転生者がいっぱい (もぬ)
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俺HOEEEEE!!

 気付けば、部屋の中はうっすらと明るくなっていた。朝が来たのだ。寝不足を感じることなく、上半身を起き上がらせて伸びをする。

 気持ちの良い朝、のはず。しかしなぜだろう、寒気や動悸がじわじわと襲ってくる。

 何かがおかしい。そうだ、いつもは目覚まし時計を止める。

 時計に目をやる。頭が回り始め、現状に対して理解が追いついたとき、つい、反射的に、己の意思でなく、変な叫び声が口をついて出た。

 

「ほええええええっ!!??」

 

 時刻は8時30分。

 遅刻である。

 

――――――――――――――――――

 

 信号待ちをしながら、寝癖のついた茶髪を撫でつける。

 いつも使っている自転車は、自分の成長を見越して買ったもので、乗っていると足が地面に届かない。だから信号を待つときは、こうして降りる。

 移動にインラインスケートを使わないのは、『自分』へのささやかな抵抗だ。

 青になった。遅刻確定の通学路を自転車で進んでいく。新学期早々に怒られる自分を想像したら、汗が出た。

 

「ん?」

 

 いつもの通学路に、少し変わった光景が足されていた。

 背の高い街路樹に、オレよりいくつか年下くらいの男の子がへばりついているのだ。

 

「セミごっこか?」

 

 少し気になって視線を上に向ける。ああ、何をしているのかわかったぞ。上の方の枝に、靴が引っかかっている。少年は片足しか靴を履いていない。

 朝っぱらから靴を遠くまで飛ばす遊びでもしていたんだろう。そのせいで、オレと同じで遅刻ってわけだな。

 ずるずると降りてきた少年は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。声をかけると、こっちを見た途端顔がぱっと明るくなる。

 

「あ! 魔法少女のおねえちゃん」 

「魔法少女と呼ぶな」

「えー? えっと、カードキャプター? のおねえちゃん!」

「ちが……いや……あってるけど……ええい、ちょっとどきなさい」

 

 これくらいの木なら登れる。運動神経には自信があるからな。

 

「よっと」

「テレビみたいに魔法はつかわないの?」

「魔法は、普段は法律で制限されているんだよ」

「ふーん。せちがらいね」

「それに、魔法使わなくてもできることには、簡単に使わないの。ほれ」

「えーー便利なのになー」

 

 木の上から、枝にひっかかっていた靴を放る。少年を下がらせ、さっさと飛び降りた。

 

「かっこいい靴だ。大事にしろよ」

「やーい! おねえちゃんのパンツ白色!」

「なっ」

 

 咄嗟にスカートを押さた。とうに無意味な挙動であったが、反射的にそうなる。野郎……。

 

「クソガキ!」

「へへ、靴ありがとー!」

 

 礼を言いつつ少年は走り去る。手を振ってきたので、振り返してやった。

 まったく、小学生男子っていうのはなんでああなんだ。見られる側の気持ちがわからんようだな。

 

 

 

「こんにちは!」

「あら、こんにちは」

 

 大通りから人気の少ない小道に入ると、おばさんとすれ違った。目が合ったので走りながらで失礼だが挨拶をした。カバンを手に提げていたから、街の方に買い物にでも行くのかな。

 続けて、小さいバイクとすれ違う。ちょっと歩行者側に近すぎやしないか? 危ないな。

 そんなことを思ったときだった。

 

「あっ!? ああ……!」

「むっ」

 

 おばさんの悲鳴を聞いて、自転車を止めて振り向く。何が起きたのかはすぐにわかった。ひったくりだ!

 オレがこの場にいてよかった。犯人にとってはアンラッキー。いまどき悪いことはするもんじゃない。

 田舎だからって好き放題できると思うな……!

 自転車から飛ぶように降り、懐から小さな『鍵』を取り出す。呪文は省略!

 

「『封印解除』!」

 

 鍵だったものが大きさを変え、バトンのような姿になる。これはこの世界にはあるはずのないもの。いわゆる、魔法の杖だ。

 続けて、服に忍ばせてある『カード』のうち、1枚を手に取った。

 

「風よ、縛めの鎖となれ。『(ウインディ)』!」

 

 カードが秘められた力を解き放ち、真の姿を現す。

 美しい女性の姿を見せた『風』は、すぐに自身の形を崩し、その名前の通り疾風となって、走り去る犯人へ殺到した。

 犯人はバイクごと空中に浮き、やがて風の檻に閉じ込められた。うん、バイクをひっくり返したら危険だからな。『風』にならこういう繊細な仕事を任せられる。

 

「おばちゃん、オレのカバンに携帯電話入ってるから、それで警察呼んでください」

「ああ! さくらちゃん! ありがとうねぇ」

「咲です、サ・キ。おまちがいなく」

「あら、ごめんねサキちゃん。本当にありがとう」

 

 やがて警察の方がやってきた。

 魔法を徐々に解除し、犯人に手錠がかけられたのを確認して、杖を鍵に戻す。

 

「やあ君か。ご協力感謝します」

「いえ。あの、能力使用の許可証明書を頂きたいのですが……」

 

 遅刻の正当性も証明できる。ラッキー。

 

「ああ。えーっと……この書類に必要事項を記入してください」

 

 さらさらさらりと。何度も書かされたものなので、素早くすませる。

 国から発行された資格を持つものは、非常事態に限り、異能の力を使うことが許される。犯人にもけがはないはずだから、今回は簡単な手続きで済んだ。

 

「そうだ、これにもサインもらっていい? 娘がファンなんだ」

「へ? サインって……芸能人とかがやるやつ?」

 

 警察のおじさんは、手帳を差し出してそんなことを言った。

 照れるな。まあ身体の元ネタが人気キャラだから、自分の人気とは思わないけど。

 

「木之本咲、と」

 

 おしゃれな自分だけのサインとかないので、学校のテストに書くときくらい普通に名前を書いた。

 

「じゃあオレ、急いでるので!」

「サキちゃん、ありがとう! これからも応援してるからね」

 

 去り際、カバンを取られそうだったおばちゃんにお礼を言われた。

 照れ隠しに、さっと手を振るだけにして、自転車でその場を後にした。

 

 

 

「さて、今年入ってきた生徒はよく聞きなさい。二年目以降のやつらは居眠りでもしていると良い。……知っての通り君たち――俗に言う『転生者』は、この能力制御の時間だけ、各々のクラスから離れてこの教室に集まってもらっている」

 

 遅刻に正当な理由があっても、授業の途中から入っていくのにはまた勇気がいるものである。

 教室の前へたどり着くと、良く知る先生の声が聞こえた。既に1時限目の授業が始まっているのだ。

 引き戸をほんのちょっと開け、隙間から覗く。

 ほんの十数人の生徒を相手に、一人の女性が講義をしていた。

 

「この教室では、力の使い方を教える。

 ――ああ、君らの特殊な能力をバリバリに発揮する方法を教える……という意味じゃない。この現代社会で問題を起こさずやっていけるように、規則やモラルを叩き込んでやるってことだ。

 まあ、放っておいたら力が暴発することもあるから、制御訓練の時間も含まれる。しかしそれ以外は普通の学校とそんなに変わらないし、実技より座学の方が多いよ」

 

 この学校で、転生者や異能者に関わる先生はこの人だけだ。

 美人だが、他の教科の先生に比べてまあ授業が面白くない。たぶん教師が本職じゃないからだろうと勝手に思っている。絶対職員室とかで浮いてるね。

 生徒の様子を見ると、どいつも漫画かアニメでみたことのある連中ばかり。何人かは先生の話を聞き、がっかりしたような顔をしていた。残りの何人かは居眠りをしたり、ぼうっと窓の外を眺めている。あいつらはオレと同じで、去年から続けてこの講義を受けているやつらだ。

 これなら別に遅刻したっていいのでは?

 

「君らの『生まれたて』によくあることだが、自分が選ばれた特別な人間だと思っているような奴は留年する破目になる。前世の記憶があるやつも、意外と高校生くらいからは勉強がわからなくなる。とくに近代史がヤバいらしいぞ。君たちの前世からずいぶん経っているはずだからね。あー、その辺りもこの科目でふれよう」

 

 先生がプリントに目を落とした隙にそっと後ろのドアをあけ、音を立てずに教室へ入る。

 

「とにかく、国によって生活と教育の機会が保障されていることに感謝して、はやく世の中に貢献できる人間になりたまえ。……木之本! 新年度の初っ端からそれとは、さすがだな」

 

 みんなの顔が一斉にこちらを向く。恥ずかしさを飲み込みながら、オレは自分の席についた。

 

 

 

 放課後になった。学業っていうのは本当につまらないし、1日が長くて仕方ない。

 前世がいい歳だった奴らは「若いな」とか「もう1度学生になれるのが嬉しい」とか言う。オレは早く大人になりたいけどな。特に今は、ちょうど『本物』と同じくらいの歳なのが嫌だ。

 

「咲ちゃん、飲み物買ってきたよ」

「ん、ありがと」

 

 屋内訓練場のベンチで休憩していたオレの横に、同じくらいの歳の男の子が座った。受け取ったペットボトルを顔に当てると、火照った身体が落ち着くようだ。

 

「今日はありがとう。僕、前より能力が使えたよ」

「ああ。元ネタに精神を近づけるのが、引き出すコツだ。あとは自分でやれよ」

 

 小竜(シャオロン)は、オレと同じ転生者。付き合いは結構長いが、能力制御を教えてくれと頼んできたのは初めてだ。

 オレはこいつのことは……嫌いではないが、あまり近づきたくない。なんせ木之本桜と李小狼だ。一緒にいると周りの目が鬱陶しいし、オレの気持ちもこいつに――、

 いや。何を考えていた。だからこの身体はよくない。

 

「ええと……シャオ。なんで急にこんなことを? 護身くらいならできるだろ?」

「県の特対課を目指そうと思ってさ」

「え? そうなの?」

 

 特殊事態対策課。オレの第一志望と一緒だ。

 こいつはこっち側には興味ないタイプ……将来、一般の進路を選ぶんだと思っていたが。

 

「なんでまた? いやまあ転生者ならフツーか」

「咲ちゃんの近くにいたいから」

「へ?」

 

 ……な!? なんてこと言うんだこいつ!? たしかに数少ない友達で付き合いは長いし境遇も似てるしまあまあ信頼できて一緒にいるとき油断するとはにゃーんってなるけど……! 転生者とはいえお互いまだ小学生なのに、心と体の準備ってもんが。

 

「ほら、この前もテレビで見たんだけど、君って危なっかしい戦い方するでしょ。誰かがサポートしないとなって」

「あ、そっそういう意味ね! ハイハイ」

 

 あああああもう。またこれだ。能力を使いすぎると元ネタに精神が近づく。やっぱりシャオはオレの、天敵だ。

 気を落ち着けよう。

 

「って、誰が危なっかしいだあ? お前はオレを心配するレベルかってーの」

「だから先生をお願いしたんだよ。咲ちゃんがこの辺りじゃ1番つよいんだから」

「お、おう。まあね。それはそう」

 

 何がおかしいのか、シャオはくすりと笑う。

 少女漫画に出て来そうなツラをするな。ただの転生者のくせに、よくシラフでそんな仕草ができるな。

 そうやって雰囲気をつくられると、はにゃってしまう。マジでやめてほしいね。

 

「咲ちゃん、今日はありがとう」

「……うん」

 

 笑顔と、感謝の言葉をこっちに向けてくる。

 オレはもう一度、貰ったペットボトルを当てて、熱い顔を冷やした。

 

 

 

 耳障りな音。

 うとうとしていたところを強制的に現実に戻される。目覚ましアラームの音じゃない。先生から持たされている通信機が、やかましく着信を知らせていた。

 ぼーっとする頭のまま耳にセットし、通信をオンにする。

 

「何時だと思ってんですか」

『21時だが』

「小学生は寝る時間です」

『ほう? 小学生だという自覚があったのかな』

 

 話しているうちに頭が回ってくる。

 先生がこの通信機に連絡してくるときは、大抵面倒な用事があるときだ。

 部屋のテレビをつけてみると、いつもこの時間にやっているであろう番組を小さく押しやり、画面の大半が緊急の避難呼びかけで埋まっている。

 災害が起きたのだ。

 

『市内でかなり強力な反応が検知されてね。Aランク以上の人材が必要だ。地元警察では対応しきれない。この地域で条件に合う嘱託登録者は君だけ』

「なんで? 市役所の人とか、県庁のエースは?」

『前者はよそで研修中、後者より君の方が現着が早い』

「スーパーロボット系のやつが近くの基地に配備されたって聞きましたけど」

『遠征中だ。太平洋の真ん中で怪獣でも相手にしてるんじゃないか』

「わたし怪獣じゃないもん!! ……ハッ!?」

『いちいち反応するな、君のことじゃない』

 

 まだねぼけているらしい頭を振り、布団から出る。

 不満を口から垂れ流していると、先生に一蹴された。

 

『これが君の選んだ仕事だ。おこづかいと、就職の点数稼ぎだと思って頑張りなさい』

「それはそうですけど……わかりました、ちょっと行ってきます」

 

 めんどくさ。確かに特対の嘱託職員としてたまに働いてはいるが、平日のこの時間帯はキツイ。転生者って身体が子どもだとしてもあんまり法律で守られてないよね。県は、というか先生は、年々人使いが荒くなっている気がする。

 転生者・異能者の少ない田舎はどうもこういうことが多いらしい。

 

『エリア3-2-2だ。急げ』

「3丁目の2の2番地っと……」

 

 なにがエリアだ、かっこよく言うんじゃないよ。この人、転生者でもないのにちょっとアニメキャラっぽい言動なの、正直ひく。

 携帯端末のアプリケーションで検索し、現場に見当をつける。

 

『報告によると、転生者や異能者の類である可能性は低い。おそらく“トレース”の方だ』

「遠慮なくブッ飛ばしていいってわけだ」

『そうだな、フルパフォーマンスでやるといい』

 

 軽口を叩きながら、外に出る準備をする。とりあえず顔をバシャっと水で洗って、寝巻の上から厚手のジャケットを羽織った。

 鏡を見ると、寝癖がすでにビョンビョンとひどいが……髪をセットする時間はない。人命にかかわるかもしれないし。

 部屋を飛び出すと、緊急事態にも関わらず寮のみんなは落ち着いていて、テーブルゲームなんぞしている連中もいた。まったく、たまにはお前らが出ろよ。もっと訓練しやがれ。

 気持ちのこもっていない声援を受けながら、寮を出る。

 まだ寒さの残る季節、空はさぞ震えると思うと嫌になる。仕方なく気分を無理やり盛り上げ、寝巻の首元をごそごそと探った。

 

「てっ! てけててけててけてて~ん。てっ! てけててけててけてて~ん」

 

 小さな鍵を取り出す。どこからともなく暖かい風が吹き、オレの身にまとわりついた。

 

『木之本。その、どうかしたのか? 何を口走っている?』

「え? BGMですけど。フルパフォーマンスでやれっていったでしょ」

『BGM? 騒音ではなく?』

「……?」

 

 まさかこのオレが音痴だと言いたいのか。そんははずはないだろう。ある声優さんに似た美声だけはけっこう気に入っている。

 ともかく。ひとつ咳払いし、気を取り直して集中力を高めていく。目を閉じ、意識を向けるのは己の内側だ。

 

「闇の力を秘めし『鍵』よ。真の姿を我の前に示せ」

 

 鍵を手に取り、呪文を口にする。『身体』に聞いた、力を最大限発揮するためのプロセス。

 

「契約のもと、咲が命じる」

 

 スイッチを切り替えるようにして、異常を自分の内から呼び起こす。

 

「『封印解除(レリーズ)』!!」

 

 乱回転を始めた鍵はぐんぐんと長さを伸ばし、やがて一振りの杖になる。

 手に取ったそれを、癖でくるくると回転させながら、一枚のカードを取り出す。宙に投げたそれに、杖の先を叩きつける。

 

「『(フライ)』!」

 

 杖の頭にあった天使の羽根のような飾りが巨大化し、鳥の翼のようになる。オレは魔法使いが箒に乗るように、杖にまたがって大地を蹴った。

 

 

 

 風を切って空を飛ぶことは気持ちがよくて好きだが、この時期の夜となると不快さが勝る。

 

『トレースの反応はひとつ。大きさは人間の大男くらい。やはりここいらでは君が適任だろう』

「むしろそれなら、他に勝てる人はいるのでは?」

 

 この国で今、『トレース』と呼ばれているもの。それはこの星に元からいた異能者や、宇宙人といったものではなく、正体はオレ達転生者とほぼ同じ存在だという。その力、外見は、創作物に登場する架空のキャラクターと似ているのだ。

 転生者との違いは、意思があるか無いか。生物らしい意思が確認できない彼らは現象とでも呼ぶべき存在であるとされ、この国では自然災害のひとつに分類される。日本という国は昔から天災が多かったらしいが、それもここに極まれりって感じだ。よその国には転生者とか、あまりいないらしい。

 

『報告が入った。対象の外観は、ちょうど朝の特撮番組に出てくる怪人のような姿らしい』

 

 それを聞いて、少し気が引き締まる。

 

「仮面ライダーじゃないだろうな。パンチ力何トンの世界ですよ? 死にます」

『例によって、そんな設定上の数字は飾りだ。君たち同士の戦いでは機能しない』

「……まあ、そうだといいけど」

 

 トレースも転生者も、基本的には元ネタほど強くない。しかし油断できるはずもない、奇跡的な幸運で手にした第2の人生を、小学生のまま終えるなんてごめんだ。戦うからには全力でやってやる。

 寒空の下、田舎町の景色を飛び越え、目的地に向かって進む。

 やがて、自分がそこにたどり着いたことがわかる。

 白いパトカーが何台も出張って、一人を……いや、人の形をした黒い影を取り囲み、道を塞いでいるのが見えた。

 やや低空へ移動し、耳を傾けると、かすかに人々の声がした。

 

「ええい、うちにもレイバーとかウィルウェアとかあればな」

「こんな田舎にああいう兵器は下りてこないですよ」

「レイバー? ウィル……? ってなんですか?」

「何!? 知らんのか、パトレイバー!?」

「アクティヴレイドめっちゃおもしろいのに!?」

「自分、何世紀も前の作品とかあんまり見ないんで……」

 

 朝にも会った顔見知りのおじさんが、部下に向かって何やら声を荒げていた。警察の方々も苦労しているらしい。

 

「我が言葉を人々に届けよ。『(ヴォイス)』」

 

 パトカーの上に降り立ち、魔法を使う。杖をスタンドマイクのようにして言葉を紡ぐと、拡声器のような機能を発揮した。

 

「「あー。あー。こちら嘱託登録異能者です。警察の皆さん、いつもありがとう。あとはお任せください」」

「おお……咲ちゃんだ」

「パジャマもかわいい」

「助かった」

「「なるべく距離をとってください。この中で処理します」」

 

 まるで闘技場か何かのように、パトカーで囲まれた交差点の真ん中に、今回の標的が立っている。

 オレはみんなを下がらせ、リングの中に降り立った。

 

「「おおい、聞こえますかそこの人。聞こえたら右手を上げてくださーい」」

《………》

「よし、トレースだ。殴ろう」

 

 警戒しつつ相手を観察する。先生が事前に知らせた通り、相手は虫か何かが人間の姿になったような外見をしている。おおよそ、日曜日の朝にやってたヤツの、どっちかの怪人だろう。

 大人しく突っ立っているようだが、いつ暴れ出すか分からない。そしてもちろん、攻撃すれば意思がなくとも反撃してくる。大抵の攻撃は魔力ではじき返せるが、気を抜けば女子小学生並の防御力しかないオレには不安だ。

 さて。

 様子見で牽制から入る戦法でいくか、初手必殺技でさっさとやっつけてしまうか。これが創作の世界なら、後者は負けフラグだが……。

 まあ、眠いし、これ以上夜更かししたくない。

 上着のポケットから、3枚のカードを取り出す。

 

「『(パワー)』、『(ファイト)』……『(タイム)』」

 

 まとめて杖で叩くと、見える景色が黄昏色になる。自分の呼吸以外の音は聞こえない。この止まった時の中を動けるのは自分と、自分が触れたものだけだ。

 内からみなぎってくる力に身を任せ、トレースを正面から適当に蹴とばす。

 おっと。遠くへ吹き飛びそうになったので、瞬時に足を掴みコンクリートに叩きつける。どこを殴るかしばし考え、とりあえず首の辺りに馬乗りになって拳を固めた。

 

「おりゃ。ほりゃ、ふんふん」

 

 人型なんだから多分顔面が急所だろ。がんがん殴り続ける。

 ちょっと硬いな。少し力を入れる。丁寧にやらないと地面がひび割れて修繕費が発生してしまうのだが、最初に叩きつけたときにけっこう壊れてしまっていた。ううん、後で怒られるかな。

 

《……!? ガアアアッ!?》

 

 しこたま打ちのめされた怪人が、苦し気にわめく。事前に設定していたタイムの効果が終了し、時が動き出したのだ。

 立ち上がり、両手をぱちぱちと合わせて埃をはらう。

 一連の殴打で大ダメージを負わせることに成功したらしく、トレースは立つことも出来ず痙攣していた。

 しかしまだ息があるな。消し去るにはもう少しダメージを与えなければならない。

 

「ん~」

 

 懐からいくつかカードを取り出し、眺める。

 1枚取り出し、杖を振るった。

 

「ええと、我の眼前に立ちはだかる者を、あー、とにかく消し炭にしてください。『(サンダー)』」

 

 夜の町を、雷光が白く染める。

 気持ちよく眠れそうなくらいまで魔力を消費し、術を解いた。

 カードさんへの指示通り、ボロボロの消し炭になってしまったトレースは、やがて細かいちりになって消えていった。

 よし、仕事終わり。そんなに強くないやつでよかったな。

 

 蘇りや新たなトレースの発生をしばらく警戒したあと、杖を下げる。

 警察の人たちに終わったことを報告して、帰り支度を始めた。

 

「咲ちゃん、おつかれさま」

「あ、おつとめご苦労様です……ふあ」

 

 顔見知りのおじさんに敬礼をした途端、あくびが出る。

 ……しまった。さすがに失礼すぎる。

 

「後処理は私たちや後からくる職員に任せて、君は帰りなさい。いつもありがとう」

「いえ、その、はい。また呼んでください」

「ああ。おやすみなさい」

 

 通信で先生にも一応確認をとり、お言葉に甘えて帰ることにする。

 あくびをこらえながら杖で飛び、来た空を戻っていった。

 

 

「ただいま……っと」

 

 寮の玄関にたどり着くと、誰かがオレを待っていた。

 シャオだ。……むう、厄介な奴に待ち伏せされたな。能力を盛大に使ったときは、少し内面が元ネタに近づきすぎる。そういうときに一番会いたくないのがこいつなのに。

 

「何してるの? こんな外で」

「トレース出現の警報が出てて、咲ちゃんが部屋にいなかったから」

 

 おかえり、と声をかけられた。

 ただいまと返して、二人で中へ入る。

 そのまま部屋へ戻ろうとすると、シャオに呼び止められた。

 

「咲ちゃん、そこ座って。手当てするから」

「い、いいって。ケガなんかしてないよ、余裕勝ちだったもん」

「ウソ。咲ちゃん脳筋だから――やっぱりね」

 

 ポケットに入れていた手を引きずり出される。

 トレースを殴ったときの力が、魔力の守りより強すぎたようで、少し手が擦れてしまっていた。

 

「もう、ちゃんとグローブ持っていって。前も言ったじゃないか」

「……ごめん」

「じっとして。まったく、やっぱり無茶するんだから」

 

 椅子に座らされ、手に包帯を巻かれる。

 シャオの手はあたたかくて、普通なら落ち着くはずなんだけど、それを感じているとどうにかなりそうだ。

 こいつ。オレを弄んでるんじゃないだろうな。

 能力をあれだけ使った後に、こ、こんなに近くに寄られたら、心臓がバクバクしてるのがばれる!

 

「はいおしまい、お疲れさまでした。……おやすみ、咲ちゃん」

「あ……」

 

 ねぎらいの言葉をかけ、シャオは立ち上がる。

 部屋へ戻ろうとする彼を、思わず呼び止めた。

 

「あ、シャオ……わた……いや、オレ……」

「なに?」

「……お、おやすみ!」

 

 絶対わかってる、あいつ。オレの気持ち。性格悪いぞ。

 自分の部屋に飛び込み、ふうと息を吐く。怪人相手より、あいつ相手にした方が100倍苦戦するし、疲れる。

 汗を拭いて、服を着替えて、布団に舞い戻る。ようやく今日が終わるのだ。

 

「………」

 

 巻いてもらった包帯にそっと触れる。

 たかがかすり傷、包帯でぐるぐる巻きにするほどのものでもない。だけど、こいつを意識すると、なんだか頭がぐるぐるして眠れなかった。

 魔法を使って疲労してるはずなのに。あいつのせいだ。

 

 

 

 朝だ。

 どうやらあの後、オレは眠れたらしい。

 上半身を起こしてごしごしと目をこすり、しばしぼうっとして、頭が起きるのを待つ。

 しばらくして。

 なぜだろう。寒気や動悸がじわじわと襲ってくる。じっとりと嫌な汗が背中を伝う。

 何かがおかしい。そうだ、いつもは目覚まし時計を止める。

 時計に目をやる。現状に対して理解が追いついたとき、つい、反射的に、己の意思でなく、変な叫び声が口をついて出た。

 

「ほええええええっ!!??」

 

 時刻は9時10分。

 遅刻である。

 

 

 



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Fate/決して間違いなんかじゃnight

 突然だが。

 私は、運命の人が現れるのを待っている。

 

 運命の人とは、言葉通りの意味だ。赤い糸で結ばれた二人、生まれた時からいずれ一緒になるように定められた相手。

 何を今時乙女チックなうわごとを口にするのか、と思われるだろうが、違うのだ。

 これは根拠のある理屈なのです。

 

 転生者同士で結ばれる例があるのをご存知だろうか。

 彼らは多かれ少なかれ、趣味や嗜好がその身体に依ってしまう性質がある。そこでだ、元の作品では恋人同士であるキャラクターの転生者同士が出会えば、どうなるか?

 それはもう、くっつく。7割くっつく。そういうものである。

 これを私は運命の人メソッドと呼んでいる。

 

 さて、この私はもちろん転生者だ。

 しかも、元となったキャラクターはある作品のメインヒロイン。メイン・ヒロインである。確実に結ばれるべき相手がいるのだ。

 私の名は――、

 

「……アルトリア。おい、いないのか? アルトリア・ペンペンドラゴン」

「あ、はい! 元気です!」

「出席とってるときくらい先生の話聞けよー」

 

 私の名はアルトリア。あるゲーム作品の登場人物の容姿と能力を持った、転生者だ。

 エロシーンもある。

 この世界に誕生してすぐ、自分があのセイバーだと知ったとき、私は思った。

 

 あっ、絶対シロウと結婚しよう。

 

 転生者の多い学校へ入学した主な理由もそれだ。シロウの転生者と出会うためである。

 何? リン? サクラ? 知らん。彼女たちはサブヒロインだ。

 セイバーとしての能力を磨きつつ、いずれ来るその日を待っている。

 故意に恋する14歳。それがこの私、アルトリア・ペンペンドラゴンだ。

 

「こ、この反応は――!!」

 

 ……来た。

 来た来た来た来た来た――! ついにこの日が来たのだ!!

 

「うわっ! アルトリアのアホ毛が立った!」

「怖っ! せんせー!」

 

 感じる。

 私の頭頂部でビンビンに屹立したマスター感知センサーが、はるか彼方にその存在を知らせている。

 今、この瞬間。

 この国のどこかに、衛宮士郎の力をもつ転生者がいるのだ。

 そう、私の運命《fate》が―!

 

「先生! 早退しますね!」

「まだ今日の授業始まってもいないのに……?」

 

 こうしてはいられない。今すぐに会いに行きたい。

 返事を聞くのももどかしく、私は教室の窓を開け、外へ向かって飛び降りた。

 三階からのダイブであるが、これくらいは平気である。いつシロウに来いセイバー!されても良いように訓練済みだ。

 人間離れした敏捷ステータスを発揮し、私は心のおもむくままに駆けだ――そうとして、止まる。

 シロウの反応は決して近所ではない。捜索範囲は広くなるだろう。移動手段が必要だな。

 直感に身を任せ、学園の駐輪場へと向かう。

 

「ほええ……今日も遅刻……」

 

 所在なさげに背をすくめて歩いているのは、この学園では有名人の少女だ。

 この田舎学区ではまぎれもなくエース級、上から数えた方が早い実力を持つ能力者であり、たまに活躍してはしょぼい話題しかないローカルニュースを盛り上げている。

 

 まあ、そんなことはどうでもいいのです。

 注目すべきは、彼女が脇に引いている、自転車だ。

 小学生が使うにしては大きめのサイズであり、寿命がもてば高校生まで使えるであろう上等なママチャリ。

 幸運Aの導きに違いない。

 

「そこの人! 自転車借りますね!」

「はっ? な、なに!?」

「ブリテン民の物は私の物!」

「意味が分からない!? あっこら!」

 

 動揺している間に自転車を奪い、もとい、貸してもらう。

 

「どうか安心してほしい。私の騎乗スキルはB……あなたのマシンは音を置き去りにし、新たな次元へと足を踏み入れることになる」

「そんなことしたら壊れるだろ……」

 

 ええい、面倒な。

 私は膝をついて少女の手を取り、ブリテンキングオーラを全開にして話しかけた。

 

「レディ。あなたの力が必要なのです。どうか私に、美しいあなたの慈悲を」

「レ、レディ? えへへ、そんな」

「よっこいしょ」

 

 照れて顔をほころばせているうちにさっさとチャリに跨る。

 外面を取り繕っているようだが、やはり内面は絵に描いたような優良健康女児だ。扱いやすい。

 

「……誰がレディだ! オレは――」

「今からお前の名前はドゥン・スタリオン二世だ……いくぞ、友よ!」

「あ! ま、待て! それを持って行かれたら、うちにはローラーブレードしか……ローラーブレードしかっ……!」

 

 この支配からの卒業。

 少女の叫びをはるか後方に置き去りにし、人馬一体、私はジェット機。

 あまり使ったことのない魔力放出スキルをも遺憾なく発揮し、フルスロットルでその場を後にする。

 このまま私の鞘の元へと一直線、納刀、結婚、子供は二人欲しい。

 県境をぶち抜く一条の閃光。それが剣の英霊である。

 

「くっ……」

 

 走り始めてから数時間。

 機体が悲鳴を上げているのが分かった。

 荷物を入れたりする前のカゴとかがギッシラギッシラと良くない音を発している。

 これ以上のスピードには、耐えられない――。

 

「いいや! お前の力はこんなものじゃない! うおお……!」

 

 武装の魔術。

 戦闘時、魔力で鎧を編む要領で、ドゥン・スタリオン二世に魔術を施す。

 各箇所を鎧で補強し、痩躯のママチャリは頑健なモンスターマシンへと姿を変える。そのままさらにペダルを回し、私達は白銀の流星と化す。

 魔力装甲チャリであった。

 

「あれっ?」

 

 しかしその時、異音と共に、ペダルを踏み込む足が、強制的に止められた。滑らかに回るはずのペダルが回らない、嫌な感触。

 この感触、そう、チェーンが……

 

「あっヤバ」

 

 スピードがついていたのもあって安全には止まれず、バランスを崩し、自転車からアスファルトの地面へと投げ出される。

 

「ウワアアア痛ったあああああ!!! チェーンが外れたあああああ!!!!」

 

 思いっきりコケ、私はマジの重傷を負った。

 

「アヴァロン!」

 

 治った。

 

―――――――――――――――――――

 

 いくら武装したところで、元がママチャリなのでチェーンは外れるらしい。

 チェーンをかけ直した後は、痛いのは嫌なので、常識的な速度でいくことにした。

 直感の導きに従い、街を越え、山を越え、県境を越える。

 そうして全く知らない町に着いた。

 だが――目的地は、ここだ。私の毛がここを指している。

 

「……ここだ。間違いない」

 

 この先に、いる。

 自転車を路肩に停め、我慢できず己の脚で走り出す。私は感極まり、思わず彼の名を口にしようとした。

 

「シロ……」

「シロオオオオオオ!!!」

「我が鞘はここかああああ!!!!」

「ここに私の伴侶となる方がいるのですね……!」

「ぬっ、ここはどこだ? 奏者は?」

「私のアルトリウム・センサーがここを指して……む?」

 

 えっ。

 

「「「えっ」」」

 

 こ、これは……!? 

 どうしたことだろうか。どこを見ても同じ顔。顔、顔……!

 

「うわああああ!! セイバー亜種がこんなに! こんなに!!!」

 

 青いキャップを被ったジャージのアルトリアが、頭を押さえて地面をゴロゴロと転がっている。お前も亜種だろ。

 顔を突き合わせた私達は、次第に状況を理解していく。すなわち、日本中のアルトリアが、この辺りで誕生した衛宮士郎の転生者を感知し、一斉に駆けつけたのだ。

 

「アルトリア・ペンペンドラゴンです」

「オルタ・アルトリウスだ」

「リリィ・セイバーといいます」

「ランサー・A・イングランド」

「謎野エックスです」

「ひっく……ぐすっ……奏者、奏者はおらんのか……」

 

 自己紹介した順に、私、黒いファッションで色白の人、笑顔が可愛らしく幼い印象の人、めちゃくちゃ巨乳の人、キャップにジャージの不審な人、あと何しに来たのかわからない赤いファッションの子だ。

 印象は皆異なるが、顔が同じだった。自分そっくりの怪物・ドッペルゲンガーに会うと人は死ぬと言うが、今私は5回死んだ。でも平気~、アヴァロンがあるから。

 しかしセイバーは原作にただ一人のはず。これは一体どういうことだろう。

 困惑を隠せずにいると、オルタさんがフォローしてくれた。

 

「なるほど……fateのソシャゲのせいだな」

「fateにソシャゲ!? そんなものが……」

「なるほど、別キャラ扱いのアルトリアとして転生した子がこれだけいたのですね」

「ぐうう……巨乳美女になれて我が世の春だと思っていたのに!」

「セイバー顔がこんなに。ここ地獄ですか?」

「余、帰ろうかな」

 

 右からも左からも正面からも自分の喉からも川澄の声がして頭がおかしくなりそうだ。丹下がいなければ発狂していたかもしれない。

 全員、内心そう思っていたようで、間違えてやって来てしまったらしい赤い人が帰ろうとするのをみんなでそれとなく食い止めた。

 

 ……さて。

 このようなハプニングには遭ったが、我々の目的は同じだ。

 この通りの先、閑静な住宅街の一軒家に、シロウの転生者がいるはずなのだ。

 私達は彼を見極めねばならない。そしてあわよくばイチャイチャし、幸せなセッッをしなければならない。運命(さだめ)である。

 ライバルがたくさん現れてしまったのは想定外だが、最後にこの元祖アルトリアたる王の隣に士郎がおればよい。だいじょうぶ、自分との闘いとか、タイプムーンにはよくあることだから。

 私達は互いにもみくちゃになりながら目的の家へ進んでいく。

 ……しかし。突然の警告音が、夜の住宅街を切り裂いた。

 

「トレースか? チッ、こんなときに……」

 

 どこからか避難警報が放送されている。住民を家から出して避難所へ誘導するという内容は、Aランクの異能者が出張るレベルの災害だ。

 

「この中に、Aランクの人は?」

「いや……私はBだ」

「わたしはまだDです」

「普通の巨乳OLです」

「うーん、だめそう」

 

 困ったな。Aランクがいれば事態を収拾できるし、指示を出してくれればある程度動けるのだが。

 

「!」

 

 異様な気配を感じ、誰からともなく先を急ぐ。

 近づいてくるのは、腐臭。あってはいけない邪悪さ。

 通りを出ると河原にたどりつく。それなりに大きな一本の川のうちに、巨大なナニカが出現していた。

 腐った肉の塊。都会の建物ほどの大きさはある。

 

「あれはまさか……海魔!?」

「異能者が来るまで待っていたら、爆発するかもしれんぞ」

 

 海魔……それはfateの派生作品に登場した、めちゃくちゃ気持ち悪い怪物である。タコとヒトデとナマコの嫌~なところだけ融合させたみたいな生き物だ。

 巨大な邪悪の塊は触手をうねらせ、この町へ害をなそうと力を蓄えている。

 大きすぎる。こんなもの、本当のアルトリアじゃなきゃ……。

 

「………」

 

 なぜ実力も備えていない私達がこの現場へ来てしまったのか。

 後ろを振り返り、みんなを見る。

 覚悟を決めたまなざし。きっと自分も、そんな顔をしているのだろう。

 そうだ。この町には、守るべき人々が、そしてシロウに似た誰かがいる。

 戦う理由はある。戦わない理由は、ない。

 

「ハァッ!」

 

 自分の中の異常を高め、現実の世界に呼び出す。私の身体は青いドレスと銀の鎧を纏う。手には風に覆われた不可視の剣が出現した。

 他の子たちも戦う姿に変化している。私一人ではAランクに及ばないまでも、みんながいれば……。

 それに今日は何故か能力の調子がいい。これまでにないほどに、アルトリアになりきれる気がする。

 

「みんな……宝具を使おう」

 

 今の自分なら、できる。

 手の中の剣を握り締め、私は彼女たちをみた。

 頷きを返される。みんなもきっと、それができると確信しているのだ。

 

「だがあれを消し飛ばすほどの攻撃となると、町に被害が出るぞ。本末転倒だ」

「何か町を守る壁みたいなものが欲しいですね」

「原作ではどうしてたっけ……」

「なんかほら、船か何かを壁にしたり、イスカンダルの結界?とか使ってた気がする」

「固有結界に似て非なる大魔術なら、余、使えるけどなー」

「ん?」

 

 丹下の声がして、みんなが一斉に彼女を見る。

 

「え? 何?」

「……みんな、集まれ! ディシジョンスタート!」

 

 オルタさんが号令をかけ、みんなで円陣を組んでごにょごにょとミーティングが始まった。円卓会議である。

 オルタさんが提唱する作戦はこうだ。

 固有結界……に似て非なる大魔術? 意味分からんけど、それを赤い人が発動して、海魔を町から隔離する。

 そうした周りに被害が及ばない戦場の内部でなら、存分に宝具でとっちめることが出来る。という寸法だ。

 

「えー。でもあれ疲れるし、奏者いないし、余あんまり関係ないし……」

 

 どうも乗り気じゃない様子の赤い人を見た我々は目配せをし、彼女を取り囲んだ。

 

「そこをなんとか!」

「皇帝の力が必要なんすよ!」

「皇帝の姐さん!」

「巨乳!!」

「アルトリアより可愛いかもしれない! 多分」

「歌うますぎ!!」

「「「ネーロ! ネーロ! ネーロ!」」」

「うむ……うむ! もっと褒めよ!!」

 

 徐々にドヤ顔へと移行した少女をワイワイと胴上げしながら、海魔の近くまで連れてくる。

 気持ちよくなり、赤いドレスに身を包んだ彼女は、どこからか取り出した赤いバラを放り投げた。

 

「開け! 黄金の劇場よ!!」

 

 世界が一変する。

 河原に居たはずの私達はいつの間にか、広大で豪奢なつくりの『劇場』の中にいた。

 

「これが……固有結界……」

「固有結界に似て非なる大魔術ですよ」

「ええい、どうでもいいでしょう」

「どうでもいいものか! ファンはうるさいぞ!!」

「余の力を貸せるのはここまでだ! 後はなんとかせよ!」

 

 美しい劇場に似つかわしくない、巨大な肉の塊を見据える。

 強い確信を持って、私は両手で不可視の剣を握った。

 風が吹きすさび、手の中に黄金の光が現れる。

 この状態を呼び出せたのは初めてのことだ。それは赤い人の劇場にも見劣りしない、一点の曇りもない輝き。まだ会ってもいないシロウを想う気持ちに、私の中のセイバーが力を貸してくれている。

 剣を上段に振りかぶる。みんなと呼吸を合わせるように、私は彼女の力の真名を口ずさんだ。

 

約束された(エクス)――」

最果てにて(ロンゴ)――」

勝利すべき(カリ)――」

約束された(エクスカリバー)――」

「あっ、私はパスで」

 

 力のすべてを、この刹那にて解き放つ!

 シロウに届けこの想い!

 

「「■■■■■――――!!!」」

 

 全員宝具の名前が違うので、最後の声はみんななんて言ってるかわからなかった。

 

 

 その後。

 今夜は町も混乱しているだろうということで、泣く泣くシロウにあうことを断念し、私達はとなりの市の、一人暮らしのOLであるランサーさんの自宅へとみんなで押しかけた。

 シロウんちの近くの街とかずるいでしょ。私も引っ越さねば。

 

「狭っ……」

「汚っ……」

「独身女の部屋とはかくも地獄じみたものなのか」

「う、うるさい! 前世では綺麗だったんだ! これはこの身体のせいだっ!! お前らも成長したらこうなるんだぞ!!」

 

 寝床はアルトリアギュウギュウ詰め地獄と化した。

 やれやれ、1抜けしてはやくシロウの家に転がり込もう。

 そう企みつつも、私は彼女たちに奇妙な友情を感じていた。

 

「では皆さん、今夜はシロウの魅力を語り明かしましょうか」

「いいですね!」

「フン、私はさほどやつに興味はないが、き、聞いてやろうじゃないか」

「奏者の魅力も語ってよい?」

「私のベッドが……」

「ランサーさん、このカップ麺食べていいです?」

 

 これからの日々が少し、楽しみだ。

 

 

 



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男の子だってプリキュアになれるもん!

「こ、これだ……!」

 

 部屋でゴロゴロしながら携帯端末をいじり、市内でのアルバイトの求人を眺めていると、ひとつの企業に目が止まる。オレは思わず身体を起こした。

 主な業務は、日曜日朝に悪者をやっつけること。土曜に訓練など。

 求める人材は……変身系異能があり、戦闘経験豊富な方。若い女性が望ましい。

 いまどき非常に厳しい条件だが、これがなんとほぼ自分に当てはまる。

 また、拘束時間の少なさに対して破格の給与額だ。加えて労災・雇用保険アリ。

 

「天職だ……」

 

 選ばれし者にでもなったような心持ちでエントリーシートを引っ張りだす。期待に胸を膨らませ、いつになく気合の入った履歴書を仕上げていった。

 

 そして今日は土曜。

 例の企業で面接のある日だ。

 学生の身分であるオレはリクルートスーツなど持っておらず、アルバイトの面接には制服で行くのが常だが、必ず普段着で来いとの注釈があった。

 

「ぬーん……」

 

 鏡にうつる自分の姿を眺める。

 大方の転生者の例に漏れず、見てくれはかなりの美少女だ。青みがかった長い髪は艷があり、女性的な魅力を演出している。少し表情を意識すると、その眼や顔立ちには気品と強さが備わっているように見える。視線を下にずらすと、中学生としては均整の取れた美しいプロポーションがあった。

 この身体の元の持ち主である『青木れいか』ちゃんは、非常に高スペックな女子だと断言できる。

 しかしその中身がオレとあっては、宝の持ち腐れも甚だしい。本来の彼女は清楚で品行方正そのもの、育ちの良さが滲み出たふるまいをする少女のはずだが、目の前のこいつはどうだろう。

 同じ顔ではあるものの、部屋での格好は適当に買ったジャージ。学校指定のやつとはローテーションだ。長い髪はアップでひとつにまとめた適当ポニテ。これはまあどんな髪型でも可愛いので、可愛い。

 暗がりで漫画やらゲームやら楽しむのが好きで本来のこの子より目が悪くなり、野暮ったい眼鏡をかけている。この辺が元のれいかちゃんに一番申し訳ないポイントである。

 さて。普段着で来い、というのならば、オレはいつもこのまま近所のスーパーまで出たりするのだが、さすがに面接とあってはダメだろう。

 よそいきの服を求めタンスの中を漁る。せいぜいTシャツとパーカーとかしか出てこないのだが、その奥底に、自宅ファッションショー用に購入していた、このキャラデザに似合いそうな淡いブルー基調のワンピースファッションを発掘することに成功した。

 これだ、これしかない。派手すぎず落ち着いた印象をあたえ、顔の良さを引き立て、同い年の少女より一段大人びた雰囲気を演出する。しょせんコーディネートの何たるかを知らない男が選んだものだが、顔が良ければセンスがあれでもセーフなのだ。 

 着替えて、鏡の前で一回転する。裾がふわりと広がる感覚に酔いしれる。目にはコンタクトレンズを入れ、髪は下ろす。

 面接官に悪印象を与えない笑顔を少し練習し、自分の(というかれいかちゃんの)可愛さに満足して鼻を鳴らしたのち、会場へと向かった。

 

 

「おお……」

 

 その企業は、思っていたよりちゃんとしたビルに入っていた。

 緊張しながらエントランスを横切り、前世の自分と同じような世代の大人たちとすれ違いながら、エレベーターを見つけて試験会場を探す。

 アルバイト面接はこちら、という道案内に沿ってある一室の扉を開けると、そこには、今の自分と同世代くらいの少女たちがいた。

 先にそこにいた4人の少女と目が合う。

 

「あれ?」

 

 思わず声が漏れ、少し恥ずかしく思った。

 集まった5人はみな、どこかで見たことがある気がしたのだ。おそらく転生者なのだろうが……どこで見たのかな。

 まさかとは思うが、この子たち、全員オレと同じアニメシリーズの……?

 いかん、いつまでも入り口で突っ立っているのも恥ずかしい。部屋に並べられた椅子の空いているところに座る。ここは面接受験者の控室のようで、面接官の腰掛けるテーブルなどはない。

 開始時間までにはまだ余裕がある。少し受け答えの反芻でもしておくべきだが……

 チラチラと他の子たちに目が行く。どの子もオレに劣らず可愛い容姿の娘ばかり。部屋が美少女の良い匂いで満たされているような感じがしてなんだか集中できない。

 ……あっ。

 こっそり周りを見ていたのはオレだけではないようで、ひとりと目が合う。大人びた顔立ちの中に少し勝ち気な印象を受ける目が印象的で、姿勢は綺麗ですらっとしていた。モデルさんか何かをやってらっしゃる? とすら思わせる。

 しばしまじまじと見つめあう形になり、思わず照れてしまうと、向こうも照れたような笑顔で会釈してきた。やばいな……絶対モテるでしょ。めちゃくちゃかわいい。

 面接に受かったら、あの子と一緒に働けたりするのだろうか。モチベーション上がる。

 

「ではこれより面接試験を行います。隣の部屋が会場となっていますので、名前を呼ばれた方は、そちらのドアからお入りください」

 

 しばらくして、いよいよ試験の始まりが告げられた。早まる動悸をおさえつけ、自分の順番を待つ。

 

「蒼乃美奈さん」

「はい」

 

 目のあったあの子が立ち上がった。感じていた印象の通り、モデル染みた背の高さとプロポーションだ。それでいてやせ過ぎず健康的な体つきをしている。青を基調としたファッションは可愛さと格好良さの両方を演出しており、センスの差を感じさせた。

 思わず見惚れ、歩みを目で追っていると、またしても視線があってしまった。彼女は微笑んでオレに目配せをし、面接会場のドアを開けるのだった。

 はわわ。あの子オレに気があるんじゃないかな。

 

 面接が終わった。アルバイト生としては、おおむねあたりさわりない受け答えが出来たと思う。普通ならそれができればこの容姿で採用される自信があるのだが……、

 周りを見渡す。受験生控室で待つように言われた我々5人は、全員めっちゃかわいい。あとなんか、たまたまだと思うけど、落ち着いた雰囲気で清楚なタイプの女の子ばかりだ。これでは外見のアドバンテージはない。これを勝ち抜くためのオレだけの長所といえば、面接でアピールしたケンカの腕っぷし……もとい、戦闘経験だろうか。こんな可愛い少女らがバチバチに戦えるとは思えないし。

 しかし面接を終えて即、全員集めて合否発表とは変わった形式だ。自分を含めたこの中の誰かが落ちてしまうのを見るのは忍びないのだが。

 

 試験前以上に緊張して座っていると、ついに試験官だった男性が姿を現した。

 オレ達の前へとやってきて、手元のレジュメを我々の顔と見比べながら、口を開く。

 少しの説明を聞き、ついに合格が発表されることに。緊張で身じろぎすると、着慣れないワンピースが肌とこすれるのがわかった。鋭敏になった感覚が、試験官の言葉をしっかりと捉えようとする。

 

「全員……合格です。これから私達と一緒に、この会社で頑張っていきましょう」

 

 少し間をおいてから、面接会場が華やかな声で包まれる。

 オレは思わず、となりの席に座っていた蒼乃ちゃんと、向かい合って手を取り合った。

 たかだかアルバイトの面接。しかし緊張からの解放感もあってか、年相応の少女のようにはしゃいで喜んでしまう。しかし今だけは、ここにいるみんなも同じ気持ちだろう。

 

「……ところで。これから共に働く者として、円滑な人間関係の構築のために、どうしても最初に言っておきたいことがあります」

 

 試験官の男性が、ひとつ勿体ぶった言い方をした。

 オレ達は聞く姿勢を整えられず、手を取り合ったり、あるいは感極まって会ったばかりの子と抱き合う姿勢のまま、その言葉を聞いた。

 

「君たち、全員……元男性の転生者です」

 

 

 

 

 

 

 

 

真!ハードパンチャー プリキュア 

  第1話 男の子だってプリキュアになれるもん!

 

 

 

 

 全員合格という喜ばしい結果になったはずの面接会場は、何やら重苦しい雰囲気に包まれていた。

 理由は……どうしてだろうね。皆まで言いたくない。

 オレと同じように青い顔で沈んでいるそこの蒼乃さんという子は、オレが前世で淡い初恋をした人に似ている。高飛車そうな目鼻立ち、どこか大人びた美しい容姿は好みのドンピシャである。

 しかし、中の人は男。

 他の3人を見る。そこで茫然としている水無月さんという子は、ともすれば気合を入れたオレ以上に清純で落ち着いた雰囲気を纏っており、クールな魅力を醸し出している。あそこで真っ赤な顔をして震えている薬師寺ちゃんという子は、さっきまで天使のような笑顔を振りまいていて、それでいてどこか母性や知性が見え隠れする、幼さと女性らしさの同居した少女だ。そのとなりで床にうずくまって絶望している菱川ちゃんという少女もまた、清楚さと快活さとをバランスよく兼ね備えた魅力的な女の子である。

 しかし、中の人は男。

 

「………あ……っす」

「……あっ、スゥーッ、どうも……」

 

 蒼乃さんと再び目が合うが、お互い気まずい感じで視線を逸らした。

 

「さて。皆さんは間違いなく合格なのですが、面接では後回しにしていた確認事項がありましてね。よろしければ今、一斉にやってほしいことがあるのですが」

 

 爆弾を投下した人は涼しい顔で、淡々と自分の仕事を進める。これ以上何をさせようというのだろう。急に疲れたからもう帰りたいのだが。

 

「みなさん、自分の能力で『変身』するところを見せてくれませんか? この部屋のつくりは頑丈なので、変身に伴って周りを殺傷するようなことがなければ、演出自体は派手にやってくれてかまいませんよ」

「変身~?」

「今ぁ……?」

 

 やる気のなさそうな少女たちの声がこだまする。お世話になる企業の人を相手に大変失礼な態度であるが、行き場のない残念な気持ちがいま、オレ達の中に渦巻いているのであった。

 しかしこうなるとこのままではよろしくない。テンションがあまりに低いと能力の発動に支障をきたすこともあるからな。この中にもそういうタイプの異能者がいるかもしれない。

 

「まあまあ。元気を出して。これから好待遇の労働環境があなた方を待っているのです。このビジネスが軌道に乗れば正社員登用ということも十分ありえますよ」

 

 それを察してか、面接官さんがオレ達に発破をかける。

 そうだ。オレは元々なんのためにここへ来たというのか。ここで週二回のびのびと働かせてもらうためだ。

 彼の言葉にのろう。無理やり気分を盛り上げ、精神を整える。

 

「よろしいでしょうか。では、そちらの青木さんから、順番にお願いします」

「はいっ」

 

 隣の蒼乃さんと十分に距離を取り、オレは呼吸を整えた。

 

「こおおお……!」

 

 脚をがに股に開き、腰を下ろして魂を燃やす。

 肌身離さず持っているスマイルパクト……女性がお化粧するときに使うアレと酷似した変身アイテムを取り出す。小さな青いキュアデコルを台座にセットすると、『Ready?』と問いかけられる。オレは裂帛の気合をもって吠えた。

 

「プリキュアッッッ!!! スマイルチャージッッッ!!!!」

『GOGO!!! Let’s go BEAUTYYYYYYY』

 

 パクトに吐息を吹きかける。周囲の空間に凍てつく波動が充満し、気温が下がる。どこからともなく軽快なBGMが聞こえてきた。仕様だ。

 光に包まれたオレの身体は、足先から新たな衣服を纏い始める。全身を青いフリフリの衣装に着替え終わったとき、長い髪が光り輝き、透き通るような綺麗な青へと色を変えた。

 最後にスマイルパクトで両の頬を殴打し、己に喝を入れる。力がみなぎり、心のうちから力があふれてくる。

 最後にポーズを取り、叫んだ。仕様だ。

 

「しんしんと降り積もる清き心……キュアビューティ!」

 

 ふう、と一息つく。面接官の人が笑顔で拍手していた。

 やがて後のみんなも追従し、部屋の中が何度も光輝いて、ちっかちっかと目に痛くなる。面接官さんはいつの間にか遮光グラスをかけていた。

 

「ブルーのハートは希望のしるし! つみたてフレッシュ、キュアベリー!!」

「みんなを癒やす! 知恵のプリキュア、キュアアンジュ!」

「英知の光っ! キュアダイヤモンド!」

「知性の青き泉! キュアアクア!」

 

 全員が変身を終える。驚くべきことに、全員が同じアニメシリーズの転生者だった。

 蒼乃さんがキュアベリー、薬師寺ちゃんがキュアアンジュ、菱川ちゃんがキュアダイヤモンド、水無月さんがキュアアクアである。

 いや、待ってほしい、それ以上におかしな点がある。

 

「青系統しかいない……」

 

 なぜ。他にも色、いっぱいあるのに。

 

「いえいえ、すばらしいですみなさん。本格始動が楽しみですね」

 

 プリキュア姿のまま席につき、今後の予定を確認する。薬師寺ちゃん……キュアアンジュさんの髪がめっちゃもっさりして暑そうだと思ったが、オレを含めて涼しくなれる系の異能持ちが多いようで、面接官の人などはむしろ寒そうにしていた。

 しばらくして、解散になる。あるものは変身を解除してそそくさと立ち去り、あるものはこちらを一瞥して悲しそうな顔をしたあと、窓を開けて5階から飛び降りていった。なにそれ。

 オレは少し蒼乃さんと話しながら帰ることにした。聞いたところ前世で死んだときの年齢が近いようで、共通の話題が多い。友人になれそうだ。

 

 

 

 あれから何回か訓練を積み、民間の異能者チームとして本格的に始動するための準備期間を終えたオレたちは、そこそこ仲良くなることができていた。

 いわゆるTS転生者にある悩みを共有できる貴重な仲間であり、同じアニメシリーズの力を受け継いだことの奇妙な連帯感がある。一緒に働いていくのに不都合はない。

 薬師寺ちゃん……いや、薬師寺の姐御などは、いずれみんなで飲み会をしたいなどと天使のような顔でガハハと笑っていた。成人したら行きましょう。それまでつながりが切れないといいな……とすでに思ってしまうほど、オレ達が打ち解けるのは早かった。

 

 土曜の勤務日。全員で、新しくこの会社につくられた特殊災害対応課の一室に集まる。

 いよいよ我々が出動する時が来たのだろうか。

 課長――中年の男性だ――がホワイトボードの前に立ち、おもむろに話し始める。

 

「みんな。いよいよ初仕事のときだ」

 

 この国では、悪事を働く異能者や突然現れるトレースなどの特殊災害に対抗する、人々の平和を守る異能者たちが存在する。彼らの多くは国家公務員や地方公務員だが、近年ではそのヒーロー性に目を付けた民間企業にも、その人手がわたりつつあった。

 オレ達を雇ってくれたこの会社でも、今回からこの分野に手を出すことに決まったらしい。

 ちなみに、経緯はわからないのだが、メンバーは面接をしてくれたあの人と、この課長の二人だけである。

 何も聞くまい。オレは花の学生生活を豊富な小遣いで楽しめればそれでいい。

 

「公務員たちでも手を焼いているA級の犯罪者が、この近辺に潜伏しているという情報が入ってね」

 

 課長がホワイトボードに1枚の写真を貼る。写っているのは、そこそこ整った顔立ちをした黒髪の青年だった。

 つまり、この平凡そうな男性が、今回のターゲットというわけだ。

 

「彼は街中で破壊活動を行う危険な男だ。銀行強盗などにも手を染めている。今回、近くの襲われそうなところや民間のお金持ちなんかに営業をかけて、護衛や捕獲の依頼を受けることに成功した」

 

 課長が自慢げに営業努力を話す。5人で黄色い声を出して褒めると、課長は顔をほころばせた。

 続けて、対象の情報を確認する。

 

「やつの肉体はゴムとガム両方の性質を持つらしい。それだけ聞くと弱そうだが、物理攻撃にはめっぽう強いという。

 転生者の子として生まれた、いわゆる2世異能者だ。知っての通り、彼らのように力を自分のものとして授かり鍛え上げてきた連中は、安定性や経験値では君たち転生者に勝りうる。非常に困難な相手だ」

 

 少したじろぐ。話を聞いた限り、オレ達のランクでは正直難しそうだ。

 

「しかし君たちならば。君たち5人の絆を重ねれば、負けはないと信じている。ああいう輩こそ捕まえたときのポイントはでかい。これは君たちの名をあげるチャンスだ。ビジネスではあるが、正義の心でもって、やつの悪事を止めてくれたまえ」

「課長……」

「君たちの手には、市民たちの平和と、私の昇進がかかっている。しっかりたのむよ」

「課長……!」

 

 みんなと顔を見合わせる。ひとりで戦うんじゃない。みんながいれば立ち向かえる。そのためのチームだ。

 標的の写真を見る。きっと負けないようにと、気を引き締めた。

 

 日曜日。

 おあつらえ向きに、時間は朝。

 まだ誰も出勤していない銀行を襲撃した異能者を捕まえよ、という指令が下る。オレ達は最速で現場につくことに成功した。

 警察に囲まれ、抵抗の意思を見せる青年がそこにいた。例のやつだ。

 

「こんなことやめて真面目に働けー!」

「田舎の両親が泣いているぞー」

「うるせええ!!!」

 

 朝早くから出動させられてしんどそうな警察官たちのあおりが地雷を踏んだのか、青年は怒りをむき出しにしてきた。

 

「俺は……こんな身体に生まれたくなかった! こんな人生には……! ゴム人間のクソ親父が行きずりの女相手に、ちゃんと避妊してりゃ……」

 

 本人なりに苦労があるのだろう。しかし、それで人に害をなしてしまっては、オレ達異能者は怪物と同じだ。

 タイミングを見計らい、5人で青年の前に飛び出す。

 

「そこまでよ!」

「この街での悪事は絶対に許さない!」

「おお、この子たちが例の……」

「がんばれー」

 

 事前に訓練したとおり、マスコミのカメラを意識して言動をつくる。

 本当は話し合いで済めばいいのだが……こんな演出だと、彼の立ち位置は完全に悪役になってしまう。すこし心苦しい気持ちになり、手を出すのはためらわれた。

 しかしこちらも仕事だし、彼はもう犯罪に手を染めた後だ。やるしかあるまい。

 

「みんな! 変身を!」

 

 スマイルパクトを取り出す。

 青い光がそこからあふれ……、

 

「え? うわあっ!」

 

 何かが伸びてきて、オレの顔をしたたかに打った。

 頬に痛みが走り、思わず顔をおさえてうずくまる。

 

「何が変身だ。長いんだよ。隙だらけだ」

「………」

 

 憮然とした表情で言う。言っていることはたしかに、その通りだ。

 ……ああ。しかし。

 やってはいけないことを、あいつはした。

 

「お前さんよお……変身の途中で攻撃したらいかんっちゅう、不文律を知らんのか?」

「姐御、落ち着いてくれ! 素が出てる!」

 

 じわじわと怒りの表情を見せ始める薬師寺の姐御を見かねて、背の高い蒼乃さんが後ろから抑える。

 それが逆効果だったのか、彼女は顔を真っ赤にして暴れるのだった。

 

「離せええ!! お前のおっぱいが背中に当たっとるわああ!!!」

 

 にわかに現場の温度があがりだす。

 オレは、やつに殴られた頬の痛みを反芻する。

 

「青木さん、どうする? ケンカを売られたのはアンタだ」

 

 菱川が膝をつき、オレの顔を覗き込んできた。彼女のその瞳の内に、隠せない闘志が燃えているのがわかった。

 足に力を入れて立ち上がり、周りを見渡すと、みんなはオレの言葉を待っていた。同じ気持ちを分け合ってくれているのがわかる。オレのこの痛みは、きっと彼女たちも感じているのだ。

 あいつは無碍にした。何を?

 ……美少女の変身中に攻撃してはならないという、ただひとつのルールをだ……!

 

「みんな……! オレは今からなりふり構わずやる。お約束を守らないやつが、そして女の子の顔に傷をつける奴がどうなるのか……教えてやろう」

「よく言った青木。みんなァァァッ!! 変身じゃあああああ!!!」

 

 爆音とともに天から、あるいは地から吹き出した青い輝きが、オレたちを包む。

 わずかコンマ以下の短い時間で、5人全員の戦闘準備が完了した。

 バンクスキップである。一刻を争うような緊急事態に備えてオレたちが身につけた、新たな能力だ。

 敵が身構える。ここからが戦いだ、などと思っているのだろうか。

 ちがうね。今から始まるのは、ルールを侵したものへの処分である。

 

「かあああっ……プリキュア! 大海嘯

「う、うおあ……!!」

 

 アクア姉さんが知性の欠片もない技を繰り出した。津波のごとき勢いで放出された水がヤツをのみこむ。

 オレたちもまた追従し、それぞれの力を振り絞る。

 

「プリキュアーッ! 瞬間冷凍波ーーッ!!」

「プリキュアダイヤモンド拳骨」

「ずおりゃーーっ!!」

 

 濡れた敵に凍える吹雪を当て、動きを鈍らせる。すかさずダイヤモンドの拳が顔面に炸裂し、ベリーの長い脚から放たれた蹴撃がやつを弾き飛ばす。

 

「が、がはっ……!」 

 

 必殺技の連打をくらい、敵が膝をついた。アンジュの姐御が大股でにじり寄る。

 

「死にさらせ!」

 

 そしてその頭を鈍器で殴った。あの人の持つ魔法のステッキ、アンジュハープによる凶器攻撃だ。本当は相手を傷つけるための道具ではないのだが……。

 頭をおさえてうずくまるゴムのやつ。そのまま全員で取り囲んでタコ殴りにする。身体を庇う仕草を見るに、どうやら痛みは多少感じるらしい。

物理攻撃に強いとの事前情報なので、遠慮はしない。

 そのままそいつが「ごめんなさい」と口にするまで、オレたちは一人をよってたかって袋叩きにしたのだった。

 

 

 

「う、ううーむ」

 

 職場の休憩所で、テレビで放送されている自分たちの“活躍”を見て唸る。ちょっとやりすぎたかもしれん。

 しかし街の人々からは、意外と応援の声が多いようだ。それを聞いてやや安心する。この商売、イメージが大事なのだそうだが。

 課長はファン層のターゲットに想定していた女児たちにウケなかったのを、たいそう嘆いていた。人気に合わせて自社製品の広告塔にするという予定だったそう。

 この業界の話だが、例えば地方で活躍しているとある魔法少女の方が女児への広告塔として人気だったりするらしい。あっちの戦闘スタイルもオレらとそんなに変わらないと思うんだけどな……。

 テレビを見ながら菓子をボリボリ口にしていると、横から菱川に話しかけられる。蒼乃さんも一緒だ。

 

「青木さーん、訓練終わったら蒼乃さんと服買いに行こうぜ。あんたセンスないから」

「なんだとぉ?」

「ちゃんと内面から女子になりきらんと俺達売れねーぞ」

「そうそう」

「ああもう、わかったよ」

 

 他愛ない会話をする。近頃は懐にも余裕ができて生活が充実しているが、支出も増えてきて微妙に本末転倒な気もしている。まあ、楽しいからいいか。

 

「みんな! 集まってくれ! 次の依頼があったらしい」

 

 水無月姉さんが大声で休憩所に駆け込んできた。みんなで顔を見合わせ、会議室へ急ぐ。

 ――オレのアルバイトは、悪をくじき人々を助けること。

 有給あり。賞与あり。労災雇用保険加入済み。勤務日は原則週に2回。

 この街の日曜日の平和は、主にオレ達が守るっ!

 

 

 

 

 

~次回予告~

 

「ぎょえええ!!??」

 

 バイト組のみんなで集まり、市営プールに遊びに行ったオレ達。ひとしきり互いの水着姿に鼻血を流してから脱衣所に戻ると、薬師寺の姐御の下着が何者かに盗まれていた……!

 

「おんどれ……犯人は私刑(リンチ)じゃああああ!!!」

 

次回

ハードパンチャープリキュアネオ超能力ロボ

 

  第26話

 

 お楽しみに!

 

 



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