縫合少女の物語 (興梠 すずむし)
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1針目

懲りずに新作

ベル君はまだだよ


「ねぇ、そこのあなた。どうしたのそんなところで。危ないわよ?」

 

1つ。私には生きる理由がない。

 

「何があったのかは知らないけどこっちにいらっしゃい。話を聞くことぐらいはできるから」

 

2つ。私には生きている価値がない。

 

「本当に落ちるわよ?早くこっちに────」

 

3つ。私には何も無い。

 

「ちょっと!?」

 

あの橋から落ちた私はきっと地面に脳をぶちまけて死ぬだろう。

でもそれでいい。それがいい。

何せ世界は私を必要としていないから。

 

ああ、視界が暗くなっていく。意識が遠のいていく。

何故か。怖いからか。

まだそんな感情が抱けるほどの余裕があったのか。

そんなものはとっくに消えていったと思っていたのに。

視界の端に綺麗な紅が……。

 

………………。

 

「起きたみたいね。良かったわ」

 

「……」

 

彼女はどうやら助かってしまったようだと認識した。

声のした方へ目を向けると、どことなく見覚えのある紅色が目に入った。

 

「私はヘファイストス。《ヘファイストス・ファミリア》の主神よ。それで、あなた名前は……って聞いても答えられないわよね」

 

声をかけたヘファイストスだったが、渋い顔で返答を諦めた。

彼女の口は、否。口どころか体中の至る所が恐らく魔物の素材と思しきもので縫い付けられているからであった。

 

「……ネ」

 

「え?」

 

ヘファイストスは自分以外の声が聞こえてきたことに酷く驚いた。

彼女が気絶している間に体を診させてもらったが、喉に深い傷があり、声帯は機能しないだろうと考えていたからだ。

 

「……カ……ィネ」

 

「カイネって……いうのね?そう……」

 

どうやら縫い付けられている口もある程度は動かせるようだ。

そして不思議なことに潰された喉も機能しているようだった。

それからヘファイストスは話しづらそうな様子を見て申し訳なく心を痛めながらも彼女自身について聞いた。

とりあえずわかったのは「カイネ」という名前と、現在はファミリアには加入していないことだけ。

他の質問は全て「ない」の一点張りで何一つ情報は得られなかった。

しかし、はたと気がついた。

 

「あなた、なんで死のうとしたのかしら?」

 

これである。

保護する前にも一応聞きはしたが答えを聞く前に飛び降りてしまったためうやむやになってしまったこれを聞いた。

果たして彼女の回答はと言うと。

 

「……私……価値……理由……な……い」

 

ヘファイストスは苦虫を噛み潰したような顔をして顔を伏せた。

彼女の体の様子から並々ならぬ仕打ちを受けているとは思っていたが、ここまで自分を否定するようになる程である可能性は考慮していたものの、実際に耳にすると辛いものがあるのだ。

彼女はストレスによるものか、腰まで伸びたストレートの髪は老婆のように白く、肌は酷く荒れ、身体中に大小様々な傷跡がある。

本来であればアメジストのごとき輝きを放っていたであろう紫紺の瞳は暗く濁り、目は深いクマに縁取られている。

極めつけには各関節部分に2本ずつ黒い魔物の素材で縫い目があり、口の端から端へ、下唇へ8回、上唇へ7回糸を通して縫い付けられている。

この糸は完全に癒着してしまっており、自らが打った刃物でも切るのが困難であったうえに、切ろうとすると彼女の体が酷く震えるのだ。

危なっかしくて取り除くのに集中できたものではない。

 

「ヘファイストス!血相を変えて走って行ったけど何があったんだい!?ってなんだいその子は!?縫い目だらけじゃないか!」

 

部屋へ飛び込んできた神物へ疲れた表情を向けたヘファイストスは、自分の神友であるヘスティアに事情を説明すべくベッド近くの椅子から立ち上がった。

しかし、いつの間にやらカイネに服の裾を掴まれていたため、部屋にヘスティアを招き入れて説明を始めた。

 

………………。

 

「なんだいそれは!どこの誰だこんな子にこんな酷い仕打ちをしたやつは!?」

 

ヘスティアはカイネを撫で回しながら涙を滲ませて憤慨していた。

(ひと)一倍、人間達の不当な扱いを嫌う彼女はカイネの身に起きたであろう不幸を想像して胸が酷く痛んだ。

無表情でされるがままになっているカイネを見ながらヘファイストスは深いため息をついた。

 

「それが全くわからないのよ。魔物の素材が使われているから恐らくどこかのファミリアだと思うのだけど、この子は全く言ってくれなくて……」

 

「そりゃそうさヘファイストス。喉を潰されたうえに口を縫われているんだぜ?喋れやしないだろう?」

 

「カイネって名前はその子から聞いたのよ」

 

「君がつけたんじゃなかったのかい!?ボクはてっきり……」

 

ヘスティアは今自分の胸に埋まっているカイネを見やり、不思議そうな顔をした。

本当に喋れるんだろうか。そんなことを思って見つめていると、カイネが僅かに口を開いた。

 

「し……ぇれ……る」

 

「……みたいだね」

 

パチクリと一瞬きしたヘスティアはそう言ったきり無言でカイネが眠るまで彼女の頭をゆっくりと撫で続けた。




続きどないしようかね


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2針目

誤字報告とかバンバン頼むんやでぃ
あといいなと思ったらお気に入り登録とかしてくれると私はとても喜び庭駆け回ります
感想くれるとなおよし
では2針目どうぞ


カイネが眠ってからは2柱の神による話し合いが始まった。

お互いに難しい顔を向かい合わせている。

 

「まずはこの子の今後の処遇について話さないといけないわね。ファミリアに入れたいとは思うのだけど、私のところは人数が増えてきていっぱいいっぱいなのよね……」

 

「そうだね。最近は有名になってきて特に人数の伸びが上がっているから大変だろう。かと言ってまだファミリアを設立してすらいないボクには面倒が見れないし」

 

その相槌にヘファイストスは紅色の目を細めて神友を見据えた。

 

「……早くいい子見繕って自立しなさいよヘスティア。私だって暇じゃないのよ?」

 

「ま、まぁまぁ!今はカイネくんの話をしようじゃないか!そっちの方が優先だろう?!」

 

盛大に焦りを称えた表情で必死に話題を変えようとする情けないヘスティアを見てヘファイストスは眉間を揉みながら頭を切り替えた。

 

「はぁ……。まぁそうね。その件については後日しっかり話をしましょう。」

 

「う、うぐぅ……」

 

「……それで、どこのファミリアへ入れてあげるのがいいかしらね。今のところ受け入れが可能なファミリアはアポロンのところくらいかしら」

 

「アポロン!?やめとけやめとけ!あんなところにこんな子が放り込まれたら何をされるか!ボクは断固反対だね!」

 

「だからって他にどこか思いつくアテはあるの?」

 

「そ、それは……。あ!そうだ!ミアハのところはどうだい?あそこなら信用できるじゃないか!」

 

「あそこはちょっと前に片腕を失った子の義手を作るのに負債を抱えたばかりでしょう?そのうえもう1人だなんて厳しいわよ」

 

「ぬぐぐぐ……!なら、タケはどうだい?あいつのところは特に問題はなかったはずだぜ?」

 

「コミュニケーションもままならないのに異文化交流ねえ?」

 

「うっ……。でもボクには他に頼れそうなところは思い当たらないぜ?どうするのさ」

 

神が2柱揃ってもいい考えは浮かばない。

カイネの抱えた問題は複雑すぎてどこも受け入れてもらえるように感じないのだ。

ましてやコミュニケーションに不自由があるならなおさらだ。

そのうえ、彼女は身体中縫い目だらけという異様さを持っており、ファミリア内で孤立するのは想像に易い。

そこでふと思いついた。

 

「ロキのところならいいんじゃないかしら」

 

「ロキだって!?」

 

「彼女なら性格に少し難があるけれど、細かいことは気にしない気質だし、色々と事情を抱えた子もたくさんいるじゃない?大手ファミリアだし生活には困らないはずよ」

 

「むむむむ……。確かにそれはそうだけれど、あんな性悪のまな板女神のところなんていたらこの子にどんな影響があるかわかったもんじゃないぜ?」

 

「あなたとロキの仲が悪いのは知ってるけど今のところこの子にとって最善はこれよ。歳の近い子もいるみたいだし」

 

結局、渋りに渋った末にロキ・ファミリアへの加入という案を飲んだヘスティアは、カイネが目覚めていることに気がついた。

 

「やあ、カイネくん!話はどこまで聞いていたんだい?」

 

「……さ……ぃしょ」

 

「……もしかして寝ていなかったのかい?」

 

首を縦に振られたヘスティアは何となく複雑な気持ちになった。

しかし、今はそうじゃない、聞いていたのなら話は早いと早速話をすることにした。

 

「カイネ君、君はこれからロキという神のところで暮らして欲しいんだ。君をボク達で引き取りたいのは山々さ。でもヘファイストスは余裕がないし、ボクに至っては論外なんだ」

 

「……」

 

「そんな憐れむような目で見ないでおくれ。ボクのガラスのハートが壊れてしまうからね。それはともかくロキのところなら安定した生活もできるし、君の過去についても無理に踏み込もうともしないはずさ。君さえよければロキに紹介したいんだけど、いいかい?」

 

カイネはチラリとヘファイストスの方へ目を向け、頷かれるのを見てヘスティアへと視線を戻した。

そしてしばらく俯いていたが、首を縦に振った。

 

「ありがとう。それじゃあ、歩けそうなら今からでもと思うんだけれど、どうだい?」

 

これにはすぐに首を縦に振ってくれた。

 

「じゃあ、服をあげるからそのボロボロになったローブその他と着替えて行きましょうか」

 

………………。

 

「んん?まぁええで!いつも世話んなってるファイたんの頼みやからな!どチビは別として!」

 

「ええい!いちいち一言多いやつだな君は!?そんなんだから他の神にロキ無乳なんて言われるのさ!」

 

「黙っとれやこのロリ巨乳!?それが(ひと)様にもの頼む態度か!?」

 

「……あなた達そのやり取りいつになったら飽きるわけ?」

 

「「一生」」

 

「はぁ……。まあ、こんな感じで騒がしいけどいいところよ。ロキ、そろそろ終わりにして話をしてちょうだい」

 

いつもの通り論争だけでは飽き足らず掴み合いに発展してお互いがお互いの頬を引っ張りあっていたが、ヘファイストスの声で終戦した。

 

「ぜぇ……ぜぇ……覚えとれよドチビぃ……!すまんなぁドチビがうるさくて!うちがロキや!これから世話するからよろしゅうな!」

 

「よ……ぉしく……しぁ……す」

 

掠れた声ではあるもののしっかりと返事を返してくれたことにロキはわしゃわしゃとカイネの頭を撫で回して満足げだった。

 

「うんうん!ええ子やん?挨拶できてえらいなー!うし!んじゃあファイたん、カイネたんのことはうちに任しとき!責任もって面倒みるわ」

 

受け入れてもらえたことに安堵の息を吐き、礼を告げたヘファイストスは中指を立てているヘスティアを引き摺って帰っていった。

ロキもまた中指を立てて見送ったあと、カイネに向き直って声をかけた。

 

「じゃあ、改めてご挨拶やな!うちはロキ。【ロキ・ファミリア】の主神や。ここは拠点の黄昏(たそがれ)の舘や。今はフィンってやつが団長をやってる。今からここがカイネたんの家になるんや。遠慮はせんでええで!」

 

ヘスティアとは別ベクトルで明るいロキに少々戸惑いを隠せない様子だったが、ロキに連れられて黄昏の舘へと入っていった。

この後にカイネは(ロキ)の『恩恵(ファルナ)』を受け、晴れて『眷属(ファミリア)』となった。




ステータスは後で

全然話進まねえや


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3針目

ステイタス、公開。
何番煎じかもわかんない在り来りな訳ありちゃんだけどよろしくね

本日2針目も投稿済みだからまだ読んでなければぜひそっちも読んでね


「よし、ファイたんから元々ファミリアに入ってたっぽいのは聞いてるからな!【ステイタス】がどんなか見せてもらうわ。どれどれ。ってなんやこれ?表示がバグってるやん。」

 

カイネの背中に刻まれた【ステイタス】は意味をなさない文字の羅列になっており、読み取ることが出来なかった。

また、元の『神の血(イコル)』の効力はなくなっており、上書きは可能な状態だった。

前主神に散々な目に合わされてから捨てられたのは明白だった。

背中に刻まれたステイタスは上書きすることで正常な文字列に置き換わった。

今までに経験のない出来事に頭がパンクしそうになったものの、とりあえず【ステイタス】を見ることにした。

 

「なんっじゃこりゃ?」

 

………………。

 

「フィン、新しく入ることになったカイネたんや!ここの案内とかその他もろもろ教えたってや!」

 

「わかったよ、ロキ。僕は【ロキ・ファミリア】団長のフィン・ディムナだ。よろしく、カイネ」

 

「……よ、ぉし……く」

 

カイネがフィンに連れられて部屋を出ていき、少しずつ黄昏の舘が騒がしくなっていくのを聞きながら、ロキは険しい目つきでカイネの【ステイタス】の写しを見ていた。

その顔は酷く苛立たしげである。

 

「好き放題してくれるわ、ホンマに」

 

【カイネ・アネセト】

所属:【ロキ・ファミリア】

 

種族:混合人間(ヒューマン・キメラ)

 

職業(ジョブ):冒険者

 

到達階層:35階層

 

武器 《魔黑糸》《魔黑針》

 

所持金:0ヴァリス

 

【ステイタス】

Lv.4

 

力:SS 1151 耐久:SSS 1356 器用:SS 1191 敏捷:SSS 1266 魔力:SSS 1247

《魔法》

【逃勝】

・逃走時の戦闘で全能力に超高補正

・戦闘時に生き物の魂を奪うことで精神力(マインド)随時生成

・詠唱式【我は(いや)しき獣なり。命を(すす)(なが)らえることを(こいねが)う外道なり。】

・解呪式【未だ朽ち果てず】

《スキル》

魔縫(まほう)

・繊維を操作する

・糸を通す場所に制限が無くなる

・任意で糸を切れなくする

・糸に属性魔法を付与する

+魔黑糸を生成する

+魔黑針を生成する

 

【+魂喰(こんじき)

・奪った魂から能力値を吸収する

 

混沌の加護(カオス・ラブ)

・早熟する

・混沌から愛されている限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果上昇

・一定以上心が回復しない

キミは僕のものだ

 

【装備】---

 

ありえないほど高い能力値に、通常の【ステイタス】であれば見られない物が多数見受けられたロキは混乱の極みにあった。

スキル欄には【混沌の加護】というような何らかの神からの干渉を連想させるようなものが。

更にはその神からのメッセージらしきものも見られた。

余程強い執着があるようだ。

他にはなんと言ってもスキル説明欄の「+」の記号だろう。

このような芸当が力を封じられた神にできるはずがないのだ。

ロキには思い当たる節があった。

 

「『混沌』……。ニャルラトホテプやったか?クソみたいな名前が出てきたもんやわ。邪神どもが」

 

次の神会(デナトゥス)で話題にあげた方がいいかもしれないことが発生した。

外なる神が絡んだ事件はろくなものがないのだ。

カイネの体の惨状にも納得がいった。

それにロキはニャルラトホテプを嫌うのは以前にも似たようなことがあったからだ。

どこかの小さなファミリアからいつの間にか人員を引き抜いて、1年後に前主神の拠点の前にスキルを植え付けられて自分の体を貪る狂人に成り果てた団員が捨てられていたという事件だった。

その時に発見されたスキルは【混沌の玩具】。

自由意志を奪われて色々と(いじく)り回されるためのスキルだった。

元の主神に返す辺り、余計にタチが悪い。それがニャルラトホテプという神だった。

また、【ステイタス】からカイネの今までの苦しみが読み取れてしまうことも、ロキの苛立ちを助長していた。

恐らく同じファミリアの中で四六時中団員から襲われていたのだろう、逃げるためだけの魔法の発現。

本来であれば【服飾】や【縫合】といった一般的な制作系スキルだったはずのものは戦闘用に歪められている。

更には歪んだ愛情を受けて物騒なスキルが植え付けられている。

 

「ちょっとでもしっぽ掴んだら徹底的に叩き潰したるわ、蛆虫(じゃしん)……」

 

………………。

 

「ねえ、それ喋りにくくない?取らないの?」

 

「ティオナ!取れたらとっくに取ってるに決まってんでしょ?」

 

「でもさ、ティオネ。私達が引きちぎって誰かに回復してもらえばよくない?痛いのはちぎった時だけなんだし」

 

「そんなことをしたら絶対死んでしまいますよ、ティオナさん!?」

 

「えー?レフィーヤ考えすぎー!」

 

「テメェが考え無しすぎんだよ、クソアマゾネス」

 

「ベートに言われたくないしぃーっ!!」

 

「……」

 

カイネは困惑していた。

だって頭のぶっ飛んだアマゾネスが自分の皮膚と癒着した糸を皮膚ごと引きちぎって取り除こうとする想像もつかなかったような脳筋が目の前にいるんだもの。

なんとも言えない顔をこちらに向けているフィンが苦笑して口を開いた。

 

「いいところだろう、ここは?」

 

カイネは圧倒されて何も言えないでいる。

あまり喋れないうえに、紫紺の瞳は酷く濁ってはいるが意外にも表情は豊かだ。

やはり大きく変化はしないが。

呆然としていたカイネの所へ金の輝きが向かってきた。

その金の輝きこと、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインはカイネの前に立ち、ジッと目を合わせたまま動かなくなった。

カイネも動くことなく見つめ返し、黄金と紫紺の瞳はしばらく交錯していた。

そこへ変質者の笑みを浮かべたロキが突入してきた。

 

「カイネたーん!一緒にお風呂オブェッ!?」

 

「やめてください、ロキ」

 

カイネに抱きつこうとしたロキの頬を思い切り張り倒したアイズはカイネを守るように抱き寄せた。

その様子を見たロキは珍しいこともあったものだと目を瞬かせ、ひっそりと安堵の息を吐いて、笑みを浮かべた。

今度は子を見守る母のような顔つきで。

 

「よし!近々遠征にも行くし、風呂入って英気養ってきい!親睦会も含めてな!裸の付き合いっちゅうやつや!」

 

【ロキ・ファミリア】の女性陣は顔を見合わせてから、カイネに視線を向けた。

そして女性陣はカイネをつついたり撫でたり話しかけたりしながら浴場へ向かった。

その後ろをおっさんスマイルでついて行こうとしたロキは、ファミリア随一の魔法使いのエルフであるリヴェリアに睨まれて(あゆみ)を止めた。

 

「ど、どしたん、リヴェリア?」

 

「ロキ、お前は来るな。いいな」

 

「なんでやぁー!?うちも女やで!?一緒にお風呂くらいええやん!?」

 

「そんな下心丸出しでは身の危険を感じて仕方ないんだ。日頃の行いを反省してから出直してこい!」

 

ガクリと手をついて項垂れたロキはその場で静かに泣き始めた。

 

浴場でカイネがもみくちゃにされている中、ロキが突撃して行き、アマゾネス姉妹に叩き出されたのは別の話である。




お約束


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4針目

4針目縫い終わり
私ギャグ挟まないと息苦しくなっちゃう病なの忘れてたわ
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入浴を済ませてから、アイズとリヴェリアに連れられてカイネが向かったのはロキの部屋だった。

 

「お、お風呂タイムはお終いか?さっぱりしたみたいで何よりや!んで、どないしたん?」

 

「近々遠征に行くだろう。その前にカイネの実力を見ておこうということで今から軽くダンジョンへ向かいたい。参考までにカイネの【ステイタス】を教えてくれないかと思ってな」

 

リヴェリアの要件にロキは少々気が進まない様子だったが、このメンツであれば大事にはしまいと【ステイタス】の写しを見せることにした。

手渡された羊皮紙を見てリヴェリアは驚きに目を見開いたが、目を通していくうちに眉間に皺ができていった。

アイズも横から見ていたが、表情に曇りが見える。

 

「……凄まじいな。色々と」

 

「もう大丈夫。怖い思いはさせない」

 

アイズは【ステイタス】に刻まれた『混沌』に体を震わせ始めたカイネを強く抱き締めた。

出会ってからそう時間は経っていないが、自分も事情を抱えている身だからであろうか。

アイズは今、己の腕の中で震えている白髪の少女を放っておけなかった。

なおも恐怖に襲われているカイネを落ち着かせようと自分よりも10C(セルチ)ほど背の低い彼女の頭を優しく撫で始めた。

次第に震えもおさまり、感謝の意を示すべくカイネがアイズに抱きついた。

ロキの部屋にほんわかした雰囲気が溢れた。

 

「アイズたん、もうカイネたんのお姉ちゃんみたいやなぁ……」

 

「ああ。こうして見ていると姉妹のように思えるな」

 

微笑ましそうな顔をしているリヴェリアを見たロキはママやん、と。そう思った。

 

………………。

 

ロキから外出許可をもらい、3人はダンジョン16階層に来ていた。

Lv4、かつ全アビリティ限界突破という常識外の【ステイタス】を誇るカイネではあるが、心に負った傷が傷である。

いざ戦闘になった時に戦えるのか否かを見ることも今回の趣旨である。

 

「ここいらでいいだろう。アイズ、モンスターを二、三体連れてきてくれないか?カイネの護衛は任せておけ」

 

「わかった」

 

しかしそこでカイネが小さくだが手を上げた。

軽くモンスターをトレインしてこようとしたアイズだったが、周囲の探索を一旦取り止めてカイネへ近づいた。

ダンジョンは広い。それ故に掠れた小さな声は拡散して聞き取りづらいのだ。

アイズはカイネの声を聞き取るために口元へ耳を近づけた。

 

「私。モンスター。呼ぶ。大丈夫。」

 

しかし、予想以上に明瞭な声で言葉を伝えられて驚愕すると同時、万が一の敵の襲撃を想定して腰から瞬時に自身の獲物を抜剣し、構えを取って周囲の警戒を始めた。

リヴェリアもカイネを抱きかかえて杖を構えたが、特に人影もなかったためアイズとともに警戒を解いた。

そうなると、今しがたの声はどこから出たのか。

思い当たるのはカイネくらいのものだが、彼女の声は小さいうえに掠れて聞き取りづらい。

それがアイズとリヴェリアの共通認識だった。

リヴェリアは少し腰を落としてカイネと目線の高さを合わせた。

 

「今のは、カイネなのか?私達は小さな声しか聞いていないから驚いているんだが」

 

すると、どうだろうか。カイネの輪郭と瓜二つな人の頭が現れたのだ。とは言っても色は夜を固めたような黒色で、鼻下から首までしかなく、首にあたる部分の下からは袋のようなものがついてるだけのものだが。

それはカイネが自身の能力の1つ、【魔縫(まほう)】、その魔黑糸によって生み出された発声装置だったのだ。

 

「その発声装置を使えばもっと皆と話せるんじゃないか?そうしない理由が何かあるのか?」

 

精神力(マインド)。消費。節約。」

 

「もしかして、普段、声帯だけ作ってる……?」

 

首肯された。

やはり、誰もが考えていたように本来の声帯は完全に潰れて使い物にならないらしい。

糸は出せばだすほど精神力を消費するため、普段は小さな声帯だけを作って最低限コミュニケーションが取れるに抑えているのだ。

しかしそうなってくると、戦闘時には消費が激しく使える代物ではないように思えてくる。

現在のような平時に、消費が大きくなる発声装置を使うのはおかしいと感じるのである。

戦闘で使える精神力が減るのではないか。

そんな疑問をもっていた2人だったが、聞く前にカイネから答えが出た。

 

「ダンジョン。生きてる。【魂喰】。補給。無制限。」

 

「うすうす感じてはいたが……やはり生きているのか、ダンジョン(ここ)は」

 

「生きてる……」

 

衝撃といえば衝撃の事実に少々気を抜いていた面々だったが、不意に声帯装置から耳が痛くなるほどの大音量で聞き覚えのある鳴き声が迷宮中に響き渡った。

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

間近で聞いた2人は咄嗟に耳を抑えることで何とか凌げた。

ちなみにカイネは魔黑糸でちゃっかり自分の耳を保護していた。

そしてぐるりと360度、16階層のあらゆる場所で牛頭の巨人の雄叫びが上がり始めた。更にはそれら全てがこちらへ向かって来ているのか雄叫びは段々と近づいてきている。

そして次第に地鳴りが響き始める。

 

「まずい……!いくらなんでもこの数はまずいぞ!アイズ!カイネ!すぐに逃げる準備を!」

 

「無問題。」

 

「こんな時に意地を貼っている場合か!出会って間もないとはいえだな!お、おい!」

 

カイネはリヴェリアの言葉を最後まで聞くことなく、通路から姿を現したミノタウロスに向かって走り出した。

次の瞬間、肉を引きちぎる生々しい音と、血の滴る湿っぽい音を同時にたてながらカイネの両手の平から漆黒の片手剣並の大きさをもった針が飛び出す。

その2つの針の穴にはそれぞれ黒い糸が括り付けられており、異国の地で使われるヌンチャクのような形をとっていた。

左手に持った針を地面へ突き刺し、さらに加速する。

数瞬のうちにミノタウロスの群れの元へ到達し、跳躍。

瞬きをする間には2体のミノタウロスの胸元を貫き、糸がそれぞれの首に巻きついていた。

残り14体のミノタウロスを同様に刺し貫き、次の群れへと糸を引きながら疾走する。

四方に別れた通路からそれぞれ20〜30体ずつの足音がするがそのいずれも戸惑いの咆哮とともに足音がその場からこちらへ向かってこなくなるのに1分とかからずひとつの群れをそこへ縫いとめるカイネ。

その様子は黒い軌跡を描きながら高速で飛び回るゴーストを見ているようであった。

最後に部屋の中央へと降り立ったカイネは目にも止まらぬ速さで回転を始めた。

糸とともに巻き込まれた約100体程のミノタウロスは空中で激突し、その一部が息絶えた。

幽鬼(カイネ)の行動はそこで終わりはしなかった。

ミノタウロスの塊が地面へ落ちる前に地面、壁、天井問わず駆け抜け、塊をまばらに覆うように糸の配置を終えると、地面に突き刺してあった針を引き抜き、両手に持った針を腕を交差するように力の限り前方へ振り抜いた。

瞬間、力なくたゆたっていた糸は収縮を開始。

塊をギチギチと締め付けるのももどかしいとばかりに触れた端からミノタウロスの骨を折り砕き、肉を断った。

結果、部屋の中央には大輪の血の花が咲くこととなった。

降りしきる血の雨の中、両の針を自らの腹部に突き刺しながらアイズたちの元へ悠々と歩いてきた。

しかし、見たところ傷もなく出血も何もしていないようだし、貫通している訳でもないらしい。

カイネが押し込んでしまえば綺麗に消えてしまった。

糸で血を弾いていたのだろう。土埃で少し煤けた以外は全く汚れがなかった。

アイズたちの前に立って、表情もなく彼女は言った。

 

「無問題。」

 

カイネはミノタウロスの肉塊に押しつぶされて見えなくなった。……。

 

「カイネェーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

 

リヴェリアの絶叫が静かになった16階層に響き渡った。




カイネ圧死(死んでない)


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5針目

しばらくここ(ハーメルン)に閉じこもっていたい……


アイズ達は風で血しぶきを吹き飛ばしていたおかげで血濡れにならずに済んでいた。

凄まじい力を見せつけた(笑)カイネであったが、戦闘時には全て糸で弾いていたため、同じく血に濡れることは無かった。

しかし、糸の守りを解除した直後、まだ滞空していた自身より大きく、血の溢れた瑞々しい肉片に押しつぶされて気絶した。

つまり、今アイズ達とともにギルドの受付前にいるカイネがどうなっているのかというと。

 

「……なぅあ、ぐざ……ぃ」

 

「生臭いのは私達も一緒だ。お前を担いだんだからな。しっかりと汚れを落とせ。はぁ……。帰ったらまた風呂だな」

 

「……まだ臭う」

 

しっかりと全員血まみれになっているのだった。

魔法を使えば汚れずに肉塊をどかせただろうが、最終手段と言ってもいい魔法をそのようなことに使うのは勿体なさ過ぎるのだ。

ある程度水で洗い流し、受付まで100個弱あるミノタウロスの魔石を換金しに行った。

中層のモンスターの魔石とはいえ、数が数だけにそれなりの額になった。

そこではたと気がついた。まだダンジョンに近いこの場所ならまだハッキリと話せるのではないか。ならばこの際にと色々と聞くことにした。

 

「カイネ、少し聞きたいんだが前にいたファミリアはどこだ?ある程度予想はつくが」

 

「……ニヤ。ルラ。ト。ホテプ。ファミリア。」

 

発音しづらいのか。それとも口にするのが怖いのか。またはその両方か。それは定かではないが、詰まりながらも答えてくれた。

 

「種族は人間……ただのヒューマンではなかったが……」

 

「…………。色々。混合。魔物。呪具。」

 

『魔黑糸ハ、かつて討伐に数多くの冒険者が犠牲となったアラクネの突然変異個体からァ……。

いくツかある、かの黒竜が落とした鱗の恩恵を授かった村。その村人を残虐に皆殺した際に使わレ、たァっぷりと怨嗟の声と人の血を吸った武器を鋳溶かして作られたのが魔黑針……。どちラも愛おしくて愛おしくてたまらないキミのために用意したんだヨォ?嬉しぃよね?嬉しいよネぇ?あぁ、喜んでくれたみたイで僕も嬉しィよ……。僕ら……相思相愛ダねぇ♪』

 

カイネは混沌に愛されている。その歪んだ愛ゆえに捨てられてもなお愛され、愛されているゆえに呪われているのだ。

背の【ステイタス】にも刻まれているように、かの邪神が飽きるまで、ずっと、ずっと、永遠に。

 

………………。

 

「……」

 

これ以上の質問はやめることにした。心苦しくはあるがやはり、リヴェリアほどの立ち位置となると、ファミリアのことを優先せねばならないのだ。

ロキにも忠告をもらっているのだ。邪神には気をつけろと。

しかしカイネはただの神の娯楽の被害者なのだ。リヴェリアは自らの目でそう見定めた。

長い時を生きてきた自分の目を信じることにしたのだ。

 

「カイネって、何歳?」

 

アイズが気になっていることを聞いた。

パッと見た感じでは歳の頃は13。もしくは14といった印象を受ける。

顔立ちも若々しく大人びたところは見当たらず、背丈もアイズよりは幾分か小さい。それに何かと言動がたどたどしいのもあり、幼さが際立っているように感じられるのだ。

リヴェリアも、彼女の事情を探るような質問しかせず、彼女自身を理解しようとする問がなかったことに今更ながら気がついた。

歳を聞かれたカイネはというと、自分の年齢を思い出しているのか顔を上に向けて呆けていた。

やっと顔を戻したカイネは年齢を開示した。

 

「16」

 

まさかのアイズと同じ歳であった。

意外という程でもないのだが、いかんせん童顔で体が小さめなために16と言われても少々違和感が残る微妙な心境だった。

誕生日はわからないとの事なので、せっかくならとアイズと同じ日にすることになった。

アイズは歳下の妹と一緒に誕生日を迎える気分で同じ年齢になったことを祝うという珍妙な心持ちで年々大人に近づいていくことだろう。

そうこうしているうちに魔石を売ったお金も用意され、黄昏の舘への帰路を辿ることとなった。

 

 

「アイズたーん!カイネたぁーー……くっさぁ!?え?なんなんこれ!?くっさ!!」

 

「「……」」

 

「……ロキ、生臭いのは事実だがそう連呼しないでやってくれ」

 

「リヴェリアも結構臭うで」

 

「そこを動くなロキ。叩きのめしてやる」

 

Lv6の【ステイタス】を十全に活かして逃げ出したロキを追ってそのまま黄昏の舘の中へ入っていった。

2分もしないうちに中からロキの断末魔が聞こえてきた。

2人顔を見合わせ、アイズはカイネの手を引いて浴場を目指した。

 

………………。

 

「あ!おかえりなさいアイズさん!カイネちゃん!」

 

浴場へ行くと何故かレフィーヤがいた。

料理を運んでいる時に元気の有り余った狼人とアマゾネスの喧嘩が勃発し、その余波に巻き込まれて手に持った料理をひっくり返してしまったのだとか。

 

「ところでお2人はどうして……うっ」

 

少々距離があったためにわかっていなかったが、時間が経つにつれてレフィーヤの元へ臭いが漂ってきた。

ダンジョンでならいざ知らず、拠点という気を抜いた場所で嗅ぐ返り血の生臭さは食用の魚や肉の比ではないだろう。

そんな悪臭を放っているのが以前からの憧れ(アイズ)と新たにできた妹分(カイネ)でも顔をしかめずにはいられなかった。

幸い表情は些細なものであったため気づかれておらず、笑顔を取り繕って早急に入浴するよう促し、2人の手を引いて浴場へ入っていった。

 

臭いのとれたカイネを湯船に浸かりながら膝に乗せていたレフィーヤだったが、人肌の心地良さにカイネが眠ってしまい、起こすのも忍びないのでそのままでいようと留まり続けて2人揃ってのぼせるという事件も起きたが、それはアイズと当事者2人以外は誰も知らない。




話が迷走してきた


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6針目

ついにあの人登場回

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してくれたらカリンさんは喜びの舞を舞って運動不足が祟って足をグネり、頭を強打して流血します


一抹の不安は残るものの、戦闘能力自体は高いこと、精神状態も安定していることからカイネの遠征参加が決まった。

それから約半年後。

遠征に行く準備をするにあたって必要なのが大量の食料、消費アイテム。そして装備品の点検が主になってくる。

カイネはボロボロの一張羅は既にない。そして着ている服はヘファイストスから贈られた1着を洗濯しては可能な限り水気を取って使い回している。

ファミリア内は何かと忙しく、服などを見に行く機会がなかなか見つからなかったのだ。

 

「カイネたんみたいな美少女にはちゃんとした服が必要なんやぁ!替えがない今!全力でファイたん譲りの服を乾かして着せるんやぁ!」

 

「私も、そう思う。そうすべき」

 

可愛い女の子が服なしは可哀想だとロキが強く主張し、それにアイズにしては珍しく静かに激しく同意していた。もはやすっかり『お姉さん』である。

そのため、服を乾かすためにアイズの『風』を使ったりと最高に贅沢な乾かし方がされている。

しかし、流石に高頻度で洗われ、風に晒されてきたことですっかり色褪せてよれてきているため、この機会に服を買うことになった。

それにティオナが乗っかり、アイズが行くならとレフィーヤも乗っかり、ちょうど新しく服が欲しかったと女性団員が数名乗っかりとかなり大所帯で買い物へ。

そしていざ服飾店へ行くとカイネは着せ替え人形となり、あれも似合うこれも似合うと女性団員が自腹を切ってまでカイネは大量の服を買うことになった。

カイネの、何ならアイズの身長をも超えるほどに積み上がった服の山に戦慄の表情を浮かべていたカイネは、他の団員に分けて運ぶのを手伝ってもらった。

【ステイタス】的には運搬可能な重量だが、物理的に厳しいものがあった。

分けても自分で運ぶだけで前が見えるか見えないかほどの量があったが。

拠点へ戻るため、大通りへ出た瞬間にカイネは人の波に流されて孤立した。

 

「……げ、せ……ぅ」

 

少し待っても誰も迎えにこないため、とりあえず黄昏の舘の方へ歩き始めることにした。

 

「うわっ、わわわ!?」

 

歩いて数分後、不意に持っている服の山に衝撃を受けて立ち止まった。その拍子に服が散らばってしまった。

誰かがぶつかったらしい。

 

「いてて……。あ、ごめんなさいっ!ちょっと前を見てなくて……」

 

「……いぃ。……だぃ……ぉぶ……?」

 

カイネはぶつかってしまった少年に手を差し出した。

それを見た少年は気恥しそうに笑いながら手を取った。

カイネは心底驚いた。

少年はカイネを見て少し驚いたように目を開いた。しかし、先程立ち寄った服屋の店員も、バベルの売店区域でも、カイネを見た者は少なからず好意的な視線を向けない。にもかかわらず、この少年は驚いただけ。

その後は普通に接してくれたのだ。

それだけで誰もが敵だったカイネにとっては大きな出来事だった。

 

「服が落ちちゃいましたね!お詫びということで、持ちますね!どこにまで行くんですか?」

 

「……っ」

 

今、自分の服を拾い集めている少年は優しかった。どこまでも純粋であった。

様々な人の悪の形を見続けたカイネには眩しすぎるほどに。

呆然と眺めていると、服を集めていた少年が顔を真っ赤にして動きを止めた。

目線の先にはアマゾネスセレクトの布面積の少なすぎてもはやただの布なのではと疑いたくなるような服があった。

カイネが小さかったのはろくな栄養がとれていなかったためであり、体はやせ細ってほとんど骨と皮だけといった有様だった。

しかし、黄昏の舘で過ごしたこの半年の間にお姉さん(アイズ)お母さん(リヴェリア)監修でしっかりと栄養をとり、レフィーヤから身だしなみを整えられたことで、現在は縫い目があること以外はスタイルの良い美少女となっている。

どこがとは言わないが既にアマゾネスの妹より発育がいい。

そんな彼女のそれなりにある胸部装甲を隠しきれるか不安の残る布を見つけてしまった純粋(ピュア)な少年は脳裏に浮かんだそれに機能停止してしまった。

団員達のおかげでそれなりに感情豊かになっている少女は、心開いた少年の考えに思い至り、全力で言い訳を開始した。

 

「……それは同じファミリアのアマゾネスの人のもので私のものじゃなくて、あの、その、その人は胸があんまりなくてそれだけで十分だから問題なくて私が付けるわけじゃないし誤解しないで欲しい」

 

魔黑糸の扱いにも慣れ、模型を作るのではなく、自身の喉と口周りを覆い、パーツを補う形に変更したことでコストも削減に成功し、スムーズに話せるようになっていたカイネによる全力の、嘘を含んだ言い訳に、少年は何とか再起動を果たした。

彼女はひとまず言い訳に成功した安心感でいっぱいになっているため、ファミリアの先達を軽くディスってしまったことに気づくことは無いだろう。

彼女の中でこの件についてはもう完結しているのだ。

まだほんのりと頬の赤い少年が口を開く。

 

「え〜っと……、と、とりあえず運びましょうか!?」

 

「……あ、ありがと。……あの、半分」

 

「せっかくですし全部持ちますよ。すごく運びにくそうにしてましたし、僕が持ちます」

 

「……そ。……じゃあ、お願い。……ついてきて」

 

「は、はい!」

 

………………。

 

「あ、あ、あの……ここって……【ロキ・ファミリア】の……」

 

「……そ。……黄昏の舘」

 

「あの、貴女(あなた)は……服飾店のお届けをしている人だったり……」

 

「……しない。……【ロキ・ファミリア】所属、カイネ・アネセト。……それが私」

 

それを聞いた瞬間、少年の足は産まれたての家畜のようにガクガクと震え始めた。

 

「ち、ちなみに……カイネさんのLvはおいくつですか?」

 

カイネは静かに4本指を立てて少年に向けた。

予想以上の回答にベルは卒倒しそうになった。

 

こんなに偉大な先輩冒険者に不埒な妄想をしたのか僕は!?

 

少年の心境を現すとしたらこのような感じであろうか。

 

「……君。……。……あなたは?」

 

初対面の人に向かって君と呼ぶのはどうかと思ったのと、自身の背中に刻まれた『混沌』のメッセージを彷彿とさせる呼び方に忌避感を感じて、言い直した。

 

「僕は【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルっていいます。まだLv1の新米冒険者です」

 

「……ベルって、呼んでいい?」

 

「へ?あ、はいっ!」

 

「……そ。……ベル、運んでくれてありがと。……またどこかで。……冒険、頑張って」

 

「……はいっ!ありがとうございますっ!」

 

先輩冒険者からの激励を受けてやる気を燃え上がらせた少年、ベル・クラネルはカイネに手を振りながらダンジョンへ向けて走り去っていった。

 

「……不思議な子」

 

カイネはベルが見えなくなるまで手を振り返した後、服の山を持ってロキの待つ黄昏の舘へと入っていった。

なお、カイネがいないことに途中で気がついた女性団員一同は大通りを探し回り、最終的にファミリア本部へ駆け込んだ彼女達は、フィンとお茶をしていたカイネを見つけて謝り倒し、結果としてカイネはもみくちゃになった。




セーフ


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7針目

7針目
だいたいソードオラトリア沿いにストーリーが進む予定。

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縫合少女は駆ける。

仲間には不自由なく行動でき、かつモンスターには動きを阻害する働きを持たせる位置取りで、生成した漆黒の糸を敷いていく。

少女の敷いた糸、それはある一定の重量がかかると対象に纒わり付く罠となっている。

今も膨れ上がった馬面にヤギのようなねじれた2本の大角を持ち、赤い目で団員を睨みながら突進を敢行した『フォモール』の踏み抜いた足をその場で絡めとり、転倒を成功させた。

 

「魔法隊、撃てぇッーーーー!!」

 

号令に応えて様々な魔法がモンスターの目を焼き、肉を裂いた。

そして息絶え、魔石とドロップアイテムを遺し、灰となって消えてゆく。

 

「いやぁ、カイネがいると戦闘の楽さが段違いだ、ねっ、とぉ!!」

 

「ちょっと物足りない気もするけれどね」

 

「確かにぃ〜ッ」

 

アマゾネスの姉妹が動きの止まったモンスターを(ことごと)く塵へと変えていく。

しかし、戦闘には余力があるものの、相手も大のヒューマンを優に超す体格を持ち、それに伴った圧倒的スタミナを有する強大なモンスターである。

やはりそれは戦闘において大きなアドバンテージとなるのだ。

徐々に、しかし、確実に冒険者達の体力を奪っていく。

 

「リヴェリア〜ッ、そろそろいけそうー!?」

 

アマゾネスの催促が飛ぶ中、翡翠色の長髪に細くとがった耳、白を基調とした魔法装束を身につけ、浅く水平に白銀の杖を構えた美麗なエルフが詠唱を紡ぐ。

呪文詠唱の補助に縫合少女が傍につき、モンスターを寄せ付けない。

 

「【間もなく、()は放たれる 忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」

 

足元に展開された魔法円(マジックサークル)は翡翠色の輝きを放ち、無数の光粒が立ち昇る。

モンスターの群れのうち、最も大きな個体は高まる魔力の波動に反応して、同じモンスターでさえも吹き飛ばしながら駆けてくる。

しかし、美しいエルフの顔に焦りはない。

 

「……【纏雷】」

 

縫合少女の糸でさえも動きを止めるに至らなかったが、それはそれ。糸で止められないのならばと糸に雷を纏わせて麻痺状態へ陥らせる。

詠唱は続く。

 

「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火】」

 

しかし、フォモールは持っていた巨大な鈍器を上段から振り下ろし切ってみせた。

その圧倒的膂力もって盾持ちの冒険者たちの一部を吹き飛ばし、全線が揺らいだ。

 

「────ベート、穴を埋めろ!」

 

「……ベートさん、どうぞ」

 

糸から狼人(ウェアウルフ)の青年のブーツに、雷の力が付与される。

 

「ちッ、魔法寄越すのがおせぇぞチビぃ!?」

 

「……チビじゃない」

 

全線を押し広げていた青年が付与された魔法の力でもって速度を上げて急行する。

鈍器を蹴りとばし、軌道を逸らして被害を最小限に抑える。

しかし、完全には防ぎきれずに衝撃で1人の魔法使いが隊列からはじき出された。

 

「レフィーヤ!?」

 

他の大型個体の近くまで放り出されてしまった細身の魔法使いは、血走った赤い目に見据えられて萎縮してしまう。

青くなって震える彼女はそのまま鈍器に叩き潰されるかに思えた。

が、斬撃。

金と銀の光が走り抜けるのが彼女の目に映った。

間髪入れず、フォモールは断末魔をながら首を落とした。

金の少女が無言で剣を振り鳴らし、構えなおす。

 

「アイズ!」

 

アマゾネスの歓呼の声が響く。

未だ硬直から抜け出せていない少女の無事を確認した直後、また走り出した。

後方を攻めていたモンスターへ一気に肉薄し、瞬く間に切り伏せる。

そこからなお、前進する。

他の冒険者と打ち合っていたモンスターの群れへと突っ込んで振るわれるのは近づくモンスターを全て切り刻む剣撃の嵐。

なすすべなく崩れ落ちていく様を見て、どこからともなく小さく賞賛の声があがる。

 

「【汝は業火の化身なり ことごとくを一掃し、多大なる戦乱に幕引きを】」

 

「……姉さん、下がって」

 

自身の妹分の声に反応して身を翻し、跳躍した。

怒りの咆哮を上げるモンスターの頭上を飛び越え、声の主の元へ着地、帰還した。

 

「【焼き尽くせ、スルトの剣────我が名はアールヴ】!」

 

弾ける音。魔法円(マジックサークル)が拡大し、残存する全てのフォモールの足元まで広がった。

戦場全域が魔法効果の範囲内である。

白銀の杖を振りかざし、人類最高火力である魔法が、発現する。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

立ち昇る無数のの極太の炎柱。

魔物を刺し貫くだけでは生温いとその巨体の全てを飲み込んで焼き尽くしていく。

炎の緋に照らされた冒険者達は各々武器を静かに下ろしていく。

 

「お姉ちゃんって、呼んでいいんだよ?カイネ」

 

「……お構いなく。……アイズ姉さん」

 

「……お姉ちゃん」

 

「……お構いなく」

 

「お姉」

 

「……お構いなく」

 

「───」

 

いや、若干静かじゃない者もいたがこれは放置で良いだろう。

ともかく戦闘は幕を閉じたのだ。

 

………………。

 

レフィーヤがアイズに慰められて、その様子を見てティオナがからかいアイズに抱きつきいた。

それを見てアイズは僅かに口の端を緩めたが、先程の無理な特攻を責められていた。

 

「私も大概だけど、アイズはもっと危なっかしいよ」

 

声を湿らせて話す彼女に申し訳なさを感じて、アイズは

されるがままになっていた。

まだブーブー言っていたティオナだったが、横槍が入って中断することとなる。

 

「気持ち悪いから離れろ」

 

「痛ぁ!?」

 

鋭い雰囲気が特徴的な狼人(ウェアウルフ)の青年、ベートに横合いから蹴り飛ばされて、ティオナが離れた。

 

「いきなり何すんの、ベート!?めちゃくちゃ痛かったんだけど!!」

 

「気色悪いって言ってんだろ。寒気がすんだよ、変なもん見せんじゃねー」

 

ベートを睨んでいたティオナだったが、不意にニヤリと口を歪めた。

それにピクリと反応するベート。

 

「ねぇーカイネー?ベートがいじめるー!」

 

「な、ちょ……待て、てめぇ!?」

 

「……ベートさん?」

 

ベートがカイネに声をかけられてビクッと動きを止めた。

何かと良くしてくれている姉貴分のティオナに、カイネはとても懐いているのだ。

いつもの調子で喧嘩をしていた際、少々事故が起きてティオナに怪我をさせてしまったことがあったのだ。

普段ならばそのようなことは決してないが、その日は偶然が重なって事故が起きてしまった。

その時、ベートは屈辱的な折檻を受けて以来、カイネに頭が上がらないのだ。

屈辱的な折檻については彼の尊厳保護のために黙秘しておこう。

 

「……やりすぎは、だめ」

 

「………………おう」

 

「ぷぷーっ、くっくっくっ……!ベート弱っちいんだ〜!」

 

ベートの額に青筋が浮かぶが、カイネの手前であるために手出しが出来ない。

ここ最近のベートのフラストレーションは溜まりがちである。

 

その後もテントを張る際にもベートとティオナは衝突し、彼女の双子の姉であるティオネは呆れた。

その際にもティオナはカイネを頼ったが、その時ばかりはティオネに非があると一蹴され、ここが好機とばかりにベートがこき下ろし、結果として作業の邪魔になっていたため、付近の天井に2人して吊るされることとなった。

 

「カイネ、おいで」

 

「……ん」

 

この頃は戦闘の後、やることがないとアイズは剣を振るかカイネを抱きしめるかに落ち着いていた。

現在、ダンジョン50階層。

未だ目にした冒険者の少ないその景色を、アイズとカイネは静かに眺めていた。




文章力よ……。

-追記- ティオネ、ティオナの表記が入れ替わって姉と妹が逆になってたので修正しました。


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8針目

まだまだ頑張る8針目

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現在いる50階層。

そこはモンスターが産まれない、ダンジョンの数ある階層の中では貴重な安全階層(セーフティポイント)だった。

そこで、ひとつの山場である49階層を突破した【ロキ・ファミリア】の面々は食事を始めようとしていた。

団長である小人族(パルゥム)のフィンは、士気の向上を目的としての計らいで、今回の食事にはダンジョン内で取れる肉果実といわれる肉のような食感と味の果物を使った料理が出された。

携行食で済ませがちなダンジョン内でのこれは、ご馳走に分類されるのだ。

しかし、それを食べない人物が2人。

 

「あの……アイズさん、カイネちゃんも……、食べなくていいんですか?」

 

「うん、大丈夫……。だけど、カイネはいいの?」

 

「……姉さんが食べないなら、私もいい」

 

それを聞いたアイズは、カイネの様子を見てとてもそう思っているようには思えなかったため、自分に追従してくれるのが嬉しいような、大切な妹分にはしっかりと食べたいものを食べて欲しいような、そんな複雑そうな顔をした。

 

「アイズはともかく、カイネはわっかりやすいよねー!そんなに見るなら食べればいいじゃん!涎もたらしてさー?お腹も鳴ってるしー」

 

「……そんなこと、ないし。……平気、だし」

 

少したれていた唾液を拭き取り、取り繕おうとしたカイネだったが、強がってみせた直後に一際(ひときわ)大きな音が腹から鳴った。

少し離れた位置にいた団員も音に気づいて振り返るほどだ。

 

「ふふっ。ほら、食べませんか?」

 

それを聞いたレフィーヤはまだ少しだけ残った肉果実の入ったスープを、食欲をそそるような香りがするそれをカイネの前に差し出した。

手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返しては器から目を逸らし、腹を鳴らしてはうずくまったりと忙しない。

アイズはオロオロしていた。

 

「……いただきます」

 

結局、カイネは折れて食べることにした。

その顔は非常に幸せそうだったという。

食事を終えた団員達へ、フィンからこれからの方針を伝えられた。

内容は主にふたつ。

ひとつは当初の目的である新階層、59階層の開拓。

もうひとつは【ディアンケヒト・ファミリア】からの冒険者依頼(クエスト)、51階層の『カドモスの泉』から泉水を採取すること。

新階層開拓の前に、冒険者依頼を済ませるにあたって、少数精鋭でことにあたるよう指示が出た。

要求量が1箇所の泉では到底足りなかったからだ。

そこで少々不満は出たものの、パーティ編成は以下の通りとなった。

 

1班:アイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤ

2班:フィン、ベート、ガレス、ラウル

 

「万一に備えてカイネはリヴェリアを護衛してくれ」

 

「………………ん」

 

カイネはいつもより長い間を空けて返事を返した。

1班の面々を見たカイネが不安気に見えたフィンであった。

確かに不安ではあるのは事実なのだ。

4人編成で3人の戦闘狂。

それを御するのはまだ成熟しきっていない少女が1人……。

 

「ティオネ、君だけが頼りだ。僕の信頼を裏切らないでくれ」

 

「────お任せくださいッッ!!」

 

「うわ、ちょろー……」

 

………………。

 

野営地での指示も一通り終わったリヴェリアだったが、カイネとともに周囲の見回りをしていた。

野営地から離れすぎないようにぐるりと3周ほど見回ったあと、異常はないと他の団員を5人編成して見回りを交代した。

 

「どうだ、最近はここにも馴染んできたんじゃないか?」

 

「……ん。……みんな、優しい。……母様も、姉さんも、レフィーヤ(ねえ)も、ティオナもティオネさんも、みんな。……それに、ベートさんも少しツンツンしてるけど、いい子」

 

「……ふふっ、いい『子』か」

 

「……ん、いい子」

 

後輩であり、妹的存在のカイネだが、敬称はつけているもののベートが手のかかる子供のような評価をされていることを知り、リヴェリアは笑いを噛み殺すのに必死だった。

しかし、そこでふと気づく。

 

「なあ、カイネ。姉さんはアイズのことだろう?」

 

「……?……ん」

 

何を今更といった様子で肯定した。

これには納得できる。

しかしだ。少し聞き慣れない呼称があったのだ。

 

「───なら『母様』とは、誰なんだ?」

 

そう、今までカイネがそう呼ぶ人物は誰ひとりとしていなかった。

だからこそ、カイネが母と呼ぶまでに慕っている人物が誰なのか気になったのだ。

 

「……」

 

カイネは黙っている。黙ってじっとこちらを見ている。

穴が開くほど見ている。

 

「ど、どうしたんだカイネ、私の顔に何かついているか?」

 

「……母様」

 

……。聞き間違いだろうか。

彼女はリヴェリアのことをいつも「リヴェリアさん」と呼んでいたのだ。

母などと呼ばれたことは1度としてない。

しかしだ。周りには誰もいない。

そのうえこちらをしっかり見据えて『母』呼んだ。母と

 

「なあ、まさかとは思うがその……『母様』とは、私のことなのか?」

 

「……ん。……だめ?」

 

「ダメなものか」

 

何故だろうか。目の前で気恥しげにこちらを見ながら自分のことを『母』と呼ぶ縫合少女が愛らしくてたまらなくなってきた。

衝動のままにカイネを抱きしめて頭を撫でることにした。

 

なんだか、過保護な(アイズ)のようだと思いつつ、姉とは違った、しかし同種の温かみにカイネは戦闘で緊張した体が緩んでいくのが分かった。




リヴェリア、母になる


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9針目

縫い目は続くよどこまでも
新たな出会いの9針目

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リヴェリアが母になってから少しして、各自見回りを終えて、またリヴェリアたちの番が回ってきた。

また同じく3周ほど見回って交代しようと、2人で歩く。

その姿は前回とは打って変わって、親子のようである。

 

「疲れていないか?」

 

「……ん。……大丈夫」

 

「そうか」

 

リヴェリア(おかあさん)は周囲を警戒しつつもニッコニコだった。

娘を可愛がるデレた母に、カイネの頬も緩んでいた。

しかし、そんな緩やかな雰囲気も終わりを告げる。

不意に団員たちのいる方角が騒がしくなったのだ。

この階層ではモンスターは生まれない。しかし、聞こえてくるのは多種多様なモンスターの咆哮、団員たちの声だった。

2人は全速力で野営地へ向かって走り出した。草を踏み折り、樹木を躱して。

野営地の火の光が見え始めた。

そして、その先に見た光景は異様だった。

アルミラージにヘルハウンド、レッドキャップにリザードマン、アラクネ。さらにはガーゴイルやハーピィなどの飛行系モンスターまでもが徒党を組んで団員達へ攻めかかっていた。

それだけでも異様だった。しかし、それよりも非現実的であるのはモンスター達の一部が()()()()()()()()()()()()()であった。

 

「モンスターが、武器だと……!?」

 

「……イレギュラー」

 

モンスターたちのうち、ガーゴイルがこちらへ目を向けた。

瞬間、他のモンスター達へと何かを呼びかけるように咆哮した。

すると、どうだろうかモンスター達は戦闘に区切りをつけると撤退し始めたのだ。

上空から奇襲をかけていた飛行系モンスターたちも離れていく。

 

「なんだったんだ、いったい……?」

 

「……全くわからない。けど多分っ───!?」

 

「カイネっ!?」

 

背後から静かに急降下してきたハーピィが、カイネの肩を掴み、天井近くまで上昇、モンスター達を追って飛び始めた。

急な上昇により、血液が一気に偏ったためにカイネは気絶し、抵抗することもままならなくなった。

リヴェリア含む団員たちも万が一、カイネに当たってしまうことを恐れて遠距離攻撃を加えられなかった。

 

「カイネぇーーーーーーーーッ!!」

 

ようやっと、半年という時間をかけて心が通い、母と慕ってくれた娘のような存在が、モンスターに連れ去られていく。

しかし、彼女を思うあまり攻撃を加えることが出来ない。

見過ごすことしか出来ない。何も出来ない。

今自分がここを離れていくわけにもいかないし、フィンたちの帰りを待たなければならないため、団員を捜索に割くわけにもいかない。

悔しさに彼女と関わりの深かったものは唇を強くくいしばり、中には血を流している者さえいる。

 

「……くそっ!!」

 

子を守れずして何が母か。

この日、初めてエルフの麗人は人前で涙を流して泣いた。

 

………………。

 

「キュー……?」

 

目を覚ましてまず視界に飛び込んできたのは、こちらを気遣わしげに見つめる角の生えたうさぎ、アルミラージだった。

敵意がなかったために、モンスターを目の前にしているにもかかわらずしばし呆然と見つめ返していたカイネだが、はっと我に返ってすぐさま自身が体を横たえていたそこを離脱した。

すぐ後ろは壁でったため、少しでも距離をとろうと糸を張り巡らせて壁の高い位置に張り付いた。

 

「ソう警戒しなイでくだサい、同胞ノ方」

 

「!?」

 

すぐ近く、顔の真横でハーピィが飛んでいた。

そして、()()()

理解不能な事態にカイネは混乱を極めた。

 

「キャっ!?」

 

本能の命じるままにハーピィを糸でがんじ絡めにして自由を奪い、自身が張り付いている糸へと引っつけて吊るす。

 

「おいおいおい、落ち着けって!?いきなり連れてこられて怒る気持ちもわかるが一旦落ち着け!!」

 

声のする方を見てみると、そこには片手に曲刀(シミター)を持ったリザードマンがいた。

異形の顔に焦りを讃え、カイネに話しかけている。

ますます訳が分からなくなった。

何より先に状況整理が重要だと判断し、喋れる魔物が一体でないのなら、一体の状況にすればいいと早速行動を開始する。

カイネは素早く吊り下げていたハーピィを引き上げて抱え、瞬時に糸でドーム状の部屋を作り上げた。

ドームの中にはカイネと、言葉を解するハーピィ一体だけである。

 

『おい、やべぇだろこれ!!レイが食われちまうぞ!?何とかしろよ同じ人蜘蛛(アラクネ)だろラーニェ!?』

 

『無茶を言うなリド!!こんな強固な糸を通常個体(わたし)で何とかできるわけがないだろう!?お前こそそのご自慢の剣でこれを切り裂いてみせたらどうだ!?』

 

外からは先程のリザードマンの声に加え、他にも声が聞こえてきた。

その言い争いにカイネはいたく不満げな様子である。

 

「……食べないし」

 

「あ、あノ……同胞の方……?」

 

「……食べないしっ」

 

「いエ、その心配ハしてまセんけど……」

 

ハーピィになだめられ、食べないことを強く主張し続けていたカイネも落ち着き、状況把握へと移ることに成功した。

未だに外からはドームへと攻撃を加えたり、言い争いが聞こえたりと落ち着いた様子ではないが。

 

「私ハ、レイと申しまス。見テの通り、ハーピィでス」

 

「……モンスターが喋ってるのは、初めて」

 

「フフ、滅多に現れルものでもありまセんかラ。貴女のお名前ハ?」

 

普段戦っているモンスターからのにこやかな質問になんとも言えない顔をしながら答える。

 

「……カイネ。……カイネ・アネセト」

 

「おヤ、姓まであルのですカ?素敵ナお名前デすね」

 

「……あ、ありがとぉ?」

 

あらヤダすごく友好的。

 

どこからともなくそんな電波をキャッチしたカイネだが辛うじて口には出さなかった。

そして『異端児(ゼノス)』の存在を知った縫合少女は、レイの拘束を解いてドームを解除した。

 

「うぉぉおおおおお、あっ」

 

「ふんぐぅっ……!?」

 

心優しき怪物(モンスター)に心を開きかけた少女は、仲間を取り返そうと繰り出した拳を頬にぶち込まれてまたドームに閉じこもった。

外からは先程とは打って変わって謝罪の言葉が飛び交った。




ゼノスさん達、お早い登場

※私なりにカイネを描いてみました。

【挿絵表示】


お気に入りが減りそうな気がしてならない()


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10針目

私がここまで続くとは珍しい
そんなわけでまだまだ縫ってく10針目

※9針目のあとがきにカイネさんを自分なりに描いてみたのでイメージが掴みにくかった人は見てみてね

良ければお気に入り登録、評価の方よろしくね


「あぁいや、ほんとすまんかったって!わざとじゃなかったんだ!」

 

『……失せろ』

 

「フフフ、嫌わレちゃいまシたねぇ、リド?」

 

ドームからこもった声を発するのはこの迷宮都市オラリオでも屈指の勢力を誇る【ロキ・ファミリア】に所属する縫合少女、カイネであった。

自然に接され過ぎて忘れていたが、彼らはモンスターなのだ。

油断してはいけなかったと考え直して、構造も定かではないこの場所からどのように脱出するかを考えていた。

幸いにして長時間暗闇にいたからか部屋の形はおおよそ把握できている。

しかし、肝心の出口が部屋の形的にどこにも思い当たらないのだ。

多種多様なモンスター。それも武器を使い、高度な連携をとるイレギュラー中のイレギュラーだ。

コストパフォーマンスの若干悪いこの体は、今現在、野営時に意地を張ってそれほど食べなかったことで空腹の予兆を知らせてくる。

そのような状態では存分に本来の力を発揮できないため、あのイレギュラーたちに攻撃を仕掛けるには通常以上の危険が伴うのだ。

そうとなれば友好的な彼らのことだ。すぐさま攻撃はしてこないであろう。

こちらからも友好的な態度で接し、隙をついて逃げ出すのがいいだろうと判断する。

意を決してドームを解くと、眼前に広がるモンスター達を見据えた。

そのどれもが歓迎している様子であった。

一通り目を向けたあと、リドへと視線を戻す。

じとっとした目を向けてしまうのはご愛嬌であろう。

焦り顔のリザードマンは大量の汗を流して生唾を飲み込んだ。

 

「……カイネ。……よろしくしてやる、クソトカゲ」

 

「お、おう……」

 

「……は?」

 

「あ、いや、よ……よろしくお願いします……」

 

全然友好的にできていなかった。

計画を立てたところで全く意味がなかった。

やはりお子ちゃま。ご機嫌はそんなに早く直らないのである。

 

「ハッハッハ!こんなリドなど見たことないぞ?カイネといったか、面白いやつだな!私はラーニェ。お前と同じ人蜘蛛(アラクネ)だ」

 

「……よろしく。……でも私は人蜘蛛じゃない」

 

そこでモンスター達は揃って首を傾げる。

どう考えても人蜘蛛だろうといった顔をしているのだ。

そんなはずはない、とカイネは考える。

足を見てもしっかりと2足で立っているし、複眼でもない。

かつてのファミリアでは遊び半分で魔石しか食わせて貰えない期間もあったが、【ステイタス】に変動はないと恐怖の塊である元主神に言われたのだ。

爪も骨も金属的性質は持ち合わせていない。皮膚は言わずもがなである。

モンスターのような性質は自分にはない。

人蜘蛛と一致するような点など、どこにもないのだ。

 

「……なぜ、私を人蜘蛛だと言うの?」

 

「ふむ、なぜ……か。それはお前から私たちと同じ気配がするからだ。異形に生まれし者、『異端児(ゼノス)』には特有の気配がある」

 

「……私は、人間。……あなたのように節足は持ってないし足も2本だけ……!壁から生み落とされた記憶も、ないっ!!」

 

「……ふむ」

 

納得のいっていない様子のラーニェであったが、そんなことを気にしている余裕はカイネにはなかった。

魔物本人から一切の躊躇いもなく、化け物だと言いきられてしまい、認めたくない現実を拒絶するように発声に使っている糸が擦り切れんばかりに叫ぶ。

 

「……もう一度、言う。……私には節足がないし、蜘蛛の体も、3つ以上の目も、ない。……あなたと一致しているのは上半身だけ。……私は、人間」

 

それに対して目の前の怪物(ラーニェ)は言う。

 

「何を言う。白銀の頭髪に紫紺の瞳。人間と遜色ない見た目。それこそがかつて人間に恐れられた史上最強の人蜘蛛、『夜編(よあ)みの紫白姫(しはくき)』の特徴だろう」

 

アドバイザーに教えてもらった。

曰く、それは人のようであった。

曰く、それは好んで人を(しょく)した。

曰く、それは中層3層を支配下に置いた。

曰く、それはLv5の冒険者を含むパーティを幾度となく全滅せしめた。

曰く、それの腹に納まったものの数は百を優に超した。

曰く、曰く、曰く……。

 

凄惨な事件であったためにギルド内で詳細に語り継がれている忌まわしい異常事態(イレギュラー)だったという。

 

「……でも、でも……。……私、には……主神(ロキ)に刻まれた【ステイタス】が……」

 

「あ〜、それなんだけどよぅ、セトっち。おめぇ、何か混ぜこまれてんじゃねえか?」

 

─────────。

 

「なんか邪悪な神とかと関わったりしてねぇか?」

 

まだ。まだ。まだ否定材料はある。落ち着け。落ち着け。落ち着いてよ。

心臓がうるさい。上手く息が吸えない。頭が痛い。

 

「以前、ゾンビと混ぜらレて自らの生き血をすすり、肉を貪り食らウようになっタ冒険者の方がいたノです……。でスが、その方から同胞の気配はしませんでしタ」

 

口の中が干上がっていく。肺が痛む。目が回る。立っていられない。平衡感覚が失われていく。

自分が今立っているのか、座り込んでいるのか、寝ているのか。全く分からない。

意識が薄れていく。

心配そうな声色で、怪物(モンスター)たちがこちらへ声をかける。

内容が理解できない。

 

「……ぅ、あ」

 

意識が消えゆく直前、背中が焼け付くように熱かったことだけが感じられた。

 

『余計なことをされるとサぁ、困るんだよネェ?』

 

 




詰め込みすぎた気がする


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11針目

とある自己中(じぶんしじょうしゅぎ)さんのせいで気分が沈みきってモチベが下がった11針目

私アイツの考え方嫌い……。みんなは人の気持ちを考えられる人でいようね

あ、低評価つけられたから落ち込んでるわけじゃないからそこら辺よろしくね
みんな好きなように評価して欲しい

良ければお気に入り登録、評価の方よろしくね


気がつけばカイネはドームの中に閉じこもっていた。

外からは謝り倒すリザードマンの声が聞こえる。

先程の光景は夢だったのだろうか。……先程の?

それは何であったか。

なぜ、殴られてから不貞寝した間に何かを体験したような考えが起こったのか。

いや、思い出してきた。『夢だ。まるで実体験のような、現実味を帯びた夢。不思議なものである。』

とりあえずドームの外へ出て様子を伺う。

やはり多種多様なモンスターたち。

夢のように歓迎ムードである。

殴られたのは現実。ゆえに気を許してはいけないのだ。

夢で立てた作戦を今こそ実行すべきである。

失敗するとお思いだろうか。

だがしかし、今のカイネは1周まわったようなアドバンテージがあるのだ。同じミスを2度する彼女ではないのだ。

カラカラと笑いながらリザードマンが手を合わせて近づいてくる。

 

「いや、すまんなホント!オレっちはリド!見ての通りリザードマンだ。よろしくな!」

 

「……うん。……私カイネ。……よろしくね?」

 

手を差し出して握手を求めるカイネ。

それに快く握手を返すリザードマン。

緩い雰囲気が当たりを包み込む。

かに思われた。

 

「いでででででででででっ!!いってぇ!!いってぇっておい!?カイネ待てカイネおい!?潰れる!!手が潰れるぅ!!」

 

カイネはここぞとばかりに【ステイタス】をフル活用して思いっきり手を握った。

表面上はとても友好的な笑顔が浮かんでいる。

 

「……ねぇ、どうしたのリド?……どこか悪いの?……頭?」

 

「お前すげぇ失礼だなっあだだだだだだだだっ!?」

 

やはり無理だった。

何とかカイネの手を引き剥がしたリドは痛みでビクビクと痙攣している手に息を吹きかけながらすごすごと離れていった。

いつもであれば快活に笑いかけ、新人との距離を縮め、先達との架け橋となるのが彼の役目だが、今回ばかりは役目を果たせそうにないようだ。

カイネの目にはもはや嫌いなものを見るような色一色だった。

リドは泣いた。

 

「……シッシッ!……レイは?」

 

「ここにいマすよ」

 

本来であれば必要となる警戒心の解除は今回ばかりは問題ない。

ゆえにまずやるべき事は情報収集。

特に、ここは何階層か、出口はどこにあるのか。それが今最も重要な情報だ。

しかし、焦って出口を聞き出せば逃げ出す可能性を考えさせてしまうかもしれない。

そうなっては何階層かすらわかっていないため、上層か下層、どちらに逃げるべきかもわからない。

迷っているうちに数に押されて連れ帰られてしまうだろう。

それではだめである。

 

「……ここは、何階層なの?」

 

「ああ、ソういえば何も教エていませんデしたね。ここハ、ダンジョン20階層。そのウちの、人間にはマだ見つかっていない場所でス」

 

すぐに教えてもらったため、あとはどちらの方針をとるかが重要となってくる。

カイネには2つの選択肢がある。

ひとつは下層へ向けて進み、リヴェリア達と合流するという選択。

もうひとつは上層へ向けて進み、ロキの待つ拠点で待機するという選択。

それぞれデメリットを持つため、慎重に選ばなければならない。

下層へ下る場合、野営地としていた50階層、もしくは今回の遠征目標である59階層までの道のりを、ソロで進行しなければならないのだ。

いくらカイネがLv4であり、全能力値が限界突破していても困難を極める。

ましてや連れ去られた身。長期間探索に挑むための大量の冒険必需品など持っていようはずもないのだ。

それに団員達と合流するため、ここのモンスターたちと組む訳にはいかない。

鉢合わせれば必ず戦闘になる。

カイネは何やら現在宴会の準備をしている気のいい『異端児(ゼノス)』たちを討伐したいとは全く考えていないのだ。

上層へ上がる場合、待機しているロキに会うのは確実である。

神々には嘘が通じない。

口下手な自分では『異端児』たちのことを口を滑らせる恐れがある。

団長であるフィンは自身の小人族(パルゥム)の栄光を取り戻し、希望を与えるという目的のためにも名誉に傷がつくことを避けるのが最優先。

日頃モンスターを狩って生活している冒険者が、モンスターと仲良くしていました、では信用がなくなるのは当然だ。

まず許されないだろう。

そうなるとこのことを隠して下層にいる団員達と合流するのがいいだろう。

感の鋭すぎる団長には(だんま)りを決め込ませて貰おう。

と、今後の方針を固め終わった頃、ガーゴイルから声がかかった。

 

「初メマシテダナ、カイネ。私ハ『ガーゴイル』ノ グロス トイウ」

 

「……ん。……よろしく、グロス」

 

「アア、ヨロシク。今カラオ前トノ出会イヲ祝シテ、宴会ヲ開ク。良ケレバ楽シンデクレ」

 

少々聞き取りづらいところはあったものの、カイネのために歓迎会を開いてくれるらしい。

しかし、殺したくは無いものの、モンスターたちに情が移ってしまっても困るため断ることにした。

 

「お、今回の肉果実(ミルーツ)は鮮度がいいな!美味そうだ!」

 

「……私はどこに座ればいいの?」

 

縫合少女カイネ。彼女は非常に欲望(しょくよく)に忠実だった。




1日空いてしまって申し訳ない……


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12針目

何とかモチベを戻せた気がする12針目

お気に入り登録者数が100人を突破しましたことをご報告しますね
これからも縫合少女をよろしくお願いします

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異形に生まれた者たち、『異端児(ゼノス)』たちはダンジョン内で採れる果物や野菜といったものを口に運んで、どこから仕入れたのか酒類を飲んでいるものもいた。

そして、そんな彼らは1人の少女に翻弄されて大騒ぎしていた。

 

「……ヒック。アハハハハハハハっ!!」

 

「うおっ!?危ねぇ!!」

 

リザードマンのリド。彼は今窮地に立たされている。

今も鼻先を鋭利な輝きを放つ漆黒の糸が掠めていった。

カイネ本人は酷く楽しそうだが、リドからしたらたまったものではない。身体中を冷や汗が伝う。

 

「カイネ、落ち着け。いいか?1回落ち着いて水を飲むんだ」

 

「……ん〜?……ヒック。……へへへへぇ♪」

 

「イカン、全ク話ヲ聞イテナイゾ!?ラーニェ、縛レ!」

 

「くそぅ、期待するなよ!?」

 

人蜘蛛のラーニェは酔っ払ったカイネへと肉薄し、蜘蛛の体の腹部から糸を飛ばして器用に脚部を使って簀巻きにしていく。

その糸はやはり白い。

身動きのとれなくなったカイネは酒で酔って真っ赤な顔に満面の笑みを浮かべた。

とりあえずは拘束が成功したと安堵していたラーニェの顔が引き攣る。

 

「……んっ」

 

バツンっと大きな音が鳴り、蜘蛛糸が全て切断される。

数秒は()つだろうと考えていたラーニェだったが、ものの一瞬で脱出を刊行されてしまったことに唖然とするしかなかった。

そしてまた鱗の表面をチマチマと削っていくアソビが始まった。

避けるリド。くねる尻尾。その顔は必死の形相だ。

笑うカイネ。はねる黒糸。その顔は満面の笑みだ。

 

「誰か早くこいつに水ぶっかけてくれぇぇえええ!!!」

 

………………。

 

「……すぅ……すぅ」

 

「やっと潰れたか……」

 

「ご苦労だったな、リド」

 

ほんとだぜ……と疲れ果てた表情を怪物の相貌に浮かばせながらため息をつく。

カイネは笑い上戸だった。

そして愉悦家だった。

酔った彼女は目にものを見せて驚いた顔を見るとよく笑い、リドが笑うと拳をとばした。

そして勝ち誇ってはいじめ倒していた。

もはやリドの顔の鱗は拳と糸で削られて小さくなり、コーンフレークのようである。

小さくなった鱗を気にしながら、今は酒で潰れて床で眠っている縫い目だらけの少女の頭を撫でながら、リザードマンは呟く。

 

「……本来なら、ここまで歪んだ楽しみ方はしない子なんだろうな。セトっちの綺麗な笑顔を見ればわかる」

 

「……」

 

「セトっちはきっと……こんなに人を傷つけて楽しむような子じゃあないんだ。色んな辛い思いをして、その中であの邪神はきっと笑ってたんだ……。『愛してる』だとかほざきながら……ッ!!」

 

「リド……今ハ、落ち着いテください。カイネが起キてしまいまス」

 

「……っ!あぁ、わりぃ」

 

混沌。それはカイネの前主神を指す言葉だ。

そして、つい先程リドたち『異端児』にカイネの過去に深く関わることを禁止した神を指すだった。

あれはオラリオへ降り立った神々とは別枠の存在なのだと実感した。

人とモンスターの混合など、神の力を使わずしてできるものではないのだ。

それをあっさりとカイネという形にして自分たちの前に現実として現したあれは、全く別の(ことわり)の中で存在している。

神の力を使えば、天界へ強制的に送還されるのが通常だ。

しかし、あれは現にここにいる。

下界へ降りてくるためには制約が前提だ。その前提が狂っているのだ。

これは地上の神々をして、解決できるものなのだろうか。

 

「……んん〜?」

 

「おやカイネ、起きましたカ。ほラ、お水デすよ」

 

「……んー……」

 

どうやら起きたようだ。

また暴れられても困るので早速、用意していた水を飲ませて酔いを覚ましてもらう。

 

「……すぅ」

 

少しすっきりした顔をしたカイネはまた眠りについた。

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪

 

『や〜ァ、元気ィ?』

 

『っ!?』

 

『ほらほラァ、君の大好きナご主神様だヨォ?何か、言うことナイのぉ?』

 

『…………逃げ出して、ごめんなさい』

 

『んんン〜ッ!?違う違う違うでショ?絶対に言わなきゃイケないこと、あったでショ?』

 

『……大好き、な……ご主神様。……お会い出来て、嬉しい、です』

 

『うんうんうんうん、いい子だネ、カイネちゃん♪』

 

『……えへ、へ』

 

『あ、そうそウ!君にとっておきの贈り物があるんダ!きっと気に入るはずサ』

 

『……ありがとう、ござ……い、ま……ぁ?ああぁ、アアアアアアァァァアアア!!?』

 

『アッハっ!!あぁ、カイネ、可愛いカイネ。愛しいカイネ……。キミは僕のもノ。僕だけのものサァ……』

 

『痛い……ッ!!痛い痛い痛いいだいいだい!!ご主神様ぁ!!死んじゃ、あだじじんじゃうぅ!!』

 

『あぁ、可愛いナァ……』

 

▫▪□■▪▫□■▫▪□■▪▫□■▫▪□■▪▫□■

 

「……ぁあッ!?」

 

「おぉっ!?大丈夫かカイネ!?」

 

「……ぁ、ラーニェ。……ん、大丈夫、だよ」

 

先程とは打って変わって顔色が悪いカイネに、ラーニェは心配そうに身を寄せる。

カイネの顔は、青を通り越して土気色をしており、唇は極地にいたかのように血色を失っている。

とても彼女の言葉の通り大丈夫には見えなかった。

 

「お前には、無理をして欲しくない。助けて欲しいなら頼れ」

 

ラーニェはそっと顔へ手を添えると、カイネと視線を合わせた。

少し冷たいが、その中に温もりを感じられる手が心地よい。

恐怖に凍りついた心と表情をゆっくりと溶かしていく。

 

(あぁ、モンスターも、人も、何も変わりはしないんだ……。だって……こんなにも暖かい……)

 

人間(カイネ)怪物(ラーニェ)の手を握りしめて、生まれて初めて温かい涙を流した。



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13針目

活動報告見たみんな、ごめん
意外と時間あったわ

というわけで謎が深まる13針目

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「そん、な……」

 

「すまない……」

 

冒険者依頼(クエスト)のために降り立った階層で、突如として襲ってきた新種の腐食液を撒き散らすイモムシ、また、その進化系ともとれるような能力を持つ女体型のモンスターの討伐を終えて戻ってきたアイズは、リヴェリアから聞かされた情報に愕然とした。

 

「カイネが、魔物の群れに……ねぇ」

 

フィンは直感が鋭い。その鋭さは彼の親指の疼きとなって反応を示すのだ。

しかし、今回のモンスターのカイネ誘拐事件は例の混沌が関わっているという線で考えていても一向にピンと来ないのだ。

今カイネに接触することに何の利益も見いだせないのだ。

そもそも、理から外れた神だからといってモンスターを好きなように操れるものなのだろうか。

 

「おい、待ちやがれっ!?」

 

走り出したアイズがファミリア最速を誇る狼人(ウェアウルフ)に捕まってもがいていた。

 

「離、して……!!カイネを助けに行く……離して!!」

 

「テメェが1人で行って何になるってんだ!!一旦落ち着けって言ってんだよッ!!」

 

「でも……っ」

 

「アイズ」

 

フィンから落ち着いた声がかけられ、アイズの動きが止まる。

 

「カイネならきっとまだ生きている。あの子の強さは君も知っているはずだ。その場で殺されなかったのならそれなりの知能があるはずだ。まだ生きている可能性は高いんだ。落ち着け、アイズ」

 

理知的な目をした小人族(パルゥム)見て次第に落ち着きを取り戻したアイズは一息つき、謝罪した。

しかし、このままでは刻一刻と時間が過ぎてしまう。

そうなればカイネの生存率は当然下がっていく。

いつも死と隣合わせの迷宮では、時間が経てば経つほど死亡の可能性が上がっていくのだ。

それはどうしても受け入れられない。

 

「今回の遠征目標、59階層の攻略は諦める。予想外の連続であまりにも消耗し過ぎたし、大切な団員をむざむざと死なせるつもりはない。帰還しながら、誘拐されたカイネを捜索する。絶対に見つけるぞ」

 

フィンの瞳が決意の色を帯び、声には覇気が宿る。

 

「あぁ、それで異論はない」

 

「……私も、ないよ」

 

「いよーし、見つけるぞーっ!!」

 

それぞれが少女への思いを胸に、アマゾネスの掛け声に応えて声を張り上げる。

ファミリアが一丸となって、大切な仲間の捜索へと当たることとなった。

 

「あのレベルのモンスター達だ。活動拠点は恐らく20から30階層辺りだろう。そこを中心に捜索。まずは迅速に30階層付近まであがる。行くぞ!」

 

そんな彼らの捜索範囲ダンジョン30階層のその5階層階層上、25階層。さらにそこから現在カイネのいる20階層での計6階層。

そこは今何かに黒く染められていることを【ロキ・ファミリア】の誰も知らなかった。

 

………………。

 

ここはどこだっただろうか。

俺たちは団長や他の仲間と、20階層に来ていたはずなんだが……。

1人の男は暗闇の中、身動きが出来ないまま床に転がってこれまでのことを思い出していた。

どこからともなくスルスルと、何か衣擦(きぬず)れのような音がする。

しかし、布同士が擦れる音と判断するには違和感のある音なのだ。

 

「んむ……?」

 

言葉を発しようと口を開こうとするも、いつの間にか口は閉じられている。

肌に吸い付くような感触から、何やら粘着質なものが口元を覆っているようだというのが分かる。

よくよく目を向けてみれば身体中を黒く細いもので締め付けられているのが見える。

おかしい、と男は思う。

体の感覚が全くないのだ。

頭部は口を覆われているのがわかった通り感覚がある。

肌から血が滲むほどに締め付けられているにもかかわらず、全く痛みを感じないのだ。

 

不意に、トス、トス、と土を踏むような音が聞こえる。

 

そして男は、あらん限りの呻き声をあげて気づいてもらおうとした。

通路から見えたのは人影だったのだ。

そして声をあげたことを後悔した。

人影に見えたのはそうだろう。何せ人型なのだから。

暗闇の中でも輝く白銀。そしてアメジストのごとき双眸。

地上にであれば声をかけること間違いなしの容姿であった。

しかし、致命的に人とは異質なのがその下半身。

黒い体色に、紫色に鈍く光る金属質な体、それについた大きな腹部。

しかしながらその先端には本来あるはずの突起物は無い。

そんな腹部を支えるのは4対の鋭利な脚。

返しがついており、刺されば抜け出すことは困難だろう。

 

────人蜘蛛(アラクネ)

 

それも突然変異個体であるのは一目瞭然だった。

ここで、この人蜘蛛を『彼女』と呼ぶことにしよう。

『彼女』は酷く機嫌が良さそうだった。

男の体を見つめて喜色満面の笑みを浮かべているのだ。

チラリと男へ目をやると、おもむろに体を抱き上げた。

男の、『体』を。

にもかかわらず男の視界に変化はない。

男は理解が出来なかった。

自分は床に寝ているはずなのに、何故自分の体は『彼女』の腕の中にあるのか。

 

『彼女』は男の目の前に腰を下ろすと、上半身についた口で肉を見せつけるように食いちぎって、咀嚼(そしゃく)し、呑み込んでみせた。

 

やめろ。食うな。俺はまだ生きている。やめろ。俺の体────

 

男は、『彼女』が自らの体を貪るのをただただ見ているしかなかった。

男は息絶えた。

いや、正確には既に息絶えていたのだが、『彼女』に無理やり生かされていたのだ。

 

「くふふっ……ふふふふっあは♪」

 

恐怖に歪んだ頭部を愛おしげに、楽しげに持ち上げて、『彼女』は下層へと下っていく。

黒糸で編まれた(まゆ)を開き、中へ入っていく。

その黒いヴェールの内側は、地獄のような光景が広がっていた。

 

そこはまさに『死顔博物館』とでも称しようか。

老若男女、種族問わず、様々な頭が置かれていた。

恐怖に歪んだ顔、怒りに目が吊り上がった顔、悲運を憂いた顔、精神がやられて全てを諦めた顔、自らの無力を嘆いた顔、顔、顔、顔。

そのどれもが表情別に整理されて置かれている。

恐怖に歪んだ顔の鑑賞棚に、今、男の頭が置かれた。

 

「────あぁ、可愛い」

 

『彼女』は、今しがた全滅させた男のパーティーから奪った魔石を噛み砕きながら、頭のコレクションを眺めていた。




さてさて、『彼女』とは一体……


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14針目

グロいぞ気をつけろの14針目

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ところで読者さんの中にNetflix登録してる人いる?
私「泣きたい私は猫をかぶる」っていうやつがやばいくらい気になってるんだけどさ
今までそういうのに触れてこなかったから支払い方とかも何もわからんわけよ
あれって登録してすぐに解約してもやっぱり料金払わなきゃだよね?
無料お試し期間設けておくれよぅ……
猫……猫ぉ……

支払い方法とか色々教えてくれる親切な方、感想欄にて書き込みお願い致します
需要があれば書き込みしてくださった方に絵を描きます
何卒……


酒で少々痛む頭を抱えながら、カイネは異端児(ゼノス)の隠れ里の地面で横になっていた。

しかし、彼女が頭を抱える原因は酒だけではない。

やってしまったのだ。やらかしてしまったのだ。

上手くやれば実害は出ないそれは。

 

(……完全に、情が移っちゃった)

 

彼女にとっては致命的であった。

この考えは【ロキ・ファミリア】の意志とは相容れない。

それはカイネとてわかっているのだ。

しかし戻れない。彼らの温かさを知ってしまったから。

姉や母と慕う家族のような彼女たちと遜色ない『心』を持っていると分かってしまったから。

 

水を飲み、頭をすっきりとさせてから今後の計画を組み上げる。

カイネの頭が、新たにできた『家族』を守ろうと回転を始める。

 

まず、団員との合流を果たす。この考えは変わらない。

彼らはカイネを探そうとしているだろうことは予想がつく。

お姉ちゃん呼びを定着させようと必死になっている、自分を溺愛する金の剣士がいるからだ。

ならば、彼らを隠れ里の外に連れ出すことは絶対にしてはならない。

アイズたちからすればラーニェ達はカイネをさらった知能が高いだけのモンスターなのだ。

絶対に受け入れはしないだろう。

そうするためには……。

 

「……説明して、ここにいてもらう。……1人で下層へ行く」

 

これしかないだろう。

とはいえ、団員達が上に登ってくるまでに、相当な期間が必要だろう。

さすがに1人で50階層までの道のりを行くには非現実的すぎる。

せめてここで体調が万全になるまで休んでからの方がいいだろう。

 

「……まずは、二日酔いから……治さ……ない、と……」

 

………………。

 

また、獲物が来たわ。

そこらの同族でもいいけれど、あいつらは食べにくいうえに宝石もひとつしか()れないし。

旨みがないのよね。

人間がいいわ。

お肉は美味しいし、色んな表情で死んでくれるからとても楽しいのよ。

それに、大小色んな色、形の袋に入った大量の宝石……!

糸を張っていればすぐに感知できるし、肌を焼いたりしてくるのは少し鬱陶しいけれど、そうそう効くものじゃない。弱くて旨みたっぷり!いい所しかないわっ!

 

「な、なんだよこれェ!?蜘蛛糸……?クソっ、とれねぇ!」

 

「ちょっと、そこらじゅう蜘蛛の巣だらけじゃない。どうなってんのよ」

 

「いや、ワシに聞かれても知らんぞ、こんなのは。明らかに異常事態(イレギュラー)じゃわ」

 

音が糸を伝わって届いた。

どうやら人間みたいね?嬉しいわ。

この素敵な保管所に入れてあげなきゃ。

 

「あははっ♪」

 

縦穴もどこも糸を張ってあるからすぐに上に登れるわ!

今まで細長い道を行ったり来たりしてたのが大違い!

はやいはやい!

 

「おい、糸が揺れ始めたぞ!急げ急げ!」

 

「そんなこと言われても切れんのじゃわ!」

 

「私が時間稼ぐからお願い!」

 

あ、気づかれちゃった!でもいいや!

 

「いただきまぁすっ!!」

 

「しゃべ───!?……ぅげあっ」

 

まず1匹〜。

 

「な……?!ちくしょう、早くしてくれよ!」

 

「ええい、ナイフはやるから自分で切れい!わしはこいつをどうにかする!」

 

ん〜……この体がでこぼこしてる人間は今は気分じゃないかなぁ……。

今は柔らかいお肉が食べたい気分っ!

ぐるぐる巻きにして食べ物倉庫に入れておこっと。

 

「糸が指先から!?それにこの黒い糸……今回の騒動はこやつが原因のようじゃな」

 

あ、避けられちゃった!

 

「もうっ、避けないでよ!?あなたは食べたくなるまで食べ物置き場に置いとくんだからっ!」

 

「……気のせいではなかったか。随分流暢に喋りおる。しかしそんなのはごめんじゃ化け物」

 

鈍器なんか当たらないも〜ん!

はいっ、残念ハズレ〜……あいたぁ!?

 

「あばばばばっ!?」

 

「ハンマー型の魔剣じゃ。いかに変異個体といえど、魔法は効くじゃろう」

 

うぅ〜、ビリビリする……。

何それずるい!

足の感覚なくなっちゃった!

 

「くらえい!」

 

またビリビリが来る!?

だけど足が動かせない、どうしよう……。

 

「痛いのやだっ!!」

 

「っ!」

 

あれ、止まっちゃった。

えい!

 

「ぬお、しまった!」

 

「つーかまーえたっ♪ビリビリ痛かったからもう食べてあげない!」

 

人間って首と体を別々にしたら死んじゃうんだったよね?

どうすればいいかなぁ……。

い〜っぱい苦しんで欲しいなぁ……。

あ、そうだ!

 

「ぐっ……かっ……あぁっ……」

 

「ゆ〜っくり、ブチブチしちゃうね?」

 

いーち、にーぃ、さーん、しーぃ、ごーぉ、ろーく、なーな、はーち、きゅーぅ、じゅーうっ!

はい、ブッチ〜ン!

食べないし、ポイしちゃお。

 

「あ……ぁ……」

 

「ん〜……あなた、美味しそうだね?」

 

現在の犠牲者、ファミリア遠征組1つ、22名。パーティ5つ、各5名。計47名死亡。

 

『彼女』による犠牲者はまだ増えそうである。

ギルドは、ダンジョンにて接敵した者が全て死んでいるため、認知できていないのだ。

 

これから先、恐らくはある一定以上を超過した者がこの異常事態に気づかない限り、『彼女』のアソビは続く。

 

「今度のごはんはもっと簡単だといいなぁ……」

 

自らの体を貪る様子を見させられている男の頭は、欠けていくパーツを見て心を壊した。

男の狂笑が黒い糸で閉ざされた20階層に響く。




最高にサイコでは?


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15針目

だいぶ空いちゃった……
ごめんね

というわけで(?)良ければお気に入り登録、評価よろしくね


「……ここはどこですか」

 

「……すまん、オレっちも不安になってきた。どこだここ」

 

「これハ……蜘蛛糸、デしょうか?」

 

リドの説明では、先程までいた隠れ里はダンジョン20階層らしいのだが……。

そこは地面や壁、天井に至るまでほぼ隙間なく黒蜘蛛糸が張り巡らされていた。

質感としてはカイネの出す糸に近しいだろうか。

隠れ里の入口を隠していた水晶を砕き、『異端児(ゼノス)』数名とともに出てきたカイネであったが、遠征途中で通りかかった時には黒い糸に閉ざされた場所ではなかったはずなのだ。

 

しばし呆然と眺めていたが、次第にそこら中の糸が振動を始めたことで我に返る。

どうやら、糸の主がこちらに気づいて近づいてきているようだ。

気配の動き方からして、レベル3の冒険者の全力疾走と同等の速度だろうか。

あらかじめ、勢いのままの突撃に備えてカイネは触れた瞬間に絡めとるように糸を仕掛けておいた。

 

通路から黒い塊が飛び出してくる。

その黒い下半身から生えたほっそりとした人影は、大きく両手を広げると、一気に引いた。

 

「なっ!?」

 

そして、数M(メドル)先に展開していた罠が全て閉じられ、鋭い鎌足が突進の勢いそのままに突き出て、驚愕に硬直していたカイネの腹部を刺し貫いた。

 

「……ぅあ……ゲホッ!」

 

「あれれ?死なないの?」

 

「!……あなたも、『異端児(ゼノス)』……なの?」

 

「なぁにそれ?どうでもいいわ。よくわかんないけど、あなたからすっごくいい匂いがするの」

 

流暢に言葉を話す目の前の一風変わった人蜘蛛は、言葉はかわせど話が通じない。

人蜘蛛は両腕でカイネの肩を掴むと、首元に顔を近づけた。

 

「カイネ……っ!」

 

レイが羽を打ち出して攻撃をくわえるが、人蜘蛛はカイネを捕縛したまま、羽の射程距離外まで下がった。

その顔は、欲しかったものを目の前にしてお預けを食らった子どものようであった。

ようするに、酷く不満げな表情をしていた。

その感情のままに、今にも彼らを殺戮しようとする勢いで。

 

腹部を貫かれたカイネだったが、そこは高レベル冒険者。

痛みに思考を濁さず脱出のための策略を練る。

そうできるほどに痛みに強くなったのは前ファミリアの憎き先輩方であったが、ここで初めて感謝することになるとは考えていなかった。

 

この状況からの脱出方法。腕は強力な膂力を有した上半身によって押さえつけられているため、動かすことは出来ない。

それに伴ってこちらの上半身も固定されているうえに、下半身は宙吊りだ。

今は糸による圧迫で止血しているとはいえ、腹部に重症を負っているために痛みが若干の阻害を招くことが予想され、蹴りを入れても威力が足りないかもしれない。

身体能力として軍杯が上がるのは人蜘蛛だ。

そのため、せめて自分と同じ状態にもっていかなければ勝算はない。

そしてそれができるのは油断しており、最も距離の近い今しか出来ないだろう。

 

カイネが喉の奥から血の塊を吐き出した。

その様子を見てカイネの状態の深刻さを見てとったリドが助けに動こうとする。

 

「!? くそっ!おい、カイネ!今助けに行くっ!」

 

「……ぅ、ゲホッ……!……い、らないっ!!」

 

「なっ……!?今意地張ってる場合かよ!きついなら頼れよ!」

 

「ソうです、カイネ!お願いですカら助けさせてクださい!」

 

カイネは彼らを見ない。

黙ったまま人蜘蛛を見ているのみだ。

リドが舌打ちを1つして、駆け出そうと1歩を踏み出した瞬間、そこら中を覆っていた糸の一部が跳ね上がった。

それは他の糸も連鎖的に巻き付けてリドを捉えていく。

 

「……だから、言ったのに……!」

 

目を離さず、砕けそうな程に歯を噛み締める。

あれはカイネも用いたことがある連鎖型捕縛トラップだ。

ただし、捕縛とは名ばかりであり、実際は捕縛対象を時間をかけて絞め殺すための致死性のトラップだ。

連鎖型であるが故に、落ち着いて絡みつこうと迫ってくる糸玉を1つずつ切り払っていけば捕まることはない。

しかしここのようにそこかしこに糸がある場所では見分けがつきにくいため、完全に不意打ちとなる場合が多い。

 

ここでカイネがマズいと感じた。

野生にしても、ラーニェのような異端児(ゼノス)にしても、1度たりともこうした受動的に動作する罠を作れた試しはない。

にもかかわらず、カイネと同様の罠を張る目の前の人蜘蛛は、恐らくノーヒントで張った。張ってあった。

下手をすればカイネと同等の操糸能力をもち、頭が回る可能性がでてきた。

つまり、糸を使った戦い方は危険過ぎる。

相手に糸の組み方を見られればそこで次の手がバレるのだから。

まずい。

この人蜘蛛とカイネの差異は、魔法と魔黑針、それに魂喰。しかしこれは相手にそれなりの手傷を負わせなければ効果がないので手段としての優先度は低い。

打つ手が思い浮かばない。

 

──────時間が、ない。

 

人蜘蛛にリドの命が握られている以上、手段をちまちまと考えていると手遅れになる。

 

ここに、心を無くした縫合少女が再臨する。



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16針目

昨日変な夢見たんだ
手足の生えた魚類(サバ)にアスリート走りで追いかけられて、私は自転車を全力で漕いで逃げるっていう夢

謎である。圧倒的謎である。

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……私は、いつから痛みが怖くなったんだろう。

そんなもの、散々味わって慣れてきたはずなのに。

おかしい。

痛くても死にものぐるいで動かしてきたんじゃないの?

あの時からそうだったでしょう?

何を今更。

私は弱くなった。

なぜ?引っかかるけれど、今はどうでもいい。

生きなければ。生きるために、余計なものは捨てるべき。

今一番いらないのは、恐怖。

 

考えを巡らせ、自らの心を殺していく。ひとつひとつ、丁寧に。

腹部から自身の丈の半分と同等の針を生成、その勢いのままに射出する。

 

硬い皮膚に阻まれ、針先が僅かに肉にくい込みはしたものの、ダメージらしいダメージは与えられていない。

 

「ん?ふふふ、残念でした〜」

 

「……そう?」

 

だから、叩き込む。

Lv4、筋力SSSの膂力でもって存分な力を込めて針の持ち手を蹴り入れた。

呪われた針は、深々と怪物の腹部を刺し貫いた。

 

「あ"ぁ"うっ……!!」

 

拘束が緩んだ瞬間、刺さったままの針を蹴って飛び上がる。

苦痛に顔を歪めながら、人蜘蛛はなおも手を伸ばす。

そして、その手はカイネに届いてしまった。

右足を掴まれる。

しかし残った左足で掴まれた足を折り砕き、そのまま右回転。かかとで人蜘蛛の右頬を蹴り抜く。

下顎が吹き飛び、血しぶきが舞う。

右足を掴んだままの左腕を引きちぎり、距離をとる。

指を潰して外し、口に運んで食いちぎると見せつけるように咀嚼する。

 

「……まずい、ね」

 

明後日の方向を向いている右足を掴んで無理やり元に戻す。

生々しい音を発して、足は前を向いたが、体を支えるには不十分な強度だった。

すぐさま足の肉の中に針を数本生成し、外から糸で固定する。

 

「……これで、まだ動く」

 

人蜘蛛は感情の赴くままにカイネを惨殺しようと踏み出そうとするが、進まない。

代わりに重心のズレた上半身が人外の下半身から滑り落ちる。

 

理解が追いつかなかった。

怪物(カイネ)が近づいてくる。

逃げなければいけない。逃げなければ死ぬ。殺される。しかし動けない。

体が強ばって動かないのは初めての経験だった。

知らず知らずのうちに目からぼろぼろと涙が溢れ出す。

 

ぁらぁ(やだ)……いらぁい(いたい)……いらいぉぉ(いたいよ)……」

 

嫌だ。死にたくない。知らない。分からない。嫌だ嫌だ嫌だ。殺される。逃げなきゃ。どうしよう。どうすれば。助けて。逃げ───

 

取り留めもない頭の中、わけも分からないままに必死に糸で下半身の断面と接合しようとする。

怪物が得た「楽しい」や「嬉しい」以外の初めての感情は、くしくもカイネが先程不要と切り捨てた「怖い」であった。

しかし、怪物はこの「怖い」を表す言葉を知らない。

 

ぐしゃりと、髪を掴まれる音がした。はっと我に返ると、目の前にはカイネの無機質な紫紺の瞳があった。

 

「ぁ……ぅぅぁ……」

 

ぼろぼろと涙がこぼれる。しかし、目の前の無機質な紫紺は無感動を貫いている。

 

「ぃ、やだぁあああ!!」

 

恐怖にかられる怪物は、下半身と上半身を繋いだ糸を引き、接着を果たすとカイネの首に手をかけて無理矢理走り出す。

近くの壁に叩きつけ、そのまま張り付けていた糸をちぎりながら壁を削るほどに力一杯押し込んで、ひた走る。

しかし、髪を掴んだ手はまだ取れない。

むしろ力が強まっているようにすら感じる。

 

恐怖と過度な運動によって乱れた息を整えていると、抜けていたカイネの折れた足が跳ね上がる。

ぐっと足を伸ばすと、炸裂音を響かせて黒い針が射出された。

それは四方八方に飛び散り、人蜘蛛の下半身の前肢3本を吹き飛ばした。

急なパーツの損失により、バランスを崩してその場に倒れ込んでしまう。

ガラガラと壁を崩して頭を壁から抜いたカイネの紫紺の瞳と、目が合った。

 

「……もう、お終い?」

 

お終い。

その言葉に体が動かなくなってしまう。

触れられているのは掴まれている髪だけなのに。

 

目の前から迫っていた紫紺がなくなり、喉に、湿った感触を感じた。

 

ぶつり

 

勢いよく自らを支えてきた(けつえき)が飛び出す。

減っていく。自分の中から無くなっていく。怖い。寒くなってくる。視界も暗く閉ざされて周りに何も無くなってしまった。

 

頭にだけ温もりを感じる。

今頭を掴んでいる、カイネの手の温もりだけ。

 

あぁ、そっか。私が欲しかったのは……いっぱいのおもちゃじゃなくて……このちょっぴりの……あったか……い……

 

ここに、宵闇を編む紫白の姫の再来は幕を閉じた。

 

……。…………。………………。

 

さて、リドを助けなければ。

黒い巨大な糸玉を転がして隠れ里の前まで運ぶ。

糸の組み方を見て、操糸で解いていく。

ある程度解き終わると、糸玉の下の方からフスーっ、フスーっ、と音が聞こえてきた。

 

どうやらリドの頭は今、下を向いているらしい。

構わず解いていく。

小さく下の方から、「なぁ、カイネ?この体勢すげぇ辛いんだけどちょっと変えてくんない?なぁ、カイネ?カイネ〜……?」と聞こえているような気がしないでもないが放っておく。

 

「なぁ、やべぇって。首に対して頭が直角向いてるんだって……!カイネよぉ……折れる、折れそう……」

 

「……」

 

「あノ、カイネ?リドが苦シんでいますガ……」

 

「……私には聞こえない」

 

「ハぁ……」

 

リザードマンの苦しみはまだ少し続きそうだ。



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17針目

ダンジョンはただいま人蜘蛛さんのせいでモッサモサ状態ですよ

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カイネの捜索を兼ねた帰還を敢行していた【ロキ・ファミリア】の面々は、目の前の異様な光景に足を止めていた。

 

「このあたり一面を覆っている黒い繊維は……カイネの魔黑糸か」

 

ちぎれて落ちていた糸束を触ったフィンがその糸の正体をカイネの出す魔黑糸だと予想するが、同じく糸を分析していたアイズから否定された。

 

「少し、違うかも」

 

「ふむ、根拠は?」

 

「……カイネの糸は、もっとつやつやしてるし、手触りがいいから」

 

冷静に分析していた団長の顔が微妙な反応を明確に表した。

もちろん他の団員もである。

エルフの麗人はどこか納得したような反応を示していた。

続けて、アイズが切れ味の鈍った剣で糸を切りながら口にした言葉でフィンは考えを改めた。

 

「……それに、あの子の糸は少し脆い」

 

そうなると思い当たる節がある。

確かに、カイネの糸は脆くはあったが、振るえば下手な装備では切り裂かれるほど鋭利さがあった。

特徴に違いがあるのだ。

糸の性質を変えられる能力があるとは聞いていたが、Lv4の冒険者、それも仮にも神から与えられた能力で強化された糸であれば、強度を重点的に考えて性質を変えれば、アイズとて切るのに少し時間がかかるくらいの丈夫さはあるだろう。

ここはダンジョン。ロキから聞いた話では、カイネにはかの残虐な人蜘蛛が混ぜられているという。

もし仮に、この糸がカイネのものではないのであれば、あの悪夢の再来の可能性を考慮しなければならない。

武器や物資を新種の魔物に溶かされ、不十分な状態だ。

あれはそのような状態で挑むには無謀すぎる相手であることはわかっている。

 

しかしながら、糸に触れているにもかかわらず、糸の主が現れる様子はない。

自身の親指も、相手の戦略ではないと告げている。

 

「……みんな、常に警戒して慎重に進むんだ。もしかしたら、最悪の場合ここで全滅するかもしれない」

 

団員の間に緊張した雰囲気が漂い始める。

強さ、人柄ともに信頼を寄せる団長からの全滅予想に、絶望的な表情を浮かべる者もいる。

 

「今、この糸の主はいない。そう断言することは、正直難しい。僕の予想が正しければ、宿主はいない。これが間違っていたら、僕らは全滅だ。だが、ここで止まっていれば物資も武器もない今、衰弱して帰還がより難しくなるだけだ。すまないが、僕に命を預けてくれ」

 

顔を青くしながらも、団員たちはもれなく首を縦に振った。

死ぬ可能性は低い、そういった意図の発言を支えにして立ち上がった。

 

敷き詰められた黒い糸の床を踏みしめ、なおも仲間を救い、彼らの主神の待つ場所へ帰るために前へ進んだ。

 

「待ってて、カイネ」

 

………………。

 

「……人が、来た。……大勢。……数からして、ファミリアのみんなかな」

 

「そうか。帰るんだな」

 

「……」

 

糸から解放されたリドから投げかけられた疑問に、カイネは答えられなかった。

それというのも、先程の戦いでよぎった自分の疑問がカイネの中で渦巻いているからだ。

 

(私は弱くなった。なぜ?)

 

弱くなった。弱くなっていた。なぜ?

答えはわかっている。しかし、それにたどり着きたくない。

その一心で疑問は疑問のままカイネの中をさまよい続けている。

 

知らなかった自分。

ファミリアのみんなと、姉や母と出会ってから出来た自分。

レフィーヤお姉さんやアナキティさん、ヒュリテ姉妹にラウルさんやベートさん団長にガレスお爺、団員のみんな。色々な人の思いが集まって形成された自分。

 

「……捨てたく、ないっっ!!」

 

《でも、リドやレイ、異端児(ゼノス)のみんなも大切でしょ?》

 

「っ!?」

 

突如として、聞き覚えのない声が頭の中を犯していく。

 

《リドは、危険な目にあったよね。誰のせい?》

 

《不注意に近づいてきたリドのせい?》

 

《止めに入らなかったレイのせい?》

 

《それとも、ついてこなかったみんなのせい?》

 

「……ち、がう」

 

ズキリと、頭が痛む。

 

《じゃあ、残った……?》

 

「……わ、わたしの、せい」

 

《そう。じゃあ、あなたのせいになったのは?原因は?》

 

「……ちゃんと、意味のある言葉を、伝えられてれば……」

 

《いやいやいや、違う、違うでしょ?分かってるはずだよ?》

 

「……」

 

《強さが足りなかったせい、だよね》

 

《あなたは強かったのに。弱くなった。なぜ?》

 

「……やめて」

 

《痛みが怖くなったのは、なぜ?》

 

「やめてぇ……!」

 

《感情を持ったから。人形のくせに。玩具のくせに》

 

《分不相応にも感情を持ったのは、なぜ?》

 

「いや……!いやぁ……やだ……やめてよぉ……!」

 

《─────みんなの優しさ》

 

《優しさがあなたを弱くする》

 

《強くならないと。要らないものは棄てましょう?》

 

「いるっ!!要らないものなんてない!!」

 

《要らないよ。弱さがあなたの『大切』を壊すの》

 

やっと分かった。この声は。

 

《私の『大切』を壊すの》

 

私の声だ。

 

《さぁ、弱さを捨てなきゃ。みんなを、守らないと》

 

「……そう。……守らないと。……みんなを」

 

《そう、良かった。これでみんなを守れるね。おかえりなさい、強い私》

 

 



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18針目

今日は当たると爆発する鯖をボートで必死に避ける夢を見ました東条カリンです

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慎重に慎重を重ね、その進行速度は遅々としたものではあったが、【ロキ・ファミリア】の1団はついに21階層にまで到達した。

 

精神的な負荷の大きい状況を鑑みて、フィンは1度小休止をとることにした。

 

「……もう少しで安全階層(セーフティポイント)、18階層だ。カイネが見つかっていないのが心残りではあるが、18階層に避難してる可能性も十分にある。10分後に再出発だ」

 

団員たちは交代で周囲の警戒にあたり、休めるうちに最大限の回復を心がけた。

 

アイズは許可をもらい、リヴェリアをともなって少しだけ周囲の探索を始めることにした。

残りの帰還に使う体力を残しつつ、範囲を広げていく。

しかし。

 

「いない……」

 

「……そう、だな」

 

場所は20階層入口。

 

くまなく探したがカイネの痕跡は全くと言っていいほど見つからなかった。

 

ただでさえ階層全体が糸で覆われているため、痕跡が見つけにくくなっているのだ。そのうえ広大なダンジョンで1人の人間を探すのは困難を極めるだろう。

外敵溢れる大海で特定の稚魚を1匹見つけるようなものだ。

 

「……戻るぞ、アイズ」

 

「……」

 

理性ではわかっているが、感情が追いつかない。

思考が行動に伴わない。

その時、地面()()()()

 

20階層から微かに響く、(きし)る金属音。

1歩ごとに崩れていくかのような音の変調が耳に入る。

しかし、これはまずい。

このような環境で生き残れるのはただ1つの存在のみだ。

────糸の主。

その登場を想定しなければならない。

 

そこからの2人の行動は速かった。

なんの合図もなしにほぼ同時に踵を返してファミリアの元へ駆けていく。

伝えなければ今日この日をもって【ロキ・ファミリア】は終わりを告げることとなるからだ。

 

今は走ること以外に頭を使っている暇はない。

足を動かすことだけを考えて合流を目指した。

 

………………。

 

リドたちに簡単な治療を施したあと、隠れ里へ送り届けたカイネは、目の前に残る人蜘蛛の処理について考えていた。

魔物は魔石を砕くと灰になって消えてしまう。

喉を食いちぎった結果、出血多量によって死を迎えた怪物は、強靭なその身を保ったまま沈黙を貫いている。

 

【狩った獲物は、糧にすべき】

 

「……」

 

不意に頭の中から響くのは、強かった、強くあることを願った少女、『カイネ』の声だった。

彼女は、カイネが強くなるための方法を伝えてくれる。

 

【食べて、強くならなきゃ】

 

強くなる。そのために必要なことを、伝えてくれる。

 

【そう、それで私は強くなれる。何も考える必要はない。私に従えば、強くなれる】

 

「……強く、なれる。……考えなくて、いい」

 

柔らかで、女性的な上半身に再度、おのが牙をつきたてる。

ブチブチと。肉がちぎれ、噛み潰される音が迷宮に静かに響く。

 

「……筋張ってて不味い。……生臭い」

 

黙々と食べ進めているカイネだが、背中に違和感を感じ始めていた。

背中が熱をもっている。

肉を食いちぎり、喉の奥へと送り込む度にその熱量はだんだんと強くなっていくように感じる。

上半身を食べ終えた頃には、カイネを焼き殺さんかというばかりに熱を訴えている。

 

【まだ、まだ。足りない。食べないと】

 

「……ぁぐっ!……ぐぅぅ!はぐっ、はぐっ!ふ、ふ、ふぅ、ふぅ……!んぐぅ……!」

 

身を焼く熱さに耐え、なおも咀嚼(そしゃく)し、飲み込んでいく。

 

食べて、食べて、食べて、食べる。

硬い外骨格に隠れた内臓を貪り、肉を()み、血をすする。

ついには歯が砕けるのも厭わず外骨格までも食らいつき、歯が無くなったら今度は手で折り砕き、細かくしてから飲み込む。

最後に残ったのは、妖しい輝きを放つ拳3つ分程の魔石。

それも砕いて飲む。

 

もはや体の感覚がなくなるほどに熱は大きくなり、立っているのか伏せているのかも分からない。

 

カイネの体は何もかもを知覚していない状態で、ゆっくりと糸を吊り下げ、ぶら下がった形になると、自然と(まゆ)を作った。

自身の周りに薄らと膜をはり、ゆっくりと回転を始め、人蜘蛛の張った糸を巻き込んで繭を厚く、固くしていく。

回転の方向を変えたり、速さを変えたりしてついには20階層の天井を()くような巨大な黒い塊が完成した。

 

糸の上を進んでいた【ロキ・ファミリア】は、糸が巻かれていくことに気がついてからは糸のない範囲まで撤退しているため、20階層にはいない。

 

誰も見ていない暗闇の中、少女は混沌の想う姿へ1歩ずつ近づいていく。

暗く、狭く、混沌とした繭の中で、独り、強くなることのみを願いながら少女は熱に溶かされながら姿(かたち)を変えていく。

 

彼女が目覚めるのはいつ頃か、彼女が成るのはナニモノなのか、それは固く閉ざされた繭の中、神でさえ知らない。




少し短くなってしまった。

許してクレメンス。


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