もし南雲ハジメが全集中の呼吸の使い手だったら (籠城型・最果丸)
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物語開始
第一話 召喚


初めましての方は初めまして。最果丸です。

雷の呼吸は私のお気に入りの呼吸です。特に壱ノ型と漆ノ型が格好いいと思いました。

ハジメがほぼ善逸になってしまいました。


月曜日。それは一週間の内で最も憂鬱な始まりの日。きっと大多数の人が、これからの一週間に溜息を吐き、前日までの天国を想ってしまう。

 

そして、それはこの俺、南雲ハジメも例外ではなかった。

 

「不味いな、急がないと遅刻だ。二日の徹夜で物凄く眠い……」

 

始業のチャイムが鳴るぎりぎりの時間に登校し、徹夜の修行でふらふらの身体で何とか踏ん張り、教室の扉を開けた。

 

その瞬間、教室の男子生徒の大半から舌打ちやら睨みやらを頂戴する。女子生徒も友好的な表情をする者はいない。無関心ならまだいい方で、あからさまに侮蔑の表情を向ける者もいる。ねえさっきから何で黙ってるの?何か喋れよ!

 

かなり疲労が溜まっているので一々相手をする暇がない。だというのに、毎度の如くちょっかいを掛けてくる者がいる。俺は心底辟易していた。

 

「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

俺はキモオタじゃないし。そもそもオタクですらないし。エロゲなんか生まれてこのかた一度もやったことないんですけど?まあいいや。どれだけ俺をぼろくそに貶そうが知ったこっちゃないし。っていうかゲラゲラとバカ笑いしてるお前らの方が気持ち悪いんだけど?

 

先程俺に声を掛けてきたのは檜山大介。俺は裏で塵山って呼んでる。毎日飽きもせずに俺に絡んでくるし、絶対碌な奴じゃない。その近くでバカ笑いしているのは斎藤良樹(カス藤)、近藤礼一(クソ藤)、中野信治(タコ野)の三人。こいつらも地味にうざったい。こいつらの声を聞くだけで耳がおかしくなりそうなんだけど。

 

オタクオタクっていうけどオタクの何が悪いの?別に全国のオタクが一斉に犯罪を起こしたわけでもないのに。確かにオタクに対する風当たりが強いけど、ここまで敵意剥き出しってことある?俺がオタクだったら速攻であの世逝きだったんだぞ。あといい加減俺オタクじゃないし。何故男子生徒が敵意や侮蔑を剥き出しにしてくるのか。

 

その答えが彼女だ。

 

「南雲くん、おはよう!今日はギリギリだったね」

 

ニコニコと微笑みながら一人の女子生徒が俺のもとに歩み寄った。このクラス、いや学校でも俺にフレンドリーに接してくれる数少ない例外であり、この事態の原因でもある。学校で俺がイラつく原因の九割が彼女だ。

 

彼女の名は白崎香織。学校で二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る途轍もない美少女だ。腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。率直に言って麗しゅうございます。

 

いつも微笑の絶えない彼女は、非常に面倒見がよく責任感も強いため学年を問わずよく頼られる。それを嫌な顔一つせず真摯に受け止めるのだから高校生とは思えない懐の深さだ。うん、女神だね。

 

そんな彼女は何故か俺によく構う。彼女と会ったのはこの高校に入学してからだし、それから今に至るまで特に接点も無い。

 

徹夜のせいで俺は授業中よく眠る。っていうか午前中の授業は九分九厘寝る。そのせいで俺は不真面目な生徒と思われている。だが俺は何故か昔から耳が良かったから、寝てても何時の間にかノートは取れていた。ちなみにノートの字は俺のだ。学校で寝てる分、家では必死に勉強しているので成績はそこそこ良かった。だが、家で必死に勉強して学校で寝るくらいなら学校で勉強して家で寝ろ、と担任に怒られた。早く生活習慣を直さねば。

 

生来の面倒見の良さから白崎さんが気に掛けていると周りから思われている。将来良い母親になりそう。って何考えてんだよ俺!

 

これで俺の授業態度が改善したり(周りから見た俺)、あるいはイケメンだったら白崎さんが構うのも許容できる。だけど生憎俺の容姿は平凡だし、午前の授業はぐーすか寝てるから態度改善も見られなかった(周りから見た俺)。寝ながら授業聞いてるからいいでしょうが。

 

そんな俺が白崎さんと親しくできることが、同じく平凡な男子生徒達には我慢ならないのだ。「なぜ、あいつだけ!」と。女子生徒は単純に、彼女に面倒を掛けていることと、なお改善しようとしないことに不快さを感じているようだ。まあ無理もないよね。俺が言うのもなんだけど。

 

「あ、ああ、おはよう白崎さん」

 

彼女に挨拶を返した瞬間、鋭い殺気が俺を射抜く。待って!俺物凄く居心地悪いんだけど?

 

それに嬉しそうな表情をする白崎さん。なんでそんな表情をするの!?俺を殺したいの?何か俺に恨みでもあるの?冷や汗で下着が濡れて気持ち悪い。

 

何故学校一の美女である白崎さんが俺なんかにここまで構うのか。どう見ても彼女の性分以上に何かがある。そういう音するし。

 

でもまさかこんな俺に気があるなんて旨い話なんてあるわけないし、仮に付き合いでもしたらまず間違いなく男子に殺されるんだけど。俺なんかよりもいい男なんて幾らでもいるよね?何で俺なの?白崎さん一体俺に何がしたいの?

 

正直言って白崎さんはこのクラスで一番苦手な人物だ。口に出したらまず間違いなく体育館裏で殺されるから言わないけど。

 

早く会話を切り上げたくてうずうずしていると、三人の男女が近寄って来る。その中の一人はイケメンだった。

 

「南雲君。おはよう。毎日大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気ない上に自分勝手なヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

やる気がないって何だやる気がないって!?お前!こっちは勉強と修行必死に頑張ってんだよ!自分勝手なのは認めるけど!!

 

話が逸れてしまった。この三人の中で唯一俺に挨拶してくれた女子生徒は八重樫雫。白崎さんの親友だ。ポニーテールにした長い黒髪がトレードマークである。切れ長の目は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じられるため、冷たいというよりカッコイイという印象を与える。

 

百七十二センチメートルという女子にしては高い身長と引き締まった体、凛とした雰囲気は侍を彷彿とさせる。同じ女子からも告られそう。

 

事実、彼女の実家は八重樫流という剣術道場を営んでおり、彼女自身、小学生の頃から剣道の大会で負けなしという猛者である。現代に現れた美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあり、熱狂的なファンがいるらしい。後輩の女子生徒から熱を孕んだ瞳で〝お姉さま〟と慕われて頬を引き攣らせている光景はよく目撃されている。だから何なの?平凡な俺に対する当てつけか何かなの?

 

次に、些か気障な台詞で白崎さんに声を掛けたのが天之河光輝。完全にキラキラネームのこいつは、容姿端麗、成績優秀、おまけにスポーツ万能と来た。白崎さんの次に苦手な奴だよ。ちなみに塵山たちは一番嫌いな奴らだ。

 

サラサラの茶髪と優しげな瞳、百八十センチメートル近い高身長に細身ながら引き締まった体。誰にでも優しく、正義感も強い(思い込みが激しい)。眩しい。兎に角眩しすぎる。

 

小学生の頃から八重樫道場に通う門下生で、八重樫さんと同じく全国クラスの猛者だ。八重樫さんとは幼馴染である。ダース単位で惚れている女子生徒がいるそうだが、いつも一緒にいる八重樫さんや白崎さんに気後れして告白に至っていない子は多いらしい。それでも月二回以上は学校に関係なく告白を受けるというのだから筋金入りのモテ男だ。いくら何でもモテ過ぎだろ!神様か何かがこいつの身体弄ったの?だからこんなにキラキラなの?

 

最後に俺をいらつかせた熊野郎こと坂上龍太郎。天之河の親友だ。短く刈り上げた髪に鋭さと陽気さを合わせたような瞳、百九十センチメートルの身長に熊の如き大柄な体格、見た目に反さず細かいことは気にしない脳筋タイプだ。こいつも苦手だ。

 

こいつは努力とか熱血とか根性とかそういうのが大好きな人間なので、俺のように学校に来ても寝てばかりのやる気がなさそうで自分勝手な人間は嫌いなタイプらしい。現に今も、俺を一瞥した後フンッと鼻で笑い興味ないとばかりに無視している。その方がこっちにとってはありがたい。だってこいつらと絡むと滅茶苦茶疲れるんだよ。

 

「おはよう、八重樫さん」

 

何かもう挨拶する気が無くなって来た。でも八重樫さんは俺にちゃんと挨拶してくれたから挨拶は返すけど。

 

「おい南雲、何故雫にだけ挨拶して俺や龍太郎は無視する?」

 

一人称被ってんじゃんこいつ。坂上もだけど。っていうか殆どの男子生徒一人称俺なんだけど。

 

「挨拶しないからに決まってんでしょ?何で挨拶もしない人間に挨拶するなんて面倒なこと態々しなくちゃいけないわけ?」

 

いつも通りに適当にあしらう。こいつらと関わると絶対碌な目にあわない。

 

「なっ、南雲!何だその態度!」

「光輝、止めなさい。南雲君が困ってるでしょう?」

 

ここで八重樫さんが止めに入る。正直助かった。眠いからもう寝るね?

 

「おい南雲、まだ話は終わってないぞ」

「はいはい、もう直ぐ授業始まるから席に戻りなさい」

 

八重樫さんに天之河と坂上が席に戻される。邪魔者がいなくなり、俺は一時限目から眠るのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

昼食時、この時間は身体が覚えているのですんなりと目を覚ますことができた。いやはや、便利な機能だ。ありがたい。

 

いつものように俺はCMでやってた十秒チャージでおなじみゼリー飲料を取り出した。

 

パッケージを握力で握りつぶし、中身を吸い尽くした俺はもう一眠りしようかと机に突っ伏した。だが、そうはさせまいと俺にとってはある意味悪魔が、ニコニコと俺の席に寄って来る。

 

畜生、寝ぼけ過ぎたか……いつもなら誰もいない場所でぐっすりと眠っているはずなのに。二日の徹夜……恐るべし。

 

「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当?よかったら一緒にどうかな?」

 

……この娘、悪魔だ。女だからサキュバスかな?でもサキュバスはえっちい悪魔だし……違うかな……っていうかさっきから視線が痛い!

 

俺は必死に抵抗をした。

 

「あ~、誘ってくれてありがとう、白崎さん。でも、もう食べ終わったから天之河君達と食べたらどうかな?」

 

そう言って空っぽのパッケージを彼女に見せる。断ったら断ったで「何様だ!」と思われそうだけどそんなもの一時だから楽だ。

 

だというのにこの女神ときたら追撃してきやがった。本当何なの!?

 

「えっ!お昼それだけなの?ダメだよ、ちゃんと食べないと!私のお弁当、分けてあげるね!」

 

いや、そういうのいいから。分けてもらうと俺死ぬんで。徐々に圧が増していくんだけど!?死ぬよ俺!九分九厘死ぬ!!

 

そんな時、天之河達が現れた。苦手なこいつらでもこういう時はありがたいと思う。随分と都合の良い奴だな!?俺は!

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

そうだよ、二日も寝てないから物凄く眠いんだよ!眠過ぎて食欲湧かないんだよ!

 

っていうか白崎さん!何キョトンとしてんだよ!?あんた鈍感過ぎるだろ!?天然キャラなの?天之河のイケメンスマイルや気障な台詞も全然効果を発揮してないんですけど!?

 

「え?なんで光輝くんの許しがいるの?」

 

いや要るでしょ!?お前ら付き合ってんじゃないの!?それとそこで吹いてる八重樫さん可愛いな!

 

「ほら、南雲くんも嫌そうな顔してるよ?」

 

俺は露骨に嫌そうな顔をしていたらしい。いやこれはあんたのせいだよ白崎さん?俺を利用しないでくれ……

 

もういっそ、こいつら異世界召喚とかされないかな? どう見てもこの四人組、そういう何かに巻き込まれそうな雰囲気ありありだろうに。……どこかの世界の神か姫か巫女か誰でもいいので召喚してくれませんか~~召喚して欲しいというわけで、頼む、頼むよぉ~~

 

現実逃避の為に異世界に電波を飛ばした俺。いつも通り苦笑いで茶を濁して退散しようかと腰を持ち上げたところで……

 

 

気配が凍った。空気が揺れる。

 

 

 

天之河の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が出現した。嘘だろ!?ホントに異世界召喚来ちゃったよ俺!?誰か死んだらごめんねぇ~!!

 

その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。

 

もう教室から逃げてる暇はない。脱出を諦めた俺は咄嗟に教室の後ろに立て掛けてある竹刀袋に手を伸ばす。

 

俺の手が竹刀袋に届いたと同時に畑山先生が「皆! 教室から出て!」と叫んだ。しかもそれと同時進行で魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光った。

 

俺は竹刀袋を握りながら、閃光から目を守るために片腕で両目を覆ったのだった……




「「いよっと」」

ハジメ「ったく俺のクラスほとんどやべぇ奴しかいないじゃん」
香織「南雲くん……私のこと、迷惑だって思ってる?」
ハジメ「白崎さん、そういうのは次回に取っておくものだよ」
香織「あはは、ごめんね。変なこと聞いて」
ハジメ「そう気にしないでよ白崎さん」
香織「南雲くん……」


ハジメ「ここで(まだ着いてないけど)トータスコソコソ噂話」

ハジメ「何故かトータスには日輪刀が存在するそうですよ」


香織「ねえ南雲くん、にちりんとうってなに?」
ハジメ「さぁ?台本にそう書いてあったんだけど……何のことやら」
香織「ホント?」
ハジメ「次回 第二話 ありふれない雷の呼吸」
香織「あっ、待ってよ南雲くん~」


つづく


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第二話 ありふれない雷の呼吸

善逸みたいなハジメが盛大にクソエヒトやジジイをぼろくそに言いまくります。

雷の呼吸が最後の方だけ名前のみの登場になってしまい申し訳ございませんでした。


両手で顔を庇い、目をギュッと閉じていた俺は、ざわざわと騒ぐ無数の気配を感じてゆっくりと目を開いた。滅茶苦茶五月蝿い。

 

周囲を見渡すと、まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横十メートルくらいか?後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。何なの?神様か何かなの?

 

背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。きっと多くの人が美しいだの、素晴らしいだのと零すだろうな。何かコイツが気に入らない。だって見方によってはこの世は我が物とばかりに両手を広げているかのように見えるし。描いた奴も描かれた奴も絶対趣味悪いだろ。

 

如何やら俺達は巨大な広間にいるみたいだ。

 

素材は大理石か?美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のようで、これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間だ。まるでホテルのロビーだな。めっちゃ行きたかった。

 

俺達は台座のような場所に立っているようだ。目線高いし。周りには俺と同じように呆然と周囲を見渡すクラスメイト達。教室にいた奴全員、ここに召喚されたみたいだ。

 

ってかさっきから周りが喧しいな!何なのコイツら?三十人くらいの人間が台座の前で跪いて両手を胸の前で組んでる。コイツらエヒト様エヒト様って五月蝿いんだけど!?誰エヒト様って!?もしかして壁画の人物の名前なの?そいつは絶対碌な奴じゃないに決まってる。

 

その内の一人が俺達の許へ歩み寄って来た。豪奢で煌びやかな衣装を纏って、高さ三十センチ位の烏帽子被ってる七十代のジジイ。顔の皺や老熟した眼差しが無かったら絶対五十代だって。

 

このジジイは手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見通りの深みのある落ち着いた声音で俺達に話しかけた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

は?お前の名前なんかどうでもいいんだよ。それより元の世界に帰せよ。お前らが呼び出したんじゃないの?呼び出せたなら帰せるだろ?

 

 

 

現在、俺達は場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

 

この部屋も例に漏れず煌びやかな作りだ。素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。

 

多分、晩餐会などをする場所じゃないか?上座に近い方に畑山愛子先生と天之河達四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。俺は最後方だ。だって前五月蝿いもん。

 

きっと皆、ここに案内されるまで現実に認識が追い付いてなかったと思う。ここに来るまで皆怖い位に静かだったし。イシュタルとかいう名前のジジイが事情を説明すると告げたことや、カリスマレベルMAXの天之河が落ち着かせたことも理由だろうけど。

 

天之河が畑山先生より教師らしくクラスを纏めてるから畑山先生涙目だよ。畑山先生、教師としての役目全然果たしてない。本当に大丈夫か?

 

全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイド達が入ってきた。ファンタジー小説や漫画なんかで出て来るメイドそのものだった。

 

こんな状況だというのに男子共と来たらめっちゃメイドを凝視してるし。女子達の視線が滅茶苦茶冷たい。普段俺に向ける視線並みに冷たい。どうだ男子共、俺が受けた苦しみを少しは解っただろ。

 

生憎俺は白崎さんのお陰で歳の近い女子は少々苦手になってしまっているので凝視はしないが。何か知らないけど背筋に悪寒を感じた。え?何?今度は俺に向けてきたの?

 

悪寒を感じる方向へ目を向けると、なぜか満面の笑みで白崎さんがこっちを見ていた。白崎さん……怖っ!?何!?ヤンデレなの?俺のことが好きなの?頼むから止めてくれよ心臓止まりそうになったじゃないかよ止まったらあんた人殺しだからな?

 

全員に飲み物が行き渡るのを確認するとジジイが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

そう言って始めたジジイの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手なものだった。

 

 

この世界はトータスという名らしい。そう言えばようこそトータスへ、とか言ってたよな。トータスには大きく分けて三つの種族がいる。ジジイ達人間族と魔人族、それと亜人族だ。

 

人間族は北一帯を、魔人族は南一帯を支配し、亜人族は東の巨大な樹海でひっそりと生きていた。

 

この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。

 

魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。

 

魔人族が魔物を使役しだしたのだ。

 

魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。もしかして俺達、戦わせられるのかな?死んだわ俺。

 

ただでさえ使役出来て一、二体なのに魔人族はそれを優に超える数を使役できるようになったのだという。人間族に勝ち目ないじゃん。もう無理ゲーだよ。

 

人間族の〝数〟というアドバンテージが崩れた。このままでは人間族は間違いなく滅亡してしまう。

 

「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

あのクソ神め、やりやがったよ。っていうか何で俺達なんだよ!?呼ぶなら元グリーンベレーの奴でも呼べよ!巫山戯んなよ!!絶対脳みそ空っぽだろエヒトって奴。いかれた〝神の意思〟を鵜呑みにしてんじゃねぇか。歪過ぎる。

 

そしてジジイてめぇ。何ニヤついてんだよ気持ち悪いんだよ!人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒で度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしいけどだから何なんだよ!!一ミリも信仰しねぇからなあのクソ神いつかママぁって泣くくらいフルボッコにするからな首を洗って待ってろよ。

 

そうやって俺がネチネチと呟いてると突然畑山先生が立ち会がり俺の気持ちを代弁するかのように猛然と抗議をした。

 

「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

自信を持ってその通りだよ!いきなり異世界召喚されていきなり戦えだの迷惑にも程があるだろ絶対許さないからな。

 

彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。俺としてはこの先生も苦手だ。

 

〝愛ちゃん〟と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。なんでも威厳ある教師を目指しているのだとか。いや見た目的に威厳のいの字もないんですけど?百年掛かっても無理だと思うな。

 

今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がった畑山先生。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでジジイに食ってかかる畑山先生を眺めていた生徒達だったが、次のジジイの言葉に凍りついた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

……は?このジジイ今なんて言ったの?帰れない?嘘だろ?

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

帰せるんだろ?帰せるなら帰せよ!

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

あああああああああああああああ!!!!このジジイ言っちまったよ巫山戯んなぁぁぁぁぁぁ!!!!お前ら口を開けばエヒトエヒトってうるせぇんだよォ!!俺達が帰れるかどうかはエヒト様次第って無責任にも程があるだろうが!無責任にも程があるだろうが!あんな信用できない神様の気分次第ってもう帰れないじゃん!!俺達ここでじーさんばーさんになって死ぬのかよ巫山戯んな!帰れないなんて酷い!あんまりだぞ!死んだよ俺!!九分九厘死んだ!

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

お前!!責任取れよ!!お前のせいで帰れなくなったんだからな!!

 

でも俺は勉強と修行の合間にこういう類の小説を沢山読んできたからある程度の展開やパターンは知っている。

 

この状況で奴隷扱いしてみろ。殺すからな!?

 

誰もが狼狽える中、ジジイは口を挟むことなく静かに様子を眺めていた。ジジイから侮蔑の音がする。「エヒト様に選ばれておいてなぜ喜べないのか」だと?喜ぶのはお前ら狂信者位だけだよ!!俺達が喜ぶとでも思ったのかよ!!

 

未だパニックが収まらない中、天之河が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目するクラスメイト達。天之河は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

嘘だろ嘘だろ嘘だろ!?戦いたくないのに!!何てめぇ勝手に話進めてんだよ巫山戯んなよ!!

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

……もう駄目だ。完全に全員参加の方向で固まっちゃったよ。畑山先生全然歯止め掛けれてないじゃん。俺も何か言えばよかったよ。

 

魔人族の冷酷非情さ、残酷さを強調するようにジジイは話していた。言っとくけど悲劇は人間族だけのものじゃないからな?魔人族側にもちゃんと悲劇はあるんだからな?ってそんなもんあいつにとっては蚊帳の外だろうけど。

 

エヒトとかいうクソ神もこのジジイも信用できない。っていうか信用したら絶対碌な目にあわない。確実に危険分子だよ。

 

……まあ、茶番はここまでにして、そろそろ〝あれ〟を使う時が来たみたいだ。

 

俺の言う〝あれ〟とは、一種のブースト法で、身体能力を一時的に高める。特に敏捷性が格段に上がるが足腰に凄く負担が掛かる。この中では多分俺しか使えないだろう。

 

その手段の名は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……『雷の呼吸』




「「いよっと」」

雫「南雲君……胃に穴開いてない?」
ハジメ「……胃の穴より、頭が痛い」
雫「貴方も大変だったのね」
ハジメ「凄く大変だよ。うちのクラスほとんどまともな奴いないし」
雫「あらら、ごめんなさいね。そう言えば香織から聞いたんだけど、南雲君、香織のことどう思ってるの?」
ハジメ「……少し苦手かな(ボソッ)」
雫「……」


雫「ここで、トータスコソコソ噂話」

雫「あの時南雲君はずっと耳を塞いでいたけどそれは耳が良すぎて周りの音が気になってしまうからだそうよ」


ハジメ「(え?俺なんか不味いこと言ったかな?)」
雫「……南雲君?」
ハジメ「へっ?あ、ううん、ごめん。少しぼんやりしていたみたい」
雫「(南雲君……香織のことそんな風に思ってたのね……これを聞いたら香織、かなり落ち込むでしょうね……)」
ハジメ「じ、次回 第三話 露わになる秘密」
雫「今日はもう休んだら?続きは私がやるから」
ハジメ「八重樫さん……我慢しなくてもいいよ」
雫「えっ!?」


つづく


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第三話 露わになる秘密

南雲ハジメ、雷に打たれて金髪になる。


どうも、最果丸です。

雷に打たれたら面白そうだなと思ったのでハジメに雷落としちゃいました。そしてそれは全部クソッタレエヒトのせいにします。


そしてハジメが完全に善逸だった件。


うちのクラスの迷惑カルテットのお陰で俺達は戦いの術を学ばなければならなくなった。といっても俺は雷の呼吸使えるからまあまあ戦えるだろう。いくら俺達が規格外の力を潜在的に有していると言っても、元を返せば戦後の平和主義にどっぷりと浸かり切った日本の高校生。いきなり魔物や魔人族と戦えって言っても不可能に決まっている。

 

しかし、その辺の事情は当然予想していたらしく、クソジジイ曰く、この聖教教会本山がある【神山】の麓の【ハイリヒ王国】にて受け入れ態勢が整っているらしい。

 

王国は聖教教会と密接な関係があり、聖教教会の崇める神――あのくそったれエヒトの眷属であるシャルム・バーンなる人物が建国した最も伝統ある国ということだ。国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さが分かるだろう。俺からの信用は一瞬でガタ落ちした。

 

俺達は聖教教会の正面門にやって来た。下山しハイリヒ王国に行くためだ。

 

 

聖教教会は【神山】の頂上にあるらしく、凱旋門もかくやという荘厳な門を潜るとそこには雲海が広がっていた。

 

高山特有の息苦しさなど感じていなかったので、高山にあるとは気がつかなかった。おそらく魔法で生活環境を整えているのだろう。全集中の呼吸の修行にはピッタリだ。

 

俺達は、太陽の光を反射してキラキラと煌めく雲海と透き通るような青空という雄大な景色に呆然と見蕩れた。地球でもこんな光景見たかった。

 

どこか自慢気で気色悪いジジイに促されて先へ進むと、柵に囲まれた円形の大きな白い台座が見えてきた。大聖堂で見たのと同じ素材で出来た美しい回廊を進みながら促されるままその台座に乗る。

 

台座には巨大な魔法陣が刻まれていた。柵の向こう側は雲海なので大多数の生徒が中央に身を寄せる。それでも興味が湧くのは止められないようでキョロキョロと周りを見渡していると、ジジイが何やら唱えだした。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん――〝天道〟」

 

その直後、足元の魔法陣が燦然と輝き出した。そして、まるでロープウェイのように滑らかに台座が動き出し、地上へ向けて斜めに下っていく。高所恐怖症じゃないけど何かゾクゾクする。

 

どうやら、先ほどの〝詠唱〟で台座に刻まれた魔法陣を起動したようだ。この台座は正しくロープウェイなのだろう。ある意味、初めて見る〝魔法〟に生徒達がキャッキャッと騒ぎ出す。うるせぇ。

 

 

そして、雲海に突入する直前、誰もが予想していなかったことが起こった。

 

「んがっ……」

 

 

俺の頭上に、突然雷が落ちてきた。文字通り青天の霹靂だ。確かに誰も予想できない。ジジイも想定外の出来事に目玉が飛び出ている。でも何で俺なの?異世界召喚されて早々死ぬとか洒落にならないんだけど……

 

「南雲くぅぅぅん!!!!」

 

ああ、意識が遠のいていくよ……白崎さんが俺の名前を頻りに叫んでるような気がする……

 

皆ごめん……俺、先に逝くわ……俺を恨まないでくれよ……それと、とっととくたばれ塵山共。

 

雲海を抜けると同時に、俺の思考の糸は音を立てて切れた。

 

 

再び俺が目を覚ますと、既に王宮に着いていた。周りの奴らは皆ジジイと同じ驚き方をしてる。どうやら俺は、まだ死なせて貰えないらしい。覚えてろよエヒト。

 

「な、南雲……お前……」

 

え?どうしたの天之河?俺の顔に何か付いてんの?

 

「南雲くん……髪の毛が……」

 

俺の髪の毛がどうなってるって?ギャグマンガみたいにパーマみたいになってんのかな。それだけならまだありがたい。

 

取り敢えず前髪を指で束ねて確認した。問題の髪の毛の様子を見て、俺はこの場にいる誰よりもデカい叫び声を上げた。

 

「何じゃこりゃぁぁぁぁ!?」

 

 

俺の髪の毛……雷に打たれて金髪になりました……

 

 

身体の方は俺の髪色が黒から金髪に変わったことを除いて特に何もなかったので、真っ直ぐ玉座の間に案内された。本当に無事でよかったよ俺の身体。

 

教会に負けないくらい煌びやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士っぽい装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けて来る。俺達が何者か、ある程度知っているようだ。

 

俺は居心地が悪いと感じながらも、最後尾をのんびりと歩いていった。

 

美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人がジジイと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たず扉を開け放った。いや、少しは待ってやれよ……

 

ジジイはあたかも当然かの如く、悠々と扉を押し開いた。天之河達一部の者(俺も含む)を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。

 

扉を潜った先には、真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢な椅子――玉座があった。玉座の前で覇気と威厳を纏った初老の男が()()()()()()待っている。恐らく国王だろう。

 

その隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年、十四、五歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。更に、レッドカーペットの両サイドには左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側には文官らしき者達がざっと三十人以上並んで佇んでいる。

 

玉座の手前に着くと、ジジイは俺達をそこに止め置き、自分は国王の隣へと進んだ。

 

そこで、おもむろに手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度の口付けをした。この国は教皇が偉いのかよ……ホントジジイ嫌い。これでこの国を動かしてるのがくそエヒトであることが確定した。エヒトてめぇも嫌い。

 

そこからは頼んでも無い自己紹介だ。国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。

 

後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。正直言ってお前らの名前なんか覚えなくても別に困らねぇだろ。ちなみに、途中、美少年の目が白崎さんに吸い寄せられるようにチラチラ見ていたことから白崎さんの魅力は異世界でも通用するようである。やべぇ。

 

その後、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能した。見た目は地球の洋食とほとんど変わらなかった。たまにピンク色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたりしたが非常に美味だった。本当に美味かった。

 

ランデル殿下がしきりに白崎さんに話しかけていたのをクラスの男子共がやきもきしながら見ているという状況もあった。

 

俺としては、もしや矛先が殿下に向くのではと、ちょっと期待したりした。といっても、十歳では無理だろうが……頼むから向いてくれよ!

 

王宮では、俺達の衣食住が保障されている旨と訓練における教官達の紹介もなされた。教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれたようだ。いずれ来る戦争に備え親睦を深めておけということだろう。うん、そのチョイスはグッジョブだ。

 

 晩餐が終わり解散になると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。天蓋付きベッドに愕然したのは俺だけじゃないはずだ。俺は、豪奢な部屋にイマイチ落ち着かない気持ちになりながら、それでも怒涛の一日に張り詰めていたものが溶けていくのを感じ、ベッドにダイブする。だが、ここでも困ったことが起こった。

 

「眠れない……」

 

そう、地球ではあれだけ俺を苦しめた睡魔が、ここでは一切来なくなっていた。原因は恐らく、昼間の雷だ。

 

でもまあ丁度いいや。皆寝静まってる頃に俺は雷の呼吸の鍛錬ができる。

 

俺は窓を開け、そこから躊躇なく飛び降りた。普通の人なら絶対痛いだろうが、俺は脚を鍛えてるので着地しても痛くなかった。

 

雷の呼吸の鍛錬を、俺は夜明けまで続けたのだった。

 

 

翌日から早速訓練と座学が始まった。

 

まず、集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 

騎士団長が訓練に付きっ切りでいいのかと俺は思ったが、対外的にも対内的にも〝勇者様一行〟を半端な者に預けるわけにはいかないということらしい。

 

メルド団長本人も、「むしろ面倒な雑事を副長(副団長のこと)に押し付ける理由ができて助かった!」と豪快に笑っていたくらいだから大丈夫なのだろう。とんでもねぇ団長だ。

 

「よし、全員に配り終わったな?このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

名前そのまんまじゃないか……分かりやすいから別にいいけど。

 

この人は非常に気楽な喋り方をする。豪放磊落な性格の彼は、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するらしい。俺としてもそっちの方が気楽でいい。だって年上から慇懃な態度取られると居心地悪いんだもん。音も気持ち悪いし。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

アーティファクトという聞き慣れない単語に天之河が質問をする。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

一体どうやって複製してるんだ。そして完全じゃないけど複製という形で再現しちゃってんじゃん。

 

なるほど、と頷き生徒達は、顔を顰めながら指先に針をチョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。俺も同じように血を擦りつけ表を見る。

 

すると……ステータスプレートに俺のステータスが表示された。

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:鍛冶師

筋力:90

体力:100

耐性:80

敏捷:4100

魔力:80

魔耐:70

技能:全集中 雷の呼吸[+壱ノ型・霹靂一閃][+弐ノ型・稲魂][+参ノ型・聚蚊成雷][+肆ノ型・遠雷][+伍ノ型・熱界雷][+陸ノ型・電轟雷轟][+漆ノ型・火雷神]・抜刀術・縮地・雷属性適正・刀鍛冶・錬成・音響探知・魔力感知・魔力操作・常時覚醒・言語理解

===============================

 

 

……やべぇ。

 

まるでゲームや漫画のキャラみたいになっている。そしてちゃんと雷の呼吸も技能として表示されている。周りを見渡すと、他の生徒達もマジマジと自分のステータスに注目している。

 

「全員見れたか?説明するぞ?まず、最初に〝レベル〟があるだろう?それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

レベルの上がり方がゲームとは違った。レベルが上がると同時にステータスも引き伸ばされるのではなく、各ステータスが上がって初めてレベルが上がるのだ。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 

……刀あるかな。両刃の剣だと雷の呼吸が使い辛いんだよ。

 

そしてレベル上げは地道にやるしかないようだ。世の中そんなに甘くない。

 

「次に〝天職〟ってのがあるだろう?それは言うなれば〝才能〟だ。末尾にある〝技能〟と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

がっつり戦闘力持ってるのに〝錬成〟って……これ絶対非戦闘系の持つものだよね?何で俺が持ってんの?

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ!あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

この世界の平均なんか正直どうでもいいんだよ。でも皆それなりに顔が輝いてる。嬉しそうな音もする。俺もその一人だった。

 

メルド団長の呼びかけに、早速天之河がステータスの報告をしに前へ出た。気になった俺はチラッと盗み見をした。

 

============================

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==============================

 

(天之河……お前……)

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め!頼もしい限りだ!」

「いや~、あはは……」

 

(いいご身分だなぁぁぁ!?ステータスオール100とか完全にチートじゃねぇかよ!62レべのメルド団長でもステータス平均は300前後なのにお前はそれをたった1レべで三分の一に迫ってるだとぉ!?しかも天職が勇者って何だよ!!俺の喜びを返せよ!!!俺は……俺はな……!?お前が毎日アハハのウフフで女の子といちゃついてキラキラ輝くために嫌われたんじゃない!そんなことの為に俺は毎日檜山達(結局呼び名を戻した)に殴られ蹴られたのかぁぁ!?勇者ってのはなぁ!!お遊び気分でなるもんじゃねぇ!お前のような奴と檜山達は粛清だよ!!即粛清!!)

 

……そうやって頭の中でギャースギャースと喚いてる俺を置いて、他の奴らも自分のステータスを見せる。こいつらも十分チートだった。天之河程じゃないけど。そして戦闘系ばっかり。

 

しばらくして俺の番が回って来た。

 

今まで、規格外のステータスばかり確認してきたメルド団長の表情はホクホクしている。多くの強力無比な戦友の誕生に喜んでいるのだろう。

 

その団長の表情が「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そして、ジッと凝視した後、もの凄く驚愕した表情でプレートを俺に返した。

 

「お前……非戦闘職の鍛冶師なのにがっつり戦闘向きな技能が詰まってるとは、今まで見た事がないな……適正は偏ってるが、レベル1でこれなら、もしかしたら光輝をも上回るかもしれんぞ」

 

……え?そんなにやばいの?俺のステータス。確かに非戦闘職が戦闘系の技能持ってたらそりゃビックリするわな。

 

でも、それ以上に周りがざわついてて五月蝿い。天之河ですら驚きを隠せていないようだった。

 

天職が勇者ということもあり、天之河のステータスはチートだった。だが、俺はそれ以上のチートだったようだ。全体的にステータスは高めだし、体力なら天之河と同じ100で、敏捷は四桁行ってる。

 

そんな様子に俺を目の敵にしてる男子共が喰いつかないわけがない。クラスメイト全員が戦闘職を持つのに対し、一人だけ非戦闘職でしかも勇者をも上回り得ると言われたのだ。食いつかないほうがおかしい。

 

ただでさえ嫌いな男子の中でも、一番嫌いな奴……というかクラスで一番嫌いな奴の檜山が気持ち悪い笑みを浮かべながら声を張り上げた。

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か?鍛治職でどうやって戦うんだよ?メルドさん、その鍛冶師って珍しいんっすか?」

「いや、鍛冶師自体は大して珍しくはないが、ステータスはかなり上だ」

 

檜山が小さく舌打ちをした。その反応を見るに、そいつのステータスは俺よりも下らしい。メルド団長は気づかなかったようだが、俺は耳がいいからバッチリ聞いた。

 

「……どうせハッタリに決まってる。おい南雲、お前のステータス、見せてみろよ」

 

そう言って檜山が俺のステータスプレートを奪い取ろうと手を伸ばした。それを俺は寸でのところで手首を掴み、軽く握ってみた。血使ってんだからイカサマなんか通用するわけないだろ。こいつ脳味噌腐ってんの?

 

「……いってぇな。何しやがる」

「何人のステータス勝手に見ようとしてんの?これ君のじゃないんだけど?」

 

俺の冷たい声にクラスのほぼ全員が注目する。今までどれだけ敵意を向けられ、暴力を向けられても何もしてこなかった奴が、突然反抗の意を示したのだ。檜山は更に苛立つ。

 

「いいから俺に見せ……」

 

俺に向かって突撃してくる檜山の背後に回り込んで肘打ちをお見舞いしてやった。檜山はたった一発で気絶した。話にならないな。

 

「おせーんだよ、クズ」

 

俺はただそれだけを吐き捨てた。周りの奴らには効果抜群だったようで、皆恐怖と憎悪の目を俺に向ける。それは最早どうでもいい。白崎さんと八重樫さんも、俺に対して少しばかり恐怖を抱いていたようだった。これで白崎さんが俺に近寄らなくなってくれたら俺は気が楽になる。

 

これからの前途多難さに、俺は更に苛立ちを積もらせるのであった……




「「いよっと」」

香織「あの時の南雲くん……ちょっと怖かった」
雫「ええ、あんな南雲君初めて見たわ」
香織「でも、私の知らない南雲くんの一面も見れたし、もっと仲良くなれるといいな~」
雫「香織……ポジティブね……私だったら今後近寄るのすら難しくなりそうだわ……」
香織「何言ってるの雫ちゃん!南雲くんが可哀想でしょ!?」
雫「ごめんなさい。私の不注意だったわ」


香織「ここで、トータスこそこそ噂話」

香織「南雲くんがかなり上のステータスを持ってるのは、神山を下りるときに雷に打たれたからだそうだよ」


雫「もしそれが本当なら彼、とんでもない体質の持ち主ね……」
香織「雫ちゃんも南雲くんに追い抜かれないよう頑張ってね!」
雫「貴女私と南雲君どっちを応援するの……?」
香織「二人共だよ!」
雫「いやもう追い抜かれてるでしょ……」
香織「次回、第四話 狙われたハジメ」
雫「どっかで聞いたことのある題名ね……」


つづく


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第四話 狙われたハジメ

やっぱり雷の呼吸だけじゃ七大迷宮攻略できそうにないなと思って名称変更しようかなと考えてる最果丸です。

この小説の今後の展開を決めるアンケートを出します。大変身勝手で申し訳ございません。


悲報(朗報)

勇者、鍛冶師に負ける。


俺が隠していた本性の一部を露わにしてから二週間が経った。

 

現在、俺は訓練の休憩時間を使って図書館で調べ物をしている。その手には〝北大陸魔物大図鑑〟というなんの捻りもないタイトル通りの巨大な図鑑があった。北があるなら〝南大陸魔物大図鑑〟って無いの?

 

何故本を読んでいるかというと、訓練が物足りないからだ。図鑑を読んでいるのは完全に暇つぶし。多分現時点の俺なら天之河に勝てると思う。

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:2

天職:鍛冶師

筋力:240

体力:270

耐性:220

敏捷:4700

魔力:230

魔耐:210

技能:全集中 雷の呼吸[+壱ノ型・霹靂一閃][+弐ノ型・稲魂][+参ノ型・聚蚊成雷][+肆ノ型・遠雷][+伍ノ型・熱界雷][+陸ノ型・電轟雷轟][+漆ノ型・火雷神]・抜刀術・縮地・雷属性適正・刀鍛冶・錬成・音響探知・魔力感知・魔力操作・常時覚醒・言語理解

===============================

 

 

これが今の俺のステータス。全部200超えしてる。敏捷に至っては4000超えだ。ちなみに天之河はというと…

 

 

==================================

天之河光輝 17歳 男 レベル:10

天職:勇者

筋力:200

体力:200

耐性:200

敏捷:200

魔力:200

魔耐:200

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読

高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==================================

 

 

おいおい…俺より八つもレベル高いくせにステータス(敏捷除く)に差があまりないとかおかしいだろ。

 

全属性適正とか巫山戯てんのか?俺なんか雷属性一択なんだぞ。

 

トータスにおける魔法は、体内の魔力を詠唱により魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組み込まれた式通りの魔法が発動するというプロセスを経る。魔力を直接操作することはできず、どのような効果の魔法を使うかによって正しく魔法陣を構築しなければならない。

 

そして、詠唱の長さに比例して流し込める魔力は多くなり、魔力量に比例して威力や効果も上がっていく。また、効果の複雑さや規模に比例して魔法陣に書き込む式も多くなる。それは必然的に魔法陣自体も大きくなるということに繋がる。

 

例えば、RPG等で定番の〝火球〟を直進で放つだけでも、一般に直径十センチほどの魔法陣が必要になる。基本は、属性・威力・射程・範囲・魔力吸収(体内から魔力を吸い取る)の式が必要で、後は誘導性や持続時間等付加要素が付く度に式を加えていき魔法陣が大きくなるということだ。面倒。

 

しかし、この原則にも例外がある。それが適性だ。

 

適性とは、言ってみれば体質によりどれくらい式を省略できるかという問題である。例えば、火属性の適性があれば、式に属性を書き込む必要はなく、その分式を小さくできると言った具合だ。

 

この省略はイメージによって補完される。式を書き込む必要がない代わりに、詠唱時に火をイメージすることで魔法に火属性が付加されるのである。

 

大抵の人間はなんらかの適性を持っているため、上記の直径十センチ以下が平均である。思ったけど、小さ過ぎない?

 

ところが、俺はどうやら魔力を直接操れるらしく、魔法を撃つのに魔法陣は要らないようだった。まあ雷の呼吸の強化に使うから別にいいけどさ。

 

(どっか旅に行きてぇ~。でもそろそろ訓練がまた始まる頃だ)

 

時間というものは、あっという間に過ぎてしまうそうで、次に俺を待っているのは、憂鬱と怒りが混ざった地獄だった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

訓練施設に到着すると既に何人もの生徒達がやって来て談笑したり自主練したりしていた。もうちょっとゆっくり来てもよかった。俺は支給された刀を鞘から抜いた。

 

この刀、実は俺が握るまで色が付いていなかったらしい。だが、俺が一回鞘から引き抜いた瞬間、刀身に黄色の稲妻模様が走った。雷の呼吸にぴったりだ。

 

素振りでもするかと刀を構えると、後ろから嫌な音がした。俺は咄嗟にその場から離れ、よろめきながらもなんとか立ち直した檜山を冷めた目で見た。

 

こいつらと来たらろくに訓練もしないくせに事あるごとに俺にちょっかいを掛けてくる。いい加減止めて欲しい。

 

「ちっ、避けんじゃねぇよ」

「お前が殴りかかってきたからそれを躱しただけだろ?」

「後ろを向いてなかったお前が何で分かんだよ!」

 

答えは簡単。俺は聴覚が人より鋭いからだ。まあ殺気だけでも避けられたからいいけど。

 

「どうせプレート弄ったんだろ?南雲のことだし一般人以下に決まってる。学校じゃ如何にも無能って顔してたし」

「じゃあさ、俺らで稽古つけてやんね?」

 

は?何なのお前ら。無能って顔ってどんな顔なんだよ。っていうか不真面目なお前らに稽古つけてもらうくらいならフグの肝喰って死ぬ方が大分マシなんだけど。あとどうやってプレート弄るってんだよ。

 

「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」

 

巫山戯んな。何で感謝しなきゃいけないんだよ。

 

そんなことを言いながら馴れ馴れしく肩を組み人目につかない方へ連行していく檜山達。正直気持ち悪い。それにクラスメイト達は気がついたようだが見て見ぬふりをする。おいお前ら見てないで助けろよ!あくしろよ!

 

「いや、一人でするから大丈夫だって。俺のことは放っておいてくれていいからさ」

 

一応やんわりと断ってみた。これで済んでくれたら楽なのだが、そうはいかないらしい。

 

「はぁ?俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの?マジ有り得ないんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってればいいんだよ!」

 

そう言って、檜山は俺の脇腹に一発入れようとした。だが、檜山の拳が俺の脇腹に直撃するよりも速く俺の拳が檜山の顔面を殴り飛ばした。思わぬ反撃を喰らった檜山は大乱闘する格ゲーみたいに吹っ飛んだ。鍛えてもらうべきなのはお前らじゃねぇの?

 

「大介!」

 

近藤が何か喚いてるが気にしない。耳障りだから今度は近藤をどっかの姫様が兵士を思いっ切り蹴っ飛ばすスマホゲーみたく蹴り飛ばす。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。神の使徒に恵まれなかったあのクソジジイが流石に気の毒でならなぇよ」

 

更にそう吐き捨ててやった。

 

「てめぇ、よくもやりやがったな!」

 

まだ生きてたの?怖っ。

 

怒りの沸点が低い檜山は剣を取り出した。殺す気らしい。百パー無理だろ俺を殺すとか。

 

「おい大介!それは流石に不味いんじゃねぇの?」

「うるせぇんだよ。バレなきゃいいだろうが!」

 

 

はぁ……どこまでもクズな野郎共だ。そっちがその気なら俺も全力でやるけどいいの?

 

俺は左膝を地面に付け、跪く体勢を取った。

 

「シィィィィィ」

 

辺りに雷の呼吸独特の呼吸音が響く。

 

「ヤバくないか俺ら?今すぐ逃げたほうがいいって気配してんだけど」

「ああ、あそこでぶちぎれてる大介連れて戻るしかないだろ」

「おい南雲!何変な音出してんだよ調子乗ってんの?」

 

俺は刀の柄に右手を掛け、左手でしっかり鞘を持ちながら刀を鞘から少し抜く。

 

「【雷の呼吸 参ノ……】」

「何やってるの!?」

 

突然、怒りに満ちた女の子の声が響いた。その声に「やべっ」という顔をする檜山達。その声の主は、俺を十回に九回苛立たせる白崎さんだった。彼女だけでなく、八重樫さんや天之河、坂上もいた。

 

「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、()()()()の南雲が特訓してたからちょっと付き合ってただけで……」

「南雲くん!」

 

誰が聞くかゴミめ。とでも言わんばかりに檜山の言い訳を華麗に無視する白崎さん。

 

「特訓ね。どうやらその必要は無かったみたいだけど?」

 

そもそもこいつらの特訓自体要らないんだけど。っていうか見てたなら止めてくれよ!

 

「いや、それは……」

「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かない天職だからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」

 

そうだそうだ!さっきみたいのは二度とごめんだからな。ってかコイツ舐めてんの?俺お前より強いよ?ステータスオール200でレベル10の勇者がたかがレベル2の鍛冶師に負けてんじゃねぇよ。

 

「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」

 

坂上の言う事は完全に正論だ。ろくに訓練してない連中が俺を鍛えるだと?笑止千万だわ。俺じゃなくても同じ。

 

三者三様に言い募られ、檜山達は誤魔化し笑いをしながらそそくさと立ち去った。元からゼロだった好感度がとうとうマイナスに突入した。とっととくたばれ糞野郎。

 

白崎さんが俺を治療しようとするが、掠り傷一つ付いてないから俺はそれを断った。寧ろ檜山と近藤を治療した方がいいと思う。思いっ切り殴ったり蹴ったりしたから。……は?そんなこと微塵も思う訳ねーだろ馬鹿野郎。

 

「いつもあんなことされてたの?それなら、私が……」

「いいよ。あんな奴ら、白崎さんの手を借りるまでもないし」

「でも……」

「いいって言ってんだろ」

 

白崎さんは俺の気迫に肩を竦め、引き下がった。

 

「南雲君、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ」

 

渋い表情をしている白崎さんを横目に、苦笑いしながら八重樫さんが言う。俺を苛立たせる相手に言うか?普通。

 

「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。訓練がつまらないからって何もしなかったら強くなれないだろう?聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っていたりその辺をぶらぶら歩いているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬にあてるよ。南雲も、もう少し真面目になった方がいい。檜山達も、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」

 

コイツ……白崎さんと同じ位、いやそれ以上に腹立つ野郎だな。言葉に悪意は無いのは知っている。俺は耳が良いから天之河からは善意しか聞こえない。真剣に俺を思って忠告してくれている。だけど、何故か腹が立つ。コイツは性善説で人の行動を解釈する奴だ。

 

天之河の思考パターンは、基本的に人間はそう悪いことはしない。そう見える何かをしたのなら相応の理由があるはず。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない!という過程を経る。で、何なの?そうとは限らないだろそれ時と場合によるってこと知らないの?まさかお前馬鹿なの?翼が六つの氷の結晶になってる⑨の妖精でもわかるだろうが。俺もお前みたいに自主練しろって言うの?滅茶苦茶してんだぞ。

 

「俺だってずっと鍛錬してんだよ。こっちはな、二週間ずっと寝ずに鍛錬してんだよ。地球ではあれだけ寝てたのにこっち来て雷に打たれてから一睡もできなくなったんだよ。お陰で今にも倒れそうなんだよ。お前は二週間徹夜で鍛錬できるのか?そう言うならできるってことだよな?それと檜山達が俺の不真面目さを直そうとした?お前の目は節穴かっての。あいつら明らかに俺を痛めつける気だったんだけど?あとステータスなら俺の方がお前らより上なんだけど。そんな俺があんな雑魚共に痛めつけられるかってんだよ。寧ろあいつらの不真面目さをどうにかした方がいいんじゃないの?」

 

俺はありったけの気力を絞って光輝に反論する。できれば反論したくなかった。単純に疲れるからだ。

 

天之河は黙って聞くことしかできなかった。よっしゃ初めてご都合解釈を封じ込めたぞ。

 

八重樫さんが手で顔を覆いながら溜息を吐き、俺に小さく謝った。

 

「ごめんなさいね?光輝も悪気があるわけじゃないのよ」

「そんなこと最初から判ってる。俺なんかよりお前ら自分のことを心配したらどうなの?」

 

俺は素っ気なく言葉を返し、訓練施設に戻った。白崎さんは俺のことをずっと心配していたがこっちからすればありがた迷惑だ。

 

(前途多難だなんてレベルじゃないんだけど……)

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間まで自由時間となるのだが、今回はメルドさんから伝えることがあると引き止められた。何事かと注目する生徒達に、メルドさんは野太い声で告げる。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ!まぁ、要するに気合入れろってことだ!今日はゆっくり休めよ!では、解散!」

 

そう言って伝えることだけ伝えるとさっさと行ってしまった。ざわざわと喧騒に包まれる生徒達の最後尾で俺は天を仰いだのだった……

 

(……これからの日々全部苦行だろ。遠征のどさくさに紛れて失踪してぇ)




「「いよっと」」

天之河「おい何だ南雲!人の顔を見るなり嫌そうな顔をして!」
ハジメ「今回はお前とかよ……まあどうでもいいけど」
天之河「君はもう少し人への配慮をするべきだと思……」
ハジメ「ここをお説教コーナーにする気かよ。ちょっと黙ってて」
天之河「……」

ハジメ「ここで、トータスこそこそ噂話」

ハジメ「俺に雷を落としてくれたあのクソッタレエヒト。実は鬼滅の刃の読者であり(本人曰く、ゲームを続けるための参考として配下に勧められたので、試しに読んでみたらハマった)、特にお気に入りのキャラは鬼の始祖鬼舞辻無惨らしいですよ(この小説内だけの設定)」


ハジメ「ほんと何でお前が勇者に選ばれちゃったんだろうな……」
天之河「何だ?俺への焼餅か?」
ハジメ「ちげぇよ。何かお前が勇者になっちゃった所為で不吉な予感がしそうだからだよ」
天之河「また人を見下して……」
ハジメ「次回 第五話 月の下の約束 というわけであばよ!」
天之河「あっ、こら!南雲!止まるんだ!待て!!」


つづく


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第五話 月の下の約束

どうも最果丸です。

私が執筆している他の小説は後書きに挨拶を書くことにしましたが、これだけは前書きという形で続けさせていただきます。

更新遅れてすみませんでした。

温かいコメントありがとうございます!!(耳が痛くなるようなのもあったけど…)


アンケートの方はこの回を以て締め切らせていただきます。投票してくださった方々、本当にありがとうございました。


明日俺達が行く【オルクス大迷宮】ってのは、全百階層からなると云われている大迷宮だ。最上層は雑魚しか出ないが、階層の深度に比例して魔物もより強力なものが出現する。

 

にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

 

魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。

 

要するに魔石を使う方が魔力の通りがよく効率的ということだ。その他にも、日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

 

ちなみに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。固有魔法とは、詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。

 

俺達は、メルド団長率いる騎士団員複数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。

 

何か、久し振りに普通の部屋を見た気がする。ベッドに飛び込むが、どうせ寝れないから意味はない。

 

全員最低でも二人部屋なのに何で俺だけ一人部屋なの!?酷くない!?でもまあ誰かと一緒になったところでストレスフルになりそうだから一人の方が気楽だったりする。

 

明日から早速、迷宮に挑戦する。今回は二十階層まで潜るらしい。力試しには丁度良さそうな深さだ。

 

夜が明けるまでの間、魔物図鑑を読むことにした。眠気は来ない。学校生活で染みついた居眠りスキルが全く役に立ってない。

 

半分ほど読み進めたところで、突然ドアがノックされた。

 

何何何何何!?こんな夜中に俺に何か用でもあんの!?ドアの向こうが檜山だったら速攻で斬り捨てるからな。

 

しかし、ドアの向こうは檜山じゃなさそうだ。ドアの目の前からする音とは違う。でも近くから檜山の音がするから用心するに越したことは無い。

 

「南雲くん、起きてる?白崎です。ちょっと、いいかな?」

 

……もっと迷惑な奴だった。鍵を外して扉を開けると、そこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの香織が立っていた。

 

「……何?その恰好」

「えっ?」

 

は?この距離で聞こえないとか可笑しいだろお前。耳腐ってんの?耳が良い俺が言えたことじゃないけど。

 

露出度高すぎんだろおい。家ではいつもそんな恰好でいるの?とんでもねえ白崎さんだな。

 

「あ~いや、なんでもないよ。えっと、どうしたのかな?何か連絡事項でも?」

「ううん。その、少し南雲くんと話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」

 

迷惑に決まってんだろお前。

 

「…………まあいいや、どうぞ」

 

最も有り得そうな用件を予想して尋ねるが、白崎さんは、あっさり否定して弾丸を撃ち込んでくる。しかも上目遣いという炸薬付き。効果は抜群だった。気がつけば扉を開け部屋の中に招き入れてしまった。突っ撥ねときゃ良かったぞ畜生。

 

「うん!」

 

いやいや警戒心なさすぎでしょ白崎さん?あんたそんなんじゃひどい目に遭わされるぞ。

 

白崎さんは窓際に設置されたテーブルセットに座った。

 

若干混乱しながらも、俺は無意識にお茶の準備をする。といっても、ただ水差しに入れたティーパックのようなものから抽出した水出しの紅茶モドキだけど。白崎さんと自分の分を用意して彼女に差し出す。そして、向かいの席に座った。

 

「ありがとう」

 

やっぱり嬉しそうに紅茶モドキを受け取り口を付ける白崎さん。窓から月明かりが差し込み純白の彼女を照らす。黒髪にはエンジェルリングが浮かび、まるで本当の天使のようだった。

 

だが、俺は彼女がとても厄介な人物であることを知っている為、欲情は起こらない。綺麗だ、とは思うけど。

 

「それで、話って何。明日のこと?」

 

俺としては白崎さんにはとっとと話終わらせて帰って貰いたい。

 

俺の質問に「うん」と頷き、白崎さんはさっきまでの笑顔が嘘のように思いつめた様な音を出し始めた。

 

「明日の迷宮だけど……南雲くんには町で待っていて欲しいの。教官達やクラスの皆は私が必ず説得する。だから!お願い!」

 

話している内に興奮したのか身を乗り出して懇願する白崎さん。

 

「……足手纏い?あんたまで俺を腫れ物扱いするのかよ。いい加減にしてくれ」

「違うの!足手まといだとかそういうことじゃないの!」

 

白崎さんは、俺の誤解に慌てて弁明する。自分でも性急過ぎたと思ったのか、手を胸に当てて深呼吸する。少し、落ち着いたようで「いきなり、ゴメンね」と謝り静かに話し出した。

 

「あのね、なんだか凄く嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど……夢をみて……南雲くんが居たんだけど……声を掛けても全然気がついてくれなくて……走っても全然追いつけなくて……ふと雷が鳴ったと思ったら……」

 

その先を口に出すことを恐れるように押し黙る白崎さん。彼女はグッと唇を噛むと泣きそうな表情で顔を上げた。

 

「……消えていたの……」

 

彼女からは嘘の音がしない。本当にそんな夢を見ていたようだった。

 

「……所詮夢でしょ?大体、そんな理由で待機が許可されるとは思えないし、もし許されたらクラスメイト共から批難の嵐だと思うんだけど……」

「で、でも……」

「人の心配より、自分の心配をしなよ。自分の身くらい自分で守れなきゃだめだからさ」

 

しばらく、俺と白崎さんは見つめ合う。そして、沈黙は白崎さんの微笑と共に破られた。

 

「変わらないね。南雲くんは」

「?」

 

え?白崎さんと初めて会ったのは高校に入ってからのはずなんだけどなぁ、入る前に会ってたっけ?俺ら二人。

 

「南雲くんは、私と会ったのは高校に入ってからだと思ってるよね?でもね、私は、中学二年の時から知ってたよ」

 

……えっ?ナニソレ、めっちゃ怖いんだけど……もしかして白崎さん俺のストーカー?……んな訳ないよね……

 

「私が一方的に知ってるだけだよ。……私が最初に見た南雲くんは小さな男の子とおばあさんを不良っぽい人達から庇ってたから私のことが見えていたわけないしね」

 

 

あれは、俺が中二の頃にまで遡る。

 

ある日、男の子が不良連中にぶつかった際、持っていたタコ焼きをべっとりと付けてしまったらしく、男の子はワンワン泣くし、それにキレやがった不良共がばあさんにイチャもんつけるし、おばあさんは怯えて縮こまるし、中々大変な状況だったという。

 

偶然通りかかった俺もスルーするつもりだった。だが、おばあさんが、おそらくクリーニング代であろう――お札を数枚取り出すも、それを受け取った後、不良達が、更に恫喝しながら最終的には財布まで取り上げた時点でつい体が動いてしまった。

 

『あぁ?何だァ?てめぇは』

『…クリーニング代くらいなら、財布の中全部取らなくてもお札数枚で十分足りるってこと…わかってるだろ』

『あぁ?これは迷惑料なんだよ。め・い・わ・く・りょ・う。わかるかァ?』

『……財布、置いてけよ』

『はぁ?』

『聞こえなかったのか?置いてけ、って言ってんだよ』

『うるせぇんだよォ!』

 

不良共に殴られ蹴られても俺はそこをどかなかった。相手の方から去っていくまで、俺はばあさんと男の子を庇い続けた。狙い通り、不良共は去っていった。

 

 

「……見苦しいと思わなかったの?」

 

俺は軽く死にたい気分だ。厨二病を患った時の黒歴史とタメを張るくらい最悪のシーンを見られていたらしい。もう、乾いた笑みしか出てこない。隠しておいたエロ同人誌を母親が綺麗に整理して本棚に並べ直していた時と同じくらい乾いた笑みだ。もちろん厨二病になった覚えなんてないし、エロ本も買ってない。あくまで例えだ。

 

でも、白崎さんは優しげな眼差しを俺に向ける。その表情と音には、侮蔑も嘲笑も無かった。

 

「ううん。見苦しくなんてないよ。むしろ、私はあれを見て南雲くんのこと凄く強くて優しい人だって思ったもの」

「……は?」

「強い人が暴力で解決するのは簡単だよね。光輝くんとかよくトラブルに飛び込んでいって相手の人を倒してるし……でも、弱くても立ち向かえる人や他人のために頭を下げられる人はそんなにいないと思う。……実際、あの時、私は怖くて……自分は雫ちゃん達みたいに強くないからって言い訳して、誰か助けてあげてって思うばかりで何もしなかった」

「白崎さん……」

「だから、私の中で一番強い人は南雲くんなんだ。高校に入って南雲くんを見つけたときは嬉しかった。……南雲くんみたいになりたくて、もっと知りたくて色々話し掛けたりしてたんだよ。南雲くん直ぐに寝ちゃうし、起きてたとしても素っ気ない態度だったけど……」

 

そう、だったんだ……だから、俺なんかに構ってたのか。

 

「だからかな、不安になったのかも。迷宮でも南雲くんが何か無茶するんじゃないかって。不良に立ち向かった時みたいに……」

「……もう、話は済んだ?」

「……うん。じゃあ私は戻るね?」

 

白崎さんは自分の部屋に戻っていった。ドアが音を立てて閉まった後、俺はベッドに寝転がった。眠れないのがわかっているのに。

 

 

雷の呼吸を覚えようと思ったのは、中一時代の友達の家にあった、とある本を読んでからだった。本来六つしかないはずの雷の呼吸の七つ目の型はそれに載っていた。

 

その頃の俺はとにかく弱かった。喧嘩をすれば負けは確実。でも、雷の呼吸を習得するために鍛えた結果、それなりに体力は向上した。親父も御袋も俺を応援してくれた。効果があったからだ。

 

だけど、俺には素質がなかった。いくら鍛錬を重ねても、極みに達することは叶わないだろうと親父と御袋に言われた。

 

だから、他の呼吸のことが書いてある本を片っ端から探した。でも、見つかることはなかった。

 

それでも諦めきれなくて、俺はひたすら雷の呼吸の鍛錬を積み重ねた。お陰で体力はかなりついて、エフェクトが出るまで上達した。

 

そして、ここに来て直ぐ雷に打たれて体質が変わり、適正が高くなった。

 

 

何故だろう。ここに来てから眠気なんて全く感じなかったのに、今物凄く眠い。

 

二週間振りに感じた眠気を我慢せずに両の目を閉じると、俺の思考の糸が解けていき、暗くも柔らかく、温かい所へ意識を落としていった……

 

 

ちなみに、近くに檜山がいたのは知ってた。




「「いよっと」」

ハジメ「白崎さん……俺の心配をしてくれたのは嬉しいけど、流石にあの恰好はどうかと思うなぁ」
香織「えぇっ?あの時私変な恰好してた?」
ハジメ「自覚ないんかい!!」
香織「その……なんかごめんね?」
ハジメ「いや別に謝ってほしいわけじゃなくて……」


香織「ここで、トータスこそこそ噂話」

香織「南雲君の中学時代の友達の名前は…」


ハジメ「ってストォップ!!ストップ!!」
香織「ど、どうしたの南雲君?大声なんか出して」
ハジメ「何処で仕入れたんだよその情報!!」
香織「…カミ様?という…人に教えてもらったんだ」
ハジメ「(あのクソッタレエヒトじゃねーよな?)」
香織「次回 第六話 迷宮を駆ける(いかづち)
ハジメ「カミ様とやら出てこぉい!!粛清だこら!即・粛・清!!」


つづく


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第六話 迷宮を駆ける雷

どうも、最果丸です。

こんな突然の思いつきである小説が(私の書いたやつの中で)一番人気なのに驚いております。

さて、遂にオルクス大迷宮です!! ハジメ君は奈落には落ちません!!


翌日、俺達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集合していた。

 

俺としてはもっと薄暗い、陰気なものを想像していたのだが、入口まるで博物館の入場ゲートのようにしっかりとしていて、受付窓口まであった。制服姿の女性が笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。

 

ここでステータスプレートをチェックし、出入りを記録しておくことで死亡者数を正確に把握する為だ。戦争を控え、多大な死者を出さない為の措置なのだろう。

 

入口付近の広場には露店なども所狭しと並び建っており、それぞれの店の店主がしのぎを削っている。まるでお祭り騒ぎだ。

 

浅い階層の迷宮は良い稼ぎ場所として人気があるようで人も自然と集まる。馬鹿騒ぎした野郎共が勢いで迷宮に挑んで命を散らしたり、裏路地宜しく迷宮を犯罪の拠点とする輩も多くいたようで、戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないと冒険者ギルドと協力して王国が設立したのだとか。入場ゲート脇の窓口でも素材の売買はしてくれるので、迷宮に潜る者は重宝しているらしい。

 

俺達は、お上りさん丸出しでキョロキョロしながらメルド団長の後をカルガモのヒナのように付いていった。

 

 

迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。

 

縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だった。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているようで、【オルクス大迷宮】は、この巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ていた。

 

俺達は隊列を組みながら軍隊のように進んでいく。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位といったところだろうか。

 

と、その時、物珍しげに辺りを見渡している俺達の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。もう少しマシな現れ方無かったのかよ……

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。結構な速度とはいっても、俺からみれば止まって見える。

 

灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかすように。気持ち悪い奴らだな……

 

正面に立つ光輝達――特に前衛である八重樫さんの頬が引き攣っている。ほら御覧、気持ち悪いじゃない?

 

間合いに入ったムキムキねずみをバカ之河、八重樫さん、脳筋野郎の三人で迎撃する。その間に、白崎さんと特に親しい女子二人、メガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。訓練通りの堅実なフォーメーションだ。

 

バカ之河は純白に輝くバスタードソードを視認も難しい程の速度(俺以外全員そう見える)で振るって数体をまとめて葬っている。

 

そいつの持つその剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、お約束に漏れず名称は〝聖剣〟である。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという“聖なる”というには実に嫌らしい性能を誇っている。ほんと嫌らしい。

 

龍太郎は、空手部らしく天職が〝拳士〟であることから籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだという。龍太郎はどっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。無手でありながら、その姿は盾役の重戦士のようだ。なんかどっかで見た事あるなぁ。

 

八重樫さんは、サムライガールらしく〝剣士〟の天職持ちで刀とシャムシールの中間のような剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させるほどである。

 

俺がそいつ等の戦いぶりをぼんやりと見ていると、詠唱が響き渡った。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――〝螺炎〟」」」

 

三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がねずみ共を吸い上げるように巻き込み焼き尽くしていく。「キィイイッ」という断末魔の悲鳴を上げながらムキムキねずみ共はパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。

 

気がつけば、広間のネズミ共は全滅していた。他の生徒の出番はなしである。どうやら、光輝達召喚組の戦力では一階層の敵は弱すぎるようだ。うん、余裕で倒せるね。俺でも余裕で倒せるね。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ!次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

俺達(俺自身はまだ何もやってない)の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む俺達(俺以外)に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

メルド団長の言葉に白崎さん達魔法支援組は、少しやりすぎたと思わず顔を赤らめた。

 

それからは、特に問題なく交替しながら戦闘を繰り返し、順調に下の階層へ進んでいく。

 

そして、一流と二流以下の分け目である二十階層に到達した。

 

現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。おいおいたった二十階層だぞ?そんなんで大丈夫かよ。

 

俺達は学生だから、戦闘経験なんてあるわけがない。しかし、全員(俺も含む。但し天職は除く)とんでもねぇチート持ちなので割かしあっさりとここまで降りて来られた。

 

もっとも、迷宮で一番恐ろしいのはトラップだ。場合によっては致死性のトラップも数多く仕掛けられている。

 

この点、トラップ対策として〝フェアスコープ〟というものがある。これは魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという優れものだ。迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できる。ただし、索敵範囲がかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。

 

遵って、俺達が素早く階層を下げられたのは、偏に騎士団達の誘導があったからだといえる。メルド団長からも、トラップの確認をしていない場所へは、絶対に勝手に行くんじゃねぇぞと、強めに言った。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ!今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

メルド団長の掛け声が、二十階層に響く。

 

さて、ここまで俺がしてきたことを発表しよう。普通に取りこぼしを数体倒しました。それだけです。呼吸は使わず、刀と錬成魔法で倒しました。

 

周りの騎士団員達からは、感心の眼差しを頂きました。直接は見てないけど音でわかる。

 

実を言うと、最初騎士団員達は俺にはそれ程期待はしていなかったようだ。訓練をちょくちょくサボっては魔法の勉強をしてたからな。

 

ところが、俺が難なく刀で敵を斬り倒していき、尚且つ錬成で魔物を倒していくのを見て評価を改めたようだ。鍛冶師が実戦で錬成なんてもの使うの見た事ないのだろう。

 

人が眠っている夜中に練習したので、他人の前で見せたのはこれが初めてだ。

 

小休止に入り、ふと前方を見ると白崎さんと目が合った。だが俺が直ぐ視線を逸らしたので表情はわからなかった。それでも、嬉しそうにしていたのはわかった。

 

「香織、なに南雲君と見つめ合っているのよ?迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕じゃない?」

(目が合った瞬間目を逸らしたから見つめ合ってはいないだろ)

 

八重樫さんが小声で話しかけた。

 

「もう、雫ちゃん!変なこと言わないで!私はただ、南雲くん大丈夫かなって、それだけだよ!」

(それがラブコメしてるって事でしょ?)

 

八重樫さんのからかうような口調に思わず、白崎さんは怒ったように反論する。

 

そんな二人の会話に対して、早く終わってくれないかなと思っていると、突然視線を感じた。機械油みたいにギトギトした、負の感情たっぷりの視線だった。今までも教室などで感じていた類の視線だが、それとは比べ物にならないくらい深く重い。

 

その視線は今が初めてというわけではなかった。今日の朝から度々感じていたものだ。十中八九檜山の仕業だろう。

 

昨夜白崎さんが言ってた嫌な予感って、絶対アイツが絡むに決まってる。

 

小休止を終え、俺達は二十階層を探索する。

 

迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。

 

現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。トラップに引っかかる心配もないはずだった。

 

二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。

 

そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の転移魔法の様な便利なものは現代にはないので、また地道に帰らなければならない。きつい。俺達は、若干、弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。

 

すると、俺の耳が魔物らしき音を捕らえた。先頭を行く光輝達やメルド団長も、続いて立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。

 

「擬態しているぞ!周りをよ~く注意しておけ!」

 

メルド団長の忠告が飛ぶが、俺は既に魔物の居場所を特定している。

 

忠告が飛んだ直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

メルド団長の声が響く。天之河達がロックマウントというカメレオンゴリラの相手をするようだ。飛び掛かって来たロックマウントの豪腕を坂上が拳で弾き返す。その隙に、天之河と八重樫さんが取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

 

坂上の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

 

全集中の呼吸を使ってくるのかと思ったら、全く違った。そりゃそうか。ただの魔物が呼吸なんて使えるわけがない。

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

「くっ…」

 

体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。今コイツが放ったのは、固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

 

まともに喰らってしまった天之河達前衛組が一瞬硬直してしまう。少し離れたところにいる俺もその影響を少し受けていた。

 

ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ白崎さん達後衛組に向かって投げつけた。見事な砲丸投げのフォームで。咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が白崎さん達へと迫る。

 

白崎さん達が準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。

 

しかし、発動しようとした瞬間、白崎さん達は衝撃的な光景に思わず硬直してしまう。

 

なんと、岩かと思ったらまさかの二体目だった。空中で見事な一回転をキメたのが妙に腹立つ。両腕を広げて後衛組へと迫る。なんか目が血走ってて鼻息も荒いし、正直言って気味が悪い。

 

俺は別の生き物を見る目でソイツを見ていた。だが、白崎さんと谷口さんと中村さんが「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げ、魔法の発動を中断した瞬間、俺の体は動いていた。

 

俺は一瞬でロックマウントに近づき、その頸を刎ねた。切り口から噴き出る血飛沫が、俺を赤く染め上げる。

 

俺は白崎さん達の前に立ち、構えを取った。左足を後ろに引き、前かがみになる。

 

「シィィィィ」

 

独特の呼吸音を響かせる。周りは困惑している様子だった。

 

狙うは奥の魔物。

 

「…南雲くん……?」

 

俺は刀に手を掛け、鯉口を切った。

 

「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃!!」

 

途轍もない速度で奥のロックマウントを通り過ぎる。通り際に刃を振るい、頸を斬る。そして生首がごとりと落ちる音がした。

 

その直後、後ろから物凄い音がしたので飛び退くと、先程まで俺がいた場所を、曲線を描く極太の輝く斬撃が抉り裂き、更に奥の壁を破壊し尽くした。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が。坊主だけで十分だったのに、余計な一撃を入れるんじゃない。こんな狭いところで使う技じゃないだろうが!崩落でもしたらどうすんだ!」

 

メルド団長のお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する天之河。白崎さん達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。おいおい、勇者がこんなんで大丈夫かよ。

 

その時、ふと白崎さんが崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな?キラキラしてる……」

 

その言葉に、全員が白崎さんの指差す方向を向いた。

 

そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。白崎さんを含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。まぁ俺は女に興味なんてないから関係のない話だけど。

 

「素敵……」

 

白崎さんが、メルド団長の簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリと俺に視線を向けた。何でこっち向くの!?止めて!今度こそ殺されるから!

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

そう言って唐突に動き出したのはあのバカだった。そう、昨夜俺の部屋の近くにいたあのクズである。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルド団長だ。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

しかし、バカは聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。ああいう奴にはな、大抵トラップが仕掛けられてるんだよ。

 

メルド団長は、止めようとゴミを追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長!トラップです!」

「ッ!?」

 

だが、運の悪いことに、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。

 

バカがグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。ここ、テストに出るぞ。(出ねぇよ)

 

魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」

 

メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……誰も間に合わなかった。

 

部屋の中を光が満たし、俺達の視界を白一色に染め上げる。と同時に、一瞬の浮遊感に包まれる。

 

俺達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。

 

俺は足腰が丈夫なので尻餅をつくことはなかったが、クラスメイトのほとんどはハジメと違い尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、天之河達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 

どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

 

俺達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはある。天井も二十メートルはありそうだ。橋の下に川は流れておらず、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底。

 

橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。俺達はその巨大な橋のど真ん中にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 

それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

 

しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

 

その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

――まさか……ベヒモス……なのか……

 

 

橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。

 

小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 

しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方が滅茶苦茶ヤバイ。

 

十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現した。見た目は完全に三本角の恐竜だ。瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っている。

 

こいつがメルド団長が呟いた〝ベヒモス〟、という名の魔物だろう。ソイツは大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

「ッ!?」

 

その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!俺達も……」

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ!ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる天之河。いやそういうのいいから。いいからさっさと逃げるんだよ!あくしろよ!

 

どうにか撤退させようと、再度メルド団長が天之河に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の俺達を全員轢殺してしまう。

 

そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」」」

 

二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。

 

衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中のクラスメイト共から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

 

トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配にクラスメイト共は半ばパニック状態だ。

 

隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

 

その内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。

 

「弐ノ型 稲魂!!」

 

トラウムソルジャーの体を五つの斬撃が切り裂いた。斬ったのは勿論俺だ。

 

呆然としながら為されるがままの彼女に、俺は声をかける。

 

「早く前へ。大丈夫、冷静になればあんな骨どうってことないよ。うちのクラスは全員チートなんだからさ」

 

俺をマジマジと見る女子生徒は、次の瞬間には「うん!ありがとう!」と元気に返事をして駆け出した。

 

俺はまだぞろぞろといる骸骨共を倒しまくる。

 

「肆ノ型 遠雷!!」

 

遠い間合いを一気に詰め、骸骨の大群を真っ二つに裂く。

 

誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。騎士アランが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。

 

「……必要なのは……強力なリーダー……道を切り開く火力……チッ、アイツじゃねーか!!何やってんだよあのバカ勇者が」

 

俺は走り出した。あのバカがいるベヒモスの方へ向かって。

 

 

(もう直ぐ……()()()()()()()()()()()。ふふふ、全ては定めだよ。クラスメイト達は()()()()()()皆助かる……南雲ハジメ、君のお陰でねぇ………)

 

 

 

 

天之河達の前に、俺は立ちはだかる。

 

「なっ、南雲!?」

「南雲くん!?」

「何やってんだお前ら!早く撤退しろよ!天之河じゃなきゃあいつらは動かせない!!」

「いきなりなんだ?それより、なんでこんな所にいるんだ!ここは君がいていい場所じゃない!ここは俺達に任せて南雲は……」

「んな事言ってる場合かよ!!」

 

何言ってんだコイツ。ここにいていい場所じゃないのはお前も同じだろうが。

 

「あれが見えないのかよ!?皆パニックになってやがる!お前がいないからだぞ!!」

 

バカ勇者の胸倉を掴みながらクラスメイト共の方を指差す。前からコイツの胸倉掴みたいと思っていたが、まさかこんな形で実現することになるとは思ってもみなかった。

 

その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト共がいた。

 

訓練のことなど頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。

 

「一撃で切り抜ける力が必要なんだよ!皆の恐怖を吹き飛ばすような、そんな力が!それができるのはリーダーのお前だけなんだよ!!前ばっか見てないで後ろも見ろよ!!」

 

呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る天之河は、ぶんぶんと頭を振ると俺に頷いた。

 

「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」

「下がれぇーー!」

 

〝すいません、先に撤退します〟――そう言おうとしてメルド団長を振り返った瞬間、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。

 

暴風のように荒れ狂う衝撃波が俺達を襲う。咄嗟に俺は前に出て、すかさず錬成で石壁を作ったが、あっさりと吹き飛ばされてしまった。それでも多少は威力を殺せたかな……

 

舞い上がる埃がベヒモスの咆哮で吹き払われた。

 

そこには、倒れ伏し呻き声を上げる団長と騎士が三人。衝撃波の影響で身動きが取れないようだ。天之河達も倒れていたがすぐに起き上がる。メルド団長達の背後にいたことと、俺の石壁が功を奏したようだ。

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

天之河が問う。それに苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達がなんとかする他ない。

 

「やるしかねぇだろ!」

「……なんとかしてみるわ!」

 

二人がベヒモスに突貫する。

 

「香織はメルドさん達の治癒を!」

「うん!」

 

天之河の指示で香織が走り出す。俺は既に団長達のもとだ。戦いの余波が届かないよう石壁を作り出している。気休めだが無いよりマシだろう。

 

天之河は、今の自分が出せる最大の技を放つための詠唱を開始した。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!――〝神威〟!」

 

詠唱と共にまっすぐ突き出した聖剣から極光が迸る。

 

先の天翔閃と同系統だが威力が段違いだ。橋を震動させ石畳を抉り飛ばしながらベヒモスへと直進する。

 

坂上と八重樫さんは、詠唱の終わりと同時に既に離脱している。ギリギリだったようで二人共ボロボロだ。この短い時間だけで相当ダメージを受けたようだ。

 

放たれた光属性の砲撃は、轟音と共にベヒモスに直撃した。光が辺りを満たし白く塗りつぶす。激震する橋に大きく亀裂が入っていく。

 

「これなら……はぁはぁ」

「はぁはぁ、流石にやったよな?」

「だといいけど……」

(おいおい、それはフラグだぞ)

 

坂上と八重樫さんが天之河の傍に戻ってくる。天之河は莫大な魔力を使用したようで肩で息をしている。

 

先ほどの攻撃は文字通り、天之河の切り札だ。残存魔力のほとんどが持っていかれた。背後では、治療が終わったのか、メルド団長が起き上がろうとしている。

 

そんな中、徐々に光が収まり、舞う埃が吹き払われる。

 

その先には……

 

無傷のベヒモスがいた。

 

低い唸り声を上げ、天之河を射殺さんばかりに睨んでいる。と、思ったら、直後、スッと頭を掲げた。頭の角がキィーーーという甲高い音を立てながら赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。

 

「ボケッとするな! 逃げろ!」

 

メルド団長の叫びに、ようやく無傷というショックから正気に戻った天之河達が身構えた瞬間、ベヒモスが突進を始める。そして、天之河達のかなり手前で跳躍し、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下した。

 

天之河達は、咄嗟に横っ飛びで回避するも、着弾時の衝撃波をモロに浴びて吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がりようやく止まった頃には、満身創痍の状態だった。

 

どうにか動けるようになったメルド団長が駆け寄ってくる。他の騎士団員は、まだ白崎さんによる治療の最中だ。ベヒモスはめり込んだ頭を抜き出そうと踏ん張っている。

 

「お前等、動けるか!」

 

メルド団長が叫ぶように尋ねるも返事は呻き声だ。先ほどの団長達と同じく衝撃波で体が麻痺しているのだろう。内臓へのダメージも相当のようだ。

 

メルド団長が白崎さんを呼ぼうと振り返る。その視界に、駆け込んでくる俺の姿を捉えた。

 

「坊主!香織を連れて、光輝を担いで下がれ!」

 

俺にそう指示する団長。

 

天之河を、アイツだけを担いで下がれ。その指示は、すなわち、もう一人くらいしか逃げることも敵わないということなのだろう。

 

メルド団長は唇を噛み切るほど食いしばり盾を構えた。ここを死地と定め、命を賭けて食い止めるつもりだ。

 

そんな団長に、俺は必死の形相で、とある提案をする。それは、この場の全員が助かるかもしれない唯一の方法。ただし、あまりに馬鹿げている上に成功の可能性も少なく、俺が一番危険を請け負う方法だ。

 

メルドは逡巡するが、ベヒモスが既に戦闘態勢を整えている。再び頭部の兜が赤熱化を開始する。時間がない。

 

「……やれるんだな?」

「やります」

 

決然とした眼差しを真っ直ぐ向けてくる俺に、メルド団長は「くっ」と笑みを浮かべる。

 

「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

「はい」

 

メルド団長はそう言うと、天之河達を引き連れて下がった。今最前線にいるのは俺だけだ。

 

「やっと心置きなく戦えるな…夢であの野郎が言ってたこと、本当に起きやがった……」

 

 

 

 

それは昨夜、白崎さんが俺の部屋を去った直後にまで遡る。ここ二週間、眠気は一切感じなかったのに、その日は何故か地球にいた頃のように強烈な眠気が襲って来た。

 

次に目を開けた時は、異様な光景が飛び込んできた。まるで滅茶苦茶に設計したような屋敷のような空間だった。

 

「ここは……何処だ?」

『我が夢幻領域へようこそ』

 

俺の後ろには、いつの間にか空中を浮いている人間のような何かがいた。

 

「……い、いきなり人が現れたんだけど?俺夢でも見てるのかな……」

『ここはね、眠っている人間しか入れない空間なんだ』

 

どうやら本当に夢らしい。

 

「お前、何者なんだ?」

『ん?……名乗るような名前はないねぇ。それはそうと君、呼吸使えるよね?』

 

名無しかよ、まあ仮に夢魔って呼んどこうかな。

 

「な、何でそれを……」

『君が地球にいた頃から見てたんだ。ここに召喚されて直ぐ、雷が直撃したみたいだけど』

「ああ、あのクソッタレエヒトとかいう奴が落としたんだろ?」

『そうだねぇ。確かにエヒトが君に雷落としたんだけど、雷を君に落とすようにアイツに指示したのは、俺なんだぁ』

 

お前の仕業だったのかよ。しかもクソッタレエヒトとグルじゃねーか。

 

「で、お前は俺をここに呼び寄せて、何がしたいんだよ」

『君をここに呼び寄せたのはね、読み聞かせをするつもりだからだよ』

 

は?読み聞かせ?この世界のおとぎ話でも聞かせるのかよ。どうせエヒトエヒト五月蝿いんだろ?勘弁してくれよ……

 

『今から君に聞かせるのはね、ノンフィクション(君達の未来)なんだよぉ』

 

ノンフィクション?俺達の未来?どういうことだ?そして心を勝手に読むんじゃねぇ。

 

『信じたくなくても、これは必ず起こるんだよぉ』

 

俺は夢魔が話す未来を聞いた。その話からは、迷宮の二十階層まで行くこと、仲間のうちの一人が罠に掛かり、更に下の階層まで転送されること、そして俺が強大な魔物を足止めしている間に裏切りに遭うことを知らされた。

 

『…そして、仲間に裏切られた鍛冶師の少年は、■■■■■■■■■■■■■■しまうのでした。おしまい』

 

まんま読み聞かせだったわ。カンペないけど。

 

『誰もこの運命からは逃れられない。全ては俺が見る未来の思うがままさ……』

 

そう言って、夢魔は朧のごとく消えた。

 

目を覚ますと、そこは宿屋の一室だった。

 

 

 

 

昨日の夢を回想していた俺は現実に戻り、再びベヒモスを睨む。

 

「シィィィィ」

 

構えを取る。そして鯉口を切る。

 

「雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷!!」

 

ベヒモスの周りを回りながら、斬りつけていく。体がデカい分、機動力も悪いようだ。

 

「伍ノ型 熱界雷!!」

 

今度はベヒモスの顎の真下で上へ飛ばす斬撃を入れた。ただ、あまりに大きすぎたので少し上がる程度だった。

 

「陸ノ型 電轟雷轟!!」

 

無数の斬撃が、ベヒモスの周りを埋め尽くす。流石のベヒモスも、雷の呼吸の前には無傷では耐えられなかったようだ。だが、それでも決定打には至らなかった。

 

倒せないのなら、戦闘力を大きく削るまでだ。

 

俺はトラウムソルジャー共のいる方へ大きく跳躍し、壁に足を着ける。

 

「雷の呼吸 漆ノ型」

 

鯉口を切ると同時に、足で壁を蹴る。

 

壱ノ型よりも速い、雷の呼吸最速の技。本来六つである雷の呼吸の七つ目の型。

 

その一撃が、ベヒモスの角を一本、打ち砕いた。

 

「火雷神!!」

 

それだけに留まらず、ベヒモスの巨体を大きく横に切り傷を付けた。

 

「よくやった坊主!こっちに戻って来い!!」

 

俺はメルド団長の方へ走った。次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

 

夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

 

いける!と確信し、転ばないよう注意しながら頭を下げて全力で走る俺。すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、チート集団がそんなミスをするはずないと取り敢えず信じて駆ける。ベヒモスとの距離は既に三十メートルは広がった。

 

俺は思わず、頬を緩めた。

 

しかしその直後、俺の表情は凍りついた。

 

無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。

 

……俺の方に向かって。

 

明らかに俺を狙い誘導されたものだ。

 

(あの塵山めぇ、やっぱり裏切りやがった)

 

だが、避けられないなんてことは無く、火球が着弾するよりも先に、壱ノ型でクラスメイト共との距離を詰める。

 

その直後、背後で咆哮が鳴り響く。振り返ると二度目の赤熱化をしたベヒモスの眼光がしっかり俺を捉えていた。

 

怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

 

そして遂に……橋が崩壊を始めた。

 

度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。

 

「グウァアアア!?」

 

悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

 

もしあの時火球を喰らっていれば、俺も落ちていただろう。

 

白崎さんの安堵した声が聞こえてきた。

 

それを聞いたところで、俺は無言で火球を放った奴…檜山の方へ歩みを進める。

 

「な、南雲?どうしたんだよそんなおっかねぇ顔してよ……!?」

 

コイツには罪悪感というものが無いのか。虫唾が走る。

 

俺は檜山に近づき、そして刀で頸を刎ねた。

 

「「「「キャァァァァァァ!!!!」」」」

「な、南雲!何をしているんだ!!」

 

周りの女子共が叫び、天之河が怒鳴るが今の俺には関係ない。

 

俺は目を閉じ、その場に座り込む。そして刀を手に持って…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…自分の頸を斬った。夢の中であの夢魔が言っていたように。




???「今回のトータスこそこそ噂話はお休みだよ~。ごめんねぇ~」
   「次回 第七話 新たなる始まり」
   「次回も見てねぇ~」


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第七話 新たなる始まり

どもども、一世一代の変わり種(自称)の最果丸です。

遂にハジメの生まれ変わりを書き上げました。


……暗い。

 

気がつくと俺は、真っ暗な場所にいた。暖かくも無い、冷たくも無い、そんな空間が果てなく広がっていた。

 

ああ。そういえば俺、自分で頸切ったんだっけ。何もかも、あの夜見た夢の中で夢魔が言っていた通りになった。

 

 

『…そして、仲間に裏切られた鍛冶師の少年は、頸を切って永遠の眠りについてしまうのでした。おしまい』

 

 

あの夢魔は一体何だったのだろう。それが分からないまま、俺はオルクス大迷宮で自ら命を絶った。

 

「ほぉらねぇ~? 俺の言った通りになったでしょう?」

 

後ろから突然声がした。驚いて振り向くと、何時の間にか俺の後ろにいたのは、夢に出た夢魔だった。洋装の青年の姿をしていて、右目は赤色、左目は青色をしていた。両側に時計が浮かんでおり、右側の針は巻き戻り、左側の針は進んでいた。

 

「またアンタかよ……結局何者なんだアンタは」

「俺? まぁずっと名前を伏せてくのもあれだし。特別に名乗ってあげよう」

 

夢魔は踊りながら名前を名乗る。無駄に動きがキレッキレなのが腹立つ。

 

「俺は狂時(くるとき)。時間を司る神さ。聖都教会の野郎共の前ではパスューチャと名乗ってるよ」

 

夢魔は狂時と名乗った。聖都教会の連中はパスューチャと呼んでいるらしい。って名前言いづらっ!?

 

「そして君は南雲ハジメ、だねぇ~?」

 

どうして知ってんの!? 俺の名前!!

 

「うんうん、知ってるよぉ~。君が地球にいた頃から見てたからね」

 

うわ怖っ!? やってることが白崎さん並みだ。

 

「どうして君をここに連れて来たのか。理由をここで教えようと思うんだぁ」

 

確かにそれは気になってたけど、口調がウザい。

 

「単刀直入に言おう。君に……いや、お前にエヒトを倒してもらいたい」

 

声の調子と共に、狂時の表情と容姿が変わる。まるで別人のように豹変してしまっている。まず髪の毛の長さが大分短くなった。さっきまではちょっと長かったのに、今は短めになっている。服装も上は羽織一枚だけで、下の裾は膝までだ。変わっていないのは両側に浮かぶ時計と、左右で異なる目の色だけだった。

 

「は? エヒトを倒せ? 俺に言ってんの?」

 

狂時は小さく頷いた。正直な奴だな。

 

「なぜ、お前にエヒトを倒してもらいたいのか教えてやろう」

 

エヒトが呼吸を恐れているからだ、と不気味な笑みを浮かべながら続ける。

 

「正確に言えば、ある〝呼吸〟を恐れている。そもそもお前は雷の呼吸を使える体ではなかった。エヒトがお前の体を雷の剣士に相応しい体にしたのは、お前がその〝呼吸〟を使える体だからだ」

 

何だよその呼吸って。どの呼吸なんだよ。

 

「大分昔のことだ。エヒトは前いた世界線で〝ある呼吸〟の前に追い詰められて敗れた。その後、この世界線に流れ着いたエヒトは、この世界線に訪れる、〝ある呼吸〟の素質がある者を次々と殺していった。彼奴の怯える様が実に滑稽だった。だが、そのうち一々始末するのが面倒になった彼奴は、殺すよりも適正を弄ってしまえば問題はないと気づいた。それ以降エヒトに直接殺される者はいなくなった」

 

狂時はヤバい事実をペラペラと話した。俺がその呼吸の素質を持って生まれたのか。

 

「その通りだ」

 

心読むんじゃねぇ!!

 

「〝例の呼吸〟の使い方は、お前の肉体を再構築する時雷の呼吸に上書きしてやろう」

 

つまりあれか。目が覚めたらなんか使えるようになってた、という展開なのか。

 

「その前に」

「その前に?」

 

狂時はまるで俺に褒美をやるかのような口ぶりで言う。

 

「お前に、素晴らしいものを見せてやろう。お前が死んだ後の出来事だ」

 

右手を俺の後ろの方へ伸ばし、俺に映像を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

映像には、クラスメイト一行が映っていた。

 

『いやぁぁぁぁぁぁ!!!! 南雲ぐん!! 南雲ぐん!!』

 

白崎さんが俺の亡骸に縋って泣き叫んでいた。

 

『一体……何がどうなってやがんだ……』

 

坂上は動揺しているようだった。

 

『香織、もう行こう。いくら君が泣いても、南雲はもう二度と目を醒まさない』

 

天之河の言っていることは事実だ。俺は死んでしまっているのだから。

 

でも、白崎さんは動かない。それどころか反発までする始末だ。

 

『そんなわけないでしょ!? 南雲くんは死んでない! きっと、疲れたから眠っているだけで……それで……うぅ……ぐすっ……どうしてぇ……南雲ぐんの…脈が止まってるのぉ………』

 

え――――――――――っ!! 死んでるだろうが! 俺死んでるだろうが! 頸から血を流して倒れてるだろうが! もうまともな奴がいないのかようちのクラス……

 

仕方なく、メルドさんが白崎さんの首筋に手刀を落とし、彼女の意識を刈り取った。

 

ぐったりと眠る白崎さんを抱きかかえた天之河が、メルドさんを睨みつける。そして文句を言おうとした矢先、八重樫さんが遮るように機先を制し、メルドさんに頭を下げた。

 

「すいません。ありがとうございます」

「礼など……止めてくれ。このままでは彼女が壊れてしまう。それだけは何としても防がなければならない。全力で迷宮を脱出する。……彼女を頼む」

「言われるまでもなく」

 

離れていくメルドさんを見つめながら、口を挟めず憮然とした表情の天之河から白崎さんを受け取った八重樫さんは、天之河に告げる。

 

「私達が止められないから団長が止めてくれたのよ。わかるでしょ? 今は時間がないの。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまう前に、何より香織が壊れる前に止める必要があった。……ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで。……南雲君も言っていたでしょう?」

 

八重樫さんの言葉に、天之河は頷いた。

 

「そうだな、早く出よう」

 

目の前でクラスメイトが二人も死んだのだ。クラスメイト達の精神にも多大なダメージが刻まれている。誰もが茫然自失といった表情で俺の死体をボーと眺めていた。中には「もう嫌!」と言って座り込んでしまう女子もいる。

 

俺が天之河に叫んだように今の彼等にはリーダーが必要なのだ。

 

天之河がクラスメイト達に向けて声を張り上げる。

 

「皆! 今は、生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」

 

その言葉に、クラスメイト達はノロノロと動き出す。トラウムソルジャーの魔法陣は未だ健在だ。続々とその数を増やしている。今の精神状態で戦うことは無謀であるし、戦う必要もない。

 

天之河は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルド団長や騎士団員達も生徒達を鼓舞する。

 

そして全員が階段への脱出を果たしたところで、映像は閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

「こんな感じだ」

「……」

 

狂時は嗤っていた。

 

「いいのか? お前を慕っていた女もいたようだが」

 

きっと白崎さんのことだ。やっぱり俺のことが好きだったんだな……

 

俺が思い詰めていると、狂時はニヤリと嗤う。

 

「……例の呼吸だけを使えるようにするつもりだったが、気が変わった」

 

何を言ってるんだろう……

 

「雷も残して呼吸を全て使えるようにしてやろう」

 

えっ、他の呼吸法も使えるようにするの? 確かに俺は雷以外も知ってるけど。

 

「ただし、お前の記憶は全て失われる。勿論、ここで俺と話したこともな。お前がエヒトを倒すのは決まったことだ。選択肢をやろう。雷を犠牲に例の呼吸のみで生き延びるか、記憶を犠牲に全ての呼吸で生き延びるか。さあ選べ!! 南雲ハジメ!!」

 

どうする。例の呼吸が何か分からない以上、それだけで生き延びられる自信があるかと聞かれたら無いと答えざるを得ない。かといって全ての呼吸を選べば、俺の記憶は全て失われてしまう。

 

俺の全ての記憶…つまり、今まで父さんと母さんと一緒に過ごした日々も、全て忘れてしまうということだ。流石にそれは嫌だ。でも、消し去りたい記憶も無いと言えば嘘になる。

 

「消し去りたい記憶があるのなら、それだけ消すこともできる。どうだ? 全ての呼吸を覚える気になったか?」

 

狂時の奴、俺が全ての呼吸を使えるようになることを望んでいやがる。でも…嫌な記憶を消してくれるのなら……

 

 

 

 

『そうだ、嫌な記憶なんか消してしまえばいい。生きてさえいれば、必ず強者に勝てる』

 

俺の耳元で、鬼が囁いた。

 

 

 

 

 

「呼吸を全部……俺に叩き込んでくれ」

「欲に忠実な人間だな。心の悪魔に耳を傾けたか。まぁ、いいだろう」

 

恐らく、例の呼吸だけを選んでも、狂時は了承しただろう。

 

「クラスメイトと共に過ごした記憶を、消してくれ。消したい記憶はそれだけだ」

「特定の記憶だけを消し去れば、性格が変わることもあるが、それでもいいか?」

 

躊躇を煽ってくる狂時。

 

「構わない。精神的苦痛がそれで和らぐのなら」

 

狂時はニヤリと笑う。

 

「では、お前の望み通り呼吸の全てを体に刻み込んでやる!! 行け!! あの扉を潜れば、お前の体は再構築される」

 

狂時が指し示す方向には、光り輝くゲートがあった。

 

「あそこの先は、何処に繋がってるんだ?」

「俺にも分からない。遥か上空かもしれないし、深い海の底かもしれない」

 

最後の最後まで、狂時は煽り続けた。でも、俺に躊躇はない。

 

「じゃあ、いって来る」

「フッ、生きてエヒトを滅ぼしたらまた会おう」

 

まるで好敵手みたいな台詞を吐きながら、狂時は俺を見送る。

 

俺は光り輝く門に足を踏み込んだ……




狂時「では、今宵のトータスコソコソ噂話をしよう。『お前達に見せた俺はどちらも本当の俺ではない』次回 第八話 神も恐れた御業」


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奈落編
第八話 神も恐れた御業


どうも、剣道部を一度だけ退部したことがある最果丸です。

原作とは違う意味でチートなハジメになりましたので投稿させていただきます。

善逸と無一郎の面影が全くと言っていい程残ってません。ほぼ縁壱です。


オリキャラ解説

狂時
時を司る神。パスューチャとも名乗っているが狂時の方が本名。性格がコロコロと変わる。

名前の由来は、「時計が狂う」と「パスト(過去)+フューチャー(未来)」。


俺が最初に聞いた音は、水の流れる音だった。

 

「ここは……俺は確か……」

 

ここへ来た理由を思い出そうとするが、朧げになってしまっている。他にも失った記憶があるかもしれないから、俺は自分の名前を思い浮かべてみた。

 

俺の名は…南雲ハジメ……よし、名前は憶えている。父親の名は愁、母親は菫……家族の方も問題はないな。後は、クラスメイトだが……何故だろうか。名前はおろか顔すらも思い出せない。いたこと自体は憶えているのだが、詳しいことはどう足掻いても思い出せない。記憶の中では俺はクラスメイトから嫌われていたようなので、無理に思い出す必要はないと判断し、それ以上の追憶は止めにした。

 

地球からこの世界に来たことは憶えている。訓練でも一部のクラスメイトから邪険に扱われていたこともだ。だが、どこかの橋の上で誰かを殺してからの記憶が途切れてしまっている。

 

俺は火を起こすことにした。暗くてよく見えないのだ。だが、ここで思い出した。俺には雷以外の属性には適正が無かったことを。ここでステータスプレートを見る。

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:3

天職:鍛冶師

筋力:57600

体力:54200

耐性:48000

敏捷:49760

魔力:49880

魔耐:45780

技能:火属性適正・水属性適正・雷属性適正・風属性適正・地属性適正・剣術・全集中の呼吸[+日の呼吸][+炎の呼吸][+水の呼吸][+雷の呼吸][+風の呼吸][+岩の呼吸][+痣者][+透き通る世界]・錬成・刀鍛冶・気配感知・気配遮断・魔力感知・魔力操作・言語理解

===============================

 

 

真っ暗でよく見えないが、何やら途轍もないことになっている気がする。だが、雷以外の属性にも適正があるのであれば心配は杞憂であった。

 

「顕現せよ、〝火種〟」

 

俺は十センチくらいの魔法陣を錬成で描き、起動し詠唱した。すると、拳ほどの大きさの炎が現れた。

 

辺りが少し明るくなり、俺は今の自分の様子を見ることができる。

 

最後の記憶の中では、俺は洋装をしていたのだが、今の俺は和装をしている。しかも草鞋まで履いている。しかし刀は無かった。

 

髪色も、この世界で雷に打たれて黒髪から金髪になった。今はよく見えないが、赤混じりの黒髪になっているようだ。

 

数分程ここに留まった後、出発することにした。ここは何処かは分からないが、何処に魔物が潜んでいるかも分からない。

 

俺は周囲に気を配りつつ、奥へと続く巨大な通路へと歩みを進めた。耳を澄ましてみたが、聴力が落ちているのか、自分の足音以外は全く何も聞こえない。

 

ここは正しく洞窟といったものだった。

 

低層の四角い通路ではなく岩や壁があちこちからせり出し通路自体も複雑にうねっている。二十階層の最後の部屋のようだ。

 

ただし、大きさは比較にならない。複雑で障害物だらけでも通路の幅は優に二十メートルはある。狭い所でも十メートルはあるのだから相当な大きさだ。歩き難くはあるが、隠れる場所も豊富にある。俺は物陰に隠れつつも着実と前に進み続けた。

 

 

結構な距離を歩いたが、疲労は全く生まれない。それどころか全力疾走でも呼吸が乱れなかった。そうして遂に初めての分かれ道に辿り着いた。巨大な四辻である。俺は岩の裏に隠れながら、どの道に進むかを逡巡した。

 

しばらく考え込んでいると、視界の端で何かが動いた気がしたので慌てて岩陰に身を潜める。

 

見つからないよう顔だけを出して様子を窺うと、俺のいる通路から真っ直ぐのところに白い兎が跳ね回っていた。

 

だが、その兎は柴犬くらいの大きさで、後ろ脚の筋肉が大きく発達していた。そして赤黒い線が血管のごとく体中を走り、心臓のように脈打っていた。

 

明らかに強力な魔物だったので、俺は右か左の道に進むことにした。右の方が兎に見つかりにくいと思った。

 

俺は息を潜めて隙を見計らう。そして、兎が後ろを向いて地面の匂いを嗅ぎ始めたところで俺は飛び出そうと足を踏み込んだ。

 

刹那、兎が何かに反応し、背筋を伸ばして立ち上がった。警戒するように耳があちこち傾いている。

 

(もしや見つかったか……?)

 

岩陰に張り付くように身を潜め、脈打つ心臓を抑える。あの耳に鼓動が伝わっていそうだった。

 

だが、兎が見つけたのは俺ではなかった。

 

獣の唸り声と共に白い毛並みで二本の尻尾を生やした狼が兎に襲い掛かった。地球の狼とほぼ同じ大きさで、兎と同じく赤黒い線が身体中を走っていた。

 

一体目が飛び掛かった瞬間、別の二体が姿を現した。

 

俺はそれを岩陰から見ていた。どう考えても兎に勝機はない、そう俺は思った。

 

しかし、この後兎が見せた行動で、俺の認識は間違っていたことを知った。

 

兎が空中で二尾狼に対し回し蹴りを炸裂させ、頸をへし折ったのだ。その直後、虚空を蹴って地上に落下し、別の一体に強烈な踵落としを喰らわせ、頭を砕いた。

 

二尾狼が更に二体、姿を現し、着地した直後の兎に飛び掛かる。

 

それでも兎は狼より強かった。なんと耳で逆立ちをし、独楽のように回転し二尾狼を弾き飛ばし、壁に激突させて絶命させた。

 

最後の一体が尻尾を逆立て、放電した。しかし、兎は難なく躱す。そして狼の顎を勢いよく蹴り上げた。狼の頸の骨は折れているのが見えた。

 

……ん? 頸の骨が見えた? 今まで気にしていなかったが、どうやら今の俺には生き物の体が透けて見えるらしい。ここに来る前はそんなことは無かった。

 

俺は兎の方もじっくりと見てみた。やはり体が透けて見える。脚の筋肉が発達していた。筋肉の密度も高いようだ。

 

ここに刀があれば多少抵抗はできるかもしれない。だが、今の俺は丸腰だ。故に、今見つかれば俺の命はない。そう俺は思い咄嗟に〝錬成〟で近くの壁に穴を掘る。無論音を立てずにだ。

 

一度で二メートルしか掘れないが、それでも進むには十分だ。出入口はあの兎が入ってこれないようかなり小さくしてある。塞いでしまっては窒息してしまうのでな。

 

ある程度掘り進んだところで、壁の隙間から液体が滴り始めた。その液体を口にすると魔力が回復するようだ。俺は液体が滴る方向へ〝錬成〟で掘り進む。進む時に頭をぶつけてしまったが、魔力回復のために飲んだところ痛みも消え失せた。どうやら怪我も治してくれるらしい。正に神の水である。

 

掘り進むうちに液体は量を増やし始め、更に進んだところで水源に辿り着いた。

 

水源は西瓜程の大きさをした、青い光を放つ鉱石だった。

 

「何とも美しい……」

 

俺は思わず呟いた。そして、鉱石から滴る液体を貯める用に石で小瓶をいくつか作った。蓋も付いている。

 

液体を貯めている間、他に役立つ鉱石は無いか外を探した。狼が数匹うろついていたが、〝錬成〟で倒した。ちなみに毛皮は剥いだ。

 

結果は、三種類だけ見つかった。緑光石、燃焼石、タウル鉱石という物だ。緑光石は割ると光るのだが、それ以外には約に立たなそうだ。

 

燃焼石を粉末にして火を付けると爆発するので取り扱いには気をつけることにして、残るはタウル鉱石。この鉱石は素晴らしいものだった。

 

冷えてしまえば脆くなるが、熱には強い。硬さも申し分ない。これなら刀を作ることはできそうだ。

 

燃焼石を燃やして明かりにして、俺は早速刀の製作に取り掛かった。材料の種類に恵まれていないので仕込み刀になってしまうが、これは材料が手に入り次第手を加えるとしよう。なに、既に完成した刀身に手を加えなければどうということは無い。

 

そして、体内時計で作製開始から四日が経過した頃、遂に刀が出来上がった。

 

刀身と柄は一体化し、鞘もタウル鉱石で作った。切れ味は石の柱を切断できる程。だが、これは試作品である。名前はまだない。

 

俺は出来上がった刀を腰に差し、外へと出る。今まで見つけて来た物も持って。

 

 

迷宮を彷徨っていると、あの時の兎がいた。兎は俺を見つけると迷わず飛び掛かった。敵を恐れず真っ直ぐ進む勇気は称賛に価する。だが、俺には兎が何をするのか手に取るようにわかる。

 

「日の呼吸 円舞」

 

俺は刀を抜き、兎に向かって弧を描くように振り下ろした。兎は体を縦に真っ二つに割かれて死んだ。

 

またしばらく歩いていると、狼が数匹襲って来た。

 

「日の呼吸 日暈の龍・頭舞い」

 

龍が舞うように斬撃を繋げ、数匹の狼を一掃した。

 

俺は刀を仕舞い、先に進もうとした。直後、後ろから獣の唸り声が聞こえた。振り返って見てみると、二メートル程の巨躯に白い毛皮の熊がいた。やはり赤黒い線が体を走っている。爪の長さは三十センチ程。切れ味も鋭そうだ。

 

爪熊が俺に向かって爪を振るった。爪が直接届かない距離であるにもかかわらずにだ。嫌な予感がした俺は咄嗟に、その場から飛び退いた。すると、先程まで俺がいた場所が引っ掻かれたように抉れていた。

 

(成程……これがこの魔物の固有魔法。遠距離の相手に斬撃を飛ばして切り裂く)

 

だが、当たらなければどうということはない。

 

「日の呼吸」

 

俺は一瞬で間合いを詰め、刀でその頸を貫いた。

 

「陽華突」

 

陽炎に包まれた刀身が、爪熊の喉笛を穿つ。

 

(どうやら此奴がここら一帯で最強の魔物だったようだ)

 

この階層の魔物の頂点を倒した俺は、刀を仕舞い再び歩き出す。

 

 

あれから三日彷徨い続けたが、上の階へと続く道は見つからなかった。錬成で作ろうかと考えたが途中で壁が反応しなくなった。よって、今は下の階へと降りている。

 

下の階は真っ暗だった。緑光石が無ければ進むことができなかっただろう。捨てないでよかった。

 

暗闇をしばらく進んでいると、通路の奥で何かが光った。物陰に隠れながら進んでいると、不意に左側に嫌な気配を感じた。咄嗟に飛び退きながら緑光石を向けると、そこには体長二メートル程の灰色の蜥蜴が壁に張り付いており、金色の瞳で俺を睨んでいた。

 

俺がその場を去ろうとしたその時、その眼が一瞬光沢を放った。

 

(日の呼吸 幻日虹)

 

咄嗟に体を捩じり、蜥蜴の視線から姿を消した。すると、先程まで俺がいた場所の色が変わり、崩れた。どうやら石化の邪眼を持っているようだ。それもかなり強力なものだ。

 

(日の呼吸 炎舞)

 

一瞬の間に繰り出される二連撃で、蜥蜴を四つ切りにした。

 

蜥蜴を始末すると、俺は再びこの階層の探索に乗り出す。他には何も見つからなかったので、また一つ下の層へと降りていく。蜥蜴からは皮膚を剥ぎ取った。

 

 

その階層は地面が粘着いた。お陰で進み辛い。ならば吹き飛ばしてしまえば良いのでは? 俺はそう思い、刀を振るってタールを吹き飛ばす。

 

「日の呼吸 灼骨炎陽」

 

しかし、いくら吹き飛ばしてもすぐにタールまみれになってしまう。諦めた俺はせり出た岩を足場にして進んでいった。〝鉱物系鑑定〟で調べたところ、この半液体は火気厳禁だった。火花を散らせば一瞬で灼熱地獄に早変わりだ。

 

まぁ火属性魔法を使わずともこの階は突破できるだろう。攻撃手段は他にあるのだから。

 

しばらく進み続けると三叉路に出た。近くの壁に印をつけ、左から探索しようと足を踏み出したその時。

 

鋭い歯が無数に並んだ巨大な顎門を開いて、鮫がタールの中から飛び出してきた。俺の頭部を狙った顎門は歯と歯を打ち鳴らしながら閉じられる。咄嗟に身を屈めてかわしたものの俺は戦慄した。

 

(気配を全く感じなかった。もしや此奴……至高の領域に入っているのか……!?)

 

あまりに気配を探り辛いので一瞬そう思ってしまった。勿論そんなことはないのだが。

 

俺を殺し損ねた鮫は再びタールの中へと姿を消してしまった。

 

(やはり気配は感じないか)

 

止まっていてはいずれ殺されるので即座に移動を開始する。その瞬間を見計らったかのように、鮫が飛び出す。

 

「日の呼吸 斜陽転身」

 

空中で宙返りをし、鮫の背中を斬りつける。まるでゴムみたいだった。が、鮫は背中を斬られてもなお動く。鮫が驚異的な身のこなしで体を反転させ、着地した直後の俺を狙う。だが、それが自分の頸を締めることとなる。

 

「日の呼吸 碧羅の天」

 

体を後ろに反らした後に腰を捩じり、天に円を描くように刀を振るう。鮫の頭と胴は泣き別れとなった。

 

「さて…行くとしようか」

 

鮫から皮を剥がした後、俺は階下への階段を降りて行った。

 

 

鮫の階層から更に五十階層進み、もはやどれ程時間が経ったのかは分からなくなった。それでもかなり進むペースは速いと思う。

 

その間にも魔物と戦いを繰り広げ、そして打ち倒していった。

 

迷宮全体が薄い毒霧で包まれた階層では、毒を吹き出す二メートルの虹色蛙、神経を麻痺させる鱗粉を撒き散らす蛾に襲われた。

 

『(日の呼吸 烈日紅鏡)』

 

俺は息を止め、八の字を描くように刀を振るって蛾と蛙を倒した。蓬莱の薬水(今度からあの液体をそう呼ぶことにした)が無ければ死んでいただろう。

 

また、地下迷宮なのに密林のような階層に出たこともあった。ジャングルよろしく蒸し暑かった。密林を歩いていると、突然、巨大な百足が木の上から降ってきた。しかも体の節ごとに分裂して俺に襲い掛かった。

 

「日の呼吸 輝輝恩光」

 

体ごと渦巻くように回転しながら百足に突っ込んだ。百足を一匹たりとも逃さず斬り伏せた。

 

そして次は樹の魔物だ。根で地中から突き上げてきたり、蔓を鞭のようにしならせて打ってきたりした。

 

「日の呼吸 飛輪陽炎」

 

刃渡りを誤認させ、回避率を下げた一振りで根や蔓を斬った。

 

「日の呼吸 火車」

 

体を縦に回転させ、樹を斬りつけた。すると、赤い果実を大量に投げつけて来た。試しに食べてみたところ、西瓜の味がして美味だった。食料を口にしたのは数十日ぶりだ。それまではずっと蓬莱の薬水で凌いできた。

 

あまりに美味しかったので俺は樹の魔物をほとんど狩り尽くして手に入れた果実を持って行くことにした。

 

 

気付けば五十階層まで降りていた。終わりは未だ見えない。

 

俺は荘厳な両開きの門の前に立ち、門扉へ向かって一歩を踏み出した……




狂時「(いやー大変だった大変だった。俺は全能の神じゃないから他の神の力を借りるはめになってしまった)」
是空「奈落の底に転送したのは俺ちゃん」
融裂「肉体の再構築は私がしておいた」
霊流「魂の定着は私がやったわ」

狂時「ここで、トータスこそこそ噂話をしよう。俺の仲間は俺も含めて全部で十二柱存在する」

是空「次回 第九話 百花繚乱の吸血姫」
狂時「お前らも続きを待たないか?」
融裂「素直に続きをお楽しみにと言えば良いものを……」

つづく


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第九話 百花繚乱の吸血姫

どうも、頭痛に耐えながらこれを書き上げた最果丸です。

ハジメ君が更にとんでもねえことになりました……

とうとう彼のメインヒロイン登場です。


その空間を一言で言えば、不気味であった。

 

脇道の突き当りにある開けた場所には、高さが三メートル程の装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していた。

 

最初にこの空間に足を踏み入れた時、背筋がひやりとした。扉の向こうには明らかに強大な魔力の塊があった。だが、これは漸く姿を見せた〝変化〟だった。

 

あの扉を開けば、戦闘は避けられないだろう。だが、一向に終わりの見えない迷宮攻略に新たな風が吹こうとしていた。

 

「さながらパンドラの箱か。一体何が入ってるんだろうな?」

 

今持てる武器と戦闘術、そして技能。それらを一つ一つ確認してコンディションを万全に整えていく。全ての準備を終えた所で、俺は刀を抜き、構えた。

 

「俺は必ず生きて地球に戻る。父さんと母さんの待つ家に生きて帰る。それだけだ」

 

今の所は、な。邪魔をする奴は誰だろうと許さん。

 

 

特に何事もなく扉の前にまでやって来た。近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。

 

「座学に力を入れて来たつもりだったけど、何もわからないとはどういうことだ?」

 

魔法陣の式を全く読み取れない。そんなことは有り得ない。読み方が失われてしまう程長い年月が経ちでもしない限り。

 

全く解読できないので、いつも通り錬成で無理矢理こじ開けることにした。

 

押しても引いてもビクともしなかった扉を、錬成で穴を開けて道を作る。俺は左手で扉に触れ、錬成を開始した。

 

しかし、俺の錬成は弾かれた。

 

扉から赤い稲妻が迸り、俺の手を弾き飛ばした。掌からは煙が吹き上がっているが、薬水があるので問題はない。その直後に異変は起こった。

 

突然野太い雄叫びが上がり、部屋中に響き渡った。

 

扉から離れると、扉の両側に彫られていた一つ目の巨人が動き出した。

 

灰色だった体は暗緑色になり、四メートルの大剣を構えて俺を睨む。

 

(この扉を守るガーディアンの役目を与えられていたのか)

 

だが、俺の敵ではなかった。

 

「全集中 水の呼吸」

 

二体の巨人目掛けて俺は飛び掛かった。タウル鉱石の黒い刀身が、淀みの無い軌道で斬撃を繋ぐ。

 

「肆ノ型 打ち潮」

 

二体の頸は容易く斬り落とされた……と思いきや、体が一瞬発光し、刃が弾かれた。

 

「固有魔法か。中々厄介だな」

 

さっきので威力が足りないなら、より威力の高い型で攻撃するのみ。

 

「炎の呼吸 壱ノ型」

 

右の巨人が大剣を振り下ろす。透き通る世界を会得した俺には避けるのは簡単だった。

 

「不知火」

 

またしても斬り落とすまでは行かなかったが、傷跡は付いた。

 

(何か…弱点、急所は……)

 

巨人の単眼を見て、俺は作戦を思いつく。

 

水の呼吸・肆ノ型で攻撃する前に体が一瞬発光したが、目は発光していなかった気がする。ならば、眼球は他の部位と比べて脆いはず。

 

「全集中 水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き」

 

水の呼吸最速の突き技で、巨人の単眼を穿ち抜く。読みは当たっていたようで、巨人は目を抑えて怯んだ。

 

(やるなら今のうちだ…!!)

 

再び突きの構えを取る。今度は片手ではなく両手で刀を持つ。

 

「日の呼吸 陽華突」

 

喉笛目掛けて突きを繰り出した。

 

が…

 

バキッ!

 

刀が…折れた。折れた刀に気を取られて、もう一体の攻撃を避けられなかった。

 

「がっ……!」

 

大剣で部屋の向こうまで吹き飛ばされる。

 

「どうやら…ここが人としての俺の限界のようだ……」

 

五十階層にて早くも己の限界を悟った俺は、皮と一緒に剥ぎ取った肉を喰った。直後、心臓が脈打ち、体に激痛が走る。

 

魔物の肉を常人が喰らえば、肉に含まれる魔力で体が崩壊してしまうのだが、どうやら俺は特異体質のようだった。

 

「ゴオオオオオ………ホオオオオオ」

 

俺の体に変化が起こった。以前にも増して力が漲る。呼吸の音が変わった。そして何より……

 

「視界が広がった…」

 

まるで()()()()()()()()()()()()()。眉の上辺りに二つ、両頬に二つ目が出来たような感覚だ。

 

「全集中 月の呼吸」

 

俺は折れた刀を持って、巨人の前に立つ。

 

「壱ノ型 闇月・宵の宮」

 

巨人の片腕をいとも容易く斬り落としてやった。

 

「どうした…? もう終わりか……?」

 

巨人は明らかに俺を恐れていた。

 

「その程度か?」

 

俺は刀を大きく円を描くように振るった。

 

「月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月」

 

複数の巨大な丸鋸型の刃が、巨人を無慈悲にも切り裂いた。

 

魔物の肉を喰らってから、異能の力に目覚めた。剣術が大幅に強化されるどころか、その気になれば刀など必要なかっただろう。

 

そして再び心臓は脈打つ。広がった視界は元に戻った。

 

「今のは何だったんだ?

一時的にステータスが強化された時、俺は自分が人ではなくなったような感覚がした。魔物の肉を更に欲した。これではまるで人喰い…いや、魔物喰いの鬼ではないか。

 

「………まぁ、いいか。勝てたんだから」

 

俺はこれ以上考えるのを止めた。そして、扉の窪みを見て少し思案する。

 

「魔石が嵌りそうだな」

 

二体の巨人を解体して魔石を取り出し、扉の窪みに嵌めた。直後、魔石から赤黒い魔力光が迸り魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。

 

扉の奥にいる存在を警戒しつつ、ゆっくりと扉を開いた。

 

そこは光一つ無い、暗闇が広がっていた。

 

中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

 

その立方体を注視していると、何か光るものが生えているのが見えた。そして、それは俺に気づいたのか擦れた、弱々しい声で話しかけた。

 

「……だれ?」

 

それがユラユラと動き、差し込んだ光でそれが何なのかはっきりと分かった。

 

「こんな所に人がいるとは……」

 

上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗のぞいている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。

 

これは予想外だった。紅の瞳の女の子も、俺をジッと凝視していた。そのまま通り過ぎようと思ったが、それよりも興味が勝った。

 

「おい、お前」

 

俺は取り敢えずその女の子に声を掛けてみた。

 

「ここで何をしている?」

 

問い掛けながら、俺は女の子に歩み寄る。

 

「こんな奈落の底の底で、どうして封印されている?」

 

明らかに訳ありだ。見た所封印以外何もないようだし、とても脱出には役に立ちそうにない。

 

「……」

 

声が出ない程に衰弱している。体も痩せていた。解放した所で、俺の脅威とはならないだろう。

 

「わ…私……」

「ん?」

「裏切られた……だけ……」

 

〝裏切られた〟。その言葉に俺の心は揺さぶられた。

 

誰かを俺が殺している場面が浮かび上がる。名前は分からないが、俺に悪意を持っていたことは憶えている。

 

「裏切られた、か……その裏切った奴は、どうしてお前をここに封印した?」

 

豊かだが薄汚れた金髪の間から除く紅眼で俺を見つめる。やがて、細々と理由を話した。

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

「どこかの国の王族だったのか?」

「……(コクコク)」

「殺せないってなんだ?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「……そいつは凄まじいな。……すごい力とはそれか?」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

「…ほう」

 

成程、波乱万丈な境遇だな。

 

俺も魔力を直接扱えるから詠唱は要らない。属性適正も五つあるから巨大な魔法陣も必要ない。

 

だが、この女の子のように魔法適性があれば反則的な力を発揮できるのだろう。何せ、周りがチンタラと詠唱やら魔法陣やら準備している間にバカスカボカスカ魔法を撃てるのだから、ハッキリ言って勝負にならない。しかも、不死身と来た。おそらく絶対的なものではないだろうが、チートであることに変わりはない。

 

「……たすけて……」

 

ポツリと女の子が懇願する。

 

「………」

 

俺は女の子を見つめた。女の子も俺を見つめる。

 

「……お前もここから出たいのか?」

 

女の子はコクコクと頷く。

 

「そうか。ならば……」

 

俺は再び先程の強化をする。鬼がかったように強くなったので取り敢えず〝鬼化〟と呼ぶことにした。

 

「……瞳に……模様みたいなのが……後他にも……顔の痣? みたいなのが増えて……」

 

女の子曰く、今の俺の両目には模様が刻まれているらしい。更に、鬼化前は左額に炎のような痣があるのだが、鬼化後は右頬にも似たような痣が発現するらしい。

 

「俺の体もまだまだ分からないことだらけだな」

 

俺は立方体に手を置いた。

 

「あっ」

 

女の子がその意味に気がついたのか大きく目を見開く。俺はそれを無視して錬成を始めた。

 

魔物を喰ってから変質した赤黒い、いや血のように濃い紅色の魔力が放電するように迸る。

 

「……全く通じないわけではないが、通りが悪すぎるな……」

 

立方体が俺の魔力に抵抗して錬成を弾く。だが、完全には防げないようで、俺の魔力が少しずつ侵食するように立方体に迫っていく。そして、魔力を五節分流した所で、女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。

 

それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。

 

(おいおい。まだ半分しか流してないぞ? 脆くないか? この立方体)

 

対する俺は鬼化を解いても全く息が上がっていない。力を抜いてだらりと下がった俺の手を、女の子がギュッと握った。弱々しい、力のない手だ。小さくて、ふるふると震えている。

 

女の子は真っ直ぐ俺を見つめていた。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。

 

そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げる。

 

「……ありがとう」

 

その言葉を贈られた時の心情をどう表現すべきか、俺は解らなかった。ただ、決して消えない微かな灯火が心に宿ったような気がした。

 

繋がった手はギュッと握られたままだ。いったいどれだけの間、ここにいたのだろうか。吸血鬼族は数百年前に滅んだ。歴史書にも書かれている。ならば、吸血鬼が滅びてからずっとここに囚われていたのだろうか。

 

話している間も彼女の表情は動かなかった。それはつまり、声の出し方、表情の出し方を忘れるほど長い間、たった一人、この暗闇で孤独な時間を過ごしたということだ。

 

しかも、話しぶりからして信頼していた相手に裏切られて。よく発狂しなかったものだ。もしかすると先ほど言っていた自動再生のせいかもしれない。だとすれば、それは逆に拷問だっただろう。狂うことすら許されなかったということなのだから。俺はクラスメイトについて記憶がほとんど無いから裏切られた時の心情はもう分からない。

 

俺は腕に力を入れて握り返す。女の子はそれにピクンと反応すると、再びギュギュと握り返してきた。

 

「……名前、なに?」

 

そう言えば、互いに名乗って無かったな。

 

「ハジメ……南雲ハジメという。お前は?」

 

女の子は「ハジメ、ハジメ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、問われた名前を答えようとして、思い直したように俺にお願いをした。

 

「……名前、付けて」

「付けてって……どうした? 名前を忘れたのか? それとも、前の名前は嫌いか?」

「もう、前の名前はいらない。……ハジメの付けた名前がいい」

「そうか……」

 

この女の子は変わろうとしている。その一歩が新しい名前なのだろう。

 

「なら〝(ユエ)〟というのはどうだ? ネーミングセンスにはあまり自信が無いから、嫌なら別のを考えるが……」

「ユエ? ……ユエ……ユエ……」

「ユエというのは、俺の故郷……俺が住んでいた国の西にある国(中国のこと)の言葉で〝月〟を表す言葉だ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」

 

思いのほかきちんとした理由があることに驚いたのか、女の子がパチパチと瞬きする。そして、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。

 

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

「そうか。気に入ったのか…」

 

俺は着ていた羽織を脱いでユエに渡す。

 

「これを着ろ。少しは暖かくなるだろう」

 

ユエは一瞬で顔が赤くなり、羽織をギュッと抱き寄せ上目遣いでポツリと呟いた。

 

「ハジメのエッチ」

「……」

 

こういう時は何かを言った瞬間墓穴を掘ることになる。だから俺は何も言わない。ユエはいそいそと外套を羽織る。ユエの身長は百四十センチ位しかないのでぶかぶかだ。一生懸命裾を折っている姿が微笑ましい。

 

その間、〝気配感知〟で索敵する。俺は背筋がひやりとした。明らかに強力な魔物の気配がすぐ傍からする。場所は……俺達の真上だった。

 

俺は咄嗟にユエを抱きかかえ、全力でその場から飛び退いた。直後、気配の主が地響きを立てて姿を現した。

 

その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。まるでサソリのようだ。明らかに今までの魔物とは一線を画した強者の気配を感じる。

 

部屋に入った直後は全開だった〝気配感知〟ではなんの反応も捉えられなかった。だが、今は〝気配感知〟でしっかり捉えている。

 

ということは、少なくともこのサソリモドキは、ユエの封印を解いた後に出てきたということだ。つまり、ユエを逃がさないための最後の仕掛けなのだろう。それは取りも直さず、ユエを置いていけば俺だけなら逃げられる可能性があるということだ。

 

(どうする? 刀はさっき折れてしまった。作り直している時間など無い……)

 

腕の中のユエをチラリと見る。彼女は、サソリモドキになど目もくれず一心に俺を見ていた。凪いだ水面のように静かな、覚悟を決めた瞳。その瞳が何よりも雄弁に彼女の意思を伝えていた。

 

(そうだ。俺には奥の手が二つあるじゃないか。一応今使える全ての呼吸を試して、通じなければ日と月を使う)

 

それでも通じなければ、鬼化して直接叩くしかない。

 

「ユエ。これを飲め」

 

ポーチから薬水を取り出し、ユエに飲ませる。石の小瓶から薬水がユエの体内に流れ込む。ユエは衰え切った体に活力が戻ってくる感覚に驚いたように目を見開いた。

 

「そこから動くな」

 

俺はユエを安全な場所まで運ぶ。

 

「おい、そこのサソリ。彼女を倒したくば、まず俺から倒せ」

 

サソリの敵視は取れた。ユエに向かないうちに仕留めるのみ。

 

「風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐」

 

体を捩じり、斜め下からサソリの頭を斬り上げる。刀身が短い分、威力も落ちているようだ。だが、それでも切り傷を付けるには十分の威力だ。

 

「風の呼吸 漆ノ型 勁風・天狗風」

 

四本の鋏を俺は透き通る世界で躱し、カウンターだと言わんばかりに鋏に攻撃を仕掛けていく。だが、外殻が異常に硬く、僅かな傷しか付けられなかった。

 

サソリは俺の攻撃が自分に通用しないと気づいたのか、尻尾の針から散弾針を飛ばす。

 

「炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり」

 

刀身は折れているが、噴き出る炎が散弾針を燃やし尽くす。更に、背中を斬りつけようと飛び上がる。

 

「水の呼吸 弐ノ型 水車」

 

またしてもわずかに切り傷を付ける程度。どうすべきかと、俺が思考を一瞬サソリから逸した直後、今までにないサソリの絶叫が響き渡った。

 

その叫びを聞いて、全身を悪寒が駆け巡り、咄嗟に〝縮地〟で距離をとろうとする俺だったが……既に遅かった。

 

絶叫が空間に響き渡ると同時に、突如、周囲の地面が波打ち、轟音を響かせながら円錐状の刺が無数に突き出してきたのだ。

 

「不味い、油断した……!」

 

必死に空中に逃れようとするが、背後から迫る円錐の刺に気がつき、それを躱したが、そんな俺に、散弾針と溶解液の尻尾がピタリと照準されているのが視界の端に見えた。

 

次の瞬間、両尻尾から散弾針と溶解液が空中の標的を撃墜すべく発射された。

 

「日の呼吸 幻日虹」

 

どうにか両方とも直前で躱すことができた……と思ったら…

 

「ぐぅうう!」

 

溶解液の方は避けられたが、散弾針は何本か刺さってしまったようだ。

 

激痛の余り食いしばった歯の間から呻き声が漏れる。しかし、耐えられないほどではない。

 

針を抜きながら視線をユエの方に向けると、ユエは俺の方へ来た。

 

「ハジメ!」

 

ユエが心配そうに俺に駆け寄る。今にも泣きだしそうだ。

 

「このくらい平気だ。少し硬いが、眼か口を狙えば倒せそうだ」

 

ユエの心配を余所に、俺は錬成で拘束している目の前のサソリを倒すべく思案する。そんな俺にユエはポツリと零す。

 

「……どうして?」

「ん?」

「どうして逃げないの?」

 

自分を置いて逃げれば助かるかもしれない、その可能性を理解しているはずだと言外に訴えるユエ。

 

「それでも、守れるものがあるのなら、俺は全力で守り抜く。敵が少し強くなった程度で見放したりなんかしないぞ」

 

俺はそんな小物ではない。俺を裏切り、俺が手に掛けたクラスメイトの誰かのようにはなりたくない。

 

ユエは何かを見たのか納得するように頷き、いきなり抱きついた。

 

「いきなりどうした?」

 

そして俺の首に手を回した。

 

「ハジメ……信じて」

「何を……!?」

 

〝信じて〟と言ったユエは俺の首に口をつけ、噛みついた。首筋にチクリと痛みを感じた。そして体から力が抜ける感覚がした。

 

(そういえば吸血鬼だったな)

 

〝信じて〟――――その言葉は、きっと吸血鬼に血を吸われるという行為に恐怖、嫌悪しても逃げないで欲しいということだろう。

 

そう考えて、しがみつくユエの体を抱き締めて支えてやった。一瞬、ピクンと震えるユエだが、更にギュッと抱きつき首筋に顔を埋める。どことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。

 

直後、サソリが拘束を振りほどいた。こちらの位置は把握しているようで、再び地面が波打つ。サソリモドキの固有魔法なのだろう。周囲の地形を操ることができるようだ。

 

「それなら俺の十八番だ」

 

俺は地面に手を置き、錬成を発動させる。周囲三メートル以内が波打つのを止め、代わりに石の壁が俺とユエを囲むように形成される。

 

周囲から円錐の刺が飛び出し俺達を襲うが、その尽くを俺の防壁が防ぐ。一撃当たるごとに崩されるが直ぐさま新しい壁を構築し寄せ付けない。

 

地形を操る規模や強度、攻撃性はサソリが断然上だが、錬成速度は俺の方が上だ。錬成範囲は三メートルから増えていないので頭打ちっぽい上に、刺は作り出せても威力はなく飛ばしたりもできないが、守りには俺の錬成の方が向いているようだ。

 

俺が錬成しながら防御に専念していると、ユエがようやく口を離した。

 

どこか熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐める。その仕草と相まって、幼い容姿なのにどこか妖艶さを感じさせる。どういう訳か、先程までのやつれた感じは微塵もなくツヤツヤと張りのある白磁のような白い肌が戻っていた。頬は夢見るようなバラ色だ。紅の瞳は暖かな光を薄らと放っていて、その細く小さな手は、そっと撫でるように俺の頬に置かれている。

 

「……ごちそうさま」

 

そう言うと、ユエは、おもむろに立ち上がりサソリに向けて片手を掲げた。同時に、その華奢な身からは想像もできない莫大な魔力が噴き上がり、彼女の魔力光なのだろう――黄金色が暗闇を薙ぎ払った。

 

そして、神秘に彩られたユエは、魔力色と同じ黄金の髪をゆらりゆらゆらとなびかせながら、一言、呟いた。

 

「〝蒼天〟」

 

その瞬間、サソリの頭上に直径六、七メートルはありそうな青白い炎の球体が出来上がる。

 

直撃したわけでもないのに余程熱いのか悲鳴を上げて離脱しようとするサソリ。

 

だが、奈落の底の吸血姫がそれを許さない。ピンっと伸ばされた綺麗な指がタクトのように優雅に振られる。青白い炎の球体は指揮者の指示を忠実に実行し、逃げるサソリを追いかけ……直撃した。

 

サソリにはかなり効いている。苦悶の悲鳴を上げている。着弾と同時に青白い閃光が辺りを満たし何も見えなくなる。俺は腕で目を庇いながら、その壮絶な魔法を唯々呆然と眺めた。

 

やがて、魔法の効果時間が終わったのか青白い炎が消滅する。跡には、背中の外殻を赤熱化させ、表面をドロリと融解させて悶え苦しむサソリの姿があった。

 

ユエはさっきの魔法で魔力が枯渇したのか、肩で息をしながら座り込んだ。

 

「ユエ、無事か?」

「ん……最上級……疲れる」

「はは、やるじゃないか。助かったよ。後は俺がやるから休んでいてくれ」

「ん、頑張って……」

 

俺はサソリとの間合いを一気に詰めた。サソリは未だ健在だ。外殻の表面を融解させながら、怒りを隠しもせずに咆哮を上げ、接近してきた俺に散弾針を撃ち込もうとする。

 

「日の呼吸 灼骨炎陽」

 

それを刀で薙ぎ払う。

 

「終わりにしよう」

 

俺は高く飛び上がった。狙うは頭と胴体の付け根…頸だ。

 

「日の呼吸」

 

サソリの頸に立つと同時に、体を捩じって円を描くように刃を振るう。

 

「碧羅の天」

 

半ばから折れた黒き刃は、融解した外殻ごと巨大なサソリの頸を断ち切った。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

断末魔を上げながら、サソリは息絶えた。

 

サソリを仕留めた俺は、無表情だがどこか嬉しそうに俺を見つめるユエの許へ歩み出した……




「「いよっと」」

ユエ「ハジメ。さっきの剣技、炎が揺らいだように見えたんだけど、あれどうやってるの?」
ハジメ「習得して上達すれば、陽炎が揺らいでいるように見えてくる」
ユエ「でも他の剣技は魔法と合わせていたみたいだったけど……」
ハジメ「丁度いい属性適正があったからな……呼吸が強化されて助かる」
ユエ「呼吸?」
ハジメ「ああ。肺を大きくして体中に酸素を行きわたらせ、瞬発的に力を発揮できるようになる呼吸があるんだ」
ユエ「私も……使えるようになるかな?」
ハジメ「厳しい鍛錬を積めば、必ず習得はできる」←厳しい鍛錬を積まずに習得した男
ユエ「そう……なら私も、頑張ってみよう……かな……」


ハジメ「ここで、トータスこそこそ噂話。鬼化した状態の俺の血を摂取すると、眷属となる形で鬼化が使えるようになるらしい」
(いや普通ユエと逆だと思うのだが……)


ユエ「ハジメの両目……模様が浮き出ることがあるけどあれは何?」
ハジメ「さぁな。どんな模様か見てみないと判らん」
ユエ「鏡か何かを見つけないと……」
ハジメ「それ今そんなに重要なことか? まぁいいが」
ユエ「次回 第十話 鬼と姫の実力」
ハジメ「ひょっとして文字だったりして……」
ユエ「じゃあ私は読めない……」

つづく


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第十話 鬼と姫の実力

どうも、最果丸でございます。

タイトル詐欺にならないようにしてたら一万字超えてしまいました。ちなみに本文は11111文字とぞろ目でした。凄い奇跡。

とうとうハジメ君が、こくしぼーたん(黒死牟様)になってしまいました。


サソリの化け物を倒した俺達は、サソリと巨人の素材と肉を拠点(仮)に持ち帰った。肉の方は食べても大丈夫なのかって? 普通魔物の肉を食えば死ぬがどうやら俺は喰っても死なない体質らしい。だからといって喰った魔物の技能を得られるといったことは無いが。

 

運ぶのは少し苦労したが、最上級魔法の行使により、へばったユエに再度血を飲ませると瞬く間に復活し見事な身体強化で怪力を発揮してくれた。俺も鬼化して筋力を大きく上げて運んだ。ちなみに、俺の血を飲んだ後ユエの体が少し大きくなったような気がした。

 

封印の部屋をわざわざ出る理由は、ユエが断固拒否したからだ。無理もない。何年も閉じ込められていた場所など見たくもないのが普通だ。武器の修理でしばらく身動きが取れないことを考えても、精神衛生上、封印の部屋はさっさと出た方がいいだろう。

 

近くに作った拠点で、俺達は互いのことを話していた。

 

「吸血鬼は、皆お前のように長寿なののか?」

「……私が特別。〝再生〟で歳もとらない……」

 

聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や〝自動再生〟の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしいが、それでも二百年くらいが限度なのだそうだ。人間族の平均寿命は七十歳、魔人族は百二十歳、亜人族は種族によるらしい。エルフの中には何百年も生きている者がいるとか。

 

ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。

 

なるほど、あのサソリモドキの外殻を融解させた魔法を、ほぼノータイムで撃てるのだ。しかも、ほぼ不死身の肉体。行き着く先は〝神〟か〝化け物〟か、ということだろう。ユエは後者だったということだ。俺が言えたことではないが。

 

欲に目が眩んだ叔父が、ユエを化け物として周囲に浸透させ、大義名分のもと殺そうとしたが〝自動再生〟により殺しきれず、やむを得ずあの地下に封印したのだという。

 

ユエ自身、当時は突然の裏切りにショックを受けて、碌に反撃もせず混乱したままなんらかの封印術を掛けられ、気がつけば、あの封印部屋にいたらしい。

 

その為、あのサソリモドキや封印の方法、どうやって奈落に連れられたのか分からないそうだ。

 

ユエの力についても話を聞いた。それによると、ユエは全属性に適性があるらしいが、接近戦は苦手で、一人だと身体強化で逃げ回りながら魔法を連射するくらいが関の山なのだそうだ。もっとも、その魔法が強力無比なのだから大したハンデになっていないのだが。

 

ちなみに、無詠唱で魔法を発動できるそうだが、癖で魔法名だけは呟いてしまうらしい。魔法を補完するイメージを明確にするためになんらかの言動を加える者は少なくないので、この辺はユエも例に漏れないようだ。めっちゃわかる。

 

〝自動再生〟については、一種の固有魔法に分類できるらしく、魔力が残存している間は、一瞬で塵にでもされない限り死なないそうだ。逆に言えば、魔力が枯渇した状態で受けた傷は治らないということ。つまり、あの時、長年の封印で魔力が枯渇していたユエは、サソリモドキの攻撃を受けていればあっさり死んでいたということだ。鬼化した俺はどうなのかって? 知らん。

 

「それで……肝心の話だが、ユエはここがどの辺りか分かるか? 他に地上への脱出の道とか」

「……わからない。でも……」

 

ユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないらしい。申し訳なさそうにしながら、何か知っていることがあるのか話を続ける。

 

「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

「反逆者?」

「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属のこと。……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」

 

ユエ曰く、神代に、神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。

 

その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。

 

「……そこなら、地上への道があるかも……」

「なるほど。奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくるとは思えない。神代の魔法使いなら転移系の魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくないってことか」

 

見えてきた可能性に、思わず頬が緩む。再び、視線を手元に戻し作業に戻る。ユエの視線も俺の手元に戻る。ジーと見ている。

 

「……そんなに面白いか?」

 

口には出さずコクコクと頷くユエ。だぶだぶの外套を着て、袖先からちょこんと小さな指を覗かせ膝を抱える姿はなんとも愛嬌があり、その途轍もなく整った容姿も相まって思わず抱き締めたくなる可愛らしさだ。だが、俺はロリコンじゃない。

 

「……ハジメ、どうしてここにいる?」

 

当然の疑問だろう。ここは奈落の底。正真正銘の魔境だ。魔物以外の生き物がいていい場所ではない。

 

ユエには他にも沢山聞きたいことがあった。なぜ、魔力を直接操れるのか。なぜ、固有魔法らしき魔法を複数扱えるのか。なぜ、魔物の肉を食って平気なのか。そもそも俺は本当に人間なのか。俺が使っていた技は一体何なのか。

 

「俺は大勢の仲間と共にこの世界に召喚された。だが、ベヒモスとの戦いで裏切りに遭った。俺のことが気に食わなかったんだろう。そして裏切った者の頸を刎ねた後、気づいたらここにいた」

 

俺は他にも空腹に耐えながら探索を続けたこと(途中でスイカみたいな果物を見つけてからはそれを食べている)、封印部屋に入る前に魔物を喰って鬼化が使えるようになったこと、かなり最初の方で薬水を見つけたこと、四日かけて作った刀のことを話した。

 

「……ぐすっ……」

「ど、どうした?」

 

いつの間にかユエは鼻を啜って涙をはらはらと流している。俺は流れていくユエの涙を拭いながら尋ねた。

 

「……ぐす……ハジメ……つらい……私もつらい……」

 

どうやら〝裏切られた〟の部分で泣いているようだ。俺は表情を緩ませてユエの頭を撫でた。

 

「気にするな。今となってはクラスメイトの記憶は朧げだ。名前も顔も、声も忘れた。復讐よりも故郷に帰りたい」

 

スンスンと鼻を鳴らしながら、撫でられるのが気持ちいいのか猫のように目を細めていたユエが、故郷に帰るという俺の言葉にピクリと反応する。

 

「……帰るの?」

「ああ。帰りたいよ。色々と変わってしまったが、故郷に……親の待つ家に帰りたい」

「……そう」

 

ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。

 

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

「……」

 

何故だろう。とっくに常人離れした聴覚は失ったはずなのに、ユエからとても悲しい音が聞こえた気がした。

 

もしかしたら、俺に新たな居場所を見ているのかもしれない。だから、新しい名前を求めたのだろう。俺が地球に帰れば…

 

ユエはまた、居場所を失ってしまう。

 

きゅっ…

 

(どうして……ユエが悲しそうにしてるのを見ると…心臓が締め付けられるような感覚がするんだ……)

 

 

べべべん……。

 

どこからか琵琶の音が聞こえてきたかと思うと、突然違う風景が視界に飛び込んできた。錬成で掘った穴ではなく、近くに脱線した列車がある、森に近い開けた場所だった。

 

『目の前の女をこの世界に残して、お前は故郷に戻るのか?』

 

俺の前には、女を抱え、返り血を大量に浴びた格闘家らしき男が立っていた。表情から見るにかなり怒っているようだ。

 

『お前が故郷に帰れば、この女はまた孤独に苛まれることになる。だから女は泣いているんだぞ……!』

 

青筋が浮かんだと同時に髪色が赤く変わり、全身に刺青が入る。

 

べべん……。

 

また聞こえた。今度はどこかの立派な屋敷に飛ばされた。足元には大量に血を飛び散らせた。男と女の死体が転がっていた。男の方は包丁か何かで滅多刺しにされて、惨いと言わざるを得なかった。

 

『そもそも、君の故郷は本当に君が思い描いているような理想郷なのかい?』

 

今度はヘラヘラと笑っている男だ。どこぞの宗教の教祖らしき恰好をしている。瞳は虹色で、両手には扇子を持っている。

 

『嫌だったこと、苦しかったこと、あったでしょ? 君の故郷(あそこ)にも。俺にはその気持ち、わからなったけどね』

 

べん……。

 

今度は城の天守閣に立っている。一体どうなっているんだ?

 

『この世界で暮らすという選択肢も……悪くないのではないか? 親の許には……時々帰る程度でよいだろう』

 

俺と向かい合うように、侍のような恰好をした男が立っている。左額と右頬に炎のような痣が浮き出ている。

 

『私は……家と妻子を捨ててしまった……その結果、人の道を外れてしまった……この女子を捨ててまで故郷に帰るか……お前はそれで本当によいのか……?』

 

男の目が二つから六つに増えた。

 

「俺は……」

『どちらか二つを選んでも…お前はいずれ人の道を外れ………心身共に鬼となるだろう……私のように……』

 

 

ぺいん……。

 

冷たい琵琶の音を最後に、再び景色は拠点に戻った。

 

俺は一度離してしまった手で、ユエの頭をもう一度撫でた。

 

「俺は故郷に帰ると…言ったな……」

「……本当に……帰るの……?」

 

いつの間にか鬼化が発動している。鬼化を発動させると口調がゆったりとしてしまう。

 

「帰ると言っても、一度親と顔を合わせ、話をするだけだ。その後は、またこの世界で暮らそうと思う」

「……え……?」

「お前の帰る場所、俺の隣じゃ……駄目か?」

 

ユエはしばらく呆然としていた。

 

「お前がどうしたいかは、お前の望むままにしろ」

「……いいの?」

 

ここでようやく理解が追い付いたのか、ユエは遠慮がちに尋ねる。その紅の瞳には、期待の色が宿っていた。

 

曇り一つ無いユエの瞳に、俺は頷いた。すると、今までの無表情が嘘のように、ユエはふわりと花が咲いたように微笑んだ。思わず見蕩れてしまう程、綺麗な笑顔だった。

 

これ以上見たら俺の心臓が持ちそうにないので、作業に没頭することにした。ユエも興味津々で覗き込んでいる。但し、先程より近い距離で、ほとんど密着しながら……

 

気にすることなかれ……

 

「……これ、なに?」

 

錬成により少しずつ出来上がっていく刀身。長さは折れる前の試作品と同じ位だ。というか折れたやつをそのまま使っている。

 

「これは折れた刀の代わりだ。前よりも硬くなっている」

 

素材はサソリの外殻だ。あの硬さの秘密を探ろうとサソリの外殻を調べてみたところ、〝鉱物系鑑定〟が出来た。シュタル鉱石という、込めた魔力量に比例して硬度も上昇する特殊な鉱石だ。

 

試しに錬成をしてみたところ、あっさり出来てしまった。これなら錬成で簡単に外殻を突破できたではないかと思ったが、倒してしまった以上どうしようもない。

 

良い素材が手に入って少し上機嫌だった俺は、早速刀の製作に取り掛かった。あの時からは腕は相当上がっているのでサクサク進んだ。

 

刀は内側と外側で、鋼の硬さが違う。内側は柔らかく、外側は硬い。内側と外側で硬さが違うからこそ、折れず、曲がらず、よく切れるといった特徴を実現できたのだ。

 

タウル鉱石も十分に硬いのだが、魔力を込めたシュタル鉱石はそれ以上に硬い。タウル鉱石の芯を、シュタル鉱石で覆って刀身にする。

 

そんなことを語りつつ、遂に刀を完成させた。うむ、我ながらいい出来だ。試作品には名前を付けてなかったが、この刀には名前を付けてあげよう。

 

「よし、この刀には〝鬼突滅哭(きとつめっこく)〟という銘を付けよう」

 

刀に銘を付けて、一段落した俺は腹が減ったので食事にすることにした。

 

「ユエ、食事にするぞ」

 

ユエは手に取っていた俺の鬼突滅哭を置いて向き直ると「食事はいらない」と首を振った。

 

「まぁ、三百年も封印されて生きてるんだから食わなくても大丈夫だろうが……飢餓感とか感じたりしないのか?」

「感じる。……でも、もう大丈夫」

「大丈夫? 何か食ったのか?」

 

ユエは俺を真っ直ぐ指差す。

 

「ハジメの血」

「成程、俺の血か。吸血鬼は血が飲めれば特に食事は不要ってことか?」

「……食事でも栄養はとれる。……でも血の方が効率的」

 

血さえあれば吸血鬼は平気なようだ。俺から吸血したので、今は腹が満たされているようだ。納得している俺を見つめながら、ユエは舌なめずりをした。

 

「……何故、舌舐りする」

「……ハジメ……美味……」

「美味って……魔物を喰って鬼化したから味には自信がないのだが……」

 

俺は何を言っているんだ。

 

「……熟成の味……」

 

ユエ曰く、何種類もの野菜や肉をじっくりコトコト煮込んだスープのような濃厚で深い味わいらしい。

 

そういえば、最初に吸血されたとき、やけに恍惚としていたようだったが気のせいではなかったようだ。飢餓感に苦しんでいる時に極上の料理を食べたようなものなのだろうから無理もない。

 

だが、舌舐りしながら妖艶な空気を醸し出すのはやめて欲しいと思う。俺の心臓が持たないから。マジで。まだユエの容姿は幼いが、明らかに封印された時より体が成長している。いつか封印当時の年齢相応の容姿になりそうだ。

 

「……美味」

「……勘弁してくれ」

 

いろんな意味で、この相棒はヤバイかもしれない、俺はそう思った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

俺達が準備を終えて迷宮攻略に動き出したあと、十階層ほどは順調に降りることが出来た。俺の装備や技量が充実し、かつ熟練してきたからというのもあるが、ユエの魔法が凄まじい活躍を見せたというのも大きな要因だ。

 

全属性の魔法をなんでもござれとノータイムで使用し的確に俺を援護する。

 

ただ、回復系や結界系の魔法はあまり得意ではないらしい。〝自動再生〟があるからか無意識に不要と判断しているのかもしれない。もっとも、俺には薬水があるのでなんの問題もなかったが。

 

そんな俺達が降り立ったのが現在の階層だ。まず見えたのは樹海だった。十メートルを超える木々が鬱蒼と茂っており、空気はどこか湿っぽい。しかし、以前通った熱帯林の階層と違ってそれほど暑くはないのが救いだろう。

 

俺達が階下への階段を探して探索していると、突然、ズズンッという地響きが響き渡った。何事かと身構える二人の前に現れたのは、巨大な爬虫類を思わせる魔物だ。大きな頭、太い歯、小さな前脚。ティラノサウルスそのものである。しかも何故か頭から向日葵っぽい花が生えている。シュールだ。

 

俺は冷静に刀を抜こうとして……それを制するように前に出たユエがスッと手を掲げた。

 

「〝緋槍〟」

 

ユエの手元に現れた炎は渦を巻いて円錐状の槍の形をとり、恐竜擬きの口を焼き尽くした。恐竜擬きは地響きを立てて横倒しになった。そして頭の花が落ちた。

 

最近、ユエ無双が激しい。最初は俺の援護に徹していたはずだが、いつの間にか俺に対抗するように先制攻撃を仕掛け魔物を瞬殺するようになったのだ。

 

おかげで俺は戦闘での出番がめっきり減ってしまった。自分が役立たずな気がしてならなかった。まさか、自分が足手まといだから即行で終わらせているとかではあるまいな? と内心不安に駆られる。もしそんなことを本気で言われたら丸十日は落ち込む自信があった。

 

抜きかけの刀を納め、ユエに話しかけた。

 

「ユエ。俺のためを思って張り切るのは結構だが、俺も戦いたいんだよ」

 

ユエは振り返って俺を見ると、無表情ながらどこか得意げな顔をする。

 

「……私、役に立つ。……パートナーだから」

 

そうか、俺の援護だけでは飽き足りなかったのか。

 

少し前に、「一蓮托生のパートナーなんだから、頼りにしているぞ」と言ったことがあったな。

 

その時はユエが魔力切れになるまで魔法をバカスカ撃って戦闘中に倒れてしまった。その後俺が瞬殺したから無事に生き残れたが、その事をひどく気にするので慰める意味で言ったのだが……思いのほか深く心に残ったようだ。パートナーとして役立つところを見せたいのだろう。

 

「お前はもう十分過ぎる程役に立っているよ。ユエは魔法が強力な分、接近戦は苦手なのだから俺に任せて欲しい。ユエは後衛を頼む」

「……ハジメ……ん」

 

ユエは若干シュンとしてしまった。俺が彼女の柔らかい髪を撫でてやるとすぐに機嫌を直した。

 

その後、ラプトルに似た魔物が襲い掛かったが、瞬殺した。殺す前に頭の花を斬ったところ、ラプトルはその花を踏みつけた。どうやら自分の意思とは関係なく操られているようだった。

 

(近くにこいつ等を操っている魔物がいるのか? ならば警戒しなければならない)

 

慎重に進むぞとユエに言おうとした瞬間、全方向から魔物の群れが迫って来た。

 

「ユエ、四十以上の魔物が迫って来ている。まるで何者かが指示しているようだ」

「……逃げる?」

「いや、もう既に逃げ道は断たれた。ユエは一番高い樹の天辺から魔法で殲滅してくれ」

「ん。……特大のいく」

「足止めは俺がしておく」

 

俺達は高速で移動しながら周囲で一番高い樹を見つける。そして、その枝に飛び乗り、眼下の足がかりになりそうな太い枝を斬り落として魔物が登って来にくいようにした。

 

俺は樹から降りて刀を構える。そして鬼化を発動させる。視界が広がっていく。

 

そして第一陣が登場した。ラプトルやTレックスだ。

 

「月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾」

 

刀を大きく横に薙ぎ、そこそこ広い範囲の敵を屠る。

 

「月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月」

 

更に広い範囲の敵を屠る。

 

「ハジメ?」

「まだだ……もう少し待て」

 

ユエはひたすら魔力を集束するのに全集中している。

 

そして最初に見つけた魔物全てが集まった。最早正確な数は分からないが、これで全部だろう。

 

「ユエ!」

 

俺はユエに合図を送り、枝に飛び乗る。

 

「んっ! 凍獄!!」

 

ユエが魔法のトリガーを引いた瞬間、俺達のいる樹を中心に眼下が一気に凍てつき始めた。ビキビキッと音を立てながら瞬く間に蒼氷に覆われていき、魔物に到達すると花が咲いたかのように氷がそそり立って氷華を作り出していく。

 

魔物は一瞬の抵抗も許されずに、その氷華の柩に閉じ込められ目から光を失っていった。氷結範囲は指定座標を中心に五十メートル四方といったところか。まさに〝殲滅魔法〟というに相応しい威力だ。

 

「はぁ……はぁ……」

「お疲れさん。流石は吸血姫だ」

「……くふふ……」

 

周囲一帯が青蓮地獄と化した。ユエは最上級魔法を使った影響で魔力が一気に消費されてしまい肩で息をしている。おそらく酷い倦怠感に襲われていることだろう。

 

俺は傍らで座り込むユエの腰に手を回して体を支えて、首筋を差し出す。吸血させて回復させるのだ。神水でもある程度回復するのだが、吸血鬼としての種族特性なのか全快になるには酷く時間がかかる。やはり血が一番いいようだ。

 

ユエは、俺の称賛に僅かに口元を綻ばせながら照れたように「くふふ」と笑いをもらし、差し出された首筋に頬を赤らめながら口を付けようとした。

 

だが、更に百体以上の気配を感じ取った。

 

「ユエ。更に倍の数だ」

「!?」

「動きが単調過ぎる……まるで何者かに操られてるみたいだ……怪しいのは…頭の花か」

「……寄生」

「お前もそうだと思うか?」

 

俺の推測を肯定するようにユエは頷く。

 

「……本体がいるはず」

「ああ……その本体とやらを始末しない限り…戦いは終わらないだろう」

 

物量で押し潰されるよりも先に、本体を始末することにした。座り込んでいるユエに吸血させている暇はないので、俺はユエに神水を渡そうとする。しかし、ユエはそれを拒んだ。

 

「ハジメ……抱っこ……」

 

ユエが両手を伸ばして言う。

 

「抱っこは止めろ…負んぶにしてくれ……そして吸血しながら行く気か?」

 

俺の推測に、「正解!」というようにコクンと頷くユエ。確かに、神水ではユエの魔力回復が遅い。不測の事態に備えて回復はさせておきたい。しかし、自分が必死に駆けずり回っている時にチューチューされるという構図に若干抵抗を感じる。だが、背に腹は代えられぬ。

 

仕方なく俺はユエを負んぶして本体を探す。鬼化した方が感覚は鋭くなるので鬼化して探る。

 

 

「鬼化しても見つからないとは……」

 

この空洞は広くて探し回るのが大変だった。そして俺達は二百体近い魔物に追われている。

 

ラプトル擬きが数体飛び掛かって来た。

 

「月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍!!」

 

俺は刀を振る事無く斬撃を発生させ、ラプトルを斬り刻む。そして走るスピードを上げた。

 

カプッ、チュー。

 

俺達は軽く十分以上逃げ続けたが、そのおかげで一番怪しい場所を見つけることができた。今通っている草むらの向こう側にみえる迷宮の壁、その中央付近にある縦割れの洞窟らしき場所だ。

 

なぜ、その場所に目星をつけたのかというと、襲い来る魔物の動きに一定の習性があったからだ。俺達が迎撃しながら進んでいると、ある方向に逃走しようとした時だけやたら動きが激しくなるのだ。まるで、その方向には行かせまいとするかのように。

 

カプッ、チュー。

 

「ユエ……さっきからちょくちょく吸うのは止めてくれ……くすぐったくてしょうがない」

「……不可抗力」

「それにしてはほとんど魔力消費がないようだが?」

「……ヤツの花が……私にも……くっ」

「随分と余裕だな……」

 

このような状況にもかかわらず、ユエは俺の血に夢中だった。半端ではない肝の据わり方だ。明らかに吸う度に体が大きくなっている。鬼化前に吸わせるよりも変化が大きかった。しかし、逃走に支障は無かった。

 

縦割れの洞窟は大の大人が二人並べば窮屈さを感じる狭さだ。ティラノは当然通れず、ラプトルでも一体ずつしか侵入できない。何とか俺達を引き裂こうと侵入してきたラプトルの一体がカギ爪を伸ばすが、〝昇り炎天〟で頭を縦に両断した。そしてすかさず錬成で割れ目を塞ぐ。

 

「どうにか逃げ切れたな……」

「……お疲れ様」

 

試しに一度ユエを降ろしてみた(渋々降りた)が、果たしてユエの体は成長していた。さっきまで小六くらいの体格だったのに今では高一くらいになっていた。

 

「ハジメ……なんか、小さくなった…?」

「ユエ、言い方。お前の背が伸びただけだ」

 

そして薄暗い洞窟を慎重に進む。

 

しばらく道なりに進んでいると、やがて大きな広間に出た。広間の奥には更に縦割れの道が続いている。もしかすると階下への階段かもしれない。俺は辺りを探る。〝鬼の本能〟が敵を一体捉えた。

 

俺達が部屋の中央に到達した瞬間、〝奴〟の攻撃が始まった。

 

四方八方から緑色のシャボン玉みたいなのがフワフワ飛んできた。俺とユエは一瞬で背中合わせになり、飛来する緑玉を迎撃する。

 

「日の呼吸 灼骨炎陽」

 

しかし、数が減るどころか寧ろ増えていった。緑玉がヤバいと本能が叫ぶ。

 

「ユエ、おそらく本体の攻撃だ。どこにいるかわかるか?」

「……」

「ユエ?」

 

ユエは〝気配感知〟など索敵系の技能は持っていないが、吸血鬼の鋭い五感は俺の〝鬼の五感〟に匹敵する程有用な索敵となる。

 

しかし、ユエは俺の質問に答えなかった。訝しんでもう一度ユエの名を呼ぶが、返って来た返答は……

 

「……逃げて……ハジメ!」

 

必死に叫ぶユエの手は、俺に向かっていた。ユエの手に風が集束する。俺は全力でその場から飛び退いた。刹那、俺のいた場所を強力な風の刃が通り過ぎ、背後の石壁を綺麗に両断する。

 

「ユエ!?」

 

ユエの頭からは、花が生えていた。しかも立派な赤い薔薇だ。

 

「さっきの緑玉か…不甲斐なし……」

「ハジメ……うぅ……」

 

ユエが無表情を崩し悲痛な表情をする。ラプトルの花を撃ったとき、ラプトルは花を憎々しげに踏みつけていた。あれはつまり、花をつけられ操られている時も意識はあるということだろう。体の自由だけを奪われるようだ。

 

だが、それなら解放の仕方も既に知っている。俺は刀で薔薇を斬ろうとした。

 

しかし、解放の仕方を見破られたことは、既に本体にも知れ渡っていた。

 

ユエを操り、俺の一振りを躱した。ならば、直接引っこ抜いてやろうとすると、突然ユエが片方の手を自分の頭に当てるという行動に出た。

 

「参ったな……これでは迂闊に動けない」

 

ユエは確かに不死身に近い。しかし、上級以上の魔法を使い一瞬で塵にされてなお〝再生〟できるかと言われれば肯定できない。そして、ユエは、最上級ですらノータイムで放てるのだ。下手に動けばユエは死んでしまうだろう。

 

俺の逡巡を察したのか、それは奥の縦割れの暗がりから現れた。

 

アルラウネやドリアード等という人間の女と植物が融合したような魔物はRPGによく出てくる。俺達の前に姿を現した魔物は正しくそれだった。だが、イメージとは異なりかなり醜悪な顔つきをしていた。無数の蔓が触手のようにウネウネとうねっていて実に気味が悪い。その口元は何が楽しいのかニタニタと笑っている。

 

俺はすかさず魔物に剣先を向ける。しかし、ユエが魔物を守るかのように前に立って妨害する。

 

「ハジメ……ごめんなさい……」

 

悔しそうな表情で歯を食いしばっているユエ。自分が足でまといなっていることが耐え難いのだろう。今も必死に抵抗しているはずだ。口は動くようで、謝罪しながらも引き結ばれた口元からは血が滴り落ちている。鋭い犬歯が唇を傷つけているのだ。悔しいためか、呪縛を解くためか、あるいはその両方か。

 

卑劣な魔物はユエを盾にしながら緑玉を撃ちこむ。俺はそれを〝盛炎のうねり〟で薙ぎ払う。球が潰れ、目に見えないがおそらく花を咲かせる胞子が飛び散っているのだろう。だが、俺の頭に花が生える気配はない。

 

「どうやら鬼化している間は、色々と耐性が付くらしい」

 

俺に緑玉は通用しないと悟ったのか、不機嫌そうにユエに命じて魔法を発動させる。また、風の刃だ。もしかすると、ラプトル達の動きが単純だったことも考えると操る対象の実力を十全には発揮できないのかもしれない。不幸中の幸いだ。

 

風の刃を回避しようとすると、これみよがしにユエの頭に手をやるのでその場に留まり、風刃をそのまま受ける。服は裂け、辺り一面に血飛沫が飛ぶ。

 

「ハジメ!!」

 

ユエが悲痛そうに叫ぶ。その目には、深い悲しみと自責の念が籠っている。

 

だが、致命傷に至ることは無かった。着物こそ裂けたが、体の傷はとっくに塞がってしまった。

 

「着物を裂かれた程度では…赤子でも死なぬ……」

 

ユエさえどうにか解放できれば、後は容易く済みそうだ。

 

「ハジメ! ……私はいいから……斬って!」

 

またしてもユエは悲痛の叫びを上げる。俺の足手まといになるどころか、攻撃してしまうぐらいなら自分ごと撃って欲しい、そんな意志を込めた紅い瞳を俺に向けていた。

 

「お前の居場所は、俺の隣だと言っただろ! 必ず助けてやる。たとえどんな状況だったとしても、お前は絶対に見捨てない!!」

 

勢いに任せて殺し文句を叫んでしまった。ユエは目を潤ませて俺を見ている。

 

「……信じろ」

 

俺はただその一言だけを言った。直後、大きく後ろに跳び広間の壁に両足を着ける。

 

シィィィィィィ……

 

この呼吸を使うのは、かなり久し振りな気がする。

 

「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・六連」

 

壁を蹴って間合いを一気に詰める。四連目でユエの頭に生えた薔薇を斬り落とし、五連目で魔物の目の前に立つ。そして六連目でその頸を掻き切った。

 

ユエも魔物も、俺の動きに反応できなかったようだ。魔物は緑色の体液を吹き散らし、そのままグラリと傾いて地に倒れ伏した。

 

「怪我は無いか? ユエ」

 

ユエの頭の上は、何も変わり無かった。髪の毛一つも切れていない。

 

「ん……大丈夫」

「そうか。それはよかった…」

「けど……」

「けど?」

「……もう少し…躊躇ってほしかった……」

「不器用ですまない……だが、お前には傷一つ付けなかった……」

 

ユエはちょっとへそを曲げてしまったが、お詫びとして俺の血を大量に与えたら機嫌を直してくれた。それが原因か、ユエは麗しき二十代前半の姿となってしまったのだった……




現在のハジメ君のステータス

===============================
南雲ハジメ 17歳 男 レベル:11
天職:鍛冶師
筋力:74622(+鬼人化状態104096)
体力:89664(+鬼人化状態141421)
耐性:65377(+鬼人化状態794774)
敏捷:97458(+鬼人化状態115050)
魔力:64200(+鬼人化状態99745)
魔耐:59333(+鬼人化状態87362)
技能:火属性適正・水属性適正・雷属性適正・風属性適正・地属性適正・剣術・全集中の呼吸[+日の呼吸][+炎の呼吸][+水の呼吸][+雷の呼吸][+風の呼吸][+岩の呼吸][+月の呼吸][+痣者][+透き通る世界]・鬼人化・錬成・刀鍛冶・気配感知・気配遮断・魔力感知・魔力操作・言語理解
===============================


「「いよっと」」

ハジメ「あの時は本当にすまない! できる限り早くお前を解放したいと思っていたんだ……」
ユエ「ん。いっぱい血をくれたから……許してあげる」
ハジメ「鬼化したままで本当によかったのか? ユエの体を弄っているみたいで背徳感が募るんだが……」
ユエ「寧ろ更なる強さを手に入れてハジメの役に立てる…!」
ハジメ「そ、そうか……気にしてないようで何よりだ……」
(雷の呼吸に魔法乗せなくて良かった……)


ユエ「ここで…トータスコソコソ噂話。ハジメが鬼化を使えるようになったのは魔物の肉を食べて体が変質した訳ではないらしい……」


ハジメ「不甲斐なし……更に鍛錬を積まなければ……」
ユエ「不甲斐ないのは…私の方……」
ハジメ「ユエは何も悪くない……」
ユエ「ハジメだって何も悪くない……」
ハジメ「なら……ここはお互い水に流そうか」
ユエ「次回 第十一話 最奥の血戦」
ハジメ(あの三人の男達は一体誰だったのだろうか……)






ユエ(JS)は、ユエ(JD)になった!

つづく


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第十一話 最奥の血戦

私です。

前回はユエちゃんが、ユエさんになりました。外見年齢が十二歳から二十三歳になりました。

そして今回は(ちょっと)改造されたヒュドラとの戦いです。首の役割が一部変わってます。


アルラウネ擬きを倒してから幾日が経った。遂に俺達は深層九十九層目まで辿り着いた。俺は装備の確認と手入れにあたっていた。相変わらずユエは飽きもせずに俺の作業を見つめている。というよりも、どちらかというと作業をする俺を見るのが好きなようだ。今も、俺のすぐ隣で手元と俺を交互に見ながらまったりとしている。その表情は迷宮には似つかわしくない緩んだものだ。

 

ユエと出会ってからどれくらい日数が経ったのか時間感覚がないためわからないが、最近、ユエはよくこういうまったり顔というか安らぎ顔を見せる。露骨に甘えてくるようにもなった。

 

特に拠点で休んでいる時には必ず密着している。横になれば添い寝の如く腕に抱きつくし、座っていれば背中から抱きつく。吸血させるときは正面から抱き合う形になるのだが、終わった後も中々離れようとしない。俺の顔に自分の胸を擦り付けて満足な表情で寛ぐ。

 

俺とて男である。ユエの外見は二十二、三歳と随分と妖艶になった。未だ迷宮内である以上、常に緊張感をもっていることから何とか耐えてはいるが、地上に出て気が抜けた後、ユエの完全大人モードで迫られたら理性がもつ自信はあまりなかった。もたせる意味もないかもしれないが……

 

「ユエにも……両目に文字が刻まれているな……」

「……ハジメと同じ?」

「あぁ……左目に『上弦』と刻まれている……こんな字だ」

 

俺は錬成で地面に「上弦」の文字を刻む。

 

「ハジメの左目にも……『上弦』って刻まれてる……」

「そうか……で、右目には『弐』と刻まれている」

 

また錬成で「弐」と地面に描く。

 

「『弐』?」

「一、二と数える時の弐だ」

「ハジメのには……別の字が刻まれてる……こんな感じに……」

 

ユエが地面を指でなぞって見様見真似で文字を書く。初めての漢字、意外に綺麗だった。

 

「これは……『壱』だな」

 

俺とユエの両目に刻まれた文字で位を表すならば、俺は「上弦の壱」、ユエは「上弦の弐」だろうか。現時点では二人の実力にあまり差は無い。しかし、いずれ差が生まれることだろう。

 

そして再び作業に戻る。ユエは文字の消えた普通の目でハジメを見る。

 

「ハジメ……いつもより慎重……」

「うん? ああ、次で百階だからな。もしかしたら何かあるかもしれないと思ってな。一般に認識されている上の迷宮も百階だと言われていたから……まぁ念のためだ」

 

俺達がいる【オルクス大迷宮】は、既に通常のものではなかった。奈落に落ちた時の感覚と、各階層を踏破してきた感覚からいえば、通常の迷宮の遥かに地下であるのは確実だ。

 

剣技、呼吸、魔法、錬成、そして血鬼術。いずれも相当磨きをかけたという自負が俺にはあった。そうそう、簡単にやられはしないだろう。しかし、そのような実力とは関係なくあっさり致命傷を与えてくるのが迷宮。

 

故に、出来る時に出来る限りの準備をしておく。

 

ちなみに、俺が〝鬼化〟と呼んでいた技能は正確には〝鬼人化〟だった。〝鬼人化〟とは、発動時にステータスを大きく上昇させ、自身の魔力を血に込めて〝血鬼術〟を発動させることができるようになる技能である。

 

鬼人状態で陽光に晒されても焼けることは無い。寧ろ長期間浴びなければ弱体化してしまう。よって、現在の鬼人化した時の俺は初めて鬼人化した時より大分弱くなっている。まぁ鬼人化前でもそこそこ強いという自負はあるのであまり気にしないが。

 

しばらくして、全ての準備を終えた俺とユエは、階下へと続く階段へと向かった。

 

その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

 

俺達はしばらく警戒していたが特に何も起こらないので先へ進むことにした。感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。二百メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

 

「……これはまた凄いな。もしかして……」

「……反逆者の住処?」

 

正にラスボス戦の舞台である。本能が叫ぶ。この先はヤバいと。ユエも同じように感じているようで、うっすらと額に汗を浮かべている。

 

「なら、ここを突破すれば漸く安らぎが得られるということだな」

 

たとえ何が待ち受けていようと、止まることも後戻りも許されない。

 

「……んっ!」

 

ユエも覚悟を決めた表情で扉を睨みつける。

 

そして、二人揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を越えた。

 

その瞬間、べべんという音が響き、一辺三十メートル程の障子が天井に現れ、開いた。

 

「今まで戦ったどの魔物よりも大きいぞこれは……」

「……大丈夫……私達、負けない……」

 

流石の俺も冷や汗が浮かんできた。対するユエは決然とした表情を崩さず俺の腕をギュッと掴んだ。

 

ユエの言葉に「そうだな」と頷き、苦笑いを浮かべながら俺も障子を睨みつける。

 

障子の向こうから、〝それ〟は姿を現した。

 

体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と数字の刻まれた赤黒い眼を持った化け物。例えるとするなら、神話の怪物としても名高いヒュドラである。赤頭の眼には「壱」、青頭には「弐」、緑頭には「参」、黄頭には「肆」、黒頭には「伍」、白頭には「陸」と刻まれている。そして俺はここに来て初めて、背筋がひやりとした。

 

化け物には心臓が五つ、脳が七つあった。

 

「「「「「「グルゥァアアアアアア!!」」」」」」

 

不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光が俺達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気が俺達に叩きつけられた。

 

それと同時に赤い頭が顎門を大きく開いて火炎放射を放った。炎の壁というに相応しい規模である。

 

俺とユエは同時にその場を左右に飛び退き反撃を開始する。鬼突滅哭が炎の一部を巻き取り、攻撃力を底上げする。

 

「炎の呼吸 壱ノ型 不知火」

 

横への一撃は、巨大な赤頭の頸を一撃で骨ごと断った。

 

まずは一つ、と次の狙いを定めていると、突然メキメキと生々しい音がした。音のする方向を向くと、先程斬った赤頭が再生していくではないか。俺がその様を見ている隙に、白頭が口から雷撃を放った。

 

「岩の呼吸 参ノ型 岩躯の膚」

 

刀を自分の周りで振り回し、雷撃を掻き消した。

 

俺に少し遅れてユエの氷弾が緑の文様がある頭を吹き飛ばしたが、同じように再生してしまった。恐らく他の頭を斬っても再生するだろう。

 

ならば、頭を全て潰してしまえばどうだろうか。

 

俺は〝思考共有〟でユエに伝える。

 

『ユエ、全ての頭を同時に潰すぞ。そうすれば倒せるかもしれない』

『んっ!』

 

青い文様の頭が口から散弾のように氷の礫を吐き出し、それを回避しながら俺とユエが頭を全て潰しにかかる。

 

「月の呼吸 拾伍ノ型 氷輪・酷死望」

「〝緋槍〟!」

 

五つに分かれた斬撃と燃え盛る槍が全ての頭に迫る。しかし、直撃かと思われた瞬間、黄色の文様の頭がサッと射線に入りその頭を一瞬で肥大化させた。そして淡く黄色に輝き俺の五叉の斬撃もユエの〝緋槍〟も受け止めてしまった。衝撃と爆炎の後には無傷の黄頭が平然とそこにいて俺達を睥睨している。

 

「盾役もいるのか……益々厄介なことこの上ない」

 

俺は化け物の頭上に飛び上がる。

 

「風の呼吸 玖ノ型 韋駄天台風」

 

剣技で発生させた斬撃を、風魔法で強化して放つ。ユエも合わせて〝緋槍〟を連発する。ユエの〝蒼天〟なら一気に頭を消し飛ばせるかもしれないが、最上級を使うと一発でユエは行動不能になる。吸血させれば直ぐに回復するが、その隙を他の頭が許してくれるとは思えなかった。せめて半数は減らさないと最上級は使えない。

 

黄頭は、俺とユエの攻撃を尽く受け止める。だが、流石に今度は無傷とはいかなかったのかあちこち傷ついていた。

 

しかしそれも瞬きをする間に癒えてしまう。

 

「日の呼吸 円舞」

 

すかさず白頭を刎ね飛ばす。勿論これも再生してしまうのだが、先程よりは治る速度が遅くなった気がした。

 

「ユエ、俺が日の呼吸で頸を何本か落とすから、残りはお前が…」

「いやぁああああ!!!」

 

突然ユエの絶叫が響いた。

 

「!? ユエ!」

 

咄嗟にユエに駆け寄ろうとするが、それを邪魔するように赤頭と緑頭が炎弾と風刃を無数に放ってくる。

 

(一体何が……待てよ、そういえば黒頭はまだ何も攻撃を仕掛けてない……いや、もし既に何かしているとしたら……!?)

「水の呼吸 拾壱ノ型 凪」

 

俺は凪で攻撃を掻き消しながら一気に黒頭との間合いを詰める。

 

「日の呼吸 烈日紅鏡」

 

黒首を二度斬りつけ、黒頭を落とした。同時に、ユエがくたりと倒れ込んだ。その顔は遠目に青ざめているのがわかる。そのユエを喰らおうというのか青頭が大口を開けながら長い首を伸ばしユエに迫っていく。

 

「雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷」

 

青頭の真下から斬り上げ、青頭を宙に舞わせる。

 

「錬成!!」

 

化け物の真下に大穴を開けてそこに落とす。更に、棘を突き刺して身動きをしばらく封じた。その隙に俺はユエを抱きかかえて柱の影に隠れた。

 

「おい! ユエ! しっかりしろ!」

「……」

 

俺の呼びかけにも反応せず、青ざめた表情でガタガタと震えるユエ。ペシペシとユエの頬を叩く。〝念話〟でも激しく呼びかけ、神水も飲ませる。しばらくすると虚ろだったユエの瞳に光が宿り始めた。

 

「ユエ!」

「……ハジメ?」

「そうだ。大丈夫だったか? 一体何をされた?」

 

パチパチと瞬きしながらユエは俺の存在を確認するように、俺のよりも少し大きなその手を伸ばしハジメの顔に触れる。それでようやく俺がそこにいると実感したのか安堵の吐息を漏らし目の端に涙を溜め始めた。

 

「……よかった……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」

「どういうことだ?」

 

ユエの様子に困惑する俺。ユエ曰く、突然、強烈な不安感に襲われ気がつけば俺に見捨てられて再び封印される光景が頭いっぱいに広がっていたという。そして、何も考えられなくなり恐怖に縛られて動けなくなったと。

 

「精神攻撃か……かなりの強敵だな」

「……ハジメ」

 

ユエは不安そうな瞳を向ける。よほど恐ろしい光景だったのだろう。俺に見捨てられるというのは。何せ自分を三百年の封印から命懸けで解き放ってくれた人物であり、吸血鬼と知っても変わらず接してくれるどころか、日々の吸血までさせてくれるのだ。心許すのも仕方ないだろう。

 

そして、ユエにとっては俺の隣が唯一の居場所だ。一緒に俺の故郷に行くという約束がどれほど嬉しかったか。再び一人になるなんて想像もしたくない。そのため、植えつけられた悪夢はこびりついて離れず、ユエを蝕む。ヒュドラが混乱から回復した気配に俺は立ち上がるが、ユエは、そんな俺の服の裾を思わず掴んで引き止めてしまった。

 

「……私……」

 

泣きそうな不安そうな表情で震えるユエ。俺は何となくユエの見た悪夢から、今ユエが何を思っているのか感じ取った。そして、普段からの態度でユエの気持ちも察している。そもそも俺は仲間を見捨てるという行為自体に異様な嫌悪感を向けている。

 

慰めの言葉でも掛けるべきなのだろうが、今は時間がない。それに生半可な言葉では、再度黒頭の餌食だろう。俺がやられる可能性もあるのだから、その時はユエにフォローしてもらわねばならない。

 

言葉で伝えるのが無理ならば、行動で示すしかない。

 

「ユエ……立て」

 

俺は頭を掻きながらユエを立たせる。

 

「? ……!?」

 

いきなり立たされて首を傾げるユエを、俺は抱き寄せてキスをした。

 

ほんの少し触れさせるだけのものだが、ユエの反応は劇的だった。マジマジと俺を見つめる。物凄く麗しい。

 

俺は羞恥心より目線を逸らす。

 

「まずは奴を倒す……そして、地上に出て……一緒に暮らそう……一生な」

「んっ!」

 

ユエは綺麗な笑みを浮かべた。瞳には「上弦」、「弐」の文字が刻まれていた。

 

「ユエ、今から奴の頭を一度に全て潰す。援護を頼む」

「……任せて!」

 

いつもより断然やる気に溢れているユエ。静かな呟くような口調が崩れ覇気に溢れた応答だ。先程までの不安が根こそぎ吹き飛んだようである。

 

どうやら色々吹っ切れてしまったようだ。普段からの俺に対する甘えっぷりを思い出し、今後のことを思うと、ちょっと早まったかもしれないと俺は頬を引き攣らせた。だが、化け物はリア充爆発しろ! と言わんばかりに咆哮を上げ、俺達のいる場所に炎弾やら風刃やら氷弾やらを撃ち込んできた。

 

俺達は一気に柱の陰から飛び出し、反撃に出た。

 

「血鬼術 粉凍り」

 

何とユエは魔法ではなく血鬼術を使った。いや、血鬼術も魔法の一種なのだが。周囲がひやりとする。ちなみに、俺の使う月の呼吸もベースは血鬼術だ。

 

「……吸ったらダメ」

 

ユエは化け物を指差しながら言う。その化け物は吐血していた。肺を見ると、肺胞が凍りついて壊死していた。これで赤頭、青頭、緑頭、白頭はしばらく魔法を使えまい。だが俺は吸っても平気なようだ。

 

「日の呼吸」

 

俺は化け物に飛び掛かり、刀を灼熱の龍の如く振るう。が、黄頭に再び阻まれる。黄頭が咆哮を上げると、近くの柱が波打ち、変形して即席の盾になった。サソリの劣化版といった能力だ。

 

「陽華突」

 

俺はそれを一突きで穿ち抜く。盾の向こうで、黒頭が俺を睨む。

 

瞬間、胸中に不安が湧きあがり、地上に出た後ユエが俺に向かって魔法を撃つ光景が見えた。俺も心中の何処かで、「仲間の裏切り」を恐れていたのかもしれない。

 

だが、その苦しみには余裕で耐えられた。今更味わった所でどうということは無い。

 

「烈日紅鏡」

 

再びこの技で黒頭を斬り落とす。再生速度を落とされながらもなお再生しようとするが、俺は更に追い討ちとばかりに黒い首を斬り刻む。

 

黒首はずたずたに引き裂かれていた。これなら再生に時間が掛かるだろう。

 

俺は残りの頭を狙う。次の標的は、黄頭だ。

 

黄頭は魔力操作で〝金剛〟らしき魔法を発動させ、自身の防御力を上昇させた。硬さを大きく上げた頭が俺に向かってくる。

 

俺はそれを跳び越え、頸の中程へと重力に引き寄せられる。

 

「日の呼吸」

 

天に円を描くこの技で、硬さを増した頸を両断する。

 

「碧羅の天」

 

その刃は、まず鱗を打ち砕き、次に肉を斬り裂く。そして最後に骨を断った。その後すかさず切り口を岩の呼吸で潰した。

 

白頭が俺を狙うが、雷撃を放つよりも先に俺が反応した。

 

「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」

 

白頭は一瞬、自分が斬られたことに気づいていなかったようだ。これで頭は半分潰した。急いで残りも潰さなければまた最初からやり直しだ。

 

「ユエ! 魔法を撃て! 強力な一撃を、奴に叩き込め!!」

「んっ!」

 

ユエは残りの頸を焼き尽くさんと強力な上位魔法を撃ち込む。

 

「〝天灼〟」

 

かつての吸血姫。その天性の才能に同族までもが恐れをなし奈落に封印した存在。その力が、己と敵対した事への天罰だとでも言うかのように降り注ぐ。

 

三つの頭の周囲に六つの放電する雷球が取り囲む様に空中を漂ったかと思うと、次の瞬間、それぞれの球体が結びつくように放電を互いに伸ばしてつながり、その中央に巨大な雷球を作り出した。

 

中央の雷球は弾けると六つの雷球で囲まれた範囲内に絶大な威力の雷撃を撒き散らした。三つの頭が逃げ出そうとするが、まるで壁でもあるかのように雷球で囲まれた範囲を抜け出せない。天より降り注ぐ神の怒りの如く、轟音と閃光が広大な空間を満たす。

 

そして、十秒以上続いた最上級魔法に為すすべもなく、三つの頭は断末魔の悲鳴を上げながら遂に消し炭となった。

 

いつもの如くユエがペタリと座り込む。魔力枯渇で荒い息を吐きながら、無表情ではあるが満足気な光を瞳に宿し、俺に向けてサムズアップした。俺も頬を緩めながらサムズアップで返す。シュラーゲンを担ぎ直しヒュドラの僅かに残った胴体部分の残骸に背を向けユエの下へ行こうと歩みだした。

 

だが、その直後、俺は脳がまだ一つ残っていたことを思い出した。

 

「ハジメ!」

 

そしてそれは、ユエの切羽詰まった叫び声と共に現実となる。

 

「グルゥァアアアアアア!!!!」

 

七つ目の、銀色に輝く頭が、メキメキと音を立てて姿を現す。そして俺……ではなくユエを狙って極光を放った。予備動作すら無かったので反応が一瞬遅れた。極光は無慈悲にも魔力枯渇で動けないユエに瞬く間に迫る。

 

極光がユエを消し飛ばす前に、俺は再び立ち塞がることができた。が、しかし、俺は極光に包まれた。ユエはどうなった? ちゃんと守れただろうか。

 

極光が収まると同時に、俺はユエの方に振り向く。先程の衝撃で吹き飛ばされたようだが、命に別状はないようだ。

 

「ハジメ……!」

 

ユエの悲痛そうな声が響く。自分の体を見てみると、全身の至る所から出血していた。肋と背骨が露出していた。右腕は千切れかけ、左腕は手首から先が無くなっていた。顔の右半分は消し飛んでいた。

 

(くそっ…くそっ、くそォオ!! 死ぬ!! 体が少しずつ崩れていく。止められない……!)

 

鬼人化しても体が再生しないのは初めてだった。それほどまで俺は弱くなっていたのか?

 

「ハジメ!」

 

ユエが焦燥に駆られるまま痛む体を無視して駆け寄ろうとする。しかし、魔力枯渇で力が入らず転倒してしまった。もどかしい気持ちを押し殺して薬水を取り出すと一気に飲み干す。少し活力が戻り、立ち上がって俺の下へ今度こそ駆け寄った。

 

鬼突滅哭が無ければ即死していたかもしれない。だが肝心のそれは刀身がもう五分の一しか残ってない。もし先程の攻撃を回避し損ねれば、今度こそ死ぬ。

 

ユエは急いで薬水を飲ませようとするが、そんな時間を化け物が待つはずもない。今度は直径十センチ程の光弾を無数に撃ちだしてきた。まるでガトリングの掃射のような激しさだ。

 

ユエは俺を抱えると、力を振り絞ってその場を離脱し柱の影に隠れる。柱を削るように光弾が次々と撃ち込まれていく。一分も持たないだろう。光弾の一つ一つに恐ろしい程のエネルギーが込められている。

 

ユエは急いで薬水を俺の傷口に降り掛け、もう一本も飲ませようとする。だが、俺には飲み込む力すら残されていなかった。むせて吐き出してしまった。ユエは自分の口に薬水を含むと、そのまま俺に口付けした。むせる俺を押さえつけて無理矢理飲ませた。

 

すると、出血が止まった。それと同時に体の崩壊も止まり、再生が始まる。だが、再生速度は極端に遅くなっていた。まるで何かに阻害されているようだ。

 

「どうして!?」

 

ユエは半ばパニックになりながら、手持ちの薬水をありったけ取り出した。

 

ユエが何とか俺の傷を治そうと手を尽くしている中、俺は走馬灯を見ていた。

 

 

 

 

 

『ならば、鬼になれば良いではないか』

 

城の天守閣に、男が座り込んでいた。顔は病人みたいに青白く、今にも死んでしまいそうな姿をしていた。

 

『鬼となれば、無限の(とき)を生きられる』

「何だ…この記憶は……」

 

男は()の方を見て笑みを浮かべている。

 

『お前は技を極めたい。私は呼吸とやらを使える剣士を鬼にしてみたい。どうだ? お前は選ぶことができるのだ。他の剣士とは違う』

 

()は何故かしゃがみ込み、男に頭を下げた。

 

『よかろう。お前を鬼にしてやる。精々私の為に役に立つことだな』

 

()は両手を男の前に差し出す。男の指から赤い血が垂れる。

 

そして両手の血を飲み干した。

 

「ぐっ……ガァァ………!!」

 

体中が痛い。まるで魔物の肉を喰った時と同じだ。

 

『心身共に鬼となった暁には、この名を名乗るが良い』

 

あまりの激痛に意識が朦朧としている中、男の声が響く。男は()に新たな名を与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……「黒死牟」とな』

 

 

 

 

 

次に意識が覚醒した時、俺はユエの前に立ちはだかっていた。

 

「ハジメ!」

 

いきなりユエに抱きつかれた。体の傷はすっかり癒えていた。化け物は頸を全て再生させていた。一瞬で再生した俺に臆することなく問答無用で光弾を放った。

 

「ハジメ、逃げて!」

 

ユエが必死に叫ぶ。だが、今の俺には届かなかった。

 

「月の呼吸 陸ノ型 常夜孤月・無間」

 

縦方向に無数の斬撃を放ち、光弾を相殺する。

 

「拾弐ノ型 斜月燈籠・叢雲」

 

俺はその場から一歩も動かずに化け物の背後を斬りつけた。

 

「漆ノ型 厄鏡・月映え」

 

複数方向に地を這う斬撃を放つ。五つの斬撃は化け物を斬り裂く。化け物は他の型で斬った時と同じ速度で傷を治してみせた。

 

「玖ノ型 降り月・連面」

 

上から斬撃を五月雨のように降らせ、頸を七つ全て斬り落とした。が、化け物は何事もなかったかのように頸を再生させる。

 

(やはり日の呼吸でなければだめか)

 

俺は刀の柄を強く握った。刀身はほとんど失われた刀で、俺は化け物に立ち向かう。

 

「日の呼吸」

 

俺は勢いよく化け物に向かって飛び出した。

 

(頸を全て斬っても死なないのならば、再生できない程斬り刻むのみ!)

「円舞」

 

最初の一撃で赤頭を斬った。

 

「烈日紅鏡」

 

次に黒頭を斬り落とす。

 

「日暈の龍・頭舞い」

 

青と緑の頭を切り裂く。黄頭が迫ってくる。

 

「幻日虹」

 

それを躱し、「碧羅の天」で両断した。

 

白頭は半ばやけくそ気味に雷撃を放つ。

 

「灼骨炎陽」

 

太陽を描くように刀を振るって相殺する。

 

銀頭は再び極光を放つ。が、今度は上に跳んで避けた。

 

「斜陽転身」

 

背後から銀頭を斬り落とした。この頭だけ、他の頭より硬かった。

 

「飛輪陽炎」

 

白頭は避けようとしたが、目測を見誤って斬られた。

 

「輝輝恩光」

 

化け物の胸部を大きく抉った。傷口からは心臓が五つ、ドクンと脈打っていた。

 

「陽華突」

 

心臓の一つを貫く。

 

「火車」

 

もう一つを両断する。

 

「炎舞」

 

二連撃で心臓を二つ斬った。

 

「円舞」

 

〝円舞〟と〝炎舞〟が繋がり、また十二つの型が繋がっていく。それを延々と繰り返し、円環を成した。〝円舞〟と〝炎舞〟が繋がるたびに化け物の体はどんどん削れていった。

 

頸を全て斬っても死なないこの化け物を確実に倒せる、唯一の手段。日の呼吸の十二つの型を繋げて円環を成す、十三つ目の型。

 

化け物は拾参ノ型を前に、再生する間もなく敗れ去ったのだった……




オリジナル技紹介

月の呼吸 拾弐ノ型 斜月燈籠・叢雲
その場から動く事無く敵の背後を斬りつける。血鬼術無しで出そうと思ったら敵を飛び越して背後に回り込み、天地を入れ替えた状態で斬る。

月の呼吸 拾伍ノ型 氷輪・酷死望
斬撃が途中で複数に分かれる。一撃目を敢えて避けさせてから枝分かれさせて不意打ちを叩きこむことも可能。血鬼術無しなら体を捩じって天に円を描くように刀を振るう。


「「よっ」」

ユエ「あの時のハジメ、まるで別人のようだった……」
ハジメ「俺も自分が自分で無くなっていたような気がしていた」
ユエ「腕が六本くらいないと、誰もハジメには敵わない」
ハジメ(天守閣に座っていたあの男……一体何者なのだろうか……)
ユエ「ハジメ?」
ハジメ「あっ、何でもない。それよりも、俺達の両目に刻まれた数字、何処まで続くのだろうか」
ユエ「六まで続くんじゃない?」
ハジメ「陸か……それ以降はかなり面倒だな……」
ユエ「もう直ぐ三が来そうな予感が……」
ハジメ(『黒死牟』か……娑婆で一回名乗ってみよっかな…)
ユエ「次回 第十二話 最奥の城」
ハジメ「しまった…トータスこそこそ噂話をするスペースが無くなってしまった」
ユエ「むぅ……」

つづく




神域にて。

???「ふむ………なかなか面白そうな手駒達を見つけたぞ。治癒師の女はかれこれ五日程眠り込んでおる……む? あの女、見事なまでにどす黒い欲望を抱えておるな。どれ、少し弄ってみるとしよう」

金髪の男性が千里眼で少女二人を見ている。

???「さぁ、我に力を貸し給え。鬼舞辻無惨、貴殿の力の源は何処にあらん」

千里眼で映し出されたのは、自害したハジメの遺体が埋められた墓地。墓石の傍には、陽光に照らされ輝く空のように青い彼岸花が生えていた。

???「あの人の子とは到底思えぬ化け物は、もう居らぬ」

青い彼岸花を見据えて薄っすらと微笑む男――エヒトは片手を伸ばした。


つづく


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第十二話 最奥の城

カミ様です。

今回は最奥の隠れ家での短めの話です。


コメントで「鬼滅に寄せすぎ」、「主人公の性格ぐらい守ってほしい」とご指摘を頂きましたので、次回以降は軌道修正していきます。

過去の話もちょくちょく修正するつもりです。

他にもなにかありましたらコメントお願いします!!


俺は体全体が何か温かで柔らかな物に包まれているのを感じた。あの化け物を倒してからの記憶が全くない。もしかして、俺は死んだのか? ここはあの世なのか?

 

あの世と聞いて花畑の中を川が流れているイメージだったのだが、真っ暗だった。ここが極楽か地獄かは判らない。だけど、ただ……温かい。

 

かれこれ五分程心地良さを堪能した後、いつまでも真っ暗な理由が瞼を閉じたままであることに気づいた。

 

俺はこれから飛び込んでくるであろう光景に怖れながらも見てみたいという思いを抱きつつ、ゆっくりと瞼を持ち上げた。

 

「……何だここは」

 

広がる光景は、極楽でも、地獄でも無かった。俺は布団の上で眠っていたのだ。まるで旅館の一室に敷かれた高級感溢れる布団だ。場所は、和風の屋敷の吹き抜けような所で、畳の上にいる。爽やかな風が天蓋と俺の頬を撫でる。周りはごく普通の書院造だ。藤の花が薫る大正時代の旅館といえばイメージできるだろうか? 空間全体が久しく見なかった暖かな光で満たされている。

 

「……んぁ……ハジメ……ぁう……」

「!?」

 

そして俺の右では、一糸纏わないユエが俺の右手に抱きつきながら眠っていた。気づけば着物を上半身だけ脱がされていて、包帯を巻かれていた。

 

体に痛みは……無い。もしかしてユエがずっと付きっ切りで看病してくれていたのか?

 

「……お願い……死んじゃ……ダメ……」

 

ユエはぽつりと言った。閉じられた両目からは涙が音も無く流れていた。魅力的な体型も相まって妖艶さが一層引き立つ。

 

俺がどれほどの間、眠っていたのかは知らないが、ずっと看病してくれていたであろうユエに感謝し、左手でユエの頭を優しくそっと撫でた。ユエの顔に安らぎが戻る。

 

「目が覚めたかい?」

 

別の誰かの声がした。男の声だ。だが、何だろう。この感じ……不思議な高揚感を感じる……1/fゆらぎか?

 

掛け軸が掛けられている方に、黒い着物を着た青年が正座をしていた。見た所普通の人間のように思えたが、瞳孔は縦に割れている。

 

俺が体を起こそうとすると、

 

「ああ、そのまま寝ていて構わないよ」

 

と言った。

 

「貴方は一体……」

 

青年は心地良い声音で自己紹介をする。

 

「試練を乗り越えよく辿り着いた。私はオスカー・オルクス。地上では玄鐵(くろがね)と名乗っている。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

「迷宮……反逆者……」

 

話し始めた彼は玄鐵ことオスカー・オルクスというらしい。【オルクス大迷宮】の創造者のようだ。内心驚きつつも彼の話を聞く。

 

「俺達はどうしてここに?」

「君の隣で眠っている女性が、泣きながら君をここまで運んで来たんだよ。傷の手当ては私が施した」

 

どうやら包帯を巻いてくれたのはオスカーのようだ。

 

「んんっ……」

 

ユエも起きたようだ。

 

「ハジメ……良かった……生きてて……」

 

寝起き早々俺に抱きつくユエ。とても麗しゅうございます。

 

「二人共起きたようだね。さて、これから君達に世界の真実を語ろう。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

そうしていきなり始まったオスカーの話は、俺が聖教教会で教わった歴史やユエに聞かされた反逆者の話とは大きく異なった驚愕すべきものだった。

 

「神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。争う理由は様々だ。領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも色々あるが、その一番は〝神敵〟だから。今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祭っていた。その神からの神託で人々は争い続けていた」

 

だが、そんな何百年と続く争いに終止符を討たんとする者達が現れた。それが当時、〝解放者〟と呼ばれた集団である。

 

彼らには共通する繋がりがあった。それは全員が神代から続く神々の直系の子孫であったということだ。そのためか〝解放者〟のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意、そして正体を知ってしまった。

 

「人間族が崇める創造神エヒトの正体…それはかつて、平行世界で()()()に敗れ、死の間際にこの世界に逃げ落ちて来た存在だった」

 

そして何と神々は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。〝解放者〟のリーダーは、神々が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに耐えられなくなり志を同じくするものを集めたのだ。

 

彼等は、〝神域〟と呼ばれる神々がいると言われている場所を突き止めた。〝解放者〟のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った七人を中心に、彼等は神々に戦いを挑んだ。

 

しかし、その目論見は戦う前に破綻してしまう。何と、神は人々を巧みに操り、〝解放者〟達を世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて人々自身に相手をさせたのである。その過程にも紆余曲折はあったのだが、結局、守るべき人々に力を振るう訳にもいかず、神の恩恵も忘れて世界を滅ぼさんと神に仇なした〝反逆者〟のレッテルを貼られ〝解放者〟達は討たれていった。

 

最後まで残ったのは〝青い彼岸花〟と呼ばれる植物から作った薬を服用した中心の七人だけだった。その後、秘密裏に〝神域〟へと足を踏み入れた。エヒトはこの世界に逃げ落ちた際、力の大半を失ったようだったが、それでも解放者とはほぼ互角で、ぎりぎりの所で解放者に勝利した。少しでもしくじっていれば逆に解放者によって討ち取られていた所だった。

 

今の自分達では神を討つことは叶わないと判断し、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り鍛錬を重ねながら潜伏することにしたのだ。試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を分け与え、いつの日か神の遊戯を終わらせられる日が訪れることを願って。

 

「君達が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君達に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか……君達に私の力を授けよう。どのように使うも君達の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

ユエと出会う前の俺なら、その話を切って捨てただろう。この世界に興味など無い。自分の世界のことは自分達で何とかしろと。しかし、今はユエがいる。そう簡単には切り捨てられなかった。

 

オスカーはゆっくりと立ち上がり、俺達をある場所へと案内する。

 

「何故、俺達に神殺しを強要しない?」

 

案内されている途中、俺はそう問う。

 

「……勘、かな」

「勘?」

「そう、勘」

 

オスカーは勘と答えた。一体何を考えているのだろうか。

 

「君達はこれからどうするつもりかな?」

 

オスカーが俺達の目的を訊ねたので率直に答える。

 

「元の世界に戻る。俺はエヒトによってこの世界に召喚されたからな。たとえ神相手だろうが、邪魔立てするなら容赦はしない」

「そうかい。なら私の勘は当たっていたわけだ」

 

オスカー曰く、今まで勘が外れたことは一度も無いのだそう。

 

「さて、到着したよ」

 

オスカーに連れて来られたのは、篝火で円形に囲まれた魔法陣だった。

 

「その魔法陣に乗れば、私の〝生成魔法〟を得られる」

「〝生成魔法〟?」

「〝錬成〟の上位互換だと思ってもらって構わない」

 

成程、なら俺はその魔法への適正は高そうだ。

 

「一人ずつしか乗れないから、順番は予め決めておくようにね」

 

一度に一人ずつしか習得できないらしい。人数が多ければその分時間が掛かりそうだ。

 

「どうする……ハジメ」

 

ユエが不安そうな目で俺を見る。

 

「俺が行って安全を確かめる。ユエの身に何か起こったら困るからな……」

 

意を決し、俺が先に魔法陣に乗る。ユエは少し心配そうに俺を見つめる。

 

「なに、少しでも危険だと感じたらすぐにお前を連れて逃げるから安心しろ」

 

この世界についての真実は分かった。だが、クラスメイト共に裏切られたこともあり、俺はオスカーをまだ完全には信用し切れていなかった。

 

「それじゃ、行くよ。ちょっと頭がズキズキと痛むけど心配はないからね」

 

魔法陣が淡い輝きを放ち、辺りを神秘的な光に包む。と同時に脳裏に何かが侵入してくる感覚を覚えた。玄鐵の言う通り頭がズキズキと痛むが別に耐えられないほどじゃない。

 

やがて、痛みも収まり魔法陣の光も収まる。俺はゆっくり息を吐いた。

 

「ハジメ……大丈夫?」

「ああ、平気だ……頭に何かが入り込む感覚がしたが別に大したことはないようだ」

「そう……なら私も」

 

ユエも魔法陣に乗る。オスカーの操作で魔法陣は淡く光を放ち、ユエに神代魔法を刷り込んだ。

 

「どうだ? 修得したか?」

「ん……した」

 

それはよかった。

 

「二人共習得が済んだようだね」

 

オスカーが話しかける。

 

「この魔法でアーティファクトを作れるのか?」

「そうだ。君は私と同じ〝錬成師〟かい?」

「いや、〝鍛冶師〟だ。少し惜しい」

 

少し違うが、基本は大体一緒だろう。

 

「ならば、君にはその力を最大限に磨いてもらいたいと思っているが、急ぎの用事はあるかい?」

 

手当てをしてくれたことには感謝しているが、俺は早くここを出たかった。

 

「工房には色々な道具や鉱石が揃っているよ。おまけに理論書もいくつかある。錬成師にとって楽園のような場所だと思うんだが……」

(だから俺は鍛冶師だと言っているだろう)

 

俺は腕を組み少し思案する。そんな俺の様子を見て、ユエが首を傾げながら尋ねた。

 

「……どうしたの?」

 

俺はしばらく考え込んだ後、口を開く。

 

「ユエ、俺はしばらくここに留まろうと思う。地上に出たいのは俺も山々なんだが……せっかく学べるものも多いし、ここは拠点としては最高だ。他の迷宮攻略のことを考えても、ここで可能な限り準備しておきたい。どうだ?」

 

ユエは三百年も地下深くに封印されていたのだから一秒でも早く外に出たいだろうと思ったのだが、俺の提案にキョトンとした後、直ぐに了承した。不思議に思った俺だが……

 

「……ハジメと一緒ならどこでもいい。私の居場所はここ……他は知らない」

 

そう言って、俺に寄り添いその手を取る。ギュッと握られた手が本心であることを如実に語る。ユエは、過去、自分の国のために己の全てを捧げてきた。それを信頼していた者たちに裏切られ、誰も助けてはくれなかった。ユエにとって、長い幽閉の中で既にこの世界は牢獄だったのだ。

 

その牢獄から救い出してくれたのは俺だ。だからこそ俺の隣こそがユエの全てなのだろう。

 

「……そうか。なら、俺達の取る行動は一つだな」

 

俺は玄鐵……オスカーに向き直り、そして告げる。

 

「玄鐵……いや、オスカー・オルクス。俺達はしばらくここに滞在する。その間、生成魔法の稽古を付けさせて欲しい。頼む」

 

オスカーは目を少し輝かせていたが、表情一つ変えることなく俺を見据える。

 

「……うん、君達の気が済むまでここにいるといい。そして、稽古も引き受けよう」

 

そうして、俺とユエは二か月間、この迷宮に滞在し、オスカーの指南を受けて生成魔法の鍛錬をすることになった……




「「よっ」」

ハジメ「そういえばオスカー。他にも解放者は生きているのか?」
オスカー「ああ。皆バラバラに暮らしてるけど生きてるよ」
ハジメ「連絡とかは取ったりしているのか?」
オスカー「ちょくちょく、ね。だけど、私達はエヒトとの決戦までは如何なる戦いにも参加しないことにしている」
ハジメ「それでも時々地上には出ているんだろ?」
オスカー「情報収集の為さ。コードネームを名乗ってるから早々バレないと思う」
ハジメ「そうか。今までどのようにして地上の情報を得ていたのか疑問に思っていた」

オスカー「ここでトータスこそこそ噂話。実はこの世界、『猩々緋砂鉄』なるものや『猩々緋鉱石』なるものも産出し、実際に日輪刀と同じ効果を持った武器を作ることができるそうだよ」

オスカー「そういえば君は鍛冶師なんだっけ?」
ハジメ「そうだが……」
オスカー「刀を作れたりはしないのかい?」
ハジメ「ここに来るまでに作ったんだが、最下層の化け物に溶かされちまった」
オスカー「それは災難だったね。ここで作り直すつもりだったのかな?」
ハジメ「ああ。元よりそのつもりだった」
オスカー「なら丁度素材をいくつか紹介しようと思ってたんだ。気に入ったのがあれば、それを使うと良い」
ハジメ「いいのか? ありがとな」
オスカー「次回 第十三話 鬼の産声」
ユエ「二人共、お昼にしよ?」
ハジメ「もうこんな時間か」
オスカー「よし、昼を摂ったら鍛錬再開だ」


つづく


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第十三話 鬼の産声

骸龍オストガロアです。   ←おふざけ。

今回は地上に出たハジメとユエのお話の予定でしたが……誰が鬼になったのか今すぐ知りたいという回答が多数を占めておりましたので急遽次回に回しました。

気を取り直して、今回は遂にクラスメイトから鬼が出ます。


追記
何のためのアンケートだったのだろうかと思ったそこの閲覧者君、王都侵攻までには結果が全て開示されるだろうから待っていなさい。


勇者一行が帰還した後、南雲ハジメと檜山大介の死亡が報告された。早くも二人死亡してしまったことで王国側の人間は誰もが愕然とした。だが、犠牲者の中にハジメが含まれていると知ると安堵の吐息をついた。

 

勇者にも匹敵していながら戦いに消極的だったことで役立たずと見做されていた。更に檜山を殺害した後に自殺したと報告にあったために貴族達は裏で盛大に罵った。

 

一方、檜山の方は哀れな犠牲者として扱われた。ハジメの方は適当な場所に遺体を遺棄することになっていたのだが、光輝による猛反発によって墓地に埋葬されることになった。ハジメを罵った者達は処罰されたが、ハジメは光輝の株を上げただけに終わった。

 

ちなみに、ハジメの遺品だが……何故かステータスプレートだけが無くなっていた。どれだけ探しても、見つかることはなかった。クラスメイト全員に聞いてみるも、「知らない」の一言しか返ってこなかった。

 

 

「あ~あ、せっかくいい手駒を見つけられたのに。南雲のせいで台無しだよ!」

 

五日後の或る日、昼間の墓地を彷徨う者が一人。まだ生きている。

 

「お陰で光輝君から香織を引き剥がすチャンスを失ったじゃないか!」

 

墓地を歩きながら悪態をつく中村恵里。彼女は光輝に対し依存とも呼べる好意を抱いていた。だが、光輝の隣には香織と雫がいた。地球にいた時は殺すわけにもいかず、ただずっと影から見つめていた。

 

だが、この異世界に召喚されたことがきっかけでたかが外れ、恵里は裏で香織と雫を暗殺することを画策した。墓地を彷徨っているのも、暗殺用の毒草を探しているのだ。知識は図書室から借りて来た図鑑から得ている。

 

「でもまぁ、一人の方が証拠は残らないし、結果オーライということにしよう」

 

どさくさに紛れてハジメを殺そうとした檜山に毒草を大量に集めさせた後、実験台にしようとしていたがその前に殺害されてしまったためにわざわざ自分で集めなければならなくなった。

 

だが、ハジメが死亡したことにより香織は相当ショックを受けている。想い人を喪った絶望に打ちひしがれながら苦しんで死ぬのを見るチャンスだと、恵里は思った。雫の方はこっそり食事に混ぜておけば問題ないだろう。

 

「さぁて、どこかに無いものかな~。香織と雫を殺せる毒が……ん?」

 

ある墓石が、恵里の目に留まった。否、墓石ではなくその前に生えている青い花だった。

 

「これ……彼岸花? でも青いから違うしな……」

 

墓石には、ハジメの名が刻まれていた。そこから青い彼岸花が何本も生えていた。

 

「待てよ……確か彼岸花には毒が……」

 

その時、恵里は閃いた。この花を使えば、毒を作れるのではないかと。

 

「よし、早速作るぞ!」

 

恵里は青い彼岸花を摘み取り、嬉しそうに墓地を後にした。

 

 

ハジメと檜山の死から八日が過ぎた。香織は未だに目覚めない。

 

「いい加減に起きなさいよ……香織……!」

 

雫は毎日、香織の部屋に入って看病していた。しかし、どれだけ待っても香織は目を覚まさない。

 

雫は香織の手を握って、「どうかこれ以上、私の大切な親友を傷つけないで下さい」と祈った。すると、後ろからドアが開く音がした。

 

「……恵里」

「そろそろ交替の時間だよ」

 

中に入って来たのは恵里だった。檜山が殺害されて、犯人のハジメは自殺をするというとんでもない事態が起こったため、訓練どころではなく、しばらく休みになった。鍛錬は各自自主練、ということになっている。

 

「……もうそんな時間なのね」

「後は私が様子見てるから、雫は休んでなよ」

「そうね。そうさせてもらうわ」

 

無事に雫と交替できた。後は青い彼岸花で作った毒を飲ませるだけ。

 

恵里は香織が目を覚ますまで待ち続けた。待ち続けたのだが、いくら待っても目を覚ます気配が無い。

 

「いつになったら目を覚ますんだよぉ~」

 

恵里は眠気に耐えながらもずっと目覚めを待ち続けた。だが、先に恵里が寝落ちしてしまった。

 

翌朝、雫が香織の様子を見に来ると、スヤスヤと眠る恵里を見つけた。

 

「恵里、恵里。もう起きなさい。交替の時間よ」

「う、う~ん」

 

恵里は目を擦りながらゆっくりと上体を起こした。

 

「あれ、いつの間に……そっか、私寝落ちしちゃってたんだ」

「後は私が見ておくから、恵里はもう戻ってなさい」

「そうするよ……あ、そうだ」

 

部屋を後にしようとした恵里は思い出したように振り返り、雫にある物を手渡す。

 

「これ、香織が目を覚ましたら飲ませておいてね。自分で薬草探して作った薬なんだ」

「……そう、ありがとうね」

 

そう言って恵里は部屋を出て行った。邪な考えに口元を吊り上げながら。まさかそれが香織を殺す為の毒だとは誰も思うまい。

 

(おやすみ香織、永遠にね)

 

ドアが静かに閉じられ、雫は香織の手を取った。医者によると、体に異常は無く、精神に多大なダメージを負ったことで昏睡状態に陥っているとのこと。そして、しばらくすれば自ずと目覚めるだろうとのことだった。

 

「……ごめんなさい……」

 

雫は涙をぽろぽろと零しながら、謝罪の言葉を口にした。未だに目を覚まさない親友へ向けた言葉なのか、地球にいた時から迷惑をかけ続けて自殺に追い込んでしまったクラスメイトへ向けた言葉なのか、否、その両方だ。

 

雫はハジメのことを、「周りに屈さない強い精神の持ち主」だと思っていた。それは香織も同様だった。何せ、彼女からそう聞いたのだ。だけど、そのハジメは自ら頸を斬って自殺してしまった。もしかしたら、ずっと迷惑をかけていたのかもしれない。と、彼の抱えていた辛さや悩みを共有してあげられなかったことを悔やんでいた。

 

と、その時だった。握り締めていた香織の手が微かに動いたのだ。

 

「……香織!? 聞こえるの!? 香織!!」

 

雫が必死に叫ぶ。香織は閉じられた瞼をふるふると揺らし、雫の呼びかけに応えるように手を握り返した。

 

「香織!」

 

そしてゆっくりと、目を覚ました。

 

「……雫ちゃん?」

 

しばらくぼんやりとしていたが、やがて脳が覚醒し、雫を見下ろして彼女の名を呼んだ。

 

「ええ、そうよ。私よ。香織、体はどう? 違和感はない?」

「う、うん。平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」

「そうね、もう八日も眠っていたのだもの……怠くもなるわ」

「八日? そんなに……どうして……私、確か迷宮に行って……それで……はっ! 南雲くん、南雲くんは!?」

「ッ……それは」

 

目の焦点が徐々に合わなくなっていき、雫は不味いと感じて咄嗟に話を逸らそうとする。しかし、それよりも早く香織が記憶を取り戻した。

 

どう伝えるべきか苦しそうな表情で悩んでいる雫を見て、香織は記憶の中の出来事が事実であることを悟った。だが、そんな現実を容易に受け入れることはできなかった。

 

とうとう現実から目を逸らして次々と言葉を紡ぎ、香織はハジメを探しに行こうとする。香織の腕を離すまいと掴む雫は悲痛な表情を作ったが、それでも決然と香織を見つめた。

 

「やめて……」

「香織……本当はもう、解ってるんでしょう?」

「やめてよぉ……」

「貴女の憶えてる通りよ」

「やめて……やめてってば!!」

「南雲君は……」

「その続きを言わないで!!」

 

香織は必死に現実から逃げるが、現実は非情にも香織を捕らえて離さない。

 

「彼は自殺したのよ」

「言わないでって言ったのにぃ……!!」

 

香織はベッドの上で泣き崩れてしまった。

 

「あれだけ血を流していたら、たとえあの時香織が回復魔法をかけても助からなかったと思うわ」

 

布団に顔を埋めて、喉が枯れるほど泣き叫んだ。雫には、己の親友を抱きとめることしかできなかった。

 

どれくらいそうしていたのだろうか。日は既に沈み、月明りに照らされていた。香織は泣き疲れたのか何時の間にか雫の腕の中で眠りに落ちていた。雫は眠る香織の頭をそっと優しく撫でた。

 

その時、部屋のドアが開かれた。

 

「雫! 香織は目覚めたのか!?」

「おう、香織はどうだ?」

 

光輝と龍太郎だ。訓練が終わってすぐに来たのだろう。あちこち薄汚れた訓練着のままだ。

 

雫は二人に向くと、人差し指を口の前で立てた。

 

「起こさないで。今はそっとしておきなさい」

「ごめん。香織はもう起きてるんだな?」

「ええ。今は泣き疲れて眠っているだけだから、そのうち起きるわよ」

 

香織が昏睡状態から回復したと聞いて、光輝と龍太郎は安堵の表情を浮かべた。

 

「そうだ、雫。もうすぐ夕食だ。香織のことは俺が報告しておくから」

「もうそんな時間なのね。すぐ行くわ」

 

光輝と龍太郎は部屋を後にした。雫も部屋に書置きを残して食堂へ向かった。

 

ドアが閉じられて数分後、香織は再び目を覚ました。

 

「あれ……雫ちゃん……?」

 

何時の間にか姿を消してしまった親友の姿を探そうと部屋を見回したが、どこにもいなかった。

 

「何だろう……あれ……」

 

部屋を見回していると、テーブルの上に何かが置かれていることに気づいた。書置きも残されている。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

起きたらこの薬を飲みなさい。恵里がわざわざ薬草を探して作ってくれたそうよ。

飲んだら今日はもう寝て、明日からまた頑張りましょう。

おやすみなさい。

雫より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「そっか……後で恵里ちゃんにお礼を言っとかないとね」

 

香織は薬を手に取り、そのまま飲み干した。かなり苦かったので少し涙目だ。

 

なんとか薬を飲み干し、器をテーブルに置いた瞬間、香織の体に異変が起こった。

 

「あぅ……うぅ……」

 

体の内側が熱を帯びて来て、それが全身に広まった。

 

「体が……溶けそう……」

 

香織は床に倒れて動けなくなった。高い熱に体を徐々に蝕まれていき、大量に発汗する。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

高熱で苦しみながら、香織の体が作り変えられていく。

 

爪は長く鋭く伸びていき、牙も発達していく。月のように真っ白な体には刺青のような花の模様が浮き出て、瞳孔は縦に割れていく。

 

この夜、この世界に一体の人喰い鬼が産声を上げた。

 

体が完全に作り変えられると、溶けるような熱が嘘のように引いていった。

 

そして立ち上がり、ふと窓の方を見た。窓には一羽の鳥が止まっていた。香織は鳥を見ると、思わず涎を垂らしてしまった。

 

そして、人間離れした速度で鳥を掴み、そのまま首の骨を折った。動かなくなった鳥を、香織は口に運んで齧り付いた。そして肉を引き千切り、生のまま咀嚼して飲み込んでしまった。

 

そして内臓を口に運ぼうとした所で、正気に戻った。

 

(私……急に熱が出て倒れて、それから……)

 

熱で倒れたかと思えば、気づいたら口の中に血の味が広がっていた。そしてベッドのシーツに付いた、大量の血と無惨にも喰い散らかされた鳥の死体を見て、思わず窓から放り投げた。

 

「はぁはぁはぁはぁ」

 

どうやら気づかぬ間に、異常な行動をしていたらしい。自分はおかしくなってしまったのだろうか。ハジメが死んでしまったから、いつの間にか心の何処かが壊れたのだろうか。そう考えていた。

 

だが、答えを導き出す前に、ドアが開かれる音がした。香織は慌てて口を拭う。

 

「あら、香織。もう起きてたの?」

「う、うん……さっき目が覚めたばかりなんだ……」

 

入って来た雫は恵里の薬の方を見た。

 

「薬、飲んだのね」

「凄く苦かったけどね。それで飲んだ後熱が出て倒れちゃって……」

「大丈夫なの香織!? どこか具合でも悪いの?」

「ううん。大丈夫だよ。もうすっかり元気になったから」

 

元気になったと聞いて、雫は胸をなでおろした。

 

「そう、なら良かったわ。今日はもう寝なさい。明日また頑張りましょう」

「うん。雫ちゃん、おやすみ」

 

香織はそのまま床に就いた。その後、ふと先程の自分の発言を振り返ってみる。

 

(そういえば、熱が出たのって恵里ちゃんの薬を飲んでからだったような…………!)

 

そして、香織は理解した。自分がおかしくなってしまった原因、それは恵里が作ったという薬だった。

 

(なら、恵里ちゃんにはちゃんと()()をしなくちゃね……うふふふふふふふふふ)

 

布団の中で、香織は笑う。その顔は、狂気に満ちた笑顔だった。

 

 

 

「さてと、もう香織は毒を飲んだかな♪」

 

恵里と鈴の自室にて、恵里は香織と雫の部屋の方向を向いて不気味に笑う。鈴は既にぐっすり眠っている。

 

「いや~、こうもあっさりとお邪魔虫の始末ができるとはねぇ~。後で南雲の墓参りに行こっと」

 

そう言うと恵里は寝る支度をする。すると、突然ドアがノックされる音がした。

 

「はいはい、今出ますよっと」

 

こんな夜中に一体誰だろうと思いながら、恵里はドアノブに手を掛けた。

 

ドアの向こうにいたのは、毒を飲んで死んだと思っていた香織だった。

 

「香織!? どうしてここに……」

「こんばんは、恵里ちゃん」

 

毒を飲ませたのにもかかわらず、香織は平然と笑顔をしていた。それが何よりも恐ろしかった。

 

「わ、私に何か用かな?」

「薬のお礼をしたいと思ってね」

「そ、そうなんだ~! うんうん、香織が元気になったようで取り敢えず安心したよ~」

 

恵里は顔面蒼白になっていた。毒であるはずの彼岸花で作った薬を飲ませたのに何故死なないのか。

 

「ふふふ」

 

香織は表情を変えずに、そのまま恵里の首筋を掴んで押し倒した。鈴はぐっすり眠っている。

 

(う……動けない……!?)

 

香織の力が強くて文字通り手も足も出ない恵里の耳元で、香織は小さな声で囁いた。

 

「私を殺そうとした人間に、こうして仕返しできるからね」

「ひっ!?」

 

恵里は命の危機を感じていた。このままじゃ殺される、そう思わずにはいられなかった。

 

「こ、殺すなら場所を変えなよ……鈴が寝てるからさ……」

 

流石にここで殺してしまったら色々と面倒なことになると香織も考え、場所を移すことにした。

 

 

変わって、ハジメの眠る墓地にて。

 

「ふふふふ、ここなら人を殺しても気づかれにくいよね? その辺に死体埋めれるし」

 

今までの香織からは全く想像できないような言動だった。鬼に堕ちたことで思考回路が歪になってしまったのだろう。

 

「さて、最期に言い残すことはあるかな?」

 

容赦なく殺すと言わんばかりの表情に、恵里は抵抗する気力も失った。

 

「……が」

「ん?」

「くそがくそがくそがっ!! 折角光輝君を手に入れるチャンスだと思ったのに、香織が死ななかった所為で台無しだよ!! 毒草を探してる時に偶然見つけた青い彼岸花で殺せたと思ったのに、何でお前は死なないんだよ!! 香織の好きなハジメも捨て駒の檜山も死ぬし! ()が緻密に練った計画が台無しだぁ!! 本当に神様がいるなら、どうして僕の邪魔ばかりするんだよっ!!」

 

どうせ自分は死ぬんだと思い、一番の邪魔者であった香織の前で心中の思いを全て曝け出した。何もかも言い放って空っぽになり、涙をぽろぽろと零し始める。

 

「さあ、一思いにやってよ……自分を殺そうとした人間が憎いんでしょ?」

 

そうして、来るであろう激痛に目を閉じた。しかし、痛みは何時まで経っても来ない。

 

恐る恐る目を開けると、香織はただじっと自分を見つめていた。

 

「……光輝くん?」

「そうだよ、僕は光輝君のことが好きなんだ。でも隣に香織と雫がいるせいで、僕は見向きもされないんだ」

 

恵里が光輝を好いていると知った香織は、口元を吊り上げる。

 

「そっかぁ~。恵里ちゃんは光輝くんのことが好きなんだぁ~。じゃあさ……」

 

恵里に顔を近づけて、香織は提案をする。

 

「協力、しない?」

「……は?」

 

恵里は呆然としていた。さっきまで自分を殺そうとしていたのに、急に気が変わって協力関係を結びに来たのだ。

 

「ずっと我慢してたんだけど、光輝くんの事、正直疎ましく思ってたんだよねぇ~。いつもいつもべったりくっついてくるし。この世界に来て思ったんだよ。どこかのタイミングで南雲くんと駆け落ちしてどこかで甘々の幸せな生活を送ろうって」

 

惚気顔で自分の心中を語る香織。恵里は開いた口が塞がらない様子だった。

 

「なのに光輝くんは私と南雲くんを引き離そうとしてくるし……だからさ、恵里ちゃん」

「な、何……?」

「……結ばれてよ。光輝くんと」

 

再び恵里は呆然とする。一瞬聞き間違いじゃないかと思った。

 

「……今、何て言ったの?」

「だから、光輝くんのこと、堕としてよ」

 

聞き間違いではなかった。それを知るや否や、恵里はハイライトオフの瞳を輝かせた。

 

「本当?」

「うん。私も全力で協力するよ」

「それは嬉しいなぁ~。でも、協力するからには対価、払わなきゃいけないんでしょ。その対価って何かな?」

 

流石は策士(自称)。香織の魂胆は読めていた。

 

「恵里ちゃんの魔法で、南雲くんを生き返らせて、支配権は私に頂戴?」

「なんだ、そんなことで良いんだ。お安い御用だよ。とっておきの魔法を夢の中で変な人がくれたんだ」

 

恵里曰く、その変な人というのは見た目が中性の人間だったという。そして、大量の血肉と魂を生贄に一人の人間を生き返らせる魔法、〝血祭の儀式〟をギフトとして受け取った。

 

「『初回はお試しってことで無条件だよ☆』って渡してくれたんだよ。これなら香織の目的は直ぐ達成できるでしょ? じゃ、そういうことでよろしく」

「……」

 

恵里は香織に手を差し出したが、香織は無言で喰らい付こうとしてきた。

 

「ちょっ、何するのさ!!」

「はっ! ごめんね? あの薬飲んでから無性に人を食べたくなっちゃって……」

「だからって僕を食い殺すのは勘弁してよね!! 涎垂らすの止めて怖い!!」

 

香織は何とか食人衝動を抑え、恵里の握手に応じた。こうして、月夜の墓地にて、なんとも歪な同盟が結ばれたのだった。

 

「じゃあ早速南雲を墓から掘り起こすね。香織は駄目だよ、食べるかもしれないから」

「生き返らせる前に別の意味で南雲くんを食べさせてよ」

「違う意味でなら……まぁいいか。あんまり傷つけたら駄目だよ?」

 

そう言ってとんでもねぇ会話を交わしながら、恵里はハジメの墓を掘り返す。

 

「さ~て、死体の状態はどうかな~もう九日も経ってるから多少痛んでたりして……」

 

墓を掘っている途中、恵里は訝しんだ。そして周りを掘り返してみるが…

 

「……ない」

「え? ない? 何が?」

 

恵里は驚愕した。

 

「ないんだよ! 南雲の死体が! 影も形も、掘り返された形跡すらもね!!」

 

なんと、墓地に埋葬されたはずのハジメの遺体は忽然と消えていたのだ。埋める前は確かにあった。だが、掘り起こされた形跡が全く無いにもかかわらず、溶けるように消えたのだ。

 

「えっ……じゃあ、南雲くんを生き返らせるのは……」

「死体が見つかるまでお預けってことだね」

「そんな……南雲ぐん……」

 

香織は座り込んで、月を見上げて泣いた。鬼になる前と変わらない、純粋な悲しみが零れていた。

 

「ほ、ほら、南雲ならさ、頑張って見つけ出すからさ、諦めちゃダメだよ」

 

恵里の言葉は、香織の耳に届いていなかった。恵里が香織を立ち直らせるのに、日の出九分前までかかったのだった……




オリキャラ紹介

霊流
魂を司る神。恵里の夢の中で禁忌の魔法〝血祭の儀式〟を恵里に授けた。

オリジナル魔法紹介

血祭の儀式
一度に一人の人間を生き返らせる禁忌の魔法。生贄は大量の()()の死体と魂。


融裂「ん? 南雲ハジメの死体か? 私が回収して再利用したが……次回 第十四話 地上」


つづく


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