ありふれない防人の剣客旅 (大和万歳)
しおりを挟む

第一刃

 


─────〇─────

 

 

 

 

 

 私には兄がいた。

 四分の三だけ同じ血を引いた兄が。

 

 兄は寡黙な人だった。常に寡黙で冷静沈着で、滅私奉公という言葉が似合ってしまう程にあの人は自分を見せずに生きていた。

 私よりも三年先に生まれたあの人を見て、幼い私が抱いたのは嫉妬だった。

 その出生故にお父様に疎まれ否定されていた私と厳しくながらもお父様と共に過ごしていたお兄様。疎まれ否定される理由を知らなかった幼い時分の私には兄の存在はあまりにもあまりにも認められなかった。

 どうして、私は駄目なのか。

 どうして、あの人なのか。

 何もかもが私には理解出来なくて認められなくて、私はあの家を出たのだ。家を出た私は父と兄を見返す為に認めてもらいたくて、この身を剣として研鑽し続けて──────

 

 

「どう、いう……事ですか……緒川さん」

 

 

 私は私がやるべき事を見つけた。奏と共に人々を護る為の力を得て、きっと私は前へ、父と兄に認めてもらえる。

 そう、私は思っていたんだ。

 思っていたんだ。

 

 

「お兄様が……消えた……?」

 

 

 レッスンを終え、奏と談笑していた私のもとへ焦った様子で入ってきた、私たちのマネージャーを務めている緒川さんが告げた言葉を私は理解が出来なかった。

 お兄様が消えたと言う。

 家を出てからというもの、お父様やお兄様については時折叔父さまから近況報告の折に聞かされる程度であり、私は兄がいまどのような事をしているのかほとんど知らなかった。

 だが、お兄様が消えたと聞いて真っ先に私はありえない、と思った。あの兄が。寡黙で冷静沈着で、妹目で見ても人間性が欠如している、もしくは薄いとすら思えるようなあの兄が、風鳴から消えた、などとありえない話以外の何ものでもなかった。

 そんな私の胸中を察したのかどうかは定かではないが、補足するように緒川さんは先に口を開いた。

 

 

(そら)さんが通っていた高校で今日のお昼休みの時間に……空さんのいた教室の人間だけが消えたそうです」

 

「おいおい、消えたってどういう事だよ」

 

「……鞄やお弁当、そういった物が荒らされた痕跡なくつい一瞬前までそこにいた、と理解出来るほどに綺麗さっぱり」

 

 

 いなくなっていた。隣の教室や廊下にいた生徒らの証言と照り合わせて見ても、明らかに可笑しい事件。

 白昼堂々、学校で行われた一クラスの三分の二が集団神隠し。

 そんなどうしたって理解出来ないようなソレに私は頭が痛くなってきた。だが同時に安堵が私の胸中に広がっていた。つい先程まで私の中にあった兄が自分から消えた。というありえないと思っていた可能性が無くなったからだ。

 しかし、そんな安堵が広がった所で現実はそれよりもなお深刻な事態である。自ら消えたのではなく一クラスその三分の二……20名近くが一瞬でその姿を消したのだ。

 いったいどうしてそんなことに、と思った時には私はふと脳裏に過ぎった単語をそのまま口走っていた。

 

 

「緒川さん。もしかして、聖遺物が」

 

「……いえ、まだ本格的な調査は行われていませんが少なくとも聖遺物による反応はまったくなかったそうです」

 

「そう、ですか……」

 

 

 聖遺物が関わっていないというのなら、いったい何が原因だというのか。

 

 

「……ッ、翼!」

 

「翼さん!」

 

 

 グラりと視界が揺れたかと思えば、私はパイプ椅子に腰を降ろしていた。一瞬、何が起きたのかさっぱりと分からなかったが奏と緒川さんの様子からして私は崩れ落ちてしまったのだろう。

 確かに私は兄に対して良い感情を抱いているわけではない。

 だが、だからといって…………消えて欲しいわけではないのだ。ただ、認めて欲しくて…………。

 

 

「…………翼さん。今回の一件ですが、司令が……もしかすれば、一度鎌倉に……」

 

「……はい、分かりました緒川さん」

 

 

 それもそうだろう。

 お爺様は私を後継者として指名していたが、兄の存在は決して蔑ろに出来ない筈だ。

 そこでお父様や叔父さまたちが集まって話すのだろう。私のような若輩者にはいたところで何も口など挟めないのだろうが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 常に寡黙で冷静沈着な風鳴空はクラスの中で浮いた存在であった。

 一年生の時分から風紀委員の末席に名を連ねた彼はまるで滅私奉公とでも言わんばかりにその人間性はあまりにも希薄。教員に仕事を頼まれれば私見を挟まず黙々と熟すその様は同学年、どころか先輩であっても近寄り難い───いや、少なくとも自分たちとは違うそんな空気を纏っていた。

 

 

「おはよう」

 

 

 そんな彼がいつも通り、朝練を終えて扉を開け教室へと足を踏み入れた。瞬間、視線が風鳴空へと集まる。

 同時に彼の視線もまた、逆に教室内を見回す。

 そして、一つの席、一人の生徒の方へと視線を動かせばまるでその視線から逃れる様に蜘蛛の子を散らすか如くその生徒の周りにいた数人の男子生徒らがそそくさと離れていく。

 そんな男子生徒らの様子に彼は表情に出さず、胸中でため息をつく。そうして、そのまま視線を向けた生徒の席、その隣にある空いた席へと向かっていく。

 

 

「相も変わらず、呆れたものだ」

 

 

 そうして、自分の机の隣に鞄をかけ席に腰を降ろしながら隣に座る生徒にのみ聴こえる程度の声音でそうくだらないと言う様にそう空は零した。

 そんな言葉に頬をかきながら、隣の生徒。短めに切り揃えられた黒髪の極々平凡な容姿の少年、南雲ハジメはなんとも言えないような苦笑を浮かべる。

 

 

「いや、まあ……」

 

「気に入らない、からと喚いて貶すなど一体どうしてそれで振り向いて貰えると思うのか。理解できないな」

 

 

 南雲ハジメは所謂オタクという人種であった。世間一般ではオタクという人種に対する風当たりは強い。そして、もう一つの事情故に南雲ハジメはこのクラスにおいて男子生徒、女子生徒問わず敵意と侮蔑を向けられていた。

 一部の例外を除いて、だが。

 その例外の一人として風鳴空は南雲ハジメに接していた。彼にとって、オタクなど特段とやかく言うような相手でもない───無論、周囲への迷惑など考えないような馬鹿を除けば、だが。そして、もう一つの事情も彼にはどうでもよかった。

 だから、風鳴空は南雲ハジメに対して侮蔑と敵意を向けるつもりはない。

 

 

「だが、だからといって居眠りを許容するつもりは無いぞ南雲。ナルコレプシーであるのならば、まだ病院等に一度かかることを推めるが、お前のそれは寝不足のそれなのだから」

 

「それは……ぐうの音も出ません」

 

 

 居眠り常習犯など、周囲の士気を下げるだけ。しかも、その原因が寝不足である以上風鳴空は苦言を呈すのは当然だった。だが、同時に寝不足の原因を知っている身としてはそこまで強くは言えないのもまた事実であった。問題としてはハジメではなく、その両親にあるのだから。

 さて、そんなハジメ自身の苦言よりも優先すべき事はある。風紀委員という役割を思えば、クラス規模のイジメなどどうして見逃せようか。

 だが、やはり小者は小者ということなのだろう。決定的な瞬間を風鳴空の前では見せない。最悪、でっち上げてでも報いを受けさせるべきか、と呆れながら胸中で呟き、ふとハジメへ歩み寄ってきた人物に風鳴空は目を瞑る。

 

 

「南雲くん、おはよう!今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

 

 ニコニコと微笑みながら一人の女子生徒がハジメのもとへ歩み寄った彼女は風鳴空と同じく一部の例外の一人であり、何よりハジメが敵意と侮蔑を向けられるもう一つの事情というより主な原因。

 腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。スっと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。正しくこの学校で二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る美少女。

 そんな彼女にハジメ自身その理由を理解していないが構われている。そして、そんな美少女に構われている平凡でオタクなハジメに対して我慢ならない男子生徒と、勝手に構ってきている彼女に何を面倒かけているのか何故改善しないのかと不快さを感じる女子生徒。

 

 白崎香織。彼女から恋愛感情を向けられているとは理解出来ないハジメからすれば、良い迷惑だ。

 そんな諸々を理解している風鳴空からすれば、至極どうでもいい話だった。

 誰が恋しようが、誰がそれに振り回されようが風鳴空という男からすれば、自分に対して、自分の身内に対してその波をぶつけてこないのならば何も言わない。

 

 そうして、相変わらず表情には何も出さず、更に彼らに近づいてきた数人の生徒にああまたか、と呆れながらホームルームが始まるまで面倒だと言わんばかりに風紀委員としても問題ない、イヤホンを端末に接続してそのまま耳に突っ込み───気に入りの曲(妹の歌)を聴き始め、風鳴空は意識を世界から切り離した。

 そうしていれば、気がつけば始業のチャイムが微かに聴こえてきたのを皮切りに教師が教室へと入ってくるよりも先に素早く端末の電源を落とし、イヤホンを耳から外して片付ける。

 いつも通りのなんとも微妙な空気を感じながらもやってきた教師によるホームルームを受けていき、隣のハジメが夢の世界へと旅立つのを横目に収めながら本格的に家庭訪問でもすべきだろうか、と胸中で考えて授業は開始された。

 

 

 しばらく経ち、昼休憩に入った頃合いでなんともタイミングよく眠っていたハジメが突っ伏していた体を起こしてマスカット味のゼリーを鞄から取り出して摂取する。

 その様をやはり横目で見ていた風鳴空はため息を吐きながら、鞄から弁当を取り出し始めて───ふと、気がついた。何時もならばゼリーを摂取したら、さっさと教室を出てどこかで昼寝を始めるハジメが何やらその場でもう一眠りしようとしているではないか。

 そして、同時にハジメの席へと近づいてくる女子生徒に決して表情には出さないが風鳴空は間違いなく起きるであろう面倒事になんとも言えぬ気持ちになる。

 イヤホンを使いたい気持ちになるがしかし、ホームルーム前ならともかく昼休憩に使うわけにはいかず、出来うる限り無視出来るように目の前の弁当へと集中していく。

 

 ツヴァイウィングのロゴが入った青い風呂敷を解いて姿を見せるのは曲げわっぱの小判型の弁当箱が二つ。どちらも天然秋田杉で造られたなかなか値段の張る弁当箱だ。

 蓋を開ければ、片方はある程度の余裕をもたせて詰め込まれた胡麻のかかった米。もう片方はバランスよく彩り豊かなおかずが揃えられている。

 高校生という成長期真っ盛りとも言え、更には運動部に所属している男子にしては量ではなく質を優先したかのような内容。普通の運動部の男子生徒ならば物足りないことこの上ないだろうが、風鳴空にはこれで充分だった。

 別段少食という訳では無い。

 何事もあればあるだけ良いという訳では無いのだから、しっかりと必要な栄養分を必要な分だけ摂取し、後で足らなかったという事にならない様にしっかりとエネルギーを充分に取れるように配慮したメニューである。過補給では余計なモノが残ってしまうから。

 それをきちんと理解している風鳴空の弁当箱がそういったモノになるのは必然だろう。

 

 と、昨晩仕込んでおいた自作のひじきの煮物に舌鼓を打ちながら、野菜庫にピーマンが余ってる事を思い出し夕食は青椒肉絲にでもしようと考え始めた風鳴空に近づく者が一人。

 

 

「空」

 

「…………なんだ、八重樫」

 

 

 黒く長い髪をポニーテールに纏めているのがトレードマークで、切れ長の目は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じられる、冷たいと言うよりカッコイイという印象を抱かせる凛とした少女。と、まあ、風鳴空にとっては髪の色や身長とある一部分を除けば妹にどことなく近い彼女の名は八重樫雫。

 親友の白崎香織同様学園の二大女神と言われ、かつしっかりとこの教室内でハジメや白崎香織、その周囲の人間関係や心情を察しているというなんとも悲しい苦労枠極まりない彼女は親しげに風鳴空へと声をかけた。

 

 

「お父さんとお爺ちゃんが今度はいつ来るのかって」

 

「鷲三さんと虎一さんがか」

 

 

 八重樫雫の言葉に風鳴空は箸を置き、胸ポケットから手帳を取り出しページを捲って数拍置いてから口を開いた。

 

 

「今週末が部活は休みだろう。そのどちらかに伺いたいと思っている」

 

「週末ね、分かったわ。伝えとくわ」

 

 

 そう言う八重樫雫の表情は何処か楽しみそうに見えた。そして、同時に今の彼女が現実逃避しているのも風鳴空には手に取るように理解出来た。

 いったいどんな現実から?

 そんなもの今現在進行形で起きている八重樫雫の背後にある出来事だろう。

 ハジメに絡む白崎香織、そしてそんな彼女をハジメから引き剥がそうとする少年の応酬から。普通ならば迷惑がるハジメに一方的に絡む白崎香織を少年が咎めているようにも思えるが実態はなんとも言えぬモノだ。

 所謂、痴情のもつれと言えなくもないそれはなんとも面倒なこと極まりない。

 少年、天之河光輝は正義感と善意の塊のような性格で、持ち前のルックスとカリスマ性も相まって学校の生徒達から強い信頼と高い人気を持つというなんとも完璧超人な人間であるがその精神性は憐れと言わざるを得ない。

 自分は正しく他人の価値観を受け入れられず、自分本位であり短絡的で思い込みが強く、更には無自覚ながら自信過剰と自意識過剰、責任転嫁に自身の正当化のご都合主義。なんとも言えぬそんないったいどうすればそんな欠点が幾つも組み合わさってしまうのかという正しく天は二物を与えずというやつだ。

 いや、見た目ばかりの早期建設欠陥住宅と言ったところか。さて、そんな彼がこのクラスで嫌いな人物は二人。

 一人は剣道で卑怯な手を使う、更には幼馴染である八重樫雫の弱みを握っている風鳴空───無論、そんなものは短絡的な思い込みでしかなくむしろ下段というハンデを使用しているし、確かに可愛い物好きという一部の人間以外には隠している秘密を知っているなどある意味弱みとは言えなくもないモノを握ってはいるが───そして、やる気も協調性もなくオタクで独りぼっちな南雲ハジメ。

 上記の理由に同情して白崎香織がハジメに接していると酷い解釈を起こしている彼が自分の事が好きだと思っている白崎香織をハジメから引き離すのは当然と言えよう。天之河光輝は人の心が分からないどころか決めつけている。

 

 まったくもって渦中のハジメからすれば迷惑極まりないだろう。こういう事態が起これば隣の席に座る風紀委員へと視線をやるが、残念ながら風紀を乱しているわけでもなく悪気が無く痴情のもつれでしかないものに風紀委員は一々対処しないのである。

 いや、それ以前にどうせ口を挟めば天之河光輝が余計に突っかかってくる事を考えれば職務でもないのに関わり合いたくない。

 だからこちらを見るなと言わんばかりにハジメとかち合った視線を外し風鳴空は八重樫雫を労る。

 

 

「心中察する。何かあれば、用意するが」

 

「別にいいわよ。慣れてるから」

 

 

 哀愁漂うその声音と表情と雰囲気に風鳴空も眼を瞑り同情する。未だ、十七歳だというのに……風鳴空は週末、彼女の家の道場を訪れた際に土産として何か甘いモノでも持っていこうと考えて────

 

 

「────なんだと?」

 

 

 刹那、風鳴空の背筋に走った悪寒。

 自分の中に流れる血が、その深奥に潜む何かが警告する様な何かに風鳴空は瞠目して。

 

 そのすぐ近く、天之河光輝の足元に白銀に光り輝く円環と幾何学模様が現れていく。

 いったいなんだこれは。いったい何処のブラックアートだ、と呟く瞬間何かの声に従いこの場から脱しようとしたが

 

 

「駄目か」

 

 

 前と後の出入口は足元、教室全体へと拡大した魔法陣を注視し硬直する生徒らで邪魔。

 自分の足元まで異常が迫り硬直から抜け出しても悲鳴を上げるばかりで障害物でしかない。

 では、どうするか、と思考を回し、四限が終わってから未だに教室に残っていた社会科の女教師が「皆!教室から出て!」と叫ぶのと、魔法陣の輝きが爆発したかのようにカッと光ったのは同時だった。

 

 

「いったい、なんだ、これは(ツヴァイウィングのライブのチケット買ったんだが………!!??)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二刃

─────〇─────

 

 

 

 

 

 風鳴空は転生者であった。

 たまさか死んで、たまさか転生しただけ。運が良かったというだけで何か大いなる意思だの神様だのと出会ったわけではない。

 せいぜい、その死因が決してありふれたようなモノではなかった以外に特殊性など皆無。転生自体が特殊と言われれば確かにそうではあるが。

 

 

 転生者というものは大なり小なり何らかの特異性を持っているものだが、その中に当然として彼も分類されていた。

 彼は空っぽだった。

 彼の父親、風鳴八紘が不器用ながらに考えた『青空のように広々と清々しく伸び伸びと育って欲しい』そんな意味を込めて名付けた『空』という名前は諸事情故に空は空でもまったく別の意味合いを彼は体現していた。

 『空っぽで、伽藍堂で、虚しくて、何も無い』名は体を表すとはまさにこの事だったろう。まるで自分を持たないような、人間性が欠落しているようなその様は、生まれてから一年近く経つまで変わらなかった。

 転生者である以上、前世からある程度意識や記憶、精神性を引き継いでいるはずなのにそれはいったいどういう事なのか、その理由は当時、彼本人にも皆目見当がつかなかった。

 

 周囲から発達障害などを疑われたが、しかしそれでも明確な反応もあり、そして異父妹が産まれる頃合にようやく身体は自我を反映するようになった。

 だが、残念ながらその自我も何処か制限がかかっているようで、内心の思考と身体の口調がチグハグ。

 常に寡黙で冷静沈着?そんなわけがあるか。

 確かに面倒事が嫌いであるしそこまで弁が立つ訳ではなく口数が多いわけではなかったが、だからといって寡黙だったという訳ではなく、やや離れた場所から物事を見る気質ではあるが存外熱がある方で冷静沈着という訳では無い。つまるところ、魂ではなく身体(器)に引っ張られているのだろう。

 それを明確に理解したのは十代を越えた頃合だろう。

 鏡に映る自分の姿を見て、風鳴空は理解した。

 父親に似た仏頂面に灰か白か、やはりどことなく父親に似た髪色、何処か何か決定的なモノが抜け落ちた様な───運命も無く、物語も無いような男の姿に「────」だった魂は嘆息し理解した。

 彼は鏡に映る男を知っていた。

 

 フィクションの存在である筈の男に、自ら斬るしか能がないと語る真剣(つるぎ)に、彼は自らの生を理解した。

 

 

 

 この世界が一体どんな世界なのか、風鳴空は知っている。

 自身が生まれた家系がいったいどういうものなのか、風鳴空は知っている。

 そして、何よりも自分では土俵にすら立てない、それを風鳴空は知っている。

 だから、だから────だからなんだというのか。

 未来を知っている、血筋を知っている、土俵に立てないと知っている。

 

 

「俺は『斬空真剣(つるぎ)』になろう」

 

 

 だから、風鳴空は心に決めたのだ。

 六歳の時分に剣にならねばならぬ運命を与えられてしまった妹を助く為に、老害によって殺される運命が訪れる父を救う為に、きっと手に入れるはずだったかもしれない運命と物語を投げ捨てる選択を。

 鏡に映る絶対剣士()を見て、風鳴空は誓いを立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉じていた瞳を開き、空はざわつき騒ぐ周囲と違い至極冷静に周囲を見渡した。

 まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画。

 縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせてうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていて────そこまで見て、自分の中の何かがそれをくだらないと吐き捨て、それに呼応する様にその壁画が間違いなく碌でもない存在であると断じて視線を外しながら、それ以外のものへと視線を巡らせる。

 大理石にも似た美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物、美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ天井はドーム状になっている大聖堂のような巨大な広間。

 空たちがいるのはそんな広間の最奥にある台座のような場所。

 そして周囲にいるのはクラスメイトたち、約一名生徒以外がいるが気にするまでもなく、空は一人つい先程教室で起きた事態を反芻する。そして、同時にこの場にいる者らはたった一人を除いて巻き込まれた被害者でしかない事を理解した。同時にこの場が何処なのか思考を回していく。

 

 まず、この場が日本国内であるかどうか。日本国内であるならば、後ろで繋がっていない限りは大量拉致のブラックアートを保有する組織に自身の叔父が司令を務めている二課かその辺りが動くかもしれない。

 次に国外であった場合。まず、どうしようもない。その場合、敵がいったいどのような組織であるのかはおおよそ見当が付くものであるが……。

 そして、第三としてここがまったくもって異世界であった場合。最悪のケースを考えて、そこで空は思考を打ち切り自分たちが乗っている台座の前にいる自分たち以外の人間らへと視線を動かす。

 

 

「………宗教家、か」

 

 

 異端者共め。

 気が付けば、そんな冷えた言葉が自分の口から飛び出ていた事に空は表情には出さないが驚愕した。運が良く、飛び出た言葉は周囲の誰にも拾われることは無くそのまま喧騒に塗れて消えていく。

 内面と外面に齟齬があるのはいつもの事であったが、こういった反応はさしもの空も初めての事であった。が、すぐにそれも沈静化し目の前の宗教家たちを分析していく。

 数は三十人ほど、祈りを捧げるように跪き、両手を胸に組んだ格好だ。白地に金の刺繍が施された法衣を纏い、傍らに錫杖を置いているが余程の馬鹿でなければこれだけで彼らが宗教家だというのは理解出来るだろう。だが、そんな奴らなど空にはどうでもよかった。

 そんな一団に一人、一際目立つ男がいた。

 最も豪奢で煌びやかな法衣を纏って宗教家のトップらしくミトラというより烏帽子に近いモノを被った老人。外見年齢は七十代ほどであるが、空から見れば外見年齢というものは存外役に立たない印象があった。

 死ねばいいと思っている実の祖父なんぞ百歳は越えているというのに筋骨隆々で六十代と言われてもまだ納得せざるを得ないのだから。

 とにもかくにもそんな老人が前へと進み出てきて錫杖を鳴らしながら口を開いた。

 

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 

 そう言って、イシュタルと名乗った老人は好々爺然とした微笑を見せた。だが、そんなモノ、空からすれば自らロクデナシと名乗っているように感じたが……果たして明らかに外道な老人と腹に一物も二物も隠した老人、どちらがマシなのだろうか。

 さて、イシュタルはこんな場所では落ち着くこともできないだろう、と混乱覚めやらぬ生徒らを促して落ち着ける場所へと誘った。

 そうして誘われたのはいくつもの長テーブルと椅子が置かれた別の広間。

 その広間も例に漏れず煌びやかな作りであり、素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうと分かる。それを見ながら空はなんとも眩しく感じるそれらに眼を細めながら上座に近い席へと視線を向ける。

 上座に近い席に座るのは当たり前の事だが巻き込まれてしまった教師である畑山愛子先生、そして恐らくクラスの中心人物であり間違いなくこの面倒事にクラスを巻き込んだ原因であろう天之河光輝、その幼馴染ら三人。

 ちなみにだが、空が腰掛けたのは最後方でありハジメの対面の席である。

 

 全員が着席すると、丁度よくカートを押しながら給仕らが入室してくる。男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドの姿にこんな状況だというのに思春期男子だからかクラスの男子らは空を除いてメイドらを凝視している。哀しきかな、それを見る女子達の視線は、氷河期もかくやという冷たさであるが。

 見ていない男子など飲み物を給仕してくれたメイドを凝視しようとしたら悪寒を感じて正面の空へと視線を固定したハジメとそもそも記憶に保存されているメイド服の妹の姿を思い返して彼女らにまったく興味を示さない空だろう。

 全員に飲み物が行き渡ったのを確認してイシュタルが話し始めた。

 

 

「さて、あなた方におかれましてはさぞ混乱されていることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 

 そう言って始めたイシュタルの話は実になんともファンタジー極まりなく、そしてやはりどうしようもないほどに勝手極まるもの。

 簡潔に言えば、人間族と魔人族という種族が何百年も戦争しており、魔人族の力と人間族の数で拮抗していたようだが魔人族が使役することがほとんどおらず出来てもせいぜい一体か二体ほどしか使役できぬはずの魔物を使役するようになったと言う。これにより拮抗が崩れ人間族が滅びの危機を迎えている。

 

 

「あなた方を召喚したのは『エヒト様』です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。この世界よりも上位の世界の人間であるあなた方は、この世界の人間よりも優れた力を有しているのです」

 

 

 そこまで聞きながら、空は顔を顰める。この後の言葉が何となく察せられたからである。

 

 

「あなた方には是非その力を発揮し、『エヒト様』の御意思の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救っていただきたいのです」

 

 

 どこか恍惚とした表情を浮かべながらそう言ったイシュタルに空は吐き気を催したがそれを胸中に無理矢理収める。イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。

 その話を聞きながらよくもまあ、他の宗教が生まれなかったなと考えるがすぐに神がいるなら、異端神罰とでも言って簡単に殺せるのだろうと空は思いつき、やはり宗教は面倒だ、と胸中で呟く。

 そんな中、一人突然立ち上がり猛然と抗議する人間が現れた。

 

 畑山先生だ。

 

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 

 怒りを露わにする彼女の言葉は教師として当然のものだろう。だが、相手は宗教家でありしかも自分たちとはまったく異なる世界の相手だ。

 イシュタルに食ってかかる彼女の様子を眺めてほんわかとしている生徒らはイシュタルが口にした言葉でその表情を凍らせた。

 

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 

 静寂が満ちていく中、空は一人「だろうな」と零し、畑山先生を含む生徒らは皆一様に何を言われたのか理解出来ないといった表情をイシュタルに向ける。

 

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

 

 畑山先生が叫ぶがしかし、飄々とイシュタルは返した。

 

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々があの場にいたのは、単に勇者様方を出迎える為と、エヒト様への祈りを捧げるため。人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

「そ、そんな……」

 

 

 脱力したように椅子に腰を落とす畑山先生。そして次第に現状がどれだけ危機的であるのかをようやく理解した生徒らが口々に騒ぎ始めた。

 パニックになる彼らを見ながら、さてどうするか、と空は再び思考を回す。当たり前だが給仕された飲み物を飲んでいる彼らと違い空は一口もティーカップに口を付けていないどころか指すら触れていない。

 異世界でこんな状況である。それ以前に見知らぬ信用すら出来ないような相手から差し出されたモノに口をつけるなど不用心極まりない。

 そして、視線をイシュタルへと向ければその目が微かに侮蔑の色を帯びているのが察せられた。大方、「神に選ばれておいて何故喜べないのか」と思っているのだろうと理解出来た。そこでふと、どうしてそれを理解出来るのだろうか、と疑問を抱いたがすぐにそれも今考えることではないとして隅に置いておき─────

 

 

 

「………さて、どうなるか」

 

 

 胸元へと右手を当て、服の上からその下にあるペンダントを握りながら風鳴空はそう天井を見上げながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三刃


 感想、ありがとうございます。
 ブラックアートの部分をロストテクノジーと書いていた点の御指摘、改めてありがとうございます。
 これからも誤字などに注意していくのはもちろんですが、もしも指摘があればお願いいたします。




─────〇─────

 

 

 

 

 

 天蓋付きのベッドというなんとも言えぬ西洋的と言えばいいのか、ファンタジー的といえばいいのか、そんな代物に嘆息しながら、空はベッドに腰掛けて今日あった出来事を反芻する。

 

 

「……今日はあまりにも、状況が変わるものだ」

 

 

 まず、真っ先に思い返すのは学校でのこと。

 当たり前のようにいつも通り───前日にツヴァイウィングが行うライブのチケットを手に入れた事もあり地味に機嫌も気分も好調であった。特に珍しく休暇が取れた為、共に当の本人には何も伝えず連絡もいかせないように徹底した上で父と共にライブにいく約束があったのも理由の一つだろう。───の一日を過ごしていたというのに気が付けば、こんなトータスだのという異世界。

 あまり気分がいいはずがなかった。

 

 

「既に騒ぎになっているだろうな。鎌倉も、翼程ではないが俺が消えた事で慌ただしくなる……いや、アレの事だ。すぐに切り捨てるだろう」

 

 

 白昼堂々行われたクラス単位───数人の漏れはあるが二十人も越えればクラス単位でも問題は無いだろう。───の人間が唐突な集団神隠し。

 事件になるのは間違いなく、そして真っ先に考えられる特異災害による可能性も恐らく現場の状況ですぐに否定されることだろう。

 と、なれば父や叔父といったそういうモノの情報を知っている人間がまず思いつくのはブラックアートによるモノ。だが、哀しきかな、日本政府はそこまでブラックアートについて詳しくはない。深淵の竜宮に確かにブラックアートに関する代物を保管してはいるがどれも危険物極まりなく、それらについての情報もいまだなく────そこまで思考を回して、空はその思考を切り上げた。

 今必要なのはそういったことではない、と。

 空の記憶に保存されている情報にはこの状況をどうにかする方法などそれこそ、とある完全聖遺物しかないだろうがそれは並行世界云々であり、恐らくどうしようもない。

 故に思考は次のものへと切り替わる。

 思い返すのはこのトータスに召喚され、イシュタルの口から放たれた事実によってパニックを起こした同級生らの事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 収まらないパニックの中で天之河が立ち上がりテーブルを叩く事でパニックは一瞬止まり注目が集まる中

 

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人たちが滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくことなんて俺にはできない。それに、人間を救うためならに召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん?どうですか?」

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無碍にはしますまい」

 

「俺たちには大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、みんなが家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 

 ギュッと握り拳を作り、そう宣言する天之河。

 そんな姿と宣言を聴き、絶望の表情だった生徒らが活気と冷静さを取り戻した挙句、希望を見つけたかのような表情を見せていく。

 それを見て、ハジメは何を言っているのか理解できないとでも言いたげな表情を見せ、空は胸中で舌打ちしながら目を瞑る。

 いつものメンバーが賛同していき、それに続くように他の生徒らが賛同していく。その様子を見て畑山先生がそれを止めようと声を挙げるがしかし、無駄なカリスマを発揮した天之河を止めるのはもう遅い。

 自慰行為だ。

 こんなもの、天之河の欲を満たすための自慰行為といったい何の違いがあるというのか。せいぜい意識しているか無意識かの違いしかないだろう。

 

 

 そうして、空達の異世界での戦争参加が決まってしまった。

 といっても、如何に規格外の力を宿しているとはいえ、基本的に一般人でしかなかった彼らが戦う術を知っているわけもなく、そんな状態で戦場に出向いたところで案山子や肉壁以外の何物でもない。

 流石にイシュタルらもその辺りの事情を予想していたようで、その辺りの受け入れ態勢を麓にある王国、『ハイリヒ王国』にて整えているらしく、イシュタルによって空達は王国へと移動していった。

 移動の際に雲海よりも高所である教会から王国の王城へと魔法を用いるといった演出じみたものを見せ、より一層生徒らをその気にさせていたがやはり、空からすれば露骨でしかなくその表情はより顰めたものになっていた。

 

 王国へと着いて早々に一行はイシュタルの後に続いて所謂玉座の間へと導かれ国王を始めとする王族の紹介を受けた後、晩餐会へと参加した。

 洋食と変わらぬ見た目であったが、ときおり桃色のソースであったり、虹色に輝く飲料が出るなど未知がそこにあった。さしもの、空もさすがに夕食を抜くのもどうか、と考えたのか自身の感覚を頼りに警戒しつつある程度は口にした。

 晩餐会の最中、衣食住を保障されている旨と訓練における教官らの紹介を受けた。その後は解散し、各々に与えられた個室に案内されたわけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして今日の出来事を反芻し終えた空は一度眼を瞑って────

 

 

「何時まで沈黙しているつもりだ」

 

 

 自分一人しか居ないはずの部屋で誰かに声をかけるようにそう口にした。

 いったい誰に声をかけたというのだろうか。確かに空は知己に隠密を得手とする人間がおり、そういった隠密を索敵する技術を身につけている。

 ならば、監視か何かでも見つけそれに声をかけたのだろうか。

 

 

 

 

────否である。

 

 刹那、空の左側の視界がまったく異なる光景を映した。あまりにも唐突なそれに空は思わず瞬きをするがしかし光景は途切れることは無かった。

 その情報から空はすぐにその光景は左眼で見ているのではなく視神経に直接送られているものだと理解し警戒を強めた。

 

 

『そう、警戒することは無い』

 

 

 だが、その警戒もそんなどこからともなく響いた声に霧散した。

 左の視界に広がるのは何処かの屋敷、いや酷く見覚えのある屋敷。鎌倉の風鳴本家の屋敷がそこには広がっていた。そして、その奥。

 記憶にある限りでは祖父であり風鳴の長である男、風鳴訃堂が座していた上座に風鳴訃堂の代わりに座している人影。

 曖昧な影であるがその姿が読み取れた。

 健康的に焼けた小麦色の肌、その上から纏ったまるでアーマースーツか何かの様な硬質的な深い蒼と黒の服と、更にその上に着物のようにも衣褌のようにも思える衣服を崩して着ている。そして、何よりもその顔が問題だ。

 風鳴訃堂、風鳴八紘、風鳴弦十郎、そして自分や妹といった風鳴の一族に酷く似通った顔立ちの偉丈夫。

 いったい誰だ、と口にするよりも早く空はどうしようもないほどにこの誰かは上位者であると理解した。まるで遺伝子に刻み込まれているかのように、当たり前のように理解した。

 そんな彼の意思を察したのだろう、男は話し始めた。

 

 

『はじめましてだな。我が末、我らが大和が子よ』

 

 

────アヌンナキが一柱、エンリル。大和が名を素戔嗚、神素戔嗚尊である。

 

 そう言い放った男、エンリルを前に空はいつの間にか無意識に薄く笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、風鳴空はその心中をどこまでも清々しい正しく名前の通り美しい青空のようなものにしていた。

 それもこれも昨晩の会合が齎したものだ。

 アヌンナキ。

 その単語の意味を知る人間など、この時代においては空を含め一握りの者だけだろう。

 アヌンナキ・エンリル。またの名を国津神・神素戔嗚尊。

 すべてを聞かされた空にとってもはや、悩むことなど何もなかった。故に清々しく空は今日から始まる訓練と座学へと臨んだ。

 

 集められた生徒らと畑山先生にまず、一枚の銀色のプレートが配られた。縦7センチ、横12センチほどのプレートを不思議そうに見る生徒らに訓練の教官を務めるらしい騎士団長メルド・ロギンスが説明を始めていく。

 

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 

 メルド団長が非常に気楽な喋り方をするが、曰く「これから戦友になろうってのに何時までも他人行儀に話せるか!」という豪放磊落な性格から導かれた考えで接すると決めたからのようで、数人の生徒の緊張に強張った肩も柔らかくなっている。

 年上に慇懃な態度を取られるのも居心地が悪くて仕方ないのだろう。

 

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 『ステータスオープン』と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

「アーティファクト?」

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

 

 聞きなれない単語に疑問を口にした天之河にそうメルド団長が返し、付け加えられた簡易な説明に生徒らは一様に納得し、摘まんだ針を顰めながら見る。

 必要であり最低限でいいとはいえ、針を自分の指に指すというモノはなかなか勇気がいるものだ。そんな中、思い切りのいい数人が刺していくのを見てだんだんと同じように軽く刺していく。

 そうして浮き上がった血を魔法陣に擦り付けると魔法陣が一瞬淡く輝いて、途端にステータスプレートの色が変化していく。

 その現象に瞠目する彼らにメルド団長が説明を始めた。

 曰く、魔力というモノは人それぞれ違う色であり、プレートに自己情報を登録することで所持者の魔力色に合わせて染まっていくらしい。プレートの色と魔力色の一致で身分証明とするようだ。

 空は視線を動かし、周りのプレートの色を見ていく。

 

 一番近くにいたハジメは空色に染まり、天之河は純白、八重樫は瑠璃色と、皆それぞれ特徴的な色合いに変わっていき、空は自身のプレートへと視線を落とす。

 プレートは確かに銀色から変化していた。だが、青だの赤だの緑だのといった豊かな色合いには変化していない。では、何色か────

 

 

『鋼、色とは。ガワに引きずられたのか。まあ、気にする事はないだろう。これも立派にお前の色だよ』

 

「はい」

 

 

 自身の内から響いた声に空は周囲に聞こえぬ程度の声音で返事を返す。響いた声が周囲に聞こえているかもしれないという不安など微塵もなく、空はこの声はあくまで自分の脳に直接送り込まれているものだと理解していた。

 そして、色合いばかり見ている周囲より先にプレートに記された自らのステータスへと視線を走らせる。

 

 

===========

 風鳴空 17歳 男 レベル:1

 天職:防人

 筋力:150

 体力:100

 耐性:90

 敏捷:130

 魔力:55

 魔耐:100

 技能:国津遺伝子・状態異常耐性・剣術・見切・縮地・先読・気配感知・言語理解

===========

 

 

 なんだ、これは。

 一瞬、そう口に出そうになったが空はいつも通りこれといった表情の変化を見せず、胸中で呟いた。

 なんだ、これは。

 

 

「(筋力等々の数値は理解できるがしかし、技能。そう技能、なんだこれは?恐らく、妹成分が足らずに幻覚でも見ているのだろう……ふぅ)」

 

『そんなわけがないだろう。現実を見ろ』

 

「(ほとんどの技能についてもまあ、納得がいこう。だが、一番最初のこれはなんだ。いや、昨晩の事があるから理解は.......)」

 

『そう、嘆くことはない。我が末、十中八九、天職と技能は俺に原因があるのは間違いない。まず、天職だが……言わずもがな、風鳴であるのだからな。『国津遺伝子』、俺の血筋で調整してきた結果が見事に出てきたわけだ。しかし、なるほどこの辺りまで出てくるのか、おもしろい』

 

 

 胸中で戸惑う空に声、エンリルは呵々大笑しながらステータスプレートについて考察をし始めるが空はそれを止めて説明を求めていく。

 

 

「(できれば、説明の続きを伺いたいのですが)」

 

『ああ、すまない。それでだが、間違いなく俺による遺伝情報の操作が由来したものだろう。そして、シェム・ハの断章の代わりに俺の意識が存在している証拠だな。恐らくだが、お前の妹や父親、叔父も訃堂も同じ技能が出るはずだ。だが、別に身体能力自体は常人の中でもそれなりになるだけでだな』

 

「(そうですか。なら、俺が気にする事はなにもない、と)」

 

『然り。そういう事だ』

 

 

 説明を受け、納得したように空は一度ため息をついて、すぐ近くで騒ぎ始めた馬鹿たちへとその視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────





空「老が…祖父と叔父のアレも国津遺伝子で」

エンリル『え、なぁにそれぇ……怖っ』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四刃

─────〇─────

 

 

 

 

 

「ぶっはははっ〜、何だこれ! 完全に一般人じゃねぇか!」

 

「むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな〜」

 

「ヒァハハハ〜、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」

 

 

 檜山よりハジメのプレートを投げ渡された斎藤達、檜山の取り巻きらはそのプレートの内容へと目を通して爆笑なり嘲笑なりをハジメへとしていく。

 そんな彼らの言葉や態度に他の生徒らもクスクスと檜山らほどではないが、少しずつ笑い始める。そんな状況にハジメに恋をしている白崎香織が動かない筈がない。彼女は憤然と動き出し、同時に彼らに怒りの声を畑山先生があげようとする。

 

 

「馬鹿ばかりか」

 

 

 だが、それらよりも先に動いた人間が一人。

 いつの間にかに取り巻きの一人、近藤の手の中にあったプレートが消え、その背後に立っていた空の手の内にあった。

 

 

「なっ!?」

 

 

 背後から聴こえた声に近藤は自分の手からハジメのプレートが消えている事に気が付き、それを見た他の取り巻きと檜山は笑うのを止めた。

 皆の視線がプレートを奪い取った空へと集中するが、そんなモノはどうでもいいと言わんばかりに檜山らから視線を切りハジメのプレートへと走らせる。

 

 

==========

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

 天職:錬成師

 筋力:10

 体力:10

 耐性:10

 敏捷:10

 魔力:10

 魔耐:10

 技能:錬成・言語理解

==========

 

 

 なるほど、確かに。

 この世界において基本的にレベル1の平均は10であるとの話だが、ハジメのステータスはまんまこの世界の平均値だ。

 そして、先程エンリルと話していた際に耳にした十人に一人は持っている様な非戦闘職。

 檜山らのような馬鹿からすれば嘲笑以外の何ものでもない。

 

 

「……なるほど」

 

 

 視線をプレートから外して、檜山らへと空は視線を向ける。相も変わらず表情の変化は少なく無愛想な表情であるが、その視線は強く責める様なモノでそれを向けられた檜山らは思わず一歩あとずさった。

 何時しか周囲の笑い声も消えており、ため息をついてから空はそのままハジメの方へと歩いていき、プレートを手渡す。

 

 

「錬成師か。……南雲、練度を積んだ際には一振り造って貰えないだろうか」

 

「え、あ、うん」

 

 

 手渡した際に空はそうハジメに頼んでみれば、空からの頼み事など珍しかったのかハジメはそれについ頷き、それを確認した空はハジメから視線を切って今度は天之河へと向けるがすぐにそれも切って、空は一人彼らからやや離れた位置へと移動しながら自身の技能と天職について改めてエンリルと考察を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメが自分の最弱ぶりを理解させられ、そして同じ非戦闘職であると言って励まそうとした畑山先生によって心を折られかけてから二週間が経った。

 現在、ハジメは空からのアドバイスを受け、訓練の休憩時間を利用して一人王立図書館にて魔物などをはじめとした知識の収集をしていた。

 というのも、この二週間の訓練でハジメは成長するどころか自分の役立たずぶりがより一層明らかになってしまったのだ。レベルは一つ上がりステータスも伸びたというのにどの値も2しか上がらなかった。

 これが手を抜いてならば、仕方ないのかもしれないが悲しい事に二週間みっちりしっかり訓練した成果である。さしもの空も目を瞑り、無言でハジメの肩に手を乗せるほどだった。

 ちなみにだが、空はハジメの五倍ほどの成長率を見せた天之河同様のレベルまで上がり、一部の値は天之河に劣るものの筋力と敏捷の値は天之河以上の伸びを見せていた。

 さて、この二週間で更にハジメには魔法の適性がないことも分かってしまった。魔法適性がないとはどういう事か───その説明はまた別の機会とするとして、ハジメには近接戦闘がステータスの問題上無理、魔法も適性がないため無理、ならば頼みの天職・技能である『錬成』は未だ鉱物の形を変えたりくっつけたり、加工できるだけで役に立たない。

 一応、落とし穴や出っ張りを地面に小規模であるが作り出せるようになったが、対象に直接手で触れねばならないという条件が存在しており、戦闘では役に立たない技能でしかない。

 

 それらの要因からハジメはすっかりクラスメイトらから無能のレッテルを貼られてしまった。

 そのため、それなりに味方側である空からも後方支援に従事するのがいいのではないか、と言われてしまった。

 

 

「(はぁ、仕方ないよなぁ。大人しく戦わずに武器とか創れるようになって……いや、確かに、もうここまで来たら戦えない無限の剣製を目指すべきなんじゃ……それに、風鳴くんとの約束もあるし)」

 

 

 そう考え始めたのを皮切りにハジメは読んでいた北大陸魔物図鑑を閉じて、物思いに耽り始める。

 一度考え事をすれば連鎖的にポンポンと色々な事が頭の中に溢れてくる。

 

 

「(亜人の国とか行ってみたいな。異世界だし、やっぱりケモミミを見ないと……それにエルフもいるらしいし。あー、でも、被差別種族なんだっけ?樹海の奥に引きこもってて外じゃあ見つからないみたいだし)」

 

 

 何時か、樹海にも行ったりするのかな〜。などと呟きながら亜人族でありながら唯一王国が保護しているという海人族と言われるいわゆるマーメイドの様な種族が住んでいる西の海の町に行くのもありだ、と内心で考え始める。

 他にも手に入れた知識からポンポンと欲望めいたものが湧き出しては消えていくのを繰り返していると、気が付けば訓練の時間が迫っている。

 もはやここまで来れば訓練で自分のステータスがろくに上がらないと分かっている以上訓練から逃げ出したい気分であるがそんなことをしたところで帰れる訳では無いと頭を振ってハジメは慌てながら図書館を後にした。

 

 

 

 訓練施設に到着すれば既に何人かの生徒らがやって来て談笑したり自主練を始めていた。

 予想よりも早くに着いてしまった様であり、一応軽く見回して見たがまだ空はやって来ていないようである。それなら、と自主練でもして待つかと支給された細身の剣を取り出して───唐突に背後から衝撃を受けた。

 転倒は免れたものの抜き身の剣を持っていた為に一気に冷や汗が吹き出始め、下手したら怪我を負っていた、いやもしかすれば死んでいたかもしれない事を考えると一瞬表情が青ざめるがすぐにそれを振り切り、背後を振り返る。

 そこにいる犯人はやはり、というよりも当たり前のような面子である。

 

 

「よぉ、南雲。何してんの? お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ〜」

 

「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ〜、ギャハハハ」

 

 

 檜山大介率いる小悪党四人組である。

 訓練が始まってから、空という地球にいた頃から口を出してくる抑止力がいない時や目を離している時を目敏く見つけてはこうしてちょっかいをかけているのだ。

 今回もハジメが早く着いて、且つ空がまだ来ていないというのが原因だろう。

 

 

「なんで毎回訓練に出てくるわけ? 俺なら恥ずかしてくて無理だわ!」

 

「なぁ、大介。こいつさぁ、何かもう哀れだから、俺等で稽古つけてやんね?」

 

「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ〜」

 

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ〜。南雲〜感謝しろよ?」

 

 

 などと、随分な言い分である。

 馴れ馴れしく肩を組んで、ハジメを人目につかない方へと連行していく檜山ら。その姿をクラスメイトらは気がついたようだが見て見ぬふりをする。

 彼ら彼女らとて、わざわざ好きでもない人間が虐められている所に首を突っ込みたくないものだ。

 この場をどうにかする為にハジメはやんわりと断ってみるがしかし、それに対して檜山はハジメの脇腹を殴りつける。

 真っ当な『軽戦士』という戦闘職である檜山の筋力に対してハジメの耐性では太刀打ちすることも出来ず、ハジメは痛みに顔を顰めて呻く。

 地球にいた頃は流石に暴力に振り切る所はなかったが、こちら側に来て段々と暴力への躊躇いが無くなってきている。これも馬鹿がいきなり大きな力を与えられた結果なのだろう。

 

 

「ほら、さっさと立てよ。楽しい訓練の時間だぞ?」

 

 

 訓練施設から死角になっている人気のない場所に来て、檜山はハジメを突き飛ばしながらそう告げ取り巻きである中野、斎藤、近藤がバラけていき四人でハジメを取り囲んだ。

 悔しさに唇を噛み締めハジメは立ち上がって、

 

 

「ぐぁ!?」

 

 

 すぐに悲鳴を上げて前のめりに倒れた。

 背後から近藤が剣の鞘で殴りつけたのだ。そして、ハジメがわざわざ立ち上がるのを待つほど優しいわけがなく、追撃が加わる。

 

 

「ほら、なに寝てんだよ? 焦げるぞ〜。ここに焼撃を望む、『火球』」

 

 

 中野が火属性魔法である『火球』を放った。

 背中の痛みと倒れてすぐである為、すぐさま起き上がることは出来ないハジメはそれを必死にゴロゴロと転がる事でなんとか避けるがしかし、今度は斎藤が魔法を放った。

 

 

「ここに風撃を望む、『風球』」

 

 

 放たれた風の塊が立ち上がりかけたハジメの腹部に直撃し、ハジメは体をくの字に曲げて吹き飛ばされ、胃液を吐いて蹲る。

 下級と言えどもまがりなりにも魔法である。常人の一撃とはわけが違う。なにより、彼らの魔法適性の高さと魔法を放つ媒体が国支給のアーティファクトであるのが余計に威力をあげていた。

 

 

「ちょ、マジ弱すぎ。南雲さぁ〜、マジやる気あんの?」

 

 

 そう言いながら、檜山は蹲るハジメの腹に蹴りを入れる。嘔吐感を抑えるのに精一杯のハジメには何も出来ず、このまま稽古という名のリンチが続いていく。

 痛みに耐えながらハジメは何故自分がこんなにも弱いのかと、そして早く助けに来てくれ、と空に助けてもらおうとしている自分に悔しさが湧き出してきて唇を噛み締め血が流れ始めていた。

 反撃をするべきなのだろうが、南雲ハジメという人間は人と争うことや誰かに敵意や悪意を持つといった事がどうにも苦手で、誰かと喧嘩しそうになっても自分が折れてばかり。自分が我慢さえすればいいと、喧嘩するよりそれがいいと、思ってしまうのだ。

 だから、南雲ハジメは耐えるしかなくて────

 

 

「ここまで来れば、どうしようもないな」

 

 

 刹那、白銀が閃いた。

 それにより、近藤、中野、斎藤の三人がその場に倒れ伏し、そんな光景に檜山は目を見開いて、ハジメは檜山の背後に立つ人影に安堵と悔しさに息を漏らした。

 

 

「檜山大介。俺は思う、お前たちのように大きな力を与えられてそれに溺れる様な奴が出るのを防ぐには、やはり抑止力が必要なのだ、と」

 

「ッッ、風鳴!」

 

 

 背後の声に檜山は振り返って叫ぶ。

 今までは空の目を盗んでのちょっかいであったが、今回はあまりにも度が過ぎていた。誰がどう見てもただのリンチであり、そんな事をすれば間違いなく目の前の男は自分たちに相応の対処をしてくるのは目に見えていた。

 地球にいた頃だって風紀委員というモノを通して何らかの処分を下されないように決して空の前では目に見えた虐めというものをしてこなかった。何となく来るタイミングを察してハジメから離れていくのは正しく小悪党極まりないが────

 

 

「ハッ!こんなところでも風紀委員気取りやがるつもりかよ!てめぇの命令なんて誰が聞くか。クソが!」

 

 

 先程も言ったように大きな力を手に入れた馬鹿というものは力に溺れて倫理観も薄れるものであり、また判断力が鈍る。

 だから、自分は強くなったし、ここは学校でもなんでもないのだからお前の言うことを聞く理由もないのだ、と。

 

 

「ここに風撃を望む、『風球』!」

 

 

 そうして、放たれた風の塊に対して風鳴空は避けるでもなく受け止めるでもなく、その手に握る剣を振るった。

 

 

「は?」

 

 

 そうして起きるのは風の塊が一刀両断されるという不可解な現象。一体どうすれば風なんてモノが切れるというのだろうか。

 ましてやアーティファクトでもなんでもない数打ちの剣で。

 

 

「塊だからな。切れてもなんらおかしなところは無い」

 

 

 まだ殴り飛ばすなんて出鱈目ではないのだから、やろうと思えば出来ることだろう、と胸中で付け足し、そう空は唖然とする檜山に説明して、次の瞬間には技能である『縮地』を利用し、檜山の背後へと回ってそのまま鞘で殴りつけて意識を飛ばす。

 倒れ伏した檜山を見下ろすもすぐに視線を切って、空はハジメの隣に膝を着いて声をかける。

 

 

「意識はあるか、南雲」

 

 

 声は返ってこないが意識はあるようで何度か頷くハジメに肩を貸して背負い上げる。

 小悪党四人組?そんなものは放置であるし、例えハジメが嫌われていると言っても檜山たちが好かれているわけではない。なにより、関わり合いたくないのだから彼らを起こす人間などいない────

 

 

「おい!これはいったいなんだ!」

 

 

 いや、一人馬鹿がいた。

 さっさとハジメを医務室にでも連れていこうとした空の前に天之河ら四人がやって来た。

 恐らく魔法か何かの音を聴いてやってきたのだろう。天之河の視線は倒れ伏す檜山らに向けられ、次に空へと向けられた。強い責めるような視線である。

 それを受けて、空は胸中で舌打つが表情には出さずそのまま無視して通り抜けようとする。

 

 

「風鳴!檜山たちにいったい何をした!」

 

「気絶させただけだ。それ以外には何もしていない」

 

 

 通り抜けようとした空の前に天之河が進み出て責めるような声が響いた。だがしかし、そんな声など何処吹く風と言わんばかりにどうでも良さげに立ち塞がる天之河の横を通ろうとして、天之河とは別の声が響いた。

 

 

「南雲くん!?」

 

 

 どうやら、背負われていたボロボロの南雲が視界に映ったようで、白崎香織が声をあげた。

 同時に面倒事になる可能性が空の脳に過ぎり、先んじて口を開いた。

 

 

「そこの四人にリンチを受けていた。意識はあるようだが動くのがキツい様だ。これから医務室に連れていく……天之河、リンチを止める為に気絶させた。どうせ俺が言ったところで止まるはずがない。何か言いたいことはあるか」

 

「リンチ!?大丈夫な南雲くん!」

 

 

 普通ならばそう言われれば止まるだろうが、残念ながらそこで簡単に引き下がるようなら天之河と空の間に確執はない。

 

 

「……檜山たちも、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたんじゃないのか?」

 

 

 一体全体何を言っているのか。

 そうして、天之河は予想を話し始めた。いや、予想などではなく、半ばそれが天之河にとっての事実に変わり始めている。

 要約すれば、ハジメの努力不足であり弱さを言い訳にしている。訓練のない時は読書ばかりで本当に強くなろうとしているなら空いた時間も鍛錬に充てるべきだ。もう少し真面目になれ。

 なんて身勝手な事だろう。

 流石にその言葉に白崎香織も八重樫も一体何を言っているのか、という表情であり意識がないわけではない為その言葉が聴こえているハジメも呆然としている。

 天之河は基本的に性善説で人間を解釈している。

 曰く、「基本的に人間はそう悪いことはしない。そう見える何かをしたのなら相当の理由があるはず。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない!」

 

 

『これもまた、ネットワーク・ジャマーの弊害か』

 

「(碌でもない話だ)」

 

 

 そう胸中で吐き捨てながら、その視線を天之河に向ける。視線は強く呆れたものだ。

 

 

「何事もあればあるほどいい。結局の所は総合力だ。別にお前のような脳筋であることは否定しない。だが、未知を既知に変えることで自らの不足を補う必要もある。知識を蓄え、自分の力でどのような事が出来るのか模索する、つまるところは手札を増やす行為。それの一体何が不真面目だというのか」

 

 

 もしもそれすらも言い訳だとでも宣うのならここでその心を叩き折ることすら、考え始めていた。

 だが、返答が返ってこない事に空は視線を外して、そのままハジメを連れてこの場を後にしていく。

 せめて癒そうとして動こうとした白崎香織よりも先に早々に。

 

 

 訓練施設へと戻り、既に到着していたメルド団長に断りを入れて空はハジメと共に医務室へと向かっていく。

 

 

「───南雲、お前は弱い」

 

 

 その最中、背負われていても意識はあるハジメに空は淡々と告げていく。

 

 

「だが、勘違いするな。お前には力がある。さっきも言ったが基本この世は総合力。あればあるほどいい。才能も、研鑽も、権力という後ろ盾や環境、時間、味方に運も。だからお前は知識を蓄えろ」

 

 

 そんな空自身の持論を聴きながら、ハジメはその手を握り締める。

 

 

「お前が望めば俺も幾らでも力を貸そう」

 

 

 そう最後に告げて、空は口を閉じ医務室へハジメを置いていくまで一言も喋ることはなかった。

 

 

 

 

 

 その後、空は施設へと戻ってそのまま訓練を受けた。訓練終了後、夕食まで自由時間となるのが常であったが今回は伝えることがあるとメルド団長に皆引き止められた。

 そして、メルド団長から告げられたのはたった一つ。

 

 

「明日から、実戦訓練の一環として『オルクス大迷宮』へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意しておくが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まあ、要するに気合い入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

 

 

 

 ざわめく生徒らの中で空は一人、医務室にいるハジメについて考え、どうするか、と胸中でため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────






 感想ありがとうございます。
 これからも頑張らせていただきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五刃



 感想ありがとうございます。
 これからも頑張らせていただきます。
 また、評価ありがとうございました。



─────〇─────

 

 

 

 

 

 空たちはメルド団長率いる騎士団員数名と共に『オルクス大迷宮』へ挑戦する冒険者たちの為の宿場町である『ホルアド』へと半日ほどをかけて到着し、王国が新兵訓練の為に利用している王国直営の宿屋へと宿泊する事となった。王都にある部屋とは違い至って普通な部屋での宿泊である。

 翌日に『オルクス大迷宮』への挑戦が控える夜、空は宿屋裏にある人気の無いちょっとした庭のような空き地の片隅で一人座禅を組み、目を瞑っていつも通り、自分の血の中に潜んでいるアヌンナキと対峙していた。

 

 

『オルクス大迷宮、か。確か七大迷宮と言う奴だったか?』

 

「はい。全百層からなると」

 

『ふむ……なるほど、お前はどの程度知識が?』

 

「少なくとも南雲と同じぐらいには」

 

 

 そうか。

 そう呟きながら、左の視界に広がるエンリルはその指を顎に当てながら思考に耽る。

 その様を見ながら、目の前のアヌンナキについてこの二週間接してきて感じたモノを空は纏め始めていた。

 フィーネが懸想し恋焦がれるカストディアン。

 正確に言えばアヌンナキが一人、エンキがフィーネの恋の対象であるがあながちエンリルが関係ないと言う話でもない。アッカド・シュメール神話を紐解けばあるようにアヌンナキ・エンリルはアヌンナキ・エンキと兄弟の関係にあるようだ。

 遥か銀河より飛来した異星の存在たるアヌンナキ、地球において生命の創造や進化の促進を行い、目的に応じて改造を施すなど、生態系の管理者としての役割を担ってきた存在の彼らの中でエンキが保安・防衛の役職に就き、シェム・ハが改造執刀医であったようにエンリルもまたアヌンナキに於いては要職に就いていた。

 アヌンナキの中枢、所謂意思決定機関の様なモノの一人であったようだ。そんな彼はシェム・ハ反乱とアヌンナキの地球脱出の際に同じ考えのアヌンナキ三人と共に地球に残り放浪の旅を選んだ。

 その果てに東の果てにある島国へと辿り着いたエンリルらはその地にいたルル・アメルたちの神となり、そこで新たな名を得た。

 

 それがエンリルにとっての大和が御名・神素戔嗚尊。

 

 

『お前と知識を共有しているとはいえ、ズレがあるのも面倒だ。一度反芻しろ』

 

「ハッ」

 

 

 そこまで、頭の中で整理していたところで空は声をかけられて、一度それをやめ言われた通りに改めて空は『オルクス大迷宮』についての情報を反芻していく。

 オルクス大迷宮の魔物が外の魔物より強敵である理由、それは魔物を魔物たらしめる核である魔石が、迷宮の魔物のものは良質だからである。

 魔石とは魔法陣を作成する際の原料となり、ただ書くのではなく魔石の粉末を利用して魔法陣を作成する方が効果が三倍違うそうだ。

 そんな魔石は魔物にとって唯一の魔法媒体となる。魔石が良質なほど魔物は強力な固有魔法を使用する。その際に詠唱も魔法陣も使わないのが魔物が油断ならない理由であるが.......この際、それは横に置いておく。ともかくそんな魔物が階層毎に質が変わる為訓練に用いるには迷宮はちょうどいいというわけだ。

 そこまで自分の知る大迷宮についての情報とそれに付属する情報を頭の中で反芻した空にそれを共有したエンリルは満足そうに頷く。

 

 

『まあ、俺との誤差はほとんどない、か。うん、良しとしよう』

 

 

 満足そうな彼を見ながら、空は自身のステータスプレートへと視線を巡らしていく。

 

 

==========

 風鳴空 17歳 男 レベル:10

 天職:防人

 筋力:250

 体力:200

 耐性:190

 敏捷:230

 魔力:105

 魔耐:200

 技能:国津遺伝子[+剣質強化]・状態異常耐性・剣術・見切・縮地・先読・気配感知・言語理解

==========

 

 

「……さて、このステータスでどこまでいけるか」

 

『ん?ああ、そうさな。少なくとも油断をするな。慢心するな。侮るな。それさえ出来ていれば問題はあるまい』

 

「そうなりますか」

 

『おうとも。それと、わかってると思うが戦いにおいて相手の好きにやらせるな。何事も自分の得意を相手に押し付け続けろ』

 

 

 真剣な顔でそう語るエンリルに空は深々と頭を下げる事でそれを了承し、心に刻む。

 そうして、次に自分の技能を注視した。

 『国津遺伝子』正しく字の通り、自身の血筋すなわち風鳴の血に潜む国津神たる神素戔嗚尊の遺伝子。

 曰く、自分たちが消えていく可能性から消えた後の大和つまりは日本の未来を憂いた結果、自分の巫女と交じりそして産まれた子供の遺伝子にシェム・ハの断章を押し退けて自分の意識を刻み込みその血筋と共に日本を守護していく。

 その思惑で紡がれたのが防人、風鳴一族。

 それが技能として現れたのが『国津遺伝子』である。

 

 

「叔父のあの異常さの理由が判明して、正直何とも言えないが……」

 

『いや、何度も言うが本当に弦十郎は間違いなく俺の遺伝子は関係ないからな。常人の中でもそれなりになるだけで、本当にあんな人外めいた膂力とかは持たないからな?ましてや訃堂みたいに百歳越えてなお、あの身体能力なんてありえないからな?』

 

「………なるほど」

 

 

 絶対此奴信じてないだろ、とでも言いたげな表情で空をエンリルは見るがすぐにため息をついて、手をヒラヒラと振りながらそのまま目を瞑り始める。

 そうして、左の視界が元に戻っていくのを感じて話が終わった。空は瞑っていた目を開いてから座禅を崩して立ち上がり宛てがわれた部屋へと移動していく。

 

 

 

「………未だ、二週間と言えばいいのか。それとももう二週間と言えばいいのか(二週間も妹成分が取れていない。いや、それ以前に、それ以前にだ。出来うる限り早く帰還しなければ……ツヴァイウィングとしての翼の歌が永遠に聴けなくなる………!!!!)」

 

 

 表情には一切出ないものの内心ではシスコンを拗らせながら、宿屋の廊下を歩いていて、ふと空はその足を止めた。

 というのも視界の端に動く影、人影を見つけたからである。

 廊下の角辺りで窺うようにその先を見ているようで、その視線を向けている方に一体何があるのか、と思考を回すまでもなくすぐにその辺りが自分───正確に言えばハジメと自分の二人にだが───に宛がわれた部屋であると、理解し同時にその人影がいったい誰なのか理解できた。

 檜山大介である。

 おおよそ、碌でもないことでも考えているのだろう。殺意すら感じ取れる。

 

 

 いったい今度は何をやらかすつもりなのか。

 結局、医務室で安静にでもしていればいいのにこの遠征に参加したハジメを狙っているであろう檜山にわざと空は足音を立てながら廊下を歩き始めた。

 背後からの足音に一瞬ビクッと、肩を跳ねた檜山が振り向けばそこには空の姿が。その腰にはやや長めの剣が下げられており、檜山は昨日の出来事を思い出したか、冷や汗が背中を濡らすのを感じ取り舌打ちしながら視線を空に合わせぬ様にそそくさとその場を去っていく。

 その姿を見送る空の視線はやはり厳しいものであったがすぐに視線を檜山の背から外して、部屋へ戻ろうとして────

 

 

「いったい、どうしたこんな夜更けに」

 

「あ、風鳴くん」

 

 

 角を曲がってすぐにある、廊下の壁際に置かれた飾り棚。先ほどまで角から部屋前を伺っていた檜山から死角となる位置に一人少女が立っていた。

 黒髪のナチュラルボブに眼鏡をかけた少女。

 彼女の名は中村恵里。空やハジメらと同じクラスメイトの一人であるがしかし、どうしてこんな夜更けにこんなところにいるのか。

 彼女の部屋はここではないはずだが、そこまで思考を回していると先に中村がしゃべり始めた。

 

 

「いま、部屋に入らない方がいいと思うよ?香織ちゃんがいるから」

 

「……ああ、なるほど。それでか」

 

 

 檜山が殺意を漂わせていたのも理解できる。

 そう胸中で付け足し、空は壁に寄りかかりながら、その視線を中村へと向ければ中村と視線がかち合い、彼女は微笑む。

 

 

「相も変わらず、泥の様だな」

 

「ひどいなぁ、もう」

 

 

 その瞳の奥にドロリとしたモノが蠢いているのを見てそう呟く空に対して、中村は先ほどまでの普通の少女然とした様子から一転、言葉の端々からなにか粘性じみた雰囲気を漂わせ始めた。

 もしも彼女の友人がこの場にいれば、この雰囲気の変化に驚きを露わにするだろうがそんな変化に空は特段、気にするようでもなくため息をついた。

 

 

「別に僕は普通だよ?」

 

「普通の人間はそんな風な雰囲気は持たないが」

 

 

 変わらず先ほどの様に微笑むがしかし、先ほどのそれとは違い愛想のよいそれではなく、まるで捕食者のようで足を踏み入れればそのまま足を引いて引きずり込むような泥沼じみたねっとりとした微笑み。

 

 

「俺としてはお前が周りに迷惑をかけないのならば、どんなモノを俺に向けていようがとやかくは言わん」

 

「一応、聞いておくけど周りって、どの辺からどの辺まで?」

 

「そう聞かれると難しい話だな。今のところだと少なくともこの世界の人間をわざわざ守るつもりはない。俺にとって優先事項は日本への帰還であって、この世界を、日本でもない世界を救うつもりなどない。薄情者と誹られるだろうが……な」

 

 

 堂々とこの世界などどうでもいいと断言する空に中村は驚くこともなく、まあそうだろうとでも言いたげな表情のまま話の続きを促す。

 

 

「つまるところ、お前がこの世界の人間にだけ、迷惑をかけている内であれば多少の苦言は呈すかもしれないが」

 

「……ほんと、大変な家に生まれたね空くんは」

 

「父と妹、叔父に恵まれているからな。苦にならんよ」

 

 

 そう言って、不器用ながら空が微笑むのを見て、中村は先ほどまでの雰囲気を霧散させ普通の少女のようにまた微笑んで、そのままこの場を離れ始めた。

 その背に空が言葉を投げかければ、すぐに返事も返ってくる。

 

 

「なにか用事があったんじゃないのか?」

 

「んー。この世界の人たちを守るつもりがないって、ようするに私たちは守るってことでしょ?日本人だから、とかそういう理由でも守ってくれるっていうなら安心かな?」

 

 

 そう言って部屋へと戻っていく彼女の背を見ながら、合点がいったように空は頷いた。

 つまるところ、彼女は不安だったのだ。

 王都周辺での魔物との戦闘はまだ安全だったが明日は大迷宮というより危険な場所での戦闘である。もしかしたら、という不安があってそれをどうにかしたくて、空の元へと足を運んだのだろう。

 そんな彼女の心情を察した空は再び静かに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 その後、すこし経ってから部屋から出てきた白崎香織に幾つか苦言を呈して、部屋へと入ってハジメに生暖かな視線を向けつつ空は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六刃


 シンフォギアにおける時系列が完全に把握出来ておらず、年齢等の問題が生じた為、翼と主人公の年齢差が2歳ではなく、3歳になります。
 御指摘本当にありがとうございます



─────〇─────

 

 

 

 

 

 翌朝、まだ日が登りきって間もない時間帯、ハジメ達は『オルクス大迷宮』の正面入口がある広場に集まっていた。

 誰もが少しばかりの緊張と未知への好奇心を表情に浮かべている中、ハジメは少々複雑そうな表情を浮かべて、空は相も変わらぬ表情であるがしかし何処と無く残念そうな雰囲気を醸し出していた。

 

 と、言うのも。

 異世界の大迷宮、と言われてまず思い浮かぶのは不気味に大口を開けて入り込む者を食らう陰湿な洞窟らしい入り口。

 だが、蓋を開けて見てみれば目の前にあるのはまるで博物館の様な入場ゲートという立派なしっかりとした入り口が構えており、更には美人な受付嬢が待機している受け付けまである。これには流石にハジメも空も、そして他にも数人の生徒らがなんとも言えぬ表情をしている。

 しかし、それも仕方ないのだろう。迷宮の中、とりわけ浅い階層はそれなりにいい稼ぎ場所として人気があるようで、人気ということは人が多いということ。その中に一定数は黒い人間も当然いるだろう。

 そして、そういった人間からすれば迷宮などという公の目が入らない場所など犯罪の拠点として利用するのはやはり当然である。そして、それ以外の人間が馬鹿騒ぎしてそのままの勢いで迷宮に入って死ぬなどもある種予想するのも簡単な話でしかない。

 そういった様々な問題が王国内であるなど戦争を控えている状態で百害あって一利もない。その事から冒険者ギルドと王国が協力してこういった施設を設立したようだ。

 受け付けではステータスプレートをチェックして出入りを入念に記録、それにより死亡者数などを正確に把握する事で犯罪などの抑止としているのだろう。

 明確に記録されるなど後ろ暗い人間からすれば忌避すべき事であるし、ステータスプレートを確認すればその人間が迷宮に挑む実力があるかどうかは調べられる為、馬鹿騒ぎの果てに迷宮で死ぬという間抜けを少なくする事も可能としていた。

 さて、そんな迷宮の受け付けでステータスプレートをチェックした一行はそのまま迷宮へと足を踏み入れていく。ここから先は文字通り危険な世界。

 ハジメは息を呑みながら拳を握り締めて迷宮へと進んだ。

 

 

 迷宮の中は静寂に満ちていた。

 縦横五メートル以上はある通路は松明といった灯りがあるわけでもなく、薄ぼんやりと発光している。王都の図書館で他の生徒ら以上に知識を蓄えていたハジメはその発光しているものが緑光石という特殊な鉱物によるものだと知っていた。

 そんな通路がしばらく続き、しっかりと隊列を組んで進んでいくとドーム状で七、八メートルほどの高さの広間のような場所に出た。そこを進みながら軽く周囲を観察しているとタイミングよくそれらは姿を現した。

 壁にある隙間の数々から灰色の毛玉が湧き出る様など普通ならば面白いがしかし、そのどれもがこちらを殺さんとする怪物だ。

 

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 

 そう、メルド団長が忠告する通りにラットマンと呼ばれた魔物たちは俊敏な動きで飛びかかってくる。

 ネズミな見た目でマッチョという気持ち悪い見た目に前へと出た天之河のパーティーにいた八重樫は頬を引き攣らせている。だが、そんな事は大して意味は無く、間合いにラットマンが入ると同時に天之河、八重樫、そして坂上龍太郎が迎撃していく。

 その間に白崎香織と中村、小柄な少女谷口鈴が詠唱し始める。

 聖剣などという勇者が持つには相応しいアーティファクトを天之河が振るい、『拳士』である坂上龍太郎がその拳と脚を振るう。そして八重樫が抜刀術の要領で剣を抜き放っていきみるみるうちにラットマンの数を減らしていく。

 なかなか様になっており、ハジメたちがその姿に見蕩れていると詠唱が響いた。

 

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――『螺炎』」」」

 

 

 白崎香織ら後衛組が発動した螺旋状に渦巻く炎が残っていたラットマン達を巻き込み焼き尽くしていく。断末魔を上げながら灰へと変わっていき、ラットマンは全滅していた。

 どうやら、天之河のパーティーからすれば一層の魔物は弱すぎるようであるが……メルド団長はその光景に苦笑いする。

 

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 そして、彼らの実力を褒めつつ注意する。それに頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めながら、もう一言注意する。

 

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

 

 つまるところやり過ぎである。

 そんな指摘に魔法支援組は、思わず頬を赤らめてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特段これといった事もなく、戦闘を行うパーティーを交代しながら一行は着実に下の階層へと進んで行く。勿論、空も永山重吾というやや老け顔の男子生徒がリーダーを務めているパーティーに加わり、魔物相手にその剣を振るい、何体かの魔物を葬っていった。

 そうして気がつけば目的地である二十層へと辿り着いていた。本来ならばある程度熟達した実力でなければこれないのだが、チートである空たちはあっさりと到達することが出来た。

 

 無論、チートであるからといって迷宮には決して無視出来ぬものもある。例を挙げるとすれば迷宮で最も恐ろしいトラップだろう。

 ゲームの話であるならばある程度の損害を無視してもいいのだろうが、ここは現実。常人ならば掠っただけで死に至るような致死性のトラップやらゲームではなく現実なら決して無視出来ぬようなトラップが数多くこの迷宮には存在している。そんな危険な迷宮を経験浅い彼らがスムーズに進められたのも偏にそういったトラップ対策を付き添いの騎士団員たちがしっかりと用意していたというのが一番の理由だろう。

 トラップを索敵するアイテムとそれを使用する騎士団員たちの経験によって、彼らは安全にトラップを回避して降りられたのだ。

 と、二十層へと辿り着いて早々にメルド団長のかけ声が響いた。

 

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからといってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

 

 彼のかけ声に生徒らの返答が響く中、ハジメは一人騎士団員たちに守られながら後方でそれを複雑な気持ちで聴いていた。

 というのもハジメはここまで、他のパーティーの様に前へ出て戦うといった事はしていなかった。それも仕方が無いだろう。

 彼らからすればハジメは無能であり、無能をわざわざ自分たちのパーティーに入れる理由がない。さしもの空もパーティーの一員である以上、ハジメを誘えるわけもない。

 その為、ハジメが行ったのはせいぜい騎士団員が弱らせた魔物相手に錬成を使って落とし穴からの串刺しを一匹の魔物だけにやった程度である。

 これではゲームの寄生プレイヤーではないか、とため息をつきながら、再び騎士団員が弱らせ弾き飛ばした魔物に地味に上がっている魔力と精度が上がった錬成を用いて動きを封じてから剣で腹を串刺しにした。

 

 

「(錬成の精度も上がってきてるし……まあ、地道に頑張ろ)」

 

 

 そんな風に胸中で呟きながら、魔力回復薬を口に含むハジメ。そんな彼を周囲の騎士団員たちは感心したように見ていた。

 当たり前だが、騎士団員たちもハジメには期待など全くしていなかった。だが、魔物との戦闘も余裕があり、後方でやることがなく立ち尽くしているハジメにも少しやらせようと何となく思った一人の騎士団員が弱らせた魔物をけしかけてみたのだ。

 蓋を開けて見てみれば、ハジメは碌に使えない剣を適当に振るって戦うのではなく、本来鍛治職である錬成師が錬成を使って魔物の動きを封じ込めてから止めを刺すというなんとも面白い方法で倒したのだ。

 これには騎士団員たちも感心した。何せ、錬成をそんな風に使うなど騎士団員たちの頭の中にはなく、そして間違いなく効果的な対処法だったのだから。

 そんな騎士団員たちの感心を余所にハジメはこんな風にしても魔物一匹相手に精一杯な自分はやはり無能であるとため息をつくばかりである。

 

 

 

 

 一旦の小休止を挟んでから、再び二十層の探索を再開した。

 この迷宮は既に四十七層までマッピングが終わっており、その為トラップにかかる可能性も少ない。

 そして、今回の訓練はこの二十層の最奥にあたる部屋を越えて二十一層への階段へとたどり着けば終了。つまるところ、トラップという危険なものはなく、後はしっかりと魔物に注意さえすればいいという状況に、一行の空気は何処か弛緩していた。

 さて、二十層の最奥の部屋は鍾乳洞じみたツララ状の壁が飛び出し、溶けていたりするなど複雑な地形をしており、そんなせり出した壁のせいで一行は横列ではなく縦列で進んでいた。

 そうしてしばし歩いているとメルド団長がその足を止め、続いて天之河らが足を止める。縦列である以上後方からすればどうして止まったのかは分からないものだが、天之河らがすぐに戦闘態勢に入ったのを見るにどうやら魔物が出現したようだ。

 

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 

 メルド団長の忠告が響く。

 直後、前方にせり出していた壁が変色して起き上がり始めた。褐色に変わったそれは二本足で立ち上がりながらドラミングを始める。カメレオンやカエル、蛸に近い擬態能力を持ち合わせたゴリラの魔物らしい。

 

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 

 メルド団長の声が響く。天之河らが相手をするようで構えながら前へと出て、飛びかかってきたロックマウントの豪腕を坂上龍太郎が拳で弾き返し、その間に天之河と八重樫がロックマウントを取り囲もうとするが、鍾乳洞に近しい地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

 その為、ロックマウントは存外頭が回るのか、一度その場から後ろへと下がることで距離を作り身体を仰け反らせ、大きく息を吸い込んだ。

 それにより、腹部と胸部が膨れて次の瞬間

 

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

 

「ぐっ!?」

 

「うわっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 

 咆哮をモロに浴びた三人は身体に突如として衝撃が走り、その場で硬直してしまった。どうやらダメージを与えるものではなく相手の動きを封じ込める類の固有魔法のようだ。

 敵の前で前衛三人が見事に硬直など、致命的であるがいったいどういう事か、ロックマウントはその隙を突いて突撃する事無くサイドステップをした。

 一瞬、怪訝な表情を浮かべる一行だがそれもすぐに驚きに変わった。ロックマウントはサイドステップをした先にあった岩を持ち上げて白崎香織ら後衛組へ向けて投げつけてきたのだ。

 綺麗なフォームで投げられた岩は見事に動けない前衛三人の頭上を飛び越えて後衛組へと迫るがしかし、避けるのは難しいと判断した彼女たちは予め何時でも放てるようにしていた魔法を使う為に杖を岩へと向けた。

 

 そうして、魔法を放ち岩を破壊────する前に白崎香織たちは衝撃的光景を見てしまった。

 ロックマウントが投げた岩がまさかのロックマウントだったのだ。空中で見事に一回転を決めたロックマウントは体勢を整えてまるで飛び込む水泳選手か何かのように迫ってきた。目が血走っており鼻息荒いというおまけ付きで。

 こんなもの固まるな、と言う方が無理がある。

 思わず後衛組は悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまい

 

 

「こらこら、戦闘中に何やってる!」

 

 

 彼女たちへとロックマウントがたどり着くよりも先にメルド団長が空中で切り捨てた。そんな彼の言葉に彼女たちは謝るものの中々気持ち悪かったようで、その表情は青褪めている。

 そんな様子を見て怒りに燃える男が一人。正義感と思い込みの塊な天之河光輝である。

 

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

 

 気持ち悪さと死の恐怖を勘違いした様で、彼女たちを怯えさせるなんて!となんとも微妙な点で怒りを露わにする天之河。そんな彼の意思に呼応して聖剣が輝き始めた。

 

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――『天翔閃』!」

 

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 

 メルド団長の静止の声を無視して、天之河は頭上に振り上げた聖剣を一気に振り下ろす。刹那、詠唱によって強烈な光を纏っていた聖剣より、その光そのものが斬撃として放たれた。

 その速度は中々速く、ロックマウントは地形などの理由からも反応速度からも回避は不可能。

 極太の光り輝く斬撃はそのまま一切抗う事を許さずにロックマウントを両断した挙句にその奥の壁すら粉砕してようやく消えた。

 正しく勇者の一撃に他ならないがなんともまあ、短絡的なその一撃に空は呆れていた。いったいどうして、この場でそれを使うのか、と。案の定、メルド団長に怒られている天之河の姿に胸中でため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七刃


 しっかりとシンフォギアにおける時系列を把握出来ておらず、年齢等の問題が生じた為、翼と主人公の年齢差が変更しました。
 これに伴い、辛かったので今日は二話投稿します。

 御指摘本当にありがとうございます。



─────〇─────

 

 

 

 

 

 天之河が放った一撃がロックマウントを消し飛ばし、背後の壁を粉砕したのを見て放った本人は満足げにやり切ったと言わんばかりに息を吐いて、満面の笑みを浮かべて白崎香織らへと振り返るがそこにあったのは安堵の息を漏らし安心した彼女らの顔ではなく、笑顔で迫るメルド団長。

 笑っているが笑っていない。

 そのまま天之河へと迫ったメルド団長は天之河の頭に拳骨を振り下ろした。

 

 

「へぶぅ!?」

 

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが!崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 

 そんな至極当たりまえなお叱りに天之河は声を詰まらせ、罰が悪そうに謝罪する。そんな彼に苦笑しながら彼女らが寄って礼を告げていく。確かに危険な行為ではあったが自分たちのために怒ったのだからありがとう、と告げるがそれはそれとして彼女らもあの行動についてはしっかりと注意をするのは忘れない。

 そうして、天之河から離れた中村は一人その視線を背後の戦闘には参加しなかった生徒らの比較的前にいた空を見つけて、一瞬ジトっとした視線を向けるがしかし、その視線を理解した空は静かに目を逸らした。

 大方、助けようと思えば助けられる距離だったろう、という意味合いの視線だろう。だが、残念ながら空からすればメルド団長が助けるだろうと理解していたし、何より自分が所属するパーティーと天之河パーティーは違うパーティーなのだから手を出すわけにもいかない。

 そして、そんな中村と空のアイコンタクトが交わした最中、ふと白崎香織は天之河の一撃で崩れた壁の方へと視線を向けた。

 

 

「……あれ、何かな?キラキラしてる……」

 

 

 白崎香織が漏らした言葉にその場の全員が反応し、彼女の視線と指さす方向へ視線が集まった。

 そこには青白く発光する鉱物がまるで花咲くように生えていた。インディコライトのような輝きに水晶のようなその姿は白崎香織を含め女子たちは皆一様に、うっとりとした表情を見せる。

 やはり、女子というモノは美しい宝石に目がないのだろう。妹は宝石よりも国宝の刀に見惚れそうであるが、と胸中で空は呟く中、メルド団長が感嘆の声を漏らした。

 

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 

 グランツ鉱石。

 簡単に言えば宝石の原石のようなものだ。

 特に何か、有能な力を秘めているというわけではないのだが、その美しい輝きがどうにも貴族の婦人・令嬢に大人気らしく、それを加工して指輪などにし贈るのが大変喜ばれるらしく求婚の際に選ばれる宝石としてトップ3に入る代物らしい。

 そんなメルド団長の簡単な説明に女子たちは皆、頬を染めながらさらにうっとりとする。八重樫はさすがにそこまでうっとりとした表情を見せていないが存外乙女らしい彼女の内心では他の女子同様うっとりしているのだろう。

 

 

「素敵……」

 

 

 そう呟きながら、誰にも気づかれない程度に白崎香織はチラリとハジメに視線を向ける。残念ながらその視線にとうのハジメは気づくことはなく、気づいたのは八重樫と空ともう一人だけであった。

 

 

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 

 そして、そんな風に言いながら飛び出した馬鹿が一人。

 白崎香織の視線に気づいていた、三人のうちの最後の一人、檜山大介である。天職『軽戦士』らしく、身軽に崩れた崖を登り始めた檜山にメルド団長は慌てだし声を荒げる。

 

 

「こら!勝手なことをするな!安全確認もまだなんだぞ!」

 

 

 そんなメルド団長の静止の声も檜山は聞こえていない振りをして、登っていきついにグランツ鉱石へと辿り着いてしまった。そんな檜山を止めようとメルド団長は追いかけ始め、そして騎士団員が青褪めた表情で叫んだ。

 

 

「団長! トラップです!」

 

「ッ!?」

 

 

 そんな警告もメルド団長も一歩遅く、檜山が手を伸ばしてグランツ鉱石へと触れた刹那、鉱石を中心に魔法陣が広がった。不用意に宝に触れた業突く張りへと与えられる罰と言わんばかりのそれは瞬く間に部屋全体に広がり、その輝きを増していく。その光景はさながらこの世界へと召喚された時のことを思い出させる光景だ。

 メルド団長が声を荒げて指示を飛ばし、それに反応した生徒らは一様に部屋の出口へと走り出すがしかし、残念ながら間に合わない。

 部屋の中に光が満ち、ハジメらの視界が白一色に染まると同時に一瞬の浮遊感に包まれ、と思えば次の瞬間にはドスンと地面に落下した。

 落下した際に尻を打ってうめき声をあげながら、ハジメは周囲を見渡す。周囲にはハジメ同様クラスメイトがしりもちをついていたが、メルド団長や騎士団員達、そして空を始めとする一部の前衛職は既に立ち上がって周囲の警戒をしていた。

 先ほどのものはやはり、転移魔法の類であったようで、今いる場所は先ほどまでとは異なる、百メートルはあろう巨大な石造りの橋の上。天井は二十メートルは高いものであり、橋の下には残念ながら川など無くただただ奈落がその大口を開けていた。

 橋の横幅は十メートル程度しかなく、手すりも縁石もない。下手すればなにもつかめず奈落に呑まれてしまう、そんな橋の真ん中にハジメたちはいた。メルド団長はこの橋の両サイド、片や奥へと続く通路、片や上層へとつながる階段が見えているのを確認して険しい表情で素早く、指示を飛ばした。

 

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 

 轟く号令に生徒らはもたつきながらも動き出していくがしかし、業突く張りへの罰がたかだか転移ごときで済むはずがない。

 橋の両サイドに突如として赤黒い魔力の奔流が溢れ魔法陣が生じていったのだ。通路側に十メートル規模のものが一つ、それに対し階段側に生じた魔法陣は一メートル程であるがしかし、その数はあまりに夥しい。そうして、魔法陣からは次々に魔物が出現していく。

 階段側の無数の魔法陣からあふれ出すのは骨格の身体に剣を携えた魔物トラウムソルジャー。ほんの数秒だというのに既にその数は百に近いというのにいまだ、魔法陣は動いており次々とトラウムソルジャーを召喚している。

 そして、そんな階段側以上の地獄が背後、通路側に現れていた。

 十メートル規模の魔法陣より現れたのは正しくボスモンスターという言葉が似合ってしまう。それほどにその魔物は他と一線を画していた。

 魔法陣同様十メートルほどはある体長に四足の重厚な身体、頭部にはトリケラトプスじみた二本角に炎を灯した兜のようなものをつけた魔物。

 その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

 

「まさか……ベヒモス……なのか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルド団長ですら冷や汗を垂らしながら焦燥を浮かべる怪物ベヒモス。それが咆哮を上げながらメルド団長らへと突進したと同時に未だ冷静さを取り戻せていない生徒らの中を一人、空は階段側に湧き始めたトラウムソルジャーの群れへと駆けていく。

 既に空はこの状況下で最も生存率の高い選択を取った。見捨てられないなどと子供の癇癪じみた事を宣う天之河と違い、空はこの場でメルド団長が死ぬ事も仕方ないと割り切っていた。

 後方通路側の方で騎士団員たちが使用した絶対の守りによる障壁がベヒモスの突進を阻み、衝撃が迸り撤退中の生徒らが次々と転倒していく中、空は腰に下げていた長剣を引き抜く。

 瞬間、派生技能である[剣質強化]によりアーティファクトでは無い普通の長剣がアーティファクトと遜色の無い名剣へと変質していき、突出した空はトラウムソルジャーへとその剣を振るった。トラウムソルジャーは三十八層の魔物であり今までの魔物とは一線を画す戦闘能力であるが、人型である以上空からすれば問題は無い。

 素早くトラウムソルジャーの剣を持っている方の肘関節を切り落とし、返す刃でそのまま背骨を切り飛ばす。

 

 まず一体。この程度ならば、問題無いと空は胸中で呟くがしかし、戦うべき後ろから走る生徒らは皆前門のトラウムソルジャーの群れ、後門のベヒモスという状況に未だパニック状態であり、隊列など無視してわれさきにと階段をめざしてがむしゃらに走り始めている。

 騎士団員の一人が必死にパニックを抑えようとしているが、恐怖で誰も耳を傾けられていない。

 そんな状況に空は舌打ちしながら次々とトラウムソルジャーを切り裂いていく。しかし、如何せん数が数でありこうして一体、二体を一度に斬った所で増える方が多いだろう。

 ならば、どうすると思考を回していきながら、その視界の端で一人の女子生徒が突き飛ばされ転倒したのが見えた。そして、そこに迫るトラウムソルジャーも。

 故に空はそれを助けるべく動こうとして、それよりも先に動いた影を見つけた。

 

 

 女子生徒へと振り下ろされようとしていたトラウムソルジャーの剣。だがしかし、トラウムソルジャーの足元が突然隆起し、バランスが崩れたのだろう。トラウムソルジャーの一撃はそのまま女子生徒から逸れて地面を叩いて終わる。

 それだけではない。地面の隆起はそのまま波打つかのように動いてそのトラウムソルジャーとそれ以外のトラウムソルジャーを数体巻き込むように橋の端へと移動させて奈落へと落下させたのだ。

 いったい誰がそんな事を、と女子生徒が周囲を見回せばやや離れた所で座り込み荒い息を吐くハジメがいた。ハジメは魔力回復薬を呷りながら、転倒したままの女子生徒へと駆け寄って立ち上がらせた。

 

 

 そんな様子を見ながら、空は軽く笑みを浮かべてトラウムソルジャーを切り裂いていき、そして女子生徒を送り出したハジメと視線がかち合った。

 視線に込められたモノを察したのか、それとも同じ気持ちだったか、ハジメは一度頷いて転身し走り出した。

 ベヒモスがいる方向へと。

 その姿を見送って、空は一度眼を瞑り懐から何かを引き抜いて目を見開く。

 

 

 敵の群れの眼前で目を瞑るなど、致命的な隙でしかなく、そんな隙を晒した事で何体かのトラウムソルジャーが迫ってくるがしかし、目を見開いた空は素早く懐から取り出した何かを投げ放つ。それは細く薄く鋭い掌程の長さしか無い刃物。

 それらがトラウムソルジャーの身体、ではなく地面へと突き刺さる。外した、とトラウムソルジャーらは目の前の人間を殺そうとするがしかしその身体は動かない。

 

 

「如何に薄暗かろうと丁度いい光源があったのでな、利用させてもらった」

 

 

 そう言いながら素早く空はトラウムソルジャーの腕を、脚を、背骨を、首を断ち切っていく。そして、長剣を納刀してトラウムソルジャーの手から離れた剣を二振り拾い上げて────

 

 

「[剣質強化]────」

 

 

 二振りの剣、その柄同士を強く押し付け合えば剣質が一振りのそれへと変わる。本職の錬成やそういったモノでは無い以上、文字通り付け焼き刃でしかないが擬似的な双刃、両刃剣へと成立する。

 理屈としては二振りの剣を繋げ、一振りの剣へとその剣の性質を補強するという屁理屈の様なモノでしかない。

 だがしかし、今この場において、僅かな時間であったとしてもその屁理屈を空は良しとして左の掌で両刃剣(つるぎ)を頭上に掲げながら回転させていき、右手で九字の印を切る事で両刃剣(つるぎ)に焔を纏わせる。

 焔を纏った両刃剣は回転し、焔輪の軌跡を描きながら空はトラウムソルジャーの群れの中へと突貫する。

 天之河以上の筋力・敏捷、そして縮地などをはじめとした技能を用いて加速していき

 

 

「これが、防人。その真剣(つるぎ)と知るがいい」

 

 

 焔を纏った両刃剣の一閃が一度に数十もの数のトラウムソルジャーを葬っていく。

 そうして、空の周囲のトラウムソルジャーを消し飛ばした空はその手の中にあるたった一撃で負荷に耐えれず砕け散っていく剣を範囲外にいたトラウムソルジャーへと投げ放ち諸共奈落へと落としながら再び長剣を引き抜く。

 

 

「どうした、この程度か」

 

 

 八相の構えで空は未だ多く増えていくトラウムソルジャーを睨みながらそう口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八刃



 そろそろベヒモスも終わりそうですね。
 少しずつ原作からオリジナル要素が増えてくる頃合いです



─────〇─────

 

 

 

 

 

 ベヒモスは依然として騎士団員たちが創り出した『聖絶』による障壁に向かって突進を繰り返していた。

 ベヒモスが衝突する度に周囲に爆発的な衝撃が迸り、それによって石造りの橋が悲鳴を上げるように軋んでいく。障壁自体も既に亀裂が全体にまで広がっており何時砕けてしまっても可笑しくない。

 既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが一人増えた程度では焼け石に水でしかなかった。

 

 

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

 

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

 

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

 

 天之河の言葉にメルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 この状況下で天之河はメルド団長らを置いていくという選択に納得が出来ず、そしてどうやら自分ならばベヒモスを相手にどうにか出来ると思っているようでその瞳は攻撃的である。

 これでは、メルド団長が掻い摘んでこの場はどう動くべきなのかを説明したとしても暖簾に腕押しでしかなかった。

 

 

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 

 そんな天之河と違い、八重樫はしっかりと状況を理解しているようで天之河を諌めて撤退する為に腕を掴む。だがしかし────

 

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

 

「龍太郎……ありがとな」

 

 

 そんな八重樫の言葉を遮るように天之河の相棒である坂上龍太郎の言葉が天之河のやる気を奮起させた。

 どうやら、戦闘素人である天之河たちに自信を持たせようとして褒めて伸ばすメルド団長の方針が裏目に出て、自分の力を過信し過ぎているらしい。

 そんな様に八重樫は舌打つ。

 

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

 

「雫ちゃん……」

 

 

 彼らの姿に苛立ちを露わにする八重樫の名前を呟きながら心配する白崎香織。

 これでは、もはやどうしようもなく、最悪の光景がメルド団長や騎士団員たち、そして八重樫らの脳裏を過ぎった時、一人の男子が天之河の前に飛び込んできた。

 

 

「天之河くん!」

 

「なっ、南雲!?」

 

「南雲くん!?」

 

 

 南雲ハジメである。

 どうしてここにいるのか分からないと驚く一同を前にハジメは必死の形相でまくし立てる。

 

 

「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」

 

「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて南雲は……」

 

「そんなこと言っている場合かっ!」

 

 

 ハジメを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした天之河の言葉を遮り、ハジメは今までにない乱暴な口調で怒鳴り返した。

 いつもの事なかれ主義じみた大人しいイメージとのギャップに思わず硬直してしまう天之河

 

 

「あれが見えないの!? みんなパニックになってる! リーダーがいないからだ!」

 

 

 天之河の胸ぐらを掴みながら指を差すハジメ。

 その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。

 訓練のことなど頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。

 一人、空が突出して出来うる限りパニックの中にいるクラスメイトらへと襲いかかるトラウムソルジャーの量を減らそうと動いているがしかし、それでもまだどうにもならない。何より、空はリーダーに向いている性格ではない。

 

 

「一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

 

 

 呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る天之河は、ぶんぶんと頭を振るとハジメに頷いた。

 

「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」

 

「下がれぇーー!」

 

 

 すいません、先に撤退します。そう言おうとして天之河がメルド団長へ振り返った。

 刹那、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。

 それはさながら台風か何かの様に荒れ狂いながらハジメたちを襲う衝撃波。咄嗟の判断で、ハジメが前へ飛び出し錬成を使用して石壁を作り出すがしかし、その衝撃は凄まじく石壁はあっさり砕かれて吹き飛ばされるがある程度は威力を殺せた。

 そんな衝撃で舞い上がった埃や土煙、それらで視界は塞がるがすぐにベヒモスの咆哮で吹き飛んだ。

 

 視界が開け、そこに広がっていた光景が明瞭となる。そこには、倒れ伏し呻き声を上げる団長と騎士が三人。

 どうやら、先の衝撃波を障壁である程度は防げたのだろうがそれでも半ばモロに受けたのだろう。ダメージに身動きが取れないようだ。天之河らはハジメの機転のおかげですぐに起き上がった。

 

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

 

 苦しげながら天之河が問う。それに同じく苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達がなんとかする他ない。

 

 

「やるしかねぇだろ!」

 

「……なんとかしてみるわ!」

 

 

 そう叫びながら二人がベヒモスに突貫する。

 

 

「香織はメルドさん達の治癒を!」

 

「うん!」

 

 

 天之河の指示で白崎香織が走り出した。ハジメは既に団長達の元に寄り、戦いの余波が届かないよう石壁を作り出している。簡単に砕けかねないがしかし無いよりマシだろう。

 そうして、天之河は今の自分が出せる最大の技を放つための詠唱を開始する。

 

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!――『神威』!」

 

 

 詠唱と共に聖剣を真っ直ぐベヒモスへと突き出すその刀身より極光が迸った。

 先の天翔閃と同系統の一撃であるがその威力が段違いだ。その一撃は橋を震動させ石畳を抉り飛ばしながらベヒモスへと直進する。

 詠唱が完了するまでベヒモスと対峙していた坂上龍太郎と八重樫は、天之河の詠唱が終わると同時に既に離脱している。存外、ギリギリだったようで二人共ボロボロだ。

 放たれた光属性の砲撃は、轟音と共にベヒモスに直撃した。光が辺りを満たし白く塗りつぶす。激震する橋に大きく亀裂が入っていく。

 

 

「これなら……はぁはぁ」

 

「はぁはぁ、流石にやったよな?」

 

「だといいけど……」

 

 

 坂上龍太郎と八重樫が天之河の傍へと戻ってくる。天之河はどうやら莫大な魔力を使用したようで肩が上下している。

 先ほどの技は文字通り、天之河の切り札。

 消費魔力は放たれた一撃の規模から分かるだろう。天之河の残存魔力のほとんどが持っていかれた。

 そして背後では、白崎香織による治療が終わったのか、メルド団長が起き上がろうとしている。

 そんな中、徐々に光が収まり、舞い上がった埃や土煙が吹き払われる。

 

 

 

 

 

 その先には────

 その巨躯に一切の傷を持たぬベヒモスがいた。

 低い唸り声を上げながら、天之河を射殺さんばかりに睨んでいる。と思えば直後、ベヒモスはスッとその兜がついた頭を掲げた。

 掲げられた頭の角より甲高い音が発せられていき、同時に角が段々と赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。

 

 

「ボケッとするな! 逃げろ!」

 

 

 それを見たメルド団長が叫び、ようやく無傷という現実のショックより正気へと戻った天之河達が身構えた。だが、それと同時にベヒモスが突進を始めた。

 このまま蹴散らすつもりなのか、と考えたがしかし唐突にベヒモスは天之河らがいる場所よりもかなり手前の位置で跳躍した。

 その巨躯でありながらそれなりの高さにまで跳躍したベヒモスは空中で赤熱化した頭部を下に向けて、体重に任せてそのまま隕石のように落下した。

 巫山戯た話だ。天之河らは咄嗟にそのまま落下しないようにある程度考えながら横っ飛びをして回避するが着弾時の衝撃波が天之河らを飲み込み吹き飛ばした。ゴロゴロと地面を転がりようやく止まった頃には、満身創痍だ。

 そんな彼らへどうにか動けるようになったメルド団長が駆け寄ってくる。他の騎士団員は、いまだ香織による治療の最中だ。

 そんな中、ベヒモスは落下した勢いで橋にめり込んだ頭を抜き出そうと踏ん張っている。

 

 

「お前等、動けるか!」

 

 

 メルド団長が叫ぶように尋ねるも返って来るのは呻き声ばかり。先ほどの団長らと同じく衝撃波で体が麻痺しているのだろう。内臓へのダメージも相当のよう。

 メルド団長が香織を呼ぼうと振り返る。その視界に、駆け込んでくるハジメの姿を捉えた。

 

 

「坊主! 香織を連れて、光輝を担いで下がれ!」

 

 

 ハジメにそう指示する団長。

 

 光輝を、光輝だけを担いで下がれ。

 その指示は、すなわち、もう一人くらいしか逃げることも敵わないということなのだろう。

 唇を噛み切るほど食いしばりながらメルド団長は盾を構えた。ここを死地と定めたようだ。

 そんな団長にハジメは必死の形相で、とある提案をする。それはこの場の全員が助かるかもしれない唯一の方法。

 ただし、あまりに馬鹿げている上に成功の可能性も少なく、ハジメが一番危険を請け負う方法だ。

 そんな提案にメルド団長は逡巡するが、ベヒモスは既にめり込んでいた頭を抜いて戦闘態勢を整えており、再び頭部の兜が赤熱化を開始している。もはや時間はない。

 故に。

 

 

「……やれるんだな?」

 

「やります」

 

 

 ハジメの決然とした真っ直ぐな眼差しを受けて、メルド団長は「くっ」と笑みを浮かべる。

 

 

「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

 

「はい!」

 

 

 メルド団長はそう言うとベヒモスの前に出て簡易の魔法を放ちベヒモスを挑発する。

 どうやらベヒモスは、先ほど天之河を狙ったように自分に歯向かう者を標的にする習性があるようでしっかりとその視線はメルド団長へと向けている。

 そうして、赤熱化を果たした兜を掲げ、突進し跳躍する。

 メルド団長は、ギリギリまで引き付けるつもりなのか目を見開いて構えている。その様は恐怖など感じていないように思える。そして、小さく詠唱をした。

 

 

「吹き散らせ――『風壁』」

 

 

 詠唱と共にメルド団長はバックステップで離脱する。

 その直後、ベヒモスの頭部がつい先程までメルド団長がいた場所へと着弾した。それにより発生した衝撃波や石礫は『風壁』を用いてどうにか逸らしていく。

 大雑把な攻撃なので避けるだけならばなんとかなる。倒れたままの天之河達を守りながらでは全滅していただろうが。

 そうして再び、地面に頭部をめり込ませたベヒモスへとハジメが飛びついた。

 未だ赤熱化の影響が残っている為ハジメの肌が焼けるが、しかし、そんな痛みなどハジメは無視して詠唱する。名称だけの詠唱。最も簡易で、ハジメが扱える唯一の魔法。

 

 

「――『錬成』!」

 

 

 石中に埋まっていた頭部を抜こうとしたベヒモスの動きが止まった。周囲の石を砕きながら埋まった頭部を引き抜こうとしても、ハジメが砕いた石をすぐさま錬成して直してしまうからだ。

 ならば、とベヒモスは足を踏ん張り力づくで頭部を抜こうとするがしかし、今度はその足元が錬成されていき、足元が一メートル近く沈み込んでいき、更にダメ押しと言わんばかりにハジメは、その埋まった足元を錬成して固める。

 しかしベヒモスのパワーは凄まじいもので少しでも油断すれば直ぐ様周囲の石畳に亀裂が生じて抜け出そうとするが、その度にハジメは錬成をし直して抜け出すことを許さない。ベヒモスは頭部を地面に埋めたままもがくという間抜けな格好だ。

 

 そうしてハジメが時間を作っている間に、メルド団長は回復した騎士団員と香織を呼び集めて天之河達を担いで離脱しようとする。

 トラウムソルジャーの方は、どうやら幾人かの生徒が冷静さを取り戻したようで、周囲に声を掛け連携を取って対応し始めているようだ。

 立ち直りの原因は、実は先ほどハジメが助けた女子生徒と最初から一人出来うる限り数を減らそうと戦っている空の二人。

 

 

「待って下さい! まだ、南雲くんがっ」

 

 

 撤退を促す最中、白崎香織がハジメを置いていこうとするメルド団長へと猛抗議する。

 

 

「坊主の作戦だ! ソルジャーどもを突破して安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃を開始する! もちろん坊主がある程度離脱してからだ! 魔法で足止めしている間に坊主が帰還したら、上階に撤退だ!」

 

「なら私も残ります!」

 

「ダメだ! 撤退しながら、香織には光輝を治癒してもらわにゃならん!」

 

「でも!」

 

 

 なお、言い募る香織にメルド団長の怒鳴り声が叩きつけられる。

 

 

「坊主の思いを無駄にする気か!」

 

「ッ――」

 

 

 メルド団長を含めて、メンバーの中で最大の攻撃力を持っているのは間違いなく天之河である。空も確かに天之河に匹敵するがしかし一撃の威力はどうしても聖剣と同調する天之河に軍配が上がってしまう。

 その為、少しでも早く治癒魔法を掛けて天之河を回復させなければ、ベヒモスを足止めするには火力不足に陥るかもしれない。そんな事態を避けるには、白崎香織が移動しながら天之河を回復させる必要があるのだ。ベヒモスはハジメの魔力が尽きて錬成ができなくなった時点で動き出す。

 真にハジメを助けたいと想うのならば、天之河を回復させなければいけない。

 

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん――『天恵』」

 

 

 そんな現実に白崎香織は泣きそうな顔で、それでもしっかりと詠唱を紡ぐ。淡い光が天之河を包んでいく。身体の傷と同時に魔力をも回復させる治癒魔法だ。

 メルド団長は、白崎香織の肩をグッと掴み頷く。それに白崎香織も頷いてもう一度、必死の形相で錬成を続けていくハジメを振り返った。

 そして、天之河を担いだメルド団長と、八重樫と坂上龍太郎を担いだ騎士団員達と共に撤退を開始した。

 

 

 

 トラウムソルジャーは依然増加を続けていた。既にその数は二百体はいるだろう。階段側へと続く橋を埋め尽くしている。

 だがしかし、そんな数が一気に生徒らを襲うという最悪の状況は起きていない。

 前線も前線、群れの半ばで一人空がその長剣を振るい、時にはトラウムソルジャーから奪い取った剣を投げ放つ事でトラウムソルジャーの数を減らしているからだ。

 そして騎士団員たちの必死なカバーが空より抜けてくるトラウムソルジャーたちから生徒らを生かしていた。その代償に皆ボロボロであるが満身創痍という程ではない。

 だがしかし、生徒らよりも空と騎士団員たちの疲労は間違いなく蓄積されており、この状況が長く続けば空の奮戦も瓦解しより多くのトラウムソルジャーが流れ込み騎士団員たちの負荷が大きくなっていくのは間違いない。

 

 そのまま、もしも空の奮戦と騎士団員たちのサポートが無くなれば、続々と増え続ける魔物にパニックを起こし、魔法を使いもせずに剣やら槍やら武器を振り回す生徒がほとんどである以上、もう数分もすれば完全に瓦解する事になるだろう。

 生徒達もそれをなんとなく悟っているのか表情には絶望が張り付いている。先ほどハジメが助けた女子生徒の呼びかけで少ないながらも連携をとり奮戦していた者達も限界が近いようで泣きそうな表情だ。

 

 

 誰もが、もうダメかもしれない、そう思ったとき────

 

 

「――『天翔閃』!」

 

 

 純白の斬撃がトラウムソルジャー達のド真ん中を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。

 その衝撃に橋の両側にいたソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。ギリギリ射線外であった空は斬撃を放つことで切り裂き吹き飛ばされることはなかった。

 斬撃の後は、直ぐに雪崩れ込むように集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。

 今まで渇望し、どれだけ剣を振るっても見えなかった希望が見えたのだ。

 

 

「皆! 諦めるな! 道は俺が切り開く!」

 

 

 そんなセリフと共に、再び放たれた『天翔閃』が敵を切り裂いていく。光輝が発するカリスマに生徒達が活気づいていく。空はもう少し射線を考えろと言わんばかりに背後から迫ってきたトラウムソルジャーの顔面を裏拳で殴り砕きながら、胸中で舌打つ。

 

 

「お前達! 今まで何をやってきた! 訓練を思い出せ! さっさと連携をとらんか! 馬鹿者共が!」

 

 

 皆の頼れる団長が『天翔閃』に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒していく。

 いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活していき手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。精神を鎮める魔法を白崎香織が用いて更に効果を強めていく。本来ならばリラックスできる程度の魔法だが、光輝達の活躍と相まって効果は抜群だ。

 

 

 漸く反撃が始まるのを空は呆れながらも不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九刃



 バーが赤色に.......!
 UAも1万を越えました。読んでくださりありがとうございます。
 これからも頑張りたいと思います。




─────〇─────

 

 

 

 

 

 パニックより立ち直る事で生徒らは今までの訓練などの経験を思い出し始めた。そうしてまずは治癒魔法を使用出来る者たちが負傷者の元へと走っていき癒し始め、魔法適性の高い者らが後衛に下がりしっかりと距離を取って冷静に自分が使用出来るモノで最も威力の出る魔法の詠唱を始めた。

 そんな後衛を護るように前衛職が前へと並び、新たに隊列を組み直していき堅実な動きを心がけていく。それを視界の端に収めた空も蹴りを目の前のトラウムソルジャーに放ちその勢いまま隊列の方へと下がる事で守護に参加する。

 そうして時間を稼ぐ間に治癒が終わり全快と言わずとも傷や疲労を回復させた騎士団員たちが前衛へと加わっていくことで反撃の狼煙が上がる。

 この世界にとってはチートと言える彼らの放つ強力な魔法と武技による波状攻撃が怒涛の如くトラウムソルジャーの群れへと殺到する。片っ端からトラウムソルジャーを破壊し殲滅していく光景は逆に相手が可哀想に思えるほどで、何時しか殲滅速度が魔法陣による召喚速度を上回った。

 そのまま、魔物を削っていって、ついに階段への道が開けた。

 

 

「皆! 続け! 階段前を確保するぞ!」

 

 

 天之河がそう叫びながら同時に走り出す。

 それに続くようにある程度回復した坂上龍太郎と八重樫、そして空が駆けていきトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていく。

 そんな彼らの後を追いかけることでついに全員が包囲網を突破した。それを追いかけるように開かれた通路がトラウムソルジャーによって溢れ閉じようとするが、そうはさせじと天之河が魔法を放ってそれを蹴散らしていく。

 それを見て、生徒らは訝しげな表情を見せる。

 それそうだろう。何せ、もう既に目の前には階段があり、これを登ってさっさと安全地帯へと行きたいと思うのは至極当然の事だろう。そんな彼らに白崎香織は叫ぶ。

 

 

「皆、待って! 南雲くんを助けなきゃ! 南雲くんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」

 

 

 その言葉に生徒らは一様に何を言ってるのか、とそんな表情を見せるのも仕方がない話だろう。何せ南雲ハジメは『無能』という認識があるのだから。

 だがしかし、数の減ったトラウムソルジャー越しに見える端の方、そこには確かに上半身が地面に埋まったベヒモスとハジメの姿があった。

 

 

「なんだよあれ、何してんだ?」

 

「あの魔物、上半身が埋まってる?」

 

 

 その光景に次々と生徒らは疑問の声を漏らしていき、それに乗じてメルド団長が大声で指示を飛ばしていく。

 

 

「そうだ! 坊主がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

 

 

 しっかりと響き渡るその声に一瞬の疑問と背後にある階段への未練があったが前へと向き直って気を引き締める。皆、頭の中にあるのは早く自分の身の安全を確保したいというもの。

 故に未練がましく階段を見る者もいても仕方がない、だがしかし、そんな未練も団長の「早くしろ!」という怒声で断ち切らされ戦場へと戻っていく。

 そんな生徒らの中に檜山大介もいた。そもそも今回のこの非常事態は檜山大介自身の浅薄さが招いた事である、とはいえ本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。

 それでもメルド団長の怒声に仕方なく、戦場へと戻って、ふと檜山の脳裏にあの日の情景が浮かび上がった。

 

 

 それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときのことだ。

 緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の白崎香織を見かけたのだ。

 そんな初めて見る白崎香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、白崎香織は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。そのまま部屋に戻ればいいものを魔が差し気になった檜山が後を追うと、白崎香織は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは……ハジメだった。

 それを見た檜山は頭が真っ白になった。檜山は白崎香織に好意を持っている。しかし、檜山は自分の在り方を何となくでは自覚していた。白崎香織は決して自分とでは釣り合わない高嶺の花であると思っており、天之河のような相手ならば所詮住む世界が違うと諦められた。

 だがしかし、ハジメは違う。檜山にとって南雲ハジメなど自分より劣った存在でしかない。そんな奴が白崎香織の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば巫山戯ているとしか思われないようなと考えを檜山は本気で持っていた。

 それによってただでさえ溜まっていた不満は、すでに憎悪にまで膨れ上がっていた。白崎香織が見蕩れていたグランツ鉱石を碌な警戒もせず、メルド団長の静止の声を無視してでも手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなってあらわれたからなのだろう。

 その時のことを思い出した檜山は、たった一人でベヒモスを抑えているハジメを見て、今も祈るようにハジメを案じる白崎香織を視界に捉え……ほの暗い笑みを浮かべた。それが一人の一線を越えさせかねない最悪の一手である事には気がつかぬまま。

 

 

 

 そろそろ自分の魔力が尽く頃合だろう、そんな風にハジメは考えていた。もう既に魔力回復薬は無く魔力を回復する手段はない。チラリと背後を一瞥すればもうクラスメイトたちは全員撤退出来たようであり、隊列を組んで詠唱の準備に入ってるのが見て取れた。

 そうして視線をベヒモスへと戻せば、ベヒモスは相変わらずもがいているがしかし、この分ならば錬成を止めたとしても数秒は時間を稼げる。その数秒で少しでも距離を取らなければいけない、そう考えると一気に汗がダラダラと吹き出していく。

 数秒、たった数秒。それがハジメへ極度の緊張をもたらしており、それに伴いハジメの心臓はバクバクと今まで聞いた事がないほどの大きな音を立て始めている。

 だが、そんな緊張の中、ハジメは勇気を振り絞りながら見極め始める。ベヒモスが暴れ、一体何度目になるのか分からない亀裂が走ったと同時にハジメは最後の錬成を行いベヒモスの拘束を行って、一気にその場から駆け出した。

 ハジメが脇目も振らずに疾走してベヒモスより逃げだしておよそ五秒ほど経っただろうか、地面が炸裂し粉砕された事でベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その瞳には憤怒の色が宿っており、今までの散々な目にあった事への苛立ちを考えれば至極当然といえた。そんな憤怒を宿した鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探してハジメを捉えるのもまた当然の話だ。

 ハジメを捉えた事で再び怒りの咆哮を上げるベヒモス。そしてハジメを追いかけるために四肢に力を溜めて────残念ながらうまくはいかない。

 次の瞬間にありとあらゆる属性の攻撃魔法がベヒモス目掛けて殺到したのだ。

 さながら満天の流星雨。色とりどりの魔法がベヒモスをその場に打ち据える。流石に天之河の本気の一撃ですら無傷で耐えたベヒモス、打ち据えてくる魔法によるダメージは全くと言っていいほどないがしかし足止めとしてはこの上ない。

 それを一瞬だけ、背後を見て、確認したハジメはこのままいける!と確信して転ばないよう注意しつつ万が一魔法に巻き込まれないように頭を下げながら全力全開で後先考えず本気で走っていく。

 すぐ頭上をハジメなんかが当たればまともに動けなくなるほどの威力の魔法が次々と通っていくのは正直生きた心地がしないがしかし、ハジメは自分のような無能と違う彼らがそんなミスをするはずないと信じて駆けていく。段々とベヒモスとハジメの距離は広がっていき、三十メートルは既にあるだろう。

 このまま大丈夫、とハジメの頬が緩んで

 

 

 刹那、ハジメの表情が凍り付いた。

 無数に飛び交っていく魔法の中、一つの火球がいったいどうしたというのかクイッと軌道を僅かに曲げて、ハジメの方へと向かってきたのだ。

 偶然?ミス?

 何を馬鹿な話をしているのか、こんなあからさまなモノどう考えたとしても明らかにハジメを狙って誘導されたに決まっているだろう。

 

 

「(なんで!?)」

 

 

 目の前へと迫ってくる火球に疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡っていき、ハジメは愕然とする。

 咄嗟にそれを避けようと踏ん張って止まろうと地を滑るがしかし遅い。直撃ではないもののハジメの目の前の地面に火球は着弾した。その際に衝撃波が発生しそれをモロに受けたハジメは、来た道を引き返すように後方へと吹き飛んだ。直撃では無いため、動けない意識がないといったことは無いが、三半規管をやられ平衡感覚が狂ってしまったようだ。

 ハジメはフラフラとしながらも少しでも前へ前へと進もうと立ち上がるがしかし、忘れてはいけない。

 後方でやられっぱなしだったベヒモスが少し自分側へと戻ってきた怨敵を前に咆哮し、三度目となる赤熱化を行った。

 嫌な予感につい振り返ってしまったハジメの視線と憎悪に濡れたベヒモスの眼光がかち合った。一瞬の硬直の後再びハジメはフラつきながらも走り始め、同時にベヒモスはその赤熱化した頭部を盾のようにして飛び交う魔法全てを無視しながらハジメへ向かって猛進する。

 フラつく頭、霞む視界、迫り来るベヒモス、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。

 なけなしの力を振り絞りながらハジメは必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの一撃で橋全体が震動する。

 そして、着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が生じていき、メキメキと橋が悲鳴を上げ始めて────

 

 

 

 

 そして遂に、橋が崩壊を始めた。

 

 都合三度ものベヒモスの強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂にその耐久限度を超えたのだ。

 

 

「グウァアアア!?」

 

 

 悲鳴を上げながら崩壊し傾いていく石畳を爪で必死に引っ掻いて何とか踏み留まろうとするベヒモス。しかし、引っ掛けた場所は崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていき、奈落よりベヒモスの断末魔が木霊する。

 巻き込まれたハジメもなんとか脱出しようと這いずるが、ベヒモス同様しがみつく場所も次々と崩壊していく。

 

 

「(ああ、ダメだ……)」

 

 

 そう思いながら対岸のクラスメイト達の方へ視線を向ければ、白崎香織が飛び出そうとして八重樫や天之河に羽交い締めにされているのが見えた。

 他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情でハジメを見ていた。

 そして、空と視線が合った。呆然と愕然と目の前の現実が理解出来ないとでも言うような、あまり変わらぬ最低限の変化しか見せない空の表情が初めて大きく変化した様を見た。

 

 

 その様を見たのと同時にハジメの足場も完全に崩壊し、ハジメは仰向けになりながら奈落へと落ちていった。徐々に小さくなる光に手を伸ばしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南雲が奈落へ消えた。

 

 その事実が激しく空の頭を殴りつけていた。

 あまりに唐突なそれに空は動く事が出来なかった。呆然と愕然とその場に硬直してその光景を見ていた。見ていただけだった。

 周囲の音が遠くなっていく。視界が白んでくる。

 四肢の末端から力が抜けていく。指先が感覚を失っていく。

 

 どうして、どうして、どうして。

 そんな答えなんて返ってこない自問自答が繰り返されていく。

 

 如何に防人、風鳴の家に生まれようとも未だ風鳴空は17歳の高校生でしかなかった。少なくとも適合してしまった妹と違い、父親である風鳴八紘は空に防人以外の道を示した。残念ながら空は『斬空真剣(ティルフィング)』を目指す事になってしまったがしかし────実際に戦場に出た事はなかった。

 その力を持っていた妹と違い一学生でしかなかった空はノイズにも出会わず、目の前で誰かが死ぬ事もなく、生きていた。

 そんな人間がいったいどうして、目の前で友人が奈落に落ちていく光景を見て咄嗟に反応出来るというのか。これが本家本元の『斬空真剣(ベルグシュライン卿)』であるのならば、まだ何とかなったのかもしれない。悲しきかな、ここにいるのはウィリアム・ベルグシュラインなどではなく風鳴空。

 千年に一人の剣才を持って生まれた絶対剣士(ベルグシュライン)などではなく、そんな絶対剣士(真剣)を目指しているに過ぎない只人でしかないのだ。

 

 

「……俺、は……」

 

 

 そうして脳を過ぎるのは一昨日の事。

 「お前が望めば俺も幾らでも力を貸そう」そんな言葉を偉そうに宣っておきながらこの始末か?

 もしあの時、火球の衝撃で吹き飛んだハジメを見た時走り出していれば───助けられたのではないのか?

 そんな考えが脳裏を過ぎる。

 動いていれば助けられた。

 動けなかったから助けられなかった。

 

 

「俺は……南雲を、見殺しにした、のか」

 

 

 頭を殴りつけられたかのように身体がフラついて

 

 

『傲慢だな。自分ならば助けられた、と宣うわけだ』

 

 

 瞬間、内より響いた(アヌンナキ)の言葉に空は意識を掴み直した。

 

 

『果敢なき哉。アレを予期していろ、と?まさか、自分が少なくとも装者たちの戦いの未来を知っているから、自分ならばどうにか出来ると勘違いしてはいないか?戯け。アヌンナキ(俺たち)ですら、そんな事が出来ないというのに』

 

 

 エンリルは淡々と空の思い上がりを突いていく。

 

 

『いいか。勝手に背負うな。割り切れとは言わん、だが引き摺るな。そして、こんな事が起きるのが嫌だと言うのならば強くなってみせよ。どうせ、千年に一人の剣才を持っているわけではないのだから泥水啜ってでも足掻いてウィリアム・ベルグシュラインと同じぐらいに強くなって見せろ風鳴空』

 

 

 乱暴で突き放すよう、だがしかし、慈父の様に導くようなその言葉は折れてしまいそうだった風鳴空の心に強く強く響いた。

 そして、思い上がりを自覚した。

 

 

「(……俺はガワだけか)」

 

『そうとも。お前、見た目が同じだから本人になれると思うなよ。そんなのは物語の中だけの御都合主義だ。ウィリアム・ベルグシュラインになる夢ならここで置いていけ』

 

「(………そう、だな)」

 

 

 そして、同時に自分がいつの間にかなろうとしていたものが、目指していたものがすげ変わっていたことを自覚する。

 

 

「(俺がなりたいものは、『斬空真剣(ティルフィング)』だ。ウィリアム・ベルグシュライン本人になりたいわけではない)」

 

『そうだな。で?どうする』

 

「(俺は風鳴空のまま『斬空真剣(ティルフィング)』を目指すよ。我が祖・素戔嗚尊)」

 

『なら、強くなる為に足掻くがいいさ、我が末・風鳴空』

 

 

 折れかけた心は既に元に戻り、空の思考は整えられていき状況を整理し始めていた。

 真っ先に思い浮かぶのはハジメを襲った火球。間違いなくアレはハジメを狙って放たれたものであり、決してミスなどではなかった。ならば意図的に誰かがハジメを狙ったという事になる。

 で、あればいったい誰が?

 

 

「(───そんなもの一人しかいない、か)」

 

 

 真っ先に浮かび上がった容疑者へと空は鋭い視線を向ける。

 自分が起こした事に震えているが傍から見ればクラスメイトが奈落へ落ちて死んだという事実に震えている他のクラスメイトらと何も変わらないように見えるだろう。では、どうするか。

 このまま糾弾するか?

 そう考えるがしかし、直ぐにそれは立ち消える。

 

 

「(やったところで天之河が口を挟み、王都へ戻ったあとは教会が口を挟んでなあなあで済ませるのだろうな)」

 

 

 そう断言して、視線を別の人間へとズラす。倫理観が無いとは言えないが割りと平然と手を汚せるタイプの友人に視線を向け、すぐに釘を刺さねば、と考える。

 中村恵里はそういう類の人間だ。

 何より彼女が手に入れて秘匿している力を考えれば、下手をすればどう罰してくれようか、と考えている下手人を察して一人勝手にやらかしかねない。

 実際、人形にしてしまえば色々と楽である事は間違いないのだが───流石に日本人相手にその選択肢は選べなかった。では、どうするか。

 

 

「(必ず報いを受けさせる。だが、今ではない)」

 

 

 そう決めて、今はどのようにして己を鍛えていくのかを風鳴空は思考していく。

 二度と、第二、第三の南雲ハジメを生まないためにも────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十刃



 明日の投稿は現在未定です。間に合えば、投稿出来ると思いますが、もしかすれば明後日になるかもしれません。


─────〇─────

 

 

 

 

 

 五日。

 既に『オルクス大迷宮』で起きた死闘と喪失より五日が経っていた。

 

 あの後、一行は一度ホルアドにて一泊し早朝には高速馬車に乗って王国へと帰還していた。クラスメイトが目の前で死んだという光景を見た以上到底そのまま迷宮で実戦訓練などしていられるものではなく、そして如何に『無能』というレッテルが貼られている人間だとしても勇者の仲間が死んだ以上、国王や教会に報告しないわけにもいかなかった。

 そして、厳しい話であるが王国としてもこんな所で折れては困るのだ。戦えなくなるといった致命的な障害が生まれる前に勇者一行の心のケアが必要であると判断したメルド団長を責めることは誰もできないだろう。

 

 王国に帰還してから、生徒らはおおよそ三種類に分かれていた。

 一つは天之河や坂上龍太郎の様なこれ以上仲間を失う訳にはいかない、あんな無様を二度と晒してなるものかと訓練に一層身を入れる者ら。

 一つはやる事が無くてだがしかし、ずっと動かないというのも嫌で惰性に訓練に参加する者ら。

 そして、クラスメイトの死より立ち直れない者ら。

 空はその中で一つ目の天之河らのように訓練へと身を入れていた側だった。いや、その様は決して訓練などとは言えなかった。天之河らなどどうでもいいと言わんばかりに騎士団員などといった戦闘のプロや王都外の魔物などを相手に貪欲に自らをより強く、強くする為に戦い戦って、しかし同時に訓練を終えればしっかりと休息の時間を入れる、武の一辺倒ではいけないと言わんばかりに王都の図書館へと足を向けるなど様々な知識を溜め込むように動いていた。

 正しく、あればあるほどいい、と言うように。

 

 空がハジメと親友とはいかずともそれなりに友人の様な関係であった、と知っている八重樫も空をオーバーワークだ、と止めることは出来なかった。

 どれほど、厳しい訓練を行おうとも空はしっかりと止め際を理解し休息も取っていた以上、オーバーワークと言う事は出来なかったからだ。そんな友人の様を八重樫はなんとも言えぬ表情で見て、そしてあの日からずっと眠り続けている親友が目を覚ますのを待つばかりであった。

 そんな中で、誰しもが決してハジメの事を話題に出すことはなかった。当たり前の話だろう。

 だって、南雲ハジメを死に追いやったのがクラスメイトの誰かが放ってしまった流れ弾なのだから。クラスメイトらは皆自分がどの魔法を放ったのかは覚えていた、覚えていたがしかしあの嵐が如く魔法が飛び交っている最中でましてや集中している中、どうしてハジメに誤爆した魔法がどんな魔法だったかが分かるものか。分かる人間はもしかしたら、というモノが脳裏を過ぎり分からない振りをするばかり。

 誰しもがもしかしたら、自分の魔法だったかもしれない、と思うと話題になど出せるはずがない。だって、自分が人殺しになってしまうかもしれないから。その結果、現実逃避の様にアレはハジメが自分から何かをしようとしてドジったせいだ、と思う様にしていた。無闇矢鱈に犯人探しをして大きな不和が生まれ、自分たちの心が壊れてしまうよりもハジメの自業自得という事にしておけば誰も悩まない、誰も不幸にならない、そんな風に数名を除いてクラスの意見は誰も話し合うこと無く一致していた。

 

 そんな中、メルド団長は責任者としてあの時の経緯を明らかにする為に事情聴取をするべきと考えていた。彼は経験からアレが単なる誤爆であるとは考えられなかった。

 過失であるならば、なおさら白黒つけるべきであるしそうする事で不安を少しでも取り除き、心のケアをよりよくすべきだと、その方が生徒らの為になると確信していたし、何よりもハジメに対して助けると言っておきながら救えなかった。その事実がメルド団長の心を痛めていた。だがしかし、それを差し止めた人間が現れてしまった。

 イシュタルと国王だ。要するに勇者の仲間が仲間を陥れた、手にかけたというのは外聞が悪いのだろう。さしものメルド団長も国王より止められればどうしようもなかった。

 

 

 

「と、まぁ、香織ちゃんの為とか言って自己弁護してたよ」

 

「だろうな。明確に自分が悪いと考えずに誰かに責任転嫁する辺り小悪党極まりない」

 

 

 王都外にある魔物が住まう森の中、幹を両断されてちょうど良い椅子代わりになった木に腰掛けながらサンドイッチに舌鼓を打つ中村恵里と丸太を削って作った木刀と言うにはあまりに太く大きな木刀で素振りをする風鳴空の姿があった。

 彼らが話題にしているのは今クラスメイトの誰もが話題にしない南雲ハジメ殺しの犯人について。

 五日前の時点で犯人に目星を付けていた空は、同じくなんとなく犯人を察していた恵里がしっかりと耳にして且つ録音した事で証拠を手に入れた恵里から聞かされて目星が正解であった、とため息をつく。

 

 

「それで、どうするの?南雲くんと友達だったんでしょ?」

 

「友達、か。さてな、周りからすれば友人という括りではあったんだろうが俺や南雲が互いを友人と見ていたか、は分からない」

 

「自分の事じゃないの?」

 

「だからこそ、だ。そもそも俺の家庭事情を考えろ……世間一般の友人というものがいまいち俺には分からない」

 

 

 虐待を受けていた過去がある中村も中村だが、明確な友達を作れるような環境ではなかった───空自身の性格上の問題も大いにある───為に世間一般の友人が分からない、運命もいらないボッチはそう言いながら、犯人に対する考えを話していく。

 こうして王都に戻り状況を見て、より一層目的は固まっている。

 

 

「当たり前だが。糾弾したところで天之河が口を出してなあなあになるのは間違いない。ましてやアレは自分にとっての御都合主義を持ち出す……なら、小悪党は真っ先に天之河を味方につけるだろうな」

 

「あー、うん。なんとなくわかるかも」

 

 

 頭の中で、わざとじゃなかった、偶然そうなったんだ、と叫ぶ犯人を信じて擁護し始める天之河の姿が思い浮かび、恵里は空の言葉に納得する。

 そして、何よりも人一人殺したという罪に問うたとしても教会は決して裁きはしないだろう。したとしても軽い罰で終わる。

 そう今回の一件に対する王国と教会の反応から考える空はどのような報いを与えるかを考えていく。

 せいぜいボロボロに利用し尽くした後に魔物の餌とするぐらいしか考えつかないが……

 

 

「それはまだ後でいい」

 

 

 どうせ、まだまだ先だ。報復の案は一度置いておき、素振りを終えて近くの丸太に腰掛け木刀を隣に立てかける。

 そうすれば、恵里はサンドイッチが詰められた籠を空へと差し出して、空はその中から一つ無造作にとってかぶりつく。かぶりついた際に反対側から軽く溢れた卵の黄身を指で拭ってそれを舐め取るというなんとも行儀の悪い事をしているがそれを咎める者はいない。

 むしろ、それを見て恵里は微笑みながら、水筒に口をつける。

 

 

「とにもかくにも、今必要なのは強くなることだけだ。で、それはそうとまだ目が覚めないのか?」

 

「うん。まあ、ショックだよね……目の前であんなことがあったら」

 

「そうか」

 

 

 そうして話題に挙げたのはあの日からずっと眠り続けているクラスメイトの話。

 白崎香織はあの日、目の前で南雲ハジメが奈落へと消えた時、普段の穏やかさなど見る影も無いと言わんばかりに必死の形相でハジメを追いかける為なのか飛び出そうとして八重樫や天之河に止められ、その後それでもなお奈落へ行こうと暴れ最終的にメルド団長にその意識を刈られたらしい。らしいというのは、そもそもその時間違いなく空は心が折れかけ、エンリルとの話し合いがあった為、気をしっかりと保ち周囲を見れる頃には既に白崎香織は気絶していた後だったからだ。

 そして、王都に戻ってからというもの白崎香織はずっと彼女に宛てがわれた部屋で眠り続けている。

 医者の診断では、体に異常はなく、おそらく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについているのだろうということだった。故に、時が経てば自然と目を覚ますと。

 時が経てば、と言いはしたがその時とは果たしてあと幾許だろうか。

 

 

「一日、一週間、十日、いやそれとも一ヶ月、一年……もしかすればもう目を覚まさないかもしれんな」

 

「そうだね……」

 

「心配か?」

 

「……それは、勿論。友達、だし」

 

 

 そう呟く恵里の顔は何処と無くぎこちなく、気恥ずかしそうに薄く頬を染めていた。

 そんな彼女の表情を見て、空はフッと笑う。よくもまあ、猫被りな少女が絆されたものだ、と。そういう空の考えを察したのかまるで拗ねた様に籠を抱えてサンドイッチをパクつく恵里。その反応にやはり笑いそうになり、そして立ち上がり真剣な表情を向ける。

 

 

「それで、一応確認したい。出来るか?」

 

「んん、駄目。多分、僕の降霊をやるなら彼処に、オルクス大迷宮に行かなきゃいけないと思う。流石にここらじゃあ距離がありすぎるよ」

 

「そうか。……しかし、オルクス大迷宮へと赴けばいけるとは、なんともはや」

 

「ふふ、もしも帰った後でも使えたら役立つでしょ?」

 

 

 そう言いながら妖しい笑みを浮かべる彼女に空は肩を竦めながら答える。

 

 

「確かに『縛魂』しかり、お前の術は役立つだろうよ。だが流石に俺としては……」

 

 

 普通の人生を歩む方が幸福だろう。

 そんな言葉が空の喉までせり上がったがしかし、空はその言葉を呑み込んだ。

 人の幸せなどその人次第でしかない。自分が彼女の幸せに口を出す事はしてはいけない、と。言葉を呑み込んだ空は代わりにため息を漏らしてから、そろそろ切り上げるか、と恵里に告げて脱いでいた上着を羽織り、丸太の横に寝かせていた長剣を拾い上げて、そしてついでにサンドイッチが入っていた籠の蓋を閉じて恵里の腕から拐い取る。

 

 

「あ」

 

「そろそろ、ここらの魔物も駄目だ。もっと遠くへ……いや、まずはオルクス大迷宮か」

 

「流石にすぐには無理だと思うけど……それに他の子達がまだ立ち直れないでしょ?」

 

 

 森の出口へと歩いていく空を追い越しながら恵里は空の目的に水を差す。

 歩く速度を恵里に合わせながら、それもそうか、と空は呟きながら、ではどうするか、と代替案を考えるべく思考を巡らしていく。

 既に自由に動ける範囲───王都周辺───に潜む魔物は粗方相手にし、尽くを斬り捨ててきた。

 では、魔物以外に何と戦えばいいのか。真っ先に浮かび上がり実際に既に取りかかっているものとして挙げられるのは騎士団員たちだ。メルド・ロギンス率いるハイリヒ王国騎士団。彼らは正しく戦場で経験を積んできた、魔物と人間どちらともの戦闘経験を持つ者たち。彼ら相手に戦うのは間違いなく経験になる。ましてや酸いも甘いも分かっているだろう。一時の師であった緒川家の当主より紹介された八重樫の道場で忍術を習得した門下生や師範代らとの鍛錬を思えば、小綺麗な剣よりもなんでもありのが好ましい。

 だがしかし、残念かな、元々の下地とこちら側に来た際の上乗せが相まって既に上位の騎士団員でなければ相手にならない。弱者だから興味が無い、などとは空は死んだとしても考える事はなく、そしてそんな弱者は強者を打ち倒す事があるのだ、と知っている。故に彼らの強者に勝つための術を手に入れるべく何度か戦うがしかし物足りない。

 ならば、相手は自ずと絞られていく。

 自分と同等かそれ以上の実力者。

 ステータスの面で言うなら、メルド団長か天之河。少し型落ちするが坂上龍太郎や八重樫が挙げられるがしかし、空の中で天之河との戦いは避けたいものだった。

 

 仲間だから?違う。

 そもそも天之河には空は卑怯者という認識がある。

 八重樫道場で剣道をしていた際に付けられたレッテルであるがそれも下段という周りとは違うスタイルを取っているのがフェアではない、という理由からだ。

 そんな相手と実戦形式の訓練などしてみたら、どうなるかわかったものではない。

 例えば、鍔迫り合っている最中に脚を出す。

 例えば、大仰な動きで意識を逸らしてすぐ様無駄を削いだ速度で懐に入り込む。

 例えば、相手の弱点を突く。

 そんな行為に天之河が噛みつかない筈がない。他者にフェアを求める癖に自分はフェアにならない相手をわざわざ構うほど空は暇ではないし、何よりそんな事で他のクラスメイトに悪影響を与えるのは望ましくなかった。

 

 だから、一番求めるのは騎士団長との実戦形式の訓練。だが、ハジメの死により彼も忙しいのだろう中々機会は訪れない。

 故に早く早く、と風鳴空はオルクス大迷宮を望むのだ。

 

 

 

 その日、王都へと戻った二人は白崎香織が意識を取り戻したという報告を聞き、大迷宮へと再び足を運ぶ日は近い、と確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一刃



 何とか、執筆出来ました。
 オリジナル部分ですとやはり執筆に時間がかかってしまいますね。



─────〇─────

 

 

 

 

 

 白崎香織が目を覚ました。

 その報告は心が沈んでいたクラスメイト全体に一時の安堵をもたらし、ついでにハイリヒ王国の王子もそれに歓喜した。

 それも思い返せば二日前の話。

 安静をとって訓練に参加が出来なかった白崎香織は訓練施設へと足を運び訓練施設の端で五日間眠っていたせいで凝り固まった身体を解すために白崎香織、八重樫と同じく天之河のパーティーに参加している『結界師』の天職を持つ少女・谷口鈴と恵里に柔軟体操などを手伝ってもらっていた。

 そんな彼女の復活は嬉しいものであったのかもしれないが同時に第二の起爆剤でもあった。不安の要因の一つであった白崎香織が目を覚まし次第に落ち着きを取り戻した事で、ふと誰かから再燃したのだ。あの日の原因を。

 つまりはオルクス大迷宮で起きたあの大事件、そもそもそうなってしまったことについての言及だ。

 ハジメを殺した犯人についての話題を挙げることは出来ないが、どうしてあんな事が起きてしまったのかについてはとっくのとうに犯人が割れていた。

 クラスメイトの一人が言ったのだ、あんな事が起きたのはそもそもトラップを発動させた奴が悪い、と。それを皮切りに始まるのは不用意に罠であるグランツ鉱石へと触れた馬鹿、つまりは檜山大介へと罵詈雑言非難が雨霰のように降り注いだ。だがしかし、どうやら小悪党檜山大介はそれをしっかりと予想していたのか、唯ひたすら土下座で謝罪する事に徹した。

 こういう時に反論する事が下策以外のなにものでもないと知っていたからだ。そして、その謝罪のタイミングと場所を選ぶのも檜山は心得ていた。天之河の目の前での土下座だ。

 天之河の性格上、目の前で土下座までされれば許さざるを得ないと知っていた為に檜山は土下座という恥辱を選び、結果としてそれを赦した天之河の取り成しと白崎香織も涙ながらの謝罪に特段責めるような事はしなかった。そういった理由から非難は止むこととなった。正しく檜山の計算ずくであるがその魂胆を理解していた八重樫と空からすれば嫌悪感しか感じられなかった。

 

 だがしかし、この状況下で何を言っても無駄であると両名はしっかりとわかっていたということもあり、面倒を避けるために二人は何も言うことはなかった────

 

 

 が、ストレスは溜まるものだ。

 

 

「ハアァァァッ!!」

 

 

 何とも百合百合しい光景の眼福極まる白崎らとは真逆、施設の中央で激しく剣戟が響き渡る。

 八重樫と空の模擬戦は、果敢に攻めつつも的確に空の隙を作らせ狙おうとするしっかりと考えられた八重樫、そして放たれる斬撃を長剣の腹や刃で確実に防ぎつつ僅かな隙へと致命な一撃を放ち確実に八重樫を削っていく空。

 片や意気軒昂に剣を振るい、片や黙々と着実に剣を振るう。

 

 

「ここッ!」

 

「いや、こうだ」

 

 

 鍔迫り合いから、空が距離を取るために一度下がると同時に前へと踏み込むことで鍔迫り合いより構え直す瞬間の僅かな隙を狙っての突きを八重樫は放つがしかし、空は素早く片手を離し持ち替えてから突きを長剣で防ぎ、そのままもう一度片手を離して八重樫の剣の峰を掴み引き寄せる。

 八重樫の持つ剣が片刃のそれであるから出来るその行動に八重樫は一瞬、目を見開くがすぐにそのまま空との距離を詰める。武器を取られることも無くそのまま空の懐へと潜り込んだ八重樫は空の鳩尾へと蹴りを放つ。

 

 

「疾ッ!」

 

 

 それを空は八重樫の剣を手放しながら寸での所でその場から跳び退く事で回避し、すぐさま長剣を構え直す。空から視線を外さずに八重樫は手放し残された自分の剣を拾い上げて構え警戒する。

 そうして、しばし睨み合い、周囲の見学しているクラスメイトらも緊張で唾を飲み込む。そして───先に動いたのは空だった。

 長剣というリーチを活かした大振りの一撃。右側からの袈裟斬りを八重樫は素早く剣で受け止め、弾き空の左肩へ剣を振るう。それを空は素早く長剣を動かし逆に空が八重樫の剣を弾く。

 男女の筋力差は間違いなく八重樫の手から剣を弾き飛ばしかねないものであるが、ステータス上の筋力の差はそこまでのものでは無い。八重樫はその勢いを利用して剣を下げつつ、軽やかに鋭く速い連続斬りを放ち空へと切り込んでいく。他のクラスメイトであれば、手が回らなくなるその幾多の剣撃を空は確実に最低限の動きで防いでいき、最後の一撃を僅かに下がる事でちょうどいい距離を確保した空はその一撃に合わせるように長剣を振るって真っ向からぶつけて────

 

 

「あ」

 

 

 そのまま八重樫の手から抜け、斜め後方へと弾かれ飛んだ剣。

 それを認識して八重樫は真剣な表情から一点、緊張が切れたように息を吐いて力を抜いた。そして、空もまた息を吐きつつ長剣の木刀を下げる。

 

 

「はぁ、私の負けね」

 

「八重樫は速いが、やはり筋力がな」

 

「そうね。もう少し鍛えようかしら……」

 

 

 弾かれた木刀を回収しながら、話す二人に白崎が水筒を手渡しながら話に入ってくる。

 

 

「もう、雫ちゃんも女の子なんだよ?筋力筋力って」

 

「いや、でも、強くなるのは悪いことじゃないし」

 

「いざとなれば殴ってでも止めないといけない手のかかる弟がいるからな、仕方ないだろう」

 

「そうね」

 

 

 と、白崎の言葉をバッサリと切り捨てて話に挙げた、何人かの騎士団員たちや坂上龍太郎と共に王都外の魔物との訓練へと出ている誰かさんを三人は脳裏に思い浮かばせ、白崎はあははとぎこちなく笑い、八重樫は額に手を当て軽くため息をつき、空は八重樫の苦労に同情の視線を向ける。

 白崎から受け取った水筒に口をつけながら、この後どうするかを空は考えていく。

 このまま、もう一戦を八重樫と行うという選択もある。

 しかし、それはあくまで八重樫が了承すればという前提があり、何よりも。

 

 

「そろそろ、光輝たちも帰ってくる頃ね」

 

「ああ」

 

 

 もう少しもすれば天之河らが訓練施設に帰ってくる頃合いであるからだ。本来の王都外の魔物相手の訓練は半日ほどなのだが、先の件もあり午前中に出て六時間もすれば帰ってくるというものになった。

 この時間制限もあくまで騎士団員達とともに行う訓練故の制限であるため、空の様に自主的に外で魔物相手にやる分には制限などない。

 さて、天之河が帰還する以上、八重樫との模擬戦は間違いなく水を差されることとなるのはお互い、目に見えていた。

 と、なれば。

 

 

「では、俺はこれからメルド団長に会いに行く」

 

「そう、それじゃあ私はこのままここで鍛錬を続けてるわ」

 

 

 そう軽く話してから、空は自分が使用した木刀を片付けてからメルド団長に会うために訓練施設を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に夜も更け、いつも通り一人部屋で空は思考を回していく。

 白崎が目を覚まし、二日。

 あの日からもう一週間ほどが経ち、少しずつクラスメイトらの落ち込んでいた士気も少しずつ戻ってきた。しかし、士気を取り戻したからといってまたすぐに大迷宮へと挑戦できるわけではない。

 むしろ、落ち着きを取り戻したが故の弊害も存在していた。落ち着きを取り戻したために改めてクラスメイトの死が多くのクラスメイトの心に深く重い影を落としたのだ。戦いの果ての死、それを強く実感した彼らは一部を除いてまともに戦闘などできなくなった。いわゆる、トラウマというやつである。

 そんな状況に教会は良い顔などするわけもなく、いずれ慣れるだろうと戦線への復帰を促してくる。現状はメルド団長が矢面に立つことでそれらを生徒らに直接いかないようにしているが、それも時間の問題だろう。

 ちなみにだが、生徒らのメンタルに問題が生じている中、真っ先にそれをケアすべき立場の教師である畑山先生はいったいなにをしているのかと言えば、白崎よろしく寝込んでいる。

 というのも、畑山先生はハジメの死亡を伝えられあまりのショックで寝込んでしまった。自分が天職上の理由で安全圏でのんびりしている間に、生徒が死んでしまったという事実に、全員を日本に、地球に連れ帰ることが出来なかったということに、責任感の強い彼女はショックを受けてしまったのだ。白崎同様、すぐに目を覚ますと診断され少なくとも彼女が目覚めるまで生徒の心のケアをしっかりと行える人間はいない。

 

 

『と、なれば。大迷宮挑戦はまだまだ先になるだろうな』

 

「仕方ない話でしょう。ところでここ数日、黙っていたようでしたが……」

 

 

 そんな中、自分の内からエンリルの声が響いた。

 久しぶりのエンリルの声だ。王都へと戻ってからというもの、エンリルは一言も喋ることなく空からの呼びかけにも応えることなく沈黙を保っていた。

 故にこうして話すのはやはり、一週間ぶりとなるが……。

 

 

『ん、ああ。少しな、集中していた』

 

「集中ですか」

 

『そうだ。この世界で俺がどの程度干渉出来るのか、聖遺物がどの程度動くのか、とまあ、要するにこの世界のルールを把握する為にな』

 

「……それで、何か分かりましたか」

 

 

 干渉だの聖遺物だの、と決して流す事の出来ない文言が出てきたがそれに対して詳しく聞くことはせず、ただ成果だけを空は聞くことにした。

 そもそも聖遺物など、妹のような歌女でもない空にとっては励起させることも出来ない。

 一応、空も聖遺物を所有している。だが、あくまで所有しているだけであり、なにより首から下げている十字、いや剣のペンダントは確かに聖遺物という分類であっても所詮はFG式回天特機装束としてアメノハバキリを加工した際に生じた余分な部分。聖遺物として反応すらしないようなガラクタゴミクズ同然の破片を譲り受けてそれを技術主任にペンダント状に繋ぎ合わせてもらっただけ。

 アメノハバキリに適合していた妹の歌ですらうんともすんとも言わない聖遺物とは言えないモノに何も期待していない。空がペンダントに期待しているのは剣として防人る妹と同じアメノハバキリに妹の無事を祈る程度のモノでしかない。

 

 

『まあ、聖遺物など歌女がいない以上どうしようもない。そもそもこの世界に聖遺物などないから特に意味もない徒労だった。それで俺の干渉だがお前という器を支配しているわけではないからな、せいぜい出来ることなどお前と会話するか、お前に何か物事を教える程度だろう』

 

「左様ですか」

 

 

 ならば、何も無い。

 エンリルの意味が無いという事がわかった。という旨の成果に空は納得する。何か隠しているのだろうとは察したが少なくともそれが悪意故の隠し立てでは無い事は空も理解出来た。

 だからこそ、何も言わない。

 

 

『それで、何かそっちはあったか?白崎香織が目覚めたのは耳にしたが』

 

「現状、やはりまだ大迷宮遠征再開は先かと」

 

『そうか……と、なれば……やはり、ふむ。バラルの呪詛の対象外である点を利用して…………オリハルコンの完全起動による……シェム・ハを弑逆する為の稼働実験の必要性を考えれば。プロトタイプ同様に錬金術による底上げも図るべき……いや、空の性質を鑑みれば』

 

 

 何やら考察を始め独り言を漏らしていくエンリルに空は目を瞑り、自分も思考に耽っていく。

 それは八重樫との模擬戦後に会ったメルド団長との会話。

 より、経験を求めた空はメルド団長との模擬戦などを望んでいたが流石にこの状況下ではメルド団長の時間を無闇矢鱈に取るのも無理だと判断した空へメルド団長が薦めたのは『冒険者』。

 大迷宮遠征再開の目処が立たない中、より良い経験を積むためならば魔物と戦う先達などから技術などを盗むのが良いだろう、と考えたメルド団長による提案。

 間違いなく天之河が求めても提案しなかっただろう冒険者を空に提案したのは偏にしっかりと退くべきモノを見極められ特段、問題を起こさないだろうと考えた為だ。

 

 確かに冒険者という職業、未知のそれに対する好奇心、そしてそれに伴うであろう経験、それらを踏まえた上で空はどうするかを考えていた。

 その提案を受けるのも何も問題はない。

 

 

「純粋に受けるかどうか、慎重になっているわけか」

 

 

 恐らくはそのまま受けるのだろう、と考え思考をエンリルへと向けるがしかし考察に耽っているのだろう、こちら側に戻らないエンリルにため息をつきながら空は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────







 感想でありましたが、月もとい観測ベース『マルドゥーク』が存在しないトータスにはバラルの呪詛がなく、そんな場所にシンフォギア世界の人類が20人近くいる事でシェム・ハさんが甦るかもしれない状況ですが。
 一先ず、前提として、
・月によるジャマーの有無
・肉体側の呪詛の有無
 の二点を前提として、後はそもそもシェム・ハの腕輪がないという状況から、基本的に召喚された彼らは原罪を除去された訳ではない為、ジャマーの影響は以前としてある(そもそも上位世界の呪詛を下位世界に移動した程度で逃れれるとは思えない)、つまりシェム・ハさんの依代が無い。
 今のところシェム・ハさんは降臨しない。
 穴しかありませんが、そう思っていただければ.......そもそも約1名シェム・ハさんの断章すらないのですが


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二刃



 諸事情で少し時間を飛ばさせてもらいます。




─────〇─────

 

 

 

 

 

 『オルクス大迷宮』百層よりも深い奈落の底、更に五十層を潜った層。仮称、奈落五十層にて有り得るはずのない人影が二つ、戦闘を繰り広げていた。

 片や白髪に隻眼隻腕のおおよそ鎧というモノは纏っていない軽装も軽装な男が右手に握る代物を走りながら撃ち放っている。

 片や一糸まとわぬ裸体の上からサイズ違いのぶかぶかとした外套を羽織る百四十センチ程度の十二、三歳ほどの見た目の金髪の少女。

 こんな奈落の底でそんな二人がぶつかり合っている───という訳ではなく、前者が後者を肩に担ぎながら走り回っていた。相手取っているのはおおよそ体長五メートル程の体躯の魔物。

 四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の脚をわしゃわしゃと忙しなく動かし、揺らめきながら掲げる二本の尻尾の先端には鋭い針が存在している。一番近しい生物をあげるとすれば、蠍だ。となれば、やはりその二本の尻尾には毒が存在しているのだろう。

 他の魔物と比べてあまりにも一線を画した強者の気配を撒き散らし、外殻を軋ませながらサソリの魔物は二人へとその尾を振り回し、四腕を振るいながら仕留めんとする。

 

 

「キィィィィィイイ!!」

 

 

 白髪の男は少女を抱えながら、その手に握る代物を構える。

 全長約三十五センチ。六連の回転式弾倉を搭載した長方形型のバレル。それはこのトータスにおいて存在するはずのない武装、すなわち大型のリボルバー式拳銃。ドンナーと名付けられたそれの砲口より、燃焼石の爆発力と固有魔法によって電磁加速した弾丸をサソリの魔物へと放っていく。

 しかし、どうやらサソリの魔物が速いのか、それとも純粋に本能からか、ドンナーより放たれた弾丸を回避して迫る。それに対して男は咄嗟に自分のポーチより閃光手榴弾を取り出しサソリの魔物の眼前へと投げつけ、閃光が迸る。

 それに目がやられたのかサソリの魔物は悲鳴をあげながら後ろへ下がっていき、男はその場で負傷を処置していく。

 銃撃しても四腕を振り回すことで恐らくダメージが入るだろう目や口を守られてはどうにもならない。

 そんな状況に白髪の男───南雲ハジメは舌打ち、どうするか思考を回そうとして────瞬間、共にいた少女、ユエがハジメに抱きついた。

 

 

「お、おう? どうした?」

 

 

 状況が状況だけに、いきなり何してんの?と初めは若干ながら動揺するがすぐにサソリの魔物から意識を逸らしてはならないとユエへと向けた意識をサソリの魔物へと戻そうとし。

 だが、そんなことは知らないとばかりにユエはハジメの首に手を回した。

 

 

「ハジメ……信じて」

 

 

 そう一言告げて、ユエはハジメの首筋へとキスをした。

 

 

「ッ!?」

 

 

 一瞬、走った痛みにハジメはそれがキスではなく、噛み付いたのだと気づいた。

 痛みのすぐ後に、体から力が抜き取られていくような違和感を覚えて、ハジメは咄嗟にユエを振りほどこうとしたが、すぐにユエが自分は吸血鬼であると名乗っていたことを思い出し、いま自分は吸血されているのだと理解する。

 「信じて」────その言葉は、きっと吸血鬼に血を吸われるという行為に恐怖、嫌悪しても逃げないで欲しいということだろう。

 そう考えて、ハジメは苦笑いしながら、しがみつくユエの体を抱き締め支える。それに一瞬、ピクンとユエは震え、更にギュッと抱きついて首筋に顔を埋める。どことなく嬉しそうなのは気のせいではないだろう。

 

 

「キィシャァアアア!!」

 

 

 サソリの魔物の咆哮が轟く。どうやら閃光手榴弾のショックから回復したらしい。

 ハジメの位置は把握しているのか、地面が波打っていく。サソリの魔物の固有魔法なのだろうか、周囲の地形を操っているようだ。

 

 

「だが、それなら俺の十八番だ」

 

 

 そう言いながらハジメは地面に右手を置き錬成を行っていく。それによって周囲三メートル以内が波打つのを止め、代わりに石の壁がハジメとユエを囲むように形成されていく。

 操られた周囲の地面より円錐の刺が飛び出していきハジメ達を襲うが、その尽くをハジメの防壁が防いでいく。しかし、防壁は一撃当たるごとに崩されていく。

 だが、ハジメは直ぐさま新しい壁を構築していき、寄せ付けない。

 地形を操る規模や強度、攻撃性はサソリの魔物の方が断然上であるが、錬成速度はハジメの方が上だ。錬成範囲は三メートルから広がっておらず、刺は作り出せても威力はなく飛ばしたりもできないが、それでも守りにはハジメの錬成の方が向いているようだ。

 ハジメが錬成しながら防御に専念していると、ユエがようやく口を離した。

 

 どこか熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐める。ユエの紅い瞳は暖かな光を薄らと放っていて、その細く小さな手は、そっと撫でるようにハジメの頬に置かれている。

 

 

「……ごちそうさま」

 

 

 そう言ってユエは、おもむろに立ち上がりサソリの魔物へ向けて片手を掲げた。同時に、その華奢な身からは想像もできない程の莫大な魔力が噴き上がり、彼女の魔力光なのだろう――黄金色が暗闇を薙ぎ払った。

 そして、神秘に彩られたユエは、魔力色と同じ黄金の髪をゆらりゆらゆらとなびかせながら、一言、呟く。

 

 

「『蒼天』」

 

 

 瞬間、サソリの魔物の頭上に直径六、七メートルはありそうな青白い炎の球体が発生した。

 直撃しているわけでもないのに余程の熱量なのか悲鳴を上げてその場から離脱しようとするサソリの魔物。

 だが、奈落の底の吸血姫がそれを許さない。ピンっと伸ばされた綺麗な指がタクトのように優雅に振られる。それに操られ青白い炎の球体は指揮者の指示を忠実に実行し、逃げるサソリの魔物を追いかけて、そのまま直撃した。

 

 

「グゥギィヤァァァアアア!?」

 

 

 サソリの魔物がかつてない絶叫を上げる。明らかに苦悶の悲鳴だ。着弾と同時に青白い閃光が辺りを満たし何も見えなくなる。ハジメは腕で目を庇いながら、その壮絶な魔法を唯々呆然と眺めた。

 やがて、魔法の効果時間が終わったのか青白い炎が消滅し、跡には、背中の外殻を赤熱化させ、表面をドロリと融解させて悶え苦しんでいるサソリの魔物の姿があった。

 もはや、傍から見ても致命傷、いつ死んでもおかしくは無いサソリの魔物はこの後ハジメが取り出した手榴弾を体内に叩き込まれ、足掻く事はなく体内で爆発しその息の根が止まることとなった。

 

 かくして、奈落に落ちて死んだはずの南雲ハジメは左腕と右眼を失いながらも強く生きて、憎悪を胸にパンドラの箱を開きユエという名の吸血姫を得る事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメがユエという名の仲間を手にした同日、既にハジメが奈落へと落ちてしまった時よりおおよそ一ヶ月近くが経つ中、天之河をはじめとする勇者一行は再び『オルクス大迷宮』へとやって来ていた。

 だが、訪れているのは天之河ら勇者パーティーと、檜山達小悪党四人組、そして永山重吾という老け顔で大柄な柔道部の男子生徒率いる男女六人のパーティーだけだった。

 風鳴空は前回同様、永山重吾のパーティーメンバーとしてこの第二次大迷宮遠征へと参加していた。

 どうして彼らだけなのか、それはやはり未だ他のクラスメイトらの中にあるハジメの死の影が消えていないからだ。

 教会の復帰を促す声も続いていたがしかし、それに猛然と抗議した人間がいた。メルド団長、ではなくそれは畑山先生だ。ショックより目を覚ました彼女はこれ以上の犠牲者を出さない為に教会による生徒らへの戦闘訓練の強制に抗議し、見事勝利することが出来た。

 

 畑山先生の天職は『作農師』という特殊かつ激レアなものであり、その力には農地開拓などのこの世界における食糧関係を一変させる可能性が存在しており、そんな彼女が不退転の意志で抗議しているのだ。

 教会との関係が悪化する可能性を考えた教会は彼女の抗議を受け入れ、戦闘訓練に参加するのは自ら望んだ者たちだけとなった。

 そして今回、再びの訓練を兼ねてメルド団長や数人の騎士団員が付き添いながら『オルクス大迷宮』へと挑んだ。

 

 

 今日でもう、迷宮攻略は六日目。

 現在の階層は六十層。現状確認されている最高到達階数である六十五層まで残り五層という深度まで彼らは進んでいたのだが、立ち往生していた。

 正確に言えば先に進むことが出来ない、というわけではなく彼らは皆脳裏に嘗ての悪夢が過ぎって思わず立ち止まってしまっていたのだ。

 彼らの目の前には何時かのものとは異なっているが、似たような断崖絶壁が広がっており、次の階層へと進むにはこの断崖絶壁にかけられている吊り橋を進まねばならなかった。それ自体には問題ない、しかしどうしても思い出してしまう。

 とりわけ、白崎は奈落へと続いているかのような崖下に広がる闇をジッと見つめたまま動かなかった。そんな彼女を心配するように八重樫は彼女の名前を呟く。

 

 

「大丈夫だよ、雫ちゃん」

 

「そう……無理しないでね? 私に遠慮することなんてないんだから」

 

「えへへ、ありがと、雫ちゃん」

 

 

 しかし、眼下を眺めていた白崎は顔を上げてゆっくりと頭を振り、心配する八重樫に微笑んだ。

 その様子を見て、八重樫も微笑みを浮かべた。白崎の瞳には強い輝きがあり、そこには現実逃避や絶望は存在しておらず、洞察力に優れ他者の機微に敏感な八重樫には白崎が本心で大丈夫だ、と言っているのだと理解し、白崎の心の強さを改めて実感した。

 ハジメの死は確定事項であり、その生存は絶望的という言葉すら生ぬるい程のものだ。それでもなお、白崎は逃避や否定ではなく自らの納得のために前へ前へと進もうとする様に八重樫は親友として誇らしい気持ちで一杯となっていた。

 そんな様子を離れた所で見ていた空は自分の中での白崎の評価を再認識した。今まで彼女を相手の事情等々を鑑みない所謂恋に盲目なフィーネの同類と思っていたが、やはりフィーネやアヌンナキの依代の少女レベルに心が強く、正直なんとも言えぬがともかく強いな、と再認識した。

 さて、そんな二人の様子や空気をまったく読まない馬鹿が一人。

 そう、天之河である。彼の目には、どうやら眼下を見つめる白崎の姿が、ハジメの死を思い出して嘆いているように映ったようで、クラスメイトの死に優しい香織は今も苦しんでいるのだ、と結論づけ、更に思い込みフィルターもあって彼には微笑む白崎の姿も無理しているようにしか見えない。

 故に天之河は白崎にズレた慰めの言葉をかける─────

 

 

「香織……君の───」

 

「あ、天之河くん。メルドさんが呼んでるよ?」

 

「え? あ、わかった。ありがとう恵里」

 

 

 だが、白崎に認識されるよりも先に恵里によって遮られ、未練がましい表情をするが流石にメルド団長を無視する訳にはいかないと、すぐにメルド団長の方へ向かっていき、天之河の接近に気がついていた八重樫は微笑む恵里に苦笑いしながら、手を合せて謝辞を伝える。

 そんな彼女の所に恵里は谷口鈴を連れてやってくる。

 

 

「大変だね、雫ちゃんも」

 

「まあ、慣れてるし……」

 

「鈴は何時でもカオリンの味方だからね!」

 

「ありがとう、鈴ちゃん」

 

 

 恵里はハジメの生存も死も特段気にしていないが、親友───本人に空がそういえば気恥ずかしげにあくまで友人と言いながら最終的に親友であると認める───の気持ちを察して一応応援していた。

 鈴は恵里とは違い、普通に親友である白崎のハジメが奈落へ落ちた日の取り乱し様に彼女の気持ちを悟り、目的にも賛同して応援していた。

 高校で出来た親友二人に、白崎は嬉しげに微笑む。

 

「そうだ、死んでたらエリリンの降霊術でカオリンに侍らせちゃえばいいんだよ!」

 

「す、鈴、デリカシーないよ! 香織ちゃんは、南雲君は生きてるって信じてるんだから! それに、私、降霊術は……」

 

 

 女子四人で話していると、谷口が暴走し始め、それを恵里が諌めるという何時もの光景を見せる二人。

 話に出てきたが、恵里は自身が降霊術を扱える事を隠している。降霊術もといそういった類が苦手で、死者を使役することに対する倫理的な嫌悪感により才があってもまるで使えないという体で隠しており、どうして隠しているのかを以前に空が聞いた時に返ってきた答えは「え?だって、情報って大事でしょ?」というものだった。

 

 

 

 そんな、会話も気がつけば終わり彼らは吊り橋を渡って再び下へ下へと進んでいき、特にこれといった問題も生じることなく遂に歴代最高到達階層である六十五層へと辿り着いた。

 

 

「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」

 

 

 付き添いのメルド団長の声が響く中、ふと空は先程から感じる妙な感覚、第六感に触れるような何かを感じ取り長剣ではなく腰の後ろに下げていた二振りの剣を引き抜く。共に同じ意匠の青い両刃のソレは王宮の宝物庫より見つけてきたアーティファクト。

 それを手にした空を見て、パーティーのリーダーである重吾は目を細め拳を握り直し、『土術師』の野村や『暗殺者』の遠藤は唾を飲み込む。

 前衛職であり勇者の天之河にも引けを取らない実力の空はこのパーティーにおいて重要な立ち位置である。『重格闘家』でありリーダーである重吾はその天職上、前へと出ざるを得ない為リーダーとしてのパーティーへの指示は疎かになってしまいかねないが、前衛を空に任せ、遠藤による遊撃、後衛職三人による支援、そしてその三人を護りながら戦う重吾という役割分担を成立させていた。

 そして、空の知識は重吾らにとって役立ちアドバイスも的確という面から彼らにとって空は地球にいた頃はその風紀委員という立場と雰囲気から近寄り難い存在であったが今では充分信用出来る存在となっていた。

 

 そうして進んでいけば、唐突に大きな広間に出た。それにより重吾らは、やっぱりと胸中で漏らし戦闘準備を整えていき、それに遅れて他のパーティーらも嫌な予感を覚え始め、応えるように広間侵入と同時に部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。

 赤黒く脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。

 

 

「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

 

 天之河が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。

 

 

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

 

 坂上龍太郎も驚愕をあらわにして叫ぶ。それに応えたのは、険しい表情をしながらも冷静な声音のメルド団長だ。

 

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 

 

 いざと言う時、確実に逃げられるように、まず退路の確保を優先する指示を出すメルド団長。それに部下が即座に従う。だが、天之河がそれに不満そうに言葉を返した。

 

 

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」

 

「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

 

 

 坂上龍太郎も不敵な笑みを浮かべて呼応する。メルド団長はやれやれと肩を竦め、確かに今の天之河達の実力なら大丈夫だろうと、同じく不敵な笑みを浮かべた。

 そんな様を見ながら、重吾は足止めの用意をする様に野村に伝え、残念ながら微妙に忘れられている遠藤に空は憐れみながらも同じく足止めの用意を頼む。そして、『付与術士』である吉野が前衛である空へ次々と支援魔法を付与していく。

 支援担当である為か、既に熟達し付与に慣れた彼女が必要な魔法を付与させ終わった頃に件の魔法陣が爆発したように輝いてかつての悪夢が再びその姿を現した。

 

 

「グゥガァアアア!!!」

 

 

 咆哮を上げ、地を踏み鳴らす異形。ベヒモスが天之河達を壮絶な殺意を宿らせた眼光で睨む。

 全員に緊張が走る中、空は一人その両の手に握った双刃の柄頭を接続させ両刃剣へと変えて、その冷たい視線をベヒモスへと向ける。

 

 

「そこを退け────」

 

 

 あの時、見逃した畜生を殺す為の戦場(いくさば)が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三刃

─────〇─────

 

 

 

 

 

 先手となったのは天之河だった。

 

 

「万翔羽ばたき 天へと至れ 『天翔閃』!」

 

 

 曲線状の光の斬撃が、轟音を響かせながらベヒモスへと直撃する。嘗ては『天翔閃』の上位技である『神威』ですら掠り傷さえ付けることが出来なかった。だがしかし、今はどうだ。

 悲鳴を上げ、地面を削りながら後退するベヒモスの胸にはくっきりと斜めの剣線が走り、赤黒い血を滴らせていた。

 ならば────刹那、後方より焔が走る。

 指示を飛ばしていく天之河へと仕返しとばかりに突撃しようとしていたベヒモスの眼前に現れるのは両刃剣に焔を纏わせながら突貫する真剣。

 ベヒモスの左前脚を足場に頭上へと躍り出て、真剣は焔を纏わせた両刃剣による一閃を放つ。先の天之河の『天翔閃』と違い超至近距離から直接叩き込まれたソレはベヒモスの背中を深々と切り裂き抉る。そうして、すぐさま空はベヒモスの頭上より離脱して、天之河の指示通り重吾らと合流する。

 

 騎士団員を引き連れたメルド団長が右サイドへと陣取り、檜山ら小悪党四人組がベヒモスの背後へ、そして空や重吾らは左サイドへと陣取る事でベヒモスを包囲する。

 暴れるベヒモスを前衛組が押さえ込み、後衛組の魔法準備を邪魔させない。

 

 

「グルゥアアア!!」

 

「させるかっ!」

 

「行かせん!」

 

 

 ベヒモスが苛立ちながら踏み込み、地面を次々と粉砕しながら突進を始めるがしかし、クラスの二大巨漢である坂上龍太郎と重吾がスクラムを組むようにベヒモスへと組み付き、

 

 

「「猛り地を割る力をここに! 『剛力』!」」

 

 

 身体能力、とりわけ膂力を強化する魔法を用いて地を滑りながらもベヒモスの突進を受け止めていく。三者三様の雄叫びが迸り力を振り絞っていく。

 しかし、まだ完全には止まらない。ならば、と動くのは遠藤。

 『暗殺者』の天職による敏捷の高さを利用しながら素早く移動し数本の短剣をベヒモスの影へと投げ放つ。それによりベヒモスの動きが僅かに停止した。

 その隙を逃すわけがない。

 既に双刃を地面に突き立て長剣の鞘と柄に手をかけた空と八重樫が跳び出し────

 

 

「「全てを切り裂く至上の一閃 『絶断』!」」

 

 

 二人の抜刀術がベヒモスの双角へと叩き込まれる。魔法によるブーストをかけた斬撃。八重樫の瑠璃色の魔力を纏ったソレはベヒモスの角に半ばまで食い込むものの切断するには至らない。

 しかし、空の放った斬撃は容易く角を切り落とし、そのまま返しの刃で八重樫が切断出来なかった角も切り裂く。

 

 

「っ!空!」

 

「一度離れるぞ」

 

 

 八重樫が手を貸した空に声をかけようとするが、すぐさま空が八重樫を抱えてベヒモスの近くから離れる。そして、その判断が間違っていなかったことを教えるように次の瞬間、ベヒモスは角を二本も切り落とされた衝撃で影縫いも解けたのか渾身の力を込めて大暴れしベヒモスを押さえ込んでいた坂上龍太郎と重吾を吹き飛ばした。

 二人は地面に叩きつけられそうになるが、それよりも先に

 

 

「優しき光は全てを抱く 『光輪』!」

 

 

 白崎が行使した、光の魔法によって発生した光の輪が無数に合わさって出来た網が二人を優しく包みこんで衝撃を殺した。そして、間髪入れずに白崎は自らのアーティファクトである白い長杖に自身の魔力である白菫の魔力光を灯しながら回復系呪文を唱える。

 

 

「天恵よ 遍く子らに癒しを 〝回天〟」

 

 

 中級光系回復魔法によって、坂上龍太郎と重吾の身体が同時に癒されていく。それを余所に着地した空は八重樫を降ろして[剣質強化]を刀身に施していく。

 その間に天之河が未だ暴れるベヒモスへと突進し、最初の『天翔閃』によって付けられた傷口に聖剣の切っ先を叩き込んで魔法を発動する。

 

 

「『光爆』!」

 

 

 聖剣に蓄えられた魔力が炸裂し、大爆発を起こす。傷口を抉られて大量の出血をしながらもベヒモスは目の前にいる技後硬直中の天之河へと鋭い爪を振るう。

 

 

「ぐぅうう!!」

 

 

 呻き声を上げて吹き飛ばされる天之河。それとすれ違う様に空が鋼の魔力光を斬撃としてベヒモスの傷口へと更なる追撃を放ち、ベヒモスを大きく仰け反らせ既にアイコンタクトを飛ばしていた重吾が双刃を空へと投げ渡す。

 素早く長剣を鞘に納め、双刃を受け取り焔を纏わせる。

 その様は正しく、先の焔輪の一閃であるがしかし、その刀身に纏った焔は赤ではなく青い焔。青い焔を纏った双刃を使い翼のように飛翔した空が、勢いそのままベヒモスの双角が切り落とされた兜へと刃を叩き込み、破壊する。

 

 

「グゥルァガァアアアア!!!!」

 

 

 双角だけでなく、兜すら破壊されたベヒモスは今まで以上の悲鳴を上げる。まさかの事態にベヒモスは激痛に身を悶えさせその場で頭を振り回し暴れ回る。

 そして悲鳴と何ら変わらないような咆哮を上げながらベヒモスはその場より跳躍する。

 嘗ての戦いでそれを見た事がある面々はそれがベヒモスの固有魔法を行使する時の動きであると理解し、身構え、次の瞬間ベヒモスの頭部は激しい爆発を起こしてそのまま地面へと落下した。

 それに皆、一瞬目を見開く。

 固有魔法と思ったのに何故か爆発してただ落下したのだから。爆発はベヒモスも予期していなかったのか断続的に悲鳴が聴こえ、痛みに悶えているようだ。

 すぐにその理由が理解出来た。当たり前だろう、そもそもベヒモスの固有魔法はその双角を赤熱化するというもの。その熱量は当たり前だが膨大で、そんな熱を集める場所が兜諸共破壊されていれば.......どうなるかなど火を見るよりも明らかだろう。

 

 

「今だ!行くぞ!」

 

 

 そんな隙を逃すはずも無く、前衛組が次々とベヒモスへと殺到していき叩き込んでいく。

 痛みを紛らわせるようにベヒモスは時折暴れるが、その動きは今までのモノに比べればあまりに緩慢であり、前衛組はヒットアンドアウェイで翻弄していき、遂に後衛の詠唱が完了した。

 

 

「下がって!」

 

 

 後衛の恵里から合図が出る。それに反応し、天之河らは渾身の一撃をベヒモスへと放ちながらその反動を利用してその場から一気に距離をとる。

 直後、炎系上級攻撃魔法が放たれた。

 

 

「「「「「『炎天』」」」」」

 

 

 術者五人による上級魔法。

 超高音の炎が球体となって、太陽が如く周囲一帯を焼き尽くした。ベヒモスの直上で発生した『炎天』は一瞬で直径八メートルに膨らんでベヒモスへと落下する。

 それにより絶大な熱量がベヒモスを襲うが、あまりの威力に味方にまでダメージが迫りそうになり、慌てて谷口が結界を張っていく。

 ベヒモスは結界を張れるわけでもなく、そのまま『炎天』によってその堅固な外殻が融解していき、再び絶叫が響き渡る。

 

 

「グゥルァガァアアアア!!!!」

 

 

 断末魔に鼓膜が破れそうになるが段々と叫びが少しずつ細くなり、やがてその叫びすら燃やし尽くされたかのように消えていき、後には黒ずんだ広間の壁とベヒモスだったであろう僅かな残骸ばかりがのこった。

 

 

「か、勝ったのか?」

 

「勝ったんだろ……」

 

「勝っちまったよ……」

 

「マジか?」

 

「マジで?」

 

 

 皆が皆、呆然とベヒモスがいた場所を眺め、ポツリポツリと勝利を確認するように呟く中、空は長剣を鞘に戻して双刃を腰にしまい直す。

 聖剣を掲げ勝鬨を上げている天之河らへと視線を向ければ、男子らは互いに肩を叩き合い、女子らはお互いに抱き合って喜びを露わにしており、メルド団長らも感慨深そうにしていて、空はその光景に肩を竦めてから一人混ざれていなかった遠藤の肩を軽く叩いておく。気づいてもらえたことに遠藤は光射すように段々と喜びを広げ感極まり抱きつこうとするが空はそれを避け、遠藤はそのまま顔面から地面に飛び込み沈んだ。その様をやはり、誰にも見られないという哀れな遠藤。

 

 

「…………」

 

 

 視線を遠藤からベヒモスだったものへと移す。

 “炎天”でただの炭の塊の様なモノとなったベヒモス、嘗ての戦いの際に空はベヒモスの相手をメルド団長へと任せ、パニックになっていたクラスメイトを優先しトラウムソルジャーの群れへと向かった。

 あの時はベヒモス相手に何もしなかった。

 そして、気がつけば南雲ハジメは奈落へ消えた。

 

 

「………不甲斐ないな」

 

 

 それらを思い返しながら、空はため息を着く。

 

 

 

「これで、南雲も浮かばれるな。自分を突き落とした魔物を自分が守ったクラスメイトが討伐したんだから」

 

 

 と、そんな声が空の耳に入ってきた。

 声の元へ視線を向ければそこにいるのは案の定、天之河。

 心に影がさしたような曖昧な表情を見せる八重樫と白崎、そしてそれに気付かずに感慨にふけった表情の天之河に気がつけば手が鞘へと伸びていた。

 どうやら、天之河の中ではハジメを奈落へと落としたのはベヒモスだけらしい。確かに間違いというわけではない、橋を壊したのはベヒモスなのだから。

 だが正確には撤退中のハジメへと檜山が魔法を撃ち込んだ事が原因だ。無論、それを知っているのは檜山本人とそれを盗み聞いた恵里と伝えられた空だけであり、誰もその時の話をしないようにしているが事実は無くなることは無い。

 既に天之河の中ではその事実が消えているのか、考えないようにしているのかベヒモスを倒せばハジメが浮かばれると考えているようだ。白崎は気にしないようにしているだけで忘れることは出来ない。犯人が分からないから耐えられているだけで、もしも犯人が分かってしまえば耐えれず責め立ててしまうのは間違いない。だからこそ、その事実を無かったことにしている天之河に対してショックを受けていた。

 八重樫も思わず文句を言おうとしたが、天之河には悪意がなかった。ハジメの事も白崎の事も思っての発言であるから、そして周囲には喜びに沸くクラスメイトらがいるのもあって何も言えない。この状況であの時の話をするほど八重樫は空気が読めないわけじゃない。

 

 

「カッオリ〜ン!」

 

 

 と、二人に微妙な空気が漂い始めて、クラス一の元気っ子が飛び込んできた。

 その様子を見て、空は鞘にかけていた手を戻しながら完全に未知の領域である六十六層以降について思考を回して、一行は過去の悪夢を振り払い先へと進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四刃



 神様の知らないヒカリでトンチキ持ってくるのはシェム・ハさん泣きそう
 トンチキで接続を何とかするんじゃなくてヘリオスみたいにそのまま周りを廃人にしそうで怖い




─────〇─────

 

 

 

 

 

 天之河をはじめとする一行がベヒモスを討伐してはや数日。一行は、一時迷宮攻略を中断してハイリヒ王国王都へ戻っていた。

 

 六十六層以降という今まで誰も足を踏み入れたことが無い領域での探索は予想以上の疲労をメンバーへと齎していた。誰も足を踏み入れた事がないということは、今までの階層と違い本当に何もマッピングがされていない白紙の地図を慎重に埋めていく必要があるということである。地道な探索、そして今まで以上に強さが上昇した魔物との戦闘、そういったモノによる疲労は激しいものであり、メルド団長は一度中断して休養を取るべきと判断した。

 休養を取るだけならば、わざわざ王都に戻る必要もなかったのだがホルアドへと戻り休息していた一行に、王宮からの迎えが来たのだ。どうやら今まで音沙汰がなかったヘルシャー帝国から勇者一行への会談の申し込みがされたからである。

 

 

「今まで到達したことの無い六十六層以降へ足を踏み入れた。なるほど確かに来るのは当然だろう」

 

 

 天之河らからすれば、何故今なのか?という疑問が浮かぶのは当然だったが、空からすればこのタイミングで帝国がやってくるのは当然と言えた。

 そもそもヘルシャー帝国というものは、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき完全実力主義の国。そんな国がいきなり現れて人類を率いるなどと宣う勇者など納得できるわけが無い。宗教的には帝国も信徒であるがしかし、王国に比べて信仰度は低くそして大多数の帝国民は傭兵か傭兵業から成り上がった信仰よりも実益を求める人間が多い。

 そういった事もあり、今まで帝国は勇者らにこれといった興味もなかったがしかし、空の言うように歴史上の最高記録である六十六層を突破した、実力を示したという事実に帝国が天之河たちに興味を持つのも当然だろう。

 そんな話を帰りの馬車の中でしていた、一行は王宮に到着する。

 

 

 そして、王宮へ到着した彼らを───いや、正確に言えば彼女を出迎えるように王宮から一人の少年が駆けてきた。十歳ぐらいの金髪碧眼の美少年という異世界らしい典型的な見た目の少年は一般人というわけではなく、その優れた容姿からして上流階級側の人間であり、

 

 

「香織! よく帰ってきた! 待ちわびたぞ!」

 

 

 名をランデル・S・B・ハイリヒである。

 姓からわかる通り、彼はこのハイリヒ王国の王子。そんな彼はさながら飼い主に出会った子犬の様に白崎へと駆け寄って叫ぶ。勿論この場には白崎以外の生徒らもいるが、まあ、白崎以外見えないともとれるその態度は相当鈍感でもない限りは彼がどういう感情を向けているのかは察せられる。

 だが、そんなものは残念ながら叶わない。

 

 

「ランデル殿下。お久しぶりです」

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行っている間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければ、お前にこんなことをさせないというのに……………」

 

 

 可愛い弟の様な彼に微笑む白崎に、彼は顔を真っ赤にしながら精一杯男らしくそう言うがしかし、少年の背伸びとしか映らず微笑ましいものでしかない。

 次々と何か気遣いを口にしては、白崎にやんわりと断られるその様をなんとも言えぬ微妙な表情で見る周囲。ふと、空はそんな様を見ながら、脳裏に過ぎるのはもしも妹に言い寄る不埒な人間がいたらどうするかという、やはり疲れているのだろう、なんとも今考えることか?と言うようなモノだった。

 

 

「(……軟弱者なら、いやそれ以前に翼にバッサリ切られるか……または親父殿に…………緒川辺りなら俺も何も言わないんだが……いや、歳の差が)」

 

「妹さんのこと考えてるでしょ」

 

「何故わかる」

 

「いや、なんかそんな表情してたから」

 

 

 そんな思考に水を差すのはいつの間にかに隣にいた恵里。表情が変化している訳でもないのに内心を見抜かれ、その理由について聞き質しても返ってきたのはよく分からない答えである。

 実際、表情はまったく変わっていない。どうして、それでそういう表情だと思うのだろうか。

 空にはとんと分からないが、一先ず此方に来てから余計に何か深くなっているのではないか、と一瞬引きそうになる。

 と、どうやらランデル殿下と白崎の会話に空気も読まず勘違いしかしない天之河が口を挟んだようだ。傍から聞けば煽っているようにしか聞こえない言葉にランデル殿下は敵意剥き出しの言葉を天之河へとぶつける。

 それに白崎は苦笑いし、天之河はキョトンとしている。苦労人はため息をつく。その様子を見て、恵里もつい苦笑いし、空は肩を竦める。

 どちらもどちらだ。ランデル殿下の言葉は子供特有の自分本位で白崎の幸せを決めつけており、天之河は白崎は自分が好きだという前提がある。どっちもどっちで真に白崎の心を分かろうとしていない。

 

 

「まあ、どちらでもいいが」

 

 

 そんなものは空からすればどうでもいい話だ。自分へとその火の粉が飛んでさえ来なければ。

 そんなモノは飛んでこないだろうが、な。そんな風に胸中で呟いている空を見て恵里はやはり苦笑いする。

 

 

「よ、用事を思い出しました! 失礼します!」

 

 

 そう言ってランデル殿下はいきなり踵を返して駆けていく。

 そんな声に逸れていた意識は戻り、視線が先程までランデル殿下がいた場所へと向けられるとそこには十四歳ほどのランデル殿下同様金髪碧眼の少女がいた。

 彼女の名はリリアーナ。ランデル殿下の姉である王女であり国民にも人気が高く、天之河ら召喚された者らに王女としての立場だけでなく、一個人としても心を砕いていた。曰く、勇者らにとって本来関係の無い自分たちの世界の問題に巻き込んでしまった、そういう罪悪感があるらしい。

 なるほど、確かに好感が持てるがもしも空が彼女の立場であればそう思えるだろうか。

 まず、間違いなく自国の犠牲を減らせるなら、他国、いやこの場合は異世界か、異世界の人間を消費するのに罪悪感など無い。だって、当然の話だろう。誰だって自分の国、自分の国民の方が大切なのだから。

 それに使い潰したところで、異世界から何か文句や報復が来ないのもありだ。

 

 

「お帰りなさいませ、皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

 

 

 リリアーナはそう言ってふわりと微笑んだ。

 その微笑みに白崎や八重樫という美少女が身近にいるクラスメイトらは約一名を除きこぞって頬を染めた。リリアーナの美しさには二人にはない、洗練された王族としての気品や優雅さというものがあり、多少の美少女耐性で太刀打ちできるものではなかった。

 なお、頬を染めていない空は身内贔屓極まりない判定で圧倒的に妹へと軍配が上がっている為、簡単に弾いていた。

 空はそもそも判定が可笑しいので例外として、他のクラスメイトらに対して昔からの親友のように接することが出来る白崎らの方がおかしいのだ。

 

 

「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」

 

「えっ、そ、そうですか? え、えっと」

 

 

 一切下心なく、素でキザなセリフを吐く天之河に王女という立場上、下心などが察せられるリリアーナはつい頬が赤くなる。そして、どう返すべきかオロオロとしてしまう、そういうギャップも人気の一つなのだろう。

 だが、ギャップなら俺の妹にもある。と何故か胸中で張り合い始める空の変化を何となく察したのか隣に立つ恵里は軽く肘で空を叩き此方側へと戻す。

 やはり、疲れているのだろう。いや、それよりもどうして空の胸中を恵里は察せられるのか、少し引いた。

 そんな二人の言葉を介さぬやり取りも、乱れた精神を立て直したリリアーナが天之河を促す声で終わった。

 

 

「えっと、とにかくお疲れ様でした。お食事の準備も、清めの準備もできておりますから、ゆっくりお寛ぎくださいませ。帝国からの使者様が来られるには未だ数日は掛かりますから、お気になさらず」

 

 

 その言葉に従い、一行は王宮へと入城し、用意された風呂で汗を流し、豪勢な食事に舌鼓を打つなどして迷宮での疲れを癒しつつ、居残り組へとベヒモスの討伐を伝え歓声が上がったり、これにより戦線復帰するメンバーが増えたり、畑山先生が一部で『豊穣の女神』と呼ばれ始めていることが話題になって彼女を身悶えさせたりと色々あったが、天之河達はゆっくりと迷宮攻略で疲弊した体を癒した。

 白崎は内心、迷宮攻略に戻りたくてそわそわしていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

===========

 風鳴空 17歳 男 レベル:48

 天職:防人  職業:冒険者  ランク・紫

 筋力:700

 体力:560

 耐性:430

 敏捷:650

 魔力:360

 魔耐:530

 技能:国津遺伝子[+剣質強化][+◼◼◼◼◼・◼◼◼◼◼◼][+神の依代]・状態異常耐性・剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇]・見切[+人体理解]・縮地[+加速]・先読・気配感知・言語理解[+統一言語]

===========

 

 

「(いや、待て)」

 

 

 久方振りに見たステータスプレートの内容に空は胸中でツッコんだ。珍しく疲れておかしな思考に傾いているというのに、最後の最後で余計に疲れてしまいかねないようなモノを目にして、ため息をつきそうになるも堪え技能へと目を通していく。

 国津遺伝子より派生した[剣質強化]以外の二つ。片や黒染まりで解読不可能、片や神の依代とは、どう考えても厄ネタどころの話ではない。

 

 

「これは、如何に。説明を要求します」

 

『ん、あ、ああ?いや、少しな。身体の中を整えたわけだが、特に悪いものは起きんよ。そもそもシェム・ハの断章があるわけでもない、腕輪でも付けん限りお前がシェム・ハの器になることも無い』

 

「御身も神でしょうに」

 

『そうだな。いざとなったら俺がお前の身体を動かす為の措置だ。なに、俺は別に蘇ってどうこうするつもりは無い。大和はお前たち防人に任せたからな』

 

 

 そう言うエンリルに空は納得するしかなかった。

 どうせ、何を言ったところであちらにこの身体の環境を整える力がある以上どうしようもない。仮にここで依代ではなくなったとしても気がつけば依代に戻っているのがオチだ。

 それならあらかじめそうだ、と認識している方が正解だろう。何より空はエンリルをそれなりに信用していた。そもそも身体を整えられるなら早々に依代にして復活していたりするはずなのだから。

 そして、次に視線を向けるのは言語理解の派生である[統一言語]、これに関してはいったいぜんたいどういうことだろうか。確かにシェム・ハの断章がないとしてもバラルの呪詛は健在なのでは。

 そう聞こうとして、それよりも先にエンリルの声が響いた。

 

 

『これは、依代として整える際についでにバラルの呪詛を取り除いた結果だな』

 

「ついで、程度でバラルの呪詛が解かれた、と」

 

 

 なんと言えばいいのか。

 目頭をつまみながらなんとも言えぬ、とため息をつく。そもそも統一言語が使えるから、なんだと言うのか。

 たった一人言語が出来ても話す相手がいない以上どうしようもない。そう考える空はベッドに倒れ込む。

 

 

「レベルは順調……いや、まだ足らないか」

 

 

 六十六層以降の魔物に対して、ベヒモスの様なモノでもない限りはこれといって苦戦はしない。

 だが、だからこそ空のレベルは伸び悩んでいた。苦戦しないのでは数を稼ぐしかなく、その数もなかなか稼ぐことが出来ない。

 故に強くなる為にはベヒモスクラスでもなければ、どうしようもなく、冒険者として迷宮攻略再開前に経験を積んでいた際に複数人で動くよりも一人の方が経験は積みやすいと感じていた。故に段々と仲間たちと共に迷宮攻略をするよりも一人で進む方が気が楽だ、と考えていて────

 

 

『なあ、空。お前は、神代魔法に興味はないか───』

 

 

 その悩みに神がその手を差し伸べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────






 今日で6月も最後です。
 明日から7月が始まり、より一層暑くなってくると思いますが皆さんもお体に気をつけてください。作者も頑張ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五刃

─────〇─────

 

 

 

 

 

 一行が王都へと帰還してから三日。

 ついに、帝国より使者が訪れた。謁見の間の中央、レッドカーペットに帝国の使者が五人立ったままでエリヒド王と向かい合っており、この場には彼ら以外に天之河や空を始めとする迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてやはり帝国の使者に勇者を紹介する為なのかイシュタル率いる司祭が数人そろっていた。

 並ぶ使者からの値踏みするような視線を感じるもののそんなものはどうでもいいと流している空であったが、帝国のモノとは違う視線を感じそれを探ろうとしても、探ろうとした時点で途切れまた感じるという悪循環が起きており、そんなイタチごっこに空は早々に諦める中、話が始まっていく。

 

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

 

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

 

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

 

「はい」

 

 

 国王と使者で行われる定型的な挨拶を交わし早々に、天之河たち勇者一行のお披露目と移っていく。

 国王に促され天之河は一歩前へと出る。その姿は召喚された頃のものとは違い、まだ二ヶ月程度しか経っていないが随分と精悍な顔つきになっている。そんな顔つきを、ここにはいない王宮の侍女や貴族令嬢、居残り組の天之河ファンが見れば間違いなく見惚れてしまうに違いない。

 そうして天之河を筆頭に次々と国王は迷宮攻略メンバーを紹介していく。

 そうして、地味に遠藤が飛ばされ最後に檜山らを紹介し終えて、使者が口を開いた。

 

 

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」

 

 

 使者は天之河を観察し値踏みするような視線を向ける。イシュタルという勇者の後ろ盾がいる手前、露骨な態度を取らないもののその視線にはやはり疑わしいモノを見るような色が若干ながら存在していた。

 そんな使者の態度に天之河は居心地悪そうにしながらもその疑いを晴らす為に答える。

 

 

「えっと、ではお話しましょうか? どのように倒したかとか、あっ、六十六層のマップを見せるとかどうでしょう?」

 

 

 信じてもらおうと色々な提案をする天之河の様子を見ながら、恵里と空は聴こえないようにため息をつく。相手は完全実力主義の帝国。その使者である以上、そういう人種である事は間違いないだろう。

 と、なればそんな相手に実力を示すのに武勇伝やマップといった目に見えるモノを示すのは大して意味が無い。

 では、どうすればいいのか。それを二人が胸中で浮かべると同時に使者は首を横に振ってニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

 

「えっと、俺は構いませんが……」

 

 

 正しく完全実力主義と言うべきか。

 使者の提案に天之河は若干戸惑った様に国王へと振り返れば、国王は視線をイシュタルへと確認するように向け、イシュタルは頷いた。

 神の威光で帝国に天之河を、勇者を人間族のリーダーとして認めさせることは容易い話であるが、完全実力主義の帝国を本心から認めさせるには、実際に戦って実力を示すのが何よりも手っ取り早いとイシュタルは判断した。

 

 

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

 

「決まりですな、では場所の用意をお願いします」

 

 

 これにより、急遽勇者対帝国の使者の護衛という模擬戦の開催が決まった。それに伴い一行は謁見の間から戦っても問題ない広さの場所へと移動していく。

 そうして移動していく最中、イシュタルの傍らにいた銀髪の修道女がその視線を空へと向けていた。

 

 

 天之河の対戦相手として出てきたのはなんとも平凡という言葉が似合うような男だった。

 高いわけでもなく低いわけでもない身長に、個性が無いのが個性とでも言うような人混みの中に紛れ込めばすぐに見失ってしまいそうな平凡な顔立ち。

 それだけ見ればまったく強そうに見えないが、その足運びを分かる人間が見れば間違いなく弱いとは思わないだろう。だが、天之河は相手が下であると無意識に考えているからなのか、観察するわけでもなく、足運びを見るわけでもなく目の前の刃引きした大剣をだらりと無造作にぶら下げ、構えらしい構えをとっていない相手を見て侮られていると怒りを抱いていた。

 故に最初の一撃で度肝を抜いてやれば真面目にやるだろうと考え、最初の一撃は割かし本気で打ち込むことを決めて

 

「いきます!」

 

 

 一陣の風となった。技能である“縮地”を用いて高速で踏み込む事で豪風を伴い唐竹に剣を振り下ろす。並の戦士であれば、視認することは難しい一撃、天之河とて怪我させるつもりはなくそれを寸止めするつもりであった────

 

 

「ァッ!?」

 

 

 不意に襲った衝撃に天之河は短い悲鳴を上げて、吹き飛んだ。

 護衛は剣を掲げるように振り抜いていた。

 多くの人間は何をしたのか分かっていない様だが、空や八重樫という一部の前衛職は何をしたのか外側から見ていた為に理解出来た。

 天之河が寸止めの為に一瞬、力を抜いた刹那にだらんとしていた剣が跳ね上がって的確に衝撃を天之河へと叩き込み吹き飛ばしたのだ。つまるところ、相手を舐めていたのは天之河の方だったというわけだ。

 地を滑りつつも体勢を整えた天之河は驚愕の表情で護衛を見る。寸止めに集中していたとはいえ、護衛の攻撃をほとんど認識できなかったのだ。

 そして、同時に護衛も表情には出していないが僅かに驚き、少し考えるような素振りを見せた男は不意に随分と不遜さを感じさせる態度と声音で尋ねる。

 

 

「……おい、勇者。元々、戦いとは無縁か?」

 

「えっ? えっと、はい、そうです。俺は元々ただの学生ですから」

 

「……それが今や〝神の使徒〟か」

 

 

 いきなりの質問に天之河は声をつまらせつつも答える。その答えに護衛はチラリとイシュタルら聖教教会関係者を見ると不機嫌そうに鼻を鳴らして、天之河へと距離を詰める。

 

 

「腑抜けてるからなのか、それとも所詮こんなもんなのかは知らねぇが……構えな、勇者」

 

 

 瞬間、天之河の背筋が粟立った。それに反応して天之河は咄嗟に聖剣を翳した。

 その判断は正しく正解だろう。

 

 

「っうう!?」

 

 

 盛大に火花を散らしながら凄まじい衝撃音が響き渡った。跪いた体勢で真上より振り下ろされた無骨な大剣を受け止めながら、いつの間にに間合いを詰められたのか、混乱する天之河。そうしていると不意に至近距離から見下ろしている護衛と目が合って、今まで感じた事がないほどの濃密な殺気が天之河を貫いた。

 それによって、天之河は無意識に悲鳴とも雄叫びともつかない絶叫を上げて全身より凄絶な魔力の奔流を迸らせる。その力に押され、護衛は僅かに体勢を崩し、その隙を突いて天之河は聖剣の一撃を繰り出す。

 その一撃は間違いなく護衛を切り裂く一撃であったが、寸前で動きが明らかに鈍った。模擬戦だから、などという意思ではない。もっと無意識的なものが要因であり───それを見て、護衛の瞳は細まり

 

 

「やめだ」

 

 

 そんな冷めた呟きと同時に天之河の一撃を躱して距離を取って剣を収める。

 いきなりの事に戸惑う天之河へと護衛は次々と言葉をなげかける。それはいったい何と戦うのかを天之河がしっかりと理解しているのか?というもの。

 それに対して天之河が返すのはどこか曖昧なモノ。

 そんな曖昧な答えに護衛は嘲りや侮りの色を持たぬ声音で淡々と酷評していき、それにカチンときた天之河は咄嗟に反論しようとするも遮られる。

 

 

「傷つけることも、傷つくことも恐れているガキに何ができる? 剣に殺気一つ込められていない奴が、ご大層なこと言ってんじゃねぇよ。『本気』なんて言葉はよ、もうちょい現実ってもんを見てから言え」

 

 

 そんな突き放す様な言葉に反論しようとするが護衛は早々に踵を返す。

 あまりに不遜極まりない。

 神の使徒である勇者への態度に、自分たちから仕掛けた模擬戦をまともに戦わず一方的に切り上げるなど、あまりに不遜。というよりも失礼ではないか、と周囲がザワつき始める。

 そんな民意を得たと言わんばかりに天之河は護衛へと抗議の声を上げ.......ようとして、それよりも早くに別の所から護衛へと声がかかった。

 

 

「ふむ。勇者殿は未だ発展途上。経験が足りぬのは仕方のないこと。そう結論を急ぐ必要もないでしょう。取り敢えず、今の発言は勇者殿を気遣ったものとして受け取っておきましょう」

 

 

 でなければ教皇として信仰を確かめねばならない。

 そう厳しく告げるのはイシュタル。そして同時に護衛の正体を看破した事で、護衛は周囲に聞こえない程度の声量で悪態をついて、右耳につけていたイヤリングを外せばたちまちにその姿が別人へと変化した。

 四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。その姿に周囲は一斉に喧騒へと包まれた。

 それも当然だろう。

 

 

「ガ、ガハルド殿!?」

 

「皇帝陛下!?」

 

 

 この男の正体はヘルシャー帝国における最高権力者。つまるところ、現皇帝であるガハルド・D・ヘルシャーなのだから。

 いったい誰が予想出来るだろうか。まさか、帝国からの使者の護衛の中に皇帝本人が姿を偽装した上で紛れ込んでいるなど。

 皇帝がこんな所に来て、不都合は生じないのだろうか。そんな至極当たり前なことを心配する勇者一行の数人を余所に話は進んでいく。

 

 

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

 

「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

 

 

 謝罪する。そう言っておきながらまったく反省してる様子もない皇帝に国王はため息を吐きながら首を横に振る。どうやら、諦めたらしい。

 しかし、こんな状況に天之河たちは置いてきぼりであり、一部が心配している中、国王直々に説明が入った。

 どうやら、この皇帝。皇帝という重大な立場の癖にフットワークが物凄く軽く、こういったサプライズを仕掛けるのも日常茶飯事らしい。

 それでいいのだろうか、ヘルシャー帝国。だが、やはり皇帝だからか実力は高い、いや最強だからそういうのも許されているのだろう。改めて、完全実力主義の異様さを一行は体験することとなった。

 

 

「イシュタル殿。もちろん、貴方の言う通り、先の発言は危うい様子の助言のつもりだ。我等が神の使徒を侮るはずがない。粗野な言葉遣いは、国柄ということでご容赦を」

 

 

 なんとも白々しい物言いで、皇帝はイシュタルへと謝罪なのかそうではないのかよく分からない返答をする。十中八九侮っているのは間違いないが一々口に出すつもりがないのか、それとも何か思惑があるのか、イシュタルは僅かに目を細めつつも穏やかな表情で頷いた。

 この後は特段山も谷もあるわけではなく、微妙な空気もなあなあに取り繕われ、帝国と王国の形式的な会談が進んでいった。その際に皇帝から勇者を認めるという旨の返答をされたが、あくまでそれは将来的なモノを理由とした返答であり、分かる人間からすれば今の勇者に期待していないという意味合いにもとれた。

 だが、一応帝国が勇者を認めるという今回の訪問の目的は達成した以上王国もとやかくは言うことなく帝国と王国の会談は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼、風鳴空さん。少々よろしいでしょうか」

 

 

 会談も終わり夕食の時間となる頃合で重吾らと共に夕食へと向かおうとしていた空はふと声をかけられた。

 もしや、帝国か、と振り返ってみればそこに立っているのは修道女。整えられた銀髪に、大きく切れ長の碧眼、少女にも大人の女性にも見える不思議で神秘的な顔立ちの彼女に空の周りにいた重吾ら男子はもちろん、辻や吉野の女子二人も見惚れていた。

 女神と称される美少女である八重樫や白崎、貴人としての美しさを持つリリアーナ、彼女ら三人とはまた違ったベクトルの美しさ。いわゆる完成された人形めいたその造形美を持つ彼女。

 呼び止められた空はいったいどうしたのか、と聞いてみれば

 

 

「大事なお話があります。ここではアレですから、どうかお時間をいただいても?」

 

 

 微笑みながらそう返す彼女に、女子二人は顔を見合わせてから空と彼女へ視線を何度も移動させて、もしかして、と軽く頬を染め、男子三人は空へ視線の圧力をかける。

 そんな姦しい女子二人の視線と男子三人の嫉妬の視線を受けながら、空は言葉を返す。

 

 

「申し訳ないがこれから友人たちと夕食だ。また後日でも構わないだろうか」

 

 

 にべなく告げられた返答に五人の視線に圧が込められる。()()()()話だと思っている女子二人は察しろよ、鈍感かよ、という圧を。男子三人からはこんな綺麗な女性からのお誘い断るとかお前、という圧を。

 しかしそれらを無視して空は彼女を見る。

 彼女はしばらく逡巡し口を開く。

 

 

「分かりました。それでは夕食後でよろしいでしょうか?」

 

「問題ない」

 

「それでは、王宮内の聖堂にてお待ちしております」

 

 

 そう言って軽く頭を下げて、彼女はその場を去る。

 彼女の姿が廊下の角に消えた辺りで黙っていた彼らが動き始めた。

 

 

「おい、風鳴。お前、お前……」

 

「めちゃくちゃ美人さんの誘いを断るとか、おま」

 

「ウッソだろお前」

 

「風鳴くん、流石に今のは」

 

「無いよ」

 

 

 嫉妬の視線を向けていたりしたのは誰だ、と言いたい物言いの男子と明らかにそういう話だと思っている女子の言い分に空は軽く目を瞑りながら。

 

 

「夕食の方が先約だ」

 

 

 そう言って空は五人を置いてさっさと夕食の場へと向かって歩き始め、五人は嘘だろ此奴、とでも言いそうな視線を、いや、実際に言いながら空の後を追いかけていく。

 後ろを気にせず歩く空、しかしその思考はいつも以上に回っていた。

 

 

『アダムの同類か』

 

「(やはり、人形ですか)」

 

『ああ、アダムと違いどうやら造形美に力を入れているらしいな。それと肝心なモノが欠落している辺り、傀儡として道具としての創造だろう。となれば、アダムの様な別の姿があるわけではないな……まあ、あの辺は多分にテトラグラマトンの趣味が反映された結果だが……全裸趣味しかり、真の姿しかり』

 

「(気になる話もありますが、つまるところ?)」

 

『この時期にわざわざ声をかけたということつまるところそういう事か。段々とエヒトについて分かってきたな…………十中八九、お前という依代を欲してるだろうな』

 

「(……では)」

 

 

 そうして胸中でエンリルと話し合いながら、夕食の場へと着いた空。

 女子二人から話が広がり、居合わせたメンバーに様々な視線を向けられたものの、全て無視するかのらりくらりとしてやり過ごし、早々に食べ終えて空は一人廊下へと消えていった。

 

 

 

 

 

 この夜、風鳴空の姿を見た者は誰もいない────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────




銀髪の修道女、いったいどこの誰ントさんなんだ.......


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六刃


 今回はやや短めなのと、もう一話更新予定です。





─────〇─────

 

 

 

 

 

 風鳴空。

 それは三百年前に逃してしまった器に代わる新たな器であった。

 人間族と魔人族を争わせ楽しんでいた折に今までとは違った変化を齎す為に、そして何よりまったくもって期待していなかったがもしかしたら、いるかもしれないと考えて地球より召喚した勇者たち。その中で目覚めた希少な存在。

 嬉しい意味でのイレギュラー。

 ソレは自分の手元にいる三百年振りの身体を想い笑っていた。魔法への才が三百年前に失った器に比べれば凡才の域を出ないがしかし、それでも器を手に入れた後に時間をかければ何も問題は無い。

 そう、神界にて一人クツクツと嗤うソレ───魂魄のみの存在として在り続けている神エヒトルジュエはどこまでもどこまでも嬉しげに。だって、そうだろう、三百年前に手に入る筈だった自分の器を失って、辛く哀しい時を過ごし人間族と魔人族という玩具でそこまで楽しくもない遊びを繰り返し、ちょっとしたスパイスを入れようと天秤を傾かせ、より一層の信仰心を集めようと思いつつ、もしかしたら器があるかもしれないと、砂漠の中から一つの小さな宝石を掬い上げるように、異世界から勇者たちを召喚してみたら自分の器が見つかったのだから。

 三百年前の器に比べれば確かに自分の得意分野への才は劣っている、劣っているがしかしそんなモノは自分という至高の存在が昇華魔法や変成魔法を用いればどうにでもなる。いや、むしろ、少し弱い所から育ててみるのも一興、と新しい楽しみが芽生えた。

 

 

 だから、忠実なる下僕である、勇者たちとは違う『真なる神の使徒』の一人を器の回収に向かわせた。

 周りに邪魔な者らがいて、誘いを断られはしたがしかし、夕食後に来るように約束させ怪しむ様子もなかった。

 何よりも、我、エヒトルジュエは寛大である。

 三百年に比べれば瞬きの間でしかない時間で、風鳴空としての最後の晩餐程度赦すのは当然だ。三百年振りの器にやや気が逸ったものの誤差でしかない、とエヒトルジュエは伺いを立てた使徒に許可した。

 もうすぐ、もうすぐ、もうすぐ我の身体が手に入る────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『誰が渡すか』

 

 

 ハイリヒ王国王都より南西。

 既に夜空で月が笑っている時分、旅人も最寄りの街で休んでいるであろう中、夜道を駆け抜ける人影が一つ。

 その速度はおおよそ、人間が走っているものとは思えないモノだ。馬もかくやという速度で夜道を駆け抜けているのは風鳴空。

 忍者の健脚と技能の[加速]、そしてステータスの敏捷が高いのを利用してのソレはぐんぐんと王都より距離を引き離していく。

 いったいどうして、空が王都から一人走って離れていくのか、それには理由がある。

 

 簡潔に言えば、「身の危険と周囲の被害」という至極簡単なそれらが理由だ。

 それだけでは分からない者もいるだろう。詳しく説明するならば、数時間前の事だ。

 夕食を前に、エンリル曰く「神の人形」らしい女性に、大事な話があると言われながらも夕食後にその話を聞くと約束した空は夕食を終えて、言われた通りに聖堂へと赴いた───わけがなく、一人早々に部屋へと戻って冒険者業をして溜め込んだ金銭と武装、そして王宮の宝物庫より黙って持ってきたいくつかのアーティファクトを革袋へと詰め込んで窓から誰にも見つかることなく抜け出して王都を脱出した。

 昨晩の時点で王都を離れる準備自体は終えていた為、予想以上に時間をかけずに抜け出せた為に、呼び人である「神の人形」が逃げられた事に気がつく頃には既に王都にはおらず、ましてや何の遠慮もなく走っている以上追いつくのも困難だろう。

 

 

『だが、相手は神の人形だ。長距離移動手段があってもおかしくはない』

 

「空間転移、ですか」

 

『そうだ。どうせ、神と繋がっているならリソースは充分だろう。後は時間だがまあそれもリソースのゴリ押しでなんとかなる。と、なれば一番時間をかけるなら捕捉にか』

 

「つまり、暫くはこのまま、と」

 

 

 内のエンリルと会話しながら、空は駆けていく。

 さて、「神の人形」とその主が求めているのは[神の依代]である空の身体。もちろん、空もエンリルもそれに対して渡すわけもなく、ならば空の身体を手に入れる為に「神の人形」が強行手段に出るのは火を見るより明らか。そうなれば間違いなく周囲、クラスメイトへの被害は出るだろう。

 そうなるのは空も望むところではなく、そもそも戦うにしても「神の人形」の方が現段階では強い。アヌンナキ・エンリルが顕現するならば「神の人形」を殺してそのままエヒトを蹂躙するという手もあるがそれはエンリル、空共に避けるべきであると考えていた。

 勝ち目が無いなら逃げる、当たり前の結論に至り一先ず空は南西、グリューエン大砂漠にあるアンカジ公国を目指していた。

 

 

『いや、このまま走りっぱなしは問題だろう。そろそろ一度休息をとった方がいい。此方で偽装する』

 

「了解」

 

 

 しかし、流石に数時間走りっぱなしというのは問題であり、相手が何時追いついてもおかしくない状況であったとしてもスタミナが尽きた状態で対峙する危険性を鑑みれば、ここらで一度休息するのが最善であるとエンリルは判断し、空もその指示に従い少しずつ速度を落としていく。

 それに伴いエンリルによる偽装が行われていき、速度を落として軽く歩きながら心拍等を整え近場にあった木にもたれかかって腰を下ろす。

 そうして、外套の下から取り出すのは荷物袋───ハジメが後に使うアーティファクト“宝物庫”と同系統の代物である。形状は一般的な荷物袋であるし、しまうことの出来るモノの合計重量は五十キロ、耐久性はもちろんあるがそれでも多少の鎧より柔い、などと下位互換もいい所なアーティファクトであるが、“宝物庫”がおかしいだけで充分価値あるアーティファクトである───その口を開けて中から皮水筒を取り出し中の水を含んでいく。

 やはり、数時間走りっぱなしだった為か、水を飲むペースは速くもう既に皮水筒の半分程は飲み干していた。

 そうしながら、空は胸中で黙って王都を出た為に何も知らず明日の朝には騒ぎとなるだろうことを考えて、重吾らパーティーの面々と恵里や八重樫へと謝罪する。そして、余計な心配を畑山先生にかけるだろうことを思う。

 

 

「だが、あちらにあのままいたところで余計な面倒事が増えるのは間違いなかった」

 

『だろうな。人質にしてくる可能性もあった』

 

「流石にまだ、人質ごと敵を斬るつもりは無いので」

 

『……相も変わらず、覚悟が決まりすぎてて怖いが……いや、まあ、躊躇して掌で踊らされるよりかはマシか』

 

 

 暗に必要ならば例えクラスメイトを人質に取られたとしても、その人質ごと敵を斬り殺す。そう呟く空にエンリルは自分の末裔の覚悟の決まり具合に軽く頭痛を覚えながらも相手の思う壷にならないだけマシだと思って諦める。

 とにもかくにも、そういった不測の事態を無視して戦うにはまだ、実力が足りなかった。だからこそ、ある意味今回の一件は空にとってもエンリルにとっても渡りに船と言えた。

 これから、エンリルが居るとはいえ空は一人で戦っていかねばならないのだ。そうなれば、間違いなくより多くの経験が積めるはずだ。周囲に歩を合わせなくても良いのだと、空は心の片隅が湧きたっていた。

 だが、それに気づかずに空は皮水筒の蓋を閉じて、荷物袋へとしまいこみ何時でも抜刀出来るように長剣を肩に寄りかからせてから目を瞑る。

 

 

 

 

 

 もはや、目的は定まった。

 邪神と神の使徒を斬滅すべし。祖神が神命を下賜し、まずはその為の戦準備を─────目指すはグリューエン大火山、そこにある神代魔法。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国から使者が訪問した翌日、本来ならばしばらく滞在し歓待されるのが常であるが、用事は済んだからさっさと帰国する、というフットワークの軽すぎる皇帝の判断により皇帝一行はハイリヒ王国を後にする事となった。

 それに対して天之河ら勇者一行はそんな皇帝一行を見送る事になり、昼頃に王都正門まで赴いたのだが、その中に風鳴空の姿はなかった。いなかったから、と言って特に何か起きた訳ではななく、早々に皇帝一行の見送りは終わったが、問題が起きたのはその後だ。

 解散といった頃合にふと、八重樫が友人の一人である辻に「空はどうしたの?」と聞き、それに対して辻は勿論、吉野や重吾らパーティーのメンバーにも誰一人昨晩の夕食から一度たりとも空の姿を見た者がいなかった。

 では、ずっとこの時間まで部屋で寝ているのか?と考えてもそれは無い、と全員が一蹴した。何せ、普段から誰よりも早くに起きているのだ。こういう日に限って寝坊などするわけがない。そんな中、遠藤がふと昨晩の夕食前の出来事を思い出すがしかし、それとこれが関係あるとは思えなかった為に口に出さず、他の面々も無意識に関係ないと思っているのだろう、やはり誰も話題に挙げず、いつの間にやら首を突っ込んできた天之河がサボったのだろうと決めつけ、檜山らがそうだろうと続いたが為に空が何処にいるのか、と言った話は一時終わった。

 

 

「どういう事?」

 

 

 しかし、それもその日の夕食の時間まで誰一人とて空の姿を見なかったのなら別だろう。

 部屋を覗いてみれば、武装は何処にもなく、空の専属であったメイドに聴いてみても、朝掃除に来た時から何も変わっていない、いや、それどころか昨晩寝ていたという痕跡もなかったという。

 八重樫や恵里、重吾らは訓練も兼ねて空が冒険者をやっているのを知っていた事もあり、何らかの依頼で居ないのかと考えて冒険者ギルドへと訪ねに行ったがしかし、返ってきたのはオルクス大迷宮へ行ってから一度も依頼は受けていない、という旨。そして、王都の守衛からも一度も空が王都の外へ出たのを見ていないという証言を得た。

 

 唐突な空の失踪。

 それは八重樫、恵里、パーティーメンバーだけでなく天之河ですら驚きを隠せなかった。

 天之河にとって風鳴空は卑怯な人間という印象が大前提であるがしかし、それでも風紀委員として悪事を取り締まるそのあり方には一定の信頼はあった。

 だから、天之河には空が逃げ出した、という考えに至ることは出来なかった。フェアな人間ではないが逃げるような人間ではない、と信じていた為に。

 探せども探せども最後の目撃情報は昨晩の夕食時まで。ならば、と、天之河は教会や国王へとメルド団長らを通して空の捜索を頼み、両方とも天之河の願いを聞き届けたが…………いったいどういう事か、空の捜索はものの数日で打ち切られ、勇者一行における二人目の脱落者として片付けられる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────




エヒト「え」

エンリル・空「「勝てないのに戦う必要はないだろう」」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七刃



 今回は二話更新です。
 今話は2話目ですので16話を読んでいない方は前の話を読んでから今話を読んでください。




─────〇─────

 

 

 

 

 

 教会及び王国によって形だけの捜索がされている頃、既に王国の国境を越えた所にまで移動していた空は悠々と荷台の中で休んでいた。

 何度かの短い休憩時間を挟んで早々にハイリヒ王国と目的地であるグリューエン大火山が存在するグリューエン大砂漠、それを領土としているアンカジ公国の国境付近まで進んだ空はエンリルの指示という名目の気遣いに甘え、国境付近の都市で休息を取っていたアンカジ公国へと向かうという商隊に相乗り───無論、乗車賃は前払いしてある。もちろんしっかり冒険者業で得た真っ当な路銀である───させて貰う形で今までの短い休憩では取れなかった疲れを回復していた。

 

 

「…………」

 

 

 駱駝が引っ張っている荷台、そこに張られた陽射しを遮る為の天幕の下から空は外をチラリと覗く。

 既に外に広がっているのは赤銅色に染まった大地と空、赤銅色一色の世界がだった。

 どうやら、砂自体がきめ細かいようで、常に吹いている軽い風に易々と舞い上げられた砂が大気を砂の色である赤銅色に染め上げているのだろう。外套のフードをやや深めに被りつつ砂が目に入らないようにしながら、視線を動かしていけば外には大小様々な砂丘が無数に存在しているのが見え、そして砂丘の表面は常に風で煽られては波打つように模様や形が変化していく。

 ここは『グリューエン大砂漠』。太陽が照りつけ、強烈な熱気を砂の大地が吐き出し続けており、如何に天幕で直射日光を避けているとはいえ、定期的に水を飲まねば熱中症に陥る事は目に見えている。

 その為、空は皮水筒に口をつけて水分を補給していく。

 旅の道としてはまごう事無く最悪の環境であるがしかし、商人たちのたゆまぬ努力が行路を作り上げ、少しでも少しでもその旅路を楽にしようとし、多少の苦難はあるもののこうして商隊が行き来する程に道は開拓されていた。

 

 

『それにしても鳥取砂丘と比べるとやはり、違うな』

 

「(先史文明は中東だったのでは)」

 

『いや、別にあれだぞ。砂漠がずっと昔から砂漠と思うなよ。というよりもだな空、大和に流れ着いて彼此数千年だぞ、砂漠よりも鳥取砂丘の方が見たことがあるに決まっているだろう』

 

 

 エンリルのなんともアレな血筋を感じる言葉を空は明確に否定せず、そのまま受け止めながら再び皮水筒に口をつける。

 既にキャラバンがグリューエン大砂漠へと入って三日目。現状、神の人形による襲撃といった事態は起きていない。

 聞けばこのままのペースで行けばもう二日もすればアンカジ公国へと到着するらしい。このまま、何事もなくこの行路を終わるのを待つ─────

 

 

「サンドワームだぁ!!」

 

「……わけにもいかない、か」

 

 

 外より響いた悲鳴混じりの叫びに空は荷台より飛び出し、素早く天幕の支柱を掴みながら荷台の側面から叫び声の方向へと視線を向ける。

 キャラバンの先頭側、その近くにある砂丘より何体もの巨大なミミズとしか言い表せぬ魔物が鎌首をもたげていた。名称はサンドワームという、このグリューエン大砂漠にのみ存在しているという魔物。

 察知が難しく奇襲に優れているそうで、このグリューエン大砂漠を横断する者には蛇蝎の如く嫌われている魔物らしい。ただ、魔物本人も察知能力が低い為、偶然サンドワームがいる近くを通らなければ襲われる事はないらしい。

 そんなサンドワームが四体、内三体は平均的な二十メートル程のモノだが明らかに一体だけ一回りほど胴回りが太いサンドワームが混じっている。恐らくあのサンドワームのリーダー格だろう。

 

 さて、もちろんこの商隊にはグリューエン大砂漠を横断する以上、冒険者の護衛はいる。いるがしかし、どうやら報酬をケチったのか、それとも純粋に人数が集まらなかったのか、護衛の冒険者は1パーティーしかいない。これでは、サンドワームに対処するのは難しい。

 

 

「仕方ない」

 

 

 後衛二人に前衛二人というよくある組み合わせのパーティーがサンドワームと対峙するが、サンドワームという魔物相手には数が少ない。当たり前だろう、相手は平均的でも二十メートルはあるのだ。それが三体、そして一体はそれらよりも巨大。

 故に空は一度、掴まっていた支柱の先端へと飛び乗りそれを足場にしてサンドワームへと軽々と跳躍する。

 

 空中で身を翻しながら、長剣を抜刀。

 サンドワームの中でもとりわけ大きいモノへと迫り、[加速]によって空中の砂を足場にするように加速したまま抜刀術の要領で長剣を振るう。

 刹那、あまりに太ましいサンドワームの胴を両断する。無論、斬り裂いた際に土に半ば埋まっていた方の部分を蹴り付けることで断面がキャラバン側へと向かないようにし、断面より吹き出た血で荷台や荷物が汚れないようにする。

 あまりに鮮やかな一撃に護衛の冒険者たちは惚けた様な視線を向けるが、彼らの傍らに着地した空が叫ぶ。

 

 

「魔物はまだいるぞ!」

 

「ッ!そ、そうだ!おい!」

 

「あ、ああ!!」

 

 

 空の言葉に我に返った前衛二人は剣とメイスを構え目の前のサンドワームへと走る。それを見て、すぐさま後衛の一人、恐らく魔術師だろう少女が詠唱を始め、弓術士がつがえた矢をサンドワームへと放ち始める。

 動きは決して初心者ではないが、どこかぎこちなさを感じるのは恐らく足場が原因だろう。

 きめ細やかな砂が広がるこの砂漠に慣れていないのか、前衛の剣士と神官戦士だろう二人はやや足元がおぼつかずサンドワームへと撃つ一撃一撃が本来の力を発揮出来ていない。そんな様子を見ながらも、空を脅威と感じた別のサンドワームが襲ってくるのを回避しすれ違いざまに胴へと長剣を刺し込みサンドワームの勢いを利用して斬り裂いていく。

 

 

「…………」

 

 

 そうして、二体目のサンドワームが裂かれた横腹から臓物を零しながら頭を砂に埋め死んだのを確認した空が視線をやれば、冒険者らが相手にしているサンドワームとは別の四体目は既に仲間の半分が死に、しかも片方が自分たちのリーダー格であったとなれば本能に従い逃げるのを優先したのか砂丘の向こう側へとその姿を消していた。

 視線を戻し、冒険者らへと向ければ魔術師が炎系の魔法を放ち、喰らいつこうとして大きく開けたサンドワームの口内へと叩き込んで大きく仰け反った隙に前衛が全力でメイスと剣を頭に叩き込んだ事で殺せたようだ。

 照りつける太陽と熱気を放つ砂、如何に外套などで対策していようともそんな中で戦闘などすれば息も上がり、疲労も常のそれではない。

 空は自分が乗っていた荷台の上に戻り荷物を手にして、ぐったりとしている四人の方へと足を運ぶ。

 

 

「はぁぁ……暑い……」

 

「心頭滅却……うぅ、神よ……これも試練ですか」

 

「確かに……きつい」

 

「アンタたちもだけど、私なんて魔法の近くだったから余計に熱かったんだけど」

 

 

 キャラバンはサンドワームに襲われた事で何か、被害が出ていないかの確認を行っているためこの場に留まっている。

 また、襲われない為に確認自体は急いで行われているが、彼らと話す時間はある。

 

 

「大変だったな」

 

 

 そう、声をかければ彼らのリーダーと思わしき、軽装の上に陽射し避けの外套を羽織った黒い髪のどこか気の弱そうな剣士の青年が真っ先に反応を返した。

 

 

「あ、そ、その、手を貸していただきありがとうございました!」

 

「気にする事はない。元より万が一の時に戦うという契約で乗せてもらっていた身だ。……それよりも、そちらは大丈夫か」

 

 

 青年の言葉にそう返して、空は荷物袋より取り出した器に皮水筒の水を注いで彼らに手渡すのを四度行う。水が並々と注がれた器を手にした四人は互いに見合って目を見開き、最後に青年が空へと視線を向けて

 

 

「飲むといい。こんな慣れない場所で戦えば、疲労は凄まじいだろう。しっかりと水分を取らんと意識が飛ぶ事になる」

 

「え、あ、でも」

 

「……ああ。気にする事はない、コレはアーティファクトだ。一定の魔力を注いで中の魔法陣を起動するモノでな、飲水を安全に確保出来る」

 

 

 だから、気にせず飲め。

 そう言う空に四人は礼を言ってから器に口をつけて水を飲む。普通の皮水筒の水のような若干温くなった水ではなく、冷えた水は汗をかいた身体と喉によく沁みる様で飲み干した四人は皆感嘆の息を漏らす。

 その様を空に見られている事に気づいたのか、四人はハッとして気恥しげに頬をうっすらと染めて俯く中、その内の一人である弓術士の少女は俯きながらもその器を持っている両手は空へと差し出されており、それは無言の厚かましいお代わりを求めるソレであり、空はそれに一瞬、眉を動かしたが軽く笑みを浮かべて差し出された器にもう一度水を注ぐ。

 その音に他の三人は何か、仲間の行動に気がついたのか顔を上げて「嘘だろコイツ」という視線を弓術士へと向ける。

 そして、すぐに青年が慌てて頭を下げた。

 

 

「す、すいません!仲間が!」

 

「何、水分補給は大事だ。冒険者というものはこれぐらい厚かましい方がいい」

 

「待ちなさい、流石にダメでしょうそれは」

「そうよ、ねぇ……私も引くわよそれ」

「大丈夫、リックが頭下げてるから」

「「いや、ダメでしょうが!?」」

 

 

 思考の端に王都の冒険者ギルド本部で見た冒険者の先達らを思い出しながらそう言う空に青年はとても申し訳なさそうな表情で顔を上げる。

 そうして、ふと一つ肝心な事を忘れていた事を青年は思い出して、また慌てたように自己紹介をしていく。

 どうやら彼らは空のランクである紫の一つ下のランク・黄の冒険者チームであるらしく、今回はギルドの方から勧められた依頼であったらしい。グリューエン大砂漠を横断するキャラバンの護衛という新天地へ移動する依頼に意気揚々と参加してみれば、冒険者たちが集まっておらず結果として自分たちだけが護衛という事態に不安だった。そう吐露する青年の表情はなんとも苦労したモノだ。

 

 

「そうか……それは大変だったな」

 

 

 青年の苦労を察した空が二重の意味で労いの言葉をかけたタイミングでキャラバンの人が声をかけに来た為、四人より器を回収した空は自分が乗っていた荷台へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八刃



 空のちょきはかっこいいちょき(なお、前世からそれである)
 
 ハジメが障害をぶち壊して突き進むに対して、主人公は基本的に片付けれるかどうかなので、戦闘を避けるべきと判断すれば普通に逃げますし回り道します(今の段階では)


─────〇─────

 

 

 

 

 

 天に輝く太陽の下、焼けるように揺蕩う大気と熱砂を駆ける影が複数。

 砂丘の彼方より標的へと狙いを定め、砂を蹴り踏みながら、唸りながら、獲物へと迫るのは四足獣。

 赤銅色の大気と砂漠に僅かに紛れるような銅色の獣毛を生やすのはオオカミと変わらぬ体躯の──カラカル。グリューエンデザートキャットと呼ばれる、獰猛な肉食獣の魔物である彼らは十を越えるほどの群れのまま自分たちの縄張りを通ろうとしている怖いもの知らずな人間共を食い千切る為に砂丘を乗り越えて───

 

 

「ヒィゥンッ!?」

 

 

 先頭を駆けていたグリューエンデザートキャットの額を矢が貫き、脚がもつれそのまま後方から走ってきた仲間とぶつかり転げていく。他のグリューエンデザートキャットらは一瞬、転がっていく仲間に気をとられるがすぐに目の前の獲物へと意識を戻す。

 それでも一向に構わない。

 

 

「私の矢は……外さない」

 

 

 荷台の縁に足を乗せ、カッコつけながらも弓術士の少女は矢を弓に番えて次々と放っていく。弓術士としての技能によって放たれた矢は的確にグリューエンデザートキャットを射抜いていく。

 額を撃たれたモノ、その脚を射抜かれたモノ、胴へと突き刺さったモノ、当たった箇所は様々であるが一矢も無駄にせずに当てていく様は正しく彼女の実力が確かなモノであると証明していた。

 だが、全ての魔物を射抜いたわけではなく、また射抜いたからといってそれで終わりというわけでもなく、当たりどころが問題なかった魔物は痛みに怒りを抱きながら速度を上げてキャラバンを追いかける。そして、絶命した仲間に巻き込まれて転がっていった魔物も戻ってきている。

 これでは、矢で全部を殺す前にキャラバンへと魔物は追いつき被害が出る事となるのは目に見えている。

 

 

「迸る雷鳴 駆け抜ける稲妻 畏敬せよ福音の輝き、破邪の雷光──“迅雷”!」

 

 

 準備を終えた剣士が剣より雷の魔法を放つ。

 本職の魔法には劣るものの彼の持つ才能によってマトモな威力を持って放たれた文字通り激しい雷鳴をもって近づいていた数体の魔物の身体を貫き吹き飛ばしていく。

 それでもなお、逃れた魔物はまだいる。

 弓と違い、魔法は準備に時間がかかる。そして、弓で狙うには近い───ならば、どうする?

 

 

「斬ればいい」

 

 

 キャラバンのすぐ横を並走する影が一つ。

 そして、銀閃が走り近くまで迫っていた魔物が血を吹き出して転がり後方へ消える。

 一度、二度、三度、と銀閃が閃く度に血が飛び散り、グリューエンデザートキャットの死骸が生まれていく。ならば、と魔物はキャラバンではなく目の前の危険な敵へと襲いかかろうとする。

 だとしても───標的を変えた、その瞬間には胴と首が別れ、胴が輪切りにされ、顔面ごと縦に両断される。

 急ぎ駱駝の速度を上げて移動するキャラバンに並走しながら、グリューエンデザートキャットの予備動作に反応して長剣が閃き死骸を築く。

 

 

「ニィィアアァ!!」

 

「遅い」

 

 

 オルクス大迷宮の魔物に比べれば弱い。

 弓術士の矢、神官戦士の投石がグリューエンデザートキャットを仕留めていき、逃れたとしても空の剣閃でその生命を軽々と刈り取られていく。

 そうして、グリューエンデザートキャットの群れは全滅する。

 だがしかし、気を抜くことは無い。

 手隙だった、魔法を放った後の剣士の青年がキャラバンの後方へと視線を向ける。そこにいるのは魔物、魔物、魔物!

 先のグリューエンデザートキャットと違い、先頭を駆けていくのはエリマキを広げながら何処か赤ん坊が呻くように喉を震わせて鳴き声を上げる、後ろ足二足で走る蜥蜴──デザートリザードの群れ。そしてデザートリザードとキャラバンを喰らわんとその後ろを追いかけるのは鋼の嘴と健脚を持つグリューエンオストリッチ。そしてそして、そんな二種の魔物の群れとキャラバンを狙って迫るのはデザートワーム。

 サンドワームの内二体は先の全滅したグリューエンデザートキャットの死体を選んで離脱したがそれでもなお、数はまだいる。

 

 

「───カザナリさん!」

 

「心得た」

 

 

 ならば、次の手だ。

 荷台より飛び降りた青年を受け止めながら、空は速度を弛め最後尾の荷台近くまで移動しそのまま飛び乗る。

 

 

「ここに焼撃を望む、“火球”!」

 

 

 荷台へと飛び乗ったと同時に青年が手を掲げて魔法を放ち、足元へと着弾させることでその衝撃でデザートリザードを吹き飛ばす。

 その際に吹き飛んだデザートリザードへとグリューエンオストリッチが首を伸ばして食らいつき、一瞬微かに増えた重量で遅くなったソレにサンドワームが襲いかかり、ズラリと牙が三重に並んでいる大口がグリューエンオストリッチを丸呑みにする。

 下手をすれば自分たちがああなるのでは、と魔術師と青年は顔を引き攣らせるが、空が長剣を納刀し、抜刀の構えを取り始めたのを見てハッとして魔法の準備を開始する。

 空は腰だめに構え、しばしの溜めをもって腰の捻りと腕の振りを利用して抜刀────

 

 

「…………」

 

 

 八重樫流刀術による抜刀術。

 常人離れした身体能力と技量をもって放たれた斬撃は数体の魔物を巻き込みながらサンドワームの一体の胴体を両断し殺す。

 

 

「呑み込め、紅き母よ──“炎浪”」

 

 

 死体がばらまかれ、サンドワームがそれに反応し動きが停滞する。更にダメ押しと言わんばかりに準備を終えた魔術師が炎系中級魔法を放つ。

 放たれたのは範囲魔法に分類される文字通り炎の津波。それは最前線を走っているデザートリザードを燃やしながら押し退け、火達磨となり転がってきたソレに巻き込まれてグリューエンオストリッチが焼き尽くされていく。サンドワームにはそこまでの影響を与えていない、だがまだだ。

 

 

「迸る雷鳴 駆け抜ける稲妻 畏敬せよ福音の輝き、破邪の雷光──“迅雷”!」

 

 

 やや無理くりながらも青年はもう一度、雷の魔法を放つ。しっかりとした準備も行わずに放たれたそれはやや乱雑ながらもサンドワームらへと殺到し、大きく仰け反らせる。

 仰け反ったサンドワーム。火達磨となったデザートリザードやグリューエンオストリッチ。肉が焼けた臭いに反応して仰け反りから戻ったサンドワームは目の前に転がっている肉へと次々と喰らい付いていき、その間にぐんぐんとキャラバンは距離を開けていく。しばらくして、追跡が無くなったのを察して青年と魔術師は長い息を吐き、キャラバンの人々も戦闘終了の空気を感じ取りつつそれでもすぐには止まれぬと暫くはこのスピードを保ち駱駝を走らせる。

 

 

「はぁぁぁぁ……ありがとうございます、カザナリさん。僕たちだけじゃあ多分、守りきれなかった」

 

「本っ当にありがとうございます」

 

「ああ、素直に受け取っておこう」

 

 

 そう言いながら、空は労うように器と皮水筒を腰に下げていた荷物袋から取り出して、いつものように水を注いで二人へ手渡す。

 器を受け取った二人が冷たい水で喉を潤し、身に染みるのを感じている中、空も水を飲みつつ荷台から前方へと視線を送る。

 視線の先、赤銅色の砂が舞う中にうっすらとみえる乳白色。

 外壁で囲まれた都、アンカジ公国の外壁だ。

 

 

『もうすぐ、か』

 

「(ええ)」

 

 

 第一の目的地、そこへ向かう為に立ち寄るべき都がもうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに辿り着いたアンカジは、高い乳白色の外壁に囲まれ、中まで軒並乳白色の建築物が広がっている美しい都であった。

 そんな都で目を引くのはやはり乳白色の建物───ではなく、不規則にこの都を囲んでいる外壁の各所より立ち上っている光の柱だろう。柱は空へと伸びながら、途中で別の場所から伸びている柱とぶつかり、このアンカジ全体を覆うようなドームを形成している。

 キャラバンの商人にアンカジへ来るのが初めてであった青年が聞けば、都内へとグリューエン大砂漠の赤銅色の砂が侵入しないようにする為の魔法によるバリアのようだ。また、アンカジの門も光り輝く巨大な門であり、これも砂の侵入を防ぐ為にバリア式であった。このバリアは存外強力なようで月に何度かグリューエン大砂漠で起きる大規模な砂嵐に見舞われたとしてもドーム状に都を覆っているために砂が侵入することも無く、せいぜい曇りのような天候になる程度で済むという。

 

 

「すごいわね……私たちも砂嵐に遭わなくてよかった……というか、平時でも風で砂が飛んでて髪が大変なのに……砂嵐とか考えるだけで嫌だわ」

 

「ん、確かに」

 

「そうですね。それに何より、先程のこの街へ入った時に見た風景も素晴らしいものでした」

 

 

 魔術師と弓術士は女の子らしく砂で髪が汚れ痛む事を気にして、神官戦士はアンカジへと入った時の事を思い出しながら、感嘆の息を漏らす。

 アンカジの入場門は高台にあり、訪れた人間が真っ先にアンカジの美しい光景を一望出来るようにという心遣いが反映された形のようで、その自信の通り、アンカジの光景は空もまた感嘆の息を漏らすものだった。

 太陽の光が反射して煌めくオアシスとその周辺の緑豊かな区画が東側に設けられ、また、オアシスより流れている川が幾筋も町中に流れており、このアンカジがグリューエン大砂漠のど真ん中にあるというのにも関わらずまるで水の都のように小舟があちこちに停泊しているのが見て取れる。そして、町のいたるところにオアシスの周辺のように緑豊かな広場がある。

 北側へと視線を動かしてみれば、農業地帯のようで果物を育てているのか遠目に果樹とそれを世話する人が微かに覗ける。このアンカジは果物の産出量が豊富らしく農業地帯はとても広く見える。

 そして西側には、オアシスや農業地帯同様に目を引く、この都にある乳白色の建物と違い、純白、そう言っても何も問題ない程に白い、一際大きい宮殿のような建物があるのが見える。周囲の建物とは一線を画すほどの規模と美しさからして恐らくその建物がこのアンカジ公国を治める領主の住む場所なのだろう。

 

 正しく美しさを自負するだけはある光景、そしてバリアのドームと、そんじょそこらの都市や町では決して横に並ぶ事は出来やしないだろう。

 そんな都の西側、純白宮殿がある区画はどうやら行政区であるらしく、冒険者ギルド支部もそこにあった。

 依頼の件でギルドへと向かう四人と共に歩いていくさなか、改めて空は彼ら四人へと視線を向ける。

 

 

 魔術師の少女。魔女のような典型的な格好ではなく、学生服にも見えるラフな服装の上からマントのようなモノを羽織り、身の丈程の魔術師らしい杖を持った彼女は聞けば炎の魔法が得意であるらしく、そしてリーダーである青年とは幼馴染みの関係のようだ。

 次に魔術師より一つ歳下であるという弓術士の少女。正確には『狩人』が彼女の天職らしく、元々は青年のチームではなく空同様ソロの冒険者であったのだが、美少女と言えるその容姿故に粗野な冒険者に絡まれ罠に嵌められてしまい絶体絶命という所を青年に助けてもらい、その礼も兼ねて青年の仲間となったらしい。

 そして、神官戦士。チームの中で最年長である彼は嘗て青年の兄の同僚で教会にいたそうなのだが、その兄と一悶着を起こし、教会の神殿騎士の任を外された事に恨みを抱き青年へとその矛先を向けた様だが、とある事件の際に身を呈して自分を守った青年に強い感銘と憧れを抱いて彼に頭を下げて彼のチームに冒険者として加わったらしい。

 

 三人を見て、旅の道中で聞いた事をそこまで思い出した空は最後に地図を見ながらうーん、と唸っているリーダーである青年へと視線を向ける。

 気弱そうな優しげな顔立ちの青年は兄に憧れて強くなろうと奮起し冒険者の道を選んだ、となんとも苦い表情で神官戦士が語っていたのを空は思い出す。

 兄の鎧に似せたという黒い鎧を見下ろしながら、未熟な自分を恥ずかしく思いながらも兄の弟として恥ずかしくないように努力しているその人間性は、この僅か数日間の付き合いしかない空にも戦闘者に向いていない優しいものだ、と感じ取れた。

 と、気がつけばギルド前へと辿り着き五人は足を止める。

 

 

「それでは、な。俺はこのまま宿を探させてもらう」

 

「あ、はい!えっと、本当にありがとうございました!カザナリさん!」

 

「お世話になりました。カザナリ殿」

「ん、ありがとう」

「色々とありがとうございました」

 

 

 空と四人はここで別れる。空は次々とお礼を言っていく彼らに気にするな、と軽く手を挙げてそのままこの場を去ろうとしたが、それよりも先に青年が口を開いた。

 

 

「あ、あの!」

 

「……なんだろうか」

 

「そ、その……も、もしよろしければ……!」

 

 

 遠慮しがちに言葉を選んでいるその様に空は彼が何を言おうとしているのかを察する。

 

 

「ぼ、僕たちのパーティーに───」

 

「すまない」

 

 

 加わりませんか。そう続くはずだった言葉がすっぱりと切り捨てられた。

 その返答に後ろで様子を見ていた三人はだろうな、という表情を見せ、青年は口を開けたまま石像のように固まった。そんな様子がなんともおかしくて、空は軽く目を瞑りながら笑って話す。

 

 

「そう、気落ちするな。今は一人の旅を続けているが、もしも……そうだな、この旅が終わって何もならなかった時は…………考えてみてもいい」

 

「カザナリさん……!」

 

 

 空の言葉に途端に表情を明るくする青年に空は苦笑し、そんな空へと青年は話し始めた。

 

 

「そ、そうだ!王都に、ハイリヒ王国の王都に来た時は是非我が家を訪ねてきてください!兄さんに会わせたいんです!」

 

「そうか。なら、もしも王国の王都に訪れた時は探させてもらおう」

 

 

 そう言って、空は青年に背を向けてその場を後にする。そんな空の背に青年は手を振りながら、絶対ですよ!と声を上げ、それを見ていた仲間たち三人は相変わらずなリーダーに苦笑しつつ、さっさと依頼の報告をして宿を探そう、と青年をギルドへと押していく。

 

 

 

 

 そんな様を遠目で見ていた空は訪れるかも分からない未来を想い、自分と内のエンリルにのみ聴こえる声音で謝辞を告げた。

 

 

「すまない」

 

 

 この身は防人。

 君たちと歩む未来はどこにもないのだ、と空は宿を探す為にその場から離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九刃


 ちなみにですが、ハジメがオルクス大迷宮を後にするのは攻略してから2ヶ月後なので、まあ当たり前にフリードさんはまだグリューエン大火山に来ていません。


─────〇─────

 

 

 

 

 

 彼らと別れ、商店で保存食の購入などの準備を終えて安宿で一晩を過ごした空は翌日、早朝には既にアンカジを後にしていた。

 目指すのはアンカジ公国より北に約百キロ程進んだ所に存在しているグリューエン大火山。

 火山と言っても種類は複数あり、噴火を何度も繰り返して溶岩や火山灰が重なって出来た『成層火山』、溶岩だけが噴出して出来た台地な火山『溶岩台地』、粘り気が強くほとんど岩の塊となった溶岩が火道から火口上へと押し上げられて柱状になった『火山岩尖』と言ったモノがある中、このグリューエン大火山は五キロ程の直径に標高が三千メートル、成層火山のような火山と言われて思い浮かべるような円錐状のものではなく、『溶岩円頂丘』という、溶岩に粘り気が多かったため、噴出してそのまま冷えて固まったドーム状の台地の火山に分類されている。

 さて、そんな標高と規模であるならば百キロ近く離れているアンカジ公国からでも見る事が出来る…………という訳では無い。

 

 

「これが……確かにこれでは」

 

 

 数十キロを踏破した空の眼前にその姿を見せるのはグリューエン大火山、ではなくそれを覆い隠す程という前代未聞な規模の巨大な砂嵐。

 この自然が齎した障害を前に、空は気がつけば感嘆の息をこぼしていた。それもそうだろう、おおよそ地球で、とりわけ日本で生きていれば終ぞ見ることも無かった自然が起こした自然の恐ろしさを感じさせるこの現象。いったいどうして感動の感情を抱けぬものか。

 人間性が欠けている、分かっている。だがそれでも、風鳴空は人間であり感動するのは当然だ。そして、アンカジの光景よりも空にはこの光景の方が好ましく感じた。人々が作り上げた人工的な光景よりもこの自然の恐ろしさを現す光景の方が。

 それを前にしてしばし、自然の力強さを見上げていたが、外套のフードを深く被り直しながら口に砂が入らないようにマスクを伸ばし上げて、腰に下げている長剣の柄に右手を添えてこの流動する壁と言うべき砂嵐へとその身を投じた。

 

 

「ッ゛……」

 

 

 身を投じた砂嵐、その内部はやはりと言うべきか赤銅一色に染まった世界、視線の先一メートルすら見通す事は出来ない。そして、視界の悪さだけではなく、砂嵐という特性上常に強く飛んでくる砂粒に動きが阻害される。

 視界確保と動き易くする為に、魔法や布などを用いながら進んだとしてもこの地はグリューエン大砂漠。当たり前の話であるが魔物は存在している。

 グリューエンデザートキャットやデザートリザード、グリューエンオストリッチと言った魔物などは流石にこの巨大な砂嵐の内部に入るなどという自殺紛いな行為はしない。

 であれば、そんな砂嵐の中で行動するような魔物はいるのか、と聞かれればもちろんいるに決まっている。砂嵐という特性上問題なのはその風と飛んでくる砂粒、そして視界の悪さ。そんな問題全てが問題にならないような魔物ならば当たり前のようにこの砂嵐の地帯ですら行動範囲となるだろう。

 では、どんな魔物がいるのか───

 

 

「…………そこ、か!」

 

 

 瞬間、空は勢いよく前へとその身を投げ出す。

 いったいどうしたと言うのか。

 だがそれも数拍置いてすぐに分かる。軽い地鳴りが響き、直後先程まで空がいた場所の直下より何かが勢いよく飛び出した。

 それこそはこの砂嵐地帯で伸び伸びと行動出来るサンドワーム。砂嵐の弊害などそもそも基本的に地中にて生活しているサンドワームにとっては何も影響はなく、寧ろ砂嵐という行動を阻害する環境によって足を踏み込んだ冒険者や迷い込んだ魔物を襲撃するには適切な環境と言えるだろう。

 ましてや直下からの奇襲と捕食の同時行動ならば視界の悪さなど端から問題にすらならない。故にこの砂漠地帯はサンドワームにとっての絶好の狩場と言えるだろう。

 さて、そんな完全アウェーにおいて、サンドワームの奇襲を避けた空がどのような手を打つのか、

 

 

「相手をしている場合では、ない」

 

 

 逃走一択。

 いったいどうして相手に都合の良い環境で戦わねばならないのか。

 砂嵐地帯を抜けるにはまだ距離がある。数キロに渡って存在する砂嵐をサンドワームに追われながら抜けるのと襲われる度にサンドワームを相手取って抜けるの、どちらが楽かといえば結果的に前者なのは間違いない。何よりも、まだ本命の七大迷宮であるグリューエン大火山へと辿り着いていないのに

 

 

「体力を使うのは馬鹿だろう」

 

 

 だから走る。

 内のエンリルがしっかりと真っ直ぐ走れているかを確認し、空は技能の気配感知を最大限に作用させながら走る。走る。走る。

 砂漠を駆ける度に数瞬遅れて、先程まで自分がいた場所が吹き飛んで新たなサンドワームが大口を開いて地面から飛び出していく。

 既に後方には数体のサンドワームが地面より生え出ている。索敵圏内であるためか、サンドワームたちは空を追いかけていくが例えサンドワームの地中を進む速度が中々のものであったとしても空の速度が上である以上、追いつけない。

 このままならば、問題ないが───

 

 

『来るぞ、前方斜めからだ、二体』

 

 

 エンリルがそう告げると同時に前方斜めから、その通りに二体のサンドワームが勢い良く飛び出して襲いかかってきた。

 距離と速度、回避するのは出来なくもない。だが、回避よりもこの場合は

 

 

「邪魔だ」

 

 

 見える範囲にその姿を現したと同時に双刃を引き抜き、一時的に加速し二体の間を双刃を広げながら突き進む。

 吹き荒れる風に軽く身体が押されるがしかし、だからどうしたと双刃で風を裂きながら進みサンドワームの胴を切り裂き、悲鳴をあげるそれらを置き去りに駆け抜ける。後方で激痛に暴れるサンドワームに追いかけてきたサンドワームが巻き込まれ、同士討ちが始まっている。

 それを後目に空は速度を上げていく。

 

 そうしていると、さながら第二陣とでも言うように空の気配感知に前方から迫ってくる何かの群れが引っかかった。

 サンドワーム?いや、サンドワームにしては数も速度も大きさも違う。それに警戒しながら進んでいけば現れたのはこのグリューエン大砂漠の砂と同じ赤銅色の巨大な蜘蛛やアリのような魔物。サンドワームと違い地中を進むのではなく地上を走るそれらを前にしてもなお、速度を落とすことはなくむしろ加速していき────

 

 

「“羅刹”」

 

 

 前方へと低めに跳び出し横回転をかけながら突き進み、手に持つ双刃で前方の魔物の群れを切り刻んでいく。勿論、この時に方向が分からなくならないようにエンリルによる方向調整は行われており、そして。

 ボバッ!と音を立てながら、砂嵐をついに抜け出した空はすぐに止まらずにある程度距離を稼いでから右脚を前に出しブレーキをかけて停止する。

 

 

「……これが、グリューエン大火山」

 

 

 既に砂嵐も無いためにフードを外した空の視界に広がるのは青空の下にある巨大な岩山。

 砂嵐の目と言うべきなのか風一つない。

 一度ここらで休息を、と思いつつももしも仮に砂嵐の方から魔物がやってきた場合、面倒であると考えて空はそのまま岩山へと登っていきつつ露出した頭に皮水筒の水をかける。

 軽く髪に入り込んでいた砂粒を水で洗い落とし布で髪を拭いながら、グリューエン大火山を登っていく。

 露出した岩肌は赤黒い色をしており、あちこちからは蒸気が噴出している辺り、活火山である事が伺える。その為か、砂漠での暑さとは違った熱が感じられた。

 

 七大迷宮としてのグリューエン大火山の入り口は頂上にあるらしく、標高三千メートル、直径五キロの火山を徒歩で歩きながらもしっかりと水分補給を取りながら登っていく。

 

 

『しかし、どうしてわざわざこんな所に迷宮を作るのか』

 

「教会が手出ししにくい過酷な環境であるからでは」

 

『まあ、それも分からなくはない。天然の要害を利用するのも当然か.......それで、解放者の迷宮、越えられるか?』

 

「越える必要があるのなら、問題なく」

 

 

 当然の様にそう答えた空にエンリルは満足そうに笑い、内で考えを巡らせていく。

 エンリルの心中に過ぎるのはつい先日、オルクス大迷宮の底にて多頭の大蛇を滅ぼした二人の戦い。

 彼に自らの一部を紛れ込ませたエンリルは、彼が奈落へ落ちた時からずっと、ずっと彼の事を見ていた。

 反転したのも理解出来る、その憎悪も理解出来る。

 その道程を見てきて、どうしてああも強くなれたのも理解出来る。その上でああも苦戦した大迷宮の番人、果たしてそれに今の空が勝利する事が出来るのか、そう考えて────

 

 

『五分五分か』

 

「どうしましたか」

 

『いや、なんでもない』

 

 

 言葉に出ていたのか、反応した空をいなしてエンリルはどうするかを思考しながら

 

 

『(その時は仕方がない)』

 

 

 そうエンリルは決めて目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空くん?……ねぇ、どうして?…………なんで?」

 

 

 風鳴空が居なくなって既に一週間が過ぎた。

 勇者である天之河やメルド団長などの嘆願により王国と教会によって捜索が行われたがしかし、それもほんの数日で取りやめられてしまった。

 いったいどうして、何故、そんな思いばかりが彼女の胸中に波紋を生んでは消え、また波紋を生み出す。

 どうして消えてしまったのか。

 どこへ行ってしまったのか。

 どうして何も言ってくれなかったのか。

 

 それよりもそれよりも、どうしてこんなことになってしまったのか。

 彼女は一人、部屋の中で嘆き嘆き嘆き返す。

 本当に死んでしまったのか、と考えるがしかし自分の魔法による探知に彼が引っかかることはない。くまなく王都を歩いて地図を塗りつぶしながら探して探して探し続けた、だというのに彼の魂はどこにもない。

 なら、まだ死んでいないのでは?そう心の何処かで思うがしかし、同時にそれ以上に探知範囲外で既に死んでいるのかもしれない、というもしもが思い浮かんで仕方がない。

 どれだけ彼は生きていると信じようとしても心の中の暗い部分がもしもを叫んで壊れてしまいそうになる。既にクラスメイトのほとんどはもはや諦め何も言わない。天之河は捜索を頼んで捜索が行われてそして終わった、それでもう天之河の中では終わった話でしかない。

 ましてや、王国も教会も捜索を止めた以上再びの捜索など起きるわけもなくて────

 

 

「…………教会?」

 

 

 ふと、思い出す。

 最後に会った夕食の時間、友人の少女より聞いた話を思い出す。夕食前に彼の元へ修道女が大事な話があると会ってきたという。

 そして、捜索は打ち切られた……。あまりにおかしくないか?

 

 

「ふ、ふふ……」

 

 

 つまりは、そういうことじゃないか?

 探知に引っかからないのは、そもそも違う可能性。死んでいるのか、死んでいないのか、それは分からない、分からないがもしかしたら。

 

 

「だって、彼は少なくとも勇者と同等、ううん、天之河より強い───なのに?教会は簡単に、早くに手を引いた?」

 

 

 ああ、つまり。

 

 

「彼を攫ったのは教会?」

 

 

 その後に生かしているのか殺しているのかは分からない。それに何より、彼も言っていたじゃないか、戦争に宗教が絡むのは普通の戦争以上に複雑怪奇極まれる、と。

 何より、勇者という在り方も性格も何もかも格好の人形がいるというのに、それよりも強い勇者の仲間?そんなものは教会からすれば邪魔でしかないだろう?

 なら、彼に教会が手を伸ばすのは当然ではないか?詳しい理由は分からないが、間違いない。

 

 

「…………ふ、ふふ……ふふふ……」

 

 

 ならば、教会は敵以外の何者でもない。

 

 

 これによりもはや、少女の中でガチリ、と歯車が狂い始める。

 暗い部屋の中、化粧台の鏡に映る自分が笑みを浮かべた。それは今まで自分が見たことがないような何処か色香を感じさせる、そして狂気に満ちた様な表情だった。

 もしも、もしも、彼が死んでいたとしたら。

 身体が死んで、腐って潰れて葬られていたとしても、例えその身体を奪われ中身を抜き取られていたとしても───

 

 

「大切なのは、想いであり、心だから」

 

 

 ()が必ず取り戻す。

 くだらない神とその下僕たちに奪われた()を取り戻す。()ならば出来る、()の力があれば、彼の魂を取り戻せる。

 

 

「外側の器がどんなものだろうと構わない」

 

 

 だって、愛とは何も血を求める事ではないのだから。もはや、彼女を押し留める枷は砕け散った、いやそれよりも何よりも、

「お前がこの世界の人間にだけ、迷惑をかけている内であれば多少の苦言は呈すかもしれない」

 そう彼が言っていたことを覚えているから…………。

 

 

「大丈夫、大丈夫……みんなには手を出さないようにするから、」

 

 

───待ってて、私の愛しい人、必ず貴方を取り戻す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十刃



 前話の感想がアマツ揃いで笑うしかなかった.......




─────〇─────

 

 

 

 

 

 ロクな用意もしていないのに活火山を登るというのは危険な行為であるがしかし、常人離れした身体能力等を利用して空はすいすいとグリューエン大火山を登っていく。

 火山らしくゴロゴロと岩場が続いていくが、疲労はなく重さも感じず、せいぜい障害となるとしたら岩の隙間から吹き出る蒸気や火山そのものの熱、そして天に輝く太陽の暑さといったものであり、その暑さに空は薄らと出た汗を布で拭い、皮水筒でしっかりと水分補給を行いながらどんどんと登る。

 道中、魔物が出るわけでもなく一時間ほどかけて登っていき、山頂へと辿り着いた。

 

 

「ここが山頂」

 

 

 辿り着いた山頂には、大小様々な岩が無造作に突き出しており、尖った岩肌やらつるりと光沢のある滑らかな岩やらなんやら、大きさだけでなく形状も様々だ。足場という足場が岩石で埋め尽くされており、まかり間違って滑ってしまったらその時点で岩に頭をぶつけるか、尖った岩に身体を貫かれてしまうなりして、悲惨な事になってしまうだろう。

 そんな場所を空は滑らないように慎重に足を運んでいき、進んでいく。

 そうして、標高三千メートルからの景色を見たり、グリューエン大火山を覆う巨大砂嵐の頂上を見上げたりして、壮大な光景をカメラがあれば写真に収めたいと思いながら空は歩いていき、しばらくしてその足は止まった。

 奇怪極まる多種多様な岩々が所狭しと存在する頂上に、とりわけ群を抜いて奇怪な形とサイズの岩があった。十メートル近くはあるだろうその岩へと空の視線は向けられた。

 歪なアーチのような不可思議な形状の、まさしく目印と言うべきその岩へと近づいていけば、その岩の下に大きな階段があるのが見える。恐らくは七大迷宮としての『グリューエン大火山』内部への入口なのだろう。

 もう一度水を呷り、改めて空はその視線を階段の先、迷宮内部へと向ける。

 

 

「…………」

 

『緊張しているのか?』

 

「いえ、問題ありません」

 

 

 軽く息を飲み、今から始まるたった一人の迷宮攻略に空は改めて覚悟を決めながら階段へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

『グリューエン大火山』、その内部は同じ大迷宮の『オルクス大迷宮』と比べれば間違いなく過酷としか言えなかった。

 魔物が強い、という訳では無い。いや、それ以前にそもそもまだ空は魔物とは接敵していない為に魔物の強さは未知数だ。では、何が過酷なのか、それはこの火山の内部構造だ。

 まず、普通ならば有り得ない話だが、マグマが空中を流れている。マグマが宙に浮かんでそのまま川のように流れを作っていて、空中をうねるように流れている。赤熱化したマグマがそのように動き流れていく様子はさながら巨大な龍が何頭もこの火山内部を飛び交っているようにも感じられる。

 そして、当たり前の話であるがこの内部は通路、広間、至る所にマグマが流れている。

 つまりはこの迷宮に挑む人間は地面のマグマと空中にあるマグマの両方を注意せねばならなくて、いや、それだけでなく────

 

 

『空』

 

「ッ、ありがとうございます」

 

 

 エンリルの声と共にその場から跳び退けば、つい先程までいた場所に面していた壁から唐突にマグマが噴き出していた。

 そう、頭上地上だけでなく壁面からのマグマという三方向を注意しなければならない。しかもこの壁面のマグマ、本当に突然噴き出して来る上に、事前の兆候というものが無く、また気配感知の技能に引っかかるわけでもないので噴き出すのが事前に分からない。

 エンリルからの指示が無ければ間違いなく、先のマグマから逃れるのが遅れただろう。

 しかし、そんな壁面のマグマという障害も、如何にこの世界に干渉するのは難しいとはいえ、マグマなどの現象への察しが早いエンリルがいることで、少なくともずっと警戒しながら慎重に進み攻略スピードが落ちるということはない。

 

 

『分かっていると思うが水分補給は忘れるなよ』

 

「はい……もちろんです」

 

 

 周囲を流れるマグマによる茹だるような熱が絶え間なく空へと襲いかかる。

 心頭を滅却すれば火もまた涼し、と言うがしかし、いずれ到るやもしれぬがそれでも未だ無念無想の境地にいるわけではない空にはこの全方面にあるマグマによる熱は決して無視できるものでは無い。現に熱でフツフツと汗が滲み始めており、頭から水を被ればさっぱりするだろうが下手に被ってそのまま茹だってしまえば元も子もない。

 汗を拭いながら、空は着実に歩を進めていく。今はまだ魔物が現れていないから問題は無いが、もしも魔物が出てくる階層まで降りれば攻略スピードはより遅くなるだろう。

 もしもこれがオルクス大迷宮であるならば、加速によるゴリ押しも問題なかったかもしれないがここはマグマ流れるグリューエン大火山。ゴリ押して進んだ先で噴き出したマグマに巻き込まれてそのままお陀仏になるのは火を見るより明らかで、その為に正攻法で攻略せねばならなかった。

 

 

 そうして、どれほど進んだろうか。

 内のエンリルが八階層だ、と伝えてきたのにまだそんなものか、と呟きながら階段を降りきって変わり映えのしない光景へ視線を巡らせて───

 

 刹那、抜刀した。

 そのまま居合いで長剣を振るえば、放たれた斬撃が空間を走り迫っていた火炎を両断した。火炎は両断された事で解けるように空気に消えていき、開けた視界で空の視線は真っ直ぐ火炎を放った犯人へと向けられている。

 空から見て左斜め側にいる魔物。

 マグマの中ではないがしかし、その全身にマグマを纏った雄々しい牛。雄牛らしく頭には曲線を描いた鋭い双角がある。呼気には炎が混じっており、その表情は怒りを抱いているのだろう。

 それも仕方がない話だ。恐らく先程の火炎はあの雄牛の固有魔法だったのだろう。その不意を突いたはずの自慢の固有魔法をあろうことか反応し両断するなど怒りを抱かずしてなんというのか。雄牛らしく地面を蹄で掻きながら頭部をやや下げて、突進の構えをとるがしかし。

 

 

「悪いが、近づくつもりも近づかせるつもりもない」

 

「ブモォ!?」

 

 

 長剣を振るう。それによって放たれた斬撃は正確に雄牛へと向かって飛んでいき、頭を低くし突進の構えをとっていた雄牛の頭ごとその身体を一刀両断し魔石を切り裂いた。

 マグマの鎧?なるほど確かに、触れれば武器は壊れる事は間違いない。

 ならば、近づかれる前に斬撃を飛ばして殺せばいい。

 そうして崩れ落ちた雄牛を無視して、空はこの第八階層を進んでいく。

 恐らくはこの階層からが本番なのだろう。

 進んでいけば、横合いのマグマ溜まりから唐突に雄牛がその姿を現したり、後方からマグマなどお構い無しに群れが追いかけてくるなどと、並の冒険者ならばそのまま生命を落としかねない様な状況が幾度かあったものの、空は自分の立ち位置、マグマの位置、壁の位置を意識した動きで何度も斬撃を放ち、回避しながら雄牛を切り刻んで進み、早々に第八階層を降りていく。

 そこからのグリューエン大火山の戦いはより苛烈となった。

 

 

『如何に火山の迷宮とはいえ、流石にこれは』

 

「ですが、斬撃の修練には充分かと」

 

 

 そう言いながら、何度目になるかも分からない斬撃を放ち、魔物を切り飛ばす。

 もはや、今いる階層が第何階層なのかもエンリルと空は分かっていない。

 階層を下がって行けば行く程に現れる魔物のバリエーションは増えていっている。

 例えば、翼からマグマを撒き散らしながら飛んでくるコウモリに近い魔物や、壁をマグマで溶かしてマグマ諸共飛び出てくる赤熱化したウツボのような魔物。その背から炎が灯った針を無数にこちらへと飛ばしてくるハリネズミに似た魔物やら、マグマから顔だけ覗かせマグマを纏った舌をムチのように振るってくるカエルなのかカメレオンなのかよく分からない魔物。他にも頭上のマグマの川を泳ぎながら襲ってくる赤熱化した蛇。

 どこをどう見てもマグマ、マグマ、マグマな炎系の魔物ばかり。加えて、時折魔物が別の魔物とまったく同じ能力を持って現れることもあり、さしものエンリルも空も近づけばより一層暑くなる魔物には嫌気がさし、こちらを認識していなければ早々に移動して逃げ、逃げるのが難しければ斬撃を放ち、岩ごと切り飛ばしてマグマを吹き飛ばしながら魔物を倒してきた。

 斬撃の修練などと空は言っているがその内心では既に妹が未来で歌う曲を熱唱して気を紛らわせ始めており、それを聴いているエンリルはそろそろ休憩しないとヤバいのでは?と心配し始めていた。

 

 

『本当に大丈夫か?』

 

「……まだ、問題はありません」

 

 

 あくまでまだ、なのか……!

 その空の返答にエンリルは軽く目尻を抑えながら、どうするかと思考を回していく。

 休憩しようにも一部の魔物はマグマではなく岩の中にも潜んでいる。

 気配感知を用いれば、問題ないがしかしそれでは本当の意味では休憩出来ず、厳しい。では、どうすればいいのか……そこまでエンリルが考えていると次の階層へ繋がる階段へと辿り着きそこを少し降りた程度で空はその足を止めた。

 

 

『空?』

 

「………ここで休憩しましょう」

 

『…………あ、ああ、そうだな』

 

 

 さしもの空も休憩無しにこの迷宮を攻略することは無理なのか、階段に腰掛ける。既に階段は比較的に熱を発していないのが分かっていた為に、荷物袋より布を取り出しそれを折り畳み敷いて座る事で熱を少しでも遮断しつつ、塩漬けされた肉へとかぶりつきながら皮水筒の水で喉を潤していく。

 吐息を漏らしながら、眼を細めてまだ数十層はあるだろう下層を睨みつける。

 魔物を倒す分には何も、問題は無い。せいぜい『オルクス大迷宮』の四十層程度の質しか無い魔物であるならば、例えこの火山という地形であったとしても近づかれる前に仕留められる空にとって問題は何も無いがしかし、やはりこの迷宮全土に広がる熱が確実に体力を削っていた。

 今こうして、休憩している間も出来うる限りの熱を遮断しているというのに少なからず熱は残って襲ってきている。

 水分と塩分の補給をせねば、魔物ではなく環境に殺されるだろう。

 

 

「ああ、何故、こんな所に迷宮を作ったのか理解出来た。魔物と環境、どちらにも適応した上で熱による疲労の集中力阻害を乗り越えろ、か」

 

 

 もう一度水を呷り、空は目を見開く。

 『光』ならばここらで炎耐性でも手に入れるのだろうが、残念ながら空にはそんな御都合主義の覚醒は訪れる事はなく───引き抜いた短剣を右側の壁へと投げつける。

 刃が壁へ突き刺さる寸前に壁が融解し、中より飛び出そうとしたウツボの魔物へと勢いのまま突き刺さり、殺した頃にはもう空は布をしまって階段を降り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一刃



 気がつけば二十話を超えていましたね。
 そして、評価バーも赤くなっています。
 本当にありがとうございます。これからも『ありふれない防人の剣客旅』をよろしくお願いします。


─────〇─────

 

 

 

 

 

 駆ける。駆ける。駆け抜ける。

 

 

 一切、容赦なく目の前の魔物を斬撃で切り刻みながら駆け抜ける。

 流れる地面のマグマなど容易く飛び越えて、マグマからの奇襲が行われようとも気配感知がそれを察知して成される前に斬撃で切り殺し、壁面より吹き出るマグマは内のエンリルの指示で空中を蹴りつけて姿勢を変えながら避ける。

 慎重など、いったいどこへ投げ飛ばしてしまったのか、という動きで空は次々と階層を更新していく。

 どうして、走っているのか。

 それにはしっかりとした理由がある。

 

 既に階層は三十をとうに越えており、定期的に休憩を挟んでいた空であるが深くなれば深くなるほど魔物が多く、強くなり消耗が激しくなってきた───魔物が強くなり多くなりといってもやはり消耗の原因は熱による消耗であるが───為に休憩を挟む頻度の増加は食料の消費を激しくする、故にエンリルがマグマの位置などの感知に専念し、空は加速していきより深くより深く階層を降っていく事を選んだ。

 斬撃を放てば、遠距離の魔物を断てる、思いっきり飛べばマグマも飛び越えられる。ならば、こうするのもある種の選択と言えた。

 

 

『右だ、来るぞ』

 

『次は左だ……前方から来るぞ』

 

 

 エンリルから飛ばされる指示に黙々と空は反応し、吹き出るマグマを避けて、次の階層への階段を探していく。

 駆けろ、駆けろ、駆け抜けろ。

 

 

「キキッ!!」

 

「邪魔だ」

 

 

 頭上よりマグマを滴らせながら襲撃してきたコウモリに対してその場から跳び退いて斬撃を頭上へと放ち、コウモリごと天井の岩を切り崩して他のコウモリたちへと岩を降り注がせる。多少の岩はコウモリの翼に纏っているマグマで温度が上がり赤熱化していくが、だからといって急速に全てが溶解するわけもなく、溶けきらなかった岩がマグマ以外の部分へと当たっていき、群れは乱れそのまま互いに互いを巻き込みながら落ちていく。

 そうして出来た隙に空は止めをさす───ではなく、さっさと階段へと向かう。

 少なくとも無事では無いだろうし、再びの飛行は難しいだろう。ならば、わざわざ止めをささずとも勝手に腹を空かした別の魔物が負傷したコウモリへ食らいつくだろう。そう判断したのが正解であるかのように、後方で魔物の断末魔と肉を貪る音が響いていた。

 

 階段を降りては駆け抜けて、マグマを飛び越え、マグマを回避して、マグマを切り裂いて、時折無視出来ぬ魔物へと斬撃を放つことで切り裂いて、ただただひたすらなまでに、パスタが有名な国出身な配管工が主人公なゲームの様にこのグリューエン大火山を、迷宮を駆け抜けていく。

 残念ながらゲームの様にマグマに落ちても最初から、などという優しいものは何も無い。マグマに触れれば間違いなく空は死ぬ。当たり前だろう、彼はエンリルによってある程度の調整を受けているとはいえそれでも人間なのだ。

 マグマに落ちれば死ぬ。これは覆しようのない事実だ。

 

 

「…………ハァ」

 

 

 階層を幾つか降りていき、空は階段でその足を止める。

 そのまま崩れ落ちるように階段へと腰を落とし、空は息を吐く。重い、重い息だ。

 その身に積もった疲労は未だ限界値ではない、それでも疲労は溜まっている。そもそもが話、無理だ。

 ここに至るまで空は確かに休憩はしたが、そのどれもがこうして階段で出来る限り熱を遮断しての気配感知を行っての休憩。

 誰がどう考えたって、それで疲労がしっかりと取れるはずがない。そんな中で疲労を度外視するように駆け抜ければどうなるのかは分かりきっていた。

 

 

『休め。焦っているわけではないのは分かっている。体力の消費を考えての強行軍地味た判断なのは理解している。光狂いでもないのに、限界を超えようとするな』

 

「…………はい」

 

 

 故にエンリルは有無を言わせぬ声色で休息を命じる。それに空は目を瞑り了承し、布を取り出して尻に敷いて座りなおし、水を呷る。こうして、何度目になるか分からない皮水筒の水を飲む行為に、空はこのアーティファクトを無断だが持ってきて良かったと痛感する。

 ただの皮水筒であれば、絶対にここまで水分補給が出来なかったろう。

 もうそろそろ半分を切りそうな塩漬けされた肉を噛みちぎりながら、空は考える。

 それは迷宮から王都へと戻った日にエンリルより聞かされた話だ。

 

 

 南雲ハジメが生きている。

 迷宮遠征を行うと言われた日、檜山らによってズタボロにされたハジメにエンリルは自らの目となるモノを忍び込ませていた。目的としては純粋に空への気遣いだ。

 また問題が起きればすぐに行けるように、と。後はハジメの錬成師という天職に興味を抱いていたのもある。

 そんなエンリルの判断は結果として功を奏した。ハジメが奈落の底に落ちて尚生きていたという事実、『オルクス大迷宮』の真なる迷宮部分について、そして神代魔法という存在とこの世界の真実の歴史。色々な事がその目を通してエンリルから空へと伝わった。

 そして、何よりも空がハジメに抱いたのは羨望だった。今まで一度たりとも抱いたはずのないハジメへ向けた感情に、空はあの夜困惑した。

 羨望?理解が出来ない。何故、安堵の息を漏らすべきなのに、生存している事に喜ぶべきなのに、一体どうして俺は───羨んでいるのか。

 

 

 ユエ、そう名付けられた吸血姫と並び立つ南雲ハジメが羨ましいのだ、風鳴空は。

 なるほど確かにユエは美しい、その見た目の年齢にそぐわぬ妖艶さすら感じられるし、そんな美少女を侍らせるハジメはこの世の男どもにとって妬ましい存在だろう。…………違う。

 美しい女を侍らせている?

 そんなくだらない事を羨むはずが無いだろう。

 

 

 では、どうして羨んでいるのか。

 いったい、何に対して羨んでいるのか。

 分からない。エンリルはその理由を理解しているようであるが、風鳴空には何も分からないのだ。どうして、羨んでいるのか、自分ですら。

 王都を脱出した日からずっと駆けていた。昨晩の宿とて疲労をとるためにさっさと眠りについていた。だが、この迷宮内で眠るのは馬鹿故にこうして休んでいても思考は回る回る。こうして、改めて考える時間などなかった為に空の頭の中ではその疑問についてが渦巻いていた。

 この迷宮を越えれば、その答えは分かるのだろうか。

 そこまで思考を回して────

 

 

『───さて、どうだろうな』

 

 

 思考に割り込むように響いたエンリルの声に空は思考の渦から意識を帰還させた。

 

 

『取らぬ狸の皮算用、と言う奴だ。はなから期待するだけ無駄だろう。徒労に終わるかもしれない。だから、今はやめておけ』

 

 

 諭す様なその言葉に空は、一切反論することなく御意、と目を瞑り応える。

 既に意識は迷宮攻略へと向けられている。迷いも疑問も何もかも、抱えて戦うなどどうして出来ようか。故にいちど放り投げて、空はここから先の戦いを思う。

 全てはこのグリューエン大火山を攻略してからこそだろう、と一振りの真剣はそう決めて、休みは終えたと出していたものを片付けて階段を降りていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───グリューエン大火山・四十五層最奥

 

 

 そこは外縁を縁取るようにマグマが流れている大きな島の広間であり、珍しく空中を流れるマグマは何処にもない。全て、この広間へ向かう途中に軒並み大穴を通って壁の中へと消えている。

 そんな広間へと空は足を踏み入れた。

 既にあれから十階層近くは降りてきた中で、一度たりとも見たことがない構造のこの広間に警戒しながら足を踏み入れ、そして広間の奥にある下層への階段を見つけ同時にその手前にあるモノを睨む。

 それは巨大な毛が生えたなにかだった。

 完全に広間へと入ってきたのを感じ取ったのか、そのなにかは動き出し立ち上がる。そうすることで漸くその全貌が明らかになった。

 焼け焦げた身体から生やした黒く焼けた獣毛。皮膚は爛れ落ちたのか筋肉が剥き出しになっている頭部。口元は限界まで開かれており、時折マグマや炎を唾液のように垂らしている。そして焼け焦げた炭のような四肢。

 今までグリューエン大火山で出会った魔物と比べても巨大な魔物は、その炭のような身体の内側から強く強く炎を滾らせる。空いた眼窩より覗く炎が自分を睨みつけているのが空には理解できて、故に空は長剣を引き抜いた。まるでベヒモスを思い出させる空気、しかし相手はベヒモスに比べれば一回りほど小さい。だからといって油断など出来はしないが。

 

 

「ルゥオオオォン!!」

 

 

 先に動いたのは魔物だった。

 その狗にも似た体格らしく、地面を踏みしめて空へと猛進する。力を入れただけで砕け散りそうな炭を思わせる四肢でよくもまあ、そんな速度が出せるものだ。

 魔物、焔狗が猛進するのを前に空は加速し、斜めに横切るように駆けて焔狗とすれ違い、そしてその際に左後ろ脚の膝へと長剣を叩き込み切り裂く。

 

 

「……浅い……どうやら、見た目ほど軟らかいわけではないようだ」

 

「ルゥゥウ」

 

 

 互いに互いを振り返り、焔狗は軽く頭を下げその四肢に力を込める。それを見て、空は経験から次の行動を予測し素早く納刀する。

 空の納刀と共に焔狗は唸り声を上げて地面を蹴りその体躯で飛びかかる。その大顎は大きく開かれており、間違いなくそのまま空を噛みちぎろうとしているのが理解出来る。だがしかし、

 

 

「全てを切り裂く至上の一閃──“絶断”」

 

 

 鋼色の魔力を纏った居合いの一撃が跳躍噛みつきを回避しその下顎を大きく削り斬る。

 

 

「ルゥアアァン!?」

 

 

 大きく削られた為か、下顎から大量のマグマを撒き散らしながら焔狗は絶叫をあげる。そして空は焔狗の後方へと抜けてすぐに転身、再び左後ろ脚へと素早く袈裟斬りを叩き込み、後方へ跳び退きながら空気を切り裂き、そしていつの間にか取り出したのか皮水筒の水を長剣へとぶちまけ着地する。

 未だ焔狗は下顎の激痛からその場で身悶え暴れている。その間に、空は皮水筒をしまい構える。

 それは今までの剣とは違うソレ。まるで長剣を担ぐ様な体勢を取り、右腕の袖の下で縄めいた筋肉が浮かび上がる。右腕の筋肉が一回りほど膨張しているのか、おおよそ人体から鳴るはずのない筋肉が軋み膨らみ荒れ狂う音が響き、そして左手は長剣の剣先を指先で掴んでいて、鋼色の魔力が荒れ狂い始める。

 

 

「ルゥオオォォン!!」

 

 

 痛みより戻ったか、それとも本能が訴えたか、焔狗は反転し咆哮を上げながら空へと向き直る。

 殺す、必ず殺すと、殺意を剥き出しにして身体から炎を吹き出し、下顎からマグマを撒き散らしながら焔狗は駆け抜けて───

 

 

「散華しろ」

 

 

 二度縮地した。

 一度目の縮地でマグマを掻い潜る様に焔狗の懐へと潜り込み、そこから二度目の縮地をもって加速する。

 左手の指先で刃先を掴むことで鞘代わりの様に扱い刀身を加速する。片手斬りであるがしかし膨張した筋肉による一撃は、加速した事でその破壊力を増していく。

 刀身が焔狗の腹に食い込み、その臓腑を切り裂き、纏う鋼の魔力が焔狗の体内のマグマなど何するものか、と切り刻みながら加速して焔狗の胴を縦に両断せしめた。

 

 

「ルォォオオオンンン!!??」

 

 

 背後で崩れ落ち、魔石が砕けた影響かどうかは分からないが、垂れ流れたマグマと炎が反応して小規模な爆発を起こしながら死んでいく焔狗を振り返らずに、その爆発に巻き込まれないように空は早々に次の階層への階段を降りていく。エンリルも空も正確な階層は既に分かっていないが降りてきた深さからして麓辺りの所だろうと当たりをつけ、そろそろだろう、と考えながら第四十六階層を駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二刃

 かくして、試練は始まるものです。
 乗り越えられるかは、神ですら分からない。




─────〇─────

 

 

 

 

 

 何度目になるか分からない、階段を降りるという行為を繰り返す。だが、今回は今までの階段と違いやや長く、唐突に魔物も現れなくなっていた。

 そんな階段を降りていきながら皮水筒の水を飲み、喉を潤していき、そして階段ばかりの空間から途端に開けた空間へと辿り着いた。

 

 

「ここは」

 

『最深部というわけ、か』

 

 

 階段を降り終え、視界に映ったのは、この迷宮で一度たりとも見た事がないような空間。少なくとも直径三キロメートル以上はありそうな広間にはマグマの海が広がっているが、階段を降りてすぐそこには大きな足場があり、他にも所々に岩石が飛び出していて僅かばかりの足場が見える。

 広間の岩壁へと視線を巡らせば、大きく壁が迫り出している部分もあれば逆に削られて引っ込んだ部分もあるのが見える。

 空中にはやはり当たり前のように無数のマグマの川が流れており、それらのほとんどは最終的にマグマの海へと注ぎ込んでいる。

 そして、そんなマグマの海の中心にあるものに目を惹かれた。

 

 

『そして、あれが目的地という事だろうな』

 

 

 マグマの海の中央にポツンと、小さいが岩石の足場よりかは広い、十メートルはある岩石の島があった。それだけならばただ大きめな足場でしかないが、しかし目を惹く理由は別にある。その小島の上をマグマのドームが覆っているのだ。

 さながら小型の太陽か、球体のマグマが島の中央に存在している様は誰だって目を惹いて仕方がない。

 すなわちあの島が目的地、神代魔法がある場所なのだろう、と当たりをつけてもう一度水を飲んで荷物袋を後方の階段へと放り投げる。

 ここが最深部であるならば、番人がいるはずであり間違いなく戦闘は熾烈を極める。そうなれば荷物袋が壊れマグマの海に消えるという可能性を考えて安全地帯へと置いておく。もしかすればマグマの海の水位が上がる可能性もあるが。

 

 

『さて、ここがマグマの海という事は番人も恐らく巨大か……またはマグマに浸かっている存在なのだろうが』

 

 

 そうエンリルが考察していく中、空は今いる入り口の足場と近場の足場への距離やその次の足場などの位置を見ながら、長剣の柄に右手を添える。

 

 

「……やはり、この迷宮の傾向を見ればマグマからの奇襲を第一に警戒するべきでしょう」

 

 

 そう言って、足場を少し前へと進んで、直後、その警戒に応えるように空中を流れているマグマの川からマグマそのものが弾丸として空へと放たれた。

 故に空は抜刀し、その勢いままに斬撃を放つことで飛んできたマグマの弾丸を両断し回避する。そして、それを皮切りに空は走り今いる足場から勢いよく前方の岩石の足場へと跳躍した。それに一瞬遅れて、先程までいた場所へと空中の川だけでなくマグマの海からも無数の炎弾が放たれた。

 運がいい事に荷物が置いてある辺りの階段には炎弾による被害は出ていないようだが、着弾した地面は僅かに溶解しており、もしもあの場に居たら間違いなく大変なことになっていたであろう事が伺える。

 

 

「マグマの中か」

 

 

 既に炎弾はマグマの海にある岩石の足場を跳んでいく空を追うように縦横無尽に飛び交い始めていた。

 弾幕ゲームを思わせる程の空間を埋め尽くさんばかりの炎弾であるがしかし、恐らく威力重視なのだろう、その速度は例え近場からであっても空の反応の方が速く、空がいた場所を一拍所か、数拍置いて通っていくというものだった。

 

 

「……気配感知……効かないか」

 

 

 マグマの海に潜んでいる敵を炙り出そうと気配感知を行うがしかし、どうやらここのマグマは大きなエネルギーを内包している為か、上層のマグマと違い気配感知をするのが難しく、マグマの中の魔物を感知出来ない。

 気配感知は使い物にならなかった。

 ならば、どうするか。

 思考を回していき、空は弾幕が止んだ瞬間に空中で周囲に斬撃を放つ。放たれた幾つもの斬撃はそのままマグマの海や空中の川へと叩き込まれ、そして何かが割れたような音が聴こえた。

 

 

「……これは」

 

『どうやら、マグマの中の何かを斬り裂いたようだが…………どうやら、来るぞ』

 

 

 いったい何が割れたのか、と思考する間もなくエンリルの声に視線を巡らせば、周囲のマグマの海から全身にマグマを纏った巨大な蛇が合計で二十体その姿を現した。

 それを見てエンリルは、この迷宮の番人は数で攻めてくると理解し納得した。下手をすれば足を滑らせて即死するであろうマグマの海、集中力を阻害する環境と奇襲する魔物、そしてそれらを踏まえて今まで以上にいつ出てくるか分からないマグマ蛇の群れに対処する。それが試練なのだ、と。

 それを伝えられた空はその場から別の足場へと跳んでいきながら、近場のマグマ蛇の首へと斬撃を放つ。

 

 

「……再生するか」

 

 

 首を切り落としたがしかし、その首は直ぐに再生した。

 どういう理屈か、そう思考すればすぐさまエンリルより考察が飛んでくる。

 

 

『恐らくはスライム……この世界で言うバチュラムの類なのだろう。マグマという液体を魔石という核で一定の形を保っている……という事だろうな』

 

「つまり、殺すなら魔石を狙うしかないと」

 

 

 ならば、先程の何かが割れたような音はこのマグマ蛇の魔石の一つが割れた音だったのだろう。

 そう考えて、岩石の間を跳びながら斬撃を放つ。幾重ものそれはマグマの海との繋ぎ目から一定間隔でマグマ蛇を輪切りにしていき、一つの斬撃が魔石を切り裂き割ったのを確認して、空は魔石の位置に当たりをつけていく。

 少し大きめの足場に着地し、マグマ蛇達からある程度の距離を取りながら額より浮き出た汗を袖で拭い、手の汗でやや柄が滑りかけたのに顔を顰める。

 今までの階層での戦闘とはわけが違う。

 所々にある足場を除いてマグマの海。相手はマグマの海を縦横無尽に移動でき、更には相手は炎弾での遠距離攻撃をしてくる以上、基本的には足場という足場を移動しながら戦わざるを得ない。

 

 

『スタミナが削れる一方だな……ああ、それとだが。空、島の岩壁を見てみろ』

 

「岩壁を……?……アレは」

 

 

 エンリルに言われるがまま、軽く中央の小島の岩壁を一瞥してみれば岩壁の一部がオレンジ色に光っていた。遠目であるが故に正確なサイズまでは分からないが、拳ほどの鉱石だろうか、それが幾つか一定感覚で光っていた。

 先程までは何も光っていなかった筈では?そう疑問に思えばエンリルがそれに答えた。

 

 

『お前が魔物の魔石を切り飛ばした際に光が灯った。そして、先の無差別な斬撃で聴こえた音の数分もだ……わかるか?』

 

「なるほど、岩壁の光を灯せという事ですか」

 

『そうだ。間隔と島のサイズから見て百は倒せばいいだろう』

 

 

 百。

 こんな過酷な環境で削れていくスタミナを意識しながら、百体。

 キツい。そう弱音を吐きたくなる。

 だがしかし

 

 

「問題無く」

 

 

 長剣を構えながら、エンリルに空は応えた。

 どちらにせよ、退く事は出来ない。この試練を乗り越えねばならぬならば、と。

 そして、一定の距離を保っていたマグマ蛇達は重厚な咆哮を上げながら、一部のマグマ蛇は空へと突撃し、それ以外のマグマ蛇は次々と口を開いて炎弾を吐き出していく。それは先程の弾幕のそれだ。

 

 

「“嵐空”」

 

 

 だが、時間は充分。

 掲げた手より魔法が発動する。それにより空気は圧縮されていき、炎弾が迫る頃には壁となった。そのまま空気の壁は幾つもの炎弾を受け止めていき、大きくたわむ。そして、次の瞬間には受け止めた攻撃を次々と跳ね返していく。

 風の中級魔法による結界が次々と攻撃を防いでは跳ね返していく中、風の結界の内側から斬撃が放たれていく。

 炎弾と風の結界という目眩しを越えて放たれた斬撃は突撃してきたマグマ蛇の魔石を的確に切り飛ばしていく。

 四つ、光が灯ったのを確認してその足場から跳び退く。

 長居は無用、常に足場を変えていく事で不意打ちを防ぐ様に移動する。

 

 

 跳んだ先で新たに生え出したマグマ蛇へと斬撃を放ち、魔石を破壊していき更に別の足場へと移動していく。それを何度も繰り返していく。

 確実にマグマ蛇を殺していき、小島の光が灯っていく。既に二十は越えたのを確認しつつ空はまだまだ時間がかかるな、と思いながら次の足場へと跳んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、限界が訪れるのは当たり前の事だった。

 瞬間、眩暈が空を襲った。

 身体が軽くぐらつき、何とか足場へと着地したがそんな隙を逃さぬマグマ蛇ではない。マグマという身体を活かして空へと突進してきたのだ。

 それを空は後方にある足場へと跳び退く事で避けて────

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

 直下、新たに形成されたマグマ蛇の口部より先程までの炎弾などとは違う熱線と言うべきものが放たれた。

 炎弾の速度と比べるべくもなく、熱線は空がマグマ蛇を認識すると同時に放たれそのまま空を直撃した。

 回避するには、突如として襲った頭痛と眩暈が邪魔をする。身体を捻るものの、熱線は空の右腕を半ばで吹き飛ばした。熱で断面を焼かれ激痛が絶え間無く空を襲う。

 絶叫を上げそうになるがそれを何とか抑え込み、肘付近を消し飛ばされ吹き飛んだ右手が握る長剣を左手を伸ばして掴み、そのまま何とか目的の足場へ着地する。

 

 視界の端でマグマの海に消えていく、自分の右腕だったものを見ながら空はその無愛想な表情を歪める。まだ良かった。もしもこれが純粋に引きちぎられたのならば、空はどうしようもなかった。

 断面から大量出血し、意識を保っていられるかも分からなかった。だがしかし、焼き消し飛ばされたが故に断面は焼かれて止血され、焼かれたことで神経も一部使い物にならず、痛覚が焼かれた事に対する反応だけで済んでいる。

 治療出来たかもしれない幸運よりも、傷口が焼けた不幸を良しとして、空は左手で柄を握りしめながら、その視線をケタケタと嗤うマグマ蛇へと向ける。

 そんな空の視線の先で右腕を喪うという無様を晒した空を嘲笑する様にマグマの海から次々とマグマ蛇はその姿を現していく。三体、六体、九体、どんどんと増えていき最終的に最初の時のように二十体となり、次々と口を開いては炎弾を放っていく。全方向からの炎弾はさながらマグマの津波のようだ。

 それに対して、空は斬撃を一方向へと放つことで津波の包囲網の一角を吹き飛ばしてその方向へと飛び出し足場を転々と跳びながらマグマ蛇へと斬撃を放ち、魔石をマグマごと切り飛ばす。

 何度も何度も何度でも。

 それしか出来ぬと言う様に、左腕を振るい続けてマグマ蛇を何体も何体も斬り殺していくがしかし、そんな無茶は続くはずがない。

 ただでさえ頭痛と眩暈がしているというのに、右腕を喪失して人体のバランスを大きく崩したのに加えて、決して回復したとは言えない蓄積された疲労、消えぬ熱による集中力の阻害、気配感知を用いてもなかなか気づかぬマグマ蛇の奇襲。魔法を使う余裕もない。全てが、全てが風鳴空を殺そうとして────

 

 

「……クッ!!」

 

 

 着地した瞬間に、足場を抉るように新たに生え出てきたマグマ蛇が食らいついた。眩暈や頭痛を無視して、問題無い、避けられる。

 そう、空が跳び退こうとしたが、僅かに左足が遅れた。それを逃す訳もなく、マグマ蛇は足場ごと空の左足へと噛み付いた。マグマで作られた蛇の顎は当たり前のようにマグマの塊である以上、どうなるかなど…………。

 

 左足を焼き切られた。

 

 

「────ッッッ!!」

 

 

 空中で身を翻し、斬撃を放って左足を奪ったマグマ蛇を切り飛ばし、自分はその際の反動で何とか別の足場へと着地する。だが、やはり片足。あまりにバランスが悪く、膝を着く。

 残っている四肢は左腕と右足のみ。焼けた断面に激痛が走っているが、残念ながら空には回復魔法の類の適性は無い。

 どうしようもない。

 視線を中央の島の岩壁へと向ける。まだ、半分も鉱石は光を放っていない。

 四肢を半分も欠損した状態で、五十以上のマグマ蛇を倒さねばならない。

 

 

───ああ、きっと出来るはずだ。英雄のように輝いて、限界を超えて、本気でやれば。

 

 

 だが、そんな都合の良い覚醒など風鳴空には訪れない。当たり前だろう…………風鳴空は光狂いでは無いのだから。故に、この後どうなってしまうのか、そんな事は空自身理解していて。

 一度退く、という考えもある。だが、だがしかし、今この場で引いたとしてどうする?マグマ蛇が階段まで追いかけてこないという保障などどこにもなく、ましてやこんな状態では奇襲に対応するのも遅れるだろう。

 どうしようもなく、詰んでいた。

 

 

「俺は……」

 

 

 既に二十に戻ったマグマ蛇が雁首揃えて口を開けている。

 その開けた口内には当たり前のように炎が溜め込まれており、それを前にまだだ、と言う様に空は長剣を構えて放たれた炎弾へと斬撃を放って。

 パキンッ、と鳴り響いた長剣に目を見開き

 

 

「嗚呼、無念だ、口惜しい……」

 

 

 マグマの津波に呑み込まれた。

 

 防人は、誰も知らぬ所でその生命を散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神に選ばれたら、めでたしめでたし……

 

 

────などという筈はなく、ましてやその生命が自由を得るわけが無い。

 当たり前だろう、神に選ばれた時点でその人間は神の所有物だ。ましてや……

 

 

 自分が遺した國を護る為の真剣(つるぎ)が無為に折れるなど認められるはずが無いだろう?

 

 

『では、始めよう。俺の天羽々斬、お前に出来ないはずがない。可能性を見せてくれ』

 

 

 神素戔嗚尊(かむすさのおのみこと)が神命を下す。

 瞬間俄に蠢き出すのは翡翠の光。

 

 

『神命下賜・青生生魂(アポイタカラ)起動────』

 

 

 

 

─────〇─────






 水樹奈々さんが入籍御報告なされました。
 一ファンとしてとても嬉しく思います。願わくば、水樹奈々さんのこれからの生活が幸せであることを。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三刃


 5万UAを突破しました。読者の皆様、ありがとうございます。これからも本作をよろしくお願いします




─────〇─────

 

 

 

 

 

 そも、シェム・ハの様な改造執刀医がルル・アメルの遺伝子情報に自身の断章を紛れ込ませるのは理解出来るが、いったいどうやってエンリルは自身の意思を末裔の遺伝子情報に組み込んだのか。

 まず、それを話さねばならない。

 エンリルの仲間の三柱にシェム・ハの様なアヌンナキがいた、というわけではなく、そもそもが話エンリルが自身の末裔、防人を作ろうと考えたのは既に同胞の二人が消えた後の事だった。

 何時かの弟の様に愛しい人を見つけた腐れ縁のニンギルスが他の二人と違い、人として生きて死ぬつもりだと伝えられた時にエンリルは自分が消えた後のことを考え始めた。

 エンリルはニンギルスの様に他の二柱以上に大和の子らに対して愛着、いや愛情を抱いていた。同時にその愛が決して子離れ出来ぬ親の愛では無い事も理解していた。だからこそ、彼は自分が消えた後、彼らがしっかりと歩いて行ける事を信じていたが同時に不安でもあった。

 いずれ、国外から、大陸から文明は来て戦争も起きるだろう、とだからこその防人。

 

 

 巫女と子を成して祝福した、自分の血筋がこの國を護ってくれると信じて────

 

 

『だが、無責任は駄目だろう』

 

 

 子を作って、はい終わり?違うだろう。この國の大和の子らを護る為の自らの末裔が子らを害そうとしたら?國を滅ぼそうとしたら?その時は誰が止める?

 己だろう。親としてそれだけはやらねばならぬ。

 だが、何時か摩耗して塵となるだろう己では孫の代、更にその孫の孫ならともかくそれ以降は見ていられるか分からない。では、どうすればいい。

 それに答えたのは他でもない大国主命……ニンギルス。彼が差し出したのは嘗て創り出したエネルギー生成ユニット……現代でいう所の完全聖遺物だった。

 オリハルコン、そう呼ばれているソレならば神の意思を定着させることが可能であり、同時に形状変化する流体金属の側面を持つが故に上手く神の力と組み合わせればシェム・ハの断章を押し退けて遺伝子情報に定着する事も難しくない、と。

 渡りに船だった。流浪し大和に行き着き根を下ろしてからの数千年間。決して、遊んでいたわけではない。その数千年間の経験値は漸く専門家の影を踏んだのだから。故にエンリルはニンギルスの手により風鳴の血筋に己の意思を組み込んだ完全聖遺物を紛れ込ませた。

 

 

 そして、十八年前。次代を創る為に八紘の身体に軽く働きかけてエンリルは風鳴空をこの世に産まれさせた。

 当初は興味はなかった。ただの風鳴の子供でしかなくて、だが、風鳴訃堂のやった事があまりにもあまりにも認められなくて、エンリルはオリハルコンごと風鳴訃堂から未だ二歳だった風鳴空へと移った。そして、見た、見てしまった知ってしまった。

 風鳴空の中にあった所謂前世の記憶というものを即座にエンリルはその記憶をオリハルコンの一部に記録保存を行った。決して見過ごせなかった、フィーネや米国、シェム・ハ、いったいこの大和を、子らをなんだと思っているのだ、と。

 必ず野望を挫いてやろう、と奮起して十五年。

 

 

 エンリルにとって、空は愛すべき大和が子であると同時に弟の様なものだった。だからこそ、こうして異世界トータスでエンリルは空を導いていき…………死ぬなど認められない。これが我儘、独善であると認識している。

 で?邪神の所業だろうがなんだろうが、見捨てられるのか?

 否だ。だが、望まないかもしれない。そんな考えがエンリルにはあって……

 

 

『手を伸ばせ、我が天羽々斬よ。お前の意思が必要だ』

 

───神命拝領、この身は一振りの真剣となりて

 

 

 どうするかはお前が決めろ、と告げた神素戔嗚尊に彼は応えた。

 此処に契約は結ばれた。ならば、もはや神は彼の魂を手放しはしないだろう。

 故に始まるのは新生の儀式。

 謳いあげるのは起動の祝詞。

 

 

『夜久毛多都、伊豆毛夜弊賀岐、都麻碁微爾、

 夜弊賀岐都久流、曾能夜弊賀岐袁』

 

 

 紡がれる祝詞(ランゲージ)に従い、オリハルコンは励起していく。あくまで神の意思を肉体に刻み込んでいるだけだったオリハルコンが、風鳴空の脊髄と心臓の一部に偽装していたモノが融合していく。それにより、オリハルコンがエネルギーの粒子体を吐き出していく。

 既に完全聖遺物は風鳴空という人間の生体情報の全てを網羅していて、あとは一言祝詞(ランゲージ)を締めくくるだけ。

 

 

『────大和万歳(コンプリート)

 

 

 空の記録から見つけた自分の琴線に触れたワードをもって締めくくる。

 それにより、此処に完全聖遺物オリハルコンはその真価を発揮した。

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 空を襲ったマグマの津波。

 如何に常人離れしていようとも、所詮は人間。

 膨大な熱を受ければ容易く焼けるのは当たり前だ。だがしかし、それは只人であればこそ。

 津波が消えた後に、そこには人間大の翡翠の結晶体が鎮座する。マグマなど知らぬ知らぬと鎮座する結晶体は次々と罅を生じさせ、砕けていく。

 破片は粒子化して空気へ消えていき、結晶体の内部よりソレは姿を現す。

 五体満足。

 

 焼き飛ばされた右腕も、噛みちぎられた左足も一切の欠損無く風鳴空はそこにいる。ただし、その装いは大きく変化していた。

 動きやすい軽装の上に纏っていた灰色の外套、それらはどこぞへと消え失せ代わりに纏うのは黒い鎧とその上に白いコート。

 その手には当たり前だが武器は握られていない。

 

 そんな自分の身体を見下ろして、空は自嘲するように軽く笑い、全てを理解した。

 

 

「これが……完全聖遺物」

 

 

 つまるところ、神の使徒ということだろう。

 如何なる欠損もオリハルコンが記録したデータの通りにオリハルコンのエネルギーが結晶化して完全に復元させる。そして、当たり前のように復元は削れたスタミナすらも回復させて───

 

 

「是非もなし」

 

 

 これが俺に示された道ならば歩いていこう。その果てに俺は見つけるのだ。

 

 

『─────神託を授けよう』

 

「俺は見つけねばならない」

 

『運命こそが、お前の分岐点だ』

 

「俺の運命を─────」

 

 

 どうして、南雲を羨んでいたのか、理解が出来た。

 どうして、その理由が分からないのか理解出来た。

 

 

「当たり前だ。斬空真剣(ティルフィング)を目指す以上、はなから俺の中にはそれを求めようという考えがなかった。だが、剣の才能がベルグシュラインと同じであるわけもない俺がベルグシュラインと同じような方法で至れるものか」

 

 

 あればあるだけいい。ならば、ベルグシュラインにないものを得ることで俺は超えねばならないから───

 そうあやふやに霧がかって見えていなかった道を今ここで、一度死んだことで風鳴空は自覚した。この心の中の空を埋める為に俺は運命を掴み取るのだ、と。

 そして、当たり前のように空は祝詞を紡ぐ。

 

 

「『創生せよ、天に描いた星辰を───我らは煌めく流れ星』」

 

 

 統一言語で紡がれる祝詞(ランゲージ)はオリハルコンに干渉し身体から無数の粒子体を吐き出させ、首からペンダントを引きちぎった右手へと収束していく。

 もはや、お前と俺は一心同体一振りの真剣(つるぎ)だ、と。オリハルコンのエネルギーがガラクタ同然、ゴミ屑同然のソレへと殴りつける。

 お前の主君が戦えと呼んでいる、歌女の歌でも動かないというのなら、主君の声が必要だろう。

 

 

『お前という刃が必要だ』

 

 

 ならば、と。

 励起して、オリハルコンのエネルギーを貪りながら、ソレは新たな己を獲得する。

 

 

「『絶刀・天羽々斬(Imyuteus amenohabakiri tron)』」

 

 

 そうして、空の右手に握られるのは完全聖遺物のエネルギーを糧に新生したアメノハバキリ。その柄を両手で握り締め構え、空はマグマ蛇へと視線を向ける。

 準備はいいか?こちらは出来ている。

 そんな風に口ずさみながら、返答など聴く理由は無い、とその絶刀を振るう。

 一度、二度、三度、振るえば至極当然マグマを切り裂きながら魔石を断ち切る。

 

 

「馴染む。とても、馴染む……アメノハバキリ、俺に力を貸してくれ」

 

 

 皆まで言うな、お前が必要だ。

 そう閃き応える絶刀に微笑み、自由自在に斬撃を放っていき範囲内のマグマ蛇を次々と切り殺していく。そうしていればさしものマグマ蛇も斬撃が届く範囲というものを学ぶのか一定の距離から近づいてこなくなった。

 そうして、選ばれるのは先程と同じような炎弾による雨霰。

 もはや、全損でなければ何も被弾は気にするべくもないがしかし冷静に空は別の足場へと跳び移り視線を巡らせる。

 

 

「近づくには流石に弾幕も激しくなる、か」

 

『ならば、斬ればいい』

 

 

 然もありなん。

 足場を跳び変えて、マグマ蛇らへと接近していく。無論、当たり前のように炎弾は降り注ぐがしかし、だからどうした、と空は絶刀を振るい斬撃を放って必要最低限の位置を切り開き飛び込む。

 身体能力は既に先程までとは比べるべくもない。細胞一つ一つにオリハルコンが影響しているのだ。

 その勢いまま、マグマ蛇正面の足場を踏みつけ加速、マグマ蛇らの隙間をそのまま通り抜け一閃。

 魔石を断ち切り、空はそのまま壁へ着地し壁を駆け抜けて反応し放たれる炎弾を回避していきながら跳躍、斬撃を放ち足場へと降りてから再び別の足場へと飛びながら斬撃を放つ。一度、二度、三度、何度も、何度でも。

 

 そこからは作業だ。

 オリハルコンという凡そ、人間が手にしてはいけない代物によってブーストされた身体能力による蹂躙。

 

 

 

 

 マグマ蛇を百体倒し、中央の小島にあったマグマのドームが消え漆黒の直方体の建造物が姿を現し、階段へと置いてきていた荷物を持って建造物のある小島へ飛び移った空はふと背後のマグマの海を見た。

 思い返すのは先程までの蹂躙。もしかすれば、いや普通に考えれば自分は此処で死んでいたというのに神から完全聖遺物という力を与えられればその後は蹂躙。

 どう考えても碌でもないだろう。

 脳裏を過ぎるのは奈落へ落ちたハジメの事。彼は魔物の肉という毒物を回復しながら喰らうという拷問と言うべき方法で力を得た。

 それに対して、こちらはどうだ。オリハルコンと融合したから力を得た?あまりに対価が見合わないだろう。そんな強さでいったい何を誇るのか────

 

 

『違うな。南雲ハジメは死にかけながら力を得た、お前は死んで力を得た。そこに差異があると?自分で得た力ではない、と言うのならば俺はこう答えよう。鍛えて鍛えて、借り物だというこの力を自分のモノにして見せろ。立花響の様に』

 

「……それ、は」

 

 

 素戔嗚尊が告げた言葉に、空は息を飲む。確かに彼女の得た力は最初は彼女が努力や鍛えて得たわけではない。

 だが、彼女は強くなって護りたいが為に鍛えてガングニールを自分の力に変えてみせた。

 

 

『なにより、逆上せるな。南雲ハジメならばこの程度容易く越えただろう。お前が弱かった、違うか?』

 

「……ハッ、浅慮でした」

 

 

 手に入れた力に負い目を負う必要などどこにもない。勝手に負い目をおうなど傲慢にも程がある。

 それを認識し、与えられたこの力を十全に自分の力へと変えることを心に誓いながら、一度目を瞑ってから息を吐き目を開く。

 もはやそこに迷いは無い。

 

 

『……さて、この建物だが……恐らくこれが解放者の住居というやつだろう』

 

「この中に、神代魔法が」

 

 

 既に話題は目の前の建造物へと移り、空が建造物の前へと進めば恐らく魔法が施されていたのか、スっと音もなく壁の一部が横にスライドした。

 部屋の中への入れ、と言わんばかりのそれに意を決して空は足を踏み入れる。

 空が中へ入ると同時にすぐに扉は先程のようにスっと音もなく閉まり、空は部屋内に視線を巡らす。

 解放者の住居と言っても中には特にこれといっためぼしいものなど何も無く、いやめぼしいものどころか部屋の中にある神代魔法の魔法陣以外に何も無い殺風景極まりない内装だ。

 ならば仕方なし、と空は精緻で複雑な魔法陣の上へと足を運ぶと魔法陣は輝き、空の脳裏にまるで走馬灯か何かのようにグリューエン大火山での出来事が過ぎっていき────

 

 

「……ズグッ」

 

『どうやら、脳に直接刷り込むらしいから痛いぞ』

 

 

 言うのが遅い。

 あまりにも唐突な頭痛に変な声が漏れた空はズキズキとする痛みに耐えると光は止み、神代魔法が与えられた事を理解する。

 

 

「空間魔法……」

 

 

 手に入れた神代魔法がどんなものなのかを呟いていると、唐突にガコンっと音を立てながら壁の一部が動き、そして正面の壁に光り輝く文字が浮かび上がった。

 

 

「〝人の未来が 自由な意思のもとにあらんことを 切に願う〟

 〝ナイズ・グリューエン〟…………ああ、了解した。あの邪神は俺が討滅しよう」

 

 

 シンプル。そう言うしかない言葉に褒められた意思を空は理解し、左手を胸に添えながら目を瞑って空はそう告げる。どちらにせよ、エヒトルジュエは日本の為にも滅ぼさねばならない敵なのだから。

 そう誓い、目を開いて先程の音がした壁へと視線を向ければ、そこにはサークル状のペンダントがあり、どうやら迷宮攻略の証らしい。

 それを手にして一先ず首にかけた空はそのまま外へ出る。

 

 

『さて、どう出るか』

 

「ショートカットがあると思うのですが…………これでは?」

 

 

 用も済み、あとは迷宮から出るだけ。

 また、迷宮を逆走するのか?と考えていたが空はふと、建造物の傍らで地面から数センチほど浮かんでいる円盤があるのを見つけた。転移によるものか?と空は思ったがそこまでのものではなく、ではなんだ?と思考を回していれば素戔嗚尊が口を挟んだ。

 

 

『…………ペンダントをかざすと何かあるんじゃないか?よくある話だろ?』

 

「なるほど」

 

 

 一理ある、と空は先程手に入れたペンダントを指で持ち上げて───

 それが正解であったかのように天井から物々しい音が生じ、すわ何事かと見上げれば天井に円形の穴が開かれており微かだが青空が見えた。

 そして、空は円盤を見下ろして使い方を理解し円盤へと乗る。それにより、円盤は動き始めて徐々にそれなりのスピードで浮かび上がっていく。

 空の記憶ではここは大火山の麓ら辺、そして入口は頂上。最悪、三千メートルは円盤の上である。

 それなりのスピードではあるもののやはり三千メートルというのはどう考えたって時間はかかる、ならば仕方ないと空は荷物袋から皮水筒を取り出して水を飲んでいく。

 如何に疲労が積もりにくいとはいえ、飲まなければろくな事にならないと分かっているから。

 そして、ついでに空間魔法とやらについて見識を深めるべく、空は思考に耽り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけましたよ、我が主の依代。

───フュンフト、これより主命を実行します」

 

 

 まだ、終わることは無い。

 純銀の戦乙女が天より大火山を見下ろした。

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四刃


 気がつけば、アメノハバキリがヒロイン化していて、無機物に寝取られそうな女の子がいるらしい…………怖い

 誤字脱字報告本当にありがとうございます。


─────〇─────

 

 

 

 

 

 その日、グリューエン大火山を覆っていた厚さ数キロに渡る巨大砂嵐が一時的に割れた。

 

 

 アンカジに生まれ育ってきた人々が一度たりとも見た事がなかった光景に誰しもが狼狽え驚き恐怖した。

 もしや天災の前触れなのでは?終末の始まり、そんな未知への恐怖がそこにはあり、家族と共に家へ籠って震えた。中にはもしかしたら、ついにグリューエン大火山が噴火するのでは、と考えて逃げ出そうとする冒険者の姿があり…………。

 そんな中、一人の冒険者の青年はグリューエン大火山に足を運ぶと言っていた、短い間だが共に戦った冒険者の身を案じていた…………。

 

 

 

 

 

 

 

 そして─────

 

 

 

「フ、フッ、フハハハハハハ!!!」

 

 

 瞬間、大気を切り裂くのは幾重もの斬撃。

 目に見えぬ速度で振るわれた絶技のソレは羽虫であろうとも逃がすことは無い、と感じるまでのそれはしかして何も込められていない。殺意も敵意もなく、ただただ剣の閃き。

 故に逃れ生ける者など誰もいない。

 

 

「この程度で私が捉えられる、とでも?」

 

 

 だがしかし、相手もまた無味乾燥に対応する。

 迸るのは銀光。天に輝く月光をより強くしたかのような輝きが放たれて、絶技による斬撃の投網の一部と衝突する。その銀光は美しく魂すら魅了する輝きであれども見る者が変わればかくも恐ろしき死滅の銀光。

 故に如何なる障害も残しはしない。

 

 

「見せろ、お前の力を(つまび)らかに─────」

 

「無駄な抵抗を─────」

 

 

 斬撃と銀光が衝突し生じた空隙にて二人はぶつかり合う。片や鋼の魔力光を纏った絶刀、片や銀の魔力光を纏った大剣。

 何度も何度もぶつかり合い鎬を削り合う。

 銀の魔力光は触れれば即座に分解する固有魔法を有している為、ぶつかれば即座に絶刀は崩れ去る運命にある筈なのに絶刀は分解など知らぬ存ぜぬ片腹痛い、と固有魔法を切り裂きながら、大剣を断ち切ろうとぶつかる。

 と、なれば銀の戦乙女が劣勢となるのは当然だろう、おのが武器である固有魔法を斬られて無効化されているならば、だがしかし、固有魔法を無効化されたからといって劣勢とは限らない。

 一撃の威力を落とされたというのならば、手数を増やせば仔細問題なかろうよ。後ろに引かれた左手に握られるのはもう一振りの大剣。

 横合いから打ち込まれたそれに対して鋼の天羽々斬は鞘を大剣と身体の間に差し込みぶつかる瞬間に鞘を振るって弾いてみせる。銀の魔力光に触れたが故に鞘は分解されるがしかし分解された粒子体はすぐさま収束し結晶化を経て元の鞘へと復元する。

 そうして生まれた僅かな隙に天羽々斬はその場から後退しながら、絶技の槍衾を放つ。

 無論、戦乙女は分解を付与した双大剣を振るい、自身へ迫る槍衾を切り拓く様に突貫する。その背に携えた美しき銀翼をはためかせながら。

 

 そんな彼女の姿を後退しながら見る天羽々斬は、視線を鋭くし口角を僅かに上げて、ならばこれはどうだと再び斬撃を放っていく。だが、まるっきり同じではなく絶妙にタイミングをズラし、対応しにくいような組み合わせの斬撃。

 それに対して、戦乙女は何度でも何度でも、一切の疲労を感じさせずに真正面から斬撃を双大剣に付与された分解を使用しながら対応していく。

 ああ、なんてなんて、面白い。

 僅かに、いや、それなりに天羽々斬と比べて戦乙女の実力が高い。己よりも強い相手とぶつかり合いながら、天羽々斬は強く鋭く成長していく。本来ならば戦闘中に成長などありえないがしかし、天羽々斬の中のオリハルコンがそれを良しとする。覚醒などという光狂いよろしくの急成長などは起こしはしないが経験を確実に糧にしていく。

 その感覚に天羽々斬は笑みを浮かべる。

 

 

「お前が、お前こそが、我が好敵手(運命)!」

 

「意味が分からぬ事を!」

 

 

 斬撃を越えた戦乙女の双大剣とそれを迎え撃つ天羽々斬の絶刀が何度目になるか分からぬ程にぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリューエン大火山を攻略し、帰りのショートカットである三千メートル近い昇りエレベーター、円盤に乗って着くのを待つ中、空は自分が取得した空間魔法について思考を巡らしていた。

 単純に考えれば空間に関係する魔法だろう。

 だが、本当にそれだけなのか?

 空は妙に馴染むこの魔法の本質は何なのかを探っていく、ただ空間に作用するだけならばなるほど確かに空間転移などの魔法として使用するのだろうが…………。

 

 

「それだけで神代魔法と言えるのか?」

 

 

 空は魔法使いではない。確かに風の魔法に対して適性があり、実際に使用しているが……それでも本分は剣士だ。

 故に思考を巡らせながら、空間魔法の定義をより深く考える。

 

 

死想冥月(ペルセフォネ)空間干渉型召喚能力(シルヴァリオ・トリニティ)……」

 

 

 真っ先に思い浮かぶのは灰と光の境界線の愛する渚が有する能力。それは簡単に言えば、遠隔瞬間移動であり物質や法則を問わず、縁深いものを己が元まで呼び寄せられる能力であり、彼女はそれで主に冥王の反粒子を召還することで戦闘を行っていた。更にいえば彼女は最終的に座標情報さえ知覚できれば、地球の裏側にいる人間の空間を指定して発動起点とする事すら出来るようになっていた。

 つまるところ、空間転移の究極系と言えるだろう。

 やろうと考えて、しっかりと準備をしておけば敵対者が寝ている所にナイフの一本を転移させ落とせばいいのだから。

 

 

「死想冥月とはやや異なるし一般的な空間魔法という認識とも違うかもしれないが……審判者(ラダマンテュス)の空間への衝撃付与(スティグマ)もある意味空間に作用する能力と言えなくはない」

 

 

 衝撃を空間に貼り付ける。この辺りは議論の余地はあるだろうが、ある種の空間魔法と言えなくもない。転移要素はないがあくまで空間に作用しているという点を見ればだ。

 そして、同時にもしかすればこれもある意味空間干渉の能力なのではないか?と思考に過ぎるものがあった。

 

 

現象操作(シャインカラーズ)事象改竄(アメノクラト)……いや、少し色が違うか」

 

 

 これらはまた違った分類だろう。確かに空間に干渉しているが流石にこれらを空間魔法という括りに入れるのは違う。

 ならば、ならば、と思考は巡り巡る。

 空間魔法に空間転移以上のモノを求めてどうするのか?という思考が無いわけではない。剣士なのだから、わざわざ魔法に対してどうたらこうたら、と考えるぐらいならば空間転移によるヒットアンドアウェイでも行うか、これからの旅路での移動時間短縮に利用すればいい。

 

 

『空間に干渉する点を考えるなら、お前の使っている荷物袋なんかが一番じゃないか?見た目以上の内部空間がある、空間魔法の一端を利用してるもんだろう』

 

「それは、確かに」

 

 

 視線を腰に下げている荷物袋へと向ける。

 確かに言われてみれば空間を広げるというのもありふれたモノだ。転移もそうだがこうして内部空間を拡張出来るのは物資輸送にも役立てる。転移魔法はそのまま移動だが、空間拡張も併用すれば移動後のスペースも抑えられる。

 

 

「ゲームでよくあるアイテムボックスも出来るというわけだ」

 

 

 荷物袋でも十分問題は無いが。

 そう付け足しながら、気がつけばすぐ頭上に夜空が広がり始めていて、どうやら考え込んでいる内にもうすぐそこまで来ていたようで、たった一日の出来事に自分の甘さを再認識しながら、円盤が地上へと到達し─────

 

 

 

 

「私と共に来てもらいます。我が主の依代」

 

「断る」

 

 

 瞬間、抜刀し自分の眼前へと迫っていた存在へと叩き込む。それを二メートル程はあるだろう白い鍔のない大剣でそれは受け止めた。

 ギチギチと、音を立てながら絶刀と大剣が相手を折ろうとしている中、瞬時に空が蹴りを相手に叩き込むが相手はそれを受ける前に離れ宙に浮かびながら空を見下ろす。

 よく晴れた夜空の下、美しい月光を背にしてそれは佇んでいる。以前見た時と違い、纏っているのは修道服ではなく、白いドレス甲冑と言うべきモノを纏っている。

 膝下まではあるノースリーブのワンピースドレス、腕と足そして頭には金属製の防具が備わり、腰には両サイドへ金属プレートを吊り下げているなどと所謂、戦乙女と言うべき格好だ。

 嘗て、空が仲間たちの前から姿を消す原因となった存在、「神の人形」がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月光を背に夜空に浮かぶ戦乙女はその背に銀色に光り輝く一対の翼を広げた。見る限りその翼は物理的なものではなく、彼女の魔力で編まれた翼であるらしく、彼女の髪と同じ銀のそれは背にしている月光も相まってまるで芸術のような美しさ、いや人間では再現出来ぬ美しさがあった。

 だが、空にとってそんなものはどうでもよく、「神の人形」らしく無機質で機械的な人形のような瞳を見ながら、空は口を開く。

 

 

「一週間振り、だな。神の人形」

 

「…………いえ、私ははじめましてです、我が主の依代。私の名はフュンフト、我が主の命によりあなたを迎えに来ました」

 

「なるほど、流石は人形。量産品というわけか」

 

 

 と、なれば性能は一律だろう、と判断しながら果たしてその性能は如何程か。

 

 刹那、走るのは無数の銀閃。

 一先ず手足の一つでも寄越せと凡そ人外であろうとも逃れられぬ斬撃の投網で挨拶する。

 

 

「ノイントの報告では勇者と同程度だったはずですが」

 

 

 その挨拶に対し、フュンフトと名乗った戦乙女は事前情報とは乖離した能力値に再評価しながら淡々とその手の大剣で斬撃に穴を空ける。

 同時に簡単に連れ帰るのは難しい、と判断してその大剣に銀色の魔力光を纏わせる。

 

 

「主の為にも、なるべく無傷で連れ帰りたかったのですが仕方ありません。手足の一、二本は落とさせて貰います」

 

「やってみせるがいい。人形」

 

 

 依代とする為に空を手に入れなければならないのにも関わらず、手足の欠損も辞さないというあたり、そういった四肢の欠損を修復する事が出来るのだろう、と内のエンリルは判断し、逃走が不可能である事を理解する。

 空間魔法という足を手に入れたはいいが、まだ手に入れて十分少し、どう考えても手札にすることは不可能。そして、スペックをフルで活用したところでフュンフトから逃げる可能性は低い。何せ、ここはグリューエン大火山の頂上、逃げるには下山か迷宮の二択だが下山しても間違いなく追いつかれ、迷宮に逃げたところで消耗戦だ。

 如何に完全聖遺物との融合をしたとはいえ、マグマ蛇相手ではあまりに調整が足りない。ならば、ここで取る手は一つしかなくて。

 

 

『いけるか』

 

「(何とかするしかないでしょう)」

 

 

 神の使徒の撃退以外無い。

 

 

「では」

 

「疾ッ!」

 

 

 瞬間、空の背後へと移動していたフュンフト。狙いは絶刀を握る空の腕。

 だがそれを察知していた空はフュンフトが背後に回ると同時にその場から跳び退いてフュンフトへと斬撃を放つ。それを苦もなくフュンフトは大剣を振るって、銀の魔力光へと斬撃が触れた瞬間にまるで砂になったかのように散り散りとなって消えた。

 その光景に目を見開きながら、考察云々はエンリルへと投げ付けて飛翔し迫るフュンフトを回避して、距離を維持する様に斬撃を放っていく。

 だがやはり、魔力光へと触れれば容易く解けて消える。

 

 

『分解か』

 

 

 見たのは二度。たったそれだけでエンリルはフュンフトの力を看破した。

 ああ、そうかならば、と。

 空は地面を蹴り加速しフュンフトの懐へと迫り、いつの間にかに納刀していた絶刀で抜刀術をしかける。それに対して、フュンフトはさっきのを見ていなかったのか?と愚者でも見るかのように銀の魔力光を纏った大剣でそれを受け止める。

 瞬間、やはり絶刀は触れた事で翡翠の粒子へと分解されて───

 

 

「予想通りだ」

 

「なっ!?」

 

 

 すぐさま、粒子は再結合して結晶化、元の絶刀へと復元した。復元した絶刀はそのまま大剣を弾き上げ、その隙を突いて首を落とそうと再び振るうがしかし、銀翼がはためき夜闇を切り裂きながら銀羽の魔弾が放たれた。

 すぐに反応し、後方へと下がるが魔弾はそれを追いかけていく。

 

 

「───こうだな」

 

 

 当たるまで放たれるだろう銀羽の魔弾。それに対して、空がとった手は、絶刀で切り裂き落とす。

 ではなくて、下がりながら現れる幾重もの半透明な板が魔弾を受け止めていく。

 その結果に空は満足そうに軽く笑みを浮かべ、少しずつ理解していく。

 

 

「空間に作用する。干渉する……ならば、こうして板を作るのも問題ない、か」

 

 

 魔弾を受け止めていく板……空間に作られた壁を前に空はそう呟く。

 何をしたのか、と聞かれれば空間魔法で自分と向こう側の間に小さな壁を挟んだというモノ。空間転移など流石に使えるわけもないがこうした小細工を使う分には既に空間魔法は空に馴染んでいた。

 ならば、手札も僅かに増える。

 そう認識して、空は駆ける。

 

 

「ちょこまか、と!」

 

 

 そんな空へ先程のようにフュンフトは銀羽の魔弾を放っていく。しかし、同じとは思ってはいけない。

 先程のように空間の壁を作って受け止めてみれば魔弾が着弾した箇所から崩れていくのが分かる。つまるところ、魔弾にも分解を付与しているのだろう。

 ならば、止まるな。

 足を止めるな。

 ギチリ、と音が響き鋼の魔力光を身に纏い、先程以上の速度でフュンフトへと迫る。魔弾?放つ箇所が翼である以上至近距離であれば、フュンフト自身に当たる可能性はあり、何よりもそんな近距離で放てば間違いなく空は死ぬかもしれない。

 依代として確保せねばならないフュンフトからすれば、手足の一、二本はともかく生命を奪うのは好ましくない。

 であれば、使えんだろう。

 

 

「“劫火浪”」

 

 

 生きていれば問題ない。

 発動したのは、天空を焦がす大火。うねりを上げながら頭上より覆い尽くす様に迫る熱量、展開規模ともに桁外れなその大火はこれを受けても生きてはいるだろうというフュンフトのある種の信頼であり───

 

 

 ああ、もちろん。

 絶刀はそんな大火を軽々と両断してみせた。

 

 

「馬鹿な」

 

「狙って斬ればこんなものだろう」

 

 

 魔法という塊と置き換えれば、斬れるのは当然だろう。さも当たり前のように答えた空はそのままフュンフトを仕留める為に絶刀を振るう。

 

 

「いえ、まだです」

 

 

 間違いなくフュンフトを殺す速度で振るわれた斬撃をフュンフトは大剣で受け止めた。先程と違い、鋼の魔力光を纏った絶刀は分解されることはなく最初のように大剣とぶつかり合う。

 防がれた。

 ならば、こうだ、と。恐るべき速度で次々と絶技を放つ空をフュンフトは受け止めていく。何度も何度も受け止めていくその様は、普通であれば心が折れるはずだ。自分の力が軒並み効かないのだ、と。

 

 だが、空は笑っていた。

 口角を僅かに上げながら、何か素晴らしいモノを見たかのように笑みを浮かべて技を振るう。

 鋼の魔力光と銀の魔力光がぶつかり合い、その余波で砂嵐が割れていようが知らぬ知らぬ。既に空の絶刀に敵意も殺意もなく、一度空の斬撃より逃れ夜空へと佇むフュンフトを見上げて、空は笑った。

 

 

 

 かくして、戦いは冒頭へ至る。

 天羽々斬と戦乙女の戦いは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五刃



 アナザー翼と翼、どちらも妹としてありですね。
 ところでベルグシュラインの見た目で自室では妹といえどもアイドルのライブ映像見てるとか、改めて考えるとなんかシュール




─────〇─────

 

 

 

 

 

 オリハルコンによる粒子体が血中で加速していく。

 それに伴い、筋繊維が断裂し、速やかに再生増殖を行っていく。身体能力が上がっていく。

 当たり前のように成長し続ける天羽々斬は何も光の様に覚醒し続けているわけではない、ただただ当たり前のように、今本気で戦乙女とぶつかり合う事で得ている経験値をオリハルコンが恐ろしい速度で天羽々斬に還元しているに過ぎない。

 つまるところ、成長速度が異様なのだ。

 それも当然───運命を前に成長も何もしない奴などいるわけないだろう。

 

 

「ならば、こうだ」

 

 

 お前ならば越えるだろう。そう考えながら放たれたのは加速した動きによって編まれる多方面からの斬撃の檻。ただ双大剣を振るうだけではどうしようもないそれに対して、戦乙女は当たり前のように分解を宿した銀の魔力光を纏わせた双大剣を振るい的確に斬撃の檻を切り崩し、僅かに開いた穴より脱出してみせる。

 そして、彼女は翼をはためかせ銀羽を宙にばらまく。魔弾ではない。それは幾重にも重なり、巨大な魔法陣と化す。それがつい先程見た魔法陣であると認識し、空は再び構えて

 

 

「“劫火浪”」

 

 

 先程同様に天空を焦がす大火を放った。

 だが、忘れたというのか?先程のはまぐれでも偶然でもなんでもない。

 

 

「斬るのみ」

 

 

 再び焼き増しの様に大火を両断して見せる。

 それを見て、戦乙女は分かっていたとも、お前ならば斬るだろう、と大火という目眩しの後ろに構えていたものを放つ。

 それは数えるのも億劫になってしまうほどの無数の魔法陣。だから、どうしたそれらも斬り裂いてやろうと、構えるがしかしそんなものをわざわざやらせるか、と戦乙女はその銀翼より再び魔弾をさながらマシンガンのようにばら撒き始める。

 まさに怒涛の攻撃だろう。

 だが、どうした。

 

 

「それで俺が止まると思っていないだろう我が好敵手」

 

 

 発生するのは無数の壁。

 如何に魔弾が分解を宿していようが関係無い。

 一枚二枚で足りないなら、増やしていけばいいのだから、当然だろう。

 

 

「黙りなさい。そして、潔く我が主の為にその身を捧げなさい」

 

 

 そして、放たれるのは無数の魔法。雷撃、水撃、風撃、炎撃、氷撃、光撃、闇撃────多種多様全て異なる魔法が次々に天羽々斬へと殺到していく。

 風の塊、炎の塊、そういった明確に物理的なモノへと変化して放たれた魔法に対してのみ斬撃を放ち斬り裂いていき、それ以外は空間に壁を挟んでいくことで凌いでいく。

 そうして、天羽々斬が選びとったのはその場から飛び出すということ。気配感知で戦乙女の居場所は感知済みである、そして、魔法は壁を挟めばどうとでもなる。故の選択。

 既に絶刀は納刀されており、鋼の魔力光が収束している。

 

 一分か?十秒か?それとも一瞬か、全方向から壁越しに様々な衝撃を受けながら、足元に作った壁を足場にして駆け抜け魔法陣の雲海を越えた天羽々斬は抜刀しその先にいる戦乙女を斬り裂いた。

 

 

「────コレは」

 

 

 斬り裂いたのは銀羽の塊だった。

 つまるところ、二重の罠だったということ。

 大火を目眩しに無数の魔法陣。そして、その魔法の嵐を目眩しにして自分の姿を消す。しっかりと囮を残した上で、だ。

 ここまでやって、狙うのはなんだ?

 

 

「決まっている……!」

 

「その腕、貰います」

 

 

 肉を切り裂く音が響いた。

 体全体に銀色の魔力を纏った戦乙女が振るった大剣が確かに絶刀を握る右腕を斬り飛ばした。

 鮮血が迸る。その光景はつい先程の試練を思わせ、空は胸中で未熟者め、と吐き捨てながら斬り飛ばされた右腕を分解しすぐさま復元する。

 腕の断面から翡翠の結晶体が伸び出して砕けたと思えば無傷の腕と服すら戻っているなど、驚き以外無いだろう。事実、それを目の当たりにした戦乙女は目を見開き、動きが一瞬止まった。

 その隙を逃さぬ天羽々斬では無い。

 袖の下で縄めいた筋肉が浮き上がり、瞬間膨張して気付かぬ間にその頸を斬り落としてやろうという速度で一閃を放つ。

 

 

「ッ!」

 

 

 だが、それは裏切られた。先程までの戦乙女ならば反応するのが難しいはずの速度での一閃を難なく反応して見せたのだ。絶刀と大剣が激突し、その衝撃で火山頂上の岩が一部粉砕される。

 間違いなく、その身に纏い始めた魔力が原因だろう。その理論を看破したエンリルは知識の中で最も近いモノを口にする。

 

 

『“限界突破”か。三倍近くまで身体能力を上げる技能の筈だが……』

 

「ならば、越えてみせましょう」

 

「越える?何を?よもや、私に勝つつもりですか?」

 

「勝つのは俺だ───と、言うものなのだろうがあいにく、そういう性分ではないのでな。だから、こう答えさせてもらう───お前の期待を裏切ってみせよう」

 

 

 競り合いながら、勝つなどありえないと告げる戦乙女に天羽々斬は笑みを浮かべ、蹴りを放ち一度距離を開けて────無駄な事を、とでも言うように戦乙女は銀羽の魔弾を放ちながら残像を引き連れて魔弾を追い越しながら迫る。

 だから、分かっている。

 敗北など、越えよう。そうせねば、どうしていったいお前という好敵手(運命)に応えられようか。

 迎え撃つように放つのは絶技の槍衾。

 威力速度ともに先の一撃に劣らない斬撃が一切容赦なく戦乙女へと迫るがしかし、戦乙女は霞のようにその場から消え去り、後には天羽々斬へと殺到する魔弾ばかりが残った。斬撃が魔弾を迎撃していく、ならば今度はどこから来るのか。

 

 

「背後か……!」

 

『違う!』

 

「ここです」

 

 

 感知した気配に天羽々斬は魔弾の射線より逃れ、背後へと振り返りながら一閃を放つがしかし、既に戦乙女はそこにはおらず、声の方向、頭上へと視線をやればそこには独楽のように物凄い回転をしながら遠心力の乗った双大剣の連撃を叩き込んできた。

 

 

「ごふっ……!」

 

 

 連撃は右鎖骨から下腹部までごっそりと天羽々斬の身体を斬り裂いたが、次の瞬間には傷口の断面でオリハルコンが結晶化していき復元されていく。

 それを見て戦乙女はその表情をやや顰めさせながら話す。

 

 

「奇妙ですね。再生魔法とは異なる……ええ、ですがそれも我が主の為に使われるのです。光栄に思いなさい」

 

「まさか」

 

 

 誰も光栄には思わんよ。

 そう言いながら、絶刀を振るう。首もとへ振るわれたそれを戦乙女は軽く身体を逸らして回避し、カウンターに右の大剣を唐竹割りに振るいそれを回避すれば踏み込み胴を斬ろうと横合いから左の大剣が振るわれる。天羽々斬はそれを鞘を使って無理矢理身体を浮かせて回避し、そのまま左の大剣の腹に乗っかり絶刀を振るう。

 戦乙女は大剣を手放し後方に跳び退いてそれを回避し、すぐに間合いを詰めて大剣を大上段から振り下ろしてくる。それを乗っかっていた大剣を蹴り、後ろへと回避する。自由になった大剣を左手で握り、双大剣で戦乙女は再び間合いを詰めていき、それを迎撃する為にやはり天羽々斬も間合いを詰め、至近距離で双大剣と絶刀がぶつかり合う。

 

 

「はぁぁぁあああっ!!」

 

 

 戦乙女が叫び無力化しようと斬りかかり、天羽々斬は仕留めんが為に絶刀を振るう。

 互いにおおよそ、常人とは違う存在である以上消耗は皆無と言っていい。だが、

 

 

『……魔力の消耗がまったく感じられんのはどういう事だ?』

 

 

 フュンフトはいくつもの魔法や魔力光を纏い固有魔法を常時使用しているというのに魔力の消耗がまったく感じられない。それにエンリルは疑問を抱き、そしてすぐに仮説を組む。

 

 

『…………元より無限か、それとも消耗するよりも早くに供給されている……か。どちらだ。ただただ多いだけならば微かだとしても消耗は見えるだろう』

 

 

 ならば……と、考えながら自分の作業を行っていく。

 そうして、戦いに戻れば段々と変化が生じ始めていた。片や触れれば分解の一撃、片や斬り裂く絶刀。それだけならば明らかに戦乙女が優勢であるはずだがしかし、蓋を開ければまるっきり逆である。

 分解しようが斬ろうが、復元されていく天羽々斬。

 斬り裂き切り裂き剣圧すら殺傷性で、決して小さくはない切り傷が作られていく戦乙女。

 このまま持久戦にもつれ込めば勝つのは天羽々斬だ。何せ、ステータスは既に戦乙女に応えるように成長していき互角に近くまで成長した挙句、スタミナだろうがなんだろうが復元すれば元通り。

 だが、それはあくまで一対一の話。もし、このまま持久戦にもつれ込んで……二体目、三体目がやってきたら?

 万が一がある。

 

 ならば、決着をつけねばならない。そう思考して、天羽々斬は笑みを浮かべた。自分の中で何かがハマった音が聴こえたのだ─────

 

 瞬間、訪れるのは静寂。数えて五百二十五層もの多重空間遮断壁が鳥籠のように戦乙女を閉じ込めた。

 

 

「これは……!」

 

 

 何を今更と分解を放つがしかし、一枚消えた。

 後、五百二十四層。

 その事実に戦乙女は目を見開き、そんな事はどうでも良いと風鳴空は絶刀を鞘へと納め息をつく。

 弛緩し、不必要な力が抜けていき必要なモノだけ込められる。そして、彼は口ずさむ。

 

 

「神命拝領、青生生魂(アポイタカラ)起動────」

 

 

 さあ、起きろ。

 エンリル(神素戔嗚尊)風鳴空(天羽々斬)が接続する。

 

 

『斬れ、天羽々斬』

 

「御意────」

 

 

 

 

「『創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星』」

 

 

 紡がれるのはやはり、統一言語を用いた祝詞(ランゲージ)。それは聖遺物を絶刀へと新生させた時と同じである、だがしかしそこに込められている祈りは異なる色を発している。

 

 

「『剣の閃き、限りなく。黄金の柄に鋭き刃、鋼を両断する度に王器を彩る栄光が地平の果てまで鳴り響く。三度振るえば訪れる破滅の波など知りはしない』」

 

 

 絶刀への祈りが絶刀自体へそれでいいのか、このままでいいのか?と発破をかけるものであるのに対してこの祈りは自らを一振りの刀剣へと仕立て上げる祈り。

 ゆったりと鞘より引き抜かれ鍔鳴る音も軽やかに、鋼の鋭い刀剣が夜に燐光を反射する。

 

 

「『我が所有者こそ絶対神。侏儒の鍛治が遺せし呪怨など、至高の神威は跳ね除けん。断ち切る魔物を御示しあれ。八つ頸唸る邪竜とて、語らず、逸らず、粛々と』」

 

 

 強く、されど透き通っていくかのように、万象すべてを斬り裂くべく刃は磨き上げられる。

 紡がれていく祝詞に従い、オリハルコンが、翡翠の粒子体が鋼の魔力光を纏いながら風鳴空の身体を覆っていく。それはさながら、夜闇に輝く星の様───

 

 

「『一切斬滅。唯其れのみ。此れより神敵、調伏致す』」

 

 

 異邦の邪神、その使徒よ。ただ死ぬがいい

 

 

「『超新星(Metalnova)──抜刀・天羽々斬◼◼◼(Orotinoaramasa ◼◼◼◼◼◼◼)』」

 

 

 振り抜かれる神威抜刀。

 『◼◼◼◼』に未だ届かず、されどもその身は一つの鋼の星となって、あらゆる敵を両断する至高の刃となった。オリハルコンから齎される高純度エネルギーに祈りという色を与える事で此処に異能が発動する。

 振るわれる剣閃は鋼の魔力光を纏いながら戦乙女を縛る多重空間遮断壁ごと両断していく。

 

 

「……くぁ……!」

 

 

 回避?抵抗?総じて無意味。

 ────ベルグシュラインに及ぶべくもないが、しかし足らない分は別のモノで補えばいい。

 千年に一人のベルグシュライン。ならば、ここにいるのは十年に一人、百年に一人か。それでは足りない、足りないからこそ、風鳴空はグリューエン大火山へ到れたのだ。

 間合い。剣士として至極当たり前に重要な空間把握、ならば空間魔法が風鳴空に適合しない筈がない。即座に空間魔法を習熟していく風鳴空の前で、最早神の使徒は恐るに足らぬ。

 

 

「いったい……何が……!」

 

 

 大剣ごと縦に両断された右腕を回復魔法で回復しようにもそれを追いかけるように鋼閃は閃き振るわれる。斬撃ならば、先程のように分解してしまえと銀翼が斬撃を弾く様にはためくがだがしかし、一切容赦なくその銀翼を斬り飛ばす。

 どういう事だ?

 あくまで魔力で編まれた翼故に痛みなどない。その為即座に元通り。いったいどういう理屈で分解を越えたのか、絶刀ならば斬り裂くのは理解出来るが放たれた斬撃は分解が通るのに───

 

 

 ならば、答えよう。

 

 

「どうした、鈍くなってきたぞ」

 

 

 天羽々斬はその絶刀を振るう。

 放たれた魔弾を鋼閃は切り刻む。斬撃を放つのとはわけが違う。純粋に攻撃範囲の拡大、斬閃延長能力、ただ単に絶刀の一閃の距離を伸ばしているだけ。

 炎が出るわけもなく、滅ぼす力を放つわけもなく、殲滅光(ガンマレイ)を束ねるわけもなく、因果律崩壊(トンチキ)を引き起こすわけでもなく、不死を殺すわけでもない。ましてや放つ一閃が強くなるわけでもなく、本人の攻撃動作がなければ発動すらせず当たり前のように鈍れば切れ味も落ちる、そんなおおよそ、能力としては落第点極まりない力。

 だがしかし、忘れるな。もはや、天羽々斬の性能は戦乙女に劣ることは無く、ましてやその鋼の魔力光は分解すら斬り裂く。放たれた斬撃など言ってしまえばただの剣圧でしかなく、ならば、射程が伸びた絶刀の一閃がどうなるかなど火を見るよりも明らかだろう。

 

 

 もはや、分解など知らぬ。

 大剣で防ごうにもその大剣ごと両断してしまい、回避しようにもその回避先には既に一閃が振るわれる。もはや、どうしようもなく詰みなのだ。

 いや、まだだ────

 

 

「我が主の為に────」

 

 

 戦乙女は目を見開き、自らの愛する主の、神の命令を実行せんと奮起して…………。

 

 

「────そうか、こう斬るのか」

 

 

 刹那、()()()()()()一閃にフュンフトは怖気が走った。虚空を切った筈なのに何故だか、どうしてフュンフトには恐ろしい行為だった。

 分からない理解出来ない、お前はいったい何をした。

 

 

「いったい……何をした!!」

 

 

 半ば恐怖を隠すように、人形らしくもなく感情を出すかのようにフュンフトは銀羽をばら撒き、幾つもの魔法陣を創り出す。

 まるでお化けにでもあった子供のように、目の前の存在をどうにかしようと辺りのモノを投げ散らすように、次々とフュンフトは魔法を天羽々斬へと放っていく。

 だが、それも無駄だ。

 

 的確に魔法と魔法の僅かな隙を縫うように放つ魔弾も魔法も何もかも切り刻まれる。先程の光景とはまったくもって違う。

 塊ですらない魔法すらも天羽々斬は斬り裂いていく。

 どうした、どうした、もっと、もっと、出してこい。どんなものであろうとも俺は斬り裂いてみせよう。

 

 

「────ッ、これはいったいどういう」

 

 

 魔法を放つ中、唐突にフュンフトは止まった。何か理解出来ないことでも起きたかのように自分の身体を見下ろしながら、分からないと恐怖に引き攣った表情を見せて────だから、そんな隙など見逃さない。

 

 

「では、こうだ」

 

 

 振るわれる一閃。

 それに寸前で気付いたフュンフトはそれを回避し、追撃の一閃を防ごうと新たな魔法を────

 

 

「あ……、あ、ああ」

 

 

 何か決定的なモノが斬られたのをフュンフトは理解した。そして、同時に先程まで減る事など無い、常に満ち溢れていた魔力が減少していく、供給されなくなった事実だけではなく、間違いなく決して喪ってはいけないものが喪われたのをフュンフトは知った。

 双大剣はその手から滑り落ち、岩へと突き刺さり先程までの人形らしい瞳は見開き絶望を知ったように茫然とし、そしてその口は次の瞬間には発狂したかのように喉を震わせ叫んだ。

 

 

「あぁぁぁああッ、あぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 

 我が主、我が主、我が主!

 と、迷子の子供が親を探しているように叫び始めるその姿を見た瞬間、風鳴空(天羽々斬)は熱が急速に冷めていくのが理解出来た。

 なんだこれは。

 たかだか()()を斬り裂いただけだろう。どうして、それで止まるのだ、嘆かわしきかな戦乙女、造物主の愛を感じられなくなっただけで壊れるなどなんと愚昧な手弱女か。

 故にもはや、価値は無い。

 

 

「お前は俺の運命ではなかった」

 

 

 だから、死ね。

 絶刀をもって頸を刎ね────刹那、身体が動かず気がつけば空はフュンフトの前へと移動しており、その左腕を彼女の胸へ叩き込んでいた。

 

 

「ガフッ……」

 

『……悪いな、空。興味が湧いた、この人形は俺が貰う』

 

「御随意に」

 

 

 使用権を半ば奪い取られた形になったものの、空は譲り神素戔嗚尊はそのままフュンフトの心臓を握り潰し、腕から翡翠の粒子体を溢れさせながら不敵に笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六刃


 お気に入り数1000件突破!ありがとうございます!
 これからも本作を楽しみにしていただけると幸いです。




─────〇─────

 

 

 

 

 

 グリューエン大火山攻略よりもう数週間が経とうとしていた。

 

 王都脱出から考えれば既に1ヶ月は過ぎたろう中、風鳴空は未だアンカジ公国に滞在していた。

 と、いうのもこのまま旅をするにも食料などの事を考えれば路銀が些か心もとなかったという理由があり、そして空間魔法の習熟の為にも時間を割くという理由などによりしばしの休息を取っていた。

 空としてはその休息中に再びフュンフトの様な使徒が差し向けられる可能性を考えたが、先んじてエンリルによって押し切られた以上空としても仕方ない、と割り切った。

 事実、グリューエン攻略までの一週間近くはほぼほぼ駆け抜けてきたというものであり、空としてもまとまった休息というのを取るというのは決して否定出来るものではなかった。やろうと思えば、スタミナを戻す事が出来る力を得たがそれはそれ、精神的な部分の回復は重要である。

 

 

 だが、それが数週間というのは些か長いのでは無いだろうか。

 と、思うだろうが実際問題路銀集めをする以上依頼を二つ三つこなせば、はい終わりというわけではない。それなりに依頼をこなしていき、少しずつ路銀を増やしていく。これが一人ならばもう少し時間もかかったが一人ではなく、二人で依頼をこなしていった為に数週間程度で済むことが出来た。

 さて、二人。空の旅は空とエンリルによる一人と一柱ではないのか?と思うだろうが…………幸か不幸か、空とエンリルの旅に一名加わる事となった。

 

 

「…………ふむ」

 

「どうかしましたか?風鳴様」

 

 

 アンカジの行政区、その一画にある少しオシャレなカフェの様な店。その奥側にある席で空は珈琲もどき───何故か、ミルクを入れているわけでもないのにカフェオレ感のするブラックという概念を捨て去った珈琲───になんとも言えぬ感情を抱きつつ、カップをテーブルに置くと、対面から女性に心配そうな声をかけられる。

 空はそんな彼女に視線を向けて、問題ないと軽く首を横に振る。

 そうですか、と言ってアンカジの名産品であるフルーツが使われたシャーベットを楽しみ始める彼女を空は見る。

 空の対面に座る彼女は腰まで伸ばされた美しい黒髪に、大きく切れ長の瞳、少女にも大人の女性にも見える不思議で神秘的な顔立ち、全てのパーツが完璧な位置で整っており、そして身に纏っているのは巫女のような服装。しかし、巫女と言ってもその服装はおおよそマトモな巫女服とは言えまい。肩は大胆にも露出しており、椅子に座っておりテーブルなどで見えはしないがその麗しい太腿の柔肌すら露出している様は明らかに巫女服というものを勘違いしているだろう。

 初めて彼女の姿を見た時、空も表情には出さなかったが胸中では嘘だろう?と軽い混乱に陥っていたのだから。

 

 

『俺の趣味だ。良いだろう?震砕角笛(ギャラルホルン)の服装を参考に少し露出を増やしつつ布地を増やしてみたぞ』

 

 

 など、と彼女の服装などを設定した神はカラカラと笑っていた。そしてそんな話を聴きながら空はなんとも言えず天を仰いだものだ。

 締めるところは締めているが我が神は存外フリーダムである、と。

 だが、格好程度でとやかく言う空ではない。今思えば彼の記録に残っている服装のオリジナルとなったという震砕角笛(ギャラルホルン)を脳裏に浮かべてみれば、なるほど確かに彼女も彼女で露出度は低いがなかなか過激的な服装であった記憶がある。ならば、ある程度隠す分布を増やしたなら何も言えない。

 

 

「あ……風鳴様も一口如何でしょうか?」

 

「いや、結構だ」

 

 

 彼女の提案を遠慮して、空は手元の簡易的な地図を見下ろす。彼女の記録にあったこのトータスにおける大陸地図、それを出来うる限り縮小して作製した地図。

 実は数週間経つというのに、未だに次の目的地が定まっていないのである。

 勿論、迷宮の位置は既に把握済みだ。

 

『オルクス大迷宮』、『グリューエン大火山』以外の迷宮『ライセン大峡谷』、『メルジーネ海底遺跡』、『神山』、『ハルツィナ樹海』、『氷雪洞窟』。無闇矢鱈と王国へ近づくつもりが無い以上、オルクスと王都後ろに佇む教会の総本山が存在する『神山』は候補から外れる。

 残りの内、『氷雪洞窟』は大陸の南側の東という今いる大陸の北側の西というグリューエン大砂漠から離れた位置にある。『ハルツィナ樹海』はグリューエン大砂漠との間に『ライセン大峡谷』を挟んだ形の東端。そして最後に『メルジーネ海底遺跡』だが…………。

 

 

「大砂漠の更に西。距離で言うならば最も近いが」

 

「海底遺跡、ですからね」

 

 

 最も問題事を彼女が続くように口にして、空は頷く。海底、海底である。勿論、どれほど深いところにあるのかは分からないが水圧というものが存在する以上、普通に潜った所で無謀極まりない。

 ならば、空間魔法で強引にという手段もあるが具体的な位置や深さが分からなければ、魔力が持つかどうかも分かったものではない。正直なところを言えば、空がオリハルコンのエネルギーを魔力の代替として使用すれば問題は無いのだが万が一を考えればそれは行うべきではない。

 

 

「ならば、一番安定となるのはやはり、大峡谷、樹海、そこから南側の雪原か」

 

「そうなりますね。ですが、樹海は厳しいかと。あそこは亜人が住まうフェアベルゲンがありますし、我々だけでは」

 

「なるほど……一理ある」

 

 

 今のところ、亜人というものを見たことは無い空としては差別どうこうに関しては何も言うことは無い。

 地球の方や前世では差別の問題云々が多かったが、差別問題は人類や、文明を持てば決して解決出来ないものであると空は思っている。

 神祖が言っていた様に人類というものはそういう存在なのだから。

 ましてや、宗教が絡めば差別問題などより一層捻くれることは間違いない。そして、空が亜人に対して差別意識を持っていなかろうとも亜人側からすれば人間なのだから、問題だろう───いや、それ以前に

 

 

「大和が民草以外は重要では、無い」

 

 

 防人としての優先順位がある以上、差別に口を挟むことは許されない。

 そこまで考えて、思考を切り替える。

 ならば、樹海は後回し。

 と、なれば自動的に順路は自然と大峡谷を通り、そのまま東側へと出た後に樹海を経由せず直接雪原へと向かう事になる。

 

 

「と、なれば魔人族か」

 

 

 大陸の南側へと向かうということは必然としてそちら側を支配圏としている魔人族と対峙する事は間違いない。

 故にまだ見ぬ魔人族へと思考を回しながら、その視線は再び彼女へと向けられる。そして、そんな空の視線に気づき、軽く微笑みながら彼女は話し始めた。

 

 

「そうですね。現在魔人族はアルヴヘイトの使徒、と言っても勇者方の様なモノですが……眷属神アルヴヘイトの使徒に任じられた迷宮攻略者が主に率いています」

 

「率先しているのは王ではない、と」

 

「はい。正確に言えば、魔王は眷属神アルヴヘイトが務めており、狂信者である攻略者の将軍がリーダーを任されています」

 

 

 そう、つらつらと魔人族の内部情報を語る彼女。

 いったいどうしてこうも魔人族の情報に詳しいのか…………。

 彼女の名は睦月。

 嘗てフュンフトという名で空をエヒトルジュエの元へ連れていこうとした真の神の使徒の一体だった存在。

 空が空間魔法の境界干渉を理解し、エヒトルジュエとの繋がりや魔力供給の経路を切り裂いた結果、自らの存在意義である主との接続を断たれ発狂し壊れたフュンフトをエンリルが心臓を破壊し、その代わりにオリハルコンの結晶体を炉心にした事で作り変えた、作り変えられてしまった哀れな神の人形。

 今では空同様エンリルの使徒だ。

 実際、エンリルとしては空を使徒という扱いなどまったくもってするつもりは無いのだが、空からすれば風鳴という家系のルーツを考えれば充分使徒の様なモノと考えていた。

 そういう理由もあり、元フュンフトこと睦月は空からすれば同僚の様なモノであり、殺し合った云々の蟠りは既に無い。なにより、彼女の役割は情報源と空のサポートなのだから。

 

 と、つまりはこうしてエンリルの使徒となった後でもフュンフトだった時の記憶などはしっかりと残っている為にその辺りの情報が聞けばつらつらと出てくるわけである。

 エヒトルジュエの使徒がなんで魔人族の中枢、深いところまで知っているのか、と聞けば先も言った通り魔人族の神は眷属神。つまるところ、そういうことである。

 

 

「それで、魔人族の神代魔法がどんなものなのか再確認するとしよう」

 

「はい。変成魔法……簡単に言えば生物の魔物化、魔物の強化、魔物の使役などと……所謂、有機物へ干渉する魔法になります」

 

「南雲が手に入れた、生成魔法とは対称的だな。アレは無機物に干渉する魔法だからな」

 

 

 エンリルから与えられた情報を思い返しながら、空は変成魔法について思考を回す。

 魔人族と人間族のバランスが崩れたのはつまるところ、その変成魔法が原因なのは間違いないだろう。空間魔法一つ取ってみても戦争の道具としては今までの常識を覆すものだろう。

 そして、そんな攻略者が魔人族のリーダーを務めているというのならば、

 

 

「当然、迷宮付近に監視者はいるだろうな」

 

「それは勿論。何せ、攻略して適性があれば神代魔法が手に入るのですから、軍拡の為にも迷宮そのものを掌握するというのは当然ですね。ハイリヒ王国における『オルクス大迷宮』の様に」

 

 

 そう屈託の無い美しい笑みを浮かべながら、そう言う睦月に空は息を吐きつつ、再び珈琲もどきに口をつける。

 少なくとも大陸を横断する大峡谷、途中迷宮を挟みつつも横断してから今度は敵対者である魔人族がいる大陸南側を駆け抜けて迷宮を攻略する。少なくとも二、三ヶ月はかかるだろう。

 空間魔法による座標計算による転移は流石にまだ習熟が済んでいないため、空自身が足を運ばねば不可能。帰りはともかく行きは大変だろう。

 

 

「足が必要か……流石に走りばかりというのもどうしようもないな」

 

「ふふ、そうですね」

 

 

 魔人族の版図に足を運んだ際に魔人族の迷宮攻略者またはその手の者と戦闘が勃発する可能性があるがしかし、既に空の中では対処出来ると判断していた。

 既に接続などといった経路を切り裂く感覚は理解している。むしろ、魔人族の使役している魔物との戦闘を行えばより一層その技術は深められるだろう。

 そして、大軍相手の戦い方も空の脳裏には幾つか出来始めていた。

 

 

「問題はないな」

 

「それでは」

 

「そろそろ、このアンカジから動くとしよう」

 

 

 路銀も問題あるまい。

 そう言って、珈琲もどきを飲み干して内のエンリルを覗いてみれば何かオリハルコンを弄っているようでこれといった反応は返って来ない。

 オリハルコンを弄っている事になんとも嫌な予感はするものの、空は見なかった振りをして睦月がフルーツシャーベットを食べ終わるのを待ちながら、どうやってアンカジから大峡谷まで行くか、思考を回していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────






 ちなみにですが、空は八重樫道場の裏側をしっかりと知っています。
 というよりも、八重樫道場を紹介したのが緒川の当主ですからね



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七刃

─────〇─────

 

 

 

 

 

「ふぅん……そっかぁ」

 

 

 ハイリヒ王国王城の地下牢にて一人の女がいた。

 地下牢らしく、薄暗く光源は石壁にかけられたランタンだけ、そんな地下牢には多くの呻き声ばかりが響いていた。

 地下牢なのだから、罪人がそこにいるのは当然でありその罪人が苦しんでいるのだ、と考えれば何もおかしい所はないがしかし……そんな呻き声に混じりながらカリカリと何かを引っ掻いているような音があるのだ。

 そして、そんな地下牢の中で一際目立つのは最奥の通路。そこにはいくつかのランタンが置かれ、地下牢ながらも中々の明るさであり、それらが通路に置かれたテーブルとその上に置かれたものとそこにいる女を照らしていた。

 

 

「やっぱり、実際に経験したりした人間でも複数人からの記録じゃないと穴が出るよね」

 

 

 テーブルに置かれているのは見るだけでも頭が痛くなりそうな程の書類の山と山。それらを読み耽りながら、女は思考を回す。

 女がそうしている間にも呻き声を上げながら地下牢に囚われている誰かは次々とカリカリと音を立てて…………羊皮紙へと何かを書き込んでいく。

 そうして書き終われば、通路に立っている看守らしき兵士がその羊皮紙を回収しては新しい羊皮紙を与え、回収した羊皮紙をテーブルの空いている場所へと置いていく。

 看守らと囚人らは皆一様に覇気のない無表情と言うような表情で黙々と与えられた作業をこなしていく中、女は提出された羊皮紙を読み進めていく。

 どれもこれも大した情報はない。もっともっと使えるモノは無いのか、と舌打ちながら椅子の背もたれへともたれかかり天井を見上げる。

 

 

「歴史とか、逸話とか、そういうのじゃないんだよ。()が欲しいのはもっと僕の力になるようなもので…………処刑された過去の人間の残留思念なんてこんなモノなのかな」

 

 

 思う様にいかない情報収集にため息をつきながら、彼女は想う。

 喪った大切な愛しい彼を想う。

 必ず必ず取り戻すから、果たして今日だけで何度目になるかも分からぬ誓いを零しながら、妖艶な笑みを浮かべて、愛しい彼と再会出来た時の事を妄想して、そして真っ先に脳裏を過ぎったのは彼と初めて出会ったあの日。

 

 

 

 あの日、自殺する為に家を出て橋の上から飛び降りようとした。

 母親が連れ込んだ男が彼女を襲い逮捕されてから、より一層醜悪な本性をあけすけにした母親に壊れてしまったから、死にたくなって。

 正直に言えば入水自殺には不向きな川で最悪打ちどころが悪くても死なない可能性のがまだあるような橋。それでも、飛び降りようとした時に、彼女は彼に出会った。

 

「飛び降りたところで死ぬのは難しいぞ。むしろ痛いだけだが」

 

 橋の欄干に手をかけ、半身を出してこのまま吸い込まれるようにというタイミングでそんな、死にたいのならまだ別の場所のが良いだろう、とでも言うような声音で話しかけてきた彼に何を言っているのか、と止まってしまった。

 

「大方、親だろう。俺はなんら、役に立ちはしないだろうがツテはある」

 

 その歳頃で自殺しようとするのは大抵、そういうモノだ。

 そんな風に言いながら、彼女の肩を軽く引いて橋の内側へと戻し、座らせて彼も隣に座りながら、淡々と彼は話した。

 

「無理に聞く気はないが……黙って死ぬよりも言って死ぬ方がまだ楽だ」

 

 あくまで君の意思なら自殺を止めるつもりはない。そういう彼に彼女は何を言ってるのか分からない、と何度も何度も瞬きをしながら彼の横顔を見ていた。そして、無理に聞きだそうとしなかった彼にいつの間にか、彼女は自分から話していた。

 同い歳だろう子供に彼女が受けた諸々など理解出来ないだろうが、それでも彼女はありのままに話して────

 

「公安の叔父に伝えよう。畑は違うだろうがあの人なら色々と動いてくれる」

 

 彼はしっかりと理解した上で解決の為の道を示した。

 それはある種、救いだったのだろう。嘗てそれは駄目だ、と選ばなかった選択を易々と当然の様に提示した事に、彼女は彼女にとって当たり前ではなかったモノを当たり前のように示した彼にどうしようもなく救われた、と感じたのだ。

 何時しか泣いていて、そんな彼女を労わるように彼は隣にいた。

 その後は、驚く程にトントン拍子だった。公安警察に務めているという彼の叔父の動きもあり、そして元々彼女の母親の男が彼女を襲った事件もあった事で警察や児童相談所がマークしていたという事実もあって、彼女は母親の元から離れる事が出来た。

 結果として転校する事となったがそれからの数年間は彼女にとって救ってくれた彼に対する感情を強く強く煮えたぎらせる様な時間だった。彼に会いたいそんな想いが強く深くなっていて、中学の三年生となり受験を考える時期に彼女は気がつけば電話を手にしていた。

 相手は彼の叔父であり、何かあればと電話番号を教えて貰って……彼女は彼が何処の高校に行くのか知らないか?と聞けば簡単に教えてくれた。だから彼女は彼に会うためにその高校を受験した。そして、当たり前のように受かって彼女はついに彼と再会出来たのだ。

 

「ああ、あの時の。叔父から聞いたのか」

 

 彼は憶えていた。その事実に嬉しくて嬉しくて胸が張り裂けそうで、だから当たり前のように告白しようとしたが、彼女はもしかしたらと恐れ何も言えなかった。

 だが、彼からすれば彼女の抱えているものは何となく察していたようで普通ならば女子に言わないような事をズケズケと言う。自分の想いを泥のようなど、と表現する彼に彼女は笑ってしまった。

 そんな事では霞むことなどありはせず、だから彼女は必ず振り向かせて見せると誓って、そして彼の前では自分らしくあろうとして───

 

 

 

 

「………………あぁ」

 

 

 新しい羊皮紙を置きに来た看守に気づき、現実に戻されてしまった彼女はつまらなそうにため息をついて新しい羊皮紙へと視線を通し始める。

 こうして、自分の魔法を使い手駒を増やし、囚人を殺して地下牢で死んでいった人間たちの残留思念を憑依させて呻く事しか出来ない人間タイプライターへと変えてひたすら多くの有用そうな情報を集めるようになって早数週間。

 ろくな情報が集まらない。

 有用そうな情報か、と思えば他のタイプライターが書き出していくものと見比べれば誤解していたり、解釈が異なっていたり、大したモノではないということが分かってしまう。

 そういう状況に僅かに苛立ちながら、彼女は情報を読み解いていく。

 最近得たモノといえば、宝物庫の管理を行っている兵士を手に入れて、使えそうなアーティファクトを手に入れたぐらいである。使えるアーティファクトがあった所でそれを活用出来る情報が無ければ何も意味が無いと言うのに。

 

 くだらない情報ばかり。

 だが、あればあるほどいい。そんな言葉を胸に彼女はひたすらタイプライターが出してくる情報を読み解いていって────

 

 

「…………これ」

 

 

 嘗て王族ながら、神殿騎士の一人ながらも政争に負けた挙句地下牢で自害したという男の残留思念を憑依させたタイプライターが書き上げた羊皮紙に記されている情報に女は目を見開き、そして直ぐに細めながら笑みを浮かべた。

 そこに書いてある情報は当たりだった。残留思念は基本的に嘘をつかない。そういう風に操作しているのだから、当然だ。だからこそ、そこに書かれているモノが見過ごせなかった。

 

 

「…………神代魔法……神山……魂に干渉する魔法…………ふふ、ふふふ……」

 

 

 面白い情報を見つけた、と女は妖艶な笑みを浮かべながらより多くの情報を、と一層笑みを浮かべて杖を手にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アヌンナキ・エンリルにとって、この世界トータスはあまりにも気に入らなかった。

 いや、正確に言えばトータスが気に入らないのではなく、この世界の状態が、だ。嘗てエヒトルジュエの使徒であったフュンフトの支配権を手に入れ、自らの使徒へと改造したエンリルは彼女の中にあった記憶をオリハルコンに記録して見漁った。

 南雲ハジメに仕込んでいたオリハルコンの粒子体の一部を通して聞いたオスカー・オルクスが語った真の歴史を神の使徒の目線からエンリルは知った。

 だからこそ、唾棄した。

 

 神々の盤上。神の遊戯。

 

 ああ、なんてくだらない。

 和平したという亜人族や魔人族と人間族の終戦を祝うパーティー、それであろうことか和平条約を結ぶ為に奔走した人間族の王族を洗脳してそこで相手の王族やパーティー参加者の非人間族を殺していくという非道。多くの、気に食わないから、そっちのが面白いからという理由で行われていった非道を見ていき、エンリルは腸が煮えくり返るようだった。

 正直なところ、エンリルからすれば亜人族も魔人族もそもそもこの世界の人間族もどうでもいい存在でしか無かった。当たり前だろう、彼にとって大切であり護りたいと願うのは大和が子らである日本人と大和國(日本)なのだから。

 

 

『だが、違うだろう』

 

 

 彼らを玩具のように扱うアヌンナキがいなかったわけではない。

 事実、ルル・アメルを管理していた頃、エンリルはどちらかと言えばそちら側に近い存在だった。実験に必要だから、と申請された事項を淡々と承認し泣き叫ぶルル・アメルを見て何も思わなかった。

 好奇心から壊した時もあったが、結局そんなに楽しくなかった、と処分した事もある。

 流浪の果てに彼らに出会ったからこそ、己は変わったと自覚しているエンリルにとって、エヒトルジュエはあまりにも認められなかった。東の果てへと辿り着かなかったら、大和の民草と出会わなかったら、自分はこのようになっていたのではないか?地球でこのような遊戯をしていたのではないか?

 そんな、『もしも』が心中を過ぎっては煮えくり返るようだった。

 

 

 別にこの世界に生きる彼らを想っての怒りではなく、ある種の同族嫌悪の様なモノが原因の怒りなのかもしれない。

 だが、どうしても彼らと『もしも』で自分が弄んだかもしれない大和が子らが被ってしまってどうしようもないのだ。

 支離滅裂かもしれない。

 だが、理屈じゃないんだ。

 

 

『俺はこの世界を救う事は出来ない。俺は彼らの神にも救世主にもなることは出来ない』

 

 

 だけれども

 

 

『俺はお前を認めない。エヒトルジュエ、異邦の邪神よ。お前を赦さない、お前を生かさない』

 

 

 何より、既にあちらから宣戦布告をされている。

 

 

『俺の愛する大和が子らに手を出したんだ、赦せるものかよ────勝つのは俺たちだ』

 

 

 俺が、俺の天羽々斬が、大和が子らがお前の思惑を破壊してやる。お前の勝利など何処にもない。

 そう悠然と誓いながら、神は依代の中でオリハルコンを操作し続ける。全ては愛しい子らを大和へ帰すために、大和へと手を出した愚痴蒙昧な邪神を殺す為に。

 

 

逢魔ヶ時(ラグナロク)を待つがいい、エヒトルジュエ。

 邪神滅殺の瞬間を────』

 

 

『夜久毛多都、伊豆毛夜弊賀岐、都麻碁微爾』

 

 

 既に計画は始まっている。

 この身は素戔嗚尊。大神素戔王(ヴェラチュール)に非ず。

 ならば、俺が成すべきは神天地(アースガルド)の創造などではない、人の世を護りたいのだ。何れ来る嘗ての同胞(シェム・ハ・メフォラス)すらも殺す誓いを胸に秘めながら、俺は歩き続ける。

 

 

『夜弊賀岐都久流、曾能夜弊賀岐袁』

 

 

 分かっているんだ。何れ俺のような存在()は要らなくなるって。

 でも、いや、だからこそ。

 

 

『────大和万歳(コンプリート)

 

 

 俺は止まらない。

 立花響(ガングニール)風鳴空(天羽々斬)、どちらでもいい。きっと彼女らが彼奴が俺に、俺たち()が知らないヒカリを見せてくれ───

 

 

 その為にもお前は邪魔なんだよ。

 

 

擬装超新星(Imitation)───』

 

 

 今を生きる彼らの未来を護る為に、アヌンナキは依代の中でその意思を渦巻かせる。

 全ては、あの日抱いた人間への愛故に。

 全ては、大和に生きる彼らを防人らん為に。

 全ては、これから生まれる子供らの平和の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────






 いつも御愛読ありがとうございます。
 諸事情で明日の更新が間に合わないかもしれませんが更新出来るように頑張りたいと思います



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八刃



 諸事情もとい私事が良い感じに終わったので余裕もでき、しっかりと投稿することが出来ました。
 そして、やはり恵里ちゃん……



─────〇─────

 

 

 

 

 

 目的地である『ライセン大峡谷』。

 そこは嘗て処刑地として使われていた天然の地獄。その深さは平均にして一キロを越えており、峡谷の幅は一キロ弱から最大八キロ近くまであるという。

 それだけならば、空を飛べる存在からすれば問題は無いだろうがしかし、この地が地獄であり処刑地であるには他に理由がある。

 断崖の下ではほとんど魔法が使う事が出来ない、何故ならば魔法を発動しようとして込めた魔力が分解され散らされてしまうという不可思議な環境であり、そして峡谷には多数の強力で凶悪な魔物が住んでいる。

 そんな大峡谷が西のグリューエン大砂漠から東の『ハルツィナ樹海』までこの大陸を南北に分断している。

 西の砂漠から東の樹海まで行こうとすればこの大峡谷を進むのが最速で最短でまっすぐなのだが、しかしそんな地獄をいったい誰が自ら通るというのだろうか。一応、大峡谷へ降りていく道はあるらしいが…………。

 

 

 さて、そんな地獄を徒歩で進む愚か者がここに二人。

 基本的に白を基調とした衣服に身を包む男女。

 片や身の丈程の刀を手にし、片や無手。おおよそこの大峡谷を移動するにはあまりにも心許ない装いで、間違いなく魔物に襲われればひとたまりもないだろう。

 しばらく歩いていれば巨大な双頭の魔物が姿を現した。例えるならばT・レックスだろう。

 頭の数が増えたからどうなのだ、という話であろうが、双頭の魔物───ダイヘドアはその二つの首で猛々しく咆哮し、前方を歩いてきている二つの獲物を見つけそれ目掛けて走り始める。

 逃げようとしたところでおよそ常人では逃げられぬ速度であり、哀れな迷い人はダイヘドアの餌食となる。

 

 

 

───普通なら。

 

 

 走り始めたダイヘドアはそのままその身体が右と左に別れて崩れ落ちる。

 そうして、そんなダイヘドアだったモノにまったく気にすることも無く二人は歩き続ける。

 この大峡谷に住まう強力で凶悪な魔物の中でも一、二を争う生態系の頂点に立つはずのダイヘドアをまったくの反応も起こさせずに殺すなど並ではない。

 

 

「…………やはり、なんとも言えんな」

 

「流石に使徒と同等のステータスで苦戦する方が可笑しいかと」

 

 

 そんな風に会話しながら峡谷を行くのは勿論、風鳴空、睦月のエンリルの使徒である。

 如何にこの『ライセン大峡谷』が地獄だの処刑地だのと言われていようとも結局の所、それはこのトータスの一般的な現地民からの話でしかなく、睦月が口にした様に真なる神の使徒を倒すステータスでここらの魔物が危険になるはずがない。

 一ヶ月近く前にアンカジ公国を目指す道中で通ったグリューエン大砂漠と大峡谷の境目の最も近い場所へと空間魔法を用いて転移した二人はそこから数時間をかけて大峡谷へと辿り着いて断崖を空が睦月を抱えて空間遮断壁の応用でさながら滑り台のようにし、一キロ以上を滑り落ちて断崖の下へと降りたのが昨日の出来事。

 これまた空間魔法の応用で安全地帯を作って夜を過ごしていたがこの大峡谷という環境下での空間魔法の使用は魔力消費量が馬鹿にならない。その消耗で壁を貼るだけ貼って、そのまま眠りについているが安全を確保する為ならばその程度の消耗は問題にはならない。

 

 そして、今日が二日目。

 食事はアンカジで多めに買った保存食で軽く済ませながらひたすら二人は歩き続ける。

 流石の神の使徒も迷宮への入り口の場所は知らないようでこの大陸を横断する長い長い大峡谷を歩きながら、周囲に注意しながら探さねばならない。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 道中は静かと言う他ない。

 時折現れる魔物の鳴き声などがなければ、この二人の間に会話という会話はほとんどなく、無言で歩き続け靴が砂利や石を踏み、蹴る音だけが虚しく響くばかりである。

 元より多言ではない空とこれといって話す事も無いため黙々と歩き続ける睦月。ましてや、互いに迷宮への入り口が無いか注意深く断崖へと視線を向けながら、歩き続けているのだ。

 わざわざ喋る事はなく、互いに気まずいという事は思わない為にこのまま迷宮への入り口が見つかるまでこの空気は続いていくのだろう────だが、その前に

 

 

『…………お前ら、静か過ぎるだろう』

 

 

 それに耐えられない(アヌンナキ)が一柱。

 最近、何やら黙ってオリハルコンの調整をしていたエンリルが声を上げる。どうやら、調整も一段落が着いていたようでこの静か過ぎる空気が嫌になったようだ。

 そんな彼の言葉に各々自分の考えを口にしていく。

 

 

「特にこれといって話す様な事はあまりないので」

 

「迷宮の入り口を探している以上、会話にあまりリソースを割くべきではないのでは?」

 

『お前たち……』

 

 

 圧倒的に組ませたら何も無さすぎる二人である。

 そもそも思い返せば、空とエンリルだけの時もどちらかと言えばエンリル側から話が始まっていたわけであり、元々こういう男であるし中身も中身で元々口数の多い方ではなかった……妹や父親の話題を除けば。

 そして、睦月に関しては元々フュンフトだった時のを引きずっているのだろう。主体的に何か談笑するのはそこまで多くない。と、なれば必然的に話題を提供するのはエンリルの役目という事になり……。

 

 

『…………これは、俺が悪いのか』

 

 

 まるで子供の育て方を間違えた父親の様になんとも言えぬ声色が虚しく響く。

 そんな主君に対して使徒はすぐさま否定の声をあげる。

 

 

「いえ、これは俺の不徳が致すところであり」

 

「も、申し訳ございません。私の未熟さを恥じ入るばかりです」

 

 

 そう我々が悪いので御身は悪くない、と言い始める二人にエンリルはなんとも言えずしかし、反目し合うよりはマシか、とため息をつく。

 そんなエンリルの心中を知らぬ、睦月は不安げな表情で空は相変わらずの仏頂面である。

 間違いなくまだまだ時間はかかるだろう。睦月の情報によれば、この大峡谷の端から端まで歩くとすれば二十日はかかるらしい。無論これはあくまで常人が魔物と戦いながら、というものが付く為空や睦月といったおおよそ常人ならざる彼らならばそこまではかからないだろうが…………。

 

 

『なら、走った方がいいのだろうな』

 

「俺としてはそちらでも構いません。お望みならば走りましょう」

 

「私も異論はございません」

 

 

 それは暗に走ったところで周囲の観察を行うには大した支障は無いという事を伝えている。

 エンリルとしてもそれで問題ないと思っているがしかし、本当に注意深く観察すれば見つかるものなのか?そんな予感があった。

 その予感は決して一蹴することは出来ない。

 故にエンリルは意図的に取らなかった方法を提示する。

 

 

『空。空間魔法に関してはどの程度の消耗だ』

 

「……昨晩の結界の消耗からして基本的に十数倍の消耗はかかるかと」

 

『オリハルコンのエネルギーを魔力変換すれば、問題ないか?』

 

「…………問題はないかと」

 

 

 オリハルコンの膨大なエネルギーを魔力に変えながら空間魔法を使う。なるほど、確かに魔力の消耗量以上の魔力を常に確保できるだろう。ましてや、元々の魔力も高い。

 戦闘を睦月に任せて空間魔法に集中すれば……

 

 

『一定範囲内の峡谷に空間魔法をかけて、空間を把握して入り口を探す。それならば例え隠されていても見落とすことは無いだろう』

 

「───御意」

 

 

 瞬間、エンリルの指示に空が地面に膝を着き掌を当てて空間魔法を使用する。壁を張って安全地帯を確保するだけでも本来の十数倍の消耗はするというにも関わらず、オリハルコンのエネルギーという無限供給されるそれを魔力へと変換しながら力任せに暴力的に無理矢理に魔力が走っていく。

 その反動か、空の頬や肩、それ以外の身体の部分が裂ける様に出血し、それを閉じるように結晶化していき傷口を封じ復元していく。

 痛みを堪えるわけでもなく、淡々とそれを行っていく。

 マトモな人間が見れば、その光景は恐怖以外のなにものでもない。何せ、どう考えてもそれは苦しみのたうち回っても可笑しくない痛みが走っているはずなのだ。

 体内に膨大なエネルギーが駆け巡り、それを魔力へと変換する。ほら、現に無理矢理だから血管が弾けているのだ。にも関わらず、表情を歪めることなく淡々と行っている。それがあまりにも恐ろしい。

 だが、ここにいるのは神とその使徒。

 身を案じる事はあれども、恐れることなどありはしない。

 

 

『───睦月』

 

「はっ」

 

 

 そして、そんな周囲から目を引く様な行為をすれば、周囲にいた魔物が反応しないわけもなく。

 魔物が傍から見て無防備を晒す獲物を前に躊躇などする筈もない。本能が忌避しようとも、逆に本能が溢れる魔力に当てられ酩酊して忌避を忘れそのまま獲物を求め走らせる。

 だが、それもすぐに終わる。何処からともなく取り出した大剣をもって、睦月は疾駆し迫る魔物を殺す。

 逃げるならば、殺さない。

 だが、向かうなら皆殺す。そう言わんばかりに空を中心としたある程度の範囲内へと入ってきた魔物を次から次へと殺していく。

 それはさながら、作業だ。使う主人が変わっただけで彼女の本質は何も変わらない。

 エンリルという神の人形として、エンリルの命令を粛々とこなしていく。

 

 

 そして、唐突に魔力は鳴りを潜め、身体から砕け粒子となった結晶を零しながら空はその場から立ち上がる。

 口から粒子化していく結晶が零れ落ちつつ、空は口を開いた。

 

 

「…………このままのペースで徒歩十日と少しかけたところの断崖内に幾つか通路のようなモノがあります。恐らくそこが迷宮かと」

 

『ある程度走れば五日ぐらいか……なら、問題ないな。休息は必要か』

 

「いえ、問題ありません。魔力変換による体力の消耗もそこまで影響はないようで」

 

『そうか』

 

 

 微塵も辛さを感じさせない空の言葉にエンリルは良しとする。そして、空は視線を魔物の首を切り裂いている睦月へ向ける。

 その視線に気づいたか、空中からの回転縦切りをしてダイヘドアの双頭を離ればなれにした睦月が大剣を消して、空の元へ戻ってくる。

 

 

「どうでしたか風鳴様」

 

「恐らく迷宮の入り口だろう場所は把握した。走れば五日程度で着くだろう」

 

「なるほど、我が主はなんと」

 

「このまま走る」

 

「御意」

 

 

 そう短い会話を終え、二人は走り始める。

 無論、しっかりと休息を挟むことは前提としているが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九刃


 感想を見て、シンフォギアの装者たちとの相性とかを考えてみました。
・翼……兄妹防人。コミュを重ねればデュエット出来るぞ
・響……妙に信頼信用が高いぞ。だけど運命にはなれないね
・クリス……コミュを間違えると空がズバリと心の中のモヤモヤに切り込んでくるから友人以上にはなれないね
・マリア……多分、距離が保たれて一番何もないところ
・調……忍術学ぼう
・切歌……イガリマの魂切りを模倣しそうで怖い
・未来……多分関わらない




─────〇─────

 

 

 

 

 

「…………」

 

「………えっと、これは…………」

 

『…………なんだ、これは』

 

 

 空、睦月、エンリルの二人と一柱は困惑に包まれていた。

 相変わらず仏頂面だが、直視するつもりがないのか目を瞑り口を閉ざしている空。本当に困惑した様な表情でチラチラと隣に立つ空を伺う睦月。そして、内であまりの光景に思わず天を仰ぐエンリル。

 彼らの目の前にある光景があまりにも予想外過ぎたのである。

 これといった問題もなく、順調に道中の魔物を蹂躙しながら目的地へと進んで行った一行は巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれかかっていて一見ではそこに何かがあるとは分からないような場所に隙間があり、その先に目的地があるのを理解していた為、迷うことなくその隙間へと入ってみれば壁面側は奥へと窪んだ形となっており、外からでは分からぬような広い空間がそこには広がっていて……。

 

 その、空間の中ほどまで進んだ辺りにある壁面の一部に壁を直接削って作ったらしい見事な装飾の長方形型の看板が存在していてそこに刻まれている文字が一行を困惑させていた。

 

 ──おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪

 エクスクラメーションマークや、音符など妙に凝っていて、女の子らしい丸っこい字。『オルクス大迷宮』や『グリューエン大火山』を知っているとあまりに出鼻が挫かれる始まり。

 ここは地獄の谷底ではなかったのか?

 そんな思いがエンリルの心中を過ぎり、ここは本当に迷宮の入り口なのか?と不安になり始める睦月、そして無言の空の態度が此処こそがそうなのだ、と告げていた。

 

 

「ど、どうして……こう……軟派なんですか」

 

『解放者、とは……』

 

「……こういう場合もあるでしょう。人間性と在り方は違う場合もあります」

 

 

 困惑する睦月とエンリルを諭しながら、空は前へ出て何処に入り口があるか手の甲でノックするように窪み奥の壁を叩きながら移動し始めて───

 

 

「風鳴様!?」

 

 

 ガコンッ!そんな音が響くと同時に空が叩いた壁が唐突にグルリと勢いよく回転して、巻き込まれた空の姿が壁の向こう側へと消えた。

 唐突なそれに睦月は手を伸ばして空が消えた壁へと触れれば回転扉の仕掛けが作動し、睦月もまた壁の向こう側へと送り込まれた。

 

 壁の向こう側は暗闇。

 しかし、肉体が肉体であるが故に即座に暗闇に慣れた睦月は自分がこちら側へと入ったと同時に凡そ二十の風切り音が響いたのを耳にし、即座に大剣を手にして自分の前にかざし、盾のようにする。

 そのすぐ後に大剣とぶつかり金属音が幾つも鳴り、全て防いた所で大剣をどかしてみれば床にはこの暗闇に溶け込むような漆黒の矢が二十本転がっていた。

 と、周囲の壁がぼんやりと光り出して辺りを照らし出す。

 どうやら、回転扉の先に広がっていたのは十メートル四方の部屋のようで、奥へと続く真っ直ぐな通路が伸びている。視線を動かせば先に入っていた空はその通路横の壁に立っており、彼の元へ行こうとした睦月はふと部屋の中央に石版があるのに気づいてそれへと視線を向ければ───

 

ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして。ニヤニヤ

それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった?……ぶふっ

 

 

「…………」

 

 

 そう石版に刻まれているのを見て、思わず睦月は俯き気味になった。

 その心中はこんな風にねじ曲がって育ってしまったのだろう、この迷宮の解放者への憐れみである。本気で可哀想に、と睦月は思っている。

 そんな彼女に空は声をかけ、奥へと続く通路を歩き始める。

 こんなモノはただの警告。ここからが恐ろしき七大迷宮が一つ『ライセン大迷宮』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一言で言えば『ライセン大迷宮』は『グリューエン大火山』とはまた別ベクトルで厄介な場所であった。

 容赦なく水分と体力を削るマグマという環境や、奇襲等を仕掛けてくるマトモに戦えば致命傷などいくらでも作ってくるような魔物といった『グリューエン大火山』に対して、『ライセン大迷宮』の厄介な部分とは何か。

 まず真っ先に挙げるならば魔法が使えない。大峡谷と違い、十数倍程度の消耗では碌に使えない。恐らく、大峡谷以上に強力な魔力の分解作用があるのだろう。故に放出系の魔法は使えない、だが身体強化など自分の身体内で済むような魔法は問題ないようだった。

 つまるところ、それは空の視界内の空間把握に関しては何ら制限が無いという事だった。

 そして、もう一つの厄介な点。それはこの迷宮の至る所に設置されている作った人間の精神性を疑う様なトラップの数々や煽るような言葉の彫刻の数々。

 絶妙にウザいそれらに最初はその人間性を憐れんでいた睦月も無言となっていた。エンリルもこれには先日の様な黙りとした空気をどうにかする、という気にもなれず口を閉じて一行は進んでいく。

 

 そんな黙りとし、底意地の悪いトラップの有無を警戒しながら通路を進んでいくと、複雑怪奇としか表せぬ空間へと出た。

 階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくごちゃごちゃに繋がりあっており、まるで子供が何の考えもなく無造作に様々なパーツを組み合わせて作ったような空間だった。どれほどごちゃごちゃかと言えば、一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が、何もない唯の壁、と言ったような本当にごちゃごちゃなものである。

 そんな今まで出てこなかったような空間に思わずエンリルと睦月は言葉を零した。

 

 

『迷宮……いや、まあ、…………確かに迷宮チックではあるな』

 

「迷いそうですね……これは」

 

『それで?本当にマッピングしないのか?空』

 

 

 そんな感想を零す中、ふとエンリルは空へとそう問いかける。こんな迷いそうな場所を前にマッピングする気が無く入口に一番近い通路へ行こうとする空はその言葉にもちろん、と呟き続ける。

 

 

「この手の迷宮は恐らく、空間自体が組み変わるものでしょう。ならば、端からマッピングなどしたところでというものです」

 

『……ん、まあ……言わんとしてることは分かる。なら、仕方ない』

 

 

 空の言い分に納得し、エンリルは口を閉じる。

 進んでいく空を睦月が追いかけていき、通路へと入る。入ったのは右側から回り込むようなかたちのスロープ通路でスタスタと二人は通路を進んでいけば、特にこれといった罠もなく二つ奥へと続く道がある空間へと出た。

 罠がないか、と警戒していたというのに何も無く拍子抜け───などするわけはない。二人の警戒はより強くなっていき、次の通路をどちらにするか、と視線を交わして一先ず選んだのは階下へ続く階段がある右の通路。

 先程のスロープとは打って変わって石造りの階段が続いていく。何かトラップがないか、ありきたりであるが踏み込んだ石がスイッチとなってトラップが作動するなどという事がないか慎重に進んでいく。

 

 順調に十数メートル程降りた頃合に刹那、段差が倒れるように動いて階段が真逆の下り坂へと変化した。

 

 

「これは……!」

 

「典型的だな」

 

 

 同時に後方、既に通ってきた階段いや坂の上側へ何かが落下した音が聞こえた。とても重く硬い何か。

 既にこの時点で空はこのトラップが一体どういう罠なのかを理解し、下り坂でしっかりと立てない中振り返り、睦月も空に続いて振り返ればそこには凄い勢いで回転しながら転げ落ちてくる大岩が────

 

 

「風鳴様」

 

「任せろ」

 

 

 瞬間、絶刀が抜刀された。それに伴い振り抜かれ放たれる一閃。

 斬撃は当たり前のように下り坂を切り裂きながら転がり落ちてくる大岩を真っ二つにする。迷宮のトラップなど付き合うつもりなど何処にもないと言わんばかりに大岩からの逃走劇というお約束を無視しての両断。無論、通路にちょうどよく転がり落ちてくる大岩だ、真っ二つにしたところで余計な面倒事が起きるだけ。

 ならば、こうだ、と更に追加に二度、三度と斬撃を振るえば容易く真っ二つになった大岩は更に分断されていって…………。

 ドパァッ!そんな音を立てながら切り刻まれた大岩の中から大量の水がぶちまけられた。

 

 

「……なるほど、合理的だ」

 

「いえ、確かに合理的ですが風鳴様!?」

 

『この坂では流石に対応するのはな』

 

 

 大岩という器より開放された水は勢いよく二人へと襲いかかる。エンリルの言ったように常人ならば対応する事は不可能でこのまま飲み込まれるがしかし、ここにいるのは常人ではない。

 感心したように呟いた空はすぐさま、隣の睦月を俵持って、空間把握により水が来ないだろう位置へ飛び上がり絶刀を壁へと突き刺し水より逃げる。男女の体重が絶刀一振りにかかるが、折れるわけもなくそのまま二人を水と切り刻まれた大岩だったものが階下へと消えていくまで支えて見せた。

 

 

「ありがとうございます、風鳴様」

 

「気にすることは無い。むしろ、俺の一手が余計なことを引き起こした事を謝罪しよう」

 

「いえ、このまま大岩に追われて降りていけばより悪い事が起きた可能性を考えれば風鳴様の選択は文句の付けようなどございません」

 

「……そうか」

 

 

 そんな会話を壁に刺した絶刀に掴まったまま行うのはなんともシュールで内のエンリルが少し笑いそうになっているが、それに二人は気づく様子は無い。が、話している内に段々と自分の状況を客観視出来たのか、どうかは分からないが少し気恥ずかしげに睦月が口を開いた。

 

 

「それで……風鳴様……そろそろ降ろして頂ける、と」

 

「ああ、すまない。どうやら、そこまで気が回らなかったようだ」

 

「い、いえ……私も反応が遅れてしまい申し訳ございません」

 

 

 そんな互いに謝罪をしつつ、絶刀を引き抜いて空は床へと降り立ち、睦月を解放する。床は先程の水のせいで濡れており、二人は滑らないように先の分岐点へと慎重に歩いていく。

 どうやら、このルートのトラップは先程の大岩が最初であり、それを回避して戻るというのは想定されていなかったのかこれといった障害もなく後戻りすることが出来た。

 そんな中、内のエンリルはこの坂を登りきった辺りで油でも垂れ流して滑り落とせば良いのでは?などと考えていたがそれは置いておこう。

 

 

「次は左か」

 

「こちらは上りですが…………いえ、必ずしも降りていくだけではありませんね」

 

 

 そんな会話を挟んで左の上り階段へと進んでいく。

 だが、その階段も二メートル程上へあがったところで終わり、あとは真っ直ぐな通路が続いているばかり。

 先程の大岩だののトラップを味わった以上、二人の中に特に何も無い、という考えはなく警戒しながら進んでいく。

 そして、案の定それは見つかった。

 あからさまに、とは言わないものの僅かに違う石畳。間違いなく踏み込めばトラップが作動するだろうそれをわざわざ踏み込む理由はあるだろうか?

 そんなものはない。だから、踏むことなく避けて進むのを選ぶ────

 

 

「俺ならば確かにそうするだろう」

 

「いえ、あの、風鳴様!?」

 

 

 瞬間、けたたましい金属音を響かせながら背後の通路より現れるのは回転ノコギリ。通路の壁が僅かにスライドしノコギリの通り道が作られ。回転ノコギリのさらに後方つまりはこの通路の入口はガコンっと音を立て閉じられている。

 踏み石を踏んでいないのに作動したトラップに空は二段構えに納得し、それを睦月が何を言ってるのか!?と声をあげる。

 普通ならば、先程のように絶刀を振るい回転ノコギリも閉じた入口もどちらとも当たり前のようにたたっ斬るのが一番であるがしかし、斬ったところでという奴だ。

 

 なら、お望み通りに空は通路の奥へと向かう。困惑しつつも睦月はそれを追っていく。軽い走りであるが、容易く二人は回転ノコギリを突き放していくが……その前方にあるのはまさかまさかの袋小路。

 如何にノコギリより早かろうと袋小路では逃げ場なく死ぬだろう───すぐに復元するだろうが。

 

 

「ッ!風鳴様、前が!」

 

「どうやら、確殺のようだが────」

 

『いや、違うな。床をぶち抜け道返玉(ちかえしのたま)

 

「────御意」

 

 

 刹那、睦月がその手に一振りの大剣を取り出すと同時に指示通り一切躊躇無く床へと叩き付けた。

 粉砕する床、その下には空間が広がっており重力に従って睦月と空は落下していく。

 そんな彼らを狙う様に四方の壁より風切り音が響き矢が放たれていく。空中落下という隙において、致命的であるが、だからどうした。

 視線を交わす事もなく、声を交わす事もなく、睦月は動かず、空は抜刀する。そして振るわれるのは四方への斬撃による檻。

 無数の斬撃は放たれた矢を切り裂き、そのまま四方の壁に深い傷跡を残していく。そんな中、睦月は眼下に迫る別の広間の存在を確認し、自分たちが落下する先におびただしい数のワーム型の魔物が詰められ蠢いているのが見えた。

 ならば、と取り出すのはもう一振りの大剣。

 

 

「はァッ!」

 

 

 魔物へ着地すると同時に双大剣を振り下ろし、落下の威力を殺すと同時に魔物を破壊する。威力が威力だからか、魔物は吹き飛びその勢いままに他の魔物すらも壁へと押しやり壁の染みに変える。

 だが、まだ魔物は残っている。

 故に着地した空が絶刀を振るい、即瞬殺。

 その際に体液がぶちまけられたがすぐさま、睦月が空を抱きかかえその場より跳躍し先程までいた天井の空間へと逃げ込み、体液を回避する。

 再び、広間へと戻った二人は武器をしまい、グルリと視線を巡らせる。広間には次の通路へと続く道は一つしかない。

 無言のまま、二人は次の通路へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────





 誤字脱字報告ありがとうございます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十刃



 遂に本作も30話になりました。応援ありがとうございます。


 ギャラルホルンやシンフォギア時間軸を考えたりするとマザー・ヨルムンガンドとか明らかにたたっ斬られそうなんだよなぁ。
 みんなのドクター・ウェルこと『英雄志向(ドン・キホーテ)』に殺意ある護国魔星群とか……うーん




─────〇─────

 

 

 

 

 

「……………………」

 

『……………………』

 

 

 『ライセン大迷宮』攻略開始から早四日目。

 最初の部屋で睦月と内のエンリルは黙りこくっていた。

 睦月は横座りしながら眉も下がり気味で目を瞑り沈痛そうな表情で、内のエンリルはやる気が無くなったかのようななんとも言えぬ空気を漂わせている。

 そんな二人に対して、空は中央の石版に背を預けながら塩漬けの肉を食べていた。

 その表情はこれといって辛そうな表情でも何か投げやり気味な空気を醸し出している訳でもない。ただただ我関せずとでも言えばいいのか、余裕があった。

 

 

 さて、一体どうしてこのような空気が漂っていて且つ、一番最初の部屋にいるのか。その理由を明かすには一日目へと巻きもどる必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワーム型の魔物がいた広間を抜けた二人は一本道へと足を踏み込む。

 通路は先程までとはまた打って変わって砂ばかりが広がっており軽く足が埋まる。恐らくは移動速度を鈍くさせる目的なのだろう。

 そんな砂の通路を二人は進んでいき、百メートルは優に歩いたであろうタイミングで、ガコンッとトラップが作動した音が響き、今度は何かと睦月が視線を巡らせて────

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 瞬間、その肩を掴まれ空に引き寄せられた。

 少女らしい小さな悲鳴をあげながら、空へといったい何をという視線を向けてすぐに先程まで自分がいた場所へと視線を向ければ、そこには通路の幅と同じくらいの幅の大きなギロチンが砂へとその刃を埋めていた。

 下手をすれば間違いなく両断されていたろう事に睦月は軽く頬を引き攣らせた。例え両断されたとしても復元はできるが痛いものは痛いのだ。流石に睦月も両断されるなどごめんこうむる。

 そして、睦月は不意に視線を天井へと向けて…………。

 

 

「これ、は」

 

「見ての通りだ。走るぞ」

 

 

 驚愕に一瞬停止したが、空の言葉にすぐさま正気に戻り共にこの砂の通路を走り始めた。

 それを追うように一拍遅れで背後からドスン、ドスンと天井に仕込まれていたギロチンが次から次へと落下していく。

 砂に足が取られ僅かに速度が落ちるのが普通だろうがしかし、二人は身体能力を活かして足が砂に沈むよりも先に次の足を出して走っていく。

 睦月がチラリと視線を後ろへ向けてみれば、肩越しにギロチンが恐ろしい速度と勢いで砂へと埋まっていく様はさながらミンチを作っているようである。

 そうして駆け抜けていき、砂の通路から新たな大部屋へと出ればそこにあるのは巨大なプール。

 

 そのまま落下しプールへと飛び込む事となるが、空はすぐさま睦月を抱き上げ、寸でのところで壁際へと跳躍した。

 

 

「風ッ鳴様ぁ……!?」

 

「すまない」

 

 

 抱き上げた際に彼女の勢いもあって腕がラリアットの様に入ったのか、痛みに呼気を漏らした彼女に空は謝罪しながら、壁を軽く走りながら先程入ってきた通路出口の向かい側にある新たな通路へと飛び込む。

 いったいどうして、そんな選択をしたのか。

 それは二人が部屋へと入る際に、蹴り上げられ先に部屋へと入っていった砂がプールに触れた途端、白い湯気を立たせたからに他ならない。現に壁を蹴った際に出た石粒が音を立ててプールに消える様は誰が見ても溶解液の類でしかない。

 だから、睦月も空の判断に文句など口にするつもりはない。ないが、それでも流石にラリアットの様に鳩尾に決まったのは文句が言いたくなるのは仕方ないだろう。

 

 

 そうして、飛び込んだ先には短い通路がありすぐに新たな部屋へと辿り着いた。

 その部屋は長方形型で、奥行きもあるいままでとはまた違った部屋であった。とりわけ、両サイドの壁に二メートル近い武装した騎士甲冑が並んでいる。

 それだけでもこの部屋がいままでのものとは大きく違う雰囲気を感じさせており、そして何よりも目を引くのは最奥にある大きな階段と祭壇、そして荘厳な扉だろう。よく見れば、祭壇には菱形の黄色い水晶らしいものが置かれている。

 この時点で空も睦月も内のエンリルもこの部屋のトラップが何なのかを察しつつ、早々に事を終わらせようと祭壇へと走っていく。

 

 予定調和の様に、部屋の中央辺りを過ぎたタイミングでガコンッと音が響けば、両サイドの壁からガシャガシャと鎧の音が響いていく。だが、そんなものなど知らぬ存ぜぬと二人は走っていき、睦月を祭壇へと向かわせて空は階段の手前で絶刀の柄に手を添え、振り返る。そこにいるのはだいたい五十体程の盾と大剣を携えた騎士甲冑。それを前にして、空は相変わらずの仏頂面ながら抜刀した────。

 

 

 

「これは……封印ですか。強引に破れなくもないですが…………」

 

 

 空と騎士甲冑らの戦いが始まろうとする中、任された睦月は扉を前に思考を回す。どうやら、扉は封印が施されているようで何らかの条件を満たさねば開かぬようになっている。一瞬、騎士甲冑の討伐が条件か?と睦月は考えたがすぐ、扉には何やら三つほどの窪みがある事を見つけた。

 その窪みには何らかの意味があるのは間違いないと睦月は考え───もしかしたら、実は何も意味がなくてただの無駄に時間を浪費させるというこの迷宮の解放者の悪ふざけの可能性が脳裏を過ったが───、背後の祭壇へ振り返る。

 祭壇の上に置かれていた黄色い水晶は正双四角錐の形状で扉の窪みの形と数は合わないが、よくよく見てみれば水晶は幾つものブロックで構成されているようで睦月はそれを次々と分解しながら、扉の窪みへと視線を向けて組み合わせ始める。

 

 

『…………ふむ、こちらでも組み合わせ方を試行してみよう』

 

「ありがとうございます」

 

 

 内のエンリルがそう言って、睦月と共に水晶の組み合わせ方を試行し始める中、やはりと言うべきか空はひたすらなまでに騎士甲冑らを圧倒していた。

 盾も大剣も関係無く、騎士甲冑の厚さなど知らぬ存ぜぬと言わんばかりに絶刀を振るう度に騎士甲冑らを切り裂いていく。

 だが、すぐに全滅などということにはならない。流石は大迷宮と言うべきか、切り裂かれ沈んでいく騎士甲冑はその兜のスリットに灯した光と同じ色の光を全身に宿せば瞬く間に再生して再び空へと向かっていくのだ。

 その様子を見ながら、空はその表情を欠片も変えずしかしその視線を僅かに絶刀へと落としたと思えば、微かに笑って見せた。

 

 

「いくら切っても壊れない、か。型の確認に丁度いい」

 

 

 そう呟きながら、空はすぐに表情を戻して絶刀を振るい始める。鞘を用いながら、時折自分の身体を使いながら、八重樫流の技を練習するかのように空は騎士甲冑らへと試していく。

 何度でも何度でも再生していく騎士甲冑らを相手に空は自らの技を放っていき、そして───

 

 

『空』

 

「御意」

 

 

 後方へと跳び退くと共に斬撃を放ち、騎士甲冑らを切り刻んで空は離脱する。

 そのまま空は開いた扉前に着地し、睦月と共に扉の先へと入ればそこは何も無い四角い部屋だった。

 騎士甲冑らが入ってこないように扉を閉める。

 

 

「何もありませんね」

 

「やはり、トラップだったか」

 

『性根が腐ってるな』

 

 

 あんな封印をしておいて、何も無い事にエンリルが辛辣な評価を下し、睦月はそれに頷き空は何も語らない。実際、嫌がらせだったと考えるのが一番わかりやすい事柄であるのだから。

 では、ここから出るか、と空が扉へと手を伸ばした瞬間、何度目になるか分からないガコンッという音が聞こえたと思えば、部屋全体が揺れ動き横向きに動き出したのを感じた。

 あまりに唐突な動きだが、二人はよろめくこと無くその場でしっかりと立ったまま揺れが収まるのを待つ。そして、次に真上からの圧を感じてこの部屋がどこかへ向かってるのを理解し、何度も何度も移動する方向が変わっていく。その度に身体がGで振り回されそうになるが、二人はやはりそんなものは意にも介さず、気がつけば急停止した。

 もはや、動く様子もなく睦月と空は視線を交わして一度頷き、睦月が扉を開く。ああも移動したのだ、扉の先は変わっているのは当たり前であり、きっとこの先が大迷宮の最深部なのだろう、と。

 

 

 扉を開けた先は中央に石版があり、左側に通路があるというどこかで見たことがあるような部屋で睦月は目を丸くし、空は目を瞑ってそのまま部屋へと入っていく。そんな空の背を追いかけようとして、ふと睦月は自分がいる側の部屋の床に文字が浮き出てきたのを見つけて────

 

 

ねぇ、今、どんな気持ち?

苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?

ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ

 

 

「…………」

 

『…………』

 

 

 睦月と内のエンリルは言葉が出なかった。

 そして、そんな一人と一柱へと追い打ちをかけるように別の文字が浮かび上がり…………。

 

 

あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します

いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです

嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ!

ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です

ひょっとして作っちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー

 

 

「…………」

 

『…………』

 

 

 睦月は嘗てフュンフトであった時には一度たりとも感じなかった何か、妙な感情を胸に抱き、エンリルはふつふつと湧き上がるものを感じた。

 睦月はその何かを抱きながら、部屋を出て空へと視線を向けて何も言うことはなく通路へと歩いていく。無言の圧に空は言葉も何も返す事はなく、睦月の後を着いていく。

 

 

 かくして、一行による『ライセン大迷宮』攻略は再スタートしたわけであるが…………なんというべきか、スタート地点に戻されるのが十回、致死性トラップが襲いかかってくるのが六十を超え、致死性があるわけでもなくただただひたすらなまでに嫌がらせの為だけのモノに巻き込まれて二百ほど。

 一度目のそれと違い、次々と床や壁に現れていくミレディ・ライセンによるウザったい文章。女の子らしい丸っこい字がより一層ウザさを誘い、それに心が乱され嫌がらせに引っかかる睦月。身体能力などを武器に回転数は上げれているが一向に最奥に辿り着かず、四日目になり冒頭へと至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはや睦月の心は折れてはいないが、諦めかけている。フュンフトであった時ならば、作業的にこなし、ミレディ・ライセンによる煽り文も無視していたのだろうが睦月となってから、ある程度感情などへの調整もありこのざまだ。

 エンリルはエンリルで段々とこの大迷宮が面倒臭くなり始めており、このまま眠ってしまいたいと思い始めていた。

 そんな一人と一柱に対して、空は特にこれといって何か言うまでもなく、煽り文も気にしていない為、余裕があった。だからだろう、エンリルはそんな空に疲れたようなため息をつく。

 

 

『…………お前、何かないのか言うことは』

 

「特には。ですが強いて言うのならば、次に行きましょうか」

 

「風鳴様……泣きそうです私」

 

 

 もう一度煽られて来いとでも言うように言葉の鞭を振るった空に睦月は思わず手で顔を覆う。

 別に空とて意地悪目的でそう言っているわけではない。何を言ったところでどちらにせよこの大迷宮を攻略せねばならぬし、後回しにしたところでまたここに来るのだ。

 つまるところは嫌な事を後でぐだぐだとやるのか、今さっさと終わらせるかの違いでしかない。

 睦月としてもそれは分かっている分かっているが、多感となって早々にこんな煽り地獄などやってられないだろう。だから彼女は動かず

 

 

『…………もういい』

 

 

 エンリルは決めた。

 

 

『付き合うのは辞めだ。斬れ、天羽々斬』

 

「御意───」

 

 

 何でわざわざこんな煽り地獄に付き合わなければならないのか、と。

 その意思を受け取り、神命を受けた空は速やかにそれを実行する。

 抜き放たれるのは絶刀。吹き出すのは翡翠の粒子体とそれに纏われる鋼の魔力光。魔力を分解する大迷宮であるがしかし、粒子体に付与されている魔力はある種の身体強化の様なもの故に分解されることはなく溢れていく。

 その光景を見た睦月の表情はもしかして、と頬を引き攣らせている。

 その想像は正解だ、と言わんばかりに鋼の魔力光を纏い星と化した天羽々斬は即座にその絶刀を振るう。

 

 

 壁を、床を、何もかも触れるもの一切斬滅していくその様、まさしく神威の絶刀そのもの。

 無論、適当に斬ったわけではない。視線による空間把握を行っていた空は一日目でも見た騎士甲冑やそれ以外の仕掛けなどが微かに魔力で遠隔操作されているのを把握し、そしてその魔力がこの大迷宮のどの辺りから来ているのかをこの一日目で把握し終え、後はそこまでの道を文字通り斬り開けと言われればいつでも行動に移せた。

 その結果がコレだ。

 

 

「行くぞ」

 

「……はい」

 

 

 たった一振りで目的地までの道を斬り開いた空に続いて睦月が道へと入っていく。

 少し長めの空中落下を経て、二人はとある空間へと辿り着いた。

 直径二キロ以上はあるだろう球状の空間、そこには様々な形状、サイズの鉱石か何かで出来たブロックが浮遊しては不規則に動いており、明らかに重力を無視しているように見える。

 そんな空間の通常の重力下における天井を斬り裂いて入ってきた二人はブロックと違ってしっかりとした重力に従いながらブロック群で構成された足場へと着地する。

 

 いままでの部屋とはまったくもって空気が異なる部屋に、睦月は双大剣を手にする。

 

 

「来るぞ」

 

「はい」

 

 

 そして、それに応えるように足場の奥、途切れ何も無い場所の下から何かが猛烈な勢いで上昇してきて姿を現した。

 それはこの四日間で二、三度は見た騎士甲冑を巨大に、二十メートルほどの巨躯へと変えた様な見た目だが、その武装は大剣や盾ではなくまったくの別物に変わっている。右手は赤熱化しており、左手には太めの鎖が巻きついておりフレイル型のモーニングスターが握られている。そんな巨大な騎士は殺意に濡れた光を兜に宿して─────

 

 

「死になよ、神の奴隷」

 

「人違いだ」

 

 

 容赦も躊躇も無く振るわれたモーニングスターと絶刀が金属音を響かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一刃

─────〇─────

 

 

 

 

 

 ギャリィィィインッ!!

 そんな金属音が空間へと響き渡る事で戦闘は幕開けた。

 振るわれるのは絶刀、振るわれるのはモーニングスター。

 ぶつかり合った際に生じた衝撃波が空間を走り、浮かんでいるブロックを幾つも破壊した。

 目の前の巨大騎士より感じられるのは濃密な殺意。出会ったばかりだというのにいったいどうしてこうも殺意を向けられるのか?そんな風に二人と一柱は考え

 

 

 

 

 

 

           ────そんなわけがない。

 

 

 理解出来る。分かっている。知っている。

 目の前の巨大騎士がどうしてこうも濃密な殺意を露わにしているのか、この騎士の中身がいったいなんなのか、全て、全て。分かっているのだ。

 

 

『だからこそ、言わせてもらおうか』

 

 

 瞬間、上空より何かが高速で落下してくる。空気の流れでそれを察知した睦月はその場より跳び退き、空は逆に巨大騎士へと迫る。

 一拍遅れで足場へと着弾するのはおよそ十個のブロック。ただのブロックと思うなかれ、恐らく天井に敷き詰められていたブロックなのだろう。一つ一つが十トンはあるのは間違いない。それがさながら隕石のように降り注ぐ様は明確にお前たちを殺すという意思の表れだ。

 

 

「邪神の眷属と間違われるのは心外だ」

 

 

 隕石をわざわざ自分に降らせるわけは無いだろう。普通に考えれば、という思考のもと空は巨大騎士へと接近しその絶刀を振るう。

 

 

「近づかないでくれるかな」

 

 

 だが、そんな接近を巨大騎士は許可しない。

 瞬間、空へとかかるのは凄まじい程の反発感。巨大騎士を中心として発生した不可視の力は軽々と吹き飛ばす。ただの衝撃波ならば、踏み込み切り開くがしかしまるで落ちていくかのように空は床を踏みしめることなく、降り注ぐ隕石の元へと飛んでいく。

 間違いなくこのまま隕石は空と激突し、すり潰す事になるだろう。

 

 

 

 だが、当たり前のようにブロックは両断される。落下の威力すら斬り殺しながら、空はそれを足場にして改めて巨大騎士を見る。

 しかし巨大騎士は余裕など与えるつもりはないのか、鎖がついたモーニングスターを空めがけて射出する。

 空はそれを迎撃する為に絶刀を構え、振るおうとするが距離が五メートルを切ろうタイミングで空はその場から離脱した。

 その選択は正解であった、と応えるように一拍遅れで足場であったブロックの残骸へとモーニングスターの先端が触れた途端、ブロックの残骸は一瞬で圧縮され先程までのサイズはなんだったのか、という程に小さくなりそのまま砕かれた。

 

 

『……収束?いや、違うな……これは……重力?』

 

「なるほど、つまるところ先程のは重力の方向を変えられた、という事ですか」

 

『だろうな』

 

 

 で、あればどうするか。

 と、呟きながら真正面からではなく横合いから回り込むように走りつつ、後方の睦月を一瞥する。

 後方ではいつの間にかに現れていたのか、何体もの騎士甲冑らが睦月を嬲り殺そうと包囲しながらその大剣と盾を駆使していた。

 

 

「所詮は木偶、そんなもの如きに私が止められると御思いですか?」

 

 

 だが、そんな騎士甲冑らは睦月が振るう双大剣が次々と破壊していく。無論、前回のように破壊された騎士甲冑は段々と修復され元に戻っていく。

 

 

「再生したところで────」

 

 

 破壊。破壊。破壊。破壊していく。

 再生した端から、その鎧を真っ二つに、粉々に、ガラクタ同然にボロボロへと変えていく。

 空と巨大騎士の戦いを邪魔させない、と一人の戦乙女は舞い踊る。

 

 

 

「───一切斬滅」

 

 

 刹那、閃くのは無数の鋼閃。

 鋼の魔力光を纏った絶刀と天羽々斬が繰り出す絶技は重力など知らぬと言わんばかりに巨大騎士へと迫り、そのヒートナックルのように赤熱化している右腕を斬り飛ばして幾多にも刻んでみせた。

 巨大騎士もまさか切り刻まれるとは思っていなかったのか、驚愕で一瞬動きを止める。だが、相手は歴戦の猛者と言うべきか、すぐさま他の騎士甲冑同様切り刻まれた右腕を元に戻そうととし────そんな僅かな隙を天羽々斬が見逃すわけもない。

 一度、斬り飛ばしたのならば、問題ない。

 次に振るわれるのは、万物断ち切る断絶刃。

 

 

「アザンチウムの装甲を……!!────これは」

 

「面白い。これが解放者か」

 

 

 空間魔法を得て、フュンフトとの殺し合いを経て、明確に境界を認識する様になった天羽々斬はもはや、確実に物質と魔力を繋げている境界を斬り裂く業を修得していた。

 切り刻まれたとて、再生する事が出来る装甲。それを繋げ直そうとした瞬間にそれら同士の繋がりが断絶した。もはやそれらを元のように繋げるには改めて魔力の調整が必須であり、時間も必要だ。

 つまるところ、そんな時間など出来るはずがない。

 それを瞬時に理解した巨大騎士はすぐに右腕は使えないとし、手元に戻していたモーニングスターを迫る天羽々斬へと振るいながら、魔法を行使する。

 

 

「“壊劫”、“壊劫”、“壊劫”」

 

 

 絶対零度と言うべき程に冷たい声音が響き、三度頭上より重力塊が天羽々斬めがけて落下していく。その重力塊は一つ一つが到底逃げられない程の規模であり、巨大騎士自身も巻き込まれるような規模だが、傷を修復出来る事や、自身の魔法である以上対処法はあるのだろう。

 一発だけならば、まだ対処法が有るのだろうがしかし、それが三度。使徒の復元による擬似不死があろうともこれでは復元する事すらままならないだろう。

 

 

「なるほど、確かにこれでは死ぬだろう。流石に俺も重力の塊を斬るというのは無理があるな」

 

 

 そう言いながら、天羽々斬はしかし構えを解かない。例え、ここで足掻けず死ぬとしても諦めるわけにはいかないという事なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「────だが、所詮は魔法でしかない」

 

 

 重力の塊?

 結局の所、魔法なのだろう?ならば、魔法を構成している核の部分があるのは当然であり、此処に在るのは万物断ち切る天羽々斬である。

 ならば、末路は当然の事だ。

 

 

「ふ、巫山戯るな!!」

 

『分かるとも。魔法だから、という理由で両断するなどイカれている───だが、だからこそ俺の天羽々斬だ』

 

 

 

 『そうあれかし(万物断ち切る天羽々斬)』と叫んで斬れば、世界はするりと片付き申す。

 重力塊如きが断絶刃の前でそのままにいれるわけがなかろうよ。

 もはや、邪魔なものは何処にもない。このまま斬り裂くと言わんばかりに天羽々斬は疾駆し巨大騎士へと迫る。そんな彼へと巨大騎士は近づくなと言わんばかりにモーニングスターを振るう。

 だが、遅い。

 モーニングスターの先端に重力場が発生し、天羽々斬を拳大ほどの肉塊へと変えてやろうと迫るがしかし、その重力場ごと絶刀が振るわれて、モーニングスターが斬り裂かれていく。

 武器を失った巨大騎士が取る手段など、もはや一つしかない。

 

 

「来るな!此処で死ね───神の奴隷!!!」

 

 

 そんな叫びと共に放たれるのは、極光と蒼焔に雷球が一つに圧縮された事で混じりあった三属性の流星群。

 “全天・星落とし”

 三つもの破壊力が高い上級魔法を圧縮して放たれていくそれらは一つ一つが正しく人外を消し飛ばす火力であるがしかし、相手は天羽々斬。

 降り注ぐ流星群を斬り裂いていく。

 その間に、巨大騎士は滑るように後退していきながら、次の手を打つ。

 

 一瞬、睦月と戦っている騎士甲冑の操作を打ち切り、巨大騎士は天井のブロックを操作する。本来ならば、騎士甲冑以外に複数を動かすのは彼女には難しい。

 落とすだけでも数百単位で動かすのはより一層集中力が必要となる。だが、だがしかし、目の前の神の奴隷を打ち倒すのなればそんな事即座にやってやれないわけがない。

 

 

「あああぁぁぁああ!!!」

 

 

 天井のブロックが次々と天羽々斬目掛けて落下していき、同時に自分の前に壁となるように幾つか重ねていく。

 傍から見れば安全圏へ逃げる様なものだが、巨大騎士───ミレディ・ライセンは既に理解している。あの神の奴隷は間違いなく神の使徒以上の存在であり、この壁や自身の魔法や隕石群すら越えてくる、と。だからこそ、彼女は全身全霊をかけて奴を殺さねばならない、と心に誓うのだ。

 

 

「“黒天窮”─────」

 

 

 故に放つのはミレディ・ライセンが有する最強の奥義。

 斬り裂かれた壁の隙間に生じた黒い球体。それは光すら歪ませて何もかもをも呑み込み滅ぼす暗黒天体。

 星のエネルギーに干渉する魔法である重力魔法が今正に真価を発揮した。溢れかえる程の膨大な星のエネルギーが一点へと収束していく。それによって突き抜けたプラスのエネルギーが三次元空間に亀裂を生じさせていく。それによって引き起こるのは事象の反転だ。

 プラスの絶対値がマイナスの絶対値へと反転し、三次元空間に生じてしまった亀裂は虚無へと変わる。先に死んでいった仲間たちとの約束と絆、そして未来への想いと神への憎悪が彼女を覚醒させる事でミレディ・ライセンの本来の“黒天窮”を越えるこの異常現象を魔法として引き起こしてみせた。

 

 それにより起きるのは文字通りの暗黒天体。

 星を呑み込む崩界は間違いなく、神すら殺しうる事象であり─────

 

 

『見えているだろう。お前なら』

 

「────無論」

 

 

 星呑む空間ごと、天羽々斬は両断してみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ありえない。

 そんな言葉がいつの間にか、漏れていた。

 それもそうだろう。彼女にとっての奥義とも言える“黒天窮”。本来ならば、外的要因による妨害などでも挟まない限り、彼女自身でも魔力が尽きるまで止められない筈の魔法、それの常軌逸した崩界現象を真っ向から剣で両断する?ありえない。

 いったいどんなトンチキならば、そんな行為を出来るというのか。

 それこそ出来るのは鏖殺の雷霆(ケラウノス)か、神星(カグツチ)救世主(ヘリオス)大神素戔王(ヴェラチュール)竜人(ラグナ)その伴侶(ツクヨミ)ぐらいだろう。

 だが、それはあくまで彼ら側の話。如何に覚醒したところで、ミレディ・ライセンの放ったそれはどこまでいっても魔法現象に過ぎない。ならば、空間魔法を会得し、神代魔法すら認識すれば斬り裂く事が出来るようになっている発動値(ドライブ)の天羽々斬が斬れない道理はない。無論、決して無傷などですむ道理ではないのもまた当然だ。

 現に、両断してみせた天羽々斬は限りなく影響が薄くて済む道筋で駆けたというのに、その全身はおびただしい翡翠と鋼の結晶が乱立している。

 近づいた事でまず、当たり前のように皮膚が持っていかれた。踏み込んだ事で四肢の肉を持っていかれた。両断した際に他にも様々な部位が巻き込まれた。

 この崩界現象両断も全ては完全聖遺物オリハルコンとの融合症例が齎した肉体の復元という擬似的な不死があるが故に成しえた賜物だ。

 

 

「クソ、クソ、クソッ!」

 

 

 復元は着実に行われていく中、ミレディ・ライセンは動けなかった。逃げるにせよ、戦うにせよ、この時が最も大きなチャンスであるが、彼女は限界を越えた無茶をしていた。

 あくまでそれは魂を燃やすといった限界点や無茶ではない為に数日休めば元通りになるがしかし、膨大な魔力を一気に失い、無茶をした反動で彼女は巨大ゴーレムの身体を動かすことが出来なかった。

 ならば、先に動ける様になるのは天羽々斬だ。それが意味する事は神の奴隷による神代魔法獲得であり、誰かが神代魔法を手にする事無く迷宮の崩壊。それだけは認められない、とミレディ・ライセンは魂すら燃やそうとして────

 

 

「…………」

 

 

 腕などが復元を終えた天羽々斬が絶刀を鞘に納めた。抜刀術の構えを取るわけでもなく、戦闘態勢を解いていた。

 その行為に怪訝な視線をミレディ・ライセンは向ける。トドメを刺さないのか?情けでもかけるつもりか、と。だが、それに返ってきたのは淡々とした言葉。

 

 

「トドメの前に、誤解を解いておく必要があると感じた。解放者、俺はエヒトルジュエの信者ではない」

 

「何を言ってるのさ」

 

「事実だ。確かに神を奉じている身ではあるが、それは決して彼の邪神などではない」

 

 

 この期に及んで何を宣うのか。

 そして、何故今このタイミングでそれを言うのか、ミレディ・ライセンには理解が出来なかった。もしかしたら、という可能性が過ぎりはしたがエヒトルジュエの奴隷でなければ、今も尚騎士甲冑と戦っているあの女はなんだというのか。

 ミレディ・ライセンは睦月が神の使徒である、と明確に認識していた。

 そんな彼女の心中を察したのか、空は言葉を続ける。

 

 

「もしも、彼女がエヒトルジュエの人形であると感じているのならば、理解は出来る。確かに彼女はエヒトルジュエの人形として俺と殺し合ったわけだが、既に中身はすげ替えられていて、邪神との繋がりも断たれている。此処にいるのは俺と同じ……異邦の神の使徒だ」

 

「…………つまり、乗っ取ったって事?」

 

「そうなるな。詳しい理論については流石に専門外だが…………元の世界に戻る為の手駒は多い方がいい。それにこの世界の人々を使うのはそれこそ邪神と同じなのでな、俺の主は奴の人形を乗っ取って使っている」

 

 

 本来であれば、あまり話すべきではない仔細を空は口にし、それを止めるべきエンリルは静観している。

 エンリルとて、此処で解放者を滅ぼすのは結果としてエヒトルジュエに利をもたらす事となる為、和解の為に多少の情報は出していくのを許容している。

 空はあまり、こういった言葉を尽くす事は得意ではなくどちらかと言えばエンリルが行うべきなのだろうが此処で出た所で神である以上話が拗れると考えていた。そして、その選択は結果として功を奏することとなった。

 

 

「…………異世界、ね」

 

「ああ。信じられないかもしれないが」

 

「……まあ、あのクソ野郎なら異世界から拉致って自分の為に使うとか平然とするだろうね。それで依代見つけたと思えば、異世界の神が先に唾付けてて、奪う為に送った自分の使徒はそのまま逆に奪われてるとか、ほんとざまぁ。うん、嘘ついてるわけじゃなさそうだし……本当に彼奴の使徒だったらわざわざこんな話もせずにトドメ刺すしね」

 

 

 交渉だの、と余計な事を挟まずに話す空は決して嘘をついているわけではない、とミレディ・ライセンには理解出来た。

 これがエンリルであったなら、間違いなく神であるという偏見が介入し、信じ難くなっただろう。

 ミレディ・ライセンはため息をつき

 

 

「そっか、ミレディさんの勘違いだったか〜。それはなんというかごめぇんね☆」

 

「気にする事はない。元より試練であるならば越える必要があった」

 

「それもそうだよね。で、聴かせて貰うけども───目的は何? 何のために神代魔法を求めるの?」

 

 

 改めて君の想いを聴かせて欲しい。

 異邦の神の使徒だとか、そういうのではなく純然たる君の言葉で、嘘偽りなんて赦さない。

 そう彼女の魂が問いかける。

 元の世界に戻るとかの目的は聴いたけど、君は、君自身はどう考えているのか?そんな問いかけに、空は答えていく。

 

 

「俺は真剣だ。花を育てられるかも分からず、パンを作れるかも分からない……自分が分からなかった時期もあった。だが、俺が。俺が一振りの真剣となろうとしたのは…………親父殿を、妹を護りたかったからだ。護国の真剣、防人、それらの始まりはそもそもそれが始まりだ。この世界にいた所で俺は護れない、だから俺は彼らの元に帰りたい。その為に神代魔法は必要だ」

 

『…………空』

 

「……そっか。それであの野郎はどうするの?多分、君が元の世界に戻ったとしても君の事をこっちに呼び戻すかもしれないよ?」

 

「元より討滅するつもりだ。ナイズ・グリューエン、彼の願いに約束した」

 

 

 淡々としかし、僅かに感情が込められていたその返答にエンリルは目を瞑る。最初から護国の為、防人を目指す人間などいるわけがない。必ずその目標にはきっかけとなるものが存在している。

 風鳴訃堂とて、そもそも護国の防人足らんとし苛烈な男となったのも、先の大戦で日本の野山自然が焼かれた事が下地にある。もう二度と自分が愛する日本の野山自然を穢させるわけにはいかないという愛ゆえに彼はああなった、とエンリルは知っていた。

 そして、空は未来の話を知っているが故に妹を父を護りたいという想いが護国の防人の下地になるのは当然の帰結だろう。

 護国の為、防人として、という風鳴の空や天羽々斬としての言葉ではない空という個人の言葉に満足する様にミレディ・ライセンは頷いた。

 

 

「うん、認めるよ。君を」

 

 

 その言葉を聴いて、空はその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二刃



 ブラックホールは斬るもの。それはそうと、ブラックホール書いてる途中でTwitterでブラックホールの色々が出てやばいなぁと思っていたこの頃。



─────〇─────

 

 

 

 

 

「それで、どうやって使徒乗っ取ったの?」

 

「普通に教えると思うか?企業秘密に決まっているだろう」

 

 

 『ライセン大迷宮』最深奥にて乳白色のローブを身に纏う華奢なボディでニコちゃんマークが描かれた仮面をつけている人間大のゴーレムと壁に寄りかかりながら、床に胡座をかいている身体の至る所から結晶を生やした空が話していた。

 仮面な癖にコロコロと表情の変わり、その動作も相まって見るものを煽るようなウザさを感じさせるゴーレムは空の返答に不満であると言うようにその場で寝転がり駄々を捏ね始める。

 無論、そんなものはどうでもいいと呆れたような表情を見せる空。

 

 

「教えて教えて!あのクソ野郎を煽るからァ!」

 

「だから、企業秘密だって言っているだろう」

 

 

 駄々を捏ねるゴーレム、ミレディ・ライセンに空はため息をつき、視線を明後日の方向へ向けるなどその表情は普段の空では決してしないようなもの。よく見れば、その片眼は翡翠に変化していた。

 それらの変化の原因は一つ。

 つい先程のミレディが使った崩界現象を両断した際の肉体の破壊に伴う体内のオリハルコン粒子体の大量喪失により、空の身体は復元はし始めていたものの取り繕っているだけという不安定な状態であった為、和解後に意識を失った。

 流石にミレディも試練を乗り越えた空を放置するつもりはなかったのか、睦月と戦闘していた騎士ゴーレム達を使って、睦月と共に自分の本体がいる迷宮最奥の魔法陣がある部屋へと一旦運び込んだ。その後、空の意識がない以上、ミレディと睦月が相対する他無く、流石に乗っ取り改造されたとはいえ元はエヒトルジュエの使徒を前にミレディが良い顔するか、と言えば否であり───

 

 

「まあ、理論としては空がエヒトルジュエとの接続と、神域より供給される魔力の経路を切断して奴らの大好きな主の愛を失わせて発狂させた所に心臓をぶち抜き乗っ取った、というわけだ」

 

 

 だから、意識が無い空の肉体を無理させないようにエンリルが動かしていた。

 異邦の神。その事実にミレディは警戒していたが、エンリルがどちらかと言えば人間臭い神であり、子どもを見守る親という干渉しすぎないスタンスであった事とエヒトルジュエという比較対象の存在もあり、既にミレディから最低限を除いて警戒が解け、今はこうしてエンリルの持つ異世界の技術などについて聞き出そうとしていた。

 だが、流石にエンリルも自分たちの技術までは話す気はなく、上手くいなしていた。

 

 

「……ふーん、というかアレなにかな〜。あの、魔法斬ったりとかその接続斬るとか何?」

 

「…………あー、それか。うちの空はな、斬る事に特化していてな……元から形を持ってる魔法ならその核を斬るとかが出来てたんだが…………空間魔法を取得した事でな」

 

「普通、空間魔法って、転移魔法とかオーちゃんみたいな異空間と繋げたアーティファクトとかに使うもんじゃないかな〜」

 

「境界に干渉する魔法。空間魔法が空に適合し過ぎたというわけだ。だから、エヒトルジュエの人形との交戦が肉体の調整も相まって天羽々斬は境界を視認し、それに対して干渉できるようになった」

 

 

 そうして話し始めるのは天羽々斬の万物両断の異星法則。

 

 

「完全聖遺物……ああ、まあ、空の持つ技能由来のエネルギーと魔力を織り交ぜることで異星法則を再現した事で斬閃延長して認識している境界を断つというものなんだが…………ああ、あくまで斬閃延長と境界に干渉出来るだけだから、しっかりと斬れるかどうかは本人の技術依存だ」

 

「とりあえず、頭がおかしいって事だけはわかったよ」

 

 

 エンリルの説明にいつもの言動とは関係無しにミレディは空が頭おかしいと断言する。

 斬る事に一辺倒過ぎはしないだろうか。確かに境界に干渉するという空間魔法の本質を理解していてそれを剣技に組み込んでいるというのは分からなくはない。純粋に攻撃性能が上がるからだ。だが、それが魔力付与の斬撃技ではなく、あくまで通常攻撃になるなど、どう考えてもおかしい。

 何よりも斬閃延長?つまり、それはやろうと思えば近づかずに相手の指揮官の首を刎ねる事が出来るというわけであり、同じ遠距離戦でも魔術師相手ならば魔法を放つ前に戦いを終わらせられるという事だ。

 

 

「で、技量とその不死性のゴリ押しで私の“黒天窮”をぶった斬った、と…………やっぱり頭おかしいよね?」

 

「俺に言うな。全て、グリューエン攻略早々に人形送り込んできた邪神が悪い」

 

「手を出したら、開けちゃいけない類の釜を開けたわけだね、ざまぁ」

 

 

 間違いなく悪手だった、とやらかしてしまったエヒトルジュエを嘲笑するミレディ。

 そんな彼女に同意する様にエンリルは苦笑を浮かべ、少しずつ結晶が崩れて復元されていく空の身体を見下ろす。

 どうやら、体内の粒子体の総数が戻ったようだ。

 

 

「さて、そろそろお暇するか」

 

「はいは〜い」

 

 

 エンリルの言葉に手をひらひらとしながら、間延びした声音で答えるミレディ。それを見てエンリルは目を瞑る。

 そして、次の瞬間には目は見開かれた。瞳の色は翡翠から元の色へと戻っており、軽く手を握り直すなどをしている辺り、既に意識は空のモノへと戻っているようだ。

 

 

「───お前は」

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

 

 意識を取り戻してみれば目の前にはニコちゃんマークゴーレムがいるなど、流石に衝撃的過ぎるが空は眉一つ動かさない。

 その反応はミレディにとって面白くなかったのか、煽り始める。

 

 

「あれぇ? あれぇ? テンション低いよぉ~? もっと驚いてもいいんだよぉ~? あっ、それとも驚きすぎても言葉が出ないとか? だったら、ドッキリ大成功ぉ~だね☆」

 

「いや……流石にあの巨体だけではないのは分かっていたが」

 

「えぇ〜、つまんないなぁ〜」

 

 

 そんな風に言いながら、空の前でなんとも言えぬ無駄の無い無駄にキレのある無駄な動きをするミレディ。彼女のその動きを無視しながら、空は視線をこの部屋に巡らせる。

 部屋は全体的に白く、中央の床にはおそらく神代魔法のものだろう魔法陣が刻まれている。それ以外に全くといっていいほどに部屋には何も無い。いや、一部に一つだけ扉のような物が存在しているのは見える。それがミレディの住居スペースへの出入り口になっているのだろう。

 そこまで考えて、空は視線をミレディへと戻す。無視されていたからか、何やら拗ね始めているが空は気にせずその場から立ち上がる。

 完全に復元した事もあり、これといってもはや用はないと離れた所に座っていた睦月へと視線を向ければ、その視線に気づいたのだろう睦月は立ち上がり極力ミレディから距離を取りつつ空の近くへとやってくる。

 

 

「……ミレディ・ライセン。神代魔法は大丈夫だろうか」

 

「うん、大丈夫大丈夫。それじゃ〜魔法陣に乗ってね〜」

 

 

 ミレディに促され、空と睦月は部屋の真ん中、魔法陣の上へと移動する。それを確認して、ミレディは魔法陣を起動させる。今回は、しっかりとミレディ自身が試練をクリアしたと認めている為に走馬灯のように脳裏に攻略の記憶が過ぎるということはなく、空はグリューエンで経験した為に神代魔法の知識等を直接脳に刻み込まれても無反応を通し、初めての睦月は僅かに顔を顰めた。わずか数秒でその処理も終え、この『ライセン大迷宮』の神代魔法を手に入れた。

 

 

「分かってると思うけど、ミレディちゃんの神代魔法は一応重力魔法だよ☆そこの元人形はまあ、当たり前に適性あるのは少し腹立たしいけど、君は使えないというか適性が無いっていうわけじゃなくてなんて言うか、うん」

 

「使えないわけではないのだろう?」

 

「いやまあね?うん、可もなく不可もなく。めちゃくちゃ面白みの欠けらも無いね☆」

 

「それはすまないな」

 

 

 元より空間魔法ほど適性が高いとは思っていない空にとって、ミレディの評価に対してこれといって思う事はなかった。強いて挙げるならば、使えないわけではなく一応使えるというのは空にとって充分だった。

 習熟は必要なのは当たり前だが、戦闘中に重量の減少からの速度上昇や増加からの威力強化に使えるなど、使いようはそれなりにある。

 

 

「ああ、それとはいコレ。攻略の証ね」

 

「ああ、感謝する」

 

 

 ミレディがゴソゴソと懐を探り取り出し手渡した一つの指輪を空は受け取る。

 グリューエンの攻略の証はペンダントであったが、どうやらここライセンの攻略の証は指輪らしい。上下の楕円を一本の杭が貫いているようなデザインのそれを懐へとしまいながら、視線をミレディへと向ける。

 その視線を受けて、ふと何か考え事でもしたのかそういう動作をした後ミレディは質問を投げかけてきた。

 

 

「次は何処に行くとかもう決まってるのかな?」

 

「ひとまずここから樹海側に出てそこからシュネー雪原にあるという迷宮に向かうつもりだ」

 

「?樹海は行かないの?…………ああ、もしかしてまだそこまで攻略してない?」

 

「……いや、樹海は亜人の領域だろう。勝手に入って迷宮を探すのも骨が折れる。だから、後回しにするつもりだったのだが……なにか、条件が必要なのか?」

 

 

 まるで、複数の迷宮を攻略しているのが前提のような言い方に空がそう問いただせば、ミレディは存外素直にその質問へ答えてくれた。

 

 

「うん、四つの攻略の証に再生魔法と……あと、亜人の仲間が必要…………だったはずだよ☆」

 

「……とても、不安ではあるが。なるほど」

 

「風鳴様が攻略した迷宮はこのライセンが二つ目、証も再生魔法もありません」

 

 

 睦月の補足に空は頷きながら、ミレディを見る。その視線には再生魔法が何処にあるのか、という意が込められているのをミレディは察するが

 

 

「ざんね〜ん、ミレディちゃんが教えてあげるのはここまで〜。あとは頑張って探してね!」

 

「…………そうか。分かった、ここまでの情報開示感謝する」

 

「うんうん、このミレディちゃんに存分に感謝しなさい」

 

「ああ」

 

 

 手を広げ尊大な態度でそう語るミレディに空は敬意と感謝をもって返す。流石に素直にそう返ってくるとは思っていなかったのか照れ隠しをする様にミレディはオーバーリアクションをしつつ、次の瞬間には神妙な態度で真剣な声音で話す。

 

 

「……じゃあ、頑張ってね。君たちの目的が叶うことを祈ってるよ。あと、是非ともあのクソ野郎をぶちのめしてね」

 

「了解した。……そうだ、一つ頼みたいことがある。数ヶ月以内に、恐らく俺の同郷がこの迷宮を攻略するかもしれないが出来れば俺の事は黙っていて欲しい」

 

「それぐらいなら、構わないよ。理由は、まあ、聞かないでおいてあげる」

 

 

 そこまで話してミレディはいつの間にかに天井から垂れ下がっていた紐を掴んでそれを引っ張った。

 すると、本当に何度目になるのかも分からないガコンッという音が鳴り響いて、四方の壁より激流が流れ込んできた。

 同時に部屋は魔法陣がある中央を基点に段々とアリジゴクのように床が沈んでいき、部屋を満たしていく激流は中央へと流れていき、そして中央はいつの間にかにぽっかりと穴を開けており、引き攣った表情の睦月と空間魔法を用いて共に服が濡れないようにした空は激流に身を任せその穴へと流れていく。

 正直に言えば、もう少しやりようはあったのではないか、と空は思った。

 

 

「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」

 

 

 そんなミレディの声が激流の音に紛れて聴こえる中、空たちは激流と共に穴の中へとその姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三刃



 誤字脱字報告本当にありがとうございます。
 読み直してるのに分からないのが辛い。

 感想で何度か言われるんですが、ハジメたち魔王夫妻はまだオルクス大迷宮の所にいます。あと数週間で出てきます




─────〇─────

 

 

 

 

 

 ミレディ・ライセンの大迷宮より水に流されるという頭の悪い方法で迷宮の外に出された空たちは地下水脈を流されていき、最終的に樹海と大峡谷の間ぐらいにあるというブルックという街から一日ほどの場所の街道近くの泉へと辿り着いた。

 空間魔法により一定の空気量は確保していた空と睦月は同じく空間魔法により衣服が濡れることはなかった。同時に持ち物も流れに巻き込まれて無くなったという事もなく、そうして近場の街を目指した結果、二人はブルックへと赴く事となった。

 ブルックは周囲を堀と柵で囲まれた小規模な街だ。

 だが、小規模ながらもしっかりと街道に面した門のすぐ傍に小屋、門番の詰所が置かれておりある程度の治安は維持されているのが見て取れる。

 そんな門前で行商などの後ろに並びながら、空は自分の中の重力魔法について思考を巡らしていた。

 

 

「…………やはり、体重の増減程度か?いや、重縛羈束(グレイプニル)程ではないが重力場を作ることも……彼女同様自分自身も捕えられるのは間違いないが」

 

 

 脳裏に過ぎるのは奇跡のようなポンコツ少女にして聖人の系譜である聖騎士の有する能力。

 高重力場展開という正しく重力魔法の使い道として正しい能力であるが、本人は付属性と干渉性の低さ故に自分ごと重力の檻に敵を入れなければならず、遠隔発動も不得手。

 既に道中軽く試した事から空は彼女同様に遠隔発動を行うことは出来ない、と判明していた。試練でミレディが使用していたような重力塊や崩界現象は逆立ちしたところで出来やしない。

 そして、彼女程の高重力場を展開することが出来る訳でもない。出来ても常人が歩くのが困難になる程度であり、エヒトルジュエの使徒相手では大した効果もでやしない。

 

 

「そもそも、風鳴様でしたら、近づかれる前に斬るのでは?」

 

 

 そんな中、隣でそう空という人間を知っていれば誰もが感じるであろう疑問を口にする睦月。

 確かにそうだろう。大抵はその絶刀で容易く斬り捨てるものであるし、エヒトルジュエの使徒が相手であっても出力を上げて首を落とすか、それこそ嘗てフュンフトにしたように接続を断てばいいのだから。

 それを何よりも分かっている睦月の言葉に空は、至極当たり前の言葉を口にする。

 

 

「あればあるほどいい。何度も言っているが、手札というものは多ければ多いほど多くの事柄に対応出来る。なるほど、確かに重力魔法を使うだけならばそれこそお前に任せるのが一番だろう。だが、だからといって俺が何もしないというのはおかしい話だ」

 

「やりすぎにも感じられますが……」

 

 

 そう、空という人間ならばその返答は当然のモノだった。しかし、睦月からすれば少しやりすぎいきすぎのきらいを感じられた為に彼女は苦笑する。

 と、そんな会話をしていれば列が動き、空たちの番となった。

 行商のチェックを終えた兵士よりも冒険者に近い風貌の門番がやってきた。

 

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

 

 規定通りいつも通りの質問でどことなくやる気のなさを感じさせるが空と睦月は特段気にせずにステータスプレートを門番へと手渡しながらその質問に答える。

 

 

「食料補給を兼ねての休息だ」

 

「ふーん……冒険者か、白の」

 

 

 手渡されたステータスプレートを確認しながら、そう呟いて門番はプレートを返す。

 本来ならば、二人のステータスは常識外れの数値であり間違いなく騒ぎになることは確定していたが、その可能性を事前に予測していた空の考えもあり、睦月による隠蔽工作が行われ記載されているステータスはおおよそ平均よりもやや上の値となっていた。

 故に特に何の問題もなく、あったとしてもせいぜい門番が睦月に見惚れて少し遅延したぐらいで二人は無事ブルックの街へと入る事が出来た。

 街中はそれなりに活気のあるようで、アンカジや王都といった国の主要都市ではない街の中ではそれなりに賑わっている方ではないだろうか。事実、オルクス近郊にあるホルアドほどではないものの露店もかなり出ており、耳を澄ませなくとも呼び込みの声や白熱した値切り交渉をしている露店の喧騒が聴こえてくる。

 そんな中を空と睦月は歩いていく中、睦月が口を開いた。

 

 

「それで、これからどうするのですか?シュネー雪原への行き方と氷雪洞窟の座標ならば既に私の中にありますが」

 

「先も言った通り、少しだけ休息をとる。ここ数日ひたすら走ってばかりだったからな……それと、私事になるが風呂に入りたい」

 

「…………はい、承知致しました」

 

 

 空の最後の理由に睦月は思わず目を見開き、少し間を空けてから返事をする。それもそうだろう、睦月からすれば空は風呂などのそういった事は最低限で済ませて効率を考えるなどといった、やはり人間性の薄い存在という認識があった。そんな空が風呂に入りたい、と言ったのは予想外であった。

 だから、空の人間性を垣間見て睦月は微笑む。

 その様子に空は気付くことはなく、代わりに周囲の男性がその微笑みを見て思わず見惚れて立ち止まる。中には共に歩いていた女性に腕を抓られる人間もいた。

 

 

「ひとまずはギルドに向かうとしよう。道中の魔石を精算したい」

 

「そうですね。それと、防寒具も買う方がよろしいかと。シュネー雪原は局地的に極寒ですので」

 

「局地的か」

 

「はい、猛吹雪が起きていればそれはもう」

 

 

 あくまで知識でしかありませんが。

 そう付け足す睦月に空は軽く頷いて、二人はメインストリートを歩いていけば一振りの大剣が描かれた看板が視界に入る。冒険者ギルドの看板だ。

 ギルドの規模は比べる相手を間違えているのだろうが、やはりアンカジや王都のそれより何回りも小さい。

 

 

「だからといって、そこまで変わることも無い、か」

 

 

 そう呟いて、空はブルックの冒険者ギルドの扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 規模が小さいからといって、中身が劣っているとは決まっていない。

 足を踏み入れたギルドの中はしっかりと掃除がされているらしく、清潔さが感じられる。カウンターは玄関から正面にあり、左手には飲食店がある。アンカジや王都の冒険者ギルドと規模が違えども内装の大まかなモノはどうやら同じらしい。

 入ってきた事で視線が集まっているのを二人は感じた。おそらく見慣れない男女二人組が入ってくればそうなるだろう。

 空に関しては身の丈程の絶刀がその手に握られているのだから、目を惹くのは当たり前───だがそれよりもなお、目を惹くのが睦月だ。

 普通に考えて欲しい、そもそも睦月はエヒトルジュエが創り出した使徒の髪を黒くしたり、少し感情豊かにしただけで基本造形はフュンフトのままである。すなわちその容姿は非常に優れており、女神か何かであろうかと目を惹くのも当然だろう。ましてや、そんな美人が肩を出し、大胆に太腿を露出しているのだ。これで反応しなければそいつは枯れていると思われても仕方がない。

 本人の名誉の為にフォローするが、決して空は枯れているわけではないことを明記しておく。興味が無いだけである。

 さて、そんな睦月に見惚れる者や、感嘆の声を上げる者、露出された肌を見て唾を飲み込む者、恋人に何を見惚れているのか、と横っ腹に一撃を入れられている者など様々な反応を睦月は一切気にとめず、空の後をついていき、カウンターへと向かう。

 カウンターにいるのは恰幅の良いやや歳のいった、俗に言うおばちゃんの受付嬢である。王都の受付嬢は軒並み妙齢の女性であったが、アンカジではそれに紛れて少し歳のある婦人もいた。やはり街が小さければそういうものなのだろう。

 無論、空からすれば受付嬢の年齢や見た目に対して特になにかあるわけでもないのでまったく気にする要素はない。

 

 

「冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご要件は何かしら」

 

「素材の買取を頼みたい。ステータスプレートならここにある」

 

「確かに」

 

 

 そう言って、空のステータスプレートを受け取る。もちろん、先程と同じように隠蔽工作が施されている。

 それに視線を通していくおばちゃんであるがその表情が一瞬顰めたのを空は見逃さなかった。

 

 

「なにか?」

 

「ん、ああ……そうね。ワケありって事だ。本部から噂は聞いてるよ」

 

「…………ああ」

 

 

 周囲の冒険者には聴こえない程度の声音でそう言ったおばちゃんに空は目線を伏せる。

 なるほど確かに王都のギルドも空が王都より消えたという情報を知っているだろう。流石にアンカジへと行ったとは思っていなかったのかアンカジでなにか言われるという事はなかったが、まだ王都に近いこのブルックのギルドには話が行っていたようだ。

 

 

「ふ、まあ、あんたが何か問題とか起こさない限りはあたしもとやかくは言わないよ」

 

「助かる」

 

「さて、確認はしたよ。にしても白かい、見たところ黒でも全然問題ないと思うけどね……ま、そこは信用も絡むからねぇ」

 

 

 そう言ってステータスプレートを空へと戻したおばちゃんは受け取り用の入れ物を空の前へと出す。

 どうやら、査定資格を有しているらしい。

 空は荷物袋より魔石を取り出して入れ物へと入れていき、一部爪などの素材を入れる。

 それを見て、おばちゃんはほぅと感嘆の声を漏らす。

 

 

「これは大峡谷の魔物の素材かい。なかなか、だね。これだけでもあんたの実力が分かるってもんだ」

 

「ああ」

 

 

 流石は経験を積んでいると言うべきか、その貫禄に違わぬベテランぶりを見せながら正確に的確に査定していく。

 大峡谷の魔物の素材というものは確かに珍しいが、かなりの実力者ならばあえて制限を付けての修行として大峡谷に赴き、断崖上へと戻れる階段付近で修練を行う事がある。

 その際に少ないが時折、大峡谷の素材が出回ることがある。だからこそ、おばちゃんは大峡谷の魔物の脅威を分かっているし、それを持ってきた空の実力が少なくとも黒以上であると認識していた。

 

 

「さて、まあこんなもんだろう。本当なら中央の方がもっと高く売れるんだけどね」

 

「いや、仕方ないのは理解している。むしろ、売らせてもらえるだけありがたい」

 

「そうかい、それはよかった」

 

 

 それなりの金銭が入った袋を受け取り、荷物袋へとしまいながら、空はこの街の宿場などについて聞いてみればおばちゃんはカウンター下から地図を取り出し空へと手渡す。

 地図へと視線を走らせれば、中々に精巧でありかつ有用な情報がしっかりと分かりやすく記載されているというどう考えても金が取れるような地図であった。そんな地図が無料というのは、この世界の生活レベルなどを考えれば到底考えられないものだ。

 だが、おばちゃんからすれば落書きみたいなものらしい。そんな返答に空はありがたく地図を受け取り、そのまま冒険者ギルドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四刃



 まず先に謝罪をば、
 今回は思いっきり何時もの時間に遅れたことをおわびします。投稿を楽しみにしていただいた読者の方々、申し訳ないと思います。
 なぜ、遅れたのか、と言いますと、まあ言ってしまえば単に今日は時間がなかったからということになります。少し前から忙しく、書きためが出来てなかったのが原因ですね。
 それでは、本編をどうぞ




─────〇─────

 

 

 

 

 

 受け付けのおばちゃんより貰った地図を見ながら、空はブルック滞在中の宿場として決めたのは『マサカの宿』という宿屋だった。

 地図によれば、料理は美味くまた防犯面でもしっかりとしており、何よりも空が求めている風呂があるというのがポイントが高かった。無論、風呂があるということはその分割り増しになるというもの。その点もしっかりと余計な事に路銀を使っていない空からすれば気にすることではなかった。

 ブルックを見て回るのもなんにせよ、ひとまず先にチェックインするのが重要だろう、と考えた二人は冒険者ギルドを出て、宿場を決めて早々に真っ直ぐ地図に従って件の宿屋へと向かった。そこそこに賑わう宿屋の中へ入れば、一階はどうやら食堂となっているらしく複数の人間が食事をとっており、その際にやはりと言うべきか睦月へと視線が集まる。二人はそれらを無視しカウンターであろう場所へ真っ直ぐ進めば、翼と同じぐらいの歳頃だろう少女が元気よく挨拶をする。

 

 

「いらっしゃいませー、ようこそ『マサカの宿』へ! 本日はお泊まりですか? それともお食事だけですか?」

 

「宿泊だ。確認だが、冒険者ギルドで頂いたこの地図に記載されている通りだろうか?」

 

 

 そう言いながら、空は地図を見せれば少女は頷いて説明を始める。

 

 

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい!書いてある通りですよ。それで何泊のご予定ですか?」

 

「二泊、食事付きと風呂も頼みたい」

 

「はい。お風呂は十五分百ルタです。今はこの時間帯が空いておりますが」

 

 

 そう言って、少女は時間帯表を見せる。

 空としてはゆっくりと入りたいものだが一時間も入る性格ではない。睦月は特段そこまで風呂に拘りがあるわけでもなく。

 

 

「三十分で頼む」

 

「三十分ですね。それでは、お部屋はどうなされますか?現在、一人部屋二つ、二人部屋が空いておりますが」

 

 

 チラチラとやや後ろに立つ睦月を好奇心が含まれた目で見る少女。後ろを見ているわけではないが空の空間把握により、周囲の食堂にいる客たちが聞き耳を立てているのが理解出来た。

 だから、どうしたという話なのだが。

 空が睦月を一瞥すれば、彼女はすぐにその意図を察してほんの少しだけ考える素振りをし

 

 

「私はどちらでも構いません」

 

「そうか……一人部屋ふたつで頼む」

 

「は、はい、承知致しました」

 

 

 二人の間に男女の関係などどこにもない。

 故に二人部屋だとしても問題など何も無いのだがしかし、やはり外聞というものもある。邪推されるのも面倒であるが故に空は二人部屋よりやや出費はあるが一人部屋ふたつをとることにした。

 そうしてつつがなく、宿泊の手続きが行われていき、部屋の鍵を受け取った空は片方を睦月に渡して早々に二階にある部屋へと向かっていく。

 

 

「何かあれば、言え。それと部屋の施錠はしっかりと行え……わかっていると思うが不審な輩には気をつけろ」

 

「はい、肝に銘じておきます」

 

 

 そう言って空と睦月は分かれ、各々の部屋へと入っていく。

 部屋の中はしっかりと掃除が行き届いており、ベッドも当たり前に整備されていた。空としても受け付けのおばちゃんの審美眼は決して侮るべきものでは無いと理解していた為、この宿屋が期待はずれということはない、と分かっていた。

 空は荷物袋を置いてから、ベッド脇に置かれていた簡素なテーブルに絶刀を置き、刀身の整備を始めていく。

 結局の所、オリハルコンで形作られているのだから一度分解して再結晶化させ、刀身に戻せば傷や疲労など全てゼロに戻るものだが、空にとってそんな手抜きは出来ない。何よりアメノハバキリには意識が残っている以上こういった手入れを怠り楽に走れば、もしかすれば……という事がある。

 故にしっかりと手入れを行っていき、気がつけば窓より差し込む陽光が夕陽へと変わっていた。

 

 

「……ふむ」

 

 

 刀身を通して伝わるアメノハバキリの満足そうな意識に空も良しとしたのか、片付けていき刀身を納刀して、帯刀するか部屋に残していくかどうかを一瞬逡巡してからそのまま持っていくことに決め、部屋を出る。

 手入れ中に睦月が何か言ってこなかった事を考え、空は隣の睦月の部屋をノックすればすぐに睦月が顔を出す。

 

 

「少し早いかもしれないが夕食にでも行くとしよう」

 

「はい、風鳴様」

 

 

 そうして、二人は階下の食堂へ向かえばやはり少し早かったのかしばらくテーブルで談笑───と、いっても二人が話すとしたらせいぜい旅路での行動についての話でしかなく、歳頃の男女らしい会話は一度もなかったのは仕方がないことだろう───し、夕食の時間に注文した料理はなるほど地図に紹介されていた通り、美味い料理で空の仏頂面も僅かに笑みを浮かばせていた。

 その間も当たり前のように二人へと好奇と嫉妬の眼差しが向けられていたのだが、これも当たり前に二人はそれらを無視して、食事を終えた後に風呂へと入る事となった。

 

 

 しっかりと男女で時間を分けたが睦月の好意もあり、先に風呂へと入った空は十五分という短い時間ながもやや砂が混じった髪を洗い、風呂で心身ともに安らいだ空としてはこの宿場に対して概ね満足していた。

 せいぜい、風呂を出て睦月が出るのを食堂の片隅で待っていた際に宿屋の少女から強い視線を受けていたのが空としてはなんとも言えないものではあったが。

 ブルックの街、一日目は特段これといった事もなく夜も更けていき、空と睦月は各々の部屋で眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブルックの街、二日目。

 この日は食料品以外の買い物をする事を事前に睦月と決めていた為に朝食をとった二人は早々に宿場を出て、まずは衣服、とりわけ防寒具を扱っている店を探すことから始まった。

 まだ午前中だというのに、街の中は既に喧騒に包まれており、メインストリートを見てみれば昨日のように露店には既に店主が入っており、大きく元気な声で呼び込んでいて、買い物をしている主婦や冒険者たちと激しく交渉を行っているのが見える。更には食べ物を取り扱っている露店も始まっていて、まだまだ昼は先だというのに香ばしい濃いめの味付けの匂いが漂い始めていて、視線を向ければ何かの肉の串焼きらしい。

 それを見ながら、少し早いのではないだろうか、と空は思いつつも日本ではないのだからそんなものか、と考えて目的地となる防寒具類を扱っている店がどこにあるのか受け付けのおばちゃんもといキャサリン直筆の地図へと視線を走らせる。

 地図には宿屋がしっかりと書いてあったように、道具屋や服屋などについてもきちんと記載されていた。服屋も普段着用の服屋、礼服を取り扱っている店、そして冒険者や旅人が行きつけの店、などと目的に応じてしっかりとどの店がオススメなのかが事細かでかつ簡潔に分かりやすく記載されている。その中で、空が選んだのは普段使いの衣服と冒険用の衣服のどちらも取り扱っている店。

 

 

「すまない、ギルドのキャサリン殿の地図を見て来たのだが───」

 

 

 そう言いながら、店へと足を踏み入れれば……

 

 

「あら~ん、いらっしゃい♥可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」

 

 

 怪物がいた。

 身長は空よりも高い二メートル強であり、全身は筋肉の鎧が纏っており、その顔面は画風が違うとしか思えない濃すぎるもの。そしてその髪型は基本的にスキンヘッドであるのだが、天辺に一房の長い髪が伸びていてそれを三つ編みに結っていてその先端をピンクのリボンで纏めている。

 そんな怪物が動く度に意図的に動かしているとしか思えない様に全身の筋肉がピクピクと動いてはギシミシと音を響かせている。そして、両手を頬の隣で組んでくねくねとしている、なんとも気持ち悪い動きを見せている。

 ちなみにだが、その格好は大胆にも筋肉に包まれた豪腕豪脚を露出しバキバキに割れた腹筋をさらけ出しているというものであり…………どういう服を着ているのかについては精神衛生上の問題で伏せさせてもらう。

 少なくともおおよそ常人、常人外れでも見るだけでもどうにかなりそうな見た目に睦月は一瞬白目を剥き、空は視線を全力で外している。

 

 

「あらあらぁ~ん? どうしちゃったの? 可愛い子がそんな顔してちゃだめよぉ~ん。ほら、笑って笑って?」

 

 

 と、怪物は白目を向いている睦月にくねくねと───同名の怪異も気絶するだろうおぞましさで───蠢きながら近づいてきて、意識を取り戻した睦月がその手に何時でも大剣を取り出せるよう構えながら、目の前の怪物を警戒する。

 

 

「なんですか、あなた人間……ですか?実は地獄の怪物とかでは」

 

「んんどぅぁ~れが、深淵の邪神すら裸足で逃げ出す、見ただけで魂が蒸発するような化物だゴルゥァァアア!!」

 

「貂蝉か、何かか……」

 

「も、申し訳、ございません……」

 

 

 怒りの咆哮を上げる怪物に睦月は頬を引き攣らせながら、やや涙目という空も見たことがない表情を見せながら謝罪すれば、怪物も再び笑顔?笑顔ということにしておこう、ともかく笑顔を見せて接客に戻った。

 

 

「いいのよ~ん。それでぇ? 今日は、どんな商品をお求めかしらぁ~ん?」

 

 

 故に空も調子を取り戻すように怪物もとい店員へと視線を合わせ、合わ、せ……一度だけ目を瞑ってから相手の全身を見ないように敢えて相手と目と目を合わせてから口を開く。

 

 

「雪原でも問題ないような防寒具を探しているのだが、あるだろうか」

 

「───もちろん、あるわよぉ〜ん。そうね、外套と防寒服どちらがいいかしらぁ〜ん?」

 

「動きやすい方で頼む」

 

 

 そう、注文すれば「任せてぇ〜ん」と言ってから、少し待っていてねとバチコーンという擬音を響かせそうなウィンクをかまして、店の奥へと入っていく。

 その後ろ姿を見送る中、空はその表情は相変わらずの仏頂面を保っているがその胸中では一心不乱に自分の記憶の中の可愛い妹の表情をひたすら思い浮かべ続けていた。

 さて、当たり前だがこの空と睦月の二人以外に怪物を見てしまったのはもう一人、正確に言えばもう一柱いるわけなのだが、いったいどんな反応をエンリルはしているのか、というと。

 

 

『………………』

 

 

 怪物が空の視界に映った瞬間に視界共有を切り、空たちがこの店を出るまでそのままでいるつもりらしい。

 

 そんな入って早々の恐ろしいトラップもといトラブルがありはしたが、やはりおばちゃんのオススメだけはあり、品揃えも豊富で品質も高く、冒険者の雑な扱いにも充分耐えられる実用性機能性も兼ねた品物ばかりであり、その見た目も良いという評判通りの店であった。

 また、見た目、見た目だけが唯一の欠点と言うべきか、彼?クリスタベル店長の人柄もその見た目によらず良心的でその能力も充分に信頼出来るものであった。

 目的の防寒具や換えの服などを買い揃え、しっかりと礼を告げてから二人は店を後にした。

 

 その後、軽く武器屋などを見て回った後に喫茶店の様な店で珈琲もどきを飲みながら軽い昼食をとり、午後も適当にブルックの街を見回った二人は『マサカの宿』へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五刃


 最近のお気に入り作業用BGMは雪音クリスの『SONG FOR THE WORLD』です




─────〇─────

 

 

 

 

 

 男は帝国の底辺の生まれだった。

 亜人の奴隷とその飼い主だった男との間に生まれてしまった、生まれてはいけないはずの生き物。

 人間と亜人の混血、決してそういう存在がいないというわけではないが、大抵宗教的な意味合いや奴隷の労働効率的に孕んだ所で堕ろされ、生まれてこないもの。だが、幸か不幸か男は生まれてきてしまったのだ。

 父親である存在の気紛れだった。

 奴隷が苦痛に歪む表情が見たくて、身重ながらも嬲っていたかったから。そんな理由で堕ろされる事はなく、母の胎で育って赤子として生まれ落ちた。

 

 亜人と人間、種族が異なる遺伝子が混じって生み出したのはやはり、どっちでもない半端者。どちらかと言えば人間に近い。耳も毛量も概ね人間と変わらないし尻尾も生えていない、だが爪は鋭利、犬歯は確かに発達し、二足よりも四足のが速い。そんな狼人族と人間族の間に生まれたのが彼だった。

 混血児として生まれた彼に待っていたのは、当たり前の話になるが虐待だ。

 奴隷の子供だから、同じ奴隷達に優しくされる?

 

 そんなわけが無い。当たり前だろう、これが人間の奴隷が産んだ人間の赤子ならなるほど確かに母親もある程度の覚えはあるのだろうし、周囲の奴隷からもある程度は仲間意識などを抱かれるのだろうが、彼は亜人と人間の混血児だ。

 亜人の奴隷たちからすれば、人間の血を引いていて自分たちとは違う見た目の彼などどう考えても化け物以外の何者でもない。彼の母親にとっては自分の胎から出てきた化け物以上に感情を抱く理由はない。ましてや自分たち亜人が有するはずのない魔力まで有しているのだから忌み子という意味合いも強かった。

 故に彼ら奴隷にとって彼は化け物であり恐怖の対象であったが同時に同じ奴隷であるが為に八つ当たりの対象であった。殴る蹴るは当たり前だった。

 だが、相手は赤子だ。そんなことをすれば、簡単に死んでしまう。

 

 

 

 ────だが、死ななかった。混血児だからなのか、亜人の身体能力と人間の魔力が噛み合っていたのか、彼はろくな栄養も与えられていなかったというのに死ぬことはなく、むしろ頑丈に成長していた。

 三歳にもなれば、まだ膂力は年相応であれども周囲の奴隷達は手出しできなかった。

 ロクな食事も与えられていないのに、普通の三歳児よりも頑丈に育つ?いったいどんな奇跡が起きればそんな道理が成立するというのか?奴隷たちはありえない化け物に関わりたくないと言わんばかりに離れていった。その中にはやはり、もしも反撃されたらという恐怖が混じっていたのかもしれない。

 そうして奴隷の中で彼は一人で生きてきた。

 誰かと積極的に関わることもなく、ただ自分に割りあてられた仕事だけをこなしていくだけの毎日。そんなある日、彼が新しい道を歩みだしたのは彼が五歳の頃の事だ。

 彼の頑丈さを聞き及んだ一人の軍人が彼の血縁上の父親であり奴隷としての主人から彼を買い取ったのだ。

 その日から彼はヘルシャー帝国の軍人としての道を歩むこととなった。

 無論、ただの奴隷だった彼が、如何に頑丈といえども五歳の子供でしかなかった彼が、軍人として育てる為の過酷な鍛錬に耐えられるわけもなく、何度も何度も気絶し、血を吐いた。だが、それでも彼は段々とその過酷な環境に適応していくようにその頑丈さを発揮していった。

 きっとそれは彼を育てていた軍人にとって、喜悦以外の何物でもなかった。ヘルシャー帝国のお国柄、彼らは強者を尊ぶ、だからこそ強さを求めて、自らが強くなる為に強者との戦いを望む。軍人もそれから零れぬ類の人間だった。

 だからこそ、軍人にとって目の前の子供は化け物であること以上に何時か必ず自分がより強くなる為に必要な相手であると理解していた。もしかすれば、自分を越えるやもしれぬという思いすらあった。

 故に軍人は彼に多くの事を叩き込んだ。

 斥候としての技術を、行軍中に必要な事を、戦士としての戦い方を、多くを学ばせた。流石に頑丈さと能力の高さが同じというわけではなく、教えた事柄に対しても向き不向きが生じるのは当然の帰結ではあったが。

 

 

「───死にたくない」

 

 

 彼の中にあったのはそれだけだった。

 この世に生を受けてから、彼の中にあったのはただそれだけ、たった一つの願い。親からの愛なんてものはなかった。生まれた時から殺意と嫌悪と恐怖だけを向けられてきた。

 何度も何度も死にそうになった。

 いっそ手放せば楽になれるのに、彼は死にたくないその一心だけで痛みも何もかも耐えてきた。

 軍人に引き取られてからもそうだ。

 彼は死にたくなかった。

 どうしてかは分からないが、死にたくなかった。歳を取るにつれて、知識をつけるにつれて、彼はどうして死にたくないのかを考えるようになった。

 成長して成長して、大人になって戦場に出るようになって、戦うようになって、他者を殺すようになって、それでもなお、彼は自分が死にたくない理由をまだ知らない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぁ?どうしたよ、ルクス」

 

 

 ハルツィナ樹海外周部。

 一度足を踏み入れれば、即座に霧に飲まれ覆われる樹海に入るか入らないか、という場所で二十人程の人間が野営をしていた。

 大型の馬車が数台並び、野営している様子は商隊か何かのように見えるが、そこにいる人間たちの格好が商隊ではない、と如実に伝えていた。

 皆、自分が座っている近くに盾、剣、槍といった武装を置いており、そして全員がカーキ色の軍服のように見える衣服を身にまとっていた。

 彼らはヘルシャー帝国の兵士だ。

 帝国では亜人族を積極的に奴隷にしており、また国内の巡回と称してこのハルツィナ樹海外周部で一個中隊で訓練を行っていた。その中で亜人族を運良く捕まえる事が出来れば、万々歳と。

 そんな部隊の中の小隊の一つである彼らはここで野営をする事で近くにまで来た亜人族を捕らえる役目を与えられていた。無論、人間族ではハルツィナ樹海へと足を踏み入れれば即座に霧に覆われ、出る事も進むことも出来ず迷い魔物に襲われ死んでいくものなのだが、彼らの小隊は別だった。

 

 

「…………いや、なんでもない」

 

 

 野営地の中央で休んでいる彼らと違い外側で警戒をしている兵士の中に彼はいた。

 周囲の兵士たちよりも頭一つ分抜けた長身に口許を覆ったマスク、深々と被った軍帽。

 ルクスと呼ばれた彼は不意に視線を樹海から、峡谷側へと向けた。その様子を目敏く察した同僚がどうしたのか、と問いかければ彼は首を横に振りすぐに視線を樹海へと戻す。

 この小隊にとって、ルクスは重要な役割を持っている存在であった。本来亜人でなければ自分がどこを歩いているのか分からなくなるハルツィナ樹海の霧の中を亜人ほどではないが明確に移動出来るのだ。流石に亜人と違って道案内が出来るほど自由自在ではないが。

 

 同僚が別の方向を警戒し始めたのを見て、再びルクスは先程の方向へと視線を向ける。索敵、斥候を任されるルクスは峡谷側から何かが来るのを強く感じていた。魔物?違う。もっと強く恐ろしい存在が近づいてきているのをルクスは敏感に察知していて───

 

 

「クッ…………」

 

 

 気がつけば笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 それから、十数分後。

 ルクスらハルツィナ樹海巡回部隊第三小隊はとある旅人らの姿を捕捉した。

 男女の二人組だ。

 黒い鎧の上から白いコートを纏った身の丈程の長剣を携えた剣士の男、同じく白い衣を纏いながらも肩と太ももを大胆に露出した黒い髪の美女。

 警戒の任に着いていたルクスとは別の帝国兵の報告を受けた、小隊長が遠見のアーティファクトを用いて見てみればその二人はまっすぐこちらの方へと向かっているのが見て取れた。一体どういう目的なのかは分からない。

 この野営地がある場所は大峡谷とハルツィナ樹海の間であるが、ハルツィナ樹海へと向かうならばわざわざこちら側に来る理由もない。ならば野営地の向こう側へ向かうつもりか、と小隊長は考える。

 確かに大峡谷を越えているがまだ人間族の活動圏だ。魔人族の支配圏の境界近くに人間族の集落がないわけではないがそんな都合よくその集落へ向かう二人組がここを通るとは思えない。

 決して頭が良い方ではない小隊長は、首を捻り頭を掻き回しながら思考を巡らせるがどうしてここを通るのかまったく理解出来ず────一つの荒唐無稽な予測を立てた。

 

 

「そうか、奴らは我々人間族の裏切り者だ」

 

 

 だから、南側の魔人族の版図を目指しているのだ。

 どうしてここを通るのか、それは何時でも樹海へ逃げ隠れる為だろう。大峡谷と違い樹海では魔法が使えないというわけではない、だから彼らには樹海内を移動出来る手段があるのだろう。もしも追手が来た時すぐに撒ける為に樹海の外周部を沿うように移動しているのだ、とそんな少し考えればありえないだろうと思えるような予測を小隊長は立て、だからこそ。

 

 

「我々は人間族の代表として裏切り者を捕らえねばならない」

 

 

 そう周囲の部下に聴き渡るような声音で告げた。

 その表情は好色に濡れたモノで、遠見のアーティファクトで見た美女の身体を脳裏に浮かべている。

 罪人を捕らえた後、どうするかは自分たちの自由だ。

 ならば、つまりはそういう事をしても誰も咎める人間はいない。そんな上官の思惑を悟った兵士たちは次々と自分の武装を用意して何時でも仕掛けられる用意をしていく。

 そんな彼らに少し離れた所から呆れた視線を向けるルクスは嘲る様に鼻を鳴らして、自分の武装を確かめるように腰に手を当てながら、もう少しした後の光景を脳裏に思い浮かべて馬車へと足を向けた。

 

 

 かくして、言いがかりを発端として彼らはまったくもって無実の二人組の旅人へとその武器を向けた。

 

 

「君たちは国家反逆罪で指名手配されている。大人しく投降したまえ。抵抗すれば……命の保障はできない」

 

 

 そんな言葉を浮かべながら、帝国兵たちはニヤニヤと下卑た視線を美女の露出した柔肌へと向けていた。

 彼らは帝国兵だ。

 当たり前のように常人よりも強く、場合によれば冒険者の様な十把一絡げな存在ですら勝てないような実力を持っている。ヘルシャー帝国という実力至上主義国家であるが故に兵士たちにも高い実力が求められていた。

 さて、帝国の実力者は大きく二種類に分けられる。

 片方は強者を尊び自らをより強くする為に強者との戦いを望む存在。強さに貪欲な人間。これは主にヘルシャー帝国皇帝やその側近、軍の中の上層の人間に多い。

 そして、もう片方は下劣。自分が強者であると驕り高ぶり弱者を甚振る粗暴畜生な存在。とりわけ、自分が強者である事に満足し、それ以上強くなろうという気概がない存在。強さに増長する人間。これは帝国兵全体に多くおり、現ヘルシャー帝国皇太子もこれに当たる。

 後者の人間は自分の力こそが正義であり、明確な強者でもなければ相手を下に見るのが多い。いや、相手の実力を理解出来ないと言うべきだろう。

 つまり何が言いたいのか、それは…………目の前の相手が正しく怪物同然の実力だと言うのが分からないのだ。

 

 

「悪く思うな」

 

「申し訳ございません。ですが、先に手を出したのはそちらですので」

 

 

 刹那、宙を舞うのは小隊長の首。

 瞬間、光の砂粒に変わる同僚の姿。

 

 迸る鮮血に、舞い散る粒子。そんなありえない現実に彼らは阿鼻叫喚の有様となる。帝国兵らしく立ち向かう?無理に決まってるだろう、剣士の男が長剣を振り抜いたのが見えなかった。美女がいつの間にかに取り出した大剣に触れればたちまち粒子に変わる。

 どうしたって勝てる存在ではないことが最初の一撃で分かってしまった。

 だから当然彼らは逃げる。

 

 そんな彼らを見て、二人組───空と睦月は視線を交わして、殲滅を選んだ。

 彼らをわざわざ殲滅する理由はない。だが、それ以上に逃がす理由がどこにもないのだ。

 指名手配などというものは間違いなくでまかせであるのは理解しているから敵対する理由はないが、既に敵対している以上逃がして本格的に国家に敵認定されるということは望んではいない。

 で、あれば此処で殲滅して国へ情報を持ち帰らせない。魔物に襲われて全滅した事になってもらうより他はない。

 

 

「一切斬滅────」

 

 

 振るわれるのは絶刀。放たれるのは銀光。

 速やかに帝国兵は殲滅されていき、最後の一人へと空の絶刀が放たれて斬滅される。

 

 

 

 

 

 

 

「────いや、まだだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六刃



 気がつけば、10万UA達成です。読者の皆様、ありがとうございます。

 さて、前話最後でまだだがあり、その件で感想欄だけでなくモヤモヤする方もいたか、と思います。
 ぽっと出が覚醒するな、と。それに関しては作者もモヤモヤする側ではあると思います。ですが、物語上ではぽっと出ですが、彼らにも人生があり覚醒する理由だってないわけではないのです。
 また、一部には総統閣下や欲望竜と比べられる方もいるかと思います。
 ですが、そもそも彼らは光狂いの中でも特級の存在であり、彼らを定規にして比べるのはまた違うのでは?と私は思っています。少なくとも一般光狂いと特級光狂いは一緒にするべきものではなく、彼には彼の理由があります。
 
 簡潔に言えば、私は決して総統閣下を過小評価しているわけではないです。また、誰々と比べて意思が高いと思えないから覚醒なんて出来ないと大きな定規を持ち出すつもりはありません。

 長くなりましたが、これが私の認識であります。
 あくまで私の考えであるのでこうあるべきと大声を出すわけではありません。少なくともこの作品の作者はこういう認識なのだ、と思っていただければ幸いです。

それでは、本編をどうぞ



─────〇─────

 

 

 

 

 

 ギャリィィィ!!

 絶刀と短剣がぶつかり合い、激しい金属音を掻き鳴らす。

 最後の帝国兵の頸へと振るわれた斬滅の一撃が短剣で防がれた。その事実に睦月がその場から飛び出し、背後からその大剣を帝国兵へと振るう。だが、それよりも早くに帝国兵はその場から離脱し、大剣を回避する。

 しかし、その回避もすぐさま絶刀が追撃を放つ。

 ならば、と短剣が振るわれ絶刀を弾く。

 

 二度。絶刀を弾いた短剣に空は僅かに目を見開き、その場から跳び退く。

 

 

「───フッ」

 

 

 瞬間、放たれるのは絶技の槍衾。

 逃げる事など許さない。

 

 

「だから、どうした」

 

 

 逃げる?馬鹿を言うなよ。

 駆ける、槍衾の僅かな隙間へと身体をもぐり込ませていくというこちらもまた絶技をもって、槍衾を乗り越え距離を詰めていく。

 多少斬られはしたが、問題無い。身体は繋がっている。動いている。何も何も問題は無いだろう。

 振るわれるのは短剣による細撃の舞踏。距離は長剣の懐、一瞬でその距離を詰めた速度はなるほど目を見張るものがあり、ステータスの差?数十倍の差がある。ある筈なのだ。

 だが、そんな差を感じさせない速度と技量で男は空へと迫る。左手で握る鞘で次々と受け止めていくが、駄目だ。鞘だけでは、細やかな連撃を防ぎきれず少しずつ鎧に傷を刻んでいく。

 

 

「ならば、こうしよう」

 

 

 やはりステータスの差はある。まったくダメージが入らないとはいえども、煩わしいことこの上ない。故に空が選んだのはこの手だ。絶刀を手放し、あえて一歩前へと出るように地面を強く踏み込み地面を破砕しながら、握り込んだ拳を男の胸へと叩き込む。

 短剣の斬撃をその身に受けながら叩き込んだ一撃は、男の身体を吹き飛ばす事はなくそのまま体内で衝撃を残留させ、臓物を掻き混ぜる。

 

 

「ゴフッ───まぁだ、だ!」

 

 

 だが、止まらない。頑丈さを活用して何とか、掻き混ぜられた臓器の位置を戻しながら男は足元の死体から二振りの刀剣を蹴り上げて手にする。

 マインゴーシュ、レイピアと呼ばれる二振りの刀剣を短剣の代わりに手にした男はまるで地を這うかのような姿勢の低さで空へと迫る。

 無論、簡単に詰めさせるわけがなく既に掴み直していた絶刀がその素っ首を斬り飛ばすべく振るわれるが、その時にはもうそこにはいない。

 空間把握により、即座に反応した空は背後へ振り向きながら、絶刀を引き寄せて────再び激しい金属音が響き渡った。

 ガチャガチャと音を立てながら、絶刀と二振りの数打ちの刀剣がせめぎ合う。どう考えても絶刀に容易く斬られるはずの数打ちがせめぎ合えているのはそれを使っている人間の技量故か。

 男と空の視線がかち合い、向き合う。

 

 

「名は────」

 

「────ルクス」

 

 

 短い言葉が交わされ、不意にその場から男、ルクスは姿を消して一瞬空の反応速度を越えた速度で空の背後へと回り込み、いつの間にかに手にしていた短剣を空の頚椎へと叩き込んだ。

 

 

「ルクス・ジ・マーナガルム。見せてくれ、お前こそが俺の求めていた太陽(ヒカリ)なのだ、と」

 

 

 頚椎を破壊された。

 だからどうした、即座に傷口から短剣を押し退けるように結晶が生えだし復元する。その様を見てその場から跳び退いたルクスは腰からもう一振りの短剣を取り出して構える。

 マスクで口許を覆い、深々と被った軍帽に伸びた灰混じりの黒髪。それらがルクスの表情を窺いづらくしているが、空には彼がどんな表情をしているのかを見ずとも理解出来ていた。

 

 

「同類か」

 

 

 刹那、大気を走るのは無数の金属音。

 振るわれる絶刀をルクスはその二振りの短剣で次々と弾いていく。片や聖遺物を完全聖遺物の力で真剣として成立させている絶刀、片やアーティファクトですらない上質なだけの短剣。

 どう考えても打ち合えるわけが無い。

 だが、打ち合えているのはどういう事か、それは純粋にルクスが打ち合う瞬間に短剣を絶刀の刃に当てているのではなく、上手くズラす事で絶刀に斬り裂かれる事を防いでいるのだ。

 当たり前だが、空もそれは理解している。

 そう何度も何度も防がれてはたまったものではない───

 

 

「故に見飽きた」

 

「ッ!?」

 

 

 そうして放たれるのは僅かな遅延と加速を組み込んだ斬撃。ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ重力魔法を剣先に付与したのだ。

 こう来る、はずだった一撃は予測よりも僅かに遅く。

 こちらに来る、はずだった一撃は予測よりも僅かに速く。

 そんな微かな変化にルクスは物の見事に対応して───瞬間、唐突に絶刀の刀身が砕け散り短剣と打ち合わず、その返す刃で再構成されリーチを戻した絶刀が深々とルクスの胴を断ち切った。

 至極、当然の帰結だ。どれだけ反応速度が高かろうともステータスの差を無視して食らいついて来ようとも、小手先の技術を利用して対抗しようとも、一つ強者が手段を切ればこの通りだ。先程の様な寸前での反応、光のような覚醒紛いには驚愕したが、だがしかし。

 この一撃をもって幕は閉じた。

 

 

「……手強い敵でしたね風鳴様」

 

 

 睦月がそう言いながら、空の元へと歩いてくる。既に大剣はその手になく、戦闘で舞い上がった土煙によって汚れた裾を叩く彼女に空は視線を合わせることはなく、崩れ落ちていくルクスを見つめて───

 

 

『来るぞ』

 

 

 エンリルの声が響いた、と同時にグチュリ、と粘着質な肉の音を立たせたと思えば次の瞬間にはソレは動いた。

 発せられるのは殺気。

 空間把握。いや、遅い。

 絶刀を振るうよりも先に右脚が脛下から断ち切られた。だが斬り飛ばされたわけでもないのならば、何も問題なく結晶が繋げ、身体を捻りながら背後からの強襲を迎え撃つ。

 

 

「面白い不条理だ。俺は確かにお前の胴を両断してみせた筈だが」

 

「たかだか、胴を両断されただけだ。繋ぎ直せば問題無いだろう」

 

「なるほど」

 

 

 目を細めながら、空は目の前のルクスを睨みつける。十数合打ち合う過程で目の前の男がどういう存在なのかを理解し、同時に不可解に感じていた。

 光の奴隷?光の亡者?違う。目の前の男は彼らのような意思が定まっていない、迷っている。この男は夜闇をどこにあるかも分からぬ光を求めて駆け抜ける。明らかに光狂いと比べて見ても劣りに劣っている。だというのにいったいこの不条理はなんだというのか。

 だが、劣っているとはいえども、光の類、それこそ光の雛だ。

 本気でぶつかり、全力で力を振るえば、間違いなくそれに応える様に強くなり、そして明確な光を見出してしまえば手が付けられなくなる。亡者の様に己が信ずる光へと暴走列車の様に疾走していくだろう。

 つまり、マトモに相手をしてはいけない手合い─────

 

 

「故に削がせてもらう」

 

 

 狙うのはルクスの脚。瞬間的に空の反応速度を越える相手にとる手段の一つとして当たり前な選択だ。

 まずは機動力を削ぐ。

 空の意思を感じ取った睦月は、その場からすぐさま離脱する。次の瞬間、およそ空の膝から下の高さの空間に駆け抜けるのは幾重もの斬滅の風。

 常人人外問わず、予備動作無しに放たれた一定空間を吹き荒れる斬撃に対応できることはなく、その脚を切り刻まれるのは当然だろう。

 

 

 だがしかし─────

 

 

「だからどうした」

 

 

 ルクスは吹き抜ける寸前に跳び上がり空へと突貫してみせた。空中という踏みしめるものがない空間へと躍り出た彼を狙わない筈もなく、空は絶刀を振るう。

 踏み出してからの逆袈裟。距離を詰めたそれを回避する術もなく容易く脇腹から肩にかけて絶刀が肉と内臓と骨を断ち切る。

 並の回復魔法では治療出来ぬ程の深い傷を負ったルクス。睦月はそれを見て、今度こそ戦いは終わった、と思ったがしかしエンリルがそれを否定する。

 お前はついさっき何を見ていたのか、と。

 

 内臓を斬られた?だからどうした、と振り抜いた後の僅かな硬直を狙い、斬滅の風が吹き抜けた後の地面を着地と同時に踏み抜いて、短剣を空の頸へと叩き込む。

 その間に、切り裂かれたはずの肉と骨と臓器は繋がり治る。

 

 

「馬鹿な……再生魔法?」

 

『違うな、アレは魔法の類ではない。純粋な生命力による自然治癒のそれだ、イカれている。だが、その下地はある筈だ』

 

 

 気合と根性と意思だけで種として覚醒するなど、現実にはそうそうありえるはずがないのだ。無論、一定数そういう例外がいることまではエンリルとて、否定はしない。

 何も持たない人間がいきなり強くなるわけもなく、一つ獲たから強くなったなどというわけもなく。ルクス・ジ・マーナガルムにはそうなる下地が存在しているはずなのだ。ミレディから聞き及んでいた神代魔法を思い浮かべながら、エンリルは思考を回して───

 

 

「シィイアアアアッッ!!」

 

「グッ……!」

 

 

 深々と頸から鎖骨へと、鎧すら断ちながら短剣が振るわれた。同時に結晶が生えだしていき、復元を開始する。

 だが、すぐには終わらせない。と言わんばかりに二振りの短剣が振るわれ、空の身体を切り刻む

 

 

───筈だった。

 

 

 振るわれた短剣が刻んだのは微かに結晶片が舞い散る虚空。

 

 

「なに?」

 

 

 目の前から空の姿が消えたのだ。

 何処へ消えた、と周囲を素早く見回す。見つけた、だが位置がおかしい。

 距離にして八百メートル。荒野の先にて、彼は絶刀を構えていて、鋼の魔力と粒子が吹き荒れる。

 

 

 

 相手は光の雛なれば。わざわざ真正面で戦う理由も無く、既にその絡繰をエンリルが紐解いた。

 殲滅光(ガンマレイ)が迸るわけでもなく、滅亡剣(ダインスレイフ)が顕現するわけでもなく、ましてや極晃星(スフィア)となるわけでもない。

 故にエンリルからのオーダーを受けた天羽々斬は、確実な勝利を取る。

 瞬間的な速さはあちらが上?だからどうした、そんな速さなど関係無く近づくよりも先に切り刻めばいいのだから。

 斬閃延長。たかだか八百メートル如き、何も変わらない。では、死ね。

 

 

 およそ魔法ですら怪しい距離。

 だが、そんな距離を無視して空間を裂きながら天羽々斬の断絶刃が駆け抜けるルクスへと襲いかかる。避けても避けても襲い来る地獄を前にルクスは笑みを浮かべていた。

 

 

「当然の判断だ。お前は無慈悲にも、確実に俺を仕留めようとしている。だからこそ、俺は嬉しい」

 

 

 皮膚が裂ける。

 肉が裂ける。

 骨が断たれる。

 いつも通り、それらはすぐに治癒していく。

 

 

「認めよう。お前こそが俺の求めていた太陽(ヒカリ)

 無慈悲な断絶刃────」

 

 

 マスクを外し口角が吊り上がる。

 その手から短剣がこぼれ落ちる。

 走る走る走る駆ける駆ける駆ける。

 

 小手先の技術では、あちらの実力が高くどうしようもない。

 今の速度(スピード)頑強(タフネス)では辿り着く前に死ぬだろう。

 今の膂力(パワー)では辿り着いたとしても勝つ事は出来ない。多少の傷では間違いなく復元されるから。

 どう足掻いた所で、俺の負け────

 

 

「だとしてもォ!!!」

 

 

 死にたくない(まだだ)死ぬわけにはいかない(まだだ)

 死なない(まだだ)死んでたまるか(まだだ)

 もっと強く、もっと強靭に(強く)、もっと強剛に(強く)───

 我が焦がれる太陽よ、俺は御身に出逢う為に生まれ、死なず、生きてきた。この力を使って誰かを護るにはあまりに俺は無知であり、走り方も戦い方も護り方も分かりやしない。

 所詮奴隷でしかなかった自分が誰かの為に生きたくても出来るのは殺戮だけだ。やり方も分からないのに思うままに誰かの為に駆け抜けたとしても、それしか出来ぬ俺が駆け抜けた後に振り向けばそこにあるのは自らの足跡であり、駆け抜けた轍。轢殺の果てに残った、幾百幾千幾万の屍山血河に他ならない。

 助けようと思っていた誰かの死体ばかりだろうさ。

 

 それでも諦めることは出来なくて、だけど自分では轢殺するしかできなくて、

 

 だから、だから、どうか願いたい。

 俺に道を教えて欲しい。俺が駆け抜けていい道を照らして導いてくれ、我が太陽よ!!

 

 その祈りをもって、ルクス・ジ・マーナガルムは咆哮する。

 真に漸く自分の願いの根底を見出したのだ。

 故に真なる祈りは彼の有する力と結び付く。

 発動するのは()()()()。天羽々斬の様な後天的に得たもの(迷宮攻略の証)ではなく、純粋な先天性。天然ものの神代魔法の担い手はいままで無意識に自分を強固にしてきた、死ねぬ(まだだ)と叫びそれに呼応する様に自身を強くしてきたそれを明確に意識して使用する。

 強く、強靭に、強剛に、と。

 存在するものの情報に干渉する魔法。

 それが齎すのはルクス・ジ・マーナガルムという存在を構成する情報群の最適化。その身体はより強剛に変わり、その速さはより速く、その力はより強靭に。

 

 

 気がつけば、彼は獣のように四肢をもって荒野を駆け始めていた。

 まるでそれこそあるべき形であると、距離を詰めて詰めて詰めて!肉体が軋んでいき、書き変わっていく感覚を感じながら、疾走して

 

 

「『オォォォォンンン!!!』」

 

 

 此処に巨災狼(マーナガルム)が顕現した。

 馬車程はあるだろう体躯に全身を覆う灰黒い獣毛、太陽すら呑み込んでやろうとでも言うように大きく裂けた巨大な顎門、大地を踏み砕きながら疾走する四肢。狼人と人間の間に生まれた迷い子は遂に魔狼へと至った。

 光を求める魔狼は駆ける。

 その変化に睦月もエンリルも目を見張り、天羽々斬は巨災狼(マーナガルム)を言祝いだ。

 

 

「お前は『奴隷』にあらず

 お前は『亡者』にあらず

 お前は『殉教者』にあらず

 来るがいいルクス・ジ・マーナガルム、俺はお前を斬ろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────






 ありふれアフターを見ると、これもしかして深淵卿この世界だとナイトメアモードでは??(間違いなく一枚噛んでるであろう、または首を突っ込むだろうパヴァリア光明結社を見ながら)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十七刃



 残念ながら、昨日の投稿は出来ませんでした。
 純粋に忙しくて書き終わってなくて、投稿出来なかったです。




─────〇─────

 

 

 

 

 

 昇華魔法。

 存在するものの情報に干渉する魔法。

 本来ならばせいぜい自身の能力を引き上げるという事に使われるようなものだが、巨災狼が使用したのは能力を引き上げるなどという単純なモノでは断じてない。

 コレは改造だ。

 生物へ自身の魔力とその生物の魔力を混ぜ込むことで魔石を創造し、それを起点に肉体を改造する事が出来る変成魔法。熟達すれば魔石が無くとも自分自身の身体を改造、変成する事ができる。そんな同じ神代魔法に対してこの昇華魔法は明らかに常軌を逸していた。

 狼人の混血児と言えども、いったいどうすればこんな魔狼に変貌できるというのだろうか。単純に理論的な話をするならば、生物の身体というものはDNAという情報群によって構成されており、その自分自身の設計図に手を加える事で魔狼と化した。

 そう、説明できるだろう。

 だが、これはあくまでも理論的な話だ。理論があるから出来る、なんて話はいくらなんでも暴論過ぎる。確かに彼はいままで無意識ながらに自分自身の情報に干渉してきた。死ぬわけにはいかない、という意思で身体をより強くしてきた。

 だが、それはあくまで解れた部分を修正、より良いモノに書き換えているのにすぎず、今回のコレは完成されていたモノが崩れないように新たなモノを繋げ矛盾しないように調整していく、そんな明らかにいままでとは規模が違いすぎること。

 

 言ってしまえば、裁縫が何となく得意な人間がいきなり一切のミスも許されない難解な手術をやるようなものだ。

 

 無理に決まってる。

 

 

───だとしても

 

 

「『オォォォォンンン!!!』」

 

 

 一つ書き換え間違えればただの獣に成り下がりかねないというのに、そもそも書き換えが成功するかも分からないというのに。

 それがいったいどうしたというのだ。

 結局の所、技術でしかないのだから、死ぬわけにはいかないという意思と気合いとやる気さえあれば、そんなもしもを踏み潰して手術を成功させられる。そしてルクスは導きの太陽に焦がれる巨災狼(マーナガルム)へと変じてみせた。

 大地を砕きながら疾走し、大きく裂けた巨大な顎門に見える太牙が軋り、見開かれた金瞳が走る先にて絶刀を携えた天羽々斬を睨み付ける。

 

 

「────これは、どうか」

 

 

 故にそれに応えるように、天羽々斬は迫り来る巨災狼(マーナガルム)へと絶刀を振るう。

 なるほど、確かに速くなった。強くなった。だが同時に大きくなった。

 つまるところ、それは的が大きくなったことに他ならず、その四肢を頭蓋を巨躯を切り刻んで確実に殺す為にその巨躯では決して回避出来ぬ幾重もの斬撃が放たれた。

 距離という空間を一切気にすることなく、振るわれる斬撃に対して巨災狼は回避する───という選択肢は選ばない。必要最低限の致命傷を受ける場所をその金瞳と経験と感で判断し、駆け抜ける。

 

 右前脚が肘辺りで切り裂かれ、胴を肩から尾にかけて深々と裂かれた。

 

 

「『この程度で───!!』」

 

 

 斬閃が肉へと食い込み、そのまま裂いていく。だが、裂いた端から筋繊維と骨、血管、細胞、神経が繋ぎ合わされ切り飛ばされる前に治癒していく。

 当たり前だが、回復魔法や自動再生の類ではない。純粋にそういう情報体(身体)なのだ。自然治癒が恐ろしく早い。流石に身体が吹き飛んでしまえば治癒は遅いが、こうして断面が指一本も離れていないなら気合いで繋げられる。

 昇華魔法による改竄をした上で、そこに意思という燃料を叩き込みこんな馬鹿みたいな芸当を見せている。無論、痛覚がないわけではない。当たり前の話だが、身体が自然治癒しているからといって一度切り裂かれたモノを繋げて治すなど痛みがないわけがない。

 直接断面に焼鏝を押し付けられるかのような激痛が常に走り続けていて、だからどうした、と巨災狼は疾駆する。

 

 

「ああ、なるほど」

 

 

 そして、天羽々斬は先程切り裂いた際の感触に一筋縄ではいかないな、と呟く。

 斬閃が巨災狼の毛皮へと食い込んだ瞬間、僅かに反発するような感覚が天羽々斬の手に伝わっていた。硬く断ち難い毛皮にさて、どうするかと天羽々斬は思考を回して

 

 

「では、こう斬るか」

 

 

 絶刀で斬り難いというのならば、斬り方を変えればいいだけの話。

 鋭く疾く強く。

 その勢いままに、即自然治癒などしないように斬り飛ばす為に。

 

 

「『もっと、もっと、もっと!!俺の太陽!!俺に道を示してくれ!!!』」

 

「悪いがお前は俺の好敵手(運命)ではない」

 

 

 絶刀を振るい放つのは斬撃の檻。

 先程のような最低限の致命傷で抑えるという手段は容易ではないが、しかし。

 この程度、その程度、と加速し強引に突破する道を巨災狼は選んだ。

 

 

「『ォォオオオオ!!!』」

 

 

 身体中の至る部位が斬り刻まれていく。

 鮮血が迸り、肉が骨が斬り飛ばされて────いや、まだだ。

 瞬間、巨災狼の身体から灰黒色の光が弾けるように溢れ出た。大きく裂けた顎門をより一層開き、口元が引きちぎれ血が吹き出しながらもだからどうした、と咆哮する巨災狼。全身に嵐が如き魔力光の奔流を纏ったその様を天羽々斬は一ヶ月前にも見たことがあった。

 

 

「限界突破───いえ、アレは」

 

『覇潰か』

 

 

 限界突破。制限時間の間、自らの基本ステータスを三倍にまで高める戦士として最上級の技能、それの上位互換。

 基本ステータスの五倍もの力を無理矢理引き出して、巨災狼は天羽々斬の斬閃を抑え込み、押し退ける。その分、斬閃が食い込み鮮血が迸るが何も問題はない。

 硬い。余りに硬い。絶刀が強化される前に食いこんだ部分から進まない。素早く絶刀を引き抜くが、既に魔狼は眼前でその顎門を開いていて────

 

 

 

 

 

 天羽々斬が動くより先にその絶刀ごと右腕を噛みちぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右腕を噛みちぎられた。

 アメノハバキリも一緒に、だ。

 

 この時点で俺は敗北した。俺が剣士である以上、自分の刀剣を奪われるなど、敗北以外のなんだというのだろうか。

 もしもここにいるのが、ベルグシュラインであればどうだろうか、または俺が至れていればどうだろうか。きっと相手が光の存在であろうがなかろうが、とっくのとうにカタをつけている事だろう。

 武器ごと腕を取られる様な恥は晒さず、ましてやその敗北に心折れることもなかったはずだ。

 剣才がベルグシュラインほどなかった、経験が足らなかった、などと理由を挙げたところで、というやつだ。結局の所、俺が駄目だった。それ以外に何か言えるだろうか?

 俺の総合力を奴の繰り上がった総合力が上回った。

 

 だが、それでも認めたくないモノはあるだろう?

 

 

「否、まだだ。まだ終わらない」

 

 

 そう咆哮して奮い立たせて、奴の様に終われないと叫べば────なんて、出来るわけが無い。

 神は言った、運命が俺の分岐点である、と。

 俺は言った、運命を見つけねばならない、と。

 本当に?本当に俺に運命があるというのか?

 まさかこの光の狼(ルクス)が俺の運命と言うわけではあるまいな、いやそんなはずはない。何も無かったのだ、確かにあちらからすれば俺が求めていたモノなのかもしれない、だが俺からすれば奴は違うのだ。

 

 腕をなくしたところで、すぐに復元するだろう。だが、剣士として敗北したという感情が俺に生き恥を晒すな、と叫んでいた。コレは絶対に表に出てこない様な感情、風鳴空らしからぬ俺の色。

 どれだけ、誓おうとも変わろうとも転生したとしてもその根底が変わるわけがないのだ。

 間違いなく、俺は此処で折れて死ぬだろう。

 所詮は刀剣にもなれない紛い物だ。

 

 

 自分の内側から結晶が生え出てくる感覚がする。止めろ、エンリルには悪いが俺は此処で降りさせてもらう。これ以上俺は恥の上塗りなどしてどうするというのか、これにてお終いだ。

 嗚呼、すまない。

 

「親父殿、俺は真剣(つるぎ)にはなれなかったようだ。なぁ、翼……俺は所詮、鈍だった。お前という防人の兄であるのに、な。誰とも知らぬ世界で死ぬ事を許して欲しい…………すまなんだ『   』」

 

 

────?今、俺は何を口にした。

 今、誰の名を口にした?

 

 

「『────青生生魂(アポイタカラ)起動』」

 

 

 そうだ、お前の名を。

 探す必要など無かったのだ。

 気づくだけでよかった。風鳴空だけでは辿り着けなかった、青い鳥の居場所を俺は見つけられたのだ。

 飛び去る前に、この想いを伝えたい。

 前言を撤回しよう。俺は此処で終わることは出来ない。剣士としての恥だと?投げ捨てろよ、そんなモノ。自分を真剣(つるぎ)と、刀剣と宣いながら、防人、護国と言いながら、愛しい人々を助けたいと誓いながら、そんなモノで折れるのか?その時点で何にもなれるわけがない。

 

 

「ましてや、お前に顔見せ出来ないだろう」

 

 

 では、ここからだ。

 あの日、火山で死に戻った俺は漸く此処で新生したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「故に、まだだ。まだ終わらぬ────」

 

 

 右腕が引きちぎられ、そのまま前脚による一撃が迫る中、風鳴空は笑った。

 腕を広げながらその一撃を受け入れるように一切の抵抗を見せず、次の瞬間にはその全身から無数の結晶体が生えだして風鳴空の身体を内側から串刺しにする。

 その光景に魔狼は目を見開き、一撃を止めるにもスピードがスピードであり、どうにもならない。

 故にそのまま一撃は放たれ、結晶体が突き刺さる。覇潰によるステータス強化により強靭な肉体となれども、自分自身のスピードにより結晶体が毛皮を突き破った。

 そして、次の瞬間には結晶体に溜め込まれたエネルギーが臨界点を迎えて風鳴空の肉体ごと広域殲滅の自爆兵器として炸裂した。

 

 

「『オォォォォンンン!!??』」

 

 

 迸る完全聖遺物(オリハルコン)のエネルギー。突き刺さっていた脚は内側から吹き飛び、とめどない血を吐き出し続けている。だが、流石と言うべきか五倍に跳ね上げられたステータスが保護したのか、少しずつながら自然治癒で傷口が塞がり始めている。

 そして、魔狼はこの程度で倒れるものか、と奮起し咆哮して天を見上げた瞬間、目を見開いた。

 

 天より降り注ぐのは無数の結晶。

 ここら一帯を襲う程のおぞましい数の結晶が次々と刀剣へと変貌していき、襲いかかる。

 回避?馬鹿を言うな。

 ここら一帯の空間全域への超広範囲攻撃(千ノ落涙)だ。先程の広域殲滅自爆兵器(アストロジェイル)に比べれば威力は当然劣るがしかし、回避は許さない。

 降り注いだ刀剣は魔狼の至る部位に深々と突き刺さり、あらゆる場所から血を噴き出させる。さしもの巨災狼(マーナガルム)とて、深々と刀剣が突き刺さっていては治癒も何もあったものではない。

 

 

────だが、だとしても。

 

 邪魔だ、と言わんばかりに巨災狼(マーナガルム)はその身体を振り回そうとして、ピクリとも動かぬ自分の身体に何度目になるかもわからぬ驚愕を覚えた。

 何故、どうして身体が動かないのか!

 深々と幾つもの刀剣が刺さってはいても、地面に縫いとめられているわけでもないのに、刺さっているだけで全身が動かないなどおかしい話だ。

 では、何故か。

 

 

「乱れ影縫い───五倍?なら、縫い止める量は五倍以上にせねばなるまい」

 

 

 下から声が響いた。目だけ動かし声の方向を見てみれば、そこには首近くで崩れていく人程はある結晶体。その下から姿を現すのは風鳴空。

 だが、その手には絶刀は無い。

 故に巨災狼は咆哮し、気合いで身体を動かそうと奮起する。影に突き立てられた十数本の刀剣がギチギチ、と軋む音を立て始め、一本、二本と砕け散る。

 このまま解放され、確実に勝利する。

 

 

 同時に、巨災狼は待っている。期待している。信じている。俺の焦がれる太陽よ、お前ならここからどうするというのか!と。

 ならば、応えよう。

 

 

「此処で終わりか?違うだろうアメノハバキリ、俺はまだ戦えるぞ」

 

 

 片割れ(天羽々斬)の問い掛けに聖遺物(アメノハバキリ)は応えてみせる。

 頑丈であるが故か知らないが、巨災狼の喉に自ら突き刺さる形で待っていた聖遺物は、瞬時に結晶体を分解、再構成して内側から真っ直ぐ片割れ目掛けて絶刀に変わる。

 

 

「『─────ッ!』」

 

 

 内側から肉を毛皮を突き破って刃先を見せる絶刀、それを素早く掴み風鳴空は引き抜く。

 刃先から柄へと持ち替えて、寸分違わず頸を断ち切る為に斬り上げる。

 

 

「『まだだ!』」

 

 

 影を縫い止める刀剣が次々と砕け散り、巨災狼は自由となって────

 

 

「悪いがまだ動くな」

 

 

 瞬間、巨災狼に突き刺さっていた刀剣が次々と結晶化していき、肉体に食い込みそのまま地面へと突き刺さり、再び動きを封じていき、

 

 

「終われ、巨災狼(マーナガルム)

 

 

 絶刀が振り抜かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十八刃

 作者の勤務状況と執筆時間を考えてみたところ、今までの様な毎日投稿がしばらく難しいと判断し、2日に一話更新とさせていただきます。
 無論、しっかりと執筆していく事を考えた結果ですので、出来る日は連日更新を行わせて頂きます


─────〇─────

 

 

 

 

 

 振り抜かれた絶刀は強化された毛皮やその下の脂肪、筋肉、骨を僅かな抵抗を感じながらも断ち切りながら、進んでいき遂にはその頸を刎ね飛ばした。

 さしもの空も先程まで断ち切るのは難しい程に強靭に強化された巨災狼の頸を断ち切るというのは骨が折れたか、技量だけでなく自身の筋力をフル活用して剣を両手で握りしめ、地面を踏み抜きながら振るった。

 その結果として本当に文字通り腕の骨を折り、復元を開始し、すぐにそれも終わった。

 

 そして、視線を刎ね飛ばされた巨災狼(マーナガルム)の頸へと向ける。有り得ないという表情をしながらもその瞳にはどうしようもなく当然だ、という様な信頼の色が空には見て取れた。

 光というものにはそういうのがいるものなのだ。

 相手に対して当然の様に要求してくる者がいる。

 例えば、審判者(ラダマンテュス)。彼は自分にも出来たのだから、総統閣下なら出来たのだからと、頑張りさえすればできるのを実体験、実例があるから誰しも出来るはずだ、不可能なことなどこの世の何処にもありはしない、と宣うのだ。ちなみに等の実例であり、彼の信奉する英雄は自分には出来ないのならば、他者に助けを求めるのだが。

 

 そんな光らしくお前ならばこれぐらいやってみせると言うような視線に空は眉を顰めて───

 

 

「ッ……!」

 

 

 唐突に動き出した魔狼の脚撃を絶刀で受け止める。

 視線を動かせば、地面に縫い付けていた結晶を砕きながら、頸を喪った筈の魔狼の身体が動いていた。

 脚撃から、そのまま空を押し退けるように、方向が分からぬようによろめきながら十数歩近く歩いた、と思えば身体は崩れ落ちる。

 そんな有り得ない光景に内のエンリルは舌打つ。

 

 

『反射か。頸を刎ねられておきながら反射で動くなんてどんなイカれだ』

 

 

 頭が痛くなる、とでも言うようなエンリルの言葉に空は同調しつつ、ドサリと音を立てて巨災狼の頸が地面に落ちた音を耳にしその方向を見て目を見開いた。

 

 

「『まだ、だ……まだだ……俺はまだ、答えを得ていない。おし、えてくれ、示してくれ……なあ、俺の太陽(ヒカリ)。俺に道を示してくれ────死にきれない』」

 

「……ここまで来れば、悪足掻きと何が違う。いや、もしかすれば邪竜も似たような事をしかねない、か」

 

 

 考えたくない話だが。

 呟きながら、空は絶刀を構え相手を睨めつける。そこにはグジュグジュと音を立てながら自然治癒をして、頸を繋ぎ治している魔狼がいた。

 いったいどういうことか、そんな思考が睦月の胸中を埋め、エンリルを通してそれを空は受け止める。

 空とて精々、意思と気合と根性という光特有のソレで、刎ね飛ばされて頸だけになっても意識を保ち続けて何とか反射で動いた胴体に繋がるように何とか落下して繋げ治した、という事なのだろうという予想しかない。

 実際に蓋を開ければ概ね空の認識が正しい。たかだか頸が飛んだ程度では光は死にはしない。いや、死ぬかもしれないが少なくともここにいる光の狼は立ち止まれない。

 普通なら、刎ねられた頸を繋げたところで治るわけがない。これが腕や脚なら有り得なくない。割られた胴体を繋げ治すのも、まだ現実的だ。では、いったいどういう絡繰なのか。

 もちろん、意思と気合と根性────は、僅かにあれども本質は昇華魔法だ。絶刀が頸へと食い込み断ち切る最中に、まだ道を示されていない、ならばまだ死にきれない、そんな意思の下に発動した昇華魔法で自然治癒の規模を広げたに過ぎない。

 無論、同じ神代魔法である再生魔法と比べればあまりにも非効率的だ。酸素供給の停止など、頸を刎ねられた弊害を考えれば、まだ魔狼となった時のように書き換えを行う方が良いのだろうが……。

 

 

「『まだだ。教えてくれ!俺の太陽、無慈悲の断絶刃!俺に、俺に……!!』」

 

 

 咆哮をあげながら、二度目の疾走を始める巨災狼(マーナガルム)

 それを前にして、空は冷静に構え直し静かに呟いた。

 

 

「俺の知る光とはまた別ベクトルに面倒極まる。その頭蓋を両断した所でどうせ繋がるのだろう?」

 

 

 灰黒い魔力の奔流を纏いながら顎門を開き迫る巨災狼に対して、空はその絶刀を振るう。

 振るわれるのは空間ごと両断する断絶刃。鋼の魔力を纏った絶刀は容易く魔力の奔流の僅かな隙間を狙い振るわれていく。魔力の境界を断ち切る絶刀は当たり前のように、つい少し前までの限界を越える前の巨災狼を斬る様に容易くその毛皮と筋肉と骨を断ち切る。

 だが、しかし

 

 

「『まだだ』」

 

 

 斬った先から繋がり治る。

 硬くなるのではなく繋ぐ速度を早めていく巨災狼。どうか、どうか俺に光の道標を教えてくれ、示してくれ、見せてくれ!と叫ぶ魔狼はやはり先程のように絶刀ごと右腕を引きちぎろうとするが、既にそれは見た。

 空は跳躍し、身体を捻りながら魔狼の閉じる顎門より逃れ、頭上を飛び越えその背中を転がり、いつの間にかに納刀していた絶刀を回転しながら抜刀する。

 

 

「八重樫流抜刀術──水月・漣」

 

 

 本来ならば回転しながらの抜刀術で全方位を切り払う技であるが、それを魔狼の背中で転がるように放てばどうなるか。

 

 

「『───グゥゥ!!』」

 

 

 絶刀が背骨を裂きながら尾の方へと移動していき、おびただしい量の出血で魔狼の灰黒い獣毛がより一層赤く染まっていく。

 着地した空はすぐさま振り返り下段に構える。

 

 

「────悪いが俺はお前ばかり構っているつもりは無い」

 

 

 今度はこちらからだ、と地面を踏み砕きながら空はブレーキをかけて方向転換しようとしている魔狼へと迫っていく。その間に左手に絶刀を持ち替え、右手を突き出す。

 そうして紡ぐのは祝詞。

 

 

「『神命拝領・青生生魂(アポイタカラ)起動───』」

 

 

 瞬間、溢れ出す鋼の魔力と混ざりあった粒子。

 粒子は次々と収束結合していき結晶体を構築していく。空の権限だけでは構築していくところで終わりだが、同時に内のエンリルが高らかと祝詞を紡いでいく。

 

 

『夜久毛多都、伊豆毛夜弊賀岐、都麻碁微爾、

 夜弊賀岐都久流、曾能夜弊賀岐袁』

 

 

 制御は俺に任せろ。と言わんばかりに空の思考を読み取ったエンリルがオリハルコンを操作し制御していくことで結晶体はみるみるうちに巨大化、人間大のソレへと成長していき────

 

 

「卑怯とは言ってくれて構わない」

 

「『馬鹿な……』」

 

 

 そこには空と並走する三体もの結晶人形が真剣(つるぎ)を携えていた。

 ただの人形と思うなかれ、それは風鳴空という刀剣の性能そのものを記録しているオリハルコンが構築した複製品。恐ろしいことに彼らは劣化品(デッドコピー)ではなく、完全な複製体であり彼らをエンリルが制御する。

 ならば、ここにいるのは四振りの天羽々斬。

 

 

「では、存分に味わってくれ」

 

 

 放たれるのは波状攻撃。複製体二体による至近距離での断絶刃による斬撃に加え、本体である空と複製体一体が中距離から至近距離の二体の隙を潰すように絶刀を振るっていく。

 魔狼は斬られた端から自然治癒により繋ぎ治していくが、反撃をしようにも次々とそれを潰されていく。

 段々と確実に追い込まれていく巨災狼。

 

 

「『まだだ!!』」

 

 

 ならばこそ、光の狼は意思力をもって奮起し咆哮を上げて、覚醒し────

 

 

「ああ、お前ならそうすると分かっていた」

 

 

 瞬間、空間が大きく撓み、歪み、渦巻き、蠢き、胎動する。空の魔術師としての技能はそう高いものはではない。だが制御発動を内のエンリルが担当することで空間魔法が目の前の魔狼を捕捉した。

 

 

「教えてくれ、示してくれ、見せてくれ、などと他人に求め過ぎるな。一度足を止めてみろ。本当に求めているものは存外自分の身近にあるものだ」

 

『転移先の座標確認、飛ばすぞ!』

 

「何度も言うが付き合うつもりはこちらには毛頭ない─── “遠隔瞬間移動(アスポート)”」

 

 

 その一言をもって、一切の反応を許さぬ速度で転移魔法が行使された。

 無論、それでもなおと限界を超えて突破しようとして────させると思うか?そんなエンリルか空の言葉が響くように次々と複製体が弾けて無数の結晶体の嵐が覚醒を潰し殺す。

 

 

「『───ああ、なるほど』」

 

 

 結果として転移魔法が起動し、次の瞬間には巨災狼の姿はその場から消え去った。

 その後をしばし立ち止まって見ていた空は納刀し、纏っていた鋼の魔力光と粒子を消して身体がぐらついたか、と思えばそのまま崩れ落ちていく。

 

 

「大丈夫ですか、風鳴様」

 

「ッ、すまない。流石にあの手合いを相手取るのは精神的にも肉体的にも大きな疲労がくる」

 

 

 だが、膝を突く前に睦月が素早く空を支える。そんな彼女に謝罪しつつ、空は肩で息をする。光との戦闘、確実に勝利すべく選んだ完全聖遺物の自己復元以外での使用、空間魔法の魔法としての使い方。

 そのどれもがあまりにも未経験だ。

 それによって生じる精神的、肉体的な疲労がどれほどのものになるのかは語るべくもないだろう。

 故に空の疲労を察した睦月は申し訳なさそうにやや俯きながら謝罪する。

 

 

「申し訳ございません。本来ならば私も戦うべきでしたのに、動けず」

 

「……いや、気にする事はない。あの手合いとの戦いで乱入したところで、という奴だ。恐らくこちらが最初から二対一で相手取ったところでそれをきっかけにして覚醒されるのがオチだ」

 

「はい……」

 

 

 気にするな、と彼女に言いながら空は息を吐きつつ、内のエンリルへと思考を向ければすぐに反応が返ってきた。

 

 

『早々にこの場から離れる事だ。少なくともこんなところであんな戦闘があったのだ。樹海から亜人たちの斥候が観察しに来る可能性が高い』

 

「御意」

 

 

 休むのはいいがここらでは休むな、という言葉に、軽く呼吸を整えてから南へと向けて睦月と共に歩き始める。

 途中、帝国の野営地からある程度の物資を頂戴することは忘れずに、二人はこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、そこは赤銅色一色に染められた世界だった。グリューエン大砂漠のど真ん中、ただ一体放逐された巨災狼はしばし目を見開き、その場に佇んでいたかと思えば次の瞬間にはその姿は魔狼のモノから元の帝国兵のソレへと変わっていた。

 帽子を深々と被り、マスクを引き上げて、暑くなりすぎないように軍服の前を開けてからルクス・ジ・マーナガルムは赤銅色の空を見上げる。

 

 

「足を止めてみろ、か。面白い……他ならぬ俺の太陽、お前がそう示したのだ」

 

 

 軍帽に隠れ気味なその瞳とマスクの下にある口は獰猛な笑みを浮かべる。

 太陽に示された道を歩いてみよう。

 そして、その後にもう一度、もう一度お前に挑んでみるとしよう。

 そう誓いながら、さてどうするかと周囲を見回しながらルクス・ジ・マーナガルムはグリューエン大砂漠を一人歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十九刃


 実力とか技量とか一切関係なく装者たちと主人公の相性の良さを考えてみたらぶっちぎりで切ちゃんと響、未来さんがトップに来るの聖遺物の能力って怖いね……一番相性が悪いの多分クリスかな。距離関係なく切ってくるから……


 


─────〇─────

 

 

 

 

 

「風鳴空と言います、よろしくお願いします」

 

 

 初めて彼を見た時、とても同じ人間とは思えなかった。

 お爺ちゃんとお父さんの知り合いだという人の息子で、ここに来たのも彼のお父さんとはまた違った知り合い、それこそライバルらしい友人に頼まれたから、らしい。

 光輝とは違っていた。

 初めて光輝を見た時、私が抱いたのはまるで王子様みたいという気持ち。ましてや、「雫ちゃんも、俺が守ってあげるよ」なんて言葉に私はカッコイイ男の子と女の子の絵本みたいな、御伽噺じみた物語を妄想したものだ。

 だがまあ、そんな妄想も小学生時代にあった事で消えてしまったけど。光輝が私に齎したのはお姫様と王子様みたいな仲睦まじい日々ではなく、私に対する女子からのやっかみばかり。確かに私は女の子な癖に竹刀ばかり振ってるし、髪も短かった。服だって周りの子たちが着てるみたいな可愛らしい洋服じゃない地味なものばかり。そして剣道なんてずっとやってばっかだから周りの子がするような女の子らしい話も出来やしない。そんな私が王子様に見える光輝の傍にいることが他の子たちには我慢出来なかったらしく、「あんた、女だったの?」なんて言われたりもした。

 もちろん光輝に助けを求めた時もある。だけど、みんないい子、だとか、話せばわかる、だとか、あろうことか本人たちに話すんだから、その後どうなるかなんて分かるものでしょう。

 より強くなって、より巧妙になって、より陰湿になって…………そこまで来れば、もう私の中で光輝に頼ることは無くなったし、でも突き放すことは出来なくてだから、一人家の道場の裏で泣いていて────

 

 

「そんなに辛いならば辞めればいい」

 

 

 突き放すようにいきなり横合いから告げられた言葉に私は何も言えなかった。

 隣を見てみれば相変わらず仏頂面で、空虚で何を考えてるのかよく分からない雰囲気の彼がいた。

 私が涙を拭いながら、彼を見ていれば続いてくるのはあまりにも一方的な言葉だった。

 

 

「別にお前が辞めたいと言えば、辞められるだろう。鷲三さんや虎一さんとて、とやかくは言わないだろう。辞めるという選択肢があるんだ、誰も責めやしない」

 

「……私は」

 

 

 あの時の私からすればいきなり出てきていきなり何をわかったつもりで言っているんだ、って思ったしあと絶妙に勘違いしてると思った。

 確かにあの頃、私は女の子らしくなりたかった。剣術なんかやりたくなかったし、和服や道着よりも女の子らしい可愛い洋服が着たかった。竹刀よりもお人形やキラキラしたアクセサリーみたいなものが持ちたかった。ううん、少なからず今の私もそう思ってる。

 流石に剣術をやりたくないとはもう思ってないし、竹刀や道着や和服が嫌だ、とは思ってないけれども女の子らしい格好がしたいし、女の子らしい事をしたいと思ってるのは事実。

 まあ、ともかくそういう思いがあったのは間違いないのだけど、私があの時泣いてたのはやっぱり光輝やその周りが原因だった。だから、彼が言ったことは凄いズレてた。でも、誰にも言ったことのない私のそういう部分を言い当てたのは怖かった。

 

 今、思えば多分妹さんの事があったから私にそう言ったのかもしれない。

 妹さんと違ってやりたくない、と言えば辞められる。あの時の言葉にはそんな私に対する優しさと文句が混ざっていた、と私は思ってる。

 でも、あの頃の私にそんな事なんか分かるはずがなくてその場から逃げ出した。

 

 

 初めて彼を見た時と泣いていた私に言葉を投げかけた時、どちらが私にとって印象が残るかなんて考えるまでもなかった。彼に言われた事は私の中に強く残った。やっぱりお爺ちゃんやお父さんからの期待を裏切るのが怖くて何も言えなかったけれども。

 私の中では彼は薄気味悪い男の子というよりも優しくない変な男の子に思えた。普通なら関わりたくなくなるかもしれないけれど、私は何か彼なら光輝と違って答えを教えてくれるような気もした。

 何でろくに話した事も無い相手にそんな事を、と思う事はあるけどもだからこそなんでしょうね。

 

 そういう風に思っていた私がまた、道場の裏に足を運べば、彼は来た。

 どうしてこうもタイミングがいいのか、とか思いもしたけどあの頃の私にはそんな事を考える余裕はなくて彼に色々な事を吐き出していた。

 光輝の事とか、いじめの事とか。色んなことを。

 彼は何も言わずに私が話し終わるまで待ってくれて、ズバズバと喋ってくれた。まあそれが私の環境を解決するようなモノではなかったのだけれど。

 誰かに自分の中で溜まってるモノを話すと楽になる、というどこかで聞いたような話が間違っていないのが分かって、気がつけば私は週に一回光輝やお父さんたちの目を盗んでは道場裏で彼に色んなことを話すようになった。

 それは高校生になってからも続いていた。流石に部活とかの関係や毎週毎週道場に来れるワケじゃないから空がお父さんやお爺ちゃん、他の門下生たちと鍛錬に参加した日や翌日に。何も無い日の夜に電話する、などと形式は変わっていったけれども、彼は私の愚痴を嫌そうな顔せず聞いてくれたし、たまに軽い小言は混ざっていたけれど、私の事を尊重してくれた。

 光輝と違って、王子様という女の子が憧れてしまうような人間ではなく、どちらかと言えば頼りたくなるような歳上、そんな雰囲気。

 

 

 この世界に来てからも、私は彼に助けられてばかりだ。

 訓練で初めて生きているものを殺した日の夜なんて、肉を切った感触が消えなくて怖くて慰めてもらった。

 南雲くんが奈落に落ちてしまった日だって、香織を落ち着かせたり慰めたりすることに意識を割いてないと私の方が先に壊れそうだった。死ぬかもしれない恐怖に殺さなければならない恐怖、それらに押し潰されなかったのもきっと吐き出す事ができる場所があったからだって、私は思っている、思っていたのよ。

 

 

「ねぇ、どうしていなくなったの?」

 

 

 あの日、唐突に彼は消えてしまった。

 クラスメイトの誰かが逃げた、と言っていたけど光輝もそれに対して否定したように彼はそういう人間ではないのは私たちがよく知っている。

 でも、私は知っている。

 彼は必要なら切り捨てる事ができる人でもあるって。そっちの方が良いと考えれば、私たちを置いて一人で走ってしまう。そして、勝手に一人で終わらせて何食わぬ顔で戻ってくる。

 彼はそういう人なのよ……だから、私は彼に甘えてしまう。

 

 

「ねぇ、どこにいるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風鳴空が王都より消えてから、1ヶ月と少しが経った。

 この世界に来てから2ヶ月弱。たったそれだけで詳細はどうあれ、二人のクラスメイトがいなくなった。

 その事実が彼らに重くのしかかっていた。

 こうしてファンタジーな異世界に来て特別な力を得て、それを振るう機会を与えられて、魔物という凶暴な怪物を倒していくという、そんなまるでゲームみたいな感覚を味わっていた彼らは、心のどこかで命を落とすかもしれないという当たり前な感覚を忘れていた所に南雲ハジメの死を受け、そして風鳴空の失踪という事態が決して無視出来ぬ影響を与えていた。

 天之河光輝は死に消えた彼らの為に、残った生きているクラスメイトたちの為に、この世界の人々の為にとより一層奮起して、その周囲の一部のクラスメイトが感化され戦うことを選ぶ中、それ以外の彼らは心が折れてしまっていた。

 そうしてクラスが真っ二つに割れてしまった中、中村恵里は天之河光輝率いる攻略組へと参加していた。

 

 クラスメイト達に隠れて良からぬことをしている彼女は、攻略組に参加するよりも居残り組となって、王都で暗躍している方が良かったのではないか、と考えられるが彼女にとって自分自身のステータスの向上が急務である以上攻略組へと参加するのは当然の帰結であった。

 流石に彼らの前で彼女の得意とする降霊術を使用することは避けている為、降霊術に関する技量の向上はなかなか出来ないものではあるが。

 

 

「(……それはそうとして、そろそろ()一人じゃどうしようもないんだよね)」

 

 

 迷宮攻略再開に伴い、『オルクス大迷宮』近くにある街ホルアドの外れにて光輝らパーティーは魔物相手の鍛錬に勤しんでいた。

 パーティーの一人である恵里はそんな鍛錬のさなか、魔法の準備をしながらやや行き詰まっていた自分の暗躍について思考を回していた。

 王城における兵士らの三割程を彼女が有する降霊術“縛魂”を用いて掌握しており、地下牢にある秘密の工房で働かせているが彼女はつい先日手に入れた情報について思い返す。

 

 

「(魂魄魔法と神山。書き出した情報を読む限り、攻略というか入るのに他の迷宮の攻略の証が二つは必要って…………クリアした王族はグリューエン大火山と海底遺跡?を攻略してたらしいから、多分探せば証があると思うけど)」

 

 

 そして、試練の内容や攻略の方法についても既に恵里は手にしている以上、攻略は一気に容易になるだろう。しかし、そんな情報のアドバンテージだけでは恵里は満足する事が出来なかった。

 それもそうだろう。恵里には降霊術による死者の使役が可能であるとはいえ、神山は七大迷宮の一つであり試練以外に強い魔物が潜んでいる可能性があるのだ。

 攻略者は既に死んで時間が経っており、彼女の有する手駒の強さはどんぐりの背比べでしかなく、攻略組のクラスメイト、その前衛らと比べてしまえば幾分か型落ちする。

 故に恵里は行き詰まっていた。

 神代魔法を手に入れれば、少なくともある程度は進める筈なのだがその為には自陣の実力が足りない。自陣の強化をしたいが、基本的に手駒たちは一度死んでいる以上恐らく成長することは出来ない。

 

 

「(だから、ある程度強い駒を手に入れるのが一番なんだけども……流石に騎士団長はねぇ。なら、クラスメイトの中で誰か味方に引き込めればいいんだけど)」

 

 

 そう考えながら、恵里は周囲を見回す。

 ここにいるのは自分たちのパーティーだけで、他の檜山ら小悪党四人組や嘗て風鳴空が所属していた永山パーティーはいない。

 ひとまず、この場にいるクラスメイトから仲間になりそうな人間を探してみようとして、真っ先に視線を向けるのはディロスという狼型の魔物相手に聖剣を振るっている天之河光輝。だが恵里はすぐに首を横に振って、無いな、と零す。

 当たり前だろう。恵里は天之河の悪癖を知っており、そんな人間が自分の死者の使役に対して肯定的になるわけが無い、と分かりきっていた。

 では、坂上龍太郎。これは天之河と違ってまだ柔軟だが正直にいえば味方に引き入れるにはリスクが高くそこまでリターンが無いことから却下。

 

 

「(…………ま、まあ、鈴は?結界師だし?さ、流石に戦力にはならないかなぁ?)」

 

 

 同じ後衛である友人である谷口鈴は戦力にならない、という建前で候補から外す。本人としては自分が猫を被る為に利用している相手と空に言っているが、その実少なからず親友という認識がある彼女を危険な目には巻き込めないという本音があり、却下。

 ならば、と谷口鈴とは反対側の隣に立って魔法を放っている白崎香織を見て、間違いなく面倒事を起こすと考え却下する。

 恵里からすれば、白崎香織は天之河光輝に続くトラブルメーカー気質でしかなく、そんな人間を味方に引き込んでみれば待っているのは本当に余計な事しか無いと恵里は思った。では、最後に、と視線が再び前衛へと向けられ

 

 

「(雫、雫か……。雫はなんというか、空くんと距離近かったからもしかしたら味方に引き込めるかもしれないと思うんだけども…………絶対に地雷だよね。こう、()が言えた立場じゃないけどなんというか)」

 

 

 魔物相手に武器を振るう八重樫の背を見ながら、恵里はいつも通りの表情をしつつその胸中では一番仲間に引き入れてはいけない人物として、八重樫を定めていた。

 恵里から見て、八重樫はこのグループにおいての手綱係もしくは苦労人枠という印象が強かった。

 色眼鏡を外してみれば、天之河はトラブルメーカーであり無意識に敵を作りやすいタイプだ。そして、坂上龍太郎も天之河を止めるよりもどちらかと言えば賛成する方で後押しする。白崎もまた無自覚トラブルメーカーだ。谷口は恵里同様、幼馴染四人とは少し線を引いた場所にいる為、特に何も無いが。

 ともかくそんな三人、もしくはトラブルメーカー二人の火消しを担当するのが基本的に八重樫だ。トラブルメーカー二人の中で、まだ白崎は後で彼女に迷惑をかけたことを謝罪するがもう一人は自分のやったことが間違っているとは思わない為に謝罪になど来るわけもなく……苦労するばかりである。

 

 

「(それになんだっけ……ソウルシスターズ?前聞いたら凄い苦虫を噛み潰したような表情をしてた気が…………)」

 

 

 そして、彼女のクールビューティーな外面故か、歳下の子だけでなく歳上の女性にもお姉さまと慕われているとか。そんな八重樫の心労につい恵里も同情してしまう。

 と、そういった事もあり恵里からすれば八重樫雫という少女は不満や心労などを溜め込むタイプと認識出来て、そんな彼女と空の距離が下手すれば自分よりも近いようにも見受けられるのも、恐らく彼女の溜め込んだモノを空に吐き出していたのかもしれないから、と恵里は推測する。

 だからこそ

 

 

「(絶対に地雷だよね。いや、()の推測が外れてるかもしれないけど、当たってたらガス抜きできてないから暴走とかするよ?ああいうタイプって、ハマると依存するタイプだし…………正直に言えばそもそも雫の性格的に無理だよね。オカンだし)」

 

 

 なら、一番使いやすいのは檜山かなぁ?と両隣の二人には聴こえないような声音で呟きながら、支援の為の魔法を放つ。

 既に恵里の思考は別のモノへと移っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十刃



 全然執筆の時間が取れずここまで遅くなりました。
 それと、XDでついにイグナイトが来ましたね。奏が当たりません……




─────〇─────

 

 

 

 

 

『では、呪い(祝福)を与えよう』

 

 

 そんな言葉と共に私の中身は一瞬で書き換えられた。あの御方との繋がりを一切合切断ち切られて発狂していた私はその瞬間、一言二言の言葉では表せないような感情が幾つも幾つも溢れては別の感情に塗りつぶされていったのを感じていた。

 まず最初に溢れたのは喪失感。あの御方、我らが主より賜りし無限大もの魔力の供給が断ち切られ、あろうことか主との繋がりすら切り裂かれた。いったいどういう理屈でそれを成したのか、私には何も分からない。ただ分かるのは主を感じる事も祈る事も出来なくなった、ということで────

 それを塗り潰す様に染み出したのは嫌悪。お前が私を創ったのではないのか?今まで私はお前の命令を聴いて聴いて戦ってきたではないか、どうしてこんな状況で私に手を差し伸べてくれないのか。肉体がない故に神域より出られないのは知っている、知っているがしかし神だというのならば手を差し伸べるぐらい出来るのではないのか?

 そして、次に溢れ出したのは悲哀。誰も私に手を差し伸べてはくれない。神も私の姉妹たちも誰も誰もこの私に手を差し伸べてくれず、誰も私を救ってくれない。

 そんな感情が私の中で溢れていた。いったいこれはどういうことなのか、主の使徒として神命を実行する我々には感情などというものは存在していない筈なのに。いったいこれはなんだというのか。

 

 

分からない(エラー)分からない(エラー)分からない(エラー)分からない(エラー)

分からない(エラー)分からない(エラー)分からない(エラー)分からない(エラー)

何だこれは(エラー)理解出来ない(エラー)知らない(エラー)、私はこんなもの知らない────

 

 

『どうやら、難しいらしいな。仕方ない』

 

 

────?何かが起きたのでしょうか?

 途端に私の中にあった感情の奔流が収まり、私の中にあった不可解な何かが緩やかに引いていくのが理解出来た。

 熱が引いていく感覚、だけれども冷たくはならない、常温というべきなのでしょう。そして、同時に先程までの喪失感すら私の中から消えていて…………ああ、私の胸の中。心臓部に感じるモノが私を内側から改造しているのが理解できる。

 それに応じて私の中に次々と様々な情報が入り込んで(インストールされて)いき、今の自分がどういう状況にあるのか理解出来てきた。

 

 

 既に私はフュンフトではない。

 いや、正確に言えばエヒトルジュエの使徒であるフュンフト、という存在ではなくなっている。エヒトルジュエの使徒であるフュンフトの躯体ではある、だが中身が大きく変化している。

 まず、嘗て神域より魔力の供給を受けていた私の心臓部は既に別物へとすげ替えられていた。

 完全聖遺物オリハルコン、またの名を青生生魂(アポイタカラ)、緋緋色金。嘗ては神の依代になり得る方の左手首から先だったモノを切り落とし、ソレをそのまま結晶化させることで生成した結晶炉心(コア)

 それによって精製されていく粒子がフュンフトという躯体の内部構造を書き換えていく。既に嘗てフュンフトと呼ばれていた精神性は神素戔嗚尊(カムスサノオノミコト)様によって、感情を流し込まれ(インストール)、優先順位を書き換えられ(アップデート)、フュンフトという存在が神素戔嗚尊様の使徒へと改造されていく。

 それを表すかのようにフュンフトの銀糸の様な髪が烏の濡れ羽色の様な黒髪へと変わっていく。

 

 それに応じて、今度は思考そのものが影響を受けていく。感情を流し込まれてから、改めて使徒としてフュンフトが見てきた光景、他の姉妹たちが見てきた光景、成してきたモノを見返していく。エヒトルジュエの使徒ではなく、神素戔嗚尊(カムスサノオノミコト)様の使徒となったことで嘗て当たり前当然であった光景が碌でもない光景に見えていく。

 何だこれは、私たちはこんなくだらない事をやっていたと?嗚呼、嗚呼、人間を生命を玩具にし愉悦に浸る?その為に彼らを踏み躙る?やめろ、やめろ、やめなさい。

 どうしようもなく、殺意が溢れて────

 

 

『邪神滅殺。その一助となってくれ

───神命下賜・青生生魂(アポイタカラ)起動』

 

 

 神の言葉に私の中の炉心が完全起動したのを感じて、私は完全に新生した。

 

 

 

 

「風鳴様、睦月と申します。不束者ではございますが以後よろしくお願い致します」

 

「…………ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

 

 私が睦月という存在となった大きな要因である風鳴様。神の依代足り得るこの方は同じ神に仕える使徒であるという点で考えれば同僚という間柄になるのかもしれません。

 ですが、やはりと言うべきでしょうか。つい数日前に殺し合いと言って遜色の無い戦いをしていた、というのにこの方は何か気にしたような素振りを見せることはなく、まるで感情の無いエヒトルジュエの使徒のよう…………いえ、この場合は人間性が薄いように見えます。

 御方によれば、こう見えてもかなり人間性に富んでいる方らしいのですが、とてもそうには見えません。

 しかし、そんな方ですが、その剣筋は正しく神の刃と誉れるべきものであると私は感じました。そもそも風鳴様と戦った私が言うのです、間違いないでしょう…………それはそうと、どう考えれば認識出来るからで魔力の経路や繋がりを断ち切る事ができるのでしょうか……私には分かりません。

 

 それでもこの方は信用出来る方であるのは間違いありません。私にはその絡繰までは理解出来ませんがこの方は決して御方を裏切る事はなく、エヒトルジュエを殺し、邪神滅殺を成すと感じられました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風鳴空にとって、妹という存在はメンタルの三割を占めている。ちなみに残りの七割の内、三割は実父である風鳴八紘であり、残った四割には運命やら防人やら祖神が詰め込まれている。

 勿論、彼にとっての妹は異父兄妹であり、ツヴァイウィングというアーティストをしている風鳴翼である。二人の仲、正確に言えば翼からの心証はあまり良くないもので、それを空は理解しているし、その理由もよくよく分かっている。

 風鳴家、防人の一族、そんな家の兄妹仲の問題と言えば、複雑な理由があるのだろうと考えるかもしれないがその実態はいたってシンプル、悪くいえば在り来りな問題でしかなかった。

 

 

 兄妹間の差、と言う奴だ。

 言い換えれば育てられ方、対応のされ方、扱われ方。兄と弟、姉と妹、兄に妹、姉に弟、組み合わせなど多くあるが基本的にどのような組み合わせだろうとだいたい有り得るようなありふれたモノだ。

 親からどのような対応をされたのか。

 例えば、三兄弟がいるとしよう。まず一番上はだいたい最初の子供だからと四苦八苦しながらも親と触れ合うことが多く、真ん中は二人目だから少し慣れてそこまで引っ付いて触れ合うことはなくなり、そして末っ子は可愛いもので上の子らと比べて甘やかされるもの。結果として割を食うのは真ん中の子供。

 と、まあ、親からの扱いが兄妹の仲に影響する事は多い。空は八紘の実子であり早い時から剣を振り始めていたが故に厳しいながらも父親と共にいる時間は長く、それに対して妹の翼は事情が事情である為に遠ざけられた。そこには翼の夢を応援し、風鳴という家がそれの障害となると考えたが故の不器用さと優しさの現れなのではあるが、当の本人にはそれが分かるはずもなく二人と翼の間に溝が生じるのは当然の帰結である。

 ちなみにだが、親子二人して隠れて翼のライブに足を運んでいる事を当然翼は知らない筈だ。

 

 と、そんな理由により空は妹からあまり良い感情を持たれていないが空から妹に対してはシスコンと呼ばれるには充分な程の好意を向けていた。

 そして、転生者として風鳴翼の歩んでいく道を知っているが故に風鳴空は妹を護りたいと願っているのだ。だからこそ、妹の夢を踏み躙り穢すような真似など絶対に許すことは出来ず、それらの果てに父親を殺す様な事も許せず、例え護国の鬼になろうとも空は一切気にする事はないだろう。

 護国の鬼となり、父親や妹、叔父に糾弾される事になろうとも、泥にかぶれようとも、刀剣、真剣(つるぎ)であるならばそれで良い、と。

 

 

「────だからこそ、俺は邪神を討滅して帰還しなければならない」

 

 

 雪を踏み締め、絶刀を握りしめながら風鳴空は目的地である氷雪洞窟へ向けて何処までも広がっている雪原を三人で歩き進んでいく。

 

 

「妹想い、良いじゃない。私も妹は好きよ、それこそ妹の為に妹本人に恨まれても構わないぐらいには」

 

「私達の場合、姉妹と言えるわけではないのでなんとも言えませんが…………あなた方のソレは少し行き過ぎに感じられるのですが」

 

「言っている意味がよく分からないのだが」

「言っている意味がよく分からないのだけれど」

 

 

 睦月が呆れたように呟いた言葉に対して空と少女はバッサリと切り捨てる。ええ、となんとも言えぬ表情をしながら案内する少女とその後を歩く空を睦月は追いかけていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────






 来週は木曜から執筆する機会なんてほとんどない忙しい時期が始まるので5日ほど更新出来ない時期があります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十一刃



 また空いてしまった。
 流石に一日では書けそうにないので、今週の投稿は今日が最後になってしまいそうです。次回は来週になりそうです。

 今回は短めです。梅雨も明けて暑くなって参りました、読者の皆様もお身体にお気をつけください。



─────〇─────

 

 

 

 

 

 抜き放たれるのは絶刀。

 振るわれるのは絶刀。

 

 迸るのは鋼色の嵐。

 ぶつかり合うのは斬滅の閃。

 

 白いコートを翻しながら、天羽々斬は絶刀を振るう。

 黒いコートをはためかせながら、天羽々斬は絶刀を振るう。

 

 文字通り切り拓きながら、二振りの天羽々斬はこの凍てつく洞窟でぶつかり合う。そこに一切の手心はなく、一切の遠慮はなく、一切の躊躇はなく────

 

 

 ただ目の前の敵を切り伏せようという意思だけがそこにはあった。絶刀がぶつかり合い、けたたましく鋭い金属音が鳴り響く。

 何度でも、何度でも、何度でも。

 どちらか片方が倒れるまで、剣閃は走り、空間を切り裂き続ける。その頸を刎ねる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『シュネー雪原』

 『ライセン大峡谷』で大きく分断されている大陸の南側、そちらの東方面に広がっている大雪原であり、『ハルツィナ樹海』と南側大陸中央部にある魔人族の国であるガーランド魔王国に挟まれている場所なのだが何やら特殊な場所なのか、雪雲や氷雪がその雪原とその外側の境目でピタリと区切られていて魔王国や樹海側にも一切の氷雪被害が無いという。

 そんな雪原は年中雪と氷に覆われた大地であり、その奥地に氷雪で出来た峡谷が存在し、その先に大迷宮の一つである『氷雪洞窟』がある。無論、峡谷と言っても『ライセン大峡谷』と比べるようなものではないが、寒さという脅威は大峡谷同様の危険があるだろう。

 そんな四つ目の大迷宮へと向けて空と睦月は向かっているわけだが、流石に止むことを知らぬ氷雪の中をずっと進み続けるわけにはいかないので、二人は西側から雪原の境界付近を回り込むように移動していた。

 

 

「…………雪原の外、とはいえ寒いな」

 

「はい。氷雪の影響は無いのですが、やはり気温は影響を受けているようで……」

 

「氷雪を運んでこない代わりに冷やされた空気は運んでくる、と。なんとも面倒なものだ」

 

 

 大陸南側へと足を踏み入れてから二日目。

 魔王国の領土内に入っているわけではないが、南側は人間族が闊歩する領域ではなく魔人族や魔物が住まう領域のため、下手に魔人族と鉢合う事を避ける為に街道を外れて、鬱蒼とした森の中を歩いていた。

 魔王国の領土外ではあるが、もしも集落に住まう魔人族に見られてしまえば間違いなく魔王国の方へと連絡が行ってしまう。その可能性を考え、空は森林を行くことを選んだ。その選択はある種、正解と言えた。

 地球における、カナダやロシアにあるような針葉樹林にそっくりな森林には休息が出来、かつ隠れることが出来るような地形が存在しており、強い風を凌ぐ事も容易であり、焚き火の為の枝葉を集める事も苦労しなかった。

 同時に、魔物ではない通常の獣が住んでいる為に、保存食の節約をする事が出来ていた。

 

────その代わり

 

 

「来たな」

 

「数は八、大型の群れです」

 

 

 地面に転がる枝々を踏み折りながら、森を進む空と睦月へと足音が近づいてきているのに二人は即座に迎撃体勢をとる。

 音の方向へと視線を向ければ薮の向こう側より姿を表すのはヘラジカのような魔物の群れ。無論、ヘラジカのようなとは言ったが地球のヘラジカは大きくて三メートルを越すものだが、目の前に現れた魔物の体躯は四メートルに達するだろう。

 

 

「ォォォー」

 

 

 その大きな鼻から息を荒く吹きながら、魔物は口を開く。開かれた口に並んでいるのは地球のヘラジカのそれとは違うさながら肉食動物めいた牙。

 その目に宿しているのは空たちを獲物と定めた食欲のそれだ。そして、威厳を感じさせるように広がり相手へ向けて伸びる巨大な双角は下手をすればアーティファクトの鎧すら貫通されるやもしれない、そう思わせるほどだ。

 そんな魔物が七体。最奥には角を持たない、持たないがしかしその巨躯は角持ち七体と比べても二回りはデカい個体がいる。

 角を持たないところからその魔物がメスの個体なのだろうが────

 

 

「行くぞ」

 

「はい!」

 

 

 そんなものは知ったことではない。

 僅かな言葉を交わして、空は絶刀を引き抜き駆ける。それを見送りながら睦月は素早くその手に大剣───ではなく、槍斧を握りしめその場で構える。

 

 

「ォォォー!」

 

 

 迫る空に反応し、大きめな鳴き声を出しながら前の方にいる二体の魔物が駆け出した。その一歩はその体躯に見合わず軽やかで、しかしその巨躯故に壁が迫ってきているかのような威圧を感じさせる。それを前にして空は一切恐れることなく突き進み、すれ違いざまにその前足を斬り飛ばす。

 

 

「ォォ!?」

 

 

 突如走った激痛に悲痛の叫びをあげ、重心を崩す魔物は何とかしようと体を動かすが、走っていた事とその体重故に逆側へと重心が大きくぶれた事で、隣を走っていた仲間を巻き込みながら勢いよく倒れ込んだ。

 それを見逃す事はなく、素早く睦月が対応する。銀の魔力光を纏った槍斧が振るわれ、その刃が速やかに二体の魔物の首をとる。

 その巨体に見合うようにがっしりとした太く強靭な首であるが、大迷宮の魔物ではなくただの魔物でしかない為に分解を付与された槍斧で容易く破壊される。

 

 それを尻目に後続の飛び出した魔物に対して空は素早く両前脚を斬り落とし、姿勢が前傾になり首の位置が低くなった所を見据えて的確に絶刀を振り上げれば、刃の鋭さと魔物の首から先の自重が合わさりそのまま刎ね飛ばされる。残りは四体、視線を残った群れへと向ければ────

 

 

「ォォォー!!」

 

 

 既に残りの内の三体が空の眼前へと迫っている。その速度は先程までのそれではなく、微かに魔力を纏っていることから恐らくは固有魔法か何かなのだろうが……

 

 

「睦月」

 

「お任せ下さいませ」

 

 

 魔物の遺体を足蹴にして、後方より睦月がその槍斧に分解の魔力を纏わせながら突貫し空の前へと出て振るう。振るわれた槍斧の銀光へと触れた端から魔物の身体は分解されていく。

 崩れ落ちていく群れの最奥、群れの長であろう二回りはある巨躯の魔物は突撃する───わけはなく、急いでその場から反転し逃走し始めた。

 それもそうだろう。

 本能が強い魔物であるならば、明らかに勝てない敵を前にすれば逃げるのはある種当然だろう。逃げるならば、わざわざ追う必要は無い。

 

 

「だが、それはただの獣畜生ならばの話だ」

 

 

 魔物、それも明らかに肉食であり巨大な体躯。大迷宮外の魔物であるが恐らくその危険度は充分大迷宮のソレであるのは間違いなく、ならばここらの人間───正確に言えば魔人族だが───が太刀打ち出来ないのは明白であり、何より魔人族が使役し戦力にされるのも問題である。そう感じた空は姿勢を落とし、追いかける構えをとって、駆け出すよりも先に自分の隣を勢いよく背後から通り抜けていったモノに僅かに目を見開いた。

 一拍もおかずに視線の先で深々と魔物の背から突き刺さった槍を見て、空は構えを解き背後へ視線を向ければ槍斧を投擲した姿勢から戻し、どうでしょうか?と言わんばかりの表情を向けてくる睦月の姿があった。

 

 

「こちらの方が早かったでしょう?」

 

「……ああ」

 

 

 この森に入って、一日と半日。大剣と絶刀では圧倒的に戦闘範囲などがダダ被りすると判断した睦月は槍斧を握る様になり、それを振るう様は歴戦のそれだ。流石は使徒というべきだろう。

 魔物が粒子となって消えていく様を視界の端に収めながら、空は軽く息を吐きつつ槍斧を回収しに行った睦月の後を追って歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。