最強の最弱職、王女に手を出す (毒蛇)
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第一部
第一話 装った偶然


アイリス二次創作が少ない。その現状を嘆き、筆を執りました。


 ――魔王が倒され、勇者が生まれた。

 

 勇敢な仲間たちと魔王の城に攻め込んで、圧倒的な力を持つ幹部を退けて、最後には一騎打ちで撃退する、そんな物語のような戦いの末に討伐を果たしたのだ。

 それにより王都を攻めていた魔王軍は弱体化、勝機を見た王族や冒険者、転生者率いる騎士団によって散り散りとなっていった。

 

 世界は平和になった。魔物が出現しなくなった訳では無い。

 ただほんの少しだけ、女神曰く、世界は一歩平和へと近づいたのだ。

 

 世界は歓喜に包まれた。

 強大な力を誇る魔王軍、そしてその首領が倒された事を。

 

 そんな魔王を倒した偉大なる勇者。

 伝説の武器を持っている訳でも、強大な能力を持つ訳でも無い。

 職業は最弱職の冒険者。市販の武器と数多のスキルで数々の修羅場を潜り抜いて来た男。

 

「カズマさーん、奢って~」

 

「カズマ様、素敵!」

 

「カズマ最高! カズマ最高!」

 

 ギルドで褒め称える冒険者たち。

 女たちの黄色い歓声は心地良く、酒を驕り、飯を奢り、チヤホヤされる。

 そう、世界を救った偉大なる男の名前は――、

 

「はっはっは。そうだろう、……そうだろうともっっ!!! 我が名はサトウカズマ! 数多の魔王軍幹部を屠り、遂には魔王をも倒した者!! よーしお前ら、今日は俺の奢りじゃー!!」

 

「「「カズマ様ー!!!」」」

 

 ――この俺だ。

 魔王を討伐し以前よりも平和となった世界で俺は、少し調子に乗っていた。

 討伐した事で入り込んだ莫大な金で冒険者の連中と連日のバカ騒ぎを行う程度には。

 

 酒を飲んで、旨い物を食って、エロい夢を見る。

 

 最近はずっとこんな調子だ。

 魔王討伐から半年、殆ど毎日飲んで遊んでも全くといって良い程に金が減らない。仲間たちも金に目が眩み、一人は実家で縁談を断る日々。

 金で承認欲求を満たす日々に脳みそが溶けてしまいそうだった。

 

 高級酒の入ったジョッキを傾けながら、ふと俺は周囲を見渡す。

 

 お酌をし媚びる女冒険者。

 仲間同士で盛り上がる者。

 酔いつぶれテーブルに突っ伏す者。

 肩を露出させた服を着たウェイトレスの尻に手を出して殴られる冒険者。

 

「――――」

 

 そんな最近の日々を、そろそろヤバいなと自制が掛かり始めていた。

 酔いが冷めたというべきか、チヤホヤされるというのにも、少し飽きてきた。

 

 見慣れた光景を酒と共に飲み干し立ち上がる。 

 ギルドの受付嬢に挨拶と会計をし暫くしてからギルドの扉を開けて外に出る。

 

 そうして屋敷に向かってゆっくりと歩いている時だった。

 

「ん……?」

 

 なんとなく俺の目を惹いたのは擦れ違った一人の少女。

 腰に剣を差し、どこか野暮ったいローブにフードを被った小柄な少女だ。髪の色は分からなかったがどこかで見たような記憶を刺激する、澄み切った大空を連想させる蒼色の瞳。

 

 どこか見覚えのある姿に、思わず俺は振り返った。

 挙動不審気味の小柄な少女は焼き芋の露店を開いていたおじさんに声を掛けられていた。

 

「おっ、そこのお嬢ちゃん、ホクホクの焼き芋をお一つどうだい? お嬢ちゃん可愛いから今ならまけてたったの百万エリスだ! ハハッ、どうかな?」

 

「焼き芋ですか……。これは見た事のない食べ物ですね。でしたら二本下さい」

 

 世間知らずなのだろう。

 財布から取り出したのは二百万エリスという大金であり、冗談で言ったらしく固まっていたおじさんと小首を傾げるフードの少女の間に俺は割り込んだ。

 

「いやいや、待て待て待て」

 

「……ぁ」

 

 田舎娘が都会で騙される一歩手前に等しい状況で、俺が止めるのは当然だろう。

 俺の脳内では既にこの少女が都会の波に揺られてチャラ男に酒を飲まされて身体を許し見知らぬ男の子供を孕み泣く泣く実家に帰る、そんな未来図すら思い浮かんでいた。

 

 余計なお世話かもしれない。だが、放置するというのは何となく嫌だった。

 大体一個百万エリスの焼き芋を売る露店とはなんなのだ。どこの貴族御用達の店なのだ。そんな事を思いながら、彼女らの間に割り込んで、フードの少女の顔を覗き込むと見える端正な顔立ちに思い違いで無かった事に安堵する。

 少なくとも俺にとっては他人では無い、大切な存在であった。

 

「本当に出す奴がいるか。このおっちゃんの冗談だからな、アイリス」

 

「えっ、お、お兄様!」

 

 此方を見て俺の存在を知り、大きな瞳を見開く少女。

 見間違いで無い事にホッとしながらも彼女の隣に立ち、代わりに二百エリスを渡す。

 

「いいか、アイリス。大体露店って言うのはそれなりに高くても五百エリス辺りが相場だ。こんな所で百万エリス出したら駄目だぞ。カモにされるからな」

 

「そ、そうなのですね。私、相場というのはまだ分からなくて……」

 

 そんな無知な少女の対して露店のおっちゃんは大真面目な顔で頷いた。

 

「いや、お嬢ちゃん。うちの焼き芋は最高級でね、今ならなんと二本で百万エリスだ」

 

「本当ですか!? それはお得ですね!!」

 

「おい、おっちゃん。警察呼ばれてーか」

 

 正規の値段を支払い、彼女を連れて広場に座り焼き芋を食べる。

 二つに割ると黄金色の身と湯気に、少女が目を煌めかせる。

 俺の隣に座り、受け取った焼き芋に噛り付く姿は可愛らしい。

 

「美味しいです、お兄様!」

 

「んー、そうだろう」

 

 ――『お兄様』と俺を呼ぶ相手は、世界でただ一人しかいない。

 華が咲いたような無垢な笑顔を見せる金髪の少女。

 この国の第一王女にして義妹、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスである。

 

「久しぶりだな、アイリス。もしかして一人なのか?」

 

「はい、以前はお兄様に会えませんでしたが。実は、たまに社会勉強として抜け出してました」

 

「マジかよ」

 

「はい。最近は、以前よりも自由外出の許可が得られるようになりましたから。お兄様のお陰です」

 

「俺の?」

 

「あの日、お兄様が魔王を討伐してくれたお陰で今がありますから」

 

 以前の無知で無垢な王女様はどこへ行ったのか。

 昔は人見知りだった彼女も、護衛達を振り切り、アクセルにまで来るようになったらしい。

 

「それでお兄様」

 

「どうした?」

 

「私、お兄様にお会いしたら、一緒に行いたい事があるのですが……」

 

「おう。なんでもいいぞ」

 

「え!? よろしいのですか?」

 

「勿論だ。可愛いアイリスの為だからな。なんでも言ってくれ!」

 

「でしたら――」

 

 可愛い義理の妹のお願いを断る事など出来ない。

 わざわざ上目遣いで俺を見ずとも、断る筈が――、

 

 

「――私をお兄様の妻にして頂けませんか」

 

「ふぁ!?」

 

 

 

 +

 

 

 

 音が、煩い。

 自分の心臓の音がこれだけ煩いというのは久しぶりだろうか。

 今の状況は、それこそ魔王軍幹部や魔王と戦った時よりも興奮状態である。

 

「落ち着いたか」

 

「はい。すいません。私とした事が」

 

「気にするなって」

 

 ベッドに腰掛けて、暫く俯いた状態のアイリスが口を開いた。

 広場の中心で凄まじい事を言い出した王女の声は周囲の目を惹いた為、仕方がなく高級宿屋に連れ込んだ構図だ。慌てて要望を叶えるべく、彼女を高級宿屋にお持ち帰りした訳である。

 俺も突然の事に混乱していたのか、色々と言い逃れの出来ない状況だ。

 

「えっと、俺と結婚したいって事だよな」

 

「はい」

 

 無垢な笑顔を見せるアイリスは可愛らしい。

 箱庭の中で大切に育てられた彼女から結婚という言葉が出るのは驚きだ。

 

「いえ、そうでもないですよ? これでも以前より勉強しましたので」

 

「エッチな事とかも? 保健体育の授業もしたのか?」

 

「エッ……、王家の者として継承権を持つ子供についての知識は重要ですので。それに、私はあと数か月で成人です。その程度の知識を所有していない訳がないのです!」

 

 この国では十四歳で成人という扱いである。

 また飲酒については何があっても自己責任という雑な部分がある。そして隣に座る箱入り娘は現在十三歳と数カ月となり、既に大人と言って良い年齢という事になる。

 

「そうかそうかー、大人かー。偉いなドラゴンスレイヤーは」

 

「もう! その呼び方は止めて下さい!」

 

 頬を膨らませる少女の金髪を俺は撫でる。

 フードを下ろし、砂金の如く美しい髪をそっと撫でて微笑む。

 

「悪かったな、アイリスはもう大人だもんな」

 

「……! はい!」

 

 初めて『ナデポ』が決まった事に満足感を覚える。

 宿屋という事で屋敷にいた時と異なり誰かの邪魔が入る事はない。

 

 ドMの変態クルセイダーが薄着でクローゼットに入っていたり。

 思わせぶりな態度を取るだけでヘタレて何もしない爆裂娘だったり。

 これはというタイミングで何かしらの邪魔をしてくる駄目神だったり。

 

 ……これは最大のチャンスではないのだろうか。

 

「いや、だが」

 

 しかし待って欲しい佐藤和真。

 相手はアイリスだ。義理の妹なのだ。そんな目で見た事はない。

 確かにもう大人の年齢なのかもしれないが日本人の倫理観としては如何な物なのか。

 

「お兄様」

 

 そんな事を考えていた時だった。

 フードを脱ぎ軽装となったアイリスが俺の前に立つ。

 ベッドに座る俺を見下ろす少女は嬉しそうに微笑み、俺の手を握る。

 

 細い指が俺の指と絡まる。 

 その気になれば俺の手などへし折る事の可能なアイリスの指は白く冷たい。その柔らかさに心を震わせながらも、それ以上に大胆な行動に出る義妹に俺は目を白黒とさせた。

 

「お、おう」

 

「まずは改めて、魔王討伐おめでとうございます。そして私との約束も果たして下さいまして、ありがとうございます……!」

 

「ああ、俺頑張ったよ、アイリスの為に」

 

 最初は駄目神を追いかけてではあったが。一応嘘ではない。

 そんな俺の言葉をアイリスは信じたようで、ほんのりと頬を赤らめる。

 

「……アイリス、背伸びたな」

 

「そうでしょうか? あまり実感は湧きませんね……」

 

 以前アイリスに会ったのはエルロードでのドラゴン討伐後、城で少し過ごした時以来だ。魔王討伐後のパーティーは王都の復興にリソースが割かれた為にまだ開かれていない。

 それからそれなりに時間が経過したのだろう。改めて見ると背丈だけではなく、やや豊かな双丘は服の上からでも分かり、ミニスカートから覗く太腿は色白で艶やかだ。

 手紙でやり取りはしていたが実際に顔を合わせなくては変化とは分からない物だ。

 

「もう、めぐみんに勝ってるな」

 

「めぐみんさんがどうしましたか?」

 

「いや気にしないでくれ。そうか大人かぁ……」

 

「そうです、大人ですよ。それで、その……お兄様は、指輪は今もお持ちですか?」

 

「指輪?」

 

 思わずオウム返しに問い掛ける。

 以前エルロードへ行った際のお土産としてあげた指輪の事だろうか。

 それならばと、今俺に指を絡ませるアイリスの薬指にはめている指輪を見ると、これではないと、王女は小さく首を振った。

 

「あの、義賊の方々が持って行った、指輪の方です」

 

「…………!?」

 

「…………」

 

 以前王城に潜入し、見事目の前の王女からある物を盗んだ盗賊団。

 仮面を付け闇夜を彷徨う銀髪の姿から、仮面盗賊団とも銀髪盗賊団とも呼ばれている大物賞金首。盗賊団と呼ばれているが実態はたったの二人だけの盗賊団である。

 そしてそのうちの一人、すなわち俺をジッと王女の蒼の瞳が捉え続ける。

 

「ちょっと何言ってるのか分かりませんね。あー、あの何とか盗賊団とかだっけ? そいつらに奪われたって話だけど! 俺が何か知ってる訳ないだろ!!?」

 

「その言葉、嘘を吐くと感知するあの魔道具の前でも同じことを言えますか?」

 

「――――」

 

「沈黙は肯定と受け取りますよ?」

 

「いや、あの……」

 

「なんちゃって」

 

 思わず黙り込む俺に対してクスクスと笑うアイリス。

 見上げると以前よりも大人びた様子の少女の姿が視界に映りこむ。

 彼女の笑みは嘲笑の類ではない。誰かを馬鹿にするのではなく、ただおかしくて堪らないと、以前王城で一緒につまみ食いをした時の、子供のような笑みと似ていた。

 

「その、……知ってたのか?」

 

「これでも人を見る目はありますから」

 

 驚愕の事実である。

 だが同時に王女黙認というお墨付きを得たようなものである。

 

「それで、指輪は、どこに?」

 

「ああ、えっと指輪は確か……」

 

 捨ててはいない。

 埋めても捨てても所持していてもダクネスが煩いのだ。

 当時盗んだ際に滅茶苦茶に騒がれたので、相当重要な品だった事は覚えている。

 

「大事な所に隠しているよ」

 

「そうですか! 良かった」

 

 流石にエロ本の間に挟んで保管しているとは言えない。

 眩いばかりのアイリスの笑顔から僅かに目を逸らしていると、

 

「流石、お兄様です。それでしたらもう一つの約束も大丈夫ですね」

 

「勿論だ! ……って」

 

 安堵の吐息をする王女は蒼色の瞳に俺を写して笑い掛ける。

 その笑みに咄嗟に頷いたが俺の脳内には疑問が浮かんでいた。

 

 ――何か約束したかな、と。

 

 王城で彼女と交わしたゲームを再びしようとした約束を思い出す。

 確かにあの時の約束はまだ果たされていない。魔王討伐を果たした今ならば以前のように期間限定での城の滞在も、城の兵士達に追い出される事も無い、はずだ。

 必死に記憶の中を駆け巡り眼前の相手との約束を思い出そうとするが。

 

「お兄様は、この国で古来より続く伝統をご存知ですか?」

 

「えっ、ぁ……、アレだろ? アレ……」

 

 時間切れとばかりに問い掛ける義妹に俺は思わず知ったかぶりをした。

 相手が俺のパーティーメンバー、あいつらに対してなら知らんと言えば済む話なのだが、どうしてもアイリスに対しては恰好付けてしまいたくなる。

 とはいえ知らない事も確かで、それを悟ったアイリスは、柔和な笑みを浮かべて言った。

 

「魔王を倒した勇者には、褒美として王女と結婚できる権利が与えられるのです」

 

 …………。

 

「今、なんて?」

 

「お兄様。いいえ、カ、カズマ様。貴方にはその権利が与えられて、いえ……」

 

「……!」

 

 バクバクと何かを察した心臓の音が煩い。

 呼び方を変えた事を指摘する余裕は無い。

 

 そんな俺の胸中を知ってか知らずか。俺の手をぎゅっと握り締めながらも自らの手を忙しなく動かし顔を赤らめる王女は、しかし此方を見る瞳を逸らさない。

 恥ずかしながらも決然とした姿は普段とは異なる王族オーラを纏っていて。

 

「カズマ様。どうか私と結婚して下さい」

 

 それは熱烈な愛の告白だった。

 窓から差す夕暮れの日差しがアイリスの髪を黄金色に照らす。

 

「……」

 

 もう良いのではないのか。 

 日本人の倫理観など異世界に持ち込んでも意味が無い。 

 他人にロリマさんなどと呼ばれてもその度に報復すれば良い。

 

 なによりも俺とアイリスは相思相愛の関係だ。

 そして、この宿屋に邪魔をする者もいないのだ。

 義妹ルートだって良い筈だ。今は十三歳でも三年すれば十六歳。ロリ属性など季節が過ぎゆくように一過性の存在にすぎないのだ。

 即ち――。

 

「よろこんで」

 

「本当ですか……!」

 

 パアッと顔を赤らめながらも喜色の表情を浮かべるアイリス。

  

「ああ、俺がアイリスに嘘吐く訳ないだろ?」

 

「嬉しいですお兄様。ううん。カズマ様」

 

 

「大好き……」

 

 

 ――こうして俺は、アイリスと結婚する事になった。

 

 

 



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第二話 既成事実

「でしたら。もう……カ、カズマ様は私の婚約者となりますね」

 

「お、おう。そうだな。せっかくだし子作りでもするか」

 

「えっ」

 

「いいい、いや、今のは言葉の綾と言うかさ。ほら、宿屋のベッドで男女が二人ならやる事は一つだろ! 一般社会の常識だぞ!」

 

「そ、そうなのですか!?」

 

「そうだよ!!」

 

 ふわふわした雰囲気の中で、何かとんでもない事を早口で言ってしまった気がする。

 戸惑いと羞恥の表情を浮かべた暫定婚約者に対して俺は慌てて弁解を試みる。

 いつの間にか年下の義妹ポジションだった筈なのに目の前の少女の微笑み一つに心臓の高鳴りが鼓膜に響いている。年下の子供ではなく一人の女の子として認識したからだろうか。

 

 ――と、そんな事を思っていた時だった。

 

「……えいっ!」

 

「ひょっ!?」

 

 自分の顔が赤らんでいないか確認したい胸中に囚われていると、何を思ったのか突然アイリスが俺の肩を掴んで俺を押し倒した。

 ギシッとそれなりに良質なベッドを呻かせながら飛びつく王女を咄嗟に抱きしめると金髪の髪から漂う甘い香りが俺の身体に浸透する。背中にベッド、胸板に王女と柔らかい物が俺を挟む。

 

「あわわ……わ、私、なんてはしたない真似を」

 

 耳まで顔を赤く染めながらも俺を抱きしめる腕は力強い。

 体格的、見た目的には俺の方が強そうではあれど、この世界にはステータスの概念がある。

 悲しいかな、俺の力のステータスよりも圧倒的に俺を抱きしめるアイリスのステータスの方が上であり強制的に抱き枕を強要される。

 自らの行為を恥じらいながらも俺を抱きしめる事は止めないアイリス。

 

「いや、はしたない事なんて無いぞ。こういう事にアイリスが積極的で俺は嬉しいぞ」

 

 ベルゼルグ王国の王族は代々強い血を取り込んでいる。

 脳筋戦法の火力ゴリ押しで大体何でも出来る程度に高ステータスなのだ。

 そんな彼女に本気で抱きしめられれば貧弱冒険者の背骨は砕け散り、俺は即座に天界にいるであろうエリス様と顔を合わせる事になってしまうだろう。

 そうならないのは彼女が自らのステータスを理解し、手加減しているからだ。

 

 おずおずと、まるでガラス細工を愛でるような思いが伝わってきて。

 そんな彼女の接し方が分からない不器用な抱擁が可愛らしいと感じて。

 

「……アイリス」

 

「……」

 

 こうなればいくとこまで行こう。

 言葉はいらない。ロリ枠はめぐみんに譲ろう。

 

「カズマ、様」

 

 …………。

 

「さっきからなんでその呼び方? 反抗期なの? 始まっちゃったの?」

 

「ちちち、違います! これは、その……これからは兄と妹ではなく……。お、お慕いする相手としてお呼びしたいのです。駄目、ですか?」

 

 そんないじらしい事を告げるアイリスの姿に俺は目を奪われた。

 見慣れた筈の容姿、俺を見下ろし懇願する彼女は普段よりも大人びて見えた。

 

「駄目じゃないです……」

 

「……でしたら。これからはカズマ様も私の事は妹扱いしないで下さいね」

 

「お、おう」

 

 手玉に取られている。

 僅かに小首を傾げ安心したように微笑を浮かべる王女を目にして、そんな事を思った。年下の女の子に弄ばれるというシチュエーションには思うところが無い訳ではないが、背伸びをしたがるアイリスの行動に俺は上手く動けないでいた。

 女の子は早熟する、そんな言葉が思考の隅で思い浮かんだ。

 

 そんな事を考えている間に、アイリスが俺の両頬に触れる。

 ひんやりとした手のひらに心地よさを覚えると同時に、王女の顔が――、

 

「――――」

 

「――――」

 

 アイリスの唇の柔らかさを知っているのは俺だけではないのだろうか。

 徐々に思考が放棄されるのを悟りながらも、暫く唇を交わらせる。

 

 少女から迫ったキスは唇を触れ重ねるだけの物だ。

 大人のキス、所謂ディープキスのような舌を絡み合わせる物ではない。

 

 だがダクネスに無理やり奪われたファーストキスよりも。

 めぐみんと魔王城に向かう前の思わせぶりなディープなセカンドキスよりも。

 ――優しく、温かく、親愛と慈愛に満ち溢れたキスであった。

 

「……ぁ」

 

「……」

 

 唇を離した瞬間、ぼやけた視界がクリアとなる。

 どれだけの勇気を費やしたのか、顔を赤らめたアイリスの姿が妖艶に映る。

 

 俺に圧し掛かっていた少女が身動ぎする。

 その度に少女の成長中の双丘が服越しに触れ、甘い香りが漂う。

 モジモジと彼女が動く度に、柔らかい腹付近に男の欲望が顔をもたげる。

 

「あの、お腹に当たって」

 

「これは、ほら、この状況で勃たない男がいるか!? いたらそいつはホモだよ! ホモルギだよ! おおん!?」

 

「と、唐突に逆切れは止めて下さい。といいますかあの人は、そういう……?」

 

「そうだよ! あいつ取り巻きの女二人いつも侍らせているけど何もしないじゃん? ああいう男は大体ホモだよ」

 

「……へー、お兄様って本当に博識ですね。……あっ、でもお兄様もめぐみんさんやアクア様に何もしていないのでは?」

 

「めぐみんとかダクネスはともかくアクアはないわー。それに俺の場合は大人の余裕で敢えて手を出していないだけさ」

 

「そ、そうなんですね。……その殿方の、その部分が大きくなるという事は。……私に興奮されたのですか?」

 

「…………」

 

 これは仕方がないのだ。

 決して男の剛直を年下の少女に擦りつけてセクハラしている訳ではない。普通押し倒されて年下にキスされたら誰でもこうなる、即ち悪いのはアイリスだ。そんな風に俺の息子が戦闘態勢に入った事に対して脳内武装を試みていると、股間に刺激が奔った。

 ズボン越しに小さな手で俺の怒張に触れているのはアイリスで。

 

「あ、アイリス? どこでそんな事を覚えたんだ!」

 

「王城の宝物庫にそういう知識の書物がありまして」

 

「ああ」

 

 以前王城に潜入した際に巧妙な罠として設置されたエロ本だろう。この世界では紙というのは基本的に高騰しており、書物の類は羊皮紙が主だ。

 そんな中でこの俺を惹きつける程のエロ本とは即ち日本から持ち込まれた物だろう。

 

「あそこって結界とか罠だらけだろ。どうやって忍び込んだんだ?」

 

「お父様に肩叩きしながらお願いしたら正式に中に入る許可を頂けたのです。誰かさんみたいにコソコソしないで入る事が出来ますよ」

 

「つまり宝物庫に行って堂々とエロ本を読んでいたのか」

 

「ちちち、違いますから!」

 

「ジャンルは? どんなのが王女様の好みでしたかね! イチャイチャですかな? 青姦? それともまさか、凌じょ……」

 

「お兄様。それ以上仰るなら、私にも考えがあります」

 

「というと?」

 

「……折ります」

 

「ごめんなさい」

 

 なんという事だろう。

 あの純真無垢なアイリスがエロ本によって汚れてしまった。本気で怒らせない程度に揶揄い、頬を膨らませ怒る少女の姿を謝り倒しながら見ていると、動揺していた精神が落ち着いてくるのを感じた。

 

「アイリス」

 

「何ですか?」

 

「俺がリードしていいか?」

 

「あっ……、そうですか。実はこれでも結構一杯一杯で……。カズマ様にお任せしますね」

 

「任せろ。百戦錬磨のカズマさんがエロ同人の竿役ばりにやってやるよ!」

 

「……百戦錬磨なのですか?」

 

「おっ、嫉妬か? 可愛いな」

 

「百戦錬磨なのですか?」

 

「いや、……まあ冒険者たる物、そういう事もたまにあるってだけだよ」

 

「……」

 

 夢の中、即ちサキュバスのお姉さんが仕事で見せてくれるエロい夢の中で俺は無敵だ。種付けおじさんカズマとして貧乳から巨乳、ハーレムと技能を磨いている。

 更に金と土下座に物を言わせ、催淫スキルをお姉さん方に教えて貰ったのだ。

 

「という訳で、そぉい!」

 

「きゃっ」

 

 俺を抱きしめていたアイリスの体躯を腕に抱き、位置を変える。

 アイリスに押し倒されている体勢が入れ替わり俺がアイリスをベッドに押し倒す。

 最早誰に見られても言い繕う事は不可避な状況だが。

 覚悟、らしき物は決めた。

 

「カズマ様」

 

「うん?」

 

「その、私は初めてですので、……どうか、優しく、してくださいね」

 

 

 

 

「はい、よろこんでえええええええ!!」

 

 

 

 

 初めてのキスはアイリスからだった。

 二度目のキスは俺からだった。

 

 彼女の衣服を脱がせながら自らの衣服も脱ぐ。

 夢の中で学んだ様々な事を活かすべく、かつ年上として、兄として、暫定的婚約者としてアイリスに恥を欠かせない事を決意する。

 

「んむ……」

 

 三度目のキス。

 今度は触れ合うだけではない、少しディープな口付けだ。

 

「ぁ、……んっ……っ」

 

 舌先がゆっくりと少女の唇を割り拓き、口内に入り込む。

 王女の瞳が大きく見開き閉じようとする唇の中に侵入した舌が彼女の歯茎を、舌裏を舐めとり、蛇のように舌を絡ませる。後頭部を抱き抱え貪るように口腔行為に熱中すると、徐々にアイリスの瞳が虚ろになっていくのが見えた。

 

 控え目な彼女らしく右往左往するアイリスの柔らかい舌を俺の舌が絡みつく。少女の舌裏を舐め、俺の舌を舐めさせていると徐々に彼女の舌が動き出す。

 勤勉な王女は此方の方向でも学習能力が高いらしい。

 舌の裏側の柔らかさに気づき少しずつチロチロと舌を動かし絡ませ始める。

 

「……ふ、……ぅ、ん」

 

「……!」

 

 酩酊したかのように頬を硬直させ、懸命に舌を絡ませる王女。

 そういえば負けず嫌いだったな、と思い出しながらも舌先は緩めない。

 

「ん~……! んっ」

 

 密かにスキルを駆使し年下にマウントを取る童貞。

 否、これから童貞を捨てに行く男に手加減という文字はない。

 子供であろうと女であろうと容赦はしない真の男女平等主義者とは俺の事だ。

 

「ぷは……っ」

 

「はー……はっ、ッ」

 

 荒い呼吸を繰り返し、離れるのが惜しいとばかりに唇が触れ合う。

 俺の唇と自身の薄い唇に唾液の糸が橋を作るのを見て、そっと指で拭う王女。自らが作った淫液の糸を千切って、その様子を俺は見て、ふと目が合う。

 瞳に浮かぶのは僅かな恐怖と戸惑い、それ以上の抑えきれない喜色と熱だった。

 

 囁くように王女が呟く。

 

「キス、とはこんなにも凄い物なのですね……」

 

「……ッ」

 

 恥ずかしそうで、恍惚としたアイリスの姿に自然と喉を鳴らす。

 普段の何倍にも艶やかでいじらしい表情を浮かべる王女に理性など消し飛ばされる。

 

「きゃっ!」

 

「もっともっと凄い事を教えてやるよ!」

 

 もはや精神的猶予は無かった。

 可能な限り優しくしたが俺の下半身は既に暴発寸前である。

 ポーカーフェイススキルを使用しながら細い体躯に愛撫を仕掛けていく。

 

 うなじ、首筋、鎖骨、乳房。

 舐めるようにキスをしながら発展途上の白い乳房を揉む。

 既にめぐみんよりも発達した柔らかいソレは俺の手のひらに馴染んだ。

 

 決して巨乳という訳ではない。

 アクアやダクネスよりは確かに小さい。

 だがクリスやめぐみんのように無乳という訳ではない。

 

 現在十三歳のアイリスのおっぱいは現在の成長著しい。

 何よりも今後このおっぱいを自らの手で育てる事が出来るのだ!

 そんな将来性無限大の乳房を俺は赤ん坊のように揉みしだき、小さな突起を甘噛みする。

 

「ぁっ、お兄様! そこは……っ、ぁ!」

 

「お兄様じゃなくてカズマ、だろ」

 

「ぁ、ぁっ、んぅ」

 

「……声、我慢しなくていいんだぞ」

 

「でも、そんな、はしたない事、ふぃ!?」

 

「おいおい、我慢は身体に毒だぞ。お兄ちゃん、アイリスのエッチな声が一杯聞きたいな~」

 

「んっ!」

 

 艶のある声を漏らすアイリス。

 純白の下着越しに恥部を指で擦ると少女は身体をビクッと震わせた。

 

「まっ、待ってカズマ様。それっ、刺激が強くて……」

 

「ほれ、ほほほれ、ここが良いんだろ」

 

「ひぁ! ……!!」

 

「いだだっ! こ、こらっ、髪引っ張るなって。分かった、優しくするからっ」

 

「むぅ。やっぱりカズマ様は他の女性にもこういう事を常日頃からしているのですか?」

 

「いや、流石にこんな事までは」

 

「めぐみんさんとか、ララティーナとか」

 

「ああ。あいつら割と中身はゴブリンみたいな所あるから。セクハラで満足だわ」

 

「お兄様。それは流石にあんまりです」

 

 俺の頭部を抱えるアイリスの力は強く、同時にゴミを見る目に興奮を覚える。

 冗談とかではなくゴリラ並みの力で頭を締め付けられるともげそうである。自身の生命への危機を俺は感じながら、暫定的婚約者兼義妹の胸に抱かれて死ぬというエンドを回避するべく催淫スキルを全力で行使する。

 

 本来サキュバスにしか使えないスキルの一つ。

 相手を選ばず肉体を火照らせ性的興奮を促すスキルだ。

 

 多少ズルはしているが性的行為に忌避感を持たれる訳にはいかない。

 処女だろうと効力を発揮するソレは、俺の愛撫と相まって効力を発揮していた。

 

「ぁ、……! !」

 

「気持ち良いか、アイリス」

 

「は、はい。んんっ、こんなに身体が熱くて……。ふわふわするのは初めてです」

 

「ほう」

 

 とろりと潤んだ瞳で俺を見上げる少女は艶やかな嬌声を漏らす。

 味わいなれていない快楽が少しずつ毒のように浸透していき、純粋という白色のキャンバスに俺という絵具が快楽という色彩を彩り始める。

 色白の世間知らずの王女の身体を弄ぶ俺はなんと罪深いのか。

 

 暫く下半身の欲望を歯を食い縛り我慢する。

 恰好悪い真似を見せられない。見せたくは無いのだ。

 少しでも快楽を教え込もうと己の全霊を賭けた愛撫をする事数分。 

 

「……ぁ、だ、駄目! ……~~~~ゃっ!!」

 

 ビクンと少女の細い腰が小さく震えた。

 同時に下着を濡らす愛液の量が溢れ、俺の指を濡らす。

 

「アイリス」

 

「……ふぇ? お兄ちゃん?」

 

「……」

 

 呆然と荒い呼吸を返すアイリスに抵抗の意志は無い。

 彼女の肌を覆っていた最後の一枚を脱がし、自らも下着を脱ぐ。

 既に臨戦態勢どころか爆裂寸前の剛直は先端から我慢汁を滴らせていた。

 

「カズマ……様」

 

「アイリス」

 

 狙いを定め挿入する。

 一線に背中を向け、目の前の少女の膣の締め付けに目を見開く。

 

「ぉぉぉ……っっ」

 

「カ、カズマ様?」

 

「い、いや大丈夫。……そ、それより痛みとか大丈夫か?」

 

「少しだけ痛いですが……。はい、大丈夫です」

 

 挿れただけで欲望を吐き出しそうだった。

 夢は夢という事だろう。三擦り半どころではない。だがそんな事をすれば優しいアイリスはともかく俺個人の威信に関わる。このままではサトウインポになってしまうかもしれない。

 アイリスを抱きしめて歪む顔を彼女の髪の毛に隠しながら囁く。

 

「そっか。たまにそういう人もいるらしいけどぉぉぉ……。ゆっくり、いこうな」

 

「……お兄様は優しいですね。そういうところも好きですよ?」

 

「あ、あの、そういう直球なのは俺の心に刺さるから。出しちゃうから」

 

「ふふっ、……大好きですよ、本当に」

 

「……ッ」

 

 俺のヒロインはここにいたらしい。

 正しく愛の囁きと言わんばかりの言葉、年下の一挙手一投足に俺の鼓動が高鳴る。

 ぱちゅぱちゅと、ぬめる肉壁を抽送しながら俺は再度アイリスとキスを交わした。

 

 ……もう何度目かのキスかなんて覚えてはいなかった。

 

「んっ、ん……」

 

 少女の爪が俺の背中の肉を刺す。

 ゆっくりとピストンを繰り返し、すぐに限界が来た。

 

「おらっ、アイリス。出すぞ! ……うっ」

 

「ひゃあああっっ!!」

 

 辛うじて幼き肉壺から剛直を引き抜くと同時に欲望が噴き出す。

 若さ故の過ち、肉欲が白濁となってアイリスの白い腹部に掛かる。びゅるるっと面白い程の量が彼女を汚す姿を俺の眼球が焼き付かんばかりに見つめ続けた。

 

 視界が白く染まり、意識が僅かに酩酊するような余韻。

 男なら覚えのある射精直後の甘い痺れに吐息をついていると、ふと王女の挙動に目が行く。

 

「……これが。不思議な感触なのですね」

 

「それ、飲めるよ」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ。勿論、おっぱいは大きくなるし、美肌効果もある」

 

「そ、それは凄いですね」

 

 実際に効果があるかは俺も知らない。噂程度の話だろうが。

 純粋で無知な彼女は俺の言葉を信じて自らの腹部に指を伸ばす。

 俺の分身のような白いソースをアイリスの指が掬い取り小さな口に運ぶ様を見届ける。

 

「……苦いですね」

 

「ふっ。良薬は口に苦しと言うだろ? 良い物程苦く変な食感なんだ。クレアやレインですら食した事はないんじゃないか?」

 

「帰ったら自慢できますね」

 

「アイリス。男女の営みについてを周囲に話すのはマナー違反なんだ。絶対話すなよ」

 

「ぁ……、分かりました」

 

 コクコクと頷く王女は素直で可愛らしい。

 そんな彼女の顔の前に自らの怒張を見せると慌てて目を手で隠した。

 少し前まで自分の中に入っていた物だが男の逸物を見て恥じらう姿は可愛らしい。

 

「あああ、あの! カズマ様の、しまっていただけますか!?」

 

「しまう? どれをだ? 言ってごらんアイリス。それよりもここから直接吸うのが男女の営みにおいてはよくある事だ。宝物庫にあったエロ本をどれだけ読んだかは知らないがこういう行為は夫婦になる前に練習しておく物だぞ」

 

「そ、そうなんですか」

 

「ほら。俺の聖剣はどうだ。アイリスが持ってきてるなんとかカリバーよりも立派だろ」

 

「お兄様。それはセクハラだっていうのは私でも分かりますよ」

 

 そんな言葉を交わしながら王女は指の隙間から半眼で俺の剛直を見上げる。

 困惑と羞恥、そして芽生えた快感に戸惑いを覚えたような顔で俺と僅かに萎え掛けた剛直を交互に見て。愛液と精液で濡れた亀頭に口を開いて――、

 

 

 

 +

 

 

 

「はっ!」

 

 いつの間にか眠っていたらしい。

 寝起き直後であるからかいつも以上の倦怠感が身体に残る中で枕に埋めていた頭を起こす。

 

「……アイリス?」

 

 周囲を見渡す。

 見慣れた宿屋は普段俺がサキュバスの淫夢サービスを受ける為に外泊している高級宿屋だ。万に一つの邪魔も入らないようにする為に決めた宿屋、そのベッドの上に俺はいた。

 

「夢オチかよ!」

 

 まさか夢だったのだろうか。

 確かに淫夢サービスは現実と間違えかねない程のリアリティがあって良いのだが。

 だからといって店員さん全員に顔と名前と性癖を覚えられた常連の中の常連たる俺が今更現実と夢を間違える筈がないのだ。

 

「えっと、アイリスと焼き芋食って、んで……。ん?」

 

 普段よりも倦怠感を覚える身体を引き摺らせ立ち上がり、気づく。

 テーブルの上に置かれた羊皮紙とその上に文鎮のように置かれた彼女の髪飾り。

 

 稲穂のように輝いていたアイリスの髪を飾っていた髪飾りは俺の手のひらの中で確かな存在感を放つ。その存在が夢ではなく確かに現実に、俺の手の中にある物だと知って。

 

「今度返しに行けばいっか」

 

 アイリスは既に王都に戻ったらしい。

 冗談気味に責任取って下さいね? とも。

 メモの内容は大雑把に言えばこの二点に要約される。

 

 ……今更ながら王女に俺は手を出したらしい。

 ベッドに戻り、グシャグシャになったシーツに血の跡を見つけて思う。

 

「はっは。しーらね」

 

 何か性欲に任せてとんでもない事をした気がするが。

 それに伴ってこれから何かが起きそうな気がするが。

 

 知った事ではない。明日の事は明日の俺に任せよう。

 

 そんな風に思いながら、俺はアイリスの髪飾りを抱き抱え毛布を被ると――。 

 

 

 



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第三話 ナンパ成功例

 朝、目を覚ます。

 意識の覚醒、揺蕩う眠気の中から水面に顔を出すように目が覚める。瞬きを繰り返すと既に見慣れた自室の天井に付着した染みが俺を無言のままに見返す。

 思考に空白を残したまま乾いた口内で舌を動かしながら俺は寝台から立ち上がった。

 

「ふあ」

 

 欠伸をしながら上体を起こす。

 カーテンを開けると優しい朝の陽射しが俺に降り注ぐ。

 時計を見ると朝八時と普段ならば二度寝しているだろう時間帯だ。

 

 ……思った以上に熟睡していたのだろう。

 

 パジャマから普段着に着替える頃には頭も視界も明瞭だった。

 気分が乗って、ベッドのシーツを直したり軽く掃除をしたりする。早朝の時間は聡明な俺の頭脳もまだ何の情報も得ておらず疲れていないからだろう。

 ストレッチをして身体を解し、洗面台で顔を洗い顔を上げる。

 

「――――」

 

 薄い茶髪寄りではあるが紛れもない黒髪。

 ジッと俺を見つめる男の瞳や顔立ちは標準的な日本人の物だ。見慣れた己の顔を睨みつけていると、何となしに鏡の中の男は唇に指で触れた。

 がさついた男の唇に抱く想いなど無い。ただ情欲の記憶だけが鮮明に残っている。

 

「――――」

 

 あれから数日。

 昨日の男は今日の俺に。今日の俺は明日の俺に任せて。

 半ば現実逃避しがちな内容が、色濃い記憶が、俺の脳裏を過って。

 

「ああ、クソ。乙女か俺は」

 

 再度、顔を洗う。

 早朝の水は冷たかった。

 

 

 

 +

 

 

 

「おはよう、カズマ」

 

 俺が目を覚まし身支度を済ませ台所に向かうとダクネスがいた。

 本名ダスティネス・フォード・ララティーナという可愛らしい名前の貴族だ。ダスティネス家は代々王族の懐刀を務める「盾」の一族である。

 

 長い金髪を三つ編みに纏め肩に垂らしている女。

 質素な私服と髪色、豊かな双丘は服越しでも主張され、残念な性癖を除けば貴族とは思えない。見た目は俺好みの女ではあるが、好みに近づく程に中身の残念さが引き立つ仕様だ。

 スタイルはともかくアイリスにはダクネスのようにはなって欲しくはない。

 

「――おはよう、ララティーナお嬢様。素敵な朝ですね」

 

「ら!? お、おはようカズマ。それと、……ララティーナお嬢様は止めて下さい」

 

「お、おう。ところで今日の当番はお前だっけ?」

 

「ん、いやカズマだったと思うが。……ここ最近実家の方で私も料理の腕を上げてきたのだ。ここは一つ、『普通』の料理から脱却しようかと思ってな。お前の代わりに作ってるのだが」

 

「お前が腕を上げるって誤差みたいなもんだろ」

 

「誤差とはなんだ! 誤差とは! 罵倒すれば良いって物じゃないぞ!」

 

「いや別に罵倒した訳じゃ……。ほら、お前の料理は別段凄く美味いという訳でもないしさ! 何度も言ってるけど調理に関しては料理スキル持ちの俺に任せて、片付けだけすれば良いんだよ!」

 

「断る。私にだって女の矜持くらいあるのだ! たまたま朝早く起きただけのニートに負け続けていては、日頃から私に仕込んでくれる当家の料理人達に顔向けできん! いいから座ってろ! もしくはめぐみん達を起こしてこい!」

 

「へいへい」

 

 ダクネスがどんな朝食を作るのか。

 微かな期待をしつつも、彼女に背を向け再度階段を上っていく。

 

「おい、めぐみん。朝飯だぞー」

 

「ん……、もうそんな時間なのですね」

 

 黒髪の少女の部屋にノックせずに入る。

 ぷわりと鼻奥を擽る甘酒のような香りはベッドに包まる黒髪の少女から漂う。布団に包まり小さく呻く姿からは短気で喧嘩っ早く爆裂に命を懸けるヤベー奴とは思えない。

 

「朝だぞ、おい。起きろよー」

 

「んんっ、カズマ。……キスで起こしてくれても、良いんですよ」

 

「はっ」

 

「あれ?」

 

 何か寝ぼけた事を告げるめぐみん。

 対して紳士な俺は小娘の言葉に対して思わず肺の中の空気を抜くように笑ってしまった。

 寝ぼけた少女の挙動は無視しつつも既に起きている事は判明した為、二度寝防止の為にと部屋のカーテンを開けようとして。

 

「ん? ……おい、めぐみん」

 

「はぁい」

 

「酒飲んだ?」

 

「ええ。昨日一緒にアクアと呑んでまして。実は少し……頭が痛いのです」

 

「飲み過ぎは控えろって言っただろうが!」

 

「良いじゃないですか。私はとっくの昔に成人しているのですよ? カズマのいた国ではオール? なる物があるらしいではないですか。少しくらいなら大丈夫ですよ」

 

「夜中まで飲んでる奴がいるか!」

 

 この異世界では飲酒に関して年齢制限という物は存在しない。

 簡単に言えば自己責任。飲むのは自由でその結果は全て己の責任という物だ。

 ちなみにめぐみんはシュワシュワは味が駄目だったらしいが、なんやかんやでアクアに勧められ甘い果汁酒の美味しさを知り惹かれた結果がこれである。 

 

「昨日はアクアと二人で女子会をしてました」

 

「そんな酒臭い女子会があるか。『クリエイト・ウォーター』! ……たく、ほら飲め」

 

 地味ながらも便利な魔法は俺の手のひらから小水を噴き出す。こぽこぽと水音を立て注がれたコップを掴ませると、ちびりとめぐみんは水を飲み始めた。

 そんな髪の毛に寝癖のついた少女を見下ろしながら俺は小さく吐息した。

 

 コクコクと喉を鳴らしながら飲むめぐみん。彼女に背を向け、歩く。

 ノックをせずに彼女の自室に入り込むと、だらしなさの塊がそこにいた。寝台で大の字になって寝転がる側だけ美少女は空の酒瓶をお供に眠りこけていた。

 

「すかー……」

 

「寝てるかー」

 

 酒効果で熟睡をキメている自称女神。

 青く長い髪の毛をシーツに乱れさせ眠る姿を見ながら、俺は胸を揉む。

 無防備を晒すアクアの胸は水の女神らしく心地よい柔らかさが手のひらに広がる。そんな風に彼女が覚醒するまで暫く揉み続ける。

 

「……ふぅ、起きろ頭パー。最近めぐみんにまで自堕落っぷりを感染させやがって。アクシズ教の道に引き摺り込もうとするんじゃねーよ」

 

「んっ……。うぇ? カジュマさん? ……私は寝てるの。神聖なる女神であるこの私の眠りを妨げないで。眠いの。ヒキニートに構う気分じゃないの。ほら出てってー。出ていってー!」

 

 この女、ひっ叩きたい。

 

「朝飯だぞ。ほら、起きろ」

 

「いやー! 私から布団を奪わないで! ねえカズマ? ニートの貴方に朝なんて似合わないわ。貴方は昼から夜の駄目な時間帯を生きる人種でしょう? ほら、今なら温かい布団がついてるわ。一緒に寝ましょう?」

 

「馬鹿言ってないで早く起きろよ! ……あと十秒で起きないと布団の中にフリーズを行う」

 

「やだーカズマさんたら。そんな悪魔のような所業なんてしないわよね? ねえ」

 

「馬鹿だなーアクア。俺はやるといったらやる男だぞ? あとは……分かるよな?」

 

 長い付き合いの彼女は文句を言いつつも行動で理解を示してくれた。

 青を基調とした衣に着替えた寝ぼけ眼なアクアの手を引き共にリビングに向かう。リビングのテーブルには既に完成したであろう朝食と椅子に座っていたダクネスとめぐみんがいた。

 

「揃いましたね。それじゃあ食べましょうか」

 

「いただきます」

 

「ねむーい。ねえ、カズマ。私、コーヒーが飲みたい気分なんですけど」

 

「食後の方がいいだろ」

 

 口々に好きな事を言いながら俺たちを朝飯を進める。

 本日はトースト、スクランブルエッグといった物だけではなく微妙に凝ったおかずが数品程テーブルの上にある。

 

「それでさっきの話なんだが」

 

「なーに、カズマさん? なんだかんだ言いながら貴方が私にちょくちょくセクハラしている事? それとも私たちの下着で夜な夜なゴソゴソしている事? 今日は気分が良いので寛容な女神である私の名において許しましょう」

 

「ししし、してねーし! ……ほら、最近めぐみん誘って宴会やらなんやらしてるが、あんまり酒呑ませるなよ」

 

「そうだぞアクア。まだめぐみんは酒を覚えたてなんだ。むやみに飲ませると本当に頭パーになるぞ。飲み過ぎは身体にも毒だぞ」

 

「誰の頭がアクアですか? 最近はキチンと自制出来るようになってきましたよ」

 

「大丈夫よ、二人とも。めぐみんの事を心配しすぎ。呑みたい物を呑んで健康に悪いなんて聞いた事が無いわ。……ん? ちょっと待ってめぐみん。頭アクアってどういう事?」

 

「なんでもありません。……それよりもアクアはそろそろ仕事の時期ではありませんか?」

 

「そーなのよ! 聞いてよ! この麗しい女神であるこの私がどうして仕事なんてしないといけないのよ!!」

 

「女神だからでは?」

 

 魔王討伐後、女神であるアクアにも天界で仕事をする機会が増えたという。なんでもアクアにしか出来ない仕事のようで天使たちも困っているらしい。アクアよりも上の神様からの直々の命令らしいがキチンと仕事を行えば、またこの世界に還ってくるのだ。

 本当にたまに一、二週間程度の仕事らしく、一年に一回ある程度なのだが。

 

「まあ、ほら、エリス様を助けてあげると思えばやる気も沸くだろ? アクアが手伝ってやれば泣いて喜ぶんじゃないか?」

 

「……そうね。駄目な後輩女神を助けるのは先輩の役目だものね。まったく! エリスってばいつまでたっても私抜きじゃ駄目なんだから! 仕方ないからちょっと天界に行ってくるわね!」

 

 豚も煽てれば木に登るという。

 コロコロと表情を変える女神を見ながら朝食を進めているとダクネスが。

 

「カズマは今日はどうするのだ?」

 

「んー、買い物でもしようかな」

 

「そうか。……最近はギルドでも馬鹿みたいに宴会開かなくなったようだし安心したぞ、私は」

 

「最近のカズマは真人間に近づいてますよね。……共に深淵に戻りませんか」

 

「徘徊ニートになってきたけどね」

 

「……ところで、皆。今日の朝御飯についてなのだが」

 

「「普通」」

 

「!?」

 

 

 

 +

 

 

 

 アクアが天界に向かう光の柱を皆で見送り、俺はアクセルの街に繰り出した。

 とはいえ、ダクネスが言ったようにギルドに行って無駄金を使う訳ではない。

 

「――アクセルの街へようこそ」

 

 テレポート屋。

 遠くの街からこのアクセルまでを一気にテレポートの魔法で移動する職業と言えば良いのだろうか。仕事内容としては人数制限がある、魔法なので個人の魔力総量に依存する、体調に左右されると不安定ではあるが間違いなく馬車を使用するよりも早い。

 何しろ文字通り一瞬での移動を可能とするのだから。

 

「――それではまたのご機会をお待ちしております」

 

 受付の人がお辞儀をする中で運ばれた人がアクセルの街に脚を踏み入れ人混みへと姿を眩ます。そんな人の数を俺はぼんやりと見ていた。

 

「……あれ? カズマじゃんか」

 

「ダストか」

 

「お前、こんなとこで何やってんだ? ナンパか? まあお前なら金目当ての連中だけなら釣れるだろうけどな」

 

「ちげーよ」

 

「じゃあ、何やってんだよ」

 

「……人間観察? まあ趣味だ」

 

「ほーん。あの糞ガキみたいな事してんのな」

 

「俺はぼっちじゃないがな」

 

 鼻をほじりながら興味なさそうな顔をする冒険者の男。

 名前通りの人物と言えばおおよその性格については理解できるだろう。

 

「そういや、カズマ。この間、サキュバスの店でよ。良い感じのおっぱいのお姉さんが入ってきてさ――」

 

「おう」

 

 テレポート屋が見えるテラス席でコーヒーを呑む俺に、自然に酒をたかるダスト。

 アクア達とパーティーを組み、また一時期は俺たちのパーティーに所属した事のある、この街でも上位に位置する冒険者の一人と適当に相槌と、女性陣が聞けば顔を顰めるだろう下種の世間話をしていると。

 彼の背後、テレポート屋で新たな客がアクセルの街に踏み込んで走る影が一つ。

 それを追いかける影がいるが徐々に距離が離れ始めている。

 

「……!」

 

「そういやカズマ。お前昼飯食ったか? ……おい、どうしたよ? あの金髪の姉ちゃんが気になんのか? やめとけって。絶対アレ見た目だけで性格キツイだろ。絶対お前の好みじゃないだろ」

 

「いや身体だけなら……。って、そっちじゃない!」

 

「だったら……。あっ、ふーん」

 

「なんだよ」

 

「いや」

 

 喉を鳴らして酒を飲み、ほのかに頬を火照らせたダストはニヤリと笑う。

 何かを察したらしい男のニヤケ面は見るに堪えず、俺は会計の為に立ち上がる。

 

「おい、ダスト」

 

「なんだよ、ロリコン」

 

「そのニヤケ面今すぐやめなかったら、お前に惚れてる貴族の男を枕元に送り込んでやる。

 ……今度は痔じゃすまないだろうな」

 

「それだけはやめてくれ!」

 

「ダスト。バイトをしないか? 十万エリスであの白スーツの時間稼ぎ。冒険者ギルドや他の冒険者に舐めた渾名を広めなければプラスで十万」

 

「任せろ」

 

 金とは力だ。

 男の友情を拳で交わし、俺は路地裏に。

 背後では二十万エリスの為にチンピラは走る金髪の女に突撃を行った。

 

「いったー」

 

「? すまない」

 

「おいおいおい。姉ちゃんよ。俺の左腕が粉砕骨折しちまったじゃなねーかよ! どーしてくれんだ、ええっ!! 慰謝料払えや。もしくはその硬そうなおっぱいの一つくらい揉ませろや」

 

「……は?」

 

「おいおい。は? じゃねーんだよ。俺の腕どうしてくれ~んだよ! ……ほげぇえあ!?」

 

 ダストが文字通りのゴミにされるまでに作った時間。

 肉の殴打音と鶏を絞めた声のような物を背後から聞きながら俺は走る。

 

 人混みの多さと体内時計は昼を少し過ぎた程度だと教えてくれる。そんな邪魔な有象無象の隙間の中を疾走スキルを使用し、聞き耳スキルを併用して、俺は本気である人を探し当てる。

 その相手は――。

 

「やあ」

 

「!? お、お兄……、カズマ様」

 

 蒼色の瞳がフードの中で大きく見開く。

 

「……あー、元気だったか?」

 

「……はい」

 

「昼飯、食った?」

 

「まだです」

 

 その瞳が俺を映す。

 空は曇り模様の中、唯一大空が広がる瞳が。

 僅かに瞳を揺らして此方を見上げる姿に俺は思わず息を呑む。 

 

 不思議な物だった。

 王城に行けば会えるのに。その脚で向かえば逢いに行けるだろうに。少し気まずく思って次会う時にはどんな顔をしたらいいかと思って。昨日の俺も、今日の俺もヘタレてしまっていた。

 

「なあ、知ってるか? 意外と俺ってヘタレなところも、少しはあるって」

 

「知ってるも何もお兄様ってそういう人ですよね」

 

「――――」

 

「でも」

 

「でも?」

 

「でも。カズマ様はここぞという時には決める殿方だって、私は知っていますから」

 

 くすくすと笑う少女を見下ろす。

 それだけで、気まずいと思っていた心の障壁は甘く溶かされていく。

 目の前の年下の少女に自然と強張っていた身体の硬直は溶けていき、俺は笑った。

 

「アイリス」

 

「はい」

 

「最近出来た美味い庶民の店があるんだが、一緒にどう?」

 

 

「……喜んで」

 

 

 ――人生で初めてナンパに成功した瞬間だった。

 

 

 



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第四話 宿屋にて

「さっき、鬼ごっこしてたみたいだが」

 

「鬼ごっこですか?」

 

「あー、例えば俺が鬼役になったとして、アイリスや他の参加した奴が走って逃げる。で、俺がアイリスや他の奴にタッチして触れたら鬼を交代。一定時間鬼役から走ったり隠れたりする庶民の遊びの一つ、かな?」

 

「面白そうですね! 是非やってみたいです」

 

「分かったよ。今度な」

 

 ワクワクしていると表情で伝えるアイリスに俺は頷く。

 

「それで、なんで走ってたんだ?」

 

「それが……。少し前にアクセルに来たばかりではないですか」

 

「お、おう。そうだな」

 

「はい。……? ……!」

 

 思わず頬が赤らむのを感じて俺はコップの中の水を口に含む。

 先ほど走っていた疲れを水に流す俺の挙動に対して、ハッと何かを思い出したように白皙の頬に朱色を差す少女に問い掛ける。

 

「おっ、どうした? 顔赤くして ん?」

 

「なんでもありません! それにお兄様だって今顔が赤かったですよ」

 

「俺のは日焼けだ。お姫様のは違うだろ」

 

「ぅ~~~」

 

 料理の書かれた分厚いメニュー表で己の鼻下を隠し半眼で怒る彼女。

 俺とアイリスは昼ご飯がまだなので彼女が好みそうな庶民の店に来ていた。それなりに客がいるが知り合いはおらず、冒険者よりは商人やアクセルの住人の方が多めの印象だ。

 

 コホンと小さく王女が咳払いする。

 

「それで、……以前よりも外出の制限は減っているのですが、少し頻度が多すぎると。クレアが」

 

「あいつも本当に過保護だな」

 

 クレアとは王女アイリスの護衛の女騎士だ。貴族シンフォニア家の出身と高い家柄なのだが明らかに忠誠以上の何かが駄々洩れであるクソレズで、何かと抜刀し斬りかかる狂人である。

 少なくとも俺の認識としてはこんなところである。彼女ともう一人に関しては、とある出来事の所為で女である事がトラウマになるほどの報復を決意しているのだが。

 

「いくら教育係ではあるからって、いちいちついてこられても鬱陶しいよな」

 

「いえ、私も自らの立場については理解していますから」

 

 儚げに笑うアイリスだが俺は知っている。

 この目の前で今にも消えそうな笑みを浮かべる少女はステータスがゴリラ並みと。武器があっても無くても一騎当千。戦闘力において護衛の必要性が皆無な程強い事を、俺は知っている。

 

「? どうしました?」

 

「いや……スキンシップを取りたくて」

 

 ふと俺はメニュー表を掴んだままのアイリスの腕に触れる。

 軽装に身を包んだ彼女の腕、特に二の腕付近を触ってみるがダクネスのような硬さは無い。明らかに俺よりも腕は細く柔らかい気がするが触れば触る程、ステータスという数値がどれほど残酷な物なのかを痛感する。

 ジッと此方を見つめる大空の瞳を至近距離に感じながら俺はふと彼女の指に注視する。

 

「あれ、アイリス。こんな指輪付けてたっけ」

 

「ああ。それは以前ハチベエがくれたのです。なんでも声を録音する機能があるとか」

 

「ハチベエ。……まあ、あんまり変な奴には近づくなよ? 男は全員が俺みたいな紳士じゃないんだから」

 

「失礼ですけどお兄様は紳士では……」

 

「おっとそこまでだ」

 

 僅かに分が悪い事を悟り話題を切り替える。

 あまり彼女の俺への評価を下げたくはないので、この無知で無垢な少女が喜びそうな事を考える。既に注文はしていたが興味深そうにメニューの隅々まで目を向けるアイリスの持つ指輪に目を向ける。

 

「せっかくですし、お兄様の声を吹き込んで頂けませんか」

 

「そうだな。じゃあせっかくだし」

 

 二の腕の柔らかさを堪能し、マイクのように向けられた細い指に嵌る指輪に目を向ける。

 俺が以前エルロードで買った事のある指輪に似ていなくもないソレに何を告げるかを考えて。

 ふと俺は名案を思い付き、思わずニヤリと笑ってしまった。

 

「アイリス」

 

「……」

 

「愛してる」

 

「ッ……!」

 

 俺は決め顔で囁いた。

 

「……どれぐらいですか?」

 

「えっ?」

 

「どれくらい私の事を愛しているのですか?」

 

 そんな面倒くさい彼女のような事を聞いてくる王女に一瞬言葉に詰まる俺ではあったが、彼女の顔を見ると目を逸らしながらも、もにゅりと小さく頬を緩ませているのが見て取れた。

 その姿にここで怯んでは口から先に生まれた男の名が廃ると、瞬時にイケボで言葉を紡ぐ。

 

「そうだな。魔王を倒しちゃうくらいかな。アイリスの為なら俺はなんだってやってやるよ!」

 

「……、……はい。ありがとうございます」

 

「あれ?」

 

「あと、お兄様。出来ればその変顔は止めた方がよろしいかと」

 

「ひでぇ!」

 

 どうやら渾身の決め顔はアイリスに効果はないらしい。

 実は照れ隠しなのではないのかと通りがかった店員に決め顔を向けると鼻で笑われた。心に傷を負った俺はグラスの中の水で涙を呑みながら、クスクスと笑う王女に半眼を向けた。

 俺に向けていた指を手のひらに抱き寄せ、薄く微笑む少女は小首を傾げる。

 

「ふふっ、ごめんなさい」

 

「たく……」

 

「言質頂きました、カズマ様」

 

「無駄に恥を晒したんですけどー。人生に恥が増えたんですけど。あとでイリスに慰められないと耐えられないんですがー。ねえ、もっと俺に優しくしてよ! もっと褒め称えてよ!」

 

「お兄様って時々アクア様の真似をしますね。凄く似てます」

 

 その後も適当に雑談を交わしていると暫くして料理が届く。

 俺が彼女を連れ込んだ店はパスタが美味しく店員が可愛いと評判である。 

 

「はい、お待たせ」

 

「さぁて飯だ。イリス」

 

「わぁ……! 良い香りですね。カズマ様」

 

 堂々とこの国の王女の名前を語る訳にはいかず、人がいる時は偽名で呼び掛ける。

 そんな俺の言葉が耳を素通りする程に巨乳でスタイルの良い黒髪のお姉さんが持っている料理にキラキラと目を輝かせている。

 蒼色の瞳を宝石のように輝かせる料理、それを運んできた巨乳に俺の目は向かう。

 

 ――唐突な話にはなるが、この世界では女性陣の露出度が高い。それはもう高い。

 異世界に転移して来た最初の頃は歩く十八禁が彷徨う状況に俺はついていけなかった。現在では露出の高さに関しては慣れたつもりだが男の性故にチラ見をしないという選択肢は無い。

 

「ふーむ、美味しそうだな」

 

「カズマ様? 視線がずれてませんか?」

 

「いや、これで問題ない」

 

「お客様? 私としては問題ありなのですが」

 

「お構いなく。……分かってるって。ほぉら、チップだよぉ」

 

「十万エリス!? ――あら、お客様? 店長のお友達の人じゃないですか。よく見ればそこはかとなく素敵なお顔ですね」

 

「んっふ。そうだろ? これだからモテる男はつらいぜ……、いって!」

 

「……お兄様? あまりそういう行為はよろしくはないかと思います。それにせっかくの料理が冷めますよ」

 

「分かったよ」

 

 テーブルの下で俺の脚を蹴るブーツの爪先に優しさを感じない。

 それなりの痛みと豚を見るような目に冷静さを取り戻した俺は義妹の前での醜態を恥じながら、店員が置いて行ったテーブルに置かれた湯気の立つ大皿に目を向ける。

 

「イリスはパスタを食べた事あるだろ?」

 

「そうですね。でもこんなに大きなミートボールというのは初めて見ますね」

 

「まあ食べようか」

 

「はい!」

 

 食事は日々の生活の活力だ。

 何をするにも腹が減っては戦どころか生命を擦り減らしてしまう。

 たまにサプリやら栄養素を摂取すれば良いという奴もいるが、美味しい方が得だと思う。

 

 ――そもそも異世界にサプリなど無いのだが。

 

「美味しいです! この、カリオ……なんとか風のミートボールパスタは!」

 

「そうだろう? 実は俺がレシピを考案してこの店に伝授したんだ。ここの良い感じな食堂の店長とはマブダチでさ。昔ムキムキのダンナに料理スキルを教えて貰ったお礼に色々な料理を伝授したんだ」

 

「本当ですか!? お兄様は色んな事を知っているのですね。……これからも、もっと色んな事を知りたいです」

 

「そうか。じゃあ飯食ったら新しい事を教えてやろう。エッチな事をな。……ああ、この飯はもっと豪快に食って良いぞ。上品にチマチマ食べる用じゃないんだからな。俺を見習え!」

 

「分かりました! あれ? お兄様。今なんて――」

 

 

 

 +

 

 

 

 キスという物がある。

 決して一人では行う事が出来ず、二人いて初めて知る事が出来る行為だ。頬肉の柔らかさを、舌裏の柔らかさを口腔行為を通じて、互いの事を教え、理解を育む行為だ。

 

「ん……、お兄ちゃ」

 

 はふ、と呼吸を求める少女の唇を奪う。

 溺れる者が空気を求める吐息ごと俺は彼女の唇を重ねて、奪うのだ。

 

「は、ぁ」

 

 昔。まだアクアに出会う前、異世界に転生する前の話だ。

 現代日本に住まう中で、ポルノサイトは大量にあり健全な男子として見ない訳が無かった頃。正直に言ってキスからセックスという一連の流れが疎ましいと感じていた。

 男優の顔なんぞ邪魔だとスクロールバーを動かし本当にエロいシーン部分だけを抽出していて、その行為に専心した結果、ノックを忘れた家族に見られるという黒歴史を思い出す。

 

「……ぅ、ぁ」

 

 今更ながらこのキスという行為も性行為の一つなのだと俺は思った。

 一回り小さい小柄な金髪少女と濃厚な行為を繰り返す度に身体の奥からマグマのような熱が噴き出してくるを感じた。それは相手も同じなのか、最初は抗議するような表情も困惑からトロリとした女の表情へと移ろい始めていた。

 

 一瞬空気を求めて離れた互いの唇には透明な糸が繋がる。

 如何に自らの行為がはしたない物なのかを理解したのか、千切れた唾液の糸が珠になるのを見届けてアイリスの顔に更なる朱色が混ざる。

 

 サファイアブルーの瞳には混乱と覚えたての快楽が混ざる。

 

「もしかして今日もこんな事がしたくて来たのか?」

 

「ち、ちがっ!」

 

「この欲しがりさんめ。とんだロイヤルビッチだな」

 

「私はそんなはしたなくありません! こ、ここにはお兄様が連れ込んで……んむっ!」

 

 腹が膨れれば食欲は満たされる。

 眠れば睡眠欲は満たされる。

 そして残る欲望は彼女と共に満たす。

 

 食事をしている最中、何気なく今日は早く帰らなくてはならないとアイリスが告げた瞬間から俺の行動は決まっていた。

 覚えたての欲望に支配された頭脳は洗脳に近く、簡単に他の事を考える余地は無い。

 

「アイリス。デートってのは必ず最後に夜の街にしけこめばいいんだ! 終わり良ければ総て良しだ。物語の主人公だって最後にはキスしてその後毎晩こういう事をしてるんだよ! そういうものだ! おかしい事など何もない!」

 

「分かりました! 分かりましたから、膝を押し付けるのは……んっ!」

 

 濃厚なキスを繰り返しながらうら若き乙女を壁に押し付け股に膝を押し付ける。

 王女からの抵抗は小さく下賤な貧弱冒険者の押し付けた膝は少女のスカートの中、未だ見えない布地越しに柔らかい恥部へと押し付けられている。

 

 確か膝ドンと呼んだだろうか。

 寝台はすぐ近くにあるが、そこまで移動する手間を惜しみ俺は目の前の果実を貪る。

  

 軽装のアイリスは脱がせやすかった。

 剥き出しのお腹を手のひらで撫で廻しながら首筋に口付けをする。

 されるがままの少女は、嫌々と首を振りながら見た目だけの抵抗を示す。

 

 羞恥を孕んだ瞳にはジワリと涙が浮かぶ。

 可愛らしい少女の表情を見ながら俺は彼女の上着を脱がし、乳房に齧り付く。

 

「ひゃあ!」

 

「わ、わるい。いや悪くないな」

 

 咄嗟に謝りつつも、目の前に晒された白い乳房を手のひらで円を描くように触る。パンケーキよりも膨れた、手のひらに収まるしっとりとした美乳は以前触れた時よりも少しだけ成長したかのような錯覚を思わせる。

 とはいえ、アイリスお前おっぱい大きくなった? と聞く事はデリカシーに欠けるだろう。

 

「アイリス、お前おっぱい大きくなった?」

 

「本当ですか!! ……いえ、測ったりはしていないので分かりませんが。ほいほい女性についていってしまうカズマ様はやっぱり大きい方がお好きですか?」

 

「俺はそんなちょろい男じゃないがな。……まあ、あって困る物じゃないだろ」

 

 勝手に口が不遜な事を口走ったが結果的には王女を喜ばせる結果となった。

 そんな会話をしながら、彼女の初めての授乳体験を奪う俺はやわやわと王女の肉果を手で、口で味わい尽くす。

 綺麗な桜色の乳首、少女の小さな乳輪を指でなぞりながら、不意に先端を指が触れるとアイリスはビクンと身体を小刻みに震えさせた。

 

「ぁっ! ……んんっ」

 

 今上げた嬌声が自分の物だと悟った彼女は恥ずかし気に咳払いで誤魔化す。

 チラリと俺を見るアイリスは唇を小さく噛み、形の良い眉をひそめている。

 

「あ、あのお兄様。あまりそういうのは」

 

「これが良いのか」

 

「ぅやっ!! ……っ、ッ!」

 

 焦らす事なく硬さを帯び始めた乳首を摘まむと俺の膝に彼女の重さが掛かる。力が抜けたのか押し付けた膝は僅かに湿り気を帯び、その度に少女は小さく呻き喘ぐ。

 押し付けた膝に彼女の体重が掛かり俺は彼女を抱き上げてベッドに横たえる。

 

 そうして彼女のスカートを捲り上げると彼女らしい純白の下着が目に入る。

 無垢で愛らしいアイリスらしいシルクのショーツはクロッチ部分に僅かに染みが出来ていた。その痕を指で押すと、にじゅりという猥音が俺の耳朶に響いた。

 

「ん……くっ」

 

 唇を噛むだけでは飽き足らず手で口を抑えるアイリス。

 可哀そうな程に顔を赤くしており、そんな姿を見ながら下着を脱がすと少女の恥部が俺の目に入り込んだ。

 

 前回は童貞力が高かった為、取り敢えず挿入して終わった。

 その為、アイリスの身体をジックリと見る機会も、俺の裸体をアイリスに見せて恥ずかしがらせる機会も無かった。仕方がないという奴である。

 

「ふむ」

 

「あっ」

 

 何となしにパンツを裏返しにしてクロッチ部分をガン見しようとしたらアイリスが下着を取り返そうと手を伸ばしてくる。思わぬ抵抗に下着を奪われかけるが俺は彼女のスカートの中に顔を埋める事で回避した。

 鼻腔を擽る甘い、甘ったるいと思えるアイリス自身の香りが俺の肺を満たす。

 

 下着を彼女の手から隠し、ズボンを脱ぎながら俺は王女の恥部をジックリと見つめる。

 ぷっくりとした肉厚な大陰唇を開くとトロリとした蜜液が俺の指を濡らしていく。これほど間近で見た機会などなく、薄く生え掛けた柔らかい陰毛に鼻先を埋めていると、おずおずとアイリスが俺に話しかけてきた。

 

「ぁ、あのカズマ様」

 

「ん……?」

 

「私の、変じゃありませんか?」

 

「変じゃないよ。寧ろマーベラス」

 

 黙り込んでジッと彼女の花弁を見続けたからだろう。

 その無言の時間がアイリスを不安がらせてしまったらしい。

 

 なんて罪深い義兄なのか。

 なんて情けない男なのか。

 

 そう俺は自らを罵倒しながら謝罪の意味を込めて口を開く。

 

「ぁー」

 

「あの、お兄様」

 

「む」

 

「ぷぁ!?」

 

 悲鳴を上げる王女を無視して、お預けを食らっていた犬のように彼女の恥部に齧り付く。貝状の肉を丸ごと食べるように口に含むとアイリスの太腿がペチンと俺の頭部を挟み込む。

 滑々とした少女の脚にサンドイッチされ、頭蓋骨がミシミシと音を立てるが抗議の意味を込めて果肉を吸うと更に締め付ける力が強まる。

 

「お兄様!? !? !? あの、そこは汚いですから……ッ!」

 

「はいりすにひたないところはない」

 

「ひぁぁぁっっっ!!」

 

 初めてのクンニリングスに王女は腰を浮かび上がらせる。

 それに伴い、少しずつ頭蓋骨を締め付ける腿肉の密度が少しずつ弱まり始める。

 じゅるじゅると増え続ける蜜液を啜り、その度に増える真新しい蜜を舌上に絡める。

 

「ぁ……っ、ふっ、……!」

 

 それなりに肉と脂の載った腿肉を掴み窒息死だけは避けながら渾身丁寧な愛撫を行う。チラリと上を見ると、上体を起こしたアイリスは汗を頤に伝わせて俺の髪の毛を掴む。

 もう少し進めて欲しいという合図と受け取り、蜜液を小さな肉粒に塗す。

 

「ッ、……ッッ、っ! ……!」

 

 クリトリスという処女でも感じる快楽器官に啜った愛液を舌で塗りたくり啜る。その繰り返しを続けていると抵抗の弱まったアイリスの身体がベッドに転がり痙攣を繰り返した。

 

「ぅぁ、~~~~~!!」

 

 ぷしゃ、ぷしゃりと噴き出した蜜液が俺の顔に掛かる。

 サキュバス検定初段を獲得している俺は男優として一切驚く事はなく、寧ろ当然の結末とばかりに法悦の空に上る幼さの残る金髪の少女の愛撫を続けた。

 

「あ、あの。カジュマしゃま……、もう、良いですから」

 

「お構いなく」

 

「ぁっ、ぁ、ぁー、ぁ!」

 

 それから十数分程の王女への誠意を見せ続けて。

 ベッドで仰け反らす程の快楽を己の口で教え込みシーツの染みが広がる頃、舌の筋肉が悲鳴を上げる程度に全力を出した愛撫に彼女の身体は敏感に反応した。

 長い金髪を乱雑に広げ、無造作に広げた脚、ぐったりとした様子の少女。

 

「もう、充分ですから……」

 

「あっそ」

 

 既に限界を迎えていたのは俺も同じで。

 アイリスの心の準備の前に小さな膣に剛直を挿入した。

 

「ぁ……」

 

 にじゅんと狭いながらも俺を受け入れた王女の肉壁は熱くぬめり、夢よりも凄まじく、脳細胞を刺激するかの如き快感を俺に与えた。

 

「ひゃっはー!」

 

「ひゃああああ!」

 

「アイリスの好きなクリも弄ってやるぜ!」

 

 もはや小細工を弄する事なく種馬の如く腰を揺すり叩きつける。

 

「おら、孕め! 種付けじゃあああ!!」

 

「ぁ、ぁっ、ぁぅ……!」

 

 ひたすらに交尾するように王女の膣壁の感触を味わう。

 抽送する度に結合部からは白濁汁が泡立ちシーツを汚していく。ぱんぱんと肉が肉を叩く音を響かせ腰を振るとあっという間に射精感がこみ上げる。

 

「ぁ、ぅぁぁぁ……ッッ!!」

 

 以前の行為から次に備えて散々夢で予行演習していた成果である。

 尻穴を引き締め、膣内出しだけは避けるべく怒張を抜き出した瞬間、白濁が勢いよく飛び出し彼女の顔を、衣服を汚していった。

 

 

 

 +

 

 

 

「そういえばお兄様って、巷では『鬼畜のカズマ』と呼ばれていますよね」

 

「……ん? いや、待ってくれ。巷のソレは誰かが俺の華麗なる活躍に嫉妬して付けたふざけた噂だから。信じるなよ? 完全に風評被害だからな!!」

 

「勿論です。私は噂よりも実際に目で見て判断しますから」

 

「それで?」

 

「はい。今日はお兄様の鬼畜さを痛感しました」

 

「畜生! 言うと思ったよ! でも、ほらイリスだって滅茶苦茶気持ちよさそうにイッてたじゃん。あんな垂れ流して」

 

「た、垂れ流してなんかいません!」

 

 顔を赤くして此方を半眼で睨む王女から目を逸らしながら俺は路地裏を出る。

 今回使用した宿はいわゆる穴場と呼ばれるスポットであり、クタクタになった王女の回復を行った後、テレポート屋まで送ろうとしていた。

 

「そういえば、テレポート屋でアイリスがアクセルに来るのを止められそうだけど、その辺りどうなってるの?」

 

「確かに一度クレアがそんな事をしましたが、お父様にお願いして、社会勉強として開放して頂きました」

 

 権力には権力を。

 この国随一の権力を持つお父様、国王の命令には一貴族の命令など消し飛ぶだろう。

 

「ああ、そうだ。クレアにも宜しく言っといてくれよ。いずれお礼に向かうって」

 

「はい! 分かりました!」

 

「――『潜伏』」

 

 路地裏を出て大通りに出る直前、俺はアイリスを抱きしめ潜伏スキルを行使する。

 それなりに人の往来がある中で彼女の護衛が近くにいる事を敵感知スキルが主人に教えてくれたのだろう。咄嗟にスキルを使用すると同時にすぐ近くを金髪の女騎士が早歩きで歩いて行く。

 

「ああ、アイリス様。私のアイリス様行動索敵にこれほど長時間引っ掛からないとは。一体どちらに……。はっ! まさかあの男に見つかって? ……本当にあの時の言葉は――」

 

 ぶつぶつと独り言を呟く女の唇の動きを読唇術スキルで読み取る。

 その後頭部が遠ざかるのを見ながら俺を抱きしめ返すアイリスを見下ろす。

 

「あの、アイリス? そんなに抱きしめなくても潜伏スキルは使用されるぞ。まあ、俺としては役得だが」

 

「……、お兄様。もう少しだけこうさせて下さい」

 

「よろこんで」

 

 俺の胸板に押し付けられる彼女の力は絶妙な力加減だった。

 壊れ物を扱うかのような、優しさが伝わってくるような抱擁で。

 

「あー、そのなんだ。今度は俺の方から逢いに行くよ。流石にこんな頻繁に会うのはアイリスからだと厳しいだろうしな。ダクネスの家の記章も持ってるし、何より今なら普通に王城に行けるだろうし、ゲームの約束とかもあったしな! だから――」

 

 何故か早口になる俺を見上げて口元を綻ばせる王女。

 そんな年下の挙動一つに惑わされる俺に、ポケットから何かの手紙を渡す。

 

「そういえば、渡し忘れてました」

 

「なにそれ、ラブレター? アイリスから?」

 

「いえ。少しだけ先の事ですが、王城で開催される舞踏会の招待状です。お兄様にも是非来ていただけたらなと思いまして」

 

「行く行く! 絶対行くわ! ありがとう、流石俺の義妹!」

 

「もう私の事を義妹扱いするのは止めてくださいと……ん」

 

 別れる前に俺はアイリスとキスをした。

 なんとなく、そのほうが、恋人っぽい気がしたから。

 

 

「カズマ様」

 

「なんだ?」

 

「もう少しだけ待っててくださいね」

 

 

 



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第五話 盗賊潜入

 アイリスと別れて数日が経過した。

 特にやる事のない俺は夕ご飯の買い出しのついでにと、街のメインストリートから外れた通りにあるこぢんまりとした魔道具店へと脚を向けた。 

 そこはビジネスパートナー的な悪魔とふわふわしたリッチーが経営している店だ。

 扉を開けた瞬間に鳴るベルの音、それよりも僅かに此方を見るのは仮面の男だ。

 

「へい、らっしゃい。勢いで一線を超えつつもパーティーメンバーの関係が壊れる事を恐れ周囲に隠蔽工作を図ろうとする小心者の男よ。本日は何用か」

 

「おいやめろ! ……やめてくださいマジで。今日はまあ、冷やかしというか何か良い商品があったら買おうかなって」

 

「なるほど。良き取引相手である小僧とは我輩も良好な関係を築いていたいという物。そういうと思い、既にここに用意しているとも」

 

 そう言いながら何がおかしいのか高笑いをするのは口元が開いた仮面をつけた男。

 男とはいうが、あくまで外見上の物であり、悪魔という存在には性別は無いらしい。

 元魔王軍幹部で『見通す悪魔』の異名を持つ地獄の公爵にして、正真正銘の大悪魔だ。

 

「フハハハハハハ! 可も不可もない説明に礼を言おう! それよりもお客様。こちらのポーションは如何かな? 飲めば瞬時に髪の毛を生やす事が出来る毛髪ポーションだ」

 

「……デメリットは?」

 

「一生分の毛髪を一瞬にして生やすので、その後髪の毛が増える事は無い。なにより毛の無い禿には効果は無い」

 

 ――どうでも良いが禿は回復魔法でも直せないらしい。

 

「いらない。それよりもウィズは? 接客なら胡散臭いお前よりも眼球疲労の取れるウィズの方がいいんだけど」

 

「貴様が見たいのは耳年増の首から下の一部分だけであろう? 貧乏店主ならば作業室の方で昼夜問わず商品の作成中だ。ノルマを課すことでその日の食事のグレードを変えるようにしたのでな。最低値は水のみとするとそれはもう必死で働いてくれる。それだけ必死に働けるのならばと余計な品物を買わせる暇を与えずあくせく働かせているわ」

 

「お、おう。飯ぐらいはちゃんとした物を食わせてやれよ……」

 

 知らない間に借金を増やしてでも高額の商品を仕入れようとする店主。

 かたや、その補填をするべく悪魔的所業と能力を生かして働く大悪魔。

 

 彼らがいったい何故こんな店を経営しているのか。

 悪魔とリッチーという不思議な関係に関して俺から言う事も首を突っ込む事もなく適当に商品に目を向けながら商品開発の為の素材を注文していくと、

 

「そうだな、爆発ポーションは三十個ほどと……。おっ、チンチン鳴る魔道具があるじゃんか! これって買えるようになったのか?」

 

「そんな訳なかろう。これは確か以前にも見せたと思うが、任意で鳴るタイミングを調整出来る魔道具だ。嘘が得意な貴様には必要だろう?」

 

「いや。高貴な俺には必要ないと思うが一応一つ買っておこうか」

 

「へいまいどあり。おっと忘れるところであった。大金を得つつも地道に我輩とのビジネスを続けている男よ。これまでの商品の購入と今後とも続く関係に感謝を表明しこれをやろう」

 

 そう言ってバニルがそっと渡して来たもの。

 それなりに高そうなオレンジ色の襟巻であった。

 

「これは?」

 

「巷で密かに人気の、当店の試作品の一つ、バニル襟巻試作一号だ。夜、首元に巻くだけで謎の悪魔パワーによる魔力向上、肩凝り疲労軽減、そしておなじみ月夜においては絶好調になる優れもの。その第一号だ」

 

「へー、まだ売り物じゃないのか」

 

「そうだとも。何しろ我輩の手編みである」

 

「……」

 

 悪魔直々のソレはどこかの駄女神の神器のようにフワリとした手触りだ。

 売り出せば、涼しくなってきたこの時期から春頃まで愛用者が増えるかもしれない。

 

 ……呪われそうだという考えはともかく。

 

 

 

 +

 

 

 

 コトコトと煮込まれる鍋を見下ろす。

 この屋敷の料理担当を自負しており、かつ料理スキルの上昇の為、ひいてはいつか料理店をやってみようという訪れるかどうかも分からない未来の為に俺は今日も腕を振るう。

 

 屋敷に住まう今は天上にいるであろう水の女神曰く俺は凝り性らしい。

 そこまで料理に思い入れも拘りもあるという訳ではないが、日本のご飯をその舌で知っている身からすればあの料理を再現したいというのに打ってつけな料理スキルを使用し自らの生活を潤したいという行動による結果でしかない。

 

 本日の料理はじっくり煮込んだシチューと家庭的なチョイスである。

 小皿に掬って味見して出来栄えに頷く。

 

「これなら本当に料理人として生きていけるんじゃないか?」

 

 料理スキルに関しては相当の熟練度に達している、筈だ。

 スキルは取得は出来ても熟練度を上げる為には自力での努力が必要だ。

 例えば片手剣というスキルは取得するだけでそれなりに剣を扱えるようになるが、達人のような技量を得る為にはしっかりと剣を使い続けなくてはならない。魔物と戦い研鑽を繰り返して冒険者カードの片手剣というスキルに不可視の熟練度が加算されていくのだろう。

 

 少なくとも俺の感覚としてはそういう物だと考えている。

 

 この世界がゲームチックなのは、俺が生前読んでいた異世界転生の、いわゆるお約束だ。スキルを取得し熟練度を上げて無双展開を繰り広げ女達にチヤホヤされて過ごすアレだ。

 もしも俺がアクアではなくまともな転生特典を選んでいたらそんな人生を送れただろう。

 

「クーリングオフって天界にはないのかね」

 

 女神が聞いたら掴み掛かりそうな事を思いながら鍋の中を掻き混ぜる。

 その鍋の中を見下ろし、完成した事を悟って、火を止める。

 

 夕ご飯までは時間がある。

 俺は自室に戻ると久方振りに愛剣の手入れを行う。

 以前の刀は魔王との闘いの末にダンジョンに瓦礫の下敷きか消し飛んでしまった。現在手入れを行っている二代目ちゅんちゅん丸は以前よりも()()()()が増した物だ。

 

 手入れを終えて窓から差す光が完全に無くなった頃。

 俺はリビングに戻って、虚しい事実を知った。

 

「あいつら今日帰ってこないんかい!」

 

 見逃してしまったメモにはダクネスとめぐみんのサインがあった。

 ダクネス曰く、王都に召集されている為数日はいない事。

 めぐみんはそろそろ引き籠りを脱却する為にゆんゆんの宿に泊まるとの事。

 

 心の内に侵食するのは空しさか。

 一人で食べる飯は、温かい筈だが少し不味く感じた。

 

「……」

 

 誰かがいない。否、誰もいないのだ。

 罵倒されれば悦ぶ女も、破壊する事に人生を捧げる女も。

 そして何かと余計な事を行いがちな腕だけは確かな女神も。

 

 特にする事もなく風呂に入り、サキュバスの店で夢の予約が切れた事に舌打ちをした俺が自室で眠ろうとすると敵感知スキルが窓の外にいる存在を俺に教えた。

 窓から家に入ろうという特徴的な知り合いはこの世界で一人だけだった。

 

「……もう、開けるの遅いよ」

 

「いや、玄関から入れよ。何なの? 盗賊は窓からしか家に入っちゃいけないルールでもあるのか? もしくはどこかの店で待ち合わせするとか色々あるだろ」

 

「その方が格好いいかなって」

 

「アホか」

 

「む」

 

 夜風が自室に吹き込み、思わず棘の入った言葉を口にすると銀髪の盗賊は僅かに眉を顰める。大きな青紫色の瞳を半眼にして俺を軽く睨む姿からは賞金首の一人だとは思えない。

 ショートの銀髪と首に巻いた薄青の襟巻が夜風になびく。

 武装はナイフ一本、ショートパンツという出で立ちは身軽さを重視したものだ。

 

「やあ、最近寒くなってきたねー」

 

「そうですね。ではおやすみ」

 

「いやちょっと待って。寝るの!? あたしが入ってきたのに寝るの!?」

 

「……」

 

「待って、本当に寝ようとしないで!」

 

「うるさいですよ、お頭。もう夜なんですよ、健全な人間は寝るのが当たり前ですよ」

 

「それは悪いと思うけど。でもキミは別に健全な人間って柄でもないでしょ」

 

「おっと? 真人間に進化したカズマさんに何て口をきいてるんですかねぇ」

 

 被せた布団を剥ぎ取ろうとする盗賊。

 大物賞金首、仮面盗賊団の団長を務めている女。クリスことお頭である。

 その正体は転生者たちが残していった転生特典の回収を行う女神の分身なのだ。

 

「というかお頭に会うのも久しぶりですね」

 

「そうだね。もう二、三か月ぐらい会ってなかったかもね」

 

「女神って大変なんですね。エリス様」

 

 そんな風に呟くと目の前の快活そうな雰囲気が、少し変わる。

 

「……そうなんですよ。本当に、本当に、……大変だったんですよ。カズマさん」

 

「カズマです。たまに会いに行ってたので知ってますよ。エリス様」

 

 切実にひたすらに肝をかじりつづけたような表情をするクリスに多少なりの同情を抱く。

 大変ですね、と。それだけだが。

 目の前の、否、本体の女神エリスは今も天界にいるのだろうが、どれだけ大変なのかを理解出来ないのでは他人事でしかない。テレビで災害現場を見ても大変だと漠然と思うような物だ。

 

「でも、最近は魔王討伐後の事務処理も終わりまして」

 

「おめでとうございます」

 

「あ、ありがとうございます。これもサトウカズマさんのお陰です。感謝の気持ちを伝えても伝えきれないくらいです」

 

「お世辞は結構ですよエリス様」

 

「……本当ですよ?」

 

 悪戯をするような表情で片目を閉じて指を上げる姿は可愛らしい物がある。

 思わず抱きしめたくなるスレンダーなボディ、目の前には剥き出しの柔らかそうな腹部がこれ見よがしに曝け出されており、軽装な衣服にスティールを行いたくなってしまう。

 

「それでなんだけどね、カズマ君」

 

 ふと女神の時の口調から盗賊の時の口調に戻すクリス。

 その凜とした相貌、どこまでも貫くような真っ直ぐな眼差しから俺の聡明な頭脳は嫌な予感を感じて咄嗟に口を開かせた。

 

「嫌です」

 

「まだ何にも言ってないよ!!」

 

「どうせ神器がーとかそんな事を言うんでしょ?」

 

「そうだけど! 人の話ってのは最後まで聞くものじゃ……、あっ、こら、耳を塞ぐなー! お頭が久しぶりに来たんだよ! ちょっと、ねえってば!」

 

 一歩間違えれば破滅に近い状況に陥る内容の誘いを嬉々として行おうとしてくるクリスに対して、俺は決死の思いで耳を塞ぎ布団を被る。

 

「嫌だよ。もう魔王も倒したし平和になったんだろ? ならわざわざ危ない目に遭わなくてもいいじゃん。楽でぬるい余生を送りたいの。ほら今こそ、この世界に送ってきた神器持ちのチート連中に頼めば良いじゃん。無駄な正義感に囚われて力尽くで搔き集めてくれるよ」

 

「あたしはカズマ君が良いんだって! ねえキミってあたしの助手でしょ。お頭命令だよ! 従ってよ! この! このっ!」

 

「いたっ、やめっ、やめろー!」

 

 布団越しに俺を殴りつける盗賊の女に苛立ちを覚える。

 最近は真人間になってきたのに夜更かしなどしては昼夜生活が逆になるという元に戻る展開が待っている。中々に面倒臭い女の力に抵抗するのも馬鹿らしいと思えてきたので抵抗を止めると、荒い息で俺から布団を剥いだクリスと目が合う。

 

「お頭」

 

「何?」

 

「机の中に財布があるので取ってくれるか? 代案がある」

 

「? ……うん」

 

 決め顔で告げる俺に珍妙な物を見るような目を向けるクリスは素直に離れる。

 そんなにこの顔は駄目なのかと真剣に考える俺を尻目に、躊躇う事なく俺の机の中を漁る盗賊兼女神は俺の長財布を持ってベッドに戻ってくる。

 

「はい」

 

「うむ……。ほらよ」

 

「……なにこれ」

 

「――お金。これでエリス教団の狂信者でも、盗賊職の連中でも金で雇って盗んで来いよ」

 

 名案である。

 

「いらないよ、こんなの!」

 

「あっ」

 

 その名案を一蹴しあまつさえ渡した大金を俺に投げ返すエリスに俺は苛立ちを覚えた。

 今でこそ好きな時に外食をし、街の冒険者の好感度と人脈を広げる為に金をばら撒いているが、昔は億単位での借金で胃を痛ませ、アクアに回復魔法を貰った事すらある。

 そんな金を投げつける女の行為に苛立ちを覚える俺を余所に、これならば引き受けて貰えるだろうと思ったのか俺の手を両手で掴み上目遣いで頼み込むクリスは。

 

「――サトウカズマさん。どうかこの世界の為に今一度その力を貸してくれませんか」

 

 祈るようなポーズで物憂げなクリスの表情をたたえた女神エリスがそこにいた。

 

 世界の行く末を憂い。

 この世界に住まう全ての人間の事を想う女神が。

 彼女の想いを、願いを踏みにじる事の出来る人間など――、

 

 

「チェンジ」

 

 

 ――世界でも俺一人だろう。

 

「えっ」

 

「お断りします」

 

「――――」

 

 先ほどの行為が無ければもしかしたら引き受けていただろう。

 とはいえ、先ほどの行為に苛立ちを覚えたままの状態である俺は衝動的とはいえども、たとえ女神本人からのお願いであっても平然と断る事が出来る男だ。

 そう、俺の名前は佐藤和真。真の男女平等主義者である。

 

「な、なんで……」

 

「いや、なんか気に入らないし。そのあざといポーズとかちょっと可愛い仕草とか猫なで声すれば俺が落ちると心の中で思ってるって考えだすとスゲー腹が立つ」

 

「はああああ!? ちょっとキミ何言って……!」

 

「はっ、いいですかエリス様。この俺を今まで(原作)のちょろいカズマさんだと思って甘く見てんじゃねーぞ! 遂に一線を越え進化したネオ・カズマさんだぞ!! それに? よくよく考えたらエリス様もアクアの後輩でしたね! 男を手管に掛けようとするやり口が汚い! 流石は駄女神の後輩! そっくりですよ!!」

 

「――――」

 

 童貞だったら耐えられなかっただろう。

 童貞だったら今の女神の言葉に頷いていただろう。

 それらに対して耐性を得て、何より反撃出来たのは金髪の王女のお陰だろう。

 

 俺は同じ夜空の下、アクセルから遠い王都にいるであろうアイリスに感謝した。

 

「私が先輩とそっくり……?」

 

「似てますよ。前にアクアが言ってましたがやっぱり腹黒パッド女神なんですね! こんないたいけな男を誑かそうなんて、もう騙されるか! 俺は断固拒否する!」

 

「――――」

 

「ほら、出てって! 義賊という名のコソ泥はさっさと帰って!! 人の善意を無駄にした駄女神はどっか行って! はーやーく行って! つーか俺の睡眠時間を返して!」

 

「……」

 

 あまりの衝撃に鯉の真似でもするかのように口をパクパクさせるクリス。

 此方を見る瞳を見開いたまま微動だにしない女神を見ながら、このまま去らなければバインドを使用して窓から放り投げるかと半ば衝動的に行動しそうになっていると。

 

「…………ぅぇぇ……」

 

 青紫色の瞳を揺らし溢れる涙が白い頬を伝い――。

 

 ……泣き落としは止めて下さい、エリス様。

 

  

 



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第六話 神は見ている

 深夜に食べる食事というのは魅力的な物がある。

 十二時を少し過ぎる頃、謎のテンションに囚われてコンビニで買ってきたカップラーメンを食べた時の感覚に似ている。夜中に物を食べると太るとか、不健康だとか、そんな正しい事に対して若さにかまけて食べる度に手軽に悪い人間になるという気分に浸れるからか。

 この世界にはない手軽な中華麺の存在を思い出し、思わず俺は呟いた。

 

「カップ麺食いてぇな」

 

「……? どうしたの?」

 

「いや、それより味の方はどうですかお頭」

 

「うん。このシチュー美味しいね。心が温まるよ」

 

「そうですかい」

 

「うん」

 

「……」

 

 目元を赤く腫らした女盗賊は大人しくシチューをスプーンで掬っていた。

 木のスプーンで掬ったホワイトシチューは白い湯気が立ち上り、とろみのある白い汁の中に一口大に切った鶏肉や野菜が御椀の中でスプーンに掬われるのを待っている。

 

「お金。ごめんね」

 

「ん?」

 

「あんなに怒るとは思わなかったからさ」

 

 ポツリと一滴の滴が地面に落ちるような声でクリスが呟く。

 盗賊職を選んだ女神、なんか格好良さそうという理由で王都にある多くの悪徳貴族の屋敷に忍び込み義賊を始めた盗賊の女はぐすぐすと鼻を啜りながら謝罪の言葉を口にした。

 そんなしおれた花のような姿に罪悪感を覚え、俺はなんとなしに頭を掻いた。

 

「いや、まあ、……俺も悪かったよ」

 

「……」

 

「……あー、ちなみに深夜に物を食べると太るってのはご存知ですか?」

 

「基本盗賊職ってのは体力仕事だからね。滅茶苦茶動く事を強いられるから寧ろ食べられる時には食べないとね。常にお腹が空いた時に食べられる物があるとは限らないからね」

 

 どこかの戦場にでもいるかのような事を語る女盗賊。

 そんな話を聞くと、本来の冒険とはそれぐらいにシビアなのだろう。

 ただ俺たちのパーティーはゲームのような街から街を渡り歩いて魔王の城に向かうような生活をしている訳でも無く、アクセルに拠点を持ち、アクセルの街の周辺で適当なクエストを行うという生活なので基本的に飯に困るという事は無い。

 

「それに太るって言ったらカズマ君だって食べてるじゃん」

 

「なんかシチュー温めていたら食いたくなったからな。まあ俺は大丈夫だろう」

 

「どこからその自信が来たの?」

 

「異世界から」

 

「その減らず口は生まれた時からだろうね」

 

 小腹が減ったので、現在は少なく盛ったシチューを俺も食べている。

 先ほどまで泣き出した女神の介抱を行い、駄女神の同族とはいえガチ泣きする少女を見ていると良心が僅かに痛んだ結果いたたまれずに夜食でもと誘ったのが原因だ。

 

「それで?」

 

「えっ?」

 

「いや、ほら神器の話。するんじゃないのか?」

 

「そ、そうだね」

 

 気まずい空気を払拭するべく俺は彼女に話を振る。

 

 この世界には神器と呼ばれる超強力な装備や魔道具が存在している。

 それらは数が少なく希少であり、神器と呼ばれるだけの強大な力を保持している。それらを所持しているのは決まって黒髪黒目の人間。つまり日本からこの異世界に転生してきた者達だ。

 神器とはつまり日本人に与えられる転生特典の事なのである。

 

 目の前の銀髪の少女、その本体である女神エリスは神器の回収を行っている。

 なんだかんだと日本とは異なる常識、理不尽に強い魔王軍やモンスター達に小説通りのチート展開にならず、或いは装備を使いこなせずに第二の人生を終わらせる同郷の者達も多いらしい。

 そうして主が死に、残った神器は本来の主の手から離れていく。

 

 基本的に転生特典はその本人にしか使用出来ないらしい。

 専用装備であり、他者に渡った時点でその能力は大幅にダウンする。

 あらゆる物を斬り裂く強力な魔剣は少し切れ味の鋭い程度の剣になるといった程度だ。

 

 そんな神器を目の前の銀髪盗賊娘が回収して回っている。

 理由としては、この世界の住人が悪用する事を防ぐ為、ひいては世界を守る為だが。

 

「それで、今回の獲物はどんな奴ですかい、社長」

 

「社長って。……お頭だよ、助手君」

 

「冗談ですよ」

 

 御椀の中身が空になる頃。

 ポツリポツリと調子を取り戻し始めた盗賊娘が手に入れた神器の情報。

 

「今回二つの神器が貴族に引き渡されたっていう情報を手に入れたんだ」

 

「ヘイお頭。ちなみにそういう情報ってどこで仕入れてんの? やっぱり盗賊ギルドとか?」

 

「ふふっ……サトウカズマさん。私の正体をご存知でしたら自ずと察しはつきませんか?」

 

 口調を変えるクリスの正体。それは女神である事だ。

 この世界では通貨の単位になるほど、女神エリスは有名であり宗教の中ではエリス教こそがトップクラスの加入者を誇っている。

 そんな神様ならば下界の、下々の人間の事も常に観察しているのだろうか。

 

「エリス様。流石に人のプライバシーまで覗くというのはちょっと。それはストーカーって言うんですよ。ただでさえヒロイン属性のある女神様なのにストーカー属性まであるんですか?」

 

「ちちち、違います! そういった神器に関しての情報はエリス教の方、特に神器を悪用する可能性の低い宗教に傾倒している人を中心に情報網を敷いているんです。そんな方々の事までは見ていません」

 

 では誰を見ているのかと思うが、あまり神の機嫌を損ねたくはない。

 揶揄いすぎない程度に話に相槌を打ちながら、仮面盗賊団頭領の言葉に耳を傾ける。

 

「話を続けるよ。まずは……」

 

 とある貴族が行方不明となっていた神器を高額で購入したという事。

 神器の一つは、生物の寿命や体力を吸収する事で指定された数値に達した分だけこの世界に存在するあらゆるモンスターを召喚、使役する事の出来るチートアイテム。

 もう一つの神器は相手に触れるだけで瞬時に相手の姿形に変身出来るという物らしい。 

 いずれも劣化や時間制限があるらしいが、他のチート持ちの連中が使用していた神器と比べても性能自体はダウンしていないと、俺が出したお茶を啜りながら女盗賊は告げた。

 

「まあ……。前者は危なそうってのは分かるけど、後者は何? 悪魔の実的な感じ?」

 

 相手に触れるだけで良いのなら男が女にもなれるという事だろう。

 TS展開を楽しむ事ができ、なおかつ合法的に女風呂や更衣室に入る事が出来る。

 パッと思いつくとしたらそんな使用法だが犯罪という面では最悪の部類だろうか。

 

 そんな俺の思考を読み取ったのか。

 僅かに呆れ顔を見せながら、デザートに作ったぼた餅とお茶を口に放り込むクリスは。

 

「……? えっと、例えばこの神器を使用すると人間だけでなく生きとし生ける者全ての者へと肉体の構造を変える事が出来るようになります」

 

「それはモンスターとか魔王とか? エリス様にでも?」

 

「生きている者全てです、カズマさん。そしてこの神器は、変身した相手の能力を一部引き継ぐ事が出来ます」

 

「チート! 糞チートだわ! 寧ろ俺が欲しいぐらい!!」

 

 そんなチートと呼べる神器を使用していた転生者は再び土の中に戻ったらしい。

 エリス本人が死んだ事を確認したらしく魔王軍との戦いにおいて有意義には使用出来なかったらしい。確かに戦闘よりはスパイといった諜報向きではあるだろう。

 

「それで魔王の事務処理も終わったので、神器らしき情報が悪徳貴族に買い取られたという情報を得たのですが」

 

「無かった?」

 

「いいえ。宝感知スキルにそれらしい物を、以前カズマさんと王城に忍び込んだ時のような凄いお宝の気配を感じ取ったのですが、件の屋敷についてはそれなりに警備が厳重でして」

 

「で、俺の。優秀な右腕である俺の協力がいると」

 

「まあ、そうですね」

 

 そうして話は辿り着くべき場所へと至る。 

 即ち、サトウカズマの協力を求めて、女神兼盗賊を行っている銀髪の少女はこの屋敷に忍び込んできたのだ。そうして無様に泣かされて現在は事情を話すだけ話している。

 

「――カズマさん?」

 

「今、頭の中を整理中」

 

 ガシガシと己の頭を掻きながら俺は意識を思考に巡らせる。

 確かに放置しておいたなら危険であるという事は分かる。分かるがそれだけだ。

 対岸の火事に心を揺らす事が無いように、周囲の野次馬と共に大変そうだなと思って、通報だけはしてその場を去るのがサトウカズマの在り方だ。

 わざわざバケツに水を入れて走り寄ったりする正義感は持ち合わせていない。

 

 このまま順当にいけばアイリスと結婚出来るだろう。

 そうすれば、その先に待ち構えているのは城での怠惰で自堕落な生活だ。

 その生活の為ではないが、今更仮面盗賊団の正体がバレるリスクも捕まる危険性も犯しがたいと、そんな事を考えると微妙に踏ん切りがつかない。

 

「――――」

 

 目の前でテーブルを挟み、青紫色の瞳を揺らす少女。

 俺を見る瞳の奥に宿る微かな怯えと期待を見てしまうと、気づかないうちに溜息を溢すとピクッと身体を強張らせるのが分かった。

 

 毎回毎回、どうしてこんな面倒な役割が回ってくるのだろうか。

 今、この屋敷には世界を代表していると言える程に高い幸運のステータスの持ち主しかいない。なのにも関わらず、危険で、面倒で、大した見返りがある訳でも無い。

 本当に幸運のステータスは機能しているのだろうか。

 

「カズマさん。――駄目でしょうか」

 

 ガチ泣きをする程に言い負かされ、ある程度は立て直しても僅かに精神面は不調だろうか。

 チラチラと此方を伺い見る姿は可愛らしい物があるが、同時に僅かな苛立ちを覚える。あの天界にいるであろう女神の肉体ではなく快活でやんちゃな姿が似合うクリスだからだろうか。

 

 

『――私、この街にいらない女神ですか』

 

 

 ――いや、そうではない。見覚えがあった。

 

 俺は覚えている。

 泣き真似ではなく本当に苦しくて悲し気で、誰かに助けを懇願する姿に見覚えがあった。

 物憂げな様子なんて絶対に似合わない悩みとは無縁そうなムードメーカーの姿を重ねる。

 

 …………。

 

「たく……。しょうが――」

 

「カズマさん。一つ提案があるのですが」

 

「ん? なんでしょう」

 

 そんな時、クリスが口を開く。

 僅かに重い空気が漂う中、何かを決意したような眼差しを向けるクリス。

 

「その。盗賊団のお仕事は名声も何も得られないのです。ただ、代わりと言ってはなんですが」

 

「――――」

 

 僅かに頬を赤らめながら自らを腕で抱くクリスは告げた。

 女神エリスとしての雰囲気も混ざり合い、仄かに赤らんだ頬と妖艶ともいえる表情で。

 

「ちゃんと手伝って下さるなら。その、……少しくらいでしたらこの身体にエッチな事をしても良いですよ?」

 

「やります」

 

 

 

 +

 

 

 

 扉が開く音に顔を上げる。

 

「へい、らっしゃい。昨日の今日で来店したお客様。まだ開店していない早朝に何用かな? いや、分かっているとも。昨日に比べてやけにピカピカと見え難くなっておるが何やら面白そうな状況に着実に脚を踏み入れつつある男よ」

 

「ああ、暫く屋敷の方を留守にするからゼル帝を預かってて欲しいんだ。今度また面白そうな商品買うからさ」

 

「ほう。良かろう。精々二股でもかけて刺されるが吉とでた」

 

「二股じゃねーし!? まだしてないから!」

 

「……ふむ、女神なら人間じゃないので実質浮気じゃない。そもそも王女と付き合っていると明言してないので恋人でもないかもしれないからセーフだろう、と思い込み始めている性欲魔よ。それは貴族や王族には通じない浅はかな理論武装だと告げておこう」

 

「そんな事考えてないけど!? やめろお前、今見え難いんだろ!」

 

「一つ忠告するならば刺されても良いように腹回りの武装は強化するか、回復のポーションは常日頃から持ち歩くのが吉と出た」

 

「おっと、連れを待たせてるからな! 何言っているか分かんないがその鶏よろしく!!」

 

 慌ただしく魔道具店の店から出ていく男の背中を見届ける。

 扉が閉まり再び静寂が戻る中で、唯一先ほどの状況とは変わった物を見下ろす。

 白い毛並み、赤いトサカを持つ立派な鶏は籠の中で静かに仮面の男を見上げる。

 

「ふむ。あの発光女もいない事だし、久方振りにゆっくりしていくと良い。ゼル帝よ」

 

「コケ、コッコッコー!」

 

 

 

 +

 

 

 

「行こうか、お頭」

 

「うん。はい、荷物」

 

 旅行用のバッグ、荷物を受け取り背中に背負う。

 向かう先はテレポート屋、そこから王都に向かい少し離れた街に向かう予定だ。魔王城に向かった時以来の久方振りの遠出だ。

 

「ねえ、助手君」

 

「どうした?」

 

「めぐみんさんやダクネスに何も言わなくて良いの?」

 

「良いのって言うか、書き置きは残したからな。大丈夫だろ。そもそも……」

 

 ――そもそも、最近はずっとこんな感じだ。

 魔王討伐後は色々と情勢も変わり始める中、互いの用事で屋敷に全員が揃っている時間も少ない。以前のような馬鹿をしたり尻ぬぐいをしたり冒険をしたりする訳でも無くなってきた。

 

 酒の味を覚えためぐみん。たまに爆裂娘を連れて自分の信者にチヤホヤされる為にアルカンレティアにほぼ毎日向かうアクア。魔王を討伐したパーティーの一員としてベルゼルグ王国の顔に自信のある大貴族達からの求婚の日々にキレるダクネス。

 それぞれが何だかんだと忙しく、たまに朝御飯などで揃う位だろうか。

 

「ずっと一緒に、か」

 

「助手君?」

 

「いや。あいつらも基本的に自由人間だし、今回の旅に関してはうるさい荷物も無いしちょっとした修学旅行の気分だわ」

 

「流石にアクアさんの事を荷物呼ばわりは止めてあげてよ」

 

 当たり前の話だが俺はあいつらの保護者ではない。

 口にするには気恥ずかしい物があるが、これまで苦楽を共にしてきた仲間という奴だ。

 

「そういえばあいつ。天界で仕事しているらしいけど、エリス様は行かなくてよろしいのですか?」

 

「エリス様は止めてってば! ……あたしの場合、今回はキチンと有給を消費して来てるから良いの!」

 

「ふーん。優秀ですねお頭は」

 

 そんな事に対してドヤ顔をするクリスの薄い胸にそっと触れる。

 もにゅんと一見なさそうな彼女の貧乳だが、それでも手のひらに感じる柔らかさは、彼女が紛れもなく女の子であるのだと俺に教える。

 堂々と左手で彼女の乳房を衣服越しに揉んでいると、自分の胸が揉まれているという事を唖然たる面持ちで俺の顔と揉みしだく手を交互に見て。

 

「……ちょっ、ちょ、ちょっと! ちょっと!! 何してるの!? えっ!? ええっ!?」 

 

「――かつて誰かが言った。貧乳はステータスだと! 希少価値だと。つまり自分で育て育む事の出来る素晴らしい物だと。誇れクリス。お前のおっぱいは最高だ。おっぱい!」

 

「誰? いやっ、そうじゃなくて!」

 

「おっぱい?」

 

「何を堂々とセクハラしているのさキミは!」

 

「おっぱい」

 

「ちゃんと喋ってよ! ぁ、こ、こら揉むな!」

 

「いったい……」

 

 バシッと俺の手を叩き落としたクリスは慌てて自らの胸部を腕で隠す。

 顔を赤らめて、涙目で睨んでくる姿には興奮を覚える物があるが、まずは自らに非が無いという事を証明するべく、肩を落として吐息した。

 

「おいおいクリス。昨日……、いや今日自分で言った事を忘れたのか? 確かいつでも好きに私の身体を好きにして良いですよって。俺はその契約に従ってるだけだが?」

 

「だけだが? じゃないよ! その話はちゃんと神器を回収してから、少しだけって話だよ!」

 

「は? 何言ってんの? お前が盗賊をやるのを手伝う際に自分の身体を使って良いって言ったじゃん。そして俺は今回の神器奪取の活動に関して現在進行形で手伝っている。つまり、既にお頭のおっぱいを揉んで大きくする事も合法スティールを食らわせても文句は言われない筈だ。流石にちょっとエッチな展開ぐらいならって考えているなら都合が良すぎませんかねぇ」

 

「――――」

 

「あっ、言っておきますが、頬にキスみたいな子供だましではないですよね。そんな映画のラストみたいなオチでしたらアクセルの街に住む住人や冒険者にクリスの事を『パンツ脱がせ魔の師匠』呼びを定着させますから。自分の発言には責任もってくださいね。エリス様」

 

「ぅぅ……。やだ……、汚される。もうお嫁にいけない身体にされるよぉ……」

 

「その時は俺が貰いますよ。結婚しましょうエリス様」

 

「エリス様って呼ばないで……」

 

「可愛いですよエリス様」

 

「くぅぅ……ッ!」

 

 セクハラをする度に初々しく恥ずかしがる女神は可愛らしい。

 心が洗われるというべきか、手の届かない存在だからか、アクアのように気安いのだ。

 

「ほら、エリス様。俺の聖剣見て下さい。エリス様のちっぱいのせいで爆裂魔法を撃つ準備に入ってますよ」

 

「そのちゅんちゅん丸を落ち着かせて下さいカズマさん。あと公共の場でそんな事していると本当に天罰を落としますよ。例えば駆け込んだトイレには必ず先約がいるとか」

 

 ――今更ながら女神を引き連れたこの小旅行が楽しいと思い始めて。

 

「すみません天罰は止めて下さい。……ちょっとテンションが高くて。結局寝てませんし」

 

「それは……。まあ此方にも非はありましたから。ただカズマさん」

 

「はい」

 

「できればもう少し。……そうですね。せめて公共の場ではアイリスさんの時みたいに紳士を心掛ける方が女性にとっては好ましいですよ」

 

「はい。気を付けま、……今なんて?」

 

 思わず隣を歩く彼女を見ると。

 クリスは。否、女神エリスはくすくすと笑って。

 

 

 

「私は女神ですから。――魔王を倒した勇者の事はちゃんと見てますよ?」

 

 

 



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第七話 仮面盗賊団

「――この貴族に見覚えある?」

 

「知らない」

 

 テレポート屋を経由して到着した王都。

 当時魔王討伐の為の最前線でありこの世界に転生してきた日本人たちも数多く拠点としている国の首都だ。この国で最も栄えている都会はアクセルとは異なりやはり人通りは多い。

 人混みの中で聞こえる喧騒や馬車の音など騒々しい音が鼓膜を掠める中で、俺は隣を歩くフードを被った盗賊職の銀髪少女に目を向ける。

 

 彼女が此方に渡してきたのは一枚の絵。

 この異世界は日本人が偏った知識を披露する事で一部の技術が飛躍的に特化している。インフラ関連や食事といった物が最たる例だろう。とはいえこの異世界で写真技術は発達しておらず絵の上手い人物が似顔絵を描く事で対応している。

 

「まあ美人だと思うけど、好みじゃないな」

 

「そんな事を聞きたい訳じゃないんだけどね」

 

 絵には金髪青目の女、貴族が描かれていた。

 おそらく年齢は二十を過ぎた程度だろうか。

 その絵をジッと見ても全く身に覚えも無い為軽口を混ぜて聞き返す。

 

「悪そうな顔には見えないけどな。……もしかして親戚とか?」

 

「違うよ。知らないなら良いんだけど」

 

「ふーん。……要するに忍び込む家の家主がそいつって話だろ?」

 

「その通り」

 

 王都の道、アイリスが住む王城から遠ざかり、俺とクリスは他の街へと向かう乗合の馬車に向かう。今回の獲物となる貴族の女が隠しているとされる神器は王都の屋敷ではなく別荘となる王都から少し離れた別の街にあるらしい。

 そんな説明を受けながら荷物を積んである馬車の空いた席を購入し座る少女。それなりに重要機密な話をする事と個人的に他の人間と乗りたくなかったので、金に物を言わせて他の席も買い占めたがクリスとしては都合が良かったらしい。

 

「そのフード意味あんのか?」

 

「あるよ。前回の王城侵入から大分時間が経過したけど、銀髪ってだけで疑いの目が向く可能性もあるからね。王都にいる銀髪の人って珍しいし人目も惹くから。一応これもある程度の認識阻害の魔法が施された一品だよ」

 

 そういって鼠色の外套を羽織っていた彼女は人目も無くなったとの事でフードを脱ぐ。

 ふわりとショートの銀髪を揺らすクリスを横目に、彼女の身体に密着するように隣に座ると、近すぎたのかジロリと俺を見るだけで、何も言わずに数枚の紙切れを渡してきた。

 受け取り開くと目に入るのは、恐らくこれから侵入する予定である屋敷の見取り図だ。

 

「一応、カズマ君も確認しておいてね」

 

「よく手に入ったな」

 

「うーん。偶然、運よく手に入っちゃってさ」

 

「偶然」

 

「あたしって運が良いからね」

 

 何がおかしいのかクスクスと笑う盗賊の女。

 そんな事を話している間に先頭に多くいる馬車群がそれぞれの街を目指して進み、一台、一台と別の道を進んでいく。そんな光景を馬車に取り付けられた窓、カーテンの隙間から俺は見届ける。

 

「ところで近くない?」

 

「エリス様と密な距離にいたくて。そろそろ寒くなってきたし」

 

「エリス様って言わないで! ……全く、キミってばちょっと気を許すと際限なくセクハラしてきそうで怖いよ」

 

「怖がらなくてもこの仕事が終わったらセクハラじゃすまない事するから安心してくれ」

 

「今の言葉に安心の要素ってある?」

 

「大丈夫だって。ちゃんと酒も買ってきたし準備はバッチリ。それに俺だって流石にいきなりの青姦はハードルが高いからさ……」

 

「待って!? 何か飛躍してるよ!」

 

 身体を休めつつも夜の相棒と雑談をしていると床に振動が伝わる。

 ある一定の振動、馬車に備え付けの小窓を見るとゆっくりと移動を開始するのが分かった。

 

「――そういえばキミはあんまり旅行とかしないんだっけ」

 

「あいにく旅行とか外出とは無縁だしな。なあ知ってるか? 俺がアクア達と一緒に行く旅行ってさ! いっつも魔王軍幹部とかヤベーのに遭遇するんだけど!! ……最終的には引き籠ってあんまりアクセルから出なかったな」

 

「きっとそういう星の下に生まれたんだよ」

 

「嬉しくないな……。クリスは?」

 

「あたしはね、これでも結構色んな場所に行ったりしてるよ。盗賊職を募集しているパーティーに加わってちょっと遠出したりもしたね」

 

「ほぉ。凄いじゃん」

 

 そういえば俺たちがアクセルの街周辺にいる間も、隣に座る彼女は様々なパーティーに加入し色々なクエストを受注していた。

 盗賊スキル持ちが二人いても困るからと俺たちのパーティーへの勧誘を断ったクリスは、それはもう八面六臂な活躍を繰り広げ、多くの冒険者たちに手を差し伸べてきたのだろう。

 

 そんな俺の反応に関心を示したと思ったのだろう。

 青紫色の瞳に俺を映し、にんまりと頬を緩ませる盗賊娘。

 

「……聞きたい? あたしの華麗な冒険話」

 

「いや別に」

 

「ちょっと! ここはお頭の話を聞く場面でしょ!」

 

「そのお頭に睡眠時間を奪われて助手は眠いんだよ。あれがパワハラって奴ですね。それに今日の夜明け頃には色々と凄い事をするつもりだし。仕事前に体力を削りたくないから昼寝するわ」

 

「あ、うん」

 

「……クリスは素直で良いな」

 

「な、何? 急に?」

 

「いや、アクアだったら暇だから構いなさいよ、ヒキニート! って喚くだろうしダクネス辺りなら呼吸するだけで硬い物が大好きなモンスターとか呼び寄せるし。……幸運の女神による確約された安眠って最高ですわ。クリス最高。愛してる」

 

「……! そっ、そう。良かったね」

 

 ポリポリと頬の傷を指で掻く盗賊娘。

 おざなりな褒め言葉だったが純情無垢な女神には効いたのか。

 仄かに頬を赤らめる少女はそっと俺から目を逸らす。

 

「じゃあ、クリス。膝枕して」

 

「うん。……なんて?」

 

「膝枕して。良い感じの枕なんて無いからさ。お前が枕になって」

 

「はあああ!? なんであたしが!」

 

「あっ、眠いわー。でもこんな硬い板の上で寝たら絶対に寝違えて、仕事失敗するわー。心苦しいけど睡眠不足を補う唯一の存在に断られたら仕方がないわー!」

 

「キミって最低だね……」

 

 おっとゴミを見る目ですね。

 養豚場の豚を見るかのような女神兼盗賊の眼差しに僅かな興奮を覚えると、もはや言い争う事が面倒だと感じたのか小さく溜息を吐いた彼女は体育座りの体勢を止めて両脚を馬車の床板に伸ばした。

 ニーソに包まれた程良い脂と肉に覆われた脚をポンポンと彼女は叩く。

 

「これで良い?」

 

「……もう少し色っぽく。復唱して『どうぞご主人様。私のいやらしい脚を枕に――』」

 

「あんまり調子に乗ると馬車から蹴落とすよ?」

 

「すみません」

 

 中身が女神だからと言っても堪忍袋の緒という物も存在している。

 決して軽くはない頭を下げると、再度吐息を吐くクリスは俺の後頭部を手で掴む。

 まさかアイアンクローか掴んだ頭部に膝蹴りでもするつもりかと暴力の気配に内心ガクブルとしていると床を向いた俺の頭は更に下方向へと押される。

 土下座が見たいのかと思い、俺の後頭部を掴む力に素直に従うと顔面に柔らかい感触が。

 

 顔面に感じる独特の感触。

 温かさと柔らかさと女特有の甘い香りが俺を包み込む。

 

「…………ふむ。悪くないな」

 

「なんで上から目線なのかな?」

 

「なんとなく。これが神の膝下かって思うと自分が偉い人になった気分でして」

 

「そ、そっか。……あの、自分でしておいてなんだけど仰向けになってくれる? うつ伏せだとちょっと恥ずかしいから」

 

「お構いなく」

 

「いやあたしが構うんだけど」

 

「良い匂いだ」

 

「か、嗅ぐの禁止!」

 

 短パンとニーソの間にあるすべすべの柔肌に頬擦りをしながらクリスを見上げると今更ながら膝枕が恥ずかしいのか顔を赤らめている。

 見慣れぬ角度からの初々しさのある恥じった表情に思わず俺は笑みを溢した。

 

「ローアングルで見上げるエリス様も可愛らしいですね。なんか、こう……良いですね」

 

「エリス様は止めてってば! あと今のキミって凄くおじさん臭いんだけど! ……ちょ、ちょっとこっち見るの禁止ね」

 

 揶揄うとますます頬まで赤らめる少女に頬が緩むと、形の良い眉を顰めた彼女が暴力的手段に出る前に仰向けになれという指示に素直に従う。

 再度ジッと銀髪の美少女の顔を見上げると俺の目元を柔らかい手のひらが覆い隠した。

 

 

 

 +

 

 

 

「助手君の仮面姿、久しぶりに見るね」

 

「というか、盗賊団としての活動も久しぶりだな」

 

 馬車で三時間で目的の街に到着。宿を見つけて下見に一時間。

 侵入ルートの確認と外食、二回目の昼寝(膝枕抜き)を済ませた後。

 時計の針が上を向く頃、俺とクリスは闇夜に身を潜ませて目的の貴族の別荘に侵入していた。

 

 クリスは黒のスパッツに黒のシャツ、ナイフと軽装だ。口元を覆うのは同じく黒色のマスクで唯一浮き出ている色は夜風に揺れる短くも美しい銀髪だ。

 最初期は銀髪盗賊団と呼ばれた元となった彼女は近くで見ても美少年といった所だ。

 

 対する俺も黒を基調とした装束だ。

 黒色のブーツ、ロープと短剣といった武装に、燈色の襟巻がアクセントとなっている。

 そして装着した口元の空いたバニルマスクを装着する事で盗賊団の右腕に変貌していた。

 

「……一応賞金首として指定されている名称は銀髪盗賊団だったよね」

 

「ああ、アレ。アイリスに頼んで仮面盗賊団に変更して貰った」

 

「何してるの!?」

 

「そろそろ俺たちも三億の賞金首になりたいですね」

 

「あたしとしては寧ろ下がって欲しいんだけどな!」

 

 財力、権力、そしてイケメンが世界を制する世界だ。

 小声で悲鳴のような声を上げる器用な少女を無視して周囲を見渡す。

 塀を乗り越えて庭から入り込み侵入したが未だに見回りの数は想定よりも随分と少ない。

 

「今後はお頭も仮面つけてくださいね。良ければプレゼントしますよ」

 

「うん……。まあその辺りは任せるよ」

 

 俺が拠点を置いているアクセルの街は基本的に治安が良い。

 理由としては犯罪となりえる要因がサキュバスの経営する店によって浄化されるからだ。性的な欲求や暴力的な衝動など、力の強い冒険者の理性が強いのは夜な夜なサキュバスのお姉さんが望んだ夢を通じて精を採取するからである。

 

 そういった男達にとっての理想郷は他の街には少ない。

 モンスターと人の共存が難しいといった諸々の理由が存在し、結果的に世紀末とまで言わずとも治安は決して良いとは言い切れない。だからこそ貴族が己の財産を守る為、警備員を雇ったりするなどの対策を講じるのは必然と言えるだろう。

 

「あれ……?」

 

「お頭。静かに」

 

「あ、うん。ごめん」

 

 思ったより数は少ないが警備がいないとは言っていない。

 今宵は満月ではないが襟巻と仮面の二つのアイテムによる底上げがあるから調子は良い。

 敵感知スキルが此方に歩み寄ってくる存在を主に教え込み、俺もまたクリスに目線で告げる。

 

「……」

 

「何? ぁ……!」

 

 頷くクリス。

 潜伏スキルを使用する為、彼女を壁に押し付けるとジロリと睨まれる。

 

「ちょっと助手君。くっつき過ぎじゃない? 潜伏スキルなら十分に発動しているよね?」

 

「すみませんお頭。盗賊業は久しぶりなので少し動きを忘れてて……。あと、お頭だって今のジェスチャー忘れてたよな」

 

「アレは助手君のパントマイムかと思って」

 

「引っ叩くぞ」

 

 抗議の視線を向けてくる女盗賊に抱き着きながら数秒。

 壁の染みと化した俺たちの前を欠伸をした警備員が一人歩いて行く。

 

 ……盗賊業が久しぶりなのは嘘ではない。

 

 自慢ではないが魔王討伐後はアクアやめぐみんと共にかつてのヒキニート時代と何ら変わらないような生活を過ごし、ダクネスにガチギレされた時期があった。

 今でこそ真人間に戻り人としての生活を送っているがそれまでの活動においてブランクがある。なのでクリスと悪徳貴族専門の盗賊を行うにはある程度の動きを思い出す必要がある。

 

「……お頭、ちょっと良いですか」

 

「何? というかまずはお尻から手を放して欲しいんだけど」

 

「今日はウォーミングアップという事で俺が基本的に衛兵を倒しますね」

 

「えっ、ちょっと」

 

 ジト目で此方を見る盗賊から手を離し、疾走スキルで駆ける。

 完璧に背後を取り、迫り寄る俺へと振り向く前に背中に触れドレインタッチを行う。

 

「だ……っ!」

 

 咄嗟に叫ぼうとする衛兵の口を塞ぎ、約一秒程で意識を奪う。

 スキルも調子も良好であり、物陰に気を失った警備員をそのまま放置して数分。

 

「……ん? おい! ぐっ!!」

 

「あれ? おい寝てんじゃ……ごふっ」

 

 居眠りしているように装った警備員に釣られる同僚達を無力化していく。

 元々警備は手薄であった事もあり練度も低い衛兵たちは俺の手によって意識を奪っていく。

 

「ふっ、造作もない」

 

「凄いね助手君。でも全員倒す必要性は無かったんじゃないかな」

 

「これは感覚を取り戻す為に必要だったってのと、まあ撤収する時にスムーズに出来るようにという事で」

 

「う~ん。ブランクなんて全然ないと思うけどね」

 

「まあ慎重で悪い事はないだろ」

 

「助手君は慎重というよりは臆病じゃないかな? チキンだよね」

 

「ははっ、言うじゃないか。……ちょっと怒ってる?」

 

「怒ってない」

 

 その後もスムーズに屋敷の捜索は進み、クリスの案内に従い主がいる部屋に向かう。

 盗賊娘曰く家主の部屋付近に宝感知が引っ掛かったらしい。

 

「で、ここか」

 

 キチンとカーテンは閉められ暗闇を孕んだ部屋に忍び込む。

 油のささった扉は静かに開き、足音を立てずに入り込むと貴族らしくはない簡素な部屋だ。

 別荘だからとは言えども、貴族らしい金に物を言わせて購入した絵や壺などの装飾品はまるでないのは住まう貴族が不要だと判断しているからか。

 

「……助手君。あのね」

 

「しっ、起きる前に金庫を開けて下さい」

 

「そうじゃなくて。さっきから宝感知をしてるんだけどね。全然それらしい物を感じないの」

 

「――――」

 

「…………」

 

「どういう事?」

 

「分かんないけど。数日前まであった反応がないんだよ。もしかして、どこかに移動したか誰かに売ったかもしれない」

 

「……どこに?」

 

「さ、さあ?」

 

 頬を掻き曖昧な笑みを浮かべるクリスに僅かにイラっとする。

 とはいえ、困惑した様子の彼女を見るに誰かに売り渡したという可能性も高いだろう。

 

「仕方ない。撤収を――」

 

「う、ううん? そこに誰かいるの?」

 

「――『スティール』! そして『バインド』!」

 

「えっ? きゃあ!」

 

 ベッドの近くで話せば睡眠の質が浅い人間ならば起きる事もあるだろう。

 寝ぼけ眼で上体を起こす貴族の女に、俺は咄嗟にスティールを行い盗んだブラジャーを使用してバインドを行う。流れ作業のように彼女を寝台に押し倒し布で目元を塞ぐ。

 

「――動くな」

 

「は、え……だ、誰?」

 

「少しでも動いたらお前が着ている衣服を全てスティールしていき、餓えた衛兵どもの前に差し出す。欲望に満ちた男達の前にその熟れたいやらしい身体を差し出せばどうなるか。ナハハハ! ……この意味が分かるな? オォン?」

 

「ひぃ!」

 

「うわぁ」

 

 背後からドン引きしたような声色に、そういえば腰にロープがあった事を思い出す。

 とはいえ、過去を振り返る事は出来ないものだ。ブラジャーの拘束は解けない。

 コクコクと頷く貴族の女から少しでも情報を得るべく声を意識して変えて話しかけた。

 

「――知ってる情報を吐くだけ吐いて貰おうか」

 

 

 



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第八話 それはそれ

「アウリープ? その貴族が借金の代わりに持って行ったんだな?」

 

「ひゃい! そそそ、そうです。我が家の借金返済の為に買い取られていきました」

 

「本当だな? 嘘だったらまたくすぐりの刑と衣服を一枚剥ぐからな。もう一枚の薄いパジャマしかないが、泣こうが漏らそうが俺の両手の進撃は決して! お前の衣服を全て剥くまで! 止まらないと知るがいい!!」

 

「ほ、本当です!」

 

 ガクガクと震える女体を抑えつけながら俺は貴族の女から情報を吐き出させていた。

 俺が組み伏せた借金持ちの貴族の女は神器の詳しい性能については知らないがソレを持っている事を借金主、アウリープという男爵に話すと目の色を変えて借金の利子として持ち帰っていったらしい。

 

「よし、次はスリーサイズを教えろ!」

 

「ええっ!? それは、ちょっと……恥ずかしいので」

 

「はぁん? あんたのその熟れた身体のどこに恥ずかしい要素があるんだ? 誇れよ、寧ろその豊満な胸を張れよ! 貴族ってのはどいつもこいつもエロい身体しやがって。アレか。普段から良いもん食ってるから差が生まれるのか! えぇ? どうなんですか?」

 

「そ、そんなこと言われましても。我が家はそこまで裕福という程ではないのですが」

 

「俺の相棒がさぁ! パッド付けないといけない程のコンプレックス、ちっぱいに持ってるんだよ! 謝れよ! 謝って! そのうち良い男を捕まえられそうな最高にエロい身体に成長してごめんなさいって! 貧乳も良いじゃんって! さあ、早く!」

 

「ご、ごめんなさい。巨乳の良い身体でごめんなさい! 貧乳も、ぷっ。良いですよ。……ところで良い男を捕まえられそうって話について詳しく」

 

「笑った! 今笑ったよこの人!」

 

「お頭うるさいですよ。……ん? 本当だよ。大半の男なんて紳士の皮を被った狼だからちょっと胸に腕を当てればイチコロだって。失敗してもセクハラしたって事で訴訟起こして金を毟り取れば借金だって返せる。これを繰り返せばアンタは行き遅れじゃなくなるとも」

 

「……なるほど。もっと詳しく聞きたいのですが、先ほどのプレイと良いその渋いお声と良いさぞかしイケメンの殿方でしょうね。……失礼ですがお名前を伺っても宜しいですか?」

 

「ああ。イケメンな俺の名は、何を隠そうサトゥ!?」

 

「こらぁ!」

 

 手刀状にしたクリスの手が俺の脇腹を直撃する。

 マスクをしていても分かる程に赫怒に染まった貧乳少女がギロリと俺を睨みつける。思ったよりも白熱してしまった名も知らぬ貴族の女への質問は中断される。

 

 同時に相棒の容赦の無い一撃に声を出せない程度に思わず膝を付く程度に悶絶しつつ、一周程廻って冷静になった頭脳が迂闊な行動に出る寸前だった事に気づく。

 己の下着に拘束され目隠しをされながらも頭の回る優秀な女だ。話術で俺を油断させる事で自らのペースに巻き込み情報を得ようとしたのだろう。その手腕に俺は驚愕した。

 

「サトゥ様!? おのれ、推しに貢いだ金の回収方法と私の婚活攻略術を聞いていたのに邪魔しおって! 貧乳の分際が! 解け! ぶっ殺してやる!!」 

 

「貧乳、貧乳ってうるさいよ! というか借金ってそんなしょうもない理由なの!?」

 

「しょうもないとは何! 格好良いお兄さんに夜な夜な可愛がられる事の何がいけないっての!」

 

「――そうさ、悪い事なんてないさ。お姉さん、名前を伺っても?」

 

「セリーナよ。イケメンのお兄さん」

 

「んっふ。分かってるじゃないかセリーナ。ん……俺と一夜のパーリーナイトしない?」

 

「見えてないよね? っていうか助手君は別にイケメンじゃないよ?」

 

「そうでしたか。でしたら結構です」

 

「お頭ァ!!」

 

 俺の名前は佐藤和真。

 真の男女平等主義者。たとえ仕事の相棒だろうとドロップキックを決める男。

 女を下敷きにし、クリスと掴み合いになっているとバタバタと此方に走り寄ってくる複数の反応を敵感知スキルが俺に教えた。真っ直ぐにこの部屋に向かうという事は先ほどドレインタッチで体力を奪った衛兵が復活したのだろう。

 

「ちっ、時間切れだ。――『スリープ』」

 

「……ぁ、ぅ」

 

 睡眠魔法を使用してなお、ドレインタッチを使用していた魔力量はあまり減ってはいない。柔らかい拘束具をズボンに仕舞いそそくさと眠りについた令嬢の衣服と布団を整えると、既に脱出口としていた窓際にいるクリスがなんとも言えない微妙な顔をしていた。

 

「助手君。早く!」

 

「……なんですか、その顔」

 

「うん? えっと、これは悪口とかじゃないんだけどね」

 

「はぁ」

 

「――キミって一家に一台欲しいなって」

 

 

 

 +

 

 

 

 王都の高級宿は決して名ばかりの物ではない。

 アクセルの街とは違い、小型ではあるが部屋の中に小さな浴槽が設置されている。フロントで頼むと別料金で専属の魔法使いがお湯を入れてくれるというシステムだ。

 とはいえ、それは魔法を使わない人限定であり、初級魔法を取得している俺にとっては自力でお湯を生成する事が出来る。クリスが俺の事を万能器具のようだというのも頷けるだろう。

 

「あー疲れた」

 

 魔力自体は大して消費してはいない。

 ただほんの少し前まで夜の仕事をしていた身としては、こんな些事を行うよりも今すぐにでも酒を飲むか眠りたい気分なのだ。

 そんな訳で、勤勉に何かの資料を読み漁るクリスの前に大皿とグラスを持っていく。

 

「んー」

 

「ほら、酒飲めよ。焼き鳥だってあるぞ」

 

「でも、神器の行方も気になるし。ここで逃すと暫くは見つからないと思うんだよね。アレって結構危険な代物だし」

 

「そんなの明日でも良いだろ。急ぎじゃないんだ。明日の事は明日の俺たちに任せようぜ。今日の俺たちはしっかりとやる事をやったんだから。……ほれ、食え」

 

「ん、んぐ。うん、……美味しいね! この肉カモネギ? 高かったでしょー」

 

「遠慮せずに食えよ。って言っても全部露店で事前に買ってた奴だけどな。高級露店なんて需要あるのな」

 

「貴族の使用人とか使い走りで買う事もあるらしいね。……というか、馬車に乗る前に何やってるのかって思ったらこんなの買ってたんだね」

 

「どうせここを仮拠点とするんだったら成功にしろ失敗にしろ、ちょっとした宴会をクリスと開きたくてさ」

 

「ふーん」

 

「なんだよ」

 

「カズマ君は優しいなーって」

 

「は」

 

 何か疑わしい目を向けてくる彼女に鼻で笑い返すが一応は事実である。

 今回の作戦では成功、失敗に関わらず速やかに屋敷から脱出したらテレポートで王都に戻る。荷物などは全て王都の高級宿屋に全て預けておいた為、証拠なども残りにくい。

 我ながら完璧と言える作戦では無かっただろうか。

 

「まあ、テレポートとか使える時点で魔法使いなら大分高位にいるだろうし、普通ならそれなりの役職につけるだろうね。わざわざ盗賊職と一緒に本物の盗賊を行う必要性は無いからね。あ……、義賊ね」

 

「言い直さなくても分かってるって。ほら、乾杯しようぜ」

 

「何に乾杯するの? 盗賊の方はあんまりだったけど」

 

「んー? 情報は得られたし問題は無いだろ? そんな訳で愛しのエリス様に」

 

「何がそんな訳なんだか……、カズマ君に」

 

「あれれ、お頭? 飲む前から頬が赤いですよ」

 

「うるさいよ」

 

 カチン、と澄んだ音が二つのグラスに生まれる。

 俺は果汁酒を、クリスはクリムゾンビアをそれぞれ飲む。

 焼き鳥と酒を頬張る女神様というレアな光景を目にする訳だが、よくよく考えると少し前まで先輩の方の女神が酒を飲む姿から吐く姿までしっかり見ていたのを思い出す。

 

「……」

 

「ん……、腿肉が柔らかくて良いね。そして」

 

 グビリとグラスに入れた酒が彼女の胃袋に注がれていく。

 

「くぅ……ッ! 仕事終わりの一杯は格別だね! ほらカズマ君も飲んで飲んで」

 

「お、おう」

 

「そういえばカズマ君はあんまりお酒好きじゃないんだっけ」

 

「まあ、嗜むぐらいで愛飲するって程でもないな。たまにアクアが秘蔵する酒を飲むくらい」

 

「……キミはアクア先輩の事、本当に好きだねぇ」

 

「今のどこにそんな要素があるんだか」

 

 決してオッサン臭いなどと言ってはいけない。

 洒落たグラスではなくジョッキに注ぎながら俺も食欲を満たす。

 

「……」

 

「……ねえ、この匂いは?」

 

「ああ、アロマですよ。良い匂いでしょ、媚薬効果があるらしいです」

 

「ふーん。……ん?」

 

「ほら、グイっと。お頭のちょっと良いところ見てみたいー!」

 

「ねえ、今媚薬って言った?」

 

「言ってない。……おいなんだその目は。俺の注いだ酒が飲めない訳じゃないよな。おら、飲め。もっと飲め! 飲んで食っていこうぜ!」

 

 食欲が満たされれば人間には性欲と睡眠欲が残る。

 睡眠など取りたい時に取れば良い。だがもう一つはそうではない。

 

 仕事は既に終えた。

 そして残されたのは女神との約束である。

 

 目の前の女の身体を好きにして良いと言われたのだ。あとはタイミングだ。最良で最善で最適なタイミングで目の前の盗賊娘をベッドに誘い込む。

 彼女の背後にあるベッドは一つのみ。どのみち荷物を置く為という名目で一人部屋にしておいたのだ。夢で散々予習も行ってきた。

 

 ――今、予習の成果を発揮しよう。

 

「クリス」

 

「うん?」

 

 グビリとジョッキを傾け、美味しそうに酒を飲む彼女は俺の呼びかけに目を向ける。

 照明を反射する青紫色の瞳は光の角度による物か、本体である女神の瞳と重なって見えて。

 

「セッ〇スしようぜ」

 

「ごばっ……!」

 

 散歩に行こうぜ、の感覚で話しかける。

 クリスは口に含んだ酒を吹くように吐き咽る。

 

「ちょ……げほっ、ごほっ、ふぁ、ふぁっ!?」

 

「よくよく考えたら約束もしているし、回りくどくやるとクリスのペース的に酒で眠るオチもありえそうだなって。和姦成立しているしもう直球で勝負しようかなって」

 

「直球すぎない!? 女神もビックリの剛速球だよ!」

 

「うけるー」

 

「うけないよ!」

 

 目を白黒とさせる彼女の横に座り込み肩に手を廻す。

 腕に抱いたクリスは思った以上に華奢な身体をしておりピクッと身体を動かすが、どこかに逃げ出す素振りは無い。

 

「ほら、約束してくれたじゃないですか、エリス様。ここまで頑張ってお膳立てしたんですから経験豊富、百戦錬磨の年上らしく俺を神リードしてください」

 

「り、リードって、そんな」

 

「え? でもエリス様ってアクアより後輩って言っても結構な歳なんじゃ――」

 

「サトウカズマさん。それ以上続けたら本当に天罰を落としますね。あと天界は基本的に時間の流れがゆっくりなんです」

 

「すみません。調子乗りました」

 

 とはいえ土下座するつもりも、腕に抱いた彼女を離すつもりもない。

 酒で血の巡りが良くなったのかほんのりと頬を赤らめるクリスと見つめ合う。

 

 ……改めて見るとクリスという盗賊は美少女だ。

 ショートの銀髪、スレンダーな身体は触れてみると女体である事を意識させる。決して胸が大きい訳ではないが、しっかりとくびれたく腰やホットパンツに包まれた柔らかな臀部や太腿はいつまでもこねくり回したくなる。

 至近距離で見る肌は染み一つない透き通るような雪肌は男の目を惹きつける。

 

「ん……ちょっと、くすぐったい」

 

 その肌に触れたくて何となしに頬に触れる。

 ふにゅんと手のひらに感じるシットリとした肌は吸い付くようだ。そんな風に手のひらで彼女を感じていると、ふいっと俺から視線を外すが触られる事に抵抗はないのかされるがままだ。

 

「…………」

 

「……ん」

 

 聞こえるのは心臓の鼓動。

 目に見えるのは美しい銀髪、否。薄紅色の唇だ。

 

 親指で触れるとふにゅりとした感触と共に柔らかく形を変える。

 男のガサツな唇とは違い、瑞々しく温かい女の唇が俺の指に柔らかさを返す。

 

 チラリと此方を見る青紫色の瞳は熱を帯びたかのようにトロンとしている。

 酒の酩酊感による物か、それともこれからするであろう行為に対しての興奮なのか。経験の乏しい俺としては後者であって欲しいが、それはあくまでも身勝手な期待でしかない。

 相手が何を考えているかなどきっと目の前の神ですら分からない。

 ――だから行動に移すのだ。移さなくては、ならないのだ。

 

「――――」

 

 ふと、チクリと胸中に棘が刺さったかのような痛みが奔る。

 それは何による物か。目の前への相手に対する『約束』をゴリ押しにした事か。

 或いは、ここにいない誰かの、見てはいない誰かへの罪悪感なのか。

 

 高鳴る鼓動に胸が痛む。

 耳の奥で血の巡る音が聞こえる。

 

 今更、止める事は出来ない。そのつもりもない。

 目の前の美少女に、匂いに、雰囲気に、熱を孕んだ眼差しに、どうしようも無い程に呑まれた男が、性行為を覚えたての思春期の男が抗える物ではないのだから。

 即ち――、

 

「それはそれ、だ」

 

「ぇ……?」

 

「目を閉じろ」

 

「ぁ……うん」

 

 佐藤和真の得意技は明日の自分に任せる事だ。

 明日生きている保証なんてない。実は明日が寿命でしたという事もある。

 ならばこそ、今この瞬間を生きる俺は後悔など決して残してはいけないのだ。

 

 小さく呟いた俺の魔法の言葉の意味が分からず小首を傾げるクリス。

 銀髪の少女に意味を告げる事はなく、そんな小動物のような仕草に苦笑を抱きながらゆっくりと、確実に顔を近づける。近づけていく。

 

「――――」

 

「――――」

 

 くしゃりと彼女の手が俺の衣服を掴み皺を作る。

 観念したかのように瞼を閉じたクリスはそっと自ら顔を近づける。

 ゴクリと喉を鳴らし、近すぎてぼやける視界を諦めて、俺もまた目を閉じて唇を窄めて。

 

 ――ガチンと唇に痛みが奔った。

 

「いったー!」

 

「いてて……、マジかよ。……マジか」

 

 距離を離し思わず唇を手で押さえる。

 焦り過ぎたからか、唇を通り越して相手の歯に当たったようだ。

 僅かにヒリヒリとする唇を抑える中で、俺は自分の情けなさに死にそうになっていた。

 

「ここは決めるべきだろ、俺……」

 

 もはや行為とかそんな雰囲気ではない。

 冗談抜きでサトウインポになりかねない最低の気分で、同じく手で口元を抑えて悶えているクリスから無言のまま目を逸らしてベッドに潜り込む。

 鼻腔を擽る媚薬成分があるとかいうアロマの匂いが、今はただ鬱陶しかった。

 

「死にたい」

 

「あ、はは。やっちゃったねー」

 

 苦笑するクリスの声が背中から聞こえるが、どうでも良かった。

 もう駄目だった。苦笑すら俺を中傷する悪魔の嗤い声に聞こえてきた。

 こんな気分になるのは女オークに襲われた時以来だろうか。

 

「……鬱だ」

 

「カ、カズマ君? 大丈夫?」

 

「エリス様。どうか目覚めたら全て忘れてますように」

 

「あたしは忘れないよ」

 

 どこかにいる神にささやかな祈りを捧げるが。

 最も近くにいた神は残酷にも子羊の哀れな祈りを叶えるつもりはないらしい。

 

「カズマ君」

 

「ほっといて。酒でも飲んで寝たら? ベッドは俺が使うから」

 

「…………」

 

 陰惨とした気分だったが部屋から出る気も背後を振り向く気も無い。

 今の俺に出来る事は睡眠を取り、明日の早朝速やかに屋敷に帰る事だけだ。

 

 暫くの間、室内には静寂が広がる。

 正確には眠ろうとする俺を余所に、グラスに酒を注ぐ音だろうか。

 ……少しはフォローしろという理不尽な思いは仕方がない。

 

 グビグビと喉を鳴らして豪快に飲む姿は振り向かずとも分かる。

 目を閉じたからか聞き耳スキルのように聴力が僅かに敏感だからか、ことりとグラスを置くクリスが俺の寝るベッドに入り込んできた。ギシリとベッドが軋む中、目を閉じていても俺が眠った正面方向に回り込み横になるのが分かった。

 一体何のつもりなのか。遅いフォローをするつもりなのか。

 起きている事を悟られないように、しかし耳に神経を集中する俺に。

 

「カズマ君、起きてる?」

 

「――――」

 

「さっきのキスは酷かったね」

 

「――――」

 

 明け透けな言い方に思わず俺は絶句した。

 無言のまま身構える俺を余所にクリスの囁き声が至近距離で聞こえる。

 

「でも」

 

「――――」

 

 だが、ボロボロとなったガラスの心を溶かす鈴音の笑い声は邪気の無い心地良い物だ。

 ベッドから叩き出そうという意思すら萎えた俺の頬を撫でる女のくすくすという笑い声は、決して嘲笑の類では無かった。ともすればそれは、呆れのような苦笑とも呼べる物で。

 

 

「こんなファーストキスなら、絶対に忘れないよ」

 

 

 瞼を開けると女神がいた。

 女神のような柔和な笑みを浮かべるクリスがいた。

 

 そんな微笑を呆然と見ていると、距離が縮まる。

 唇に触れる感触。キスだ。クリスからキスをされた。

 もう眠ってしまったのか、夢にしては随分と都合の良い女神は。

 

「サトウカズマさん」

 

「――――」

 

「約束通り、エッチな事。……しましょうか」

 

 そんな淫靡で素敵な誘い文句を口にした。

 

 

 



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第九話 幸運の分岐路

 ――キスをして一つだけ分かった事がある。 

 唇の感触とは、人それぞれであるのだという事だ。

 

 当たり前の事なのかもしれない。

 同じ人間が存在しないように、顔も、指も、唇ですら異なる。

 それは見た目だけではなく、互いに触れ合う事で初めて実感出来る物だった。

 

「ん……」

 

 ちゅっ、と遠慮がちに触れるキス。

 ともすれば友達同士でふざけてしそうな唇を重ねるだけの口付けだ。

 ……それでも相手から求めてくる事が異常な程に興奮を高めていく。

 

「――――」

 

 ボーイッシュな銀髪美少女が自らキスを、俺を求めている。

 恥じらうように顔を赤らめて、それでも失意のどん底に落ちてしまった哀れな男を救おうと稚拙ながらも接吻を続ける。そんないじらしい行為は時間を進めていく度に、行為を重ねていく度に俺の心を修復し、身体の奥から熱を湧き上がらせる。

 

 マグマのように湧き上がる熱が徐々に下半身へと血を巡らせる。

 着々と力を取り戻していく怒張はズボン越しに存在感を目の前の女に気づかせる。添い寝というには密着し過ぎている程に俺とクリスの距離は近しく、硬さを帯びていく剛直はクリスの履いた短パン越しに股に当たる。

 気づかされた銀髪の少女は抗議の意志を籠めて半眼で俺を見つめた。

 

「……当たってる」

 

「当ててる」

 

「……」

 

「ほら、触れよ」

 

 半眼の少女を見返すと根負けしたのかふいっと目を逸らす。

 逸らしたクリスの瞳には確かな羞恥がある事に気づいた俺は無言のまま彼女の手を取る。

 盗賊らしく多くの者から物を盗んでいる手だが、白く滑らかな少女の手はいつまでも握っていたいと思わせる程に細く柔らかかった。

 

 ――おもむろに自らの剛直に触らせる。

 

「ちょ、ちょっと」

 

「ほら、俺のちゅんちゅん丸だよ。キスしながらこっちも触ってみてください、お頭」

 

「う……、うん」

 

 酒の酩酊感による物か普段ならばセクハラだと騒ぎ立てる女神は従順に俺の言葉に従う。

 或いは単純に清純派を気取りながらもこういう行為について何だかんだで興味があるのか。

 恐らくは後者なのだろうと決めつけながらも、俺はそっとズボン越しにおずおずと触れてくる推定むっつり女神による拙い愛撫に身体を震わせていた。

 

「へっへっへ。どうですかお頭。俺の立派な――」

 

「んー!」

 

 羞恥を煽ろうと口を開くも、頬を赤らめるクリスは察知していたのだろう。

 幾度目かのキスが、俺の言葉を封じる為だけに柔らかく瑞々しい唇が重ねられる。

 

「――――」

 

「――――」

 

 青紫色の瞳と視線が交わる。

 眼差しには熱が籠り羞恥よりも僅かに喜色が勝っているように見えた。思っていたよりも積極的な彼女に目を白黒とさせていると剥き出しの脚が俺の脚に絡まり、更に密着度が上昇する。

 セクハラしようとした俺の言葉は、彼女の呟きに封殺された。

 

「……」

 

「うるさいよ、助手君」

 

「はい……」

 

 何故か少し胸がときめいた。

 

 恋人のように互いの身体に触れキスをする。

 背中がむず痒くなる程に甘く優しい時間がいつまでも続けば良いのになどと女々しい事を思ってしまう。流石に口にはしないがせめて俺からも行動をしようと鼻で大きく息を吸って。

 ――どくん、どくん、と鼓動が存在感を主張する。

 

「――――」

 

 体中の血が巡り、耳の奥に水の膜を張ったような不思議な感覚。

 それをもたらすのは呼吸をする度に鼻腔を擽り肺の中を満たしていく甘い香り。

 女神との触れ合いで得た物より強烈で貪欲で加減を知らない獣欲が身体を満たしていく。

 

 サキュバスの店で勧められたアロマは本物だったらしい。

 否、今はそんな些細な事は全て目の前の女を前に霞んでいく。

 

「ひゃぅん!?」

 

 突然クリスが子供のような嬌声を上げた。

 子供のような唇の触れ合いを止めて首筋を舐めたからだ。

 

「まっ、ひぅ!?」

 

 首筋に口付けをすると、クリスの身体が強張った。

 ほのかに汗ばむ首筋に舌を這わせ忠犬のように舌を上下左右にねぶると盗賊娘は俺の肩を掴んだ。俺の行動を封じる為の行為だが横たわっていた体勢を変え、力尽くでクリスを下敷きにすると意味の無い抵抗と化した。

 

 クリスをベッドと俺で挟むような体勢で一心不乱に彼女を味わう。

 鎖骨を舐め、じゅ、じゅると下品な唾液音を立てながら吸う度に彼女の抵抗は弱まる。

 

「ま、まって……」

 

 ベッドに押し倒されたクリスの両手は俺の肩を掴むのを諦めて俺の頭を掴む。 

 は、ふ、と熱い吐息を漏らす彼女の呆けた顔を見ながら、無言で催淫スキルを発動する。スキルもまた己が勝ち取った実力であり決してズルではない。何よりもこれは相手を更に気持ち良くさせる為の行動であり優位に立つ為ではない。

 頭を掴んできたクリスに対して、俺は遠慮なくシャツの上から彼女の胸を揉んだ。

 

「ぷぁ……ッ!」

 

 その喘ぎ声に、痛い程に反り立った怒張を伝った先走りが下着を汚す。

 無言のままズボンを下ろしながら、彼女の黒シャツを無理やり脱がせると純白のブラとそこからまろびでた乳房が目に入った。

 躊躇わずに下着ごと揉むとむにゅん、と確かな弾力が返ってきた。

 

「あっ、ま、待って」

 

 衣服の上からでは分からないが無い訳ではない乳房。

 手のひらに収まるソレは餅のように柔らかく、暫くの間揉む事に集中してしまう。

 

「あ、あのカズマ君! あんまりジックリと見ないで……」

 

「綺麗ですよ、お頭」

 

「ぅぅ……、んッ!!」

 

 見るなと言われて見ない性根ならばそもそもここにはいないだろう。

 クリスという極上の抱き枕に抱き着き、至近距離で彼女の乳房をブラごと揉みしだく。

 

 確かにクリスの乳房はアイリスと比べると小さい方だろう。

 だが、性交において大きいとか小さいとかは柔らかさの前には些細な事だ。

 人生で他人の乳房についての比較対象を得る事が出来る事に小さな優越感を覚える。

 

 ブラホックを外す為、華奢な背中に手を廻すと僅かに汗ばんでいるのが分かった。まさぐる手の動きから悟ったのだろう、上半身をくねらせるクリスに目を向ける。

 口にするのは簡単な『お願い』だ。

 

「ちょっと右手で頭に触って」

 

「? ……こ、こう?」

 

 今までの行為に対して、何てことない世間話のようなお願い。

 突然の言葉に素直に従う幸運の女神は自らのショートカットヘアに触れる。

 自然と腕は持ち上がり曝け出された腋に俺は顔を埋めた。

 

「ちょ!? ひぅ……ッッ!」

 

 処理されているのか或いは生えてないのか、滑らかな腋のくぼみは汗と性の香りが漂う。

 表面に浮かぶ汗から塩分を頂き、クリスの羞恥心を煽るべく下品な音を立てながら舐める。

 

「お頭。しょっぱいよ! 甘じょっぱい!」

 

「やめ、やだやだ! やめてってば!」

 

 顔を赤く染める彼女は俺の頭を掴むが力が籠らない。

 俺に腕を持ち上げられ貪るように腋をべとべとにされながら、同時にホックを外した片手でブラの隙間から胸を揉まれているのだ。どちらかに対処を行おうとすれば片方の刺激に甘い声を隠す事は出来ない。

 迷ったクリスは快楽よりも羞恥心を優先したのだろう。

 女神の味のレビューを続ける俺の頭部を腋から外そうとする手は震えが奔る。

 

「このっ! ……ッ、いい加減に、ぁぁッ!!」

 

 弱弱しい抵抗と目尻に浮かぶ涙を見て、仕方なしに俺の舌先は移動する。

 形の良い白い乳房を口に含み、硬さを主張する乳首を舌でねぶる。

 

「んっっ、っ!」

 

 背中に手を廻しながら母乳を求める赤子のように乳首を唇で吸い、片手で弄る。

 は、ぅ、とクリスは俺の授乳と愛撫に後頭部をベッドに押し付け呻くばかりだ。悶える彼女の姿に身体の奥底から昂る俺は片方の乳首を指で円を描くようになぞり、そっと指で摘まむ。

 

「ぁぁっ!」

 

 ビクンと身体を小刻みに痙攣させるクリス。

 羞恥を感じる余力すらなく、暫くの間小さく身体を震わせた。

 

「はぁー、はぁ」

 

 強張っていた身体が弛緩する。

 小さくだが絶頂の余韻に浸り荒い息で僅かに背中を反らしていた姿をジッと見ていた俺はますます昂り抑えきれない剛直を下着から解き放つ。

 ぶるり、と存在感を露わにした肉棒はクリスの腹部を叩いた。

 

「ぇ、あ、あの、これ……」

 

「どうですか?」

 

「荒ぶってます……」

 

「そうですよ、これが――」

 

 俺の肉棒に目を見開く少女。

 手で顔を隠しながらも指の隙間から俺の顔と剛直を交互にチラチラと見るクリス。

 どこか純情無垢さを感じる彼女の耳元で、俺は自らの性器の卑語を囁く。

 

「……最低! 最低だよキミ!」

 

 かああっと耳まで赤くしたクリスが汚らわしい物を見る目で俺を睨むが効果は薄い。

 半裸の彼女が着用していたホットパンツのウエスト部分を掴み摺り下ろすとブラジャーと同色の白色のショーツが目に入る。

 俺の手は咄嗟にショーツを隠そうとするクリスの手を躱し、秘裂へ伸びる。

 

 既に湿っていたパンツ越しに上下に秘裂を指で摩る。

 にちっ、と水音が聞こえると共に俺を掴んでいたクリスの手が離れベッドを叩く。

 

「んぅぅ……ッッ!!」

 

 丁寧に秘裂をなぞり、染みの付いたショーツを脱がせる。

 シーツをぎゅっと掴み顔を赤くするクリスは目を閉じて快楽に耐えている。

 

 ゆっくりと下腹部から下着を脱がしていく。

 リボンの装飾が施されたアクセルの街産らしき下着からは彼女の恥部が姿を見せる。

 薄い陰毛、ショーツに猥糸を引く秘裂を薄いピンク色を目にした瞬間、ゴクリと喉が鳴った。

 

 片脚にショーツを引っ掛けさせた状態で処女でも感じられる器官に指が触れる。

 秘裂の上にある小さな肉粒、クリトリスを指で押しつぶすと少女は声なき声で絶叫する。

 

「~~~~ッッ!!」

 

 背中を反らしながら新たな蜜が秘裂から溢れ出す。

 咄嗟に脚がギロチンのように閉じようとするも俺の腰を挟むだけで恥部は男の前に曝け出されたままだ。充分に濡れたと判断して、今度は肉粒を摘まみながら指を一本彼女の中に挿入する。

 変化は劇的だった。

 

「ッ! ッッ!!」

 

 クリトリスを裏と表から刺激すると嫌々と首を振るクリス。

 だらしなく開けた口から垂れた涎が頬を伝ってシーツに玉の染みを作る。トロンとした眼差しは空虚を見つめ、形の良い眉は快楽に緩んでいる。

 どうやら再度絶頂に浸らせられたと僅かに満足していると、青紫色の瞳に理性が灯る。

 

「ぁっ、やっ!」

 

 俺の存在を認識するや否や、顔を反らし身体を丸めようとする盗賊娘。

 そんな動きを意に介さず、指を曲げると可愛らしい悲鳴と共に小刻みに痙攣する。

 

「やぁぁぁ……ッッッ!! ゆ、指……ッ!」

 

「おっ、指が良いのか」

 

「ひがっ、ひゃめ……っ、ぁ、イッ……ッ」

 

 にゅぷりと熱くぬめる女神の膣内が俺の指を締め付ける。

 指を折り曲げて気持ち良いところを即座に見つけられるのは夢の予習のお陰か。

 片手で膣の浅い部分とクリトリスを同時に責められるのが気持ち良いのか、指の締め付けと背中と首を反らすのと同時に甘い悲鳴を彼女は上げる。

 

 クタクタと糸の切れた人形のようにベッドに横たわるクリスから唯一身に着けていたニーソまで剥ぎ取り裸体を曝け出させる。

 荒い呼吸をするクリスの息が整うのを少しの間待ちながら、膣から引き抜いた指を見る。

 

「ほら、クリス」

 

「そんなの見せないでぇ……」

 

「お頭はエッチですね」

 

「し、知らない! あっ、舐めちゃ駄目だってば!」

 

「美味しいですよ。エリス様」

 

「……!!」

 

 朱の差した端正な顔を手で覆い、クリスは子供のように首を振った。

 山芋のように手に付着した彼女の愛液を見せつけた後口に含むと少し体力が回復した気分になる俺を涙目で睨むクリスは実に可愛らしく思わず笑みが浮かんだ。

 引き抜いた指の代わりに、興奮して先走りを垂らす怒張がパチンと彼女の恥部を叩く。

 

「挿入しますよ、お頭」

 

「……」

 

 涙で目を潤ませたクリスは無言で俺を見上げる。

 一瞬、断られたらどうしようと思ったが、小さく首を振るのが見えた。

 

「うん」

 

「……ッ」

 

 ぬめる秘裂に亀頭を置いた俺は一気にそれを押し込んだ。

 にゅむむ、と既に濡れそぼったクリスの膣肉が俺の怒張を根本まで呑み込んだ。

 

「ん、ん~~~ッ!!」

 

 俺の背中に手を廻す彼女はぎゅっと目を閉じる。

 対する俺も剛直に与えられる狂いそうな程の甘い甘い刺激に奥歯を噛み締める。

 

 流石に以前の頃と比べると多少の余裕があるがソレだけだ。

 油断すればすぐにでも射精に至りかねない程に、彼女の肉壺は極上といえる。

 

「ほらクリスのおっぱいも弄ってやる」

 

「……! んっ」

 

 果ててしまいたいという甘い欲求を無視して、俺は彼女の双丘に噛み付く。

 手持無沙汰な手を動かし、美乳を揉みながらゆっくりとストロークする。前回の反省点を活かし、スローペースで彼女の悦ぶ部分を虐めながら時間を掛けて抽送を繰り返す。

 

「んん!!」

 

 うねる膣肉。

 滲む、真新しい愛液。

 

 引き抜く寸前まで竿を抜き、再度奥まで挿入する。

 コツンと奥に亀頭が当たる度に、肉壁が熱く柔らかくなり、結合部からはにじゅり、といやらしい音が響き始めたのは数分ほどが経過した頃だった。

 

「ぁう、ぁ……!」

 

 熱に溶けたような眼差しを向けるクリスは自らの乳房を俺に差し出す。

 口に含み硬い乳首を舌で転がすと余裕のない声を共に髪を振り乱す。そこに義を語る盗賊の姿は無く、乳房を口に含む俺の頭を抱きしめる蕩けた顔で甘い快楽を覚えた少女の姿だけが残る。

 ピストンをしながら乳房を舐めるのは首を曲げる姿勢となり負担が掛かるが些細な事だった。今の俺は清純な女神に快楽を教え込み、雌の悦びを与える男なのだから。

 

「……ッ、ぁ~、ぁ」

 

 ぱちゅん、ぱちゅんと脛骨部が小さな尻肉を叩く。

 神経が剥き出しになったような感覚の中、俺は絶頂に至るべく腰を振る。

 甘く柔らかい女神の膣肉は俺の意志を無視して引き締まり、俺の腰も別の生き物のように勝手に動く。あっという間に射精を待つだけの下半身となると何を考えたのかクリスの脚が俺の腰に巻き付いた。

 

「く、クリス。あ、脚!」

 

「…………」

 

 片脚に残ったショーツが俺の腰に触れるのを感じながら、蛇のようにガッチリと巻き付く脚に膣内から剛直を抜く事を阻止された俺は焦りを感じていた。

 ジッと俺を見上げるクリスは、場面にそぐわないにこやかな笑みを浮かべて告げる。

 

「大丈夫、だから……ッ」

 

 息もたどたどしく告げる少女の言葉に俺は頷く。

 本人が言うのだから大丈夫な日だろう。自分の幸運を信じよう。

 

 そして、あっさりと限界が訪れた。

 

「……ぐぁ!」

 

 どぴゅ、と自分でも驚くほどの量が噴き出す。

 濃厚なスープが彼女の最奥を白濁に染め上げ汚していく。

 

「ぁ、ぁ~~~~~!!」

 

 遅れて声を上げるクリスは喜悦に歪んだ顔を俺の首筋に押し付けた。

 意識が白く染まる中、一滴残らず子種を注ぎ、逆流した白濁が白い尻肉に垂れ落ちていく。

 

「――――」

 

 満足感に満たされる中、クリスの首筋に顔を埋め息を整えていると頭を撫でられる感覚が。

 チラリと顔を上げると俺を見つめる盗賊娘が微笑を浮かべて俺の髪の毛で遊んでいたが、不思議と心地良く何も言う気にはなれずされるがままになっていた。

 そんな不思議な時間の中で、ポツリとクリスは独り言を呟いた。

 

「――不思議な物ですね」

 

「……?」

 

「掴めないと思っていた星にも手は届くんだなって」

 

「……星はたぶん掴めないですよ」

 

「ふふっ、そうでした。それが、普通ですよ」

 

 絶頂に浸り過ぎて少し頭がトリップしたのかもしれない。

 そんな不敬な事を考える胸中で、俺の頭を撫でるクリスはくすくすと笑っていた。

 

「ところで助手君。そろそろどいてくれない? キミって少し重いかな」

 

「まあ俺も結構筋肉ついてますからね」

 

「……」

 

「あの、摘ままないで下さい」

 

 脇腹を摘まもうとするクリスの手を弾くと、仕切り直すように彼女は上体を起こした。

 

「――はあ。もう、身体ベトベトだよ。これ助手君の所為だね」

 

「いやベトベトなのはお頭の汗とか諸々の体液がほとんどですよ? 俺の唯一の要素って唾液と精子くらいですよ?」

 

「た、体液って言わないで! ほら、腋とか凄いよ。舐めすぎだよ」

 

「いや普通ペロペロしますよ? ……じゃあほら貴方の右腕がしっかり洗ってあげますよ。どのみちこの状態で眠りたくないし」

 

「うーん、なんか嫌な予感がするんだよね。具体的にお風呂場とか。あと一人で洗うから」

 

「そんな! 今のお頭を一人にしたら倒れそうで俺は不安です……!」

 

「……本音は?」

 

「……」

 

「ねえ」

 

「もう一回どうかな~とか……」

 

 腰の抜けていたクリスをお姫様だっこで連れて行ったのはそれから少し後の事だった。

 

 

 



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第十話 湯雨に打たれて

 宿の浴室は改めて見るとそれなりに広い物だった。

 屋敷ほどに大きいという訳ではないが、それでも大人二人は余裕で入れる。

 当たり前だろう。もとより『そういう事』を想定してこの浴室は作られているのだから。

 

 王都という事だけあってか、最新のシャワーヘッドが付いている。

 同郷である日本人たちの知識が結集した成果か、あらかじめ必要分のお湯を貯めておく必要はあるが、おおよそ俺の記憶にある日本の浴室、少し広めの個室風呂に近しい形状をしていた。

 これがあるからか他の高級宿屋よりも値段が高いのだが――。

 

「良いところだろう? まあ、もしも王都で逢えたら連れ込みたいなぁ……って思ってただけはある」

 

 その相手はここにはいないが。

 別の相手ならここに横たわっているが。

 

 ――俺はクリスを浴室に連れてきていた。

 

 床は木材を使用しており、タイルと違い座り込んでも痛くはない。

 ほのかに香ばしいと感じる木の香りに僅かに落ち着きを取り戻しながらノズルを廻す。

 

 さああ、と降り注ぐ湯の雨が俺とクリスの裸体を叩き出す。

 それは家の窓を伝う雨のように不規則な道となって肢体を流れ落ちる。

 

「……ふぁぁ」

 

 気の抜けたような声を漏らすのは、銀髪の少女だ。

 心地良さそうに身体の奥から魂が抜けたような声音に、思わず苦笑する。

 二人の裸体を流れる湯の雨は、汚れた身体を濡らし静かに着実に清めていく。

 

 腰が抜けた彼女の背もたれとなり、仮面盗賊団頭領の右腕として彼女の身体を洗う。

 

「いや、いいから……」

 

「大丈夫です」

 

「絶対、エッチな事する気でしょ……。いや、まあ助手君が連れてきた時点で察してるけど」

 

「大丈夫です」

 

「というか、さっきから身体がちょっと熱いというか……。何かスキル使ってる?」

 

「大丈夫です」

 

「……あの、何が?」

 

 彼女の会話に対して、少しでも安心させようと『大丈夫です』を連呼する中で思考と眼球、性技のリソースは現在彼女の裸体に注がれる。

 俺に身体を預ける白い裸体は瑞々しく女体の柔らかさを俺の脳細胞に刻ませる。

 さああ、と湯雨が降る中、チラリと俺を見上げるクリスの瞳には情欲の熱が燻ぶっている。

 ――この女も理解しているのだ。自分が目の前の男の欲情の対象である事を。

 

「ぁ……」

 

 俺の胸元に頭を預け、女神は細い脚を伸ばす。

 ショートカットの銀髪は水に濡れ、白い首筋は仄かに赤く染まっている。

 初々しい恋人のようにチラチラと見上げ、目が合う度に目を逸らす銀髪女神の姿にいつの間にかいきり立つ怒張がぷるぷるとした尻肉にこすりつく。

 

「……!」

 

 その存在に気づいたのか、咄嗟に内股を摺り寄せ、腰を浮かべようとする盗賊娘。

 セクハラどころではない行為だが、先ほどの行為で耐性が出来たのか或いは諦めたのか尻肉に挟まろうとする剛直に言及はしない。

 口に出せば揶揄われ弄ばれるのを、身体で理解したからだろう。

 

「……ねえ、早く洗ってよ」

 

「ん、おう」

 

 ふとクリスが口を開く。

 雨が降るようなシャワー音の中で、ポツリと口を開く。

 

 自然と口数が減る中、頭領の言葉に頷き石鹸を泡立てる。

 使える物は両手しかない為、泡塗れの手で彼女の身体に触れる。

 

「タオル」

 

「あると思うか?」

 

「……取ってきたら」

 

「断る」

 

 シャワーの所為で流れ落ちる泡を気にせず、彼女の乳房に触れる。

 ランタンの明かりが灯る浴室でジックリと彼女の薄い双丘を両手で優しく洗う。

 

 もにゅん、と小さくも確かな質量のある母性の塊は感度が良かった。

 いわゆる巨乳の女性に対して貧乳の女性の方が感じやすいという話をどこかで聞いたが、俺の腕の中で洗われている女もその例に含まれていると考えて良いだろう。

 

「っ、ぁ」

 

 湯の滴がたっぷりと降りかかった乳房。

 硬くほのかに色づいた桜色の乳首。

 少しでも清めようと僅かに泡が残った手で洗う。

 

 下からすくうように揉み、ゆっくりと感触を味わう。

 馴染んだ柔肉を上下左右に揉みつぶすようにして楽しむ。

 親指と人差し指で両方の乳首を摘まみ、押したり、引っ張る時のクリスの反応を楽しむ。

 

「ぁぁ。ん……ぁ、っ」

 

 背後から羽交い締めにされた少女に余裕は無い。

 硬い肉粒をこねくり回される度に甘く蕩けた声は湯水が木の床を叩く音に掻き消される。それでも漏れる女神のはしたない声音は、唯一身体を清めている俺のみが聞く事を許されていた。

 

「可愛いですよ、エリス様」

 

「ふっ、っ、っ……!!」

 

 逃げないようにと絡めた脚の拘束を解こうとばたつく彼女の両脚。

 抵抗しているというポーズを取りたいのか、念入りに乳房や腋、首筋を手で洗うとくすぐったそうに銀鈴の笑い声を漏らした。

 

「ちゃ、ちゃんと洗ってってば」

 

「かしこまり」

 

「んぅ!?」

 

 まずは煩わしい声を唇で塞ぐ。

 顔を叩く湯の音が煩わしく感じ、俺はバルブのような栓をそっと閉めた。

 

「ん、ん……」

 

 心地良さそうに喘ぐクリスの唇を奪う。

 唐突に静まり返る空間に湯気が立ち上る中、にじゅ、という淫猥な音だけはやまず、口腔で舌の絡む音が直接脳にまで響き渡る。

 いやらしさを限界まで濃縮したような唾液の絡ませ合いを女神に教え込みながら、乳房を愛撫していた俺の手は下へ下へと伸びていく。

 

「ひぅっ!」

 

 ダクネスほどではなくとも程良く引き締まった腹部を撫でる。

 ピクッと強張った身体を撫でながら、ゆっくりと更に下へ、女神の恥部に向かう。

 

「ん、んんっ……!」

 

 恥ずかしがり腕を掴もうとするクリスの唇を貪る。

 力の抜けた様子の盗賊娘、その体躯を抱きながら片手を乳房、もう片方の手を秘裂に触れさせる。ジックリと身体を洗おうと空虚な泡を手に塗れさせ、丁寧に柔肌に触れる。

 

「や、ぅっ!」

 

 思えばジックリとそこに触れる機会は少なかった。

 アイリスの時は奉仕精神に則り、先ほどの行為時は欲望に身を任せていた。

 

「あっ、ぁ、それっ」

 

 絡み合った唾液を口端から垂らすのも気にせず、クリスは身を捩る。

 薄灯りの浴室でもピンク色の肉は、花弁のようにも見えた。

 実際に指先でなぞると、外側はぷにぷにと、内側は粘膜のような感触が伝わる。

 

「っ!」

 

 ピクッと背中に浮かび上がる。 

 海老のように僅かに反らす少女の姿を見て、ゆっくりと陰唇の縁を指でなぞる。

 この世界の通貨になるほどの女神の秘裂を好き放題に弄っているという事に心臓が痛みを覚える程に鼓動が高鳴り、顔を赤らめて声を漏らすクリスの顔を見下ろす。

 

 ゆっくりと太腿が閉じ、俺の腕という部外者の排除を試みる女神。

 湯水を弾く柔肌に挟まれながらも、舌でするように陰唇をなぞる俺の指先に、ぎゅっと目を閉じるクリスはん、あ、と羞恥の嬌声を漏らす。

 

「可愛いですよ、エリス」

 

 様付けを抜かし呼び掛けるも、それどころではないらしい。

 盗賊娘の秘裂の探索を進めながらも、空いた片手で乳房と乳首を弄られ、恥ずかし気に気持ちよさそうな声を漏らす女の姿を目に収める。

 

 彼女の反応を見ながら陰唇部分をなぞると終着点に辿り着く。

 果実のように硬く柔らかくなった小さなクリトリスに指先が軽く触れる。

 ぴん、とクリスが背を伸ばすのを感じた。

 

「ゃ……、そこ!!」

 

「ここが良いんですね」

 

「ちがっ、や、ぁあっ!!」

 

 肌に張り付いた薄毛の中で小さくも主張するソレは指先で突くだけで、俺の腕を掴む手のひらに力が入り、忘れかけていた抵抗を再開する。

 俺は指を見て爪の長さを確認すると、そっと挿入する。

 

「は、……あ」

 

 熱く濡れた肉が指をねぶる。

 先ほどまで怒張を挿入していた場所に入れた細い指に吸い付く膣壁の感触。

 俺の指を呑み込んだ膣は先ほどよりも濡れ、指先に絡みつく愛液と白濁の存在は先ほどの情事を鮮明に思い出させる。

 

「あー、そりゃそっか」

 

「っ……!」

 

 先ほどの行為の証明をするように引き抜いた指には精液と愛液が絡みついている。

 指を抜いた瞬間、トロリと媚肉から白濁のソースが腿を伝う様子に、ふとクリスの顔を見ると羞恥の限界点を超えたのか顔を手で覆っていた。

 

「凄いエロいですよ」

 

「言わないで……」

 

「女神様はエロいですね。そういう種族なんですか?」

 

「ち、ちがっ……!」

 

「ここ、責任もって綺麗にしますね」

 

「あ、あのカズマさん、そこは私が……ッッ!!!」

 

 抗議の声を上げようとするクリスの口はパクパクと開閉するだけだった。

 木の桶に溜まっていた湯を膣内に指と共に注ぎ奥から行為の証明を掻きだす。にじゅり、と淫靡な音と共に奥へ指を進ませると彼女の喉がひくつくのが分かった。

 

 指が狭い肉の通路を抉じ開ける。

 肉は濡れ、奥から入口まで指を掻き戻す度に女神は情けない声を漏らす。

 

「凄いですよ、エリス様。ほら、いっぱい出ましたよ」

 

「……! !」

 

 ごぽっ、と膣内の洗浄を行い白濁が消えた媚肉。

 代わりに真新しい蜜液が俺の手を濡らす中で、俺はふと膣内で指を曲げた。

 

「ぁぁぁっっっ……!!!」

 

 突然だった。

 確認するまでもなく突然絶頂に達したクリス。

 ぷしゃ、ぷしゃ、と愛液が腿肉を伝う中で、俺は何が起きたかを冷静に考えた。

 見間違えではなければ俺の予習とスキル、幸運が彼女に極上の悦楽を与える事に成功したらしい。つまりは――、

 

「……ここ?」

 

「ぁぁぁっ!?」

 

 指の第二関節を曲げる。

 その状態の指で膣の臍側の壁をこりこりと擦る。

 

「ぁ、ぁっ、やっ、……やだそれっ……!」

 

 指の腹で弱い場所を軽くつつき。

 

「ひぁあああっっっ……」

 

 膣壁を入り口まで抉るように刺激する。

 

「ぁ、ぁぁ、ぁ、あああッッ!!」

 

 ぴちゃ、ぴちっと床で液体が跳ねた。

 俺の腕を掴み首を反らす少女の膣からぷしゃ、ぷしゃりと蜜が噴き出す。

 

「まっ、……まって。それ、らめ、……らから」

 

 髪の毛を乱し、呼吸を乱すクリスに快楽を与える。

 先ほどとは異なり本気で抵抗しだす彼女の肢体を全力で抑えつけ、指を動かす。

 

「ぁ、また、ィ、ゥゥ~~~~!!!」

 

 追い打ちの気分で膣壁を指で弄るとクリスの声が浴室に響く。

 びゅううっと小水を思わせる飛沫が俺の身体を濡らす。

 征服感が俺の胸中で湧き上がり思わず笑みが浮かぶ中、ぐったりとした彼女を床に下ろす。

 

「はー……ぁ……」

 

 糸の切れた人形のように腰から崩れた少女の元に昂った怒張を近づける。

 

「ゃっ、……ちょ、やめ」

 

 ぺちん、と頬を叩く。

 仰向けになっていた彼女はそっと瞼を開き目の前の怒張の存在を認識すると、慌てて目を逸らし恐る恐る俺の顔を見上げた。

 肉茎と俺の顔を交互に見上げる捕食寸前の子羊を思わせる眼差しに喉を鳴らす。

 

「クリス」

 

「ゃ、ゃ……!」

 

 何をするのかを察して瞳を見開く耳年増な女の唇にペニスを宛がう。

 屈んだ俺は美しい銀髪に手を入れてクリスの頭部を掴むと、彼女はそっと目を伏せた。

 

「ぁ……ぁむ」

 

 生温かい口内に肉竿が包まれる。

 目線だけで何も告げてはいないが要求内容を理解したらしい。

 ちゅぷ、ちゅぱ、と小さな口でおしゃぶりのような奉仕を強いる。

 

「おふ……おお、いいぞ」

 

「ん、ぷっ、んむっ……!」

 

 正面からのフェラでは無いからか頬肉を突き上げるような形となる。

 クリスの頬肉は舌よりも柔らかく弾力があり、舌のざらついた感触と共に怒張をしごくにはうってつけの代物だった。

 なによりも女神をただの肉穴として凌辱している事に言いようの無い快感を覚えた。

 

 ――こんな事をしているのは、こんな事を出来るのは世界で自分だけだ。

 そんな欲望に満ちた考えに至ると血管が浮き出る程に昂る怒張を少女の口腔で揺する。

 

「もぶっ! んんっ! んえっ……!」

 

 様々な感情が脳裏を過り、それらを上書きする快楽に奥歯を噛み締める。

 銀髪を揺らし、俺の腰を叩くクリスが涙目で慈悲を乞うが、腰の動きは止まらない。

 頬肉と舌、唇と彼女の口を犯す事の悦びに満たされる中で亀頭を擦り続けて。

 

「お!」

 

 勢いよく白濁が噴き出す。

 彼女の頬肉の裏側を精液で汚し、舌上に飛び散らせるのを感じる。

 

「んん~~~!!」

 

 射精の余韻に俺は大きく吐息する。

 だが彼女の小さな口内から引き抜くことはしない。

 逃げようとするクリスの頭を抑えることを忘れずに見下ろし、告げる。

 

「エリス様」

 

「――――」

 

 涙目の少女の銀髪を撫でながら、名前を呼ぶ。

 ジッと見つめ合い数秒、彼女は観念したようにこく、こくんと喉を鳴らす。

 んふ、と熱い鼻息をこぼす彼女からゆっくりと剛直を引き抜いた唇には精液と唾液が混ざり合った物が糸を引いていた。

 

「さて、クリス」

 

「……は、はい」

 

 喉に違和感があるのか僅かに眉をひそめるクリス。

 話しかけるとビクッと震える彼女に何故か敬語で返答されるが、特に気にせずに口を開く。

 

「身体、洗おうか」

 

「…………ええっと、えっ、急に?」

 

「? 何言ってるんだ? 身体を清めに来たんだろ」

 

「あれ……? あっ、これが賢者タイム……」

 

「ほら馬鹿な事言ってないで椅子に座れって。今度はちゃんと洗ってやるから。さもないと女神史上で一番凄い事をするぞ!」

 

「ぇぇ……あ、あのカズマ君。さっきのでまだ足腰に力が入らないんだけど」

 

「仕方ないな~。ほら肩貸すから」

 

「……ありがとう」

 

 クリアな頭脳を持つ俺が告げると、急に脱力したクリス。

 仕方なしに彼女に肩を貸すと、ふにふにとした感触が俺の身体に触れる。

 シャワーを使うべくバルブのような栓を俺は開き、彼女が椅子に座るのを手伝って。

 

 ふと彼女の身体を背中側から見下ろす。

 銀髪が良く映える雪肌、肩から肩甲骨を伝い、くびれた腰を伝って尻肉に湯が伝う姿は。

 

 …………。

 

「――ふむ」

 

「カ、カズマ君?」

 

「お頭の身体。なんかエロいですね」

 

「え、えと……」 

 

 ――さああ、と降り注ぐ湯の雨が俺とクリスの裸体を叩き出した。

 

 

 



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第十一話 めぐみんの誘い

 意識の覚醒は唐突だった。

 ゼル帝の鳴き声でも爆裂魔法の爆音が轟いた訳でも無い。ただ窓のカーテンの隙間から覗く薄い陽射しにふと瞼を開いた。その柔らかい光におおよそ朝の八時頃だろうと見当をつける。

 

 ――もう少し寝ていたい。

 

 目覚めが快適であったとしても二度寝をしないかと問われるとノーだ。

 敢えて二度寝をする事でベッドの柔らかさと温かさ、そして浅い眠りだからこそ堪能できる心地良い夢を味わう事が出来るからだ。何よりも時期も冬に近づく中で、早朝の冷えた室内に対してベッドの中の究極的な柔らかさと暖かさに抗える訳が無い。

 

 心の中で青い髪の美少女が、カズマさん、カズマさん、と俺に囁き掛ける。

 どちらを選んでも後悔するのならば楽な方を選択しなさいな、と。

 アクシズ教徒になった訳ではないがその意見には大いに賛成だった。心の中の女神にサムズアップを返し、昼頃まで眠ろうと俺は頭の中のスイッチを切ろうとした。

 

 その時になって、俺は自分以外の温かさと息遣いが聞こえる事に気づいた。

 

「……すぅ」

 

「……?」

 

 瞼を開き、瞬きを繰り返すとぼやけていた視界が鮮明となる。

 視界の上半分を占めるのは大きな枕、下半分は銀色の物体である。

 俺の体勢は現在右側に横向きとなっているが伸ばしている右腕が枕と透き通るような銀色の物体に挟まれ固定されていた。唯一動く左手は柔らかい物に置かれ、両脚は何かに挟まれたり挟んでいる状況であり身体が固定されている。

 

 中々に不思議な状況だが半分寝ているような意識下においては気にならない。

 ひとまずは二度寝を優先するべきだと自由に動く左手で押し退けようとすると――、

 

「んー」

 

 唸り声のような物が俺の顎辺りで聞こえ、左手を置いた物体がもぞもぞと動く。

 動物、猫よりは大きく初心者殺しのようなモンスターより小さく温かいソレはよくよく見ると人間だった。銀髪の少女、仮面盗賊団の頭領、というかクリスの頭だ。

 現状を認識した途端、俺の脳は瞬時に加速し状況の把握と打破を開始した。

 

 俺の左手はクリスの肩に置いていた。右腕は枕と彼女の頭部に挟まれている。俺が右側、クリスが左側を向いている為、身体のほぼ前面が密着しており脚付近がどうなっているのかは確認が困難である。

 何となく脚を動かしてみると滑らかな太腿の感触が直に返ってくるが寝息を乱す。

 

「んゆ……」

 

 無防備な寝顔を晒したクリス。

 このままでは数分後には瞼が開くだろうという予感があった。

 

「やだなぁ……」

 

 クリスの目覚めが嫌という訳ではない。彼女の青紫色の瞳は好きだ。

 だが、果たしてこの状況下で何も起きないという可能性は高いとは言えない。

 

 トラックに轢かれたと思い込み心臓を止めた生前の人生ではいわゆるライトノベル作品も数多く読んできた。その内容にはこういった性臭漂う不測の事態に遭遇した際には大抵男側が理不尽な展開に遭うという事が多かった。

 ああいう展開を見る度に男を哀れに思うと同時に俺はそうはならないと心に決めていた。

 

 俺の名は佐藤和真。

 相手が誰でも理不尽な暴力にはキッチリと報復する男。

 

「いや、待てよ?」

 

 このまま理不尽に一発ビンタ辺りを喰らう事を前提とするなら。理不尽ではなく実際に行動を起こせば良いのではないのだろうか。そんな天啓が頭を過ると同時に左手が彼女の肩に掛かる毛布に触れる。

 厚手の毛布に包まれているが僅かに覗く白い肩には服も下着も見えない。

 脚が触れている感触的には昨夜の情事のままなのだろう、と思いながらシールを剥がすような面持ちで毛布を脱がしていくと肩甲骨、僅かな膨らみの上半分と徐々に白い裸体が露わになり。

 

「……くしゅん!」

 

「……」

 

 寒そうにくしゃみをするクリスに無言のまま毛布を掛け直した。

 流石に風邪をひかせるのは忍びなく、そういえば左手も冷え固まってきているなと思っていると、自身のくしゃみがトリガーとなったのか長い睫毛に縁取られた眼がパチリと開く。

 寝起き直後だからか、ぼんやりとした眼差しはゆっくりと目の前の俺を捉える。

 

「……おはようございます」

 

 俺はキメ顔で挨拶をした。

  

 

 

 +

 

 

 

 三十分後。

 朝食のソーセージを一本クリスの皿に献上すると、容赦なくフォークを突き刺し食べる彼女はニコリと微笑む。

 

「くれるのは嬉しいけど、急にどうしたの?」

 

「いや、予想よりも理不尽な展開にならなかったので」

 

「それは……、ほら合意って事だったし。騒いだのは悪かったけど。……あとは着替えをガン見するのはちょっとどうかなって思ったけど」

 

「いやガン見なんてしてないけど?」

 

「……」

 

「身に覚えはないけど、トマトもどうぞ」

 

「ありがとう」

 

 赤い果実が彼女の口に吸い込まれるのを見ながらフレンチトーストを齧る。

 ゆっくりと咀嚼する彼女は、特に顔を赤らめたり泣き顔を晒している訳ではない。

 どこか余裕を見せる顔からは、昨日までの情事を想像する事は難しいだろう。

 

「……そういえば昨日は激しかったですね」

 

「ぶはっ!!」

 

 何となく呟いた言葉だったが彼女には届いたらしい。

 喉を詰まらせたのかゴホゴホと咽るクリスの背中を摩ると冷気のような眼光を向けられた。

 

「……キミはアレかな? 不意打ちが好きなのかな……?」

 

「いや、そんな想像通りの展開を見せてくれるお頭ほどでは……」

 

 朝から掴み合う元気は無いのでオレンジジュースのグラスを差し出すと、容赦の無い女神は喉を鳴らしグラスの中身を半分ほど空にして返してくる。息は整えつつも脳裏に深夜の出来事が過ったのか頬を赤らめる盗賊娘はジロリと半眼を向けた。

 

「……サトウカズマさん? 朝からそういう話題は禁止です」

 

「夜なら良いんですか?」

 

「……と、とにかく! 今日で一旦別行動だから」

 

「おう。……意外に話逸らすの下手ですね、エリス様」

 

「エリス様って呼ばないでってば!」

 

 激昂するクリスが俺の皿にあるホクホクのポテトをフォークで突き刺し、小さな口に運ぼうとした瞬間にフォークの先端に食いつき奪取する。

 

「勝手に俺の芋を食べないで下さい、泥棒女神」

 

「キミこそ何回同じ事言わせるのさ! ……というか今私の事なんて呼びましたか!?」

 

「お客様、宜しければもう少しお静かに願います」

 

「「ごめんなさい」」

 

 その後和やかに食事を進めながら俺は彼女から今後の予定について聞いていた。 

 昨夜の深夜帯に侵入した貴族から得た神器の情報、アウリープという男爵についてはクリスが単独で調べるつもりらしい。ある程度の目星は付いているらしく任せて欲しいと薄い胸を叩く。

 

「……というか、どっかで聞いた気がするんだよな。食道あたりから出そうで出ない感じ。ダクネス辺りに聞いたら分かりそうな気がする」

 

「ダクネスって今、王城にいるんでしょ? 会えないかな?」

 

「いやわざわざ王城に会いに行くと、なんで王都にいるかを説明しないといけないし。逆に忍び込むにしてもアレ以来警備の質が上がったって聞くからな……。まあそろそろ屋敷の方に戻って来るだろうし帰ってきたら聞いてみるわ」

 

「それが良いかな。ダクネスにはよろしく言っておいて」

 

「自分で言えよ。あいつ結構ガチでお前の事探していたぞ。住所不定、財産らしい物はなく、奪った金は教会や孤児院に寄付するような奴がどこで冬を越そうとしているのかってな」

 

 出会った頃の気難しいダクネスに比べると随分と丸くなった。

 その為か以前ならば良しとしなかった貴族の権力に物を言わせる場面も増えるようになった。

 私兵や探偵を雇いクリスの行方を探っていると聞かれた時は驚いた物だと、そんなダクネスの話をすると盗賊娘は頬についた傷を指で掻き苦笑をこぼした。

 

「アハハ……。まあ、普通はそうなるよね。その辺りはあたしの右腕君がうまく誤魔化してくれるよね」

 

「さあ」

 

 肩を竦める俺をクスクスと笑う中身女神の盗賊娘と食事を終える。

 一度アクセルの街に戻る予定の俺は高級宿屋を出ると彼女とは別行動になる。ほんの少しだけ名残惜しさを感じながらテレポート屋に向かう俺と見送るクリスと城下町を歩いていると、ふと王城を目端に捉えた。

 ぼんやりと見上げた王城は改めて見ると荘厳な雰囲気があり王族と平民の格差という物を今更ながら俺は感じた。

 

「――お姫様に会いに行かなくて良いの?」

 

「また会えるさ」

 

 今すぐに会いに行く事も出来るだろう。

 以前とは異なり城を追い出されるという可能性も低い。

 ただ理由も無いのに逢いに行くよりは土産話でも持って行った方が盛り上がるだろう。

 

「じゃあ」

 

「うん」

 

 広場で脚を止めるクリス。

 脚を止めずにテレポート屋に向かう俺がチラリと振り返ると、視線に気づいたのか戸惑い気味に手を小さく振る。その姿に小さく頷くと足早にテレポート屋に駆け込むのだった。

 

 

 

 +

 

 

 

「ただいま」

 

 屋敷に戻るが誰の返答も無かった。

 アクセルの街に戻り、ついでに購入した食材をキッチンに置くと共同スペースであるリビングへと脚を向けた。

 パチパチと薪を焼く暖炉の火が点いており、ソファには少女が眠っている。

 

 赤を基調とした肩まで露出したワンピースを着た黒髪の少女。

 恐らくは爆裂魔法を撃ってきたのだろう、久方振りの遠出に体力も尽きたのだろう、以前とは異なり背中まで伸びた黒髪と少し伸びた身長は彼女のロリ属性の脱却を図った結果だろう。

 

「すかー……」

 

 無防備に涎を垂らし眠りこける寝顔を見ながら、何となしにソファに座る。

 ギシリ、と軋む音が鳴ったが目を覚ます事は無く俺の視線は彼女の露出した脚に向かう。

 ワンピースの丈も成長と共に短くなり少し捲るだけで彼女の下着が露わになる。

 

「今日も黒か」

 

 黒のレースの装飾やピンクのリボンが施されたショーツ可愛らしさと大人としての色香を放つソレは機能性よりも見た目を重視した物だろう。雄を誘惑する、その一点だけに存在するようないやらしい下着を無言のまま見つめていると、めぐみんがもぞもぞと身動ぎを始めた。

 そっとワンピースを戻して暫く暖炉の火を見つめていると爆裂娘が目を覚ました。

 ぼんやりとした眼差しは虚空を見つめていたが足元に座っていた俺に気づいたのだろう。

 

「ふあ……。おはようございます……カズマ」

 

「おはよう、ぐっすり寝てたんだな」

 

「ええ。良い昼寝でした。……そしておかえりなさい」

 

 ゆっくりと上体を起こす彼女に多少の体力をドレインタッチで譲渡すると、ありがとうございます、と礼を言いながらソファに座り直す彼女はそっと衣服の乱れを整える。

 

「カズマ」

 

「うん?」

 

「実は眠っている間に私が大人の階段を上っていた、なんて事はありませんよね?」

 

「当たり前だろ。何言ってんだ」

 

「そうですよね、カズマなら頑張っても下着を至近距離から見つめるのが精一杯ですよね」

 

「――――」

 

 クスクスと笑う黒髪の少女に一瞬、息が詰まる。

 途端、怪訝な顔をするめぐみんからそっと目を逸らして頭を手で掻く。

 

「カズマ?」

 

「……ああ、いや。それこそまさかだろ。俺がそんな事をする人間だと思ってるのか? この紳士サトウカズマを?」

 

「鬼畜度とセクハラに掛けては魔王級だと思ってるからこそ問い掛けてるのですが。……おい、私の目を見て貰おうか。私のパンツは何色でしたか?」

 

「黒のスケベパンツなんて見てませんよ」

 

 めぐみんという少女は基本的に直球勝負しか仕掛けてはこない。

 剛速球で愛を囁く事において恥ずかしがる事は無く、寧ろ当然とばかりに無い胸を張る。

 そんな彼女は俺の自白紛いの告白に対して、激昂するどころか余裕の表情を見せる。

 

 まるで釣り糸に引っ掛かる魚を見たような。

 否、男をたぶらかそうとする魔性の女は俺との距離を詰めて耳元に顔を近づける。

 友人同士で内緒話をするような距離、ふわりと漂う少女の甘い匂いに鼻腔がくすぐられる中で俺の太腿に手を置く彼女は耳元で大胆な言葉を囁く。

 

「そうですか。……カズマにならもっと凄い所を見せても良いのですよ?」

 

「……ほーん。例えば?」

 

「え? えっと……想像にお任せします」

 

「いやいや、想像とか良いから。思わせぶりな態度はもう良いから。めぐみんの口からもっと凄い所がどこかを聞きたいのだが」

 

「この男は! 何ですかセクハラですか! 白昼堂々と幼気な少女から何を言わせる気ですか!?」

 

「いや、ほら互いに齟齬があったら不味いだろ。例えば散々ソッチ方面に盛り上がった末に『見て下さいカズマ。偉大な魔法使いめぐみんの脚の裏を! ……舐めても、良いんですよ?』とかなったらガッカリだろ? 俺は嫌だね!! 舐めるけど」

 

「私だって嫌ですよ! ん? 今何か……いえ、それよりもっと凄い所ってそんな所じゃありませんよ!?」

 

「じゃあどこだよ。ほら言ってみろよ。普段詠唱しているそのお口で! はよ!」

 

「…………パ」

 

「パ? おいおい冗談止めろよ。どう考えてもマだろ? いやらしいな!」

 

「パーンチ!!」

 

「ぶるぁあ!?」

 

 魔王討伐後の上級冒険者と呼べるレベルの高い冒険者と魔法使い。

 片方は数多のスキルを使いこなすがステータスは高いとは言えない。

 もう片方は生涯でただ一つの魔法しか使えないがステータスは十分に高い。

 

 掴み合いは顎に先制攻撃を貰った俺が僅かに不利だったが、その後ドレインタッチを始めとしたスキルを使用する事で勝率を引き上げていく。関節を決められながらドレインタッチで元々無かった体力を吸いとると、どちらともなくソファに顔を埋める結果となった。

 

「無駄に疲れた」

 

「……そうですね。カズマ、暴れないので体力分けて貰えますか」

 

「おお、そうだな。その、悪かったよ」

 

「ふふっ、そうやってキチンと自分の非を認める事が出来るところも好きですよ」

 

「……ッ」

 

 柔らかいソファに沈んだ顔を彼女の方に向けると、めぐみんも俺の方を見ていた。

 もともと白かったが部屋にこもるようになってからは白皙のような色白となった肌に長い黒髪は良く映えた。

 紅の瞳を和らげて微笑み、告げる言葉に嘘は感じられず俺は何度目かの息を詰まらせる。

 

「――――」

 

 罪悪感のような何か。

 彼女は別に彼女ではない。仲間以上恋人未満の関係だ。

 だから、本来抱く感情としては見当違いである事は間違いない筈なのだ。

 

「カズマ? さっきからどうしたのですか? 少し変ですよ」

 

「あ、いや。俺が変なのはいつもの事だろ? それより何かめぐみんが言いたそうだなって」

 

 眉を顰め問い掛けるめぐみんに苦し紛れに放った言葉。

 根拠などなく少しでも追及を免れたいという思いで飛び出した言葉を幸運が拾う。 

 

「……そうですね。では私から」

 

 ドレインタッチで二度目の体力の譲渡を行うとソファに座る彼女。

 その隣に座る俺を見つめる紅の瞳から目を逸らし、暖炉の火を見ながら耳を傾ける。

 

「今日の朝にゆんゆんの宿から戻ってきたのですが。あのぼっちに少し頼まれごとをされましてね。紅魔族の族長の件についてですが……」

 

「おう」

 

「魔王討伐の前に、次期族長の試練にゆんゆんが合格したではないですか」

 

「ああ」

 

 めぐみんの言葉に、以前ゆんゆんが紅魔族の長になる為の試練に挑んだ事を思い出す。

 参加条件の前提としては上級魔法を使えるという事でめぐみんは除外されていたが、基本的に真面目で委員長気質の彼女は既に取得済みであり、いくつかの困難はあったが無事に乗り越え里の住人に認められた。

 その際に魔王を討伐するという功績を引っさげて里に戻る事を宣言していたのだが。

 

「魔王も倒されたという事で、そろそろ族長の仕事の引継ぎをしないか、と手紙が来まして」

 

「ほう」

 

 俺がクリスと戯れている間に、ゆんゆんの下にそんな内容の手紙が届いたらしい。

 現在怠惰なニートを脱却中のめぐみんもその手紙を見て思わず破いたというが、その腹いせか本心からか引継ぎを行う次期族長の補佐をして欲しいとゆんゆんに言われたのだと言う。

 

「つまり将来の族長補佐に就任だろ? ニートから出世じゃないか。良かったな」

 

「まあ、紅魔族随一の優秀な頭脳を持つ私をスカウトするというゆんゆんの判断は見事でしたね。自称私のライバルを宣言するだけの事はあります」

 

 思わず鼻で笑うとジロリと睨まれるが手を上げない辺りに彼女の成長を感じる。

 目線だけで謝罪をすると、彼女は元々近い俺との距離を縮め、上目遣いで告げた。

 

「それでどうしてもと頼み込んでくるゆんゆんの為に、……あと、ついでに完全な社会復帰の為に紅魔の里に向かおうと思うのですが、カズマも一緒に来ませんか?」

 

 

 



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第十二話 残り香

 一緒に紅魔の里に来て欲しい。

 そう告げるめぐみんの言葉を受けて、俺は頭を回していた。

 

 紅魔の里。

 めぐみんやゆんゆんといった、高い能力を保持したアークウィザードのみが生活している里である。黒髪、紅色の瞳、どこかにバーコードがあるという特徴があり一人一人が一騎当千の強力で頭のおかしい魔法使いで構成されている。

 以前、諸事情により二回ほど紅魔の里に向かった事があった事を思い出す。

 

「ちなみにいつ頃向かう予定なんだ」

 

「そうですね……」

 

 小首を傾げるめぐみんは俺の肩に体重を預けてくる。

 ふわりと漂う香りが石鹸の香りだと気づいた瞬間に、彼女は帰郷の日取りを告げた。

 

「結構、すぐじゃないか!」

 

「そうらしいです。適当に見えて意外と覚える事も多いんだとか」

 

「……期間は?」

 

「二週間ほどを予定しているのですが……」

 

「どうした?」

 

 言い淀むめぐみんの様子に眉を顰め問い掛ける。

 何か気になる事があるのかと疑問に思う俺の顔を見上げ、彼女は僅かに迷う素振りを見せる。

 

「……ダクネスはここ最近帰ってきていませんよね」

 

「あ? ……ああ、そうだな。今も王都で次期領主としての仕事をしているらしいしな。お見合いの申し出にも決着をつけてくるとかなんとやら。そろそろ戻ると思うがまだしばらくは屋敷にはいられないんじゃないか?」

 

「そうですよね、なら大丈夫です。それでカズマはどうしますか?」

 

「俺は……」

 

 二週間は長い。長すぎる。

 例えるならばあまり知らない親戚の家や街で二週間を過ごすという事だ。

 それだけならばまだ我慢出来るが、問題はあの里はサキュバスの淫夢サービス対象外であるという事だ。そんな状況は避けたいというのと、普段はスカスカな脳内スケジュールを埋めている唯一の予定と被っている事を思い出す。

 

「悪いが先約が入ってるんだ」

 

「……なんですか?」

 

「ん、まあ。比較的真面目な奴で外したら斬首される程度には大事な予定だ」

 

「はあ、そうですか」

 

 肩を竦める俺の様子をジッと見つめるめぐみん。

 詮索された予定の内容を咄嗟に隠すと怪訝な表情を向けるが、これといった追及は無い。彼女にとっては予定内容よりも、俺が同行するか否かが重要事項であったのだろう。

 僅かに物憂げな表情を見せるめぐみんに少し心が痛む。

 

「……それはそうと」

 

「うん?」

 

「二人だけですね」

 

「そうだな?」

 

「二人っきりですね」

 

「……そうだな」

 

「この広い屋敷で、男女が、二人っきりですね」

 

「そ、そうですね」

 

 パチッと暖炉の火の音が沈黙を作る。

 脳の細胞一つ一つに染み込ませるように区切りながら告げるめぐみんの言葉。

 ソファが僅かに軋む音と共に、俺の肩に掛かる彼女の体重は増していく。ソファに置いていた手の甲に柔らかな少女の手のひらが重なる。普段杖を握っている手は柔らかく、暴力的で粗暴で短気な彼女も女の子なのだと理解させられる。

 

 まるで恋人のように、指を絡めようとしてくる少女に俺は目を向ける。

 艶のある黒髪は暖炉の火の光を反射し、紅色の瞳は親愛の情を浮かべている。

 

 パチパチと暖炉の薪が焼ける音が聞こえる。

 

「カズマ」

 

「なんだ?」

 

「以前言っていた事を覚えていますか?」

 

「……何を?」

 

 脈絡の無い言葉に脳内の記憶を漁るが身に覚えは無い。

 思わず小首を傾げる俺にこれ見よがしに溜息をするめぐみんにイラっとするが、続く言葉に思わず息を止め、鼓動が高鳴る。

 

「アクアを連れ帰ってきたら凄い事をしましょう、と言った事。忘れたのですか?」

 

「――――」

 

 その言葉に俺は思い出す。

 魔王軍幹部セレナとの闘い後、ホームシックに陥ったアクアが一人で魔王城に向かった為にめぐみんとダクネスの三人で追い掛ける事になったのだが。

 旅の直前、後悔する事のないようにとめぐみん側から誘って来た時の話をしているのだろう。

 あの時はなんだかんだでディープキスまでしたのだが、その後有耶無耶となった。

 

 その後、魔王を討伐し紆余曲折を経て現在に至るのだが。

 それっぽい雰囲気に陥ると大抵誰かが邪魔をするという事象が発生したりしてズルズルと延びていった結果、気が付くとめぐみんがアクアの影響で自堕落な女に変貌してしまったのだ。

 

「いや、覚えてる覚えてる。書籍十六巻あたりだろ? 俺が覚醒イベントを経たところ」

 

「ちょっと何を言っているのか分からないですが多分そういう事でしょう」

 

「ほーん」

 

 めぐみん基準で言う凄い事とは、それはもう凄い事なのだろう。

 ディープキスのその先と言うのならば、大人の階段を駆け上がるのは間違いないだろう。

 そんな事を考えていると、有言実行とはこの事だと言わんばかりに、いつの間にか眼前の黒髪の美少女に押し倒され手首を掴まれている状態となっていた。

 

 思った以上に覚悟を決めていたのか。

 或いは二人きりという状況が彼女を大胆にさせているのか。

 ニヤリと笑う少女に貞操の危機を感じる俺は程々の力加減で彼女の腕の中で暴れる。

 

「うわっ、やめろ! 何をするー! 手首を掴まれている所為か逃げる事が出来ないー! 畜生! 動けない! これはもう仕方がないのではないのか! アイリスー! エリス様ー! アクアー! 今から俺は更なる大人の階段のぼりまーす!!」

 

「何という棒読み! この男! 何ですか逆が良いのですか? 私を押し倒したいのですか!? というか何故急にアイリスやエリス様の名前を叫んでるのですか!!」

 

 慌てた表情の爆裂娘の表情を見上げながら俺は大きく息を吸って、言葉を吐く。

 

「これから俺、めぐみんに逆レイプされまーす!!」

 

「ちょっ、人聞きの悪い事を、やめっ、やめろー!」

 

 馬乗りになる卑劣な魔法使いは最弱職の口を顔を赤らめて塞ぎに掛かる。

 しかし勘違いする事なかれ。彼女の顔の赤らみは決して羞恥でも情欲による物でも無い。

 純粋な怒りによる物だというのはそれなりの付き合いから察した。

 

 そうしてじゃれ合っていると俺の経験と本能が囁き掛ける。

 思えばこれまで屋敷で二人きりになるという事は意外にも少なかった。

 屋敷にはめぐみん以外にもアクアやダクネスなどの女性陣もいる事が多いからだ。

 

「ちょっ、カズマ!? そんなところ! ぁ、あのソレはセクハラじゃ済まないのですが!」

 

 そんな彼女達との付き合いも一年以上経過しているのだ。

 抵抗しながらも、ワンピース越しに薄い乳房を揉んでみたり下着を引っ張り陰唇部を撫でたりして爆裂娘と戯れていると屋敷の窓から光の柱が降り立って来るのが見えた。

 俺の嫌な予感は当たるのだ。

 

「ただまー! カズマさーん! めぐみーん! あとダクネスー! ただまー! おかえりを言って欲しいんですけどー!」

 

 水の女神の帰還だ。

 

 

 

 +

 

 

 

「おかえりなさい、アクア」

 

「ただまー、めぐみん。ちゃんとおかえりを言ってくれるめぐみんは素直で良い子ね」

 

 身支度を整えてソファに座り直すと同時にリビングに入り込んでくる少女。

 優し気な印象を与える羽衣。

 水のように透き通った青色の長髪。

 能天気な笑みを浮かべる彼女こそ『水の女神』アクアご本人である。

 

「おお、おかえり」

 

「ただまー。カズマはめぐみんより遅れておかえりを言ったから女神ポイントは減点ね。揃えてくれたら良かったんだけど」

 

「知らんがな」

 

 久方振りに見る彼女は、口を開かなければ紛れもない美少女である。

 天界前には所持していなかった手提げの袋をぶら下げながら能天気な笑顔を零す。そして唐突にお土産ターイム! と叫んだ彼女は手提げの袋から何かの物体を取り出しめぐみんに渡す。

 

「はい、めぐみん。お土産」

 

「これはなんですか? 中でザクザクと音を立ててますが」

 

「ポテトチップスよ。前にカズマが作ってくれたアレよ、アレ! 本場で買ってきた一品よ」

 

「おお、マジですか!」

 

 ポテトチップスも異世界には存在しない代物だ。

 転生者たちがソレっぽい物を見聞で広めていた為か似たような物はあるが、実際の日本のフードを知覚し、高熟練度の料理スキルを所持している俺にとって作る事は造作もない。

 俺のパーティーメンバー達が嵌る程度には、日夜美味な代物を時々提供しているのだ。

 

「あと、ポテチにはやっぱりコーラよね。一緒に食べましょう?」

 

「アクア。貴方はやっぱり最高の女神ですよ」

 

「ふふん。そうでしょう、そうでしょう」

 

「いやー。そのコンボは不味いと思うぞ。マジで」

 

 ニートを脱却しようとする息子を甘やかそうとする母親の構図を思い浮かべる。

 土産にケチをつけるつもりは無いが、彼女の社会復帰に歯止めが掛かる可能性が高い。

 

「大丈夫ですよ、カズマ。我が名はめぐみん。紅魔族随一の自己管理の出来る良い女」

 

「出来てねーだろ」

 

「我が名はアクア。美しき水の女神にしてカズマさんにもお土産を買ってきた者」

 

「おっ、出来る女は一味違うね」

 

「ふふん。……良いのよ? もっと褒めても」

 

 チラチラと俺を見る青色の眼差しからそっと目を向ける。

 あまり煽てすぎると調子に乗り痛い目に見るというパターンを俺は理解していた。

 そんな俺を余所にサンタクロースよろしくエコバックから何かを取り出したアクシズ教の神。

 

「カズマには良いのが見つからなかったのでコレね!」

 

「……何これ」

 

 手のひらに置かれたのは数枚のメダルだ。

 青色のメダルは何かの模様が記載されているが通常の通貨よりは小さい。

 ゲームセンターで使うようなメダルを綺麗だからと持って帰って来たのかと問うと。

 

「これはね、アクシズメダルって言うのよ」

 

「はあ」

 

「なんと! それを二十枚集めると豪華景品と交換出来るんです」

 

「……他には何が出来るんだ?」

 

「そのメダル単体でも特別製でね! 従者がそのメダルを使うと私を召喚出来るのです!」

 

「ふーん。ちなみにどこで景品と交換出来るんだ? アルカンレティアとか?」

 

「日本で」

 

「なんだこんなもん」

 

「わあああああ!」

 

 日本に帰る事の出来ない俺に対する嫌がらせか何かだろう。

 暖炉に数枚のメダルを投げようとすると、メダルを掴んだ腕ごとアクアが抱き着いてくる。

 

「こっちでも交換してあげるから! 二十枚じゃなくていいから! ソレ集めるの結構苦労したんだから捨てようとしないでってば!」

 

「わ、分かった、分かったから。冗談だから。捨てないから抱き着くな」

 

 先ほどまでめぐみんとセクハラに近しい行為に及んでいたからか。

 喚き泣きながら俺に抱き着いてくる彼女の柔肌に下半身が僅かに反応する。

 普段ならば絶対に在り得ない事だけに、戸惑いを隠しながらアクアから身体を引き離す。そんな俺の内情を知ってから知らないかどこか不満げな顔を見せる女神はコロコロと顔色を変える。

 

「なーに、カズマ? 今更照れてるの? まあ? こんな麗しい女神様が抱き着いてくるんだもんねー。仕方ないわよねー! 汗臭い身体に抱き着いてあげたし、お土産もあげたんだから珍しく仕事を頑張った私を労いなさいな。……汝、仕事も碌にしていない我が従者よ。崇め奉る私の為に無駄に高い料理スキルで美味しい料理と冷えたお酒を提供するとなお良いです」

 

「おい、誰が従者だ」

 

 天に祈るようなポーズで舐めた事を告げる女神。

 本当にどうしてこんな女が女神をやっているのか甚だ疑問である。とても銀髪の後輩女神と同族であるとは思えない物で、挑発スキルの高い彼女を見ていると不思議とめぐみんとの戯れで生じた欲情は水のように流れていってしまった。

 非常に腹立たしい思いに上書きされ、ここからどうやってアクアを泣かせるか考えると。

 

 ――悪魔のような名案が頭を過った。

 

「……じゃあ、今日はお前が好きそうな鶏料理にしてやるよ。運よく王都で仕入れたんだ。酒ならクリムゾンビアーにフリーズ掛けてやるからそれで良いだろ?」

 

「え? あ、うん……」

 

「なんだよ?」

 

「……う、ううん、別に。普段からそれくらい素直だといいのにね。めぐみんもそう思うでしょ?」

 

「ええ、まあ。でも普段のひねくれた感じも良いとは思いませんか?」

 

「なるほどこれがギャップ萌えって奴ね。今のはちょっと……アレだったわ」

 

「言いたい放題かお前ら」

 

 頬が熱くなるのを感じるが今はまだ我慢である。

 素直に従うと思わなかったのか、急にしおらしくなるアクアは俺からそっと顔を逸らし会話のキャッチボールをめぐみんに渡す。曖昧に頷く爆裂娘もまた俺の様子に気づいたのだろう、リビングにはなんとも言えない空気が漂い出す。

 

 そそくさと自室に向かう女神を尻目に俺は台所に向かう。

 大仰な事を口にはしたが、久方振りに下界に戻って来た女神に飯を振る舞ってやろう、という気持ち自体は無い訳ではない。口にはしないが作ったご飯を美味しいと言ってくれるのは料理人冥利に尽きる。

 ただし今回は仕返しというスパイスを入れるのだが。

 

「カズマ」

 

「どうしためぐみん。流石にまだ出来てないぞ。小腹が空いたなら確かリンゴパイがあったから食べていいぞ。ただ今日は多めに作るからあんまり食べるなよ」

 

「お母さ……、母みたいな事を言わないで下さい。……まあ実際にはそんな台詞言われた事無いのですがね」

 

「…………」

 

「な、なんですか。今は本当にお腹が減ったとかでは。ちょっ、憐れむのは止めて下さい!」

 

「ちがっ、天井が見たいだけだから。いっぱい食べて大きくおなり、めぐみんや」

 

「さっきからちょいちょい誰目線なんですか!」

 

 めぐみんの家は端的に言って貧乏だ。

 どれぐらい貧乏なのかと問われるとザリガニを食し、生の野菜を盗んでは食べる、そんな満足にご飯を食べる事の出来ない生活を送って来たらしい。

 何気ない台詞に涙腺が緩みかけ、必死で天井を見上げる俺に掴み掛かるめぐみんは。

 

「……それで、私の好きなカズマは、一体何をしようとしているのですか」

 

「うん? まあ料理作りつつも報復を。めぐみんも手伝ってくれ。ちょっと口裏合わせるだけで良いから」

 

「はぁ」

 

 

 

 +

 

 

 

「それじゃあ、乾杯!」

 

「かんぱーい!」

 

 乾杯の音頭を取りながら壁役のいない女神を労う食事を箸で突く。

 テーブルの上には宣言した通り、鶏肉を使用した様々な料理が並んでいる。

 

「ダクネスの事を影が薄い残念な子みたいに言わないで、カズマ。あの子だって日々地味な壁役をやってるだけなのにドンドン腹筋が割れていくのを気にしている可愛い子なんだから」

 

 本人が聞いたらキレそうな言葉を放つ女神は、器用に箸を動かし肉を頬張る。

 鶏肉の唐揚げを頬張り流し込むように酒を飲む姿は何故か昨日の盗賊娘と重なる。

 

「ぷっはー! くぅ~~。やっぱり唐揚げよね」

 

「いえいえ、この生姜焼きもたまりません! そして合間にお酒が入ると最高です!」

 

「めぐみんも分かってきたじゃない! ジャンジャン飲むわよー!」

 

「……なんでも良いが、野菜も食えよ」

 

 キャベツが美味しい。

 この世界の野菜は生命力が高く攻撃力もある為、調理は苦労を強いられる。

 生姜焼きのソースで和えたキャベツと鶏肉を挟んで食べると、めぐみんに目を付けられる。

 

「カズマ! その食べ方良いですね! 何かこう洒落てます」

 

「ふっ、そうだろ? 普通に食べただけなんだが」

 

「あー」

 

「何? 食わせろって? たく……ほら」

 

「カズマさん、カズマさん。私もー」

 

「雛鳥か」

 

 早くも酒に呑まれ出す女性陣に構ったり、構われたり。

 それなりに楽しく食事は進み、アクアの宴会芸や酒なども進んだ頃。

 

「でね! めぐみんのお土産の為にコンビニに行ったら、なんと! 袋が有料になってたのよ」

 

「マジかよ。あー、だからエコバッグだったのか」

 

「そうなのよ、あんなペラペラした物にお金なんて掛けたくないじゃない!」

 

 ……そろそろだろうと俺はアクアに顔を向けて口を開いた。

 

「なあ、アクア」

 

「何?」

 

「今まで食べた料理でな? 一種類だけ特別な鶏を使った料理があるんだが」

 

「うん」

 

「どれだと思う……?」

 

「え? えっと……。そうねぇ……。まあグルメな私に掛かれば余裕で分かるんですけど? ちょっと待ってね」

 

 俺のクイズに対してうんうんと唸り出す女神。

 青色の長い髪の毛を揺らし、酒で赤らんだ頬を緩めながら眉を顰める。

 気分はグルメレポーターなのか、一品一品改めて口に運ぶ姿は見た目だけなら美少女だ。

 

「ふむ……。ふっ、カズマ、いや支配人。分かりましたよ」

 

「ほう。では答えて貰おうか」

 

「ええ。カズマさんの言う至高の一品。それは……これよ!」

 

 鶏肉の唐揚げを選んだアクア。 

 見せつけるようにワイルドに一口で唐揚げを食べる彼女に頷く。

 

「その心は?」

 

「心って訳じゃないけど、個人的に味が好きだったからです。コレあれよね、カエルの唐揚げと同じ味付けよね? ニンニクが効いてて美味しいわ! 流石ねカズマさん」

 

「……うむ、正解だ」

 

「よし!!」

 

 無事回答したアクアに唐揚げを勧める。

 むしゃ、むしゃと食べる姿に感化されたのか、めぐみんも唐揚げを食べる。

 

「ふむ……。確かに他の物よりも一段美味しい気がしますね。ただ個人的にはこのシチューも好きですよ」

 

「おっ、めぐみんも当たりだな」

 

「むぐっ……。当たりって何の事ですか?」

 

「それらに使ったのはただの鶏じゃないって事だ」

 

「分かったわ、カモネギ! カモネギよ!! 一晩漬けこんで味が染みてるのよ!」

 

「――それはゼル帝の肉を使ってるんだ。魔力を豊富に含んでるから美味しいんだろうな」

 

「――――」

 

「――――」

 

 酒の所為か。

 思ったよりも表情の変化は鈍かった。

 

「……、…………?」

 

 ゆっくりと倒れたグラスから液体がテーブルに広がるような速度で。

 俺が何を言っているのか、言葉の意味をゆっくりと咀嚼していく彼女は。

 

「……! ……!?」

 

 ひゅ、と喉の奥が渇いたような音が聞こえた。

 透き通った水のような瞳を揺らし、愕然とした顔で俺を見るアクア。

 

「それが一番美味しいって? ……そりゃあ、自分の魔力が籠められた肉なんだから、魔力を取り込んで回復したって意味ではさぞ美味しいだろうな」

 

「ね、ねえ。カズマさん。冗談よね。やだもう変な事言わないでよね」

 

「確かにこのシチューは魔力もあって美味しいですね。……ゼル帝の事は忘れません」

 

「いいぞ、もっと食え」

 

「待って! めぐみん。食べないでぇ!」

 

「あの鶏の所為で毎朝の鳴き声が無くなると思うと最高だわ~。ゼル帝に感謝だな。あいつの部位を残さず食べたんだから天界で喜んでるだろうな」

 

「えっ、カズマさん。本当に食べちゃ、えっ、は、ぇ?」

 

「そうですね。そろそろお腹も膨れてきましたし。残りは明日に廻すとしましょうか……」

 

「そうだな。残りのゼル帝でサンドイッチでも作ってみるか」

 

 酒も進み頭の回転の足りないアクアに俺とめぐみんは手を合わせる。

 先ほど自分が食べていた手羽先が何かを理解したのか、目尻に涙が浮かびだす。

 全ての食べ物に感謝を。誰が始めたかは知らないがゼル帝の弔い的な意味合いで告げる。

 

「「ごちそうさま」」

 

「わあああああーっ! ふぁあああーっ! ゼル帝! ゼルてぇがあぁあああ!!」

 

 赤子のように喚きだし、椅子を倒すのも気にせずアクアはリビングを飛び出す。

 恐らく向かうのはゼル帝がいるであろう庭の小屋だろう。

 取り敢えず泣かせる事で溜飲を下げる事に成功した俺はコーヒーでも入れようかと立ち上がると、微妙な眼差しを向けてくるめぐみんに声を掛けられた。

 

「いいんですか? 流石にちょっと可愛そうです」

 

「最初に舐めた事言ってきたのはアイツだ。今回はちょっと口じゃない系の報復にしただけだ。それに見ろよ、今日の料理はアイツ好みの味にしたんだぞ。そんな目で見られる謂れはない、筈だ!」

 

「まあ、そうですが……」

 

「それにお前もノリノリだったじゃん。大体こんなしょうもない口裏合わせした報復っていったって酒飲んでたから上手くいっただけで。どうせ小屋に行けばネタバレしなくても分かるって……」

 

「……カズマ?」

 

「――――」

 

 しまった、と今更ながら思い至る。

 今日の夕方辺りに屋敷に戻って、アクアへの趣向を変えた報復に夢中になっていた所為か。

 思わず額を手で叩く俺を不思議な物体を見るような目で酒瓶をラッパ飲みする彼女に告げる。

 

「――ゼル帝、バニルに預けたんだった」

 

 

 

 +

 

 

 

「カズマが! カズマしゃんにゼル帝食べられたぁああああ!! わぁあああああーっ!! あんまりよぉぉおお!!」

 

 滂沱と、水色の瞳から流す涙は止まらず嗚咽を漏らす女神は空の小屋に抱き着く。

 少し前にオーブンの見た目に改造された鳥小屋に抱き着き、泣き喚く彼女の誤解が解いてなお泣き止まない状態がかれこれ三十分程続いていた。

 

「人でなし! 鬼! ロリコン!! 鬼畜ドS!」

 

「だから悪かったって。ゼル帝ならウィズの店で預かって貰ってたから。明日の朝に回収してくるから、いい加減泣き止めよ」

 

「ぅぅ……。ひっく、うぇ……ぉぇ」

 

 嗚咽を漏らし過ぎて吐き気を覚えたらしい。

 鳥小屋を地面に置き口に手を当てえずく彼女の背中を摩ると、何を思ったのか破顔したままアクアは正面から俺に抱き着いてくる。

 せめてもの報復に胃の中の物をぶちまけようという女神とは思えない自爆行為を悟った俺は必死で引き離そうとするも、根本的なステータス差により引き離すのは困難だった。

 

「おおい、待て! 待って! せめて上を向け! 吐くなよ?」

 

「……本当に悪かったって思ってる?」

 

「思ってる、思ってる」

 

「……次こんな事したら、カズマさんの不浄な物を二度と使えないように封印するからね?」

 

「もうしません」

 

 耳元で囁かれるマジなトーンに頷く以外に他無かった。

 あとは屋敷に戻って眠るだけなのだが、中々アクアの抱擁が解けない。

 仕方なしに吐く寸前の状態から吐くかも、という状態に戻るまで暫くの間彼女の背中を摩っていると、突然すすり泣く声が止んだ静寂の中でポツリと小さな声を漏らすのが聞こえた。

 

「ぇ」

 

「?」

 

 首に巻かれた柔らかな腕に力が籠り、首が締まる。

 犬のようにスンスンと匂いを嗅ぎだしている彼女の行為を感じ取ると同時に、突然身体の前面に感じていた温もりが離れ、青髪の女神と顔を合わせる。

 先ほどとは別の愕然としたアクアの顔、震えている唇が辛うじて言葉を紡ぐ。

 

「……なんで」

 

「アクア?」

 

 歪んだ瞳には、様々な感情が浮かび上がっている。

 その感情を読み取ろうとする前に苦し気に流れる涙がポロポロと瞳から溢れ出す。

 大粒の涙が長い睫毛に縁取られた水色の瞳から頬を伝い流れていく。普段の周囲にアピールするような、赤子を連想させる持て余した感情を涙にしたいつもの泣き方とは違う。

 

「なんで、なんでなんでなんでなんでなんで……っ」

 

 繰り返される言葉、小さく掠れた声が終わる事を忘れたように呟かれる音に涙が混じりだす。

 心が痛くなる光景だった。

 目にする事も耳にする事も耐え難い、彼女の複雑な感情の籠った涙に、思考を凍結してしまった俺の意識では理解が届かない。

 

「ちがっ、そんな訳……嘘。だって、私、さっきまで……!」

 

「お、おい」

 

「ぃ、ぃやなの、いやぁああああッッ!!」

 

 思わず掴もうとする手は空を掴む。

 転げるように俺から逃げるアクアは狂乱したように叫びながら屋敷に走る。

 その姿を呆然と見つめ、階段を駆け上がるような音に、漸く身体が動き出す。

 

「お、おい! アクア!!」

 

 ――意味が分からなかった。

 

 金切り声を上げて髪を振り乱し逃げる姿。

 先ほどまでの様子と一変して、絶望を見たような表情でこの場を去ったアクア。

 何が起きたのか、何があったのか、なんで、どうして、意味が、分からない。

 

 立ち止まりそうになる脚を叩き屋敷に戻る。

 アクアは既に自室に鍵を掛けて閉じ籠っていた後だった。

 扉を叩いても自室に引き籠った彼女からは何の返事も返っては来なかった。

  

「どうしたのですか、カズマ」

 

「めぐみん。……おまえ、今まで飲んでたのか」

 

「え? ええ、まあ」

 

「……、急にアクアの様子がおかしくなったんだが、何か知らないか?」

 

「さあ。どうせ明日になればケロッとしてますよ」

 

 ヘラヘラとした魔法使いの頭を引っ叩きたい思いに囚われるが、所詮は酔っ払いの戯言に過ぎない。大人げなく怒鳴りたくなるのを堪えて彼女の横を通り抜けようとすると、酒で顔を赤らんだめぐみんが抱き着いてくる。

 

「おい、離せ。邪魔だ酔っ払い」

 

「そう言わずに、ふへへ。カジュマァ……。今日こそ私たちも次の段階に」

 

「酒臭過ぎて萎えるわ」

 

「まあまあ、そう言わずに。……おや?」

 

 明日の二日酔いが確定する程に飲んだのだろう、足取りが危うい彼女に仕方なく肩を貸し部屋にまで送ると眠たそうな顔をしためぐみんが薬を渡してくる。

 ラベルも何も無いソレは塗り薬らしい。だが渡してくる意味が分からず彼女を見る。

 困惑に眉を顰める俺の顔がおかしいのかクスクスと笑うめぐみん。

 

「もうすぐ冬ですけど、悪い虫っていうのはいるところにはいるらしいですね。もしくはひっそりと隠れていて狙っていたのかもしれませんね」

 

「何が?」

 

「それなりに効く筈ですから塗って眠るといいですよ」

 

 俺の問い掛けを無視してトントン、と首筋の裏側を叩くめぐみん。

 酩酊した状態で気遣いを示すのは彼女らしいと呼べるが。

 

「たぶん、きっと、刺されたんでしょうね」

 

「……だから何が」

 

 

「――首に痕が出来てますよ」

 

 

 



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第十三話 ハリボテの嘘

 街が目覚め始める早朝、肺を満たすのは冷たく芯まで凍るかのような寒々しい空気だ。 

 旅行用のカバンを持つめぐみんと共にゆっくりと朝日の昇り始めるアクセルの街を俺は歩いていた。久方振りにトンガリ帽子を被った彼女の正装、赤を基調とした紅魔族の衣装を纏っためぐみんが白い吐息を零す。

 

「……最近は寒くなってきましたね」

 

「そうだな。秋キャベツも飛んでこなくなったし、朝も随分と冷えるようになったな」

 

 見送りの為に朝早く起き出した俺を誰かに褒めて欲しい。

 荷物持ちと化した俺が腕を摩りながらそんな事を呟くと、ニコリと笑みを向ける少女。

 

「ええ。ありがとうございます。カズマにはいつも感謝していますよ」

 

「お、おう。まあ、たまにはな」

 

 浮かべた微笑に含みは無い。

 純粋な感謝を和らげた笑みと共に向けられ、気恥ずかしさに後頭部に手が伸びる。何が楽しいのかニコニコと笑みを浮かべるめぐみんは何となしに俺の首元に目を向ける。

 

 ――首元への不躾な視線に身体がすくむ。

 

「チョロマが巻いている襟巻、良い感じですね。紅魔族の琴線に触れます」

 

「……寒いからな、首元は隠さないと。あと今なんて言ったよ」

 

「何も」

 

 自炊に目覚めた真人間、佐藤和真だが料理が面倒臭いと感じる時もある。

 それが今この瞬間で、既に開店していた行きつけのパン屋で購入したパンを齧る。

 

「あそこはサンドイッチが上手いな。卵が良い」

 

「そうですか? ハムを挟んでいる方が美味しいです……カズマのツナマヨサンド少し下さい」

 

「そうは言ってもこれだけだし、しかも半分以上食べたんだが」

 

「それが良いです」

 

「あっそ」

 

「はい」

 

 早朝の空気を、交換した分厚いハムサンドイッチと共に咀嚼する。

 石畳を脚で踏む感触をブーツ越しに感じながら見慣れた街並みを進む。

 向かう先はゆんゆんが借りている宿。そこまで彼女を送るのが俺の今日の唯一の予定だった。

 

「……寂しくなりますね」

 

「そんな乙女みたいな事を」

 

「おい、誰が乙女ではないと? いかに私が乙女じゃないかを身体に教えましょうか」

 

「めぐみんは乙女です」

 

 そうしてゆっくりと歩いていてもいずれは目的地に辿り着く。

 ゆんゆんが借りている宿、遠目に見える建物にはポツンと一人の少女が立っている。

 そわそわと挙動不審な様子の少女は、ピクニックが楽しみな子供のような顔をしていた。

 

「絶対あの子は二時間前にはあそこにいましたね」

 

「流石にソレは無いだろ……。朝じゃないじゃん、ソレ」

 

「いえ、ゆんゆんならやりかねません。……なんですかその顔は」

 

 親友故の付き合いの長さから彼女の行動を理解していたのだろう。

 本来の予定時間よりも早く屋敷を出る事になったのは然るべき理由があるのだ。

 ここで見送りは良いと告げるめぐみんに荷物を渡しながら、俺は世間話をするように、夕飯のリクエストを聞くように、何でもないような素振りで重い口を開く。

 ポーカーフェイススキルまで使用して表情には何も浮かばせないように。

 

「……そういえば一昨日の宴会だけど。馬鹿みたいに酒飲んで酔いつぶれてたお前を運んでやったんだが、めぐみんはどこまで覚えてんだ?」

 

 一昨日の宴会。

 宴会、と呼んでいいのかは分からない。単純にアクアが天界から屋敷に戻ったから普段よりも豪華な飯と高級な酒を振る舞った夕ご飯。

 空白期間を埋める互いの話を交わして、宴会芸に騒いで、そしてバカな報復をした。

 

「……、ああ。カズマが運んでくれたのですか。確かカズマと二人でアクアを揶揄ったあたりから覚えてないですね。昨日は結局二日酔いが酷くて一日中寝込んでいましたから」

 

「――――」

 

「その質問。昨日もしていたような気がするのですが、何かあったのですか?」

 

「いや? 俺も結構酒飲んでたから、後半部分はあんまり覚えていなくてな」

 

「そうですか。昨日はアクアも引き籠っていたそうですけどキチンと謝って下さいね」

 

「分かってるって。めぐみんこそあっちに行ったら酒は控えろよ。醜態を晒すからな」

 

「勿論です。こめっこもいますからね」

 

 妹の前では虚勢を張りたい姉は荷物を背負うと、ジッと俺を見上げる。

 トンガリ帽子を被った彼女は、以前と比べて幼さが僅かに減った顔を此方に向けてくる。

 帽子のつばを持ち上げて見える紅の瞳に俺の顔が映りこむ。

 大きな緋色の瞳と視線を交錯させていると、めぐみんは不満げな顔で僅かに唇を尖らせる。

 

「……鈍い人ですね」

 

「――――」

 

「いってらっしゃいのキスはしないのですか?」

 

「いや、なんでガンつけてくるのかなって普通思うから」

 

「……しないんですか?」

 

「――しょうがねえなあ」

 

 拒否する理由も無く彼女の顔に近づいて、頬に口付け。

 しっとりとした頬肉に唇を宛がうだけの含みの無い行為。

 それが限界で、精一杯で、今はもう超える事が難しい一線だった。

 

 頬ではなく唇にするべきでは、と小さく呟く声が聞こえたが俺は無言を貫いた。

 

「……本当に、一緒に来ませんか?」

 

「ん、ああ。……別に死に別れる訳じゃないんだからさ。紅魔族随一の魔法使いの土産話、期待してるぜ?」

 

「ふっ、勿論ですとも! 楽しみにしていて下さい」

 

「そろそろ行ってやれよ」

 

「ええ」

 

「じゃあな」

 

「はい」

 

 

 

 +

 

 

 

 アクアの様子が少しおかしい。

 あの夜に発狂していた彼女だったが約一日部屋に引き籠った後、めぐみんが里に向かった当日、リビングに降りてきた時には普段通りの様子だった。

 そして現在。視線を感じてそちらを見ると慌てて顔を背けたアクアがいる。隣に、いる。

 

「――――」

 

 ソファの上、立てた膝の間に顎を置くアクアは、首を傾げて俺を見ていた。その水色の瞳を揺蕩う感情を掬い取られるのを嫌うように、俺が目を向けると途端に目を逸らすアクアの距離感は普段よりも彼女の肌の熱すら感じられる程に近い。

 近い、というよりも俺とアクアの間は指一本分程の距離で密着していた。

 

 近すぎないか、と口に出して茶化すには一昨日の光景が鮮明過ぎた。

 物鬱気な表情で猫のように構って欲しいのか、構って欲しくないのか。

 見えない透明な壁を張りながらも、俺の傍を離れようとはしない彼女の姿に思わず溜息を零すと、ビクッと身体を震わせるアクアは立てた膝に顔の下半分を埋めて、俺に視線を向ける。

 

 ――黙っていれば美少女なのに。

  

 アクアを女と認識した事はあるだろうか。

 そんな風に問われた事もあるが、答えは否、だ。

 

 アクシズ教徒の御神体、疫病神に等しい宴会好きの彼女とは長い付き合いだ。なんせ、この世界に来てからずっと一緒にいるのだから。めぐみんよりも、ダクネスよりも、クリスやアイリスよりも長い長い時間を共にして互いを嫌という程に理解している。

 今では、クリスとは異なる唯一無二の相棒とも呼べる間柄だ。

 だからこそアクアについては単純な外面ではなく内面を理解していている分――、

 

「アクア、今も昔もやっぱりお前じゃ抜けないわ」

 

「……あんた。いきなり何言ってきてるのよ。温厚な私もキレる時はキレるわよ」

 

「は。駄目な子ほど可愛い? そんな訳ないだろ。……美少女の顔をしたゴブリンとエッチできるか? 無理だな。外見至上主義なこの世の中だが俺は中身の方も尊重したいと思います」

 

「よく分からないけど、最近名誉や財産目当ての女達が明らかに増えてきているのに気付かずに奢ろうとするカズマさん。天界に私が行っていたからそんな事も忘れたのかしら? 良い? あの子たちはあくまで勇者としての名誉や財産が欲しいだけで、誰もカズマさんの中身なんて見てないわよ。ただの金の生る木、自分にとってのステータスとしてしか見てないの」

 

「……今日はよく言うじゃないか」

 

「ええ。結論を言うとカズマは外見も中身も私以下。ミジンコよ」

 

「面白い事言うんだな。俺がお前に負けてる要素なんてステータスと年齢ぐらいだっての」

 

「言った! 言ってはいけない事言った! 撤回しなさいよ、クソニート! 顔面偏差値ミジンコの癖に!!」

 

「おい、ふざけんな! 顔面偏差値は平均くらいだからな! 表に出ろ、駄女神!!」

 

 適当な軽口を叩き合いソファから立ち上がり睨み合う俺とアクア。

 こうして二人だけで過ごすのを久しぶりに感じながら透き通った水の瞳と視線を交わすと、ゆっくりと怖気づいたようにアクアは長い睫毛に縁取られた瞳を伏せる。

 その彼女らしくない大人しい姿に、思わず手持ち無沙汰の手を後頭部に伸ばす。

 殊勝な態度でゆっくりと座るアクアは、俺にも元の姿勢に戻るようにソファを手で叩く。

 

「……止めておくわ。激しく動きたくない気分だし」

 

「そうか。奇遇だな。俺もだ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 パチッと暖炉の薪が焼ける音に、ジッと火の色を見つめる。

 そうしていると、明らかに視線を感じるのだ。ジッと見てくる女神の青い視線。

 物憂げな眼差しは黙っていれば絶世の美少女である事は紛れもない事実であるだけに、腹立たしいと感じる思いとよく分からない感情が俺の胸中で混ざり合う。

 初々しい恋人ではあるまいし、アクアとの沈黙が気まずいと感じるのは初めてだった。

 

 チラリと見つめると暖炉の火をぼんやりと見つめている水の女神。

 腹立たしい程に絵になる姿に、躊躇しないと決めたのは昨日の怠惰な自分だ。

 

「なあ。今日は、その……」

 

「なーに?」

 

「大人しいな、お前。ソファも半分譲ってくれるし」

 

「そう? 先に座ってたのカズマじゃない。それに、私っていつも大和撫子でしょ?」

 

「大和撫子っていつから言葉の意味が変わったんだ」

 

 むくれるアクアの様子を横目に見ると、殆ど普段通りに見えた。

 普段通りの人を舐め、無意識に煽ったり、調子に乗りがちな性格に変わりはない。

 それでも湧き上がる違和感が身体を這いずるような感覚に思考を放棄しそうになるが、数日前のトラウマに近い光景が頭を過る度に仕方なしに頭と同時に手を動かす。

 

「カズマさん。今、何作ってるの?」

 

「ん? これはな劣化マイトの上位版。通常の破壊力増加ダイナマイトだ。……おい触るな、お前が以前スモールライトみたいに小さくした事は忘れてねーぞ」

  

「何よ、それは三本中一本に起きた事故じゃない。それになんでこんな物を作ってるの? まためぐみんに怒られたいの?」

 

 自慢では無いが俺もかなりの資産家だ。

 魔王を討伐した賞金、国から褒美として得た賞金を合わせると、流石に魔王を名乗るだけはあるのか討伐時に出費した費用を補填するのが容易な程に大金が転がり込んできた。そのお陰でパーティーメンバーの四分の三がニートに退化するという事件もあった、と思い出す。

 

 人生を何回も繰り返す事が出来る程度には資産があるが、昔から楽して稼ぐ為に試行錯誤してきた物作りは気が付くと料理と並んだ趣味となってしまっていたらしい。

 無論、バニルとの商談で売り込むという事も可能で新たに金を稼いでいる以上、スキルの熟練度も上げられる実益がある素晴らしい趣味となっている。

 

「いや、アイツの居ない今だからこそ爆発関係の道具作りが捗るんだよ」

 

「ふーん……。そういえば私も爆裂魔法撃ちたかったから一本頂戴。めぐみんの目の前でエクスプロージョーン! ってやってみたいわ!」

 

「アイツ絶対ブチ切れると思うけど、いいぞ」

 

「……まあ、そうよね」

 

 その様子が容易く想像出来たのかクスクスと小さく笑みを零すアクア。

 その柔和な笑みを見て、ようやく不自然に力の入った肩から力が抜けていくのを感じた。

 あの日の事はもう忘れたのだろう。酒が入っていたのだから、当然だ。きっと、そうだ。

 

「ねえ、カズマ」

 

「なんだよ」

 

 商品兼戦闘でも役に立つダイナマイトの作業も何十本目かに入ると慣れてくる。

 作業をしている間は頭を空っぽに出来るからか、彼女の世間話に耳を傾けながら手を動かす。

 

「――私たちって、これからもずっと一緒にいられるかな?」

 

「――――」

 

 僅かに、手が止まり掛ける。

 そのことに咎めたような視線を感じた気がして止めそうな手を作業に戻らせる。

 

「めぐみんはいつまで経ってもいじめっ子気質のガキ大将で近所の子供を本気で殴って保護者に怒られて、カズマさんが謝りに行くの」

 

「容易に想像できる……」

 

「ダクネスは面倒臭いけど乙女な所が多い子だから冒険に行った時に結局我慢できずに前に行くのよ。剣も碌に当てられないのにね。カズマさんは泣きながら姑息な手でフォローするわね」

 

「誰が姑息な手だ。まあ間違いなく最善の行動を取るんだろうな。俺だから」

 

「そして麗しい女神、アクア様の下でカズマさんはなんやかんやで借金抱えて」

 

「おい、ふざけんな! また借金地獄なんて味わいたくねーっての。絶対原因お前だろ」

 

 つらつらと『これから』を語り始めるアクア。

 語り部口調な彼女の優しい声音が、いずれ来るかもしれない『これから』を想像させる。

 これから、明日、将来、未来。そんな思い出に浸るような口ぶりには僅かに涙が混ざる。

 

「……それでも、カズマさんは。カズマさんが、なんとかしてくれる馬鹿みたいな日常をずっと送っていくんだろうなって」

 

 手は止めない。止められない。

 閉じた口から言葉は生まれず、彼女の言葉に無言で耳を傾ける。

 そんな話を何故今するのか、と思う俺の内情を無視して、アクアはもう一度問い掛ける。

 

「ねえ、カズマ。私たちって、ずっと一緒にいられるのかな?」

 

「――無理だろうな」

 

「――――」

 

 黙り込むアクアに一瞬だけ手を止めて彼女を見つめる。

 ジッと俺を見つめ返す水の瞳は鏡のように眉をひそめた俺を映し出す。

 

「ダクネスは貴族でいつかは結婚するかもしれない。今は領主代行でもいつかは領主になれば屋敷に来る頻度も減る。めぐみんもいつかは紅魔の里に帰るかもしれない。お前も……」

 

 ――いつかそんな日が来るかもしれない、と口にはしなかった。

 代わりに彼女の問い掛けに、俺の内側で固まり始めていた答えを返す。

 

「死ぬまで一緒。俺たち四人がずっと一緒にいるなんて、多分、無理だろうな」

 

「――――」

 

 建前ではあっても、魔王を倒すという目的の為に集ったパーティー。

 二転三転する濃密な日々の中で、いつの間にかその目的を果たしたパーティー。

 目的は果たされ、世界は平和になり、ゆっくりと瓦解していく足音が俺には聞こえていた。

 

 断言するようにアクアの問い掛けを踏みにじる俺に。

 アクアは泣いたり、喚いたりする事は無かった。

 

「――そうだよね」

 

 ただ、どこか疲れたような顔で小さく笑うだけだった。

 そんな諦観を抱いたかのような表情に、何故か酷く心が痛んだ。普段よりも回らない口で彼女に対するフォローを慌てて考える俺の様子をジッと見つめるアクアは、何を思ったのか膝に頭を置いた姿勢を崩し、身体を横たえ頭を俺の膝に置いた。

 中身が無いのか重さを感じないアクアの頭部がじんわりと膝に熱を伝える。

 

「……おい」

 

「いいじゃない。前にもカズマに膝枕をしてあげたでしょ」

 

「……普通、こういうのって逆じゃないか?」

 

「カズマってば水の女神であるこの私の膝枕がそんなに恋しいんですか? プークスクス」

 

「よし、降りろ」

 

「嫌よ」

 

 流石に頭を乗せてくる女神からこの空気の中で膝を退ける事は難しい。

 不覚にも気まぐれな猫のように甘えてくるアクアを可愛い、なんて思ってしまう。こういう現象は今に始まった事ではない。魔王討伐後からやけに密着してきたり、かと思えば触ろうとすると離れたりするアクアの距離感は、天界に帰れた事による心境の変化からだろうか。

 

「…………」

 

「………ん」

 

 軽い頭をどかす事を諦めて、作業を進める。

 目標数を達成して、殆ど行う事の無くなった作業に黙々と手を動かす。

 パチ、パチ、と暖炉の火の勢いが僅かに弱くなるのを感じていると、アクアが口を開く。

 

「ねえ、カズマさん」

 

「んー?」

 

 ゴロン、と顔を俺の胴体側に向けて。

 世間話をするような気軽な感じで、言葉にする。

 

 

「――エリスとエッチな事したでしょ」

 

 

 今度こそ、完全に手が止まった。

 ゾクリ、と俺は背筋を冷たい指先で撫ぜられたような悪寒を覚えた。

 

「…………」

 

「――――」

 

 何を言い返すべきか。

 何を口にするべきか。

 水を差されたように、唐突なアクアの言葉に思考に空白が生まれる。

 

 分かっているようなアクアの口ぶりに俺の口が開き、何も言えずに閉じる。

 『そんなわけないだろ? 何言ってるんだ?』『急になんのことだよ』『……っていう夢を見たんだな。お前なんなの? 欲求不満か何かなの? 色欲の女神なの?』

 

 言葉の候補なら、いくらでも頭の中で思い浮かぶ。

 実際に誤魔化す事も、嘘を吐く事も、論点をすり替える事も俺になら出来る筈だ。

 だがそれらの言葉は結局音としての意味を弾ける泡のように霧散させる。

 心臓を鷲掴みにされたと錯覚するほどの、それほどの衝撃に俺は打たれていた。

 

「…………」

 

「急に、なんの……」

 

 咄嗟に出た声は驚く程に低い。

 思った以上に、アクアの言葉に打ちのめされているらしい。

 

 少しだけ口ごもる中、視線を下に向けていく。

 頭の中で様々な言葉を咀嚼しながら何を口にするべきかを必死に模索する。

 どうしてこんなに焦る気持ちを抑えられないのか、自分でも分からない程に呼吸が乱れる。

 

「アクア、俺はその……クリ、エリス様には手なんか出してない、というか、その」

 

 乾ききった口内で辛うじて舌を動かす。

 視線を下げる。

 水のような艶やかな長髪と、処女雪のような肌、瞼を閉じたアクアの顔が目に映る。

 

 身体の力を抜き、俺の膝の上で身体を丸める女神。

 白皙の横顔を見せる彼女は、そっと瞼を閉じて規則的な吐息を繰り返す。

 表情は抜け落ちて薄桜色の唇から漏れた寝息に乱れは見られない。

 まるで疲れ切って眠ってしまったような――。

 

「寝てる……のか」

 

「……す、かー」

 

 呆然と見下ろす俺の胸中を無視して、眠りこけるアクア。

 豪胆とも取れる彼女の行動に、吹き荒れていた俺の言葉も感情も行き場を失い霧散する。

 ――少しだけ助かった、と思った事からは目を逸らした。

 

 目下の女は死んだ訳ではない。ただの疲れからの睡眠だろう。

 単純に揺らすなり耳元で名前を叫べば容易く起きるだろう。それで起きないという事は無い。

 問題は、アクアを起こした時に、俺は、一体、なんて言えば良いのかという事だ。

 

「いや、そもそも」

 

 見ていたのか? それとも聞いていたのか? ありえない。

 マグマのように噴き出す疑念は能天気な寝顔を見せる女神に向けられる。

 俺がクリスと行動を共にしていた時、アクアは既に天界にいた。天界からなら下界の事を見るという事もエリスの言動から察するに可能なのだろう。

 

 だが、それならば帰ってきた瞬間に問い詰められてもおかしくはない。

 ヒキニート、あんたエリスに手を出したわね! そんな風に玄関の扉を開けて早々に叫ぶ彼女の様子を思い浮かべる。隠していたという事も考えられるがアクアは嘘は得意ではない。

 良くも悪くもサッパリと裏表の無い性格だ。それすら演技ならば、何も信じられない。

 

 だから、アクアがソレを察知するタイミングがある筈だ。

 天界から戻って来た際に彼女が最も大きなリアクションをしたタイミングが。

 

「――――」

 

 思わず首元に触れる。

 首筋の裏側、今日の朝には薄くなり殆ど見えない、虫に刺された痕に触れる。

 それだけで察知する事が出来るのだろうか。

 そう考えて、アクアならきっと出来るという謎の確信が胸中を過った。

 

 ならば。本当に。

 アクアにクリスとの情緒を知られている、と考えざるを得ない。

 

「アクア」

 

「……すやぁ」

 

 名前を呼ぶも、小さく口元を動かす彼女は微動だにしない。

 先ほどまでのらしくない姿は考え過ぎたからで、一睡もせずに疲れたからかもしれない。

 

 ――本当に? 

 宴会芸を始めとした多芸な彼女ならば、完璧な睡眠の模倣すら容易だろう。

 

 生まれた疑念は、無垢な寝顔を晒すアクアの胸元に無言のまま手を伸ばさせる。

 起こしてどうにかなる訳ではないが、俺が頭を働かせている中で寝ているふりをしていると考えると、途端に苛立ちと微かな情欲が湧きだすのはアクアの人柄によるものか。

 

「んっ……ん」

 

 もにゅん、と手のひらに返す双丘の感触。

 衣服の上からでも分かるアクアの豊満な乳房は餅のような柔らかさだ。

 身体を右側に横たえた姿勢の為、左の乳房しか触れられないが今は十分だ。

 

 ――アクアが寝ているかの判断材料には充分だろう。

 

 彼女が普段から着ている衣は腋の部分が剥き出しとなっている。

 そこから僅かに布地を引っ張ると白い肉果が姿を見せる。特に遠慮もなく貪るように指で触れるとしっとりとした感触と弾力に、思わず無言で手を動かす。

 

「ぁ……、っ」

 

 円を描くように布地と素肌を指で行き来を繰り返す。

 その度に僅かに漏れるアクアの吐息には徐々に粘りついた熱が籠り始める。

 

「起きてるか?」

 

「………っ」

 

「アクア」

 

「す、やぁ」

 

 寝ているらしい。

 徐々に規則性の乱れだす熱い吐息が股間に甘い刺激を与える中で、彼女が寝ている事を確認するも母性の塊を揉みしだく俺の手は止まらない。止まれない。

 

 悪戯、というのは始めると見境が無い。

 人間というのは理性があり、その結果悪戯にも一定のラインが設けられる。

 さて、おもむろに寝ている女神のスカートを捲り上げる行為は悪戯の範疇に留まるだろうか。

 

「…………」

 

 青と白のストライプ柄、そんな柄物の子供のようなショーツ。

 小さな布地を包んだ尻肉は普段ならば引っ叩きたい衝動に駆られるのに、今は妙に撫でたくなる魅力を感じた。

 

「起きないな、なかなか」

 

 ムチムチとした独特の弾力を撫で、ショーツのクロッチ部分を指で押す。

 微かにだが秘裂から漏れた蜜液が染みを作り、にちゅ、という水音が耳朶に響く。

 一瞬アクアの吐息が止まったように感じ、視線を向けると仄かに赤い頬以外に変動はない。

 

「ん……! ……ッ」

 

「――おっと、なんて事だろう」

 

 散々アクアには欲情しないと宣言していたが。

 それでも身体は女神である事に間違いはないらしい。

 ここまで行うと自然と下半身に血が巡り、ズボン越しに剛直がアクアの鼻先に触れる。

 

 ひくひく、と動くアクアの鼻先に剛直を押し付けたい欲求。

 胸中を渦巻く様々な思いを肉欲としてぶつけたいという欲望に喉を鳴らす。

 このままいくとセクハラのその先まで止まらない状況、しかし歯止めが掛かる事が無い為、せめて本人が起きる事を期待して女神の名前を囁く。

 

「――アクア。起きてるだろ?」

 

「…………」

 

 起きられても困るが、適当なタイミングで起きて欲しい。

 そんな意味の分からない心境に対して、僅かに鼻を動かすアクアは瞼を閉じたままだ。

 ――若干、閉じた瞼に力が入って睫毛が震えているような気もするが。

 

 流されている状況下で、行為直前の気まずい空気が漂う中。

 屋敷の扉から控え目な呼び鈴の音が鳴り、思わずアクアの乱れたスカートを元に戻す。

 

 俺の知り合いは殆どが勝手に扉を開けて入り込んでくる。

 冒険者というのは荒くれものが多く常識も倫理観も無い存在だからだろう。

 

 だから配達業者か、或いは普段は来ない珍しい誰かの予感がして。

 

「――――」

 

「…………」

 

「誰だろうな。宅配便かな。出ないとなー、仕方ないなー」

 

 寝息を立てる汗ばんだアクアの額を拭うと、そっと膝から下ろす。

 結局アクアの言葉の真相を尋ねる機会を先延ばしにしただけの状況で玄関に脚を進める。

 

「――――」

 

 背後に感じる視線を無視して、逃げるように。

 

 

 



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第十四話 屈辱には報復を

 扉を開けて目に入ったのは金色の輝きだった。

 陽射しを浴びて反射したソレは一瞬遅れて金髪である事を認識する。

 生前住んでいた田舎の田んぼで見た事のある稲穂の海を連想させる少女の髪色。

 

「お兄様?」

 

「――――」

 

 俺の鼓膜を揺すぶるのは、金の声音だった。

 涼やかで、華やかで、優しくて、穏やかな少女の声音だった。

 

「――――」

 

 声が脳に届いてなお、現実を否定するようにジッと目の前の光景を見つめる。 

 煌びやかな衣装ではなく、軽装に剣を携え、フードを被った少女の姿を眼下に収める。

 

 ――優し気な憂慮で瞳を満たした、蒼の輝きと向き合う。

 

「アイリス」

 

「……来ちゃいました」

 

 親愛を宿した瞳を柔和に和らげて、ふわりと微笑を浮かべる。

 ポカンと開いた口を閉じる俺に対して、悪戯が成功した事に喜びの表情を浮かべる可憐な少女は思わず目を細めてしまう程に眩しく美しく見えた。

 チロリ、と赤い小さな舌を出す姿すら絵になるほどの美少女が、目の前にいる。

 

 この国の第一王女が悪戯っ子のような顔で、俺の屋敷前に来ていた。

 その事実を咀嚼して理解すると、無意識のうちに強張っていた身体から力を抜く。

 

「そうか。来ちゃったか」

 

「はい。……その、ご迷惑でしたか?」

 

「まさか。そんな訳ないだろ。ほら扉を開けたら実はエリス様がいた! なんて展開を考えて、正解は王女様でしたって事に驚いただけ」

 

「ふふっ、カズマ様もお変わりなさそうで。……お会い出来て嬉しいです」

 

「ああ。……俺も、アイリスに会えて嬉しいよ」

 

 王女に告げた言葉に嘘偽りはない。

 久しぶりに逢えた金髪の少女をジッと見つめて、小さく苦笑する。

 約三週間。クリスとのアレコレやアクアやめぐみんとの出来事で随分と経過してしまったらしい。彼女の社会勉強の頻度を考えるならば再びアクセルの街に来るのも妥当な頃合いだろう。

 

「なんか、こっちから逢いに行くって言いながら結局アイリスに先を越されちゃったな」

 

「……そうですね。準備を進めながら、私も首を長くして待っていたんですよ?」

 

「お、おう。それは悪かった」

 

「結局また逢いに来ちゃいましたけどね」

 

 そう言って小首を傾げるアイリス。

 クスクスと笑う少女の姿に、何となしに後頭部に手を伸ばす。

 本来ならば今すぐに屋敷の中に入れて歓迎するべきなのだろう。何故ならば目の前の穏やかな表情を俺に見せる彼女こそ、この国で最も高い位置に存在する王女様なのだから。

 それを理解していながらも招き入れようとする意志とは裏腹に身体に力が入らない。

 

「――――」

 

 原因は何だ。分かってる。アクアだ。

 先ほどまでの半性行為の直後でのアイリスとの出会いだ。タイミング的に監視でもされていたのではないのかと思わず挙動不審になってしまう。流石に俺の考え過ぎだろうが。

 とはいえ、そんな俺の胸中など目の前の王女に分かる筈も無い。

 

「――――」

 

 彼女は悪戯と言っていたが、間違いなく成功した。

 色々な意味でアイリスを目にした途端、頭の中は真っ白になったのだから。

 ジッと俺を見つめる蒼の双眸に曖昧な笑みを浮かべる俺は時間稼ぎの為に口を開こうと――、

 

「お、お兄様」

 

「ん?」

 

「その……。カズマ様のアレが、荒ぶっているのですが」

 

 見つめ合う二人、交錯した蒼の瞳は俺の顔から首、胸と徐々に下に向かう。

 何かに気づいたのか、無言で見つめる幼さの残る顔はほんのりと朱色を見せる。

 

 アイリスの戸惑いと羞恥の籠った視線に釣られて己の身体を見る。

 緑色のジャージ姿とこの世界では珍妙な格好は明らかに王女との謁見で着用するべき衣服ではない。とはいえ器の大きい彼女が今更下賤な冒険者が着用する衣服に無礼だと言う筈も無い。

 ならば、と更に下に目線を向けていくと下腹部で布地越しに主張する物体を見つける。

 

 ――ズボン越しでの主張が激しい物体を。

 

「ああ、……今日も元気だろ?」

 

「お兄様。最低です」

 

 言い繕う事を諦めてズボンにテントを張り始めた竿を見せつける.

 俺の行動に顔を赤らめ半眼で睨む少女だが、チラリと半勃ちしている剛直に小さく呟いた。

  

「これが……。身体は素直だなっていう状態ですか?」

 

「アイリス。そんな言葉どこで知ったんだ」

 

「え? えっと、宝物庫の聖書に記されていました。台詞を使用していた状況とは違いますが、こういう時に使うのかな、と」

 

「聖書!?」

 

 宝物庫ならば聖書の一つもあるだろう。恐らくだが。

 とはいえそれはエリス教の聖書なのか。アクシズ教の聖書なのか。

 頭のおかしさや奇行を考えるに水の女神を讃える宗教団体の聖書ならば在り得るが――、

 

「……ちなみに誰が誰に言ったとか分かる?」

 

「確か絶滅したオークの雄がダクネスのような女騎士に言っていた台詞にそのような物が」

 

「なんだ、エロ本か」

 

「ちちち、違います!! あの御本が私に数多くの叡智を授けて下さったのです! そうでなければ今頃私は……。カズマ様でもあの御本に対する侮辱は許しませんよ」

 

「……、ちなみにアイリスはそういうくっころ願望とかは」

 

「いえ、異種族との行為についてはちょっと」

 

「あ、はい」

 

 聖書、もといエロ本について熱弁するアイリスもそういう年頃なのだろう。

 とはいえ、この少し内気で優しい少女の性癖がダクネスを筆頭とした禄でもない貴族のようにならないようにしようと思った。

 あまり刺激しないようにしながらも、どういった内容かを聞いてみる。

 

「それは……秘密です」

 

 人差し指を唇に宛がうアイリス。

 どこかの女神がしそうな仕草に苦笑すると改めて王女を見下ろす。

 

「――――」

 

「……カズマ様?」

 

「アイリスは……」

 

「はい?」

 

「アイリスは、本当に可愛いな」

 

「きゅ、急になんですか? そんな事を唐突に言われてもその、困ります。あの、でも、お兄様も格好良いと思いますよ」

 

 唐突な褒め言葉に目を丸くして顔を赤らめるアイリス。

 『可愛い』なんてありふれた世辞なんて幾らでも言われた事があるだろうに。

 照れたような表情で口ごもるアイリスに少し心が和む。

 

「…………」

 

 シリアスな出来事に頭を悩ませ続ける事は、もうやめよう。

 明日の自分に任せられるなら、数時間後の自分に丸投げしよう。

 こんなにも自分を慕ってくれる可憐な王女を前に、佐藤和真が考える事など一つだ。 

 

 アイリスの前に手を差し出す。

 ダンスを誘うように、おだやかな陽気に眠気を誘われる午後に、俺は告げる。

 

「アイリス」

 

「はい」

 

「俺とデートしないか?」

 

 

 

 +

 

 

 

「お待たせしました。チョコクレープとイチゴハニーハニークレープです」

 

「どうも」

 

 衣服だけ着替えた俺はフードを被った金髪少女と二人でデートに赴く。

 暇を持て余した時、寝るのに飽きた時、アクセルの街を隅から隅まで探索して時折出会う友人達と露店の人気メニューや新規開店したおすすめ料理を食べ歩いたりしてきた。

 おかげでアイリスが好みそうな甘味が置かれているお洒落な喫茶店に連れてくる事が出来た。

 

 きょろきょろと周囲を見渡すアイリスは浮いている。

 人気のない喫茶店。もともと大通りから外れた場所にひっそりと存在しているのだ。

 元々団体客などが来る店ではなく、それなりに高級素材も使用しているからか、他の店よりも多少割高になる分、味の保証と同時に人混みから逃れる事の出来るいわゆる穴場だ。

 

 異世界では珍しくセルフサービス、店員の愛想笑い付きクレープをお盆ごと受け取る。

 男の店員だからか特に視線が固定化される事なくそそくさと会計を済ませる一連の動作を、借りてきた猫のようにジッと見ている王女を連れて適当に空いている席に向かう。

 

「このお店は自分で商品を運ぶのですね」

 

「料理を一々席まで運ぶ手間を省かせる目的なんだろうな。しかも前払いでツケも効かないから確実な収益を見込める。俺の国でも結構こういうシステムが活用されてたよ」

 

「よく考えられているのですね」

 

「……あそこでいいか」

 

「はい」

 

 外の様子を見ることが出来る奥の席。

 やや薄暗くフードを脱いだところで客の少ない場所では正体がバレるリスクも低い。

 テーブルを挟み対面になったアイリスは俺が持っていたクレープのお盆に目を煌めかせる。

 

「ほら、お姫様。下劣な冒険者がたまに一人で食べに来ているスイーツですよ」

 

「あの……、カズマ様? 初対面の時に言った事は謝りますから……。というかまだ根に持っていたんですね」

 

「当たり前だろ。……ダクネスの屋敷で初めて会った時に、『報奨金は与えますが嘘つきのゴミ屑はさっさと馬小屋に戻りなさい、この豚!』なんて激しく罵倒された日の事は忘れないさ」

 

「そこまで言ってないですよね!?」

 

「冗談だ」

 

 不敬罪の冒険者に眉を吊り上げる王女に甘味を勧める。

 甘いクリームと彩りのあるフルーツを薄皮で包んだクレープ。

 皿の上にある甘い香りの放つ物は生前日本にいた時のソレと遜色無いほどに美味だ。

 

 恐る恐る上品にナイフとフォークで生地を切るアイリス。

 薄黄色の生地からトロリと垂れるハチミツの甘い香りと白いクリームに混ざり合ったイチゴが顔を出す中で、そっと切り分けたクレープをフォークで口に運ぶ。

 行儀の良い一連の動作に王族の気品を感じながら、彼女の第一声を待つ。

 

「……美味しい」

 

 ほろり、と思わずこぼしたようなアイリスの声。

 空気に溶けるような声色で、溶けきる前に彼女は二口目を口に運ぶ。

 子供のように目を輝かせて食べる王女に満足感を覚えると、俺もクレープを口にする。

 

 露店とは異なり掴む為の紙が巻かれておらず、座って食べる事を前提としたクレープ。

 口の中に感じていた苦味を中和するチョコの甘さが舌の上で蕩ける。この味が嵌る人には嵌り、値段が張ろうともリピート客が減る事のない理由の一つなのだろう。

 

「なんだか、大人の気分です」

 

「うん?」

 

「このお店が、そんな感じです」

 

「……ああ。なんでも潰れたバーを改造したんだとか」

 

「そうなんですね」

 

 喫茶店とは言うが、どこかバーのような雰囲気のある店。

 実際に酒が置いている訳ではないが、そんな些事に嬉しがる彼女を見ているとクレープと共に呑み込んだ重いしこりが消えていくのを感じた。

 そんな雑談を交わしながらクレープを食べていると、ふとアイリスの視線を感じる。

 

「食べるか、イリス?」

 

「いえ! そういうつもりで見た訳ではないのですが……」

 

「でも成長期だろ? いくら食べたって困らない筈だ。もっと大きくおなり」

 

「私を健啖家みたいに言わないで下さい、カズマ様。……そうではなくてですね、その」

 

 言い淀むアイリスを俺は見つめる。

 内気で人見知りなところのある彼女が何かを発言しようとしている。

 実は咄嗟に否定しただけで、実はクレープが食べたかったのだろうか。食べた時の揶揄いの言葉を用意しながらも微笑を浮かべながらクレープの入った皿を差し出すと首を横に振るアイリスは意を決して口を開く。

 

「その、……あーん、というものをしたいのですが」

 

 ――ざわっ、と普段は物静かな喫茶店の空気が震えた。

 自意識過剰なのかもしれないが周囲の空気が震え、少なくない視線を背後に感じる俺の心情を余所に、気恥ずかしそうながらも決意を決めたアイリスは上目遣いで俺の返事を待つ。

 

「駄目ですか?」

 

「駄目じゃない」

 

「本当ですか!?」

 

 途端に断られるのでは、という感じの悲し気な顔は花が咲いたような表情へと変わる。

 コロコロと変化を見せる王女の表情に、出会った直前の人形のような面影はない。

 

 可愛らしく頼まれたら断りづらい。

 何よりも滅多に我儘を言わないアイリスの頼みなのだ。

 切り分けたクレープをフォークに差し、下に手をかざしながらアイリスに近づける。

 

「ほ、ほら、イリス。あーん」

 

「あ、あーん」

 

 自分の行為に対して背中がむず痒い。

 小さく口を開けるアイリスにフォークを近づけると頬が熱く感じた。

 はむ、とクレープを食べる王女の唇からゆっくりとフォークを引き抜く瞬間まで息を止めていた事に気づき、大きく吐息する。恋人のような行為に今更ながら鼓動が高鳴る。

 

「……どうだ?」

 

「美味しいです。それと少しドキドキします。……カズマ様も、はい」

 

「お、おう」

 

 あーん、と口にするアイリスはニコニコとしている。

 欠片ほどの羞恥よりも実行する事に意義があるのか、変に恥ずかしがったりせずに同じようにハチミツが塗されたクレープをフォークに差して近づけてくる。

 

「はい。私が初めてカズマ様にするあーんです」

 

「その台詞はグッとくるな……」

 

 茶化さないと初々しい恋人の雰囲気に呑まれそうになる俺に近づくクレープ。

 これは王女との間接キスでは? と中学生のような考えが一瞬胸中を過るも、可能な限り顔に出さずにゆっくりと近づくクレープに口を近づける。

 

「ぁ、ぁ、垂れちゃう。は、早く」

 

「いきまーす」

 

 トロリ、と重力に負けた蜜が王女の手のひらへと垂れ始める。

 その様子に慌てて口の中にクレープを放り込ませると、口内でイチゴの酸味とハチミツの甘さが舌上で混ざり合う。チョコの甘さよりもやや控え目ながらも上品な甘さだ。

 ついでにアイリスの指についたハチミツもペロリと舐めとる。

 

「ひゃ!?」

 

「もったいないだろ。ハチミツついてるぞ」

 

「はしたないですよ……全く、お兄様は」

 

「はっはっは。悪い悪い」

 

 楽しかった。

 恥じらうアイリスと周囲のやっかむ空気に笑みが零れる。

 何か文句あるかと、舌打ちする客を睨みつけていると僅かに俯きながら俺が舐めたハチミツが付着した指をそっと唇に宛がうアイリスの姿に気づく。

 

「ほう」

 

「ぁ……、その、これは、ちがっ」

 

 無意識だったのか俺の視線を受けて、かぁぁっと顔を赤らめるアイリス。

 自らのはしたない行いに気づいたのか俯く王女を愛らしく思うと同時に、フォークを掴む。

 

「ほら、アイリス。あーん」

 

「……ぁ」

 

「早く」

 

 恥ずかしそうな、まるで自慰を見られたような悲壮な顔は、捨てられる寸前の子犬のようだ。

 自分が嫌われるのではないのか、そんな怯えすらみえる子供のような彼女にフォークを差し出す。先端には残り少ないクレープで、心は満たされていた。 

 チラ、と伏せた顔を上げる王女は近づいてくるクレープと俺の顔を見ながら、口を開いた。 

 

「……あ、その、違うんです。舐めてみたいな、とか。そういうのじゃ」

 

「…………」

 

「だから、軽蔑しないで……」

 

「俺が軽蔑? まさか? するわけないだろ」

 

「…………」

 

「ちょっとくらいエッチでもいいじゃん。全然俺はオーケーだし? 間接キスなんて俺は気にしないしな! そんな事で一々軽蔑したり嫌ったりする訳ないだろ!!」

 

 フォローにしては不出来な言葉だ。

 とはいえ、おずおずと顔を上げるアイリスには微力ながら効果はあったらしい。

 本日の空よりも透き通った蒼の瞳を揺らし、目端に涙すら浮かべるアイリス。

 

「本当ですか?」

 

「ああ。ほら、あーん」

 

「……あむ」

 

 小さく頷き、クレープを口に含むアイリスは飲み込むまでジッと俺を見続けていた。

 

 

 

 +

 

 

 

「なんだか今日はずっと食べてばかりな気がします」

 

「食べ歩きデートって奴だ。他にも冒険デート、宿屋デートと各種あるぞ」

 

 駆け出し冒険者の街アクセル。

 目的もなく彷徨い、露店で販売している名物の一つ、揚げ饅頭を口に放り込む。

 中身の餡子がギッシリと詰まっており、包んだ生地はサクサクとしている。

 

 コクコクと無言で頷きながら食べるアイリスはご機嫌な様子だ。

 デートという事で調子に乗って王女と堂々と手を繋いでいるからか、ときおり目にする住人からの視線が身体に突き刺さる。

 

 ――ロリマさんだ。

 

 ――頭のおかしい方から別の少女に切り替えたって噂の?

 

 ――きっと日替わりランチみたいに日によって相手を変えてるのよ!

 

「…………」

 

 顔は覚えたので後で報復しよう。

 今度冒険者ギルドに向かった時の言葉と報復方法を考えながらも、大層機嫌の良いニコニコとした脱ロリ枠の王女アイリスと次の露店に脚を進めようとしていると、 

 

「イリス様ー!」

 

「――――」

 

 ――当然、王女が護衛を付けない訳が無い。

 敢えて何も聞かなかったが、以前見たように全力ダッシュで逃げたのだろう。チラリ、と隣にいるフードを被ったアイリスに目を向けると、ぎゅっと俺の手を握る手のひらに力が籠る。

 

 周囲の喧騒を物ともせずに近づいてくるのは白スーツの女。

 見間違える筈も無い。色々の因縁のある、アイリス大好きクソレズのクレアだ。

 血眼で探したのかそれなりに遠い距離でフードで頭部を隠しているにも関わらず、探し当てた彼女が他に目もくれずに迫り寄ってくる状況に俺は諦観に近い感情を抱く。

 

 今回のデートはここまでだろう。

 自然と抱いた俺の感情に対して、握られる手に震えが生まれる。

 

「嫌、です」

 

「……アイリス?」

 

「カズマ様」

 

 フードの隙間から覗く少女の顔。

 泣きそうな、悲しそうな表情を浮かべるアイリス。

 このままクレアに保護されればまた王城に戻る事になるのを理解しているのだ。

 だが――、

 

「まだ、別れたくありません」

 

 それは明確なアイリスの我儘だった。

 徐々に近づいてくる白スーツの女騎士を余所に、王女の震え声に混ざる涙。

 

「この時間は掛け替えのないものです。……私の人生で最も大事な」

 

「――――」

 

「それに。……それに、最後に宿屋にしけこむまでが、デート、なんですよね」

 

「――――」

 

 震える少女の声音に耳を傾ける。

 

「カズマ様と、最後までしたいです」

 

 ――それは熱烈で大胆な告白だった。

 顔を上げて堂々と告げるアイリスの言葉に近くにいた住人がぎょっとした顔で見てくるが、俺の意識は有象無象ではなく、彼女に、アイリスにしか向いてはいなかった。

  

「……手、放してくれるか、イリス」

 

「…………」

 

 何も言わずに手を離すアイリスを俺は見ない。

 握りしめた拳には打ち砕く為の力と覚悟が灯る。

 

「イリス。以前俺と城で強制的に別れた時の事、覚えてるか」

 

「……はい」

 

 脳内に一瞬過るのはアイリスと城で暮らした僅かな期間。

 甘い日々を打ち壊したのは俺の悪影響によるアイリスの変化を恐れたクレアを筆頭とした教育係と城の兵士達だ。

 追い掛け回され抵抗の挙句、無理やり記憶消去ポーションを飲まされた苦々しい記憶。

 

「でさ、あのロリコン、……クレアにも結構な借りがあるんだ。でも今まで会えなかった」

 

「――――」

 

「だから、今報復しても良いよな」

 

 アイリスからの返答は無い。

 ただ無言ながらも視線に肯定を感じ、大きく息をする。 

  

「野郎ども!!!」

 

「「「……!」」」

 

 周囲で立ち往生し、面白そうな状況を嗅ぎ取っていた冒険者連中。

 反応する彼ら、同時にアイリスの隣に立つ俺の存在に今更ながら気づくクレア。

 

「……ヒッ! か、カズマ殿。……お、お久しぶりです」

 

「お前ら、俺の名前を言ってみろ!!」

 

 数メートル先で急制動を掛け、立ち止まるクレア。

 久方振りに正面から顔を合わせたアイリス同好の士、そして裏切り者。

 顔を青褪めてしどろもどろに言葉を紡ぐ女騎士の様子を無視して、周囲の冒険者たちに声を掛ける。基本的にノリが良く普段から酒を奢った時の恩は返してくれる彼らは特に何も考えずに返答を返す。

 

「カズマ!」

 

「カズマさん!!」

 

「ロリコンのあんちゃん!」

 

「そうだとも! あと最後のは顔覚えたからな!!」

 

 周囲から湧き出すロリコン&カズマコール。

 戸惑うクレアを前に、俺は颯爽と紅魔族風に名乗りを上げる。 

 

「我が名はサトウカズマ!! 魔王を討伐した者。そして真の男女平等主義者!!」

 

「――――」

 

「目には目を、歯には歯を」

 

「――――」

 

「そして与えられた屈辱には、必ず報復する者――!!」

 

「「「おおおおっっっ!!!」」」

 

 盛り上がる男冒険者、苦笑する女冒険者。

 白けるか慣れた様子で素通りする住民、そして呆然とした様子のクレア。

 

 握りしめた拳を開き両手を拳銃のようにかざす。

 その姿に息を呑み、咄嗟に背後に下がろうとする女騎士。

 

「しかと見るが良い!!」

 

 遅い、遅すぎる回避行動。

 サトウカズマの代名詞、それが涙目の女騎士に火を噴く。

 

「『ダブルスティール』!!」

 

「えっ、きゃあああああ!!?」

 

「ヒャハハハハハ――!!!」

 

 本日の幸運も絶好調。

 両手が掴んだ人肌のする純白の下着、それを上空に投げ、公衆の面前に晒す。

 

「俺の物だ!!」

 

「違う、俺の!」

 

「よこせ!!」

 

「流石だぜカズマさん」

 

「うわぁ」

 

 意気揚々と蟻のように集る男冒険者たちとゴミを見る目で見てくる女冒険者たち。

 ブラジャーとショーツを奪われ屈むクレアの姿に心の奥のしこりが浄化されたような気持ちに満たされる中で、同じくゴミを見るような目をする王女の手を掴む。

 

「『逃走』――!!」

 

 クレアと冒険者たちを置き去りに逃げる俺とアイリス。

 立派な犯罪行為だが、それは今は良いだろう。後で自首しよう。

 

「……カズマ様」

 

「言うなってば。最低なのは俺も分かってるから」

 

 半眼で見上げる王女が逃走スキルを使う俺の走力に汗一つ掻かずについてくる光景には色々と思うところがあるが、まずはいじらしい言葉を口にしたアイリスへの返答が先だ。

 

「アイリス。悪いが宿は今回、取ってなかった。悪い!」

 

「えっ、あっ、えっと、それは別に良いのですが……」

 

「だからせっかくなので、お城で過ごす人生じゃ味わえないようなエロい事をしたいと思います!」

 

「ぅぇ?」

 

 風のような速度で走る中で、俺は笑みを浮かべる。

 目を白黒とさせるアイリスだったが、やがて微笑と共に繋いだ手を握り返して。

 

 ――デートはまだ終わらない。

 

 

 



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第十五話 薄暗いその場所で

 ――肺を少女の香りで満たす。

 

 少女の金の長髪に鼻を突っ込み、呼吸をする度に新鮮で甘い空気を得る。抱きしめると腕に柔らかい感触を感じながら、毒蛇が獲物に巻き付くようにゆっくりとスカートに腕を伸ばす。

 そうする事で、身体全身で彼女を味わっていくのだ。

 

「っ……はっ……!」

 

 丈の短いスカートの中に手を入れ、指先で軽く下着をなぞる。

 薄く柔らかい布地には僅かにぬめる蜜が滲んでいた。

 それを本人の耳に囁くと、抵抗するように腰をくねらせるアイリス。

 

「ぅ……ん」

 

 小さな身体を背後から抱きしめて彼女の身体を好きに弄ぶ。

 片手で乳房を、そして片手で恥部をゆっくりと愛撫していく。

 形の良い乳房は衣服の上からも柔らかく、俺の手の中で、もにゅり、と形を変えた。

 

「は……」

 

 こうして彼女を抱きしめた回数は決して多くは無い。

 彼女の体躯の細さも、いつの間にか俺と拳一つ分しか差のない背丈にまで伸びた事も。背中と腹が布地越しに触れ合って初めて、少女の身体が女に近づいている事を俺は知った。

 

 もどかしげな声を漏らすアイリスは俺の腕を掴む。

 拘束するように少女の肌を好きに這う腕、それをミシミシと掴む事で声を抑えようとする。

 これまでは高級宿屋の人目を気にする必要が無かったからだ。

 

 人目。そう彼女は、アイリスは人目を気にしている。

 

「――――」

 

「んッ……」

 

 俺とアイリスの正面からときおり光が差す。

 太陽の光だ。それが気まぐれのように薄暗い地面や埃っぽい壁を陽光で照らす。

 

 ――俺とアイリスは路地裏にいた。

 

 場所を意識した訳ではない。

 アクセルの街は他の街よりも治安は良く路地裏に舞い込んだといえども、ナイフを持った危ない人種に遭遇するような確率は極めて低い。己の幸運値を信じつつそれなりに良質な穴場を見繕えば道から僅かに外れた人通りの少ない路地裏で行為に及ぶことも難しくはない。

 

 そんな事、アイリスは知る由もないだろう。だから、声を抑えようとするのだ。

 

 基本的に人が通る事は無く、大通りから少し離れた道はときおり住人や冒険者が通る程度だ。それでも人が通った時に大声を上げたら気づかれないという事は無いだろう。

 路地裏は冬が近いからか虫が湧いておらず、大量に置かれた空箱は入るのも、上に乗るのも自由だ。寒々しく薄暗い事に目を瞑れば、冬でなければ野宿も出来るかもしれない。

 

 微かな埃臭さを感じながらも、アイリスの身体を手で味わう。

 つやつやの太腿を撫でながら衣服の中に忍ばせた片手が彼女の乳房を揉む。くしゃりと皺の寄るブラジャーを邪魔に感じ無言で上にずらすと、少女が息を呑むのが分かった。

 服の中でずらした下着、手のひらで揉んだ乳房はプリンのように柔らかい。

 

「っ……!」

 

 顔を赤くするアイリスは下唇を小さく噛む。

 前屈みになりはらりと髪が垂れる少女を背後から抱く。

 左手で乳房の全体を押しつぶし、パン生地のようにゆっくりと捏ねる。

 

 熱い淫気を感じるスカート内部でゆっくりと摩るショーツからは僅かに蜜が滲み出ている。薄い生地に隠された秘所を上下に指でなぞる度にきゅっと左右の内腿が右手を締め付けてくる。

 ささやかな愛撫でアイリスの肩は何度も震え、背中を俺に預ける。

 

 肩に頭を預ける少女の顔は熱に浮かされる病人に似ていた。

 閉じようとする両脚に構わず恥部を触りながら、アイリスと濃厚な口付けをする。

 

「ん……!」

 

 甘い嬌声。

 すりすりと小振りの尻がスカート越しに剛直に擦りつけられる。

 その行為が無意識かはともかく肉竿は痛い程にズボンの中で反り立つ。

 

 上を向くアイリスの唾液を俺の舌で掻き混ぜながら、恥部を弄る。

 くちゅ、と狭く薄暗い路地裏で聞こえる水音は王女の耳まで赤く染める。

 

「っ……!!」

 

 餅のような乳肉を手のひらで感じ、徐々に硬さを帯びる乳首を揉む。

 それだけで抗議の声を上げようとするアイリスの声音は甘く蕩けた嬌声へと変わる。

 左手を乳房に、右手を恥部に、やがてがくんとアイリスの腰が跳ねた。

 

「~~~~っっ!!」

 

 アイリスの全身が強く緊張し、やがて弛緩する。

 親指と人差し指で乳首をつまみ、ねぶると、苦しそうな息を吐く。

 

「まっ、お兄様、少し……」

 

 休憩も待ったも在り得ない。

 膝をガクガクと震えさせるアイリスを抱えながら耳元で囁く。

 俺のささやかな要求に対して、チラリと此方を見る王女の蒼の瞳には羞恥の涙が浮かんでいたが、俺の胸中を過るのは罪悪感以上に昂り続ける興奮だった。

 

 転ばないように、あるいは絶頂を堪えるように俺の腕を掴み自らを支えていたアイリスの手。痕が残る程にぎゅっと掴んでいた少女の手は自ら離れて、自身のスカートの裾へと伸びる。

 皺が出来る程にスカートの裾を掴んだ手が僅かに震える。

 

「や、やっぱり……」

 

「アイリス」

 

 チラリ、と視線が向く先は、俺ではなく正面の光が差す道路だ。

 少ない会話の最中にも、ときおり道を通る老若男女。彼ら彼女らが気まぐれに日の差さない路地裏に目を向ければどうなるかは分かるだろう。

 それをアイリスも理解していて。だが、それでも俺は彼女の名を呼ぶ。

 

「――アイリス」

 

「…………」

 

 返事は無く、震えた吐息は熱い。

 しっとりとした乳房を揉み、下着越しに恥部を愛撫され、身体は悦びの声を上げている。だが、それでも精神的に僅かな抵抗感があるのだろう。

 そんな彼女を哀れにも可憐にも思いながら、ただ愛おしい名前を告げる。

 

「――アイリス」

 

「……、は、い」

 

 小さな、小さな、少女のか細い声音。

 涙混じりの声が肯定である事を耳が拾い、俺の心は震えた。

 は、ふ、と熱い吐息を聞きながら彼女の背中を押すべく、俺は王女に命令する。

 

「スカートをたくし上げろ」

 

「――!」

 

 俺の言葉に意を決して、掴んでいたスカートの裾を持ち上げる。

 紺色の短いスカートからアイリスの素足がゆっくりと露わになっていく。

 

 肉と程良い脂の乗った王女の太腿。

 柔らかく陶器のように滑らかな内腿を伝う透明な蜜を自ら曝け出す。

 

「は、ぁ……」

 

 やがて白い脚の付け根、ピンク色のショーツが露わとなり、先ほどから執拗に指を滑らせていた秘所はますます湿り、親指と人差し指に細い糸が糸を引いているのが見えた。

 その姿が、彼女の痴態が王女自らの手で外に曝け出されていく。

 

「ぁ、ぁ……。こんな、はしたないこと……」

 

 スカートに籠っていた淫熱が埃っぽい冷気で冷まされる。

 内腿を擦り合わせ、俺の指の愛撫でショーツに染みが出来ている事を王女自らがスカートを捲り上げて己の痴態を曝け出す。

 その光景が数秒、羞恥に負けてスカートが垂れ落ちるまで瞼に焼き付ける。

 

「――――」

 

 恥ずかしそうに顔を手で覆うアイリスは可愛らしい。

 耳まで赤くするアイリスの姿に思わず耳元で隠語で褒め称える。

 

「ちがっ! 感じて、なんか……」

 

 くち、くちゅ、と下着を擦る度に漏れる粘着質な水音。

 嫌々と首を振る少女の腰を引き寄せ、淡い桜色の下着を摺り下げる。

 とろみを帯びた糸、愛液が下着と媚肉を繋いでいた。

 

「……ここ、ですか?」

 

「そう、そこに手を」

 

「こんな獣のような恰好……」

 

「おっ、今から獣がするような交尾をするんですよ、お姫様」

 

「……!」

 

 建物の壁に王女の手をつかせ、貝状の肉を手のひらで掴む。

 熱い媚肉は挿入した指を締め付け、膣襞の一つ一つが指に吸い付く。

 

「ぁ、ぁ、ぁっ」

 

 性毛の柔らかい感触と媚肉の吸い付く熱い感触を手に感じる。

 閉じようとする脚を無理やり広げさせながら、俺の指が肉を割り拓く。

 

「――!」

 

 にゅじゅ、と奥へと進ませるとアイリスが僅かに息を止める。

 指を呑み込みうねる膣は濡れており、彼女は俺に抱かれて情けない声を漏らし続けている。

 ――ゆっくりと指を折り曲げると王女の背中が硬直する。

 

「ぅゅっ!?」

 

 ぷしゅ、と愛液が幕となって腿肉を伝う。

 唐突な絶頂のようにも感じたが、花弁からしとどに溢れる蜜に、俺はある確信を抱く。

 

 どこが好きなのか。

 どこが弱いのか、そっとアイリスの中を探る。

 

「ぉ、ぁ……」

 

 クリトリスの根本、指の第二関節付近の膣襞が好きらしい。

 溢れるように新鮮な蜜が俺の指を濡らし、地面に小さな水たまりを作る。

 スカートを捲り、露わになる尻肉を見ながら折り曲げた指で肉壁をこする。

 

「んッ、ぁ……ッッ!!」

 

 びくびくと痙攣するアイリス。

 弓なりになる背中に胸板を合わせ、突き出される乳房に手を置く。

 余っていた親指で恥部近くの粒を押し、転がす。

 

「びっ……!」

 

 肉粒を押し潰すと同時に、小水を思わせる飛沫が腿を伝い、地面を汚す。

 壁についた腕は震え、今にも倒れそうな少女の尻がふるふると揺れる。

 そっと下着まで下ろした俺は彼女の尻をやさしく撫でる。

 

「入れるぞ」

 

「ぇ、ぁ、ちょ、ちょっとまっ――」

 

 にじゅん、と怒張を挿入する。

 散々に指で弄ばれて準備万端の膣は雄の肉棒を容易く受け入れる。

 湿った肉を割り拓く感触に奥歯を食い縛り、奥深くへと一息にねじこむ。

 

 幼い肉穴を赤黒い肉棒が押し広げていく。

 俺の形に変わるのではないか、と思うほど狭い媚肉から涎のように蜜が溢れる。

 

「か、……はっ」

 

 パクパクと顔を赤くし口を開閉させるアイリスを見下ろす。

 思考が空白に染まったのか、不意打ちの挿入にも、背後からの犯すような行為に対しても反応出来ない彼女を不憫に思い、俺はアイリスの反応を求めて獣のように腰を振り始める。

 

「ひ、ぅぁぁ……っっ!!」

 

 とろみを帯びた蜜が結合部から地面に垂れ落ちる。

 抽送に合わせて、彼女の足元にある淫らな水溜りは少しずつ面積を増していく。

 

 羞恥を忘れて漏らす嬌声。

 快楽に流されて、荒い呼気の少女を味わいながら腰を振る。

 ぱんぱん、と脛骨部と尻肉が当たる度に誰もいない路地裏に肉が肉に当たる音が響く。

 

 苦しそうな声を漏らすアイリス。

 少しでも彼女に悦んで貰おうと、再び秘裂上部の突端を指でつまむと、アイリスは震える。

 

「それっ、それは……っ!!」

 

 嫌々と首を振り、怯えた目で俺を見る王女。

 嘘を吐かないで欲しい。演技をしようとも、猫を被ろうとも、分かっているのだ。

 怯えを孕んだように見える大空の瞳、その奥には期待と喜色が紛れている事は、至近距離で見つめている俺だけが知っている。

 

「好きだろ?」

 

「ぁぁ……ふぁ……!」

 

 根本から擦られるのが王女の好みらしい。

 剛直を締め付ける甘い締め付けは余裕を失くしたように、子種を求めて締め付ける。

 仕方なしにスローペースでピストンをしながら肉粒を弄る。 

 上下に、左右に、根本から。滴り落ちる蜜を掬って、塗ってを淡々と繰り返す。

 

「~~~~ッッッ!!」

 

 敏感な粒は、性行為を覚えたての王女に悦びの声を上げさせて膝を折らせる。

 更にそのままずるずると壁についた手ごと崩れ落ちそうになった為、俺は慌てて彼女を抱えて持ち上げた。

 流石に王女を地面に、しかも自らの愛液の水たまりで汚す訳にはいかない。

 俺はすぐさま彼女の両脚を両脇に抱き、組体操のように持ち上げる。

 

「ぇ? ぁ、う、浮いて……っ」

 

 僅かに腰を下ろし、下方から斜め上に抉るように腰を揺する。

 

「ひ、ぁぁぁ!!? そぇ!? ぁ、ぁぁ!!」

 

 普段とは異なる部分を剛直が擦る。

 開脚するように持ち上げられてのピストンは普段は擦られない膣襞を刺激して、彼女に極上の快楽をもたらしてくれるらしい。

 悦ぶアイリスの為に、俺は剛直に意識を集中し、徹底的に腰を揺すった。

 

 意外にも王女には周囲を気にする余裕があった。

 わざわざ光の差す通りに向けて開脚させた王女を披露させているのだ。

 蜜が泡立つ結合部は辛うじてスカートの生地で隠れているが彼女の羞恥は如何ほどか。

 

「ぁ、やだっ……下ろして……!!」

 

 バタバタと脚を動かすアイリスの奥にまで亀頭を沈め。

 

「ぅぁ……ぃ、ィ……!」

 

 ゆっくりと肉竿を引き抜いて、再び奥深くまで貫く。

 

「ぃぁぁ……っっっ!!!」

 

 彼女の弱い場所を重点的に雁裏で刺激すると、そんな余裕は無くなった。

 首を逸らし、痙攣したかと思うと同時にぷしゃ、ぷしゃと床で液体が跳ねた。確実にアイリスを法悦の空に上らせた事に満足するとそっと石畳の上に下ろす。

 小刻みに身体を痙攣させる少女を座らせると、目の前に抜いた怒張を見せつける。

 

「はー……は……」

 

 珍しく息切れしている彼女の赤らんだ顔を見下ろす。

 王女の目の前には限界まではち切れんばかりに反り立った雄の肉棒。

 亀頭から涎を滴らせる姿を、俯いていたアイリスの顎を指で持ち上げ、見せる。

 

「…………」

 

 無言で見上げるアイリスの熱で潤んだ瞳には肉棒が映る。

 柔らかい唇に亀頭を宛がうと、ようやく息を整えてきた王女は観念したように――、

 

「ぁ、ぁむ」

 

 クレープを食べた口で、饅頭を食べた口で、同じくペニスも口にする。

 膣のように生温かくぬめる口内での王族直々での奉仕に即座に射精感がこみ上げる。

 

「ぅむ、んぷ……んっ」

 

 ペタンと石畳に膝を付いた王女の金髪を掴み、前後へ揺すり口内の感触を味わう。

 王女の小さな口を肉穴として使っている事に言いようのない興奮を覚えて腰を振る。

 涙目のアイリスを見下ろすと、それだけで剛直は硬度を増す。

 

「んっ、ん~、もっ」

 

 ペニスに絡まる舌のざらつきに目を閉じ、その時を待った。

 

「ぅ」

 

「――!!」

 

 思った以上の量を射精したという感覚。

 大きく見開いた大空の瞳には驚きが奔り、ゆっくりと目を細める。

 彼女の口内を犯すように舌も、歯茎も、頬肉も白濁で染める中、従順にコクコクと雄のソースを飲み干そうとするアイリスの淫乱めいた姿にどうしようもない解放感と達成感を覚える。

 何となしにアイリスの頭を撫でると、チラリと俺を見上げる蒼の瞳。

 

「ん……、っ……」

 

 ゴクッと喉を鳴らし、精液を呑む王女の口端からは唾液と精液の混ざり物が垂れる。

 その残り物すらペロリと赤い舌が舐めとる姿に胸中で何かが生まれた。

 眦を下げ決して美味ではない己の物を体内に取り込む少女を俺は抱きしめた。 

 

「アイリス」

 

「――――」

 

「ありがとうな」

 

「えへへ……」

 

 充足感と絶頂の余韻に抱きしめたアイリスの華奢な身体。

 は、ふ、と熱い吐息を漏らすアイリスは潤んだ瞳で見上げる。

 微笑と共に身体を擦りつけてくる王女は首に腕を廻し、甘えるように首筋に口付けした。

 

 

 

 +

 

 

 

 初級魔法で汚れを落とし、俺はアイリスを連れて路地裏から人通りのある道を進む。

 既に日も傾きつつある中で充足感と行為の余韻に浸りつつ、王女の柔らかい手を引きながらゆっくりと確実に歩みを進める。

 

「クレア。怒ってるでしょうね……」

 

「まあ、怒りの九割ぐらいは俺の所為だと思うがな」

 

「……、これでまた暫くお別れですか」

 

「…………」

 

「寂しいですね……」

 

 彼女の顔は、しかし暗い物だ。

 これから先の訪れる未来、確実に迫る足音が聞こえているのだろう。

 先ほどまでの快楽に耽っていた顔とは異なり、悲嘆に暮れた顔を見せている。

 

 アイリスは王女だ。しかしまだギリギリ十三歳。成人手前だ。

 当然遊び足りないだろうし、反抗期だろうし、不満だってある筈だろう。

 だが、それを堪えて、結局言いたい事も言えずに彼女は我慢を強いられている。

 

「カズマ様。その私と……」

 

「アイリス。そんな寂しい事言うなよ」

 

 何かを告げようとするアイリスの言葉を遮り、俺は口を開いた。

 

「えっ……」

 

「一応今日って社会見学なんだろう? 要するに王城じゃ学べない事を見て聞いて経験していくのが目的だという事でいいか?」

 

「は、はい。そう……ですけど」

 

「分かった。なら、まずは夕飯にしよう」

 

「ぇ、えと……?」

 

「まずは、そう、夕飯だ」

 

 二転三転と話題が切り替わる事に目を白黒させるアイリスの手を引く。 

 彼女が迷子にならないように、王女の手を引きながら、ゆっくりと歩みを進める。

 戸惑うアイリスを安心させるように口端を吊り上げて笑みを浮かべる。

 

「そんな顔するな、アイリス」

 

「――――」

 

「俺が王城なんかじゃ食べられない珍しい夕飯をご馳走しよう」

 

 

 



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第十六話 忘却に期待して

「――探しましたよ」

 

 荒い息と共に声が掛けられて俺は顔を上げた。

 やや薄暗い部屋、ちょうど光の加減で影が掛かって見えにくいが女である事は分かる。

 金髪令嬢、白色を基調としたスーツ、騎士剣を腰に差す女が俺を見下ろしていた。

 

「やあ」

 

「やあ、ではありません」

 

 僅かな呆れ以上に俺に浴びせる声音に含まれている恐れと怒気。

 アイリス同好の士である俺に対して敬意を尽くしているのか、或いは恐れているのか。

 以前遭遇した時よりも顔を強張らせつつ、あの時以上の感情が彼女の瞳を揺らしていた。

 

「こんなの、何かの間違いだ……」

 

 顔を引きつらせ、ボソボソと独り言を呟く騎士の女。

 ふと、あの時寝台に押し倒した破滅寸前のとある屋敷の令嬢は元気だろうか、と現実逃避する俺の目の前でガシャン、と手で鉄を叩く音が聞こえる。

 

 最初は誰もが思わずその部分を叩き叫ぶのだ。

 たった数本の棒、それが俺とクレアを近くも遠い距離とする。

 

「なんで、……カズマ殿」

 

「クレア……」

 

「カズマ殿!」

 

「クレア!」

 

 ガシャン、と鉄格子を叩くクレア。

 嘘であって欲しいと握り拳で叩く王女の護衛の嘆きの声音に、思わず目が潤む。

 

 クレアはこんな悲し気な声音で俺の名前を呼んでくれるのだ。

 少し前に大勢の前で自らが付けていたホカホカの下着を晒されたというのに。

 俺はクレアの友情の心に深く感動した。

 

「良いんだ、クレア。あの光景に俺はスッキリした。色々とな。今はどうしてあんなにもお前が憎たらしかったのか思い出せないくらいだ。……そうだ、もしかして下着って――」

 

「カズマ殿」

 

 俺の言葉を遮り、しかし顔を引きつらせながらも俺の名を呼ぶ騎士。

 その声に口を噤み、石畳に敷いた藁の上に座る俺は何事かと目を向ける。

 

「私から要求する事は一つです」

 

「……続けて」

 

「――――」

 

「――――」

 

 交錯する視線。 

 ふと首元より下の方を見ると、さっと腕が衣服に包まれた双丘を隠す。

 僅かに温度が下がる視線に晒されながらも、俺は隣で寝息を立てている少女を見る。

 

「すぅ……んぅ……」

 

 ステータスが俺の何倍も強靭であっても精神的疲労があったのだろう。

 俺の膝に頭を乗せて寝顔を晒す王女の頭を撫でる度にギリッと歯が軋む音が聞こえる。

 普段の彼女ならば既に抜刀し激昂したまま斬りかかってくるだろうが、俺とクレアとの間には物理的な障害物が設けられている。

 俺がクレアの元に行くことはできず、クレアもまた此方に来ることは出来ない。

 だから、彼女が告げる言葉は容易に予想出来た。

 

「アイリス様をそこから出してください」

 

「断る」

 

 ――ガシャン、と怒りの拳が鉄格子に叩きつけられた。 

 

 

 

 +

 

 

 

「……それでは確認になりますが。サトウ殿」

 

 目の前で茶髪の女騎士が俺を見つめてくる。

 脱いだら凄いと自称する女騎士アロエリーナ、彼女は留置場から出した俺とテーブルを挟み、仕事の出来る女オーラを醸し出しながら手元の書類に目を落とす。

 

「あなたは本日、クレア様に対し公衆の面前で盗賊スキルであるスティールを使用、その後盗んだ下着を周囲の人間に公開した。動機はムカついていたのでやった、と」

 

「はい、間違いありません」

 

 くしゃり、と警察署の所長が掴んでいた書類に皺が寄る。

 目の前の女とは初対面ではない。魔王幹部セレナの無力化において知り合った仲だ。その後、魔王討伐後も何だかんだで世話になっている警察署は第二の家とも呼べる物だった。

 今では座り慣れた硬い木製の椅子にすら愛着が湧いてくる。

 

「いえ、ここは決してくつろぐような場所ではありませんよ、サトウ殿。ただ今回は被害者の方から被害届も出ておりません」

 

「はあ」

 

 曖昧な相槌を打つ俺は目の前の女騎士の隣にいる、被害者である白スーツの女に目を向ける。少し前に下着を周囲の人間に公開された被害者は決して俺と目を合わせようとはしない。

 椅子に座る彼女は凜とした様子で、冷静な表情のままジッと正面を見続けている。

 そんな表情を崩したくなり、ふと俺は思い出した事をクレアに問い掛けた。

 

「そういえば、下着は冒険者連中からちゃんと回収出来たか?」

 

「……ッ」

 

 ギロリ、と俺を睨む瞳。

 その眼力は王女と一緒に留置場で寝ていたと知った時ほど強い物ではないが、俺の純粋極まりない質問を無礼だというように隣に座る人物が脇腹をグリグリと手刀で差してくる。

 アイリスだ。同時に俺を見る全ての視線には冷たい物が混ざるが、

 

「……で、回収出来たの?」

 

「カズマ様!」

 

「いや、でも知りたいじゃん? ……知りたいよね?」

 

「どこを見てるんですか!」

 

 俺の名前は佐藤和真。

 同調圧力には屈せず聞きたい事はその場でキチンと聞ける男。

 だが、俺の純粋な質問を平然と無視する女騎士は蔑んだ目を添えて話を進める。

 

「えー……。何より、今すぐにでも釈放して欲しいとの事で既に保証人としての書類も用意されています」

 

「クレア。ありがとうございます」

 

「イリス様。ええ! ええ! 勿論構いませんよ。イリス様をこのような場所に滞在させることなど出来ませんから」

 

 相変わらずのロリコンっぷりを発揮するクレアに俺は苦笑するばかりだ。

 そして少しばかりの事務作業も完了する頃、アイリスが俺を見ながら口を開いた。

 

「それにしてもカズマ様。ここのクサイメシというのは美味しかったですね」

 

「そうだろ? 名前がアレなだけでちゃんと衛生的だしキチンとした味付けだからそこそこ美味い。何よりもオリの中で飯を食べる機会なんて中々無い経験になっただろ? 多分王族だと誰もいないんじゃないか? 間違いなく自慢できるな!」

 

「はい! またここに来たいです」

 

「……あの、普通は来たら駄目な所なんですよ、イリス様」

 

 華々しい笑顔を見せるアイリスに小声でツッコミを入れる署長。

 本日、俺がアイリスを引き連れて自首と夕飯を食べに訪れた警察署。金髪碧眼の美少女のアイリスが何者なのかを己の本日の罪を告白すると同時にそれとなく伝えると、彼女達はそれはそれは丁寧な対応をしてくれた。

 

 最も上等な留置場は衛生的でオリの中ではあるがそれなりに快適だ。

 彼女の要望と、警察署の職員への口利きでオリの中での罪人が味わう臭い飯を二人で和気あいあいと食べながらクレアがやってくるのを待っていた訳なのだが。

 改めて俺がアイリスと何をしていたのかを知ったクレアは椅子から立ち、腰の剣に触れる。

 

「……カズマ殿。イリス様に何を?」

 

「ほら、社会見学として罪を犯した人間がどういう場所に行くのか、どういう飯を食うのか、それを肌身で感じる事の出来る重要な勉強なんだよ。当たり前だろ? 王族として必要な行為だ。自らの権力で行った結果を知る事が出来る社会勉強なんだよ。王城では学べないという趣旨とも間違っていないし文句を言われる筋合いはない」

 

「……要するに?」

 

「互いにあーんってして飯を食べた」

 

「貴様、添い寝だけでは飽き足らず、こんな場所で一緒に食事、しかもあーんだと……! うらやま、許せん!!」

 

「そうです、クレア。これは私が望んだことです。だからカズマ様をあんまり怒らないで?」

 

「あ、アイリス様……。駄目ですよ、そんな上目遣いでなんて……」

 

「お願い? ね? クレア……」

 

「……!!」

 

 ニマニマと口元を緩ませているクレアは王女の我儘を叱る立場なのだが。

 腕を掴み甘い声音で呼び掛ける王女に、顔を赤くする騎士は仕方なしに椅子に座る。いつの間にロリコンの攻略技術を身に着けたのかアイリスに聞きたいが、その当人は何事も無かったかのような顔で俺に口を開く。  

 

「ところでカズマ様。クレアが保証人になったのは分かりますが、私では駄目だったのですか? 証明でしたら紋章もありますし……」

 

「……!」

 

 ペンダントにした王家の紋章を懐から取り出して何となしに見せるアイリス。

 決して下々の民に権力を見せつけ怖がらせようという悪徳令嬢染みた行為ではなく、テーブルに紋章を置いた彼女は丁重にもてはやされたお茶とぼた餅を食べる事に再度夢中だ。

 紋章に顔を引きつらせる署長が助けを乞うような眼差しに俺はアイリスに口を開く。

 

「まあ、そうなんだけど。一応アイリス……あ、間違えた。イリスはまだ未成年扱いだから俺の保証人にはなれないんだよ」

 

「そういう事でしたら、あと数か月でカズマ様の保証人になれますね!」

 

「いや、それはそれでなんかいやというか……」

 

 ――男心は複雑だ。

 

 とはいえ、王家とそれに近しい貴族が背景にいるという事も事実だ。

 こうして簡単に釈放されるのだから、この世界において貴族や王族とのコネ及びその権力がどれだけ強力で重要なのかを理解せざるを得ない。

 そう思うとクレアには少し感謝した方が良いだろう。

 

 そんな思考を巡らせていると、ふとアイリスが俺を見ているのに気づく。

 

「どうした?」

 

「……いえ」

 

 ふいっと顔ごと目を逸らす彼女だが俺が何かをしたつもりはない。

 長い金髪を揺らし、ふわりと漂う王女の香りを鼻に感じながら後頭部を見つめるが答えは見つからない。そろそろ反抗期、思春期なのだろうと無理やり納得すると椅子から立ち上がる。

 

「署長。これで手続きは終わりだよな。そろそろ俺たちも帰りたいんだが」

 

「――いや、まだですよカズマ殿」

 

 立ち上がろうとする俺の前に立ちはだかるのはクレアだ。 

 彼女は、自身の隣に座っていた署長に一時退出を告げた。特に慌てる事もなく退出する姿はクレアが事前に告げていたのだろう、何かしらの準備をしていたのだと感じた。

 そうして薄暗い密室には三人だけとなり、女騎士はある物を取り出した。

 

「これをご存知ですか?」

 

「チンチン鳴るやつ」

 

 クレアがテーブルの上に置いた物は嘘を吐くと音が出る魔道具だ。

 裁判所や尋問において使用されるソレ、そしてこの状況には覚えがあった。

 

「そんなに身構えなくても大丈夫です、カズマ殿。ただ口の回る貴方にはこういう魔道具の一つでもあった方がいいかな、と思いまして。少し場所を貸して貰うように事前にお願いしてました」

 

「それって断れない奴だよな」

 

 俺の軽口を受け流すクレアは肩をすくめる。

 余裕の表情に僅かに苛立ちを覚えるがそんな事で怒気を露わにするほど子供ではない。無言のまま本題に移るように告げるとコクリと頷くクレアはやや小声で口を開く。

 

「カズマ殿。銀髪盗賊団、……失礼。以前王城を大いに賑わせた仮面盗賊団をご存知ですね」

 

「そうだな」

 

 知っているとも。たぶん誰よりも知っている。

 そしてその事は目の前のロリ好きの女も、隣の金髪王女も、知っている。

 俺が、佐藤和真が仮面盗賊団の一員であることを知っている。

 口にはしないが、ソレを公表していないという事は暗黙の了解を得ていると考えていたが。

 

「なんかあったのか?」

 

「新聞を見ていないのか?」

 

「質問を質問で返すなよ……。まあ、見たけど? それが――」

 

 ――チーン。

 

 突如テーブルの上で魔道具が音を鳴らした。

 思わず口を噤み、冷たい眼差しを向ける女騎士相手に頭を回す。

 

「あの、そういえば……四コマ漫画しか見てませんでした」

 

「…………」

 

「…………」

 

「さ、最近はちょっと忙しかっただけだから。基本的には読んでいるから!」

 

 チラリ、とクレアが魔道具に目を向けるがベルは鳴らない。

 この魔道具はやはり世間話で持ち出すような代物であってはならないのだ。

 

「いえ、そもそもお兄様が変な所で嘘を吐いたのが悪いのでは?」

 

「おっと? 隣から刺さる刺さる」

 

 王女に半眼で見られる下賤な冒険者は名誉挽回の為に背を伸ばす。

 隣に王女がいるのだから、あまり格好悪いところは見せたくない。決意を固める中、コホン、と咳払いで横向きの俺の意識を正面に向けさせたクレアは淡々と話を続ける。

 

「では、最近の王都について簡単に話をしますが……」

 

「王都?」

 

「ええ、ええ、そうです。単刀直入にお聞きしますが、カズマ殿。最近王都で以前のような活動をされましたか?」

 

「――――」

 

 ジッと俺を見てくるクレアの瞳から、ゆっくりと目を逸らす。

 ぼんやりと彼女の奥の薄暗い壁に目を向けながら、今の言葉の意味を咀嚼する。

 大前提として、目の前の女は俺が以前王城に忍び込んだ仮面盗賊団の一員である事を知っている。それを彼女が知る過程で色々とあったが今は割愛しよう。

 

 ただ、魔道具がある以上迂闊な回答をする事はできない事は確かだ。 

 はい、いいえで答えても良いが、それはなんとなく嫌だ。

 必然クレアからの質問を誤魔化すような言葉が自然と口から零れた。

 

「……と、いうと?」

 

「このリストを見て下さい」

 

 首を傾げる俺を胡散臭そうな目で見るクレアが出した羊皮紙。

 数人の名前が記載されているが、これといって見知った名前の者はいない。

 

「知らない人だ」

 

「……一応、この国では名のある貴族なのだが」

 

「なら、よっぽどな変態達なんだろうな。悪魔萌えとかいそう」

 

「は? あなたは何を言っている、物を知らぬ冒険者が貴族を侮辱するなよ」

 

 そう告げるロリ好き貴族は髪に手をやり、魔道具と俺の顔を交互に見る。

 尋問されているような気分だが、既に手首を拘束していた鎖は解かれている。正式な尋問という訳ではなく、あくまでこの場所を借りた上で話をしているだけだ。 

 抗議をしたい気分だが、下着の件で僅かな罪悪感がある為しばらく彼女の話に付き合う。

 

「簡単に言うと、この何日かで襲撃にあったと被害を出した貴族達だ」

 

「ふーん」

 

「彼らは口々に仮面盗賊団に襲われたと言っているのだが」

 

「――――」

 

 そうクレアが告げた言葉に思考が止まる。

 意味が分からず、吐息混じりの言葉を零すがクレアは話を続ける。

 

「は」

 

「襲ったか?」

 

「いや、いやいや意味分からないから。何言ってるか分からなーいマジで。そんな奴ら身に覚えなんかないし? 俺らっていうか仮面盗賊団って義賊だろ? 襲撃する理由もない筈だから」

 

「……ふむ」

 

「クレア。お兄様がそんな事をしでかす筈がありません」

 

「そうですね。どちらかと言えばセクハラで満足してそうな男であるのは私も知ってますから」

 

「――――」

 

 実感の籠った声音にそっと彼女から目を逸らす俺。

 これからはセクハラは出来るだけ控えるようにしよう、という決意を胸に抱きながらも襲撃という言葉が気になり彼女に話の続きを促す。

 

「襲われたといったけど、その人たちは死んじゃったり……?」

 

「いや、幸い命に別状は無かったが全員が生気でも吸われたかのように憔悴している。しばらくの間はベッドから起きるのも厳しいようだ」

 

「それは、まあ良かった。命あっての物種だ」

 

「ああ、ただこの件に際し我々も只事ではないという事で、死傷者はいないが、金品や紋章なども多数奪われている以上、今後は仮面盗賊団に掛けられた賞金首を三億エリスに上げる事を決定した」

 

「さ、三億ですか」

 

 以前バニルとの商談で三億エリスが手に入ると聞いて喜んだ事が頭を過る。

 三億の賞金首ともなるとちょっとした魔王軍幹部と同等の存在になるのだが、

 

「やったな、アイリス。三億の首だってよ。ちょっとワクワクしないか?」

 

「お兄様、そこは喜ぶべきではないと思いますよ」

 

「お、おう。そうだな」

 

 三億の首になった事に実感は特にない。

 今後はもう盗賊なんて危ない事をしなければ狙われる事もないのだから。

 

「まあ、俺の直感だと本物は王都では動いてないと思うし、さっさとパチモンを捕まえてくれよ」

 

「いや数人は既に捕まえているのだが、どれも仮面を付けただけの雇われの盗賊だ。横の繋がりは無く、全員が金で雇われただけだと主張している。口が堅いのか、首謀者が何者なのかまでは辿れてはいないが、時間の問題だろう」

 

「ふーん……お疲れ様でーす」

 

「絶対あなたは『お疲れ』なんて思ってないですよね」

 

「そんな事はありますん」

 

「どっちですか」

 

 乾いた口内を傾けた湯飲みで潤す俺はそれで話を終わらせる。

 チラリと目を向けると、アイリスが飲んだ湯飲みをジッと見るクレアもこれ以上続ける話題は今のところはないようだ。

 完全に尋問ごっこは終わりの雰囲気となる中で、何となしにクレアが口を開く。

 

「ところで王都では、という事なら王都以外では活動していたのか?」

 

「――――」

 

「……ちょうど一件だけだが仮面を付けた男たちに襲われたという話があるが、その辺りについて聞かせて貰おうか」

 

「お兄様。それ、私も聞きたいです」

 

 俺には黙秘権がある!

 合計四つの美しい瞳に曖昧な笑みと共に湯飲みを傾けた。

 

 

 

 +

 

 

 

 既に夜空に星の光がハッキリと見えるようになった時間帯。

 丁重に警察職員からの見送りで久方振りに出た俺の肌は夜風に鳥肌が立つ。

 

「ほら、アイリス。寒いだろ」

 

「貴様! 何をアイリス様と手を繋いでいるかぁ!!」

 

「――クレア。クレアも手、繋ぎましょう」

 

「あああ、アイリス様!? そのような慈悲を!! ふわぁああ!!」

 

「もう夜だからあんまり騒ぐなって」

 

 抜刀しようとする女騎士を即座にレズ狂いに堕とす王女の指が俺と絡む。細く柔らかく温かい彼女の手はずっとこうして繋いでいたいとすら思わせる。

 楽しく有意義な話し合いは盛り上がり、既に街灯りが石畳や住人達を照らす。

 夜の街というのは珍しいのか、それともアクセルの夜の光景が珍しいのか、キョロキョロと周囲の店を興味深そうに見る姿は微笑ましい。

 

「アイリスはあんまり夜の街って出ないのか」

 

「そうですね、やっぱり夜はお城にいる事が多いですから」

 

「当然です。アイリス様に何かあったら大変ですから」

 

「そっか……。なんか小腹も空いたし、適当になんか買って帰るか」

 

「でしたら、あの串焼きが食べたいです」

 

「アイリス様! 私がお金を出しましょう! 是非とも!」

 

 食べ盛りの王女は賛同、ニヤケ面を隠せない護衛の女を従えて店で好きな物を買い物する。

 流石にダクネスのように買い物が出来ないという訳ではなく、商人の前では凛々しい顔を見せる俺とクレアが隣にいる為、正規の値段で購入出来た事をニコニコと知らせるアイリス。

 そしてその様子を見てにやけるクレアという状況が出来上がっていた。

 

「と、そういえばダクネスは今、どうしてるんだ」

 

「ああ。ダスティネス卿ならば先ほどカズマ殿にお伝えしたあの件で会議が思った以上に長引いていてな。私は途中で抜けてきたのだが。明日になったらアイリス様と共に王城に戻らなくてはならない」

 

「まあ、仕方ないな」

 

 色々とアイリスを交えたクレアとの話は中々有意義な物だった。

 嘘ではない。色々と話をした結果、クレア同伴だがアイリスは屋敷で一泊する事になった。現在は月明りと星空が見下ろす中で、俺はアイリスとクレアを引き連れて屋敷へと向かっていた。

 

「しかし意外だったな。お前なら何がなんでも連れ帰るって発狂すると思ってたんだが」

 

「発狂!? 私をなんだと思って……。あなたの屋敷に泊めるのはともかく、アイリス様たってのお願いですから、私が傍にいられるうちは可能な限り叶えて上げたい」

 

「…………」

 

「それに私個人、カズマ殿とは先ほどの件も含めて色々と話をしたいと思っていたところだ」

 

「何、お前。俺に気でもあるのか? 俺の事好きなの? 実は惚れてる的な?」

 

「確かにカズマ殿は腕が立つ事は分かったがそれ以上に人としてアレだ」

 

「ああん!? 俺がアレってどういう事だよ」

 

「公衆の面前で貴族の、しかも嫁入り前の女性の下着を剥いだ上に、それを周囲に見せつけるという男をアレと呼ばずに何と呼ぶのだ?」

 

「すみませんでした。深く反省しております」

 

 それについては平謝りするほかに俺の選択肢は存在していなかった。

 ペコペコと頭を下げる俺に重い溜息を吐くクレアに僅かに苛立ちを覚えるが公衆の面前で罪の無い女にスティールをした事は事実であり、特に何も言い返す事は出来ない。

 

「そういえば、めぐみん曰くああいう事をされた女ってのはトラウマで普通なら二度と会話出来ないとか聞いた事があるが、お前は結構平然としてるな」

 

「普段から何かと理由をつけて身体を視姦し、あまつさえ触れようとしてくる貴族連中を相手にしているのだ。アイリス様を御守りする騎士である以上、あの程度で動揺する事など無い」

 

「いや思いっきり顔赤くしていたじゃん。きゃあとか言ってたじゃん。嘘吐くなよ」

 

「…………」

 

 そんな雑談を交わしていると屋敷が見えてくる。

 屋敷の窓からは僅かな明かりが、中で誰かがいるという事を俺に教えて――、

 

「あー」

 

「どうしました、カズマ様」

 

「ん? いや、まあ忘れてたなーっていうか……。アイリス」

 

「はい」

 

 屋敷の玄関、木製の扉に触れる俺を見るアイリス。

 薄暗い夜に玄関に設置された灯りに照らされて美しく映える王女は、どこまでも澄み切った大空の瞳で俺を捉える。

 

「いや……、アイリスは可愛いなって」

 

「そうですね」

 

「もう、二人して揶揄わないで下さい」

 

 相槌をクレアから貰うと、玄関の取っ手を掴む。

 忘れていた。忘れていたというよりも予期せぬ訪問で置き去りにしておいた問題。

 

「まあ、忘れてる事に期待しようか」

 

 そうして俺は玄関の扉を開けて――。 

 

   

 



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第十七話 おやすみの前に

 ――その言葉を告げるかを悩んだのは一瞬だった。

 

「ただいま」

 

 逡巡の果てに、俺はいつも通りの行動を選択する。

 変に意識した場合、勘の鋭い者ならばそこから看破する事さえ可能なのだ。ならば隠す事は諦めて状況に応じた行動をする他に道はなかった。

 俺の言葉は決して大きくはないが、数秒後に明確な反応があった。

 

 どたどた、と騒々しい足音がリビングから聞こえる。

 風呂に入ったのか肩を露出させた薄青のパジャマを身に纏ったアクアが俺を迎えてくれた。

 いつもならソファでゴロゴロしているのに、どういう風の吹き回しか。

 ほんのりと頬を赤くした少女は、俺を見て駆け寄ってくる。

 

「おかりー、カズマ」

 

 にへら、と忠犬が飼い主に懐いたような表情。

 僅かな酒精が鼻腔をくすぐると、胸中に抱くのは明確な安堵だった。

 同時に抱いていた一縷の期待を幸運が拾ってくれたと思って。

 

「お前、酒はほどほどにしとけって……」

 

「煩いわねー。飲みたい時に飲んで……」

 

 ――そう思っていられるのは本当に僅かだった。

 どこか酩酊感に揺れていた水の瞳が俺を捉えた瞬間、

 

「…………」

 

「アクア?」

 

 僅かながら見せていた微笑も消え、真顔を見せるアクア。

 酒に酔っていた筈だが、手が届く範囲まで近づいた彼女が目を見開く。アクアの水の瞳には感情が渦巻き、それは浮かぶ涙の滴に溺れて見えなくなる。

 

「なんで……」

 

 アクアは小さく首を横に振り、俺に向けて手を伸ばす。

 下ろした長髪が揺れ、今にも崩れ落ちそうな姿に俺は思わず腕を掴む。

 

「おい、どうしたって……」

 

「いやっ! カズマさんが、だって……他の人って、え、なんで……」

 

 混乱と戸惑いと深まる感情が彼女の瞳を汚す。

 狼狽え、混乱し、口走る言葉は独り言にしても意味が分からない。

 潤む水の瞳からは溢れ出す涙が頬を伝うのも気にせず、ただ悲しそうに俺を見て泣く悲哀な姿は見ているだけで心が痛む。

 

「私にあんな事して……他の子の、匂いを……こんな……、わ、私は……っ」

 

「何を言ってるのか……」

 

「嘘よ! 嘘嘘嘘……嘘! こんな、本当に……」

 

 どこか狼狽したようなアクアの姿に不安感が募る。

 その姿は数日前の錯乱していた彼女の姿と重なり、咄嗟に身体が固まる。

 告げる言葉が思い浮かばない俺を見ていた女神はやがて、俺の背後に目を向けて瞳を見開く。

 

「ぁ……」

 

「アクア様……」

 

「……、アイリスが」

 

 一番最初に玄関に入ってきた俺しか眼中になかったアクア。

 醜態と言っても隠しきれない汚点を抱える女神は来客を前に体裁を取り繕う余裕は無い。寧ろ背後にいるだろう金髪の少女を瞳に映した途端、今にも壊れそうな曖昧な笑みを浮かべた。

 

「――――」

 

「嫌だよ、カズマ……。私を、一人に……」

 

 俺の問い掛けも耳を素通りし、アクアは俺の腕を掴む。

 その姿に無意識のうちに一歩後退しようとする脚よりも早く俺と距離は近づく。哀切に満ち溢れたアクアの姿が目に焼き付いて言葉も出なかった。

 ただ滂沱と水の瞳から流す涙を、悲し気に顔を歪めるアクアに――、

 

「カズマさんには……私が……」

 

「――失礼します」

 

 支離滅裂な言葉を前に狼狽える俺を余所に事態は動く。

 子供のように喚き泣く女神の肩に手で置き呆然とする中、アクアの首元に俺でなくては見逃す程に素早い手刀が当てられる。泣きじゃくる女神の意識を刈り取った下手人が掛けた言葉が遅れて鼓膜を震わせると、

 

「……クレア」

 

 ふっと意識を失ったアクアが崩れ落ちる。

 正面から倒れかける女神を抱きしめ、転倒を阻止した俺はそっと安堵の溜息。

 そしてこの事態を収拾させた女騎士の顔を見上げると、

 

「なんで」

 

「アイリス様が見ている」

 

「……お前はそういう奴だったな」

 

 僅かに格好良く見えたのは気のせいだった。

 呆然とするアイリスの目に余る事態であったのは間違いない。ぐったりとしたアクアの柔らかい身体を抱きとめ僅かに痛まし気な顔をするクレアに礼を告げると、ひとまず先ほどの事態については思考を放棄する。

 そうしてようやく無言を保っていた王女に俺は小さく笑い掛けた。

 

「悪かったな、最近こいつちょっと酒の飲み過ぎでアレでさ」

 

「あ、いえ……。私は大丈夫ですので。お酒とは怖い物なのですね……」

 

「そうだぞ。どんな物でも適量が一番だ。……ひとまずリビングに案内するから、そこで少し休んでてくれ」

 

 俺の言葉に反対はなく、無言のままリビングに向かう。

 どこか暗い雰囲気の中でも暖炉の熱が夜風に冷えた身体をじんわりと温める。

 一度ソファに女神を寝かせ、手早く飲み物などをテーブルに置くと、先に購入した夜食を食べているように告げて、俺はアクアを彼女の部屋にまで連れて行った。

 

「アクア、お前重いな……」

 

「…………」

 

「意識の無い人って本当に重いんだなぁ……」

 

 何気なくアクアを背中に背負うというのは珍しい事だった。

 ドレインタッチも取得していない頃、爆裂魔法を使用し倒れためぐみんを背負う機会があったが、パーティーメンバーを背負う機会が多いという方が珍しいのだ。

 扉を開けて、意外に持ち物の少ない彼女の部屋を進み、ベッドに転がす。

 

 流石にそのまま放置するのも人として駄目な気がしたので毛布を掛けて目元の涙を拭うと、本当に起きていないかのチェックとして豊かな双丘をそっと手のひらで揉んでみる。

 たゆん、と水風船のような物体はパジャマ越しでも柔らかさがある。

 しばらくの間、無心で母性の塊を揉んでみるが、昼頃のような反応は全く無い。

 

 程良い刺激に僅かに声を漏らすアクアだが、覚醒にはほど遠い。

 何も語らず、長い睫毛に縁取られた瞼を閉じた整った顔は、不思議と女神に見えた。

 

「…………」

 

「ん……ぅ……」

 

 鼓動の高鳴りは偽りだ。

 だって、アクアに抱く想いの筈が無いのだから。

 

 気絶による寝息が不規則になり始めるまで女神の乳房を手のひらで味わうと、そそくさと部屋を退出してアイリスとクレアの元に。

 最近情緒不安定なんだという話と珍しい来客達の視線を受けながら夜店で購入した夜食の感想を言い合って、半分食べ終わる頃にようやく元の雰囲気を取り戻していた。

 そうこうしているうちに、くぁ、と欠伸をした王女は俺とクレアの視線に顔を赤くした。

 

「す、すみません。お話が退屈という訳ではなく、あの……!」

 

「いいって、誰もそんな風に思ってないから。アイリスの欠伸が可愛いなって思っただけだって。なっ、クレア!」

 

「そうですねカズマ殿。寧ろその吐息を吸いた……いえ、そろそろアイリス様のご入浴の時間ですね」

 

「そっか、そんな時間か……。よし、アイリス一緒に入るか!」

 

「え!? ぁ、えっと、まだ、少し恥ずかしいのですが……」

 

 揶揄ったつもりだったのだが思った以上の好感触に瞬きを繰り返す。

 ここでだらしなく頬を緩めると、ゲホゲホとむせる女騎士と一戦を行いかねない。アイリスがクレアにどの程度話をしているかは不明だが、流石に堂々と風呂に入るのは厳しいだろう。

 

「アイリス様と一緒にお風呂だと!! アイリス様ご安心下さい。私がいる以上この男には一歩たりとも浴室への侵入はさせません。たとえ全裸に剥かれようとも……!」

 

 美しき主従関係。 

 心の底まで主を慕う騎士の鏡の忠義。

 

 性獣扱いされた事に憤りを覚えつつも大人げなく怒鳴る事もなく、アイリスに浴室の場所や使い方を教えると脱衣所から引き摺られる形でクレアとリビングに戻る事になった。

 そろそろ大人の時間だと、酒のボトルを取り出す俺を見るクレア。

 

「……で?」

 

「で、とは?」

 

 キュポ、とコルクが抜ける音と彼女の不機嫌そうな声音に耳を傾けながら、フリーズでキンキンに冷えたグラスに酒を注いでいく。

 

「大人の時間、って何か良いな。響きが」

 

「そうだな。それでさっきのアクア殿についてだが聞いても大丈夫だろうか」

 

「……まずは飲もうぜ」

 

 大抵の事は飲んでしまえば忘れられる。

 後悔が伴う事も多いが、それでも今を最高に楽しむというのは、他でもないこの世界で初めてアクアに教わった事である。

 目力で高級酒を勧めると、気持ち悪い物を見たような顔をする女騎士だったが、こちらの意向を汲み取りグラスを手に取る。カチン、とグラスをぶつけて響く音に思わず微笑を浮かべる。

 

「カズマ殿」

 

「ん?」

 

「……いや、貴方は何に乾杯するのですか?」

 

「え? あー、そうだな……」

 

 なんとなく雰囲気作りをしたかっただけとは言えない。

 

「アイリスとこの世界に」

 

「では同じく。……いえ、私が敬愛するアイリス様に」

 

 クレアにとって世界はどうでも良いらしい。

 口にした俺も馬鹿馬鹿しいと思っているので人の事は言えないが。

 パチパチ、と薪が焼ける音を小耳に挟みながら、酒という潤滑油を差した頭を回して、目の前のアイリス好きの同士に目を向ける。

 

「そうだな……。いや、最近色々あってさ」

 

「色々、ですか」

 

「そっ、色々。仕事とかね。……まあ、あいつの言葉から何となく想像はつくような気もするけど、今はなんとも」

 

「それはすぐに解決できる問題だろうか」

 

「どうだろうな。一応、お前らが帰ったらもう少し話してみようとは思う」

 

「……そうか」

 

 タイミング悪くアイリスが訪れたから、という訳ではない。

 基本的に明日へ、明後日へ、出来る限り楽な方へと逃げがちであるという自覚はあるのだが、これでも決める時にはキチンと決めているつもりなのだ。その事においては仲間たちからの信頼も厚い自信があった。

 いつの間にか乾いた口内を酒で潤すと、液体の入ったボトルを手に取る。

 

「次は、クレア。あんただ」

 

「私が何か?」

 

「まあ、なんだ。俺たちの間にあった深い溝は消えた事だし、晴れてアイリス愛好の同士として今後は親友にもなれると俺は思う。意外と真面目に話を聞いてくれる奴って中々いないからな。少しスッキリした。ありがとうな。何か悩みがあるなら聞いてやるよ」

 

「い、いえ……そういうつもりでは」

 

 酒が入ったからか驚く程に口が回る。

 素直に話をすると、ほんのりと頬を赤らめる女騎士はグイっと酒を含む。

 あまり酒が強くなかった記憶もあるのだが、あとは寝るだけなので大丈夫だろう。

 

「ほら」

 

「あ、どうも」

 

「おっとっと……」

 

 トクトクと酒を注ぎ、余った夜食を適当に胃袋に入れる。

 久方振りに不健康な行動が身体に染みわたる感覚に、思わず頬を緩ませた。

 

「完全に酔う前に先ほどの話の続きをしたいのだが」

 

「えー、なんかそういう気分じゃないんですけど。お前飲み足りないんじゃねえの」

 

 コホンと咳をするクレアはほろ酔いに浸る俺に話を進める。

 目の前の女も明日には王城に戻る身の上だ。アイリスが悲しむ為、強硬手段に出る事はない可能性が高いがそれでも得られる情報は当然欲しいだろう。

 

「王都の件だったら、マジでなんも知らないぞ。一応、王都外での活動については、さっき話した通りだ」

 

「そうか……。まあ、あの魔道具があった以上嘘は吐けないからな」

 

「んー、そうだな。あとは……、ん……美味いなこの焼き鳥」

 

「カズマ殿」

 

「酒、飲めよ」

 

「…………」

 

 こく、こく、と喉を鳴らす小さな音。

 ペース配分という物を知らないのか、そんなに情報が欲しいのか。

 これならばクレアから情報を抜き取る事も容易だろうと思いつつ、空のグラスに酒を注ぐ。

 

「パチモン盗賊団がどうして強盗しているかは不明だが、そもそも本物は義賊行為しかしていない。っていうか明らかにパチモンだって分かっているのに、何で賞金額上げた訳?」

 

「わ、私が上げた訳では……。我々も馬鹿ではない。捕まえた者は全員が仮面を装着していた。奴らがその罪を擦りつけようとし、それだけの影響力がある盗賊団を放置しておく事は出来ないというのが建前だ」

 

「……、金品奪われた貴族共の反発が思いの外強くなり渋々上げるって事にしたとか」

 

「……カズマ殿」

 

「おっ、御酌とは気が利くな」

 

 答えないという事はそうなのだろう。

 貴族と平民という格差が存在する以上、義賊など邪魔だという事か。

 あわよくば捕らえて見せしめに殺してしまおうという貴族の魂胆が透けて見えていた。

 

「まあ、そんな事はどうでも良いがな。別に大した問題じゃない」

 

「カズマ殿は豪胆なのか臆病な嘘吐きなのか、分からなくなるな。コボルドに殺される程度の実力だと思えば城内で見せた実力。そうと思えば昼間の騒動。どちらが本物の顔なのか」

 

「お、おう。あんまり褒められると照れるな……。ともかく襲われた貴族連中は何か言ってなかったのか。何かを見たとか聞いたとか」

 

 今後は盗賊などやるつもりはないから大した問題ではない。

 そういう意味だったのだが、変な捉え方をされてしまった俺は訂正せず話を変える。

  

「大抵の者は意識を失ったらしいが、一人だけ。時計のような物を見たとか」

 

「時計」

 

「それが身体に触れた瞬間、身体が急に重くなったと言っていた」

 

「ふーん」

 

 時計のような代物。それが相手に触れると体力か生命力を吸収する。

 そういう魔道具もあるのかもしれないが仮に昏倒した貴族全員に使用されたというならばどのような意味があるのだろうか。ふと、最近どこかで似たような話を耳にした気がするが酒の所為かあまり頭が働かない。

 パズルのピースが徐々に埋まっていく感覚の中で、ゆっくりと枝豆を咀嚼、高級酒の酩酊感に吐息する。それだけで今日一日の疲労が取れたような幻想に囚われる。

 そんな酩酊感に頬が緩んでいると、自然口まで緩んでしまった。

 

「ところでアウリープっていう名前に聞き覚えは?」

 

「アウリープ? ……男爵のか?」

 

「うん? 知っているのか」

 

「知っているも何も、アクセル前領主を務めていたアルダープの親戚筋の者だが。……その男に何かあるのか」

 

「……いや、まだなんとも」

 

「一応、調べておくとしよう」

 

「マジでなんでもないからな、本当だよ」

 

 口は滑ったが思った以上の成果は得られた。

 だから、今はもう十分だろう。

 チビチビと飲んでいたクレアのグラスに酒を注ぎ、己のグラスにも注ぐ。

 

「他に何か聞きたい事とかあるか?」

 

「そうだな……。他ならぬアイリス様についてだ」

 

「くわしく」

 

 正直言って、関わる事の無い事件についてよりも身近な王女について聞きたい。

 俺の目の色が変わった事を悟った、顔が赤らみ始めた酒に弱い女騎士もこの話題に関してだけは真面目な顔を見せる。かと思えば泣きそうな顔になったりと忙しい。

 

「最近、アイリス様が私の手を離れて、アクセルの街に出て行かれる」

 

「そうか。……それだけ?」

 

「いや、まだある。以前ハチベエという不思議な男から貰った指輪をときおり耳に宛がう回数が段々と増えてる。その度に何かをアイリス様は囁いて女神のような笑みを浮かべるんだ。ただ殆ど自室でされているので何を言っているのかまでは分からないのだが」

 

「そうなのか、そういう年頃なんだろう。ほら葱も美味いぞ」

 

「頂こう」

 

 グラスが空になる。注ぐ。空になる。

 癖が少なく飲みやすいこの酒は、俺が大金を手に入れて厳選した酒だ。

 クリムゾンシリーズのような辛口ではなく、甘く優しく上品なまろやかさがある。

 

「――到着すると同時に全力で私の元から走り去ってしまう。追い掛けようにも全然見つけられないのだ。まるで潜伏スキルでも使ったかのような鮮やかさには感服するが悲しい物がある」

 

「アイリスもそろそろ反抗期だろう。その程度で一々ぶつくさ言っていたら、お前死ぬんじゃないか。大体身近な存在は自分の事を見捨てないからと、ついつい反抗的な口調をするんだ。クレアの事なんて嫌いです! ってな」

 

「いやだあぁぁぁああああ!!」

 

「カズマ様を婿にします! とか言われたら致命傷じゃないか」

 

「それはもうあなたに決闘を挑むしかないだろう……。場合によっては斬る。でもそうするとアイリス様に、き、きら……アイリスさまあああああああ!!」

    

「そっか、まだ伝えてないのか。それより、ほら酒飲んで落ち着けよ。誰だっていつかは思春期になるさ。アイリスだってむっつりなんだから既にエッチな事に夢中なんだぜ」

 

「貴様、適当な事言うなよ。アイリス様がそのような事をする訳ないだろうが!!」

 

「でも夜な夜なこっそりと自慰とかしてるだろ。お前だってしてるだろ?」

 

「し、してませんが。カズマ殿。私も貴族の娘なのでそういう事は……」

 

「おいおい親友。今更かまととぶるなよ。いいか、酒の場での言葉は全てなかった事になるんだ。だから皆鬱憤を吐くだけ吐いてスッキリしているんだ。その際に嘘はいけない。嘘吐いたのでもう一杯酒な。……美味いだろ……さてもう一回聞こうか」

 

「…………」

 

「ララティーナだって夜な夜な激しすぎて音が煩いんだよ」

 

「そ、そんなになのか」

 

「ああ。苦情が出るぐらいだ。だからこれは普通の事だ。お前も結構世間知らずなところがあるからな」

 

 ボトルが空になり二本目を開ける頃には、俺たちはこんな感じの話をしていた。

 邪魔する者は何もなく、セクハラ混じりの猥談とアイリスの話をする。いつの間にかクレアの隣に座りながら酒を注ぐ度に歯止めを忘れていく。 

 そっと耳を傾けるとやや戸惑いの表情を浮かべながら恥ずかしそうに耳元で囁く女騎士の声音に口元が緩んでいくのを感じた。

 

「ほう、案外普通だな。てっきり毎日アイリスの私物でしているのかと」

 

「馬鹿を言うな! 私ぐらいならば想像でいける……と」

 

 素面ならば憤死しかねない言葉を次々と俺に告げるクレア。

 元々酒には弱い方で、これだけ飲んだならば記憶も抜け落ちているのではないか。

 見つめたクレアの瞳には酒による酩酊と戸惑い、羞恥、興奮が入り乱れている。

 

「その、カズマ殿……」

 

「なんだ」

 

「あまり近づかれると……、それに私も嫁入り前の身だ……」

 

「ん? もう決まっているのか?」

 

「まだ確定ではないが、これでも大貴族の娘。当然多くの縁談の話もきているのだ……。今は良くてもいつかはアイリス様のお傍を離れなくてはならないと思うと……」

 

「うちのララティーナもそんな事言っていたな……。その、なんだ、そんなに嫌なら断ったらどうだ」

 

「馬鹿を言うな、アイリス様に尽くそうとも家の繁栄の為にいずれは……それとも何ですか、カズマ殿が私を娶ると?」

 

「それは……」

 

 予想外の切り返しに閉口する。

 目の前の女、酒精に頬を赤らんだ女にダクネスの姿が重なる。

 以前にも似たような事を告げていた彼女はとある騒動でその身を捧げる決意をしていた。

 

 似ている、とは思う。

 知り合った貴族の大半は碌な奴がいないが、ほんの僅かにこういう奴がいる。

 真面目で義理堅く、頑固な女だ。

 

「言っておくが、俺の好みは優しくしてくれる金髪でスタイルの良い女なんだが……」

 

「なんだ?」

 

「いや、あれ? お前も結構……」

 

 外見的な話ならばクレアも俺の好みの範囲内に該当している。

 初対面は最低だったが、アイリスに関して遠慮のない話も出来る。

 加えて、めぐみんやダクネスのような近づき過ぎて話せない内容も話せる関係。

 

「……ぁ、あの、カズマ殿」

 

 気づいたら女騎士の頬に触れている手。

 ぼんやりと俺を見つめるクレアの瞳はどこか潤んでいる。

 その姿は思っていたよりも。

 

「思ったよりお前の事嫌いじゃなくなってきたわ」

 

「カズマ殿……」

 

 

「――それは良かったですね、カズマ様」

 

 

 その言葉は背後から聞こえた。

 瞬時に手が頬を離れる俺をジッと見つめている大空の瞳はどこか冷たい。

 

「――ああ、上がったのか。結構長湯だったな」

 

「ええ。まあ……それで何をされているのですか?」

 

「ん? クレアが酒を飲み過ぎてさ……。ちょっと介抱してたんだ」

 

「随分と距離が近いと思うのですが」

 

「アイリスは酒を飲まないから分からないと思うが、大人はこういう介抱の仕方があるんだ。アクセルにおけるローカルルールって奴だな」

 

 そんな事を告げながら俺とクレアの間に己の身体を捻じ込むアイリス。

 ジッと俺を見上げる少女の体温は温かく、先ほどまで湯舟に浸かっていた事を思わせる。疑わしい者を見る半眼に肩をすくめていると諦めたのか、その追及の視線は自らの護衛に向く。

 

「本当ですか、クレア」

 

「――――」

 

「クレア……?」

 

「すかー……」

 

 どうやら酒で眠り込んでしまったらしい。

 俺の幸運が上手く作用したのか、或いは巧妙な演技なのか。

 最近自分の目が信じられなくなる今日この頃ではあるが、俺の口は上手く動く。

 

「まあ、今日もクレアは誰かさんを探していたからな、疲れたんだろう」

 

「ぅ……、それはまあ、仕方がないですね……」

 

「仕方ない。こいつは俺が運ぶからアイリスは先に寝ててくれ」

 

「いえ、私の部屋に運んでください。今のお兄様と一緒にしていると嫌な予感がします」

 

「はっはっは。何言ってるんだ。俺がそんな事する訳ないだろう。基本的にヘタレだぞ?」

 

「でしたら、私がクレアと一緒に眠る事は何も問題ありませんよね?」

 

「いや、でもこいつとは大人の付き合いがあってな……」

 

「私も大人です! ……子供扱いしないで下さい!」

 

 そう言うと、乱暴に俺が手に持っていた酒のグラスを奪うと、一息に飲み干す。

 グビッと喉を鳴らす良い飲みっぷりに感心するも、王女に酒を飲ませてしまった事に俺は思わず慌ててしまった。

 

「お、おい。アイリスには酒はまだ早いって」

 

「……そうでしょうか。意外と飲めますよ? これで私も大人ですね」

 

「そうだな、おめでとう」

 

「なんだか急に楽しくなってきました」

 

 一杯程度なら特に問題は無いだろう。

 ニコニコと笑う王女を尻目に、眠りこけたクレアを背中に背負い客室に向かう。既に深夜に近い時間帯、そろそろ眠気が生じる中、背中に背負った女騎士を部屋のベッドに横たえさせる。

 そっと衣服を脱がせようとするもアイリスに止められる。

 

「ちょっ、何をしているのですか!?」

 

「? いや、介抱。流石に寝苦しいだろうし、寝ゲロ吐かれないように服を脱がしているだけだが。言っておくがパーティーメンバーにはよくやっている事だからな? セクハラとかじゃないからな」

 

「そうだったのですね、ごめんなさい。勘違いしていました」

 

 ひとまず重たい上着などの衣服を脱がせると毛布を掛ける。

 二日酔いになる程度には飲んだと思うので、明日はコーヒーを用意しよう。

 

 部屋を出る俺の後ろをついて歩くアイリス。

 程良い酩酊感の中で見る王女は風呂上りだからか、普段よりも可愛らしい。

 僅かに石鹸の香りがする彼女は先ほどから随分とにこやかな表情を浮かべている。

 

「アイリスの髪って綺麗だな」

 

「ふえ? あ、ありがとうございます。えへへ、カズマ様大好き」

 

「お、おう。急に言われると恥ずかしいな」

 

「そうですね。……でも今はなんだか、口にするのは恥ずかしいと思わなくなりました」

 

「――――」

 

 不思議ですね、と口にする王女は儚げな微笑を浮かべる。

 そんな姿を見ながら深呼吸を繰り返し、おやすみ、と言おうとすると、

 

「カズマ様」

 

「んー? なんだ? 添い寝か? 流石にバレる……」

 

「――いつもみたいにおやすみの前に愛してるって言って下さい」

 

「――――」

 

 そんな事をアイリスはニコニコしながら口にした。

 いつもみたいに、と王女は言うがそこまで口にした覚えは無い。

 とはいえ、彼女のリクエストに応えようと思って、彼女に顔を近づけて。

 

「あ、ごめんなさい。少し酔っちゃったみたいで。やっぱりなんでも……」

 

 そっと唇を奪う。

 茶化さずに突発的に愛を囁くには、俺には少し気恥ずかしかった。

 

「おやすみ」

 

「……はい、おやすみなさい。カズマ様」

 

 

 



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第十八話 偶然の訪問

「カズマ様の作ってくれた朝食、とても美味しかったです!」

 

 早朝の陽射しが彼女の笑顔を映えさせる。 

 早起きの王女とやや二日酔い気味の護衛の為に、勤勉で真面目な俺は本日も真人間のように朝早めに起きて料理スキルをフルに使って朝食を作った。

 別段、凝った品では無かったが、それでも喜びの声を上げるアイリスの姿に頬を緩めた。

 

「ちなみに、アイリスは何が一番美味しかったと思う?」

 

「おかずをトーストに載せてサンドイッチにして食べたのが美味しかったですね」

 

「普段はあのような行為はされないですからね」

 

「今度からはああいう食べ方をしてみたいのですが……。良いでしょ、クレア?」

 

「……、他の方が見ていない場に限ってでしたら。あー、これもカズマ殿の悪影響ですね」

 

「おい、何でもかんでも俺の所為にするなって」

 

 甘えるように上目遣いを見せるアイリスに教育係は断れない。

 本来は厳しく王族然とした行動をさせるべきだろうが、そのような行動を強いるよりも条件付きで許可を出した方が彼女の華やかな笑顔を見れると踏んだのだろう。

 実に現金で甘いクレアの行為に何かを思ったのか、僅かに小首を傾げるアイリス。

 

「…………」

 

「どうされましたか、アイリス様」

 

「……ふふっ、クレアも少し丸くなってきたわね」

 

「!? そ、そのような筈は。レインほど暴食をした覚えは無いのですが……」

 

「なんで比較基準にあの人を出したんだ……」

 

 王女の言葉に己の頬をペタペタと触るクレア。

 世界で最も敬愛する王女の言葉とはいえ、やはり女性としては気になるのだろう。

 恐らく見た目通りの意味では無いが、唐突な言葉にクレアの頭はそこに至れない。思考が柔軟になったと暗に告げるアイリスは今度は俺の顔を正面から見やる。

 

「カズマ様」

 

「なんだ?」

 

「カズマ様」

 

「ん?」

 

「えへへ、呼びたかっただけです」

 

「――――」

 

 可愛らしい少女はほんのりと頬を赤く染め、俺を見上げる。

 気が付くと、いつの間にか僅かに目線を下げるだけでアイリスの瞳と視線を交わす事が出来るようになっている。成長期真っ只中の王女は会う度に少しずつ成長している。

 

「その、本当に見送りは良いのか?」

 

「はい」

 

 彼女の事なので限界まで一緒にいたいという言葉を聞けると思ったが。

 何か心境の変化があったのだろうか。それとも思い過ごしだったのか。

 

 ――俺はアイリスとクレアを玄関までの見送りに来ていた。

 チラリ、と玄関の扉を開けて見える空は雲一つない晴天で、思わず目を細める。

 

「あの、カズマ様」

 

「なんだ、アイリス」

 

「三日後が舞踏会ですが、ちゃんと覚えていますか?」

 

「ああ、覚えているよ。一応聞くけどアレって俺含めてもう一人までなら参加できるんだよな」

 

「え? ええ。確か紙面に記載されている通りだと思います。カズマ様がどなたをお連れになるかは分からないですが……」

 

「いや、まあ一応の確認ってだけだ」

 

 ふわり、と柔和な笑みを浮かべる王女が無言でジッと俺を見つめる。

 大空の瞳に宿る感情は俺が読み取ろうとする前に瞬きで消える。そっと俺から目を離すと背後でアイリスの後頭部を黙々と見ていたクレアに一言告げた。

 

「クレア」

 

「はっ」

 

「先ほどから扉の向こうが騒々しい気がするのですが……。少し見てきてくれますか」

 

「すぐに黙らせてきます」

 

 少なくとも俺には何も聞こえなかった。

 それはクレアにも感じた筈だろうが、察しと思いやりの心が外に向かわせる。

 僅かに眉を寄せた白スーツの女はチラリと俺に視線を向けるも、何も告げる事なく外へと向かう。扉を通り視界から消える女騎士を余所に、俺の服の袖を引っ張るアイリス。

 

「カズマ様」

 

「アイリス」

 

 邪魔者、というよりも若干空気を読まれたような気がしたが、兎にも角にも玄関に若い男女が二人。ロリ属性もそろそろ返却した方が良いのではと思う可憐な美少女と、はたまた世界の邪悪たる根源、魔王を倒した唯一の勇者。

 互いの声が重なる事態に気恥ずかしさを感じると、アイリスが口を開く。

 

「あの、先にどうぞ」

 

「……これ、返さないとなって、ほら」

 

「ずっと、持っていてくれたのですか?」

 

「ああ。アイリスに逢えたら返そうって思っていたけど、何だかんだで忘れちゃって」

 

 懐から俺が取り出したのは、彼女が以前身に着けていたぶどうの髪飾り。

 葡萄のような髪飾りは彼女と初めて出会った時から着けていた思い出深い品だ。

 それを見せると瞳を大きく見開いたアイリスは、俺を見上げて薄く微笑む。

 

「……それは、お兄様が持ってて頂けませんか?」

 

「良いのか?」

 

「はい。今の予備の物もありますし……私と同じように、それを見る度に私の事を想って頂けたら嬉しいな、なんて……」

 

「見る、見る、見ちゃう、見ちゃう! 毎日だって見ちゃうね」

 

「ふふっ、それならお揃いですね」

 

 そんないじらしい事を告げ、左手の指輪を撫でるアイリス。

 気恥ずかしさと期待を寄せた瞳、上目遣いで俺を見る彼女に一も二も無く頷いていた。

 

「分かった。ならこれは俺が貰うよ。……俺からは以上だけど、アイリスは?」

 

「……抱き着いて良いですか?」

 

「いくらでも」

 

 パッと顔を明るくして、飛びつくアイリスが俺の首に腕を廻す。

 圧倒的ステータスで背骨をへし折る事も容易だろうに、こうして俺に触れる時は、アイリスの力加減は絶妙だった。

 まるで、壊れ物を扱うかのように、大事なモノを壊さないようにするみたいに。

 無言で行われる王女からの抱擁の優しさに俺は思わず息を止めた。

 

 ――どくん、どくん、と聞こえる鼓動はどちらの心音か。

 耳を澄ませると落ち着く音、俺の胸板に軽装越しに押し付けられる発展途上の少女の乳房がむにゅ、むにゅ、と潰れる程に押し付けられるのが分かる。

 肩に頭を預け、彼女の甘い香りと熱い吐息に背筋がゾクゾクする。

 そんな状況下で聞かされる、王女の蕩けたような声色は喉を鳴らす程に艶やかだ。

 

「カズマ様……」

 

「ぁ、いや、まあ俺としては別に良いんだが……流石にここですると確実にバレると思うんだが、寧ろアイリスがクレアに見せつけたいっていうならやぶさかではないぞ」

 

「違います! そういう事じゃなくてですね……。やっぱり今日一緒にお城に来ませんか?」

 

「……それは」

 

 良いんじゃないだろうか。

 こんなにも愛らしく、健気で、可愛らしい王女からの誘いなのだ。

 何も考えず、彼女の差し出した手を取ってこのまま一緒に城で暮らそう。

 

「――悪い。当日までには必ず行くから」

 

「そう、ですか……。カズマ様にも予定はありますものね」

 

「ああ。だから、次に逢ったらいっぱいエッチな事しような。アイリスが隠しているエッチな本探して、その内容を城で全部やろっか」

 

「それは……!!」

 

「今、期待した?」

 

「ししし、してません! あと探そうとしないで下さい」

 

「エロ本隠しているのは否定しないのか」

 

「~~~~!!」

 

「痛い痛い、折れるからマジで」

 

 そんな会話を至近距離で囁くようにしながら強張った手を彼女の背中に。

 もう片方の手を王女の後頭部に置くと、小柄な王女の柔らかさを感じる。

 ふわりと漂うアイリスの香りが鼻腔をくすぐる中で、王女の囁き声に耳を傾ける。

 

「カズマ様って私の髪を撫でる事が多いですけど、髪の毛に触るのが好きなんですか?」

 

「うんや、誰でも良いって訳じゃない。触り心地の良いアイリスの髪が特別なんだ」

 

「それは……嬉しいです」

 

 ゆっくりと彼女の髪を撫でる。

 普段から大事にしているのだろう、女の命とも呼ぶべき美しく滑らかな金髪は俺の指から川の水のように零れ落ちて、後には微かな余韻だけが残る。

 そんな風にしていると、ふと俺の頭部に置かれるアイリスの手。

 

「どうしたー?」

 

「私もカズマ様の髪、撫でたいです」

 

「俺のなんか触っても……」

 

 ――その手の温もりに思わず閉口する。

 毛の流れに沿って優しく触れ、梳いていく少女の手のひらと指の柔らかさ、普段触られる事の無い頭部を撫でられる事に、くすぐったくも不快ではない何とも言えない気分に浸る。

 撫でやすいように屈み、背中に廻した腕に力を籠めると、んぅ、と王女の吐息が零れる。

 

「……カズマ様。私、これからもっと大きくなりますね」

 

「おっ、そうだな。出来れば俺の背を越さない程度で頼む」

 

「背丈だけじゃなくて胸とかも……それに、カズマ様が疲れた時にはこうやって優しく頭を撫でたりしていっぱい甘やかしますね。だから――」

 

「――――」

 

「――愛して、います」

 

 唐突な愛の告白に息を止める。

 アイリスの声音が鼓膜を震わせる。

 こそばゆい吐息混じりの甘い声音、抱擁は優しくも逃げる事の許されない物だった。

 愛していると、言葉にする王女は呆然と口を半開きにする俺の唇と唇を重ね合わせた。

 

 重ね合わせた。

 

 

 

 +

 

 

 

 

 アイリス達を見送り、残された俺は悶々とした気分だった。

 雰囲気的にはそのまま玄関で、という事も出来たのかもしれないが、流石に護衛がすぐ傍にいるという状況下で挑む勇気は少しだけ足りなかった。

 なればこそ仕方がない。サキュバスの経営する店に向かうしかない。

 

「アクアー」

 

 遠慮がちに彼女の部屋、扉をノックするも反応はない。

 出掛ける事を事前に伝えようと思ったのだが、反応すら無い事に俺は苛立ちを覚える。色々なしがらみ含めて扉を蹴破りたい気持ちに囚われるが、大人の俺はグッと我慢した。

 

「おい、なんちゃって女神。お前、起きてんのか寝てんのかぐらい話せよ」

 

 返事はない。

 完全に舐められていると判断し、ドアのノブを廻す。

 

 引き籠りに慈悲は無い。布団を被っているであろう自称女神を部屋から引き摺りだし、情緒不安定な理由も何もかも聞き出して、わんわんと泣くほどに説教しようと心に決めていた。

 

「あんまり俺を舐めんなよ。今日のカズマさんは昨日と一昨日のカズマさんにやるように言われて覚醒したんだよ……って」

 

 瞳を見開いて、薄暗い部屋を見渡す。

 閉じられたカーテン、転がる酒瓶、机と棚には数冊の本。

 意外にも殺風景な彼女の自室、そしてベッドは既にもぬけの殻だった。

 

「……?」

 

 なんとなく探偵のようにベッドに手を宛がうも、シーツは冷たい。

 念のため毛布を剥ぐと見つかったのは空の空き瓶と俺が生前着ていた緑色のジャージだ。

 

「あいつ、とうとう服の見分けもつかなくなったのか。着たのか、これ?」

 

 呆れながらもくしゃくしゃになっていたジャージの上着を回収する。

 まさか、また家出ではないだろうかと思い始めるも、テーブルにメモを見つける。

 

 ――アルカンレティアに行ってきます。夕方には帰るからご飯一緒に食べよーね。

 

 要約するとこんな内容のメモ。

 誰に宛てたかは記載していないが間違いなくアクアの筆跡だった。

 なんとなく陽光に透かしたり裏返したりしたが、それ以上の内容は特にない。

 

 追い掛けるべきだろうか。

 そんな事を考えるも、頭を振って諦める。

 別に保護者ではないのだ、放置しておいて問題はないだろう。

 

 アクアの部屋とは言えども流石に部屋の中を好きに漁る趣味は無い。

 どのみち彼女の部屋にあるのは宴会芸の道具やよく分からない石ぐらいだ。誰もいない無人の屋敷に取り残されている事に気が付いた俺は、無言のままに屋敷を飛び出しサキュバスの店へと向かう事にして。

 

「ぁ」

 

 玄関の扉を開けた瞬間、目を丸くしたクリスを視界に捉えて、咄嗟にスティールした。

  

 

 

 +

 

 

 

「まったく……キミね。いきなりパンツをスティールするってどういう事なのさ」

 

「そこにパンツがあるから。あと……」

 

「あと?」

 

「盗んだ時の反応が面白い」

 

「…………」

 

「い、今のは冗談だから」

 

 条件反射的な物だ。

 そこにクリスがいたから。その反応が面白いから。

 理由などいくらでも脳を過るが、それ以上に気になる事がある。

 

「なんで気づいたんだ。今日のスティールは完璧だったんだが」

 

「いや大声でスティール! って言っていたじゃん! すっごいスースーするし」

 

「今日は薄青のパンツでしたね! 薄青のお頭!!」

 

「ちょ……声大きいから」

 

 半眼で俺を睨む彼女も俺の言葉には焦りを覚える。

 落ち着くようにハンカチを渡そうとして、奪った戦利品をズボンのポケットから取り出してしまう。生地は柔らかくリボンの付いたどこか可愛らしさのあるショーツだ。

 思わず鼻を布で覆うと顔を赤くしたクリスが掴み掛かってくる。

 

「何ですか、お頭」

 

「何ですか、じゃないよ! 何、堂々とパンツの匂いを嗅ごうとしているのさ!」

 

「パンツじゃないです。ハンカチです」

 

「パンツだよ!? というか、助手君。それで何枚目だよ。一枚あったら十分でしょ! 返してよ! 下着って結構お金掛かるんだから!!」

 

「あ、こら……!」

 

 奪った布切れで汗を拭き、掴み掛かってくるクリスに抱き着き返す。

 ホットパンツとシャツ、襟巻と軽装備な格好の盗賊娘を押し倒し、逡巡の末にくすぐり攻撃を決行する。腋や腹など剥き出しの肌をデストロイヤーのように動く指の腹で悶えさせる。

 ホットパンツからすらりと伸びた腿を撫で、柔らかな腹や腋をくすぐる。

 

 髪の毛、指、爪、舌。

 己の全てを使って目の前の銀髪の女を強制的に笑わせ、悶えさせる事に専心を置く。

 

「あ、ははは!! やめっ、やめってば!! こ、くふっ、この……!」

 

 わしゃわしゃと指の腹で乙女の柔肌をくすぐる。

 ジタバタと暴れる少女とマウントを取り合いながら玄関でレスリングに励む。激しい戦いで強制的に笑みを零し合いながら、胸の内に秘めた熱い思いを相手に発散し合う。

 くすぐりという戦いはたった数分、しかし全てを出し切った数分後に終わりを見せる。

 

「わ、分かったから、あは、ははは……!」

 

「へいへい、お頭。まだいけますよ~」

 

「くぅぅ……! こ、この……! て、てんばっ、落とひまっ……」

 

「えっ、なんだって?」

 

「ひゃぁぁ、あはは……!!」

 

 思った以上にクリスはくすぐり攻撃が弱かったらしい。

 幼稚と侮ってはいけない攻撃、普段は清楚な女神、たまに盗賊を行う銀髪が最も映える女には刺激が強すぎたのだろう。天罰を落とすなど大人げない女神の戯言にときおり難聴になる俺が何度目かの形勢逆転を果たそうとすると、思わぬ刺激を股間に喰らった。

 

「おひょ!?」

 

「ふ、ふん。助手君ってばこんなに大きくしちゃってさ……本当にいやらしいよ」

 

「エロス様! エロス様が降臨された!!」

 

「その呼び方はやめて!」

 

 俺を床に組み伏せるクリスが膨らんだ股間を撫でるように手で触れる。

 意図せぬ彼女との蜜な触れ合いは、燻ぶらせていた情欲を昂らせてしまった。

 

「こんなお遊びで大きくしちゃうカズマ君はいけない人だね……」

 

「くっ、そんな言葉攻めなんかに」

 

 意外にもノリノリな彼女は俺の剛直を撫でる手を止めない。

 玄関の床で仰向けになる俺の股間にクリスの頭が、俺の頭部には彼女のホットパンツという体勢。やられたままでいるのは性に合わないのか、チラリと俺を見る青紫色の瞳には羞恥以上に嗜虐的な感情が渦を巻いていた。

 このまま好き放題に言葉攻めを受けて良い物か。それもまた良い物だと思う微かな思考を蹴散らして、俺は全身全霊を持って調子に乗った盗賊娘の撃破に努める。

 

「どこ触っているんですか、お頭。俺の身体を弄びやがって……清楚ビッチめ、覚悟しろ!」

 

「はあ!? 誰がビッチって、わぁあああ!!」

 

 ずるりと両手で掴んだホットパンツを脱がす。

 ベルトごと引きずり下ろした瞬間、悲鳴を上げるクリス。脱がされるホットパンツを掴む時間すらなく、いっそあっけないと思うほどに彼女の恥部が男の前に晒される。

 

 当たり前だがスティールしたショーツは身に着けていない。

 ホットパンツを履いているからと、大きく開いていた脚を閉じようとするも、太腿を掴んだ俺は内腿へと頭を滑らせる。

 

「――――」

 

 音が消えた。

 違う、太腿が俺の耳ごと頭部を挟み込んでいるのだ。

 密着し肉に締め付けられる状況から解放される為、俺は目の前の恥部を見上げる。

 

 抗議の意味を込めて両手で彼女の尻肉を揉み、叩く。

 ホットパンツが直に包んでいた臀部は独特の感触を持ち、しっとりとした餅肌が俺の手のひらに伝わる。広げたり揉んだりしていると、一層俺の頭の締め付けが増すが構う事は無い。

 薄暗くも貝状の肉が目の前に映りこむ。

 サーモンピンクの肉に薄く生えた髪色と同じ薄い性毛をジッと見る。

 

 狭苦しい空間で、音も聞き取れず彼女の性臭を肺に送り込む。

 そんな状況下で活路を見出すべく俺はあーん、と口を開く。その行為を悟ったのか、身体を震わせ何かを告げるクリスの声が振動で伝わるが、意味も分からず、貝状の肉に齧り付く。

 

「~~~~!!」

 

 ビクッと身体が震える。

 それを振動で感じながら、咄嗟に浮かばせようとする腰を掴む。 

 

 再度齧り付く。

 豪快に肉の果実に噛り付き、滲み溢れる蜜は舌で舐めとる。

 普通の食事よりも下品な音を立てて、肉厚な果実と滴る蜜液を味わう。

 

「やっ、ふっ、ぁ……っ、っ」

 

 むちむちとした腿が俺の頬を締め付けるが気にはならない。

 高級な果実をじっくりと味わいながら両手でも桃尻を味わい尽くす。

 骨までしゃぶり尽くす気で大きく開いた口で恥部を含むも、しかし女神もされるがままでは無かった。痛いほどに膨張した怒張を押し付けていた拘束が突然解放される。

 ぶるん、と限界まではち切れんばかりに反り立つ剛直が天井を向くのを感じた。

 

「わぁ……!」

 

「何脱がしているんですか? 変態ですか? そんなに見たかったんですね」

 

「た、棚に上げて……!」

 

 反撃を試みるつもりなのか、同じようにズボンを下ろし局部を晒す銀髪の女。

 欲望に塗れ、先走りが肉茎を伝う中、おずおずと柔らかい手のひらが竿を包む。自分を女にした己の肉竿を見てどんな顔をしているのか猛烈に気になるが、それ以上に意識は目の前の果実に集中している。

 何よりも意識がそちらに移れば女神に敗北する可能性が高まるのだ。

 

「ぁ、む」

 

「ぉ」

 

 思わず舐めようとする舌が止まる。

 ぬぷりと沼に浸かったような、ぬめる口内に亀頭が囚われる感触に呻く。ゆっくりと頭を上下に揺すっているからか、舌が雁裏を舐めとる感触に射精感を高められる。

 ざらついた舌の感触が蛇のように唾液と絡む度に、息を止めそうになる。

 

 積極的なクリスの奉仕は流石に女神と呼ぶべきものか。

 やわやわと睾丸を撫でながら、飴を舐めるように亀頭を集中的に舌で愛撫する。そうして唾液と先走りでてらてらと濡れた竿肉を掴むと無造作に上下に擦り始める。

 

 前回とは異なり、抵抗するクリスの愛撫に声が漏れる。

 堪えようとする度に、もっと聞きたいとばかりに手や舌、唇と、激しくも心地良い絶頂へと着実に導かれる。

 

 これは不味いと思った。

 ちんけなプライドの問題だ。ここでなすすべもなく果てたくはない。何よりも、重ねた身体の隙間から俺にチラリと目を向けるクリスが微かに見せる余裕の表情が癪に障る。

 クンニリングスを再開しながら俺は起死回生の一手を繰り出す。

 

「んぇ?」

 

 ゴロリ、と体勢を変える。

 先ほどまでは俺が下であったが、今度はクリスが床の上で仰向けになる。それでも離さないクリスの口腔行為に思わず射精寸前まで追い込まれながらも、決死の抵抗を試みる。

 

 彼女の上に圧し掛かると健康的な太腿が俺の頬から離れ、圧迫感が消える。

 体勢を変えた事で、先ほどよりも盗賊娘の恥部がより鮮明に視界に入る。そうして陰唇部上部に生えた薄毛を掻き分けると包皮に包まれていた小さな肉粒に指を添える。 

 

「もぷっ! ……ん、ん」

 

 敏感な器官は指で触れただけで、少女は反応を示す。

 口に含んだ剛直にむせ、クリスの歯が竿を擦る感触に俺は眉を寄せるも、人差し指でザクロの実のような粒をカリカリと擦ると、ぴんと彼女の背筋が伸びたのが分かった。

 

「んうっ……!」

 

 雄の肉棒を咥えながら抗議の声色を聞かせる盗賊娘。

 目の前にある陰核が指で弄られるとこれだけの反応を示すならば。

 

 ――あーんと口を開ける。

 

 俺が何をするつもりなのかを悟ったのかクリスが嫌々と首を振る。

 その度に歯が肉竿を擦るが、もはやそんな事は気にならない。

 

 薄い包皮を捲り露出したクリトリスにキスをお見舞いする。

 

「んぶぅ……ッ!!?」

 

 びくびくとクリスの身体が震え、肉棒を握る手に力が入る。

 咄嗟に立ち上がろうとするクリスの下半身を腕で押さえ、ひたすらに一点を攻め立てる。

 

「ぃ、ぅうっ!」

 

 唇の肉で挟み込み。

 

「んぅ、ん~~!」

 

 側面から舌で弾き。

 

「~~~!!」

 

 唾液を塗りたくり、バキュームのように唇の肉で尖端を吸う。

 俺を圧死させようとしていた彼女の脚は硬直すると同時に床をくねり動く。ビシビシと張りのある腿が俺の頬を叩くが、決して女神への奉仕は止められない。

 先ほどまでよりも新鮮な蜜が花弁から溢れる。

 その度に舌で掬って、肉粒に塗りたり、一気に吸う。それを繰り返す。

 

「んぅ! ……ふっ……ふー……」

 

 鼻息荒く、俺の怒張を吐き出そうとするクリス。

 抵抗するように頭を揺らし、硬質な歯や頬の感触が俺に射精を促す。

 思わぬ快感に、思わず腰を上下に揺すり幸運の女神の口内を犯していた。

 

「んぶっ! えばっ!」

 

 苦しそうな声とは裏腹に花弁からしとどに溢れる蜜が床に滴り落ちる。

 膣襞の締め付けとは異なり、ピストンを繰り返す度に頬肉や歯、喉を亀頭がつつき、彼女は激しくむせた。先ほどの余裕の姿から打って変わり、必死に逃れようとするクリスの姿に獣欲が満ち溢れる。

 

「……!」

 

 更なる追撃を試みるべく、ゆっくりと指を花弁に挿入する。

 にじゅん、と熱くぬめる締め付けが人差し指に伝わるのを感じながらも、指を曲げてクリトリスに近い膣壁を擦り刺激すると彼女の呼吸が一瞬止まるのが分かった。

 

「んゆぅぅ……ッ!!」

 

 俺の舌と指の動きにクリスの声が裏返った。

 外から中から、同時に肉粒を刺激すると剛直を咥える口が限界まで吸い付く。

 

 直後に真下への射精。

 

「お」

 

「~~~っ! ……っ」

 

 ぷし、ぷしゃ、と顔に掛かる飛沫が花弁から噴き出す。

 全身を硬直させたクリスの喉奥に一滴残さず吐精すると、彼女はガクッと身体を弛緩させる。クリスの下腹部に頬擦りする俺は、しばらくの間射精の余韻に酔いしれる。

 解放感に浸りながら身体を起こし振り向き、彼女の顔を見下ろす。

 

 むせた事で唇から零れた白濁と唾液が顎まで伝っている。

 どこか放心した様子で天井を見上げる姿は、まるで路地裏で犯された生娘の事後のようにも思えた。涙目で喉を鳴らして雄の精液を呑み込む殊勝さに感動した俺は、脱がされたズボンを戻すとポケットからハンカチを取り出す。

 

「――――」

 

 ゆっくりと彼女の顔を汚した白濁を拭くと意識を取り戻したのか、ジロリと俺を見上げる。

 涙目で俺を睨む姿には恐怖よりも安堵を覚える俺は笑みを浮かべると、精液を吸収し拭き終え、やや変色した薄青のパンツを本人に返した。

 ハンカチが彼女の頬に当たると、ゆるゆると動く手が布切れを掴み取る。

 

「おら、返すよ」

 

「…………」

 

「このハンカチ、流石に精子の付いたパンツじゃ俺の宝にはならないしな!」

 

「おらあああああっっ!!」

 

「もがぁっ!!?」

 

 口に押し込まれたハンカチは何とも言えない味がした。

 

 

 

 +

 

 

 

「悪かったって。調子に乗ったのは謝るから」

 

「…………」

 

 玄関からリビングに戻りクリスと対峙する。

 どこかムスッとした雰囲気を漂わせ、此方を半眼で睨む女はパンツを履いていない。

 

「いや、ほら、ムラッとしてきた時にちょうどクリスがいたからさ。それにじゃれ合っている時に興奮を隠せずに痴女ってきたのはお前が先だろう?」

 

「痴女ってないから! 先にセクハラしてきたのはカズマ君じゃん!」

 

「でもさ、ちょうど扉開いたらクリスがいたらセクハラするじゃん? 可愛いお頭を目の前にしたら野獣になるじゃん? それに仕事を手伝っている間は、エロス様が身体を好きにして良いって言ったじゃん。俺は悪くない」

 

「エリス様じゃないって……、今なんて?」

 

「それよりも今日はどのような要件で?」

 

「うん。前の仕事の事でさ大体の目途が……」

 

「ちょっと待った」

 

 頬を掻きながら要件を口にしようとするクリス。

 その姿に思うところがあり、彼女の言葉を止めると俺は口を開く。

 

「今、思ったんだけどさ」

 

「何かな?」

 

「すっごいムラムラしている時にさ、アイリスもアクアもいないこの時間に、扉を開けたらクリスがいた、なんて……」

 

「――偶然だよ」

 

「偶然」

 

「アクア先輩もいないし、アイリスさんも帰ったタイミングを見計らった訳じゃないからね。ちょうど扉を開けようとしたらキミと鉢合わせたってだけだからね」

 

「――――」

 

「本当だよ」

 

 頬を掻く時は大抵困った状況下にいる時だ。

 思った以上にストーカー技能の高そうな女神に思うところは無くはないが。

 

「じゃあ、偶然って事で」

 

「うん、偶然」

 

「で、本音は?」

 

「…………」

 

 ――浮かべた微笑に言葉は無かった。

 

 

 



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第十九話 サヨナラに怯えて

 紅茶を啜り、話を促す。

 

「うん……」

 

「最初に言っておく」

 

 いそいそとホットパンツを履き直し、身支度を整えたクリス。

 ポケットに自らのショーツを入れた事を見逃さなかったが、そこを追及すると話が進まなくなる事を聡明な俺の頭脳が理解していた。

 そして、それはともかく彼女に先に告げるべき言葉があった。

 

「取り敢えずさ、仮面盗賊団はもう解散で良くない?」

 

「は?」

 

 途端に無表情で俺を見つめる女盗賊。

 怒気すら込められた声音に怯みながらも話を続ける。

 

「俺が、というよりも仮面盗賊団に懸けられた賞金はもう知ってるよな?」

 

「三億と二千エリスでしょ? おめでとう」

 

「ありがとう。いや、クリスも称賛される側なんだけどな……あと、その二千エリスは初耳だけど、まあ四捨五入すれば三億か」

 

 俺たち二人で構成されている仮面盗賊団。

 世の中の悪徳貴族から金を盗み、恵まれない人にばら撒く。その正体は世界に悪影響を与える神器の回収をする事。

 そんな盗賊団もいつの間にか魔王軍幹部に匹敵する賞金首となった。

 

「これだけの額となると一度捕まったら、王族がバックにいても間違いなく死刑だろうしさ。なんていうか……」

 

「ヘタレたと」

 

「いや、違うから。最近話題沸騰な俺たちだからさ、世間の熱が冷めるまでは潜伏していたいなって思ってさ」

 

「……ちなみにどれぐらい?」

 

「……十年ぐらい?」

 

「それじゃあ遅いよ!」

 

 バン、とテーブルを叩くクリス。

 正義感に駆られる彼女を余所に、俺の脳内で働くのは打算のみ。

 

「いや、俺たちが何もしなくても国の中枢がパチモン盗賊団やら何やらやってくれるだろ。出しゃばらなくてもこの世界の人たちが何とかしてくれる。神様なら温かい目で天界から見下ろしていてもいいんじゃないかってな」

 

「で、本音は?」

 

「働きたくないでござる」

 

「だめでござる」

 

 元ニートに労働は厳しい物がある。

 何よりもクリスがこうしてわざわざ屋敷に来たという事はそれなりに信用のおける情報を持ち、神器を悪用している犯人が今どこにいるのかも分かっているのだろう。

 それが可能であると俺は彼女とのこれまでの付き合いで、ある種の信用を抱いていた。

 

 ゴロンとソファに寝転がり、興味なさげに目を閉じる。

 ついでに耳を塞いでいる間に、勝手に帰ってくれれば御の字なのだが真面目な彼女はそれを許さない。耳を塞いだ俺の頭部に手を置き、顎を置くと、振動を介して話を進める。

 

「キミはさ、誰でも自由に姿を変えられたら……どうしたい?」

 

「取り敢えず女子になってエロい事をしたい」

 

「うわぁ」

 

「冗談だって。はは」

 

 なんとなく頭を過った言葉を告げると、塵を見る視線が降り注ぐ。

 好感度のパラメーターが下がった気がした俺は、緩みを見せる頭を叱咤し、頭を回す。

 

 誰でも自由に姿を変えられるのならば、便利だろう。

 気になるあの人の身体に変身して興奮も出来る。変装が自在ならば演技のみどうにかすれば文字通りどんな人物にだってなれるのだ。老若男女問わず、どれだけ偉い人物であろうとも。

 ――この国の貴族でも、王族でも、可憐な王女にですら姿を変えられる。

 

「ヤバいじゃん」

 

 頭を過るのはかつてクリスと共に王城から盗んだ神器。

 アイリスが首に掛けていた首輪は指定した相手と身体を入れ替える事の出来る神器であり、入れ替えた相手を殺し続ければ永久の命すら手に入る代物だった。

 とはいえ、今回の神器は別段アイリスの手元にはない。ならば良いではないかと振動を通じて話しかけてくる女の薄い胸を押すも、彼女はしつこく食い下がる。

 

「んっ……王都で倒れた人たちは皆、王女様に近しい家柄の貴族だよ」

 

「それで?」

 

「仮にその人たちの姿に身体を変える事が出来るようになったらアイリスさんやその近くの人、クレアさんとかにも近づく事も出来るだろうね……」

 

「――――」

 

「あとはそれを繰り返すだけで……。おっと、そういえば大貴族や王族が集まる舞踏会があるらしいね」

 

「――――」

 

「あくまで推測なんだけどね」

 

 なるほど、と素直に思う。

 クリスの言葉を咀嚼すると、愚鈍な自らの頭でも意味が分かる。

 薄い胸を揉まれ荒い吐息を漏らしながらも、分かりやすく説明する女盗賊の言葉は真実ではなくとも理にかなった話だ。

 ピースが嵌り一枚の絵が出来上がる感覚に耳に被せた手を外す。

 

「まあ、犯人についても目星がついたから盗みに行けば良いんだけど」

 

「……続けて」

 

「誰かになりすましているのか今は見つからないんだよね。たぶんその舞踏会には出席する筈だろうけど」

 

「…………」

 

「偽物の盗賊団がいるからか、王都全体の警備も滅茶苦茶に厳しくて一人じゃ入れないんだよね。どこかに簡単に王城に入れるチケットなんてないかなって」

 

 困ったような顔で頬の傷を掻くクリス。

 チラチラと俺を見下ろす視線に無性に苛立ちを覚えると同時に彼女が俺に何を望んでいるのかを悟ってしまった。

 

「クリス」

 

「何かな?」

 

「それでも俺は言うよ、面倒臭いと」

 

「き、キミって奴は……!」

 

「今回はクレアとかも近くにいるし、そこまでやる気にならない。なんつーの? こう長引き過ぎて面倒臭いなって。なんで俺ってこんな事しているのかなって……」

 

「ねえ、いい加減賢者タイムも終わっていいと思うんだけど! そ、それにさっきエッチな事したでしょ!」

 

「いや、それは仕事の間はしていいっていう約束だったし? なんだろうな、これから更に危険な仕事になるんだろうから、何か追加報酬があるとやる気が出るんだけどな~」

 

「――――」

 

「メイド服とか着てくれないかな~」

 

「ちょ、調子に乗って……!」

 

 唖然とした盗賊娘の微かに主張している乳房をふにふに、と手で揉むと、俺の両手は羞恥の限界に達したクリスの手に叩かれる。別に嫌がらせがしたい訳ではない。

 ただ、何となくやる気が湧かないのだ。

 何か決定的な、背中を押してくれるものがあるならば。

 

「サトウカズマさん」

 

 ふと、口調を改めて告げるクリス。

 瞳の奥を覗くと、先ほどまでの快活さは鳴りを潜め、どこか神秘的なオーラを漂わせているようにも見える。

 ソファに寝転がる俺の横に座り、手を取る女神は憐れみを誘う声音で告げる。

 

「お願いします、カズマさん。世界の危機なんです」

  

 俺の手を両手で包み込み、悲哀を誘う面持ちの彼女にそんな言葉を言われると、やってやろう、という気持ちが僅かに湧き上がる。

 同時にどこか冷たい思考が嫌だと告げるのが分かる。これ以上のリスクを背負って何になるのだろうか、と。

 どのみち、英雄だの勇者だの世界の危機と言われてもピンとこない。

 

 そんな事は相手も分かっているのだろう。

 

「カズマさん」

 

「カズマです」

 

 そんな時に、小さく俺の名前を呼ぶエリス。

 ソファに寝っ転がった俺をジッと見つめる女神の顔は近く、ショートカットの毛先が額に触れる程の距離で囁くように、彼女は燃料を投下する。

 

「もし、神器を二つとも回収出来たなら」

 

「出来たなら……?」

 

 青紫の瞳が俺を見通すように、銀の髪を揺らしてジッと見下ろす。

 どこか熱を帯びたような眼差し、艶やかに見える唇を震わせ、クスリと笑う。

 

「――本体の私ともエッチな事、しましょう?」

 

「――――」

 

「とっても、気持ちいいですよ?」

 

「やります」

 

 

 

 +

 

 

 

 クリスとの話を終え、用事があるからと玄関に向かう彼女を見送る。

 最近、誰かをこうして見送る事が多いなと口に出しても意味のない漠然とした思いを抱きながら、彼女の背中を見つめる。

 

「そんなにジッと見られると照れちゃうな」

 

「お、おう」

 

 俺の熱い視線を感じたのか、ポリポリと頬を掻く女盗賊。

 こちらを見るクリスの瞳を真っ向から見つめ返し、銀髪を揺らす女もまた俺を見つめ返す。

 既に話す事は無い以上、彼女もこの屋敷に留まる理由は無い。

 

「夕飯は食べてかないのか?」

 

「カズマ君のご飯なら美味しいだろうし、もちろん一緒に食べたいなって思うけど、今日はこの後用事があるんだ。それに――」

 

「それに?」

 

「ううん、なんでもない」

 

 頭を振って曖昧な笑みを作る銀髪の女神。

 含みのある言葉で興味を引くも、結局口にしない彼女に疑問を抱きながらも、大した事ではないのだろうと結論付ける。

 扉を開けると夕暮れに近い陽射しが彼女の銀髪を照らす。

 

「そうだ……カズマ君」

 

「なんだ?」

 

「せっかくだし、駄目押ししておこうかなって」

 

 ふらりと外に出ていく彼女は何かを思いついたように俺の元へと戻って来る。

 そうして両手を広げて全身で抱き着いてくる彼女を避ける事はしなかった。

 快活でボーイッシュな彼女からの甘えるような抱擁なのだ。髪の毛を擦りつけるように頭を押し付ける彼女の臀部を揉みながら彼女の気のままにさせる。

 

「ふぅ……、よし」

 

「気は済んだか」

 

「勿論だよ! ほ、ほら、お尻から手を離してってば」

 

「もうちょっと」

 

「ん……」

 

「ほーら、ノーパンでそんなホットパンツを履いている気分はどんなですか?」

 

「ちょ、引っ張らないでってば! ゃ!」

 

 最近こんな風に肌での触れ合いが多い気がする。

 性行為をした身ではあるが、こうして抱擁を美少女から求められるというのは悪い気がしない。寧ろ鼓動が高鳴るのは仕方がない事だ。

 満足気な表情を見せる銀髪娘を見送り、俺は屋敷の扉を閉じるのだった。

 

 

 

 +

 

 

 

「ただまー」

 

「おかりー」

 

 肌寒い夜になる頃、玄関を開けて入って来る女が一人。

 アルカンレティアからの帰還だろう、どこか機嫌の良さそうな底抜けの明るさを感じさせる声音に思わず頬を緩めた。

 恐らくは信者たちにチヤホヤされたのだろう。

 

 一人寂しく夕飯の準備をしていた俺は大事そうに酒瓶やらが入った袋を抱えているアクアは何も考えてなさそうな顔で台所に顔を出すと、

 

「ねえ、ねえ、麗しい女神の私には分かったわ! 今日の夕ご飯は――」

 

 そんな言葉を発するアクアの声が途切れる。

 既に煮込むだけで完成を待っていた俺は、彼女に背を向けながら続きの言葉を待っていたが、ゴトン、という鈍い音が足元に伝わり振り返る。

 途端、ふんわりと香る花のような匂いが鼻腔をくすぐり、水色が視界一杯に広がる。

 

「……あ、え?」

 

「…………」

 

 当惑する俺の胸、そこに顔を埋め抱き着くアクア。

 彼女の頭頂部付近の髪飾りが揺れるのを視界に入れながら、腕を背中に廻し唸るように泣きついてくる彼女の対応を迫られる。 

 ぐす、ぐすっと鼻を啜る水の女神の肩に手を置くも言葉は生まれない。

 

「……なあ、アクア」

 

「…………」

 

「なんかあったなら、言ってくれよ。俺たちの仲だろ?」

 

「…………」

 

 情緒不安定なアクア。

 彼女の肩を撫でながら、子供をあやすように告げる。

 もともと笑ったり泣いたりとコロコロと表情を変え、感情を露わにする事の多い彼女だったが、ここ最近の変調はそういった類の物では無かった。

 これが構って欲しい類の泣き真似ならば即座に対処しているが、今までの付き合いから明らかに本気で悲しんでいる事が伝わってくる。だからこそ口をつぐんでしまう。

 

「……ぃ」

 

「なんだって?」

 

 難聴ではないが、ポツリと水滴が床に落ちたような声色に眉尻を寄せる。

 ただでさえ胸板に顔を埋めたアクアの声は聞き取り難い物がある。特に意識していなかったが柔らかい肢体と甘い香りに、意識とは裏腹に鼓動が高鳴る中で、アクアに聞き返す。

 

「カズマさんが臭い……」

 

「風呂なら入っているんだけどな、これでも結構潔癖なんだが」

 

 日本人であるからか、風呂に入らないと人生が厳しいのだ。

 何を言っているか分からないかもしれないが、怠惰な日々を送るとしても汚い部屋で過ごす事になるのは嫌だし、当然虫が湧く部屋で息をしたいとも思わない。

 だから当然、部屋は綺麗にするし、身体もキチンと洗う。

 そんな事は彼女も知っている筈だが。

 

「ち、違うの……。そういう事じゃ、なくて」

 

「……いっそ全部話したら、楽になるんじゃないの、とか言ってみたり」

 

 アクアを見下ろしながら告げると、彼女は俺の視線を見上げて唇を震わせる。そのまま胸中でないまぜになる感情を水の瞳に溢れさせるアクアだったが、ぐっと思いとどまったように目をつむり、

 

「――ごめんね。カズマ。もう浄化したから」

 

「……なあ、悩み事とかあるなら」

 

「……ううん。大丈夫、大丈夫だから」

 

「…………」

 

 ――もどかしい、と思う。

 困ったような顔をして、明らかに何かあるような表情で。

 それでも聞く度になんでもないと、告げるアクアに言いようのない怒りと、何か複雑な感情が胸中で渦巻く。

 だが、何を口にしたら良いのだろう。何と言ったら良いのだろう。

 

 歯嚙みする俺を余所に、鼻を啜ったアクアが胸板から顔を剥がす。 

 チラリ、と上目遣いで俺を見る水の女神を一瞬可愛いなどと不覚にも思っていると、

 

「カズマさん」

 

「なんだ」

 

「ご飯、食べよう? 遅れてごめーんね。……お酒ね、信者の子から貰ったから一緒に飲もう?」

 

「お前が酒を分け与えるなんて珍しいな」

 

「何よ、私ってば心の広い優しい女神でしょう?」

 

「ちょっと何言っているか分かりませんね……顔、洗ってこいよ」

 

「……うん」

 

 話はそれで終わりだった。

 アクアが話をするつもりがない以上、踏み込むつもりもない。 

 ただ、普段通りの無邪気な笑顔に僅かな陰りが見える事に見えない振りをしながら二人で夕ご飯の準備を進める。

 

 遅めの夕ご飯は、鍋だった。

 別に高級な素材もカニも入っていないが具沢山の鍋。

 コタツに入り、二人で他愛のない雑談をしながら生姜のたっぷり入った鍋で身体を温める。

 

「カズマ、今日が鍋の日だって分かって準備したの?」

 

「鍋の日? 何言っているんだ?」

 

「知らないの? ああ、そうねぇ……カズマは異世界の事を知らないアンポンタンだったもんね。教えてあげるわ、鍋の日は鍋将軍の代わりに作った人が食べる人の分までよそわないといけないのよ。じゃないと夜な夜な鍋将軍が夢を経由して暗殺に来るのよ」

 

「なんだそのホラーは。これだから異世界は……ほらよ」

 

 こんなやり取りをしながら、アクアが貰って来たという酒を片手に食事を進めていく。

 普段よりも酒の度数が高いソレは味わい深く、食事が進む。

 

「それでね、めぐみんの前で格好良く爆裂魔法の詠唱をしたらね」

 

「おう」

 

「滅茶苦茶にカッカしちゃって、別に怖くはなかったけどね」

 

「それは揶揄ったお前が悪い」

 

 打てば響くような会話。

 鍋の中身が無くなり、酩酊感と満腹感に満たされると俺は寝転がる。

 心地の良い気分になる俺を伸びてきた腕が捕まえ、柔らかい感触に目をむけると白い美貌が見つめていて、驚きに息を詰まらせた。

 

「そういえば、なんか距離近くないか?」

 

「そう? いつもこんな距離じゃない」

 

 酒が入っているからか。

 途中から俺の隣に腰を下ろし、もたれ掛かって来る女神。

 

「カズマ、顔赤いわね」

 

「それはお互い様だろ。酒の所為で血行が良いんだろうな」

 

 アクアの様子は普段と変わりない。 

 どこか傲慢で、調子に乗りやすく、気分屋で、僅かに慈悲がある。

 ただ、何てことない話をする彼女の腕は俺の身体を離そうとはしない。

 

「カズマさん、カズマさん」

 

 どこかぼんやりとする意識の中で、アクアに目を向ける。

 気が付くとアクアが俺の髪に指を差し込み、頭を掌で撫でていた。

 

「ふふっ……」

 

「アクア?」

 

 気分屋の猫のように頭を擦りつけて、腕に豊満な乳房を押し付ける。

 クリス以上、アイリス以上の双丘は温かさと柔らかさと弾力を脳へと刻み付ける。

 

「ほら、エリスよりも大きい、パッドじゃないおっぱいですよ~」

 

「はいはい」

 

「あの子よりも揉みごたえがあるわよ、ほらほら」

 

「どれどれ」

 

「あっ、ん、アクア様のおっぱいが揉めるなんて光栄だと思わないですかー?」

 

 むにゅ、むにゅん、と腕を包む双丘の感触。

 相も変わらず調子に乗りやすい女の声音に苛立つも、酩酊感にどうでも良くなる。

 

「…………」

 

 それから更に時間が経過する。

 酒を飲みながら、だらしない間抜けな寝顔を眺める。

 

「お前、本当にだらしねぇな」

 

「……」

 

 俺の腕を抱いて安心したような、無防備な寝顔。

 いつの間にか無言でその顔を見ている事に気づき思わず苦笑する。

 

「あれだな、酒の所為だな」

 

 アクアが可愛く見える事など。

 

「……すかー」

 

「アクア」

 

 水の女神、アクア。

 アクシズ教団が崇拝する御神体。

 天真爛漫。

 貧乏神。

 相棒。

 悪友。

 

 そんな彼女を前にして、俺はどうしたいのか分からなくなる。

 様々な要因が重なったからとはいえ、彼女を天界に返す為に魔王と戦って。

 こうして、いつ襲われてもおかしくはない見た目で寝転がってるアクアに対して。

 

「お前、そんな無防備だと襲われても文句は言えないだろ」

 

 頬に張り付いていた水色の髪を指で掻き上げると、頬に触れた手にアクアの手が重なる。

 

「カズマの前だけだよ」

 

「――――」

 

 瞼が開かれる。目が合う。 

 熱を持つ瞳が、潤んだ瞳が、俺を見つめている。

 

 夢だと思った。

 だって、あのアクアがこんな風に俺を見つめる事など。

 彼女に熱を持って名前を呼ばれ、熱を孕んだ瞳に見つめられる事など。

 

「カズマ」

 

 蕩けた笑みを唇に浮かべて。

 

「ずっと、私と、一緒にいて」

 

「――――」

 

「そうしたら、私。他になんにも……」

 

 その笑みに引き寄せられるように、顔が、唇が近づいて、いく――。

 

 

 



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第二十話 サヨナラは言わせない

 ――唇に触れた感触は一瞬だった。

 

 それに感慨を抱く前に、すっと離れた女神の白い美貌が視界に映る。

 ぺろり、と薄い唇を舌で舐める姿は艶やかで、この世で最も淫靡な光景だった。

 

 ばくばく、と鼓動が高鳴る。

 目の前で楽しそうに笑う水色の瞳の美少女、それは絶世、あらゆるものを魅了してやまない、至高の美貌の体現だ。

 見慣れた美貌、それでも顔を赤らめ俺に向けられる情熱的な眼差しに思わず息を呑む。

 

「アクア……」

 

「…………」

 

 水色の美貌は、すぐ目の前だ。息がかかるほどの距離にある彼女の瞳を見つめて、俺は波に削られる砂の防波堤のような理性を辛うじて保つ。

 引き離そうにも、もたれ掛かってくる彼女の力は思った以上に強い。

 もにゅ、もにゅん、と重たくも柔らかい双丘を押し付けてくるアクア。

 

 ジッと俺に向けられる潤んだ瞳は熱を孕み、衣服越しの乳房が柔らかく形を変える。

 細く柔らかな肢体は俺に絡みつき、獲物を捉えた毒蛇のように俺を離そうとはしない。

 

「んへへ……カズマ……」

 

 普段よりも艶やかで甘い吐息が呼び名と共に鼓膜に届く。

 自分の名前が呼ばれるだけで魅了されたかのような興奮が胸中を過る。

 

「ねえ、カズマさん」

 

「なんだよ」

 

「……ちゅー、しよ?」

 

「……、しょうがねえな」

 

「ん……」

 

 ふにゅん、と上からそっと押し付けられる柔らかい唇の感触。

 薄目で至近距離から見る水の女神は、何度見ても絶世の美少女だった。

 見た目だけならば最高。普段からこんな風にしおらしいのならば間違いなくアクシズ教徒も爆速的な勢いで増えるのではないのだろうか。

 白皙の肌に染みはなく、長い睫毛に縁取られた瞼はぎゅっと閉じて、二度目の口付けをする。

 

 ほんのりと頬を赤らめて、確かめるように唇を啄むアクア。

 何となしに後頭部に手を廻すと、見開いた水色の瞳が俺をジッと見下ろす。

 おままごとのように子供が悪戯で触れ合うような口付けを繰り返す度に徐々にアクアの身体が熱くなり始める。

 押し付けるだけの長いだけの接吻、どちらともなく唇を離す。

 

「……白菜の味がする」 

 

「……そういうお前はカエル肉の味だ」

 

「……、私白菜は好きよ。出汁が染み込んでて美味しいもの」

 

「俺もカエル肉は好きだとも。というか出汁が染み込んでいるなら大根の方が良かっただろ」

 

「そうね。アレも良い物ね」

 

 普段は酒を飲むと宴会芸を披露したり、吐いたり、変な絡み方をしてきたり、吐いたりする女。女神なんて思った事は一度もなく飲み過ぎで吐瀉物を撒き散らす女に対して、俺は今確かな劣情を催していた。

 不思議な気分だった。まさかアクアを見て可愛い、なんて――。

 

 …………。

 

「おい、アクア」

 

「何?」

 

「お前まさか。……あの酒になんか盛っただろ」

 

「私は、何も入れてないわよ。……あとさっきからお腹に何か当たっているんですけど! ねえ私を女として見れないって言ったカズマさん。前言撤回しなさいな! ほら、前言撤回して!」

 

「……勘違いするなよ。場合によってはちょむすけでも勃つからな」

 

「私を邪神扱いしないでよ。ツンデレニート!」

 

「はいはい」

 

 適当に扱うと、わんわんと喚く姿は普段通りのアクアだった。

 ただ、それでも俺を見つめる透き通った水色の瞳からは、容易に感情を伺えない。

 瞳の奥にたゆたう感情を掬いあげようにも、話をしている最中ですら気を抜けば眠ってしまいかねない優しく暖かな酩酊感が俺の意識を黒く染め上げようとしていた。

 

「んぅ……!」

 

 今度は俺が、女神の唇を奪った。

 親友同士がするような、生半可な口付けではない。

 男と女が、雄と雌が交尾の時にするような、情熱的で厭らしい大人のキスだ。

 

 唇を重ね合わせ、ゆっくりと上唇と下唇の隙間に舌を捻じ込む。

 日本管轄の女神だからか、知識だけは豊富なアクアは俺の意図を理解したのか、戸惑いながらも口内へと入り込んできた俺の舌と絡み合わせる。互いの舌裏を舐め合って、涎が口端から垂れる程に一心不乱に口腔行為に励む。

 唾液を交換する度にアクアの表情は徐々に虚ろな物になっていく。

 

 離した唇から唾液が津と彼女の上着に染みを作った。

 

「……は、へへ」

 

 キスが気に入ったのか、雛鳥のように唇を窄めるアクア。

 その度にもにゅりと俺の胸板で形を変える双丘に、気が付くと手を這わせていた。

 

「ん……ん、ふふ、くすぐったいから、やめなさいってば……」

 

 平然とした顔で伸ばした腕。

 その先にある彼女の乳房は上着越しですら分かる柔らかさが掌に伝わる。

 床の上になった俺が遊ぶように、母性の塊を揉んでいると、快感よりはくすぐったさが勝るのかクスクスと笑う水の女神はふと酒瓶を手に取る。

 何をするのかを見守る中、くぴっと僅かに口に含んだアクアの顔が近づく。

 

「……」

 

「……」

 

 上体を起こし胡坐をかいた俺の膝の上に乗る女神。

 端正な顔に熱を過らせたかと思うと、彼女はぶつかるほどの勢いで俺に顔を近づける。

 溺れる途中で藁に縋るように、アクアは四度目のキスを求める。

 

「――――」

 

「――――」

 

 覚えたての彼女からの濃厚なキスは甘い酒の味がした。

 徐々に、浸透するようにアクアの熱が全身に染み込み、体内の酒と混じりクラクラする。

 唾液混じりの酒は半分が口端から零れて顎を伝い互いの衣服を濡らすが、もはや俺もアクアも意識すら向ける事はなく、狂ったように貪るキスに没頭する。

 その間も円を描くように衣服越しに乳房に掌を宛がう。

 

 そろそろ良いだろうか、と唇を離す。

 そうして離れた距離を追い掛けるアクアの唇。

 いじらしい態度でキスを求められて、しょうがねえなと唇を塞ぐ。

 

 いつの間にか彼女の長い脚が俺の体躯に巻き付く。

 スカートの中の布越しに柔らかい肉が俺の剛直に擦りつけられている。キスに耽るアクアは無意識なのか僅かに腰を動かして恥丘を雄の肉棒で自慰を楽しんでいた。

 熱い吐息を漏らし、蕩けた表情のアクアに俺は思考を止める。

 何十分も恋人のように、夫婦のように求めあう行為に脳が痺れていた。

 

「カズマさん」

 

「……」

 

「んっ……」

 

 キスの合間に、アクアが吐息と共に口を開く。

 会話をしたいからと逃れようとする女神の顎を掴み、唇を奪う。

 短いスカートの裾から覗く艶やかな太腿を掌で這わせながら、スカート内部へ。

 

 は、と声にならない羞恥と快楽の吐息。 

 正面から抱き合い、汗ばんだ腿を掌で這わせ進み、女神の臀部を撫でる。

 普段ならば引っ叩きたい衝動に駆られる尻肉はスカートの中で温もりを持ち、独特の弾力と柔らかさが広がる。無言で揉むと酒に酩酊した少女は快楽に酔う。

 何となしに両手で尻肉を左右に割り拓くと、吐息が間近で聞こえた。

 

「ぁ……」

 

 聞いた事のない女神の喘ぎ声。

 さらさらした水色の髪の毛が耳をくすぐり、むくりと怒張が反り立つ。

 

 ビクッと身体を硬直させるアクアを余所に、胸板を押し潰そうとする胸を揉む手に力を加えると、今度は微かに悦びの声を上げた。

 ゆっくりとアクアの上着のボタンを外していくと肌色が露わになっていく。

 

「ゃ……っ」

 

 マジマジと下着に包まれた乳房を見ると、少しだけ恥ずかしそうにするアクア。普段の能天気さも快活さも全てをどこかに置き去りにした夜の女神はしおらしい。

 咄嗟に腕で乳房を隠そうとするも、何を考えたのかそっと腕を下ろす。

 

 ほんのりと頬を赤く染めるのは確かな羞恥だ。

 酒による酩酊感だけではない感情が彼女の瞳に浮かんでいるが、それ以上に俺に自慢の双丘を見せたいのか、自ら豊かな双丘を腕に載せて見せつける。

 

「どう? 大きいでしょ? カズマさんが夜中にゴソゴソしているおっぱいですよ」

 

「そんな事実はねえ」

 

 息をするように嘘を吐こうとするアクアの言葉を否定する。

 濃い目のブルーのブラに包まれた乳房は彼女の吐息と共にぷるぷると震えているのが分かった。白皙の肌をわざと寄せ谷間を作る女神は上目遣いで俺に目を向ける。

 まるで命令を待っているかのような従順な姿勢に、俺は無言のまま立ち上がる。

 

 ジャージのズボンを下ろし、下着を脱ぐ。

 限界まではち切れんばかりに膨張した肉竿はぶるんと滲む我慢汁を彼女に飛ばす。

 わあ、と声を出し慌てて目を逸らそうとするアクアの姿に言いようの無い興奮を覚える。

 

「か、カズマさんが荒ぶっているんですけど……」

 

「前にも見ているだろ。俺が死んだ時とか」

 

「あの時はもっと可愛らしい感じで……わ、わあ」

 

 チラチラと勃起した剛直を見る姿に、ふとアイリスの姿を連想させる。

 どこか恥ずかし気に、しかし興味がない訳ではないという姿に頬が緩む。

 床に座るアクアの目の前で竿を見せつける経験は、中々に甘美な物であった。

 

「ほら、見ろよ」

 

「ぅ、ぁ……。あ、そうだ」

 

「?」

 

 目を逸らすアクアの頬に亀頭を擦りつけていると思いついたように上着を脱ぎだす女神。何をするつもりなのかと半裸になる少女は得意気な表情を見せながら、背中のブラホックを外す。

 ホックを外し、途端に露わになる女神の乳房に俺の目が吸い寄せられる。

 白い餅のような乳房に、ツンと上を向いた桜色の乳首。

 形も良く、大きさも程良く、まさしく女神の乳房に思わず手を伸ばす。

 

「ん……!」

 

 むにゅん、と俺の掌で形を変える乳房。

 沈み込むような感触はお湯を含んだ水風船のように柔らかい。

 どれだけ触っても飽きが来る事が無い事を予期させる女神の乳房の感触に無言の俺は黙々と揉みしだく。

 まろやかなプリンのような質感を掌で味わい、そっと乳首を摘まむ。

 興奮で硬くなり始めていた肉粒は僅かな刺激で彼女に甘い吐息を漏らさせる。 

 

 自らの乳房を差し出すアクアを好きに弄ぶ。

 すると女神は甘い吐息と共に更なる淫靡な誘いを口にした。

 

「カズマさん、カズマさん」

 

「なんだよ、今良いところ……」

 

「挟んであげようか? パイズリだっけ? そういうの好きでしょ?」

 

「お願いします」

 

 プライドも誇りも全ては捨てる為にある。

 決してアクアの癖に、などとは思ってはいけない。素直が一番なのだ。

 んふ、と微笑むアクアは白い胸の谷間を見せつけながら、俺の前で跪くような姿勢になると、餅のような質感の乳房で怒張を挟み込んだ。

 

「――――」

 

 アクアの乳房が猥らに雄茎を呑み込む。

 両手で寄せた乳房は膣よりも滑らかで柔らかく肉茎を包み込む。

 キスとは打って変わり、どこか得意気な表情を見せるアクア。

 

「エリスにはこんな事出来ないわよ」

 

「――――」

 

「アイリスにもね」

 

「いや、アイリスは今でもギリギリ出来るから」

 

「…………」

 

「お」

 

 グッと奥歯を噛み締める。

 左右の乳房を上下に揺すって、雄竿に奉仕する女神の姿。

 

 これまでの女性経験で初めての、俗にいうパイズリは視覚的な厭らしさ程に快感がある訳では無かった。

 アクアの拙い動きに、彼女の胸の処女を捧げられたのだと思うと感動を覚える。

 とはいえ、射精に至る程の快感ではない為、俺は彼女にある提案をする。

 

「……え、だ、唾液って」

 

「それが正式な作法だ。えっ知らないの? エリス様は知ってたし、やってくれたぞ」

 

「も、勿論知ってたわよ、というかエリスに出来る訳ないでしょ」

 

 戸惑うがエリスならすると告げると、途端に涙目になるアクア。

 そんな彼女の姿に何故だか加虐的な快感が背筋を撫でる中、おもむろに口をもごもごとさせるアクアは唾液を垂らし、それを潤滑油に剛直をしごく。

 

 にちゅ、にじゅ、と音がリビングに響く。

 思わず無言になり彼女が奉仕する胸元を凝視しながら、手を顔を赤らめるアクアの頭部に。

 さらさらとした髪の毛に触れながら、自らの唾液と先走りが絡みついた肉竿を懸命に乳房で奉仕する姿を眼球に焼き付ける。

 あっという間に俺は荒い息を吐いていた。

 

 柔肉越しに押しつぶされ、挟まれ、しごかれる。

 実用性の高い男のロマンに、吐精の衝動がぐんぐんとせり上がる。

 器用さの高いアクアはコツを掴んだのか、どこか楽し気な顔を見せる。

 

「ふふ」

 

 喜悦を見せる表情で、アクアは猥らに口を開いた。

 限界寸前にまで高められた射精感に脳が支配される中、剛直を乳房から解放する。

 

「ぇ、ぁ」

 

 中途半端に終わりを告げた奉仕活動。

 何のつもりかと目を向けると、剛直を掴む女神は剛直を程良い力加減で掴みながら、目線だけで復唱するように告げる。

 どこかほの暗い感情を酩酊感と興奮に混ぜながら、アクアは小さく呟く。

 

「アクア様、好きって言って」

 

「アクア様好き」

 

「もっと心を込めて」

 

「アクア、好き」

 

「……エリスより」

 

「エリス様より」

 

「……、自分で言っておいてなんだけど、アンタ躊躇いとか無いの?」

 

「お構いなく」

 

 所詮は言葉を言わされただけに過ぎないのだ。

 そんな俺の胸中を余所に、あーん、と食事をするように口が上品に開かれる。

 酒に酔ったアクアが見せる淫らな表情。

 それを見ていた俺は、ちゅっと口腔に怒張が沈むと同時に腰を押し込む。

 

「んむ!?」

 

 アクアの頭部を掴み、玩具のように女神で自らを慰める。

 中途半端に静止させられた性衝動に浅いピストンを繰り返す。

 挿入する度に、反り立つ怒張は頬肉を突き、舌肉に絡み、唾液と絡む。

 

 ふと、向けられる水の視線に、目を向ける。

 やや乱暴な口腔奉仕をさせているにも関わらず、従順に肉棒を味わう女神。

 んふ、ふ、と肉棒を頬張ったアクアが目線と鼻息で何かを訴えかけている。

 

「……」

 

 ふと彼女の先ほどの行動を思い出す。

 このまま何も言わなければ噛まれるのではと思い立ち、俺は小さく呟く。

 

「……き、きらいじゃない」

 

「……!」

 

「その、お前が……アクアが、好き……だ」

 

「……!!」

 

「……たぶ、んっ」

 

 言わされた、と思う。たいして心が籠っていない言葉を言わされた、と。

 屈辱を覚えるも、怒張を吸い上げられた俺は、直後に極上の射精を経験する。

 

 白濁が女神の口腔を汚し、喉奥にまで達したのが分かる。

 彼女は目を閉じ、黙々と濃厚な白いソースを嚥下し続けていた。

 ゆっくりと彼女の口内から剛直を抜き出すと、一滴残らず人間の体液を取り込んだ水の女神は、無言ながらもどこか得意気な表情で、しかしジッと俺を見上げる水色の瞳は告げていた。

 

 ――私の方が良かったでしょ?

 

 気のせいだと思う。

 気のせいだと思いたい。

 あのアクアが、そんな事を考えるとは思えなかった。

 

「――――」

 

 酒の酩酊感と射精による虚脱感。

 絶頂の余韻に浸っていた俺は彼女から目を逸らすとコタツに横たわる。

 もう何も考えたくなかった。

 全ての事は泡沫の夢で、酒に酔っていた事にしよう。

 我ながら呆れ果てる思考ではあるが、自己嫌悪を抱くには思考が疲れ果てていた。

 

 だから。

 

「ねえ、カズマ」

 

「――――」

 

 ゴロンと寝転がる俺の隣に同じく寝転がる女神。 

 薄目を開けると未だにはだけた衣服のままのアクアが俺を見ていた。

 彼女にとっては殆ど性交に近しい行為だったのだろう。今更になって眠気と共に僅かながらに冷静になった思考が彼女への思いやりの行動に至らせる。

 

「気持ち良かった? カズマさん」

 

「ああ、良かったよ。アクア」

 

「そうでしょ? 私のありがたみが分かったかしら?」

 

「……ああ」

 

 豊満な胸を張るアクアをそっと抱きしめる。

 柔らかく、温かい女神を抱いて、後は明日の自分に任せよう。

 意外にも抱き枕にしようとする俺に無抵抗なアクアの様子に違和感は残るが、願わくば夢であれ、と心地良い酩酊感に意識を預けようとすると、

 

「ねえ、カズマさん」

 

「……もう寝ようぜ」

 

「――私ってカズマさんにとって必要な存在になれたかな」

 

「……ぇ?」

 

 俺は思わず眉根を寄せて聞き返す。

 ポツリと呟かれた言葉、それが鼓膜を震わせた瞬間、目を開く。

 どこか神妙な表情をする彼女の美貌がすぐ目の前にある。こうして口腔奉仕までさせたからか、普段とは違って彼女の儚げで艶やかな表情に、何故だか鼓動が高鳴る。

 

「いやだよ、カズマ。私じゃなくてエリスを選んだら」

 

「あ、えと……」

 

「――――」

 

「その、別に俺はエリス様とエッチな事をした訳じゃなくて、分身であるクリスと報酬でそういう事をしただけで。ああ、ただアイリスに関してはお互いに相思相愛なんだが。まあ、その別にお前の事を切り捨てようとしている訳じゃ――」

 

「ふふっ」

 

 何を告げるべきかも分からず、何かを口走る俺に、ふいに笑みを零す少女。

 嘲笑の類ではない。ただ堪えきれずに噴き出すような笑みがコロコロと彼女の喉を震わせる。

 何故、笑ったのか。笑う要素がどこにあったのか。

 行動の意味が分からず目を白黒とさせる俺にアクアは俺の首筋に顔を埋める。

 

 酩酊感と女神からの抱擁に思考が蕩けていく。

 普段とはあまりにも異なる、甘えるような儚げな顔を見せる彼女。

 

「あ、アクア……?」

 

「カズマさんってば、いつの間にか発情したお猿さんみたいになっちゃって。顔を合わせる度に他の女の人のえっちぃ匂いを付け出しちゃって……すっごく、怖いなって思ったよ」

 

「――――」

 

「アイリスとエッチな事し始めちゃって……それに、それにね、エリスと! ……ううん、クリスとしちゃったんだって視た時、凄く辛かったの。怖く、なって」

 

「――――」

 

「すっごくすっごくすっごく悩んで……めぐみんやダクネスとこれからも一緒にいられないかなって。でもそんな事上手くいかないよね……。だんだんとエリスやアイリスの匂いが強くなって、玄関でなんて……、どんどん私の居場所も失い掛けて。私ね、ようやく気づけたの」

 

「――――」

 

「今までいっぱい、いっぱい、私の事を助けてくれたカズマさん。私を天界から連れ出して人生の楽しさを教えてくれて、大切なアクシズ教団のお祭りを一緒に考えてくれて、私の為に魔王まで倒したカズマさん……。私って実はカズマさんにいっぱい助けられたんだなって。……これからはもっと役に立てる女神になりたいなって。カズマさんは私がいないと駄目だもんね」

 

「――――」

 

「だから、ね。傍にいて、カズマ。ずっと一緒にいよう? 私を捨てないで」

 

「――――」

 

「――好きだよ、カズマ」

 

 

 



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第二十一話 触らぬ女神に祟りは

 目覚めと共に覚えるのは眠気を邪魔する肌寒さだ。

 己の身体を抱いて、顔に刺さるような寒さに強制的に意識が覚醒する。

 鼻の奥がツンとするような、喉奥を掻き毟りたくなるような不快感は、馬小屋時代の起きたら睫毛が凍り付くほどの寒さに心身共に震えていた頃の出来事を思い出させる。

 流石に屋根がある分、あの頃よりは緩和されるが寒いものは寒い。

 

「あー、あ、あー……」

 

 風邪を引いたかと、喉の調子を確かめながら周囲を見渡す。

 ぼやけた視界に瞼を擦りながらも、自分がどこにいるのかを確かめる。

 

 火の消えた暖炉。 

 身体を横たえていたソファ。

 

 俺が知る限り、間違いなく屋敷のリビングである事には違いない。

 窓から覗く陽光に目を細めながら、曖昧な記憶の整理を試みる。

 

「確か……」

 

 確か。なんだったか。

 アクアと一線を超える寸前に陥ったような記憶が。

 

「――――」

 

 何となしに唇に指が触れるも、かさついた感触に思う事は無い。

 今日は今日。昨日は昨日。佐藤和真の記憶は睡眠の結果、既に遠い忘却の彼方だ。

 

「と、思えたらよかったんだがな……」

 

 流石に駄女神のような記憶力並みに低下した訳ではなく。

 都合よく酒が入った事で、記憶が何もかも抜け落ちてくれているならば。

 酒の場だったからと、全てを水に流してしまえるならばどれだけ良かったか。

 

 普段ならば二日酔いに陥る筈の頭は冴えている。

 それなりに飲んでいたと認識しているが、寝込むほどの必要性はない。

 ただ、頭が冴えていくにつれて、何もかも忘れて寝込みたくなってくるだけだ。

 

「――アクア」

 

 青髪の美しい女神。騒がしくも、俺を退屈させない少女。

 昨夜の記憶を引き出して、アクアの存在に思い至ると慌てて周囲を見渡す。

 いつの間にか寝床にしていたソファから上体を起こしリビングを見渡すも部屋は無人であった。身体に掛けられた毛布に気づくも、肝心の掛けたであろう相手はどこにも見えない。

 

 そもそも何故、ソファの上に寝ているのか。

 昨日コタツ布団の中で、アクアの甘くも熱い声色に耳を傾けていたのは覚えている。

 そこから先の記憶は無く、曖昧な夢と現実への境界の線引きが出来ていない。

 

「――――」

 

 実は夢だったのではないのだろうか。

 途中からは夢の出来事で、俺の名前を呼び、瞳を潤ませて、性的な奉仕に準じたあの女神は想像上の物であったのではないのか。サキュバスがサービスで見せた夢だったのではないか。

 考えだすとキリがなく、事実を確認する術がない。

 どうして、朝からこんなに頭を回さなくてはならないのか。

 

「これが、真のモテ期なのか……」

 

 初級魔法で暖炉の薪に火を付け、毛布に包まり直す。

 窓の陽光を見る限り、既に時間帯は早朝を過ぎたばかりだろうか。

 以前の俺ならば二度寝をしていた時間であり、怠惰であろうと屋敷には邪魔する者もいない。

 

 暖炉に火を付けなくてはならない程度の肌寒さ。

 誰が掛けてくれたのかは分からないが茶色の毛布を身体に巻き付けながらソファに寝転がる。

 寝転がって、ふと俺は些細な事に思考が至る。

 

「……というか、寝て起きたら裸の女がいました、的な朝チュン展開になったの今のところクリスだけなんだが。アイリスは忙しいから仕方ないとしても、アクアは起きたら横で寝ていました的な感じだと思ったんだけどな。アレか? やっぱり俺のヒロインはエリス様だったんですね? そうなんでしょ、エリス様ー! パッド様!」

 

「貧乳だっていいじゃないですか! 俺は好きですよ」

 

「今度、クリスに逢ったら紐パンだと嬉しいですね……」

 

 何となしに天井に話しかけても、流石に女神からの返事はない。

 見ているのか、仕事で忙しくて見ていないのか。

 テレポートで直接天界に逢いに行く事も出来るが、よくよく考えると雰囲気に流されたとはいえ、アクアとなし崩し的に性行為に近しい事を行ったと知られている可能性もある。

 それならば機嫌を損ねてしまい、無視されているのかもしれないと思い始めた時だった。

 

「……さっきから何してんの、カズマ」

 

「お」

 

 鼓動が高鳴る。

 僅かに心臓が止まったのではないのかという程の驚愕。

 足音もなく、気配もなく、ソファの背もたれ上部から顔を見せた女に息が詰まる。

 どこか戸惑いと呆れた顔を見せる彼女は長い髪の毛を揺らして俺を見下ろしている。その姿は以前と何ら変わりなく、俺の姿を映す美しい水色の瞳に異変は見られない。

 

「おはよー、カズマ。どうしたの、変な顔よ? 元から変な顔が歪んでるわよ。せめて洗ってきなさいな」

 

「あ、アクア」

 

「今日の朝御飯は私ね。適当にある物で良い?」

 

「そんな母親みたいな事を……というか誰が変な顔だ! 普通だろ!!」

 

 いつもと何ら変わりない能天気な笑顔を見せる少女。

 その瞳に昨日の熱は見られず、いよいよ夢だったのではないのかという考えが芽生える。

 心なしか風邪を拗らせてしまったのではないのか、と毛布を身体に巻き付けつつも安堵の吐息をする俺に対して。

 

「というか、カズマさん。私に感謝してよ?」

 

「? 俺がお前に感謝? ほわい?」

 

 ふふん、と豊満な胸を張る彼女は褒めて欲しそうに告げる。

 

「良い感じの雰囲気でコタツで寝ちゃったけど、脆弱なカズマさんだと風邪ひいちゃうから、寝ちゃった後にソファまで運んであげたの! お姫様だっこでね! ……あっ、でも毛布はあの子が持ってきてくれたから、あとでお酒でもお供えしてあげてね」

 

「――――」

 

「ほら、感謝して! アクア様、運んでくれてありがとう! って」

 

「……、まあ、その、サンキューな」

 

「ぇ、ぁ、……うん」

 

 衝撃に回らない脳のまま、求められた言葉を告げる。

 何故か、何とも言えない照れたような表情を浮かべるアクアは俺から顔を逸らすと台所に向かう。その後ろ姿、背中まで伸びた長い青色の髪を俺はただただ無言で見ていた。

 

「――――」

 

 言葉が出なかった。

 夢や幻ではなく、現実であったことに。

 洗顔し、頬を抓っても、寝癖を直す頃には衝撃も多少和らいでいた。それでも、未だに現実味が俺の中で芽生えようとするのを拒否していた。

 鏡を見ると、面白い程に現実に戸惑いを示す困惑した男の顔があった。

  

「――――」

 

 冷たい水が昨日の記憶を鮮明に、明瞭にしていく。

 好きだと言われた。アクアに。あのアクアに。

 傲慢で肝心なところはヘタレる疫病神のような女神に、好きだと言われた。

 

 この世界に来てからずっと一緒にいた女神。

 彼女からの告白に、不思議と嫌な気はしなかった。寧ろ――。

 

「――――」

 

 とはいえ、俺は結局何の返事もしていない。

 なし崩し的に、雰囲気に流されてただ行為に及んだだけなのだ。 

 これから、一体どんな顔で、態度で、アクアと接したら良いのだろうか。

 

 …………。

 

「――まあ、いっか!!」

 

 ――俺は考える事を止めた。難しい事は考えても仕方がない。

 昨日の出来事が現実か夢か幻かなど、直接確かめてみれば良いのだ。

 

 顔を拭き、半笑いを浮かべながら小走りで台所に向かう。

 エプロンを身に着けて、鼻歌を歌う彼女はパンをフライパンで焼いていた。フレンチトーストを作るつもりなのだろう、ふっくらしたパンは牛乳と砂糖を含み香ばしい香りを漂わせる。

 殆ど出来上がっているソレに目を向ける彼女に背後から全力で抱き着く。

 

「アクアー!」

 

「えっ? きゃあああ!!?」

 

 特に何も考えずに彼女へのセクハラを決行する。 

 新鮮な気分だった。めぐみんやダクネスではなく、普段は異性という認識すらしなかった彼女へのセクハラというのは、ある種の快感とも呼べる爽快感があった。

 持ち上げるように少女の双丘を衣服越しに揉むと柔らかい弾力が掌に伝わる。

 

「うむ、うむ、中々良いとも」

 

 ビクッと身体を硬直させ、背筋を伸ばすアクア。

 背後から抱き着くと、ふわりと漂う女神の甘い香りと柔らかさが感じられる。

 

 彼女が着用している衣越しに乳房を揉む。

 むにゅ、むにゅん、と掌に感じる柔らかさは何物にも代えがたい。形も良く、餅のような柔らかさと程良く大きい彼女のソレは、完成された女神の乳房である。

 

「ちょ、やめ、んっ、ッ、やめなさいってば……!」

 

 嫌々と身体をくねらせるアクアに背後から堂々とセクハラをする。

 行為に及んで、今更ながら罰当たりな事をしているな、と思うも特に何も考えずにアクアの身体への抱擁行為に俺は不思議と安心感を覚えた。

 口では嫌々と言いながらも、本気で抵抗はしてこないアクア。

 

「ね、ねえ。カズマ? アンタが私の身体に発情する見境ない発情ニートだっていうのは分かっていたけれど、パンが焦げちゃうから離してくれない?」

 

「おいおい、アクア。真の料理人はこの程度で集中力は欠けたりしないだろ。神様ってのはその程度か? うん?」

 

「げ、外道よこの男……! 麗しいこの私の身体を弄ぶなんて……!!」

 

「お前、実は結構余裕あるだろ」

 

「ふぁ! ちょっ、どこに手を……。さっさと離れなさいな。ケダモノニート!」

 

「ほら、焦げるぞ」

 

 通常の彼女ならば既に俺の拘束を解き、殴るなりの対応はしている。

 その程度の理解はあると同時に、そういった行動に移らないアクアの肩に顎を置きながら、まったりと女神の乳房を揉みしだく。

 程良い弾力に頬を緩めながら、彼女の反応に新鮮さを覚える時間。

 

 俺のセクハラに耐えながらも料理を進める彼女。

 その様子を見ながら、俺は自身の身体に生じる変化に気づいてしまった。

 

「アクア」

 

「ッ……、な、何よ……ぁ」

 

 名前を呼ぶと身悶えする彼女は、突如閉口して半眼で俺を見る。

 セクハラによる羞恥を孕んだ水色の瞳は、自身の短いスカート内部に擦りつけられた邪悪な存在に気が付くと大きく見開かれ、白皙の肌に朱色が差す。

 ズボンにテントを張る剛直は朝から活発的に彼女の薄布越しに恥部を擦る。

 

「ん、ぁ……、その邪悪な物を擦りつけないでよ。封印するわよ」

 

「そう言うなよ。ほーら、昨日丹念に奉仕していた息子ですよ。見ろよ、お前で初めて勃ったぞ。アクア、息子がお前で勃ったぞ!! お前の所為だぞ。責任取れよ!!」

 

「~~~~ッッ!! もう! いい加減にしてってば!」

 

「ぶべらっ!!?」

 

 耳まで顔を赤くしたアクアが此方を振り向く。

 瞬間、強烈な水が俺の顔面に放たれ、その勢いに俺は吹き飛ばされた。

 水が冷たい時期、冷水が俺の頭を強制的に冷やし、剛直を萎えさせる。

 

「ハッ! 俺は一体何を……」

 

「…………。目は覚めましたか、サトウカズマさん」

 

「……おはようございます」

 

 瞬間、理性が本能を上回り、クリアになる思考。

 視界に映りこむのは、己の身体を抱きながら、顔を赤くして俺を見下ろすアクア。

 

 ――アクアにも恥じらいがあるらしい。

 その姿に不覚にも可愛いなと思う中で、彼女の背後から立ち上る黒い煙。

 

「あ」

 

「……? ふわああああ!!」

 

 俺の鼻腔を突き刺すような焦げた香り。

 フライパンの中にある、焦げた何かが、その日の朝食となった。

 

 

 

 +

  

 

 

 アクアへのセクハラと朝食を終えた後、俺は屋敷の外へと脚を進めていた。

 何も考えずに行動した結果、めぐみんやダクネスには知られたくはない黒歴史が製造されてしまったが、意外にもアクア本人がソレを使って俺に高級酒を要求したりはしなかった。

 

「ねえ、ねえ、カズマさん」

 

「……なんだよ」

 

「どこ行くの?」

 

「どこだって良いだろ。……適当にウィズの店とかに行こうかなって」

 

「ふーん。昼ご飯なんだけどカズマ奢りなさいな。朝御飯を駄目にしたんだからそれぐらいは許されるわよね」

 

「それぐらいは良いけどな。今月の小遣いはどうしたよ」

 

「美味しいお酒を貰ったお礼にアクシズ教団の教会に寄付したわ。アクア様ありがとうって、すっごい感謝されたわ! 良い子たちよね」

 

 寧ろ、嬉々とした表情で腕まで組んで俺について来る始末。

 雄の劣情を誘うかのように豊かな双丘を腕に押し付ける姿は確信犯のような厭らしさが見え隠れしているように思えた。

 しかし、組んできた腕を離すには勿体ないと思わせる感触に俺は吐息した。

 

「なあ、……アクア」

 

「なーに、って!」

 

 俺の呼びかけに応じるアクアだったが、会話を中断して余所に顔を向ける。

 やや遠く離れた道にいる女冒険者たちが俺とアクアに目を向けているのが分かった。俺が冒険者ギルドで酒を奢ったりするとチヤホヤしてくれる知り合いの女冒険者は此方に脚を向けようとするも、アクアを見るとそっと顔を背けた。

 

「何、やってんだ?」

 

「カズマったら、鈍いわね。絶対宝くじが当たったら誰かに喋っていつの間にか知らない親戚が増えているタイプね」

 

「お前は、銀行に向かう途中で宝くじの紙、絶対落とすタイプだろ。いやそもそも当たらないだろうがな。……で?」

 

 軽口を交わしながらアクアに話を促す。 

 彼女が言いたい事は至極単純な事だった。

 

「絶対、あの子たちカズマさんの財産を狙っているわね。間違いないわ、無駄に持っているお金以外にカズマさんに取り得なんてないもの」

 

「引っ叩くぞ」

 

 とはいえ、残念ながら彼女の告げる言葉が事実の可能性が高い。 

 魔王討伐後から、高まる名声と共に親戚を名乗る連中や、家族が増えた。

 面白い話だ。佐藤和真の親戚も家族もこの世界にいる筈がないのに。

 

 こういった状況は最近になると珍しい物ではなくなった。

 財産や名声などを求めて雌の発情したような顔で擦り寄って来る女に関してはダクネスやめぐみん達もこうして追い払ってくれ、密かに感謝している。

 流石にアクアのように遠くから見てくる女に威嚇するような事は無かったのだが。

 

「話しかけもしない連中にまで目力発揮しなくても良いんじゃないか。別の用事かもよ」

 

「女神の勘よ」

 

「そうか」

 

「そうよ。……ね? 私って凄いでしょ? 便利でしょ? 分かったら褒めて、褒めて!」

 

「すっごーい」

 

「ちゃんと褒めてよー!」

 

「…………」

 

 この女、ずっとついて来るつもりなのだろうか。

 サキュバスの店に向かい、外泊するのを勘だけで阻止するつもりなのか。

 恋人のように腕を組み、周囲の冒険者及び住民に見せつけるように歩くアクアは、近づいて来る金目当ての女を追い払いながら、俺に歩調を合わせる。

 今までにない彼女の変化に驚きながらも、腕に当たる胸の感触に解く事が出来ない。

 

「アクア。体重は掛けてくるなよ」

 

「……しょうがないわね。貧弱なカズマさんじゃ私を支えることも出来ないもんね」

 

「お前の体重が重いんだよ! ……嘘、嘘、嘘! 腕を折ろうとするなっての!」

 

 適当な軽口を叩き合いながらも、俺の胸中を過るのはこの状況への驚愕だ。

 どこかしおらしいアクアが、チラチラと俺に向ける弱弱しい光を宿した水色の双眸、へし折らない程度に、逃走スキルを使用して逃げない程度に腕を組む彼女は絶妙な力加減だ。 

 外面だけを見るならば平静を保っているように見えるが、首を傾げるアクアはいままでとは何かが異なって見えた。

 証拠も根拠も、理屈も無い。あるのはただの――、

 

「勘だな」

 

「何?」

 

「いや、それよりそろそろ離してくれよ。歩きにくいんだが」

 

「嫌よ。カズマったらすぐに転んで死んじゃうもの。だから、私がいないと駄目なの」

 

「そんなホイホイ死んでたまるかっての」

 

 流石に街中で突然死というのは無いと思う。あってたまるか。

 俺の隣の歩く女神には一体何が見えているのかと思いながら、無言になると否応なしに意識せざるを得ない彼女の身体の感触から目を逸らし、朝食の時には出来なかった話題を振る。

 

「そういえば、お前。朝、どこにいたんだ?」

 

「……朝?」

 

「そ、俺だけソファに寝転がして自分だけは部屋に戻ったのか?」

 

「そんな訳ないじゃない。カズマさんをお姫様だっこした後、天界に戻ったのよ。お姫様だっこして!」

 

「なあ、そこは別に強調しなくて良いだろ。……なんで天界?」

 

 そのまま眠ってしまうのがアクアという女だと思ったのだが。

 わざわざ夜中に天界に戻ったのは、一体何故なのだろうか。 

 

「んへへ……馬鹿ね、カズマ。あんなエッチな事しておいて、どうせなんやかんやで最後までするつもりだったんでしょ?」

 

「おい、馬鹿。声でけーよ」

 

「でもね、でもね。普通に女神がエッチな事をすると力を失っちゃうから、急いで上の人に申請してきたのよ。流石にちょっと時間掛かるかなって思ったけど、最近似た申請があったとかですぐに許可が出て朝には戻ってこられて……」

 

「――?」

 

 ざわざわ、と周囲の声が聞こえるアクセルの街中。

 クエストに出かける新人の冒険者や、高レベルの冒険者、住人達。

 むさ苦しい彼ら彼女らの間をカップルのように腕を組む俺たちが歩いて行くと奇異の視線に晒される。既にギルド内では噂されているだろうと思うと、憂鬱な胸中である。

 そんな喧騒の中、彼女の語る言葉に気になる点があり指摘しようと口を開こうとすると、

 

「――あれ、カズマくん。アクアさんも」

 

 雲の少ない晴天、涼やかな風が俺とアクアに吹く中で、掛けられる少女の声。

 目を向けると短めに切り揃えた銀髪が似合う軽装な衣装を身にした盗賊娘、クリスが歩み寄って来る。俺を見る彼女は親愛を感じさせる女神のような微笑を浮かべる。

 ギュッと腕を掴むアクアへ僅かに目線を向けるも、再度柔和な笑みを俺に向ける。

 

「やあ、カズマくん。どこかに行くの?」

 

「えっ、あー……ちょっと魔道具店にな」

 

「…………」

 

「へー、そうなんだ。せっかく偶然会ったんだから、一緒に良いかな?」

 

「いやー、どうだろう。悪魔とリッチーが経営している店だしな。たまにペンギンもやってくる。そんな場所に連れて行って悪魔対神みたいな終末戦争が近所で起きたら俺は嫌なんだが」

 

「あはは……。冗談が下手だね。そんな店ある訳ないじゃん」

 

「……はは。ちなみに人と共生している悪魔的な種族とか、犯罪率の低下に貢献している悪魔的な種族についてどう思いますか?」

 

「滅んじゃえばいいと思うよ。寧ろ見つけたら滅ぼしちゃうかな」

 

 俺の冗談がツボに入ったのか、露出した白い腹を抱えて笑うクリス。

 人間の身体であり、盗賊職であるからか、高位の悪魔やリッチーは認識できないかもしれない。なんとなくクリスも一緒に連れて行ってみた時の反応が気になるが下手な真似は出来ない。そんな節穴な彼女に何かを感じたのか、アクアが前に出る。

 

 組んでいた腕を解き、豊満な胸を張る彼女は薄い胸の彼女と対峙する。

 こうして相対して立っている彼女たちを横から見ていると乳の大きさの差が如実に表れる。数秒ほどガン見する俺だったが、アクアが告げた言葉に現実に引き戻される。

 

「……えっと、何ですかアクアさん」

 

「ねえ、エリス。こんなところで何しているの?」

 

「――――」

 

 ポリポリと頬の傷を掻いていたクリスにアクアはそんな言葉を放つ。

 その言葉の意味、言い間違えではない彼女が向ける水色の双眸に、クリスは真顔になる。

 否、エリスはへらへらと笑いながらもあっけらかんとその言葉を肯定した。

 

「何って、見ての通りですよ。アクア先輩」

 

「見ての通り? こんなところでブラブラとしている事が? アンタ本当に神様なの?」

 

「その言葉はそっくり返しますよ、先輩」

 

 正体の露見という展開にしては、互いの反応は随分と淡々とした物だった。

 驚く訳でもなく寧ろ今更かと言わんばかりの態度のクリスと目を細めるアクア。

 

 以前は良好な雰囲気だったように感じる彼女達。

 実際には彼女たちが先輩後輩の間柄であるぐらいの話しか聞いていないが、俺が見る限りは仲は悪くはなさそうだったのだが。

 クリスの身体で屋敷で寝泊まりした事もある彼女たちの身に、一体何が起きたのか。

 

「私は神器の回収としての仕事もしているんです。アクア先輩とは違いますよ!」

 

「……ほー、言うようになったじゃないのエリス。ちょっと付き合いなさいな。居たなら居たで挨拶もしてこない駄目な後輩女神よね、エリスってば。最近私のカズマさんに手を出しているようだし、この辺りでどちらが上かを教えてあげるわよ」

 

「……私の?」

 

 クイッと顎を路地裏に向けるアクアをジッと見るクリス。

 

「おい、お前ら。……その辺りにしておけって」

 

 俺は決して馬鹿でも鈍感でも天然でもない。

 相手が好意をもって接してくる時に、唐突に難聴になる事もない俺は、なんとなくこの場が修羅場のような雰囲気になりつつある事を感じていた。

 男を巡っての女の闘いだと思うと、興奮と同時に僅かに心が痛みを訴える。

 

「やれやれ……」

 

 仕方なしに髪を掻き上げ、ニヒルな笑みを浮かべる俺は彼女達を腕に抱く。

 右手はクリスの尻肉を、左手はアクアのくびれた腰元へと。

 会話を止めて訝し気な顔を向けてくる女神達の喧嘩を止めなくてはならないという思いに駆られる俺は、モテてる男として最大限のキメ顔で仲裁の言葉を放つ。

 

「アクア、エリス様。俺の為に争うなんて……やめろよぉ」

 

「勘違いしないでカズマ。これは女神の威信を賭けた戦いよ。体育会系のちょっとした先輩と後輩のじゃれ合いよ。……あと、その顔気持ち悪いからやめなさいな」 

 

「そうですよ、カズマさん。大した事ないのであまり気にしないで下さい。……あと、出来ればその顔は止めた方がいいですよ?」

 

「「本当に」」

 

「…………」

 

 水と幸運のダブルパンチに俺は泣いた。

 俺を無言で振り払った女神たちは背中で語るように路地裏に姿を眩ます。

 なんとなくついて来るな、先に行けと言われた気がする俺は悲しみに暮れながらも、近くにいた警察官に通報だけしてウィズ魔道具店に向かう事になったのである。 

 

 

 



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第二十二話 盗人のアナタへ

「フワハハハハ!! フハハハハ!! これは愉快痛快。実に愚かな事よ。それで小僧一人のこのこと来るとは」

 

「――――」

 

 高らかな嘲笑に思わず眉根を寄せる。

 俺の悪感情が美味だったのだろう、何度も大きく頷く大男は腹を抱えて笑う始末だ。

 

「うむ、うむ。これは中々の悪感情。小腹にちょうど良い」

 

「……なあ。俺はまだ入店して何の説明もしていないんだが。顔を見た瞬間に爆笑されるって最悪の気分なんだが。……というかウィズは? 俺の目の保養は?」

 

 ウィズが経営している魔道具店。

 今はジッポを始めとした俺が開発した商品が主力となり、微力ながら収益の貢献をしている。だがそれ以上に、あのふわふわリッチーが顔と見た目にそぐわぬ、商才のない大量仕入によって帳簿は常に火の車となっているのだろう。

 そんな店の扉を開けて、歓迎するのは仮面を身に着けた大悪魔、バニルだ。

 ベルが鳴ると同時に倉庫から顔を出した悪魔は俺の顔を見ると同時に爆笑し出した。

 

「なに、おおよその事は把握したとも。あの信者に集る寄生虫は身内同士で争っておるのか。フハハハ! まさしく愚かな神よ。実に愚か、実に滑稽なり。この世界の行く末が愉しみよ」

 

「――――」

 

「それと、貴様の質問だが。あの貧乏店主には一人で慰安旅行に行かせた。現在は売上も好調でな、無意味な産廃を仕入れる存在もいない。まさしく絶好調、最高の状況である」

 

「お前、遂にウィズを厄介払いしたのか……」

 

「ちなみに有名な混浴風呂にも入るとか」

 

「ほう? 詳しく」

 

「残念。今のは嘘だ!」

 

 これほど腹立たしい瞬間は無いのではないだろうか。

 男の純情を弄び、美味だと高笑いするバニルの姿に今度ウィズに商才があるからもっと商品を仕入れるように褒め称える事を俺は誓った。その胸中を視たのか、或いは悪感情に満ち足りたのか、不快な笑みを止めたバニルは店に設置されている椅子に座るように告げた。

 

「さて、貴様の悪感情の礼として、相談に乗ってやろうではないか」

 

「相談」

 

「そうだとも。あのピカピカと光る貧乏神と、ギルドで見掛けた事もある癖に見抜く事の出来ない節穴の神、そして貴様が手を出し多大な責任を感じている我輩が一日だけ従者となった事のあるチリメンドンヤの孫娘の事だ」

 

「チリメン……、お前がハチベエかよ」

 

「如何にも」

 

 スーツの上にエプロンを身に着け、顔の上半分を覆った白黒の仮面。

 奇抜ながらも、近所には人気の存在、アクセルの街が黙認している大悪魔は。

 

「喜べ、小僧。我輩が相談に乗ってやろう。相談料は五万エリスだ」

 

「金取るんかい!!」

 

 微妙に金額が高いのが腹立たしい。

 だが、見通す悪魔の異名を持つ目の前の大悪魔への相談料ならば破格なのだろう。

 そもそも冗談か本気かを財布を取り出しバニルに問おうとする俺を余所に、テーブルを挟み、目の前の椅子に座る大男は手の指を絡み合わせ、俺に視線を向ける。

 

「ふむ、相変わらずピカピカと視え難いな……。何、安心すると良い。これでも様々な相談を受けてきたバニルさんだ。浮気相談などの些事を始め、友達が出来ない、結婚相手が出来ない等の高難易度の相談を乗り越えてきた実績も豊富でありギルドでも評判が高いことで有名だ」

 

「いやそもそも相談と言っても、別に……」

 

「本当か?」

 

「――――」

 

「貴様の周囲で今何かが起きているのではないのか? 貴様が手を出した王女然り、鬱陶しい神々ども然り……我輩が仕えた一日主以外は色物しかいない女共に好かれた気分は如何かな?」

 

「――――」

 

「本当にモテ期入りました! なんか俺、本当にハーレム系主人公みたいになってきたのか? おっと、だがこのままでは俺の為に望まない争いが起きてしまう! どうしたら良いんだ! もしかしたら冗談抜きで刺されて死んでしまうんじゃないのか……とな」

 

「……口元が歪んでいるぞ」

 

「悪魔なのでな」

 

 愉快だと言わんばかりに笑みを浮かべる大悪魔。

 その姿に思わず半眼で睨みつける事でしか対抗手段がなかった。ニヤケ面、明らかに歪んだ口元を隠す事の無いバニルの姿からそっと目を逸らすと、店の窓から空を見上げる。

 俺の心情を形にしたように、曇天が空を覆い尽くしていた。

 

「ずばり、以前の貴様の論理武装は未だに生きている」

 

「……というと?」

 

「なんだかんだで神という種族に手を出したが、人間という種族に手を出したのはあの金髪の娘ただ一人。だから別に浮気という事にはならないし誰かにどうこう言われたくはない。……控え目にいって頭のおかしい屑のような脳内理論だが、貴様が手を出した女達に通じるだろうか」

 

「うるせぇよ」

 

 目の前の大悪魔に対して浅はかな隠し事は通用しない。

 バニルが口にするように自己嫌悪に陥りそうになるほどの屑のような理論だが。

 尋問を受けるような雰囲気に口内がカラカラに乾くのを感じ、出されたお茶を一息に傾ける。

 

「その調子でポンポンと孕ませていくと良い。あの爆裂娘を始め、夜な夜なアレな事に耽っている腹筋の割れた娘などにも手を出してハーレムを作る」

 

「――――」

 

「なるほど、男の夢という浪漫ではないか。あの王女と結婚すれば合法的に他の女達を全て己の嫁に出来る。だから手を出したし、これからは出会った女達全員をハーレムに加えてしまおう! おお、それで全て解決じゃないか!」

 

「――――」

 

「――と、考えはするが行動に移す勇気も度胸もない、小心者で無駄に責任感の強い小僧よ」

 

 何もかもを見透かしたような物言いに衝撃に打たれる俺の耳は届かない。

 否、見透かしたようなではない。この大悪魔は見透かしているのだ。何よりも実際に頭を過らなかった訳ではない。世界の厄災、滅ぶ要因となった魔王とその幹部たちを撃破していった冒険者サトウカズマならばハーレムを作る事も恐らく出来ない事はないだろう。

 そんな風に調子に乗ってアクアに言うと、屋敷から締め出された事もあったのだが。

 

 バニルの言う通りだ。

 俺に好意を持っている女全員を幸せにするにはハーレムを構築するしかないだろう。

 とはいえ、目の前の悪魔の、どこか決めつけたような物言いに俺は口を開く。

 

「……、俺は」

 

「…………」

 

「俺は、そういうつもりで、ハーレムを作ろうと思って、アイリスに手を出した訳じゃない」

 

「ふむ」

 

 俺にとって、あの日の出会いは偶然だった。

 魔王を討伐して何だかんだで英雄扱い、誰もが俺をもてはやすから酒を奢り、美味い飯を食べて、仲間たちと一線を超える寸前で誰かに邪魔されて仕方なしに外泊するという緩く甘く怠惰で倦怠的な日々。

 彼女との再会は本当に偶然で、どこか腐り始めていた俺に熱い告白をしてくれたのだ。

 

 ――結婚して下さい、と。

 

 純粋な眼差しを向けられて、手を握られて。

 心の底から好きなんだ、と大空を思わせる瞳に俺を映していたのだ。

 

 爆裂魔法をこよなく愛する少女のように、正面から真っ直ぐに告げて。

 雰囲気に流されて、肩透かしもなく、快楽の味を貪るように一線を容易く超えてしまったが。

 

「そこだけは絶対に違う」

 

「だが、その時の結婚するという返事は完全にノリと勢いだったのだろう?」

 

「ちちち、違うけど? 本気で結婚するつもりだったし? 嘘じゃないからな!」

 

「残念ながら今の貴様は見通し難いのだ。一応それが本心であるという事にしておこうか」

 

 そう告げて一方的に話を打ち切るバニルは懐から何かを取り出す。

 掌サイズのソレは見覚えがあった。いつだったか、魔王の城の結界を破壊する為に大量に購入した鉱石。素人である俺にも分かる程の高純度のソレはマナタイトと呼ばれる鉱石だ。それを数個ほどテーブルに置くバニルは淡々と値段を口にする。

 

「一個七千エリスのところサービスして六千エリスと良心的。なんと買わなければ町中に鬼畜男の真実が暴露される模様。さてさて、お客様。これを購入すると愛する王女様と結ばれる確率が高まると宣言しよう。何より魔力を豊富に含んだコレは魔力量の低い貧弱冒険者の貴様が持っておいて決して損はない。持っておくのが吉である」

 

「高いな……。でも買った」

 

「ひょ!? これは意外。高いだのなんだの駄々をこねると思ったが」

 

「まあそうだが。ただバニル……買う前に一つだけ聞かせろよ」

 

「ふむ。答えるかはともかく、言ってみると良い」

 

「なんでそんなに俺に肩入れするんだ? お前に何のメリットがある」

 

 疑問だった。

 見通す悪魔ならば、俺のその先にある未来も見通す事は可能だろう。

 女神がいる事で見通し難くなっていても、ある程度の予測を行う事が出来ない筈がない。相談に乗り、如何にも役立ちそうなアイテムを多少高額とはいえ渡そうとする姿は怪しい。

 

 目の前の存在が善意で何かをしてくるとは思えない。

 何かしら、この大悪魔が悦ぶ何かがあるという事なのだろう。

 そんな疑惑の目を向ける俺に対して、肩を竦めるバニルはやれやれと首を振る。 

 

「我輩は人間が好きだ。上から目線で見下すだけの神とやらよりも食事を提供してくれるという点からも好ましい」

 

「……はあ」

 

「何、簡単な事だとも。こんな事はただの嫌がらせに過ぎない。我輩としては、何よりもあの忌々しい女神共が人間を差し置いて一番になり幸福を手にするというのが度し難い。そもそも、あの女神共の思惑通りに事が進むというのは気に入らないのだ。フハハハハ!」

 

「……お前、悪魔だな」

 

「悪魔だとも」

 

「…………」

 

「黒字貢献、誠にありがとうございます。お客様」

 

 

 

 +

 

 

 

「それでエリスってば、いつから手を出したの?」

 

「何の事ですか?」

 

「とぼけるんじゃないわよ。爆裂の事しか頭にないめぐみんや、年中発情しているダクネスと違って、私なら人間体だろうと本体であるアンタの匂いが、凄い嗅覚で簡単に察知できるのよ」

 

「そうですか、まあ、今の先輩って魔王討伐前とは違って女神の力を十全に振るえますからね」

 

「……それで?」

 

「いつからと言えば、そうですね。カズマさんがアイリスさんに手を出した後に、ですかね。先輩が自分の信者たちにチヤホヤされてお酒を飲み歩いていた頃ですね」

 

「アイリス」

 

「そうですよ。先輩も私も知らない間にカズマさんが手を出しちゃった相手です」

 

「カズマってばニートだけじゃなくてやっぱりロリコン属性もあったのね」

 

「本人はもうロリ属性は脱却しているからセーフって思っているんでしょうね」

 

「カズマだもんね」

 

「カズマさんですからね」

 

「でもカズマって何だかんだで責任感は強いから、あの子と結婚するんじゃないかしら」

 

「めぐみんさんを捨ててですか?」

 

「多分ね」

 

「結構、薄情じゃないですか?」

 

「そんな事はないと思うわ。これでもめぐみん達の事はよく見てきたもの。アンタと違って」

 

「…………」

 

「それに、カズマはそもそもめぐみんとは付き合っている訳じゃないわよ。恋人未満の関係で現状維持、それを魔王討伐してから今までずっとずっと続けていたんですもの。居心地が良すぎて逆に関係を進展させる事が難しくなるって聞いた事があるわ」

 

「……ちなみに先輩。どこかで聞いた事があるんですがどこの情報ですか?」

 

「漫画よ。日本の漫画を馬鹿にしないで。天界に持ち込み過ぎてアンタの部屋に隠した物の中にあったでしょう? アレよ、アレ」

 

「ああ……。でも先輩」

 

「何?」

 

「先輩なら、当然アイリスさんとカズマさんが行為に及んでいた事は知らない筈がないですよね。なんで何もしなかったんですか?」

 

「……、ジロジロと天界から視ているだけのアンタと違って私は暇じゃないのー。可愛い信者たちの相手もしないといけないし、めぐみんの遊び相手をしたり、ダクネスを揶揄ったり、カズマさんとアレしてアレするのに忙しいの!」

 

「…………」

 

「ただ視ているだけだったら何も言わなかったのに、その姿と相まって本当に泥棒猫みたいね」

 

「泥棒猫。私が?」

 

「そうよ! 人の物を取ろうなんてエリスの癖に一万年は早いのよ!」

 

「ちょっ、先輩、肩痛いんですが!? いたたた……。今の先輩はその気になれば素の力だけで人を殺せちゃうんですよ。加減してください」

 

「あっ、ごめーんね。ちょっと興奮しちゃったみたい」

 

「…………」

 

「でもどうせエリスってば遊び半分で手を出したんでしょ? 人間体なら別に良いかなって。アレよね、おっぱいが無いから露出度を上げてカズマさんの興味を惹いてたみたいな?」

 

「しっ、失礼な事を言わないでください。これはれっきとした盗賊職の恰好ですから。それにもっと際どい恰好をしている冒険者の人たちだって一杯いますからね。それに」

 

「何よ」

 

「ふふっ、泥棒猫だなんて台詞、先輩から借りた漫画以外で初めて聞きました」

 

「奇遇ね。私も一度は口にしてみたかったのよ。でね、アンタが何を考えているかなんてしらないけど、人の物を盗んだらいけないってのは天界でも習ったでしょ?」

 

「アクア先輩。違いますよね?」

 

「……何がよ」

 

「盗んだのはアクア先輩ですよ」

 

「――――」

 

「すぐにカズマさんの脚を引っ張って、借金背負ったり、逮捕されたりする要因となっているアクア先輩。そうしてたまに死んでしまうカズマさんは私の事をいつも俺のヒロインだって言ってくれますよ? こっちでだって、半分冗談交じりですけど、関係を結んでからは結構本気で結婚しようなんて言ってくれたり」

 

「――――」

 

「そうそう、カズマさんが最初、転生特典でアクア先輩を選んだのは事実ですけど」

 

「――――」

 

「魔王討伐したご褒美に、カズマさんは先輩じゃなくて、私をモノとして選んだんですよ?」

 

「それは……、でもカズマはちゃんとあとで迎えに来てくれて……」

 

「先輩。カズマさんとはちゃんとエッチしましたか? 私やアイリスさんのように悪戯や触れ合うだけじゃなくて、ちゃんと一線を超えましたか? ……超えていないですよね」

 

「――――」

 

「私は超えました。まだ神体とはしていませんが申請を出して、クリスとしてですが会う度に彼に抱かれました」

 

「――――」

 

「何度も、何度も。……何度も。変態でヘタレで臆病な彼が、変なところで責任感のあるカズマさんが、私やアイリスさんにはお腹の中に出してくれたんですよ? 上辺だけの言葉じゃなくてキチンと行動で示してくれたんです。この意味が分かりますか?」

 

「――――」

 

「先輩の方こそ、私のカズマさんを取ろうとしないで」

 

 

 

 +

 

 

 

 薄暗い裏路地に、パチンと肉を叩く音が響く。

 気づいた時には周囲のガラクタを巻き込んで、クリスの身体が倒れ込んでいた。

 

 咄嗟だった。衝動的だった。

 自分が後輩女神に手をあげたと気づいたのは自分の掌が痛みを発していたから。

 

 彼女の華奢な身体が倒れ込み、周囲の物が、使わない空箱が木片と化し、ボロボロの布切れが塵となる。周囲に飛び散る埃は建物の間から覗く陽光に照らされて周囲に広がっていく。

 叩いてしまった手を胸に抱いて、倒れたまま起き上がらない彼女を前に脚が竦んだ。

 

「あ、ち、ちがっ、私は……そんなつもりじゃ……!」

 

「……っ、痛い、痛いです、先輩」

 

「あっ、ご、ごめんね。そんなに吹っ飛ぶなんて」

 

「――図星だったから叩いたんですよね」

 

 倒れたまま、私を見上げるクリス。

 唇に血を滲ませて、私を睨むように見上げる少女は見た事の無い表情をしていた。

 

「エリス……ッ」

 

 眉間に皺が寄るのを自覚する。

 後悔していた。衝動的に行動した事を、私は後悔していたのだ。

 こんな事ならエリスの顔面にゴッドブローの一つでも決めておくべきだった。

 

「先輩、そんな顔カズマさんには見せられませんよ……女神がしちゃいけない顔ですよ?」

 

 私の目の前に、クスクスと昏い笑みを浮かべる見た事のない女がいた。

 振り抜いていた右手は、いつの間にか血が滲む程に握られ、握り拳を作っていた。スキルを放つ一歩手前の拳に、虚ろな瞳のクリスは嘲笑混じりの笑みを零した。

 ギリギリと奥歯が痛い程に噛み締められる。

 

「……調子に乗るんじゃないわよ、エリス。立って構えなさい。ぶちのめすわ」

 

「お断りします。第一に殴り合うにもこの身体ではスペック差が酷すぎますし。それに――」

 

 クリスの青紫の瞳が私の背後に向けられると同時に、私の肩に置かれる手。

 釣られて背後に目を向けると、警戒したような顔を向ける男、身に纏っている制服は通報を受けてチンピラやコソ泥を撃退、逮捕する市民たちの味方の物で。

 

「あー、通報を受けてきたんだが。少し話良いかな?」

 

「助けて下さい、お巡りさん! この人に殴られました!!」 

 

「わあああ!! ふざけんじゃないわよ。違うんです! 誤解ですからぁあああ!!」

 

 

 



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第二十三話 今度こそ

「お待ちしておりました、カズマ殿」

 

 目と目が合った瞬間、制服を着こなした女騎士が敬礼をした。

 まるで偉い人物になったかのような気分だが、此方の事情を上辺だけとはいえ知っており、それなりに付き合いのある彼女にとっては当然の事なのかもしれない。

 王族や上級の貴族と親密な付き合いのある冒険者への対応としては非常に丁寧な物だ。

 

 見様見真似で敬礼を返しながら、待ち構えていたかのような女騎士に目を向ける。

 警察署の入り口前、門兵のような佇まいで俺を待ち受けていた彼女は俺が口を開く前に、何かを察していたのか顔を近づけてくる。

 僅かに頬に朱色を差しているのは、興奮による物だろうか。

 

「流石はカズマ殿。やはり屋敷持ちの方は違いますね」

 

「お、おう」

 

 清々しい程に分かりやすく冒険者に媚を売る警察官の姿は住人には見せられない。

 何を見聞きしたのか、優しくて金のあり包容力のある男という理想を追い続けている彼女は、エスコートするかのように警察署への扉を開けて俺を建物内へと招き入れる。

 建物内部は清潔で冒険者ギルドとは異なり基本的に物静かな印象だ。

 それなりに忙しいのか、俺の他にも諸々の内容で訪れている住人達の対応に追われている。

 

 基本的に捕まるような行為をした冒険者にしか用の無い場所だ。

 元々粗暴の荒い冒険者が多いならばともかく、アクセルの街においては他の街よりも犯罪率は低く治安も良い。必然的に限られた冒険者しか訪れる事のない場所である。

 

「それで本日はどのようなご用件で? 自首ですか?」

 

「何のだよ。まだ何にもしてねーよ。……身元保証人として、自称女神の女を回収しに来た」

 

 アクアはこの街ではマスコットのような扱いを受けている。

 俺も知らない人望があり、告げた言葉に彼女もすぐに誰の事か思い至ったようだ。

 

「ああ、アクアさんですか。彼女でしたら、今は留置場ですね」

 

「アイツ、今回は何やらかしましたかね?」

 

「えっとクリスさんと何やら喧嘩? ……のような事をしたのだとか。担当した者は現在持ち場を離れていますので、詳しくは本人たちに確認してください」

 

「はあ」

 

 喧嘩、というのは冒険者をしている限り、遭遇し得る出来事の一つだろう。

 パーティーメンバーとの仲違いなど、己の武力を用いて時に相手と競い合う物だ。現にアクアやめぐみん、ダクネスとのパーティーで屋敷に住んでいるのだが、彼女達ともスキルなどを使用した喧嘩というのは珍しい事ではない。

 だから、あまり深く考える事なく彼女の話に相槌を打っていると。

 

「おっ、カズマじゃねえか」

 

 取調室の扉が開いて顔を見せた男が突然俺の名前を呼んだ。

 くすんだ金髪、ラフな格好の男は悪友とも呼べる間柄、サキュバスの店という秘密を分かち合った男だった。

 

「ダストか。お前また捕まったのか。今回は何やったんだ?」

 

「覗きだ」

 

「ふーん。トイレ? 女風呂?」

 

「風呂」

 

「なんでそんな事を?」

 

「? 覗きたかったからだろ。他に何もないだろ」

 

「それもそうだな。仕方ないな」

 

「いや、仕方なくはありませんよ!?」

 

 神妙な顔つきのダストの言葉に頷く俺、華麗に突っ込みを入れるのは女騎士だ。

 ダストから話を聞くと、先ほどまで軽犯罪をして数日の間、留置場にいたのだという。

 

「今日の飯は上手かったぜ。今度はもっと濃い目ので頼むわ」

 

「アレは、貴様に食わせる為に作った訳ではない!」

 

 冒険者というのは、女神から貰った武器や能力といった強力なチートが無ければ基本的に命の危険と隣り合わせの仕事だ。稼ぐためには当然それ相応のスキル熟練度と比例する戦闘能力が求められる。安定しない収入とクエストが激減する冬の季節は基本的に冒険者に仕事は無いのだ。

 当然稼ぎは無くなるのだが、アクセルの冒険者は大物賞金首を複数撃破した実績を持つ事から、ダストのように散財しない限りは結構な蓄えが存在する。

 

 逆に金が無い、もしくは駆け出しの冒険者は宿賃の低い馬小屋で寝泊まりする。

 ただしそれは冬以外の季節であり、この時期に馬小屋で眠ると朝は迎えられないだろう。確実に凍死し、エリス様の元へと向かう一攫千金を夢見た冒険者達は後を絶たないらしい。 

 

「ほら、もう冬だろ? 馬小屋で寝泊まりしようにもさ、最近はマジで凍え死にそうでな」

 

「ああ……」

 

「ここならそこそこの飯も食えるし、屋根もある。折角だから春まではここで過ごそうと思ってんだ。ちょっと風呂を覗いてタダ飯に縋る。最高だろ!」

 

「お前もう牢獄にでも入っちまえ」

 

 目の前の男は生活というよりは本能の為に軽犯罪を犯すだろう。

 どんな世界にも救いようのない愚かな人間というのは存在するのだ。

 

「なんだよ。カズマだって、目の前に女風呂が覗ける丁度良い穴があったら覗くだろ?」

 

「まあな」

 

 女風呂を語り、女風呂で笑う俺たちは傍から見ると気持ちの悪い連中なのだろう。

 女騎士を始め警察署で働いている女連中の目が非常に冷ややかな物になるのを肌に感じた。

 

「あー、まあ、実際に俺は覗きなんてしないからな。ダストもそういうのする前に、ほら、あの店に行けば良いだろ?」

 

「だから、金が無いんだって」

 

「世知辛い世の中だな」

 

「全くだ。うまくいかないのは世間が悪い」

 

 世の中は上手くいかない物だ。

 折角なのでと、ダストにサキュバスの店で使える半額チケットを渡した。

 喜びの声を上げる男を尻目に、今度こそ女騎士の案内の下アクア達のいる居場所へ向かう。

 

「ところで二人は?」

 

「アクアさんには隔離措置を施しています。アクアさん側から手を出したとの事ですが、クリスさんも頭を冷やしたいからと自ら留置場に籠っています」

 

 見慣れた警察署の床をブーツで踏み進むこと、数分。

 案内されて辿り着いた先にある、一本通路の奥にある留置場前、唯一の鉄扉に設置された窓から俺は眺めてみる事にした。

 

「…………」

 

「…………」

 

 驚く程の静寂が広がっていた。

 目の前の一本道の通路を挟んで左右に鉄格子が一定の間隔で広がっている。彼女達は、アクアとクリスは通路を挟んだ鉄格子で囲まれた空間に向かい合うようにして座り込んでいた。

 両者共に沈んだような顔色を見せ、己のした行いに反省を示しているように見える。

 

 扉を開けて、中に入る。

 やや空気が淀んでいるような薄暗い空間に彼女達が無言で座り込んでいる様は、何とも言えない不気味さがあった。

 ブーツが踏みしめる留置場の床は音が響くというのに、彼女達は此方を見ない。

 

「――アクア」

 

「――――」

 

 膝を立てて己をジッと床を見つめ続ける水の女神。

 彼女の名前を呼ぶ俺の声は思ったよりも室内に響き、緩慢とした動きで顔を上げさせる。見た事もないような憂鬱気な表情を見せるアクアだったが、揺蕩う感情を多分に含んだ水の瞳が俺を捉えた瞬間に揺れ動くのが分かった。

 

 目と目が合う。

 どこか陰りを見せていた水の瞳が、俺の姿をゆっくりと認識していく。少しずつ、少しずつ俺の姿を見つめる瞳に光が灯りだす。水色の瞳がゆらゆらと感情に揺れ動いているのを確認すると、彼女は此方に近づいてきた。

 

「……カズマ、さん」

 

「おう」

 

「……カズマさん。カズマさん! カズマさん!」

 

 女騎士に頼み、俺と彼女を隔てていた鉄格子の扉を開ける。

 瞬間、俺の胸元に飛び込んできた女神は水の長髪をなびかせて抱き着く。迷子のような足取りでオリの外に出る女神は、感触を確かめるように俺の胸元に顔を埋める。

 背中に腕を廻し、隙間から覗く彼女の頬を涙が伝う。

 普段の周囲の反応を確かめるような泣き方ではなく、悲哀と悲痛さを感じさせる泣き方だ。

 

「――――」

 

「カズマさん……カズマ……」

 

「おう。そんなに独房が嫌だったのか。でもお前、ネズミ講とかやって一人で入ってた事あっただろう……?」

 

「違うの。そうじゃ、なくて……っ」

 

「よしよし……」

 

 ポロポロと涙を流し衣服を濡らす彼女は、俺の言葉に何も答えない。

 答えるだけの余力が無いのか、鼻を鳴らし子供のように顔を埋める姿に俺は何も言えない。 

 多少の気恥ずかしさと共に、案内を頼んでおいた女騎士と背後から向けられる別の女神の視線を感じながらも、ぐすぐすと泣きじゃくるアクアの背中を俺は無言で撫でる。 

 

 胸板に顔を擦り付け、体重を預ける彼女はガッチリと背中に手を廻し俺を抱きしめる。カンストしているステータスから繰り出される彼女の腕力に冒険者の力では引き剥がす事は難しい。

 それ以上に本気で涙を流しているように見える彼女を引き剥がす真似は流石にし難い。

 

「そこまで鬼畜じゃないからな……」

 

「――――」

 

 話しかけようにも会話を拒絶しているようにも取れるアクアの態度に吐息する。

 小さな溜息一つにピクッと身体を震わせる彼女は、ギュッと腕に力を籠める。まるで叱られる事に怯える子供のような態度に閉口し抱き抱えたまま、今度は背後に目を向ける。

 鉄格子の付いた窓から覗く街灯に照らされた銀髪は思わず触れたくなる程に美しい。

 クリスは俺の顔を見つめ、チラリと腕の中に抱いた青髪の女神に目を向け、小さく呟く。

 

「――先にそっちに行くんですね」

 

「――?」

 

「……。……ううん何でもない」

 

 一瞬、クリスの瞳を逡巡が過ったが、それはすぐに閉じた瞼に隠される。

 その反応を訝しむ俺に対して、次にクリスが瞼を開いた時には垣間見えていた逡巡はどこにも無かった。

 

「……やあ、助手くん。さっきぶりだね」

 

「お頭、ついに年貢の納め時ですか」

 

「やだなあ、あたしはまだまだ現役だよ?」

 

 やや錆びていたのだろう、キィッと扉を開ける彼女は此方に歩み寄る。

 自分の行いを反省、或いは俺を待っていたのか、鍵の掛かっていない場所から自ら出てくる。

 軽口を見せる余裕のあるクリスの態度に小さく頬を緩めるが、薄暗闇の中で近づいて来る彼女の顔を見ると思わず眉根を寄せざるを得なかった。

 彼女の白皙の肌、左頬付近が僅かに赤く腫れ上がっていた。

 

 事前に彼女達がしていた行為についてはある程度の把握はしていたが、それでも実際に目にするとその痛々しさに思わず目を背けそうになる。

 

「お頭、それ……」

 

「ああ。これ……。これはね……アクアさんに叩かれちゃって」

 

「――!」

 

「痛そうだな……」

 

「うん、痛かったよ」

 

「だそうだが、どうなんだアクア」

 

「…………」

 

 俺がソレを指摘した瞬間、ピクリとアクアの身体が反応した。

 顔を見ようとするも無言で顔を胸元に埋めようとする彼女は弁解も謝罪も何一つ行うつもりはないらしい。ただ、彼女にしては大人しく反論もせず、突き放されるのを恐れる子供のように無言のまま俺の身体に抱き着いたままだ。

 その柔らかな感触を感じ取りながら、やや困ったような顔をするクリスに俺は歩み寄る。

 

「助手くんはあんまり気にしなくていいよ。あたし達が勝手にした事だから」

 

「まあ、喧嘩両成敗とも言いますし、こいつは治してくれなかったんですか?」

 

「うーん。そういう状況じゃなかったというか……。あたしも少しは悪かったところがあるから……ちょうど運良く通報を受けた警察の人に連行されてね……。一応氷を貰って冷やしていたんだけど」

 

「……『ヒール』、『ヒール』」

 

「ん……」

 

 回復魔法を使用すると、彼女の頬の腫れが引いていく。

 赤みを帯びた頬がゆっくりと正常な白い肌へと回復していくのが分かった。俺が回復魔法を使用している間、気持ちよさそうに目を細めているクリスの姿が印象的だった。

 元通りになった頬は、掌にむにゅりとした独特の感触を返す。

 

「ありがとね、助手くん」

 

「いえいえ」

 

 餅肌と呼ぶべきか、ふにふにとした少女の肌は触れるだけで心地良さを感じられる。

 俺に乙女の柔肌を好きに触られる彼女は騒ぎ立てる事もなく、無言のまま俺の掌を受け入れる。寧ろ、もっと触ってくれて構わないと言わんばかりに俺の手の甲に彼女自身の掌を置き、ジッと青紫の瞳が俺の顔を映し続けるのだ。

 

 クリスが何を言いたいのか目線で問うも、彼女は何も言葉を発しない。

 頬を撫で、そっと顎を持ち上げると僅かに熱を孕んだ彼女が俺を見上げる。

 期待しているような表情で、僅かに尖らせた唇に吸い寄せられるように顔が近づいて――、

 

「んんっ」

 

「――――」

 

 薄暗い空間を斬り裂く咳払いに、俺は慌ててクリスと距離を取る。

 目を向けると、置物のように存在感を消していたのか、女騎士が頬を赤らめながら無言で扉の方を指差す。そういった事をするならばこういった場所ではなく外でしろ、といった彼女の行為に俺は頷き返す。

 後に残るのは何とも言えない気まずさで、それを誤魔化す為に俺はアクアに話しかける。

 

「おい、アクア。そろそろ外に出るから離せ……」

 

「…………」

 

「アクア」

 

「……すかー」

 

 感情を発散させた彼女は俺の衣服を汚すだけ汚し、無防備な寝顔を晒す。

 黙っていれば美少女な彼女を見下ろし溜息を吐くと、仕方なしに彼女を背負うのだった。

 

 

 

 +

 

 

 

 諸々の手続きを行い、警察署を出ると既に外は夜だった。

 人通りは少なく、すれ違う人たちも皆どこかへと帰る途中なのだろう。

 

「カズマくん」

 

「うん?」

 

 アクアを背負った俺の隣を歩くクリス。

 彼女の呼びかけに目を向ける彼女は、何故か片手で作ったピースサインを向ける。彼女が行った仕草の意味が分からず、同じサインを返す。ピースとピースを向け合う俺たちは傍目に見れば頭がおかしいだろう。

 だが、この街の住人にとっては見慣れた光景なのか、誰一人目を向ける事すらない。

 

 俺もまた周囲には目もくれず、彼女の仕草に小首を傾げるばかりだ。

 唐突に始めたジェスチャーゲームのような行為に眉をしかめる俺は、そっと彼女の臀部に手を伸ばし数回ほど揉みしだく。愛用しているホットパンツ、下には黒色のスパッツを着用しており彼女の尻肉は相も変わらず独特の弾力を返す。

 慌てて俺の手を自らの臀部より叩き落とす彼女は顔を赤くした。

 

「今のは二日って意味だからね? なんで今、あたしのお尻を揉んだ訳?」

 

「てっきりダブルピースさせられるぐらい濃厚なエッチな事がしたいって合図かと」

 

「そんな合図しないからね!?」

 

「お頭って実は欲求不満そう」

 

「偏見だよ! 大体、欲求不満なのはキミでしょうが! 全く……」

 

 僅かに頬を膨らませる彼女は俺の額を指で突く。

 怒っているのか、受け入れているのか、どこか以前とは異なるクリスの対応に瞬きをしながらも彼女の告げた言葉の意味について考える。

 

「二日……、ああ、そんな事も言ってたな」

 

「キミ。忘れてたなんて言わせないからね」

 

「覚えているって。ちゃんとクリスの衣装も準備しているから」

 

「何事にも猶予を持って行動しないとね……。そんな訳で明後日の夜に迎えに行くからね」

 

「あれ、夕飯一緒に食べないのか?」

 

「うん。今日はちょっと……。もしかして、あたしがいないと寂しいとか?」

 

「はい」

 

「おっ、おう。急にグイグイ来られるとあたしも心の準備がね。……まあ、いいや。じゃあまたね、カズマくん。……先輩も」

 

「じゃあな」

 

「……」

 

 ギルドの方向へ向かう彼女の背中が遠くなるまで見つめる。

 何となしに背中で背負った女神も同じ光景を見ているような気がしながら、話しかけてみる。

 

「アクア、起きているか?」

 

「……すかー」

 

「そうか、寝ているか」

 

 彼女を連れて、屋敷へと脚を進める。

 アクアは寝ている為、口を開く事もなく無人の屋敷に辿り着く。

 ギルドで夕飯を取る事も考えたが、食材が余っていた事とアクアが寝ていたので仕方がない。寝息を立てる彼女をソファに寝転がし、俺は一人台所へと向かう。

 

 適当にある物を炒めて、料理をする。

 食材を組み合わせ料理スキルに従って作り上げる。

 何も考えず黙々と、やがて料理が完成したのでリビングに向かうと、アクアは起きていた。

 

「――――」

 

 月夜に照らされた水色の長髪。

 処女雪のような肌は月光を反射して見る者全てを魅了させる。

 その姿は正しく女神、物憂げでしおらしい表情も相まって、完成された美がそこにあった。

 

「……カズマ」

 

「飯……出来たぞ」

 

「うん」

 

 呼び掛けた相手、アクアは唇を緩め、首を振る。

 長い水色の髪が白くなだらかな剥き出しの肩の上に流れ落ちる。

 

「……何?」

 

「お前って黙ってたら美少女だなって」

 

「……その、黙っていた方が良い? そうして欲しいなら我慢、出来るけど」

 

「――冗談だ。ほら、食おうぜ」

  

 普段とはやや異なった反応を見せるアクアに、何となしに頬を掻く。

 気まずさとも、気恥ずかしさとも違う妙な感覚は、彼女が向けてくる眼差しによる物だ。

 

 俺をジッと見つめる瞳は、不安定な熱を孕んでいる。

 どこか不安げで、似合わない憂鬱気な表情は、普段よりも彼女を大人びて見せる。

 

「ねえ、カズマ」

 

「何だよ。おっと……」

 

 そんな事を考えている間に接近を許したのか、腕を伸ばすアクアが俺を抱きしめる。

 首筋へと吐息は熱を持ち、思わず背筋を伸ばさせる。そんな俺を意に介さずカンストステータスに物を言わせソファに押し倒す。

 驚く程の手際の良さに俺は抵抗を忘れて女神の下敷きとなる。

 押し倒された俺は彼女に抗議をしようと顔を上げると、水色の瞳に思わず息を呑んだ。

 

 その瞳は、あの日酒に酔った瞳と全く同じ熱を孕んでいた。

 快楽と喜びを求め、同時に絶望と拒絶に怯えた瞳が、ジッと俺を見下ろしていた。

 

「ねえ、カズマ」

 

「おい急に何を……」

 

「エッチしよ。今度は、今度こそ、ちゃんとした――」

 

 そう呟いた彼女は頬に手を這わせ、アクアの顔が近づく。

 考える暇もなく、彼女は俺の唇を奪って――、

 

 

 



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第二十四話 溺れていく

 キスを求めた時、相手がどういった行動を行うのか。

 

 当たり前だが答えはバラバラだ。

 その時、その場で、要求した内容に則り、キスをしてくる。

 

 例えばアイリスならば、恥ずかしがりながらも親愛を籠めて、チウと唇を重ねる。

 例えばクリスならば、情熱的に唇と唇を挟んで愛でようとしてくる。

 そしてアクアならば様々な感情を瞳に宿し、頬を掌で押さえつけ覚えたてのキスをしてくる。

 

 啄むように唇を触れ合わせ、ねっとりと舌を絡ませて、求め甘えるように唾液の交換をせがんでくる。舌で舌をフェラチオするように器用に唇を重ね合わせ、呼吸をする事が惜しいかのようにアクアは俺との口腔行為に夢中になる。

 顔を寄せ合うと彼女は鼻がぶつからないように器用に顔を動かす。

 そして俺の唾液を吸って、自身の唾液を呑ませようとしてくる。

 

「……!」

 

 コク、と喉を鳴らす。

 舌で混ぜられたソレが食道を伝い、胃袋へと流れていく。

 不思議と美味しいと感じる唾液のカクテルは独特の甘みと共に注がれる。その度にアクアは俺の唇を奪い、ちょぷり、ちゅぷりと舌で唾液を混ぜ合わせ、甘い唾液を飲み、飲ませる。

 

 いつまでも味わっていたい。

 ただの唾液に衝動的な欲求がこみ上げて、だがその思いに身体はついてくる事は出来ない。

 脆弱な人間の身では、このまま彼女との口付けに溺れてしまったら終わりなのだ。

 ――だから息継ぎをしなくてはならない。

 

「――――」

 

「……ぁ」

 

 そっと首を傾けて口腔行為を中断する。

 水色で満たされていた視界は、肺に息を取り込むと共に僅かながら開ける。

 パチパチ、と静かに燃える暖炉の火を、キスに蕩けさせられた俺がぼんやりと見ていると、柔らかな掌が己以外のモノを見る事を許さないとばかりに、彼女の白い美貌へと顔を動かされる。

 僅かに頬がむくれた彼女の瞳は、快楽への期待と喜悦と、確かな不安で揺れていた。

 

 正面から俺にのしかかった彼女は軽い体重ながらも逃れる事が出来ない。

 極上の柔らかさをもつ彼女は俺の剛直を挟み潰しながら、キスの雨を降らせる。

 

「んっ……」

 

 甘える態度で、しかし反撃を許さないとばかりに彼女は唇を俺の身体に触れさせる。

 この身体は、この男は自分のモノだと強く主張するように頬に、顎に、首筋にキスの雨を降らせていく。ちゅ、ちゅ、と真心をこめて、ちう、ちう、と緩急を混ぜて。ざらついた舌先で鎖骨を器用にねぶる。

 俺の昂る官能など知らないとばかりにアクアは俺を捕食していく。

 

 どこで覚えたのか、思わず奥歯を噛み締める俺を哀れに思ったのか、水の女神はゆっくりと俺の耳朶を甘噛みする。ぺちゃ、ぺちゃと鼓膜を振動させ、脳の奥深くまで浸透させるように唇と舌を器用に使い俺の肉体を味わっていた。

 そして悶える俺の耳元で、小声で甘い声音で囁くのだ。

 

「――好きだよ、カズマ」

 

「――――」

 

 背筋がゾクゾクする程の、甘美な響き。 

 女神の愛撫が、声音が、眼差しが俺を脳から優しく凌辱しようとしていた。

 

「――私とはずっと、ずぅぅっと一緒にいようね」

 

「……ぁぁ」

 

「本当? んへへ……ふぅ……」

 

「ぅ」

 

 淫靡な呻きは低く、ときおりもたらされる彼女の言葉に呻き声を辛うじて返す。

 俺の耳を犯しながらのしかかっていた彼女は衣服では隠せない豊満な双丘を俺の胸板に押し付ける。自らの上着、アクアがそのボタンを外していくと記憶と寸分の違いも無い白い乳房がぷるんと姿を見せる。

 

「カズマさん、興奮しているでしょ」

 

「――――」

 

 グリグリと痛みの伴わない程度の刺激が剛直を襲う。

 目を向けると、器用に膝を使い、肉竿をズボンの上から刺激しているのだ。

 長い水色の髪が乳房に簾のように垂れ落ちながら、彼女は自身の乳房を俺に差し出す。

 

「ぅゃ!?」

 

 辛抱出来ずに俺は女神の乳房に両手で貪りつく。

 本日はブラを着用していないのか布の感触はなく、白く瑞々しい肉が俺の掌に吸い付くと、むにゅ、むにゅりと揉みしだく。その度に小さく喘ぎ声を漏らすアクアは俺の手首を掴み形ばかりの抵抗を見せる。

 

「ちょ、ちょっと……もう……」

 

 鼻息荒くする俺を見た彼女は、ふと脱力する。

 そっと手を下ろし、俺の胸板にそっと置くと、ふいと目を逸らして自身の胸を見せつける。

 

「ど、どう……?」

 

「――――」

 

 言葉が出なかった。言葉が出ない程、美しいと感じた。

 アクアの長髪が重力に従って、白い乳房へ透き通った水のように垂れ落ちている。僅かに汗ばんでいるのか自然と出来上がる白い谷間や双丘に彼女の髪色が良く映える。水色の髪の毛の間から覗く彼女の乳房は形が良く、薄桃色の乳輪とツンと主張する乳首が露わになる。  

 傲慢な彼女にしては珍しく己の身体についての意見を求める為に、静かに頷き返す。

 

「エロいな」

 

「……それだけ?」

 

「まあ、その、……綺麗だ」

 

「…………ふーん、へー」

 

「おい、なんだ。その顔は」

 

「そろそろカズマさんもデレ期かなって、ひゃあああ!!?」

 

 褒めた途端に調子に乗る彼女の生乳を両手で味わう。

 両手の指、掌を用いて狂ったように女神の乳肉を堪能する。左右の人差し指を使って乳首を刺激すると、んぅ、と喘ぎ声を漏らすアクアは内股になり俺の上で身体をくねらせる。

 いつの間にか脱がされ裸になった上半身に彼女の熱い吐息が吹きかかる。

 

 マシュマロのような弾力と柔らかさを兼ね揃えた乳房に俺は夢中だ。

 赤子のように乳首を唇で挟む俺を、顔を赤らめながらもアクアは微笑を浮かべる。

 求められて、必要とされる事が嬉しいのか、俺の頭を撫でる顔は慈悲深さすら感じた。

 

「そこ、好き?」

 

 コクコクと頷く俺は彼女の乳房を堪能する。

 数十時間ほど前にも女神の乳での奉仕に夢中だったのだ。それを知っている彼女はクスクスと笑うと俺の頭を撫で、淫らな口付けをしながら揶揄うように囁く。

 

「だよね、知ってる。覚えてる」

 

 余裕のあるような表情を見せる彼女に苛立ちを覚え、背中に手を廻す。

 長い髪の間から覗く、処女雪を思わせる滑らかな背中に指を這わせ下から上へと撫で上げる。

 

「ふぁぁ……っ!」

 

 ビクッと身体を震わせ、背中を仰け反らせるアクア。

 乳房を揺らし悶える彼女の姿に僅かな満足感を覚えると、手は背中からスカートへ。

 フリルの付いた短いスカートを捲り、露出した青色の下着越しに秘裂を指で摩り上げる。

 

「ぁ……」

 

 下着が僅かに湿り気を帯び、目の前の彼女の息遣いが変わるのが分かった。

 染みのある箇所を中心に布越しにそっと撫でながら、アクアの乳房を揉みしだく。は、ふ、と熱い吐息をする彼女の唇を奪いながら、ゆっくりと愛撫を続ける。

 じんわりと愛液に滲むショーツ越しに秘裂を撫でながら、ふと俺はある事を思いついた。

 

「アクア」

 

「……ん、な、何?」

 

「体勢、変えて良いか?」

 

「え、うん。良いけど……」

 

 ソファの上に押し倒された体勢、それを少し変える。

 ズボンも脱ぎ下着だけの状態になった俺は、アクアを寝転がせて、見下ろす。

 絶世の美少女が乳房を腕で隠しつつ、スカートと靴下のみとなった姿で俺を見上げる。中途半端な愛撫は彼女を昂らせたのか内股になり、もじもじとするアクアの姿は嗜虐性を誘う。

 

「せっかくだから、脱ごうか」

 

「ちょ……」

 

 そんな事を言いながら彼女の短いスカートを脱がせる。

 そのままの勢いで、染みの出来た下着を脱がせようとすると思わぬ抵抗にあった。

 

「あ、あのカズマさん」

 

「なんだよ。今更止めるとかいうんじゃないだろうな。流石にそれは……」

 

「ううん。違うの。ちょっと恥ずかしいと言いますか……、その……」

 

 酒を吐くまで飲むような女神でも恥じらいはあるらしい。

 そんな彼女を可愛い、と素直に思った俺はショーツを掴んで抵抗していたアクアの手を退かして、ゆっくりと脱がしていく。

 

「ぁ……」

 

 小さく声を上げる女神は、こうして俺に裸を晒した。

 俺の顔を見上げ、目が合うと恥ずかしそうに顔を背ける。そんな彼女の反応に戸惑いながらも、少女の恥部に目を向ける。ふわりとした薄い陰毛とぴっちりと閉じた秘裂、僅かな隙間からは透明な滴が菊座へと垂れ落ちていく。

 無言でその光景を眼球に焼き付けながら、そっと両手で大陰唇を広げる。

 

「っ……」

 

 女神の花弁は人間と同じ性器だった。

 当たり前だったが、他の美少女、アイリスやクリスと比べても殆ど同じ物だった。

 

「――――」

 

 ふと、俺は思った。

 こうして比べる基準を持っている自分は、今、確かに幸運だなと。

 

 薄ピンク色の花弁は指で割り拓くと奥からトロリと透明な汁が流れてくる。流石に恥ずかしいのか閉じようとする両脚の間に身体を入れながら、至近距離でしとどに濡れた恥部に目を向ける。陰唇部の縁を指でなぞるとピクッと腰が浮き上がる。

 自分の喘ぎ声が恥ずかしいのか、彼女が手で塞いだ口から微かな羞恥が漏れる。

 

「ん、ふっ……!」

 

 指が女神の恥部をなぞり、最後に辿り着いた場所は小さな肉粒だ。

 果実の種を思わせるソレは処女でも感じる快楽器官であり、軽く突くと案の定アクアは大きな反応を示した。

 

「ふあぁぁ!!」

 

 直後、俺の身体を叩くアクアの両脚。

 滑々の彼女の腿肉を撫でながらも、女神の恥部からは目を背けない。

 数回程指先でクリトリスを転がしてその度に漏れる喘ぎ声に剛直は痛い程に反り立った。

 

「ぁぅぅっっ!!」

 

 このまま挿入すればきっと気持ち良いだろう。

 そんな確信を抱く俺の邪な思いを感じ取ったのだろう。

 

「……もう、入れちゃっていいよ?」

 

「――――」

 

「カズマなんだから、どうせすぐ出しちゃうもんね」

 

 少し調子が戻ったのか、挑発にも感じられる彼女の言葉に俺は無言で首を振る。

 果たして彼女に言われるがまま、されるがままで行為を終わらせて良いのだろうか。仮にも経験のある俺が、あのアクアに言いようにされたままで終わって良いのだろうか。

 秘裂をまさぐる指の動きに気を取られた彼女の脚を持ち上げて、俺は跪く。

 

 目の前にはとろみを帯びた女神の媚肉。 

 脚を開かせた事で生じた彼女の驚きの声は一瞬の後、甲高い悲鳴に変わった。

 

「ぇぁあっっ!!」

 

 蜜裂に口付けした俺は、そのまま愛液を吸い上げた。

 ソファに押し倒されたアクアが反射的に俺の頭を掴むが、遅い。

 

「ちょっ、カズマってば、そこは……!」

 

「いえいえ、折角なので麗しいアクア様もしっかりと愉しませたいと思いまして」

 

「そ、そこで喋っちゃ……ぁ、ぁぁ」

 

 俺の頭を挟もうとする太腿を両手で掴みながら、陰唇と呼ばれる部位に俺は口付けをする。

 ちゅぷ、ちゅぷ、と。薄毛に鼻を埋めて、神に尽くす信者のようにキスを繰り返す。 

 

 両腕は暴れる彼女の脚を抑える事に使われている。

 必然、アクアへの奉仕は己の口のみとなるが心配はしていない。

 多少拙くとも夢と経験を咀嚼してきたのだ。アクアを悦ばせる自信はそれなりにあった。

 

「ぁっ……くっ」

 

「んー? あれ? どうしましたか? 感じてるんですかねー」

 

「っ、ぁ、へ、下手くそよ。全然ダメッ!!?」

 

「――――」

 

「ん……、っ、ぷぁ……」

 

 俺が本気である事を悟ったアクアは無言で唇を噛みしめる。

 両手で俺の頭を掴んだ彼女は羞恥を我慢するという選択肢を取ったようだ。

 我慢なんてさせない。

 あーん、と口を開いて出来るだけ貝状の肉を多く含んでじゅるるる、と吸い上げた。

 

「あぁぁ……ッッ!!」

 

 処女にしては随分と解れている媚肉。

 雄の為に都合の良い身体へと変貌しているのか、アクアはあっけなく絶頂を迎えた。

 

「……ッ!!」

 

 叫んだアクアは俺の頭を支えに、身体を硬直させる。

 そんな彼女の反応を尻目に、花弁から溢れ出す女神の甘露を舌で味わい尽くす。

 奥から滲み出た女神の蜜はこの世の物と思えない味で、俺は犬のようにしゃぶり出した。

 

「――!? ~~~~!!」

 

 ぷしゅ、ぷしゃ、と花弁から噴き出す滴。

 クリトリスに鼻を押し付けて、淫液のまとわりついた舌で媚肉を舐める。

 上へ、下へ、右へ、左へ。俺の身体は、舌という器官は、女神アクアへの奉仕の為だけに使われていた。水の女神の痴態をもっと見たいと、拒絶しようとも法悦の空に舞い上がらせて、この女の身体も心も己の物にしたいという欲求が段々と湧き上がる。

 

「ぁあぁぁっっっ――!!!」

 

 ときおり噴き出す彼女の愛液が顔に掛かる。 

 その度にお仕置きだと彼女の蜜液を舌で肉粒に塗り吸い付くと、彼女は悦びの声を上げた。

 よほど気持ち良いのか、ソファの端へと震える腕で逃げようとするアクア、その度にお仕置きだと舌が動く度に喘がされ羞恥と快楽に涙を浮かべて嫌々と首を振る。

 

「それっ、だめ……、カズ……、ッ、ァァ……ッッ!! ~~!!」

 

 嘘を吐かないで欲しい。好きなのは分かっているのだ。

 涙を溜めた瞳を見開いて法悦の空へと上らされる彼女は、遂にソファの端から床へ落ちる。

 軟体生物のように上体を反らし、床に頭を置いたアクアは口端から涎を垂らしていた。

 

「ひゃめ……、ぁー……、っ、っ」

 

 くびれた腰を抱きしめて、愛おし気に陰唇部に口付けする。

 もしかしたら上の唇よりも濃厚で情熱的なキスをしてきただろうか。

 やだ、やだ、と僅かに身体を揺らすアクアを見下ろしながら、彼女に奉仕する。

 そうして女神の為に尽力していると、ふと彼女の甘い声色に彼女を見下ろす。

 

「アクア……。お前って、結構可愛い声してんのな」

 

「ぇ……、ぁ、~~!」

 

 かあああっと頬を赤らませるアクア。

 ソファから上半身が崩れ落ちた状態の彼女は俺の言葉に照れたらしい。

 

 美味に感じる水の女神の愛液。

 奥から溢れ出す濃厚な淫液を舌で絡め、クリトリスに塗す。

 それだけで不規則に身体を震わせるアクアは指を鉤状に曲げて小さく噛みつく。

 散々はしたなく絶頂させられて、今更声を上げる事が恥ずかしいなんて思ったのだろうか。赤らんだ顔の彼女は潤んだ瞳で俺を見上げるアクアの姿を、意外にも可愛らしいと思って――、

 

「……可愛い、か」

 

 不思議な感覚だった。

 空回りだった歯車が今更ガチリと嵌って回り出すような感覚。

 荒く吐息する度に仰向けになった彼女の双丘がぷるりと揺れる、いやらしいアクアの姿。

 

「も、もう……充分だから」

 

「いや、でも下手くそじゃないって麗しいアクア様に証明していないし」

 

「あんた、こんな時だけ麗しいとか言わないでよ。分かったわよ。カズマさんは上手いから……ほら、これで良いでしょ」

 

「心が籠ってない。もう一回行こうか」

 

「ねえ!? 待って……っ」

 

「心からイきましたって言うまでやめねーわ、俺」

 

 何故だろうか、降参と言われると追撃したくなる。

 それは、普段は見ないアクアのしおれた姿を可愛らしいと思ったからか。単純に感度が高く男の為に存在するような厭らしい女神の身体をもっと味わいたいと思ったからか。

 

 

 

 

 

 

 

 数十分ほど女神アクアに奉仕をしただろうか。

 普段からもっと敬ってと、甘やかしてよ、と胸を張って告げていた彼女の言葉を思い出し、何があろうとも気が済むまで、誠心誠意じっくりとアクアに奉仕した。

 

「イッた! イきました! ぁぁあっっ!!?」

 

「カズマ! カジュマ! ねえ、イくの辛いの! イぐッッ!!」

 

「ぅぅううっっ!! ~~~~ッッ!!!」

 

 どれだけ暴れようと、喘ぎ、悲鳴を上げようとも、快楽の海に溺れさせて、引っ張り上げては息継ぎをさせて、もう一度快楽の海に沈める。そういえば、水の女神ならば息継ぎの必要が無いこと思い出して、途中からはずっと快楽の海に沈めた。沈め続けた。

 そんな風に奉仕に専念していると彼女の声音が聞こえなくなり、ふと顔を上げる。

 

「……はー、……は、ぁっ」

 

「麗しいアクア様。如何でしょうか?」

 

「────ぁー」

 

「おい、寝てんじゃねえぞ」

 

「ハッ! ご、ごめんなさい、カズマ様。いやらしいこの雌奴隷に快楽を与えてくれてありがとうございます! カズマ様のちゅんちゅん丸で私を孕ませて下さい!」

 

「そこまで言えとは言ってねえ」

 

「何よ、ベッドの下にある、ダクネスに言わせようと思っている台詞集を読み上げただけなのに。本当はここから衣服を畳ませて全裸で土下座させるつもりなのは流石カズマさんよね」

 

「お前、本当に……、いやアレはもう処分するわ」

 

 ソファの端でくびれた腰を捕まえられて、何度も気をやったアクア。

 股を開き、長い髪を振り乱し、恥部から噴き出さされた自らの愛液で腹も乳房も顔も汚した彼女は息も絶え絶えだ。

 だが身体はともかく顔色と声音は震えながらも余裕を見せていた。

 回復の早い彼女をまた鳴かせるのも良いが、反り立ったペニスも既に限界だ。

 

「……」

 

 ヘロヘロになった舌を口内でモゴモゴとしているとアクアが無言で両手を俺に差し出す。

 彼女の意図を掴んだ俺は、無言のままアクアの汗ばんだ裸体を抱き起こす。流石に床よりはと、ソファに再度横たえると彼女の恥部にそっと剛直を宛がう。

 

「カズマ、や、優しくだからね?」

 

「おう」

 

「ほんとよ?」

 

「前振り?」

 

「違うわよ」

 

 コクリと頷く借りた猫のように大人しいアクア。 

 その白く艶めかしい脚を腕に抱え、一息にぬめる肉沼を貫く。

 

「ぁ……ぅ」

 

 ぬぷぷ、と湿った肉がふしだらに男を呑み込む。

 俺の背中に爪を立てて両脚を腰に巻き付かせ、歯を食い縛っていた女神がふと力を弱める。

 

「……あんまり痛くないんですけど」

 

 寧ろ、軽く絶頂したのか腰を小さく震わせている。

 思わず此方も射精しかねない膣の締め付けに奥歯を噛み締めながら、抱いた思いを口にした。

 

「そりゃ、……あれだろ、女神ってやっぱエロい種族だから。感じやすいんだろ」

 

「はあ!? 馬鹿言わないでよ。私たちはそんな低俗な存在じゃ……ッ!!!?」

 

 否定しようとするアクアは途中でパクパクと口を開閉させる。

 奥から奥から溢れ出る蜜が結合部からこぼれ、肉竿を伝っていくのが見えた。

 

「ぁ……は……! ィ……っ」

 

 彼女が呼吸をする度に媚肉が肉竿を包み、きゅううっと締め付ける。

 びくっ、びくっ、と彼女が何度目かの恍惚に身体を震わせた。震わせたのが、分かった。

 

「ちがっ、……ひ、今のはあんたに散々クン……アレされたから敏感になっただけで……」

 

「…………」

 

「ぁっ、ぁ」

 

 言い訳がましい彼女の言葉に耳を貸す余裕はあまり此方にも無かった。

 気を抜けば射精してしまいそうな昂りの中、俺は結合したままの女神の背中に腕を廻し抱きしめると、ゆっくりとピストンを始める。スローペースながらも短い抽送と共に彼女の唇を奪うと、静かに身体を震わせる。

 

「~~、っ、……! ぁ~~!」

 

 甘く蕩けた声音を漏らすアクアを見ながら、腰を振る。

 満ち足りたような表情を見せる彼女の顔をジッと見ていると、俺の視線に気づいたのか水色の瞳と視線が絡み合う。先に目を逸らしたアクアは俺の首に腕を廻すと彼女は自らの表情を隠すように顔を埋めた。

 

「そんなにゆっくりじゃなくても、……好きに動いて良いから」

 

「お、おう」

 

「……んっ」

 

「……、顔、見せろよ」

 

「……いや」

 

 自分の抽送に合わせて、彼女の喘ぎ声が吐息と共に至近距離で届く。

 ちゅぷ、ちゅぷ、と彼女の蜜壺は雄竿を呑み込んで嬉しそうに淫音を周囲に響かせる。その音は間違いなくアクアの耳にも届いているだろうに、首筋に顔を埋める彼女は喜悦に歪んでいるだろう顔を伏せる。

 裸よりも顔を見られるのが恥ずかしいらしい。

 

「――――」

 

 それはともかく、彼女から許可を頂いたのだ。

 遠慮なく腰を揺すり、彼女の奥の奥を亀頭でノックする。

 

 竿を引き抜こうとする度に膣襞がねっとりと雁裏に絡みつく。

 蠕動する媚肉の感触に我慢する事なく、ただ射精の為だけに全力で腰を振った。

 

「ぁっ、ぁぁ、ぁぁっ!!」

 

 ピストンの度に短い喘ぎを上げるアクアが両手両足を使って抱きしめてくる。

 脚を開いた為か、先ほどよりも亀頭が奥を叩いた瞬間に、アクアは首を振った。このまま出して欲しいのだと身体で懇願する彼女を強く抱きしめた瞬間――、

 

「ぁ~~~~~~!!!」

 

 アクアの喘ぎは長く続いた。

 俺は彼女の裸体を抱きしめたまま、こみ上げた物を余す事なくびゅううっと注ぎ込む。

 女神の奥の奥へ、マグマのように噴き出した白濁が爆ぜるように叩きこまれる。

 

「――――」

 

 今、間違いなく自分は女神に種付けしたのだという思いに満ち溢れる。

 絶頂の余韻に浸り、同じく俺の胸に頭を預けて痙攣するアクアを抱きしめる。

 

 

 夕飯の事に思い至ったのは、疲れて眠り掛けるほんの少しの間だけ。

 いつの間にか、俺の胸元から顔を離したアクアはほんのりと頬を赤らめながらも、にこやかな顔で俺の頭を撫でていた。長い睫毛に縁取られた水色の瞳が見た事もない憂慮と慈しみを浮かべ、ジッと俺を見ていた。

 

「――――」

 

「――――」

 

 少し休憩と、目を閉じる。

 パチパチ、と暖炉の火の音が聞こえた。

 

 

 



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第二十五話 怠惰で退廃的な日々

 眠っていても、起きていても、ひたすらに彼女と抱き合っていた。

 意識を保っている間は常にアクアを犯し、犯されていた。眠っている間はアクアの甘い愛の囁きを子守歌に、起きている間はお仕置きだと言うようにドロドロになるまで犯し続けていた。

 上になったり、下になったり、横になったり。

 そこに理性は無く、女神に与えられた寵愛を一心に受け、雪が溶ける程に甘い吐息と熱い眼差しに蕩かされる脳を放棄して、獣欲に支配された身体がひたすらに動き続けていた。

 

 ――気持ちが良い。

 

 言葉にすればたったそれだけだの事だ。

 ただ、それが彼女を相手にすると理解出来ない程に脳味噌が蕩ける。

 

 ガッチリとギアが嵌ったような感覚。

 それは身体の相性の良さからくるものなのか、多少なりの経験を持つ者程度では理解の及ばない何か女神の力、ファンタジーが関与しているのだろうか。

 肉体が変異でもしたかのような相性の良さで説明出来ない女神との性行為。

 その中で唯一分かるのは、アクアの身体の柔らかさと温かさと甘さだった。

 

 寝ても、醒めても、彼女と一緒。

 ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。

 

「好きだよ、カズマ」

 

 思い出したように、忘れていないか確かめるように。

 何でもない事のように、行為の最中に、水の女神は俺の耳元で囁く。

 叫ぶ訳でもなく、普通に話しかける訳でもなく、脳の奥に届かせるような甘い声色で。

 

 目の前の女は少し前まで処女だったらしいが、既に互いの技量差は無いにも等しい。

 日本の管轄をしているだけあり、いかがわしい漫画本の類も天界に仕入れていたアクア。そこに記載されていた数々の手管をあっという間に男を悦ばせる技術として昇華させた。

 

 ふと、天界に持ち込んだならばエリスも読んだのだろうか、と思い至る。 

 清純な彼女が顔を赤らめながらも無言で読み進めたのだろうかと、小さく頬が緩む。

 

「――――」

 

 余所に向かった思考を終わらせるかのようなキスが降り注ぐ。

 目の前の美を無視して他の女に思考を向けた事を咎めるようなキスに謝罪するように応じる。

 

 如何に神と言えども、人間の、俺が考えている事など分からない筈だ。

 そこまで分かる程、神という存在が万能では無いという事は実際の付き合いから分かっていた。分かっていたつもりだった。

 だが、見上げる彼女の水色の瞳は陰りを見せながらも、俺に対しての理解を必ず示す。

 

「カズマが何を考えているかなんて、私には分かるんだから」

 

「――――」

 

「だって、私は麗しい水の女神で、カズマさんに必要とされる存在なんだもの。当然よね」

 

 場所は、いつの間にかリビングからアクアの部屋に変わった。

 意外にも物が少なく、酒瓶や芸の道具が転がっている部屋で彼女は腰を下ろす。

 

「ぁ……は」

 

 艶やかな喘ぎ声、熱い眼差し。

 熱を孕み、情欲と喜悦と優越感に富んだ女神の瞳は俺を見下ろす。

 繋がった結合部。肉竿を呑み込む秘裂は膣襞の一つ一つが子種をせびり、ゆっくりとアクアの腰が上がるのと同時に締め付けが増す。

 トロリ、と蜜液が剛直を伝い、シーツに新しい染みと皺を作る。

 

「う、あ」

 

 にゅるる、と竿が引き抜かれ一思いに腰が下ろされる。

 俺の胸元に手を置き、捕食するように釘打ちピストンをする女神は腰を左右に揺らし、何度目かの射精感をあっという間に高めていく。

 

「ちょ、ちょっと休憩……」

 

「だーめ」

 

「おっ!」

 

「カズマってば変な声出しちゃって……仕方ないわねぇ」

 

 カリッと俺の乳首を彼女の唇が捕まえる。

 柔らかく瑞々しい女神の肉が俺の肉粒を優しく虐め、ざらついた舌による未知の刺激に呻かされる。同時に片方の乳首を摘まみコリコリと人差し指で愛撫するアクアはどこか愉し気な表情をしていた。

 己の膣内で存在感を増すソレに、んへへ、とアクアが目を輝かせる。

 

 俺の腰の上で少女が腰をくねらせる。

 調子に乗り出したと判断。彼女のくびれた腰を掴むと、無言で腰を突き上げる。

 

「んぁ!? んぅぅ!」

 

 彼女の下半身を掴んだ俺は、性器ではなく肉穴として扱う。

 彼女との呼吸を合わせた物ではなく、ただ快楽の追及の為だけに肉穴をしごく。

 

「ゃっ……それ、ぁアっ!」

 

 咄嗟に腰を浮かせようとする彼女を掴み、軽く腰を揺する。

 それだけで容易く甘い悲鳴を上げる彼女は切なげに首を振り俺の許しを求める。

 無論、許さない。何の罰かは知らないがお仕置きと称して彼女を貫く。

 

 くちゅっと淫靡な音が下半身に触れる。

 もう何度も聞いたそれは、アクアとの交わる度に聞いた淫音だ。

 

 時計など見てはいなかった。アクアしか見ていなかった。

 カーテンの隙間や空腹度、女との密着した触れ合いの中で時折視界の端に映りこむ情報を基に何となく昼頃なのだろう、と推測する。

 一突き事に身を震わせる少女の後頭部に手をやり、強く抱く。

 

 それをアクアは望み、実際に行うと身体の反応で喜んでくれた。

 普段は見る事の出来なかった彼女のそんな些細な部分を知って、知られていく。

 

「ぁ、ひゅ、ぅっ……!」

 

 軋むベッドの音が徐々にリズミカルになり、結合部の水音が激しさを増す。

 神輿のように揺れるアクアの乳房を揉みながらもたれかかりそうな彼女の姿勢を保たせる。形の良い女神の美乳を円を描くように揉むとびくびくっと汗だくの女が水色の髪を振り乱した。

 着けていた髪紐はどこかへ消え、乱れる髪から甘い体臭と微かな汗の匂いが辺りを包む。

 

「それっ、それっ、駄目!」

 

 宴会芸の神の言葉は前振りに過ぎないと新しい弱点を見つける。

 敏感女神の腰を掴み、斜め下から突き上げると亀頭が膣壁をごりっとこすった。

 

「ぁぁぁあああっっ!!?」

 

 ぷしゃっと勢い良く小水を思わせる飛沫が結合部から噴き出す。

 俺とアクアの肌を濡らす蜜液を肉竿に伝わせながら、更にその角度で彼女を突きあげた。

 

「ひぅぅぅっっっ……!!」

 

 目尻がとろんと垂れ、口元には涎が垂れる。

 恍惚とした表情で俺の胸に頭を預けた彼女は既に俺の射精を一心に待っていた。

 この一日の間に、気が狂うほどの絶頂を教えられた女神の姿は信者ですら戸惑うだろう。

 もしかしたら信者が減るかもと考えて、それは無いと首を振る。

 

「カジュマ、出して、出して……」

 

「ぐっ……!」

 

「膣内にビュービュー、って一杯だして」

 

 柔らかく、きつく締め付ける膣内。

 彼女の腰を押さえつけ、腰の動きだけでぐりぐりとすると彼女は甲高い嬌声を上げた。

 

「ぴぁっ!!!」

 

 背筋を電流にも似た快感がせり上がる。

 女神の種付けの懇願という抗い難い欲求に従い、俺はアクアの最奥へ吐精していた。

 

「ぁひゅ、ぁ……」

 

 どくどく、と一滴も残さず彼女の膣は白濁を呑み込む。

 濁った精液が膣襞に染み込む度、アクアは小さく痙攣していた。

 やがてそれも静まり、俺たちは抱き合ったまま余韻に浸るように目を閉じる。

 

 それから少しして瞼を開けて彼女の恥部から垂れる白濁と愛液の混ざり物に目を向ける。それから規則的な寝息を立て始める彼女の指を秘裂に触れさせると、徐々に膣内の混ざり物が綺麗な水に代わるのを確認した。

 そうして立ち上がり、緩慢とした動きで部屋を出た。

 

「――――」

 

 ずっと、だった。

 昨日からずっとこんな調子だった。

 

 朝は陽光を浴びながらアクアのフェラチオで目覚めた。

 それから冷めた夕飯を食べ、甘える彼女は食べさせてと両手を広げて身をくねらせた。

 それがいけなかった。思わず抱きしめて、それが罠だと知った時には昼になっていた。そのままなし崩し的に午後は過ぎていって、夜はアクアのセクハラを受けながら夕飯を作る。

 それから再び行為に励んだ。そして一緒に寝て、朝になって、昼になった、らしい。

 

 もう既に一日か、二日が経過していた。

 

 ――爛れた大学生の性生活はこんな感じなのだろうか。

 

 そんな事を考えながらアクアの部屋から脱出し、廊下を歩きキッチンに向かう。

 目を向けると、彼女が言い出して調子に乗った俺と共に悪ノリした結果が至るところにある。めぐみんの部屋もダクネスの部屋も開け放たれベッドが乱れている。廊下や階段には固まり掛けた独特な体液の匂いが鼻腔を擽る。

 

 一日中怠惰で退廃的な日々を送り、ある意味で生産的な一日を送る。盛った猿のように、性行為を覚えたての学生が学業を疎かにして没頭するように。

 爛れに爛れきった生活を過ごすのは嫌では無く、基本的には怠惰な人間と女神が屋根の下。

 

 見事に嵌ってしまったとも言える。

 

 普通に考えて、人間が言葉通りに一日中性行為に励む事は厳しいだろう。もしかしたらペース配分を考えれば可能なのかもしれないが、起きている間はひたすらに彼女と性行為に及んでいたのだ。本来ならば絞られて立ち上がる事すら億劫の筈だが、多少の疲れはともかく逸物は萎える事すら無い。

 考えられる原因は女神の体液か何かしらの不思議な力が働いていると思うが、真実は不明だ。

 

「――――」

 

 クリスともアイリスとも違う。

 こんな風に一日中ずっと身体を重ね合わせる事は無かった。今ならば嗅覚の鋭い人間が俺と顔を合わせれば何をしていたか分かる程度には身体にアクアの匂いが染み付いているのを感じた。

 

「と、いうか風呂入ってないじゃん」

 

 快楽に嵌ったのはアクアだと思ったが、それに引き摺り込まれ、溺れたのは俺なのか。 

 久方振りにまともな思考をしている事に僅かに感動すら抱きつつ、キッチンにある物で適当な食べ物を作る。昨日は作るという行動にすら頭が回らず、野菜や直に食べられる物だけを食べた後はずっとアクアと性行為に耽り続けていた。

 

 当たり前だが人はこんなに長くセックスするだけの体力はない。つまり明らかにアクアから何かしらの活力を分け与えられているだろうと考えられる為、女神の方が止まらない限りは人間の方も止まる事が出来ない。駄目だと思っても止まれなかった。

 こうして快楽以外の事で脳を回す事が出来るのも束の間の事かもしれない。恐ろしい程の快楽に、脳味噌が焼き切れるかもしれないと思ったのは初めてだった。

 

「もう、夢には頼れそうにないかもな……」

 

 この異世界に来訪して、性欲の発散手段として極上の喫茶店に訪れて。

 己の欲望の限りを記した要望通りに、可愛らしくも麗しいサキュバスが夜な夜な性的な夢を見せてくれる。だが、そこに実際の気持ち良さは反映されない。

 ――結局は、どこまで行っても夢でしかないのだ。

 

 夢はあくまで脳内で堪能できる物だが、この二日間をずっと過ごして、女神の、アクアの肉体と、肉欲で味わえる快楽は正しく麻薬にも等しい快楽を俺に与えてきた。

 身体が覚え始めているのだ。夢では満足出来ない程の快楽を。

 

「カーズマ」

 

「――――」

 

 足音も無く俺の背後から抱き寄る女の身体。

 熱い吐息を首筋に感じ取ると同時に、背筋がビクリと強張るのが分かった。

 

「なんだよ?」

 

「うん? 別に……、私を放って何作ってるのかなって」

 

「……? 見て分かるだろ。適当にある物を詰めたサンドイッチだ」

 

「ふーん。カズマの料理って適当に見えて凝ってるから私は好きだよ?」

 

「……ん、おう。ほら、アクアの分もあるから……」

 

「んへへ……。ありがとうね」

 

 いじらしいことを口にして、アクアは微笑を深くする。

 俺の胸を掴むような甘い囁きに、見る物を惹きつける愛らしい笑み。一糸まとわぬ姿で俺に抱き着いて告げる感謝の言葉に、熱い熱情に浮かされそうになる。

 

 だが、再び彼女に溺れそうになる自意識をせき止めて、俺はアクアに意識を向ける。

 豊満な双丘は背中へ直にその柔らかさを伝え、むにゅりむにゅりと厭らしく形を変える。さわさわと俺の腹を撫でる彼女の動きは俺を悦ばせたいという意図すら感じ取れる優しい愛撫だ。

 ゆっくりと硬直を始める剛直の存在を彼女は感じ取ったのか、甘い声色で耳元に囁く。

 

「ねえ、カズマ」

 

「んー?」

 

「カズマってば、てっきり私を置いてどこかに行っちゃったと思ったじゃない。カズマは私がいないと駄目なんだから勝手にどこかに行ったら駄目だよ?」

 

「――――」

 

「カズマ、聞いてる? ちゃんと傍にいて。私の声を聞いて、ね?」

 

 肩に顎を置くアクアの、甘やかな香りが鼻腔をくすぐる。

 何とも思わなかった彼女の香りですら、今は少し愛おしいと感じ始めていた。

 背後から己の体温を伝えて来る彼女の方に僅かに目を向けると、目と目があった。

 

 ――水色の瞳には俺が、俺だけが映り込んでいた。

 

 柔和な笑みを浮かべる彼女は慈愛の女神とも呼べるような表情を浮かべた。

 快楽を享受し、男と結ばれて幸福であると熱い眼差しで俺を見つめ、映している。

 

 既に彼女は快楽の虜になっていた。

 経験が多少ある俺ですら、既に半分アクアの愛に溺れているのだ。

 経験の無い彼女が、覚えたての快楽に、男に溺れない筈がないのだ。

 

 時間を忘れ、現実を忘れる。

 ただ互いの身体に触れ合って、快楽を貪って、溶けあっていく。

 

 もう、それで良いのではないのだろうか。

 

「――――」

 

「ねえ」

 

「あん?」

 

「これ、食べたら、またエッチな事しよ?」

 

「……しょうがねえな」

 

 さわさわ、とアクアの冷たくも滑々とした掌が反り立った肉竿を包み込む。

 あれだけ交わったというのに、身体はそれでもアクアを欲しているようだった。

 

 

 

 +

 

 

 

 身体を揺する度に、女の嬌声が浴室に響く。

 脛骨部と尻肉がぶつかり、結合部では、ぬじゅ、ぬじ、と音が粘る。

 

「んっ、ぁ……! ぁ、ふ……ぁっ……」

 

 食事をそこそこに肉の宴が再開される。

 まずは汚れた身体を風呂場で温めて、上がる事を忘れて快楽に耽る。

 即ち、浴槽から上がった温かい身体のまま、浴室の壁に手を付かせたアクアに背後から抱き着き、ぬずんと突き上げる。

 

「ひぁぁぁッ!?」

 

 とろみ肉が締まり、怒張を搾る。

 湯気の混じった空気を吸い込みながら、両手を彼女の乳房へ伸ばす。

 緊張した子供のように硬くなった乳首を弾くと、少女の尻が軽く浮く。悶えるアクアの背がしなる中、雄竿を奥まで押し込む。

 

 左右の指で乱雑に乳頭を刺激しつつ、腰を突き上げる。

 背後からの獣のような性行為、溢れ出る蜜を掻き混ぜる抽送にアクアは悲鳴を上げた。

 

「ひ、ァ……そ、……それ」

 

 開いたままの顎から垂れる涎。

 目を閉じ、首を反らし快感にのめり込む表情。

 

「ぁ、ぁ~~~!! ぅひ、ぅ、ぁあ、ぁあああ……っ!!」

 

 鏡に映る少女は胸を揺らし、壁に置いた腕を震わせる。

 頬を赤く染め、獣のようなピストンに思考を乱される様は、見ているこちらの性感まで昂らせる程の感じ方だ。

 参ったと言わんばかりに俺の腰を止めようとする手を掴む。

 

 彼女がどんな角度を好むかは既に分かっていた。

 嫌々と首を振り、形だけの抵抗をする女神の媚肉を斜め上に貫く。

 

「っ、か、は……! ぁ……!」

 

 パクパクと金魚のように口を開閉させる少女。

 背中を反らし、ぷるんと胸を震わせる中、ぷしゃっと愛液が飛沫となってタイルに飛ぶ。

 ガクッと肘を折りタイルの床に崩れ落ちる彼女を背中から抱き起こし、胡坐を掻いた俺の上に、抜けた剛直の上へと無理やり座らせる。

 

「ま、まっれ……、今は、ぁっ……!!」

 

「うるせえ! 責任とれや!!」

 

「しぇき、にん……?」

 

「そうだよ!!」

 

「ッ! ッッッ!!」

 

 腰を浮かせ逃げようとするアクアを捕まえ、肉椅子に座らせる。

 にゅぷりと奥まで怒張が入り、むせるように呻く彼女の膣が短く蠕動する。

 

「俺に手を出したんだから、お前が責任とれやぁ!!」

 

「~~~! ……! ~~ッ!!」

 

 聞いた事の無い甘い悲鳴が浴室に響いた。

 彼女の全体重が乗った瞬間、俺は片手を左胸に、片手を恥部の粒に添えた。

 

「こんなセックス覚えさせやがって! おらっ、責任とれ! 孕め!」

 

「――ッ!! わらっ! わらっひゃかりゃ! あ、あ、ああ……ッッ!!」

 

 パンパンパンと肉が肉を叩き、蜜が跳ねる。

 湯舟に浸かるからとアップに纏めていた濡れた髪が解け少女の身体を叩く。

 

「らめ、らめ、それ、でちゃ……っ!」

 

 華奢な女神の身体の性感帯を虐め、逃れようとする脚は濡れたタイルを滑る。

 淫猥な結合音が響く中、雌肉がきつく雄竿を引き締める中で、徐々に動きを緩慢にしていく。

 

 背中を反らすアクアの口から涎が落ち、長く伸びて床に達した。

 半開きの唇を塞ぎ、タイルに寝転がりながら最高の角度で突き上げる。

 

「ぁ、~~~~ッッ!!!!」

 

 強烈な絶頂に蠕動する媚肉。

 女神の甘露が結合部を熱く濡らし、腿を伝う。

 

 同時に絶頂に達し、彼女の奥へ何度目かの子種を注ぎ込む。

 淀んだ白濁が彼女の媚肉を汚し、膣襞の一つ一つにまで染み込ませる。

 

 抱き心地の良いアクアの裸体を抱きしめながら、天にも昇る解放感に浸る。

 どぴゅ、どくっと吐精していく中、微かな疲労と満足感、そして優越感が心を満たす。数えるのを忘れる程に子種を注いだ雌肉はそれでも足りないとばかりに蠕動し、熱く濡らしていく。

 

 浴室の天井を見上げながら、ゆっくりと竿を引き抜く。

 その動きにすら反応する彼女は小さく震え、同時に肉竿を熱い液体が濡らす。

 

「ゃ、ゃ、ぁー……」

 

 蜜液とも異なる熱い飛沫が剛直を濡らしていく。

 しょわわ、と俺の指や肉竿、腿を汚していくソレに思わずアクアの顔を見る。

 

「あれっ、女神はトイレしないって言ってなかったっけ? これは何ですかねぇ」

 

「…………ぐすっ……」

 

「わ、悪かったから、泣くなよ」

 

 脱力しつつも涙をこぼすアクアを受け止め、そっとタイルにお湯を流す。

 女神の聖水どころか、精子や愛液と体液に汚れた身体なのだ。浴室で良かったと感じる中、女神がトイレに行く事を証明できたと彼女の耳元に囁くと、顔を赤くし喚きだすアクア。

 

「め、女神の威厳が……わあああああ! カズマが、カズマがああああああ!!」

 

「そんなもんないだろ」

 

「ふざけないでよ! 責任とって! 恥ずかしい目に遭わせた責任取って!」

 

「はあああ!? ふざけんなよ、駄女神! 先に手を出して来たのはお前だからな。お前が漏らしたも、無様にイッたのも全部お前の責任だっての!」

 

「責任、責任って! 何よ! 散々私の膣内に出して逃れようって訳!」

 

「お前ってほら、浄化出来るし結構都合が良い存在だよな。もうアレだわ、アイリスとクリスとお前を囲って生きてくわ!」

 

「最低! この男最低な事言っているんですけど!?」

 

「俺って誠実をモットーにしているからな。第一思い出してみろよ。俺から手を出したか? か弱い俺に襲い掛かってきたのはお前だろう。俺からは基本的にアイリスにしか手を出してないからな! この痴女神が!」

 

「わああああ!! 何よ、ちょっとえっちぃ事が上手いからって。もう一回よ、もう一回! 次はあんたが泣いて謝るまで……ぁ、ま、待って、この体勢からはズルいと思うの」

 

「じゃあ、風呂に入ろうか。お前が入れば聖水風呂になるんだし」

 

「そ、そういう問題じゃ、っ、ぁっ……!」

 

 胡坐を掻き、肉椅子となった状態でアクアを再度貫く。

 かはっと息を吐く彼女の媚肉を貫く剛直は女神の体液で既に反り立っている。

 

 挿入の衝撃で崩れ落ちそうなアクアは、しかしきっちりと貫いている為どこにも落ちる事は出来ない。こんな感じでなし崩し的にずっと性行為に及んでいるのだが、どちらからも辞める事を口には出来ない。

 一度剛直を引き抜き、アクアと共に湯舟に浸かると、諦めたのか解けた髪をアップに纏め直す彼女に目を向ける。ぷかりと湯舟に浮かぶ白い乳房を掌で弄びながら、問い掛ける。

 

「おい、泣いて謝るまで……なんだよ」

 

「……。……。か、カズマだって」

 

「ん?」

 

「責任取れとか言って、……カズマだって満更じゃない癖に」

 

「それは……」

 

「……」

 

「……」

 

 背中を見せていたアクアと向かい合う。

 湯舟の中で自ら肉竿を雌肉に挿入させる彼女は俺の首に腕を廻し、キスをせがむ。

 湯気に包まれて、心地よい沈黙に浸りながら、そうして俺は再び考える事を止めた。 

 

 

 



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第二十六話 幸運の分岐路2

 時間を忘れて怠惰で退廃的に過ごす。

 このまま、アクアに食われてしまうのだろう。身も心も。

 

 それが少しだけ嫌じゃないと思った。

 考える事はあった気がするけれど、もうずっと、いっそのことこのまま彼女と共にいられたら。ずっとずっとこのまま彼女の腕に抱かれて、鼓動が耳裏を揺する中で、耳ではなくスキルが何かを捕捉した。

 

 雪解けの水のような彼女の蜜液が口内に残った感触に口をモゴモゴとしながら違和感に瞼を開ける。直後に視界に映りこむ肌色、少し顔を上げると肌色の大地かと思ったソレは、紛れもない美少女の丸みを帯びた一糸まとわぬ裸体だ。

 上体を起こし、涎を口端から垂らし無防備な寝顔を晒すアクアは規則的な寝息を漏らす。

 

 見た目と身体だけは相性抜群な彼女の身体は何度交わっても美しかった。

 あまり見ていると間違いなく下半身の逸物が稼働するのでそっと目を逸らし立ち上がる。

 

 窓から見上げる空は暗くはあっても、遠くに僅かながら夕暮れの名残が見える。

 

「――――」

 

 主の危機を察知したのか、先ほどから警鐘を鳴らすのは敵感知スキルだ。

 これまで最も使用し、相応の熟練度に達したスキルが女体に溺れた主に代わり、自動で何者かの気配を察知してくれたのだろうか。

 

 全裸のまま廊下に出た俺は無言で潜伏スキルを使用する。

 流石に幽霊や人形といった類ではないだろう。

 特に何も考えず、泥棒ならばドロップキックを食らわせようと思っていると屋敷へ侵入した不届き者が姿を見せる。

 月明りが照らし出すのは、ゆらりとした足取りの軽薄な装備に身を包んだ盗賊職の娘だ。

 

 フラフラとした足取りとどこかボロボロな姿は何があったのか。

 酒でも飲んだ後、酔っ払い同士で喧嘩していたのだろうか。冒険者である限りは良くある荒事だが大事になる前に冒険者ギルドか正義感に駆られた冒険者に止められる事が多い。

 

「なんだ、お頭じゃないですか」

 

「……助手君」

 

「ノックもチャイムも無しに侵入って本当にただの盗賊ですね。なんでそんなにボロボロなんですか? もしかして襲われて? いやそれはなさそうですね」

 

「助手君」

 

 不届き者の正体が分かると同時に靄が掛かっていたような思考が僅かに鮮明となる。

 漸く回転する脳、こちらを淀んだ青紫の瞳でジッと見つめる彼女を前に、少しだけ全裸でいる事への微かな羞恥と、寧ろ己の裸体を見せつけて恥ずかしがらせようと意識が向かう。

 

 だから、彼女の様子に気づけなかった。

 

「助手君」

 

「……? ああ、すみません。さっきまで色々としていたので、それで今日はどうしたんですか?」

 

「ねえ……カズマ君。今日がいつか、覚えている?」

 

「今日ですか? 何か特別な日でしたっけ? 最近ちょっと時間の感覚が曖昧でさ……。というかこんな時間にどうしたんだよ。夕飯でも食いに来たのか? あーでも、食材も無くなってきたからな……」

 

「…………ううん。ちょっとキミを殺したくて」

 

「ふーん。ん? おい、今なんて――」

 

 シャッと鞘から刃物を取り出す音を鼓膜が拾った。

 耳がおかしくなったのかと複数回瞬きをするも、世間話をするような声音で彼女は語る。

 クリスがダガーを構えた音だった。そのまま此方に走り寄り、その矛先を俺に近づけてきた。

 

 ――死んだ。

 

 直感的に胸中を過る思いはそれだけだった。

 己の胸に近づいて来る鈍い色をしたソレは命を奪う形をしていた。 

 あまりの事態に呆然とする脳がゆっくりと近づいて来る死に対して、遅きに失した危機感に回避を試みるも身体は硬直して動かない。それでも逃れようとする意志に脚がもつれる。

 

 唐突に死が迫る。

 よろめいた脚、バランスを崩して倒れ込む俺の目に映りこむのは銀髪の盗賊娘だ。

 

 灯りの無い屋敷でも暗視スキルを始めとした視覚補正、ときおり雲から覗く月明りで映りこむ彼女の瞳に衝動的な殺意を感じて、思わず息を呑む。

 大振りに振られた獲物、俺の心臓を抉る一撃は胸板を掠め、咄嗟に上げた左腕を斬る。

 

「ああああぁあっっ……!」

 

 切れ味が鋭いのかリンゴの皮を剥くように鈍色の刃は皮膚を裂き、肉を斬り裂く。

 痛みよりも斬られた事に対する驚愕がまず先に訪れた。

 その直後に、腕を伝い滴り落ちる赤黒い血の色を認識し、熱と痛みに顔を歪めた。

 

 安寧を妨げる痛み、血の玉が点々と顔に当たる生暖かい感触に思わず悲鳴を上げる。

 血を止めなくてはならない。次の攻撃を回避しなくてはならない。どうしてこうなった。

 溢れ出す感情と思いを妨げるのは、認識と同時に圧迫する傷口の痛みだ。

 何よりも――、

 

「助手君の、カズマ君の嘘つき、嘘つきぃ……!!」

 

 女の金切り声が耳朶に響く。

 

「――――」

 

「私より先にアクア先輩になんて……!」

 

「ぐぅ……」

 

「あっ、……傷つけてごめんね。痛いよね。でもあたしを裏切ったカズマ君が悪いんだから! キミを殺してあたしも死ぬから!」

 

 暗い光を帯びた瞳を見開いて怒りに顔を歪めるクリスの姿に恐怖を覚えた。

 大きく見開いた瞳に浮かんだ感情を制御出来ないかのように、溢れ出す感情が涙となって彼女の白い頬を伝っていく。その姿は月明りに照らされて場違いにも美しいと思った。

 

 これはヤバい。

 

 自分の語彙力の無さが恨めしいが、咄嗟に思い浮かぶのはそれだけだ。

 美少女の膝の上で死ぬのは男の夢かもしれないが、刺されて死ぬのは嫌だ。誰も得する事なく刺された本人は悲しみの向こうに辿り着いてしまうという最悪の結末だ。

 ――いったい、俺が何をしたのだというのだろうか。

 

 …………。

 

 アクアに手を出したのが彼女にとっての導火線だったのだろう。

 或いはこうして刺されてから思い出した、城に向かう予定を忘れていた事か。

 

「あやま……」

 

 謝っても許されない程の事なのか。刺される程の事なのか。

 

 いったい、俺が何をしたのだというのだろうか。

 思い返すと確かに褒められた生き様ではなかっただろう。だがそれは決して佐藤和真だけでは無い筈だ。他者に鬼畜だと屑だの怠惰などと罵られても、その他者は己の人生を生き様を全ての人間に誇れるほど潔白に生きてはいないだろう。この世界は優しくはなく、鬼畜で屑のような行為も、暗く後ろめたい事もしてきた筈だ。

 

 だから、それは言うならばお互い様と言うしかない。

 だと言うのに、なぜ自分だけがこんな目に遭わなくてはならないのか。 

 

「カズマ君がいけないんだよ……。キミが私をこんなにしたんだから」

 

「うわぁぁああああ!!」

 

 このまま殺されるべきなのだろうか。

 情けない悲鳴には莫大な恐怖と、微かな苛立ちが入り混じる。

 

 生命を奪おうとする神を前に、唯一俺を助けたのは自動回避スキルだ。

 幸運のステータスの数値に依存するソレは彼女が放つ二撃目の攻撃に対しては成功判定だったのか、肉体への危機に対する自動回避を促す。

 

 そうして世界で最も高い幸運同士の戦い、二度目は幸運な事に鉛色の刃からの回避に成功させる。だが、きっと幸運だけでは三度目は無いだろう。

 幸運の数値が高いのは決して己だけではなく、目の前の銀髪の少女もなのだから。

 

 技も駆け引きも無い、大振りの一撃。

 刺突ではなく、確実にダメージを与える為の斬撃。

 

 みっともなく恥も外聞もない叫び声を上げながらも、同じくらいみっともない感情に任せた一撃は、隙という代償を、クリスの背中を見せるという隙を与えた。

 傷の痛みを忘れ、今すぐ逃走スキルを駆使して逃げるべきだと、臆病な心が叫んでいる。

 

 腕は痛みに悲鳴を上げ、目尻に涙すら浮かべている状況で自動回避スキルによって全裸で踊りを踊るように回避出来たのは偶然による物だろう。

 よし逃げよう。しかし待って欲しい。相手は女神だ。逃げ切れない。

 

 何故か脳裏を過るのは、修羅場に近しい口論が発生した場合の異性間での対処法だ。

 男は互いに冷静になるまで距離を置こうとし、女は何が悪かったのか徹底的に話し合おうとその場で話を始める。互いが互いの意見を持って衝突し、結果沸点を超えて感情的になってしまうというのをどこかで聞いた事がある。

 ここでクリスと話し合おうとしても口先の前に刃先が俺に突き刺さるのは必然だろう。

 

 ――ならばどうするか。

 

 俺はまず観念したかのように瞼を閉じた。

 僅かに距離の開けた中で、瞼越しにクリスが此方を振り向くのを感じた。

 

「……! カズマ君覚悟――!!」

 

「『フラッシュ』」

 

「ひぎゃあああっっっ!!? 目が! 目が!!」

 

 瞼越しでも闇夜を斬り裂く閃光。

 立ち止まり目を閉じた俺の姿に僅かに油断したのか、面白い程に彼女は目を抑えて廊下を転がり回る。カラン、と短刀を落とし喚く姿は滑稽であれども油断する事など出来ない。

 故に、無事な方の片手を突き出し、己の代名詞とも呼べるスキル名を口にする。

 

「『スティール』……『スティール』――!!」

 

 二連撃。

 強奪スキルは幸運の数値に左右される。

 人類最高峰に位置する己の右手にはブラジャーとショーツ。

 

 生暖かいソレは良い香りだった。

 パンツに至っては背伸びしたのか紐パンと呼ばれる物だ。物理的に強奪したかった。

 何よりも最も欲しいと感じた彼女の武器に関しては強奪に失敗してしまった。

 

「くっ……! 助手君どこ……! ここ?」

 

 床をナイフで刺すクリスの殺意と感情の昂りが高い。高いというかヤバい。

 衣服の感触的に己の下着がスパッツ以外全てを盗まれたというにも関わらず、抱く感情は羞恥よりも赫怒の方が凄まじい。暗闇の中での閃光により視界を潰されながらも周囲の空間を横に力一杯斬りつける姿は近寄りがたい狂気すら感じさせる。

 腕の痛みが意識と現実逃避しかける思考を抑え、手にした武器を惜しみなく使う。

 

「『バインド』――!」

 

「……! そこだね! きゃあ!!?」

 

 気配と声で場所を察知したのか、鈍色の殺意を一点に突き出すクリス。

 何がそこまで彼女を駆り立てるのかと思う俺を余所に、彼女の間合いの外から繰り出したロープ代わりのブラジャーは空中を滑空、慎ましい乳房を包んでいた布地は主人に切り裂かれる。

 囮を犠牲に、間を通り抜けたパンツが彼女の両腕を拘束する事に成功した。

 

「おらあああ!!」

 

「ぁぁぁ……! ち、力が抜けて……」

 

 油断はしない。

 倒れ込んだクリスの手を蹴り、ナイフを遠くに転がすと即座にドレインタッチを使用する。油断なく本気で屋敷への侵入、及び不届き者への迎撃として彼女から体力と魔力を奪ってようやく安堵の溜息を吐いた。

 

「いた、いたた……ヒ、『ヒール』……『ヒール』」

 

 安心した途端、脳内分泌液が切れたのか腕に生じる痛みに思わず眉根をしかめる。

 慌てて回復魔法を繰り返し使用する事で止血には成功するも、多少なりの痕が残ってしまった。何よりも全裸でありながら己の血で上半身を汚した男というのは不審者極まりないだろう。

 それに加えて、決して少なくはない血液が失われてしまったのだ。

 

「くっ、このッ! 離してよ!」

 

「黙れ犯罪者! 許さんぞ! 俺を刺し殺そうとした事、その身体で払って貰おうか」

 

 後ろ手に縛られたクリスは視力が回復したのか、キッと睨みつけてくる。

 目尻に浮かんだ涙をこぼしながらも、既に決着はついたのが分からないのか、溢れ出る衝動を抑え込む事が出来ず、床で芋虫のように呻くばかりだ。

 こうして無事制圧する事が出来たからか余裕が出来ると、今更ながら苛立ちが湧き上がる。

 

 お決まりの台詞を口にして、彼女の脚を掴むと無理やり開かせる。

 抵抗する彼女の両脚を掴みながら、ホットパンツに包まれた乙女の恥部に足裏を宛がうと、足裏によるピストンを始めた。

 

「んっ……! ちょ、ちょっと……」

 

「なあ、おい。電気アンマって知ってるか?」

 

 暴れる彼女の腿を掴み、ホットパンツの上から直に刺激を与える。

 本日はスパッツを着けていないのか、ホットパンツから微かに覗く肌色を見ながら彼女の弱点に刺激を与え続ける。黙々と、丹念に、料理の下拵えをするように。

 

 先ほどまで劣勢だった状況からの逆転。

 生命の危機に直面した事により湧き上がる性的衝動、加えて少し前まで水の女神との性行為に及んでいたからか。全裸に唯一赤色を肌に滲ませながら衣服の阻害のない逸物は限界にまで反り立っていた。

 端的に言って、興奮と苛立ちが胸中を巡っていた。

 

 男女平等主義者であるが、流石に顔面にパンチを食らわせるのは如何な物か。

 狂刃に斬られてなお躊躇してしまい、妥協した結果がこの電気アンマでのお仕置きだ。

 

「ま……、まって……まってってば!」

 

「お前が何を言ったって、これでみっともなくイクまで俺はやめねーわ」

 

「んん……ッ!!」

 

 下着を強奪され直にホットパンツを履いた状態のクリス。

 恥丘は布地越しに柔らかさを足裏に感じさせると共に嫌々と首を振る彼女は拘束を外せない。両手を己の下着で拘束され脚を掴まれ無防備に己の性感帯を晒し、男の前で刺激されている。

 

 徐々に隠せない艶が吐息に混じり、衝動的な感情を秘めた青紫の瞳には耐えがたい羞恥と恥辱の涙を浮かべ始めている。

 頬を赤らめ、脚を閉じようとする度にピストンをする脚に力を入れると、小さく喘ぎ始める。

 

「お頭、正気に戻りましたかね?」

 

「戻ったから! もうしないから……!」

 

「信用できないな」

 

「ぁ、ぁ、ぁぁ、っ!」

 

 徐々に腰を浮かばせ、露骨に喘ぎ声が廊下に響き渡る。

 電気アンマのコツは緩急差をつけるという事だ。強ければ良い訳ではない。強い刺激を一定のリズムで続けながらも、徐々に優しく愛撫するように優しく足裏で恥肉を虐めるのだ。

 

 時に優しく、時に厳しく、時に押し付け、時に擦りつける。

 単調の無い落差が彼女にこの悪戯に慣れさせず、女を悦ばせる愛撫に昇華させる。

 

「俺の知る限り、こんな遊びでするような悪戯でイクような人なんて見た事ないですよ? これでイったら間違いなくむっつりのエロい敏感体質ですね。あれ、お頭? えっ、本当に感じてるんですか? 止めて欲しいなら素直に言って下さいな……ほら、言えよ」

 

「ぅ……くっ、やめっ、か、感じて、感じてるから! 少し止めて!!」

 

「嘘です。絶対やめません」

 

 その瞬間のクリスの絶望的な顔に、嗜虐心がくすぐられるのを感じた。

 泥棒が降伏の宣言をした事で、ラストスパートとして電気アンマのピストンをより強く乱暴な物とする。

 足裏ではなく、脚の側面を使い彼女の秘裂に、ホットパンツ越しにクリトリスに宛がうようにして、バイブを直に恥部に当てるような細やかな振動で彼女に悦びの声を上げさせる。

 

「ぁぁぁ……っっ!! てんばっ、天罰落としますよ!」

 

「うるせぇ!! イケ! ほらイケ!!」

 

「ぁ、だめ、駄目……っっ!!」

 

 短い銀髪を振り乱し、皮脂を滲ませるクリス。

 もはや嗜虐心を煽るだけの存在となった哀れな盗賊の恥部を刺激して、刺激して――、

 

「ゃ、ぃ、……ぁぁああァっっ!!!」

 

 ピンと脚を伸ばし、ぎゅっと瞼を閉じたクリス。

 腰を中心にガクガクと身体を痙攣させる姿は、確かに無理やりに法悦の空へと上らせたという実感を沸かせる。足裏に感じるホットパンツは先ほどよりも確かな淫液の染みを広げていた。

 悲鳴を上げ首を反らせる女の表情はこれまで絶頂させた時の表情と差異の無い物だ。

 

 数秒ほど小刻みに震えた彼女は耳まで赤らんだ顔を見せながら、脱力した。

 先ほどより正気を取り戻したのか、羞恥と快楽を浮かべた青紫の瞳には確かな理性が窺える。

 

 彼氏でも無ければ見る事の出来ない表情を見て、僅かに落ち着きを取り戻す。

 良い物を見た事への礼を告げると、腕の痛みを堪えながら、そっと彼女の腕の拘束を取る。その瞬間、腰を震わせながらも全裸の俺に抱き着いてきたクリスは壊れたロボットのように謝罪を口にした。

 

「ごめんね、カズマ君。ごめんね、ごめんねぇ……」

 

「…………」

 

「キミに当たるなんて最低だよね……」

 

「まあ」

 

「ぅぅ……、そこは否定しないんだ」

 

「事実だしな。でも、ほら他人ならともかく俺たちの仲だし。()()()()()()とは違うからな。それにちょっとくらいなら刺されても文句は言えない事はしているからな」

 

 話を聞くと俺とアクアの情事を目にしたエリスは屋敷に突撃を決行したらしい。

 だが、それを予期していたのか、妙に勘の鋭いアクアは事前に結界を張っていたらしい。

 結界を突破するまでの間、どれだけ自分達が愛し合っているのか、それを文字通り見せつけられたエリスはそれはもう発狂するほどに怒り狂ったらしい。

 

「……ごめんなさい」

 

「もう良いから」

 

「ううん、違うの……そうじゃなくて、ふふっ、カズマさんの言葉が嬉しくて、ちょっとだけ変な妄想しちゃいました」

 

 ごめんなさい、と謝罪するクリスの短い白銀の髪は瞬きの合間に、長髪へと変貌していた。

 ぷわりと漂う甘い香り、軽装を重視した盗賊装備ではなく、白くゆったりとした羽衣、透き通った白い肌と、陰りを見せる青の瞳には涙と共に呆けた俺の姿が映りこんでいる。

 

 クリスではなかった。

 エリスが、幸運の女神が俺を抱きしめていた。

 

 背丈も体格も同じだった。当たり前だ、同一人物なのだから。

 それでも、クリスの時はこうして触れ合う事はあっても、本体の、幸運の女神である彼女からの抱擁どころか、触れるという事ですら初めての事であった。

 エリス教徒が目を血走らせるような抱擁に、女神の柔肌に強張っていた心身が解されていく。

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』!」

 

 身体が淡く漂う光に包まれると、中途半端に治っていた傷が痕すら残さず完治する。

 あらゆる負の事象を治す強力な回復魔法は俺の肉体を治し、後に残るのは血で汚れた己の裸体だけだ。

 

「あっ、エリス様。服汚れますよ」

 

「大丈夫です。この衣服も神器ですから。それにそんな事では離れませんよ。それに回復魔法は掛けましたが、出血自体が無くなった訳ではありませんから。支えは必要ですよ」

 

「はあ」

 

「と、ところでどうして裸なんですか? それにその、アレが当たってて……」

 

「んふ……。エリス様に俺の息子を見せたくて。そんなに恥ずかしがらないで下さいよ。あんなに美味しそうに頬張ってたじゃないですか」

 

「そ、それはクリスの時の話ですから……」

 

 顔を赤らめつつも柔和な笑みを浮かべるエリスの姿は、安堵を抱かせる何かがあった。

 少なくとも刺された事に対する精神的なショックが大幅に軽減される程には。

 そうして突発的な戦闘とも呼べない暴力沙汰に疲れていた俺の身体を抱いたまま、エリスは黙々と屋敷の廊下を移動し、ある部屋へと向かう。

 

「カズマさんって結構軽いですね」

 

「血が減ったんで、その所為でしょう」

 

「…………」

 

「…………」

 

 俺とアクアが先ほどまで互いに溺れ合っていた空き部屋だ。

 適当な軽口に閉口するエリスにしまった、と思いながらも俺の視線は部屋の中央へ。久方振りに青を基調とした羽衣を身に纏い、腕を組んだアクアが眉間に皺を寄せて仁王立ちしていた。

 まるで挑戦者を待つかのような格好に思わず口角が上がってしまった。

 

 エリスに抱かれた俺を見てピクッと眉をひそめるアクア。

 同時に血まみれの俺の姿に腕を解き、魔法を唱える。

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』!」

 

 治癒された身体に追い打ちを掛けるような回復魔法。

 これ以上の回復に意味は無くとも、彼女の優しさを感じながらエリスからそっと離れる。

 

「エリス……、あんた」

 

「言い訳はしません。これは私がしました」

 

「お、おい。アクア。俺はもう、そこまで……」

 

「カズマはちょっと黙ってて。……エリス、ちょっと良いかしら」

 

「ええ。勿論です、先輩。あっ、カズマさんにはこれを……」

 

「ん?」

 

 屋上に行こうぜ、的な感じで顎を部屋の外に向けるアクア。

 それに頷きながらも、羽衣のポケットから何かを取り出し俺に差し出すエリス。

 

 受け取り目を向けると懐かしさを感じる紙パックのジュースだった。

 鉄分を特に補充する事が出来る栄養満点のジュースは日本で見た事がある。そのパッケージに哀愁の念に駆られる俺の腰に適当なタオルを巻き付けるアクアはエリスを連れて部屋の外に向かう。

 

「カズマ、ちょっと時間掛かるだろうから、そこのベッドで寝てていいわよ」

 

「お、おう……。あ、二人ともなんかヤバそうだったら参加するから」

 

「大丈夫ですよ、カズマさん。たぶん、そんなに時間は掛かりません」

 

 ニコリと笑みを向けるエリス。

 自信があるのかクスクスと笑う後輩女神と先輩女神のタッグは笑顔を見せながら扉を閉じた。

 

 ――そして静寂が戻る。

 木製のドアを挟んでくぐもった話し合いに聞き耳スキルを使用するかを考えたが、流石にプライバシーの侵害だろうと思い、ベッドに腰を下ろす。

 紙パックにストローを差し、口に含むと懐かしい甘い味がした。

 

「旨いな……」

 

 僅かな苦味が身体に満ちていくのを感じる。

 まるで飲む事で直接血液を補充していくかのような気分に陥るのは思ったよりも衝撃的な出来事にショックを受けていたからか。

 今更ながら身体が震えていると、背中から掛けられる厚手の毛布。

 

 はて、背後に誰かいただろうかと振り返ると幽霊がいた。

 子供の幽霊なのだろう。薄い存在感ながらも毛布を掛けてくれた少女に目礼する。危害を加えるつもりはない、というのだけは何となくわかった。

 

「あ、ありがとう……」

 

「……」

 

「これ飲む? いらない? そう……」

 

 返事は無い。それでも伝わったというのは分かった。

 そういえばこの屋敷には貴族が遊び半分で作った子供の地縛霊がいると以前アクアが言っていたなと、ぼんやりとした思考で彼女の頭を撫でながら毛布に体を包み込む。

 

 身体が妙に重く感じた。

 

『―――!!』

 

『――! ……!!』

 

 目を閉じると同時に始まった怒号。

 何かを投げる音や物を壊す音など、明らかに女神のキャットファイトが始まったのだろう。

 ただ、それに対してもう行動を起こそうという気力は無かった。

 自分はあの女神達の保護者でも何でもないので仲裁の必要性も感じない。きっと大丈夫。

 

 どこか投げやりに思う程度には疲れていた。

 

 僅かに瞼を開けると悲し気な顔をした少女の幽霊。

 

 どうして見えるのだろう。そういえばさっきは触れたな。そんな思考を置き去りにしながらときおり聞こえる女達の声や物音にビクリと身体を震わせるやや透明な少女を手招きする。

 取り敢えず明日の自分に託す前に、せめて目の前の事だけは、と。

 

「……一緒に寝るか?」

 

「……!」

 

 きっと幽霊と添い寝した経験など自分だけだろう。

 ただの同情に少し嬉しそうな顔をする少女の霊と共に毛布に包まると俺は目を閉じた。

 

 耳は手で塞いだ。

 

 

 

 +

 

 

 

 瞼を開けると、幽霊の少女はいなかった。

 代わりに少しボロボロながらもどこか嬉しそうな表情をした幸運の女神がいた。

 彼女は俺の頬を撫でながら楽しそうな声色で毛布に入り込み、微笑みを向けてきた。

 

「終わりましたよ」

 

「……おつかれ」

 

「本当は全部の事が終わってからにしたかったんですけど……」

 

「……?」

 

 夢見心地な気分の中、額が触れ合う程の距離でエリスが唇を震わせる。

 艶やかで薄いピンク色の唇で、甘い声色で、熱い眼差しを俺に向けている。

 

「その……。前払いというのと、頑張って――――に入れたので……お祝いにと」

 

 ボソリボソリと寝物語のように呟くエリスの姿に眉尻を持ち上げると、恥ずかしがるような困ったような表情で頬の傷跡を掻く。そんな何気ない仕草にあの盗賊娘の姿を幻想する。

 

「カズマさん」

 

「んー?」

 

「アクア先輩公認で、今はお姫様もいません。そして私からカズマさんを襲うのは仕方がないから対応する。……そうですよね?」

 

「そう、だな……」

 

「ふふっ、寝ぼけたカズマさんも可愛いですね」

 

「夜這いですか、女神様」

 

「はい」

 

「……なら」

 

 なら、仕方がないだろう。

 相手は女神だ。逆らう事などいったい、どうしてできようか。

 俺のスタンスを理解しているであろう幸運の女神との唇が近づいていく。

 

 青の瞳に、ふと金髪碧眼の王女の姿を見る。

 同じ色の瞳をジッと見ていると、そっと長い睫毛に縁取られた瞼に覆い隠される。

 

「カズマさん」

 

「――――」

 

 愛の言葉を囁いて、徐々に距離が近づいていく唇。

 微かな吐気すら感じられる密着度の中で、疲れ、中途半端に見た夢。

 

 どこまでも都合が良いとすら感じてしまう幻想に。

 仕方ないと言わせる為に用意されたような夢心地の舞台に。

 

 

「好きです」

 

 

 ――しかたねぇな、と俺は彼女の想いに応えた。

 

 

 







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第二十七話 私たちの

 性行為が始まる合図はキスからなのはクリスの時と同じだった。

 

 寝台を軋ませて、毛布に包まる俺に迫りくる白銀の女神。

 瞼を閉じ唇を窄める姿は、エリスのキス顔はこの世界の誰もが一度は想像しても、本物を見た事は無い。一度死んで蘇生された人間が夢に見ても細部までの再現は不可能だろう。

 ぼやけた肌色の視界に瞼を閉じて、俺はそんな彼女とのキスに応じる。

 毛布に包まった俺に横から唇を触れてくる姿に、クリスに慰められなし崩し的に行為に及んだ時の事を幻視する。――流石にあの時と比べて歯はぶつからないが。

 

「クリス様も上手くなりましたね」

 

「……エリスですよ。カズマさんもあの時よりも上手ですね」

 

 情熱的なディープキスよりも、恋人のような唇の柔らかさに充足感を得るキスをしてくるエリス。白皙の肌に朱色を差しながらも愛おし気な表情で俺とキスする姿はクリスと重なる。

 ちゅる、ちゅっと唇の肉をはみ合わせ、玩具のように俺の唇を弄ぼうとする彼女は機嫌が良いのか眦を和らげて、男が惚れてしまいそうな柔和な笑みを、微笑を浮かべた。

 

 それだけで昂りを見せる己の鼓動。

 それだけで数多の男を堕とす事が出来る魔性の笑み。

 

 これが女神なのかという思いが胸中を過る。

 同時に僅かに冷静な思考が雰囲気に呑まれきれずに水の女神に向かう。

 目の前の幸運の女神が身に纏う衣服は記憶にある物よりも僅かにボロボロである。それでも神器だけあるのか、ほつれた部分や裂けて肌を露出させた部分が自動で修復されていく。

 

 いつの間にか横になっていたエリスが俺の上にのしかかっていた。

 女神は人にのしかかるのが好きなのか、俺の首筋に顔を埋めると嬉しそうな顔を見せる。

 

「カズマさんの匂いだぁ……」

 

「――――」

 

 そういえばアクアもこんな事をしていたな、と思い出す。

 抱き枕と化した俺を抱くエリスは、胸に顔を埋める姿はそっくりだった。

 何が楽しいのか、男の汗臭い匂いを嗅ぐ度に嬉しそうな顔を見せていた。

 

「あの、エリス様……」

 

「あんまり堅苦しい言葉遣いはしないで下さい、カズマさん。前にも言いましたがクリスの時のような感じでお願いします」

 

「それはエリス様が普段使っている口調に変えたら考えます。あと、ちょっと、アクアの様子を見てくるので――」

 

「は、ぇ、だ、だめです!」

 

「…………」

 

「先輩なら、疲れて眠っているだけですから!」

 

 俺に抱き着くエリスは抱擁する腕に力を籠めて続く言葉を拒絶する。

 状況と大義名分があれば行為に及ぶ俺ではあるが、流石にアクアの反応が無いのが少し気になる。彼女の性格的に突撃してこないという事はあり得ず、状況的にエリスと何かあったとしか考えられない。流石に死んではいないだろうが。

 少し前まで抱いていた女の事に関心を示す俺の姿に、エリスは悲痛な表情を見せる。

 

「お願いします! 一緒にいて下さい! 一緒の、カズマさんと一緒のベッドで、どうか、私を抱いて下さい。いっぱいいっぱいエッチな事してもいいですから!」

 

 心が痛むような女の叫びに、下半身が疼き背筋が微弱な電流が奔ったように震える。

 エリスの目尻に涙を浮かべる姿に言いようの無い薄暗い快感に心が歓喜の叫びを上げた。この世界で多くの人間が目の前の女神を信仰する中で、偉大な女神は俺だけに感情を揺らしている。

 自分の身体を好きにして良いと、その柔らかい唇で告げたのだ。

 

 唇の感触でそれならば、エリスの身体はいったいどれだけ――、

 

「っ」

 

 エリスが俺の下半身の膨らみに気づき、ほぅ、と熱い吐息を漏らした。

 興奮したように、どこか嬉しそうな顔を見せる彼女の姿に、発散していたであろう性欲が身体に満ち溢れていくほどの獣欲に駆られる。

 限界まで反り立つ肉棒の存在が毛布越しにエリスに主張していた。

 

 目の前の女を捕食したい。

 押し倒して、衣服を脱がし、滅茶苦茶にしてやりたい。

 乳房を揉みしだき、恥部を舐めまわし、奥の奥まで子種を注いでやりたい。

 

 純情無垢な彼女の色を自分好みに汚し長く伸びた白銀の長髪を撫でたい。彼女の香りを肺に満たし、羞恥を煽り、陰嚢が空になるまで射精してやりたい。

 

「いいんですよ……」

 

「…………」

 

「好きなようにして良いんですよ? ……でも、ちょっとは優しくして下さいね?」

 

 そんな醜い欲望を許容するかのように、幸運の女神は笑みを浮かべる。

 俺の頭を撫で、祝福するように、いじらしい言葉を告げる姿に我慢出来なかった。

 

 返答の代わりに俺は彼女の唇を奪う。

 優しい触れ合うだけのキスとは異なり、今度は奪うような、情熱的なディープキスを幸運の女神と行う。瞳を見開いた彼女を抱き寄せると、一筋の涙を流したエリスは俺の首に腕を廻し、キスに応じる。

 嬉しい、と行動で示す彼女はコクリ、コクリと唾液を嚥下していく。

 

 キスの隙間から女神が呼気を漏らす中で、彼女の羽衣に手を掛けると、ピクリと硬直するエリスの瞳には羞恥と共に喜悦が混ざっている。

 上体を起こし、俺の目の前で自らの衣服に手を掛ける彼女は年相応の少女のように顔を赤らめていた。その初々しさを感じる彼女の動きの一コマ一コマを眼球に焼き付ける。

 

「…………」

 

 脱げ、と目で告げると、はい、と目線で返す。

 従順なメイドのように主人の命令に従う女神はゆっくりと羽衣を脱いでいく。

 

 修道服を模した、或いはその原型となった彼女の衣服が、彼女自身の手で脱がされていく。男の下卑た視線に晒される事を是とし、ゆっくりと、僅かに震える手で白い裸体を晒していく。

 そうして衣服を乱れさせ、素肌を俺に見せていくエリスは何を考えたのか、俺に向けて白銀に彩られた頭を僅かに傾ける。一瞬その意味が分からなかったが、エリスの青色の瞳の揺らぎに俺は無言で手を伸ばした。

 

「……取りますよ」

 

「……」

 

 まるで式場で花嫁の薄いウエディングベールを持ち上げるように、エリスが頭に着用しているベールを他ならぬ俺の手で丁寧に脱がせる。

 これが、女神がただの女になった瞬間なのだろうか。

 まるで何かの儀式のようで、ベールを脱ぎはらりと零れる白銀の髪は滑らかに肌を伝う。

 ぷわりと漂う銀の長髪が掌をくすぐり、思わず指で撫でると、んぅ、と吐息を漏らすエリス。

 

 くすぐったそうに笑みを浮かべる彼女は可愛らしくも、どこか官能的な魅力を醸し出す。

 癖になりそうな髪の毛を指で梳きながら、餅のように柔らかい頬に掌で触れると、上から置かれるエリスの掌。柔らかい手が男の武骨な手を優しく包み、僅かに隠せていない欲情の視線で俺を見上げる。

 

「ん……っ」

 

「…………」

 

 察したように瞼を閉じるエリスはどこかの駄女神とは違い空気が読める。

 期待するかのように唇を窄める彼女にキスをすると、どこか虚ろな瞳で頬を緩ませた。

 

「カズマさん。キス、上手ですね……」

 

「お頭とも一杯、しましたから」

 

「私と……、ふふっ、なら私がカズマさんのキス経験を育てたんですね。最初の歯がぶつかる頃から随分成長しましたよね」

 

「それは……恥ずかしいんで忘れて下さい」

 

「嫌です。ずぅぅっと忘れませんから」

 

 半脱ぎのエリスとの口付けは、世界中の甘味を煮詰めたような、甘い味がした。

 実は女神と相性が良いのではないのか、と勘違いしてしまう程にエリスとの触れ合いは刺激的だ。きっと愛する男に都合の良い身体に即座に調整されるのかもしれないと本人が聞けば憤慨しそうな事を考えながら、エリスに続きを促す。

 先ほどよりも緊張感が減ったのか、恥ずかしがりつつも丁寧に衣服を脱いでいく。

 

 徐々に、徐々に葡萄の皮を剥くようにエリスの生肌が俺の前に晒されていく。

 世界中で最も信仰されている女神のストリップショーは俺の口から言葉を奪っていく。ただ、この一分一秒を忘れてはならないと瞬きを忘れて彼女を見つめる。

 

 やがて、羽衣を脱いだエリスの純白の下着だけに包まれた肢体が現れた。

 雪肌の肩を撫でる彼女、絹のように滑らかな髪の毛を赤らんだ耳に掛けるエリス。

 

「そういえば、どうしてそんなに恥ずかしがるんですか? 可愛いですけど」

 

「……えっと」

 

「ほら、クリスの時とか裸を見てますし……お風呂とか一緒に入って隅々まで奉仕しましたし」

 

「そ、それとはまた別ですから……、それにこの身体を好きな人に見せるというのは初めてですから……緊張、してるんです」

 

「――――」

 

「変じゃありませんか?」

 

「……綺麗です」

 

 ――メインヒロインはここにいた。

 

 ありきたりな言葉に嬉しそうな顔で瞳に光を差すエリスに俺は思わず苦笑する。

 はふ、とエリスは胸元や恥部を隠し身を丸める。いつの間にか伸びていた俺の手は彼女のくびれた腰を撫でると小さく悲鳴を上げたエリスは俺の指に合わせ腰から下をくねらせる。

 いつの間にか内腿は蜜で濡れており、エリスは恥ずかしそうに目を伏せる。

 

「その、期待していたので……」

 

「……、なにを」

 

「カズマさんと……そういう事が出来るのを……です」

 

 男心を擽るのが上手いのか、エリスの言葉の一つ一つが俺の心身を震わせる。

 ぶるり、と頭を振ると同じく揺れた亀頭から滴が肉竿を伝う。今すぐに彼女を滅茶苦茶にしたいという欲望を抑え込み、最高のストリップショーを見せた彼女にお礼を言って、抱き寄せる。

 このまま最後の一枚まで己の手で脱ぐまで、己の獣欲を抑えられそうにない。

 

「ナニマさんとナニが出来るのを期待していたって? すいません、もっと詳しく」

 

「そ、それは……うむ!?」

 

 セクハラのし甲斐があるエリスの身体を強く抱きしめる。

 柔らかい少女の身体、温かい体温とミルクのような甘い香りが官能を高めていく。背中まで伸びた白銀の髪ごと抱きしめると小さく吐息を漏らし、目を潤ませると口を程良く開く。

 クリスを通じて一緒に繰り返してきた少女との口付けは熟れた果実よりも甘く淫らだ。

 

 エリスと毛布に包まり、じっくりと口腔で交わる俺たちは数分ほど掛けて、唾液の糸を引きながら顔を離す。だがこのキスの後は先ほどと異なり互いの身体はぴったりとくっついたままだ。

 そんな風に肌を重ねる事に心地よさを感じる中で、俺はエリスの身体に触れる。

 

 処女雪のような肌、純白の下着よりも白い肌に優しく軽く口付けをした。

 ちゅっと紳士のように唇で女神の身体に触れると、小さく喘ぎ声を漏らすエリス。彼女の肌にキスをしていく。

 余す事のないように白い皮膚を吸い、離す。

 誰も触れた事の無い神秘に脚を踏み入れた事に言いようの無い快感を覚えながらも、同じく気持ちよさそうな呼気を漏らすエリスの肌に踏破の痕を残していく。

 

 首筋から鎖骨へ、背中の滑らかな感触を掌で味わいながら、片手はブラへ。

 ブラを外すと白い柔肉がぷるりと揺れる。

 真正面から見るエリスの乳房はプリンのようで、ふっくらとしたソレは掌に収まり、しっかりと手に馴染んだ。 

 面白い事にクリスの時よりも僅かに乳房の膨らみ具合は上だった。

 

「というか、エリス様のおっぱいって」

 

「はい……?」

 

「結構ありますね」

 

「ぇ、ぁ、そ、そうですか……?」

 

 サイズ的には日本で言うところのBからCサイズ程度だろうか。

 確かにアクアやダクネスのような巨乳ではないが貧乳という訳でもない。

 何度か揉んだ事のあるクリスの乳房よりも僅かに大きい柔肉を、一瞬巧妙な神器かと疑ったが己の掌は間違いなく彼女の生乳であると証明している。

 流石に現在進行形で成長しているアイリスの乳房よりやや下回っているが。

 

「めぐみんやクリスよりはあるんじゃないかな……」

 

「えっと、たぶん、はい……」

 

「…………」

 

「や、やっぱり小さいのは駄目ですか?」

 

「何を馬鹿な事を言っているんですか!! 大きければ正義なんて事はありませんし。パッドなんていらないので下さい。ナイスおっぱい!」

 

「あ、ありがとうございます? ……褒めてます?」

 

 最大の賛辞を籠めてサムズアップする俺を半眼で見上げるエリス。

 もしかして揶揄っているのでは、と懐疑的な目線も胸を揉む手に力を加えるまでだった。乳首をこねるように胸を揉まれるのが好きだった事はクリスの性感と同じだった。

 くり、くり、と押し潰すような愛撫で女神は余裕なく震え、濡れた喘ぎを漏らす。

 

「はっ、ぁ……」

 

 パン生地を捏ねるように彼女のコンプレックスでありながらも弱点である乳肉を揉みながら、俺は片方の乳房で唯一硬さを主張する尖端にキスをする。

 ツン、と上を向いた肉粒は赤く色づき、唇の肉で挟み転がすとエリスは気持ちよさそうに俺の耳に喘ぎ声を注いだ。

 

「ひゃ!!? ぁ、ぁ、んんッッ!!」

 

 俺に抱かれ逃れる事も出来ず、授乳経験を俺に奪われる。

 佐藤和真色に染め上げられる純粋無垢な、否、無垢だった女神の身体を味わう。

 敏感なのか、乳房への刺激だけで達した彼女は、俺に身体を預ける。

 

 肩に手を置いて、自らの喘ぎ声がはしたないと口元を手で覆う。

 クリスの時は気持ち良いと甘えた声を発していた唇は震えるばかりで、自らは簡単には屈しないという女神の維持という物を思わせる。

 決壊寸前の防波堤のように、壊して欲しいと身体で告げるような態度。

 さらりと触れる毛先が耳をくすぐり、俺の頭に顎を載せて吐息を漏らす銀髪の少女。

 

 そのいじらしいともあざといとも言える態度に。

 いっそ、壊してやりたいと、男に、快楽に、狂わせてやりたいと怒張が反った。

 

 床にタオルを敷き、お互いに座ったままの体勢で彼女の母性の塊に顔を埋めていた俺は、乳首を唇から解放すると、背中に指を這わせ赤らんだ耳元に低い声音で立ち上がるように告げる。

 ピクッと身体を震わせながら従順に従うエリスは俺が何を望んでいるのかを知っている。

 クリスを通じた経験で知らない筈が無いのだ。

 

「んっ、ん……」

 

 半裸の彼女が身に纏う、最後の一枚。

 俺という観客を前に立ち上がったエリスは内腿を摺り寄せる。

 慎ましい胸元を通り過ぎ、視界に入る臍、くびれた腰にキスをしたり、指先でなぞると、くすぐったさと快楽の混ざった吐息を漏らす。

 皺が寄る程に尻肉を掴みながら、レースの下着に手を伸ばすと湿った感触。

 

 女神エリスは、俺の愛撫で感じていた。

 

「あ、あんまりそういうのは……!」

 

「おっ、これ何ですかねぇ」

 

「し、知りません」

 

 指先に付着した女神の淫液を彼女に見せると指先を手で包み隠そうとするエリス。

 己が如何にいやらしい淫魔にも勝る至高の存在である事を口にすると、顔を赤くする彼女は初々しさと共に羞恥の涙すら浮かべている。

 

 シンプルながらも機能性の高く、薔薇の装飾が施されたショーツは布地が薄い。

 透明な肌を包み込む男を誘ってやまない下着は生地が薄いのか、俺の指越しに熱く柔らかい恥丘の感触が直に伝わるだろう。

 染みの広がっている部分に少し触れると、慌ててエリスが俺の腕を掴み首を振る。

 

「ぁ。ぁ……!」

 

 ただ触れただけで絶頂に達しそうなエリス。

 グッと唇を噛みしめながらも、腰を硬直させる姿を見上げた俺は、彼女が着用する最後の布切れを、ゆっくりと脱がした。

 

 脱がされるのを惜しむように淫糸が下着と恥部を繋いでいた。

 むわりと漂う雌の香りを鼻腔で味わいながら、一糸まとわぬ姿となったエリスの恥部にジッと目を向けた。

 鼓動を忘れ、喉を鳴らす犬のように夢中になった。

 

 初めて見る幸運の女神の秘裂。

 薄い陰毛はクリスの恥部と遜色は無いが、感度が高いのだろう。

 止めようとする細い女の腕を気にも留めず陰唇部を開くと、愛液がトロリと奥から溢れ出る。

 

 なんて、もったいないのだろう。

 

「ぁ、ぃゃ、んふっ……!」

 

「ん、んむ……」

 

「ぁぁぁ……す、吸っちゃ……ひぅッ!」

 

 びくくっと僅かに身を強張らせ小さく達するエリスを余所に蜜液を舐めとる。

 床に垂らすくらいならば、喜んで舐めとろうと、かつてクリスにしたように唇と指での奉仕を決める。クリスの時よりも敏感な彼女ならば悦んでくれるだろう。

 その推測は、露わになったエリスの陰核に息を吹きかけた瞬間に確信に変わった。

 

「そ、それ、強っ……」

 

 知っているとも。

 クリスを通じてどれだけ弱いか教えてくれた。

 

 どこか甘いとすら感じる女神の蜜液で喉を潤しながら、腰を引こうとするエリスの尻肉を掴む。太腿と同じく柔らかく程良い脂の乗った肉だ。

 絶対に逃がさないと、目の前にある小さな陰核に触れると呼気が変わった。

 

「……そ、それは、だめ」

 

 言葉通りの事が起きた。

 くり、くり、と彼女の慎ましいクリトリスを包皮ごと押し潰す。

 奥から溢れる蜜液が秘裂からこぼれ、もったいないと直接貝状の肉ごと啜った。

 

「ァ……っ、……! ぁー~~~……」

 

 悲鳴も嗚咽も嬌声も無い、最も静かで深い絶頂。

 生まれたての小鹿のように脚を振るえさせ、口端から垂れる涎にも気づかないエリス。絶頂の波に晒され小刻みになる呼吸を繰り返す彼女は立つことも出来ず、遂には崩れ落ちた。

 そうして倒れ込んできたエリスの脚を掴んだ俺はやや手荒に対面座位を取る。

 

 股を開かせて汁の溢れた亀頭を宛がう。

 法悦の空に昇ったばかりの彼女の表情を見ながら無理やり割り拓く。

 

「ぐっ……」

 

「……!!」

 

 処女だというのに良く濡れた肉が剛直を包み、ぎゅっと締め付ける。

 一息に奥の奥まで貫いた俺は、慎ましい胸に噛み付き、乳首を吸う。

 あ、あ、と恍惚に身体を震わせている彼女は絶頂の波に呑まれたままのようだった。

 

「しゅ、きに……」

 

 好きに動いて。

 そう解釈した俺は、しかし彼女と同じくらいに限界だった。

 

 初めてアイリスと行為に及んだ時のように余裕が少なく、体に感じる快楽は脳を狂わせるようだった。胸肉を吸いながら、軽く揺さぶるだけでエリスは聞いた事も無い嬌声を上げる。

 クリスと同じように媚肉を穿る剛直は、まったく同じ位置にある弱点を突く。

 

 ぱんぱんと竿で突くだけで蜜が跳ね、女の悲鳴が漏れる。

 彼女の双丘を押し潰すように胸板をくっつけ、唇を奪いながら、より密着するようにピストンを繰り返すと室内には水音と肉が肉を叩く音が響いた。

 

「ぁっ、ぁっ、はっ!!」

 

 体は目の前の雌に種付けする事だけに動いていた。

 腰を叩きつけ、獣欲に身を任せて唇を交わらせ、引き抜く度に肉襞が雁裏を絡みつく。名器と呼べる女神の媚肉が蠕動する度に、数えるのを忘れた絶頂がエリスを襲い続ける。

 

「ゃっ、カズマしゃ……しゅき、すき……ぁっ」

 

 俺は夢中で腰を振る。

 先ほどの蛮行へのお仕置きも込めて、媚肉で亀頭をしごく事を止めない。

 獣のように孕ませるつもりで、止まる事の無い俺の腰になまめかしい脚が絡みつく彼女は、首を振り欲情に乱れた表情を隠そうと首筋に顔を埋め、唇で薄皮を吸っていた。

 ギシギシとベッドが軋む中、俺は夢中で腰を振り、振って――、

 

「~~~~~ッッッ!!!」

 

 エリスの声の無い喘ぎが耳朶に響いた。

 全身を硬直させる彼女を抱いたまま、マグマのようなこみ上げる物を吐き出す。

 どくどくと絶世の美少女に、女神の奥の奥に淀んだ白濁を注ぐ。

 

 俺の体を抱きしめて悦びに震える彼女の瞳は虚ろだった。

 意識を失ったのか、極上の身体は子種を放った俺に感謝するように剛直に甘い締め付けをもたらした。恍惚としつつ俺の肩付近を甘噛みしながら気を失っているエリスを抱き枕に、そっと俺は目を閉じた。

 天井を見上げ、俺を全身で抱きしめた彼女が意識を取り戻すのに数分ほど掛かった。 

  

 

 

 +

 

 

 

「カズマさんってやっぱりアイリスさんと結婚するつもりなんですか?」

 

「……まあ」

 

 毛布に包まりながらピロートークよろしく、イチャイチャとエリスの肌と戯れていた頃。

 夜の帳が降りた事を窓から見上げつつ、互いに一糸まとわぬ姿で暖を取る。

 女神の柔肉を撫でる度に小さく呻く姿を捉えながら、俺は彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「それは、どうして?」

 

「…………責任って奴だな」

 

「責任」

 

「なんだかんだ言って、俺の事を好きになってくれたし。ゲームを一緒にするのも楽しいしな。強くて可愛いくて……あとちょっと世間知らずなお姫様だ。そんな子に告白されて思わず一線超えてしまいましてね……」

 

「カズマさん。でもめぐみんさんともダクネスとも一線は超えませんでしたよね」

 

「あいつらは……あのぬるま湯みたいな関係が楽しくて。俺を争うめぐみんとダクネス。二人の姿を見て俺を取り合わないで! って感じでニヤニヤするみたいな……ごめんなさい」

 

「最低。カズマさんはやっぱり最低です」

 

「それは俺が良く知っています」

 

「開き直らないで下さい」

 

 半眼で俺を見るエリスを通じて二人に謝罪する。

 僅かに頬をむくらませる彼女は慎ましい胸肉を俺の胸板で押し潰しながら耳元に囁く。

 

「そんなカズマさんは私たちに手を出しましたけど……どう責任取るんですか?」

 

「…………」

 

「アイリスさんに、この国で最高位に属する王族の娘に手を出した冒険者サトウカズマさん。同じく女神である私たちに手を出したのに、何も責任を取らないんですか?」

 

 ぷわりと漂うエリスの香りは何かの花の香りだった。名前は思い出せない。

 いつだったか生前の日本で嗅いだ事のある優し気な香りだ。慈しむように俺の頭を撫でるエリスの青の瞳、アイリスと似たどこまでも澄み切った大空のような瞳がジッと俺を見つめていた。

 

 嘘を吐く事は赦されない。吐いてもバレるという確信があった。

 その視線に感情は無くひたすらに俺の回答を求めていた。

 

「……責任は」

 

「それにカズマさん」

 

「はい」

 

 いつの間にか乾いた口内で舌を動かそうとする俺。

 頭を回し、ようやく発した掠れた言葉を遮るエリスは小さくも良く通る声音で話を続ける。

 

「……先輩にはあんなに好きって言っていたのに、私には言ってくれないんですか?」

 

「……。……。エリス、様」

 

「はい」

 

「その、……好きです」

 

「私も好きですよ? これで両想いですね!」

 

 嘘では無かった。 

 出会った瞬間から好きであったと言っても過言ではない。

 何よりもこうして身体を重ねた以上、彼女が口にする責任という物も取ろうと思った。

 

 思い始めていた。

 

「嬉しいです、カズマさん」

 

「……クリスと二人で一つ。日替わり定食みたいに一人ハーレムが出来るところも好きです」

 

「恥ずかしがらなくても良いんですよ? そういう事がしたいなら今後は出来ますから」

 

 照れ隠しだと言い当てるエリスに俺は閉口する。

 この小悪魔のような可愛らしい女神に俺は勝てる気がしなかった。

 

「カズマさん」

 

「はい」

 

「ちなみにどれぐらい好きですか?」

 

「えっ、あー……アクアくらいに好き、かな?」

 

「……ふーん」

 

 鼻先が触れる程の距離での会話。

 ジロリと半眼で見つめられるとジワリと焦燥が俺の胸中を過る。

 

「…………」

 

「…………」

 

「い、言っておきますがねぇ! そっちはさっき刺してきたんですからね! 痛かったんだからな! アレでちょっと株が下がってアクアと並んだんですよ! 俺の中での好感度はアイリス、エリス様、パーティーメンバーみたいな順番だったのにどうしてくれるんですか! おおん!」

 

「えっ!? あっ、そんな順番だったんですか!?」

 

「そうですよ、唯一の常識人ポジがゆんゆん以外に消失したんですよ! なんだよストーカー属性って! 誰も望んでねぇっての!! 大体なんだこの身体、エロ過ぎだろ!!」

 

「ひゃあ!? やめっ、ちょっ、そこを開かないで下さい!」

 

 毛布の中でエリスの肌をまさぐる。

 先ほどまでの行為の痕が色濃く残る中で彼女と触れ合う。

 そんな風にじゃれ合いながらも、エリスは俺に抱き着いて小さな唇を震わせる。

 

 青色の瞳が俺を捉える。

 ゆっくりと柔らかな掌が俺の胸板に触れ、鼓動が高鳴る。目と目が合う。

 

「でも、ちょっと目を逸らすとホイホイと浮気する意志の弱いカズマさんに、私たちは本気になったんですよ」

 

「意志が弱くてもアイリスさんを諦めない真面目なカズマさんを私たちは諦めません」

 

「私たちの事を考えてくれるなら、今はそれでいいです」

 

「アイリスさんと結婚して、アクア先輩と私とも結婚するんですよね? それなら皆幸せですね。カズマさんもハーレムを作れて幸せですね。ほら、前に『よーし、パパ。ハーレム作っちゃうぞ』って言ってたじゃないですか! アレが叶うんですよ。男冥利に尽きますね」

 

「そんな人生を死ぬまでの間、ずっと送るって良いと思いませんか? アイリスさんは優しく純粋で私たちも好きですし。そんな風になれるように私たちがしっかりと頑張りますから」

 

「さっきですね。色々あってアクア先輩も納得してくれましたよ」

 

「――だからカズマさんもこれ以上他の女と浮気したら、流石に許しませんからね?」

 

 ――そう告げたエリスは微笑を見せると、ゆっくりと唇を重ねた。

 

 

 




エリス様のお胸の大きさは抱き枕カバーを参考に。


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第二十八話 女神同盟

「『ゴッドブロー』!!」

 

「『ゴッドフック』!!」

 

 技名を告げると同時に相手の柔肌に互いの拳が突き刺さる。

 この拳を受けた相手は死ね! そんな感情の発散の場として開催された殴り合い。

 

 魔王を撃破した少年が見れば、青褪めながらも取り敢えず互いの間に割り込んで殴られるというのが一連の流れになるのだろうか。

 或いは何も見なかった事にして扉を閉めるのだろうか。自分たちを見捨てて逃げるだろうか。

 

「それはないわね!」

 

「同感です!」

 

 他人ならともかく、自分たちならば止めに入る。そんな確信があった。

 嫌そうな顔をしながらも、仕方ないとぼやきながら小細工を弄して、何とかしてしまう。

 彼なら何とかしてしまえるという信頼が両者にはあった。男への想いを互いに理解しながらも、しかし拳は、脚は、頭は目の前の女を打破する為に大剣を振るうように風を斬る。

 

「最近、ちょっと調子に乗ってんじゃないわよ、エリス!」

 

「調子になんて乗ってません! 先輩こそいつもいつも適当な事ばかり!!」

 

 とはいえ、もしもあの少年が自分達を止めに入ろうとしても。

 サトウカズマが突撃してくれても、それでも決して止まる事はなかっただろう。

 

「『ゴッドカーフキック』! ……『カーフキック』!!」

 

「痛い!!? ちょっとエリス。痛いんですけど!! と思わせて『ゴッドタックル』!!」

 

「ぶぐぅっ! ぶふっ!」

 

「アハハハハ! ぶふって! ぶふって! その顔受けるんですけどー! エリスってばそんな素人キックで麗しいこの私に勝てる訳ないでしょう? ほら、諦めなさいな! 先輩に逆らって申し訳ありませんでしたって! 土下座で謝って!」

 

 だって、これは必要な事なのだ。必要な儀式なのだ。

 アクアにとって、エリスにとって、互いの感情を限界まで吐き出す為の。

 

「ぐっ……『ゴッドカーフキック』!」

 

「その技はもう見切ったわ! 死になさい! 必殺! 『ゴッド――』」 

 

「……からの『ゴッドエルボー』!!」

 

「えぼぁっっ!!?」

 

「あはは……。えぼぁって。先輩、今凄い顔でしたよ。ただでさえ顔芸しがちな先輩でも見ない面白い顔でしたよ。大体ゴッドタックルなんてスキル無いですよね」

 

 エリスの肘がアクアの顎に決まる。

 神器を纏った神ですら一瞬意識を飛ばす一撃は、人間ならば確実に死んでいる。

 サトウカズマならばこの時点で数回は死んでいるだろう。屋敷の一室、家具であった椅子を破壊し残骸と共にうつ伏せに転がったアクアはゆっくりと立ち上がる。

 睨みつけるアクア。突然、水の瞳を大きく見開き、エリスの後方に目を向ける。

 

「……嘘。カズマ?」

 

「え?」

 

「そこだぁ!!」

 

「ぶぴっ!」

 

「スキルの話なら、カーフキックだってそうでしょうが!! 『ゴッドデストロイブロー』!!」

 

 技名を叫ぶことに意味はない。ちょっと威力が増すだけだ。勢いとテンションが極限まで振り切った状態で、銀髪の女神に抱き着き床に押し倒すアクアはそのまま拳を振るう。

 美貌など関係ない。ただ感情に任せた一撃がエリスの頬を拳が叩く。叩く。叩く。

 

「――――!!」

 

「――……!」

 

 そこからは技も何もない。

 互いの髪の毛が千切れる程に髪を掴み、鳩尾に膝を入れる。神器という頑丈な防御を突破した一撃に肺の中の空気を吐き出し、青あざが出来る程の拳に呻き、ひたすらに言葉で罵倒する。

 見る者が見ればドン引き不可避の空間。

 幸運の女神VS水の女神という神話の戦いが、何てことない空き部屋で繰り広げられていた。

 

「ぁぁぁ……ッ!!」

 

「せ、ぁぁ……ッッ!!」

 

 バキィ、ドゴォ、という音が響く神気によるゴリ押しの殴り合い。

 脳筋ブッパの戦いは、互いの感情を吐き出して、叫んで、暴れて、ついでに物を破壊する。

 

 夜の帳が落ちて、互いの罵倒として叫んだ喉も掠れていって。

 斬られて疲れた少年が幽霊少女と添い寝をして、死んだように深い眠りについた頃。

 一発一発、骨の髄まで染み込むような衝撃に意識を飛ばし、いつの間にかアクアもエリスも床に倒れ込んでいた。

 

「――――」

 

「――――」

 

 埃が舞い上がり女の荒い吐息が二つ、密室に響く。

 窓が割れていないのは奇跡的か、或いはどこか相手への遠慮があっただろうか。

 

「……落ち着いた?」

 

「……ええ、まあ」

 

「警察の人に止められなかったから、結構スッキリしたんですけど」

 

「凄く、痛いんですけどね」

 

「エリス。あんたの顔、今すっごいブサイクよ」

 

「そういう先輩こそ変な顔ですよ」

 

「そんな訳ないじゃない。……ねえ、エリス」

 

「はい?」

 

「私たちって今、凄く青春していると思わない? ほら、漫画であったじゃない」

 

「そんなシーンもありましたね……」

 

 乾いた笑みを浮かべるアクアに、乾いた笑みを返すエリス。

 伊達に長い時間を先輩と後輩として過ごして来た訳ではない。アクアの性格はエリスも知っているし、エリスの性格もアクアは知っている。

 人と人同士ではない、神と神が築いた関係がそこにあった。

 

「先輩」

 

「なによ」

 

「相談なんですけど。……先輩はカズマさんが好きですよね?」

 

「ぅぇ!? ぁ、ぅん……まあ、そうね」

 

「何恥ずかしがっているんですか? ……私もカズマさんが好きですよ」

 

「知ってるわよ」

 

 だからこうして殴り合ったのだ。罵倒しあったのだ。

 恥も外聞もなく、恥を塗り重ねて、それでも譲りたくない物があった。

 

「同盟を組みませんか?」

 

「……同盟」

 

「そうです。契約でもなんでもないどこにでもある口約束みたいなものです」

 

 ゆっくりと上体を起こすエリスに合わせて、ゆるりとアクアも身体を起こす。

 互いに無詠唱で回復魔法を唱えると、そこにはボロボロの神器を纏いながらも身体は綺麗な美少女が二人。壊れた家具の残骸という凄惨な背景に一切の傷が無い肌という違和感を残した女神たちは床に座り、口を開く。

 

「カズマさんの周りには、結構彼を好ましく思う人が多くなってきている事はご存知ですよね?」

 

「まあね。変に財産とか名声とか地位とか、あのグータラ好きのニートに不要なものを中途半端に手に入れたから、滅茶苦茶に有象無象が集ってくるのよ! しかもあのクソニートってば、明らかに金目当ての女にもデレデレしてね! もうホントに……。これもどうせ視てたんでしょ?」

 

「ええ、まあ。先輩も大変でしたね」

 

「そうなのよ! ……あっ、もしかして二人でカズマさんを囲いたいとか?」 

 

「まだ何も言ってないんですが……」

 

「馬鹿ねー、エリスったら。私を誰だと思ってるのよ。あんたの考えくらい何となく分かるわ」

 

「わー、凄いですね」

 

「もっと感情を込めて言いなさいな」

 

 エリスがアクアに持ち掛けた同盟、その内容は酷くシンプルだ。

 女神二人による男一人の浮気の防止と周囲への牽制。解釈に幅はあれど主にこれだけだ。

 

「芽を摘み、枝は切ります。彼が、他の女に、手を出さないように」

 

「……ふーん」

 

「魔王討伐後の彼は妙にモテますから。しかもカズマさんはソレを断ろうとしない……」

 

 カズマが他の女に手を出す様子を想像したのか。

 唇を噛み締め、眉間に僅かに皺を寄せる姿は、彼女を崇拝する人々が想像する様な聖母、女神の姿からは程遠い。己の身体を抱きしめるように腕を抱く彼女は青の双眸に隠せない憎悪を宿し、大きく見開く。

 その姿に戸惑いを覚えるも、同時に目の前の女にアクアは微かな共感を覚える。 

 

「先輩も気が付かない筈がないですよね?」

 

「まあ、ね」

 

「少し目を離したらホイホイ知らない女についていくのがカズマさんですよ」

 

「それは……確かに」

 

 確かにそうだ。その通りではないか。

 大義名分があれば基本的に周囲からヘタレ呼ばわりされるカズマでも間違いなく女に手を出す。

 基本的にアクア達に年中発情したような眼差しを向ける男なのだ。性欲の塊とも言える。

 

 だからアイリスに手を出したのだ。

 性欲を持て余し、都合の良い存在として手を出して、責任を感じているのだ。

 

 きっとそうに違いない。

 

 だから、二度目の間違いが起きないようにしないといけない。

 

「…………」

 

「…………」

 

「一人じゃなくて、二人なら。私だけじゃなくて先輩と二人なら」

 

 有象無象の女どもではない。

 金に目が眩んだ、名声や地位だけに目を向けた愚かな女ではない。

 

 この世界の頂点に立つ女神が二人、たった一人の男の心を掴む。それだけに専心するのだ。

 女神の強力な力も、名声も、権力も冒険者サトウカズマの隣に立つに相応しい。

 世界で最も美しい女神の美貌はそこらの女とはそれだけで格が違う。美醜だけではない。鬼畜と呼ばれるサトウカズマの中身を知っていて、時間を、思い出を共有している。

 

 神とは、基本的に人よりも上の存在なのだ。

 そんな女神よりも優れている人間がこの世界に、いったいどれだけいるだろうか。

 

「愛というのには許容量があると思うんです」

 

 ヘタレで小心者ですぐ調子に乗りそうになるカズマの事だ。

 これから先、何もしなければ身近な女から始まり、その財や名声を使って女に手を出してしまうかもしれない。異世界にやってきて、それでも根底に日本人としての考えを残しているカズマがそんなことをするとは思えないが。

 ――この世界に絶対という言葉はないのだ。

 

「私とあんなに一杯エッチな事してたのに……」

 

 もしも、もしもだ。

 あれだけ愛を育んで、それで他の女に手を出したカズマに捨てられたら。

 きっと立ち直れないかもしれない。

 知らず知らずのうちに女の胎を外から撫でながら、アクアは静かに吐息する。

 

「要するに、これからは私とエリスでカズマを共有するって訳?」

 

「そうです。二人で弱い弱いカズマさんを外敵から守りましょう」

 

 語ることは告げたと閉口するエリスから、そっとアクアは目を逸らす。

 パタパタと空中に漂う埃が疎ましくなり女神の不思議スキルで壊れた家具を直す。

 そのままジッと時が止まったように此方を見続けるエリスに、やがてアクアは――、

 

「アイリスはどうするの?」

 

「――――」

 

「あの子はもうカズマさんとエッチしてるじゃない。それにカズマさんも何だかんだ言って、あの子との結婚に乗り気だし……」

 

「それはまだ何とも」

 

「……は?」

 

「先輩。アクア先輩。そこは今はそんなに重要じゃないんです。いずれにしても、あのダメダメなカズマさんの為に、私たちが手を組めば敵なしになる。それが最も大事なんです。他の事は大抵どうとでもなります」

 

「そうかもね……。カズマってば私がいないとダメだもんね……」

 

「私()()が、いないとダメなんですよ。カズマさんは」

 

 暗く静かな部屋にコロコロと鈴音の笑い声が響く。

 凄惨としたモノの破壊され尽くした空間に衣服以外無傷なエリスとアクアは堪えきれずにプッと息を吐き出し壊れたように笑った。

 讃美歌のような笑い声は徐々に収まると、エリスの差し出した手をアクアは握る。

 

「でもね、エリス」

 

「はい?」

 

「やっぱり私はカズマさんの一番になりたいの。私が。エリスでも、他の誰でもなくて」

 

「――――」

 

 アクアの小さな本音に、真顔のエリスは小さく頷く。 

 当然だろう。アクアが思うように、目の前の銀髪の女神も当然そんなことを思っている。

 だが――、

 

「……それに関しても、今じゃなくても良いと思いませんか?」

 

「今じゃなくても?」

 

「全てが上手く収まって、それからゆっくりと取り合いませんか?」

 

「……それもそうね」

 

 つまり。順調にいけば数十年後。

 勇者が死んだ後で、ゆっくりとその魂をラブコメ漫画のように取り合っても良い。

 カズマの言うハーレムというのも二人だけならば、たぶん悪い物ではないのかもしれない。

 

 死、とは生きている者全てに適用される。

 それを恐れる一部の物がアンデットやリッチーとなるが、大半の人間はいつか死ぬ。

 

 天才的な才能を秘めた魔法使いも、偉大なる英雄も、来訪した異世界人も。

 カズマも、めぐみんも、ダクネスも、アイリスも。今まで出会った人々も必ず死ぬ時が来る。

 その迷える魂を何十、何百、何千と女神たちは見送ってきたのだから。

 

「いつかは皆死ぬんです。でも私たちは死なない。だから私たちの敗北はありえない」

 

 いつかは辿り着く話だ。

 決して遠い未来という訳ではなく、時間の問題だ。

 

「他の人と違って、時間は私たちの敵じゃないんですから」

 

 それは、いずれ来る確定した未来なのだから。

 

 

 

 +

 

 

 

 パチリ、と目を覚ます。

 顔と身体の前面が温もりを覚えながらも、背中側の冷気が刺激になったのか。

 いずれにしても暖炉も無い場所で眠っていたからか、鼻が半分詰まっているのを感じた。

 

「…………」

 

 普段は使用していない部屋は、同じ屋敷とは思えない異質感があった。

 温かみに欠け、窓から吹く微かな隙間風が俺が目を覚ます要因となったのだろう。せめてカーテンを閉めて少しでも寒さを防ぎ、肌色の柔らかい物体に顔を埋める事を数秒の間に決意する。

 

「くちゅん」

 

「くしゃみが可愛い」

 

 これが女神か。

 可愛らしいくしゃみの音を奏でる肌色の物体の為にも、と僅かにぼんやりとした意識で床に素足を下すと、床の冷たさに思わず腕に鳥肌が立つ。

 もしかして、という思いを抱き腕を摩りながら窓辺に向かうと納得がいった。

 

「……マジかよ。本当に積もってやがる」

 

 窓の外は一面雪景色が広がっていた。 

 昨夜とは打って変わり分厚い雪が屋根に積もり、目の届く範囲は全て白色で構成されている。

 処女雪ではない。チラホラと降っていることはあれども一夜にしてこれだけの雪が降り積もるということは少なくとも異世界で生活をしてきた中では無かった。

 寒さの原因が判明すると不思議かな、途端に活力が萎え、同時に眠気が湧いてくる。

 

 無言でカーテンを閉めると冷えた手足を摩り、寝台に向かう。

 寝台に寝転がり規則的な吐息を立てる肌色の物質は、白銀の長髪をシーツに散りばめていた。

 

 エリスがいた。一糸まとわぬ姿でエリスが寝ていた。

 横を向き、くびれた腰から尻肉までの丸みを帯びたラインは女性らしさを象徴している。寒さによるものか慎ましい白い乳房にそびえたつ尖端は男に弄って貰いたそうに硬直している。

 内腿を擦り合わせ、丸まった彼女の裸体は殆ど毛布からはみ出てしまっていた。

 

「んゆ……」

 

 既視感を覚える光景に俺は小さく頬を緩める。

 そういえばクリスの時もこんな感じだったなと。

 

 昨日は疲れていたのか、エリスとイチャイチャしてそのまま眠ってしまったのだろう。

 乱雑なシーツと体液の痕を見ながら、俺はエリスの裸体にさり気なく抱き着く。

 

「……んぅ」

 

 染みも無くきめ細かな肌は、窓の外から見た幻想的な雪色だ。

 否、直に触れて実際に肌で感じられる分、処女雪のような女の肌に触れているこの状況が征服感と満足感を抱かせる。多くの人間が崇拝している女神の肌を舐め、触れて、味わっているという事実が俺の鼓動を昂らせる。

 遠慮の無い男の手の感触に整った眉をひそめるエリスの吐息が乱れる。

 

「ぁ、ん……」

 

 人肌で暖を得たからか、僅かに強張っていた表情や身体が弛緩を見せる。

 二人分を身体を毛布で包むと自然と密着し、女性特有の柔らかな身体の感触に息を飲む。行為を繰り返し、多少なりとも女体についての理解はしてきたつもりだが、それでもなお興奮と情欲を覚えさせる身体が目の前にあった。

 小さく呻く端正な顔を見ながら、俺は何となくエリスの背中に手を回そうとして――、

 

「ひゃぅん!?」

 

「……!?」

 

 パチクリと見開かれた青の瞳は驚愕に彩られていた。

 俺の姿を瞳に映す彼女の慌てように何か拙い事をしたのではないのか、と俺は不安に駆られた。ビクンと触れた背中を逸らし、慎ましくもまろやかな乳房を晒す彼女に欲情を抱く暇はない。 

 ――調子に乗って何かとんでも無い事をしたのではないのか。 

 

「ぁ、あふ……」

 

「エリス様……?」

 

「あ、アハハ……」

 

 嫌悪感と不安で硬直する俺の胸板に柔らかな手の感触。

 エリスの顔から数秒で驚愕の表情が抜け落ち、俺の顔を見て笑みを溢し始める。何かに安堵したかのような、幸福を甘受している女のように、咄嗟にベッドから転がり落ち、土下座の体勢に移ろうとする俺の背中に腕を回す。

 目尻に涙すら浮かべて笑う女神の姿に徐々に強張った身体が解れ始める。

 

 とはいえ、何故急に笑い出したのか。

 確か自分は寝ているエリスで暖を取る為に、抱きしめようとして――、

 

「…………」

 

「ひゃあ!?」

 

 冷えていた脚を彼女の脚に絡める。

 それだけでビクンと身体を震わせる彼女を余所に、じんわりとした熱が爪先から広がっていく。

 

「か、カズマさん。ちょっと冷たいです……!」

 

「……、そんなこと言わずに温めてください、なあ!!」

 

「ぅぅん……!」

 

「ほら、温めて! 俺の冷え掛けた心ごと温めて!!」

 

「ちょっ、背中は……! んっ! も、もう仕方ないですね、カズマさんは!」

 

 冷えた手足の先に熱を奪われて悲鳴を上げたエリス。

 滑らかな背中を指でなぞるとピンと逸らす上体、絡んだ脚は外し方を忘れたように粘着質な絡みを見せ、脚の甲と裏が熱と冷気の奪い合いを始める。 

 愛撫とも呼べぬ恋人のような肌の触れ合いは女神の吐息に艶を混じらせる。

 

「なんだこのおっぱいは! クリスの時よりちょっと大きくなりやがって!! 許せん! パッドの分だけ吸ってやる!」

 

「ひゃめ! ぁ、っ、ぁぁ……! そんなに吸っても出ないですから……ッッ!!」

 

 僅かに血の味がする乳頭を舌先で転がしながら御椀上の美乳を口に頬張る。

 饅頭よりもふっくらとした柔らかい感触を、赤子が堪能していると思うと嫉妬に狂いそうだ。

 

 舌で小さな肉粒を根元から舐めまわし、赤子のように吸う。

 嫌々と言う癖に、俺の頭に腕を回す彼女は荒い息を溢しながらも楽しそうな顔色を見せる。

 

「ほら、カズマさん。おっぱいでちゅよー」

 

「ばぶー」

 

「それはちょっと……」

 

「ちゃーん」

 

 そんな風に俺とエリスがベッドの上で濃密な絡みをしていると、突然ドアが音を立てて開く。

 何奴!? と目を向けると眦を吊り上げ、俺とエリスを睨みつける水の女神がそこにいた。

 

「『クリエイトウォーター』!! ……からの『ピュリフィケーション』!!」

 

「「つめたっっ!!?」」

 

 性行為キャンセル。

 身体に付着していた血やら体液やらが水で流され、浄化される。

 同時に燻り再熱寸前だった情欲の火すらアクアの魔法によって洗い流された。

 

「おまっ、朝から……! さぶっ、さぶぶぶ……!」

 

「ひえっひえっ……カズマさん! 暖を! さむっ、寒いです!」

 

「いつまで乳繰り合っているのよ! 臭っ! 何この匂い! エリスってばどんだけ発情してんのよ! ほらっ、掃除するからさっさとリビングに行きなさいな」

 

「待って下さい先輩。私は臭くなんかありません!」

 

 掃除道具を持った人形を従えるアクアの形相に、渋々と従う俺は反抗的な態度を取る後輩女神を抱き抱えて、リビングで轟々と薪を燃やす暖炉の前へと向かう。

 ソファにはタオルと衣服が置かれ、無言で着替えるとタオルに包まる。

 

「お頭」

 

「なあに。助手君」

 

 寒気に水という悪魔の所業に震えていた体から震えが無くなる頃。

 今日が以前約束していた日では無かっただろうか、と口にするとクリス口調のエリスはピタリと身体の動きを止める。それからゆっくりと凍結解除されるような速度で口を動かす。

 

「本当なら昨日の夜だったんだけど。誰かさんがどこかの先輩とイチャイチャしていたからね」

 

「それはお頭もでは? 何ですか? どちらが悪いかその身体に教えても良いんですよ?」

 

「一応、本番は今日だから。でも急にこんなに雪が降るとはなぁ……。予想外だな」

 

「……もう面倒だし何もかも忘れてエッチな事でもしませんか?」

 

「しないからね? あんなことまでしておいて、やっぱり無しってのは怒るよ」

 

 その後、少し話し合ってから戻ってきたアクアと食卓を囲む。

 いつになく精力的な行動を見せる彼女は、なんと簡易的ながらも朝ごはんを作っていた。

 

「どうしたアクア。お前、そんな感じだったか?」

 

「カズマさん。私は覚醒したの。実はやれば出来る子だったのよ」

 

「アクア……」

 

 ヤれば出来る子になるということなのか。

 性行為によって母性やらがアクアに芽生えたということなのだろうか。

 

「尽くす子ってカズマ好きでしょう? ほら褒めて、褒めてー」

 

「お、おう。偉いな。掃除もしっかりしてて良いと思うぞ」

 

 誉め言葉としては微妙だが、それでも嬉しかったようだ。

 お茶漬けと適当な炒め物を口にしているアクアの成長に感動の涙を見せながら、ふと正面で黙々と料理に舌鼓を打っているエリスに目を向ける。

 姿勢正しく、気品溢れた彼女の姿は、どこかの令嬢に間違えそうな程に美しい。

 

「まさか、エリス様と一緒に朝ごはんを食べる日が来るとは……」

 

「アハハ……。クリスの時にも食べたじゃないですか」

 

「ごめんなさいね。こんな雑な料理で」

 

「いえいえ、美味しいですよ。何と言いますか、幸福の味がします」

 

「ねえ、カズマ。これ作ったの私なんですけど。雑な料理って何?」

 

 半眼を向けるアクアと微笑を向けるエリスが対照的だ。

 そんな和やかな食事を終えると、いつの間にか仲直りをしたのか、或いは既に話を通してあったのか、王城に向かう為に必要な装備やらを整えると屋敷の玄関の前にはアクアとクリスがいた。

 

「あれ、エリス様は?」

 

「ここだよ」

 

「知ってます」

 

 わざわざ手を挙げて主張するクリス、その横に立つアクアが俺に抱擁を迫る。

 正面からの抱擁、頬を擦り合わせ衣服越しに乳房がむにゅりと形を変えたのが分かる程に密着した。ジッと俺を見るクリスから視線を逸らすと安心感を覚える彼女の背中に腕を回す。

 

「ハンカチ持った? チリ紙も……持ってるわね? あとは避妊具とか? そんな事したらシバくから要らないわね。あと、そのマフラーなんか悪魔臭がするわね。臭いわ、カズマ。ちょっと貸しなさいな。キチンと浄化するから」

 

「おい止めろ。それに、俺がそんなにホイホイ手を出す訳ないだろ、何言ってんだ」

 

「カズマさん。そういうのをフラグって言うのよ。大丈夫クラッシャーはクリスに任せてるから」

 

 なんて勝手な話なのだろうか。それでは女が寄り付かなくなるではないか。

 女神はもしかしたら人の心が分からないのかもしれない。

 断固抗議する俺を無視し、アクアはクリスと向き合い、言葉少なに頷く。

 

「それじゃあ、任せたわよ」

 

「はい」

 

「あと、カズマ……。あんたは本当に死にやすくて弱っちいから……」

 

「おい、急になんだよ。人の事をディスるなって」

 

「だから、本当に危なくなったら私の事を呼ぶのよ? そうしたらカズマさんがどこにいたってすぐに駆けつけるんだから!」

 

「はいはい」

 

「私は今回は行かないからね……。あんた達がお城に行っている間、この屋敷の掃除をしないと、めぐみん達が帰ってきたら大変でしょ? こういうのはちゃんとしないとね。あと、報酬は期待してるから!」

 

「へいへい……。じゃあ、あれだ。土産でも楽しみにしてろよ」

 

「しょうがないわね。一番高いお酒を所望するわ!」

 

「オーケー、安酒な。あとは……まあ、うん。良い感じの奴とかな」

 

 少し意外だった。

 何だかんだ言って、自分もついていくと言い出すだろうと思っていたのだが、これまでで最も従順な姿勢を見せる彼女に感動と同時に何か異質さを覚える。

 その違和感の正体を感じ取る前に、俺はアクアと顔を向き合うと、顔の距離が近づく。

 

「――――」

 

「――――」

 

 アクアとのキスは外の寒さを忘れる程に暖かく、優しさに満ち溢れていた。

 恋とは精神疾患の一種だと誰かが言った気がするが、間違いではないのかもしれない。

 以前まではアクアの事をそんな風に見なかったのに、こうして今は進んでキスをするぐらいには、俺の存在に、アクアという女が必要なのだと思い始めていた。

 

「……って、さむっ! ほら、早く出てって。冷たい風が入ってくるでしょ」

 

「おい、少しは雰囲気とか情緒って奴をだな……」

 

「カズマと違ってこっちは厚着じゃないのよ。早く帰って来てね」

 

「こいつ……!」

 

 そのまま彼女と別れ、屋敷の外に出る。

 どこか健気な態度を見せるアクアだったが、外に出る俺たちを速攻で締め出す姿に間違いなくアクアなのだと安堵を覚える。違和感など気のせいだろう。

 

 そうしてクリスを引き連れて、再度屋敷を見上げる。

 

「――――」

 

「助手君? どうかした?」

 

「……いいえ」

 

 二階の窓、こちらに遠慮がちに手を振る存在。

 それを己の双眸で確認すると、小さく手を振り返し、俺は今度こそ歩き出したのだった。

 

 

 




これにて第一部は完結。ここまでお読み頂きありがとうございました。
執筆速度に繋がりますので宜しければ感想、評価お願いします。


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第二部
第二十九話 衝撃的な再会


 突如冬と化したアクセルの街は人通りが少なくなっていた。

 露店は開店時間を過ぎているにも関わらず開く様子はなく、三日ほど前まで街を行き交っていた住人達の姿は見当たらない。冒険者に関しては大物賞金首を討伐した小金持ちが多く、恐らくはギルドでバカ騒ぎをしながらクリムゾンビアーと料理で身体を温めているのだろう。

 

 俺も屋敷にいたかった。引籠りたかった。エロい事をしたかった。

 とはいえ、約束は守る誠実な男としては多少の事があった程度では破る事はしないのだ。

 

「しっかし……ずっと降ってんな」

 

「凄いよね」

 

 こうして歩いている中で空を見上げると曇天から白い粉が降り注ぎ顔に付着する。吹雪という程の勢いは無いが頭に積もる雪は払っても払ってもどんどんどんどん積もっていく。

 これだけの大雪なのだ。住人達は皆、雪寄せの為にスコップを使ったり初級魔法で屋根の雪を解かすなどしてどうにかこうにか対応に迫られている。

 この分ならばギルドに行く冒険者も少なそうだな、と思いながら隣の相棒に目を向ける。

 

「ところで、エリス様って天候変えたりは出来ないんですか?」

 

「うーん。出来なくは無いんですが……基本的に自然に逆らって勝手に天気を変えるとその土地に何らかの形で影響が出てきたりするんですよね」

 

 ザクザク、とブーツが新雪を踏みしめる。

 周囲に人がいないからか、エリス呼びを止めるように言わなかったクリス。諦めたのか、或いは凍てつくような寒さに思考が回らないのか、気が付くと肩が触れ合う程度に密着しながら俺たちは静かな雪世界の中を進む。

 

「基本的に神様は人間の行う事は視てはいますが、これくらいで干渉したりはしないんですよ」

 

「ダクネスの友達になったりしたのに?」

 

「……、助手君。今日は本当に寒いね。手、繋がない?」

 

「喜んで」

 

 孤独なダクネスの友人になる、というのはこれくらいではないらしい。

 正しく慈悲深く優しい女神であるエリスを、アクアには是非とも見習って欲しい。

 

 白銀の髪に雪を乗せながら盗賊衣装の上にコートを着た彼女の露出度は低い。そんなクリスの誘いを受けた俺は彼女の手を手袋越しに繋ぐ。これまでこういった触れ合いというのは人気の無い場所でしかなかったからか少し新鮮に感じられた。

 吐く息は彼女の髪よりも白く、鼻から吸った空気は果てしない冷気を孕んでいた。

 

「デートみたいですね、お頭」

 

「そうだね。でも、ショッピングとかはしないよ?」

 

「ならお頭、あそこのお店とかでお茶しない? あったかいお茶とか」

 

「お茶ならさっき飲んでたよね」

 

「お頭と普通のデートがしたくて」

 

「はいはい。……テレポート屋もこの調子だと閉めているか、それなりの行列が出来ているかのどちらかだから。今のうちに並ばないと本当に遅れるからね」

 

「これだけ寒いとエリス様の肉まんが食べたいですね。ちょうどこれぐらいの掌サイズで」

 

「ちょっと!? その手の動き止めてくれるかな!」

 

 記憶に真新しい彼女の双丘の大きさを掌で器状にして表現すると、俺が何を言っているのか即座に察したクリスが顔を赤くする。半眼で睨む銀髪のボーイッシュ娘と適当な雑談を交わしながら肩が触れる程度の密着度を保ち、俺たちは歩みを進めた。

 やがて見えてくる目的地には僅かながら人が列を作っていた。

 

「助手君、ちょうどあたしたちで今日の運送は終わりらしいよ。早めに出て良かったでしょ?」

 

「ラッキーでしたね」

 

「幸運もそうだけど、こうして行動した結果だよ。……こ、こら、お尻に触らないでってば」

 

 突発的な大雪は、こういった移動の面にも深刻な影響を与えているようだった。

 インフラに関しては水道が凍っても初級魔法や魔道具によって突発的な大雪でも対応は可能だ。だが、この大雪の中でどこかに移動しようとするのは骨が折れる。移動の為の馬車に乗ろうにもこんな荒天気でどこかの街に向かおうとする乗合馬車はそうそういない。

 自分の馬車があったとしても冬に出現する強いモンスターと街道で遭遇する可能性が高まる。

 

 必然的に外出する人間は諦めざるを得ない。

 

 金があればテレポート屋を使用する事も当然出来るが、安定的とは言えない。

 テレポートは機械が行うのではなく上級魔法を取得した者によって行われる。その為、魔法を行使する人物のその日の体調や魔力量によって左右され、下手に魔法を繰り出そうとして失敗、暴発するという例があり強制する事が難しくなったらしい。

 自己管理は大事だが結局は人だ。寒さに負けて風邪を引くのも人なのだ。

 

「というか、助手君もテレポート使えなかったっけ?」

 

「ええ、まあ。でも今はテレポートの枠が全部埋まっているんです」

 

「ちなみにどこに設定しているの?」

 

 最弱職の冒険者の唯一の取り柄は他職のスキルを好きなだけ取得出来る事だ。

 本職ほどの強力な物ではなく器用貧乏と言われがちだが、何事も組み合わせである。そんな冒険者である俺も随分と前にテレポートの魔法を覚え、魔王討伐の際には役立った事を思い出す。

 

「俺の枠は、紅魔の里と世界で一番深いダンジョンと……あと、天界ですね」

 

「キミも毎日テレポートしていたら枠が増えて王都も追加出来るんじゃないかな?」

 

「面倒臭いですね。そんな暇はないんで。それに俺の魔力量だと状況によっては片道切符になるかもしれないので使う頻度が少なく、上級魔法の熟練度があんまり上がらないんです」

 

「そっか、器用貧乏も楽じゃないね……。なら、どれか入れ替えたりしないの?」

 

「うーん」

 

 天界にテレポート出来るというのは密かな自慢で何よりも緊急時の避難先としては最適だ。人間ならば基本的には来ることの出来ないシェルターのような物だ。そうなると残り二択なのだが、たまにバニルやウィズに頼んでスキルポイント取得の為にダンジョンに向かう事もあるので必要だ。

 一番使用頻度の低い紅魔の里を王城と取り替えるのが効率が良いのだろうが――、

 

「そうなると、あの里に向かう手段がゆんゆんを頼るぐらいしかないんだよな」

 

「別に王都で良いんじゃない? ゆんゆんさんに頼めば良いんだし。絶対取っておいた方が良いよ!」

 

「まあ、そこまで言うなら……」

 

「テレポートで思い出したけど。全然カズマ君、天界に来てくれないもんね……」

 

「ほら、少し前まではエリス様も忙しそうでしたし」

 

「……私は気にしませんよ?」

 

「そうですか?」

 

「そうです」

 

 小首を傾げると青紫の瞳で俺を捉えるクリス。

 空から舞い落ちる雪は白銀の髪に付着し、ゆっくりと積もっていく。互いに髪の毛から雪を払いながらテレポートを始めとした雑談に花を咲かせていると俺とクリスの順番が回ってくる。

 

 事務的な手続きを行うとそそくさと詠唱を始める魔法使い。

 魔力の奔流を眺めながら、詠唱が終わると同時にぐにゃりと世界が僅かに歪む。

 

「それでは行ってらっしゃいませ」

 

「――――」

 

「――――」

 

 思わず額に皺が寄るような感覚は、瞬きをすると消失する。 

 テレポート酔いと呼ばれる物だが個人差があるらしく酷い時には使用が出来ないほどだ。

 とはいえ、多くの人間にとっては俺と同じように一瞬の歪みを感じる程度の物らしいので対策は後回しにされているらしい、という異世界の事情を隣の盗賊娘が披露してくれた。

 

「詳しいですね」

 

「まあね? 一応、ここの管轄ですから」

 

 この異世界を担当する女神が得意気な顔で薄い胸を反らす姿を横目に、俺は周囲の様子を窺い見る。アクセルの街を白く染め上げていた天候はそもそもこの国自体に広がっていたのか、王都の街も一面雪景色に包まれていた。

 

 流石に王都だからか、主要な道路などは兵士が雪搔きを行い進みやすいがこんな雪が降る中で好んで歩きたくないのはどこも同じだ。

 雪から逃れるように顔を伏せ、用事を済ませる為に住人達はそそくさと歩みを進める。

 言葉ではなく白い呼気を空気に撒き散らし、無言のまま歩く人々。普段よりも静けさが広がる街の姿に俺とクリスは自然と口を噤んで目的地への歩みを急ぐ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 無言のまま、互いの手の温度を頼りに脚を進める。

 そうしてやっとベルゼルグ王国の首都、その中心部である雪化粧をした王城の城門前と辿り着いた。門番である兵士たちも寒さには勝てないのか装備の上にコートを着ていながらも時折ぶるりと身を震わせる。

 

「止まれ、何者だ」

 

 仕事熱心な兵士の呼び声に俺たちは脚を止める。

 仕方なしにクリスの柔らかい手を離し、俺は颯爽と名乗りを上げる。

 

「俺は冒険者サトウカズマだ。本日の舞踏会への参加の為、この豪雪の中馳せ参じた」

 

 一片の疑いも生じないように俺は招待状を兵士に渡す。

 寒さの為かお互い無駄なリアクションはやめ、黙々と手続きを行う。寒さの前には妙なボケもツッコミも相手への警戒も必要なくなってしまうのだ。

 

「……確かに。確認しました。貴方があの魔王を討伐したという冒険者なんですね!」

 

「うむ」

 

「失礼しました。先ほどのご無礼をお許し下さい。あと、お連れの方ですが」

 

「ああ、こいつ? 俺の女だ」

 

「ぅぇ?」

 

 何となく嫌な予感を覚えた俺は、兵士の言葉を遮りクリスを抱き寄せる。

 兵士の男が見ていたのはクリスの白銀の髪だ。現在王都では偽物である仮面盗賊団が暴れているという。その対策の一環として、王都で確認されている銀髪の男に関しては厳重に取り締まっているという背景があるのは知っていた。

 

「こいつ、中性的な顔しているけど、ちゃんと女なんだよ」

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「ほら、例の何とか盗賊団だっけ? その銀髪の盗賊って男らしいじゃん? 良く見ろ。おっぱいは小さくてもちゃんと女だ。別人だぞ」

 

「おっ、胸は関係ないんじゃないかな!?」

 

 俺と兵士の目が彼女の胸部装甲に集中するのは無理も無い。

 普段の軽装備でようやく分かる程度の双丘はコートに隠れて見る影も無い。露出した部分は殆どが顔であり、その中性的な白い美貌は白銀の髪が雪と共に良く映える。これがイケメンならば俺の敵となるのだが、性別が間違いなく女であるのはジックリと身体で確認してきた。

 

「それに俺のツレって事なら多少の保証にはなるんじゃないのか?」

 

「それは……あの、一応銀髪の者については取り調べを行うように言われておりまして」

 

「おいおい、困るよ君。こっちはこれから舞踏会なんだ。俺の女も参加するんだよ」

 

「俺の女……」

 

「……いくらだ?」

 

「わ、賄賂には応じません」

 

 魔王を倒すという実績を知っているならば、そんな冒険者がわざわざ己の名声や財産を捨てるような真似をする意味が無いだろう。そう考えるのが普通で目の前の兵士もその一人のようだ。 

 しかし僅かに渋った顔を見せる兵士は勤勉なのか、或いは新兵なのだろう。僅かに停滞した時間が生まれようとしていた時、俺たちに救いの手が差し伸べられた。

 

 

「――彼女は私の親友だ。私の名において彼女を保証しよう」

 

 

 芯の通った声色、凛とした表情は男女問わず見惚れる物がある。

 長い金髪を三つ編みに纏め、どこか貴族を思わせる恰好をした女の声が響いた。

 

「ダスティネス卿」

 

「ご苦労だった。この二人に関しては任せろ」

 

「はっ!」

 

 魔王討伐を行ったパーティーメンバーの一人に敬礼する兵士たち。

 王国の懐刀として知られる大貴族ダスティネス家の一人娘が堂々とした姿で兵士に命令し下がらせる。普段からずっとこんな感じの凛々しい姿であって欲しいと思わせるクルセイダーは背中で城内に入るように告げていた。

 

「ありがとう、ダクネス」

 

「サンキューな。ララティーナ」

 

「ららら、ララティーナはやめろ! ……ごほん。こういった場では止めていただけますか?」

 

「えー、ララティーナって名前可愛いのに。なあ、クリス?」

 

「えっ、うーん。そうだねー。あたしもララティーナって名前は可愛いと思うよ! もっと自信を持って良いと思う!」

 

「んっ……、クリス。残念だがそういう辱めを私は親友に望んでいない!! 私を凌辱し、苦痛に歪む私の顔を見て下卑た笑いを浮かべながらワインを飲む。そんなカズマの役目だ!」

 

「やめろ、お前マジで!!? さっきの兵士さん見てるからな!?」

 

 神様でもどうしようもない物があるのだ。その一例が、ドMの女騎士が目の前にいた。

 空気を読まず、二人でダクネスを揶揄うと凛々しかったダクネスの表情は崩れていき、徐々に恥辱に頬を赤らめ頬を緩める。彼女の悦ぶ類の羞恥ではなかったのか、兵士たちの目を無視するダクネスは俺とクリスの手を引っ張り、無理やり城内へと脚を進める。

 

「ねえ、カズマ君。私の無垢で可愛かったダクネスを返して」

 

「いや、だからあれは真正だって。手遅れだから」

 

「ほ、ほら、二人とも行くぞ」

 

 流石に城内は外よりも暖かく、二人で安堵の溜息を吐く。

 そんな俺たちの様子を一歩離れたところで見守るダクネスは見慣れた私服姿だ。

 

「まったく……。偶然、窓からお前たちの姿が見えたからいったい何事と思えば……」

 

「というか、ララティーナ。俺たちはともかくお前は時間的にドレス着なくて良いのかよ」

 

「だからララティーナと……、ん。ああ、今日の舞踏会は延期だぞ」

 

「……ふぁ!?」

 

「当たり前だろ。こんな悪天候で王都にいた招待客以外は殆ど遅れてるか来られないんだ。少人数でやっても意味が無いからと、城側が一日延期するという声明を出したぞ」

 

「マジかよ。俺たちのここまでの進軍はなんだったんだ!」

 

「進軍? アクセルから王都にテレポートしただけじゃないのか?」

 

「うるせぇバツネス! お前ならともかく俺たちにこの寒さは毒なんだよ!」

 

「ふざけるな! 私がバツイチなんて事実はない!」

 

「おい手を離せ。……お嬢様、はしたない真似はお止めくださいませ。お父上が悲しまれますよ」

 

「黙れ貴様! お嬢様って呼ぶな!」

 

 互いの首を絞め合い身体を温めると、ダクネスを先頭に城内を進む。

 王城で過ごした期間は実はそれなりにある。一時期は一か月以上、アイリスの遊び相手としてこの城に住んでいたのだ。当時はまだ魔王軍幹部を数体撃破したという実績があったが、疎ましく思ったアイリスの護衛達に追い出されたのだ。

 だから、ダクネスが進む先が誰の部屋なのかを俺は既に分かっていた。

 

「お前が来たらすぐに連れてくるように言われていてな」

 

「ふーん」

 

「ところでアクアはどうした? お前がクリスと一緒に来るのは意外という訳ではないが……。何というかこのタイミングでとなるとな」

 

「うん? まあ、ほら……、お頭」

 

「ええ!? そこであたしに振るの!?」

 

「いや、寒くて口が回らなくて。面倒くさいので上の者に任せます」

 

「そこは面倒くさがらないでよ」

 

「クリス。まさかと思うが、また何か企んではいないだろうな」

 

「ねえ、ダクネス? 頭を掴まないで欲しいんだけど。ねえ、ちょっと……」

 

「そういった事をする前にまず私に相談しろと言ったではないか! 相手が貴族ならこちらもやりようがあると! ほら話せ! キリキリと!!」

 

「いたたた……! だ、だって、ダクネスは忙しそうだし、犯罪はバレなきゃ犯罪じゃないって助手君が!」

 

「おいやめろ。人の所為にするな。あ、あとでクリスが話すから……! ほら、今は急ぎだろ? いだだだ……! 取れる! 取れるから!!」

 

 腹筋が割れる程の鍛錬をしている女のアイアンクローは痛い。物凄く痛い。

 女の握力によって、三億の賞金首の盗賊団が壊滅しようとしていた。

 

 顔面を掴まれ床から浮き上がったクリスと無言で怒気を示すダクネスから距離を取ると俺は走った。廊下を走り、向かう先は何度も通った事のある部屋だ。

 途中ダクネスに追いつかれながらも、彼女を先頭に扉をノック、挨拶と共に部屋に入った。

 

「失礼します。アイリス様、冒険者サトウカズマを連れて参りました」

 

 部屋に入ると同時に砂金のような輝きが目に入る。

 椅子に座っていたのだろう、アイリスと二人の護衛たちと目があった瞬間。

 

 ――黄金の風を思わせるソレが目にも止まらぬ速度で、俺の身体に衝撃を与えた。

 

「――カズマ様!」

 

「おぼっ!!?」

 

 愛らしい声音とは裏腹に、体当たりに近しい衝撃に俺の身体がふわりと浮き上がる。圧倒的なステータス差に踏ん張る事も出来ず、俺の視力では捉えられない閃光のような速度。

 気が付くと宙を舞っていた。そして落ちた。

 アイリスの護衛やダクネスたちの唖然とした姿が遠ざかるのを感じながら、床に倒れ込んだ。

 

「ぉ?」

 

 何か柔らかい物体を抱いて床に倒れた、そんな気がした。

 実際には衝撃はあれども、後頭部に感じる掌が気絶を防いだのだろう。奇襲に耐え切れなかった脆弱な身体への配慮をする金色の物体は、俺の背中に腕を回し衝撃を緩和すると同時に心配そうな顔を見せていた。

 押し倒した相手が顔を上げると長い金髪がサラリと肩を流れ、俺の顔へと垂れ落ちる。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「ああ、まあ。受け身ありがとう。危うくエリス様に一芸披露するところだった」

 

 死に芸で彼女は笑ってくれるだろうか。

 身体はともかく衝撃に痺れた頭を振り、俺は目の前の美少女に目を向ける。

 

 蜂蜜のような、砂金を溶かし合わせたような少女の金髪からは甘い香り。

 華奢ながらも白を基調としたドレスに包まれた肢体からは体温と柔らかさ。

 

「アイリス」

 

「えへへ……ごめんなさい。カズマ様。ちゃんと来てくれて嬉しいです」

 

「……約束したからな。言っただろ? 俺は約束を守る男だって」

 

 ――憂慮を孕んでいた瞳は確かな歓喜で満ち溢れていた。

 

「もう少し遅かったら、また私の方から逢いに行ってました」

 

「いつでも来てくれて良いんだけどな」

 

「――――」

 

 そんな風にアイリスに甘えてばかりというのも男としては情けない。

 だから、そういった事に対するケジメという意味でも来る必要があった。

 

「……ズルいです」

 

「うん?」

 

「それだけで……私は――」

 

 突然の出来事に周囲の反応を置き去りにする中で、アイリスが囁く。

 彼女のきめ細かな白い肌と金髪に良く映える大空の眼差しが、俺を、俺だけを映す。

 

 止める暇なんて無かった。止めるつもりも無かった。

 ふっと微笑んだアイリスはそのまま触れるような距離にある顔を近づけて――、

 

「カズマ様――」

 

「――――」

 

 再会を祝うように、待ちきれないように、俺に口付けをした。

 

 

 



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第三十話 王女・風呂・魔剣使い(ポロリあり)

 熱が俺の身体を伝っていく。 

 狂おしいほどの熱が唯一触れた唇から身体全体へと広がっていく。

 

 満たされるようなキスはまるで魔法のようだ。

 甘い香り、柔らかな肢体、命を感じるアイリスとのキスは、城外で静かに振り続ける雪に奪われた体温を取り戻していく。彼女の体温がそのまま血肉になるかのような不思議な感覚。

 

 幸せの味がした。

 

 別に目の前の王女がキスが上手いという訳ではない。

 ちゅ、ちゅっと粘膜接触を繰り返し、その度に唇の柔らかさと味を確かめるのだ。

 ――ただ触れるだけのキス。それだけが、どうしてこんなに愛おしいと感じるのだろう。

 

「……」

 

「……あは」

 

 長い睫毛に縁取られた瞼が震える。

 片手を俺の後頭部に、片手を俺の背中に回し押し倒した王女の姿。瞼を開け見せる碧眼は熱と共に感情で満たしている。目を細めジッと俺と視線を絡ませる姿が、その瞳が、可憐な花を連想させるアイリスも確かに一人の女なのだと否応なく意識させた。

 

 時間にしてほんの数秒程度の事なのだろう。

 ただ、俺にとっては数十分にも及んだ口腔行為にも思えた。

 

 以前までの彼女はクレアの背後に隠れ、自分の言葉を口にする事を恥ずかしがっていた典型的な人見知りだった。それがこうしてハッキリと自分の意見を口にして、なおかつ自分から大胆な行為に及ぶ胆力まで発揮している。

 気が付けば置いて行かれるのではと思う程の心身の成長速度には目を見張る。

 

「――――」

 

「――――」

 

 彼女の不意打ちは成功した。

 濃厚とも言えない、しかし衝撃的なキスを俺はアイリスとしてしまった。俺を押し倒した彼女がゆっくりと唇を離すと、徐々に消えていく行為の微熱。もしかしてこれは夢なのでは、と思う事を否定するように俺を見下ろす彼女はほんのりと頬を朱色に染めて、柔らかく微笑んでいた。

 

 それだけで多くの男を虜に出来るだろう、女の微笑。

 無垢さが薄れ、快楽を知った妖艶な笑みに思わず見惚れてしまった。

 

「――――」

 

 悪戯に成功したかのような彼女の微笑を余所に、硬直した時が動き出す。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 何事も無かったかのような顔で身体を起こし、床に転がった俺を起こそうとするアイリス。

 アイリスの突撃のお陰で部屋の扉付近まで吹き飛ばされた為に見えていなかった他の女連中。角度的に俺とアイリスが何をしていたのか、その顔色や反応で面白いほどに差が明白だった。

 

「…………」

  

「ぇ、……ぇ、今……ぁ?」

 

 俺とアイリスに近い距離にいるクリスは真顔で、ダクネスはポカンと口を半分開けている。更にそこから少し離れた距離にいた可憐な王女の護衛、クレアは白目を剥き、レインは驚いた表情だ。

 三者三様のリアクションを示す女たちの反応を背に、アイリスはにこやかな表情だ。

 

「ほら、カズマ様も。あんまり床に転がっていると踏みますよ?」

 

「それはそれで良きものなり……って」

 

「あああ、アイリス様!? い、今のは……っっ!!?」

 

 背後の有象無象の反応など眼中にもないかのように、今までよりもどこか大人びた表情を浮かべるアイリスの姿は俺にしか見る事は叶わない。

 何が起きたのか、現実が彼女たちに追いついたのか堰を切るように慌てるダクネス。抜刀したがそのまま気絶したクレアを介抱するレインを目端に捉えたアイリスは顔色を戻すと、ダクネスの追及に対しコテンと小首を傾げた。

 

「どうかしましたか、ララティーナ?」

 

 自分が何か悪い事をしたか。

 そんな表情を向けられたダクネスは瞬きを繰り返し、俺とアイリスを交互に見る。

 

「いや、その……ですね。あの……、今、そこのカズマと、何か……あれ?」

 

 ダクネスの表情は分かりやすい。

 驚愕、焦燥、驚愕、驚愕、不理解、拒絶。

 およそ分かりやすい表情はスキルを使用しなくとも、ダクネスの衝撃の度合いがなんとなく分かる。大きな目を見開き、もしかして今のは白昼夢か何かかと、己が盾となり護るべき主君、何も変わらない様子のアイリスに恐る恐るといった様子で話しかけた。

 

 どこか直情的な表現を避けるダクネス。

 流石に目の前の出来事に対して、まさか、という思いがあったのだろうか。

 

 その思いをアイリスは笑顔で肯定する。

 

「ああ。キス、ですか? しましたよ」

 

「……!!」

 

「というか、ララティーナもクリス様と見てましたよね? マジマジと」

 

「いえ、あの、見てはいたのですが……」

 

「ララティーナ」

 

 王女と俺の接吻を間近で見届けたからか、しどろもどろなダクネス。

 そんな王国の懐刀とも呼ばれる貴族の次期当主に対して、アイリスは酷く静かな声音で告げる。

 

「――私とカズマ様がキスをする事に何か問題でも?」

 

「あ、……あります! ええ、ありますとも!!」

 

「……ほう?」

 

 ダクネスは引かない。常に受け身な彼女にしては珍しく食い下がる。

 普段は喧しく、この状況において気絶するという逃避を犯したクレアとかいうクソレズに変わり、王女に物申すドMの変態。この部屋には俺とアイリスを除いて変態しかいないらしい。

 

「いえ、私は変態じゃ……」

 

「アイリス様。カズマを揶揄うにしてもお戯れが過ぎます」

 

 レインの言葉を遮り、凛とした表情でダクネスはアイリスに口を開く。

 王女という立場であるからか、基本的に世話係であるクレアやダクネスといった最上級の貴族しかアイリスを叱るという事は出来ない。キッと俺を睨むダクネスは視線をアイリスへと移す。

 

「……揶揄う?」

 

「ええ。キ、キ、……接吻といった行為はアイリス様が将来を誓った相手とする物であって、決して冗談で行って良い物ではありません! そこのカズマは女なら誰でも良い性獣ですよ! 女なら誰でも良いんです!! ですからここは私が人身御供となりましょう」

 

「おい、ふざけんな。誰が性獣だ。言っておくが俺にも選ぶ権利はあるからな」

 

 ダクネスの中ではきっと俺がアイリスに何かを吹き込んだと思っているのだろう。あの純粋無垢な王女に対してセクハラ紛いの事を教え込み、先ほどの行為にまで発展させたのだろうと。

 とはいえ、流石にパーティーメンバーとはいえ性獣扱いは腹も立つのは仕方がない。

 

「お前こそ冗談を言っている場合か。王族だぞ。冗談で済まない事だって多くある。常日頃から舐めた態度と口調を誰に対しても変えないのは時には重罪と知れ! こんな事を他の人間に見られて見ろ。私だったから良かった物を、場合によっては去勢された後に処刑されて――」

 

 

「――冗談では、ありません」

 

 

 赫怒に顔を赤くして、それでも僅かに心配の声色を見せたダクネス。

 そんな彼女に声を掛けるアイリスは、俺の肩に触れるかどうかといった距離でダクネスを見返す。小さく呟いた言葉は水面に滴を落としたように不思議と周囲の者の耳へと届いた。

 それでもダクネスはどこか信じられないような表情でアイリスを見つめる。

 

「今、なんと……」

 

「ララティーナ。貴方が私を心配してくれている事は分かりました」

 

「……ええ、アイリス様もそろそろ成人されるのですから、お戯れも程々に――」

 

「私は本気なのです。遊びでも冗談でもありません。……それに私が自分の婚約者とキスをする事の何が問題なのですか?」

 

「………。……。……ぇ?」

 

 ダクネスの目が点になる。

 何を言っているのか分からない。そんな顔だ。

 当然、俺も何を言っているのか分からない。初耳なのだが。

 

「こ、婚約者……? お兄様ではなくて、ですか? というよりもその呼び方は……?」

 

「何を言っているのですか? カズマ様はもう義兄ではありません。それよりも……ララティーナ。魔王を討伐した者に与えられる褒美が何か分かりますか?」

 

「……!」

 

「カズマ様は褒美を求め、私は了承しました」

 

「――――」

 

 ダクネスが無言のまま俺に顔を向ける。

 古来、ベルゼルグ王国では魔王を討伐した勇者には、褒美として王女を妻とする権利が与えられると、以前アイリスが告げていた事を俺は思い出す。異世界から来訪した俺はそんなものがあるとつい最近まで知らなかった。

 俺とは違い、貴族であるダクネスがソレを知らない筈が無いのだ。

 

「カ、カズマ……」

 

「お、おう。なんだ」

 

 先ほどまでの騎士のような勇ましさを見せていたダクネスは急に不安気な顔を見せる。衝撃的な現場に居合わせた事による混乱が抜けて、残った驚愕と不安がダクネスの瞳を揺らす。

 

「本当か」

 

「……」

 

「本当に、本当に、お前はアイリス様と婚約を……?」

 

 王族の言葉に疑いを持っているかのような彼女の発言、それを咎める者はいない。それだけの内容なのだと他の者たちも思っていたのか、複数の視線が俺に集中する。

 どんな言葉を返すのか、嘘も冗談も許さないと言わんばかりの視線に俺は頷き返す。

 

 流石に婚約するとまで宣言した覚えは無いが。 

 それでも、アイリスと結婚するかしないかという問いがあるなら、断る事は無いだろう。

 

「まあ、そうだな」

 

「……!」

 

 絶望的な表情のダクネスとどこか嬉し気な表情を見せるアイリス。

 異なった反応を見せる彼女たちの姿を見やりながら、俺は肺に大きく空気を送り込む。

 

「ダクネス。聞いてくれ。……他の皆も」

 

「…………」

 

 難しい事は抜きにして、俺の中では大体そんな感じ。

 結婚は人生の墓場だとか、そんな噂も小耳に挟みはするが実際にしてみなければ分からない。

 

「俺は……」

 

 アイリスの事が好きなのだ、と思う。

 優しく、可愛く、強く、俺の外見や性格を含んだあらゆる要素を受け入れて、その上で好きだと言ってくれた愛らしい王女様。そんなアイリスに手を出した責任を取らなければならない。

 別に処女を奪ったからとか、性行為に及んだからという責任感だけでは無いつもりだ。

 

 何となく目を向けるとアイリスと目が合う。

 この目だ。どこまでも透き通った、人を見透かすような大空の瞳。

 

 初めて会った時の西洋人形を思わせる無機質さは消え失せ、青いガラスに熱を灯したように強靭な意志を宿した眼差しにきっと俺は惹かれたのだ。

 彼女と視線を交わして、似合わぬ感傷に頬を緩めると自然と口から言葉が生まれる。

 

 それなりに大きな声だった。

 

「俺、……アイリスと結婚します」

 

 クレアに、レインに、クリスに、そしてダクネスを前にして、俺は告げる。

 まるで両親に挨拶をするかのような気分で、此方を見やる視線に身体を震わせながら、そうして周囲の反応が生まれる前に、小さくも柔らかい少女の手が俺の手を握り締めた事に気づく。

 

「…………」

 

 アイリスは無言で、しかし恋する乙女のように唇を緩め、薄く微笑んだ。

 

 

 

 +

 

 

 

「そういえば……。き、キスなら私もカズマとした事があるんだが!」

 

「……ふっ」

 

 男子、三日会わざれば刮目して見よという慣用句があるが、それは女子も同じなのか。

 俺の言葉に混乱して後で絶対に悶えそうな言葉を周囲に告げるダクネスと、そんな彼女を見苦しいと言わんばかりに小さく笑った王女。 

 

「キス程度でそんなにみっともなく騒がないで、ララティーナ。それに、その夜の話なら以前にカズマ様にお聞きしましたよ」

 

「はっ!? 私は何を……あ、アイリス様が何か、を」

 

「あっ、クレア。昨日も言った通り……。私、結婚します!」

 

「…………」

 

「クレア様がまた気絶しました!!?」

 

 思った以上に騒然と化した王女の自室。

 女が三人集まれば騒がしいと聞くが、まるで蜂の巣を突いたかのような現状に俺は手持無沙汰であった。出来ることと言えば部屋の隅で空気を吸う事だけだろう。

 

「おい、何を素知らぬ顔をしている! 原因はお前だからな。アイリス様に手を出すとはシンフォニア卿ではないが、今ここでお前のアレを叩き斬っても良いんだぞ!!」

 

「駄目です。駄目なのです! そんな狼藉、私が許しません!」

 

「そうだぞ! お前の腕じゃ止まってても当たらないだろうが!! おい、ダクネス。アレって何だ。言ってみろよ! 大きな声でなぁ!!」

 

「お兄様は黙ってて下さい」

 

「貴様……! 私の剣の腕を愚弄しおって……! ぶっ殺してやる!」

 

 そうして手持無沙汰になった俺を救ったのは、そんな状況に割り込んだ銀髪少女だった。まあまあ、とその場を取り持った中身女神の少女が絶妙なフォローを入れる事でその場の空気を換えた。

 

「今日一日は自由になった事だし……取り敢えず荷物ぐらいはどこかに置いてきたいね」

 

 いつの間にか気遣いの出来る女に進化したのか、ヤンチャだった彼女もまた、ヤれば出来る女だったのだろうか。どこか余裕の表情を浮かべたクリス。

 アイリスもまた彼女の話に合わせる事を考えたのかコクリと頷く。

 

「カズマ様の手、凄く冷たいです……。お風呂に入って来ては如何ですか?」

 

「一緒に入る? 王女様の柔肌を洗わせて頂きますぜ?」

 

「……させると思うか?」

 

「しっかり温まって下さいね」

 

「カズマ君だけ入ってきなよ。私たちは別に入るから」

 

 女たちの対応は素っ気ない。俺は一人寂しく城内の浴室に脚を踏み入れていた。

 居候として城に住んでいた時に毎日使用していた馴染み深い浴室は首都の城だけはあるのか、最新の設備が備え付けられている。

 残念ながら男女別に分けられており、混浴になる事も覗ける穴も無い事は知っていた。

 

「あ~~」

 

 日本人の意見も多く採用されているのか、高級感のある檜と滑らかなタイルが採用されている。鼻腔を擽る自然の香りと、湯船にライオンのような顔をした石像の口からトクトクと注がれる熱い湯の音に耳を傾けながら俺を溜息を吐く。

 人はおらず、貸切を楽しみながら俺は独り言を呟く。

 

「なんかギスついているな……」

 

 当然なのかもしれない。アイリスは俺の義妹ながらも婚約者。いつの間にそんな事になっていたのかはともかく、少なくともダクネスには知らされてはいなかったらしい。

 慌てふためいた彼女の姿には不謹慎ながらも少し頬が緩むのを感じる。

 

 ラノベでたまに見た、一人の男を取り合う女たちという構図。

 それは以前から実際に起こると嬉しいな、と感じる男のロマンである。

 

 流石にガチの殴り合いなどされるとドン引き不可避だろうが、俺が見ている限りではそんな事は特にない。見ていてニヤニヤ出来る程度になら今後も是非とも争って欲しい。エッチでヌルヌルな感じのキャットファイトならばもっと良しだ。

 ――そういう展開は妄想か夢ぐらいでしか見た事がないのだが。

 

「争え……、もっと争え……。うん?」

 

 引き戸を開けて浴室へと入ってくる人物。

 混浴風呂ではない為女性が入ってくる事の確率は低いが決してゼロではない筈だ。唯一の取り柄である幸運のステータスは自他共に認める高さなのだ。何かがあってダクネスやクレアが入ってくる可能性もあるかもしれない。次点で良識のあるクリスかアイリス。

 故に、もしかしたらという可能性に惹かれ、俺は浴室に入ってきた人物に目を向けた。

 

「ん? そこにいるのは……?」

 

 イケメンだった。茶髪の正義感が強そうながらも美麗さが伴う顔立ち。

 同年代の普段から美少女二人を連れ回し、ラノベの主人公でもしてそうな男の手には愛剣は無く、衣服も装備もない純粋に戦闘を繰り返し鍛えられたのであろう裸体を晒している。

 

 当たり前だが全裸だった。

 タオルは持っているがフルチンだった。目があった。

 

「やあ、佐藤和真じゃないか。君もアイリス様に招待されていたんだね」

 

「おい、ふざけんなよ。誰もお前のポロリなんて興味ねえんだよ!」

 

「風呂場なんだから仕方ないだろ!」

 

 フルチンの男の名はミツルギキョウヤ。あらゆる物を切断する事を可能とする神器『魔剣グラム』を水の女神アクアに授けられ、チート能力が付与された武器の恩恵で大した苦労もなく温く甘い人生を送ってきた男である。

 新聞や噂で魔王討伐後も色々と活躍は耳にしており、実に主人公気質の男だ。

 

「主人公属性はアッチにいけよ」

 

「主人公? ボクは一度もそんな事思った事はないよ」

 

「うぜー……」

 

 実に有り得ない話だが、仮に俺とミツルギが表紙を飾る事になったら間違いなくミツルギを前面に出し、俺は従者か小間使い扱いの道化枠になるのだろう。そして何も見知らぬ者が見たら、間違いなくこのフルチンマンが主人公なのだと勘違いされかねない。

 つまるところ、同じ空間にいると俺というキャラが食われる危険性が高いのである。

 

 それが愚直に王道を貫く魔剣使いと姑息な手を使う貧弱冒険者の差なのだ。

 

「今、俺の貸切なんでどっか行ってくれるか。ソチルギ」

 

「ちょっと待て。今ボクを何て呼んだ!? 大体ここは城の物なんだから君のではないだろう。あと、ボクのは小さくない」

 

 生真面目な男はそのまま身体を洗い、そしてそのまま湯船に浸かる。

 こうなると先に湯船を上がると負けた気になるのは何故なのだろうか。

 

「いや、ぱっと見お前のグラムと俺のちゅんちゅん丸だと俺の方が良いぞ。テクニック込みで悦んでくれたのは実証済みだ」

 

「いい加減そっちの話から離れたらどうだい!? それに大きさだけが全てじゃないと思うよ。大切なのはその女性を理解して喜んでくれるかどうかだ」

 

「……。いや、ほら、修学旅行とかでさ。男同士で風呂に入ると大体こういう話題しか出ないだろ。なんかはっちゃけるというか、この解放感が人を狂わせるというか……。あとさ」

 

「なんだい」

 

「話変わるけど、仮に好きな夢を見られるとしたら強姦と和姦、寝取られ。どれが良い?」

 

「……もしかして君は、アクア様にもそんな話をしているんじゃないか! だとしたら流石にボクは君を許さないぞ!!」

 

「おい、目の前で立つなって。大体俺だってセクハラの相手くらいは選んでるっての」

 

「ならば……。いや、良くはないが」

 

 そういえば目の前の男は、水の女神に恋慕していたな、と思い出す。

 渋々と湯船に浸かりなおすイケメンに、俺は小さな優越感を口に浮かべてしまった。

 

「なんだい、その笑みは。気持ち悪いよ。巷では君がホモの疑惑があるが本当なのかい?」

 

「ちょっと待て! 誰だ、そんな根も葉もない事言った奴は! ぶっ殺してやる!!」 

 

「……それはともかく、結局何だったんだい?」

 

「いや、軽い雑談だ。ただ、これだけ言わせてくれ。……お前、素質あるよ」

 

「何の!?」

 

 いつか、敬愛する女神がただの女だったと知ったら、この男はどんな顔をするのだろうか。

 水の女神が思ったよりも可愛い反応を見せたり色々と柔らかいという事を目の前の男は知らない。それが、それだけの事が何故か無性に頬を緩ませる。

 この世界で唯一、慈悲深い女神アクアの味を佐藤和真だけが知っているのだ。

 

「ところでマツルギさ、新聞でゴールデングリフォンを倒したって見たんだが」

 

「ミツルギね。……あれはかなりの激闘でね。村を一つ駄目にしたグリフォンが強くて――」

 

「へー」

 

「いや、振ってきたの君なんだが!?」

 

 適当に話を振ると喋りたかったのか、聞いてない事まで語りだす美麗な男。

 本来ならば即チェンジするところだが、なんとなくもう少し湯船に浸かりたい為、適当に相打ちを打ちながら話を耳から素通りさせる。

 

「あの二人、名前忘れた……。取り巻きと三人で倒したのか?」

 

「取り巻きじゃない! ……二人とは魔王討伐後にパーティーを解散したよ」

 

「……ほーん。えっ、孕ませたから捨てたとかじゃなくて?」

 

「そんな訳ないだろ。君みたいに貴族の子に手を出して捨てるほど腐ってはいない」

 

「まだ手なんか出してないからな! 風評被害だからマジでやめろよ。そこまで腐ってないからな!」

 

 貴族には手を出していない。貴族には。

 

「貴族には手を出していない? 妙だな……。なら、あの紅魔族の子かい? 戦闘スタイルから性根までひねくれた君なんだ。相手から好きになってくれているのを良いことに、浮気に走った挙句、『愛している』の一言も口にしないと後々不和の原因になるよ」

 

「……大きなお世話だっつの。それにめぐみんとはそういう関係じゃない」

 

 他人に口出しする余裕があるのだろうか。

 もしくは股間の剣も既に使いこなしているという事からの経験則なのか。

 

「というか、君はどうなんだい。魔王討伐してからはあんまり活躍を聞かないが」

 

「まあ、俺は商人としての準備をしてたからな……力を貯めてたんだ」

 

 この魔剣使いと顔を合わせるのも魔王討伐後では殆ど無かったのでは無いだろうか。

 そもそもこんな風に和気あいあいと話をするほど仲が良い訳ではなく、寧ろ女に囲まれているリア充死すべしと敵視しているのだが、不思議なことに風呂の解放感か、童貞という枷が外れたからか、特に腹立たしく思うといった事はあまり無い。わりと余裕だ。

 童貞の枷が外れ、自らもまたリア充に進化した影響なのだろうか。

 

「ふっ……。アイリスには感謝だな……」

 

「……? ああ、確かにね。舞踏会に招いて頂けるなんて光栄な事だ。君にもそんな殊勝な事を考える事が出来たんだね」

 

「……俺も大概だけどお前も結構アレな事を言うよな」

 

「そこはお互い様だね」

 

 以前よりも柔軟さを得たのか、微笑を浮かべる男は悔しい程に絵になる。

 初めて出会った頃の傲慢さが減り、見た目と噛み合った余裕と優しさを感じさせる。

 

「――――」

 

 だから嫌なのだ。

 この男と共にいると自分がどれだけ至らない存在なのかを知らされてしまう。持っている者と持たざる者という事ではない。性格や武器、真っ直ぐな性根と真正面からの戦闘を可能とする高ステータスは決して俺には真似出来ない。劣等感で死にそうだ。

 羨んでも手に入らないので、考えるだけ無駄という事なのだろうが。

 

 だから、ミツルギの事は羨ましいと思うし憎たらしくも思う。

 結論として――。

 

「俺、やっぱりお前嫌いだわー」

 

 そう告げると何が可笑しいのか、ミツルギは膝を叩いて苦笑した。

 

 

 

 +

 

 

 

 先に風呂を上がり、浴室から城の廊下を進む。

 窓の外から見える景色は変わらず雪化粧が窓の縁を彩っている。

 

 身体もサッパリした。風呂に入ったからか、思考がふんわりとしている。

 思考が緩慢として後は飯を食って眠ろうモードに突入したいらしい。全面的に同意だった。

 

 本来の目的である舞踏会も明日になり、クリスと共に神器を盗もうにも、そもそも犯人が来ていない。計画に関しても珍しくクリスがダクネスやクレアといった貴族と共に主犯格を捕らえる為に修正が入る。

 なので、俺に出来る事は食って寝る。そしてたまにアイリスと遊ぶ。これだけだ。

 

「……ん?」

 

 夕食の時間になればメイドか、執事であるハイデルが起こしてくれる。

 それは過去の経験で理解している為、湯冷めをする前にと自室に脚を進めていると、廊下を歩き此方に近づいてくるアイリスを目に留めた。

 

「お兄様」

 

「アイリスか。どうした? 俺はこれから寝る予定なんだが」

 

「お兄様」

 

「さては厨房に摘み食いだな? 悪い奴めー。バレないようにするんだぞ?」

 

「お兄様」

 

「どうした?」

 

「……お兄様は行かないのですか?」

 

「俺は眠いから。良かったら適当に何か取ってきてくれよ。まあ盗めたらだが」

 

「そこは一緒に行くと言うべきですよ? お兄様は乙女心というのをもっと勉強するべきです!」

 

「お断りします。睡眠欲には勝てません」

 

 乙女は厨房から食事を摘まみ食いするのだろうか。この異世界ならそうなのだろう。

 ふと、アイリスが腰に下げている物を見て、思わず俺は眉をひそめる。

 

「アイリス。これから訓練とかするのか?」

 

「いいえ?」

 

 アイリスが腰に下げている物、それは彼女が口にしていた『なんとかカリバー』である。いつだったか、黄金竜を撃退した事もある王族の血が流れる者にしか扱えない強力な剣。

 窓に目を向けると相も変わらず雪が降り続いている。雪上訓練をこれからするとも思えない。

 ――ならば、なぜアイリスは聖剣を持っているのだろう。

 

「お兄様」

 

「なんだよ。というか風呂上りだから眠いんだが」

 

「それ以上はぐらかすと永遠に寝かしますよ」

 

「何それ、怖い」

 

 ふと何故だろうか、既視感を覚える。

 最近似たような展開に、俺は遭遇しなかっただろうか。

 

「カズマ様。聞きたい事は一つだけです」

 

「……どうぞ」

 

「クリス様とアクア様に手を出したらしいですが――」

 

 俺は逃げた。

 

 

 



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第三十一話 深夜の奴隷

 ――脳裏を過るのはただ一つ、死への恐怖だけだった。

 

「ふわぁああ!!?」

 

 無様でみっともない悲鳴が口端から零れる。

 情けない。王女を前にしているというのに、可憐な姫を前にして言葉よりも悲鳴が出るなんて。背後から聞こえる王女の声に俺は振り向く事なく腕だけを背後へと向ける。

 

 あの夜ふらりと出てきた銀髪の少女と遭遇した状況と似ていた。酷似していた。

 痛みなど、傷など既に過去に置き去りにしてきたというのに、ナイフが刺さった腕の幻痛が俺の身体に火を灯す。

 生存本能と呼ばれるモノが身体を動かし、目の前の凶器を持った猛獣を背に絶叫させる。

 

「『フラッシュ』!!」

 

「!?」

 

 走って逃げる事は考えられなかった。 

 昼間である為に、想定していた物よりも効果は見込めない。

 何よりも背後にいる王女に対して、距離など意味がないのは分かっていた。

 

 背後にいる女は間違いなく圧倒的なステータスを誇る。

 血には伝説と称される歴代勇者たちの血を受け継ぎ、己の腕など容易くへし折るだろう華奢な腕で振るわれる剣技は少し離れた程度では掠めただけで即死だろう。

 

 剣も魔法も一流の彼女は言ってしまえばめぐみんとダクネスの上位互換だ。

 同じ空間にいれば間違いなく消し炭になるという確信があった。

 

「おらぁ!!」

 

 だから、俺が行ったのは閃光魔法で目くらましをすると同時に近くの窓から外への脱出だ。豪雪、吹き荒れる雪が俺の頬を叩くのを無視しながら軽やかに下の階の窓へと飛び移る。

 我ながら思った以上に恐怖に怯えた身体はよく動いた。

 窓を蹴り飛ばし、修繕費も部屋先の事も考えずに室内に転がる。

 

「いたた……。た、助かったか?」

 

 猛獣からの脱出は最低限、数分程度は稼げただろうか。

 銀髪の盗賊娘との交戦経験が無ければ即死は免れなかっただろう。

 

「いや、感謝はしないけどな……見ろよ、手が震えてるよ。今度会ったらお仕置きしてやる」

 

「ちなみにどんなお仕置きなんだ?」

 

「エロい感じだな」

 

「ほう、くわしく」

 

 間違いなくあの経験は俺の血肉となりつつもトラウマとなっていたのだ。

 恐らくアイリスに話したのだろう、諸悪の元凶に苛立ちを覚えながらも、しかし周囲への油断は無い。クリスへの報復はさておき、アイリスの熱が冷め、冷静に話が出来るまでは距離を取らなければならなかった。

 風呂上りで武装などしておらずポケットを叩いても財布も何も無い。纏った衣服とタオルだけと中々に酷い装備、外に出れば凍死からのエリスとの対面は避けられない。

 

「落ち着け、俺。クールになれ佐藤和真」

 

 俺は多少頭の回る男。

 ほとぼりが冷めるまでアイリスに見つからないようにしたい。

 ――果たして本当に時間経過でなんとかなるのかどうかはともかく。

 

「土下座でなんとか……無理かなぁ」

 

 謝罪一辺倒でなんとかなるのだろうか。

 そのまま後頭部に宝剣が刺さらないという保証はない。

 何よりも許して貰える事を前提とした謝罪など不誠実にも程があるだろう。

 

「浮気した時点でアウトなんだけどな……」

 

 恐怖など、あの華憐で無垢なアイリスに対して抱く感情ではない。単純に他の女に手を出したという罪悪感と手を出した事実をアイリスに悟られたという可能性を理解し、心臓の鼓動が高鳴っているだけだろう。

 そもそも浮気、と口にするのは良いが俺とアイリスは恋人同士なのだろうか。

 

「流石にそれは……婚約者って言ってたし」

 

 今更ながら見苦しい事を言っているのは分かる。

 友人に対して、『私たち友達よね?』と聞くのと同じくらいに情けない。それでもテレパシー能力など無いのだ。分かってくれると思って口にしないのは傲慢という物ではないのだろうか。

 

「いや、それよりも……」

 

 息を整えながら周囲を見渡す。

 王城の上階から上階、殆どの部屋は大貴族や食客など国にとって重要な人物が多くいるとされているフロアの一室。高級感のある家具や寝台など他の部屋と共通の物がある中で、絨毯と一緒に身体を広げている少女。

 蹴り壊した窓から吹き込む風よりも冷たい目で俺を見上げる金髪の令嬢。

 

「なんだ、ダクネスか」

 

「おい」

 

「いや、助かったよ。他の貴族なら取り敢えずスリープを掛けるところだったよ……」

 

「スリープを使った後にお前は一体何を……。はっ!? 寝ている乙女の柔肌を好きに蹂躙する! 肢体を舐め回し、下卑た笑みでワインを垂らしながら女体を貪る気か!! んッ……、こ、この変態が!! 恥を知れ!!!」

 

「お前は今日も通常運転だな。というかそんな事しないからな、まだ」

 

 実際にこうして我に返るとそれなりに危ない事をしたな、と反省する。

 割れた窓の破片で傷がついたら色々と面倒な問題になっただろう。普通なら傷だらけだ。

 

「というか、カズマ。重いんだが……どいてくれるか」

 

「お、おう……その、怪我とかは無いよな。ヒールする?」

 

「ん。私が硬いのは知ってるだろ?」

 

「そうだな、悪かった。今、退くから……」

 

 現在ダクネスは窓からダイレクトに入り込んで来た俺に押し倒された状態だ。

 仰向けとなっている彼女は解れた三つ編みを絨毯の上に広げ、随分と透けた下着を、下着だけを身に着けていた。透き通るような肌に男の欲望を凝縮させたようなネグリジェは、俺が上体を起こした途端に全貌が露わになる。

 

「おい、ダクネス。なんだこれは……」

 

「これは、その……。着替えの途中でお前が窓から入ってきたから……。あ、あんまり見るな……!」

 

「着替えって事は最初からずっと着てたのか。エロネス。お前はやっぱり痴女だな」

 

「ち、痴女って言うな! ……言うなあ!!」

 

 かあああっと顔を赤らめる金髪の令嬢。

 露出した肌は冬の寒さをモノともせずほんのりと朱色に染まるのが見て取れた。何よりも殆ど下着の役目を果たしていないソレは彼女のボディラインどころか、しなやかな肢体を浮かび上がらせる。豊満な双丘はアクアよりも大きく俺の眼前でふるりと震える。

 背後からの冷気もあるのか、透けた生地越しに僅かに硬直した乳頭が俺の目を惹く。

 

「こんなの着ている奴がエロくない訳ないだろ。大体前に自分の事をエロいと宣言してただろ」

 

「あああ、アレは……、その場の勢いというか……。こ、これはそういうのじゃ」

 

「ダクネス」

 

「それに、カズマもアレが当たってるような気がするんだが。まあ、その、お前には色々と借りもあるし……アイリス様との事もあるがそれはそれで……。寝取られというか、いや、まあお前から押し倒して貰う分には構わないと言うべきか。というかカズマがヘタレないんだが……!」

 

「ダクネス」

 

 ゴクリ、と喉を鳴らしたのは果たしてどちらか。

 生命の危機に晒され子種を残そうと身体が張り切っているのだろう。即座に陰嚢に精子が溜まるようないやらしい身体、見た目だけは間違いなく好みな女の半裸姿を前に俺は静かに目を細める。

 

 ふと思った。

 

 ――もしかしてこれは合意ではないのだろうか?

 

「ふむ。……ダクネス。お前、興奮しているのか……?」

 

「えっ、えっと……だな」

 

「どうなんだ? おっ? なんだこのおっぱいは」

 

「ひゃ! あああ、あのカズマ。胸、胸が……」

 

「うん? 胸? ああ……揉んでる」

 

「んぅ……!」

 

 むにゅりと潰れる双丘を掌で撫でる俺にダクネスは乙女のような反応を示す。

 そんな初々しさのあるダクネスを見下ろし、経験のある俺は静かに笑みを浮かべた。

 

「ダクネス。優しくして欲しいのと、滅茶苦茶にして欲しいの。どっちだ?」

 

「ぇ……」

 

「どっちだ?」

 

「……、……め、……優しくしてください」

 

 普段から夜な夜な妄想に耽るドMな令嬢も初めては優しい方が良いらしい。

 何やら覚悟を決めたらしいダクネスは観念したように長い睫毛に縁取られた瞼を下し、唇を窄める。ダクネスというお手軽でチョロい女だったが、意外と押せばこのままイクところまでイクのは間違いないだろう。

 

「……しょうがねぇなぁ」

 

 取り敢えずダクネスにお仕置きをしよう。何の罰かは知らないが。

 多少の冷風など気にならず、寧ろ己の身体を好きにしろと言外に言われた俺は彼女の言う下卑た目で見下ろしていることだろう。このまま状況に流されてしまおう。

 アイリスの事なんて忘れて、しっぽりとダクネスと性行為に耽る。良いじゃないか。

 

 …………。

 

「ひぅ! ……カ、カズマ?」

 

 マシュマロのような柔らかさの双丘を撫でながら、そっと手は腹部へ。

 それだけで発情した雌のようにトロンとした表情を浮かべるダクネスに俺は微笑む。

 

「なあ、ダクネス」

 

「な、なんだ?」

 

「――前より腹筋割れてね?」

 

 

 

 +

 

 

 

「どこだ、カズマ! 出てこい! カズマァぁああああ!!」

 

「ダスティネス卿!? 一体どうされたのですか!」

 

「カズマ様ー! どこですか!」

 

 城内、その上階が騒がしいが関与する事はない。

 どこかそそっかしい令嬢や王女の乱心を抑える兵士たちの声を聴きながら俺は一人静かに吐息した。灯台下暗し、意外にもアイリスの部屋、その寝台の下にまで移動し隠れ潜む事に成功した俺は夕食の時間までここにいる事にした。

 良い感じの雰囲気を破壊され、マジ切れのダクネスもアイリスも時間が解決してくれるだろう。

 

 たぶん。きっと。そうであれ。

 

「もしもの時はエリス様。よろしくお願いします」

 

 困った時の神頼み。多分本人は風呂だろうか。

 それにしても死んでエリスを悲しませるのは申し訳ない。

 

 まさか死んで喜んでくれる訳がないだろうし。アイリスやダクネスと懇意にしている以上、死体をボコボコにされた挙句、ほとぼりが冷めた頃にアクアが呼ばれ笑われながら蘇生される事になるのだろうか、とエリスとの会話ネタを考えながら手にした物に目を向ける。

 

「ベッドの下にエロ本を隠すってのは使い古した常套手段だと思ってたが……」

 

 王女も隠し事があったらしい。

 冗談と思ったが、本当に隠していた。

 手にした物は雑誌だ。薄い本。日本の同人誌だ。

 

「ふむ……」

 

 他人の性癖を知るのは良い事だ。決して好奇心ではない。

 何よりもアイリスは俺にとって他人ではない。婚約者なのだ。恐らく宝物庫から拾ってきたのだろう、日本の技術が注がれた同人誌の精巧な表紙はそれだけで興奮しそうだ。

 

 ならば将来の夫として見るのは仕方がないのではないか。

  

 あの無垢そうな顔をしたアイリスがこの同人誌で夜な夜な自慰に耽ったオカズ。

 知識欲に目を見開きながら、ゴクリと喉が鳴った。

 どこか懐かしい物に郷土愛を覚えながら、ベッドの下で薄い本の表紙を開き内容に目を向ける。

 

「……大学生のよくある話か。リア充とか死ねよ」

 

 創作物。絵の上手い人物が描いたのだろう。

 無言でページを捲り、股間を膨らませながらページの隅々まで目を向ける。

 

 内容は飲み会で酔った主人公に後輩の女がエロい事をするという物だ。ただ、この主人公には高校時代からの彼女がおり、後輩の女もそれを理解しているにも関わらずアパートに連れ帰り不貞行為に及んでしまう。

 酒に酔う主人公に彼女と間違えられる後輩の女はソレを正さず、薄暗い部屋で行為に耽る。

 

 避妊具の数が減り不審がる彼女、毒が広がるように少しずつバレていく。

 そうして本当にバレた夜、眠った主人公に手を出す後輩だったが、目覚めた主人公に気づかれて、しかしそのまま身体を重ねてしまい――。

 

「いや、寝取り物かよ!」

 

 絵の上手さ、演出など、俺が見てきた中でも中々に興奮出来る物だった。これで女の方が寝取られるという物だったら燃やしていたが、これはこれで良い物だと思った。

 薄い本だがボリュームも厚く、かなり興奮出来る良質な同人誌であった。エロい。

 

「アイリスはどこで興奮したんだろうな」

 

「どこだと思いますか?」

 

「純粋にエロい事をしている部分だけで興奮したんじゃないかな……、……!」

 

 寝台の下を覗く存在。

 金髪を床に広げるているのに関わらず、どこか淀んだ碧眼はジッと俺を捉えている。

 絶対に逃がさないと見開いた瞳孔、赤らんだ頬は今は間違いなく嚇怒による物だろう。

 

「なあ、アイリス。この国の連中はやっぱり性癖がおかしいのか?」

 

「――流石にコレは許しませんよ、カズマ様」

 

 

 

 +

 

 

 

 逃走スキルを使用しても王女が平然と追随してくる件について。

 

「来るな! 来るなぁああ!!」

 

 話し合いの余地なし、逃げるが勝ち。

 そんな思いに駆られて城内を駆け巡るも、剣を振り回し追いかけてくる金髪の王女。

 

 アハハ、ウフフ、と楽しく走っているように周囲には見えるのだろうか。

 浮気がバレて追い回され、リア充乙! なんて舐めた発言をするものなら俺は遠慮なくドロップキックを繰り広げるだろう。実際のソレは甘ったるい物ではなく、俺の背中に鳥肌が立つほどの恐怖感が身体を突き動かす。

 

 ――自業自得とも言うが。

 

 奇しくも、いつだったかアイリスと鬼ごっこをするという約束をしたが果たされる時が来たらしい。ただ鬼ごっこというか背後に感じられる存在感は正しく鬼と呼ぶべき者だろう。

 チラリ、と背後に目を向けると鞘から刀身を抜いてはいないがそのまま殴るつもりなのか。ドレス姿だろうと関係ないとばかりに突撃する姿は追われる側でなければ頼もしいとすら感じる。

 

「待って! 待ちなさい! カズマ様!」

 

「いやあああああ!! アイリスに剥かれる! 凄い事される!」

 

 とはいえ、相手が誰だろうと止まる訳がない。

 根は純粋な彼女の事だ。冷静になりこの場を離脱する事は不可能ではない、筈だ。

 

「あああ、アイリス。話があるからちょっと止まってくれないか!」

 

「嫌です! そんな事をしたらお兄様に逃げられます! 絶対に!」

 

「そんな訳ないだろ!」

 

 不毛な議論に解決案は見いだせない。

 とはいえ意図せず始まった鬼ごっこの舞台は王城、決して可憐なお姫様と二人っきりという訳ではない。当然曲がり角を曲がると巡回する兵士やメイド、執事と少なくはない人も当然いる。

 それを利用し、感知系のスキルを使用する事で有利な状況を生む事が出来る。

 即ち――、

 

「わっ!?」

 

「あっ、ひ、姫様!?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 アイリスは俺と違い感知スキルは持っていない。

 当然、多少なり頭に血が上っているという事もあり、兵士にぶつかる直前で持ち前のステータスに頼り掠る程度の接触で収まる。訝し気な目で見る兵士の視線に首を竦めながら顔を赤く染めたアイリスは俺を睨みつける。

 間違いなく羞恥というよりも嚇怒のソレは火に油を注いだ結果なのだろうか。

 

 ――なら、これ以上何をしても結果は同じという事だろう。

 

「『クリエイトウォーター』……『フリーズ』」

 

 ほんの少しでも意識を逸らせばという思いで潜伏スキルと隠蔽スキルを常時行使しながら、俺は次に廊下の角を曲がり階段を駆け上がると、同時に初級魔法で水を排出、階段を凍らせる事で簡易的な罠を設置する。

 不敬罪どころでは済まされない何かをしていると思ったが、咄嗟の閃きが俺の身体を動かした。

 

 これで更に数秒、もしくは転んでくれないか。

 

 多少の罪悪感と痛んだ良心を抱えながら俺は、確かな実績を持つ罠の結果の為に背後に目を向ける。以前似たような罠で見事にアクアとダクネスを見事に引っ掛けた事がある罠。

 だが、そんな罠を予想していたのかアイリスは突拍子も無い方法で脱出を図る。

 

「はあああ……!!」

 

 裂帛の気合と共にアイリスは階段ではなく壁を踏む。

 彼女にとって壁とは眺める物でも手を触れる物でもなく、足場の一つらしい。

 

 そうしてなんなく突破。

 ドン引きする俺を余所に、彼女は一息に距離を詰める。

 

「お兄様! 逃げないで下さい。ちょっと痛いだけですから!」

 

「嘘だ!!」

 

 怒らないから話してごらんという先生は大抵怒り、裏切られた生徒たちの心に傷を作るのだ。

 一瞬なぜか日本での出来事が頭を過りながら脚を動かすも、しかし捕まるのは時間の問題だった。鬼気迫る様子のアイリスとの距離は既に二メートルより狭まり、既に間合いの範疇だというのに斬らないのは余裕の表れだろうか。

 

「大体、なんで剣なんか持ってるんだよ!」

 

「これは……王女の嗜みです」

 

 ロイヤルジョークに苦笑すら生まれる余地はない。

 いずれにしても、万事休すかという状況に咄嗟にエリスと顔を合わせた時に何を話そうかと現実逃避をするも、幸運の女神は俺を見捨てなかったらしい。

 再度曲がり角で見えた白いスーツ、その背後に俺は飛びついた。

 

「騎士ガード!!」

 

「きゃ!」

 

「おぶぅ!!?」

 

 偶然居合わせたクレア、彼女の背後に回る俺は肉盾で王女の進撃を止める。

 正面衝突する形となった王女と大貴族、咄嗟の展開にも関わらず身を挺して王女のタックルを受け止める彼女はどこか恍惚とした表情を浮かべているようにも見えた。

 

「ぐ、ぐふぅ……。あ、アイリス様! 何をされているのですか!」

 

 吐瀉物を吐き散らす一歩手前程度の顔色になったクレアだが、図らずも己の腕の中に入ってきた王女を放そうとはせず、喜々として王女の乱心に非難の声を上げる。

 護衛兼教育係を兼任している大貴族の一人は乱心を起こした王女を叱るのは当然だった。

 

「は、放して、クレア! これはちょっとした遊びで……」

 

「先ほどから城の兵士たちからアイリス様とダスティネス卿が駆け回っていると聞いて何事かと思いましたが……。良いですか、アイリス様。今、城内にはメイドや兵士だけではなく、本日の時点でも来賓の方がそれなりに来城されているのです。そんな状況下で一国の姫が剣を片手に走り回るとは何事ですか!!」

 

「それは……。その、えっと……」

 

 基本的に甘い事はあれども、甘やかす事まではしないクレア。

 背後に隠れた俺にゴミを見るような眼差しを向けながらも正面、抱きしめた金髪碧眼の美少女に頬を緩ませながらも、しっかりと叱る。

 アイリスの言葉もあり、彼女の脳内では俺たちが楽しく鬼ごっこをしていた事になる。

 

「まあ、そうガミガミ言うなよ。アイリスも子供なんだから遊び足りないんだろうし。それに外は猛吹雪。一人で外に行って遭難するよりは健全だろ?」

 

「そういう問題ではない。アイリス様には常に他者に見られている事を意識して行動して頂かねば。……カズマ殿も変な事ばかり教えて私のアイリス様をこれ以上変にしないで頂きたい」

 

「減るものじゃないし別に良いだろ。……ていうか今、私のって言った?」

 

「言ってません」

 

「ぅ~~。クレア、そこどいて。私はカズマ様を捕まえたいのです!」

 

「だ、ダメです。あ、アイリス様。そんな強く抱きしめてもおおお!!!」

 

 盾は前に出す物だ。

 文句は言うが、王女への盾としては有効だ。

 万力の如き膂力でクレアの胴体を締め上げるアイリスは潰れた肉盾の隙間から俺を睨み上げる。

 

「私は子供じゃありません! もう大人なのです! カズマ様と一緒に大人になりました!」

 

「……カズマ殿?」

 

「いやいや、変な意味じゃないから! 誤解だって……本当だよ?」

 

「カズマ様に恥部を見られました。私、私……!」

 

「おおい!! 本の話だから! 変な意味じゃないから!」

 

「貴様ァ……。アイリス様に恥部などと……変な言葉を覚えさせるな!!」

 

「そこぉ!?」

 

 今、嘘を吐くと音を鳴らす魔道具が無くて良かったと思う。

 俺の弁解に対し、形の良い眉をひそめるアイリスは頬を膨らませる。だが、ここで感情的になると面倒な事になると悟ったのか、特に追及はなかった。

 

「……こほん。アイリス様もカズマ殿も取り敢えず城内で走り回るのは止めて下さい。万が一という事もありますから」

 

「はい……」

 

 ここで常識のない、または己の信念に従う頑固者だったなら、間違いなく鬼ごっこが再開されていただろう。良識のあるお姫様はクレアの言葉に少しだけ普段の状態へと戻ったように思われた。

 とはいえ、このままクレアがアイリスを解放したら俺は間違いなく詰みだろう。

 

 そんな時だった。

 

「――あれ? カズマ君。アイリスさんも。何しているのかな?」

 

「――――」

 

 風呂上りなのだろう、タオルを片手に蒸気を薄っすらと漂わせたクリスが俺の背後から近づいてきた。小首を傾げ、何があったのかと疑問の表情を浮かべた彼女を味方に引き込めないかと考える俺を余所にアイリスが笑顔で首を振る。

 

「いえ、なんでもありません。……少しカズマ様とはしゃぎ過ぎましたね。クレアも、心配掛けてごめんなさい」

 

「あ、アイリス様。頭をお上げ下さい! そんな、私は……」

 

「いえ、良いのです。お陰で冷静になれました」

 

 そうして頭を上げたアイリスは普段通りの様子を見せる。

 鞘に納められた剣が抜かれる事はなく、ニコリと笑みを浮かべた王女。

 

「すみませんが、私は少し用事を思い出しましたので。……それでは」

 

「お、おう。また、な」

 

「ええ、カズマ様。また、あとで」

 

 そうしてアイリスはクレアを引き連れて宝物庫の方へと向かう。

 その背中に罪悪感を覚える俺に抱き着いてくるクリスは、クンクンと鼻を鳴らし顔を顰める。

 

「キミ、汗臭いよ~。お風呂から上がったら一緒にご飯食べよっか!」

 

「さっき入ったんだけどな」

 

 今度こそ貸切だった風呂に入り、上がったところをダクネスに殴られる。

 クリスのフォローもあり、窓の修理をした事以外では以前城で過ごしたような時間を送った。

 

 ダクネスはその間、何も聞いてくる事は無かった。

 

 

 

 +

 

 

 

 そうしてすっかり夜も更けた頃、俺はアイリスの部屋に訪れていた。

 寝台に腰を下ろした彼女が見下ろす中、土下座を披露し十数分程度が経過した頃だろうか。

 

「カズマ様」

 

「はい」

 

「もう良いです。許しました」

 

「――――」

 

「とは言いません。私は深く傷つきました」

 

 弁解の余地はない。弁明するつもりもないもないのだが、

 

「エ、クリス様との話もそうでしたが……、なんで私の聖本を読んだんですか?」

 

「ベッドの下にあったら普通読むよね。……ごめんなさい」

 

「…………」

 

「いや、ごめんて。アイリスの性癖は誰にも言わんから」

 

「私は性癖なんてありません!」

 

 ぷくっと頬を膨らませる彼女は年相応に可愛らしい。

 磨かれた床から彼女の姿を見ていると、ペタリペタリと裸足を床に下して俺の前に立つ。頭の前に立ったアイリスは何をするまでもなく、ジッと俺を見下ろす。

 このまま踏み殺す気なのだろうか。

 

「そんな事はしません。……でも私は深く傷つきました」

 

 ペタリ、ペタリとゆったりとした寝間着を着用したアイリス。

 彼女はどこか冷たい眼差しで俺を見下ろしながら、ベッドサイドに腰を掛ける。

 

「カズマ様」

 

「ん?」

 

「立って」

 

「はい」

 

 既に深夜。この逢引は誰に許可された訳でもない。

 もし誰かに気づかれたら騒がれかねない、そんな危険を孕んでいる。

 

 だが、そんな事はもう関係なかった。

 目の前の寝台に腰を下ろし、脚を組んだ王女が艶やかな眼差しで俺を見上げる。

 

「頭が高いです。ここに跪いて」

 

「はっ」

 

 拒否権などない。相手は王族なのだ。強いのだ。賢いのだ。偉いのだ。

 今更ながら気づいたが、絨毯は新雪の如くふかふかで膝が沈みそうだった。

 

「アイリス。その、良かったら今までの事とか全部話そうと……」

 

「黙って」

 

 あの大空を思わせる双眸はキッと俺を睨みつける。

 王族のオーラを浮かべた彼女は一人、裸足を俺の前に差し出す。

 

 滑らかで白い足だ。

 風呂上りなのか、しっとりとした肌は頬擦りをすれば心地良いだろう。

 

「カズマ様。脚は痺れましたか?」

 

「はい」

 

「私が聖本をカズマ様に見られてどんな気分だったか分かりますか?」

 

「いいえ」

 

「恥ずかしかったです。とっても……」

 

「すみませんでした」

 

「もう土下座は見飽きました」

 

 ピシャリと俺の発言を黙らせるアイリスはそれはもうお怒りだった。

 

「だから――」

 

「?」

 

「お仕置きです」

 

 脚を俺に向けた彼女は静かに告げた。

 

「舐めなさい」

 

 なめる。舐めると言ったか。 

 だから風呂上りで綺麗にしたのだろうか。そんな脚を舐めろと言うのか。

 それはなんて――、

 

「どうしたんですか? 本当に謝罪しているんですよね? なんでもするって言いましたよね?」

 

「――――」

 

「カズマ様は今、私の奴隷なんですよね? 土下座していた時に言ってましたよね?」

 

 頬に親指を押し付けるアイリスを俺は見上げる。

 長いシャツのみを身に着けた王女、それを寝間着と言い張る彼女の姿は下から見上げると当然の理として、目の前に少女の下着が見えていた。

 処女雪のような太腿の間に垣間見える薄いピンクの下着が。

 

「…………」

 

 ぶるり、とアイリスの身体が震える。

 俺の視線に気づいたのだろう、ペチペチと親指で俺の頬を叩く王女。

 その姿に、自分がいやらしい奴隷、彼女を悦ばせる雄奴隷なのだと思い出した。

 

「私のお仕置きが受け取れないのですか?」

 

「滅相もございません」

 

 この程度で機嫌を直してくれるなら安い物だ。

 何よりもこれは決してお仕置きとは言わない。ある業界ではご褒美という。

 

「どうか、この卑しい雄奴隷をお許し下さい」

 

「そこまでは言ってないです」

 

 王女を悦ばせる。

 その為にこの人生はあるのだ。

 

 ――恭しく彼女の脚を両手で包み込むと、俺はそっと脚の甲にキスをした。

 

 

 



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第三十二話 深夜を少し過ぎた頃

 俺は王女であるアイリスの雄奴隷なのだ。

 その思いを身に刻みながら差し出された脚に目を向ける。白く滑らかな肌が眩しい少女の柔肌。こうなる事を想定して一生懸命に浴室で洗ったのかと考えると少しだけ可笑しく感じた。

 

「――舐めて下さい」

 

 二度も言わせるなと言わんばかりに彼女は目を細める。

 ベッドサイドに腰を下ろし、絨毯に正座する俺の目の前に差し出される裸足。寝間着の裾から除く健康的な肌、微かに開かれた両足の奥に見える薄ピンク色の下着を、唯一の照明である小さな灯りが淫靡に照らす。

 その光景に目を奪われる俺を見下ろす彼女は静かに妖艶な笑みを浮かべる。

 

 奴隷である自分に対し、身に余る光景に喉が鳴る。

 ゆっくりと丹念に清められたのであろう片脚を両手で包み込むと甲に口付けした。

 

「ん……」

 

 石鹸と彼女特有の香りが混ざった脚に俺はキスをする。

 手入れのされた脚の爪を撫で、指先の一つ一つを愛でるようにキスする。

 

 唇で彼女の脚の皮膚を吸い。

 舌先を出し、脚の指の間を舐めると足指がこそばゆいと動く。

 

「……」

 

 汚いとは思わなかった。

 寧ろ清められた脚を己の唾液が汚す事を思うと申し訳なさと興奮が勝った。

 

「……」

 

 ほう、と満足気なアイリスの吐息が聞こえる。

 王族というのだから、こうして上から見下ろし己に奉仕させるのが心地良いのだろう。そういう血も流れていそうだが、彼女の意外な一面は何かから学んだ知識を活かしているのではないか。

 またエロ本から知識を蓄えて、一人で夜な夜な自慰に耽っていたのだろうか。

 

「そ、そんな事はしてません!」

 

 彼女の脚を舐めながら、ふと床から上を見上げると絶景が映り込む。

 普段の愛らしい表情は鳴りを潜め、王女というか女王のような高慢さと淫靡な熱を孕んだ瞳が俺を見下ろしていた。彼女は俺が奉仕している間、モジモジと内腿を擦り寄せていたが、そっと奉仕していた脚を取り上げる。

 

「カズマ様。……もう良いです」

 

「……アイリス」

 

「誰が口を利く事を許したの?」

 

「――――」

 

 ジロリと睨む姿に閉口する。

 それにしてもこの王女、ノリノリである。

 

 本当に怒っているのかもしれないが、今ひとつ実感が湧かない。

 卑しい性奴隷を見下ろすアイリスは小さく吐息しながら羽虫を見る目で小首を傾げる。

 

「――まあいいです。発言を許します」

 

「ありがたき幸せ。……アイリス様。どうか俺に対して様付けはご遠慮下さいませ。俺は貴方様の性奴隷なのですから。様付けなど必要ありません。どうか豚野郎と……」

 

「結構、余裕ですね」

 

 とはいえ、奴隷の言葉にもある程度の納得が言ったのだろう。

 王女が奴隷に対して様付けなどと冗談にも限度がある。

 

 脚を持ち上げ枕のような重さのソレを俺の肩に預けると、王女はもう一方の脚も差し出す。

 先ほどと異なり、何かを躊躇し戸惑い、羞恥を抱いている表情を下から見上げ続ける。そんな俺の視線を無視し内心で葛藤しているであろうアイリス。

 やがて、ほんのりと頬を朱色に染めながら小さくも柔らかい唇を震わせた。 

 

「……カズマ」

 

「……はい」

 

「カズマ。カズマ。……こっちも舐めて。舐めなさい」

 

「…………」

 

 どこか決意を抱いた表情のアイリスから俺はそっと目を逸らす。

 俺の名前を始めて味わったと言わんばかりに口内で咀嚼する彼女を余所に、俺は啄むようなキスで王女が満足するまで続ける。

 くねらせる脚を両手で包み、許しを乞うように余すところなくキスをする。

 やがて何かに満足したのかアイリスは軽く脚を外側へ向け、自らふくらはぎを見せる。

 

「――――」

 

 陶器のような艶めかしさと柔らかさに俺は思わず息を飲んだ。

 足首までの奉仕しか許されなかったというのに、いったいどういう心境なのか。

 

「続けて下さい」

 

 許可が得た。 

 俺は足首よりも先、彼女のふくらはぎに触れ接吻を再開する。彼女の身体を爪先から浸食していくかのように乞食のようにアイリスの脚にキスをする。

 ゆっくりと俺のキスを身体が感じられるようにジックリと唇で触れる。

 

「ん……」

 

 唇で触れて、少し待ってから離す。それを繰り返す。

 この思いが届くように、ときおり心地よさそうな声色を漏らす主に奉仕をする。

 

「……!」

 

「なんですか?」

 

 ふと肩に乗っていた脚が降り、俺の股にそっと置かれる。

 上から良く見えるのだろう。布地を膨らませ主張する雄肉を彼女の脚裏が踏む。

 

「続けて下さい」

 

「は、い」

 

 これが主人にセクハラされるメイドの気持ちなのか。

 片脚を舐めさせ、もう片方で雄の尊厳を弄ぶ。なんて王女なのだろうか。

 いやらしい、はしたない、ムッツリスケベ。様々な言葉が脳裏を過るが、それらの言葉を飲み込んで俺は慎ましやかに彼女への奉仕を続ける。

 

 スリスリと奉仕していた足指が俺の肉棒を布地越しに擦る。

 踏みつぶしながら、雑な力加減で足指と脚裏で肉竿付近を虐めるアイリス。

 

「気持ちいいですか?」

 

「はい」

 

「変態」

 

「……」

 

「変態です。こんな事されて嬉しいなんてカズマ様、……カズマは変態ですね」

 

「……」

 

「こんな、こんな……大きくして。本当にどうしようもない人です」

 

 アイリスの言葉攻めに脳を狂わせられながら、ちゅるりと舌先で脚の血管をなぞる。

 静かに罵倒する彼女に確かな興奮を覚えながら、俺は静かに主への奉仕を続ける。

 

 上へ上へ、徐々に上へ。

 ふくらはぎにキスをして、膝の表と裏へ。

 微かに脚を持ち上げると寝間着と腿の奥に隠された上品な下着が目に映る。

 

「……!」

 

 流石に堂々と見られるのは恥ずかしいのか、そっと寝間着の裾で隠そうとするアイリス。年相応な反応に頬が緩むも笑われたと思ったのか軽く半眼で睨まれる。

 そうして接吻する場所が膝から内側のみとなった頃、王女は上体をベッドに倒していく。

 

 情熱的な奉仕に王女も悦びを覚えたのか、熱っぽく俺を見つめるアイリス。

 寝台に身体を横たえて、今度は俺が王女を見下ろし、王女が俺を見上げる。奴隷に見下ろされた王女は気を悪くする事はなく、恥ずかしそうに顔を背けながら寝間着の裾を自ら捲る。

 正面から堂々とピンク色の下着を露わにする主に俺は彼女の無言の要求を受け取る。

 

 ――即ち、もっと奉仕をして欲しいと。

 

「ぁ……っ」

 

 既に反り立った剛直がズボン越しに主張しているのを見せながらも、中途半端に脚で遊ばれ滾る情欲に歯を食い縛り、無言でまろやかな白い太腿にキスを繰り返す。

 肉と脂が乗った少女の柔肌に唇を押し付けて感触を肌でアイリスに教えた。

 

「……ん……っ」

 

 ゆっくりと接吻の旅は終わりへと近づいていく。

 内腿にキスをして、吸って、思い出したように舌先で舐めとって。多分これまでで一番熱中した奉仕だったろう。エリスよりも、アクアよりも、この世界の誰よりも尽くした奉仕。

 舌だけで主に尽くす姿は、もう奴隷というよりも犬と呼んだ方が良い。

 

「ぁ!」

 

 犬ならば当然、腿肉に甘噛みだってするだろう。

 柔肉の感触を口一杯に感じながら、ゆっくりと口を開くと小さな歯型が残る。

 無垢な少女を蹂躙したと、未踏の地を踏み躙った満足感に、今度は痕を舌で舐めとる。

 

「ふ、ぅ……!」

 

 やがて俺の鼻腔が雌の情欲の香りを嗅ぎ取る。

 目と鼻の先、寝間着の裾からチラチラと覗くショーツの存在に吸い寄せられるように、剥き出しの脚を撫でながらそっと寝間着の中へと顔を差し出した。

 

「……ん」

 

 色濃くぬめる部分を鼻で突くと少女が声を堪える。

 あまり声を出すと誰かに気づかれると思ったのだろう、小さな手で己の口を押える彼女は脚をくねらせながら俺の挙動にジッと目を向ける。

 よほど期待していたのか、俺の吐息一つでビクッと下半身を強張らせる。

 

「んん……っ」

 

 布地越しに肉芽を擦り刺激するとアイリスは身体をくねらせて感じ、小陰唇を舌で味わうように愛撫するとビクッと震えた腿が俺の頬を叩く。

 奥から滲む蜜液を下着ごと啜ると俺の頭を掴んだ王女は気持ち良さそうに喘ぐ。

 

「ぁ、ぁ、ぁ……!」

 

 浮かび上がる腰に手を差し込み、下着ごと尻肉を掴む。

 むにゅりとした餅の質感と共にショーツを手で撫で回し膝上まで摺り下し恥部を晒す。

 

「ん。ぅぁ……!」

 

 むわりと漂う雌肉の香りが鼻腔に広がる。

 奥から滲み出る愛液が俺の顔を汚すのを気にせず、薄い恥毛に鼻を埋め、犬のように一心不乱に恥部を舐める俺の後頭部をアイリスは喘ぎながらも押し付けようとする。

 クンニリングスがお好みなのか、寝間着の中に隠れた俺に無言で続けるように欲求する少女。

 

「ぁ、それ……っ、ぃぃ……!」

 

 はあ、と熱い吐息を漏らし、シーツに皺を作り、枕を掴む。

 乱れ悦ぶ王女が絶頂を迎えるように、俺は奴隷として犬として丹念に愛撫を続ける。

 やがてじゅるっと音を立てて小陰唇と口に含んだ瞬間、確かに下腹部が痙攣するのが分かった。

 

「ぁ、~~ッ! くっ、ッ!」

 

 ビクッと電流が奔ったように身体を小刻みに震わせ、ぺしと腿肉が俺の頬を叩く。

 耳を塞がれ静寂となる中でアイリスの甘い悲鳴が遠くに聞こえた。腿の力が抜け音が聞こえるようになっても甘い衝撃に痺れ続けている彼女、その秘裂とのキスを止めて顔を上げる。

 

「はぁー……はー……」

 

 寝間着の中は、アイリスの匂いと身体が広がっていた。

 荒い吐息を漏らし収縮を繰り返す彼女の腹部、その先に見えるブラに包まれた白い乳房。

 その絶景は、寝間着の中に顔を突っ込んだ俺だけが見る事が出来る物だ。このまま彼女を薄皮を捲るように裸体を晒して犯してしまいたい。

 そんな俺の腕を引っ張り、ベッドに仰向けにしたアイリスは逆に衣服を脱がせる。

 

「私ばっかりズルいです」

 

 ズルいも何も命じたのはアイリスではないのか。

 そんな事を指摘する前に、あれよあれよと上着を脱がされ、ズボンも下ろされる。

 ぶるん、と我慢出来ずに飛び出す怒張に白い目を向けるアイリス。軽蔑と期待を混ぜた表情に何とも言えないゾクゾクした気分になりながら肉竿を見せつける。

 

「ほーら、これがアイリスを女にした奴だよ~」

 

「へ、変な事を言わないで下さい」

 

 俺をベッドに押し倒したアイリスは顔を赤らめながらも肉棒から視線を逸らせない。

 衣服を剥ぎ取った発情した王女は俺の腰に乗ると膝立ちになる。丁度寝間着がカーテンの役目を果たし、亀頭と媚肉が愛液で滑りながら擦り合う。己の蜜液で滑るからか反り立った肉竿と雌肉が擦れ合う刺激は互いを小さく呻かせる。

 素股と呼ばれる行為だが、秘裂でキスを繰り返すとにゅぷりと亀頭が入り奥歯を噛み締める。

 

 結合部を見る事は出来ず唇を噛み締めるアイリスを見上げる。

 ゆっくりと腰を下ろす彼女が俺の視線に気づくと、微笑を浮かべ一息に腰を下ろす。

 

「……ぁ、はっ!!」

 

「っ」

 

 にじゅん、とぬめる媚肉が割り拓かれる感覚。

 歯軋りする俺を見る余裕がないとばかりに俯く彼女は身を揺らし小さく悲鳴を上げる。

 

「く、ぁあっ!! ……ぁっ!!」

 

 散々奉仕した媚肉は襞の一つ一つが肉竿や亀頭に絡みつく。

 とろみ肉が締まり怒張を搾ろうとする中、彼女は自分のペースで腰を動かす。

 前に、後ろに、右に、左に、快楽を追求する一人の少女がおもむろに腰を動かし、熱い吐息を漏らす。ぱちゅぱちゅと見えない結合部からは淫靡な水音が響く。

 

「ん、ん……んんっ、ぁ!」

 

 普段の姿からは想像も出来ないアイリスの妖艶な動き。

 背をしならせ、涙混じりの嗚咽を漏らしながらも腰の動きは止まらない。

 

 切なげな顔で快楽に耽る彼女は、己が跨る奴隷に見せつけるように寝間着を脱ぐ。

 上体を起こした俺に目線だけで訴える王女の為に、俺はピンクのブラの留め具を外し、ふるふると揺れるプリンにも似た乳房を揉む。

 

 アクアよりも小振りだが形の良いアイリスの美乳。

 未だに成長中の柔らかい乳肉を揉みながら、既に硬くなっていた肉粒を指で弾く。

 

「ん、……ふ……ぁ」

 

 支えを求めるように俺の肩に手を置く王女は切羽詰まった声と共に激しく腰を揺する。

 目を閉じ、切なげな表情を目の前にいる俺に見せながら程良い大きさの胸を揺らし嬌声を上げる。にちゅ、にちゅ、と水音を結合部から響かせながら髪を振り乱す。

 

 自分で気持ち良い場所を見つけたのか、口端から涎を落とす彼女はソレに気付かずに尻肉を密着させ亀頭に擦り付ける。

 喜悦が羞恥を上回り、結合部を熱い蜜で濡らしながら喘ぎ声を耳元で漏らす。

 速度を緩め、時には激しく腰を振る。

 目の前の王女の性玩具として、肉棒のみの存在として俺は彼女の動きに堪える。

 

 脳が焼けそうになる程の快楽を我慢する俺は限界寸前まで彼女の為に行動する。

 アイリスの腰のタイミングに合わせて怒張で彼女の弱点を擦り、大好きな陰核を弄り、揺れる乳の先端に甘く噛みつく。

 効果はすぐに表れ、ぎゅううっと媚肉が痛いほどに怒張を締め付けた。

 

「ッ……! ッ、ぁ、ぁぃ……ッ!!」

 

 余裕のない呼吸。

 二人で一つの快楽を追求する為に、法悦の空に昇る為に腰を動かす。

 ぱんぱん、と脛骨部と尻肉をぶつけ合い、彼女が腰を下ろし、俺が突き上げる。

 

「ぅぁぁ~~~~~ッッ!!!」

 

 白濁のソースが吐き出される。

 膣襞を隅々まで汚し、アイリスの奥の奥まで存分に注ぎ込む。ピンと背中を反らせるアイリスの背中を抱き締めながら俺は一滴残らず彼女の中に注ぎ込む感覚に酔い痴れる。

 己を貫かせ子種を注がれる王女もまた、ぎゅっと目を閉じて絶頂の衝撃に浸る。

 

 首を曲げ、彼女の慎ましくも柔らかい美乳が俺の胸板で潰れる。

 コリコリとした肉粒が擦る彼女を抱きしめて、射精の余韻に痺れながらも駄目押しとばかりに亀頭を媚肉に擦り付ける。

 王女が己のペースで肉棒を擦り付けていた場所を重点的に擦ると、ビクビクと身体が震える。

 

「は、ぁ……」

 

 だらしなく口を開け、法悦に浸る表情は決して他の人には見せられない。

 ぼんやりと虚空を見つめていたアイリスは、ゆっくりと視線を俺の顔へと移し微笑を浮かべる。

 

 コツンと額を合わせて、唇を重ねるとアイリスは俺の胸板に顔を置く。

 そうしてどちらともなく脱力するとベッドに転がり、目を閉じた。

 

 

 

 +

 

 

 

 腹部に圧し掛かる感触、そして首に掛かる手の感触。

 それらが誰による物なのか、寝ていた訳ではない為にすぐに分かる。

 

 ただ、何が起きているのか少しだけ意味が分からない。

 

「っ……」

 

 ――キリキリと首が締まっていく。

 

 薄く目を開くと軽い重さの美少女が細く白い腕で俺の首を掴んでいた。

 俺の身体に圧し掛かる女は成長途中の白い裸体を見せ、所々に情欲の痕を残していた。男の痕を、俺が残した情欲の痕を身体に残す金髪の少女は美しかった。

 

 ――キリキリ、キリキリと首が締まっていく。

 

「ぁ……く」

 

 目の前には大きな瞳がある。

 絶望と嫌悪と悲哀に満ちた青色の瞳が俺を空虚に映し出す。

 

「――――」

 

 細い少女の手首に手を伸ばす。

 見た目的には直ぐに振り解ける程度の柔らかい少女の腕、しかしステータスが存在する世界に外見ほど信用出来ない物は無い。現に俺の首を締め付ける彼女の腕は俺の何倍も力が上なのだから。

 いつだって、アイリスは俺を殺す事が出来たのだから。

 

「――――」

 

 空っぽだった。少女の瞳は空虚だった。

 過去に思いを馳せるように、俺を見るようで、何も見ていない。

 

 解れた金髪を垂らし、互いの匂いを擦りつけ合った空間で彼女は俺を見下ろす。

 腕を振り解く事は出来ず、腰に圧し掛かられただけで逃れる事もスキルを使う事も出来ない。

 何度目かの死が訪れようとしていた。

 

「…………」

 

 どうして、と聞くつもりは無かった。

 当たり前の結末であるのは目に見えていた事だった。

 酸素の少ない脳で考えても、彼女に、アイリスに殺されるだけの理由はあった。因果応報とも呼ぶべき原因はアイリスの瞳が映し出していた。

 

 ――キリキリ、キリキリ、キリキリと首が締まって。

 

 相手の告白を受け取ってコレだ。

 優柔不断が招いた末路、女神二人に浮気した結果がコレなのだ。

 

 最初からアイリスだけを見て、彼女だけを愛していれば――。

 

「――――」

 

 自分が好きになった相手が他の人と関係を結ぶ。

 それは嫌だ。気持ち悪い。苦しい。悲しい。

 立場を逆にして想像しただけで嫌悪感が増す。空想だけでこんな気分に浸るならば、それを実際に知らされ、教えられた相手はいったいどんな気持ちだったのだろうか。

 

「――――」

 

 もう抵抗するつもりもない。抵抗する力もない。

 目の前の美少女の顔を見て、消える意識の一片まで彼女の姿を焼き付ける。

 

 自分がどれだけ不貞行為を働いたのか。

 空虚だった青空色の瞳を曇らせて、無言で頬に涙を伝わせる少女を見上げる。

 

 アイリスは静かに泣いていた。

 悲しみに眉をひそめ、ぐちゃぐちゃになった感情を瞳に貯めて、ポロポロと涙を溢す。

 

「――――」

 

 首を締め付けられ殺される。窒息死の出来上がりだ。

 ジワジワと締め付けられ息の出来ない死に方はこれまでで一番苦しいかもしれない。

 何だかんだで殆ど苦しまない死に方だったのは、運が良かったからか。何でもないところで幸運は働いていたのだろう。それも今日までの事かもしれないが。

 

 その場に流されて、何となく他の女に手を出した結果がコレならば仕方がない。

 アイリスを苦しませ悲しませた事が死因だとするならば。

 彼女を泣かせた浮気男。佐藤和真は、今ここで死ぬべきなのだ。

 

「―――ぁ」

 

 少女の泣き顔を見ながら死ぬ。

 それは最低の気分だったが、肉体はそんな感傷を余所に力を抜く。

 

 既に諦めていたが反射的に抵抗していた肉体の動きも停止する。

 暗くなりつつある視界、何も考えられなくなる意識の中、せめてアイリスの罪悪感が減るようにと小さく彼女に微笑む。手を差し伸べる事も涙を拭う力はもう無い。

 

 ――俺はアイリスを恨まない。

 

 ここで殺されても、蘇った後も、決して恨まない。

 そこまでされる程の事をしてしまったのだから、いつかは責任を取らなくてはならない。

 

「どうして……」

 

 互いに遮る物は何もなく息が届くような距離で王女が小さく呟く。

 その何故が何の意味かに脳を回す酸素も、返す言葉も、力も何もない。 

 

 そして首が――。

 

 

 



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第三十三話 愛を繰り返す

 ――『助手君、……カズマ君とねエッチしちゃった』

 

 何気ない言葉だった。

 湯船に浸かって、邪魔もなく友人との会話をしようとした時に。

 

 ――『実は私の正体は女神エリスなのでした!』

 

 衝撃よりも、まず理解が出来なかった。

 この人はいったい何を言っているのだろうか、と。

 

 ――『アイリスさんがこんなところでコソコソと準備している間に、私とアクア先輩でカズマ君を食べちゃいました! まあ、食べられもしたんだけどね』

 

 時間が経過する程に、その言葉を思い出す度に。

 

 ――『ここに出されちゃった。孕め! って言ってさ。凄かったよ』

 

 毒が身体を蝕んでいくかのように、あの女の言葉が脳裏を過る。

 

 ――『もうカズマさんは私たちの物です。結ばれたんです。身体も……魂も』 

 

 挑発だと思った。冗談であれと思った。

 関係を結んだ相手を奪おうとする泥棒に何を言ったのかは思い出せない。醜態を晒した覚えは無く記憶も朧気だが、告げられた言葉を、表情を、優越感に浸った瞳だけは忘れられない。

 

 ――『アイリスさん。そのうえで提案があるのですが』

 

 奪われたくない。失いたくはない。

 裏切られた。悔しい。悲しい。許せない。

 

 感情の向かう先は様々だ。

 ある男であり、ある女であり、そして何より不甲斐ない自分自身。

 感情的になり喚き暴れるなんて子供のような癇癪を起さない自分を褒めたかった。 

 

 人はモノではない。奴隷でない限り誰かの所有物などではない。

 そんな綺麗ごとは頭から転げ落ちて、残ったのは怒りだけだった。

 

『――――』

 

 こみ上げてくる怒りが。

 理不尽という、常識外からの侵略者への、怒りに、溺れていく。

 

『――――』

 

 得意気な顔で、つらつらと告げる銀髪の少女を前に笑みを浮かべる。

 武器が無くて良かった。もしこの手にあったなら首を落としただろう。

 友人だと思っていたのに。きっと此方の恋心など理解してくれていただろうに。それを理解してもなお、平然とした顔で笑みを浮かべて人のモノに手を出すなんて。

 

 なんて――、

 

 

 

 +

 

 

 

 ふいに、首に掛かった腕が外れ窒息死への道筋が絶たれる。

 暗闇に一瞬銀髪の少女の姿が見えた気がしたが、微かに開いた視界には金色が滲む。

 

「――ぶ、ぶ」

 

 咳き込む喉に、慌てて酸素を求める。

 底なし沼に溺れて浮かび上がる筈が無かったのに、運良く顔を出せたような感覚だ。まさか死ぬと思っていたのに窒息する寸前で空気を再び吸う事が出来るようになるとは。

 ――せめて一思いに殺して欲しかった。

 

「げほっ、ごほっ!!」

 

 手足をバタつかせ引き攣ったカエルのような醜態を晒す。

 口端から泡を吹かせ、身体を動かす事を忘れ、状況を理解せず、必死に呼吸を繰り返す。

 

 窒息への道筋は中途ながら終焉を迎え、しかし身体が唐突な空気に追いつけない。

 萎えた肺を膨らませ、咽ながら再び萎めて膨らませる。ブラックアウトした筈の意識は電流が奔ったかのように強制的に戻され、不足していた酸素を急速に取り込んでいく。

 運悪く死に損なったのか、或いは死ぬことすら許されないのか。

 

 仮にソレが彼女の手によって故意に引き起こされたなら、こんな拷問染みた真似をあと何回味わさせられるのだろうか、と最悪な想像が頭を過る。

 有り得ないと思いたい。それでも、もしこの後もこの拷問を繰り返す気ならば。

 

 ハーレム、などとのたまった己の意志がこの世界から消えるまでだろうか。

 じっくりと苦しめてから生の意志を殺して、肉体も精神も彼女は殺すつもりなのか。

 

「――――」

 

 だとしたら、アイリスの選択は的確だろう。

 達観していた死への妥協、それを壊され、今はただ生への渇望に縋る。どこにでもある空気を吸うという生への執着に捉えられていた。

 

 このままジワジワと鑢で骨を削るように王女に殺されるのか。

 桶の入った水に顔を沈めさせられ、死ぬ寸前に顔を上げさせる。そうして空気という名の生を実感させて、己を裏切った事を悔いさせて何度も死ぬ寸前にまで追い込まれるのか。

 そんな絶望が胸中を過る中、頭痛と耳鳴りと涙で滲んだ目元を手で拭うと薄い青い光が見えた。

 

 ――その光を前に、想像は想像に過ぎないという事を少しずつ理解していく。

 

「…………」

 

「――アイ、リス」

 

 羽布団のように軽い金髪の美少女がそこにいた。

 俺の腰に圧し掛かり、衣服すら身に着けず白い裸体を晒す彼女から発せられた青色の光が俺の喉付近へと当てられている。

 

 徐々に、少しずつ、緩慢とだが空気が足りず喘いでいた肉体から痛みが減っていく。

 回復魔法の類、或いは王族の固有スキルなのか。いずれにしても乳房や恥部を隠す素振りも見せず、見ている此方が痛みを覚える悲哀に満ちた表情の彼女は青色の光を俺に浴びせ続ける。

 

「――ぁ」

 

「……!」

 

 目が、合った。

 唇を噛み締めて、大きな瞳から涙を溢れさせる少女。

 大粒の涙は宝石のようで、サファイアを思わせる暖かい滴がポタリポタリと俺の肌に落ちる。

 

 前傾姿勢で俺の肩に置いた指は頼りない程に震えていた。

 俺を見るアイリスの眼差しには、様々な感情が、絶望と怯えが見えた。何もかもが終わったかのような、まるで借金三億を背負ったかのような、そんな陰惨な表情に陰りのある瞳が俺を捉える。

 そんな感情に反映されるように彼女の手にある青色の光が揺らぎ消失する。

 

「――――」

 

 何を口にすれば良いのか。

 助けてくれてありがとう? どうして殺さなかった? 浮気して悪かった?

 色々な言葉が思考を過るも目の前で泣いている少女を前に、全てが霧散していく。

 

 結局何も言えず、王女の発言を許してしまった。

 

「――ごめんなさい」

 

「――――」

 

「ごめんなさぃ……」

 

 首筋に涙が零れ落ちる。

 目元を拭って、嗚咽を漏らすアイリスを前に息を吸う。

 

「良いのか?」

 

「ぇ?」

 

「俺を殺さなくて良いのか?」

 

「――――」

 

 肺に空気を取り込んで、緩慢な頭をどうにか回して。

 取り敢えず、頭に浮かんだ言葉だけを彼女に告げる。

 

「アイリス。……俺は、お前が好きだ」

 

「……ぇ?」

 

「俺はお前が好きだ。……だけど、アクアやエリス様に手を出してしまった。欲望に忠実に、ちょっと我慢すれば良いだけなのに、我慢出来ずにホイホイと手を出してしまった。……そんな屑にお前は泣かされてる。何だかんだであいつらも嫁にしたいなって開き直る屑にはもうどうすれば良いか分からない。だったらせめてお前の好きなように任せてしまおうかな、と」

 

 心からの本心だった。

 アイリスをほったらかしにして、アクアやエリスに手を出してしまった。人間なら金とかでなんとかなったかもしれないが、相手は女神だ。本能で手を出したからにはただでは済まないというのを予感していた。多分、死んでも死にきれなそうな何かがあると思った。

 別にそれでも良かった。何を隠していても彼女たちに手を出した事は後悔してなかった。

 

 ただ、それでアイリスの心を傷つけてしまったのなら。

 ハーレムを求めた愚かな男を、満足いくまで殴るなり煮るなり好きにして欲しかった。

 

「だから、謝るならアイリスじゃなくて、俺だ。……ごめんな」

 

 相も変わらず状況は少女に馬乗りになられた状態だ。

 身体から力を抜き、両手を広げた男の腰に全裸の美少女が乗っている。

 死ぬのは怖い。首を絞められるのは怖いが、目の前の少女をこれ以上悲しませるのは嫌だった。

 

「俺の意志がもっと強靭なら……浮気してごめんな」

 

「……そうですね。カズマ様は最低です。でも、そうじゃないんです」

 

 此方を見下ろすアイリス。金色の髪が垂れ下がり苦渋に満ちた表情は変わらない。

 

「カズマ様と結ばれてからどんどん欲深くなってるんです。カズマ様はモノじゃないのに、カズマ様を私のモノにしたいって。頭の先から爪先まで誰にも渡したくないって。ホイホイ女の人に手を出したカズマ様よりも擦り寄ってくる人たちに対してそんな事を思ってしまって……私は嫌な子なんです。醜くて酷い人なんです」

 

「――――」 

 

「カズマ様がエリス様やアクア様と行為に及んだ事を知った時、私がどんな気持ちだったか分かりますか?」

 

「……どんな気持ちだったんだ?」

 

「分からないです。頭の中が色々な事がぐちゃぐちゃになって、失いたくないって……。奪われたくないって、……そう思って」

 

「…………」

 

「だから、もういっそカズマ様を殺して、私も死のうかなって。でもそうしたらカズマ様はエリス様の元へ逝ってしまう。そうしたら二度と逢えない。今度は私の手でカズマ様が離れてしまうって思ったら、嫌いになられたらって思ったら、もう自分がどうしたいのか、分からなくて……!」

 

「殺すのを止めたと……」

 

 コクリと頷くアイリス、その姿を見て身体の奥が熱くなる。

 この熱は怒りだった。その矛先は決して目の前で無く金髪の少女にではない。世界で最も身近な存在、優柔不断で愚かな自分自身に対する物だった。

 

「馬鹿が……」

 

 馬鹿だ。大馬鹿だ。どうしてこんな簡単な事に気付けなかったのか。

 決まっている。調子に乗っていたからだ。

 

「アイリス」

 

 上体を起こし、俯く彼女の腰を抱き寄せる。

 未だに涙が止まらないアイリスを抱きしめて、胸と胸が密着する程にくっついて。

 嘘偽りのない言葉を、万感の想いを口にした。

 

「アイリス。俺は――お前が好きだ」

 

「――――」

 

「アクアやエリスに手を出しちまったどうしようもない男だけど。ハーレム気取りで女神と浮気しまくった屑だけど、……世界で誰よりもお前が、アイリスが好きだ」

 

「――――」

 

「それだけは嘘じゃない」

 

「――――」

 

 ぐすり、と鼻を啜る音が聞こえる。

 顔を合わせ、涙で溢れる瞳を擦るアイリスを見ながら俺は口を開く。

 嗚咽を漏らす彼女の滑らかな背中を摩り十分もした頃、涙混じりの声で彼女は告げた。

 

「……本当に?」

 

「ああ」

 

「……信じられません」

 

「…………」

 

「だから、証明して下さい」

 

「証明……」

 

「そうです。教えて下さい」

 

 乱暴に目元を擦った彼女は大空を思わせる双眸で俺を射貫く。

 甘さはなく、憎悪もなく、静かに此方の覚悟を問い掛けるように頬に手を当て小声で囁く。

 教えて欲しいとコツンと額を合わせる彼女は微笑を浮かべた。

 

 

「私をどれだけ好きなのか」

 

 

 

 +

 

 

 

 時計の長針が何度回っただろうか。

 少なくとも一回では無かったかもしれないし、実は一回も回っていなかったかもしれない。単純に時計に目が行かない程に熱中し、他への関心を向ける事など良しとしなかったからだが。

 

「カズマ様って……本当に最低です」

 

「んん……」

 

 僅かな寝言に閉口するアイリスは無言のまま隣に目を向ける。 

 先ほどまでこれ以上なく愛し合った彼はスッキリしたらそのまま眠ってしまった。散々アイリスを泣かせて、啼かせて、クレアやレインどころか家族にすら見られた事の無いはしたない行為を散々繰り広げて、素知らぬ顔で眠っているのだ。

 

 王族にさせたら重罪どころか死刑になるような事ばかりさせたのだ。許さない。

 そっと鼻を摘み、顔を顰めるカズマを見て少しだけ溜飲が下がる。

 

「カズマ様ですもんね……」

 

 目と鼻の先に全裸の少年がいる。

 ――否、そろそろ少年から青年になりつつある裸体を堂々と晒す彼は死んだように寝ている。

 その胸板を掌で撫でて、その感触に胸をドキドキさせながらカズマの寝顔に目を向ける。

 

 粗暴で怠惰でヘタレな男、相手が貴族だろうと、王族だろうと、それどころか神を相手にしたってその態度を何一つ変える事が無い。無礼で、あけすけで、王族にある事無い事吹き込み、大人げなく、そして何よりも彼は身分よりも相手自身を見てくれる。

 

 王族ではなくただのアイリスを見て、普通に接してくれるのだ。

 それが嬉しく、たまらなく愛おしいと感じる。

 

「――カズマ様」

 

 そんな彼をアイリスは殺すところだった。

 アイリスの見てない間にフラフラと女のところへと向かい不貞行為に及んだカズマ。アイリスという相手がいながら行った行為は許されない筈だ。相手が神だろうと許せない。許さない。

 

 自分でも感情的になっているのは分かる。

 数年に渡る高等教育により、カズマの言う一夫多妻制は他の有力な家との繋がりを強靭な物へと変え、王国をより盤石な物にする為に必要な事なのだという事はアイリスも分かっている。

 そんな事を考えていたかはともかくカズマは女神と、神と男女の関係になったのだ。

 

「なんて……」

 

 ――なんて卑しい女なのだろう。

 

 神を前にして、友人だった銀髪の少女と青髪の少女にアイリスは思う。

 意志の弱いカズマの事だ。何かしらの褒美として身体を差し出す、といった大義名分を用意して見事に釣り針に引っ掛かったのだろう。神といっても所詮はそんなものなのか。

 

 そんなハニートラップに引っ掛かるカズマが恨めしい。

 そんなカズマを理解していると言わんばかりに手を出した女神が疎ましい。

 そして、それ以上にそちらに対しての対策を講じえなかった自分が憎たらしい。

 

 そんな思いがぐちゃぐちゃになって。

 ふと我に返って、安易に殺人という手段に手を出しそうになって。

 殺す寸前で思い留まって、それを許されて自己嫌悪と幸福感に包まれてしまったのだ。

 

「――――」

 

 嫌悪感を覚えながらも、ふと優越感に駆られる。

 サトウカズマが許す相手、特に自身の殺害を許容する相手などいるのだろうか。

 あの時絞め殺そうとした相手がめぐみんやララティーナなら彼は許さないのではないのか。そんな些細な『もしも』の出来事にすら頬が緩むのを覚える。

 

「ふふ……」

 

 彼の胸板に顔を擦りつけながら多幸感に笑みが零れる。

 前提からして有り得ない、と思った。

 だって彼女たちは結局はどっちつかずの対応で肉体関係ですらないのだ。あれだけ時間があって、アイリスがカズマと出会う前から一緒にいたのに、結局は恋人未満の関係でしかない。

 ――アイリスとは違うのだ。

 

「愛してますよ、カズマ様」

 

「…………」

 

 返答はない。寝ているのだから当たり前だ。

 いつかは彼から言って欲しい言葉だ。

 冗談交じりでもなく、照れ臭さが混じっていても良いから、本心の言葉を。それを求めるのは、どこかひねくれたカズマに対して酷という物かもしれないから今は代替品で我慢する。

 

 貰った『好き』よりも先の言葉をアイリスは彼に求め始めている。

 『愛している』とどこか捻くれた彼が言いそうにない言葉をアイリスは求めていた。

 

「私って本当に欲深いんですよ。カズマ様」

 

 眠るカズマにアイリスが手を伸ばすのはベッドの下だ。

 昼間に冒険者が聖書に釣られていたすぐ近くに隠されていた小さな箱。 

 

 中にあるのは小さな指輪が二つ。

 玩具の指輪と、録音機能の付いた高級ながらも玩具のソレと似た装飾のされた指輪だ。 

 

「…………」

 

 特別な効果や力がある訳ではないただの指輪だ。

 左手に嵌めた玩具の指輪など、殺人未遂を犯した王女の前に無防備に寝顔を晒す冒険者がお土産にプレゼントしてきた物だ。もう片方の指輪は偶然にも手に入った音声が無ければガラクタだ。

 

 意識の無い冒険者ごと布団に包まりながら、アイリスは寝る前の日課を行う。

 耳に指輪の小さな宝石を宛がい、リングにある小さな摘みを捻る。

 

 微かなノイズと共にアイリスの耳朶に響くのは男の声だ。

 

『――アイリス……愛してる』

 

「……ッ」

 

 脳髄にまで届くような甘い声音だ。

 どこか恰好付けたキザな声色は今でもあの時の情景を容易に思い出させる。突然の事に反応出来なかったアイリスを余所に、不安に思った彼が己の顔を店員に見せて鼻で笑われた光景が瞼の裏に思い浮かび笑ってしまう。

 彼の声を聴く度に、貰った指輪を撫でて眠る前の空想に微睡む。

 

 カズマとこんな事がしたいな、と。

 一緒にあんな場所に行きたいな、と。

 そして眠る前に、やりたい事を紙に綴って眠る。

 

 ――それが新しく出来た誰も知らないアイリスの日課だった。

 

「あのパスタ屋さん。また行きたいです」

 

「……ん、んん」

 

「カズマ様があのメニューを作ってくれても良いんですよ? 食べたいです」

 

 眠っている相手に離し掛ける行為に意味は無い。

 首に自分が残した痕を撫でながらアイリスはカズマに話し掛ける。

 普段は寝台で一人彼の声を聴く。今回はソレに実物大の抱き枕と質感と匂いと体温というおまけ付き。控え目にいって最高だと胸板に顔を擦りつける。

 

『どれくらい私の事を愛しているのですか?』

 

「――――」

 

『魔王を倒しちゃうくらいかな。アイリスの為なら俺はなんだってやってやるよ!』

 

「……ッ」

 

 偶然か、身動ぎするカズマが腕を動かす。

 アイリスを抱き枕と認識したのか、布団の中で腕をアイリスの背中へと回し密着する。

 素面ならば恥ずかしくて茶化しそうな行為も眠ってしまえば問題なく平然と行う。王女の心臓の鼓動など無視して抱き寄せる冒険者の首元に、ふとアイリスの唇が触れる。

 

 摘みを捻る。

 

『アイリス……愛してる』

 

 今までは眠る前に声を聴くだけで満足だったのに。

 今回は空想ではない現実が視界を、嗅覚を、味覚を、聴覚を支配していた。

 

『……愛してる』

 

 ちゅっと触れた首筋は僅かに汗の味がした。

 クラクラとする汗と男の香りが鼻腔を擽る度に、ドクンと鼓動が高鳴る。

 

『……愛してる』

 

 冗談で言った言葉だと分かってる。

 今はともかく、以前揶揄う為に告げていたカズマの言葉だと、分かっているのだ。

 

『アイリス』 

 

 それでもこの機械の音声を、繰り返す事を止められない。

 

「ん……」

 

 布団の中で身体に手を宛がう。

 片手は耳に当てたままで、玩具の指輪を付けた手は少し汗ばんだ己の下腹部へ。

 

『愛してる』

 

「私も……」

 

 くちゅり、と恥部を撫でる指は真新しい蜜で濡れていて。

 鼓動の高鳴りを理解しながら、ゆっくりと指の腹を動かす。

 

『アイしてる』

 

「――私も愛してます、カズマ様」

 

 いつか本気で言ってくれないかな、と期待しながら。

 この気持ちが独りよがりのモノにならないように、想いを馳せながら。

 指輪から手を離す事も出来ずに、今日もアイリスは一人で夜の日課に励むのだ。

 

 

 



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第三十四話 濃厚な朝

 後頭部に感じる微かな肌寒さに、俺はゆっくりと瞼を開けた。

 

「ん……」

 

 霞む視界、見知らぬ天井に告げる言葉はなく、俺は無言で周囲を見渡す。

 備え付けられた家具の一つ一つは高級感がありながらも貴族特有の派手さは無い。静かな空間には誰かが入ってくる気配はなく、思った以上に早く目覚めてしまったのだと理解した。

 

「ふわ……」

 

 欠伸をしながら布団の中で手足を伸ばす。

 いつの間にか乾いた口内、分泌した唾液で舌を湿らせると同時に身体の調子を確かめていると、何かとてつもなく柔らかい物体に手が触れた。

 布団を僅かに捲ると金色の髪の毛がシーツに乱れ、滑らかな物体が俺の身体に絡まっていた。

 

「…………」

 

 金色の物体は年頃の少女だった。

 すう、すう、と規則的な寝息を漏らす金髪の少女。

 布団から覗かせていた顔と違って、首から下は湯たんぽを抱いたような安堵感。同時に身体の奥まで暖まるような少女の柔らかさと今更ながら鼻腔を擽る少女の仄かに甘い香り。

 拳一つ分も無いような距離でベッドに寝転ぶ一糸まとわぬ姿の少女を俺は見つめた。

 

「ん、ぅ……」

 

 ――美少女が、アイリスが俺の隣で寝ていた。

 

 今更ながら気づく事実に喉を鳴らす。

 寒さを忘れ、呼吸を置き去りにして、少女の顔の前に肘を立て見下ろす。

 枕に頭を沈めながら俺のいる方向に身体を横倒しにした金髪の少女、ふと俺と彼女の寝るシーツは色々とぐしゃぐしゃになり今更ながら行為の痕が色濃く残る事に気付く。明らかに事後を思わせる中でも平然と眠る王女はやはり王女らしい豪胆さを秘めているのだろう。

 

「アイリス……」

 

「……、ま」

 

 もごもごと寝言を呟くも、彼女の薄い唇では明確な言葉を発しえない。

 微妙に唇を緩めて、なだらかで白い肩の上を解けた金髪が流れる。それはまるで故郷で見た黄金色の稲穂のような、そんな壮絶な美しさが視界に広がる。

 

「ふむ……」

 

 こんなあどけない年下にしか見えない裸体の少女と一晩中行為に耽ったのだ。

 今更ながら気づく事実と共に胸中に過る思いに小さく頬を緩ませるも、目端に捉えた僅かな違和感に目を向ける。

 それは彼女の白い裸体の中で唯一色を持つ、彼女が指に着けていた指輪だった。

 

「……?」

 

 はて、こんなものを着けていただろうか。

 絡んでいた腕を丁寧に解くと、彼女の両手に嵌めた指輪に目を向ける。どこか見覚えがあると思ったら片方は以前自分が土産として購入した玩具の指輪だった。

 恐らくは己が寝た後に着けたのだろうか、と思うと彼女の健気さに鼓動が高鳴りを覚える。

 

 もう一方は以前彼女が以前購入した指輪であり、気に入っているのだろう。

 それら二つのみを白く細い指に嵌め、猫のように外の寒さを嫌って布団の中で寝息を立てる。そんな、ただ眠っているだけの王女の姿に安心感と微かな罪悪感を覚える。

 

「…………」

 

 そんな己の胸中を誤魔化すように視線を動かす。

 少女の幼さを残した美麗な顔からゆっくりと視線を下へと移していく。

 布団を捲ると処女雪のような肌が無防備に男の前に晒される。恥じらいに隠す事も理不尽に殴られる事もなく、首へ、鎖骨へ、成長途中の乳房へとジックリと舐めるように視線を向ける。

 

 これは不敬罪どころでは済まされない事だろう。

 布団を捲った事で外気が身体に入り込んだのだろう、微かに身動ぎする彼女を前に思考を中断、布団の中へと潜入するとアイリスの絹のように滑らかな肌に頬を擦り合わせる。

 

「……っ、……ん」

 

 彼女の正面、布団の中というダンジョンで暗視スキルが作動する。

 朝ではあるがカーテンも閉め切られ、何より日の出が遅い薄暗い室内でも王女の、己が抱いた少女の肌をジックリと見る事は容易い。

 布団の中は性臭とアイリス自身の濃厚な香りが混ざり合い、思わず溜息が零れる。

 

 数多の美術品よりも勝る存在。

 世の男たちが一度は想像するだろう王女の味は下賤な冒険者のみが知っている。その優越感に浸りながら、布団の中という隔絶された空間で甘い肉果を目の前にする。

 

 しっとりとした少女の柔肌を優しく噛みつく。

 歯形を立てないギリギリの力で、餅のように柔らかい彼女の乳房に吸い付く。

 

「……ッ」

 

 お椀型の美乳、今だに成長途中なのかエリスの胸部を超えているアイリスの双丘に顔面を押し付けながら、ゆっくりとパン生地を捏ねるように優しく掌で揉みしだく。

 大きさだけが全てではない、そう思わせる王族の乳房に赤子ではない男が吸い付く。 

 

 乳肉の一部、尖端も含めて頬張る。

 仄かに血の味がする乳頭を舌先で舐めながら、片手で乳房を揉み解す。

 円を描くように撫でる度に形を変える乳房、僅かに乱れた吐息と共にアイリスが身じろぐ。

 

「んっ」

 

 昨日は散々王女に尽くした。

 その後は、獣のように互いが互いを求める本能的な行為を繰り返し続けた。

 意識がなくなるその時まで、交尾と言って差し支えないそんな行為を寝るまでずっと。

 

 だからそんな乱暴な行為をした事を詫びるように彼女の身体を弄る。

 乳房を吸って、揉んで、薄い首筋を擽る度に王女の身体に熱が籠っていく。

 

「っ……ふっ」

 

 プリンのような彼女の乳房を掌で撫でながら、乳首を啄む。

 赤子のように彼女の乳を吸っている間に、気が付くと硬度を帯びた尖端、てらてらと唾液で塗れた乳首を眼前に置きながら乳房の下部をちろちろと舌でなぞる。  

 徐々に、アイリスの全身から汗の芳香を放ち、密閉された空間には彼女の香りで満たされる。

 

「は……ぁ……ッ」

 

 舐めていない片方の乳首がふるりと震える。

 まるで俺の愛撫を待ち望んでいるかのように触れた乳房の中で硬さを主張しているように思えて、俺はうっすらと汗を掻いた片方の乳房に顔を近づけ勢いよく吸い付く。

 じゅるるっと音を立て、強く強く吸い付いた瞬間だった。

 

「あっ! ……ッ!」

 

 耐え切れないとばかりにあげた声に、思わず俺は息を呑んだ。

 当たり前の話だが、ここまでの『悪戯』をされて起きないという人物は中々いないだろう。最も身近な他人、例えばパーティーメンバーでも酒に酔ったアクアぐらいだろうか。

 

 要するにここまでされて寝られるのは流石に王族の豪胆さでも有り得ないだろうと、慎ましい美乳に顔を埋めながらおずおずと視線を上へと向ける。

 布団を被り、むわりと女の香りが漂う空間で首へ、顔へと視線が移る。

 

 今更ながら怒られたらどうしようか。

 最低限土下座の体勢に移行する事も頭の隅に置きながら目を向ける。

 

「――――」

 

 目が合った。

 薄暗闇の中でも、彼女と目が合ったのが分かった。

 長い睫毛に縁取られた瞼が開き、俺の姿を湖のように澄んだ青の瞳が映し出す。

 

 いつの間に起きていたのか。

 それを問い掛けるのを忘れて、声を詰まらせて視線を交わす。

 

「……ぁ」

 

 悪戯に失敗したような残念そうに華やぐ輝き。

 戸惑いや羞恥、それらを塗り潰す喜悦を孕んだ眼差し。

 

 触れる事を忘れて、愛撫する事を忘れて、ただその輝きに焦がれる。

 もごもごと、もどかしげに彼女は唇を動かし、気恥ずかしそうに瞬きを繰り返す。

 きっと朝から己の身体を弄る俺に何を告げようとしているのか考えているのだろう。静かに唇の動きを留めるアイリスの第一声を俺は今か今かと待ち構えた。

 

 罵倒を告げるのか。

 それとも続行を望むのか。

 彼女が告げようとする言葉、それに俺は耳を傾けて――、

 

「…………」

 

「……アイリス?」

 

 青い瞳に俺を大きく映す彼女は、無言のまま身体を動かす。

 もぞもぞと布団の中で身体を動かして、揺らした瞳をゆっくりと俺から逸らし、滑らかな背中を向ける。俺の視線から逃れるように、お前とは何一つ言葉を交わしたくないと言わんばかりに白くきめ細かな肌を見せる彼女に俺は息を詰めた。

 

 ――なんだ、その反応は。

 どう反応すれば良いのだ。

 

 拒絶するというには殴る事も離れる事も無い。寧ろ暖を取るつもりなのか背中を俺の胸板に押し付ける彼女を前に外された両手が宙を掴む。

 では受け入れたという事なのかと思うがせめて一言何かを喋って欲しい。

 寝ぼけていたにしては、興奮に肌を赤くし、確かな情欲に揺れた瞳を見せていたアイリスの姿は明らかに不自然極まりない。

 これは続行して良いという合図なのか、少し判断に迷うところだ。

 

 そう悩む俺は小さく呼吸する。

 鼻腔を擽り肺に取り込むソレは生温く甘い少女との密な空気だ。

 取り込み、それでもなお足りないと訴える肺から息を吐いて、胸板を彼女の背中に押し付ける。

 

 俺の出した結論。 

 それは――、

 

「寝ているって事でオーケー?」

 

「…………」

 

 ぐりぐりと押し付けて、アイリスからも背中が押し付けられる。

 互いの肌を触れ合わせてどちらかが離れると一方が肌を押し付ける。そんな軽いじゃれ合いをしているうちに、何となく彼女の意図を掴んだ気がした。

 俺に背中を向ける形で横たわる彼女をぎゅっと腕に抱くとアイリスが吐息する。

 

「ぁ……!」

 

 背後から腕を伸ばし、彼女を抱きしめるように乳房を揉む。

 正面からは彼女の後頭部しか見えない為、掌の感触だけで少女の双丘を確かめる。

 

「んっ」

 

 乳房を背後から揉む男の手を少女の小さな掌が包み込む。

 唾液で汚したなめらかな乳房を掌で撫で、尖った乳首は人差し指で上下左右に弾く。

 尖端の根元からゆっくりと指の腹で掻く度に、ぎゅっと俺の手を握るアイリスに両手を潰されないかという心配に頭を振り、さらに一体化するべく彼女の後頭部に鼻ごと顔を突っ込む。

 

「んふっ……っ」

 

 布団の中で密閉された空間では、互いの呼気がよく響く。

 触れた時の鼓動の高鳴りも、王女の金髪の髪から漂う匂いも、小さく漏れるアイリスの呼吸も、その全てが俺を昂らせ、反り立つ怒張が彼女の尻肉へと頬擦りする。

 濃厚なアイリスとの密着に俺は呻きながらも、片手をゆっくりと下腹部へと移動させる。

 

「ぁ、ぁ……」

 

 双丘を撫で、柔らかい腹部をなぞり、俺の片手が彼女の恥部へ向かう。

 ビクッと身体を指が這う度にアイリスの身体は僅かに身動ぎし、怒張に刺激を与える。そんな彼女からの刺激を無視しながら恥部をなぞる俺の腕を王女の手が力なく捕まえる。

 本当は弄って欲しい癖に、抵抗する素振りを見せるのは俺の情欲を昂らせたいからだろう。

 

 無意識なのか、意識的なのか。

 いずれにしても目の前で熱く吐息を漏らす王女はムッツリスケベに違いない。

 

「ぁ、んふ、ぅ……」

 

 艶めかしい腰肉を指先でなぞると、くすぐったさと快楽の混ざった熱い息を漏らす。

 片手が辿り着いた恥部を周囲の肉ごと触れ、指に淫液を絡ませながらリズミカルに攻める。

 

「……! っ……!!」

 

 びくっと身を強張らせたアイリスは内腿を擦り寄せる。

 しっとりとした腿が手を挟むのを感じ取りながら、俺は気にする事なく貝肉を指で執拗に弄ぶ。

 片手で乳房を揉みながら、片手で恥部を弄るオーソドックスな自慰のように彼女の身体に触れながら、嫌々と首を振るアイリスの頭部に鼻を突っ込みながら小さく囁く。

 

「アイリス。脚開いて」

 

「……っ」

 

「少しで良いから。そしたらもっと気持ち良い事してやるよ。ほら、恥ずかしがるなって……」

 

「…………」

 

「夜な夜な一人でしているみたいにガバッと開けよ」

 

「ししし、してません! 王族はそんなに淫らではないのです」

 

「あれれ~今のは寝言かな? 寝ていると思ったんだけどな……御託は良いから、はよ! 皆が続きを望んでんだよ、エロリスが!」

 

「変な呼び方しないで下さい! それにそんな風にしたのはカズマ様です!」

 

 羞恥心を忘れない王女は華憐だ。

 煌びやかな花のように、どれだけ男と触れあってもその姿が枯れる事は無い。

 寧ろ、その羞恥を弄り女としての悦びを教える度に、その美しさは成長を続ける。

 

「なあアイリスのここに触りたいんだよ……。良いだろ……」

 

「か、カズマ様……」

 

「ん? 寝言かな?」

 

「そ、その……。あんまり耳元で囁くのは少し控えて頂けませんか?」

 

「お断りします。アイリスが可愛いから、こうして虐めたくなっちゃうんだ。それとも耳をこんな風にされるのが好きなのか? アイリスも物好きよのぉ……ふぅ」

 

「んっ」

 

 吐息と共に甘い言葉を吐くと身悶えるアイリス。

 汗を身体に浮かべ、濃厚な雌の匂いを漂わせながら、快楽の為に密着させていた脚を広げる。片手が再度進行を開始し、そして見えない状況下で、文字通りにアイリスの恥丘を愛でる。

 

「んゃ!」

 

「さっきより濡れてるな」

 

「そ、それはちがっ……! ひぅ!」

 

 背後から王女の華奢な身体に抱き着きながら彼女の恥部を指で這う。

 ふわりとした恥毛を指で弄りながら、濡れた媚肉の付近に小さな陰核を見つける。

 

 手探りの中で使い物にならない目は彼女の赤らんだ横顔を覗き込み、耳裏にキスをする。

 なんとなく耳への囁きが口とは裏腹に喜んでいるのを悟り、適当に羞恥を煽りながら探し出した肉芽を指で挟む。

 その瞬間、熱い吐息を漏らすアイリスが息を呑んだ。

 

「……っ! ぁ、ぁっ」

 

 小さな包皮を剥き、指の腹で擦る。

 指を鉤状にしたアイリスが小さな唇でそれを咥えるも嬌声が漏れる。

 

 露出させた肉芽を爪で撫でる。

 今か今かと震えているそれを人差し指と親指で軽く潰し、こりこりと左右に擦る。

 

「ぅ~~~~っっっ!!!」

 

 かくっとアイリスの腰が上下する。

 身を強張らせていた彼女の肢体から力が抜け、僅かに広げた脚がくたりと閉じられる。

 

 軽く絶頂に達したのか、腕の中で小刻みに震えるアイリスの姿に僅かながらの満足感を覚える。しかし昨夜の奉仕に比べれば大した事はないのではないだろうか。

 貝肉を好きにしていた俺の手を再び封じる形で腿肉が挟み込む中、俺は無言のまま滑らかな感触の腿を掴み無理矢理に脚を開かせ、恥部を露出させると肉芽を擦る。

 

「ぁっ、ぁぁ! それっ、それ、待って! ~~。……っ!」

 

 唇から指を離し短い悲鳴を上げる彼女は、声を聴かせたくないとばかりに声を押し殺す。

 その抵抗がいつまでもつのかと、俺は懸命に王女の弱点を集中的に指で愛撫する。

 

 脚を股の間に入れ、無理矢理股を開かせると空いた片手は陰唇を開いて、僅かに中へ。

 蜜液を指に絡ませながら媚肉の入り口に挿入させた指を何度も抽送する。軽い抜き差しですら経験の無い少女の身体には甘い毒のように浸透し、小さく蜜液が跳ね、彼女の腿を伝う。

 一度達すると余韻から戻る前に新しい快楽の波に彼女を流し続ける。

 

 疑似的なピストンに彼女が喘ぐと罰のように肉芽を擦る。

 脚を閉じようとすると、その罪の重さを彼女の身体に教える。

 

「ぁぁっ! ぁ、ぁ、ぃ、ぅっっっ!!」

 

 両方の刺激を与えてみて、アイリスは肉芽の方のお仕置きを悦んだ。

 特に左右からねぶるように指で擦りながら、根本から尖端までを爪の裏で軽く潰す度に、アイリスが厭らしい声を漏らし蜜を跳ねさせ、ビクリと身体を硬直させるのだ。

 目端に浮かぶ涙を溢し、力の無い手で俺の腕を掴みながら絶頂に達するアイリス。

 

「ぁっ! ぁんっ!!」

 

 口から男を惑わす喘ぎ声と、口端から伝う唾液。

 俺の指先が彼女のクリトリスを刺激し、媚肉から吹き出す愛液。

 

 シーツを握り締め、一方的な快楽にアイリスは布団の中で悲鳴に似た喘ぎ声を聞かせる。

 

 俺が満足するまで、彼女は聴かせてくれた。

 

 

 

 

 限界だった。

 

「はーっ……はー……」

 

 湯気と汗を絡ませ、布団から顔を出した俺はアイリスをうつ伏せで寝かせる。

 久方振りの外気にむわりとした淫靡な空気が周囲に広がる中、これだけを確定させる。

 

 俺が上で、アイリスは下。 

 白い尻肉を晒させ、割り拓いた媚肉に余裕もなく尖端を沈める。

 

「は、~~~~~っっっ!!!」

 

 彼女の小さな身体に圧し掛かり、『寝バック』と呼ばれる体位。

 一息に怒張が根本まで飲み込まれると両手で枕を掴み、くぐもった悲鳴をアイリスは上げた。

 

 背後から動物のように圧し掛かり慌ただしくなされる挿入。

 ぱちゅん、と鼠径部が臀部とぶつかる度によく濡れた肉が俺の怒張を包み、締め付ける。

 

「っ、っ、……!」

 

 彼女の媚肉の感触に奥歯を噛み締めながら、隙あらば子種を搾ろうとする王女のくびれた腰を掴み、アイリスが悦ぶ部分に届くように腰を揺する。

 アイリスを押しつぶすも、互いに楽な姿勢で絶頂に達する為にピストンを続ける。

 

「……ぁ、っ」

 

 奥の奥から蜜を溢し、軽く突き刺すだけで声を漏らす。

 艶めかしい王女の背中の汗を身体の前面に擦り付けながら両手を双丘に這わせ揉む。

 

 尻肉を叩き、奥の奥へ亀頭を押し付けるとアイリスが艶めかしい声を漏らす。

 その自らの声を恥じらったのか、枕に小さな頭を押し付けて身体を強張らせ脱力する。そんなアイリス自身の感情など関係なしに彼女の身体は精子を求めて厭らしく蠕動する。

 気を緩めれば即座に射精しそうな状況で、俺はアイリスから枕を取り上げる。

 

 我慢などさせない。

 誰も聞いた事のない女の声をもっとアイリスから聞きたかった。

 

「ぇ、え?」

 

 貫いたままの彼女の手が届かない範囲へ枕を投げ、斜め上から奥まで貫く。

 

「ひゃぁぁっっっ!!」

 

 掴む物を無くし、悲鳴のような嬌声を上げたアイリス。

 ピストンの度に彼女の蜜壺から響く水音に、顔を赤らむ少女はシーツを掴み皺を作る。

 

「ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ」

 

 声を隠す事も出来ず、背後から男に一方的に快楽を押し付けられる。

 肉壺に剛直を叩きつけ、奥の奥を亀頭でノックする。

 肉竿を引き抜こうとする度に雁裏に膣襞が絡みつく。その淫靡な肉の蠕動に耐え、お仕置きとばかりに竿を押し込むと結合部から粘液がシーツを塗らし、僅かに背中を反らす。

 

 目の前の雌を孕ませようとひたすらに俺は腰を振った。

 もう何をしても止められない激しさに、アイリスは喘ぎながら首を振る。

 

「ぁぁっ! や、っ、……ぉ、ぅぁっ!!」

 

 短い喘ぎの度に髪を振り乱し、シーツに涎を溢す。

 ぎゅっとシーツを掴む少女の手の甲に手を置き、汗ばんだ首元へ唇を触れさせる。

 すると突然、今までとは異なり喉付近を隠すように彼女は首を竦める。その反応に目を丸めると、俺は訝し気な顔で彼女の顔を覗き込んだ。

 

「ダメ! そこ、は……!」

 

「どう駄目なんだ」

 

「舞踏会、あり、ますから……痕、が」

 

 息絶え絶えになりながら、今更ながら思い出したようにアイリスはキスを拒絶する。

 彼女に触れていない部分は何もないのに、今更痕を残す事を否定するらしい。

 

 ――今更、何を恥ずかしがっているのだろうか。

 

「うるせぇ! おら!」

 

「ぅ、ぁぁっ! ……ぁっ!!」

 

 ジックリと痕が残るように噛みつくように、誰にでも分かるように、唇で首筋を吸う。

 餅のように柔らかい乳房を揉み、首元に噛みつき、獣のようにピストンをする。

 暴れる彼女を抱き締めて、やがて――、

 

「あぁぁっっっ!!!」

 

 アイリスの喘ぎは長く尾を引いた。

 口を開き、瞼を閉じて背中を反らす王女の絶頂。そんな彼女がどこにも行かないように背後から最奥への射精に至る。濃厚なミルクがマグマのように吹き出し、膣襞の一つ一つまで汚していく感覚までもが伝わるようだった。

 僅かに血と汗が滲むアイリスの首筋を舐め、残った痕を満足気に見下ろす。

 

「っ……は……」

 

「……カズマ様は」

 

「ん?」

 

「仕方のない人ですね……」

 

 彼女の奥に注いだ余韻に浸る中、ぽつりと呟く王女は俺を軽く睨む。

 今更ながら後先を考えない行為だった事に反省する俺を余所に、彼女はそっと首筋を撫でる。

 

「本当に仕方のない人です。カズマ様は」

 

「面目ない」

 

「昨日より強引でした」

 

「でも悦んでたじゃん。昨日より」

 

 圧し掛かりながら謝る俺を半眼で見上げるアイリスは青の瞳を揺らす。

 僅かに膨れた頬を萎め、唇を尖らせる姿は年相応ながら何を要求しているのかを理解する。

 

「んー……」

 

「…………」

 

 王女の寛大な対応に感謝しながら、行為を終えた事を証明するように唇を重ねる。

 目を閉じると、トクトクと心の鼓動が聞こえるがそれがどちらの物なのか分からない。

 

「……もっとカズマ様とこうしていたいです」

 

 やがて離れる唇に一筋の透明な糸、それが千切れアイリスの唇に珠を作る。

 それを嬉しそうに見つめ艶やかな唇に撫でる少女の、その仕草は何よりも卑猥だった。

 

 

 



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第三十五話 サヨナラなんて許さない

 ──顔に感じる柔らかさに俺は静かに肩を震わせる。

 

 少し前までは信じられなかった状況。

 こうして少女の裸体を拝み、行為に及び、乳房に顔を埋める。

 

 ふにふにとした餅のような質感はこれからの将来性を感じさせ、後頭部に感じる掌の暖かさは俺に対する確かな友愛と愛情を感じさせる。

 性衝動とは違う、何か心の奥底から感じる安寧に俺は背中に回した手に力を籠める。

 

「カズマ様って子供みたいですね」

 

「男は皆、心は子供なんだよ。どれだけ年を取ったって子供心を忘れたら老化一直線だろうし。スケベ心を無くしたらそいつは死ぬ」

 

「流石にそれはないと思います」

 

 アイリスは男を舐めているようだった。

 とはいえ、それもまた仕方の無い事だろう。この王城という箱庭で他人から与えられる知識だけを吸収して来た無垢で可愛らしい少女なのだから。

 

「アイリスは抱き心地が良いなぁ……」

 

「そ、そうですか?」

 

 年下の少女の乳房を枕にして顔面に挟ませている絵面は通報一択だ。

 ただ王女と最弱職のいる部屋に侵入しようとする不届き者はおらず、時間帯を考えても流石にまだ第三者の介入の余地は無いだろう。

 柔らかな乳肉に顔を擦りつけながら王女の身体を弄り、アイリスの甘い匂いに鼻腔を擽らせながら鼓動に耳を澄ませる。トクントクンという心の鼓動に純粋にアイリスと過ごす時間を楽しむ。

 そんな俺の行動を叱る事もせず、頭を抱く彼女は俺の髪の毛を指で弄る。

 

「俺の髪の毛なんか触って楽しいか?」

 

「ふふっ、……勿論、とっても楽しいですよ。こんな時間をカズマ様と過ごせるなんて凄く嬉しいです」

 

「……お、おう」

 

 滅茶苦茶にアイリスに俺は甘やかされている気がした。

 

「カズマ様こそ、その……苦しくないですか?」

 

「大丈夫です。お構いなく」

 

「……ッ」

 

 呼気がこそばゆいのか密着していたアイリスの乳房がむにゅむにゅと動く。

 汗と少女の甘い体臭が混ざった芳香を肺に取り込みながらくすぐったそうに、恥ずかしそうに身体を揺らすアイリスを抱き締める。

 以前までなら気恥ずかしくて出来なかった事が、アイリスには平然と出来るようになってきた。

 

「あ、あんまり吸わないで下さい! ……恥ずかしいです」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

「何がですか!?」

 

 吸って吐いて息をする。

 そんな当たり前の事が出来る事に俺は少しだけ感謝していた。

 

「俺もアイリスの髪の毛触っても良いか?」

 

「もう触っているじゃないですか。……あ、あのそっちは違います」

 

「生え掛けだ~」

 

「…………」

 

「いたっ! いたた!!? おい、止めろ! 俺をハゲマさんにする気か!」

 

「カズマ様が変なところを触るからです! もう……ッ!!」

 

「御守りにいれるからちょっとくれよ。俺のやるから」

 

「……、だ、ダメです! それは流石にダメなのです!」

 

「今、ちょっと考えたろ」

 

 ちなみにハゲに回復魔法は効かないらしい。

 そんな風にアイリスと事後のピロートーク兼スキンシップに勤しむ。事あるごとにリア充爆発しろと思っていたし、こんな甘ったるい会話や触れ合いなど精々がセクハラや下着を被るのが精一杯だと思っていたが人生どうなるか分からない物だ。

 時計を見るとまだ少し寝ていても大丈夫だろう。時間に余裕はある。

 

「朝はいつもクレアが起こしに来るのか?」

 

「あ、いえ、流石に朝はメイドが起こしに来てくれるのですが……」

 

「ふーん……。てっきりクレアが起こしに来るのかと思ったんだが」

 

「前まではそうだったんですけど……、最近はちょっと……」

 

「ん?」

 

「なんというか、最近のクレアの眼と言いますか……偶にカズマ様がスタイルの良い女の人に向けるような目をする時がありまして……」

 

「そんな目はした事ないけどな。……こいつちょっと気持ち悪いなってなったのか」

 

「い、いえ……そこまでじゃないんですけど。なんとなく」

 

「そうか。アイリスも反抗期が始まったんだな」

 

「違います!」

 

 幼少期から教育係としてアイリスに様々な事を教えたであろうクレアとレイン。

 普段からずっといる分、家族よりも家族をしているから難しい年頃にとって少し疎ましいと感じるのだろう。思春期の少年少女にとって家族の干渉というのは意外と苛立つ物なのだ。

 

「私ももうすぐで大人なんですから、子供扱いしないで下さいと言ったじゃないですか」

 

「子供扱いはしてないだろ。大人の階段は上ったし、アイリスも殆ど大人だろ」

 

 そうでなければ佐藤和真はロリコンでは無いのだろうか。

 十四歳が成人とはいえ、現在十三歳と数か月のアイリスで童貞を捨てたのだ。この頃の年齢のめぐみんとはお風呂に一緒に入る程度だったのに、何がどうしてこうなったのだろうか。

 

「カズマ様がロリコン扱いされないように私も、もっと大きくなりますから」

 

「……いや、今更そんなの痛くも痒くもないし。モテない連中の僻みだって思うと笑えるだろ」

 

 王女に手を出した俺をロリコン扱いするというのは、アイリスをロリータ扱いするのと同義だ。一国の姫に対してソレは流石に馬鹿にしており、処刑は免れないだろう。

 そもそも俺をロリコン扱いするのはアクセルの冒険者と仲間たちと気にする事では無い。

 

「気にしなくて良いからアイリスはゆっくりと成長してくれ」

 

「…………」

 

「今のは格好良かっただろ」

 

「その一言はいらなかったです」

 

 何となく目の前の王女は焦りを感じているように思えてならない。

 大人になりたいという気持ちは理解出来る。だが別に慌てる必要も無いのではないのか。どのみち時間が経過すればアイリスとて大人になるのは確定しているのだ。

 俺の言葉に、眉尻を下げるアイリスは俺の頭を胸に抱き、小さく囁く。

 

「……別に焦ってなんかいません」

 

「本当か?」

 

 彼女の青の瞳に目を向けようとしてアイリスに抱き締められる。

 柔らかい感触と甘い香り、獣のように身体を重ねて覚えたそれらが劇薬のように俺の判断力を鈍らせる。

 

「時間になったら起こしますから」

 

「アイリスに起こされるなんて、俺は幸せだな……」

 

「本当ですか?」

 

「嘘じゃないって……。アイリスとエッチ出来たし、一緒にイチャイチャ出来たし……」

 

「ゴブリン扱いしていたアクア様とエッチしたりしましたもんね」

 

「……その事に関してなんだが――」

 

「もう少ししたら一緒に起きましょうね」

 

「…………」

 

「おやすみなさい」

 

 今日の事は明日の俺へ。今の事は一時間後の俺へ。

 そうして怠惰に行動してきた結果がコレなら幸せではないだろうか。

 そんなもでもないと、理解してはいても、何とかならないかと望まずにはおれないまま。

 ゆったりと、アイリスに抱かれて俺の意識は闇に呑まれていった。

 

 

 

 +

 

 

 

「良く眠れましたか?」

 

「ん、ああ。昼寝って意外にも二十分ぐらいでも一晩ぐっすり眠るのと同じくらい効果があるって知ってたか?」

 

「いえ、初めて聞きました」

 

「俺がいた国ではそういう研究結果があるんだってさ」

 

「カズマ様は色んな事を知っていて尊敬します」

 

「いや、アイリスの胸の中だから良く眠れたんだって」

 

「……アレくらいでしたら、いつでもカズマ様を甘やかしますよ?」

 

「マジで!? お願いします!」

 

 白い頬に朱色を差し俺を見つめる姿は正しく恋する乙女だろうか。

 多少調子に乗っている事はともかく、相思相愛であるのは間違いないだろう。ニコニコと柔和に浮かべた笑みは見る者を惹きつけるような色気を感じさせた。

 

「────」

 

 結局、アイリスは俺をギリギリまで起こさなかった。

 ──否、ギリギリアウトになってから起こしたと言っても良い。下着だけは身に着けた状態でアイリスの腕の中で起きた瞬間は驚いた物だ。

 

 アイリスは既に衣服を着ており、換気の為に窓は開けられていた。 

 ベッドの汚れたシーツを直すメイドの冷たい目が肌身に染みたのは忘れられない。

 

「流石に私は恥ずかしかったです」

 

「だったら早く起こしてくれたら良かったのに。適当に魔法で隠蔽とかして……」

 

「それではダメなのです。……カズマ様は恥ずかしかったですか?」

 

「いや全然。それくらいでメンタルにダメージなんか入らないし! アイリスとエッチしたって事実がメイドに知れ渡るってなんかちょっと興奮するわ」

 

「…………」

 

 ニートを舐めてはいけない。

 親戚の集いで言われた嫌味をスルーする男なのだ。メイドにはウインクを返すと、俺はアイリスと共に朝食の為に部屋を後にした。

 そうして朝御飯を口にして、習い事が無いというアイリスと共に散歩していたのだ。

 

「カズマ様? どうかされましたか?」

 

「うん? いや……アイリスさ」

 

「はい」

 

「事前にメイドとか執事に何か言ってたりしたのか?」

 

「…………」

 

 顔を洗って朝御飯を食べて、そして今更ながら俺は思い至る。

 当たり前だが王族の姫、その婚約者とはいえ正式に結婚していない男女の営み(片方未成年)を目撃したメイドが悲鳴も上げず、黙々と淡々と部屋の掃除を行い続けたのだ。

 それが教育の行き届いたメイドだと言われると頷くしかないが。

 

「悲鳴上げられて兵士呼ばれて処刑からのエリス様への出荷エンドになると思ったんだが」

 

「ドナドナですね」

 

 仮にも王城にてアイリスと共に過ごしていた時期がある。

 あの頃もセクハラによるメイドたちからの冷たい眼差しをモノともせず過ごしていたが、今回は王女と冒険者がねっとりとベッドに寝ていたのを目撃したのだ。

 第一発見者がクレアだったら抜刀どころでは済まなかっただろう。

 

 もしくは事前にこうなる事を予期してアイリスがメイドや執事に何かを言っていたのかもしれない。俺が気にしても仕方がないのかもしれないが、一応は知っておきたかった。

 

「勿論、こうなる事は予期していたので城の使用人には予め伝えておきました」

 

「やっぱり……」

 

「もう使用人たちは皆カズマ様が私の婚約者だというのは知っています」

 

「……ほぉ」

 

「でも、メイドさんに変な命令とかはしてはダメですよ?」

 

「すすす、する訳ないだろ! 俺はアイリス一筋だって……」

 

「ゴブリン程度にしか見えないとか言っておきながら結局アクア様を抱いたチョロいチョロいカズマ様。よく聞こえなかったので、もう一回言って下さい」

 

「ごめんなさい」

 

 ハーレムの道は遠い。

 やや冷えた廊下をアイリスと共に散歩する。本来ならばこんな寒い日はコタツの中に入るか布団から出ないのだが、流石にアイリスの手前恰好悪いところは見せたくはない。

 

 窓から覗く景色は相も変わらず雪が降っている。

 しんしんと静かに城の屋根や少し遠くに見える城門や兵士の頭にも雪は積もっていく。去年と比べて今年は随分と雪が降るなと思っていると、アイリスが顔を寄せてくる。

 

「カズマ様は、私と一緒にお城に暮らしたいと思いますか?」

 

「……ん?」

 

 唐突な質問に雪景色から目を離してアイリスに目線を向ける。

 一部三つ編みがされた金髪、雪のように白い肌、透き通った大空を思わせる青い瞳、王女と名乗るに相応しい少女が小首を傾げて俺に問い掛けていた。

 

「ん、まあ、そうだな……。暮らしたいですねぇ……」

 

 真面目に考えたかというとそうでもない。ただ何となく暮らしたいか暮らしたくないか、本能的な部分に問い掛けて、アイリスと楽しい生活を送りたいなと思っただけである。

 瞳を輝かせ、ニコリと微笑を浮かべるアイリスはコクリと頷く。

 

「それなら、良かったです」

 

「……ほらゲームとか一緒にしたり、エッチな事したり、遊んだり、美味しい物食べたり、アイリスと一緒にそういう生活送りたいなーって」

 

「ふふっ、そうですね。私もカズマ様と一緒に明日も明後日もずっと過ごしたいです」

 

「…………」

 

 鼓動が高鳴りを覚える。

 積極的なアイリス、明らかな好意をここまで向けられるのはめぐみん以来では無いだろうか。少し照れ臭くなりそっと彼女から目を背ける俺に微笑み掛ける王女は何を考えたのか、襟元を掴み目を細める。

 恥ずかしがる様子も無く、ただ求めるような顔でアイリスは求める。

 

「カズマ様……」

 

「流石にいきなり廊下でするなんて……、ほら、誰かが見てたらとか……」

 

「早くしてください。んー……」

 

「しょうがねぇな……」

 

 王女が唇を尖らせて求めているのだ。答えなければ失礼だろう。

 既にメイドや執事といった城の住人にはアイリスが手を回したのだ。仮にここで誰かが来ても口止めも容易いという事だ。 

 俺よりもアイリスの方が大胆なのではと思いつつも、ゆっくりと顔を近づけていくと。

 

「――あれ、助手くんじゃん!」

 

「…………」

 

「アイリスさんも! やあ、偶然だねぇ」

 

 見知った声音が背後から聞こえた。

 なんとなくキスをする雰囲気が霧散したのと、知り合いの前である事もあり俺はアイリスと僅かに距離を取る。

 微妙に不満気な顔をする王女を尻目に、俺が目を向けた先から歩いてくるのはメイドの少女。

 

「クリスじゃん」

 

「お頭だよー。ほら、今キミが何を思ったのか言ってみて!」

 

「いや、特に何にも」

 

「酷くない!?」

 

 黒を基調としたメイド服を着用したクリスが、俺に苦笑を向ける。

 白色のカチューシャを頭に乗せて、所々にあるフリルが付いたメイド服は可愛らしさこそあるが厭らしさは感じられない。

 何となく見た目だけは一流のメイドの雰囲気を漂わせている。

 

「お頭、いつの間に転職したんだよ? 中途採用? 面接何回やったよ?」

 

「いや違うからね。これはダクネスが盗賊の姿だと色々アレだからって事で着せてきて……」

 

「ほう? ダクネスもセンスがあるじゃん。普段から可愛いのを着たがっているだけはあるな」

 

「助手くん。……もっと直接的に褒めてくれても良いんだよ?」

 

 盗賊メイドの言葉は正論だろう。ただ、褒めろと言われて褒めるのは何となく嫌だ。

 天邪鬼なのは自覚しているが素直に似合うと言い難い、そんな複雑な男心を持つ俺をそっと押し退けて王女が正面から盗賊メイドと向かい合う。

 

「クリスさん」

 

「どうかな? この衣装」

 

「はい! 凄く似合います」

 

「でしょう?」

 

「はい、とってもお似合いです。メイドってところが凄く良いと思います」 

 

「ん? うん、ありがとうね。……アイリスさんも、その指輪、似合うよ」

 

「…………」

 

 ニコニコと笑みを浮かべるアイリスに、頬を掻きながら笑みを浮かべるクリス。

 にこやかな雰囲気に俺も適当に笑みを浮かべていると、ふと盗賊娘が王女に口を開く。

 

「そうだ、アイリスさん。レインさんがアイリスさんを探していたよ。舞踏会に関してだってさ」

 

「分かりました。ありがとうございます。……カズマ様、名残り惜しいですが」

 

「ああ、分かった。アイリス、あとは舞踏会で会おうな」

 

「はい! ……あの」

 

「ん? おっ……」

 

 クリスの言葉に頷くアイリスだったが、何を思い立ったのか俺の頬を掴む。

 言葉よりも行動で示すと言わんばかりにクリスを前にして彼女は俺の唇を奪うようにキスをする。少しだけ爪先を伸ばして両頬を固定してアイリスとするキス。

 初めて、一人とは言えども衆人環視での口付けに俺は思わず刮目した。

 

 そのまま何も言わずに微笑むアイリスは優雅に廊下を歩く。

 その背中が角を曲がり見えなくなるのを見届けていると、脇腹が少女の肘に突かれる。

 

「…………」

 

「なんだよ」

 

「別に。カズマさんも随分とプレイボーイな事をするようになりましたね」

 

「今のはアイリスからしてきたんだけどな」

 

 エリスの口調になる盗賊メイド。 

 彼女は半眼で俺を睨みつけると、その場でくるりと一回転、ふわりと揺れるスカートに目を奪われる俺は思わず一言告げた。

 

「その服、似合うじゃないですか。本体でも見てみたいですね」

 

「機会があったら見せますよ、カズマさん」

 

 クスクスと薄笑いを浮かべる銀髪の少女から目を離し、俺は窓の外を見る。

 アイリスの後を追っても良かったが、どのみち舞踏会はこの後すぐなのだ。先にクリスと話をしても悪くはない筈だろう。

 

「エリス様。今年の冬は暴風雪っぽいですけど理由はご存じですか?」

 

「たまにこういう季節もあったりするんです……。雪精達が活発に行動する事で冬将軍が荒れる……。自然の摂理としては別段珍しい程ではないんですけどね」

 

「そうですか……」

 

「まだカズマさんもこの世界に来て日が浅いですからね」

 

「…………」

 

「ところで、少し寒くありませんか?」

 

「え? ええ。まあ……、暑くはないですね」

 

「カズマさん。……舞踏会までの準備は出来ていますし、一緒に暖まりませんか?」

 

 そう告げるクリスはどこか妖艶な笑みを浮かべていた。

 微かな吐息に熱を孕み、此方を見る青紫の瞳が俺を捉えて離さない。

 

「暖まる?」

 

「はい。……ちょっとあっちに空き部屋があったんですが――」

 

「――――」

 

 メイドのスカートの裾から覗く白い膝。そっと生地を掴む盗賊メイドは主人の反応を楽しむように少しだけ捲り上げていく。

 挑発的は表情で、しかし隠しきれない喜悦を見せながら、淑やかにスカートを持ち上げる。

 

 徐々に徐々に艶めかしい脚が露わになる。 

 今日のクリスは何を履いているのだろう、その下着はいったい何色なのか――、

 

「助手くん」

 

「…………」

 

「その手はどうしたのかな?」

 

 気づくと俺はクリスの手首を掴んでいた。

 焦らした行為に苛立ち自ら捲ろうとした訳ではない。ただ男を誘う女神の行動を止めた、性欲よりもギリギリで理性が上回った。

 

「……ほら、このあと忙しくなるし。発散している場合じゃないかなって!」

 

「……ふーん」

 

「今ここでお頭をグチョグチョに犯してやっても良いけどな! それやって足腰立たないとかは、今はなりたくはないしな! 今回は我慢してやるよ!!」

 

「そう? ちょっとくらいなら良いんじゃないかな?」

 

「……例えばだがデザートを前にして半分だけ食べて明日の分にするなんて出来る訳ないだろ。やるなら全部食べたい。残さずに!」

 

「デザート……」

 

 怪訝そうに、満更でもなさそうにクリスは呟く。

 本来ならば先ほどのような挑発をするメイドに対しては当然主人としてお仕置きをするつもりだった。ただ、今はなんとなくアイリスの顔が脳裏を過って仕方ない。

 今更俺はアイリスに対して罪悪感を抱いているというのだろうか。

 

「まあ、そういう訳で一旦解散――」

 

「カズマさん」

 

 取り敢えず冷静になる為にクリスに背を向けると、首に巻きつく細い腕。

 

「嘘はいけませんよ」

 

「……いや、嘘じゃ」

 

「どうしてここは硬いんですか?」

 

「……セクハラですよ、エリス様」

 

 ふわりと漂う王女とは異なる少女の甘い香り。

 背中に感じる僅かな乳房の感触に、少し前まで触れていた王女の感触を思い出す。

 拘束されたように動けない俺の耳裏に唇を触れさせ、銀髪の少女の声が鼓膜を優しく震わせる。

 

「ごめんなさい、カズマさん。私って本当にいけない女神ですね。さっき見せようって思っただけで濡れちゃったんです。はしたないって罵られても仕方がないですよね……」

 

「――――」

 

「でもカズマさん。カズマさんが私をこんな風にしたんですよ?」

 

 背後から前面に回した腕に力が籠る。

 肩に乗せた少女の顎が、首筋に触れる少女の髪の毛が、俺の意識をクリスへと向かわせる。

 

「ねえ、カズマさん」

 

「――――」

 

「カズマさんがした事は、今更取り消す事は出来ませんからね。子供が出来るような事をしたんですから、――ちゃんと責任取ってくれないと怒りますよ?」

 

 …………。

 

「――『逃走』!」

 

「あっ!」

 

 俺は腕を解くと一目散に逃走スキルを発動させた。

 今更責任から逃れるつもりはない。ただ物理的に逃げただけだ。その証拠に。

 

「うるせぇ『スティール』――!!』

 

「ひゃああああ!!?」

 

「取り敢えず、パンツだけ貰うわ! ……ん? 染みついてないじゃん! 嘘吐きぃぃぃ!!」

 

「ちがっ……! まっ、待ちなっ、待ってよぉぉぉ!!」

 

 少し濡れた下着(紐パン)を持って俺は急遽一人になれるところを目指して、全力で走るのだった。

 

 

 



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第三十六話 舞踏会

 城の大広間には多くの人間がダンスや会話に勤しんでいる。

 人、人、人。周囲を見渡して目に付くのは金髪碧眼の美男美女の貴族ばかりだ。

 この世界の貴族、俺の元いた世界の貴族がどうかは知らないが、貴族というのは金髪碧眼である者が圧倒的に多い。ドレスやスーツを身に纏った美男美女たちは心にも無い言葉を交わし合う。

 

 以前俺がこの城で似たような舞踏会に参加した時でもここまで多くは無かったと思う。貴族だけではなく城の騎士や記者のような人も大広間の隅にいる。

 アイリスは残念ながら挨拶などが忙しいらしくまだ顔を見る事すら叶わない。そしてメイドや執事たちは忙しそうに料理やグラスを運び、貴族たちは優雅にお茶と会話に花を咲かせている。

 聞き耳スキルでなんとなしに話を聞いても建前ばかりの話題に寒気がする。

 

「ダスティネス卿、ご無沙汰しております。先日お会いしました――」

 

「お初にお目にかかります。私先代当主とは友人と呼べる関係でして――」

 

「貴方様は以前よりも更にお美しくなられましたね。加えて数々の実績、美しいだけではなくお強いとは! 宜しければダンスの方、私にエスコートさせては頂けませんか?」

 

「いえいえ、是非とも私に」

 

 歯の浮くような台詞の数々を告げる貴族の美男坊たち。

 貴中はどうして相手を口説く事しか考えていないのか、事前に練習でもしたかのような言葉の数々をイケメンにより繰り広げられる笑顔で告げる。

 対する我らがクルセイダー、美麗なドレスを着たダクネスは慎ましやかに微笑を浮かべる。

 魔王討伐後の縁談などの経験を得て以前よりも慣れたのか、貴族連中を相手に対応している。

 

「皆様お上手ですこと。どうかお手柔らかにお願いします」

 

 のらりくらりと穏やかな令嬢を装うダクネス。

 賛辞を浴び続けても、僅かに頬を強張らせている点以外は完璧な所作だろう。しかし、やんわりと断るドM令嬢の建前を踏み越えて笑顔と賛辞を振りまく男連中は増えるばかりだ。

 

 果たしてダクネスは本当にモテているのだろうか。

 家柄とか、実績とか、あそこにいる顔だけの連中はそんな上辺しか見ていないのではないのか。

 

 客観的に考えて魔王軍幹部、そして魔王討伐に直接関与したパーティーの一員。そして元々ベルゼルグ王国の懐刀と呼ばれる程の大貴族なのだ。今やその名声は天を突かんばかりだろう。当然少しでも顔を覚えて貰い、或いは嫁に貰いたいと思う貴族連中も必死なのだろう。

 そういう背景が見え透いている連中を相手に、ダクネスは健気な対応を続ける。当然ながら、そんなダクネスの頬のひくつきが徐々に大きくなりつつあるのは遠目からでも見えた。

 

「ダクネスがいつ自爆するか楽しみだわ」

 

「凄い最低な事言っているんだけど……」

 

「『おい、貴様らそこをどけ! 私はもっとドSの鬼畜変態にしか興味がないのだ! 顔だけのモブはとっとと失せろ! んほおおお!!』ぐらい言い出さないかな」

 

「ダクネスはそんな事言う子じゃないから! んほ……な、なんて言わないから!」

 

「絶対夜な夜な一人で言っていると思うわー」

 

 何もかもが豪華絢爛、煌びやかに見える世界で壁の染みと化す俺は呟く。

 お抱えのシェフが作った料理に舌鼓を打ちながら、遠くに見えるダクネスの様子に目を向ける。明らかにお嬢様、こうして遠目から目を細めてダクネスという女を見ると間違いなくお嬢様だ。

 ――この場のいったい誰が『こいつは変態ドMですよ』と言って信じるのだろうか。

 

「やっぱ、見た目が良いって得だよな……」

 

「いきなり何を言い出しているのさ」

 

「この世の不条理について」

 

「何か悟っちゃった? 助手くん大丈夫? 主に頭が」

 

「所詮人は外面でしか判断の出来ない虚しい生き物なんだなって」

 

「賢者モード? もしかして賢者モードなの? ……というかダクネスを助けなくて良いの?」

 

「面倒くさい」

 

「ぇぇ……」

 

 こうした舞踏会はそれなりに経験してきた。

 初めて王城に来た時、エルロードからの帰還時など、こうして多くの貴族たちが一同に集まる光景を見てきた。大抵そういった連中は俺に対して荷物持ちか小間使いみたいな目で見るか陰湿な影口を呟くのだが、そんな相手を俺は決して見逃さず報復も忘れない。

 

 スキルを使用して、ダクネスやクレアへの挨拶の時にこう言うのだ。

 ――でもさっき俺の悪口言ってましたよね、と。ダクネスやクレアといった大貴族の前で。

 

「俺の名は佐藤和真。やられたらやり返す男」

 

「それで今回は、ここに待機するように言われたもんね。笑っちゃうね」

 

「そういうお頭は俺にヤられただろ……おい、フォークを返せ! それは俺のハムメロンだ」

 

「だったらあたしのパンツを返してよ」

 

「嫌です」

 

 ちなみにそんな事をすれば出禁になるらしい。当たり前か。失礼極まりない。

 失礼というならば影口を叩く方が悪いと思うが、そこは残念ながら異世界ファンタジー。冒険者をしている庶民が貴族や王族よりも立場が上の筈が無い。いつかは俺がいた日本のように誰もが平等を謳える日が来るかもしれないが、それは遠い遠い未来だろう。

 

 そんな訳で壁の染みと同化した俺の隣で、壁に背中を預ける銀色のメイドに目を向ける。

 銀色のショートヘア、青紫色の瞳は大きく、黒を基調としたメイド服に身を包んでいる。盗賊の癖に妙に様になっているのは中の神の隠せないオーラだろうか。

 

「これはね、いつだったか貴族の屋敷に下見に行った時に、実際に働いた事があるのさ!」

 

「へー……お頭にもそんな時代があったんですね。なら俺の事はご主人様って言えよ」

 

「……急に強気になったね」

 

「おい、どうした。ちょっとそこでクルっとしてくれよ」

 

「クルっ?」

 

「ほら、あるだろ? その場で一回転する奴。上手くパンツが見えないように、なおかつメイドとしての心を忘れない必殺奥義。クルッとする奴!」

 

「いや、知らないけどね。……クルってしたらパンツ返してくれる? ねえ、助手くんに分かる? この……なんて言うの、スースーする感じ。すっごく下半身が頼りない気分になるから」

 

「俺に女装の趣味はないから分かんねえな。……しかたねぇな。そんなに返して欲しいのか」

 

「しかたないなってキミが盗んだんだからね」

 

 文句を言いながらも、ふわりとスカートを浮かび上がらせ、俺の目の前で一回転するクリス。

 案の定揺れ動くフリルの付いたスカート、ニーソに包まれた白く眩しい腿肉がチラリと布から覗く。背筋を伸ばし、どこか余裕のある表情でその場を回転した彼女は僅かに得意気な表情だ。

 なるほど、確かにクリスの言う通りメイドの所作は身に着けていたのだろう。

 

「じゃあ、次はたくし上げを……おい、フォークは止めろ! このスーツ高かったんだぞ」

 

「まったく……キミはすぐに調子に乗るよね。そのうち痛い目にあうから」

 

「まあ、痛い目にはあってるな」

 

 片手を出し、チップの代わりに己の下着を要求する盗賊メイドを前にして思わず深い吐息をすると、せめてもの意趣返しに俺はポケットから薄布のソレを取り出し、目の前で広げて見せる。

 紐と布地で構成された薄青色のショーツはリボン付き、これは勝負下着という物だろう。 

 

「お頭もエロいの履くようになりましたね。いったいナニマさんの為なんでしょうかねぇ」 

 

「わぁぁあああ!!」

 

 他人に見られるよりも早く赤面したクリスは腕を伸ばし奪い取る。非常に残念な事だが今回のパンツに関しては観賞よりも実際に着用している姿を見て楽しむのが得だろう。

 目の前の女は俺に惚れているのだ。多分、そのうち機会はある。

 童貞の頃とは違うのだ。今の俺にはそこまでパンツが必要という訳ではない。

 

 周囲の目を気にして握り締めた下着をスカートのポケットに仕舞うクリス。

 それでもチラリと見た人もいるだろう、羞恥に顔を赤らめて恥辱に身体をプルプルと震わせている盗賊メイドの姿に、俺はにこやかな笑みを浮かべて頷いた。

 

「ふっ……まあ、そのうちまた逢おうな。パンツ」

 

「ぁ……ぁ……!」

 

「近くにいた貴族には見られたかもしれませんね~お頭のパンツ。まあ、冒険者連中にも見られた事があるから今更かもしれませんが。でも連中はこのパンツはあくまで粗相をしたメイドのパンツという認識で、俺のエリス様のパンツだとは気づいていない。これだけが残念だ……」

 

「あ、あんまり調子に乗っていると酷い目に合わせますよ、カズマさん」

 

「えっなんだって? 聞こえませぬな、エリス様。……ほら、清楚ながら実はエロい下着を履いているギャップが最高なエリス様、さっさとパンツを履き直して来て下さい。貴方にノーパンは似合わない。……あっ、俺としてはここで履き直してくれても構わないぞ? 寧ろご主人様に見せろ」

 

「――サトウカズマさん。女神の天罰は恐ろしいですよ。具体的にはここぞと決める場面で失敗して地位も名誉もお金も全てを失って命すら亡くす……という天罰を下しますね」

 

「何それ怖い!? あの、ごめんなさい。……お頭が恥ずかしがる姿が可愛くて、つい」

 

「……そんな取って付けた台詞を吐いたって許しません」

 

 ちょろそうに見えて意外にもクリスは根に持つタイプだと思う。

 そそくさとパンツを履く為に広間を離脱しようとする彼女のスカートを掴むと、ギロリと睨んでくる盗賊娘の反応に首を竦めながら念の為にと口を挟む。

 

「お頭も一応分かっていると思うけど……」

 

「うん。このあとでしょ……。大丈夫助手くんなら出来るよ。多分あたしの出番ないだろうし」

 

「…………」

 

「戻って来たらシュワシュワで乾杯しようね」

 

「それってフラグじゃね?」

 

 今度こそ、広間から立ち去る銀髪メイドの後ろ姿を見送る。

 いつの間にか張り詰めていた頬を手で緩ませて、適当な飲み物で乾いた喉を潤し、周囲を何となしに見渡す。

 相も変わらず煌びやかな雰囲気は庶民にとっては近寄りがたい。

 

「――カズマ殿。冒険者のカズマ殿」

 

「おん?」

 

 気が付くと目の前にはダクネス、改めララティーナがいた。

 慎ましくも所々に煌びやかなドレスに身を包んだ彼女は近くで見ると別人のようだ。

 

「どうか、私と踊って頂けませんか?」

 

「――――」

 

 その誘い文句は普通逆じゃないのか、とか色々言いたい事があるが彼女の背後に見える貴族の男連中の苦虫を嚙み潰したような顔を見ると、おおよそどういう状況かを理解した。

 要するに貴族の相手をするのが面倒になり、ダンスをするという理由で離脱したのだろう。

 

 差し出される手を見下ろす。

 そういえば目の前の少女、そろそろ女という年齢だろうか。本来ならばダクネスはこういう貴族の社会で生きていく人種で俺やめぐみん、アクアと関わる事すら無かったのだ。

 そんな彼女が他の男では無く俺を指名した。その事実に、少し感慨深く感じる。

 

「お断りします」

 

「は?」

 

 ともあれ抱いた感傷はともかく、踊るとは言っていない。

 それはそれ。これはこれ、なのだ。

 

「おおお、お前! ここは『勿論ですよ、お嬢様』の一言で良かっただろうが! 明らかに断る必要無いだろ!! 今、チラッと背後を見たって事はおおよその状況は理解出来ているだろ!?」

 

「そうは言ってもダンスなんてした事ないし。あっ、盆踊りならちょっと出来るけど」

 

「そう邪見に扱うな。意外と踊るのも悪くはないぞ。だから早くしろ」

 

「いや、面倒臭いんですけど。ほら、今日は忙しいから」

 

「どう見ても暇人だろうが! ……それにまだ時間はあるだろ。頼むよカズマ」

 

「……しょうがねぇなあ」

 

 前述にある通り、俺にはダンスの経験など無い。

 盆踊りは多少あるが、寧ろアレを参考に踊れるなら誰もダンス教室になど通わない。

 

 そんな訳で俺はダクネスにリードされる形でダンスを開始する。

 鼓膜に伝わる軽快な音楽に流されて周囲で踊る美男美女たち。対する俺とダクネスは互いの脚を踏み合いながらもダクネスリードの下、どうにかダンスのような何かをしていた。

 

「ほら、次は左足だ……おい、なんで右足をだした」

 

「今のはわざとじゃないから……。というか初めてお嬢様と踊りますけど、お上手ですわね」

 

「お嬢様と呼ぶな。……こんなのは貴族の基本的な作法だ。別に覚えても凄い訳ではない」

 

「いだだ……っ! おい、手はもっと優しく握れ。男のアレを握る感じで」

 

「最低か貴様! 気持ち悪い例えは止めろ」

 

「……お嬢様風に」

 

「止めて頂けますか、サトウ様。あまり調子に乗られると折りますよ」

 

 クルリ、クルリとその場を一回転。

 腕を上げて、脚を動かし、滑らかに、繊細な音楽をダンスで表現する。

 

 そんな見惚れるようなダンスを披露するのは王女アイリスだ。パーティーの華、有象無象の貴族の中で誰よりも輝かしく可憐な少女はパートナーである男に対して静かな微笑を浮かべる。

 相手の男、美麗な様相は遠目から見てもイケメンのソレだ。どこで習ったのか無駄の無い動きで相手に恥どころか、その魅力を十二分に周囲へと魅させる。

 

「ほお、あれはミツルギ殿ではないか?」

 

「魔剣の勇者様ですか! ふむ、……絵になりますな」

 

 貴族の言葉通り、アイリスの踊りの相手はミツルギだった。

 スーツに身を包んだ優男、人生に壁など無いような顔には余裕の二文字しか無い。何となしに読唇術スキルを使用して彼女たちの会話を目にする。

 

「本日も美しいですね、アイリス様。更に美しさに磨きがかかってます」

 

「まあ、お上手ですね」

 

 上辺を世辞で塗り固めた、そんな感じの会話だった。

 よくよく見ると遠目ながらも背中の空いたドレスを身に着けたアイリスの首元には痕が無かった。まさか偽物だろうかと思ったが、恐らくは化粧か何かで偽装したのだろう。

 

 今すぐ拭って周囲に見せたら、アイリスはどんな顔をするのだろうか。

 何故かそんな妄想が頭を過る度に俺はダクネスの脚を踏みつけ、謝罪する。

 

「ほら、お前を狙っていたイケメン貴族共は他の女の方に向かったから良いんじゃないか? あとは適当に格下貴族でもいびってろよ。放蕩貴族」

 

「誰が放蕩貴族だ! 貴様がどれだけ貴族を馬鹿にしているかは良く分かった。……何、折角の機会なんだ。もう少しだけ付き合ってくれ」

 

 ダンスというには滑稽な、それこそ釣り糸を垂らした人形同士のダンスを思わせる、そんな触れ合いをダクネスと続ける。それでも少しは向上しているような感覚になるのはダクネスの誘導が上手いからだろうか。

 一瞬、彼女の青の瞳と交錯すると薄く微笑む姿に、鼓動が高鳴りを覚える。

 

「本当に結婚するのか?」

 

「……あ?」

 

 手を引かれ、身体がぐらりと近づく。

 力を抜いてダクネスのリードに任せきった身体は容易く彼女に触れる。

 

 ぶつかった。だが彼女は倒れることはない。硬いからだ。

 そんな事は俺もダクネスも知っている。ダクネスという女がどれだけの防御力を誇っているのか。こんな衝突など赤子が触れる程度に過ぎないのだろう。

 だから、ダクネスはそんな肉体的な衝突など気にせず、顔を近づける。

 

「本当にアイリス様と結婚するのか?」

 

「――――」

 

 キスをするような距離感になるほどに顔が近づく。

 ともすれば互いの息すら届くような触れ合いを継続したまま、青の瞳が揺れるのを見た。その予期せぬ、聞かれるとは思っていても実際にダクネスに告げられた言葉に、俺は硬直する。

 

「お前が忌み嫌っている貴族の世界に自分から入ろうとしている。分かっているのか? ちょっと情を寄せたからと言ってホイホイ女に近づいていく男なんて結局はアイリス様にとっては毒だ」

 

「おい、ちょっと待て。誰が毒だ。俺は正当な権利に基づいてアイリスと結婚するんだ」

 

「……めぐみんとではなくか?」

 

「…………」

 

 どこか冷たい眼差しで、俺を見つめるダクネス。

 目線は凛々しく、決して此方を離さなず、しかし周囲に不自然に思われないように、俺の身体を引っ張ってダンスを続ける。ダクネスの強靭な腕力によって続けさせられる。

 

「……私でもなくてか?」

 

「…………」

 

 ――いつかは直面する問題だ。

 

 自惚れでなければ、めぐみんとダクネスは俺に惚れていると思った。

 異世界にやってきてアクアの次に過ごした時間は長いのではないのだろうか。色々な冒険をして、魔王軍幹部を倒して、その度に少しずつそういう関係にもなってきた、と思う。

 

 めぐみんとは仲間以上恋人未満だ。

 いつだったか、彼女とそんな話をしたのを覚えている。

 

「――――」

 

 ダクネスも多分、仲間以上という認識であるのは間違いない。

 あの屋敷で四人でバカな事をする日々は間違いなく楽しく掛け替えのない日々だ。生前のあらゆる時間を積み重ねても決して掴めない最高の時間だった。

 

 それでもいつかは終わりが来る。

 誰も彼も、という訳にはいかないのだ。既に二人程手を出してしまった屑だけど、これ以上は絶対にあってはならない事だと、そんな風に自分の中で覚悟を整えていたつもりだった。

 

 どこか夢見る乙女のような、揺れる瞳で俺の瞳を見据える彼女に――、

 

「――ああ」

 

「――っ」 

 

「俺は、アイリスと、結婚、する」

 

 もう決めた事なのだ。

 だから、どうかそんな死にそうな顔で見ないで欲しい。

 

 別に俺はダクネスと付き合っている訳でもない。婚約者という訳でもない。肉体関係になった訳でもない。頭のおかしい変態なドMクルセイダーとは家族のような仲間の関係でしかないのだ。

 どうしてモテ期など来て欲しいと思ったのだろうか。紛れもない好意を向けてくれた異性に対して、その好意を受け取らない自分が酷く嫌になる。

 

 だけど、どうしようもないのだ。

 俺の手はそんなに多くは無い。二本しかないのだ。これ以上は無理だ。

 

「だから、俺はお前たちとは結婚はしない」

 

 しない、と結論付けたのは、覚悟を決めたのは昨夜の事だ。

 ある王女の涙を見て、言葉に胸を震わせて、ハーレムという裏切りを知った。

 

「――――」

 

 沈黙が、俺とダクネスを繋いでいた。

 軽快な音楽、聞こえない。心臓の鼓動と僅かに瞼を震わせるダクネスを視界に捉える事に精一杯で、乾いた口内は気の利いた言葉すら作る事を忘れた。 

 

「――そうか」

 

 ぽつり、と呟くダクネスの言葉だけがよく聞こえた。

 いつの間にか軽快な音楽は消え去り、周囲は再び貴族たちの会話が生まれていく。ざわざわと喧騒が広間を包む中で、俺を手を解くダクネスは小さく口元を緩める。

 

「……すまないが少しお手洗いに行ってくる」

 

「ああ」

 

 周囲の喧騒など既に俺の意識にはない。

 眼前の女騎士の顔をジッと見やり、微笑む彼女に、黙り込んでしまう。

 

「なんだ、私が泣くとでも思ったか。馬鹿め、そんな訳が無いだろう。……少し飲み過ぎたのでな。恐らく例の作戦までには間に合うだろう」

 

「ん、そうか」

 

「じゃあな」

 

「おう、転んで漏らすなよ」

 

「お前はデリカシーを身に着けろ」

 

 普段通りの会話だった。

 驚くほどに、なんてことない会話をして、ダクネスは俺に背中を見せて、人込みの中に消えた。

 

「――――」

 

 少し吐き気がした。

 黒く澱んだそれは胸の奥で渦巻き、自分がした行為を教える。

 全てを手に入れる事など出来ない。いずれは訪れる出来事だった。それだけだというのに。

 

 無性に苛立ちを覚えて、適当な酒の入ったグラスを手に取る。

 喉が熱さに悲鳴を上げながらも、飲まずにはいられるかと一息に飲んで、周囲を見渡す。

 

「――――」

 

 この大広間にいる貴族の大部分が舞踏会が開かれた本当の意味を知らない。

 元々パーティーを開いて、見栄を張って、男か女とダンスをしたりするような連中だ。こうして注意深く見なければ、窓や扉などの出入り口に立つ兵士の数が多い事に気付かないだろう。

 

「カズマ殿」

 

「おっ、クレアか」

 

 城の警備、王女の護衛を任されているシンフォニア家の令嬢が俺の横に立つ。

 壁の染みとなっていた俺を容易く見抜くだけの高い熟練度を持つ彼女は汚れの無い純白のスーツに身に着けている。ドレスではない事が惜しいが、この後の事を考えると必然的な装いだろう。

 

「……早くないか」

 

「先ほど敵が大広間に入って来た。兵士の配置も完了している。……準備は良いな」

 

「準備? まあ、ナイーブな事以外なら」

 

「ナイーブ? 何の冗談だ。城に住んでいた頃、平然とメイドたちの影口に耐え、あまつさえセクハラすら行うカズマ殿なら何も問題ないだろう。……魔王もカズマ殿が倒されたのだしな」

 

「今の会話に魔王は関係なくないか?」

 

 クレアに腕を引かれて俺は群衆の中を進む。

 目指すべき場所は既に決まっていて、喧騒の中で目の前の女騎士の言葉に耳を傾ける。

 

「今回の件は国の威信に関わるからな。早く済むに越した事はない」

 

「ここにいる貴族連中を囮にしてもか?」

 

「……そうだ。前にも言っただろう、私にとっては国などよりもアイリス様の安全の方が大事だ。この場にいる者は国にとっては痛手にはならない。寧ろ今回の件で襲撃にあった者たちの方が重要度は高い。こういった事情に関してはカズマ殿は気にしなくて良い」

 

「ふーん」

 

 少し大仰ながらも、それだけクレアを始めとした国の重鎮は事態を重く受け止めているらしい。兵士たちもいる以上、多少強力な神器など使用する前に無力化してしまえば良い。

 今回、クリスの要請でクレアとダクネスには既に神器関連の事は伝えられているという。

 

「アイリス様に知られる前に、なるべく早く事を済ませる」

 

「ん? というか、アイリスには伝えてないのか」

 

「当然だ。……アイリス様には出来るだけ陽だまりの中で幸せであって欲しい。こんな事は私たちだけで十分なのだ。……カズマ殿もそうだろう?」

 

「……ああ、そうだな」

 

 クレアに導かれて人込みの中を進む。 

 そしてある一定の場所で立ち止まると俺に進むように目で語る。あまり進み過ぎるとバレるリスクがあると考えたのだろう。俺を先に進ませようとするクレアは、背後に隠れるように歩き進む。

 

「カズマ殿。私はアイリス様との婚約など認めてはいない」

 

「――――」

 

 振り向くなと、背中を押す女騎士の手に進む事を余儀なくされる。

 

「……なんだ。気絶して覚えてないパターンだと思ったんだが」

 

「そんな訳あるか。毎朝だぞ。毎朝、私が認知するまでアイリス様は『私、カズマ様と結婚する!』と仰るのだぞ! どんな気持ちで私が……っ! お、おぇ……っ!!」

 

「お、おう……」

 

「私の知らぬ間に成長されたアイリス様は、カズマ殿が城で過ごしやすくなるように様々な便宜を図っていた事も知っているのだ。ジャティス王子や陛下にも既に手を……。あんな可憐な花のようなアイリス様が貴様のような存在と……、結婚、するのか」

 

「――――」

 

「い、今、ここでカズマ殿を殺せば……ふひ」

 

「おい、止めろ。というか何もここで話す必要はないだろ。泣くなって。酒飲んだのかよ」

 

「飲んでなどいない!」

 

 ギリギリと歯軋りする音が背後から聞こえる。

 振り向いたら殺すぞ、とそんな眼差しに敵感知スキルが働くのが分かった。

 このまま背中を刺されて死んだらどうしようかと思っているとクレアは耳元で囁く。

 

「カズマ殿」

 

「おう」

 

「一つだけ覚えていて欲しい。もしも貴方がアイリス様を泣かせようものなら、私は公衆の面前で全裸にされても必ずこの手で殺す。絶対に許さない」

 

「分かったって」

 

「そしてアイリス様はまだ子供だ。日常的にセクハラをされるカズマ殿の事だ。アイリス様が正式に嫁がれるまでに変な事をされたら――」

 

「ほ、ほらあんまり騒ぐなって。そういう話なら後で聞くから」

 

 あまり長話をしてボロを出すと色々と面倒だろう。

 早歩きでクレアを引き剝がそうとして諦めて、俺は目的の場所に到着した。

 

 さて、場所は大広間、それは変わらない。

 俺の目の前で執事に酒を注がせている男もまた貴族だった。

 

 事前に資料で見たような醜悪な豚のような見た目ではない。

 なんというか、以前侵入した家の女が好みそうなイケメン貴族だった。ジロリと俺の背後にいる女に向けるドブのような暗い瞳を除いて違和感など無かった。

 

「おい」

 

 そんな男を前にして、俺が行う事は実にシンプルだ。

 

「ん? なんだ貴様は」

 

「お前、アウリープだろ」

 

「いや、違うが――」

 

 ――チーン、と鈴の音が響く。

 その言葉が嘘である事を証明する魔道具をポケットから取り出した俺は頷いた。

 ジワリと近寄ってきていた兵士たちに頷く。

 

「確保、お願いしまーす」

 

 

 



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第三十七話 佐藤和真は死ぬ

 随分と前の話になるのだが、ある時ダクネスに縁談の話が入っていた。

 それだけならば別によくある事らしいのだが、その相手は当時のアクセルの街の領主、アルダープであった。原因は俺たちが機動要塞デストロイヤーを破壊した事による補填、そこからのダスティネス家の多額の借金など、ドミノ倒しのように悪い状況が重なったらしい。

 

 その結果、ダクネスは借金の肩代わりとしてアルダープと結婚する事になった。

 かたや数多の女をとっかえひっかえする街でも有名な悪徳貴族、かたやプライドばかり高い仲間に頼ろうとしない頭も腹筋も頑固なドM女騎士。

 事態の解決は困難を極めたが、俺のクールな頭脳と愉快な仲間たちの協力で危機は脱した。

 

 その後、色々あり借金は返済され、アルダープは失踪、行方不明に。

 結婚予定だったダクネスは婿に逃げられた事でバツネスになりましたとさ。

 

 事件は解決したが、魔王討伐後の現在でもアルダープは見つかってはいない。失踪と同時に悪事を働いた証拠が急に見つかり始め、既に貴族としての地位は剥奪、牢獄行きは確定だろう。

 それ以来、何の噂も聞かなかった為に、俺もその存在すら忘れかけていたのだが。

 

「親戚とはいえ、名前だけじゃなくて顔も案外似ているんだな」

 

「こういった輩は大抵性根も体型も似るんだろう。見ろ、眼つきなんてカズマ殿そっくりだ」

 

「まあ、環境が人を作るって言うだろうし。生まれた時から何不自由なく散々甘やかされてきたんだろうな……。ん? おい、今なんつった」

 

「いえ、特に何も」

 

 初めてその男の似顔絵を見た時の俺の感想はこんな感じだった。

 アイリスと戯れる間、変態である事を除けば国の重鎮に抜擢される程に優秀なクレアは、神器という情報抜きで既にアウリープという人物の素性を洗い出していた。そこにダクネス、クリスの事情通な頭脳を加えると、何となくおおよその動機のような物は見えてくる。

 

「カズマ、こういった連中は基本的には強欲なんだ」

 

「はあ」

 

「金があれば女を、地位があれば名誉を。国の為と言いながら自分の利益の事しかしない連中だ」

 

「今回襲われた人たちって、そのアウリープって男爵の人よりも上の地位の人、加えてイケメンで評判の良い貴族たちらしいね」

 

「いや、イケメンは関係ないんじゃ……ほら、女性もいるっぽいし」

 

 だれだってお金は欲しい。女を抱きたい。

 そんな欲望が病気レベルになった貴族がいるのは俺も知っている。

 

 襲撃を受けた貴族は主にアイリスに近しいとされる上位貴族たち。公の場で王女が顔を出す時には必ず出席する事になっているような存在である。

 纏められた資料、襲撃を受けた者たちは全員が意識不明、レベルダウンの状態らしい。

 

「ねえ、助手君」

 

「なんですか」

 

「例えば、この人たちとアウリープって人が接触していたら化ける事は簡単だよね」

 

「……あー、そうだな」

 

 以前、クリスが告げていた神器。

 今回の事件の原因となっているであろう神器の一つが瞬時に相手の姿形に変身出来るという物らしい。何となく以前アイリスが首に着けていた神器と似たような性能のソレに関して、容易く悪用の方法が思い浮かぶ。

 

 たとえば、対象の相手に成り代わった後、対象の相手を殺し演技を続ける限り、対象の人物としての人生を送る事も可能だろう。元々己の肉体を変化させるらしく、肉体を入れ替える訳では無い為、不老不死になる事は出来ないがソレでも十分に強力だろう。

 ただ入れ替わるだけなら意識不明にもレベルダウンの状態にもならないらしいが。

 

「もう一個の神器を使っているって事だろ? コンボかよ」

 

「相手のステータスやレベルを吸収するという神器か。確か、襲撃を受けた貴族の住居で何故か一撃ウサギやケセランパサランが出現したという情報もある。偶然居合わせた見回りの兵士と騎士が駆け付けた事で駆除されたのだが……」

 

「これ殆ど確定じゃね?」

 

 動機までは不明だが、ほぼ確実に神器を所持しているであろう強欲貴族アウリープが王女やそれに連なる貴族と成り代わり、地位や名誉を手に入れようとしている。クレア曰く、被害者たちは本日行われる舞踏会、本来出席する筈だったリストに含まれていると言う。

 成り代わり神器はともかく、モンスターを召喚する神器はここぞという時の切り札だろう。

 

「だが、それも一撃ウサギや一撃熊程度ならば、或いはそれよりも多少強い程度のモンスターならば、城にいる冒険者や貴族でも素手でも何とかなるだろう。国と貴族の威信に賭けて、奴に悟られる前に確実に捕らえる」

 

「本当に出席するなら男爵としてよりも上の貴族としての方が色々と便利だからね。意識を失った人で出席予定だった貴族の人が舞踏会に参加したら当たりじゃないかな?」

 

「ん? ちょっと待て。参加している貴族も戦うのか? ……えっ、戦えるのか?」

 

「カズマ、お前は何を言っている。貴族である以上、国の為に命を捧げる。安心しろ、ここはベルゼルグ王国だ。能力を優先している以上戦闘能力の低い者は今回の舞踏会に殆ど参加していない」

 

「お前こそ何言ってるんだ。やる気満々じゃねえか。刃も当たらない癖に」

 

 この国の貴族は血気盛んだ。

 能力は高い癖に、どいつもこいつもヒャッハーな変態しかいないらしい。

 

 取り敢えずもう少し作戦を詰めようと考える俺に対して、何か楽しそうな表情でクリスが笑い掛けてくる。手を握って笑みを浮かべる彼女、その瞳の奥に幸運の女神の姿を思い出させる。

 手を取り合う俺たちを訝し気な目で見る貴族たちを無視して、クリスは微笑む。

 

「大丈夫だよ助手君」

 

「お頭。……いけますかね?」

 

「何だかんだできっと上手くいくよ。あたしたちは運が良いからね!」

 

「失敗したらどうしましょうか」

 

「助手君がきっと何とかしてくれるよ! ……だから失敗を恐れず、いってみよう!」

 

 

 

 +

 

 

 

 ――そんな感じの会話が少し前にあったのだ。

 兵士たちが取り押さえに掛かる男の姿を見下ろしながら俺は魔道具を取り出す。

 

「いや、本当にコレすげーよな。マジでコレが日本にあったら最強じゃね?」

 

 嘘吐きを見抜く魔道具。

 アクアを始めとした女神やバニルクラスの大悪魔には誤作動を起こしやすいが、俺がいたであろう現代日本にはそんな人外はいない筈だ。きっと。たぶん。 

 嘘吐き絶対見抜くマンな道具を仕舞っているとクレアが話し掛けてくる。

 

「流石はカズマ殿です。お見事でした」

 

「まあ、そうだろ。おっ、惚れたか?」

 

「いいえ、全く」

 

 絶妙なタイミングだっただろう。

 アウリープという男に実際に会った事は無かったが、少なくとも悪知恵だけは回る男なのだろうな、と手口を見て思ったのだ。

 こういった頭を使う相手に対して、行う対応としては非常にシンプルである。

 

「考えさせる前に発言させる。その時の発言まで、咄嗟に頭は回らないだろ」

 

 アウリープの目には突然無礼な言葉を発してきた小間使いの男にしか見えなかったのだろう。或いは背後にいたクレアや兵士を引き連れて話をしたならば警戒され、慎重な対応をしたかもしれないが、全てはもう後の祭りだ。もう遅い。

 兵士に捕縛されようとしているこの男は咄嗟に否定の言葉を発した。発してしまったのだ。

 否定の言葉を判定して、イケメン貴族の男は別人であると魔道具が証明したのである。

 

「あとは、なんだっけ首輪を外せば元の姿が拝めるんだったか……。手の指輪も外してくれ」

 

「おら、大人しくして下さい。男爵殿!」

 

「貴様ら兵士の分際で! 違う! ワシは……私は侯爵だ!」

 

「ベルハイム侯爵……いいえ、アウリープ男爵。既に証拠は挙がっています。諦めなさい」

 

「おら諦めろ、オッサン。もうネタは上がってるんだよ! お前は一生ブタ小屋行きなんだよ」

 

「くっ……い、嫌だ。いやだあああ!!」

 

 周囲の貴族が何事かと遠回しに見つめる中、暴れる男を押える兵士たち。

 思ったよりも激しい抵抗に、そういえば成り代わった元の肉体のステータスも一部反映されるという事を俺は思い出していた。しかし、多少の筋力では城で鍛えられた兵士たち複数人の相手ではなく、後ろ手に縛られるイケメン貴族の姿に周囲はざわめく。

 

「本日舞踏会に参加して頂いている皆様、少々トラブルが発生しましたが既に対応致しました。この後も引き続きパーティーをお楽しみ下さい」

 

 周囲の混乱を和らげる為に司会の方が告げた言葉。

 徐々に冷静になり、拍手すら沸き立つ中で何となく俺は何となく嫌な予感に駆られた。

 

 暴れていたアウリープが兵士たちに拘束され周囲も危機が去ったと安堵している中、うつ伏せになっている男がボソボソと何かを呟いている事に俺は気が付いた。

 思っていたよりも簡単に相手を拘束出来た事で油断してしまいそうな自分を律しながら、アウリープに対して聞き耳スキルを使用する。

 

「――の命は全て奪う為に、――……を召喚す」

 

 周囲の話し声の所為で聞き耳スキルは十全に発揮出来なかったが、それでもアウリープが独り言ではない、何か意味のある言葉を発しているのが分かった。拘束している兵士も聞こえたのだろう、慌てて口元を押えるも既に遅かったらしい。

 突然身体を痙攣させるアウリープ、その胸元に隠していたであろう何かが黒々と輝き出す。

 

「カズマ殿!」

 

 クレアの声に目を向ける。

 既に抜刀していた彼女、構えている兵士たちは既に戦闘準備がなされている。異変を嗅ぎ取った保身を考える貴族たちが真っ先に外へと逃げ出すも、勇猛果敢な一部の貴族たちはナイフやフォークと言った者を手にし、或いは戦いに匂いを嗅ぎ取り武器を取る為に控室へと走り出す。

 誰も彼もが何かしらの異変を察知していた。

 

「ワシの計画をこんなところで……!! 貴様だけは……っ!」

 

「――――」

 

「ぉ、ぉ、おおお――!!!」

 

 ギロリと俺を睨みつけるアウリープ。バキッと首輪が砕け濃厚な魔力が周囲に吹き出す。その中でイケメンな男の影は既になく、肥え太った男が全身から血を吹き出していた。

 人間にはこんなに血があったのか、と場違いに思う俺を親の仇を見るように睨みつけるアウリープは血を吐くように叫ぶと、そのまま力尽きる。

 

「気をつけろ! モンスターを召喚するぞ!!」

 

 クレアが叫び、周囲に警戒を促す。

 一応、こうなる事は想定済みだった。

 

 追い詰められた鼠が猫を噛むように、悪徳貴族が護衛手段として持ち合わせていただろう、襲撃した相手のステータスや寿命などを奪い貯蓄された神器。

 アウリープが隠していたソレは指輪であり、破けたスーツから自ら転がり出す。

 

「――――」

 

 コロコロと転がる指輪が、魔力も男の血も何もかもを吸い取っていく。

 死体と血を啜るおぞましい指輪を、俺やクレアを始めとした城の騎士たちで囲む。

 

 俺やクレアはともかく、騎士たちは全員武装済みだ。

 城にモンスターが現れる事を想定しており、各々が武器を構えている。騎士の数も練度も十分であり、仮にモンスターが複数体召喚されたとしても対応出来るだろう。

 だから、大広間の貴族たちを囮とする作戦が行われたのだ。その筈だというのに――、 

 

「――――」

 

 寒気を覚える頭を振る。

 震える身体に活を入れるように拳を握り締める。

 

「――――」

 

 ここまで入念に準備をして、それでもなお震えている身体に苦笑する俺は、苦笑と共に吐息をして呼気に白い物が混ざっている事に気が付いた。

 武者震いではない、怯えでもない、俺の身体が震えている原因、それは冷気だ。

 

 温度が急激に下がっているのだ。

 顔を刺すような寒さ、まるで外にいるような寒さに身体がブルリと震える。ふとテーブルに置かれたグラスに入った液体がピキピキと音を立てて凍り付いていく。

 

 どこかで窓が割れる音がした。

 だが、俺も、誰もが、そんなものに目を向ける事は無かった。

 

『――――』

 

 兵士が包囲した場所、その中心にソレはいた。

 悠然と冷気を漂わせ、神々しさすら感じる存在感は、無視する事を許さない。誰もがその存在感を認め、平伏する時まで、そのモンスターは戦う事を止めないだろう。

 

 本当に突然その場に現れた存在に誰もが言葉を失った。

 モンスターが出現するのは分かっていた。今更になって敵感知がこれでもかと警報を鳴らすだろう、という事も分かっていた。……分かってはいたのだ。

 

「あ、あれは……!」

 

 喉を鳴らし刮目する。

 鼓動が高鳴りを覚え、隠していた武器を持つ手が震える。

 

 霧がかかったような冷気の中で、まず白い兜が見えた。

 全身を白く染め上げたような装い、それは味気ない色をしながら戦国時代特有の華やかさのある白銀の鎧には一切の傷すらない。

 細やかな意匠が施された陣羽織は割れた窓から漂う冷風を受けて揺れ動く。

 

 触れるだけで雪像になりそうな、そんな冷気を発する刀に、首が痛みを覚える。あの刀がどれだけの威力と恐るべき切れ味を秘めているのかは知っていた。

 かつて斬られた事のある首が、身体が、その圧倒的な存在感を覚えていた。

 

 そうだとも、知っている。

 あのモンスターが何者なのかを、俺は知っているとも。その名は――、

 

『――――』

 

 ――冬将軍と呼ばれていた。

 

 

 

 +

 

 

 

 冬になると出現する雪精、その主にして冬の名物詩とも呼ばれる存在。

 かつて金が無く、俺が初めて異世界で死ぬ原因となった存在。国から高額賞金を懸けられた特別指定モンスターの一体、冬将軍がすぐ近くに立っていた。

 

『――――』

 

 総面の口から吹雪を思わせるような白い冷気を放つ将軍。

 確かにモンスターが出現する事は想定していた。多少強いモンスターでも城の騎士が何とかするだろうとも。

 そんな想定も予測も踏み越えた将軍は既に居合の構えを終えていた。

 

「あ?」

 

 チン、と刀が鞘に仕舞われた音だったのだろう。

 突如周囲が血の色に染まった。

 俺から僅かに離れた場所、冷気の斬撃が音を置き去りにポカンと将軍を見ていた貴族たちの身体を上下に切り裂いた。直後遅れた斬撃の音と暴風が俺や兵士たちを吹き飛ばす。

 

「が、ぁぁぁああ!!?」

 

 既に戦闘とも呼べない蹂躙が始まっていた。

 テーブルに背中を叩きつけ、肺から空気を吐き出して床を転がる。

 

 たったそれだけの一撃ですら、回避したのにも関わらず腕がへし折れ思わず呻く。

 痛みが、痛みと熱が脳裏を支配していく。それでも意識を失わずに周囲に目を向ける。

 

「う、あ」

 

 どこか内臓を痛めたのか、口端からこぼれる血を拭う。

 油断があったのかもしれない。どこか慢心があったのかもしれない。もしもという可能性を捨てて、相手は大した事はないと高を括ってはいなかっただろうか。

 今更後悔してもどうしようもないのだが。

 

「いやああああ!!」

 

「く、くるなああ!!」

 

「しねええええ!! あっ、やめ……」

 

 悲鳴を上げ逃げる者。

 勇敢にもナイフで戦おうとする者。

 異世界からの来訪者よりも、実際にあのモンスターの事を知っているだろう者たち。

 

 彼は、彼女は、容赦なく平等に命を奪われていく。

 血で汚れた白刃を振り、客人を守ろうと戦う騎士も兵士も、首を斬られ、腕を斬られ、死ぬ。

 

 人ってこんなに簡単に死んで良いのだろうか。

 思わずそんな事を考える程に現実離れした凄惨な光景が目の前に広がる。玩具のように吹き飛び転がる手足、少し前に食べたソーセージに似た内臓。血臭、吐瀉物、それらを包む冷気と死臭が現実離れさせた状況を生み出す。

 

 モンスターとは言ったが、そんなに強いモンスターとは思わなった。

 何度目かの後悔を喉からせり上がる物ごと飲み込んで、正気度が下がる残酷な光景から目を背ける。そんな中でも勇猛果敢に冬将軍に立ち塞がる者、歯向かう者、雪の大精霊を相手に戦う人間は白刃の下に切り伏せられる。

 

 このモンスターに勝てた事はない。

 対処法と呼ぶべきか、痛みにより思い出される光景が脳裏を過る。

 初めて冬将軍に遭遇した時、既に爆裂魔法を使い果たし死んだふりをしためぐみん、そして土下座していたアクアは確かあの時何と言っていたか――、

 

「土下座だ! みんな土下座するんだ!」

 

「あんた、何言ってるんだ!?」

 

「武器を捨てて抵抗の意志が無い事を見せるんだ。将軍は無抵抗の奴までは殺さなかった筈だ!」

 

 水の女神曰く、冬将軍は慈悲を持ち合わせているらしく戦う意志を持たない相手に刀を振るったりはしないらしい。

 当然、現地の人間ならば貴族も知っている筈の情報だろうが。

 

「ふざけるな! 平伏など貴族の恥晒しだ! そんな事をするくらいなら死んだ方がっ!!?」

 

「くそっ!!」

 

 プライドが邪魔をする貴族は真っ先に首が飛ぶらしい。

 血しぶきを浴びながら、その光景を見た貴族は心が折れたのか、武器を捨て平伏する者も現れる。そんな貴族を罵倒する貴族は殆ど即死に近い一撃で身体と頭を分離させる。

 将軍は居合が得意なのか、冷気を纏った斬撃は範囲攻撃として周囲の兵士を斬り飛ばす。

 

 もはや逃げる事しか出来そうに無かった。

 震えそうになる脚を叩き、せめてもの責任として囮として声を張り上げる。

 

「おい! こっちだ、将軍!」

 

『――――』

 

 ジロリと総面の奥の瞳と目が合った気がした。

 有象無象を斬り飛ばす事に何の感慨もなさそうな眼差し、その死んだような瞳が俺を捉えると、何故か殺気が全身から吹き出す。その、まるで親の仇を見つけたような憎悪に脚が竦み。

 

 瞬間、衝撃が俺の右腕を吹き飛ばす。

 

「うあ」

 

 空気を割るような音と、電流が奔るような衝撃が右半身を襲う。

 そして遅れて遅い掛かってくるのは、空前絶後の激痛と大量の血だ。

 

「ぎ、ぃぃぃあああああ!!」

 

 殆ど刀の動きが見えなかった。

 冬将軍は最初出現した位置から動いていなかったのにも関わらず、俺を認識した途端にゆっくりと此方に向かって歩き始める。お前だけは絶対に殺すという殺意を吹き出しながら。

 

「ひ、ひい!」

 

 右腕は肘から先が吹き飛び、チラリと骨と筋肉が見えた。

 失った事の喪失感よりも、まずは背後にいるモンスターへの恐怖感に塗り潰される。

 

「あああ!! いっ、ああああっ!!」

 

 痛みが、苦しみが、灼熱が、身体と心を締め付けていく。

 縺れる脚と自動回避スキルによる回避により片耳を削げつつも他の人に斬撃が当たる。

 

 ――はやく土下座しなさいな。

 

「お」

 

 おびただしい量の血をばら撒きながら、残った耳がそんな声を聴く。

 

 そんな事を告げたのはどこの女神だったのか。

 言いたい事は分かる。さっさと土下座して平伏して、背後の化け物に許しを請うのだ。それで解決だ。きっと助かる。あの刀を鞘に納めて、きっと他の人に向かってくれる。

 

「おら、こいやあああ!!」

 

 回避スキルも動かす肉体がボロボロならば物理的に回避のしようがない。

 横に薙ぐような一閃。逃げ惑う人々ごと斬り飛ばす一撃は俺の腹部も捕らえ、その斬撃が内臓を吹き飛ばす。初めて自分の臓物を見たような気がする。

 

「――――」

 

 文字通り、血を吐くような絶叫を、息を吸う肺も斬られた。

 脱出は難しく、回避は不可能で、あとほんの少し歩くだけで肉体がバラバラになる。自分でも立っているのが不思議だ。何かのスキルの補正が働いているのだろうか。

 即死でない死に方は、こんなにも苦痛なのか。

 

「――カズマ様!!」

 

 悲鳴、怒号、鳴き声、嗚咽、慟哭。

 出入口付近から聞こえる人の波から、此方に走り寄る金色の人影。

 

 護衛の手を振り切って、ドレスに身を包んだ最愛の王女。

 手を伸ばし、悲痛に満ちた少女の名前は、いったい何だっただろうか。

 

「ア、イ――」

 

 呼吸が止まる。脚が浮かび突然王女に向かって身体が吹き飛ぶ。

 身体の中心に感じる熱に悲鳴すら出ない口を開け、血を吹き出しながらアイリスに衝突してしまう。急に力が芽生えた訳でも、俺とアイリスが磁石のようにくっついた訳でもない。

 

 寧ろ、駆け寄ろうとするアイリスへと俺が突撃した形だ。

 身体から伸びる刃先、冷気を帯びた刃先は心臓らしき物とアイリスの左手を巻き込み壁へと突き刺さっている。

 背後に感じる冷気と死の気配が強まり、冬将軍に刺されたのだと遅まきながら理解する。

 

「か、ぁ」

 

 少女の悲鳴を無視し、悪趣味な標本にするかのように王女の手と俺の身体に刺さる刀は倒れる事も呻く事も許さない。ただ冷たい暴力が確実に俺の身体と魂を傷つけていくのだ。

 どれだけ俺が憎たらしいのかと思いながら、体中の熱すら冷却する白刃の先に王女を見る。

 

「いや……」

 

 顔を血で濡らし、青色の瞳を涙と絶望で歪める少女が目の前にいた。

 壁に刺さった左手を血で染めながら、叫び、俺へと向かって手を伸ばそうとする姿を捉える。現実を否定するように頭を振り、歯を食い縛って痛みを堪えるアイリスの瞳から涙が溢れ出す。

 

 無理に身体を伸ばして、壁に縫い付けられた左手から血を溢して。

 それでも、アイリスの手は俺には届かない。

 

「いや、いやいや……!」

 

「――――」

 

 グラリ、と視界が赤く昏く、染まっていって。

 翻る凶刃が、瀕死の灯火へ無情に迫る中で、ふと思った。

 

 そういえば、アクアがいないから。

 蘇生魔法も回復も、挽回の機会などないのではないのか。

 

 このまま死ぬのか。

 これで、終わりなのか。

 

「あく、あ」

 

 溢れる血の隙間から呟きが漏れた。

 それは後悔であり、無力さへの憎悪であり――、

 

「まっ、待って……。いや、そんなの……!」

 

 肉体から命が、魂が失われていく感覚。

 崩れていく肉体と絶望と自分への呆れを抱いて。

 

 俺は。

 

 俺は死んだ。

 

 

 



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第三十八話 声は届く

 広間はもはや見る影も無かった。

 割れた窓からは雪と冷気が広間にあった暖かさを奪っていく。豪と吹き付ける雪風は赤黒い肉へ、死体へと降り掛かり生命が持っていた熱を魂ごと奪い取る。

 

 手足は千切れ、首がボールのように転がり、内臓から腐臭が漂う。

 部屋の床は血で塗れ既に殆どの者は死体となり無造作に転がっている。

 こんな場所が城の大広間だったと、ほんの数分前まで言葉を繰り広げ、楽し気にパーティーが繰り広げられていたなどと、いったい誰が信じられるのだろうか。

 

「────ッ!」

 

 金切り声を上げてカズマを抱き締めるアイリス。

 少女の身体に寄りかかり、正面から倒れ込むカズマの肉体には力はなく、半開きとなった黒色の瞳には生気が失われている。

 

 右腕は肘から先が吹き飛び、左手は少し別の方向を向いている。

 腹部からは赤黒い内臓がまろび出て、身体の中心に出来た刺し傷から血が零れる。

 どう考えても致命傷、これだけ血を流して生きている訳がない。

 

「──! ……、────!!」

 

 死体、肉塊と呼んで良い赤黒いソレを抱き締める少女。

 金色の髪も、白い肌も、ドレスも血で濡らし、それを気に留める事なく叫び続ける。叫んで、叫んで、思い出したように王族に備わる青い波動で回復を試みるが、もう意味はない。

 

 誰がどう見てもカズマの肉体からは魂が失われていた。

 血の気のない顔や手足、目の前の王女すら映す事の無い虚ろな眼差しは、既に死体のソレである事は誰の目にも明白だった。それでもアイリスは回復を止めようとはしなかった。

 

「カズマ様カズマ様カズマ様……カズマ、様」

 

 その痛々しい姿に顔をしかめる者も、同情し涙を流す者もいない。

 ──もう誰もこの広間にはいなかった。

 

 彼女の事を名前とその地位と外見だけしか知らない者も。

 彼女の事を外見も中身を知る者も、それ以上を知ろうとする者も。

 誰も彼も、男も女も、一人ずつ頭を下げない者以外は、全て容赦なく殺されてしまった。

 

 この大広間に残るのは土下座を続ける貴族を止めた者と、多くの死体と、王女と──、

 

『────』

 

 ──大虐殺を行った冬将軍だけだった。

 

 何を考えているのか、冬の精霊がこの大虐殺を成し遂げたのだ。

 アイリスの左手とカズマの命を縫い留めていた白刀を抜いた冬将軍は、先ほどまでの執拗な攻撃性を無くしたかのように、背中を向けて逃げようとする貴族たちへの攻撃を行った。

 誰の許しを得て、去ろうとしているのだと無言で伝えているようだった。

 

 死体を抱え床に蹲り泣き叫ぶ少女に見向きする事もなく、モンスターは殺害を続ける。

 刀の切れ味を確かめるように、虫けらを消し飛ばすように、息をするように冬の精霊は人を殺し続けた。そうしてプライドも闘争心も何もかも捨てた者以外はもう誰もいなくなった。頭を下ろす相手が主ではなくモンスターである事を咎める者も誰もいない。

 

 殺して殺して殺して殺し尽くして。

 あれだけ騒がしかった広間は静寂に静まり返っていた。

 

 このまま何もしなければ冬将軍はそのまま広間から城の外へと出ていくだろう。

 地面に転がる虫けらのように、這い蹲って、豪雪という自然の猛威が過ぎ去るのを待てば良い。これはただの天災なのだ。地震が突発的に起こるように、台風が通り過ぎるような自然現象。

 ──ただの人が、自然現象に勝てる訳が無いのだから。

 

『────』

 

 暴虐の限りを尽くした冬将軍。

 誰のものかも分からぬ死体を踏み躙り、斬撃により外の様子がほぼ丸見えとなった壁に脚を進めていた冬の精霊はピタリと脚を止める。

 白い総面から冷気を吐き出し、脚を止めた将軍が目を向けるのは一人の王女。

 

「ねえ、カズマ様。今度、城下町の方で雪とカボチャを使った催しがあるんですって。一緒に行きませんか?」

 

「カズマ様。クレアは最初こそあなたの事を忌み嫌っていたけど、最近は随分とあなたの事を信頼していると思うってレインが言ってましたよ。……ふふっ、少し妬けちゃいそうです」

 

 床に腰を下ろし、自らの負傷を気にする事なく亡骸に話し掛ける少女。

 この場で唯一誰よりも頭が高い状態となった彼女は平伏する訳でも、立ち上がる訳でもなかった。ただ亡骸の修復を行う王女が冬将軍に対して一切の関心を向けなかった事。

 

 何が問題かと言われたら、精霊に対する礼を尽くさなかった事だろうか。

 

『────』

 

「クレア? クレアはどこ……? カズマ様? ……眠いんですか?」

 

 僅かに居合の構えをする冬将軍。

 鞘に収めた刀、将軍の左手が鍔を押し白刃の姿を僅かに覗かせる。

 

「私も……少し眠いです」

 

 僅かに王女の青い瞳がチラリと冬将軍を捉える。

 あと数秒の命だ。ほんの数分で行われた残虐な行い。非道な血のパーティー、その終焉の幕は王女の首で下ろされようとしていた。

 白い死を前にして、王女が見せるのは絶望でも悲哀でもない、微笑だった。

 

「────」

 

 人は簡単には壊れない。ただ時には壊れないと生きてはいけない。

 遠くを見ていた自分がふと我に返るような瞬間。解き放たれる寸前の殺意を前にほんの微かに瞳に光を灯しながら、しかしカズマの肉体を抱えるアイリスは立ち上がる事は無かった。

 

 武器が無くても、魔法はある。戦う手段はある。

 その為に日々の研鑽を繰り返してきたのだから。

 だが、それがなんだと言うのだろうか。その時を前にして護るべき臣下も最愛の人も、誰も守れない王女など生きていて良い訳がない。もう諦めてカズマと同じ場所に向かうべきだ。

 

 この話はこれでおしまい。

 瞼を閉じて、冬の処刑人にパーティーの閉幕を宣言して貰おう。

 鞘から解き放たれる斬撃、それがアイリスの首に届こうとした瞬間だった。

 

 

「──まだ終わりではないですよ」

 

 

 直後響いた金属音、剣同士が生み出す馴染み深い音に瞼を薄く開く。

 どこか虚ろなアイリスの瞳、そこには相も変わらず地獄の光景が映り込む。多くの死体と壊れた壁から降り積もる雪。床に座り込んだアイリスの前に、一人の男が立っていた。

 

 爽やかな表情には余裕を見せ、茶髪を冷風に靡かせる。

 細く見えるが、しなやかに鍛えられた長身をスーツに包み、手には一本の魔剣を携えている。

 その顔立ちはイケメンと呼ばれる類の者で、助けられた女なら胸をときめかせるような造形。地獄に咲く一輪の花のように穏やかな佇まいを見せる。

 

「申し訳ありません、アイリス様。剣を取ってくる間にこのような事態になるとは……」

 

「…………」

 

 微かに目を伏せて告げるミツルギ。

 それは無残に屠られた命への憐憫と共に、それを行った相手への義憤だった。

 あらゆるモノを切り伏せる魔剣グラム、油断なく構える魔剣使いは王女に目だけを向けて微笑み掛ける。その直後、彼女が抱き抱えている相手がカズマである事に気付く。

 

「……佐藤和真も死んだのか」

 

「ちがっ……! これは……」

 

「…………」

 

 顔を上げるアイリスを痛ましい表情で見るミツルギは目を背け、冬将軍に剣を向ける。 

 武装をしている時間は無かった。武器は魔剣一本のみ。

 僅かにでも白刃に斬られればそれが致命傷になる可能性は高いだろう。

 

「それがどうした……」

 

 ミツルギの瞳に宿るのは使命感。

 背後にいる王女の命を守る、その使命に命を賭して剣を握る。

 

「余裕を持って倒せる、そんな相手ではありません。相手は冬将軍、援軍もすぐに駆け付けてきますので暫しの間、ボクの後ろにいて下さい。大丈夫です、ボクが必ず守ります」

 

「…………」

 

「安心して下さい。ボクが来たからにはもう安全です。世界の平和の為に、不条理から多くの人々を守る為にこの剣を振るいなさいとアクア様は仰られた。ボクはその為にここに立っている!」

 

 まるで創作の主人公のような振る舞いを見せるミツルギ。

 実際に状況としてはそうなのだろう。強大な敵、味方は大勢が死に至り、城の王姫は紛れもないピンチだ。そこに現れる女神に導かれし勇者という構図の完成だ。

 

「ボクは勝つ! 魔王と戦った後も多くの敵を葬り去って来た! そしてこれからも! ボクは決して負けない!! ――行くぞ冬将軍。勝つのはこのボクだ……!」

 

 広間の中心で風になる者が衝突する。

 魔剣と白刀、武器を握り合う者同士による斬撃が、衝撃波が広間の一角を破壊していく。

 

 

 

 +

 

 

 

 人生で死ぬ事は一回限りだと、誰が言ったのだろうか。

 

 この異世界に来てからも俺はそれなりに死ぬ事があった。

 首を斬られたり、首が折れたり、身体を溶かされたり、身体を上下に真っ二つにされたり、ヒュドラに丸のみで溶かされたり、首を斬られたり、細胞の一欠片も残さずに爆死した事もある。

 

「ぅぅ……」

 

 思えば首に関する死に方が多かっただろうか。

 人体の急所、相手にとって確実な殺害方法として首を狙うのが合理的なのだろう。以前エリスに言われた事もあるが、俺はそれなりに痛みの伴わない、尾を引かない死に方に恵まれたという。

 

「ぅぁ……!」

 

 だが今回は随分と惨たらしく死んでしまった。

 手足はもげ、内臓は飛び出て、王女の前で無様に死んでしまう。さぞかしみっともなかっただろう。アイリスも呆れてしまったのではないのか。

 気まぐれに失敗したことへの責任など考えずにさっさと逃げるべきだったのだ。

 中途半端に格好つけて死んでしまっては意味が無いだろうに。

 

「ぁぁぁっっっ!!!?」

 

 そんな事を床にのたうち回り叫びながら思った。

 別段痛みは無い。身体をまさぐっても身体から内臓が零れている訳でも腕が無い訳でもない。それでも先ほどの喪失感や痛みの余韻がまるで魂にまで残っているような感覚に俺は襲われていた。

 

 取り敢えず、そろそろ正気に戻らなくてはならない。

 涙を流し嗚咽を漏らしていると、いつの間にか誰かに抱き締められている事に気づいた。

 

「ぁー……?」 

 

「大丈夫です」

 

「ぁぅ……?」

 

「もう、大丈夫ですから」

 

 白銀の長髪、ゆったりとした白い羽衣と白皙の肌。

 柔らかく温かい少女の身体、出会った頃と変わらない少女が俺を抱き締めていた。

 

 ふんわりとした甘い少女の香りが鼻腔を擽り、大切な物を扱うように背中を摩る掌の感触。正面から俺を抱き締めながら、苦悶と悲哀を青色の瞳に浮かべた姿に俺は息をするように口を開いた。

 もう何度も逢った事のある女神、見覚えのある白銀の髪はきっと月光が映えるだろう。

 

「……エリス様?」

 

「はい。やっと会えましたね、カズマさん」

 

「さっきまで、一緒だったじゃないですか」

 

「ふふっ……。そうですね。ずっと一緒です」

 

 片目を閉じてウインクをする姿はあざとさよりも可愛らしさが勝る。

 何よりもこんな至近距離で安堵したかのような笑みを見せるエリスに鼓動が高鳴りを覚える。いつの間にか椅子に座る俺、その膝に真正面から座るエリスとは唇が触れそうになる程に近い。

 

「その……。ごめんなさい、カズマさん」

 

「えっ? ……いや、全然重くないですよ。エリス様の体重は凄く軽いですから。それに降りなくて良いですよ。俺と一晩をネットリと過ごした仲じゃないですか」

 

「ちちち、違います! そうじゃなくてカズマさんの精神状態についてです」

 

「俺の?」

 

「はい。……その、本来ならば死ぬ際に何かしらのダメージを受けた方には、ある程度の精神への干渉、それによる鎮静化が行われるのですが……。今回、その鎮静化が上手く効かなかったみたいでしたので私が直接対応する形になってしまいまして、……申し訳ありません」

 

「いえ、俺としてはエリス様と合法的に触れ合えたので全然オーケーですよ。今後ともこんな風にイチャイチャしたいです」

 

「そうですか? それでしたら、良かったです」

 

 にっこりと微笑を浮かべる姿は正しく女神だ。

 羽根布団のように軽い体躯を俺に預け、失った体温を補充するかのように身体を擦りつけるエリスの姿は見た目相応な可憐さと微笑ましさ、何よりも鼓動が高鳴りを覚えるのを感じた。

 

「カズマさん、今ドキドキしてますね」

 

「エリス様とこんなに密着出来てドキドキしない訳ないじゃないですか」

 

「そうですね。私もドキドキしているんですよ」

 

「そうですか……」

 

「触ってみますか?」

 

「イエス」

 

 これ見よがしな態度を見せるエリスに遠慮なく手を伸ばす。

 羽衣の上から触れる女神の乳房、パッドの質感は確認出来ず、しかしながらふにふにとした柔らかさに俺の意識は容易く奪われてしまった。以前の乳肉の感触を思い出そうとする掌の動きに小さく呻くエリスの甘い声音が耳裏に響き、自然と彼女を抱き締める腕に力が籠ると──、

 

「いやいやいや、そうじゃない!」

 

「ひゃぁっ!?」

 

 思わず叫んだ俺は現状の事を思い出し、どうにか踏み止まった。

 今がどういう状況なのか、何故俺が死んだのかを思い出して女神から手を離す。そうして理性の全てを振り絞り、彼女を椅子に座らせると俺は立ち上がる。

 

「エリス様。アイリスは? 俺が死んだ後どうなりましたか?」

 

「…………」

 

「……エリス様?」

 

「いえ、なんでもありません。カズマさんが死んだあと冬将軍はアイリスさんを放っておいて、背中を向けて逃げようとする他の貴族の方の殺害を優先しました」

 

 俺から目を背け、虚空に視線を向けるエリス。

 その先にアイリスたちが映っているのだろう。文字通りの神視線に俺は喉を鳴らす。俺が見つめる先、女神が語るのは俺の為だけに行われる異世界実況話である。

 

「あっ、こ、これは……! い、いえ、タイミング良くミツ……? ルギさんが参戦しました! 危なかったですね。ダクネスももうすぐ到着、これは……ギリギリなんとかなりそうですね」

 

「…………」

 

 断片的な情報を聞かされるというのは中々に辛い。

 テレビやラジオのようなものではなく、目の前の光景を見た第三者による主観での説明。別段説明が上手い訳でもない相手による実況・解説は非常に心身を不安にさせる。

 

「まあ、身体は無いんだけどな」

 

「あんまりそういう冗談は好きではありません。……あっ!」

 

「!?」

 

「い、いえ……大丈夫です。……ぇぇ!?」

 

「…………」

 

「冬将軍も強いですねぇ……あっ、ミツ? ルギさんの腕が一本吹き飛びましたよ!」

 

「マジかよ」

 

 文字通りの神視点を人間は見る事は出来ない。

 だからこそ少しでもより多くの情報を得る為に重い口を動かす。

 

「あの、エリス様」

 

「はい?」

 

「どうしてあの時アウリープは冬将軍を召喚出来たんですかね」

 

「…………」

 

「複数人のステータスや寿命、あとは多分アウリープ本人のを含めても、そんなに強いモンスターが召喚出来るとは思わなかったんですが」

 

 今更聞いても遅い事だが少しだけ気になった事だ。

 俺が指摘した事に対し、思案顔のエリスはチラリと俺に目線を向ける。

 

「直接的な原因までは分かりませんが……間接的な原因としては色々あるんでしょうね」

 

「例えば?」

 

「神器と言っても様々です。そういった中には人間の強い感情に比例して一時的に性能が増幅するといった物もあります」

 

「あの指輪もそういう類の物だったと?」

 

「たぶんですが……」

 

 ピンチの時になると覚醒するというお約束展開によくある神器だったのか。

 秋刀魚や蛸は畑で取れ、猫は火を吐き空を飛ぶ、そんな異世界なのだ。そういう物があっても不思議ではない。寧ろそんなものよりも幾らでもチートな物も人もゴロゴロといる世界なのだ。

 チートでもなんでもない存在は、もはや俺だけではないのだろうか。

 

「あの時、滅茶苦茶俺の事を睨んでいましたね。どんだけ憎たらしかったんでしょうかね」

 

「……他には気候も影響していたかと思います」

 

「気候」

 

「はい。本来、冬のピークは既に過ぎていて雪は降らない筈なのですが、今年は雪精が非常に活発的となった影響で冬の精霊が発生しやすかった、とかでしょうか」

 

「……要するに、あんまり良く分かっていない、と」

 

「ごめんなさい。何かしらの変化が神器に発生していたのは事実ですから、回収できれば何かしらは分かると思うんですが……」

 

「いえいえ、顔を上げて下さいエリス様!」

 

 悲痛な顔を浮かべて頭を下げるエリスの上体を俺は起こしに掛かる。

 確かに何かしらのイレギュラーがあって想定よりも強いモンスターが召喚されてしまった。だがそれが既に過去の出来事だ。何が原因だったかを追究するよりも、今起きている出来事に対処して神器を封印する事が最優先なのだ。

 抱き起こすと顔を見られるのが恥ずかしいのか、咄嗟に抱き着いてくるエリス。

 

「でも、カズマさんが死んでしまって……」

 

「久しぶりに死にましたけど、まあ今回は歴代で一番痛い死に方でしたけど、そろそろ結構慣れてきたかなって思うので。だから、エリス様もあんまり気に病まないで下さい」

 

「カズマさん。……ありがとうございます」

 

 僅かに目尻に涙を浮かべる女神は微笑を浮かべる。

 そんな儚げで今にも消えてしまいそうな彼女を抱き締めながら俺は頭を掻いた。首元に顔を埋めるエリス、白銀の長髪に手櫛を通すと絹のような滑らかさが心地良さを伝える。

 

 ピクッと身体を震わせるエリスだったが、俺の掌を受け入れたのか髪を触られる事を拒絶しない女神は、俺の背中に手を回し体重を預け無言の抱擁を続ける。

 穏やかな時間、死んで何も出来ない自分に与えられるエリスとの抱擁に俺は瞼を閉じる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 もう、このままで良いのではないのか。

 正直に言って、あの冬将軍は魔王よりも強く感じた。無理ゲ―だ。

 

 戦力としてはミツルギにダクネス、城の選りすぐりの騎士たち。小細工を弄する己よりも数と質の揃った戦力が揃っている筈なのだ。今から自分が行って、いったい何になるというのだろうか。

 ──もう何もかも諦めて、エリスとこうして一緒にいても良いのではないのか。

 

「カズマさん」

 

「はい」

 

「そろそろ彼方に戻る準備をしましょうか」

 

「ぇ」

 

 そんな弱気になる俺をエリスは許そうとはしなかった。 

 

「いや……いやいや、俺が行ったところで勝てないですよ。対策も思いつかないですし。それに、あんまり愚痴とか言いたくないですけど、俺頑張ったと思いませんか? 柄にもない避難誘導もしましたし、ダクネスじゃないのに将軍の囮になったりして死にましたよ」

 

「…………」

 

「ちなみに、ちょっと聞きたいんですけど将軍に毒とかバックスタブって使えるんですか?」

 

「精霊に奇襲攻撃や毒は効かないでしょうね……間違いなく対応されるかと。仮に成功しても冬の精霊ですから、降ってくる雪を吸収してある程度回復するかと」

 

 ほんの少しだけ苦笑を浮かべるエリス。

 

「でしょう? なら無理ですよ。ミツルギの腕が飛んだんでしょ? あいつよりステータスで劣る俺が行っても何にもなりませんって。もう無理ですよエリス様。温室育ちが良く頑張ってきましたよ! もうちょっと神様は俺に優しくしてくれても良いんじゃないですかねぇ!」

 

 愚痴り続ける俺に無言で頷く女神。

 そんな彼女は、俺の言葉が尽きた後に、一言こう言った。

 

「でも、アイリスさんを泣かせないと言っていたじゃないですか」

 

 閉口する俺に微笑む白銀の女神。

 額を合わせて、竦む心を支えるような言葉をエリスは掛けてくれる。

 

「確かにカズマさんは物凄い武器も能力も持ってはいません。でも、カズマさんはその状態で多くの敵を倒して、最後には何だかんだ言って勝ってきたじゃないですか」 

 

「────」

 

「市販の武器や使い捨ての物と頭脳を駆使してあらゆる困難を乗り越えてきたでしょう。世界の危機に陥れた魔王をカズマさんが倒してくれたじゃないですか」

 

 どうして、こんなに信用されているのだろう。

 俺はそんな大それた存在ではない。買い被り過ぎにも限度がある。

 本当の自分は怠惰で愚かで屑でどうしようもない存在だ。金があったら働かず、食っては眠ってニートを止められない。そんな相手にどうしてこんな優しい言葉をくれるのだろう。

 

「最後にはカズマさんが倒してくれるって、いつも見ていましたから」

 

 出来るのだろうか。

 勝てるのだろうか。あんな怖い相手に。

 

「私は好きなんです。何の力もない冒険者が困難に打ち勝つ痛快なところが。お姫様を勇者が助ける素敵なところが。だから」

 

 だから。

 だから、なんだ。

 

 この女神は、俺にどうして欲しいのだ。俺はどう応えればいい。

 

「いつかのリベンジです。カズマさんが冬将軍を倒すところを見せて下さい」

 

 今更ながら俺は随分と愚かな存在だと思う。

 これだけ言われて、褒められて、求められて、ようやく立ち上がれる。

 

 ──ここで立ち上がらなければ、女神が惚れた佐藤和真ではない。

 

 

「しょうがねえなああああ!!」

 

 

 冬の精霊を相手にして、戦う術は未だ思いつかない。

 やる気と度胸、そして虚勢を胸に、俺はあの世界へと戻る事になるのだ。

 その為にまずは──、

 

「エリス様が蘇生してくれるんですか?」

 

「いえ、蘇生魔法を掛けてくれるのは私じゃありません。蘇生魔法を掛けられ次第、いつでも参戦出来るように支援魔法と此方から送り出す準備を進めておきますね。『パワード』!」

 

「ん? じゃあ誰が」

 

「……さっきちゃんと呼んでいたじゃないですか。『ヘイスト』!」

 

 含みを帯びた笑みを見せるエリス。

 クスクスと笑いながら支援魔法を掛けてくれる白銀の少女の言葉、その意味が分からない俺に。

 

≪カズマさーん! カズマさーん!!≫

 

 ――有り得ない筈の声音が俺の耳に届いた。

 

 

 



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第三十九話 反撃の狼煙

 声が、した。

 

「わ。いきなりグロな空間に来ちゃったんですけど。やだーSAN値チェック入っちゃう」

 

 場にそぐわぬ能天気な声音が、戦場と化した広間に、膝を付いたままの王女に届く。

 水色の髪の毛は川のように滑らかに揺れ動き、髪と同じ色合いの羽衣と白磁の肌、そして肌身に感じる神気は見る者全てにその存在を鮮明に脳に刻み付ける。

 

 その美貌は美醜を語る事すらおこがましい絶世の美少女。

 青色のガラスのような瞳はどこまでも澄み切った海のように鮮やかだ。

 

 まるで地獄に現れたオアシスのように、王女のすぐ傍に現れた水の女神。

 突然現れたアクアは、独り言を告げると己の身体を腕で抱きながら周囲を見渡す。

 

「しかも寒いし……。王城ってこんなスプラッタな場所だったかしら。ハロウィン?」

 

 水の瞳が捉えるのは眼前で広がる光景は瞬きを繰り返しても変わらない。煌びやかなパーティーが開かれていたであろう大広間、そこにあるのは血と埃と雪だ。

 もはや広間どころか、室内としての機能が失われた空間は横の壁が殆ど失われている。

 

 窓はガラスどころか周囲の壁ごと吹き飛び、城壁は斬撃の嵐に意味を失っている。

 外の豪雪、肌に染みる冷風と空から降り続ける雪を隔てる物は何もない。これでは外にいるのと何も変わらないが、冷風が周囲に散らばる死体の鮮度を保っているのは運が良かった。

 

 そして雪の降り掛かった死体、手足の散らばった床を気にせず戦うのは一人の男とモンスターだ。魔剣の勇者ミツルギと対峙する冬将軍は、もはや他の事を気にする必要が無い程に戦闘に熱中しているように思える。

 

 光が、迸った。

 白刀と魔剣がぶつかる度に澄んだ金属音が周囲に響く。

 

 剣の舞と呼べるような戦い、それも既に終わりが見えていた。

 括目せざるを得ない冬将軍の剣技、それに対し、片腕をどこかに置いてきたのか疲労を顔に見せ始めたミツルギは片手のみで戦っている。

 止血の暇はなく、身体をどこか不自然に揺らしながら魔剣使いは懸命に戦っていた。

 

 使命に魂を燃やし、人々を救う勇者として。 

 それでも、いつかは人間として限界がくる。経験を積んでも出血を続ければ人は死ぬ。

 

 剣技の合間にも血を周囲に振り撒くミツルギも、僅かに身体を揺らす。

 ほんの僅か、それを冬将軍は隙として捉え、眼前の敵の首へと一撃必殺の刃を振るう。

 

「――『デコイ』!!」

 

 勇者の死、それがスキルによって回避される。

 男に振るわれる凶刃、確殺に至る死を防ぐのは人類最高峰の防御力を持つ女だ。

 クルセイダーによるスキルは白刃の軌道を男の首ではなく、スキルを使用した女へと向かわせる。咄嗟に上げた腕を守る籠手へと刀は吸い込まれ、僅かな血と鉄の破片が周囲に飛び散る。

 

「ああ!? こっちも壊れた!」

 

 女の悲鳴は痛みによる物ではない。ただ防具が破損した事による驚愕の声だ。

 ドレス姿に、そこら辺で拾った籠手と剣を手にしたダクネスは凛々しい眼差しを相手に向ける。

 

 雪風に晒されて、なおかつ冬将軍の剣舞による攻撃は、もう幾度も繰り返された。

 この奇妙な戦線が保たれているのは、紛れもないダクネスの防御力の高さによる物だ。仲間を守る騎士の鏡、何も知らない人物がダクネスを見たら、その満身創痍な姿に息を呑むだろう。

 

「……貴様、そんなにまで私を裸に剥きたいのか。こんな公衆の面前で」

 

 ダクネスの援護が無ければ、既に重症のミツルギはその命をエリスの元へ送っただろう。

 ただ、代償として戦闘の余波で彼女が身に纏っていたドレスはボロボロ、平時ならば男共の視線に晒されただろう、白い乙女の柔肌に薄く赤い血が滲んだ彼女の姿が広間に晒される。

 裂傷を血で滲ませながらも口端を歪めるダクネスは平常運転だ。

 

「はぁ……はぁ……。そんな攻撃で私を好きに出来ると思うなよ。今の私はあの頃とは違う。もう頭を下げるなどという屈辱よりも……、じわじわとドレスが千切れあられもない姿を男共の下種な視線に晒すシチュエーション。んッ……何てことだ。今の状況、意外と悪くない!!」

 

 戦闘状況はおおよそ把握出来た。

 取り敢えず、アクアに分かる事は、ダクネスはもう手遅れだという事だけだ。

 

「……うーん、『ハイネスヒール』! ついでに『パワード』! 『プロテクション』!」

 

「!? ……アクア様! 来てくださったのですね!」

 

「えっ、あ、はい。あの、頑張って下さい」

 

「はい! ありがとうございます! う、ぉぉおおおお!!」

 

「アクア!? 来てたのか……!」

 

「チャンスよダクネス! 地味で影の薄い貴方が活躍出来る唯一の見せ場じゃない! もっと真面目に頑張りなさいな! ……ちょっとこっちに来ないでってば、冬将軍はあっちよ。ねえってば」

 

 状況はギリギリながらもダクネスとミツルギで拮抗している。

 そう判断すると、此方を見上げている王女を、アクアは見下ろす。

 正確には彼女が抱き抱える、魂の抜けた最弱職の男、その亡骸に目を向ける。

 

 黄金を溶かしたような髪は血で濡れ、白い肌は死人のように青ざめている。

 左手からは出血が止まらず、何よりも青色の瞳はカズマを見ながらもどこか空虚だ。

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』」

 

「ぁ……」

 

「そこそこカズマも治っているじゃない。でも自分の怪我も治さないとアイリスも死ぬわよ?」

 

「…………どうして」

 

「なーに?」

 

「どうして、ここにいるんですか?」

 

「カズマが呼んだでしょ、死ぬ寸前に私の名前を呼んだでしょ? だから来たの」

 

「……!」

 

 突然の出来事に戸惑うアイリスは、しかし遺体を庇い敵を見るような眼差しで睨みつける。そんな彼女を安心させるかのように小さく微笑む水の女神はアイリスの目の前で屈みこむ。

 彼女は、王女の目の前で死んだ男に回復魔法を掛けながら、衣服を漁り、ある物を取り出す。

 

「カズマってば、大口叩いて結局私がいないと駄目なんだから……」

 

「何を……」

 

「大丈夫よ。私は、カズマにも貴方にも、危害は加えない」

 

「…………」

 

「呼んだ直後に死なれたから、どこに飛べば良いかちょっと焦ったけど……」

 

「……メダル、ですか?」

 

「そ。私由来の特別なメダル、カズマはちゃんと持ってたからコレを起点にここに来たのよ」

 

 スーツの裏ポケット、そこから転がるのは小さな青色のメダルだ。

 どこにでもあるようで、中々見つからない希少価値のある由緒正しき小さなメダル。

 

「欲しい? 欲しくない訳がないわよね。まあ、あげるには条件があるけど」

 

「条件?」

 

 周囲の絶望的な空気など知った事ではない。

 絶対的絶望を覆す、そんな理不尽で圧倒的な神は王女に微笑む。

 

 ――パン、と肉を叩く音がした。

 

「現実を見なさいな」

 

「は、ぇ?」

 

「カズマさんは死んでる。ブツブツと現実逃避している場合じゃないでしょ」

 

「――――」

 

 呆然と熱を持つ頬に触れるアイリスは瞳を揺らす。 

 叩いた掌を揺らしながら、遺体の損傷の修復を行うアクアは水色の瞳を王女に向ける。

 

「良い? コレはカズマじゃないの。魂はもうここにはいなくて、コレはただの死体」

 

「――――」

 

「あんたが悔やんでも泣いても、カズマさんは死んじゃったの。それを認めなさいな」

 

 すぐ近くで聞こえる喧騒、戦闘の音が遠くに聞こえる。

 それらの全てを無視してアクアの水色の瞳が、アイリスの青色の瞳を見つめる。

 

 一瞬の交錯する瞳、先に目を伏せたのは王女の方だった。

 

「……私の、所為なんです。私がもっと強かったら、カズマ様は死なずに済んだのに」

 

「…………」

 

「私よりも弱くて、でも勇敢なカズマ様のお陰で多くの命が救われた。でも、私はそんな彼を目の前で……、何も出来なかった。カズマ様を守れなかった……」

 

 それは神へ行われる懺悔だ。

 後悔と絶望、枯れた筈の涙が再び頬を伝う。それでもカズマを見つめる瞳は遠くへと向かう事は無い。多くの騎士を、民を死なせて、クレアも死なせて、カズマも死なせた愚かな自分。

 死んだ責任は全てアイリスにあると、そう告げる王女をアクアは笑う。

 

「そんな訳ないじゃない。カズマがどれだけ死にやすいか、アイリスは知らないでしょ」

 

「ぇ……」

 

「まあ、どうせ恰好付けて話しているんでしょうけどね。カズマなんてスペランカーみたいにポコポコ死んでいるのよ。みみっちいスキルを数だけ身に着けて、でも調子に乗ってそこら辺にある階段で躓いて死んじゃう。それがカズマなの」

 

「それは……!」

 

「だから、カズマが死んだからってアイリスの責任じゃないわ。カズマが死んだ、それだけよ」

 

「――――」

 

 責任云々など語っても仕方がない事だ。

 誰が悪いかなど言われても、間違いなくアイリスではない。無駄に気負って、他人の死は己が守れなかったからと苦しまれたら、その人の死はいったい何だったのだろうか。

 

 アクアの言いたい事は分かる。

 ただ、それでもと苦悶の表情を浮かべる王女の頭に女神は手を置く。

 

「……アイリスは良い子ね」

 

「アクア、様?」

 

「アイリス。カズマは私が蘇生するから。なら、アイリスが今行う事は何?」

 

 水の女神が問う。王女がするべき事は何か。

 後悔するなとは言わない。ただここで現実逃避を続けるのか。自分を責めるだけなのか。

 アクアの言葉に、アイリスの青色の瞳に波紋が生じる。

 唇を震わせ、アイリスが何事か、辛い現実に引き戻したアクアへと、言葉を紡ごうとして。

 

「アイリスさん」

 

 差し出されるのは王家の秘宝、脈々と血を受け継いだ者にのみ使用できる宝剣。

 王女へと差し出すのはメイド服を着た白銀の少女。二対の視線を受け、頬の傷を掻く盗賊娘はどこか気まずそうな顔で告げる。

 

「いやあ、宝物庫から取ってくるのに手間取っちゃった」

 

「はー、これだからエリスは駄目なのよ。パッドだし」

 

「ちょっと待って下さい! パッドは関係ないのでは!?」

 

「というか、そっちは大丈夫なの?」

 

「……それに関しては問題ありません。先輩の準備が出来たらすぐにでも可能ですよ」

 

 差し出された宝剣、それを手に取るアイリス。

 弱々しいながらも王女の手が、剣を受け取り、女神の言葉に立ち上がる。

 

「アクア様。ありがとうございます」

 

「良いのよ。後で美味しいお酒でも恵んで頂戴。高級だと凄く良いわね!」

 

「分かりました。それとカズマ様と致した事について詳しくお聞きしたいです」

 

「……あれ、あたしは?」

 

「クリス様は大丈夫です」

 

「……あ、そ」

 

「あら~? エリスってばアイリスに嫌われてるんですけどー! プークスクス」

 

「まあ、今はいいや! あの子も分かっただろうし。先輩は蘇生魔法を急いで下さい。それだけが取り柄ですよね?」

 

「急いでるわよ。……ていうか、今なんか言った?」

 

「何も」

 

 軽口を叩き合う女神を尻目に王女は剣を構える。

 遠目ながらも既にアイリスの存在を知覚しているのか、冬将軍は僅かに此方にも意識を割いている。隙は無く、自らの手でこじ開けて、退治するしかないのだ。

 

 青髪の女神にも、此方を見て微笑を浮かべる銀髪の泥棒にも。

 彼女たちには言いたいことが色々ある。ただ、今は、それらをねじ伏せて、まずは――、

 

「冬将軍を倒してきます!」

 

 

 

 +

 

 

 

《カズマさーん! はやく来てー!》

 

 空気を読まない間の抜けた声音が暗い空間を切り裂く。

 聞こえる筈の無いその声は、鬱屈とした状況を照らす女神による物だ。

 

 どこか切羽詰まった、きっと何とかしてくれるという思考を放棄した少女の声色が鼓膜を震わせる度に、俺の心に宿っていた昏い物が水のように流されていくのを感じた。

 エリスに支援魔法を掛けて貰いながら、何となしに手が触れるのは最後に彼女と触れた唇。

 

 僅かにざらついたその感触に、残る物は何もない。

 ほんの数日前、彼女と、アクアと別れてからほんの二日程度しか経過していない。

 

 ホームシックになるにしてもあの水の女神に哀愁を抱くには早すぎる。

 体感時間的には数日というよりはまるで一月が経過したかのような、そんな感覚が胸中に押し寄せた事に俺は思わず眉を顰め、それをエリスに見透かしたような面持ちで告げられる。

 

「カズマさん、口元が緩んでますよ。『プロテクション』!」

 

「そんな事ある訳ないじゃないですか」

 

「呼んだら健気に応じてくれる、そんなところがちょっと可愛いんじゃないですか?」

 

 可愛い訳がないし、あの女神に健気という辞書があるのだろうか。

 呼んだつもりはなく勝手に家の留守番を止めたアイツには説教を食らわせてやりたい。

 

 にこにことエリスは微笑を俺に向ける。

 何が楽しいのか、何となく人の胸中を読んでいそうな幸運の女神。支援魔法が掛けられていくのを肌身に感じながら俺はエリスに話し掛ける。

 

「よくもまあ、俺を蘇生出来たなって思いますよ。あの場所って相当な激戦地ですよね」

 

「ダクネスも参戦して冬将軍の攻撃を引き受けてくれていますから。以前よりも更に硬くなりましたからね、アクア先輩の支援魔法込みですが、もう防具が必要ないんじゃないかってぐらいに。冬将軍の顔は見れないですが戸惑っているのは分かりました」

 

 冬将軍が驚くほどの防御力を誇る女など、ダクネス以外にいるものか。

 アクセルの街どころか、世界で最も硬い女である事は疑いようがないだろう。

 

「それにアイリスさんも参戦しましたよ。これで最悪の状況からは立て直せましたね」

 

「アイリスも……」

 

 彼女の言葉に脳裏を過るのは、死ぬ寸前の光景。 

 刀に貫かれた俺に手を伸ばそうとする返り血を浴びた金髪少女の悲哀に満ちた顔。

 

 彼女も苦しかったのだろう。悲しかったのだろう。

 それでも剣を取って戦っているのだろう。ダクネスと共にアイリスも戦っている。憂慮する表情すら美しかった彼女が剣を手に戦っているのだ。

 ならば、どうして俺が戦いに行かない道理があるのだろうか。今すぐ行くべきだろう。

 

「────」

 

 エリスに目を向けると何かを期待するような面持ちで俺と目を合わせる。

 青色の澄み切った瞳は、まるで勇者か英雄を見るようにキラキラと輝いて見えた。そんな彼女の眼差し、それを向けられる自分自身に対して思わず鼻で笑ってしまう。

 

「……このまま行っても、たぶん首チョンパされてすぐに戻って来ますよ。期待されても何の作戦もありませんから。このまま俺が行く意味ってあります?」

 

「────」

 

 口ではどうとでも言えるのだ。

 ただ、実際には無力な自分にはあのモンスターをどうこう出来るとも思えない。何の作戦も、何の武器も持たない冒険者がどうすれば勝つ事が出来るのか。

 

「では、一つ助言を。先輩があの場にいる以上、冬将軍の弱体化は可能でしょう」

 

「……魔王だけじゃなかったんですか?」

 

「今の先輩でしたら通常のモンスターだけではなく精霊に対しても同様の事は出来ます。実は先輩ってカズマさんが思う以上に凄い方なんですよ?」

 

 エリスの語る先輩、つまりアクアの事だが現在の彼女は魔王討伐以前に対して枷となっていたらしい力の全てを扱う事が出来るらしい。通常下界に降臨する場合、多少の力は制限するらしいが、アクアはそういった規則を無視しているという。

 それだけ膨大な力を、チートと呼べる程に持っているのに普段がアレだから残念女神なのだ。

 

「あいつが出来る弱体化は身体能力低下とかですか?」

 

「回復阻害と魔法抵抗力の低下などが主ですね。……この魔法抵抗力の低下がヒントになると思うんです」

 

 魔法抵抗力の低下、即ち魔法に関するスキル攻撃が通りやすくなるという事だ。

 数多のスキルを所有する俺だが、将軍を撃破出来る魔法スキルを所有していただろうか。一体何が有効なのかと考えて、エリスの聡明さに思わず拍手する。

 

「……テレポートで紅魔の里に送って、里の人達に倒して貰うとかですか。流石ですねエリス様」

 

「違います! 流石にそれは里の方も困りますし、私が先ほど何て言ったか忘れたんですか!」

 

 関係ないが美少女は怒っても美少女だ。特に女神は。

 白銀の長髪を揺らし、俺に手をかざす彼女は怒りながら支援魔法を続ける。

 

「冗談ですよ。取り敢えず何とかなりそうです」

 

「それは良かったです。では……」

 

 パチンと指を鳴らすエリス、突然俺の背後に出現するのは白い扉だ。

 俺が何度も死ぬ度にアクアに蘇生されて、彼方へ戻る時に出現する見慣れた扉。

 

《カズマさーん! ねえ、聞いてる? ねえ!》

 

 思わず苦笑するような緊張感のないアクアの声。 

 エリスと顔を見合わせると、雪が解けるような柔らかい微笑を彼女は浮かべる。開かれた純白の扉、その先へと進もうとする俺の手を掴む白銀の女神。

 

「……これで最後の支援魔法です。幸運の女神の名において祝福を! 『ブレッシング』!!」

 

 幸運の女神、エリスから直々に掛けられた支援魔法。

 チートにも近しい高い数値を誇る俺の幸運、それが反則気味に高められる。じんわりと身体に感じる彼女からの支援魔法に感謝していると、俺を抱き締めてくるエリスと一瞬見つめ合う。

 

「助手君」

 

 気が付くと俺とエリスの唇が触れ合っていた。

 親友がするような、親愛と友愛の籠った唇が重なり合うだけのキス。

 

 艶やかな唇の感触、伝わってくる心地良さは支援魔法以上に俺の心を満たす。

 名残惜し気な表情はきっと俺もしていたに違いない。それでもそっと胸板を押して優し気に微笑む姿は正しく人類を支え導く女神に相応しい。

 言葉を紡ぐ事すら惜しいと感じる数秒間は、遠くから届く声に終わりをもたらされる。

 

《カズマさーん! カズマさーん! はやくきてー! はやくきてー!》

 

 …………。

 唇を離して見つめ合った俺とエリスはどちらともなく笑った。

 

「んじゃ! いってきます!」

 

 今度こそ俺は彼女の視線を背中へ受けながら、走り出す。

 一度目は敗北した。完膚なきまで叩きのめされて惨たらしく殺された。

 

 それが何だと言うのだろうか。

 一度負けても次に勝てば良いだけで、今更恰好付ける意味はない。

 

 俺は俺の事を良く知っている。

 スキルもステータスも性格も、何もかも。

 物語に出てくる勇者のような真正面から戦う勇猛果敢な男ではないのだから。

 

 アイリスの前だから、どこか恰好付けていたのだろう。

 王女の前だから、婚約者の前だから、そんな似合わない真似はやめだ。

 

 俺の名前は何だ。俺は誰だ。

 そう、俺の名前は佐藤和真。魔王を討伐した冒険者、最強の最弱職である。

 

「――いってらっしゃい」

 

 小さくも確かに届いた言葉に、返す言葉は無かった。 

 純白の扉を前にして、彼女の声援を受けて振り返る事は無かった。

 

 ただ、今度は勝つ。必ず。

 それだけを胸に、俺は扉を抜けた光の中を駆け抜けて――。

 

 

  



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第四十話 最後になんとかする男

 瞬間、俺は覚醒した。

 

「……あ」

 

 最初の一声は弱々しく掠れてはいたが、間違いなく自分の声音だった。

 復活した肉体に痛みも欠損も感じられず、蘇生魔法は相も変わらず十全の力を発揮、俺の魂が天界から己の肉体への復帰を果たした事を確認した。

 瞬きを繰り返し、俺が今どこにいるのかぼやけた視界をクリアにしようとして――、

 

「あっ、やっと起きたわね? 遅いじゃないの」

 

「……アクア」

 

 鮮明となる視界、こちらを覗き込むアクアと目が合う。

 僅かに血の巡りが悪いのか、視界はともかく頭がぼんやりとしている。それ故に、俺を見下ろしているアクアの変わりない姿をジッと見上げる。

 

「……? なーに、変な顔して。変顔対決は私の評判を下げるからしないわよ」

 

「別にしねえし、お前の評判は下がりようがないだろ」

 

 相も変わらずその容姿は絶世の美少女、ただし無言であればという言葉つき。

 後頭部に伝わる独特の感触、アクアに膝枕をされているのだと理解し慌てて上体を起こす俺は、周囲を見渡して鼓膜に時折響く剣戟の音に漸く気づいた。

 

「は、あああああ!!」

 

『――――!!』

 

 殺意と決意を乗せたアイリスの斬撃に、同じく斬撃を合わせる冬将軍が吠える。

 その剣圧と剣風に全身を打たれながらアイリスは青い瞳を細め、平伏するように屈む。冬将軍の力に彼女の剛腕ですら耐えられなかったのかと思いきや、直後彼女の頭上を過る一人の男。

 

「うおおお……ッ!」

 

 魔剣使い、ミツルギが持つ魔剣での薙ぎ払い。

 あらゆる物を斬り裂く魔剣グラム、その一撃を脅威と見たのか冬将軍が後ろに飛ぶ。

 冒険者になってから片手剣を使ってきたが、彼女たちの剣技は別次元のソレだった。ただ二対一とはいえ彼女たちの剣技を刀一本で対処する冬将軍の技量は決して侮る事は出来ない。

 

 ガギィィンっと剣を叩く強烈な衝撃が頬を撫でる。

 まるで漫画のような一撃をホイホイと放つ両者に対してアクアが俺を見る。

 

「ねえ、カズマ」

 

「なんだ」

 

「一緒に帰らない? もうあの二人だけで良いんじゃない?」

 

「……まあ、言いたい事は分かる。けどそれは駄目だろ」

 

 気持ちは分かる。怯んでしまうというか、空気感が違うのだ。

 圧倒的強者、自分たちのようなヘタレが向かったところでどうなるかなど考えるまでも無い。ただ流石にソレは無い。アクアの言葉も気持ちも十分に理解出来るのだがその選択は頭にはない。

 

 両者の実力はほぼ均衡、やや冬将軍の方が上だ。

 時折、冬将軍の斬撃をダクネスが身体で受けて衣服をボロボロにしているのが目に毒だが、最硬の女という盾がありながらも、アイリスとミツルギだけの攻撃では決着がつかない。

 

 アイリスの攻撃に、いつの間にか片手の無いミツルギがフォローする形で冬将軍との闘いは成り立っている。ただ即席のコンビネーションという事もあるのか、彼女たちの連携に生まれる小さな隙を冬将軍が的確についてダメージを与えている。

 

 加えて冬将軍側は外から雪精を呼び、負傷した部分を回復している。

 こちらもアクアが回復魔法を掛ければ良いのだが当然疲労や出血までが無くなる訳ではない。要するに時間が経過すればする程、人間側は強いモンスターに勝てる確率が減っていく。

 ――まずはこの状況を崩さなければならない。

 

「アクア。あいつの弱体化が出来るってエリス様から聞いたんだけど」

 

「私が? そんなチートみたいな事を……?」

 

「おい、しっかりしてくれ。そんなチートみたいな事が出来る女神だろうが!」

 

「そうでした! 私、神じゃない! あんな精霊如き……出来るとは思うけど、回復妨害とか魔法防御力低下とかそんなのよ? それで魔剣の人とかアイリスが倒してくれるのを待つの?」

 

「いや、ここまで来て参戦しない訳ないだろ。魔王を倒した俺の真の力、今こそ見せてやる!」

 

「きゃー、カズマさん格好良い! 支援魔法はいるかしら?」

 

「全部下さい!」

 

 身体にアクアの支援魔法を受けながら、装備を確認する。

 事前に背中に隠していた装備、戦闘を想定して用意していたマナタイトは無事、ちゅんちゅん丸二世は先ほどの攻撃を受けた所為か、俺の身体ごと真っ二つになっておりナイフ並みの短さだ。

 とはいえ、近接戦闘の予定は無くなったので問題は無い。

 

「カズマ……!」

 

 今更ながら、チラリと此方を見たダクネスと目が合う。

 周囲のスプラッタな空間から目を背け、どこか空気となっていた彼女に頷く。

 

「ダクネス、お前いたのか。全然気が付かなかった」

 

「それはアレか!? 私の影が薄いという事か! ふざけるなよ、私はちゃんと働いている!」

 

 戦場でそんな悠長な会話をすれば当然周囲の人間も気づく。

 冬将軍はともかく、ミツルギ、そしてアイリスがチラリと此方に目を向ける。

 

「……!」

 

 冬将軍の放った横から縦への二連撃、それを小刻みのステップで回避。

 特に言葉を交わす事なく、しかし何か策がある事を信じるように俺に背を向け、剣を構える彼女たちの背中を見ながら、俺はアクアに指示を出すべく口を開く。

 

「アクアは、弱体化させたらアイリスとダクネス、あと魔剣の人にも支援魔法を!」

 

「支援魔法ならもう掛けたわよ」

 

「……! マジか!」

 

「私ってやれば出来る女神なのよ? だから、ちゃんとカズマも働いてよね」

 

「……まあ、チマチマとな」

 

 ひっ叩きたくなるドヤ顔を見せるアクア。

 彼女がヤれば出来る女神なのだったら、もっと早くヤるべきだったのか。そんな下種な思考に至る頭を振りながら、俺はダクネスやアイリスにも指示を行う。

 

「ダクネスはそのまま二人の盾に! アイリス! エルロードでやった必殺剣は出来るか!」

 

 床に転がっていた剣を拾うダクネスが頷く中、アイリスの反応はどこか鈍い。

 チラリと此方を見る青色の瞳は死者を見るように揺らぎ、小さな口は幾度となく開閉する。その隙をつき居合切りを繰り出す冬将軍の攻撃を咄嗟にミツルギが庇う。

 勇者らしい自己犠牲、しかしダクネス程の硬さは無い為に簡単に斬られる。

 

「ぐあああ!」

 

「『ハイネスヒール』!」

 

「す、すみません。ミツルギ様!」

 

「いえ、この程度の傷大した事はありません。アクア様も回復ありがとうございます」

 

 出来るようになった水の女神は空気を読み、回復魔法を即座にミツルギに放つ。

 戦線に生じた隙、それが生じた原因である彼女に再度問い掛けようとするが――、

 

「ぁ……で、出来ます! ただ、少し集中する時間が……いえ、必ずやります!」

 

「そ、そうか。分かった!」

 

 僅かに震え声、しかし俺に届けられるアイリスの声に頷くしかない。

 正直、アイリスが持ち得る剣技の中で王族に伝わるという技を二つ知っている。一つは『エクステリオン』という強力な斬撃。もう一つは『セイクリッド・エクスプロード』という爆裂魔法並みの超が付く程の斬撃である。

 少なくとも俺の目線からはいずれも強力な技、特に後者はドラゴンを一撃で屠った実績もあるのだが、流石に強力な技にはそれ相応の対価、或いは準備時間が必要なのだろう。

 

 スキルの詳しい詳細を聞いておくべきだったと後悔しても遅い。

 何よりもアイリス本人も多くの貴族を殺されてしまった事に内心では憤りや後悔、ショックを覚えているのだろう。恐らくそれが原因で戦闘に多少なり支障が出ているのだろうと判断し、脳内で構築しつつあった作戦の修正を行う。

 

「ねえ、カズマ。必殺剣ってあれよね? 前にあの金ピカなドラゴンを真っ二つにした技。……あんなのここでやったら城が崩れるんじゃないかしら」

 

「まあ、そうだよな」

 

「ねえ、カズマ。……敵を倒した後に借金地獄、みたいなパターンは嫌ですからね」

 

「俺も嫌だっつの。あとそのパターンってお前かめぐみんがやらかす奴だから……」

 

 アクアの疑問は最もだ。意外と冷静な彼女の意見に、周囲の壁に目を向ける。

 俺が斬り殺された時よりも、外の様子が見えるのは彼女たちの奮闘による成果だろう。元々大広間だったこの場所は廊下を挟み、城の外側に接している。

 以前アイリスが見せた技の威力を考慮しても、一部崩壊する可能性は高い。

 

 脳内で構築する作戦に修正、隣でアクアが弱体の準備の為、全身から神々しいオーラを出し始めているのを尻目に必死に頭を回しているとボロボロのスーツの袖を引っ張る感触。

 目を向けると、今までどこにいたのか、黒いメイド服を着た中性的な顔立ちをした美少女。

 

「さっきぶりですね、お頭」

 

「うん。何か思いついたでしょ?」

 

 もう既に思いついているだろう、と言わんばかりの言葉に苦笑する。

 少々重い信頼に肩を竦めながらも、クリスを見て思いついた作戦の決行を決意する。

 

「お頭、ワイヤー持ってますよね。特注の」

 

「うん。潜伏スキルで近寄ってバインド掛けるの?」

 

「大小なり隙は出来るので、あとはコンボを決めるようにして、魔剣の人やダクネスで繋いで、アイリスの高火力のスキルで決めます! アイリス、頼むぞ!」

 

「ねえ、それってもしかして他人任せ? キミは……?」

 

 残念ながら今回の冬将軍討伐パーティーにはめぐみんがいない。

 彼女が基本的に大物を吹き飛ばす役割を担うのだが、それが出来ない以上、最も可能性が高いのはアイリスの攻撃やミツルギの攻撃だ。次点で俺のスキルだろうか。

 

「俺たちは囮をします。あと、それ以上何か言うなら次はパンツとブラを剥ぎ公衆の面前で一枚一枚服を脱がせていきますから。……おい、アクア。お前は弱体化に成功したあと、俺が隙を作れなかったら皆で撤退するように言ってくれ」

 

「あんた、流石に連続の蘇生は魂に響くから、本当に危なくなったら逃げなさいよ。冬将軍に察知でもされたら今度は小間切れにされて復活するどころか指一本に至るまで暴風に吹き飛ばされて何も残らないなんてなるからね」

 

 ミンチになるのは勘弁だ。

 仮に失敗しても、次は痛くない死に方であって欲しい物だ。 

 

「大丈夫だって。俺をいったい誰だと思ってる」

 

「誰って鬼畜のロリニートでしょ。諦めが早くて童貞卒業して調子に乗っている事も」

 

「あとは何だ? 引きこもりで三股していて働こうとしない?」

 

「無駄に小器用で、陰湿で、イケメンじゃないし、私たちの下着で遊んでるし」

 

「ほっとけ」

 

「――でも、私を大事にしてくれた」

 

「――――」

 

 ふと、声の調子が変わり、俺を小馬鹿にする女神の声音に色が付く。

 性格が残念、運が悪い、空気が読めない、そんな欠点だらけな彼女を帳消しにするような、その声を色で例えるならどこまでも深い海のような、包み込むような青色。

 

 目の前にいる男がどれだけ駄目な存在か理解してなお消えない、柔らかな愛情が垣間見えて。

 思わず別人と錯覚するほどに、柔和な笑みを見せる女神が、俺には本当に慈母に見えた。

 

「――カズマなら、なんだかんだで最後にはなんとかしてくれるって知ってるから。首チョンパと惨殺された借りぐらいはさっさと返してきなさいな」

 

 

 

 +

 

 

 

 他人任せではない、相手を信頼しているからこそ為せる作戦を全員に伝えた。

 俺にあの冬将軍をどうにか出来るスキルなど持ってはいない。魔法抵抗力を下げたところでウィズに教えて貰った上位魔法でどうにか出来るなら城にいる魔法使いで余裕で倒せるだろう。

 最も火力があるであろうアイリスか、ミツルギの剣に全ては掛かっている。

 

 踊るように剣を縦横無尽に振り、斬撃の応酬を繰り広げている化物の巣窟に向かうのは骨が折れる。折れるが、拾った命なのだ。仮に失敗しても戦力外が消えるだけで撤退する事も現状の戦力なら可能ではないか。

 第一、こういう姑息な真似をさせたら誰にも負ける気がしない。

 

 クリスと一緒にテーブルクロスを被って移動する。

 間抜けな姿だが、これでも十分に潜伏スキルは発揮されるらしい。そろりそろりと移動すると、アクアが床に膝を下ろし天に祈りを捧げるように目を閉じて両手を合わせる。

 やがて彼女の身体から青白い光が周囲へと放たれ始める。

 

「この世にある我が眷属よ。水の女神、アクアが命ず…………!」

 

 俺は一度だけ彼女による弱体化の詠唱を見た事がある。 

 こういう時に限って見た目に沿った女神然とした態度を見せるのだ。

 

「荒ぶる者に鎮魂を」

 

 静かに、端的に紡がれたアクアの言葉。

 それだけで、周囲の空間には光と清涼感が漂い、血と死臭が浄化されるのを感じる。

 

 これでもう引き返す事は出来ない。

 死か勝利か、リハーサル無しの本番に時間は掛けられない。

 

 エリスの言葉通り、これで冬将軍の回復が遅延する事になっても人類側の消耗が減る訳ではない。回復魔法があっても疲労は蓄積され、アイリスやダクネス、ミツルギであってもいずれ限界は到達するのは目に見えている。

 加えて騎士団は王城にいる住民の避難、そして大半は既に屍となっており援軍は厳しい。

 

 故に、短期決戦。

 敵の撃破には一撃必殺が必要とされ、一瞬のミスも狂いも許されない。

 

「――――」

 

 潜伏スキルを併用、同時にクリスと共に手を冬将軍へ。

 チラリ、とアクアに目を向けると潜伏スキルを使用しているにも関わらず目が合うのが分かった。清涼な水を連想させる彼女の瞳は一切の不安は感じられず、安堵と信頼に包まれている。

 一仕事終えたからか緩み切っているあの顔にもう少し緊張感を持てと、そう言いたい。

 

「『バインド』!!」

 

「『ワイヤートルネード』!!」

 

 青い光が冬将軍を通過、同時に俺とクリスによるバインドとその上位版バインド。

 マナタイトを使用し互いの手から蛇のようにくねり冬将軍へと届くのは、白狼の上位互換であるフェンリルを容易く捕らえた実績のある特注のワイヤーだ。

 そのうちの一本は斬り伏せられるも、流石にアイリスとミツルギの攻撃を無視出来なかったのか、運良くワイヤーが絡みつく。それで僅かながら数秒程度動きを止められるだろうか。

 

『――――ッ!』

 

 僅かにこじ開けた隙、それに冬将軍は初めて明確な反応を示した。

 ワイヤーなど存在しないかのように冬将軍が握る刀が白く発光する。大技なのだろうか、作戦を破壊しかねない一閃が横薙ぎに振るわれようとしていた時、王国の懐刀が意地を見せる。

 

「『デコイ』!!」

 

 迫り来る斬撃、確殺の一撃はこの世で最硬の女に向けられる。

 白刀は生き物のように僅かにくねり、彼女が持つ剣ごとダクネスの胴体を斬り裂く。

 

「構うな!」

 

 飛び散る鮮血、遂にダクネスの身体に傷がつく。

 ボロボロのドレスは豪風でほぼ布切れと化し、胴体真っ二つとはならずもダメージを受けて倒れるダクネス。彼女が生み出したより大きな隙にミツルギが叫ぶ。

 

「『ルーン・オブ・セイバー』!!」

 

 脚を踏みしめ一撃を放った直後の冬将軍へ振り下ろす斬撃。

 光の軌跡を見せ、決意の表情と共に振るわれた魔剣は持ち主の意志、或いはそれ以上の期待に応える。白く輝く刀身は咄嗟に上げただろう冬将軍の左腕を肘から斬り飛ばす。

 

 血が噴き出る事はなく、雪のような白い輝きを切断面から溢しながらも冬将軍は決して怯むことも止まる事もない。痛覚など無いと言わんばかりに己の腕を奪った不届き者に返す刃で一直線に斬り裂こうと動いて。

 それ以上の脅威に気付いたのか、刀の軌道が変わる。

 

 俺とクリス、ダクネス、ミツルギで生み出した勝利への道筋。

 事前の練習などなく熟練の冒険者たちだからこそ出来た技の数々が、王女へと繋がれる。

 

 床に倒れ込むミツルギ。その背後から広間の床を蹴り飛ばす王女。

 突き出した宝剣、その剣尖には黄金の光束が幾筋も迸り、膨大な魔力が噴き出す。

 

「――『セイクリッド・エクスプロード』!!!」

 

 光の収束した剣、地を這うように前傾姿勢で猛突するアイリス。

 その一撃を脅威と見て、咄嗟の迎撃が間に合わないと判断したのか、冬将軍は白い刀身を前に置き、身体の前面をガードする。

 点の攻撃は防御がしにくい物だが、冬将軍の技量なれば当然あの細い刀でも対応出来るのか。

 

「セアッ!」

 

 短い叫びと共にアイリスが右手の剣を解き放つ。

 冬将軍が前面に置いた刀、その刀身を一瞬だけ掠めて火花を散らした宝剣は、人間で言うところの心臓、胸の位置へと突き刺さった。

 青色の瞳を見開いた王女の一撃は、鎧の一部を砕き、同時に莫大な光が周囲を照らす。

 

「……やったか!?」

 

「その台詞はやめろ!」

 

 光と衝撃が顔を叩く中、聞こえた言葉に思わず怒鳴る。

 馬鹿な言葉を言ったのは誰だろうか。生きていたらどうする。

 文句を言いたくなるのを抑えながら、アイリスの一撃でボロボロになり崩壊寸前の床を駆け抜ける。振っていた豪雪も少しは止んできたのか周囲の様子は良く見える。

 

 冬将軍は死んではいなかった。

 至近距離であれだけの一撃を食らってなお滅ぶ事はなく、腹から下が消し飛び左腕を失いながらも握った刀は手放さない。冬将軍は城の外に吹き飛び城の庭へと落下していく。

 つまり、まだ生きているのを確認した俺はそのまま広間から外へと飛び出す。

 

『――――』

 

「――――」

 

 敵が地面に落下するまでの僅かな時間。

 仮にこのまま見逃しても弱体化が掛かっている以上なんとかなりそうだったが、冬将軍に敵前逃亡の意志は無いらしい。

 総面の口から冷気を吐き出すと片手の剣を背後に振るい、その風圧で此方に迫り来る。

 

 何がなんでも決着をつけるつもりらしい。

 最悪の状況だった。必殺の一撃を放ったアイリスはめぐみんのように地面に倒れる事はないが、それでもすぐに継続戦闘が出来るかと言ったら不明だ。

 ミツルギもダクネスもアクアに回復して貰っても疲弊し敵を倒す事は厳しい。

 

 普段ならば、こういう時の決めてくれる火力担当がいるのだが。

 

「――――」

 

 そういえば、あれから一度も使った事が無かったスキルがあった。

 魔王を討伐する決定打となりながらそれ以降一度も使う事の無かった強力な魔法。

 彼女と共に散歩に出る度に何度も見た、人類最強の必殺魔法。その詠唱も癖も仕草も、魔力の流れも、何度も何度も見たからこそ習得出来た最も高度で複雑な魔法。

 あれだけのダメージなら、この場所なら、全てのマナタイトと魔力の全てを使えば。

 

『――――』

 

 上半身だけとなった冬将軍と目が合うのを感じた。

 俺の掌に宿る爆裂魔法の光、それを脅威と見たのか、先に俺を殺そうと刃を振るう。

 

 振るわれる白刀、そこから当たり前のように迫り来る斬撃に、ふと思う。

 なんでこんな事しているのだろうか、と。こういう事はヒーローになりたい奴がやれば良いと思う。今更、こんな正面から敵を倒すような、正攻法な真似をするのか、と。

 

 本当に今更だ。今更過ぎてこんな事を思いつけなかった。

 こんな俺TUEEEみたいな。俺があんな強大な敵を滅ぼそうなんて。

 

 魔王を倒したって、数多の敵を滅ぼしたって、俺はこういう事をしたい訳じゃない。

 こういうのは勇者願望や無双がしたい連中に任せて、ゴロゴロして昼まで眠って美少女とエロい事をして、俺を巡って争う姿とか見て、そんな退廃的な一生をニートとして送りたいな、と。

 

 そんな感傷は置いておき、冬将軍だけはここで倒す。

 なによりも、あいつらは俺がなんとかしてくれると信頼してくれるなら。

 

 その信頼だけには応えたい。

 

 

「『エクスプロージョン』――ッッ!!」

 

 

 ――斬撃が首に届くよりも先に、俺は魔法を解き放った。

 

 

 



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第四十一話 パーティー後の小話

 ――ざわざわと周囲の喧騒に耳を澄ませる。

 

 壁に背中を預ける俺は周囲の人々に目を向ける。城の大広間、そこには大勢の死人だった人々がいた。まるで時間を巻き戻したかのように、多くの貴族達がそこにいた。

 ただパーティーが開かれている訳ではなく、彼らがその手に持つのは腕や脚と血生臭い。

 

 取り敢えず戦いは終わり、今はその後処理中。

 とはいえ、魔力も無い最弱職に出来る事は無く、仲間の背中を遠く見守るだけだ。

 なにせ先ほど冬将軍の最後の一撃に首チョンパされたばかりなのだ。既に天界に帰還していたエリスと顔を合わせ、アクアに蘇生されて、ほぼ半裸のダクネスに壁際にまで運ばれたのだ。

 

「目覚めましたか?」

 

「……貴方が、アクア様ですか」

 

「ええ、そうです。先ほどエリスという私の後輩に逢いましたよね? そう、私こそが本物の女神、水の女神なのです」

 

「おお、ありがとうございます、ありがとうございます、エリス様。アクア様にも、感謝を」

 

「ええ、礼なんて良いわよ。ただちょっとこの用紙にサインして頂けるかしら?」

 

 水の女神アクアが行う蘇生魔法は間違いなく強力な代物だ。

 聞くところによると王都の高名なプリーストの更に熟練した者しか後遺症もなしに蘇生させるという高等魔法は出来ないらしい。

 

 本来ならばアクアの話など鼻で笑うだろうが、少し前まで手足は吹き飛び、首がもげるような惨殺の後だからか、彼女の話術や性格も相まって思ったよりも受け入れられている。

 意外にもアクシズ教への入会希望書にサインをするのは本当に僅かながら存在するが、疲労の為に書類を破きに向かう事も叱る事も厳しい状況だ。

 

 現在、アクアとエリスによる冬将軍に殺された者の蘇生が行われている。

 遺体は雪で冷やされていた事や死んだ直後である事を考慮しても、斬撃により吹き飛んだバラバラの手足を遺体として復活、更に蘇生魔法という手間がある為、それなりに時間が経過している。

 

「おい、これってマクセル卿の脚じゃないか?」

 

「ならこっちのはグレイラット卿の方か。その足枷ってあの人のじゃないのか」

 

「アクア様! 次の方をお願い致します」

 

「はいはーい」

 

 ただ、あまり悲観的な状況ではない。

 このような状況下では流石に文句も言わずに黙々と蘇生を行うアクア、そしてきっと後で苦労するのだろう天界にいるエリスの尽力により、復活した貴族、そして兵士たちが率先して同胞の手足を運ぶなりして行動しているのだ。

 脅威を前に、プライドも何もかもかなぐり捨てて一丸となった彼らの姿は中々に好ましい。

 絵面としては中々にグロな光景ではあるが。

 

「カズマ様」

 

「アイリス」

 

 そんな光景を壁の染みと同化するように見ていると一人の少女が俺の隣に来る。

 どこか物憂げな表情ながら怪我はなく、血で少し汚れた以外に特に変わりない姿を見せるアイリスに隣を進めると、俺の身体に密着するようにして王女は広間の床に腰を下ろす。

 急遽支給された毛布を持ってくる彼女に湯気の立つ飲み物を渡す。

 

「お疲れ」

 

「いえ、カズマ様こそお疲れ様です。寝ていても良かったんですよ?」

 

「いやいや、流石にこの状況下で一人で寝に行くのはちょっと……」

 

 普段ならば周囲の空気も目線も無視出来るが、俺の隣にいる金髪碧眼の美少女が働いている中、一人ベッドのある空間に向かうというのも如何な物だろうか。

 そんな訳でスーツはボロボロ、武装は破損したまま、俺は彼女の作業が終わるのも見ていた。

 

「というか、王女なんだから別に働かなくても良いんじゃないか」

 

「いえ、そんな訳には参りません。あまり活躍出来ませんでしたし、せめてこれぐらいは、と」

 

 王女は動けない俺に代わり、戦闘終了後も遺体の回収や回復を率先して行っていた。

 王族自らが行動する、それに心打たれた貴族も多いのだろう、こうしてある程度の数、復活する貴族が増えて人手が足りて来たところで俺の元へと脚を進めたのだろう。

 

「……失礼します」

 

「ん?」

 

 謙遜するアイリスは毛布を膝元に掛け、そっと俺の腕を手に取ると胸に抱き抱える。

 ふにふにとした柔肉の感触を腕に感じながら、じんわりとアイリスの熱を覚える。

 抱き枕を抱えるかのように、繊細な手つきでガラス細工に触れるように俺の腕を彼女は抱く。

 

「どうした?」

 

「駄目、でしたか?」

 

「駄目じゃないです」

 

「…………」

 

 基本的に他人の目線など気にしないが、流石に周囲の目もある。

 アイリスの事を考えるとこういった触れ合いもせめて人気の無い所でするべきなのだろうが、断ろうとする素振りを見せると途端に死にそうな顔を見せるアイリス。

 そもそも王族のスキンシップを断るなど万死に値する。ならば仕方がない。

 ちょうど両脇に誰もおらず、少し肌寒かったのだから。

 

「アイリスはあったかいな。あと柔らかい」

 

「カズマ様は冷たくないですね」

 

「え? ああ、そうだろ。さっきまた死んでたからな。漸く身体が温まってきたわー」

 

「……本当に温かいです」

 

 恋人のように指を絡めて腕を抱き、安堵の吐息をする彼女の横顔は随分と大人びて見える。

 時間にして数十分程度、それだけで事態は目まぐるしく動いたのだ。戦闘も含めてきっと多くの経験を得て、きっとそれ以上に疲れたのだろうと判断する。

 

 ――冬将軍を撃破してから約一時間が経過していた。

 中空にいた将軍を爆裂魔法で倒しはしたが、思った以上に火力が出てしまった。冒険者のステータス、魔力など本当に大した事はない。だが女神による支援魔法と超高純度のマナタイトによる爆裂魔法は思った以上の火力が出てしまった。

 

 避難していた事で死者はいないが、塔の一部と城の壁、ついでに城壁が少し消し飛んだ。

 めぐみんが散々爆裂魔法を使った事でどれだけの被害が生じたかを知っているからこそ最低限の被害に収める事は出来たと思うが、それでも被害はそれなりに大きい。

 手にした冒険者カードには確かに冬将軍を撃破した旨のメッセージが表示されている。

 貴族を大虐殺したモンスターを滅ぼしたのだ、何とかなるだろう。なって欲しい。

 

「ちなみにコレって被害請求とかきちゃう……?」

 

「確かにお城はそこそこの被害を被りましたが主犯も捕まえられましたので、そんな事はしないと思います。たぶんですが。だから、そんな青白い顔をしなくても大丈夫ですよ」

 

「ちょっと血が足りないだけだから」

 

 今回の戦いは死傷者0という扱いである。

 確かに多くの人間が死にはしたが、その後に一人も漏れなくアクアに蘇生されている。死んで逃げられると思ったら間違いだ。既にアウリープも蘇生させ兵士たちに連れて行かれた。

 

「城の壁の修繕なら多分世界で一番上手い奴がいるから任せてくれ」

 

「本当ですか!? それは良かったです。代々受け継がれてきた伝統あるお城ですから」

 

 城の壁の修理なら多分アクアでもなんとかなるだろう。

 酒を積んで交渉すれば一週間もしないで修復は出来る筈だ。以前魔王軍との戦い、その最前線の砦の壁を数日で強靭な物にした女神の力は本物だ。

 

「いや、まあ……。装飾品とかは弁償させてくれ。壊れた物とかあったらだが」

 

「カズマ様がそう仰るなら……」

 

 そんな会話をしながら俺はそろそろ彼女を連れて広間を出るかを検討していた。

 確かに爆裂魔法を始めとした様々な被害の爪痕が城には残ったが、別にインフラ関係が壊れたかというとそうでもない。居住スペースは問題無く、公的な場所が少し吹き飛んだだけなのだから。

 

「もう少しだけこうしていても良いですか?」

 

「おう、勿論」

 

 とはいえ、彼女の感触と体温をもう少しだけ感じていても良いだろう。

 後処理や諸々の後片付けはダクネスや復活したクレアやレイン達貴族が対応してくれる筈だ。こういう時は明日の自分に任せて、風呂に入って、ぐっすりと眠ってしまいたい。

 

「アクア様は……凄いですね」

 

「え? まあ、魔力と回復魔法の腕だけは確かだからな。腕だけは」

 

 他人から見ると外面の良さと回復魔法の腕の確かさに驚くのは当然だ。そして知るにつれて、その中身や、アクシズ教の御神体である事を知ってげんなりするまでがセットだ。

 

「私も……いえ、それよりもカズマ様」

 

「どうしたー」

 

「私は、その……カズマ様が好きです」

 

「おう。相思相愛だな」

 

「はい!」

 

 此方を向いてニコリと笑みを浮かべるアイリス。可愛い。

 周囲には今もなお動いている貴族や休んでいる貴族がいる中で、イチャイチャする俺とアイリスに文句を言う者はいない。近しい者は現在進行形で忙しく、最弱職と体温を分かち合う王女の周囲は空気を読んでか誰もいない。

 だから、彼女の柔らかな声音はよく聞こえた。

 

「相思相愛って言いながら、アクア様やクリスさんに手を出したカズマ様ですけど」

 

「ちなみに……三人とも俺の物という事にしたいと思ってます」

 

 どさくさに紛れて三股宣言をする俺に半眼を向けるアイリス。

 見つめ合うと、半眼ながらも長い睫毛やきめ細かな白い肌と長い金髪は触れたくなる程に美しい。キスしてしまいそうな距離感に鼓動が高鳴りを覚えながら、彼女の反応を待つ。

 

「……増えたりするんですか」

 

「そんな増殖したりなんてしないから」

 

「本当に?」

 

「はい」

 

「ふーん……」

 

 自身の金髪に指を入れていたアイリスは、小首を傾げて俺を見る。

 小悪魔のような眼差し、しかし青色の瞳には俺に対する強い信頼が浮かんでいて。

 

 自分で言いながら下種な思考に頭が痛い。

 ハーレムと口にしていながらも実際にする度胸は無かった。何だかんだ言って日本で過ごした俺の価値観的に一途に一人の人間だけを愛していくんだろうなと内心ではそう思っていた。

 

 しかしアイリスへの想いはそのままに、女神への想いも大きい物となって心に残った。

 だから屑と言われても開き直った俺はもう決めてしまった。

 実に見苦しい事なのだが、どちらも手に入れてしまいたいな、と。

 

 無論、アイリスが断ればそれで終わりの話だ。

 ドン引きされるか、或いは失望を瞳に宿して俺を見るかもしれない。土下座して説得を試みるつもりだが、それでも駄目なら何かしらの方法で謝罪はするつもりだ。

 

 そんな事を考えて必死に頭を回す俺をジッと見るアイリス。

 輝く双眸は俺を見て何を考えているのか、俺の手を握る彼女の言葉を待つ。

 

「カズマ様」

 

「はい」

 

「……話は変わるのですが、明日の朝刊が楽しみなんです」

 

「…………あれ!?」

 

 唐突な話題転換。何がどうして新聞の話になるのか。

 剛腕な王族だからってそんな強引な話題転換が許されるのだろうか。

 俺の反応を余所に、あっさりとした表情のアイリスは別の話題を続ける。

 

「本当なら、本日のパーティーの最後に大々的に発表しようと思っていたのですが」

 

「ん?」

 

「国の重鎮や他国の来賓の方も招待してサプライズするつもりでしたが、今回冬将軍を始めとしたサプライズを逆に私が受けてしまいました。台無しにされて私は怒ってます」

 

「それは……悪かった。ただ俺もクレアもアイリスを巻き込みたくなくて」

 

 サプライズに失敗してイラっとする気持ちは分からなくもない。

 ただ、いったいどうしてこのタイミングでそんな話をするのだろうか。アイリスは決して俺をおちょくったりするような意地の悪い少女ではない。だから、なおさら、意味が分からない。

 

 毛布に包まれる中で、俺の手を握る少女の手は柔らかい。

 ただ、彼女は急に何を言い出したのかと困惑に眉を顰める俺を見ながら王女は続ける。

 

「だからサプライズは無しで先ほど国から正式に公表しました。国内や国外に、新聞や魔水晶を通じて同盟国や関係諸国、全ての街や、ギルドに、多くの人に、キチンと伝える事にしました」

 

「何て……?」

 

 話題が唐突に変わり過ぎて咄嗟に頭が回らない。

 目を白黒とする俺にくすりと微笑を浮かべる王女は艶やかな唇を震わせる。

 

 その一言こそ、俺の理解を本当に置き去りにしたもので――。

 

 

 

 

 

「――ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスは、冒険者サトウカズマを婿とする、と」

 

 

 

 

 

 



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第四十二話 紅魔の帰還

 ――ブーツ裏に独特の感触が伝わる。

 ざくり、と雪を踏み固めて僅かに積もった街道を進む。王都の街はアクセルほど詳しくはないが、それでも手を引かれて進むと目的地に問題なく辿り着く事が出来た。

 

 運が良いのか、曇天ながらも雪は降ってはいない。 

 冬将軍との闘いの後、冬の精霊もアクアの鎮魂の儀を受けて収まったのか、豪雪が吹き荒れて住人の誰もが家に引き籠るといった事は無くなった。

 とはいえ、本来ならば大雪が降らなくなった程度で外に出るつもりなどは無かったが。

 

 俺の隣で楽しそうに声を弾ませるのはこの国の王女、アイリスだ。

 暖かそうなフード付きのコートに身体を包み、周囲に身分を隠しながら俺と共にこうして白色に染まった城下町を徒歩で歩いていく。

 

 周囲の木々も、足元の石畳も、店や住宅街の屋根も雪で白く覆われている。

 つららが屋根から滴を垂らし隣を歩く彼女より少し年下らしい子供が雪遊びをしている。

 

「加わらなくて大丈夫か?」

 

「私は子供じゃないのでそういう事はもうしません! もうすぐ大人なのですから」

 

「いや別に遊んでも良いんじゃないか? ほら、混ざって来いよ。見ててやるから」

 

「……さっきから私を馬鹿にしてますか? あんな子供どころかカズマ様と雪合戦しても私は余裕で勝てますよ? ボコボコですよ。王族は凄いんですよ」

 

「おっと? 昨日城の広場で雪合戦して窓を割った人が何か言ってますね」

 

「あれはカズマ様がスキルを使ったから! ズルイ、ズルいです!」

 

「はあ? なんでもありって言ったから使ったんですけど! アイリスさぁ……なんでもって言ったら文字通りなんでも使うのが普通だ。相手に力で叶わないなら冴えた頭脳で勝つしかないだろ。今回の場合遊びに夢中になって窓ガラスを割ったアイリスの完全敗北だから。……大人を自称する癖に負けを認めないなんてとんだお子様ですね」

 

「ッ! お兄様! でしたらもう一回です! 雪合戦をもう一回しましょう!」

 

「いや昨日の事は昨日で水に流さないとな。いつまでも引きずるなよ」

 

「勝ち逃げは許しませんよ!」

 

 自称大人な少女と共に向かうのは城下町の東側。

 修復中の城を背中に俺とアイリスはある場所へと向かう。

 雪が端に寄せられた大通り、俺の手を掴んで離さない彼女と共に見知らぬ広間に出る。

 

 そこには小規模ながら露店と簡単な闘技場のような物があった。

 ちょっとしたお祭り、話を聞く限り雪が解けて春が来る事をお祈りするような、そんな催しらしい。以前俺がアクセルで体験したエリス祭りやアクア祭りとは違い小さな区画程度での祭り、しかし円状の闘技場、その中にいる何かを見て興奮に叫んでいる人はそれなりにいた。

 

「王都だとそこそこ有名なお祭りなのですよ。ここの近くのお店で食べたピザが忘れられなくて」

 

「まあ、それは聞いたんだけど。……一応、俺もピザぐらいなら作れるけど?」

 

「それは凄いですね! そんなカズマ様と一緒に食べたいのです」

 

「――――」

 

 誰よりも映える金髪をフードに包み、その奥から覗かせる青色の瞳。

 油断するとどこまでも覗き込まれそうな大空を思わせる彼女の眼差しはどこまでも真っ直ぐに前へと向けられている。

 フードから微かに覗く彼女の横顔から目を逸らし、火照る頬を冬空に冷やしながら口を開く。

 

 ポンチョにフード、そんなお揃いな感じの装備で俺はアイリスに連れられる。

 街の外に向かう訳でもないのに宝剣を携える彼女は俺の手を決して離そうとはしない。時折、チラリと俺に視線を向け、初々しい恋人のように信頼を寄せた瞳で俺を見る。

 そんな彼女の眼差しに何となく気まずくなり目を逸らすと、クスクスと王女は笑う。

 

 その姿が年下の少女とは思えない妖艶さを醸し出す。 

 ふと高鳴りを覚える鼓動、恋人握りを続ける手はアイリスのポケットに仕舞われる。

 

「カズマ様はあったかいですね」

 

「そ、そうか?」

 

「とってもあったかいです」

 

 世間知らずの王女とは言え、以前よりも急速にスキンシップが増えたように感じる。

 ふとした時にアイリスは俺に抱き着いたり、手を握ったり、湯たんぽを求める猫のように彼女は俺を求めてくる。そんな風に随分と積極的な態度を見せてくるようになったのだ。

 宝剣もそうだ。戦う訳でもないのに俺とどこかに行く時には良く持つようになった。

 

 王都は決して治安が良い訳では無いから。

 一度、それを問い掛けるもアイリスの答えはそれの一点張りだった。

 とはいえ、あまり気にする事ではない。他の個性豊かな人に比べたら些細な事なのだから。

 

「それでアレは何をしているんだ?」

 

「要するに賭け事ですね。雪ダルマを戦わせ、勝つ。それだけです」

 

「うん? 雪ダルマは戦わないだろ」

 

「え? 戦いますよ」

 

 そう言ってアイリスが指を差すのは観客の隙間から見える雪ダルマ。

 パッと見た感じ、別に騒ぐ事の程ではないが、よくよく見ると何かがおかしかった。下の胴体部分は間違いなく雪を円形に丸めた物だ。

 ただ胴体の上にあるオレンジ色と緑色で着色されたような物には見覚えがあって――、

 

「……カボチャ?」

 

 どう見てもカボチャだった。

 黒くて厚い皮に包まれた存在感、ハロウィンのように刺々しい目と口を歪めたカボチャは雪の塊を胴体にしているかのように自在に動かして、もう一つの同じような存在に突撃をする。

 その度に周囲はどこか楽し気な声を上げ、雪を溶かすような熱気と盛り上がりを見せる。

 

「何あれ」

 

「雪ダルマですよ? 毎年、農家の方が厳選し育てられたカボチャを雪に寄生させて競わせるんです。そして勝った農家の方はその名を広め、最後に生き残った物を皆で美味しく頂くという……」

 

「はい出た、異世界クオリティ」

 

 キャベツは空を飛び、猫は火を吐く。ここはそんな異世界だ。

 この世界の野菜はどうしてこんなにも威勢が良いのだろうか。俺は普通に食べたいのだ。

 

 とはいえ、思った以上に盛り上がりを見せる催し。

 異世界人と現地人の温度差はともかく、カボチャの種を吹き出し、雪玉から手足を生やし相手を殴る姿はただのモンスターにしか見えない。これの何が楽しいのか。

 どちらが勝つかを勝手に賭けているらしい周囲の声はヤジや怒声と騒がしい。

 

 王女の教育的にこの場所は如何な物かと思うが、当の本人はどこか楽しそうだ。

 周囲の空気も含めて普段は見ないだろう光景に宝石のような瞳を煌めかせている。

 

 …………。

 

「おっと、手が」

 

「ん!?」

 

 往来の場で背後からアイリスに抱き着く。 

 周囲の喧騒で彼女の戸惑いの声は揉み消され、俺は背後から王女の身体に触れる。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「いや後ろから押されちゃって」

 

「そんなに人はいないと思うのですが……」

 

「おっと、ここで騒がれると周囲に正体がバレるんじゃないですかね」

 

「い、今、脅しましたか……ッ」

 

 アイリスも日々成長している。それは戦闘技術や精神だけではなく当然肉体もだ。

 しかし、それでも俺の背丈を追い抜く程ではなく、背後から抱き着くとちょうど鎖骨付近に頭が収まる。サラサラとした金髪の髪から仄かに香る少女の匂いに鼻を埋めたくなる衝動に駆られる。

 

 周囲は雪ダルマの観戦に忙しく、今のところは気づいていない。

 そんな中で、俺の手がそっとスカートの裾から中へと侵入し、王女の秘部へ伸びる。

 

「っ!」

 

 指の腹でツヤツヤとした下着の感触を味わいながら、俺はアイリスを見下ろす。

 下を向こうとする王女の顎を簡易闘技場に向け、俺が悪戯をする度に下唇を噛む姿を見せる。

 

「まったく、こんな短いスカート履きやがって……校則違反じゃないか」

 

「こ、これぐらい普通です。あと校則とは……?」

 

「ほら、静かに。パンツ検査だ」

 

 この世界は紅魔の里と有志の寺子屋のような物しか学校は存在しない。

 当然異世界用語の為、アイリスは小首を傾げるが、その余裕めいた姿に俺は無言のまま、しかし全力でスカートの裾をたくし上げる。

 躊躇いなど無用、紺色のスカートは俺の手によって容易く巻き上げられる。

 

「ゃっ」

 

 無意識に漏らしたであろう声にアイリス自身が驚いたようだった。

 ふわりと巻き上がるスカート、黒いハイニーソと僅かに露わとなった水色の下着に目を細めるも、王女の手が凄まじい勢いでスカートを下げ、唇をきゅっと噛み締める。

 僅か一秒にも満たない時間、スカートの裾を掴むアイリスは此方を涙目で睨みつける。

 

 反応的に、もう少し悪戯しても大丈夫だろう。

 

「はっ、んん……」

 

 彼女が着ているポンチョ、衣服を捲り双丘を包むブラを片手でずらす。

 もう片方の手はショーツとニーソの間のつやつやとした感触の太腿を撫でる。

 

 結んだ唇から出る筈だった呼気は王女の鼻腔から漏れる。

 背後から恥部を指で刺激され、アイリスは暴力や逃げる手段を取る事もなく背中を丸めるようにして快楽に耐えた。

 徐々に下着の湿る感触を指に感じる中、彼女の臀部に怒張を押し付ける。

 

 調子に乗っているのは自覚するが、しかし止められない。

 彼女自身が甘い麻薬、それを摂取する為に仕方の無い行為なのだ。

 

 周囲が良く分からない物に歓声を上げる中、俺は彼女の横顔を見る。

 どこか大人びて見えた王女の顔は快楽に耽る年相応な少女をしていた。湿る秘部を指で撫で、触れる度にピクリと身体を震わせる太腿は少女特有の柔らかさが掌に返す。

 既に反り立つ怒張を尻肉に擦り付ける度に、アイリスは微かに睫毛を伏せた。

 

「おっ、アイリス。どうした? 見ないのか?」

 

「……い、いえ。何も」

 

「そうかー」

 

 王女を抱き締め可愛がりながら、俺はふと近くにいた観戦者に話し掛ける。

 身なりは冒険者ではない為、恐らくは王都に住む住人かこの催しに参加している農家か。我ながら大胆な事をしている自覚はあるも、他人である男と適当な会話を試みる。

 

「この勝負、どっちが勝つと思いますかね」

 

「そうだね。セオリーとしてはより熟している方が勝つから右のスノーマンかな」

 

「なるほど」

 

「お兄さん、この催しは初めてかね?」

 

「そうなんですよ。義妹と一緒にアクセルから来ていまして」

 

「んっ……ッ」

 

 恥丘をなぞる手をきゅっと生腿が挟み込む。

 その程度で指が止まる事は無く、生暖かい薄布を指で丹念にこすり続けるとアイリスは熱っぽい吐息を漏らす。

 暖を取るように肌触りの良い生乳を円を描くように揉むと、スカートの裾を掴んでいた手で俺の腕を掴んで愛撫を止めさせようと形だけの抵抗を試みる。

 

「そもそもスノーマンとは? 雪ダルマとは違うんですか」

 

「どっちも同じ意味だよ。ただ殴るか殴らないか程度の違いだね」

 

「そうなんですね」

 

 丹念に秘部を揉みしだいていると、フードから覗く王女の蕩けた顔が目に入る。

 既に抵抗など忘れて、俺から与えられる快楽に縋ってよがる事しか出来ない。無意識なのか、むにゅりと柔らかな尻肉が剛直に押し付けられ、艶めかしく揺れる。

 

「んぁ」

 

 衣服に包まれたアイリスの身体はまろやかで温かい。

 その少女の体温を腕に感じながら、寒さに敏感となったのか硬さを帯びた乳首を摘まむと、俺の指に合わせ腰をくねらせる。

 頬に差す朱は色濃く、胸の膨らみが俺の手の中で揺れ動く。

 

「ぁ、……っぁ……」

 

「ところで、お連れの方は大丈夫ですか?」

 

「え? ああ、少し恥ずかしがり屋なんです。……な?」

 

「……はい、だいじょうぶ、ですから」

 

 俺は口内が乾くほどの興奮を覚えていた。

 くち、くちゅ、と俺にしか聞こえないほどの水音、腿を伝う僅かな蜜液を指で掬いながら、何でもないような顔でアイリスの秘部を指で弄る。

 腰を引いた王女を抱き、ショーツを片手でずらす手が止められない。

 

「んぁ……、ぁぁ……ッ」

 

 耐えられないのか、鉤状にした指を口に含むアイリス。

 汗ばんだ乳房を揉まれ、指で肉粒を擦られる度に少女の白く滑らかな肌に淫らな熱が帯びる。チラリと俺を見る瞳には淫熱と快楽に蝕まれ、その視線に脳が狂わされる。

 

「あっ……」

 

 後ろから強く王女を抱き締めると、仄かな熱気と微かな甘み。

 ホカホカ、出来上がったアイリスはそれでも懸命に周囲を気にしているが、執拗に彼女の恥部を指で弄り、反り立つ勃起を押し付けると息を呑む。

 

「んぅぅっ!」

 

 ジッパーを下ろした俺が取り出した怒張、それをスカートの中へ。

 湿ったショーツをずらし、蜜裂に宛がうと一息に挿入した。

 

「あ! くぅ……っ!!」

 

 甘い喘ぎを必死に隠す。

 尻肉を叩くように真下から突き上げられたアイリスがのけ反る。

 

 フードから僅かに金髪が零れる中、脚を広げさせて腰を揺する。

 ぱちゅ、ぱちゅ、と水音と共に奥へと竿を飲み込ませ、抽送を繰り返す。

 

「ぁ、ぁ、ぁっ……」

 

 腹部に手を回し小刻みに腰を揺する。

 ピストンというよりも奥に振動を与えるように亀頭で擦る。

 

「ひゃめ……、も、もう……」

 

 運が良いのか、往来の場でこんな事をしていても王女の痴態に気付くのは数人程度か。

 フードをしていて正解だったか、そもそもこんなところにアイリスがいる訳ないと思うのか。この国の王女が犯される様をチラ見する男たちは、しかし見るだけに留め、無言で目を細める。

 

 そんな彼らの騒ぎ立てない姿に敬意を表して、僅かにスカートを捲る。

 ニーソに包まれた脚、男を咥え込んだ結合部から地面に蜜液が垂れ落ちる様を数秒見せる。

 

「イリス。こんなところでイクのか? 他の人が見てるぞ?」

 

 そして、俺の言葉に漸く自分の状況を理解する王女はかあああっと顔を赤くする。

 衆人環境であるからかフードで顔を必死に隠して、同時に媚肉が剛直を締め付ける。

 

「カ、カズマ様……せめて、人のいないところで……」

 

「うるせぇ! 孕め! オラッ、イケ!」

 

「やだ、やだ、やら……ッ」

 

 喜悦と自己嫌悪と羞恥を混ぜ合わせた表情。

 乱暴に乳房を揉みしだき、彼女の媚肉を肉竿で感じるべく腰を振る。

 パンパンと肉を叩くように野蛮なピストンを繰り返すと、簡単に王女は法悦の空に昇った。

 

「……うっ!」

 

「~~~~~ッッッ!!!」

 

 俺の腕を掴むアイリスは全身を震わせ、声の無い悲鳴を上げる。

 腕の中でびくっ、びくっと震える少女の奥へと濃厚なスープを注ぎ込む。

 

 蠕動する蜜肉は俺の精子を一滴残らずねだり、まるで生き物のように勝手に動く中、脚を震わせるアイリスの身体を抱いて射精の余韻に浸る。

 ポタポタ、と氷の溶け掛けの石畳に白濁と愛液の混ざり物が落ちた。

 

 

 

 +

 

 

 

「もう、あの場所には行けません」

 

「悪かったよ。調子に乗り過ぎたから」

 

「最低です。カズマ様は最低……」

 

「悪かったって」

 

 涙目の王女とピザを食べる。

 最初の目的はこのピザを食べる事だったのだ。チーズが蕩け、程良く乗った肉、酸味のあるトマトは僅かに冷めてはいるものの、なるほどアイリスが連れてくるのも分かる出来栄えだ。

 

「来年になったら忘れてるだろ」

 

「…………」

 

「……ほら、もう一切れやるから」

 

「それはカズマ様が食べて下さい。そして、カズマ様がピザを私に作って下さい」

 

「まあ、それぐらいなら余裕よ」 

 

 料理スキルで解析する事で大まかな味についてに理解は容易い。元々料理人しか持たないようなスキル、それを戦いを生業とする冒険者が持っている方が少ない。

 それはともかく先ほどの悪戯で雪の上で土下座を披露するかと思ったが簡単に許された。

 これが婚約者補正なのだろうか。或いはピザでお腹が膨れたからだろうか。

 

 目的の店でピザを購入、そのまま逃げるように王城へと俺と王女は向かっていた。

 冷めては美味しくないとご機嫌斜めなアイリスと食べながらゆっくりと元来た道を戻る。

 

 面白い事に、此方を睨みながらも俺の腕を離そうとしない王女。

 その姿に親しみと何とも言えない心地良さを覚えながらピザの生地を一枚手に取る。

 

「そういえば、こういうのをデートと言うのですね」

 

「おっ、そうだな」

 

「……カズマ様は楽しかったですか?」

 

「楽しかったぞ。アイリスと一緒に色々出来たし」

 

「……次に変な事を言ったら折ります」

 

「いや、今のは変な意味じゃないぞ。アイリスがムッツリだから変な想像をしたんだって」

 

「あっ! また、そういう事を言うんですか!」

 

 ピザを食べて良く分からない物を見て、エッチな事をした。

 二人だけの思い出を、二人だけの時間を過ごせたのならば、それはもうデートだろう。そんな俺の回答に、頬を緩ませるアイリスは嬉しそうな顔でピザを手に取る。

 

 庶民の食べ物を普段は食べないからか、俺が見る限り何でも美味しそうに食べる王女は懐から手帳を取り出す。黒色の表紙のソレは中身を開くと、取り出したペンである文章に横線を引く。

 

「何してるんだ?」

 

「私が行いたい事が叶ったので、リストの一つを消したんです」

 

「リスト?」

 

 彼女の手帳に目を向けると、箇条書きで様々な事が記載されている。

 例えば、どこどこに行きたいとか、何々を食べたいなど、ちょっとした欲のような物が書かれている。その一つ『ピザを食べたい』に横線が引かれていた。

 アイリスが何を手帳に書いているのか、その意図を理解して頭を振る。

 

「なんか映画で見た事ある奴だな」

 

「エイガですか?」

 

「まあ、演劇みたいなの。要するにアイリスがしたいなって思ったのが書かれてるんだろ」

 

「ええ、まあ。……そうですね。いつかしてみたいなって思った事を書いてます。でも、私は王族ですから、城下町はともかく、勝手に外を出歩くのは本来ならば駄目な事なので基本的には叶わない事を書いて満足しているんです……」

 

「いやアクセルには来たじゃん」

 

「そ、それは別です!」

 

 その気になればどこにでも突撃しそうな王女に、以前のような人見知りは見られない。特に物怖じする事も無くキチンと言葉を告げるようになり性格的にもかなり明るくなったと思う。

 そんな王女の悲し気な顔から眼を背けると彼女の白い手にふと視線を向ける。

 差し出されたらキスの一つでもしたくなる少女の細い指は、一部分がやけに白い。

 

「あっ」

 

「どうした? まだ食べたりなかったか」

 

「違います! もう十分です! ……そうじゃなくて、その……、指輪なんですが壊れちゃって」

 

 俺の視線に気づき眉を顰める王女は左手の指の付け根を撫でる。

 幻想を見るように、かつてはそこにあったのだろう、指輪に王女は瞳を揺らす。

 ちょうどあの日は俺が上げた指輪や、以前見た事のある指輪も着けていたという。大事にしていたからか、無くなった事を俺に告げるアイリスの瞳はどこか虚無のように昏く濁んでいる。

 

「あの戦いで指ごと消し飛んじゃって……」

 

「それは……」

 

「でも」

 

「うん?」

 

「でも、良いんです。こうしてカズマ様と一緒にいられるなら、それで」

 

「――――」

 

 こういう健気な事を言う王女に手を出したんだな、と今更ながらに俺は思う。

 笑みを浮かべるアイリスに腕を差し出すと、パッと顔を明るくして自分の胸に俺の腕を抱く。

 勇者よりも強くて地形を変えるような一撃を放てる癖に、こうして俺の腕を抱くときはアイリスの力加減は絶妙だ。

 

 壊れ物を扱うように、そんな風に俺の腕を抱くアイリスにも慣れ初めて。

 

 ピザも食べきって、王城の正門が見えた頃。

 距離はあるが、俺の千里眼スキルが馴染みのある人影を映す。

 

「誰かいますね」

 

「……うーん。アイリス、喫茶店に行かない?」

 

「駄目ですよ、カズマ様。ちゃんと会わないと」

 

 ローブとトンガリ帽子、そしてマナタイトを含んだ杖を持った魔法使い。

 強大な魔力を身に秘めたような性格なのか、黒髪の少女が門兵に突っ掛かっている。その少女には見覚えがあり、そこそこの荷物を手に持つ彼女は新聞を持っていた。

 

 その新聞の一面に大きくどこかの王女と冒険者の事が載っているのが見えた。

 

 見えて、しまった。

 

 

 



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第四十三話 衝突

 ――開口一番にその少女が言った。

 

「私がアクセルの街に行ったら、屋敷に誰もいないじゃないですか」

 

 城内の廊下、窓から見える景色は雪と面白い形に穴の出来た城壁。

 いったい誰がそんな事をしたのか、破壊の爪痕が残る建物は隙間風が肌に刺さるような気がして視線を窓から隣を歩く黒髪の美少女に目を向ける。

 

 絹のように滑らかで普段から手入れが施されている濡羽色の長髪。

 独特のローブは紅魔族の里でしか手に入らない特注品、トンガリ帽子は魔法使いの証。マナタイトを豊富に使用した杖をしっかりと持つ彼女は荷物を背負い普段通りの様子で俺に話し掛ける。

 

「帰省から戻り屋敷で二日程待っていたのですが誰も来ないじゃないですか。ダクネスやカズマはともかく、アクアもいったいどこに行ってしまったのだろうかと」

 

「…………」 

 

「せめてメモの一つくらいは残して欲しかったです。心配しましたからね」

 

「それは悪かった」

 

「というか、用事ってこの事だったんですね。城で舞踏会なんてカズマも出世しましたね」

 

「いや、悪かったよ。あと、俺はともかくアクアに関しては気づいたらいたというか……」

 

「いえいえ、良いんですよ。まさか私が屋敷で一人寂しくしている間、アクアもダクネスもこっちで楽しく過ごしているなんて思わないじゃないですか。それにカズマの事ですから、また一か月以上帰ってこない可能性も高いですから」

 

「…………」

 

 ネチネチと俺に小言を呟いてくるのは俺のパーティーメンバーの一人、めぐみんだ。

 すっかり忘れていたが、紅魔の里に帰省するついでにその優秀な頭脳を活かしてゆんゆんの仕事のサポートを行っていた。

 それが終わるのがちょうど城の舞踏会から数日程度と聞いていた事を思い出す。

 同時に、胸中に抱き始めた違和感を誤魔化すべく彼女に首を振る。

 

「で、そっちはどうだったんだ」

 

「どうもこうも余裕でしたよ。あの子も以前と違ってそれなりに受け入れられるようになりましたし、何より私の頭脳明晰な働きによってゆんゆんの長としての引継も順調に進みました」

 

「ほーん……」

 

 適当な雑談、白々しい会話の一連に高鳴る鼓動。

 何故か無言のままでいるアイリスを背後に、俺とめぐみんはとある部屋に辿り着く。

 

 扉を開けるとテーブルゲームに興じるアクアとダクネスがいた。

 

「ねえ、ダクネス。今のテレポートは狡いと思うの。もう一回しない?」

 

「そう言ってもう五回目だぞ。アクアも同じ戦略ばかり……おや?」

 

「あっ来たのね。めぐみん。おかーえり」

 

「……ただいま帰りましたよ。アクア、ダクネス」

 

「めぐみん。私に会いたかった? 寂しかった?」

 

「ええ、アクアが騒がしくしないと中々に寂しいですからね。勿論、会いたかったですよ」

 

「めぐみん……! めぐみんは良い子ね。それに比べてダクネスは手加減もしない駄目な子」

 

「お、おい。勝負は正々堂々と言ったのはアクアじゃないか。それにさっき不正も」

 

「きーこーえーまーせーん」

 

 にへら、と何も考えてなさそうな柔和な笑みを浮かべる水の女神。

 さり気なくボードゲームに使用している駒の位置を変えようとする手を叩き落とすのは腹筋バキバキ最硬令嬢ダクネス。彼女もパーティーで唯一不在だっためぐみんの存在に顔を明るくする。

 

「来ましたよダクネス。貴方の家の使者が呼んでくれなければ私は数日無駄な時間を過ごすところでした」

 

「ん……アクアやカズマがこっちに来ている以上、行き違いが発生すると思ってな」

 

「流石は出来る女ですね。お礼にギルドにダクネスの笑える話を一つしておきました」

 

「ほー、やるじゃないかララティーナ」

 

「私に勝つだけの知能は持っているようね、ララティーナ」

 

「ララティーナはやめろ。……というかちょっと待て。めぐみん今なんて?」

 

「冒険者に親しまれやすい貴族というのは希少価値ですよ」

 

「あいつらの場合は完全に私を舐めてるだろ!」

 

 場所は違えどもこの四人が揃えば大体こんな感じの空気になる。

 適当に力を抜いて、適当に雑談を交わして、適当にクエストに行ったりして。

 ――こんな時間がずっと続けば良いのにと俺は今でもそう思う。

 

「あっ、アイリス様。申し訳ありません。見苦しい姿をお見せしました」

 

「ふふっ……構いません。ララティーナのそんな姿はここでは見る事が出来ないもの」

 

「屋敷でしたらアイリスもダクネスの痴態をいくらでも見る事が出来ますよ」

 

「本当ですか!?」

 

「こっ、こら! めぐみん! 変な事をアイリス様に吹き込むな!」

 

「…………」

 

 少し、不思議だった。

 別に会話自体は不自然な物ではない。よくある何てことのない雑談だ。

 ただ、俺の目線が向くのは鈴音のような笑い声をあげるアイリスや、馬鹿な話をするアクア、相槌を打ちながらも主君にも気を使い会話を振るダクネスではない。

 

「……カズマ? 私の顔に何かついていますか?」

 

 めぐみんの様子は、いつもと変わらない。

 優しく、短気で、仲間を大切にしていて、思いやりに満ち溢れていて。

 城門の兵士と言い合いになった事など彼女を知っている身からすると、初めて会った時から喧嘩っ早くて――いつもと変わらなすぎる。

 

 今のめぐみんのいつも通りは、魔王討伐前後のようにアクセルにある屋敷で個性豊かながらも決して退屈しない仲間たちと過ごしている時のいつも通りだ。

 彼女が手に持っている新聞、その一面を飾っている内容など知らないと言うように。

 

「め、めぐみん……その」

 

「はい?」

 

「……み、見なかったのか」

 

 抽象的な口ぶり、言葉を選ぶ俺をジッと見るめぐみん。

 どう告げるべきか、それを俺の口から伝える前に、小首を傾げる。

 

「これですか?」

 

「……あ」

 

 テーブルに無造作に置かれる新聞に目が向かう。

 それは今朝の朝刊。城での襲撃、アウリープの件、そして俺とアイリスの事が書かれていた。

 

 勘違いではない事を理解して、黒色の美貌が息がかかる程の距離にある事に気付く。

 俺を見上げるめぐみんの紅色の瞳、そこに彩られる感情を僅かながらに読み解く。

 そこに浮かぶ彼女の感情に俺は困惑に眉を顰める。

 

「カズマ、ダクネス、アクア。ついでにアイリス」

 

「なになにー?」

 

「ズルいですよ」

 

「――?」

 

「私がいない間に『将軍殺し』なんて二つ名を貰っているじゃないですか!!」

 

「――――」

 

 そこにあったのは賞賛と僅かながらの苛立ちだ。

 新聞に記載されている内容を要約すると俺を含めたパーティーが冬将軍を撃破した事、悪徳貴族の企みを防いだ事をあの場にいた多くに貴族達が賞賛していると。

 仲間が得た称号を喜びながら、同時に自分も欲しかったと喚きたてる。

 

「しかもなんですか!? 最後は城をも巻き込んだ決死の爆裂魔法って!! そういうのは私の役目じゃないですか。どうして私を呼び戻さなかったんですか!」

 

「ねえ、待って。私の事については全然書かれていないんですけど! この麗しい女神アクア様が皆の傷を癒し、敵を倒す事に貢献したのよ。誰よこの記事を書いた人!!」

 

「あ、あまり女神について大まかに書くのは避けようという意向で……」

 

「はあああ!!? ちょっとダクネス。全然活躍が出来ないからって他の人の活躍を情報規制なんかしちゃって。すっかりみみっちい悪徳貴族ね。そんな風に育てた覚えはないわよ」

 

「!? あ、悪徳貴族だと!!? ちょっと待て! そんな事を言われる筋合いはない!!」

 

「ねえ待って! アイアンクローは痛いから! 痛い痛い! ごめんなさい!」

 

 閉口する俺を余所に、めぐみんが指を差した記事に注視するアクアとダクネスは思い思いの言葉を語っていく。

 そんな彼女らを無視して俺は紅魔の魔法使いが指差した記事に目を向ける。

 

 正確には記事の大きさに。

 めぐみんが指差した記事、それは確かに目を引く程に大きい物ではあるが。

 

「……そんな物よりも注目するものはないんですか」

 

 ぽつり、と呟かれた声。

 か細い声色、しかしこの部屋にいる人間にはよく届く声はアイリスの物だ。

 

「そんな物? 将軍殺しと龍殺しの王女様が随分と調子に乗っているようですね」

 

「別に乗ってません。二つ名なんて物は実績を踏まえた民衆が目を惹きやすい称号でしかないですから。それにめぐみんさんには魔王殺しという称号があるじゃないですか」

 

「分かってないですね! 称号というのはいくつあっても良いのです!! 向上心を忘れては人間は爆裂魔法のように成長出来ませんからね」

 

「ええ、そうですね。でも。そんな物です。他に見る物がありませんか」

 

「……急になんですか」

 

 静かに、しかし告げられるアイリスの言葉に小首を傾げる魔法使い。

 俺の背後でだんまりを決め込んでいた王女は、その青色の瞳をめぐみんに向ける。

 

「――――」

 

 アイリスの言葉に、俺は息を詰め、黙り込んだ。

 その間、室内の視線はアイリスに集中する。視線に込められた感情は様々で、共通するのは疑念というべき感情だろうか。

 アクアはともかく長年過ごしためぐみんの様子にダクネスが気づかない筈が無い。

 微笑ましいいつもの空気に、水を差す発言に王家の懐刀、その次期当主が囁く。

 

「その、めぐみん」

 

「なんですか、ダクネスまで」

 

「確かにその記事も注目する物だろう。だが……、その記事よりも目を引く物が無いか」

 

「どれですか?」

 

「――――」

 

 眉を顰め疑惑の表情を向けるめぐみんに、瞳を伏せたダクネスの表情。

 何かを察したのか、長い睫毛に縁取られた目を伏せ、寂し気に瞳を揺らす彼女は、白くも細長い女の指で新聞に指を向ける。

 握られたからか皺の寄った新聞、その一面を飾る写真に指が触れる。

 

 それはアウリープが捕まった事や俺たちが舞踏会で冬将軍を撃破した事では無い。

 確かに記事としては、新聞にも載っており、今頃アクセルの街の冒険者も見ているだろう。

 だが、そんな小さな記事ではなく――、

 

「私とカズマ様が結婚する事について何か無いんですか?」

 

「――――」

 

 俺とアイリスが婚約する、その内容が一面を最も大きく飾っていた。

 他の内容など置き去りにするように、大々的に多くの人の目に触れるように。

 

 違和感の正体、それはめぐみんがその記事を明らかに無視しているような態度だ。

 まるでそんな物は存在しないと言わんばかりの態度に、気づいていないのかと思ったが。

 

「ギルドや街の人でさえ知っている事をめぐみんさんが知らない筈がないですよね」

 

「――――」

 

「まだ公表して数日ですが、それでも国側の発表はあらゆる媒体を通じて多くの人に届いている。それは今日、私はこの目で確認しました」

 

 何も俺とアイリスは外でエロい事をしたかった訳では無い。 

 彼女が食べたがっていたピザの購入ついでに、正体を隠しながら城からの公表を受けた市民の反応も見て来たのだ。

 

「めぐみんさんがアクセルや紅魔の里にいてもこの都に入ったなら気づかない筈がない。それだけの情報に城下町の方々は凄く盛り上がっていましたから」

 

 ギルドでも、店でも、宿でも。

 どこでもここでもそこでも、王女の結婚という娯楽は民衆には受けている。

 

 そしてテレポートは王都の入り口付近に設定される以上、この城にまで脚を踏み入れるなら、めぐみんが気づかない筈が無い。知らない筈が無いのだ。

 そして知っていれば、俺の知っているめぐみんがこんな平然とした態度を取る筈が無い。

 仮にも仲間以上恋人未満という関係ながらも、ちょっとしたキスまでしたというのに。

 

 部屋の視線は王女と黙り込む魔法使いに固定される。

 まるで犯人を問い詰めるような、そんな状況に俺は何も言えない。

 

「アイリスとカズマが婚約……? そんな訳ないじゃないですか」

 

 向けられる視線に、余裕すら見える微笑を浮かべるめぐみん。

 肩を竦め、いったい何を言っているのかと言わんばかりの態度で彼女は語る。

 

「大方、今回の事件を解決するにあたって、必要な情報だったんでしょうね」

 

「あ……?」

 

 めぐみんのその言葉に俺は眉を顰める。

 いったい何を言っているのかと。そんな俺の反応を余所に、

 

「この悪徳貴族でしたか。この人の、ひいてはその一派の目を誤魔化す為に作為的に作られた内容に違いありません。情報が発信されたのはアウリープなる者を捉えたのと全くの同じ時間帯。なんでも銀髪盗賊団の偽物が大勢いたらしいじゃないですか。それらを捕まえる為に仕方なく、ええ、仕方なく撒き餌として用意した情報ですよ。そうに違いないです」

 

「――――」

 

「現に騎士団によって全員が捕まったらしいじゃないですか。明日か明後日になれば城側から嘘であると謝罪と否定の声明が発せられますよ。だから私はこんな物を気にする必要がないかと思ったのですが」

 

「――――」

 

「もしかしてダクネスも引っ掛かったんですか? そんなんじゃ領主になんてなれませんよ。アクアも、王都のギルドで噂を広めるのは程々にして下さいね」

 

 自信満々、これこそが真実だと声高らかに告げるめぐみん。

 高性能な彼女の頭脳が導き出した答え。

 彼女にとっては俺と王女の結婚はあり得ない物なのだろう。

 

「……嘘ではありませんよ。めぐみんさん」

 

 そんなありもしない幻想を、少女が優しくそう語りかける。

 声には悲痛な色と、しかし子供を諭し導くような決意があった。相手の間違った答えを導く教師のように、どうして間違っているのか、それを丁寧に教える。

 

「私とカズマ様は結婚します」

 

「アイリス。その男の戯言なんて信じてはいけませんよ……」

 

「今年の、私の誕生日に、結婚すると声明を発表しました」

 

「――――」

 

 ゆっくりと彼女の微笑が崩れていく。

 余裕を、笑みを浮かべていた彼女の表情は無へ、ただ奥歯を軋ませる。

 

「そんな訳ないでしょう」

 

「いいえ。本当です。私とカズマ様は――」

 

 唐突に響く鈍い音に声が止む。

 テーブルを叩く掌が、王女と最弱職の写真が皺を寄せ、紙面が破ける。

 

「そんな訳ないでしょう!!!」

 

 血を吐くような絶叫、何もかもを捨てたような無表情を超える。

 拳を白くする程に握り締め、めぐみんがアイリスを正面から睨みつける。

 

 静かな面持ちのアイリスは、めぐみんの眼差しを正面から受けて怯むことは無い。

 その態度が気に入らないのか、基本的に短気な彼女は怒りで頬を朱に染める。

 

「何を余裕があるみたいな顔をしているんですか。……ちょっと親の力で外堀を埋めたからなんだって言うんですか。これで何かが変わる訳が無いじゃないですか」

 

 化けの皮を剝がされたように、先ほどまでの余裕然としていた姿はもう無い。

 ミシミシと杖を握り締めて怒りのあまり魔力が全身から僅かに噴き出す魔法使い、対してどこまでも広がる空のように青色の瞳でめぐみんを捉えるアイリスは視線を逸らす事は無い。

 

 その静かな眼差しに、目を細め今にも魔法を放ちそうな雰囲気のめぐみん。

 この状況下でカッカする彼女が最終的にどういう手段を行うのかを俺は知っている。

 彼女が唯一持つ世界最高峰の破壊魔法、爆裂魔法を放つ事だ。

 だが、こんな場所で撃ってみろ。誰もここには残る事は無い。皆仲良くエリス様の元へ出荷だ。

 

 今までにないくらいの怒気を放つめぐみん。

 知らぬ間に身体が僅かに震える中、俺を押し退け前にめぐみんの前に立つ王女。

 

「は」

 

 嚇怒に顔を歪めながら、ふと鼻で笑う魔法使いは意識的に苛立つ雰囲気を霧散させる。

 あくまで自分の方が有利だと、切り札を隠し持っているような余裕の表情を作り直す彼女。

 

 ふと、周囲を見るとオロオロとするばかりのダクネスと、無表情のアクアが目に付く。俺もそうだが、彼女たちに僅かながらでもフォローをするという気遣いは無理なようだ。

 それでも何か言えないかと乾いた口を開く。

 

「めぐみん。そんなにカッカすると暴発するぞ。ボンってなるぞ。それにお前の爆裂魔法はこんなところで撃つ物じゃないだろ。もっと世の中の為に無駄撃ちはやめとけって」

 

「ちょっと黙って下さい。それにカズマはこんなところで撃ちましたよね。何もしていない私よりも建物を破壊しておいて何か物を言える立場なんですか?」 

 

「こいつ……!」

 

 引っ叩こうと思ったが紳士らしく閉口し、事態を見守る。

 ――アクアの可哀想な物を見るような眼差しが心に染みる。

 

「王女の権限で結ばれようとしても、そうはいきませんよ。大体なんですか、カズマ様って。カズマは偉い人でもなんでもないですよ。お兄様はどうしたんですか?」

 

「お兄様はもう卒業しました」

 

「そうですか。所詮はごっこ遊びですからね。ですが、今更カズマの事を意識しても遅いですよ」

 

「……何故ですか?」

 

「私とカズマは、とっくに仲間以上の関係なのですから」

 

「…………」

 

「どうせ貴方では手を握る事が精一杯でしょうけど、実はもうキスもしているんですよ?」

 

「…………」

 

「所詮、貴方の恋心なんて恋に恋しているだけに過ぎませんよ。諦めて下さい」

 

 言いたい放題である。何よりも仲間にばらさないで欲しい。

 ただ一言言うとしたらそもそも彼女の台詞は見当違いになる。何故ならば――、

 

「ふ」

 

「……何を笑っているんですか?」

 

「お頭様が、いえ、めぐみんさんが可哀想だなって思いまして」

 

「今更お頭なんて気安く呼ばないで下さい。貴方はもう盗賊団をクビにしました。大体可哀想とは何ですか。現実を知って壊れましたか?」

 

「違いますよ。……キスなら私もしましたし、その先の事だってもうしちゃいました」

 

「――――」

 

 その一言にめぐみんは「は」と肺の中の息を吐く。

 お前は何を言っているのだと、しかし僅かに冷静さを残しているのか俺に目を向けるめぐみん。ついでに知らなかったのか、此方を見るのはダクネスと素知らぬ顔のアクア。 

 

「……嘘です」

 

「いいえ? 実はさっきも、その……。しちゃったんです。恋人としてはしたない事をしたり、何度もキスをしたりしました。めぐみんさんと違って、何度も何度も何度も」

 

「――――」

 

 その言葉が脳に染み込むように、めぐみんの顔が強張っていく。

 敵を見つけたかのように眉間に皺を寄せ、今にも爆発しそうな魔力の風を帯びる彼女は、ギロリとアイリスを睨みつける。

 それら全てを無視して、王族のオーラを醸し出すアイリスはめぐみんを見下ろす。

 

「私、めぐみんさんが可哀想だと思ったんです」

 

「あ……?」

 

「――私よりも早く出会って、私よりも多くの思い出を紡いで、私よりも長い時間を過ごしたのに、それだけの時間があったのに恋人未満の存在にしかなれないんだなって。なんて――」

 

 

 可哀想な人。

 

 

「――――」

 

 がしゃん、とテーブルに置いてあった皿が床に落ち、真っ二つに割れる。それが戦いの合図なのか、少なくとも俺には彼女たちの関係が壊れる音に聞こえた。

 その瞬間理解出来たのは、テーブルクロスを投げつけながら魔法を放とうとするめぐみんと、腰に帯刀した宝剣その柄を握るアイリスの姿、その間に咄嗟に割り込もうとするダクネスの姿。

 

「――『クリエイトウォーター』」

 

 そして同時に、俺とめぐみんに息が出来なくなる程の冷水が掛けられた事だ。

 

「ぶふっ!? つめっ、冷たっ!!?」

 

「さぶっ、さぶぶぶぶ!!?」

 

「あっ、ごめんね。つい水が出ちゃった」

 

「ついってなんだ! 手が出たみたいに言うなよ。寒っ! あっ、これ絶対に風邪引く奴だ!」

 

「めぐみんもごめーんね。でも、ちょっとだけ頭を冷やしなさいな。……すみませーん」

 

「はいはーい」

 

 怒鳴りながらもナイスなサポートを見せたヤれば出来る女神。

 殺伐とした空気を文字通りに冷却させた彼女は、メイド姿のクリスを呼び出し掃除を命じる。

 

「……いやちょっと待て。何してんすかお頭」

 

「うん? あたしは雇われのバイトだよ」

 

「王城のメイドってバイトなの!?」

 

「実はアイリスさん個人に雇われて……ってそんな話は良いから、お風呂に入ってきなよ!」

 

「そうよ! この場で一番弱っちいカズマさん」

 

「おい、一言余計だ」

 

 断固抗議しても女性陣に力で叶わず追い出される俺、眼前でバタンと閉じる部屋の扉。

 これはつまり女同士で話をするという事なのか、それを前提にアクアが魔法を放ったのか。

 

「いや、それは無いか」

 

 出来ると言っても知力が上がった訳では無い筈だ。

 とはいえ、あの空気を破壊出来る女神様とヒロイン系の女神。ついでにダクネスがいれば最悪な事にはならないだろう。

 そう思って、俺は聞き耳スキルも使わずその場を後にする事にした。

 

 

 

 +

 

 

「ふぃー……」

 

 湯船に浸かり、一息つく。

 あと少し遅れていたら本当に風邪を引いていたかもしれない。

 そもそもあの場でも初級魔法の応用でドライヤーの真似事は出来るのだから、アクアたちに追い出されたのはやはり間違いないのだろう。

 

「――――」

 

 例の如く、風呂場には誰もいない。

 掃除が行き届き、王城の風呂場にこんな時間から入る者は少ない。

 

 数日前ならばミツルギに遭遇したかもしれないが、舞踏会を終えた彼は王都のギルドで高難易度のクエストを受けて旅立った。実に勤勉な事である。

 あれだけ多くいた貴族も既に元いた場所に戻ったからか随分と静かだ。

 

「……ふう」

 

 意図せず溜息が零れる。

 脳裏を過るのは先ほどのめぐみんとアイリスの話し合いだ。

 

 いつだったか自分の為に争う女性陣の姿が見たいと思っていたが。

 実際に見るのはちょっと心が痛いどころか、目を逸らしたくなってしまう。

 

「もういっそみんな俺の女にしたらどうだろうか」

 

 全員俺の女。めぐみんもダクネスもクレアもレインもゆんゆんもウィズも俺の物。

 佐藤和真のハーレム。これならばきっと傷つかないだろうが、現実は容易くなく、いつか必ず崩壊するだろう。そして目に見えて待っているのは破滅の道だろう。

 

「ん……?」

 

 とはいえ、キチンとめぐみんとも話をしよう。

 どれだけ湯船に浸かっていただろうか、心苦しくもめぐみんに伝えるというその意志を固め直した頃、ガララッと風呂の扉が開く。

 

「――――」

 

 期待はしていない。でも悔しくも目線が向いてしまう。

 たとえ男であると分かっていても、今まで一人だったのだから仕方がない。

 

 ただ、思う。

 僅かにでもこの男風呂にもしかしたらその可能性は無いのかと。

 ――そして俺の幸運はそんな願望を遂に拾ってくれたのだ。

 

「あの、せ、背中を流しに来たのですが――」

 

「お願いします」

 

「えっ、えっと……」

 

「前もお願いします」

 

 恥ずかしそうにタオルを裸体に巻いた銀髪の女神に、俺は頷いた。

 アレだ。取り敢えずスッキリして落ち着くのだ。そうすれば何とかなる気がする。

 慌てふためくエリス、その背後から同じくタオルを巻いた水色の髪の女神を視界に捉える。

 

「あっ、そっちの子はチェンジで」

 

「なんでよー!!」

 

 

 



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第四十四話 水の女神×幸運の女神

 白い女体、小さなタオルは辛うじて白磁の肌を隠すのみ。

 貸切同然の浴室、唯一の男である俺の前に現れたのは女神エリスだ。

 

「ほう」

 

「……そ、そんなにじっくりと見ないで下さい」

 

 タイルを踏む裸足、すらりと伸びた白い太腿。

 小さなタオルは彼女の裸体を隠しきれず、くびれた腰や慎ましい乳房をチラリと覗かせる。大きい訳でもクリスの時のように小さい訳でも無い彼女の慎ましい乳房の感触はこの手が覚えている。

 長い髪の毛は後頭部で纏められ、羞恥に仄かに頬を赤らめる姿は加虐心をそそられる。

 

「……お頭はエロくて可愛いですね」

 

「ちょ、ちょっと……! やめて下さい。拝まないで下さい!」

 

 この神に出会えた事に感謝を。誰にかは分からないが。

 エリスの身体を視姦する俺をジッと見下ろすのは、同じく薄手のタオルで身体を隠し髪の毛を下ろした水色の女神だ。

 エリスの後に入って来たアクアは何を考えているのか酒瓶を持ち込んで来ている。

 ガララっと浴室の扉が閉められるのを確認しながら湯船に浸かる俺はアクアに顔を向ける。

 

「お前まさかここで飲むのか? それ絶対に酔っぱらって溺れる奴じゃん。というか流石にそういうのはここではやめとけって。城の設備を汚すとか怒られても知らないからな」

 

「馬鹿ねカズマ。賢い私は許可を取るのをちゃんと忘れてないわよ。アクシズ教とエリス教の御神体が直々に頼んだのよ? ここを少しの間、貸切にしてお酒を飲むぐらいはへっちゃらよ!」

 

 そう言って豊かな白い胸を揺らす女神は自信満々な様子だ。

 チラリと白銀の女神に目を向けるとどこか疲れた顔をしながらも小さく頷き返す。アクアの言葉は嘘ではないらしく、こうして堂々と男風呂に突撃をしてくる前に準備はしているようだ。

 つまり、俺の邪魔をする者は誰もいないらしい。

 わざわざ飢えた男の前にやってくるのだ。ナニをしても問題は無いだろう。

 

「よっと」

 

「ちょっ……!?」

 

「はわわわ……!」

 

 湯船から立ち上がり、何食わぬ顔で肉棒を女神たちの眼前に見せつける。

 ぶるんと反り立った怒張を前に顔を赤らめたりそっと目を逸らしたりと可愛らしい反応を見せる女神たちの姿に頬が緩むが、何でもないような態度でエリスの細い腕を掴む。

 何食わぬ顔で肉棒をタオル越しに彼女の下腹部に押し付けながら俺は小首を傾げる。

 

「ん? どうしました? 身体、洗ってくれるんですよね」

 

「えっ? ええ……勿論です」

 

「なんでもしてくれるんですよね」

 

「えっ? えっと……言いましたか?」

 

「言いましたよ」

 

 堂々としている俺に戸惑いと羞恥を隠せないのか肉棒から目を逸らす幸運の女神。偉大なる勇者の身体を洗うという役割を思い出させる為に俺は借りた猫のように大人しい彼女を連れて備え付けになっている木の椅子に腰を下ろす。

 壁に設置された鏡面、そこから見える青髪の女神は呆然と酒瓶を抱えたまま此方を見ている。

 

「ふぅ。……おい、アクア」

 

「え? なーに、カズマ。そんなに私に洗って欲しい訳? まったく、すぐにそうやって調子に乗るんだから……。ほら、丁寧に洗って下さいアクア様って頭を垂れて言いなさいな。そうしたら頭の一つくらい洗ってあげても良いわよ。ほら、言って!」

 

「お前は風呂に入って一人で酒でも飲んでろ。俺はエリス様に洗って貰いたいから」

 

「先輩、私が指名されたのでお風呂に入っていて良いですよ?」

 

「ちょっ……ちょっと待ちなさいよ! ねえ、待って! 一人にしないでってば!」

 

「あっ、エリス様。タオルじゃなくて身体で洗って下さい。そういうマナーなんで」

 

「どこのマナーですか!? 流石に、それはちょっと恥ずかしいというか……」

 

「は? 何言っているんですか? その身体は何の為にあるんですか? やり方が分からないって言うなら、ほら、前に王都の宿で俺が手でねっとりと丁寧に洗ってあげたじゃないですか。腰砕けになるぐらいに。あんな感じで……」

 

「わ、分かりましたから! 先輩の前でその話はやめて下さい!!」

 

 こうして女神たちによる俺の身体を洗う作業が始まる。

 否、作業ではない。それは身体を洗うという名の愛撫に等しい行為だ。

 敢えて顔を向ける事はなく、鏡面越しに身体に感じる感触で女神の身体を味わう。

 

「んっ……」

 

「もっと力を籠めて」

 

 石鹸を泡立てて白い少女の手が俺の肌を撫でる。

 首筋、鎖骨、胸筋、背中。どこか気恥ずかし気な様子で俺の身体を洗おうとするエリスの懸命な姿と文句を垂れながらも丁寧に身体を洗うアクア、その二人の見事にくびれた腰を抱き寄せ彼女たちの尻肉を揉むが反撃に合う事はない。

 もちもちした質感と独特の弾力、掌に力を籠めると耳元に小さな吐息を漏らすアクア。

 

 円を描くように、尻肉のラインを撫でるように彼女たちを愛でる。

 その返礼と言うように、やや乱雑に力を籠めて俺の裸体を少女たちは洗う。

 

「お前らがここにいるって事はアイリスとめぐみんはどうなったんだ?」

 

 アクアとエリスを自分の物にした征服感を感じながら、ふと思い出した事を口にする。

 ぼんやりとしていたのか、尻肉を叩くとビクンと震えるアクアは俺を軽く睨む。

 

「ダクネスとエリスがめぐみんの面倒を見ているわ。アイリスは護衛の人とどこかに行ったわ」

 

「私というかクリスがめぐみんさんの相手をしていますが……芳しくはないですね」

 

「ふーん」

 

「ねえ、ニートの癖にモテちゃったカズマさん。今どんな気分?」

 

「俺の為に争わないで欲しいけど争って欲しい感が半分。さっきの状況を見てうわぁ……が半分」

 

「流石はクズマさん! 相も変わらず最低ね! でも私もさっきのはドン引きよ」

 

「クズマさん……。いつかは選ぶ時が来るのですからこうなるのは仕方がありません」

 

 自然に屑と呼びながら、しかし罵倒とは裏腹に丁寧に俺の身体を洗ってくれる彼女たち。

 そんなアクアとエリスの背中を指でなぞると、反り立つ剛直を隠す事無く腕を横に広げる。そんな俺の動きの意図が理解出来なかったのか、泡塗れの手を止める彼女たちの横顔に口を開く。

 

「お願いします」

 

「クズマ? 腕ならさっき洗わなかった? ボケた?」

 

「あっ、もしかして洗い足りませんでしたか?」

 

「腕は股で洗うものだろ。何言っているんだ?」

 

「あんたこそ何言っているのよ!? 私に何させようって訳!」

 

「そういうの良いからはよ。という訳でエリス様お願いします」

 

「……わ、分かりました」

 

 羞恥で顔を火照らすエリスはぎこちない様子で俺の差し出した腕を手に取る。

 未だに身体を隠そうとするタオルは湯を含み、奥の裸体を透かし既に意味の無い物と化している。そんな白銀の彼女はぴっちりと閉じていた太腿を開くと、その恥部へと俺の腕を宛がう。

 腕に柔肉が触れた瞬間、ビクンと小さく震えるエリスは目端に涙を浮かべる。

 

「あ、あんまり見ないで下さい……」

 

「どこを?」

 

「か、顔を……」

 

「お断りします。というかエリス様、そのタオル意味ないんで取りますね」

 

「あっ!」

 

 青色の瞳は羞恥に揺れ動き、奪ったタオルを咄嗟に取り返そうとするエリス。

 ぷるんと慎ましい乳房、その先端の桜色の乳首、臍と恥毛が露わになり、その惨状に僅かに遅れて小さな悲鳴を上げる女神はまろび出る乳房を慌てて自分の腕で隠す。

 

「いやっ……!」

 

「綺麗ですよ、エリス様。隠さないでもっとエッチな姿を見せて下さい。ほら、洗う手が止まってますよ。ちゃんと腕を股に挟んで……そう、前後に腰を振る感じで洗って下さい」

 

「うわー……」

 

「なにドン引きしてんだよ。お前もやるんだよ! オラァッ!」

 

「いやあああ!! 穢される! そんなところで洗わせるなんて鬼畜外道の所業よ! なんて男なの!? 私たちを堕とすだけじゃ飽き足らずこんな事までさせようなんて……!」

 

「お前、前に屋敷でさせた時結構ノリノリだったじゃねーか。そういう演技はもう良いから」

 

 右腕にアクア、左腕にエリスと両腕に女神の尻肉と太腿が挟み込まれる。

 立ち上がった彼女らの股に腕を通し、何度かにゅるにゅると陰唇部で腕を擦り上げると徐々に声に熱を帯び始める。減らず口を叩くばかりだったアクアも小さく嬌声を上げ始め、敏感だったのか恥丘を擦る度に小刻みに下半身を震わせるエリスは口を手で押さえる。

 羞恥と喜悦を入り混じらせた瞳は俺と視線を交わすのを恥じるようにそっと伏せる。

 

「ほら、お頭。もっとちゃんと腰を振って。前にノリノリでやった騎乗位のように」

 

「エリスってばそんな事もしてたのね」

 

「ちがっ……ん、ん……ぁっ!」

 

「ほら口じゃなくて腰を動かせよ。そんな訳で腕に回転入りまーす」

 

「っ……、ッ!」

 

 誰も真面目に俺を洗う事など期待していない。

 単純にこの素晴らしい女神たちを辱め、よがり狂う姿を目にしたいだけなのだ。

 

 力を入れ硬直させた腕を彼女たちは息を荒くして媚肉で洗う。

 恥丘と太腿に挟まれる感触を両腕に感じながら、自慰に耽るかのように前後に腰を振る度に秘裂から蜜液を溢れ出すと泡と混ざりタイルに零れ落ちる。

 そんな事にすら気づかない様子で、腕を微妙に振動させるとエリスの脚が小刻みに震える。

 

「ぅ……くっ、ん!」

 

 小さく唇を噛み締め、顔を赤く染めるエリス。

 悪戯に腕を媚肉に押し付け前後に小刻みに擦ると耐えられなくなったのか、俺の腕を掴む。

 

「ゃ……ぁ……っ」

 

 腰を引かせ快楽から逃れようとする恥丘に腕を押し込むと甘い喘ぎ声を漏らすエリス。

 敏感な彼女は簡単に絶頂に達しないように必死に我慢しようと唇を噛むが、そんな努力を台無しにするべく薄毛から覗く陰核を巻き込むように一息に腕を引き戻し再び押し込む。

 泡を表面に浮かべた腕は存在感のある陰核をぐりりと苛め抜くと淫液が腕を濡らす。

 

「ぁ……ぅッッッ!! ッ!」

 

 唐突に内腿が俺の腕を挟み込み、エリスの肢体が弓なりに反った。

 小さく開いた口から涎が垂れ落ち、そんな自分の様子にも気づけない女神は下腹部を痙攣させると、俺の耳元に喘ぎ声を漏らす。

 

「ゥ、ハァ……! ハッ、ァ」

 

 やがて膝をタイルに落とし己の乳房も隠す余裕を無くしたエリス。

 対して僅かに経験があったアクアは恍惚とした表情に青色の瞳には喜悦を孕ませる。

 

「はぁ……は、っ……、エリスってば全然駄目ね、んっ! 私の……勝ちね」

 

「じゃあお前はもっと力入れるわ」

 

「えっ、ちょ、ちょっと待って! ぁっ!!」

 

 いつの間にか何かの競い合いが始まったらしい。少なくともアクアの中で。

 このままではアクアの勝ちになるだろうが安心して欲しい。挽回のチャンスはいくらでもある。

 

「じゃあ、次は股間を洗ってくれ。もちろんそのおっぱいでな」

 

 もうここまで来たら止まらない。欲望は止まらないのだ。

 今度は文句を言う者もなく俺の下種な意図を悟り、アクアとエリスによる奉仕が始まる。

 

 以前アクアがしてくれたパイズリ、それをエリスにもさせる。

 その行為は、持つ者と持たざる者の格差がハッキリと現れる物だ。

 

「ほらエリスも……いつまで呆けてるのよ」

 

 白磁の肌、乳白色の肌。 

 絶世の美少女による豊満な乳肉は泡を含み、俺の怒張を包み込む。

 まるでプリンのように柔らかなソレは彼女が挟み込む度にむにゅりと形を変える。

 

 先輩女神に促されて、後輩女神も続く。

 どこか躊躇しながらも慎ましい乳房で肉棒を挟み込めるかどうかギリギリの形の良い乳房を手で寄せる。餅のような質感と硬くなった乳首が怒張を刺激する度に亀頭から涎が垂れ落ちる。

 眼前には俺の肉棒を奉仕しようと懸命に己の乳房で挟み合う女神の姿。

 

「ん、しょ……ぁ」

 

「カズマってば本当にこういうの好きよね。さっさとイきなさいよ」

 

 ふにふに、むにゅむにゅと少女たちの乳房が乳首が擦れ合う。

 硬さを主張するエリスの乳首とアクアの乳首がぶつかり合う度に小さく呻く彼女たちは甘い吐息と共に唇を噛み小さく震える。

 刺激的な意味合いではそこまででも無いが、視覚的には最高な女神による奉仕に俺は頷く。

 

「出すぞ」

 

「えっ、ちょっ……」

 

「うっ!」

 

「ひゃぁあああ!?」

 

 低刺激とは言えども、焦らされ続けた肉棒は既に限界を超えていた。

 躊躇う事もなく暴発し白く染まる意識、女神二人の乳肉の中への射精は疑似的な媚肉ながらも貪欲にうねり、びゅううっと子種を吐き出させる。

 咄嗟に彼女らの頭に手を置くとその髪の滑らかさを掌に感じながら射精の余韻に耽る。

 

 ゆっくりと肉棒を包み込んでいた乳肉が離れ、ドロリとした白濁が糸を引く。

 己の乳房を性器として扱われた事に憤りを示すかと思ったが、そうでも無いらしい。

 

「私の二連勝、そしてエリス。あんたの負けね」

 

「ちょっと待って下さい先輩。何を基準にして言っているんですか!」

 

「ほら見なさいよ。カズマさんのカズマさんが私の方に一杯出したのよ? あんたのパッド込みの方じゃなくて。なーに? そんなに寄せちゃって必死過ぎなんですけど。プークスクス!」

 

「……!! せ、先輩こそなんですか? 途中で唾液なんか垂らしちゃって完全に漫画知識の再現じゃないですか。下品過ぎて元から無い女神としての品位を無くしちゃってますよ」

 

「あんたもさっきその下品な顔をしてたわよ」

 

 子種を指で掬いとりながら女神たちは楽しそうに口を開く。

 出した量とか、どちらに多く出されたから勝ちだとか、そんな話題に眉を寄せる。

 

「というかカズマってばあんた私の髪触り過ぎ。どうしたの? 気に入った?」

 

「ん……、ああ。まあ、そうだな」

 

「そ、そう……。ま、まあそれなら特別に触り続けるのを許可するわ。感謝しなさいな」

 

「…………いや、エリス様の方が良いな」

 

「そこは素直にアクア様の髪が触り心地が良くて好きですって言いなさいよツンデレニート!」

 

 素直に接すると妙に乙女な反応を見せるアクアは可愛らしい。

 実際に女の髪を長々と触る機会という事も少なく、大抵髪型が崩れるからと文句を言われる事もある身としては、こうして無言のまま絹のように滑らかなアクアとエリスの髪を触り続けられるのは心地良い物があった。

 それはさておき、スッキリとして少し冷静になった俺は現状を顧みて口を開く。

 

「――ところでここ男風呂なんだけど、お前らなんで入ってきてんの?」

 

「今更!?」

 

 

 

 +

 

 

 

「つまりめぐみんはダクネスとクリスが見ているから、こっちに来たと」

 

「さっきの聞いてなかったの?」

 

「まったく」

 

 解放される性欲の前には人の話など後に回すのは当然の事だ。

 空腹の状態で女体という極上の肉を目の前に食べる以外の事など集中できるだろうか。つまり俺は悪くなく劣情を煽るような恰好で風呂場に入り込んでくる発情女神が悪いのだ。

 そんな俺の言葉に呆れたような顔で俺を見るエリスとアクア。

 

「ちなみに、貸切に関してはアイリスさんに許可も貰っていますよ」

 

「こういう事もするって事もね」

 

「マジですか」

 

「マジよ」

 

 話を聞くと、どうも俺の知らないところで女神たちと王女で話し合いがあったらしい。

 詳しい内容をアクアたちは語ろうとしなかったが、結論から言うとアイリス公認の浮気関係が認められたという。アイリス本人はそんな素振りを見せなかった分、驚きを隠せない。

 

「本当よ。後で聞いてみなさいな」

 

 流石にこんな状況で嘘を吐けるような女だとアクアの事を馬鹿にはしない。

 とはいえ、俺の知らない場所で何かが進行しているのだと思うと嬉しくもあるが少し複雑だ。

 まるで知らない間に首輪がされたような気分になる。

 

「良かったわね、カズマ。酒池肉林じゃない。アイリスが子供を授かるまで楽しみましょう?」

 

 甘い声音を俺の耳裏に響かせるのはアクアだ。

 いつの間にか仕舞っていた酒瓶をどこかからか取り出すと、蓋を外すと残念そうな顔をする。

 

「コップ忘れちゃった」

 

「そのまま飲めば良いだろ。別に上品に飲む必要ないし」

 

 いずれにしても二人の事がアイリスに認められたのは嬉しい思いだ。

 そんな訳で祝酒を飲む為に、先ほどの競い合いに負けたエリスを湯船の縁に仰向けにさせる。

 艶のある少女の裸体、俺の指示に素直に従うエリスは観念したように脱力している。

 

「脚は閉じて下さいね」

 

「はい……」

 

 湯船の縁、タイルに寝転がらせたエリスの裸体は魅惑的だ。

 ぴっちりと閉じた腿肉は程良い肉付きでありながら細い腰と乳房は処女雪のように白い。

 

「エッチな身体してますね。パッドなんて必要ないじゃないですか」

 

「そ、その話は蒸し返さないで下さい……」

 

 そんな彼女を汚している事に興奮を覚えながら、上半身を僅かに反らさせる。そうして太腿と下腹部に出来るくぼみにゆっくりと酒瓶を傾け中の液体を注ぐ。

 エリスの程良い肉が酒を溢す事なく、髪色と同じ白銀の陰毛がわかめのように揺らめく。

 

 そこまでの毛量ではないが蜜裂を隠せない薄毛が酒に揺れ動く様は神々しい。

 そんな女神の女体を使った豪勢な器はただ酒を飲む為だけに作られた物だ。

 

 酒を注がれ身体を揺らすエリスはチラリと己の痴態を見て、俺とアクアの顔を見ると自分が如何にエロい状況にあるのかを理解し、可哀想なほどに顔を朱に染め泣きそうな顔を見せる。 

 きっとエリスの胸中を駆け巡る羞恥は尋常ではないだろう。

 ジックリと白銀の女神の裸体を見下ろして、頷きながら手で触れる。

 

「エリス様のここの毛ってアクアのよりも濃いんですね。エロいですよ」

 

「ぅぅっ……。も、もう許して……」

 

「ね、ねえ……。カズマ? 何それ?」

 

「わかめ酒」

 

「あんた……。あんた……!」

 

「あっ、エリス様は動かないで下さいね。ほら、乾杯だ」

 

 祝い事なのだ。高級酒とエリス成分配合の酒ならば身体にも良い事間違いなしだ。

 アクアの未知の生物を見るような眼差しなど無視して、羞恥の限界に達したのか顔を手で隠しぷるぷると身体を震わせているエリスの下腹部に跪き、もっちりとした尻肉を手に持つ。

 えっという驚きの声が一瞬の後、甲高いの声に変わった。

 

「ひゃぁぅっ!!」

 

 じゅるるっとくぼみの奥にある蜜裂に口付けした俺はそのまま酒を吸い上げる。

 あっという間に酒など無くなり、酒精の残る彼女の恥毛に鼻を突っ込みキスを繰り広げる。

 

「ぁっ……んっ」

 

 ちゃぷっとエリスの脚が浴槽の湯を叩く。

 脂が程良く乗った太腿を撫で、無くなった酒をおかわりするように陰唇に口付けする。

 

「あ、あのカズマさッッッ!!!?」

 

 俺に話し掛けようとするエリス、その余裕を無くすべく脚を開かせ大きく口を開けて貝肉に齧り付くと、簡単に彼女は絶頂を迎え入れる。

 奥から滲んだ蜜は酒よりも甘美で脳を狂わせる女神の味が口に広がる。

 もっと飲みたいと、俺は犬のように奥へと舌を挿入すると肉棒に代わり卑しく自在に動かす。

 

「ぁぁっ! ァッ!! ……ッ!!」

 

 クリトリスに鼻を押し付けるように俺はエリスの雌肉を悦ばせる。

 淫液の纏わりついた舌を動かし、エリスの下半身を湯船に引きずり込みながら、舌の筋肉を動かせば動かす程に溢れる女の甘い声音と蜜を味わう。

 エリス教徒に代わって御神体を悦ばせる為に全力のクンニリングスを披露する。

 

「ぎっ! っっ!!」

 

 ときおり不規則に女神の肢体が跳ね、俺の頭を掴んだエリスは後ずさるように腰をくねらせる。余程気持ち良いのか涎をタイルに垂らした彼女は拭う余裕を無くし、肉芽に吸い付くだけではしたない悲鳴を上げた。

 顔を赤くしながらも目を逸らさないアクアを尻目に、俺はエリスを貪るように味わう。

 

「ッ!? っ、~~~~っっ!!!」

 

 膝を立て腰を浮かばせるエリスを力で無理やりに押さえつける。

 そうして逃げようとした罪を裁く為にクリトリスに吸い付くと太腿がタイルを叩く。ぷしっと淫液が俺の頬に噴きかかるのも気にせず、貝肉を頬張り、肉芽を舌で根本から穿り、滲む女神の汁を下品に啜ると敏感な彼女は浴室に甘く蕩けた女の声を聴かせる。

 そんな風に彼女の抵抗を楽しみながら味わって十数分が経過しただろうか。

 

「ひゃめ、ぃゃ……! ゃぇ……っ」

 

「ね、ねえカズマ。その辺でもう良いんじゃ……」

 

「酒」

 

「え?」

 

「酒」

 

「は、はい」

 

「いいか。女神ってのは口や態度で何を示しても、エロいんだよ。こんな風にな!」

 

「私はこんなんじゃないわよ……違うわよ」

 

 従順に大人しくなった水の女神から酒を受け取り水分補給をする。

 白銀の長髪を振り乱し、だらしなく股を開いた彼女。女神然とした姿などどこにも無い少女の姿を見下ろしながらアクアの腰を撫でる。

 モジモジと腿を擦り合わせる彼女の豊満な乳房を揉みながらエリスを抱き起こす。

 

「……私とはしないの?」

 

「もうちょっと待ってろ」

 

「……そのちょっと厳つい竿役みたいな口調、似合わないわよ」

 

「引っ叩くぞ」

 

 さり気なく俺の肉棒を触るアクアの指のひんやりとした感触に心地良さを覚えながら、ヘロヘロになったエリスの軽い身体を持ち上げる。

 トロンとした女の瞳、耳元に口付け、くすぐったそうにするエリスと唇を重ねる。

 虚ろな表情を見せる彼女と舌を絡めながら、おもむろに挿入する。

 

「ぷぇ?」

 

 散々吸って弄ばれた媚肉は挿入を容易く受け入れ、湿る膣襞がペニスを締め付ける。

 ずにゅりと幸運の女神を串刺しにした快楽に耐えるべく奥歯を噛み締める。

 

「ぁ、ぇ」

 

 その一秒後、串刺しにされた女神が震える手で俺の肩を掴み、意識を飛ばす。

 

「ぉ……!? ぁ、っ?」

 

 ポタポタと滴が湯船に垂れ落ちる。

 焦点の合わない瞳で虚空を見つめるエリスは金魚のように口を開閉し、脚をピンと伸ばす。

 

 駅弁と呼ばれる体勢、加えて湯船というやや不安定な足場。

 咄嗟に肉棒から逃れようとする彼女の最奥をゆっくりと貫くと天国に飛ばされる。蕩けた表情でエリスは喘ぎながらも嫌々と否定するように首を横に振る。

 

「ぃゃっ……」

 

 いったい何が嫌だというのか。

 腰をがっちりと押さえ、奥深くまで突き上げると甘い声を浴室に響かせる。

 

「あっ! ぁ、ぁ! んぅ……!」

 

 一突きごとに膣襞が俺の怒張を妖しく締め付ける。

 

「ゃっ! ぁぁっ! ぁっ……~~~~!!!」

 

 一突きごとに腰をくねらせて気をやっている。

 顔を上げたエリス、その青色の瞳は熱を孕み快楽の事しか考えられないように揺れる。その理性とはどこまでも離れた姿にクリスとエリス、二人が交互に重なって見え夢中で腰を振る。

 

 ぷるるっと形の良いバストを俺の胸に擦り付け、落ちないように、より深い所を雄竿が貫くように、彼女の細長い脚が俺の腰に回る。

 子種をねだるように、泣きそうな顔で快楽に溺れる女神は女の顔をしていた。

 

 ぱんぱんと肉が肉を叩く音。

 結合部は熱を持ち、エリスの艶やかな唇を貪って、交尾する獣のように腰を振る。

 

 長くも短くも感じられるピストンが続いた後。

 どくどく、と濃厚な白濁が噴き出し彼女の膣襞の一つ一つまで汚していく感覚があった。

 

「んぅ……」

 

 彼女の最奥に注ぎ込む幸福感に酔いしれながら、そっと湯船の縁に女体を下ろす。

 ぐったりとしながらもどこか満足気な表情を見せるエリスを仰向けに寝転がす。肉棒を抜くと結合部からこぼれる白濁を見ながら上下させている両胸を揉んでいるとふと腕を引かれる。

 

 アクアだ。あの透き通った青色の瞳をジッと俺に向けてくる。

 上目遣いでどこか照れ臭そうな顔を見せる彼女は誰にも聞かれたくないように耳元で甘く囁く。

 

「……ねえ、カズマ」

 

「ん?」

 

「私にもして」

 

 

 

 +

 

 

 

 湯船に浸かり、零れる吐息が三つ。

 両手に花、世界に二輪だけしか存在しない女神、その乳房を揉み比べる俺。

 

「ねえカズマ。どっちが良かった?」

 

「……んー」

 

「遠慮しなくて良いですからね。ビシッと言って下さい」

 

 白銀と水色。二人の頭を肩に乗せて疲れた身体を温める。

 そういえば勝手に競争のような何かを二人でしていたな、とか思い出しながらアクアとエリス、その身体とエロのテクニックを含めた総合点を脳裏で計算する。

 

「俺には今更どちらが良いかなんて決められない。二人とも良かった。お前たちが俺の翼だ」

 

「そういうのは良いから」

 

 俺の評価をバサリと切り捨てるが、彼女たちが俺の身体から離れる事は無い。

 身体がふやける程に湯船に浸かった気がするが、もう少しだけ浸かっていたいと思わせる。

 

 ふと、今更ながら外に出たら現実に直面しなくてはならない事を思い出す。

 それを思うと色々なしがらみを捨てて女神と怠惰な生活を送りたいなと逃避し始めて。

 

「カズマ」

 

「ん? ……ん」

 

 遠くを見ていると、アクアに呼ばれ顔を向ける。

 頬が触れ合う距離だ。どちらかが近づけば自然とキスが成立する。

 

 端正なアクアの顔を見ながら柔らかい唇の感触を味わう。

 ディープな物でも触れ合うだけの物でも無い、想いの籠ったキスに覚えがあった。

 

「言い忘れてたから、……おかーえり」

 

「……ただまー」

 

 唇を離して目に映るのは能天気ないつもアクアの笑顔だ。

 ――その姿に、もう少し頑張ろうかなと俺は思うのだった。

 

 

 



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第四十五話 衝突2

「なーに? めぐみんの日課に私が? 嫌よ、外になんて出たくないし。気まずいのは分かるけど誘われたのはカズマさんなんだからさっさと済ませて来なさいな」

 

 めぐみんとアイリスが衝突した次の日。 

 女神たちとの楽しい混浴がバレないかと思ったが、アイリスからの追求はなかった。

 王女であるからには俺と違い何かと忙しいのだろう。生真面目な性格は相も変わらずキチンとするべき事を行う姿勢は見習いたいものである。出来るかどうかはともかくだが。

 

「どうせ寝ているかゴロゴロしているだけだろ?」

 

「嫌。昨日は疲れたし今日はこの後少しやる事があるから駄目よ。……急にどうしたの」

 

「ほら、昨日のアレでめぐみんがカッカしてるんじゃないかって」

 

「確かにあの子は基本的に短気で当たり屋気質だけど……大丈夫じゃないかしら」

 

「アイリスもついてくるのにか? 楽しい散歩になりそうだな」

 

「そんなの放置したあんたの自業自得じゃない」

 

 パジャマ姿の水の女神は昨日の甘えた姿はどこにいったのか。

 欠伸をして、心底どうでも良さそうな顔をする彼女の姿に僅かに苛立ちを覚える。

 

 既に早朝も過ぎて、アクアの朝ご飯の最中に彼女の部屋に訪れた。

 何故かクリスとの共用だという彼女が宛がわれた部屋を覗くとキチンと掃除も行き届いているようだ。既に優雅に朝食を食べ終わりつつある彼女が腰かけているベッド、その隣に座り込む。

 

 ふんわりと漂う朝食のパンと彼女の柔らかな体臭が鼻腔を擽る。

 なんとなく背後から彼女を抱き乳房を揉むと、半眼で鬱陶しそうに手を叩く。

 そんな風にじゃれ合いながら彼女から女神パワーを受け取っているとアクアが俺に首を振る。

 

「大体カズマは何をビビっているの?」

 

「は? ビビッてないけど?」

 

「選択するっていうのはね、そういう事よ。遅かれ早かれ後悔は来る。なら今を後悔しないようにしなさいな。キチンと自分で選択して行動する、優柔不断なあんたでもそれぐらいは出来るでしょ? 相手がカッカしていてもビビらずに言う事を言わないといつまで経っても終わらないわ」

 

「――――」

 

 アクアは俺にビビっていると、恐れていると告げた。

 俺がめぐみんに対して恐れを抱いていると、彼女の想いを断つ選択、その決断が出来ていないと言った。その考えは間違いではない。僅かながらでも楽観的にめぐみんが冷静な対応をしてこの話は終わりだと思わなかった訳では無い。

 楽観的な展開、そんな物は失われ時間が経過する程に口が重くなっていく。

 

 俺がするべき選択、その決断は既に決まった物だ。変える事は無い。

 既に舵は切られたのだ。それを本人に告げられず懺悔するかのようにアクアと話している。

 

 そもそも、こうしてみっともなくアクアに告げられるのなら。

 めぐみんにだってキチンと伝えられない筈が無いのだ。さっさと告げるべきなのだ。

 ただ、それが今更ながらに――、

 

「……情けねぇなあ、俺」

 

「そうね、情けないわね」

 

 アクアの静かな声色が、呆れと冷たさを装っている。

 いつの間にか肩と肩が触れ合うような距離になっている事に気付きながらも今更互いが指摘する事は無い。口では罵倒しながらも女神の柔らかな掌が俺の手を包み込み握り締める。 

 

「でも、他でもない私を頼って来てくれたのは嬉しかったわ」

 

「……アクア?」

 

「大丈夫よ、カズマ」

 

「――――」

 

「カズマがどんな選択をしても、私は見捨てないから」

 

 目の前には水のように透明で美しい水色の瞳、どこまでも見通す神の眼差し。

 その瞳は一切揺らぐ事は無く、その奥には俺の不安気な顔が見える。聖母のような表情、慈しむような態度をたまに見せる彼女の姿は、ずっとこの状態であってくれたらなと思わせる。

 

「大丈夫よカズマ。そんなに気負う事は無いわ。こう思えば良いの」

 

「――――」

 

「最後に上手くいけばそれで良しってね。カズマならなんとかするでしょうしね」

 

「そんな適当な……」

 

 過程がどうあれど最後に結果が良ければ全て問題無い。

 なんて能天気、なんて無責任なことだろうか。ただ悪い気はしなかった。アクアの信頼に満ちた瞳を見ているとこのまま上手くいくのでないかと勘違いしそうになる。

 

「それに失敗しても大丈夫だからね、カズマさん」

 

「失敗って何だよ。爆裂魔法を受けた時か?」

 

「もしも本当にそうなっても私たちとずっとずっと一緒だから。ちょっと寂しいけどアッチでも楽しく過ごしましょう? どうせ遅いか早いかの違いなんだし」

 

「――――」

 

「だから、大丈夫だよ」

 

 

 

 +

 

 

 

「『エクスプロージョン』――!!」

 

 爆炎が雪を吹き飛ばし大地を抉る。

 轟音、頬を撫でる熱量、そしてその威力。

 その一撃は岩を砕き、山をも崩し、多くの敵を滅ぼして来た一撃必殺の魔法だ。

 

 ただ、その一撃を味わうモンスターが冬眠の為か見当たらないのが残念だが。

 ともあれ俺が冬将軍に放った爆裂魔法など大したことが無いと、そう思わせるに足る強力な魔法を眼前に俺は頷く。隣には顔面から雪上に突っ込んだ頭のおかしい紅魔の少女。

 

「ぶふ……どうですか、カズマ。今日は何点でしょうか」

 

 肌に刺さる爆風、舞い上がる雪は空に舞い上がる爆炎。そして破壊力。

 魔王討伐後も変わらずに爆裂魔法の道を歩み続ける少女の魔法は誰にも止められない。

 

「90点だな」

 

「ほう。その心は」

 

「少し力み過ぎているように感じた。破壊する、その一心に専念し過ぎて肝心の爆裂魔法の美が少し損なわれているように感じた」

 

「なるほど。どうやら私もまだまだなようですね。やはり爆裂道は奥が深い……」

 

 どこか恰好付けた台詞を吐く少女だが地面に倒れている以上恰好はつかない。

 転がったトンガリ帽子を拾い上げて、ついでにめぐみんの小さな身体を抱き起こすとドレインタッチで体力と魔力を分け与える。そんな一連の様子を青色の瞳がジッと見続ける。

 

「何か言いたそうですね」

 

「いえ、めぐみんさんの爆裂魔法、素晴らしかったですよ」

 

「……そうですか」

 

「ええ」

 

「そうだぞめぐみん。以前よりも更に火力が上がったんじゃないか」

 

「まあ、そうですね。ダクネスが男漁りをしている間も私は自己研鑽に努めましたから」

 

「待て。誰が男漁りだ。私はそんな事はしていない! 当家に寄せられる見合いを断る為にこうして出向いて来ていてだな――」

 

 王都の外、遠目に見える城壁を尻目に俺とめぐみん、アイリスとダクネスでの散歩。

 本来ならば俺と年下の少女二人だけの散歩だったのだが昨日の騒動を見て心配になったのだろう、パーティーの壁役がこうしてお目付け役として来る事になった。

 ちなみにクレアやレインは冬将軍や例の公表への対応もあり忙しくて来れなかったという。

 

「いや、マジで助かったよダクネス」

 

「ん。今日はクリスもいないからな……、まあ、私がいれば大丈夫だろう」

 

「その自信はどこから湧いてくるんだ」

 

「ふふっ……カズマを見ていると虚勢の張り方が身についてくるものだな」

 

「褒めてないだろ」

 

 とはいえダクネスという女性の仲裁役が存在するというのは助かる。

 貴族である以上、色々と忙しいだろうに彼女は仲間の為に心を砕き付き合ってくれたのだから。防御力の高い同性の目があるならば昨日のような事が発生しても止める事は容易いだろう。

 

 ――それだけにこの状況を取り巻く原因を解決する言葉を発する事が未だに出来ない事に、胸中が鎖で縛られたかのように痛みを覚える。

 

「めぐみんさんは他の上級魔法を覚えるつもりは無いんですか?」

 

「ええ、勿論。他の上級魔法を取得するよりも我が爆裂魔法の方が破壊力は上ですので」

 

「一発しか撃てないのにですか?」

 

「一発もあれば十分なのです。ここぞという時にカズマが私の爆裂魔法が必中になる状況に導いてくれる。私たちのパーティーはそうやって前に進んで来たのです。そういえばこうして散歩が終わると毎日のようにおんぶをして貰ったのを思い出しますね」

 

 男を取り合う女たち。字面にすれば昔の俺ならば腹立たしく思うだろうが今は違う。

 彼女たちは決して馬鹿じゃない。俺やダクネスがいる以上、表面上は険悪なムードになるのは控える頭脳と理性はあるだろう。

 その程度の理解と信頼は共に過ごした時間と経験が教えてくれる。

 

 だからこんな風に心配する必要はないかもしれない。

 もしかしたらちょっと喧嘩する程度で解決するものかもしれない。

 

 もしかしたら、ひょっとしたら。大丈夫かもしれない、と。

 気がつくと少しでも楽な方に意識が向きそうになる自分に嫌悪感を抱きながら、俺は彼女たちを連れて王都へと帰還する。

 雪道を通り、人の少なくない通りを歩いているとアイリスが俺の手を取る。

 

「カズマ様。滑るかもしれませんから」

 

「エスコートしろって? しょうがねえなあ」

 

「いえ、カズマ様が転ばないように私がエスコートします」

 

 もしかして俺はそこまで貧弱に見えるのだろうか。

 くすりと笑うダクネスに雪玉を投げつけながらアイリスの柔らかい手を握る。特に違和感も無くなんとなしに取った行動だったが、紅色の瞳がジッと此方を見つめ続ける。

 

「……。というか今日はどうしたんだアイリス。こんな散歩に付き合う必要は無かったんだぞ」

 

「おい、『こんな』とはどういう意味だろうか」

 

「いえ、私も気分転換をしたかったと言いますか。こうしてカズマ様と触れ合う時間も幸せだなと」

 

「――――」

 

 ニコリと微笑を浮かべるアイリス。可愛い。

 めぐみんやダクネスの視線を感じながら臆する事も恥じる事もなく告げる姿は王族に相応しい。以前までならば恥じらっていたが今では堂々と告げられる言葉に俺がたじろいでしまう。

 

 白昼堂々と好意を告げられ思わず目を逸らす俺の手を引いて歩くアイリスに。

 まるで周囲に見せつけるような彼女の姿に。

 

「は」

 

 ――めぐみんが鼻で笑った。

 

「なんですか?」

 

「いいえ? 別に。……ただ昨日の啖呵の割に行っている事は子供だなと」

 

「子供、ですか」

 

 なんとなく嫌な予感が胸中を過る中、握った手を離した彼女は俺を庇うように前に出る。 

 相対する敵、それらから全てを護る騎士のように、アイリスはめぐみんを前に目を細める。

 

「ええ、ええ。思えば昨日のは安い挑発でしたね。全く私とした事が……あんな虚勢に……」

 

「――――」

 

「結局貴方はそうして触れているだけで満足しているだけの子供ですよ」

 

「――――」

 

「そんな事をしてもカズマは、カズマの心は貴方の物にはなりませんしね」

 

 紅の双眸の奥、種火だった火は徐々に強く燃え広がるのが分かった。

 目を細めるめぐみん、その瞳の奥に宿るのは不安、そして強い怒りの炎だ。その炎は消火は叶わず、アイリスをも焼き尽くさんとする大火へと広がる。

 その業火を前に大空の瞳を逸らす事なく目の前の少女を射貫く。

 

「昨日の事でしたら水に流しましたのに」

 

「嘘ですね。貴方はしっかりと根に持っている。分かりますよ」

 

「お、おいめぐみん」

 

「ダクネスは少し黙ってて下さい。というか邪魔しないで頂きたい」

 

「……カズマ様もお願いしますね」

 

 仲裁に入ろうとするダクネスを止めるめぐみん。

 眦を鋭くして、唇が触れ合いそうなほどの距離でめぐみんがアイリスを睨む。

 

「アイリス。私は以前カズマは私の男だとそう言いましたよね」

 

「……そうでしたか?」

 

「言いましたよ。物忘れの酷い貴方に、人の物を取ったらなんて言うか教えてあげましょうか?」

 

 泥棒ですよ、と魔法使いの唇から言葉が零れる。

 王女の耳元にハッキリと聞こえるように告げるめぐみんを冷ややかに見つめるアイリス。

 

「それは違いますよ」

 

「いいえ、違いありません。貴方は私の知らない間を狙ってコソコソと泥棒のように私の男にちょっかいを掛けたんです。卑怯で最低な人間なのですよ。それで本当に王女ですか?」

 

「……一つだけ間違ってますよめぐみんさん」

 

「なんですか」

 

「カズマさんは最初からめぐみんさんの男では無い事です。ちょっと手を握って、キスをして、思い出を重ねて。でも……、それだけです」

 

「ほう、言うじゃないですか」

 

「それにめぐみんさんはちゃんとカズマ様から愛していると言って頂けたのですか? そんな訳ないですよね。めぐみんさんは言われていないですよね。……私と違って」

 

「アイリス……ッ」

 

「私の婚約者を奪おうとする今の貴方こそ泥棒ですよ。みっともない人」

 

「アイリス――!!」

 

 胃が痛くなるような煽り合い、その軍配はアイリスに向く。 

 胸倉を掴み、頬を叩くように殴り合う二人。その細腕のどこにそんな力があるのか、信じられない膂力で、めぐみんがアイリスを殴り、アイリスがめぐみんを殴り返す。

 

「ぶっ殺!」

 

「此方の台詞です!」

 

 怒りの形相で殴り合い、髪を引っ張り、掴みかかる彼女たち。

 煽り合いを始めた時点でこうなる事は予想出来たが周囲の人間を背景に殴り合う二人。

 呆然としている合間にも雪や泥に塗れ痣だらけになりながら戦う二人に慌てて止めに入るも、通報があったのか駆け付けた衛兵に連れられて王城に帰還する事になってしまった。

 

 

 

 +

 

 

 

 扉をノックする音、開けると王女がいた。

 傷一つ無い肌はアクアか誰かが治したのだろう。

 ゆったりとした寝間着の彼女は枕を抱えて上目遣いで俺にこう言った。

 

「その……一緒に寝ませんか?」

 

「喜んで」

 

 自分の婚約者からの誘いなのだ。断る訳が無い。

 既に夕食を食べて風呂に入り寝るかどうかのタイミングで突撃して来た彼女は、しかし俺の部屋に入る訳では無く、そのまま別の場所への移動を促す。

 廊下を歩く事少々、連れてこられた場所は彼女の自室だ。

 

「傷治ったんだな」

 

「アクア様が治してくれました。……めぐみんさんも怪我を治されましたよ」

 

「そっか」

 

 扉の見張りはなく、室内は無人だ。

 そして、俺の腕を引くアイリスが此方に向ける眼差しはどこか艶やかだ。

 

 何となくそういう雰囲気なのだと理解出来た。

 このままベッドに押し倒してしまおうとする俺を余所に、王女はふと明後日の方向を向く。

 

「…………」

 

「どうした?」

 

 彼女が目を向ける先、そこには何もない。

 掃除の行き届いた彼女の自室、その部屋の隅を見てみるも何も見えない。

 

「いえ、なんでもありませんよ」

 

「アイリス? もしかして幽霊的な物がいたりしたか? 見えちゃった?」

 

「そんなお化けがいたら私が斬りますからご安心下さい。大した事はありませんから」

 

 ロイヤルスマイルを決める王女は何でもないと首を振り俺に抱き着く。

 夜の密会、王女との抱擁をしながらそのままベッドに倒れ込もうとする俺に彼女が囁く。

 

「カズマ様……。私はまだ子供に見えますか?」

 

「……いや?」

 

 改めてアイリスに目を向ける。

 背丈も伸び始め、最初に会った時よりも豊かな双丘やくびれた腰が際立つ。見た目だけではない、あの頃の無垢で何も知らなかった瞳には多くの経験を飲み込んで、それでも変わらない青色の瞳が俺を前に揺れ動く。

 物怖じする事もなく真っ直ぐに俺を見つめる彼女は随分と成長したと思う。

 

「――カズマ様」

 

 ぐいっと腕を引っ張られてベッドに押し倒される。

 小柄ながらも力のある彼女、いつの間にか衣服を脱ぎ、上半身が純白の下着のみとなった金髪の少女が俺を見下ろす。

 

 彼女は俺の手を取るとゆっくりと自らの乳房に触れさせる。花の装飾が施されたブラがくしゃりと皺を寄せ、処女雪のような白い乳肉がむにゅりと潰れる感触を掌に伝える。

 思わず指を柔肉に埋めると、んぅ、と小さな吐息を漏らすアイリスと目が合う。

 

「――――」

 

 青色の瞳、どこまでも透き通った眼差しは俺を前に快楽と期待を見せる。

 好きになった女の瞳を前に、熱を孕んで揺れる瞳に吸い込まれるように、腹と腹を、胸と胸を重ね合わせて一つになるかのように、俺はゆっくりと彼女と唇を重ねた。

 

 

 



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第四十六話 サヨナラに別れを告げて

 応接間、椅子に座らせた銀髪少女と水色の女神とテーブルを挟み、同じく椅子に座った王女は、少女は、彼女は、――アイリスは薄く笑っていた。

 

「メイドの気分は如何ですか?」

 

「うん? まあ、それなりに新鮮な気分かな。普段は盗賊として活動しているからね」

 

「女神としてもですよね」

 

「そうだよ。だからこそ、こうして王女様に仕えるという経験は新鮮なのさ!」

 

 クスクスと笑う銀髪の少女。

 快活な笑みと露出する肌の少ないメイド服を見せる彼女は卓上の紅茶を手に取る。姿勢良く王族のように優雅に飲む彼女を黒を基調とする衣装と白銀の髪色がより妖艶な姿へと引き立てる。

 その隣でジッとアイリスを見る一人の女神、絶世の美少女もまた茶菓子を口一杯に頬張る。

 

「それで」

 

「はい?」

 

「わざわざ私たちだけを招いたという事は、そういう事で良いんだよね?」

 

 茶菓子に手を付けるだけで口を開かないアクア、彼女を置き去りにクリスが口を開く。

 

「……そういう事、とは」

 

「前に私が言った提案を呑む、という事だけど」

 

「エリスってばさっきから何の話をしているの? お菓子を食べに来たんじゃないの?」

 

「先輩はちょっと黙っていて下さい」

 

 唯一話を知らなさそうな彼女にピシャリと言い放つクリス、その首を絞めようとするアクアを尻目に彼女が告げた提案についてを思い出す。

 なんて事は無い、ある一人の男を巡った女たちによる提案話だ。

 

「色々条件はありますが、カズマさんと私たちが結婚する事を王家が認めるという提案です」

 

 改めて言い直すクリスはほんのりと頬を赤らめる。

 今更言葉に出して恥ずかしがっているのか、或いはただ男受けするあざとい演技なのか。

 

「その提案の話ですね」

 

「じゃあ、呑むって事で良いんだね?」

 

「ええ」

 

 そう言葉を放った瞬間、どこか淀みかけていた空気が霧散するのが分かった。

 ニコリと笑みを浮かべる女神、物分かりが良くなった子供を見るような微笑を浮かべる白銀の彼女は青紫の瞳に安堵の色を見せると紅茶の入ったカップを傾ける。

 

「なら、あたしたちはアイリスさんの支援をするって事で」

 

「ええ」

 

「ねえちょっと! 二人だけで盛り上がってないで私にも教えてなさいよ」

 

 話し合いの場、それを搔き乱すようにアクアが喚き立てる。

 彼女こそカズマが最も信頼を置く女神、エリスでもアイリスでもない無意識の内にカズマが求める慈悲深い少女だ。基本的に余計な事しかしないと愚痴る彼が最期の最期に求める相手。

 

『あく、あ』

 

 あの時、あの一瞬、目の前にいた自分では無く女神を呼ぶ彼の姿を思い出す。

 内臓を失い、手足を無くし、出血は止まらず目の前でその体温が冷たくなる瞬間を見届ける合間、震える声音はただ一人の女の名前を呼んだあの瞬間を。

 喪う事の絶望と、呼ばれる相手が自分で無かった事に対する自身の傲慢さと愚かさを。

 

 彼らの関係を考えるとそれも必然なのだろう。

 めぐみんやララティーナよりも付き合いが長いらしく、互いの事を深く理解している関係。カズマが頼るのは最後にはアクアなのだと、以前めぐみんが愚痴っていた事があった。

 

 だから、仕方が無いのだ。

 重ねた思い出は少なく、共に刻んだ時間も少ない。

 あの日、あの時、あの場所で、死にゆくカズマが呼ぶ名前がアクアでも仕方がないのだ。

 

「――? どうしたのアイリス?」

 

「……頬に少し付いていますよ。そのお茶菓子気に入りましたか?」

 

「そうなのよ。このお菓子美味しいわね!」

 

「沢山ありますから好きなだけどうぞ」

 

「ありがとうね」

 

 今回エリスの他にアクアまで呼ぶ意味はあまり無かった。 

 ただ、少し能天気にも見える彼女もこの提案を話すにおいては聞いておくべきだったから。

 

 王城にカズマがクリスを連れて訪れた日、彼女と湯船で話をした。

 話した内容はシンプルにカズマと男女の関係になった事についてである。それを踏まえて地位や名誉を手にしたサトウカズマという男に悪い虫が付かないように女神たちが手を尽くしてくれる、代わりにアイリスを含めたアクアとエリスで彼を囲んでしまう、そういう提案だ。

 

「王家側も面子とか色々あるからね、最低限アイリスさんが第一子を育むまで私たちは彼と子供は作らない」

 

「私とカズマ様の子供が出来るまではそのまま、その後はお二人を側室として王家に迎え入れる」

 

「つまり? 結論から言って」

 

「――つまり、私とアクア先輩はもう二、三年くらいはカズマさんと王族公認の浮気関係を楽しみながら寄ってくる女に関しては皆で撃退する。そういう約束です」

 

「ふーん」

 

「屋敷でめぐみんさんやダクネスと助手君が良い感じの雰囲気になると先輩がわざと邪魔に入った時みたいに、これからも私たち以外の女がカズマさんとそういう感じになったら邪魔をする、あまりする事は変わりません」

 

「わ、私はそんな事していないわよ。というか二回も言わなくて良いから」

 

 エリスとクリスの口調を交互に変えて話すメイドは後輩女神を揶揄う。

 そんな事実は無いと顔を赤くして否定、ポリポリとクッキーを頬張るアクアは紅茶と共に嚥下すると納得とばかりに頷く。

 理解が及んだのか、しかし水色の瞳はジッと王女の顔を見つめる。

 豊かな胸を机に置いて小首を傾げる彼女は、アイリスの目を見続けると小さく笑う。

 

「どうかしましたか?」

 

「ううん。カズマはこんな良い子に手を出したんだな~って。これからよろしくね」

 

「……ええ」

 

 そうして一息置いてから、ふとアイリスは気になる。 

 エリスとは何度も話をしているから、此方の都合なども踏まえて二番目以降に甘んじるという事は理解できなくも無い。

 ただ、アクアはどうなのだろうか。

 控え目に言ってあまり考えているように見えない彼女は、いったい何を考えているのか。

  

「アクア様は自分が一番になれなくても良いんですか?」

 

「今はそれで良いわよ」

 

「……今は?」

 

「カズマの魂はもう私とエリスのモノだから。何があってもカズマが私から絶対に離れない以上、誰が一番とかどうでも良いのよ。カズマとはこれから先もずっと一緒だからね」

 

「え……」

 

 それは余裕という名の優越感を含んだ笑みだった。

 満腹になったのか、満足気に腹部を摩るアクアはカップを優雅に傾ける。そしてコースターにカップを置く頃にはまるで恋する乙女のように眦を和らげて思い出すように囁く。

 

「あの日以降、カズマは私のモノになったから……」

 

「あの日?」

 

「天界で申請してね? 正式に私の眷属とする事でエッチしても力を無くさないようにしたのよ。本当は人間とエッチな事をしたら女神の力を失っちゃうから、魂に呼び掛けて拒絶される事なくエッチしたらそれで眷属の儀式は完了。女神の力を一部行使出来る眷属ならエッチをしてもセーフっていうガバガバな規定だけど、そうなる前までは不安でいっぱいだったから」

 

「――――」

 

「カズマにはまだ言ってないけど。でも責任は取ってくれるって言ってたから。死んだ後も私たちはずっと一緒だからね! だから今はカズマとゆっくりと関係を進められたらそれでいいかなって。もちろんアイリスとも仲良くなりたいと思っているわよ。アイリスっていい子だから」

 

「あたしもそんな感じかな。先輩ほど悠長じゃないけど」

 

 自分のモノであり、決して自分の元からは去らない。

 それが確定しているからそこまで積極的ではないのか。女神と人間との価値観、その違いはこうして話をする事で理解が進む。

 何があっても最終的には自分のモノになるからアイリスの敵にはならない。そう言っている。

 

「――――」

 

 その驕りを、余裕を、崩してやりたくなる。

 死後をも含めた事なんて齢十代のアイリスには想像すら及ばない。

 普段どんな事をしていても神はやはり神。その考え方は人間には理解出来ないのか。

 

「でもアイリスはどうしてこの提案を呑んだの?」

 

「えっ?」

 

 ジッと見つめてくるその瞳、水色の瞳を見返してその疑問に答える。

 

「――私が弱いからです」

 

 もっと強かったら、強力な回復術があったら、蘇生が出来たなら。

 あとになって思い出す後悔、飛び散る鮮血、胸中を過る無力感と絶望に奥歯を噛み締める。

 人生であれほどに狂ってしまう程に殺意を覚えて、己の無力さに虚無感に包まれて、圧倒的なその存在に希望と絶望を見出した。

 アイリスではどうあがいてもアクアやエリスのような存在にはなれないと。

 

 剣の腕を始めとした戦闘技術ならこれからも上がるだろう。

 だが、吹き飛んだ腕やまろびでた臓物を一瞬で修復する術など持ち合わせていない。

 

 何よりも死んだ人間を後遺症の一つすら無く蘇生する事が出来るプリーストは殆どいない。

 本来蘇生魔法というのは超高等魔法、爆裂魔法と同等以上に高い習熟度が必要とされる。仮に出来たとしても一切の後遺症の無い完全蘇生など、まして多くの人間に同時に行うなどありえない。

 まさしく神の奇跡と言うべきだろう。

 

「――――」

 

 本当は側室だって嫌だ。浮気なんて許したくない。

 彼を独占したいと、そう思う気持ちが無い訳では無いのだ。

 ただ、それでもカズマの支えとして彼女たちがいた方がきっと良いのだろう。

 

「……カズマ様にはもう傷ついて欲しくないから」

 

 赤い色は嫌いだ。血を連想させるから嫌いになった。

 冬将軍の時のように傷を負っても、自分とは違いすぐに治せる彼女が近くにいてくれるなら。

 

 結局のところ、感情よりも打算を優先した結果だ。

 それでも、多少の損失に目を瞑ってでも、アイリスにとって彼を失う事だけはあり得なかった。

 

 カズマは決して心と身体が強い訳ではないのをアイリスは知っている。

 数多のスキルと市販の武器を使って戦う彼は機転を活かして絶対的なステータス差を覆す。そうして小さな隙を幸運が掴むまで耐えて、理不尽な事など跳ね除けてくれる、そんな男だ。

 

 セクハラが大好きで、相手が誰だろうと粗雑な口ぶりを止めない。

 周囲を思いやれる強い心を持っていて、愚痴りながらも仲間の求めに必ず応える彼は、それでも決して特別な男では無い。

 悲しい事には涙を浮かべ、痛みには悲鳴を上げて、血を流し過ぎると簡単に死んでしまう。

 

 特別でもなんでもない、普通の人なのだ。

 

 これから先、彼と一緒になるのなら頼り続ける訳にはいかない。

 未知の事を教えられて、城の外に連れ出して貰って、何もかも任せて、縋りついていて、此方から何も与えられないのなら、いつかカズマだってアイリスを重荷に思ってしまう。

 いつの日かサヨナラを告げられる、そんな日がくることなど、想像するだけでも恐ろしい。

 

 もう、この身体は、心は知ってしまったのだ。

 あの腕の硬さを、抱擁の強さを、温かみを、匂いを、優しさを、愛おしさを、その眼差しを、サトウカズマという甘い果実の味を。

 何も知らない子供だったあの頃にはもう戻れないのだ。

 

 喪う不安を、彼女たちを許容するだけで減らせるのなら仕方が無いのだ。

 あの日のカズマに信頼を置いてもらえなかった自分が悪いのだから。

 

「それじゃあ今日はパーッと飲みましょうか!」

 

「ここでですか? 一応私はまだ未成年で……」

 

「女神が揃って許すって言っているんだから、呑みなさいな! ほらほら!」

 

「あの……アイリスさん? 一杯だけですからね? 飲み過ぎると先輩みたいになりますから」

 

「めぐみんだってこの頃には一杯ぐらいなら飲んでいた気がするわ! 確か……」

 

「そういえばそろそろめぐみんさんが此方に来るらしいですが……」

 

 だから、今はまだこれで良い。

 ――どのみち、最後には彼の全てを貰うと決めたのだから。

 

 

 

 +

 

 

 

 甘く蕩けるようなキスをする。

 そういえば、初めての口付けをしたのも彼だったか。

 いつだってたくさんの初めてをカズマは与えてくれる。

 

「――!」

 

 ベッドを軋ませて、触れ合う度に自分の物とは思えない声が漏れる。

 その声を聴きたくてカズマはアイリスに触れて、愛して、繋がって、悦ばせる。幸福とは何なのか、その答えを知り始めながら身体を貪り、虐め、絶頂に浸らせようとするカズマと触れ合う。

 

 唇を重ねて、胸を揉まれて、快楽に耽る。 

 遠い異国の書物のように互いの身体に溺れるように、相手の事だけを考えて行為に及ぶ。

 

 寝台に横たわって、組み伏せられて、上になって。

 そうして男女の営みを、愛を深め合いながらアイリスはカズマの背中に腕を回す。

 

 言葉を交わすよりも唇を重ねる回数の方が多くなってきた。

 

「――ッ!!」

 

 キスというのは不思議な物だ。

 頬の裏や舌裏の柔らかさは決して一人では知る事が出来ない。

 こうして二人が触れ合って初めて知る事が出来るのだから。

 

 パンパンと肉が叩く音が部屋に響く。 

 そんなに胸が好きなのか、最近成長している胸を揉む彼に馬乗りになりながら腰を振る。

 騎乗位という体位、幾度となく彼に貫かれる度に嬌声を上げさせられ、力尽きて彼の胸元に倒れ込むも、一切の容赦はなく野獣のように彼はピストンを止める事は無い。

 結合部からはしたない音を聞かせながらアイリスはチラリと壁際に目を向ける。

 

「――――ッ!!」

 

 絶叫が、咆哮が、部屋の中に響き渡る。

 言葉にならない程の絶叫が、絶望と憎悪を帯びた激情が、アイリスの耳に届く。 

 

 めぐみんの血を吐くような絶叫が届けられる。

 

「アイリスぅぅぅぅっ!!」

 

 魔法使いが血反吐を吐くような声で名前を呼んでくる。

 部屋の一角、そこの壁は魔法陣が描かれ、鎖が壁に埋め込まれていた。

 そこにいる限り、指定した相手には声は届かず、姿は見られない。そんな神が用意した魔法陣。部屋の外に決して声が漏れる事はなく、彼女の讃美歌はアイリスだけに届く事になる。

 

「ころす! 殺す! ころっ! しね……ああああっっっ!!!」

 

 血走った瞳は紅色に染まり、手首を拘束する鎖をぎしりと軋ませる。

 だが魔力は使いきり、そもそも彼女の手首を拘束する鎖は魔力を吸収する。頭を床に叩きつけて、顔を歪めながらアイリスを睨む姿は弱々しい。

 長々とカズマと愛し合っている姿を見せられれば弱まるのも当然だろうか。

 

「んー……」

 

「まったく、アイリスは甘えん坊だなー。ほれ」

 

「ぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 吸魔石を使用した鎖、対象の認識を阻害する魔法陣は女神たちからの贈り物だ。

 自分たちの男に近寄る相手は誰であっても許さない。それがどれだけ仲が良かったとしても所詮は過去の出来事、寄ってくる有象無象は振り払い、それでもしつこく寄ってくる諦めの悪い女には現実を教える。

 ――貴方よりも私の方を彼は好きなのだと。愛しているのだと。

 

「いやだ! カズマ! カズマぁ!! 気づいて! 気づいて下さい!!」

 

 喚き、泣き叫ぶ彼女。

 金切り声だけが情緒の及ぶ室内に響かせながら男だけが意識を向ける事は無い。カズマの意識は最初から最後までアイリスを愛する事だけに注がれるのだ。

 彼女が頭を床に打ち付ける度に、涙を溢す度に、縋った希望に罅が入るような音が聞こえる。

 

「……どうしたアイリス? さっきからそっちをチラチラ見て」

 

「見ていましたか? ごめんなさい。幽霊かと思ったら気のせいでした。お詫びにパフパフでしたか? カズマ様は好きでしたよね? 恥ずかしいですがそれをしてあげます。えいっ!」

 

「おひょ!?」

 

「――ちゃんとカズマ様を見ますから。カズマ様も私だけを見て下さいね」

 

「分かってるって。まったくどんどんエッチな王女になりやがって」

 

「こんな風に私を変えたのはカズマ様ですからね? 責任はとって下さい」

 

「はいはい」

 

 あらゆる罵倒、頭を回して考えられる限りの憎悪を叩きつけるめぐみん。

 そんな彼女でも、こうしてキスをして、恋人繋ぎをして、身体を触れ合って、男女の営みをして、愛し合う姿を最高の客席に見せ続けるとゆっくりと弱っていく。

 決して嘘でもハッタリでも無い、カズマとアイリスの関係を彼女に教えてあげるのだ。

 

「責任なんかいくらでも取ってやるから! オラッ! 孕め!」

 

「ひゃぁぁあああ!!」

 

 意識が僅かにでもそちらに向かった事を注意するように強い口調のカズマが腰を突き上げる。痛みは無く、甘い快楽が脳を麻痺させるように、結合部から噴き出す飛沫がシーツを汚す。

 自然と頬を緩ませて、耳朶に響く悲鳴に瞼を閉じる。

 

「いやだ……いやだぁ、カズマぁ……」

 

 嫌々と首を振り、目の前の光景を否定するように床に頭を打ち付けるめぐみん。

 怨嗟の怒号を上げていた魔法使いは今では狩人に駆られる獲物のように弱々しく、しかしアイリスが目を向ける事は無い。法悦の空に上り無理やり唇を奪われるように愛しい男とキスをする。

 

「――――」

 

 ふいに身体の奥に注がれる熱い男の子種。 

 一滴も残さないと、ドクドクと注がれる白濁を身体が悦ぶのを感じながら絶頂の余韻に浸る。アイリスを強く抱きしめるカズマの腕の力強さを、汗と体臭の混ざった性臭を身体で感じる。

 そうして余韻に浸りながら彼の頬に触れるとアイリスは問い掛ける。

 

「カズマ様」

 

「んー……?」

 

「めぐみんさんとどっちが気持ちよかったですか?」

 

「えっ? いや、そもそもめぐみんとはこういう事はしていないけど……」

 

「…………」

 

 黒い瞳がアイリスを捉える。

 何かを察したのか、頭を撫でながら天井に目を向けるカズマは照れ臭そうな顔をして言った。

 

「アイリスだよ」

 

「――――」

 

「アイリスとのキスの方が、気持ち良かった」

 

「――――」

 

「アイリス?」

 

 高鳴る鼓動を無視して、緩まりそうな頬を必死に引き締める。 

 そうして王女としての気品を保ちながらも、彼の萎え掛けた肉棒を優しく手に取る。先端に僅かに残る白濁を指ですくいながら、カズマの鼓動に耳を傾けながら誘い文句を口にする。

 

「……もう一回しませんか? 今度は私が王族に伝わる房中術を見せて差し上げます」

 

「おっ、言ったなロイヤルビッチめ。さっき喘がされていたのが誰かその身体に教えてやるよ!」

 

「んっ……!」

 

 もう部屋の隅になど目を向ける事は無かった。 

 目の前の愛する男を前に他の事など見る価値はない。抵抗すら止めた子供にはせめて彼と絆を深められたお礼として、最後までしっかりと目に焼き付けて行って貰おう。

 ――誰が誰と愛し合っているのかを。

 

「……カズマ」

 

 呆然と此方を見る少女は、掠れた声と涙を溢す。

 目を見開き、呼吸すら忘れて此方を見る子供を尻目に、アイリスは嗤った。

 

 くすくす、と。

 

 

 



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第四十七話 開けた扉の先で

 蜂蜜のような甘い香り、身体の上に圧し掛かる少女の柔肌を身体で感じる。

 射精の余韻に浸りながら、まったりと婚約者との触れ合いを堪能する。若さとは恐ろしい物だ。何だかんだで三回も行為に及んだのはアイリスとの身体の相性や淫靡な誘いによる物か。

 

「……アイリス」

 

「何ですか?」

 

 ふと瞼を開けると薄暗い部屋に王女と目が合う。

 眦を和らげて小さく笑みを浮かべる彼女の姿はどこか妖艶さを感じさせ、此方を見つめる青色の瞳は気を抜いたら吸い込まれそうな程に美しいと、そう思わせる。

 身じろぐ彼女の乳房がむにゅりと俺の胸板に圧し潰される光景につい視線が向かう。

 

「眠るからどいてくれ」

 

「私、重いですか?」

 

「いや? でも胸が圧迫されると寝づらいし」

 

 如何に体重が軽いからと言って、身体を圧迫されて寝るのは厳しい。

 脚を絡め、成長著しい双丘を押し付けて、柔肉と彼女からの求愛を全身で感じ取りながらも、しかしこのまま眠るかというと現実的に少し苦しい。

 そんな事を告げると、途端に半眼を見せる彼女は僅かに身体を起こす。

 

「……ふーん」

 

 長い金髪がふわりと揺れ、汗と彼女の体臭が混ざった香りが鼻腔を擽る中で、彼女の白い細腕が俺の首をそっと撫でる。細い指のひんやりとした感触に脳裏を過るのは以前アイリスが俺の首を絞めようとした事だ。

 そっと撫でる彼女の細腕は、その気になれば俺の頚椎をへし折る事も可能だろう。

 

「――――」

 

 返答を誤ったのか、何か彼女の機嫌を損ねたのか。

 賢者タイムになった事で、少し雑な対応をした事が悪かったのだろうか。

 

 半眼で俺を見下ろすアイリスに思わず息を呑むが、その心配は杞憂だったのか首の感触を確かめるように柔らかい掌で撫でると王女は首から手を離す。

 僅かなくすぐったさと、正面から覗く瞳に何か暗い物を見せる彼女の姿に反応出来ずにいると、アイリスは肉布団と化していた己の身体を起こすと素直に俺の隣に寝転がる。

 

「カズマ様はデリカシーが無いですし、もし重いなんて言ったら怒ってましたよ?」

 

「アイリスはそんなに重くは無いぞ。というか変にダイエットとかしないでちゃんと食べろよ」

 

「ダイエットですか? そういった事は今までした事はありませんね」

 

 事後のスッキリとした感覚が抜け始めると同時に眠気が意識を覆い始める。

 ふあ、と欠伸をすると、同じように小さな口を開けて欠伸をする彼女は恥ずかしそうに口元を手で覆う。そのお淑やかさと可愛さに思わず苦笑すると、ジロリと俺を睨みつけるアイリス。

 

 むむむ、と睨み合いながら彼女の端正な顔をジックリと見ているとアイリスは何かを思い出したとばかりに枕の中に腕を突っ込む。

 典型的な隠し場所というべきか、彼女が枕の下から取り出したのは一冊の手帳とペンだ。

 

「眠る前に少しだけ……」

 

 記憶を刺激するソレは、少し前に見た事がある。 

 アイリスがしたい事を綴ったリストが書かれている手帳だった筈だ。横目で見る俺の視線を受けながら王女は手帳にびっしりと書かれていた文章のとある一文に線を引いた。

 文字を上書きするようにペンで引かれた横線、彼女の微笑を浮かべる横顔を見ると、したい事が叶ったと見るのが正解なのだろう。

 

「……何が叶ったんだ? 色んな体位に挑戦するとかか?」

 

「違います! そんなはしたない事じゃなくて、もっとずっと簡単な事です」

 

「新しいエロ本を見つけたとか?」

 

「どうしてカズマ様はそういう方向にもっていこうとするのですか!? 怒りますよ! 王族を怒らせるとそれはもう怖いんですよ!」

 

 小さく頬を膨らませる少女はムッツリスケベな王女様だ。

 普段はすまし顔の癖に、夜になると娼婦のようにエロい事に関して恥じらいを持ちながらも積極的だ。普段から隠し持っている日本産のエロ本の所為か知識に関して少し偏りのある彼女に揶揄い過ぎた事を謝ると、アイリスは手帳を見せてくる。

 

「……虫の排除?」

 

 彼女が先ほど線を引いた文章を呟く。

 言葉通りの意味だが、少し意味が分からない。薄暗闇が覗く室内の窓、そこからは微かにチラホラと雪が見える。この時期は虫どころかカエルすら地中に埋まっているだろうに。

 とはいえ、花が咲いたような満足気な笑みを見せるアイリスに疑問など吹き飛ぶ。

 ――彼女が楽しいのならば、水を差すような質問など野暮だろう。

 

「少し面倒でしたが、手間暇掛けてしっかりと退治出来ましたよ」

 

「それは良かったな。俺も虫は嫌いだからな」

 

「カズマ様もお嫌いなのですか?」

 

「俺はこう見えても綺麗好きだからな。部屋を汚したら黒いアイツと出会ったりするし何より不潔だからな。知っているかアイリス。出来る男の部屋は綺麗なんだぞ」

 

「カズマ様はニートなのにそういうところは気にされるんですね」

 

「おい、誰がそんな事を吹き込んだ。ダクネスか? クレアか?」

 

「でもそういう自由奔放なところも好きですよ」

 

「アクアだな。あと、急に好きとか言われると、ちょっと……」

 

 心の準備が出来ていない時に不意打ちで言わないで欲しい。

 行為の最中にも言われてはいたが、それでも彼女からの親愛の籠った言葉に思わず鼓動が高鳴る。信頼を青色の瞳に宿して俺に向ける彼女の微笑には、まだ慣れない。

 手帳を元の位置に仕舞って、アイリスは俺の身体に密着するようにして触れてくる。

 

「結婚したらカズマ様を養ってあげますね」

 

「いや……流石にそれは」

 

「嫌ですか?」

 

 年下の少女に貢がれる最弱職のニートという絵面は如何な物だろうか。

 別に俺自身は周囲の視線など気にする事は無いのだが、王女の結婚相手がそんなので良いのか。

 

 目の前の金色の王女と結婚すると、恐らくだが城には青髪のニートが追加されるだろう。

 白銀の少女は真面目だからメイドとして働きそうだが、あの女神はそんな事はしない筈だ。

 

 既に俺は働かなくても十分な資産を持ってはいる。

 しかし、今後の人生にあの女神がいるのなら、金はいくらあっても困らないだろう。趣味に近い商品開発をチマチマと続けているのはそういった理由もあるのだ。

 

「俺もそれなりには働くぞ? ……ほら、アクアの事とかも――」

 

 ふと、唇を塞がれる。

 アイリスの人差し指が俺の唇にそっと触れ、その感触に思わず閉口する。

 

 話を遮るかのようにアイリスに発言を止められた俺は彼女の行為の意味が分からず、目を白黒とさせる俺を前に王女は気に留めない。

 俺の背中に手を回す彼女は俺の唇に指で触れたまま、静かな口調で囁く。

 

「――もうこんな時間ですね。近所迷惑ですし、そろそろ眠りませんか?」

 

「……お、おう。そうだな」

 

「そういう話はまた今度にしましょうね」

 

 既に時刻は深夜を回っている。

 俺はともかく、アイリスはそろそろ眠った方が良いだろう。

 そんな事を考えると、途端に消えた筈の眠気が意識を深い闇へと沈み込ませる。

 

「おやすみなさい、カズマ様」

 

 瞼は重く、おやすみと言い返せたかは自信が無かった。

 

 

 

 +

 

 

 

 俺としてはそのまま昼まで寝るつもりだったのだが、婚約者とは言えども彼女がまだ未成年という扱いになる以上、今はまだ周囲の目や諸々の事もあるのだろう。

 早朝になる直前に勤勉な彼女に起こされると、重い瞼を開けて自室へと帰される。

 

 そのまま寝台に寝転がり、起きたのは昼頃だった。

 昼になり、食事の為に執事を呼ぼうと思っているとダクネスとクリスがやって来る。

 

 その恰好が気に入ったのか、或いはアイリスに雇われたというのは真実か、食事を乗せた御盆を持ってくる盗賊メイドと世間知らずのお嬢様という組み合わせだ。

 気が利く白銀の女神が持って来た湯気の立つ料理を受け取ろうと手を伸ばす。

 

「うむ、ご苦労であった。おや、お頭? スカート丈が少し長いのではないかね?」

 

「えっ? これくらい普通だと思うけどな」

 

「何言っているんだ? もう少し短かっただろう。俺が短くしてやるよ、オラッ来いよ!」

 

「助手君はまずベッドから出てきたら? ほら、こっちまでおいでってば」

 

「床は冷たいから……」

 

「――カズマ。ちょっと話があるんだが」

 

 アイリスが俺の婚約者となってから随分と大人しくなったダクネスは、セクハラの匂いを察知したのか、騎士然とした表情で俺とクリスの間に入る。

 いったい、急にどうしたのかと彼女の目を見るとみるみるうちに頬を赤く染める彼女。

 

「ん……、そんな情欲に塗れた目で私を見るなぁ」

 

「うん。ダクネスは平常運転だな」

 

「ねえ、キミと関わってからダクネスがどんどんおかしくなってくんだけど!」

 

 女神は決して万能な種族ではない。

 残念ながら、隣の大貴族の娘の性癖が既に取り返しがつかない、その事実を散々目の当たりにしても認める事が出来ずに人の所為にする女神は少し残念なエロい種族なのだ。

 なお、クリスの正体がエリスである事は今でもダクネスには知られてはいない。

 

「……で、どうしたよダクネス。急に改まって。あっ、二人は昼飯は食べたのか?」

 

「うん、食べたけど。美味しかったよ。あたしのお勧めはシチューかな」

 

 お盆の上に広がる食事は質素ながら美味しそうだった。

 城のシェフが作ったのだろう、野菜たっぷりのホワイトシチュー、白身魚のフライとサラダ、パンと香ばしいそれらを目の前にする俺にダクネスが話し掛けてくる。

 

「それよりも、めぐみんの事だ」

 

「めぐみん?」

 

 早速とシチューのゴロゴロとしたジャガイモや肉団子を頬張りながらダクネスを見る。

 せっかくなのでメイドの恰好をしているクリスに食べさせて貰うという案を思いついたが、ダクネスの様子が少し気になり口に出すのは控えた。

 武装はしておらず、普段の屋敷で見る服装の令嬢は僅かに眉を顰めている。

 

「ああ……、実は先ほど同じように昼ごはんの誘いをしたのだが部屋から出てこなくてな」

 

「はあ」

 

「朝からずっとだ。以前のようなニート状態にでもなってしまったのか……」

 

 何か知らないかと青色の瞳が俺を射貫く。

 その真剣な眼差しに、魚の揚げ物を口にしながら頭を回す。

 

「いや、知らないな。……ほら、アレだ、女の子の日なんだろう」

 

「最低か貴様は! というか私が喋っているのに何をモゴモゴとしているのだ!」

 

「おい、やめろ! シチューがこぼれるだろうが!! ……つっても本当に知らないぞ。知らない間に爆裂魔法を撃ちに行っていなかったとかじゃないのか? もしくは具合が悪いとか」

 

「いや、ノックをしたが反応はあった。それはクリスも確認した」

 

「うん。そうだね」

 

 ダクネスの言葉に頷くクリス。

 仮に部屋にいるにしても、食事を取りたくないという時もあるのだろう。

 少し過保護に感じる騎士を前に欠伸をする俺はパンをスープに浸しながら口を開く。

 

「放っておけよ。腹が減ったら勝手に出てくるだろ。めぐみんにだってそういう時ぐらいはあるだろ。元々病気みたいなもんなんだし。……というか、本当にどうしたんだ?」

 

「その……。ほら、前にアイリス様とめぐみんが衝突しただろ?」

 

「ああ」

 

「だから、その……落ち込んでいるんじゃないかと思ってな。心配だ」

 

「――――」

 

 目を伏せるダクネスは、膝に置いた手をぎゅっと握り締める。

 貴族としての責任感が強い彼女の事だ、仲間であるめぐみんの様子が気になるのだろう。確かにアイリスと二度も衝突して殴り合いに発展する程にまで事態は深刻な物になっている。

 何か思うところがあるのだろう、そんな彼女を前に、安易に気にするなとは言えない。

 

 …………。

 

「しょうがねえなあ」

 

 

 

 +

 

 

 

 めぐみんに対して思うところがあるのは俺も同じだ。

 色々とあって、結局彼女に告げるのが遅れてしまったから、アイリスとめぐみんがあんなに険悪なムードになってしまったのかもしれない。

 仮にそうでなかったとしても、めぐみんが引きこもる原因の一つの可能性は高いだろう。

 

 昼を過ぎて夜になっても彼女が部屋から出てくる事は無かった。

 部屋の扉、その横に置かれた食事には手は付けられておらず、彼女が突発的に引き籠りになったのではないのかと少し不安な気持ちになる。

 

「……めぐみん。いるか?」

 

 ダクネスよりも先に、こうして彼女の部屋の前まで来たが打開策は無い。

 昼頃に令嬢が来た時には反応があったというが、扉をノックしても反応は無い。

 

「おいコラ、返事くらいしろよな……。めぐみーん!」

 

 今更ながらどの面下げて彼女に会いに来たというのだろうか。

 さっさと言うべき事を言えば良かったのか。後悔はしてもどうしようもないが。

 

「ダクネスも心配してたぞー。……さっさと出てこないとお前の身体のバーコードの位置がどこにあるか、城内の連中に知らしめてやるからな。ほら、五秒前――」

 

 紅魔族には身体のどこかにバーコードのような刺青がある。

 かつてゆんゆんに聞いた事があるのだが、その刺青や身体のどこにあるのかは紅魔族にとって、人に見られたら裸を見られるのと同等かそれ以上に物凄く恥ずかしいマークという認識らしい。

 だから、ここまで言えば短気な彼女が扉を叩き開けて殴りかかってくるとすら思ったが。

 

「――――」

 

 本当にいるのだろうか。

 寝ているのではないのか。

 

 時間が経過する程の引き籠っているめぐみんに対する不安が強くなる。

 流石に自分の恥部に等しい内容を嘘でも公開すると言って、それでも出てこないのは彼女の事を知っている身からすると有り得ない事だ。

 俺の告げた言葉が冗談でも部屋から出てくる、そういう認識だから告げた言葉だったのに。

 

「……入るぞ」

 

 開錠スキルも持ってはいたが、何故か扉の鍵は掛かっていなかった。

 灯りは無く暗い部屋、暗視スキルの補正によりカーテンの閉め切られた部屋の惨状が目に映る。

 

 部屋中至る所に物が散らばっている。

 余程の事があったのか、壊れた机が扉の前に転がっていた。

 

 衣服や下着や、日用品、それらが床に落ちていて、暴れまわったような惨状だ。

 めぐみんは決して潔癖という程ではないが、たまに訪れる彼女の部屋は決してこのような状況になった事は無かった。

 まるで魔力が暴発したような或いは強盗でも入ってきたような、そんな部屋に眉を顰める。

 

「いたっ……!」

 

 ふと足元に痛みを覚える。

 目を向けて、刃を剥きだしにしたナイフを踏んだ事に気付く。

 悪態を吐き己の脚に慌てて回復魔法を掛けると、怪我の原因となったナイフを見下ろす。

 

 何を考えてこんなところにナイフを床に置いておくのか。トラップのつもりか。

 思ったよりも出血したのか、随分と赤黒い色に染まっていたナイフを拾い上げ――、

 

「――ぁ?」

 

 入り口付近に乱雑に散らばったそれらから目を離して周囲を見渡す。 

 暗視スキルとて昼間のように全てが見える訳では無い。

 だから最初は灯りを求めて壁側や入り口付近に目を向けてゆっくりと移動していたところを、足元に転がっていたナイフを踏んでしまって、それから、それに気づいてしまった。

 

「――――」

 

 床に、脚が投げ出されているのが見えた。 

 だらりと力の抜けた脚、視線をゆっくりと上へと移動していく。

 

 見慣れた赤色のワンピースがあり、上半身があり、それから。

 

「めぐみん……?」

 

 ぴくりとも動かない少女が、床に倒れていた。

 

 ――首元を赤黒に染めた、めぐみんが倒れていた。

 

 

 



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第四十八話 告白

 暗く荒れた部屋の中で、俺は一人呆然と佇んでいた。

 

「……めぐ、みん」

 

 心臓の鼓動は馬鹿に早く、喉が異様な程に渇きを覚える。

 それらを無視して靴裏が床に張り付いたような脚を動かし眼前に倒れていた彼女へと駆け寄る。現実を認めるのが苦しいと震えそうになる脚を叩き、頭を振って、めぐみんの傍らに屈み込む。

 

「ま、まだ死んだ訳じゃ――」

 

 部屋は暗く、屈み込んだ床は僅かに湿っている。

 スキル補正では床を濡らす液体の色が分からなくとも、鉄臭い匂いが焦燥を掻き立てる。

 

「めぐ、めっ、めぐみん!」

 

 めぐみんは小さく口を開け、四肢を投げ出しぴくりとも動かない。

 驚いたようにも絶望したようにも見える少女の表情、その紅色の双眸は虚空に向けられる。これだけの至近距離で呼び掛けても、僅かに開いた瞼は瞬きすらなく、声の反応はない。

 

 何より触れた身体は冷たい。

 まるで死体に触れたかのように、殆ど暖かさが無かった。

 

 その時だった、俺の背後で声が聞こえる。見知った騎士の声だ。

 俺よりも遅れて来たのだろう、金髪の女騎士が光源となるランタンを手に近づいてくる。部屋の惨状からして光源も既に破壊されているだろう、光源を持って来た彼女の判断は正しい。

 

 防御力の高さ故に脚元を気にする必要の無いダクネスが俺の傍にまで近寄り息を呑む。ランタンの明るさに俺は目を僅かに細めるも、同時に明るくなった部屋の惨状がハッキリと見えた。

 

「――――」

 

 抱き上げためぐみんの首元、そこが血で汚れていた。

 ポタポタと垂れ落ちるそれは衣服を汚し、床に小さな水溜まりを作っていた。

 ――どうみても彼女は死んでいた。

 

「ぅ、げぇ」

 

 それを認識して、理解して、途端に嘔吐感が喉を駆け上がる。

 慌ててめぐみんから顔を逸らし、彼女を汚す事だけは避ける。溢れ出るのは胃に収めていた昼食だ。それを盛大に床にぶちまけながらも自分の出来る事をするべく必死に頭を回す。

 背中をさするダクネスに構う事なく俺はめぐみんに手をかざす。

 

「ひ、『ヒール』! 『ヒール』!! 『ヒール』!!! ……くそっ!!」

 

 全身からぶわりと汗が噴き出て、叫ぶように回復魔法を唱える。

 だが、冒険者の魔法など力は弱く、彼女の首に出来た傷を塞ぐのは厳しい。

 この行動自体意味の無い事だと分かっていても、回復魔法を止めるという事は出来なかった。

 

 ――めぐみんが死んでいる。

 そう断定する脳とは裏腹に、荒く呼吸を乱しながら全身の魔力を回復魔法に注ぎ込む。そうしてめぐみんの傷の回復を図る俺を余所に、一歩後ろにいたダクネスは大声で彼女の名前を呼ぶ。

 この場に誰が必要で、誰をこの場に呼ぶべきか、ダクネスの方が冷静だったらしい。

 

「アクア――! アクア!! 頼む!! 来てくれ!!」

 

「どうしたのよダクネスってば……!?」

 

 女騎士の呼び声、叫んだと同時にやってきた女神は周囲を見渡す。

 彼女の瞳は何を見ているのか、無言で近寄ってくるアクアは俺を押し退けて回復魔法を放つ。膨大な光は俺の物とは比べ物にはならず、あっという間に、瞬きをする間に首の傷が塞がれる。

 

 血で汚れている以外、あっという間にめぐみんの身体は元に戻った。

 まるで眠っているかのような状況、しかし彼女の魂はその身体には無い。

 

 流れるような作業の如く、回復魔法に続き、蘇生魔法の準備が行われる。

 神々しい光がめぐみんの身体を包み込んでいく姿を、俺は呆然と眺める事しか出来なかった。無力感に苛まれながら俺はただアクアのどこか真剣な横顔とめぐみんの死骸を見るばかりで。

 

「――――」

 

「カズマ。しっかりしろ」

 

「ダクネス……?」

 

 いつの間にか手を握られる感触に顔を向けるとダクネスの青色の瞳と目が合う。

 柔らかい女の掌が硬く握られた拳を包み、アクアの集中を妨げないように彼女は小さく囁く。

 

「カズマ。大丈夫だ……。カズマもああやって蘇生されてきたんだ。めぐみんも同じだ」

 

「――――」

 

「だから、お前も少し落ち着け」

 

 冷や汗が頬を伝う中で、俺の背中をさする女騎士の言葉に耳を傾ける。

 

「そんな顔はめぐみんには見せるな。私にだけ見せておけ」

 

 俺の手を握るダクネスの手、彼女の手もまた小さく震える。

 気然とした様子を見せるダクネスも不安なのだろうか、アクアの背中を見ながら思う。

 

 この光景がめぐみんの見ていた物なのだろうか。

 思えば、俺以外のパーティーメンバーが死ぬのを見るのは初めてだ。何だかんだでこのパーティーで一番弱いのは俺で、何だかんだで死ぬのは、いつだって俺だったから。

 

「――――」

 

 だから、これが初めての仲間を失うという恐怖なのだ。

 ダクネスと手を握り、それでも拭えない身体の震えに再び吐き気を覚える。

 

 初めて冬将軍に首チョンパをされた時、つまり初めてこの世界で死んだ時の事が脳裏を過る。あの時は、帰りたくないと駄々を捏ねた俺に対しダクネスやめぐみんが死体に悪戯をしていた。

 慌てて戻った後に、抱き着かれて泣いている彼女たちにドギマギしたのを覚えている。最もそれ以降の蘇生に関しては彼女たちもあまり心配してくれなくなったのだが。

 

 あの時とは逆の状況になって、めぐみんやダクネスがどれだけ不安だったのか嫌という程に教えられた。どれだけ彼女たちが俺を心配してくれたのかを今更思い知った。

 そんな誰よりも仲間を大事にしていためぐみんが、こんなところで死んで良い筈がない。 

 

「――大丈夫よ、カズマ」

 

「アクア?」

 

「大丈夫だから。任せなさいな」

 

 ふと、頭を撫でられる。

 目を伏せていた俺の髪の毛をそっと撫でる少女、青髪の女神が此方を向いて小さく微笑む。あらゆる罪を流す水のような眼差しは、まるで聖母のように慈悲深さと神々しさすら感じさせる。

 視線を交わして、再び前を向くアクアは小さくも鋭い声を部屋に響かせる。

 

「『リザレクション』!!」

 

 蘇生魔法が唱えられる。

 女神を語るに相応しい膨大な魔力は、床で仰向けに眠るあどけない顔の少女に注がれる。傷一つ無い、眠ったような黒髪の少女を前に祈るように手を合わせる水の女神。

 やがて光は収まり、薄暗い部屋にあるのはランタンの光のみの、元の状態になる。

 

 そして。

 

「カズマ」

 

「ん……?」

 

 ――アクアが振り返って言った。

 

「な、なんか……、めぐみんに拒否られちゃった」

 

 

 

 +

 

 

 

「おい、めぐみん! ふざけんな! とっとと戻って来い!」

 

「そうだぞ! 良いのかめぐみん! お前の身体と私の身体、どっちの耐久力が上か勝負しても良いんだぞ! 聞いているのか!」

 

 めぐみんが蘇生を拒否した。

 アクア曰く、断固たる態度で天界に居座っているという。

 

「あいつ……! ちょっとテレポートで天界に行って連れ戻してくるわ」

 

「待ってカズマさん。天界にいるのはめぐみんの魂だから、ね?」

 

 そんな当たり前の事実を告げられて、腹立たしさを覚えながらも、少し落ち着く。

 しかし、いったいどうしたというのか。急に反抗期でも始まったのだろうか。俺とアクア、ダクネスが見下ろすめぐみんの身体は既にアクアとダクネスによって清められている。

 血の痕一つなく眠っているような彼女の身体には、ただ魂が無いだけで。

 

「めぐみんってば我儘ね。女神と話をしたいなら私がいるじゃない! パッドの女神なんかと話をしてもつまんないわよ! ねえってば! 無視しないでよお!!」

 

「…………」

 

「えっ? 私? そそそ、そんな訳ないわよ」

 

 魂の器たる肉体、黒髪の少女の遺骸に向けてアクアが話し掛ける。

 頭が狂ったようにも見えるが、天界にいるだろうエリスとめぐみんに呼び掛けているのだろう。普段アクアに呼び掛けられる側としては、見慣れぬ珍しい光景に僅かながら安堵感を覚える。

 チラリと時折俺を見てくる水の女神から視線を逸らし、床を拭くダクネスに話し掛ける。

 

「俺っていつもこんな感じだったのか?」

 

「ああ。エリス様は俺のヒロインだから等と意味の分からない事を言い出しては蘇生を拒否しようとする困った奴だった。特にめぐみんは毎回凄く心配していたな。無論私もだが」

 

「マジですみません」

 

「ねえ、めぐみんってば変な事言ってないで戻って来なさいな。そんな事実は無いからね」

 

「…………」

 

「ちがっ……隠していた訳じゃ……違うのよめぐみん」

 

「アクアは何の話をしていると思う?」

 

「さあ?」

 

 俺とダクネスがめぐみんに呼び掛けても天界には届かない。

 女神であるアクアが身体を通じてめぐみんに呼び掛けているのは経験から理解している。その様子を見ながら少しでも落ち着くため、ダクネスと二人で部屋の惨状の復元を試みる。

 

「アクア。めぐみんは何と言っているのだ? まさか、転生したいとかか?」

 

「……。なんかね、カズマとアイリスの婚約を解消しないと戻らないとか言ってるのよ」

 

「脅迫じゃねえか」

 

 要するにめぐみんの命を人質に俺と王女の婚約の解消を求めているらしい。

 しかし、それは無理な話だ。この国の中心である王家が発表した事を簡単に取り止めるというのは難しい筈だ。誰も納得しないだろうし、仮に成功したとしても数日程度は間違いなく掛かる。

 聡明な彼女がソレを理解していない筈が無いのだが――、

 

「アクア。めぐみんに『馬鹿な事言ってないで早く戻って来い。お前には言いたい事が山ほどある』と伝えてくれるか」

 

「あ、うん。めぐみーん。ダクネスがカッカしてるわよー! ガチギレよー!」

 

 眉間に皺を寄せる女騎士が女神にそう告げる。

 とはいえ、それで戻るようだったら既に戻ってきているだろう。

 彼方で何をしているのかは知らないが、こういった状況でめぐみんの魂を元の位置に戻す為には、俺が死んだ時の出来事を参考にするのが一番だろうか。

 

 アクアの膝枕で眠ったように死んでいるめぐみんの遺体。

 その白い顔を見下ろし、ワンピース、すらりと伸びた白い脚と順に見ていく。

 

「カ、カズマ? 流石にこの状況のめぐみんにそんな獣のような視線を向けるのは……」

 

「カズマさん。死姦は駄目よ。優しい私も天罰を下すわよ」

 

「向けてねーしそんなつもりもねーよ!? ……アクア、ダクネス。ちょっと付き合え」

 

 流石に死体に欲情する趣味は持ち合わせてはいない。

 めぐみんの主張がどうあれ、まずは彼女を呼び戻すのが先決だ。その為にアクアとダクネスの二人と顔を合わせてめぐみんへの対応方針を決めてアクアに行動を開始するように促す。

 

「めぐみん! めぐみん! カズマさんとダクネスがヤバいの! めぐみんの身体に悪戯しようとしているの! 太いペンで凄い事を書き始めているわ! 服が……!」

 

 爆裂娘の顔に呼び掛ける女神を尻目に、俺はダクネスと二人で彼女の身体に悪戯する。

 とはいえ、別に本気でする訳ではない。あちらから確認の出来ない事をしているかのように見せかければ勝手に復活してくれる、そういう信頼があった。

 アクアの演技力が難点だったが、それなりに迫真に迫る演技を見せる。

 

「えっ、カズマ!? ええっ!? めぐみーん! 戻ってきてー! 早く戻って来てー!」

 

「…………ん」

 

「今、興奮したか?」

 

「してない」

 

 動けない少女の身体が蹂躙される、その光景を想像したのか女騎士の身体がぶるりと震える。

 女騎士の脳内が既に取り返しがつかないのは既知の事実であり、熱い吐息をするダクネスに睨みつけるだけに留める。

 その後めぐみん側の反応を見る為にアクアを見るが彼女は残念そうに首を横に振る。

 

「『ヘタレのカズマには無理ですよ。精々パンツを見て喜ぶだけでしょうね』って」

 

「もう皆で脱がせて人には言えない事しようぜ」

 

「『やってみたらどうですかロリコンのニートが! 責任は取って貰いますからね』って」

 

「それはちょっとお前の脚色入ってない? 本当に言ったのか?」

 

「それよりもカズマ、どうするつもりだ? この調子だとめぐみんが戻ってこないぞ」

 

「ねえ、カズマさん。私膝枕疲れてきたんですけど。ちょっと変わってくれない?」

 

「ああもう!」

 

 時間ばかりが過ぎていく。

 めぐみんはこのまま蘇生を拒否していくつもりなのか。それは嫌だ。 

 彼女が間違いなく此方に戻ってくる、そういう相手が嫌がる事を即座に思いつく事に定評のある俺だ。あとは蘇生されるのを待つという段階になり僅かに落ち着いた脳を回して考える。 

 

「…………そういえばお前ら、めぐみんの刺青を見た事があるか?」

 

「刺青?」

 

「俺たちにとってはどうでも良いんだが。紅魔族は生まれた時から身体のどこかに死ぬよりも恥ずかしい刺青、そういうマークがあるんだとか。二人は見た事あるのか?」

 

「……ああ、そういえば一緒にお風呂に入った時に一瞬だけだが見た事があるな」

 

「私もあるわね」

 

「へー……、それはさておき、ここに写真機があります」

 

「写真機! それでどうするのカズマさん?」

 

「めぐみんの刺青を撮ってアクセルにばら撒こうかと」

 

「さっすがカズマさん! 最低な事を考える事に関しては世界一ね!」

 

「なっはっはっは。でもお前らもちょっと気になるだろ? 紅魔族のそんな重要なマークなんて、こんなジックリ見れる機会なんて無いだろ。なあ?」

 

「そうだな。死んでいる方が悪いな」

 

「めぐみん。先に謝っておくわね。ごめーんね」

 

 最終手段である。残念ながら仕方が無いという奴だ。

 めぐみんの身体をうつ伏せにして、ワンピースの裾を捲ると黒パンツが露わになる。普段ならばスカート捲りとして女性陣がセクハラだと騒ぐ場面だが、女たちは何も言わない。

 それどころか此方を見る眼差しには期待すら感じられ弾む声音で急かされる始末だ。

 

「いきまーす」

 

 ペロリと黒パンツを摺り下す。

 白い桃尻が揺れ、半分ほど下着を下ろすとバーコード状の刺青のような物を視界に収めて。

 

「ごぼろっ!?」

 

 ――視界が揺れ、吹き飛ばされる。

 後ろ蹴りを喰らったと気づいた頃には、既に鳩尾に突き刺さる痛みに床に胃液を吐いていた。

 呻き、芋虫のように丸まった俺に対して、待ち侘びた、懐かしいとも呼べる少女の怒気と呆れの籠った声が耳裏に響く。

 

「まったく……人が死んでいる間に何をしているんですか?」

 

「ぶ、ぶふ……お、お前の真似だよ。これで分かっただろ? 仏様に悪戯したらいけないんだぞ? 俺の名は佐藤和真。やられた事は時間が掛かってもやり返す男だ」

 

「そんな昔の事など忘れましたよ。……って、本当に脱がしているじゃないですか!? み、見たのですか!?」

 

「別にそんな面白い物でも無かったし。ほらお前の横にいる連中もジックリと見てたぞ」

 

「!? わ、私はちょっとだけだぞ。それに風呂場とかでも見る機会はあったからな!」

 

「そ、そうよ! バーコードを見てめぐみんっていくらなの? なんて思って無いからね!」

 

 慌てふためくアクアとダクネスをジロリと睨みつけるめぐみん。

 しかし二人も怯む事なく無言になるとめぐみんの頬を抓る。

 

「いたっ!? いひゃいれすよ二人とも……」

 

 問い詰めたい気持ちはあるだろうが、二人とも無言のままめぐみんの頬を抓る。 

 それが心配させた事への罰だと言わんばかりな態度、アクアですら空気を読んで彼女の黒髪を撫でている中、立ち上がった俺も無言になり彼女を見つめる。

 二人とじゃれ合うめぐみんだが、俺の視線に気づくと紅の双眸を此方に向ける。

 

「おかえり、めぐみん」

 

「ええ、ただいま帰りました。……少し話をしませんか?」

 

 

 

 +

 

 

 

 ぎしりと寝台が軋む。

 多少綺麗になったからと言って、荒れていた彼女の部屋では落ち着いて話など出来そうに無い。俺の部屋に移動してめぐみんと二人でベッドに座り込むと互いに沈黙を保つ。

 ――二人きりだ。アクアとダクネスには遠慮して貰った。 

 

「…………」

 

 チラリと隣を見ると衣服を着替えためぐみんが枕を抱いている。

 ちょむすけがいたら抱えているだろうが、残念ながらあの邪神はバニルの所だ。

 

 とはいえ、いつまでもこのまま無言でいる訳にもいかない。

 密室にうら若き男女、しかし気まずい沈黙の続く状況を打破するべく俺は口を開いた。

 

「なあ」

 

 チラリと視線が俺の横顔に向けられるのを感じる。

 

「どうして……、その……あんな事を」

 

 しどろもどろになる俺を余所に、めぐみんは静かな口調で淡々と告げる。

 

「つい、カッとなってしまいまして。どうしようも無い時にちょうどナイフがあったので……」

 

「お前なあ……。どうしてあんな事をしたんだ?」

 

「……分からないのですか?」

 

 ぎしりとベッドが軋む。

 肩に少女が寄りかかり、その重さと温かさが生きているという事を実感させる。

 

 今回の原因となったのが何かまでは正確なところまでは分からない。

 恐らくはアイリスとの喧嘩などが原因になったのは分かる。だが、それでも、俺の知っているめぐみんという喧嘩っ早い爆裂娘が自殺などするだろうか。

 

「ああ、分からないな。俺は別に鈍感系でも難聴系でもないけど、あれは流石に唐突過ぎた。扉を開けたら死んでましたとかトラウマだからな。今日絶対夢に出るぞ」

 

「私がカズマの中に刻み込まれるなら、それも良いですね」

 

「俺が全然良くないんだが。……だからめぐみん」

 

 肩の圧し掛かる黒髪の少女に身体を向ける。 

 目線だけではない、身体ごと相手に向けて、そうして初めて誠実な話が出来るというものだ。

 

「話してくれ、全部。あと、さっきみたいな事はもうするな。そうなる前に俺に言え」

 

「――――」

 

「その……ほら、俺たち……、あれだ。仲間だろ」

 

 紅色の瞳が大きく見開かれる。

 様々な感情が瞳を過り、その全てが瞬きと共に掻き消える。

 

「カズマ。照れるくらいなら言わなければ良いんじゃないですか?」

 

「ててて照れてねえーし! 見間違いだから! 俺は良いから、はよ!」

 

「……急かさないで下さい」

 

 小さく含み笑いをするめぐみんと視線が絡む。

 こうして改めて見ると彼女も少し背丈が伸びただろうか。以前までは肩までだった黒髪も、いまでは背中まで伸び、艶のあるロングストレートを見せる。

 慎ましい双丘に変化は見られないがスタイルは良く、少女の瞳は妖艶な光を見せる。

 

「カズマ」

 

「…………」

 

「カズマは知らないだろうと思いますけど、実はカズマとあの……アイリスとのそういう所を見てしまいまして」

 

「マジかよ。いつ、いや……それで?」

 

「最低の気分でした。吐き気がして、気づいて欲しいと何度も何度も叫んで、……でも気づいて貰えなくて。時折私を見るあの女の目が……。本当に気が狂いそうで、どこかへ逃げたかった」

 

 その時の情景を思い出すかのように腕で己を抱き震えるめぐみん。

 長い髪の毛をぐちゃぐちゃに搔き乱す彼女の隣にいて、掛ける言葉が見つけられなかった。

 当たり前だが俺はめぐみんではない。それでも彼女の様子からどれだけ辛かったのか、どれだけ苦しく悲しい想いをしたのか、それを理解出来る。

 

「カズマ。どうしてアイリスとエッチしたのですか?」

 

 いつの間にか至近距離で彼女と見つめ合う。

 ともすればキスをするような、そんな距離感で。

 

「あー……、簡潔に言うと成り行きだ」

 

「は?」

 

「魔王を討伐してからズルズルとニートをしていた俺は、偶然アイリスと出会ってな。熱烈な告白を受けて良い雰囲気、そして誰にも邪魔されない状況。そりゃあヤるしかないじゃないか」

 

「ぇぇ……」

 

 ドン引きするような、豚を見るような眼差しに俺は震える。

 

 だが、言い訳の一つもさせて欲しい。

 基本的にサキュバスの淫夢頼みで、現実での性行為など一切ない。屋敷内で彼女たちのいずれかと良い雰囲気になると、必ずといって良い程に邪魔をしてくる女たち。

 何より邪魔も無くいざという時になると、どちらかがヘタレる事になる。

 

 そんな中途半端なお預けをずっと味わってきたら不満も溜まるし、性欲も溜まる。

 そんな停滞した状況に現れた王女とエクスプロージョンしてしまうのも仕方が無い。

 

「そんな風にしてアイリスとは会う度にイチャイチャして、色々な事をしてきた。白いキャンバスに俺好みを色を塗りたくるようにアイリスはどんどんエロく、そして成長していった」

 

「――――」

 

「いつの間にか、カズマ様って優し気に呼ぶあの声色が好きになって、あの稲穂のような金髪も、大空のような青色の瞳も。外見だけじゃない、基本的に優しいけど俺とは違って積極的だったり、でもどこか知識不足だったり抜けている所とかそんな内面にも惹かれていった」

 

「――――」

 

「もう俺にはアイリスを義妹とは見れない。一人の女として好きになってしまったんだ」

 

 初めて身体を重ねた時は性欲の方が優先されていたのかもしれない。

 それでも、時間を重ねる内にアイリスとの関係を深めていく中で、彼女に強く惹かれていった。そんな事を話していると唐突にめぐみんが強く抱き着いてくる。

 胸板に顔を押し付ける彼女を咄嗟に抱き留めながら、しかし俺はもう口を止めなかった。

 

「めぐみん。俺さ、――アイリスの事が好きだ」

 

「……私よりもですか?」

 

「……そうだな。今は、もう、そうだ」

 

「……っ」

 

 心苦しかった。

 口にした事を後悔して、でも取り消すつもりも無かった。

 

 俺の心は、もうどうしようも無い程にアイリスへと傾いてしまった。

 彼女を悲しませたくない、出来る事ならば幸せにしたいと、そう心から思う。

 

「アクアには、手を出したのに」

 

「…………」

 

「聞きましたよ直々に。アクアやエリスには手を出して、私とはそういう事をしないのですか?」

 

「…………」

 

「私にはそういう魅力は無いんですか?」

 

「ちが……、そうじゃない!」

 

 既にアクアの事も彼女にはバレているらしい。

 衣服越しにくぐもっためぐみんの声色が身体に振動する中で、動揺する顔を必死に隠しながら彼女に知られた事実を棚に上げて話を進める。

 

「……アイリスとエロい事して自信ついた俺はさ、確かにアクアとかにも手を出したのは事実だ。童貞卒業してスゲー調子に乗ってたんだが全部バレてアイリスに凄く泣かれてな。なんだかんだで滅茶苦茶に後悔したよ」

 

 めぐみんの頭を撫でながら、空いた片手は自然と首元へ。

 あの日、アイリスに受けた首絞めはトラウマとして身体が覚えている。何よりもあの日見た彼女の涙は美しくも、見ているだけで心が引き裂かれそうになる程の痛みを覚えた。

 あの少女の涙を見て、俺は誓ったのだ。俺はもうアイリスを決して裏切らないと。

 だから――、

 

「めぐみん。俺はお前が好きだ。けど、それは仲間としてだ。俺はお前とはそういう事はしない」

 

 言った。言ってしまった。

 腕の中にいる少女に、めぐみんに俺は遂に言ってしまったのだ。

 

 無言のままぎゅっと俺の服を掴み離さないめぐみん。

 顔を伏せ、俺に抱き着いたまま、じんわりとした熱を身体の前面に感じさせる。

 

「――――」

 

 仮に、仮にだ。

 このままめぐみんを押し倒して有無を言わさずに抱いたとしよう。

 それで俺を好きになったという責任を取る為に、俺はまたアイリスを泣かせるだろう。

 

 それはいくらなんでも不誠実だろう。あってはならない事だ。

 確かにめぐみんには自分を傷つけて欲しくはない。だがその為にアイリスとの婚約を解消するつもりも無いし彼女から離れるつもりもない。俺にも譲れない部分はある。

 

「――――」

 

 それから無言の時間が過ぎて。

 彼女のときおり鼻を啜る音を聞きながら、数十分が過ぎた頃だった。

 

「……それでも。それでも、私はカズマが好きです」

 

 くぐもった声音で、しかしその小さな声は俺に届く。

 長髪からふわりと漂う甘い果実の香り、首に巻かれた腕は蛇のように巻かれる。

 

「カズマ」

 

 いつの間にかめぐみんの顔が目の前にあった。

 端正な白い肌、整った眉に以前よりも少し大人びた眼差し。     

 

「ちょ……んむ!?」

 

 抵抗する暇も無かった。

 両手首を掴まれ、唇を塞がれる。ベッドが軋む中で俺を押し倒した少女、その細腕に似合わない力のステータスはアークウィザードだというのに悲しい事に俺よりも上だった。

 貧弱な冒険者のステータスではめぐみんを振り解けない、それが現実だった。

 

 艶やかなめぐみんの唇。 

 さらりと揺れる黒髪、身体に覆い被さり俺とキスをする。

 

 スキルを使おうにも腕は自由が利かず、魔法を使おうにも口は塞がれている。

 このままめぐみんに犯されるだろうがこの状況では仕方が無いだろう。アイリスごめん。

 

「……ふう」

 

 そう思っていたが、何を思ったのかめぐみんはキスを止める。

 俺を押し倒していた身体を起こし、どこか艶やかな表情で俺の耳元に囁く。

 

「カズマって本当に無防備ですね」

 

「……めぐみん」

 

「これは別に思い出作りとかではありませんよ。私は簡単には諦めませんからね?」

 

 顔を見上げて此方を見下ろすめぐみんと目が合う。

 紅色の瞳を和らげ、仄かに頬を赤らめて立ち上がった彼女は床に落ちた枕を俺に押し付ける。

 

「カズマ。抱き締めてくれて嬉しかったです。また明日」

 

「え……」

 

「ダクネスも聞き耳立てていないで行きますよ」

 

 そう告げて足早に部屋を去るめぐみん。

 扉を開けて転びそうになるダクネスを半眼で見下ろす彼女は、俺に小さく微笑む。そのままダクネスを引き連れて去った後、部屋には色々と悶々とした状態の俺だけが残る。

 

「えー……」

 

 ダクネスが扉の前にいる事に気付いてめぐみんは何もしなかったのか。

 それとも、別の思惑でもあるのか。単純に悪女のように俺を揶揄っただけなのか。

 

 いずれにしても今日から暫くダクネスとアクアが彼女の傍にいるらしい。

 寝て起きて今度は首を吊っていたという事は無いだろう。俺も寝るべきだろう。

 どのみちめぐみんとは明日も顔を合わせるのだから。

 

「――いや、寝れるか!」

 

 ベッドを転がり枕を抱えて俺は呻く。

 色々とショックな事があり過ぎて眠れずに悶々と過ごす中、扉が遠慮がちにノックされる音に気付く。煩くし過ぎたのか、或いは知り合いか、いずれにしても既に時間は深夜の筈だが。

 

「カズマ様、起きてますか?」

 

「……アイリス? 起きてるぞ」

 

 扉を開けて顔を半分だけ俺に見せる王女。

 この時間帯にわざわざ男の部屋にやって来るという事は用事は一つだろう。

 

「なんだ、夜這いか。アイリスはエロくて可愛いなぁ。でも今日はちょっと……」

 

「ちちち違います! そうではなくて……」

 

「そうではなくて?」

 

「――少しだけ散歩しませんか?」

 

 

 



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第四十九話 選択のその先へ

「最初は右、それから左……」

 

 声が響く。透き通るような少女の声が響く。

 その声に導かれて、その手に引かれて、俺は身体を動かす。

 

 腕を引いて、脚を出して、身体を曲げて、操り人形のように動かされる。

 まるで人形のようだと思いながらも、俺を操っている相手、機嫌よく微笑んでくる王女を見ていると、そんな些細な事などどうでもよいと思ってしまう。

 

「お上手ですよ、カズマ様」

 

「そうか? 見様見真似というかアイリスの教え方が上手いんだろ」

 

 実際にその通りだった。 

 生前から今までダンスなど習った事は無い。精々映画や漫画でそういう誰かが踊っているシーンを見たり、この異世界で舞踏会を楽しむ貴族連中のダンスを見る機会だけはあった。

 ダクネスと違い冒険者が踊る必要性など皆無だったからという背景もあり、以前の舞踏会でも貴族の踊りよりも料理、なにより女性陣の着飾ったドレス姿やメイドを見る事を優先していた。

 

「アイリスに初めてを奪われちまったな……」

 

「あの……。なんというか、その言い方は気持ち悪いです」

 

 ――俺はアイリスとダンスをしていた。

 

 ときおり兵士の巡回があるが、この城に住むようになった俺と、何より俺以上に長く住んでいる金髪の王女にとって部外者との接触を避ける事など造作も無い。

 これでも以前侵入した時の事を踏まえて警備の量は増えているが誤差に等しい。

 

 潜伏スキルを使ったり小器用に巡回する兵士の目を搔い潜る俺にキラキラとした眼差しを向けるアイリス。中々におてんば娘な彼女はこういう義賊の真似事が好きなのだ。

 そうして王女に誘われた夜の散歩は厨房に忍び込みつまみ食いをして終わるかと思ったが。

 

 その帰り道、ちょうど無人の大広間に到達した時にアイリスに踊らないかと誘われた。

 王女直々に誘いに仕方なしに従い、踊れない事がバレて、渋々と彼女に教えを乞うていた。

 

「まあ、でもダンススキルとかあったらもっと上手く踊れるんだろうな」

 

「そんなスキルがあるのですか?」

 

「いや言ってみただけ。踊り子とか持ってる気がするんだよな」

 

「そうなんですね。でもカズマ様もスキル頼みではなく自分の力のみで踊られては如何ですか? なんでもかんでもスキル頼りというのは良くないと思います」

 

「お、おう。……なんか今日のアイリスはちょっと棘があるよな。そういう日?」

 

「そんなつもりはないのですが……、どういう日なのですか?」

 

「……、いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 俺を見る王女の瞳からそっと顔を逸らすと同時に彼女の脚を軽く踏んでしまう。

 

「わ、悪い」

 

「いえ、大丈夫ですよ。ですが、ちゃんと私を見て下さいね」

 

 圧倒的なステータスにより俺程度が踏んだ所で痛みなど発生しないのかもしれない。

 キョトンとした顔を向けられながら、しかし本来ならば死刑になりそうな行為を反省し、何よりもミスをしたくないと先ほどよりも神経を尖らせて彼女とのダンスを続ける。

 

「下手くそで悪いな」

 

「いえ、我儘言ってごめんなさい。どうしてもカズマ様と踊って見たかったので。二人きりなら誰も邪魔しないですし、ミスがあっても誰も何も言いませんから」

 

「俺と?」

 

「はい! 他の誰でもないカズマ様とです」

 

「……っ」

 

 僅かに頬が熱くなりながら、アイリスの柔らかな手を取ってダンスを続ける。

 意外にも彼女の教えは理解しやすく、何度か踏みそうになりながらも辛うじて最低限の事は出来るようになってきた。

 苦心しながらも、そういえばミツルギもアイリスと踊っていた事を思い出して熱が籠る。

 

「いち、にー……、いち、にー……」

 

「アイリスの腰は細いなー」

 

「カズマ様、そこはお尻ですよ」

 

 音楽は流れていないが、早すぎず遅すぎずに彼女の合図に合わせて踊る。

 殆ど彼女の指示通り、というか人形のように手足を上手く誘導されてはいるが踊れ始めて、そうしてようやく下を向いて手足を見るだけではなく、顔を上げてアイリスの目を見る余裕が出来た。

 

「――――」

 

 少女の、どこか物憂げな瞳と視線を重ねる。

 何かを言いたそうな、だが相手を思って自分を押し殺すような眼差しに。

 

「……なんか言いたそうだな。ほら、誰もいないから言ってみなって」

 

「……。その……、めぐみんさんの事ですが、てっきりカズマ様は側室に追加したいとか、俺の女にするわ! とか、そんな感じの事を言い出すのではないのかと思いました。なんだかんだでカズマ様はお仲間に優しいですから」

 

「――――」

 

「ですから、あの時断っていたのは意外で……、嬉しかったです」

 

 そんなホイホイと側室に加えたがる男に見えるのだろうか。多分、見えるのだろう。

 女神二人に手を出した俺の下半身は信用ないらしい。

 確かにハーレムは良いと思うが、想像と現実が異なる事は十分に理解しているつもりだ。貴族連中が妾や側室を取るのは普通とは聞くが、俺のベースは現代日本の倫理観で構成されている。

 

 童貞を捨てて、ある程度の快楽を知ったから言える。

 性欲に身を任せて、欲望のままに行動すると必ず後悔するのだと。

 

「良かったのですか?」

 

「いやそれは……。というか聞いてたのか?」

 

「ここは、私が住むお家ですよ?」

 

「――――」

 

 にっこりと微笑むアイリス。

 わざわざ本人が聞き耳を立てなくともアサシンか誰かが聞いており、どこで誰が何を話していても筒抜けという事なのだろうか。

 ロイヤルスマイルを見せる彼女に聞いてみたいが、ひとまずその質問は置いておく。

 

「なあ、アイリス」

 

「はい」

 

「確かに俺は大金が入ったら何もしないでいようとするし、出来るだけ楽して人生を生きていたい。俺に優しく甘やかしてくれる子とずっとイチャイチャしていたい。そういう男だ」

 

「知っています。カズマ様はそういう人ですよね」

 

「だけど……、そういうのはちゃんとしようって思ったんだ」

 

「そういうのとは?」

 

 いつの間にか二人、ダンスを止めて向かい合う。

 窓から差した月の光が王女を優しく照らし、一層美しく映えさせる。

 

「アイリス。俺はもう、誰とも浮気するつもりはない」

 

「――――」

 

「説得力は無いだろうけど」

 

 それが、俺の出した答えだった。

 胸に手を当てて、最初に思い出すのはアイリスの髪色、瞳、そして笑顔だ。

 あの日の夜、俺がアクアやエリスと性行為に及んだ事を知った彼女の行動は今でも覚えている。何となしに首元を手でさすって無言を貫く王女の蒼の瞳と向き合う。

 

 ダンスを終えていても、互いの手を取り合ったままの状態。

 ふと右手を持ち上げて彼女の左手を月光に照らし出す。

 細く、白く、綺麗な手だ。その左手の薬指の付け根、一部分だけが異様に白い。

 

「指輪。結局壊れて直せないんだって?」

 

「……はい。殆ど木端微塵になってしまって。ごめんなさい」

 

 以前の舞踏会で身に着けていたアイリスの指輪は冬将軍に壊されたという。 

 俺が昔あげた玩具の指輪も、高性能だと目を煌めかせて言っていた指輪も失われた。

 

「ちょっと寂しいですけど、良いんです。……こうしてカズマ様が傍にいてくれるなら」

 

「……まあ、そう言って貰えると男冥利に尽きるけどな」

 

 こうして傍にいる事が増えると彼女の目線がたまに左手に向かうのかが分かった。

 クレアほど四六時中一緒にいる訳では無かったが、それでもアイリスがどれだけあの指輪を大切にしていたのか、多少なりとも理解出来るだろう。

 やや悲し気に自らの指を撫でる少女を見下ろしながら俺は上着のポケットに手を伸ばす。

 

 雰囲気を考えて今がチャンスだろう。

 購入した時から肌身離さずに持っていたそれを彼女に見せる。

 

「アイリス」

 

「……ぁ」

 

 小さく掠れた声が彼女の口から漏れる。

 呼び掛けて顔を上げたアイリスの目線は俺が取り出した指輪に向かう。

 

 柄では無いのだが、一生に一度の事なのだ。

 気恥ずかしさは堪えて、彼女の前ではせめて格好良く決めたい。

 

「ちゃんと言って無かったからさ。改めて、俺の方から言わせて貰うぞ」

 

「――――」

 

「結婚しよう、アイリス」

 

 思えば面と向かってプロポーズをした事が無かった。

 婚約指輪どころか、そういう話すら真面目にした事が無かったと思う。取り敢えず結婚だの、婚約だの、周囲との決着だの、そういう話ばかりが先行して、気持ちが追いついてきて無かった。

 だがそれも終わりだ。しっかりと向き合って口にする時が来たのだ。

 

 この指輪はそのケジメであり、証明なのだ。

 他の誰でも無くアイリスという少女を俺が選んだ、その証だ。

 

「――――」

 

 数秒、彼女は言葉を失くす。

 そのわずかな沈黙の間にも大きく見開いた瞳に様々な感情が過るのが分かる。

 それらの想いを抱えたまま、アイリスの桜色の唇が震えて、

 

「……指輪を嵌めて頂けますか」

 

 彼女の差し出した左手を手に取る。

 以前のような安物の玩具ではなく、指のサイズに合わせて自動的に収縮する機能などが付いた指輪だ。富豪になった俺でもそれなりの値段を掛けただけはあり、しゅるりと王女の薬指へと問題なく指輪を嵌める事に成功する。

 

 そのまま彼女は指輪をジッと見つめて、やがて窓に向けて手をかざす。

 窓の外に見える月夜へとアイリスは無言で白銀色の指輪を嵌めた手を掲げる。

 ジッといつまでも見続けていそうな彼女を見ながら、問題なく嵌める事が出来た事と指輪を受け取って貰えた事、その二つに安堵していると小さく鼻を啜る音に気付く。

 

「あ、アイリス……?」

 

「ぇ……? ぁ……」

 

 少女の頬を伝う一筋の透明な滴。

 俺が指摘して初めて気が付いたとばかりに己の涙を指で掬うアイリスは困ったような、嬉しそうな、そんな感情の入り混じった表情で俺に笑い掛けてくれた。

 

「その、とても嬉しくて。夢なのではないのかと疑ってしまうくらい……」

 

「――――」

 

「ありがとう、ございます……。国宝にして死んでも大事にしますね」

 

「いや、そこまでしなくても」

 

 金髪を揺らし俺の胸元に飛び込んでくる王女を咄嗟に抱き締める。

 暖かさと柔らかさと、彼女の甘い匂いがふわりと鼻腔を擽る。

 腕の中にいる彼女を抱き締めて、それが夢ではないと強く抱きしめるとぎゅうっと俺の背中に彼女の腕が回される。万力の細腕ながら繊細な物を扱うような抱擁に彼女の性格を感じる。

 感極まったとばかりに首元に熱い吐息を、潤んだ瞳には親愛を揺らすアイリスが囁く。

 

「どうして」

 

「ん?」

 

「――どうしてここまでしてくれるんですか?」

 

 見つめ合って、熱を孕んだ蒼の瞳が俺を捉える。

 どこまでも俺の心を掴んで離さないと、その瞳に魅入られる。

 

 どうしてと、そう告げる彼女はジッとを俺を見つめる。

 こうして眼前に立たれるとアイリスの背丈もまた少し伸びたのだと分かる。それでも俺を追い抜くには拳二つ分ほど身長が足りなくい少女。

 彼女を前にして、俺は少し返答に詰まり、頭に手を回す。

 

 プロポーズする時は結婚指輪を渡すものだ。

 そういった当たり前の回答を望んでいる訳では無いのは分かっている。

 

 情熱的で真っ直ぐな眼差しを俺に向けるアイリスに。

 なんとなくその瞳に期待を見せる彼女を前にして、一から十まで長々と語るというのは恥ずかしい。自分でも臭い事を言おうとしているのは分かっているのだ。

 それでもキチンと伝えるべきだと思って、胸の中に渦巻く万感たる想いを一言で告げた。

 

「アイリス。――愛してる」

 

 

 

 +

 

 

 

 水を掛けて、周囲の草を抜き、墓の掃除をする。 

 そうして綺麗になった墓石に座りコサックダンスを披露する幽霊少女に俺は頷く。

 

「クリスっていう銀髪の女がいるんだけどな。そいつだけには見つかるなよ」

 

 アクアと違ってエリスの方はアンデット系や悪魔に対して容赦が無い。 

 魔王軍死すべし、悪魔倒すべし。慈悲などなく、相手に対して慈悲は無用だとする女神だ。

 

 クリスの時に何度も屋敷に来るのだが、運が良いのか、或いは有り得ないと思うが見逃して貰っているのか。アクセルの屋敷に住んでいた彼女とクリスが出会う事は無かった。

 純粋にクリスの時は見えないのか、もしくはこの幽霊少女も本能的に敵を察知しているのか。

 今後も近づかせず、自然に成仏して貰うのが夢見が良いだろう。

 

「ほら、お供え物。酒が好きだって言ってたけどどうやって飲んでんだ?」

 

 何故かは知らないがいつの間にか幽霊が見えるようになっていた。

 恐らくはアクアかエリス辺りの仕業なのだろうが、実害は無いので放置だ。何よりも彼ら彼女らは話を理解出来る頭さえあれば幽霊特有のスキルを教えてくれたりもする有用な存在だ。

 出来る限り仲良くしておくに越したことはない。

 

「カズマー! まだここにいたのですね」

 

 幽霊が見えていても一応は墓石に手を合わせていると少女の呼び声。

 立ち上がり目を向けると此方に歩いてくるのはめぐみん、そしてアイリスだ。

 

「カズマ様。お外は寒いですから中に入りましょう?」

 

 そうして俺の手を引く麗しい王女。

 

「そうですよカズマ。ほら、お茶の一杯でも淹れてあげますから」

 

 余った片方の手を取る頭のおかしい紅魔の少女。

 二人はむむむ、と互いを睨み合って口々に喚き立てる。

 

「……めぐみんさん。少しは遠慮して下さい。最近、カズマ様と距離が近いですよ」

 

「仲間というのはこれぐらいのスキンシップが普通なのですよ。知らなかったのですか? ……ああ、アイリスは冒険者じゃないから分からないのでしょうね」

 

「騙されませんよ! そうやってベタベタとしないで下さい。カズマ様も何か言って……」

 

 婚約者と仲間の魔法使いが俺を取り合う状況は一度や二度ではない。

 ただアイリスの護衛が俺を睨んだりオロオロしたりする中でも俺が平然としているのは、以前のように殴り合いになったりはせずゲームなどの平和的な勝負事をするようになったからだ。

 彼女たちの間で何があったのかは知らないが、俺の見ている限りでは以前のような関係に殆ど近いように見える。

 俺の関与しない所で何があったのかは教えてくれなかったが、平和的なのは良い事だ。

 

「そうですか、そうですか! 私から男を寝取った女は流石に言う事が違いますねぇ!」

 

「……? 一瞬でもめぐみんさんの物だった事はありませんよ?」

 

「ぶっ殺!」

 

 冬将軍の討伐からニか月が経過していた。

 俺たちが留守の間、アクセルの屋敷はダスティネス家が管理していたらしい。

 

 俺はアイリスと城から離れて屋敷へと戻って来ていた。

 このまま城に住むのも良いかと思ったが、城の改修工事や挨拶回り、そして本格的に王城に住まいを移すという事で荷物の整理などを行っていた。

 此方の屋敷はダスティネス家が管理しつつ、俺の別荘のような扱いになる。

 

 少し名残惜しい気がするが、好きな時に戻ってくる事が出来るのだ。

 屋敷でだらだら過ごすか、城でだらだら過ごすか、その違いだろう。多くの功績を立てた俺を城の人間たちも以前のように粗雑な扱いをする事は無い筈で、生活は安泰だろう。

 

 本格的に王城に住みアイリスとイチャイチャして過ごすと決めた以上、今までの日常とは多少変わる部分もこれから少しずつ出てくるだろう。

 アイリスの手を取って、その選択によって日常や人生が変わるのは当然の事だ。

 だが、停滞する日々を捨てて彼女と歩む道を選んだ、それを後悔するつもりはない。

 

「カズマさーん! ご飯出来たわよー!」

 

「おー……、今行くよー! ほら、お前らも遊んでないで行くぞ」

 

 窓から聞こえるアクアの声に返事をして、最後に墓石に一礼する。

 どのみち、暫くの間は屋敷と王城を行ったり来たりして過ごす事になるだろう。

 多少の時間はある。焦らずジックリと事を進めよう。

 

 そう思いつつ、俺は仲間たちが待つ屋敷へと脚を進めたのだった。

 

 

 



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最終話 最弱職と王女の物語

 ここは王都で最も神聖な場所。

 

 アクシズ教の教会でもエリス教の教会でも無い特設会場。

 この日の為だけに建てられる事になったアクシズ・エリス教合同の会場は広々としており、なおかつ天井が無い。女神の天候操作魔法により青々とした空がどこまでも広がっている。

 

 参列するのは国から集った有力な権力者、或いは名のある貴族達。

 誰もが無言のまま、厳かな空気を保ちつつ教会内のパイプオルガンに耳を傾けている。会場の外には大勢の冒険者や見知った顔が野次馬として参加している。

 

 その光景に既視感を覚える。

 以前、悪徳領主と結婚寸前だったダクネス、彼女を取り戻す為にパーティー全員で突撃をした。あの時とは異なり、今度は俺が祭壇の傍に立ち一人の少女を、否、俺の結婚相手を待っている。

 

 ――今日が俺とアイリスの結婚式だった。

 

 半年という期間はあっという間に過ぎていった。

 結婚式の準備やら、色々な準備をしていると春が過ぎて、夏が過ぎて、秋が来て、そしてアイリスの誕生日になった。

 彼女が成人する日に俺とアイリスが結婚する、それは既にこの国の誰もが知っている事だ。

 

「あんた、似合わないわね」

 

「うっせ。始まってんぞ。今日は真面目に頼むからな」

 

「分かってるってば。この私に任せなさいな!」

 

 今回の式を担当する聖職者を一睨みして、俺はその時を待つ。

 バクバクと高鳴りを覚える心臓、まさか本当にこの日が来るとはと驚きを隠せない。

 

 ――ちなみに挙式の日の朝、つまり今日の朝だが、既に入籍の書類を役所に提出済みである。

 つまり俺とアイリスは夫婦で、俺は王家に婿として入るのでベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・カズマを名乗る事が出来るだろうが、それはそれだ。緊張をしなくなる訳ではない。

 

 前世では引きこもりのニートとして死んだ俺が、王女と結婚するのだ。

 いつの間にか、こんなところまで来たのだと少し感傷に浸り、緊張を解すべく吐息する。

 

 既に式は始まっている。

 

 参列者は貴族の中にもチラホラと見知った顔が見える。

 特にダクネスやクレアやレイン、国王を始めとした王族など豪華な面子だ。

 

 アイリスとの結婚にあたり、当然親への挨拶は必要だった。

 この国の王族は全員血気盛んだ。娘が欲しければ私と戦って貰おう! と言って戦闘が始まる事を予想していたのだが、気づかない内にアイリスが説得していたらしい。

 血が流れる事は無く普通に交流を進める事が出来たのはアイリスのお陰だ。

 

 他にもクレアと決闘をして全力でスティールをして警察に捕まったり。

 ロリコン扱いをしてくる冒険者連中に嫌がらせをして、ロリマと呼ぶのを止めさせたりと、長い挨拶回りだった事が今更ながら走馬灯のように脳裏を流れた。

 そうして周囲を見渡して、参列者に一人いない事に再び既視感を覚える。

 

「――――」

 

 俺が祭壇の傍に立ち、少し時間が経過して控室から花嫁が現れた。

 

 純白のドレス、顔の前をヴェールで覆い俯きながら歩くアイリスは、ヴェール越しでも人目を惹き付けて離さない、そんな美しさを放っていた。

 参列者も俺もヴァージンロードを歩いてくる彼女の姿に目を奪われていた。

 付き人に手を引かれて、真っ直ぐに此方に歩いてくる王女は美しかった。

 

 そして、彼女は祭壇の前に来た。

 

 俯いていた顔を上げて俺を見つめる蒼の瞳と金髪。

 すくすくと成長していく彼女も以前よりもさらに身長が伸びていた。 

 成長期とは恐ろしいものだ。

 

 身長だけではない、豊かな双丘、くびれた腰と、時間を経る度に俺の理想の女へと変貌を遂げていた。彼女は俺と目が合うと微笑み、脳裏にその存在を鮮明に焼き付ける。

 美しい、綺麗だとそれしか思い浮かばない俺の語彙力の無さが悔しかった。

 

「……綺麗だぞ、アイリス」

 

「……カズマ様も、お似合いですよ」

 

「本当か? さっきそこの馬鹿に笑われたんだが」

 

「変ではありませんよ。似合ってますよ」

 

 にっこりと微笑む王女。かわいい。

 もう脚を向けられない程に俺は彼女に首ったけだった。

 そうして見つめ合う俺たちは音楽が鳴りやむと共に祭壇に身体を向け、聖職者に向き合う。

 

 この世界の結婚式は聖職者であれば神父でなくても良いらしい。

 例えばこういった結婚式で祝福をした実績のあるアークプリーストにして女神本人ならば最高だろう。アクセルの街とは違い、祝福をしたいというプリーストはいるが、王家としては女神が行ってくれるなら当然そちらの方を優先するだろう。

 その結果、誓いの祭壇の前に立つ俺とアイリス、その前方中央に立つのは青髪の聖職者だ。

 

「汝、アイリスは。この引きこもりでニートで最弱職のカズマさんと結婚し、神である私とついでにエリスの定めに従って、夫婦になろうとしています。あなたは、その健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、貧しい時も、カズマを愛し、カズマを敬い、カズマを慰め、カズマを助け、その命の限り、堅く節操を守ることを約束しますか?」

 

「はい!」

 

 聖職者であるアクアの文言が何かおかしいが気にする程ではない。

 目の前の女の頭がおかしいのはいつもの事で、寧ろ今回はキチンと空気を読んでいる気がする。

 ざわつく参加者はチラチラと彼女に視線が向けるが、大まかには不自然な部分は無い。疑惑の目を抱くよりも明るい声で誓いの言葉を告げたアイリスに次の瞬間には誰もが目を向ける。

 

「カズマは幸せ者ね」

 

「そうだろ?」

 

 アイリスの言葉にコクリと頷くアクア。 

 たまに慈悲深い聖母のような顔と言動をする彼女だが、今日がそういう日なのか。

 普段よりも真面目な表情を見せるアクアはアイリスに微笑を浮かべると、俺に目を向ける。

 

「汝、カズマはアイリスと結婚し……、堅く節操を守る事を約束できるの? 無理じゃない?」

 

「おい」

 

 ざわざわと周囲が騒がしくなるのは当然の事だろう。

 当然、そういう反応が発生する事は想定済みで、それを理解した上で俺とアイリスは彼女を選んだのだ。ちなみにエリスも考えていたが彼女にすると式どころでは無くなるだろう。 

 

「冗談よ。……サトウカズマさん。あなたはアイリスを死ぬまで伴侶とし、健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、いついかなる時も彼女と共に、その人生を歩み続けることを約束しますか?」

 

「約束します」

 

「それでは指輪の交換と誓いのキスを」

 

 アクアの言葉に従い、俺はアイリスと指輪交換を行う。

 王子の指に嵌めるのは以前プロポーズした時に渡した白銀の指輪を。俺が指に嵌めるのは王族が結婚する時まで肌身離さず持ち続けるという伝統がある、盗賊として王城に潜入した時にアイリス本人から盗んだ指輪だ。

 それが今、彼女の手によって俺の左手薬指へと嵌められる。

 

「――――」

 

 指輪の交換を終えて、最後に誓いのキスだ。

 祭壇にて、大勢の人間に見られながら接吻をするというのは少し恥ずかしい。

 そんな思いはヴェールを上げて王女の顔を見ると簡単に吹き飛んだ。

 

 白い肌に形の良い眉。

 薄っすらと頬を赤らめて大きな蒼の瞳がジッと俺を映している。

 ふわりと漂う甘い香り、薄化粧をした花嫁は随分と大人びて見えた。

 

 顔を上げて、瞼を閉じる彼女は僅かに口を窄める。

 キス待ち状態の顔を見下ろして、俺はゆっくりと顔を近づけていく。

 

 お父さん、お母さん。

 普通の子に真っ直ぐに育てよと言っていたあなた方の息子は。

 強く凛々しく可憐な王女と、大勢の人々に祝福されながら、遂に結婚します。

 

「――――」

 

 俺がアイリスと唇を重ねる直前だった。

 バタン、と会場の扉を壊す勢いで開ける音に咄嗟に目を向ける。俺だけではない、アイリスも、アクアも、ダクネスも、参列者も、誰も彼もがこの式を邪魔した原因に反射的に顔を向けて。

 教会の外にいた野次馬も、その来訪者に目を向けると遠巻きに見守る。

 

 眩しい陽の光を背に一つの人影が立っていた。

 この式場に参加していなかった、唯一のパーティーメンバー。

 

「……めぐみん」

 

 絶対に来るという重ねた月日による信頼があった。

 他ならぬ彼女は、必ずこういう事をしてくると培った日々が確信を生んでいた。

 

 王都の中心で爆裂魔法を完成させためぐみん。

 彼女は真剣な顔で紅の双眸を輝かせると、その場の人の視線を集める事を気にする事なくマントをバサッとひるがえし、祭壇に立つ俺を見て静かに良く通る声で言った。

 

「――悪い魔法使いが来ましたよ。本能に従って、花婿を奪いに来ました」

 

 ダクネスの結婚式を思い出す発言に小さく頬が緩む。

 ヒーローのように啖呵を切り、堂々としたその姿は相も変わらず格好良かった。

 俺が女だったらきっと惚れていて、その夜には抱かれてハッピーエンドだったろう。

 

 チラホラと見知った顔が俺とめぐみんを見る中、見知らぬ連中は当然の如く驚き慌てふためく。警備の兵士を呼ばれ騒ぎになる中で、俺はダクネスや傍に控えていたクリスに目線を向け、最後に将来の義父である国王に目礼をするとアイリスとアクアを連れて祭壇に仕込んだ裏口に入る。

 

 エリス教でもアクシズ教の教会でも無い専用の式場を用意したのはこの為だ。

 何だかんだでアイリスと仲が良さそうに見えるめぐみんがきっと何かをしてくれると信頼していた。だからこそ入念な準備をしておき、こうして素早く行動に移す事が出来たのだ。

 ちなみに彼女が言って聞くような女だったら、そもそもこんな事はしていない。

 

「ふふっ……本当にこうなりましたね」

 

「その、良かったのか? 途中でこうなって……」

 

「式が終わったら退屈な披露宴がずっと続きますから。それにしてもカズマ様は凄いですね。めぐみんさんはてっきり来ないと思ってましたが、本当に……」

 

「まあ、打ち合わせとか無しだから、上手くいったなとは思うな」

 

 隠し通路を抜けると式場の裏側に出る。

 裏に回された馬車には荷物やら聖剣やら、必要な物を事前に準備しておいた。まるで駆け落ちでもするかのような荷物だがそうではない。

 馬車に乗り込もうとしていると別口から来た女騎士がアイリスを見て声を上げた。

 

「アイリス様!」

 

「クレア!」

 

「凄く……、凄く……! 似合って……!  ぬああぁぁぁっっっ!!!」

 

「ク、クレア……苦しいってば。カズマ様が見ているから……!」

 

 ウェディングドレスを着たアイリスに抱き着く護衛。

 感極まり何かを言っているが涙声で言葉にならない様子だが、今回俺たちが乗る馬車の御者をすると立候補してくれた。テレポートでも良かったのだが、体裁というのは大事らしい。

 そんな風に美しい女たちの絡みをジッと見ていると見知った爆風が馬車を揺らす。

 

 腹にズンと響くような爆音。

 肌を撫でる爆風はただ破壊を奏でるだけではない。青空に咲き誇る爆裂の業火は今までに見たどの爆裂魔法よりも美しい百二十点満点の物だった。

 

 どうやら本当に爆裂魔法を王都で撃ったらしい。

 わざわざ教会ではなく外の特設会場にしておいて良かった。

 

「い、今のは……!」

 

「めぐみんね」

 

「めぐみんだな。……おい、クレア。今のうちだ」

 

「は、はい」

 

「アクア。じゃあ、手筈通りあとは任せるわ」

 

「カズマさん。こういうのって丸投げって言わない?」

 

「ば、馬鹿言うなよ。アクアやエリス様、ダクネスを信じているから出来る事だよ」

 

「……まあ、良いわよ。ほら、二人とも馬車に乗る前にちょっとここに並びなさいな。麗しい女神様から貴方たちに――祝福を。『ブレッシング』!!」

 

「ありがとうございます、アクア様! また逢いましょう!」

 

「アイリスもまたねー! カズマをよろしくー!」 

 

 アクアとは一度ここで別れる。

 祝福の魔法が体内で渦巻くのを感じながら俺たちは馬車に乗る。別れの言葉を告げる必要は無い。死ぬ訳では無く、俺が呼んだら距離などお構いなしに彼女たちは来るのだから。

 

 乗り込んだ馬車が動き出すのを確認しながら俺は一息吐く。

 一度似たような状況でめぐみんが爆裂魔法を撃った事を俺は知っていた。悪い魔法使いを名乗るなら当然撃つだろうし、その後のフォローも既に女神ズやダクネス、なにより国王本人にもしっかりと頼んである。悪いようにはしないだろう。

 この半年間、この日の為に必死に動いたのだ。彼方はなんとかなるだろう。

 

「さて……、アイリス」

 

「はい」

 

「色々と頑張ったんだが、ニヶ月と少ししか休暇を貰えなかった。ごめんな」

 

「いえ、凄くあると思うのですが」

 

「アイリスも一年ぐらい休みたくないか? 働かないで食う飯は旨いぞ?」

 

「それはちょっと……」

 

 俺たちはこれから新婚旅行を行う。

 旅行とは言っても、ベルゼルグ王国と関係の深い国にも挨拶に向かうといった仕事も発生するので完璧な新婚旅行とは言い難い。

 正式な挨拶をする時には一度テレポートで王都に戻る事もあるので色々と台無しだ。 

 

 それでもそれなりの休暇だ。

 アイリスの手帳に記載された『やりたい事リスト』を全て成し遂げるには十分でないだろうか。鞄から取り出した手帳を見る彼女を見ながら俺をそう思った。

 

「カズマ様」

 

 肩に寄りかかる金髪の花嫁。

 一生に一度お目に掛かれるかどうかの衣装を着るアイリスは、その蒼の瞳を揺らす。

 

 思えば、全ての始まりは彼女にこうして話し掛けられた事だった。

 金色の髪を揺らし、甘い声色で、しなだれかかる彼女に俺は目を向ける。

 

「ずっと一緒にいましょうね。もう二度と離れませんから」

 

「ああ。俺もだよ」

 

 柔らかな唇と唇を重ねる。

 誓いのキスは誰にも見られる事なく、しかし俺の心に深く刻まれた。

 

 死が二人を分かつまで、というつもりは無い。

 死んだ後も一緒にいられるならきっと楽しいだろう。

 

 ただ、今はまだ結婚したばかりで死んだ後の事など分からない。

 それでも、きっと、アイリスと二人なら、どこへだって行けるだろう。

 

 もう背後に目を向ける事は無かった。

 俺たちが互いの体温を確かめ合う中で、王都の門を出た馬車が駆け抜ける。

 

 どこまでも、ただ真っ直ぐに――。

 

 

 

『最強の最弱職、王女に手を出す』 完

 

 

 




 これにて、魔王を倒した後のカズマとアイリスの話は終わりです。
 執筆期間にして半年、ラノベ三冊強分の文字数。
 なんだかんだで長い物語になりましたが、何とか止まる事なく書き続けられたのは、応援してくださった読者の皆様のおかげだと思います。
 本当に、ありがとうございました。
 
 番外編というか蛇足話やIFは、気が向いた時にでも。

 最後までご愛読、誠にありがとうございました。
 最後に宜しければ感想、評価お願いします。

 ではまたどこかで。祝福を!


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