戦姫絶唱エヴァンゲリオン (とりなんこつ)
しおりを挟む

1話

 

「う~暑いよ~」

 

ビーチパラソルの下の簡易椅子に腰を降ろし、立花響がうめく。

 

「…おまえ、次、それを言ったら罰金な」

 

対面の席で、恨めし気な眼差しを向けたのは雪音クリス。

 

「そんなこといっても暑いッたら暑いんだもん!」

 

「あー、鬱陶しい! 余計暑くなるから黙れッ!」

 

いつも通りといえばいつも通りのひと悶着に、すかさず割って入る凛とした声。

 

「―――二人とも、気合が足りないぞッ!」

 

二人をにらみつけたのは風鳴翼で、彼女も夏仕様のS.O.N.G.制服を着ていたが、炎天下にも関わらず涼しい顔で仁王立ち。

 

「心頭滅却すれば火もまた涼し。だいたい、この酷暑の中での調査部の皆さんを思えば、この程度なにするものぞッ!」

 

現在、国連直属タスクフォースS.O.N.G.は、箱根湯本へと派遣されていた。

ノイズの発生パターンに酷似した波形を探知した結果だったが、今のところノイズ本体は視認されていない。

それでも原因を探るべく、装者を一時待機させ、調査部は現地を虱潰しにしている。

季節は初夏なのだが、ここ数日、猛烈な暑さを更新中。

緒川慎次などは空調の効いたトレーラーへ装者たちの避難を勧めるも、彼らを慮って外で控えているのは、翼が先述した通りである。

 

「…先輩は慣れてるかもしんねーけどよ」

 

テーブルに突っ伏してクリスは唇を尖らせた。

アイドル稼業もこなす翼は、ステージの上で強烈なスポットライトを浴びてパフォーマンスを披露することも多い。彼女らは衆目の前で汗みどろにならないよう、汗腺を制御できるようになると聞く。

 

「慣れも何もあるか。戦場(いくさば)で暑いからと敵が手加減してくれるとでも?」

 

常在戦場、防人脳の翼であることを差し引いても、一理ある意見であった。

命懸けの死闘の中で、暑いとか寒いとかそもそも意識へと昇らせる余裕はないだろう。

 

「あー、もういっそノイズでも出てきてくれないかなーッ!」

 

やけくそ気味に叫ぶ響だったが、こちらの主張にも理が存在した。

シンフォギアを着装すれば、バリアフィールドが外気温すら遮断してくれる。

実際に成層圏の上や、極寒の南極でも活動することが可能だ。

 

「滅多なことをいうな立花ッ!」

 

たちまち翼の叱責が飛ぶ。

 

「ノイズは人類にとっての厄災そのものだ。いくら我らに倒す手立てはあれど、被害を出す可能性は否定できないのだぞッ!?」

 

「…はい、すみません。不謹慎でした」

 

あからさまに凹む響を見て、翼もふと表情を和らげる。

 

「まあ前世紀のように水を飲むなとはいわん。しっかりと水分補給して涼を取ることまで止めないぞ?」

 

言われて、弾かれたように響は顔を上げると、

 

「あー、忘れてたー!」

 

叫んだ彼女が向かったのはトレーラーの中。いそいそと肩に下げて持って帰ってきたのは大きなクーラーボックスだ。

 

「出かけるときに熱中症対策で未来から持たされたの、すっかり忘れてたよ~」

 

てへへと笑みを浮かべながらクーラーボックスの蓋を開ける響。

溢れる冷気が顔を撫でる。

クーラーボックスの中は、大量のガリ○リ君を保冷剤代わりにこれでもかとノベルティアイスが詰め込まれていた。

 

「さっすが未来! わたしの嫁ッ!」

 

得意顔で親友を絶賛する響の横で、同じく冷気を顔に浴びたクリスも頬を綻ばせた。

 

「おまえ、持ってきていたのを忘れていたのはバカだけど、今はバカじゃないな」

 

「酷いなー、クリスちゃん。アイス分けて上げないよ?」

 

響がぶーたれる間に、既にクリスはガリ○リくんの封を破いて齧りついている。

 

「あー! クリスちゃん、いつの間に!?」

 

「うっせ、さっきの罰金替わりだッ!」

 

「むー」

 

苦言を呈した響もガリ○リくんを二本まとめて頬張れば、たちまちご満悦の表情。

 

「あ、翼さんも何か食べませんか?」

 

「うむ、ちょうど喉が渇いていたところだ。そこの鯛焼きアイスを貰おうか」

 

「…先輩、それで喉の渇きは癒えるのかよ?」

 

酷暑の中での冷菓はこの上のない甘露となる。

一時的にせよ涼しげな表情を浮かべる装者たちの身体を、大きな地鳴りが揺さぶった。

 

「な、なんだ!?」

 

木々が揺れ、鳥が一斉に飛び立つ。

揺らめく大地に思わずよろけるクリスの前で、翼は不動。

そんな彼女の視線の先には。

 

「むッ!?」

 

山の麓に、地面から空に向けて噴き上げるような巨大な光の柱が出現していた。

まるで十字架のような光に、装者たちは表情を引き締める。

 

「ノイズなのか!?」

 

『通常のアルカ・ノイズの出現パターンとは6.2%の差異が認められますッ!』

 

すかさずそれぞれの通信機にエルフナインの声が響いた。

 

『されどノイズには違いあるまい! 総員、戦闘準備だッ!』

 

総司令風鳴弦十郎の声に、装者全員が胸元からギアペンダントを引き出す。

 

果たして、光が収まった先に存在するのは、巨大な人型の怪物だった。

手足は細く長い。巨大な怒り肩のようなフォルムは、首が存在しないこともあってほとんど水平になっている。

だからといって顔が存在しないわけではない。

胸の部分に存在する、円形から鋭い二等辺三角形が飛び出したような造形が、おそらく顔なのだと思われた。

まるで簡略化した鳥の顔のようで『ちょっと可愛いかも…』などと思う響だったが、その顔の下にある球体に表情を一変させた。

幾何学的に明滅を繰り返すそれは、まさにノイズの器官の証し。

 

「いくぞッ! 立花ッ! 雪音ッ!」

 

翼のその声を皮切りに、箱根の山に三つの聖詠が木霊する。

 

Imyuteus amenohabakiri tron…

 

Balwisyall Nescell gungnir tron…

 

Killiter Ichaival tron…

 

シンフォギアを纏った三人が、正体不明の巨大ノイズと対峙した。

 

「…まずは小手調べだッ!」

 

叫びつつ、クリスは両肩に生成した巨大ミサイル二基を発射。

 

「先手必勝!」

 

同じく巨大な刃で<蒼ノ一閃>を放つ翼。

 

普通の巨大型であればオーバーキルな連撃だが、黒煙の晴れた先で対象の謎のノイズは微動だにしない。

 

「だったらわたしがーーーッ!」

 

言いざまに、響が宙を舞う。ガントレットのカートリッジは既に充填済み。

あのバカ…ッ! とクリスが眉をしかめたのも一瞬で、事実近接戦闘のインパクトにおいては、ガングニールが他のギアより突出している。

かつてキャロル・マールス・ディーンハイムの絶対防御術すら貫いた一撃の前に、いかなノイズも太刀打ちできまいッ!

風鳴翼をしてそう確信した響の拳は、謎の巨大ノイズの右手で受け止められていた。

 

「なにッ!?」

 

インパクトの瞬間、放射状に展開する巨大な波紋のようなバリアに、翼ばかりか発令所の面々も目を剥いた。

大きく目を見開き、血相を変えたクリスが叫ぶ。

 

「…逃げろ、このバカッ!」

 

巨大な拳は響の拳を包むように捉えたまま、謎の巨大ノイズの肘の部分から鋭い槍のような器官が対外へと引き絞られていた。

次の瞬間、その槍はパイルバンカーのように握られた響目掛けて炸裂する。

 

「うあああああッ!?」

 

凄まじい速度で山の斜面へ叩きつけられるガングニール。

 

「くそっ! やりやがったなッ!」

 

すかさずクリスは全力でありったけの銃弾を斉射。

心得た翼は響の元へと駆け付けながら発令所へと声を飛ばす。

 

「あの防壁はなんなのですかッ!?」

 

『過去のデータにも、類似したパターンが発見できませんッ!』

 

『こんなの…錬金術とも異なる次元の…ッ』

 

明確な返答を得られぬまま響の元へと達した翼は、その体を抱え起こす。

 

「大丈夫か、立花ッ! しっかりしろッ!」

 

「う…、へいき、へっちゃらです…」

 

ダメージは負っているが、命に別状はなさそうだ。

ホッと胸を撫でおろした翼を、またもや地鳴りが揺さぶる。

振り返った彼女は見た。

またしても大地から光の十字架が突き立つ光景を。

 

「しかも…今度は三本だとッ!?』

 

通信機越しに、総司令である叔父が息を飲む気配を感じる。

目前の一体だけでも持て余しているというのに、さらに三体も加勢されたら。

 

果たして、光が収まり、そのあとに忽然と姿を現した三つのシルエットとは。

 

「…なんですか、あれ? ロボット…?」

 

痛みに顔をしかめながら、響は視線を上に向ける。視線の先には新たに三体の巨人が出現していた。

彼女の言う通りまるでアニメに出てくる巨大ロボットのようなフォルムではある。

なるほど、言い得て妙かもしれん。

翼をしてそう思わせる外観の三体だったが、これも新種のノイズである可能性も否定できない。

 

「…司令ッ!」

 

指示を仰ぐべく本部へと声を投げる翼の目前で、自体は急展開。

三体の一つである紫色の巨人が、謎の巨大ノイズへと躍りかかったのである。

半瞬遅れて赤色の巨人が同じように飛びかかっている。

 

「…仲間割れか?」

 

当然の疑問を、クリスは途中で飲み込んだ。

なぜなら、その二体の巨人からは若い声が響いていたから。

 

『アスカッ! そっちを早くッ!』

 

『わーってるわよ! あたしに命令すんなバカシンジッ!!』

 

「…子供の声、かよ?」

 

自分がどんな行動を取ればよいのか躊躇するクリスの前で、S.O.N.G.の面々が目を疑う光景が現出する。

二体の巨人の前に、またしても発生する透明な放射線状のバリア。

それに巨人たちはそれぞれ指を突っ込んで、左右に割り開いたのである。

 

『…綾波っ!』

 

その声に応じるように、最後の黄色い巨人が動く。

右手には巨大なナイフが握られており、黄色い巨人はバリアの隙間から、例の明滅する球体器官へ刃を突き立てようとする寸前―――。

 

『ッ!?』

 

黄色い巨人の手がボロボロと炭化していく。

 

『きゃああああああッ!!』

 

切り裂くような悲鳴が上がり、巨人の右手は肘まで炭化。

そのまま胴体まで達しそうな炭化現象は、強制的に右腕を付け根からパージすることによって中断。

 

『なッ!?』

 

これには、先の二体の巨人も、慄くように飛びずさる。

一方でシンフォギア装者たちも、ただ手を拱いて見ているだけではない。

 

「…行くよ、クリスちゃん! 翼さん!」

 

「よっしゃ一発かましてやるぜッ!」

 

「委細承知ッ!」

 

装者三人の力を合わせて放つS2CAトライバースト。

巨人二体の枷を解かれた巨大ノイズに対して、外しようもない距離だ。

膨大なフォニックゲインを載せた一撃は、七色に煌めく巨大竜巻のように天を衝く。

 

「…やったかッ!?」

 

翼の言に、クリスは呻く。

 

「うっそだろ…」

 

地面に片膝をつき、体表を黒焦げにしなからも、巨大ノイズはなお健在。

 

「なら、もう一撃を…」

 

言いさした響が、ゴフッと血を吐く。

 

「無理をするな、立花! 先ほどの一撃は生半可のものではなかったぞッ!?」

 

「でも…ッ!」

 

翼の心配そうな声に、弦十郎の声が被さってくる。

 

『翼の言う通りだ。どうやら対象は行動を停止したようだし、一旦全員帰投しろ』

 

そして続く声が、装者三人の耳を疑わせた。

 

『…彼らたちと一緒にな』

 

「え? 彼らって、え?」

 

クリスは顔を上げた。

いつの間にか三体の巨人たちも片膝をつき、その首の付け根あたりから筒状のものが飛び出している。

そこから飛び出してきたのは、全身スーツをきた黒髪の少年だった。

続くように赤い巨人からは金髪の少女が降り立ち、二人は黄色い巨人のもとへと駆け寄っている。

 

…あの筒はコックピットみたいなものなのか? 

 

クリスがそう洞察していると、黄色い巨人のコックピットからは、右腕を押さえて呻く青い髪の少女が引っ張り出された。

少年の気づかわしげな声がこちらにも聞こえてくる。

 

「綾波! 大丈夫、綾波…ッ!」

 

呆然とする装者たちを横目に、緒川は本部へと向けて新たな報告。

 

「司令。所属不明のトレーラーを発見したのですが…」

 

『ふむ?』

 

誘導されてきたトレーラーの外観は、確かにS.O.N.G.に配備されたものではなかった。

 

「これ、なんて読むんだろ? …ねるぶ?」

 

車体に書かれたロゴのNERVという文字を見て響は首を捻る。

 

「なんにせよ油断するな、二人とも」

 

天羽々斬を構えながら翼はトレーラーの後部ハッチを鋭くにらむ。

中からノイズが溢れて出てくる可能性も皆無ではない。

そんな緊張に反し、トレーラーの中から聞こえてきたのは妙齢の女性の声。

 

「あー、はいはい、すみません。敵対するつもりはありませんので」

 

床を銃が滑ってくる。

続いて姿を現した女性は、両手を挙げて無抵抗のポーズ。

遅れて現れた白衣に金髪の女性も同じ格好をしていた。

先に出てきた黝い髪を背中まで伸ばした女性が言う。

 

「私は、国連直属組織NERV所属葛城ミサト三佐です。人道と国際条約に則った保護を求めます」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

 

「俺は、国連直属特異災害タスクフォースことS.O.N.G.総司令、風鳴弦十郎という」

 

相模湾に停泊していた本部から、ヘリコプターで駆けつけた弦十郎はそう口火を切る。

 

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。…恐縮ですが、国連にそのような組織が存在したことは、小官は耳にしたことはなく…」

 

目前の、葛城ミサトと名乗った女性が背筋を伸ばしたまま答える。

 

「ふむ。俺も、NERVという組織は寡聞にして聞いたことはないな」

 

「………」

 

軽い腹芸を装うと、ミサトは真っ直ぐに見つめてきた。

強い瞳だな、と弦十郎は思う。何かしらの使命感を秘めた眼差しだ。

 

「まあ、とりあえず座って楽にしてくれ」

 

S.O.N.G.の所持するトレーラーのさして広くない内部の簡素な組み立て式だが、弦十郎は椅子を勧める。

彼女は三佐らしいが、この場においては俺の肩書を優先させて然るべきだろう。

 

「後ろの―――赤木博士でよろしかったかな? どうか楽にして欲しい。互いに鯱張(しゃっちょこばっ)てても埒が開かんだろう?」

 

促され、赤木博士こと赤木リツコも頷いて椅子へと腰を降ろす。

彼女の研究者然とした表情と佇まいを伺い、なるほど腹に一物を抱えていそうだな、などと弦十郎は感想を抱いたが、櫻井了子やウェル博士といった先人たちの先入観があったことは否定できない。

 

「どうやら貴女(あなた)たちと我々の認識する国連は、似て非なる、もしくは全くの別物の可能性がありそうだ」

 

「ええ、そのようですね」

 

素直に肯定するミサトだったが、その表情はあくまで固いまま。

何か言えぬ事情が存在するのだな、と弦十郎は察する。

同時に、いかにホームとは言えど、こちらも開示する情報を選ぶ必要があった。

 

「ともあれ、こうやって言葉は通じるし、同じ日本人のようだ。多少の垣根は取っ払って、情報交換と洒落込みたいところなのだが」

 

突如出現した謎の大型ノイズ。

追随するように現れた三体の巨人。

巨人に搭乗する少年少女。

 

疑問は尽きないが、敢えて鷹揚な態度で弦十郎は問いかける。

対面のミサトが視線を落とし、眉が考え込むように動いたが決して長い時間ではない。

 

「そう、ですね。我々としても、現状を判断する材料が欲しいところですし」

 

「うむ。それはお互いさまだな」

 

「さきほど風鳴司令が仰ったように、ここは日本で間違いないのですか?」

 

「ああ。日本の箱根で間違いないぞ」

 

「では、本日の日付は…」

 

「西暦2045年の6月で―――」

 

 

 

 

 

目前の巨漢の台詞を耳にして、葛城ミサトは目を見張る。

 

―――西暦2045年、ですって!?

 

「…どうした、葛城三佐?」

 

訝しげな眼差しを向けてくる風鳴弦十郎。

 

「いえ…」

 

内心を隠すためにわざと微笑してみせるミサト。

もっとも動揺しているのはバレバレだろうなと思いつつ、傍らのリツコへと視線を飛ばす。

リツコは黙って肩を竦めて見せた。

この行動を意訳すれば『責任者はあなたでしょ?』ということになる。つまりは完全無欠の丸投げだ。

恨めし気な眼で親友を一瞥し、弦十郎に向き直ったミサトはいよいよ覚悟を決める。

 

「風鳴司令。不躾ですが『セカンド・インパクト』という言葉に聞き覚えは?」

 

「その単語は聞いたことはないな。ひょっとして月が形成された際の巨大衝突説(ジャイアント・インパクト)と関連がある言葉だろうか?」

 

巨漢の猛々しい見かけに寄らぬ博識ぶりに驚きつつ、ミサトは更に質問を重ねる。

 

「では、『使徒』という言葉は?」

 

「かのイエス・キリストの弟子を現す言葉ではないのか?」

 

ある意味予想していた返答に、ミサトは天を仰ぎたくなる。

使徒うんぬんは置いておくにしても、やはりセカンド・インパクトという言葉が膾炙していないのは決定的だ。

ミサトの脳裏に高速で仮説が打ちたてられる。

あまりにも荒唐無稽なのだが、現状の整合性を取るためにはそれを採択するしかないのか。

 

…いえ、それでも焦りは禁物よ。

 

自分に言い聞かせつつ、ミサトの気分は一気に重くなる。

親友であるリツコだけでなくチルドレン三人の責任も負わねばならない立場だ。加えて三体のエヴァの重さまでが肩にのしかかってくるよう。

 

すると、不意に弦十郎が口を開く。

 

「こちらからも同様の質問をさせてもらってもいいだろうか?」

 

ことさら陽性に富んだ声は、急に表情を暗くしたミサトを気づかったものだろう。

 

「え、ええ。どうぞ」

 

一方的に情報を引き出すのはフェアではない。ミサトはごく自然に了承。

 

「では、葛城三佐。『ノイズ』というものは御存じか?」

 

「…ノイズ? 雑音を意味する言葉だと思いますが…?」

 

「ふむ。それでは『ルナアタック』という言葉を聞いたことは?」

 

「いえ。字面だけならば、なんとなく想像がつかなくもないですけれど…」

 

ミサトの様子に、我が意を得たりとばかりに弦十郎は強く頷いた。

 

「ならば、直接見て頂いたほうが早いでしょう」

 

トレーラー内の巨大なモニターに電源が入る。

表示されるは虚空に浮かぶ月の映像。

かつてのフィーネの一撃の傷痕も深く、粉砕された一部が土星の如く周囲で環を作っていた。

 

「これが…月!?」

 

ミサトは息を飲む。

その様子を見た弦十郎は、彼女が口に出すことを躊躇っていた仮説を臆面もなく断言する。

 

「どうやら貴女たちは、こちらの日本と違う時間軸の日本から来られたようだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これから、僕たちはどうなっちゃうんだろう?」

 

プラグスーツの格好のままで碇シンジはぼやく。

エヴァを降りてレイの元へと駆けつけたシンジとアスカだったが、いつの間にか黒服の大人たちに囲まれていた。

すわネルフのエージェントかと思ったが、どうやら全く違うようで、銃を突きつけられた挙句、有無を言わせず三人まとめてトレーラーの中へと連行された次第。

クーラーは効いているが、機能性重視の殺風景なトレーラー内部は、窓もなく外の様子も伺えない。

軟禁されているといっても過言ではなかった。

 

「ミサトさんはどうしたんだろう?」

 

呟きながら巡らしたシンジの視線は、部屋の隅で右腕を吊ったレイの上で止まる。

 

「あ、綾波、腕は大丈夫?」

 

「…問題ないわ」

 

ぼそりと答えるレイ。一応の手当らしきものを受けている。

 

「そう。良かった」

 

シンジが応じると、レイの対角線で壁に背中を預けていたアスカが爆発した。

 

「あー、アンタってばさっきから同じことばっか繰り返して! 鬱陶しいのよッ!」

 

「そ、そんなこといっても仕方ないだろ…」

 

「なによ、『あやなみ、うでわだいじょうぶ』って? バカの一つ覚えみたいに何度も訊いてんじゃないわよ! アンタがバカなのは知っているけど、他に何か話すことはないの!?」

 

微妙に論点のズレた憤慨をしているアスカに気づいた風もなく、シンジなりに彼女の指摘はもっともだと思考を巡らす。

 

「あの使徒は…なんだったんだろう?」

 

結果、口に出した話題は、先ほど相対した使徒だ。

今回のあの使徒は、気づいたら目の前にいたと言ってもよい。

エヴァに搭乗する以上、使徒の迎撃が最優先事項だと三人で挑んだのは当然として、零号機が右腕を失う結果になったことは完全に想定外だ。

不満げな表情を煌めかせたのも一瞬で、アスカも考え込むそぶりを見せる。

 

「…あの使徒の形状は、本部のデータベースで見たことがあるわね」

 

アスカの指摘に、シンジは微妙な表情で頷く。

先ほど戦った使徒は、彼が初号機で初めてまみえた使徒と同じ形をしていた。

初陣というには大雑把かつ切迫した状況でどうにか勝つことは出来たが、シンジとしてはあまり思いだしたくない相手である。

 

「なんであの使徒と同じ使徒が出てきたんだろ…?」

 

使徒の数は限られていて、その順番も不可逆とミサトから聞いたことがある。

思わずのシンジのぼやきに、すかさずアスカが牙を剥く。

 

「そんなの、あたしも分かるわきゃないでしょっ!?」

 

怒鳴りつけられ首を竦めるシンジの耳に、トレーラーの外から女の子の声が聞こえた。

 

『…だから、大丈夫ですって! へいきへっちゃらですって!』

 

『しかし…』

 

渋る大人の男性の声もする。

 

『私も同道しますし、緒川さんの許可も頂いてますから』

 

別の凛とした女の人の声もした。

 

『でしたら…』

 

男性の声からしばらく間があったと思ったら、プシューっという音とともにトレーラーの後部ハッチが開く。

 

「!?」

 

シンジは驚く。レイは相変わらず泰然とした眼差しを向ける。アスカは一人戦闘態勢を取るように油断なく身構えた。

 

そんな三人の前に、黄色がかった髪をした女の子が立っていた。

肩にクーラーボックスをぶら下げた立花響である。

その隣に、蒼い髪をサイドテールにした女の子も立っていたが、その落ち着いた佇まいから先の女の子より年上のようだ。

 

「みなさん、初めまして! わたし、立花響っていいますッ!」

 

満面の笑みを浮かべた自己紹介に、シンジはともかくアスカまで毒気を抜かれた格好になる。

 

「それで、出来たら、みんなの名前も教えてくれると嬉しいなッ!」

 

子供向け教育番組MCのお姉さんみたいな物言いで一気に距離を詰めてくる響。

その様子を警戒しようにも、彼女はあまりに無邪気すぎる。

 

「…ぼ、僕は、碇シンジといいます…」

 

気圧されたように、シンジの唇から自分の名前が漏れていた。

 

「きみ、シンジくんっていうんだ! いい名前だね! よろしくッ!」

 

一瞬で喰いついてくる響の笑顔は、まるで誰にでも懐く犬のよう。

 

「…綾波レイ」

 

少し遅れてレイが追随して名乗る。

 

「へえ、レイちゃんかあッ! なんかすごく綺麗な名前だよ~!」

 

はしゃぐ響の横で、サイドテールの女性も腕組みをしてうんうんと頷く。

 

「確かに綾波とはなんとも流麗な名字だな。…おっと、遅れたが私も自己紹介しよう。私は風鳴翼という」

 

四人も名乗り交わした空間で、ただ一人名乗っていないアスカへ視線が集まったのは当然の流れ。

アスカをしてもその視線に耐えかねたのか、同調圧力に屈するように、不承不承名乗る。

 

「…惣流アスカ・ラングレーよ」

 

「! ひょっとして、外人さんとのハーフとかッ!?」

 

全身で興味を示してくる響に気圧されたのか、アスカは反射的に返答をしてしまう。

 

「ドイツ人とのクォーターだけど」

 

「やっぱり! ねえ、クリスちゃん! クリスちゃんと同じだよ、この子! 道理で綺麗なわけだッ!」

 

余りにも明け透けな物言いに、シンジたちの視界の外からダダッと走り込んでくる小柄な影。

ウルフカットに二本の細長い髪をなびかせているのはもちろん雪音クリスで、彼女は走り込んできた勢いそのままに響の頭にゲンコツを見舞う。

 

「このバカッ! 恥ずかしげもなく綺麗だなんだと口にしてんじゃねえッ!」

 

顔を真っ赤にして拳をプルプル震わせるクリスに、シンジは呆気にとられる。

そしてその背後では、アスカの顔も真っ赤に染まっていた。

面向かって『綺麗』だと言われたことは皆無ではないが、響の言葉ほど純粋に真っ直ぐ心に刺さったことはない。

 

「…アンタたち、もしかしてコント芸人かなにか?」

 

それでもたちまち気を取り直し、憎まれ口に近いものを叩いてしまうのは、アスカのアスカたる所以か。

まあ目前の光景は実際にそれに近しいものだったし、先の戦いでもアスカたちは響ら装者の活躍を目の当たりにしていなかった。

現在、謎の使徒を足止めしたS2CAの一撃も、何かしらの戦術兵器が使用された結果だと思っている。

 

「わたしは芸人じゃないけど、翼さんは芸能人だよ! トップアーティストで世界の歌姫なんだッ!」

 

嫌味を口にされたことも露知らず、響は全力全開で情報をぶっちゃける。

 

「へえ? 全然聞いたことないけど?」

 

即答するアスカに、翼は何かしら思うところはあったようだが敢えて苦笑いを作る。

 

「立花、司令の頭越しにそうそう私のことを宣伝しなくても良い。それより別の用事があるのだろう?」

 

本人はやんわりと響に釘を刺したつもりだ。

 

「あ、そうでした!」

 

翼の気遣いに全く感じいった風でもなく、響は足もとにクーラーボックスを展開。

 

「ねえ、三人とも、喉乾いていない?」

 

詰め込まれたアイスクリームを指し示し、響は胸を張る。

ゴクリと喉を鳴らしたのはシンジ。今さらながら喉の渇きを思いだしたよう。

 

「好きなものを、どうぞ!」

 

満面の笑みを浮かべる響の前で、おずおずとシンジが動く。

クーラーボックスの中を覗き込んで、それから背後を振り返ると、

 

「あ、アスカはイチゴ味でいいかな?」

 

「…なんであたしに真っ先に確認してくんのよ!?」

 

「だって、いつもそうしないと怒るじゃないか…」

 

怒鳴りつけられて戸惑うシンジにツカツカと歩みより、アスカはその手からガリ○リくんイチゴ味を強奪。

つっけんどんな態度と裏腹に、その実、馴染のあるパッケージを眼にしてほっと胸を撫で下ろしていたり。

 

「綾波は、ソーダ味でいいかな?」

 

コクリと頷くレイに対して、シンジはパッケージを破って渡すという豆々しさを発揮。

現在片腕を負傷中の彼女にとって仕方のないことなのだが、なぜかアスカは不機嫌になる。

不満顔のままパッケージを破ろうとして、アスカの手は止まった。

 

「…ねえ。アンタ、立花響だっけ?」

 

「うん! なになにアスカちゃん!?」

 

馴れ馴れしい口調と態度で迫ってくる響に辟易しつつ、アスカはパッケージの印字を指さす。

 

「アイスとかに賞味期限はないって話も聞くけど、これ、大丈夫なの…?」

 

アスカの指さした数字は、46.10.31という、今の彼女にとってはちょっと理解不能の数字。

 

「うん? どれどれ? …えーと、まだ1年以上大丈夫だよ!」

 

「…それじゃあ、今年は?」

 

「2045年だけど、それがどうかしたの?」

 

図らずも、アスカはミサトと違う流れで現在の状況を知る羽目になった。

思わず青い瞳を見張るアスカだったが、さっそくガリ○リくんに齧りついてアイスクリーム頭痛に顔をしかめるシンジに、響の声は聞こえてなかったようだ。

 

…全く能天気なヤツ!

 

勝手に憤慨し、アスカは驚きを殺してアイスへと齧りついた。

『美味しい?』とばかりにニコニコと見てくる響を無視し、冷たい塊を咀嚼しながら考える。

 

取りあえず、この連中はあたしたちに害意はないみたい。

けれど、なるたけ急いでミサトと合流して、情報の共有をしなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

無心でアイスを齧り続けるアスカだったが、ふとこちらを見ている視線に気づく。

見返せば、スミレ色の大きな瞳とかち合った。

 

…確か、雪音クリスっていう子だっけ?

 

ふてぶてしい眼差しで受けて立つアスカは苛立っている。

まずは現在の自分が置かれている環境があやふやなことが落ち着かない。

いくら明晰な頭脳を回転させても、情報が少なすぎて何も判然としないことが不愉快だった。

 

更に、この状況で負傷したレイは足手まといになりかねないし、そんな彼女を甲斐甲斐しく世話するシンジも余計に気に食わない。

 

ったく、能天気そうなバカ顔晒してアイスにかぶりついてんじゃないわよ!

 

それら不平不満に鎧われたアスカは十分に攻撃的な気分になっていた。

そんな彼女を注視したクリスは、はっきりいって間が悪い。結果として完全なとばっちりを受ける羽目になる。

 

「あによ。なに見てんのよ、アンタは?」

 

ジト眼の不躾なアスカの発言に、瞬間着火するような昔のクリスではない。

 

「ああ、ワリいワリい。随分毛並みがいいッつーか、珍しい外見だからよ。ちょっと見とれちまった」

 

クリスとしてはアスカの容姿を一応褒めているつもり。

それでも伝法な口調になってしまったのは、彼女の性格というよりはアスカの敵意に反応した結果であろう。

 

「…ふーん?」

 

アイスの棒を唇の端に咥えたアスカは、ツカツカとクリスへと近づくと、

 

「あたしはてっきり、どこぞの小学生でも紛れ込んでいるのかと思ったけれどね?」

 

文字通りの上から目線でクリスを見下ろすアスカ。

身長153cmと小柄なクリスに比して、アスカの身長はやや高い。

挑発的な態度でふふんと鼻を鳴らすアスカだったが、内心では極近距離で見るクリスに激しく動揺していた。

 

…何よ、この胸。こんなちっこいのにミサトよりおっきいじゃない!

 

対するクリスは、もちろん言い返さずにはいられない性分の持ち主。

 

「舐めたこと抜かしてんじゃねえ! あたしは17歳だッ!」

 

「17ッ!?」

 

この事実に、驚愕したのは実はアスカ一人だけだったりする。

シンジとしては、ああそんな年齢だろうな、と見当をつけていたし、レイの鉄面皮からは表面上は驚きが見えない。

ただ一人アスカだけが、ハーフという言葉の先入観と、自身の海外暮らしの経験から、クリスの外見年齢を低く見積もっていた。欧州などの白人圏内では、アジア人が若く見えるのは有名な話だ。

 

「そういうおまえは幾つなんだよ?」

 

「じゅっ、14よ…」

 

答えてから、しまった、と思ってももう遅い。

 

「やっぱり年下じゃねーかッ! そのクセに目上の者に対する言葉づかいがなっちゃいねーぞ!?」

 

クリスとしては当然の物言いも、これまた日本と違う文化圏で幼少期を過ごしたアスカの見解は異なる。

 

人間は、年齢や見た目でなく、その能力で評価されるべきよっ!

 

事実、飛び級で大学を卒業していることが、彼女のプライドを裏打ちしていた。

クリスの剣幕に動じず、言い返そうと息を吸い込むアスカ。

 

もし彼女の口火が切られていたら、どうなっていたか見当もつかない。

だが、現実としては、保護者兼同居人の声がアスカの注意を全力で持っていく。

 

「あ、アスカ! シンジくんたちもいるわね!」

 

「ミサト…!」

 

思わずホッと表情を緩めてしまい、慌てて態勢を立て直すアスカがいる。

 

「ミサトさん!」

 

シンジも腰を浮かしてこちらに駆け寄ってくる。

そんな被保護者たちの前に来たミサトは、おどけるように軽口を叩いた。

 

「二人とも、どうしたの? ひょっとしてわたしに会えなくてさびしかったのかしら~?」

 

ぬひひといった笑みを作るミサトに、アスカは呆れ顔。

 

「ミサト、アンタ、この状況を分かっているの?」

 

刺々しい口調と目線で、それでもさりげなく手に持ったアイスのパッケージの賞味期限を指し示すアスカ。

 

「ええ、当然。モチのロンよ♪」

 

チラリと動いたミサトの視線に、アスカは意図が伝わったことを悟る。

こちらを安心させるように軽くウインクをしてから、ミサトは背後の偉丈夫へと掌を向けた。

 

「三人とも、こちらが特異災害特殊部隊S.O.N.G.総司令、風鳴弦十郎氏よ」

 

「特異災害…?」

 

訝しげな顔付きになるアスカに反し、弦十郎は朗らかな表情と声。

 

「風鳴弦十郎だ。よろしくな、諸君」

 

「そういうわけで、わたしたちは、今からちょーっち風鳴司令と出かけてくるから」

 

オフィシャルとは程遠いミサトの言動に、アスカの頭脳は目まぐるしく回転した。

横目で赤シャツの巨漢の全身をしげしげと観察。

 

ミサトのヤツ、別に脅されておどけているわけじゃないわね。

それでこういう態度なのは、それなりに信用できる相手ってことかしら?

 

「なので、みんなはもう少しここで待機しててちょうだい。ね?」

 

両手を合わせて拝んでくるミサトの背後で、弦十郎は分厚すぎる胸を張る。

 

「申し訳ないが、そういうことだ。君たちにも今少し不自由な思いをしてもらうかも知れないが、どうか了見してくれ」

 

「これからどちらへ?」

 

そんな弦十郎へ声をかけたのは翼だった。

 

「本部だ。…まあ、お互いの認識の溝を埋めるために、百聞は一見にしかずというヤツでな」

 

その答えに響などは盛大に首を捻りまくったが、翼は力強く頷く。

 

「了解しました。こちらは警戒態勢を維持しておきます」

 

「うむ。よろしく頼むぞ」

 

頷き返す弦十郎の背後に、ヘリコプターが降下してきた。

 

「リツコも行くの?」

 

金髪博士も乗り込もうとする姿に、アスカは思わず声を上げる。

 

「ええ。こちらの科学技術をこの目で確認させてもらってくるわ」

 

良く意味が分からない台詞だったが、心なしかリツコの鼻息は荒かったように思う。

リツコの後にミサトが続き、最後に弦十郎を載せてヘリは飛び立つ。

 

「へえ、カッコいいヘリコプターだなあ…」

 

高速機動でたちまち点になった機影を見送って暢気な感想を呟いているシンジを殴りつけてやりたかったが、アスカはギリギリのところで我慢。

 

アンタバカァ!? 大人組と子供組とに物理的に分断されたのよ!?

 

二人きりであれば遠慮なくそう怒鳴りつけたであろう言葉を飲み込み、アスカの耳に蘇るは搭乗前のすれ違いざまのミサトの囁き。

 

〝シンジくんとレイのこと、お願い〟

 

…つまりはこれって、あたしが一番頼りになるってことよね? まあ、当然といえば当然だけど。

 

もともと承認欲求の強いアスカであるから、単純に頼りにされるだけで自分の能力を肯定されているみたいで嬉しい。

くわえて、ここ一番とでもいうべき状況で頼りにされたということも、彼女の高いプライドをくすぐることに一役買っている。

 

もし一連のアスカの心の流れが見えたとすれば、クリスあたりは遠慮なく『チョロい! チョロさが爆発しているッ!』と突っ込んだことだろう。

もちろん読心術を持ち合わせていないクリスは、神妙な面持ちで翼へと語りかけている。

 

「ところで先輩。こっちの化け物は大丈夫かよ?」

 

「先だってエルフナインから説明を受けただろう? S2CAのダメージで自己修復の兆しが見られるが、おそらくあと24時間は行動不能だと」

 

「けどよ、あんな化け物みたことないぜ? そもそもノイズなのか、あれ?」

 

「ふむ。確かに新種のアルカ・ノイズであったとしても、刃を交えた感触は今までのものとまるで違うな…」

 

そんな彼女らの目前で、沈黙していた化け物に急に動きが生じた。

黒焦げに見えた体表が、見る見ると元の外皮をに復元したかと思えば、その巨体はのっそりと立ち上がったのだ。

 

「なッ!?」

 

響は口をあんぐりと開き、

 

「まだ予想時間に達してないぞ!?」

 

「…あのガッカリ錬金術師ッ!」

 

翼とクリスが口々に叫ぶ。

ほぼ同時に、チルドレンたちも気色ばんだ。

 

「いくわよ、シンジ!」

 

「え? で、でも、ミサトさんの指示は…!」

 

「そんなの待っていちゃ、全員踏みつぶされるわよッ!」

 

駆けだそうとするアスカの背後で、レイが腕を吊った三角巾を外すのが見える。

 

「…わたしも行く」

 

「あ、綾波…!」

 

気遣わしげな声を上げるシンジを押しのけて、アスカはぴしゃりと言った。

 

「駄目よ、ファースト。アンタは留守番。だいたい右腕のない零号機なんて足手まといよ」

 

「でも…」

 

言い募る赤い瞳の少女に、アスカは頑として譲らない。

 

「アスカの言うとおりだよ。綾波は待機していて」

 

「…碇くんがそういうなら…」

 

コクンと頷くレイ。

 

「…ッ!」

 

そんな彼女を前に、憤然とアスカは身を翻す。シンジの耳を思い切り引っ張りながら。

 

「いててッ?! なにすんだよ!」

 

「うるさい! いいから早く一緒に来る!」

 

一方、装者たちの間でも、同様のやりとりが展開されている。

 

「どうしてですか! なんでわたしは行っちゃいけないんですか!」

 

憤慨する響に、

 

「立花は先ほどの戦闘のダメージが抜けてないだろう? だから待機だ」

 

「でも…ッ!」

 

「先輩の言うとおりだぜ。黙って留守番してな」

 

言い置いて、クリスはイチイバルを纏い宙へ飛ぶ。

それでも納得できずに迫ってくる響の肩を、翼がそっと抑える。

 

「この異常事態に司令はすぐに戻ってくるだろうが、今の現場の指揮権は私にある。その上での命令だ」

 

「…わかりました」

 

不承不承頷く響だったが、そんな彼女に翼はそっと耳打ち。

 

「だが、何も無聊を囲っていろとは言っていない。―――立花、あの子を頼むぞ」

 

肩越しの翼の鋭い視線の先。

そこには所在なさ気に佇む綾波レイがいる。

 

「最悪の場合、あの子だけでも現状から離脱させるんだ。彼女のことを護ってやれ、立花」

 

翼の真剣な物言いに、響の両眼には力が漲る。人助けこそが彼女の本分であり領分。

 

「…はいッ!」

 

「よし、いい返事だ」

 

微笑んで、天羽々斬を纏い、翼もクリスの後を追う。

 

 

 

 

「いくわよ。―――エヴァ弐号機、起動ッ!」

 

エントリープラグに飛び込むなり、アスカは弐号機を稼働させる。

起動シークエンスをたちまち終えたのは、今の彼女のシンクロ率の高さの証明に他ならない。

少し遅れて初号機も起動。

コックピットの通信ディスプレイにシンジの姿を見つけて、さっそく不安そうな表情を浮かべていることにアスカはげんなり。

 

「なによ、なーに不景気な顔してんのよ、アンタは?」

 

『だって、内臓電源もあまり残ってないんだよ?』

 

「ふん! そんなの、動ける間でケリをつけりゃいいでしょ!」

 

『そ、それに! さっき後先考えず暴れちゃったけれど、ここいらの人たちってみんな避難しているのかな…?』

 

「っ! そんなの…ッ!」

 

大丈夫よ! と言い差して、アスカは口を噤む。

それらを通達してくれる、もしくはこちらの疑問に答えてくれるネルフ本部とは、現在音信不通。

いつもと勝手が違う状況で、シンジの疑念は否定したくても否定できない。

だからといってそのことを確かめる術もないわけで―――?

その時、弐号機のモニターが、複数の黒服たちがかなりの速度で走って避難している様子を発見。どうやらS.O.N.G.とやらのスタッフのようだ。

その中の一人が、こちらへ向かって手を振っている。

なにごと!? とアスカが注意を引かれたのは当然で、柔和な笑みを湛えるその男は、唐突に、まるで主文を聞いた裁判所から出てきた原告団さながらに両手に持っていた半紙のようなものを開く。

ただし、そこに書いてあるのは、『全面勝訴』でも『無罪』でもない。

 

〝周辺地域の避難は完了してます〟

 

「…何なのよ、あの男?」

 

アスカが微かな戦慄とともに首を傾げた相手は、まだ彼女は面識はないが緒川慎次だ。

それでも、今は何より欲しかった情報には違いない。

 

「だってさ! 行くわよ、シンジ!」

 

『う、うん!』

 

気合を入れて謎の使徒へ向き合う弐号機と初号機だったが、そこでまたぞろ眼を見張ることになる。

 

「なにやってんのよアイツら!?」

 

アスカが全力で驚愕の視線を向ける先。

使徒へ向けて銃弾を見舞い、宙へ飛びながら剣撃を飛ばす二つの人影。

むろんシンフォギアを纏ったクリスと翼なのだが、アスカたちにして見れば生身で使徒に挑む狂気の沙汰だ。

にも関わらず、彼女らから放たれる非常識なまでの火力と、超人的な物理機動という矛盾する光景は、アスカをして二の句を失わせている。

それでも、アスカは半瞬で意識を立て直す。

 

―――使徒を倒せるのは、エヴァだけなのよ!

 

その強い信念のもと、弐号機ごと駆け出していた。

 

「シンジ! ついてきなさいよ!」

 

『アスカ! でも…ッ!』

 

「いいから! あんな蚊トンボみたいな連中に、使徒がどうこう出来るわけないでしょ!?」

 

 

 

 

 

イチイバルの斉射を繰り返しながら、クリスは奥歯を噛みしめる。

 

「ちッ! なんなんだ、あのバリアは!?」

 

ガングニールの一撃を弾き返した謎のバリアは、今や完全にクリスにも視認出来ている。

 

『推測ですが、物理的なバリアと一線を画す性質のものと思われます! それと、ガッカリで本当にすみません…ッッ!』

 

通信機越しのエルフナインの泣きそうな声にどうにかフォローしたかったが、生憎クリスにはそんな余裕はなかった。

彼女は、こちらに向かって走ってくる弐号機の姿に気づいている。

 

「お、ようやく騎兵隊のお出まし…」

 

次の瞬間、クリスは盛大に横っ飛び。

弐号機が駆け抜けた先ほどまでクリスがいた位置は、地面が盛大にえぐれていた。

 

「てめえ! あたしを轢き殺す気か!」

 

弐号機に搭乗するのはアスカと知って、クリスは怒りの声を上げる。

だが、残念なことに、エヴァと装者たちの通信チャンネルはリンクしてはいなかった。

もちろんクリスの怒声など露も知らず、アスカは謎の使徒へと体当たりの格好で取りつく。

 

「どっせ~い!」

 

すかさずATフィールドを展開、中和しつつ叫ぶ。

 

「シンジ! 今よ!」

 

ところが、初号機は躊躇うように急停止。

 

『だ、だけど! さっきの綾波みたいになったら…』

 

通信機越しの弱気な声は、今の各エヴァの武装はブログナイフばかりしか存在しないことに由来する。

何をバカなことを、と切り捨てるには、先だっての戦闘の零号機の光景は無惨すぎた。

この使徒の特性は分からねど、初号機まで四肢を欠損する羽目に陥ったら…!

咄嗟に動けなくなるエヴァ両機。

されど、その光景をただ手を拱いて見ているつもりはない防人が一人。

 

「<蒼ノ一閃>!!」

 

ATフィールドを中和する弐号機の肩越しに、翼は刃を振るう。

すると、謎のノイズは僅かにたじろいだ。

 

「…攻撃が、通った!?」

 

まるで無人の野を行くが如き謎のノイズに対し、これは紛れもない朗報。

しかし、翼は追撃をすることは叶わなかった。

デフォルメされた鳥の顔が、こちらを向く。

次の瞬間、その両眼が強烈な光を放つ。

 

「くッ!」

 

咄嗟に天羽々斬を長刀展開させ直撃を防ぐ翼だったが、反射した大威力の光線は、彼女の足元へと向かい炸裂する。

そこにエヴァ両機がいたのだから、たまったものではない。

 

「きゃッ!?」

 

「うわあッ!!!?」

 

威力そのままに地面が抉られ、エヴァも翼も弾き飛ばされてしまった。

 

「…くう…」

 

地面に横たわる弐号機に向けて、鳥の顔が狙いを定める。

 

「…やべえ!」

 

爆発を一人免れていたクリスだったが、謎のノイズの行動を悟り瞬時に跳ぶ。

ようやく上体を起こした弐号機の前に立ち塞がるように浮かぶと、イチイバルのリフレクターを展開。

謎のノイズの光線が弐号機を襲う。

イチイバルによって阻まれた光線は、それでも四方八方に飛び散り、盛大な被害を齎すほどの大威力。

 

「…ぐはあッ!」

 

どうにかビームをやり過ごすも、クリスの身体は代償のバックファイアに襲われた。

力なく宙から落下する彼女を、弐号機の掌が受け止める。

 

「…アンタ…!」

 

アスカは、自身が複雑な表情を浮かべていることを自覚する暇もなかった。

すぐ目前まで、謎の使徒が迫っている。拳を振り上げる使徒に、自身と掌の中を護るために、アスカは全力でATフィールドを展開した。

 

 

 

 

 

 

 

移行していく戦場をトレーラー前で眺めていたレイだったが、意を決したように三角巾を放り出す。

その華奢な左肩を背後から押さえたのは立花響。

 

「…邪魔をする気?」

 

抑揚のないレイの声に対し、響はぶんぶんと首を振る。

 

「ううん。一緒に行こう!!」

 

全く平坦な表情でレイは頷き返すと、二人並んで走り出す。

間もなく二人は零号機へと到達。

響の手を借りて、どうにかレイはエントリープラグの入口まで到着出来た。

 

「へえ~、これがコックピットなんだ」

 

乗り込むのを手伝いながら響が珍しそうにプラグ内を見回す。

 

「…貴女は、どうするの?」

 

レイの疑問はもっともなもので、一緒に行くと頷きはしたが、目前の少女には一体何が出来るというのだろう?

すると響は笑いながら、胸元からギアペンダントを引っ張り出す。

 

「えへへ。わたしにはこれがあるから」

 

すぐ近くで凄まじい戦闘が展開されているとは思えないほどの穏やかな旋律が、箱根の山へ木霊した。

溢れる光にレイが眼を細める。

気がつけば、何やら響はプロテクターを纏ったような格好に。

 

「これがわたしのシンフォギア、ガングニール! 神様だって倒せるとっておきだよ!」

 

「…そう」

 

素っ気なく答えたものの、レイは困惑している。

シンフォギアが何かは知らないけれど、ただの人がそんなプロテクターを装備したとしてどうなるというのか。

もちろんそんな疑問も感情も表に出す彼女ではない。

 

「それじゃ、わたしも行くわ」

 

粛々と起動シークエンスを始めようとするレイ。

 

「うん、レイちゃん。わたしは先に行っているね!」

 

答えて響が跳躍しようとした瞬間、零号機の近くに逸れたビームが着弾。

その衝撃に、

 

「わわわッッ!?」

 

響はバランスを崩す。

思わず手を突いた先は、ちょうど閉じようとするエントリープラグのコックピット。

果たして響の姿はエントリープラグの中へと消え、プラグそのものも零号機の中へと飲み込まれて行く。

 

 

ガングニールの少女を載せ、今まさにエヴァンゲリオン零号機は起動しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

 

「…LCL、急速注入」

 

左手だけで、それでも懸命に零号機を機動させるべく奮闘するレイがいる。

シークエンス通りに、黄色がかった液体がコックピットをたちまち満たしていく。

 

「うわ、水?! なにこれッ!?」

 

「!?」

 

背後の声に振り返れば、そこには立花響がいた。

 

「どうしてコックピットの中に…!?」

 

呆然とするレイの口にもたちまちLCLが満ちた。

がぼッと空気を吐き出し、思わずレイが見直せば、響は後頭部に手を当てて苦笑い。

 

「ごめんね~。さっきの爆発で、ちょっとこの中へと転げ落ちちゃって…」

 

部外者をエヴァに搭乗させるなど言語道断だ。そもそも異物の混入はエヴァとのシンクロ率を阻害する。

だが、響を放り出すことをレイは選択できなかった。

なぜなら、基本的に一回で使い捨てのLCLは、今コックピットを満たしているもので最後。予備はない。

ここで響を放りだせば、零号機は起動すら覚束なくなる。

 

「…いい。このまま一緒に行く」

 

止むを得ず、仏頂面のままそう答えるレイ。

 

「そう? じゃあ、近くで降ろしてくれればいいから!」

 

悪気もなく、まるでタクシーへ乗ったようなノリで笑う響。

全く対照の表情を浮かべた二人を載せて、片腕の零号機はゆっくりと大地へ立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

「くッ…」

 

風鳴翼は身体を起こす。

すると、頭上から声が降ってきた。

 

『大丈夫ですか、翼さんッ!』

 

初号機がこちらを見下ろしている。

 

「…碇か」

 

翼は、自分が初号機の手に載せられていることに気づく。さきほどの光線を弾き返した衝撃に巻き込まれ、一瞬前後不覚に陥ってしまっていたらしい。

 

『良かった、眼を覚ましてくれて…』

 

安堵の声を降らしてくるシンジに、すかさず立ち上がって翼は訴えた。

 

「それより碇、聞いてくれ! 私を…!!」

 

『え? なんですか?』

 

問い返してくるシンジに、翼は天羽々斬のブースターで初号機の肩口へと飛び移る。

人型だから耳の近くで叫べば聞こえるだろう、というアニメロボットの知識を持たない翼らしい行動だ。

一方のシンジはというと、うろ覚えのマニュアルを懸命に思い出し、集音装置のスイッチを入れることに成功。

 

「聞こえるか、碇!?」

 

『あ、はい、聞こえてます!』

 

初号機の返事に頷き返し、翼は叫ぶように言う。

 

「もう一度、きゃつのバリアを割り開くことは可能か!?」

 

『ATフィールドをですか? 出来るとは思いますけど…』

 

「ならば頼む! あとのことは私が何とかする!」

 

翼の進言に対し、シンジは返事をする暇すら与えられなかった。

 

『くぉのバカシンジ! いちゃついてないで早くあたしを助けなさいよッ!』

 

謎の使徒に迫られ、必死で防御に徹する弐号機からの通信が。

慌てて注視すれば、弐号機の片手の中に雪音クリスの姿もある。

どうやら彼女を護っているので、弐号機は攻勢に出られない様子。

 

『アスカ! 今いくッ!』

 

即座にシンジは側面から謎の使徒へと迫る。

しかし、接触する数メートル前で、透明の壁にぶつかったように急停止。

初号機の突進を阻害する波紋のような光を浮かべたそれは、紛れもないATフィールド。

その表面に初号機は指を突き立て、ギリギリと左右に引き裂こうと力を込める。

 

「よし! いいぞ、碇!」

 

初号機の肩に立ったまま翼は激賞。

このやっかいなバリアさえ突破出来れば、シンフォギアの攻撃でダメージを与えられることは判明している。

或いは絶唱を使うことも視野に入れ、翼が気を引き締めた時。

謎の使徒の手が、初号機の顔面の直線上にあった。

シンジの脳裏に、筆舌に尽くしがたい嫌な予感が去来する。

翼も、直感的に叫んでいた。

 

「よけろ碇!」

 

謎の使徒の掌から、高速の光針が撃ちだされる。

首を捻り、初号機はその一撃をギリギリで回避。

おそらく、シンジの予感と翼の直感、そのどちらが欠けていても躱すことは出来なかっただろう。

だが、致命的な一撃を回避した代償に、初号機は大きく態勢を崩す。

中和されようとしていたATフィールドは再びその光と頑強さを取り戻した。

そしてまたしても鳥の顔の両目に光が満ちていく。

こちらの攻撃を遮断するクセに、向こうからの強烈な攻撃はダイレクトに炸裂するという理不尽と不条理の極み。

 

「くッ!」

 

天羽ノ斬を巨大化させて防御しようとする翼の耳に歌が届く。

それはたちまちこちらへと迫ってくる。

あまりにも馴染みのある歌声に、翼は思わず眼を剥いた。

 

「立花ッ!?」

 

だが、翼の視界に映ったのは立花響ではない。

響の歌を外部スピーカーから流しているエヴァンゲリオン零号機。

 

「な、何がどうなっているのだ…!?」

 

事情を知らない翼は、一瞬、状況が理解できない。

そしてやむを得ず零号機に乗り込む羽目になった響はというと、後にこう述懐する。

 

『なんか降ろしてっていったんですけど「ダメ」って断られちゃって。

 乗ったままじゃわたしには何もできないんで、せめて歌でも唄おうと思って…』

 

零号機を操縦するレイ自身、予期せぬ同乗者がいきなり歌を唄い始めたことに面喰らっている。

しかし、不思議なことに不快さはない。それどころか、常に冷静というか低血圧気味な振る舞いをするレイなのだが、胸の奥が熱く滾るような感覚をおぼえている。

更に不思議なことに、操る零号機の動きが軽快さを増していた。

 

これは、シンクロ率が上昇しているの…?

 

考え込むには、謎の使徒へ達するまでの距離は短すぎる。

走った勢いそのままに、片腕にも関わらず零号機は大きく跳躍。

見事すぎる跳び蹴りが使徒へと炸裂した。

その一撃は強烈なもので、ATフィールドごと使徒は地面をえぐりながら後退。

茫然とする初号機と弐号機の前に、護るように零号機は立ち塞がる。

 

エヴァ両機の中では、シンジとアスカが全く同じ驚愕の表情を浮かべていた。

シンクロ率の高さがエヴァの戦闘能力を左右する以上、零号機が最も決定力に欠けることは否めない。

なのにこの頼もしさはなんなのだろう?

 

目を見張る二人の前で、零号機の片腕が、カーテンをめくるようにあっさりと使徒のATフィールドを引き裂く。

すかさず跳ね上がる前蹴りに、シンジは顔色を無くす。

使徒の顔面を蹴り上げた右足は、右腕のようにたちまち炭化―――していない!?

 

「むうッ! これは歌の力がノイズの障壁を中和しているのだッ!」

 

翼の唸る声が聞こえたが、歌の力と言われてもシンジは理解が追い付かない。

そもそもシンフォギアもノイズも知識にないのだから当然である。

 

振り抜いた右足の勢いそのままにくるりと上体を回転させた零号機は、ローリングソバットを見舞う。

強烈な一撃に吹き飛び、間合いをが生じたかに思われたが、謎の使徒はたわめた発条が戻るような勢いで反転。吹き飛んだ速度の倍のスピードで零号機へと詰め寄ってくる。

突きだされた使徒の右手を、零号機の左手が受け止めた。

零号機が万全の状態であれば、使徒の左手も受け止めて手四つの状態が作れたことだろう。

しかし、今の零号機は右手を欠いている。

結果として使徒の左手は零号機の顔面をがっちりとホールド。

使徒の左肘から、鋭い槍のような器官が、大きく後方へと引き絞られていく。

 

「…綾波ィッ!」

 

強烈な既視感に襲われたシンジは悲鳴じみた叫び声を上げていた。

全身を流れる脂汗が、忌避すべき経験であると本能へと全力で訴えている。

 

「…立花ッ!」

 

翼も叫ぶ。逃げろとの警告を発するより早く、使徒の槍は放たれていた。

光の槍は、零号機の頭部を貫通。

串刺しになり宙に浮かぶ零号機は、貫徹力の勢いそのままに後方へと思い切り吹き飛ぶ。

 

「ファースト!?」

 

アスカの声が響く中、零号機から聞こえていた歌は止まっていた。

山の斜面にぐったりと持たれる零号機の頭部が、ガクリと前に落ちる。半瞬遅れて、頭部の貫通創の前後から噴きだした血潮にも似た液体が、驟雨のように周囲の木々を濡らす。

 

死を意識させる静寂を破るように真っ先に声を上げたのは、アスカだった。

 

「…よくも! よくもファーストをやってくれたわねぇええ!」

 

アスカは吠える。

おそらく、彼女自身意識していない魂の咆哮。

だが、それすら掻き消すような凄まじい咆哮が、箱根一帯に鳴り渡る。

アスカが青い眼を見開いた。

雄叫びを上げているのは、ついさきほど沈黙したと思われた零号機。

全身を震わせながら零号機は立ち上がり、天に向かって両手を開くように胸を反らして咆哮を続ける。

イエローカラーの全身がみるみる黒く染まっていく様子に、今度こそアスカもシンジも言葉を失った。

 

 

 

 

本部到着間際にUターンしてきたヘリコプターの機上で、葛城ミサトもこの光景を目撃していた。

 

「あれは…暴走なの!?」

 

「…いえ。あんなゲシュタルト崩壊しそうな外見になるなんて、過去の暴走のデータとはまるで一致しないわ…!」

 

隣で赤木リツコも驚愕に眼を見張っている。

 

その二人の背後で、風鳴弦十郎は静かに断言する。

 

「―――いや。あれは間違いなく暴走だな」

 

まるで黒い炎が燃えるような外観と化した零号機。

彼は過去に酷似した光景を見たことがあった。

そのことを証明するかのように、零号機の失われていたはずの右腕が再生していく。

 

 

 

 

 

 

 

「まさか…!」

 

今の零号機を眼にし、奇しくも弦十郎と同じ思いを抱く翼。

そんな彼女の目前で、零号機は宙を飛ぶ。

およそ人型の機動ではなかった。獣の挙動。

零号機の顔面の単眼が赤々と燃え、流れる血のような軌跡を描く。

使徒に対し両膝でニーパットを決めた零号機は、勢いそのままに馬乗りへと移行。

続けざまに再生した右腕と合わせて使徒の顔面へと間断なく拳をおろし続ける攻撃は、およそ人としての理性を欠いていた。

ついには使徒の顔面の接続部へと指先を捻じ込ませ、デフォルメされた鳥のような顔を鷲掴みで引っこ抜こうとする。

これにはとうとう使徒も耐えかねたらしい。

ぎゅるりと身体を流体のように変形させ、零号機の上半身を覆うように取りつく。

閃光が奔り、地鳴りが轟いた。

垂直に天を衝いた火柱は、膨大極まりない火力が集中した証。

 

爆風に翼の髪が吹き散らかされる。

眼を細め、爆心地を見つめながら翼は呻いた。

 

「立花…ッ!!」

 

なお上がり続ける火柱の中から、のっそりと黒い影が姿を現す。

単眼はなお真紅に燃え盛り、変わらずその口元から獣じみた唸り声が漏れ続ける。

 

『…行くわよ、シンジ』

 

『うん。綾波を止めなきゃ』

 

暴走状態にある零号機を止めるべく、弐号機と初号機が顔を上げる。

が、すぐに両機の肩から力が抜け、一様に項垂れた。

 

『活動限界!? よりによってこのタイミングで!?』

 

『くッ! 動け! 動いてよ!』

 

焦るアスカとシンジの声が響くも、エヴァ二体は沈黙。

 

「…センパイ、いけるか?」

 

硬直した弐号機の掌で上体を起こしながらクリス。

 

「ああ。されど、我ら二人であれを正気に戻せるかどうか…」

 

かつて暴走状態となった響を二人で取り押さえたことはあったが、零号機を見上げる翼の額に冷や汗が浮かぶ。あの時と違い、彼我の体格差は圧倒的に過ぎた。

 

『…アンタたち、まさかあれに立ち向かう気!? 無茶よっ! 逃げなさいっ!』

 

辛うじて稼働しているスピーカーからアスカの声が降ってくる。

だからといって防人を自認する翼に退転の二文字はない。

ましてや暴走しているのは仲間だ。信をおいた仲間が、守らねばならないはずの人々へ牙を剥く姿を看過することなど、出来るはずもない。

 

無謀と承知しつつ、巨人へ挑むため、翼とクリスがエヴァの上でそれぞれが立ち上がろうとした時だった。彼女らと零号機のちょうど中間地点あたりに、空から生身の人間が降ってきたのは。

 

『えっ!?』

 

シンジとアスカが異口同音の驚きの声を上げる。

翼とクリスも驚いたのは同様だが、その人影が誰であるのか見定めて、たちまち安堵の表情を浮かべていた。

赤いシャツを棚引かせ、すくっと地面に降り立つは風鳴弦十郎。

コキコキっと準備運動とばかりに首を巡らせれば、彼の超人的な視力は、遥か頭上のヘリであんぐりと口を開けたミサトとリツコの姿を捉えている。

 

―――無理もないか。何も言わずにヘリから飛び出してしまったからなあ。

 

不敵な笑みを浮かべ、弦十郎は声を張り上げた。

鍛え上げられた腹筋と丹田から発せられた声は、生身にも関わらず大音声で周囲に響き渡る。

 

「聞こえるか、響くん! 聞こえていたら正気に戻ってくれ!」

 

零号機の顔が一瞬斜めに歪んだように見えた。

だが、返答は、獣の雄叫びに大地ごと叩き潰すような拳の一撃。

地面が抉れ、土砂が舞い上がる。躱しながら弦十郎は涼しい顔で呟く。

 

「止むをえんか」

 

次の瞬間、黒い獣と化した零号機の身体が、至近距離で爆発を受けたように大きく仰け反る。

 

「正中線三段突き…!」

 

観戦していた翼が眼を見開いた。

弦十郎が一瞬でに三つもの拳を振るったことを見極めたのは、おそらく彼女一人だけだっただろう。

 

『…なんなのよ、あのおっさんは!?』

 

アスカが困惑しきった声を張り上げたのは無理もない。

 

(たった一人の人間がエヴァを翻弄している。これって、現実なの?)

 

まるで冗談みたいな光景は、さらに軽々とアスカの常識の斜め上を行く。

ダメージに苛立ったように再度拳を振り下ろす零号機。

対して、今度はそれを受けて立った弦十郎は、受け止め、受け流す勢いで拳ごと零号機をぶん投げた。

 

「ふんッ!」

 

気合一閃。

巨大な放物線を描き、零号機は山の麓へと頭から墜落。

逆さまにひっくり返り、斜面に身体を預けるようにぐったりと動かなくなる。

同時に、全身を染めていた黒色も、もとの黄色へと戻っていく。

 

「―――ふむ。こんなものか」

 

パッパッと両手を払う弦十郎の背中に、翼とクリスは驚愕と誇らしさの混じった眼差しを向けるしかなかった。

 

 

 

 

シンジの興奮した声が、通信機越しにアスカの耳へ届く。

 

『…凄いや』

 

アンタばかぁ!? 凄いとかどうとか、そういうレベルの話じゃないでしょ、これは!?

 

そう怒鳴りつけたいアスカだったが、彼女をして目の当たりにした光景に、その気力を根こそぎ奪われてしまっている。

 

 

 

何機ものヘリが上空を舞っている。

見回せば、なにやら撤収作業のようなものが開始されていた。

どうやら、よく分からないままにも事態は収束、もしくは決着したよう。

いつの間にか周囲は薄闇に包まれ、早くも蜩が鳴いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綾波レイは薄らと目を見開く。

清潔そうな白い天井が見えた。

どうやら自分は仰向けで寝かせられているらしい。

 

「…知らない天井」

 

呟き、ゆっくりと上体を起こす彼女の鼻先を、甘辛い匂いが満たす。

匂いの方を向けば、隣のベッドの上で、立花響が同じく上体を起こしていた。

額に包帯、ほっぺに絆創膏を貼りつけた彼女は、手にもった丼の中身をわっしわっしと咀嚼中。匂いの原因はどうやらこれのようだ。

 

身体を起こしたレイに気づいた響は、ごくん! と口の中のものを飲み下して破顔。

 

「良かった、レイちゃんも目を覚ましたんだねッ!」

 

「………」

 

レイが沈黙で答えたのは、自分がなぜベッドへ寝かせられているのか理解出来なかったからだ。

零号機で謎の使徒へと挑んだことは憶えている。けれど、直後の記憶が曖昧だ。

あの使徒と、碇くんたちはどうなったのかしら…?

 

なお沈黙を続けるレイの姿をどう解釈したのか、響は満面の笑顔を浮かべて手に持った丼を差し出してきた。

 

「ひょっとしてお腹空いてない? レイちゃんも食べる?」

 

差し出された半分ほど中身の入ったそれを見て、どういうわけか自然にレイの口から台詞が零れ落ちていた。

 

「…知らない天丼だわ」

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

ミサトとリツコは揃ってS.O.N.G.本部が置かれている巨大潜水艦の中を案内されていた。

 

「こんな巨大な複合物を…。次世代型という冠は伊達じゃないわけね」

 

リツコが興味深げに呟く。ようやく彼女も、この世界が西暦2045年であることを認める気になったらしい。

 

「では、改めてこの場を双方の情報交換の場とさせていただくが、よろしいか?」

 

総司令である弦十郎の声。

 

「は、はい!」

 

真正面でミサトの声は若干引き攣る。

彼が単身で暴走したエヴァ零号機を沈黙させた手腕は、ミサトの培ってきた常識を根底から揺さぶっていた。

その気になれば自分たち一行を拘束することなど朝飯前だろう。力関係は明白なのに、こうやって対等の交渉を持とうとしてくれていることは、ありがたがりこそすれ、不満を言える立場ではない。

 

案内された室内には、弦十郎の他に四人の見知らぬ人間がいた。

まず黒服の柔和そうな物腰の男性は緒川慎次と紹介された。包囲してきた黒服たちの先頭にいたので、ミサトもリツコも見覚えがある。

続いて弦十郎直属のオペレーターとして紹介された男女が、それぞれ藤尭朔也と友里あおいと名乗る。

ミサトもリツコも、ネルフ本部の青葉シゲルと伊吹マヤの姿を重ねてしまう。

そして最後に紹介されたのは、金髪のおさげ髪に白衣を着た、どう見ても推定年齢十歳ほどの少女。

 

「こちらが、錬金術師のエルフナインくんだ」

 

「れんきんじゅつ…!?」

 

ミサトとリツコが異口同音に目を丸くした。

現代科学の粋を集めて造られたような潜水艦内部で、これほど場違いに思えるものはない。

 

「そもそものS.O.N.G.が、対オカルトの特殊部隊みたいなものでな」

 

顎髭を撫でて苦笑する弦十郎に、

 

「ま、まあ、中世の錬金術が現代科学の礎になったことは歴史的事実ですし…」

 

どうにか科学者としてのアイデンティティを維持しながら応じるリツコがいる。

 

それから弦十郎は語った話は、ミサトとリツコ双方にとって興味深い内容だった。

 

かつてアヌンナキとよばれる神に等しい存在に人類は造られたこと。

超古代文明は隆盛を誇ったものの滅び、その時代に造られたアーティファクトが、現代にとっても一種の脅威として存在すること。

それらが聖遺物であり、ノイズであり、シンフォギアであること。

世界の脅威はそれだけに留まらず、超古代の神秘を振るう錬金術師たちも存在すること。

自分たちは、それらに対抗するための国際組織であること…。

 

いずれも各国の首脳部間で共有されている情報であり、市井の人間には知られてはならないトップシークレットである。

仮に関係者が一般人に漏らしたりすれば、国によっては極刑も免れない。

 

にも関わらず、弦十郎がミサトとリツコに伝えた意図は、一種の試金石だ。

彼女たちが言うところのエヴァンゲリオン。

残念ながら現代の科学技術でも、あれほどの巨大な人型機の開発は不可能だろう。

一方で、錬金術を行使すれば可能かも知れない。だからといって、彼女たちが錬金術師とは到底思えぬ。

では、錬金術師となんらかの関わりが―――との存念ゆえに、これらの情報を開示することで一石を投じてみた。が、ミサトらの反応を見る限り本当にこちらの世界の知識は存在しないようだ。

 

ミサトたち一行が違う時間軸からの来訪者であることの確信を深めつつ、それでも油断なく弦十郎は相対している。

 

「…ありがとうございます。こちらの世界背景と事情は、おおよそのことは理解できました」

 

聞き終えて、ミサトは必死で平静さを保つ。

正直、訊ねたいことや疑問は幾つもあったが、ぐっと飲み込む。

まずは礼儀として、自分たちの世界の情報も伝えねば。

 

南極におけるセカンドインパクトによる世界人口の激減。

地球規模的な水位の上昇による人類の生存領域の減少。

そんな中でサードインパクトを起こすべく迫りくる使徒と呼ばれる謎の生物。

そして使徒に対抗するための決戦兵器エヴァンゲリオン。

自分は、エヴァを運用して人類を守る組織に属していること…。

 

もちろんミサトの知っている情報の全てを伝えたわけではない。伝えられるわけがない。

それでも、本来の彼女の権限を逸脱する程度には、晒せるだけの情報を開示していた。

これは、下手に隠して取り繕って破綻することへの懸念もあったが、純然に弦十郎の誠意に感じ入った要因が大きい。

 

ミサトの話に熱心に耳を傾ける弦十郎。

語り終えたミサトに、あったかいものどうぞ、とコーヒーの入った紙コップが手渡された。

馥郁たる香りを口に含めば、絶妙な苦みとコクが喉を滑り落ちる。

背後でリツコが珍しく「あら、美味しい」と呟くのを聞きながら、ミサトは湯気の立つコップから目線を上げ、弦十郎を見る。

 

「続けての発言で申し訳ないのですが、私から質問をよろしいですか?」

 

「うむ。答えられる範囲であれば、何でも応じよう」

 

「では、そもそものノイズとはなんなのでしょう?」

 

「古代文明期に於いて、人類を殺すためだけに造られた自律兵器だと推定されている」

 

ノイズは、触れた人間を炭化させる攻撃性に、位相差障壁という次元の壁で物理法則を無効化する防御性を持つ。

出現し相対すれば、人類に抗う術はない。ゆえに特異災害。

 

基本的に一体で一人の人間を炭化させ、ある程度時間が経てば自壊するという特性もあったが、それも今は昔。

現在は、錬金術師が改良して使役するアルカ・ノイズと呼ばれるものが巷間を騒がせ、S.O.N.G.はそれらの災害から人々を護るために奔走している。

「ノイズばかりには、ただの人間である俺も敵わなくてなあ」

そう弦十郎は結んだ。

 

『タダノニンゲン…?』とミサトは茫然とし、リツコは『…なにか哲学的な意味なのかしら?』と困惑した表情を浮かべていたが、もちろん彼は気づかない。

 

「では、こちらからも伺わせてもらうが、使徒とは何なのだ?」

 

「彼らがどこから発生しているのかは、分かりません。ですが、死海文書に、その出現期日は記載されていると囁かれています。あいにく小官は目にしたことはないのですが…」

 

天使の名を持つ使徒の形状は様々だ。

だが、連中のもつ特性は共通しており、比類ない生物としての完結性ゆえにその身に永久機関のコアを抱え、強力なATフィールドを行使する。ATフィールドは、位相空間、相転移空間とも呼称される防御壁で、ほぼ現代兵器を無効化してしまう。

 

「次に、シンフォギアとは何なのでしょうか」

 

ざっとの使徒の説明を終えたミサトは再質問。

対する弦十郎の返答は簡潔にして明瞭。

 

聖遺物とよばれる古代文明のアーティファクトの欠片を、歌の力で励起して身体に纏う、アンチノイズ・プロテクター。

歌によるバリアフィールドはノイズの攻撃を防ぎ、同時に歌の力で位相差障壁を次元調律してダメージを与えることを可能にする、現存人類唯一のノイズへの対抗手段にして切札。

 

「…つまり、原動力は『歌』ってこと…?」

 

額に汗を掻くリツコは、科学者としての何かと激しく葛藤している模様。

そんな金髪博士を苦笑して眺めてから、弦十郎も次の質問を持ちかけてきた。

 

「では、エヴァンゲリオンとは何なのだ?」

 

「それは、対使徒における決戦兵器で…」

 

言い差して、ミサトの両眼が困惑に染まる。

 

「…いえ。ここは小官より、E計画の責任者でもある赤木博士から説明して貰った方がいいでしょう」

 

「ミサト、あなた…!」

 

さっきの仕返しのつもり!? との悲鳴を辛うじて飲み込む。

ごめん! とばかりに手を合わせてくる親友に「覚えてなさいよ」と心の中で面罵し、リツコは眼鏡を押し上げて背筋を伸ばす。

 

「先ほど紹介にあずかりました、E計画責任者の赤木リツコです」

 

会議が始まった時点で自己紹介をしてはいたが、間を取るように敢えてもう一度名乗る。

 

「つまるところ、エヴァンゲリオンとは、E計画の要にして、対使徒用の人型決戦兵器。人造人間なのです」

 

「人造人間、だとぉ!?」

 

弦十郎の驚愕の声。

 

「そッ、それはホムンクルスみたいなものなのでしょうか!?」

 

ここまで黙っていたエルフナインが興奮気味に叫ぶ。

 

「いいえ。私たちの世界では少なくともホムンクルスを作成する技術は確立されていないわ」

 

答えるリツコの内心はかなり苦しく、背中には汗がびっしりと浮かんでいた。

これからされるであろう質問は簡単に予測できたが、ブラックボックスの塊であるエヴァの情報を易々と開示できるわけがない。実際にリツコをして、エヴァの全てを把握できているわけではないのだ。

なのにミサト直々に責任者と紹介され、外堀を埋められてしまっているわけで。

 

「…おそらくですが、そちらのシンフォギアの開発と来歴は似ているのでは、と思われます」

 

結果として、先手を打つ形で相手の疑問の封殺することを選択したリツコ。

すると、目前の巨漢は、当意即妙とばかりに重々しく頷いてくれた。

 

「なるほど。シンフォギアが造られた事情と経緯は似ているのか。ならば、全て詳細に説明というわけにはいくまいよ」

 

「恐縮です」

 

リツコも頷けば、エルフナインは顔を赤らめて着席。

ミサトもリツコ同様に、ホッと胸を撫で下ろしている。

 

「人造人間であるならば、ノイズに触れて炭化したのは、なるほど、道理だな」

 

今日出現したあの巨大な怪物はノイズで間違いない。

同時にATフィールドという使徒の特性を持ち合わせるらしいあれは、使徒ノイズと呼称した方がいいのだろうか。

そんなことを考える弦十郎に、ミサトが神妙な顔つきで訴えてきた。

 

「風鳴総司令」

 

「どうした葛城三佐」

 

「遅ればせながら、我々を保護、エヴァンゲリオンを搬送して下さったことに、心より感謝申し上げます」

 

「…いや。貴女方のエヴァンゲリオンがなければ、今回の使徒ノイズの打倒は覚束なかったと思う」

 

「使徒ノイズ?」

 

「我々はあれをノイズと呼び、そちらは使徒と呼んでいる。呼称をまとめて統一した方が分かりやすいだろう?」

 

意外と茶目ッ気のある表情を見せる弦十郎に、ミサトの頬もほころぶ。しかし表情をたちまち引き締めると、

 

「まず、ご厚意を享受している身で、一方的で居丈高な通達になることお詫びします。…エヴァ各機の詳細をS.O.N.G.側が独断て調べる行為の一切を固く禁じます」

 

「了解した」

 

即答する弦十郎にミサトは目を見張ったが、彼は本心から言っていると確信できた。

 

「ありがとうございます。更に不躾ですが、のちほど赤木博士がメンテナンスなどを行いますので、手伝って頂ければとも…」

 

「そちらも承ろう」

 

背中にリツコの視線が突き刺さってくるのを感じながら、ミサトは肩の荷が軽くなったような気がする。

想定以上にこちらの要求が満たされた形だ。今の段階では上出来だろう。

 

「…しかし、こうやって情報を羅列してみると、我々のお互いの世界は共通点が多いような気がするが、偶然だろうか?」

 

 

人類に対する絶対的な脅威の存在。

そしてその脅威は位相差障壁を駆使し、ほぼ近代兵器を無効化する。

唯一の対抗手段は、純然な現代科学で開発されたものではなく、多分に神秘(オカルト)を込められたもの。

 

「言われてみれば…そうかも知れませんね」

 

弦十郎の問い掛けに、ミサトはそう答えるしかない。

偶然ではなかったとして、現時点で意味を見出すのは困難だ。

 

「ともあれ、俺たちのシンフォギアは使徒のATフィールドを突破するのに難儀していることになる」

 

「わたしたちのエヴァは、ATフィールドを突破出来ても、ノイズの特性に触れれば炭素分解されてしまう…」

 

即座に追従(ついじゅう)して来たミサトを見て、弦十郎は豪快に笑った。

己の意図が正確に伝わったことを理解した、ひどく魅力的な笑顔だった。

 

「つまり、対使徒ノイズという目的においては、我々の見解は全く一致しているというわけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ったく暇よね~」

 

白い検査着のようなものを着せられた惣流アスカ・ラングレーがブーたれる。

同じく検査着を着せられた碇シンジは、剣呑な空気を放つ彼女からそっと視線を逸らした。

 

もっともシンジとて、アスカが退屈退屈を連発する気持ちは分かる。

現在、彼らがいる部屋にあるのは、テーブルセットとベッドのみ。

窓もなければテレビもない。本の類も置いていない。

ドアも施錠されているようで、外に出る自由もない。

完全無欠の軟禁状態なこの部屋は、ルナアタック直後に装者たちが匿われた部屋にも似ていた。

もっともそんなことを露も知らないアスカは、不平不満のボルテージをひたすら上昇させるのみ。

 

「ねえ、ファースト! アンタも退屈でしょ?」

 

いきなり水を向けられて、赤い瞳がピクリと動く。綾波レイも病室で覚醒後、この部屋へと連れてこられていた。

 

「…別に」

 

素っ気ない返事をするレイに、アスカは何やらブツブツと呟いていたがシンジには聞き取れない。

 

「そ、それにしても、綾波の腕が治って良かったよ」

 

場の空気を取り繕うようにシンジは青い髪の少女へと笑いかけた。どういう理由か分からないが、零号機の腕の再生に付随するように、レイの右腕も完治したらしい

 

「ええ。わたしも不思議…」

 

呟くレイと目線を合わせていると、すぐ耳元で声。

 

「なーに見つめ合ってんのよ、ゴルァ!」

 

「ア、アスカ!? 別に見つめ合っていたわけじゃ…」

 

「いいからちょっとあたしの話も聞きなさいよッ!」

 

「分かったから引っ張らないでよ! 耳が痛いって…!」

 

テーブルの上にレイの顔も寄せさせて、アスカはわざとらしく咳払い。

 

「アンタたち、この世界のこと、どう思ってんのよ?」

 

「…え? この世界も何も、ここは日本でしょ?」

 

きょとんとした顔で言うシンジを、アスカは遠慮なく怒鳴りつけた。

 

「アンタバカァ!? だったらなんでネルフ本部と連絡が取れないのよ! おまけに、ヘリコプターでここまでくる間に見た風景で、水没していた地域なんてあった!?」

 

「あー、言われてみれば…」

 

能天気に呟くシンジの頭を引っ叩きたくなる。

 

「セカンドの疑問は理解できるわ。わたしもこの世界に違和感がある」

 

同意してきたレイを、さして面白くもなさそうな表情で一瞥し、アスカは自説を続けた。

 

「それに、あの『シンフォギア』だっけ? 歌を唄いながら戦っていたでしょ? おまけに、あの赤シャツの髭面のおっさん! あんなの無茶苦茶を通り越して意味不明よ!?」

 

素手で零号機を投げ飛ばした弦十郎の姿はシンジの記憶にも鮮やかだ。

いっそハリウッドのアクション映画みたいな展開が現実感を薄くさせ、逆にシンジの落ち着きを招来させていたのかも知れない。

 

「いやあ、あれは本当に凄かったよね!」

 

「………」

 

興奮気味に目をキラキラさせながら訴えてくるシンジに、アスカは天を仰ぎたくなる。

目撃した一連の光景に現実感がないのはアスカも一緒だけど、まさかここまで緊張感がないリアクションが返って来るとは。

 

(ミサトがあたしにコイツらの世話を任せるのも分かるわ…)

 

自分で自分を慰めて、アスカは話題を転じることにする。

 

「とりあえず、この世界は、あたしたちの知っている日本じゃない! まずこれはOK!?」

 

「う、うん…」

 

「それでシンジ! アンタ、この世界に来る直前のこと、覚えている!?」

 

「え、えーと…」

 

シンジは必死で記憶を巡らせる。

 

そう、確か、黒い大きな球体の使徒の迎撃に出ていたはずだ。

でも、その使徒は、いくら攻撃しても弾も素通りして。

そうこうしているうちに、その使徒の足元の影がどんどん大きくなったと思ったら、それに道路やビルまで次々と飲み込まれて…。

 

「僕も、初号機ごとその使徒の影に飲み込まれそうになってたんだよね?」

 

「そう。んで、あたしの弐号機とファーストも助けようと手を伸ばしたんだけど一緒に巻き込まれる格好になって―――」

 

アスカは形の良い唇に曲げた指を押し当てる。

 

「―――たぶん、あの使徒の影に飲み込まれたのが、この世界に飛ばされた原因じゃないのかしら?」

 

「ええ!? そうなの!? どうして? どうやって!?」

 

「そこまであたしが知るわきゃないでしょ!? 推測よ推測っ!」

 

ぴしゃりと断言すると、シンジは露骨に困った表情。

 

「…どうしよう。まいったなあ。戻れるのかなあ」

 

「あら? 無敵のシンジさまも、元の世界が恋しいのかしら?」

 

もちろんアスカだって元の世界に戻りたい。万が一にも戻れないという可能性を恐怖した上で、敢えて強がって見せるは乙女の魂。

だが、シンジの返答は、サディスティック乙女の予想の絶対防衛線を軽々と越えて行く。

 

「だって、冷蔵庫に解凍した鶏肉を仕舞いっぱなしなんだよ? 早く使わないと傷んじゃうだろうし…」

 

「…………」

 

これって怒鳴りつけていいわよね? うん、怒鳴ろう。

沸き立つ怒りを超陽電子砲並にアスカはチャージ。

万全の態勢で怒声を解き放つ寸前、施錠されていたはずのドアが開く。

 

「みんな、無事だった~!」

 

ミサトが駆け寄ってくる。

 

「ミサトさん!」

 

席を立ち、笑みを浮かべるシンジ。

 

「レイも無事ね」

 

「はい、問題ありません」

 

右腕を掲げてみせ、頷くレイ。

 

「アスカもご苦労様ね」

 

「…遅いわよ。なにやってたのよ」

 

さすがに空気を読んで、アスカは怒りを不発弾として飲み下す。

 

「ごめんね~。ちょっと色々とやりとりする必要があって」

 

片手で謝る素振りを見せてから、ミサトは遅れて入室してきた弦十郎を指し示した。

 

「みんな、もう一度紹介させてもらうわ。こちらが、国連直属対特異災害タスクフォースS.O.N.G.、風鳴弦十郎総司令よ」

 

「改めて、よろしくな諸君」

 

朗らかに笑う弦十郎に、シンジは憧憬にも似た視線を向けていた。

 

「わたしたちは、対使徒ノイズ戦に向けて、S.O.N.G.と協調体制を取ることなったから」

 

「使徒ノイズ? 協調体制?」

 

訝しげな視線を向けてくるアスカに、ミサトは笑った。

 

「まあ、それは追々説明するから安心してちょうだい。それより、みんな、お腹は空いてないかしら?」

 

言われてみれば、アイスを食べてから何も口にしていなかった。

指摘され急に空腹を覚えるチルドレンたちに、弦十郎も笑いかける。

 

「ならば丁度良かった。諸君らとの親睦を深める意味を込めて、歓迎パーティの準備をしてあるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話

一応、作中は2045年になってますが、全裸錬金術師と戦いは終えてるXV以前の話になります。そこはふわっとした感じで流してください。あまりアレだったらこっそり修正するかも知れませんけれど…。


 

歓迎パーティのことを聞き、アスカは真っ先に難色を示す。

 

「まさかこの病院着で出席しろってワケ!?」

 

基本的にプラグスーツの下は素っ裸だ。そして着替えは元の世界へ置きっぱなし。

お仕着せの管制品なんかごめんだからね! と半ば憤慨しつつ、もう半分は実はアスカなりの威力偵察。

この生意気な物言いに、S.O.N.G.の大人たちはどんなリアクションをしてくるのか?

その反応如何によって相手側の器量を測るという、あまり行儀の良くないアスカのプラン。

仮に激怒されたとしても、最悪、『子供のいうことだから』とミサトが庇ってくれるという打算も織り込み済み。

 

果たして、弦十郎の後ろから現れた黒服の男が、ニコニコとしながらチルドレンたちに向かってそれぞれ紙袋を差し出しきた。むろんこの黒服は緒川慎次である。

 

「僭越ながら、こちらを準備させて頂きました」

 

受け取ってアスカが覗き込むと、なにやら衣類がチラリと見える。

 

「そういうことだから、着換えてきたら?」

 

ミサトに促され、三人は廊下の先の更衣室へと案内された。

さっそく着替えて廊下へ出れば、

 

「あら、アスカ、可愛いじゃない」

 

ベルト付きのえんじ色のキュロットスカートは丈も短く、ほとんど白に近い薄桃色のカットソーの組み合わせも涼しげだ。

 

「…そお?」

 

言われて、アスカも満更ではない。なかなかセンスの良いコーディネートだと思う。

ただ一つ、腑に落ちないというか驚くべきことは、サイズがこれ以上もないほどピッタリなこと。

下着もオーダーメイドのような着け心地。

 

「うん、似合っているよ、アスカ」

 

「…ふん! 当ったり前でしょ!」

 

シンジの賞賛に鼻を鳴らしてそっぽを向いてみせたものの、彼のネイビーのパーカーにチェックのチノパンを合わせた姿も結構似合っているとアスカは思う。

そして最後に姿を見せたレイは、うるさくない程度にフリルのあしらわれたカットブラウスに、膝丈の大人しめのプリーツスカート。

 

「綾波も、その、可愛いいんじゃないかな…?」

 

「…ありがとう、碇くん」

 

少し顔を赤くしているシンジが気に食わない。

 

「いたッ!?」

 

シンジの頭をぽかりと殴りつけて、アスカは先をいくミサトに追いつくと声を潜める。

 

「別にミサトを信用してないわけじゃないけれど、ここの連中は信用できるの?」

 

肩越しに振り返ってミサトは笑う。

 

「少なくとも、ウチの司令に比べれば、ずっと愛想が良くて健康的よね♪」

 

「…納得」

 

ミサトのなかなかに際どい物言いに、アスカは大いに頷く。

今さらながら自分の所属するネルフという組織の不透明さというか不気味さを再確認している。

 

「さて、ここだ」

 

弦十郎が観音開きの扉を開け放てば、なかなかに広い部屋。

そこはちょっとしたパーティルームと化していて、『ようこそS.O.N.G.へ』という花輪で囲まれた看板が吊るしてあった。

幾つものテーブルに料理の載った大皿と飲み物が置いてある。

いわゆる立食パーティのスタイルで、確かに親睦を深めるという意味では無難かも知れない。

しかし、アスカが青い目を見張るその先で、そのスタイルを否定するような光景が。

 

黄色い髪の少女が、大きなテーブルの前にかぶりつきで猛然と料理を口に運んでいた。

見紛うことなき立花響である。

そしてその襟首を、「このバカ! パーティも始まってねーのに食いまくるヤツがあるか!」と必死で引っ張っている小柄な影は雪音クリスだ。

もちろん響は微動にせず「美味しい! 美味しすぎるッ!」と料理をかっ込んでいたが、さすがに弦十郎とネルフ一行が入室してきたのには気づいたらしい。

 

「あー! みんな、やっと来たんだね~ッ!」

 

ほっぺたの料理の欠片を拭いもせず、襟をつかんだままのクリスを難なく引きずって入口まで猛ダッシュ。

 

「なんだ響くん。待ちきれなかったのか?」

 

「すみませ~ん」

 

えへへと笑う響の背後でクリスが毒づく。

 

「病室で目ぇ覚ましたと思ったら、起き抜けに天丼三杯も喰っておいてよく言うぜ…」

 

「だってお腹が減ってしかたないんだもんッ!」

 

言い訳なのか開き直っているのか良く分からない憤慨をしている響の肩に手を置いた人物がいる。

青い髪のサイドテールも印象的な風鳴翼だ。

 

「まあ、そういってやるな雪音。立花が健啖なのは今に始まったことではないし、あの謎のノイズを倒したのに力を使ったのも間違いない。使ったエネルギーを補充するのは当然だろう?」

 

こちらもフォローしているのか褒めているのか微妙な台詞。

 

「あの謎のノイズは、今後『使徒ノイズ』と呼称することに決まった。おまえたちも、後ほど資料を渡すので目を通すように」

 

「…使徒ノイズ?」

 

クリスが目を細めたが、弦十郎はパン! と両手を打ち鳴らし、室内の全員の注目を集めた。

パーティ会場には、S.O.N.G.側からはさきほど会議室にいた四人と弦十郎に三人の装者。

ネルフ側からは、ミサトとリツコにチルドレンが三人。

 

(今のところは一般職員にまでわたしたちの存在を周知するつもりはないってことかしら? 

 それとも、内輪で忌憚なく情報をかわせる場を設けたつもり…?)

 

ミサトは心の内にそんな疑問を抱いたが、弦十郎の物言いは直球ストレート。

 

「そして、こちらの葛城三佐御一行は、2015年の違う時間軸の日本からやってきて、ネルフという組織に所属しているそうだ」

 

そして、いきなり核心をぶっちゃけられた装者三人の反応はというと。

 

「へえー。2015年の別世界の日本からねえ」

 

軽く目を見張るクリスに、

 

「なによ、その淡白な反応はッ!? もっと『うおおおお!』とか『うへええ!』とかってリアクションはないの!?」

 

さっそく噛みつくアスカがいる。

 

「んなこと言ってもよ…」

 

困惑の表情を浮かべるクリスは、月を穿つ神代のレールガンや巨大なオートスコアラー、果ては神の子を称する全裸錬金術師との戦いを繰り返してきている。

今さら別世界とかいわれても、超常に塗れた身としてはあまり新鮮さがなかった。

 

「同じ戦場(いくさば)に立ち、肩を並べて戦った。この事実は、千の言葉を交えるより雄弁だとわたしは思う。ゆえに、おまえたちを同胞と思うに不足はないぞ?」

 

何とも独特かつ解りづらい言い回しで会話に混じってきた翼も、どこか感覚がズレているようにアスカは思う。

 

「2015年かあ。みんな、わたしたちが生まれるずっと前の日本から来たんだね!」

 

何気ない響の台詞に、ミサトはグラスを持ったまま固まった。リツコも眼鏡の角度が変わり、その瞳は窺えない。

微妙な空気に、響はあたりをきょろきょろと見回す。

 

「あれ? どうしたの?」

 

その挙動はあくまで無邪気なものだから始末に悪い。

更に、そこにシンジまで乗っかったものだから、もう色々とどうしようもなかった。

 

「そっか。この世界では、僕たちは44歳になっちゃうんだね」

 

本人は全く他意もなく、事実を口にしているつもりなのだろう。

だが、それだけに余計タチが悪く、アスカの胸にも突き刺さってくる。

 

「あ、だとするとミサトさんたちは…」

 

呟くシンジの顔面を、すかさずアスカはアイアンクロー。

 

「痛いよ、やめてアスカアスカやめて…」

 

ギリギリ締め上げられ悶絶するシンジの耳に、アスカは小声で鋭く警告。

 

「アンタ死にたいの…?」

 

そっと背後を伺えば、ミサトとリツコから絶対零度の空気が噴きつけて来てアスカの背筋を凍らせる。

その雰囲気を察したのか、身体ごと割って入ってくるのは風鳴弦十郎。

彼は両手にビールの満たされた巨大ジョッキを持ち、片方をミサトへと差し出す。

 

「そんな小さなグラスでなく、こちらでどうだ、葛城三佐」

 

「…え」

 

「イケるクチかとお見受けしたが、俺の思い違いかな?」

 

「それじゃ、遠慮なく」

 

受け取って、喉を鳴らしてミサトは一気に半分ほど空にする。

 

「お見事。…時に、こちら世界のビールとの貴女の知るところの味に差異はないものだろうか?」

 

「いえ。ほとんど、というか完璧に一緒ですね」

 

「ならば良かった。まあ、酒抜きでも人は生きられるが、酒なしで生きる人生は些か寂しいと俺は思う」

 

「至言ですね、それは」

 

一気にミサトを和ませた手腕は、さすがS.O.N.G.総司令であった。

 

そして、一方のリツコの白衣の裾をくいくいと引っ張るものがある。

眼鏡越しに視線を巡らせたリツコは、眼下に同じ白衣姿を見出す。

 

「さ、先ほどの会議では失礼しましたッ!」

 

ぴょこんと金髪のおさげが前後に揺れた。

 

「あなた、エルフナインと言ったかしら?」

 

「は、はいッ!」

 

「私に何か用が?」

 

「…そ、その! 大変ぶしつけですが、そちらの世界の技術をご教授して頂ければと。特に量子学的な観点からの脳科学へのアプローチメソッドなどを…」

 

エルフナインが、己の身体の奥底のキャロルの記憶をサルベージすべく日々奮闘していることなぞ、リツコは知る由もない。

しかし、同じ科学者としての真摯さだけは痛いほど伝わってきた。

 

「相談に乗るのは吝かではないけれど…。私の世界では、有機コンピューターに人格を移植する程度が精々よ?」

 

リツコは脳裏にMAGIシステムを思い浮かべる。

彼女の母である赤木ナオコが開発した、科学者として、母親として、女としての己の三つの思考を移植されている夢の第七世代コンピューター。

 

「ッ!! とっても興味深いお話です! ぜひ、もっと詳しく…!」

 

「わ、わかったわ。分かったから袖を引っ張らないで…」

 

かくしてリツコはエルフナインに引っ張られて会場の壁際の椅子へ並んで腰を降ろし、話をせがまれる羽目に。

 

 

 

 

そして会場の中心へと視線を戻せば。

 

「それじゃ、改めて自己紹介するね! わたしの名前は立花響ッ!

 年齢は彼氏いない歴イコールの17歳!

 趣味は人助け!

 好きなものはごはん&ごはん!

 体重はもう少し親しくなったら教えてあげ…」

 

言いかけて、響はシンジを見て、

 

「あッ、シンジくんは男の子だから、仲良くなっても秘密だよッ!」

 

にぱっと笑う。

 

「は、はあ…」

 

今まで全く遭遇したことのないキャラにドギマギするシンジ。

 

「それじゃ、次はクリスちゃんの自己紹介だねッ!」

 

「するかバカッ!」

 

「え~? それじゃわたしが代わりにしちゃうよ?」

 

「するなバカッ!」

 

「まあまあ、立花。無理に自己紹介を肩代わりすることもあるまい?」

 

そういって取り成した翼はチルドレンたちに向かいあうと、クリスに比べて控えめな胸を張った。

 

「わたしの名前は風鳴翼という。風鳴総司令はわたしの叔父にあたり、風鳴一族は古くからこの国の国防を担う防人の一族だ。かくいうわたしも、護国の剣にして歌女でもある」

 

「は、はあ…」

 

いきなりの良く分からない物言いに、曖昧に頷くことしか出来ないシンジ。

 

それから翼はクリスを指し示す。

 

「そこの彼女は雪音クリスで、わたしの頼りになる仲間だ。わたしを先輩と慕ってくれる可愛い後輩でもある」

 

「結局、自己紹介肩代わりしてるじゃねーかッ!!」

 

「そしてクリスちゃんはわたしの嫁2号でもあるんだよー!」

 

「てめえもしれっとデマを吹聴してんじゃねぇ!!」

 

ギャーギャーと騒ぎ立てるクリスに、なぜに彼女が怒っているのか困惑している風にさえ見える響と翼。

そんな三人を眺め、アスカは先刻の想いを新たにした。

 

(やっぱりお笑いトリオなんじゃないの、こいつら…?)

 

 

 

 

装者たちが自己紹介をしてくれた手前、チルドレン側たちもしなければならない。

すると、珍しく率先するシンジがいる。

 

「ぼ、僕の名前は碇シンジ14歳です。エヴァ初号機にパイロットとして乗ってます!」

 

「へえ? あの紫色の、初号機っていうんだ?」

 

「ええ。何か僕専用のエヴァみたいな感じで…」

 

「ほへ~。シンジくんしか操縦できないってこと?」

 

興味津々で訊き返してくる響に、シンジの鼻の下が伸びているように見える。

その光景を不快に感じて、アスカはすかさず自己紹介でインターセプト。

 

「あたしの名前は惣流アスカ・ラングレー。エヴァ弐号機の専属パイロットよ。

 そこのバカと同じ14歳。でもね、自慢じゃないけど日本に来る前はアメリカ支部のエースだったわ」

 

本人的には嫌味にならない程度の自己アピールをしたつもり。

すると、思わぬところから援護の声が上がった。

 

「アスカは凄いんですよ! 14歳で飛び級でドイツの大学を卒業してるんですから!」

 

喜色満面で言ってくるシンジに、アスカは驚くというより戸惑ってしまう。

そりゃ褒められて嬉しくないわけじゃないけれど…!

 

「へえ、そりゃすげえなッ!」

 

「その齢で大学まで修めているのか!? 大したものだなッ」

 

複雑な表情になるアスカを知ってか知らずか、翼もクリスも手放しの賞賛。

ここまで裏表なく真っ直ぐに褒められた経験のないアスカの表情は、ますます混迷を極める。

 

「…ひょっとして、アスカちゃんってわたしより頭がいいの?」

 

最後に、おずおずと言ってくる響。

 

「大学出てるんだぜ? そりゃあ確実におまえより良いに決まってらあな」

 

「いや、むしろ、この中で一番明晰な頭脳の持ち主ではないのか?」

 

この状況、はっきりいって褒め殺しである。

そして褒めている当人たちも、まったく悪気も他意もないものだから、さすがのアスカも口を噤んで回れ右。

ただ一人棒立ちになっているレイの背後に回ると、後ろからその両肩を前に押し出す。

 

「ほら、ファースト。あんたも自己紹介しなさいよ…」

 

その声はほとんど呻き声に近い。

 

「…綾波レイ。14歳。碇くんたちと同じクラスメイトよ」

 

いつも通りと言えばいつも通りの素っ気ないレイの物言いも、素直に聞き流してくれる装者たちではない。

 

「あ、三人とも同じ学校の一緒のクラスなんだね!」

 

「すると惣流は、大学を出てなお中学校に通っているというわけか?」

 

「ああ、それは、日本に来たから日本語の勉強とか、日本の学校の雰囲気を味わいたいってヤツだろ? そうだろ?」

 

とうとうアスカはみんなの輪から料理の載っているテーブルの方へ緊急退避。

 

「? どうしたんだろ、アスカちゃん?」

 

首を捻る響に、シンジは笑いかける。

 

「ああ、きっとアスカは―――」

 

言いかけたシンジの背後には、いつの間にかアスカは戻ってきていた。

焼き鳥の串をシンジの背中に突きつけて、耳元で彼にしか聞こえない声でボソっと一言。

 

「…照れている、なんて言ったら殺すわよ…?」

 

「―――お腹が減っているんだと思いますよ、はい」

 

背中にびっしりと汗を掻きながらシンジが答えると、響は破顔。

 

「そうだね、みんなぺこぺこだったけど、まだ食べてないもんね! う~、わたしもまたお腹が空いてきたよ!」

 

「…マジかよ?」

 

クリスのツッコミも意に介さず、響は食事を再開。

自身で多大な戦果をあげつつも、彼女は実に甲斐甲斐しい。

 

「あ、ほら、レイちゃん! こっちの鶏肉も美味しいよ!」

 

「…ごめんなさい。わたし、肉が嫌いだから」

 

「え!? そうなの!? こっちこそごめんね! はい、じゃあ、こっちの揚げ出し豆腐は大丈夫かな!?」

 

素っ気なく応じても、その百倍くらいの弾力に富んだ反応が返ってくるので、レイも平静ではいられない。

響のテンションの高さに、レイのテンションも釣られて上がっているようにすら思える。

 

その余波はシンジも被り、彼もテンションが上がっていた。

 

「どう、シンジくん、食べてる? あ、良かったら、こっちのお皿にとってきたの、食べない?」 

 

「あ、はい。ありがとうございます、いただきます」

 

クリス視点で見れば、響の行動などウザさMAXの善意の押し売りでしかないが、シンジにしてみれば、これほど陽性で真っ直ぐな善意に構われた経験はなかった。

それが年頃の少女とあっては、思春期男子として平然としてろとなど無理な相談。

 

「遠慮することはないぞ碇。うかうかしていると立花に全て平らげられてしまうからな」

 

翼は笑っているが、強ち冗談とは思えない光景だった。

 

「にしても、おまえ細ッいなー? 普段からちゃんと食べてるのかよ?」

 

横に来たクリスにポンポンと手足を叩かれる。

このスキンシップも、シンジには新鮮極まりない。おまけに触れてくるのは、年上のお姉さんでグンバツ(死語)なトランジスターグラマーである。

 

―――僕はここに居ていいのかも知れない。

 

シンジが浮かべた恍惚然とした笑みは、物理的に吹き消された。

 

「なーにデレデレしてんのよ、あんたわッ!」

 

アスカがシンジの頭をはたく。

 

「…べ、別にデレデレなんてしてないよ…!」

 

「はん、どーだかッ!」

 

レイにしてみればいつもの二人のやり取りだ。微笑ましいかは別にして見慣れた光景。

しかしこの世界では、何やら気に入らない顔付きになるクリスがいた。

 

「おまえ、男の頭をポンポン叩いてんじゃねーよ」

 

アスカに一言物申し、その矛先はシンジへも向かう。

 

「おまえも、男のクセに叩かれっ放しって情けなくねーか?」

 

「って言われても…」

 

ドンッと胸を叩かれて、言葉に詰まるシンジ。

それはアスカも同様で、シンジを叩く理由に説明を求められても、その、困る。

 

スキンシップ? いやいや、そんなまさか。

あたしにとってコイツを叩くのは、いわば当たり前のことであって…。

 

じゃあなんで当たり前なのか? と問い返されれば、なんと答えていいか分からない。

 

黙り込むアスカに向かって、救いの手が差し出された。

その手の持ち主は響で、しかし実際に差し出された相手はアスカではなくシンジである。

響はぎゅっとシンジの両手を掴むと、

 

「うん、分かる! シンジくんの気持ちは、わたしはよーっく分かるよ!」

 

「は、はあ…」

 

異性に手を握られて動揺するシンジに、響は如何にも苦労しているといった風情で語りかける。

 

「わたしもキミみたいに、そこのクリスちゃんからポコポコポコポコ叩かれるんだよ! もう本当にしょっちゅう!」

 

「あ、はい」

 

「でも、わたしは気づきました! これはいわゆるクリスちゃんのスキンシップ! いや、むしろ愛情表現! ほら、好きな子に対してイジワルしたくなっちゃうって、良くあるでしょー!?」

 

「…そうなんですか?」

 

茫然とするシンジの手を握ったまま、響は満面の笑顔で振り返る。

 

「ね!? そうでしょ、クリスちゃん! アスカちゃん!」

 

「んなわきゃねえだろッ!?」

 

「んなわきゃないでしょッ!?」

 

奇しくも、二人の声が見事にハモる。

 

「なんとッ! 違ったのか!? てっきりわたしも雪音なりのコミュニケーションの方法かと…」

 

全くアスカの望まないことに、なんと防人へも飛び火した。

これは言葉を重ねれば重ねるほど炎上する流れと知りつつも、アスカは声を張らずにいられない。

 

その時、またしても空気を読む男、もしくは徹底的に空気を読まない男、風鳴弦十郎が参戦する。

 

「おう、おまえたち! さっそく仲良くなったようで何よりだッ!」

 

「おっさんの目は節穴か!? これのどこが仲良く見えるってんだ!」

 

「昔から言うだろう? ケンカするほど仲が良いってな」

 

そういってバッチリとウインクしてくる巨漢に、クリスを始め、誰もが呆然、もしくはげんなりとした気分になる。

図らずも巻き起こった炎はたちまち鎮火。

完全に静まったのを確認してから、弦十郎は胸のポケットから三枚のカードを引き出す。

 

「さて! チルドレンの諸君に俺からのプレゼントだ」

 

「…これは?」

 

受け取ったシンジが訊ねる。

 

「三人の個室のキーだ。当面はそこで寝泊りしてもらうことになる」

 

各個人に部屋を用意するなど、身元不明の一行に対した宿泊先の提供としては破格である。

 

「まあ、この船の中は呆れるほど広くて部屋もたくさんあるしな。一応、各居室にバストイレも付属しているが、大浴場を使ってもらっても構わない」

 

「大浴場まであるんですか!」

 

驚くシンジに、弦十郎は若干申し訳なさそうな表情になる。

 

「だが、君たちの移動できる範囲は、今のところそれくらいだ。そして、個室のプライバシーは保証するが、廊下を通じて移動先などは随時監視させてもらう」

 

「まあ、それは当然でしょうね…」

 

アスカは渋い顔で考え込む。

別に監視がつくなど想定内だ。逆に、それをすまなさそうに告げられたことに戸惑ってしまう。

これはS.O.N.G.という組織の体質か、それとも弦十郎個人の為人(ひととなり)か?

大規模な組織になればなるほど、清廉さとは相反していくものなのに。

あるいは、これも罠…?

 

そんな考え込むアスカの様子を、例によって立花響は盛大に誤解した。

アスカに近づくと、響は彼女の手を取るように言う。

 

「安心してアスカちゃん! 師匠にお願いして合鍵を貰ったら、いつでも遊びにいくからね!!」

 

「あたしん時と同じコト抜かしてんじゃねーよ、このバカッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

這う這うの体で皆の輪から抜け出したアスカは、保護者の姿を探す。

見ればミサトは例によって大ジョッキでビールを呷っているところ。彼女の前のテーブルには、空きジョッキが溢れんばかりに載っていた。

 

「…ミサト! なに飲んだくれてんのよ!」

 

「あら、アスカ~。楽しんでいる~?」

 

「…この酔っ払いが…!」

 

アスカはやおら真剣な顔つきになると、ミサトの胸元を掴んで詰め寄った。

 

「協力体制も親睦も深めるのもまあいいわ。でも、元の世界へと帰る算段は付いているんでしょうね!?」

 

「ああ、そんなのモチのロンよ~♪」

 

上機嫌で言ってくる保護者の姿は、甚だ信用性を欠いている。

 

「本当? 諦めて適当に言っているんじゃないでしょうね?」

 

「だから大丈夫よ。リツコも同じこと言っているんだから」

 

ジョッキを口に運びつつ、一瞬だけミサトの目からアルコールの色が消えた。

 

「全ては、次の使徒―――いえ、使徒ノイズがくればはっきりするわ」

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

 

 

 

 

「目標パターン補足しましたッ! 前回の出現時の波長と99.98%一致しています!」

 

藤尭朔也の声がS.O.N.G.発令所内に響く。

 

「おいでなすったかッ!」

 

弦十郎が拳と掌を打ち鳴らす。

彼らの視線の先の巨大モニター。そこに映る光景は、箱根山中にまたしても光の柱が立ち昇っているところ。

その光が収まったあとに出現した巨影に、ミサトは確信を込めて呟く。

 

「やっぱり、第四使徒…ッ!」

 

そして、発令所内で同じ場面を目撃した立花響は、ぼそっと次のように呟いた。

 

「なんかでっかいプラナリアみたい…」

 

この物言いに、発令所内のオペレーターたちは目を点にし、ミサトとリツコは揃って口元を押さえる。

響本人としては、見たままの感想を素直に口にしただけに過ぎないのだが、例によって装者随一のツッコミ役が穏やかではいられない。

 

『このバカッ! 戦いの前に気ぃ抜けることいってんじゃねえッ!!』

 

通信機越しに響くクリスの怒声。

 

「ええ!? でも、あれはどう見てもプラナリアでしょー!? みんなもそう思いますよね? ねッ!?」

 

響が周囲を見回せば、オペレーターたちは揃って目を逸らし、ミサトとリツコは口元を押さえたまま肩を小刻みに揺らしていた。

ただ一人、腕組みをしたまま微動だにせず弦十郎は命令を下す。

 

「よしッ! 作戦通りに頼むぞ、シンジくん!」

 

『りょ、了解です!』

 

今回の迎撃作戦に配置されたのは、エヴァ初号機とシンフォギアを纏った風鳴翼に雪音クリス。

 

『…なんであたしは後方待機なわけッ!?』

 

モニターの隅に小さくウインドウが開き、プラグスーツを着たアスカが唇を尖らせている姿が映る。

 

「事前に説明したでしょう? 今回の使徒は、迎撃経験のある初号機を優先させるって」

 

『でも、相手は使徒じゃなくて使徒ノイズなんでしょ?』

 

「だから、いざという時のために、絶対的な切札としてあなたに待機してもらっているんじゃない」

 

アスカのプライドをくすぐるミサトの説明は、一面の事実である。

チルドレンの中で一番戦闘経験が豊富なのはアスカで間違いなかった。危急の場で、上の指示を待たず咄嗟の判断で動けるのも、おそらく彼女だけだろう。

 

初号機を今作戦で出撃させたのは、シンジが相対した経験というかノウハウを持ち合わせているから、という理由も嘘ではなかった。

敵が第四使徒の形状を模しているが、コアが明滅している姿から間違いなく『使徒ノイズ』である。

また、一度倒した初号機をぶつけることによって、使徒と使徒ノイズとしての差異を見極めるというプランも並行して実施されていた。

 

『姿形で侮るのは愚策だぞ、立花ッ!』

 

鋭い叱責ともに大刀の一撃を飛ばし、戦闘開始の口火を切る翼。

 

『ちょっせえ!』

 

半瞬遅れてクリスのイチイバルが様々な弾頭の一斉射。

ことさら存在感を主張する初号機だったが、この世界にエヴァ専用の射撃武器を持ちこめてはいなかった。

肩部のウェポンラックのプログナイフが精々で、迂闊に近接戦闘を行えば、身体を炭化させられる危険がある。

ゆえにシンフォギアの先制攻撃なのだが、やはり使徒のATフィールドに遮られてほとんど効果は認められない。

 

『…来るッ!』

 

シンジの声と同時に、第四使徒は光の触手を展開。鞭のようにしなるそれは、シンフォギアをかすめ、箱根の山を切り刻む。

 

『…なるほど、大した切れ味だッ! これが彼奴の唯一の武器でいいのだなッ!?』

 

『は、はいッ!』

 

翼の声にシンジが応じている間にも、蛇のように波打つ触手が天羽々斬を目がけて跳ねてくる。

剣戟一閃。

二本の触手は大刀を振るった翼に盛大に切り飛ばされていた。

 

『いまだッ!』

 

『了解です! 碇シンジ、行きますッ!』

 

刃の払う翼に背中を押されるように、シンジは第四使徒へ向けて猛ダッシュ。

エヴァも持つATフィールドを展開することにより、使徒のそれを中和して行く。

そしてフィールドが消失してしまえば、あとはシンフォギアの出番となる。

 

『行くぞ、雪音! 勝機を零すなッ!』

 

『くらえッ! 全部載せだッ!』

 

明滅する巨大な丸いコアへ向けて、クリスは全力全開のフルバースト。無数の弾幕を追いかけるように翼も渾身の蒼ノ一閃を振り下ろす。

果たしてコアは―――。

 

「バカなッ! 全部弾かれただとぉ!?」

 

弦十郎の声が発令所に轟いた。

クリスの火力どころか天羽々斬の斬撃すらも通じていない様子に、専用席でリツコも額に冷たい汗を掻く。

 

「これは、元々の使徒の防御力の高さ? それとも単純な決定力不足…!?」

 

今回の作戦の要諦は、エヴァがATフィールドを無力化し、その隙にシンフォギアが決定打を見舞うという単純な分担作業。

だが、肝腎の使徒が倒せないとあれば―――。

 

「シンジくん! 一旦下がって!」

 

ミサトが弦十郎を差し置いて声を上げたとき、翼もまた命令を待たずに指示を飛ばしている。

 

『いや! 勝機はまだ我らが手にありッ!!』

 

翼が使徒目がけて投じたアームドギアが見る見ると巨大化していく。

巨大な一振りの刃と化した天羽々斬を、装者自ら柄頭を蹴って滑空、加速してブチ当てる《天ノ逆鱗》。

凄まじい勢いで真っ直ぐに飛んだ切っ先は、使徒のコアの表面でビリビリと火花を散らす。

この必滅技を用いてなお、使徒のコアにはダメージを与えられないように見えた。

だが、その時。

 

『碇! 今だッ!』

 

『…ッ! はいッ!!!』

 

柄頭から飛び退いた翼に、シンジは彼女の意図を諒解。

初号機の全力を載せた右拳が、アッパー気味に巨大化したアームドギアへと叩きつけられた。

その一撃に、大剣は楔のようにコアに深々と撃ち込まれる。

たちまち巨大球にはヒビが入り、間もなく表面の明滅も停止。

 

かくして第四使徒に似たそれは、がっくりと項垂れるように力を抜いた直後、全身をあっという間に炭と化して崩れ落ちた。

 

 

 

 

「どうやら上手く撃滅出来たようだ」

 

弦十郎の巨大な手がこちらに向けられている。

握手を求められていることに気づいたミサトは、慌てることなくゆっくりとその手を握り返した。

 

「こちらもお役に立てたようで何よりです」

 

すると弦十郎は太い眉を歪めて、

 

「あの敵に対し、我々の立場が対等だと思っている。お互いのどちらかが欠けても今回の作戦は成功しなかっただろうからな。

 ゆえに、そんなに(へりくだ)ったりせんでも」

 

「そう言って頂けると報われます。我々ネルフ一同を代表し、厚く御礼を。そして、今後とも良き協調が図れることに尽力は惜しみませんし、S.O.N.G.側のお力には存分に期待させて頂きますわ」

 

「うむ。期待に沿えるよう微力を尽くそう」

 

弦十郎の握ってくる手に力がこもる。

ミサトも悠然と微笑み返し―――内心では、出来ることならすぐにでもその場にへたり込みたい。

正直、シンフォギアの攻撃が通じず、初号機に引くように叫んだ時など心臓はバクバク、冷や汗だらだら、思考回路はショート寸前だった。

 

第四使徒に瓜二つの使徒ノイズが登場するであろうことは予測していた。

元の世界では3週間ものスパンを置いて出現しているので、それに合わせてエヴァの整備や戦闘プランの策定もしていたが、正直ギリギリだったと思う。

 

同時にミサトは予定通りに使徒が出現してくれたことにはホッとしていた。

予定通りはおろか、最悪使徒が出現しない可能性も存在する。

そうなれば、ミサトら一行などこの世界に於いての無用の長物となり、()()()()()()()()()()()()もなくなってしまう。

 

結果として、こちらの持つ情報のアドバンテージの確認と帰還方法の目途が立ち、ミサト的には諸手を挙げての万々歳。

まあ、現実的な課題はまだまだ山積しているけれど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今後、君たちは正式にS.O.N.G.の傘下へと編入され、作戦行動に従事することになる」

 

ミーティングの場で、弦十郎は集まった関係者各位を見回す。

 

「同時に、諸君の待遇と身分も、準職員として登録された」

 

言いながら弦十郎はネルフ組の各自へ携帯端末を手渡す。

 

この端末には身分証明をする機能が組み込まれていること。

ある程度のキャッシング決済が可能であること。

GPSを仕込んであるので、常に起動させた状態でおいて欲しいこと。

 

アスカは、元の世界の最新スマホより数世代あとと思われる携帯端末を弄り回す。

薄型軽量で、何やら見たこともないアプリも常駐されているようだけど、とりあえず使い方は変わらないみたいで安心する。

 

「あれ? でも、これを渡されたってことは―――」

 

アスカの期待の眼差し受けて弦十郎は笑顔を見せる。

 

「そうだ。晴れて君たちは、この潜水艦の外を歩き回る許可を得たのだ」

 

一様に表情を綻ばせるチルドレンたちは無理もない。

いかに潜水艦の内部が広く、それなりに真新しいものはあれど、巨大な檻に閉じ込められていたことには変わりない。

三週間ものあいだ、使徒が襲来するまでのヤキモキした時間を仕事とアルコールで凌いでいたミサトと違い、子供たちのストレスは相当なものだったようだ。

証拠に、アスカが実に晴れ晴れとしか顔で快哉を上げている。

 

「はーっ! ようやく外の空気が吸えるってわけねー…」

 

しみじみとしたその声は、より大きな快哉の声に上書きされる。

 

「良かったー! これでみんな外へ遊びに行けるんだよね! さっそく美味しいご飯食べにいこッ!」

 

満面の笑みを浮かべた響が、さっそくとばかりにアスカの背中を押す。

普段のアスカであれば「鬱陶しいわねッ!」と振り払ったことだろう。

だが今は多少は機嫌が良いらしく、ジロリと響を一瞥。

 

「…アンタ、どこか美味しい場所、知ってるの?」

 

「そりゃもちろん! ふらわーのお好み焼きでしょ! 三修屋のとんかつに、牛光のステーキ丼! フル―ツティアのフルーツポンチに、スプーン館のビッグチョコパフェ!」

 

ゴクリ、とアスカの細い喉が動く。

 

「そ、そりゃああたしたちのいた時代から30年も経った世界の食事には興味が沸くわね!」

 

「アスカって結構食いしん坊だから…」

 

フォローのつもりかそんなことを口にしたシンジは足の甲を踏みつけられた。

 

「決まりだねッ! じゃあみんなで行こうッ!」

 

そういって一緒に背中を押してくる響に、レイは困惑した表情を浮かべたがされるがままだ。

 

「車に気をつけてね! あんまり遅くならないうちに帰ってきなさいよ~!」  

 

何ともオカン臭いミサトの台詞も、外出を解除されたとて当面の寝床はこの潜水艦のままだから仕方がない。

 

「一応、うちの保安部も遠巻きに護衛についているからな。余程のことがなければ問題は起きないだろう」

 

請け負う弦十郎にミサトはぺこりと頭を下げる。

 

「お手数をおかけします…」

 

 

 

 

さて、子供たちは物見遊山に出かけたが、大人たちはやるべきことが山ほどある。

まずは戦闘データの検証をしてから、より有効な戦術を立てる必要があった。

その為には、ミサトも次に襲来するであろう使徒の情報を開示しなければならない。

弦十郎らに向けて熱心に語るミサトを遠目に、与えられた専用席に座ったリツコは隣の小柄な少女へと声をかける。

 

「今回はとても助かったわ。改めて御礼をいわせてちょうだい」

 

「い、いえ! そんな…」

 

ワタワタと手を振るエルフナインに、リツコの眼鏡の奥の瞳は自覚もないままに優しげだ。

この世界の科学水準は凄まじく、たちまちエヴァのアンビリカルケーブルを作成してくれた。電力供給も申し分ない。

そんなリツコがエルフナインを手放しで称賛する理由は、おそらくこの世界でも精製は難しいと思われたLCLを、彼女が見事に作成してくれたこと。

本人は完全に同じではないと否定していたけれど、成分一致率が99.99999999%とくれば文句をつける道理はない。事実、エヴァもきちんと起動している。

 

真っ赤な顔を伏せ、「あ、ボクの研究室にデータスティックを忘れてきちゃってました! とってきます!」と逃げるようにエルフナインは発令所より退室。

そんなリツコを呼びにきたらしいミサトは、にやにや笑いを浮かべながらその白衣の肩へと腕を載せた。

 

「あら~、懐かれちゃって、このッ!」

 

「からかわないでちょうだい。あの子の本業は錬金術師だそうだけど、科学者としてもジャンル的には私より優秀よ?」

 

「リツコに、あのくらいの娘がいてもおかしくないわけよね…」

 

耳元でしみじみと言われ、赤木リツコ博士は迷わず懐に飲んでいる愛銃のグロッグをブローバックさせる。

 

「ミサト、あなた、死にたいのかしら?」

 

「じょ、冗談よ! 冗談! あっちで風鳴司令が呼んでいるって…!」

 

「…ふん」

 

鼻を鳴らして銃を仕舞い、リツコは白衣を翻す。おっかなびっくり後をついてくるミサトを引き連れ、赤シャツの偉丈夫の前に来れば、モニターには先ほどの戦闘がリピート再生されていた。

 

「おう、赤木博士。これをどう思われる?」

 

弦十郎の指し示すシーンは、初号機が巨大化した天羽々斬のアームドギアを使徒のコアに撃ちこむところ。

 

「…一つに、この使徒ノイズの基本的な防御能力は、私たちの知っている使徒のスペックを凌駕していると思われます。

もう一つは、この連携は有効打足りえますが、諸々の危険性を孕んでいて、推奨するのは困難と思われる点です」

 

「なるほどな。貴重なご助言感謝する」

 

弦十郎の物言いこそ丁寧だが、この程度のことは考え付いているはずだとリツコは見当をつけている。

使徒の基本的な防御力がシンフォギアの攻撃力を上回っていたことが、今回の戦闘で露呈した最大のリスクだ。

決定打を与えるためには、エヴァもシンフォギアも近距離戦闘に挑まなければならない。

使徒ノイズは人造人間であるエヴァにとっては致命的なものに成りえるし、そもそもの巨大な質量に近距離で挑む装者たちの危険性が跳ねあがるのも当然と言えた。

 

「僭越ですが、エヴァの追加兵装の件は…」

 

現段階でのエヴァの兵装はナイフだけだ。

多少なりとも距離を取り直接使徒ノイズに接触する危険を避けるための、ミサトにとっては至極現実的な申請。

だが、弦十郎は太い眉を寄せて渋面を作る。

 

「その件に関しては、国連からも難色が示されていてな…」

 

これも当然のことで、いきなり現れた巨大ロボットのための巨大質量兵器の作成許可を、と求めたところで素直に認めて貰えるわけもなく。

しかも、違う時間軸からの来訪者であることの詳細は伏せていた。

 

謎の巨大生物に相対するための日本政府の秘密兵器だ、との建前を打ち立て、周辺諸外国への情報封鎖を、弦十郎は兄である八紘へと一任している。

一見をして無茶苦茶案件を、八紘は剛腕を振るってどうにか抑え込んでくれている。

実際的に、今日も新たな使徒が襲来してきたので、上層部も多少理解と許容する雰囲気が出てきているらしいが…。

 

「ないものねだりをしていても仕方ない。与えられた手札で我々は勝負に出なければならん」

 

力強く言う弦十郎に、悲壮感は欠片も存在しない。

使徒の襲来日が分かるという優位性を最大限に利用すれば、決して撃滅出来ない敵ではないのだ。

やはり問題とすべきは、人的、物的両方への被害のみだろう。

相撃ちで敵を倒せたとしても、それはこちらの敗北。

弦十郎は総司令として勝ち筋をそう見定める。

 

「だからといって、どうしたもんでしょうね…」

 

ぼやく藤尭の隣に、意気揚々とエルフナインが戻ってきた。

 

「お待たせしましたッ!」

 

「おう! どうしたエルフナインくん」

 

「これはボクの考えなのですが、その課題を一気に解決できるかも知れません」

 

「…なんだとッ!?」

 

エルフナインはコンソールを操作し、モニター上の映像を切り替える。

そこに映るは、黒々とした影を滲ませ暴走する零号機の姿が。

 

「これは…」

 

我知らずミサトは呻いていた。

自分たちの知らない形の〝暴走〟。

そのリスク管理のために、今回の対第四使徒戦において響と零号機を出撃させず本部待機させている。

 

「響さんは良く覚えていないそうですけれど、これはあの時の暴走と同一のものと思われます」

 

エルフナインの言に、S.O.N.G.の一同は深々と頷く。

対ネフィリム戦で見せた響の獣染みた動きと凶暴性は、モニターの中の零号機とシンクロしている。

その映像を見せてもらっていないミサトとリツコは若干釈然としないものの、エルフナインは結論を下す。

 

「おそらく、エヴァンゲリオンとシンフォギアの親和性はそれほど悪くないと想定されます」

 

「ッ! エルフナインくん! まさかッ!」

 

驚く弦十郎に、エルフナインは小さく頷く。

 

「目指すものは、対使徒ノイズ戦に特化したエヴァンゲリオンとシンフォギアの融合です。

 ボクはこれを『プロジェクト・シンフォギア』と名付けます!」

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

 

 

「あたしたちに学校に行けっての?」

 

ミサトの提案にアスカは素っ頓狂な声を上げる。

場所はS.O.N.G.本部のある次世代潜水艦の第三ラウンジルーム。

個室にいない時、チルドレンたちは良くここでダベっていることをミサトは知っていた。

 

「若人が昼間から暇してぶらぶらしてちゃダメでしょ? それに学生の本分は勉強よ、勉強」

 

エヴァとの調整といったチルドレンが必要とされる作業もあるが、それ以外はアスカたちに義務的にやることはない。

 

「あたしだって暇を持て余してるわけじゃないわよっ! ちゃんとトレーニングとか自主的に勉強も…」

 

そう主張するアスカだったが、さっきまで彼女が読んでいたのは東京グルメや遊マップといったガイド本。

ミサトのじーっといった視線に居心地の悪い顔になるアスカの前に、弦十郎を先頭にした装者たちもやってくる。

 

「そ、それに、シンフォギアとの連携も強化しなきゃいけないんでしょ?」

 

「でも、わたしたちも基本的に日中は学校だしー」

 

すがるようなアスカの台詞だったが、しかし響は一蹴。

そんな彼女と背後のクリスも制服姿だった。

 

「…30年後の未来の世界なんてレア中のレアでじゃない? 学校に行くより色々と街を回ってみたくてさ…」

 

とうとうアスカは白旗を上げたというか、自分の正直な願望を口にする。

 

「気持ちは分からなくもないけれど、あなたはまだ中学生でしょ? 一人で昼間から繁華街をうろついていたら補導されちゃうわよ?」

 

「俺からも、一人で動き回るのは極力避けてほしいところだな」

 

ミサトに続いて弦十郎も言ってくる。

 

「それに、学校に通ってくれるのならば、こちらとしても警備がしやすくて有難い」

 

弦十郎が語るところによれば、アスカたちに通って欲しいのは私立リディアン音学院といって、小中高一貫の私立学園だとのこと。

S.O.N.G.の前身組織の肝煎りで設立した学校で、装者たちも高等部に在籍しているそうな。

 

「…分かったわよ。謹んで通わせてもらうわッ」

 

自分たちが客分であることを弁えているアスカである。それでもツンとした態度で了承。

するとさっそくその両手を掴まれた。

 

「良かった~! これでアスカちゃんたちもわたしの後輩だね! 中等部は敷地が少し離れているけど、遊びにいくからねッ!」

 

そのまま手をブンブンと振り回され、アスカはされるがままだ。

まだ一か月に満たない付き合いであったが、立花響というパーソナリティの奔放さに、ある種の諦観を抱くアスカである。

 

「…僕も学校に通うんですよね?」

 

おそるおそる言ってくるシンジを見やり、弦十郎は太い腕を組む。

 

「シンジくんも一緒に通ってもらったほうが、安全性(セキュリティ)の観点からも望ましい。しかしな…」

 

「しかし?」

 

「リディアンは女子校でなあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

更衣室のドアが開くと、リディアン音楽院の制服を着たアスカとレイが出てくる。

 

「うん、似合っているじゃないの、アスカ」

 

にっこりとミサトは答えた。

 

「まあ、悪くはないわね。スカートの裾はちょっと短いけど…」

 

アスカは身体を左右に反らして自分を見下ろす。

 

「レイもどう?」

 

「…問題ありません」

 

ミサトに問われいつも通りの返答をするレイだったが、その頬は微かに赤い。アスカが指摘した通りのスカートの丈の短さに恥らっているのかも知れなかった。

 

「わー、二人ともとっても可愛いよ~!」

 

パチパチと手を打ち鳴らす響に、ふん! と照れたように鼻を鳴らしてから、アスカは更衣室へと声をかける。

 

「ほら! シンジもさっさと出てきなさいよ!」

 

「…僕も見せなきゃだめなの…?」

 

「じゃあ、何のために着たのよ、あんたは!?」

 

更衣室の隙間へ手を突っ込んで、アスカはシンジを引っ張り出す。

すると、リディアンの制服を着たシンジが現れた。

モジモジと内腿を擦り合わせながら立つ彼には、ご丁寧にセミロングのウィッグまで被せられている。

 

「じゃーん! 碇シンコちゃんでーす!」

 

「ちょ、ちょっと止めてよ、アスカ…!」

 

ノリノリで紹介するアスカに、顔を真っ赤にするシンジ。

その光景にミサトはニヤニヤしていたが、絶句するは弦十郎を始めとしたS.O.N.G.の面々。

 

「…シンジくん、かっわいい~!」

 

見蕩れていたらしい響が手放しで称賛。

 

「マジかよ、そこらの女の子も顔負けじゃねーか」

 

クリスも目を見張っている。

 

「いや、これはなかなか違和感がないものだな…」

 

弦十郎から全く感心したように見下ろされ、シンジの顔はますます真っ赤に染まっていく。

 

「うん、これでシンちゃんもアスカとレイと一緒にリディアン音楽院に通えるわね♪」

 

「ええええ!? 本気ですか、ミサトさん!? そんな、僕、トイレとかどうしたら…」

 

激しく狼狽するシンジに、アスカは大きな溜息。

 

「あんたこそ何を本気にしてんのよ? 本当にあんたが女子校に通えるわきゃないでしょー」

 

「え? だって、こんな制服まで準備してもらって…」

 

「いい加減、からかわれたってことに気づきなさいよね!」

 

「………」

 

黙り込むシンジの顔が朱色になった。しかしこの赤さは、恥ずかしさより怒りが大半を占めている。

 

『弄んだなッ!? みんなして僕のことを弄んだんだッ!』

 

そう叫んで本部を飛び出し、座席に腰を降ろして俯いたまま山手線を延々と循環しそうなシンジの行動フラグは、物理的に粉砕される。

 

「どおれ! 冗談はさておき、シンジくんはいっちょ俺と特訓でもするかッ!」

 

「は、はい!? 特訓!?」

 

「男子たるもの身体を鍛えておいて損はないぞ!」

 

がははと笑う弦十郎に肩を叩かれる。

 

「それにな、強くなければいざというとき、親しい友も大切なものも守れないぞ?」

 

そう口にした弦十郎の表情はややほろ苦い。彼の脳裏のネフシュタンの鎧をまとった櫻井了子の姿は、いまだ鮮やかだった。

 

一方で、シンジも少し思うところがあった。

そもそも、今回2045年に来た原因として、第12使徒へと取り込まれたことが考えられる。

その特性が分からなかったとはいえ、自分が飲み込まれるのを助けようとして、他のエヴァや面々まで飲み込まれてしまったのは、シンジの胸に重くのしかかってきている。

また、使徒に相対したとき『戦いは男の仕事!』と嘯いたことも、今となっては恥ずかしくて仕方がない。

 

「…分かりました。よろしくお願いします」

 

毅然と顔を上げ頷くシンジに、彼の保護者であるミサトは微かな違和感を抱く。ここまではっきりと意志を表明する被保護者の姿は珍しい。

 

「よし、決まりだなッ!」

 

「あ、でも勉強の方は…」

 

一応、保護者の立場で声をかけたミサトに、弦十郎は破顔。

 

「そちらも俺が請け負おう。教員免許も持っているしな」

 

この答えに、室内のほぼ全員が目を剥いた。

 

「お、おっさん、教員免許なんて持ってんのかよッ!?」

 

真っ先に驚きの声を上げたのはクリス。

 

「ん? 何かおかしかったか? こう見えても大学は出ているんだぞ?」

 

「いや、おかしくはねーっていうか…いやいや、やっぱおかしいだろッ!」

 

この反応に、さすがの弦十郎も苦笑するしかない。

 

「なら、おまえたちには俺はどんな風に見えているというのだ?」

 

弦十郎自身は意識してないだろうが、この問いかけはなかなかの難問だ。

こんな規格外の人間を、どうすれば一言で言い表せるというのだ?

 

どういうわけか、室内の視線は響へと集まった。

その圧に全く気付いた様子もなく、響は難しい顔で考え込んでいる。

おそらく、いまのこの空間で、一番真面目だったのは彼女で間違いない。

そんな響は、悩みに悩んだすえの回答を口にする。

 

「えーと…マッチョマスター?」

 

「なにいってんのかわかんねえよ、バカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部の置かれている潜水艦の下層。それも相当セキリュティの高い階層に、エルフナインは自身の研究所(ラボ)を貰っている。

そして今日、珍しく彼女はそこに客人を招いていた。

 

「…凄いわね」

 

研究所に入るなり、周囲の光景に赤木リツコはそう呟く。

 

「あ、適当に座って下さいね! いま、お茶を淹れますからッ!」

 

パタパタと駆けていく小さなおさげ姿を見送って、リツコは改めて室内を見回した。

どうにか用途の見当がつくデバイスも目を引くが、キリル文字で書かれた書物なども置かれていて、彼女が錬金術師であることを強く意識する。

なんにせよ、この室内は科学者であるリツコの興味を引くものでてんこ盛りだった。

 

「おませしましたッ!」

 

エルフナインがマグカップをお盆に載せて戻ってきた。

アニメ調のエビフライがプリントされたカップを持ち、リツコは頬を緩ませる。

でも、なんだかんだいって、まだ子供なのよね…。

微笑ましくリツコが眺める先で、エルフナインは、ぷはッとコップの中身を一口。

 

「…赤木博士の世界のスーパーコンピューターMAGI、でしたよね? 三つのコンピューターに三つの人格を移植して合議制を取り、人間のジレンマを意図的に再現させる…」

 

「ええ。私の母の、それぞれ科学者、母親、女性の人格を移植した、世界初の第七世代コンピューター…」

 

「大変興味深いです! キャロルも、オートスコアラーそれぞれに自分の人格を移植してましたから」

 

「私としては、自律自動人形(オートスコアラー)とかいう存在の方が驚きだけどね?」

 

苦笑しつつ、リツコはこのエルフナインと呼ばれる少女の人格が、元はホムンクルスのものということに戦慄している。今の彼女の人格が、キャロルという稀代の錬金術師の肉体に宿っていることも大概で、彼女の行使する錬金術のエネルギーが『想い出』と言われたのは、正直理解不能だ。

 

「…それにしても、この世界と私たちのいた世界は、妙にシンクロするところがあるみたいね」

 

現人類ではない前人類の技術を流用した兵器や装備の数々や、人類の天敵たる存在が人類を脅かしている点は弦十郎も言明した通りだ。

他にも人造人間と自律自動人形に魂を込めるという点も共通している。

もっとも、リツコをして、初号機にシンジの母親である碇ユイの魂が宿っており、綾波レイがそのクローン―――エルフナインの言うところのホムンクルスであることは伝えていなかったが。

 

「その点はボクも疑問に思っていましたけれど、もしかしたらそれこそがこの世界へ赤木博士たちが来た理由の一つではないかと」

 

「共通世界ゆえの何らかの重ね合わせ現象。そして時間軸、いえ、因果律の調律とでもいうべき結果なのかしら?」

 

答えながら、リツコは僅かに自嘲している。

こんなの、科学の領分ではなくオカルトの領分だわね。

 

「赤木博士はイデア論にも詳しいんですね! さすがです!」

 

「齧った程度だけどね」

 

苦笑するリツコだが、無邪気な尊敬の眼差しは妙に心に染みた。

もとの世界でも後輩である伊吹マヤから称賛を受けることはあったが、あちらはややねっとりとしたモノが混ざっている気がする。

 

「ですが…そうなると」

 

エルフナインの表情が一気に曇る。

おそるおそるこちらを伺ってくる彼女に、リツコは笑顔で受けて立つ。

 

「ええ、あなたの懸念は理解できるわ。私たちが元の世界へ戻ったとしても、この世界の記憶は持ちこせないということでしょう?」

 

第12使徒の影に飲み込まれ、自分たちはこの世界へ来たことを、リツコはエルフナインへと伝えている。だからといって、すわあの影は異世界のゲートだった、という結論には至らない。

 

「おそらく、私たちの身体は、元の世界の影に囚われたまま存在する。同時に、この世界へも間違いなく私たちの肉体は存在している…」

 

どんな因果が作用してこのような事態になったのかは今だ明確ではなかった。

しかし、この物理的な矛盾は解消されなければならない。そして解消された時に起きる現象は、いわば胡蝶の夢だ。

―――我、夢で蝶となるか。蝶、夢で我となるか。

元の世界へ戻れば、こちらの世界での記憶や行動は、全て夢のようにあやふやになるだろう。

また、このような矛盾した事態が起きているからこそ、『使徒ノイズ』といったハイブリッドな敵性体の来襲があるのではないだろうか?

 

「赤木博士には申し訳ないのですが、そうなるとボクたちの世界が一方的に益を得るような格好に…」

 

エルフナインからいくら技術や情報を提供しても、リツコたちは元の世界へ記憶は持ちこせない。夢程度にうっすらと覚えている可能性もあるにはあったが、やはりエルフナインはフェアではないと思っているよう。

対して、赤木リツコは微笑して言った。

 

「リツコでいいわよ」

 

「…え?」

 

「確かに、この世界の技術や文化は興味が尽きないわ。元の世界へ一部でも持っていければ、何かしらのブレイクスルーも可能でしょう。なんせ30年先の未来なのだから」

 

だが、それは実質的に不可能なことは、エルフナインも先述した通りだ。

だからといって、リツコの表情はもっと明るくサバサバとしたもの。

 

「科学者ってのは因果な商売でね。研究対象があれば、何が何でも突き詰めて知りたくなるのよ」

 

珍しく悪戯っぽい表情を浮かべて見せるリツコに他意はない。

真の研究者は、どんな環境でも、どんな状況でも、最後の最後まで探究を諦めない。

その根底にあるものは、損得など関係ない純粋な知りたいという探究心のみ。

只人をして、命の危険に遭遇すると過去の記憶より助かる手段を探がそうとする。それが走馬灯の正体と言われていた。

となれば、研究者とは、人間の本能を先鋭化させた職業であり、この上なく本能に忠実な(さが)の持ち主であると言えるかも知れない。

 

「だいたい、無駄になるから学ばないって姿勢が論外よ。どうせ人間、誰もが持っていた記憶を抱えて死ぬしかないのだから」

 

「ボクもそう思います、赤木博…リツコさん!」

 

うんうんと勢い込んで頷いてくるエルフナインの髪の毛を、思わずリツコは撫でていた。

ひゃあ!? と頬を染めるエルフナインに、リツコは飼っている猫のことを想いだす。

 

「そういえば、あなたは猫を飼ったりしないの?」

 

「え? 猫、ですか? …そういえば、生き物を飼うといった発想はしたこともありませんでした」

 

「猫はいいわよぉ。なにせ、二次元に勝る唯一の三次元の生き物だから」

 

「そ、そうなんですか…?」

 

得体の知れない迫力で一瞬エルフナインを怯えさせて、リツコはゴホンと咳払い。

 

「話を変えるけど、あなたの言うところの『プロジェクト・シンフォギア』についての詳細を知りたいのだけれど…」

 

エヴァとシンフォギアの融合。

エルフナインは前にそう語ってくれたが、リツコとしてはエヴァのハード面やソフト面を物理的に弄るのは極力避けたいところだ。

なにせリツコ自身良く分からないブラックボックスの塊こそエヴァである。

こちらの世界の技術であればある程度の解析も可能かも知れない。それはそれで興味深かったが、藪蛇だけは勘弁して欲しかった。

こちらの世界へ来た早々に見た零号機のあの暴走は、完全に予想の範疇を越えている。

 

リツコが自らの懸念をそう語ると、エルフナインは真剣な面持ちで頷く。

 

「ボクもリツコさんと同意見です。エヴァもそうですが、こちらの世界の聖遺物も、励起はさせても徒に中身を弄るものではないとボクは思っています」

 

答えながらエルフナインは研究室のディスプレイを起動。そこにとある画面を表記させる。

 

「…これは!?」

 

一瞥して、赤木リツコは驚きと理解の声を上げた。

 

「こんな発想があっただなんて…」

 

唸るリツコに、エルフナインは彼女にしては珍しくやや得意げに答える。

 

「マクロコスモスとミクロコスモスの照応は、錬金術の基本中の基本ですから」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話

「レイ、準備はいい? 大丈夫?」

 

S.O.N.G.発令所のモニターを見つめ、ミサトはそう声をかける。

 

『―――問題ありません』

 

平坦なレイの返答。

 

「シンクロ率も安定しているわ。これならきっと…」

 

隣で言ってくるリツコをちらりと一瞥し、ミサトは固唾を飲み込む。やたら喉が渇き、握った手のなかに汗がじっとりと滲んだ。

 

「―――そろそろか」

 

腕を組み、目を瞑っていた弦十郎が括目。

ほぼ同時に鳴り響くアラームと、飛び交うオペレーターの声。

 

「使徒ノイズ出現パターンの波長をキャッチ!」

 

「高濃度の生態反応あり! 座標でます!」

 

このたび相対するは第五使徒。

来襲する当日は分かるが、出現する正確な座標まではミサトたちも知り様はない。

巨大なモニターに、十字型の光の柱が立ち昇る様子が見える。

光が収まったあとに現れるは、見紛うことなき巨大な正八面体。

 

第五使徒ラミエル。

ミサトたちが知っている使徒と違う点は、その表面が青い水晶のような一色ではなく、旧世代のコンピューターのランプのように幾種類の色で明滅を繰り返しているところ。

 

「…この距離なら、ギリギリで間に合うはずよ!」

 

リツコの焦燥混じりの声を背に、ミサトは矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「レイ! 作戦通りにお願い! アスカとシンジくんは、万が一の時の援護を!」

 

『了解!』

 

返事をしてくるエヴァ初号機と弐号機は、巨大な盾を構えて零号機の後方へと待機している。

そして零号機はというと。

 

『…行きます!』

 

こちらも巨大な盾を構えたまま、零号機は第五使徒へと向けて突撃。

 

「…! 目標に、巨大なエネルギーが収束して行きます!」

 

藤尭朔也がそう叫び終わらない内に、零号機目がけて第五使徒より加粒子砲が解き放たれていた。

陽電子ビームの直撃を盾で受け止め、零号機はそれでも走るのを止めない。

 

「対象まで距離は2000メートル! しかし、残り3秒で盾が完全融解します!」

 

友里あおいの悲鳴じみた報告。

こちらの世界の技術で造られた耐熱光波防御盾だったが、この第五使徒の姿をもった使徒ノイズの出力は、ミサトたちの知っているものの威力を越えていた。

このままでは零号機は蒸発してしまうだろう。

ミサトが思わず拳を握りしめる先で、澄んだ歌声がモニターから発令所全体へと響く。

 

 

Balwisyall Nescell gungnir tron…

 

 

零号機が光に包まれていた。

全身を覆う光は陽電子ビームを跳ね返し、その間に零号機は第五使徒へと肉薄。

もはや斜角すら取れない足元へと潜り込んだ零号機は、その外見を大きく変えている。

黄色い機体に、黒と黄色のツートンカラーの鎧のようなモノに覆われていた。

そして何より特徴的なのは、その両腕に巨大なガントレットを装着していたことだろう。

その姿格好は、紛れもないガングニールだ。

零号機はガントレットを素早く充填。拳が大きく振りかぶられた。

 

『…いけええええええええええッッッ!』

 

モニターを震わせるような気合は立花響の声。

全体重を乗せた零号機の右拳が第五使徒へと叩きつけられる。

インパクトの瞬間、ガントレットのカートリッジも解き放たれた。

ほぼ零距離からの拳の衝撃は、第五使徒の対面まで貫通する。

遠距離では無類の強さを発揮するはずの第五使徒は、その懐に潜り込んできた零号機の一撃で粉砕。

巨大な八面体はたちまちその色を失い、灰となって崩れ落ち、風に吹き散らかされていく。

 

「―――作戦は成功だッ!」

 

弦十郎の断言に、発令所内に歓声が上がる。

ミサトもようやくほっと胸を撫で下ろした。

 

(今回は、本当に寿命が縮んだ気がするわ…)

 

無言で呟き額の汗を拭うミサトを、弦十郎は微笑を浮かべて眺めていた。

そして歓声が響いているのは、何も発令所内だけではない。

 

『やったー! やったよ、レイちゃん!』

 

()()()()()()()()()()()()、大声ではしゃぐ響がいた。

対してレイは無言。「そう、良かったわね」と突き放すには、響はあまりにもポジティブに過ぎる。

 

そんな好対照な二人もモニターしながら、リツコは隣席へのエルフナインへ賞賛を惜しまなかった。

 

「…本当にあなたは大したものね」

 

エルフナインの発案した『プロジェクト・シンフォギア』。

 

操縦者であるチルドレンはエヴァを自在に操作でき、同時にエヴァの受けたダメージをフィードバックする存在だ。

結論的にも実際的にも、エヴァは操縦者の延長であり分身であると定義することが可能である。

 

となれば、シンフォギア装者をエヴァの操縦者に据えればどうなるだろう?

装者=操縦者=エヴァという図式が成立するのではないか?

 

そして装者はシンフォギアを纏うことが出来るゆえの装者である。

エヴァ本体が装者の延長であると拡大解釈すれば、装者でもあるエヴァンゲリオンがシンフォギアを纏えてたとしてなんら不思議はない。

 

「これがミクロコスモスとマクロコスモスの照応、というわけね。納得だわ」

 

エヴァとシンフォギアの融合というのが主軸ではあったが、前提としてエヴァをあくまで人造人間と定義して固定したところが白眉だと思う。

忌憚のないリツコの称賛の連射にエルフナインは頬を真っ赤に染めていたが、意を決したように顔を上げる。

 

「で、ですが! 現状では、レイさんと響さんでしかエヴァの『シンフォギア・モード』が発動出来ていませんッ」

 

いくら哲学的な見立てが成立しても、装者個人にエヴァの操縦はできない。なので、媒介とでもいうべきファクターとしてチルドレンも同時にコックピットに乗り込むダブルエントリー方式を採用していた。

他の初号機と弐号機も、同じような方法でシンフォギア・モードの発現を試行していたが、結果は芳しいものではない。

 

「まあ、それは追々にね。今はプロジェクトの成果が出たことを喜びましょう」

 

リツコは苦笑しながらそう答える。

彼女の視線の先のモニターの中では、勝ち戦に関わらずやや浮かない顔をしている、アスカ、シンジ、クリス、それに翼の表情がうかがえた。

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部内の第二会議場。

今日も今日とて、そこは即席のパーティルームと化している。

 

「…あ~、この一杯のために生きているッ!」

 

一息でジョッキグラスの半分ものビールを空け、ミサトはぷはーっと息をつく。

目尻に感動の涙を浮かべている素の表情は、様々な重圧から一気に解放された証左だろう。

それでも、うっかり面前で無防備な姿さらしたことに気付いたらしい。慌てて周囲を見回して色々と取り繕う。

もっとも、周囲のOTONAたちは、そんな彼女のことを見て見ぬふりをする情けが存在した。

その筆頭とでも言うべき弦十郎が、料理を載せた皿を持ってミサトの前にやってくる。

 

「おう、葛城三佐。今回も、ほとんど被害もなく殲滅出来たのは何よりだ」

 

「は…」

 

恥ずかしげに声を潜めるミサトに敢えて気づかないフリをして、弦十郎は続けた。

 

「今日の使徒ノイズが、事前に知らされていた第五使徒の戦闘力を行使していたら、実際にはどれほどの被害が出たことか…」

 

申し訳なさそうな顔付きなる弦十郎は、当初ミサトより具申された作戦計画に応えられなかった。

敵の射程圏外からの超長距離攻撃。

ミサトの元いた世界の第三新東京市では日本中の電力を集めて超陽電子砲を使用したと聞かされていたが、この提案に、弦十郎サイド、いや、日本政府が難色を示した。

技術的にも十分可能なはずだが、かつてのカ・ディンギルの一件以来、国内にそのような兵装を配備すること自体が拒否反応が凄まじく、一種の禁忌となってしまっている。

 

また、弦十郎の申し訳なさそうな表情には、実はもう一つの理由が存在する。

S.O.N.G.の有するシンフォギア装者がもう三人いるのは周知の通りだ。

マリア・カデンツァヴナ・イヴ。暁切歌。月読調。

彼女たち、いわば元F.I.S組は、ミサトたちが来訪する以前より欧州に派遣されていた。

向こうでの作戦活動は終了していたが、敢えて弦十郎は彼女らを帰還させていない。

今回の第五使徒へ対して、装者全員の長距離攻撃S2CAの行使も考えなかったわけではない。

しかし、未だ調整中の技では万が一にも不安が残るし、使徒ノイズだけではなく錬金術師への対応も必要だ。

本部に何かあったときの保険、もしくはリスクヘッジとして、弦十郎はマリアたちを欧州に留め置いている。そしてその事情まで、弦十郎はミサトに対し説明していない。

協調体制にあったとて、全てを詳らかにするわけにはいかぬと彼は考えている。

 

さて、ロングレンジの攻撃が不可能である以上、第五使徒の特性状、ミドルレンジでの攻防は自殺行為だ。

超接近戦は分があるように見えて、まずはどうやって使徒ノイズへ接近するのか?

そもそもの使徒ノイズの出現座標は定かではない。

想定した範囲内に間合いをとって出現されることが重大な懸念の一つ。

よしんば取りつけたとしても、接近戦は装者もエヴァもリスクを負うのは周知の通りだ。

 

つまるところ、今回の作戦は苦肉の策であった。

正直、新式のシンフォギア・モード頼みの賭けの度合いが大きく、弦十郎、ミサト双方とも神経をすり減らしまくったのは言うまでもない。

 

「ともあれ、プロジェクト・シンフォギアの実用性が証明されたわけだ。次の戦闘への安心材料が積み重なったと喜んでもいいのではないか?」

 

弦十郎の物言いは苦笑を孕んでいる。

厳つい彼の顔を見上げ、ついでその視線の先を追い、ミサトも納得の表情を浮かべた。

 

 

 

 

会場のテーブルの一角。

装者とチルドレンたちが占拠するそのエリアで、立花響が一人ではしゃいでいた。

 

「う~ん! このピザ美味しい! ね、みんなも食べてみなよッ!」

 

頬張りながら仲間たちに奨めているが、反応は微妙なもの。

 

「いいよ、おまえが食えよ…」

 

「あれ? クリスちゃんどうしたの? ひょっとしてお腹痛いのッ!?」

 

「おまえな…ッ!」

 

肩を怒らせて―――結局、クリスはがくりと力を抜いてしまう。

そんな彼女は、ちらりと響の隣の席でサラダを食べるレイを見る。

 

(なんでこの子とバカの組み合わせだけで『シンフォギア・モード』が発動するんだ?)

 

初戦で零号機を暴走させたあたり、元のからの親和性も高いのだろう。

だが、それだけで説明がつくものだろうか?

どちらにしろ、クリスの年上としての面目は丸つぶれだった。

それは、先輩である翼も同様のようで、微妙な表情で箸を操っている。

 

クリスは、こっそりと視線を巡らす。

視線の先には仏頂面でサンドイッチに齧りつくアスカがいた。

プロジェクト・シンフォギアに於いて、クリスのパートナーになるのがこの金髪少女である。

そして、お世辞にも二人の相性が良いとは、クリス自身が思っていなかった。

 

(我が強くて、口が悪くて、隙あらばマウント取りにくるところがウザってぇ!)

 

クリスは強くそう思っていたが、相手であるアスカも全く同じことを思っていることなど、露ほども考えていない。

 

視線に気づいたらしいアスカが顔を上げる。咄嗟にクリスは視線を逸らす。

ふん! と互いにそっぽを向いて鼻を鳴らす仕草は瓜双つだったが、当人たちは気づいたかどうか。

 

「え、えーと、シンジくん? 師匠との特訓はどうかな?」

 

響なりにようやく微妙な空気に気づいたらしく、シンジへと水を向けた。

 

「え? あ、はい。ついて行くのがやっとっていうか…」

 

シンジは弾かれたように顔を上げ、おそるおそる隣の翼の様子を伺っている。

体力的には年相応というか、むしろ貧弱なシンジである。

実際に弦十郎との特訓といえど、体力づくりの基礎の基礎がやっとらしい。

そこらへんが翼的に不満そう。

 

(男子たるもの、そこまで貧弱でどうするッ!?)

 

口にこそ出さないがそんな風に思っているのは明白。

挙句、故にシンフォギア・モードが発現しないんのでは? と、常の彼女らしからぬ牽強付会な思考に陥っている。

 

結果として、翼の顔色を伺ったままシンジは沈黙。その隣では瞑目したまま箸を動かし続ける翼。

クリスとアスカは相変わらずギスギスとした空気をまき散らし、パートナーであるレイは無言で黙々とサラダばかりを食べている。

さすがの響もこの場を盛り上げることを諦めかけたその時、彼女の師匠が降臨する。

 

「おうッ、食べているか、おまえたちッ!」

 

ガハハと笑う弦十郎は、俯いたシンジの肩を叩く。

 

「飯をしっかり食べることも鍛錬の一つだぞ!」

 

「は、はいッ!」

 

返事をするシンジを眺め、弦十郎に師事していることがこの少年に決して悪い影響を与えていないとミサトは思う。

反して、他のチルドレンたちはどうだろう。

レイに関しては、無愛想ではあるものの相も変わらぬマイペースさは逆に頼もしい。

問題はアスカであって、こちらも別の意味で無愛想かつ神経質になっている様子。

ことエヴァに対する依存が強いアスカだ。

レイ&響ペアがシンフォギア・モードを発現できていることにコンプレックスを抱いているのかも知れない。

 

ミサトの推察の是非はともかく、なぜにレイと響のみがエヴァにシンフォギアを纏わせることが可能なのか?

前者はあまり主体性を持たず、後者は主体性の塊みたいなもの。

ゆえに欠けたピース同士がガッチリと噛みあっているのではないか、というリツコの仮説に、ミサトも概ね賛同していた。

ミサトの見る限り、アスカとクリスは反発しあっているし、翼は年下の少年に対し未だ胸襟を開いていない節がある。

 

「…一応、装者同士ではユニゾンの特訓をしたこともあったのだがな。相手がチルドレンでは、勝手が違うようだ」

 

まったく打ち解けた様子を見せない装者とチルドレンたちに弦十郎も頬に苦笑を刻む。

 

「だからといって、悠長に仲が深まるのを待つ時間はありません。ここはわたしに提案させて頂けませんか?」

 

既に弦十郎には打ち明けていたが、今後襲来される使徒、いやさ使徒ノイズに対しては、元の世界では複数のエヴァのミッションで挑んでいる。

いかなこの世界のシンフォギアを纏ったエヴァとはいえ、単騎でどうにか出来るであろう可能性は低い。

初号機と弐号機にもシンフォギア・モードを実装するのは急務であると言えた。

 

うむ、と無言でうなずいてくる弦十郎に黙礼して、ミサトはチルドレンたちへ向かい合った。

 

「というわけで、みんなには改めてわたしの提案する特訓をしてもらいま~す」

 

殊更明るい口調を造り、卓上の視線を集める。

 

「…ッ! ミサト、まさかッ…!」

 

保護者の意図に真っ先に気づいたらしいアスカが、椅子から腰を浮かせた。

金髪を逆立てる被保護者に、ミサトはにっこりと笑う。

 

「そ。あなたたちそれぞれが、しばらくパートナーと一緒に同じ屋根の下で暮らすのよん♪」

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。