東方死線華 (マスターBT)
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100年目

東方初挑戦のマスターBTです。
はい。短編ですよ。
暫くは続くけど、連載ほど長くはない予定。書きたいから書いた以上!


「華扇さーん、そろそろ死ぬ気になりました?」

 

「なりません。そもそも、私は修行中の身です」

 

百年に一度の会合。

私と華扇の始まりの挨拶。

 

「あ、まだですかーそうですかー」

 

今回で何度目だろうか。数えるのも面倒であり、重要なのは数ではなく華扇と出会う事。

 

「……んじゃ、いつもの始めようぜ?」

 

「えぇ。かかって来なさい死神」

 

互いに濃密な殺気を放ち拳を構える。

これから始まるのは、死神と仙人による本気の殺し合い。この殺し合いを避けては俺たちの関係を語る事は出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の始まりは、私が上司である四季様に呼ばれた今から数百年前まで遡る。

 

「よく来てくれました。死神きっての武闘派である貴方に頼みたい事があるのです」

 

「なんでしょうか?」

 

「とある仙人を殺してきて欲しいのですよ。貴方が得意とするやり方で。

まぁ、かなり特殊な事例ですが、規則は規則。輪廻を崩す者に我々地獄の者は容赦しません」

 

私が得意とするやり方。つまり、武力での殺害か。

死神が仙人を殺す場合は、特殊な精神攻撃を用いて殺すので武力は必要ない。なら、何故私が武力を一番得意としているのか。

理由は簡単。無窮の鍛錬を積むために仙人となった根っからの戦闘狂は、戦い以外では絶対に死なない。

理屈は一切不明だが、そういうものだ。少なくとも私達死神からは嫌われる連中と言える。

しかし、輪廻を正常に運行させなければならない死神が毛嫌いしてて良いのだろうか?

仕事を放棄する駄目死神にはなりたくない。故に私は、自らの身体を鍛えて鍛え抜いた。その結果、今では戦闘狂担当になってしまった。

 

「構いませんが、ここ数年はそういう手合いばかりですね。もちろん、私としても戦えるのは楽しいので良いのですが」

 

「貴方も立派な戦闘狂いですよ…まぁ、それだから頼めるのですが。

明日で彼女は百年目を迎えます。最後通告を出し、拒否された場合殺して下さい」

 

死神である私としては聞き慣れた言葉ですが、殺伐とした職場ですね本当に。

四季様は手紙を手渡してくる。中身を見れば、今回の仙人、茨木華扇の居場所が書かれていた。

 

「死神の目には、仙人が住居としている場所への侵入経路が見えますが、そもそも場所を知らなければ話になりませんからね。

彼女の名前と住処を記しておきました。其処へ向かってください。何か質問はありますか?」

 

受け取った手紙に目を通していく。

妖怪の山ですか、少々めんどくさいですね。

 

「容姿に関する情報がありませんがこれは、不明という事でしょうか?」

 

「あ、忘れていました。髪は桃色で右腕を包帯でグルグル巻きにしています。髪型はお団子を二つ結ってます」

 

説明をしながら自分の頭部に手で作ったお団子を二つ乗せる四季様。

ふむ、なるほど。大体のイメージは出来た。

 

「では、準備もありますので下がっても?」

 

「良いですよ。では、頼みますね」

 

四季様から許可を貰い四季様の仕事部屋から退出する。

特殊な事例と言っていましたね……一体何が特殊なのでしょうか。特に言わなかったという事は直接出会えば分かるという事でしょうか。

仕事の時間は夜ですが、場所は妖怪の山ですし早めに移動しておきますか。

別に仲の良い同僚という者もいないので、身支度を済ませ幻想郷へと向かう。仕事の時以外ほとんど行かないですし、人里に立ち寄るのも悪くないでしょう。

 

「…ん?出勤かい?」

 

「あぁ、小町さん。そうですよ、場所が妖怪の山なので早めに行こうかと。序でに、人里の様子も見たいですしね」

 

「人里に興味あるなら私が案内してやろうか?ちょうどサボれるし」

 

「はぁ……私は仕事のために行くのですよ小町さん。そもそもですね、三途の川を渡る為の船の船頭をしている貴女がサボったら、どれだけの魂、そしてそれらを裁く四季様に迷惑がかかると思っているのですか?

貴女が生者との関わりも大切にしたいのはよく分かりますが、仕事と私用はきっちり分けてください。私達死神は、終わりを見届けるのですから最後に不満や不平を与えては駄目でしょう」

 

「ほんっと真面目だねあんた!四季様とそっくりだよ。

ちぇー、良いサボりになると思ったんだけどなぁ」

 

頬を膨らめ子供のように抗議してくる小町さん。

同僚ながらその姿にはなんとも言えない気分になる。まぁ、誇りを持っているのは知っていますしこれ以上はいいでしょう。

 

「では、失礼します」

 

三途の川を渡り、死者の世界から生者の世界である幻想郷へと足を踏み入れる。

色彩が豊かになり、命に溢れている世界に視界が切り替わる。

妖怪の山はすぐ近くなのだが、あそこはどうにも余所者に排他的で面倒くさい。一応、死神である事を告げれば通してくれるが夜の方が都合いい。

夜なら酒飲んで警戒が緩んでる事も多いし、酒は人も妖怪も大らかにする作用がある。まぁ、だから人里に立ち寄って時間を潰したい。

 

「今は昼過ぎだから…空をゆっくり飛んで行けばまぁ、良いだろう」

 

独り言だから丁寧に話す必要はない。

空を飛び生きた世界を眺める。今の季節は春の様だ。色鮮やかな景色が目に優しく心を癒してくれる。

ふわふわと飛んでいれば人里など案外早く到着する。

 

「前に来たのは、十年ぐらい前の人里だったか。まぁ、余り変化はないな。

少し見慣れない食事処が増えたぐらいか?」

 

少し近づき、人里からは余り見られない場所で降りる。

そのまま徒歩で人里へと入っていく。仕事着のコート、そのフードを被らなければ別に変な格好ではないから問題はない。

活気のある人里を歩き聴こえてくる声はどれも、生気に満ちた明るい声。

死者が根暗とは限らないが、やはり死んでるか生きているかの差は大きいと改めて感じる。

そんな感じで歩きながら生者の営みを楽しんでいると、一つの団子屋が目に入る。

少々人集りが出来ていて、見辛かったがたまたま視線が通った。

 

「ん〜♪美味しいぃ!…あ、追加でもう一皿お願いします♪」

 

ルンルン気分で桃色髪の女性が美味しいそうに大量の団子を食べていた。

四季様から、教えてもらった容姿と合致するがその辺の子供のように、甘味に目を輝かしているあの人が仙人と言う事はないだろう。

欲を捨て切れてないから、天人ではなく仙人と聞くが、いくらなんでも俗世すぎる。

 

「ただ、あれだけ美味しそうに食べてると気になるな。まだ時間もあるし、寄っていくか」

 

団子屋へと近づいていく。

この時、少し周囲が騒がしくなった。耳に入ってくる言葉的に、見目麗しい女性が大食いをしている場所に男性が近寄っていく光景が驚いたらしい。どうやらある種の結界のようになっていた空間に気にも留めずに近づく私の度胸に感心した様だ。

 

「すみません。彼女と同じのを」

 

店員に隣の席に座る女性を指差しながら注文する。すると、店員は困った様な表情を浮かべ口を開く。

 

「すみません。今、材料を切らしてしまいまして…あちらのお客様が注文した団子で最後なんです」

 

「そうなんですか……ふむぅ、彼女が余りにも美味しそうに食べるものだから食べてみたかったのですが。

無い物強請りをしても意味はないでしょう。他に何かオススメはありますか?折角ですし」

 

「あの」

 

隣から声をかけられ、私はそちらを向く。

そこには団子をお皿に乗せた先程の女性が居た。ふむ?私に何か用だろうか?

素直に疑問を口に出すと、彼女は慌てた様に手を振った後に恥ずかしげに口を開く。

 

「私は十分に食べたので、どうぞ。此処の団子とても美味しいですから、オススメです」

 

言葉は頼んでいる様なのにグイッとお皿を押し付けてくる。

どうやら相当気恥ずかしい様だ。

 

「では、その好意に甘えましょう。ありがとうございます」

 

私がそう言って皿を受け取ると安心した様な表情を浮かべる女性。

表情がよく動くお方だ。もうすでに、安心した表情からキリッとした表情に変わっている。

なんとも微笑ましい方だ。 

さて、せっかく貰っておいていつまでも彼女を見ていては失礼だろう。貰った皿から、団子を一つ取り食べる。

柔らかな食感と、餡の甘さが口に広がる。

口の中の団子を食べ切ってから、お茶を一口飲む。団子で甘くなった口内にちょうど良い渋みがゆっくりと染み渡る。

 

「…美味しい」

 

彼女が美味しそうに食べていたが、まさかここまで美味しいとは。

 

「美味しいですよね!人里にはそれなりに甘味処があるけど、一段とここが美味しいのです。

彼方の甘味処で食べたどら焼きを大変美味しかったですが、少々甘すぎましたね。まぁ、好みは人それぞれなので多くは言いませんが」

 

「なるほど。人里には余り来ないのですが、今度来るときはそちらにも行ってみますか」

 

「おや。どこか遠くのお住みで?」

 

「えぇ。今日は仕事で来ただけですので」

 

話しているうちに気が付いたが、彼女身に纏う気配が人のそれではない。

さて、人に仇なす者ではない事は分かるが、深入りは避けるべきか。幻想郷は一筋縄ではいかない連中が跋扈している。

 

「そうだったんですか。おっと、では私はこれで。また会いましょう」

 

「はい。団子、ありがとうございました」

 

勘定をし手を振って彼女は甘味処を去っていく。

ゆっくり団子とお茶を飲んでいれば日が傾きつつある時間になる。

さてとそろそろ妖怪の山へと向かうとしよう。私も勘定を済まし、妖怪の山へと向かう。

またしてもゆっくり飛んでいけば、辺りが暗くなった時間に到着する。そこには、警備係の白狼天狗がいた。

 

「死神です。今宵、時間を迎える仙人を殺しに来ました」

 

「閻魔様から連絡は頂いてます。どうぞ」

 

やはり天狗は話が通っていれば簡単だ。

見送られながら妖怪の山を歩いていく。耳を澄ませば、酒を飲んでいる妖怪たちの声。私を見る妖怪の唸り声など。

聞こえてくるのは全て妖怪の音。そんな中、音の聞こえない場所を見つける。

 

「ここか」

 

迎え担当の死神の目に仙人の結界は余り意味をなさない。

本拠地に辿りつかないようにしても、死神の目には順路が見える。そういう種族の特性だから。

 

「……複数の動物に見られてるな。だが、襲いかかってくる気配はなさそうか」

 

単に幼体だからという事もあるが、恐らくここの仙人に無闇に襲い掛からないように教えているのだろう。

正解の道だけを進み、仙人が住んでいる屋敷までたどり着く。

 

「また会いましたね」

 

あぁ、やはりただの人ではなかったか。

甘味処で感じた気配は間違いではなかった。四季様から聞いた容姿とも合致する。

 

「そうですね……真面目にこの目で見れば分かる。貴女、かなり特殊ですね?」

 

「さて、なんのことでしょうか。死神、貴方が来たという事は私を殺しに来たのね。

まだ、余裕は全然合ったと思うけど。何故、来たのか教えてくれます?」

 

確かにこの仙人にはまだ、明確な寿命はきていない。

だが、地獄の判断が私には何より優先される。

 

「百年周期に合わせたのですよ。恨むのなら、仙人になり輪廻を乱した事を恨んでください」

 

私が言い切ると同時に月が天を彩る。

直後、私は目の前の仙人へと飛びかかり、踵を落とす。

 

「…死神が直接攻撃とは。貴方も特殊ね」

 

「仙人には意地でも戦いを好む者もいるので」

 

左手を広げるように受け止められ、私の足をそのまま掴み万力の如き力で締め上げてくる。

感じる強者の気配に口角が無意識に上がるのが分かる。

逆の脚で、彼女の顔を横から蹴り砕く様に振るう。直後に拘束が解除され、僅かにバランスを崩した私の脚は、勢いを削がれ簡単に避けられる。片手で着地をし、そのまま後方へと一旦飛び下がる。

 

「……名を聞いても?」

 

「茨木華扇」

 

「そうか、華扇か。くくっ、存分に殺し合おうぞ!」

 

抑えていた霊力を解放する。

あぁ、こいつは全力でやっても問題ない。むしろ、全力を出さなければ殺せない。

とある仙人との戦いで学んだ縮地を使用し、接近する。蹴りは防がれた。ならば、次は手数を増やすとしよう。

 

「獄式無間」

 

俺の使える技の中で最も手数の多いもの。

やっている事は単純。フェイント無しの連続ラッシュを急所に向けて放つ。攻撃を放つ拳の回転数をどれだけ増やせるかがポイントの技。

今の私なら、秒間30発は放てる。が、その全てが華扇に叩き落とされるか避けられる。

 

「……」

 

「は、はははは!!これでも一撃も当たらないとはな」

 

あぁ、楽しくて仕方ない。

途中から全力を出すということが出来なくなった。単純に鍛えた仙人より私の戦闘力が上をいった結果なのだが、それは実に楽しみに欠けた戦いだった。だが、今宵は久しぶりに全力を出せる。

 

「獰猛な笑みを浮かべる。凄い顔ですよ貴方」

 

お返しと言わんばかりの拳を顔面で受ける。

避ける気はない。なんとなく華扇の一撃を受けておきたかった。軽くのけ反るが意識が消える程ではない。

 

「…頑丈ですね。死神」

 

「当たり前だ。これぐらいで意識を失ってちゃ台無しだろう」

 

ずっと上がりっぱなしの口角を歪めて笑う。

ガラ空きとなっている華扇の横腹目掛けて、蹴りを放つ。簡単に避けられるが、その勢いを利用したまま、宙に浮き後ろ回し蹴りを放つ。

華扇の顎を狙った一撃だが、上半身を逸らすことで避けられる。

 

「俺を見なくて良いのか?獄式大叫喚」

 

両脚を地面につき、しっかりと腰を落とした上で放つ正拳突き。

一点に狙いを定め放つ一撃は、山を貫いた事もある技。

 

「くっ!」

 

華扇は両手を突き出し、俺の攻撃を受け止める。

直後、凄まじい風が吹き抜け俺たちは互いに少し吹き飛ばされる。なんて事はない受け止められ、行き場を失った力がお互いに戻ってきただけだ。

 

「まだ、戦う気は起きないか?

そろそろ、我慢の限界だろう?その顔、同類だな。俺とお前は」

 

土煙が消え、見えた華扇の表情は笑みを浮かべるのを我慢している様に感じられる。

仙人だから欲に負けない様にしているのだろう。

 

「仙人であろうとするのは構わないが………殺すぞ?」

 

指をパキリと鳴らし、再び縮地で距離を詰める。

が、俺は一気に後方へと吹き飛ばされていた。理由は簡単。詰め寄った瞬間に華扇の一撃を喰らったのだ。

受け身で衝撃を逃し、華扇を見る。拳を振り抜いた形のままだ。だが、身に纏う闘気は今まで一番高い。

 

「あぁ、分かった。貴方の様な手合いに手心なぞ無駄。望み通り相手をしよう」

 

鋭い目つきに俺の身体が震え上がる。恐怖ではない武者震いだ。

眠っていた強者を起き上がるだけの価値が俺にはあったということだ。これを嬉しいと感じない訳がない。

 

「かかっ!!あぁ、いいなその目だ。これで漸く命のやり取りと言える!!」

 

お互い同時に駆け出し、拳をぶつけ合う。

先ほどまでの受け身に徹していた華扇とは違う。俺を殺そうとする即死の一撃が何度も向かってくる。

それら全てを叩き落とし、反撃する。しかし、今度は迎え撃つ形で全ての攻撃が防がれる。

攻撃は最大の防御。

俺が手数にものを言わせた攻撃をすれば、華扇も同じように手数で迎え撃ち、一撃を高めるために蹴りを放てば中間で華扇の蹴りと重なり意味をなさない。

俺も華扇も笑みを浮かべ目の前の者を殺すために拳を蹴りをぶつけ合う。

 

「獄式黒縄!」

 

唸る縄の様に複雑に狙いの分かりづらい拳を放つ技なのだが

 

「はぁぁ!」

 

華扇が放った蹴りが俺の脇に当たり狙いが逸れ、華扇の鳩尾へと叩き込まれる。

漸く互いに当たった一撃。俺は激痛に顔を顰めるが、本気を出せる戦いの高揚感がそれを打ち消す。

それは華扇も同様の様だ。何故分かるかだって?

もうすでに握り拳を作り、俺の顔面へと放ってきているからだ。

 

「この程度!」

 

脇を蹴られた痺れから腕は防御に使えない。

それならと頭突きで受け止める。顎を狙われ、気絶する可能性があるなら頭部で最も硬い場所をぶつければ良い。

 

「かぁ……良いねぇ!」

 

「この華扇の一撃を顔で受け止め、なお笑うか。生粋の戦闘狂いめ」

 

「それはお互い様だなぁ!水面に映る自分の顔でも見てみろ華扇!」

 

華扇の表情を一言で表すなら、凄惨な笑みだ。

口角は上がりきり、目つきは鋭い。身に纏う殺気はそれだけで生物の命を奪えるだろう。俺と華扇の表情は完全に鏡合わせ。

故に今感じている感情も理解できる。

楽しくて楽しくて仕方ない。俺たちはこの殺し合いを間違いなく心の底から楽しんでいる。

 

「楽しいよなぁ!華扇!!」

 

「えぇ、えぇ。認めましょう。仙人にあるまじき事だが、この戦いを楽しんでいる!」

 

無限にも続けたいこの時間。

だが、現実は残酷だ。いつの間にか昇っていた満天の太陽が落ち月が昇ろうとしている。

即ち、死神として仙人を殺す百年目が終わろうとしているのだ。あぁ、名残惜しい。再び、殺し合いをするにはまた百年の月日が必要だ。

 

「そろそろ時間か…」

 

「そうですね。終わりにしますか?」

 

気を抜くなよ華扇。そんなつまらない幕引きを俺は望んでいない。

 

「最後に俺の最高をぶつける。それでしまいだ」

 

「いいでしょう。きなさい」

 

深呼吸をし、全身に酸素を行き渡らす。

残った霊力を拳へ集める。さぁ、華扇受けてみろ。今の俺の全力だ。

 

「獄式大焦熱!!!!!」

 

放つには霊力を大量に込める必要があるため、即座に撃てないのが難点だが放つ事が出来れば最高の威力を持つ。

放たれる拳が空気との摩擦で高熱を帯びる。それに霊力を流し込み、イメージを固める事でこの一撃は紅蓮を纏った一撃となる。

この一撃を華扇は再び真正面から受け止める。

大きな爆発音と共に、大きな煙が巻き起こる。爆ぜる拳。分かりやすく言えばこの技はそういうものだ。

 

「……あぁ、殺せませんでしたか」

 

「…死ぬかと思いましたけどね」

 

拳の先には、所々煤汚れているが、生きている華扇がいた。

殺し合いとしては引き分けだが、死神としては敗北した。お互いを支える様にゆっくりと崩れ落ちる。

 

「強いですね華扇さん」

 

「その言葉そのまま返しますよ。死神さん」

 

お互いを支え合い、月を見上げる。

夜を照らす月は丸く、満天の星空でも輝きを放ちとても綺麗だった。

 

「死神がここまで戦えるとは。予想外」

 

しかし、私のすぐ近くで座り込む彼女には遠く及ばないと感じた。

思えば私はすでにこの時から華扇に心を奪われていたのだろう。

 




戦闘中制御を失った死神さんでした。
あいつ、勝手に動くんだもん。

感想・批判お待ちしています。


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101~199年目

サブタイは経過時間を表す感じでいきます。
ざっくりこの年数のどこかで今回の話があったんだなー程度の認識でどうぞ。


「華扇さん、これをどうぞ」

 

興奮状態から解放されれば当然、痛み出す体。

当たり前だ。丸一日、殺し合いをしていたのだから身体がボロボロなのも仕方ない。

そんな事を思いながら私は華扇さんへハンカチを差し出す。キョトンとした顔で私を見てくる。

 

「女性がいつまでも煤汚れている訳にはいかないでしょう。尤も、原因である私が言うのもアレなのですが」

 

「…え、あ、ありがとうございます」

 

暫く固まった後ハンカチを受け取り、顔を拭く華扇さん。

その間周りを見渡す。最初、ここに来たときはかなり綺麗だったのだが、私と華扇さんの戦いの余波で無残な状態だった。

殴り合いをしていた場所は大きな穴を空けており、周囲の草木は吹き飛んでいるか折れている。

これがただの拳と脚のぶつかり合いの結果だと言って誰が信じるのでしょうか。

 

「あまり長居するのも悪いでしょう。私はこれで」

 

激痛を努めて無視して立ち上がる。

しかし、私は忘れていた。華扇さんと支え合う様に寄りかかっていたという事を。

 

「キャッ!」

 

「危ない!」

 

完全に脱力した状態で寄りかかっていたのだ。

支えを失えば簡単にバランスを崩す。

手を伸ばし華扇さんを支えに行く。しかし、私も全力を尽くしたあとだ。不完全なバランスを制御出来ず華扇さんに引かれる形で倒れ込んでしまう。

 

「…いたた。大丈夫で…す…か……」

 

視界一杯に広がる華扇さんの顔。

どうやら勢いよく華扇さんを押し倒す様な形になってしまった様だ。私の視線が華扇さんの綺麗な紅い瞳へ吸い込まれていくのが分かる。

ずっと見ていたい様な衝動に駆られる。今すぐにでも退かなければならないというのに。

 

「「………」」

 

お互いにまっすぐ相手を見つめる。

月光に照らされ見える紅い瞳。とても澄んだ瞳だが、どこか寂しさを感じる。

例えるなら、自分にとって大切な何かが抜け落ちてしまったかの様な。死者の瞳ではない。

私には虚なこれから、彼女にとって大切な何かが満たされていくそんな空の器の様なものに感じられた。とても不思議だ。

私は死神だから数多くの仙人を見てきた。

仙人は誰しも何かの目的を持って仙人になっている。それ故に、邪気のない天人になる事が出来ないのだが、目的があるからこそ輪廻を外れその命を伸ばす。

だから、華扇さんの様な瞳にはならない。

今まで出会ってきた全ての仙人が例外なく、その瞳には強い熱を宿していた。

 

「……華扇さん。貴女は一体……」

 

私の中の戸惑いは口から言葉として現れた。

分からない。私は死神として生まれ、今までその全てを死神の役目に費やしてきた。

誰かと接するのが苦手という訳ではない。ただ、死神としての役目を最も優先した結果、友人もいなければ趣味もない。

天命が来た者を迎えに行き、抗う者の命は刈り取り、輪廻を正常に動かす。

そんな装置の様なものが私だ。最も、感情が昂り楽しいと感じるのは強者との殺し合いというロクデナシ。

だからなのだろう。

仙人の在り方が、あの自分で目的を見出しその為に駆け抜ける。その在り方が私には眩しかった。

私に宿ることのない輝かしい熱を持つ仙人が。

 

「…なぜ、私と同じ瞳をしているのですか…」

 

私が問いかけると華扇さんは困った様に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の前に現れた死神はとても異質だった。

容姿がという訳じゃない。むしろ、黒いフードから覗く夜の闇でも輝く銀髪に、鋭くそれでいて何処か覇気に欠ける黒い瞳。

その服装の上からでも分かる鍛えられた肉体。瞳に覇気さえ宿っていれば私でも見惚れていただろう。そう異質だったのはその攻撃方法。こっちの心の隙を探ってくる様なそんな精神攻撃をしてくる死神がその肉体で襲いかかってきたのだから。

そもそも、私はまだ余裕があった筈だ。そう理由を問うてやれば、なんとも事務的な返事をされた。

直後、振り下ろされたかかと落としは受け止めたものの私の全身に衝撃が駆け抜けた。あの肉体は見せかけでもなんでもなかった。

そして、私達は殺し合いをした。彼はとても強く、戦いに魅入られていた。

いっそ狂気を感じるほどの覇気のない瞳はなんだったのかと言いたくなるほど戦いに濡れたその瞳。

 

あぁ、そんな瞳で私を見ないで。この身がどうしようもなく疼く。

やめて、それは私が失ったもの。そんなに真っ直ぐと魅せられては求めたくなる。彼との殺し合いを存分に味わいたくなる。

そんな私の内心の抵抗を彼はとても簡単に引きちぎった。

 

「仙人であろうとするのは構わないが………殺すぞ?」

 

本気を出せとか、手加減は無用とか、本性を現せとか。いっそそんな言葉をくれれば意地にもなれた。

でも、彼は仙人としての私の在り方を肯定してくれた。その上で殺すと。

あぁ、あぁ!!それは完全に私へのトドメの言葉だった。彼は私の在り方を理解し私の欲を見た上で仙人であると。

それならもう我慢する必要はない。

彼の攻撃に合わせ、私は右腕こそ戻らないがかつての自分に近づいた。完全に失われたが、長年感じていた欲だ。

忘れるわけが無い。この強者との戦いの高揚感を。ただ、真っ直ぐに己を殺そうとしてくる相手との戦いを。

この先の私は仙人としては未熟すぎるほどに戦いを楽しんで楽しんで楽しみ尽くした。

彼との一撃が終わり、あとは互いに動けるまで回復が済めばそれでもう終わりだと思った。

 

「(なんで私は押し倒されてるの!?分かってる、私がバランスを崩して彼を引き込んでしまったから。だけど、なんで何も言わずに私をジッと見つめてるの!?!?)」

 

はい。すごく混乱してます。

だって、幻想郷には強い男性が居ないですし、そ、それに死神さんは整った顔つきをしてますから近くで見せられるとちょっと心臓に悪いのです。うぅ〜、本当に私をジッと見てる。死神さんの瞳を見つめ返してみる。

やっぱり、先程の戦いとは打って変わって熱のない瞳。私を押し倒しているから月明かりも差し込まず漆黒に吸い込まれる錯覚に陥る。 

 

「…なぜ、私と同じ瞳をしているのですか…」

 

ふと言われた言葉に私の意識は戻ってくる。

うーん…これはどういう意図での質問だろうか。側から見たら私の瞳な死んでる様に見えるのだろうか。

どうしたものかと悩みながら、私は困った様な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「まだ修行中の身ですから。真に目指すべき場所がわかってないの」

 

まだ理想とする天道の先の景色を私は見えていない。

かつての私を考えれば当然かもしれないが、私はいつか必ずその景色に辿り着いてみせる。……これが苦渋の選択であった事は否定しない。

 

「そう…ですか…」

 

あまり納得の出来てなさそうな態度。

ううん、これは彼の欲していた答えじゃなさそうね。

 

「……おーい、ご両人。いつまでそのままでいるんだい?

四季様に言われたから見に来てみりゃ、あんた何してんのさ」

 

ばっと離れれば、そこにはもう一人死神が立っていた。

 

「小町さん…そう言えばすでに帰らなければならない時間をとっくに過ぎてましたね」

 

「そうだよ。仕事に馬鹿がつくほど真面目なあんたが戻ってこないから、四季様が心配してるよ。

しっかし、仙人様と良い関係だとは思わなかったなぁ〜?あんたもすみに置けないねぇ」

 

「ちょ!?私と彼はそんな関係じゃ、そもそも出会ったのだって今日が初めてよ!!」

 

「はい。小町さんが何を邪推したかは分かりませんが、私と華扇さんはその様な関係ではありませんよ」

 

少しくらい動じてくれても良いのに……私って魅力ない?

 

「ほほぅ?まぁ、あたしはあたしの仕事を済ませるかね。ほら、帰るよ」

 

「そうですね。女性の家に長居は宜しくないでしょうし」

 

そう言って彼はもう一人の死神、確か小町とか呼んでたっけ。

彼女の方向へ歩いていく。

 

「あ、あの!」

 

「どうかしましたか?」

 

思わず呼び止めてしまった。自分でもなんでこんな行動をしたのかよく分からないから視線を右往左往させる。

そして、手に持っていた彼から受け取ったハンカチが目に入る。

 

「これを洗って返すので次はいつ来るのかなと…」

 

もっと他の言い方はなかったの私!?

こ、これじゃあまるで、こ、こ、恋に焦がれ乙女じゃない。

彼は視線を上に上げ何か考える素振りをした後口を開く。

 

「華扇さんが持っていてください。確定して来るのは次の100年だと思います。

仕事の合間があれば取りに行きますので。その時は小町経由で連絡しますから」

 

「え、なんであたし?」

 

「私が幻想郷以外にも仕事がある事は知ってるでしょう。ここ担当の死神で、まともに私と話してくれるのは貴女だけですから」

 

「寂しい事言ってる自覚あるかい?まぁ、良いよ。サボ…ううん引き受けてやるさね」

 

友達いないんだ死神さん。

というか小町の方から、何やらサボる?みたいな言葉が聞こえた気がするのは気のせいかしら。

 

「では失礼します」

 

小町と一緒に死神さんは飛んでいった。

少し寂しさを感じながら私は振り返る。

 

「…とりあえず、片付けからね。我ながら暴れたわほんと…」

 

景観が旅に行ってしまった屋敷周辺を眺めそっとため息を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「連絡もなしに遅れてしまい申し訳ありませんでした四季様」

 

頭を下げて四季様に謝罪する。

連絡を忘れるなど仕事の上で最も忘れてはならない事を忘れてしまった。必要のない心配をかけるとは部下失格だ。

 

「いえ、大丈夫です。しかし、貴方でもあの仙人は無理でしたか」

 

「華扇さんは強者でした。私の技を受けてなお、反撃しその命を落とさないほどには。

あれでは、他の死神でも無理でしょう。故に私はこのまま華扇さん担当にして頂きたいと思います」

 

無意識だったが、華扇さんと先程、確実に会えるのは次の100年後と言ってしまった。

私が華扇さんとまた会えるかは、全て四季様引いては閻魔様達のご意向のままだと言うのに。

…きっと心の奥底で確信してきたのかもしれない。私と華扇さんはまた会えると。

 

「ふむ……むしろこちらからお願いしたいものです。

貴方はすべての閻魔の部下でありながら直属の部下ではない特殊な立場ですが私の方から頼み込んでおきます」

 

「ありがとうございます」

 

「ところで話は変わりますが、貴方はそのあの仙人と恋仲なのですか?」

 

「……………………………何か変なものお食べになりました?」

 

急に四季様が変なことを言い出した。

なんだ、一体。小町さんと言いなぜ、私と華扇さんをそういう仲の様にしたがるんだ。

 

「違うなら変な質問をしました!…その、いつも仏頂面の貴方が嬉しそうに戻ってきたので。

小町から押し倒していたと報告があったので、そう言うことなのかと」

 

小町さん……人が着替えて汚れを落としている間に何という報告を…

自分の同僚の雑な報告に頭を抱えたくなる。何かと仲の良い二人だから、報告が少し軽いのはまだ良いとして裏の取れてない報告をしないでくださいよ。……というか四季様まで何処か楽しげにしてるのはなんなんだ。

 

「違います。小町さんがどの様な報告をしたのかは知りませんが、私と華扇さんは知り合ったばかりですので。

そういう関係ではありません。嬉しそうというのはよく分かりませんが、華扇さんと戦うのはとても楽しかったです。

叶うのなら、あのまま永遠にどちらかが死ぬまで戦いたかったですね」

 

「そ、そうですか。分かりました。今日はゆっくり休んでください」

 

どことなく気疲れした様子の四季様に疑問符を浮かべながら部屋を出て行く。

自分に割り当てられた部屋へと向かう。私は基本仕事で色んな閻魔の場所に行っている為、特定の家というものがない。

故に、特例で部屋が用意されている。私の要望が通れば長期滞在になるだろう。

 

「我ながら殺風景な部屋だ」

 

必要最低限の設備に、筋トレ道具だけの部屋。

趣味もなければ友人を招くこともないから本当に殺風景だ。まぁ、長期滞在もしないから生活感が乏しいのは仕方ない。

 

「……ははっ」

 

華扇との戦いを思い出せば自然と笑みが溢れる。

かつては仙人と戦うことそれ自体が楽しかった。だが、いつの日か並大抵の仙人であれば本気を出さずとも殺せる様になっていた。

そこからだ。楽しいと感じはするが渇きを覚えていた。

本気を出せない戦いはつまらないと知ってしまった。しかし、華扇との戦いはそんな事はなかった。

ただただ楽しく心底から潤った。

 

「次の100年がこんなにも待ち遠しいと感じる日が来るとは。華扇、次も簡単にやられてくれるなよ」

 

渇いた心は華扇を求めてやまない。

だが、次の100年が来る前に戦う訳にはいかない。手合わせと行く訳にもいかない。確実に本気になる自信がある。

生まれて初めて抱いた感情。私にはこれの名前が分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく月日が流れた。具体的な時間は分からない。

あいも変わらず仕事漬けの時間を過ごしていたし、元々時間感覚が乏しい。

 

「明日はどこの閻魔様からも要請は無しか。珍しい」

 

人は数が多い。だからこそ、それなりに無窮の鍛錬を望む仙人もいる。

その全てを私は担当しているので、こうして休日が訪れるというのは中々にない。

 

「……華扇は暇だろうか」

 

仕事以外の記憶力が薄い私が片時も忘れなかった約束。

合間を見つければハンカチを取りに行くというものを果たすなら明日が良いだろう。そう決まればまずは小町さんに伝えよう。

河原にいるであろう小町さんのもとへ向かう。今日はサボっていない様だ。

 

「どうも小町さん」

 

「おう。あんたかい、何か用?」

 

寝転んでいた体勢から起き上がる小町さん。

幻想郷は人がそこまで多くないから、河原で見張り番になる事も多いと言っていた。サボる時は人里に行くから運良くここに居てくれて良かった。

 

「華扇さんへ明日暇か伝言を頼めますか?」

 

「お、漸くの逢瀬かい?良いよ、ちょうど暇をしてるしね」

 

「ハンカチを受け取りに行くだけですよ」

 

「ははっ、それだけじゃ済まなそうな気はするがね。んじゃちょっくら行ってくるよ。あんたも仕事だろ?」

 

「はい。では失礼します。あ、変な言葉は追加しないでくださいね」

 

今回戦うことになる仙人は、血を用いた術を得意とするらしい。

なんとも愉快な仙人だ。少しばかり戦うのが楽しみだ。華扇ほどは楽しませてくれないだろうが。

 

「はいはい。言葉は追加しないよ、言葉はね」

 

もう少し遅く移動していれば私はこの時、小町さんがニヤリとした笑みを浮かべてる事に気付けただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かに変な術だったが、血を武器にしたり防具にしたりする程度だったな」

 

昨日の無事に輪廻に戻した仙人を思い出しながら待ち合わせ場所へと向かう。

小町さんから教えられた場所は私と華扇さんが初めて出会った甘味処。なぜ?と理由を説いたがはぐらかされてしまった。

全く、余計な事を言ってなければ良いが。

今回は仕事ではないから完全に私服だ。まぁ、黒い和服を着ているから余り大差はないが。

フードを着けていないから、雑に伸ばした髪が少し鬱陶しい。縛って後ろに流しているがそれでも腰まではある。

前髪以外も切るか?だが、それはそれで面倒。

などと考えていると目的地へと到着する。華扇さんの髪色はとても目立つから分かりやすくて良いな。

 

「すみません華扇さん。待たせてしまいましたか?」

 

「いえ!私も今し方来たところですから。大丈夫ですよ」

 

「今日は団子を食べていないのですね」

 

思い出すのは大量に食べていたあの光景。

 

「別に毎回あんなに食べてる訳じゃないですよ!?そ、それに今日は折角ですから前に言ったどら焼きを一緒に食べに行こうかと思いまして。小町から教えて貰いましたけど、今日を楽しみにしてる素振りだったそうだから」

 

小町さん!!!確かに言葉は追加してませんけど!!

ああもう、今度からは用件以外を言わないでと約束させないと。しかし、今日を楽しみにしていなかったと言われれば嘘になるので小町さんへの苦情は心の奥にしまって置きましょう。

 

「良いですね。行きましょうか」

 

「本当ですか!?良かったぁ、断れられたらと少し心配でしたので」

 

ほっと安心した様に胸に手を置く華扇さん。

今度は笑顔になり私を見てくる。やはり、表情の変化が多い人だ。見ていて退屈しない。

 

「私の顔に何かついてる?」

 

「いえ、華扇さんの表情がよく変わるので。見ていて楽しいのです」

 

「ふぇ!?……は、早く行きましょう!」

 

顔を赤くしながら私の手を取り歩き出す。

以前に殺し合いをした時の万力の様な力ではなく、優しく包む様な力加減で。早く鼓動を刻み出す自身の心臓に首を傾げながら華扇に引っ張られる。

早歩きだった華扇さんの速度が徐々にゆっくりとなり隣り合う。

 

「お仕事の方は順調ですか?」

 

「えぇ。昨日も輪廻を正してきました。血を力とする仙術を主に使ってきましたね」

 

「なるほど。そんな仙術もあるのね。怪我はしませんでした?」

 

「はい。華扇さんほど強くありませんでしたから」

 

「なら良かった。あ、ハンカチ返しますね。ちゃんと洗っておきましたから安心してください」

 

懐から取り出されたハンカチを受け取る。

律儀だ。綺麗に洗ってある。

 

「受けとりました。そう言えばあの時、華扇さんの屋敷周辺をそのままにしてしまいましたが」

 

「戻すの大変でしたよ……いやぁ、我ながらよくもまぁあそこまで暴れたなと。

今度来る時は片付けを手伝ってくださいね。流石に一人は骨が折れますから」

 

挑戦的な目つきと共に言われる。

狙って言いやがったな華扇のやつ。

 

「今度は負けない。必ず殺すさ」

 

「嫌です。折角ですから貴方とも話したいですし」

 

「へい!らっしゃい!おや、これはこれは美人さんに色男さん。好きな場所に座ってくだせぇ!」

 

話しているうちに甘味処に到着していた様だ。

私と華扇さんの間に流れていた少しだけ剣呑な雰囲気は即座に霧散し、互いに苦笑を浮かべる。

適当な場所に座り、華扇さんが話していたどら焼き二つとお茶を注文する。

しばらく取り止めもない雑談をしたり、二人で無言のまま人里の活気を眺めていたりしていたら注文した品が届く。

 

「これが……なるほど。いただきます」

 

パクリと一口食べる。

少々甘めの生地に餡が追撃をかけてくる。疲れた身体や子供には人気が出そうだが、確かに華扇さんが言っていた通り甘い。

だが、これはこれで美味しいというもの。

 

「…確かに甘いですね」

 

「ですよね。まぁ、これはこれで楽しめるので。お茶を飲んでみてください」

 

ふむ?華扇さんに言われた通り、お茶を飲んでみる。

んんっ、これは渋い。とても渋いがこの甘すぎるどら焼きと合う。なるほど、個性が強いものに強いのをぶつけて相殺しているのか。

 

「両極端ですよね。でも、美味しいでしょ?」

 

「はい。やはり華扇さんは良い甘味処を知っていますね」

 

「大好きですから。とっても」

 

ん〜♪と美味しそうにどら焼きを食べる華扇さん。

足を少しパタパタとさせる姿はとても可愛らしい。なるほど、私はどうやら華扇さんの表情を見るのが好きな様だ。

 

「ん?食べないんですか?」

 

食べずに華扇さんを見ていたら不審に思ったのかジトーっとした目で見られてしまった。

 

「すみません。とても綺麗でしたから」

 

「ん?」

 

どら焼きを食べながら首を傾げる華扇さん。

その姿が面白くてついつい笑ってしまう。あぁ、華扇さんと一緒にいると私はこんなにも笑えるのか。

 

「ふふっ」

 

「もー、一体なんなんですか!」

 

笑いながら華扇さんと話をしてこの日は終わり、再び仕事漬けの時間に戻っていく。

休みなど当然なく、時間だけが過ぎていった。そして、漸く待ちに待った日が訪れる。

 

「今日で再び100年目。貴方へ華扇の魂を刈り取る事を命じます」

 

「分かりました」

 

そう。華扇との殺し合いの時だ。

 




華扇さんの脳内CVが坂本真綾さんに感じてきた今日この頃。

感想・批判お待ちしています。


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200年目

死神さんの名前決定回!
なんと、ここまで決めていなかった作者です。


「お久しぶりです。華扇さん」

 

月が天を彩る少し前に私は華扇さんの屋敷へと到着する。

待っていたと言わんばかりに瞑想をしていた華扇さんが目を開き私を見る。開かれた瞳が私を射抜くと同時にゾクゾクとした感覚が全身を走り抜ける。

 

「…本当に久しぶりですね死神さん」

 

「あれ以降休みはありませんでしたからね。会いたくても会いに行けませんでしたよ。

ですから、今日この日をどれだけ待ちわびたことか」

 

鋭い視線を向けてくる華扇さんを同じように見返す。

まだだ。月はまだ上りきらない。まだ、我慢をしなければならない。

 

「それは嬉しいですね。私もずっと待ってましたよ。貴方とこうして話せる時を。

今度は一緒にお酒でも飲みながらゆっくりと話したいものです」

 

座禅を組んでいた状態から立ち上がる華扇さん。

その言葉は姿は、今のこの場で自分が死ぬとは微塵も思っていない。ははっ、上等だ。

 

「それなら特別に向こうで用意してあげますよ。これでも顔が利きますから」

 

「それはとても嬉しい誘いですが、私のお気に入りを貴方にも知っていただきたいのでお断りします」

 

「……やれやれ、これだから長生きは頑固で困る」

 

「えぇ。私は頑固ですから。貴方に殺されてあげる訳にはいきませんし、まだ貴方と一緒に過ごしてみたい事が多いのよ」

 

月が天に昇りきる。

前座はここまで。さぁ、殺し合おう華扇!

ほぼ同時に駆け出し拳をぶつけ合う。

 

「100年前の命、ここで落としてもらおう!」

 

「此度は屋敷の後片付けを手伝って貰いますよ死神!」

 

ぶつけた拳をそのままに、左足を華扇の顎目掛けて蹴り上げる。

半身逸らす事で避けた華扇は、そのまま左手で裏拳を俺の米神に向け振るう。

それを左手で勝ちあげるように防ぎ、そのまま捻りを加えた掌打を放つが距離を開ける事で避けられる。

 

「逃すか!」

 

縮地を利用した高速移動で再び華扇の目の前まで距離を詰める。

限界まで引き絞り縮地の勢いを乗せた右腕の拳は華扇の左手で受け止められ、そのまま腕を掴まれ投げ飛ばされる。

空中でバランスを取り、華扇の場所を見る。しかし、そこには華扇がいない。

 

「上か…!

 

「ご名答です!」

 

腕を重ね、華扇のかかと落としを防ぐ。

ドンッ!!という凄まじい音ともに叩き落とされ地面に飛ばされる。

これが最初から全力を出している華扇の強さ…!ははっ、滾る。実にいいなぁ華扇。

地面に叩きつけられる前に地面に向け掌を向ける。

 

「確かこうするんだったな…霊衝波!」

 

殺した仙人の一人。霊力コントロールに長けた仙人が用いた技。

霊力に性質を与え、外の常識では理解できない現象を起こす。今回使ったのは、霊力に音と質量を与え放出する技。

音速で打ち出された霊力が俺を地面に叩き落とそうとする力と打ち消し合う。結果、空中で一瞬停止した俺は無傷のまま着地する。

 

「人の庭に風穴開けないでくれる?」

 

向かい合うように着地した華扇。

その顔には若干の呆れが浮かんでいた。

 

「悪い悪い。何せ、こうでもしなければ赤い華でも咲かせそうだったんでな」

 

再び縮地で距離を詰める。

 

「そう何度も!?」

 

華扇が驚いた顔になる。

そりゃ何度も同じ手段が通じる相手なんて思っていないさ。俺がしたのは縮地の連続。

縮地なんて簡単に言えば、物理法則を無視した直進だ。使えば正面から攻撃が来ると伝えるようなものだ。

それじゃ華扇には通用しない。だから、縮地を連続で使う事で攻撃する場所を判断つかなくさせる。

 

「そら、こっちだ華扇!」

 

「くっ!」

 

結果、華扇の不意を突き真横から蹴り飛ばす。

手応えが薄い。どうやら、反射神経だけで俺の攻撃が当たる瞬間、その力が抜ける方向に跳躍。勢いを流されたようだ。

そうなれば当然、即座に反撃がくる。

視界には飛ばされた華扇が地に脚をつけると同時に俺に向かって跳躍するのが映る。

その姿はダメージが余り通ったようには見えない。

それが堪らなく嬉しく、俺は口角を上げ吠える。

 

「獄式焦熱!」

 

上からくる蹴りを迎え撃つように蹴りを放つ。

大焦熱が爆ぜる拳なら、焦熱は爆ぜる脚。俺の脚と華扇の脚が激突する瞬間、大爆発を起こす。

直後、煙の中から華扇が現れ、俺と同じ笑みを浮かべ先ほどの爆風など無かったように一回転し蹴りを放つ。

 

「無傷とはなぁ!少しばかり技への自信が無くなるってもんだ」

 

「私以外になら十分、致命傷ですよ!」

 

「はっ、お前に効かなきゃ意味がねぇ」

 

霊力を脚に流し込み、腰を落とす。

放たれた脚を右手で掴む様に受け止める。地面にヒビができるほどの衝撃を受けるが霊力でカバーした分俺へのダメージはそこまで大きくない。

 

「そう言えば100年前はこうして受け止めてくれたなぁ?」

 

「仕返しですか。意地が悪いですよ」

 

「かかっ!生まれて初めて言われたなそんなこと」

 

万力の様な力で潰す事は出来ない。

だから、地面に叩きつけるように振り下ろす。しかし、それは華扇が両手を地面に突き出し支えきる事で防がれる。

直後、ぐんっと身体が持ち上がる感覚を感じる。おいおい、まじか。

 

「はぁぁぁぁぁ!!!」

 

逆立ちする様に腕と体幹だけで脚を掴んでいる俺を持ち上げた華扇。

そのまま脚を広げ、腕の力だけで跳躍。俺の身体を両脚で挟み込み、地面に叩きつけられる。

 

「ガッ!」

 

「漸くまともに一撃ですね」

 

首と腹部に衝撃が走り意識を一瞬だけ失う。

意識を取り戻したときに感じたのは歓喜。意識を失いかけるなんて何年ぶりだろうか!!

これこそが戦い!これこそが殺し合いというものだ!

だが、俺が押され続けるというのも些かつまらないというものだ。

 

「私が言うのをアレですけど。すごい顔してますよ?」

 

脚を離し、離れながら華扇が言う。

頭を振りながら立ち上がり、空を見上げ輝く月に手を伸ばす。当たり前だが掌に月が触れることなんてない。

月がいくら綺麗で手に入れたくても、地上にいる限りそれは叶わない。

 

「はっ、はははははは!!!」

 

名も知らない人間が綴った歌を思い出す。

『わが心慰めかねつ更科や 姨捨山に照る月を見て』

詳しい意味は興味がなかった。だが、月を見たところでなんの慰めにもならないという事は知っている。

正しく、今の俺に当てはまる。月は100年前と変わらず綺麗だが、この欲を満たすことは出来ない。

本当に俺のこの心を慰めるいいや、満たしてくれるのは華扇だけだ。

 

「折角の殺し合いだ…久方振りに意識を失いかける感覚なんて感じたから、無駄に回想に時間を使った。

もったいない。身体は鈍ってなかったが、心が鈍になっていたか」

 

首を鳴らし、息を吐くと同時に待ってくれていた華扇に向け駆け出す。

俺の独り言を見守っていた華扇が構え、俺の攻撃に対して身構える。

 

「獄式無間焦熱」

 

「なっ!?」

 

全く試したことのなかった連撃を放つ。

ただの思いつきだが、上手くいった。拳での連続攻撃で華扇の意識を上に向ける。

ここまで攻撃を撃ち合って分かったが、俺の攻撃は華扇より威力が低いが手数に優れている。故に、無間の様な連撃を放つと華扇は全力で叩き落とすか迎え撃つ。それ即ち、僅かな隙が生まれるというもの。

俺の下半身への意識が薄くなったところで、焦熱を華扇の腹部へ叩きつける。手応えは直撃。

爆発音と共に華扇が吹き飛ばされる。

 

「さっきのお返しだ」

 

どうやら吹き飛ばされ木に叩きつけられた華扇がこれまた楽しげに俺を見ている。

 

「ゴホッゴホッ、受け身すら取れませんでしたよ。でも、私を殺すには足りませんよ?」

 

一撃もらって煽ってくるとは、まだまだ余裕そうだ。

もっと楽しめる。あの程度じゃこいつは殺せない。

 

「なら死ぬまで叩き込むだけだ」

 

「野蛮ってよく言われない?」

 

「言われないな。ついでにその言葉そのまま返すぜ。華扇」

 

「失礼な。私は仙人ですよ死神」

 

「「まぁ、飢えた獣みたいな顔してたらなんの説得力もないけど」」

 

重なる言葉と表情。

潤った心が華扇を求めてやまない。全身が沸騰する様なこの戦いを続けたい。

 

「華扇!!」

 

「死神!!」

 

駆け出し拳を放つ。

互いの拳が交差し、それぞれの顔に突き刺さる。ここに来て守りを捨てる。

一瞬の静けさの後に、肉と肉がぶつかり合う音が響きだす。

俺の拳が華扇の腹部を殴れば、華扇の蹴りが俺の左腕をへし折る勢いで飛んでくる。

それに対して、俺が肘打ちで蹴りを叩き落とせば両手を合わせ、力いっぱいに振り下ろした一撃が俺の頭部を襲う。

頭蓋骨が陥没する様な錯覚を覚える。

衝撃で上半身のバランスが崩れるが、その体勢になったお陰で華扇から俺の手は見えない。

鋭く手刀をする形にして、霊力を手に纏わせる。霊力に与えた性質は切断。この霊力を纏わせている限り鋼鉄すらこの手は簡単に斬り裂く。

 

「少し趣を変えてみるか?華扇」

 

「何をッッ!」

 

いい直感をしている。

振るった手刀を一瞬は受け止めようとした華扇だが、触れる直前で大きく避ける。それでも間に合わず桃色の髪が宙を舞う。

 

「ほんと、多芸ですね…!」

 

「一芸だけで殺せる相手ではないからな」

 

見て覚え盗んだ殺してきた仙人達の技。

まさかこんなに使う時が来るとは思わなかった。

距離をとった華扇を素直に逃がす訳もなく、話しながら距離を詰め手刀を振るう。

流石の華扇もこれを受け止める気は無いようで、霊力を纏っていない部分に触れ受け流したり、大きく躱す事で対処している。

しかし、そろそろそれも限界だ。何故かって?

 

「後ろ、木だぞ?」

 

「しまっ…」

 

ドンッと華扇の背が木にあたる。

もう後ろに下がったりして避ける事は出来ない。永遠に楽しみたい殺し合いだが、死神の俺がそれを肯定する訳にはいかない。

手刀を華扇の心臓に向けて放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確認不足だった。

自分のテリトリーで戦っておきながら、背後に木がある事を失念していた。

目の前で死神が手刀を私に向けてくる。あぁ、私は殺されるのか?

いいや、認めない。認めてなるものか。

私を、仙人として肯定してくれ、殺し合いという形だけど既に欠けた私には必要不可欠とも言えるほどの彼を。

 

失望させた顔で幕引きにはさせない。

 

私を殺すのなら、もっと喜びに浸った顔じゃなければ許さない。

 

彼にそんな事をさせてしまった私自身を。そして何より。

 

「この茨木華扇の命、この程度で取れると思うたか!!」

 

死神の手刀を左手で受け止める。

ブシュッ!!という音ともに血が吹き出すが、関係ない。

 

何より、私をこの程度で殺せると思った彼を許さない。

 

「……かかっ!」

 

ゆっくりと口角が上がっていき、楽しげな笑みを浮かべる死神。

彼の想定を私は超えた。そしてそれを彼は心の奥底から喜んでいる。

殺し、命を奪わなければならない死神が、私との殺し合いが続く事を望んでいる。

それがとても嬉しいから私も、笑みを浮かべる。

 

「安い命ではありませんから」

 

初めから絶対強者ではなかったであろう死神は、対等以上の戦いに飢えている。

強くなり高みを目指す感覚を覚えているからだ。そして、飢えているからこそ喜ぶときに隙が出来る。

掴んでいる手を思いっきり引っ張る。グンっと近くなる彼の顔。

私はその顔に勢いよく頭突きを見舞った。

 

「ぐおっ…!?」

 

「はぁぁあ!」

 

気が乱れれば霊力の制御も崩れる。

ただの手に戻れば握っていても問題はない。仰け反った彼の手を再び引っ張り今度は鳩尾に拳を叩き込む。

が、これは当たる寸前で彼の手で防がれる。

 

「見えてないのによく防いだ」

 

「これぐらい気配でな!」

 

今度は彼から引っ張られる。

振り払う訳ではなく、やられた事をやり返す真っ直ぐさ。やっぱり死神らしくない脳筋だと思う。

とはいえ、膝蹴りは中々意地が悪いと思うけど。下から迫ってくる膝を右手で受け止める。

 

「…ん?」

 

あ、伝わる感覚で違和感を覚えられた。

まぁ、彼なら深入りしてこないと思うけど。そのまま彼の膝を支点にして飛び上がる。

もちろん、片手はちゃんと離している。そもそも自由を縛る必要性があんまりないしね。私の全体重がかかりバランスを崩した彼の背後を取る。これで位置関係が変わった。

 

「これはどうかしら?」

 

彼のやっていた霊力制御。

もちろん、私も出来る。まぁ、制御するものが少し違うけど。バランスを崩しかつ背後を取られて反応の遅れている死神。

グッと腰を落とし、左手に力を込める。そろそろ時間だ。100年前は彼の一撃を私が受けて終わった。

なら、今回貴方が受けてくれる?死神。

 

「幕引きですね」

 

今の私の全力。もちろん、貴方なら受けてくれますよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギリギリ反転が間に合った。

しかし、目の前にはゴォォォ!という空気を切り裂く音を立てながら向かってくる華扇の拳があった。

理性が全力で避けろと俺に伝えてくる。確かにギリギリで避ければこの一撃は避けられる。

華扇が力を溜めるのに時間を使った事でどうにかする時間は生まれていた。

だが、この一撃を、本能は、避けるな、受け止めろと伝えてくる。

俺は華扇のこちらを測る様な目を見て、理性の選択を捨てる。あいつが何を望んでいるかは分からない。

だが、その目は真正面から迎え撃ちたくなるのが、戦闘狂の性というもの!

 

「舐めるな!!この程度、叩き伏せる!!!!!」

 

全身の霊力を一切この先を考えずに右腕へと流す。

隕石の如き華扇の拳へそのまま、ぶつける。

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」」

 

互いに喉が枯れんばかりに吠え、力をぶつけ合う。

ミシッという嫌な音が右腕から聞こえてくるが、無視する。ここで引き下がる訳にはいかない。

俺の腕が折れるより早く、足場にしている地面に大きくヒビが入る。

そして。

 

 

ゴォォォォン!!

 

という音ともに地面が砕け、ぶつかり合い逃げ道を失った霊力が爆発する。

降り注ぐ地面のカケラの先に、華扇は立っていた。着ていた服の右肩までが爆風で消し飛んでいるが生きている。無論、俺も生きている。

しかし、これはしばらく右腕が使い物になる気がしない。幸い折れてはいないが、筋肉系が疲弊しきっている。

 

「よく受けきりましたね。でも、今回も私の勝ちですね」

 

「…その様ですね。二度目の月が真上にありますからね。全く、流石は華扇さんです」

 

満足そうに微笑む華扇さんを見て私の選択は間違っていなかったと理解する。

避けていたら失望でもされていただろうか?……想像してとても嫌な気分になった。

彼女に失望されるというのは、何よりも避けたい事だ。

 

「っと、華扇さん。手は大丈夫ですか?」

 

私の手刀を握るとは思っていなかった。

自分の手を見ると真っ赤になっている事からかなりの出血だろう。既に期間は過ぎたのだからここで死なれては困る。

 

「え?あぁ、大丈夫ですよこれくらいなら」

 

パッと手を広げて見せてくる。

既に出血は収まっている様で血を落とせば元の綺麗な華扇さんの手になるだろう。流石は仙人の肉体だ。

 

「貴方も腕大丈夫ですか?少し震えてる気がしますけど」

 

「これぐらいなら。直ぐにとは行きませんが、私の実力不足ですので」

 

自分の不徳が成した事。華扇さんに心配して貰う必要はない。

しかし、鬱陶しいな。

 

「華扇さん」

 

「気づいています。もう出てきたら?八雲紫」

 

華扇が声をかけると空間にスキマが現れ、その奥から女性が出てくる。

金の長髪に毛先を束にしリボンで結んでいる感じられる気配が全て胡散臭く、なのに強者のそれを漂わせている不思議な妖怪。

 

「八雲紫……確か幻想郷の賢者でしたか」

 

「あら知っていたのですか。不思議な死神さん?」

 

「幻想郷に住んでいる訳ではありませんが、四季様からちょくちょく。

それで、私達の殺し合いを見学していた様ですが、何か用事でも?」

 

私が質問を投げれば、これまた胡散臭く微笑み扇子で口元を隠す。

余り積極的に関わりたくない手合いだが、この妖怪は私を片手で殺せる。なんとなくだが、そんな気がする。

 

「貴方に幻想郷を守る手伝いをして欲しいのですわ」

 

「…どういう事か説明を貰っても?」

 

「勿論ですわ。今の幻想郷に力のある者というと片手でことが足りる程しかいませんの。

これでは外部や幻想郷で何かが起きたときに、幻想郷を守る事が出来ない。それを私は許容していませんので使える戦力は一つでも多く欲しいのですよ。そこで、100年前の戦いの噂を聞き、華扇からも話を聞いたから実際に見てみようかと思って見ていましたわ」

 

幻想郷を守るためか。

そもそも、私は幻想郷に思入れなどない。私はここの生まれではないのだから。

 

「説明を聞く限りその守り手に私は選ばれた様ですが、そもそも貴女一人でどうにか出来るのでは?」

 

「嫌ですわ。私一人で出来る事なんて限られてますもの。

それに貴方や華扇の様に肉体で戦うのは余り得意ではありませんから」

 

胡散臭い。

笑みを浮かべながら話しているところが実に胡散臭い。

 

「そうですか……しかし、その話を受ける理由が私には無いように感じますが?」

 

待っていたと言わんばかりにパチンと扇子を閉じる八雲紫。

 

「無論理由はありますわ。幻想郷が無くなれば貴方が華扇と戦う事はまず出来ないでしょう。

外の世界は幻想がとても薄いですから。外で戦うよりも動きやすいでしょう?それと、もう一つ利点が。幻想郷を狙う相手は間違いなく強者でしょう。

そんな相手の戦いしたくありませんか?」

 

八雲紫の言葉に私の心は揺らぐ。

強者との戦い。それは確かにとても魅力的だ。だが、それより華扇との戦いが出来なくなる?

それは困る。確かに幻想郷は動きやすいと思ったが、ここの仕組みが原因だったのか。

今の戦いを知ってしまったから、外で華扇と戦って力が出なければ?あっけなく終わりを迎えてしまったら?

不完全燃焼すぎる。とても満足できない。

 

「…しかし、四季様がなんと言うか」

 

「話ならしてあります。貴方の好きにする様にとおっしゃってましたわ。これが手紙です」

 

渡された手紙に目を通す。

そこには確かに八雲紫が言うように四季様から任せるという旨が書かれていた。それと閻魔様達に話しておくと。

四季様には今度、何か奢られなければいけない気がしますね。

 

「なるほど……」

 

手紙から顔を上げ、沈黙している華扇さんに目を向ける。

私の視線に気がついた華扇さんはただ笑みを浮かべた。華扇さんも私に任せると言うことだろう。

それならもう答えは決まっている。

 

「分かりました。私の力が必要な時は協力しましょう。しかし、私は幻想郷に居ないこともありますが」

 

「それもご心配なく。私と契約をすれば、私の意思で貴方を呼び出す事が出来ます。

勿論、強制力はありませんので。真名を教えてくれますこと?」

 

強制力がないのならまぁいいでしょう。

この胡散臭いのと契約するのは大変、心配ですが信用しましょう。

 

「私の名前ですか。私の名は、終雪 雫(しゅうせつ しずく)です」

 

名を告げると八雲紫は持っていた紙に私の名を書き込む。

そして妖力を流し込む。

 

「こちらを持っていてください。転送の術式を記しておきました」

 

紙を受け取り懐にしまう。

肌身離さずというのが面倒ですね。とはいえ、結んだ契約を反故にする事は出来ませんか。

 

「それでは失礼」

 

スキマが開き、八雲紫が消える。

多分、仕事に加え面倒な厄介ごとに巻き込まれることになるだろう。まぁ、それも仕方ない。

 

「死神さん、雫って言うんですね」

 

「そう言えば名乗っていませんでしたね」

 

「えぇ。本当はちゃんと教えて欲しかったんですよ?」

 

どことなく不服そうな華扇さん。

普段、仙人相手に名乗らないから癖になっていた。

 

「すみません。つい癖で」

 

「もうっ。罰として屋敷の片付けをしたら、私と一緒にお酒を飲んでくださいね!」

 

「それで華扇さんが満足するなら」

 

月を背に私を真っ直ぐと見ながら、華扇さんは笑みを浮かべる。

 

「当たり前じゃないですか。さっ、早く片付けますよ」

 

やけに煩い心臓を無視して私は頷く。

戦いの時とはまた違う綺麗な笑みだった。だからだろうか、私は初めての感覚に戸惑う。

だが、別に悪い感覚じゃない。

 

「なーにーしてるんですかー!早く、こっち」

 

「っと、すみません。今行きます」

 

考えるのは後にしよう。

今は何より華扇さんを優先する時だ。ーー戦い以外に心動かなかった男にはまだこの気持ちを理解する日はこない。

 




ちなみに幻想郷時間時空はまだ吸血鬼異変が起きてない頃です。
つまりはそういう事???
作者は東方にめちゃくちゃ詳しい訳ではないので、オリジナル設定や解釈が多いと思いますがご容赦を。

紫さんが渡した紙は電話とどこでもドアを融合させた感じです。
「今来れる?」「いいですよ」って感じで会話可能。

感想・批判お待ちしてます


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天に願いを想いを相手へ

七夕なので書きました!(え、遅刻?知らない子ですね)

本当はもっと書きたかったけど時間に間に合いそうもなかったので(そもそも間に合ってない)


「そう言えば今日は七夕らしいですよ」

 

 殺し合いの跡を片付け一息吐いていると華扇さんが空を見上げて話す。七夕…確か、一年に一度織姫と彦星が出会う日だったか。余り興味がないから正しいかよく分からないが。

 それを告げると華扇さんは呆れた様な驚いた様な笑みを浮かべ口を開く。

 

「出会うまでは働き者であった織姫と彦星の物語です。二人はお互いを一目見て恋に落ちました。

ですが、余りにもお互いの事しか考えられず働き者であった筈の二人は仕事をサボり遊ぶ様になってしまった。

結果、神は怒り二人は天の川の東と西に別れ暮らすよう命じたのです。まぁ、神といえど娘は可愛かったのでしょうね。織姫の為に一年に一度会う事は認めたのが七夕伝説です。人々互いを愛しているのに一年に一度しか会えない二人を可哀想と思ったり、願いが叶う日として自分の願い事を短冊に書いたりと、それぞれの過ごし方をする日でもありますね」

 

「なるほど。ただの星々に人はそこまでの物語を作れるのですね」

 

「雫って、風情がないとか言われない?」

 

 私の言葉を聞いて華扇さんが首を傾げる。

 風情がない。確かにその辺を理解している事は余りないですね。

 

「仕事漬けでしたし、心揺さぶられるのは華扇さんとの殺し合いぐらいには、無感動な感性ですので。 

それでその七夕がなんなのですか?」

 

「一年に一度しか会えないのを人は悲しむのですよ?

私達は雫の仕事次第ですが、最高で百年に一度。私達の方が頻度少ないですよね」

 

 微笑み天を見上げる華扇さん。彼女の視線の先には天の川が輝いている。

 私は時間の流れを特には感じない。活動していく上で必ず消えていくのが時間だから。

 だから、その時間の流れを大切にする人の感性は知識で知っていても理解は出来ない。故に今、華扇さんが私に何を伝えようとしているのか分からないが、それでも沈黙を選択する訳にはいかない。

 

「つまり、華扇さんは私ともっと会いたいという事ですか?」

 

「ふぇ!?……え、えーと…は、はい。そうですね。

会いたくないと言えば嘘になります。貴方と一緒に過ごすのは悪くないと思ってますし、もっと貴方のことを知りたいと思ってますから」

 

 顔を赤くしながらはっきりと答える華扇さん。

 

「そ、そうですか。私も貴女と過ごすのは心地よいと思っています。時々、心臓が煩くなるのが気がかりですが」

 

 こうして告げている今も心臓が煩い。なんとなく恥ずかしくなり私も上を見る。

 もし、織姫と彦星がいれば今出会っているのだろうか。私らしくないそんな事を考えた事に気がつき思わず笑う。

 

「…多分これは天然で言ってる…思った事をそのまま口に出しただけで深い意味はない……雫はそういう死神だから…」

 

「華扇さん?」

 

 何か自分に言い聞かせるように呟いている華扇さん。

 華扇さんは私と違って本当に表情がよく動く。甘味処で団子を食べている時、私と殺し合いをしている時、意味もない雑談をしている時、その時々で色んな表情を私に見せてくれる。

 もし、私が彦星で華扇さんが織姫だったら私は仕事が出来るだろうか。

 

「……無理ですね」

 

「何がですか?」

 

「今ふと、私が彦星で華扇さんが織姫だったらと考えたのですが」

 

 私がそう言うとビクッと身体を動かす華扇さん。寒いのだろうか?いや、今の季節はそんな季節じゃないしそもそもこの場所は華扇さんの力で基本的に過ごしやすくなる様に調整される。

 だから、寒いというのはあり得ない。あり得ないが、もし寒いと感じていたなら大変だ。

 上着を脱ぎ、華扇さんへ着せる。

 

「寒いのならどうぞ」

 

「う、あ、ありがとうございます…」

 

 顔を赤くしたまま俯いた華扇さん。

 体調でも悪いのだろうか?いや、そんな感じではなかったし華扇さんの屋敷ですし無理なら彼女自身で戻るだろう。

 

「…それでどう考えたのですか?」

 

 話の続きを求めてくる華扇さん。ふむ、彼女が求めてくるなら大丈夫だろう。

 

「無理はしないでくださいね。それで、続きですが私も同じ運命を辿りそうと思ったのですよ。

きっと、私が彦星なら華扇さんのコロコロと変わる表情を見たくて、色んな事を考えたり一緒に甘味を食べに行ったりおそらく頭の中が華扇さんで一杯になる気がします」

 

 仕事を全くやらないという事はないだろうが、今のままでいられるかと問われれば無理だろう。

 華扇さんとそういう関係になれば恐らく優先順位は入れ替わると確信する。さっき聞いた七夕の話に思考が引きずられているのかもしれないが、殺し合いをしている時に華扇さんしか見えてないのが常時続くとするなら、優先順位は切り替わる。

 

「雫……恥ずかしいこと言ってる自覚ある?」

 

 華扇さんに言われ、自分の発言を振り返る。

 

「…………あ」

 

 今言った事はつまり、遠回しに華扇さんへ告白をした様なものだ。

 考えなくても分かる。勝手に織姫と彦星に当て嵌め考え、挙句同じようになると宣言したんだ。もう好きだと言ってる様なものだろう。

 

「あ、あくまで想定ですから!?そう!織姫と彦星にはて嵌めたから引きずられただけですから!」

 

 慌てて言葉を紡ぐ。すると、華扇さんに引っ張られる。

 いきなりの事で対処できずそのまま倒される。目の前に華扇さんの真っ赤な顔で一杯になる。

 か、華扇さん?

 

「…………本当に想定ですか?私は魅力ないですか?」

 

 羞恥心か顔を赤くし涙目の華扇さんと目が合う。

 何かを訴えてる様で欲しているその目に私は言葉を失う。

 

「実は…先ほど、私が言いたかったのは雫が考えた通りで、貴方が彦星ならどうしましたか?って聞きたかったんです。

七夕の伝承を知った時は私も貴方と一緒で特に何も思いませんでした。ただ、今日人里で子供達が七夕の話をしてるときに、彦星と織姫を可哀想と。恋というものに憧れてる幼子の言葉でしたが、それで私も考えてみたんです」

 

 ジッと私を見つめ、両手を私の顔の横に置く華扇さん。その言葉、その目はどんどん熱を帯びていく。

 

「…私は仙人ですから大丈夫だと考えました。だから貴方ならどうなのかと思ったんです。

でも、私の想定は自分が織姫と言うだけで相手である彦星に関しては何も考えていなかった。だから、貴方が私を織姫に想定したと聞いて」

 

 グッと顔を近づけて、耳元で華扇さんは囁く。

 

「すごく、嬉しいと感じたんですよ。貴方が私をそういう相手として意識してくれてる様で」

 

 耳元で囁かれる感覚にこそばゆさを覚える。ますます、華扇さんから目を離せなくなる。

 

「もっと貴方と話したい。もっと貴方と一緒の時間を過ごしたい。

私の気持ちはまだ、貴方が珍しい死神だから惹かれているのか、貴方が好きだから惹かれているのか、殺し合いの高揚感を引き継いでいるものなのか分かりません。でも、そうですね」

 

 片手で私の頬を包む。熱に浮かされたその瞳で私を射抜く。

 何故だろう。この体勢も華扇さんのこの手も振り払おうと思えば簡単に出来る。だが、今はそれをしたくない。

 このまま華扇さんのやりたい様にさせようという気が起きてくる。

 

「この感情が好きというモノだとしたら」

 

 華扇さんは私をゆっくり見た後、私の首元へ口へと近づける。

 ゆっくりと口を開きそのまま、華扇さんは私の首元へ……

 

「ンンッ!迎えは邪魔でしたか?」

 

「「ッッ!?」」

 

 聴き慣れた上司の声に驚き、私も華扇さんも距離を開ける。

 慌てて視線を向けた先には予想通り四季様が顔を赤くし私達を見ていた。普段、余程のことがない限り外に出ない四季様がここに居るという事は何か大切な連絡か用事があったのかもしれない。慌てて傅き、四季様に頭を下げる。

 

「お手を煩わせて申し訳ありません。何か緊急の連絡でしょうか?」

 

「よくあの状態からその態度を作れますね…尊敬します。

賢者から聞きましたが、幻想郷の為に戦う契約をしたそうですね。念のため事前に話を通しておいて良かったというもの。

我々、地獄は貴方を幻想郷管轄の死神として現地に留まることを許可します」

 

「分かりました。その任、心して引き受けます」

 

 どうやら私と幻想郷の縁はまた強くなった様だ。

 四季様自ら伝えに来た事から、本当に地獄の総意なのだろう。

 

「…それでその、邪魔をしました?」

 

「大丈夫よ。雫をしばらく借りましたしお返ししますよ。今日、頼んだ事は終わりましたから」

 

 私の返事より早く華扇さんが答える。

 何故かその態度にどことなくモヤっとした感覚を感じる。

 

「そうですか?では、今日は手続きとかもあるので戻ってきてくれるとありがたいのですが」

 

「分かりました。華扇さんも言っていた通りですので」

 

 視線を華扇さんへ合わせる。さっきの熱が嘘の様に引いた様子を見ながら、口を開く。

 俺はされたままというのは好きではない。

 

「華扇さん」

 

「なんでしょうか?」

 

「今度からもう少し会える時間が増えると思います。

私も自分の感情を定めます。その時は、覚悟しろよ?どうであれ殺し合いを止める事はないが、必ずお前を手に入れる」

 

 ニッと笑みを浮かべ宣言する。俺の気持ちが華扇を好きだというモノだとしても死神としての使命は捨てない。

 彦星の様に俺はならない。自らの役目を果たしその上で華扇を愛そう。

 

「……望むところです。私もこの命もそう簡単に手に入ると思わない事です」

 

 返す様に笑みを浮かべる華扇。あぁ、心配する事はない。

 どうであれ俺と華扇は殺し合いを止める事はない。それもお互いにとって必要不可欠な行為なのだから。

 …こんなにも戦いに酔っている織姫と彦星も嫌なものだと華扇を見ながら思った。

 




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主人公のあれこれ

主人公の設定。興味ある人だけどうぞー


終雪 雫

種族:死神

二つ名:特になし。

能力:幽明をあやふやにする程度の能力(ほとんど使われない)

危険度:極低

人間友好度:極高、しかし輪廻を乱すのなら容赦のかけらも無く殺す。

主な活動場所:地獄又は妖怪の山、人里

 

今作の主人公。死神にしては精神攻撃より肉体攻撃の方が得意な変わり者。

年齢は不明。時間の流れに疎く、仕事の呼び出しが来るまでは永遠と筋トレを熟すだけの生き方をしてきた寂しい男死神。

役目は戦う為や、強さの為、強者と戦う為いった戦い以外では満たされ輪廻に戻る事のない仙人の命を刈り取る事。輪廻を乱した者であろうと死の瞬間は、後悔なく満ち足り、この世に一切の未練を残させないことを信条にしている。

死神として生を受けた時から、死神としての役目を果たすことだけに全てを注いできた。肉体を鍛え抜いたのも、精神攻撃が効かないから諦めるという従来の死神の見ようによっては職務放棄の姿に、嫌気が差した結果である。丁寧な話し方をするが、戦いで高揚するとガラの悪い言葉遣いとなる事から、本来は此方の口調なのではないかと考察される。

自ら進んでのコミニケーションは不得意である。長い時を生きているが、接したのはほとんど戦いが生きがいの仙人達。話すより拳を合わせることの方が多いのだから、コミニケーション能力が上昇する事はなかった。哀れ。

 

容姿は基本的に黒に統一された服装に手入れをせず伸ばした銀髪が彩っている。

前髪は邪魔という理由で切っているが、後ろ髪はポニーテールの様に縛り腰ぐらいまでの長さとなっている。

目つきは悪く、死んだ魚の様に光のない瞳をしているので大体第一印象は怖いとなる。

服の隙間からは鍛え抜かれ、血管の浮き出た肉体が見える。仕事の時はフードを被る。仕事とそうじゃない時の差はそこにしか現れない。

 

能力は幽明をあやふやにする程度の能力。基本的には使用されない可哀想な能力。

この能力が出来る事を簡単に言えば相手を生きてるのか死んでるのか不明な状態にする事だ。

相手の生命力を弄る能力とも言える。しかし、決して生者を死なせたり死者を蘇らせたりは出来ない。限りなく片方に寄せる事が出来るだけだ。死者を限界まで生者に近づけても、いずれその肉体は腐敗し土に還ってしまう。なら生者はどうなるかと言うと、限界まで死者に近づけてもその魂は肉体から解放される事はなく、まるで死んだ様に肉体が動かなくなるが死ぬ事はない。

あくまでこの能力では死なないだけで外部要因があればあっさりと死ぬ。しかし、雫は輪廻を乱すのを嫌う為、この能力を生者であろうと死者であろうと使う事はない。

 

関係者への一言

茨木華扇……全力の殺し合いを楽しめる仙人。コロコロと変わる表情は見ていて退屈しない。最近、心臓が五月蝿くなるが、一体何なのだろうか。

 

四季映姫・ヤマザナドゥ……幻想郷での上司。色々と便宜を図ってくれるので、そろそろ食事を奢らなければと思う。

 

小野塚小町……同僚の死神。サボりと余計な言葉を付け足すのをどうにかしてほしい。

 

八雲紫……幻想郷の賢者。直感で勝てないと分かった相手だから胡散臭いと思いながらも契約した。しかし、胡散臭い。

 

関係者からの一言

茨木華扇……風変わりの死神。もっと同じ時間を過ごしたいと思うから殺される訳にはいかないわ。

 

四季映姫・ヤマザナドゥ……仕事に真面目な部下。戦闘狂のところだけ治してくれれば嬉しい…正直、ちょっと怖いので

 

小野塚小町……馬鹿真面目なやつ。仙人様との殺し合いを除いたアレコレは見てて面白いからもっとやれ。

 

八雲紫……幻想郷の戦力。スキマに隠れていた自分に気付いた勘は流石というべき。是非、幻想郷を守ってくれる事に期待していますわ。




銀髪とかは作者の趣味です。
良いよね!銀髪。あと、紅い目も好きだけど今回はイメージと合わななかったので却下で。


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強者来訪

今回、華扇さんの出番は最後の方です。


「雑務の手伝いですか?」

 

 いつもの様に鍛錬をしていた所に四季様がやってくる。仕事の時間かと思ったがどうやら違うらしい。

 いや、正確には仕事ではあるが私の分野ではないと云うのが正しいですね。部屋に来た四季様から頼まれたのは今日一日、閻魔の仕事の支援。つまり、書類仕事だったり判決が下された魂の誘導といった地獄を運営する上での雑務をやって欲しいとのこと。

 

「はい。死神にはそれぞれの役目があるのは分かっていますが、どうやら本日担当の死神が体調を崩した様でして。

幻想郷配属になってるのは少なく、私がこう云うことを頼める相手で暇だったのが貴方だけでしたので。駄目でしょうか?」

 

「鍛錬以外にする事もなかったので構いませんが、そちらの分野は初めてやるので不手際があるかもしれませんよ?」

 

「基本的には私が近くにいますからその辺は教えながらになるのでご心配せずとも大丈夫です。

では、引き受けてくれると言うことで良いですか?」

 

 不安そうな困り顔から一転、嬉しそうに目をキラキラさせる四季様。態度が露骨過ぎませんか?

 元々、暇ですし断る気などありませんでしたが、この表情を見て断る事が出来る死神はいるのでしょうか。

 

「分かりました。すぐに準備しますので少々お待ちを」

 

「本当ですか!では、お待ちしています」

 

 四季様が部屋を出て行く。気配で扉のすぐ側にいる事が分かる。

 仕事場に行ってても大丈夫なのですが……待たせてしまっているなら急ぎますか。仕事着に着替え、髪を縛る。

 鏡の前で軽く乱れている箇所が無いか調べて部屋を出る。

 

「お待たせしました四季様」

 

「寧ろ早いぐらいです。では、行きましょうか」

 

 四季様の仕事場まではここから徒歩で30分ほどの場所にある。私が部屋を是非曲直庁内に借りてるからそこまで距離はない。

 とは言え私と四季様では歩幅が全然違うので四季様に合わせ歩く。

 普段は外へと向かって行くから奥へ向かって行くのは少しばかり新鮮な気分になる。

 

「そう言えば身体の方は大丈夫なのですか?」

 

「大丈夫ですよ。ボロボロになるのは慣れていますし、華扇さんとの殺し合いは心も体も満たされますから」

 

「そういう心配をした訳ではないのですが……まぁ、先ほどその服の下を見た時に目立った外傷はありませんでしたし大丈夫なのでしょう。

古傷はたくさんありましたが、全て鍛錬の結果なのですか?」

 

「仙人達から受けた傷も当然あります。鍛錬を始めた当初は今ほど戦えませんでしたからね。

古傷は大体が仙人達から受けたもので、跡にならない程度なら鍛錬のものかと。余り気にしてないので覚えていませんが」

 

 どの傷が何によって出来たかなど覚えていない。そんな事に頭を使うなら自分がどうすればより強くなれるかに頭を使う。

 

「貴方の様に戦うものは傷を栄誉とするものなのではないのですか?」

 

「そういう者もいるでしょう。しかし、私は傷がなんであれ過ぎた過去のこと。

いつまでも覚えておく様なものではないのですよ。まぁ、傷を付けた人物に覚えていろと言われれば覚えるかもしれませんが」

 

 人は二度死ぬという。一回目は肉体が滅びた時、二回目は関わった全ての人達の記憶から消えた時らしい。

 それが本当なのだとしたら、私が相手を覚えている事で死を本当の意味で迎えられないかもしれない。そう考えれば殺した相手の事は忘れておくに限る。最も私はそこまで誰かを覚えておくというのが得意ではないのですが。

 

「色んな方がいると言う事ですね。覚えておきたいという方はいないのですか?あの華扇という仙人も含めて」

 

 四季様の言葉に思わず立ち止まる。

 仮の話だ。華扇さんを殺せたとして、私は今までと同じ様に彼女を忘れられるだろうか?

 私は華扇さんとの殺し合いを楽しんでいる。心の底から永遠に続けたいと願うぐらいには。しかし、それでは私の役目を果たす事は出来ない。故に彼女は殺すと決めている。

 だが、しかしだ。その彼女を忘れる………あぁ、きっと無理だ。私は殺し合い以外の彼女を知ってしまっている。

 

「終雪さん?」

 

「…大丈夫です。行きましょう」

 

 四季様に声をかけられ思考から帰ってくる。そのまま、歩き出す。

 まるで自分の思考から逃げる様に私の足は早くなる。

 

「……不味いのかもしれませんね」

 

 背後で呟いた四季様の言葉は急ぐ私の足音と、私が来た事に驚く同僚達の話し声で聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日は助かりました」

 

 全ての業務が終わり四季様に感謝される。

 

「寧ろ邪魔になっていませんでしたか?」

 

「いえいえ。一度教えれば全てを理解してくれますし、少しでも理解しきれないものがあればすぐに聞いてくれますから。

寧ろ部下としてはとてもありがたかったですよ。こっちに異動しませんか?」

 

「気持ちは有り難いですが、私の仕事は別ですので」

 

「それは残念です。それで、お礼と言うわけではありませんがこの後、どうですか?」

 

 手をクイっと動かし何かを飲む様な動作をする四季様。どうやら飲みの誘いらしい。

 ちょうど奢らなければと思っていたところだ。

 

「構いませんよ。料金は私が払いますから」

 

「え!?今日のお礼に行くんですよ?貴方に払ってもらう訳には」

 

 驚いた顔で真面目なことを言う四季様。

 これは完全に私がなぜ、こんな事を言い出したのか分かっていない。私が思うのもあれだが、もう少し感情を考えて欲しい。

 

「ここ最近、四季様には色々と世話になっていますから。私から誘うタイミングも掴めなかったものですし、この機会にお礼をしてしまおうかと。生憎、私には四季様に対してお礼に当たる行為がこれ以外思い浮かびません」

 

 顎に手を置き、目を瞑り何かを考える素振りを見せる四季様。

 数秒後にやがて目を開き私と目を合わす。

 

「分かりました。貴方なら万が一もありませんしお言葉に甘えましょうか。場所は私が決めても?」

 

「良いですよ。飲みに適した場所など知りませんから」

 

「貴方が知っていると答えたら驚いていましたよ」

 

「何気に失礼じゃないですか?四季様」

 

「そう言う言葉は仕事以外で部屋を出る様になってから言ってくださいよ。

幻想郷管轄である私の部下達は、他に比べて仕事量が少ないので顔ぶれがほとんど変わらないのはご存知だと思いますが、そのせいで偶に仕事から戻ってきた貴方を見て住み着いてる変な死神がいると言われてるんですからね」

 

 やれやれといった感じに肩を竦める四季様。

 

「それは……確かに関わりはほとんどありませんからね。とは言え、そういう死神がいるという事前連絡はあった筈ですが」

 

「関わってない若しくは、見たことすら僅かな存在をずっと覚えていられると思うんですか?」

 

「殺していなければ。仕事関連であれば私は覚えていられますよ」

 

「……貴方が仕事馬鹿だということを忘れてました」

 

「四季様も大概だと思います」

 

 幻想郷へと向かいながら四季様と話す。

 普段から雑談をする仲ではないが、私も四季様も相手に遠慮して言葉を発しないというタイプではないので話が続いていく。

 周りから見ればそこそこ仲の良い二人に見えるかもしれない。

 

「思ったのですが、事務仕事などはどこで覚えてきたのですか?

一回、説明されたからと完璧に熟せるものではないのですが」

 

「頼まれた時にも言いましたが実際にやるのは初めてですよ。

どんなことをするのかぐらいは、ここに配属になった時に説明されたのでそれを思い出し足りない部分は四季様からの説明で補填したまでです」

 

「その仕事に対する記憶力はなんなのですか……死神が全ての業務を説明されるのは適性もまだ不明な新人時代ですよね。

その言葉が真実なら何千年前のことですか」

 

 妖怪の山を抜け、人里への道を歩きながら四季様の質問を答えると、驚いた顔で呆れを含んだ声で言われる。

 それが役目なら覚えるのは当然でしょう。あの時は何をこれからする事になるか分からなかったのですから。

 

「役目ですからね。それに一度覚えればある程度法則に従えば処理できる事ですし。

数多の魂を裁く四季様には遠く及びませんよ」

 

「褒められてるのに褒められてる気がしませんね。しかし、何やら良い空気ではありませんね」

 

 どうやら四季様も気がついていたらしい。

 先ほどからどうにも殺気を向けられている。とは言え、私達に危害を加える訳ではなく遠巻きに。

 幻想郷の妖怪達に何かあったのだろうか?まぁ、私に出来る事があれば八雲から何か行動があるでしょう。

 

「危害を加える事がなければさほど気にする必要もありません。もちろん、その時はお守りしますので四季様」

 

「そこまで弱くはありませんけどね?そもそも私達に襲いかかってくる妖怪なんて、格の違いが分からない弱小だけでしょうし」

 

「だと良いですね」

 

 私の含みある言い方に首を傾げる四季様。やはり、閻魔として外に出ず争いから遠い場所に身を置いていたから気づいていないのでしょう。一体、殺気ではないが強烈な存在感を放つ存在がいる。不思議な事に具体的な場所まで知覚出来ない。

 だが、流石に攻撃に移る気配なら分かる。

 

「四季様!」

 

「きゃっ!?」

 

 四季様の肩を抱き、こちらに引き寄せる。

 反対の手で気配のする場所へ殴りかかる。しかし、まるで手応えがない。感覚としては霧の様なそこにあると分かるのに実態の乏しいものを殴った感じだ。これは、相性が悪いな。

 

「……何者ですか?」

 

 霧の様な存在感が一つに集まっていく。集まった気配はやがて目視出来る形になっていく。

 薄い茶色のロングヘアーに真紅の瞳。小さな身長とは不揃いな長く捻れた角が二本生え、大きなリボンと瓢箪を持っている。

 見た目こそ幼いが、纏う気配は強者のものだ。

 

「あの状態の私に気づくとはやるねぇ〜人間じゃないのが残念だ」

 

「そうですか。では、お引き取りをお願い出来ますか?」

 

「答え分かって聞いてるだろ?久しぶりに見つけた面白そうな奴を見逃す手はないさ」

 

 薄い笑みを浮かべ、こちらを見下す様な態度。

 なるほど。自分より格下として見ている様だ。断っても了承しても面倒ごとしかなさそうだ。

 それならーー

 

「そうですか。なら、退け」

 

 俺にとって楽しい方を選ぶとしよう。

 一切の遠慮なく拳を目の前の妖怪へと振るう。狙いは真っ直ぐ顔面だ。

 

「…良いねぇ」

 

 身長差の都合上、下から振り上げる様に放った拳を目の前の妖怪は笑みを浮かべて見ている。

 見ているという事は捉えているという事。だというのに避ける素振りは見せない。

 俺の拳が妖怪の顔面を捉える。しかし

 

「良い、一撃だ。幾ら私でもそう多くは受けられないかもしれないねぇ」

 

 笑みを浮かべ言葉とは裏腹に余裕そうな態度のままだ。

 さて、どう対処したものか。今の一発は恐らくただの小手調べ。次からはこう素直に殴られてはくれないな。

 

「私相手じゃ雑念塗れかい?」

 

「ッッ!」

 

 下からくる凄まじい殺気に半歩自分の身をズラす。すると、先ほどまでいた場所をその小さな脚でどうやったのか不思議なほどの風圧を放ちながら蹴りが放たれた。風圧を後ろに飛び退く事で軽減し、目の前の妖怪へと視線を向ける。

 瓢箪から酒を飲みながら、剣呑な気配を一切隠すことのない妖怪。圧倒的な強者として君臨し続けた者の姿だ。

 

「…悪いが、仕事以外で戦うのは不本意だからな」

 

「ふぅん。もっと自分の欲に素直になれば?隠してるつもりだろうけど、笑み溢れてるよ」

 

「…なんのことだか分からないな」

 

 口元が緩んでいるのは自覚している。強者との戦いに心躍らない訳がない。

 だが、俺にはこいつを殺す理由はない。不必要な殺しは輪廻を乱す結果になる。

 

「あぁ、なるほどね」

 

 目を細め納得した素振りを見せる妖怪。

 

「心配せずとも私は死なないさ。そういう存在だからね。

仕事とか役目とか、そういう無駄な事を考えるのはやめて楽しみましょう」

 

「黙れ」

 

「お?」

 

 俺の反応に嬉しげにする妖怪。だが、今の俺の気分はこいつと真反対だ。

 俺は確かに強者との戦いが好きだ。あぁ、戦闘狂だと言っても良い。だが、死神としての誇りは当然持っている。

 

「死神の誇りを侮辱するなよ。妖怪風情が」

 

「くっ、あははは!良いねその殺気!いつぶりだろうか、こんなにも心地よい殺気をぶつけられたのは」

 

 もはや、こいつと話す気はない。縮地を使い距離を詰める。

 まずは、四季様からこいつを引き離す。避けても当たってもどちらを選んでも距離を取れるように蹴りを選択する。

 縮地の勢いを落とさず、重心を落とし力を込める。上段回し蹴りを酒に酔った相手に放つ。

 

「おっと」

 

 やはり動体視力が高い。縮地による詰めも蹴りも全て見切られていた。

 しかし、俺とこいつの身長差のお陰で蹴りを受け止められてもまだ余裕がある。華扇がやった様に片脚に力を込め受け止めた相手ごと持ち上げる。霊力を下半身に重点的に流し込みそのまま、脚の力だけで投げ飛ばす。

 

「おー、こりゃ凄い」

 

「演技下手だなお前」

 

 投げ飛ばした妖怪を追いかけ、かかと落としを放つ。

 

「んー、ちょっとだけ体勢が辛いな」

 

 そう言って目の前で掻き消える妖怪。なんだ、全く目に見えなかった。

 いや、そう言えば最初の時、姿を霧の様にしていたか。面倒な能力だな、自分の体積を弄る能力か?

 攻撃を避け、間合いの取り合いすらあの能力なら無視できる。

 少し離れた場所で再び、姿を現す妖怪。俺の戦い方は、こういう特殊な相手には相性が悪い。

 

「まぁ、それで諦める気などないが」

 

「諦められたら興醒めさ。次はこっちからいくよ」

 

 瞬きの瞬間に、距離を詰められている。腹部に衝撃が駆け抜けて、呼吸が乱れる。

 ほんの1秒にも満たない時間に距離を詰められ殴られた。

 体勢が崩れ、前屈みになる。それを利用し、近くなった妖怪の頭を鷲掴みにして地面に叩きつける。

 地面が砕け散り、土煙が立ち込める。妖怪は頭を掴んでいる俺の右手ごとその身を起こす。力を込めるが相手の方が上だと判断し、頭を離し一旦離れ、口元の血を拭いながら構える。ゆっくりと土煙の中から妖怪が歩いて現れる。

 首を鳴らし、準備運動は終わったと言わんばかりの態度だ。

 

「殴られても平然とやり返してくるとは。あんたも頑丈だ」

 

「その言葉そっくりそのまま返す。遠慮なしに叩きつけた筈なんだが」

 

「はっはは!地面に叩きつけられたぐらいで死んでちゃ名が廃る」

 

 楽しげに笑う妖怪。しかし、その笑みはどこか渇いている。

 退屈凌ぎにはなっているが、求めている戦いではないのだろう。そう言えばさっき、人間じゃないのが残念とか言ってたか。なるほど、こいつは人間との戦いを何より欲しているのか。益々、腹が立ってきたな。退屈凌ぎの為だけに俺の誇りは馬鹿にされたのか。

 再び距離を詰める。相手がなんであろうが、俺に出来るのは自らの肉体を使う事。霧になられるのは厄介だが、一応対抗策はある。

 

「ふん!」

 

 攻撃するタイミングを敢えてズラす。縮地での距離詰めを一歩踏み込みが足りない場所で止める。

 

「おっと?少し遠くないか?」

 

 不思議に思ったのか挑発してくる妖怪。

 ここまでの攻防で分かったが、基本的にこいつは自分の身体能力に身を任せた戦い方をする。華扇とは違い技がない。

 元々の性格か技なんて技術が必要ないほど圧倒的な存在だったのかは分からないが、こいつは技を使わない。使わないのであれば知識として認識していても理解していない。だから、俺の行動が分からない。

 霧になり避けるのならその霧すら吹き飛ばす一撃を放つだけのこと。

 

「獄式大焦熱」

 

 この間合いで蹴りを放つのは予想できるだろう。だが、距離が足りない拳なら何かあると読む筈だ。

 俺の目はこいつが、不思議そうな顔をしながら再び身体を霧状にしようとする姿を捉えた。その瞬間、能力を使う。

 地面に叩きつけられたぐらいじゃ死なないとは言っていたが、それは逆にこいつが不死の存在ではないという事。それなら俺の能力が使える。刹那の時間だが、能力を行使するには十分だ。俺の目に見えるこいつの命の天秤を片方に傾ける。今回は死の方向に。

 幽明をあやふやにする程度の能力。

 これを行使すると俺の目には、相手の背に天秤がある様に見える。相手の命の大きさに合わせこの天秤の大きさは変動する。今回はかなり大きい。天秤の大きさはバランスを崩すのに使う俺の霊力の消費量に関係してくる。つまり、今回はかなり多くの霊力を使わなければならない。後先を考えるのはやめだ。この一撃で終わらせる。

 

「…なんだ、この感じ。上手く身体に力が入らないねぇ」

 

 妖怪の霧化が乱れる。

 俺の能力により身体の状態が変化し普段の容量で変化出来なくなったのだろう。

 

「爆ぜろ」

 

 拳の霊力を解き放つ。

 巨大な爆発が起きた、煙幕の中から妖怪が吹き飛んでいく。どうやら目論見は上手くいったらしい。空中で体勢を直す事なく、妖怪はドサリと地面に落ちる。死んではないが立ち上がる気配はない。気絶でもしたか?

 

「あはははははは!!!やってくれたじゃないか!!」

 

 さらに増大する存在感と膨れ上がる妖気。

 どうやら、俺の攻撃は化け物を叩き起こした様だ。直感で理解する。今の俺はアレに勝てない。

 アレはそういう存在だ。戦闘という行為において、元々次元が違う。

 身体を起こし、赤く光る瞳に射抜かれる。同時に身を滅ぼしかねない欲求が生まれる。アレに挑みたいと。自分がどこまで通用するのか知りたいという欲だ。

 

「そこまでよ」

 

 足場の感覚がなくなったかと思ったら、気色悪い空間を経由し四季様の横に落とされる。

 これは…八雲のスキマか。

 

「ちぇー、良いところだったのになぁ」

 

 膨れ上がった妖気が霧散していく。八雲の登場によって戦う気はなくなった様だ。

 

「萃香貴女ね……はぁ、まぁ良いわ。雫、怪我とかはないかしら?」

 

「大丈夫ですよ。ほっとけば治りますし」

 

 少し内臓系にダメージを負ったが、人間ほどヤワじゃない。

 

「そう。全く、幻想郷の数少ない戦力で殺し合わないでいただきたいですわ」

 

「私らが殺し合い?そんなのしてたっけ」

 

「私は貴女を撃退しようとしていただけですし、貴女は私で遊んでいただけですよね」

 

「はっはっは、よく分かってる。我々が殺すのは人だけさ紫。

おっと、忘れないうちに。さっきはあんたの誇りを不必要に貶めた。そうでもしないと楽しめないと思ってね」

 

 あぁ、やはり態とでしたか。この萃香とかいう妖怪、腕っ節も強いが中々に頭が良い。

 

「ただまぁ」

 

 ニヤリといやらしく笑みを浮かべる萃香。

 なんだろうか。物凄く嫌な予感がする。

 

「華扇との戦いを見てたから言えるけど、お前さんどれだけあいつの事が好きなのさ。

私とはアレコレ考える素振りを見せてた癖に、あいつには熱く求めてたねぇ〜」

 

「言い方……そりゃ、私は仕事以外で戦いをする気はありませんしその仕事で楽しめる相手ですから頭が空にもなりますよ」

 

「ほうほう。つまり、華扇とは仕事だけの関係と」

 

「ですから言い方……別に彼女に魅力を感じてない訳じゃありませんよ。

認めます。確かに私の心は華扇さんを求めている。ですが、それがどういう感情なのか私には分かってないのですよ。

それに、これが例え好きだという感情だとしても私は彼女を殺します。それが役目ですので」

 

「ほうほう。愛されてるなぁ華扇?」

 

 まるで話しかける様な素振りで言う萃香。この場に華扇さんはいない筈ですが。

 そう思いながら人里の方を向くと見慣れた桃色の髪の女性が立っていた。というか、華扇さんだ。

 

「……雫、萃香。座りなさぁぁい!!人里近くで何をしてるんですか!!」

 

 華扇の雷が落ちる。

 私も萃香も反射で正座する。顔を真っ赤にし怒っている華扇さん。

 こんな表情もするのですね。と叱られているというのになんとなく嬉しい気持ちになる。

 

「雫、なに嬉しそうな顔してるんですか!自分のした事わかってます?」

 

「そんな顔してました私?」

 

「してましたよ!大体ですね、戦うのが楽しいのは分かりますがこれだけ人里近くで妖怪が喧嘩してたら、みんな怖がってしまうでしょう。

それが分からない二人ではないでしょ。どうせ、萃香の方から煽ったのでしょうけど」

 

 くどくどと腰に手を当てて、私達を叱る華扇さん。

 やはり仙人としてちゃんと人の味方をしている。普段は見れない姿だ。

 

「…恐らく初めて見る貴女の表情が嬉しいのだと思います」

 

「ッッ〜〜!!」

 

 結局この後、さらに顔を赤くした華扇さんにこってりと叱られる事となる。

 叱られた後は折角という事で、全員で飲みをした。華扇さんと萃香が沢山飲み、私の財布が薄くなったと報告しておく。

 四季様の分は奢るつもりだったけど、なぜ私が全員分支払いをしたのでしょうか。

 

「ありがとうございます、雫♪」

 

 まぁ、嬉しそうな華扇さんの表情も見れたし良しとしておきましょう。

 




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300年目 前編

予想以上に長くなったので前後編で分けます。殺し合いは次回です!!


 瞑想。

 部屋で一人、私は座禅を組み目を閉ざし自らの内側へと意識を落としていた。理由は単純。

 今日は華扇さんとの殺し合いを行う日だからだ。深く深く自分の内側へと意識を落とし、脳裏に網膜に焼き付けた華扇さんと戦う。

 華扇さんの戦い方は前に戦った萃香と似た力任せだ。だが、ちらほらと技の様なものも垣間見える。

 習得中か、もしくは私の真似か。後者であれば嬉しい。そう思った直後、記憶の華扇さんの動きがブレる。余計な雑念が入りましたねこれは。気を抜くとすぐブレてしまう。華扇さんとの戦いが楽しいのもあって、再現を維持し続けるのが難しいのが辛いですね。

 

「……ふぅぅぅ」

 

 再び意識を落としていく。

 目の前にいるのは、俺と同じ笑みを浮かべた華扇。お互いが同時に相手に向かって駆け出す。

 攻め込むタイミングは同じだ。あとは、純粋な力比べだが俺の勝ち目はない。純粋な力であれば華扇に軍配が上がる。故に、衝突後素直に力比べはせずに次の行動を起こす。蹴り上げて気絶を狙うが上半身を逸らす事で避けられる。もちろん、避けられるのは想定済みだ。即座に次の手を放つ。

 そんな感じで記憶の華扇さんと戦っていくが、結果はいつも同じ。今回も時間切れだった。

 

「…記憶の中とは言え、殺させてくれませんか華扇さん」

 

 自分での再現というある意味、都合よくいく世界ですら華扇さんは殺させてくれない。その事実を確認する度に私は歓喜で震える。

 茨木華扇という仙人は、終雪雫という死神が持ち得る全てを賭しても殺せるのか分からないという事実。それが堪らなく嬉しい。

 役目を放棄したという訳ではない。それを放棄すれば私は消滅するだろう。……あとどれくらい私は外で活動出来るのだろうか。

 

「さてとそろそろ人里に行きますか」

 

 幻想郷では、人里が大きく発展する事はないという。八雲から聞いた事だが、妖怪を恐れて貰わなければ困るからという事だ。

 人は未知を既知に出来る生命体であり、私達は彼らの恐怖心から生まれている。大元が無くなればそれは当然、我々の消滅に繋がる。

 私個人としては人には、尊敬の念がある。ごく僅かな限られた時間でその命を燃やし、物事を成し遂げる。肉体を用いた戦いであれば私も強者になるだろう。しかし、それは無限にも等しい時間を費やしたからだ。人の様に睡眠や食事を取らなくても害はない。

 一年という時間を全て鍛錬に注ぎ込む事も出来た。だが、人間はそうではない。

 食事をして、睡眠を取られなければ肉体は弱り短い時間をより短くする。故に、それらの時間も確保した上で自らが思い浮かべる極致へと向かっていくのだ。一武人としてこれを尊敬しない訳がない。

 

「…まぁ、こうして呑気にお団子を食べている仙人様もいるのですが」

 

「んっ……顔を合わせての第一声がそれですか雫!?」

 

 甘味処で山になった団子に目を輝かせ頬張っていた華扇さん。ある程度時間は決めてますが、よく人里で会いますね。

 暇なんですかね仙人は。少し呆れながらも予期せぬ会合に心躍る。

 

「それ、全部一人で食べきるおつもりで?」

 

「そのつもりですけど…」

 

「太りゴッ!?」

 

 続きを発する事は出来なかった。凄まじい勢いで、華扇さんが団子を3本手に取り、私の口内に叩き込んできた。

 別にこれで死ぬ事はないけど、万が一串が貫通したら人里中で悲鳴が上がるぞ。

 

「それあげます。それに、これから激しく身体を動かすんですから太りませんよ」

 

 とりあえず口の中に放り込まれた団子を咀嚼し、一旦串を掴み口から話す。

 

「んっ…むしろ返せと言われたらどうしようかと思いましたよ」

 

 やはり美味しいですねと言いながら華扇さんの隣へ座る。今日も相変わらず人里は平和だ。生命に溢れている。

 楽しげに笑う大人達。無邪気に駆け回る子供。空を見上げお茶を啜る老人。

 あぁ、やはり良いものですね。生きているというのは。

 

「ふふっ」

 

「どうかしました?」

 

 隣の華扇さんが笑う。殺し合いの時の様な笑みではなく、朗らかな優しい笑みで。

 

「人が好きなんですね」

 

「…好きかどうかは分かりませんが、短い時間で何かを成し遂げ活力に満ちている姿というのは尊敬に値します。

 だからこそ、それを終わらせる私達は彼らに悔いない終わりを迎えさせなければならないのです」

 

 私には分からない苦痛や困難に満ちた時間を過ごした筈だ。死ぬ瞬間まで後悔に濡れて終わるというのは、余りにも報われない。

 だから、死神は優しい夢を見させてその命を刈り取る。私は不得意だが。そもそも、そういう殺し方をしてたのはどれほど前だろうか。

 

「…人はそこまで弱くないわ。後悔はあってもそれを継ぐ次代がいるのだから。

貴方達から見れば、確かに短く苦しい生命かもしれない。だけど、人はそれを笑って過ごせるのよ」

 

「……あぁ、確かに。かつてそんな仙人がいた気がします。名前も姿も覚えていませんが」

 

 彼は天下無双の武人になると言っていた。その為に、寿命の枷を外し私が対処する事となった。

 私がこうして今ここにいる事から分かる通り、その武人は私に敗北した。彼の最期の言葉を思い出す。

 

『あぁ……残念だ…某はここで潰えるか…天下無双には終ぞ至れなんだ……か、かかっ!だが、実に良き死合いであったぞ死神!

見ていたか!!我が弟子よ!!某はここで死ぬ!だが、お前は至れ。そして、我が武を天下無双にしてくれ!は、ははははは!!!』

 

 目的を果たせなかったというのに彼は笑っていた。当時の私には何故笑っているのか分からなかったが、今なら分かる気がする。自分の全てを持ってしても超えることの出来ない壁と出会い、全てを賭けた。自分は死ぬがその戦いは武は受け継がれる。

 彼は詰まる所、自分の武がどこまで通用するのか天に届き得るものなのか試したかったのだろう。

 

「ね?人は貴方達に優しい死を貰わなくても、満足して死ねるのよ」

 

「そうかもしれませんね。ですが、それと私の使命は別です。

 私でなければ満足のいく死を迎えられない人がいるかもしれない。私はその為に存在し続けますよ」

 

「残念。仙人に誘うのをアリかと思ったのに」

 

「死神をクビにされる事でもあれば考えておきましょう」

 

 自分でも驚くほどあっさりと出た言葉に内心驚く。

 どうやら私は華扇さんと共に仙人をやるというのを悪くないと思っている様だ。

 

「クビって…ふふっ、でも雫と一緒に修行するのも良いですね。退屈しなそうで」

 

 人里を照らす太陽の下、輝く笑みを私を見ながら浮かべるものだから。余りにも綺麗なその表情に私は魅入られる。

 何故、こんなにも彼女の表情一つ一つに私は魅入られるのだろうか。

 

「とても疲れそうですけどね」

 

「む。何故ですか?」

 

「俺と華扇だぞ?修行が殺し合いになるだろ」

 

「……死神で無くなっても私を殺そうとするのですか?」

 

 すぅぅと目を細め、俺の内心を推し量ってくる。

 わざわざ答える必要があるのか?まぁ良い。言葉として出して欲しいのなら出してやろう。

 

「お互い、自制できると思うか?感じた事ぐらいあるだろう。俺と永遠に殺し合いたいと」

 

 華扇の胸を指差し、俺の胸も指差す。

 

「ここが互いを求めてやまないんだよ。死神であろうと仙人であろうと俺はお前という女に溺れている。

 抜け出すことなんて出来ないししたくない。どんな形だろうと俺達は殺し合いを避ける事はできない。違うか?」

 

 第三者の目がなくなれば。暴れても問題のない環境に行けば。修行という名目で手合わせでもしたら。

 殺し合いという手段を、心の渇きを潤す唯一の術を求めずにはいられない。ゆっくりと全身を巡る毒の様に中毒性の高いソレは既に俺という存在を侵食し尽くしている。もうすでに抜け出すことなんて不可能なんだ。

 

「全くまだ、私達の時間じゃないのですよ?でも、そこまで熱烈に求められるのは悪くないですね」

 

 会話だけ取れば男女の愛の囁きにも聞こえるかもしれないが、そうではないのを俺と華扇の表情と雰囲気でわかる。

 人里を歩く人には気づかれない様に、小さくだが確実に闘志満ちた笑みを浮かべる。あぁ、ここが人里でなければ今すぐにでも…!

 

「あらあら。こんな所でお熱いですわね」

 

「「!?」」

 

 俺も華扇も近くに寄られるまで気がつかなかった。

 

「うふふ。互いしか見えていない様でしたので。

 ーー気をつけないと愛しい方を失ってしまうわ。こんな風に」

 

 スルリと華扇の首へと手を伸ばす女性。間合いが掴み辛い……仙術か。

 しかし、それはよく見た。華扇へと伸ばされる手を横から掴み、目の前の女性を睨み付ける。髪から何まで青で統一された女性。

 こちらを値踏みしてる様な視線と真正面から向き合う。

 

「……悪いが、その程度で死ぬほど安い女ではないし見逃すほど俺も甘くない」

 

「ふ、ふふっ!良いですわぁ……その目、その空気、紳士であろうとするお姿より魅力的に見えますわよ?」

 

「…喜ばれましてもね。それで何者ですか?」

 

 スッと手を離せば大人しく引き下がる。くるりとその身を翻し私達を見るその目はなんとも欲に塗れていた。

 直感が囁く。こいつはめんどくさいと。

 

「これは失礼。私は霍青娥、以後お見知り置きを。死神さん?」

 

 ……悪い奴ではない気がする。欲に素直なだけで。

 いや、それを悪いと捉えれば悪いんだが。誰かを貶めようとかそう言う類の悪意からは程遠い気がする。

 

「えぇ、どうも。私は終雪 雫。覚えなくても大丈夫ですよ」

 

「あらあら、随分と嫌われたものですわぁ。ただの女にそこまで警戒しなくても良いのですよ?」

 

「ただの女性は仙術なんて使いませんので。それと私を一目で死神とも見抜きませんよ」

 

 私の返答何がおかしいのか笑い始める青娥。

 

「…なんですか」

 

「いえいえ…ふふっ、仙人様と殺し合いをしてる時と全く違って真面目すぎて。おっと、今はまだそこまで長居する気もありませんし。

 とりあえずお近づきの印にこちらをどうぞ。興味があれば是非、次の機会にお話をしましょうね〜」

 

 私と華扇さんの間に何かの本を置いて、立ち去っていく青娥。呼び止める理由は私達にないのでそのまま見送るが…

 一体、なんだったんだあの女性は。

 

「…これ、道教ですね」

 

「アレで宗教家なのですか……なんともちぐはぐですね」

 

 そう言いふと思ったが口には出さない。そうでした、私の隣に座る仙人も甘味は大好きだし、戦いには溺れる。

 割と欲に塗れているなと。それならまぁ、ああいう宗教家が居ても問題はないでしょう。

 

「どうします?一緒に私の屋敷まで行きますか?」

 

 団子を食べ終えた華扇さんに提案される。空は赤くなりカラスが鳴く夕暮れ、まだ私達の時間ではないが妖怪の山に到着する頃には良い時間になっているだろう。青娥の襲来で気が逸れてるし我慢できるだろう。

 

「行きましょうか。時間は無駄に出来ませんし。あぁ、そうでした。これ、先程貰った分のお金です」

 

「へ?…あぁ!あの団子の良いですよ!私が勝手に食べさせてしまっただけですし」

 

「しかし、華扇さんが注文したのを食べたのは事実です。それなら私が払うべきでしょう」

 

 私が差し出したお金が一瞬なんなのか全く理解していなかった華扇さんに説明する。

 結局このあと、私が前回飲みを奢ったのを理由に華扇さんが払うことになった。言い合いしてたらどちらも譲らなかっただろうと予測できる。人里を出て妖怪の山へと向かっていく。

 

「雫は何か夢って持ってます?」

 

 しばらく無言で歩いていると唐突に華扇さんが聞いてくる。

 

「夢ですか?……特にはないですね。私には私が死神として全うすべき役目がありますから」

 

 夢や目標を持たなくても問題はない。なぜなら私には死神として果たさなければならない役目がある。

 それ以外を考える余裕がなかったのもあるが、必要性も感じていない。だが、どうやら華扇さんは違う様だ。少し悩んだ素振りを見せたあと、語気を強め話す。

 

「それはあくまで死神としてでしょう?私が聞きたいのは、終雪雫として何かないのか?ってことです。

 役目とかそういうのを聞いてるんじゃないんですよ」

 

 ぷくっと頬を膨らませ抗議する華扇さん。

 

「……不躾な質問だと分かって聞きますが、その二つに何か違いがあるのですか?」

 

 私にとっては死神としてやらなければならない事と、私個人でやりたい事に差はない。

 終雪雫は死神である。これは変える事なんて出来はしない。

 

「役目は義務ですが、夢は貴方個人で決められるですよ。何をしたい、何かを成し遂げたい、何かが欲しい。

 種族や血筋などの生まれによる決め方をせずに貴方が自由に決めて良いのが夢です。私で言うなら天道歩める仙人になる事です」

 

 なるほどと思いながら思案する。しかし…種族や血筋で決まらないもの。私にそんなものがあるのだろうか。

 仙人を殺す事。それは死神としてやらなければならない役目でありこれまでも、これからも変わらない。ならば、私がやりたい事とはなんだ?死神としてではなく、私個人としてやりたい事。………分からない。これまで考えもしなかったものを考えろと言うのは難しい。

 

「そこまで眉間にシワを寄せなくても…楽に考えて良いんですよ?」

 

「そう言われてもですね……今までずっと役目以外は興味なかったのです。

 死神とは、命の終わりを告げる存在。私はそうあるべきだとずっと生きてきましたから。個人の夢や目的など必要ないと。何故なら、私は死神なのだからと。だからこそ、仕事に生きこの力を手に入れたのです」

 

 そもそも、こうして殺す対象と話していることすら珍しい。今までの相手は私を撃退するべく即座に武力行使を始めたり、そもそも何を言っているのか理解できなかったりと対話すらままならない事が多かった。私を撃退し、今の様に親しげに話しかけてくる相手など…華扇さん以外にいなかった。同僚である他の死神や上司である四季様とも私はそんなに話していない。

 あぁ、そうか。私は他者とこんなにも関わっていなかったのだな。だから、自己で完結した言葉や概念しか分からないのか。

 

「んー…これは思ったより重症…」

 

 横を見れば私の事なのに自分の事のように悩んでくれている華扇さんがいる。

 私はこんなにも誰かの為に悩んだ事があっただろうか?こんなにも誰かの為に自分の時間を使えただろうか?……そうだな、もし私が夢というものを持つのならーー

 

「貴女を知りたいです。華扇さん」

 

 そう。私の知らないことを次々と教えてくれる華扇さんを知りたい。

 

「……へ?」

 

「夢ですよ。今の私には死神としての役目以外に思い付く事がありません。考えてみれば随分と生きているのに、まともに接して会話をした事があるのは華扇さん。貴女だけなんです。こうして話しているだけで、私には知らない事を教えてくれる。そんな貴女を知る事が出来れば私にも成し遂げたい夢が出来るかもしれません。だから、その前段階として私は貴女を知りたいと思ったのです」

 

 殺すべき対象を知りたいと思うのは不自然だが、この人を殺すには私にはまだ何かが足りない。もしかしたら、それは夢かもしれない。

 だから、彼女から知り得る事、盗める事は盗んでいこう。

 

「わ、私はそんなに高尚な存在じゃないですよ!?」

 

「えぇ。知ってますよ。でも、私が知りたいともっと関わりたいと思えたのは貴女が初めてですから」

 

 話していれば早いもので妖怪の山にある華扇さんの屋敷へと到着する。

 天を見上げれば輝く月が見える。あぁ、私達の時間だ。

 

「ーーですが、これは別です。今宵も良い月だ。言葉でのやり取りは一先ず十分。これよりは、命の取り合いといこうか?華扇」

 

「全く……良いんですか?私を知りたいんでしょう?」

 

「あぁ。だが、殺し合いの最中でも十分知る事は出来るとも。それにそれとこれは別だと言っただろう」

 

「愚問でしたか。良いでしょう、先程お預けを食らいましたし……私も我慢の限界です」

 

 満月の下、三日月を浮かべて向き合う。既に闘志も殺気も十分。

 

「「さぁ、存分に殺し合おう!!」」

 

ーー三度目の殺し合いが、今開始された。

 




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300年目後半

 肉食動物は獲物を喰らう際、即座に襲いかかるのではなくタイミングを見極めるという。闇雲に追いかけ回すより隙を突いた方が労力なく仕留められる。捕食者であるからこそ磨かれた知恵だろう。

 

「「はぁぁぁ!!」」

 

 極上の存在を前にそんな我慢なんて出来ない。俺たちは隙など知ったことかと相手へ駆け出す。

 もう待ちに待たされたんだ。我慢なんて出来ない。華扇の拳は俺の腹部へ、俺の拳は華扇の顔面へ突き刺さる。一瞬、不快感を感じるが高揚感が全てを打ち消す。それは華扇も同じ様だ。笑みを浮かべたまま、グルンと顔を向け俺の頭を掴み叩きつける様に自分の膝へ俺の頭を持っていく。それは流石に不味い。

 

「ふふっ、流石ですね」

 

 華扇の膝と自分の頭の間に手を置き、耐える。そのまま、純粋な力比べをしていても俺に勝ち目はない。片手で華扇の顎を掌打でかち上げる。拘束から解放されると同時に華扇の脇腹を抉る様に捻りを加えた拳を放つ。しかし、左手で受け止められる。

 直後、俺の腰に何かが巻きつく感覚が走る。不思議に思いながら下を向くと華扇の左腕。それに巻き付けられている包帯が巻きついていた。

 

「うぉ!?」

 

 華扇が身体を捻るとそれに連動し、俺の身体が宙に浮く。おいおい、怪我とかの類ではないと思っていたがそれは聞いてない。

 本来、あるべき場所に右腕はない。あの時の違和感はこれだったか。グンっと引っ張られる感覚と共に近くの木へ俺の身体が叩きつけられる。

 

「グッ!」

 

 肺から一気に空気が放出される。

 しまったな…驚きで動きを止めていた。再び身体が引っ張られる感覚に襲われる。今度は華扇自身へと引っ張られる。伸縮自在とは面白い。巻きついているとは言え、両手は自由だ。驚いていなけば幾らでも対処はできる。俺を引っ張り迎撃する様に蹴りを放つ華扇。拘束されているが故に、必中の一撃。腹部に突き刺さる脚を両手で抱きかかえる。既に地に脚はついている。

 横薙ぎする様に華扇を持ち上げ、地面に叩きつける。腰から包帯が離れたのを確認して離れる。

 

「一撃喰らってからの対応が早いですね…戦い慣れてるだけはあります」

 

「一切、防御なしで受けきってる奴に言われても」

 

「素直に受け取ってくださいよ。褒めてるんですから」

 

 何事もなかった様に立ち上がる華扇。多少のダメージは入ってるだろうが殺すには足りない。

 少しだけ距離が空いてる今なら、溜めが必要な攻撃でもいけるか。両脚に力を込め、一歩踏み出す。その一歩で地面が爆ぜる。

 

「ふぅぅぅぅぅ」

 

 武術において踏み込みは大切な役割を持つ。相手との間合いを詰めるため、重心を落とし次の動作へ素早く繋げやすくしたり、技そのものの威力を上げたりなど。自分が放った技の勢いに自分が負けていたら意味がない。つまり、華扇なら気がつく。俺が高威力の攻撃に転じようとしていると。

 構える華扇を見ながら、もう一歩踏み出す。そのまま脚を前に出す速度を上げていく。もちろん、込める力は減らさない。爆ぜていく地面と共に華扇との距離を詰めていく。霊力もたっぷり込めた一撃受けてみろ華扇。

 

「崩落衝!!」

 

 最後の踏み込みと同時に華扇へ拳を突き出す。彼女は腕を交差させそれを受ける。

 華扇と俺の間を行き場のなくした空気が凄まじい勢いで駆けていく。周囲の木々が発生した衝撃波で吹飛ばされ、華扇が形成していた結界が一時的に揺らぐ。

 

「…はっ、ははははは!!雫、本当に貴方は最高だ!」

 

 だが、彼女は笑う。俺だけを真っ直ぐと見つめるその目はもっと闘争を望んでいる。

 

「その言葉、そのまま返すぜ華扇!」

 

 そんな目で求められればこちらも昂るというもの。

 再度、地面が爆ぜるほどの力を込め今度は飛び上がる。華扇の脳天目掛け振り下ろすかかと落とし。それを振り上げる拳で防ぐ華扇。

 勢いで回転し、着地をする。直後、背筋に走った寒気に従い両手で地面を押し後方へ跳躍。俺の頭部があった場所に華扇の脚が叩きつけられる。あのまま、動かなければ赤い花を散らしていた。

 

「もっと…もっと…もっと戦いそして、果てましょう!雫」

 

 先ほどの一撃で何かスイッチが入ったのか普段以上に凄惨な笑みを浮かべ、俺を求めてくる。身を貫く様な殺気でさえ心地よいと感じる自分自身の感性に狂ってると自覚しながら、同調する様に俺も笑みが浮かんでいく事を自覚する。

 やはり、華扇との殺し合いは楽しいなぁ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もし私が今、初めて彼が放った崩落衝の様な攻撃を受けたり知ったのだとしたら間違いなくそこでこの命は落としていた。

 感謝しますよ勇儀。戯れとは言え、私によく見える場所で見せてくれた事を。もしそれがなければ、私はとっさに受け止めるのではなく流す事を選択出来なかったでしょうから。

 雫の放ったあの一撃はそれだけのものだった。現に左腕は痺れている。感覚的に骨にヒビが入ったりもしかしたら折れてるかもしれない。そんな攻撃を受けて、私の本能は殺す対象として雫を選んだ。その事実に私は歓喜した。

 この現世の地獄でも私はまだ、忘れていない。ただの欲ではなく、一個の生命体として闘争を求める感覚を。

 

「雫!感謝しますよ、私にもまだ死を恐れる気概はある様だ!」

 

 楽しいと感じていたものが全て楽しいと感じられず、何もかも気力が削がれ、それでもなお存在する為に仙人を選んだ。

 私は今に至るまで、ある意味惰性で生きていた。失い出来た大きな穴を埋める。それが唯一の目的だった。仙人になり天道を目指す。その精神は忘れないが、もし私を討伐する様な人間がいればそこまでの抵抗をせずにこの命を差し出した。それぐらいは地獄だった。

 

「それは俺に対する挑発と捉えて良いんだよなぁ華扇!」

 

「ただ、殺されるなら貴方が良いと思っただけですよ!」

 

「んじゃあ、殺されてくれよ華扇」

 

 互いに跳躍。空中で重力に身を任せ落下しながら、拳を脚を相手に向ける。

 今なら間違いなく思える。私は殺されるのであれば雫に殺されたいと。着地すると同時に鏡写しの様に放った蹴りがぶつかり合う。こういう時の雫は即座に行動を起こす。純粋な力で私に勝てないと分かっているから。

 

「殺されませんよ。言ったでしょ?私は貴方とまだ共に時間を過ごしたいと」

 

 なら、そこに隙が生まれる。

 脚を引いた瞬間の彼に一気に詰め寄る。片足で詰めるから、速度は出ないが私の身体能力なら出来る。驚いた雫の顔。不意を突かれ驚いた状態でも拳を私の顔に向ける反応速度は流石ですが、軽いですよ。簡単に弾き、守りのない頭を横から上げたままの脚で蹴り飛ばす。

 面白い様に回転しながら飛んだ彼を追いかける。今の私は攻めたい気分なのだ。

 

「おいおい、苛烈だな!」

 

「そういう気分なんですよ!」 

 

 奇襲からの畳み掛けが成立する相手ではない。

 追いかけ、首を掴もうと伸ばした腕は叩き落とされる。ううん、締め落としたかったなぁ。気絶でも良いからしてくれれば彼を眺める事が出来るんだけど……ってなんかこの思考危なくない?

 

「考え事とは余裕だな?」

 

「しまっ!?」

 

 ほんの一瞬だけ思考がズレたのを雫は見逃さなかった。スルリと蛇の様に雫の腕が私の腰に巻かれる。私を持ち上げ、岩石落としの様に叩きつける。上半身が軽く地中へ埋まる。ほんと、私だから良いけど容赦ないわね。

 両足をつかまれる感覚がする。直後、大きく捻られる。力を込めてその捻りに抗う。不味いですね、このままだと遅かれ早かれ骨が砕かれる。とは言え、流石にそこまで簡単にやられる訳にはいかない。地中で手を開き仙術を使う。何もない所で火を着けるだけの仙術だが、過剰なほど霊力と妖力を流し込む。本来の想定を超え、地中で大爆発する。

 

「自爆覚悟か!?」

 

「そうでなければ抜けられませんからね!」

 

 爆発の勢いを利用し、飛び上がる。多少、火傷を負ったがこの程度なら少しすれば治る。

 そんな事より眼下の雫だ。見下ろせば、相変わらずの笑みを浮かべて私を見上げ、殺意を向けてくる。平時は活力の無い目をしているが、私と殺し合いをしている時だけ見せてくれる狂気の目。その目を真っ直ぐに見つめる。

 

「まだやれますよね!えぇ、私も貴方もこの程度ではない!」

 

 仙人を殺してきた雫に仙術を使っても効果は薄いと今まで思っていた。だから、単純な肉体でのみ戦ってきたが使える術は全て使わないといつか、本当にこの人の牙は私の首を掻っ切る。えぇ、文字通り私の全てをぶつけていくから。死んでも許してね雫?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上に飛んだ華扇の両腕に風が集まっていく。仙術か、風の類を操る仙術はかなり多い。

 ひゅうひゅうと風が吹き、その全てが華扇へと集約されていく。一瞬、痛みを感じ腕を見ると薄く斬られている。なるほど、鎌鼬の類か。拳での殴り合いも楽しいが、今度は術勝負か?華扇。悪いが、仙術は見慣れている。

 

「はぁぁ!」

 

 集められた風が刃となり向かってくる。不可視の一撃だが、刃として操る為に必要な霊力を捉えれば十分目で見える攻撃だ。右腕に霊力を流し、構える。風の刃が俺に当たる少し前に拳を目の前に突き出す。

 

「霊衝波」

 

 纏わせた霊力を解き放ち、性質を与える。与える性質は風。

 華扇が生み出した風の刃、その内側から爆ぜるように俺の霊力が解き放たれる。無論、急に内側から圧力を受け刃は暴走。俺には当たらない。風の刃が四散していくその瞬間、俺の目の前に桃色が現れた。

 はっ、やってくれる。技を放つと同時に移動。この戦術は俺の目眩しか!

 

「せいやぁぁ!!」

 

 おおよそ女性が出して良い声と共に強く踏み込まれた拳が向かってくる。それを咄嗟に、受け止めるが踏ん張りが足りず防いだ体勢のまま、吹き飛ぶ。空中で体勢を立て直し、前を向く。すでに華扇はいない。気を巡らせ、殺気を辿る。下から迫りくる気配に身をズラし対応する。勢いよく、拳を振り上げた形で現れた華扇。避けたと同時に俺を見る。そして、振り上げた拳に反対の拳を合わせ俺に向けて振り下ろす。左腕はくれてやる。だが、その代わりガラ空きの横腹を遠慮なく殴らせて貰うぞ華扇!

 

「この程度!」

 

 自分の頭を守るように突き出した左腕からミシッと嫌な音が鳴る。しかし、一撃は受けきった。返す一撃で華扇の横腹を殴り飛ばす。

 しっかりとした手応えが右腕から伝わる。

 

「ぐっ…まだだ、これぐらいで私は死なない!」

 

 鳩尾に痛みが走る。込み上げてくる不快感と共に頭を下げれば華扇の膝蹴りが直撃していた。さっきの一撃で怯みすら無しか…!

 呼吸の邪魔になる血は吐き出す。地面を俺が吐いた血が彩る。ここまで血を流したのは何百年ぶりだろうか?

 未だに鳩尾にめり込んでいる華扇の足首を掴む。自分から引き剥がすようにその足を引っ張り、地面へと叩きつける。

 

「ゴホッ!」

 

 叩きつけた華扇の口から空気が抜けていく。この瞬間なら衝撃と空気が一気に身体から抜けた影響で即座に動けないはずだ。

 足首を離し、華扇へ馬乗りになる。さっきの一撃で左腕に上手く力が入らないが、関係ない。両腕に力を込めひたすらに華扇目掛けて拳を振り下ろす。何発か良いのが華扇の顔へ叩き込まれる。両手で防ぐ事を試みているようだが、酸欠気味の動体視力では捉え切れていない。そのまま、右手に霊力を流し華扇の首を斬ろうとしたタイミングで華扇の両足が俺の首へ巻きつく。

 

「カッ……クッ…」

 

 なんつう身体の柔らかさしてんだよ…!

 

「…全く、何度も私の顔を殴ってくれましたねぇ…お返しです」

 

 ググっと首を締める力が強くなっていく。不味いな…このままだと絞め落とされるというか、首の骨が保たない。

 どうにかそれより早く外したいが、基本的に腕より脚の方が力強い。元々単純な力で勝っている華扇には抗っても不利だ。それなら…!

 華扇の脚を振り解こうとしていた右腕で華扇の首を握る。

 

「なっ……この…状況で……」

 

 俺より早くこいつは酸欠状態だった筈だ。なら、この我慢勝負は華扇の方が先に根をあげる筈。俺の首を締める力に比例するように華扇の首を締める力を上げていく。さぁ、離せ!お前の方が苦しい筈だ。

 頭が少しずつだが、ボーッとしてくる。それでもなお、華扇はまだ離さない。

 視界が明滅し始める。酸欠で意識が途切れ始めた。だが、華扇は離さない。

 

「「……!!」」

 

 視界が暗転してる時間の方が長くなってきた頃、ほぼ同時に拘束を解除して離れる。身体の細胞が、酸素を求めて止まない。

 それは華扇も同じようで激しく呼吸している。血の味を感じながら呼吸しているとやがて呼吸が整っていく。俺が人であれば恐らく今ので死んでいた。そう思えるほどの拘束と息苦しさだった。呼吸を整え、華扇を見る。向こうも俺を見ていた。

 窒息によって意識を失いかけてもなお、鋭い眼を向けてくる。此度の華扇はやたらと好戦的だ。散々、我慢させられてきたから開幕からお互い身をほとんど守っていない。しかし、華扇は殺すための俺とは違い、基本的に受動的だ。今回は俺を殺すつもりで来ていた。

 

「…あぁ、残念。気絶してくれなかった」

 

「あのままならお互い意識を失うしかない。それは味気ないだろ?もう時間がくるしな」

 

 やや擦れてしまったが、言葉は紡げた。華扇との殺し合いは比べるまでもなく何よりも楽しい。

 だが、なんだこの違和感は?華扇はナニカ、良くないものを呼び込もうとしてないか?

 

「時間?あぁ、もう月が……そう。もう終わり……」

 

「…華扇。俺とお前の殺し合いは100年に1度だけだ。分かってるな?

俺は仙人であるお前を殺す。それ以外はどうでも良いが、このルールだけは守らなければならない」

 

 時間が近いというとに嫌な勘に引きずられ対話を選ぶ。だが、どうやら効果はあったようだ。

 俺の言葉を受け、華扇はゆっくりと月を見上げて暫くして、自分で自分の顔を殴った。は?何してるんだ?

 

「お、おい華扇?」

 

 顔を殴り俯いていた華扇が俺の声を聞き、顔を上げる。その顔は普段の華扇だった。先ほど感じたナニカの気配はしない。

 

「…私が甘いばかりにいらぬ心配をかけました雫。さぁ、今宵最後の祭りを始めましょ?」

 

 スッと構えを見せる華扇。普段通り、澄んだ闘志と殺気を放っている。

 とりあえず、落ち着いたようだ。すでに時間はない。華扇の鏡写しのように俺も構える。一瞬、目を丸くするがやがて微笑む華扇。

 

 同時に駆け出し、交差した一撃は、互いの顔を捉えていた。それと同時に月が天上に昇り詰める。

 殺し合いの期間は終了した。俺も華扇も意識は失っていない。あぁ、今回も殺せなかった。

 

「今回も殺せませんでしたか……」

 

 攻撃をその身に受け続けていた代償が返ってくる。……高揚感が消えればこれですか…全く、我ながら戦闘狂いですね。

 

「…すみません雫。途中で、仙人としてはあるまじき醜すぎる我欲に駆られました」

 

 ゆっくり華扇さんがこちらに向かってきて座り込み、頭を下げてくる。んん?なぜ、こんなことに。

 我欲というのは途中から苛烈になった事を言ってるのでしょうか?正直、ここまで殺し合いを興じてきて何を今更という感じですが。

 

「…貴方の役目の事も何もかも考えず、ただ私だけのモノにしたいと思ったんです。ううっ……修行が足りません…」

 

 そう言って顔を赤くし完全にうつ伏せになる華扇さん。

 さてと、どうしたものでしょう。とりあえず、ずっと華扇さんを見下している訳にもいきませんので私も座る。ちょうど立ってるのが辛くなってきていたからありがたい。

 

「…先ほども言いましたが、私が貴女を殺すのは仕事だからです。殺し合いをしていて楽しいのもありますが。

 ですので、私が貴女だけのモノになるのは無理ですね。他にもやるべき事がありますから」

 

「分かってます!だから、醜い我欲だと」

 

「醜い?どこがですが?

欲は生きている以上避けられないもの。私とて、仕事を放棄して貴女と殺し合いをずっと行いたいと思うことあります。人も妖怪も生きる上で何かを必要とする。その為に命や尊厳を奪う事もあるでしょう。私はそれを醜いとは思いませんよ。それに」

 

 顔を上げて私を見る華扇さんに顔を近づける。

 修行不足を感じ泣いていたのか潤んだ目が私を見つめる。その目を見ながら出来る限り自然の笑みを浮かべ口を開く。

 

「私は簡単に貴女のモノにはなりませんから。欲しければどうぞ、もっと殺すつもりで来てください」

 

 敗者となれば受け入れるしかない。勝者となったものの要求を。

 私が知る人間のルールだ。敗者は勝者には逆らえない。何故なら、負けたのだから。

 

「…あーもぅ!悩んでる私が馬鹿みたいじゃないですか!」

 

 グイッと頭を引っ張られ、華扇さんの胸に押し付けるように抱きしめられる。

 

「…じゃあ、我慢しないですからね。雫が言ったんですから責任、持ってくださいよ」

 

 そう華扇さんが耳元で囁く。

 なんだろうか。良くないナニカを抑えた気はするが、他の何かを引き出してしまった気がする。とは言え、私が言った事だし今の華扇さんからは嫌な気配がしない。まぁ、今回はこんなところでいいでしょう。

 

「ふふっ」

 

「と、とりあえず離してくれませんか…」

 

「嫌。離れたければ自分で頑張って」

 

「私が疲労困憊なの分かっていってますよね!?」

 

 結局、疲労で力の入らない今の状況では抜け出す事は出来ず迎えにきた四季様に説教される事となった。

 




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迫りくる影と弟子?

オリジナル要素とかあります。あと、オリジナル博麗の巫女の登場です。
霊夢からどれくらい前の巫女かは決めてないガバガバの模様。


 夜の帳が訪れたルーマニア某所。吸血鬼伝承が未だとある存在により長続きしている。幻想郷の外であるというのに、力落ちる事なく妖怪達が活動しているのが証拠だ。まぁ、最もその吸血鬼に従属しなければならないのだが。

 

「我に服従する決心はついたか?ほら、口にしてみると良い、『貴女様の下僕になると』お前の様な弱小にプライドも何もなかろう?」

 

 首元まで少しウェーブのかかった長さの青みがかった銀髪。それに負けない鮮やかさの縦に割れた真紅の瞳。口元からは鋭く尖った犬歯が見えている吸血鬼が、自身の目の前で蹲る妖怪へと声をかける。

 

「どうした?言葉を発するだけの余力は残したつもりだが……やれやれ、我が言葉を無視するならいらぬな。殺してしまおうか」

 

 聞くものを畏怖させるカリスマに満ちた声。意志が弱い者が聞けば思わず傅き、言葉によっては自ら命を断つだろう。

 絶対王者。その言葉が相応しい。その圧を受け、口を開く。

 

「…す、すみません…余りの御威光に呑まれ言葉を失っておりました……」

 

 それだけ残し、妖怪の首が飛ぶ。

 驚愕に染まった顔が何度か跳ね、やがて壁に当たり停止する。腐っても妖怪、首が飛んだ程度ではまだ死なない。

 

「…我が許した言葉はただ一つ。我に仕えるという言葉のみ。それを悟れぬ愚者など我はいらぬ」

 

 ゆっくりと歩み、妖怪の首を踏み潰す。戻るべき頭部が消えればさしもの妖怪と言えど死に絶える。

 

「はぁ…妖怪の質も落ちたものだ……なるほど、これでは妖怪が落ちぶれていく訳だ」

 

 自身の力で見たそう遠くない未来。妖怪が落ちぶれ、やがて消える。その時は、あり得んと鼻で笑っていたがこうも連続で雑魚妖怪を見ていたらよほどの愚か者でない限り理解するだろうよと思う吸血鬼。どうしたものかと目を閉じた時、とある運命を拾う。

 

「クッ……なるほどなるほど。遥か向こうの妖怪は面白い事を考える。幻想郷か、極東も縁遠い場所ではない。

 さて、どれほどか。私の希望に沿わなければ…滅ぼしてしまおうか。美鈴!」

 

「はっ、此処に」

 

 腰まで伸ばした赤い髪の女性が傅く。目の前の主に絶対の忠義を捧げている。

 

「直ちに我の下僕達に通達しろ。極東へ行くぞ、選別の意味を兼ねて攻め込むとしよう」

 

「はっ、御意向のままに。我が主、レミリア様」

 

「…お前にそう呼ばれると少しこそばゆいな美鈴」

 

「今はそう感じかと。では、行ってきますねお嬢様」

 

 笑みを浮かべ返答し、紅鈴の姿が消える。幻想郷の底力が試される時が訪れ様としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今、良いかしら?』

 

 ちょうど仕事が終わったタイミングで八雲から連絡が来る。狙いすましたかの様なタイミングですが…まぁ良いでしょう。

 この妖怪なら暇じゃないと嘘を吐いても気が付いたら横に居そうですし。

 

「仕事が終わったタイミングですよ。暇なんですか?」

 

『偶々ですわよ?ちょっと貴方に頼みたい事があるの。来てくれます?』

 

 荒事でしょうか?いや、それにしては落ち着いた声ですね。

 

「良いですよ。四季様に話は……どうせ、貴女の事ですから話は通っているのでしょうね」

 

 返事をすると同時に視界が一瞬、暗闇に呑まれ次の瞬間には明るい場所に立っていた。これが八雲の転送術ですか。

 辺りを見渡せば鳥居や賽銭箱が見える。どうやら神社の様だ。しかし、当の八雲は何処にいる?

 

「此処ですわ」

 

「……わざわざ背後から現れる必要はないんじゃないですかね。ところで、なにを頼みたいんですか?」

 

「あの…一応、ここ神社ですから……妖怪がそんな簡単に二体も来られると困るんですけど」

 

 背後の八雲にばかり意識を割いていたせいか目の前の少女を見逃していた。脇出し紅白の巫女服を着た少女。

 身に纏う霊力は一級品だ。恐らく、ただの人間が100年全てを修行に費やしても到達できない場所に彼女はいる。

 

「あぁ、なるほど。博麗の巫女ですか」

 

「人をじろじろ見て第一声がそれですか?……紫、この妖怪は?」

 

「前に話した貴女の修行相手よ。安心して良いわ、貴女が全力で攻撃しても彼には傷一つ付かないから。

 雫、貴方に頼みたいのは彼女に霊力の扱い方を教える事ですわ。既に気付いているとは思いますけど、彼女の霊力は一級品なんだけど…その扱い方が下手でして」

 

 八雲の言葉にムッとした表情を浮かべるも博麗の巫女。しかし、それだけで反論をしないところを見ると図星なのでしょう。

 

「そういう事でしたか。別に構いませんよ。仕事として引き受けますよ、どうせする事ないですし」

 

 仕事がない時は華扇さんと甘味を食べに行ったり、人里で会話してたりするが仕事がある時は仕事が優先される。

 私の返答を聞き、博麗の巫女は私を睨み付ける。

 

「…本当に強いんですか?」

 

「調べますか?全力で良いですよ」

 

 このタイプの人間は挑発すれば簡単に乗ってくる。目の前の博麗の巫女が霊力を吹き出させる。

 確かに出力としては申し分ない。しかし、あれはただ溢れ出させているだけだ。巫女が持っていた大幣を私に向ける。大幣の周りをこれまた大雑把に霊力が纏わり付く。

 

「これが私の全力全霊です!」

 

 砲撃の様に大幣から霊力が射出される。

 ふむ……確かにこれは純粋に力の弱い中級程度なら消炭に出来るかもしれない。だが、私の様に霊力や妖力のコントロールに長けている者、上級やそれ以上の存在には全くと言って良いほど通用しないだろう。余り趣味ではないが、これから教える事になるのなら強さは見せつけておいた方が良いだろう。

 

「…この程度ならまぁ」

 

 片手に霊力を流し、密度を上げる。向かってくる霊力に対し軽く横撫でする様に触れる。それだけで、巫女の霊力は霧散していった。

 

「なっ!?」

 

 驚愕に染まった表情を浮かべる博麗の巫女。そのまま膝をつく。

 あれだけ遠慮なしに使えば身体への反動もあるでしょう。博麗の巫女へ近づいていき、その首を斬る様に手を動かす。もちろん、本当に斬るわけがない。

 

「私が敵ならこれで貴女は死んでますね。制御が如何に大切か分かりましたね?」

 

「うっ……」

 

 それなりに自尊心が高い様だが、理性的な性格をしている。私の強さと言葉を理解したからこそ、悔しそうにしているが罵詈雑言は口に出さない。

 

「八雲。期間はどれくらいですか?」

 

「そうね…基本的には貴方に任せますわ。でも、早ければ早い方が好ましいですわね」

 

 敢えて期間を明言しない事で私を測っている…はぁ、ほんとこの妖怪は面倒くさいですね。

 先ほどの霊力行使的に恐らく彼女は、強すぎる霊力を宿しているが故に制御が出来てないのだろうと推測する。真面目に話を聞いてくれそうな感じもあるので、早ければ一年ほどである程度は掴めるだろう。

 

「一年です。それである程度は使える様にしましょう。その先は彼女自身が目指すべきです」

 

「なるほどなるほど。では、頼みましたわ」

 

 スキマの中に消えていく八雲。私と博麗の巫女だけとなる。

 

「さてと、引き受けてしまった仕事ですので。面倒ですがよろしくお願いしますね」

 

「…よろしくお願いします」

 

「とりあえずは貴女を休ませましょうか」

 

 霊力の使い過ぎで動けない博麗の巫女をこのまま放置するわけにも行かない。横抱きで彼女を担ぎ、軒下まで連れていく。

 

「ちょ、はな、離してください!?」

 

「あのまま放置するよりは良いでしょう」

 

 暴れる彼女を運び、休ませる。適当に水を汲み、飲ませる。

 1時間ほど休めばまた動ける様になるでしょう。此処は彼女と縁深い場所ですし。

 

「妖怪の世話に……いや、紫と取引してる時点であれなんだけど……でも、巫女が妖怪の世話になるのって……」

 

「貴女も大概真面目ですね…自分が強くなる良い機会だと思えば良いじゃないですか」

 

 休んでいる彼女の近くへ腰掛ける。神社に妖怪が来るとは思えないが、今の弱っている彼女を狙ってくるかもしれない。

 

「強くって……良いんですか?巫女が強くなれば辛いのは妖怪側ですよ」

 

「幻想郷の仕組み的に、狩られる妖怪が悪いですし。それに貴女がどれだけ強くなろうと私はやられませんからね。

 巫女が出てくる様な案件には手を出しませんから」

 

 ついでに淹れてきたお茶を啜りながら答える。妖怪が巫女に討伐される。これは人間に被害を出し過ぎた妖怪が悪い。

 人間に恐れられるのが妖怪の役目だが、やり過ぎれば反感を買い過ぎるというもの。反撃に出た人間達より頭や力が弱い妖怪ならそのうち、同じ妖怪に敗れていただろう。

 

「妖怪達は弱肉強食ですから。狩られるほど弱いのが悪いんですよ」

 

「…貴方達の価値観が私とはズレてるってのは分かりましたよ。それで修行ってなにをするんですか?」

 

「貴女が動ける様になるまでの暇つぶしとして話しておきましょうか。修行の為の確認ですが、貴女は普段霊力を使う時、流れを意識していますか?」

 

 霊力の制御に最も必要なのが流れを意識する事だ。どんな人間であれ霊力は流れている。先ほど、博麗の巫女が膝をつき疲労した様子を見せたのは、霊力が生命力に繋がっている為だ。その為一度に使い過ぎれば反動として疲労が訪れる。

 ただの人間が霊力を使えないのは、この流れてる霊力を知覚出来なかったり少な過ぎたりする為だ。巫女ほどの霊力があれば後者は当てはまらない。なら、前者かと言われれば違う。大幣に霊力を集めていたから知覚は出来ている。だが、具体的には把握し切れていないのだろう。

 

「流れ?んー……そこまで意識してないかもですね。こう集まれ〜ってやれば勝手に集まりますし」

 

 手を前に出しギュッと目を瞑る巫女。掌の前に小さな霊力の玉が出来る。

 即座に霧散していく。想定より回復が早いですね。

 

「それが原因です。あの時、私が手に集中させた霊力は貴女以下なのは気がついてますね?

貴女の霊力は密度がないんですよ。だから、簡単に打ち消される。紙袋を空っぽのまま膨らませたものと、中に何か入れておき膨らんだもの。どちらが潰れやすいかなど説明するまでも無いでしょう」

 

 一度お茶を啜る。隣から熱心な視線が来ていることから続きを求められているのでしょう。

 …少しばかり楽しみになってきましたね。この少女がどこまでいけるのか。

 

「貴女が自分で知覚できる霊力が増えれば増えるほどより強くなれますよ。私が保証しましょう。それだけの霊力を貴女は宿しています。

 その為にもまずは、集中力を高めましょう。今日から数週間ぐらいは一日を瞑想して過ごしてください。あぁ、心配なさらなくても食事や睡眠の時間はありますよ。その後、私が監視しますから神社での生活を送ってください。ただし、霊力を一切偏らせることなく全身に回してくださいね。どこか一つでも乱れれば…そうですね、私との組み手でもしましょうか」

 

「……え?」

 

 急激に青ざめていく顔。何を恐怖しているのでしょうか?これぐらいなら簡単に超えてもらわなければ困るというもの。

 お茶を飲み切り、立ち上がる。巫女の霊力も回復している、早速始めますか。

 

「では、始めますよ。好きな体勢で良いから瞑想を始めてください。意識する点は一つです。

 自身に流れている霊力に意識を向け続けること。暫くはそれだけで良いでしょう。次の段階に進むときは私が合図します」

 

「い、いや…今日はほら疲れてますから……明日からのほうが」

 

「ん?」

 

「は、はい!やらせていただきます!!」

 

 背筋を立たせ綺麗な正座をし目を閉じる巫女。さてと、私もただ見てるのは暇ですから仮想の華扇さんでも思い浮かべて身体を動かしておきますか。

 飲み込み自体はそれなりに早く巫女の周りを漂っていた霊力が既に彼女の周囲で固定され始めている。だが、まだ甘い。あれは彼女の意識に引っ張られて停止してるだけの霊力。身体を動かしながら見ていると再び霊力が霧散し始めた。

 

「集中力、切れてますよ」

 

 仮想の華扇さんの頭部に蹴りを入れながら、注意する。完全に知覚出来てる訳ではない霊力は本人の集中が少しでも乱れればああやって即座に霧散していく。本来、流れ出るのが正しいものを無理やり押さえ込んでいるのだから仕方ないのだが。

 この日は仮想の華扇さんを殺すことはできず、博麗の巫女に二十回以上注意して終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縁が連れてきた妖怪との鍛錬は正直、人間の私にはとても辛いです。理由?聞きたいならたっぷり教えますよ!!

 まずは、座禅で霊力を知覚する鍛錬の時です。彼、私を眺めるだけだと暇なのは分かるんですけど、暫くすると身体を動かすんです。ただ、身体を動かすだけなら別にちょっと音がうるさいなーって程度なんですけど、すぐに全身に鳥肌が出来るような殺気を放ち始めるんですよ。それに恐怖すると霊力の制御が乱れるので毎回。

 

「集中力、切れてますよ」

 

 って言ってくるんですけどその時、私に僅かだけど殺気がくるんでこれがまた怖いんです。お陰様で一週間ぐらいで並大抵の殺気には怯まなくなりましたよ……鍛錬の間も妖怪が暴れれば対処に行くんですけど赤ちゃんってぐらい殺気が薄く感じられますからね。おかしいなー、彼と出会う前ならそれなりに覚悟する必要があったんだけどなぁ。って、そんな事はどうでも良いんですよ。

 日が経って次の段階に進んだんですけど、瞑想して意識してた霊力を日常生活でも意識しろって難し過ぎます。乱れると彼が頭を叩いて外に連行されるんです。

 

「また乱れましたね。では、組み手です。今回は……私は右手しか使わないので来てください」

 

 こんな感じで彼に縛りが出来て組み手するんですけど。その間も霊力制御を要求されますし、体術強すぎるんですよ。

 私、博麗の巫女ですからある程度は戦えるつもりだったんです。そんな自尊心は一回で粉々になりましたけど。だって、全力で戦いに行ったのに受け流しもされず、その場から動かすことも出来ませんでしたもん。あと、あの人絶対性格悪いです。信じられます?私みたいな幼気な少女が土に塗れてそれでも向かってくる姿を見て、楽しそうに笑みを浮かべるんですよ?酷くないですか!?

 え?嫌なら逃げれば良いって?……いやその、別に心底嫌って訳じゃないんですよ。実際、彼のお陰で確実に強くなってますし。そ、それになんだかんだちゃんと褒めてくれますから。

 確か、調子が良くて丸一日ずっと霊力を維持できた日があったんですよ。その時にですね。

 

「おぉ、想定より早いですね。良いですよ、今日の感覚を忘れないでください。

 もう休んで良いですよ、今日は私が夕飯を用意しますから」

 

 頭を撫でながらそう言ってくれたんです。でも、流石に悪いので私も手伝いますって言ったんだけど。

 

「教え子が成果を出したんですから労うのが師匠というもの。いつも私の鍛錬は辛いと文句を言っているじゃないですか。

 こういう時は素直に休んでください。人はしっかりと休息が必要なのでしょう」

 

 ほとんど真顔で表情が乏しいんだけど、この時は口元がよく見れば上がってました。流石にそこそこの期間時間を共にしてますから変化にも気付けるようになりました。え?そんなに一緒にいるの?って。そうですよ、彼は私の鍛錬を見るのが仕事らしいので基本、神社に居ますし私も妖怪が暴れてる時以外は神社で鍛錬してるか、神社の掃除してますし。そうそう、彼掃除を手伝ってくれるんです。私の背や力じゃ大変なところもやってくれるんでありがたい限りですよ。

 ん?何もなければ24時間一緒に過ごしてるんじゃないかって?流石に寝る時とかは別室ですよ。それに彼が私に何かするとかあり得ないですし。だって、華扇さんでしたっけ仙人の。彼女の話してる時の彼はすっごく良い顔するんです。だから、私に何かするなんてあり得ないんですよ…

 

「休憩は終わりましたか?そろそろ、次の鍛錬を始めますよ。おや?手紙でも書いてましたか?」

 

「大丈夫ですよ。紫に報告するためのものですから。半年近く経ってから教えろーって中々ズレてる気がします」

 

「妖怪の時間感覚なんて雑ですからね。私の想定より貴女の成長は早いので余裕があれば、何か戦闘術でも教えましょうか。今月からは霊力を全身に回したままの組み手です。当然、私も霊力制御を行うので加減を間違えればそれなりに怪我する可能性もあるので気をつけてくださいね」

 

 その言葉を聞きながら筆を置く。今月からは戦闘術が主体かぁ……凄く脅かされてる気がする。

 でも私は知っている。これだけ脅しておいて、彼なら絶対にそんな事にならないと。だからそこだけは安心して鍛錬に励める。まぁ、気を抜いてるとちょっとした怪我くらいなら負わせてくるかもしれないけど。

 

「はい。では、今日もよろしくお願いします師匠」

 

 師匠呼びにまだ慣れてないのかこそばゆそうに身を揺する彼に思わず笑みを零しながら、歩き出したその背を追いかける。

 

「楽しそうにやってるわねぇ」

 

 彼の背しか見てなかったから後ろで開いたスキマから、書きかけの手紙が回収される音と、言葉は聞こえなかった。

 お陰様で鍛錬が終わった後暫く疲労を訴え続ける身体を動かして、手紙を探すことになったよ。ちゃんと、来たなら教えてよね紫!

 




感想・批判お待ちしてます。
あと1話ぐらいは華扇さんお留守かもしれない!


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弟子は育ち、華は……

最後の方、特殊タグを使って書いた部分があるので苦手な人がいたら注意です。


「師匠!」

 

「師匠、少しは加減してくださいよぉ」

 

「師匠痛いです!?」

 

 八雲に頼まれて引き受けたが、人を育てるというのは存外に楽しいものと知れた。私がしてきた鍛錬をそのまま課せば壊れるのは分かっていたから、適度に加減してやらせていたがそれでもただの人間にはキツイと思っていました。

 しかし、叩けば叩くほど意地なのか踏破してくる巫女に対して人間の底力を感じた。少なくとも、彼岸の霊魂達に同じ事をやらせれば即座に存在が消えるんじゃないでしょうか。

 

「師匠〜これ、辛いですぅ〜」

 

「我慢してください。霊力を用いた格闘戦というのは慣れがものを言います」

 

 泣き言は沢山言う。飲み込みはそれなりに早いが決して一度で全てを理解することはない。不得意な分野ならさらに時間がかかる。何度、私に叩かれたか分からない。それでもなお、土に塗れ立ち上がり私を強く見てくる。

 

「きゃっ!?……まだまだぁ!」

 

 立ち上がった瞬間に倒しても、即座に立ち上がる。

 あぁ、これが人の強さかと私は彼女を通して知った。どれだけ困難でも辛くてもその場で立ち止まらず向かってくる。短い時間を燃やし駆ける姿に私は魅入られる。

 思えば私が知るのは、死者か。既に発展しきり未来が乏しい仙人のみ。こうして、未完の人と接した事はなかった。私を師匠と慕い向かってくる巫女の在り方を私は好ましいと思う。

 

「攻めが甘いですよ。ただの突撃は力量差があって初めて成立するんですから」

 

 まぁ、未だに愚直に突撃してくるのは残念ですが。巫女の頭を押さえながら溜息を吐く。

 性格なのか分からないが、この巫女はやたらと正面突破をしようとする。何度も注意をしたがそこだけは変わる気配がない。大人しめな雰囲気を出しておきながら、基本的に脳筋なのだこの巫女は。

 

「うぐぐっ……なんちゃって!」

 

 ふっと押さえていたものがなくなりバランスを崩す。なるほど、受け止められるのが分かりきった上での突撃でしたか。

 重心を戻しながら正面を見る。パンっという音と出しながら巫女は両手を合わせ、離す。十分な霊力が掌に宿り淡く光を放つ。格闘戦を行なっていくうちに彼女が自分を見直し辿り着いた戦い方。

 

「せいやぁぁ!」

 

 掛け声と共に掌打が飛んでくる。殴るより彼女の性に合い霊力の把握が簡単だと言って身に付けた掌打中心の戦い方。

 握り拳より直撃した際、相手の内部を巡るダメージは上回る。だが、相手に外傷を与える事は中々ないので痛みで動きを怯ますという事は難しい。だが、純粋に力が劣る人間が対妖怪に用いるのには適しているだろう。

 向かってくる掌打をはたき落とす。巫女の顔が驚きに染まるのを見ながら、はたき落とした手を掴みぶん投げる。

 

「きゃぁぁぁ…」

 

 博麗神社の長い階段から落下していく巫女。徐々に遠くなっていく悲鳴を聞きながらその場に座る。

 手が届く範囲の石を拾いながら巫女が上がってくるのを待つ。あの程度の高さで死ぬぐらいの鍛え方はしてませんしね。

 

「…ぉぉ…しぃぃしょょおおおお!!!」

 

 ん?どうやら来たようですね。拾っておいた石を手の上で広げ、一個指で弾く。空気を切りながら飛んでいく石は私の予想通り階段を飛んで登ってきた彼女の頭部ピッタリに向かっていく。

 

「師匠!…って、あぶなぁ!?」

 

 おぉ、良い反りです。

 しかし、視線を反らしたのは頂けないですね。弾き飛ばす石をどんどん追加する。さぁ、身体を戻してから見ては反応が遅れますよ?

 

「師匠の鬼畜!鬼!死神!」

 

「私の種族名を悪口の様に使うのはやめてくれません?」

 

 私の石が彼女に当たる前より早く回避行動を取り、避ける巫女。霊力探知を叩き込んだ成果ですね。

 視線は私が飛ばした石に向いていない。意識しなければ漂うだけの霊力を自身の周囲に放出し固定する事でその領域に触れたものを探知できるのが霊力探知。本人の霊力量に探知できる範囲は依存する。

 

「散々タンコブ作ったんですから、当たりませんよ!」

 

 最短の道のりで避けながら向かってくる巫女。それに対して私の石はもうない。さらに立ち上がってもいないから、このまま避けることは出来ない。恐らく彼女もそう思っているのでしょうね。

 勝利を確信しニヤついた笑みを全く隠せていない。全く、勝つまで気を緩めるなと言ったはずですがね。

 

「師匠捕まえぶべら!?」

 

「捕まえ…何ですって?」

 

 真っ直ぐ飛んでくる彼女の顔面を真っ直ぐ正面から鷲掴みにする。

 暖かく柔らかい彼女の顔を掴みながら立ち上がる。…ちょっと暴れすぎて立ち辛いですね力を込めますか。

 

「いふぁい!?いふぁいでふ!?」

 

 巫女の必死の言葉を無視しし完全にた立ち上がる。

 

「途中までは良かったのに最後の最後で油断しましたね?」

 

「ぶぁってししょ、すふぁってるから」

 

 ……調子に乗ってましたねこの巫女。頭を鷲掴みにしたまま、右に左にと軽く振り回す。

 

「うわぁー!?」

 

「自分の勝ち筋が見えてるからと素直に突撃しない。必ず第二、第三の手ぐらい用意してください。どんな状態だろうと突破出来ると言うなら話は別ですが……この様に捕まっていてはダメですね。折角、初回の突撃に見せかけた不意打ちは褒めてあげようと思っていたのですが……」

 

「ほんひょ!?褒めて!褒めてください!」

 

「だから……はぁ、ではこれを受け止めきれたら褒めてあげますよ!」

 

 自分の頭上へと巫女を投げ飛ばす。さぁ、受け止めてみせろ博麗の巫女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤバイ!?ヤバイ!?下から感じる霊力の高まりに冷や汗が止まる事を知らない。

 チラッと下を見れば腰を落とし、右手を腰の辺りで引き絞り、左手で右手を包む様に構えている師匠がいる。高まっていく霊力に空気が震える。師匠の顔を見れば僅かに口角が上がっている。あわわ…あの顔をしてる時は遠慮がないです。

 

「…でも、師匠は越えられない壁は用意しない…!」

 

 めちゃくちゃ全身が痛くなるし、死ぬー!?って思う事が大半だけど、私の工夫次第で超えられる壁を師匠は用意する。越えられなきゃ後ですっごい長時間反省会をする事になるけど、踏破したときにいつも嬉しそうに笑みを浮かべるのだ。

 

「今回も乗り越えて…いっぱい褒めてもらうんだーー!」

 

 姿勢制御に霊力は使えない。そんな事したら師匠の一撃を防ぎ切る分が無くなる。それなら、純粋な身体能力で体勢を直すだけ。

 ぐるっと身体を捻り、身体にかかる風の力を上手く利用して師匠を見る。完全に下を見ることに成功。霊力の大半を右手だけに固め、全身には僅かに霊力を回す。予想が外れた時の予備として。師匠なら失敗しても死なない様にしてくれるけどそのつもりで対策しないと怒られる…

 

「ふん!」

 

「ここだぁぁ!」

 

 師匠の動きから予想した場所に霊力を込めた手を真っ直ぐ突き出す。霊力を捉える事が出来ない人から見れば、拳を突き上げている師匠の手の上に私が右手一本で直立してる様に見える絵面になる。……参拝者が来たら確実に変な光景ですよねこれ。お互いの霊力が干渉し続ける。どうしよう…私が込めた霊力の方が師匠のより負けている…!

 

「もっと意識を集中させろ!!お前に敗北は許されない。お前の敗北は人の敗北だ。

 敗北の景色を見るな!勝て、勝ち続けろ、博麗の巫女とはそういうものだろう!!」

 

 師匠……そうだ、私は博麗の巫女。幻想郷において大結界の守護と人の守りを任された者。

 勝つしかないんだ。私が負ければ幻想郷の人々は妖怪に命を奪われる!

 

「私は…私は負けない!」

 

 もし極限に集中した状態があるとするなら、きっとこの状態だ。今まで以上にはっきりと自分に流れる霊力が分かる。

 師匠が身に纏っている霊力の流れが分かる。それどころか視界に映る全ての生き物、物体に宿る霊力や妖力が見える。普段の私なら目を回して師匠に助けを求めるほどの情報量。その全てが理解できた。

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

 霊力を動かし、先ほど以上に掌への集める。ただ集めるのではなく密度を高めるように素早く確実に集める。

 そして、その成果はすぐに現れる。

 

「ぐっ…」

 

 師匠が呻き声を出し、膝を曲げる。私が放出する圧力に耐えきれなくなりつつある様だ。

 油断はしない。師匠の演技の可能性がある。霊力を集め、集め、集めていく。もっともっとーー!

 

「……これ以上は呑まれますね」

 

「え?ーーきゃぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 師匠が視界から消える。いや、正確には霊力の動きをは捉えていた。しかし、師匠そのものの動きが分からなかった。

 ゆっくり落下していく私を師匠は、一切の遠慮なく横腹を蹴り飛ばした。空中で光り輝きながら横回転していく私はとても面白かったと思う。って、そうじゃないですよ!?何するんですかー師匠ーー!!

 集中力が完全にきれ、集めていた霊力が霧散していく。

 

「ぎゃっ!?」

 

 それを残念そうに見てたら木に衝突した。痛いです。痛すぎます。

 背中を摩っていると師匠が歩いてやってくる。よく見ると分かる程度の笑みを浮かべながら私の頭の上に手を置きそっと撫でてくる。

 

「よく先ほどの拮抗を崩しましたね。霊力制御、大変上手でしたよ」

 

 師匠が褒めてくれてる!身体を揺らしながら自ら頭を押し付けていく。

 

「えへへ」

 

「……まったく。しかし、人間の成長は速いですね。簡単な鍛錬では無かった筈なんですが。

 必ず今の感覚は覚える様に。今回の様に都合よく、危機に瀕して発動するなんて、現実は甘くありませんからね」

 

「はい!」

 

 手を挙げて師匠の目を見ながら元気に返事する。

 

「分かってます?まぁ、良いです。明日からは精神の方も鍛えないといけませんね。

 お昼にしましょう。今日はゆっくり過ごして良いですよ」

 

 スッと手を離して神社の方へ歩いていく師匠。置いていかれたくないから立ち上がり走ってすぐ隣に立つ。

 

「待ってくださいよ〜師匠」

 

「元気ですね貴女は」

 

「師匠に褒めて貰いましたからね。元気はすぐに充填されたです」

 

「ほぅ?じゃあ、お昼を食べたら修行を」

 

「あー!あー!疲れてます。あー、身体を動かすのが辛い〜」

 

 呆れた様な顔をしながらため息を吐く師匠。僅かな表情変化でも隣で見れる優越感を楽しむ。

 私は人間で師匠は死神。時間の流れが違うから、ずっと隣にはいられない。だから、隣に居られる間くらいは居させて下さい師匠。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……暇です」

 

 人里をぐるっと見回っても彼は見つからない。彼の仕事を詳しくは把握してないけれど、100年に1度以外で彼に会いたい。

 今までも偶に出会える事があった。だから、暇があれば人里を出歩いたり初めて出会った甘味処で時間を潰したりしてみた。でも、出会えない。日に日に自分の中で大きくなる欲に私は抗えない。

 

「会いたい…雫、貴方はどうなんですか…?」

 

 ふらふらと当てもなく歩いていると凄まじい霊力を感じた。意識を切り替え、そちらへと向かっていく。

 もし、人間が妖怪と戦っているのなら助けなければ。それが仙人である私の役目なんですから。しかし、間に合う事なく霊力が小さくなっていく。それでも僅かでも生きてる可能性に賭け走っていく。たどり着いた先は博麗神社。

 博麗の巫女?……いや、結界に乱れは無い。なら、先ほどの霊力は一体?

 警戒しつつ、身を隠しながらゆっくりと境内へと向かう。

 

「師匠!今日は何を作ってくれるんです?」

 

 誰かに向かって話しかける様な声が聞こえてくる。師匠?いつの間に博麗の巫女にそんな相手が出来たんだろう。

 

「良い鮭が手に入ったので塩焼きに。漬物もそろそろいい感じでしょう、米を炊くのを任せても良いですか?」

 

 え?

 

「了解です師匠!」

 

 パタパタと走りながら水を汲みにいく博麗の巫女。彼女が出てきた場所に視線が向かう。

 嫌だ、嫌だ。やめて動かないで。見たくない声だけなら聞き間違いかもしれない……でも、見たら見てしまったら……

 

「……途中で転ばないと良いんですが。完全に気力だけで身体動かしてますし彼女」

 

 あぁ……

 

 見慣れた手入れのされてない銀髪

 

 目つきさえ良ければ人気が出るであろう整った顔立ち。

 

 私との殺し合いを得てさらに引き締り傷の増えた身体。

 

 私がずっと探していた雫の姿がそこにあった。

 

なんで

なんでなんで

なんでなんでなんで

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで………

 

なんで?私と会ってくれないの?

 

「ッッ!?」

 

 今、私は何を考えた?

 彼にだって事情がある筈だ。そもそも私達は別に男女の関係でもなんでもない。殺し殺される関係だ。束縛する理由なんてない。

 

手元に置いてしまえばいい

 

「ん?華扇さん。そこで何を?」

 

「ッッ!!」

 

「ちょ、華扇さん!?」

 

 走って逃げた。自分でもよく分からない醜いとしか言えない感情から逃げる様に。

 そんな事をしたってこの感情は私から出ているのだから逃げられる訳がない。でも、今、雫を見たら何か何かしてはいけない事をしてしまう気がする。

 感情の処理が一切、追いつかないまま私は博麗神社から逃げ出した。

 

一体、私は、どうしてしまったんだろう?

 




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自らを閉ざした華

病んでるなぁ……


 理由が分からない。だが、華扇さんは泣いていた。

 その事実に驚き、反射的に手を伸ばすが、その手が届くことはない。そもそも離れているのだから届くわけがないのに。伸ばした手に力が入らなくなり落ちる。何が起きた?何が彼女を悲しませた?何故、こんなにも私は焦っているんだ?

 考えても考えても答えは見つからない。

 

 ドンッ!!

 

 背中を叩かれ、脚が前に出る。振り返ればそこに博麗の巫女が立っていた。

 

「なにぼーっとしてるんですか?」

 

 不思議そうに首を傾げている巫女。全く気がつかなかったが、水汲みから戻ってきていた様だ。

 台所をチラッと覗いてなんの準備が出来てないのを確認し私と台所を二度見する。

 

「…え?師匠、大丈夫ですか。体調が悪いなら私が変わりますよ?」

 

「いや…大丈夫ですよ」

 

「大丈夫ならボーッと立ってないと思います……ってどうしたんですか!?」

 

 グイッと引っ張られ、顔を近づけられる。

 

「師匠!!もしかして何処か私の攻撃が入っちゃいけないところに入りました?顔色が凄く悪いですよ!」

 

 焦った顔の巫女を見て酷く冷静に自分の状態が宜しくないことを悟る。人ではない私は精神の状態にかなり引きづられる。

 仕事で無茶が出来るのは人間より精神さえ折れなければ大概どうにもなるからだ。

 

「…実はですね…」

 

 私一人では進展しない直感に襲われていた為、素直に状況を巫女に説明する。

 華扇さんという名を出した時にピクッと動いたが、話は聞いてくれてる様でそのまま説明を続ける。とは言え、詳しく説明したところで1分もかかるかどうかと言う説明。最終的には巫女は呆れの表情を浮かべていた。

 

「…はぁ…今からで良いので早く華扇さんを追いかけてください!」

 

「だが」

 

「だが、だけども無しですこの唐変木!!ああもう、師匠が感情とか考えないのは知ってたけどここまで重症でしたかぁぁぁ」

 

 頭を抱えてしゃがみながら叫ぶ巫女。あまりの姿と声量に瞬きをして考えていた事とか、思っていた事が全て吹き飛んでいく。

 今までとは別の意味で真っ白になりそれはそれですぐ動けない私を凄い勢いで首を動かし見てくる。鋭い視線に思わず半歩下がる。

 

「自分が考えてたりする事を相手も同じように考えてるとか思わない方が良いですよ師匠。

 ほら、走って追いかけてくだい。華扇さんに嫌われても良いんですか?」

 

 立ち上がった彼女にトンっと肩を押される。自分の意思じゃ動かなかった脚が簡単に動いた。

 一歩、下がり彼女に背を向けて走り出す。

 

 迷いは不思議となかった。

 

「すまない、感謝する」

 

 それだけ告げて俺は博麗神社を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幾らでも引き留められたのに良かったの?」

 

「……何がですか紫。なんのことかさっぱり分かりません。というかいるなら手伝ってねご飯作るの」

 

「え?」

 

「え?じゃない。私達は見せ物じゃないんだからそれで許してあげるって言ってるの」

 

 スキマから現れた八雲紫を雑にあしらいながら背を向け、台所に向かう博麗の巫女。その目に浮かぶ涙を見る者も掬う者もいない。

 

「……馬鹿師匠」

 

 それでも彼女は笑みを浮かべる。

 迷いは断ち切った。私は弟子として彼の側に居られればそれで良い。いつか別れてしまう私より時間を共に出来る彼女の方がきっと幸せになれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降る中、人里の甘味処、飲み屋、橋。それ以外にも華扇と共に過ごした場所を駆け抜けていく。場所が中々におかしいのは許してほしい。

 あいつも言っていたが、俺は感情とかを考えるのが得意じゃない。だから、泣いた華扇が何処に行くかなんて分からないのだ。とりあえず人里には居なそうだ。

 それなら妖怪の山か。空を飛び全力で向かう。華扇と話しながら歩いた道も見ながら最高速度を維持する。しばらくすれば妖怪の山へと到着する。いつもの見張りをしている白狼天狗が凄い形相で詰め寄ってくる。

 

「あの、あの!何をしたんですか!?凄い事になってるんですが!!」  

 

 俺も驚いている。

 妖怪の山、その華扇がいるであろう場所から凄まじい妖力と霊力が溢れ出ている。詰め寄ってきた白狼天狗には頭を下げて山に入る。雑多な妖怪達は姿を現さない。強力な妖怪達は静観を選んだのか動きはない。つまり、俺を邪魔するものは居ない。

 

「問題は……道が分からない。華扇の影響をモロに受けて、正解の道がどんどん切り替わってる……俺の速度じゃ対応できない」

 

 正解の道筋は見えてもこうも荒ぶっていては移動が間に合わない。仙人としての能力と彼女の精神状態が噛み合うとこうも難攻不落の道になるか……手を伸ばしてみるが風の壁が突如現れ、弾かれる。

 

「…華扇」

 

 弾き飛ばされた手を見つめ彼女の名を呼ぶ。見つめたまま拳を握り、目を閉じる。

 思い返す彼女との日々。何を躊躇っている?俺はまだ華扇とあの日々を過ごしたいから弟子に背中を押されてまで来たんじゃないのか。嫌われたくないんだ。このまま、華扇との関係がただの死神と仙人に戻るのが嫌なんだ。なら、俺に出来る事はなんだ?今まで何をしてきた。

 

「ふぅ…」

 

 霊力を拳に集める。俺が出来るのは力尽くの解決のみだ。

 仙術も使えるが、そんなものは見て覚えただけで齧っただけのもの。この結界を打ち壊せるほどは使えない。ならば、無理やりにでも突破するしかない。

 

「アァァァァァァァァァ!!」

 

 全力で拳を叩き込む。無理やり抜けようとする異物を認識した風の刃が結界から飛び出し俺の身体を傷付けていく。

 この身が傷付く事に恐れる必要はない。どうせすぐに治るのだから。目に見える傷より、見えない傷を負わせてしまった俺がこの程度で引き下がれるか……!

 力を込めて結界を破壊する。決して浅くはない傷が主に右手に出来たが、無視する。

 

「次…!」

 

 今度の結界は大岩か?まぁ、なんでも良い。壊して砕いて突き進むだけだ。

 

「それじゃ辿り着く前に身体が持ちませんわよ?」

 

「……何処から現れた。青娥」

 

「あら、名前覚えてくれてましたのね。ありがとうございます」

 

 ニコニコした笑みを浮かべ近寄ってくる青娥。さっきまでカケラも気配がなかったぞ。

 

「仙人様も貴方も随分と荒れてますねぇ…良ければお手伝いしましょうか?」

 

 何を考えている?

 青娥が俺を手伝う理由はない筈だが……しかし、このままでは確かに俺の身が保たない。手伝ってくれると言うのなら甘えるべきか。どんな思惑があるのかは知らないが、使えるものは使っていかないと華扇の元にたどり着けない。

 

「分かった。だが、どうやって手伝ってくれると言うんだ?」

 

「こうしてですわ」

 

 髪から簪を引き抜き、目の前の壁に円を描くようになぞっていく。

 すると、向こう側が見えるほど貫いた綺麗な円形の通り道が生まれた。壁に穴を空ける能力か?

 

「私の簪は壁に穴を開けられるの。便利でしょう?物理的な壁が邪魔をするならこの様に穴を。仙術で惑わしてくるなら私が同じように仙術で道を作りましょう。貴方様は私の後ろをついてくるだけで仙人様の元に辿り着くという訳です」

 

「お前が素直に案内すればな。別の道に連れて行こうとすればその時点で殴り飛ばす。俺には正解の道が見えているからな。

 対価は後で請求してくれ。今はそんな余裕はない」

 

 青娥を追い抜き、穴を通る。便利なものだな、簡単に向こう側に出れた。青娥もすぐにやってくる。

 

「信用ないですわねぇ。少しぐらいは信じてくださいまし?泣いてしまいますよ」

 

「……それだけ軽口が叩ければ泣かないな。次は霧か」

 

「それと迷路ですわね。闇雲に進めば方向すら分からず永遠に彷徨う事になりますね」

 

「よくこの霧で迷路だと分かるな」

 

「仙術で視覚を強化したんですよ。道教に入信するなら教えて差し上げますわ」

 

「便利そうだが、断る。案内を頼めるか?」

 

「良いですわ。こっちです」

 

 歩き出した青娥の後ろをついていく。道中では行き止まりに見せかけた正解の道もあったので青娥の簪の力で穴を開け通り抜ける。

 迷路を抜けた後も、青娥の仙術の世話になりながら華扇の元へ向かっていく。しかし、改めて仙術の便利さを感じた。降り注ぐ雷を片手を振る事で打ち消したり、荒れ狂う風雨を一言呟いただけで快晴にする。

 

「仙人の結界は基本、仙術で構成されてますの。故に、同じ仙人なら破りやすいのですよ。特に私の方が長いから簡単なのですわ」

 

「何も聞いてないが」

 

「顔に書いてありましたから」

 

 話しながら道を越えていけば、妖力と霊力の一番濃い場所に辿り着く。

 相性が決して良いとは言えない二つの力がぶつかり合い、それだけで侵入が難しい空間を形成している。青娥の力を借りればこれも簡単に抜けられるのだろうが、力を借りるつもりはなかった。

 

「青娥、助力に感謝する。この先は俺だけで十分だ」

 

「あら?良いんですか?」

 

 少しは楽しげな顔を隠してそう言う言葉を出せ青娥。こいつの気にいる方向に事が進んでいるのは癪だが、助かった事は事実だ。

 言葉を返さずに、全身を霊力で包み鎧の様にする。そのまま、一歩一歩踏み出し越えていく。全身に纏った霊力が凄まじい勢いで剥がされていく。当然だ。今の状態を例えるのなら、石や砂を巻き上げ吹き荒れる嵐の中を多少厚着をして歩いている様なものだ。

 道中で多少の傷は癒えたが、万全ではない。古傷を抉るように再び傷が深くなっていく。

 

「……見つけたぞ。華扇」

 

 嵐を抜けた先には、華扇が蹲っており、彼女のペットだろうか?霊獣達が、寄り添い俺を警戒するように牙を向けてくる。

 

「お前達の主を傷付けに来たわけじゃない。謝罪に来たんだ」

 

 周囲の嵐とは打って変わり、静かな場所。

 あぁ、此処は俺と華扇がいつも殺し合いをする場所だ。わざわざ此処を選んで彼女は閉じ籠ったのか。周囲を眺めながら歩き出す。

 

「「ガァ!!」」

 

 虎と龍が俺の両肩に噛み付く。

 痛みに顔を歪めるが、変わらず足を動かす。身体を動かすほどに二匹の牙が深く突き刺さり出血が酷くなる。この二匹は主を想っているだけだ。無理やりにでも外す事はできるが、無傷では無理だ。ペットまで傷付けたとあっては華扇に申し訳がたたない。ゆっくりと華扇に近づいていくと、やがて二匹は俺から離れる。……ありがとう。信じてくれて。

 

「……」

 

 年老いた大鷲が俺を一瞥すると、華扇の側を離れる。若い大鷲が驚いた様にそれを見るが、やがてゆっくりと離れる。

 

「華扇さん」

 

 しゃがみ、華扇さんに声をかけた。相変わらず蹲ったまま私を見る事はない。

 

「……私は貴女も同じ様に考えてると勝手に思ってました。でも、違ったのですね。すみませんでした。勝手な決めつけでした。

 恥ずかしながら、私は貴女以上に長く、深く時間を過ごした相手がいないのですよ。ずっと仕事ばかりしてましたから。他者と関わる事に関心がなかったのです。私の父も母も同じでした。そんな環境で育った私はそれが当たり前だと思うようになりました……いえ、どれだけ言葉をこねくり回してもめんどくさいだけですね。私は、華扇さん。貴女に嫌われたくないんですよ。どうか、俺を許してくれ」

 

 どれだけ体面を取り繕うと、言葉を選ぼうとも結局のところ、私は華扇さんに嫌われたくない。

 沈黙が場を支配する。言いたい事は全て言った。後は華扇さんの言葉を待つだけだ。もし、華扇さんが私を嫌いだともう二度と会いたくないと言われればどうしようか。死神として殺さなければならないが、その役目を達成できるだろうか。

 

「………わ、たしが、貴方を嫌いになる訳ありませんよ……」

 

 華扇さんが俯いたまま言葉を発する。

 

「…でも……だからこそ、不安になるんです……貴方が私以外の女性と…私が知らないところで何かをしてる……それだけで、酷く落ち着かない。醜いと分かっていても!!貴方を!ずっと、私の手元に置いておきたくなる!!四肢を捥いで、何処にも行かない様にしたくなる!!仙人になっても、雫と出会ってから鬼としての本質が、感覚を思い出してしまう!!!もう私は鬼として生きる事なんて出来ないのに」

 

 ずっと我慢していたのだろう。溢れ出した言葉と共に俺を押し倒す。彼女の両手が先ほどの傷に強く触れ、痛みが走る。

 

「…華扇さんが元々鬼である事なんて気が付いてましたよ。

 私の能力は、相手の命の大きさを見る事が出来ます。人と妖怪ではそもそも大きさが違いますからすぐに気がつきましたよ。仙人になろうともその辺は変わりませんから」

 

「なら、どうして!!……変わらず私と接したのですか……鬼として恐れてくれれば……こんなに貴方を想う事はなかったのに…」

 

 手を伸ばし、華扇さんに背中をゆっくりと摩る。落ち着いて貰うために。

 

「だって、貴女は仙人じゃないですか。どんな選択が貴女に合ったのかは知り得ませんが、簡単な道のりでは無いのは分かります。

 過去に鬼だろうが、今はその選択を選び仙人になった貴女の意思を私が否定する訳がないじゃないですか」

 

 在り方が変化する事が基本ない妖怪が、在り方を変えると言うのは想像を絶するほど難しい。

 妖怪は概念的な存在。概念が進歩する事も、変化する事もほとんどない。

 

「…自分の想いすらよく分かっていない私が、それを否定する事は出来ない。

 それに、私は貴女の願いも我欲も、否定しません。何かがあればどうぞ、私に言ってください。遠慮など必要ないです。とはいえ、四肢を捥がれるのは困るので別の願いを頼みたいところですね」

 

「分かってない……私がどれだけ酷い欲望を抱いてるか雫は理解してない!!

 貴方が、別の女性といるだけで許せない。結界がこんなになるぐらい揺らぐ。此処に来た時だって、以前出会った女性と一緒だった!!それを見て……私はまた嫉妬した。どうして、私が貴方の隣にいないのだろうって……」

 

 グジュ!っという音共に華扇の爪が、傷に喰い込む。

 そのまま、指を動かし肉をかき混ぜられる。凄まじい痛みが走る。痛みを堪える私をどことなく恍惚とした表情を浮かべる華扇さん。

 

「…あ…あぁ、なるほど……理解しました。今の貴女はこういう事が平気で…出来てしまうのですね……」

 

 背中に回していた手を戻し、華扇さんの両手を掴む。

 

「…貴女の願いなら否定しないと言いましたが……訂正しますよ。

 止まれ、華扇。それ以上は戻れなくなるぞ」

 

「……戻れなくても良いですよ………それで貴方が雫が!!私の側に居てくれるなら!!!!!」

 

 あぁ…俺は本当に愚かな選択をしていた。巫女に背中を押されてもなお、理解してない。

 今の彼女を認める事も、否定する事も全てが間違いだ。仙人であろうとする華扇と、鬼としての本能に呼び起こされてる華扇が混在している以上、片方を必ず否定してしまう。それならどうすれば良いか。

 

「……華扇」

 

 殺気と共に言葉を出すと、俺の上から華扇が飛び退く。

 傷が痛むのを無視し、立ち上がる。

 

「お前が俺の意思を捻じ曲げてでも手元に置きたいと言うなら、やってみろ。全力で抗ってやる。

 俺はお前に殺されない。何故なら、俺が殺すからだ(取り戻す)!!覚悟しろ」

 

 謝りに来たはずなんだが、何故こうなるのか。だが、俺たちにとっては一番これがお互いを理解出来る。

 

「私は殺されないし、貴方も殺さない。でも、雫が殺し合い(愛し合い)を望むなら、それで私だけを見てくれるなら!」

 

 殺すために殺すのではない。正気に、普段の華扇を取り戻すために殺し合う戦いが始まる。

 憎ったらしいほどに綺麗な月が俺たちを照らしていた。

 




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陽に照らされ華は想い開く

何度も書き直し、構想を練り直し漸く納得のいくものが出来ました。
オリジナル設定や解釈がありますがご容赦ください。


 天災。

 そう表現するのが正しい鬼化しかけている華扇の攻撃を避ける。直撃することのなかった拳はその風圧のみで、地面を抉り傷付いた俺の身体を容易く吹き飛ばす暴風を生み出す。受け身を取り、地面を転がりながら華扇との距離を取る。取ったはずだった。気がつけば、目の前に華扇は立っており、振り上げた脚を振り下ろす。

 

「…これが、鬼か」

 

 振り下ろされた脚を両手をクロスし受け止める。霊力で防御力を底上げしていても、全身の骨が軋み悲鳴をあげる。俺の身体から血が噴き出す。無理やり突破してきたツケをここで支払わされるとはな。

 

「だが、こんな傷がなんだ……こんな技もクソも無い力任せな攻撃で死ぬほど俺は安くないぞ華扇!!」

 

 脚を弾き、華扇へと詰め寄る。逃げても無駄だと先ほど理解した。ならば、徹底的に近づくしかない。本能で暴れる華扇の勢いに飲まれる事なく、俺の領域に持っていけ。やれるだろう?それくらいの死線は潜ってきた筈だ。

 鳩尾に掌底を当てるが手応えは薄い。華扇の纏う妖力を突破出来ていないようだ。突き出したままの腕が掴まれ、鞭を振るうかの如く、俺を振り回し地面に叩きつける。

 

「ガッ…!」

 

 一回毎に地面が砕ける勢いで叩きつけられた俺の意識は一瞬、途切れる。しかし、直後の痛みで再び戻される。こんなにも嫌な気絶からの戻り方があっただろうか。

 

「霊衝波!」

 

 掴まれた方の掌を華扇に向け、放つ。叩きつけられるのが止まった瞬間になんとか腕を振り解き、逃れる。

 

「せぁぁ!」

 

 痺れた腕を庇いながら、逆立ちし華扇の顎を蹴り上げる。のけぞった隙に、立ち上がりガラ空きの身体へ連続で拳を叩き込む。正中線を中心に拳を叩き込みながら、華扇の一挙手一投足に気を配る。腕が動きそうならその瞬間を見逃さずはたき落としたり、肘へ攻撃を加え徹底的に華扇の動きを封殺する。元より手数の多さには自信がある。が、しかしこの均衡はあっさりと崩れ去る。

 

「ふふっ」

 

「何をッッ!妖力が!!」

 

 華扇が笑みを浮かべると同時に彼女から妖力で生み出された風が生み出され、最も簡単に吹き飛ばされる。連撃に意識を割く余り、耐える準備を怠った俺の失策だ。距離を取らされた俺に華扇は手を向ける。直後、真空の刃が放たれ飛んでくる。霊力を掌に集めそれを全て弾く。此処に来ての遠距離攻撃……一体何の意味がある?

 

「は?」

 

 目の前の光景を信じたくなかった。しかし、それは純然たる事実だとその破壊力を持って知らせてくる。火、水、風、土、雷。本来、打ち消し合い共存しあえないものたちが全て纏められ、球体となり華扇の頭上に存在していた。ゆっくりと手を引き絞りながら華扇は腰を落としていく。その動きに連鎖するように球体はゆっくりと俺と華扇の間に降りる。華扇が腕を突き出すと同時に、それは光線の様に俺に向かってくる。防ぐ手段はない。雷の性質を有しているソレは驚くべき速度で俺を飲み込んだ。

 俺に出来たことなど、ただ両手を前に突き出し僅かでも身を守る体勢になる事だけだった。

 

 

ゴォォォォン!!!!!

 

 

 巨大な地震でも起きたんじゃないかという揺れと、噴火を思わせる轟音が響き渡る。爆心地の中央で俺は天を見上げるように倒れていた。元々、無理を押していた身体にこの天変地異を詰め込んだとでも言わんばかりの一撃だ。動けという意思の何と無力な事だろう。指の一つすらまともに動かせない。意識を失っていないのが不思議なくらいだ。

 ゆっくりとだが確実に華扇が近づいてくる足音が聞こえる。身体を左右に揺らしているのだろうか、偉く重心が偏っている音だ。憎いほど綺麗な月が見下ろしている。動け、動けと身体に指示を送るが動けない。俺はこのまま殺されるのだろうか?華扇を傷付けたまま、彼女に鬼に戻るというどうしようもない絶望の道を歩かせるのか?

 

 ふざけるな!!

 

 俺はまだ、華扇に何も告げていない。

 

 この想いも、夢も、何もかも俺はまだ!

 

 そして何よりーーぽつりと顔に何か当たる。月が桃色の髪に隠されている。雨は降っていない。ならば、答えは一つだろう。華扇の涙だ。

 

 あぁ、そうだ。華扇はまだ泣いているんだ。俺を殺せば彼女は永遠に泣いたままその命が何の意味もなく潰える。

 

 それを俺は認めない。そうだろう?俺は死神、命の終わりを見届ける者。そして、後悔もなく輪廻に戻す者。

 

 誰よりも命に触れてきた筈だ。死にかけてなお、俺に立ち向かってきた者達を俺は知っている。彼らの命を奪った俺が倒れたまま死ぬ?笑い話も良いところだ。例え、身体が動かなくても、血が足りず骨が砕かれていようとも。終わりたくないと思うのならば!

 

「命を燃やして……立ち上がれ!!」

 

「ッッ!?」

 

 片手を地面に叩きつけ、その勢いで立ち上がる。ピクリとも動かなかった身体が動く。霞んでいた視界が元に戻る。

 呼吸が乱れる。全身が死ぬほど痛い。それら全てを気合で捩じ伏せる。

 

「なに、驚いた顔をしてる?華扇。お前を殺すのはこの俺だ」

 

 死にかけてみるのも案外良いかもしれない。お陰で一つ策を思いついた。安全性など全くない。上手くいけば俺も華扇も生き残る事が出来るが、最悪の場合どっちも死ぬ。

 

「あぁ?……いや、どっちの結果だろうと俺的には当たりか」

 

 俺が死んだとしても華扇も一緒だ。なら、それも悪くはない。共に生き残るのが最上だが、こればっかりはやってみないと分からない。だが、どう転んでも悪くはないならやるだけやってみよう。ははっ、血の流しすぎで馬鹿になったか?破滅願望なんて抱いてない筈なんだがな。

 

「来いよ華扇。死にかけの死神一人、今なら簡単に殺せるぞ?」

 

 驚いた表情の華扇を煽り、攻撃を促す。俺に詰め寄る余力はほとんどない。向こうから来てくれた方がありがたいのだ。まぁ、そんなに距離は離れていないのだが。走り出した華扇は俺の右胸目掛けて手刀を繰り出す。それを一切、防ぐ事なく俺も迎え撃つ形で手刀を放つ。結果、華扇の左手は俺の右胸を貫き、俺の右手は華扇の左胸を貫いた。守りを全て捨て霊力を集中させた手刀だ。今の華扇の妖力を見事突き抜けてくれた。逃がさないように自分の胸に突き刺さった華扇の左手を掴む。

 

「あぁ……賭けといこうか。俺かお前どちらが限界を迎えるか」

 

 俺は死神だが、普通の死神と違って肉弾戦に秀でている。本来、死神は精神攻撃にて相手の命を刈り取る。俺は苦手だが使えない訳じゃない。とは言え、何年ぶりに使う力だろうか?加えて、俺もどれだけ意地で立っていられるか分からない。無謀無茶も良いところだ全く。

 能力を使い、華扇の魂を見る。仙人として形成され始めていた器に無理やり鬼の魂が割り込もうとしているのがわかる。さて、精神攻撃を始めよう。あくまで、俺の能力『幽明をあやふやにする程度の能力』は今回、補助でしかない。視覚情報として魂を捉えていた方が不得手な精神攻撃を使うのにちょど良い。

 

「ッッ!」

 

 グチュリと右胸を抉られる。精々、俺の肉を弄るのを楽しんでいろ、その方が都合が良い。精神攻撃を行なっているとバレれば弾かれるかもしれない。華扇も仙人、死神への対処法ぐらい知っているだろう。鬼と仙人の魂が見えているという事は、今の華扇は一つの器に二つの精神が入り込んでいるようなものだ。故にこれから行う事は実に単純。仙人の魂を傷つける事なく、鬼の魂を殺す若しくは自制できるほどまで削ぐ。鬼の魂へと触れる。続いて、この魂の中へと己の精神を侵入させる。……よし、成功した。時間はかけられない。華扇の器が壊れる前に鬼としての精神を見つけ出し、殺さなければ。

 

「……見つけた」

 

 俺自身が死にかけ、存在が希薄になっているため同化が簡単だった事。鬼としての華扇はその性質ゆえか隠れることをしなかった事。そして何より、背中を押すような暖かいものが後押ししてくれた事。様々な要因が絡み合い、鬼としての華扇を見つけ出す。

 

「チッ、せっかくの好機を邪魔しにきたか。封印すら凌駕する歪みを利用して完全に復活したかったが」

 

「……させませんよ。華扇さんは既に仙人となった。貴女は不必要です」

 

「酷いことを言ってくれる。『こんな私』もお前は認めてくれるんじゃなかったのか?」

 

「えぇ。それが私の知る華扇さんの望みであるなら鬼となる貴女を認めましょう。ですが、妖怪の山に引き篭り、他者を傷付けまいと結界の中に自らを閉じ込めた華扇さんが貴女のようになると望んでいる筈がない。故に私は貴女を認めない」

 

 黒い靄に覆われた鬼としての華扇は愉しげに嗤う。表情は見えないが声から感じ取れる感情は明らかに真っ当なものではなかった。

 

「はー……アッハハッ!なるほどなるほど。どうやら私はやり方を間違えたようだ。次の機会があれば、今度はもっと上手く狡猾にお前の努力などカケラも介入できないように、幸せも希望もへし折ってくれようか。死神、覚えておけ。『私』はどうあれ鬼だ。仙人への道を進もうが元が鬼である事に変わりはない。隙を見せるなよ?さもなくば、全て食ろうてやる」

 

「……そうですか。ご忠告感謝します」

 

 黒い靄の華扇の心臓を貫く。消えゆく最期までそいつは笑みを浮かべていた。

 

「私も自分の不甲斐なさを再確認しましたよ。もし、貴女が再び来るのならその時は死神として、殺し尽くしてやる」

 

「……そいつぁ……楽しみだなぁ……ハハハハハハハハハハ!!」

 

 華扇の中から感じる鬼の気配が霧散していく。一先ずの脅威は去ったとみて良いだろう。能力を解き、現実へと戻る。

 

「雫っ!」

 

 いつもの見慣れた華扇さんが私を抱きしめる。急な事に驚くが身体はピクリとも動かない。華扇さん、一人を連れ戻すのに大量の霊力と血を失った。なんなら塞がれていない右胸からは今もなお血が流れている。華扇さんの胸の傷は既に塞がっている様だが、跡が残ってしまいそうだ。

 

「……すみません……胸の傷……跡になってしまいそうですね……」

 

 掠れた声で謝罪する。ギュッと抱きしめられる力が強くなる。

 

「馬鹿……馬鹿馬鹿!無茶し過ぎですよ……貴方がこんなになる必要なんて無かったじゃないですか。まだ約束の時じゃないんですよ?」

 

「私が出来る……のは殺す事ぐらいですから……元はと言えば私の不徳が原因。寧ろ……この程度で済んで良かったというもの。下手を打てば……私も貴女も死んでいましたから、ね」

 

「雫は悪くない!私が、自分の感情を抑えられない未熟者だったから……」

 

 やはり彼女は真面目だ。自分を責めすぎている。頭を少しだけ動かし真横にある華扇さんの頭と触れ合わせる。本当は頭でも撫でてあげたいが、今は腕が動かない。

 

「では……こうしましょう……お互いに悪かったと。次から気をつければ良いと……それで今回の件は終わりです」

 

「……狡い。そんな優しい声で言われたら否定できないじゃない……」

 

 華扇さんと正面から向き合う。血で汚れた酷い顔/泣き腫らした酷い顔だ。でも、綺麗だ。

 

「そうだ。雫、これ飲んで」

 

 どこからかお酒と一升枡を取り出した華扇さん。行動の意味が分からず首を傾げると華扇さんが説明してくれる。

 

「本当は余り飲んで欲しくないものなんだけど……この枡にお酒を入れるとねどんな傷も治るの。でも、その代わり鬼に近づく事になる。

 仙術で癒してあげられたら良いんだけど、貴方のお陰で今は全く力が出せないのです。だからこれを使うしかないの。自分の状態は分かるでしょう?」

 

「えぇまぁ……ですが飲む力も…今の私には」

 

 そう言うと華扇さんは視線を私の顔と枡を行ったり来たりさせる。なんだ?何か私の顔に付いてるのだろうか。そして暫くすると意を決した表情になり手元にある枡に酒を注ぎ、自分の口へと含む。

 

 そして、そのまま私へと口付けした。

 

「!?」

 

 混乱する私を他所に華扇の口に含まれた酒が流し込まれる。どうやら華扇さんは口移しで酒を飲ませてくれてる様だ。た、たしかに力が無いとは言ったがこうきますか。流し込まれた酒を無理やり飲み込む。口付けと共に僅かに霊力が譲渡され力が少し戻る。

 

「ぷはっ……つ、次行きますよ」

 

「わ、分かりました」

 

 枡の中全てを飲ませたいらしい。一気に流し込んでは私の呼吸が潰される可能性を踏まえて華扇さんは少量ずつ口移ししてくる。

 一回ごとの会話がどんどん減っていく。10数回に分けて行われた口移しのお陰で右胸の傷は塞がる。とは言え、跡にはなる様だ。

 

「「…………」」

 

 口移しが終わった私達は互いに黙ってしまう。まさか口移しされるとは思っていなかった。気恥ずかしいが、これは私から沈黙を破った方が良いだろう。女性である華扇さんに何度も負担をかけるのは申し訳ない。

 

「華扇さん」

 

「雫」

 

「「あっ」」

 

 互いを呼ぶ言葉が完全に重なった。顔を真っ赤にしながら固まる華扇。それがなんだかとても面白く思えて私は思わず笑ってしまった。

 

「人の名前呼んで笑うなんて酷いですよ雫」

 

「すみません。顔を真っ赤にして固まる華扇さんが面白くて……ありがとうございます。恥ずかしい思いをしながら私の傷を治してくれて。鬼化の影響は今のところ特には感じませんね。死に体だったからそっちに効果が偏ったのでしょうか」

 

「お礼は私の言葉ですよ。貴方のお陰で鬼に戻らずに済みました。ありがとうございます。私以外がこの枡でお酒を飲むと、凶暴化するんですが雫には効果ありませんね。もしかして、元々凶暴な性格を抱えているからでしょうか」

 

「うっ……確かに戦闘時の私は凶暴かもしれませんが。それにそれは華扇さんに言われたくありません」

 

「私のこういう一面を認めてくれたのは貴方でしょう?なら、なんとも思いませーん」

 

「人里でお団子でもご馳走しようかと思いましたが、辞めておきましょうか」

 

「え!?嘘嘘、雫はいつも優しい死神ですよー!」

 

「この仙人、食欲に素直すぎる」

 

「「ふふっ、はははは!」」

 

 顔を見合わせ共に笑いあう。なんと幸せな事だろうか。やはり、華扇さん共にこうして話すのはとても楽しい。

 

「雫」

 

「はー!?!?」

 

 名を呼ばれ返事する前に私の言葉は途絶える。言葉を紡ぐ口が唇が、華扇の唇によって塞がれたからだ。俗に言う接吻を私は今、されている。

 

「……雫。こんな時にううん……こんな時だから言います。私、茨木華扇は死神、終雪雫の事が好きです。

 他の誰よりも、貴方が私じゃない異性と一緒にいるだけで鬼になりそうなほど掻き乱されるぐらい、私は私の心は貴方を欲しています」

 

 上り始めた朝日を背に、華扇は私に告白した。

 




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吸血鬼異変其の壱

独自解釈やオリジナル要素などがモリモリになる(予定)吸血鬼異変の始まり始まり


「……これで今日の仕事は終わり。しかし、本当に外は幻想が薄まってるんだな」

 

 久しぶりに幻想郷の外で仙人を輪廻に戻し、外界を眺める。自然を切り抜き街という名の隔離された空間を生み出し暮らす人間達。仙人も随分と見なくなった。時代なのだろう。もう人間は自らの命を先延ばしにしてまで手にしたい未来も夢も無いのだろうな。

 

「仙人からの告白保留にして、仕事漬けとは乙女の敵だねぇ?」

 

 突然、訪れた小町さんに思わず反射で拳を放つ。途中で加減したが停止が間に合わず、思いっきり殴り飛ばした。ぐぇ…っという声と共に飛んでいく小町さんを全力で走り受け止める。

 

「すみません……思わず反射で」

 

「い、いやいきなり真横から声かけたアタシが悪いんだけど……なんで殴り飛ばしたアタシに走って追いついてるのさ?」

 

「はい?飛んでいく小町さんの速度は私より遅いからですが」

 

「なんでそこで心の底から不思議って顔が出来るんかねぇ……とりあえず降ろしておくれよ」

 

 小町さんを降ろし、話しやすい様に距離を取る。しかし、態々幻想郷の外まで私に会いにきて何か用事があるのでしょうか。そんな事を思ってれば小町さんが口を開く。

 

「で、なんで保留にしてるのさ?仙人もそれを受け入れてるし」

 

「その話に戻すんですね……分かりましたよ説明します」

 

 はっきりと覚えているあの日に意識を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……雫。こんな時にううん……こんな時だから言います。私、茨木華扇は死神、終雪雫の事が好きです。

 他の誰よりも、貴方が私じゃない異性と一緒にいるだけで鬼になりそうなほど掻き乱されるぐらい、私は私の心は貴方を欲しています」

 

 私が好きだと彼女ははっきりと告げた。七夕の時みたいに濁した言い方ではなく、はっきりと。真っ直ぐ私を見つめ、顔を赤くしたその姿は嘘ではないと伝えてくる。死神として、断るべきだと思っていても心臓が激しく脈打ち、私が華扇さんの言葉を嬉しく感じていると告げていた。きっと、私も華扇さんを好きなのだろう。あぁ、確かに好きだ。意識してなければ、告白紛いの言葉を選んでしまう事は七夕で自覚した。

 

「そんな困った顔されたら傷つきますよ?でも、雫ならきっと、そういう顔をするだろうなーって思ってたから良いです。

 我慢出来なかった私の我儘ですからこの告白は。今じゃなくて……いつか貴方が貴方自身を理解できた時に返事を下さい。ずっと待ってますからね」

 

「……華扇さん、私は……」

 

 どうにか開いた口は優しい顔をしている華扇さんが伸ばしてきた指で塞がれる。彼女は気がついている。華扇さんが好きだと自覚する私が同時に、その想いに応える事に恐怖している事を。私は死神として産まれてからずっと、輪廻を乱す仙人達を殺し続けてきた。それが私の仕事であり役目なのだからと。同僚達ともほぼ関わらず、殺して殺して殺して来た私には、誰かを大切に想うことも想われることも無かった。

 今日、この瞬間までは。だから、怖くて仕方がない。華扇さんという女性の想いに答えて、他人を受け入れるという事が。こんな自分が誰かを真っ当に愛せるのか。

 

「無理に答えなくて良いですよ……それに、今この場で振られちゃったら流石の私も堪えちゃいますし!ね?雫、私にも覚悟の時間を頂戴。貴方が出すした答えをちゃんと、私として受け入れられる覚悟を」

 

「わかり……ました。必ず、答えますから」

 

 だから、この優しさに甘えてしまったのだろう。めちゃくちゃ情けない私の返答に華扇さんは笑みを浮かべたまま頷き、立ち上がる。私もそれに倣い立ち上がり、背を向ける。もう今日は別れた方がいい。お互い、色々とありすぎた。こうして、私は華扇さんへの答えを曖昧にしつつ、仕事に戻った。

 

 こうして、ことの経緯を小町さんに説明すると呆れた様な納得した様な顔をしている。

 

「で、二週間。考えてみてどうなんだい?」

 

「…答え、出てると思います?」

 

「だろうねぇ」

 

 小町さんも予想できていた様だ。なんとも言えない沈黙の空気が流れる。この空気を変えたのは、私でも隣にいる小町さんでもなかった。突如、足元にスキマが生まれ、私と小町さんを飲み込む。目玉だらのこの気色の悪いスキマは八雲か。なんの連絡も無しに拉致とは随分と不作法な事をしてくれる。小町さんの気配が離れていく。どうやら、私とは別の場所に送られた様だ……っと、そろそろ出口か。

 

「……随分な「ししょーーう!!」うおっ!?」

 

 スキマから出ると同時に博麗の巫女が飛びかかってくる。思わず、顔面を鷲掴みにする様に掴み、激突を避ける。

 

「ひ、ひしゃしぶりの弟子に酷い挨拶じゃぁないですかぁぁ??」

 

「いきなり飛びかかって来て殴り飛ばされないだけ有難いと思ってください。それで、八雲紫、これはなんの集まりですか?」

 

 私に博麗の巫女、八雲紫だけであればまた修行関係だろうと思ったが、それなりの広さが用意された部屋に座っている強者達の気配。

 

「おっ。漸く来たねーひっさしぶり〜」

 

 酒を飲みながら気軽に声をかけてきたのは、以前人里近くで戦った鬼。確か名前は、萃香だったか。そのすぐ近くに座っている緑髪の長髪の妖怪は、私をチラリと見て目を細めた後お茶を飲む。なんだろうか、文字通り目を付けられた気がする。しかし、この両名より気になる存在が上座に座っていた。手入れの行き届いた金色の長髪をした女性。恐らくこれでも抑えているのだろうが、隠しきれない神としての存在感を強烈に放っている。何者だ?

 

「そんなに私が気になるか?死神」

 

 言葉と視線を向けられただけで重圧が俺を襲う。なるほど……これだけの威光。正しく神か。

 

「ほぅ。認めてやろう、この状況で私から視線を逸らさず楽しげに笑みを浮かべるその豪胆さ。此度の危機に馳せ参じるに相応しい。良いものを見つけたねぇ紫」

 

「そりゃあ、あの華扇と真っ向から殺し合いをしてなお、潰れない方ですからね」

 

「へぇ!なら、後継者に……」

 

 ドンっと神の目の前にお茶が置かれる。凄い勢いで置くものだから、お茶が跳ね着物を僅かに濡らしたが、そんな事は一切気に留めず、その人物──華扇は、口を開く。

 

「摩多羅?今は、そんな事話してる場合じゃないですよね?」

 

「ひゃー……ちょっとした冗談よ。ほら、貴方も座りなさい」

 

「分かりました」

 

 適当に空いてる場所に座ると、華扇さんがすぐ近くに座る。というかものすごく近い。少しでも身体を動かせば必ず華扇のどこに触れてしまうほどの距離。至近距離に心臓が高鳴るが、僅かでも動けば触れてしまうので身を固くして動かない様にする。

 

「うふふ。そんなに硬くならないても大丈夫よ雫」

 

「そ、そう言われても……はぁぁ。分かりましたよ、今度甘味を奢りますから長いこと幻想郷を留守にしてたの許してください」

 

「別にぃ〜怒ってる訳じゃありませんよ〜寂しかっただけですから」

 

 さらに距離を詰めて完全に触れ合う事になる私と華扇さん。彼女の暖かい体温を感じる。女性特有の柔らかい感触に、男性にはない香りが鼻孔をくすぐる。さらに彼女はするりと、腕を組んで胸を押し当ててくるものだから理性がゴリゴリと削られる。

 

「そこ、イチャイチャしない!これから話す事は幻想郷の存続に関わるのよ」

 

 八雲紫に注意され、漸く少しだけ離れてくれる華扇さん。早く返事をした方が良いなこれは……とは言え、したらしたでまたべったりとくっついてきそうな気もするのですが。

 

「はぁ……さて、集まってくれてありがとう幻想郷が誇る強者の皆様方。ここ数日の間に、突如として現れた吸血鬼達が幻想郷を侵攻。私も気がついてなかった欠陥が明らかになったわ……貴方達は実感していないと思うけど妖怪達の力が著しく低下。吸血鬼達に屈してるのが現状よ」

 

 私が外にいる間に随分な事になってるみたいですね幻想郷。つまり、我々をこうして集めたのはその吸血鬼に対抗する為。いや、それだけならこれほど集める必要はない。八雲紫の能力で敵の大将をさっさと打ち倒せば良いだけだろうし。

 

「大軍ってわけですか……」

 

「話が早くてありがたいわ。吸血鬼とそれに屈した妖怪達が現在、博麗神社や人里目掛けて進軍中よ。一度、敵の大将に直接戦闘を仕掛けに行ったのだけど、予想以上に強くてね。一対一なら兎も角、周囲に他の雑兵がいる状況は負ける可能性があるわ。だから、貴方達に頼みたいのは連中の軍勢に対して大暴れして、可能なら幹部級を大将から引き離して欲しいの。それが出来たらあとは私達でやるわ」

 

「好きな様に暴れて良いから囮を引き受けろって?なんで私がそんな事しなくちゃいけないのよ」

 

 緑髪の妖怪が呆れたようにしながら話す。強い妖怪というのは総じて我が強い。従えと言われて素直に従う様な者達ではない。

 

「幽香、貴女がさっき弾いた霊力弾。それを撃ったのはここの巫女だけど、その師匠がそこの死神なの。協力してくれるなら、彼との一戦の場を設けてあげても良いわよ?」

 

「へぇ」

 

「おい、八雲紫。お前……」

 

 なに勝手な約束を取り付けようとしてやがる。そんなこと言ったらもう一人黙ってられないのがいるだろうに。

 

「なに!おい、それなら私もそれを報酬にしてくれよ。紫」

 

 ほら、萃香が釣れた。なんでこう、妖怪ってのは飢えてるんだ……まぁ、分からん話ではないのだが。しかし、勝手に約束されるのは気に食わないな。何か要求……するものがない。そもそも、趣味とかないんだった私は。

 

「良いわよ。貴方もそれで良いわね?」

 

「断ったところで言い包める気満々だろうに……分かりましたよ」

 

「災難ね、雫」

 

「本当だよ。この恨みは吸血鬼共にぶつけるとしよう」

 

 横で苦笑いしてる華扇と話しながら我の強い妖怪達が私との一戦だけで纏まったのが不思議に思う。だが、少し考えればそもそもこの場にいるのだから全員、この幻想郷が好きなのだ。つまり、元々戦う気はあったのだが、程の良い報酬に使われた訳だと分かる。八雲紫に対する恨みも吸血鬼共にぶつけるとしよう。

 

「兵は拙速を尊ぶと言うわ。早速行きましょうか」

 

 パチンと開いていた扇子が閉じると同時に、再びスキマに吸い込まれる。運ばれた先は、吸血鬼共の軍勢の少し先の高台。ざっと見た限りでも、かなりの軍勢が侵攻している。本気で幻想郷を取りに来たのか吸血鬼は。

 

「まずは、幽香と萃香で派手に敵を蹴散らしてきて。その後、突破力に優れる華扇と終雪が敵軍真っ只中で大暴れして陣形を乱すのよ。支援は私の式神と天狗達がやってくれるから」

 

「じゃっ、お先に〜」

 

 気楽に手を振りながら高台を飛び降りた萃香。そのまま、彼女の能力であろう巨大化で軍勢の右翼側を吹き飛ばす。

 

「「「「「うぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」

 

 悲鳴をあげながらかなりの数の妖怪達が宙を舞う。大きさ=破壊力という分かりやすい光景だ。当の萃香は笑いながら酒を飲んでいるのだから眼下で抵抗する妖怪達など気にも止めていない。右翼側の敵は完全になす術がなさそうだ。

 

「少しは合わせなさいよね。はぁ、まっ、良いわ」

 

 遅れて飛び降りた幽香は空中で傘の先に妖力を溜める。右翼側の出来事に完全に混乱していた敵の左翼側にいた妖怪達は空中の脅威に未だ気が付いていない。溜め込まれた妖力は凄まじい輝きを放ちながら、主の指示を待つ。

 

「消し飛びなさい」

 

 放たれた極光に遅れて気がついた妖怪達はなす術もなく、光に飲み込まれる。光が収まり、ぽっかりと空いた空間に優雅に着地した幽香。格の違いを見せつけるには十分だ。萃香の様に妖怪達が宙を舞う事はないが、確実にその数を減らしていた。

 

「さて、私達も行きましょうか雫」

 

「そうだな……俺たちの獲物がなくなりそうだ。っと、そうだ折角だから派手に行こう」

 

 華扇の方に手を伸ばす。意図を理解してくれた華扇は差し出した手を握り返した。脚に霊力を流し、脚力を増加させ地面を砕きながら跳躍する。空中で、華扇が俺を握ったまま回転し勢いがついたところで俺を投げ飛ばす。

 

「獄式焦熱」

 

 投げ飛ばされた勢いそのままに、踵落としを叩きつける。大爆発と共に妖怪達が消し炭になったり宙を舞っていく。そして、未だ空中の華扇は仙術で小さな嵐を再現し、連中を巻き上げたり雷を落として倒しながら着地した。

 

「背中合わせで行きましょうか」

 

「良いな。それ」

 

「こ、今度は何だぁ!!」

 

 完全に混乱している妖怪共を見ながら、ひたすら正面の妖怪共を殴り蹴り飛ばしていく。全くもって歯応えがない連中だ。最も背中を一番信頼している華扇に守ってもらっているから好き放題進めるのだが。壁にすらならない連中を吹き飛ばしながら突き進む。すると、面白いように俺たちから逃げた奴らが同じように萃香や幽香から逃げてきた連中と鉢合わせになる。

 

「お前ら逃げるな!!たた……」

 

 指揮を取ろうとしている吸血鬼の頭を捻り取る。鮮血を身に浴びる事になるが、気にしない。八雲紫の取った戦術的にこういう衝撃が重要なのだろう。再生しようとする吸血鬼をひたすらに叩き潰す。

 

「ひ、ひぃぃ!!吸血鬼すら勝てねぇのかよぉぉ!!」

 

 恐れは伝播する。元々、恐怖で従えていた連中だ。より強い恐怖を叩き込めば戦うどころか逃げる事すらままならない。所詮、烏合の衆という訳だ。

 こうしてのちに吸血鬼異変と呼ばれる争いの火蓋が落とされた。

 

「ふっ、あははは!どうやら腑抜けばかりではなかった様だな。幻想郷、その価値を我に見せつけてみよ」

 

 全て一体の吸血鬼の掌の上であったのだが。そんな事はこの異変が終わるまで知る事はなかった。




速報:死神、恋愛ヘタレであった。

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吸血鬼異変其の弐

紅魔館で、一番肉弾戦に優れてるであろうあの方の登場回


 八雲紫によって呼ばれた私達が参戦して数刻。戦況は有利に進んでいた。吸血鬼が率いる軍勢は、数こそ多いが大半はこの幻想郷で奴らの軍門に下った弱小妖怪達だ。人々の恐れが薄くなった幻想郷でも、強者として君臨している八雲紫達が負けるわけがない。

 

「師匠ー!下がってーー!」

 

「分かりました」

 

 目の前の妖怪の頭を蹴り飛ばし、一旦後ろへと下がる。直後、降り注ぐ大量の霊力で作られた砲撃。私達で陣形が乱れ塊になった所に博麗の巫女による爆撃ですか……これだから策士は敵にしたくないな八雲紫。妖怪達の悲鳴が響き渡る。聞こえてくる悲鳴の中には、こちらへの投降を願い出ているものすらある。寄せ集めなどこんなものか。

 

「……この程度が私達の本気だとお思いですか?」

 

 爆撃により巻き上がった煙の中から、強力な殺気と共に声が聞こえ、同時に土を踏み締め進軍する軍隊の様な足音や空を飛んでいるのか翼をはためかせている音も聞こえだす。やがて、土煙が晴れその軍勢は姿を現す。

 軍の戦闘を歩くのは、海を隔てた大陸の服装……確か淡い緑の華人服の様なものを着て、腰まで伸ばした紅い髪の女性。腕を後ろに組み、軍隊を引き連れるその姿は正しく強者のそれ。背後に率いる軍勢も、今まで戦っていた連中とは一線を画す存在。紅色で統一された戦闘服を身に纏い、それぞれが思い思いの武器を持ち一糸乱れぬ行軍をしている。

 

「……このまま、腑抜けた連中ばかりかと思っていましたが漸く本腰を入れられる相手が現れてくれた様で。私達の主もご満悦です」

 

 先頭の女性が手を横に出すと揃って後ろの軍勢が足を止める。

 

「本来であれば、主の元へお連れしても良いのですが一つどうやら、何か思いついた様子でして」

 

「その思いつきが後ろの軍隊ってことかしら?」

 

「はい。主の言葉をそのままお伝えします。『強き者達よ、お前達の相手をするには少々、情けない相手を用意した私の不備を謝ろう。そして、是非楽しんでくれたまえ。これが、これなる紅美鈴が率いる軍勢こそが真なる兵だ』……とのことです」

 

 姿勢を変えることなく主の言葉を告げた紅美鈴。どうやら、主とやらは私達を楽しませる為にこの軍勢を差し向けたらしい。なんというか、相当に負けず嫌いでプライドの高そうな方ですね。ただ、こっちも負けず嫌いが多いので先程の言葉で完全にスイッチが入っている。萃香も、風見も華扇も、そして俺も。ここで誘いに乗らなければ、自分たちが弱いと認める事になる。それは出来ない。

 

「どうやら、皆様方準備は完了しているご様子。では」

 

 右手を上げ、振り下ろす紅美鈴。それが開戦の合図となった。武器を構え、向かってくる数百の紅い軍勢に対し、最初の攻撃が風見が行った。傘を前に突き出し、高出力の砲撃が放たれる。まともに受ければひとたまりも無い攻撃だが、盾の様なものを持った連中が飛び出し砲撃を受ける。本隊に着弾する前に邪魔され、風見の砲撃は届かなかった。

 

「チッ、何度も変えが効く肉盾って訳」

 

 舌打ちと共に風見が言葉を溢す。その言葉の通り、吹き飛んだ盾持ちの肉片が再び集まり、再生する。

 

「死のうとも主に忠誠を誓った者達です。例え、肉片一つになるまで吹き飛ばされようが、幾らでも再生します」

 

「へぇ?じゃあ、こういうのはどうだい?」

 

 むせ返るほどの酒の香りが戦場を漂う。口に酒を含み、霧状に吹き出している萃香の仕業だ。無差別攻撃に見えて、しっかりコントロールされており匂いのほど酔いが襲ってくる事はない。だが、敵の何体かは前後不覚に陥り崩れ落ちている。が、紅美鈴を含む大半には効いていない様だ。相変わらず乱れのない動きでやってくる。

 

「ありゃりゃ。砲撃もダメ、絡め手もダメ。それなら、やる事は単純だと思うけどみんなどうかな?」

 

 萃香が戯けた様子で聞いてくる。無論、返事など決まっている。

 

「「殴って蹴って最後に立ってた奴が勝者。それで良い」」

 

「二人揃ってまぁ……でも、久しぶりにステゴロもありね」

 

「決まりだね。じゃ、そういう感じで」

 

 全員で駆け出す。呼応する様に相手の軍隊も駆け出し、衝突した。迎え撃とうとするより早く、風見幽香が飛び出す。

 

「砲撃だけが私の得手じゃないの」

 

 咲き誇る花の様な笑みを浮かべて、手に持つ日傘で一纏めに敵軍を吹き飛ばす。吹き飛ばされた先で、気色の悪い動きであらゆる関節を鳴らしながら起き上がる敵兵。妖怪が生命力に満ちているとはいえ、気色が悪い光景だ。

 

「ふふっ、起き上がってくるのなら、起き上がれなくなるまで何度も何度も潰してあげる」

 

 そんな光景を恍惚とした表情で見てる風見幽香はきっと加虐趣味なんだろう。努めて不思議なほどに返り血を浴びていない彼女を無視して駆ける。すると今度は図体のデカイのが二体立ち塞がる。

 

「ふーん……こいつらは私が引き受けるよ、先に行きな」

 

 いつの間にか大きくなった萃香が二体と組み合う。片手で一体ずつ押さえ込んでいる辺り馬鹿力だな。

 

「吸血鬼の傀儡になってまで、生きたかったか?人間ども!そぉら、鬼が来たぞ」

 

 押さえ込むどころが投げ飛ばしやがった。紅美鈴までの道中を塞ぐ敵を華扇と共に薙ぎ払いながら進む。俺たちは、風見幽香みたいにいちいち相手にしない。復活する奴を相手するだけ無駄だ。

 

「「はぁぁ!!」」

 

「来ましたか。思ったよりは早いですね。貴方達は手を出さなくて良いですよ。私よりあそこで楽しそうにしてる方の所へ」

 

 周囲を囲む連中にそう指示を出す紅美鈴。随分と余裕な態度をしてくれる。

 

「あら、自分から二対一になるなんて舐めてくれますね」

 

 華扇も同様の事を思ったらしく、青筋を浮かべた笑みをしている。向けられた殺気に一切怯む事なく、紅美鈴は俺たちを値踏みする様な視線で眺めたあと、視界から消える。

 

「ッッ!?華扇!!」

 

「余裕ですよ?まずは、一人」

 

 一瞬で詰め寄ってきた紅美鈴に華扇が吹き飛ばされる。武術には、相手との距離を一瞬で詰める独特の歩法縮地がある。紅美鈴は、俺より練度の高い縮地で華扇に詰め寄り、更に攻撃を気取らせない無拍子という技術で華扇に攻撃を悟らせなかったのか。会話をせず紅美鈴の動きに注視していたから、僅かな重心移動に気がつけた。それでも、華扇への忠告が遅れた。吹き飛んだ華扇が心配だが、あいつの生命力は伊達じゃない。信じるとしよう。

 

「……相方が吹き飛んだのに随分と落ち着いていますね。咄嗟の忠告と言いやっぱり、貴方は武術の心得があるようだ」

 

「だから俺に初手に攻撃しなかったと?」

 

「はい。武術を嗜んでる妖怪など中々いないもので」

 

 そう言うや否や俺の瞬きに合わせて蹴りを放ってくる紅美鈴。頭部狙いの蹴りを半歩下り避け、その足が地につくより早く腰を落とし、横腹を狙い拳を放つ。だが、それはまだ足も地面についていない不完全な状態にも関わらず左手で流される。

 直後、衝撃と共に俺の身体が紅美鈴から離される。視界に捉えている紅美鈴の格好から何を受けたのか理解する。八極拳の中の一つ靠撃──所謂、体当たりを受けたようだ。一気に身体から排出される酸素。

 

「こんなものですか?」

 

 ドンッ!派手に叩きつけた訳ではないのに、地面が爆ぜたかのような音を出し震脚が行われる。離されたとはいえ、まだ近距離である事に変わりはない。体当たりにより体勢を崩され、生半可な受けも回避も許されない。紅美鈴から放たれる砲撃の様な拳をどう対処するか。いいや、此処で受けに徹しても勝機はない。であれば、攻めるのみ!

 

「なっ!」

 

 崩された体勢で無理やり、地面を蹴り紅美鈴との距離を詰める。死中に活を求める……俺が避けたり受け止めたりするのを想定していた紅美鈴の拳は距離を詰めた事で脇腹近くを掠めていく。本来、俺に当たる筈だった一撃は当たらず、力を込めた分体勢を戻すのにも時間がかかる。それは、紅美鈴であっても変わらない。その数瞬があれば今度は俺の体勢が整う。

 

「舐めるなよ」

 

 重心を落とし、引き絞った掌底を紅美鈴の鳩尾に叩き込む。派手に後ろに飛んでいくが手応えが薄い。どうやら、当たる瞬間に跳躍しダメージを抑えた様だ。

 

「こほっ……あそこで詰め寄ってくるとか命知らずじゃありませんか?しかし、私もまだまだですね。貴方の様な方を簡単に倒せると思っていたとは」

 

「よく言う。攻める以外の逃げ道を無くしたのは其方だろうに」

 

「えぇまぁ、こんな反撃を喰らうとは思っていなかったッッ!?」

 

 紅美鈴が錐揉み回転しながら吹き飛んでいく。彼女がいた場所に着地する華扇。

 

「仕返しは済んだか?」

 

「……随分と楽しそうですね雫」

 

「え?いや、別に」

 

「口調変わってますよ?私が吹き飛ばされたのに楽しかったですか?強い方と戦うのは」

 

「この戦い始まってから口調変えてませんよ!?」

 

 言い掛かりのレベルでいちゃもんをつけてくる華扇さん。まさか、戦い始まってから一度も変えてない口調を突っ込まれるとは……

 しかし、目の前で如何にも私怒ってますと頬を膨らませ、ツーンっと視線を合わせない彼女を見ていると、私が悪かった様に思えてくる。狡いなぁ…この仙人様。

 

「すみません、後でお団子でも一緒に食べに行きましょう?私が奢りますから」

 

「え!?そ、それなら許してあげます。ふふっ、楽しみにしてますからね」

 

 チョロいな、この仙人様。ニコニコしながらお団子の種類をあげてる華扇さんを見ながら、財布が軽くなる未来を感じた。

 

「…何、イチャイチャしてるんですか?戦いの途中ですよ?」

 

 立ち昇る闘気が龍に幻視する程の圧力を放ちながら、紅美鈴がゆっくりと向かってくる。華扇の一撃を受けて、吹き飛んだがやはり、意識を失っていなかった様だ。寧ろ、先ほどよりやる気に満ちている。外の世界で、よほど楽しめなかったらしいな紅美鈴。

 華扇と視線を合わせ、構える。二対一の絵面になるが、元より戦。正々堂々が正義では無く、勝った者が正義の場。現に構えた俺たちを見て、紅美鈴は笑みを強くしている。

 

「さぁ……さぁ!さぁ!来てください!もっと、もっと!苛烈に熾烈に武を競い合いましょう!!」

 

 俺と華扇の一撃は、紅美鈴から一軍を率いる将としての仮面を砕き、ただの武人としての紅美鈴を引き出した様だ。同時に俺たちも、強者と対面し戦いへの欲求が我慢できなくなる。互いに霊力を限界まで高め、紅美鈴へと左右から同時に攻撃を放つ。

 

「「上等!!」」

 

「ふっ─」

 

 両手を挙げ、俺たちの攻撃を受け止める紅美鈴。完全なゼロ距離で戦いに魅入られた三者が顔を合わせる。全員が、凶暴な笑みを浮かべている事は言うまでもない。

 




長くなりそうだったので、本格的な戦闘は次回。
感想・批判お待ちしています。


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吸血鬼異変其の参

お久しぶりです。一度、沼ってなんだか全く手が動かなくなってましたが、時間が解決してくれました。


「合わせろよ華扇!」

 

「そっちこそ!」

 

 戦いに向ける本能が唸り上げ、昂っていく。今まで身につけた武術は人を殺すためのもの。妖怪を殺すためのものではない。だが、目の前の紅美鈴は力のまま暴れるのではなく、精錬された技を以って向かい撃ってくる。しかも、背を預けるのは俺がこの幻想郷において最も、信頼する華扇だ。昂るのも仕方がないと言うもの。

 

「ははっ、いい気ですね!ですが、もっともっと引き出さないと私は倒せませんよ!」

 

 右手で俺が頭部を狙って放った拳を受け止め、左足で華扇の蹴りを受け止める紅美鈴。その表情はかなり余裕だ。どうやらまだ、彼女の底を引き出すには足りない様だ。さて……どうしたものか。

 

「考え事とは余裕ですね?」

 

「チッ」

 

 目の前に突き出された拳に両手を盾にして後ろに飛ぶ事で勢いを殺すがそれでもなお、余りある力が俺を襲う。両足を地面に着け、地面を砕きながら完全に勢いを殺した。痺れる両手を何度か開きながら、感覚を取り戻し正面を向く。そこでは、吹き飛ぶことの無かった華扇が紅美鈴を力に任せた攻撃を行なっていた。まともに食らえば、大穴を空ける事すら出来るその攻撃を紅美鈴は、衝撃を逃したり逸らしたりしながら立ち回る。

 

「せいっ!」

 

 華扇の攻撃を弾き、胴がガラ空きになった所で体当たりを繰り出し華扇を吹き飛ばす紅美鈴。吹き飛ばされた華扇は空中で回転し、地面に着地するが僅かに体勢を崩す。どうやら彼女を以ってしてもかなりの衝撃だった様だ。

 

「──どちらも、優秀ですが足りないものがあります。心技体という言葉はご存知ですか?」

 

 背中に手を組みながら土煙より姿を現す紅美鈴。俺達が否定も肯定もしないと、涼しげな顔をしたまま彼女は言葉を続ける。どうやら別に返事は求めていなかった様だ。

 

「先ずは、其方の桃色の髪の方。貴女は、心と体は大したものです。敵として立ちはだかる私を一切の容赦なく、殺すつもりなのがよく分かりますし、まともに食らえば流石の私もタダでは済まない攻撃を放てる体は凄まじい。ですが、技がない。少しだけ技の様なものは感じられますが、まだまだ。素人に毛が生えた様なもの。悪戯に振るわれるだけの力では私を捉える事は出来ませんよ?」

 

「はっ……言ってくれるじゃない」

 

 元々が鬼であり仙人としての道を歩み出したばかりの華扇。鬼として圧倒的な力を振るえば良かっただけの彼女には確かに技はない。俺から盗んだり真似たりしてる節はあるが、紅美鈴が言った通りそんなの素人に毛が生えた程度だ。

 

「そして貴方」

 

 紅美鈴が俺を見る。なんとく言われる事に予想はつくが、大人しく聞いてやるとしよう。

 

「逆に貴方は心が無い。何年掛けたかは知りませんが、成熟した技を持ちそれに耐え得る身体を持ちながら、貴方は空虚なままだ。私という強者との戦いを楽しんではいますね。それは分かります。ですが、倒すという気概を感じない。そんな半端な気持ちで私は倒せませんよ。幻想郷でしたか。失っても良いのですか?」

 

 紅美鈴の言葉に俺は何も驚かない。楽しんでいるだけか……それはそうさ。私は死神であり、輪廻の理を守る者。私が殺すべき対象は、理を乱す仙人などであり妖怪は関係ない。紅美鈴に当たる前に吹き飛ばした妖怪がいた気もするが、そんなのは本気で殺そうとすら思わずに殺せるだけという事。わざわざ手加減をする道理は此方には無いのだから。

 だから、私は紅美鈴の言葉に微笑と共に返す。

 

「でしょうね。私が今、全力を尽くし殺したいのはこの世界にたった一人のみ。それが果たせるのなら別に『幻想郷など消えても構わないと思っていますよ』支配者が八雲紫から其方の大将に変わって頂いても別に構いませんよ。えぇ、認めます。私は貴女との戦いを道楽とすら思っています」

 

 あんなに啖呵を切っておきながら心の奥底で煮えたぎらないものを感じていた。それは何故か?少し考えればすぐに答えは出た。強者と戦うのは確かに楽しい。だが、それは本分ではない。華扇の時の様な己すら焼き尽くす様な闘志を、殺し合い以外を考えられなくなる様な狂気を私は感じなかった。

 

「……舐められたものですね」

 

 紅美鈴の闘気が殺気が膨らむ。どうやら、私の返事が気に食わなかったらしい。本気でないだけで、全力ではあったのだが。とは言え、そういうものと気が付いてしまえば熱意は下がる。口調が元に戻ってるのが良い例でしょう。

 

「ならば、その余裕引き剥がしてみせます」

 

 ドガンッ!っと地面を砕き、紅美鈴の姿が消え、次の瞬間には私の目の前に現れた。音すら置き去りに放たれた拳を受け、私は吹き飛ぶ。全く、いきなりやってくれる……!

 吹き飛ばされた先で、風見優香が永遠に再生する連中を挽肉にしているのが見えた。あいつの怪力なら私を打ち返すのも容易でしょう。どうやら向こうも私に気が付いたようで、傘を横に構える。

 

「利用料金はどちらに?」

 

「四季様にお願いできますか」

 

 両足に衝撃を感じると共に勢いよく打ち出された。どんどん加速しながら、吹き飛んできた道を戻る。しかし、綺麗に打ち返すものですね、ほらもう紅美鈴さんが見えました。まさか私が吹き飛んで戻ってくるとは思っていなかったのか此方を驚いた顔で見ている紅美鈴さんの頬を、勢いよく殴り飛ばす。

 

「ぐあっ!」

 

「流石の貴女も、奇策には弱い様ですね」

 

「いや、飛んで行った勢いと同じかそれ以上で戻ってくるのを予想できる奴はいないと思いますよ。どうやったの?雫」

 

「風見優香さんに打ち出して貰いました。凄いですね、彼女。的確に送り返してくれました」

 

 そう言うと華扇さんが引いた表情になる。はて?そんなに悪い方法でしたでしょうか。こうして、すぐに戻って来れましたし紅美鈴さんも殴り飛ばせたので良い事だらけだと思うのですが。

 

「やってくれましたね」

 

 ゆらりと立ち上がる紅美鈴。その身に纏う闘気のせいか、彼女の周辺が陽炎の様に揺らめく。服に付いた土埃を払いながら、私達を睨みつける紅美鈴。華扇さんと共に反射的に構える。どうやら眠れる龍を叩き起こしたようですね。……ふと、思いついた事があるので華扇さんの方を向く。

 

「華扇さん、一つ提案なのですが良いですか?」

 

「えぇ。良いですよ」

 

「先程、紅美鈴さんに好き放題言われた私達ですが、それに対する正解を見つけまして」

 

「え?でも、私の武術の腕がいきなり進化はしないわよ?」

 

 不思議そうな顔をして首を傾げる華扇さん。しかし、向けられる視線に一切の不信感はない。その態度に嬉しくなりながら、続きを話す。とは言え、これ物凄く脳筋な回答なんですよね。

 

「違います。紅美鈴さんを挟んで、私達で殺し合いをしませんか?いつもの様に」

 

 その提案に暫く瞬きをした後、笑みを浮かべる華扇さん。どうやら同意を頂けたようですね。

 

「死神にも融通が効くところがあったんですね?」

 

「えぇまぁ。でも、そう簡単に殺されないでしょ貴女は。では、私が挟みに行きますので」

 

 紅美鈴に向けて跳躍。攻撃をする素振りを見せて、そのまま駆け抜ける。不思議な行動をした私を視線で追いながら、紅美鈴は身体を正面に向けたまま口を開く。

 

「挟み撃ちですか。その程度で私がやられるとでも?」

 

「……さぁ、どうだろうな?」

 

 華扇と同時に走り、間に紅美鈴を挟む形で距離を詰める。俺たちの動きに注意しながら構える紅美鈴。鏡合わせのように、振り上げられる俺と華扇の脚。それらを迎撃しようとして紅美鈴は気が付いたようだ。自分が狙いではない事に。慌てて、飛び退いた紅美鈴。その隙間を埋めるように勢いよく俺と華扇の脚がぶつかり合う。

 

「──は、ははっ、正気ですか?敵を挟んでいいえ、全く見ようともせず自分らで殺し合おうとするなんて」

 

 勢いよく弾かれる脚を引き戻し、華扇の拳を飛び退いて避ける。この時に砕かれた地面の破片が紅美鈴も巻き込む形で俺に向かって飛んでくる。それら避けると華扇が飛び蹴りを放つ。受け流し、紅美鈴の方に飛ばしながら俺自身も追いかける。

 

「くっ」

 

 飛んできた華扇を受け止める紅美鈴。だが、それによって華扇に足場として利用される。追いかけた俺の拳を紅美鈴を足場にする事で跳躍して、避ける。結果、なにが起きるかと言うと、華扇に足場にされ体勢を崩した紅美鈴のガラ空きの胴体に俺の拳が突き刺さる。

 

「気を読んでも意味がない……!本当に私が眼中に無いなんて!!」

 

 くの字に曲がった彼女がこのとんでもない戦い方に文句を言ったタイミングで、跳躍していた華扇が戻ってくる。俺が一歩後ろに移動すれば、それだけで華扇の攻撃は当たらない。そう、俺には。

 

「はぁぁ!!」

 

「こんの!!」

 

 紅美鈴の後頭部に華扇の両足が叩き込まれる。ふらつきながらも、反撃するがそこに華扇は居ない。俺が避けたから即座にその場を離れている。再び、紅美鈴を挟む形になった俺たち。止まる事を知らない俺たちはまた同時に攻撃に移る。俺は拳、華扇は掌底が紅美鈴を間に挟んだまま放たれる。前後から全力の攻撃を食らった紅美鈴。

 

「……こんな、ことって……」

 

 力無く彼女が崩れ落ちる。それと同時に、まだ戦う気だった俺たち耳に言葉が響く。

 

『戦いはそこまで!幻想郷代表、八雲紫』

 

『紅魔館代表、レミリア・スカーレット。この両者の間で同盟が締結されたわ。無駄な争いはここまでよ』

 

 一兵卒にはなにも分からないまま、戦いは終着した様だ。




戦術が過去最高に頭悪い……

感想・批判お待ちしています。ちなみに、あと一話か二話吸血鬼異変編は続きます。


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