そして最後の理想郷(ユートピア) (アークゲイン)
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01 100億円と相談 上

 

 あなたは100億円で世界が救えますか?

 

 

 

 

      《東のエデン第2ゲーム》

 

 

 

 

 その少年は何も出来なかった。

 想像した世界がやって来たのにその責任を取ることができなかった。

 新しい時代を求める僕たちが行動しなかったからだ。その体現者がその少年だった。だから彼は「生贄」だった。そうするしかなかったのだ。誰しもが明日を望むために犠牲になったのだ。

 誰しもが未来を向くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が青い。今日も人間が行き交うコンクリートジャングルの中を彷徨い、安息の地でえる大学の部室へと逃げ込む。

 ミンミンと鳴く網戸に張り付いていたセミを叩き落とし、急ごしらえで置いたエアコンの電源を入れる。

「おう。遅かったな」

「いえ、そんなことはないですよ」

 同じタイミングで部室に入った彼女の名前は椎名ほのか。

「私はちゃんと講義を受けてこの部室に来たんです。先輩はサボリでしょ?」

「先輩と呼ぶな。学年は同じだ」

「でも年齢は上ですし、年上には敬意を払いましてーー」

「そんな無駄な敬意はいらない」

 

 ムッとほのかは軽く頬を膨らませてこちらを睨む。しかし、愛らしい顔立ちであるのでちっとも怖くない。寧ろ可愛い。

 短く切りそろえた髪に前髪を少し大きな星形の形の入ったヘアピンで分けている。よく見るとほのかの髪は少し濡れているように見える。そこから目線を少し下げると、軽くだが体全体が濡れていて、服が体に張り付いていた。薄着をしているほのかの肌が服の上から覗く。

 

「なぜ濡れてるんだ?」

「あ、聞きます? 聞いちゃいます?」

 

 何故だか得意げに、鼻を鳴らす。

 腕で胸を押し上げて強調して、色っぽい猫撫で声で

 

「先輩の、えっち」

 

 と。

 

「やっぱいいや。早く座れ。サブローとヤスは? 今日は同じ講義だったろう?」

 

「えー、聞いてくれないんですか? あ。三郎さんと泰臣(やすおみ)くんは宝くじに当たったみたいで南の島に行きました」

 

「え? 何それ聞いてない」

 

「内緒にしといてって言われましたので」

 

「どして? なんで教えてくれないの?」

 

 突如、部室のドアが開かれた。

 

「宝くじに当たったのはサブローで、それで死んだ。あいつはいい奴だったよ」

 

 眼鏡をかけて髪を真ん中から分け白いシャツに白い半ズボンを身につけた二枚目の男が部屋に入りながら眼鏡を押さえて決めポーズをした。

 

「あ、泰臣くん、生きてたの?」

 

「当然。僕が君を残して死ぬわけがないだろう?」

 

「って、彼方ちゃんにも言ってなかった?」

 

「そう。彼方。彼女は僕の魅力に気が付かない駄目な女さ。こんなに僕が天才だと言うのに」

 

「まぁ、確かに一種の天才だな。人間を研究するサイコパス」

 

「いうでは無いか、ロンリーボーイ。だから君は単位が取れないんだよ」

 

「俺は必要がないから取ってないんだ。進級はできるさ」

 

「卒業は?」

 

「3年後」

 

「あれ?」

 

 確か、俺は今二年だったはずだ。ほのかとの会話で俺の頭の中に謎の空白の一年が存在していることに気がついた。

 

「まぁ、良いだろう。それよりも、今日の議題だ。はやく座れよヤス」

 

「ずっと思ってるのだが、ヤスと呼ばれるとどうしてもモブキャラのような扱いを受けているようでなんか嫌だ」

 

「煩い。だからヤスなんだよ」

 

「良いじゃない。泰臣だからヤス。安直で良い名前だよ」

 

「あまり自分の名前が好きではない理由だな。それは」

 

 

 

「今日の議題だ。

 もしも、今100億円があったとして、それで世界を救うと言われたらどうする?」

 

「なんだそれ?」

 

 泰臣とほのかは首を傾げる。

 言ってる俺も意味不明だ。しかし、今日の議題はこれだけである。

 

「?? 今持ってるの? 100億円」

 

「条件として、現金では持っていない。お金の利用方法としては、携帯でコンシェルジュに電話をかけて命令する。その時にその限度によって100億から値引かれていくって感じだな」

 

 そういうと、泰臣は少し頭を抱え質問をした。

「一回で使える金の上限は? それにどんな命令までなら聞くんだ? 世界を救うなら、それを願えば良いのではないのか?」

 

「最初の質問からだな。多分上限はない。だが、どうやって一回で100億を使い切る? 二つ目は大体の願いは叶えられると思う。最後だな。多分無理だ。自分じゃ世界を救えないから俺に声を掛けてきたんだ」

 

 あ。と思った次の瞬間には揚げ足取りのほのかが声を上げる。

 

「何それ。本当の事なの? 楽しそうじゃん。私に新しいリュック買って! これで私の世界が救われるよ!!」

 

「そうか。では僕には彼女をくれ。ほののんのような出来の悪い頭ではない彼女だ。金を払えば彼女ができるのだろう?」

 

「却下だな。とにかく、少しお前たちと一緒に考察したい。実際これがどんなものなのか、俺には解りかねる」

 

 ポケットから一台の携帯を出した。

 今時スマートフォンがデフォルトで、もう数年すればディスプレイさえないデバイスが一般向けに発売されるというご時世だ。しかし出てきたのは真ん中から半分に折れるガラパゴスケータイ。これは旧世代の進化していない形態という蔑称であるが、正直本当の名前を知らない。

 だが、他とは違うのはあまりにも現代のスマートで、どれだけ画面を薄くできるかを競っている時代に反比例するようにゴツめなデザインでありとても厚く、ナンバーキーの裏に円状の指紋認証の板みたいなものが付いている事。その突飛なデザインは、ただ、古いだけの携帯では無いことがわかる。

 

「これは。エアキングの持ってた携帯か?」

 

「エアキングって、あのエアキング?」

 

 ほのかの質問に、泰臣は頷いた。

 そして、自分のスマートフォンで画像を検索して、ほのかたちに見せるように画面を向けた。遊園地の中なのかメリーゴーランドのようなアトラクションの屋根に登り携帯を片手に空にピストルを構える構図の男。

 それは、今でも特に若者の中では知らぬ者はいない画像である。小学校の教科書にもデカデカと描かれているそれ。

 

「滝沢朗。テロリストで、迂闊な月曜日の張本人。今も何処かに潜伏中で、今の日本を復興させる元凶となった人。ほら、この携帯を見て。結構前だから画像は荒いけどこれでもAIの画像解析で画質は上がった方なんだけどね」

 

「知ってる奴より綺麗なのはわかるよ。でも、うーん」

 

 ほのかは目をしょぼしょぼさせながら、机の上にある携帯と滝沢朗が持っている携帯とを見比べて首を傾げる。

 

「で? この中に100億円があるわけ?」

 

「まぁ、そういうことだな。

 世界を救えって、どうすれば良いんだよって話だよな」

 

「しかし何でまたこんな時期に」

 

 半世紀前のリーマンショックやウイルスの蔓延でとてつも無い経済ダメージを受けた日本を含めた全世界は、今や大東亜国無くしては生活できない程に瀕死になっていた。

 新型ウイルスの発生源と謳われた場所は今や地図にもなくなり、それを証明できなくなった。そして大東亜国が唯一にして迅速に経済を回復させ、途上国をはじめ、先進国とかつて呼ばれていた国以外を支援し、莫大な富で莫大な利益を得てから数十年。

 すでに退廃的なムードと、属国のような奴隷思想が日本を飲み込み、ある一定以上の自由は無くなった。

 

 日本の奴隷根性はそんな変換期を超えても尚続いているが、だからと言って何も変わらなかった。違いといえば、多めに年寄りが死に危機感を持った若者がエッサコラと交尾をし子供がある程度増えはじめた。という事くらいか。だからと言って急激に経済が回復するわけでも無いし、大きな転換があったわけでも無い。

 今でもusaaは大東亜国と敵対し一触即発の危機に瀕しているが、そこに日本は関係なく、今や新独立国家独裁国家日本。と言っても過言では無い。

 一定の民主主義は取り入れているが、しかしそれは形だけであり、大きくは一大政党が人を入れ替え入れ替え国民を騙し騙しやっているだけの事実上一党の国家である。

 

 それだけで、変化を嫌い、現状維持と先進国だった今や足元に存在している国の真似ばかりをする。現状、そんな国よりも遥かに人的資源に優れ、世界一位の経済大国の隣に存在し、ある程度以上の技術を持っている国ではあるが、その実態は国民性から2010年代と何も変わらない。

 

 ただ、諸外国の関係が変わり、下に見ていた大東亜国が世界を牛耳り、それを邪険にする落ち目の元一位であるusaaが嫌味を言うだけ。そんな関係性に変わっただけで、日本国内は何も変わっていなかった。

 

 

 ほのかや泰臣や自分のように、大学までは行っとれと、親に言われて何もしたいことがないし何にもなれない、やる気のない人生を無駄に浪費するだけの日本人は大量に生産される世の中だ。

 

「そんな生産性のない世界に、どうにか救済をって? どうして俺が?」

 

「…………いや、正直お前だけではないだろう。このランプを見ろ。Ⅻまで存在している。そしてこの携帯はⅦ。お前以外にも11人が同じゲーム? に挑戦していると考えることができるだろう」

 

「ヤス。お前やっぱ天才だな。そうだ。俺を含めて12人がこのゲームに挑戦している。そして、誰かがこの世界を救えばゲームクリア。それと同時に救えなかった11人は自動的に消滅。死んでしまうそうだよ」

 

「えっ!? 先輩死んじゃうの?」

 

「いや、俺は世界を救うから」

 

「無能な先輩が世界を救う? 無理でしょぅ」

 

「笑うなよ。俺だってどうすれば良いかわからん。だが、何もせずに死ぬのは悔しいからな」

 

「先輩が死ぬならその前になら、おっぱい触らせてあげますよ」

 

「いや、おまえのおっぱいはパットだろ」

 

「触りたいんですね? でも死にかけてないと触らせてあげません。早めに死んでくださいね!!」

 

「いや、俺はまだ死なん」

 

「じゃあおっぱいはお預けです」

 

「ほのかたん。僕も今死にかけなんだけど、おっぱい見せてくれない? 触らないからさ」

 

「泰臣君は彼方ちゃんがいるでしょ?」

 

「彼方はだめだ。あいつは俺を殺したいらしい」

 

「泰臣君の場合は死んだら裸でお葬式に出てあげるね!」

 

「僕が見れないじゃないか。僕の葬式に出た友達だけが役得だ! それは困るから死なない」

 

「へー。おまえ葬式に出る友達居たんだ」

 

「なに!?」

 

 

 今日も今日とて、何部でもないただ空いてる部室に居座りダラダラと喋るだけの時間は過ぎていく。

 こうやって一日は無駄に流れていく。

 そう。

 ずっとこんな毎日だった方が、幸せだったのだ。ーーーーずっと。



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02 100億円と相談 中

 

 救世主ゲーム。それは噂だけど過去にも行われたことがあるらしい。3ちゃんねるというネットに残っているデータには「滝沢朗」がそれに関わっていた記録が噂にしては妙に正確に残っていたりする。

 「東のエデン」と呼ばれるSNSは匿名で誰でも利用でき、尚且つアカウントを持つ誰にでも情報を発信できることで莫大な影響力を持った。そしてその一面にはどの人間の情報も知ってる人間が編集し追加し、いつの間にか国民の7割の人間は東のエデンのデータベースに個人情報が記録されるようになった。

 

 その状況に危惧した政府は民間企業であった「Eden of East」の運営する東のエデンサーバその物を差し押さえ、そのノウハウを政府運営に応用しようとした。

 だがその一連の流れが少し強引すぎたようで、それが東のエデンの中で拡散されそれを実行した内閣は解散せざるを得なかった。

 

 一旦は命が存えた東のエデンであるが、DDS攻撃により30年前にあえなく消滅してしまった。それは他国からの干渉であり、一説では日本政府が依頼したのではないかと囁かれるようになった。自分のものにならないのなら壊してしまえ、と。

 

 

 過去のサーバをサルベージしたのが泰臣である。彼の能力を中心として有屋寿一が作ったのが「黄金の夜明け団サークル」。このサークルの実態は昔から行われている儀式やオカルトをやってみよう。調べてみようという、似非サークルである。

 そしてこの「黄金の夜明け団」に所属している人間すべては変人であると言える。

 

 

 

「100億円で世界を救えと言われてもな、正直僕には少なすぎるとしか思えないんだ」

 

「ヤス。100億円を持ったことがないからそんな事が言えるんだ。俺にはどうすればいいかイメージさえ湧かない」

 

「? お前はいつも言ってるじゃないか。俺だけの王国を作る為になんたらかんたらと。なぁ、ほのかたん」

 

「ん? 泰臣君程じゃないけどまぁ、なんか言ってるよね。覚えてないけど」

 

 寿一は手元にある携帯を見つめる。現実感がない。今日目が覚めると枕元に置いてあったこれ。開くと説明が流れてきて、その半分も理解できなかった。

 自分だって世界を変えたいと思ったことがある。それは寿一中心で廻る自分だけの世界を作ったら俺は幸せでみんなが幸せだと、妄想じみた事を考えたり発信していたことはある。しかし、それをいざ現実で行えと言われても事実何も出来ないのが落ちである。

 

 妄想はできても、行動ができない。

 

 現代の大学生の大半はこんな人間しかいない。お国の歯車になるために生きてきて勉強して、平均的な知識をつけて金を稼いで死んでく。それは自分もいずれそうなるとは分かっていた。それを無意識のうちで受け入れていた。

 そして泰臣をみて「才能」を実感する。このサークルを作った理由の一つは、泰臣の才能をこれ以上開花させたくないという、邪魔心とエゴだった。

 

「滝沢朗の過去の記録を漁ってみよう。すこし時間をくれ。クラウドから東のエデンのデータをダウンロードしてみる」

 

 人間の意識や生活は変わらなくても、こういった端末は毎年毎年進化する。それ以上機能があっても使わないのに、トップエリート層のためだけにアップデートされていく。

 泰臣だってその一人だ。

 寿一はそこに劣等感を覚える。

 

 

 「noblesse oblige」 気高きは義務を強制する。意味としては「持てるものは弱者を救済せよ」。解釈の尺度の度合いは人それぞれだ。携帯にはその文字が刻まれており、これをノブレス携帯と呼ぶことにしよう。

 有屋寿一は何の能力もない。だから才能を持つものが羨ましい。

 泰臣の能力は誰が見ても明白でとても出来がいい人間だと誰もが評価する。

 だからこのノブレス携帯は泰臣が持てばいいのに。心の中ではそう思っている。けれども現実感がないが、この妄想の具現のような携帯が存在するとして、本当に願いがかなうとして、有屋は何をするのだろう。

 

 

 

「ねぇ、先輩」

 

「どうした?」

 

「あれ? もう何も言わないんですか? 」

 

「いや、もう何度もやりとりして、面倒になっただけだ。それで? 何?」

 

「ああ、いえ。別にそんなどうでもいい話なんですが。前に親が言ってたんですが。

 今の日本もなんですが、 『重たい空気』っていう変な空気? 感が否めないっていうか。あんまり国民的にうまく行ってないことが多いっていうか。何ていうか言葉にできないんですが。

 つまりですね。今の日本ってあまり良くないわけですよ」

 

「まぁ。それは一般的な教養を持っている人なら大体が感じていることだけどな」

 

「そうなんです。だから、この日本の状況をどうにかして打破してほしい。そんな願いからこのゲームが始まったのかなぁって。もしそうなら私だって何か協力できることがあるんじゃないかなあって思うんです」

 

「そうか? お前くらいの頭がいくつもあったところで何も生まれないと思うがな」

 

「あ、ひどーい。そんな事言うんだ先輩」

 

 少しだけ頬を膨らませてプイっとそっぽを向くほのか。

 しかし、その次の瞬間にはぷへーと言うやる気のない言葉と共に机の上に体を投げ出すように伸びをする。

 

「何とかしたいと思うのは俺もそう思うが、そのやり方がわからないし。とにかくな、今は何も現実感というか、リアリティが何もないしな」

 

「あ、先輩」

 

「何だ?」

 

「携帯。光ってますよ」

 

 ノブレス携帯を見てほのかが指をさす。

 指紋認証機能を備えたと見える板の部分が魔法陣を描くように幻想的な光を発生させていた。

 こんな造形と作り込みからはあまり昔の感じはしない。40年もの昔の携帯とは思えないと思った。

 

「何だこれ?」

 

 携帯を開く。

 画面には「ⅲ」の文字が大きく描かれている。

 ディスプレイをタップする。が、何も反応がない。

 首を傾げて、何度か試すうちに、「ああ。物理ボタンか」と画面の下に広がる1から9の番号と十字キーを見た。そしてその十字キーの真ん中を押すと、画面が切り替わる。

 

『iii>死体の処理>30,000円』

 

 最初はそれが何かわからなかった。

 その画面を不意に後ろから肩越しにほのかがのぞいてきた。

 フワッとシャンプーのいい匂いがする。

 こんなところから天然な女子って感じがするから反応に困るんだよ。と有屋は心の中で口をこぼすが、正直役得なので今まで何もいったことはない。

 

「これってログですかねー?」

 

「ログ? 何だそれは」

 

「先輩ってゲームしないんですか? レトロゲーなんですけど私の家にはプレイステーションとかswitchとかいっぱいありますよ?」

 

「な、何だその名前の何かは。ゲーム? ってあの異世界に行くやつだろ?」

 

「逆になんですか、その知識のなさは。現代のゲームはですね、フルダイブって言って五感全てを機械に繋いであたかも別の世界に行ったかのように体験できるものですよ。

 このレトロゲームはですね、大きなディスプレイに繋いで画面上でキャラクターを動かすんですよ?」

 

「あー。ジェネレーションギャップだな」

 

「別にレトロゲームとはいっても大抵みんな知ってますって。

 ファミコンとかは流石に知らないでしょうけど。まぁ、それは今はいいとしてですね。

 ログって、誰かが今何をしましたっていう記録ですね。

 なので、今はⅲ番の携帯を持った誰かが死体の処理を頼んだってことでしょうね、多分。

 え? 死体の処理!?」

 

 一人で説明をしながら一人で突っ込む。

 そして、画面と有屋を何度も往復するように顔を動かす。

 

「死体の処理ですよ? 先輩。そんな危ない人間とこれから関わるってことですか?

 し、死なないでくださいね」

 

 心配そうな目で有屋をみるが、実際今何が起こっているかが把握できていない。

 ログが何だのって、有屋にとっては画面上の何かでしかないのだ。

 正直ゲームの話はあまり理解できていないが、全く知らないわけでもないし、この手の小説や物語などはとても得意な部類である。つまり、妄想が捗る。

 

「死ぬつもりはないというか。別に俺は向こうのことを知らないように向こうも俺のことは知らないだろ? あんまりノブレス携帯のことを周りに言いふらさなければどうってことはない」

 

「ノブレス携帯ってかっこいいですね。

 でもですよ? 相手が愉快犯の場合ですね、誰しも構わず殺すことだってありますし、爆破されてたくさんの人が巻き込まれることもありますって」

 

「発想が殺人鬼だよな。そんなことはないだろ。多分。

 巻き込まれるなんてそれこそ天文学的数字だぞ?」

 

「わかりませんよ。つい今だってussaと東亜国が開戦するかもしれませんし」

 

「・・・わかった。そんな論争をしても今は埒が明かないな」

 

「そうなんですけどね。私は先輩を心配してですね」

 

「わかったわかった」

 

 有屋はほのかの頭をぽんぽんと軽く叩いてなだめる。

 なぜこの自称後輩はこんなに自分にこだわるのか。

 現状、一人暮らし中の家まで特定されているのだ。可愛くなければ恐怖体験である。

 

 その時泰臣がピクリと動いた。

 

「東のエデンの中にデータを見つけた」

 

 振り返る泰臣の顔は青ざめていた。ただでは何も感じない鈍感男である泰臣が血相を変えること。それだけで事態がどれだけ重大なのかを悟ることができた。

 泰臣はそのタブレットをこちらの方にむけた。

 

「これは、過去のセレソンゲームに関してのログの写しだと思われる。部分的に抜粋されているが、史実と重ねて事実だと確信した」

 

『主要政令都市6都市を空爆>Ⅹ』

『戦後からやり直すため日本にミサイル攻撃>Ⅹ』

 

「ーーーー『迂闊な月曜日』はこの携帯が引き起こしたってことか?」

 

「セレソンゲームって何ですか??」

 

 ほのかの疑問はスルーされる。

 

「滝沢朗はミサイル攻撃が全て自分が行ったことだと言って『エアキング』の異名を名乗りテロリストとして姿を消したが、そしてこれだ」

 

『ミサイルを迎撃>Ⅸ』

 

「これを信じることは正直あまりいい事ではないが、今までの経験上『東のエデン』サーバ上で『パンツ』の名でロックがかかっている情報に誤情報は存在しない。事実のみが記録されていることから」

 

「これも本当に存在した記録、てっことか。番号が違うように見えるが」

 

 驚愕する有屋と泰臣。言葉にならない。

 

「で、セレソンゲームってなんです? セレソンって何だかかっこいいですね」

 

 

 



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03 100億円と相談 下

 過去に12人の「セレソン」と呼ばれる選ばれしものが存在した。

 彼らはノブレスオブリージュの精神のもと、彼らの思うように世界を救済して見せた。ある者は国の根本からひっくり返そうとした。ある者は戦後復興からやり直そうとした。ある者は手が届く範囲の人間の雇用を促進させた。ある者はテロリストになった。

 

 そのやり方はどうあれ、その時代の「重たい空気」は少しだけ。ほんのちょっとだけ軽くなったように思えた。

 しかし、そんな状況はすぐにひっくり返った。

 何処からともなく拡散された細菌兵器。

 その影響で世界中で3分の1の人間が死んだ。そこから一変した。戦後から変わらなかった経済的国力の順位が一転した。

 

 東亜国。

 

 統治者が変わり、一代にして皇帝の治める社会主義国家。

 旧ロシアの大半を自国に取り込み、極寒の地から資源を回収する技術を生み出し、2031年より単独宇宙ステーションを建設し、現在に至るまで先端技術を独占し続ける近未来的国家である。

 その原点は突然降って来た隕石だったという陰謀論者がいたり、国家の起源は全くの未知。しかし、その技術は確かであり日本も恩恵を受けていた。

 東亜宇宙開発センターとJAXAの協力の下で軌道ステーション計画がスタートし、計画は進んでいるのがいないのか、国民に情報が降りてこなくなり恩恵も何も無くなり早20年近く。

 日本も東亜国の影響を十分に受けていた。

 

 どんよりとした空気はもっと重くなり、国の経済成長も伸び悩む。2011年の自国をミサイルで攻撃し、あたかも他国からの攻撃だったと主張した「エアキング」こと滝沢朗の存在で他国からの評価がガタ落ちし、日本経済は大ダメージを受けた。そのたったの9年後。世界は細菌兵器の流行で全ての経済活動が縮小していった。

 その後、復興できた国とそうでない国の二極化し、現状維持の日本は上位国が軒並み下がって相対的に東亜国に次ぐ2位という経済国家として返り咲くことになった。

 

 それを自らの手腕であると主張する自律党の赤坂内閣は、15年総理の席を譲らなかった。その降りた時も内側の議員から密告と虚偽報告の足の引っ張り合いだった。

 だが、その時すでに他の対立する候補など居なかったことから、同じ党から「駿河奈部淳」が首相となり、3年間を組織した。その後も同じようなことの繰り返しで、一党独裁が進む。その間に国民投票や、国会議員選挙などは廃止され、天皇が指名した人間が選民として投票権を持つ、そんな偏った政治が始まる。

 

 しかし、自律党は現状維持を望んだ。

 世界の情勢がどれほど変わろうとも、国のあり方がどれほど昔と違っても。ただ、権力のあるうちは美味い汁だけを啜りたい一心で、チビチビと誰からも気付かれないように、大きな政治転換など行わなかった。

 

 その結果、2050年代にもなって、40年前とほとんど変わらないような政治体系に国家運営。それに国民性や考え方など、時代はそこで止まった。

 どれだけ周りの端末や生活用品が東亜国から輸入され最新のものに変わっても、国民の大半はそのまま受け入れた。

 何も変わらないまま。

 楽な方へと進んだ。

 

 そんな世界を救ってくれと、再び12人のセレソンが撰ばれる。

 

 

 

 

 やはり、そんな世界も長く続かないことを知る。僕たちは世界を救うことだってできないし、何もできない。

 

「ほら、何か頼んでみませんか? 論より証拠! 質より量です! ほら! ほら! 私に新しい財布を買ってくれるんでしょう!」

 

「いや、そんな約束はしたことがないが」

 

「そんなことを言うな。寿一。物は試しだ。何かやってみろ。お前はまだ一円たりとも使っていないじゃないか」

 

 急かす様に、ほのかはぴょんぴょん飛び跳ねる。泰臣は興味本位でこちらを見る。手元にはデバイスを準備しており、いろいろ記録する様だった。

 

「世界を救う様な、そんな望みじゃなくていいんだな? 変な代償が来たって僕は何もしないからな?」

 

「そんなフリはいらない。とにかくやってみろと言ってる」

 

 ふんと、鼻を鳴らしてノブレス携帯に指紋を認証させる。

 電話する様に携帯を耳元に動かし、そのままパネルを押し込んで通話開始だ。呼び出しのコール音がする。

 だが、三度もしないうちに向こうで「誰か」が出た。

 

『はい、ジョシュアです。初めまして救世主。』

 

「あ、えっと。有屋です。な、何ができますか?」

 

「(何テンパってんだよ。なんでも叶えてくれるんだろ?)」

 

 小声で泰臣がキレる。

 ほのかは自分の財布が新しくなると思い、今使ってる財布の中身を抜いていた。お札が一枚もないのが見える。

 

『何ができますと聞かれてもですね。ある程度は、と答えるしかないです。具体的に質問してくれると、私も答えられると思います』

 

「で、では。少し高級な財布をください」

 

『質問では無いですね。かしこまりました。ーーーー承認されました。その携帯の位置情報を元にお届けに参ります。では、これからも良い救世主であらんことを』

 

 そう言って通話は終わった。

 

「おい」

 

 ドスの効いた泰臣の声が耳に痛い。

 

「もっと聞くことがあっただろ? なんで何も聞かずに終わったんだよ」

 

「す、すまん。なんか知らん人が出てテンパった。本当に何も考えてなかったから、ほのかの財布だけしか覚えてなかったわ」

 

 ピローン。

 

 ノブレス携帯から通知が来た。

 

【xii >新しい財布 >150,000】

 

「えっ!? たっか」

 

「は?」

 

 携帯を覗き込んだ泰臣は目を丸くした。

 15万円。それはかなり高額であることはわかる。学生の身分である自分らは、どれだけバイトをしても10万程度しか稼げない。いや、バイト全振りや、精神に疾患があればそれ以上を稼ぐことは可能であるが勉学、サークル、バイトのいくつかを掛け持ちしている寿一、泰臣には生活費を仕送りしてもらっている身の上その額は狂気の額である。

 

「これ、本当にあいつにやるのか?」

 

「百均に行って買い替えていいかな? この財布は僕が使いたいが」

 

 必然的に小声になってしまう。もしほのかに気づかれでもしたら何をしでかすか。とてもプライベートエリアの狭いほのかから抱きつかれでもしたら、寿一は平常心を保つことはできないだろう。

 

 

 

 ガチャり。

 

 ドアが開いた。

 

「うっす」

 

 入って来たのは、寿一が所属している同じゼミに籍を置いている三好という小柄な女性であった。女性というより、体格的に中学生でも通用しそうな童顔で耳の上から髪をツインテールにしてまとめているので、女の子と言った方が正しいかもしれない。そして、八重歯が光る。

 

「先輩、なんか届けてくれってセンセーから紙袋を預かったっスよ」

 

当然、僕が一浪したことを彼女も知っている。ほのかとあまり接点がないのも知っているが、三好も僕のことを「先輩」と呼ぶ。

同じ学年なのに。同じゼミ中でも先輩と呼ぶので、あまり喋らないメンバーにも僕が年齢的に一つ上かそれ以上だということだけ知られていた。

 

 パスっ。と三好がそれを投げて渡すので、その落下位置を予測して寿一はそれをキャッチする。

 

「それ、何スか? まぁ、中見たんスけど、財布っスね」

 

「いや、それ答えじゃん」

 

「はははっ! 先輩面白いツッコミッスね! 最高ッス」

 

 そして、三好は寿一の事になると何しようが笑う。

 多分馬鹿にしてるだけだと思われるが、全く面白くなくても、全力で笑ってくれるので、たまにムカつくが基本的には気分がいい。

 

 目尻に溜まった涙をこすりながら

「じゃっス。渡したんでよろしくっスね。アヤは今日アレなんでもう帰りますねー」

 と、踵を翻し入って来た扉を丁寧に閉めて出て行った。

 

「騒がしい人だな。そして、お前の周りは残念美人が多いな」

 

「頭のネジ外れすぎて不意にドキッとするが、僕に大して気がないことを知ってるからなんとも言えない」

 

「それ、馬鹿にされてるだけだろ」

 

「クソ」

 

 そんなやりとりを、目が点になって見ていたほのかを、泰臣と寿一は知らない。

 




一人称と三人称どっちが読みやすいのか。
なんか、いつも書いてる文章より難しいぞ?


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04 単純な話

 


 財布を手に入れた寿一は、ほのかにそれを投げて渡す。

 

「う、うわぁあ」

 

 変な声を上げながら財布を受け取るほのかは満面の笑みだったが、その次の瞬間には鬼のような形相に変貌する。

 

「そうです。先輩。

 さっきの人は誰ですか? 私の他に後輩がいるんですか?」

 

「そりゃあまぁ。居るだろうよ。この大学に何人人間が在籍してると思ってるんだ? その一人と仲が良くても大して問題ではないはずだ」

 

「そうじゃないんです。あの先輩が、女の子と喋るなんて」

 

「いや。お前も女では?」

 

 その返しにほのかは顎に手を当て考え始める。

 

「おい。そんなことはどうでも良いだろう。とにかくこの携帯に本当の能力が備わってることを確認できたことが今回の収穫だ。

 だが、それがどこまでの範囲なのか。気になるのはそこだ」

 

 泰臣は腕を組む。

 こうして、寿一の周りには考える石像が二つ出来た。

 一方で寿一にとってそんなことはどうでもよかった。この携帯にお金があっても無くても、その使う術がどんなものであれ、自分はあまり関係が無いし何もできない。そう考えているからだ。

 例え、自分の頭の中の理想が現実に成ったとしてもそれで幸せになれるとは思わない。自分はただの一般市民であり、恩恵は上位の人間が受けると思っていたし、自分は上位の人間にはなれないと思っていた。

 確かに、この携帯を使えば何かしら願いが叶うのかもしれない。

 

 だが、だからと言って動くつもりはなかった。

 夢は夢のまま。

 誰かに喋って、うるさいと遮られ、誰からも理解されないまま自分の頭の中にだけに存在する理想郷。

 それだけあれば十分だから。

 

 

 

 

 

 何をするにもまず最初に計画を立てないといけないと、泰臣談。

 正直に言って寿一は行き当たりばったりな人生である。それに比べると何とまったく違う人生計画か。

 

「世界を救うとは、人によって解釈が違う。そこについてはどう思う?」

 

「俺は人間が全て幸せになれば救ったことになるんじゃないのか。なんて思うがな。

 結局みんな死ねば何も考えなくて済むから救済になるのでは?」

 

「そういうと思ったよ。お前は極論しかないから。ほのかたんはどう思う?」

 

「えー? 私? 別にどうも思ってないし、どうでもいいよ。この財布自慢したいから今日は帰っていいですか?」

 

 先ほどからこちらの話なんて興味なさそうに机にシートを敷いて綺麗に整えて財布の写真を撮っている彼女は、それをインスタにでも載せるのだろうか?

 寿一は腕を組みながら

 

「人類は全てを知りすぎたんだよ。感の良いガキは嫌いだよ」

 

「別に感が良くてもそうではなくても、スマートフォンやパソコンを使えばどんな情報でも入手できる世界だからな。

 その点。何も知らなければ幸せになれるのではないか。その考えには同感するところはある」

 

 泰臣は頷きながらノートパソコンに文字を打ち込んでいく。

 

「結局は、救済とは上から押さえつける。ということか」

 

「どうしてそうなるんです? 別にいつも通り日常を送られればそれは幸せになるのではないですか?」

 

「そうやっても生きられない人間は確かにたくさんいるんだよ。これ以上の生活を望んだり、それ以上の欲望が存在すれば現状では満足しない」

 

「それは、そうですけどね」

 

 あまり納得していない様子でほのかは寿一を見る。

 当の本人はその視線に気が付かないどころか、ノブレス携帯を眺めている。

 

 この携帯はどんな仕組みなんだろうか。誰がどのようにして僕に届けたのだろうか。こんな力があるのであれば、自分で世界をどうにかすれば良いのではないのか。少なく見積もって1200億円をこんなゲームに費やすのだ。あまり頭のいい人間ではないのだろうか。しかし。

 

「このゲームがどんな意図で運営されていたとしても、結局は勝たないといけないんだよな」

 

「そうだ。だから俺はこんなに考えているのだろう? 今で八つほど案を考えたぞ? しかし、あまり現実的ではないがな」

 

「この携帯ならどれも叶うんじゃないか? 何でもできそうだからな」

 

「いや、そうではないんだ。結局、100億円では足りないんだ」

 

「100億円では足りない? まあ。さっきもそんなこと言ってたような気がするが。

 具体的にはどんなことをするんだ? 参考までに」

 

「別に参考にするまでもない。最初から最初まで一貫して金を使うことだよ。

 ベーシックインカムって知ってるか? 働かなくても国民に一定の給金をやるんだよ。するとどうなる? みんなお金を使いやすくなりみんなハッピー。だが、一、二カ月はどうにかなるかもしれないが、それ以降がない。それにこれを実行したところでみんなが幸せになれるのか。果たしてそれが救済になるのかどうか。この案は俺たちにもメリットがないから実行する意味がない。

 次に、会社を起こして安価で食糧を提供する。

 どこかで話に聞いたことがあるが、1カ月に1万円でも食費が浮いて貯蓄に回せるようになれば10年後には車が買えるとのことが。そんな長期のことは俺も望まない。それに、全国規模のスーパーというか、小売店を作るにしても100億円じゃ全く足りない。

 他も同じような感じであまり現実的ではないが。

 

 しかし、一つだけ結構いけるんじゃないのか? なんて思う案があるんだが、聞くか?」

 

「何だよ。ここまで焦らしておいて喋らないと?」

 

「興味はないですが、聞いてあげますよ」

 

「ほのかたんは帰るんじゃなかったのか?」

 

「意地悪ですね。死んでください」

 

「まぁ。単純な話だ。会社と株で稼ぐ」

 

「は? それで稼いだところであまり救済につながるとは思えないが」

 

「違う。これは確実に勝てる勝負だ」

 

「どうやって? あまり現実的な話じゃないな。他の案のほうがましと思うぞ」

 

「まぁ聞けって。まずな、戦争を起こす」

 

「せ、戦争? そんなの個人が起こせるわけがないだろう?」

 

「それにですよ? 戦争を起こしたところで私たちが何を得するんですか?」

 

「計画はこうだ。最初にussaに兵器部品を卸している精密機械業社を買い取る。それで取引相手を海外のみに絞る。一社では少ないから何社か買収する。戦争を起こして需要が上がったところで大企業に高く売り込む。それで結構お金が増えると考えている」

 

「何だそれ。学生ができる規模じゃないぞ」

 

「大丈夫だ。面白そうだから細かい処理は俺がしてやる。その代わりに少しジョシュアと話たい。お前の頭ではこの計画の真の儲けの部分までついてこれなさそうだからな」

 

「な。ヤス。お前僕を馬鹿にしているだろ、わかるぞ」

 

「あまり主席の頭を舐めないでくださいよ、センパイ」

 

「いやだ。ノブレス携帯は貸さない事に決めた。一人で頑張れよ」

 

「わかった。明日までにまとまった計画を出すからな。ちゃんとこいよ」

 

「じゃ、これで解散ですね。私は今日はハンバーグを食べにいくんですよ。先輩もどうですか?」

 

「すまんな。ハンバーグ嫌いなんだ」

 

「じゃあ、添え物のじゃがいもとハンバーグ交換ですね。はい、立ってください。今から行きますよ!!」

 

 バタンと泰臣のノートパソコンも無理やりに閉じて立たせる。

 ほのかは無性の仕切り屋になる時がある。空気を読むのはあまり得意ではなさそうな彼女ではあるが、ご飯を食べにいくときには誰も嫌にならないように気を回せるやつになる。

 飯屋奉行か。ほのかに任せればご飯の件に険悪なムードになることはまずない。

 

 

 

 

『iii>集会場の空爆>50,000』

 

『iii>報道の規制>100,000』

 

 ログが更新される。

 

 寿一はそれにあまり興味なさそうに通知を消した。




いろいろ計画を話したらここで先がわかって読んでくれなくなると思ってあまり書けない。でも少しでも触れるとか伏線とか書いてないと、いけない気がするし。
読者的にはもっと分量が欲しいと思うし。
この章が終わるときには読んでくれている人が「おお」って思ってくれる何か仕掛けができればいいなって思うけどあまり文章力がないのでどうだろうか。

次から文章量を増やして投稿できればいいな。
ごめんなさい。週一投稿できなかったです。リアルが忙しすぎてパソコン開けなかった。


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5 それが一番いいと思うなら

 


 100億円。一般人ならそれは多いと思う額だろう。

 それは、あくまで一般的な学生から見た感覚でしかない。それがもしもいくつもの企業を経営している実業家なら。国家予算を動かしている政治家なら。銀行の投資部門を管理している部長なら。

 様々な立場から考えてみると、やはり100億円程度はそこまで大きな金額ではないのだろう。

 一般的なサラリーマンの年収が2億円だというなら、50人で100億円だ。つまり、人間50人分の金額と同等の価値が100億円にはある。

 

 そう考えると面白い。たった100億円と思わないだろうか。

 だったら、中小企業が99人人を雇ったとして正社員で定年まで雇用し続けたら単純にそれの倍が人件費でかかるだろう。

 つまり200億円だ。

 

 そんな一国から見てはした金。いや一地域から見ても吹けば飛ぶようなお金で世界を救えなんて虫のいい話だろう。

 だが、これは人間の稼いだお金という点に視点を置いての話だ。

 

 もしもそれが降ってわいたお金であれば。

 使用用途の決まっていないお金であれば。

 

 

 ノブレス携帯の画面にはⅻ 番が15万円の財布を買った履歴が入る。

 

「世界を救うには格好から入るやつがいるか。まぁ、ある程度の大人ならそこそこだが。いや、財布と値段だけで人柄を判断するのはよくない。いやどんなメンタリストだよ俺。馬鹿だなぁ」

 

 そんな独り言を言ってノブレス携帯を閉じる。

 

 たいてい何でもできる力を神様が自分に与えてくれたのだから、有効に使わないといけないな。

 そう思って、ジョシュアに連絡を入れる。

 

「はいジョシュアです」

 

「何度もかけてごめん。次はこれを片付けてほしいんだよね」

 

「かしこまりました。では、あなたが賢い救世主足らんことを」

 

 足元のうつぶせに倒れる小太りの男を足で転がす。

 もしも、彼らがもう少し頭が使えたら。未来を見る目が合ったなら。

 

 そんなないもねだりをしても仕方がない。

 今は自分にできることだけをしないといけないのだ。今回は、この目の前に存在している反逆者たちの巣窟を。

 

 

『iii> 死体の片づけ』

『iii> 集会場の爆撃』

 

 少し派手だけど、気が付く人間はそういるまい。

 

 

 

 

 

 ハンバーグと言えばなぜミンチをもう一度固めるのだろうか。

 正直言ってその存在は解せない。

 

 だってそうだろう。同じ世界には肉の塊が存在しているのに、その肉そのものをミンチに、つまりは粉々に粉砕してそれを固めなおして焼くのか。

 あまり食感が好きではないので好んで食べない。

 

 そんな偏った価値観をほのかは知っている。

 

「ほら、先輩。これをあげます」

 

 やけたじゃがいもを寿一の鉄板に載せて、いくつかに切り分けられたハンバーグを取っていく。

 別にそれに対してあまり何も思わない。

 ハンバーグを食べないで済むのでありがたいとは思う。

 

「あまりここは美味しくないねー」

 

 大きな声でほのかが言った。店員が多い店ではないので問題ないが、今は少なくない客が店内にいるのだ。少し気になる。

 

「そんなことを言うもんじゃないぞ」

 

 泰臣がたしなめる。

 一般人のような価値観を持っている泰臣はお金を払って食べるのだから全部残さず食べる。を信条にしているので失礼なことはあまり言わない。

 しかし、店を出てもう一度行くか行かないかを決めてしまうのが泰臣だった。

 

 自分でも思う。

 あまりハンバーグを好きな俺ではないが、この店は食えたものではないと思う。

 

 もっと嫌いになりそうだった。

 

 

 

 あまり言葉を発さないまま出されたものを食べきる。

 950円とは、一般的なのだろうがこの店には高すぎると思った。

 

「新しい店だからどうかなって思ったけど、大外れだね」

 

 ほのかが頭の裏で手を組んで大きなため息をついた。

 

「それには同意だ。外見は豪華そうで値段は良心的。普通のチェーンファミレスにも劣る味だった」

 

「ハンバーグはもう食わねぇよ」

 

 携帯が振動する。

 これはノブレス携帯ではなく、寿一の持っているスマホだった。

 

 同時にほのかと泰臣もスマホの画面を見ていた。

 

「テロ??」

 

 緊急事態速報がアラームを鳴らしていた。

 

 『静岡県で無差別テロか!?』

 との見出しで一面ニュースだった。

 

 

「何が起こったんだ?」

 

「あまり知らない田舎らしいが、民家が突如爆発したらしいぞ。それも結構な場所が」

 

「爆発? どうして」

 

 泰臣はため息を付きながら

 

「知るわけ無いだろ」

 

 ほのかはスマホの画面を見ながら頭を捻っている。

 それに見かねた寿一はほのかの見ている画面を後ろから覗いた。

 

「うわ。びっくりした。どうしたんですか? 先輩ご自身のスマホがあるでしょう?」

 

「何を真剣に悩んでいるのか見てやろうとしたんだろ」

 

「そうですか。ちょっと思ったのが、サブローくんの実家がこのあたりだった気がしなくもないなーって」

 

「どうしてサブローの家なんて知ってるんだよ」

 

「急に大きな声出さないでくださいよ」

 

 驚いたのか、通行人が仰天の目でこちらを見ているのが目に入るだけで何人か。

 

「どうしてって、そんな話したじゃないですか。ついこの間」

 

「したか?」

 

「ああ。そうだったか。この地名に覚えがあったからなんか引っかかっていたが。そういうことなら納得だ。連絡だけしておくか。南の島に届くか知らないが」

 

 泰臣が連絡帳から三郎の欄を開きコールする。

 

 スピーカーにして寿一たちにも聞こえるように三人の中心にスマホを持ってくる。

 そして当の本人は3コール目にして出た。

 

『おう。どうした?』

 

「お、南の島は快適か?」

 

 寿一が聞いた・

 

『トシか。いやあんまり快適とは言えないな。結構邪魔な動物がたくさんいてな。それを狩らないといけないらしい』

 

「無人島かよ」

 

「どんな動物が出るんだ? しかしそんな未開の地のような環境でよく電話ができるな」

 

『ああ。それが不思議にもワイファイがあってな』

 

「それは便利そうだ。写真撮って送ってよ」

 

『わかった。いつか送ろう。今は無理そうだが』

 

「お土産もよろしくね」

 

『椎名さんもそこにいるのか? まぁ、仕方がない。椎名さんは目処がついたら今俺がいる場所にご招待してあげるよ』

 

「え、別にいいよ。野生に戻れない」

 

『そんな未開文明じゃねえよ。あんまり不便はさせないぜ』

 

「それはそうと、サブロー。やっぱりお前は知らないらしいが、お前の田舎が攻撃されてるぞ」

 

『俺んちは田舎じゃねえよ。ん? 攻撃? 何だそれは』

 

「同時多発的に静岡でいろんな場所が爆発したそうだ。前触れもないし、爆発物があった場所でもないんだとよ」

 

 泰臣の説明に、ふんふんと頷いているサブローは取り乱すようなことはなくて冷静だった。

 

『それはどこ情報だ?』

 

「いまニュースでやってるよ。色んな所から携帯が鳴ってて慌ててる」

 

『そうか。わかった。少し用事ができたから切るわ。ありがとな』

 

 そう言ってサブローとの電話が切れる。

 親にでも電話するのだろう。

 

「だが不思議だな。ワイファイが南の未開の島にあるだなんて。少し行ってみたくなった」

 

 ワイファイがあるかないかが大きな事故につながることは過去から学習済みである。

 モーリシャスでの凄惨な原油流出事故は半世紀経っても未だに語り継がれるほどに大きな事故だ。

 その理由がワイファイだなんて。

 

 それからどんな未開の地でもワイファイだけは完備するようになったのか?

 まぁ、それはどうでもいい。

 

 結局、今や全世界がネットに繋がっているのだ。逆に電波が届かない島を見つけるほうが不可能に近いか。

 

 

 ノブレス携帯が震える。

 

『iii>情報規制>10,000,000』

 

 

「情報規制? 今更だよな」

 

 それを泰臣に見せる。訝しげな顔をして

 

「さっきのページが消えた。まぁログと魚拓はあるが。

 こんなに大げさになるとはこのセレソンも思わなかったんだろう」

 

「実際どれだけの被害なのか、俺たちは知る術はないしな」

 

「まぁ、サブローくんが無事だったってことで、もう一軒行きませんか?」

 

「次の店は新しい店舗か? 今のような失敗は許さんぞ」

 

「げ。実は裏路地にラーメン屋を見つけたので。一人では寂しいというか、入れないというか」

 

 声が小さくなるほのか。

 顎を撫でながら泰臣が唸る。

 

「ラーメンか。最近食べてはないな」

 

「あんなに食べたのにまだ食べるのか?」

 

 寿一が尋ねるが

 

「「ラーメンは別腹だろう」」

 

 こいつ等は俺を差し置いて二人でラーメンデートでもしていたのか?

 それほどにまで息があっていた。

 

「お、おぅ。そうか。じゃ、いくか」

 

 気圧されながらほのかの案内に従ってラーメン屋を目指す。

 

 

 

 

 街の交差点に差し掛かったところで、チリンチリンと自転車が目の前で止まった。

 

「あ、センパイじゃないっスか。良いところにいたっスね」

 

「ああ。三好か。どうした? こんなところで」

 

「ウーバーイーツの帰りッスよ。いま暇になったんで少し付き合ってくれないっスか?」

 

 ほのかに目をやりながら

 

「すまんな。今はコイツ等とラーメン屋に行ってる途中なんだ」

 

「あ、じゃあその後からで良いっスよ。私もついていくっスね」

 

「来なくていいです」

 

 ほのかがつぶやいた。

 

「修羅場だな」

 

「ん? なんか言ったッスか? ああ。別にいいっスよ。居ない者として扱ってくださいッス。

 帰りに少しセンパイ借りるだけっスよ」

 

 

 

 

 無言でなんだか変な雰囲気のままラーメン屋の暖簾をくぐった。

 

「あれ、三好ちゃん。帰ってきたの?」

 

 店の中から声がかかる。その主はタオルを頭に巻いた店主だった。

 

「あ、知ってる店と思ったらここっスか」

 

「どうしたんだ?」

 

 寿一が聞くと三好がこっちを向いてニヤリと笑った。

 

「バイト先っスよ。ここから帰る途中だったッス」

 

「そのまま帰ればよかったのに」

 

「なんスか。さっきから。センパイ、この生意気娘は誰っスか?」

 

「部室にいただろ。椎名ほのかだ。お前と同じ学年だぞ」

 

「おー。そうなんスね。よろしくっス。でも学部が違うと知らないモンっスねー」

 

「同じだぞ」

 

「おー。そうなんスね。ま、興味ないっスね。あ、また口に出してしまったっス」

 

 バキィィ

 

 隣からとてつもない音でにんにくを潰す音が聞こえる。

 熱量がすごい。

 

 ほのかは過去最高にイライラしているようだった。

 

 泰臣は、寿一たちを避けて一人で端でラーメンを啜っている。

 

 



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06 突然の告白(勘違い)

 世界は割と平和で、大した進展もなく口先だけの大国が他の国を挑発したりそれを無視したり。割とそんな感じで適当に日常は進んでいく。

 

「それで? 三好。何の用だったんだ?」

 

 ラーメンを食べた後に、ほのかは泰臣を連れてカラオケに行ったみたいだった。ほのかは泰臣のことを嫌っているのかと思えば2人きりで何処かへ行ったりするので、実際どう思っているのかわからない。いや、結局泰臣と2人になった瞬間に彼方ちゃんが飛んでくるので実際3人だろうか。まぁ、そんなことはどうでもいいのだ。

 

 三好と2人、24時間やっているファミレスに入る。ドリンクバーを注文して案内された席に着く。三好は、少しだけ真剣そうな顔をしていた。

 

「で? どうしたんだ?」

 

「まぁ、少し気になる事があったっすから。

 聞きたいこと? があるっス」

 

「悩みか。俺もその歳でいろいろあった。

 俺のアドバイスを求めるってことは、その分俺を信頼して尊敬してくれているってことだよな。

 今は人生の幸せランキングでかなり上位だぞ」

 

「何を言ってるっすか? 別にセンパイを信頼はしてますけど、尊敬はしてないっすね。

 いや、そんなことはどうでもいいんすよ」

 

 早速本題に入るように、「これを見て欲しいっす」と鞄から取り出すのは突如として俺が手に入れてしまった『セレソンケータイ』と同じ形をしたーーーー

 

「1番か」

 

 それは、異質な雰囲気を放っている。本物で間違い無いと俺の直感が言った。

 

「そうっす。びっくりっすよね。

 さっきの休憩時間に鞄から出てきて仰天っすよ!

 それでなんすが、これ100億円入ってるらしいんすよ。これで世界を救ってくれって。

 100億円って、そんな大金何に使えっていうんすかね」

 

 自重気味に笑っているが、その使い道は俺たちも模索しているところだった。

 それに、どうしてここに2台のセレソンケータイがあるのか。

 世界を救って欲しいという願いを持つこんな馬鹿げたゲームの運営者は、どうして日本の、それにこんな近くに2台も置いたのだろうか。

 

「とりあえず、センパイに相談っす。

 変なサークル作ってるっすから、何かアイデアとか、無いっすかね」

 

「あー。いや、あのサークルだが、ーーーー」

 

 ここで悩むのは、俺も本当のことを言ったほうがいいのかということだった。

 自分もvii番のケータイがある。と、正直に話すか。

 隠し通しておくべきなのか。

 

 それでも、三好は俺を信頼して話をしてくれたのだ。

 多分、一番最初に。それに、答えるべきだと思った。

 

「いや、そうだな。

 俺もそれを持っている。」

 

 と言って、ポケットからセレソンケータイを取り出した。

 

「あー、やっぱりセンパイっすか。

 こんな馬鹿げた話、センパイくらいしか思いつかないっすよ。このケータイも通話ができるくらいに手が込んでるっすからね」

 

 安心したように、三好はセレソンケータイを俺のほうに差し出した。

 

「じゃ、これは返すっすよ。

 いやー、一瞬100億で何しよう! って考えたっすけど、怖くなってきたっす。

 そこで思ったのが、センパイで。

 確か、今日の部活で何かケータイとか、何億とか言ってたっすよね。

 この計画のことっすか?」

 

 何か、ドッキリの企画のように勘違いしているようだった。

 特に、そんなことを過去に仕掛けた覚えもないし、三好と俺にはそんな親密な関係になかったように思えるが、それでもなぜか三好は俺に懐いているようなので、

 

「ま、まいったなぁ。き、ききききき、聞かれていたのかぁ、ま、ま、まいったなぁ」

 

「センパイ。何か、隠してるっすね?

 何っすか? 隠し撮りっすか? この絶対可憐美少女の裸にでも興味があるっすか?」

 

「ん、んん。そうだね。それにはかなり興味はある」

 

「えー。隠し撮りではないとすると。

 このビンテージケータイに何か仕掛けがあるってことっすか?

 もしかして、誕生日プレゼントに、ペアルック??

 センパイ! 大好きっす! これを一生使い続けるっすよ!!」

 

 と言って、誤解したまま差し出していたセレソンケータイを自分の懐に仕舞い込んだ。

 何が嬉しかったのか、かなり顔を綻ばせて、ニヤニヤと俺を見ていた。

 

「何? そんなに俺が好きなの?」

 

「いえ、特に好きじゃないっす。

 自分にプレゼントを貢いでくれる人が好きっす」

 

「そ、そうか」

 

 妙に優しくしてくれるキャバ嬢の現実を知ったようなーー行ったことないがーーそんな気分になった。一瞬真顔だし。

 

「それで? やっぱり聞きたいことはそれだけか?」

 

「そうっすね。

 センパイがなんかいろいろ隠してるってわかったすから。

 明日からあのサークルに参加するっすね!」

 

「あ、そうだ。

 三好。そのケータイだが、持ってるのは別にいいがあんまり触らないでくれよ」

 

「わかったっす。壊れやすそうっすからね」

 

「ーーーん、んん。そうだな。それもあるが、通信量が馬鹿高いからな。

 その請求が俺に来るから、それは持っておくだけにしなさい!」

 

 なんか、馬鹿みたいな言い訳だったが、多分三好はそのようにしてくれるだろうと思った。

 それに、スマートホンやディスプレイレスの通信機が主流の今、好んでビンテージケータイを使う人間の方が少ない。それに、三好はあまりケータイを使おうとしないタイプだ。

 メッセージより手紙。電話より口頭が好きなタイプだ。

 ケータイを持ったところでそれは変わらない、はずだ。

 

「お待たせしました。

 チョコレートパフェと極大盛りポテトです」

 

 一段落したところで、頼んでもない注文がきた。

 

「待ってたっすよ!」

 

 満面の笑み。もしかするとセレソンケータイが俺からのプレゼントと勘違いした時に見せた笑顔よりもかなりの。

 やはり、人間。物欲よりも食欲か。

 明日来た時にチョコレートでもたくさん与えよう。そう思った。

 

 

 三好と解散したのは0時を回ったところ。

 俺が全ての会計を済ませて、三好はパタパタと帰ってしまった。

 というか、会計を済ませる前に外に出ており、俺が無事にお金を払うことを確認した瞬間に帰ったように思える。

 1人になってしまった。

 

 三好の家なんて知らないから、方向が違えばここで結局1人になるのは構わないのだが。

 まぁ、三好自体には明日サークルに顔を出すと言っていたので会えるのだろうが。

 俺が今日消費した野口さんとは、おそらく1ヶ月以上経たないと再会はできないだろう。

 

「そうか。今日はアルバイトだった」

 

 このファミレスから、大学を中心に円を描いて真逆方向。

 夜勤で3時間だけ入ることを店長に伝えていたのを思い出す。

 徒歩では1時間以上かかるだろう。

 

 バイトに行くのにタクシーを呼ぶのも馬鹿げている。

 

「走るしか、ないのか?」

 

 幸い、制服などはバイトのロッカーに入っている。身一つで行けばアルバイトはできるのだ。勤怠社員証は財布に入っているし。

 

 何年ぶりだろうか。こうやって時間に追われて走っているのは。

 

 

 

 なんて言いつつ。バイトに遅れた俺は、店長に小言を言われながら交代した。

 今日は、予定があったらしい。

 

 いいじゃんか30分くらい。

 

 という目をしていたら、「だから単位が取れないんだ。浪人留年男め」と蔑まれた。

 いや、留年はしていない。と、反論しようとしたが、店長はもう帰っていた。

 

 

バイトが終わって、そのまま帰ろうとした時、自分のケータイに通知がたくさんあったのがわかった。

100通を超えるスタンプの連打がほのかから。

『何だ? ヤったのか?』と泰臣から。

いくつかの写真と一緒に『お納めください』と、彼方ちゃんから。これは即時に土下座のスタンプと『あの件は確実に』というコメントを返信しておく。

 

それに、セレソンケータイの方にも3件の通知があった。

 

『iii > 整地 > 200,000,000』

『ix > 宅配ピザ > 2,500』

『i > カメラ購入、設置 > 50,000』

 



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07 恐怖

 

「遅いぞ。お前のペットはもうすでにここの食料を枯らした。

 そして、小遣いを与えたら売店に走って行ったぞ。すれ違わなかったか?」

 

 部室に入った時、泰臣がそこにいた。テーブルの上には、大量のお菓子の包み紙や缶が大量に放置されていた。そのうち一つに目がいった。

 

「食ったのか?」

 

「ああ。すでにな。僕が見た時にはすでに口の中。

 今はもう分解されてう●こになっている時間だろうな。食べに行くか?」

 

「そんなに食われて時間が経っていたのか」

 

「そういえば、お前は今日の2限をサボったそうだな。

 ペットが嘆いていたぞ。せっかくセンパイの席を確保してたのにってな」

 

「嘘だそろ。あんなう●こ教授の話をただで聞きに行く馬鹿がどこにいる?

 今日は配布されるクオカードがないからいかなかったんだ!」

 

「ペットちゃんはこれをセンパイにってな」

 

 泰臣の座っているデスクの上に放置されている封筒。そこから取り出されたものは

 

「1000円だと!?」

 

 そこには千円のクオカードがあった。

 売店ではクオカードが使えないので三好は置いて行ったのだろう。それに、泰臣からお小遣いをもらったそうだから。だが、いつもあの教授は自分の講義に出てもらうために500円のクオカードを毎回配布していた。その賄賂は他の教授や友達に知らせてはならないという条件のもとに配布されている。そして、前回の講義では言っていた。「今日は配布しない。本当にこのクラスに興味を持っている人数が知りたいからな」と言ったのだ。

 

「それが、この結果か」

 

 ガラッと、扉が開いて高笑いが聞こえた。

 

「馬鹿ですねっ!! センパイっ!!」

 

「くそっ。これは俺の落ち度だ。

 せっかく席をとってくれていたのにな」

 

「何を言ってるっすかセンパイ。ほら、メガネセンパイ」

 

 そう三好が言って

 

「これが二枚ある」

 

 重なっていた封筒があった。そこには俺の学籍番号があった。

 

「だ、「代返」」

 

 声が重なって、俺は手に持っていた買い物袋を落としながら三好に向き合って

 

「嬉しいぞ! こんな後輩と一緒の学年になれて!!」

 

 と抱き合うのだった。

 

「後輩と一緒の学年? 日本語がおかしいのか?」

 

 泰臣は首を捻るが、次の瞬間には顔を青ざめさせた。

 すると、俺の腕の中にいる三好が、小刻みに震え始める。歯がガタガタとなっている。

 

「先輩?」

 

 三好とは違うイントネーションだった。

 これは、もしかしなくてもほのかである。

 俺は動けないでいた。それも、三好を抱きしめたまま。

 

「あ、か、彼方ちゃん? あー僕僕。え? 今から? 仕方がないなー」

 

「え? 私がどうかした?」

 

 ほのかと同じ方向から声がした。電話のふりをしながら出て行こうとした泰臣が失神した。

 彼方ちゃんは今日俺が持ってきた「ブツ」を取りに来たのだ。俺が部室に来る時間を伝えていた。

 

「ほのか。これは?」

 

「ん。そうだね」

 

 感情のこもっていない声。

 彼方ちゃんが笑って、俺に近づいてくる。耳元で「もらってくからね」と言って、床に落ちている買い物袋からいくつかの「ブツ」を取り出し、失神した泰臣を引きずるようにして部室から出ていった。

そうして、三好を抱きしめる形で動けなくなった俺と、抱きしめられたままの三好と、それを見ているほのか。と言った3人だけが残されることになった。

 

「ねぇ、その娘、だぁれ?」

 

「み、三好だよ。昨日一緒にラーメン食べただろ?」

 

「あー。昨日の。で? 今日は何の用?」

 

 多分だけど、俺が三好を抱擁している形であるために、ほのかは三好に攻撃できないんだう。この体制が、意図せず三好を守っていたのだ。そうでなければ三好は無事ではなかっただろう。

 

「きょ、キョキョキョキョ、キョーハ。

 センパイに誘われたので、来ました」

 

 いつもの口調ができない程に緊張してしまっているのか。いや、三好は誰にでも「っす」の女ということを知っている。教授にでも、学部長にでもそうだ。だが、今そこにいるのはほのかだ。

 

「ちょ、まて。俺は誘ってない。お前が来るって言ったんだろ?」

 

「ふーん」

 

 間を置いて

 

 

「別に、どっちでもいいんだぁ。

 ここに居るかいないかが問題だから」

 

 あ、死んだ。

 

 そう思った時だった。

 俺のケータイが鳴った。

 

 ノブレスケータイと、普段使っているケータイの両方から。

 同時に。

 

 三好が持っている「i」のノブレスケータイまで鳴り始めたので、ほのかからの威圧が少し緩んだ。もしかすると、昨日のテロの続きかもしれないと思ったのかもしれない。

 

 音の方を見るほのか。2つは俺。残り一つがたくさんのゴミの中にある鞄だった。

 

「これ、見たことないねぇ」

「あ、それ。私の」

 

 小さくなった三好が声をあげた。

 

「へーえ」

 

 勝手にその鞄を開けて音のなる「ノブレスケータイ」を取り出した。

 

「これ、先輩の?」

 

「あ、俺はこれ」

 

 と、弱くなった威圧の中で動けるようになった俺は三好の抱擁からほのかに向き直って、背中に三好を隠すようにしてポケットから自分の「vii」のノブレスケータイを見せた。

 

「ペアルック?」

 

「いや、三好が「i」のセレソンだったんだ」

 

「へーえ」

 

 興味なさそうなほのか。結局、俺と三好が同じものを持っているのが気にくわないのだろう。

 別に、俺の彼女でも何でもないのに何を言っているのだろうか。

 まぁ、ほのかが俺にいろいろな感情を持っているのは知っているが、それは「好き」や「付き合いたい」などではない。それは昔確認したから絶対。

 

 それを開いて中を確認するほのかは、少し首を捻った。

 

「3番がたくさん何かしてるんだ」

 

 それに釣られて俺もケータイを開いた。それを三好は覗き込むように俺の肩に頭を寄せる。

 

「【反逆者の粛清】」

 

「何っすか? これ」

 

「うーん。三好。お前も昨日なんかしただろ?」

 

「な、な、何のことっすかね? 私は知らないっすっすよ?」

 

「いや、カメラとか買って。配信者になるのか?」

 

「いえ、別にセンパイの私生活を配信する予定はないっす」

「俺の?」

 

「………いえ、何もないっす」

 

「そうか」

 

「でもね、先輩。こっちにはそれは関係ないんだぁ」

 

 ノブレスケータイを捨てて、ゴミの中から取り出したのは

 

「『撲殺者ver.3』!!」

 

 それは、遥か昔黄金の夜明け団サークルと競合していた部活とこの部屋を取り合った時錬金術ーー金属バットに鉄釘を刺したーーでできた棒のことだった。

 

 ブンブンと振り回して、持ち手を確認するほのか。

 ゴミが舞い、それが綺麗に分断され細かくなっていく。どうしてそんな太い棒で鋭利な断面になってしまうのだろうか。

 

「待て! 待て!

 ウェイト! ウェイト!!」

 

 叫びながら俺は部室を走って出る。それを追うようにして三好も俺についてくる。

 ガシャーンと、部室のドアが蹴り倒され、フシューと口から煙を出しながらほのかがそこから出てくる。

 

 次の瞬間からの記憶がなかった。

 

 

「あ、センパイ。目が覚めたっすか?」

 

 目を開くとつつましやかなおっぱいが三好の顔を半分、いや3分の一くらいを隠して彼女と目が合った。三好に膝枕をされていたようだ。かなり眼福。

 

「あー、ヤスくんダメなんだー! ちゃんと食べないと!」

 

 のほほんとした口調の彼方ちゃんが両手両足を縛られて芋虫になった泰臣の口に何かを入れながら笑っていた。

 

「ここは?」

 

「部室ですよ」

「とても、そうは思えないんだが」

 

「降臨の儀式をするそうっすよ。ほら」

 

 三好が指す先。黒魔道服に身を包んだほのかがいた。

 

「センパイやメガネがいるのにその場で服を脱ぐんですもんっすからびっくりしたっす。

 でも、2人とも正気じゃなかった数から助かったっすね」

 

「………正気じゃない。とは?」

 

 時計の針は、18時を指していた。記憶通りだと、今日は4と5限に講義を入れていたはずだ。

 ほのかと一緒のやつ。

 

「ちゃんと出席はしてるっすよ。

 センパイのノートはちゃんととってあります。センパイがどうなろうと私がお世話してあげるっすからね。気を確かに持ってくださいっす」

 

「あ、ありがとうな。三好」

 

 何が合ったのかもわからない。それにこれから俺がどうなるのかもわからない。

 知っているのは、ほのかが黒魔術で何かをしようとしていること。

 まぁ、現代に魔術なんて存在しないし、こんな魔法陣をたくさん用意したって何が起こるわけでもない。それは知っているのだが。ロボトミー手術とかの誰でもできて人格が変わるものとか、ブリッチして歩き出すような悪霊とか、ほのかは何をしでかすかわからない。

 こんな時に全ての受け皿になっていたサブローが今や南の島にいるのだから。

 

「寿くん。おはようございます。

 とっても良かったので、あれを止めましょうか?」

 

「天使だ。あそこに天使がいるぞ?」

 

「芋虫に餌やってる図がすごく残酷ですが」

 

 しゃがみ込んで泰臣に永遠と何かを餌付けしている彼方ちゃんが俺に微笑んできたので、お願いした。

 すると、ほのかの方へ行って2人で何か話し込み始める。

 彼方ちゃんが部室の奥へ連れ込まれてしばらくして黒魔術士のローブと帽子をかぶって登場した。

 

「寿くん。無理でした笑」

 

 かなりの笑みで俺を見た彼方ちゃん。

 それは、狂気だった。これから俺たちは何をされるのだろうか。

 

 ほのかが取り出したのは「i」のノブレスケータイ。彼方ちゃんと何か話してどこかに電話をしているようだが、声が聞こえなかった。

 

「三好」

 

 話を聞こうとしたら先回りで回答された。

 

「取られたっす」

 

「あ、そうか」

 

 あれから迫られたら、そりゃあ断れないよな。

 小動物みたいになってたし。

 アイディンティティが失われるくらいだ。そのほかが全て失われても仕方がない。

 

「まぁ。変なことされないかが心配だけどな。

 それに、履歴は全てのセレソンに共有される、ってのが少し心残りというか心配だが」

 

「今日、生き残ることを考えておけ。

 そこのペット。そいつを連れて逃げろ。ここは俺が犠牲にーー」

 

 即座に断るのは三好だった。

 

「殺されるっすよ」

 

 主に私が。と付け加えて、3人は恐怖の黒魔術士2人に支配され、時間が経つのを待っていた。



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