最強のチャンピオンになれる少女 (るーく)
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世界に選ばれし我が才能。勝ったな。

 わたしはこのガラルに生まれて十年目に自らが天に選ばれた存在だと確信した。

 

 ある朝、いつものように目を覚まし使用人を呼んで身支度を整えようとして、何やら違和感を覚えた。

 その違和感が何なのか確かめようと周囲を確認してみるが、自身の身体や部屋の中はもちろん外の様子も大きな変化はなく、日差しの眩しいいつも通りの気持ちのいい朝だった。

 それでも、やはり何かが致命的に、根本的に、決定的にズレているような不自然な違和感がある。

 別に体調に問題がある訳でも無く、どこか不快感を感じる訳でもない。

 それどころか、清々しさすら感じていた。しかし、その不自然な清々しさがかえって違和感を助長させていた。

 

 そんな違和感の正体を突き止めるべく、窓際に椅子を置いて窓枠に頬杖を付き、青々とした空を眺めながらうんうんと唸っていると、空を飛ぶ一匹のポケモン──アオガラスが視界に入る。

 悠々と空を飛ぶ勇ましいその姿が視界に入った瞬間、わたしの脳裏に謎の数字が過った。

 

 

 21-15-17-28-5-10

 

 

 この数字を認識すると同時に、わたしは全てを理解した。

 目覚めてからの違和感が何なのか、この数字が何なのか、わたしの身に何が起こったのか。

 

 これは、この数字は──ポケモンの才能だ。

 

 どうやら『個体値』と呼ぶこの数字は、そのポケモンの先天的な才能を左から体力、攻撃力、防御力、特殊攻撃力、特殊防御力、素早さとし、それらを最低値である0から最高値の31の数字で表したものの様だ。

 そして、『個体値』とは別に各ポケモンの基礎潜在能力である『種族値』と、後天的に身に付けることのできる才能である『努力値』というモノが存在していることも認識した。

 そして、わたしが今まで見たことがあるポケモンの『種族値』を脳裏に浮かべることもできる。

 どのようにしてポケモンに『努力値』を与えることができるのか、その手段もわかった。

 なぜわたしの頭にこのような聞いたことも考えたことも無い『知識』が突然焼き付いたのかはわからない。

 

 わからないが……それはもう別にどうでもよかった。

 

 わたしの夢は、とても普遍的で陳腐なもので子供なら誰もが夢見るようなモノ。

 要するにポケモントレーナーとしての頂点──ガラルリーグのチャンピオンだった。

 わたしは、この夢の実現にこれらの『知識』と『個体値』を見抜く能力はとても役に立つのではないかと真っ先に気づいた。

 

 ポケモンの『種族値』に適した『個体値』を持つポケモンを見つけ出し、そのポケモンの戦い方に適した『努力値』を与えて才能をさらに伸ばす。

 要するに、潜在能力に相応しい才能を持ったポケモンのその才能を更に徹底的に伸ばすのだ。

 そうすれば最強のポケモンを育てることができ、チャンピオンにだってなれるはずだと確信した。

 

 この『知識』を持っているのは間違いなく世界で、少なくともガラルではわたし一人のはず。

 だってこんな話は今まで一度たりとも聞いたことは無い。

 だからわたしだけ。わたしだけのアドバンテージ。

 わたしは世界に選ばれたのだ。

 

 

 ──わたしは最強のポケモントレーナーになれるっ!! 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 この『知識』を活かして最強のポケモントレーナーになるべく、手始めにわたしはまず一匹目のポケモンを捕まえようとした。

 だけど、十歳の少女であるわたし一人でポケモンを捕まえるなんて夢のまた夢。

 ポケモンを捕まえる時の基本は手持ちのポケモンで野生のポケモンにポケモンバトルを仕掛け、弱らせてからモンスターボールを使用し、野生のポケモンが認めてモンスターボールに入ってくれることで初めてポケモンゲットとなる。

 当然、一匹目のポケモンを入手しようというわたしの手には野生のポケモンと戦わせることのできるポケモンなんていない。

 稀な例として、戦わずに仲良くなったり餌付けしたりでモンスターボールに入ってくれるポケモンもいるらしいが、稀なものは稀。わたしには無縁なことだと思ったのだ。

 だからわたしはお父様に相談してみた。

 

 お父様は最初は十歳という若さでポケモンを捕まえるのは危険だとわたしのことを心配して、あまり乗り気ではなかったが、わたしが「貴族として〜」だとか「王の末裔なのだから〜」とか心にも思っていない適当なことを適当に言っていたら「その歳で貴族の自覚を……!!」なんて感動しながら納得──否、それどころか応援してくれた。

 

 そうしてお父様の後押しを受けたわたしは、お父様の紹介で比較的歳の近いポケモントレーナーである、剣の様な特徴的な髪型のソッド様と同じく盾の様な髪型のシルディ様と言う兄弟にポケモンゲットの支援をしてもらえることになった。

 彼らはお父様の親友の貴族の子息で、特徴的すぎる髪型の割に優しく紳士的な人達だった。

「貴族として〜」だの、「メアリー嬢は将来有望だ〜」だの、「我々は英雄の末裔で〜」だの本気で言っている様で少々喧しいのが玉に瑕だったが、その辺のことを頻繁に方便に使っているわたしとしては少し罪悪感があって曖昧に頷くしかなかった。

 それはともかく、わたしはそんな彼らのエスコートを受けてたくさんのポケモンの生息するワイルドエリアに旅立った。

 

 ソッド様とシルディ様の二人に守ってもらいながら、ワイルドエリアを探索すること数日。

 わたしは『個体値』が優秀なポケモンを探すことにひたすら注力していた。

 途中でイーブイやチラーミィといった可愛いポケモンと出会った時は危うく心が傾きそうになったが、チャンピオンを目指すのだからと己を律して我慢した。

 ガラルの頂点に立つ以上、妥協は決して許されないのだ。傲慢な考え方だと言うのは自覚していたけど、『個体値』の低いポケモンや平凡なポケモンを捕まえた結果、チャンピオンになれないのでは意味が無いし、後から『個体値』が高く強いポケモンを捕まえて手持ちのポケモンを入れ替えてしまい、一緒にチャンピオンの椅子に座れなくなってしまったりしたら悲しいし寂しい。

 だから、最初から最後までずっと一緒に戦い続けることのできるポケモンを六匹だけ。

 それがわたしの選んだポケモントレーナーとしての道であった。

 

 しかし、そうは言ってもなかなか『個体値』の優秀なポケモンは現れない。

 この数日間でたくさんのポケモンを見てわかったことだが、どうやら『個体値』の最大値である31を持つポケモンは稀で、その上『種族値』と合致した能力に31を持つポケモンなんて全くいない。

 31を複数持つポケモンに至っては一度も見たことがない。

 最初のポケモン探しは難航していた。

 ソッド様とシルディ様は嫌な顔もせず根気よく手伝ってくれているが、すでにワイルドエリアに入ってから三日経っている。

 そろそろ終わらせないと二人に申し訳ない。

 それに、何よりわたし自身もそろそろ限界だ。

 お風呂に入りたいしふかふかのベッドで眠りたい。

 カレーも美味しいけど、さすがに飽きてきた。

 

 そんなこんなでそろそろ一旦帰ろうか、と三人で夜の焚き火を囲んでカレーを食べながら話し合っていると、わたしの近くの草むらが揺れる音がした。

 すわっ、ポケモンか! 

 身構えるわたしたちの前に現れたのは、先が黒くなった二本の耳に薄い黄色の体色のお人形さんのように小さく可愛らしいポケモンだった。

 

「ピカチュウ?」

 

 その姿は全ポケモンの中でも一二を争う人気を持つ有名なポケモンに似ていた。

 しかし、わたしの『知識』が訴える『種族値』がこのポケモンとピカチュウとでは全然違う。

 同じポケモンであれば『種族値』が違うなんてことはあり得ないため、このポケモンはピカチュウではないのだとわかる。

 そして、それよりも気になったのが脳裏に浮かぶ衝撃的なこの子の『個体値』。

 

 31-31-31-0-31-31

 

 圧倒的だった。

 特殊攻撃力は最低値だけどこのポケモンの『種族値』を見る限り、特殊攻撃力はあまり必要ない。

 わたしがそのあまりにも無駄の無い圧倒的な才能に呆然としている間にも、『個体値』を見れない故にソッド様とシルディ様は平然としていた。

 

「いや、これはピカチュウではありませんな」

 

「その通りだ、弟よ。このポケモンはミミッキュと言う」

 

「さすが兄者、一目見てポケモンを言い当てるとは。セレブリティ」

 

「セレブリティであるワレワレにはこれくらいできて当然。弟よ、メアリー嬢よ、ポケモンの知識は多いに越したことはありませんよ」

 

「それもそうですね、兄者よ。これでまた一つ、新たなポケモンを知ることができました」

 

「「ハーハッハッハッハッハ!!!!」」

 

 どうやらこのポケモンはミミッキュと言うらしい。

 ソッド様とシルディ様の会話を尻目にミミッキュを観察していると、わたしの視線に気づいたのかミミッキュはジッとわたしの方を見て、やがて少しずつこちらに近づいてきた。

 ミミッキュには足が無いので、それは歩いていると言えるのかわからないが、ゆっくりと身体を引き摺りながら歩くその姿は大変可愛らしいものだった。

 

「ミー」

 

 野生のポケモンにしては珍しくミミッキュに敵意は無いようで、わたしの脚にすり寄るように甘えてくる。

 ミミッキュの可愛らしい仕草に、この短時間でわたしは完全に虜になってしまった。

 そして、わたしの心は決まった。

 この可愛らしくも圧倒的な才能を秘めたミミッキュをわたしの最初のポケモンにするのだ。

 そして、この子と一緒にガラルの頂点に立つ!! 

 

 とはいえ、あまりにも敵意の無いミミッキュにバトルを挑んで捕まえるのは、なんだか可哀想な気がして躊躇してしまう。

 なので、このままこの子と仲良くなって捕まえる方針にしようと思う。

 野生のポケモンと仲良くなって捕まえるケースが稀な理由は、野生のポケモンが往往にして好戦的であるから故だ。

 このミミッキュのように人懐っこい野生のポケモンは滅多にいない。

 逆に言えば、この子であれば仲良くなって捕まえるという手段が取れる可能性が高いのだ。

 仲良くなるにはどうすればいいのか。とりあえず餌付けから始めることにした。

 ちょうど晩御飯のカレーを食べてる最中にミミッキュが現れたので、ソッド様たちに確認を取ってから鍋に入っているカレーをお皿によそい、ミミッキュに差し出してみる。

 

「ミー!」

 

 すると、ミミッキュは元気に声を上げ、カレーを乗せたお皿の上に飛び乗った。

 これにはわたしたち三人は揃って驚いた。

 身体の底の部分からカレーを食べだしたのだ。

 ミミッキュの身体は足が無く、代わりにひらひらとしたスカートの様になっていてそれを引き摺る様に移動する。

 スカートの中がどうなっているのかはわからないが、この様子からその中に口が有るのだろう。

 随分変わった生態だ。

 頭部に付いている口は飾りなのだろうか。

 そんなことを思いながらも、夢中になってカレーを食べているその姿が可愛らしくて思わずその頭に手を伸ばしてしまった。

 しかしミミッキュは嫌がったりせず、むしろ気づいてないのかもしれないと思わんばかりにカレーに夢中だった。

 そのまま、頭を撫でてみるが触り心地がなんだか変な感じだ。

 これは……そう、ぬいぐるみ。

 気になってよく見てみるとミミッキュの目や口は単なる模様で、布に描いた絵の様なものだった。

 となると、この触り心地はぬいぐるみの様……ではなく、本当に布に綿を詰めたぬいぐるみなのかもしれない。

 次いで、ミミッキュの胴体の部分をそっと撫でてみる。

 すると、こちらは触った感触がしっかりと生き物の様で、仄かな体温も感じる。

 わたしに胴体を撫でられたミミッキュはビクッと震え、食事をやめてわたしの方をジッと見てきた。

 そこで気づいたのだけど、どうやらミミッキュの目は頭部ではなく、胴体に開いた二つの穴の部分にあるらしい。

 しばらく見つめ合うこと数秒、ミミッキュ何事もなかったかの様に食事を再開した。

 どうやら、びっくりしただけで別に嫌ではなかったようだ。

 わたしもミミッキュを撫でるのを再開した。

 そうして撫でながら、なんとか考えをまとめることができた。

 ミミッキュの本体は胴体の中にいて、その上から頭部に綿を詰めたぬいぐるみの様な布を纏っているのだろう。

 そうであれば、カレーの食べ方にも納得がいく。

 布の中の本体が食べているのだ。

 なんて不思議な生態のポケモンなのだろうか。

 

 気になったわたしはソッド様にミミッキュのことを詳しく聞いてみることにした。

 ミミッキュは『ばけのかわポケモン』と呼ばれていて、タイプは【ゴースト】【フェアリー】。

 話を聞いた感じだと、恥ずかしがり屋で寂しがり屋で人懐っこく一生懸命な可愛らしいポケモンのようだ。

 布の中身を見ようとするとひどい目にあわされるなんてことも聞いたけれど、見ようとしなければいいだけのことだと思う。

 ますますミミッキュが気に入った。

 絶対ゲットする。

 わたしがそう決意していると、ミミッキュはカレーを食べ終わったようでまた足元に擦り寄ってきた。

 この人懐っこさがたまらなく可愛いのだ。

 

「ミミッキュ、わたしはあなたと一緒にポケモントレーナーになりたいわ。一緒に来てくれないかしら」

 

「……ミー!」

 

 ミミッキュはしばらく考えるような悩むような仕草をして、やがて大きく鳴き声をあげるとわたしの持っていたゴージャスボールに自ら入ってしまった。

 

「これからよろしく、ミミッキュ」

 

 わたしはミミッキュの入ったゴージャスボールを大事に抱きしめた。

 

 

 

 ◇

 

 

 初めてのポケモンであるミミッキュにNN《ニックネーム》として『ミルナ』と名付け、わたしはポケモントレーナーとしての第一歩を踏み出した。

 手始めにやったことは、ミルナに『努力値』を与えることだった。

 とりあえず『努力値』を与えるためにわたしの『知識』にある、ポケモンに『努力値』を与えるアイテムであるマックスアップ、タウリン、ブロムへキシン、リゾチウム、キトサン、インドメタシンをそれぞれ150個ずつ購入した。

 これぐらいあれば足りると思ったのだ。

 対応している能力はマックスアップが体力、タウリンは攻撃力、ブロムへキシンは防御力、リゾチウムは特殊攻撃力、キトサンは特殊防御力、インドメタシンは素早さだ。

 ただの栄養ドリンクなのだけど、こんなものでポケモンが『努力値』を得られるとは何とも不思議。

 この場合不思議なのは栄養ドリンクの方か、ポケモンの方かどちらなのだろうか。

 

 それはともかく、問題はどの栄養ドリンクをミルナに与えるかだ。

 栄養ドリンクは無闇矢鱈に与えていいものではない。

『努力値』は無限に得られるものではなく、各能力に得られる限界の数値と、それら全てを合算した合計値の最大値が決まっている。

 そのため、限界まで『努力値』を与えた場合、最大まで『努力値』を得られる能力はせいぜい二つだけになる。

 ミルナのどの能力に『努力値』を与えるか。これは、よく考えなければならない。

 とりあえず攻撃力に『努力値』を与えるのは確定している。

 攻撃は最大の防御とよく言われているのだから間違いない。

 ミルナのバトルスタイルは、強力な攻撃力でダメージを受ける前に相手を倒してしまうものにする予定だ。

 そうなると残りは万が一の保険のための体力か、若しくはミルナの攻撃力を活かすための素早さになる。

 なのでわたしは素早さに『努力値』を与えることにした。

 脳筋などと言ってはいけない。

 蝶の様に舞い、蜂の様に刺す。きっとこれが一番効率がいいはず。

 万が一の保険などいらない。ダメージを受けそうになれば躱せばいい。

 ポケモンバトルはゲームじゃあるまいし、わざわざ相手の攻撃を受け止めてあげる必要なんてないのだ。

 

 それからわたしは他のポケモンを探しに出た。

 いくらミルナが強くともたった一匹でチャンピオンに挑戦し、勝利することは到底不可能だ。

 わたしでもそれぐらいはわかる。

 ポケモントレーナーは手持ちのポケモンとして六匹まで連れて行くことができる。

 あと五匹。探さなければならない。

 しかし、案の定これが難航した。

 ミルナのような『個体値』を持つ優秀なポケモンはレアなんてレベルではなく、極稀にしか現れない。

 結局、わたしが痺れを切らしてチャンピオンへの道の第一歩であるジムチャレンジに挑戦するまでの二年間で、ミルナを含めて四匹しかポケモンを揃えることはできなかった。

 

 それでもわたしのポケモンたちは強かった。

 たった四匹でもジムチャレンジで存分に暴れ周り、破竹の勢いでジムリーダーを打ち倒す。

 気づけばあっという間に一番乗りでファイナルトーナメントへの参戦を決め、当然のように勝ち上がりチャンピオンとのラストバトルの舞台に上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして負けた。




一番好き(かわいい)で一番嫌い(対戦)なポケモンはミミッキュです。


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これがかしこい貴族の処世術

『ポケモンはよく育てられているが──バトルの腕がまだ未熟だ』

 

 ジムチャレンジの最後を飾る、チャンピオンとのラストバトルを終えたわたしに対戦相手──無敵のチャンピオンダンデが告げた言葉だ。

 

 彼とのバトルは四対六という数的不利を負いながらも、意外にもほぼ互角に進んでいた。

 ポケモンの能力に関してはやや優勢。ポケモンの育て方はわたしの方がダンデよりも優れていたようで、能力自体はミルナたちの方が上だった。

 しかし、いかんせん練度と経験が足りてなかったようだ。故に圧倒的な差が付くことは無く、やや優勢止まりだった。

 それでも劣勢に陥ることがないのはさすがわたしのポケモンだ。

 

 そして、練度と経験が足りなかったのはわたしも同じだった。

 わたしはこのジムチャレンジで初めてポケモンバトルをした。

 それ以前のわたしはひたすらポケモンを育てることと探すことに注力していたため、当然ポケモンバトルをしている暇なんてなかった。

 でも、それでも勝てると思っていた。

 正直舐めていた。

 だってポケモン()()()()()なのだから。

 ポケモンを育てることが何よりも重要であると判断していたのだ。

 しかし、蓋を開けてみればどうだ。

 ポケモンを育てるのは前提条件で、実際はポケモントレーナーがやっていることは指導者(trainer)ではなく指揮官(commander)だった。

 そんなん知らんもん。

 

 ポケモンを育てるために必要だった技の知識やタイプ相性、特性や道具などについては頑張って覚えた。

 だけど、ポケモンバトルの戦術や指示の出し方、技の有効な使い方なんかは全く無知。

 果てに、ジムチャレンジャーやジムリーダーの中には盤外戦術まで駆使する者までいた。

 わたしも見様見真似でそれらを覚えていき、ジムバッジを八つ揃えた頃にはそれなりに様になっていたと思う。

 それでも付け焼き刃なのは変わりなく。

 ファイナルトーナメントでは厳しい場面が何度もあり、チャンピオンとの戦いでは指揮官として完敗だった。

 敗因はわたし自身の未熟だった。

 

 これではポケモンたちに申し訳が立たない。

 一番の相棒であるミルナは、チャンピオンとのバトル後ホテルで意気消沈していたわたしのことを一生懸命に慰めてくれた。

 他のポケモンたちもわたしを責めるようなことはせず、わたしが立ち直るまで健気に支えてくれた。

 なんていい子たちなのだろうか。

 こんな未熟なわたしに愛想を尽かせるわけでもなく。

 わたしと一緒にいてくれるのだ。

 

 故にこそ、わたしは決意した。次こそは。

 次こそは絶対にあのリザードンに土を付け、無敵のチャンピオンとやらを跪かせてやるのだ。

 一度負けたくらいでガラルチャンピオンになるという夢を諦めるつもりなんて微塵もなかった。

 しかしそれ以上に、今のわたしを突き動かすのはこの子たちに報いたいという感謝だった。

 勝ちたい。勝たせてあげたい。勝ち続けたい。

 そして、あの舞台──あの頂点に一緒に立ちたい。

 わたしの心にあるのはそんな思いばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 ──なのでわたしは、カントーへ飛び立った。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 ポケモンバトルの本場。

 と言うと、どこを指すのかは人それぞれに意見が違うところだろう。

 我らがガラル地方をポケモンバトルの本場として語る人々も多くいる。

 わたしは生まれも育ちもガラルなので、他の地方の詳しい事情は知らないが、ガラルのように年中ポケモンバトルを興業──エンターテイメントとして見ている地方は他にあまりないと聞く。

 その点で言えば、確かにガラルはポケモンバトルの本場であると言えるかもしれない。

 

 ならばポケモンバトルの聖地、となればどこを指すのか。

 それは誰もが口を揃えてカントー、ジョウト地方と答えるだろう。

 もっと言うとカントー地方とジョウト地方の、その境にあるセキエイ高原。

 数多のポケモントレーナーがカントー、ジョウトでそれぞれで八つのジムバッジを集め、最後に辿り着く場所。

 ポケモントレーナーが夢を見る、最上の舞台。

 ポケモントレーナーが夢破れる最果ての舞台。

 それこそがセキエイ高原はポケモンリーグ。

 ポケモンバトルの聖地にしてポケモンリーグ発祥の地。

 ()()ポケモンリーグである。

 

 ダンデに負けたわたしがいずれダンデに勝つ為にと修行の場に選んだのはセキエイ高原だった。

 ポケモンリーグに挑むという意味では無い。わたしはそもそもここのポケモンリーグに興味はあまりないのだ。

 頂点に立ちたいのはあくまでもガラルの、である。

 

 目的があるのはセキエイ高原から入ることができるシロガネ山だ。

 シロガネ山は標高4000mに近く、生息するポケモンも鬼の様に強い過酷な山だ。

 そのあまりにも高い危険性故に一般のトレーナーが立ち入る事は許されておらず、万が一にでも迷い込んでしまっては死者が出てしまう可能性が高いため、ポケモンリーグ委員会に厳しく取り締まられている。

 

 そんなところに修行に行くなんて誰かに言ってしまえば当然止められるため、お父様にはカントーに旅行に行くとしか言っていない。

 お父様の言い付けを今まであまり破ったことも無い身としては大きな罪悪感を感じる。

 それと同時にイケない事をしているというゾクゾクとした不思議な昂揚感もあるのは内緒だ。人はこうやって不良になってしまうのだろうか。

 

 しかし、旅行とはいえたった一人でカントーに行くなんてことをお父様は許してくれず、結果として侍女を一人付けることになった。

 彼女には悪いかもしれないが、途中で上手いこと撒いてシロガネ山に逃げ込むつもりだ。

 心配されると思うけど、書き置きを残しておけば大丈夫だろう。

 

 

 ◇

 

 

「『修行に行ってきます、探さないでください』……と。これでいいでしょう」

 

 侍女──シャリーが眠っている間に書き置きを残し、こっそりと部屋を出る。

 現在の時刻は朝の5時。まだ太陽も上がりきっていない朝早くだ。

 夜中に出て行こうとも思ったが、さすがに賑やかなクチバシティの夜に女子供の一人で出て行くのは憚られた為にこんな時間になった。

 

「おはようミルナ。気持ちのいい朝ね」

 

「ミー」

 

 ホテルから出て早速ミルナをボールから出す。

 ミルナは一声鳴くと、わたしの胸に飛び込んできたので抱えてやる。

 ミルナは甘えっ子で昔からよく抱っこをせがむのだ。かわいいので受け入れている。ミルナはゴーストタイプらしく軽いから負担にもならないしね。

 

「まずは道具を買いに行かないとね、ポケモンセンターは……あぁ、カントーでは道具を売っているのはポケモンセンターではなく、フレンドリィショップだったわね」

 

 フレンドリィショップに訪れると、店内には丁寧に陳列された道具が並び、寝ぼけ眼の女性の店員が迎えてくれた。

 フレンドリィショップはポケモンセンターと同様に、年中無休の二十四時間営業を行なっている。

 わたしのようなポケモントレーナーからしたらありがたい限りだけれど、ご苦労なことだ。

 

「ふあぁ……っ失礼しました。ようこそフレンドリィショップへ! お買い物ですか?」

 

 あくびが漏れてしまい照れたように顔を赤くする店員に苦笑し、買い物をする。

『かいふくのくすり』を200個。げんきのかけらを50個。緊急時のあなぬけのひもを1個とピッピ人形を5個。

 本当はもっと買い込みたかったのだが、これ以上は持ちきれない。セキエイ高原にもフレンドリィショップがあればいいのだけど。

 お金は1000万円しか持ってきていなかったが、この分なら十分そうで安心した。

 

 買い物を終え、フレンドリィショップを出たわたしはいい感じの空き地に来ていた。

 

「来て、アーマーガア!」

 

「クルル」

 

 わたしの投げたゴージャスボールから現れたのは黒く大きな身体を包む強靭な鎧に、立派な翼持った『カラスポケモン』のアーマーガア。

 わたしが三番目に捕まえたポケモンだ。

 わたしの声に応えるように小さく喉を鳴らし、控えるようにわたしのそばに佇む。

 彼はミルナと違ってあまり甘えたりはせず、どっかりとしてわたしを支えてくれるポケモンだ。

 ミルナがアイドルなら、アーマーガアは仕事人といった感じだろうか。

 さすがにミルナほどではないが『個体値』もかなり高い。

 

「アーマーガア、わたしを乗せて飛んで欲しいのだけど、頼めるかしら」

 

 アーマーガアは静かに頷き、わたしが背に乗りやすいように身体を低く屈めた。

 クチバシティからセキエイ高原まではかなりの距離があり、歩いて向かうのでは何日かかるかわからない。

 そのため、アーマーガアに乗って行くことにしたのだ。

 ガラルではポケモンに乗って空を飛ぶということは一般的ではなく、飼いならされたアーマーガアがワゴンを掴んで空を移動するアーマーガアタクシーというものを使用するのが一般的だ。

 当然、わたしのアーマーガアも人を乗せて空を飛ぶ経験なんてないので少し心配だったが、何の気負いもなさそうなアーマーガアのこの様子なら問題はなさそうでホッと胸を撫で下ろした。

 

「それじゃあ、行きましょうか。早く行かないとシャリーにバレてしまうわ。ミルナも危ないから一度ボールに戻って────」

 

「──誰にバレてしまうのですか?」

 

 道具も購入して、アーマーガアの背中に乗って空を飛べそうだと確認してさあ出発──というところで、わたしの背後から底冷えするような冷たい声が聞こえる。

 ギギギっと音が鳴りそうなほどおそるおそる背後に振り向くと、長い黒髪をポニーテールにした二十歳ほどの年齢に見える侍女服を着た綺麗な女性が立っていた。

 彼女はシャリー。カントーにも付いてきたわたしの専属の侍女である。

 

「あ、あらシャリー……えぇと、いい朝ね(Good morning)

 

「えぇ、おはようございます。それで、これは何ですか?」

 

 その手にはわたしが朝書いてホテルの部屋に置いてきたはずの書き置きが握りしめられている。

 声音の割に穏やかに笑みを貼り付けたその表情はかえって恐ろしさを助長させ、「ぐちゃぐちゃに握りしめられたこの書き置きがお前の末路だ」と声無き声を感じさせるほどに──怖かった。

 

「えっと……あの、その──ごめんなさいっ!!」

 

 こういう時は、素直に謝るに限る。

 以前わたしがまだ幼かったときの話だが、就寝前に小腹が空いてしまい厨房に忍びこんで、お菓子を好き放題食べ散らかしたことがあった。

 当時のわたしは、一日に決められた数しか食べさせてくれないクッキーやチョコレートをいくらでも食べられると思って、天国だと思って、遠慮手加減無く食べまくった。

 しかし、不運にもたまたま近くを通りがかったシャリーがちょっとした違和感からわたしの存在に気付き、それはもう怒られた。盛大に怒られた。烈火の如く叱られた。

 わたしがシャリーの言い付け──ついでにお父様の言い付けを絶対遵守するようになったのはこの時からだ。

 端的に言ってトラウマなのだ。

 しかし、わたしは失敗から学ぶかしこい貴族なのだ。

 わたしに非があるときは即謝る。

 これが処世術というものだ。

 

「……まぁ、いいでしょう。お嬢様が色々とお悩みでいられたのは存じています。あのクソ男に勝つための修行、というのはお嬢様にとって大切なことなのですよね。ですが、素直に一言言ってくだされば別に止めたりはしなかったのですが……」

 

 シャリーが困ったように微笑む。

 その表情はさっきまでの貼り付けた笑みとは異なり、心から漏れ出た苦笑のようでホッとする。

 シャリーが怒ったら激烈に怖いのだ。二度とゴメンである。

 ちなみにクソ男とはダンデのことだ。

 わたしがダンデに負けたとき、シャリーは泣いた。ともすればわたし以上に悔しがり、「あのクソ男を殺してやる」なんて言い出すほどにシャリーは荒れた。そのときはお父様と一緒に必死で止めたが。

 わたしがミルナたちに慰められたとはいえ、あっさりと立ち直ったのはある意味ではシャリーのおかげだ。

 人間、どんなに悔しいことや辛いことがあったとしても、それ以上に荒れている人を見ると多少の冷静さを取り戻す生き物だ。

 放っておくと警察のお世話になりそうなシャリーを抑えるのに夢中だったとも言える。

 何はともあれ、シャリーのおかげであった部分は確かにあるので感謝しているし、今となっては笑い話の一つだ。

 

 しかしシャリーの怒りを未然に防ぐことはできたが、これからどうしようか。

 当然ながらこのままシロガネ山に行くなんて無理だ。

 再三言うがシロガネ山は超危険なのだ。そんな場所で修行なんて絶対に許されるはずがない。

 そして、シャリーもまた失敗から学ぶ人間である。

 もう今朝のような脱走をするチャンスは二度と来ないだろう。

 仕方ない。無難にカントーのジムバッジを集めてポケモンリーグに挑戦しようかな。

 修行の強度はかなり下がってしまうが、致し方ないだろう。

 何もしないよりかは良い。

 

「ところでお嬢様。どこに修行に行くつもりだったのですか?」

 

「……ん? あぁ、シロガネや……ま……」

 

 やばい。

 考え事に集中しすぎていたせいでついうっかり口を滑らしてしまった。

 シャリーの表情が、とても綺麗な笑みを作る。

 しかし、その瞳は一切笑っていない。

 

「──お嬢様、お話があります。当然、聞いてくれますね?」

 

「…………はい」

 

 わたしたちの一部始終を見ていたアーマーガアはやれやれと首を振った。

 

 このあとめちゃくちゃおこられた。




ガラルのチャンピオンを目指す話なのに、二話目にしてカントーに飛ぶ暴挙


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