな! 空気がうまい!
龍洞御所近辺も開発が進んでるし、やっぱり山間まで来ると森林浴とかマイナスイオン的な何某かがあるのかもしれない。
同行している皆にも同意を求めたが、俺の意見に追従Bot状態のテゼレットはともかく、他二人は”どことなく空気が澱んでいる気がする”と不評だった。
おかしい……俺はすごいしっくりくるんだが……
さて、では目的である花見といきたいところだが、月に桜も悪くはないが満開間近のようだし夜明けを待ってもいいだろう。
適当に野営する場所を見繕おうとすると、巨木の陰に小さな小屋があるのに気付いた。
あばら家、というにはしっかりした造りだが、複数人が住んでいるにしては小さすぎる。
こんな辺鄙なところにも住人がいるのか? どこかの開拓集団*3でもあるまいし。
朝起きてパニックになられても困るし、接触はしておこう。
誰が対応すべきか?
見上げるほどの巨竜、ダメ。
足の無い亡霊、却下。
片腕が銀の鉤爪の男、うーん惜しいが無し。
消去法で、人間に姿が近くて気配も自在に消せる八雲だな。
呼んでおいてよかったよかった。
「はぁ……あの方も、もう少し他所の都合というものを考えてくれるとよいのだけれど……」
ただの妖怪や神からの呼び出しなら無視するか文句の一つも言うところだが、相手が朝廷の中枢に巣食う龍神となれば分が悪い。
折しも、新たな
ここで不用意な対応をして、せっかく安定してきた大事な箱庭を潰されるわけにはいかないのだ。
それにしても、妖怪の隠れ里を運営している身で言うことではないかもしれないが、よくもまあこんなところに住んでいる者がいたものである。
まるで土地に染み付いたような穢れ、そしてそれが放つ瘴気にすら近い澱んだ空気。
あの自称龍神は居心地よさげであったが、普通の人間には害が出るギリギリだろう。
不謹慎かもしれないが、どんな奇特な人物なのか少し興味がある。
木戸を叩き、妖力を隠して眠っているだろう家主に声をかけた。
「もし……夜分に申し訳ありません。どなたかいらっしゃいますか?」
いくばくかの間をおいて戸を開けて出てきた人物は、予想の外のものだった。
「……お客人ですか? お初にお目にかかります。私はこの地で墓守をしている幽々子と申します」
お、八雲が家主らしき若い娘を連れてこっちに来た。
事情は大体伝えたようで、目を丸くしているが恐怖に慄く様子はない。
家主の娘はこんな山奥に住んでいるにしては顔立ちが整っている、実は良いところのお嬢さんと言われても通じるくらいだな。
若干目が死んでる気もするが、儚げなダウナー系美人といったところか。
「龍神様にお初に御目文字致します。この地で果てた歌人西行の娘、幽々子と申します」
「少し場所を借りるぞ。公式な場ではないから楽にしろ」
一応偉そうにして挨拶を受ける。
本当は傍に控えるテゼレットか屠自古が応えるのが正式なんだが、それも含めて非公式であることの裏付けだ。
どうせ明日には帰るんだし、娘一人に形式をガチガチに守る必要もあるまい。
頭も上げて構わないと思うんだが、幽々子は平伏したまま続けた。
「龍神様の恩情に重ねて感謝を。亡き父が受けた恩情のおかげで私は生きています」
「は?」
俺は原作ボーラスと違って造反者狩りとか最終的に死ぬ試練への強制参加みたいなの課してないから心当たりないんだが?
いや、亡き父って言ってるし、なんかやらかしたのは父親の西行の方か。
西行、西行ねぇ…………なんかあったっけな。
「あれじゃねーか? 『反魂術事件』てのあったろ」
屠自古が少しばかり前にあった事件を挙げ、当時のことを思い出す。
《仕える者たち》の不朽処理技術を見様見真似で模倣した若者が、『反魂の術』と称して勝手にゾンビを作った事件。
本人は生前の記憶を保持したしゃべれるゾンビを目指したらしいが、出来上がったのは《むら気な召使い》*4のようなもの。
厳罰を求める意見もあったが、結果がお粗末だった事で俺の威が相対的に上がった事、若者の両親の必死の嘆願と宮中の政治力学の結果、出家させて出世コースから外すことで決着したはずだ。
でもあれ西行なんてやつ関わってたっけ?
「『反魂術事件』の術者である佐藤義清の出家後の法名が西行ですな。将来を嘱望されていただけあって歌人としても優秀だったようです」
テゼレットが補足してくれるが、正直そんなん分かるかぁ!?
この時代、名前をコロコロ変えるやつが多すぎるんだよなぁ。
生まれた時から固定の名前があるエルダードラゴンを見習えよな*5。
「ま、まあいい、俺に含むところはない。桜を楽しんだら帰るつもりだ」
「はぁ……」
※※※
夜が明け日が高くなり始めると、陽気と共に西行桜の咲いていなかった蕾が花開きだす。
料理や酒は事前に龍洞御所で用意したものを運んできた。
場所を借りただけでも良かったのに、幽々子”食事されるのなら……”と、わざわざ山菜を集めて一品用意してくれた、ありがたいことだ。
野外での催しということで、膳など特に用意していないので屠自古は食いにくそうにしているが……こういう時育ちって出るよな、あいつ口悪いけど基本お姫様だし。
花見の席なので俺も、飲み食いは必要ないが酒をたしなんでいる。
といっても文明的にどぶろくなんだが。
龍洞御所にもたびたび酒は奉納されるんだが、いかんせん普通のどぶろくは糠臭くてかなわん。
なのでこの時代では偏執的な精米で糠を削ってつくった特別製のどぶろくを持ってきたのだ。
俺の巨体で味わう量が必要だから大きな樽で持ってきたが、俺目線だとショットグラスより小さい。
酔うために作った訳じゃないが、掛かった費用を思うと釈然としないな……
「へぇ、それが噂になっている”龍神の美酒”ですか? 独りでお楽しみとはどうかと思いますわよ」
「八雲、飲みたいのならそう言え」
こいつ、美人だけど結構酒好きだよな。
同じく糠臭いどぶろくは苦手らしくて、遠い異国の珍陀酒*6を飲んでいたのを見たことがある。
思い返せば豊聡耳や青娥、神奈子や諏訪子も酒好きだったし、この世界はのんべぇが多いのかもしれないな*7。
桜を愛でながらのんきにそんなことを考えていると、屠自古が機嫌悪そうに話しかけてきた。
「……おい、気付いてるか?」
「何がだ?」
俺の答えが気にくわなかったのか、視線を鋭くして彼女は続けた。
「ただの桜の名所にしちゃあ、ここは穢れが強すぎる。桜の根元をよく見てみろ」
促されて観察してみると、土が丸く盛られたところが結構ある。
幾つかは盛られてからそう経っていないのか、土が新しいように見えるが……
「ありゃあ、土饅頭だ」
「ゲェッ!?」
土饅頭、つまりは土葬の跡だ。
”綺麗な桜の根元には埋まっている”とは良くいう迷信だったが、マジかよ……こわ……
というか、いくらなんでも数が多過ぎないか。
衝撃の事実に幽々子に確認を取ると、彼女はためらいがちに答えた。
「父の最期の話を聞いてここを訪れた歌人たちの墓なのです……自分もここで最期を迎えたいと。その弔いも兼ねて私はここで墓守をしているのです」
ちょっとだけ”お前も肥料になるんだよ! ”みたいな山姥的展開かと思ったけど、この娘さんにはそんなことする力はなさそうだ。
「おそらく、最初の数人は言葉通りだったのでしょうが、その骸から穢れを得て桜が半ば妖怪化してしまったのでしょうね。むごい話ですわ」
八雲の推測によると、桜自体が【死体から穢れを得る】→【花に見惚れたものを死体にする】の流れを繰り返しているのだろうとのこと。
餌を引き寄せる食虫植物みたいなものか……何が酷いって、誰にも悪意が無かったのが酷い。
妖怪化ってことは放っておいても改善はしないだろうし、むしろ悪化するだろう。
ミシュラランド*8みたいな一時的な妖怪化ならまだしも、完全に妖怪になって移動されても困る。
「今のうちに伐採してしまうか*9」
俺がポツリとこぼした言葉に、幽々子が血相を変えて平伏して言った。
「不遜なことは承知ですがそれだけは御勘弁を……! 我が父が最後に愛した景色なのです……!」
「同情するけど、そういうわけにもいかねーだろ。こんな危険な妖怪予備軍が居ていい場所なんてあるわけ……」
そこまで言った屠自古と俺の視線が八雲へと流れた。
妖怪たちを保護する箱庭”幻想郷”の管理者である八雲はいきなり自分に話が流れてきたことに狼狽する。
「ボーラス様っていつもそうですわね! 幻想郷の事をなんだと思ってるんですか!」
俺も成長したからここで本音の『正直、便利な場所だと思ってる』ではなく『ソンナコトナイヨー』と建前で答える。
八雲も幻想郷の理念からして断れないんだから、素直に受ければいいのにな。
結局、西行桜は八雲の力で幻想郷の中でもそう簡単には来れない場所に植え替えられることになった。
幽々子は”命ある限り、あの桜の行く末を見守ろうと思う”と共に幻想郷へ移住を決断。
妖怪溢れる幻想郷へ移住する意志の強さに、八雲も幽々子を気に入ったようだ。
予想外のことが結構あったが……まあ下調べ通り荒事にはならなかったから豊聡耳もうるさくは言わんだろう。
「あれ? そう言えばテゼレットはどうした?」
「あいつは真っ先に酔い潰れたよ。最近太師様並みに仕事抱えてたからな」
やば……流石に仕事を振りすぎたか。
忠誠心があるといっても、もう少し労働環境を整えてやらんといかんな。
ゾンビはブラックでも、生者にはホワイトな環境を整えるのが今後の課題か。
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第三十五話 政府と幕府と元寇
|・ω・)つミ【更新】ポイッ
|)三 サササッ
霊気動力鉄道の開通によって、
こうなると各地の都市を治めるための政治体制が必要になってくるわけだが……いまだ各地の野山で妖怪による被害が普通に聞かれる状況なので、それぞれの諸都市が初期対応くらいはできるようにしておかないと冗談抜きで豊聡耳が過労で死ぬ。
そういう訳で、軍事的には永遠衆の配備で中央集権を維持しつつ監視しながら、ある程度の決定権と統治は各都市に派遣する武家の者に丸投げすることにした。
万一にも反乱を起こされると面倒なので、旗下の兵士は全部永遠衆で固め、その上に
徴税やらなんやらの統治面は武家の中の文官側から政務官として派遣して、武官とは別系統として政体を作ってもらった。
つまり、武官による軍を率いる幕僚府……幕府と、文官たちによる
当然、武官の方は源氏から、文官の方は平氏から選ばれるのでお世辞にも仲がいいとは言い難いが……今回の場合はそれでいい。
一番面倒なのは一丸になって反旗を翻そうとすることだし、仲が悪いくらいで丁度いいのだ。
たしか『分断して統治せよ』だったか? 違ったっけ?
政治面で王(と後見する豊聡耳)の地盤はしっかり固まっているので、一応の立場としては文官である平氏の方が立場が上の
でも、実際に自由裁量権が大きいのは武官側だ。
幕府は各地の大都市に鎮守府を開き、
上司に当たるのは
逆に政府側を形成するのは同じく
豊聡耳が統括する以上、文官の専横は否応なしに抑制されるから、現場対応する武官側より行動に圧を感じるだろう。
これは言ってしまえば、大きな自由権益を与えているように見えて、実際は文官は頭の上から、武官は足元からいつでも締め付けられる体制なわけで。
流石は豊聡耳……伊達に何百年も魑魅魍魎の巣食う朝廷で政治家をやっているわけではないな。*1
地方都市での二府体制が根付いてきたころ、九州の鎮守府から
内容としては『戦う気はないから仲良くしませんか?』といった感じのよくある友好を求める文面だったが、届けた国が曲者だ。
元々大陸には大きな国家があったが、近ごろになって北の内陸方面から新興国が現れて既存の国を圧迫している。
南に押し込められた既存の国も必死に防衛戦をしているが、徐々に追い詰められつつあるのが現状だ。
そして、この国書を送ってきたのは北の新興国なのである。
豊聡耳のいる安門京都ではそうでもないが、現王が住んでいる平安京都は隣国の文化を積極的に取り込むことを目指して作られただけに、南の既存国家への親近感が強い。
今のところは北の新興国も友好のみを押し出しているが、実情としては後背を突かれないため、可能なら味方に引き込んで戦力にしたいのだろう。
現王はこの国書に対し、『隣国との長年の友好の義理を欠く訳にはいかず、どちらにも肩入れしないことが貴国へのせめてもの友好である』と返書をしたためた。
つまりは事実上の傍観宣言である。
しかし、相手もさるもの、大陸商人を通じてかこちらの国力・兵力が馬鹿にならないものだと知っているらしく、何度も国書がやり取りされ、大陸国間の戦乱へ引き込もうとする綱引きが行われた。
最終的に新興国から『旗色定かならぬ相手を放置しておくことはできず、これ以上友好に基づいた取引を拒否するようであれば兵を出さざるを得ない』という最終通告が来るに至り、現王は
……とまあ、そんな感じで久方ぶりの大量動員がなされ、九州の鎮守府を中心に上陸してきそうな場所に永遠衆による監視網が敷かれたのだが……相手は思ったよりも手強かった。
もちろん、痛みも疲れも感じない永遠衆は向こうの兵士に負けない力がある。
しかし、相手側も一点集中戦術というべきか、一人の敵を複数で対応する永遠衆に近い戦術を使ってきた。
幸い、相手の使う毒矢や馬上弓は永遠衆には効果が低かったものの、最新兵器らしい火薬武器は一定の効果があり、一騎打ちをしたがる指揮官連中を含めると結構な被害が出た。
永遠衆が文字通り動けなくなるまで戦うのをやめない不死の軍勢だと実戦で体感した彼らは野分*3が来る前に撤退したが……向こうさんの被害が致命的でなかったことを考えれば、第二波があってもおかしくないだろう。
離れ島だったために警戒網が間に合わず敵軍の進駐を受けた九州の島で、新興国軍相手に独りでゲリラ戦を繰り広げた境井
「で、あてはあるのかい?」
「ああ、ある。いい機会だ、特大のを出すことにしよう」
このチャンスに『危機に備えるため』との大義名分を使えば、たとえドデカいクリーチャーを出しても受け入れられるだろう。
ついでに新興国からの侵略第二波が本当にあれば、実戦証明も済ませられていうことないな。
新興国軍の兵士はみんな弓も馬術も達者で集団戦闘が得意というし、あわよくば永遠衆の素体として遺体を少しばかり回収しておこうか……
九州以外の各地方から招集された永遠衆たちと、選りすぐりの人間の指揮官の後に、特別枠の者たちが行進する。
先の迎撃戦で戦死し、新たに永遠衆に加わり雪辱を果たさんとする武者たち……永遠衆の精鋭、戦慄衆。
そして馬揃えの最後、開けた場所に全員が集合すると、龍洞御所から舞い降りた龍神が彼らを言祝ぎ、そして力を行使した。
術師でもない市井の民ですら感じられる圧倒的な力の流れ、それらが凝縮し、荘厳な仏閣すら小さく感じられる巨大な影が三体現れた。
黄泉の国から御国を守るためにやってきた、蛇、鳥、猫の頭部を持つ異形の神。
遥か昔に亡くなった神の
腹の底から力が湧いてくるような感覚*5に、観衆たちは声高に王を、聖徳太師*6を、龍神を讃える。
後にこの天覧馬揃えは、史実に《永遠神の投入》という出来事と共に永く刻まれることとなった。
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第三十六話
遠洋航海用の軍船の中、兵士たちは彼らの信ずるところである祖霊と精霊たちに加護をもらえるよう祈っていた。
ここまで来る途中に同胞の乗る軍船は、その多くが骨ばかりとなった頭部を晒す巨大な凶鳥の手で沈められている。
逃げ場のない洋上の船では標的にならないことを祈る以外にできる事はない。
陸に、陸に着きさえすれば。
先の戦役での失敗を教訓に、不死の軍勢に対するための火薬武器は大量に用意されている。
しかし、軍船ごと沈められてしまえばただの大量の副葬品である。
船員が揚陸範囲内に近づいたことを告げ、これまでの借りを返さん、と血気盛んに揚陸準備に入った兵士たちは、陸に絶望を見た。
海岸を埋め尽くさんとする大量の死者の軍勢に、蛇と猫のような骨の頭部を持つ二体の巨大なナニカ。
おまけに空には多くの軍船を沈めた凶鳥も飛んでこちらをうかがっている。
『なんなんだ……なんなんだあの国は……!』
もし、指揮官が降伏の決意を固めていなければ、彼は味方の手で命を奪われていたことは確実であった。
前回の動員数を超える永遠衆の招集に、新たな大型戦力(直喩)である永遠神三体の投入。
いっそ過剰なほどに万全の態勢を整えた結果…………新興国軍による第二次侵略軍はあっさりと降伏した。
勝ったな! ガハハ、とかフラグ立てる暇もない完勝である。
まあ、大陸から
流石に白旗上げたような相手を殲滅したらもしゲートウォッチが来た時の心証が悪くなるだろうな……と思ったので俺からとりなし、侵略軍(未遂)は武装解除・拘束されるに留められた。
その後、再び国書による新興国王とこの国の王のやり取りを経て"互いの国が続く限り"の『不戦の盟約』が交わされ、第二次侵略軍迎撃戦はこちらの血が流れることなく*2終わる。
でも、それはそれとして、一方的に襲い掛かってボロ負けしたのだから、戦時賠償というものはある。
先の迎撃戦で戦死した者たちの遺族も、明確に勝った証が無いと心の整理がつけられないだろうしな。
……で、その内容なのだが。
「は? 戦士団五千名?」
「そうだ。この国のために戦うから、煮るなり焼くなり好きにしろとのことだよ」
なんと侵略軍の一部をそのまま差し出してきた。
一人残らず使い潰す勢いで戦わせてもかまわないとのことで、
この状況で新興国からこの国に戦力が引き渡されれば、既存国の方からは新興国に与したように見えるだろう。
こいつらが真面目に働けば働くほど、疑いの目がこちらを向く、厭らしい手だが受け取らないわけにもいかない。
そんなところだろうと思ったのだが、豊聡耳と話すとまだ隠された狙いがあるとのこと。
「やられたね……」
「全くですねぇ。数代で隣国のほとんどを併呑した手腕は偽りではないということかと」
しかし豊聡耳と青娥は分かっているらしい。
豊聡耳は言うに及ばず、青娥はこの手の悪だくみには腹立つほど聡いからな。
「芳香ちゃん、分かった?」
「わかんない! けどなんかあやしい!」
……あれと同レベルにはなりたくないなー。豊聡耳政治塾の受講回数増やすかぁ。
俺が嫌そうな顔をしているのに気付いた豊聡耳は"その意気で、しっかり学んでくれたまえよ"と言いおいて、新興国の意図を説明する。
「差し出された戦士団は身を粉にして戦うだろう。そうすれば目覚ましい活躍をするものも居るはずだ。そうなると褒章をどうすればいいと思う?」
「使い潰せと言われているも同然なのですから、褒章など出さなくてもよいのでは?」
布都が過激な意見を言うが、実際にそうしたら
信賞必罰がなされないと不安になるものだしな。
しかし豊聡耳は"たしかに、むしろ渡しても受け取らないだろうね。少なくとも
「生前一度も褒章を受け取らず、戦死するほど奮戦した戦士に死後与えられるものがあるとしたら何か……心当たりがあるだろう?」
「なるほど……戦士団を最終的に永遠衆にさせるのが狙いか」
でも永遠衆の支配権を持ってるのは俺だし、青娥のキョンシーの技術みたいのがあっても複製は難しいんじゃないか?
俺も
「模倣などできなくていいのさ。『永遠衆は子孫のために戦う』……そのお題目があるから、かつての祖国のために義勇兵に、と言われたら断れないからね」
「内実が傭兵でも、か」
どうやら既存国より新興国の方が耳が良くて
強国となるのが目に見えているなら縁を結んでおくのも悪くない。
恩は売れる時に売っておくものだからな。
「おら、てめーはこれから太師様とみっちり講義だ。何のためにご立派な頭がついてんだよ」
一方で、無慈悲に屠自古が豊聡耳政治塾の臨時開講を告げる。
トホホ…………
いくらこの次元の人間が永遠衆の技術を複製するのは難しそうといえど、他国の連中を惜しみなく永遠衆にしてたら有難みが無いよな。
ということで、新興国から来た戦士団の皆さんには、永遠衆になる権利を求めて試練に挑んでいただこう!
このために新たに
それぞれの場所はだいぶ遠いが、霊気動力鉄道の最新型『パラディア=モルス*6』号なら1週間足らずで行き来できるから問題ないだろう。
《オケチラの碑》で行われる《結束の試練》以外は一人でも挑戦可能で、試練中に万が一にも死なないようにかなり気を使っている内容だ。
元ネタに
ゲートウォッチに怒られないよう、《野望の試練》*7と《激情の試練》*8は削除。まあ大がかりな能力検定的なものだと考えて間違いない。
突破者には《蓋世の英雄の短剣》を授与して、死後に永遠衆へ迎えることを約束する。一種の免許証みたいなものだな。
一応、拒否したくなったら返納も受け付けると伝えたが、目的からしてしないだろうなぁ……
彼らが永遠衆になり、義勇兵として祖国に戻ったら流石に既存国の方も耐えられるとは思えん。
幸い、新興国も圧政なんかするつもりはないみたいだし、味方したからといって怒られる筋合いもないが。
……せいぜい義勇兵という名の尖兵として、永遠衆を新興国の戦力の中に食い込ませておくとしよう。
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第三十七話 手痛い教訓
第二十三話以降の太政大臣に就任した豊聡耳神子の公称は『聖徳太師』です。
これは太政大臣の唐名が『太師』だからなので、『太子』の誤字ではありません。
紛らわしい表記で申し訳ございません。
妖怪たちの隠れ里を管理している"幻想郷の賢者"八雲紫。
普段はこちらから呼び出すことが多いのだが、珍しく向こうから連絡用の式を寄越してきた。
まあ、結構な頻度で便利遣いしている自覚はあるので、多少の頼みごとがあるなら聞いてやらんでもない……くらいの気持ちでいたのだが。
「月のやつらと戦争?」
マジで? 自殺志願者なのか??
月の奴らの技術力は圧倒的だ。もし現在の永遠衆全部を動員して総力戦を仕掛けても、兄弟戦争*1みたいに一掃されるのが関の山。
幸い、月人は穢れを嫌って地上まで来ることはほぼ無いから、わざわざ喧嘩を売る必要が理解できないぞ。
「最近、幻想郷に住む妖怪の増長が激しいのです」
「ほう、増長……」
聞いたところによると、幻想郷に大妖怪と呼ばれる実力のある妖怪が参加して来たことで、強力な後ろ盾を得たと勘違いしてヤンチャする中級妖怪が後を絶たないのだという。
他の妖怪の縄張りを侵犯して小競り合いを起こす、昼夜問わず人里を襲撃して龍神像にぶっ飛ばされる、派閥の違う大妖怪の下にいる妖怪と諍いを起こす……
別に仲良しこよしを強制したいわけではないが、ところかまわず不和の種をまかれて嬉しいわけもない。
ここで一つ、喧嘩っ早い連中を間引きついでに
……でもなぁ、あんまり月人に目を付けられたくないし。関わりたくないなぁ。
「特に鬼の方々が大挙して来てからは気が大きくなってばかりでして……彼らは派手好きですから。天狗などは階級社会が下まで染みついているのでそうでもないのですけれど、他の木っ端妖怪は……ハァ……」
「ゥグッ……」
そういえばそんなこともしたなぁ! くっ、身から出た錆ということか。
でも、だからといって俺に何をしろと? 直接出るなんて絶対拒否だし、仮に出ても初手で全力
可能ならば永遠衆の出動もしたくないぞ。月人にこれ以上目の敵にされたくないからな。
「無論、ボーラス様に直接戦力になってくれとは言いません。ただ、撤退時に追撃で殲滅されないよう支援していただければと」
「それならば、まあ……」
一応は自分で蒔いた種みたいなもんだし、それぐらいなら許容してやるべきか。
幻想郷には永琳たちも住んでいるし、あまり騒がしくなるのも嫌だろうから。
もちろん、俺がその役を担っているとバレないように、八雲には遠隔で術が使えるようにサポートしてもらうけどな。
っと、そうそう、豊聡耳にも話を通しておかないと。
いくら表に決して出てこない隠れ里の中の争いとはいえ、報連相は大事。俺は成長できるドラゴンだからな!
おーおー、吹き飛んどる吹き飛んどる。
龍洞御所から術式を介して戦場を覗き見ているが、月人vs妖怪の戦い……まるで相手になってないな。
たしか月兎、だったか? あれらと戦ってる奴らはまだ『戦い』の土俵に立てているが、月人相手の方は武器の一振りで粉みじんにされてたりと全く歯牙にかけられていない。
死は穢れだから、ある意味嫌がらせにはなっているんだろうけど……戦争というには戦力差が大きすぎるように見える。
敗走するまでそう掛からなさそうだ。さっそく準備を始めたい、のだが……
「術式の準備を頼むぞ」
「……御意のままに」
八雲が新しく式神に加えたとかいう、藍、だったか。なんかめっちゃ睨んでくる……
名前の通り、青の色が入った道士服を着た金髪ツリ目の美人だ。どこかで見たような顔だが、会ったことあったっけ? *2
八雲がわざわざこっちに寄越したんだから、能力に不足はないとは信じているけど、どうも居心地悪いな。
「……妖怪連合、敗走を始めました。続けて、月面軍が追撃陣形に移行していきます」
「うむ、ここで追撃を妨害すればいいんだったな。《侵入者への呪い》*3」
追撃の指揮官と思われる者に、術式を介して遠隔で黒のエンチャントをかける。
直後に月人の攻撃で遠隔用術式が破壊されたが、突然指揮官が穢れに包まれたのだから大騒ぎだ。
『けっ、穢れだ! 急いで
『追撃中止! 周辺を警戒しつつ、防御陣形へ再編!』
『おのれ地上の妖怪め! 月で穢れをまき散らすなど!』
流石は月人の練度、混乱はさほど長続きしなかったが、もはや妖怪たちへの追撃には間に合うまい。
これにて妖怪たちによる月面戦争は終着、八雲は高くなってた鼻をへし折られた妖怪たちを収容し、無事に撤退。万事上手くいったな。
実際あいつらとの敵対はトラウマもんだから、跳ねっかえり共も以降は大人しくなるだろうさ。
撤退の算段をスムーズに進めた八雲の株も上がるだろうし、今回の利益一位はあいつなんじゃないか?
まあ、八雲が自分の損になる案なんて出すわけもないか……
「依姫様、ご助力かたじけなく……!」
「いいのです。この月で、穢れをまき散らす術式など容認できるものではありませんから」
綿月依姫が
戦いは圧勝だった、だが依姫の心には払えない疑念が残っていた。
先ほど自分が祓った呪い、あれは地上に存在する術式とは全く違う異物。
全く違う体系の下で培われたとしか思えない違和感があった。
思い浮かぶのは、失踪した師・八意様が話してくれた『異界の知識を持つ龍』。
地上で穢れを好き放題にまき散らしているという、他の月人が言うところの『穢れた龍』ならば、あの得体のしれない術式を使えるのではないか。
しかし、その術式が出たのは追撃の直前のみ。やろうと思えば、戦闘中に各所を攪乱することもできたはずなのに……
もしや、今回の妖怪たちの侵略と撤退、それすらも彼の者の思惑通りなのではないか。
そうだとしたのなら、かつて月の都で穢れを発生させた禁薬・蓬莱の薬も異界の知識を基に作ったと教えて頂いたし、全てが掌の上……!?
「月夜見様に、お伝えしないと……!」
彼の者の腕はあまりにも長い。地上でも表で派手に動きながら裏では静かに、そして狡猾に暗躍しているに違いない。
今の地上の文明では、此度の侵略軍を先導した八雲某という妖怪のように特殊な能力が無ければ月まで来ることは叶わないが、未来永劫まで約束されるものではないのだ。
まずは今回の侵略ルートをまた使われないように徹底的に封鎖。そして地上の動きを注視していく必要がある。
穢れが充ち溢れすぎている地上に直接赴くのは難しいので、何らかの方法を編み出さなければいけないだろう。
ああ、こんな時に八意様がいらっしゃれば……
「へっくしょいっ!!」
どこかで過大評価された龍神(偽)がくしゃみをしたのは別の話。
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閑話 秘封倶楽部初代会長・宇佐見董子の憂鬱
「はぁ~……」
進学校である東深見高校の新入生、
事の発端は、彼女が自分は選ばれた存在だと信じており、交友を結ぼうとする者たちを面倒がっていたことだった。
中学までは地元の学校に通っていて、彼女が全く友達を作ろうとしないことは周囲も承知していたが、進学校に入学するにあたり周辺の人間が一新されて、また彼女にとっては鬱陶しい友好の勧誘が始まったのだ。
相手からすれば完全な善意であるが、董子にとっては己という選ばれた存在を『友人』という枠にはめて平均化しようという悪魔の囁きにしか思えない。
それというのも……彼女は生まれながらの超能力者だったのである。
常人には不可能な
このような能力を持つものは国の中でもそうおらず、董子の優秀な学力も相まって、彼女は将来は戦慄衆になるどころか、永世政策顧問である豊聡耳神子様に古の世から仕え続ける二人の姫のように侍ることさえできると自負していた。
だが、彼女の将来が有望だということはよく知れ渡っているので、彼女のいうところの有象無象は嫌というほど寄り付いてくる。
そこで彼女は一計を案じた。
『龍神様【以外】の現代の超常現象・神秘』を探求する非公式オカルトサークル"秘封倶楽部"を新たに主催したのである。
この時代、目に見える神秘である龍神様とその配下である永遠衆・冥侍の方を除外したオカルトサークルなど流行るはずがないという読みだ。
常軌を逸した行動をとれば周りも遠巻きにしてくれて、五月蠅い雑音も減るだろう……そう考えていたのだが。
「何よ入部希望三十二人って……新設の非公式サークルに来る人の量じゃないでしょ……」
新設の非公式サークルにも関わらず入部希望者に面接を行い、振るい落してなおこれである。
面接で落とせなかった者たちは皆、『口裂け女』『赤マント』『八尺様』『メリーさん』などそれぞれ探求したい怪異があり、相当な熱意が感じられた。
龍神に対し強い信仰を持ち、それ以外の超常現象を格下とみている董子は、"主催しておいてなんだがこいつら本当に正気なのか"と訝しむことしきりである。
「でも、問答無用で全員入部拒否! ってわけにもいかないのよねぇ……」
入部希望書類を出してきた生徒の中には、友好国からの特別留学生も含まれている。
特にそのうちの一人の母国は中央アジアから西は東ヨーロッパの一部、東は極東まで国土を持つ大国"モンゴル首長国連邦"である。
国防の関係で昔から親日の姿勢を貫く友好国であり、彼への無体な扱いは内申に響くことも考えねばならない。
まあ、当人は『準国民』の待遇が与えられる留学期間中に『三つの試練』を突破して"在外永遠衆"として故郷に凱旋する資格を得るため忙しいだろうから、サークルにはそれほど顔を出さないだろうが……
しかし、彼を除いてもまだ入部希望者は三十人以上。彼らと強制的に交流をさせられては本末転倒である。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、どうしよぉ~……」
サークル"秘封俱楽部"の実働まで残り一週間。
初代会長・宇佐見菫子の悩みは深まるばかりだった。
「おかーさん、ただいまー」
「おかえり、董子。ごはん、できてるわよ」
董子が帰宅すると、夕飯の美味しそうな香りが彼女の鼻をくすぐる。
彼女の母は調理に使った器具の洗い物をしており、席に着けばすぐにでも食事にありつけそうだ。
靴を脱いで家に上がった董子は、母に返事をしてから他の同居者にも声をかける。
「はーい。お父さんとお祖母ちゃんも、ただいま」
声をかけたのは白い包帯に身を包んだ大きな冥侍の方と、同じく一回り小さな冥侍の方。
彼らは董子が小さいころ、地震の被害で亡くなった彼女の父と祖母である。
父の奮闘で母と小さかった董子は助かったものの、父と祖母は亡くなった。
無辜の犠牲者は優先的に冥侍の方に取り立ててもらえるのも、龍神様の慈悲深さとして知られていることの一つである。
「いただきまーす」
「はい、いただきます」
席について、母と共に董子は食事を始める。
毎日の食事は"生きていることへの祝賀"として国の生者全てを対象に龍神農園から毎日供給される食材が使われ、最も身近に龍神様への感謝を感じられる時間だ。
特に董子の家庭は食材の供給においても周囲より若干優遇されており、片親を失った董子も不自由をした覚えは少しもなかった。
そう、董子の家は優遇されている。それは彼女の父と祖母が冥侍の方となってもそのまま家で家事の手伝いをしていることからも分かるだろう。
他の冥侍の方と一緒に労働するでもなく、そのまま母のサポートや小さかった私の面倒を見てくれたのは龍神様の配慮、ひいては彼女への期待に他ならない。
それらもあって、董子は自分が期待に恥じない働きができることを確信し、自身が特別だと信じているのだ。
食事を終え、お風呂に入ったら寝る前に明日の予習と今日の復習。それにプラスして政治の勉強も少し行う。
この国では政治に携わることは栄誉であって実利ではない。
上層部へ行くほどその給金は減っていき、総理大臣ともなればその額は雀の涙ほど。国を良くしたいという熱意のある者だけがその責を担うのだ。
これは新たに政治参加する者との資金的な格差を少なくするための制度でもあるのだが、死者の労働によって最低限の生活が完全に保証されているこの国ならではの制度であると董子は学ぶ過程で知った。
そしてこの国の政界での最高の名誉は、皇室、政策顧問である豊聡耳神子様、龍神様の三者から信任を得る事。
そこを目指すためにも、期待に応えるためにも董子は自分を磨き続けねばらならない。
できれば他の有象無象にその邪魔をされたくはないのだが……
"秘封俱楽部"のアレコレを思い、董子は大きく溜息を吐いた。
龍神の住まう国では、昔から特殊な能力を持つものが優遇されている。
時代によって
……あまり知られていないことだが、その中でも『転移能力』を持つ者は特に手厚い保護が約束され、必ずそばには永遠衆や冥侍の方による警護が敷かれているという。
龍神は、特殊な能力を持つ者に蜜のような甘い世界を与える。
いつの日か、その身の内の"灯"を覚醒させ、世界を渡れるほどの転移能力を持つ者が現れた時のために……*1
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第三十八話 暦と貨幣
不定期な更新ですが、今年もよろしくお願いします。
新年。それは暦が新しくなるということであり、基準となる暦の作り方が違えば、おのずと新年の時期も違ってくる。
暦の作り方は天文学と大きな関りがあり、大きく分ければ月の満ち欠けを主軸にするか、太陽の運行を主軸にするかである。
この国では大陸から伝わった月の満ち欠けを主軸にする暦『太陰暦』を使っていたわけだが、一年、二年と使い続けると暦の日付と季節がズレ始める。
季節と暦のズレは、農業をする上で種まきの時期などの基準にできなくなるので非常に困った問題だ。
だから頻繁に朝廷の陰陽寮が暦を再計算して
故に陰陽寮の者たちが必死になって新たな暦の発明のために頑張っていたんだが……
俺の知ってるグレゴリオ暦がこの次元世界でそのまま使えるのかも分からないしな、アモンケットとか太陽二つあったりするし。
詳しい計算は専門家がした方がいいだろうと黙っていたが、ようやく成果が出た。
カギとなったのは、安門京都近郊に出しっぱなしで放置されていた《王神の玉座》である。
陰陽寮のある職員が、夏至の日だけ太陽が《王神の玉座》の角飾りのちょうど真ん中を通ると気づき、これを基準に天体を観測して一年を三百六十五日と少しと計測した。
太陽を基準とする暦『太陽暦』の発明である。
……まあこの次元世界にエジプトに当たる地域があるなら、別地域での再発見ということになるのだろうか。イラストが替わった再録カードみたいなものだな。
なお、新年の一日目、元日をどこに据えるか結構な議論になった。
冬至や立春などの現行の太陰暦の新年に近い時期にするべきか、発見のヒントとなった夏至の日にちなむべきか、はたまた現王の誕生日などにすべきか……
俺も意見を聞かれたけど、まあ、現王の誕生日はやめた方がいいんじゃないかなとは思った。後の王が真似して暦を更新しはじめたら面倒臭いし。
そして断固として"降臨祭*1"を元日にするのは拒否した。流石にそれは原作ボーラスポイント高すぎるよ……
でも結局、暦の名称が『龍神暦』になってしまったのは遺憾の意を表すところである。
お隣の大陸国家間での戦争は、義勇兵として永遠衆を取り入れた新興国があっという間に既存国を平らげてしまった。
基本的に元からあった政治機構をまるまる利用する方針らしく混乱は少なかったが、国が一つ征服されたのだから良きにしろ悪しきにしろ隣国として影響を受けるところはある。
主だったところだと通貨だな。大陸の方が国土が広い分硬貨を作るための金属も豊富に産出するから、この国でも流入してきた既存国の通貨が重宝されてたんだが……亡んじゃったからなぁ。
新興国はさらに内陸から領土を広げてきただけあって国土も人口も桁違い。なんでも貨幣不足で紙幣の発行まで始めてるって話だ。
規模的にもこのままでは経済侵略も警戒しなければならないレベルになってきているので、ここは一つ、この国でも独自に新貨幣を造ろうという話になった。
貨幣ってのは難しいもんだ。信用が無ければ素材の価値しか認められないし、流通するうちに摩耗やらなんやらで減っていく。
そういう意味で国が信用の後ろ盾になる紙幣はいい考えだと思うが、他国がそれを素直に受け取れるかっていうと、難しいよなぁ……
──────というわけで、この国でしか作られていないエーテリウムを混ぜ物にした新貨幣を造ってみた。
エーテリウム電池ほどのマナが生み出せるわけじゃないが、たくさん集めれば専用ゴーレムをしばらく動かせたりするぐらいの出力が出せる。
しかも使い切っても土地のマナから徐々に充填して再利用できるオマケ機能付きだ。まあ、一か所に集めすぎると土地のマナの残量の関係上回復が遅くなるけど。
エーテリウムが混ざってるから、普段から触ることが多い商人とかは知能向上とかの恩恵にあずかれる……かも? 影響の確認はまだしてないが。
製造のために俺個人用のエーテリウム電池製造ラインを停止させないといけないのが残念だが、龍洞御所地下にだいぶ蓄えたし大丈夫だろう。
これからはその製造ラインで貨幣鋳造素材用のエーテリウムを作って、他の金属と混ぜ物にして新貨幣を造っていくわけだ。
貨幣鋳造は専用ゴーレムと永遠衆が行うので警備も万全。流通量の計算に関しては文官と豊聡耳たちに丸投げだな。
外国にはまず専用ゴーレムと使い切りのエーテリウム電池を幾つか贈って、以降は新貨幣で動かしてくださいとでも言えばいいだろう。
専用ゴーレムも販売できるようになるし、新貨幣の需要も生み出せる。うんうんこれは良い考えなのでは?
まず初めは一種類だけ流通してみて、好評そうならエーテリウムの含有量を増やした高額貨幣なんかも造っていきたいな。
まあ俺ができるのは大まかな案と指示を出すことと、月一の献血*2くらいなんだけど……
各地方都市の二府統治体制も世代交代を重ね、それぞれの土地に根を張る家系になってきている。
当然、その中では都で任命されてその都度派遣される幕府・政府のトップより、土地に根を下ろして地縁を持った部下たちの方が影響力が強くなることも珍しくない。
例えば、陸奥の奥州藤原氏とか関東の北条氏とかだな。
権力的に言えば鎮守府大将軍を務める源氏の棟梁と政府首班の平氏の棟梁の下なんだが……それぞれ血の交流があって関係が複雑なんだよなぁ。
部下だけど舅、とか母方の伯父とかもあるから、結構気を遣うものらしい。
まあ万が一にもクーデターなんぞ企てたらカウンターで《造反者潰し》が発動するので、そこまで愚かじゃないと思うが。
ちなみに未だ起きた事はないが、規定では国家反逆罪級の事を企てた首謀者はすぐさま周囲の永遠衆をフル動員して《造反者潰し》→《強制的永眠》→《最後の報賞》の流れで処理されることになっている。
流石に生きたまま石棺に入れて死ぬまで放置*3なんてことはしないよ。
どっちにしろ普通の奴ならそこまでの罰を食らうことなんてないがな。せいぜい労役免除から除外とか冥田没収とか監視下で無償労働とかそんぐらい。
厳しい処罰とか連発するとボーラスポイントが溜まるから*4、これからも大人しく統治されていてほしいものだ*5。
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第三十九話 ※後に存在のみが語られる秘宝《黒龍剣》である。
他国からの侵攻を受けた時にノリで『永遠衆の精鋭』と銘打って"戦慄衆"を組織したけど、内実は今のところ箔付けのために名前を変えただけで他の永遠衆とそんなに違いが無い。
また同じような侵攻があった時のためにも、名前負けの現状は打破するべきだろう。
ちょうどよく隣国戦士団に課すために設置した"試練"があるから、そこで合格した武官の上澄みを戦慄衆に持ってくる形にしようか。
義勇兵になる戦士団の永遠衆より弱いと流石に設立理由からしてもダメだしな。
頑張れ武官たち! 合格者は年俸査定に上方修正だぞ!
とはいっても、専業武官で食うに困るやつなんていないから主な目当ては選抜される栄誉、ということになるかもしれないが。
言うなればエリートの証を目に見える形で授けようって話になるからな。
まあ頑張ってくれるなら何でもいいか。
隣国との技術交流で、火薬武器の情報が続々と入ってきている。
てつはう、と訳されているが、実態は鉄砲というより手榴弾だな。中に火薬を詰めた容器が爆発する感じ。
この国でも一応技術研究してみているんだが、材料の一つの硝石が湿気の多いこの国では採れないのでなかなか難しい。
俺発案で、便所や土間の色が変わった土から抽出を試みたり、糞尿やらなんやらを混ぜて作った硝石丘を準備してみたりしたんだが、周りの反応は鈍い。
霊気機関で代用すればいいじゃん?というのが率直な感想らしい。……それはそう。
そっちはマナ発生源と独自開発の射出機を介せば《ショック》*1もどきみたいなものが出るところまで来てるからなぁ。
何年もかけて準備してできる量はたかが知れてるとなれば、あんまり乗り気になれないのも分かる。
でも、きっと将来に化学合成とかできるようになったらバンバン使えるようになるし、俺の歳費から支援しつつ技術研究は続けさせておこう。
永遠衆の攻撃手段が、近接攻撃と弓がメインなのは更新していかないと時代に置いて行かれるからな。
永遠衆の装備の更新はなかなか頭が痛い問題なのだ。
基本的に永遠衆は自由意志の存在しない絶対服従のゾンビなわけだが、生前使った武器や修練した武術、生前覚えた魔法なんかも使えるのが普通のゾンビと違う点だ。
そんな彼らに生前使ったことの無い銃を渡して『それで戦え』と言えばどうなるか……指揮権を部分委譲した指揮官がちゃんと命令すれば一応射撃はできはするだろう。しかし、どうしても指揮する部分でラグが発生する。
かといって指示を出さずに使わせれば、極論すれば『銃で殴る』という手段に出る個体も出るだろう。
そこらへんには生前の地頭の良さとかも関わってくるから、教育は大事ってことだな。
銃『も』使える永遠衆はこれからの教育で補充していくとして、こういった装備更新は先々を見据えて始めておかないといかん。
元の世界での世界大戦もそうだが、有事の際には技術ってのは恐ろしい勢いで進歩するものだし。
急いで適応しようとするより、先回りしておく方が安全安全。
前に桜見物に行った時にも思ったが、息抜きというのは大事だ。
特に俺は図体がデカくて隠れられないから、気軽にそこらを散歩、というのは立場上難しい。
そういうわけで龍洞御所内でできる趣味を探してるんだが、なかなかしっくりくるものがないな。
ある時はボトルシップ的なものを作ってみようと思い、実際良い息抜きになったのだが、俺の身体と比較してちょうどいいサイズのボトルを作る方が大変なので却下になった。
今のこの国の先王を見習って刀でも作ってみるか……?
鳥羽だったか後鳥羽だったかという名の先王は非常に多趣味で、和歌の歌会などの文化的活動に飽き足らず、自分で鍛冶場に入って刀を作ってみる程だという。めっちゃ余生をエンジョイしてるな。
各地から名のある刀工を交代で出仕させて師事するくらいで、実際スジが良いのだとか。
呼びつけてる刀工のリーダーは先王に教授していることから同系統の刀工グループの一文字派の中でも特に王家の菊の家紋にあやかり『菊一文字』と呼ばれている。
ずいぶん入れ込んでいるようだが……そんなに楽しいのかな?鍛刀。
ものは試しだし、ちょっとやってみるかな。
何事も、やるからには全力だ。
材料にもこだわり、造幣過程でだぶついたエーテリウム合金と永遠衆の外殻用の魔法金属ラゾテプ。あと嘘か本当か、太陽の女神が隠れた時の岩戸の欠片と言われていた謎物質。
最後のに関しては本当によく分からない謎の鉱物?石材?なので、化学反応的な変化を期待して投入する。いわくのあるものを入れた方がそれっぽいしな!
普通の炉では全然溶けてくれなかったので、やむなく《古呪》で『プレインズウォーカーの火種』を収穫して白熱している永遠衆に突っ込んで熔解。この時点でなんか呪われそうだな……
ちょっと冷えて固まったらドラゴンパワーでガンガン叩いて、折り返して、また叩いて、冷えすぎたらもう一回過熱して……
徐々に熱耐性でも加わってきたのか、白熱した状態の永遠衆でもなかなか軟らかくならなくて、なんとかまともな武器の形になるまで総期間十年近くかかってるんじゃないか?
刀の形にするには俺の技量が伴ってないので、反りとか入れず両刃の直剣にした。
まあ直剣、と言い切るには剣身がデコボコ、というかトゲトゲな感じもするが。
そんなこんなで俺作のオリジナル剣が完成しました!最後の冷却過程になって全然冷めないので《古呪》で無理やり冷却したところ、刃部分が真っ黒になったけど。……あれれーおかしいぞー?(現実逃避)
本物よりだいぶ拙い出来だけど、これ、大体の特徴が《黒き剣》*2と一致してない?
……いや、怖いとかじゃなくてね、アレな能力とかついてても嫌だし、これは蔵の中にでもしまっておくしかないな。
けっこう楽しかったけど、鍛冶を趣味にするのはやめよう……
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第四十話 外国との付き合い
新興国……いや、前の国を滅ぼしてからもう結構時間が経っているし、新興国と呼ぶのも変か。まあとにかく、海を挟んで大陸側の隣国となったその国と盟約を結んで変わったことが結構ある。
前に話に上がった通貨や暦もそうだが、前の国がかなりの大国だったこともあって周辺国家にも影響は出ている。
たとえば、半島。前の国に服属していた国が治めていて、大国の威を借る狐みたいな立ち位置でうちの国にも対等以上を求めているのが透けて見えるような国だったのだが……立場を保証する大国が入れ替わってうちの国と対等の盟約を結んだものだから、相対的に国際上の立場が沈下してしまった。
前の国の滅亡に合わせて独立とかができればよかったんだろうが、征服した国が引き続き服属を要求してきたので結局属国のままである。
征服した側の国はうちにも侵攻軍を送ってきたくらいだからな、陸続きで地理的に近い半島を見逃すはずもなかったか。
侵攻軍編成の時には徴兵させられて、返り討ちに遭った時にかなりの兵を失い、強制徴兵を受けたからだと戦後賠償からは逃れたものの、賠償にかこつけて戦力増強を狙ったあっちの国と比べて立場は悪くなるばかり。踏んだり蹴ったりだな。
まあそんな感じの国だがご近所さんには違いない。ぎくしゃくしたり険悪になったりしないように大陸を牛耳った国と同じく年に数回、使節を送り合って交流を図っている。
最初はおっかなびっくりだったみたいだが、回を重ねるうちに慣れてきてくれているようだし、やはり最後は慣れだな。
他国からの使節は国際的な賓客、つまり国賓になるわけだが、当然だが国賓に適当にその辺の宿に泊まれという訳にはいかない。
現代日本に迎賓館があるように、この世界にも"
宿泊費・食事代無料! 霊気温泉完備(源泉かけ流し)! 宿泊客一人に対してゾンビ従者が三人も付いて着替えから団扇で扇ぐ係までこなしてくれるラグジュアリーハウスだ。ゾンビだから休憩・睡眠・食事時間無しでおはようからおやすみまで働いてくれるぞ!
ここの設備やサービスはこの国の国力を他国に見せつける意味合いもあるから、出来るだけ豪華に、出来るだけ便利にと趣向を凝らしている。
時代を先取りした水洗の洋式便所と専用の便所紙はこの国でも朝廷と一部貴族の家にしか設置されてない最新式だ。なお、考案者が俺であることと洋式便所の便座が湾曲した二又になった構造が特徴的な角に似ているから、最新式便所が旧来の便所と区別して『龍神所』と呼ばれているのは大変遺憾である。俺は便所の神様じゃない! *1
霊気温泉は字面だけだと特殊な感じがするが、なんのことはない、霊気機関で湯を沸かす普通の風呂だ。
大浴場くらいの広さで湯を薪で沸かそうとすると尋常じゃない費用が掛かるが、霊気機関なら安上がり+クリーンでエコ。追い炊き機能にしても良かったが、潤沢にお湯が使えた方が豪華だよな?
普通の風呂は湯船を張らずに蒸し風呂に入った後に垢をこすり落とす感じだから、度肝を抜かれるほど豪華な風呂だ。
……俺も風呂に入りたいと思うときはあるが、この図体だし、熱耐性が尋常じゃないドラゴンボディだから諦めている。俺は風呂は熱めが好きなんだ。
一応馴染みが無くて落ち着かない場合のための配慮として通常の蒸し風呂も併設している。ついでに水風呂も。俺はサウナーじゃないから温度とかは害がない程度に適当だが。
幸いなことに、この風呂は使節の人々に大変好評で、毎回のぼせるまで入っていってゾンビ従者に団扇でクールダウンさせてもらうまでがワンセットである。
大陸に接する部分をほぼ一つの国が支配している、というと一抹の危うさを感じるが、うちの国は今のところ国の中だけで回していけそうな地力がある。対岸の国を無意味に仮想敵国とするのは危険だ。
大陸に領土を獲得して橋頭保とする、みたいな案が無いでもないが、それをすると飛び地を守るためにひたすら大陸の国に喧嘩を売り、引っ搔き回し、飛び地に手を出せないよう混乱させ続ける必要があるだろう。ブリカスムーブじゃん。
表向きは周辺国に備えるためというお題目で、いつかゲートウォッチや新ファイレクシアみたいな脅威が来た時のために*2戦力を増強しつつ、友好的な関係を現地勢力と築き上げるのだ! そしてゆくゆくはこの国と同じくズブズブな関係になって、いざというときは俺のために命乞いをしてもろて……
この国の西には巨大な大陸があり、現在騎馬民族を祖とする国が席巻しているわけだが、東には果てが無いような大海原が広がっている。
国際的にも制度的にもこの国は盤石といっていい感じで、余裕が出てきたからこの次元世界の探索にも力を割いていこうと思う。
妖怪という特殊なクリーチャーがいるから『神河』に近い次元世界だと思うのだが、世界というだけあって広いのが次元世界。
この国の外にはどういう環境や文化が広がっているかは分からないのだ。そう、アモンケットの都市ナクタムンが《ヘクマの防御》という障壁で外界の砂漠から守られていたように。
故に、東の海へと探索隊を送る。ドミナリアみたいに洞窟の奥に別次元へのポータルがあったり*3しても困るし。
先遣隊は空を飛べる《エイヴンの永遠衆》。食事なし無休息で飛んでいけるので、地球でいうところの南北アメリカ大陸が無くても一周して帰ってくるだろう多分、この世界が球形なら。
もし陸地があって、現地に住んでいる人々がいるなら、こちらも船で使節を向かわせて交流を図ろう。ここらへんは隣国と扱いは同じだな。
でも多分言葉通じないだろうなぁ……大陸の隣国でも言葉が違うんだから、交流の無い海の果てと言語が同じだとは思わない。
敵対的接触の可能性も踏まえて、友好的になるまでは永遠衆たちで接触。十分に交流できたら生身の人間も送って言語理解とかも目指したい。
……まあ、埒が明かなかったら向こうの住民の死体を現地で《仕える者たち》にして通訳にしよう。文字がある文化圏だと良いんだが*4。
陽が沈む海の彼方から、手足の生えた『青い鷲』が飛来した。
高貴なる青の顔料で染められた石でその身を覆った『青い鷲』、初めはあれこそ南の者たちが言う『日没の太陽の怪物』の使いではないかと噂は広まった。
しかし、彼らは民草の命を奪うことはなく、信心深いものが成熟したトウモロコシを捧げたところ、近場の野の獣を狩って返礼として渡してきた。
危険が無いと分かれば人々の心を安んじることは簡単で、彼らは我々メシカ(Mexica)の日常へと溶け込んでいった。
何も食わず、寝ることもなく、ただ我々を見守る『青い鷲』。
時に数体が成熟したトウモロコシを持って陽が沈む海へ飛び立ち、代わるようにやってきた者が不可思議な黒い種をもたらした。
そうして奇妙な隣人関係が築かれていたその後、彼らに先導されて巨きな船が海からやってきた。
『青い蛇*5』『青い巨獣*6』、そして虚ろな頭蓋を晒した者たち。
それが彼ら、大いなる
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