騎士王の影武者 (sabu)
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栄光の伝説
第1話 選定の誓い


 

 

 

 季節は4月。

 冬がもたらした寒冷による爪痕をようやく乗り越え、暖かい日差しと体を包みこんでくれるような柔らかな温もりによって、鮮やかな花が咲き乱れる事になる、春の始まり。

 

 そんな季節の中に、なだらかな平野を進む人影があった。

 

 燦々と照らす太陽の光を跳ね返す、磨きあげられた数十に及ぶ白銀の鎧の集団。その鎧達にはただ一つも汚れはない。ただ小さな傷だけはいたる所にあった。それを恥じいる騎士はこの場にはいない。

 騎士になりたての若者とは違い、鎧についた一つ一つの傷が自身が打ち立ててきた勝利と、誇りの証明なのだと認識しているからだ。

 

 

 それはそんな白銀の鎧の集団達の先頭に居る、数名の騎士——円卓の騎士達も例外ではない。

 

 

 深緑の上質な服の上に純銀の鎧を身に纏い、鎧と同じく輝く銀の髪。翡翠色の瞳。そして男性と女性の二つの容姿を混同させた、端正な美少年——ベディヴィエール卿

 

 騎士剣の他に弓を扱うからか、周りの騎士よりやや軽装の黒と白の鎧を身に付け、その上から純白のマントを身に纏った、薔薇の様に艶やかな髪の青年——トリスタン卿

 

 紫の整えられた短髪に女性受けするであろう甘いマスク。他の騎士よりも頭抜けた気配を滾らせ、剛健な紫の重鎧を過不足なく身につけている騎士。

 まだ正式には円卓の騎士とはなっていないが、既に他の騎士とは断絶した強さを誇り、後に円卓最強の騎士と謳われる事となる——ランスロット卿

 

 

 そして三の円卓の騎士、と数十の騎士に、幾つかの戦馬を随伴させて平野を進む一人の騎士がいる。

 

 

 戦闘用に無駄な装飾や飾りを取り除いた古風な蒼のドレスに身を包み、その上に胸甲や腕甲の銀色の甲冑を装着していた。長い戦の中でも一つも輝きを損わない、星の光を束ねたが如き金の髪。か弱さや儚さとは無縁の、強い意志を見る者に感じさせる碧眼。

 ただそこに存在するだけで、周囲の空気を引き締める凄烈なる王気(オーラ)を持ちながら、同時に清らかな水の様な清々しさを矛盾なく合わせたカリスマを持つ者。

 

 

 "彼女"の名前はアーサー王。幼名をアルトリア。

 

 

 ウーサー・ペンドラゴンの嫡子にして、来たるべき卑王ヴォーティガーンとの決戦や、北方に棲むピクト人、海を越えてくるサクソン人との戦いを制し、ブリテンの統一の為"理想の王"になるべくして生まれ堕ちた、竜の心臓をもつ赤き竜の化身である。

 

 

 これが一つの平野を越え、今目の前に広がる森の中にひっそりと佇む、村里に訪れようとしている数十の集団の正体であった。

 

 

 一人一人が皆誇り高き騎士であり、優れた戦士だ。

 もし彼らが戦いに出れば輝かしい栄光を手にする事だろう。

 数の差を物ともせず、数百の軍勢を倒し、騎士にとって最高の名誉を得るだろう精鋭達に他ならない。

 

 しかも精鋭の中の精鋭。王に最も近いとされる騎士、円卓の騎士が実質三人に、そして騎士王アーサーが直接この集団を率いているのだ。勝利が約束された集団と言ってもいい。

 これで皆の士気が低い筈がないだろう。本来なら……

 

 

 ——だが現実は違い、彼らは失意の底にいた。

 

 

 数十の騎士からは感じられる覇気は一切なく、ただ足下を這う暗い泥の様な諦観が心を覆っている。一部の騎士はまるで絞首台に登る囚人の様に目に光はなくうなだれていた。

 木が生い茂る森に入り、太陽の光がまばらになったせいか、より彼らの心を暗くしている。

 

 ここに、今現在不在にしているアーサー王に代わり、戦の準備と兵の指揮をしている、太陽の騎士——ガウェイン卿がいたとしても晴らせないほどに騎士達の心は暗い。

 

 

 

「……何故こんな事をしなければ…………」

 

 

 

 集団の後方にいる騎士の一人が思わず口を溢すがそれを咎める者はなく、周囲の騎士も言葉にはしていないがその言葉に同調しているようだった。

 そしてそれは集団の前方にいる、三人の騎士と騎士王にも届いた。

 

 森から聴こえる風や木々が擦れる音はあれど数十の集団は、誰も彼もが愉快に談笑などしている訳がない。

 ただ集団が発せられる音は、鎧の音と歩行音だけで、鎮まり返っているからだ。

 

 ただ三人の騎士は何も言わない。

 彼らは今から行う行為が必要なのだと理解はしているが、完全に納得できる訳ではない。

 

 ——これは正しい行いなのか?

 ——これ以外に何か方法はないのか?

 

 そう思わずにはやっていられなかった。

 

 

 

「明日勝つ為の措置だ……みな堪えて欲しい……」

 

 

 

 この状況に見兼ねたアーサー王がそう告げるが、効果は今一つであった。

 むしろより今から自らがやらなければならない行いを深く認識してしまい、多くの騎士が顔を歪ませる。

 今からやる行いは騎士にとって余分な犠牲を許容するものであり、不名誉な事である。そうしなければより多くの犠牲者が出るのだと理解しながら受け入れられる騎士は誰一人いなかった。

 

 

 

 

 

  なぜなら

 

 

 

 

               ——今から行うのは村を干上がらせる事なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリテン島は動乱の中にあった。

 ことの発端はブリテン島の外、大陸にあり世界に手を伸ばす、強大なローマ帝国と異民族との戦争から始まる。

 元々ブリテン島は、ブリタニア州と呼ばれるローマ帝国の最北端の州である。

 

 その起源は、紀元前一世紀当時のローマ皇帝であり、皇帝(シーザー)の由来となった、

 "ガイウス・ユリウス・カエサル"。

 

 一世紀ブリタニアの勝利の女王、

 "ブーディカ"。

 

 そして、その勝利の女王ブーディカが敗北を喫した当時のローマ皇帝、

 "薔薇の皇帝ネロ"などにまで遡る。

 

 

 そして五世紀後半、ローマ帝国の統治に影が差す事となる。

 

 

 サクソン人——と呼ばれる前のゲルマン人が東から勢力を広げ、ガリア地域——現在で言うフランス、ドイツ、スペイン周辺の広大な土地を一時的に支配する事に成功したのだ。

 ローマ帝国とブリテン島を繋ぐ橋であったガリア地域をゲルマン人に支配された為、ローマ帝国の庇護下にあったブリテンは力を衰えさせる事になった。

 これを受けたローマ帝国は、国からガリア地域に向け軍隊を派遣。

 更にブリテン島に自治を行えと宣言を出し、ブリテン島に駐屯させていた軍隊を引き上げさせ、ゲルマン人によって支配されたガリア地域奪還に軍隊を向ける事にした。

 

 

 事実上、ローマ帝国がブリテンを切り捨てたのである。

 

 

 これによりブリテン島は完全に帝国の庇護を失い、更にローマ帝国との戦争から逃げてきた、サクソン人、と名を変えたゲルマン人が海を渡り、ブリテン島に侵略に来たのだった。

 ブリテン島は民族の大移動という巨大な歴史的事象の災厄に襲われる事となった。

 

 

 だがブリテン島は何の抵抗をせず、簡単に侵略される訳ではなかった。

 

 

 帝国の加護を失いはしたが、ブリテン島は元々多くの部族と諸侯、その王達によって治められていた国である。

 部族間同士の争いは絶えなかったが島の北に棲むピクト人や、大陸と違い未だ神秘を数多く残した土地には、容易に人を喰らう魔獣のこともあり、部族達は協力しあっていた。

 

 

 しかし部族の王の一人がこの結束に罅を入れた。

 

 

 その王の名は卑王ヴォーティガーン。神秘の残されたブリテン島の中でも強力な超常の力を有する白き竜の化身である。

 彼は海を越える異民族を利用し、己の野望、ブリテン統一を果たす為名乗りを上げたのだった。

 

 ヴォーティガーンはサクソン人を利用し——ブリテンを暗黒時代へと突入させた。

 ローマ帝国が統治していた頃に作られたブリテン島守りの要、城塞都市ロンディニウムを滅ぼし、自らの居城にしてしまった。

 ピクト人は北から攻めて来る。海を渡って来たサクソン人は土地を占領する。国にまとまりは無くなった。

 

 数えきれない暴力が島を駆け抜けた。

 多くの人々が虫の様に命を落としていった。

 多くの村が、土地ごと燃えた。

 多くの畑が完膚なきまで破壊された。

 

 

 国土は荒れ果て、島から血が流れない日はこうして消える事になった。もしヴォーティガーンを倒す事が出来なければ遠くない未来、島は滅びる事になると誰もが思った。

 

 

 それはブリテンの部族中で、もっとも偉大とされた王"ウーサー・ペンドラゴン"もその一人だった。そして自分ではヴォーティガーンには勝利することができないとも確信した。

 ウーサーはブリテン島の王にのみ、そして選ばれた者のみが持つ神秘、超常の力を持つ超人である。

 しかしそれでも彼は"人間離れ“した者であり、竜の血を飲み込み人間である事を辞め、更にウーサーと同じ、もしくはそれを上回る超常の力を持つヴォーティガーンには敵わないだろうと悟った。

 

 

 

 ——それ故、彼は"人間離れ"ではなく“人間ではない"モノを用意すると決断した。

 

 

 

 この決断にウーサーの補佐として仕えていた魔術師——花の魔術師"マーリン"は、諸手を挙げて賛成した。狂乱と言ってもいい。其れは傍から見たら新しい玩具を得た子供の様であった。

 

 こうしてウーサー王の血、マーリンが用意した竜の血、それを合わせる女の血。

 それらによって卑王ヴォーティガーンに対する切り札を彼らは作り出した。混沌とするブリテン島を統一する為に作られた、人の鋳型によって誕生した竜の化身。

 ただの呼吸によって莫大な魔力を精製する、竜の心臓を核とする人型。

 

 その行為に悪気はない。悪意も無い。親としての——子供に対する愛情もなかった。

 王として国を統治する為。次代の王の基盤をより強固にする為だけの行為にして、ブリテンを生かす為だけの行いだった。

 

 

 こうして——アーサー王は誕生した。

 

 

 だが今度は新たに二つの問題が出来た。

 一つ目はアーサーが女性であった事。

 

 

 ——多くの部族、領土、騎士を述べる王は男でなければならない——

 

 

 その為彼女は男として育てられる事になった。

 ウーサーは信頼できる自身の部下の一人——騎士"エクター"に子供を預けた、彼女の正体を知る者は、エクターとその息子の、後に円卓の騎士となる——ケイ。

 そして魔術師マーリン、最後にウーサーのもう一人の"人間"の娘、モルガンだけとなった。

 

 そしてもう二つ目の問題。それはウーサー王、最初の娘。

 モルガンが生涯をかけて復讐する妖妃と化した事。

 

 アーサーと同じ、偉大とされたウーサーの子供でありながら、自分には引き継がれ、アーサーには引き継がれなかったブリテン本来の王が持つ超常の力を持ちながら——父からの期待を、王としての期待を全て受け継いだ妹を憎む、魔女と化した。

 

 

 しかし彼女ではアーサーには敵わない。

 

 

 ブリテン本来の王が持つ超常の力はブリテン島を一つの肉体とするもの。

 島を流れる竜脈から魔力を吸い上げ自身の肉体に変換する強力な呪術である。

 しかしそれと同じ力を持つヴォーティガーンを倒す為に作られたアーサー王に、モルガンでは敵わない。

 

 それ故に将来、モルガンはアーサー王に対し時には刺客を送り、時には罠に嵌め、時には自らの正体を隠しアーサー王に復讐し続ける事になる。

 しかし、それが真に成功する事は一度もなかった。

 

 

 

 そしてウーサーは、アーサー王が生まれてから五年後、ブリテン島の時間とアーサーが成長するまでの時間を稼ぐ為に、ヴォーティガーンとの決戦に挑み——その姿を世界から永遠に消した。

 

 こうしてヴォーティガーンは最も偉大とされたウーサーを倒し、実質的にブリテン島を支配することに成功した。

 ヴォーティガーンはサクソン人に土地を与え、彼らに休息を与える事で異民族の進行は一時的に沈静化はしたが、まだ多くの部族とその王は反抗を続けていた。

 ウーサー王が亡くなった事で人々の希望が潰えるかと思われた時、花の魔術師マーリンはこう予言する。

 

 

 

「王はまだ消えた訳では無い。ウーサー王は、次の後継者を探している。

 その人こそ次代の王。赤き竜の化身。

 新たな王が現れた時こそ騎士達は集結し、卑王ヴォーティガーン。白き竜の化身は敗れ去る。その証はいずれ現れるだろう」

 

 

 

 人々はマーリンの予言に新たな希望を見出し、ヴォーティガーンはその王の後継者を凶暴に探し続けた。

 しかしヴォーティガーンにも、人々にも王の証は見つけられずに、十年の月日が流れた。

 そしてその日に、何の前触れも無くマーリンはまた人々に預言を告げる。

 

 

 

「この岩に突き刺さった剣は、勝利を約束する聖剣であり、血より確かな王の証である。ただ力ある者、ブリテンを救えるものだけが剣に認められ、この剣を引き抜くことができるだろう」

 

 

 

 昨日の今日でヴォーティガーンはこの動きに対応できなかった。

 

 ブリテンの復興を望み、救おうとする騎士。

 王の座を得て大成しようとする騎士。

 王の選定を見る為、集まる民達。

 

 岩に刺さった剣がある広場に、人々が集まり続けた。

 岩に突き刺さった剣を抜こうと剣の柄に真剣な面持で試み——びくともせず、そして落胆していく人々と騎士。

 

 

 

「聖剣よ! 我を選びたまえ! ……ぐっっ!! ……〜〜ふっぅぅ!! ……」

 

「あんなに立派な騎士でも引き抜けないなんて………」

 

 

 

 諦めずに何度も挑戦する者。

 何かの間違いだと言う者。

 岩ごと持ち上げられそうな者。

 

 しかし誰も選定の剣を引き抜けず、微かに動くことすらなかった。

 預言を出した筈のマーリンは選定の広場に現れず、落胆は一気に人々に広がっていく。

 

 

 ——この国に王足り得る証を持つ者はいないのか。

 ——ブリテンに未来はないのか。

 ——マーリンの予言は嘘だと言うのか。

 

 

 騎士達は新たに王を選ぶ方法を模索する。単純に騎士としての技量を測り、最も優れている騎士がウーサー王の後を継げばいい、と。

 こうして人々と騎士は王を選ばなかった剣を無視し、新たな方法で王を選定する事とした。

 彼らは新たな王を選ぶ為、騎馬戦を行う会場を近くの農園に作った。

 

 選定の広場には誰もいない。

 辺りは静まり返り、多くの人で賑わっていた広場には寂しく風が吹くのみ。岩に刺さっている剣は初めから、なかったかの様に打ち捨てられている。

 

 ——その広場に近づく一つの人影があった。

 着ている衣服はどこにでもある麻布で出来た"男物"のシャツとズボン。髪を後ろに縛っている。中性的な、しかし村中で一番の男性らしさと女性らしさを持った美貌。

 

 

 そして—— "か弱さや儚さとは無縁の、強い意志を見る者に感じさせる碧眼"

 

 

 十五になるまでは華奢な体つきで誤魔化せて来たが、この先はもう通用しないだろう。そんな人影が広場に一つ。アルトリウスと言う名と偽って、男として育てられてきた、アーサー王その人であった。

 

 彼女は岩に突き刺さった剣の柄に手をかける——瞬間、カチンと岩と剣が擦れる様な音が響いた。剣の柄は驚くほど手に馴染む。まるで生涯扱って来た愛剣の様だった。自らが持て余していた力が剣と同調し、剣に吸い込まれていく。

 ただ持っているだけで身が軽くなった様に感じる。

 

 後は手を引くだけで剣は抜ける。そう確信し、息を吸う。その時——

 

 

 

「——それを手に取る前にきちんと考えた方がいい」

 

「驚きました、夢の外で出会うのは初めてですね……マーリン」

 

 

 

 いつの間にか見た事のない魔術師が、後ろに立っていた。

 いや正確には違う。現実では出会った事がないというだけで、彼女はこの十五年の間、夢の中で魔術師マーリンから王の教えを受けていたのだ。

 

 

 

「悪い事は言わないから止めた方がいい。それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるよ。

 ……それだけじゃない。手にすればあらゆる人間に恨まれ、惨たらしい死を迎えるだろう」

 

 

 

 まるで教え子を導く様に、優しく子供に語り継ぐ様に、彼はアーサーに語り掛ける。

 

 

 

「——いいえ」

 

「……いいのかい?」

 

 

 

 けれど、それが彼女に最後の決意を促した。

 彼女は金の髪を風に揺らしながら、振り向かずに頷く。

 

 

 この時彼女には恐れがあった。

 

 

 決して剣を引き抜いた事による、自分の結末に対する恐れではない。

 自分よりもふさわしい王が、その王が自分よりもブリテンを平和にする事ができるのではないか……という恐怖が。しかしそんな人物は今はいない。あと数十年はきっと現れないだろう。

 それまでの間、誰かがこの役割を引き継がなければならない。それまでの間、誰が人々を守る?

 

 

 人々の生活を見ているだけで力が湧いてくる。

 人々が幸せそうに生きているのを見ると背中を押される。

 

 

 憧れでも、愛でもない。

 王としての使命感でもなければ、支配欲や義務感でもない。

 ただ、人々の平和が良き物として映ったから。

 

 

 

 ——それが十五年間、人として育てられなかった、彼女の願いの全てだった。

 

 

 

 人が人として生まれるように。

 竜には、竜に望まれた役割がある。

 

 

 

 

 

「多くの人が笑っていました。

 

 

 

             ——それはきっと間違いではないと思います。」

 

 

 

 

 

 彼女が誓った気高き誓いは、誰も知らない。

 

 

 たとえ何があろうと

 たとえ何かを失おうと

 たとえ何と引き換えようと

 たとえその先に避け得ない、破滅があろうと

 

 

 

              ——彼女は戦うと誓ったのだ。

 

 

 

 

 彼女は人々の為に生き、人々の為に死ぬのだと決意する。彼女の碧眼には、何事も退ける、強い信念が浮かんでいた。

 こうして多くの人が力を込めて抜こうとし、そして誰も抜けなかった選定の剣カリバーンは、いとも簡単に引き抜かれる。剣は淡く輝き、アーサーを包み込んでいった。

 

 魔術師は困った様に顔を背けたが、内心は彼女の選択に胸を躍らせていた。

 なぜなら彼女の道は波乱に満ちた物になると、多くの苦難と挫折に満ちた、茨の道となるだろうと確信したから。その果てに、最高に美しい光景が見れると思ったから。だから彼は無邪気に喜んだ。

 

 

 

「あぁ、辛い道をえらんだんだね……でも奇跡には代償が必要だ。アーサー王よ。

 君はその、一番大切なものを引き換えにする事になる」

 

 

 

 いけしゃあしゃあと、最初の助言をのたまりながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして剣を抜いた彼女は、王としての道を進む事となった。

 しかし彼女はまだ王の名乗りを上げない。例え選定の剣カリバーンを引き抜いたとしても、十五の子供では王として認めてもらえず、戦士としてすら侮られるだろうと考えたからだ。

 

 こうして、アーサーとマーリンは選定の剣カリバーンを使いこなせるように修行をしながら、いくつかの部族や集落を救っていった。こうして徐々に自身の力と勢力を増やし、ヴォーティガーンに気づかれないまま力をつけていく事になる。

 

 彼女が王としての名乗りを上げたのは、選定の剣を引き抜いてから数年後。自分の名が島中に響き渡ってからだ。

 自分はウーサー・ペンドラゴンの嫡子、アーサー・ペンドラゴンだ、と。選定の剣を引き抜いた自分こそ、ヴォーティガーンを倒すべくして生まれた王であると。

 

 それから彼女は、破竹の勢いで勝利を収めていく。

 失われていた騎馬形式(カタフラクティ)を再編し、戦場を駆け抜けていく。

 

 

 

 第一の会戦。

 北から襲ってくるピクト人を、ドゥグラス河畔にて、撃退し。

 

 第二の会戦。

 西のアイルランド島から襲ってくる部族を、ウェールズ郊外にて制し、自らの勢力に合併させ。

 

 第三の会戦。

 南から侵略してくるサクソン人達を、現代で言うリンカンシャー州にある二つの川に挟まれた山の上で撃退した。

 

 

 

 そして今、来たるべき卑王ヴォーティガーンとの決戦に向けた、第四の会戦の中にいる。

 

 

 

 ヴォーティガーンの根城となった、城塞都市ロンディニウム。

 その城への足掛かりにする為、ブリテン南部にあるベドグレイン城を奪還。

 サクソン人とベドグレイン城周辺の部族、ヴォーティガーンに下った部族との戦争。

 

 

 選定の剣を引き抜いてから八年。

 今までの会戦で最も大きな戦いになるであろう、会戦。

 

 

 

 

 

 この会戦を前に今、彼女は

 

 

 

 

              ——選定の剣を引き抜いた代償を支払う事になる。

 

 

 

 

 

  




 アーサー王伝説参考文献&資料。

  マロニー著 
   アーサー王の死
  
  ローズマリー・サトクリフ著
   アーサー王と円卓の騎士
   アーサー王と聖杯の物語
   アーサー王最後の戦い
   エクスカリバーの宝剣(上・下)
   トリスタンとイズー

  アンヌ・ベルトゥロ著
   アーサー王伝説

  トールキン著
   サー・ガウェインと緑の騎士
 
  著者不明
   散文ランスロ流伝(名称不明)
  
 Garden of Avalon 小説版&ドラマCD

 後、その他のFate作品や原典から付け足す様に作っています。
 また、設定の整合性を図る為ところどころ設定を変えたり、解釈の幅を広げる為、微妙に文脈などを変えたりしています。
 ご容赦ください。
 


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第2話 運命の日 前編

 
 短め。まだ主人公の話じゃないです。許してください。
 後、鬱展開です。数話で終わるので、流し読みでももう数話読んでくれるとありがたいです。
 


 

 

 

「もうこれ以上は…どうにかならないのですか…」

 

 

 

 太陽が照らす平野を抜け、木々が生茂る森林を抜け、数十の白銀の鎧達は森林の中にひっそりと佇む村里にたどり着いた。街ほどとは言えないがいくつかの畑に、それなりの数の家屋を有するおおきな村であった。

 

 

 そして、村の中央には一目見ただけで貫禄を感じられる千年大樹と表しても良い様な大木が立っている。

 

 

 その大木の周りには様々な花が咲き乱れ、小さな広場になっていた。

 さらにその広場の周りを囲う様に家屋が、そしてその家屋を囲う様に畑があり、この村を守り囲う様に森林の木々が生えている。

 この村の場所は、ブリテン島最南端のコーンウォール州、その北に位置する森林の中の村だった。

 突如として押し寄せて来た騎士達の一人、騎士の中でも小柄な"少年"の騎士は、村に来るなり一言だけ告げる

 

 

 

「ベドグレイン城奪還の為の物資が足りない……ヴォーティガーンとの決戦の為にこの城は不可欠な物となる……そして蛮族やヴォーティガーンに下った部族達との会戦は、今までで一番苦しいものになる……すまない」

 

 

 

 この"少年"騎士が告げた言葉が全てだった。

 少ない命を受けた騎士達はいくつかに分かれて、村から物資を調達していく。畑から食物を、森から果物や動物を、川を干上がらせ、水と魚を、家屋から馬を。

 ようやく冬を乗り越え、これから春の恩恵を得られるのだというのに、この出来事だった。決してこの村は裕福と言える方ではない。この村の生活が、生命が危ぶまれる位までになっている。

 

 こちらを見る老人の目は限りなく冷たい、いやそれだけじゃない。

 この騒ぎを聞きつけ、家屋から出てくる人、家の窓からこちらを覗いている目。それは全て、友好的なものは含まれていない、それどころか殺意すら含まれている。

 もし殺意に殺傷能力があるなら、その視線で体中を貫かれているだろう。

 

 彼らが実力行使に訴えてこないのは実力では敵わないからだ。

 ただ目に殺意を込めて睨むしか出来ない。そして騎士達に何を訴えようと、彼らは変わらないだろうと理解したからか何も言わない。

 騎士が逆上して自分達に襲いかかってこないようにじっと耐えている。

 森林の中にあるという地形、そして元々、他者に閉鎖的な姿勢も影響しているのか、この村には老人が多い。

 

 だからこの村を選んだ——

 

 

 

 

 

 

 

 

「(———……今、何を考えていた……?)」

 

 

 

 不意に逸れた思考が、彼女をより思考の渦に引き込んでいく。

 

 

 

「(今……私は、この村の人々を"死んでも被害が少ない"人間だと、自分勝手に裁定した?

 私はこの行為を仕方がない事なのだと正当化しようとした?

 ……私は自分の為に、必要な事だから仕方がないのだと——慰めにかかった?)」

 

 

 

 少しでもふざけた考えが浮かんだ自分に、耐えがたい吐き気を催した。

 死んでもいい人間なんていない。いる筈がない。そんな人は存在しないのだ。

 

 ここに住む人々全員が自分が救うべき、尊き民である。守ると誓った人々そのもの。血に煙り、救いきれず多くの人を取りこぼして来た自分では到底敵わない、清らかな命そのものであるというのに、一体どんな逃避だろう。

 

 ブリテン島を救う、王だと名乗りを上げていながら、自分の行いはなんだというのか、と自問自答をする。不甲斐ない自分に嫌悪感を抱く。

 今ある物資で戦えないのですか? と言われたら立つ背がない。

 自分の国の村を焼かなければ、戦えない王なのだと、自分は告白しているようなものではないのか、少なくとも彼らからしたら、自分達は、侵略し、掠奪する蛮族と何等変わらない。

 

 なのに、自分は今、この行為を正当化し、逃げる口実を探した。

 

 

 

 

 

 

  ——自分が守ると誓った人々の平和を

                  

                    この手で破壊しているくせに——

 

 

 

 

 

 血が出る程に唇を噛み締め、その激情を自らに向ける。

 私は逃げようとしている、私が背負わなければいけない罪を見ないふりをしようとしている。

 この罪は背負う、決して忘れない。

 

 ——それでも、この行為を変えられない。私は戦わなければいけない。

 何故なら、あの日に誓っているのだから。

 

 

 

「物資の調達が終わりました……行きましょう、これ以上はもう……」

 

 

 

 この町の生命線と言ってもいい物資を、自らの命で調達して来た騎士達は、仕事を終え自分の下に集まってくる。彼らからの視線は不服であると告げていた。

 ランスロット、トリスタン、ベディヴィエールが騎士達を統制しているが、この出来事で多くの忠誠が離れるだろう。何も不思議じゃない。当たり前だ。

 

 

 

「おい!! ふざけるな! 根こそぎ何もかも奪い取っていきやがって! こんなんじゃ後数週間したらこの村が滅びるって分からないのか!!」

 

 

 

 ——不意に少し離れた家から大きな怒鳴り声が聞こえた。

 

 

 

「すまない……次の会戦に勝利するにはどうしても物資が足りないんだ……理解して欲しい……」

 

 

 

 この村では珍しい若者が、自分の家に上がり物資を持って行った騎士の一人と口論している。金の髪に翡翠の瞳。優れた容姿の青年であったが、顔には青筋が浮かび、目は血走っている。怒りを表したその表情が、彼の容姿を台無しにしていた。

 

 

 

「理解しろだと!? ふざけるなって俺は言っているんだ! なら俺達の事も理解して欲しいものだ! 俺達はお前らがやる戦争なんか知らないし、その為に生きているんじゃない! 今、明日どうするかを考えて生きているんだってなぁ!」

 

「……すまない」

 

「それしか言えないのかテメェはぁぁァァァ!」

 

 

 若者が逆上し騎士に殴りかかる。相手が重装な鎧に身を包んでいるのを気にせず、大きく振りかぶり、右の拳で騎士の兜に殴りかかった。

 殴られて当然の事をしていると自覚があったからか、騎士はその攻撃を避けようとしない。

 

 若者の拳と騎士の兜がぶつかる、騎士の兜の所為で若者の拳は本人まで届かずよろめかすのみ。兜と拳が当たった瞬間、鈍く嫌な音が鳴り響く。

 明らかに青年の、指は親指を除いて折れただろうほどに指が歪んだ。

 

 

 

「〜ッぅぅ、ああぁぁァァァ!!」

 

 

 

 若者は痛みに顔を歪めながらも更に攻撃を仕掛ける。

 今度は騎士が腰に帯剣している剣を掴みにかかった。

 流石に剣を盗られては命に関わると践んだのか、騎士は慌て、若者に手を上げてしまう。

 

 しかし先程の若者の攻撃で頭を揺らされていた為、上手く体が動かなかったのか、自身の体重に鎧の重さが乗り、体全体で押し除けるように払ってしまう。

 ——最悪な出来事は重なる、大きく押し退けられた若者は一瞬、宙に浮き、後ろにある家の塀に頭からぶつかった。

 

 

 

「……あっ……なっ、!? ……これは!?」

 

「なっ!? 何をしている!」

 

 

 

 アーサーが気づいた時には、もう全てが手遅れだった。

 先程まで騎士に挑みかかっていた若者は、もうピクリとも動かない。

 今しがた騎士を圧倒しかけていたのが嘘かのように横たわり、頭から血を流していた。

 

 死んでもおかしく無いほどの怪我。

 辺りは騒然とし、不気味な静寂がその場の空気を支配し始める。

 

 

 

「——えっ……そんな!? ……ルーク!! ルーク!? 起きて! ねぇ!!」

 

 

 

 この異様な騒ぎを聞きつけたのか、若者の家からドアを跳ね除け一人の女性が出て来た。

 見目麗しい貴婦人であり、横たわり動かない若者に語りかけている所から、きっとこの青年の母親なのだからと推測できる女性。

 彼女の悲鳴とも取れる声を受けながらも、若者は指一つも動かない。

 

 

 

 

 

「——にいさん……?」

 

 

 

 

 

 更に母親の悲鳴を聞きつけたのか、跳ね除けられたドアからこっそりと覗き込むように、この惨状を小さな幼子が目にする。

 その声は恐怖と困惑に滲み、酷くたどたどしい。

 

 

 

「えっ……なっ、え? ……何……で、何……が……」

 

「———な………ッッ」

 

 

 

  家から顔を出し、この惨状を認識し始めて困惑に顔を歪めるその幼子の容姿を見て、心臓が跳ねる。

 

 

 ——似ている。

 

 

 その幼子の髪は鮮やかな金色。短く後ろに揃えられていながら、軽さと柔らかさが感じられる黄金は、同質量の純金ですら眩むだろう。美しい髪は太陽の光を受け止め、神々しく輝いている。

 翡翠の瞳は何者にも穢されぬだろう透き通り、木々の緑よりも尚深い。

 まだ、男とも女ともとれない中性的な容姿だが、このまま成長すれば間違いなく美人になるだろう程の容姿をしている。

 

 

 いや、似ているどころでは無い、本当に——瓜二つだ。

 

 

 もしも——もしも自分が、男としてではなく女として。普通の子供として。王ではなく一人の人間として。ただ純粋無垢にして生活を重ねたら、きっとこのようになるのかもしれない。

 そう直感できるほど、だった。

 

 

 

「……っは……な、なん、で……アーサー、王が……どう、して……」

 

「   ——ッ」

 

 

 

 あまりの惨状に恐怖したのか、幼子は腰を抜かし、膝から後ろに倒れ伏した。

 幼子は震える声で問いかける、どうしてと。平和を約束し、ブリテンを救うと誓った筈の騎士の王。アーサーが、何故と。

 

 

 

「————ッぅぅ、ぁぁぁあ、ああ」

 

 

 

 子供の悲鳴は続く。

 穢れなき、純粋無垢な幼子は今ここで消えた。

 頭痛で苦しむように顔を手で抑え、整えられていた顔は恐怖と苦痛に歪んでいる。翡翠の瞳に浮かぶのは困惑と絶望。声は擦れ、その視線は決して誇り高き騎士に向けるものではない——迫りくる蛮族に対する物と同じだ。

 

 その光景を作り出しているのは、人々に謳われた筈の理想の王。

 自分が救うと誓った人々を、今地獄に叩き落とした。

 平和を守ろうと約束した人々の平和を、その象徴である純粋無垢な少女を——今自分は、この手で、完膚なきまで破壊したのだ。

 

 

 

「アーサー王!! どうか……どうかこの子だけは!! やっと来月で七歳になるんです!! この村でただ一人の子供なんです! この子にはまだ何の罪も無いんです! ……私はどうなってもいいから、この子だけは救って下さい!」

 

「王……この子だけでも、なんとかならないのですか? ……これでは、余りにも……」

 

「王よ……この行為は騎士でもなんでもなく蛮族の所業と変わらない。この果てに得られる勝利には、守り通せるものは何も無い。このランスロット、例えこの幼子を守りながらでも、たとえ片手が封じられようと、必ず貴方に勝利を捧げると誓います……ですから、どうか……」

 

 

 

 自分の息子に致命傷を与えられながら、明日の生活が危なげな域まで落とされながら、恨み言を一言も呟かず、自分の身すら差し出し、ただ自分の子供を助けてくれと、この子はまだ何もしていないから助けてくれと願うのは、母親の曇りなき愛故か。

 

 

 私はここまでの強き愛を知らない。

 私は母親を知らない。

 本当に——本当に、良い家族だったのだろう。

 

 

 この惨状と余りの光景に、円卓の騎士ベディヴィエールはこの子だけでもなんとかならないかと進言し、騎士達の中で誰よりも屈強なランスロットは、子供を守りながら戦うハンデなど気にはならない、その果てに必ず自分に勝利を誓うと、この惨状を作りだした自分に、まだ忠誠を示してくれる。

 

 

 

「できない……」

 

 

 

 ——この日ほど自分の無能を殺してやりたいと願った日はない。

 

 

 

「なぜっ!! どうしてですか!」

 

「そんな、それでは……この子が……」

 

「王よ! もう一度、もう一度だけ進言いたします……必ずやこの子を守りながらでも、自分の限界すら超えてみせます。必ずです。ですから……」

 

 

 

 子供を守りながら戦うなんて優れた芸当ができるのはランスロット卿くらいだろう。他の騎士では到底できない。

 そして、そのランスロット卿には遊撃を命じていた。常に戦場を俯瞰しながら動けばならないランスロット卿にハンデをつけさせて戦うという事は間違いなく、戦いで響く。足並みが崩れるどころの話じゃない。

 そしてこれからすぐに第四の会戦が待っている。

 

 安全な場所に避難させる余裕もない、騎士一人を付けて行かせる時間すらない。

 次の会戦は一切の予断を許さない激しい戦いとなる。もしもこの幼子を守ると決めて、守りきれなかったら、戦意は激しく低下するだろう。

 ……こんな状態で士気など自分が語る資格などないだろうが。

 

 次の会戦は絶対に負けられない、負ければ、ブリテンは滅亡を辿る。敗北に繋がる道は可能な限り消さなければならない。

 

 

 

「いくぞ——」

 

「……了解しました」

 

 

 

 全ての視線を置き去りにして、踵を返す。

 歩みを開始した自分に向けて、小さな声がした。

 

 

 

 

「——あなたは……あなた、は……」

 

 

 

 

 幼子が震える声で、困惑を滲ませながらもこの状況を理解し始めたのか、何かを口にしようとしている。

 それはただ絶叫するでもなく、非難の声を上げる訳でもないにも関わらず—-—アルトリアの心に刃となって深く突き刺さった。

 この幼子を絶望の淵に追いやったのだと、純粋無垢な未来を穢したのだと深く認識して。

 

 

 自分にはもう何も語る資格など無い。謝る資格すらない。もしこの命を差し出せて救えるなら、すぐにでも差し出したい。

 ——しかしそれは許されない。私は勝たなくてはいけない。ブリテンを救わなければいけない、いつの日か、私は必ずこの国を平和にしなければならない。

 それ故、今、この命は差し出せない。

 

 

 彼女は心を殺し、選択する。

 憂いに目を細める事すらしない。それは自分に許された事ではないものなのだとして。人の感情を持っていては人々は守れないのだと、あの時に決心した誓いを"呪い"の域にまで昇華して。

 

 

 彼女は踵を返して村から外へ出て行く。村の住人の視線も、悲鳴を増やす母親を、そして——いつの日かの自分の可能性を持った子を、未来を持った少女を置き去りにして。

 人々からも、自身の騎士からも、少しずつ孤立しながら。

 

 

 

「アーサー王……貴方は……」

 

 

 

 今まで、事の成り行きを見守っていた円卓の騎士の一人、トリスタン卿が一言何かを呟きかけ、結局それは言葉にならず、飛散していった。

 

 

 

 こうしてアーサー王は、選定の剣を抜いた代償を支払う事になった。

 彼女は自分の心を一つ殺した。人々を守る為——人々を殺す存在となったのだ。

 彼女の心は揺らげない。揺らがないのではなく、揺らげない。

 その資格は自分にはないのだと、呪いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、彼女達騎士はガウェイン卿を殿とし、円卓の騎士であり優秀な補佐官のアグラヴェイン卿や、自分の義兄で兵站の管理を任せているケイ卿に指揮させていた本隊と合流し、ベドグレイン城奪還に赴く。

 その時の、いつもは口達者の義兄が何も言わなかった事が、アルトリアにとっては酷く心が痛かった。

 

 多くの騎士達は顔を歪ませていたが、だからこそ、この様な惨状はもう繰り返してはいけないのだと、ヴォーティガーンを倒し、ブリテンを平和にするのだと強く奮闘した。

 騎馬によって塀をこえ、戦場を駆け抜け、剣の一振りで多くの蛮族を斬り伏せ、城を奪還する。

 湧き上がる歓声、そして敵の悲鳴。彼らアーサー王達は、華々しい勝利を挙げたのだった。

 

 

 ——当たり前の事だ。

 

 

 そうでなければ何の為に、村を一つ滅ぼしたのか、申し訳が立たない。

 ……あぁ、それでもこの戦果では償い切れなかったからか。いやそもそも、戦果では到底償い切れない事をしたからか。自分は理想の王に相応しくは無いからなのか——

 

 

 

 

 

 

 

 

      その日を境に

 

 

 

 

 

                   ——選定の剣から光が消えた。

 

 

 

         

    

 



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第3話 運命の日 後編

 
 視点切り替え。
 鬱展開あり
 


 

 

 

 人は死後、肉体と魂が分離し肉体は現世に、そして魂はその生涯で積み上げてきた善業と罪状によって天国か地獄に行くらしい。多分、有名な話だ。

 

 宗教や価値観。人々によっては多少の差異はあれど、概ねはきっとこんな話だろう。もしくはこの様な考えを元にしている筈。人間は——必ず死ぬ。これはまず変わらない。

 いつかの終わりが等しく決定しているから、大抵の人は死後どうなるのかを一度くらいは夢想するだろうし、考えない人はまずいない。いるとすればそれは、生まれて間も無い為、知識とその知識を認識し運用する思考能力がない赤ん坊くらいな筈だ。

 

 更には、何故人は死ぬ様に設計されているのか。

 これは生と死を繰り返して人間を転生させ、人間の魂をより強固に、より清らかにする為……なんて話も聞いた様な気がする。自分はそんなに死後の事なんて考えていなかったし、なんとなく、ただ漠然と認識して生きていたから、そういうのは詳しく知らないけれど。

 

 

 ……いいや"生きてきた"なんて言うのは誤解を招く。

 

 

 これではまるで、自分が一つの人生を経験し、生まれ、そして終わらせてきたみたいだ。

 自分の人生を、いや"前世"なんてものを確信できていないのに、これはない。

 

 

 まぁ……何が言いたいのかと言うと。

 

 

 もしこの世界が死後の世界で。

 今この場所が、天国か地獄なのかと言ったら——

 

 

 

 

 

 

              ——度し難いほどに醜悪な地獄なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずは自分が認識したのは、光だった。

 多分、産まれて間も無い赤ん坊が最初に認識するのもきっと光なのだろう。そうして自分の居場所が母親の胎内から変わり、別世界に来たのではと認識する。

 そして心臓と肺の機能を、母体から自分のものへと切り替えながら、大声で泣くのだ。

 

 

 そして、自分はそんな簡単な話ではなかった。

 

 

 産まれて初めて見るには眩しすぎる光。

 大木の葉の間から、掬いきれずに漏れた太陽の光だった。

 

 

 

「————ッ……はっ? ……えっ……? ここ、は」

 

 

 

 木々の間から溢れ、点滅する太陽の光に目が焼かれる。

 目蓋の裏にまだ残る光の残響で目を痛め、瞳をこすりながら——ただひたすらに困惑する。

 

 

 自分は何なのか。

 ここは何処なのか。

 今はいつなのか。

 ——この記憶はなんなのか。

 

 

 もし自分が本当に生まれて間も無い赤ん坊なら、ただ泣くだけで許されたのかもしれないが、自分には年相応の知識と記憶。そして、強引に自分では無いナニカを繋げ足した様な、年不相応の記憶。そしてそれを過不足なく認識できるだけの思考能力を、何故か持っていた自分には許されず、現実はひたすらに非常だった。

 

 慌てた思考のまま、首を振って周囲を確認する。

 混乱していて頭は動かなかったが、体は動いた。ただ周りを見渡したのだ。

 

 自分の頭上には樹齢千年をこえていそうな大木に、周りには色とりどりな花々。それを囲う様に家が立ち並んでいて。通りの向こう側には、畑や森が見える。

 そして自分の姿も確認する。

 

 自分の視線の上にチラチラと舞うのは、金の色をした髪の毛。自分の手は簡単に折れそうな程小さく、そして細い。そもそも体が小さかった。

 体付きと見た目から、自分の体は女性で歳はまだ二桁にも届かない様な幼子なのだと、どこか他人事の様に認識する。

 

 自分が座り込んで、手にいくつかの花が握られていたから、この大木と花々の広場で花を摘んでいたのだと、なんとなく理解する事も出来た。

 自分の置かれている状況をなんとなく把握できたが、それだけ。

 ——納得できた訳では無い。むしろ余計に混乱した。

 

 自分はこんな姿では無いという認識と、自分はこんな姿だったという、相反する自意識。

 それに自分は何でこんな場所にいるのかという疑問と、いつもの様に、このお気に入りの場所で遊んでいたという記憶。

 

 

 混乱は相変わらずだったが、それなりに時間が立ち、自身の記憶からこの置かれた状況を少し理解できるものを発見した。

 

 

 それは"さっきまで"の自分が有していた記憶で、自分は今六歳の女の子で、来月の5月に誕生日を迎え、七歳となるらしいという情報。家族は十歳差の兄と、もうすぐ四十になろうかという年齢ながら見目麗しく、優しい母親。父親は自分が生まれてすぐ頃に亡くなったらしい。

 この村で一人しかいない子供だから、村の人々全員に、大層可愛がられているらしい事も他人事の様に認識した。

 

 

 自分の事なのに上手く自分だと認識できない。

 強烈な違和感はまだ体を蝕んでいる。

 

 

 

「ルーナ!……ルーナ! あぁここにいたのね、早く家に戻りましょう! さぁ、早く!」

 

「えっ……ぁ、あの、なんで……?」

 

 

 

 突如、花の広場に響く女性の声に驚き、思わず言葉を返す。

 その女性の声を、一瞬自分の生みの親のものであると把握できなかった。

 ルーナ、という名前が自分の名前なのだと、認識も出来なかった。

 

 自分の声から出る言葉は想像していた以上にたどたどしく、その声は、無条件で安心できる母親に向けたものであるとは到底言えるモノではない。

 初対面の人に向けているかの様にぎこちない声を、私は母親に向けていた。

 だが自分の母親は、そんなことまで意識を回せるほど落ち着いていなかったからか、そのまま言葉を繋ぐ。

 

 

 

「外から何か、大勢の人がやってきたの。それは騎士だったけれど……何か雰囲気がおかしかった。

 ……今は村の代表として長老が会話してるけど、どうなるか分からないわ……だから早く、家に帰りましょ? ……ね?」

 

「騎士……」

 

「ルーナが思っている様な騎士とは、きっと違うわ。

 ……ほら行きましょう」

 

 

 

 そう言って、母親は私の手を引っ張る。

 さっきまで慌てていたにも関わらず、自分の手を引っ張り進んでくれる母親の握る手は優しい。更に歩く速度も子供の自分に合わせたもので、母親の少ない挙動からも簡単に愛が感じられる。

 

 

 ——なのにその愛を向けられている対象でありながら、自分はその愛に違和感を感じていた。

 

 

 違和感によって混沌とする己を落ち着かせる為、必死になって自分の記憶を探る。

 そして、記憶の中からまた、新たな記憶を見つけ出す。

 

 

 

 

 騎士

 

 

 

 

 

 ——騎士 五世紀後半 ブリテン島 動乱 六世紀初め 円卓 十三の騎士 騎士の、王

 

 

 

 

「——ッぐっぅぅ……ぁぁぁあ…」

 

「だっ、大丈夫!?」

 

「なん、でも……ない」

 

「……ほら、抱っこしてあげるわ…………こっちにおいで」

 

 

 

 突如押し寄せる、情報と記憶の濁流に頭を灼かれた。

 頭が張り裂けんばかりの痛みが瞬間的に自分を支配し、体を強制的に硬直させる。

 痛みそのものはすぐに消え失せたが、痛みの残滓が脳に残り、手を握られていない方の左手で頭を抱える。痛みなどないのに、視線がチカチカして仕方がない。顔はひどく青ざめていた。

 

 

 急に立ち止まり、苦痛に声を上げたのだ。母親は心配そうに覗き込んでいる。

 

 

 明らかになんでもない状態ではないが、状況が状況なのか訝しみながらも、母親は自分を抱き抱えてくれた。まるで泣く子をあやすように、背中をさすりながら振動が伝わらないよう、ゆっくりと歩いてくれる。

 相変わらずその優しさから伝わる愛に、自分は違和感しか感じられていなかった。

 そして自分の母親に抱き抱えられながら、自分は今の状況に、一つの解答を得ようとしていた。

 

 

 ——していながら自分はそれに蓋をした。 

 

 

 まるで自分が自分ではなくなるかのような感覚。

 自分に自分以外のナニカが入り込む様な感覚。この結論を出しては自分が完全に"切り替わってしまう"かもしれない。そんな恐怖を前に自分は、自分の思考を停止させた。

 

 

 ……もう何も考えたくない。ただ眠っていたい。ただ私を守ってくれる人の腕にいたい、と。

 

 

 気がつけば、自分は家にいた。記憶にある自分の家と同じ場所。

 母親は自分をソファの上に下ろして、頭を撫でてくれる。

 

 

 

「……ごめんなさいね……まるで、サクソンや蛮族達が押し寄せてくるみたいに言っちゃったわね……そんなに怖がらなくていいわ。来てるのは蛮族じゃないし……きっと大丈夫だから」

 

「…………」

 

 

 

 ——蛮族 サクソン人

 

 

 

 だめだ 、これ以上考えてはいけない。

 その解答を出してはいけない。その解答を出したら自分は、きっともう戻れなくなる。

 だから……やめろ。

 

 

 

 

「おい……大丈夫か、お前……」

 

「あぁ、ルーク。ごめんなさい、ちょっとルーナを怖がらせちゃったみたいで……」

 

「何をやってんだ……おいルーナ、安心しろって、別に俺たちは襲われてる訳じゃない。そんな……怖がんなくたっていいだろ」

 

 

 

 ルークと呼ばれた青年が家にある別の部屋から来て、自分を慰めてくれる。

 自分の名前と似た語感の名前の持ち主。自分の記憶の中では頼れる兄で、父親がいないからか自分には歳の近い父親の様に接していた。私の大切な家族の一人だった。

 

 

 

「ごめん、なさい……」

 

「謝らなくていいわ、怖がらせちゃった私が悪いもの」

 

 

 

 違和感は徐々に薄れ、目の前の母親なら自分は無条件で信頼できる。そう思わせてくれる程に優しい声だった。

 

 

 

「——あいつら…何してるんだ…」

 

 

 

 不意に兄の声が強張る。家の窓から外を眺め、何かを凝視していた。

 自分と母親もそれに釣られて、窓から外を見る。

 そこには——畑から作物を取っている、白銀の鎧に身を包んだ騎士達がいた。

 

 

 

「——ッ」

 

「あいつら、作物を勝手に取ってるのか……?」

 

「そんな……騎士が、どうして……」

 

 

 

 母親と兄は、騎士が騎士らしからぬ所業をみて困惑しているが、自分はそれどころじゃなかった。

 

 ——見たことがある。

 自分の記憶にも、知識にも騎士の姿なんてないのに"自分"は知っている。

 見た事がないのにその姿を知っているというあり得ない矛盾に、自分はすぐに目を逸らした。

 

 

 

「すまないが……家屋に上がらせてもらうぞ……——ッこんな子供が!?」

 

「おい……何しに来やがった。この事について説明して貰えるんだろうな……」

 

 

 

 だがその行動も大した意味はなかった。別の騎士が家に上がり込んできて、その姿を否応に理解させられ。兄はなんとか声を抑えてはいるが、発せられる声は冷たく、友好的な要素は皆無だった。いつ爆発してもおかしくない。

 

 

 

「ヴォーティガーンとの決戦の為に、ベドグレイン城を奪還しなくてはならない……その為の物資が、足りて、いない。だから……村から物資を、頂戴してる……」

 

「……頂戴? 略奪とどう違って言うんだ。おい、説明してくれよ」

 

「すまない……この家からは、何も持っていかない」

 

「この家からとか、そう言う話じゃないだろうが! この村の生命線が危ぶまれているんだと分からないのか!?」

 

「許してくれ……」

 

 

 

 騎士は説明した後、そう呟き、ここの家からは何も取らずに踵を返していった。兜をしていて、顔は見れなかったが、きっと顔は不服に歪んでいるだろうと認識できる声だった。

 しかし例え、顔を歪ませていようとやっていた行いは変わらず、何の解決にはなっていない。こちらはそれどころではなかった。

 

 

「おい! 待てッッ!!」

 

 

 

 兄は外を出て行く騎士を追いかけ、外に出て行く。怒り心頭で、目は血走ってしまっていた。

 そして自分もそれどころではなかった。知っている筈のない単語が、頭の中で幾度も繰り返され続ける。

 

 

 

 

 ——ヴォーティガーン 卑王、ヴォーティガーン

 

 

 

 

 やめろ。やめてくれ。頼むから……

 

 

 

 

 必死に自分の思考を押し殺し、答えを出そうとする自分を止める。

 顔は酷く青ざめて、体は震えている。心臓の音が煩い。見たくないモノを見ないように、深く目を閉じて、理解し難い何かに怯える。

 ただ、この身に降りかかった災害をやり過ごす為に体を丸め、蹲る事しか自分にはできなかった。

 

 

 

「……大丈夫よ……安心して………私が、守るから……」

 

 

 

 母親に抱擁されるが震えは止まらない。愛をいくら受けようとも自分の心は晴れない。

 自分自身そのものがどうにかなってしまうのではないかという恐怖を前に、自分は何も変わらなかった。

 

 

 

「おい!! ふざけるな! 根こそぎ何もかも奪い取っていきやがって! こんなんじゃ後数週間したらこの村が滅びるって分からないのか!!」

 

「すまない……次の会戦に勝利するにはどうしても物資が足りないんだ……理解して欲しい……」

 

 

 

 外に出ていった兄は、騎士の一人に詰め寄る。その声は自分の記憶の中にある、どの声よりも激しい。

 

 

 

「理解しろだと!? ふざけるなって俺は言っているんだ! なら俺達の事も理解して欲しいものだ! 俺達はお前らがやる戦争なんか知らないし、その為に生きているんじゃない! 今、明日どうするかを考えて生きているんだってなぁ!」

 

「……すまない」

 

「それしか言えないのかテメェはぁぁァァァ!」

 

 

 

 鈍い音が響き渡る。その音が耳に入るだけで嫌悪感を抱いてしまう様な、嫌な音。外で何かが起こっていると理解しながらも、時間は無情に進んでいった。

 

 

 

「〜ッぅぅ、ああぁぁァァァ!!」

 

 

 

 その絶叫を境に辺りは鎮まる。さっきまでのが嘘の様な不気味な静寂。嫌な予感が止まらない。一体外で何が起こったというのか。

 それは母親も同じだったのだろう。

 駆ける様に跳ね起き、足を飛ばして家から飛び出していく。顔に浮かぶのは焦燥の二文字。

 

 

 

「……えっ……そんな!? ……ルーク!! ルーク!? 起きて! ねぇ!!」

 

 

 

 初めて聞いた様な、母親の悲鳴。先程までの状況から、最悪の予感を直感する。

 まさか、そんな、嘘だ、やめてくれ。外が今、一体どうなっているのか、確かめなければならない。"私"は確認しなければならない。

 私には兄は一人しかいない。自分にとって大事な家族なんだ。

 

 "私"としての恐怖が"自分"に対する恐怖よりも上回り、自分の肉体を外へ連れ出す。

 

 

 

 

「——にいさん……?」

 

 

 

 

 口から出る声は震えて、自分の歳も相まって酷くたどたどしい。

 自分が予想する光景を否定したい。そんな現実は否定したい。

 

 でも——現実は非情だった。

 

 

 

「えっ……なっ……え?……何……で、何……が……」

 

「———な………ッッ」

 

 

 

 自分から出る声は意味を成していなかった。

 一目見た瞬間に、目の前のこの光景と惨状が脳に叩きこまれる。兄は赤く染まって地に伏し、母親はそんな兄に必死に声をかけている。

 

 

 ——地獄だ。度し難い程に醜悪な地獄だ。これを地獄ではないとしたら、一体なんだというのか

 

 

 惨状は変わらない、目の前の光景は変わらない。地獄は自分の瞳に焼き付き、離れてはくれない。

 自分は思わずこの光景から目を背けて、別の方向を見て—-

 

 

 

 

 

                         ——また地獄を味わう。

 

 

 

 

「……っは……な、なん、で……アーサー、王が……どう、して……」

 

「   ——ッ」

 

 

 

 そこにいたのは騎士の集団。自分は見た事がない。見た事がないのだから知らない筈だ。

 でも自分の記憶よりも深い何かが"知っている"と認識している。さっきまで忘れようとして、認識しないようにしていた、記憶の蓋を強引に外される。

 見間違える事など出来なかった。蒼銀の姿と黄金をあわせた出立ち。

 

 

 

「————ッぅぅ、ぁぁぁあ、ああ」

 

 

 

 また脳を灼かれる。自分ものではない筈のナニカ。

 記憶と情報が瞬間的に頭を駆け巡り、蹂躙し、支配していった。

 

 

 

「アーサー王!! どうか……どうかこの子だけは!! やっと来月で七歳になるんです!! この村でただ一人の子供なんです! この子にはまだ何の罪も無いんです! ……私はどうなってもいいから、この子だけは救って下さい!」

 

「王……この子だけでも、なんとかならないのですか? ……これでは、余りにも……」

 

「王よ……この行為は騎士でもなんでもなく蛮族の所業と変わらない、この果てに得られる勝利には、守り通せるものは何も無い。このランスロット、例えこの幼子を守りながらでも、たとえ片手が封じられようと、必ず貴方に勝利を捧げると誓います……ですから、どうか……」

 

 

 

 周りの光景と会話を正しく認識できない。

 あるのはただ——この世界そのものに対する知識と理解のみ。

 

 

 ——円卓の騎士  紫髪の騎士 円卓最強   銀髪の騎士 王の従者   赤髪の騎士 円卓随一の弓の名手 

 

 

 

「できない……」

 

「なぜっ!! どうしてですか!」

 

「そんな、それでは……この子が……」

 

「王よ! もう一度、もう一度だけ進言いたします……必ずやこの子を守りながらでも、自分の限界すら超えてみせます。必ずです。ですから……」

 

 

 

 

 ——ランスロット  ベディヴィエール  トリスタン

 

 

 

 

「いくぞ——」

 

「……了解しました」

 

「——あなたは……あなた……は……」

 

 

 

 

 ——星の聖剣 聖剣の担い手 騎士王 騎士王アーサー アルトリア……

 

 

 

 

 

 こうして自分は理解する。

 一寸の余地なく完璧に、この世界がなんなのか認識する。

 自我というものが根底から歪み、狂い、混沌としながらも今の状況を過不足なく把握する。

 

 脳の痛みによって引き出された、世界そのものを俯瞰的、第三者視点で見たに相当する膨大な知識。それに対する歳不相応な思考能力。その全てが無情なる回答を下す。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ自分の記憶が

 

 

           この世界が

 

 

                 ——Fateという作品の世界なのだと告げていた

 

 

 

   

 




 
 鬱展開のピークはここら辺。後徐々に軽くなっていく筈……多分。


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第4話 血塗られた誓い 前編

 
 1万文字超え。
 後、この話から大体、9千〜1万文字をふらふらすると思います。
 


 

 

 

 コーンウォール州の北に位置する大きな森林。

 他者を拒絶する様に、往々と木々が密生している緑の海。既に太陽の輝きは沈み、空の上には人の世ではなく、夜に潜む魔性の者の時間なのだと誇示する様に輝く満月が一つ。

 より、木々をざわつかせている、宵闇に輝く月灯りに照らされた森の中。

 

 

 ——そんな森を進む一人の女性がいた。

 

 

 人工物など存在せず、町の灯りもなければ、人々の活気も存在しない。

 森に熟知した狩人ですら、油断しようものなら行く道に迷い、足下に生える草花や木の根に足を取られて、そのまま森の中に姿を永遠に隠されてしまうだろう世界。

 

 森は決して人の世界ではなく。獣と魔の潜む、人の世と断絶した世界なのだ。

 そんな世界で、誰も同伴させずに一人で歩き、尚更それが女性なのだと言うのなら森は即座に牙を剥き、人間に自然の恐怖と己の愚かさを、その身に刻むだろう。

 

 

 ——だが彼女は何にも憚れず、いっそ優雅に森の中を歩いていた。

 

 

 彼女の匂いに釣られてきた鳥獣は、彼女から放たれる強大な威圧感と、人でありながら人ならざる不気味な雰囲気に即座に逆戻りをし、彼女を襲いその血肉を貪ろうとした愚かな魔獣は、彼女の"金"の瞳と目が合うと、瞬間的に心を恐怖に射抜かれ、ガタガタと震える置物と化す。

 

 それは心を持った動物だけではない。

 彼女の行く道を阻んだ、草木はまるで最初からそこに何も無かったかの様に枯れ果て、森の木々は、彼女に道を譲る様に土ごと移動する。

 人間の世界でないにも関わらず、森を我が物顔で進むその女性は、森という空間を完全に支配していた。

 森はただ、急に来た支配者を怒らせない様に縮こまるしかない。

 

 しかし、彼女は別に大した魔力を使っている訳ではない。

 手を振りかざし、指向性を持って魔術を行使している訳でもない。彼女にとってそれは人間が呼吸をするのと大差はないモノだった。何せ生まれた時から持っていた"超常の力"である。だから、ただ少し願うだけで良い。

 

 

 ——邪魔だから退け、ここは私の島なのだから。

 

 

 ウーサー・ペンドラゴンから受け継いだ超常の力。

 ブリテンの所有者として"島そのものの王"としてならアーサー王すら上回る、もう一人の王位継承者。

 

 

 ——そして王になれなかった魔女

 

 

 彼女の名はモルガン・ル・フェイ。

 アーサー王と同じ父親を持ち、アーサー王と腹違いの姉にして、復讐の魔女と化した妖妃モルガンその人である。

 

 

 彼女は森を進み、下界から閉ざされたある村へ向かっていた。

 別に大層な目的がある訳ではない。強いて言うなら、日課である。モルガンの目的は終始徹底してアーサー王——アルトリアに対する復讐であり。その方法は多岐にわたる。

 数え出したらキリがない程の回数を重ね——自分の娘や息子すら利用しているが、大した戦果はなく、変わらずブリテン島はアーサー王の物となっていた。

 

 

 呪術を用いて罠にかける。

 敵や味方に変身して混乱させる。

 作り出した私兵をけしかける

 諸侯を誑かしてアルトリアにぶつける。

 

 

 そして時には——死体を使う。

 

 

 死体には死体なりに利用方法があるのだ。しかも死体を使った呪術は中々回数に限りがある。死体を用意するだけなら別に難しい事ではない、村を一つや二つ襲えば良いだけの話だからだ。

 

 ただ村を一つ消した事がバレたら間違いなく、アルトリアかその配下が出てくる。

 運が悪ければ、アルトリアの後ろに控える花の魔術師マーリンすら出て来るかもしれない。

 ブリテン島の時期的にこちらを優先して討伐対象にする可能性は限りなく低いが、要らない問題を出した場合、そのツケを払うのは自分自身だ。

 

 

 ——私には自身を守ってくれる配下や騎士はおらず、自分しかいないのだから。

 

 

 仮にアルトリアと全面戦争になった場合、負けるのは必至。

 故に自分にはアルトリアの標的にならず、回りくどいやり方で攻撃を仕掛けるしかない。

 もしアルトリアを王座から引きずり落とすなら、アルトリアの配下の円卓の騎士を、内側から崩壊させるしかない。

 

 

 ——その為に、一年前に作った自分の一番新しい息子、いや"娘"は、正直微妙な結果になりそうだが………

 

 

 結局自分一人でやるしかなかった。

 故にリスクが少なく、十全なリターンが望めるであろうとある村に目を付けた。

 その村は自分が手を下す必要もなく、死んでいるであろう村。

 

 アーサー王が一つの村を干上がらせたという情報を手に入れたのはつい先日。

 その事自体に驚きはない。あぁ……遂にそこまでの事をやったか、というのみである。

 

 癪だがアルトリアという人物がどの様な人間性なのかを一番理解しているのは自分だ。

 そこまでの事をしなければならない事態にまで追い詰められたのだろう。別の避難させる土地を用意する余裕すらなかったのだろう。

 より多くの人を守ろう為に、守り続けていた筈の"最後の一線"を踏み越えたのだろう。

 

 別に自分にとってはどうでもいい事だった。

 そも自分には関係はない。無辜の人が死のうと自分にはこれといって関係はないからだ。

 だが、この経験はよりアルトリアを理想の王に近づけるだろう。それは自分にとっては悪い兆候だ。より隙はなくなり。より心は、鋼鉄の如く強固になるだろうから。

 

 

 故に自分はより多くの、より強力な駒を用意せねばならない。

 

 

 幸い、今からの行為はアルトリアに捕捉される可能性は限りなく低い。現在アルトリア達は着々と、ヴォーティガーンとの決戦に向けた準備を進めている段階である。それは少しも予断を許さない物だろう。

 アルトリアは立ち止まる事は許されない。既に滅んだであろう村に意味もなく訪れる可能性は低い。

 

 

 もしこの村に訪れるとしたらそれは、ヴォーティガーン討伐後に、ケジメとして訪れるだろう。

 

 

 故に間違いなく間に合う。それに捕捉される可能性も皆無。

 自分から人を殺すのではなく、ただそこにある物を持っていくだけだ。魔術の痕跡すらない。死体が無くなったのは不審がられるかもしれないが、自分とは繋がらない——

 

 

 モルガンはそんな謀を思案しながら森を進み、森の中に守られた村に辿り着く。そして深い森から抜け、村を視界に捉えた瞬間に理解した——この村は完璧に死んでいると。

 

 見える範囲だけでも畑に作物はなく、誰も畑を耕す人がおらず放置されていたからか、畑の土はひび割れ、乾いている。

 村の周辺に生えている木々から感じられる生気はなく、村からは一つの物音もしない。森の中にある人工物だというのに人の気配は一切しなかった。ただ寂しく風が吹くのみ。

 

 そしてその風に乗って感じられる、強烈な"死臭"。

 単純に人間が死亡し、腐った匂いだけじゃない。この村が怨念に満たされた一種の結界と化しているのだと魔術に長けたモルガンは理解した。

 これではまともな人間や怨念を退けられる力を持たない人では、数日で精神が病むか呪い殺されるだろうし、血肉を求めて来た獣すら直感的にこの村を避けるだろう。それ程だった。

 

 そして生きている人間を発見したのか怨念と化した、元住人達が襲ってくる。

 

 

 

 

 ——生きている人間だ

 ——忌々しき来訪者だ

 ——去れ

 ——去れ

 

 

 

 

「失せろ、邪魔だ」

 

 

 

 何体かの怨念が襲い、呪い殺そうとしてくるがモルガンは傷一つ付かず、また精神も一つも揺らがない。

 所詮襲ってくる怨念は元はただの人間であり、大した心の強さのない有象無象。彼女が少し殺気を放つだけで瞬く間に飛散していった。

 そして邪魔がなくなり村を散策しようとして、今しがた出した殺気に釣られたのか、更に大量の怨念に襲われる。

 

 

 

 

 ——去れ

 ——去れ

 ——失せろ

 ——ここは貴様の場所ではない

 ——ここは貴様の村ではない

 ——忌々しき来訪者は消えろ

 

 

 

 

「はぁ……面倒な事になったわね。有象無象共は等しく塵に還れ」

 

 

 

 最初に攻撃して来た何倍もの怨念に襲われながらも彼女は無傷だった。

 軽く手を翳し、空中に幾何学模様が浮かぶ。そして空中に浮いた幾何学模様が光ると、その文様ごと怨念達は消えていった。

 

 

 

「さぁ、これで邪魔者は………」

 

 

 

 

 ——失せろ

 ——失せろ

 ——失せろ

 ——失せろ

 

 

 

 

 今しがた消したにも拘わらず即座に復活し、再度襲ってくる複数の怨念達。更に復活した怨念以外にもまた別の怨念が周囲に集まり続ける。この村にいる全ての怨念が集まってくる勢いだった。

 

 

 

「チッ……目障りよ、身の程を弁えたらどう?」

 

 

 

 有象無象の怨念程度ならいくら集まろうと彼女は傷一つ付かないが、あまりの多さとしつこさに辟易とする。

 ——しかし彼女はこのあまりの状況に一つ疑問を抱いた。

 

 突如来た来訪者に滅ぼされたとはいえ自分はその当事者ではないし、大抵の場合は軽く威圧するなり、呪文で消せばもう怨念は襲ってこない。

 たとえどれだけの恨みがあろうと、彼女ならその恨みすら越えるであろう恐怖をその身に刻み付ける事が出来る。怨念になろうとも、元は人間なのだ。

 ブリテンのもう一人の王位を持つ者にして、人ならざる魔性に身を宿した強大な魔女が敵対する意志を向ければ怨念すら逃げ出す。

 

 なのに絶えず襲ってくるその理由は、一体何だというのか。

 怨念が恨みの対象を呪う余りに、執念と意地で現世に留まり続けるのとは何か勝手が違う気がしてならない。それに数が多すぎる。

 自分に向かってくるという恐怖よりも、ナニカに対する恐怖が上回っていなければまずできない行動だ。

 去れ、とは……まるで——何かを守っている様だ——

 

 

 

 

 ——彼女に近づくな

 ——あの子に近づくな

 

 

 

 

「あの子……彼女?」

 

 

 不意に聞こえて来た怨念の言葉に、モルガンは驚きの言葉を返した。

 怨念が自らの無念や執念を晴らす為以外に動くというだけで驚きだというのに、この怨念共は全員が同じ意志の元、何かを守ろうとしているのだ。

 

 自分の事ではなく、自分以外の何かの為に現世に留まり続けるなど並大抵の信念で出来る事ではない。

 人間とはそこまで良き生き物でない。だが事実としてこの怨念は——そのあの子、彼女とやらを守る為、この身を襲っている。

 そこまでの事をさせるあの子とは一体何か、まさかまだ——生きている人がいるというのか

 

 

 

 

 ——彼女に近づくなら責任をとれ

 ——忌々しき来訪者は責任をとれ

 

 

 

 

 湧き出て来た興味に釣られ彼女は村を進む。

 周りに集まる怨念は全て無視して、畑を抜け、村の中央に聳え立つ巨大な大木にまで足を進める。村の中央に行くたびに怨念の圧が大きくなっているのを感じ、そこに何かある筈だと睨んだのだ。

 こうして彼女は村の中央、大木と枯れ果てた花の広場にたどり着いた。

 

 

 ——そして彼女は一人の子供を見つける。

 

 

 大木に背を預け、空の方を向いて月を眺めている、その子を見つけて——心臓が跳ねた。

 そこには、掠れて錆びた星がいた。自分の忌々しき妹、アルトリアと瓜二つの容姿を持った幼子だった。

 

 だがこの目の前の幼子がアルトリアではないと、見た瞬間に確信する。

 それはアルトリアはこんな小さな子供の様な見た目ではない、というよりも先に来たものだった。

 

 

 

 

 ——アルトリアはこんな死んだような目をしない。

 

 

 

 

 一目見た瞬間に分かる。

 この子は心が砕けている、と

 

 

 怨念達が執念で残り続け、彼女を守っていたのだ。

 きっとそれはこの村に住んでいた住人が優しかったからだけではなく、この目の前の子がその親愛に値する程に清らかな子だったからに違いない。

 きっと白い百合の様に輝かしい子で、未来に花咲かす様な笑みと共に目を輝かせていたに違いない。

 

 

 ——そんな白い百合は完全に枯れ果てている。

 

 

 鮮やかだったであろう透き通った碧眼は暗く曇り、目に輝きはなかった。

 柔らかさや軽さが見てとれていたであろう神々しい金の髪は、満月の光に照らされていながらも光の加護を失い、乱雑に野晒しにされている。

 そして何より——彼女から生きている人間の気配を感じないのだ。

 

 彼女から放たれている雰囲気は死人のそれと同一。

 もし死体の中に放り込んでも気付くものはいないだろう。その少女は今、肉体が稼働しているだけの置物なのだ。

 

 月を見ているのはこれといった意味などなく、ただ目を開けていて、その方向に空と月がある。

 その程度の意味しかないのだろう。

 

 

 自身の記憶にある、アルトリアとの姿とは瓜二つながらあまりにもかけ離れていて結びつかない。

 

 

 彼女は思わずこの光景を見て、その幼子に手を翳した。

 きっと、彼女にはこの世に生存しているという事は苦痛でしかないのだろう。そして自分は、抵抗しない子供を眠らせる様に生命を奪う事などたやすい。

 忌まわしき妹と同じ顔だが、目の前の子供はアルトリアとは重ならなかったし、自分の復讐する相手は目の前の子供ではない。決定的な部分までを違えたつもりはなかった。

 だから別に手間でもなんでもないし、時間もかからない。消費する魔力は微々たる程度。

 

 

 故に、これは慈悲でも何でもない。

 

 

 彼女はゆっくりと目の前の子供から生命力を奪おうとする。

 しかしそれを怨念達が全力で止めにかかる。それは村に来た時の比ではなく、この村全ての怨念が自らの力を全て振り絞って、自身が消滅するのも厭わないとしか思えない程だった。

 

 

 

「(この子はもう生きていても辛いだけだと、分からないのかしら。

 それともこの私がどうにかしろ、とでも?)」

 

 

 

 モルガンは怨念達の相変わらずの執念としつこさに飽き飽きし始めていた。

 

 

 ——だからこれはただの気紛れ。ただ少し、気が変わっただけ。

 

 

 単純にその少女は何かに使えるかもしれないし、自分の想像を越える何かをもたらしてくれるかもしれない。

 ただ数言会話するだけでいいし、手間にはならない。仮にこの村全ての怨念を敵にしても自分は全く揺らがない。

 

 

 もしかしたらこれは——運命なのかもしれない、と少し思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——こんばんは……お嬢さん? 良い月の日だと思わないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜に照らされながら、妖艶に、されど怖がられない様、物柔らかに。

 子供の相手をするのは得意ではないと自覚があったが、彼女は幼子に語りかける。

 

 

 幼子は自分の存在に今気付いたのかゆっくりとこちらに目を向ける。

 相変わらずその瞳は黒く濁っているし、生きている人間のものとは思えない。もしかしたら、声が聞こえたからではなく、音がしたからその方向を向いただけの事なのかもしれない。

 少し驚いている様に見えるが、返事はない。

 

 

 

「(……次、話しかけて返事をしなかったら諦めよう)」

 

 

 

 次返事をしなければ、もうどうしようのない。

 もう彼女自身では心を修復出来ない程にまでに達しているのだろう。

 そして、その心を治してまでこの子供を使う気はなかった。

 

 

 

「貴方はどうしてこんなところにいるの? 何があったか教えてくれるかしら?」

 

 

 

 問いを投げかけて、あぁ……流石に配慮に欠けた質問だったかもしれない、と思い返す。

 子供からの答えを聞かずともこの村で何が起こったかは、大体の予想はつくし、むしろ思い起こしたくない記憶を呼び出してしまい、より心を深く閉ざしてしまうかもしれない。

 しかし——

 

 

 

「…………一月ほど前に騎士達が来た……アーサー王とその騎士が来て、戦争の為の物資が足りないから、と村を、干上がらせて行った……そして……みんな死んで、自分だけが……まだ生き残ってる………」

 

 

 

 子供から返って来たのは、想像していたよりもはっきりした声だった。

 さっきまで、自分がこの世界に存在する事がどうでもいい事なのだと表していた雰囲気は鳴りを潜め、自らの記憶を確かに思い出している。

 明確な意思を持って、過去に起きた惨状を伝えている。

 

 

 

「…………みんな、死んでいった。せめて貴方だけは、生きて、欲しいって言いながら……少ない食料を渡して……数日前に母親も……死んだ、自分だけが……まだ、生きている」

 

 

 

 目の前の子供が語る出来事は、ひたすらに凄惨だった。

 その記憶を呼び出すだけで、きっと心歪む様な出来事を思い出している事を想像するのは難しくない。

 

 だが、彼女から放たれる雰囲気は、さっきまでの、そのまま世界に消えて、溶けていってしまうのではないかと思えた様な"無色"ではなくなっている。

 その見た目からは一切似つかない程に底なしで黒く、この子供の周りだけ地獄に変わってしまったのではないかと思える程に、暗い。

 

 

 

「……貴方は? ……どうして、ここに?」

 

 

 

 子供の視線が、自分の瞳と交差する。

 濁った瞳のまま、そこ無しのナニかを詰め込んだ、不気味な翡翠の瞳。

 そしてその瞳で、たださっきまでの様にこちらに向いただけではなく、明確に目の前にいる自分を認識し捉えていた。

 

 

 ——何もかもを諦め、一人、誰にも見つからない暗がりの中で孤独に息を引き取っていくのを良しとしていたであろう子供が、だ

 

 

 この世に絶望し、視線を寄越していなかった世界に、再び関心を寄越している。

 枯れ果てた白い百合は、急速に息を取り戻している。別のナニカに変わりながら。

 

 

 ——もしかしたら、本当に想像以上なのかもしれない。

 

 

 そんな思いを抱きながらモルガンは思案する。

 自分は彼女に問いを投げかけ、彼女はそれに答えた。そして今度は彼女が自分に質問をしている。彼女が聞いているのは、私が何者で、何の目的を持ってここにいるかと言う事だろう。助けて欲しい、ではなくなぜ貴方はここにいるのか。

 

 

 

「……んーー、そうねぇ……」

 

 

 

 自分の命を守りたいと、生存したいと言う欲求がないのか、もしくは、幼心の直感で自分の隠している本質的な部分を見抜いたのか、こんな森深くの村まで一人で訪れているのだから自分を救いに来たのでないと理解したのか、単純にそこまで頭を回せる余裕がないか。

 

 それに、私は彼女の問いにどう答えればいいのだろう。

 自分はアーサー王に復讐する為にこの村に来た魔女である。

 

 

 

 

「……………えぇ初めに大切な事を言うとね——

 

 

 

 

 結局モルガンは良く考えないで、問いに答えた。

 これは気紛れの一つだから、そこまで頭をいちいち回す気が起きなかった。

 

 

 

 

 

                    ————私は、魔法使いなのよ——」

 

 

 

 

 膝を折り腰を屈めて、子供と目線を合わながら、笑みを浮かべて安心させる様に答える。

 

 厳密には違う。私は魔法使いではない。正確には魔術師……いやそれすらも違う、自分は魔術使いか。

 それでも目の前の子供にいちいちそんな事を教える気はなかったし、教えたところできっと分からない。ただ自分が何者か分かりやすく伝えただけ。

 

 

 

「—————」

 

 

 

 それでも目の前の子供に、何かが触れたのか酷く驚愕している。目は驚きに溢れ、さっきまでの黒く澱んだ雰囲気は飛散している。

 あぁ、そんな顔出来るのね、と場違いにも思った。

 

 

 

「…………魔法……使い……」

 

「えぇそう。魔法使いの、モルガン」

 

「……それで、その…モルガンはなんでここに?」

 

 

 

 だがその雰囲気もまた変わり、今度は困惑に満ちた問いを彼女は私に投げかける。

 それはそうだ、私は自分が何者かを説明したが、何故ここにいるのかを説明していない。

 

 

 

「……私はね、貴方と取り引きに来たのです」

 

「……取り引き?」

 

「えぇ、取り引き。私は魔法使いですからね、大抵の事は出来ます。

 例えばそう——貴方の願いを叶える事だって出来るでしょう」

 

「……私は自分から差し出せるものを持っていない……だから、その取り引きは……」

 

「気にしなくて大丈夫ですよお嬢さん。まだ貴方の願いを聞いていないのに、こちらから要求するなんて真似はしません。

 もしかしたら、貴方から何も貰わなくても、片手間で叶えられる事かもしれないでしょう?」

 

 

 

 彼女は私から視線を外し、俯く。そして彼女は彼女自身の手を凝視していた。

 私には俯いた彼女の表情が見えない。

 

 

 ——彼女がこの問いにどう答えるかで、私と彼女の関係性が決まる。

 

 

 もし、死にたくないから助けてくれなんて願ったらどうしようか、正直言ってただの手間であるし、自分にそこまでする義理はない。村のみんなを生き返らせてくれ、と頼まれたら更に面倒くさい。

 まぁ……そうなっても妹のアルトリアと同じ顔というだけで使い道はありそうだから、別に……いいか。

 

 

 

 

 

 

 でももし——もし彼女が

 

 

 

「もし、もし……自分の願いが叶うのだとしたら……

 

 

 

              ——復讐を望んだら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     

                      ——竜をも殺せる位の力が欲しい

 

 

 

 

 

 

 彼女はそう言いながら私の目をみる。

 私はそうして彼女の目を見て、身の毛がよだつ感覚を覚えた。

 

 自分の妹と同じ深い木々の色と、透き通る空の色を落とし込んだ様な碧眼ながら、目は鷹の様に細められ、瞳の奥には黒い呪詛の炎がチラチラと燃えていた。

 中性的な美しい美貌の持ち主ながら、顔から一切の動静は抜け落ち、まるで戦場をいくつも超えてきた老兵の如く表情は消え失せ、凍りついた。

 

 決して、子供がする様な顔ではない。

 ただ彼女にあるのは、周りにある全てを燃やし、灰に還すかの如き心の炎。

 そして、その身を支える、鋼の如き凍てついた信念のみなのだと理解させられる。

 

 

 自分の妹とは一切重ならない。

 

 

 それどころか一瞬。妹と同じ翡翠に澄んでいた碧眼を——幻想種の頂点に立つ"竜"の様な、"黄鉛色に澱んだ金色"に染まった様に幻視してしまった。

 

 

 彼女は答えを示した。

 自らが欲するものを私に示した。

 彼女は私の答えを待っている。

 

 

 

「——えぇ、分かりました。貴方の願いを叶えてあげましょう」

 

 

 

 立ち上がって、微笑みながら彼女に告げる。彼女には私はどう映っているだろうか、

 神託を告げに来た天使か、自分を救いに来てくれた神か、はたまた——悪魔の取り引きをしに来た魔女か、魔女だろうな。

 

 口角が釣り上がって仕方がない、この身は今、歓喜に満ち溢れている。きっと自分の笑みは、彼女に魔女の様だと思われているに違いない。何も間違っていないが。

 

 

 

「さあ、私の手を取って。貴方は今日、生まれ変わるのです。貴方は魔女の騎士となるのです」

 

「……生まれ変わる……あぁ、いいね……本当に良い。今日は私の七歳の誕生日だ。今日私は死にそして生まれ変わった。そう思う事にする」

 

「本当に? ……今日、五月一日が貴方の生まれ日なの……?」

 

「ああ、冗談じゃなくて、本当に。凄い運命的だ。今までの誕生日の中で一番の幸運だ」

 

 

 

 彼女は私の手を取って立ち上がる。

 

 彼女は運命的だと語りながら、小さく、澄まし顔で笑った。

 それは最初に出会った時の虚無的な雰囲気とは似つかない。

 ——アルトリアとも、勿論似つかない。

 

 

 彼女が言った竜すら殺せる程の力が欲しいという願い、もちろん全力で叶えてあげよう。

 彼女の道筋を全力で応援しよう。

 

 

 

「その……本当に……いいのか? ……私から差し出せる物なんて、この命くらいしかないのに」

 

「そうでしょうね、ならあなたの命と未来を貰いましょう」

 

「……確かに自分の命を捧げないと到底無理な願いかもしれないが……私は今ここで死ぬのか……?」

 

 

 

 急に湧き出る様に、自分の願いが叶う所まで来たからか、彼女は私の言葉に訝しんだ。

 少し意地悪が過ぎた返し方だったかもしれない。もちろん私は彼女の命を奪うなんてことはしない。

 

 

 

「フフッ、ごめんなさい、少し意地悪が過ぎて勘違いされてしまった様ね。私は貴方の命と未来を奪ったりしない。私の目的はね——アーサー王に復讐する事なの」

 

「…………」

 

「だからね、貴方の願いが叶えば私の願いも叶う。なので貴方から対価として貰うものはない。

 貰わないけど、捧げなさい。

 貴方は私に命と未来を捧げて、私はその命と未来でアーサー王に復讐する。ほら間違ってないでしょ?」

 

「私は……自由意志を剥奪されて屍食鬼(グール)の様に扱われる訳ではないんだな?」

 

「へぇ……思っていたよりも頭は良さそうね、えぇその通りよ……復讐するのは、貴方」

 

 

 

 あぁ本当に想像以上だ、完璧過ぎる。

 ここまで自分が求めていた者と、一寸の狂いもなく合致した存在がいるとは。自分の人生に悲観し、諦めるでもなく、抗い続けるだけの心を持ったもの。

 ただ死体を集めに来ただけだというのに、私は私自身の——最強の切り札になれるものを発見出来てしまったかもしれないのだ。

 

 この村からいちいち死体を回収する必要もない。今からでもすぐに、彼女を育て上げる為だけに全ての時間を使いたくてしょうがない。自分に降りてきた余りの幸運に歓喜せずにはいられなかった。

 ただ、この歓喜は私だけだったのだろう。

 彼女は、まだこの状況を理解できていないのか、また困惑に溢れた問いを返す。

 

 

 

「……どうして私なんだ? ……私でいいのか? ……私よりも相応しい者を貴方なら見つける事ができるんじゃないか……?」

 

「あら、急に降りてきた幸運に自分自身が信じられないと? 私だって自分に降りてきた幸運に歓喜しているのですよ?」

 

「……私のどこが、貴方のお眼鏡に適ったんだ」

 

「フフフッ、貴方は何も考えずに私を信用してくれていいのよ? 貴方の願いと私の願いは一緒なのだから」

 

 

 

 言葉通りだ。何も考えず私を信用して欲しい。

 彼女を裏切るつもりなんてない。常に最適な行動をしてくれる、最高の切り札になるのかもしれないのだから。

 

 

 

 

「——でも本当に何も考えないただの駒を、貴方は望んでいる訳じゃないだろう」

 

 

 

 

 あぁ……この子は一体どれほど私を喜ばせてくれるというのだろうか、本当に最高だ。

 もう自分自身で笑みを零してしまうのを抑えきれそうになかった。

 

 今確信した。この子は私の最強の切り札になる。

 そしてこの子以上にアーサー王に対する切り札はきっと現れないだろうとも。

 

 私が求めていたのは精神性だ。自分と同じ志を持ち、アーサー王を滅ぼす事が出来る存在。

 自分には複数の子供がいて、その子供をアーサー王に復讐するようにと育てたが、どれも失敗に終わっている。

 

 ガウェイン、ガヘリス、ガレスは幼い頃にすぐ、ロット王の元に帰ってしまい、ガウェインに至っては太陽の騎士なんて称号を授かり、アーサー王の円卓の騎士でも上位に食い込む実力者となった。

 アグラヴェインは最初の頃は自分に対してそれなりに従順だったが、アーサー王の円卓の騎士になり、アーサー王の補佐官という立場になると急に音信不通となり、自身との関係を断ち切った。

 

 アーサー王と自分の血を分けて作り出した、ホムンクルスのモードレッドからはアーサー王に復讐しようとする意欲を感じられず、いっその事ならと、爆弾を投げつける様な感覚で放置している。

 

 

 では目の前の子は?

 

 

 語るに及ばず。

 彼女は既に答えを、十分すぎる程に示している。更に頭の回転も速いときた。非の打ちどころがない。しかも彼女の心は揺らがないだろう。私を裏切るとは到底思えない。

 私が望んでいる物、それらを力以外全て兼ね備えているのだ。ならば後は私がその力を授けるだけで、それは完成する。

 

 

 そして彼女はアルトリアと非常に似た容姿をしている。

 ——これを運命と言わずしてなんだというのか。

 

 

 

「——その問いを聞いて私は確信しました。貴方は、アーサー王を滅ぼす事が出来る最強の剣となれるでしょう。そして貴方が王をその身で倒し——貴方がこの国の王となるのです」

 

「…………」

 

「私はモルガン・ル・フェイ。

 アーサー王の……姉にして、私こそがブリテンの力を引き継ぐ本来の王です。故に私の子供となる貴方は王位を継承する資格があります。

 私は貴方の道筋を祝福しましょう。貴方は今日より生まれ変わり、魔女の加護を受けるのです。

 これからよろしくお願いしますね?」

 

「私からすれば願ってもない話だ。

 ……これより私の運命は貴方の物となった。よろしく頼む、モルガン」

 

 

 

 こうして彼女と互いに笑みを浮かべながら手を交わし、契約する。

 彼女の笑みはアルトリアが決してしない様な傲岸不遜さが滲み出ていながら、その美貌を一つも損なっていない。

 思わず、目の前にいるのが七歳の子供であるという事を忘れてしまいそうになる。

 

 白い百合というより、黒い薔薇だ。

 

 

 

「そういえば貴方の名前は?……嬉しさに舞い上がっちゃって聞くのを忘れてしまっていたので」

 

「私の名前は……"ルーナ"。私は、ルーナだ」

 

 

 

 良い名前だ。自分は捻くれていると自負しているが、彼女に良く似合う名前だと思った。

 月の名を意味し、魔性を晒す夜の月こそ、彼女には相応しい様に思えた。

 ——最後に、空に浮かぶ月を眺める。

 こんなにも月を綺麗だと感じたのは生まれて初めてかもしれない。

 

 

 

「(責任は取ってやった。義理も何もない彼女を私が保護し、助けるのだから、彼女をどうするかは私が決めてもいいでしょう? それに、貴方達の無念をこの子が晴らしてくれるのだし満足でしょう?)」

 

 

 

 虚空にそう微笑みかけると徐々に怨念の圧が消えていく。

 満足したのか、もう自分を維持する事ができなくなったのかは分からない。 最後に、視界の端に微笑みかける様に消えていく、女性と青年の霊が見えた。彼女は随分と愛されていたのだろう、きっと。

 

 そしてそれ故に、その愛を全て失った彼女は——内側に灯った復讐の炎を絶やすことをしないだろう。

 

 

 

「それで、何か持っていくものはある?」

 

「いや……何もない」

 

「そう。それじゃあ、行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、本来なら存在せず。そしてそのまま死んでいったであろう、異邦の記憶と知識を有する子供は、魔女に拾われる事となった。

 本来なら噛み合わず、また交差することもない運命の歯車。

 

 

 

 

 

 その日、運命が変わり始める。

 

 

  




 
 Q 復讐物?

 A 復讐物じゃないです。アンチヘイトでもないです。
  でも……かなり重たいかもしれないけど……
 


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第5話 血塗られた誓い 後編

 
 鬱展開あり。
 


 

 

 

 何故自分はまだ生きているんだろう?

 そんな自問自答を何回も繰り返して来た。

 そして結局、一つの結論しか出てこない。

 

 

 ——自分の為に誰かが死んでいるからだ。

 

 

 アーサー王とその騎士が村に来てからも、相変わらず地獄は終わらなかった。

 最初の一週間は凄惨だった。

 

 他の家屋から時々聞こえて来る、罵声やすすり泣く様な悲鳴。朝も夜も聞こえて来る、泣き喚く声。

 村に狂気が蔓延し続けていた。残り少ない水、限られた食糧。人々の希望の騎士達に裏切られた怒り。人々から余裕を奪い去っていったのは当然のことだった。

 

 私の家は、騎士が何も持って行かなかったから、他の家よりも少しは余裕があった。それ故、少し食糧を分けて欲しいと言う声も当たり前にあった。

 そして家に少し上がって、私達家族の姿を見て——何も言わずに帰っていった。

 

 頭を大きく怪我し、頭に巻いた包帯を赤く濡らしてベッドから動かない兄。

 その兄の側から離れず、死んだ様な目で一言も喋らず黙りこくり、塞ぎ込んだ私。

 そんな二人をなんとかしようとして、空回り続ける憔悴した母親。

 

 これを見て多くの人は何も言わず帰っていった。

 一部の人は、母親と何かを話して母親と抱き合い、そしてその後、私を抱きしめて頭を撫でながら——

 

 

 

「貴方達だけでもなんとか生きて欲しい」

 

 

 

 そう言って少ない食料を渡していって、数日後、餓死していった。

 

 兄が起きたのは騎士達が来てから三日後だった。

 兄は起きて、自分はどのくらい寝ていたか、今どんな状況なのかを聞いて、短絡的な行動に走ってしまったのを謝ってから、森に入っていった。

 母親はそんな兄を止めたが、自分に出来る事はこれしか無い、結局このままなら死ぬだけだと告げて、母親に妹を頼むと言い残して、家から出ていった。

 

 村からはまだ死にたくないから。

 ——私を助けてやりたいから、そういう人々と一緒に森に入っていった。

 

 

 二週間経って更に人は死んでいった。ひもじさで命を落とす人達。森に入ってそのまま帰らなかった人々。

 

 

 帰ってきた兄は、血だらけだった。

 手足は傷だらけで、片目が空いてない。何があったかは詳しくは分からない。森で道を踏み外したのか、獣に襲われたのか。

 

 

「あぁ、良かった。戻ってこられなかったら……意味がないからな」

「お前だけでも……生き残ってくれ……」

 

 

 

 そう言って震える手で森から取ってきたであろう、木の実や果物を私に差し出して——結局、私が兄の手を掴み取る前に力尽きて、木の実と果物は地面に散乱した。

 

 死んだのだ。今この瞬間兄は死んだ。もう、彼が動く事はない。

 その表情豊かな顔が、笑みになる事も怒りになる事もなくなった。

 永遠にこの世界から、その姿を消したのだ。

 

 私の為に、死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 私は、まだ、生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 三週間が経ち、村で生きている人々は私と母親だけになった。みんな、私達家族を生かす為に自分達が生きるのを放棄した。

 母親は自分の息子を亡くしていながら、一度も泣かず、私を励まし続けた。自分でも明らかに無理していると分かる笑みで、私に微笑みかけた。

 その愛を受け取るのが"変わってしまった私"ということが申し訳なく思いながらも、この愛をずっと手放したくはないと強く思っていた。

 

 

 

 みんな死んだ。

 

 

 

 私を孫の様に可愛がってくれた村の老婆は

 

「貴方だけでも生き残ってくれれば、私達は十分よ」

 

 と言って死んだ。

 

 

 

 私に道徳を教えてくれた厳しい村の長老は初めて見るような、笑顔で

 

「お前さんが生き残ってくれれば、それでいい」

 

 そう言い残して息を引き取った。

 

 

 

 

 そして三週間目の最後。

 

 

 

 

「守り切れなくて……ごめんね……」

「貴方だけでも……なんとか生き残って……」

「生きていれば…………きっと良い事があるから……」

 

「……ごめんね……ごめんね……」

 

 

 

 そう、私を抱きしめながら、私に謝り続けて、力尽きる様に母親も亡くなった。きっと永遠に忘れる事はない。 

 

 徐々に、体を支えきれなくなって

 私に、体重を預けて、重みを増していった

 母親の、亡骸の重さは、心と体にずっと焼き付いている。

 

 

 

 

 

 

 

 私は、まだ、生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 後に残された私は、亡くなっていった人々を弔っていった。

 土に埋めて埋葬するまでは気力は起きなかった。精々、亡くなっていった人々をその人の家のベッドに乗せて、頭元に花を手向けるくらい。

 

 多くの人はベッドでそのまま眠るように亡くなっていたし、家の中にある死体をベッドに運ぶくらいには"軽くなっていた"から私でも出来た。森に行って帰って来なかった人々はどうしようもなかった。

 

 人々を弔う度に、鮮明に記憶を思いだせる。

 みんながみんな、私に愛を送ってくれていた事。この村が私の全てだったという事。例え、自分が何者か分からなくなっても、今までの、この村での出来事を思い起こせる。

 

 みんな死んだ

 

 

 

 

 

 

 

 私は、まだ——生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 そして四週間が経ち、私は今"自分"が目覚めた場所にいる。

 大木に背を預けて空を見る。花は弔いに使って、疎らだし、残った花は枯れ初めていた。花に与えていた水も生きる為に使ったからだ。

 大木の所にいるのは、家から良い匂いが、しないからだ。自分の家からも、他の家からも。だから、まだ枯れてはいるけれど、花の影響で少し匂いが和らいでいる、この広場にいる。

 

 

 直に——私も死ぬだろう。

 

 

 食料はもうない。

 水は切れた。忌々しい事に、トドメを刺すかのように雨が降らない。数日で川も乾くだろう。井戸の水ももうない。

 ……そういえば、この時代のブリテン島は神代の空気が残された最後の土地だから、土地は衰退する一方だったな、という事も思いだした。

 

 

 あぁ、何故私は、こんな記憶を思いだしたのだろうか、

 そもそも私は、"前世の記憶を思い出したのか"、"別の人格が憑依したのか"。

 答えは出ない。

 

 

 結局この記憶は、私を苦しめる事しかしていない。

 この記憶の所為で私は"私"として、兄と母親の死を、みんなの死を悲しむ事が出来なかった。歳不相応な思考能力は、この状況と惨状を寸分の狂いなく、明瞭に伝えてくれている。

 きっと前世という物があるなら、私は前世で世を震撼させる程の大罪人だったに違いない。確かめる手段はないけれど。

 

 

 思考も、何処か鈍くなって来た。体を投げ出し、意味もなく月を見ている。本当に意味はない。ただ私の向いている方向に月があるだけ。

 死ぬとしたら、餓死だろうか、その前に脱水症状で死ぬのだろうか。 

 それを免れる為には、森に入らないと行けないのだろうが、私では帰って来れないだろう。

 

 

 あぁ、眠る様に死ぬ事が出来たらまだきっと楽なのだろうが、ここはきっと地獄だろうから無理に違いない。

 

 

 

 "お前だけでも……生き残ってくれ……"

 "貴方だけでも生き残ってくれれば、私達は十分よ"

 "お前さんが生き残ってくれれば、それでいい"

 "貴方だけでも……なんとか生き残って……"

 

 

 私は死ぬ。私の代わりにみんな死んでいったのに、結局、私も死ぬ。

 

 

 

 

 

 ——私の人生は、一体なんだったんだろう——

 

 

 

 

 

 こうして、私は苦しむ為だけに生まれたのか。

 私は有象無象の様に、等しく、ゴミの様に死ぬのか——

 

 

 私は月を見ている。

 ——だから私は、それに気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——こんばんは……お嬢さん? 良い月の日だと思わないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はそう言って優しく語りかけてくる女性を見て、咄嗟に返事をする事が出来なかった。

 だってそれは——余りにも美しかったから。

 

 胸元が開かれて強調させた、黒と青を基調にしたドレスローブに、ドレスと同じ色彩のティアラ。そして顔元を覆い隠す、黒のフェイスベール。

 半透明なベールから見て取れる顔立ちは余りにも見目麗しい。

 琥珀の様な金色の瞳と、いっそ不気味さが際立つ程に白く美しい肌は、人ならざる魔性の佇まいだった。

 

 普通の女性がやれば、浮ついただけの艶の乗った微笑になるだろう表情は、彼女の雰囲気を損なわず、むしろその表情こそ彼女の為にあるのだと感じれる様な魔女の笑みとなった。

 私は彼女以上に美しい人を知らないし、きっと彼女より美しいと思える人はもう現れることはないだろう。

 

 星の輝く光ではなく、夜の月の光を落とし込んだ様な薄くきめ細やかな金色の髪が、月の逆光に靡いていた。

 彼女は、まるで夜を支配する魔女の様だ。いいや……本当に彼女は魔女だ。私は彼女を知っている。でも何故、ここに……?

 

 

 

「貴方はどうしてこんなところにいるの? 何があったか教えてくれるかしら?」

 

 

 

 自分の困惑を余所に彼女は私に質問をしてくる。

 魔女モルガン。妖妃モルガン。復讐の魔女。アーサー王伝説に出てくる悪役。

 

 そんな彼女に私は質問されている。

 でも自分の記憶にある知識とは似つかわしくないほど彼女の声は優しい。このまま困惑したまま返事をしないとどうなるか分からない。疑問はあったが私は彼女の問いに答えた。

 

 

 

「…………一月ほど前に騎士達が来た……アーサー王とその騎士が来て、戦争の為の物資が足りないから、と村を、干上がらせて行った……そして……みんな死んで、自分だけが……まだ生き残ってる………」

 

「…………みんな、死んでいった。せめて貴方だけは、生きて、欲しいって言いながら……少ない食料を渡して……数日前に母親も……死んだ、自分だけが……まだ、生きている」

 

 

 

 彼女にこの村で何が起きたのか、しっかりと伝えようとしながらも、何度か言葉を曇らせる。

 言葉にする度にその苦痛を蘇らせる。でも、ここで言葉を途切らせる事は出来ない。

 

 

 

「……貴方は? ……どうして、ここに?」

 

 

 

 私は問いに答え終わり、自ら疑問を解消する為、モルガンに問い返す。 

 流石に機嫌を損ねて、攻撃されるというのは……ないと思いたい。でも、それも悪くはないとも思ってしまう。

 ただこの村で起きた出来事を聞いただけで、用が済んだら消される可能性があるかもしれないが、結局私は後死ぬしかないし、むしろそうなったら一瞬で死ねるから楽になれるだろう。

 問い返すこの行為に私が損をする要素はなかった。

 

 

 

「……んーー、そうねぇ……」

 

 

 

 彼女は機嫌を損なう事をせず、思っていた以上に真剣に考えている。

 口元に人差し指を当てながら考える姿は、恐ろしく蠱惑的だ。彼女からしたら私が正体を知っているとは思いもしないだろうからか、明かす情報を選んでいるのかもしれない。

 明かす情報を選んでいる……?

 

 

 ——自分に明かすべきか、そうでないかの情報をいちいち吟味しているのか? 何故……?

 

 

 自分はただの子供で、なんの力も持たない。

 情報を吟味するとは、私がその情報を受け取った場合にどの様に行動するかを考えて操作しようとするという事。自分に何かを期待しているとでも彼女はいうのか……?

 適当に話ではなく、彼女はずっと真剣に考えている。

 

 

 

 

「……………えぇ初めに大切な事を言うとね(初めに言っておくとね)——

       

 

 

 

 

 

                    ————私は、魔法使いなのよ(僕は、魔法使いなんだ)——」

         

 

 

 

 

 

 

 言葉が重なる。

 私はこれと似た光景を知っている。

 自分が持つ異邦の知識とそれが重なる。

 

 生涯を通じて、何も成し遂げられず、何も勝ち取る事が出来なかったある男が、一つだけ、燃える地獄の中で得る事が出来た希望。自分がその命を救った筈なのに、より自分が救われた、一人だけ救う事が出来た命。

 その命に、その男が改めて出会った時に、男が語った言葉。自分が何者であるか。

 

 ——これは偶然……なのか?

 

 

 

「…………魔法……使い……」

 

「えぇそう。魔法使いの、モルガン」

 

「……それで、その…モルガンはなんでここに?」

 

 

 

 彼女は言った。自分は魔法使いだと。

 子供の私に敢えて分かりやすい様に、魔術師ではなく、魔法使いだと。

 まるで私の反応を見て、何かを見極めようとしている様に感じられた。

 

 

 

「……私はね、貴方と取り引きに来たのです」

 

「……取り引き?」

 

「えぇ、取り引き。私は魔法使いですからね、大抵の事は出来ます。

 例えばそう——貴方の願いを叶える事だって出来るでしょう」

 

「……私は自分から差し出せるものを持っていない……だから、その取り引きは……」

 

「気にしなくて大丈夫ですよお嬢さん。まだ貴方の願いを聞いていないのに、こちらから要求するなんて真似はしません。

 もしかしたら、貴方から何も貰わなくても、片手間で叶えられる事かもしれないでしょう?」

 

 

 

 彼女は言った。これは取り引きなのだと。

 

 何の力も持たず、何の加護もない私をいちいち助ける必要はない。

 取り引きなのだとしても私が差し出せるものはない。魔女のモルガンが無辜の人間である、私を助けるメリットがない。片手間で叶えられるかもしれないでしょ、と言ったがそれはきっと嘘だ。

 確信した。私の反応を見て、返答を確かめて、何かを見極めようとしている。

 

 

 ——私がこの後どう答えるかで、私とモルガンの関係性が決まる。

 

 

 これはどう考えても私が生きるか、死ぬか。そしてその後の人生が私の返答によって、一発で決まる。私の運命が変わる、儀式だ。

 考えろ。モルガンは何を望んでいる?

 そして私は何がしたい?

 

 モルガンが望んでいるのはきっとアーサー王への復讐。

 この世界がFateの世界だというのなら、間違いなくアーサー王に対する怨みを持ち合わせてここにいるに違いない。

 そもそも、原典のアーサー王伝説でも、妖妃モルガンは徹底してアーサー王の悪役として描かれているのだ。これは間違っているとは思えない。

 

 

 そして私に対してアーサー王の復讐に使える何かを見出している。

 

 

 いちいちこんな村に訪れているんだ。多分アーサー王が村を干上がらせたという情報を入手して、この村に来ている。

 おおよそ、この村が使えるという風に考えていて、そこでまだ生き残っていた私を見つけて、気紛れか何かはわからないが今に至るという事。

 

 まだ疑問は残るがそれは今判断できない。

 私がアーサー王に対する道具として使えるかどうか判断しているという事で、多分合っている筈。

 

 

 

 

 それじゃあ、私は——どうする?

 私はアーサー王に——復讐したいのか?

 

 

 

 

 分からない。何も……分からなかった。

 今まで見ない様にしていた部分を直視する事になって思考が上手くまとまらない。

 

 多分、まだ確信出来ないけれど、この世界のアーサー王は、男性のプロトアーサーではなく女性のアルトリア時空。そして、プロトアーサー時空では知らないが、アルトリア時空に出てくる情報の中で出てきた、こんな情報。

 

 

 ——島を守る戦いの為に、小さな村を干上がらせて軍備を整える、という話。

 

 

 そして村に来た騎士が言っていた情報。

 

 

 ——卑王ヴォーティガーンとの決戦。

 

 

 これらの情報を合わせるに、アーサーが駆け抜けた、十二の会戦。その序盤。白亜の城キャメロットが出来上がる前の話。今は、キャメロットが出来上がる前で、円卓の騎士の冒険が花開く前の話。

 城塞都市ロンディニウムを支配する、ブリテン島を脅かす卑王ヴォーティガーンを倒す少し前の時間なのだろう。べドグレイン城とやらは詳しく知らないが多分、十二の会戦のどれかの話。

 

 きっとヴォーティガーンとの決戦を間近に控えて、一切の余裕がないのだろう。

 ヴォーティガーンを倒し、多くの人々を救う為に、私達の様な少ない人々を切り捨てる判断をしなければならなくなったのだろう。

 

 私の知識が正しければ、アーサー王こと、アルトリアは村を滅ぼしに来た下劣な悪党などではまずない。

 そもそも、そんな存在なら騎士は付いて来ないし、王にもなれない。

 

 どちらか一方しか救えないと判断した上で、血も滲む様な思いで選択したのだろう。

 それでも彼女は、上に立つ者として、より多くを救う為に、選択したのだろう。

 彼女には、何処にも間違いはない。

 

 そんな完璧な王を誰が恨めようか。

 

 

 

 

 ならば

 

 

 

 

 ならば——私は何を恨めばいい?

 

 

 

 

 

 

 この村の人々は?

 村のみんなの嘆きは? 悲哀は? 慟哭は? みんなの……未来は……

 

 

 ——みんな死んだ。兄も母親も。

 

 

 この怒りと憎しみはどこに向かえばいい。この惨状を引き起こす原因になったヴォーティガーンを恨めとでもいうのか。

 ……仮に出来たとしてもヴォーティガーンは私ではなく、円卓の騎士とアルトリアによって倒される。そうすれば、本当に行き場を無くす。

 仇を取ってくれた? だから何だと言うのか。

 

 

 この自分自身に宿った我が身を内側から燃やし続ける炎は何処に向かえばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ……私は——どうすればいい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 "貴方だけでも……なんとか生き残って……"

 "生きていれば……きっといい事があるから…"

 

 

 

 言葉が蘇る。

 あぁ、そうだ。そうなんだ。私は、まだ、生きている。みんな、私の、私なんかの為に死んでいったから。だから、私が死ねば、本当に何もかもが消える。消えていってしまう。

 私が意味もなく死んでしまえば、それこそ何の為に私に命を捧げていったのかすら分からなくなってしまう。

 

 私は、まだ——生きている。

 私は、何十人という人々の死体の上で、生きているのだ。

 

 

 

 

 

「もし、もし……自分の願いが叶うのだとしたら……

 

 

 

 

 私が選べる選択肢は二つ。ここで死ぬか、生き続けるか。

 私は死ねない。私は死ぬまで——生き続ける。私は死ぬまで、私に捧げられた命に意味はあったのだと証明し続ける。

 きっと、自分よりも誇り高い人々すら自分が生き残る為に殺す事になるかもしれない。私よりも救われる筈の人々を地獄に落としてでも、意地汚く生きようとするかも知れない。

 

 いいや……このエゴを貫けばきっとそうなる。そしてこのエゴを貫くには力がいる。自分に振り返る災厄を、次こそは払い退けられる力が。

 それでも、それでも……私は……私は——

 

 

 

 

 

 

 

               ——戦ってやる。

 

 

 

 

 

 "たとえ何があろうと"

 "たとえ何かを失おうと"

 "たとえ何と引き換えようと"

 "たとえその先に避け得ない、破滅があろうと"

 

 

 

 

 

               ——死ぬまで戦ってやる。

 

 

 

 

 

 私は"人々"の為に、生きると誓う。

 私は願う。だから私は——

 

 

 

 

 

                    ——竜をも殺せる位の力が欲しい

 

 

 

 

 

 モルガンにだって魂を売ってやろう。

 魔女の騎士にだってなってやろう。

 どれ程の怨嗟を抱えても、私は最期まで立ち続けてやろう。

 

 

 私は彼女と視線を合わせながら、モルガンに私の願いを伝えた。

 ここで彼女に舐められたら、私は終わる。いっそ睨み付けるくらいの、力を込めてモルガンの瞳を凝視した。

 彼女の金の瞳には、何か、別の輝きが宿り始めている様に感じた。

 

 

 

「——えぇ、分かりました。貴方の願いを叶えてあげましょう」

 

 

 

 聞こえてくるのは快諾の言葉。彼女の笑みはさっきまでのよりも尚深くなり、より魔女の様だった。明らかに演技ではなく、心の底から笑っているのだと分かるくらいの歓喜。きっと彼女の本当の顔なのだろう。

 

 

 

「さあ、私の手を取って。貴方は今日、生まれ変わるのです。貴方は魔女の騎士となるのです」

 

 

 

 生まれ変わる。本当にその通りだ。今さっき、私は"私"自身を殺したに等しい。

 純粋無垢だった"私"との完璧なる別れ。この村の一員として、何も知らず生きていた、"私"は死んだ。"自分"の記憶と知識を有する、新たな"私"となった。

 更に言えば、今日は私の誕生日だった。これを運命と言わずして何と言うのだろう。

 

 

 

「……生まれ変わる……あぁ、いいね……本当に良い。今日は私の七歳の誕生日だ。今日私は死にそして生まれ変わった。そう思う事にする」

 

「本当に? ……今日、五月一日が貴方の生まれ日なの……?」

 

「ああ、冗談じゃなくて、本当に。凄い運命的だ。今までの誕生日の中で一番の幸運だ」

 

 

 

 きっとこれ程の幸運はない。運命を感じられずにはいられない。

 でもそれは所詮は私から見ればの話だ。モルガンから見たらどうなのか分からない。何故私なのか。まさか、ただの気紛れ……?

 

 

 

「その……本当に……いいのか? ……私から差し出せる物なんて、この命くらいしかないのに」

 

「そうでしょうね、ならあなたの命と未来を貰いましょう」

 

「……確かに自分の命を捧げないと到底無理な願いかもしれないが……私は今ここで死ぬのか……?」

 

 

 

 駄目だ……私は、死ねない。死ねないから、今さっき誓ったんだ。それでは意味がない。

 

 

 

「フフッ、ごめんなさい、少し意地悪が過ぎて勘違いされてしまった様ね。私は貴方の命と未来を奪ったりしない。私の目的はね——アーサー王に復讐する事なの」

 

「…………」

 

「だからね、貴方の願いが叶えば私の願いも叶う。なので貴方から対価として貰うものはない。

 貰わないけど、捧げなさい。

 貴方は私に命と未来を捧げて、私はその命と未来でアーサー王に復讐する。ほら間違ってないでしょ?」

 

「私は……自由意志を剥奪されて屍食鬼(グール)の様に扱われる訳ではないんだな?」

 

「へぇ……思っていたよりも頭は良さそうね、えぇその通りよ……復讐するのは、貴方」

 

 

 

 彼女は揶揄う様に笑いながら答えていた。しかし、瞳の奥底に秘めた彼女の歪んだ精神は鳥肌が立つ程に恐ろしい。

 ……やっぱり油断出来ない。少しでも隙を見せようものならすぐに呑み込まれそうだ。

 

 隙を見せなくとも、望まれている期待に応えられなかったら、躊躇いなく見限られるだろう、きっと。相手は国を相手取る気しかない魔女なのだから。

 

 

 

「……どうして私なんだ? ……私でいいのか? ……私よりも相応しい者を貴方なら見つける事ができるんじゃないか……?」

 

 

 

 最初からある一つの疑問。何故私なのか、私でいいのか。それがずっと分からない。

 モルガンはアーサー王の復讐、及び王位の奪還の為に様々なことをしている。結局それは大して役に立っておらず、自分の子供すら使うという手段にまで講じている

 

 

 そしてその果てが——反逆の騎士モードレッドだ。

 

 

 モードレッドはまだ生まれていないのか、生まれているが、私に切り替えたのか。

 もちろん、モードレッドはどうしたのか? なんて聞ける筈がない。私はそんな情報、本当なら知る由もない。

 

 

 

「あら、急に降りてきた幸運に自分自身が信じられないと? 私だって自分に降りてきた幸運に歓喜しているのですよ?」

 

「……私の何処が、貴方のお眼鏡に適ったんだ」

 

「フフフッ、貴方は何も考えずに私を信用してくれていいのよ? 貴方の願いと私の願いは一緒なのだから」

 

 

 

 結局情報は引き出せなかった。

 しつこく聞いても不審がられるだけだろう。

 

 そして何も考えないただの、道具を望んでいる様に聞こえるが、明らかに嘘だ。駒でいいなら、ホムンクルスでいい。いちいち私を助けるなんて、手間をかける必要がない。

 

 

 

「——でも本当に何も考えないただの駒を、貴方は望んでいる訳じゃないだろう」

 

「——その問いを聞いて私は確信しました。貴方は、アーサー王を滅ぼす事が出来る最強の剣となれるでしょう。そして貴方が王をその身で倒し——貴方がこの国の王となるのです。」

 

 

 

 どうやら、私は選択肢を正解する事が出来たらしい。

 先程と若干、雰囲気が変わる。

 

 多分、認めて貰ったのだと思う……思いたい。

 必要以上にハードルを上げてしまった感じがしないでもないが、使い捨てても構わない駒よりは、まあまあ大事にした方がいい道具の方がマシだろう……多分。

 

 

「私はモルガン・ル・フェイ。

 アーサー王の……姉にして、私こそがブリテンの力を引き継ぐ本来の王です。故に私の子供となる貴方は王位を継承する資格があります。

 私は貴方の道筋を祝福しましょう。貴方は今日より生まれ変わり、魔女の加護を受けるのです。

 これからよろしくお願いしますね?」

 

 

 

 言葉が重なる。モルガンがモードレッドに語ったその言葉と。

 今、モードレッドがどうなっているのか分からない。私とモードレッドの両方使う気なのか私という存在で……モードレッドは消えてしまったのか……結局、今の私には判断がつかないし、考えても仕方がない。

 元より私には選択肢は一つしかなかった。

 

 

 

「私からすれば願ってもない話だ。

 ……これより私の運命は貴方の物となった。よろしく頼む、モルガン」

 

 

 

 互いに微笑みながら、握手をする。

 

 これは悪魔の取り引きだな。

 それに応じる私も私だし、なんなら私はモルガンを利用し尽くしてやる、とすら考えている。

 ……バレたらきっと殺される。

 

 それでも私はやると誓った。

 

 

 

「そういえば貴方の名前は? ……嬉しさに舞い上がっちゃって聞くのを忘れてしまっていたので」

 

 

 

 歓喜に高揚した顔で、彼女は私に言葉を返す。

 そういえばそうだった。私は自分の名前を教えていない。

 …………自分は私の名前を、使っていいのだろうか……

 

 いや……私は、私だ。

 私ではない、別の記憶を有していようと、私なんだ。私はこの村で生まれて、そして育った。私は忘れない。この村の人々を。

 ——そして、みんなの死を無駄にはしない。

 

 

 

「私の名前は……"ルーナ"。私は、ルーナだ。」

 

 

 

 私は、ずっと私だ。

 

 

 

「それで、何か持っていくものはある?」

 

「いや……何もない」

 

「そう。それじゃあ、行きましょうか」

 

 

 

 持っていくものは何もない。でも置いていくものはある。

 私はこの村で一回死んで、二回生まれた。だから次の死は絶対に無駄にしない。私はこの村で育った。

 

 

 私がこの村でもらった記憶。

 私が、授かった村の全て。

 全員から貰った愛情の全て。

 

 

 私の"人としての感情"

 私の、心。

 

 

 

 ——全てこの村に、置いて行きます。

 

 

 

 だから

 

 

 

 みんなありがとう。

 

 

 

 そして——さようなら。

 

 

 

 私は貴方達に誓います。

 私はこの村に生きていた全員に誓います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モルガンの背を追い、付いていく。

 そして最後に、名残惜しむ様に振り返って村を見た。

 

 

 

 

 

     大木と花の広場には、

 

 

 

 

                       ——黒い薔薇が咲いていた。

 

 



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第6話 決戦

 
 主人公の話ではありません。
 1万字超えです。



 

   

 

 騎士王アーサーが、選定の剣カリバーンを引き抜いてから九年。

 第四の会戦に勝利してから一年弱。

 

 第四の会戦で奪還に成功した、ブリテン島南部に存在するベドグレイン城にて、アーサー王達は着々とヴォーティガーンとの決戦に向けて準備をしていた。

 ペドグレイン城奪還に勝利してから、選定の剣の輝きが消えた事に対し、彼女は大きく動揺しながらも、それを誰にも悟られない様にと、カリバーンの事を隠し続けた。

 

 これはすぐさま、花の魔術師マーリンによって解決する事になる。

 マーリンはこれを真の聖剣——星の光を束ねた、黄金に輝く星の聖剣を得る為に必要な儀式なのだ、と言い。

 彼女は湖の乙女、ヴィヴィアンから新たな剣——星の聖剣、約束された勝利の剣(エクスカリバー)を得た。

 

 こうして彼女は輝きを失った選定の剣の代わりに星の聖剣を使う様になり、選定の剣が輝きを失ったという事実は完璧に隠される事となった。

 ——アルトリア自身に、自分は王に相応しくないのでは? という昏い影を落としながら。

 それでも彼女はその事を誰にも悟らせず、また感情に出す事もなく政務に励んだ。

 

 

 卑王ヴォーティガーンとの決戦はすぐそこまで迫っている。

 ブリテンの運命が決まる、決戦。

 

 そして遂にヴォーティガーンも重い腰を上げ、アーサー王の軍団と戦う為に動き出した。

 ヴォーティガーンは蛮族達を集め、己の居城にしたロンディニウムに集結させる。

 ブリテン島の守りの要。城塞都市ロンディニウムでの決戦。

 ブリテン島の運命が分かれる、第五の開戦。

 アーサー王の軍団と、ヴォーティガーンの軍団は、ロンディニウム城の近くの平原で相対する。

 

 

 ——最初の一撃はアーサー王からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ————約束された勝利の剣(エクスカリバー)ァァァァァァ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の竜の心臓によって作られた膨大な魔力が、剣によって一つの形となる。

 魔力は収束、加速し、光輝く断層となって放たれた究極の斬撃は、光の奔流となり、射線上にある全ての物を等しく消し飛ばしていく。

 

 蛮族達が用意した、石塀や堀、障壁は刹那すらも耐えられず、また射線をずらす事すらも出来ず、その後ろにいる蛮族諸共、一切合切を蒸発させていく。

 更に射線上にある、ヴォーティガーンの居城。魔術で強化されたロンディニウムの城壁すら食い破ってみせ、ロンディニウム城の本陣がその姿を見せる。

 

 ただの一振り。ただの一撃。

 ローマ建国時代の居城、幾千にも張り巡らされた魔術で強化されたロンディニウムでなければ、城一つを地図上から消失させるに足る"対城"と表しても良い様な攻撃。

 あらゆる聖剣の中で、頂点に君臨する聖剣から放たれた光はロンディニウム城の周辺に集まった、蛮族の四割近くを一撃で消しとばした。

 

 乱世に荒れた世を照らすが如きその一撃に、騎士達は希望と栄光を見出し、蛮族達は戦意を恐怖に変えられた。

 戦場に出来たアーサー王とロンディニウム城を繋ぐ、一直線の空白地帯。そこに騎馬に乗った騎士達は雪崩れ込み、蛮族達を斬り伏せていく。

 

 

 圧勝だった。

 

 

 更にアーサー王達は城塞都市、内部を占拠する蛮族達を倒し、ロンディニウムを奪還し、遂に卑王が立て籠る玉座に攻め入った。 

 敵は卑王のみ。

 そしてこちらは無傷の王と精鋭の騎士達。

 もはや戦うまでもなく、勝利は決したと誰もが思った。

 

 

 ……卑王の実力を見抜いていたのはアーサー王だけだった。

 

 

 

 

 「なぜ争う。なぜ認めぬ。なぜ人であろうとする」

 「ブリテンは滅びねばならぬ。お前達は死に絶えねばならぬ」

 「いずれ人間どもの手で島が穢されるのならば、我が手で原始に還す」

 「——大いなるブリテンを地獄に」

 「未来永劫人間の住めぬ、暗黒の楽土に変えねばならん」

 

 

 

 

 魂を揺さぶるが如き不気味な言葉とともに、朽ち果てた玉座に黒い影が集まる。まるで世界に空いた穴の様に、辺りが暗雲に支配されていく。

 ヴォーティガーンが身につけている鎧は急速に、黒く染まり、赤い稲妻の様な線が走っていた。

 

 

 ——まるで竜の鱗の様に。

 

 

 騎士達の戸惑いが命取りとなった。

 魔竜となったヴォーティガーンから放たれる竜の息吹。

 まるで星の聖剣の光を反転された様な、禍々しい黒い極光が騎士達を襲う。

 

 多くの騎士達がその一撃で蒸発し、円卓の騎士達も戦闘不能まで追いやられた。

 耐えられたのは黒い息吹に対抗できる、聖剣を持ったアーサー王とガウェインだけだった。

 

 しかし、太陽の聖剣(ガラティーン)は輝きを奪われ、星の聖剣(エクスカリバー)も微かに灯るかがり火の様になってしまう。

 それでもアーサー王はガウェインに笑いかけた。

 

 

 

「……さすがは太陽の騎士、屈強なりガウェイン卿。見よ。貴公の光はヤツの胃に収まりきらなかったと見える。

 卑王はガラティーンの光を飲み込んだ事でエクスカリバーの光までは飲み込めなかったらしい」

 

 

 

 そう言い残し、アーサー王は単身で魔竜と打ち合いにかかった。

 

 本当は違う。

 ガウェインは見ていたのだ。魔竜の極光を浴びる瞬間に自分を庇った、アーサー王の姿を。太陽の聖剣(ガラティーン)星の聖剣(エクスカリバー)の光を守ったのではなく、その輝きを減らしてしまったのだ。

 

 荒れ狂い吹き荒ぶ嵐の中で、僅かなかがり火では直ぐに消える。

 残り続ける訳がない。

 

 それでも——その光は消えなかった。

 弱々しくともその光は決して消えず、かすかに残る光を手繰り寄せ、ただ一人で竜と戦う騎士の姿。

 その光景は嵐の中の寄る辺として輝き続けた。

 

 ガウェインはその姿に、騎士の理想の体現を思い浮かべる。かの王こそが、輝ける星の光。そうしてガウェインは震える体を押し込め、王と共に魔竜に切りかかった。

 

 

 戦いは数時間に及んだ。

 玉座はとっくに崩壊し、魔竜は城塞を破壊しながら、騎士達の武器を、血肉を、城塞の瓦礫を巻き込みながら巨大化する。

 ガウェインは理解する。ヴォーティガーンはブリテン島そのものなのだと。竜の血を飲み込んだヴォーティガーンはもはや一つの部族の王ではなくなり、人間である事をやめていた。

 いかにアーサー王の魔力が竜に通ずるものだとしても、相手はブリテン島全ての魔力をその身に写し込み、肉体とする者。

 

 ——誰から見ても勝算は皆無だった。

 ガウェインは王の背中を守りながら進言する。

 

 

 

「アーサー王! 敵はブリテン島全てを肉体とするもの……聖剣と云えど、敵いませぬ! ……今は撤退を!」

 

 

 

 しかし、光はまだ消えず輝く。

 アーサー王は再び笑いかけながら、空を仰ぎ、魔竜を睨みつけながら語る。 

 

 

 

「もう少しだけ手を貸すものだぞ、ガウェイン卿。

 私と貴公が揃っているのだ。島の癇癪の一つや二つ、聖剣の担い手なら鎮めなくては立つ瀬がない」

 

 

 

 涼やかな微笑み一つを受け、ガウェインに萎えかけていた闘志が再び宿った。

 ヴォーティガーンに恐れを抱いてしまった己を恥じ入り、先陣を切るアーサー王の後ろ姿に、ガウェインはブリテンの良き未来を確信する。

 自分よりも小柄な姿でありながら、誰よりも強靭に竜に立ち向かうその姿は、ガウェインに、己の剣を捧げるに足る存在なのだと完璧に認識させた。

 再び、アーサー王と共にガウェインは魔竜に立ち向かう。

 

 そして遂に勝機が訪れた。

 魔竜が城塞の一部に手を置いた瞬間、ガウェインは己の聖剣を魔竜の手に突き刺したのだ。

 

 

 

「——王! 魔竜の手を封じました!!」

 

「——ッ、それでこそガウェイン卿! もう片方も塞げば……これで空には逃げられまい!」

 

 

 

 アーサー王が魔竜のもう片方の手に自分の聖剣を突き刺し、魔竜の自由を奪う。

 魔竜は悲鳴の如き咆哮を上げるが、聖剣は抜けない。

 

 

 

「……ですが、それでは、もう武器が!」

 

 

 

 勝機を作り出す事はできたが、もう二人とも武器がない。

 聖剣を引けば魔竜はまた空に浮かんでしまう。

 万策尽きてしまったかとガウェインが思った瞬間——

 

 

 

 

 

 

 

        ——最果てより光を放て——

 

 

 

 

 

「——それはッ!? その輝く槍は——」

 

 

 

 

 

 星の燐光が顕現した。

 

 

 

 

 

 

         ——其は空を裂き——

 

 

 

 

 

 その光輝く槍は、湖の乙女から授かったもう一つの聖なる武器。

 

 

 

 

 

          ——地を繋ぐ——

 

 

 

 

 

 

 星の内部で生まれ鍛えあげられた、世界を守護する為、安定させる為の聖槍。

 

 

 

 

 

           ——嵐の錨——

 

 

 

 

 

 

 複雑に絡みあった十三の螺旋が光輝き、回転しながら広がり、神々しい光を放つ一本の光の柱へと変わる。

 

 

 

 

 

 

        

       ————最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 磔にされ身動きが取れない魔竜の心臓に、光の柱が突き立てられる。

 魔竜は断末魔の咆哮と、共に崩壊していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨を呼ぶ暗雲で、雨音に覆わる城塞の中。

 アーサー王の目の前には、心臓を槍で貫かれ、死を目前とした老人の姿があった。

 先程までの、嵐の様な暴威は消し飛び、覆っていた影は飛散している。

 

 

 

 

 「ロンゴミニアドまで与えられていたとはな……愚か者どもめ。暴君を討つために更なる滅びを引き寄せるとは。我が弟、ウーサーの仔よ。お前ではこの国は救えない」

 

 「何故なら——」

 

 「もう神秘の時代は終わったのだ」

 「この先は文明の時代、人間の時代だ」

 「お前の根底にある力は人間とは相入れない」

 

 「——お前がいる限りブリテンに未来はない」

 

 

 

 雨音に紛れる事なく、ヴォーティガーンの声はよく響いていた。

 それはアーサー王にも良く聞こえていた。

 

 

 

 「————」

 

 

 「呪うがいい。旧きブリテンは、とうの昔に滅んでいる」

 「ブリテンは滅びる。だが嘆く事はない」

 

 「——お前はその最後を看取る事なく、ブリテンの手によって死に絶えるのだから——」

 

 

 

 アーサー王が俯いたまま老人から槍を引き抜くと、老人は城塞を震わす程の哄笑をあげながら、塵に還っていった。

 こうして卑王ヴォーティガーンは倒された。

 アーサー王は無言で聖剣を天高く掲げて、勝利を宣言する。雨は止み、暗雲の切れ端から太陽の輝きがアーサー王を照らす。

 

 

 それは余りにも神々しかった。

 

 

 神話に名を轟かせる戦いに一切の引けを取らない戦いが終幕する。アーサー王の姿を見届ける事が出来た騎士は、誰もが感服し、未来に繁栄が約束されているのだと確信していた。

 誰よりも疲れ果てているにもかかわらず、弱さを微塵も見せず凱旋するアーサー王の姿に誰もが敬服する。

 

 

 ——故に誰もが気づかなかった。

 

 

 聖剣を天高く掲げた時、その剣の切っ先が震えていた事を——アルトリアの表情に影を落としていた事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴォーティガーン討伐の後、アーサー王達は破壊された城塞都市ロンディニウムの復興に着手した。

 聖剣の持ち主である王が帰還したことにより、都市は清らかな神秘性を急速に取り戻していく。城には神秘性を取り戻した事により、妖精が復活して城塞都市は更に大きく絢爛な城、白亜の城キャメロットに生まれ変わる事となる。

 

 

 妖精達は復興、及び改築を一年でやってのけると豪語した。

 

 

 ヴォーティガーン討伐から、数ヶ月経つ。

 直に花のキャメロットとしてアーサー王の居城となり、正式にアーサー王はブリテン全土の王となるだろう。

 そして今、選定の剣を抜いてからもうすぐ十年……第四の会戦から一年と数ヶ月。

 

 

 アルトリアは一人、あの村へ来ていた。

 

 

 まだブリテン島の内乱が全て治まった訳ではないが、政務や執務を信頼できるアグラヴェイン卿とケイ卿に任せて、誰も引き連れずにいる。

 自分が滅ぼした村。

 深い森を抜けるのは苦ではなかった。それよりも大変な戦や窮地を脱してきたから、それに比べてしまえば森一つ抜けるのは、簡単だった。

 

 

 森を抜け、村に入る。

 

 

 木々から開けた視界になったが、目に入る風景は寂れた景色だけ。

 何も聞こえてこない。

 人々の声はしない。

 僅かな物音すらもしない。

 ……聞こえてくるのは、後ろにある森からの、木々が風によって揺れる音のみ。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 もう誰もいない。生きている人は、誰もいないのだ。

 村に入った瞬間、もしかしたら……と村の光景を夢想したが、結局思っていた通りの光景があるだけ。

 

 畑は枯れ果て、雑草が生い茂っている。村の家屋は、整備する人が消えて風に晒され続けたのか痛み果て、村の中央にあった花の広場には、もう、何もない。

 ただ、枯れた花の残骸なのか、花畑は黒ずんでいる。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 アルトリアは、村の家屋の一つ一つへ入っていく。

 家には人が"生きていた"という最低限の痕跡が残るのみで、何もない。あるのはベッドの上に横たわる白骨化した死体と、その頭蓋の横に弔う様に置かれた、花の残骸だけ。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 また別の家屋に入っても、同じ光景が続いていた。

 一部の家には白骨化した死体もなかったりするが、その家には必ずベッド一杯に花の残骸があった。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 そして一つの家を発見する。

 

 一人の青年が倒れ伏した家。

 母親の懇願を封殺した家。

 ——自分に似た容姿の子供の未来を、摘み取った家。

 

 

 

「…………ッ……」

 

 

 

 唇を噛み締める。

 忘れる訳がない。

 アレは決して、忘れていい光景ではないのだから。

 

 扉を開き、何かに駆られるように家に飛び込む。

 自分でも、何を目的としてこの家に入ったか分からなかった。

 

 何かを探す様に家の中を探索する。

 あるのはベッドに横たわる一人の女性の死体と、その隣に添い遂げたかの様に横たわる男性の死体だけ。この二人の死体には、他の人よりも、多くの花が使われていた痕跡がある。

 

 なら、この花で弔っていったのは……きっと……

 

 

 

「………………」

 

 

 

 この女性と、その子供であろう、青年の死体は見つかった。

 ——でもあの子の痕跡はない。あるのは花だけだ。少なくとも、今まで子供の遺骨を見つけていない。

 

 もしかしたら、この村を脱出する為に森に入って……そのまま……

 

 

 

「………ぅ……ぁ……」

 

 

 

 確かめる手段はもうなかった。

 もうこの村に私が訪れてから一年以上が経つ。

 もし仮にあの子が森に入ってそのままなら、もう、その死体は……

 

 もしあの子が亡くなっているのだとしたら、私は、あの子を弔う事が出来ないのだ。

 ……こんな自分に弔われても迷惑かもしれないが……

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 家から出て何となく、大木の下に広がる、綺麗な花が咲き誇っていたであろう広場に向かった。

 もしも……もしも——あの子が生きているならば、きっとその場所にいると思ったから。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 当たり前だが、誰もいない。

 そもそもさっき遠目に見ている。

 花の残骸が黒くなって朽ちているだけだった。

 

 

 

「……ヴォーティガーンは……この手で……倒しました」

 

 

 

 それを口に出して。

 ——それが何だと言うのか? と自問自答する。

 

 この村を滅ぼしたのはヴォーティガーンではなく、私だ。仇討ちでも何でもない。この村の仇は、私なのだから。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 きっと今、私は他人に見せられない様な顔をしている。

 性別を偽るために、基本は顔を隠していて、マーリンから"王は男だ"という固定観念に働きかける魔術をかけてもらっているが、この雰囲気では人前に出られないだろう。

 不調なのだと誰にも分かる。

 

 

 彼女はしばらく、花の広場で佇んでいた。

 朽ちた花を、意味もなく眺めながら。

 

 

 

 

「——元気がない様だね。アルトリア」

 

 

 

 

 真後ろから声がした。

 爽やかな好青年を思わせる事だが、僅かに心配の声を含んだ声色。

 

 

 

「……マーリンですか、出来れば……一人にしてもらえますか?」

 

「それはいけない! ふと君を見たらね、落ち込んでいる様だったから励ましに来たのさ。キミは笑顔が似合うんだからね」

 

「……覗き見とは、流石に趣味が悪いですよ」

 

「おっと! 笑顔が似合うの発言は無視かい? 結構、勇気を出した発言だったのだけれど、悲しいよ? 私は」

 

 

 

 いつもよりも、何処か道化じみた口調と発言に、アルトリアは少し空気を良くした。

 

 

 

「ふふふっ……ありがとうございますね。マーリン」

 

「……おっと……今さっきの発言からの、その笑顔はちょっと反則じゃないかい?」

 

「私には笑顔が似合うと言ったのは貴方でしょう? ならこれは反則ではありません」

 

「うーん……これはしてやられてしまったな」

 

 

 

 二人は静かに笑いあった。

 彼女はアーサー王としてではなく、アルトリアとして接する事の出来る、数少ない友人のマーリンとの何気ない会話で少し気分を取り戻す。

 マーリンも、彼女が思い詰めているのを見るのはあまり、忍びなかったので、普段は中々彼女には口にしない様な事、口説き文句の様な軽口を喋ったのだった。

 

 アルトリアの頬は赤く染まっていない。

 もちろん恥じ入ってもいない。

 

 

 

「……元気を取り戻せたのなら、良かった。この村からは早く出た方が良い。きっとこの村はキミの顔を歪ませる事しかしないだろうからね。キミにはそんな顔は似合わないんだから」

 

「またそれですか?

 ……今日はいつにもまして、流暢ですねマーリン」

 

「えー? ……結構本当の事なんだけどなぁ」

 

 

 

 アルトリアは苦笑いを返しながら、俯いてマーリンから視線を切る。

 その後ろ姿は何処か痛々しい。

 

 

 

「……先程の問いについては、すみません。私はまだ……もう少しこの村にいます。もうちょっと心を落ち着かせてから」

 

「ここにいても、心は落ち着かないと思うよ」

 

「そういう訳ではありません。この光景を、目に焼き付けておくのです。

 ……絶対に忘れないよう」

 

「……そうか」

 

 

 

 彼女のそれは悲壮な決意だった。

 見ているマーリンにすら、伝わってくる程の。

 

 

 

「ヴォーティガーンを倒したんだからいいじゃないか。少しくらい、何も考えず勝利に喜んでも良いと思うよ?」

 

「なりません。その勝利の陰に散っていった人々達がいるのです。少なくとも私は覚えていなくてはなりません。

 ……この村は特に」

 

「……もしかしてキミ、ヴォーティガーンの言葉をまだ気にしているのかい?」

 

 

 

 彼女は小さく頷いた。

 呼び起こすのはあの時の記憶。燃え尽きる直前に放った、ヴォーティガーンの遺言。

 

 "ブリテンは滅びる。だが嘆く事はない"

 "お前はその最後を看取る事なく、ブリテンの手によって死に絶えるのだから"

 

 

 アルトリアは——本当にそうなるかもしれないと、心の何処かで思っている。

 

 

 卑王ヴォーティガーンは倒されたが、異民族の侵攻が消えた訳ではない。なんとか押し留めているだけだ。相変わらずブリテンは衰退するばかりで未来は暗いまま。

 暗黒時代を呼び寄せた原因の卑王を倒しても、明るくならない未来が、人々の心の一部に悪意を芽生えさせている。

 アーサー王は輝ける王ではなかったのか。彼の言葉に従がっていれば豊かな国になるのではなかったのか、と。

 

 

 

「騎士達の声は私にも届いています……私が責められるのは仕方のない事です。今年も凶作で森の恵みは減少する一方だ。農作物は他国から買い上げるしかない。

 ……またフランスにコネクションのあるランスロット卿の助けを借りる事になる」

 

「元々この島は貧しいんだ。それに卑王を討てばブリテンは平和になるのだと誰もが思っていた。なのに結果は違う。卑王がいなくても戦いは終わらなかった」

 

「…………」

 

 

 

 夢魔であるマーリンの悪い癖が働いてしまう。

 彼女の顔を曇らせる必要などないのに、唐突に、その苦悩がどんな色をしているかどうか興味が湧いてしまったのだ。マーリンはこの癖が悪いものだと把握していながら、直していない。

 今のところ後悔した事がないから。

 

 今のところ、は。

 

 

 

「凶作は今年も続き、来年も同じだろう。戦いが減っただけでも人々は喜ぶけど、それだけでは満たされない者達もいる。

 人間は正しいものを好むが、正し過ぎる者は嫌う。アーサー王が人々の理想であり続けるかぎり、彼らはアーサー王を頼りにし、同時に疎みはじめる。

 君はそういったものを飲み込み、あるいは踏み砕いて君臨しなければならない。君に与えられるのは不義と不理解だ。でも、それが多ければ多い程、民草の生活は安定する」

 

 

 

 マーリンは悪い笑みを浮かべながらアーサー王に語る。

 人々が思い描く王の尊厳と、王が実際に抱く尊厳は別のものだ。

 だから、王は人々の暮らしを思えば思うほど、王の"人"としての心は摩耗し不幸になっていく。

 

 

 

「……私が苦しむ程、国は豊かになると?」

 

「うん。こうなる事は分かっていた事だろう。この村の様にね。キミはそれを承知で選定の剣を抜いたんだから」

 

 

 

 だから——早く人心など割り切って、ウーサーの様に超越者になればいい。

 マーリンはそう思っていた。そうすれば少なくとも、アーサー王の——アルトリアとしての人の心が苦しむ事はなくなるし、王としての理想のカタチにより近づく。

 今までと同じの治世を行いながらも、その内面を削られる事はなくなるのだから、早く人としての心は捨てた方が良い。マーリンは、わりかし本気で彼女を誘いこんだ。

 だって、人の心を捨てたアルトリアは、それはそれで面白いと思ったから。

 

 

 もしくは——

 

 

 ——選定の日の誓いを、呪いの域にまで達した"人の心を持っていては人々を守れない"という誓いを、厳格に守り続けるアルトリアを、もう見ていられなくなったからか。

 あるいは、理想の王がなんなのか理解し、それを実践できるだけの教育を与えられただけの、どこにでもいるただの"少女"を、もう、魔術師が先に見ていられなくなってしまったからか。

 

 

 

 

 

 

 

「——はい。その点においては、私は上手くやっていると自負したいです」

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼女はマーリンが思いもしなかった返答をする。彼女は下にある枯れ果てた花畑に視線を向けながら、魔術師に返した。まるで、あの、選定の日の様に。

 

 

 

「……確か……理想郷(アヴァロン)には、色とりどりの花が咲いているのでしたよね。

 ……なら私は必ずこの国を理想郷(アヴァロン)にも負けないくらいに善き国にしてみせます。

 誰もが笑って暮らせる様な……小さな子供と、その家族が笑って暮らせる様な国を作ってみせると、ここに誓います。

 ——見ていて下さいね、マーリン」

 

「——————」

 

 

 

 彼女はまた、自身に誓い(呪い)を刻みこむ。

 

 

 ——マーリンが、間違いに気づいたのはこの時だ。

 彼女にとって大事なのは王として在り方でも、王の尊厳などでもなかった。彼女は人々の為に剣をとった。ウーサーとマーリンは理想の王を目指したが、アルトリアは人々の幸福を目指していたのだ。

 最初から見ているものが違ったのだ。

 

 

 

 "こうなるとは思ってなかった"

 "王とはこんなものとは思っていなかった"

 "ここまでの覚悟はしていなかった"

 

 

 

 マーリンが期待していた言葉は何一つ出てこない。

 この統治が続けば、この女の子もいつか後悔する。その時に手を引いてやればいい。そんな呑気な思い上がりをしていた己の醜悪さにマーリンは恥じ入り、そして確信する。

 彼女はブリテンを救う事を諦めない。たとえ滅びが確定してようと諦めない。

 死ぬまで、絶対に。

 

 彼女の原動力は王としての支配欲でも、統率者の義務感でもない。

 彼女の原動力はほんの小さなもの。

 しかし、小さいものであるが故に何よりも痛切で、痛切であるが故に、彼女は絶対に諦めない。

 

 人間として育てられず、人間としての幸福を持つ事が出来なかったからこそ、彼女はこの国の全ての人に、人間としての幸福を授けると誓っているのだ。

 十五年間、人として育てられなかった、彼女の願いの全て。

 

 

 

 

 たとえ何があろうと

 たとえ何かを失おうと

 たとえ何と引き換えようと

 たとえその先に避け得ない、破滅があろうと

 

 

 

 

 

             ——彼女は戦うと誓っているのだ。

 

 

 

 

 

 たとえ自分がブリテン島そのものに、滅ぼされる末路だとしても。

 

 選定の、あの日。

 あの岩には、少女の何よりの願いと、少女の運命が置き去りにされたままになっている。あの時に、幼い少女は、己の全てをかけて——戦うと誓ったのだから。

 彼女があの日に誓った、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、愚かで、悲しい。しかしなによりも儚く、尊い、気高き誓いを、マーリンはようやくここで気付いた。

 

 

 ——余りにも気付くのが、遅かった。

 

 

 この時の喪失感を、マーリンは上手く語る事が出来ない。

 長い間求め続け、一生手に入らないと思っていた輝き。"人間"に興味を持たなかった魔術師が、愛するに足る尊さを持った心。それをとっくに授かっていたのに、知らぬ間に自らの手で壊していっているのだとマーリンは思い知った。

 あの選定の日に、彼女に覚悟を問う資格が、魔術師にあったかどうか。

 

 "君はその、一番大切なものを引き換えにする事になる"

 他人事の様に言ったあの予言は、果たしてどちらのものだったのか。

 

 

 

「……理想郷(アヴァロン)とは大きくでたね……私だって、行った事はないというのに」

 

 

 

 苦笑いする素振りをして、魔術師は彼女から目を逸らした。

 

 

 

「むっ、笑っているのですか?

 マーリン。私は本気ですし、諦めませんからね」

 

「——いいや、全然笑ってないさ。君が本気なんだって凄い分かるよ……きっと、諦めないだろうこともね……」

 

「それならいいのですが」

 

 

 

 マーリンは本当に——本当に、もう見ていられなくなった。

 ただただ、この会話を続けるのが、辛かった。

 だからマーリンは話を変える事にした。

 

 

 

「そうそう、君に伝えてない事があるんだ。ヴォーティガーンのことなんだけどね」

 

「急に話を変えて来ましたね……ですが、ヴォーティガーンがどうしたのですか?」

 

「……うん、まぁ聞いてくれ、ヴォーティガーンはブリテン島を一つの肉体とする呪術を持っていて、それを決戦の時に使用していたのは覚えているだろう?」

 

 

 

 その言葉と共にアルトリアは思いだす。

 ブリテン島の運命を分かつ戦いで、卑王が使っていた超常の力を。

 

 

 

「はい、覚えています。

 ……ブリテン島本来の王が持つとされる超常の力ですね。私にはありませんが……」

 

「そこは気にしなくてもいい。君には必要ない力だし、ウーサーは薄れゆく神秘の力は次の王に継承されないだろうと考えていたからね……まぁそれが継承されてしまったのがモルガンなんだが……話を戻そう。

 ヴォーティガーンはブリテン島を自身と繋ぎ、そしてそのまま死んでいった。つまりブリテン島の魔力にはヴォーティガーンの魔力が変換されている訳なんだ」

 

「……なるほど。それで、そのヴォーティガーンがどうかしたのですか?」

 

 

 

 アルトリアはマーリンに問い返す。

 そういう点に関しては、マーリンから最低限は教わっているとはいえ、深い知識を持っている訳ではない。深刻な事を告げているのだとは分かるが、その度合いが彼女には分からなかった。

 

 

 

「単刀直入に言おう——

 

 

 

 

                  ヴォーティガーンの魔力が消えた」

 

 

 

 

 

 マーリンはアルトリアに語る。

 その顔はいつになく真剣なもので、普段なら常に浮かべられている柔らかな表情が消え失せている。

 その様子は思わずゾッとする程だった。

 

 

 

「えっ? ……それはその、どういう事なのですか?」

 

「ヴォーティガーンの魔力だけがブリテン島から消えるなんて普通はありえない事なんだ。

 海に溶け込んだシミを摘出するに等しい。ヴォーティガーンの力が消えたという事は、ブリテン島そのものが超常の力を持つにふさわしいものが現れたと認識したという事か、もしくは誰かがブリテン島から、ヴォーティガーンの魔力を引き抜いたか。 

 ヴォーティガーンの魔力だけを引き抜くなんて芸当が出来る魔術師なんて、世界にそういないだろうけど、この芸当が出来そうな、魔術師であり、ヴォーティガーンと同じ力を持つものを私は一人知っている」

 

「…………モルガン」

 

 

 

 彼女は呟く様に、自分の腹違いの姉の姿を思い浮かべる。

 復讐の妖妃となり、選定の剣を引き抜いたその日から、自分に幾度となく、攻撃を仕掛けてきた姉を。

 そういえば——最近はいっそ不気味なほどに話を聞かない。

 

 

 

「うん、彼女なら、今さっきのを出来ても何らおかしくない。ヴォーティガーンと同じ超常の力を持っているんだからね。しかも一年間以上、モルガンが何か仕掛けてきたなんて話を一切聞かない、正直言って不気味だ」

 

「………………」

 

「まぁ、確信出来る証拠は何もないし、モルガンが何を企んでいるのかは分からない。

 仮に引き抜いた力を何に使うのか、見当もつかない。そもそも彼女自身が持ってるものだしね。純粋な魔力として使うのかもしれない。でも一応用心しておいた方が良いよ」

 

「はい、ありがとうございます。マーリン。仮にモルガンと敵対する事になっても、私は必ず勝ってみせます」

 

「その調子だ」

 

 

 

 アルトリアは一つ現れた懸念に対して、自分は変わらず戦うのだと決心した。いつもの様子に戻ったアルトリアに、マーリンは少しだけ表情を良くする。

 しかしアルトリアと——マーリンすらも、この時はまだ、ヴォーティガーンの力が消えた事を正しく理解していなかった。

 

 

 

 

 運命の歯車は急速に回転し続けている。

 魔女とその剣しか知らない所で。

 

 

 




 
 Q なんかGarden of Avalonとちょっと違くなかった?

 A 許してくれ。

 Garden of Avalonの展開を丸々やると、時系列の問題がある上に違和感が拭えなかったんだ……
 後、少し主人公を絡めた構成にしなかったんだ……許してくれ……


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第7話 魔女の剣

    
 誤字報告助かります。
 1万字超え。
 



 

 

 

   

 私がモルガンに拾われた後、自分はすぐさまモルガンの住む居城に招かれた。

 自分の知識にある。花のキャメロットと呼ばれた巨大な白亜の門を持つ城塞都市には及ばないながらも、このブリテン島で見たら大きな城であり、立派な城塞である。

 さらに目では見えないがいくつもの魔術術式を張り巡らしてあり、モルガンの許可なくしては誰も入れない要塞としているらしい。たとえマーリンでも、この城を突破できないくらい頑強に。

 

 

 ……それでもきっと、彼女にとっては、大きくて頑丈な魔術工房の一つでしかないのだろう。

 

 

 城に住むのはモルガンだけで、後は誰もいない。

 ただゴーレムやホムンクルスが最低限整備しているだけの、城。この城には人々の活気というものが何一つ存在しない。ただ、丈夫な拠点。なんとなく、アインツベルン城を思い浮かべた。

 この城は、冷たく、悲しい。

 

 私はその城でモルガンと共に住む事となり、モルガンからの教育を受ける事になった。モルガンに拾われてからの歳月は、面白みのないものだった。

 まぁ私は、面白みのあるものを求めている訳でもないし、自らの悦楽を求める為にモルガンに拾われている訳でもない。もちろんモルガンも、ただの子供として私を養うつもりで引き取っている訳ではなかった。

 モルガンは立場的には、私の親で、私はモルガンの庇護下にある子供だが、それは表面上なだけ。そんな関係よりも、同じ志を持った上司とその部下という方が正しかった。

 

 

 更に正確に言うなら、殺し屋と、その道具。そんな関係の方が正しい。

 

 

 私の目的はモルガンの目的と完全に一致している訳じゃない……あやふやなものだ。アーサー王こと、アルトリアに復讐する気はない……あまり。

 正直自分でも、良く分かってない。私がアーサー王に抱く感情はずっと複雑で、まだ定まっていない。アルトリアは恨んでないが……アーサー王としては……恨んでいる、かもしれない。

 もし自分が改めて、アーサー王にあった時に、自分がどうなるのか……アーサー王が、あの村での出来事を忘れているのだとしたら………私は——

 

 結局……いくら考えても、今の私にはこの感情に答えを出す事ができないので、私はそれから逃れる様に、モルガンからの教育に励んでいた。

 どちらにしろ、私のやる事は何も変わらない。

 

 今の自分に出来る事は、自分の性能をひたすら高め、モルガンに自分は有能である。という事を証明していくしかない。私はモルガンの庇護下にいるため、モルガンに見捨てられればそれで私は終わるのだから。

 私がやる事と言っても、私はモルガンからの教えを、一つ一つ吸収していき、頭の中で組み合わせていくだけだった。

 

 ブリテン島における軍備や、騎士とは一体何か。

 アーサー王が所持しているであろう戦力の総算に、アーサー王自身が所持している訳ではないが、アーサー王に協力しうる可能性が高い、諸侯や部族。諸国の特徴や、戦の時に旗代わりに使われる国旗などの象徴。

 円卓の騎士達、及びそれに準ずる力を持った騎士の詳細や、騎士同士の横のつながり。

 ブリテン島の歴史及び、現在のブリテン島の動乱の状態、そしてその動き。

 

 

 アーサー王の……性別。

 

 

 アーサー王はマーリンから、"王は男だ"という固定観念に働きかける魔術をかけてもらっているとモルガンから教えてもらった。強い魔術をかけ過ぎると逆に勘付かれる可能性を考えて、あえて軽めの幻術にしているらしい。

 軽い魔術である為、魔術を使っていると気付かれる可能性は低く、さらに相手の意識をずらされていると認識できない様に逸らす事が出来るので効果は抜群との事。

 

 流石は原典でも猛威を振るったマーリンの幻術と言うべきか。

 ただ固定観念に働きかけているだけなので、一度バレると効き目が完全に切れるらしい。つまり私には効かない。

 

 そして最後に——人の殺し方。

 及び、相手の情緒を読み取る事よりも崩す事に重きを置いた、自らのペースに強制的に巻き込む、男性女性を問わない対人技能。つまりは会話の仕方。

 正直言って、モルガンが対人技能なんて専門的なもの持っている事について非常に驚いた。モルガンがもし、サーヴァントという存在なら、間違いなく上から数えて直ぐの位置にいるキャスターであるだろう。

 神代に名を轟かせる、魔術師と引けを取らない大魔術師である。

 

 そんなモルガンが、魔術を使用しない対人技能を持つ理由は多分、アーサー王の事なんだろうか。

 いや良く考えたら、モルガンはアーサー王に対する復讐しか考えていないんだから、きっとそれに関係する事の筈だ。魔術で、情報を引きだして、その痕跡を辿られない様に学んだ。

 もしくは変装した時にバレない様にか。

 

 あぁ……やっぱり、キャスターとセイバーでは相性が悪すぎるんだな、と他人事の様に思った。それ故の私なのだろう。私が選ばれた詳しい理由は分からないが、私という存在がモルガンから見たら丁度良いのは分かる。

 モルガンと過ごしている間に、モルガンの子供の事も聞かせてもらった。

 

 長兄、ガウェイン。

 次男、アグラヴェイン。

 三男、ガヘリス。

 四男……正確には長女、ガレス。

 

 そして、モードレッド。性別はやっぱり女性。

 モードレッドに関しては、私の存在で消えてしまったのかと少し思っていたが、私がモルガンに拾われる丁度一年前に生まれて、そしてアーサー王に嗾けたらしい。

 

 元々、モードレッドをアーサー王に対する武器にするつもりだったが、アーサー王に対する復讐心は芽生えず、アーサー王に憧れるという始末になってしまったからか、もう爆弾を投げつける感覚で放置しているらしい。

 私を拾ってから、こちらからの干渉もしていないとの事。

 

 私が知る異邦の知識と、彼女が語ったモルガンの子供にして、アーサー王に協力している騎士達の情報にほとんど違いはない。

 ……モードレッドとモルガンの関係は私によってかなり、変わり始めていた。

 

 

 ——こうして最初の一年は飛ぶ様に過ぎていった。

 

 

 外界から閉ざされた城で、二人きり。

 何にも関心を向けず、殺しと、それに関する技術をひたすら高め、研ぎ澄ませていく。でもそれはただの技術であり、力ではない。そもそも剣すら持たせてもらってない。技術といってもほとんどは知識。

 

 竜すらも殺せる力が欲しいと私は願ったが、まだそれは叶えてもらっていない。

 冷静に考えれば当たり前だ。モードレッドの様に、最初から調整されているホムンクルスではなく、私はただの人間である……この過程で、自分が俗に言うアルトリア顔だと言うことに、やっと私は気づいたが、私は特に魔術回路や竜の心臓も持たない、一般人である。

 ……もう一般人でなくなる気がするけど。

 

 本当に、自分という存在がなんなのか分からなくなるし、成り変わりや、憑依なのかは依然として判明してない。

 自分は、記憶や価値観などが変質しても自分だ、という考えすら怪しくなってくる。何せこの顔と体がアーサー王と同じなのだから。でも私は突然この世界に訪れた訳ではなく、ちゃんとした親がいる。

 ……もう考えるのはよそう。無駄だ。

 

 どちらにしろ、私は力を持たない、一般人である事に変わりない。

 それ故にモルガンは、いきなり自分に力を与えて思い上がってしまうよりも、まずは力を運用するにあたって知識を与える事にしたのだろう。

 

 何も間違ってないし、モルガンは私の精神の異常性を知らない。いきなり私に力を与えて、暴走する可能性を考えているのだろう。それに結局、知識という物はいるし、あり過ぎて困る事はまずない。

 同時にモルガンに、自分は有能な存在だと言う事を、売り込むチャンスでもあった。モルガンにとって見たら、私は復讐対象と同じ顔なのだ。印象はマイナスから始まっていてもおかしくない。

 更になんとかプラスまで持っていっても、何かヘマをした場合、通常よりも大きく好感度が下がってもおかしくない。私はこれと言った文句はいわず、モルガンと共に暮らしていた。

 

 そしてモルガンに拾われて一年とほんの少し。

 私が八歳になったころ。

 アーサー王が、ヴォーティガーンを倒したとの情報が島に知れ渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか」

 

「あら、淡泊なのね……?

 もう少し何か反応すると思っていたのですけれど」

 

「何か反応を期待していたのだったら悪かった。

 卑王ヴォーティガーンがどんな存在なのかは、モルガンからの教えを受けているから大体把握しているし……これと言って、なんとも」

 

「そう……なら、アーサー王の事については、何かないの?」

 

 

 

 いつも通り、モルガンからあてがわれている部屋で、最低限の身支度を済ませ。モルガンよりも早く起きる。別に意識している訳ではない。ただ目が覚めるのが私の方が早いだけ。

 モルガンがほぼ必ず朝に飲むコーヒーを挽いてから、後はいつも通りの授業を城にある広間で待っていたら、モルガンからアーサー王の情報を聞かされる。

 

 ……なんで六世紀初頭のこの時代にコーヒー豆があるのかは甚だ謎だが。神秘が薄れゆくブリテン島だから、後の歴史に伝わらず、様々な物が葬られた、という事なのかもしれない。

 何故か本来、この時代にないはずの大陸野菜のジャガイモもFate世界のガウェインに関連する情報群の中にあったから、多分そういう事なんだろう、きっと。

 

 更にいうなら今の時代のブリテン島の食べ物は、別にまずい訳じゃなかった。現代で言うイギリス……イギリス人は自分の国をイギリスとは呼ばないが、現代のグレートブリテン及び北アイルランド連合王国こと、イギリスの食べ物がまずい理由の大部分は、18世紀末のフランス革命戦争や、二回に渡る世界大戦が影響で、様々な調理方法や伝統文化が失われてしまったのが一番大きいので、イギリスの食べ物が歴史を通して、ずっと美味しくない訳じゃない。

 

 でもまぁ、21世紀現代の料理技術のそれと比べれば、今の料理体制は貧弱であるのは変わらないし、今のブリテン島は、大地が痩せていく一方なので、料理の感想をするとしたら"雑"の一言だった。

 

 

 話は戻るが、ヴォーティガーンが倒された事については、驚く要素は特にない。"知っている"から。

 

 

 卑王ヴォーティガーンが、アーサー王に倒されたというのは、私の知識にある、物事と何も変わらない。

 原典では、アーサー王だったり先王ウーサーだったりするが、Fate世界ではアーサー王と、当時円卓の騎士の中で唯一だった聖剣持ちのガウェイン卿が、共に戦いヴォーティガーンに勝ったとされている。

 多分プロトアーサー世界でも。

 

 だから別段驚く事じゃない。

 自分に宿っている知識通りの展開になっているな、と自分の知識への信頼性を上げていくくらい。

 

 

 

「…………」

 

「ヴォーティガーンについてはどうでもいい事だとしても、アーサー王については何かあるんじゃなくて?」

 

 

 

 モルガンの金色の瞳から視線を外して考える。

 ……アーサー王に関してはやっぱり複雑だ。自分の村が間接的に滅ぼしたのヴォーティガーンだったしても……"私"としては、相変わらず。

 恨みの対象にすげ替えられたかもしれない、ヴォーティガーンはもう、倒された。

 

 

 

「…………そうだな」

 

 

 

 やっぱりこれは、アーサー王に直接会うなりしないと、解決しないのだろう。

 ただやるせないだけ。今の私では、悶々とするだけ。だからあまり考えたくなかった。

 ただの思考放棄だ。

 

 

 

「……ヴォーティガーンを倒したアーサー王は、ロンディニウムを復興させて、新たな居城を作り、アーサー王の基盤はより強固になるだろう。つまり今より隙がなくなる訳だ。

 更にこの栄光を受けて、新たな騎士達がアーサー王の元に集まって来るかもしれない。

 ブリテンはそれなりに穏やかになるかもしれないが、私達からしたら、マイナスな事にしかならないな」

 

 

 

 結局、言葉を濁して、モルガンの印象が悪くならない様に模範的な返事をするしかなかった。この言葉も、自分に宿っている知識を使ったものだ。

 私の言葉に、彼女は感心する様に思案していた。

 

 

 

「なるほど……確かに、事実そうなる確率は非常に高い。良くできた未来予測よ。でもそれは、貴方の感情や私情が完全に排除されている物よね?」

 

「………………」

 

 

 

 こうしてモルガンは時々、私の感情を確かめる様な事をしてくる。

 当たり前だ、自分の道具の性能の一部を確かめるのはなんら不思議な事ではない。多分、彼女は自分の子供達にもこんな事をしていたのかもしれない。

 

 騙るか……正直に話すか……どっちも微妙だな。織り交ぜて、話をそらすべきか。

 ……あまり、アーサー王については……喋りたくないんだが……

 

 

 

「感情か……正直に言うなら、私はアーサー王と対面した時、どうなるか、分からないんだ」

 

「…………それで……?」

 

「私はアーサー王に、会った時、正気を保っていられるのか……どうか。

 それに私はアーサー王に復讐を果たしたとしても——きっと救われる事はない」

 

「——えっ?」

 

 

 

 何処かまるで、無垢な女性の様な、驚いた声がモルガンから出てくる。

 そんな声……初めて聞いたな。そういえば私はモルガンの事については余り詳しく知らない。

 アーサー王に対する復讐もその正確な理由は知らない。モルガンは自分を救う為、何かを取り戻す為に復讐しているのか……取り戻す物としたら……王位か……?

 

 私は取り戻す物、否、取り戻せる物はない。

 故に私がアーサー王に復讐する意味は何一つない。精々、気が晴れるくらいか。そして、晴れたら晴れたで"自分"の方が罪悪感で死ぬのだろう。彼女がどう言う人物か知っているから。

 

 

 

「仮に、私がアーサー王に復讐を果たしたとしよう。それで、その先、私はどうすればいいのか……」

 

「…………………」

 

「村のみんなが、帰って来る訳でもない……」

 

「…………………」

 

 

 

 そもそも私はアーサー王に対する復讐を望んでいる訳じゃない。

 ただ私の為に死んでいった人々の為に、私は有象無象の様に死ねないのだ。

 ……村のみんなはアーサー王に対する復讐ではなく、私に生きてくれと頼んだ。

 

 

 ——じゃあ村のみんながあの時、アーサー王に復讐を望んでいたら?

 

 

 私はアーサー王に——あのアルトリアに復讐すると決心したのか?

 あの完璧な王と謳われたあの人を?

 理想の王だと全ての騎士にそう言わしめたあの人を?

 清廉潔白で真に救われるべき尊き心を持った、あの、アルトリアを……この私が?

 

 

 ……やめよう。考えても答えは出ない。ただ、やるせないだけ。

 考えたくない。私は自分を覆い包もうとする負の感情を取り払う為に、やや口調を変えながらモルガンに答える。

 

 

 

「まぁ、どうなるにせよ、私のやる事は何も変わらない訳だ。

 だから私情などにうつつを抜かしている時間じゃない。そうだろうモルガン?」

 

 

 

 もうとっくに出来上がったコーヒーを渡しながらモルガンに告げる。

 私は自分を騙し、モルガンも騙している。歪んでいるな、私は。

 

 

 

「…………」

 

「私が取れる選択肢は一つだけ。ただモルガンからの教えを学んで、自分を優秀な魔女の道具にして行くのみ。やる事は変わらないんだ。なら必要のない事に意識を回すより、今ある課題に全意識を集中させた方が良い。

 今日の授業がヴォーティガーンに関係あるなら話は変わってくるかもしれないが」

 

「……そうですね、私は優秀……いえ、優秀過ぎて空恐ろしく感じる貴方を持てて、充分に満足です」

 

「まだ、何の戦果を上げてない子供なのにか?」

 

「えぇ、力を与える前に付け焼き刃でもいいから知識を与えようって考えだったのに、名剣が出来る勢いなんだもの。というかもう、なってる。これからの貴方が楽しみですね」

 

「……実際に使って見たら、見た目が綺麗なだけの、なまくらだった。なんて事にならない様に努力する」

 

「へぇ、まだ貴方努力してなかったの? 私が空恐ろしく感じるくらいの集中力を見せてくれるというのに?」

 

「まさか、言葉の綾だ」

 

 

 

 さっきまでの空気は変わり、いつもより、やや明るい雰囲気が広がる。重いのは好きじゃないから、これでいい。

 もう疑問は終わったのか、モルガンはそのまま席に座った。それに釣られて、私もモルガンと向き合う様に広間の机に座る。

 

 相変わらず彼女の一つ一つの動作は恐ろしいくらいに様になっていた。

 男に媚びる様な下品な艶かしさではない、自然と見ていて目が離せなくなる様な妖艶な佇まい。彼女が本気で男を取りに行ったら、弓で射抜くよりも早く、流し目で射抜けるだろう。

 そう確信に至れる程に彼女は変わらず美しかった。

 

 モルガンは手にしたコーヒーを飲みながら語る。

 

 

 

「うん、もう貴方は充分過ぎる程、私に力の一端を示してくれています。

 力を授ける。何て私は言ったのに、ただの勉強しかしてなかったから何か不満が出てくると思っていたけれど、この一年間何も、文句も不満も言わず良くやってくれています。

 あの時に何も考えない駒は要らないとは言ったけど、ここまで従順だとは思ってなかったですよ?」

 

「知識はいる。それに力を持っていても適切な利用方法を知らなければ無駄になるだけだ。私は大した力も、知識もない、ただの子供でしかない」

 

「……そういえば貴方まだ八歳なのよねぇ。私が作ったホムンクルスより完璧に近いかもしれない。少なくとも頭はホムンクルスよりも良い」

 

「…………」

 

 

 

 モルガンの言葉に、私は頭の中で顔を苦くする。

 

 流石に、それは、どうなんだろうか……?

 多分それは、モードレッドの事だとは思うが、頭の回転は決して悪くはない筈。単純に反抗的だからか……? もしくは、この時期のモードレッドは多分アーサー王しか見えてないからか。

 私の存在が、モルガンとモードレッドの関係をかなり変えてる気がする。ここまで辛辣ではなかった様な気が……する。

 

 

 

「それはそうと今日の授業は、無しです」

 

「……? 今日はどうするんだ。と言うか、私はそれ以外何もしてこなかったけれど」

 

「フフフッ——力が欲しいでしょう?」

 

 

 

 どこかいたずらを企む様な笑みを浮かべながら、彼女はそう言った。

 気の所為かもしれないが、最近はこう言う風に揶揄ってくる事が増えた気がする。もし、私の目が狂ってなければ、魔女が浮かべる悪い企みの笑みというよりは……それはまるで——

 

 

 ——自分の子供を甘やかす様に、ご褒美を上げる時に自然と出てくる様な笑みに見えた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 何をまさか……? ……そこまで気に入られているとでも?

 

 いや、私の母親はただ一人だ。モルガンは母親じゃない。

 捨て去ったモノに、愚かにも今更飢え始めたのかもしれない。しかし、こんな無駄な感傷に浸っている事は許されない。ただ彼女が優秀な道具を見て、期待に笑みが出てきただけ。私のただの、勘違い。

 

 

 

「……確かに、私は力が欲しいと願ったけど、もう充分なのか?

 まだ一年分しか知識をもらってないぞ?」

 

「えぇ充分。一年分とは言ってるけど、そのほとんどを一切忘れずに、まるで自分に変換して吸収し続けてる様な勢いだったので貴方は。だから言ったじゃない。付け焼き刃でも良かったのに名剣になってしまったって」

 

「まぁ、モルガンがもう充分だと言うなら私はそれで良いんだが……具体的には何を?」

 

「もう知識面では充分。後はもっと実践的な事を教えたい。知識だけでは所詮、卓論上でしかないので。

 具体的には——魔術」

 

「……私には魔術回路は存在しないんじゃ……」

 

「えぇ、だから貴方には、魔術回路を一からその体に作ってもらいます」

 

 

 

 モルガンは魔術と言ったが、私には魔術を使えない。

 そもそもでいえば、私は魔術を使えないのではなく、使う為の魔術回路がない。

 魔術師が体内に持ち、生命力を魔力に変換する擬似神経と言われる魔術回路だが、私は魔術師じゃないし私の家系が、実は魔術師だったなんて話は聞かなかった。

 

 ただの人間を魔術師に仕立て上げるには、それこそ、人道を全て無視した極悪非道な手に染めなければまず無理だろう。モルガンからも、そう言う話は聞いてるし、実際に自分が持っている知識の中には、碌な物はない。

 体に魔術回路の代わりになる虫を植え付ける。脊髄に直接、魔術霊薬を打ち込むとか、ホルマリン漬けとか。

 

 まさか……流石に違うと思いたい……どう考えても使い捨ての駒だ。

 

 

 

「……話が見えてこない……一からちゃんと、具体的に、詳しく教えてくれ」

 

「フッ、フフッ、ごめんなさいね?

 いつも貴方は物分かりが良すぎたから、ちょっとだけ揶揄ってしまいました」

 

「……モルガン……」

 

「本当にごめんなさいね? だからそんなに怒らないで?」

 

 

 

 小さく笑みを零しているモルガンを見て調子が狂う。しかもこれが、恐らく演技ではないのだから彼女の魔性は真髄のモノだろう。なんだか今日はいつもよりフットワークが軽い気がする。何故だ……?

 自分が作り上げて来た道具の性能を確かめられる日がすぐ側に近づいて来たから、テンションが上がってるのか?

 

 

 ——正直言って……こういうのは……その……やり辛い。冷たい悪意を向けられている方がやりやすかった。私が……勘違いしそうに……なるから。

 

 

 

「………………」

 

「冗談はここまでにして、真面目に話をしましょう。まず貴方に魔術回路を作ってもらうという話ですけど、貴方の体を傷つける様な事はしません。

 貴方は私にとって……大事な物ですからね。

 そして、貴方の私に願った力がこの魔術という訳ではありません。貴方をどれだけ鍛えても魔術では私を超えられないでしょう。つまり魔術ではアーサー王に敵わないという事です。貴方に授ける力の補助として魔術を使える様にしてもらいます」

 

「分かった……続けてくれ」

 

「つまり、貴方に竜を殺せる位の力を与えて、その補助に魔術を使ってもらうのですが——この二つを同時に行います」

 

「……続けてくれ」

 

「えぇ——ところで話は変わりますが、目には目を。歯には歯を。という言葉があるでしょう?

 つまり、竜の化身には、竜の化身をぶつけたいの思うのですよ」

 

 

 

 まるでどこか道化じみた口調に変わっていた。

 でもそれは先程の雰囲気と違い、真剣そのもの。何せ、彼女の目は一切笑ってない。竜の化身がアーサー王だとするなら、もう一つの竜の化身とは……

 

 

 

「だから、貴方には——竜の化身になってもらう」

 

「は……はぁっ!? ……いや、待て! ……私が……竜?

 待て意味が分からない、説明してくれ」

 

「あら、貴方ってそこまで驚いた表情ができたのねぇ。実は貴方、人間のふりしてるだけの人形なんじゃないかって思ってたのですよ?」

 

「……………」

 

 

 

 モルガンはニヤニヤとしながら私の驚き慌てる姿を見ているが、私はそれどころじゃなかった。というか意味が分からなさ過ぎる。話が相変わらず見えてこないし、明らかに情報の出し方が姑息だった。

 答えから言って欲しいのだが、モルガンはかなりこの会話を楽しんでいる様だった。

 魔女め……

 

 

 

「そんなに睨まないで?

 まず、貴方にはアーサー王が竜の心臓を持った人間だって事は教えたでしょう? ただの呼吸で莫大な魔力を精製する炉を持った、人の形をした竜の化身。アーサー王の強さの秘密はここにある。

 膨大な魔力を常に循環させているから、並の魔術では弾かれて相手にならない。さらにその魔力で強大な身体能力を得ている。故に。アーサー王に対抗する為には同等以上の力がいる。

 だから貴方にもアーサー王と同じ——竜の機能を授ける」

 

「………………」

 

「そうすれば貴方は、竜すら殺せるだろう力に、膨大な魔力をその身に宿す事ができる。

 魔術回路を開いて魔力を精製するんじゃなくて、膨大な魔力で、肉体に魔術回路を作り出す。普通逆だけど、何の問題はない。仮に問題があっても私がなんとかできるから」

 

「………………」

 

 

 

 開いた口が塞がらないとはこの事か。

 話の飛躍が大きすぎてしばらく放心状態となってしまう。

 

 

 ……でも、確かに話の辻褄は合ってる。

 

 

 モルガンが言う竜の機能。竜と相手できるだけの力。そして魔術。明らかに魔術だけ順序が逆だが、まぁ魔力さえあれば良いという考えなんだろう。モルガンにとってすれば、大した問題にすらならない。

 

 でもどうやって?

 アーサー王は生まれた時から竜の心臓を持っていたが、それは概念受胎という方法で、マーリンによって産み落とされたからな筈。私の今の肉体はただの子供。途中から別のナニカを入れたら体が持たないような予感がする。

 ……今の私が、そもそも別のナニカが入っている様なものかもしれないけれど……

 

 

「竜の機能を付けるのは良いとして……私はそれに耐え切れるのか?」

 

「あら、私を誰だと思っている? 私は魔女モルガンよ? 一体幾つの人造生命を作り出して来たと思ってるのかしら。今更、一人の人間に竜の機能を付けるくらいなら、そこまでの事じゃない。

 その点に関してはマーリンすら追随を許さないと自負しているのよ」

 

「……ハハハ………」

 

 

 

 乾いた笑いしか出てこなかった。魔女という称号は比喩でもなんでもない。

 何から何までモルガンは出来るとしか言わないし、こちらの疑念は全てモルガンが解決してくれる。自分の知る知識にはモルガンの事については詳細には分からなかったが、正直舐めていたとしか言えない。

 

 

 ……絶対に敵に回したくないな。

 

 

 いや、アーサー王は敵に回しているのか。アルトリアは一体どうしたらモルガンからの追跡を逃れられたんだ……まぁ、逃れきれなかったからこその、反逆の騎士モードレッドか……

 この世界ではアーサー王伝説はどんな風に変わるのか。私がモルガンのところにいる時点でかなり影響が出て来そうだけど……正直、今そこまで考える余裕がない。

 後……あまり……可能な限り、アーサー王について考えるのは、やめよう。今の私には、すこし、つらい。

 

 

 

「……でも一つ、懸念があるの」

 

 

 

 顔を俯かせながら、まるで取り返しのつかない事について謝る様な声がモルガンの口から出て来る。

 モルガンの顔は本当に申し訳なさそうに歪んでいた。

 

 初めて見る表情。

 ……そんな声も初めて聞いた。今日はなんだか、モルガンの人間らしい部分を多く見ている気がする。

 

 明らかに、こちらに向けられているものは、ただの道具に対する感情の域を超えてる。もう、自分を騙していくのも限界が近い。私は、モルガンに、愛されてる? ……そうだとしたら、つらいなぁ……

 

 

「……………」

 

「貴方に竜の機能を付けても肉体の問題はないだろうけど……精神面の方は、私が手をつけられそうにない。それは貴方の内側の問題だから。

 多分、自分以外の記憶や知識といった、別のナニカが、体や頭に入ってくる様な感覚だと思う。最悪、貴方の精神が耐えられなかったら内側から崩壊するかもしれない。

 ……勿論そうならない様に、私の方でも精神を安定させる術式なり薬を調合するとかでサポートできるけれど……」

 

 

 

 モルガンが語る、行為の代償は中々に恐怖を引き立てる物だった。

 そしてそれはこちらを揶揄って脅している訳ではなく、何一つ偽りの無い事実なのだろう。精神的に追いやられる可能性があるなんて言われたら、普通は躊躇してもおかしくない。

 いや、実際に私はそれを聞いて少し躊躇した。

 

 ——でも私はもう、普通じゃなかった。

 私はもう、二回、自分の記憶ではないモノが頭に流れ混んでくる感覚を知っている。脳を灼かれる痛みを知っている。

 ……正直アレはもう味わいたくはないけれど、世界そのものに対する知識よりかは多分マシな筈。情報量の桁が違うから。そう思いたい。それに、私がダメにならない様にモルガンが補助してくれるのだ。それだけで私は安心できる。

 

 もとより私に選択肢などない。だから、私はやる。

 

 

 

「分かった。やろう」

 

「…………いいのね?」

 

「うん。それに私には選択肢なんてない。それにモルガンが補助するなら、もう私から望める事はない」

 

「………………ありがとう」

 

 

 

 私はモルガンにそう告げる。

 モルガンは、何かを口にしようとして、結局それは形を伴わず飛散する。出てくるのは何の変哲もない感謝の言葉。でも魔女の声から、ただの感謝の言葉が出て来るというのは、酷く違和感が伴う。

 やめて欲しい。もう、貴方を、ただの魔女として……見れなくなってくる。

 

 

 

「……でも、そんな都合の良い竜なんているのか?

 アーサー王に使われてる竜の心臓は一級品のそれだろう。生半可な物では、下位互換になるだけじゃないか?」

 

 

 

 互いを支配した行き場のない雰囲気を変える為、被りを振りながら私は話を変える。

 竜という種族の、そのほとんどは西暦になった時点でいなくなっている。神秘が未だ色濃く残るブリテンでも数える程度にしかいないだろう。そんな状態で、どうやるのか。

 

 

 

「フフフッ、安心なさい。手筈は既に整っている」

 

 

 

 先程の重い雰囲気は何処か消え、彼女を支配するのは人ならざる、魔女のそれ。彼女の笑みは悪巧みしている時の様に、深く口角が上がっている。

 ……やっぱり彼女には、この様な表情が良く似合う。それでいて、艶のある笑みは、彼女の美貌を何一つ損なわないのだから、完璧と言うしかない。

 

 

 

「それでその、手筈とは?」

 

「そうそう、それで話は最初に戻るのだけど——

 

 

                       ——最近、魔竜が倒されたのよ」

 

 

 

「…………は……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ、竜が鼓動を開始する。

 誰にも気づかれず。

 魔女とその剣の間で。

 

 




 
 主人公がオルタ化するのはもう少し待ってくれ……


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第8話 魔女の独白

 
 少し短め、7千字。
 



 

 

 

 ヴォーティガーンが倒されてから、まだ一週間も経たない頃。

 かの卑王ヴォーティガーンを倒したアーサー王は一度、自身の居城としたベドグレイン城に戻り、ヴォーティガーンを倒したのだと、国全体に向けて発信した。

 この情報に国は沸き立ち、騎士や人々はようやく救われたのだと、平和な生活をこれから送れるのだと歓喜し、蛮族達はその勢いを急速に落とす事となった。

 

 そして、アーサー王は崩壊した城塞都市ロンディニウムを復興させ、新たなブリテンの要にし、自分の居城はこの城にするのだとも発信した。

 たった一年で、ロンディニウムを完全に、しかもより豪華絢爛な白亜の城にするのだという情報は国を駆け巡り、人々を沸かせた。

 そして白亜の城キャメロットが出来たその日には、凱旋式と即位式を行い、正式にブリテンの王になるのだと情報も人々を沸かせた。

 

 そして、今。

 モルガンは崩壊したロンディニウムに足を運んでいる。

 

 時間は早朝。日の出が出てからすぐに、彼女は自分の居城から出ていた。

 アーサー王達とその配下達は、今現在の居城であるベドグレイン城にて、戦いの傷を癒している。まだロンディニウムは戦いの爪痕によって荒れ果て、廃墟と言っても変わらない有様であり、この城跡にいるものは誰一人としていない。

 ブリテンを脅かしていた魔王。そう言っても過言ではない卑王ヴォーティガーンをようやく倒す事が出来たのだ。

 

 誰も彼もが勝利に沸き立ち、すぐにでも家族や友人に世界は平和になったんだと伝えたいことだろう。

 そして戦いに明け暮れていた日々から離れ、体を休めたいと思うだろう。騎士達はもうブリテンを脅かす敵がいなくなったのだからと、明らかに気を緩めている。

 

 アーサー王も騎士達を休めたいと思っているに違いない。

 それ故に、今このロンディニウムには誰もいない。もう少しすれば、この城を復興させる為に騎士達などは来るだろうが、後しばらくは、少なくとも今日中は誰もこない。

 

 だからこの城跡で何しようがバレる事はない。魔術の痕跡を残せばバレるかもしれないが、消せば良いだけ。今からやる事は、普通は気づかれない。

 マーリン位には気づかれる可能性はあるが、気付かれるよりも早く事をなせる。

 

 気付かれても、もうマーリンではどうしようもなくなる所にまでなるだろうし、相手側からしたら意味が分からないだろう。不気味さを煽って警戒度は上がるかもしれないが、好きなだけ警戒して消耗すればいい。

 

 

 こちらからはまだしばらく仕掛けるつもりがないのだから。

 

 

 ヴォーティガーンはもう死んだ。復活させる事は出来ない。

 しかし魂はこの世界から消えようと、肉体のみは現世に残る。その肉体もブリテン島に溶け込んでいるが、ヴォーティガーンと同じ力を有する者なら、肉体のみをこの世界に再び移しだす事は造作もない。

 

 その為、ヴォーティガーンが死亡した影響で一種の龍脈と化したこの土地から、ヴォーティガーンを引き出す事にした。このロンディニウムの土地そのものが強力な縁となる。ここ以上にヴォーティガーンを蘇らせる事に適した場所はない。

 

 マーリンからしたら、同じ力を持つヴォーティガーンを蘇らせた所で、余り意味は無いと思うに違いない。事実それは正しい。私からしたら精々、竜の素材が手に入るくらいで切り札にまでにはならない。

 竜の素材があってもアーサー王の復讐の道具にできるとは思うまい。

 

 

 だがそれは私からしたらの話であり、あの子は違う——

 

 

 思案をよそに、彼女は廃墟と化したロンディニウムの城下を進み、中心に聳え立つロンディニウムの玉座まで進む。

 玉座は荒れ果て、崩れた城塞の隙間からは太陽が見える。ただ一目みるだけでも激戦だったのであろうと窺える有様だったが、彼女は何の関心も持たず、玉座があった広間の中心に立つ。

 

 彼女は跪いて地面に、水銀を使い魔法陣の術式を刻み始めた。

 五角に、六角と、多数の紋様を浮かべた陣を床に刻み込み、歪みがないかどうか確かめながら、形を作っていく。

 魔法陣自体は、ものの十数分で出来上がった。

 

 彼女は魔法陣に魔力を流し込み、詠唱の呪文を言祝ぐ。

 大気中のマナをその身に取り込み、モルガンが有する魔術回路が、駆動していく。

 

 それと同時に魔法陣が光り、輝きを増していった。

 辺りを支配するのは、吹き荒ぶ風。そして稲光。

 目を開けているのが、厳しいほどの光の中、魔法陣の光が最高潮に達する。

 

 

 そして、旋風と閃光が走り一匹の竜が城塞都市の玉座。その跡地に顕現した。

 

 

 鱗は黒く、血管が浮き出たような赤雷の如き赤い線が体を支配している。

 魔竜と言われるだけの出で立ちを誇り、魂が消え去ったただの抜け殻だというのに、その威圧感を未だ保持している化け物。

 

 

 ……これにアルトリア達は勝ったのか……

 

 

 思わず、そうモルガンが思ってしまう程にその魔竜は荒々しく、また禍々しかった。

 しかしそれでも、所詮は抜け殻。この竜の機能は、何一つ損なわずあの子の物になる。アーサー王すらも上回る可能性を持った竜の化身として生まれ変わるのだ。

 

 彼女は魔竜の抜け殻から、必要な竜の臓器や機能を魔術でその部分だけ抜き取り、魔術回路の一つとして魔力に変換して、自分の居城に運ぼうとする。

 彼女もヴォーティガーンと同じ力を有するのだ。

 一度自分の体に変換してしまえば、後は何処へなりとも自由に持っていける。

 

 

 そうしてモルガンは魔竜に手をつけようとして、これから自分がやる事を深く認識して、彼女との一年間を思い出した。

 

 

 彼女と一年間暮らしていたが彼女は普通ではない。才能と歳不相応な精神性、その両方が。才能に関して言えば、彼女はもの覚えがいい。良すぎる。

 こちらには、文句を何一つ言わず、砂場に水をばら撒いているように知識を吸収し続けた。

 

 

 しかもそれをほとんど忘れないと来た。

 

 

 1を見て10を知るならまだ良い。それくらいなら世界にはそれなりの数がいる。才能がある天才で方がつく。でも彼女はその10をずっと保持し続けているのだ。溢れる事なく、ずっとひたすらに知識を吸収し続けている彼女。

 彼女の頭や脳は一体どうなっているというのか。まるで自分の脳内に変換して、焼き付ける様に物事を覚えていくのだ。

 

 天才、鬼才、秀才。

 どれも彼女を表すには足りない。

 ただ一言だけ——異常。

 

 そういう表現が彼女には相応しかった。そしてそれを支える精神性も、また異常。

 彼女は一年間、一度たりともまともな感情を表に出すことがなかった。一回もだ。ひたすら無垢にこちらからの情報をその身に写し込む様に吸収し続けた。

 

 怒りや悲しみ。

 少しくらい負の感情を表に出すかと思っていたが、何もない。アルトリアが浮かべる様な笑みもなく、ひたすらに無感情。そして無機質にして硬質。

 あの子が、ただアルトリアと同じ顔をしているだけの、心ない人形なのではと思った事も一つや二つでは利かない。いや……時々、感情の様なモノを出している様な事はあった。

 

 

 朝に何かを夢に見たのかもしれない。

 

 

 本当に時々。

 朝、彼女と会って会話する前の瞬間。私が広間に来るのを待っている瞬間。その時に彼女から隠しきれずに、染み出す様に出てきた感情の一部を見た事がある。

 

 

 心の底から……

 

 

 

 

 

 ——笑っていない子供がいた。

 

 

 

 

 

 その瞬間、彼女は何も顔には浮かべていない。

 ただわずかに顔を俯かせ、微動だにせず一点を見ている。いや、見ているのではなく、ただ目を開けているだけなのだろう。初めて会った時の様に。

 しかし彼女から出ている雰囲気は、決して、初めて会った時の様な物ではなかった。

 

 静かな佇まいながら、思わずゾッとする様な、光なき瞳。

 実際に内側で燃えているであろう、黒い炎を滾らせながら、しかしそれを一切顔に出さない。

 凍てつきながら、何よりも激しく燃える感情を、能面の様な表情の裏に隠している。

 まるで、底の見えない穴を覗きこんでいるようだった。

 

 

 彼女の瞳をずっと見ていたら——飲み込まれてしまいそうだと感じた事は何回もある。

 

 

 でも私の存在に気がつくと、彼女はいつも通りに戻る。

 その急変に、微かに動揺した事もある。

 目の前の子供は、見た目だけの化け物なのではないかと。

 

 この一年で、アルトリアと重なった事は一度もなかった。アルトリアの形をしている、ナニカとしか思えなかった。

 でも……あの子に対する印象が変わったのは、ついこの前の事だ。ヴォーティガーンが倒されたと告げたあの日。

 

 彼女が私の言葉に反応すると、時々見せる様な、感情を隠した顔に変わる。そして彼女は、その良く出来た頭で、未来予測を語った。本当に第三者の視点から見た物で、彼女の私情は皆無。恨み事一つも呟かない。呟いて欲しかった。

 

 だから、私は一つ踏み込んだ話をした。

 彼女は拾った一年前から、常に等しく同じ感情を保持している。

 彼女の時間は私が拾ったあの瞬間で、死んだも同然な程、完全に停止しているのだろう。

 

 時々、彼女が内に秘めているものを量ろうとしているが、今までそれを引き出せた事はない。

 彼女の……その表情を……あまり見ていたくはない。

 そう思いながらも、私は彼女の思いの大きさを確かめようとしていた。

 

 そうして私は、初めてあの子の心に触れた。

 一年以上一緒に過ごして、多分初めて見た、あの子の人間としての部分。

 人としての心。

 あの子が、思わず、見せてしまった——弱さ。

 

 

 

 "……感情か……正直に言うなら、私はアーサー王と対面した時、どうなるか、分からないんだ"

 

 "私はアーサー王に、会った時、正気を保っていられるのか……どうか。

 それに私はアーサー王に復讐を果たしたとしても——きっと救われる事はない"

 

 "仮に、私がアーサー王に復讐を果たしたとしよう。それで、その先、私はどうすればいいのか……"

 

 "村のみんなが、帰って来る訳でもない……"

 

 

 

 彼女が思わず呟く様に出した、彼女の本心。今でも一語一句。正確に思い出せる。

 あの時の、あの子の顔。

 あの時の、口調。

 いつもの動静が抜け落ちた亡者の様な顔ではなく。

 

 あれは——

 

 

 

 

 

 

 

 ——迷子になった子供の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 どこに行けばいいのか分からなくなって、頼れる人もいなくて、でも泣きながら助けを乞う事も出来ない。そんな子供。それがそこにはいた。そんな子供が、急に現れたのだ。今でもあれが、彼女の本当の姿なのかは分からない。

 彼女の矛盾した二面性を私は推し量る事が出来ない。

 

 

 ……それに、私は彼女の過去をさっぱり知らない。

 

 

 あの村での出来事。

 あの村で過ごした日々。

 それを私は知らない。

 

 彼女は言った——復讐を果たしても、自分は救われないのだと。なら彼女をあそこまで突き動かしているのは、一体なんなのか。

 私は知らない。私は彼女の過ごした日々を知らない。私には彼女の心情を正確に推し量る事が出来ない。でも一つだけ、彼女に言える事がある。

 

 ——それでも彼女はまだ、もがき続けている。抗い続けている。

 迷子になっても、暗がりの中でただ一人だけでも。復讐ではないナニカの為に。己の全てをかけて。あの村に、何もかもを置き去りにしたまま。

 彼女が見せてしまった、自分の全てを燃やしつくし燃料に変換していく様な激情を感じて、思ってしまった。多分私は、彼女に対して、自分が思っている以上にあの子の事が気に入っているのだと。

 

 

 いいや……

 

 

 ——自分の娘として、彼女の事が気に入っているのだと、ようやくあの時に気づいたのかもしれない。彼女の事を、私は……愛しているのかもしれない。

 

 そう思ってしまった。

 そう思ってしまう程だった。

 

 彼女が見せた、あの弱み。それを取り除いて上げたい。

 彼女の泣くのを堪える様な顔を見たくない。

 彼女の……笑った顔が見たい。

 

 そう、本気で思ってしまった。

 

 ……自分でも思わず笑ってしまう。余りにも馬鹿げているからだ。

 この子は自分の復讐対象の、あのアルトリアと同じ顔なのだ。アルトリアに対する決心が揺らぐ可能性があるというのに……それでも思ってしまった。

 

 ……もしかしたら自分は、他人に飢えていたのかもしれない。

 ふと思えば、私は生涯ずっと一人だった様な気がする。父親のウーサーはアルトリアとブリテン島の事しか考えておらず、母親は私が生まれてから行方を晦ました。

 自分の三人の子供は、生まれてすぐロット王の元に帰り、アグラヴェインとモードレッドに関してはアーサー王しか見ていない。

 

 

 自分以外の誰かと、一年以上も過ごしていたのは、この子だけ。

 

 

 しかも、自分に従順で、物覚えも良い。

 私と同じ、いや少し違うかもしれないが、同じ志を持った同志で……もしかしたら私よりも激しい、負の感情をその身に宿し続けている。

 彼女の、その感情をこの身で感じて、私は比べてしまった。

 そういえば……

 

 

 

 

 

 

 ——私はなんで、復讐しようと思ったのだろう——

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、彼女の様に、自分の命を賭けても守りたい何かを奪われた訳でもなければ、自分の大事な尊厳を傷つけられた訳でない。

 家族を……亡くした訳でもない。家族と思えるモノなんてなかった。

 

 

 

 私は、王になれなかった。

 

 

 

 ——いや、そもそも私は王になって、何がしたかった? なんで、私は王になりたかった?

 

 

 

 私は、愛されなかった。

 

 

 

 でもそれは、アーサー王が——アルトリアが奪ったからとは違う気がする。

 果たして、アルトリアは愛されていたのだろうか。アルトリアも、愛されてなかった気がする。私が復讐する相手は、ウーサーだった?

 でも、もう、ウーサーはいない。私は感情の行き場を、失ってしまった。

 

 そうか……私は……——救われたかったのか。

 誰かに救って欲しかった。私は、この感情にけりをつけたかった。

 私は、復讐すれば、救われるものだったのか——

 

 

 でもあの子は?

 

 

 あの子がどうしようと、過去には戻れず、彼女の家族は戻ってこない。

 ……彼女は救われない。彼女が失った物を取り戻せる日は来ない。

 ——それでも、彼女はやると言った。たとえ精神が歪む可能性があろうとも。

 

 私が求めていたのは……精神性だ。私と同じ目的を持つもの。そして竜の意識すら調伏させ、支配下に置けるくらいに強き心を持つもの。

 私が作るホムンクルスでは、恐らく耐えられない。

 耐えられる精神を持つくらいのホムンクルスを私が作れるなら、モードレッドはあんな事にはなってない。でも彼女なら、きっと耐えられる。耐えられるかもしれない……けれど——彼女はもう戻れなくなるのだ。

 

 彼女は、人間ではなくなる。人間の形をした、竜の化身。

 つまりは、私は——ウーサーと同じ事をするのだ。

 

 私は、あの時、彼女が躊躇するのを期待していたかもしれない。私は躊躇した。彼女を、復讐の道具にするのを。自分の"娘"を修羅の道から戻れなくなるのを躊躇した。

 

 

 ——それでも彼女はやると言った。

 

 

 彼女自身が、これからやる事の重大性を理解出来ていなくて、何も考えず頷いた訳ではないだろう。彼女は最初から、ずっと言っていた。私に選択肢はないと。それ以外に路はないからと、彼女はもうずっと前から覚悟を決めている。

 

 

 

 

 

 

 

 決めていないのは、私——

 

 

 

 

 

 

 

 一体どれほど思案していたのだろう。

 意識を思考の渦から引き戻してみたら、ここに訪れた時よりも太陽は上がり、自分の真上にまで上がっている。

 

 必要以上に時間をかける必要はない。早く事を済ませて帰った方が良い……私も覚悟を決める時だ。私は言った筈だ。彼女の願いを叶えると。彼女の道筋を、全力で祝福するのだと。

 

 

 ——その果てに救いがないのだとしても、私は見届けよう——

 

 

 モルガンは魔竜から、即座に必要な分だけの機能を抜き取り、本当に抜け殻になってしまった魔竜を塵に還す。これでもう、後からこの場に誰かが来ても、誰も気が付かなくなった。

 気付けるのはモルガン並みの魔術師であるマーリンだけ。そのマーリンもしばらくは気づけない。彼女は用がなくなったロンディニウムから踵を返し、自身の城に舞い戻る。

 

 

 彼女を迎え入れてくれたのは、自分が一年前に拾った子供。

 

 

 今までは、自分を待ってくれている人などいなかった。もちろん自分と彼女の関係は家族ではない。殺し屋とその道具。この関係はあの日からずっと変わらない。

 

 

 

「私の準備はできてる。そっちは?」

 

 

 

 彼女が私に向けている二つの瞳には、強い信念が窺える。

 何事も退ける信念を宿した、表情。

 誰にも穢せないだろう、強き瞳。

 

 

 "か弱さや儚さとは無縁の、強い意志を見る者に感じさせる碧眼"

 

 

 今まで一度もアルトリアと重ならなかったがこの瞬間だけは、その信念の方向性が違くとも、妹が浮かべる不屈の闘志を宿したそれに感じてしまった。

 

 

 ……もし戻るならきっとこの瞬間。

 

 

 目を閉じて、今までの一年、そして、彼女に出会うまでの生涯を思い浮かべる。今までの出来事全てが、瞬く間に頭を流れていき、そしてそのまま通過していった。様々な事を思い返してみて、私は——気付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は別に何かを失った訳じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ何も得てなかっただけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして唯一得た、目の前の子供。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(彼女に近づくなら責任を取れ、か……思いのほか、親になるのって難しい事だったのですね)

 

 

 

 あの日、村の誰かの怨念が言った言葉。私はそれを甘く見ていたという他ない。

 もしかしたら、あの日——あのまま死んでいった方が救われたかもしれない彼女を、私は、修羅の道に引き込んだ。なら——その責任は取ろう。

 

 

 

「——えぇ、こちらも準備は出来てる。貴方はただ眠っているだけで良い。私に任せなさい」

 

 

 

 彼女の道筋を、私は、祝福するのみ。

 

 私の内側に燃える炎を和らげてくれたこの子に

 私の感情の行き場に一つの解答をくれたこの子に

 

 私に——救いの光を見せてくれたこの子に

 

 

 

 

 どうか願わくは

 

          彼女の生涯に

 

                  一片の救いと希望が

 

                             ありますように

 

 

 

 

 私は、そう、祈るのみ。

 

 

 



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第9話 竜の鼓動

 
 魔術関連に独自解釈と独自設定あります。
 そこまで違和感がある様な、逸脱したものでは無い筈……多分。

 後、主人公はもう少し悶々とします。
 ちゃんと吹っ切れるので許して。
 


   

 

 

   

 

   

  ————約束された勝利の剣(エクスカリバー)ァァァァァァ!!

 

 

 

 

 

 

 何故、認めない?

 

 

 

 

 

「……さすがは太陽の騎士、屈強なりガウェイン卿。見よ。貴公の光はヤツの胃に収まりきらなかったと見える。

 卑王はガラティーンの光を飲み込んだ事でエクスカリバーの光までは飲み込めなかったらしい」

 

 

 

 

 

 何故、まだ死なない?

 

 

 

 

 

「アーサー王! 敵はブリテン島全てを肉体とするもの……聖剣と云えど、敵いませぬ! ……今は撤退を!」 

 

「もう少しだけ手を貸すものだぞ、ガウェイン卿。

 私と貴公が揃っているのだ。島の癇癪の一つや二つ、聖剣の担い手なら鎮めなくては立つ瀬がない」

 

 

 

 

 

 何故、まだ諦めない?

 

 

 

 

 

「——王! 魔竜の手を封じました!!」

 

「——ッ、それでこそガウェイン卿! もう片方も塞げば……これで空には逃げられまい!」

 

 

 

 

 何故、私は窮地に追いやられている?

 

 

 

 

 

 

  ——最果てより光を放て——

 

 

 

 

 

 何故

 

 

 

 

 

  ——其は空を裂き——

 

 

 

 

 

 お前は

 

 

 

 

 

 

  ——地を繋ぐ——

 

 

 

 

 

 

 竜でありながら

 

 

 

 

 

   ——嵐の錨——

 

 

 

 

 

 そこまで

 

 

 

 

 

 

 

     

 ————最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——人であろうとする?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーヴァントとマスターは魔力というパスで繋がっているので、時々夢の代わりに、相手の過去を見る事がある。それを私は異邦の知識故に知っている。

 しかし私はサーヴァントでもマスターでもない。だから、生前にこんな経験をするとは露ほども思っていなかった。

 

 今流れてきたのは、きっとヴォーティガーンの記憶の一部なのだろう。

 ヴォーティガーンの全ての記憶を覗いた訳じゃないし、見れたのは、アーサー王とヴォーティガーンの決戦の場面だけ。魔竜ヴォーティガーンが朽ちる寸前の記憶。

 

 

 それは……一人の"人間が"竜に挑み続けた光景。魔竜に挑み続けた、人間の可能性の極み。正しさの極致を体現し続ける一人の騎士。その姿。

 

 

 アーサー王——アルトリアは諦めなかった。

 強大な魔竜と対峙しながらも、何度も窮地に晒されながらも、それでも諦めない。いかに体が震え、恐れを抱いていたとしても、仲間を励まし続け、立ち向かってきた。

 彼女は如何なる状況に落ちようと、自分がどれ程傷付こうとも、逆境に遭ってこそ貴くあれるのだと、その身で体現し続けた。理想の光そのもの。

 どれだけ光がない状況でも、如何に醜悪な世界でも、人と言うのは輝ける存在なのだと彼女は証明し続けている。

 

 

 誇りを、栄光を、信義を、"理想"を、彼女は貫き続けている。

 人々の……理想で……あり続けている……

 

 

 あぁ……彼女は強すぎる。

 あぁ……彼女は正しすぎる。

 あぁ……彼女には間違いがなさすぎる。

 

 

 彼女に一片の曇りはない。一つの間違いもなく、一切の穢れもなかった。

 故に彼女は清廉潔白なる理想の王。尊き心を持った理想の騎士。誇り高き……竜の化身。

 

 

 彼女は最期まで、その強さを正しさを保持して貫き続けるのだろう。

 彼女は最期まで、諦めずその身が朽ちるまで運命に抗い続けるのだろう。

 彼女は最期まで、一人でも多くの人々を、救い続けるのだろう。

 

 

 竜が持つ気高い、飛翔する為の両翼。

 彼女はその翼の代わりに、その両腕で運命の波に抗い続け、その両腕で抱え切れる人全てを、救い続ける。

 その姿は……余りにも……気高い。気高き過ぎた。

 

 彼女の強さを感じると……私の弱さが晒される。

 彼女の正しさを見ると……私の醜さが露見する。

 

 彼女は常に自らの理想を胸に、人々の為に前を向いている。

 私は、後ろ向きな理由で、自分勝手なエゴを貫く。

 

 

 私は、きっと……彼女の前に立つ資格は……ない。

 私は彼女に、復讐したい訳じゃない。でも……まったく恨んでいない……訳でもなかった。

 私は……私は……

 

 

 

 アルトリア……貴方は何故……そこまで——

 

 

 それでも

 ……それでも…私は

 ……それでも…私は……あの日に……

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ……つらいなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 私はそうやって目を覚ました。

 

 体の違和感はない。脳を灼く様な痛みは皆無。気分はもの凄く悪い……それは自分以外の異物が入り込んだ感覚故にではない。

 彼女の強さと、正しさを見て……少し——死にたくなったから。

 

 

 

「起きた? 目覚めは……余り良さそうではないわね……大丈夫?」

 

 

 

 私の様子を覗きこむ様に、モルガンが私を確かめていた。

 彼女の表情は魔女の様な作った物ではない。敵対した相手に向ける様な殺意も、何もなかった。本当に、本当に心配そうに私を見ている。私の状況が気掛かりなのだろう。

 彼女の金の瞳に映っているのは——まるで自分の子供に対するそれ。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 私は彼女の瞳を無視する様に、彼女の心配の意図を考えない様にしながら体を起こした。

 体の不調はない。違和感も……ない。強いて言うなら、私の中に燃えたぎる様な、何かを感じる。そして私は自分の手、正確には肌を見る。

 

 ——白い

 自分の腕がどういう色をしていたかは理解している。この一年間見てきたよりもやや、白くなった。人形の様に白く、人ならざる薄い色素。

 この素肌を美しいと取るか、不気味と取るかは人によって分かれるだろう。更に自分の目線の上にチラチラ覗く金の髪。この金の髪も色素が薄くなり、星の光の様な鮮やかな金ではなく、月の光の様な淡い金色。

 

 

 

「意識ははっきりしてる?」

 

「あぁ……大丈夫だ……私の意識ははっきりしてる。

 少し、自分の変化を見ていただけだ」

 

「そう、なら良かった。貴方、一週間近く眠っていたから。起きたらしばらく自分が誰なのか分からなくなってしまうかもしれないと思ってたの。でも……本当に良かった」

 

「……そうか」

 

「はい鏡。今の貴方は凄い素敵よ。竜の様な瞳が特に」

 

 

 

 彼女から手渡された鏡に映る自分の顔を見る。やっぱり顔の色は、肌と同じくやや白い。自分の髪の毛は全て、薄い金の色。そして"黄鉛色に澱んだ金色の瞳"。

 あの人と同じ顔なのに、鷹の様に細められた切れ目の瞳から、冷たさしか感じられなかった。

 

 ……アルトリア、オルタ。更に言うならリリィ。あの人の、可能性の具現化としての、もしくは幻想の過去としてではないリリィ。私は本当に体が小さいからだ。120cm強あるかどうかくらいの幼女。

 まぁ……自分でも幼女に見えないくらいに目が据わっている。子供らしさは私の形だけだ。

 

 

 

「体に不調はない? 何か違和感とかあるなら、教えてね?」

 

「いや、何もない……なんとなく呼吸をするたびに体が軽くなった様な……そんな気がする」

 

 

 

 あの日私は生まれ変わったと言ったが、多分、今日が本当に生まれ変わった日なのだろう。自分の胸がほのかに熱い。自分を肉体を駆け巡る、血の一滴一滴が、脈動している様に感じる。

 

 

 

「よし……今改めて調べて見たけど、何一つ異常はないわね。同調率は完璧。貴方の中に宿った竜の機能は貴方を一切拒まず、稼働してる」

 

 

 

 モルガンは私の頭に手を置いて、何かの魔術を行使しながら教えてくれる。

 魔術師として最高峰の一角にいるモルガンがそう太鼓判を押しているのだ。きっと大丈夫だろう。

 

 

 

「……うん……貴方は今まで泣き事一つ言わず、そしてこの竜の機能を体に付けるという行為にも耐えました——良く頑張りましたね」

 

「——えっ……?」

 

 

 

 そう言って。彼女は私の頭を撫でた。

 その手つきは、本当に、本当にひどく優しい。彼女の慈しむ様な目は、柔らかに浮かべた笑みは、決して魔女のそれじゃない。

 

 

 ——とある笑みと重なる。

 

 

 

「何? もしかして、今までちゃんと褒めた事がなかったからって驚いてるの?」

 

 

 

 彼女の、少しむすっとした顔。

 魔女らしい妖艶さは消え、無垢な婦人の様な、いつまでも見ていたい様なそれになる。

 

 私は驚いている。

 もちろん彼女が急に褒めたからではない。

 私を褒めてくれたあの顔。むすっとした顔。その笑みを、私は知っている。

 

 

 ——今のはアルトリアの笑みだった。

 

 

 当たり前だが、モルガンはアルトリアの姉で、彼女の容姿はアルトリアに似ている。

 今まではさっぱり意識した事はなかったし、彼女の浮かべてる笑みはさっぱり違う物だったから重なる事なんてなかった。でも、今この瞬間のは違った。

 

 とある世界線の最後。全ての決着が終わった後。

 王としてでは無く、一人の少女として、ひとりの少年に告白を告げた瞬間の、小さな微笑み。

 自らを軽視したり底抜けの鈍感さを見せる少年と、自分のことをさっぱり曲げない頑固な少女が繰り広げるやり取りの中で時々見せる、少女のむすっとした表情——今のはそれとまったく同じ表情だった。

 本当に自分が安心出来るものだけ、心を許しているものだけに向ける笑み。

 

 

 今までは違った。

 

 

 時々揶揄う様な笑みもごまかせた。

 彼女から溢れる心配の声も聞こえないふりをできた。彼女が私に向ける視線も見てないふりを出来た。

 でも……今のは——母親の、顔だった。

 

 

 ……なんだよ、それ。

 

 

 やめてよ。

 あんまりじゃないか、なんで今、もうこんな戻れないところにまで来て……私を戻らせたくするんだ。私の決心が……揺らぐじゃないか……何もかもから…逃げたくなるじゃないか……

 あぁ……でも。それでも……今だけ。ほんの少しだけ……私の母親と同じ温もりが——

 

 

 

「……ごめんなさい。なんでもない。

 ……うん! 貴方の体も強くなったんだし、早速魔術の修練でも取り掛かりましょうか?」

 

 

 

 モルガンは私の頭に乗せていた手をすぐさま外した。

 私はモルガンが撫でていた頭に、同じ感触を残す様に、私の手を当てる。

 少し……私はダメになってしまったかもしれない。蓋をしていた感情が、あそこに置いてきた筈の感情が戻ってきたかもしれない。

 もしかしたら——泣きそうになったかもしれない。

 それでも——それでも私はあの日に誓った。だから——だから、これは私が得られた最後の温もり。モルガンが見せてくれた、置き去った筈の愛情。

 

 

 ——最後の、幻想。

 

 

 せっかくモルガンが最後に見せてくれたんだ。

 なら私は、モルガンに無理に気を使わせたくない。私は——戦う。私は、あの日に誓ったから。

 

 

 

「……ありがとう、モルガン。私はもう大丈夫だから。

 

 

                      私は——頑張るから」

 

 

 

 

 モルガンに安心させる為に微笑む。

 それはぎこちない物ではなく、自然と出るような笑みだった。

 

 今更になって悟る。

 ……モルガンからしたら、復讐対象の微笑みだ。

 それでも姿が変わったから、彼女の中では重なっていない様、祈るしかない。

 

 

 

 

「ぁ——————」

 

 

 

 彼女はしばらく放心していた。

 顔は驚愕に溢れて、瞳は、思考の空白を表すかの様に丸くなっている。側から見れば、この女性があの妖妃モルガンだとは誰も思えないだろう。

 この表情をずっと見ていたい。少しだけ、そう思った。

 

 

 

「——何だ? もしかして、今まで私がちゃんとした感謝の言葉を言ってこなかったからって驚いているのか?」

 

 

 

 さっきモルガンから言われた言葉を意趣返しにして返した。

 軽い嘲笑も浮かべて。今の私はオルタとなったのだから、恐ろしく様になっている筈だろう。アルトリアとは絶対に重ならない。

 

 

 

「———はぁっ!? なっ……あ、貴方! …………はーぁぁぁ、もう……」

 

 

 

 モルガンの慌て振りに、私はニヤニヤとした笑みで返す。

 今の醜態は、多分もう二度と目にする事はないだろう。今までの彼女が見せてきた表情とはどれも一致しない。少しだけ、彼女のその表情を見れた事が嬉しかった。

 

 

 

「……貴方……魔女よ……」

 

「まさか、魔女モルガンにそう言われるとは。私は魔女の剣だぞ。褒め言葉にしかならないと思うんだが」

 

「ふふふっ………確かにそうね」

 

 

 

 そう言ってから、少しずつ二人で笑い合った。

 そこに悲観はない。今の会話で互いを覆っていた諦観は消えていった。

 

 

「……えぇ、私も覚悟を決めました。貴方はもう強大な力の源をその身に秘めている。なら、後は私が貴方の背を押して、貴方がその方向性を決めるのみ。

 これからは更につらい修練の日々になるでしょう。覚悟はいいですか?」

 

「まさか——問われるまでもない。私はやるよ」

 

「結構。貴方の……その生き様、私が——見届けてあげましょう」

 

 

 

 彼女は最後に、名残惜しむような、悲しむような、悔いているような、そんな目をしたが、すぐにその感情は消え。強い信念が浮かぶ。

 私も、同じようにモルガンと同じで、より深い金色の瞳で返す。

 

 

 

 

 

 魔女と、その魔女の"竜"は互いにニヒルな笑みを交わす。

 もう、互いに戻れる道は消えた。なら、後は突き進むだけ。その道の果てに、救いがないのだとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に一年は飛ぶ様に過ぎていった。

 私とモルガンの関係は変わらない。殺し屋とその道具。

 これはあの日から変わってない。強いて言うなら、殺し屋はその道具を慈しみながらも使うと決めて、道具は、扱われる事になった主人を可能な限り尊重する事にした。その程度の事。

 

 早速始めたのは魔術の修練だった。

 私は元々なんの力を持たないただの人間だったが、私はモルガンより授かった、魔竜と化したヴォーティガーンの心臓をその身に宿した竜の化身と化した。

 

 ただの呼吸で桁が違う魔力を作り出す、生きている魔力炉心そのもの。既に、普通の魔術師では到底生み出す事が出来ないだろう、魔力をその身に循環させ続けている。

 魔術師としてみたら素質はないかもしれないが、桁違いな魔力故に権利はある。そして私が魔術を教わるのはあのモルガン。もちろん私はモルガンの様に魔術を極めるつもりはないし、モルガンも私に全ての術を授けるつもりはない。

 

 単純にそこまでの時間はないし、目的は力をつける事だ。

 魔術で火を起こして攻撃するよりも、剣で切り掛かった方が早いし楽。だから私が教わるのはこの体に宿る魔力を使った、"魔力放出"と身体強化の魔術を中心としたものだった。

 

 魔力放出はまだ良いとしても、魔術に関してはまずは、自分自身に魔術回路を作成する必要がある。魔力だけでは指向性がないのだ。魔術師なら、開く。でいいのだが、私は一回この体に作る必要がある。

 まぁ作ってしまえば、後はその回路を開くだけで繰り返し使えるから、あまり問題ではない。

 

 

 そして、魔術回路を作り出すその日、モルガンから助言を受ける。

 

 

 魔術師にとって最初の覚悟は、死を容認する事。

 魔術は常識から離れたもので、殺すときは殺す。並大抵の集中力では魔術は使えない。

 

 私はこれと似たような事を異邦の知識故に知っている。

 覚悟はしているし、モルガンからも、今更貴方に覚悟を問う必要はなかったわね、と言われた。本当の"魔術師"だったらもう少し、覚悟や責務などのやり取りがあったのかもしれないが、二人とも正確には魔術師ではない。

 ただ魔術を自分勝手に使うだけの、魔女とその竜に本当の"魔術師"としての覚悟はさらさらなかった。

 

 そして私は、モルガンの立ち合いの下、自分の体に魔術回路を作る。

 私は広間の一室に腰を下ろし、胡座の状態で深く瞑想する。瞳を閉じ、意識を深く沈める。大きく深呼吸し、魔力を循環させる。

 

 

 ——順序は逆。

 

 

 自分は魔術師の家系じゃないので、継承されてきた魔術回路は一本たりとも存在しない。体に魔力を作る為の回路を作るのではなく体に宿る魔力を使い、回路を作り出し、開放する。

 本来の体には存在しない筈の神経を作りだす。

 

 自分の体の中。

 体の内側の内臓。

 血肉の全て。

 指先の爪。

 髪の毛一本。

 自分を構成している、あらゆる物資。

 

 それら全てをイメージし操作する。

 自分の体を魔術を使う為の道具に作り変えるのだ。その為の集中力などモルガンとの、一年でとっくに身につけている。自らに駆け巡る混沌とした、竜の魔力を、少しずつ回路の形に落とし込んでいく。

 

 

 自分だけが持つ、この脳に灼きついた異邦の知識も役に立った。

 

 

 かの人物は、自分の体をイメージし仮想した意識を潜行させるらしい。

 魔術回路を作り出した自分をイメージし、それを完璧に、寸分の狂いもなく自分の身体に"トレース"する。

 つまり、イメージするのは、常に——最強の自分。

 

 

 その瞬間、音を聞いた。

 熱い鉄に金槌を撃ちつけるような、そんな音だった。

 

 

 それと共に、体に走る電流の様な刺激。

 体の内側が全て脈動するかの様な感覚がした。ただ体を駆け巡るだけの混沌としていた魔力が、魔術として行使できる道筋になる。自分の両腕から、首元にまで配管の様な赤い回路が走る。

 

 こうして、魔術回路は完成した。

 自分は深く沈めていた、意識を戻して、目を開いた。

 

 

 

「出来たよ」

 

「……正直言って……貴方のその集中力、気持ち悪いわ……貴方の頭、どうなってるの……?」

 

「……褒め言葉として受け取っておく」

 

 

 

 そして、私が自らに作り解放した魔術回路により、モルガンは私という存在の特性を教えてくれた。

 私の起源は……"変換"と"強奪"。魔術属性は、風。

 

 モルガンはこれを見て一言、異常と称した。

 何回も言われてる。とある男性の起源は切断と結合で、それに噛み合った魔術属性の火と土らしいのだが、私は起源も属性も何一つ噛み合ってないし、風なんていう希少属性持ち。でも起源は二つ。

 

 風は、多分私の顔や体がアルトリアと同じだから、風王結界(インビジブル・エア)の代わりという事か、もしくは使えるという事か……?

 それに変換と強奪は、私がヴォーティガーンの心臓を宿した為にモルガンやヴォーティガーンが持つ、超常の力の一端がその身に宿ったという事……なのかもしれない。

 でも、ヴォーティガーンが宿る前からその身に変換するみたいに物事をなぜか覚えられていて、モルガンから不審がられていたのを良く覚えている。

 

 

 これは元から、私にあった起源がより明確な形になって認識できる様になったという事なのか。

 

 

 確かに私自身が、"誰かの記憶"をその身に"変換"した存在とも言えるかもしれないし……もしくは、誰かが、"私の肉体"を、"強奪"したとも言えるかもしれない。

 結局、答えは出ない。でも、もうどちらでも良い。私は変わらない。

 

 そして更にこの起源が表に出てきたからか、少しだけ自分の体が変化した。見た目が変わった訳ではなく、自分の内側の話。竜の機能が変化した。——呼吸によって、大気に溶け込んだ魔力を自分に変換する様になった。

 

 心臓から生み出される魔力。

 更に大気から、その身に変換する魔力。

 

 簡単に言えば、アーサー王と同じ肉体に、外付のバッテリーがあるに近い。

 これはアーサー王が持たず、私だけが持つ能力。私は経験と……心の強さは……アルトリアに劣っているだろうが、力の伸び代や素質ではアルトリアを上回っている可能性がでてきた。

 

 アルトリアとは……余り戦いたくはないけれど。

 きっと……彼女と敵対したら……罪悪感で死にたくなるから。

 

 

 私は彼女に復讐したい、訳ではない。でも生きるには力が必要になってくる……それだけ。

 

 

 こうして、魔術回路を解放し、魔力を滾らせた私はモルガンからの教えを受ける。

 でも、モルガンとずっと一対一で教えを受けた訳じゃなかった。変わらず、剣で切った方が早いのだから、私が教わるのは強化と言った極々基本的かつ初歩的な魔術だけ。

 教わった後は、それだけをひたすら繰り返し、速度と強度を上げ続ける。

 

 後は——投影魔術。

 これを試して見ないか? といったのはモルガンだった。

 

 普通の魔術師が投影魔術を行なっても、剣なら大した刃のないなまくらにしかならない。

 自分の中にあるイメージを具現化し世界に鏡像として写しだす魔術なので、イメージに少しでも破綻が起きようものなら霧散する。

 そして記憶とは少しずつ薄れていくものなので、造形が少しでも複雑なら似たような形の何かにしかならない。

 劣化が激しく、世界の修正力で、数分で消える。魔術で物質化させても、大したものにならないのだから、ちゃんとしたものを用意して代用した方が良い。

 儀式の時などで、道具がない時の間に合わせくらいにしか使い道がない。

 

 使いどころがほとんどないと言われるくらいに効率が悪い魔術なのだが、私の起源が“変換"、そしてモルガンが言うにかなり集中力が高いらしいので、もしかしたら、オリジナルに近づけるものを作れるかもしれないという事で投影魔術を教えてもらった。

 ついでに、剣を投影してなまくらだった場合でも、今やってる強化の魔術で鈍器として扱えば十分に人は殺せるし、貴方の身体能力を見るなら、かなり相性が良いだろうとも言われた。

 

 正直言って、私の異邦の知識が反応する。反応しない方がおかしい。

 どう考えても、未来にて、多分現れるだろうあの少年の魔術と同じ。しかも今やってるのはひたすらに修練してる強化、ここに投影魔術と来た。

 もちろん、私がやる強化は、物資よりも身体の強化に重みを置いたものだし、"魔力放出"による補助に身体を強化するくらいだ。

 そして私には宝具級の、聖剣や魔剣を投影できる訳がない。

 さらに言ってしまえば、あの少年がやるあれは厳密には、投影魔術ではない。

 

 それでも、私はこの魔術で、あのアーサー王に近づくのだ。

 でもそれを知るのは私だけ。もちろんモルガンに悪意などある訳がない。自分にあった魔術を教えてくれるのだ、拒める筈ないし、私も拒む気はない。

 多少複雑ではあるが、私に適した魔術であるのだからと私はモルガンから投影魔術も教わる事となり、より自分の性能を上げ続ける。

 こうして私は、魔力放出、強化、投影の三つのみをひたすら修練し続けた。

 

 

 そして、私がモルガンに拾われてから二年。竜の力を得てから一年。

 城塞都市ロンディニウムが、花のキャメロットに作り変わったとの情報が、島中を駆け巡った。

 新たに出来た居城で、アーサー王が凱旋式を行うという情報が、島を沸かせる。

 

 

 

 

 

 

 運命の揺り戻しがすぐそこまで迫っていた。

 竜と竜が出会うまでもうすぐ。

 

 

 

  

 




  


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第10話 光と影 前編

    
 ありきたりなタイトルだけど、このタイトルにしたかった。
 ストーリーにおいて結構重要な回……特に後編。
 


 

 

 

 

 アーサー王が選定の剣を引き抜いてから十年。

 ヴォーティガーンの死後から一年。ついに城塞都市ロンディニウムは、花のキャメロットに生まれ変わった。

 まるでアーサー王の威光を示すような、一つの汚れもない白亜の城を見て、人々はアーサー王こそ理想の王、約束の王だと褒め称える。

 

 こうしてアーサー王の名声はより高まった。

 ヴォーティガーンによって呼び込まれた異民族との衝突が完璧に消えた訳ではないが、ブリテンの内乱はとりあえずの終結を迎え、サクソン人とピクト人の勢いは衰え、今はアーサー王の諸侯となった部族の王や騎士達の仲はそれなりに保たれていた。

 そしてアーサー王が正式にブリテンの王になった事で、アーサー王は選定の剣を引き抜いた頃より自分に協力してくれた部族の王の一人、ブリテン島南西部に位置するカメリアドの王レオデグランス。その娘のギネヴィア王女を王妃として迎えいれた。

 

 ……アーサー王はギネヴィアに性別を偽っていた事を打ち明け、ギネヴィアはこれもブリテンの為だと受け入れた。

 いや——受け入れるしかギネヴィアには出来なかった。

 

 ギネヴィアは聡明な女性であり、アーサー王——アルトリアがどれだけの努力をかけて、やっとヴォーティガーンを倒したのか、やっとブリテンを治める事が出来たのか充分心得ていた。

 同時に心の底からアーサー王を尊敬し、敬愛していた。

 十五の子供がどれだけの活躍を果たし、その両腕で、救える人々の全てを救ってきたのかは計り知れない。だからこそ、彼女はずっと見てきた。

 選定の剣を引き抜いてからの十年間、陰ながら慕ってきたのだ。

 

 

 慕っていたが——

 

 

 十年の想いが実ったその瞬間に、今まで見ていたものが虚像だったのだと、見せかけで永遠に手に入らない物だったのだと知らされた、ギネヴィアの心情は計り知れない。

 裏切りに心砕かれたか、同じ女性のアーサー王の境遇に同情したか、もしくはその両方か。

 

 それでも、ギネヴィアはアーサー王の真実を知りながらも、よく支え王妃として振る舞った。

 ギネヴィアは、白亜の壁に囲まれた、籠の中の鳥である事を良しとした。

 

 乱世に荒れる国を救うには、理想の王が必要であり、そしてその王の傍らには貞淑な妃がいるのだと、自分は王妃という部品になるのだと、全てを諦め達観した。

 アルトリアはその事について常に気に懸けていたが——

 

 

 

「……何を仰るのです、アルトリア。女性として酬われないのは貴方も、同じでしょう?」

 

 

 

 そう言って、無理に微笑む彼女の善意に甘えるしか出来なかった。

 王と王妃の関係は、仮初の物ではあったが、二人に芽生えた友情だけは本物になった。その信頼関係は民達に、仲睦まじい夫婦として映ったのだから。

 そして、兼ねてより期待されていた——ランスロット卿の円卓入り。彼は円卓の十一席目に座る事になった。

 

 国ではなく一人の女性を第一に考えるフランス騎士であったランスロット卿の事を、秘書官のアグラヴェイン卿は最後の最後まで反対し渋っていたが、フランスの一部の領主でもある彼の存在は大きく、大陸との貿易は彼のおかげで以前よりの何倍も円滑なものになった。

 花のキャメロット完成。アーサー王即位。王妃ギネヴィア。ランスロット卿の円卓入り。

 これに人々は多いに盛り上がり、今日行われる凱旋式は祭りの規模になった。

 

 

 そして今、アーサー王はキャメロット城下町の大通りを、騎馬に乗った円卓の騎士達を含む集団達と共に凱旋している。

 

 

 この凱旋式に、街からは多くの人々が通りに集まり、アーサー王とその騎士達の威光を一目見ようと集まっていた。人々が浮かべる表情はとても明るく、希望に光溢れている。

 ヴォーティガーンがブリテンに君臨していた時代ではとても見る事が出来なかったものだ。

 

 その笑顔を見て、この為に頑張ってきて良かったと、この人々を守る為に私はあの日に"誓い"を立てたのだ、とアルトリアは表情を少し明るくし、温かな微笑みを人々に向ける。

 

 

 ——でも。

 この平穏は、この人々と同じ、また別の人々の犠牲の上でなんとか成り立っているものなのだと彼女は明確に知っている。記憶している。

 ……忘れる訳がない……あれは自分の都合で忘れていいものではないのだから——

 

 その事に自分を戒め、すぐ様表情を引き締め、前を向く。

 この表情は人々に凛々しいものだと映ったのか、人々が、我らがアーサー王と称える事が聞こえてきた。

 

 

 

「我らが王! アーサー・ペンドラゴン!!」

 

「約束の王よ!」

 

「ブリテンに平和をもたらしたまえ!」

 

「私達の救いの王! アーサー・ペンドラゴン!」

 

 

 

 人々が顔を緩めて、幸せそうに笑いながらアーサー王を誉め称えていた。

 しかし、アルトリアはそれに対して表情を緩めない。自分一人だけの勝利ではないのだから、騎士達が平和になったと喜ぶ事はあっても、私は誰よりも前を向いていなければいけないのだとして。

 それに全ての懸念が消えた訳ではない。

 いずれ再侵攻してくるだろう異民族の事もあるが、一番の気がかりは——モルガン。ヴォーティガーンの次は……もしかしたらモルガンが、自分にとって次の災厄の相手になるかも知れない——

 

 アルトリアは騎馬に乗りながら思考を深く沈めて、復讐の魔女と化した自分の腹違いの姉を思い浮かべていた。

 

 

 

 結局、二年近くもモルガンは何もしてこなかった……不気味が過ぎる……何を企んでいるというのか……?

 選定の剣を引き抜き、自分が王の道を進み始めてから八年間、執拗に攻撃を仕掛けてきたあの、モルガンなのだ。今まで通り、攻撃を繰り返してきたのなら、面倒ではあったが、まだ心に余裕があっただろう。

 

 

 ——しかしそれが急に途絶え、二年間も沈黙を続けているのが不気味で仕方がなかった。

 

 

 アルトリアは嵐の前の静けさを肌身で感じていた。

 ……モルガンが王位を諦めるとは到底思えない。アレはそういう存在だ……そんな存在になってしまったというべきか。

 

 モルガンが攻撃をやめたのは二年前。時期的には選定の剣から光が消えてから。

 彼女はきっと、選定の剣から光が消えて、星の聖剣を使っている事は知っているだろう……選定の剣から光が消えて、剣から私が理想の王に相応しくないと判断された、と認識して攻撃をやめた……?

 まさか……モルガンがその程度で満足する訳がない。そうだとしても星の聖剣を手に入れてから攻撃を再開する筈だ。

 

 ……今、モルガンが何をしているのかが分からない……モルガンが攻撃してくるならしてくるで、こちらも彼女の動向を掴む事が出来た。

 ……でもこの二年間、彼女は完全に姿を晦ませた。こちらから少々探る為に、現在判明が出来ている分のモルガンの拠点に騎士を捜索に当てたが全て当たりはなかった。

 

 

 ——いや全て"当たり"だったというべきか。

 

 

 彼女は大きさを問わず全ての拠点に、超強力な人払いの結界を張っている……しかも二重三重に。マーリンの千里眼すら欺く程にまで達する結界を。訪れた騎士全てが、いつの間にかモルガンの拠点から逆戻りするという結果に終わった……それも、報告する寸前まで騎士達に、モルガンの拠点に辿りつけなかったという意識さえ持たせない程に強力なモノだった。

 この分だとこちらが判明出来てない拠点にも結界を張っている可能性が高い。

 

 

 ……一つ一つ、潰して回ってみるか?

 

 

 いいや、だめだ。こちらには正式な大義名分がないし、効率が悪過ぎる。こちらから出向かってその隙を突かれる方が危ない……しかも判明してない拠点にモルガンがいるのだとしたら、こちらから無駄に消耗するだけだ。

 相変わらず、ヴォーティガーンの魔力は戻ってないらしい。

 

 

 ——超常の力。モルガンのは一体どの規模までのモノなんだ?

 

 

 モルガンに関する情報が足りてない……そして、こちらにあらゆる情報を一つ足りとも出す気はない。そうとしか思えないやり方。さらに不気味な沈黙。間違いなく何かを企んでいる——だがこちらからは何も掴めず、さらにいつ仕掛けてくるかも分からない。

 

 モルガンは二年間もの時間をかけて、何かを、用意しているのか……? ……だとしたら、何を——?

 

 

 

 ——何をするつもりなんだ? ………姉上……?

 

 

 

 

 

 アルトリアはしばらく騎馬に乗りながら、意識を深く沈めていた。

 自分を称える声や、歓声、人々の賑わいが、一つも聴こえてこなくなる程に周りからの音を全てシャットアウトしていた。

 

 

 ——それ故か。

 

 

 集中させていた彼女の視界の端に一つの光が目に入る。

 

 

 その視界に入った光景に、一瞬で意識を覚醒させられる。

 人々の陰からこちらを覗いていた、光。

 人々の喧騒の中では、あまりにも浮く色。

 

 

 

 

 

 

 "金色の髪"

 

 

 

 

 

 

「……………ぇ…………」

 

 

 

 ただの金色の髪ではなかった。

 その金色は、星の光ではなく、夜の淡い月の光を溶かし込んだ様な薄い金色の髪。いっそ不気味に見えてしまう、魔性を覗かせる白い肌。竜の様な金の瞳

 —— "黄鉛色に澱んだ金色の瞳"

 

 

 

「……ぃ……ま………の…は…………」

 

 

 

 目が離せなくなった。

 視界に映ってしまった一つの光以外が、目に入らなくなる。

 周りのあらゆる喧騒が別世界に切り替わり、ただその姿以外を認識できなくなる。

 まるで時間が止まってしまった様に、全てが凍りつく。

 

 肉体が、心が、その一点以外の全ての知覚を拒む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 心の底から

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——笑っていない子供が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———ッ今のッ……! ……ッ…子……はッ……! ………」

 

 

 

 この喧騒の中で、人々がアーサー王を称える中、その子供だけ何も喋らず。ひたすらに無言で、口を閉ざし切り、この光景を——此方を見ていた。

 

 周りの人々が幸せそうに花の様な笑顔を咲かせている中、その子供だけ、たった一人だけが、凍てついた瞳と能面の様な表情で此方に視線を寄越している。彼女だけが、人々から浮き上がる程に違うのだ。まるでその様子は、彼女だけがこの平和な世界から切り捨てられてしまったかの様で、"黄鉛色に澱んだ金色の瞳"を、ゾッとする程凍り付かせてこちらを覗き込んでいた。

 

 

 

「…ぅ……ぅぁ……ぁ…………………」

 

 

 

 まるで、その子供の周辺だけ、光が消えていっている様に感じる。

 まるで、その子供の周辺だけ、世界に穴が空いたかの様に、辺りを暗雲が支配していくように感じる。

 まるで、その子供の周辺だけ、影が急速に集まっていくように感じる。

 

 

 ——あの子供が着ている服の間に見える素肌に、首元に、顔に、

 ——まるで……ヴォーティガーンの鱗の様な……赤い……線……が……

 

 

 

「………ぁ……あ…の……子……が……」

 

 

 

 あの子だけが笑っていなかった。

 あの子はこの光景を、静かに見ている。

 それはまるで、死んでいった人全てを代表して、この光景を見ているような——

 

 

 

 

「アーサー王がこっちを向いたぞ!」

 

「その威光で私達を照らしてくれ!」

 

「約束の王よ!」

 

 

 

 人々がその視線に気付いたのか、私が向いた方向の人々は沸き立ち、歓喜にあふれる。人々が動き、陰からこちらを見ていた光は見えなくなった。探そうとしても、既にさっきの金色はどこにもない。

 

 

 

「……? どうかしましたか……王よ」

 

 

 

 流石に私の状態に気が付いたのか、私のやや後方にいる、ベディヴィエール卿が心配そうに訝しんでいた。

 気が付いたのは……私、だけ……

 

 

 

「……いや、なんでもない。少し……疲れていたのかもしれない……」

 

「今まではずっと激務が続いていましたからね。気付かぬ内に疲れが溜まっていてもおかしくはないでしょう。是非ともこの白亜の城で、御身体をお休め下さい」

 

「あぁ……」

 

 

 

 ベディヴィエールに対して、覇気のない声で返事をするしかなかった。

 あの光景が頭から離れない。目を瞑っても鮮明に思い出せてしまう。完璧に瞳の裏に焼き付いた。

 

 今のは、見間違い……? まさか…そんな幻覚を私が見たとでも? それに……今の、あの子は、絶対に……そうだ、私が見間違う訳がない。あの子は私と瓜二つの容姿なんだ。

 でも、今さっきの……子は……——あの、金の瞳は、あの、赤い線は……あれは、まるで……

 

 

 

「………………」

 

 

 

 思考は止まる事を知らなかった。

 嫌な考えが止まらず、また蓋をする事も出来ず、頭を駆け巡り続ける。嫌な予感が止まらない。嵐の前の静けさが終わり、今から取り返しの付かない厄災が振りかかる予兆しかしない。

 

 

 ——気付いたら、城下町の凱旋は終わり、キャメロット城の本陣まで辿り付いていた。

 

 

 この後は、城の城塞についた展望台から城下を見下ろして、自分の即位とギネヴィア王妃の婚約を祝う式典がある。こんな調子では、自分の騎士にも、人々達からも不審がられるだろうし、ギネヴィアも不安にさせてしまうだろう。

 折角の祝事の式典を私の都合で台無しには出来ない——

 

 彼女はけたたましい警報を鳴らす直感も、止まってくれない思考も強引に停止させて、式典の準備に赴く。

 自分の聖剣を鞘にしまい。普段身につけている戦闘用に手直ししたドレスと蒼銀の甲冑の上に、同じく蒼いマントと、金の王冠を付けて式典に向かう。

 

 

 一回考えるのやめよう……やめるんだ……頼むから、やめてくれ……考えるな。

 

 

 しかし、いくら頭から振り払おうとしても、いつまでも瞳と頭に焼き付いて離れない。

 焦りが、より大きな焦りを呼び、焦燥が増していく。思考が止まってくれず、加速し続ける。自然と歩行の速さが上がり、徐々に顔は青くなり、眉間にシワが寄り始める。

 

 考えるな。今は、考えるな……さっきのは後でいくらでも考えればいい。

 マーリンに相談するとか…方法はいくらでもある。疲れていただけかもしれない……少し睡眠でも取れば、すぐに落ち着く筈だ……今はこの式典を無事に終わらせる事だけ考えれば良い。

 だから、少し、アレは忘れろ。

 

 

 

 ——忘れろ……?

 

 

 

 ……まさか、あれは………あの……子は、決して、忘れていい……存在………なんかじゃ……

 

 

 

 

 

 

 

「……アーサー王? ——アルトリア!? ……大丈夫? 顔色が、凄い悪いみたいだけど……?」

 

 

 

 ギネヴィアに話しかけられて、アルトリアはハッとなって気付く。

 いつの間にか、自分とギネヴィアの部屋に辿り付いていた。ギネヴィアは心配そうにこちらを覗いている。

 ……心配させない様にすると、さっき気を付けていたのに

 

 

 

「いや……なんでもないよギネヴィア。ちょっと疲れてしまっただけだから」

 

「……………」

 

「だからそんなに心配しなくていい。今日は式典が終わったらちゃんと休息をとるから」

 

「アルトリア……貴方はヴォーティガーンを倒すまで、ほとんど寝てなかったんじゃないですか?

 もうブリテンを脅かす魔王はいないのだから、しっかりと休んで下さい」

 

「……ははは……」

 

「誤魔化さないで下さい」

 

 

 

 アルトリアはギネヴィアとの何げない会話で、少しだけ調子を取り戻した。

 実際に彼女は体が丈夫なのを利用して、普通の騎士がとる睡眠の三分の一程度しか寝ていなかったので、ギネヴィアの言葉は中々痛いところを突いていた。

 ヴォーティガーンを倒したのだから、少しは余裕が出来た。

 自分も少しだけなら休んでも、大丈夫なくらいは。

 

 ……ヴォーティガーンはもう消えた……この手で倒したんだ。

 

 

 

 

 

 "単刀直入に言おう——ヴォーティガーンの魔力が消えた"

 

 "——ヴォーティガーンの力が消えたという事は、ブリテン島そのものが超常の力を持つにふさわしいものが現れたと認識したという事か、もしくは誰かがブリテン島から、ヴォーティガーンの魔力を引き抜いたか——"

 

 

 

 

 

 彼女は思い出したその言葉から逃れるように、式典の準備を始めた。

 すぐ様、即位会とギネヴィア王妃との婚約を人々に知らせる式典に取り掛かる。

 城下町を一望できる展望台にまで行く間、ギネヴィア王妃と繋いだ手が震えない様にするだけで、体力が削られるくらいの集中力が必要だった。

 この余裕のない顔が、他人には凛々しい顔に映るのを祈る事しか出来なかった。

 

 

 展望台の扉を開いた時に飛び込んで来た太陽の光すら、今の自分にとっては集中力を削られる程に忌々しい。

 

 

 城の展望台から、城下町をギネヴィア王妃と共に覗く。

 後ろには円卓の騎士達が揃っているが、この時ほど、騎士達が後ろにいて良かったと思った時はない。後ろにいるなら自分の表情は見えないし、横にいるギネヴィア王妃にだけバレない様にすれば良い。

 城下町から展望台まではそれなりに距離があるから、人々には多少顔色が悪くても気付かれる事はない。

 

 

 地面に、鞘を付けた聖剣を突き立て、剣の柄に両手を置く。

 

 

 なんとか体裁を整えるので、限界だった。

 自分が先程までの事を考えない様に、必死に思考を停止させているのに、どうしてもまた頭に浮かんでしまう。嫌な予感がまた思考を動かす。

 ずっとこれを繰り返してしまっている。何もしていないのに削られていく体力。常に突き立てられた剣が自分の背中にある様な悪寒が離れなかった。

 

 

 ……落ち着け、地平線でも見てれば良い。そうすれば、次第になんとかなる筈だ。

 

 

 思い浮かんだ考えを、何かから逃げるように直ぐ実行する。

 そしてアルトリアは城下町から目を離し——

 

 

 

 

 

 

 

                           "金の髪"を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「—————ぁ——」

 

 

 

 白亜の門から今、外へ出ようとする、"二つの金の髪"が見えた。

 白を基調とした、城壁ではその金色は異常なくらいに目立つ。かなり遠目であるのに、その光景以外が認識できない。まるで目の前で起きている事の様に、完璧に認識できる。

 

 どこにでもある麻布の服を着て、薄い金色の髪に、あまりにも白い肌を衣服から覗かせている"幼子"。

 そしてその子の少し前を歩いていたのは、黒と青を基調としたドレスローブに、同じ色彩のティアラ。半透明な黒いフェイスベールを付けた"女性"。

 

 

 

「—————ッ………ぁ……れ、は……そんな、そんな!? ……まさかッ!」

 

 

 

 知っている。知らない訳がない。あの二人を知らないでは通せない。さっき見たのは幻覚ではなかった。確かに存在したものだった。

 

 

 ……なら、あの子は……あの子はッ! ……まさか……ッ!!

 

 

 人々の喧騒から二人だけが少しずつ切り離されていくように、白亜の門から背中を向けて出て行く二人。それを強く凝視する。目線を外す事など出来る筈がない。二人の少しの挙動も見逃さないように目を見開く。

 

 

 白亜の門を通り過ぎる瞬間。女性の方——モルガンだけが、ゆっくりとこちらに振り返った。

 

 

 その動作一つ一つが、気持ち悪いくらいに様になっている。

 そしてモルガンは振り返りながら、片方の手で自分の口元を軽く押さえて

 

 

 

 

 

 

 

                                  ——笑った。

 

 

 

 

 

 

 クスクスと——笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「————————」

 

 

 

 彼女は、モルガンはまだクスクスと笑っている。

 実際に声は聞こえていないのに、まるで耳元で得体のしれないナニカを囁かれている様だった。背筋が凍るような悪寒が止まらない。彼女の笑みは恐ろしく蠱惑的だ。

 

 何もかもが思い通りに上手く行っていて、笑みが止まらないかの様に。全てが自分の手のひらで踊っていて、楽しくて仕方がない様に。魔女が——微笑む様に。

 

 ——そして彼女達だけを囲む様に、暗雲が集まり、次の瞬間そこには誰もいなくなっていた。

 モルガンは見えなくなるまでずっと笑っていた……クスクスといつまでも——

 

 

 

「今……何か……いた、様な。ベディヴィエール卿。今のが見えたか?

 私にはその、あの……子が……」

 

「今のは見間違いでは、なかったのですね、ランスロット卿。

 ……私にも、あの子が、見えました……」

 

「……………………」

 

 

 

 今の光景が見えていたランスロット卿とベディヴィエール卿の会話も聞こえず、薄く閉ざされた瞳を大きく開き、今の光景を凝視していたトリスタン卿の様子も、何も把握出来なかった。

 思考が止まらない。止めようとする意思すら起きない。数々の情報の断片が、頭の中で急速に形になっていく。

 

 二年前。第四の会戦。光の消えた選定の剣。二年間の不気味な沈黙。あの村。ヴォーティガーン。モルガン……ヴォーティガーンの様な……あの、子。

 

 足元の全てが崩れ去る様な感覚の中、最悪の直感が響く。

 こんな事を理解したくない。こんな事を認識したくない。

 それでも、頭の冷め切った部分が一つの解答を下す。

 

 

 

 "——ヴォーティガーンはブリテン島を一つの肉体とする呪術を持っていて、それを決戦の時に使用していたのは覚えているだろう?——"

 

 "——この芸当が出来そうな、魔術師であり、ヴォーティガーンと同じ力を持つものを私は一人知っている——"

 

 "——モルガンが何か企んでいるなんてのは分からない。仮に引き抜いた力を何に使うのか、見当もつかない——"

 

 

 

 ——ブリテンは滅びる。だが嘆く事はない——

 ——お前はその最期を看取る事なく、ブリテンの手によって死に絶えるのだから——

 

 

 

 

 

 

 

 ———姉上……貴方は…………貴方はッ……まさかッ! ……あの子をッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 自分は、何も出来ず、何も為せず、何も抵抗できず。

 

 

 ただ……

 

 

 ——誰もいなくなった白亜の門を見ている事しか出来なかった。

 

 

 




 
 Q 本当に復讐物ではないんですか?

 A 本当に復讐物ではありません。これだけはどうか信じて欲しい。
 


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第11話 光と影 後編

 
 この回はストーリーにおいてめちゃくちゃ重要な話です。
 実質ルート分岐くらいの意味合いがあります。このタイトルにしたかった理由の9割は後編のこっち側にあります。やっと主人公を本当の意味で"黒化"出来ました。
 その影響ですっごい長いです。1万8千文字。
 



 

 

 

 魔竜ヴォーティガーンによって破壊され、廃墟と化していたロンディニウムは聖剣の持ち主の帰還により、清らかな神秘性を取り戻し、妖精の手伝いもあってか、一年というこの時代では異例の速さで城は復興と改築がなされた。

 

 そして私とモルガンは新たに完成した、白亜の城。花のキャメロット城に足を運んでいた。

 モルガンが言うには、もう私は充分な力を持っているとの事で、改めて私達がこれからどうするのかを決める為に、アーサー王即位の式典が執り行われるキャメロット城に来ている。

 

 互いにアーサー王——アルトリアに改めて会うのは、二年ぶりくらいだろう。

 私は……アーサー王に復讐したい訳じゃない。

 でも、自分が生きる為に私はモルガンと取り引きをしている。

 

 もしモルガンとの関係が本当に、互いに利用し合うだけの関係だったら、私は力を付けたらモルガンを適切なタイミングで切り捨てるなりしていたかもしれない。

 でももう、私にはモルガンを……切り捨てるなんて、無理かもしれない。私にとってモルガンはもう一人の……母親。それくらいの存在になってしまった。

 だからといってモルガンの望み通りにアルトリアに復讐するのも、出来ないかもしれない。

 

 

 ずっと。ずっと悩んでいる。

 結局二人の間を中途半端に遊泳している。

 ……ただのどっちつかずだ。

 

 

 でもなんとなく、モルガンからアーサー王を破滅させてやりたい。アーサー王を地獄に落としてやりたいという気概が薄れている様な気がする。

 ……私がモルガンに拾われた影響なのか、かなり彼女の心情を変えてしまったのだろうか。

 

 それでもモルガンがアーサー王に向ける感情の、ほとんどは負の感情なのだろう。

 十年以上も、アーサー王を倒す為に生きてきたんだ。彼女の人生そのものと言ってもいい。

 

 それにモルガンにないものをアーサー王は全て持っている。

 妬みの感情は、やっぱりあるのだろう。

 先王ウーサーは、アルトリアも、多分愛してなかったらしいが期待は一心に貰っていたのだ。

 何がなんでも破滅させてやりたい訳ではないかもしれないが、隙を見せようものなら容赦なくアルトリアを攻撃してやるくらいには、きっと思ってる。

 

 

 多分モルガンも、私と同じくらいに悶々としている。

 

 

 相変わらず、復讐の炎が完全に消えた訳ではないのだろう。感情の行き場を、モルガンも探してる。二人ともアーサー王に——アルトリアに向ける感情が複雑過ぎるのだ。

 

 

 ——でもそれも今日まで。少なくとも私はこの感情に決着を付けなければならない。

 

 

 私はあの日、生きると誓った。

 死ぬまで生きて、私の為に死んでいった人達に、意味はあったのだと証明すると誓った。

 

 あの時、私は生きる為にモルガンを利用した。

 でも私はアーサー王に復讐したい訳じゃない。アーサー王に復讐して、この人生に意味はあったと証明したい訳じゃない。

 

 ……もし私が、アーサー王に復讐したくないと言ったらモルガンはどうするんだろうか。

 悲しむのか、怒るのか……もしくは切り捨てられるのか。それに私のエゴだが、アーサー王——アルトリアと話がしたい。

 

 一対一で。

 誰にも憚れず。

 本心で。

 

 もし、あの日の事を忘れていたら……どうしよう。

 殺意は、抱いてしまうかもしれない。もしかしたら、激昂するかもしれない。

 いや、王としてなら、常に前を向いていなければ行けない。いつまでも過去を振り返っては自分の心を摩耗させていくだけだ。

 ……でも、一発くらいなら、殴りにかかるかもしれない。

 

 

 ——あぁ、鬱だ。

 

 

 思考が悪い方向にしか行かない。

 今までなるべく考えない様にしてた。結局やる事は変わらないのだからと。そうやって現実逃避してた……でももう逃げられない。

 私とアルトリア。私とモルガン。アルトリアとモルガン。この三人の関係性は今日、ここで決めなければならない。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 私達は白亜の城の門を潜る前に、この城全体を一望する。

 魔王城と言っても過言ではなかった禍々しい威圧感を誇っていた城塞都市ロンディニウムは、もう跡形もない。ロンディニウムよりも更に大きく、また城下町を備えた白亜の城。

 禍々しさを反転させ、神々しさを体現する城だった。

 

 中央に聳え立つ本陣の王城。それらを囲む様に、市街などの城下町が並ぶ。そしてそれらを囲う様に、高さ十m近い穢れなき白亜の城塞が全てを守っている。

 

 まるで、アーサー王の威光を示す様な城。

 まるで、アーサー王の穢れなき潔白な精神性を表す様な城。

 まるで、アーサー王の強大さを表す様な城。

 

 彼女以上に、この白亜の城が似合う存在はきっといないだろう。あぁ……本当に似合う……似合ってしまうんだ……モルガンよりも。

 私が知る知識の中では、モルガンは花のキャメロット城が出来てからは、ずっとアーサー王憎しを貫き通し、己のあらゆるもの全てをかけて、あらゆる手段を講じて、自分の子供すらも使って復讐し続けていた。

 その理由が…………理解できてしまった。モルガンは……これを見たのか……

 

 

 

「へぇ。とても……とても、良い城に住む事にしたのねぇ——アルトリア」

 

 

 

 モルガンが白亜の城を少しだけ眺めてから、彼女は言う。彼女の口から流れる言葉は今まで聞いてきた、どの声よりも冷たい。なんとか感情を出さない様にしているのだろうが、口調から滲み出ている、嫌悪感や妬み、嫉みと言った感情が隠し切れてない。

 しかも今、彼女の本当の名前を言った。

 

 

 あぁ、モルガンが……復讐に走ってしまった理由が良く分かる。

 

 

 モルガンは何も得られず、誰も自分を見てくれず、冷たい城でただ一人だけ。

 なのにアルトリアは王としても、親からも期待をもらい、モルガンの居城よりも大きく、豪華絢爛な城で、誰よりも称えられる。

 しかも自分の子供、全員が、アーサー王しか見ていない。

 

 

 本当だったら、自分が一番の王位継承者だったのに。あそこで称えられるのは自分だったのに。ブリテン島本来の王は、自分なのに。

 そうモルガンが思っても何もおかしくない。思わず同情してしまう程に理解出来てしまった。これは、つらい。

 

 でもアーサー王は———今までの人生の全てをかけて、ブリテンを救う為に戦ってきた。

 選定の剣を抜いた時から、ほとんどずっとを戦乱の世に身を置き、長い時間の末にようやくブリテンに君臨していた魔竜を倒したのだ。彼女はそろそろ体を休めて、報われるべきだ。

 そう思えるくらいの事をしている。

 

 でも、この城は……モルガンにとっては——

 やっぱりアルトリアとモルガンは永遠に分かり合う事は出来ないのだろう。きっと。

 

 それでもアルトリアは報われるべきだ。

 常に人々の理想であり続けるという事がどれ程の労力を使っているのか。どれだけの精神力を使って、血の滲む様な努力で支えられているのか。私には夢想する事しか出来ない。

 

 

 

「まぁ、とりあえず城に入りましょうか。アーサー王の凱旋式はもう少しだけ時間があるし、それまでキャメロット城を散策していましょう。

 防御の起点なり、構造なりを把握するだけでも時間は潰せるでしょうから。

 適当に認識阻害の魔術でも使えば、円卓の騎士くらいなら認識されるかもしれないけど、何の力も持たない人間には誰にも意識されないでしょうし」

 

「……あぁ」

 

 

 

 そう言って私達は白亜の門を潜る。

 モルガンの口調はいつもと同じ様にしか聞こえなくなった。彼女が割り切ったのか、ただ隠したのかは分からない。

 それに私は今、余りモルガンの事を考える余裕がない……とりあえずアーサー王の姿を改めて見てから考えよう。

 

 

 白亜の門を潜り、キャメロットの城下町に入る。

 

 

 入った瞬間に世界が変わったのかと思える程に、この城は清らかだ。聖剣の担い手であるアーサー王が帰還した事で取り戻された神秘性。

 更に妖精達によって作られた、神秘の城。その影響かこの城自体が、穢れのない純麗な魔力で出来た結界の様なものなのだろう。

 ブリテンがいくら衰退しようと、キャメロットだけは、常に希望で満ち溢れていたというのも頷ける。

 

 キャメロットだけ、が……キャメロットの人だけが、幸せ——

 

 

 

「……………」

 

「どうしたの?」

 

「なん、でも……ない」

 

 

 

 何かを振り払うように頭を振って、モルガンを誤魔化す。

 

 一瞬だけナニかから目を逸らした後、白亜の門からキャメロット城中心の王城へと繋がる、城下町の大通りにでる。

 もう少しでこの場にアーサー王達が凱旋するからか、大量の人々で賑わっていた。今までの人生の中で、これ程の量の人を見るのは初めてだ。凱旋そのものは始まっていないのに多くの人々は、既に幸せそうにしていた。

 平和の象徴に作られた城なのだ。

 これで国は平和になったんだと、私達は救われたんだと、笑いあっている………彼らは、笑っている——

 

 

 

 

 

 

 

 ……どれだけの労力と犠牲の上にこの平和が成り立っているか、何も知らないくせに……

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、本当に人が多い。正直言って人が多すぎて酔いそうだわ……貴方はここで凱旋まで待ってなさい。

 私は軽く、キャメロットの構造を確かめてくる。凱旋が始まったら、ちゃんと戻ってくるから」

 

 

 いつの間に唇を噛み締めていた自分の意識を引き戻したのは、モルガンの声だった。

 彼女はそう告げて、モルガンと私は人混みの端、人混みの影まで隠れる様に移動してから、モルガンは私を置いてキャメロット城の構造を把握する為に、どこかへ移動する。

 私は一人になったので特にやる事もなく、凱旋式が始まるまでその場で待機していた。

 だから、彼らの事が否応にも瞳の中に入る。

 

 

 人々は笑いあっていた。

 人々の幸せそうな声が、大きな喧騒となって聞こえてくる。

 誰一人として、明日の不安に声を潜める様な事はしていない。

 

 誰も。

 誰も、いない。

 一人として苦しんでる人は、いない。

 

 本当に、瞳を希望で目を輝かせていた。

 

 

 

「ブリテンはようやく平和になったんだ……これで俺たちは報われたんだ」

 

「えぇ、ようやく私達は救われたのね……本当に良かった」

 

 

 

 目の前にいる人々から長い間苦痛に耐え、ようやく解放された様な安堵の声が流れてくる。まるでこれからの明日が楽しみだという様に。目の前にいる二人は笑いあった。

 なんと幸せな光景だろう。当たり前だ。幸せだけを享受しているから。故に彼らは安心するように笑えるのだ。犠牲と苦しみから、彼らは切り離されている。

 そこに、苦しみを分かち合って乗り越えようという気概はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——なんだよ、それ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前にいるこの人々は幸せそうにしている。何がそんなに幸せそうなのか。何がそんな楽しみだというのか。何故この人間達は、幸せそうに笑えるのか。

 

 

 平和になった……?

 

 

 今のブリテンの状況を、何故理解出来ない。いや、そもそもしていない。この仮初の平和が、幾らの犠牲の上で成り立っているのかを知らないから。

 ただ戦乱の世から離れているだけの人間に、何も分からない。

 

 

 ——報われた?

 

 

 何に、何を持って?

 目の前にいる人間達は、一体何かをしてきたのか。いいや何もしてない。少なくとも、今まで報われる様な行いはして来ていない。まず報われるのは目の前のこの人々以外だ。

 

 

 救われた?

 

 

 そんな……ふざけんなよ。

 その何げない幸せがどれ程に尊いモノなのか知りもしないくせに、なんで、こんな、有象無象共は救われて、私は。

 目の前の、人間を救う為に……私達は……切り捨てられた。

 こんな……何もしない人々の為に私達の村が。

 

 ……こんな奴らに……救われる価値なんて——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——は……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この光景を見た瞬間に、急に湧き出る様に溢れ出した思考の渦に、自分自身で困惑する。そして、そのような思考が自分から湧き出たという事に恐怖する。

 心は恐ろしいくらいに冷え切り、体は瞬間的な恐怖で、一瞬震えた。

 

 胃が逆流する様な吐き気がする。心臓の動悸が煩い。

 自分自身を落ち着かせる為に、自分を抱くように腕を絡ませたがしかし自分は落ち着いてくれない。自分の混沌とした感情は治らず、次第に膨れ上がり自分自身を制御出来なくなる。荒狂う情緒が体に刻まれた魔術回路が隆起させ、負の感情が体を覆う。

 

 

 ……やめろ、やめろ……抑えろ、落ち着け……………落ち着けよ……

 

 

 今……私は、恐ろしい事を考えた。本当なら絶対に考えてはいけない事を考えた。

 これ以上、その思考を進めては絶対にいけない。誰にでも分かる。今私は、良識のある人間では、まず考えない様な事を、心の底から本気で考えた。

 いや、そもそもこんな考えが頭に浮かぶ時点でおかしい。

 普通なら浮かばないのに、浮かんだのだから、私は良識のある人間じゃないし、普通の人間じゃない——

 

 

 ……そう、本当に私は普通の人間じゃない。

 

 

 私は竜の機能を付けた人型。

 人の形をしているだけの竜。

 人の形をした魔竜。

 ただの、化け物。

 心のない……怪物。

 

 

 ……考えるな……考えるな、今のは違う………ただの勘違いだ……勘違いだって……

 でも——でも今……私は……

 

 

 思考を進めてはいけない筈なのに、頭の回転は止まらず、ひたすらに思考が加速する。

 今の考えに見ないフリをしようとしても、もう出来ない。さっきのはなかった事にして、気分を改めようとする事も出来ない。出来る筈がないだろう。今自分は、心の底から本気で思ったのだから。

 誤魔化すにしても、もう遅い。

 今、自分の気持ち悪いくらいに醜い部分を認識した。今、自分の醜悪な本心を、感じ取った。

 

 

 ……今

 ……今、私は

 

 

 

 

 

 ——本気で人々を憎んだ。

 

 

 

 

 

 ——本気で人々に嫉妬した。

 

 

 

 

 

 関係のない

 

 

 

 

 

 無辜の人々に

 

 

 

 

 

 ——本気で殺意を抱いた。

 

 

 

 

 

 自分が内に秘めていた、酷く醜い嫉妬心。

 私達の村があんなに苦しんで死んでいったのだからと、関係ない無辜の人々が幸せそうにして生きているのはおかしいと、そんな資格などないのに本気で嫉妬していた。

 ずるい。何故だ、と。私がこんなに苦しい思いをしているのに、関係のない人々が報われるのを本気で憎んだ。

 人々が、笑っているだけなのに、その光景に嫌悪感を抱いた……みんな、みんな……私と同じくらい……苦しめばいいのにと、思った。

 

 

 ——あぁ私は、こんなに醜悪だったのか。私の、本当の心は……こんなものだったのか。

 

 

 そういえば、私が"私"となってからは、ほとんどをモルガンと一緒に過ごしていた。

 他の関係のない人々とは、会ったこともないし、認識した事もなかった。私が"私"となったあの日の出来事しか考えてなかった。私が"私"となった原因のアーサー王の事しか考えてなかったんだ。

 

 

 ……そうか、私はアーサー王だけが憎いんじゃなかったのか。

 

 

 私は——この世界の人々を、何もかもを、全て憎んでいたのか。

 この身を焼き尽くす激情の行き場は、アーサー王じゃなくて、この世の全てだったのか。

  

 

 

「我らが王! アーサー・ペンドラゴン!!」

 

「約束の王よ!」

 

「ブリテンに平和をもたらしたまえ!」

 

「私達の救いの王! アーサー・ペンドラゴン!」

 

 

 

 人々の声がより盛り上がり始める。

 その声も表情も、希望に満ち溢れた光あるものとなる。全ての人々の視線の先にいるのは、銀色の甲冑と戦闘用に無駄な飾りを省いた、古風な蒼のドレスに身を包んだアーサー王——アルトリア。

 私にはマーリンの魔術は効いていないので女性の様に見える。

 

 彼女に改めて会うのは二年ぶりだ。

 彼女の姿は、自分の記憶にある、少女としての姿ではなかった。

 

 

 透き通る川の様に清らかで、同時に場を引き締める凄烈なカリスマに身を包んだ、理想の王がそこにいた。

 

 

 彼女の横顔は何よりも凛々しい。

 人々が彼女を理想の王と称えるのは、極々当たり前の事だろう。

 穏便でありながら、極めて冷徹。他の人とは違った美しさが現れている。まるで輝ける星のようだった。彼女以上に正しい人はいないだろうし、彼女以上に理想の王は存在しない。

 

 この世界が醜悪でありながらも、彼女だけはずっと光輝いている。そう在れと己に定め、暗雲に包まれた国を祓う光となる事を自らに定めているから。

 だから、私の世界が灰色なら、彼女だけが綺麗な色している。彼女を見て、私は改めて確信する。

 

 

 私は——彼女を憎んでいる。

 

 

 私達の村を切り捨てた彼女を恨んでいる。

 私ではなく、人々を選んだ、人々を救った彼女を恨んでいる。

 

 

 ——でもそれ以上に彼女を敬愛している。何よりも彼女に敬服している。

 

 

 彼女には一片の曇りもない。彼女に間違いはなく、彼女は常に正しかった。

 あの時彼女は"小"を切り捨て"大"を救う選択をした。そして、私はその時"小"の側にいたというだけ。

 あの時、私もここの人々も何も変わらなかった。どちらも条件は同じ、ただ何も知らず生きていただけの人間。どちらも、極々ありきたりな人間でしかない。

 

 彼女は間違えた選択をした訳じゃない。

 彼女は王として、天秤に掛けるしかなかっただけ。ならば、彼女その選択を迫った、世界の全てがひたすらに憎い。私の運が悪かったんだろう。だから——

 

 

 

 

 

 ——だからこそ、運が良かった目の前の人間達が、堪らなく憎い。

 

 

 

 

 

 私は、全てを恨んでいる。憎んでいる。この世の全てを。

 アーサー王も人々も、何もかもを等しく恨んでいる。

 

 ——でもアーサー王には絶対に復讐をしない。

 アーサー王も恨んでいるけれど、彼女だけは敬服しているから。

 アーサー王——アルトリアは目の前の人間よりも、世界中全ての人の中で一番清らかで、正しく、輝ける心の持ち主だ。彼女の正しさは、自分の知識でも知っているし、実際にヴォーティガーンの記憶を覗いているから知っている。

 だからこそ、その彼女がこの人々を救う為に、自分自身を犠牲にしているのが身を焦がすくらいに、憎い。

 

 あぁ、本当に自分は酷く醜い。

 これは……どこまでいってもただの嫉妬だ。いけないな……この蜜の味は、もう戻れなくなりそうになる。私は……感情の行き場を見つけてしまったかもしれない。

 

 自分自身の本心と、自分の行く道を、今この瞬間に明確に見つけてしまったのだと思う。

 これが醜悪な事だと、意味がない事だと理解していながら、自分を包んでいた負の感情を取り払う方法が、遂に見つかってしまったのだ。これは、きっとただのやつ当たり。

 終わりのない、子供の我儘。

 

 

 

「……………ぇ…………」

 

 

 

 沈めていた思考を戻すと、彼女と目が合った。

 彼女の声がちゃんと聞こえた訳ではないが、なんとなくこちらを見て驚いている様な気がする。私にはマーリンの幻術が効いていないせいか、彼女の凛々しい顔が、驚愕に溢れた顔の様に見えた。

 

 

 あぁ……アルトリアは私の事を忘れてはいなかったのか……姿が変わっても、私が誰なのか分かるくらいには……覚えているのか——

 

 彼女は王だ。人々の為に、命を捧げ続けた王。

 その在り方が他の王とは歪んだものであっても、彼女は国を治めた歴とした王なのだ。その王が、一個人の事をいちいち覚えていたら心が持たない。

 私の顔が彼女と同じだとしても、早く忘れた方が良い事に違いはない。でも、私を覚えているのだとしたら、もう——私からアルトリアに望む事はない。

 

 

 

「アーサー王がこっちを向いたぞ!」

 

「その威光で私達を照らしてくれ!」

 

「約束の王よ!」

 

 

 

 彼女がこちらを向いた影響か人々は沸き立ち、私は人々の影に隠れて、私とアルトリアは互いに認識できなくなる。

 ……キャメロットに来て、私の心情を決めるという目的は果たされた。

 ここに必要以上にいる理由はない。後、この人々の周辺に居たくない。関係のない無辜の人々だと分かっていても、殺したくなるから。

 でもこの人々にも復讐しない。この人間達は、私達の死体の上で生きているのだから。

 

 

 

 私は

 

 

 

 ——私の敵を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(正直言って、このキャメロット城は息苦しいわね)」

 

 

 

 モルガンは一度、アーサー王の凱旋式が行われるキャメロットの本陣につながる大通りから離れて、キャメロット城を散策していた。

 城下町の路地裏や、広場。時にはキャメロットの本陣の王城にすら侵入して、キャメロット全体の構造を把握していた。もちろん誰にもバレていないし、彼女をまともに認識出来る人はいない。

 

 現在のキャメロット城は、一年程前に来た時の城塞都市ロンディニウムから、かなり形が変わっていた。跡形はほとんどない。精々、城の本陣が中心にあるというくらいしか共通点がない程に作り変わっている。

 しかも、より大きく豪華絢爛に変わっている。アルトリアの精神性やその清らかさを表す様に綺麗な城だ。

 

 

 ……綺麗過ぎると言うべきか。  

 

 

 この城の起点に、約束された勝利の剣(エクスカリバー)か、もしくは最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)を使っている影響なのか、聖なる神秘の気配を漂わせた城となっている。

 ヴォーティガーンがいた頃の城が、魔城と表するなら、この城は聖城と表するべきだろう。

 

 

 ……清らか過ぎて、一切の不純物を許さない様な雰囲気を放っている。

 

 

 ブリテン島にありながらも、この城ではブリテン島の超常の力は上手く働かないだろう。私と、多分あの子にとってもこの城は息苦しい。肉体的にも、精神的にも。不愉快だ。

 

 

 

「(……あぁ。この城、本当に好きになれそうにない)」

 

 

 

 何がなんでもアルトリアを破滅させてやりたいとまではもう思ってはいないが、それはそれとして普通にアルトリアの事は嫌いである。きっと好きになる事は出来ないだろうし、関係を直したいとも思わない。

 そしてもっと単純に、あの子とアルトリア、どちらを取るのかと言われたらあの子を取るだけである。二人のどちらが私には重要かなんて、天秤にいちいち掛けるまでもない。掛ける前から答えは決まっている。

 

 

 

「(彼女も、自分の感情に決着を付けられれば良いのだけれど。

 ……彼女のそれは、私のよりもずっと複雑で難しそうなのよね。アルトリアに復讐して終われるのなら、私も全力で協力するのですけれど)」

 

 

 

 未だに、彼女のあの複雑な心情を正確に測る事は出来ていない。彼女は復讐以外の何かに突き動かされているのだ。彼女自身が、アーサー王に復讐しても救われないのだと言っていた事から、それは明らかだろう。

 ……それでも、内側に宿る黒い炎を早く消したいのだという事は、多分私と同じ。私も彼女も、この部分だけはきっと同じな筈。私はもう大丈夫なくらいまでは治った。

 でも彼女は違う。ずっと彼女は悩んでいる。

 

 彼女は己自身にも抗い続けている。そして彼女はあの日に抗う力が欲しいと願い、私はその力を授けた。ならその責任は取らなければならない。

 彼女の道筋を私は、祝福すると決めたのだから。

 

 

 

「(もうキャメロット城の構造は充分ね、戻りましょうか)」

 

 

 

 モルガンは踵を返して、アーサー王の凱旋式が始まったであろう大通りに戻る。

 キャメロット城の構造は大体把握したし、相変わらずアルトリアの事が嫌いなのだと認識したから、自分はここに必要以上にいる理解はなくなった。

 あの子の場所に戻る前に、軽くアルトリアの姿を肉眼で見る。

 

 

 

「(……はぁ、やっぱりアルトリアは嫌いだわ)」

 

 

 

 相変わらず彼女は凛々しい顔をしてるし、ずっと前しか向いていない。

 人々には、彼女の様子は輝かしい王としか映らないだろう。神に対する崇拝のそれと近いものが、人々の視線には含まれている。

 

 

 なんとなく余裕が無さそうに見えるが。

 

 

 まぁアルトリアの事だし、これからの統治についてを考えているか、この名誉と栄光は自分の騎士達に向けてくれ、とでも考えているのかもしれない。もしくは、ずっと戦いの場に身を置いていたから逆に精神が落ち着かないか。

 まぁ別になんでも良い。もはやどうでもいい。

 

 モルガンは、アルトリアの表情に若干の影があった事については余り頭を回す事をせず、先程彼女と分かれた人影の場所に戻る。彼女自身はさっきの場所から移動していなかったからすぐに見つかった。

 

 

 そうして彼女の後ろ姿をモルガンは見る。

 

 

 彼女の後ろ姿は何の変哲もない……ない筈だ。でも何か、彼女を見て——違和感を覚えた。

 彼女からはどこか危ない雰囲気が出ていた。今まで二年間彼女と過ごしていたが、その二年間の雰囲気とはどれも一切、一致しない。

 しっかりと二本足で立っているというのに、何故か幽鬼のようにフラフラしているように思えて仕方がなかった。

 

 普段は隆起させない、赤い魔術回路を体に出している時点で何かがおかしい。

 彼女の周辺には何も異常がないのに、何故か、彼女の居る空間に影が集まっていく様な気配がする。世界に開いた穴の様に、暗雲に包まれていく様な不穏さが彼女を支配している。

 

 

 

「……ねぇ、貴方……大丈夫?」

 

 

 

 彼女のあまりの異質さと不穏さに、モルガンは思わず声をかける。

 少し目を離した隙に何があったというのか、明らかに何かがおかしい。

 

 

 

「——あぁモルガン、戻ってきたか。私は別に大丈夫だが……そっちは何かあったか?」

 

 

 

 だが、私が彼女に話しかけるといつも通りに戻った。

 彼女周辺を覆っていた不気味な気配は瞬時に飛散し消え失せる。体に隆起させていた魔術回路もスッと消えた。何事もなかった様に、私が見違えた様に、何もかもが綺麗さっぱり消えた。

 

 

 ——気持ち悪いくらいの違和感を残して。

 

 

 

「……いえ、こっちも何もなかった。

 ……キャメロット城の構造はもう充分把握したし、私も大丈夫よ」

 

「そうか。それでモルガンはアーサー王の凱旋式を見たか?

 私はもう見たから充分だ」

 

「……私もさっき軽く見たから充分よ。やっぱりアルトリアの事は嫌いだけれど」

 

「…………その事についてなんだが、一ついいか? モルガン」

 

 

 

 彼女の雰囲気が何処か、申し訳なさそうなものに少し変わる。

 ……明らかにさっきのは見間違いではなかった。彼女は私が目を離している隙に"ナニカ"を得ている。

 

 

 

「私はアーサー王に復讐しない……だからモルガンの願いは聞けない……ごめん」

 

 

 

 彼女の視線からは強い意志が窺える。

 彼女がアーサー王に対してかなり複雑な感情を持っていて、それを二年間近く持て余していたのもなんとなく察していた。しかし彼女はその複雑な感情に答えを出した。

 彼女は復讐を選ばなかった。彼女は、復讐の炎の先にアーサー王を選ばなかった。

 

 

 

「そう……まぁアーサー王を、何がなんでも破滅させてやりたくはなくなったからいいわ。隙を見せたら叩くでしょうけど」

 

「いいのか……? 私がアーサー王の復讐を選ばなかったのに……」

 

「えぇ……でも貴方は良いの……? 貴方はこれからどうするの?」

 

 

 

 自分のそれとは違い、彼女の感情はかなり複雑なのは知っている。

 なら彼女はこれからどうするのか、得た力を何処に向けるのか。彼女の心の炎はどうやったら消火できるのか。

 先程の雰囲気は、ナニカの答えを得た様にも思える。でもその雰囲気は、余り認識したくないものだった。まるでどこか、致命的な部分が壊れてしまった様に見えたから。

 

 

 

「あぁ……私は大丈夫だ。私は——私の敵を見つけた」

 

「……………………」

 

「私はこの力を、この内側を燃やす激情をぶつける相手を見つけた」

 

「……………………」

 

「私は、殺すべき敵を見つけた。だから私はもう——大丈夫だ」

 

 

 

 そう言って彼女は、笑った。

 彼女の笑みを見るのはこれで二回目。今までで一番、深い笑みだった。一年前に見た、彼女の小さな微笑みとはさっぱり重ならない。

 雰囲気も何一つ重ならない。口角は深く釣り上がり、まるで、魔女の様な妖しく不気味な笑みだったから。

 でも目が笑っていない。彼女の瞳には、全てを犠牲にしてでも貫いてやるといった信念を持ちながら、危うい光が輝いている。どこか……狂気を孕んだ笑み。

 

 

 

「………そう」

 

 

 

 彼女が一体どんな答えを得たのか、一体どんな敵を見つけたのか、私は知らなければいけない筈なのに、それを聞きたくない、知りたくない自分がいる。

 彼女の口からそれを聞いたら、もう、戻れなくなる様な予感がして。彼女が決めた道以外を、完璧に消してしまう様で。

 ——でも彼女はそのまま言葉を繋いだ。

 

 

 

「私はアーサー王だけを恨んでいたんじゃない。私以外の救われた者全てを恨んでいたんだ。

 でも無辜の人々にも復讐しない。あの人々は、私達の村の様な人々の死体の上で生きているから。

 だから——ここの人々に証明させ続ける。私達が死んでいった代わりに生きているんだから、私達の死に意味があるんだと証明させ続ける。

 ——私は絶対に許さない。

 ここの人間が、"不幸"で顔を歪ませようものなら絶対に許さない。私達を犠牲にしていながらも、まだ生きているというのに、"不幸"に少しでもその笑顔を曇らせるのを絶対に許さない。

 "幸せにさせてやる"

 "幸せ"以外を許さない。

 その為に——私は殺し続ける。サクソン人を、ピクト人を、ブリテン島の外敵を殺し続ける——自分が死ぬまで、殺し続ける」

 

「……………………」

 

「意味がないのは、私も分かってる。

 最終的に人は死ぬし、いつかの終わりは決定してるからこの行為に意味は無い。私のこれは、ただのやつ当たりで憂さ晴らしだって事も分かってる。

 究極的には意味がないのだと分かっているけれど、私はやる。

 ——私が絶対に許せないから」

 

 

 

 彼女は語り終わった。

 それは聞いただけで、簡単に分かるくらいに暗く澱んだものだった。激しい憎悪が秘められ、酷く歪んでいる。常人なら呪い殺せるくらいの呪詛と怨嗟。聞いているだけで鳥肌が止まらない。

 彼女が自分自身で見つけた救いの光には、清らかな輝きはなく、ただひたすらに昏く混沌としたもの。彼女が見つけた、その道筋は、彼女本人を殺し尽くしてしまう程に棘の道になるだろう事は簡単に分かる。

 

 

 ——彼女は、永遠に終わらない戦いに身を置こうとしている。

 

 

 彼女の選択に意味がないのは聞いてる自分でも分かるし、彼女も理解していると言った。それでも彼女はやると言っていた。自分の感情に決着をつける為。

 いいや……彼女のその炎は永遠に消えない。

 

 

 死ぬまで彼女は戦うと誓った。

 

 

 何があっても

 全てを失っても

 全てを引き換えてでも

 破滅しかないと分かっていても

 

 

 死ぬまで彼女は戦うと誓った。

 ならきっと彼女は死ぬまで、その炎を燃やし続ける。死ぬまで永遠に晴れない炎を糧に戦い続ける。

 彼女は——死んだ方が救われるかもしれない。

 そう思ってしまった。

 

 彼女を拾ったあの日。

 竜をも殺せる力が欲しいと言ったあの瞬間。彼女が宿した光は、より強く、より黒くなった。もうどうしようもない程に。

 彼女には、周りにある何もかもを全てを燃やし、灰塵に返す炎と、凍てついた信念のみしかない。私に宿った復讐の炎が、ただの偽物にしか見えなくなってしまうくらいの激情を、彼女は貫くと決めた。

 

 

 ——今、決めてしまったのだ。

 

 

 彼女自身が、もう戻れない答えを決めてしまった……この光景を、人々が笑い合っているのを見て決心してしまった。

 

 

 

「……そう。貴方が選んだ道なんだもの。私はそれを応援する。私は貴方を祝福する。

 ……だから頑張りなさい」

 

「ああ、問われるまでもない。私は頑張るよ」

 

 

 彼女はまた笑って、答えた。笑みを見るのは三回目。

 彼女にとっての答えを、得てしまったからか、感情が溢れて来ている気がする。

 

 

 ……その笑みはあまり見たくない。

 

 

 彼女が、壊れてしまった様に見えて。

 ——彼女自身が真の救いを、拒絶した様に見えて。

 

 

 

「……なら、もう行きましょうか、このキャメロット城に必要以上いる理由はないから」

 

「あぁ、私ももういい。この城で果たさなければいけない出来事は済んだ。

 ……そうだな、より効率よく敵を殺す為には、それなりの地位と力ではない武練の技術も欲しい。だから結局アーサー王や円卓の騎士に近付きたい。

 後、可能なら私自身が少し、アーサー王と会話したい」

 

「……それなら私の方で、タイミングや出来事を調整できると思う。任せて」

 

 

 

 あぁ……彼女の口調も雰囲気も、全て変わってしまった。彼女の思考回路が、完璧に定まってしまった。彼女は己の全てをかけて戦うと決めてしまった。

 

 私では、この子を真に救う事が出来ない。彼女が選んだ道を諦めさせて、変えてあげる事も出来ない。彼女の心の炎を消す事も、和らげる方も分からない。

 今の彼女をどうすれば、真に救う事が出来るのだろう。

 

 ——でも私は彼女を祝福する。

 彼女を祝福できるのは自分しかいないのだから。私が彼女を祝福するのを辞めたら本当に彼女は一人になってしまうから。彼女から少しでも目を離したら……何処かへ消えて行ってしまいそうに見えたから。

 

 

 

「行きましょう……?」

 

「あぁ」

 

 

 

 私達はキャメロット城から踵を返して、白亜の門から外へ出る。

 誰にも認識されておらず、自分達を認識出来るのは自分達だけ。

 

 

 そして私は外へ出る瞬間に振り返ってアルトリアを見た。

 

 

 凱旋はもう終わり、後は即位と婚約を祝う式典。アルトリアは展望台から城下町を覗いている。

 ……アルトリア、私は貴方に改めて復讐の炎を宿すかもしれない。この子を、もう引き戻せない道に行かせる原因を作ったお前を。

 

 でもアルトリア。

 この子は貴方に対して復讐を望まなかった。貴方の、次の厄災の相手になる事をこの子は望まなかった。それに関しては、私は少しだけ残念だったけど別に良い。私よりも、この子が大事になっちゃったから——

 

 

 アルトリアへの思案をよそに、未だに忌々しき妹に見える様、妖艶な魔女の笑みを浮かべる。

 魔術で強化した視力には、驚いたアルトリアの顔が見えた。これは私の憂さ晴らし。単純にアルトリアの事は嫌いだし、アルトリアのいつもの澄まし顔を崩せたというだけだが、多少気が晴れる。

 

 後はこうやって彼女に印象付けされれば良い。

 私とこの子の関係性をアルトリアに深く認識させたい。忘れたくても、忘れられないくらいに、その頭と瞳に深く刻み込んでやる。

 

 

 それにアルトリアは、モルガンの手の者かもしれないからという理由で、この子を切り捨てられない。

 

 

 モルガンに関係してるかもしれないというだけで排除するなら、円卓の騎士やそれに近い位置にいる、何人かの騎士も切り捨てなければいけない。それに多分、心情的にこの子を、また切り捨てるという事を選べると思えない。

 アルトリアは、この子を助けられるなら、魔女モルガンの手から解放できるのだとするならなんとかしてやりたいと、きっと願う筈だから。

 次は必ず、この子を助けたいと、アルトリアは深く思う筈だから……本当に心底嫌だけれど。

 それでこの子が少しでも救われるならば、私はそうする……利用できるものは全て利用してやる。

 

 

 

 でもね……

 

 

 

 

 

 

 

 ——気を付けた方が良いんじゃないの? アルトリア。

 

 

 

 

 

 

 

 ブリテンに巣食っていた竜は、もう一匹の竜が力をつけていくのを見逃してしまい、もう一匹の竜に倒されるという末路を迎えた。そうして、ブリテンを支配する竜は入れ替わった。 

 

 

 

 

 

 

 

 ——なら貴方がそうなってもおかしくないでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 "大"を救う為に"小"を切り捨てるのを間違ってるとは言わない。

 でも順番が回って来て、貴方が"小"の側になってしまったら——貴方がブリテン島に切り捨てられても、文句は言えないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 アルトリア、私は決めたから。

 この子は、自分の敵の中に貴方を入れなかったけれど。貴方への復讐に、救いを見いださなかったけれど。もしも貴方を倒して、貴方が持つ王座を……貴方が持つ全てを奪い取ってこの子が救われるのだとしたら、私はやるから。

 私は貴方に対して、何がなんでも、己の全てをかけて敵対するから。

 

 だから気を付けた方が良い、アルトリア。

 この子がお前を見限った瞬間、私はお前に敵対する。世界の全てを敵に回したとしても、お前の理想すら、私は踏み躙ろう。

 

 私はこの子を、"ルーナ"を救う為なら、何もかもを全てを敵に回したって構わない。

 それじゃあ、アルトリア。私が何かを天秤に掛けるとしたら、この子以外は乗らないから。

 

 

 

 彼女に深く印象付ける為、最後まで笑いながら私達は門の外を出る。そして暗雲が辺りを囲み、その場には誰もいなくなった。

 魔女の静かな決意だけを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャメロット城から、離れた場所にある平野を私達は歩いている。

 私の方針は決めた。私は死ぬまで戦う。私は変わらず戦うと決めた。その相手を明確にしただけ。

 ……私がこれからやる行為に究極的には意味がないと理解していながら、キャメロットの人間に意味はあったと証明される、か。自分でも面白くなるくらいに矛盾してるな……

 

 

 それでも私は敵を殺す。

 

 

 ブリテンは滅びが確定している。それを私は異邦の知識故に知っている。世界から神秘が消える中、まだこのブリテン島は神秘を残してる。この世界では、このブリテン島が生きているという事は許されない。

 ブリテン島を滅ぼした結果が、ランスロットやモードレッドだとしても、それはただの結果だ。原因じゃない。

 原因はもっと根本的なものだ。ブリテン島が生き抜く為の酸素が、世界全てから急速に消えていってる様なものと等しい。

 

 ブリテン島は絶対に滅ぶ。そういう運命にある。

 だからキャメロット城に住む人々もいずれは、絶対にその笑顔を曇らせるだろう。

 

 

 ——でもやる。一人でも多く殺す。

 

 

 いやそもそも、どれだけ幸せな人生であろうと、最期の終わりが等しく決定しているんだし、結局死ぬんだから、大した違いはないのかもしれない。

 さらに言えば、ブリテン島は滅びが確定しているけれど、そもそも永遠に続く国なんてないんだから、ブリテンを救う行為にも大した意味はない。……私が見出せないだけかもしれないが、そもそも救いたいとも思わない。

 

 私はあの村の死体の上で生きている。

 生きている意味を証明しようとしていたが、どうすれば意味はあったと証明出来たのか、もう分からない。そもそも分かってなかった。

 死んだ人は喋らないんだから、結局、私自身が満足出来た。と、そう判断を付けさせなければ意味がなかった……ハハハ……あぁ本当に何をやっても、長い歴史で見たら、本当に大した意味がない。

 

 

 何をやっても大した意味がないんだから——何をしたって変わらないな。

 

 

 結局、意味を求めていたから、いけなかったんだ。人生なんて、結局自分勝手なものだし、自分勝手に満足するものだった。気付くのが遅かった。

 うん……自分を納得させる為に、それなりに御大層な理由を考えてたけど、結局はただの憂さ晴らしをする為の理由を探していただけに過ぎなかったのかもしれない。

 この内側に宿る醜い復讐の炎をぶつける敵を、自分勝手に裁定して見つけただけなのとほとんど変わりはない。

 

 ただ、アーサー王とアーサー王が守り通した人々の笑顔が、綺麗に見えたから。同じくらい嫌なものに見えてしまったけど、同時に何よりも正しく美しいものだった。

 

 

 でもサクソンやピクトには何も感じない。

 

 

 いいや、私の世界には、サクソンとピクトは要らない。

 今この瞬間、生存しているという事実に吐き気がするくらいに、私にとって奴らは醜悪だ。

 

 殺そう。

 有象無象の様に、等しくゴミの様に殺そう。

 

 奴らをいくら殺めても、私は何も苦しまない。

 何も考えずにひたすら殺戮に狂っていられる。やつ当たりと蔑まれるかもしれない、その行為。ある意味、サクソン人やピクト人がいなければ、私達の村はまだ残っていたかもしれないのだから丁度良い相手でもある。

 ……私は何もかも恨んでいると気づいてしまったから、簡単に恨みの対象にすげ替えられてしまった。なんと醜く都合が良いのか。でも……もうそれで良い。

 

 "正義"も"悪"も結局は、見る視点によって簡単に反転する。

 どちらも結局、何かを、誰かを殺してる。誰かを救い、守る為の刃。それは等しく誰かにとっての脅威だ。だから私の行為は、ブリテン島からしたら歓迎されるものになってしまう。

 サクソンとピクトを殺戮し続ける行為は、ブリテン島では"正義"になってしまう。

 

 

 だから私は——"悪の敵"になろう。

 

 

 私には成したい正義もなければ、守りたい誰かもいない。ただ私には、ひたすらに殺してやりたい敵がいる。許せない悪がある。

 アーサー王は——アルトリアだけは……唯一違うかもしれない。

 アルトリアだけはなんとかしたいと思っているかもしれないが、彼女を救うには、彼女のもっと根本的な歪みと、王としての在り方を直さなければならない。

 

 彼女は死ぬまで……いや死んでも、ブリテンを救う事を諦めきれなかった。彼女は一度死んでから、自分の人生に満足出来たと、そう認識してもらわないと、多分救えない。

 

 でも、彼女は彼女で救われる運命がある。

 未来にて、彼女は私ではない、あの少年にきっと救いを見出す。だから、アーサー王はあの少年に任せよう。

 それに、私は"正義の味方"に憧れを抱いていない。抱く訳がない。私はその正義に切り捨てられてしまった側なのだから。

 

 だから私は"悪の敵"になろう。

 自分にとっての敵を"悪"を殺し続けよう。

 死ぬまでずっと——殺し続けてやろう。

 

 

 

 

 私は——影だ。

 

 

 

 アーサー王という暗黒時代のブリテンを照らした、何よりも強く神々しい光によって生まれた影。

 栄光の路には乗れなかった者の証。人々の希望、理想であり続けるアーサー王の、この世の全てを照らした輝ける光によって生まれた、この世の全てを呪い続ける影。影は影らしく、光を眩ませる悪を摘み取れば良い。

 ただそれだけで良い。事実何も変わらないのだから。

 

 

 

「体は……剣で出来ている」

 

「えっ……?」

 

 

 

 ボソっと呟いた瞬間——頭の中で何かが形になった気がした。

 自分が知っている魔法の言葉。麻薬と言った方がいいのかもしれない。言葉にするだけで、何かが楽になっていく。

 

 自分を作り変える。

 自分を変換する。

 ただ自分を、敵を殺戮する為だけの、武器に変える。

 この時代において、最も人を殺傷するに長けた武器に変える。

 この時代において、最も人を殺している武器に変える。

 

 これは私だけの誓い。

 私の異邦の知識にある、多分未来にて現れるだろう、あの少年と赤い錬鉄の英霊のそれとは違う。

 二人が誓った、それでも戦うのだと、それでも自分の理想を貫くのだと決めた、二人の生き様と二人の誇り高き生涯を象徴する様な言葉ではない。

 

 これは、ただの自分勝手なエゴに塗れた誓いだ。ただ自分を、無感動な殺戮兵器に作り変える為だけの言葉。

 二人の言葉を勝手に借りるのは少しだけ心苦しいけれど、私自身とこの異邦の知識の全ての中で、この言葉が一番自分に適している。最大の敬意を持って、その言葉を借りる。

 

 剣に心はいらない。

 もしも体が剣で出来ているとしたら、それは一つの狂いもない刃になる。

 今日から私は、人々の呪詛と怨嗟を束ねた、一人でも多くの敵を殺す剣だ。

 

 

 

「……………ねぇ、"ルーナ"?」

 

 

 

 思考を戻してみれば、私はモルガンから話しかけられる。その口調はとても優しく、また厳かだった。

 ……そう言えば、私の名前をちゃんと呼ばれるのは初めてかもしれない。私は少しだけ驚きながら、彼女の続ける言葉に耳を傾ける。

 

 

 

「……貴方が何の為に生きたかなんて、長い歴史で見たら何も残るものはないかもしれない。

 貴方はその事を分かっていながら——それでも貴方は戦うと誓った。その方向性がなんであろうとも、それは絶対に誇れる事です。貴方は自分の行いに意味はないと言ったけれど、私はちゃんと貴方の人生を見届ける。

 ……たとえ、貴方自身も、世界全てが貴方の行いを否定しようとも、私は貴方の事を祝福する。見守り続けるから」

 

 

 

 モルガンの語った言葉がいつかの日の情景と重なった。

 ブリテン島がもう滅びの瞬間、秒読みの段階に入った時にマーリンがアルトリアに対して語ったそれと。

 

 どれだけ万全を尽くしても永劫に続くモノはなく、いずれ等しく終わって、物事は新たな物に変わっていく。

 どれだけ清らかな結果でも、それがどれだけ正しいものであっても、次の歴史が、次の正しさが、次の王が新しい結果で塗り潰してしまう。

 だからマーリンは、アルトリアに国の結果ではなくアルトリア自身が何の為に生き抜いたのか、その過程が大事なのだと説いた。

 あの選定の日の誓いをなかった事にせず、それが最後まで穢れず、誇れるものだったのならば、人類史に刻まれた輝く栄光になるのだと。

 

 人類史にて輝く、幻想、浪漫、"理想"になる日が来るのだと。

 後世に生きる人々にとって、輝かしい——宝具(いつわ)に見える日が来るのだと。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 まさか私が、このタイミングでモルガンに、似たような事を言われるなんて……でも問われるまでもない。私はもう自分勝手に、満足する為に生きる。後の歴史で、私がどういう風に刻まれるのかなんて至極どうでも良い。私の生き様が輝かしいものになるかなどはどうでも良かった。

 

 私は戦う。

 私は、私だけの理想を貫く。

 私は殺し尽くす。

 

 それにモルガンと私の関係は、私が戦うと決めても変わらない。可能な限り、モルガンの事を尊重しよう。私のもう一人の母親だから。

 

 

 

「だからね、ルーナ——逃げたくなったら……私に言ってね」

 

「………………」

 

 

 

 あぁ……本当に彼女は優しかった。

 今、私は心を捨てた。もう戻る場所を捨てた。

 それなのに彼女は、私の最後の場所を作った。

 

 

 ——これ程、幸せな事はない。

 

 

 戻れる場所があるのは、私にとって最高の保険だ。私は、何の憂いもなく死ぬまで戦い続けられるのだから。

 

 

 

「ありがとう、モルガン。それだけで私は戦えるよ」

 

「……そう……頑張ってね。いや、もう貴方は頑張っているのね」

 

「まさか、私はまだやれる」

 

 

 

 私はどうすれば良いのか分かった。

 もう迷う必要がない。ただブリテンの外敵を、悪を、殺し続ける。単純明確。それなりに複雑な理由はあろうとやる事は決して変わらない。

 やる事はそれだけだ。

 

 

 

 

 私とモルガンは二人で平野を歩いている。

 太陽は既に傾き、空は赤く染まり初めていた。もうすぐ夜に入り、星と月が煌き輝き出す時間になるだろう。

 

 あぁ……なんだか今、無性に月が見たい。

 今、月を見たら今までで一番綺麗に見えるかもしれない。いや絶対に一番綺麗に見える、この人生の中で一番美しく見える。こんなに清々しい気分で月を見れた事はないのだから。

 あぁ……早く、夜にならないかなぁ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ黒く染まる空を見ながら彼女は軽く笑った

 乱世を照らした一つの極光。遠き未来、輝ける()として語れる光によって生まれた、一つの影。アーサー王伝説が作り出した——後の歴史で謳われる、アーサー王伝説における、もう一人の主人公になった少女はこうして生まれてしまった。

 

 アーサー王伝説における、もう一匹の竜の化身。

 少女は後世で、後にこう謳われる——黒き竜の化身と。

 

 

 

 




  

 


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ステータス (現在公開出来る情報)

 
 現在公開できる情報をまとめたもの。
 最終的な変化もまとめています。


 

【CLASS】

 

【真名】■■■ / (■■■■■■■■■)

 

【性別】女性

 

【出典】アーサー王伝説等

 

【地域】イギリス (ブリテン)

 

【身長・体重】■■■cm ■■kg

 

【属性】■■・■

 

【ステータス】

 

 筋力          ■  魔力          

 耐久          ■  幸運          

 敏捷          ■  宝具          

 

【CLASS別スキル】

 

 対魔力 A

 詳細

 

 魔力に対する抵抗力を示すスキル。

 一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を減少させる。

 Aランクだと、事実上、現代の魔術師では魔術で傷をつけることは出来ない。

 ただし魔術によって作られた武器、物理的な攻撃ではその限りではない。

 

 彼女は竜の心臓を核とした魔力を源としている為、どのCLASSで召喚されようとBランク以上の対魔力のスキルを保有する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【保有スキル】

 

 ■■■■■■■ C++

 詳細

 

 

 

 魔力変換 EX

 詳細

 

 魔力放出の変性スキル。

 基本的には魔力放出のスキルと変わらないが彼女の場合はさらにもう一つの固有の力を持つ。

 

 彼女の魔力は、他の魔力を飲み込み自身に適した形に変換させる性質を持ったヴォーティガーンの心臓を核として生み出しされるものであり、貪欲に他の魔力を喰らい、自らの魔力に変換し吸い取る機能を持つ。

 ただでさえ対魔力のスキルを保有するに関わらず、魔力を吸収し変換する機構を持つ為、物理的な効果を持たない魔術ではまず彼女に傷を付ける事が出来ない。

 宝具級の魔術も大きく威力を減衰させる。

 

 膨大な魔力は身体能力を向上させ、攻防の両方で極めて強力な性能を有する。

 彼女は魔力を力の燃料として使用するに当たり、より適した形に変換するのに長けており、アルトリアやモードレッドが持つ魔力放出よりもやや特殊。

 

 EX評価がなされるのは、強力なAランク相当の魔力放出スキルにさらに彼女固有の力が組み合わさった、彼女しか持ち得る事のない彼女だけの独自スキルである為。

 

 

 

 ■■■■ A

 詳細

 

 

 

 魔術 D-

 詳細

 

 魔術をどれほど習得、または理解しているのかを示すスキル。

 彼女が覚えている魔術は投影魔術を除けば基礎中の基礎だけでしかなく、魔術そのものに対する理解度も低い。その為ランクはなんとかギリギリDに引っかかる程度。

 

 彼女のそれは術ではなく、有り余る力の暴力を術という指向性を持って行使しているに等しい。

 その為スキルそのもののランクは低いが、彼女の膨大な竜の魔力と彼女自身の特異性が組み合わさった場合、Dランクでは考えられない破壊力と殺傷能力を持った術理として世界に具現化する。

 

 

 

 投影魔術 D(■■■■■■■■■■)

 詳細【現在一部解放】

 

 イメージでオリジナルの鏡像を魔力で作り出し、数分間だけ複製する魔術。

 彼女の投影魔術そのものは、精度は良い方だが普通の粋を逸脱することはない。

 

 

 

 魔女の寵愛 A

 詳細

 

 魔女モルガンによる加護、または祝福。

 戦闘時や危機的な局面において優先的に幸運を集めるが、本人が望む望まない、どちらに限らず敵対した者の幸運を無慈悲に強奪し、自身に変換し続ける。

 特定の条件がなければ突破出来ない守りを持った存在に対して極めて有効であり、自身にその条件を満たす為の運命を引き寄せ続ける。

 

 ブリテン島の超常の力を有する魔女が本気で加護を授ければ、湖の精霊である乙女の加護とほぼ同等の加護を与える事が可能。

 魔女が授けるそれは、湖の騎士ランスロットが持つ【精霊の加護】のスキルの方向性を攻撃的にしたものと言ってもいい。

 

 彼女は精霊の乙女の加護を持たないが、代わりに魔女の加護を持っている。

 たとえ世界から魔女が消え去ろうともこの祝福は永遠に消える事はなく、魔女に守られ続けている。世界でただ一人だけ、魔女の愛を勝ち取った者の証でもある。

 

 世界全てが敵になっても、彼女は孤独になる事はない。

 何よりも強く、曇りなき愛で祝福されているが故に。

 

 

 

 ■■■■ E-

 詳細

 

 

 

【宝具】

 

 

 ■■■■■■■■■

 

 ランク ■+++

 

 種別  ■■宝具

 

 詳細

 

 

 

 ■■■■

     

 ランク ■

 

 種別  ■■宝具

 

 詳細

 

 

 

 ■■■■

     

 ランク C

 

 種別  対人宝具

 

 詳細

 

 

 

 ■■■■■■■■■■

 

 ランク D++++

 

 種別  対人宝具

 

 詳細

 

 

 

 ■■■■■ (■■)

 

 ランク C

 

 種別  対人宝具

 

 詳細

 

 

 

 ■■■■■■■■ (■■)

 

 ランク A

 

 種別  対人宝具

 

 詳細

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■ (■■)

    

 ランク A++

 

 種別  対軍・対城宝具

 

 詳細

 

 

 

 ■■■■■■■■■■ (■■)

 

 ランク B

 

 種別  ■■宝具

 

 詳細

 

 

 

 ■■■■■■■■■

      

 ランク ■ (■■■■■■■)

 

 種別  ■■宝具

 

 詳細

 

 

 

 ■■■■■■■■■

 

 ランク A+

 

 種別  ■■宝具

 

 

 詳細

 

 

 

 ■■■■■

 

 ランク ——

 

 種別  ????

 

 詳細

 

 

 

×        ×         ×        ×

 

 

 

【CLASS】

 

【真名】アーサー・ペンドラゴン/ (アルトリア・ペンドラゴン)

 

【性別】男性 (女性)

 

【出典】アーサー王伝説

 

【地域】イギリス (ブリテン)

 

【身長・体重】■■■cm ■■kg

 

【属性】秩序・善

 

【ステータス】

 

 筋力          ■  魔力          

 耐久          ■  幸運          

 俊敏          ■  宝具          

 

【CLASS別スキル】

 

 対魔力 A

 詳細

 

 魔力に対する抵抗力を示すスキル。

 一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を減少させる。

 Aランクだと、事実上、現代の魔術師では、魔術で傷をつけることは出来ない。

 ただし魔術によって作られた武器、物理的な攻撃ではその限りではない。

 

 彼女は竜の心臓を核とした魔力を源としている為、どのCLASSで召喚されようとBランク以上の対魔力のスキルを保有する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【保有スキル】(現在一部解放)

 

 ■■■■■■■■ B+

 詳細

 

 

 

 

 

 魔力放出 A

 詳細

 

 武器、自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。

 Aランクともなると一挙手一投足全てが魔力のジェット噴流を帯びているのと等しい。

 さらに身体能力向上以外にも、魔力の操作に長けた者は魔力を膜の様にして体に覆わせたり、移動や防御にも魔力を働かせられる為、あらゆる面で驚異的な性能を発揮する。

 

 絶大な能力向上を得られる反面、魔力消費も通常の比ではない為燃費は悪い。

 しかし彼女は、普通の人間には存在しない竜の心臓を核とした存在であり、半永久的に膨大な魔力を精製し続ける事が可能な為、デメリットは皆無。

 

 人間としての限界を超えた身体性能は、見る者に一匹の竜を想像させる。

 ただの人間が竜に敵う通りはなく、彼女は今まで全ての会戦に勝利を収めて来た。

 

 

 

 ■■■■ EX

 詳細

 

 

 

 魔術 E

 詳細

 

 魔術をどれほど習得、または理解しているのかを示すスキル。

 

 彼女は竜の心臓という、強力な魔力炉心を保有する為、魔力量というアドバンテージを誇りさらに、世界最高峰の魔術師マーリンを師匠とするが、彼女自身が魔術の難解さと剣で殴った方が速いという考えにより魔術は極めるつもりがなく、またマーリンも魔術を教えるよりも、王としての教えを優先させた為、ランクは極めて低い。

 

 代わりに魔術に対する知識や対処法は幾分か知っており、魔法陣を描く、魔術を用いた攻撃に対するボーナスとして働くなどの効果を保有する。

 

 

 

 精霊の加護 B

 詳細

 

 精霊からの祝福によって危機的な局面において優先的に幸運を呼び寄せる能力。

 ただしその発動は武勲を立て得る戦場においてのみに限定される。

 また水面を地面と同じ様に駆け抜ける事が出来る。

 

 湖の乙女の加護を持つ聖なる武器を所持するアルトリアも、ランスロットと同じくこのスキルを所持する。

 ただし幼少期を湖の乙女と共に過ごしたランスロットに比べると1ランク下がる。

 

 

 

 最果ての加護 EX

 詳細

 

 星の錨を所有する者にのみ与えられるスキル。

 戦闘時において所有者の魔力と幸運のランクを上昇させ、魔力を最果てより充填させ続ける。

 

 星の錨である聖槍は、世界の裏と表、世界という織物を現実に繋ぎ止める光の柱そのものであり、彼女が保有する最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)はその光の柱の影の様な物である。

 世界でも特に強力な神秘な塊であり、また聖槍も汚染されていない為彼女はEXランクでこのスキルを所有する。

 聖槍を所有していない場合、このスキルは消える。

 

 

 

【宝具】

 

 

 約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

 ランク A++〜EX

 

 種別  対城宝具

 

 詳細【現在一部解放】

 

 人々の「こうであって欲しい」という願い、理想が星の中で結晶化し精製された神造兵器、全ての聖剣の中で頂点に君臨する最強の聖剣。

 使い手の魔力を変換、収束、加速させる機能を持ち、光の断層による究極の斬撃として斜線上全てを攻撃する。

 ある程度出力を絞っても、サーヴァントを蒸発させるに充分な火力を誇り、本気で放てば、城一つを跡形もなく消失させる程に火力が高い。

 

 

 

 風王結界(インビジブル・エア)

     

 ランク C

 

 種別  対人宝具

 

 

 詳細

 

 聖剣を覆う風の鞘。

 剣を起点に幾重もの空気の層を重ね、屈折率を変える事で覆った物を見えなくする。

 風で覆った中の武装を認識するには視覚妨害に対する抵抗がなければ視認できず、シンプルであるが白兵戦に置いて絶大な効果を持つ。

 

 また圧縮した風を使い飛び道具として使用。風を下方に放出し加速。空気抵抗を減らす、等の応用も効く。

 

 

 

 全て遠き理想郷(アヴァロン)

 

 ランク EX

 

 種別  結界宝具

 

 

 詳細

 

 エクスカリバーと共に授かった、聖剣の鞘。

 神話において恒春の国とも林檎の島とも呼ばれた、永遠の禁足地たる理想郷の世界の名を冠した宝具。

 

 所有者の魔力に呼応して、無限の治癒能力を持ち主にもたらす。

 その再生能力は強力な神秘を纏った宝具などによる致命傷以外なら、たとえ心臓を一撃で破壊されようと復活する程。

 その為、瞬間的な消失レベルの即死でない限り、この宝具の加護を持つ者は死ぬ事がない。

 また不老の加護を持っており、実質所有者を不老不死とする。

 

 さらに真名解放によって数百のパーツに別れ、あらゆる物理的、魔術的干渉を全て遮断する。

 たとえ"世界を切り裂いた剣"の攻撃ですらこの守りを突破する事は出来ない最強の防御型宝具。

 

 

 

 最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)

 

 ランク A++〜EX

 

 種別  対城宝具

 

 

 詳細【現在一部解放】 

 

 

 湖の乙女より授けられた聖槍。

 本体は世界の裏と表を繋ぎ止める光の柱であり、アルトリアが所有する聖槍はその光の柱の影の様なもの。

 

 エクスカリバーの様に、光をエネルギーとして解放する事が可能であり、超遠距離からでも、集落一つを灰燼に帰し巨大なクレーターを作り出す程の威力を誇る。

 

 

 

 勝利すべき黄金の剣(カリバーン)

      

 ランク B (条件付きでA+)

 

 種別  対人宝具

 

 

 詳細【現在一部解放】

 

 先王ウーサーの死後、王にふさわしい者のみが引き抜けると、ブリテンを救える者だけがその輝きを預かる事が出来ると銘打ち、次代の王を選定する為に湖の乙女とマーリンによって作られた聖剣。

 所有者のカリスマのランクを上昇させ、また所有者に不老の加護を授けるが、王位の象徴としての性質が強く、剣としての格はエクスカリバーに劣る。

 エクスカリバーと同等の威力を発揮しようとした場合、剣が耐え斬れず崩壊する。

 

 対人宝具の『対人』は所有者自身に向けられたもの。

 剣そのものに王を選びとる機能があり、所有者が王として完成される程に聖剣として威力が相応しいものになり、騎士道に反した場合輝きが失われるとされる。

 

 

 




 
 ステータス表記の長い灰色の線はFGOなどのマテリアルの表記の再現です。

 筋力          A  魔力          
 耐久          C  幸運          
 俊敏          E  宝具          EX

 隠されていない場合この様な感じの表記になります。
 並び順はFGO基準ではなく、原作小説などのマテリアル基準です。


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第12話 初陣

 
 


 

 

 

 選定の剣を引き抜きヴォーティガーンを倒すまでの十年間、ただ一度の敗北もなく、勝利のみを続けた無双の騎士王は今現在、騎士ではなく王として政務に励んでいた。

 

 現在蛮族の動きは沈静化し、大きな会戦を必要とする規模の攻撃はなく、ブリテンはこの数十年の中で一番穏やかな時期に入っていた。

 小さな小競り合い程度の侵略は消えていないが騎士王本人が馳せ参じる必要もなく、十数名の騎士が動けばこと足りる事であるうえ、著名な騎士が冒険の片手間で片付けられる程度のものでしかなかった。

 人々は希望に満ち溢れ、騎士達は己の栄光や武勇を得る為にあらゆる揉め事に顔を出して、それを解決していく。時に騎士達は口実が揃えば直ぐ様腕試しに剣を交え、互いの力量を高めていった。

 

 

 この星における最後のロマンス時代であり、神秘や魔術を残した黄昏の時間だった。

 

 

 そしてブリテン島に平穏をもたらした騎士王アーサーは、足並みが上手く揃わない諸侯や騎士達を纏めながら、いずれ訪れるだろう蛮族達の再侵攻に向けた準備を整えていた。

 ブリテンを覆う暗雲は払う事が出来たが、ブリテンを脅かす外敵はヴォーティガーンだけではない。今は平穏であっても、いずれ必ずブリテンはまた戦いの日々になる。

 

 

 しかしその為に騎士達や、市民にも戦いの為の用意や覚悟を強いるつもりもなかった。

 

 

 願ったのは平和なブリテン。

 そして人々が共に笑いあい、幸福で在れる世界。

 ようやくの末に勝ち取ったブリテン島の束の間の平和である。

 戦争に明け暮れるしかなかった騎士達と、戦火の影に怯える人々から、戦場の血腥さそのものから切り離して、穏やかな世界で体を休めさせたかった。

 無辜なる人々が平穏にいられる正しき場所で暮らして欲しかった。

 

 

 たとえそれがいずれ破られるものなのだとしても。

 

 

 だからこそ彼女は誰よりも現実を見据えながらも、自分以外の騎士や人々に夢を覚まさせないまま、戦の準備を進めていた。

 騎士達に戦争の気配を感知させず、しかし戦争の準備を疎かにもさせず。

 

 ブリテン島は決して裕福ではない。

 いくら準備を進めようと足る事は決してない、戦に入れば必ず少なくない血が流れてしまう。その流血を可能な限り最小限にする為に。家族の平穏と安寧の願いを、もう奪う必要のない為に。

 

 

 そして今、キャメロット城完成から数ヶ月。キャメロット城の城下町の一角で決闘式が行われていた。

 

 

 城下町の一角に作られた決闘場。

 半径数十mの円形闘技場であり、それを取り巻く様に高さ数m近くの壁に囲われており、上座には円形の闘技場を一望出来る観客席が存在する。

 更に最上層には、決闘を鑑賞する為の王の座椅子があり、地上から20m近い高さに天幕が張られた、質素ながらも下品にならない様に、飾りつけられた闘技場である。

 

 半世紀近く前に、ブリテン島に駐屯していたローマ人の名残を残したものであり、ローマの首都に存在する、剣闘士が鎬を削りあった巨大な円形闘技場のコロッセウムを、少々小さくしたものと言っていい。

 大きさ以外に多少の違いがあるとすれば、闘技場と玉座を繋ぐ、大きな階段があるくらいである。

 

 そこでアーサー王は、つい最近に円卓入りを果たしたランスロット卿の顔を広める意味合いも込めて同行させ、眼下にて行われる、決闘試合を鑑賞していた。

 政務を十分に片付け終え、ブリテン島の状況などを取り巻く仕事と向き合うのではなく、ブリテンの顔の象徴として祭り事を見ていた。

 

 

 元々娯楽などに乏しいこの時代においては、決闘試合といった武勇は人々にとって良い刺激になる。

 

 

 そこにアーサー王とランスロット卿が直々に、この決闘試合を鑑賞に来ているのだ。

 この決闘試合は瞬く間に大きなイベントになり、人々はアーサー王と共に試合を鑑賞したいと願い多くの人々が集まる。観客席は一つの隙間もなく完全に埋まった。

 娯楽と修練を同時に行えるこの決闘試合。さらにまだ騎士として花咲く前の者を見つけるのにも丁度いい。端的に言って効率が良かった。

 

 

 そして戦っているのは重厚な鎧に身を包んだ騎士ではなく子供。

 

 

 決闘場にいる人影は二人。

 一人はこの決闘試合に参加した十五歳程の子供。もう一人は、簡易な鎧に身を包んだ老騎士——エクター卿。

 子供の方は何処かの部族の王の息子か、もしくは著名な騎士の息子であるのか、上質な鎧に身を包んでいる。右手には木剣。そして同じく木で出来た盾を左手に装備して、若者特有の闘志を瞳に浮かべながらエクター卿に斬りかかっている。

 

 そして相手をしているエクター卿は、相手をしている子供とこの試合を見ている人に威圧感を与えない様に、兜を外し、最低限の籠手や胴鎧に身を包んでいる。武器は相手に傷をつけさせない様にと鉄ではなく木で出来た剣と盾。

 

 

 この光景を見ている人は、戦場の凄惨さと血腥さを連想する方が難しいだろう。

 

 

 誰もが地に落ちる様な、生存をかけた殺し合いなどではなく、互いの武勇と勇姿を認め合う、誇り高き一対一の戦いであり決闘。

 騎士になる前や騎士見習いの若者達は皆真剣であるが、浮かべる感情に怒りや憎しみの感情は一つも存在しない。そこにあるのは、不屈の闘志だけ。

 

 ブリテン島における騎士を目指す子供や、貴族や部族の王の血を引く者の多くがこの決闘試合に参加している。

 中にはアーサー王に一目見て貰えれば、もしくはこの光景を見守る人々の目に映れば、騎士として大成出来るかもしれないと言った動機で望む者もいるだろう。

 

 決して不純な動機ではない。

 極々当たり前の感情であるし、むしろそんな意思を持った者程、騎士になりたいと思っている人の証と言ってもいい。さらに、この光景を見る人々はそんな勇気と力溢れる子供を見に来ている人も少なくない。

 

 騎士になって大成したいと願い、勇敢に立ち向かう若者。そしてそれを見守り、若者の見せる武闘に白熱する人々。この試合は祭りの規模になり、大いに盛り上がっていった。

 

 

 ただ今のところ——若者の誰か個人が人々の印象に残った者はいない。

 

 

 相手が悪いというべきか、二十にも満たない若者でありながら白熱した戦いを見せた才能溢れる者も、エクター卿にまともに一太刀入れる事すら出来なかった。

 今までに数多くの若者と相手してながらも、呼吸は乱れておらず、どっしりと構えられた盾に震えは一つもない。隙を見せた若者に放つ木剣の太刀筋は、最初と変わらず、騎士の見本として輝くだろう程に美しさを保っている。

 

 

 六十歳を過ぎた老騎士と侮った若者は簡単に倒されてしまうだろう、そんな手馴れの騎士だった。

 

 

 それもその筈だった。

 その老騎士は余り知られていないが、アーサー王の養父であり円卓の騎士に名を連ねるケイ卿の父親なのだから。

 アーサー王は先王ウーサーの子供であるが、アーサー王が五歳の頃に引き取り、選定の剣を引き抜きマーリンと共に王として歩み始めるまでの十年間を、仮の父親として育て上げた騎士である。

 長い間アーサー王の修練を務め上げたエクター卿が、才能溢れるとは言え、間違いなくアーサー王には才能で劣る若者に負ける筈がなかった。

 

 確たる名誉を持たず、またエクター自身も名声を求める人ではなかったので人々の噂話に上がる様な事はなかったが、戦場で鍛えあげられた技術は本物である。

 寄る年波によって一線を引いてはいるが剣の技量は一切衰えておらず、より洗練され研ぎ澄まされたものになったそれは、技術という面では円卓の騎士相手でも十二分に通用する。

 

 無論、エクター卿が力量の足りない子供を一方的に打ち倒すのではなく、相手の全力を全て出させたうえで攻撃を仕掛けているが、アーサー王の剣技と同じくする力強い太刀筋によって繰り出される剣の武練を防ぎ切るのは難しく、また構えられた盾の防御を抜くことも至難の技であった。

 

 

 こうして今までの全ての試合は、エクター卿が勝利を収めている。

 

 

 しかしその事に怒りや不満を浮かべる者はいなかった。

 一方的な勝利を見ている人々も、敗北している若者達も、皆試合が終われば興奮に笑顔を浮かべ、人々の拍手がその空間に響き渡る。

 敗北した若者だが、浮かべる表情に苦悶の様子はない。

 あれが足りなかった。調子が悪かった。自分の力はこんなものではなかった。

 

 そんな言い訳を出せないくらいに全力で戦い、己の全てを出し切ったうえでの敗北だった。同時に今までの人生で一番の戦いだったと思えるような戦いでもあった。

 それに、戦いが終わった後にはエクター卿から短く、しかししっかりとした採点のアドバイスを貰えるのだ。この人と戦って敗北出来て良かった、とむしろ清々しい気持ちだった。

 騎士としての理想形を見て、いずれはこの人の様になりたいと夢想する者もいる。

 

 そして人々もそんな手に汗握る戦いを、若者が今までの人生全ての輝きを見せた戦いに熱中し、そして若者に全てを出させたうえで、しっかりと勝利する無名ながらに卓越した老騎士に敬服する。

 十年間、アーサー王を鍛え続けたエクター卿であるからこそ、静かに熱狂していく。

 個人が印象に残らないのは、決して気に食わないからではなく、今まで全ての戦いが気持ちの良いものだったからだった。ほんの少しの休憩を挟みながら朝から日が傾くまで続けられていた決闘試合。

 

 

 それは当然の事として終わりに向かい始める。

 

 

 エクター卿に立ち向かう最後の相手。

 司会役を務める一人の騎士による紹介が響いた。

 何処かの著名な者の子供なのかどうかは分からず、その子供の名は不明。その子供を推薦したものは匿名であり、誰が推薦したのか判明出来ていない。経歴も詳細も分からない。

 

 紹介と呼べるものではなかったし、ほぼ飛び入り参加と言っていい選手だったが、その異質さ故に、逆に人々の興味を誘った。

 この決闘試合の最後を締めくくりに来たものは一体誰なのか。今までの試合全てが心地良く、固唾を飲むものだった。なら最後のその者は?

 

 

 そうして、人々の関心を背負った経歴不明の選手が試合場に姿を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 月光の様な薄い金髪の子供だった。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、その子供がどんな顔をしているのかは誰も分からなかった。

 その子供は鼻から目元の部分の顔を覆い隠す、歪んだダイヤモンドの様な形をした、赤い線が特徴的な"黒いバイザー"を付けていた。

 

 兜で顔全体を覆い隠している訳ではないので、髪の色と顔の造形はなんとなく分かるが、黒いバイザーに隠されている影響で、顔は頬と口元しか見えない。

 しかしその頬は微動だにせず、また口元は真一文字に固く結ばれている。

 

 僅かに見える顔の造形は、男とも女とも取れない中性的なものの様に見えたが、それ以前に性の差が出て来る前の、明らかに十かそこいらの子供の様にしか見えなかったので、性別を気にする者は人々の中にいなかった。

 その子供の性別については、人々は既に意識から抜け落ち始めている。

 

 

 ——自然と関心が向かない事に違和感を持つ事もなかった。

 

 

 人々は騎士を目指すのだから男なのだろうと当たりを付ける。

 性別などの事よりもまず、庇護されるべき小さな子供という印象があまりにも強かった。何故ならその子供は、今までにエクター卿と相対してきた者と比べると、一回りではなく二回り以上も小さい。

 その子供は130cm程度の小柄な体でしかなかったので、騎士に立ち向かう勇敢な若者という印象を想起するのは難しかった。

 

 エクター卿が相手してきた者達は、ほぼ全て著名な者の息子であり、十代後半から二十前半の青年ばかりであった。その為、小柄な者でも150cmはあり、大きいものは180cmを超える者もいた。

 そんな者を見てきた人々にとって130cm程度の子供というのは酷く浮く。場違いにも程があった。何かの間違いでここに来てしまったのではと考える人もいた。

 

 しかし、余りにも場違いさを醸し出す小柄な図体であり十歳にもなっていないのではと思える子供でありながら、その子供はとても自然体であった。

 今までの若者が装備しており、その子供にとっては少々大きい木剣を携えながら、周りのざわつきを意に介さず、極々自然と入場している。

 その佇まいはとても穏やかであり静かだった。いっその事、今までエクター卿と相対してきた全ての人物の中で、一番落ち着いていると言ってもいい。

 

 

 小さい子供の姿に似合わない、異質さ。そしてその子供の正体不明さ。

 

 

 何処ぞの高名な騎士の子供の様にも思えるが、その姿に見覚えのある人はいない。

 その子供が着ている服は上質な物であるが、別にそれほど珍しくはない何処にでもある"男物"の服で、黒を基調とした麻布の服。その服の上から簡素な防具を付けている。若者が自らの力を誇示したり、見た目のみを優先して付ける、体全てを覆う様な鎧ではなかった。

 

 身に付けている甲冑は、胸甲と胴甲が合わさった上半身を守る鎧。腕甲と足甲、そして太腿を守るスカート状の草摺だけ。頭を守るのは黒いバイザーだけで、兜はつけていない。

 自身の動きや視界を阻害せずに動ける分だけの防具。簡素かつ軽装ではあるが、体の重要な部分を最低限は守っている装備。

 

 

 そしてその子供は木剣は携えていたが、盾は装備はしていなかった。

 

 

 子供の武装は非常に実戦的かつ攻撃的なものと言ってもいい。

 最低限の守りだけで、剣を振るう為だけに不要なものは全て切り捨てたかの様な装備。

 単純に小柄な体では重い鎧を装備出来ないのか。片手で剣を扱うには力が足りないのか。もしくは、守りなど必要ないのだという自信の表れか。

 

 

 高まる関心は何一つ損なう事なく、その子供はエクター卿と相対する。

 

 

 

「……小柄な躯体でありながらこの場に現れ、己よりも強大な者に立ち向かう其方は、それだけで敬意に値するだろう。しかしこの戦いは神聖なる決闘。

 この場に於いて、其方は誉ある騎士として後ろ姿を見せて逃げ帰る事は許されない。その覚悟はお有りか」

 

 

 

 静かに語りかける様に、しかし叱りつける様にエクターはその子供に問いかける。

 目の前にいるのが血気盛んな若者ならばまた少し話は違ったが、今目の前にいるのはこの場所にいるのが場違いに思える様な子供。

 既にその佇まいから、今までの若者とは何か違うのだという事を、騎士として鍛え上げられた直感が示していたがそれでも一つ問わなければならなかった。

 

 

 しかしその子供は、威圧とも取れる問いを受けながらも震えや怯えといった反応は皆無であり、波紋一つすら立たない湖の水面の様な不動さを終始保ったままであった。

 エクター卿の問いを受けた子供は静黙の佇まいでありながらも厳かさを感じ取れる様に、静かに剣を両手で胸元まで上げ、構えをとった。

 剣は地面に垂直に構えられ、その剣の切っ先は真上を向いている。震えは一つもない。

 

 

 それは、騎士の礼だった。

 

 

 見様見真似でやる様な不格好さはない。

 その動作に慣れ親しんだ動きであるかの様に淀みはなかった。

 その姿に、人々とエクター卿は星の聖剣(エクスカリバー)を携えた騎士王の姿を幻視し、その子供に重ね合わせる。仮に、その子供が手に持つのが星の聖剣(エクスカリバー)だったとしても、違和感なく見劣りもしなかったかもしれない。

 厳かな雰囲気は騎士王そっくりだった。

 

 

 そしてその子供は剣を構えたまま語る。

 

 

 

 

「相手を前にして剣を構えておきながら背を向け逃げる道理はなく。

 また覚悟など、今更問われるまでもありません」

 

 

 

 その子供は静かに、しかし自分を見ている人々全てに聞こえる様に告げる。男とも女とも取れない中性的な声だった。

 鈴の様に響く声が似合うであろう細身の体躯の子供でありながら、その子供の声音は凍りついた川の様で平坦なものであった。しかしその声は、聞いた者の意識を引き締める凄烈さを含みながら、川の様な清々しさを矛盾なく合わせ持った声だった。

 

 揺るぎない決心と不屈の精神を感じさせる声。

 その子供には逆に、余りも似つかわしくない。それを口にしたのが、円卓の騎士といった高名な騎士であった方が違和感はない。しかし実際に口にし、言葉を発したのはただの子供。

 

 見た目からはあまりにも結び付かない落ち着きと精神性。

 試合場は静まり返りながらも、その子供に対する人々の興味は尚も上がり続ける。

 

 

 そしてその子供は、エクター卿の問いに対する答えを示し終えたからか騎士の礼の構えを外し、別の構えを取る。

 

 

 剣を両手で持ちながら低く下段に。刀身を後ろに流して、左半身をエクター卿に対峙させた構え。

 その構えは、防御など一切眼中になく、ただ渾身の一振りによる逆袈裟に斬る事のみを期した必殺の構えだった。

 沈黙のまま戦闘の構えを取った事により、その子供とエクター卿の間の空間が、静かに緊張の密度を大きくしていく。その瞬間に何か小さな物音がすれば、そのままそれが合図となってその子供が飛び込んで来るのではと錯覚出来る程にまで。

 

 その子供がただの一回しか喋っておらず、またその子供が行動によって示したものは数える程度。

 しかしたったそれだけで人々を完全に魅了させた。個人としての存在を完璧に深く印象付けるに足る存在だった。

 

 今までエクター卿と相対して来た若者の中で一番若く、一番小さな体躯の子供でありながら、その精神性は若者特有の猪突猛進さはなく、一つも揺らぎはしない。しかし、研ぎ澄まされた剣のように鋭く隙はない。

 その子供が示しているそれは、今までの誰よりも勇敢であり勇ましい。

 

 若者の様に己の力を誇示するのではなく、また声を張り上げて己を鼓舞する事もしない。ただ静かに、自然体のやり取りの中で己の存在感を示した。

 その緊張の度合いは今まで一番静かながら尚、一番激しい。

 

 

 最初に子供に向けていた正体不明さと異質さは、その子供が特別な存在であるのだと人々の中で昇華させられる。

 

 

 実は円卓に名を連ねる者の血を引く者かもしれないなどと人々は勝手に夢想し、しかし今からその子供が魅せてくれるだろう試合を前にして無粋な事であると思考をやめる。

 それは後で考えればいい。ただエクター卿とその子供の試合を一つも見逃さない様に意識を集中させていった。

 

 その構えから、勇敢さを示す様に斯くも鋭き太刀筋の剣が披露されるのか。

 もしくは、その歳不相応な落ち着いた精神性を表す様に、堅実な戦いを繰り広げるのか。人々の熱狂は限界まで高まる。しかし歓声は一つもない。緊迫感に支配された静寂が辺りを包む。

 

 

 

 

 

 

 

 その静寂の中で、子供の深い呼吸の音をエクターだけが聞く事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 大きく心臓を動かす様に、空気を自身に取り込む様に大きく息を吸い、そして吐き出す。

 深い、深呼吸だった。

 

 その子供の行動に、エクターはやや好感を持った。

 まるで心に一つも揺らめきはない様な佇まいと勇敢さだったが、目の前の子供も実は意外と意識を張り詰めていたのかもしれない。

 見た目に似合わない超然とした雰囲気だったが、多くの人々に見守られる中で子供らしく不安で緊張しているのだとしたら、これ程健気な事はなかった。

 目の前の子供はその幼さでありながらも、人々に見られている己を自覚し、自らを良い騎士足らしめようと頑張っているのだ。そうだとしたら、この子供が先程示した不屈の闘志は、また別のものに変わって感じられる。

 

 

 それにどこか——アルトリアを思い起こせる様だった。

 

 

 もちろんアルトリアはもう、こんな小さな子供ではない。

 髪の色も違うし、声も何処か違和感があってアルトリアのそれとは違う。それでも何処か重なってしまう部分があった。自らをより良い騎士足らしめようとする在り方。歳不相応な精神性。

 しかしその精神性に隠された、歳相応のどこにでもいる子供の様な精神性。

 

 

 そして——構え。

 

 

 十年間アーサー王を、アルトリアを育てて来たエクターだからこそ、その構えを見て想起してしまった。

 盾を使わず、また防具も全身を覆うプレートアーマーではなく服の上から簡素に付けただけの鎧。両手で握り締められた剣。乾坤一擲を体現する姿勢と構え。

 剣より花束でも持って野原を駆ける方が似合うだろう華奢な体付きなのに、剣を構えるその姿は、どの騎士よりも勇ましく気高い。

 

 目の前にいる子供とアルトリア。

 エクターが持つアーサー王としてではなくアルトリアとしての、子供時代の記憶。彼の瞳に映る目の前の子供と記憶にあるアルトリアが、何度も入れ替わり続けた。

 

 

 重ならない部分は確かにある。でも重なる部分の方が多い。

 

 

 きっと目の前にいる子は将来大成するだろう。ただの直感だが、確信と捉えられる物だった。そんな騎士の卵との初の相手が自分であるというのは、きっと誉れ高い事なのだろう。

 

 

 

「さぁ! どこからでもかかって来ると良い。全身全霊で相手しよう!」

 

 

 

 エクターは声を張り上げ、開戦の狼煙を上げる。

 この瞬間より戦いは始まった。エクター自身も目の前の子供がどんな戦いをするのか楽しみになっていた。同時に子供に対して成長が楽しみだと思うのも久しぶりかもしれない。

 それこそ、十数年ぶりくらいには。

 

 目の前の相手の一挙動に集中する。子供が——小さく口を動かすのを見た。

 

 

 

 

 

 

 

「——構成材質、解明

「——構成材質、補強

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を、相対するエクターだけがなんとか耳にする事を出来た。

 単語の意味は聞いた事があっても、その言葉が何を意味するのかを理解出来なかった。

 戦いの前に自分を奮い立たせる言葉とも思えない。六十を過ぎる生涯で、何一つ自分の知識の中で該当しない言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

「——全工程、完了

 

 

 

 

 

 

 

 さらに子供は続いて言祝ぐ。

 何を意味するかは分からない。ただ何かが終了したのだという事はなんとなく感じる事が出来た。

 こちらから斬りかかる訳にも行かず、その子供の挙動に困惑したその瞬間——

 

 

 

 ——目の前の子供の印象が徐々に反転していく。

 

 

 

 まるで、彼女を中心として冷え冷えとした空気が流れこみ、周りの大気を凍りつかせていく様な感覚。静かに、しかし肌身で感じられる程に強烈な違和感。

 子供のナニかが切り替わるように、スッと周囲の空間を停止させていった。

 

 そしてそれは、周りの大気を押し潰し飲み込む様な圧が広がり、エクターの足元へ、そして腰に、背中に、頭へと広がり、エクターをその場に縫い付ける。

 爽やかな清流を思わせる浄気の様な清々しさは反転し、相対する者の心の芯から凍りつかせる、冷酷な氷の如き圧に変わる。

 

 それはまるで自分の重さが何倍にもなった様な感覚。

 世界全ての大気が自分に目掛けて落ちて来る様な感覚。今この場の空間が切り替わり、寒風吹き荒ぶ荒野に放り込まれた様な感覚だった。

 今までの人生の中で、感じた事のない強大な寒々とした威圧感。

 

 自分は幻想種と相対した事はない。

 でももし、幻想種の前に立つ時の感覚とはこうなのではないか。己はただの人間でしかないという、生命としての格の違いを認識させられるという事はこういう風な感覚なのではないか。

 

 

 ——竜と敵対するという感覚はこの様なものなのでは。

 

 

 生物としての本能的な恐怖を無意識の内に体が認識させない様にする為か、思考が高速で動き続ける。

 そんな圧縮された時間の中、エクターは"黒い線"を視線に捉えた。

 

 

 

 

「(…………この地面に走る線はなんだ)」

 

 

 

 

 瞬き一つの刹那の内に、突如視界に入り込んだ黒い線。

 

 

 ——その地面に走る黒い線は、その子供が間合いを詰める為に、有り余る膨大な魔力を瞬間的に放出し、地面を蹴り砕きながら跳躍した為に出来た、蜘蛛の巣状の亀裂だという事に気付けず。

 またその後に見えた、目の前の子供が持つただの木剣に走っている、稲妻の様な赤い線が一体なんなのかを理解出来ず。

 既に眼前にまで近づき、逆袈裟に斬りかかっている子供に反応する事も出来ず。

 

 

 地面を蹴り砕いた事によって生まれた、雷が落ちた様な轟音が耳に入るよりも早くエクターの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 




 
[人物解説]

 エクター卿

 詳細


 ケイ卿の父親であり、アーサー王の養父。
 原典ではアーサー王が選定の剣を引き抜いた後、円卓の騎士(もしくはアーサー王の執事)となるが、Fate世界では円卓に名を連ねる実力は持っておらず騎士としての表舞台から姿を消した老騎士とされる。

 Fate世界の中では詳しく語られる人物ではなくGarden of Avalonにて多少語られる程度。
 ドラマCD版ではエクター自身の説明はほとんどなく、小説版でもアルトリア視点で多少説明がある程度で、アルトリアが選定の剣を引き抜きマーリンと行動を共にする様になってからは、エクター卿がどうなったかの描写はない。
 また原典においてもエクターを主人公とした話を確認できず、アーサー王や円卓の騎士を主人公とする話の中で盛り上げ役や、情報提供役として多少出て来るのみであり、ベドグレインの決戦や序盤のサクソン人との会戦当たりから本格的に姿を消す。

 尚、アーサー王伝説内にて、ランスロットの異母兄弟としてエクターという同名の人物がいるが、区別を付ける為にランスロットの異母兄弟の方のエクターを、出身地の名称を付けてエクター・ド・マリスと呼ばれる。
 


 エクター卿はアーサー王が5歳の頃に先王ウーサーから譲り受け、アーサー王が15歳になるまでの期間、アーサー王を育て上げた。
(原典によっては、ウーサーからではなくマーリンからだったり、譲り受けた時のアーサー王の年齢はまちまち。ただ選定の剣を引き抜いた時の年齢はほぼ全ての原典で15歳。またFGO一部六章にて、アルトリアが剣を引き抜いたのは16歳だとベディヴィエールが語っているがGarden of Avalonではマーリンとケイ卿からは15歳と語られる。この作品ではGarden of Avalonの方の設定を準拠する)

 原典では、エクター卿は騎士ではなく吟遊詩人だったり、マーリンが適当に見つけただけの老人だったりするなど、エクター・ウーサー・マーリンの三人の関係性などは原典によって微妙に変わる。Fate世界でも詳しい描写はない。
 この世界線では、エクター卿は元々ウーサーの部下で信頼出来る存在であり、騎士としても優秀だったので、ウーサーはマーリンを通してアルトリアの正体が露見しないようにエクターに預けられたという設定。

 アルトリアが選定の剣を引き抜くまでの十年間は基本的に、教師の様な役割として接していたとされる。
 騎士としての教育は一切の手を抜いていなかったが、ただの少女が理想の王という国の部品になるのにあまり良い感情を持っていなかったと思われる描写が小説版Garden of Avalonに存在する。
 選定の日が近くなってきた頃は親としての愛情を隠しきれず、困っている様な、悔いている様な、悲しいものを見る様な、複雑な感情を織り交ぜた表情でアルトリアを見る様になっていた。
 アルトリア自身も、その表情が意味するものになんとなく気付いていたが、エクターが時々見せる、優しげに、名残惜しむ様に緩む表情に対して気が付かないふりをしていた。


 またアルトリアの人格形成において最も大きな影響を与えた人物でもある。


 アルトリア自身が本当の父親であるウーサーに対する思い入れはなく、また顔もほとんど覚えていないので、アルトリアにとって父親はエクターだけ。
 ただエクターは、アルトリアに自らを"父上"と呼ばせる事だけは許さず、またアルトリアも親愛を込めてその響きを口にする事は生涯を通して一度もなかった。

 "アーサー王"及びブリテンからすると理想の騎士はランスロットだが、"アルトリア"からすれば理想の騎士とはエクター。
 アルトリアが信ずる騎士道の核になった人物でもあり、騎士道とは『道徳を守り、人々の盾となり、主君を生かす。戦場に置いて畏れを見せず、自らの欲の為ではなく、国と信念を守る為に剣を振う事』と教えた。
 この騎士道精神が、何一つ歪まず、間違う事なく、また穢れる事もなく、完璧な理想として伝わり、アルトリア自身の歪みの一つとして昇華された。(と思われる描写あり)
 小説版Garden of Avalonで後にマーリンから、エクターは良い教師でありすぎたと評価される。


 


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第13話 史上最年少の騎士

 
 結構重要な話なので長め。
 また、一気に情報が開示され、また色んな情報が布石として出て来ます。

 12500文字+500文字で、大体13000文字
 


 

 

 

    

 

 ——私は子供を救えなかった事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、ブリテン島が苛烈な動乱の渦中にあった時の話だ。

 ヴォーティガーンをきっかけとして多くの暴力が島を蹂躙した時の話でもあり、ブリテン島に新王としての名がようやく響き渡り始めた頃の話でもあり——選定の剣が光を失う前の、話。

 

 

 その日は暗雲が立ち込めているかの様に、暴風と雨が酷く吹き荒ぶ日だった。

 

 

 その雨に紛れ、卑王ヴォーティガーンによって生まれた動乱の隙を突くように、ブリテン北部に住むピクト人が南下し始める。そして、辺境の集落を襲っているとの情報を彼女達は聞きつけた。

 サクソン人とピクト人は、ブリテン島を襲う蛮族だと一様に纏められているが、サクソンとピクトは同じ存在ではない。サクソン人は異民族でありただの人間でしかないが、ピクト人は人間と形容するには難しい。

 

 肌の色は人間のものとは思えない緑色で、強靭な体躯を有する異種族。

 2mを超える強大な体は、なんとか人間の範疇まで落とし込んだ巨人。またはオーガとも表現出来るものだった。同じ星に住む生物でありながら、別の星から来たのではとしか思えない異質な行動原理。そして戦闘行為に快楽を見出す、外敵。

 

 

 人の形をしているだけの魔獣。

 

 

 そんな種族がピクト人だった。

 人ならざる魔獣の力と同等の荒ぶる力を有するピクト人は、時に騎士すら容易く殺す怪物でもある。

 そんな怪物が南下し始めたのだ。ピクト人相手では、無辜の人々は簡単に命を落とす。

 

 彼女は、ピクト人が進行しているという情報を聞きつけた後に、その場ですぐさま動かせる事が可能だった自分の義兄であり、円卓の騎士のケイ卿と少数の騎士と共に馬を走らせる。

 そして辺境に出没したピクト人達の殲滅を開始した。

 

 

 真なる竜の心臓を内に秘めし肉体は、神代の大英雄が如く。手に持つ選定の剣は、輝ける黄金の宝剣。

 

 

 混沌とするブリテンを統一する為、ピクト人との相手も想定されて作られたアーサー王にとってすれば、数十に及ぶピクト人ですら敵ではなく、彼らを容易く斬り伏せた。たとえ、振るわれる剣が怒りに塗れていようと、太刀筋は一つも鈍らない。

 如何に優れた体躯を持ち、分厚い筋肉と体毛によって守られたピクト人の身体でも、聖剣の輝きを放つ選定の剣を前には、何の役にも立たなかった。

 水に刃を滑り込ませているかの如く、刃は容易くピクト人達を斬り伏せる。

 

 

 戦闘そのものは一方的だった。

 

 

 吹き荒ぶ雨の中、この世と思えぬピクト人の絶叫が鳴り響く。

 その悲鳴の向こうに——彼女は何かの音を聞いた。その音は今にも消えてしまうほどにか細い、何かに縋る様な、子供の悲鳴だった。

 その声を聞いた彼女は、自分以外の騎士達を置き去りにし、馬よりも早く地を駆け抜けてその声の主を探す。

 そして見た。

 

 

 広野を駆け抜けた先に存在する集落が——完膚なきまで破壊されている光景を。

 

 

 目に映る視界全ては塗りつぶす様な赤に染まり、平和の象徴として絵画に飾ったとしても見劣りする事はないだろうと思えた筈の、のどかな風景は最早跡形もない。

 家は砕かれ、吹き荒ぶ雨ですら消化出来ない程の炎に燃やされ、畑は村人の血で汚れている。生きて動く物は一つも存在せず——家畜すらも全て殺されていた。

 

 

 戦場のそれとは違う、一方的な虐殺を示す光景。人の命がゴミの様に打ち捨てられていた。

 

 

 人ならざるピクト人によって作り出された光景に、全身が総毛立つ気配を感じながらも、彼女はなんとか踏みとどまり、怒りに流される事なく生存者を探した。

 体が汚れるのも厭わず、瓦礫を除去する。時に瓦礫を剣で切り裂きながら。

 後続のケイ卿と騎士達がようやく到着するころになって、彼女は一人の生き残りを見つけた。

 

 

 

 それは幼子だった。

 

 

 

 崩れた家の瓦礫に下敷きになり、奇跡的にピクト人に見つからなかったであろう子供。

 しかし家の崩壊に巻き込まれた体は大きく損傷している。全身を強く打ち、手足は折れ、内臓は既にまともに機能出来るだけの力を残していない。

 途切れかける意識をなんとか繋ぎ止めているだけの死に瀕していた子供だった。

 死にかけの子供は、彼女の腕に抱えられながら、か細く呟く。

 

 

 

「王さま…………ペンドラゴンの、王さま……」

 

 

 

 うわごとの様に呟かれる言葉は、自身を抱く人物がアーサー王であると気付いてのものではなかった。その子供は誰かに抱かれている事にすら気付いていない。

 ただ神に祈る代わりに、アーサー王に祈っているだけだった。

 

 

 

「わたしは、死んでも、いいです……」

 

「何を言う。

 其方は死なない、そうだこの私が、アーサー王が死なせはしない」

 

「だから、王さま……」

 

 

 

 言葉は子供に届いていない。

 その子供はもう、目も耳も機能していない。

 虚空を向く目と、耳から流れ出る血が全てを物語っていた。

 

 

 

「……妹と、母さんと、父さんを……みんなを……」

 

 

 

 既に、村の人々は一人残らず殺されている事も知らず、自分が唯一の生き残りだという事も知らずに、その子供は祈りの言葉を続ける。

 

 

 

「…………まもって……」

 

 

 

 そう言い残し、その幼子は腕に抱かれながら死んだ。

 家族への親愛と安寧を、神に祈る代わりにアーサー王に願いながら、崩れるように死す幼子の姿を目に焼き付ける。自らの犠牲を以って家族の救済を願ったその姿に、彼女は——アルトリアは無言を以て応えた。

 王として、為すべき事を自覚しながら。

 

 

 

「おい……お前…………」

 

 

 

 遅れてやってきたケイ卿の声は聞こえていなかった。聞こえていたとしても、きっと反応する事は出来なかっただろう。

 周りの、あらゆる全ての事象が遠くに聞こえていた。

 荒れ狂う風音も、吹き荒ぶ雨の音も、炎に燃える家屋の音も、騎士達の喧騒と騎馬の嘶きも。全てが耳に入らなかった。

 

 

 深く静かに誓う。

 

 

 家屋の瓦礫が周りで燃えている中、今目の前で、自分の腕の中で亡くなった子供の代わりに願う。そしてその願いを、私は成就させる。

 

 

 

 ——ブリテンを救う。

 

 

 

 二度と、もう二度と、幼子が自らの命を差し出すことのない国を作りだす。

 この世界に光がないのだとしたら、私が地上を照らす光となる。この地上に救いをもたらす。ブリテンを襲うあらゆる艱難辛苦から、人々を守り続ける。

 この命尽きても構わない。要らない。この身の全てをブリテン島に捧げているのだから。

 故に、この魂が欲するのはただ一つのみ。ブリテンの救済のみ。

 

 

 迷いなどはなかった。

 

 

 …………あぁ、そうだ、なかったのだ。

 ただ人々を救う為だけに剣を振るい続け、そして剣もそれに応えていた。

 ——あの時までは。

 

 かの台座から、剣を引き抜くその瞬間。あれが自分の運命が変わる儀式なのだと分かっていた。剣を抜いた瞬間、別人になると、人間ではなくなるのだとマーリンに言われずとも分かっていた。

 人の心を持っていては、王として人々を守れない。

 

 王とはつまり人々を守る為、一番多くの人々を殺す存在なのだと。王とは人々の希望であり、同時に無慈悲に人々を選び取る天秤なのだと。

 だからあの時、私は選んだ。私は、目の前で安寧を願いながら死んだ子供と同じ、何の罪もない子供の未来を奪い取った。自らをただの天秤にし、個人に目を向けず、人間を等しく等価値として、選んだ。

 そしてその果てに——選定の剣から光が消えたのだ。

 

 

 選定の剣から光が消えたのは、一体何故か。

 

 

 理由など、幾らでも浮かんで来る。

 剣から私が見放されたからかもしれないし、私は理想の王ではないからかもしれない。もしくは、そもそも自分自身が、自分は理想の王ではないと認めているからか。

 私は、迷っているからか。

 私は人々を救う事に迷いがなかった。だからこそ、今、私は迷っている。

 

 

 

 

 

 

 

 もしも——もしもあの時、天秤を逆側に傾けていたら。

 

 

 

 

 

 

 

 何回だって考えている。

 何回だって思い出している。

 あの時に、天秤を逆側に傾けていたら、より多くの人々が亡くなっていたのだと理解していながら、もう二度と変えられぬ過去であると知りながら、幾たびも夢想し続けている。

 

 

 私は今迷っている。私は……どうすればいい…………?

 

 

 眼下にて行われていた決闘試合にて力を示した、薄い金髪の子供。

 試合でもなんでもない、一方的な戦いだった。ただの一撃。しかしそれは、音速の壁を突破している。その瞬間に感じ取った、自分の力と余りに類似する源の力。

 しかし、その力は——世界に空いた穴の様で、悪寒を感じる程に不気味なものだった。

 

 そして、その力と非常に似た力を持つ者……いや者ではない。"人間だったモノ"を自分は良く知っている。それこそ、自らの手で打ち倒したのだから。

 その子供が内に秘める脅威を、誰よりも理解しているのは自分だと言っても良い。

 

 

 

 ……それでも……それでも私は……

 

 

 

 私は、いずれ自分の敵になるかもしれないという理由で、今はまだ何の罪もない子供を殺せるのか? 同じ子供の未来を二回、摘み取れるのか? 私はまた、選びとる事ができるのか?

 私は——天秤に掛ける事すらもせずに、またあの子を切り捨てるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 私は子供を救えなかった事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 私は今、一人の子供を救うのか、切り捨てるのかを——迫られている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合会場は鎮まり返っていた。

 しかし、その静寂は試合が始まる前のそれとは完全に反転している。熱狂が最高潮に高まっているが故に人々が拳を握り締め、固唾を飲んで見守っているからではない。

 

 理解出来ないものを見た。そしてあり得ない事が起きた。

 今までの人生の中で体験してきた出来事では認識出来ない事が起きた。

 余りの光景を見た影響で脳が認識できず、思考が完全に停止したが故の、異常な静寂が支配していたのだった。そして人々が徐々に事の出来事を認識し始め、会場がざわつき始める。

 理解は出来ていない。何が起こったのかも見えていない。

 

 

 ただ、今出来上がっている光景のみが、その刹那の出来事を表していた。

 

 

 そのざわつきの中、この出来事を作りだした元凶である薄い金髪の子供は、周りのざわめきなどどうでも良い事の様に、もしくはこうなる事など分かりきっていたという風に気にせず佇んでいる。

 不気味な風貌のまま、子供は自分に集まっている視線を気にせず、先程の攻防とすら呼べない一瞬の出来事で使用された木剣を一目見る。

 

 

 子供が握っていた柄の部分だけを残して、剣の刃の部分は砕け散っていた。

 

 

 子供は、もう二度と使用する事が出来ないだろう木剣だったのものを投げ捨てながら、自分がさっきまで立っていた場所と、吹き飛ばしたエクター卿を見る。

 間合いを詰める為に前方に跳躍した影響で、さっきまで立っていた場所には、数m規模で地面がひび割れている。音速を超えた踏み込みの影響とその反動を、一目見ただけで分かるほどに表していた。

 

 そして吹き飛ばされたエクター卿はぴくりとも動かない。

 コロッセウムを模った試合場の壁に、鎧ごと10cmほどめり込んでいた。しかも、エクター卿が持っていた盾は中央部から谷の様に一直線に大きく凹んでいる。

 

 もしその子供が、剣を振るった時に盾ではなく、頭などの急所に剣を当てていたら。もしくは衝撃が空中に逃げる様に、逆袈裟に斬りかからず、地面によって全ての力が体を襲うよう袈裟斬りに斬りかかっていたら……エクター卿は死んでいたかもしれない。

 そう思える様な、酷い惨状だった。

 

 

 子供はエクター卿を一目見た後、紹介役の騎士に話しかける。

 

 

 

「その老騎士を治療した方が良いかと。

 命に別状はないと思いますが、きっと盾を構えていた左腕は確実に折れてると思います」

 

「……ッ! あっ…あぁ。救護班! 頼む!」

 

 

 

 試合が始まる前の時と同じ、男とも女とも取れない声だった。

 しかしその声に一切の起伏はなくひたすらに平坦。この惨状が起きる寸前に、老騎士に告げた声と何一つ変わらないのに、印象は酷く違って感じられる。

 透き通る川というよりは、一切の感情を覗かせない、凍りついた湖といった印象だった。

 

 話しかけられた紹介役の騎士と、その後に来た救護係の騎士はその子供を見ない様に、また避ける様にしながらエクター卿を抱え込んでいく。

 そんな騎士達に対し、その子供は何の関心も持たず、また露ほどの意識も向けなかった。

 

 

 人々は、試合前にその子供に向けていた意識を、また完全に塗り替える。

 

 

 人々がその子供に向ける瞳には、恐怖や畏怖が含まれている。理解出来ないもの、不気味なものに向ける目だった。ざわつきはさらに大きくなり、人々はパニックを起こす寸前だった。

 

 

 

 

「——静まれ!」

 

 

 

 

 アーサー王の隣にて佇んでいた湖の騎士から、叱責する様な声がその場にいる全ての人に響き渡る。

 その声を皮切りにざわつきは収まり、人々は幾分かの冷静さを取り戻していった。

 アーサー王とその子供。二人の事の成り行きを人々は見守った。これからどうなるのか、この子供はなんなのか、そしてどうなるのか。

 

 

 

 薄い金髪の子供は静かに上を向き、上座にいるアーサー王の方へ体を向ける。

 

 

 

 アーサー王とその子供の視線が交差する。いや正確には交差していない。

 アーサー王からでは、その子供の瞳を見る事は出来なかった。アーサー王は黒いバイザーの裏に隠された瞳を、そしてその瞳に浮かぶであろう感情を何一つ読みとる事は出来ない。

 

 だが、例え目元や表情を隠していようと、荒れ狂う感情が心を支配しているなら雰囲気や佇まいに、滲み出る様にその心内が現れる。

 体の内側で燃えたぎる情緒は心臓の鼓動となって強大な威圧となり、無意識にでも周囲の空気を一変させる。隠していても、普通の人間は持たない第六感で推し量る事は出来る。

 同じ源の力を有するなら尚更の事。

 

 しかし僅かに見える頬と口元は微動だにせず、また一瞬でも体を震わせるという事すらもせず、その子供は心の内の一切を外に出していなかった。

 憤怒や憎悪といった負の感情に属するものを目の前の子供は一切放出していない。むしろ、その子供の佇まいはひたすら虚無的と言っても良い。

 本当に、何も浮かんでいなかった。

 

 

 そんな子供の——彼女の雰囲気に、アルトリアは一瞬気圧された。

 

 

 そんな事を知ってか知らずか、子供はアーサー王から視線を外し、その場で跪いた。

 片膝を地面に突き、深く頭を下げる。その動作は歪な不格好なものではなく、淀みなく綺麗なものだった。会戦前に見せた騎士の礼の様に、とても様になっている。

 

 もし人々がその子供をただの人間だと認識出来るなら、いずれ立派な騎士になるだろうと認識できるのに、先程子供が作り出した光景と惨状故に、どこか不気味に見えて仕方がなかった。

 歳に似合わない落ち着きを持ちながらも、人間と思えない力を有するそのチグハグさが人々の不安を煽る。

 騎士のフリをする子供の形をしたナニカがそこにいる様に思えた。

 

 

 人々と、そしてアーサー王が、その子供の一挙動に注目する中、子供は口を開いた。

 

 

 

 

「申し訳ありません、アーサー王。

 決して、この御前試合を台無しにしてやろうという思惑があった訳ではありません」

 

 

 

 子供が口にするのは、どこまでも真摯なもの。

 相変わらず感情を覗かせたものではないが、だからこそ訴えかける様に聞こえるものでもあった。

 

 

 

「自分が持つこの力をひけらかし、不安を煽らせてしまった件については誠に申し訳ありません。先程、私の相手をしていただいた騎士にも改めて謝罪を。

 事新しく申し上げさせていただきますが、本当にこの御前試合を台無しにする為に来たのではありません。ただ私は、アーサー王あなたに示し、認識してもらいたかっただけなのです」

 

「示す……?」

 

 

 

 子供が語りかける言葉に、思わずアーサー王は反射的に言葉を返した。

 思考を限界まで加速させるが、次に子供からどんな言葉が飛び出してくるか分からない。

 心臓の動悸がうるさい。思考よりも速く、心臓の鼓動が跳ね上がっていく。

 

 

 

「私は騎士になりたかったのです」

 

 

 

 子供は厳かに告げ、人々はその言葉にざわつく。

 別にその言葉自体におかしい部分はないし、この御前試合に挑んできた全ての若者達も同じ理由で挑んできたのだから、動機としても何一つ不十分な所はない。

 ただあまりに異質な存在が、ありふれた動機を示した事に疑問を抱いたという話だった。

 

 ただの若者が、騎士を目指すのに違和感や疑問を抱く事はないが、異常性が際立つその子供だと話は変わる。騎士になりたいという目的を目指すに至った理由に、想像を絶する物が関わっているではないかと疑心していた。

 人々と、アルトリアの思考を置き去りにしながら、子供は再び言葉を紡ぐ。

 

 

 

「私は戦争孤児でした。

 卑王ヴォーティガーンが倒されるよりも前、今から二年程前の頃に、私が住む村は蛮族のピクト人達に焼かれ、私だけが運良く生き延びる事が出来ました。

 ですが、なんとか生き延びる事が出来ても、私に帰る故郷はなく誰の庇護下にもない私はそのまま野垂れ死んでもおかしくはありませんでしたが、運良くコーンウォール北の外れにある教会のシスターに助けられ、今日この日まで生き残れる事が出来ました」

 

 

 

 それは凄惨とも思える過去だった。

 この時世故に、何処かの村が滅び一人だけ生き延びるという話に違和感はない。その言葉自体に、疑いを持つ者はいない。

 ——騎士王とその隣で佇む、湖の騎士以外。

 

 

 

「私はその教会で育ちましたが、ただ何もせず日々を過ごす事を自分が許しませんでした。

 蛮族達に故郷を奪われた怒りと悲しみ、そして今この瞬間にも蛮族達によって人々が苦しみ、その希望に満ち溢れるべき顔を曇らせている事を思えば、自分だけが呑気に日々を謳歌していたいとは一度も思いませんでした」

 

 

 

 人々は徐々に、その子供に対し同情の心を抱く。

 決して珍しいものではないが、かと言ってありふれた境遇という訳でもない。

 アーサー王の威光が届かずに、その命を散らしていく人間は必ず何処かに存在する。そして目の前の子供も、その類の人間なのだと人々は認識した。

 人々がその子供に抱いていた恐怖は思考より徐々に薄れ、その子供の境遇を何一つ疑っていない。

 

 場の流れが薄い金髪の子供に流れ始めている事を、騎士王と湖の騎士は理解しながらも止められない。

 

 

 

 

「私は教会の神父とシスターに命を救われて以来、力を付けていきました。

 また運良く、教会の神父は昔は騎士だったらしく、その騎士より修行を受けながらこの日まで過ごしました。

 そして神父と過ごしてから幾ばくかの月日が流れた頃、私に一つの力が宿りました。自分の持つ生命力を力として変換出来る能力を。

 なんの因果か、私だけが村でただ一人生き残ってしまいましたが、この力が有れば亡くなっていった人々に手向けが出来ると、人々から希望を奪い取る蛮族達と戦えるのだと」

 

 

 

 その子供は、自らが持つ特異性を語った。

 歳不相応な落ち着きも、騎士だった教会の神父に育てられたのなら説明が付く。

 子供が持つ強大な力も、本来なら救われる筈だった子供に対して、教会の神である主が見るに堪えず与えたのだとしたら、何と清き事かと人々は納得する。

 

 

 人々にはもう、その子供に対する恐怖も、不安も、疑問も、懸念も抱いていない。

 

 

 騎士王と湖の騎士だけが、子供が語るその言葉に全神経を傾け、一語一句見逃しはしない様に耳を澄まし、言葉の裏に隠された真実を読み取ろうとしている。

 しかし何も読み取れず、思考は空回りを続けるのみ。

 跪いている為顔が見えない。黒いバイザーにより目と表情が見えない。そして何より、声に感情は一切含まれていない。

 

 

 騎士になりたいと告げた時も、アーサー王という響きを口にした時も、故郷が滅んだと語った時も、自らに力が宿ったと説明した時も、蛮族と戦えるのだと表明した時も、全てに感情が乗っていなかった。

 真摯に訴えかけている様に聞こえるかもしれない、しかしその子供の背景を知る二人には、あらかじめ決めていた言葉をただ復唱している様にしか聴こえていなかった。

 

 

 

「……貴方は、騎士になって一体何がしたいと言うのか」

 

 

 

 アーサー王は——アルトリアは彼女に対して問いを投げる。

 彼女の中に隠された真実を読み取る為、読み取る事が出来ずとも手掛かりを見つける為。だがそれ以上に、その言葉を繋げて欲しくなかった。

 彼女に対して一つだけ分かる事がある。正確には確定している事がある。

 

 

 それは——彼女の村を滅ぼしたのが蛮族ではなく自分だという事が。

 

 

 彼女が明らかに偽っているであろう過去を話すたびに、罪悪感という刃が心に突き刺さり続けているのをアルトリアは感じていた。

 問いを投げかけた時、自分の口が乾ききっていた事に気付かずに彼女の返答を待つ。

 

 

 

 

「私は貴方の騎士となり——

 

 

 

 

 彼女は変わらず跪きながら告げる。

 

 

 

 

 

     ——ブリテンを襲う、あらゆる艱難辛苦を討ち倒し続けます」

 

 

 

 

 その言葉と共に、空間全てが重くなった様な錯覚がアルトリアを、ランスロットを、人々を襲う。

 先程までの言葉とは違った、明確な重みを持った言葉だった。

 

 

 

「ピクト人を、サクソン人を、蛮族を、異民族を。

 ブリテン島を襲う全ての厄災を、ただ一つの例外もなく、あらゆる敵に対する剣となります」

 

「本来なら私はこの場に存在せず、ただ死ぬべき存在だったのかも知れませんが、私は生き残りました。生き残り、抗うだけの力を幸運にも得ました。

 なら私はこの機会を無駄にしたいとは思わないのです」

 

「私は生きて、義務を果たさなければならないのです」

 

 

 

 彼女が語り終えると、周囲を一変させていた空気は飛散し、先程までのそのまま空気に溶け込んで消えていってしまう様な虚無的な気配が彼女を囲む。

 

 ———その急変に動揺を隠せない。

 しかし今のは紛れもなく、彼女の内に秘めたドロドロとした本心の一部だった。

 

 まるで世界に空いた穴そのもの。

 その声を聞いた人間の意識の深くに潜む、人類の獣性や狂気に働きかける呪詛。あの魔竜の様に、煮えたぎる溶鉄を腹に溜め込んでいる。そんな悪寒を肌身で感じさせる。

 たった一人の子供が、この場にいる全ての人々を圧倒していた。

 

 

 

 

「アーサー王……あの子供は———あの子は……」

 

「あぁ、分かっている……分かっているんだ、ランスロット」

 

 

 

 震えた声で、湖の騎士は騎士王に話しかける。

 二人の声は小さく潜められていたもので、その言葉を認識出来た人はいない。しかし、人々が子供に視線を向けていなければ不審に思われる程に、顔は歪んでいた。

 

 

 

「……貴方の、騎士になりたいと言う望み、そしてその理由も理解出来た。

 ……だがそれを証明出来るのか」

 

「出来ません」

 

 

 

 即答だった。それこそ、疚しい事など何もないのだと様に。

 

 

 

「教会の事は調べて貰えば証明出来るでしょうが、故郷はもう消えてしまったので私の素性が本当かどうかは、信じて貰えるのを期待する事しか私には出来ません。

 それにお言葉ですが……私が本当の事を言っているのかを証明するのは、私が嘘を喋っているのを証明するのと同じくらい難しい事ではないのでしょうか」

 

 

 

 

 そう、その通りだ。証明出来る筈がない。何せ自分は何も知らないのだから。

 

 彼女がどんな人物なのかを知らない。あの閉鎖的ながら、ひっそりと佇む村での暮らしぶりを知らない。彼女が、その村の人々にどの様に愛されていたのかを知らない。

 ——空白の二年間を、彼女が何を思いどのように過ごしたのかを知らない。

 

 知っているのは、自分が復讐される立場にいるという事。

 そして、即位のその日、モルガンと共にキャメロットを見ていたという事実だけ。

 

 しかしその事を、ここにいる人々は知る筈がない。知っているのは私とランスロットだけ。人々からしたら、今彼女に対して問答をしている私の方が不審に見える事だろう。

 場の空気は完全に彼女が支配している。

 

 実力も申し分なく、年不相応でありながら完成した人格を保有し、見た目が子供という点以外はほぼ完璧だ。既に一端の騎士として通用するだろう。

 しかも、彼女の行為は人々を守る事に繋がるのだ。

 

 当初の彼女の異常な戦闘能力も、彼女は特別な存在なのだという認識にすり変わりつつある。世界で唯一なら恐怖の対象になりかねないが、彼女と同じ事が出来る存在は円卓の騎士にもいる。しかもアーサー王という存在が出来るのだ。

 彼女だけを畏怖する事は出来ない。

 

 人々は彼女を疑っていない。そもそも疑う理由がない。

 精々、幼さを理由にもしこの子供が間違った方向に行ったら、その時は周りの騎士がなんとかすれば良いといった程度でしかないのだろう。

 彼女を騎士として迎え入れるデメリットがないのに、何故アーサー王は渋るのかと疑問すら持たれていてもおかしくはない。

 

 

 人々の目は、正体不明の子供から、騎士王に向けられ始めた。騎士にするのか、しないのか。

 

 

 立場は完全に逆転していた。

 ………いや、こうなるのは当たり前だ。そう、彼女は示すだけでいい。疚しい立場にいるのは、彼女ではなく私の方だから。

 

 

 

「私には、示す事しか出来ません。私には一切の決定権がありませんので」

 

 

 

 ———言外に、あの日の事を糾弾されている様な気がした。

 抗うだけの力を持たない者と、言葉一つで全てを奪い取る事が出来る者。

 あの日と同じ構図が出来ている。無辜の人々の目の前という違いがあるだけで。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 再び、静寂が空間を支配する。

 人々は神話に名を轟かせるかもしれない、新たな"英雄"が生まれる歴史的瞬間を見定めていた。まるで侵しがたい神聖な場に連れ込まれたかの様に静まり返り、言葉を発する者は誰もおらず、物音一つもしない。

 

 

 その静寂を破る様に、一つの足音が響く。

 

 

 コツコツと、階段を歩く音。

 アルトリアは玉座からの階段を降り、その少女に近づく。

 彼女はただ、身じろぎ一つせず佇むのみ。たったそれだけなのに、彼女に近づくという行為が、酷く後ろめたいものに感じる。

 

 

 そうして、階段を降りきり、彼女と真に相対した。

 

 

 一回目は二年前のあの日。

 二回目は数ヶ月前のキャメロット即位の日に遠目で。

 そして、今日が三回目。

 

 たったその回数しか、彼女と相対していないのだと今更ながら理解する。

 だが、その数回で、自分と彼女の運命とその立ち位置が完全に定まってしまっているのかもしれない。彼女と自分の距離は、たったの一歩だけ。

 今までで一番近い場所に、あの子がいる。

 

 

 ———ただし一回目と二回目と違って、一度も目線が合わない。

 

 

 それがこの後の生涯を、言葉なく雄弁に表している様だった。

 もう二度と……目が合う事はないかもしれない。

 

 

 ……あぁ、彼女は一体……どんな瞳をしていたのだろうか。

 

 

 あの日の事を思い出す。一度目は、この手で汚した怯えた顔の翡翠の碧眼。二度目は、感情を見せない凍りついた黄鉛の金色。いちいち考えなくても分かる。彼女は、何か取り返しの付かない事をしている。じゃあ、その代償は?

 

 

 ——知らない。

 

 

 そう。相も変わらず、私は何も知らないのだ。

 ただ結果だけが、あの日の選択の答えが、こうして目の前に存在する。改めて、彼女の姿を近くで見れば否応でも理解出来てしまうのだ。

 鮮やかだった金色の髪からは、色素が抜け薄くなり、肌は人間のそれよりも魔性の側に堕ちたのだと知らしめる様に白い。そして、身体の奥底。呼吸によって動く——心臓。

 

 起源を同じくする者を持つ自分が、この距離で深く注視して、ようやく感じられる程に身体に完全に溶け込み同調した——竜の鼓動。

 竜の化身たる象徴の力。しかし、それは通常の竜の炉心ではない。

 

 自ら以外の全てを呑み込み食らう、黒い影。世界に空いた穴そのもの。何にも悟らせず、黒い穴の底に煮えたぎる溶鉄を溜め込んだ、黒き邪竜の化身。

 相変わらず、激情は何も読み取れない。しかしそれでも、彼女の奥底で、酷く寒気がしながらしかし酷熱とした——気味の悪い何かが蠢いている感覚がする。

 

 何たる邪悪だろうか。だが、彼女をここまで追い詰めたのは———

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 彼女の事を自分はどれだけ知っているのか思考して、ふと思う。

 これだけ彼女という存在を知覚していながら——名前すら、私は知らなかった。

 

 

 

「其方、名前は何と言う……?」

 

 

 

 アルトリアのその言葉に、その子供はほんの一瞬だけ口を開いて止まり、そしてそのまま予めどう返答するか決めていた様に返す。

 

 

 

 

 

 

 

「——ルーク」

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉が、その単語が、アルトリアの胸を穿つ。

 忘れる筈がない、何せ忘れない様に焼き付けたのだから。

 あの日、あの場所の記憶を鮮明に思い出した。彼女の母親が、彼女の兄に対して呼びかけていた、その名前を。その名前は彼女の物ではない。

 彼女が自らの名前を偽り、亡くなった兄の名前を騙ると言う意味は、如何程のものなのか。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 返せる言葉は何もない。

 良い名前だと思う——だがそれを口に出す資格は私にはない。一体何様なのだとしか思われないだろう。

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

 出て来たのはそんな言葉だけ。

 もうこの場を違和感なく、彼女をどうするのか引き伸ばす事はできない。つまりは決めなくてはならない。

 

 

 腰に携える鞘に収まった聖剣を探る様に確認する。

 

 

 星の聖剣を鞘から引き抜き、彼女に騎士の礼を示した。聖剣は淡く輝き、その空間を本当に神聖に照らす。

 星の光を束ねた聖剣。それは本来であれば戦場以外で見る事の出来ない威光であり、その聖剣を以って騎士の礼を返すという事は、最高の栄誉をその者に与える事でもあった。

 アルトリアとその少女に、再び注目が集まる中、アルトリアは聖剣の腹でその子供の肩を三度叩く。

 

 

 

「……では、ルーク。

 貴方は、騎士として忠誠を誓い、国と信念を守る為に剣を振るうと誓うか」

 

 

 

 表面上は綺麗でも、ここまで嘘偽りで固められた臣従儀礼はないだろう。

 乾いた言葉で、苦々しげに呟く。

 

 それを他人に悟られるほど迂闊ではなかったが、いつもの颯爽とした威厳はそこにはなかった。

 しかし、仮に人々がそれに気付いたとしても誰も気にする事はなかっただろう。人々は新たな英雄が生まれる瞬間を目撃している。

 

 

 

 

 

 

 

「——はい、誓います」

 

 

 

 

 

 

 

 清廉な声で返して来た。

 もし彼女が策士だとするなら、妖妃モルガン以上だろう。

 自らと周囲を騙す事に関しては、恐らく右に出る者はいない。

 

 

 

「私は貴方に捧げる剣を持たぬ身ですが、この身を剣として誓います。

 人々の盾ではなく、人々の剣として、国と信念を守る為に剣を振るう騎士になると」

 

「よろしい……貴方のその誓い、確かに受け取った」

 

 

 

 聖剣を収め、彼女に手を翳す。仕える主の手の甲に臣従の証として口付けをすれば、誓いは終わる。

 跪いた彼女はその手を恭しく受け取り、手の甲に誓いの口付けをした。最後のその瞬間でも、その子供が心内を放出する事はなく——アルトリアは何の感情も読み取る事も出来なかった。

 

 

 しかし、心を覆う暗雲を知るのは当人達だけ。

 それを知らぬ人々は、後の歴史に大きく名を残すかもしれない新たな騎士の誕生を祝福する。

 齢、九と数ヶ月にして、アーサー王から聖剣の栄誉をもって、直々に騎士に任命された者。

 史上最年少の騎士がここに誕生した。

 

 

 

 

 




 
真名解放』


【真名】ルーク


宝具解放』


 
 血統騙しの仮面(ロスト・オブ・ペディグリー) 

 ランク D+

 種別  対人(自身)宝具


 詳細【現在一部解放】
 
 
 その素顔と性別を隠し、キャメロットで行動し易くする為にモルガンから授かった仮面。
 マーリンがアルトリアにかけている幻惑と似た加護を持ち、彼女の素顔や声といった性別に繋がる要素に対する認識があやふやになる。
 ただ、マーリンの幻術と違い、この仮面を媒体に幻惑がかかっているので仮面を外すと幻惑が外れる。また一度幻惑が破られた相手にはもう効かなくなる。
 目元を完全に隠す形をしているが、このバイザーを付けている本人の視界を奪う事はない。


 モードレッドが保有する【不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)】の様に防御効果もなく、また毒になどに対する抵抗もない。
 代わりに鎧を必要とせずこのバイザー単独で隠蔽効果を持ち、また宝具解放時でもこのバイザーを外す必要がない。
 隠蔽効果という点ではモードレッドの不貞隠しの兜よりも強力であり、このバイザーを付けている限り、彼女は自身に繋がるあらゆる情報を隠す事が出来る。



 
 一言で言うなら、アルトリア・オルタのアレ。
 FGOだと第一再臨の時に付けているやつ。
 "アルトリア・オルタ バイザー"で検索すれば直ぐ出て来る。





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第14話 湖面よりも波立たず

 
 


 

 

 

 簡素な場所だ。そして飾り気がない。

 

 質素な机と椅子。後は少しの寝台に物置用と思われる棚。

 その棚には、この時代ではそれなりに貴重な手鏡や、簡素な衣類といった小物が多少纏めらている。

 この建造物が古い・傷んでいるといった印象も受けないが、巨大な威光を誇る白亜の城、キャメロット城の一角にありながら、煌びやかな装飾で絢爛に飾り付けられてはいない建造物というのはやや珍しい。

 

 しかし当然の事なのだろう。

 いちいち、騎士の詰所を飾り付けようと思う人がいるとは思えない。詰所が絢爛に飾られていては、常在戦場の心がけを主とする騎士にとっては、余計に気が散る。

 少なくとも、自分は落ち着かないと思う。正直言うなら悪趣味だ。

 

 そんな悪趣味を平然と行う人間はこの時代だと多分居ないだろうが、居たら居たで、その人間はリソースの無駄でしかない行為を平然と行う愚か者か、このブリテンでは害悪にしかならない悪徳貴族とかになるだろう。

 前者は、軽度な者なら多少は居るだろうとは思う。後者は居るとはあまり思えない。こんな時代のブリテンでそんな事出来る余裕のある貴族は居るのかという話だ。

 

 居たとしても普通にバレる。

 ヴォーティガーンが倒される前の時代は知らないが、アーサー王が見逃すとも思えないし、許す事もないだろう。特に、アーサー王がキャメロットに君臨する様になってからは、そういう悪徳に対する目は厳しくなっている筈だ。

 アーサー王の目から上手く逃れている場合、話は別だが。

 

 居ないとは思うが、仮に居たとして、それを私が見つけてしまった場合はどうしようか。

 細かい部分はその時々に考えて、とりあえずは潰す方向で動こう。いちいち破滅させる理由はないかもしれないが、野放しにしておく理由の方がない。

 無能な味方は、有能な外敵くらいに害悪だ。

 

 ……居ないとは思うのだが、自分で言うのもなんだがモルガンの件があるから……もしかしたら居るかもしれない。

 別にモルガンは悪徳貴族という訳ではないが、非人道的な事には幾つか手を染めていた。私を育てる方針に変えた影響で近頃は控えるようになったらしい。

 正確にはいちいちそんな事する必要がなくなった、という方が正しいかもしれない。

 

 それに、ブリテン島にはモルガン以外にも野良の魔術師は居るだろう。基本的には無害かもしれないが、かといって有益になる事もない。

 害になる可能性があれど、益になる事がないのなら、やはり魔術師も討伐した方が良いのかもしれない。

 

 蛮族を唆している疑惑もあるにはある。

 ある意味、ピクトやサクソンよりも真っ先に潰した方がいいかもしれないが、状況次第にはなり得るだろう。

 

 ……と言っても、今のところは私に多くの人間を動かして協力してもらう権限はない。ただの一兵卒でしかないし、モルガンは後ろ盾にはならないから、何か動き方を間違えると国に圧し殺される可能性もある。

 キャメロットに入らず、モルガンの居住を拠点として蛮族と闘い続ける選択肢もあったが、今現在は蛮族の動きは沈静している。最悪私が蛮族を唆したとして、蛮族とブリテンの両方に狙われる可能性が排除出来ない。

 

 そうすればどう考えても私は詰む。更にはそこから私の素性が周知されて、モルガンをブリテン島から排除する為の大義名分にも繋がってしまうかもしれない。

 流石にそこまでモルガンに迷惑をかけられない。

 

 どっちの方が良いのかは推測する事しか出来ないが、結果的にはキャメロットに潜入して動いた方が良い筈だ…………多分。

 まぁいい、もう決めた事だ。それにもう後戻りは出来ない。騎士に任命されてるし。

 

 

 そうやって思考をずっと遊ばせていた。

 

 

 単にそれ以外にする事がないのだ。つまりは今、暇してる。

 アーサー王との臣従儀礼を交した後、キャメロットの一角にある騎士の詰所で待機を命じられている。

 詰所にある椅子は、身長130弱の子供が座るのを想定してない為か、私が座ると足が床に付かないので、適当な壁に背を預けぼんやりとしている。

 特にやる事もなく、話し相手はいない。

 

 

 正確には……話し相手は私が話しかけるよりも早く何処かへ離れる。

 

 

 一応は騎士となったが、私の背景や事情を知らなくても十にも満たない子供が騎士になるというのは、良くも悪くも異質だろう。

 実際に、この場で待機している間に名前も顔も知らない騎士から、ここに迷い込んだのか、どうしてこんな所にいるのか、と子供に接する様に何回か優しく話しかけられたりしてる。

 そうして話しかけて来る騎士は、私を何か不気味な、もしくは特別な者を見る様な目で見ていた他の騎士が、すぐさまに何かしらを耳打ちして、そして私に話しかけた騎士は、同じく私に畏怖を抱いて物理的に距離を取って離れる。

 

 

 これを数回繰り返した。しかも私は一度も口を開いていない。

 

 

 例えるなら、見た目は可愛い小動物かと思ったら——実は人間を簡単に殺害出来る猛毒を持っている新種だった、と言う感じだろうか。

 しょうがない。私だってそんな奴が居たら物理的に距離を取る。まぁこの様な事になるのは想定していた。

 ……していたが、私の背景を知っているだろうアーサー王が私に監視の目すらも付けていないのは想定外だった。

 

 いいや、それとも監視しているぞ、と私に圧力をかけない為か。もしくは魔術的な監視をしているのか。

 後者は、私が魔力の残滓を感じられないから多分ないと思うが、私は別に魔術に長けている訳ではないから完全に安心する事は出来ない。マーリンが動いているという可能性も否定出来ない。

 私は疚しい何かを隠しているのとは少々違うから、そこまで警戒する必要はないのだとしても、常に監視されているという前提で動いた方が、多分楽かもしれない。

 

 

 それに……アーサー王——アルトリアはどこまで私の事情を知っている?

 

 

 キャメロット即位の日に私を目撃した時の反応から、私の事を忘れていないのは確定しているが、あの驚きがどの様な類の驚きなのかは推測の域を出る事がない。

 さっきの決闘試合から臣従儀礼のやり取りで警戒されているのはなんとなく分かる。しかし、その度合いまでは正確には分からなかった。

 

 マーリンの協力があったとしても、アルトリアはその生涯を通して性別を偽り続け、そして男性として伝説に名を刻んだ人物なのだ。

 腹芸は得意だという印象はないが、かと言ってそんな簡単に悟らせて貰えるくらい迂闊だとも思わない。

 

 恐らく私があの村の出来事で、唯一生き残ってこの場所に訪れたという意味を、"正しく間違えて"考えているのだろう。私はアルトリアに対し復讐する気はないから、完全に杞憂に終わるのだが、まぁ私がそう言った所で信じて貰える筈はない。

 

 

 ……そもそも、どうやれば信じて貰えるだろうか。

 

 

 何をしても裏があると考えられたら無理だな。

 後は、あの三人の円卓の騎士も私に対しどの様な認識を持っているかは分からない。ランスロット卿は一応姿を確認したが、会話もまともにしていないし、心の内を読み取るまでは出来ていない。

 トリスタン卿とベディヴィエール卿は、そもそもあの日以来姿を確認していない。もちろん円卓の騎士達を害する気はないが、一応探っておいた方がいいだろう。

 私側からの情報が足りてないが、それは円卓側からも同じだ。確実に私に接触して来る筈。

 

 円卓の騎士相手に腹の探り合いか…………

 私は探られても痛む腹はないから、杞憂だが……強いて言えば、モルガンの事くらいか?

 

 

 

 でも——

 

 

 

 

 ——"モルガン"と私を繋げる要素は何もない"

 

 

 

 私がモルガンと共に過ごした二年間は、マーリンにすら目撃されていない為、私がモルガンに育てられたという事は誰も知らず、私とモルガンが一緒に姿を現したのは、キャメロット即位のあの日だけ。

 その日も共に一緒だったのは一瞬だし、モルガンが"人払いの魔術を使っていたからバレていない"。

 モルガンの魔術を認識出来る可能性のある人物は居たかもしれないが、モルガンは"誰にも、私とモルガンの関係はバレていない"と言っていた。

 

 

 ならその心配は杞憂な筈だ。

 

 

 唯一危ないとしたら、私の素顔が周りにバレた時だろうか。

 モルガンから貰った魔術的加工が施された黒いバイザーの影響で、私の素顔や性別を認識する事は出来ないが、気を付けておくに越した事はない。

 

 私の顔が晒されると、私が女だと認識される上、私の顔はモルガンに似ている。今は髪の色も目の色も同じなのだ。血の繋がりはないのだが、まず信じて貰えないだろう。

 決してバレてはいけない、特にアグラヴェイン。

 

 

 アグラヴェインにこの素顔がバレたら……不味いな。

 ……モードレッドの事を気にかけている様な事をしていたから、もしかしたら大丈夫かもしれないが………私はモードレッドよりもモルガンに似ているからダメだな。

 最悪、暗殺される可能性も考慮した方がいい。される気もないが。

 

 そうだとしても、アグラヴェインとはそれなりの関係は保ちたい。

 仲睦まじくしたいなどとは思わないが、互いに互いを利用し合うくらいの関係にはなりたい。実質アグラヴェインは、キャメロットにおけるNo.2と称してもいい者なのだ。

 私が有能であると認識して貰えれば、私が子供だからという理由に囚われず重宝してくれるだろう。

 何処に蛮族が密集しているとかの情報を私に横流しして欲しい。なんならもう、私の力を使えると判断して、対蛮族戦で死なないくらいに使い潰して欲しい。

 私の素顔がバレなければ、どうにかなるだろう。

 

 

 ……アルトリアと、あの日にいた三人の円卓の騎士は私の素顔を覚えているのだろうか……

 

 

 多分、自分と同じ顔であるアルトリアは認識しているだろう。三人の騎士が覚えているか覚えていないのかは、まだ把握出来ない。

 覚えていたとしても、時系列の問題でモルガンと私には繋がらないだろうが……これも探った方が良さそうだな……

 

 

 …………あぁ、やる事が多いし気になる事も多い。

 

 

 他にも、今ランスロットとギネヴィアの関係はどうなっているんだとかも気になるし、モルガンが完全に接触をやめた影響でモードレッドやアグラヴェインがどうなってるかも気になる。

 

 

 ……何も考えず蛮族達と戦っていたい。

 

 

 今からすぐにでも、蛮族達の住処に襲撃をかけたいが、何処に潜んでいるのかはっきりしていない。何処かの森で潜んでいるのだろうが、日本列島の大半が山である様に、ブリテン島の大半は森だ。広過ぎて場所が絞れない。

 強大な視野を持つモルガンだって万能と言う訳ではなく、また"目の多さ"ではどうやってもアーサー王に劣る。

 やはりアグラヴェイン卿に接触する必要がある。後は、多分文官であろうケイ卿だろうか。

 

 

 それに自分の力が足りない。

 

 

 瞬間的な火力なら既に人外の域に達しているが、継続戦闘にはまだ難がある。異民族であり、ただの人間であるサクソン人ならともかく、ピクト人に対しては自分でも遅れを取る可能性が高い。

 

 魔獣の如き凶暴性はともかく、生命力と硬さがあまりにも厄介だ。

 サクソン人なら、投影魔術で作ったなまくらでも充分殺害できるが、ピクト人ではそうもいかない。ピクト人の場合、装甲に等しい分厚い筋肉の前だと、私の投影で作り出した武器だと三合も打ち合うと砕ける。

 幾ら私の魔力が無尽蔵とはいえ、砕けた側から作り直していては消耗が激しい。特に集中力。

 

 ピクト人一体なら余裕だろう。十体も充分いける。しかしこれが、百になるとかなりの長期戦になってしまうだろう。

 私自身は、湖の乙女のコネを持っていない。仮になんとか湖の乙女を見つけ出したとしても、そんな都合よく武器を貰えるとは思ってない。

 むしろ、この身に宿るヴォーティガーンの残滓を見抜かれて敵対されるかもしれない。一時期とはいえ、ヴォーティガーンはブリテン島を支配し、しかもブリテン島をただの道具として"所有"したのだ。

 ブリテン島の守護者でもある湖の乙女は勘付いてもおかしくない。

 

 

 ……それに蛮族達の再侵攻はいつだ?

 

 

 詳しい時期は分からない。

 一年は大丈夫。二年目も多分侵攻して来ない……三年目はどうだ? 四年目か五年目には再侵攻を開始してくるだろう、きっと。

 だめだ、推測にしかならない。

 

 やはり、ブリテン島の内情に詳しいだろうアグラヴェイン卿に接触するしかないないのだろう。

 可能な限り、ブリテン島の内情を集めて、またそれと同じく対蛮族に対して使える者も巻き込んでいきたい。

 ……私に負い目を抱いているかもしれない、三人の円卓の騎士を上手く巻き込めるだろうか? 対応を間違えたら私が不味い事になりかねないから、私の立ち回りが問われるな。

 それに円卓以外にも、私が顔も名前も知らない無名の騎士も頑張れば巻き込めるかもしれないが、逆に足手まといになる可能性も考慮しなければならない。

 

 

 ……最初の一年は準備期間としておとなしくしていようか。

 

 

 二年目辺りから、辺境の集落の救援や援助と謳って、蛮族狩りを開始しよう。

 武器と継続戦闘力はさっさと完成させたいのだが……まだ私九歳の子供なんだよな……

 

 倫理的観点から、私に武器を持たせない様にしたり、私を絶対に前線に出さない様にする集団が出て来る可能性を否定出来ない。

 そうなったら、全力で騎士とは何なのかについて、口八丁をぶち撒けよう。

 もちろん、私は騎士道など表面上しか重んじる気はない。多分必要に駆られたら、暗殺も暗躍もする。対象はちゃんと選ぶけれど。

 

 

 ……それにしてもやる事がない。

 

 

 初対面の印象が大事である事は知っているし、必要もなく敵対する事もないから、私が知らない無名の人物にも挨拶くらいはちゃんとしようと思っていたのに、騎士はもうこの詰所に居ないし思考の整理はもう終えている。

 

 魔術の鍛錬をこの場でやる事は出来ないので、精度を上げる為に頭の中でイメージを繰り返しているが、瞬間的ならともかく、長時間ずっと意識を沈めるレベルで集中していろというのは流石に無理がある。

 既に六時間近く、一人で待機し続けている。

 もう深夜になりそうだった。

 

 私の裏の事情を知っていなくとも、九の子供が騎士になるなど異質過ぎるから多少の時間は取られるのは承知だったが、仮にも円卓側からしたら、私は超危険人物として認識されている可能性が高いのだ。

 私を、こんなに長い時間を一人にして大丈夫なのだろうか。もしくはそれ程ゴタゴタしているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「——すまない、待たせてしまっただろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 かけられた声で接近に気付いた。

 場に響く様な重さを纏った声。しかしその重さを纏った声は、威圧感ではなく力強さを相手に感じさせる声でもある。質実剛健な紫の重鎧に身を包んだ、短髪の紫髪の騎士。

 

 少しでも武術の心得があるなら簡単に分かるだろう程の強者。

 その僅かな歩法と佇まいには一切の隙がない。仮に、今自分が攻撃を仕掛けたとしても、難なく攻撃を捌くだろうイメージを拭い取る事が出来ない。

 円卓最強と謳われた、湖の騎士。

 

 ——どうやら、腹の探り合いの最初の相手はランスロット卿のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燦然たる威光を放つ白亜のキャメロット城。

 空には雲一つなく晴れ渡り、遠くを見れば揚々と羽ばたく鳥も見える。澄み渡る空を一目見れば、気を良くして和やかな談笑でも開始するかもしれない。

 

 

 ——だが、巨城の回廊を歩く二つの人影の間には、和やかな談笑など存在しなかった。

 

 

 二人の間には、まるで戦場の只中の様な、冷え冷えとした空気が流れている。会話はなく、二人分の足音が小さく回廊に響いているのみだった。

 その二人の内、一人は重厚な鎧に身を包んだ、190近い体躯を誇る紫の騎士。

 もう片方は、簡素な防具に黒いバイザーで表情を隠した130あるかないかという程に小さい体躯の黒い騎士。

 

 いや、もう片方の黒い人物を"騎士"と認識するのは困難だろう。鎧に身を包んだだけの子供としか思えない。

 だが、その子供は紛れもなく、アーサー王から聖剣の栄誉をもって直々に任命された騎士であり、サー・エクターを一瞬で再起不能にさせる程の実力者である。

 

 見た目から溢れ出る、庇護されるべき子供だという印象は彼女の佇まいの前で全て崩れさる。その存在は、見た目以外に子供らしさが皆無だった。子供である以前に、人間らしい情緒を感じる事が出来ない。

 淡々としている人間というよりも、心のない人形と称する方が合っている。

 詰所の中で、壁に背を預けながら静かに佇んでいた時から、不気味とも取れる静寂さのまま、まともな会話もなく二人は歩いていた。

 

 

 どう会話をすれば良い……

 

 

 ランスロットは思案するが、モヤモヤとした思考は上手く固まらず、言葉が形となって口から出る事はなかった。

 会話をするのは苦手という訳ではないが、腹の探り合いに関しては全くの専門外である。それに言葉の選び方を少しでも間違えて"彼女"を刺激してしまった場合はどうすれば良いのか分からなかった。

 

 さらに言えば、この子はどこまでを覚えているのだろうか。いや自分以外にも、トリスタン卿とベディヴィエール卿の事は覚えていると考えた方が良い。

 ……あの日の事を、忘れているだろうという、余りにも楽観的な考えは捨てた方が身の為だ。

 

 万が一を考え、自分の後ろを付いて来る彼女から急に攻撃されても対処出来る様に背中に神経を集中させながら考える。今はこの場所には、自分とこの子の二人しかいない。

 仮に攻撃されたとしても、彼女が足を縺れさせて此方に転んでしまったのだとして、無かった事に出来る。

 

 何を考えているのか良く分からないというのは変わらないが、彼女の佇まいやアーサー王との問答のやり取りから、感情に身を任せ突貫して来る可能性は低い様にも思えた。

 ……それはそれで、自らの感情の全てを完全に制御し、あらゆる手段を模索して攻撃して来る厄災となるのを否定出来ない。

 まずは、彼女がどういう目的を持って騎士になったか。そして、彼女はどのような性格の人物なのか確かめなければ、ならない。

 

 

 ……この子を殺す事など出来る訳がない。

 

 

 後ろの少女に気取られないよう、眉を顰める。

 たった一人の子供を助けたいと願うのは、どこも間違えてなどいない筈なのだ。この子供こそ、ブリテンという国で豊かに暮らす人物の象徴ではないか。

 

 

 ——しかし、この子供を地獄に叩き落としたのは、我々である。

 

 

 すまない、などと謝って済む問題では到底ない。

 あの日ああしなければ、より多くの人が死んでいたかもしれないなどと説き伏せても、彼女からしたらそれは関係のない。だから何だという話だ。

 二人助ける為に、一人の君には死んで欲しいと言われて納得出来る人など居ないだろう。それ以前に、あの日のあの子供と、今後ろにいる子供が同一人物であると証明する事が出来ない。

 

 

 表面上は別人物なのだ。

 

 

 あの日の事を恨んでいるのかと仮に聞いても、あの日とは一体なんの事ですか? とはぐらかされれば、それ以上追求する事は不可能だ。ただ、此方が少女を覚えていて警戒している事をそのまま晒すだけ。

 そのような存在として認識している事を、少女に理解させるだけ。

 

 

 ……いや、恨んでいるかなど、何を分かりきった事を。

 

 

 あの日の出来事を忘れてなどいなかった。

 彼女は、名前を偽り性別も偽っていると知るのは、アーサー王と自らを含めた円卓の三人のみ。しかしそれを糾弾しても、どうにもならない。

 この子は、あの日の子供とはなんの繋がりがないのだと言葉なく告げている。

 

 

 彼女をどうすれば良いのか……

 

 

 良い案など浮かぶ訳がない。

 そもそも、この子供を救うにはどうすれば良い。この身を差し出し、この子に自らの罪を裁いてもらうのか?

 

 ……まずは、彼女と会話して、彼女の本心を確かめなければ話が始まらない。しかし私では、彼女と会話など出来ないかもしれない。

 それは、腹の探り合いが向いているかいないかの話ではない。彼女の視点に立ってみての話だ。復讐対象相手に、まともな会話など成立するというのかという前提。

 私ともう二人の円卓の騎士の場合では、表面上では会話は可能でも、心通わす事など出来ないかもしれない。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 チラリと、視線を後ろに向ける。

 変わらず、何か見ていて違和感を感じる黒いバイザーによって感情は読み取れない。

 口元は真一文字に結ばれている。

 

 

 

「何か?」

 

「……いや、余りにも静かだったのでね。

 後ろを付いて来ているか不安になったのだよ」

 

「それは申し訳ありません。なにぶん軽いもので」

 

「いや……すまない、謝るのは私の方だ。決して君の体躯を笑っている訳ではない。

 それに、それは誇る事だろう。小さい身体という大きなハンデを持ちながら、君はサー・エクターを打ち負かしたのだから」

 

「ありがとうございます。円卓の騎士である貴方程の騎士がそう仰ってくれるのは、なんとも気分が良いものですね」

 

「…………私の事を、知っているのか」

 

 

 

 流れる様に会話の主導権を奪われた。

 しかし、彼女は私の事を知っていると言った。これは何かの手掛かりに……いやそんな事知っていてもおかしくない。

 彼女は明かしても大丈夫な情報を上手く、巧みに使い、こちらから情報を引き出そうとしている様な感覚を覚える。

 

 別にバレても良い情報から開示し、新たな情報を相手から抜き取る。

 アグラヴェイン卿も良くやる交渉術の常套手段だ。

 

 

 

「はい、知っています。

 湖の騎士の二つ名を持ちアーサー王の円卓の中でもずば抜けた実力者と呼ばれる、サー・ランスロットとは、貴方の事でしょう?

 むしろ、貴方の名前を知らない人の方が少ないと思いますが」

 

「……そうか、そこまで名が知れ渡っているとは、なんとも嬉しい限りだ」

 

「えぇ他にも、ランスロット卿と双対を成す、円卓随一の弓の名手トリスタン卿。円卓の初期の時代からアーサー王の従者として仕えるベディヴィエール卿など。

 一介の騎士として、知らない訳にはいかないでしょう?」

 

 

 

 ——円卓の事は調べ上げているぞと。そう、言外に言われている様な気がした。

 

 

 

「それで、付いて来て欲しいと言われはしましたが、私達は何処に向かっているのですか?」

 

 

 

 男とも女とも取れない、聞いていて違和感を感じる不協和音にも似た鈴の声で問われる。その言葉で、当たり前の事を失念していた事にようやく気付いた。

 詰所にて待機していた彼女に、付いて来て欲しいとしか言っていなかった。

 ……彼女を気にしているにしても不注意が過ぎている。

 

 

 

「…………あぁすまない。説明を忘れていた。

 今から君を案内するのは宿舎だ。君はまだ子供とはいえ騎士となったのだから、騎士の宿舎を利用してもらう……まぁ、ある程度なら温情をして貰えると思うが、その立場にかまけない様に」

 

「御忠告感謝します。

 騎士になって満足し、堕ちる様な愚か者になる気はありませんので。それに騎士とはいえ、私は何の知識もない騎士見習い同然ですので、謙虚に生き永らえようかと」

 

「…………………」

 

 

 

 ——恐ろしい子だ。

 これが本心なら誰もが喜ぶだろう。

 この歳で身の程を弁え、礼儀も出来ている。疑う余地を持たない人では、この子はいずれ大成するだろうとしか思わない。

 

 

 ……アグラヴェインよりもやりにくい。

 

 

 それが少女への印象だった。

 アグラヴェインの方がまだ良い。彼だって上辺は忠節な騎士に見えるが、内心は何を考えているか分からない人物だ。

 眉一つ動かさず、味方を死地に送り込むが、実際に戦場に出れば傷一つなく生還する事から、『鉄のアグラヴェイン』と呼ばれる彼だが、しかし、それでも彼には人間染みた執着や感情がある事は知っている。

 本当に眉一つ動かさない訳ではない。時には、言葉に怒りや皮肉が乗る事もある。

 

 

 ——だが彼女にはそれがない。間違いなくアグラヴェインよりも深い激情を秘めるだろう人物が、だ。

 

 

 感情が波立たないどころの話ではなく、彼女は感情と言う湖に波紋すら起こさせていない。

 アグラヴェインを『鉄』とするなら、この子は『氷』だろう。彼女に負い目があるとは言え、単純にやりにくい相手だった。

 

 

 

「ですが宿舎、ですか。

 騎士の宿舎はキャメロット城内にあるのですか?」

 

「……ん……? その通りだが、それがどうしたと言うのか?」

 

「いえ、宿舎と詰所を別に分ける理由は何なのか、と」

 

「あぁ、それは…………アーサー王の御考えだ。

 騎士とはいえ、一人の人間である事に変わりはない。執務と休息を同じにしてしまっては気が休まらないだろうと言って、宿舎と詰所を分けたのだ。

 そしてブリテンを守るに当たって前線で働くのだから、休息の時はしっかりと気を休める様にと、宿舎はキャメロット城に作る様に土妖精に頼んだらしい」

 

「そうでしたか……………それはなんとも———アーサー王は兵想いな方なのですね」

 

 

 

 言葉が詰まる。

 彼女がアーサー王を称えるという行為が、酷く歪に感じてしまった。

 ……兵、想い。そうだろうとも。アーサー王は兵想いの方だ。

 

 ——しかし切り捨てられた"民"である彼女がそれを口にするのは——

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、申し訳ありません。

 一兵卒に過ぎない私がアーサー王について語るなど、円卓の騎士であるランスロット卿にとっては不敬だったでしょうか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 ——何か彼女に言葉をかけなければ。

 そんな思いも虚しく、何かが言葉になるよりも早く彼女が言葉を紡ぐ。

 ……いや、そもそも彼女にどう言葉をかければ良かったというのか?

 

 彼女の凍りついたその感情を、どう適切に溶かせば良いのかは分からず、溶かしたとして、その内側に潜む溶鉄の如き激情をどうすれば良いというのか。

 ……何を今更。それでも、この子を騎士として受け入れたのは我々である。

 彼女と向き合わずに見捨てるなど、それこそ騎士の名折れにも等しい。

 

 

 

「……いや、気にしなくいいし、不敬だとも思っていない。

 それに、私に対して必要以上に畏る事もない」

 

「ありがとうございます。

 ですが、私にとって円卓の騎士とは雲よりも遥かな目上の人で、それもランスロット卿となると些か緊張してしまうのです。どうか、それを受け止めて下さると幸いです」

 

 

 

 いっその事、慇懃無礼とも思えるくらいに、清々しく彼女は返してくる。

 腹の底を見せないという観点では、アグラヴェインよりも上手かもしれない。『鉄』と同等の強度を誇る『氷』など悪夢以外の何ものでもなかった。

 

 

 

「それで話は戻るのですが、私を宿舎に案内するだけですか?」

 

「あぁ……キャメロット城内でも入ってならない部屋や、王の間なども一応は教えるが、基本的に宿舎への案内だけだ」

 

「そうですか。

 しかしそれだけなら、円卓の騎士であるランスロット卿がいちいち手を煩わせる必要はなかったのでは? ……いえありがたいのですが。

 それに六時間程私は待機していましたが、何かあったのですか?」

 

「それは………」

 

 

 

 探って来ている——そう考えた方がいい。表面上では、私とこの子の間にはなんの因縁もないが、言葉の運び方を間違える事は出来なかった。

 

 

 ……どう返答する。

 

 

 そう簡単には答えられない質問だった。

 前者だが、この子とアーサー王、そして自分達の因縁は恐ろしく深い。それに彼女の背景から、裏の事情を知らない者を当たらせる事は出来ない。

 その為アーサー王は事情を知り、尚且つ実力と交渉の全てに於いて信頼出来る騎士を当たらせるしかなかった。その条件をクリアする騎士が、今現在ランスロット卿しか居なかった。

 それに長時間の間彼女を放置して動いていたのは——情報の揉み消しに動いていたからだった。

 

 

 

 

「(……すまない、私は念の為、エクター卿の安否を確認して来る。

 ランスロット、これは特級案件だ。彼女の背景を知らなくとも、十にも満たない子供が騎士になるなど余りにも異常に映る。出来ればあの子の事情をしっかりと把握出来るまでは、事を広めたくない。

 それに、あの子の動きが読み辛くなる)」

 

「(……それは)」

 

「(……完全に揉み消せとは言わない。それに不可能だろう。嘘でもなんでもなく事実だからだ。しかし、要らぬ噂が流れるのを抑えて欲しい。

 ……私もすぐに動くが、手が足りない……頼まれてくれるか?)」

 

「(——了解しました……私も、協力しましょう)」

 

 

 

 ランスロットは、アーサー王が焦りを滲ませながら、そう告げたのを思い出す。

 直ぐ様、情報の統制に動いたが、そう簡単にはいかなかった。まず彼女のしでかした出来事は余りにも印象に残る。それに彼女の年齢で騎士になるなど前例がない。最年少で騎士になったという記録は彼女によって大きく塗り替えられた。

 そういう点で言えば、歴史を塗り替えた様なものだ。忘れる方が難しい。

 

 自らの部下や、一部の粛正騎士の手も借りて箝口令を敷いたが、情報の流れを完全に防ぐのは無理だろう。早くて一週間。遅くとも一月あれば、彼女の事はキャメロットに知れ渡る。

 

 ……可能なら、もっと時間をかけたかったが、これ以上の時間、彼女を放置するのは危険と判断して切り上げた。彼女の事情を知らない自分の部下を当たらせるというのも、彼女を信用出来なかった為出来ず自らが出た。

 どうすれば最善だったのかは分からないが、それでも今選択出来る対応は他になかった。

 

 

 

「それは……君の処遇をどうするか、少々揉めていてな」

 

「処遇……?」

 

「あぁ。分かっているだろうが、君は余りにも幼い。

 たとえ、既に実力も礼儀も備わっていても、その姿では些か受け入れ難いと思う人物も出て来る。

 君を騎士として扱うにしてもどうするのか、とか、君をどの部隊に編成するのとか、と色々話が終わらなくてな」

 

「それは、なんとも……申し訳ない事です」

 

 

 

 

 彼女は謝りながら、何処か納得した様な様子を見せる。

 誤魔化せたようにも思える。いや、反応は普通の反応だ。それすら演技という可能性を否定しない方が良いかもしれない。

 

 

 

「いやいい……それに、まだ話は終わっていなくてね。

 これ以上君を待たせるのはダメだろうと私は抜け出して来たのだが。それに処遇が決まっても、君をどう編成するか正式に決まるまで時間がかかる。

 恐らく、一週間程は、君に待機して貰わなければならない。無論、その間はそれなりに好きに過ごして構わないが」

 

 

 

 嘘だ。本当は一週間もかからない。

 そもそも部隊編成と言っても、今は大きな戦などないし、そこまで急ぐ事ではない。いちいちキャメロットに待機させる必要もないし、普通の騎士なら一日も有れば終わる。彼女の場合でも編成なら三日で終わる。

 一週間と言ったのは、彼女の動向を観察する為の時間と、協力出来る新たな人物を精査する為だ。

 

 

 

「一週間ですか。三日も有れば終わると思っていたのですが」

 

「……確かに本来なら三日で終わると思うが、その幼さやその実力といい、君は余りにも異質だ。どうかその事を念頭に置いて欲しい」

 

「申し訳ありません、十五歳位の感覚で考えておりました。

 矯正しておきます」

 

 

 

 

 ……やはり油断が出来ない。

 もしも自分がアグラヴェインであれば、と忌々しくも思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——その後は会話はなく、キャメロット城内を周った。

 城内の構造などを簡素に説明した後、彼女の為に宛てがわれた部屋に着く。

 

 人ひとりが過ごすのに充分な広さの部屋だ。詰所に設置されている寝台よりも整えられた寝台に、棚や机が置かれている。無駄のない質素な部屋だ。

 

 

 

「ここが君の部屋となる」

 

「ここがですか……なるほど。

 一人用の部屋に見えますが良いのですか?」

 

「あぁ、君の年齢だと色々大変だろうと、アーサー王がそう判断された」

 

「それはありがたいのですが、特別扱いは問題になるのではありませんか?」

 

「特別な人物を特別扱いしないのも、それはそれとして問題となるのだ。

 君は気にしなくていい」

 

「そうですか………それは、感謝しかありません」

 

 

 

 多少驚いている様な様子を感じ取れる。

 彼女は感情の一つもないという訳ではないようであった……むしろ、それ以外は何も感じ取る事が出来なかったという事でもある。

 

 

 

「何か足りないようなら、城下町に下りて揃えるといい。

 ……資金は大丈夫なのか?」

 

「キャメロットに訪れる前に、神父より多少貰っているので大丈夫です」

 

「そうか、それならいい。

 ……あぁそれと、もし城下町に下りる時は私の部下に声を一つかけてくれると助かる。もしかしたら、予定よりも早く君の待遇が決まるかもしれない」

 

「了解しました」

 

 

 

 

 これ以上彼女と会話を続ける事は難しいだろう。

 もう、自分とこの子を繋げる用事は終わったからだ。これ以上引き延ばすのは怪しまれるだけでしかなく、まだ彼女の事に関してやらなければならない事が幾つかある。

 

 

 

 

「———そういえば、その黒いバイザーは中々君に似合っているな。

 それは一体どうしたんだい?」

 

 

 

 

 最後に、彼女が付けている……恐らく正体を隠す為の防具について尋ねた。そこから、何かの情報を得られないかと探る。

 彼女はその額に付けているバイザーに手を当てながら告げた。

 

 

 

「あぁこれですか。

 ……二年前に蛮族の攻撃を受けて、眉間から目にかけて大きく怪我をしてしまいまして、まだ跡が残っているんです。人に見せるものでもありませんし、私が他者に見せたくないので申し訳ありません。

 醜い傷跡があるだけで面白いものではないので、ご容赦下さると幸いです」

 

「———そうか。知らなかったとはいえ、すまなかった」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 

 

 結局何も引き出せない。

 それが嘘であるか本当であるかも分からない。

 

 

 

「……最後に良いかな、君とばかりで名前を呼んでいなかったから、名前を教えてくれないかな」

 

「……? あの決闘試合の時、アーサー王と共にランスロット卿も居ませんでしたか?」

 

「いや、すまない。

 ……実は聞き逃してしまっていてね」

 

「そうでしたか。

 ——ルーク。そうお呼び下さい。姓はありません」

 

「——そうか、ではルーク。良い一日を」

 

 

 

 

 ——本当の名前も知らぬ少女に別れを告げる。

 今日の用事が済んだら、後はどうすれば良いか。まず、トリスタン卿とベディヴィエール卿には相談しなければならない。今二人は、南方に詰めている。戻ってきたらすぐにでも相談しよう。

 アーサー王もこの二人に事情を説明するのを憚らない筈だ。

 

 

 彼女から視線を外し、部屋を後にする。

 

 

 

 

 

「えぇ。ランスロット卿も良い一日を」

 

 

 

 

 

 最後に見えた彼女の顔の表情。

 唯一見える口元が、小さく微笑んでいた事が何を意味していたのかは終ぞ分からなかった。

 

 

 

 

 




 
 この主人公に光を意味する"ルーク"という偽名を名乗らせる事が出来てとても満足。自分がやりたかった事の一つが出来ました。
 余談ですが、主人公の会話文を、何考えてるか分からない敬語口調のアルトリアをイメージして書くと凄いやりやすかったです。


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第15話 見定めるは新月

 

 


 

 

 

 白亜の城、キャメロット城の本丸。

 七つの回廊と二つの螺旋階段を上った先にある玉座の間。その玉座の更に上にある執政室に、二人の人影があった。

 

 

 

「何というか……ここは落ち着きませんね。執政室があるのは良い事ですが、いささか豪華過ぎるのでは? これでは円卓の間とあまり変わらない。

 ……私はもっと、無駄のない質素さが好みなのですが……」

 

 

 

 気の乗らない顔でアルトリアは木製のテーブルを撫でる。

 鏡のように磨き上げられた机には細かな意匠が施されていて、長い間野戦続きだったアルトリアにとっては、城の生活は豪華過ぎて落ち着かなかった。

 

 

 

「豪華な暮らしをするのは王の務めだよ。それに良いじゃないか、キャメロットの大半は人間のものではなく妖精たちの手によるものだ。別に人々の血税で作り上げているワケじゃない」

 

「それはそうなのですが。落ち着かないと言うか……少し申し訳ないと言うか……」

 

「逆に考えてご覧。人々の上に立つ王が貧しい生活をしていたら人々はどう思うかい?

 王は謙虚な人だと思われるよりも、こんな欲のない王で大丈夫か? と、王に対して不安を抱く方が大きいんじゃないかな」

 

「貧しい訳ではありません、質素です。充分に足りています」

 

 

 

 どこか、むっとしながらアルトリアは答えた。

 元々、小さな集落の外れで住んでいたアルトリアにとってその違いは大きい。

 その様子を見て、マーリンは少しだけ苦笑いしながら——

 

 

 

「明確な欲求や我欲を持たない王というはね、"酷く美しく"見えてしまうものさ」

 

 

 

 普段なら言わないような、少しだけ踏み込んだ事を言った。

 

 

 

「………??…………なんですか急に……」

 

 

 

 分かりやすいくらいに、顔に大量のハテナを浮かべながらマーリンを見やる。

 騎士王となる前、まだアーサー王の名が広まる前の諸侯漫遊時代の頃よりまったく見る事のなくなった、騎士としても王としても、何にも縛られていない少女の顔だった。

 王としての仮面は外れている。今は遠く、届く事のないだろう頃の表情だった。

 

 その表情はどこか、見ていて辛い。でもずっと見ていたい。

 無責任な夢魔の子らしからぬ感想をマーリンは抱いた。

 

 

 

「うん……まぁ、君はそれでいいさ」

 

「もしかして…………今、バカにされましたか?」

 

「アッハハハ!! いや、そんな訳ないじゃないか、ひどいなぁ」

 

「うん、バカにしましたね」

 

「いやいやしてない! してないって!」

 

 

 

 マーリンは思いっきり頭と両手を横にふりながら否定する。

 アルトリアのジト目はとれないが、こんなどうでもいいやり取りが酷く懐かしくてしょうがなかった。

 

 

 

「えぇ……博識なマーリンからすれば私はバカですよ」

 

「えっ! …………もしかして拗ねてるのかい?」

 

「拗ねてませんけど。

 それに、私が豪勢な暮らしをしているなら人々にも豊かな暮らしをして欲しいと思うのは当たり前です」

 

「……まぁそうかもしれないけれど。

 それに問題はまた別さ、元々この国が貧しいというのは前に話したけど、ブリテン島の人々が暗くなっているのは輝く塔が見えなくなったからさ」

 

「輝く塔……? 聖槍ロンゴミニアドの事ですか?」

 

 

 

 アルトリアが最果ての聖槍の話に食い付いたのをマーリンは感じ取った。会話の主導権を奪い取って話の流れを変える。いつもの常套手段だった。

 

 

「ああ。そういえば、まだ聖剣と聖槍の関係を話していなかったかな。

 聖剣は星の内部で生まれ、星の手で鍛え上げられた神造兵器——いわばこの惑星が作り上げた、星を滅ぼす外敵を想定して作られたものだ。

 人間を守護する武器ではなく世界を守護する剣。もちろん異民族相手にも使えるが、本来は滅びを打ち倒すものだ。だから——」

 

「本当の力は、世界を救う戦い以外には使えない。というのでしょう?

 貴方に言われるまでもありません。

 ……選定の剣ならまだしも、星の聖剣は力が強過ぎる。異民族ごと大地を焼き焦しては本末転倒だ」

 

 

 

 その通りだった。

 ヴォーティガーンを倒しても異民族は消えていない。ヴォーティガーンは怪物に過ぎなかったが、異民族であるサクソン人はただの人間だ。

 人間の都合、人間の執念で侵略してくる外敵は、ブリテンの人々にとってはヴォーティガーン以上の外敵になる。

 

 戦力ではブリテン人が勝っている。

 しかし土地を守らねばならない者と、何も持たず奪い取るだけの者では勝敗の基準が違い過ぎた。出来たものを奪い取り、殺し、立ち去る。それを永遠に繰り返す。

 土地を、家を守らねばならないブリテン人にとって戦い方が違い過ぎるのだ。

 

 守らねばならない土地や森ごと異民族を聖剣で消し飛ばしては、滅ぶのはブリテン島である。

 異民族は森に潜む。ヴォーティガーンが倒された影響で侵略は停滞したが、此方からは上手く手が出せない。

 もしも蛮族達と戦うのなら———聖剣などの強力な武装に頼らないでも充分な力を持ち、森などの地形に長けた人物。野戦に対して力を発揮出来る人物でなければならないだろう。

 

 

 

「その通り。異民族ごと大地を焼き焦しては本末転倒になる。星の光はここぞという時に使われる物だからね。

 次に聖槍の話だ。こっちは外敵を倒すものではなく、惑星を安定させるもの。星の錨と言ってもいい。例えば……理想郷かな。理想郷は何も全く違う世界にある訳じゃない。

 キミの足の下、薄皮一枚隔てた世界の裏側にあるものだ」

 

「……私の足の下……地面の下、ですか?」

 

「そう思ってもいい。ようは"キミ達の世界"という土台の下に"理想郷"という隙間があって、その下が惑星の地表というワケだ。

 理想郷もキミ達の世界も一枚の皮。どちらもこの惑星の地表に張り付いた織物なのさ」

 

「……織物……このブリテンもそうなのですか?」

 

「ブリテンだけじゃない。キミ達の世界全てがだ。むしろブリテンはちょっと特別だね。

 アルトリア。目に見えるものだけが全てじゃないんだ。惑星というのは地表で活動する生命によって物理法則を変えていく。

 魔術王ソロモンが没してから神秘の減少は加速し、かつて神秘と魔力が満ちていた時代は徐々に衰退していった。人格を持っていた神はただの自然現象となり、大気中のエーテルは霧散し、五百年前、西暦となった時より神代は終了した」

 

「……………………」

 

「この惑星は自然から独立し、自然のサイクルから離れても自分達で生きていける独自の知性を持った動物。つまりは人間達のものになった。

 結果、この惑星は自然現象の為ではなく"人間が生きる為に最適化した法則"に変化した。その法則の中では、竜や妖精といった神秘に属する者達は生きていけない」

 

「そう、なのですか。なんだかスケールの大きい話ですね。

 ……しかし、それが聖槍ロンゴミニアドとどう関係が?」

 

「うん。この惑星に敷かれた新たな法則。つまりは"織物"なんだけど、張り付いただけの薄皮一枚だといつ捲り上げられるか分からないだろう?

 風で飛んでしまいそうな布があったら、飛ばないように何かで縫い付ける。

 それと同じ様に、人間が住むに適した世界の"織物"をこの惑星に縫い付け固定するんだ。

 ——それが星の錨、最果ての塔。聖槍ロンゴミニアドだ」

 

「——————」

 

 

 

 アルトリアは目を白黒させている。

 話のスケールが余りにも大きかったから……ではない。

 その槍を、彼女が既に与えられていたからだ。

 

 

「そ、そんな大それた物を、何故私が!?」

 

「ブリテンの王だからだよ。神代最後の王だから、と言ってもいいかな。

 この島はね、世界の中でも特別なんだ。大陸は既に人間の世になっているけど、陸続きで繋がっていないこの島は、未だ神代の空気や神秘を色濃く残している。

 とりわけブリテン島は特別だ。何しろ、この惑星の臍みたいなところだからね。ここは神秘に生きる者にとって心臓部に等しい聖地なのさ。

 ———だからもし、もう一度この星をエーテルで満たそうなんて考えるヤツが出て来たら、そいつの工房は間違いなくこの島に作られる。

 ここは神代最後の痕跡にして、世界をひっくり返す為の支点にもなり得るんだから」

 

「……そ、そうですか……」

 

「それを防ぐ為に"世界を制している"のが聖槍だ。ブリテン島を守ることは、一つの魔術世界を封印するということなのさ」

 

 

 

 アルトリアはマーリンの説明を聞いて、心底げんなりしていた。

 気軽に槍を受け取ってしまった両手を見下して、ごくりと固唾を飲んだ。

 

 

 

「……ですがマーリン、その、聖槍は私の手にあるのですが、大丈夫なのですか?

 ……人々や世界とか」

 

「うん、大丈夫だよ。ヴィヴィアンに聖剣と一緒に押し付けられたその聖槍は、最果ての塔の影みたいな物だ。別に星の錨が外れた訳じゃない。

 まぁ……それでも本体である最果ての塔と繋がる神秘の塊でもある。それを悪用すれば、さっき言った世界をひっくり返す事も出来てしまうからね。

 ヴォーティガーンの様な手合いに渡さなければそれでいい」

 

「……ヴォーティガーンの……様な。

 分かりました、気を付けて、おきます」

 

 

 

 ヴォーティガーンの名を聞いて、アルトリアの顔に影が差した。

 しかし、頭の中に浮かべたのは本当のヴォーティガーンではない。卑王でも魔竜でもない、ただ一人の、吹けば飛ぶ様な姿の———しかし絶対に吹き飛ばないであろう子供を思い浮かべていた。

 

 

 

「……それで、マーリンは私に何か用があるのですか?

 私はその……少々忙しいのですが」

 

 

 

 アルトリアの表情に影が差した事と、話を変えようとした事に気が付きながら、マーリンはアルトリアに騙されたフリをしながら答える。

 

 

 

 

「ん〜、いや特に用はないよ。しいて言うなら暇だったからさ」

 

「………………」

 

「そんなに睨まないでくれよ〜」

 

「はぁ……まぁ女性関係の揉め事を起こすよりかはマシなのでいいですけど」

 

「女性は花みたいなものさ。モノによって形も色も何もかもが違う。

 私の生き甲斐さ。今はちょっとだけ巡り合わせが悪いけれど」

 

「……もしもタチの悪い妖精に目を付けられても私は助けてあげませんからね」

 

「大丈夫! 大丈夫! 私くらいになれば理想郷にでも逃げ隠れられるからね」

 

「まったく………」

 

 

 

 

 得意げに語るマーリンの言葉に溜息を吐きながら呆れながら、温かな微笑みを返した。

 何年経っても治る事のない悪癖に就いてはもう諦めている。

 

 

 

「それじゃ私はもう行くよ。花探しの旅さ」

 

 

 

 何気ない雑談は終わりを告げ、マーリンは執政室から出て行く。

 そしてマーリンが出る直前。

 

 

 

「———タチの悪い妖精で思い出したんだけど、モルガンは未だに"見る"事が出来ていない」

 

 

 

 そう、告げて来た。

 

 

 

「…………………………」

 

「この時代でなら、私は世界一"目"が良いと思っていたんだけど……ちょっと自信なくしちゃうよ、まったく。

 私の予想なら、王の道に置かれた小石くらいにしかならないと思っていたんだけど、ちょっと動きが読めなくて不気味だ。少し見縊っていたかもしれないかな、まぁ仮にもウーサーの娘って事だったんだろう。

 四六時中見る事は出来ないけど、時々ならちょっと私も探ってみるよ」

 

「———ありがとうございます。貴方が協力してくれるのはとても心強い」

 

「キミも、余り根を詰めすぎない様にね?

 軽い幻術をかけているとはいえ、分かる者には分かってしまうからさ」

 

「えぇ。休息はちゃんと取っているので大丈夫です」

 

「そうか。それじゃ」

 

 

 

 軽く手を振りながら、マーリンは出て行った。

 扉が閉まり、執政室に静寂が戻る。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 マーリンが出て行った扉を見つめながら深く思案をする。

 思案を始める前に、一度意識を切り替える為、習慣的に良く飲むある飲み物を飲む準備を始めた。ある豆を挽いて、熱湯を注ぐだけ。

 

 

 

「……香りはいいですけど、美味しくはないですね」

 

 

 

 マーリンが面白がって何処からか仕入れて来た、彼が言うには土みたいな飲み物。本当に土みたいな飲み物だとは思っていなかった。美味しいと思わない。正直言うならかなり苦い。

 それでもこれを飲むのは、簡単に目が覚めるからだ。ほぼ毎朝飲んでいるし、物事に集中したい時や意識を切り替える時にも良く飲んでいた。

 

 

 だが、この飲料を日常的に飲む者はアルトリア以外にいなかった。

 

 

 本当に美味しくないからだろう。一部の人は、信じられない程苦いと言って吐き出す者もいれば、体調不良を訴える人もいる。もう少し年月が経ってこのコーヒーという飲み物を改良されれば変わるかもしれないが、この時代では改善される事は恐らくない。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 

 本当に苦い飲み物を飲み終え、大きく背伸びをする。別に肉体が疲れている訳ではないが、癖として染み付いたこの動作を直すのは難しい。

 執政室の椅子に腰を掛ける。深く腰を掛けたのに、逸品物として作り上げられた椅子は軋んだ音を部屋に響かせる事はなかった。

 目を閉じて、目頭を軽く揉む。

 

 意識ははっきりし、休憩も終わり、そして雑談も終わった。

 次は——王としての時間だ。

 

 目を見開くと同時に、スッと彼女の雰囲気が一変する。この場に他者がいれば、この部屋の空気が一つ重くなったと感じられていただろう。

 そこにいるのは、師匠である花の魔術師の話に目を輝かせていたアルトリアではなく、一寸の狂いもなく国を計り、寸分の過ちもなく国を治めるアーサー王であった。

 

 細かな意匠が施された木製のテーブルには、一つの羊皮紙が置かれている。

 

 

 

「この一週間は、何の動きもなし……」

 

 

 

 羊皮紙に流麗な字で書かれた文章には、ある一人の騎士の情報が記載されている。キャメロットはおろか、ブリテンの騎士全ての中で最も幼い騎士の情報。しかし、所詮は推測にしかならないものでもあった。

 この羊皮紙には——ルークと名乗る子供がキャメロットに訪れてからの一週間の動きが記されている。

 

 この一週間の間、何か不審な動きを見せたという訳ではなく、数回城下町に下りて日用品を購入したり、町の構造を把握する為か宛もなく歩き回っていただけ。

 任務もなく、待機していろと命じられていたからとはいえ想像以上に従順だったと言っても良い。

 

 何か問題を起こしたという報告もなく、他者と衝突したという報告もない。しいて言うなら、他者との交流に対してあまり積極的ではないというくらいだが、それは問題でもなんでもない。

 

 恐らく偽っていると思われる素性に就いても——結果は白。矛盾する点は何一つなかった。

 コーンウォール北の外れにある教会では、本当に彼女をこの二年間育てたと神父とシスターは語っていた。口裏を合わせていたのではなく"本当に育てたと思っている"様子だった。

 

 しかし頭に浮かぶのは、勝利を宣言する様に妖艶に微笑みかけて来た魔女の姿。

 

 

 

「……じゃあ、姉上との関係はなんだ……」

 

 

 

 声を出した自分自身が驚くほどに、地の底から響く様な低い声だった。

 落ち着け、相手はあの妖妃モルガンだ。一度でも彼女の術中に嵌れば、二度と沼から抜け出せなくなるだろう。

 ……いいや、もう嵌められているのか……

 

 

 

「……ふぅ〜〜っ——」

 

 

 

 長い溜息の後、再び目頭を揉む。

 肉体の疲れはないし、精神的な疲れもまだ大丈夫だが、酷く頭が疲れる。

 

 それは深い霧の先にあるものを見定めようとしているのに似た感覚だった。しかも、霧の先に答えがあるのかも分からない。霧の先に、また別の霧があるかもしれない。

 

 

 ———だが、決して目を逸らしてはいけない。

 

 

 そもそも彼女を騎士として受け入れた以上、目を逸らす事はもう出来ない。彼女の背後にいる一人の魔女を見透かす様に、意味もなく羊皮紙を睨み付ける。

 

 この空白の二年間、あの教会で過ごして力を得たと考える事は出来なかった。

 仮に教会で育てられたにしても、モルガンの手が伸びていると考えた方が良い。モルガン程の魔術師なら記憶の操作が出来ていてもおかしくはない。

 それにモルガンが彼女を拾い、二年間育て上げたと考えた方が辻褄が合う。ヴォーティガーンの呪力は未だ戻らず、モルガンが彼女に与えたと考えるのが自然。

 常人には分からない感覚だが、彼女の内側にて鼓動する炉心の呼応を確かにあの瞬間感じ取ったのだ。

 

 

 ……何の代償もなしに、ヴォーティガーンの力を受け継ぐ事が出来るのか?

 

 

 思い起こすのは、白亜の城キャメロットがまだ魔城ロンディニウムだった頃の記憶。魔竜と化したヴォーティガーンとの頂上決戦。

 心臓を聖槍で貫かれ、世界を呪い、嗤いながら塵に還っていった卑王の姿。

 

 最悪、彼女の精神が乗っ取られている可能性も視野に入れなければならない。もしくは、混ざりあっているかもしれないし、二重人格となっているかもしれない。

 もしそうならば最悪の中の最悪である。もう彼女の精神を取り戻す事は出来ない。

 

 

 いいや——取り戻してどうする?

 

 

 

「………………」

 

 

 

 不意に浮かんだ考えに思考が停止して、次の瞬間には急速に回転していった。

 そもそもの話だ。彼女がヴォーティガーンに乗っ取られていたとしても、乗っ取られていなかったとしても、自分は復讐される立場にいる事は変わらない。

 モルガンは、彼女に復讐心を植え付ける必要などない。ただ元からある復讐心を利用して、力を授けるだけで良い。それだけであらゆる工程が終了する。

 

 

 

「……本当に……よくもやってくれましたね、姉上」

 

 

 

 考えれば考える程、状況は詰んでいる様にしか思えなかった。

 モルガンが新たに得た魔弾は既に射出されている。此方から打てる手はなく、その魔弾がどんな性質を内包しているのかは、この身を貫くまでは推測しか出来ない。

 しかも、その魔弾を破壊するのは極めて困難。仮に破壊しても……別の傷を負うだろう。極め付けに、この魔弾の対処を終えても本命であるモルガンは何一つ傷付かないのだ。

 

 キャメロット即位の日の、あの勝利宣言の如き笑みも理解出来る。

 何せ、モルガンは後はもう姿を隠しているだけでいい。何もしなくても魔弾役の彼女は、自動追尾で飛び込んで来るのだから。それに、姿を隠し続ければマーリンの意識を彼女から自分自身に逸らす事も出来る。

 

 マーリンは、まだ彼女に気が付いていない可能性が高い。世界全てを見通せる眼を持つが、世界全ての出来事を瞬時に理解出来る訳ではないとマーリンは語っていた。

 拡大鏡と同じだ。一点を見ると他の部分が見えなくなる。

 常人には感じ取れない竜の鼓動を感じ取れる様に、マーリンの千里眼もマーリンにしか分からない感覚なのだろうが、そう説明してくれた。

 

 

 

「———本当に……本当に……よくもやってくれましたね……」

 

 

 

 そう、思わず呪いの呪詛の様に吐き捨てる。

 しかし勘違いはしてはいけない。その魔弾をモルガンに与えたのは自分であるから。

 だからこそ、その呪詛を吐き捨てる。自分自身への憤りや不甲斐なさ。マーリンと同じく、モルガンの事をあまりにも軽視していた己の楽観的な視点を呪って。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 ランスロットが羊皮紙に書き記したあの子の一週間の動き以外の文章。

 彼が実際に相対した時に感じた印象や、少ない動作から推測出来たと思われる文章の羅列が目に留まる。しかし、それは後半になればなるほどに、ランスロット卿の達筆な字がやや乱れ始める。

 恐らく、この書面に書き記している時にあの子の様子を思い出したのだろう。

 負い目や、畏怖を。

 

 

 この文章から分かる事は——モルガンが撃ち出した魔弾は此方にとって最悪の代物だったという事である。

 

 

 怒りに狂乱するなら……精神的な被害を考えなければ、まだ対処が出来ていただろう。だがこれでは、決定的な瞬間が訪れるまで力を溜め続ける爆弾である。

 

 

 

「…………完成された人格……及び思考能力と視野……」

 

 

 

 羊皮紙に書かれた文字をそのまま頭に通して復唱する。

 十にも満たない子供が保有する能力ではない。そうなってしまうだけの運命の反動があったにせよ、たった二年でそこまで完成出来る代物には思えない。

 

 

 

「…………外的要因による、知識の補完………」

 

 

 

 実際に彼女と相対してしっかりと彼女の事を精査している訳ではないが、ランスロット卿が書き記した詳細を見る限りでは、ヴォーティガーンに乗っ取られている様には思えなかった。

 むしろ、ヴォーティガーンを乗っ取り返して、卑王の持つ知識を蓄えている可能性がある様にすらも思える。

 

 

 ……いや、証明出来ないし結局推測にしかならない。

 

 

 そもそも、彼女が元々どの様な性格の持ち主で、どの様にあの村で過ごしていたのかを知らない。確かめる余地がもうない。仮に、力のみならず精神性すら乗っ取ったとしよう。

 それはつまり、それだけの執念で己の精神を支えているという事でもあるに等しい。

 

 

 

「……一度、考えるのを止めよう。

 まず、これからどうしなければならないかを定めなければならない……」

 

 

 

 

 まず何を望んでいるか……——そんな事分かりきっている。そうだとしても、話し合わなければならない。それが、互いに互いを傷付け合う行為だとしても。

 和解を望んでいる訳ではない、復讐を止めさせたい訳じゃない。

 

 それでも、道半ばで倒れる訳にはいかない。

 もしも……もしも私がもうこの国に君臨する必要がなくなったら、私がもう充分だと納得出来たら、私はこの身をあの子に差し出すのだろうか……

 

 

 

 

「………………………そもそも、あの子と会話出来るのでしょうか」

 

 

 

 小さくが細く呟いて、天井を見上げる。

 暖かさを感じられない天井だった。

 別にこの部屋は狭くない。なのに、部屋が急に小さくなった様な錯覚と息苦しさを覚える。

 

 

 

「………恨みの対象が私以外にも広がっているとしたら」

 

 

 

 その可能性は否定出来なかった。

 自分だけを恨んでいるならまだ良い。しかし、騎士という存在そのものを憎悪しているのなら、それは非常に不味い。転がる問題をなんとかするには、まずあの子と意思疎通が出来るかという事にかかっているのだ。

 

 

 彼女は、いっそ不気味な程に理知的だという。

 

 

 しかし、内面は分からないが表面上は会話可能。なら彼女と会話するにあたって、一体誰なら適任なのか。

 自分が信頼出来る存在であり、尚且つ不測の場合に対処出来るだけの実力と対話術を持つ者。さらに、裏の事情についても多少なら黙認してくれる様な人物。

 そんな人物は、円卓の騎士くらいにしかいない。

 

 

 まず、自分自身はダメ。

 

 

 一番彼女と対話しなければならないのは自分だと言ってもいいが、一人の騎士に王が執着しているというのが周りに伝わると要らぬ噂が流れる。まず今の彼女と会話出来るかも怪しい。立場的にも時期的にもまだダメだろう。

 

 

 ランスロット卿、ベディヴィエール卿、トリスタン卿も控えた方がいいかもしれない。

 

 

 此方の事情を深く知り得ているが……彼女はあの日、そこにいた騎士の事を覚えていると考えた方が良い。

 

 

 ガウェイン卿はどうだ?

 

 

 ガウェイン卿の太陽の騎士とも呼ばれるあの爽やかな清涼を思わせる性格なら、もしかしたら彼女の心を晴らせるかも知れない。

 ……だが、彼は努力の人であるが基本的に挫折を知らない天才型である為、良くも悪くもやや空気が読めない。深い激情をその身に宿す彼女と相対した場合、逆効果になる可能性もある。そして彼の性格故に、腹の探り合いにはあまり向かない。

 もし、ガウェイン卿を彼女にぶつけるなら、敢えて事情を深く伝えずありのままで会話して貰った方が良いだろう。ガウェイン卿に関してまだは保留。

 

 

 パロミデス卿は……ダメだ。彼は現在、北方に詰めてもらっている。

 

 

 ブリテンの北方にはピクト人が生息する深い森が広がっているが、人を容易に喰らう魔獣の類も多数生存している。

 そして、パロミデス卿以上に獣狩りが得意な人物はブリテン島に存在しない。魔獣に関しては、ランスロット卿ですら歯が立たない程の人物だ。その為、彼はキャメロットを不在にしている事が多い。

 パロミデス卿に関しても保留。

 

 

 パーシヴァル卿は、かなり適任かも知れない。

 

 

 パーシヴァル卿は円卓の中でも最も心の潔き人物と言っても良い。円卓第二席である彼は一番早く円卓の騎士となり、一番自分を慕ってくれている騎士だ。

 どの様な人に対しても丁寧に接する態度は、あの子でも騎士という存在に対する黒い感情を和らげてくれるかも知れない。

 

 ……しかしパーシヴァル卿は、少々賛美が激しい。

 あの子に対し、如何にアーサー王が素晴らしい王なのかと語ってしまうと目も当てられなくなってしまう。

 事情を説明すれば適切に対応してくれるかもしれないが、「この子もいずれは改心してくれるかも知れません」と言われた場合、少々関係が拗れる。

 パーシヴァル卿に関しては一度様子見しよう。

 

 

 モードレッド卿は? ……ダメだ、そもそもどんな人物なのか自分が余り詳しくない。

 

 

 モードレッド卿は最近になって急に頭角を現し、先月円卓入りを果たした"青年"だ。あの少女が新たに騎士となり、騎士の最年少記録を塗り変える前は、モードレッド卿の"十五歳"という記録が最年少だった。

 いつも、伝承に出て来るデーモンの様な重厚な兜に、紅蓮の様な赤色が特徴的な白銀の鎧を身に付けた騎士である。

 当然、何故兜を外さないのか? と問いかけた事もある。

 しかし——

 

 

 

 "……よんどころなき理由により外す事が出来ません。それにこの兜の下に面白いものがある訳でもありません。代わりに何よりの忠誠をアーサー王に捧げると誓いましょう"

 

 

 

 そう彼は告げた。

 そしてそれを行動でも示し、円卓の末席。第十二の騎士となった今一番若い円卓と言っても良い。

 

 ……本当の末席は別に存在するのだが、あの呪われた席は実質あって無いようなモノだ。

 モードレッド卿が優秀である事は分かっているが、先月円卓入りを果たしたばかりで、どんな性格の人物かまだ良く分かっていない。期待の新人同士、もしかしたら話が合うかもしれないがモードレッド卿は保留。

 

 

 …………アグラヴェイン卿は……正直様子見したい。

 

 

 アグラヴェイン卿は自分の血縁……モルガンの子であり、その縁から騎士になった者だ。

 何を考えているか分からず、いつ裏切るか分からない不気味な騎士と周りは煙たがっているが、それはアグラヴェイン卿が何に対しても平等だからだ。

 激する事なく、誰よりも冷静に物事を俯瞰する事が出来る。やや無口だが、人を見る目は確かである。

 それに、彼は自らの母親であるモルガンとの縁を断ち切り、私生活には一点の不純もない。一番信頼できる騎士と言っても良い。

 しいて言うなら、敵対した者に対する容赦のなさが少々過激であるという事、それくらい。

 

 彼が心底己の母親であるモルガンの事を嫌っているのはなんとなく感じ取れる。その母親と関係があるであろう彼女と相対した場合、少々危険かもしれない。

 彼女の事情を知るのは、自分と三人の騎士だけだが、あのアグラヴェイン卿であればすぐにでも勘付いて独自に行動を開始する可能性がある。

 ……最悪、脅威になりかねないと抹殺してもおかしくない。

 

 モルガンと関係があるという点であれば、先程のガウェイン卿や、円卓六席のガヘリス。恐らく、まだオークニーのロット王のもとにいるガレスもモルガンの関係者なのだが、彼ら三人はモルガンではなくロット王に育てられている為モルガンの事をほとんど知らない。

 それ故か、アグラヴェインは彼らにこれといった反応を示さないが……彼女の場合だと話が変わるかもしれない。

 

 アグラヴェイン卿とは慎重に事を進めなければならないだろう。

 

 

 

「…………となると、後は……」

 

 

 

 一人の騎士が浮かぶ。

 その人物は、自分が知る人間の中で一番深く知る人物と言っていい。そして、私以上に彼の事を知る人物もいない。何せ10年近く一緒に育ち、更に10年を一緒に旅をして、王になるまでずっと一緒にいたのだから。

 

 

 

 

「——ケイ、卿……」

 

 

 

 

 常に不機嫌そうな顔で、すぐに眉を顰める青年。

 火竜すら呆れて飛び帰り、口先一つで巨人の首を切り落とすと謳われる程の毒舌の持ち主。超人溢れる円卓の中で、ベディヴィエール卿と同じく、ただの人間として円卓の席に座り、誰よりも現実を見据える人物。

 その言動から周囲との折り合いは余り良くないが、決して他人を見捨てる事はしない、肯定ではなく否定で他人を案じる不器用な"兄"。

 

 彼なら……ケイ卿なら、彼女の事情に関しても理解を示し尚且つあの子のことを見捨てる事はきっとしない。

 実力も申し分ないし、口八丁も利く。それに本人は否定するが、彼は細かい所にまで目が利く。アグラヴェイン卿とはまた別の、会話からではなく、少ない動作から相手が何を考えているかが分かる人物だ。あの観察眼はとても役立ち、また貴重だ。

 

 最近、任務のないケイ卿は暇を持て余しているし、この件に関してはガウェイン卿やパーシヴァル卿以上に適任かもしれない。彼は決して波風を立てないのだ。

 

 

 

「…………兄……」

 

 

 

 そう、兄だ。

 確か——あの子にも兄が居たのだ。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 あの子の兄が、一体どの様な性格だったのか知らない。

 あの兄弟がどの様な関係だったのか、もう知る由もない。

 ただ、名前だけを知っている。あの子がその名前を自分の名前として偽っているから。

 

 

 

「……ルーク…………」

 

 

 

 その響きが部屋に小さく響いた。

 また、部屋が小さくなって自分を圧迫する様な錯覚を覚える。

 

 

 

「兄と、妹……………」

 

 

 

 もう、あの兄の事を覚えているのは、きっとあの子しかいない。

 あの青年がどの様な人物で、あの青年と共に過ごした年月を知るのはもう彼女しかいなくて、そして、今まで一人で生きてきたのだろう。

 彼女は——あの村の人々から何を遺されたのだろう。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 アルトリアは椅子から立ち上がり、振り返って後ろを向く。

 部屋の窓から見えた風景から、もう夜になっているのだと今さら気付いた。窓の外には、一切の光が射さない、凍てついた暗闇。

 分厚い雲で覆われ、星のわずかな輝きすら届かない夜空の風景は、ヴォーティガーンとの決戦の時に辺りを支配していた暗雲の様だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ケイ兄さん……私は、どうすれば良いですか……」

 

 

 

 

 

 

 

 切れ目が出来る様に、雲がわずかに晴れる。

 見上げた空には月がなかった。

 

 

 

 

 

 

 




  
 本作に於ける、円卓席次の設定です。後Fate世界で存在が確認されている人物の説明です、
 なんでその席次なの?という疑問はあるかもしれませんが説明すると文字数がかなり増えるのと、そこまで話に影響しないので、ふーんくらいの感覚でお願いします。

 
 第一席:アルトリア

 第二席:パーシヴァル

 第三席:ケイ

 第四席:不明(この作品ではベディヴィエール)

 第五席:不明(この作品ではガウェイン)

 第六席:ガヘリス

 第七席:不明(この作品ではトリスタン)

 第八席:不明(この作品ではアグラヴェイン)

 第九席:パロミデス


 第十席 : 不明(この作品で出て来る事はないが、一応この席は埋まっているという設定)

 第十一席:不明(この作品ではランスロット)

 第十二席:モードレッド

 第十三席:現在空席


その為円卓関係者


 ガレス
 現在はまだ騎士ではない。


 ギャラハッド
 現在はまだ騎士ではない。


 ペリノア王
 FGO一部六章にてガウェインに言及される。
 世界で最も広く知られるアーサー王伝説原典、マロニー著の【アーサー王の死】でアーサー王と一騎討ちしてカリバーンを叩き折った人。
 またロット王との戦争でロット王を打ち倒す功績を挙げるが、代わりにロット王の息子であるガウェイン卿に恨まれ殺害される。
 またパーシヴァル卿の父親という設定だが、原典によっては父親ではなかったりする。

 Fate世界では詳しい記述はないが円卓の顧問監督役を務めていたらしい。
 またカリバーンはモルガンの策略で紛失したという設定なので、Fate世界のペリノア王はカリバーンを叩き折っていない。
 (この作品ではモルガンの策略によって紛失する前に、主人公の影響で間接的に使用が出来なくなっている。またモルガンが主人公の育成に力を入れた為、カリバーンはアルトリアの手元にあるが、現在輝きは消失している)
 ロット王に関しては不明。
 この作品で名前は出て来る事はあれど、本人が出て来る事は恐らくない。


 ボールス
 FGO一部六章にてガウェインに言及される。次期円卓十一席であり粗暴な性格であるらしい。
 ちなみに原典ではランスロット派であり、ランスロットとギネヴィアの不倫が発覚した際にアーサー王ではなくランスロット側に付いてランスロットの逃亡に協力した。
 この作品で名前が出て来る事はあれど、本人が出て来る事は恐らくない。


 ペレアス
 『氷室の天地 Fate/school life』の劇中ゲーム「英雄史大戦」のキャラクターとして登場。
 原典ではガウェイン卿より強くてランスロット卿より弱いが、ランスロットと戦わなくて済むという呪いみたいな祝福により実質最強、みたいな扱いを受けていた騎士。
 だが、実際にFate世界のアーサー王伝説にて活躍していたかはよく分からない。
 Fate世界では後世の改変で生まれただけで、本来の伝説には存在していないと言われている。


 ユーウェイン
 FGOにて水着獅子王ことルーラーアルトリアのマテリアルにて記述あり。
 獅子の騎士の異名を持つ者で、存在している事は確かだがFate世界では、円卓の騎士であるのかどうかは不明。
 また、原典ではモルガンの子供とされる事が一般的だが、Fate世界でその様な設定は出て来てない。
 この作品で出て来る事はない。
 
 
 


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第16話 遊生夢死のケイ

 
 主人公の話ではありませんが"もう一人の主人公"の話なので実質主人公の話です。
 またその為、新たなタグが追加されました。
 


 

 

 

 とある男がいた。

 見逃していけない星の瞬きを見逃した、とある男。その彼の話。

 

 その男は——彼は優秀な人物だった。

 優秀な老騎士であった父親の教育相応の人物。しかし、それでも彼はただの人間でしかなかった。人々を導く様なカリスマはなく、また誰かに心酔される程の力量もない、凡人の粋から逸脱する事のない普通の人間だった。

 故に"人間ではない"モノには彼が敵う事はなく、また手が届く事もなかった。

 

 

 始まりは五歳の時だった。

 

 

 彼がではなく"人間ではない"モノが五歳の時だ。

 その"人間ではない"モノが自分の父親に連れられて来て、家の扉を開けた瞬間を良く覚えている。

 

 星の光を束ねたが如き金の髪。

 年相応の童顔だが、その碧眼は既に見る者に強い意志を感じさせる程に力強かった。

 

 

 "兄として、弟の教訓になれ"

 

 

 一目見た瞬間にその子供が将来とびきりの美人になると見抜いたし、それを隠し通せる訳がないだろうと思ったが、そう父親に言われたので、彼はその"少女"を見てそう思う事した。

 

 

 

「にいさん…?」

 

 

 

 声だけは年相応に幼く、舌足らずだった。

 その日から——彼は兄になった。

 

 

 

 月日は飛ぶ様に流れた。

 

 

 

 父親は自分と、その"少年"の二人に稽古を付ける毎日。

 日が昇ってからすぐに、パン切れを口に放り込んで木剣を手に取る。そして家の裏庭で待っている父親に二人で斬りかかり、そして難無く撃退される。

 そして昼になったら野菜片と豆のスープと芋を腹に入れて、また父親と稽古をする。夜になったら馬達の世話をして、そして大体疲れ果て、そのまま"弟"と一緒に馬小屋で一夜を明かす。

 

 大抵がその繰り返し。そこに時々村の見回りや町の買い出しが増える。

 父親の教えは厳しかったが、父親が騎士であるのでいずれは自分も騎士となるのだろうと、彼は漠然と考えていた。

 

 

 

「わたしはいずれ、きしになります!

 だれかのきしになってそのひとをまもるんです!」

 

 

 

 自分ですら上手くイメージしていない未来を、その"弟"は必ずそうなるのだと言う決心を込めて口にしていた。

 その発言に彼は呆れた顔で返す。

 

 

 

「少女の様な身体では剣も碌に持てないと揶揄われるだけだ。第一、親父には未だに一本すらとれてないじゃないか。精々が騎士となる俺の従者だろうさ」

 

 

 

 比喩でもなんでもない。

 今はまだ華奢な身体なのだと誤魔化せるが、いずれ通用しなくなるだろう。

 騎士見習いどころか、このままでは従者にすら扱われない。

 

 

 

「じつは、わたしにはひみつの力があるのでだいじょうです!」

 

 

 

 なんだそれ。

 その言葉にまた呆れたが、じゃあ一緒に騎士になれるかもな、と二人で笑いあった事を覚えている。

 

 

 

 更に月日が流れる。

 

 

 

 いくつもの生き物の気配と馬草の匂いで彼は目が覚める。疲れ果ててしまい、そのまま馬小屋で寝ていたのだという事を彼は思い出した。

 目を擦りながら周りを見渡したが"弟"の姿が見当たらなかった。

 

 

 

「あっ、起きましたか兄さん! 馬の世話はもう終わらせておきましたし、村の見回りももう私が済ませて来ました。今日も一日がんばりましょうっ!」

 

 

 

 "弟"はそう笑顔で告げて来た。

 …………お前、寝る時間は?

 そう聞こうとしたが、まぁこんな日もあるだろうと、彼はその日は何も聞かなかった。

 

 

 

 更に月日が流れる。

 

 

 

 日々の鍛錬を終えて、真夜中に馬の世話をしている時の事だった。

 疲労で欠伸をしながら、いつも通りの事を彼は作業として流していく。

 その時、"弟"は告げて来た。

 

 

 

「——私は王になります」

 

 

 

 夜の寝ぼけ眼を一瞬で覚醒させるに過ぎる一言だった。

 今まで見た事のないくらいに真剣な顔で、感情の読み取れぬ顔で告げて来たのだった。その日"弟"が別の何かに目覚めた様に感じた。

 

 

 

「……なんて言ったら。兄さんはどう思いますか?」

 

 

 

 静まり返った空間を誤魔化す様に小さく苦笑いをしながら問いを投げかけてくる。

 馬の呼吸音だけが響いていた。気味の悪い静寂を誤魔化し切れていない。辺りは静まり返ったままだ。

 

 

 何を言えば良いか口が上手く働かず、何を聞けば良いかも纏まらなかった。

 

 

 なんで王になりたいんだ。

 王になってどうする。

 急に一体なんなんだお前は。

 ヴォーティガーンについてはどうする。

 そもそも王政の事なんか知らないだろう。

 

 いくつもの疑問が頭に浮かんでいき、そしてそれが言葉になる事なく頭を過ぎ去っていく。結局、十数秒程の時間を置いて出て来たのは、騎士になりたいといった夢はどうした。と、そんな事しか出て来なかった。

 

 

 

「あー……それは……騎士になるのと、王になるのは矛盾してないのではないですか? 騎士であり……王でもある。騎士王なんて良いと思いませんか? かっこいいですし」

 

 

 

 誤魔化すのが下手にも程がある。嘘がバレた子供ですらまだマシな誤魔化し方をするだろう。目が泳いでいるし、今考えたのが丸分かりだった。

 

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

 

 気味の悪い静寂の中で佇んでいるのが、彼は心の底から気持ち悪くなって、勝手にしろ。と一言吐き捨てて、彼は馬小屋から離れた。

 ——その日以来、その兄弟が一緒に寝る事はなくなった。

 

 

 

 更に月日が流れる。

 

 

 

 家の裏庭の適当な木に背中を預けながら寝ていた彼は、珍しく早朝に目が覚めた。空を見上げれば、夕方の様な明るさの空。太陽が空に昇り始めた頃くらいの時間だった。

 目が覚めてしまったものはしょうがないと、朝食の準備でもしようかと家に入ったが、親父がまだ寝ているだけで"弟"の姿がない。

 まぁどうせ馬小屋で寝ているのだろうと、身体が冷えない様に申し訳程度に毛布を持って馬小屋に向かい——既に馬の世話を終えている"弟"と目があった。

 

 

 

「おや。今日は早いのですね?」

 

 

 

 …………今日は?

 まるで、いつもこんな朝早くから起きていて、いつもは兄が普通に寝ている事を知っている様な口振りだった。

 

 

 

「……な、なんですか?」

 

 

 

 この日"弟"の事を、心の底から気持ち悪いと彼は思った。

 そう、思ってしまったのだ。

 

 次の日から、彼は日が昇り始める時間に起きる様にして"弟"がいつ目覚めているのか確かめる様にした。

 次の日も"弟"は早く起きていた。

 その日の夜、"弟"がいつ寝ているのか確かめようとしたが、夜の間"弟"は眠っていなかった。

 

 寝る間も惜しんで、村の見回り・馬の世話・剣の素振り・騎乗の練習・走り込み・畑の耕し。唯一あった自由時間である睡眠時間すら鍛練に使用していた。

 

 次の日も。

 その次の日も。

 更にその次の日も。

 もしかしたら、自分が気が付く前から——ずっと。

 

 そして、一週間もの間ずっと"弟"が変わる事なく、ほとんどの時間をずっと寝ずに行動をしているのを見て、あまりの気持ち悪さに、彼は"弟"に問い質した。

 

 

 

「……おい。お前、いつ眠っているんだ?」

 

 

 

 声を震わせずに、そう問いかける事が出来たのは一種の才能であると言っても良かったのかもしれない。たったそれだけの事でしかないのに、彼の才能と称せる程に"弟"の日々の行動は気味が悪かった。

 それに対し"弟"は何を勘違いしたのか。もしくは心配する兄を安心させる為なのか、笑顔で返した。

 

 

 

 

「ご心配なく、兄上。明け方から日が昇るまでしっかり眠っています」

 

 

 

 

 そう、笑顔で言い切った。

 明け方から日が昇るまで、ときた。三時間も存在しない。あぁだがいいきっかけになった、と彼はそう思う事にした。

 自分の様な凡人が、こんなクソ真面目な馬鹿に関わってもロクな事にならない。こんな奴と同じ夢を見れる訳がないのだと。そもそもこいつに付いて行ける奴なんて誰もいないし、付いて行く奴もいないだろうと。

 

 

 

 更に月日が流れる。

 

 

 

 その日、町で特別な祭りがあり、それに彼は参加していたが、彼は騎士としてなら肝心要である槍を忘れてしまっていた。

 彼は祭りが行われている、町の広場にて悪態を吐きながら佇んでいた。今までの人生の中でも五指に入る程の不機嫌さだったが、それは槍を忘れたからではない。

 騎士見習いとはいえ、細かい所に目が届く彼が肝心な槍を忘れることはない。

 槍を持って来なかったのは、父親であるエクターが槍は必要ないと告げたからだった。家は町の外れにあり、二つの畑と一つの草原と丘を越えなくてはならない。帰って戻る頃には日が暮れているだろう。

 

 

 チッ、と舌打ちをしながら人々がその祭りの準備を、正確には祭りが終わって、次の祭りに取り掛かっているのを彼は見ていた。

 

 

 そうして佇んでいると、視界の端に、星の光を束ねたが如き金色の光が目に映る。

 人混みの中でも特に目立ち、鄙びた地での厳しい修練の中でも一つも輝きを失っていない金色の髪。槍と騎士の荷物一式を持って来た"弟のアルトリウス"だった。

 アルトリウスは槍を手渡しながら疑問を投げかけて来る。

 

 

 

「"ケイ兄さん"選定の剣はいいのですか?」

 

 

 

 視界の先には石の台座に突き刺さった剣がある。

 汚れ一つない淡い金色に、青空よりも尚深い蒼で装飾された宝剣。力なき者でも、一目見ただけで秘める力を読み取る事が出来るであろう程の聖剣。

 次代の王を決める為の、選定の剣。

 

 

 先日、急に先王ウーサーの補佐を務めていた宮廷魔術師のマーリンがこの町に現れてこう語ったのだ。

 

 

 岩に突き刺さった剣は勝利を約束する聖剣であり、血より確かな王の証である。ただ力ある者、ブリテンを救える者だけがこの剣を引き抜けるのだと。

 おかげでこの町は朝から騒がしくなり、国中から我こそはと名のある騎士達が駆け付けて来ていた。

 ——だが、剣が突き刺さった広場には、人々や騎士は疎にしかいない。騎士の中にも色々居ただろう。それこそ、選定の剣を抜けるのではないかと思える程の立派な騎士も大勢いた。

 

 ブリテンの復興を望み、救おうとする騎士。

 王の座を得て大成しようとする騎士。

 

 そして、岩に突き刺さった剣を抜こうと剣の柄に真剣な面持で試み——びくともせず、そして落胆していく人々と騎士達。

 誰にも抜けなかった剣は、ただの置き物と化している。

 

 

 

「いいも悪いもない。誰にも抜けない以上、あるだけ迷惑な置物だ。

 王は騎士達の勝ち抜き戦で決める」

 

「それは……」

 

「もう話は決まった、見習いが口を出せる話じゃない。これがいい落としどころだろうさ。内心、しめしめとほくそ笑んでる騎士も多いだろうよ」

 

 

 

 預言を出したマーリンは選定の広場に現れず、落胆は一気に人々に広がった。

 徐々に人々は広場から離れ、わずかに動くことすらなかった選定の剣を無視して、王を選定する為の会場を近くの農園に作り始めている。

 単純に騎士としての技量を測り、最も優れている騎士がウーサー王の後を継げばいい、と

 

 

 

「マーリンとウーサーの夢物語には付き合えない。

 目に見えない王の証より、手勢や金、力で測る方が人間的だ。お互い利害目的で協力し合う方が気楽でいいし、打算も働かせやすい。何より、いざとなれば責任の所在を有耶無耶に出来る。

 誰だって"全てを救う神の代弁者"なんてもの、見たくもなければなりたくもなかったのさ」

 

「ケイ兄さんも、そう思うのですか?」

 

「——もちろんだ」

 

「…………………」

 

「お前は親父のところに戻れ。

 他の騎士に見つかればまた、女の様な細い身体では剣も碌に持てまいと揶揄われるぞ。いちいち割って入るオレの心労も考えろ」

 

 

 そう吐き捨て、彼はアルトリウスから受け取った槍を持って、他の騎士達と共に次の王を決める為の農園に向かっていった。

 

 辺りは静まり返っている。

 あれほど賑っていた広場には、もう誰もいない。ただ寂しく風が吹くのみで、岩に刺さっている剣は初めから、なかったかの様に打ち捨てられている。

 

 

 

「……誰だって、見たくも、なりたくもない……」

 

 

 

 ——そう呟くアルトリウスの声を、彼は確かに聞いた。

 だが、彼はその言葉を聞いて一瞬立ち止まっただけで、振り返らずまた歩を進める。

 

 自分には関係ない話だ。

 そもそも、誰にも引き抜けなかった剣を"弟"が引き抜ける保証などない。

 

 

 

 

 

 

 

 ——私は王になります——

 

 

 

 

 

 

 

 ただの、"普通の人間"が剣を引き抜ける訳がない。

 

 

 

 

 

 

 

 ——じつは、わたしにはひみつの力があるのでだいじょうです!——

 

 

 

 

 

 

 

 あの剣はブリテンを救える者にしか、選ばれし者にしか引き抜けない剣だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ——兄として、弟の教訓になれ——

 

 

 

 

 

 

 

「どうした……?ケイ」

 

 

 

 見知った知り合いの騎士に呼びかけられる。

 何故か、足は止まっていた。

 

 

 

「……お前らは先に行ってろ」

 

 

 

 そう言い残して、彼は今来た道を引き返し始める。

 自分でもよく分からない焦燥感と焦りが彼を動かしていた。何故引き返しているか、意味が分からなかった。止める理由もない。だからいちいち忠告もしなかったし、勝手にすれば良いと今でも思っている。

 だから、本当に自分自身を理解出来なかった。

 

 

 自然と速足になり、道を駆ける。

 

 

 遠くから響いている人々の喧騒は、岩に突き刺さった剣がある広場に向かえば向かう程に小さくなっていく。

 それが——今から王になるかもしれない者の生涯を表している様で、酷く不気味だった。

 

 

 ようやく道を駆け抜け、選定の広場に着いた。

 

 

 その広場には、選定の剣の柄に手をかけている"弟のアルトリウス"。

 そして、最上級の繊維で編まれた白いロープを纏い、日差しによって淡く虹色に光る白の長髪をした、見た事もない魔術師がアルトリウスの後ろに立っていた。

 

 

 遠くからは、選定を無視した人々の喧騒がする。

 

 

 それは、外から祭りを見る感覚に似ていた。

 今に始まった事ではない。ずっと"弟"は祭りの外にいた。それを、彼だけが知っている。兄であるケイだけが知っている。

 

 

 

 

 

 

 

「多くの人が笑っていました——

 

 

 

 

 

 

 

 金砂の様な髪を風に揺れている。

 その人物は振り返らず告げていた。

 柔らかく、だが何よりも強く。

 "弟"の声だけが、広場に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

               ——それはきっと間違いではないと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 ——剣は引き抜かれる。

 どんな力自慢でも、どんな優れた騎士でも、僅かに動くことすらなかった剣はいとも簡単に引き抜かれた。剣は夕暮れの太陽に照らされ金色に輝き、その輝きは、まるで主人を選びとる様に"妹"を照らす。

 

 

 

「あぁ、辛い道を選んだんだね……」

 

 

 

 まるで悲しげな様な魔術師の声が、彼の耳に届いていた。

 ———あまりにも、あまりにも周到で、ご丁寧で、悪辣な、魔術師と先王の計画が"妹"の思いを掬い上げる。

 "妹のアルトリア"は、今まで夢見て来たものに。そして一番大切なものに別れを告げた。自らの運命の全てを、あの剣が突き刺さっていた岩に置き去りにして。

 

 その気高き誓いを知る者は、誰もいない。

 剣を引き抜いた少女を称える者は、誰もいない。

 騎士達は我こそが王たらんと、馬上試合に熱中しているからだ。

 

 多くの人々が笑えるならそれは間違いではないのだと、己を捨て、ひとりぼっちで王の歩みを進める少女の背中は猛々しく立派なものではなく、悲しくなるほどに細く、そして小さかった。

 そして、それすらも知る者はいなかった。

 

 遠くからは勇ましい騎兵の音。

 騎士達の焦燥は遠く岩の周囲には、誰もいない。

 そんな中、孤独に自らの運命を置き去りにした、一人の少女が視線の先にいる。

 そしてその少女の選定を、遠くから見ている事しか出来ない自分がいる。

 

 

 悟った——全てを悟った。

 

 

 絶対に見逃してはならない星の瞬きを見逃した。その星の瞬きを見ることが出来る唯一の位置にいながら、自分は見逃したのだと。

 "妹"の思いも、苦悩も、その誓いも、その剣を抜く理由を、見逃した。

 目の前にあるのは、王という棘の道を進む以外の道を"妹"が捨てたという結果だけ。

 

 

 

「でも奇跡には代償が必要だ。アーサー王よ。

 君はその、一番大切なものを引き換えにする事になる」

 

 

 

 もう、公では呼ぶ事が出来ないだろう名前の代わりを呼びながら、いけしゃあしゃあと助言を宣う魔術師の声が、酷く耳に障っていた。

 

 

 ——そして、それから妹の事をアルトリアではなく、アーサー王と彼は呼ぶ様になってから、彼はようやく気付いた。

 

 

 妹は、理想の王という計画によって、魔術師と先王ウーサーによって作られた"人間ではない"モノだという事を。

 卑王ヴォーティガーンを打ち倒し、暗黒時代に突入したブリテン島全土を治める為に、竜の心臓を核にして作られた存在なのだという事を。

 実はこの十年間、養父エクターの教育以外にも、夢の中で魔術師マーリンから王としての教えを叩きこまれていたという事を。

 つまるところ——妹は本当に眠ってすらいなかったのだという事実を。

 

 

 

 月日は流れる。

 

 

 

 アーサー王が選定の剣を引き抜いてからヴォーティガーンを倒すまでの十年間。

 優秀であっても、ただの凡人にしかなれなかった彼の十年間。

 

 第一の会戦では、アーサー王に付いていって生き残るのが精一杯で。

 第二の会戦では、たった一人で膨大な人数の蛮族を倒すだけの力量がない事を思い知らされ。

 第三の会戦では、自分に他者を先導するカリスマなどなく一兵卒としてしか参加出来ないと悟り。

 第四の会戦では、ひたすら裏方に徹し、物資や補給に携わり自分の最善を尽くしても、尚会戦を勝利するに足る程の物資を集める事が出来なかった。

 ヴォーティガーンとの決戦では、そもそもアーサー王とガウェインしかまともに戦えていない。

 

 

 何も出来なかった男がいる。

 

 

 人々を導く様なカリスマはなく、誰かに陶酔される程の力量もなく、凡人の域から逸脱する事のない普通の男がいる。

 その手を取って一人の少女を導く事も出来ず、その手を引っ張って一人の少女を止める事も出来ず、見ている事しか出来なかった男がいる。

 

 

 見ている事しか出来なかったのに、見逃してはならない星の瞬きを見逃した男がいる。

 

 

 誕生した理想の王を祝福し、主君の不死性とその竜の如き強大さを讃えながら、心の奥底では子供にいつまでも王が務まるかと嘲る騎士達を変える事が出来ず、眺めている事しか出来ない男がいる。

 治世が上手くいっている時だけ認められる王を、全ての責任を押しつけられる都合の良い王を——"妹"を見ている事しか出来ない男がいる。

 

 平和になったブリテンに喜ぶ人々の裏で、周囲の誰にも悟らせず、一人苦悩する"妹"を何回も見て来た。

 だからこそ、完成した白亜の城キャメロット城にて彼は思う。暗雲が空を覆っている空。そんな雲の切れ目から見える僅かな夜空を見上げながら、ケイは思う。

 

 

 

 ——なぁ、誰でもいい。誰でもいいんだ。誰でもいいから、あいつをなんとかしてくれ。アルトリアをちゃんと見てくれ。そして、あいつを夢から覚ましてくれないか。

 あの、人々の理想の王という鎖を解き放って、あの悪辣な悪夢から目を覚ましてやって欲しい。やり方は問わないし、なんでもいい。

 なんなら一発で夢から覚めるように、思いっきりぶん殴って、叱り飛ばしてくれ。そうすればきっと、あいつはひとしきり泣いた後、誰かを頼り始めるから。

 ——だから、どうかあいつを——

 

 

 

「……………あぁ、クソ。今日は新月かよ」

 

 

 

 見上げた空に月は見えず、僅かに空を照らす星の瞬きすら見えなかった。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 何をするでもなく、ケイはキャメロット城の回廊でただぼんやりと空を眺めていた。

 あぁ、なんて忌々しい夜空だろう。暗雲に覆われている影響で普段よりも尚も夜は暗く、人々を呪い押し潰すような圧力を放っている。

 星の光は見えず、ようやく雲が僅かに晴れたというのに、夜を淡く照らす月すらない。

 月を見ても綺麗だと思えなくなったのは、一体いつからだろうか。もうよく分からない。ただ一つ言えるのは、自分はまともに星を眺めた事はないという事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「——すみません、ケイ卿」

 

 

 

 

 

 

 

 物音一つすらしないキャメロット城の回廊に、コツコツと響く小さな足音と——兄さんと親しみが込められていない方で、自分の名を呼ぶ声が響く。

 

 

 

「…………もう夜遅いですが、少し時間を貰ってもいいですか?」

 

 

 

 そう、どこか思い詰めた表情で告げるアルトリアと目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





【人物解説】

 ルーク

 詳細

 本作のオリジナルキャラ。
 主人公ルーナの兄であり、第三話で死亡。
 
 サーヴァントとして召喚される事はなく、主人公によって間接的に名前が広まるだけで、本人自身が世界に名を残す事もなく歴史から葬られる。



 イメージは苦悩しなかったケイ卿。

 


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第17話 波立たせる一射

 
 アルトリアの精神がかなりドボドボになっていますが許してください。
 最終的に、UBWルート後半の衛宮士郎並にカッコいいイケメンになるので許してください。
 


    

  

 

 

 超人達が集う十二の円卓の騎士の第一席に君臨し、ブリテン島全土の王となったアーサー王。

 円卓に上下関係はないとされるが、事実として円卓の騎士達は王を敬い、その王の手足となるべく集まった者達である。王なくしては円卓の結束はなく、また円卓がなければ国はまとまらない。

 ブリテン島に於いて、アーサー王は最も強大な力を保有する、最高権力者であると言ってもいい。

 

 

 そんなアーサー王の執政室に無言で入室し、応接用のソファにドカッと座る不機嫌そうな男がいた。

 

 

 誰が見てもすぐに余りにも不敬であると分かる行為。大胆不敵を通り越して愚かと言わざるを得ない行為だが、その行為を執政室の椅子に座るもう一人の人物は何も咎めない。

 こんな夜遅い時間に呼び止めたのだから不機嫌になるのは当然だろうと受け入れたからだった。

 

 

 

「……で? なんだアルトリア。オレはお前と違って夜をちゃんと寝ないとすぐ疲れるんだが」

 

 

 

 ケイの不機嫌そうな声色にアルトリアはやや申し訳なさそうにしながら返す。

 

 

 

「申し訳ありません、ケイ卿………

 ……今直ぐにでも話しておきたい事がありまして」

 

「(………………あ?)」

 

 

 

 一瞬で分かる程に明確な違和感だった。

 普段の王としての超然さはなく、また寛容さに溢れている訳ではない。王としての仮面を付けている訳ではないのに、呼ばれた名前は"ケイ兄さん"ではなく"ケイ卿"呼び。

 

 公では、彼がアルトリアと名前で呼ぶ事は性別を偽っている都合上許されず、また彼女もケイ兄さんと親しみを込めて呼ぶ事はない。

 しかし、公でない場所でなら彼はアーサー王ではなくアルトリアと呼び、また彼女もケイ卿とは呼ばず、ケイ兄さんと呼んでいた。

 

 一種の暗黙の了解と言っていい。だが今……——それがなかった。

 

 

 

「いえ、私も申し訳ないと思っているのですよ? でもその、ケイ卿が一番適任だと思いまして……」

 

「………………」

 

 

 

 僅かに眉を寄せた硬い表情でアルトリアは語っている。

 そもそも、アルトリアは普段は王としての責務や立場故に、こんな分かりやすく感情を表情に出す事はない。あったとしても、それは喜びや感謝といった正の感情な方が殆どだ。

 

 

 明らかな不調。

 

 

 この空間に自分と彼女の二人しかいないのに、アルトリアは王の仮面を付けて会話をしている。しかし、王としての仮面は外れかかり、普段の超然とした雰囲気もなければ、王者としての寛容さもない。

 

 

 

「……………………」

 

「あ、あの……ケイ卿?」

 

「……はぁぁ本当に………あぁ、めんどくせぇ」

 

 

 

 思わず天井を見上げてしまう。

 自然と溜息が出るのも仕方がなかった。今から間違いなく厄介事を押し付けられる予感しかしない。

 しかも、今までの生涯の中でも飛び切りの代物。いや、もしかしたらこれからの人生を含めても一番の厄介事かも知れないと思える程に。

 

 

 

「あー……あの、出来れば話を聞いて欲しいのですが……」

 

「おいアルトリア。あの土みたいな飲み物を煎れてくれよ。若干眠いし頭がスッキリしてないんだ。アレ程不味い飲料をオレは知らないが、アレを飲めば少しは意識が戻る。

 その後に話を聞く」

 

「わ、分かりました」

 

 

 

 そう告げると、こうなったらもうテコでもケイは動かないと悟ったのか、アルトリアは準備を始めた。

 豆を挽く動作は一目見ただけでも慣れ親しんだものだと分かる。つまりは慣れ親しむ程に日常的な動作になっているという事。あんなクソ不味い飲料を日常的に飲む奴の気がしれない。とケイは頭の中で考えていた。

 

 

 まだヴォーティガーンを倒す前の諸国漫遊時代に、マーリンが何処からか入手して来た物。

 

 

 面白そうだから飲んでみなよ、と差し出された土の様な色をした飲み物は、思わず吐き出す程に苦かった。

 涼しげな顔で飲むマーリンと、一瞬だけ眉を顰めただけでその後は平然と口にし続けるアルトリアにドン引きしたのを覚えている。

 

 マーリンはまだ良い。夢魔の混血児であるマーリンには味覚というものがないからだ。

 だがアルトリアの方は普通の味覚を持っている筈なのに、そのまま平然と飲み続けていた。自分の味覚がおかしいのかと、また口にしてもやはり苦かった。

 それも、若干体調を崩すくらいには。

 

 その分瞬間的に目が覚めるが、普通の人が飲む物ではない。

 これを涼しげな顔で飲んで、しかも日常的に口にする奴は絶対に人間ではないという確信があった。肉体か精神のどちらか、もしくは両方を魔性の類に片足を突っ込んだ奴以外は、この飲料を絶対に好まない。

 

 

 

「どうぞ……これは苦手ではありませんでしたか?」

 

「苦手だから飲むんだよ。気持ちが悪いくらいに目が覚める」

 

「そうですか……」

 

 

 

 受け取った飲料。マーリンが言うには、コーヒーとか言う飲料を口にしながら、横目でアルトリアを見る。

 やはり調子が悪い様に見えた。それも顔色に出てるくらいに。いつものアルトリアならもう少しくらい言い返すくらいはする。

 負けず嫌いの妹は、気落ちしているどころの話ではなかった。

 

 周りの騎士達は、アルトリアの事を鉄の心と称するが、アルトリアは鉄というよりも葦と称する方が合っているのをケイ卿は理解している。

 衝撃を受けてへこたれるが、すぐに顔を上げる。自己擁護の時間が一切ない。傷付きやすいが、心が折れる事は一度もなかった。

 そんなアルトリアがここまで気分を落としているのは、はっきり言って異常である。今までの生涯で初めてと称しても良いかもしれない。

 

 

 

「あぁ……本当に美味しくないな、これは。これを毎日飲む奴の気がしれない」

 

「……ケイ兄さんが淹れてくれというから、一から作ったと言うのに……まったく減らず口を……」

 

「——ハッ。悪いなアルトリア。

 それにこれは味じゃなくて香りを楽しむ物だとお前自身が言っていたんじゃなかったか? 味を貶して何が悪い」

 

「……ケイ兄さん。ふざけないでください、私は今真面目な話をしようとしているんです」

 

「というか、これを口にすると眠り辛くなるくらいに目が覚めるんだよ。仕事が溜まっているからってこれを夜にも飲んだりしてないだろうな、お前。

 それに今日はさっさとお前も寝て、話し合いは明日にしないか? オレは早く眠りたいんだが」

 

「ケイ兄さん。本当にいい加減にしてください。そろそろ私は怒りますよ」

 

「……………………」

 

 

 

 気怠げな態度と口調に、今から話す事が本当に重要な事なのだと念を押す様に告げながら、怒りを込めて強く睨みつけられる。

 軽い冗談も通じていない。精神的な余裕のほとんどがなくなってしまう程に、アルトリアは何かに追い詰められているという事が見て取れる。

 

 

 

「……なぁ、一応念の為に聞くが、本当に今じゃなきゃダメなのか? 今日は身体を休めて、万全の状態にしてから明日話し合った方が良いと思うんだが。

 重要な話し合いなら特に」

 

 

 

 気怠げな雰囲気を挟まず、アルトリアの目をしっかりと見ながらケイは告げる。

 アルトリアの精神状態を考慮した意見だった。しかし、アルトリアは間髪入れずに返して来る。

 

 

 

「ダメです」

 

「………………」

 

「確かに明日話し合った方がより堅実な話し合いになるかもしれない。しかし今は僅かな時間すら惜しい。今直ぐにでも相談したい事があるのです」

 

 

 

 アルトリアのそれは拒絶と言っても良かった。

 まるで何かに急かされていて、今こうしなければ何もかもが全て台無しになってしまうといった様な焦燥感。アルトリアの目を見て、ケイは一瞬で悟る。もうこうなったらアルトリアは絶対に己の意思を変えないだろう。

 

 

 

「……はぁ、あぁ分かった、分かったよ。

 それで? こんな夜遅くで、しかもいちいちオレに頼むんだ。何か暗躍でもしろって言うのか?」

 

 

 

 降参する様に両手を振りながら、ケイはアルトリアの言葉に返す。とりあえずは話を聞こうという体勢だった。

 

 

 

「それは、その……」

 

 

 

 しかし、いざ話を聞こうとすればさっきの圧力は消え失せ、アルトリアの表情に影が差す。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 アルトリアはしばし黙って俯いている。

 正直に言って、かける言葉がない。どう言葉をかければ良いのか分からないのではなく、今このタイミングでは何の言葉をかけても大した意味がないのだとケイは理解したからだ。

 

 一回落ち着けとか、やっぱり明日にした方が良いと言ってアルトリアを諭す様な言葉は何の意味もないのだと悟る。そうだと理解した上でアルトリアは相談すると決め、さらにその上で、未だに何かを迷っているのだ。

 その事を、ケイは理解出来てしまっていた。

 

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

 

 

 居心地の悪い静寂が二人の間を支配していた。

 会話もなく、ケイは静かに妹が口を開くのを待ち続けた。

 

 

 

「……一週間程前に、騎士になった"少年"の事を知っていますか?」

 

「……騎士になった少年? それは例のアイツのことか?」

 

「例のアイツ、とは」

 

 

 

 アルトリアの重い口が開かれ、ようやく出て来たのは彗星の如く現れた、例の存在についてだった。

 ケイにとっても、その存在は有名すぎる。

 

 

 

「知ってるもなにも、むしろキャメロットで知らない奴の方が少ない。

 それにオレが知らない訳ないだろうが。オレの親父を一撃でぶっ飛ばした奴だぞ。しかも、周りの騎士と比べて一回りどころか、二回り以上も小さい子供と来た。目立たない訳がない」

 

 

 

 忌々しげにケイは語る。

 率直に言えば、例の存在に良い印象は一つもない。

 十にもなるかならないかという歳で、今現在の最高権力者から直接で騎士に任命されるというデタラメさ。もちろんコネでもなんでもなく実力でもぎ取ったのだから手に負えない。

 自分の父親が都合の良い踏み台にされている様なものでもある。実際に姿を見た事はないが、嫉妬や怒り。嫌悪と言ったものは僅かだが存在する。

 

 

 

「まぁ、オレの事はいい。周りの騎士の反応は様々だがな。

 オレは実際に目にした訳じゃないが、先週の御前試合を実際に見た奴の熱狂具合は凄まじいらしいぞ?

 お前の再来だとか、次期円卓最優力、次代の円卓の最右翼だとか言って持て囃している奴もいたな。既に、ある一種のカリスマを誇っていると言っていい」

 

「………………」

 

「それに、もうランスロットやガウェインの様に二つ名を持っているらしいぜ?"鴉羽の騎士"ってな」

 

「……鴉羽?」

 

「なんでかは、噂に尾ひれが付いて定かではないが、いつも肩に鴉を乗せているからとか、行く先々で鴉に好かれているからとか。

 はたまたキャメロットに幸福を運んでくれる吉兆の象徴としてそう呼ばれてるとかな。正直言うなら、吉兆というよりかは不吉なんだが」

 

 

 

 その言葉に、アルトリアは何かを思案する様に俯きながら呟く。

 

 

 

「……………不吉ですか」

 

「あぁ不吉だね。さらに言えば気持ちが悪い。

 十程度の子供が騎士になるなど世も末だと思わないのか?

 それが噂の盛り上がり方にも影響してるんだろうが、好意的にしか見ない騎士や人々を心底気持ち悪く思ったのは——あぁ十年ぶりくらいか?」

 

 

 

 都合の良い所しか見ようとしない無辜の人々の心情をケイも理解出来ている。

 しかしそれでも、侮蔑の感情を抱かない様にする事は出来なかった。

 

 良くも悪くも、キャメロットは大きく騒ぎ立っている。

 モードレッドという"青年"が騎士になってから、たった一年足らずで円卓入りした時もかなり騒ぎ立ったが、今回はそれ以上である。

 モードレッドが円卓入りした事で、既に円卓の席は埋まってしまったが、もしまだ空席があればその鴉羽の騎士が円卓入りしていただろうと言う人間もいる。

 

 正確にはまだ空席があるが、あの席はあってない様なものだ。

 あの呪われた災厄の席に座りたいと思う人間はいないし、人々も第十三席の事はあってない様なものだと考えているからだ。あの席に座れる者は存在しないだろうし、そもそも現れないだろうと。

 

 

 

「……と言っても、本当にそんな存在いるのか? と疑っている奴もいるにはいる。

 一週間近くたったが、そんな目立つ存在を一目も見てないってな。周りの諸国では何かのプロパガンダなんじゃないかってキャメロットに探りを入れてくる奴も出始めた。

 ……仮に、その存在を隠しているんだとしたら、もう限界だとオレは思うぞ」

 

「そうですね。私も、そう思います」

 

 

 

 ヴォーティガーンが倒されアーサー王の統治が始まったとはいえ、まだ若干のゴタゴタは消えていない。そんな時世でいたずらに話を大きくするメリットはない。諸国に付け入る隙を与える事にも繋がるからだ。

 

 

 

「で、本題は?

 お前の様子だと、そいつの噂や所感を教えてくれなんて話ではないんだろう?」

 

 

 

 今話題となっている、その騎士になった例の"少年"とやらがアルトリアの悩みの種だという事は察せられたが、本題が見えてこなかった。

 ただ、その存在を隠して情報の操作をしていた事は今の会話から読み取れた。そして、国が動くレベルで重要な案件であるという事も。

 その言葉にアルトリアは何から話して、そして何処まで明かして大丈夫なのか悩みながら返す。

 

 

 

 

「単刀直入に言えば……この子はモルガンの回し者です」

 

「—————何?」

 

「……………」

 

「……はぁぁ……本当に、あの魔女め。まだ諦めてないってのかよ……」

 

 

 

 思わずケイは頭を抱える。

 アルトリアの腹違いの姉であり、復讐の妖妃と堕ちた魔女モルガンには幾度も苦汁を飲まされてきた。

 ブリテン島本来の王が持つ、魔力を自身に変換する能力を神秘が薄れてゆくこの時代で未だ保持している、アルトリアとはまた別の化け物。

 ここ数年は話を聞かなかったが、そう易々と復讐を諦める様な存在ではないという事は受け続けた妨害の数で理解している。

 

 

 

「それでなんだ。つまりはそいつの素性や経歴を探れって事か?

 後は、信頼に値するかどうかも」

 

 

 

 モルガンは確かに脅威だが、それでも彼女単独では円卓に敵う事はない。

 それどころか、アルトリア一人でも負ける事はない。魔術は通らず、聖剣の鞘の加護を持つアルトリアには傷がつけられない。故に彼女自身が表に出て来る事はまずなかった。

 モルガンは、陰謀と姦計を駆使し、自らは決して表に出て来る事なく、駒を動かす様に王に牙を立てる毒婦であると言っても良い。

 その策略の一環として、自らの血を受け継ぐ者を何人も嗾けている。

 

 

 しかし、誰一人として成功しなかった。

 

 

 しかも、成功するしない以前の話であり、嗾けられた者は敵意や復讐心すら芽生えていなかったという。彼女を母親だと思っているかどうかもすらも怪しい。

 

 モルガンの血を引く者の内三人は完全に白。

 モルガンとロット王の間に生まれた、ガウェインとガヘリスは母親であるモルガンの顔すら良く覚えておらず、ガレスはずっとロット王の下にいるのでモルガンの手が伸びている可能性は限りなく低い。

 完全に白ではない、若干グレーであるアグラヴェインはその忠節心からアーサー王に仇なす者ではないと判断されている。周りの評価はともかくだが、アルトリア自身は信頼している。

 

 

 

「……………そうですね……その様な考え方で間違ってないです」

 

「あ? なんだよ、歯切れの悪い。

 それに、間違ってない。ってどう言う意味だ? 正解ではないのかよ」

 

 

 

 どこか、自嘲する様にアルトリアは返した。

 相変わらず本質が見えて来ず、終始歯切れの悪い返事しかしないアルトリアに、ケイは若干の苛立ちを覚え始める。

 

 

 

「それはですね、その…………素性や経歴を調べる事に意味はありません」

 

「…………は?」

 

「一応、表向きの経歴などは全て調べが付いています。

 ……全て偽装でしょうけど」

 

「…………はぁ?」

 

 

 

 ここまでアルトリアが何を言いたいのか分からないのは初めてだった。単刀直入に言うと宣言して置きながら、全然本題が見えて来ない。

 話を察するにも限界があった。

 

 

 

「あー……なんだ……ちょっとまてよ……」

 

 

 

 頭を毟りながら、今まで出て来た情報や、明らかに異質な妹の様子から推測しようとするが、上手く話は纏まらない。そもそも、纏めるだけの情報が出ていない様に思えた。

 

 

 

「…………ケイ兄さんは、第四の会戦を覚えていますか?」

 

 

 

 頭を抱えて悶々としていると、アルトリアは目を逸らしながら、まるで罪を告白する様にほそぼそと話しかけてくる。

 

 

 

「第四は……第五がヴォーティガーンだから……ベドグレイン城の奴か?」

 

「はい……それで、第四の会戦前に、一つの村を干上がらせたのを覚えていますか?」

 

「…………………………あぁ」

 

 

 

 覚えている。

 むしろ、あの出来事を知っている者の中で忘れている騎士の方が少ない。記憶は風化したとしても、抜け落ちる事は絶対にない。

 あの時、ああしなければより多くの人々が亡くなっていたと理解していても、そう簡単に納得出来る者は多くない。いや、本当に納得出来ている騎士などいないかもしれない。

 より多くの人々が亡くなってしまったというのは、所詮は仮定の話でしかないからだ。

 

 

 もしかしたら——村を干上がらせなくても勝てたのでは?

 

 

 そんな思案をする騎士も少なくなかった。

 そうすれば、自らの罪や力不足を見なくて済み、罪の所在の全てをアーサー王に押し付ける事が出来るから。そして、その様な帰結に至った騎士が何名かいる事をケイは知っている。

 

 

 

「……その話が、どう繋がる?」

 

 

 

 険しい顔をしながら、ケイはアルトリアに問いを返す。

 余り思い返したい話ではなかった。忘れようとは思わないが、必要もなく掘り返す理由はない。過ぎた過去は変えられず、ただ気分が悪くなるだけなのだから。

 

 

 

「……その……私が滅ぼした村の…………」

 

 

 

 言葉を詰まらせながらアルトリアは語る。

 

 

 

「唯一の生き残りが………この子です」

 

「—————あ?」

 

 

 

 その言葉と共に、執政室の温度が下がった様な錯覚を覚えた。

 一瞬、思考が止まる。最悪の光景と展開がケイの頭を駆け巡って、どんどん浮き上がって来た。

 

 

 

「……………………なぁおい、それって」

 

「間違いではありません……忘れる訳がない、私はよく覚えているんです。

 あの村の中で……ただ一人の小さな子供だったから……私が見間違える訳がありません」

 

「いや……でも顔が」

 

「……確かに、今のあの子は仮面で素顔を隠していますが……髪の色、と佇まいが一緒なんです」

 

「……………………」

 

「ヴォーティガーンとの決戦が終わった後、あの村を訪れましたが、この子の遺体だけ発見出来ませんでした。でも、たった一人の子供があの村を囲う森を抜けられるとも思いません」

 

「は? ……いや待て、さっきコイツはモルガンの回し者だってお前は説明したよな?

 おかしいだろ。コイツはモルガンの血を引く者じゃ………——」

 

 

 

 そこまで喋ってからケイは気付いた。

 モルガンの回し者だとしても、モルガンの血を引いていなければならない道理などはない。

 そもそもアーサー王に復讐しようとする者が非常に少ないからこそ、都合の良い駒として扱う為に、モルガンは自らの血を使って、自らの子供を利用しようと考えたのだ。

 

 だから前提として、復讐してくれるなら自分の血を引いている必要などない。その例の子供と復讐の魔女を繋げる道理は、たった一つさえあれば良いのだから。

 

 

 

「モルガンが……この子を拾ったと考えれば、全ての辻褄が合うんです。

 歳に似付かない精神も力も。モルガンが手を出して来なかった空白の二年間も。

 ……あの子の遺体だけなかった事も」

 

「————————」

 

 

 

 ガウェイン・ガヘリス・ガレスの様に白ではなく、またアグラヴェインの様にグレーではない。

 ———黒確定である。

 

 いちいち復讐心を芽生えさせる必要などない。ただ、元からあるものを、モルガンが使用すれば良いだけ。方向性を決めて、軽く背を押すだけでいい。

 後はモルガンが何かをする必要はないのだから。

 

 

 

「具体的な証拠はありません。

 全て憶測でしかありませんが、キャメロット即位の日に、この子とモルガンが一緒にいたのを私は見ました……」

 

「…………一応聞くが、この事について知ってる奴は?」

 

「あの日……一緒に村に付いて来てもらったランスロット卿、ベディヴィエール卿、トリスタン卿の三人です。

 多分……この三人はキャメロット城でこの子がモルガンと一緒に居たのを目撃しています。それ以外の人物でこの事を知る者はいません」

 

「——そうか。

 ……いや。あー、なんというか。あれだ、ちょっと整理する時間をくれ……」

 

 

 

 上手く言葉にならず、頭を掻きながら意味のない唸りしか出てこない。

 事の重大さは分かる。今、かなり不味い状況に陥っていて、これからどう対応すれば良いのかといった建設的な話をしなければならない事も理解している。

 

 だが、言葉が出てこない。

 混沌とした思考と情報を上手く噛み砕いて、整理する事だけで精一杯だった。頭で理解出来ていても心が追い付いて来ない。

 

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

 

 また、気味の悪い静寂が二人を支配する。

 互いに交わす言葉はない。暖かさの欠けらもない、居心地の悪い酷く冷え冷えとした空気が流れていた。

 

 

 

「ケイ兄さんは……他に聞きたい事はないのですか。

 ………………言いたい事とか」

 

 

 

 その沈黙を破ったのはアルトリアの方だった。

 顔を背け、吹けば飛んでしまいそうな程に小さく、自嘲する様に苦笑いをしながら問いを投げかける。

 ——だがそれは同時に、何かに怯えているようでもあった。

 

 

 

「あ? ……………………あー……」

 

 

 

 無論色々言いたい事はある。

 そもそも和解など出来るのか? という話だ。

 

 仮に、この子供が殺意を持って歯向かって来たとしても、最強の聖剣とその鞘である究極の護りを受けているアルトリアが敗北する事はない。更に、騎士王本人以外にも名だたる円卓の面々が立ちはだかるのだ。

 その子供がキャメロットに勝てる道理はない。

 

 

 ——しかしだ。

 

 

 その子供はモルガンが二年の歳月をかけて送り込んだ切り札でもある。

 そして、決して弱者という訳でもなかった、自分の父親を一撃で吹き飛ばした実力は本物である。既に普通の騎士相手には歯が立たないだろう。

 化け物には、同じだけの化け物。つまりは超人たる円卓の騎士をぶつけなくてはならない。それこそ、ガウェインやランスロットの様な本物を。

 

 その子供が歯向かっても敵わないと理解しているなら、最初の数年は表面上の関係を保てるかもしれない。だがその間は裏で力を溜め込み続け、最悪のタイミングで解放してくるかもしれない。

 極めて質の悪い爆弾だ。

 

 正直に言うなら、元凶であるモルガンには何のダメージはないとしても、さっさとこの子供を抹殺した方が良いとすら思っていた。

 この子供の実力をキャメロット側に表面上は引き込めるメリットはあれど、潜在的なデメリットが余りにも大き過ぎる。

 

 

 

「ケイ兄さんは、どう思いますか……?」

 

 

 

 ——だが、そんな当然の事はアルトリアも理解しているのだろう。

 この子供を受け入れる危険性を知っているだろうし、この子供に対する負い目があるから危険性を排除する為に抹殺するという選択肢を、心情的に選べない。

 国の為に死んでもらった子供を、また国の為に、その子供の可能性ごと摘み取ることがもう出来ない。

 

 こいつを受け入れるのは危険だとか、この子供と和解出来る訳がないとか、そもそもどうやってこの子供の問題を片付けるんだとか。

 そんな、毒にも薬にならない事をいちいち言う意味はなかった。

 そんな言葉は、ただアルトリアを追い詰めるだけ。アルトリアはそれを理解した上で、幾度も悩み、苦悩し——そして自分に話を持ち掛けて来たのだ。

 

 

 

 

「…………はぁぁぁぁ……あぁもう、マジで最悪の案件をオレに持ち掛けやがって……」

 

「あ、あの……」

 

「まぁいいさ。

 この書面を見るに、ランスロットは手も足も出なかったって事だろう? これには表面上の事と推測しか書かれてない。オレでも簡単に分かるだろう事くらいしかな。

 そういう点で言えば、お前の選択は正しい。事を広げるのも最悪だ。

 ……円卓最強も、無窮の武練と謳われた剣術が通用しない相手には形無しみたいだな」

 

 

 

 机に置かれた、ランスロットが書き記した書面を指差しながら語る。

 

 自分が選ばれた理由は、理解出来ないでもなかった。

 円卓の騎士は超人集団ではあるが、決して頭の出来が良い集団という訳ではないとケイは考えている。

 騎士道という概念に頭を浸した、頭のお堅い者ばっかりだと嘲笑っているし、現実が見えてない騎士に現実を突き付ける嫌われ者を買って出る事も良くやっていた。

 腹の探り合いが出来たとしても、それがこの何を考えているか分からない、モルガンの回し者に通用するかどうか。

 

 一番腹の探り合いが上手いのはアグラヴェインだが、モルガンの息がかかっているだろうその子供と相対した時、どの様な反応が起きるのかが不明瞭だ。

 そう判断して、次に候補に上がったのが自分なのだろう。

 

 

 

「あー……どうすれば良いんだかなぁ。

 とりあえずは会話を試みて、その反応から探ってみるくらいしか思い浮かばねぇ……」

 

「そ、そうですね。ケイ兄さんには、この子と可能な限り普通に接して貰って……それで……その……」

 

「反応を見て、色々推測しろって事だろ?

 まぁ……正直言ってこれ以外の手が取れないんだが。余りにも情報が足りてなくて。だがそれは、相手からしても同じ事だ。どんなにコイツが優れていようと、最初の数ヶ月は……こいつもまともに動けないだろうさ。多分手を出してくる事もないだろう」

 

「…………………」

 

 

 

 

 仮にこの子供がアグラヴェイン並みに腹の探り合いが上手いとしても、そんな短い時間でこちら側の動向や思惑を把握出来るとは思わなかった。

 相手はたった一人の子供。楽観視をする気はないが、その子供もそう簡単に立ち回れる訳がない。

 

 

 

「まぁ……とりあえず明日からな? 今日はもう夜遅い。

 この子供……ルークとか言ったか? こいつも寝てるだろうし、オレの方もひとまず情報を整理したい」

 

「……分かりました……ありがとうございます」

 

「お前も今日はさっさと寝て身体を休めろ、いいな? まともに休んでない状態じゃあ頭が動く訳ないだろう」

 

 

 

 アルトリアにそう言い付けて、ケイは執政室から出ようとする。

 

 

 

「あのっ! ……その……」

 

「はぁ……まだ何かあるのか?」

 

 

 

 会話の終わりを感じ取って、思わずアルトリアはケイを引き止めた。

 さっきはある程度の事情は説明したが、まだまだこの子供について説明してない事がある。でも、どこまで話していいのかが分からない。

 それに、説明したくない事だってあった。この子の力の源だとか、この子の家族についてとか。そして———素顔だとか。

 

 

 

「……その……」

 

 

 

 結局言葉を濁して、この子の裏の事情を一つ説明する事しか出来なかった。

 

 

 

「さっきはこの子を少年と言いましたが……本当は違います。

 この子は男性ではありません。その…………女性です」

 

「———ぁ……………は、?」

 

「素顔を見た事があるので、分かるのです」

 

 

 

 そう告げられたケイの表情は、今までで一番凍りついたものだった。

 ある事柄以外の全ての思考が停止させられる。知りたくもなかった事実を知らされる。その所為で、理解したくもなかった事実を理解させられる。

 

 

「流石に、嘘だろ……? なぁ?」

 

「嘘じゃありません。

 ……冗談でもありません」

 

「コイツは男のフリをする、十にもならない少女、だと……っ!」

 

「……えぇ」

 

 

 

 声が震えていた。そこには、隠しきれない激情が滲み出ていた。

 心の底から、アルトリアの行動が気持ち悪いと思った時も隠し通せた筈の感情が、どこまでも膨れ上がってケイから溢れ落ちる。

 

 

 

「兄さん……?」

 

 

 

 ケイは手を震わせながら、俯いて地面を睨み付けていた。

 不機嫌そうないつもの顔ではなく、眉間を震わせながら、心の底から怒りに塗れた表情だった。

 

 

 

「……オレはもう寝るぞ、色々疲れた」

 

 

 

 だがそれもすぐに元の表情に戻って、ケイはぶっきらぼうに返事をするだけだった。身体中から、心底疲れたと思わせる様な負のオーラを放出している。

 こうなったらもう、一切の話を聞いてくれないだろう事をアルトリアは良く知っている。

 

 

 

「あの……」

 

「明日からだ、いいな?

 ……あぁそれと。お前の宝物庫の中で埃被ってる、グウェンとか言う名前の透明マントがあっただろ? それを明日直ぐに寄越せ」

 

「は、はい。お休みなさい」

 

 

 

 言葉を続けるのは許さないとばかりに、高速且つ手短に、怒鳴る様に返答された。しかも、今までで一番と言っていい程に不機嫌な顔で。

 そしてそのまま、乱暴に扉を開けて執政室から出て行った。

 

 

 

「……今日は流石に私も身体を休めましょうか……」

 

 

 

 振り返って、窓から夜空を見る。

 暗雲は晴れていたが——やっぱり月はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 執政室の扉を開けた後、何処かに行くでもなく、そのまま扉を背に預けてケイは佇んでいた。

 扉の奥からは、物を整理する様な音が数度響いてから、足音も聞こえなくなった。恐らく妹はちゃんと寝ただろう。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 その事を確認し終えてから、ケイは手に持っていた書面を読み返す。

 ランスロットが書き記し、先程妹から相談受けた——とある少女についての書面だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふざけるなよ、何が……っ少女だと……?

 男と姿を偽って………人としての人生を捨てた……ただの少女だと……ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 余りの激情を抑えられず、手を握りしめる。その書面ごと。

 ケイにとっての決して触れてはならない地雷が起爆している。

 

 

 

「マーリンもモルガンも……あぁ……どいつもこいつもクソの魔術師共が……っ!

 自らの私利私欲の為に、関係のない者の人生を好き勝手に弄びやがって!!」

 

 

 

 聞く者を震え上がらせる程の憤怒だった。

 その定められた運命を、そしてその運命を作り上げた者への憎悪。自分の目の前に居ない筈なのに、意味もなく正面を睨み付ける。

 もし目の前に、その魔術師達が居たとしたら、敵う事はなくとも全力で殺しにかかっていたかもしれない。

 

 

 

 

「ふざけるなよ……

 人として育てられず、人としての生涯を得られなかったから、人々の理想の王という存在として自らを縛り上げる少女と………

 人として育てられ、そして人としての幸福の全てを台無しにされて失ったが故に、復讐に身を焼き焦し続ける少女だと………ッッ!!」

 

 

 

 

 書面を握り締めてる手と逆側の手で、思いっきり頭を掻き毟る。それこそ、そのまま自分の頭を握り潰してしまうかの様に。だが、当たり前だが潰れない。そんな力を持っている筈もないから。

 

 

 

「———本当に……本当に……よくもやりやがったな魔女め……あぁ、テメェが作り上げたそれは最高傑作だろうさ。それこそ、先王と花の魔術師が計画して作り上げた最高傑作にすら通じるだろう程にな」

 

 

 

 それは凄惨な笑みだった。

 笑わずにはいられない。笑ってなければやってられない。

 

 あまりにも。あまりにも悪質な一手だった。

 しかも酷く周到でご丁寧。そして、マーリンのそれよりも酷く悪趣味。

 精々が道を歩く者を転ばせる石程度の者でしかないと考えていたが、魔女はそんなものではなかったという事を理解させられる。

 小石などではなく、その匂いを認識した瞬間、相手の内側から蝕んでいく腐臭を放つ腐り果てた臓物であった。

 

 最悪だ。

 こんな事知りたくなかった。

 こんな事に関わりたくなかった。

 

 でも、そんな出来事の中心に妹がいるのだ。

 あぁ……本当に最悪だ。

 

 

 しかも更に最悪な事に——妹はその少女に何かを重ねているのかもしれなかった。

 

 

 性別故なのか、もしくは境遇か。

 何かは分からないが、あの余りにも不自然な態度は未だに何かを隠してることを雄弁に表している。

 ——それは、その例の少女の視点に立った場合の時の何かを想像している様に思えた。

 

 

 

 

「ハ、ハハ。

 何が、今までで一番の難題を押し付けられるかもしれないだ……こんなの、今までの人生どころか、後の生涯全ての事件を足したとしても、この一件を超える事など出来やしないだろうさ」

 

 

 

 あまりにも荷が重いと言っても良い。

 他の名だたる円卓の騎士の様な力もなく、優れたカリスマもない、どこまで行っても凡人にしかなれない自分が、現在進行形で拡大を続けるブリテン島最大の騒動の中心人物として巻き込まれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「———あぁ、いいぜ。やってやるよ、やればいいんだろうが、クソが……ッッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 もうどうしようもない。

 巻き込まれた以上、凡人でしかない自分には後退も撤退も許されず、ただ足掻き続けるしかない。それなりに平和になったブリテンで、円卓の任務を片手間に自堕落に生きるという予定に別れを告げるしかない。

 

 そう理解して、彼は決心する。

 ——死ぬその瞬間まで運命に抗ってやると。

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ある一つの運命の歯車が逆回転を始めた。

 

 

 

 

 

 

 




 
 ケイ卿はFate主人公になる素質がめっちゃあると思います。
 だれかケイ卿をFate主人公にして。
 


 


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第18話 波立つ一射 前編

  
 後編が重要な話。
 前編そのものはそんなに重要な話じゃないけど、クトゥルフの導入みたいな立ち位置の話。

 後活動報告で書いたのですが、データ吹っ飛ぶ前とストーリー展開を微妙に変えました。
 予定していたものを消したのではなくて、順番を入れ替えたり新たに追加しただけなので、そんなに気にしなくていいです。




 

 

 

「君は最近、よくここを訪れるけど何か用があるのかい?」

 

「いえ、用がないからよく訪れているのです」

 

 

 

 キャメロットの騎士の宿舎に存在する一室。

 騎士が利用する食堂で、カウンターの奥にいる食堂の料理長から話しかけられる。

 現在、この場には自分と料理長しかいない。基本的に騎士達は城下の店か自宅で食事を取り、ここでは宴会や酒盛りの際で騒ぐ時に利用するらしい。

 普段から利用する者はあまりいないそうだ。

 

 

 

「用がない……どういう事なんだい?

 ……いやすまないね。君の噂は少しは知っているんだが、基本的に私はずっとここにいるからさ。噂通りなら、君くらいの実力者をどこも放っておかないんじゃないかってね」

 

「確かにそうかも知れませんが、まぁ……私の年齢がアレなので、どこも処遇が上手く決まらないのでしょう。それで、私の処遇が決まっていないので特に任務もなく、また待機命令が下っているのに勝手にどこかへ行く訳にもいかないので……正直言うと暇ですね」

 

「そうなのか、あぁ蒸した野菜のスープだ、食べると良い。

 ……まぁ私は騎士ではないのでそういうのは詳しくないからなんとも言えないが、かなり時間が経っているんじゃないかい?」

 

「ありがとうございます。

 そうですね。今日で、十日じゃないでしょうか」

 

「十日か……流石に長いんじゃないかい?」

 

 

 

 具体的な期間を聞いて、料理長はやや眉を顰めた。

 元々騎士であったという訳ではなくとも、それなりの期間を騎士達と共に過ごして来たのだから、多少なりとも違和感を感じるのだろう。

 早い者だと、一日も経たずに編成が終わる事を私も知っている。

 

 

 

「確かに、少し異常なくらい長い気がしますが、お前の方がもっと異常なんだから文句を言うな。と言われたら返す言葉がありませんので」

 

「確かにその通りだな」

 

 

 

 納得した表情で、料理長はおおらかに笑っている。

 無論私だって、流石に長いなとは少し思っている。当初言われていた一週間よりも時間が伸びてるのに対して詳しい説明は未だにないが、ランスロット卿から改めて、すまないがもう少し長くなりそうだと、申し訳なく言われたらもう私から言える事はない。

 

 立場的には、相手は円卓の騎士という国のトップであり、私は最近騎士になったばかりの新参者。文句を言える立場では到底ない。

 それに、私が幼い子供だからという理由以外の事情があるのだろうというのは、分かりやすいくらいにランスロット卿の反応から明らかだった。

 もちろん、それをいちいち突っ突く必要はない。ランスロット卿の反応から私の事を覚えているというのを知る事が出来たし、警戒以外にも多分負い目を感じている。

 

 …………もしも、あの日の事など忘れたし、罪悪感も一切存在しないとかだったら、私としてはかなりキツかったかもしれない。一カ月くらいは負のオーラを撒き散らすくらいに悶々としていただろう。

 でもそうじゃないのなら、もう、いい。私だって、完全にあの日をなかった事にするのは厳しいが、充分納得は出来る。どうしようもないし、これ以上望めるものがない。

 

 

 

「それにしても君は一日の大半を此処で過ごしているが、正直言って料理をしている私を見ていて面白いのかい? 君が他にする事がないとはいえだ」

 

「焚火をずっと見ていられる感覚と言えば分かりやすいでしょうか。面白い訳ではないが、つまらない訳でもない。なんだかずっと見ていられる。そんな感覚です。それにキャメロットの食事がどうなのかも気になっていたので」

 

「ほう? 正直に言うなぁ君は。だが気に入った。無駄に畏られてもやりにくいだけだし、君は一部の騎士と違って騒いだりする訳でもない。君くらいの態度が私にはちょうどいい」

 

 

 

 彼が浮かべたのは、人を安心させる柔らかな笑みだった。

 しかし、顔をこっちに向けているが料理する手元は一切ブレていない。それだけで、目の前の人物がどれほどの料理の経験を持っているのかは簡単に見て取れる。

 

 今でこそ気安い関係だが、ここを訪れたばかりの頃はあまり会話はなく、どこかぎこちなかった。私がではなく、料理長の方が。

 ずっとバイザーを着けてて見た目が不気味なのと、私の噂はまあまあ物騒なものなので、距離感が掴めていなかったのだろう。特に用がないのと暇を潰すのにちょうど良かったから何回も通い詰めていたら、自然と彼の方から話しかけてくる様になった。

 私側としても、特に何かを気を付ける必要がないし、適当にしているだけで良い相手なので楽で助かっている。精神を張り詰めなくていいというのが本当に楽だ。

 

 後は、現在ガレスはいるのかどうか確かめる為にもここに訪れていたが、今のところ一度も見かけていない。タイミングが悪いという訳ではなく、多分まだキャメロットに訪れていないのだろう。

 一年か二年くらいすれば、キャメロットに足を運んで厨房で下働きをするのだろうか。

 

 

 

「君はずっと暇をしているんだろう?ならおじさんの愚痴でも聞いてくれると助かるんだが大丈夫かい?」

 

 

 

 彼は私に明るい口調で話しかけて来た。

 愚痴を聞いて欲しいと語りかけてくるが、その表情からは疲労や憔悴といった様子は窺えなかった。単純に会話でも楽しもうという事のように感じられる。

 人の良い人物。そんな印象だ。

 

 

 

「えぇ、いいですよ。私で良ければ。

 ……一応聞きますが、愚痴を聞いて欲しいのなら他の人の方が良いでは?」

 

「いやぁ確かにそうかも知れないが、今の所君以外の人はいないし、大体ここに来る騎士は酒を飲んでだんだん騒ぎ始める者が多いからね。静かにここを利用してくれる人は意外と多くないのさ」

 

「なるほど、つまりは酒を飲んで騒がない人が良いと。確かに、私はまだ飲酒は出来ませんからね」

 

 

 

 この時代のブリテンにはいくつになるまで酒を飲んではいけないという法律やルールといったものはないが、十の子供が酒を飲んではいけないという道徳や知識は存在する。

 仮に私が飲みたいと言っても、周りに止められるだろう。十五を迎えればギリギリ許されるかもしれない。別に酒を飲みたいとは思ってもいないし、それに酒を飲むんだったら、毎朝愛用しているアレを飲む。

 時代が時代なので本当に苦く、またその影響でキャメロット内でコーヒーを飲んでいる人を、今現在誰一人として見てないのだが、一応香りを楽しむという目的の為か嗜好品としてキャメロットで売買されてはいた。

 元々飲んでいなかったが、もうコレは癖というか習慣だ。モルガンと一緒に過ごす内に出来た習慣。

 

 

 

「確かにそれもあるけど、なんとなく君は聞き上手な気がしてね。礼儀も出来てるし、何というかその静かな佇まいというか雰囲気が良い。

 なに、これでも長い間色んな騎士と相対してきたんだ、見る目は意外とあると自負しているよ」

 

「そう褒められると悪い気はしません。

 ですが、もしかしたら私は他人に興味がないだけかも知れませんよ?」

 

「それはそれで良いさ。

 私は誰かに話したいだけで、悩みを解決して欲しい訳じゃない。無論解決してくれるなら嬉しいけど、この愚痴を言って他者を悩ませるくらいなら、そもそも愚痴を聞かせたくないからね。

 だから君がちょうど良い」

 

「…………そこまで言われたら聞くしかありませんね」

 

 

 

 肩を竦め、諦める様に笑いながら彼に返す。

 会話すればする程、彼が本当に良い人なんだなとしか思えない。本当にこの人とは精神を張り詰めなくて済むから楽だ。料理長は私の事を聞き上手だと称したが、逆にこの人は話し上手だと言っても良い。

 聞いていても不快にならないし、自然体で接する事が出来る。

 ……用がない時や機会があったらここを利用する様にしよう。

 

 

 

「おっ! 今僅かにだが笑ったなぁ?」

 

「…………はい?」

 

「いや実はね、この一週間君と相対してきた訳だけど、君って全然笑わないじゃないか。しかもずっと仮面付けてるから、感情が口元からしか読めないんだよね。だからどう会話をすれば君が感情を表に出すのか悩んでいたんだ」

 

「………………………」

 

「アハハハッ! すまないね、実はどうすれば笑ってくれるのかが日々の小さな楽しみになっていたんだ。それにこれって意外と結構凄い事なんじゃないかなとも思ってるよ」

 

「……愚痴は……?」

 

「ない!」

 

 

 

 はぁ……と、思わず呆れる様に溜息が溢れる。

 なんというか弄ばれた様な感覚だが、不思議と不快感はなかった。多分、コレも彼の魅力の一つなのだろう。それに暇つぶし代わりに用もなくここに訪れているのだから、文句は言えない。

 

 

 

「いやぁ君と会話するのは面白いね」

 

「子供を相手に揶揄っているのですか? 趣味が良いとは言えませんね。その様な態度ではいつか嫌われる事でしょう」

 

「正直に言うねぇ。おじさんには子供がいないから、なんというかこういうやり取りが楽しいのさ。それに決して君を子供だと侮っている訳ではないんだ。

 ……あっ、今いつか嫌われるかも知れないって言ったという事は、もしかして結構好いてくれている?」

 

「ゼロがマイナスになるという話なのですが?」

 

「ハハハ……手厳しいなぁ。

 いやでも、いつか君が大人になったら酔わない程度に静かに酒を飲み交わしたいものだよ」

 

 

 

 

 

 

 

「———それはいいですね。私も"この子"が大人になったら一緒に酒を飲み交わしたいものです」

 

「……………ッ………」

 

 

 

 気配もなく、後ろから響いて来た声に一瞬心臓が跳ねる。

 別に大きく声を張った訳ではないが、自然と場に響き渡る声をしていた。その声で何かを歌えば、自然と誰もが耳を傾けるだろう。

 そんな美しさと力強さを持った声だったのだから。

 

 

 

「———失礼。隣に座っても良いですか? "ルーク"」

 

「……貴方に名前を知って貰えるのは光栄です"トリスタン卿"」

 

「別にそんな事はないのではないでしょうか。何せ、貴方は今キャメロットで話題の騎士なんですから……あぁ料理長、お酒を貰ってもよろしいでしょうか? ……いえ、私は至って真面目ですよ」

 

 

 

 自分の隣の席に座ったのは、炎の様な赤い長髪を靡かした純白のマントを身に付けた、やや細身の騎士。トリスタン卿だった。

 ……そして、普段は閉じられているであろうその目が見開かれており、鮮黄色の瞳を覗かせている。その事が意味するものが一体なんなのかは推測する事しか出来ないが、面白い理由などではないのは分かる。

 

 

 

「こんな時間に酒ですかい?

 トリスタン卿は前にも酒を飲んで他の騎士と騒いでいたではありませんか。流石に早いのではないですか?」

 

「…………騒いでしまったのはすみません。ですが、今日の私は至って真面目です。酒に溺れるつもりはありません。出来れば一口でいいのでお酒を貰えませんか? 集中出来るので……」

 

「まぁ一口だけならば……」

 

 

 

 そう言って、料理長はトリスタン卿に一口分だけの酒が入ったグラスを手渡した。

 

 集中したい……つまりは会話の一語一句を見逃さないくらいに意識を張り巡らしたいという事なのだろう。多分邪推ではない。私も精神を張り巡らさなければならなくなった。

 私は別に敵対する気もないし、可能なら仲良くやっていきたいが表面上は初対面なだけで、彼とは既に一度会っている。いきなり、今日から仲良くやって行きましょうとは絶対にならない。

 私側からとしても、まだ信用は出来ない。

 

 

 

「すみません、驚かせてしまった様ですね。

 あっ……普段もこんな時間から飲んでいる訳ではないのですよ?

 先日南方から帰って来たばかりなので少しだけ飲みたくなっただけなのです」

 

「いえ、別に私に対して気を使う必要もないでしょう。私とトリスタン卿では立場の違いが大き過ぎます。

 それに驚いてもいませんしイメージが崩れたという訳でもありません。円卓の騎士の皆様方が酒豪であるという事も有名ですから」

 

「おや、そうなのですか?

 ですが、今さっき一瞬だけ——心音が跳ねた様な気がしたのですが……」

 

「………………」

 

 

 

 何げない会話の中に肌がピリつく様な感覚と、この場が静かに冷え切っていく様な錯覚を覚える。高まる緊張感の中、横目でトリスタン卿の姿を観察する。何かを勘繰る様な様子でトリスタン卿が此方を覗いていた。

 やはり目は見開かれている。私の視線とトリスタン卿に視線が交差する事はないが、たとえバイザー越しでも視線を交差させるのは不味い予感がする。

 全てを見透してくるような鋭い視線だった。

 

 流石はトリスタン卿というべきか。

 超人的な聴覚を有するトリスタン卿にとってすれば、僅かな心音から相手が何を考えているか推測する事が出来るのだろう。敵意そのものは感じないが、ランスロット卿と違って一手も打ち損じる事が出来ない予感が身体を走り続けていた。

 

 

 

「驚いていないと言ったのはお酒の方ですよ。

 いきなり円卓の騎士のトリスタン卿が現れれば誰だって驚きます。それこそ、つい最近騎士になったばかりの一兵卒であれば尚更でしょう?」

 

「…………と言う割には、此方が驚くほど冷静の様に感じられるのですが」

 

「まぁそれは、十足らずで騎士になった者ですので。

 年齢以外は全て普通だった。という風に失望させては嫌ですから。私はほとんどの騎士の半分も生きていない子供ですので、礼儀くらいは弁えておかねばならないでしょう」

 

「……それもそうですか」

 

 

 

 その言葉とともにトリスタン卿から放たれていた圧力が一気に霧散し、開かれていた目が塞がれる。納得した様子というよりは追及を諦めたという様子だった。

 

 

 

「すみません、私も何か貰ってもいいでしょうか。あまりものでも良いので」

 

「じゃあ酒と合うように豆のポリッジでも」

 

 

 

 此方から完全に視線を外し、トリスタン卿は料理長の方へ顔を向ける。

 しかし、若干の警戒は未だ感じられた。いつでも臨戦しても良いようにイスには深く腰を預けていない様に見える。やり過ごせたが、互いに一歩も進んでいない。一旦休戦といったところなのだろう。

 

 ……まさかいきなりトリスタン卿と不意打ちでエンカウントするとは。想定していなかった訳ではないが、どちら側と言えば想定外である。

 ランスロット卿は仕方がなかったとしても、私を警戒してあの三人の内の一人であるトリスタン卿が来るとはあまり考えていなかった。

 だが、初手で彼が来たという事は全力で此方を探って来てると考えた方がいい。

 私が大きく動揺して対応をしくじったら一歩引いて私の反応を見定めよう、とかそんな考えだったのかもしれない。でも上手くいかなかったので、深く追及するのは諦めた。という訳か。

 

 

 …………ハイリスク・ハイリターン過ぎる。

 

 

 私の部屋が専用に用意されていたから、間違いなくアルトリアは私の事を認識している。それなのに、彼女がこんな博打の様な手を打って来るだろうか……?

 どうせ、いずれは相対する事になるのだから、今の内に会わせて早めの段階で反応を見ようと言う考えを持つタイプにも思えない。

 トリスタン卿の単独行動……?

 

 まさか。やや自己中心的な側面を持つトリスタン卿なら単独行動をするのはあり得るかも知れないが、やはりトリスタン卿が博打をするイメージがない。そもそも、トリスタン卿が独断に走るのは、騎士として誓いに大きく反する時くらいだろう。

 ……私の想定が甘いだけなのか? それとも——アルトリア以外の"誰かの指示か"?

 

 

 

「………………」

 

 

 

 トリスタン卿はこれと言って喋らず、黙々と食事を続けている。

 自分で言うのもなんだが、不気味だ。

 

 私を今すぐ抹殺しに動くとは思えないし、一度様子見をするだろうと考えてはいる。

 しかし——もし国か私かを選択しなければならなくなった場合は国を取るだろう。円卓もアルトリアも。そこまで安易に考えてはいない。

 だからこそ、相手が何を考えているのか分からないのは本当に不気味だ。

 ランスロット卿は分かりやすかったが、トリスタン卿だと感情を読み取れない。

 

 

 

「ありがとうございます。本当にここの食事は胃に優しいものばかりです」

 

「酒で潰れる騎士が多過ぎるのですよ……まったく」

 

 

 

 トリスタン卿は食事を済ませ、料理長と一言会話すると席を立ち上がった。

 相手からも、私が何を考えているのか分からなかっただろうが、私もトリスタン卿が何を考えているか分からなかった。とりあえず探りをかけられている事だけは分かる。

 

 

 ……正直超怖いな。

 

 

 かといって私から揺さぶりをかけるタイミングではないし、話の流れは途切れている。様子見しかないか。

 

 

 

「そういえばルーク。貴方は確か暇をしているのでしたよね?」

 

「ええ、暇をしているかと言われれば暇をしていますね。待機命令のみが下ったまま十日ほど経っているので」

 

 

 

 そのまま食堂を出て行くかと思われたトリスタン卿に問われた。

 返答が速すぎず、かといって遅くもならないように細心の注意を払いながら返答をする。此方の動揺を表面に出さないよう、呼吸の速度にも意識を向けながら、トリスタン卿の一挙手に注目する。

 同時並行の為の集中力はあると思うが、油断が出来る相手ではない。

 

 

 

「では後日、私の隊による弓の合同練習があるのですが——参加してくれませんか?」

 

「……はい?」

 

 

 

 そう告げたトリスタン卿の表情は穏やかだったが、その微笑みの裏に鬼気迫るほどの注視があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——見せ物か何かだろうか。

 

 日本で言う道場の様な騎士の訓練施設に、トリスタン卿の部隊と思われる弓を装備した騎士がざっと数十人。

 さらに視線の先には、およそ50メートルほど離れた箇所に1メートルを少し超えるほどの的が複数並べられている。

 

 目の前にあるのは、恐らく13世紀から14世紀にかけて絶頂期を迎える、オスマン帝国やイギリスのロングボウ部隊の源流の一つであり、さらには後の歴史でアーチェリーという文化に昇華されるだろう原点の一つなのだろう。

 しかし、その颯爽とする光景を見ても、何の感慨も得られなかった。

 

 

 

「……おい、アレって………」

 

「まさか……アレは…………」

 

 

 

 そんな呟きとざわめきがさっきから耳に入っていた。

 前方にいる騎士達は、一応は的の方に体を向けているが、チラチラと振り返って此方を確認している。しかもアレ呼ばわりだ。悪目立ちには程がある。悪い見せ物か何かだ。

 

 

 

「どうですか?」

 

「どう、とは……?」

 

 

 

 トリスタン卿に話しかけてられて、何故このタイミングで話しかけて来るんですか? という出かかった言葉を押し込める。

 やり辛い、非常にやり辛い。自分のペースを握れない。

 

 

 

「いえ、貴方には弓が似合うと思ったのですよ。

 ……正直な話子供が前線に出るというのは、あまり、気が乗りません。それでも、貴方は騎士となったのだからいずれは戦いに赴かなくてはならないでしょう。なら、剣よりも弓の方が良いと」

 

「そうですか」

 

 

 

 非常に言葉を選んだ雰囲気が感じられるが、トリスタン卿の言葉は真摯に訴えかけている様な気迫だった。きっと、その言葉だけはトリスタン卿の本心なのだろう。

 

 

 

「……貴方も一射どうですか?」

 

 

 

 言葉とともにトリスタン卿から弓を渡される。

 およそ子供が扱う大きさではなく、自分の身長を超えるロングボウ。当たり前だ。むしろ十にもならない子供用の弓がキャメロットにある方がおかしい。

 

 私の身体が、女性の様な華奢な身体だと言われる以前の話だ。

 こんな小さい子供の身体では弓を引く事はおろか構える事にすら苦労するだろうと思われるに違いない。仮に矢を放つ事が出来ても50メートルも離れた的まで矢が届く事はない。

 ——本来なら。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 手元の弓から顔を上げれば、自然と視線が自分に集まっていた。疑惑や懐疑、そして畏怖と期待。そんなものが混ざり合った視線が私に向けられていた。

 ……やっぱり見せ物だ。そして私は品良くショーをしなければならない。

 でも、多分なんとかなるだろう。醜態を晒す事になるとは思っていない。こんななりだが普通に弓を引けるだろうし、50メートル先の的を射抜く事もきっと容易い。私は見た目だけが子供の化け物だ。自分の体重より重い大剣でも片手で振り回せる。

 そして、それ以外にも理由がある。

 

 

 それは——完璧にイメージ出来る一つの鏡像。

 

 

 今のこの時代には存在しない鏡像とも言ってもいい。それを僅かな狂いもなくイメージ出来る。

 それは、魔術鍛錬の副産物として百発百中の腕前を誇る——ある少年の事。

 無論、魔術師なら誰もが弓の名手という訳ではないし、私の魔術鍛錬とその少年の魔術鍛錬は違う。

 

 それでも、絶対に私はその少年の弓を再現出来るという確信があった。

 勘ではなく確信。ただ漠然とした感覚なだけだが、私は完璧にイメージ出来る。

 何故そうなのかという理論。それに至るまでの過程。そしてそこから出来上がる結果。

 ——その全てを、私は自分の身体に投影出来る。

 

 魔術は己の戦いであると理解している。

 本来なら存在しない神経を操り魔術を行使する。その為には己の内側だけに意識を向け、自身の肉体や神経の全てを統括するだけの集中力が必要になる。

 

 そして、弓も己との戦いだと知っている。

 心の乱れはそのまま身体の乱れとなり、矢の弾道が大きく乱れる。その為に己を殺し、頭を白紙にする。外界への意識を断ち意識の全てを内界に投射する。

 

 

 ……うん、私は出来る、絶対に出来る。

 

 

 瞳を閉じれば、脳に灼きついたそれを寸分の狂いもなくイメージ出来るから。私が"私"になった理由であり、"私"にとっての原初の記憶。そして知っているだけじゃない、私は理解もしている。

 モルガンの立ち会いの元、自らに魔術回路を作り出したあの日の心象を。

 

 

 

「ルーク……?」

 

「なんでもありません。少し、自分でも弓が出来るのかイメージしていました。

 お手柔らかにお願いします」

 

 

 

 呼び止められた声で、内側に落としていた意識を覚醒させる。

 周りからは少しだけぼーっとしていた様にしか見えないだろう。瞳を閉じて、本来なら存在しない記憶を覗いていたなど知る由もない。

 姿勢を正し、意識を白紙にし、呼吸を整える。

 

 

 己への視線は全て無視し、ただ内側の意識に私だけが知るイメージの——投影を開始した。

 

 

 

 

 




   
 後編で遂に二人が出会うぞーー!
 ケイ卿が回収しない方が良いフラグも含めて一才合切のフラグを回収するぞーー!
 


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第19話 波立つ一射 後編

    
 主人公の歪んだ内面の本質が詳しく描写される回。
 後々の布石以上に、関係性や構図の暗喩がいっぱい散りばめられてる。
 どうか感じ取ってくれぇーーっっ!!
  


 

 

 

  

「(見せ物か何かだな、これは)」

 

 

 目と鼻の先にあるのは弓を射る騎士達。そして、周りから非常に浮いている場違いな子供。

 それを後ろから眺めている一つの眼差しがあった。壁に背を預け、眉毛を顰めながら覗く不機嫌そうな青年。だがその青年——ケイの姿を視認出来た者はその場にはいない。

 林檎の刺繍が施された白いマントを頭から被っている彼は完全に透明となり、他者からは視認する事が出来なくなっていた。

 

 

 

「(気持ちの悪い弓だ)」

 

 

 

 その子供の弓が酷い出来な訳ではない。むしろ格段に上手だと言ってもいい。だからこそ気持ちが悪かった。

 的のど真ん中に当てようという気概は感じ取れない。ただ空虚に射ったら的に当たっている。そんな印象の弓。それを幾度と繰り返している。

 さらに、弓に対する姿勢よりも際立って浮くのがその姿だ。その子供と相対するのは初めてだったが、周りの騎士達に交じった姿を見るとその異質さが際立つ。

 

 

 ——あまりにも小さ過ぎる。そして細い。

 

 

 その子供が大きく万歳をして腕を真上に伸ばそうとも、ランスロット卿やガウェイン卿の口元に、手が届くかどうかといったところだろう。

 そんな小さい体躯で、成人男性用の長弓を引き絞っている。

 強靭なイチイの木から作り出されたロングボウの弓力は数十kgに及ぶのだ。まず子供が引き絞れるものではないし、おおよそ見た目通りの膂力ではない。

 自らの父親、エクターを倒したという情報が、誇張でもなんでもないのだろうと理解させられる。

 

 

 

「(…………気持ち悪い……)」

 

 

 

 弓を引くその様子だけではなかった。

 その子供———少女の姿が酷く気に障る。事前に少女だと言われた影響なのか、恐らく幻惑がかかっているだろう姿を見ていると、耐え難い吐き気がして来る。

 

 いや、それだけではない。

 脳をそのまま揺さぶれているのでは、と錯覚してしまいそうな程の、尋常ではない強烈な違和感。少女の後ろ姿を見ているだけで、頭の記憶に何かが侵食して来ている様な感覚。

 思わず目を逸らしたくなるが、同時に絶対に目を逸らしてはいけないという焦燥感に駆られていた。

 

 

 

「(………疲れてんのか……)」

 

 

 

 マントを被ったまま目を擦る。

 思わず頭を振りかぶりたくなったが、このマントは姿を隠してくれるが音までは隠してはくれない。ケイは気付かれない様に静かに目を擦った。

 

 

 

「(……………………)」

 

 

 

 一度、その少女から視線を外し、ケイは周りの騎士の様子を確認する。

 周りの騎士がその子供を見る視線は様々だが、概ねは一致している。畏怖や憂懼。そして見た目から来る僅かな軽視の視線。もしここに清廉な雰囲気と蔑視を覆す程の清々しさを備えたら、騎士王のカリスマのそれに近くなるかもしれない。

 

 

 だが——絶対にそうはならないだろうという確信があった。

 

 

 彼女の佇まいは蔑視を覆す清々しさと呼べるものではなく、その超然とした雰囲気は冷徹さのそれに非常に近い。

 今でこそは、周りの騎士程度の範疇で済んでいるが、周囲を意に介さない態度は周りとの亀裂を大きくしてもおかしくなかった。彼女の無表情に向けられる畏怖や憂苦は理解者を遠ざけ、僅かな蔑視は内心の嘲りに繋がる可能性を秘めている。

 だがもし、それでも尚、他者を惹きつける何かを持っていたとしたら。

 

 

 ———それは陶酔や狂気といったもので纏め上げ、駆り立てる、暴君の如きカリスマを獲得するだろう。

 

 

 己の何もかもを捧げてしまうような、狂気にも等しい忠誠。そして最悪な事に、その兆しは既に起きているかもしれないのだ。円卓に罅を入れるに足るレベルのものが。

 

 

 

「(というか周りも周りだ。少しくらい異質さを感じ取れないのか?

 ……それにトリスタンもだ、分かりやす過ぎるんだよ。視線を誤魔化せないのか、クソが)」

 

 

 

 トリスタンの様子を見て、彼は嫌な事を思い出した。

 妹が王としての道を歩み出した時の記憶。王の神秘性を讃え上げつつ、心の奥底では子供に王は務まらないだろうと、蔑まれていた頃の話だ。

 妹自身は大して気にしていなかったが、自分はそうではなかった。

 

 

 気に食わなかった。

 

 

 更に気に食わないのが、そこに異常性を見出さず、また感じ取れもしない無辜の人々が。

 そしてその侮蔑はトリスタン卿にも向いている。

 無論、円卓の騎士の中で良い印象を持っている人物は存在しない。しかし、トリスタン卿に向けるものはその中でも飛び切り悪い。

 トリスタン卿が時折、王へと向ける失望の視線。そして不満。分かりやすいのだ、トリスタン卿は。

 

 

 ———そして今もそうだった。

 

 

 一応、体裁は整えられてるが見る者が見れば明らかに挙動不審である。

 あえて例の少女に視線が集中しないようにして、視線が天井や床に向いている。しかし部下への指示や会話の終わり際に、自然と視線がその子供の方へと向いてしまっていた。後は歩法だとか、利き手である右手の爪をしきりに気にしているとか。

 

 彼の心が大きく乱れている証拠だった。

 周りの騎士達と違ってその少女に負い目がある分、今からトリスタン卿が弓を射ったら悲惨な事になるかもしれない。その少女に弓で負ける程に。

 

 

 

「(才能の塊だな……今はまだ荒削りだが、年齢から考えると将来有望どころの話ではないぞ、これは)」

 

 

 

 例の少女は黙々と弓を放ち続けている。

 もうすぐ日が暮れる時間になるが、既に百近い矢を放っていた。最初の50本はほとんど的に命中しており、更にその中の数割がど真ん中に命中している。

 ただ、後半の50本程は外れるのが増えて来た。

 

 集中が切れて来たという訳ではないのだろう。その少女の集中力は周囲の空気を張り詰める程のものだった。そしてそれは未だ乱れていない。

 ただの疲労か。しかし、その割に疲れは見せていないし、腕も震えていない。

 

 強烈な違和感は、未だに頭を蝕んでいる。

 何か——別の理由か。

 

 

 

 

「上手ですね、ルーク……」

 

「ありがとうございます。トリスタン卿にそう言わしめたと素直に誇ろうと思いません。ですが、少々疲れました」

 

 

 

 背後からトリスタンに呼び止められ、その少女は構えを解いた。言葉とは裏腹に消耗したという様子はない。

 

 

 ……何か、歪な声だ。

 

 

 少女は複数の声が重なり合っているようで、酷く耳に障る。

 不協和音を聞いているような気味の悪いものを感じ取りながらも、ケイは二人の会話に耳を傾ける。

 

 

 

「どうでしょう、このまま弓の道に進むというのは。貴方なら十分やっていけると思いますが」

 

「もし我儘が許されるのなら、私は剣を習いたいですね。いえ、別に弓が嫌いという訳ではなく、剣もやりたいという話なのですが」

 

「……そうですね。貴方には、未来がある。それを無闇やたらに狭めてしまうのも良くはありませんか……」

 

 

 

 徐々に、トリスタン卿の表情にボロが出始める。

 トリスタン卿は腹の探り合いが出来る方ではあるが、向いている訳ではない。負い目があるなら余計に。やはり、こういった出来事に向いている円卓は僅かしかいないのだと理解させられる。

 

 

 

「……あぁ、すみません。もう時間のようです。もし、また機会があれば……どうでしょうか?」

 

「是非。と言っても、私の処遇については何も決まっていないのですが。もしかして、私はトリスタン卿の部隊に配属されるのですか?」

 

「いえ、まだ何も決まっていません。

 これも、別に貴方の実力を見定めようと言った思惑がある訳でもなく、ただの交流の一環ですよ」

 

「——そうですか」

 

 

 

 既に太陽は傾いており、夕日が窓から差し込んでいた。

 周りの騎士は二人の様子を気にしているが、会話には入ってこない。その子供と会話するタイミングを逃したのもあるが、子供の雰囲気が近寄り難いものである影響が強いのだろう。

 距離感を測り倦ねているその様子は、モードレッドが騎士になったばかりの頃のそれに近かった。

 

 

 

「すみません、トリスタン卿。もう少し私はここに残っていても良いですか」

 

 

 

 トリスタン卿の指示で周りの騎士が修練を終了させていく中、その子供は弓を腕に携えたままだった。

 

 

 

「どうかしましたか……?」

 

「いえ、私にはやる事がないのでもう充分だなと思えるまで弓を射ろうかと。必要以上に修練を行うのは意味のない行為だと理解はしていますが、少し一人になりたいので」

 

 

 

 その発言にトリスタン卿は思案するふりをしながら、ほんの一瞬だけ——明確に此方に目線を向けて来た。

 まぁ……流石にバレてるのだろう。僅かな心音すら把握出来るトリスタン卿なら、見えていなくてもほんの僅かな心音で此方の位置を把握出来る。

 そもそもトリスタン卿に指示を出したのは自分だ。

 例の子供、その少女に接触させるのにあたってトリスタンと多少揉めたうえ、アルトリアとも一悶着あったが強引に納得させた。

 

 此方は常に後手に回り続けているのだから、次は先手を打つ必要があると。トリスタンなら弓を教えるふりをして反応を探れるし、処遇の件についてもこじつけやすい。

 少女の方の精神面を二の次にしているが、決定的な場面で動けなくなるよりかはまだマシな筈だと。

 

 

 

「———…………分かりました。今日はもうこの場を使用する者は居ませんし、貴方の好きに扱っても構いません」

 

「我儘を聞いて貰って申し訳ありません」

 

「いえ。私も若い頃はがむしゃらに弓を続けていたものですから」

 

 

 

 おおらかな微笑みの表情を貼り付けながら、トリスタン卿はその少女に告げ、そして修練場から出て行く。

 

 

 "後は頼みました……ケイ卿"

 

 

 修練場から出て行く直前、その少女にバレない様に、そして此方を見る事なく、口の動きだけでそう告げていたのが見えた。

 トリスタン卿に続いて、部下の騎士達が修練場を出て行く。何人かの騎士達もまた、その子供に幾ばくかの挨拶や称賛を告げ、出て行った。

 

 騎士達による矢を放つ音と、矢が的に当たる音はなくなった。先程までの騒々しさは何もない。その場にいるのは例の少女だけ。

 端的に言って非常に都合が良い展開だった。多少気が引けるが、此方に気付かれていないこの状況は心内を探るのに使える。

 

 

 

「あぁ、疲れた……」

 

 

 

 天井を仰ぎ見ながら、その少女は嘆息をもらす。

 しかし、両腕の筋肉の解すという動作はせず、そのまましばらく佇んでいるだけだった。先程、トリスタン卿に言った様に肉体が疲れたという訳ではないが、精神的に疲れたという事なのだろうと推測出来た。

 

 ランスロットの報告書にある姿ではなく、また先程までの様子とも違う。恐らく彼女の表の顔。彼女の本来の表情と思われるものが、表側に噴出していた。

 

 

 

「何でトリスタン卿は……まぁ、疲れたから後でいいか……」

 

 

 

 頭をガシガシと掻きながら、投げやりな口調で呟いていた。

 ———何か悪態を吐く訳でもなく、一人になった瞬間、負のオーラを放出する訳でもなく。

 

 ……正直言って、想定外だ。

 想像を絶するものだった訳ではない。想像以下だった。

 頭の中で思い浮かべていたイメージとはどれも一致しない。状況から見て、どう考えても素の顔なのに、その少女の反応はあまりにも温く、また穏やかだった。

 

 ただ単に、怒りの使い所を完璧に把握しているのか、もしくは切り替えが異常な程上手いのか。

 だが、どれもそうは思えない。混乱した思考のまま、ケイは彼女の様子を見る。

 

 弓の構えを解き、ただ的の方向を向いていた。

 

 

 

「何故上手くいかない……イメージは出来てる。忘れる訳がないし鮮明に想起出来るのに、精度が良いだけで完璧ではない。過程が同じなら、結果も同じになる筈…………でもならない」

 

 

 

 口元に手を当てながらボソボソと喋る姿は、とても人間味に溢れている。

 不気味な人形の様には、とてもじゃないが見えなかった。

 

 

 

「私のやり方ではダメだと……なら本当に全く同じじゃないと、類似しただけの何かにしかならない。

 私の勘違い……? そんなまさか、出来る筈だ。アレを再現出来るだけの集中力があれば……」

 

 

 

 いっそ露骨な程に感情に溢れていた。

 彼女は弓を持っていない方の手を腰にやりながら、再び天井を仰ぐ。

 誰でもやる様な、ありふれた動作。明らかに、何かを思い悩んでいる様子だった。

 

 

 

「身体の全て。内臓から指先、爪の一ミリ。髪の毛の一本に至るまでをイメージする。回路を身体の奥にまで通す。

 …………イメージは、焼けた鉄の棒を外側から背中へ突き刺す。比喩でもなんでもなく、火箸を作り出して身体の奥底まで刻み込み、同調させる。あぁ、やっぱりコレ狂ってる……」

 

 

 

 天井を仰ぎ見ながら、頭の中の何かを思い返している。

 少女自身が呟くその言葉のほとんどを理解する事は叶わなかったが、常軌を逸した何かをやろうとしている事だけはかろうじて分かった。

 それこそ、つい悪態を吐いてしまうくらいの事を。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 静寂が戻った。

 少女は姿勢を正し、呼吸を整え始めた。手足を弄る事はなく、身体を揺らす事もない。身体の奥底から脳に至るまでの何かを切り替えている様な錯覚が彼女から放たれ始めた。

 空間に少しずつ染み渡る様に、少女の集中が場を満たしていく。

 その様子は、稀に円卓の騎士達の様な人物が戦場などで見せる、思わずゾッとする様な佇まいと酷似していた。

 

 

 思わず固唾を呑んでしまうのを抑えながら、その少女の様子を見定める。

 

 

 数秒か、もしくは数十秒か。その静寂を破る様に、少女の大きな息遣いが聞こえた。

 大きく心臓を動かす様に、空気を自身に取り込む様に大きく息を吸い、そして吐き出す。呼吸を整えつつ、身体の全てのリズムとバランスを同調させるが如き、深い、深い深呼吸だった。

 

 

 

 

 

 

 

「——投影、開始(トレース・オン)

 

 

 

 

 

 

 

 音を聞いた。

 いや、本当は聞こえていない。その少女の声以外の音など聞こえていない。聞こえる筈がない。ただの錯覚だ。

 その筈なのに———燃える鉄に金槌を鍛ちつける様な音が、確かに響いた気がした。

 

 

 何故か魂を揺さぶられている様な驚愕をよそに、少女は弓を構える。

 

 

 見た事のない射法だった。

 似た様なものは見た事がある。しかし、今彼女の行なっている射法は明らかに今までの人生で見た事がないものだった。先程の少女が行なっていた弓の射法とも違う。

 素人でも分かる。

 

 弓の重心が違う。

 身体の重心が違う。

 弓構えの位置が高い。

 矢を引き絞り過ぎている。

 射法が細か過ぎる。

 

 その射法はどう考えても、射程よりも衝撃力を引き出す為の構造をしているロングボウでは不向きだった。

 なのに——何故かその撃ち方こそが正しいように思える。何より完成度が尋常ではない。いや、もうどうしようもない程に完成されている。何十年と鍛え上げ、研ぎ澄まされたが如き一つの極地がそこに有った。

 

 一つ一つの動作が断絶される事なく、流れる様に行われた六の射法。

 そして今、最後の七つ目が完了した。目元までではなく、耳よりも後ろまで引き絞られた矢は空を切り裂き、導かれる様に的を射る。

 当たり前の様に的の中心を射抜いた。

 少女はその手応えに喜ぶ事もなく、矢を放った姿勢をしばらく保ったままだった。そうして、改めてその少女の姿を見て気付く。

 

 

 ——何かの文様が肉体に浮かんでいた。

 

 

 衣服や鎧の上からでも分かる、何かの線。

 赤い稲妻の様な線が両腕から首元まで広がり、バイザーに隠された目元まで走っていた。そして、その線から小さな火花の様なものが周囲に放出されている。

 自分の妹が戦闘時に放つそれとは、似て非なるもの。

 術という技を以って周囲に放出される、魔力の残滓。

 

 

 

「——————」

 

 

 

 その残滓に目をくれる事もなく、少女は再び矢を弓に番える。

 集中力を一切損なわず、構えられた弓には寸分の震えもなく、研ぎ澄まされた射法は、まるで時間を巻き戻して同じものを見ているかの様に違いはなく。

 

 あぁきっと、この弓が外れる事がないのだろう。たとえ外れたとしても、放つ前に外れると分かってしまう。そう確信させる程に、その弓は——恐ろしかった。

 

 また新たに放たれた矢は、一射目の軌跡をなぞるように、再び同じ軌道を飛ぶ。

 過程が同じなら結果も同じ。弓を射る時の動き、筋肉の繊維一つ一つから身体の動かし方まで、何もかもが同じなら、勿論矢は同じ場所に命中する。

 

 

 ——的に矢が突き刺さった。

 

 

 本当に一切のズレなく同じ軌道を飛び、最初に刺さった矢を、末端から二つに割いて破壊しながら。

 

 

 

「…………すげぇ……」

 

「———ッ…………!!」

 

 

 

 見惚れていた。

 思わずあらゆる疑念が吹き飛び、何も考えず口から言葉が溢れ落ちる。

 そして極限の集中状態にいる少女が、音一つ響かない空間に響いたそれを見過ごす訳がなかった。

 

 

 

「何だ……誰かいるな、答えろ」

 

 

 

 肉体に浮かんでいた赤い線は即座に消失し、少女の雰囲気が一変する。

 急にその少女の存在感が膨れ上がった様な感覚と、剣の切先を向けられているかの如き殺気。いや、実際に命に関わる脅威を向けられていた。その少女は音がした方に向けて弓を構えている。

 

 

 

「なっ……! まて……まてやめろ! こっちに弓を向けんな!」

 

「——————……は……ぁ……は? いや……ケイ、卿……?」

 

 

 

 実際に矢を放たれたらたまったものじゃないと、ケイは姿隠しの外套を脱ぎ捨てる。

 後の事は何も考えてない。考えてないが、バレてしまった以上どうしようもない。

 

 

 

「……何を、しているのですか」

 

「あ? 別にお前が弓を射る姿を見ていただけだが。

 なんでもお前は、最近騎士になったばかりの期待の新人らしいじゃないか。だからどんな奴か確かめてやろうと思ってなぁ?」

 

「……それで、普通に相対するよりも姿を隠してこっそりと監視した方がより探れるだろう、と。なんとも趣味の悪い事ですね」

 

「勝手に言ってろ。自分の親父を一撃でのした奴と普通に相対したいと思う奴があるか? それに監視されていたとしても、期待の新人であるお前が困る事でも何かあるって言うのか? むしろ、円卓の騎士達から目を向けられているのだと喜ぶ所だろうさ」

 

「…………………」

 

 

 

 一瞬だけ動揺した感情を表す様に乱れた口調は、段々と凍り付き始める。

 構えていた弓を下げて、黙り込んだ横顔から感情は垣間見えない。返す言葉がなくなったから黙り込んだのではなく、此方の言葉の真意を探っている為に、黙り込んでいる様に思えた。

 

 

 

「というか、なんで俺の名前を知っている。いや、別に名前はいい。なんで名前と顔が一致する」

 

「———不機嫌そうな顔」

 

「あ……?」

 

 

 

 少女は呆れかえるようにボソッと呟いた。

 

 

 

「円卓の騎士という立場に居ながら、良くも悪くも回る口と不機嫌そうな顔、それに粗暴な態度から周囲の受けは良くない。いや良くない所ではなく、嫌われている。

 それも一部の騎士からは、優れた武勇は無いのに"何故か"アーサー王と仲が良かっただけで円卓の騎士になれた騎士、とすら陰口を吐かれる始末」

 

「………………」

 

「あぁ……これ以上、監視という名の覗きをする騎士に相応しい人物がいるのでしょうか。

 いえ、別に私はケイ卿の事を、武勇のない騎士などとは思っておりません。口先一つで巨人の首を切り落とし、火竜すら呆れて飛び帰る。そんな武勇を持つ者など、円卓の騎士を含めてもケイ卿しかいないでしょう。

 それに周囲の受けは良くないと言われますが、その優れた容姿から女性の受けは良いとも聞きます」

 

「……………………」

 

 

 

 今度は此方が黙り込む番だった。

 慇懃無礼を隠す事なく、むしろ押し出す様に目の前の少女は語る。

 少女の口元に浮かぶ僅かな微笑は、此方への嘲りと意趣返しを秘めているのにも等しかった。

 

 

 あぁ……これはランスロットが弄ばれる訳だな。

 

 

 率直な感想はそれだった。

 極力自分の隙は見せず、相手が隙を見せたら一気に叩く。相手に隙がないなら会話のペースを握って弱味や隙を作り出す。感情を乱し、相手にペースを握らせない。

 その会話の運び方は、アグラヴェインにそっくりだ。

 

 しかも単純に此方から相手の情緒を読みにくい。

 目は口ほど物を言うというが、その目元がバイザーに隠されていてはどうしようもない。

 顔どころか身体全てを、いつも赤と白銀の鎧で隠している円卓の騎士が一人いるが、目の前の少女は、その騎士——モードレッドの様に分かりやすいものでは到底なかった。

 

 

 

「それで、私はケイ卿がイメージしていた通りの人物でしたか?」

 

「あぁ、予想通りの……いや、予想以上のクソガキだったさ」

 

「そうですか、まさかケイ卿の御眼鏡に適う事が出来るとは思ってもいませんでした」

 

 

 

 敵意を煽る笑みはそのまま、慇懃無礼を消さずに返答してきた。もしもアグラヴェインと腹の探り合いをしたら良い勝負をするだろう。

 下に見られて舐められてはいけないと、一切隙を見せないのだから。

 

 

 

「じゃあ、もう宜しいのでは?

 もう直ぐ日も暮れるので今日は帰って休んだ方がよろしいかと。私も後一時間もしない内に弓はやめるので」

 

「ほう……? まるで隠し事があるかさっさと帰って欲しいかの様だな?

 いや、それとも見られたくないものを見られたから、一人にして欲しい。と言った所か?」

 

「ええ、この様に痛くもない腹を探られるのが煩わしいので、出来れば早く帰って欲しいですね」

 

「おお良かったじゃないか。今、疑いの目を晴らす絶好のチャンスだぞ? 何故正しくあろうとしない?」

 

「疑いの目? 私は一体どんな疑いの目を向けられているのでしょうか」

 

「…………さぁ、そこまでは知らないな。そもそも疑いの目以前に、お前がどんな人物なのか確かめたがっている奴はそこらじゅうにいるしな」

 

「…………………」

 

 

 

 感情を良いように乱されて口論の熱が上がってしまったら、ついつい要らない事まで口にしてしまいそうだった。

 無言のまま、読めない表情で此方を見る様子は、正直言ってアグラヴェインよりも不気味だ。

 

 

 

「はぁ……そうですか。まぁ別に私は隠し事をしている訳でもなければ、今さっきのも隠す気もなかったのですが。

 そもそも隠し通せるとも思ってませんし、いずれ知れ渡るなら丁度良かったのかも知れません」

 

 

 

 無感情に淡々と告げるその様子から、嘘は感じ取れない。

 演技だという可能性は否定出来ないが、弓の事に関しては本当にどうでもいい事なのだと思っている様だった。

 

 

 

「へぇ……じゃあさっきの肉体に浮かんでいた線はなんだ? 普通の人間は身体に赤い線なんて浮かばないんだが」

 

「———同調、開始(トレース・オン)

 

「……あん?」

 

 

 

 少女は先程と同じ言葉を言祝ぐ。

 その言葉と共に、再び身体に稲妻の様な赤い線が浮かんで来た。

 

 

 

「別に大した事もない強化の魔術です。

 ……いえ、これは魔術と称するのは失礼かもしれません。ただ魔力を肉体に通しているだけで、基礎ですらない、初歩の初歩です。この線も、ただ肉体の魔術回路が表に出て来ただけです」

 

「……さっきの呪文は」

 

「呪文というものでもありません。ただの自己暗示。自らの意識を変革させるだけのもの。言葉に出した方がイメージしやすいだけで、別に言わなくても出来ます」

 

「それを誰に教わったって言うんだ?」

 

「別に誰にも教わっていません。正直言って、魔力を通すという過程が術の形をしているだけで、魔術という程の物でもありません。

 言うなれば、剣に鞘を被せているようなイメージです。そんな事に教わる余地などないでしょう?」

 

「…………………………」

 

「小さい子供が大の大人に勝利し、鍛えてもいない身体で弓を引き絞れる理由を理解して貰えましたか?」

 

 

 

 

 笑顔でそう告げる少女に、反論を用意する事が出来なかった。

 花の魔術師を師匠とする妹なら何か追及出来たかもしれないが、自分は魔術に関してはからっきしである。諸国漫遊時代の頃、マーリンが多少魔術を使用した場面を見た事はあるが、その少女の魔術とは一切似付かない。

 それにこれ以上追求をしても、決闘試合の時に妹に告げた様に、後天的に力に目覚めましたと言われたら終わりだ。表面上の矛盾点はない。

 

 

 ——それでも違和感が拭えなかった。

 

 

 意図的に、大した事はないものだと認識させられている様な感覚。

 確かに嘘は言ってないのかも知れない。ただ、全てを語っている訳ではない。

 

 

 

「……で、まだ何か?」

 

 

 

 弓を持ってない方の手を腰に当てながら、少女は鬱陶しそうに口にする。

 ……何だ、この違和感は。いや違和感だけじゃない——思考を誘導されている様な感覚が取れない。そうだ。まだ話は終わってない。

 

 

 

「別に用はないさ。たださっきの弓を射る姿が目に焼き付く程に気になってな。その年であんな精度の弓を撃てるなんて将来有望じゃないか」

 

「そうですか、恐れ入ります。そろそろ帰っては如何ですか?」

 

「なぁおい。なんでそこまで一人になりたがるんだよ、会話しようぜ? 会話。

 相互理解は大事だろ。協調性を持たないとこれから先やってけないぜ?」

 

「あぁ、どうしてそこまで二人になりたがるのでしょうか、距離を取りませんか? 距離。

 距離感覚は大事でしょう。引き際を見誤ると碌な目にならないのでは?」

 

 

 

 その言葉に一瞬だけ硬直する。

 引き際、という言葉が何かの暗喩ではないのかと一瞬思考し——そして直ぐに思考の端に追いやる。

 

 

 

「あぁ、分かった! 分かったよ。静かにしてればいいんだろ?

 ただお前が弓を射る姿を見ているだけだ。そしてお前は俺の事なんか気にしなければいい。他人の事を気にせず行動するの得意そうだろ?」

 

「…………はい……?」

 

 

 

 会話のボルテージは、お互いに上がり続けている。

 彼女は僅かにだが、不機嫌さを表面に出した。引き際など知らない。ここで引いては結局最初に逆戻りする事になる。会話のペースなど握らせはしない。

 

 

 

「弓を射る時に、周りに気になるものがあると集中出来ないという話ですが」

 

「——あぁそうだな。ところでお前、具体的な日程は決まっていないが、いつかは前線に出るだろう?」

 

「……は……? いや、まぁそうでしょうが、それが今どうしたと」

 

「前線で周りに気になるものがない状態で弓を射るなんて出来るのか、なあ?

 それに、鍛錬と違って本番だと動く相手に矢を当てる必要があるんだぜ? ベストコンディションの調整をするのはいいが、戦場でずっとベストコンディションを維持出来る訳がないよなぁ?」

 

「—————……………」

 

「俺一人がいるかいないか程度で乱れる集中力じゃあ、前線に出したくはないんだがなぁ」

 

「…………………………」

 

 

 

 ようやくだが、今確実に失言を引き出した。

 黒いバイザーの所為で表情は読み取れないが、恐らく思いっきり眉間に皺を寄せているだろう。その証拠に、若干だが唇を噛み締めていた。

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 

 互いに静寂が走る。

 互いに互いが牽制しあい、一手も間違えられない緊張の中、心の中で睨み合っていた。

 

 

 

「…………はぁ……好きにすれば良いんじゃないですか。どうぞご勝手に」

 

 

 

 互いの沈黙を破ったのは、少女の深い溜息だった。

 少女は此方から視線を外し、弓を射る為の姿勢を整える。狙っているのは何も突き刺さっていない新しい的。少女の肉体には、再び赤い線が浮かんでいた。

 

 

 

「そういえば、お前なんでそんなに弓が上手いんだ?」

 

「……………………………さぁ、才能じゃないですか」

 

 

 

 長い沈黙の後、投げやりに答えられる。

 その沈黙が、静かにしてると言った癖に黙らないのかという意味合いなのか、もしくは聞かれたくない事を聞かれたからなのか。

 ただ、一応は返事を返すという事は——まだ聞き込める。

 

 

 

「才能ねぇ。しかしお前の弓は才能溢れた弓というより、凡人がひたすら愚直に磨き上げた弓。そんな印象がするんだけどな」

 

「…………………」

 

「……いや、違うな。印象が変わったんだ。今さっきの弓とトリスタン達がいた時とは、何となく種類が違う。手加減してたって感じもしない、別人が弓を撃ってるみたいだ。

 ——実はお前二重人格だったりするのか?」

 

「…………………」

 

 

 

 

 返事はない。

 

 

 

 

「おい、聞いているんだが」

 

「発想の飛躍が面白くて笑ってしまいそうです。もちろん愉快という意味ではなく」

 

 

 

 吐き捨てる様な言葉と共に、矢が放たれる。

 当たり前の様にど真ん中だった。

 

 

 

 

「…………気持ち悪りぃ……」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 

 

 淡々と語る少女だったが、言葉から鬱陶しさが滲み出ていた。

 間違いなく集中は阻害されているだろう。

 ——なのに、外れない。彼女のやる弓はいっそ不気味に感じる程に、何故か外れない。 

 

 その様子を見て、まるで絡繰人形が動いている様だとケイは感じた。

 人間には心があるが、絡繰人形に心はない。同じ動きしかする事のない人形なら、矢は同じ位置にしか当たらない。人形そのものの仕組みが根本から揺らぎでもしない限り、この弓が外れる事はないだろう。

 およそ人間がやっている弓のようには思えない。

 

 

 

「……馬鹿らしいな。そこまでして、お前は一体何がしたいんだ?」

 

「…………………」

 

 

 

 返事はない。

 少女は矢筒より矢を引き抜く。

 

 

 

「正直言って、十にもならない子供なんざ、そこら辺の野原でも駆けずり回ってる方が性に合ってるだろう」

 

「…………………」

 

 

 

 

 返事はない。

 少女は静かに、矢を弓に番えた。

 

 

 

 

「……そういえばお前。村を、焼かれたと言っていたらしいな。蛮族に」

 

「—————………………」

 

 

 

 

 ———返事は、なかった。

 ギリギリと、弓が引き絞られる音が辺りに響く。

 

 

 

 

 

 

 

「———復讐でもしたいのか? お前」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放たれた矢が———外れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ……」

 

 

 

 その光景を見て、思わず声が漏れた。

 外れる事を知らない弓が——外れる後など想定されていない弓が、外れたのだ。明らかな異常。本来なら起こり得ぬ不具合。

 放たれた矢は大きく上にずれ、的の端から拳一つ分上に突き刺さっている。矢を放つその瞬間、身体が強張った証拠だった。

 

 

 

「………………………………」

 

 

 

 弓を放った視線を保つ残心を行う事もせず、ただ直立したまま、少女はただぼーっと、大きく外れた矢に視線を向けている。

 不気味な程、静か。虚無的な佇まいが彼女を支配していた。

 

 

 かかった。かかったが……少しまずいかもしれない……

 

 

 明確に言葉にして仕掛けたとはいえ、その様子はあまりにも気味が悪かった。

 見てはいけないものを見た感覚。見ていたら引き摺り込まれる暗い穴を覗き込んでしまった様な感覚が身体を襲う。

 

 黙したまま、ただ遠くを見据える少女の姿に焦燥はない。

 静かに佇むその姿は、神聖な空間の様に犯し難かったが、その様子とは裏腹に、限界まで高まった緊張と嵐の前の静けさが辺りを包んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

「———そうかも、しれません」

 

 

 

 

 

 

 

 数瞬の沈黙の後、少女はそう呟いた。

 

 

 

「……………………」

 

「私は騎士になった。でも、私は別に、何か崇高な目的がある訳でもなければ、尊い理想がある訳でもない」

 

「……まぁ、大抵の奴はそうじゃないか」

 

「一般的な人間とは違い、名声なんてどうでもいい……成し遂げたいモノもない。夢なんて見てない。かと言って、現実を見ている訳でもない。

 私が騎士になった理由に、誇れるものなどありはしない。私は不純だ」

 

「………………」

 

「復讐……えぇそうでしょう。そう表するのが何よりも相応しい」

 

 

 

 あまりに冷たい声だった。

 己の感情の全てを、強引に、そして無理矢理押し殺さなければ、きっとそんなに冷たい声は出せないだろう。

 何も浮かんでいないが故に読み取れないのではなく、あまりにも黒く染まり過ぎて、一体幾つの感情が含まれているのか分からなかった。

 

 

 

「何もかもが奪い去られ、そして消えていった。

 たとえどれほど努力しようと、そして、たとえ己の全てを捧げようと、それが帰って来る事はない。奇跡を望んでも、帰って来る事はないでしょう」

 

 

 

 少女は、弓を持っていない片手を見ながら、悲しげに語った。

 まるで何かを確かめる様に、幾度となく、その拳を開いては閉じる。

 

 

 

「…………私は別に、何が何でも、この手で殺してやりたい者がいる訳ではないんですよ……?」

 

「————何?」

 

 

 

 何故か、己の罪を告白するかの様に囁くその声を、ケイは確かに聞いた。

 

 

 

「意味なんてない。何も返って来ないし、何も変わる事なんて、ない。

 …………そう、何の……意味もないんだ」

 

「お前は……何が、したいんだ」

 

 

 

 

 愚問を問う。

 何も考えてない、ただの呟き。駆け引きも何もない、愚かな質問。

 しかし、それに彼女は律儀にも反応を示した。

 

 

 

「私は別に、何かを成し遂げて欲しいと託されてはいない…………復讐なんて望んでいない。望んでは、いない。でも、それでも——」

 

 

 

 段々と、紡ぐ言葉が早くなる。

 何かに追い詰められている様に語る少女の姿は、まるで幽鬼そのものだった。

 

 

 

「———許せなかった。許せないモノが存在した。絶対に認められないモノが、認めてはいけないモノが、あそこにはあった」

 

 

 

 そう告げた少女の声は低く、僅かに震えていた。

 魂の底から滲み出す様な、深い憎悪と呪詛が言葉と共に吐き出されている。

 それは、見ている者を芯の底から凍てつかせながら、何よりも深く燃える黒い炎の様だった。

 

 少女は自分の拳を深く握り締め、天井を仰ぐ。

 想像し得ない膂力によって、深く握り締められた拳は大きく震えていた。

 バイザーで見えないが、きっと何かを睨み付けているのだろう。その憎悪を生む程に許せなかった——何かを。

 

 

 

「……そういう点で言えば、私は復讐を望んでいるのかもしれません。きっと、これを醜いモノだと理解していながら、私は死んでも許せない」

 

 

 

 だが、それも長くは続かなかった。

 ふっと力を抜き、疲れ切った様子で少女は呟く。

 

 

 ——目の前にいるこの子供は、一体何なのだろう。

 

 

 常人に浴びせれば、それこそ呪い殺せそうな狂気と呪詛を心の内側に持ちながら、同時に、この少女には逆に歪に思える程の一般的な道徳と理性を、矛盾したまま保有している。

 そうとしか思えない。だからこそ、何もかもが一致しない。あまりにも相反するものを持ち過ぎている。

 

 

 

「ケイ卿は誰かに、笑って欲しいと思った事はありますか……?」

 

「…………いや……は?」

 

「真面目に答えて下さい。真剣な話です」

 

 

 

 今までにない程真剣な様子で問われる。

 茶化す雰囲気でもなければ、誤魔化しが効く様子でもなかった。

 

 

 

「まぁ……あるな、うん。普通に……ある」

 

「………………」

 

 

 

 別に珍しい事でも何でもない。自分にだって幸せを願っている人物はいる。

 だが——その人物は決して自分の為には笑わない。その人物はただ、人々が幸福である事を見て"嬉しそうに"笑うのだ。

 

 

 

「ええ、そうでしょうね。度合いの強さは人物によって変われど、何か極めて特殊な感情と言う訳ではない」

 

「ああ……それで?」

 

「……ケイ卿はその人物の為に、何かをしたとか、何かの助けになったとかは、ありますか」

 

「いや、な…ぃ……あー、そのだな……まぁある、な」

 

 

 

 言葉に言い淀んだ。

 まったく何もしてない訳ではないかもしれないが、かと言って自分だからこそ助けになったなんて場面が見つからなかった。

 いたら助けになるが、いなかったとしてもそこまで致命的な事にはなってない様な人間。

 

 

 

 

「……で? それが何なんだよ」

 

 

 

 

 己の自己嫌悪を振り払う様に問いを返した。

 ——何も考えず。それが、如何に短慮な考えだったのか思い至る事もせず。

 

 

 

 

「じゃあケイ卿は———

 

 

 

 

 

 

 決して、安易に覗いてはいけないものを、見る事になるとも知らず。

 

 

 

 

 

 

 

 ———その人物だけは、絶対に笑っていなければならないと、そう思った事はありますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう聞いて来た少女の声が、およそ人間が喋っているものとは思えなかった。

 深い激情を無理矢理押さえ付け、噛み殺した声。しかし、それを抑えきれていない。

 ゾッとする程に冷たく、しかし次の瞬間には荒れ狂い、狂乱する竜を幻視出来る程の恐怖を、目の前の子供に覚える。底の見えない暗闇を覗いてしまった様な鳥肌が止まらない。

 

 

 

 

「どれだけ努力しても、自らの才能の全て、自分の生涯の全てを懸けても絶対に辿りつけない場所にいる"人々"が、どれだけ手を伸ばしても届かない場所にいる"人々"が、もしも笑わなかったら。幸せの頂点にいる人間が、その幸せを正しく享受しなかったら、その下にいる"人々"は一体何なんだと。一体どうすればいいのだと」

 

「たった少しだけ、一回の選択分、運が良かったというだけ。たったそれだけの幸福を噛み締めるだけでも、まだ良かった。たったそれだけでも、確かに報われる人達がいるというのに、それすらしない。いや、そもそも知りもしてなかったし、理解もしていなかった」

 

「——許せなかった。

 アレは、あそこにあった、あの光景は絶対に許す事が出来ない。それでも、あの光景が崩れさるのだけは容認してはならない。あの人々は、死ぬまで幸福を享受し続けなけれならない。

 ……………………それ程までに許せないものが……貴方には、ありませんか」

 

 

 

 何かに追い込まれている様に語る姿には、感情を覆い隠す蓋など存在しなかった。感情を読み取らせなかった筈の、絶対零度の声は激しく震え、そして燃えている。

 まともな生涯では獲得する事など到底出来ない、怨嗟と憎悪が言葉の節々に現れている。

 

 

 

「理解は、しているんです。これはただの嫉妬だと。ただの醜い感情。終わりのない子供の我儘。幸せを願いながら、その幸せを妬んだ愚かな矛盾の塊。

 …………それでも許せなかった。あの光景は、積み上げられたモノを全て等しく、有象無象の意味のなかったモノに、簡単に出来てしまう。

 そうだと理解しているくせに……私の行為こそが、本当に意味のないモノだ。

 ………………本当に、矛盾している」

 

 

 

 

 決して、安易に覗いてはいけないモノが、生半可な覚悟では踏み込んではならないモノがそこにはあった。

 それは、この世の全てを呪うに足る狂気と慟哭、そして聞く者の胸を切り裂く悲しみと絶望を、矛盾したまま保有してしまった———少女の悲鳴だった。

 

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 

 

 そして、少女は再び黙り込んだ。

 先程までと同じ、静かな佇まい。しかし、返事をするどころか、僅かな音を立てるのすら戸惑うほどに、その後ろ姿は、細く小さく、そして———あまりにも痛々しかった。

 

 思わず、頭を抱える。

 本当に、こんな事に関わりたくなかった。知りたくもない事を知らされ続けている。頭を回したくない。その少女が語った事について何も考えたくない。

 でも——そんな事はもう出来なくなってしまった。

 覗いてはいけないものを覗いてしまった以上、そんな事はもう許されない。

 

 

 

 

 

 

 

 "多くの人が笑っていました——それはきっと間違いではないと思います"

 

 

 

 

 

 

 

 何故、その言葉を思い出したのだろう。

 何故、このタイミングで、多くの人々が笑えるならそれでいいのだと、己の運命の全てを置き去りにした少女の事を、思い出してしまったのだろう。

 意味の分からない漠然とした不安に急かされ、顔を上げて、目の前の少女の姿を確認しようとする。

 

 

 

「—————————」

 

 

 

 少女が振り返って此方を見ていた。

 何も読み取れない。何も分からない。ただ口元を真一文字に深く結んで、此方を見ているだけ。目元は見えない。

 

 でも、何故だか、その少女が———この激情をどうか理解して欲しいと、そう言外に告げている様で———

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ……別にいいです。

 答えを求めている訳ではありません。そもそも、もう答えは出ている」

 

 

 

 少女は最初の冷徹さを取り戻し、まるで何もなかったかの様に、弓の的がある正面を向いた。

 既に内側に秘めていた激情はそこにはなく、ただ、他者を拒絶する凍てついた情緒が彼女を覆っている。

 

 

 

「…………………」

 

「もしも蛮族を一人残らず殲滅したら、何か変わるのでしょうか? 出来るとは思ってませんが」

 

「……知らねぇよ。そんな事」

 

「そんな事とは酷いですね、私からすると結構重要な話なのですが。まぁ、何かが変わる訳でもないか」

 

 

 

 きっと悪い夢だった。

 そんな風に楽観的に思えたら、多分こんなに悩まなくて済むのだろう。でもそんな事はない。今さっきの、隠されていた筈の激情は本物であり、現実のものだった。

 底なしの深淵を覗いてしまった様な感覚は、未だ身体を蝕んでいる。

 

 

 ——なぁアルトリア。お前は、コイツに一体何を与えたんだ? なぁモルガン。お前は、コイツの何を利用したって言うんだ? ただ凡人でしかない俺には分からない。一体、どこまでの仕打ちを受けたら、人間はこんなになれるって言うんだよ。

 ——なぁ。何でお前は、そんな激情を持ちながら、どうしてそこまで理性的でいられるんだ。なぁ、ちゃんと分かる様に教えてくれよ。さっきのアレじゃあ、全然分からねぇよ。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 もちろん、そんな言葉は届かない。

 此方の気も知らないで、少女は再び矢を弓に番え始めた。

 少女の方としても、先程の事は一旦無かった事にして忘れたいという意思の表れなのかもしれなかったが、その急変は酷く気持ち悪い。

 

 子供の姿をした何か。

 そんな印象が取れないのに、あの一瞬、ほんの一瞬、確かに見えてしまった少女の姿は——迷子になった子供そのものだった。

 

 

 

「クソ……なんなんだよ」

 

「……………」

 

 

 

 此方の呟きを無視して、彼女は弓を引き絞る。

 既に凍りついた心を表す様に、弓を引くその姿には寸分の震えはない。

 彼女を見ていると、酷く心を揺さぶられる。決して無視してはならないのに、痛々しく見ていられない。そんな相反する感情をどうにもする事が出来ない。

 何もかもが歪。その弓、そのものでさえ。

 

 しかし、一瞬だけ顔を覗かせた、何もかもを灰塵と還すが如き狂気とは似付かわず、むしろ反比例するかの様に、その弓を射る姿は———あまりにも美しかった。

 

 

 

「———あぁ、気持ち悪ぃ」

 

「褒め言葉ですか? ありがとうございます」

 

 

 

 放たれた矢は、再び残像を残して同じ軌道を飛び、的の中心を射抜いた。

 

 

 

「あぁ、本当に気持ち悪い。気味が悪い。本当に、未来永劫お前の事を好きになれそうにない」

 

「奇遇ですね、私もそう思います。未来永劫、貴方の事を好きになれそうにありません。と言うか……話しかけて来ないで欲しい。更に言うなら視界に入らないで欲しいですね、調子狂うので」

 

「言うようになったな、クソガキ」

 

「言いますよ、嫌われ者のダメ人間」

 

「…………んだと、テメェ……」

 

「…………フン」

 

 

 

 互いに罵り合い、己の苛立ちをぶつけ合う。

 駆け引きなどない。相手のペースを乱してやろうという思惑もない。

 ただ、互いにどうしようもなく苛立って仕方がなかっただけ。

 

 

 

「チッ。黙って見ていてやるから弓でもやってろ」

 

「…………はぁ、別にそのつもりでしたので良いんですけど」

 

 

 

 捨て台詞を吐くように、少女を急かす。

 日が完全に落ち切って深夜になるまで、その少女の弓を射る姿を黙って見守る事にした。

 少なくとも——その弓だけは見事だったから。

 

 

 

 それ以降、少女の弓は一度も外れなかった。

 

 

 

 

 




    


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第20話 鴉の両翼

 
 前回が重い話だったので今回はほのぼのです。
 あれ、でも、おかしいな……プロット段階では主人公こんなにヒロイン適性高くなかった筈なんだけどな……
  


 

 

   

 朝は早い。鳥のさえずりとほとんど同じ頃に起きる。

 元々はもっと遅くまで寝ていたが、10年以上前のある出来事より早めに起きる事にしていた。習慣になってしまえば別に辛くも何ともない。

 それよりも、何かを見逃してしまうのではないかという不安の方が大きかった。

 

 素早く起床し身支度も済ませ、悶々とした感情のまま、例の存在がいるであろう場所に向かう。

 

 

 

「——早く起きすぎなんだよ、テメェ」

 

「うわ……最初の一言がそれとは。性根が捻じ曲がっているのでは?」

 

 

 

 売り言葉に買い言葉で返しながらも、彼女の集中は乱れていない。

 修練場で弓を引いているその姿は、以前に見た姿と一切狂いなく、相も変わらず気持ち悪かった。

 

 

 

「こんな朝早くから、精が出るなぁ本当に。何だ? 自分でも追い込んでるのか?」

 

「別にそんな事はありません。これといってやる事もありませんし、暇な時間があったらその時間を修練に当てるというのは、珍しくもなんともないでしょう」

 

「ハッ、お前にとっての暇な時間とは、どうやら一日中を意味するらしい。

 実質一つの修練場を貸し切りにして、夜明けから日が沈むまでのほぼ全ての時間この場所にいるとか、感心を通り越して恐怖だ。

 後は時々、キャメロット内の食堂に顔出すくらいか?」

 

「申し訳ありませんが、私は別に何かの任務を片手間にして遊び惚けている訳ではなく、本当にやる事がないだけなので。貴方と一緒にしないで貰えますか?」

 

「俺が円卓の任務を片手間に、遊び惚けている様な口振りじゃないか。なんとも見る目のない。俺は至って真面目だ。むしろこのキャメロットで、一番仕事を精力的にこなしている。しかも、他の円卓では何も出来ないだろう仕事をな」

 

「……どうだか……」

 

 

 

 呆れた口調で呟いた少女は、此方の言葉を信用していない様子だった。貼り付けられていた筈の表情は、若干外れている。

 距離が縮んだなどという楽観的な考えはない。あの激情を露にしたから、ただ必要以上に隠す意味がなくなってしまっただけ。彼女はそんな雰囲気だった。

 

 

 

「というか、貸し切り……? どういう事ですか。ただ私以外に人が来ないだけで、別に貸し切りにしている訳ではないのですが」

 

「感心を通りこして、恐怖」

 

「…………はい?」

 

「お前、他の騎士から引かれてるの知らないのか?」

 

「……………………」

 

「その様子だと知らないみたいだな」

 

 

 

 一瞬だけ、少女の動きが硬直する。

 その後、弓を構えるのをやめて此方に振り向いた。どうやら真面目に話を聞こうという事らしい。

 

 

 

「どうやら、協調性が無さそうだという、俺の考えは間違いではなかったという事だ」

 

「そういうのは要らないのでさっさと説明してくれません?」

 

「おっと! 早速、協調性の無さを披露していくとは驚きだなぁ。そんなんだと、いずれ苦労するぜ?」

 

「有り難い言葉です。説得力が凄いので実体験なのでしょうね。ご忠告痛み入ります」

 

 

 

 互いに一歩も譲らず、また後退する事なく言葉で殴り合う。

 一方が皮肉で貶し、もう一方が慇懃無礼でこき下ろす。

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「……はぁ……で、説明は」

 

「はいはい……言えばいいんだろ、言えば」

 

 

 

 言葉が途切れ一瞬だけ睨み合うが、それも長くは続かなかった。

 互いに、このままだと永遠に話が続かないと悟り、一旦無かった事にして話を進める。

 

 

 

「まぁ、基本的にお前は好意的に受け止められていると言っていい。

 基本的にだが……別にそこ自体はあまり気にしなくいいんじゃないか。お前の場合、見た目から来る勝手な先入観と嫉妬は消えんだろうしな」

 

「そうですか。まぁ私としても、普通にそういう人間はいるとは思っていたので驚きではありません。それに、居るといっても一部なのでしょう?

 ならどうでもいいですね」

 

 

 

 少女は極めて淡々と語った。

 

 

 "そういう人間はいるだろう。勝手にそう思っていればいい。自分は別にどうもしないし、どうでもいい"

 

 

 そういった様子を雄弁に表している様だった。

 どちらかといえば、協調性がないのではなく、必要だと思っていない。もしくは他者に対しての関心が極めて薄いのかもしれない。

 敵か、敵じゃないか。後は其処に、自分に対して益になるかどうか。その三つで、全てを判断している様にケイは思えた。

 

 

 

「いるはいるが、本当に気にしなくていい。既にそういう奴は叩きのめされているからな」

 

「は……? いや、何故。もしかして……騎士とは集団いじめの温床だったりします?」

 

「そんな訳あるか。

 まずお前に妬みだとか嫉妬を向けているのは、決闘試合を見ていない人物で、尚且つ思い上がりが激しい人物だ。後はお前の武勇を信じていない人間。

 子供がそんな事出来る訳ない。自分だったらもっと上手に出来る。子供が騎士になるなら、自分はもっと上の役職にしろってな」

 

「はぁ、そうなんですか」

 

 

 

 呆れた口調には一切の温度がなく、先程自分に向けた呆れの言葉と違い、ひたすらに無関心。

 心底興味がないのだと言外に表している。

 

 

 

「そして、その愚かな熱量を他の事に回せば良いのに、実際に抗議する奴が現れた。本当に一部だが、お前を打ち負かして自分の方が強いと証明してやろうなんて奴もいたらしいぞ?」

 

「へぇ…………」

 

「まぁ、そんな事する前に他の騎士に叩き潰された訳なんだが」

 

「……誰なんですか? その騎士は」

 

「俺の親父。お前と一騎討ちしたエクター卿と言った方が分かりやすいか?」

 

 

 

 少しだけ驚いた様子で、少女は問いを返す。

 

 

 

「どうやって……」

 

「どうやっても何も、普通に騎士道に則った一騎討ちで叩き潰したんだよ。

 ""もし私に勝つ事が出来たら、アーサー王に直接お前を推薦してやろう。だが、他人の活躍を信じず妬む事しか出来ない程度の人間が私に勝てるとは思わないがな。片手でも充分勝てるだろう""

 なんて挑発して、本当に動く右手だけで勝った」

 

「う……うぉぉぉ……もし今度エクター卿と会ったら、一応謝罪を……いや、感謝の方が良いのか……」

 

「別に気にしなくていいだろう。

 親父も別に気にしてなかったし、むしろ将来が楽しみだって笑ってたしな。

 ——まぁ、この影響でお前、若干引かれてるんだが。

 お前のやった事が誇張でもなんでもなく事実だって証明された様なもんだし、ついでに、何考えてるか分からない、気味が悪い、修練に対するのめり込みが怖いと来た。

 お前がどんな人物なのかは、きっと誰かが確かめてくれるだろうから、とりあえず自分は距離を置こうってな」

 

 

 

 基本的には、好意を持って受け止められているというのはこの様な意味合いを持っている。

 結局のところ多くの人物が向けているのは畏怖だが、それはそれとして、その期待の新人である少年の実力は気になる。といった所だった。

 

 この見た目と歳で、円卓に比肩出来る人物。

 何かきっかけがあれば、陶酔されるに足る実力を有した存在。

 比較的新参であるモードレッド卿と戦わせて見たら、どうなるのか気になるという騎士も多いらしい。

 

 

 

「はぁそうですか。折角人が感激してる所に、水を差さないで欲しかったですね。

 何故理想的な騎士であるエクター卿から、貴方の様な性格の人物が産まれてしまったのか」

 

「……………………」

 

 

 

 白けきったかの様に、芝居がかった口調で冷笑しながら呟く少女に、一瞬だけ硬直する。

 

 ——抑えろ。

 流れる様に相手を侮辱するのは、アグラヴェインが特にランスロットに向けてやる事だ。

 いや、アグラヴェインのそれと比べればまだ可愛い。アグラヴェインだったら会話が全て終了した後、言い返す間もなく吐き散らす。しかももっと暗喩で罵る。

 此方に言い返す余力と余暇を残しているあたり、まだ会話の範疇。ちょっとしたじゃれ合いでしかない。

 

 

 

「あぁ、流石だな。実力も申し分なく、しかも小賢しいくらいに頭が回って、生意気なガキくらいには口も回る。鴉と称されるだけはあるな。狡賢い鴉から死体漁りの上手い鴉にはなってくれるなよ?」

 

「………………鴉……?」

 

 

 

 どの様な意味か分からないといった様子で、少女は呟いた。

 いや、普通なら意味は分かる。察しが悪いというのも、今までの彼女の調子から考えると上手く噛み合わない。つまりこの少女は、鴉が自分の事を指しているのだと知らない。

 

 

 

「あぁ……めんどくせぇなぁ。お前、本当に他人に対して興味ないのな。なんなんだよ、ホント。熱意を向けているモノと、熱意を向けていないモノの差が激し過ぎるんだよ。良い塩梅は取れねぇのか」

 

「いや、そんな捲し立てられましても。そもそも他人と会話する機会が限られていたので仕方がないじゃないですか」

 

「度が過ぎるつってるんだ。理解しろクソが……」

 

「…………それで、鴉とは」

 

 

 

 面倒になったのか、生返事で説明を急かして来る。

 相手の感情を逆撫でするような態度は、かなり頭に来るのだが、説明せずに会話が途切れて困るの此方である。無視をしたら、目の前の少女は躊躇いなく会話をやめるだろう。

 

 

 

「チッ………お前、鴉羽の騎士って二つ名で呼ばれてるんだよ。キャメロットに幸福を授ける吉兆の象徴とかなんとかってな。詳しい経緯はもう話が広がり過ぎて知らんが、お前は心当たりないのか?」

 

「鴉? 鴉って……あー……あれか。いや、そうだとしてももう二つ名が付いてるとか、おかしくありません?」

 

「知らん、どうでもいい。他の奴に聞け。後、心当たりがあるならさっさと説明しろ」

 

「……………」

 

 

 

 意趣返しで適当に返事をして説明を急かす。少女は、やや不服そうに腕を組み始めた。

 

 

 ……コイツ、露骨に分かりやすくなってきたな。

 

 

 思わずその様子を見て思案する。

 恐らくこれが彼女の素か、もしくは素の一つなのだろう。打ち解けたなどとは到底思えないが、取り敢えず一つの壁はなくなったという事か。逆に壁が一つ外れても、まだ油断出来ない存在だと考えるべきか。

 

 恐らくだが、この少女は隠し通すという事は得意分野ではないのだろう。なんとなく、隠す事よりも騙す事の方が上手な印象がある。

 無論、得意じゃないだけで、人並みに隠す事は出来るのだろうが。

 そんな思案をしていると、少女は沈黙を破って不服そうに口を開いた。

 

 

 

「……心当たりというか、私と鴉を連想つける出来事が一つしか浮かばないと言いますか。

 別に大した事ではありません。キャメロットに来てからの数日間、城下町をウロウロしていた時に、一匹の鴉に懐かれただけです。

 危害を加える様子もなかったので、肩に留まらせたまま放置してました。今はその鴉がどうしてるかは私も知りませんが」

 

「それだけか?」

 

「それだけですよ、本当に。まぁでも……たったこれだけでこんな二つ名が付くとは思ってもいませんでしたけど」

 

「そうだな。鴉なんて不吉の象徴みたいなもんだしなぁ」

 

「……不吉?」

 

 

 

 その言葉に少女は目敏く反応した。

 

 

 

「勘違いが大きく広がっていますが、鴉は不吉の象徴ではなく、本来は吉兆の象徴です。

 まるで鴉が災厄の象徴みたいに言わないで貰えます?」

 

「そんなこと知ってるさ。知った上で鴉は不吉の象徴だと言ってる」

 

「——へぇ、そうですか」

 

 

 

 言葉に怒気を滲ませながら、少女は答える。

 ——かかった。

 

 

 

「そもそも鴉は神の慧眼な使い、もしくは神聖の象徴だと知らないのですか?

 極東では吉兆を授ける鳥。八咫烏として信仰の対象にもなり、ギリシャ神話では、太陽神アポロンに仕える最も賢き鳥は鴉です。

 太陽や神の使いの伝承は世界各地に存在します」

 

「あぁそうだな」

 

「今から800年程前、征服王イスカンダルが…………あぁ、アレキサンダー大王と言った方がいいですか。アレキサンダー大王がエジプトを支配せんと訪れた時、砂漠で遭難したアレキサンダー大王の軍を導いたのも鴉です。

 常に鴉は吉兆の象徴として神話に出ている。鴉は認めた者だけは決して裏切らない」

 

「あぁ、知ってるさそんな事」

 

「……では、なんだと?」

 

 

 

 少女の言葉を遮る様に、自らの言葉を被せる。

 見た目にそぐわない知識から説明された情報は、確かに正しかった。だからこそ彼は鴉が幸福の鳥だと思わない。

 

 

 

「確かに鴉は神聖な神の使いだし、吉兆の象徴だ。そこに違いはない」

 

「……何が言いたいんですか」

 

「そもそもでだ。じゃあなんで鴉が不吉の象徴として誤認される様になったんだ? 火の無い所に煙は立たないって言うだろ?」

 

「……………」

 

「確かにお前の言っている事は正しい。だが正解じゃない」

 

「……それで」

 

 

 

 少女は此方の言葉を催促してくる。

 口調は静かだったが、誤魔化しや虚偽を許す気はないという風に冷やかだった。

 

 

 

「そもそもでだ。誰かが幸福になるって事は、誰かがその分不幸になるって事だ」

 

「———へえ」

 

「鴉は常に大きな二面性を持っている。

 極東では太陽の化身、もしくは導きの神として八咫烏は信仰されているが、同時に八咫烏は、荒神や祟り神としての側面も持っている。

 ギリシャ神話のアポロンだって光明の神であり、優れた治療神でもあるが、流れ矢一本で大量の人間を疫病で虐殺した疫神としての側面も強い。アポロンに仕えた鴉だって最後には醜い鳥にされてるしな」

 

「………………」

 

「それだけじゃない。アレキサンダー大王を助けた鴉だってそうだ。確かに鴉はアレキサンダー大王を救ったかもしれないが、その影響で当時のエジプトは完全に征服王に支配された。

 エジプトでは鴉を太陽の化身として信仰しているのにだぞ?」

 

「…………………」

 

「確かに、鴉が味方したものには幸福が訪れるんだろうさ。だが見放されたらどうなる? 災いが襲うと? 見放されたら不幸が襲う吉兆の象徴なんて、それは不吉の象徴と何が違うって言うんだか」

 

「捻くれてますね」

 

 

 

 吐き捨てる様に呟いた少女の事は、酷く冷ややかだった。

 かと言って、感情らしい感情は乗っていない。最初に彼女と相対した時の様だった。

 

 

 

「あぁ。だから、俺はお前が怖い———キャメロットに幸福を授ける鴉と称されたお前が。もし、お前が何かを見捨てたら、きっとそれには抗いようのない厄災が訪れるのだろう。

 いや…………鴉が見放すに足るだけの相応しい結末が訪れるのかもな、それには」

 

 

 

 心からの本心だった。

 もし、今ここで彼女が本気で殺しにかかってきたら、自分には為す術がない。まともな攻防も出来ずに即死するだろう。そんな相手に対して、自分は綱渡り染みた事を成功させ続けなければならないのだ。

 

 それだけではない。

 知りたくもなかったのに知ってしまった、彼女のおどろおどろしい激情。それは、決して明るくなる事はない暗闇に支配された穴の様に、底が見えなかった。

 未だに、あの感情を正解に測る事は出来ていない。

 

 

 それでも、あの憎悪は——個人には向けられていなかった。

 

 

 だからこそ、測りしれない。

 世界の在り方そのものへ向けられた、晴れることも和らぐ事なく、そして膨れ上がり続ける怒り。報われる事のない憎悪。死んだ方が救われるかもしれない。そして本当に死ぬまで止まらないのだろうと悟れる程の狂気。

 もしも、明確な形を得ていない憎悪が、何かの形に嵌る事があれば、想像する事が出来ない災いを及ぼす事になるだろう。彼女は、自らの実力以外にも、まだ何かを隠している。彼女が本気になれば、恐らく円卓の数名を殺害出来る。

 

 だがきっと——それだけでは済まない。あの日、そう確信出来てしまった。

 

 

 

 

「——————……………」

 

 

 

 

 少女は僅かに俯いたまま、何も喋らない。

 ——もし、彼女の顔が見えたとしていたら、一体今はどんな表情をしていたのだろう。

 

 分からなかった。

 今、彼女を支配している感情がなんなのか。

 あの一瞬だけ見せてしまった、確かな弱味なのか。もしくは、相対したばかりの時の様に、己の感情を凍てつかせた拒絶なのか。

 

 

 

「正直言って、私個人がキャメロットをどうこう出来るだけの影響力ないと思うのですが」

 

 

 

 返答は冷たかった。

 

 

 

「…………そうか」

 

 

 

 最初に相対した時と同じ。

 他者を寄せ付けない拒絶で、それ以上の事は探り出せなかった。

 

 

 

「……そもそも、私は誰の味方にもなっていない。それに、私は誰かの味方になる気もありません。見放す以前に誰も見ていない。

 あぁ、ケイ卿の味方にでもなってみましょうか? あまりの口煩さにすぐ見放してしまいそうですが」

 

「うるせぇ黙ってろクソガキ」

 

「おやおや……会話しません? 会話。相互理解は大事なんでしょう?」

 

「…………てめぇ……」

 

 

 

 ニヒルに笑いながら、してやったりという気分を隠す事なく少女は語る。

 ニヤニヤと笑うその表情は、歳相応の笑みというよりも、悪事が成功した魔女の微笑みの様だった。

 

 

 

「まぁ黙っているなら、別にそれでも構いません。

 弓を射る時の邪魔さえしなければ、好きなだけ、納得がいくまで見ていればいいんじゃないですか」

 

 

 

 苦々しく睨みつける此方の視線に満足したのか、少女は穏やかに弓を構え始める。

 ひとまず、さっさと帰れと言われなくなったことは進展かもしれない。だからと言って、その弓をただ見ているだけではいけない。

 非番なら、その少女が弓を射る姿をぼーっと見ているだけでも一日を過ごせるかもしれないが、今日は非番ではない。

 

 

 

「そうしたいのは山々なんだが、そうもいかない」

 

「はぁそうですか。ならご勝手に。私はずっと無視し続けるので」

 

「………………そっちじゃねえ。お前に仕事の依頼だよ。騎士の任務だよ」

 

 

 

 その言葉で、少女は再び弓の構えを解き、矢を放つのを止めた。静かに、真剣な様子が彼女を覆っていく。

 そのスイッチの切り替えの早さと正確さは、円卓以上かもしれないなと思案しながらも、あえて少女のペースを乱す。

 

 

 

「あぁ、そういえば鴉は俺に味方してくれんだっけか? 是非ともそうして欲しいものだ」

 

「そういう捻くれた会話はいらないので、端的に分かりやすく説明してくれません?」

 

「おおそうか。じゃあ端的に説明してやるよ。

 ———お前、今日から俺の従者だから、よろしくな」

 

 

 

 

 

「——————は…………?」

 

「あぁ……是非とも鴉の守護に肖りたいもんだよ」

 

 

 

 大袈裟な程に芝居がかった口調で笑いかけるが、少女は硬直したまま返答はない。半開きになった口元は、その停止した少女の思考を言葉なく表していた。

 もし顔が見えていたら形容し難い顔をしているのだろう。

 

 

 

「…………………」

 

「あ? どういう反応だそれは。円卓の騎士の従者だぞ? しかも俺は今まで従者なんて取った事がない。つまり大出世だ。もっと喜べ」

 

「……はぁ」

 

 

 

 短くはないフリーズの後、少女から出てきた言葉は心底嫌そうな言葉だった。

 頭を抱えながら、少女は嫌悪感を隠す事なく呟く。

 

 

 

「……正直言って、ケイ卿は遠くから見ている分にはいいけど、実際にその下で働くってなった場合はちょっと……ってなるタイプなんですよ……会話するだけでも凄い疲れるので」

 

「流石の俺にも、我慢の限界というものがあるのを理解しているのかお前」

 

「というか、いきなりケイ卿の従者になるのはどう言う事なんですか。

 まさかとは思いますが、職権濫用でもしました……?」

 

「———あぁいいぜ。生意気なお前でも一切の反論が出来ないくらいに説明してやるよ」

 

 

 

 いよいよ、慇懃無礼で包み隠す事もなくなって来た生意気な少女に対して、流石に堪忍袋の緒が切れる。

 

 

 

「そもそもお前自分の年齢がいくつなのか理解してんのか? あ?」

 

「……九、です」

 

「おおそうだな。九で騎士になる奴なんて世界で何人いるんだろうなぁ。いやそもそもお前以外にいるのか?

 それだけじゃない。既に実戦で通用するとかそういうレベルを超えて、お前はブリテンの中でも上から数えた方が早い位置にいる。

 いや……もっとだ。上位10%……いや5%にはいる。九歳がだぞ? 本当に自分がどう言う立場なのか理解してんのか? いやしてない。絶対にしてる訳がねぇ」

 

「…………………」

 

「色々相反し過ぎな上に規格外なんだよお前は。お前に協調性があるかどうかの話じゃなくて、そもそもそんな化け物を、普通の部隊に入れられる訳がないに決まってんだろうが」

 

「…………あー……」

 

「他にも、実力は伴っているとは言え子供を実戦に上げるのかとか、その影響による周りの諸国の反応だとか、キャメロットは子供すら戦いに出すのかという良くない噂だとか……あぁうん、絶対にテメェは理解してない」

 

「……あー……その」

 

「で? お前はランスロットに対して何て言ったんだっけな? 三日くらい有れば終わるのではないかって?はぁぁ???

 ——お前もう一回自分の歳がいくつか言ってみろ」

 

 

 

 思いっきり捲し立てたその言葉に、少女は言い淀んだ。

 気不味そうに視線を横にずらし、あー、うー、と意味を持たない呻き声を上げている。

 初めて見る狼狽えたその姿だったが、不思議と違和感はない。感情を塞いでいた筈の心の仮面は外れていた。

 

 

 

「……すみませんでした」

 

「よしそれでいい」

 

 

 

 視線を横にずらしたまま、居心地の悪そうに少女は謝罪の言葉を口にした。

 

 

 ——コイツ、意外と押しに弱いな。

 

 

 場の雰囲気を読むのが上手い反動なのか、やや場の雰囲気に呑まれやすい。自分のペースを握っている時はとことん強いが、ペースが完全に相手にある時はじわじわとボロが出て来る。

 さっきの説明だって、それなりの誤魔化しと誇張が入っているが、恐らくそれには気付いていない。無論、あからさまな矛盾があったらカウンターを入れてくるので油断は出来ないが、彼女はまだまだ子供だった。

 

 

 

「……いやちょっと待って下さい。貴方の従者になる事が説明されてないのですが」

 

「なんだよ察しが悪いな。

 お前は一般的な部隊に配属するのは、とてもじゃないが無理だ。かと言ってその実力は惜しい。しかしそうだとしても、その見た目故に周りの目に付くのは出来るだけ避けたい。なら少数精鋭の遊撃部隊なのかというと、一旦は保留にしたい。そこまで国が切迫してる訳じゃないしな。

 つまりは、誰かの下について下積みしろって事だ」

 

「……なんでケイ卿なんですかと聞きたい所ですが、きっと貴方以上の適任がいないとなったんでしょうね」

 

「そういう事だ———これからよろしく頼むぜ? ルーク」

 

「…………よろしくお願いします」

 

 

 

 疲労困憊気味に少女は告げた。

 正直言うなら、自分だってこの少女とは関わりたくはない。全てを見なかった事にしたいが、もちろんそんな事は出来なかった。どちらの立場になって考えても。

 それに、自分の従者というすぐ隣の場所に、この少女を置くという選択肢よりも良い選択肢が浮かばなかったのだからしょうがない。

 

 互いに互いを利用しあう様な関係。表面上の関係なら上手くいくだろうという確信はあった。

 だから多分。これで良い。この関係が一番長続きしやすく、そして監視しやすい。

 

 

 

「という訳で、今から城を出る準備をしろ」

 

「……今からですか? という事はもう任務だと?」

 

「あぁ。どうせやる事ないんだろ? 良かったじゃないか」

 

「はぁ……まぁ私に拒否権はありませんし、そもそも拒否しなければならない理由もないのでいいんですけど、流石にちょっと急過ぎませんか」

 

「今まで暇を嘆いていた癖に、良く言うなお前」

 

「いや、そういう訳では……あぁもういいです。面倒臭い」

 

 

 

 憂鬱そうな雰囲気を隠す事はなく、少女は溜息をもらした。もしかしたら、彼女の素は面倒臭がりなのかもしれない。

 

 

 

「———それで、今から何をするのですか」

 

 

 

 城内を歩きながら、少女に問われる。

 既に此方の準備は出来ていた。彼女の方もいちいち準備する必要がないと言うのならすぐに城を出れる。

 

 先程までは、もうどうにでもなれ、という投げやりな様子を見せていた筈だが、既にその様子はない。

 裏表が激しい。いや、裏と表が完璧に分かれ過ぎているのかもしれない。本当に二重人格を疑ってしまいそうだった。

 

 

 

「アグラヴェインからの依頼だ。

 なんか金の動きに違和感を覚えたから、その諸国を探って来てくれだとよ」

 

「へぇ……正直言って、新参の私が関わる様な話じゃないと思うのですが」

 

「探れとは言われたが、暗躍しろとは言われてない。アグラヴェインだって違和感としか言ってなかったから、恐らくそこまで深刻には見ていない。その諸国にいって町の雰囲気だとか、兵士の所感を教えてくれとさ。

 本格的な調査の為に粛清騎士隊を動かすかどうかは、その後で決めるんだと」

 

「そうなんですか」

 

 

 

 間違いなく彼女はアグラヴェインの事を知っているだろう。

 アグラヴェインとこの少女には、魔女という大きすぎる接点がある筈だが、反応は薄かった。

 既に彼女の情緒は冷たく停止している。先程のやり取りが上手くいっただけで、彼女は決して迂闊でもなければ、簡単な相手ではない。

 彼女と腹の探り合いで上手を取るには、まず鉄と同等近くの強度を持つ氷を適切に溶かさなければならない。

 

 

 

「そういえばお前、馬には乗れるか?」

 

「騎乗の経験がないのでなんとも。

 ……動物に好かれた場合は、何を考えているか分かるくらいには好かれるのですが、嫌われた場合は凄い威嚇されるくらい嫌われるんですよね」

 

「なんだその意味の分からない体質」

 

 

 

 適当な会話をしながらキャメロット城内の正門、エハングウェンと名の付く大広場から城下町へ出ようとする。

 ……そろそろか…………

 

 

 

「———あぁここに居たのか、間に合って良かった。

 ケイ卿。それと……ルーク」

 

「—————————ッ」

 

「……どうしましたか——アーサー王」

 

 

 

 大広間から出ようとする瞬間、後ろから呼び止められた。

 マーリンがかけた幻術はとうに効いてない自分では、透き通った水を思わせる鈴の様な声に聞こえる。ただ、王としての仮面を着けて接している為か、凛烈なる雰囲気をアーサー王——アルトリアは纏っていた。

 その雰囲気に影響されたのか。もしくはそんな雰囲気など関係なしの行動だったのか、少女はアルトリアに対して片膝を突き、跪く。

 

 

 

「いやいい。その様に畏まらなくていい」

 

「ありがとうございます。

 ですが、私は一介の騎士で、貴方はこの国全てを預かる王です。たとえ貴方が許そうとそういう訳にはいきません。ご容赦ください」

 

「………………」

 

 

 

 少女は跪いていて目線が合わない。

 一瞬だけ、少女に対して遠くのモノをみる様な、痛々しいモノを見る様な目を向けた後、少女に気付かれないようにアルトリアはその横にいる人物をジト目で睨んだ。

 

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

 

 アルトリアが自分に向ける目線は冷たい。

 ずっと表情が見えない相手と腹の探り合いをしていたからか、アルトリアが自分に向ける目線に、どんな感情が含まれているのか簡単に分かってしまう。

 

 

 "……本当にコレで大丈夫なんですか"

 "考えれば考える程大丈夫ではないと思うんですけど"

 "ケイ兄さんはなんとか出来る確信があって本当にやってるんですよね?"

 "本当にケイ兄さんの事信じていいんですよね?"

 "一つ芝居を打てって事、私はまだ納得いってませんから"

 

 

 そんな言葉を、アルトリアの瞳が言葉なく雄弁に表していた。

 

 

 

「あー……お前、とりあえず頭上げろ。お前とアーサーのやり取りだと長くなって話が進まなさそうだ。別に正式な場でもないんだから、少しは気を楽にしろ」

 

「…………度が過ぎる追従でした。申し訳ありません」

 

 

 

 そう言って少女は跪いた姿勢を解き、顔を上げた。

 少女とアルトリアの視線が合うが、本当に合っているかは分からない。一方は王としての仮面を付け、もう一方は本当に仮面を付けていて、その表情が読めない。

 緊迫している訳ではないが、刺す様な居心地の悪さがある。重苦しい訳ではないが、何かが枷となって足を引っ張られる様な不安が付き纏う。

 そんな空気が漂っていた。

 

 

 

「……それでどうしましたか。アーサー王」

 

 

 

 本当はアーサー王とは兄弟の関係である上、アルトリアに対して敬語なんて使わない。しかし今は王とその騎士という関係にいる。公の場である為、敬語でアルトリアに対して話しかけた。

 無論、予め決めて置いただけの、ただの芝居。

 

 

 

「ルーク。貴方は捧げる剣は持たぬ身と、あの日言っていたな。なら、貴方にコレを授ける。きっと貴方に似合うだろうし、大きさも丁度良い」

 

「は———………は……?」

 

 

 

 そう言って、アルトリアは——黒と白の二振りの短剣を少女の方に差し出した。

 ただの短剣ではない。無論、騎士なら誰もが持つ様な普通の剣でもない。見るものが見れば、明らかに特殊な加護そして神秘性を保有していると分かる、宝剣だった。

 それに少女も気付いたのだろう。少女は短剣を受け取った姿勢のまま硬直していた。微妙に口元がひくついている。もちろん、喜びではなく困惑で。

 

 

 

「黒い短剣の名は"セクエンス"。

 騎士道に則った戦い、更にその戦いが死闘であればある程真価を発揮する特殊な加護を持つ。

 そして、白い短剣の名は"カルンウェナン"。

 自らの俊敏性を増強させ、また何かに足を取られる事がなくなる」

 

「…………あの、アーサー王。明らかに何の武勲を立てていない新参の人間に持たせて良い武器ではないと進言します。どう考えても悪い注目が集まります」

 

「いや、そんな事は起きない」

 

 

 

 少女の言葉に被せる様に、アルトリアは否定する。

 

 

 

「貴公に集まっているのは悪い注目ではなく、大きな期待だ。

 仮に貴方の武勇を妬む者が現れたとしても、貴方なら容易く跳ね除けられるだろうし、貴方の道を拒む事など出来もしない。つまりコレは、貴公への先行投資だ。貴方からすれば、並大抵の武器では力不足だろう。乱雑に扱っても壊れる事はない」

 

「……いや……ですが」

 

「別に気にしなくいい。この二振りの短剣はもう使っていない。

 私は昔、この二振りの剣を護身用として扱っていたがこれは非常に役に立つ。どうか受け取って欲しい」

 

「………………」

 

 

 

 少女はアーサー王から手渡された二振りの短剣に目をやり、そのまま動かなくなった。

 明らかに彼女は悩んでいる。もちろん、剣を受け取るか受け取らないか以外にも、頭の中でアーサー王が何を考えているのか、思案しているのだろう。

 

 別に、そこまで深い意味合いはない。

 この二振りの短剣は優れものではあるが、何かの決定打にはなり得ない。この剣を受け取った後の少女の反応と、その動向を確かめたいだけ。

 それに多分だが、この剣を受け取っても、彼女は悪用したりはしない。

 

 

 

「アーサー王が良いって言ってるんだから受け取っちまえ。お前に取っても悪い話じゃないだろ?」

 

「……——感謝しますアーサー王。期待に応えられず、意にそぐわなかったと思わせる事はないと誓います」

 

 

 

 背中を押す様に告げると、少女は深々と頭を下げる。

 その様子を見て、アルトリアは再び少女への視線を苦々しいものへと変えたが、少女はその視線を認識出来ず、またアルトリアも簡単に悟らせる程に露骨ではなかった。

 

 

 

「……期待しているぞ、ルーク。それにケイ卿——後は任せた」

 

 

 

 真剣な様子で告げて来たアルトリアのその言葉に、無言の頷きを持って返す。

 踵を返して城内へ戻って行くアルトリアの後ろ姿を、少女は剣を受け取った姿勢のまま、無言で見送っていた。困惑の感情は既になく、波紋の立たない湖の様に静かな佇まいだった。

 

 

 

「……………………………」

 

「同じ上司なのに、俺とアーサー王とでは対応の差があからさまじゃないかぁ?」

 

「同じ……? どうやら、同じという単語の意味の定義がケイ卿とは違うようですね。今から議論してもいいですよ」

 

 

 

 空気を払拭する様に少女に話しかければ、返って来たのは生意気に溢れた声。

 その様子を見て、何か憎まれ口を叩く訳でもなく、また先程の少女の様子を追及する訳でもなく、ただ少女を急かした。少女とのやりとりで生き急いでも、きっといい事はないだろう。

 

 

 

「フン……まぁその様子なら大丈夫だろ」

 

「…………何が、ですか」

 

「あ? お前がその剣を受け取って、緊張で何か醜態を晒すんじゃないかってな」

 

「……はい?」

 

「いざその剣を振るう時に、期待が重くて上手くいきませんでした。なんて事にならないでくれよ?」

 

「……あぁ、この剣をケイ卿に振るいたくなってきました」

 

「叛逆か? やめておけ。お前は他の円卓の手によって血に染まるぞ」

 

 

 

 互いに軽くジャブを打ち合う様なやり取りの中、その発言に少女は呆れた口調で返す。

 

 

 

「抵抗くらいはしましょうよ……というかそんなに、ケイ卿って弱いんですか? そんな印象ないのですが」

 

「期待外れな上弱くて悪かったな。多分アーサー王の執事役のベディヴィエールと同じくらいじゃないか」

 

「そうですか……ケイ卿と一緒にいると私が不都合を被りそうな予感がします」

 

「驚きだな。俺もお前に対して、全く同じ事を考えてた。お前がいらん事にまで首を突っ込んで俺の方が不都合を被りそうだってな」

 

 

 

 悪い笑みを浮かべて彼女に言い放てば、少女はうんざりした風に溜息を吐いて、不機嫌そうに口を開いた。

 

 

 

「もういいのでさっさと行きません?」

 

「はいはい」

 

 

 

 互いに言い合っていればいつまで終わらないと判断したのか、やや不服そうにしながらも、少女は言葉を飲み込んで此方を急かす。

 此方としても、引き際が見つからず、またついつい言葉に言葉を返してしまうので、少女の提案を受け入れた。

 

 此方を置いていく様に、彼女は城内を出ていく。

 その後ろ姿に、何か奇妙な違和感と納得感を覚えながらも、不思議と彼女に対する悶々とする感情が薄れていっている事に気付いた。

 

 だからこそ——安心も油断も出来ない。

 少なくとも、彼女は温情をかけている訳ではなかった。

 彼女の行いが、結果的に此方の得になる事だとしても、その裏にあるのは騎士道精神などではないのだから。

 

 

 

「何してるんですかケイ卿。とりあえず馬小屋までさっさと行きましょう。私が馬に乗れるか少し心配ですし」

 

「マイペースで行こうぜ、マイペース。別に急を要する要件でもなんでもないんだからな」

 

「最初に急ごうと言ったのは其方でしょうが」

 

「……いや、だってお前ずっと弓を射ってそうだったじゃないか」

 

「普通に任務だと言われていれば普通にやめていました。変に責任転嫁するのはやめてください」

 

 

 

 城下町へ降りながらも、少女と再び口論が始まる。

 彼女の素の部分だと思われる、この捻くれた負けず嫌いな部分は、歳相応に子供っぽいなとどこか思いながらも、しばらくはこんな関係で、こんなやり取りが続くんだろうなと、僅かに思いを馳せた。

 

 

 




 
『宝具解放』


 死闘にて輝く不撓の剣(セクエンス)

 ランク D++++

 種別  対人宝具

 詳細

 アーサー王が選定の剣を十全に扱える様になる前、諸国漫遊時代に護身用として扱っていた短剣の一振り。
 鷹の羽の様な印象を受ける黒い短剣。
 特殊な加護を持つ宝剣であり、死闘の場でアーサー王は必ずこの宝剣を携えて、そしてどれ程の激闘であっても必ず最後は勝利を収めた。

 この剣は騎士道に則った一対一の戦いで、さらにその戦いが死闘である場合に真価を発揮する。
 戦闘が長引けば長引く程、この剣の所有者が傷付けば傷付く程に剣の輝きが増し、剣の切れ味が上がる。
 さらに輝きに比例して所有者のステータスを筋力、俊敏、耐久、魔力、幸運の順に1ランク上昇させる。

 最初はただの丈夫な武器でしかないが、最終的に威力が5倍にまで跳ね上がる。
 その切れ味は聖剣や魔剣の類とほぼ同等。
 最終段階にまで達したこの剣なら、金剛石の鎧で守れた騎士を鎧ごと両断する事も可能とする。

 しかし、"一対一"でないなら効果を発揮しない。
 たとえ味方が自分一人で、敵勢力が複数という状況であっても、何の反応も示す事はなく、ただ丈夫な短剣でしかない。


[解説]

 アーサー王伝説内にて出て来る名称付きの剣。
 エクスカリバーとカリバーンがあまりにも有名過ぎる為、その威光の影に隠れてしまい詳しい記述は少ないが、影に隠れた武器の類の中ではそれなりに有名な剣。
 原典により多少の違いはあるが、アーサー王が使用した剣、死闘に関係する剣と言うのは基本的に変わらない。
 アーサー王が必ず死闘の場にて携えた騎士剣、もしくはいつの間にか死闘の場に現れ、アーサー王を助ける短剣とも言われる。

 この世界線ではアルトリアが選定の剣を十全に扱えるまでに護身用として扱っていた短剣という設定。
 限定的かつ劣化させたアロンダイトの様な性能をしている為、蛮族との戦争が主になり始めてから、アルトリアは対人にのみ特化したセクエンスを使用する機会が減り、エクスカリバーを手に入れてからは使用する事はなくなった。



 白鴉の短剣(カルンウェナン) (■■)

 ランク C

 種別  対人宝具

 詳細【現在一部開放】


 アーサー王が選定の剣を十全に扱える様になる前、諸国漫遊時代に護身用として扱っていた短剣のもう一振り目。
 小さな白い柄手を意味し、鴉の羽の様な印象を受ける白い短剣。

 所有者の俊敏に+を付与(実質的な倍加)する事が出来る。
 また常に所有者の足元を覆う様に微弱な魔力が張られ、特殊な魔術によるトラップなどが張り詰められていない限り、所有者はフィールド上に於いて減速する事なく移動し続ける事ができる。

 その素速さは、所有者が静止状態から加速状態に移行する際に一瞬姿が掻き消えて見える程に速く、この短剣を持つ者はまるで"影に潜んでいる"様だ、と言わしめた。
 別名を【早駆けの短剣】。


[解説]

 アーサー王伝説内にて出て来る名称付きの剣。
 マビノギオンと言う、アーサー王伝説を含むウェールズの神話や様々な伝承を纏めた本でキルッフとオルウェンという章に出て来る短剣。

 詳しい経緯は省くが、アーサー王が洞窟のドアを蹴り破って魔女(モルガンではない)に襲いかかる時。もしくはドアごと魔女を両断した時に使っていた短剣とされ、また所有者を影に潜ませる効果のある短剣とされていた。
 調べが甘い可能性があるが、原典に於いてこの場面以外にカルンウェナンがアーサー王伝説に出て来る場面を確認出来なかった。
 また多少ネットで調べたがさらに詳しい詳細を確認出来なかったので、この作品での効果はかなりオリジナル要素が強い。

 セクエンスと同じく対軍ではなく対人に特化している為、エクスカリバーを手に入れてからアルトリアが使用する事はなくなった。

 


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第21話 サー・ケイと叛逆の城 起

 
 ある意味ようやくアーサー王伝説編に入ったようなもの。
 尚、生前編は基本的に、主人公とその他円卓騎士による人間ドラマの合間に原典要素と戦闘要素が入り込んで来るので、原典要素は5割くらいです。許して。
 純正ファンタジーをダークファンタジーに落とし込むの大変なのです。

 互いが互いに向ける感情と歪みが、文章に滲み出てる様な文章を作りたいです。
 


 

    

 

 結論から言うと、馬にはこれと言って手こずる事もなく簡単に乗れた。

 私の事を見るケイ卿の顔が微妙に嫉妬に曇っていたが、嫌われてしまった動物に対しては、何故かとことん嫌われてしまうタイプなので許して欲しいと個人的に思っている。

 

 私がキャメロットに訪れるまでの間に出会った野狼には酷く威嚇され、鳥獣は私が近づくだけでバサバサと音を立てて逃げ出し、魔獣の類いは私と目が合うと震えて動かなくなる。

 不要な攻撃を受けなくて済む利点はあれども、あの光景は余り他者に見せていい光景ではないだろう。見た目はただの子供の癖に、ただそこにいるだけで動物が震える存在など恐怖しか浮かばない。

 

 ただ好かれる動物には、本当に好かれる。それこそ此方の考えを全て理解してくれているんじゃないかと思える程に。私が選んだ馬は別に名馬でもなんでもない普通の馬だが、馬に好かれたのは本当に安心した。

 

 ……安心はしたのだが。

 

 

 

「あぁ……クソ…………本当にムカつく……」

 

「………………はぁ」

 

 

 

 私が馬に騎乗している姿を見て、ケイ卿が呪詛でも吐いている様な声を発している。

 これでも、まだマシだ。キャメロットを出てからの数日間はもっと酷かった。更にそこから口論になって話が脱線し、また互いに罵り合いが始まる。

 互いに話を変えようとし、森とか川とか花とか、どうでもいい会話を展開しようとするのだが、知識の保有量の違いでまた口論が始まる。

 きっかけさえ有れば罵り合いに変えられるという、どうでもいい才能については、キャメロットで一位と二位になれるかもしれない。

 

 多分一番の被害者は馬だ。

 口論が始まると互いの空気を繊細に読み取るのか、馬の機嫌が悪くなる——ケイ卿の馬だけ。私の馬は周囲の雰囲気を意に介さず、終始穏やかだった。それを見てケイ卿の機嫌がもっと悪くなる。

 

 ……最悪だ。

 

 

 

「お前らみたいな奴を見ていると、俺がただの凡人だと言う事を理解させられる………」

 

 

 

 ——めんどくさ……

 思わずそう思ってしまった私は、決して悪くはない。むしろ思わない人はいないだろう。この話を上手く使えば、周囲の騎士から同情を勝ち取れるのではないか。しないけれども。

 

 

 

「流石に子供に対して嫉妬は…………みっともないのでは」

 

 

 

 何も考えず反射的に言葉にして、どの口が言うんだと自己嫌悪に陥いった。

 あぁ、だからケイ卿は苦手なんだ。

 だが、ケイ卿は私の反応を認識したのかしてないのか、普通に反応を返した。

 

 

 

「何か言い返したいが、余りにも正論過ぎる上、その言葉に反論するとただ俺がみっともないだけだから何も言えねぇ……」

 

「……………」

 

「あぁクソ。いつだってそうだ。凡人がどれだけ努力したって、一握りの天才は簡単に階段を上っていく。でお前はなんだ? お前はその才能を、血反吐を吐くレベルで磨くタイプなんだろ? 最悪じゃないか。

 ——それはそれとして、才能を磨かずにかまけているタイプの方がもっとイライラする……なんなんだ? この世界俺に厳しすぎないか?」

 

 

 

 天を仰ぐケイ卿の端正な横顔は、腹立たしそうに歪んでいた。

 いつもの様に何か言葉を返そうと口を開くが、結局言葉にならない。多分、その感情を限界まで歪めたものを私が保有しているからだろう。

 頭の中で混沌とする感情を、上手く表現化出来ない。

 

 

 

「オイ、今何か口にしようとしただろ。何を言おうとしたんだ?」

 

「……別に」

 

「お前……やる時はやるだけで実はかなりのズボラだろ」

 

「……ケイ卿って面倒臭いタイプの人間ですねって言おうとしたんですよ。流石に失礼かなと思ったので言葉を慎みましたが」

 

「慎んでねぇじゃねえか」

 

 

 

 よくも悪くも感情的な彼は、相対する人も感情的にさせるのだ。私が変な事を口走りそうになる。

 だから、相手の感情を逆撫でる様な微笑みと口調で、ケイ卿の慇懃無礼に答える。少しでも気を抜けば舌戦で負けそうになるのだから、ケイ卿の調子を崩すしかない。

 

 額に青筋を浮かべながら此方を睨んで来たので、目線を合わせず鼻で笑いながら、冷笑で返す。似たようなやり取りを、もう何回やったか分からない。時々立場も逆転する。

 

 実際に面倒臭い事に変わりはなかった。しかもケイ卿は細かい部分に目が届く。

 この人を相手にすると、色々、疲れる。

 

 

 

「というか、そろそろケイ卿が言っていた諸国に着きますよね。着きますよね……? 実は全て嘘だったなんて言われたら信じますよ。その諸国について何も説明されてませんし」

 

 

 

 話を強引に変え、別の話題を提示した。

 この数日間の、やり取りという名の罵り合いで出来てしまった、一種の暗黙の了解。互いに終わらないなと思ったら、無理矢理でも話題を変えて一旦は無かった事にしようというものだった。

 ……と言ってもそれだけなので、きっかけがあると掘り返される。私も時々掘り返す。

 

 

 

「そっちを信じるよりも俺の方を信じろよ。そもそもお前に嘘をつく必要ないだろ」

 

「それ本気で言ってます? 私から見ると、信用出来ない部分の方が多いのですが。その部分が目についているだけ、という可能性があるとしても。

 後、依頼持って来たのあのアグラヴェイン卿なんでしょう? 実は私を嵌める罠だったりしません?」

 

「………………」

 

 

 

 私のその発言に思う所があったのか、微妙に居心地の悪い表情をしながらケイ卿は頭をガシガシと掻きむしっていた。

 頭を掻きむしりながら、ケイ卿は重い口を開く。

 

 

 

「あー……と言っても、説明出来る部分はあんまりない。重要な部分はちゃんと話したし、適当に観光して何もありませんでしたって報告したら、後はもう終わる。別にその諸国が重要って訳でもない。

  ……いや、昔はまぁまぁ重要だったか」

 

「昔?」

 

「あぁ、うん。そういえばお前、九と半年くらいだったな……じゃあ知らないか……」

 

「私に自分の年齢がいくつか言ってみろと怒鳴っていた癖に、その反応はないのでは?」

 

「…………悪かったな」

 

 

 

 煽りに対して口煩く反応するかと思ったが、返って来たのはただの謝罪だった。

 苦々しいその表情だったが、今まで見てきたそれとは明らかに種類の違う顔。

 

 

 自分で言った言葉にはちゃんと責任を持つのか……

 

 

 正直言って、あのケイ卿から何の変哲のない謝罪の言葉が出たという事に、驚きを隠せなかった。一度吐いた言葉は戻せないという事をしっかり理解しているのだろう。

 こういう妙に律儀な部分は、やはり彼女の兄なんだなと納得させられる。

 

 

 

「何冷笑を浮かべてんだテメェ……」

 

「ケイ卿から素直な謝罪の言葉をもぎ取ったの、世界で私一人だけなのでは? と優越感に浸っていました」

 

「いつか絶対に、テメェが猫被っただけのクソガキだって事を周囲に知らしめてやる……」

 

「フッ、フフッ、絶対に無理だと思いますよ? ケイ卿がまた周囲にノイズを撒き散らしてるとしか思われないのでは?」

 

「うるせぇ黙れ。俺の事舐めんなよクソガキ」

 

 

 

 非常に不機嫌そうな顔で睨み付けられるが、それを涼しげに返した。

 今の私はいささか気分が良い。隣のケイ卿からの威圧も、心地良い風程度にしか感じていなかった。

 

 

 

「チッ……俺たちが向かってるのはゴール国だ」

 

 

 

 いくら怒りの感情を吐き出してても、私には何の意味もないと悟ったのか、不機嫌そうに顰められた眉毛をより深いものにしながら、ケイ卿は話を戻した。

 

 

 

「ゴール国? それって……あのウリエンス王が君臨してる、北ウェールズのゴール王国ですか?」

 

「あぁそのゴール国だ。一応言っておくが、王国ではないぞ。あのウリエンス王っていう表現がなんなのかは知らんが」

 

「……ウリエンス王って、アーサー王に反旗を翻した十一人の王の一人ですよね? 後確か、ユーウェイン卿の父親の」

 

「なんだ、意外と詳しいなお前。まぁ……当たり前か」

 

 

 

 そう呟きながら、ケイ卿は過去の何かを思い出す様に視線を下げた。

 しかし、その横顔からは、負の方に属する怒りといった感情は見受けられない。既に終わった昔の事。そう考えている風に思えた。

 

 

 

「まぁ当時は色々あったが、別に今話すような事でもない。もう終わった事だ。それに、ゴール国はもう王国じゃないからな」

 

「……どう言う事です?」

 

「ウリエンス王はもうとっくに死んでるぞ」

 

 

 

 ボソッと呟かれたケイ卿の言葉に驚く。

 相変わらず感情は込められていない。本当にどうでも良さそうだった。

 

 

 

「……軽く言いますね」

 

「言葉は悪いが、実際にそのくらいの印象しかないんだからしょうがない。目立った活躍をした訳でもなく、普通にアーサー王に負けたからな。

 その後、勢力と勢いを失ったウリエンス王は、卑王ヴォーティガーンによって殺され、ゴール王国は滅んだ」

 

「……そうですか、ヴォーティガーンが……」

 

「だから今あるゴール国は、復興した別の国と言ってもいい。一応生き残りの人々はいるらしいが」

 

 

 

 凄惨な国の過去とも呼べるものだが、ケイ卿の口振りからすると度合いはともかくとして、そこまで珍しい話ではないのだろう。私も大した知識はない。歴史に残る事なく葬られた国も多い筈だ。

 

 

 

「ユーウェイン卿は、どうなったんですか?」

 

「ユーウェインはその頃からアーサー王に仕えてた。

 それにだが……アイツ父親の事に関してはどうでも良さそうだった。その程度の人間でしかなかったって。アイツ、誇り高い立派な騎士ではあるんだが、誇り高過ぎて若干弱者を見下すきらいがあんだよ……」

 

「父親なのに、ですか」

 

「あぁそうだ。まぁ……多分、それ以上に、魔女に唆される程度の人間だっていう、失望とかが大きいんじゃないか」

 

「……魔女」

 

 

 

 なんとなく、此方の様子を気にしながら、言いにくそうにケイは語り始めた。

 

 

 

「………………」

 

「そもそも、ウリエンス王がアーサー王に反旗を翻したのは、魔女モルガンに唆されたからと言われてる……証拠はないが。

 まぁでも、洗脳とか操り人形とかじゃなく、ウリエンス王の野心を後押しした感じだとは思う。ウリエンス王の滅びの仕方は、後が無くなってヴォーティガーンに玉砕したって感じだっからな」

 

「………………」

 

 

 

 証拠はないとケイ卿は語っているが、きっとモルガンは実際にウリエンス王を唆し、アーサー王に対する復讐の道具にしたのだろう。

 

 ……まぁそうだ、何もおかしな話ではない。私が出会う前のモルガンは、ただアーサー王に復讐する事のみを考えていた魔女だ。

 今でこそは多少改善されたとは言え、過去の所業が無くなった訳でもない。

 

 ヴォーティガーンが倒される前、モルガンからの教育を受けている時代でも、ウリエンス王の話は聞かなかった。モルガンにとっても、道具ですらないただの駒の一つ程度の認識でしかなかったのだろう。

 いちいち教える必要のない程の。

 

 

 

「まぁそれを言ったら、アーサー王に反旗を翻した十一人の王の中には、オークニーのロット王もいる。

 ロット王は唆されたのか洗脳されたのか、もしくは誰かを人質に取られたのかは知らんが、とりあえず今はアーサー王と同盟を組んでるし、アーサー王に対して再び反旗を翻すなんてしないだろう。

 そんな戦力はないし……次はロット王の息子達、ガウェインにガヘリスにアグラヴェインがロット王の敵に回る。ガレスは分からないが、モルガンは助けに来ないだろうな」

 

「ユーウェイン卿が自分の父親を見下している理由は分かりましたが……その三人方もロット王を見下しているのですか?

 ……魔女に唆された程度の人間だと」

 

「さぁ、どうだろうなぁ。アイツら、あんまりこの事に関して語らないし、そもそも語りたくないって雰囲気だしな。

 アグラヴェインは多分、両親共々嫌っているだろうが」

 

「そうですか……」

 

 

 

 面倒臭そうにケイ卿は語った。

 対人の観察眼に関しては目を見張るものがあるケイ卿の言う事だ。多分、その通りなのだろう。

 そもそも、両親を好きになれる様子がない。心の底から嫌うのは当たり前だ。この人の子供で良かったと思える要素が希薄なのだろう。もしくは皆無。

 

 

 ……アグラヴェイン卿とガウェイン卿がアーサー王に対して盲信を抱く理由は、きっとこれがあるからなのだろう……

 

 

 二人ともその忠心の方向性と属性は違えど、何かきっかけがあれば、狂信と言っても過言ではない程の忠義をアーサー王へ向けている。

 あのガウェイン卿ですら、実の両親に関しては口を閉ざしているのだ。アグラヴェイン卿の場合なら、その心情は測りしれない。

 

 

 

「まぁオークニー兄弟については別にいい。ウリエンス王についてもどうでもいい。今気にするべきは現在のゴール国だ。

 一回滅んでから復興はしたが、今のゴール国には統治する責任者がいない。一応形式上はアーサー王が統治している事にはなっているが、アーサー王は当時の生き残りの武官に任せてる」

 

「生き残りの武官? ウリエンス王の配下ですか?」

 

「あぁ、確かそうだったな。顔は分からないが。

 それに、アーサー王とゴール国の条約については流石に詳しくは知らないが、結構譲歩した条約だった筈だ。国の状態が状態だったからな」

 

「……で、金の動きに違和感があると」

 

「そこなんだよなぁ……」

 

 

 

 あのアグラヴェイン卿が何かを感じ取ったのだ。何かあるのかもしれない。

 しかし、どこか確信が持てない。そんな微妙な顔をケイ卿はしていた。

 

 

 

「具体的な根拠をもって告げたのではなく、ただの違和感としか言ってなかったから、多分アグラヴェインもそこまで深刻には見ていない。そもそも確信出来てないんだろう。本格的な調査は見送っていたからな。

 だが、そういう奸計や策略の場に浸かって来た奴だからなぁ……アイツの違和感って言うのが何なのか」

 

「考えれば考える程、私の様な新参が関わって良い案件ではないと思うんですけど」

 

「……つっても色々丁度良かったんだからしょうがない。そこに行って何もありませんでしたで終わる案件だったからな」

 

 

 

 微妙に間の悪い顔をしながらケイ卿は私から視線を外すが、完璧には誤魔化し切れていない。

 きっと、アグラヴェイン卿から色々痛い目に遭って勉強はしているのだろう。反省はしていないかもしれないが。

 

 

 

「ん……? ようやく見えてきたな」

 

 

 

 ケイ卿が視線を前方にやり、それに釣られて私も視線を前にやる。

 視線の先にあるのは、森や林でもなければ平野でもなかった。明らかに人間の手が加えられた人工物。城壁と、その向こうには城が見えた。

 

 

 

「なんというか……普通ですね」

 

「当たり前だろ。キャメロットと比べたら全部同じだ」

 

 

 

 城壁に近付いてみれば、改めてキャメロットがおかしいのだと理解する。

 ただの城壁でありながら十数メートルを容易く超え、穢れなど許さないと告げているかのような白亜の城。

 

 それに比べたら、目の前の城は普通だ。

 人の手によって積み上げれた煉瓦の城壁で、色は年月によってやや黒ずんでいる。キャメロットの様な神秘性は感じられない。

 

 

 

「所々傷があるのは、戦の面影ですか」

 

「そうだな。元々、ここは北から進行して来るピクト人に対抗する為の本拠地だったんだ。

 そこにヴォーティガーンが来たんだから、むしろ良く持ち堪えた方だろう」

 

「………………」

 

 

 

 馬から降りて、城壁に手を触れてみる。手のひらから伝わる感触から、細かな傷が至る所に走っているのだと理解出来た。

 そのまま真上を見上げれば、城壁の上にはいくつもの弩砲や弓矢が並べられているのが見える。ただの街の集合なのではなく、戦争の為の城。

 

 

 

「凄いな……この城」

 

 

 

 思わず、感嘆する様に声が漏れた。

 城を見るのはここで三回目だが、多分この城はブリテンの中でも一二を争う程に傷だらけだと思う。幾度も壊れ、その度に改修してきた、継ぎ接ぎだらけの城壁。

 

 その傷跡は、当時の人々の執念や思いがこの城壁に滲み出ている様でもあり、当時の人々の生き様や生涯の証でもあるようだった。

 大した人生経験のない私でもそう感じられる程に、この城には人間の執念と意思が傷跡となって刻まれている。きっと、ほとんどの人はこの城壁を見ても、悲しみか同情しか浮かばないのだろう。私だって似た様なものだ。

 ただ、当時の情景を勝手に夢想して、勝手な想像を繰り広げている程度でしかない。

 

 

 ——それでも、無数の命がここで儚く散っていった事は分かる。

 

 

 その残滓がこの城壁なのだ。

 この城壁は傷だらけで、決して綺麗ではない。

 でも、それでも、この城は痛々しさと嘆きの象徴でありながら——酷く美しかった。

 

 それこそ、白亜の城キャメロットよりも、美しいと思える程。

 瞳と魂に焼き付く様な美しさは、白亜の城にはなかったから。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 

 

 

 

 ——私はヴォーティガーンの生まれ変わりみたいなものだが、どうかこの国に訪れるのは許して欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

「おい……そろそろいいか?」

 

「すみません。ちょっと、感動してました」

 

「は………? 何に……?」

 

「いえ、何というか。人としての限界を迎えながら、尚ももがき、そして足掻き続けた執念と思いが感じられて、人間とはやっぱりいいモノなんだなと。

 むしろ、人間とはこうではないと、と思っていました」

 

 

 

 あまり上手く表現出来ない。それ以前に、言葉で表現するのが無粋に思える。

 きっと、私と似た様な退廃的な歪みを持つ人にしか理解は出来ないのだろう。かと言って、無理に理解して欲しいとはあまり思わない。この感情が汚れるみたいに思えたから。

 

 

 

「——————…………」

 

 

 

 ケイ卿は眉毛を顰めながら、此方を覗いていた。

 彼がこの感情を理解してくれるかは分からない。

 

 でも——心の底からバカにされる事はないだろう。

 口煩いのは確かだが、この人は、理解した様な口振りでこの感情を穢す様な事をする人間ではない。有象無象の人間の様な事だけは絶対にしない。

 努力と築き上げた生涯の道筋だけは、否定しない。

 

 

 

「そうか……行くぞ」

 

「はい」

 

 

 

 返答は短く、ただ急かされるだけだった。

 ケイ卿は私を置いていく様に、去っていく。背中の後ろ姿はいつもと変わらず、歩き方からも何かを読み取る事も出来ない。

 まぁ別にいい。理解されようとされなかろうと、私は何も変わらないのだから。

 

 

 

「なぁ、一つ、お前に聞きたい事があるんだが…………あー……いや、正直言ってバカな事聞くから、笑ってくれても構わない——お前本当に二重人格じゃないよな……?」

 

「いや、違いますよ。自分でも裏表が激しい方だとは思っていますが」

 

「…………裏と、表ねぇ……」

 

 

 

 前を先導するケイ卿は振り返らず、此方に問いを投げかけて来た。

 別に誤魔化しをする質問でもないので、素直に答える。事実、私は二重人格ではないし、自分が認識出来ていない別の精神がある訳でもない。

 

 まぁでも、裏表が激しいのは自覚している。その様は二重人格である様に思われても仕方がない。

 ……あまり、触れられたい事ではないが、それもしょうがない事ではある。裏も表もどっちも私だから。やっぱり、何も考えず蛮族と戦っていたい。

 

 

 

「まぁいい、なんでもない。好きなモノを見て好きな様に感じ取れ。オレは別に何も思わなかったが」

 

「最後の一言が無ければ完璧でしたね」

 

「最後の一言が有るからこそ完璧なんだろうが」

 

 

 

 戯れ合い程度に言葉をぶつけ合いながら、城壁を潜って城下町に入る。

 町の空気は普通だった。別に誰かが浮き足立っている訳でもない。当たり前の日常がそこにあり、そして当たり前の様に過ぎ去って、今日というこの日が終わるのだろう。

 

 

 

「普通ですね。良い意味で」

 

「…………あぁ。まぁそれはそうだ。おい、馬を寄越せ。適当に停めて置くから、お前はここで待ってろ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 二人分の馬を停めに向かったケイ卿を見送る。

 何処へ行ってしまったケイ卿の後ろ姿は見えなくなり、視線が再び城下町の方へ向く。

 

 極めて普通だ。

 人々は忙しそうにしているが、それは活気に溢れたものであり、心を覆う悲観や憂いは感じられなかった。誰もが自らの力で、逞しく今を生きている。

 彼らはきっと——必死になって生き抜き、そしてそのまま生涯を終えていくのだろう。

 

 ここで儚く散っていった"人々"の執念と嘆きによって、確かに守られた人がいるのだと、ここの人々によって証明されている。

 

 

 

 

 

 

 

「———何、笑ってるんだ、お前」

 

 

 

 

 

 

 

 "人々"の平和的な喧騒を眺めていて、ケイ卿が戻って来た事に気付かなかった。

 後ろからかけられた声で、ケイ卿の接近に気付く。

 

 

 

「……今、私笑ってました?」

 

「——気付いてなかったのか……? 今、お前……"嬉しそうに"…………」

 

 

 

 ケイ卿は何かを口にしようとして、そのまま黙り込む。

 一瞬だけ、此方を睨みつける様な形容し難い表情をした後、イライラとした足並みで町を進んでいってしまった。

 

 

 

「いやちょっと、置いて行かないでくれませんか」

 

「一秒でも早くキャメロットに帰りたくなった。さっさと仕事を終わらせるぞ」

 

「はぁ……?」

 

 

 

 ズカズカと進んでいくケイ卿からは、今までにない程不機嫌そうなオーラが撒き散らされている。すれ違う人々は、その様子を見て不安そうにケイ卿を見つめ、そしてその後ろをついていく私の姿を見て、何かしらのヒソヒソ話を始めた。

 きっと、良くない噂がされているのだろう。

 

 

 

「不機嫌そうな男性の後ろを、黙って付いて行く子供。良くない噂を呼びそうですね」

 

「あ?」

 

 

 

 ……軽い冗談も通じていなかった。

 一瞬だけ振り返って此方を睨み付けた眼光は、今までにない程鋭い。普通の人間相手なら簡単に怯ませられるだろう。それ程に感情が込められている。

 

 ……これはどういう類いの怒りだ。

 ケイ卿がいつも不機嫌そうなのは今に始まった事ではないが、この不機嫌な表情はいっそ露骨な程である。なんとなく、今までの感情のそれとは属性が違う様に思えたが、ケイ卿があまりにも悶々とし過ぎていて分からない。

 

 

 

「……で、仕事とは言っても具体的には何をするんですか?」

 

「金の動きが怪しいとか言っていたから、適当に商人やら貿易商を調べればいいんじゃないか。後は適当にぶらつく」

 

 

 

 ケイ卿の様子を確認する様に言葉を投げかければ、感情の読み取れぬ平時の声でそう答えられる。

 不機嫌そうな雰囲気はどこにもなく、平坦な声。しかし、冗談が通じる様な雰囲気ではなかった。

 

 

 

「私はどうすれば」

 

「あー……交渉は基本的に俺がやる。必要ないかもしれないが、お前は念のため周りを警戒していろ。後は適当に話を合わせるなり、交渉の援護射撃」

 

「分かりました」

 

 

 

 意識と思考を、一旦仕事の方へと切り替えてケイ卿に問うが、それはケイ卿の方も同じだったのかもしれない。

 普段と変わらない様子で返されたので、一応はケイ卿の機嫌が元に戻ったものとして接しよう。今追及をする場面には思えなかったし、容易くはぐらかされる予感がした。

 

 

 

「お前交渉は……まぁ出来るに決まってるな。そこまで口が回っていながら交渉が出来ないとか絶対にあり得ない」

 

「だからと言って、全て私に丸投げしないで下さいよ? ケイ卿の方がそういう駆け引きの経験があるんですから。私は援護射撃に徹するので」

 

「あぁ」

 

 

 

 短い返答をきっかけとし、完全に意識を切り替える。

 向ける意識は己ではなく、周り。僅かな違和感も見逃さないように、集中を高め始めた。

 

 そうして、私達は動き始める。

 ケイ卿と二人で町を散策し、何か気になるものがあればケイ卿が聞き込み、その間、私はケイ卿の聞き込みを気にしながら、周りを臨機応変に注視する。

 

 

 その中、先程ケイ卿の様子を思い返していた。

 

 

 あの時、ほんの一瞬だけ見えたあの表情。

 その表情に浮かんでいた感情は、あまりにも複雑としていて混沌としていた。

 恐怖する様な、怯える様な、怒りを爆発させる様な表情。

 理解してはならないモノを見た様な、理解したくなかった事を理解してしまった様な形容し難い表情。

 

 

 ただ、私を見る、あの目はどこか、遠くの別の何かを瞳に映して重ねている様な。

 ——そんな、気がした。

 

 

 

 

 

 

 




 
『属性一部解放』


【属性】■■・悪

 ただし彼女は反転した騎士王と違い、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■、悪を為しているだけである。
 
 


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第22話 サー・ケイと叛逆の城 承

 
 100万文字以内に完結する予定だったのですが、なんとなく100万文字で終わらない気がして来ました。
 ……プロット段階の物を肉付けしていく作業で、何か150万文字超えそう……
 主人公があまり関わって来ない他者視点の話削ろうかな……でも感情の矢印の補完と描写削りたくないんだよな……そこがメインだから……どうしようかな……
 


 

 

 

 商売。

 至って普通。ケイ卿が果物の値切りに成功。何もしてないが私の分がおまけされた。

 

 貿易

 知識が足りないので良く分からなかったが、ケイ卿が言うには適正価格。ただし、蛮族の襲撃で貿易路が一部封鎖。小規模侵攻ですらない短絡的な動き。対象の優先度は中。

 

 町の雰囲気

 活気はあるが普通。排他的な様子はない。退廃的な様子もない。町ぐるみで何かを隠しているとは思えない。

 

 ゴール国周辺。

 周辺の集落から、念のため蛮族の襲撃を警戒する為の戦力の要請。ゴール国の騎士が対応予定。優先度は……低。

 

 ゴール国の騎士。

 生き残りと復興側でやや対立。生き残り側は経験が勝るが、統率力が低。復興側は経験が足りないが、統率力が高。ただし、どちらもキャメロット正規兵には劣る。

 

 金銭の動き。

 違和感は感じ取れず。

 

 

 

「それで……どうします?」

 

「…………」

 

 

 

 二人で色々と町を練り歩いたが、特に何もなかった。ただ観光しただけという結果に終わり、この町を散策すれば散策する程にこの町が清純であると証明されている。

 

 

 

「ケイ卿?」

 

「いまちょっと考えてる。静かにしてくれ」

 

 

 

 ケイ卿は適当な家屋に背を預けて、腕を組みながら、目を瞑っていた。

 何を考えているかは分からないが、真面目に考えているのだ。邪魔はしない方がいいだろう。

 

 彼が真剣な様子で思考を続けているので、彼の横に立って、同じく家屋に背を預ける。

 そのまま、ぼっーと人々が行き交う大通りを眺め始めるが、流石に見飽きて来た。目新しいものはもうない。一応、周りから私達を注目している視線はないかと警戒してはいるが、引っかかるものはなかった。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 ケイ卿は、まだ目を瞑ったまま何かを考えていた。

 自然とやる事がなくなり、さっきおまけして貰った果物のリンゴを懐から出して口に運ぶ。

 

 美味しくはない。

 私の身体がこの時代の人間のものであり、舌もこの時代のものなのだが、頭にある知識からすると、なんとなく美味しくないなと感じる。

 甘さはあまりなく、代わりに水分が多い。

 

 現代の幾度も改良された物と違う為、ある意味別種の果物かもしれない。

 

 

 

「アグラヴェインが感じた金の違和感って、なんなんだろうな……」

 

「貿易路が一部封鎖されてしまっていたので、それでは?」

 

「…………」

 

 

 

 独り言を呟くようにケイ卿から言葉が出て来たが、私の回答にはあまり納得がいっていなかった様子だった。

 適当にやって終わらせようと口では言っていたのに、結局納得が行くまで真面目に取り組む当たり、素直じゃないと言うべきか、やっぱり彼女の兄なんだなと言うべきか。

 

 

 

「……そのリンゴ俺にも寄越せ」

 

「いやもう私が口つけてるんですけど」

 

「お前小さいんだから一口も小さいだろ。半分にしろ、半分に」

 

「……………」

 

 

 

 一瞬断りたくなったが、そもそもこれは自分で手に入れたものではないので渋々従う。

 と言っても半分にする為の手頃な刃物がない。仕方なく、セクエンスでリンゴを半分にしようとして——隣にケイ卿がいるのに流石にそれはどうなんだ、と思い止まってやめた。

 

 しょうがないので投影で代用しようとする。

 手のひらから赤い魔力の残滓が迸り、その残滓が瞬間的に形となった。

 何処にでもあるただの短剣。見てくれだけで、中身の伴っていない模造品。

 

 

 

「おい待て——今当たり前の様にやった、それはなんだ?」

 

「…………ッ」

 

 

 

 訝しみの声が真横から響いた。

 ケイ卿は、作り出した短剣を持ったまま硬直する私を注視している。

 

 ……やばい、完全に油断していた。

 いや、別にやばくは、ない。多分。別にいずれは知れ渡るだろうし、自分の固有の能力なのだと説明するつもりではいた。

 だが、決してこのタイミングではない。

 

 

 

「あー……その、とりあえずこれどうぞ」

 

「何事もなかった様に行動を再開するんじゃねぇよ」

 

「いや、違います。

 説明するつもりはあるんですけど、ちょっと説明が長くなりそうなので、先にリンゴを渡して置こうかと」

 

「ふーん……」

 

 

 

 何かを疑う様な疑心の目を向けながらも、ケイ卿は半分に切られたリンゴを受け取った。

 彼はリンゴの切断面に目を向けながら、感心した様に答える。

 

 

 

「幻術の類いではない。明らかに物理的に干渉されてる。切れ味は……果物を切るには十分か。これくらいなら、人を殺傷する事も出来るだろうな」

 

「……………」

 

「で? 説明は?」

 

 

 

 此方に向けられている視線は厳しい。

 懐から取り出しました、なんて誤魔化しは、遠くから私を眺めていただけなら兎も角、真横で完全に視認していたケイ卿に対しては無理だろう。

 

 

 

「魔術……投影魔術というものですよ」

 

「投影?」

 

 

 

 重い口を開いて説明を開始した。

 誤魔化しはしない。というよりも、多分無理だ。

 このタイミングでケイ卿相手に誤魔化せる自信はなかった。

 

 

 

「簡単に言うとイメージからオリジナルを複製する魔術です。ただ、偽物でしかないので中身が一致しない、見た目だけの模造品です。たとえ聖剣や魔剣を複製しても簡単に壊れます。あと数分で消えます」

 

「へぇ……そんな魔術があるのか」

 

「多分、有名ではありません。

 魔術の探求にも大して役に立たないでしょうし、普通なら一々極める価値があるとは思えません」

 

「じゃあお前なんでソレ使ってるんだよ」

 

「……私は別に魔術の探求とかどうでもいいので。

 魔術的には役に立たないとしても、戦闘の選択肢としてなら便利ですし」

 

「ほう。で、どうやって覚えた。これは明らかに"術"なんだろ?」

 

「……独学で覚えました。その、本当に……努力したので」

 

 

 

 自分で口にしながらも、この説明はかなり見苦しい。

 嘘は言ってないし、実際に努力したのは確かだが、疑いを晴らせるかと聞かれたらかなり微妙だ。

 ケイ卿は眉を顰め、目線を窄めているままだった。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 これ程、沈黙が痛いと思った事はない。

 ケイ卿はリンゴの切断面をじっと見たまま喋らず、不気味な無表情のままだった。

 何を考えているかは分からない。何かを発言するでもなく、緊張の空気のままケイ卿の行動を待った。

 

 

 

「——フハッ、ハ、ハハ……!」

 

 

 

 不意に、隣から弾ける様な笑い声が響いた。もちろん隣には一人しかいない。

 抑え切れず滲み出る様な笑みが、ケイ卿から発せられている。

 

 

 

「は……? ケイ卿……?」

 

「ハ、ハハ! お、お前マジか……ッ」

 

 

 

 額に手を当て、心底可笑しそうにケイ卿は笑い続けている。

 堪えようとしながらも結局堪えられておらず、笑いに息切れしていた。

 しばらくして、ケイ卿がようやく息を整え終わってから、彼はニヤニヤとした笑みのまま語る。

 

 

 

「お前、今さっき完全に素だっただろ。何も考えず、本来なら教えるつもりのないものを教えてしまうという失態をかました訳だ」

 

「……………」

 

「じゃあこう考えてもいいか? 思わず油断してしまうくらいには、心を許して貰えたと」

 

「——————は?」

 

 

 

 自分でも驚く程低い声が出た。

 しかし、ケイ卿はそれに対して一切を意に介さず、ニヤニヤとした口調のまま此方を見下ろしていた。

 

 

 

「そういう事でいいか?」

 

「気持ち悪いのでやめてくれませんか?」

 

 

 

 彼の笑みは変わらない。

 彼は勝ち誇った様な笑みを浮かべた後、受け取ったリンゴを食べ切って、スタスタと歩いていった。

 

 

 

「よし。今の俺はとても機嫌が良い。次の商店に行ったらもう終わりにしよう」

 

「はぁそうですか……今の私は最高に機嫌が悪いのですが」

 

「おお、なんとも子供らしい事だな」

 

「……………」

 

 

 

 相手の神経を逆撫でする様な冷笑で、ケイ卿は一度振り返る。多分、私がやるような笑みを真似ているのだろう。自分の事を棚に上げて、前を歩くケイ卿に凄い勢いで殴りかかりたい。

 私が本気を出せば、ケイ卿を張っ倒す事は充分可能だ。しかし……それを行動に移せば、私は拗ねて地団駄を踏む幼児と何も変わらない。

 

 ……そうだと理解していても、やっぱりケイ卿のニヤニヤとした表情は無性に腹が立ってしょうがない。

 

 

 

「じゃあさっきと同じ様に、俺が交渉でお前が援護射撃と警戒な」

 

「……分かりました」

 

 

 

 既に調子を切り替えたのか、ケイ卿の雰囲気が至って真面目なものに戻る。

 その様子に、未だ自分だけ悶々としている事に気付いて、余計に悶々としながらも了承を返した。

 

 ……援護射撃、別にしなくていいな。

 この国でトップクラスに口が回るケイ卿なのだ。交渉の技能はカンストしているだろう。というか、している。私が援護などしなくても充分だ。

 

 

 

「—————————」

 

「—————————」

 

 

 

 ケイ卿と商人の話し合いを横目に、悶々した感情はひとまず置いといて、人々が行き交う大通りを見る。

 既に夕方近くなると言うのに、人々の行き交いや喧騒は、この城下町を訪れた時と一切変わりない。人々が一生懸命になって今を生きている証拠だ。

 

 だからだろうか。

 その人々の喧騒の中、違和感を覚える程静かな佇まいの人間が、酷く目についた。

 

 

 

「ん……?」

 

 

 

 人々の行き交いの影となる場所。大通りではなく、裏道へと繋がる場所で佇む人間がいた。服装から騎士ではないと分かったが、かと言って普通の市民でもない。

 上質な服に身を包んだ役人。もしくは将官と呼べる様な人物。

 

 

 

「どうしたお前。相手の情緒を読み取って、的確にペースを乱すお前の援護射撃がないと地味に面倒だったんだが……」

 

「ケイ卿。怪しい……とは言えないかも知れませんが、何か違和感を覚える人物がいました。右斜め前の裏通り付近にいる人物です」

 

「……何……あれか。確かに、この人通りだと若干違和感を覚えるな」

 

「あんな人物、この町に訪れた時にいました? 確かいませんでしたよね。服装から見ても、何か役人の様な印象を受けるのですが。白にしろ黒にしろ会話を試みてもいいのでは」

 

「なるほど確かにそうだ」

 

 

 

 互いに煽り合う事などせず、意識が完全にその人物に向く。

 両方共に、意識は普段のそれから切り替わっていた。

 

 

 

「お前は俺の一歩後ろにいろ。そういえばお前利き手は?」

 

「右ですが多分両方いけます。両利きとして扱って下さい」

 

「ならどっちでもいいか……俺と重ならない様に斜め後ろにいろ。要らんお世話だろうが、剣には手をかけるな。お前は一挙一動も見逃すなよ」

 

「了解しました」

 

 

 

 ケイ卿の左斜め後ろに位置取り、ケイ卿と共に将官と思われる人物に近づく。

 その人物に近付いている途中、相手側が此方の姿に気付いたのか、目線をケイ卿の方に向けた。

 ……今、ほんの一瞬だが、ケイ卿を見た瞬間僅かに息を呑んだような気配がした。

 

 

 

「これは……円卓のケイ卿ではありませんか」

 

「おお、話しかける前からこっちが誰なのか理解してくれるとは助かる」

 

「ええ、アーサー王に最も近い十一人の騎士の名を知らぬでは通せませんから……」

 

「あーすまん。そういう御託は聞き飽きてるから要らない。別に大した用事で来ている訳でもないしな」

 

 

 

 此方の姿に気付いたその人物は、ケイ卿に話しかけられるよりも早く先に話しかけて来た。

 何かを思案していたと思われる無表情は既になく、笑みが貼り付けられている。

 柔らかな笑みを浮かべたまま、その人物は私に目を向けた。

 

 

 

「そこの子は……」

 

「私の事ですか? 私は最近ケイ卿の従者になったばかりの見習いです。私の事は気にしなくて結構ですよ」

 

「最近キャメロットに来たばっかりでな。歳はかなり幼いんだが、筋がいいし礼儀も出来てるからでちょっとした期待の新人なんだよ。

 だからまぁ、下積みついでに観光だ」

 

「そうだったのですか」

 

 

 

 ケイ卿と息の合った口裏合わせを行い、自分の処遇を誤魔化す。

 私という存在と、ケイ卿の観光という言葉に納得したのか、彼は"安心した"という様に吐息を溢した。

 ……揺さぶってみようか、白だったら後で謝ればいい。

 

 

 

「おや。"安心した"様に吐息を溢してどうかしましたか?」

 

「え……いや、少し仕事で疲れているだけさ」

 

「そうでしたか。確かにこの町は活気に溢れていて、多くの人々が充実していますが、やはり疲労は溜まるのでしょう。

 そういえば、貴方の姿は今日一度も見かけていませんが、貴方は疲れる程仕事してました?」

 

「………………」

 

「あぁすみません。確かに私はこの町全てを見通している訳でもないのに、失礼でしたね。家屋の中で仕事をする人もいるというのを失念していました」

 

「……いや。分かってくれればいい」

 

 

 

 私の発言に、一瞬だけ不機嫌そうに眉毛を顰めたが、彼は直ぐにそれを戻して、再び笑みを浮かべた。

 疲労が溜まってる様には思えない。反論はない。不機嫌に黙り込むではなく、誤解が取れたら機嫌を直すだけで、目線をずらしたりはしない。身体を揺すったりと露骨に分かり易くはない。

 ただ、なんとなく怪しい。疑惑を解消出来る点はなし。

 ……そんな簡単にはいかないか。

 

 もしかしたら普通に白かもしれない。

 

 

 

「いや、コイツがすまないな。いきなり失礼な事聞いちまって。まぁコイツはそういう歳なんだと理解してくれ。この歳だと大人ぶる上に色々と気になるんだよ」

 

「……申し訳ありません。私の悪い癖です。以後気を付けます」

 

「あぁ、いえ。私は別に気にしておりませんので……」

 

 

 

 私を揶揄する様な発言だったが、ケイ卿とこの何日か相対してきた私には分かる。ケイ卿は一切ふざけてなどいなかった。

 僅かに笑みを浮かべてはいるが、目が笑っておらず、彼を見ているケイ卿の視線は見定める様な厳しさがあった。もしかしたら、私と似たような事を考えていたのかも知れない。

 ケイ卿と口裏を合わせ、会話の流れから一歩引く。

 

 

 

「それでは、ごゆっくりと。この町にはキャメロットにも誇れる程の物はありませんが、是非旅の疲れを癒やして下さい」

 

「あぁ待ってくれ。少し聞きたい事があるんだかいいか?」

 

「……どうしましたか?」

 

 

 

 既に会話は終わったもの考えていたのか、その人物は若干煩わしそうに返した。

 

 

 

「実はこの町の調査をしているんだが、この町に詳しい奴はいないか?」

 

「何の、調査でしょうか?」

 

 

 

 ——かかった。

 

 

 

「いや別に大した事じゃない。ちょっと——アグラヴェイン卿が気になる事があるってんでな?

 ここのお偉いさんに話を聞くのが早いと思ってよ」

 

「……………」

 

「いや別に大した事じゃないぜ?

 すぐに終わる程度のもんだ」

 

 

 

 ケイ卿が、あえて邪推させる様に不安感を煽る。

 アグラヴェイン卿の逸話は有名だろう。特に円卓の中でも良くない噂を持つアグラヴェイン卿が探っているなんて告げているのだ。

 暗にお前が怪しいと言っている様なものである。

 

 

 

「具体的には、何を……」

 

「いや別に大した事じゃないんだ。ちょっと話をさせて貰えればそれでいい」

 

「………………」

 

 

 

 含みのある返しでケイ卿は告げる。

 具体的な事は教えず、ただ話がしたいとだけ。実際に、ケイ卿は話自体はさほど重要視していないのだろう。含みのある受け答えで彼の反応を見ている。

 

 

 

「流石に具体的な事を言って貰わないと……」

 

「いやぁそれもそうか。ちょっと貿易についての話をな?」

 

「…………」

 

「申し訳ありません。これも仕事なので、協力してくれると助かります。何もなければ、円卓の騎士の保証付きなのだと名乗れるでしょう?」

 

 

 

 何もなければの話だが。

 その人物は大きく悩み、揺れていた。何を悩んでいるのかは分からないが、悩むだけの何かがあるというのは分かる。

 

 その様にその人物を観察していると、ケイ卿が私の方に僅かだが目配せをして来た。

 ケイ卿の方へ視線だけ動かせば、何かを口パクで伝えている。

 ……話を、合わせろ……?

 

 

 

「あー……今考えれば、こんな遅くの時間にそんな事頼むのは大変か。すまないな、とりあえず今日はキャメロットに戻るとするよ」

 

「アグラヴェイン卿にはとりあえず保留と告げて、数日後に本格的な調査を依頼すればいいのでは?」

 

「……ッそれは……いえ、問題ありませんよ。貿易品ですね。その話については城の方でよろしいですか?」

 

「そうか? ありがたいな。よろしく頼むよ」

 

 

 

 そう言って、彼は先導する様に歩き出した。

 ……歩き方は露骨な程速くなったりした訳ではないが、なんとなく余裕がない様に思える。

 彼が浮かべていた笑みも、何処かぎこちない。

 

 彼と数歩分離れた場所を歩いている中、ケイ卿は私にだけ聞こえる様に小声で話しかけて来る。

 

 

 

「お前、どう思う」

 

「もう面倒臭いので、黒で決め打ってもいいのでは?

 円卓の騎士であるケイ卿に緊張しているだけで、実は真っ白なのかも知れませんが、その時は謝りましょう。許してくれなかったら黒に見える程に怪しい素振りを見せたそっちが悪いという事で」

 

「……お前、結構やり方酷いな」

 

「いや、どうせケイ卿も私と同じ事考えてましたよね?

 含みを持たせた受け答えで、ズバズバと切り込んでたじゃないですか。アレ、明らかに、実は全て知っているけど、敢えてお前を泳がせているんだぞって思わせるやり方でしょう」

 

 

 

 その発言に、ケイ卿は視線を逸らしながら気不味そうに頬をかく。

 どうやら当たっていたらしい。白と確信も出来ないし、黒と確信する事も出来ない。怪しさはあるのだが、決定的な何かを口から滑らしてはいないのだ。

 ならもう黒だと仮定して動いた方が楽だ。

 

 でも、もう少し判断出来る材料が欲しいのも確かではある……揺さぶるか。

 

 

 

 

「そういえば、"天高く咆哮する獅子"はどうなりましたか?」

 

「———え?」

 

 

 

 彼は驚いた表情で振り返る。

 単に驚いたのではなく、知られたくない事を知られた様なそんな顔だった。

 ……これに反応するのか。考えうる限りで最悪の黒のパターンが頭に浮かぶが、それは後で考える事にして、彼の反応をより探る。

 

 

 

「いえ、ですから天高く咆哮する獅子の話ですよ。確か、ユーウェイン卿が見つけて、生涯の相棒にした……」

 

「あ、あぁその事ですか。すみません……ユーウェイン卿の事は良く知らないので」

 

「そうでしたか」

 

 

 

 私の誤魔化しで一歩引いたが、明らかに今