ヒーリングっどプリキュアvsジュウオウジャー ~歓迎! 動物戦隊御一行様~ (runguri)
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第1話
□ □ □
「「ええ~! 川井さんがぎっくり腰!?」」
ある日の放課後。市立すこやか中学校の、とある二年生クラスの片隅で、二つの驚きの声が重なった。
そうなの、と後ろの席の二人にうなずき返しながら、沢泉ちゆはいそいそと帰り支度をしていた。
「……って、川井さんって誰だっけ?」
と、ツインテールを揺らして首をかしげる平光ひなたに、がくっとちゆは首を垂れた。
「知らずに驚いていたのね……」
「てゆーか、のどかっちは知ってるの?」
もう一人の声の主、花寺のどかは、苦笑しながらひなたに説明する。
「うん。川井さんはね、ひなたちゃんの旅館の従業員さんで、ちゆちゃんが初めてその、プリキュアに変身した時に一緒にメガビョーゲンに襲われてたの。少しお年の、ベテランさんだよね?」
変身のくだりだけ、のどかは周囲の目を気にしつつ、ボリュームを少し落とした。
「そう、押しも押されぬ大ベテラン。だからうち、川井さんに頼りきりのところも結構多くて……」
「えっ、じゃあもしかしてけっこうマズい感じ?」
遅れて事情を理解したひなたの問いに、ちゆの表情にわかりやすく影が落ちた。
「マズいわね。今日は金曜なのに、他にもお休みの人が多くて。だから今日は部活休んで、帰って手伝わないと」
「え、でもちゆちゃん、今日は部活の日じゃ……」
「当然、お休み。まあ、仕方ないわね」
そう言って立ち上がったちゆが小脇に抱えた、今日はもう出番のない小さなスポーツバッグを、のどかとひなたは不安そうに見つめていた。
「もう、そんな心配しなくてもだいじょうぶよ。川井さんだって年中無休ってわけじゃなし、これくらいのことよくあるから。それじゃあ二人とも、また来週」
笑顔を作り手を振るちゆに、のどかとひなたは顔を見合わせる。
「ま、待ってちゆちゃん! わたしに何か、お手伝いできることはないかな?」
「……え?」
教室の出口で立ち止まりきょとんとするちゆに、ひなたも鼻息を荒げながら立ち上がる。
「もー、のどかっち! それを言うなら『わたしたち』、でしょ! あたしとのどかっちが手伝えば、そのベテランさんの足元にも及ばないかもしれないけど、半人前のそのまた半分くらいにはなるでしょ!」
「で、でも、流石にそれは申し訳ないわ。そもそもうちの中学、バイト禁止だし……」
「真面目か!」
「まあ、それは冗談だけど……。でも、うちの家の仕事のことで、二人に負担をかけるわけには、」
いつもはっきりした態度の彼女には珍しくもごつくちゆの言葉を、ひなたは手で制する。
「オッケーオッケー、みなまで言うな!」
「ちゆちゃんの旅館の温泉には、ラビリンやラテもお世話になってるし。それで代わりにちゆちゃんが部活に行けるってわけでもないけど……、少しでいいから力になりたいの。迷惑じゃなければ、ね? ちゆちゃん」
ちゆは難しい顔をしてしばらく考え込んだ後、
「……わたしだけで勝手には決められないから、お母さんにも聞いてみる。二人もご家族に連絡しておいてね」
「ちゆちゃん!」
「よーし決まりー! 今日ははりきっておもてなししちゃうよー!」
おー! と拳を上げるのどかとひなたに、ちゆも眉を下げながらもどこか安堵したような笑みを浮かべている。
(旅館のお仕事かぁ、わたしもしっかり頑張って役に立たないと!)
◇ ◇ ◇
「ええ~! 大和がぎっくり腰!?」
とある日の夕暮れ時。森の片隅にそびえる隠れ家のような工房、アトリエ・モリに、家主、森真理夫のすっとんきょうな声が響いた。
彼の甥、風切大和は、居候の一人であるレオにおぶられながら、アトリエ兼住居の中へと運び込まれた。他の仲間三人もそれに続く。普段、朗らかな笑みが浮かぶ大和の顔は、今は苦痛に歪んでいた。
「痛たたた……。レ、レオ! とりあえずそこ、そこに寝転がせて……」
「ったく、情けねぇなあ」
レオは大きなため息をつきながら、部屋の吊りベンチに大和の体を横たえる。やや粗雑なその扱いに、大和は幾度かうめき声をあげた。
「おいおいおい、どうしてこんなことになっちゃったのぉ?」
救急箱の中の湿布を探りながら尋ねる真理夫に、居候たち四人はぴくっと固まり、お互いに顔を見合わせる。アイコンタクトの結果、アムが代表して答えることとなった。
「えっとぉ、突然街中にデスガ……じゃなくて、ゴリラ? が現れて、大和くんがみんなを助けるために、そのゴリラと、こう、取っ組み合ってぶん投げた拍子に……」
「ゴリラ!? それって大事件じゃないの!? てか、大和おまえ、ゴリラと素手で闘り合ったの!?」
「いや、あのね叔父さん、それは物の例えと言うか……あくまでゴリラのような、体重数百キロくらいの怪人みたいな普通の人間をちょっとうっちゃりしただけだから……」
甥っ子の奥歯にものが挟まったような口ぶりに「そうなの?」と首をかしげながらも、真理夫は寝そべる大和の背中に湿布を貼り付ける。
大和をおぶって丸まった背中を大きく反り返しながらレオは誰にともなく尋ねる。
「だいたいよ、そのぎっくり腰ってのはなんなんだよ?」
「ぎっくり腰というのは、物を持ち上げたりするなど、腰に急な負担がかかったときに発生する急性の腰痛だ。とくに高齢なニンゲンほどなりやすいと聞くが……」
「いやいやいや、それ間違った知識だからね? 若い人でも普通になるからね!?」
冷静に解説するタスクに対し、うつぶせの姿のまま必死に弁明する大和だが、仲間たちの様子は依然冷ややかだ。特にいぶかしげな顔をしているセラが、さらに詰問するように大和に問う。
「ていうか大和、本当にそんなに痛いの? 骨が折れてるってわけでもないんでしょ?」
「そりゃもう、こうして立てないくらいには……」
消え入りそうな大和の声に、仲間たち四人は再度白けたため息をつく。
「いや、わかる。おじさんはわかるよぉ。しかもあれ、一回やっちゃうとクセになってまたなりやすくなるんだよなあ」
「叔父さんももしかして……経験者?」
真理夫は黙ってこくりと頷いた。再度救急箱の中をごそごそ探したのち、
「ありゃ、よく効く痛み止めがあったはずなんだけどなー。ちょっと、納戸の方見てくるわ」
と言って、真理夫はばたばたと駆け出して行った。
「ったく、おかげでデスガリアンは取り逃がしちまうしよぉ」
「ニンゲンって、意外とやっぱりこういうとき脆いのね」
「ちょっとみんな、さっきからなんか冷たくない!?」
レオとセラの罵倒めいたぼやきに、突っ伏したままの大和の半泣き気味の声を上げた。
大和たち五人が、地球侵略を企む宇宙の無法者デスガリアンから地球を守る戦隊、ジュウオウジャーであることを真理夫は知らない。重ねて言うと、大和以外のセラ、レオ、タスク、アムの四人は、地球と繋がる異世界、ジューランドから来た獣人、ジューマンであることも秘密だった。
その真理夫がいなくなり自由に喋れるようになって、四人の言葉のタガが外れたようだった。
「仕方ないよ大和くん。だって、私たちジューマンはぎっくり腰になんてならないもん」
「そんな単語も、そういった症状も、こっちに来て初めて聞いたくらいだ」
「そりゃ、君たちジューマンは基本みんなタフだからそうかもしれないけどさぁ」
ジュウオウジャーの中でただ一人の人間である大和は、こういう時立場が弱い。
「で、それはすぐに治りそうなのかよ」
「いや、痛みは数日から二週間ほど続くようだ」
「えぇ~!? じゃあ、その間にまたデスガリアンが攻めてきたらどうしよう……」
「ま、向こうも相当ダメージ受けてたみたいだし、当分は大丈夫だと思うけど……」
身動きの取れない大和の頭上で、さらに肩身の狭くなるような会話が繰り広げられる。
追い詰められた大和の脳裏に、ふと一つの単語が思い浮かんだ。
「温泉……」
「「え?」」
「温泉に行ってゆっくり体を癒せば、少しは早く治るかも」
大和のうわ言のような提案に、顔を輝かせて即座に食いついてきたのはアムだった。
「いいじゃん、それ! 温泉温泉~ん! 私、前から目星をつけていたところがあるんだ~!」
そう言って、アムは本棚から流れる手つきで一冊の雑誌を取り出し、端が折りたたまれたページを開き、大和の目前へと突き付けた。
「いや早いね!? えっと何々……、『癒されたがり女子の隠れ聖地、すこやか市』……?」
「そうそう! 日帰り温泉、ハーブショップ、鍼灸院、リフレクソロジー! 体によさそうなお店勢揃いの、いま大流行の隠れた人気スポットなんだって! あ、クッキングカーのカフェでグミ乗せフルーツジュースだって、すっごく飲みた~い!」
「隠れているのか流行っているのかどっちなんだ」
「アム、それ完全に自分のためでしょ」
タスクとセラのツッコミもどこ吹く風で、アムはあれもこれもと雑誌のいたるところを指さし、大和にすこやか市のアピールを続ける。
単なる思い付きにここまでの食いつきを予想していなかった大和は、苦笑しつつ生返事を繰り返していたが、やがて一枚のページに目を留めた。
「あ、でもこの旅館とか落ち着いた雰囲気ですごくいいな。『旅館 沢泉』か……」
どれどれ、とアムは大和からひったくるように雑誌を取り返す。ふんふん、と内容に目を通すと、きらきらと目を輝かせて顔を上げた。
「たしかにー、いいねここ! 大和くんもおススメだしここに決まり! 決定~ぃ!」
「えっ、本当に行くの!?」
そうだよ? とさも当然のことかのように首をかしげるアムに、大和は深いため息をつく。
「いや、いいんじゃないか。湯治の効果と言うのは案外バカにできないと聞くし、それで大和の治りが早くなるのならそれに越したことはない」
「あれ、意外と乗り気だねタスク」
「だってタスク、雑誌の内容見てるときからずっと尻尾が揺れてるもん」
「そ、そういうセラこそ尾びれがぱたぱたしているじゃないか!」
強がり合う二人に、アムは一層笑みを濃くする。
「よしよし、セラちゃんとタスクくんは賛成ってことで。レオくんは?」
「あ? 俺はうめぇもんが食えるならどこでもいいぞ」
「それならこの旅館、料理もお墨付きみたいだし問題ないね! はい、満場一致!」
「いや、一番の当事者の俺の意思は……いててて」
大和は何とか起き上がりベンチに腰掛け、四人の顔を見渡す。全員、期待に頬が艶めいている。こうなると彼らジューマンはテコでも意思が変わらないことを大和は身をもって知っていた。
「仕方ない……! それじゃあ、すこやか市に温泉旅行と洒落こみますか!」
おー! と五人は拳を上げた。……ただ一人、腰の痛みに呻いてすぐに縮こまった一名を除いて。
「まずは、まともに動けるようになってからね……」
面目ない、とセラに謝る大和に、タスクは溜息をつきながら指摘した。
「それにしても、あんな見るからに重そうなデスガリアンを投げ飛ばすなら、ジュウオウゴリラになるべきだったんじゃないか?」
「仕方ないじゃないか、子どもが襲われそうになって、咄嗟に何とかしようと思ったらこうなっちゃったんだから」
「そう言えば、あのデスガリアンもゴリラみたいな見た目だったよね。名前、なんだったっけ?」
「えっと、確か……」
◆ ◆ ◆
場所は大きく変わって、空の向こう。成層圏に浮かぶ、巨大な金弓のような外観をした宇宙船、サジタリアーク。
星々を巡り、その全てを自分たちの「ゲーム」の遊戯場として侵略し、弄んできた無法者の集まり、デスガリアンの旗艦だ。
その幹部たちが集まるロビーで、デスガリアンのオーナー、ジニスは、豪奢な椅子に腰かけ己が退屈をグラスの水面に揺らしていた。
その静寂を破るようにエントランスから現れたのは、2メートルほどのただの丸い岩の塊のような、無骨で大柄のデスガリアンだった。
「うおーすー! チームアザルドのプレイヤー、モンド・ダイヤ! ただ今帰還したど!」
その野太く間延びした声に、デスガリアン幹部の一人、紺色の立方体がひしめき合った塊のような巨漢、アザルドは、手にしていたグラスを忌々し気にバーカウンターに置き、帰還した己がチームメンバーへと詰め寄った。
「何がうおーすだ! 大した戦果も挙げずにおめおめと帰って来やがって!」
「アザルド様! おおお落ち着いてほしいだど。今回はただの様子見でしただど……」
「何が様子見だ、大体テメェはってぬおおっ!?」
そのアザルドを押しのけるかのように、今度は別の幹部がモンドへと詰め寄った。ジニスの秘書であり「ゲーム」のサポート役も務める、妖艶な女幹部ナリアだった。
「あぁら、モンド・ダイヤじゃない。フフフ、お帰りなさい。今回は少し残念だったわね……」
「ど、どうもだど……」
「おい、ナリア! いま俺が話してるところだったんだよ! 大体お前、普段はオーナーにべったりのくせしやがって、なんでコイツのことはやたら目をかけてやがんだ!?」
ナリアは、その頭部に艶めく緑色の軟体をかき上げ、心底愉しそうに笑った。
「あら、わかりませんか……? それはなんと言っても、このダイヤモンドのような美しい体です! 光を浴びて幾重にも煌めく結晶……。ああ……いいわ。そう、素晴らしいのよダイヤモンドは……」
「ほ、褒めてもらえて光栄だども、近すぎるだどナリア……」
「けっ、どんだけキラキラしてようが、見た目はお山のゴリラじゃねぇか」
ねっとりと猫をあやすようにモンドの頬を撫でるナリアに、アザルドは悪態をつく。
アザルドの言う通り、モンド・ダイヤの丘のように丸い上半身は、実際には異様に発達した僧帽筋と上腕筋で構成されており、たしかに地球最強の類人猿の屈強さを思わせる。ただ、彼のその逞しい体躯の表面は、屈折で薄青く輝くダイヤのような硬皮でまだらに覆われていた。その煌びやかさは、彼の無骨すぎる体と何とも言えないミスマッチを醸し出していた。
そして、大きな鼻孔が特徴的な顔の頂きも同じく結晶が覆っているが、今はその頭頂部はひび割れ、光を失っていた。
「なかなか派手に暴れ回っていたようだが、最後にまた彼らの邪魔が入ってしまったね」
「はい、ジニス様……。にっくきジュウオウイーグルめ、よくもオデにあんな見事なジャーマンスープレックスを……!」
地団太を踏むモンドに、ジニスはくっくっくと喉を鳴らした。
「しかし、あの赤いのも相当痛手を負ったみたいじゃねぇか。ま、それくらいかお前の戦果は」
「はい、アザルド様。ヤツが復活する前に、オデもこの頭の傷をとっとと治して、次のゲームに向かいますど!」
「確かに、これじゃせっかくの輝きが台無しだわ……。このナリアが、あなたの頭を冷やしてあげたい……」
「いや、冷やしてもこのケガは治んねぇどナリア」
「なあナリア、お前やっぱり今日ちょっと変じゃねえか?」
アザルドのツッコミを無視し、ナリアは心配そうにモンドの頭を撫でている。
「コホン。で、どうするんだい、モンド・ダイヤ」
ロビー内の妙な空気に、ジニスは一つ咳ばらいを挟んでモンドに尋ねる。
「はっ、なのでオデは、少しおヒマをいただき温泉に浸かってくるど」
「温泉……?」
モンドは嬉しそうに笑いながら頷き、
「オデは三度のメシより、いや、三日三晩メシ抜きになったって風呂に入れりゃそれでいいってくらいの温泉好き! 温泉に入ればこんな傷、あっという間に治っちまいますど! ついでにひと暴れして、その辺の温泉ぜーんぶ牛耳ってやりますど!」
「ほう、それは面白そうだ。好きにしたまえ」
ジニスは、興味があるのかないのかわからない薄い笑いを浮かべ、グラスの酒を一口すすった。
「だが、温泉っつったって、この日本って土地にゃ腐るほどあるんじゃねぇか?」
「そこは抜かりありません、すでに下調べはしてあるど! というわけで早速行ってくるど!」
そう言い残し、モンドはドアを開けて勢いよく飛び出していった。
「ええ、早く治しておいで、ダイヤモンド……フフフ」
「……ナリア。本当に、今日の君は一体全体どうしたんだい……?」
□ □ □
「きゃー、着物だー! めっちゃかわいー! テンションあがるー!」
「ふわぁ、綺麗……」
「わたしは着慣れちゃってるから何とも思わないけど、そんなに……?」
「だってー、着物なんて七五三以来まったく着る機会ないしー!」
「わたしも! 実はちゆちゃんが着ているの見てから、ずっと憧れてたの」
それぞれの家族の許可も降り、旅館沢泉へとやってきたのどかとひなたは、ちゆから従業員用の着物を借りて着つけてもらった。えんじ色の簡素な和服だったが、二人は自分の姿を鏡で確認しながらはしゃいでいる。
「ひなたー、お前コスプレしに来ただけじゃないだろーなー?」
「ち、ちーがうってー! 仕方ないじゃん普段着れないんだからさー」
「って、ニャトラン!? あなた、ついてきちゃったの?」
ひなたの肩から突如顔を出したひなたのパートナー、ニャトランに、ちゆは思わず声を上げた。
「あ、あの~、ちゆちゃん。実は……」
「ラビリンもいるラビ!」
「ワン!」
「ラテまで……。まったくもう」
のどかの足元から顔を出したラビリンとラテに、ちゆは額を押さえる。
「もちろんオレたちも手伝うぜー! ペギタンだって、普段ちゆの旅館のお手伝いしてるんだろー?」
「そ、そうだけど、見つからないようにちょっとだけペェ」
「だいじょうぶ! ラビリンもこっそりお手伝い得意ラビ! のどかのお母さんのお墨付きラビ!」
「あー、最近お母さんが『この家ホコリが溜まりにくいわね』って言ってたの、ラビリンのおかげだったんだ……」
すっかり手伝う気満々の三匹に、ちゆは苦笑しながら、
「それじゃあ、みんなには主にお風呂周りのお手伝いをしてもらおうかしら。今日も一日、よろしくお願い致します!」
深々とお辞儀する彼女に、よろしくお願いします! と全員が続いた。
「まずは、足りなくなったお風呂の備品を運ぶわね」
二人を倉庫へと案内したちゆは、段ボールに箱詰めされたシャンプー等の備品を運ぶよう指示した。
「重いから気を付けてね」
言いながら、自身も二つの箱を持ち上げるちゆ。
「お、重っ!? よくこんな重いもの二つも持てるねちゆちー!?」
「んー、わたしは慣れてるから……無理せず、ひと箱ずつ運んでね。……のどか?」
ひと箱だけを持ち上げて運ぼうとするひなたの陰で、のどかは箱の下に手を添えたまま固まっていた。
「……ひと箱も、持ち上がりません……」
「あやや」
うう、とうなだれるのどかに、しょうがないわね、とちゆは手にしていた箱を一旦置き、倉庫の隅から何かを引きずり出してきた。
「台車に積んであげるから、これで運んで。階段が使えないから、少し遠回りになっちゃうけど」
「ううん、ありがとう、ちゆちゃん……」
ちゆは先ほどまで手にしていた二つの段ボールを台車に積み直すと、別の二箱をひょいと持ち上げた。
「五箱あれば十分ね、助かるわ。さ、持っていきましょう」
軽快な足取りで進むちゆを、ひなたとのどかも追いかける。
「う……、台車も重……。ううん、がんばらなきゃ……!」
「よし。じゃあ次はお風呂掃除ね」
「ここならラビリンたちも手伝えるラビ!」
「そうね、じゃあラビリンたちはシャワー周りの細かいところをお願い。ひなたは外の露天風呂の掃除に向かって。足場の悪いところもあるから無茶はしないこと。のどかはわたしと一緒に、大浴場の中を掃除しましょう」
「「はいっ!」」
てきぱきと指示を出すちゆに、一同はびしっと敬礼する。
のどかはデッキブラシを手に、空っぽの湯船に降り立った。
人もおらず、湯の溜まっていない大浴場というのはなんだか不思議な心地だ。普段はむせ返るような蒸気の香りがするはずなのに、今はその空気はひんやりとしていて、自分の声がより一層室内に響く気がする。
「床の掃除が終わったらわたしも合流するから。意外と大きいから無理はしないでね」
「うん、わかった!」
大きくうなずくのどかに、じゃ、とちゆは手を振り、素早くかつ細かな手さばきで浴室の床を磨き上げていく。
「ふわぁ、すごい。わたしもがんばらなきゃ……!」
まず、ハンドブラシで湯船の側面を磨いていく。基本は家のお風呂掃除と同じ、とは言われたものの、いざこうして向かい合ってみると、印象はまるで違う。浴槽というより、延々と続く壁をひたすら磨いているようだ。
全体の半分を磨き終えたところで、右腕の筋肉が悲鳴を上げた。
「のどか、平気ー? 休みながらでいいからねー?」
「う、うん、大丈夫だよー!」
すでに大浴場の奥の方まで進んでいるちゆの声に、疲れを見せぬよう声を張ってのどかは答える。
「そうだ、がんばらなきゃ……!」
ふん、と自分を奮い立たせて、残りの壁をせっせと磨き上げていく。
だいぶペースは落ちたものの、なんとか浴槽の壁は全て磨き上げることができた。
「……よし! 今度は、底の掃除――」
額の汗をぬぐい立ち上がった、その時だった。
振り返って浴槽を見渡したはずなのに、視界はふわっと上に振れ、天井をぼやけたピントで映す。周囲の音が一瞬、さーっと遠ざかる。
頭の中がたぷんと揺れ、その勢いが体にまで伝わりバランスを失なうような、これまでも幾度となく味わってきた感覚――
「っ、のどか!?」
パートナーの異変に瞬時に気づいたのか、ラビリンが咄嗟に声を上げた。
その一声で、のどかは自分が湯船の中で倒れそうになっているのに気づいた。慌てて、手にしたデッキブラシを支えにし、体を半回転させながらも何とか倒れこむのを防いだ。ラビリンは手にしていた雑巾を放り投げ、慌ててのどかの元へと飛んでいく。
「のどかー! 大丈夫ラビ!?」
「ラビリン……。うん、平気、少しくらっとしただけだから」
「それ、全然平気じゃないラビ!」
虚勢ではなかった。よくあることだから、「これ」がどの程度深刻なものなのか、自分でははっきりわかっているつもりだ。実際、頭のふらつきもすでに無くなっている。だが、冷や汗の浮かぶのどかの顔に、ラビリンはまったく納得がいかない様子だった。
一拍遅れて異変に気付いたちゆも、掃除道具を放り出し駆けつけてくる。
「のどか、一体どうしたの!?」
「めまいがしたみたいで、倒れそうになってたラビ。でも、のどかは平気だって」
「めまいって……ダメよ、いったん休みましょう。床の掃除は終わったし、残りはわたしがやるから」
「だ、大丈夫だよ。こんなのよくあることだし、ここまでやったんだもん、最後までやりきりたくて」
「ダメったらダメ。それなら風呂桶の掃除とか、座りながらでもできる仕事はあるから」
「でも……」
食い下がるのどかに、ちゆはふぅ、とため息をひとつついて、
「……これはあくまで他の旅館での話なんだけどね」
「……?」
「のどかと同じように、お風呂の掃除中に気を失って倒れた人がいたの。倒れたといっても、床にぺたんなんて感じじゃなくて、棒が倒れるみたいにばたーんとね。で、お風呂って床も壁も硬いところばかりじゃない? その人は運悪く湯船の角にちょうど前歯――」
「わわわわわかりました! 休みます! 今すぐに!」
「よろしい。落ち着いたら、また声をかけて。体は動かさなくても、手伝ってもらえることは山ほどあるんだから」
ね、とちゆはのどかを励ますように背中を押した。
大浴場を出て、脱衣所の椅子で力なく腰掛ける。ほどなくして、ラビリンがちゆの用意していた小さなパックジュースを持って戻ってきた。
「のどか、これ飲んで少し休憩するラビ」
「ありがとう、ラビリン」
ストローから吸い上げたりんごジュースの冷たさが、やけに喉にしみる。半分ほど飲み干すと、のどかは心配そうに見つめるラビリンに声をかける。
「ラビリン、ご――」
「ストーップ! のどか、謝る必要なんてないラビ!」
「え……?」
見事にセリフを遮られ、きょとんとするのどか。
「のどかはちゃんとお掃除がんばってたラビ! ちょっとがんばりすぎて怪我しそうになったけど、でも何ともなかったラビ! だから、謝る事なんてないラビ!」
「う、うん……。でも、よくわかったね、わたしが謝ろうとしてたって」
「これでも、のどかのパートナーになって早数か月! のどかの考えていることはまあまあ何でもお見通しラビ!」
どんと胸を叩くラビリンに、そっか、と思わずのどかも笑う。
「だから、また元気になったらお手伝いすればいいラビ! 今は休むのがのどかの仕事ラビよ」
「……うん、そうだね。わかったよ、ラビリン」
よろしいラビ、と頷くと、ラビリンは手を振って大浴場へと戻っていった。
一人残ったのどかは、残りのジュースを力なく飲み終わると、古ぼけた壁時計の秒を刻む音がただ静かに響く部屋の中で、ぽつりと呟いた。
「わかってるん……だけどね……」
◇ ◇ ◇
「えー! あたしが露天風呂と格闘してる間にそんなことがあったの!?」
お風呂全体の掃除が終わり、ロビーの方へと戻る三人。
「ご、ごめんね。ひなたちゃん、心配させちゃって」
「ごめんじゃないよー! ケガとかなくて本当によかったよ……」
「うん、でも、ちゃんと手伝えなくてわたしの方こそ申し訳なくて……」
しゅんとするのどかをたしなめる様にちゆが続ける。
「何言ってるの、そのあと風呂桶や椅子の掃除、全部やってくれたじゃない。あれ、数あるし何気に大変なんだから」
ちゆの言葉に、そうかな、とのどかは少し笑顔を取り戻した。
「……あら、お客様だわ。やだ、受付誰もいない……!」
ロビーに到着した途端、ちゆは来客に気づいて駆け出した。
受付の前で待っていたのは、赤いアウトドアジャケットを着た大学生くらいの男性だった。連れと思われる四人の男女は、物珍しそうに旅館の内装を見渡している。
「お待たせして申し訳ありません。えっと、風切大和様、ですね。お待ちしておりました。こちらにご記帳をお願いいたします」
「あっ、はい、えーと、わかりました」
「? どうかされました?」
少し戸惑う様子を見せる大和にちゆが尋ねると、白いウールのセーターを着た女性が代わりに問い返した。
「ねぇねぇ、もしかして、中学生?」
「ああ、はい。わたしは、この温泉旅館の娘です」
疑問が晴れた大和は、顔をほころばせつつ頭を下げる。
「そっか、ごめんねじろじろ見ちゃって。偉いなあ、その年でもうこんなにしっかりお手伝いができるなんて。もしかして、あそこにいる二人も……?」
「いえ、あちらの二人は、えっと……、社会科見学でお手伝いに来てくれている、わたしの友達で」
「花寺のどかといいます。よろしくお願いいたします」
「平光ひなたでーす。よろしくお願いしまーす!」
深々とお辞儀をする二人に、大和は律義にお辞儀をして返した。
「偉いんだね、二人とも」
「い、いえ、わたしは全然まったく……」
「……?」
ひらひらと手を振るのどかを少し不思議そうに見つめていた大和だったが、ちゆから部屋の鍵を受け渡されると仲間たちの方へと向き直った。
「ほら、行くよみんな!」
「よーし、温泉だー温泉!」
「ダメよ、タスクはともかくアンタと一緒に入ったら大和の体が休まらないでしょ!」
「あ、お土産屋さんだーちょっと私見てくるねー!」
「ダメだアム、まずは荷物を部屋に置いてからだ!」
「……なんだか、賑やかなお客さんだったね」
「ねーねーのどかっち。あのお客さんの服、変わってるけどめっちゃイケてなかった? エスニック系ていうか……オリエンタル系? よくわかんないけど」
「うん、赤い服の人は普通だけど……」
ひなたのいう通り、大和以外の四人の服装は、色鮮やかかつ見慣れない紋様の刺繍が幾重にも入った、アジア系の民族衣装のようだった。やや奇抜にも見えるものの、四人の纏う雰囲気には妙に似合っていた。
「こらこら、お客様の見た目のことをぺちゃくちゃしゃべらないの」
ちゆにたしなめられ、すみません、と縮こまる二人。
「たぶん、外国の方なんじゃないかしら。でも、名前が『風切 セラ』とか『風切 レオ』とかになってるから……兄弟……親戚……?」
ちゆも四人の素性が気になってきたのか首を傾げ始める。
そのまま話は過去に来た物珍しいお客さんの話になり、やがて荷物を置いた五人がロビーへと戻ってきた。
「すみません、早速温泉に入りたいと思うんですが……やってますか?」
「ええ、先ほど清掃が終わってお湯も入った頃ですので、一番風呂ですよ」
笑顔で答えるちゆに、やった! と大和は顔を輝かせガッツポーズを取った。……かと思いきや、
「うぐっ!? いてててて……」
「お、お客様? どうかされましたか?」
「あ、いえいえ、少し腰……体を痛めてまして」
「それは大変ですね……。のどか、案内してさしあげて」
「う、うん、わかった! あの、本当に大丈夫ですか……?」
「ああ、全然全然! ありがとうね」
頭を下げる大和に、とんでもないです、とのどかは笑顔で返す。
すると、ドレッドヘアーでやや強面の、レオと呼ばれている青年が、退屈そうに不満を垂れた。
「じゃあよー、俺たちはその間どうすんだよ」
「でしたら、足湯に入っていただくのはいかがでしょう」
「足湯……?」
もう一人の気真面目そうな青年に、ちゆは受付に立てかけられたパンフレットを取り出した。
「うちの名物の一つなんです。隣には、ペット用の温泉もあるんですよ」
「ペット……」
もたもたと大浴場の方へと歩き出した大和がぷっと少し噴き出したのをセラは聞き逃さなかった。
「ちょっと大和! なに笑ってんのよ!」
「てめー今、俺たちをペット扱いしやがったな!」
「そのような態度、断固抗議する!」
「でも大和くんと叔父さんに養われているのは事実だよね……」
「の、のどかちゃん! さっさと行こう!」
「は、はい!」
きゃんきゃんと喚く仲間たちから逃げるように、大和はその場を立ち去った。
「え、えっとー、じゃあお連れ様の案内は、ひなた、お願いできるかしら?」
「オッケーまかせて! 四名様ご案内~!」
大浴場への道すがら、のどかは堪えきれずくすくすと笑いだした。
「ご、ごめんね、騒がしい連ればっかりで」
「あ、いえ、こちらこそすみません笑ったりして。大和さんも皆さんも、すごく仲が良いんだなあと思って。大学か職場のお友だちなんですか?」
のどかの問いかけに大和は少し考えこみ、
「そうだなぁ、仕事ではないんだけど、ある目的のために一緒に戦ってる仲間……かな。あ、俺自身は動物学者をやってるんだけどね」
「学者さんなんですか……! ふわぁ、すごい!」
そんな大したもんじゃないよ、と謙遜する大和を尊敬のまなざしで見つめるのどかだったが、大和の言葉を聞きつけて襟元からひょっこり顔を出す。その声色は何故か怪訝に満ちていた。
「学者……? のどか、その人には気を付けたほうがいいかもしれないラビ……」
「ら、ラビリン、どうして?」
「のどかのお母さんがお昼に見てたテレビでやってたラビ! 学者とかケンキューシャっていう人間は、珍しい動物を捕まえて動物実験をするラビ! ラビリンたちももし見つかったら……ぞぞぞ」
「……お母さん、いったい何のドラマ見てたの?」
◇ ◇ ◇
「じゃじゃーん! こちらが足湯になりまーす!」
ひなたは他の四人を足湯へと案内した。
だが、彼女のテンションに対し、一行の反応は一名を除き、やや冷ややかだった。
「なんか……、小っさくね?」
「いや、足湯というのはその名の通り足だけで浸かるものだからこのサイズは正しいんだレオ。しかし、実際にこうして見ると……」
「これじゃ泳げないじゃない……」
「いっ、いやいやいやお客さん! そんなこと言わずにー、ものは試しに入ってごらんなすってー!」
意外なほどテンションを下げる三人に、ひなたにも少し焦りの色が見えた。
「そうそう、この子の言うとおりだよ! みんな足湯初めてなんだからやる前からとやかく言わないの! ね、ひなたちゃん!」
「あ~~~、お客様優しい~! ありがとうございますぅ……」
「ふふ、お客様だなんて。アムでいいよ」
唯一フォローを入れてくれたアムに、ひなたは一瞬で心を許してしまったようだ。テンションを持ち直して、腰掛けに四人分の敷物をささっと置いていく。
「さー、靴を脱いでお浸かりください!」
「はーいお邪魔しまーす」
颯爽と靴を脱ぎ、素足を湯気のぼる温泉へと滑り込ませるアム。他の三人ものそのそとした動きで続く。
「……うん」
「……まあ」
「温かいことは温かいが…」
釈然としない様子の三人を他所に、ひなたとアムは会話を弾ませる。
「こっちの美人がセラちゃんで、そっちの怖い顔のがレオ君、で、この真面目そうなのがタスク君ね」
「よろしくお願いしますー! アムさんたちはー、どちらからいらっしゃったんですかー?」
「……暇ね」
「……ふあぁ」
「本でも持ってくればよかった……」
……
「えっ、うっそあのカフェ、ひなたちゃんのお姉さんがやってるの!? 超偶然~! 私、絶対あのお店行こうと思ってたの~!」
「マ!? もーぜひぜひぜひ来てくださいー! なんなら割引しちゃうんでー!」
「……なんか」
「……少し」
「……汗をかいてきたような」
……
「えー、ひなたちゃんのお兄さん獣医さんなの? 超ステキじゃん~。あ、でもうちの大和君も動物学者さんなんだよ。話し合うかも」
「学者!? 確かにあのお兄さん、すっごくイケメンで頭よさそうですもんね! わかりみ~」
「…………これは」
「…………体が芯から」
「…………蕩けていくようだ……」
「ひなたー、お客様の足拭きタオル忘れてるわ、よ……」
四人が足湯に浸かって半時間ほど過ぎた頃だろうか。接客の終わったちゆが様子を見にやってきた。
が、その場の光景を目にした途端硬直し、手にしたタオルははらはらと地に落ちた。
「ワン! ワン!」
一緒についてきたラテは、何やら楽しいものを見つけたかのように高い声で吠えている。
「あーごめんごめんちゆちー。いやーアムさんと盛り上がっちゃってー。……ん? どしたのそんな顔して」
「いや……わたしのこんな顔より……そっちの……あんな顔が……」
「かお? ってぎょえええっっ顔ぉぉお!!??」
ちゆの指さす三人の方に目を移した途端、ひなたは絶叫とともに飛び上がった。
「あぁ~~……」
「足湯~~……」
「最高~~……」
沢泉の湯の効能により血行を程よく暖められ、すっかり全身をほぐされた三人の顔は、いつの間にかサメ、ライオン、ゾウのような、いや、そのものの顔へと変貌していた。ただ、その鋭い獣の眼は、遠くに夢の光景を映しているかのようにとろんと垂れ下がっていた。
「ちょ、ちょっとみんな! 変身! 変身解けちゃってるから!!」
アムが慌てて指摘するが、時すでに遅し。ちゆとひなたは驚きのあまりすっかり固まってしまっている。
「……はっ。えっ、嘘、私たちいつの間に!?」
「くっ、これが足湯の魔力ってぇヤツか!」
「そんなこと言っている場合じゃないだろう! 早く変身を、あ、あれ、うまく戻らない……」
慌てふためくセラ、レオ、タスクを他所に、しばらくちゆは何かを考えこんでいた。そして、
「……もしかして!」
急に我に返ったかと思うと、つかつかと三人の元へと近づいていき、セラの顔面にぐっと顔を寄せた。
「えっ、な、何……!?」
「もしかして皆さん、ヒーリングアニマルの方ですか?」
「「…………はい?」」
ちゆの問いに、三人は首を傾げた。
「あっ、そっかーなるほど確かに!」
そんな彼らとは裏腹に、ひなたも合点がいったかのようにぽんと手を打つ。
「えっと、ですからその~……、そうだ、この子!」
「ペェェェ!?」
ぴんと来ない様子の彼らに、ちゆは着物の懐に隠れていたペギタンを取り出して見せた。
「ち、ちゆ~! いきなり何するペェ!」
「この子、あなた達の仲間じゃありませんか!?」
三人はちゆの掌の上できょどるペギタンに顔を寄せる。牙むき出しの彼らの顔におののき、ペギタンは思わず顔を伏せた。
「「……いや、違うと思うけど」」
そっけない彼らの答えに、ちゆとひなたは思わずずっこけた。
「ええ~~! だ、だって、動物の顔して、言葉が通じてって、どう考えてもニャトランたちのお仲間じゃん!」
「そんなこと言われても、ねぇ……」
「ペンギン族のダチもいるけどよぉ」
「赤ん坊でもここまで小さくはないな」
ざわめく二人に対し、三人のリアクションは拍子抜けしそうなほど薄い。そこに、ペギタンもおずおずと加わわってくる。
「ちゆ、ボクも最初は驚いたけど、たぶんこの人たちはヒーリングガーデンの人たちじゃないペェ」
「そ、そうなの?」
「うん。それに、ボクたちには人間に擬態するような能力はないはずペェ」
「ニャトランたちだけでも驚きなのに、また別のアニマルさんが現れるなんてこんなことあるー!?」
頭を抱えて、思わずひなたは天を仰ぐ。
しかしその時、全く異なるもう一つの異変がすぐそこまで迫ってきていることに気づいた。
「……って、あれ? なんか急に、暗い……?」
様子のおかしい空を見渡すひなたの顔に、急に影が差しかかる。今日は雲一つない晴天のはずだったのに、ちょうどひなたたちを覆い太陽を遮る天蓋のような暗雲が突如出現した。
「ックシュン!」
その異変に呼応するかのように、ちゆの足元にいたラテが大きなくしゃみをし、力なくその場にへたり込んだ。
「まさか、これは……!」
「もう~、こんなややこしい時に~!」
頭を掻きむしるひなたと、急に息も絶え絶えな様子になったラテを交互に見ながら、レオが尋ねる。
「どうしたんだ、そのワンコ? 具合でも悪いのか?」
「いやー、これもなんと説明したらいいものやら……。ってあれ? レオさん、なんか尻尾がぴくぴくしてません?」
「え? おわぁ!? マジか慌てすぎて気付かなかった!」
「いや、レオ。確かになんだかいつもと少し反応が違う。デスガリアンのような威圧感ではなく、背筋を通り抜ける悪寒のような……」
「そんなの見極めてる場合じゃないでしょ。……上よ!」
三人が見上げた先。ひなたの見つけた暗雲は、旅館沢泉の屋上ほどの高さまで近づいてきていた。
ちゆとひなたは顔を見合わせる。今すぐにでもプリキュアに変身して戦うべきだが、まずは四人を逃がさなければ。
と、逡巡している間に、レオとタスクが雲の真下へと駆け出していた。
「こんな所にまで来やがるとはなぁ、デスガリアン!」
「仕方ない、ここは戦うしかないようだな!」
「で、デスガリ……? レオさーん、タスクさーん! デスガリアンだかデザトリアンだか知らないけど逃げてー!」
「危ねぇのはお前らの方だぜ、ガキンチョどもはおうちに入ってろ!」
「だ、ダメだー! ぜんぜん話聞いてくれないしー! 仕方ない、ニャトラン、行くよ!」
「おうっ!」
懐から飛び出し、ぴょんとひなたの肩に飛び乗るニャトラン。ちゆもペギタンと視線を合わせうなずき合う。
しかし、駆け出そうとするひなたとちゆの行き先を、アムとセラが躍り出て制した。
「ありゃ、今度は喋るネコちゃんかー。私と一緒だね」
「い、一緒? 何のことだ?」
アムはニャトランの額をつんつんと突くと、自分の頬に手を添え、
「ばぁ☆」
「ニャ!?」
「えぇっ、アムさんも!?」
瞬く間に白銀色の毛並みのネコ科動物の顔に早変わりしたアムに、思わず二人はたじろいだ。
「いろいろお話したいところだけど、お願いだから今は下がっててね」
よしよしとニャトランの頭を撫で、レオとタスクの元へと駆けるアム。
「………………かわいい」
「? ニャトラン?」
一方、セラもちゆの肩に乗るペギタンのヒレを、握手をするように人差し指でくいくいと持ち上げる。
「ぺ、ペェ……?」
「なんか、弟が小さかった頃を思い出すなあ。ここまで小さくはなかったけど」
「セラさん、あの」
「ちゆ、だっけ? ここは危ないから、早く建物の中に避難して。じゃあね、ペギタン」
セラも手を振り、三人の元へと駆け付ける。
「………………かっこいいペェ」
「? ペギタン?」
集合した四人のその手には、鈍い光を照り返す黒い立方体が握られていた。
横一列に並び立った彼らは、手にした立方体――ジュウオウキューブを展開した。
「……携帯電話?」
いぶかしげに見つめるちゆの推測通り、キューブの内面には電話のようなプッシュキーが配列されている。四人はそれぞれのボタンを押した。
『シャーク!』
『ライオン!』
『エレファント!』
『タイガー!』
各々の動物の名前を、キューブは声高らかに呼ぶ。四人はそれに続くように、頭上の敵を睨み据えて叫んだ。
「「本能覚醒!!」」
そのけたたましい雄たけびとともに、彼らはジュウオウキューブをまるでパズルを解くかのように捻りこむ。
盤面が乾いた金属音を響かせ、一度、二度、三度目に噛み合ったその時、キューブから溢れたジューマンパワーが、まるで結晶を象どるかのように、彼らを包み込む一回り大きな光のキューブとなり、次第に速度を増しながら回転していく。
手にしたジュウオウキューブを頭上高く掲げ上げたその時、光は眩いほどにその力を増し、四人の体へと吸着すると、剛くしなやかな衣へと変貌する。
そしてついに、彼らの肉体を守護し、悪を討つための力を躍動させる、四者四様の色鮮やかなスーツとして顕現した。
「荒海の王者、ジュウオウシャーク!」
「サバンナの王者、ジュウオウライオン!」
「森林の王者、ジュウオウエレファント!」
「雪原の王者、ジュウオウタイガー!」
「「動物戦隊、ジュウオウジャー!」」
高らかに名乗りを上げた四人の戦士の姿に、ちゆもひなたも、ペギタンもニャトランも完全に呆気に取られてしまった。
「か、か、かっこいい~~~!!」
ようやく気を取り直したひなたは、目を星空のように輝かせ、隣のちゆの肩をがっくんがっくん揺らせながら興奮気味にまくし立てる。
「超超超かっこいいよ~! ねぇねぇちゆちーやばくない!? あの鋭いマスク! しゅっとしてカラフルなスーツ!」
「ええ……そう? なんか胸におっきく動物の絵が描いてあるけど……」
「いやー、アニマルプリントも着こなし方次第、やるならドーンとでっかく! っていうヒジョーに良い例だよね!」
二人が温度差のすごいやり取りを繰り広げる中、レオは空に向かって啖呵を切る。
「おい、デスガリアン! そんなところふわふわ浮いてないで降りて来やがれ!」
「デスガリアン? オレたちはそんな名前じゃないんだけど?」
すると、まったく別の方向からローテンションな少年の声が響き、四人は思わず振り向いた。
温泉の垣根の上に、血のような深紅のコートを羽織った少年が立っていた。背中からは蠍のような尻尾も見え、その皮膚は青白いというレベルを通り越してうっすらと青く、一目で尋常の者ではないとわかる。
タスクは一歩前に出て、少年に尋ねた。
「君は一体誰だ。デスガリアンの手先じゃないのか」
「……はぁ、一応名乗っとこうか。オレの名前はダルイゼン。そのデスなんとかが何か知らないけど、一緒にしないでほしいね。それに、お兄さんたちこそ何さ、ジュウオウジャーって。……一応確認するけど、まさかプリキュアってわけじゃないよね」
「プリキュア……? 何それ、そんな動物、ジューランドにもいないわよ!」
セラたちの反応に、ダルイゼンは眉をひそめながらも苦笑する。
「動物……? ふふっ、いいねそれ。まあオレたちにとっちゃ、あいつらは動物、いや害獣みたいなもんか」
「ちょっと! アイツすっごく失礼なこと言ってる!!」
ぷりぷりと怒るひなたを他所に、ダルイゼンは嘲るように笑いながら続ける。
「にしても、お兄さんたちもずいぶん変わったカッコしてるね。それで何、アイツと戦うつもりなわけ?」
「先程の質問の返答次第だ。君たちがこの地球に仇なす存在なのであれば、牙を剥くだけだ」
タスクとダルイゼンの間に一瞬、緊張の糸が張り詰める。ダルイゼンは一つ溜息を吐くと、
「残念ながら、大正解。メガビョーゲン、めんどくさそうだからまとめて蝕んじまいな」
「メガ、ビョーゲン!」
上空に浮かんでいた雲は、空に向けていた顔をぐるりと反転させ、ようやくその全貌を現した。
巨大な雨雲のようなその体の内側では、腐肉のような朱と汚泥のような黒がまだらにうねる瘴気が蠢いている。その雲の中から突き出た巨大な頭には邪悪な笑みが浮かび、これまた無造作に突き出た太く長い腕の先には、大人の体でさえ包み込んでしまえるほどの大きな手がわきわきと指を鳴らしていた。
「メガーーーッッ!」
メガビョーゲンが唸り声をあげると、その体全体からシャワーのような瘴気の雨が大量に落ち、ジュウオウジャーたちへと降り注いだ。
「危ねえ!」
とっさに避ける四人。雨が降り注いだ後の岩盤には、瘴気の残滓がゆらゆらと揺らめいていた。
「この攻撃、一体何だ……!? 気をつけろみんな! 毒のようなものかもしれない、おそらく触れるだけでも危険だ!」
「うん、よくわかんないけど、本能がめちゃくちゃヤバイって訴えてきてるよ……!」
タスクの分析に、アムの声にも緊張が走る。
「フン、当たらなければいいんでしょ!」
「そういうこったセラ! お前ら、いくぜ!!」
◇ ◇ ◇
一方その頃。
「あの怪しい雲……まさか……」
のどかに案内されて大浴場にたどり着いた大和は露天風呂に浸かり、つかの間の休息を満喫していた。
しかし、突如飛来した不自然な暗雲に顔色を変えた。
しばらく様子を伺っていたが、聞き慣れたジュウオウチェンジャーの遠吠えがこだまするのを聞き、いよいよ事態がまずい方向に進んでいると確信した。間違いない、デスガリアンの襲来だ。
「もう、なんでこうもピンポイントでやってくるんだ! 早く行かないと……!」
体の奥まで染み入るような沢泉の湯の心地よさは名残惜しかったが、そうも言っていられない。大和は慌てて露天風呂を出ようとした。しかしその時。
「うわっとと!? ご、ごめんなさい! 俺以外にお客さんがいたなんて……?」
風呂の底に伸びていた足につまづき、大和は反射的に謝った。だが、ちゆの言っていた通り大和は一番風呂で、以降客は入ってこず貸し切り状態だったはずだった。大和の隣にあったのはただの岩だったはず。
「ああ、大丈夫ですど。お気になさらず」
「ありがとうございます。…………ど?」
ゆるやかな風が吹き、湯煙が晴れたその先には、岩と呼ぶにも無骨すぎる、ついでに言うなら顔までついた、ダイヤを纏った巨大なゴリラが気の抜けた顔で肩まで浸っていた。
「お、お前は、ゴリラ・モンド!」
「モンド・ダイヤだど! ……って、あーーーっっ!! そういうお前はたしかジュウオウイーグル! ……の中のニンゲン! なぜこんなところに!?」
「いやそれ完全に俺のセリフだから! どうしてデスガリアンが温泉になんて!」
「なっ、デスガリアンが温泉に入っちゃいけないんだど!? デスガリアン差別だど!」
「えぇ……なんかごめん」
慌てて大和はタオルを腰に巻き、気を取り直してモンド・ダイヤと対峙する。
「あそこに浮かんでいる怪しい雲! あれもお前たちの仕業か!」
「……え? 何だありゃ? オデ、あんなもん知らねぇど」
「へ? そうなの?」
「いくらオデたちが悪者でも、そうやって何でも決めつけるのはよくねえど」
「えぇ……なんかすみません」
大和はばつの悪そうに少し頭を下げる。
「まあそんなことはどうでもいいど。ドタマかち割られた恨み、今ここで晴らしてやるど!」
「ちょっ、まっ、まま待って!」
「あぁ?」
腰のタオル一枚、完全無防備の大和はモンドを慌てて制する。
「えぇ~と……、そうだ! こんなところの温泉にまで来るなんて、君よっぽどの温泉好きなんだよね?」
「そうだど、デスガリアン一の温泉フリークだど」
「だったら、温泉のルールもちゃんと守ってるでしょ。温泉では、」
「走らない、はしゃがない……むぅ……」
確かに、とモンドは腕を組んで考え込み始めた。
「あっち、あの雲の下あたりに足湯があるらしいんだ! そっちもすごく評判いいから、まずはそっちを試してみたらどうかな? ね?」
なだめるように言い聞かせる大和。すると、
「……確かに、まだここの温泉すべて満喫してねぇど。それが終わって、フルーツ牛乳飲んだら改めて対決だど!」
「オッケー。じゃあ俺は、お先に、あがらせていただきます……」
おう、と手を振るモンドに作り笑顔を浮かべながら、大和はそそくさと、最後は駆け足気味に大浴場を抜け脱衣所へと向かった。
「危なかった……! みんな、ごめん。でも、さすがにスーツの下素っ裸で戦うのはさすがに戦隊としてどうかと思うから……!」
□ □ □
「はあ……」
ロビーと大浴場を繋ぐ渡り廊下にある休憩用のベンチで、のどかは深いため息をついていた。
結局、大和を送り届けた後、ロビーに戻る途中でここにへたり込んでしまい、そのまま動けなくなっていた。
以前、ラテたちを温泉に連れてきたときはわからなかった。
旅館というのは、想像よりもずっと広い。物を取りに行ったり、廊下を行き来する、ただだけで少しずつ体力が削られていく。
お風呂の掃除もそうだ。ただ入浴するだけの時には想像もつかないほどの大きさに翻弄され、結局ちゆにまで迷惑をかけてしまった。
のどかは、年季の入った高い天井を見上げ、ふと目を閉じた。
――こんな時、
「……あぁ、ダメだダメだ」
ふと、頭をよぎりそうになる言葉を振り払うように、のどかはかぶりを振った。
こうして一人でいるから余計なことを考えてしまう。そう考え、ベンチを立とうとしたその時だった。
「のどかーーー! 大変、大変ラビ!」
「ラビリン? あれ、いつの間にいなくなってたの?」
慌てて飛んできたラビリンをのどかは抱きとめる。
「それどころじゃないラビ! ラテ様の鳴き声が聞こえて見に行ったら、足湯にメガビョーゲンが現れたラビ!」
「えっ、嘘!? ごめん、気付かなくて。ちゆちゃんとひなたちゃんはもうお手当て始めてるの?」
「いや、それが二人じゃなくて……、ヒーリングアニマルじゃないけど実は動物だった人たちがプリキュアじゃないけど変身して戦ってるラビ!」
「…………えっ、ごめんもう一回言って……?」
頭に大きなハテナマークを浮かべるのどかに、ラビリンは頭を抱える。
「ラビリンも何が何だかよくわからないラビ! とにかく行くラビ!」
「そ、そうだよね! わかった!」
慌てて駆け出そうとするのどかだったが、振り返ったその途端、突如現れた人影と衝突してしまった。
「うわっとと、って、のどかちゃん!? ごめんね、怪我はなかった!?」
「だ、大丈夫です……って、大和さん!? も、もう出てきたんですか?」
先程、彼を大浴場に案内してからさほど時間は経ってないはずだった。
しかも、大和の服のボタンは中途半端に締まり、髪の毛もほとんど乾いておらず髪先から雫さえ垂れている状態だった。
「そんなに慌ててどうされたんですか、何か忘れものならわたしが……」
「い、いやー、ちょっと、ね。それよりのどかちゃんこそ、なんだか慌ててるみたいだけど……」
「い、いやー、わたしは……」
「「ちょっと足湯の方に用事が……」」
華麗にハモった二人は、思わず目を見合わせる。
「駄目だって、今あっちは危ないから!」
「駄目ですよ、今あっちは危ないですから!」
これまた見事にハモった二人は、顔をしかめながらまたも顔を見合わせる。
「じゃあ、ここで待っててね。俺はあっちへ行くから……」
「じゃあ、ここで待っててくださいね。わたしはあっちへ行くので……」
そして、二人同時に足湯の方へと歩を進める。
「って! だから、足湯の方は危ないんですってばー!」
「じゃあなんでのどかちゃんはそっちに行こうとするの!?」
「そ、それは……。いやいや大和さんこそ! お怪我されてるんだから安静にしていてください!」
「そ、そういうわけにもいかないんだってば!」
お互い一歩も譲らず、妙な膠着状態が続く。
(のどか! 何やってるラビ!)
業を煮やし、襟元からそっと顔を出して耳打ちするラビリン。しかし、あまりに距離が近すぎたようだ。
「……? 今なにか別の誰かの声がしたような……?」
「……っ!」
訝しげにのどかの背後をのぞき込もうとする大和。まずい、と思ったのどかは咄嗟に駆け出した。大和も反射的に追いかける。
「お、お願いです! 追ってこないでくださいー!」
「お、お願いだから誤解されそうな悲鳴はやめて!?」
社会的危機を感じた大和は猛然とダッシュし、のどかに追いすがった。そして、
「ひゃあ!?」
「悪いけど、ここで大人しく……」
のどかの両脇を掴んで抱え上げると、その場でくるりと反転し、
「待って、て!!??」
反対方向に降ろしたその時、大和の体の芯から響いた不穏な音をのどかは確かに聞いた。気がした。
「…………グキ?」
恐る恐る振り向いたその先で、大和はへっぴり腰で杵を突いたような妙なポーズのまま、んが……とか、んご……などの声にもならない鼻濁音を鳴らしながら固まっていた。
「えっ、え? あれ? 大和さん? どどっ、どうされたんですか??」
「……のどかちゃん。叔父さんの言っていた意味がわかったよ……。ぎっくり腰は、一度やったら、なりやす、い……」
そして、その姿勢のまま静かに床へと倒れこんだ。
「え、えっ!? ぎっくり腰!? わ、わたし、どうしたらいいですか!? ら、ラビリン~! どうしよう~~!」
「? ぎっくり腰って何ラビ?」
ヒーリングガーデンには存在しない言葉に、ラビリンはただ首をかしげるだけだった。
「だ……、誰か、お医者さんはいませんか~~~!!」
第2話へつづく
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第2話
◇ ◇ ◇
「「ジュウオウバスター!」」
四人のジュウオウジャーは、手にした銃を一斉に空に向かって放った。
圧縮されたジューマンパワーの弾丸が、宙に浮かぶメガビョーゲンの体を穿つ。しかしその全ては、霞のようなメガビョーゲンの体を手ごたえもなくすり抜けていくだけで、大したダメージも与えられないようだ。
「結構めんどくさいやつね! アム!」
オッケー、と応えながらアムは数歩下がり、手にした銃、ジュウオウバスターにアタッチされた赤と青のキューブの前後を入れ替える。すると、前にせり出た赤のキューブから刀身が伸び、瞬く間に鋭い剣が形成された。その間に、残りの三人は円陣を組み、中心で全員の腕を組み合わせた。
「行けぇ、アム!」
「はぁぁぁぁ、はっ!!」
猛然とダッシュしたアムは勢いよく跳躍し、三人が組んだ腕を踏み込み台にして、三人の腕力も借りて空高く飛び上がった。
大砲のような勢いで一直線に飛び上がったアムは、その速度を剣に乗せ、一文字にメガビョーゲンの頭部を切り裂いた。
「メガァァァッ!?」
これにはメガビョーゲンもよろめき、切り付けられた箇所を手で押さえ悲鳴を上げた。
「うわー、あの武器もチョーやばい! やっぱ、あたしたちも剣とか銃とか持つべきかな!? キュアブラスターとかキュアソードとか! ……ん? キュアソード……」
「何言ってんだよひなた! ヒーリングステッキじゃ不満だってのか!?」
「や、やだもぅ冗談だよ冗談。そんなマジ怒んないでよぅニャトラン、うりうり」
「やっ、やめろ! そんな戯れにオレは屈しな……ごろごろ……」
アゴを指でくすぐるひなたと喉を鳴らすニャトランの緊張感の無さにちゆはため息をつきつつ、
「でも本当に強いわ、あの人たち。ジュウオウジャー、だっけ?」
「なんてゆーか、あたしたちとは攻撃力が段違いだよね! 磨き抜いた野生のパワーって感じ! このままあのメガビョーゲンも倒しちゃうかもー!」
ひなたのその一言に、ちゆもペギタンも、ニャトランまでもが同時にひと際大きなため息を吐き出した。
「な、何よぅみんなしてー!」
「あのなぁひなた、何回も説明してるだろ?」
「??」
「っし! 大和がいりゃあ、相手が空飛んでようが楽勝なんだけどよ」
「文句言わないの、大和はまだ戦えないんだから。今のうちにさっさと決めるわよ!」
四人は一列に並ぶと、手にしたジュウオウバスターに己がジューマンパワーを集中し始めた。四人の銃口が、次第にまばゆい光を放ち始める。
ジュウオウシュート――引鉄が引かれた瞬間、極限まで高まったジューマンの生命エネルギーが四重の色彩を纏う濁流となり、メガビョーゲンの体を押し流す勢いで炸裂した。
「メ……ガッ……!?」
その奔流の直撃を受け、メガビョーゲンの体は跡形も無く消し去られた。
「よし、やったぞ!」
喜びの歓声を上げるタスク。しかし、それを嘲るかのようなダルイゼンの笑い声が遠くから響き渡る。
「なに笑ってやがんだ、ガキンチョ!」
「いやいや、すごいよお兄さんたち。ウソみたいに強いね。ただ……オレたちビョーゲンズとは、ちょっと相性が悪かったかな」
「何……!?」
その不敵な笑みに、消し去ったはずのメガビョーゲンの方へと向き直ったタスクは、今度は驚愕の声を上げた。
ジュウオウジャー達の攻撃を受け四散したメガビョーゲンの体は、確かに小さなもやとなり空一面に散り去った。しかし、それらは徐々にまた一箇所へと集まり始め、見る見るうちに元の大きさへと戻っていく。そして、
「メガ、ビョーゲン!」
撃ち砕いたはずの頭も腕も、ものの見事に生え揃い、メガビョーゲンは何事もなかったかのように復活した。
「え~~~! うそ、まさかあの雲オバケ、アザルドと一緒で不死身ってこと!?」
「メェェェガァーーー!!」
動揺するアム達に向かって、メガビョーゲンはそのパワーに一切の衰えも見せず、再び瘴気の雨を見舞う。
動揺のまま、ジュウオウジャーたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「やっぱり、ダメだったペェ……」
「……あ、そっか! ビョーゲンズはただ倒すんじゃなくて、浄化してあげないと消えないんだ……!」
「そういうこと。でも、わたしもこうやって目にして、改めて思い知ったわ。ビョーゲンズはプリキュアの力で、」
「お手当てしないと、だろ?」
ニャトランとペギタンは、エレメントボトルを二人に差し出す。
ちゆとひなたは目を合わせて頷き合い、決意とともに立ち上がった。
「「スタート!」」
「「プリキュア、オペレーション!」」
ちゆとひなたは、それぞれ水、光のエレメントボトルを純白のヒーリングステッキにセットした。ボトルに込められたエレメントパワーがステッキへと充填され、ヒーリングゲージの上昇とともにステッキから淡い光が漏れ始める。
やがてその光は、ステッキの先端にあるクリスタルから勢いよく発露し、星屑のように散りばめられ、ちゆとひなたの周囲を渦のように包み込んでいく。やがてそのうねりは、光の白衣へと姿を変え、二人はそれを手に取り纏う。
水と光の恵みを穂先まで浴びた髪はたおやかに伸び、清流の青、陽光の金へと染め上がる。白衣は瞬く間に、穢れを退ける純潔のバトルドレスへとその姿を変えた。
「交わる二つの流れ、キュアフォンテーヌ!」「ペェ!」
「溶け合う二つの光、キュアスパークル!」「ニャ!」
メガビョーゲンの猛攻から息も絶え絶え逃げ惑う四人は、突如現れた二人の戦士の姿に目を奪われた。
「あ、あれは?」
「敵……なわけねぇよな」
「まさか、彼女たちがあの少年が言っていたプリキュアか?」
「えっ、何やだ、めっちゃくちゃかわいい!!」
約一名、異なるリアクションをしているものの、ジュウオウジャーたちは二人の華やかな姿に戸惑いを見せる。
一方ダルイゼンは、大して驚いた様子もなく、乾いた目で二人を見据える。
「ようやくいつものプリキュアがお出ましか。…………あれ、キュアグレースは?」
「グレースはね! ……そういえばどこ行ったんだろ」
「すぐ近くにいるはずなんだけど……」
「ふぅん。まあいいや、青と黄色しかいないんなら、その方が楽だし」
「ちょっとちょっと! 青と黄色ってなによ! なんか扱いが不公平じゃない!?」
きーきー怒鳴るスパークルだが、ダルイゼンは眉一つ動かさず、静かにメガビョーゲンに命じる。
「じゃ、公平に、まとめてきれいに潰してしまえ、メガビョーゲン」
「メガーーーッ!」
ダルイゼンの命ずるまま、メガビョーゲンは目標を切り替え、二人のプリキュアに向かって淀みの雨を浴びせかけた。
「速い……!」
それを難なくかわす二人に、セラは目を剥く。
足湯のスペースを弧を描くように駆け回り、メガビョーゲンとの距離が詰まると一斉にジャンプした。
「「はぁっ!!」」
流れるように、勢いの乗った回し蹴りを放つ二人。それは強かにメガビョーゲンの頭部を捉えるも、
「浅い……!」
フォンテーヌは舌打ちをしながら着地する。そこまで素早い相手でもないが、メガビョーゲンの高さまで到達するまでに、身構える隙を与えてしまうようだ。
「これ、接近戦は不利じゃない……!?」
「なら、動きを止めてしまいましょう!」
フォンテーヌは懐から、煌びやかな六華の象られたボトルを取り出す。
「氷のエレメント!」
それをヒーリングステッキにセットすると、辺りの空気が鋭く冷え始めた。
「はっ!」
ステッキの先端のクリスタルにその冷気が収束し、一筋の光となってメガビョーゲンの体を刺し貫いた。
「よし、これでアイツの体はカチンコチンペェ! ……ペ?」
しかし、いつまでたっても凍り付かないメガビョーゲンに、ペギタンの威勢も萎んでいく。
「なんかアイツ、凍るどころかあの冷気をゴクゴク飲み込んでいるようニャ……」
「なんかこれ……、マズくない?」
顔を引きつらせるニャトランとスパークルのぼやきに答えるように、メガビョーゲンはにやりと笑い、
「メッガ、ビョーゲンッ!」
「……雪玉~~~!?」
今度は、つやの出るほど磨きこまれた雪の砲弾を放ってきた。先ほどまでの雨粒とは違い、明確なほどの質量を持った砲弾は、床に着弾するたびに鈍い音を立てて破裂する。当たったらひとたまりもないであろうことは明白だった。二人はつんのめりながらも慌てて逃げだす。
「もうっ、フォンテーヌ! 敵に味噌送ってどうすんのよー!!」
「そ、そんなこと言われても! あと、それを言うなら味噌じゃなくて塩!」
「ラーメンの好みみたいな事言い合ってる場合じゃないニャ! どうすんだこれ!?」
必死に逃げまどいながら、二人は再度考え込む。
「そうだ! これならどう!? 雷のエレメント!」
スパークルは稲妻が描かれたボトルをセットし、ステッキを振りかぶった。
「ちょ、ちょっと待つペェ! 嫌な予感しかしな」
「はっ!」
ペギタンが制止するより早く、スパークルはステッキの先から電撃を迸らせた。
狙い通りにメガビョーゲンを直撃したその雷光は、しかし先ほどの氷と同様、順調にメガビョーゲンの体内へと飲み込まれていく。
「あらー……、あたしこれ、また何かやっちゃった感じ?」
冷や汗を垂らすスパークルに向かって、メガビョーゲンは帯電した眼光を光らせる。
「メッガビョーゲーーーン!」
「「きゃああああ!!??」」
メガビョーゲンは、地を這うような雷を二人に向かって撃ち下ろす。地面を転がるようにしてぎりぎりのところで避ける二人だったが、すでに息も絶え絶えだ。
「ちょっと! 味噌どころか醤油まで送っちゃったじゃないの!?」
「うえーん、あたしたちアイツと相性最悪だよー! グレースー、早く来てー!」
「……ねぇ、あの子たち、大丈夫?」
「いや全然大丈夫じゃねぇだろ」
「しかし、どうやらあの敵生物との戦いには慣れているようだ」
「なら、やることは一つじゃない?」
「「ぷにシールド!!」」
ついに壁際まで追い込まれた二人を守るため、ペギタンとニャトランはバリアを展開した。
しかし、霰のように降り注ぐ砲弾の前に、それ以上一切の身動きが取れなくなってしまった。
「一体、どうしたら……」
じりじりとバリアごと押し込まれていき、フォンテーヌとスパークルは冷や汗を流す。
「じらす必要なんかない。一気に畳みかけろメガビョーゲン」
ダルイゼンの冷酷な声が静かに響く。
メガビョーゲンがその瞳をより大きく開き、攻撃の勢いを強めようとした、その時だった。
「メガ……!?」
降り注ぐ雪の砲弾は、二人の背後から発射された光の銃弾によって、その悉くが撃ち抜かれた。フォンテーヌとスパークルが思わず振り返ったその先には、
「アムさん、タスクさん!」
「はいはーい、援護に来たよ!」
「ここは僕達が防ぐから、君たちは一旦下がれ!」
そう叫びながら、アムとタスクはジュウオウバスターを連射し、絶え間なく撃ち下ろされる雪玉を負けじと相殺する。
感謝を述べつつ飛び退いたその先には、セラとレオが待ち受けていた。
「すみません、助けていただいて……」
「何言ってんの。ここは協力して戦わないと。あのデカブツ、弱点とかないの?」
セラに尋ねられ、そうだ、と思い出したようにフォンテーヌはヒーリングステッキを眼前に構える。
「「キュアスキャン!」」
ペギタンの両目から放たれた光が、アム、タスクと撃ち合うメガビョーゲンの体をシークしていく。すると、
「……なんだあの小っこいの?」
サーチライトが見つけ出した、メガビョーゲンの体内に囚われうめき苦しむ小さな精霊の姿を、レオは不可思議そうに見据える。
「あれは、雲のエレメントさんペェ!」
「エレメント……さん?」
「はい、地球の万物に宿る精霊のようなもので、ビョーゲンズはエレメントさんの力を蝕んで成長するんです」
「よくわかんないけど、つまりあの子を助け出せばいい、あなた達はそれができる、ということね」
セラの言葉に、フォンテーヌはこくりと頷く。
「飲み込みが早いペェ……聡明な大人の女性ペェ……」
「……ペギタン?」
「でもぉ、アイツにこっちの攻撃効かないし、ジャンプしても避けられるし、もぉどうしたらいいかわかんないんですよー!」
嘆くスパークルの肩を、レオはがしっと掴む。
「心配するな! 俺に任せとけ!」
「ホントですか!? いったいどうすればいいんですか!?」
レオはへへっと笑うと、肩を掴んでいた手で、今度はスパークルの両手を握った。
「……握手??」
「黄色の力、見せてやろうぜ!」
「はい、え? うわっ、わっ、わっ! わわわわわわ!?」
そのままレオは、スパークルの体をジャイアントスイングよろしく自分の体を軸に猛烈な勢いでぶん回し始めた。
「す、スパークル! 手ぇ放すニャよぉぅおぉぅおぉぅお!? うぇ気持ち悪くなってきた……」
「こんなの滅茶苦茶だよおおぉおぉおぉお!?」
「泣き言言ってる暇はねえぜ! どおおおおおおっせいぁ!!」
回転数が最高潮に達したその瞬間、レオはハンマー投げのようにスパークルの体を放り投げた。
「よしっ、ドンピシャ! かましてやれ、スパンコール!」
「スパークルですううぅぅぅぅうりゃっ!!」
矢のような勢いで一直線に飛んできたスパークルに完全に虚を突かれたメガビョーゲンは、驚きの声を上げる間もなく彼女の槍のような蹴りに貫かれ、その巨躯をぐらつかせた。
スパークルはメガビョーゲンの向こう側に猫のように見事に着地したものの、コンマ数秒後に「ふにゃぁ」と二回転ほどスピンをしながら倒れこんだ。
「よし! それじゃあ私たち青チームも……いっとく?」
「い、いやいやいやわたしは結構です!」
両手を差し出すセラに、フォンテーヌは慌てて首を振る。
「冗談よ。私はレオみたいな馬鹿力はないし。ねえ、あなたさっき、氷を撃ってたわよね。もしかして、水を出すこともできるのかしら。それもなるべく勢いのあるやつ」
「え? はい、出せると思いますけど……。ただ、そんなものあのメガビョーゲンに撃ったら、今度はスコールが降ってくるかも……」
「当たらなくていいから、あいつ目がけて撃ってほしいの。じゃ、私の合図でお願い」
疑問符を浮かべるフォンテーヌの前に躍り出て、セラは気合を込め始める。
「野生開放!」
セラの背中がぐぐっと蠢いたかと思うと、大きく鋭い背びれが物々しく顔を出した。
「すごい……!」
「野生解放……こんなことができるなんて驚きだペェ!」
「今よ!」
フォンテーヌはうろたえながらも、水のエレメントボトルに意識を集中する。
よろめきつつも未だ高度を保つメガビョーゲンに向けてヒーリングステッキを掲げた。
瞬間、鉄砲水のように噴き出した水流にセラは腹ばいになって飛び乗った。
「いいわね、この波最高……!」
水流も味方につけて加速度を増し、先ほどのスパークルを上回るスピードでメガビョーゲンへと迫るセラ。
「はっ!!」
水流が途切れたと見るや、セラは勢い良く舞い上がり、その速度をそのまま回転力へと変えて、背びれを逆立てた円刃となりメガビョーゲンへと襲い掛かる。
「メガァァァァ!!」
無数に斬りつけられたメガビョーゲンは、ついに地上へと墜落した。その荒々しさに、目を回していたスパークルも我に返り、思わず息を飲んだ。
「すごい、やっぱジュウオウジャーさんたち、めちゃくちゃ強い……!」
「ああ。でも最後はやっぱりオレたちが決めなきゃ、だろ?」
「わかってるよニャトラン! 雨雲なんて、あたしたちの光で晴らしちゃいましょ! エレメントチャーーージ!」
スパークルはヒーリングステッキに力を集中させる。光のエレメントボトルがそれに呼応し、ステッキに癒しのエナジーが充填されていく。先端のクリスタルの輝きが最高潮に達したその時、スパークルはその切っ先をメガビョーゲンに向けて叫んだ。
「プリキュア! ヒーリングフラーーーッシュ!!」
怒涛の勢いで放たれた稲妻にも似た光が、メガビョーゲンの体を刺し貫く。二又に分かれたその光は二重螺旋を描き、その先端にはメガビョーゲンの病巣から救い出された雲のエレメントさんを掻き抱く。
「ヒーリングッバイ……」
力の源泉を失ったメガビョーゲンは、己が使命から解き放たれ、安堵の笑みを浮かべながら霧散していった。
「お大事に! ……って、こっちがお大事にだよぉおぉおぉ……ぱたり」
三半規管に限界を迎えたスパークルは、その場でぐったりと倒れこんだ。
レオはスパークルの元へと駆け下り、突っ伏したままの彼女の背中をばしばし叩きながら笑う。
「おう、やるじゃねえかお前ら! そんなひらひらしたナリしてるくせによ!」
「うっ、あうっ、ありがとうござ、い、痛いッス……」
「キュアフォンテーヌ、だっけ? あなたもお疲れ様。ほんと、あなた達がいなかったらどうなってたか」
「いえ、こちらこそありがとうございましたセラさん。それに、タスクさんやアムさんも……って、二人とも! どうされたんですか!?」
跪いた姿勢のまま、肩で息をするように苦しむ二人に気づいたフォンテーヌは、セラとともに二人の元へと駆け寄る。
「タスク、アム! 一体どうしちゃったの!?」
「セラ、ちゃん……。さっき撃ち合ってた時に、アイツの攻撃を少しだけ喰らっちゃったみたいで……」
「っ、ああ、少し掠めただけのはずだが、その部分が熱を持ったように疼く……まるで急にたちの悪い風邪にかかったみたいだ」
セラとフォンテーヌは、二人の肩を抱えて、とりあえず足湯の腰掛けへと運ぶ。
「ビョーゲンズの攻撃は、生き物の生命力そのものを蝕むペェ。プリキュアは、エレメントの力が体を守ってくれるからある程度は耐えられるけど……」
「すみません、わたしたちを庇ってもらったばっかりに……」
「いや、敵の能力を侮っていた僕たちのミスだ、気にすることはない。おそらく、しばらく休めば治ると思う」
気丈な口ぶりとは裏腹に、タスクはベンチに腰掛けると、体力が尽きたようにがくりとうなだれた。
担ぎ上げてきたスパークルの体を同じくベンチに横たえ、ぐったりとする三人を見渡しながらレオがぼやく。
「六人中三人がダウン、か。あのメガビョーゲンとかいうヤツ、デスガリアンと同じくらい厄介だな」
「いや、あたしのダメージの半分以上はレオさんにぶん回されたせいですけどね?」
そうだったか? ととぼけるレオに、フォンテーヌは神妙な面持ちで尋ねる。
「あの……、そのデスガリアンって一体何なんですか? ビョーゲンズの他に、この地球を狙う誰かがいるってことなんでしょうか」 レオはセラと顔を見合わせると、「まあ、そういうこった」と頷いた。
「うぇぇウソでしょー、もうビョーゲンズだけでも大変だってのにぃ! これ以上新しいのが登場したらあたし、頭が持たな――」
と、頭を抱えたスパークルの背後。
大浴場との間を隔てる垣根が、いきなり派手な音を立てて吹き飛んだ。
「…………い?」
恐る恐る振り向いたその先、湯煙の奥に、まるで巨大な岩のような人影が現れた。フォンテーヌは反射的に身構える。
「まさか、二体目のメガビョーゲン!?」
「ちょっとー! 一日に何体も出すのはルール違反だってこないだも言ったでしょー!」
寝そべりながらびしっと指さすスパークルに、珍しく動揺の色をにじませながらダルイゼンは言い返す。
「いや、そんなこと言われてないしルールを制定した覚えもないけど……、あれはメガビョーゲンじゃない」
「えぇっ!? じゃ、じゃあまさか……」
フォンテーヌが恐る恐るセラの方を振り返ると、彼女はこくりと頷いた。
「……そ、あなたたちが噂するから、本当に来ちゃったわよ」
「ということは、あれがその、デスガリアン……!?」
湯煙が晴れ、現れたのは、デスガリアンのプレイヤー、モンド・ダイヤだった。
「おんやー? ジュウオウイーグルに言われて来てみれば、こっちにゃ他のジュウオウジャーと、……なんか変な格好した小娘たちがいるど」
「大和に言われて……?」
「おそらく、入浴中に出くわして、何とかこっちに誘導したのだろう……さすがに丸腰ではな」
「丸腰どころか素っ裸だもんね……」
タスクとアムのフォローを他所に、レオが一歩前に出て、モンドに向かって啖呵を切る。
「わざわざこんなところまで何しにきやがったデスガリアン!」
「お前らと同じ、単なる慰安旅行だど。ただ……、事前の情報通り、いや、それ以上に、この旅館沢泉の温泉は非常に素晴らしい! 気に入ったど! 温度、泉質、風景……何を取っても他とは一線を画した魅力に満ち溢れているど!」
「……はぁ? 何言ってやがんだテメェ?」
微妙に早口でまくし立て始めたモンドに、ジュウオウジャーもプリキュアも目を見合わせ首をかしげる。
「この旅館を、オデの支配する温泉旅館の記念すべき第一号にしてやる、と言っているんだど! 今日からこの温泉は常にオデの貸し切り! 常にオデが一番風呂! 温泉卵もフルーツ牛乳も懐石料理も全てオデのために作ってもらうだど!」
「……はぁ? 何言ってやがんのよあなた……」
と、そこに割って入っていったのは眉間に大きく皴を寄せたフォンテーヌだった。
「ていうか、なに人の温泉の壁、派手にぶっ壊してくれちゃってるわけ……?」
「あー? 入り口がわかんなかったからとりあえず最短距離でぶち破ってきただけだど。なぁに、この温泉はすぐにオデのものになるんだから、むしろ光栄に思うがいいど」
けたけた笑うモンドに、フォンテーヌのたゆたう海のようなロングヘアーが、嵐の前の浜辺のようにざわめき立つ。
「ふざけないでよ……ビョーゲンズやらデスガリアンやら、よってたかってウチの温泉めちゃくちゃにして……。ウチを営業停止に追い込むつもり!?」
先ほどまでとは打って変わった剣幕に、セラもレオも動揺し始める。
「お、おい、黄色の方ー。なんかお友だち、さっきとまでとキャラ変わってんぞ……?」
「いやー、ちゆちー完全にマジギレモードですね……。そうなったちゆちーはもう、のどかっちが小一時間かけてなだめないと止められませんね……」
「ひなた!!」
「ぴぃ!? あ、あたし、ラテのお手当てしてきまーす!」
寝そべっていたスパークルは猫のように飛び上がると、ラテの元へと逃げるように駆けていった。
「まったく……! とにかく、これ以上うちの営業を妨害しようってんなら、徹底的に"お手当て"してあげるんだから……!」
「え、ちょ、ちょっと待ちなさい!」
セラが制止する間もなく、矢のように駆けだしたフォンテーヌは、瞬時にモンドとの距離を詰め飛び掛かる。
「せぇぇいやっっ!!」
フォンテーヌの繰り出した渾身の蹴りは、モンド・ダイヤの巨大な頭部へとクリーンヒットした。
だが、
「硬い……!?」
フォンテーヌの目じりに思わず涙がにじむ。モンドの光輝く外皮は、これまでに相手をしてきたどのメガビョーゲンよりも硬く、まるで地面を殴っているかのように手ごたえを感じない。
フォンテーヌは、なるべく硬い外皮を避けるようにパンチの連打を浴びせるが、それでもまるで効き目がないようだ。
「弱い、弱い! 弱すぎて気持ちいいくらいだど! オデ、まだマッサージなんて頼んでねぇど?」
「くっ……!」
「そろそろこっちから行くど!」
思わず距離を取ったフォンテーヌに向かって、モンドは両腕を堂々と突き出した。その大きく肥大した腕の根元から、突如ガスのように炎が噴き出し始める。と思った次の瞬間、突如分離した腕がまるでロケットのように射出され、フォンテーヌ目がけて飛来した。
「いいぃっ!?」
予想だにしない攻撃にうろたえたフォンテーヌは、バク転しそうなほどの勢いで上体をそらし、ぎりぎりのところで襲いかかる双拳をかわした。
「な、何なのよコイツ! 滅茶苦茶な攻撃だわ……!」
「なに言ってるんだど。ゴリラと言えばロケットパンチ。これは常識だど」
「いったいどこの界隈の常識なのよ!」
くるりと弧を描いて帰還してきた両腕を再びセットし不敵に笑うモンドにツッコミを入れるフォンテーヌだったが、外野から気の抜けた声が飛んでくる。
「あー、でも確かに、うちのゴリラくんも使ってるよね、ロケットパンチ」
「んー、となるとぉ、あたしたちもパートナーがゴリラちゃん型の妖精だったらワンチャンあったかもですね」
「スパークル! アムさんも! 敵の言う事に同意しないでください! 大体、だからって名前がキュアゴリラになるってわけでもないでしょ! ……ん? キュアゴリラ……」
「おしゃべりはおしまい! さあ、どんどんいくどー!」
モンドは、二つの拳を交互に飛ばし、フォンテーヌに付け入る隙を与えない。
「くっ……! こうなったら……!」
飛び交う拳を避けながら苛立つフォンテーヌは、ヒーリングステッキを身構え、懐から水のエレメントボトルを取り出した。
「ええぇっ!? フォンテーヌ、相手はビョーゲンズじゃないのに、さすがにそれはどうかと思うペェ……」
「いいからやるわよペギタン!」
「ひぇぇ、マジギレちゆちーペェ…」
エレメントボトルをセットしたちゆは、ヒーリングステッキの肉球を素早く三回タッチし、ライフルの銃口を向けるように狙いをつける。
「プリキュア! ヒーリングストリーーーム!!」
ステッキの先端から鉄砲水のような勢いで流れ出た浄化の光が、油断しきっていたモンドの体を押し流すように直撃する。
「ぐおああぁっ!? な、なんだどこの光は……!?」
青い光はさらに勢いを増し、モンドの体を完全に飲み込む。やがて、その奔流が消え去ると、そこには跡形もなく浄化されたモンドが――
「……うそ、浄化できない!?」
――ということはなく、まったく無傷の状態で、しかし何かに心を奪われたようにただぼんやりと立ち尽くすモンドがいた。
「ヒーリングッバイ……って、はっ!? いつの間にか、身も心も故郷の惑星に帰っていたつもりになってたど!?」
「フォンテーヌ……あれは確かに悪者だけど、ビョーゲンズじゃないから浄化も何もないペェ……」
やや呆れ気味にツッコむペギタンに、うう、と気まずそうに目をそらすフォンテーヌ。
「で、でも、それじゃあ一体どうすれば……」
「そりゃ、デスガリアンなら俺らに任せとけってことだぜ!」
後ろから大声がしたかと思うと、そこにはセラとレオが立っていた。
「あなたはちょっと休んでなさい、ジュウオウジャーの本当の戦いってやつを見せてあげるから……!」
セラはジュウオウバスターを剣に切り替え、その切っ先をモンドへと向ける。
「ぬうううぅぅ、なんだか頭がのぼせたみたいにフワフワするど! またさっきの変な技を撃たれる前に、ジュウオウジャー! やっぱりおめぇらから倒してやるど!」
モンドが再び両腕を撃ち込もうとするより先に、レオが吠える。
「野生開放!!」
途端、レオの両手が大きく肥大化し、その指先の爪も長く伸び鋭さを増す。
レオがその爪を大きく振るうと、ジューマンパワーが雷光を帯びた斬撃の波動となって飛来し、モンドの拳と正面衝突する。二つの拳はそのパワーに押し負け、明後日の方向へ飛んで行った。
「なんだぁ? 全然ヘナチョコじゃねえか自慢のパンチもよぉ!」
「ぐぬぅぅぅ、体にうまく力が入らねえど! 長湯したってこんなことにはならねぇのに!」
「じゃあ遠慮なくいかせてもらうわよ、はっ!!」
その隙に、セラはモンドとの距離を一気に詰め、大きく上段から斬りかかる。その刃はモンドの正中を捉えるも、やはり額のダイヤが鋭い音を立てて、一片の傷さえ負わせることができない。
「ククク、だからって防御力にはなんの衰えもありゃしねぇど!」
「そう? じゃあ遠慮なく切り刻ませてもらおうかしら?」
「やれるものならやってみるがいい、ど!?」
突然の背後からの衝撃に、思わずモンドはのけぞる。しかしセラは真正面で相対しているし、レオも未だモンドの視界の中にいる。では一体誰が――
「って、アムさん!?」
「はーいやっほー!」
先ほどまで腰掛けでぐったりしていたはずのアムは、いつの間にかモンドの背後へと回り込み、レオと同じく野生開放した大きな爪をモンドに突き立てていた。
「やはり、あのダイヤの隙間であればこちらの攻撃は通るようだな」
「タスクさんも! 本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、ラテ……様と呼ぶべきなのか? あの子のおかげだ」
足湯の方に目をやると、聴診器を片手に手を振るスパークルと元気に吠えるラテ、そしてその傍らに、ぷかぷかと浮かぶ雲のエレメントさんがいた。
「ラテが雲のエレメントさんに頼んでくれて、タスクさんとアムさんに力を分けてくれたんだよー!」
「あのワンちゃんも只者じゃないってことね……!」
「なんだかよくわかんねぇが、とにかくチャンスだ! 行くぜてめぇら!」
セラとレオも加勢し、アムとともにモンドの体を切り刻む。ダイヤの硬皮の部分にこそ傷はつけられないものの、無数の刃は確実にダメージを蓄積させていく。
「ぐっ、ぬおおぉぉ……! ま、まずいど……!
「折角の好機だ。ここで決めさせてもらう! 野生開放!」
タスクが叫ぶと、彼の両足は大槌のような太く大きな足へと進化する。
「はああぁぁ……」
タスクは気合を込め、ジューマンパワーを集中させた右足を大きく、ゆっくりと振り上げる――
「ちょ、ちょーーっと待ってください!!」
と、その様子を見つめていたフォンテーヌは慌ててタスクに向かって声を上げた。思わぬ制止に、タスクはつんのめるように動きを止める。
「っっ!? な、何だ! どうして止める!?」
「それ、その技、なんかよくわかんないけど、足でドカーンってやるやつですよね!?」
「?? ああ、そうだ。大地に流し込んだジューマンパワーで地盤ごと相手の体を破壊する――」
「そ、そんなことしたらウチの温泉が壊れちゃいます!!」
「っ、君は、そんなことを言っている場合か!」
と、二人が言い合っている間に、モンドは態勢を立て直していた。
「んぬぬ、なんだか頭もドリーミングな感じだし、ここはいったん本当にグッバイさせてもらうど!」
「お、おい待ちやがれ!」
レオは慌てて追いかけようとしたが、両腕も駆使して地面を蹴り走り去るモンドは予想以上に速く、あっという間に湯煙の奥へと消えていった。
「す、すみません。わたしのせいで……」
静けさを取り戻した足湯の真ん中で、フォンテーヌはタスクに平謝りした。
「……いや、仕方がない。ここは君の両親が経営する旅館だしな」
「! やっぱり、私たちの正体……」
「そのステッキから顔を出しているのは君たちが連れていた子達だったし、気付かないわけないだろう」
「そもそも、さっき一回『ちゆ』『ひなた』って呼び合ってたしね」
「うう、そういえばそうでした……」
タスクとセラのツッコミに少し恥じ入りながら、フォンテーヌとスパークルは変身を解除した。
「えぇぇ~~! プリキュアの正体ってお前たちだったのかよ!」
「いや君は気付いていなかったのかレオ……」
「だってよぉ、服も髪の色も全然違うからよー」
「バカ」
掛け合いをしながら、ジュウオウジャーの四人も変身を解除した。そのマスクの下から現れたのは、荒々しい獣の顔。そしてその顔はまたすぐに、元の人間の顔に戻る。
「ま、秘密にしていたのはお互い様だったということで、おあいこね」
「ふふっ、そうですね」
微笑み合うセラとちゆに、アムも笑顔で続く。
「改めまして、私たちは動物戦隊ジュウオウジャー。残念ながら、ヒーリングガーデンって所じゃなくて、ジューランドからやってきた迷子のジューマン四人組です。もっとお互いのこと、きっちり話し合ったほうがよさそうだね」
「ええ、もちろん。こちらも改めて紹介します。この子はわたしのパートナーのペギタン。そして、」
「オレはニャトランだ! よろしくな、アニキ!」
ぴょんとひなたの肩に飛び乗ったニャトランは、レオに向かって威勢よく言い放った。
「あ、アニキぃ? ニャトランどうしたのいきなり?」
「だってよ、ライオンっつったらオレたちネコ族のトップであり憧れだぜー? しかも超強いし!」
「おう、いいぜ! アニキでもなんでも好きに呼べニャトラン!」
「じゃ、じゃあ、セラさんのことは、是非アネゴと呼ばせていただきたいペェ……」
「いや、悪いけどそれは勘弁してほしいわ……」
□ □ □
「ありがとう、のどかちゃん。車椅子まで持ってきてもらってしまって」
「い、いえ。強情を張って、大和さんの腰を悪くさせてしまったのはわたしですし……」
「ああもうそんな、申し訳なく思う必要はないから! ね?」
しょぼくれながら車椅子を押すのどかを、大和は必死に慰める。
「と、とにかく、お互い向かう場所は一緒なんだから、とにかく今は急ごう!」
「はい……!」
のどかは駆け足気味に車椅子を押した。足湯はもうすぐ目の前だ。
(ごめんね、ちゆちゃん、ひなたちゃん! ラテもエレメントさんも、どうか無事でいて……!)
足湯へと続く扉の前に到着すると、のどかが体の支えとなり、大和はなんとか車椅子から立ち上がった。
扉の向こう、先ほどまで遠くに聞こえていた喧噪もすっかり治まっている。戦いは終わったのだろうか。
二人は足湯をそっと覗き込んだ。すると、
「えー!! うっそ本当にしっぽだ超ーかわいいぃ~~~! あたしも欲しい~~~!」
「そうかなぁ。ひなたちゃんこそ、キュアスパークルの服すっごく可愛かったよ! ジュウオウジャーのスーツもああいうのだったらいいのになぁ。あれって誰デザイン?」
「なぁなぁ、アニキみたいに強くなるにはどうすればいいんだ?」
「そうだなあ、まずはとにかく肉を食え! そんでとにかくケンカに明け暮れろ!」
「うわっ、ゾウさんやめるペェ! 鼻からお湯を吹きかけるのは!」
「キューブエレファントも、すっかりここの温泉が気に入ったみたいだな」
「ふふ、キューブシャークもすっごく気持ちよさそうに泳いでる。あー、私も泳ぎたくなってきちゃった。ちゆ、女湯はあっちだっけ?」
「いえ、温泉は遊泳禁止です、セラさん……」
「「すっかり打ち解けてるーーーー!!??」」
足湯を取り囲む和やかな雰囲気に、すっかり置いてけぼりになった二人の声が、旅館沢泉の空へと遠くこだましたのだった。
■ ■ ■
「……結局何だったんだ、アイツ」
旅館沢泉から少し離れた、雑木林の中。ビョーゲンズの使徒、ダルイゼンは、先ほどの戦いの後の出来事を思い出し、旅館の方を振り返った。
使役していたメガビョーゲンが敗れ去ったのでとっとと帰ろうとしていたその時、突如現れた埒外の怪物、デスガリアン。どうやら、ジュウオウジャーとかいう、プリキュアたちとは別の勢力と敵対しているようだった。
そう言えば、あのジュウオウジャーという連中も謎だ。メガビョーゲンを浄化する力こそ無いようだが、その技の純粋な攻撃力で言えば、一人でメガビョーゲンにも匹敵するレベルだった。あんな連中がなぜ今まで姿を見せず、急に現れプリキュアたちと一緒にいるのか、その目的は。
「……めんどくさ。適当に時間潰してから帰ろ」
そう独り言ちて、ダルイゼンは枝に寝そべるのにちょうどよい樹木を見つけて飛び乗り、幹にもたれかかって目を閉じた。
プリキュアに敗れたところで本人は大して気にも留めないが、ビョーゲンキングダムに帰れば他二人の幹部が『あら、お早いお帰りで~』だの『鍛錬が足りない証拠だな!』だのとにかくうるさい。
地球の澄んだ空気を吸い込みながら寝るのは不快ではあるが、面倒ごとよりはマシだった。
…………目を閉じて、まぶたの裏にまどろみが少し顔を覗かせたその時だった。
「おーい、そこのしっぽ小僧ー! ちょっと降りてこいだど!」
……真下から、つい先ほど聞いたような気がする野太い声が響いた。だが、ようやく眠くなってきたところなので、無視することにする。
「せーの、どすこーい!」
「おわっ!?」
突如、轟音とともにもたれかかっていた木が飛び跳ねるように揺れ、ダルイゼンはカブトムシよろしく地面へと叩き落された。そこには、先ほどダルイゼンと入れ替わりにプリキュアたちに戦いを挑んだ、丸太のような剛腕を持つ怪物、モンド・ダイヤが幹に向かって張り手を突き立てていた。
「痛てててて……何すんだ!」
「人が話しかけてんのに寝てるフリする方が悪いんだど。それよりお前、さっきあのプリキュアとかいうのと戦ってた小僧だど……?」
「だったら何」
したたかに打ち付けた後頭部を押さえながら、憮然とした態度で問い返すダルイゼン。
すると、モンドはにやりと笑い、ダルイゼンに再度問いかけた。
「オデ達……手を組まねえかだど?」
第3話へつづく
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第3話
■ ■ ■
「オデ達……手を組まねえかだど?」
にたりと品の無い笑みを浮かべながら、金剛石と剛腕の巨人、モンド・ダイヤはダルイゼンへと手を差し伸べた。
ダルイゼンはその無骨な掌を乾いた瞳でしばらく見つめた後、
「断る」
「そうそう、オデとお前が手を断ればあんな小娘やジュウオウジャーなど、って話を聞く前から断るんじゃねえど!?」
憤慨するモンドにダルイゼンは、ふん、と鼻で返し、
「いや、唐突すぎるし、昼寝邪魔されたし、外見が全く信用できないし、そもそも仲間内でもめんどくさいのに他の誰かと組むなんてだるくてやってらんないし、……昼寝邪魔されたし」
「昼寝を邪魔したのは謝るし信用できない見た目なのは百歩譲って認めるにしても、話くらい聞いてくれてもいいんじゃねぇかだど!?」
無理やり腕にすがりつき食い下がってくるモンドを心底面倒くさそうに見下しながら、ダルイゼンは問い返す。
「そもそも、どうしてオレがお前と組まなきゃいけないわけ」
「わかんねぇかだど? オデはあのジュウオウジャーを倒したいけど、あのプリキュアとかいう娘っ子どもの妙な術を喰らうと頭がほわほわして戦いになんねぇだど」
「術て」
「それに、お前だってあのジュウオウジャーには苦労したんじゃねぇかど? どういうわけか知らねぇが、あいつらが手を組んでる今、こっちも手を組んだ方がいいのは明白だど!」
「……別に、あれくらい、次は何とかするし」
ダルイゼンは少し言いよどんだ。
正直、痛いところを突かれた。実際、メガビョーゲンを浄化する能力はなくとも、ジュウオウジャーのあの圧倒的な攻撃力は脅威だ。彼らがプリキュアと手を組めば、メガビョーゲンによる地球侵略は難しくなりそうだ。
「その何とかの部分について話し合い、対策し、協力しようという、至極真っ当で建設的な提案だど! ささ、まずは話し合いを……」
「…………やっぱり嫌だ」
押し問答、いや一方的な押し売りと全く受ける気のない不毛なやり取りをしばらく繰り広げていると、突如二人の傍に二つの影が降り立った。
ダルイゼンと同じく深い赤のコートを身にまとった、妖艶な女性と筋骨隆々な男性のアンバランスな二人組だった。
「だ、誰だど?」
「ちょっと、ダルイゼン。なにそのやたらピカピカしたデカブツは。アンタが生み出したメガビョーゲン……なわけないわよね」
「プリキュアとの戦いの報告もせずに、こんなところで何をやっとるんだ貴様は」
「シンドイーネ、グアイワル……。え、ていうか何でここがわかったのさ」
ダルイゼンは、彼には珍しく驚いた様子で、ビョーゲンキングダムの同胞二人に尋ねた。
「俺たちも、地球を蝕むのにちょうど良い標的はないかと偵察に来ていたのだが……。急に尻尾がいまだかつてない反応を見せてな」
「尻尾が反応……そんなことある?」
「あるのよそれが。もう急にピーンッ! って! 根元からちぎれるかと思っちゃったわよ!」
シンドイーネは不機嫌そうに尻尾の付け根をさする。
「で、その反応が強い方へと向かってみたら、お前とそのデカブツがいたというわけだ」
三人の視線を集めたモンドは、うーんとしばらく何かを考えこんだ後、何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「そういえばあのジュウオウジャーどもも、オデ達デスガリアンの気配を尻尾で感知しているらしいと聞いたことがあるど」
「つまりアンタが発生源、てか、元凶ってわけね……。でもダルイゼン、なんでアンタの尻尾は反応してないわけ?」
「フン、持ち主と同じで、尻尾までやる気がないのだろうよ」
「ま、そういうことでもいいよ。……持ち主っていうか、体の一部だけど」
グアイワルの皮肉も柳に風のダルイゼンを呆れた目で見つつ、シンドイーネは問いかける。
「で? ダルイゼン、結局このピカピカゴリラちゃんは何者なの? 只者じゃないみたいだけどなんでアンタと一緒にいるの? そのデスガリアンとかジュウオウジャーとか一体なんなわけ?」
「いや、だからオレも知らないんだって」
「ほいほい、ちょっと待った! シンドイーネとグアイワル、だっただど? それはオデの方から説明するど! こんなガキよりよっぽど話のわかりそうな奴らが来てくれて助かったど!」
ダルイゼンとの間に割って入ってきたモンドに、シンドイーネとグアイワルは顔を見合わせ、しぶしぶ彼の話を聞き始めた。
「……なるほど、戦隊とな……」
「そんなパワフルな奴らが、今はあのプリキュアたちと一緒にいるわけ?」
モンドから、デスガリアンと彼らに仇なすジュウオウジャーの詳細、そして先ほどの戦闘の話を聞き、二人は神妙な面持ちになった。
「そう! だから今こそ、オデ達デスガリアンとお前らビョーゲンズで手を組み、やつらをコテンパンに叩きのめしてやるど!」
「コテンパン、って久しぶりに聞いたわね。……グアイワル、どう思う?」
ふむ、とグアイワルはしばらく考え込んだ後、
「確かに、そのジュウオウジャーという連中の戦闘力は侮りがたいものがあるようだ。浄化能力がなかったとしても、プリキュアと組まれれば厄介であることは間違いない」
「……ということは!」
話くらいは聞いてやろう、とうなずくグアイワルに、モンドはぐっとガッツポーズを取った。
「よし! 一時はどうなることかと思ったけど、これで今回のブラッドゲームの勝ちは見えただど! むしろ、もっともっと盛り上がってジニス様にもお喜びいただけるだど!」
「ゲーム、ねぇ」
自分のネイルの艶を気にしながら、シンドイーネは退屈そうに息を吐いた。
「では、貴様の作戦とやらを聞かせてもらおうか、モンド・ダイヤとやら」
「よくぞ聞いてくれただど。まず手始めに……」
「「断る」」
「な!? どうしてだど!? 完璧な作戦だど!?」
先ほどまでの好意的な態度から一転、眉をへの字に曲げてNOを突き付ける二人の顔を、モンドは交互に見やる。
「あのねぇ、『その辺の子供を誘拐して人質にする』なんて陳腐な作戦のどこが完璧なのよ!」
「まったく下劣で不愉快極まる。所詮、お遊びで地球を侵略する連中の言うことなど、聞く価値はなかったという事か」
呆れ顔でそっぽを向く二人に、モンドは慌てふためきながら食い下がる。
「んぐぐぐぐ、お、オメェら、地球まるごと病気にするなんてオデ達よりとんでもねぇことしようとしてるくせして、人を攫うくらいなんだってんだど!」
「あのねぇ、アタシたちは地球をビョーゲンズが住みやすい環境にするっていうのが目的なの。メガビョーゲン使って地球を蝕むってのはそのための手段なわけ。それでニンゲンがどうなろうがアタシたちの知ったこっちゃないわよ。でもね、だからと言って、目的のためならそれ以外のことでも何だってするってわけじゃないわよ! どこぞの暇人エイリアンと違ってね!」
ふん、と胸を張って言い放つシンドイーネに、モンドは言葉に窮してたじろいだ。
「……ん? だがシンドイーネ、お前以前、水族館でプリキュアの妖精を人質にしていなかったか?」
「だからあれは一人でいたから保護していただけだっつってんでしょ、本編第5話をちゃんと観返しなさいよ」
妙な剣幕ですごまれ、「お、おう」とグアイワルは引き下がる。
「と・に・か・く、そんなダッッッサイ作戦には付き合えませーん。キングビョーゲン様には、もっと美しく完璧な勝利を捧げてみせるんだから!」
「まあ、キングビョーゲン云々はどうでもよいが同意する。そんな狡い手を使わずとも、我らビョーゲンズが本気を出せばプリキュアだろうが戦隊だろうが造作もない」
「ぐぬぬぬぬ……。オイ! そっちのガキはずっと黙ってるけどどうなんだど!」
三人の言い争いから全く蚊帳の外に身を置き、木の幹にもたれて目を閉じていたダルイゼンは、あくびまじりに立ち上がった。
「正直オレは、さっさとプリキュア倒して地球を蝕めるならどんな作戦でもいいけど」
「あら、見解の相違」
肩をすくめるシンドイーネの傍らを通り過ぎ、ダルイゼンはモンドへと詰め寄る。
「ただ……、デスガリアンだかなんだか知らないけど、さっきからオレたちビョーゲンズを随分ナメた態度なのは気に喰わない、かな」
身長も体格も一回り以上大きいモンドだったが、眼下の少年の底知れぬ迫力に気圧され、思わずたじろいだ。
「うぬぬぬぬぬぬ……! も、もういいだど! オデ一人で勝手に作戦進めてやるだど! 後で混ぜてほしいって泣きついてきたって遅くはないかも知れないだどー!!」
そう捨て台詞を吐きながら、モンドは林の中へと走り去っていった。
「……結局、薄く望みを残して去っていったわね。そんなにあいつらにとってもプリキュアって脅威なのかしら」
「かも知れん。ああして啖呵は切ったものの、そのジュウオウジャーとかいう連中と本格的に手を組まれたら、何らかの対策は打たねばならんだろうな。……実際戦った者としてはどう思う、ダルイゼン」
グアイワルの問いに、ダルイゼンは少し考え、
「向こうは向こうでこっちの攻撃に弱いみたいだから、そこまで深刻に考えなくてもいいと思うけど。ま、一旦ここは様子見でいいんじゃない。あの宝石ゴリラが首尾よく作戦とやらを進めたら、それに乗っかればいいんじゃないかな」
「……自分の手は汚さず、かつ何もせずに休んでいるだけというわけか」
「実にアンタらしいわ、ダルイゼン」
ふっ、と不敵に笑うダルイゼンに、いや褒めてないから、とツッコミを入れる声が二つ重なった。
□ □ □
「じゃあタスクさんたちは、デスガリアンと戦いながら、ジューランドに帰るための王者の資格? っていうのを探してて……」
「ちゆ達は、ビョーゲンズの侵略から地球を守っているということか……よし、レオ、これで直ったはずだ」
おう、と返事をしたレオは、タスクが補修した竹垣を歯抜けになった箇所へと運んでいく。
「てゆーか、何なんですかブラッドゲームって! 遊び感覚で色んな星壊して回るなんてサイテー! あたしもう絶対に許せない! ……あ、ニャトランちりとり取って」
「でも、地球まるごと病気にしようだなんてそっちも相当ヤバいでしょ。地球も不運よね、最高に厄介な相手に二つ同時に絡まれるなんて……ちょっとアム、あなたも少しは手伝いなさいよ」
「えぇ~、ちょっと待ってねセラちゃん、大和君に貼る湿布がくっついちゃってぇ。でも、ちゆちゃんたちって本当にすごいよね、私たちは五人いるけど、たった三人の女の子だけで地球を守ってるなんて」
「ありがとうございます。……ていうか、すみません。皆さんはお客様なのにこんなことを手伝わせてしまって……」
メガビョーゲンとデスガリアンの猛攻を退けたプリキュアと戦隊の面々は、戦いによって荒れ果ててしまった足湯スペースの後片付けをしていた。
ちゆが申し訳なさそうに頭を下げると、タスクは首を水平に振って答えた。
「いや、こちらこそ申し訳ない、君と、君のご家族の大切な温泉を破壊してしまうところだった。普段はなるべく冷静に振舞っているつもりだが、戦いとなると周りに目がいかなくなってしまうのは反省すべきところだ」
「た、タスクさん、そんなに思い詰めないでください……」
「んー、このすごくドマジメな感じ、ちゆちーと通じるものがあるねー」
「え、えぇっ? わたし、そこまでマジメなんかじゃ、……いや、言われてみればわたしって融通利かないところあるかも……こないだの大会の時とか……」
「いや言ってるそばから思い詰めちゃったよ……」
俯いてしまったタスクとちゆの二人に、ひなたは呆れつつも励ましの言葉をかけた。
「ちなみに、王者の資格ってこんなのなんだけど、知らないよね……?」
大和は、車椅子の背もたれにかけたカバンから、普段配り歩いているチラシをのどかに見せる。
「いえ……すみません、見たことないです。ラビリンは何か知らない?」
「わからないラビ……。この小さな石の力で、そのジューランドと行き来ができるラビ?」
ラビリンの質問に、大和は静かに首を振る。
「いや、王者の資格は鍵のようなものなんだ。これを、リンクキューブっていうもっと大きな石に嵌めると、ジューランドへの扉が開くんだ。なんていうかこう、キラキラ光る虹色のトンネルみたいなさ」
「虹色のトンネル……。まるで、ラビリンたちが地球にやってきた時みたいラビ」
そのラビリンの一言を聞きつけて、ひなたがブラシ片手に駆けてくる。
「そうそうそれだよそれー! ヒーリングガーデンとジューランド? 地球と繋がっている異世界でー、言葉が通じるアニマルさんたちが住んでてって、なんかそっくりすぎじゃない?」
確かに、とジューマン、ヒーリングアニマルの面々はお互いの顔を見合わせる。
「その事だが、僕はそのヒーリングガーデンのこと、実は以前に文献で読んだことがある」
「マジかよタスク」
「大和が説明した通り、リンクキューブとはジューランドと人間界を結ぶ転送装置だ。だが、正確には人間界だけではなく、地球を起点としたありとあらゆる異世界と繋がっているらしい」
タスクの話に何かを閃いたアムは、満面の笑みでニャトランの元へと駆け寄った。
「じゃあさじゃあさ! そのヒーリングガーデンに私たちを連れてってもらって、そこからそのテアティーヌ様に頼んで、ジューランドに送ってもらう、なんてできないかな!?」
「ニャ……、そ、それは……」
期待に鼻を膨らませるジューマンたちの視線を集めるニャトランだが、眉をへの字に曲げてペギタンと顔を見合わせる。
「……きっと、無理だと思うペェ。確かに、ボクたちも地球と繋がってる別の世界のことは少し聞いたことがあるペェ。でも、ジューランド、っていう具体的な名前は聞いたことないし、そこに繋がる門のことなんて……」
「だよね……」
アムだけではなく他の三人も、一瞬膨れ上がった期待が脆くもはじけ、がくっとうなだれた。その様子に、大和は慌てて声をかける。
「まあまあ、みんな! これも何かのきっかけになるかもしれないんだから! ね?」
のどかもうんうんと頷きつつ大和に続く。
「そうですよ! 今まで全く繋がりのなかった三つの世界のわたしたちが、こうして出会えたってことは、お互いの世界の隔たりなんて、実はそんなに大したものじゃないのかもしれません! …………た、たぶん」
のどかの力説にしばらくぽかんとしていたジュウオウジャーの面々だったが、やがて声を上げて笑い始めた。
「いいこと言うわね、のどか。確かに、偶然にしちゃ出来すぎているものね」
「そう考えた方が前向きになれるわな! 案外、王者の資格になんて頼らねえ方が早ぇかもな!」
「はい! わたしたちも、大和さんたちが早く元の世界に戻れるように、できることは何でも協力しますから!」
うんうんと頷き返していた大和だったが、途中できょとんとした顔に変わり、何かに気づいて大きくかぶりを振った。
「あっ、のどかちゃん! 違う違う違う! 俺は普通の人間! 地球人!」
「…………えっ、そうなんですか?」
今度はのどかがきょとんとした顔をする。
「いや、のどかっち。ぶっちゃけあたしも同じ勘違いしてたわ……」
「そっかそっか、そこもちゃんと説明してなかったね。俺はジューマンじゃない……んだけど、レオたちがこの世界にやってきたときにデスガリアンとの戦いに巻き込まれて、一緒にこの地球を守りたい、って強く思ったらなぜか変身できちゃって」
「あん時ゃびっくりしたよな、ジュウオウジャーに変身できるのはジューマンだけだと思ってたからよ」
のどかはしばらく面食らった顔をしていたが、やがておずおずと大和に尋ねる。
「じゃあ、大和さんも、ある日突然ジュウオウジャーに変身したんですか……?」
「そう、それまでは本当にただの動物学者」
「そう……、だったんですね」
少しうつむくのどかに、ジューマンたち四人は顔を見合わせてにやりと笑うと、そそくさと彼女の元へと詰め寄った。
「へ? な、なんですか??」
「そう、そして、私たちこそが~~~」
「本物の~~~、ジューマンだ!!」
アムとレオの掛け声とともに、四人は一斉にジューマンの顔へと戻る。
その変わりっぷりにのどかは白目を見開き、そしてその瞳はやがてきらきらと輝き始めた。
「ふ…………、ふわぁぁぁっ、すっごーーーい!! 本当に動物さんだー! ち、ちゆちゃんひなたちゃんすごいよ!」
「「いや、わたしたちはもう済ませました……」」
「ふわぁ、ふわぁぁ! 牙かっこいい! 鼻が長い! すごいすごーい!」
鼻息を荒くしてジューマンたちの顔を四方から見つめるのどかに、ジューマンたちはどこか自慢げだった。
「のどか、ラビリンたちに会った時はもっとリアクション薄かったラビ……」
「むしろかなり遅れて反応してたペェ」
「やっぱ妖精のナリだと迫力足らねえよナ」
「す、すみません皆さん、はしたないところを……」
のどかの興奮が収まったところで、一同は今後のことについて話し始めた。
「コホン。あのデスガリアンは、どうもここを狙っているようだった。痛手を負わせたから、しばらくは来ないと思うけど……。明日からは俺たちで、この辺一帯を監視してみようと思う」
「そんな、せっかく湯治に来てくださってるのに」
申し訳なさそうにするちゆに、気にしないで、と告げながら大和は続ける。
「俺たちの宿泊先にアイツが現れたのも、まあ結果的にいい偶然だったってことで。ちゆちゃんがプリキュアになれるとはいえ、デスガリアンを相手にするなら俺たちの方がいいはずだし。いいよね、みんな?」
聞かれるまでもない、とばかりに大きく頷くジュウオウジャーの面々に、ちゆはすくっと立ち上がった。
「……わかりました、そこまでおっしゃっていただけるなら、旅館沢泉の娘である権限を最大限に利用して、皆さんの今日の夕食に、伊勢海老をつけさせていただきます!!」
拳を固めて言い放たれたちゆの宣言に、ジュウオウジャー一同から歓声が上がる。
「ほ、本当にいいのかい、ちゆちゃん?」
「もちろんです。ですから、せめて今日の夜は、当館自慢の料理に舌鼓を打って、ゆっくりとごつくろぎください」
「うおおお、マジかよ! いっせえび! いっせえび!」
肩を組み合ったジューマン四人から巻き起こる伊勢海老のシュプレヒコールに、思わずのどか達も笑いだしてしまう。
「よし、じゃあ話もついたところで、片付けさっさと終わらせちゃいましょ。私もすぐに温泉入りたいし」
セラの言葉に、ジューマンたちは威勢よく返事する。
「で、大和は部屋に戻って体を休めること! いいわね?」
「は、はい……」
「まったく、大和くんの腰を治すために遠路はるばるすこやか市まで来たっていうのに、まさか悪化させちゃうとはね」
「いや、絶対その目的の優先順位、もう三番目くらいに格下げされてるよね?」
「す、すみません。わたしのせいで……」
申し訳なさそうにするのどかに、ジュウオウジャー一同揃って首を振る。
「いーや、のどかは悪くねぇ」
「そうとも。デスガリアンが出たからといって、何も慌てて来ることは無い。こんな時くらい、僕たちに任せておけばいいんだ」
「いや、そうも思ったんだけど、どうもじっとしていられなくて……」
「と、に、か、く! 今は休むことが先決! はい、早く部屋に戻って!」
セラとタスクに急かされ、半ば逃げるように大和は車椅子を漕いで足湯を離れようとした。
「あ、じゃあわたし、手伝います!」
「うう、ごめんねのどかちゃん、正直、これ漕ぐのも痛くて……」
のどかは、ちゆやセラたちに会釈をして、足湯を後にした。
□ □ □
ロビーへと向かう廊下、のどかは思わずくすくすと笑いだしてしまう。
「いやもう、本当にみんな騒がしくて、お恥ずかしい」
「あ、いえ、違うんです。みなさん、本当に仲が良いんだなあって。でもまさか、『一緒に戦ってきた仲間』っていうのが本当の戦いのことだとは思いませんでしたけど」
「ごめんね、隠してて。ちゃんと説明してれば、あの時あんなにゴタゴタしなくて済んだのに」
「いや、でも信じてもらえると思わないですもんね……」
「お互いに、ね……」
振り向いた大和と目が合い、お互い苦笑する。
「いやー、でも俺は見てないから未だに信じられないなー。のどかちゃんや、ちゆちゃん、ひなたちゃんが変身して怪獣と戦う女の子だなんて」
「そ、そんなこと言ったら大和さんだって、……いえ、そんなことないですね。大和さんはなんだか、すごくヒーローって感じがします」
「え、ど、どこが? 今の俺なんてただの腰痛を患う成人男性だけど……」
「そ、そこは置いといてですね」
微妙にしょぼくれる大和を気遣いつつ、のどかは続ける。
「ジューマンの皆さんも、すごく大和さんのこと信頼してるんだなあって、伝わりますよ」
「そう……、なのかな?」
「それに、四人もの人をみんな一緒に匿ってあげようなんて、なかなかできないですよ」
「まあそれは、セラたちがこっちの世界に来ちゃったのは微妙に俺のせいでもあるし……のどかちゃんだって、ラビリンやラテと一緒に住んでるんでしょ?」
「ラビリンとラテは小さいですし、セラさんたちを連れてきて一緒に住まわせてください、なんて、とてもお父さんやお母さんに言えないです……」
それもそうだね、と大和は苦笑する。
「でも、俺がヒーローならのどかちゃんたちもヒーローだよ」
「そんな、わたしは、別に……」
のどかの、車椅子を押す足並みが次第に遅くなっていき、
「本当に、わたしは、全然違ってて……」
「……どうしたの、のどかちゃん?」
やがて、タイヤの空しい音とともに、車椅子の動きは完全に止まってしまった。
「あの……、大和さんって、初めて変身したとき、どう思いました?」
「どう、って……?」
「わたしはこう思ったんです。『わたしの体じゃないみたい』って……。ラビリンたちとずっとお手当してきたけど、その感覚はいまだに変わらなくて。……わたし、体力がなくて、自分の力じゃうまくいかないことが色々あって、それでも頑張ろうって、思ってるんです。でも……」
大和は、車椅子をゆっくり反転させ、声を震わせ言葉を紡ぐのどかへと向き直る。
「時々、ふと考えちゃうんです。『キュアグレースになればこうじゃないのに』って」
「のどかちゃん……」
「そんなこと考えても、キュアグレースじゃないわたしがどうにかなるわけでもないのに」
「……ちゆちゃんとひなたちゃんと、そういうこと話したことはある?」
大和の質問に、のどかは静かに首を振った。
「こんなこと考えてるの、わたしだけじゃないかって。聞いて、もしそんなことないって言われたらって……」
少し震えるのどかの声に、そっか、と大和は答え、しばらく考え込み始める。
「ご、ごめんなさい、こんな話いきなり……」
「…………ぶっちゃけさ、」
「……はい」
「ギャップ、すごいよね! 変身前と後の!」
真剣な表情から一転、ぱっと目を見開いて言い放つ大和に、のどかは呆気にとられて生返事を返した。
「俺さー、ジュウオウイーグルに変身すると、空飛べるんだよね! 誰にも言ったことないし言えないけどこれ、もうすっごく気持ちよくって! もう満員電車乗ってる時とかに空見ると『飛びて―』って思うもん!」
「わ、わかります……! わたしも、キュアグレースになるとすごい力持ちになって、家みたいに大きな岩でも持てるようになるんです! でも、変身前は漬物石がやっとです……」
「ケンカもろくにしたことないのに、体はもうモーターでも入ったみたいにギュンギュン動いて、テレビの格闘家みたいにパンチもキックも決まるしさ。でも、戦い終わった後に自分の体動かすと『あれ、どう戦ってたっけ?』ってさ、こう」
腰の入っていないへなっとした正拳を繰り出す大和に、のどかは思わず吹き出してしまう。
「や、大和さんでもそうなるんですね……」
「いや、なるでしょ! 俺、最初に変身した日、興奮して夜眠れなかったもん!」
「わたしもです! ラビリンたちをお家にかくまったり色々あって疲れたのに、もう目がらんらんとしちゃって……」
わかる、と大和はうんうんと頷く。
「でもさー、他のみんなはジューマンだからさ。元々パワフルだし、ジュウオウジャーのことも前から知ってたみたいだから、そこまででも無い感じで。『あれ、俺だけ?』みたいなさ……」
苦笑するのどかに、大和は少し声色を落として続ける。
「……てな感じで、俺はそのうち何となく割り切っちゃったけど、のどかちゃんの中ではそうじゃないんだね」
「……はい。強いキュアグレースもわたしだし、強くないわたしも、わたしで……。だからその、うまく言えないんですけど……」
「確かにさ、ジュウオウイーグルは強いよ。人間の俺じゃできないことが色々できるようになる。でもさ、落ち着いて考えてみるとさ、それってそんなに沢山あるわけじゃないんだよね」
「……え?」
「ジュウオウイーグルは空も飛べるし、力は強いし、デスガリアンと戦う事が出来るけど、動物の研究ができるわけじゃない。料理ができるわけでもないし、お風呂の掃除ができるわけでもない。だから、キュアグレースじゃないとできないことなんて、実はそんなにないんじゃないかな。のどかちゃんが、のどかちゃんのままでできるすごいことって、もっといっぱいあると思うんだ」
「わたしのままで、ですか?」
「そう! 特別な事じゃなくてもいいんだ。例えば今日、デスガリアンの方に向かおうとする俺を心配して止めてくれただろ?」
「あれは、でも、そのせいで大和さんの腰が悪くなっちゃって」
まあ一旦それは置いといて、と大和は箱を運ぶジェスチャーをする。
「それに、落ち込んだ俺の仲間を励ましてくれた。キュアグレースだからじゃない。あれは、のどかちゃんが、のどかちゃんだからできたことなんだ。今は無理なことでもいつかはできるようになって、キュアグレースじゃなくても、ヒーローみたいなのどかちゃんになれるかもしれない」
「……なれるんでしょうか、わたしに」
もちろん、と大和は力強く頷いた。
「今度、ちゆちゃんやひなたちゃんにも聞いてみなよ。きっと、のどかちゃんと同じことを考えていると思うよ」
「……はい!」
そして二人はエレベーターの前へと到着した。
「ありがとう。ここまで来れば、後は自分で戻れるよ」
「大和さん、あの……、突然お話聞いてもらって、ありがとうございました」
「全然全然! 俺なんかでよければ、相談に乗るよ」
謙遜する大和に深々とお辞儀をし、のどかはちゆ達の元へと戻っていった。
その姿を笑顔で見送ると、大和は車椅子のタイヤを漕ぎ、エレベーターのボタンを押そうとし、……ふとその指を止めた。
車椅子をくるりと反転させて、誰もいなくなったロビーの片隅へと声をかけた。
「そこにいるのはラビリン……かな」
「! ど、どうしてわかったラビ!?」
のどかが曲がっていった角の足元から、長い耳を揺らしてラビリンがおそるおそる顔を出した。
「俺は『鷲の目』を持っててね。すごく遠くまで見渡せるし、動くものにも敏感なんだ。……ごめん、話の途中から、後ろについてきていることに気づいてた」
「ごめんなさいラビ。そんなつもりじゃなかったんだけど、……のどか、なんだかずっと元気がないから、手伝おうと思ってついてきたら……」
「まあ、出てきにくいし、立ち去ることもできないよね。パートナーなら余計に」
「……ラビリン、のどかがあんな思いを抱えてたなんて知らなかったラビ。のどかが、ラビリンと一緒にプリキュアをやりたいって言ってくれて、だから、のどかの中で、プリキュアになることは当たり前のことになってるんだって、思い込んでたラビ……」
とぼとぼと大和の元へと歩み寄っていくラビリンの声に、少しずつ嗚咽が混じり始める。
「でも、当たり前ラビね、のどかは、本当に普通の女の子だったんだから……」
「戸惑うよね。……俺も実は、まだ迷う時がある。本当に俺は、この力を継ぐべき人間だったのかなって」
「継ぐ……?」
「俺はただの人間だけど、小さな頃にある人からジューマンパワーを授かったんだ。だから今、ジュウオウジャーとして戦えているんだけど、何者でもない俺が、そんな重大な責任終えるのかなって、たまにふと、思うことがある」
「……大和さん」
「だから、のどかちゃんの気持ちもわかるんだけど……だからこそ言える、そんなに心配することないよラビリン」
「え……?」
「だって、のどかちゃんはちゃんと悩んでるんだから」
「悩んでるから、大丈夫ラビ……?」
首をかしげるラビリンを、大和は両手を広げて招き入れる。掌の上のラビリンを自分の目線まで抱え上げ、その目をまっすぐ見つめて大和は言った。
「悩んで、ちゃんと自分の言葉で考えてる。向き合ってる。だから、のどかちゃんは、のどかちゃんなりの答えをきっと出せるはずだ。それに、頼れる仲間や、パートナーのラビリンがいるじゃないか」
「……その通りラビ! ラビリンも今度、のどかとちゃんと話してみるラビ!」
うんうんと頷く大和に、ラビリンは花が咲いたような笑顔を浮かべる。
「大和さん、改めてラビリンからもありがとうラビ! のどかが元気になったのは大和さんのおかげラビ!」
「いやいや! 俺なんてそんな大したこと!」
「あ、ついでに、大和さんのこと、ずっと危ないケンキューシャだと思っててごめんなさいラビ! いいケンキューシャさんもいるラビね!」
「えっ、う、うん? そ、それは、どうも……?」
□ □ □
翌朝。
のどかは、自室のカーテンにそっと小さな隙間を開けてのぞき込んだ。雲一つない空はほんのりと明るくなり始めているが、日はまだ山の向こう側からまだその顔を覗かせていない。
「わたしが、できること……」
ラビリンもラテも、布団の中で静かに寝息を立てている。その様子に柔らかな笑顔を浮かべ、のどかは静かに身支度を始めた。
深く深呼吸をし、よし、と頷くと、のどかは部屋を見渡した。
「本当に、無理しなくていいのよ? 昨日も一日大変だったんだから」
「ううん、大丈夫! いつものジョギングの代わりだと思えば! 少し時間がかかっちゃうかもしれないけど、がんばりたいの!」
ようやく太陽が顔を覗かせ始めた早朝。のどかはえんじ色の和服に再び身を包み、旅館沢泉の足湯スペースにいた。鼻息荒くガッツポーズを取る彼女に、ちゆは苦笑しつつ、
「わかったわ。でも約束。必ず三十分に一回は休憩を取る事。無理はしない事。いいわね」
「うん!」
大きくうなずくのどかに手を振りながら、ちゆは朝食の配膳の手伝いへと向かっていった。
「……よし、やるぞー!」
拳を振り上げ高らかに声を挙げたのどかは、早速ホウキを手に取り、岩盤の床をせっせと掃いていく。
ちゆの言いつけ通り、時折休憩を挟みながら、岩盤の掃き掃除を終えると、次にペット用のお風呂の掃除に取り掛かった。
全面をブラシで磨き上げ、水で流し終えたところで、背後に妙な気配を感じ後ろを振り向いた。
「あっ、キューブシャークさんに、エレファントさん、タイガーさんも!」
とことこと連れ立って歩いてきたのは、セラ、タスク、アムの相棒のキューブアニマルたちだった。めいめいに、はしゃいでるような、何かをおねだりするような高い鳴き声を上げている。
「ふふ、みんな、ちゆちゃんの旅館のお風呂、気に入ってたもんね。勝手に抜け出してきちゃったのかな?」
頷くように鳴き声を上げる三匹に、のどかはくすくすと笑いながら、
「待っててね、足湯の掃除が終わったら、お湯を張ってもらうようにちゆちゃんに頼んでくるから」
キューブアニマルたちは飛び跳ねて喜びを表した。その様子にのどかはさらに笑みを深め、足湯の湯船へと降り立った。
しっぽを振りながら待つ三匹を横目に、のどかはデッキブラシで浴槽を磨いていく。
「…………よし、オッケー!」
流れる汗の球を裾で拭い、水を流して掃除を終えようとした時だった。
「……あれ、キューブタイガーさん、どうしたの?」
突如、先ほどまでうきうきと尻尾を振っていたキューブタイガーが、唸り声を始めた。すぐに、他の二匹も同様に唸り始める。
ただならぬ様子に、のどかが顔を上げたその先。
異常の元凶は、のどかの気づかぬ間に目と鼻の先まで接近していた。
「ぐふふふふ、ここの足湯はまだ試してねぇと思って来てみたら、ちょうどいいところにちょうどいい小娘がいたど」
「あ、あなたは……!」
肩と上腕が大きく肥大した逆三角形の体型。その体をまだらに覆う水色のダイヤモンドの結晶。ちゆやセラたちから聞いた情報と完全に一致する。
「まさか、デスガリアン……!?」
「の、モンド・ダイヤだど。……ん? なんでオデのこと知ってるんだど?」
煌びやかな剛腕の怪人は、のどかより少し高い位置で不思議そうに頭を掻いた。
「ジュウオウジャーたちのお供も連れているし……。お前、あいつらの関係者だど?」
「……っ。そんなことより、何しに来たの。これ以上、ちゆちゃんの温泉を傷つけようっていうのなら……!」
モンドを真正面に見据え、のどかは懐のヒーリングステッキに手を伸ばし――すぐにその手を止めた。
ラビリンがいない。
今ののどかは、変身できない。
心臓がどくんと脈打ち、さっと血の気が引いていく。
そんなのどかの動揺と裏腹に、モンドは気の抜けた様子で続ける。
「誤解するなだど。ここの温泉はオデのものだから、壊す気なんか全くねぇど」
「そ、そうなの?」
動揺を気取られないよう、なるべく平静を装いながら答える。
「ただ……、今は人質にちょうどよさそうな、か弱い小娘を探していたところだっただど。お前なら話も早そうだど」
モンドの語気が強まり、のどかの背中にぞっと冷や汗が流れる。
逃げ出すか、声を上げるか。どちらにしても、この距離ではどうにかなりそうもない。そんな刹那の逡巡の間に、のどかの足元から三匹のキューブアニマルがモンド目がけて飛び掛かった。
「あァ? しゃらくせぇんだ、ど!!」
しかし、無慈悲に振るわれるパワーショベルのような腕に、彼らはあっけなく地面へと叩き落とされる。
「みんな!!」
駆け寄ろうとするのどかだったが、彼女の目の前にすっと差し出された剛腕の圧力は、いともたやすく彼女の動きを制する。
おそらく、この怪人の気まぐれ一つで自分の頭は簡単に潰されるだろう。背筋を通り抜ける恐怖に、のどかはすっかり立ちすくんでしまった。
「ちょうどいい、こいつらも何かに使えるかもしれないから連れていくど。……で、お前も抵抗しても無駄だってことはわかるだど? おとなしくついてきたら痛い目には会わせねぇど」
多分な、と付け加えて下品に笑うモンドに、のどかは大きく息を吸って早まる鼓動を何とか押しとどめて言い返す。
「……わかった、一緒に行く。でも、その子たちも連れていくなら、わたしと一緒にいさせて。おとなしくするよう言い聞かせるから」
「まぁ、いいだど。せいぜい言う事聞かせるんだど」
くくくと笑うモンドを睨みながら、のどかは三匹のキューブアニマルを抱き上げる。苦しそうな鳴き声を上げる彼らを、のどかは優しく撫でる。
「ごめんね……今はおとなしくしてて。きっと、ちゆちゃんとひなたちゃん、大和さんたちが、何とかしてくれるから……!」
次の瞬間、巨大な掌がのどかの体を胴ごと鷲掴みにし、人を攫う波のように容易く奪い去っていった。
「のどか、掃除は終わった? こっちは終わったからわたしも……。…………のどか?」
□ □ □
「さーて、もう少しで合流場所に着くだど!」
「ご、合流って誰と? ……ここって」
モンドの肩に担がれたのどかが連れて来られたのは、彼女がよく見知った場所だった。
のどかが、すこやか市に来て初めて訪れた場所。街全体を一望する、丘の上にあるハートを象った展望台だった。
まだ朝早い時間だからか、辺りに人けはない。モンドはのどかを担ぎ上げたまま、意気揚々と階段を上っていく。
テラスへと続くドアを開けた先に待ち受けていたのは、意外な人物たちだった。
「……まさか、本当に攫ってくるとはな」
「んー? げっ、ていうかこの子、キュアグレースの子じゃないの!」
「グアイワル、シンドイーネ……!」
肩から降ろされたのどかをまじまじと見つめるのはのどか達の、いや、地球の宿敵、ビョーゲンズ幹部の二人だった。
プリキュアに変身する前の姿でここまで接近するのは初めてだ。完全に無防備な姿の今、その言い知れぬ圧力に思わずたじろいでしまう。
「おおっ。ということは、コイツが例のもう一人のプリキュアだど? オデってば勘がいいど!」
「妙な運の良さを見せる奴だな……」
「しかも見た感じ、ヒーリングアニマルはついてきてない? だから連れて来れたのかもしれないけど。にしても、ふーん……」
シンドイーネはつかつかとのどかに詰め寄り、おののく彼女を下から上まで嘗め回すように見つめる。
「な、何……?」
「別にぃ。アタシたち普段、こんな乳臭い子にしてやられたんだって思うと、ね」
「ち、ちちくさ……。そ、そりゃ、貴女みたいに美人で色気は無いかもしれないけど……」
「あら何、褒めて助かろうって作戦? そんな言葉くらいでほだされるシンドイーネ様じゃないけどぉ」
「いや、めちゃめちゃほだされてんでしょ」
目じりの下がった仲間にツッコミを入れながら、柱の陰からもう一人の人影が現れた。
「ダルイゼンまで……!」
「おやおや、キュアグレースじゃん。昨日サボってた分、今日は勇敢にも変身すらせずに一人で攻め込んできたってわけ? おっと、攫われてきた、の間違いだっけ?」
皮肉を交え嘲笑するダルイゼンを、のどかは毅然と睨みつける。
「ほう、この状況でもなかなか肝が据わっているではないか。流石はプリキュアといったところか」
「こっちまで敵のこと褒めなくていいのよグアイワル。で、これからどうするわけ、ピカピカゴリラちゃん?」
他四人の注目を一点に集めたモンドは、高笑いしながら答える。
「そりゃもう決まってるだど。ジュウオウジャーとプリキュアを呼び寄せて、コイツを盾にして身動きとれなくした後、全員嬲り殺しにしてやるんだど……クックック」
「却下よ」
「却下だ」
高笑いの中、にべもなく二人からNOを突き付けられ、思わずモンドはつんのめる。
「なんでだど!? お、お前らそれでも悪の手先かだど!? 勝利のためには手段を選ばねえんじゃねぇのかだど!?」」
「だぁからぁ、そんなダッッッサいマネしたくないわけこっちは! 手段なんて選ぶわよ、選びまくりよ!」
シンドイーネの言葉にうんうんと頷き、グアイワルも続く。
「キュアグレースはこちらの手の内。そしてその、キューブアニマルだったか? を奪えたのだから、戦力ダウンという意味では十分だ。あとはプリキュアたちをおびき寄せられればそれでよい。それが嫌だというのなら、やはり協力は無しだ」
「ぐぬぬ……」
口惜しそうに地団太を踏むモンドを一瞥しながら、ダルイゼンがそっと挙手をする。
「あのー、オレは卑怯な手でも何でも、プリキュア倒せるならそれでいいんだけど?」
「ちょっとぉ! だからビョーゲンズ内での方向性を合わせなさいよ!」
「だってその方が楽だし」
「それはそうかも知れん。しかしダルイゼン、お前にはプライドというものがないのか?」
「あるよ。でも物事には優先順位ってものがあるでしょ」
平然とのたまうダルイゼンに、シンドイーネとグアイワルの両名は肩をすくめた。その二人を掻き分けるように、モンドはダルイゼンの手を取り詰め寄った。
「ガキンチョ! 会った時から生意気だし言う事聞かねえしクソ面倒くせぇヤツだと思っていたが、こんなときだけは頼りになるだど!」
「…………やっぱり、こいつの作戦通りに進めるってのも気に喰わないかな」
「なんで褒めた途端掌返すだど!? お前は妖怪天邪鬼かだど!?」
「天邪鬼、ねぇ。そうだな、それなら、いっそのこと……」
ダルイゼンはつかつかとのどかへと詰め寄り、身構える彼女ののどかの腹部にそっと手を当て、
「ドン」
「っっ!?」
「……って、確実に頭数減らしちゃうのも一つじゃない?」
立ちすくむのどかを他所に不敵に笑うダルイゼンに、モンドはぶるぶると首を振って慌てだす。
「な、何言ってるだど! そんなことしたらお前らはいいかもしれないけど、こっちは折角の人質作戦がおじゃんだど! ジュウオウジャーが倒せなくなっちまうど!」
「知らないね、そんなこと」
「はいはいそこまで! ダルイゼンも無意味に煽らないの。ピカピカゴリラちゃんも、とりあえずこっちの作戦で進めましょうよ。大丈夫、アンタたちデスガリアンとアタシたちビョーゲンズが組むんだから楽勝よ」
うんうん、と自信ありげに頷くグアイワル。
モンドはまだ何か言いたげだったが、ぐっとそれを飲み込むと、
「……わかっただど。じゃあ、まずは作戦会議でもするだど」
オッケー、と朗らかに笑うシンドイーネを複雑な表情で見つめながら、モンドはシンドイーネ、グアイワルと共にドアをくぐり階下へと降りていった。
「……あなたは行かなくていいの」
「別に、お前に関係ないでしょ。どうせ大した作戦でもないだろうから面倒くさいだけ」
そう言ってダルイゼンは、のどかから数歩離れたところで、手すりにもたれて退屈そうに空を見上げている。
「後はまあ一応、監視? どうせその姿で逃げ出したところですぐに捕まえてやるけどね」
「……」
くやしいが、その通りだ。プリキュアになれない今、この展望台から飛び降りることなど不可能だし、ドアから飛び出し三人をくぐり抜けて突破することなど無謀どころの話ではない。
胸元に抱えたキューブアニマルたちも、先ほどモンドに叩きつけられた時のダメージがまだ残っている。不用意には動けない。
八方ふさがりの状況に、のどかはただ遠くに見下ろす街並みを眺めるしかなかった。
こんな状況だというのに、海の方角からは緩やかで気持ちのいい風が吹いてくる。ふと見渡した先、旅館沢泉の建物が目に入った。今頃、ちゆが異変に気付いて大騒ぎになっているところだろうか。
横に目をやると、ダルイゼンは手すりに寄りかかり、ただ目を閉じて突っ立っている。まるで、のどかがいることも忘れて寝こけているかのようだ。
「……さっき、本当に殺されるかと思った」
その横顔を見つめていて、ふと、口をついた言葉に、目を開けたダルイゼンはきょとんとしつつも、乾いた笑みを浮かべながら答える。
「そうだね。オレはあの筋肉バカみたいに、プリキュアの時に倒してこそ、なんて思っちゃいないし。なんなら、今からでもいいんだけど、さ」
少し目を細めてのどかを見据えるダルイゼン。しかしのどかはその視線を、逸らすでもなく、真っ向から応えるでもなく、戸惑いながら見つめ返す。
「……何?」
「殺されるって、そう、思ったんだけど、でも、あまり本気で言っていないようにも見えて」
「……馬鹿にしてんの? それとも、マジで殺されたいわけ?」
「ち、違うよ! どっちも! ただ、なぜそう感じたのかわからなくて、」
「で、本人に聞いてみようってわけ? 誘拐された身のくせして、ずいぶん余裕があるもんだね」
うう、と恥じ入るのどかを冷めた目で見据えながら、ダルイゼンは嘲るように続ける。
「ま、どう感じようとご自由に。そんな下らないことを考えるくらいしか、今のお前にはできない」
「……そうだね、その通り。だから、待つよ。仲間を信じて、待つ。」
遠くを見つめるのどかの瞳を横目で見ながら、ふん、とダルイゼンはつまらなさそうに頬杖をついた。
「……ところでさ、何なのその格好」
「え? ああ、これ? 着物だよ、ちゆちゃんの旅館の」
「ふーん」
「へ、変?」
「別に」
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ……。の、のののどかっちが攫われたって本当!!??」
旅館沢泉のとある客室。ちゆからの知らせを見て慌てて来たのだろう、寝癖が天を突きブルゾンも両肩からずり落ちた姿で駆け付けたひなたが目にしたのは、神妙な面持ちで立ち尽くすジュウオウジャーのメンバーと、座敷でうずくまるようにうなだれるちゆとラビリンの姿だった。
「ひなたちゃん……。一応、私たちもこの旅館の周りは探したんだけど、たぶん間違いないと思う。それに、私の相棒のキューブタイガーも、シャークもエレファントまでいないの」
「な、なんで……?」
疑問符を浮かべるひなたに、セラが代わって答える。
「あの子たち、ここの温泉のことすごく気に入ってたから、こっそり抜け出したんだと思う。で、お風呂掃除をしていたのどかと一緒に……」
「キューブエレファントたちがのどかちゃんと一緒にいたのなら、普通の人間がのどかちゃんを攫えるはずがない。ということは間違いなく、あのデスガリアンの仕業だ」
セラとタスクの分析に、全員の表情がこわばる。そんな中ちゆが、思い詰めた顔で立ち上がった。
「……ごめんなさい、わたしの責任です。昨日、あんなことがあったばかりなのに、のどかを一人にするなんて……!」
「ちゆ、それは違う。僕たちの方こそ、明らかにあいつは狙いをこの旅館に絞っていたのに、相手が痛手を負ってるからと悠長に考えすぎていた」
「そもそもあの時、わたしがタスクさんを止めなければあいつを倒せていたかもしれないのに……のどかが危ない目にあうくらいなら、うちの温泉の一つや二つ、派手にぶっ壊れてしまえばよかったんだわ!」
「いや、ちゆ、その言い方は僕が破壊魔みたいに聞こえるからやめてくれ……」
「違うラビ、一番悪いのはラビリンラビ! ラビリン、のどかのパートナーなのに、のどかが大変な時にぐーぐー寝てたラビ。パートナー、失格ラビ……う、うええぇぇぇぇん!」
とうとう、大声を上げて泣き始めてしまったラビリンに、一同の表情がさらに暗く落ち込む。
と、その時、まだ痛む腰を引きずりながら、大和はふさぎ込むタスクとちゆの肩をポンと叩いた。
「二人とも、今は自分を責めたり、仕方がない。それに、ラビリンも」
大和は、泣きじゃくるラビリンを優しく掌で抱える。
「パートナーなら、今は泣いてる場合じゃない。そうだろ、ラビリン?」
「大和さん……。うう、そうラビ。一刻も早く、のどかを探さないと……!」
「そういうこと。みんな、とにかくまずは、手分けして探しに行こう……ん?」
突如部屋の中に、カンカンカンと乾いた音が響き始めた。全員が、その不審な音の出所を探りきょろきょろと辺りを見渡す。
すると、レオが片隅の窓にかかったカーテンにぼんやりと映る影を見つけ、勢いよくそのカーテンを開いた。
「うぉい、キューブシャークじゃねぇか!?」
外の窓辺にいたのは、尾っぽで力なくガラスを叩き続けるいなくなったはずのキューブシャークの姿だった。レオは急いで窓を開け、彼を掌へと向かえる。他のメンバーも慌ててレオの元へと駆け寄ってきた。
「なんだこれ……手紙か?」
キューブシャークは、その大きな口に一枚の紙きれを咥えていた。レオはそっとその紙を手に取り、その裏に書かれている文字に目を通そうとした。
「……ダメだ、読めね。大和、パス」
「えっ、何、漢字が難しかった? ……あ、読めないってそっちの意味?」
そこには、日本語の体をぎりぎり成し得ていない、毛虫が這い回って書いたような汚い文字が羅列されていた。
「えーっと、目を凝らせばなんとか読めるかも、『ぐれーすは あずかった はーとの てんぼうだいで まつ』……。これって」
「脅迫状……だよね」
大和から手渡されたキューブシャークを愛おしそうに抱きしめながら、セラは大和とうなずき合う。
タスクも、逸る気持ちを抑えきれず、急いた様子でちゆに尋ねる。
「ハートの展望台とは、この近くにある建物なのか?」
「はい、歩いて行ける距離です。あそこにのどかが……!」
「キューブシャークちゃん、エレファントとタイガーも、のどかちゃんと一緒にいるの……?」
力なく頷くキューブシャークに、アムとタスクだけでなく、部屋にいる一同の視線が自然と大和へと集まる。
「みんな、こうして向こうからわざわざ呼び寄せてきたってことは、向こうは間違いなくこちらを待ち伏せし、罠を張っている。それでも……」
「聞くまでもないわよ、大和。こっちは相棒を傷つけられて、もう背びれがビッキビキなんだから……!」
「売られたケンカは即買うのが鉄板だぜ!」
「僕とアムは、大事な相棒を奪われたままだ。何が何でも取り返してみせる……!」
「……私、久しぶりに本気でキレてるから。あの宝石ゴリラの体、ずたずたに斬り裂いてやるんだから……!」
「のどか、必ず助けてあげるから待ってて……!」
「あたしたちプリキュアと、ジュウオウジャーの皆さんの力を合わせれば絶対できるよ!」
「大和さん……、みんな……、お願いラビ! のどかを、ラビリンのパートナーを助けてほしいラビ!!」
言われるまでもない、とばかりに七人は頷き合う。
「よし、みんな。行くぞ!」
大和が先陣を切り、一行は颯爽と客室を後にした。
「……いててててて」
が、部屋を出た途端、大和は腰に手を当てうずくまってしまった。
「ちょっと大和!」
「こんな時くらい最後までビシッと決めろよ!」
「そ、そんなこと言ったって……」
セラとレオから檄が飛ぶものの、大和は駆け足すらままならない様子だ。タスクとアムも顔を見合わせる。
「どうする? 大和には休んでいてもらうか?」
「でも、今回なんか嫌な予感しない……? ちゆちゃんひなたちゃんがいるって言っても、こっちも万全じゃないと……」
頭を抱える五人に、ちゆも困り顔で割って入る。
「でも、無理をしても仕方ないですし、今回は……ん? ラテ? 一体どうしたの?」
ちゆの足元には、いつの間にかラテがおすわりし、何かを訴える様にちゆの足に頬ずりをしていた。
ちゆはひなたと目を合わせると、聴診器を取り出し、ラテの心の声に耳を傾けた。
『雲さん、まだ近くにいるラテ。きっと、力を貸してくれるラテ』
「雲さん? …………あっ」
一行は、昨日騒ぎのあった足湯スペースに再び集まった。ラテが空に向かってワン! と吠えると、昨日メガビョーゲンから救出した雲のエレメントさんが姿を現した。
『ラテ様、何か御用でしょうか?』
ラテは、ワンワンと鳴き続け、エレメントさんはふんふんと聞き耳を立てている。おそらく事情を説明しているのだと思われるが、一同は成り行きを見守るしかない。
しばらくしてラテの話が終わると、わかりました、と雲のエレメントさんは頷き、ちゆ達の方へと向き直った。
『事情はお伺いしました。そちらの方……大和さん、ですね。特別に、私の力をお貸ししましょう』
「で、でもいいの? エレメントさんが力を分け与えてくれるのって、ラテがヒーリングガーデンの王女様だから特別、とかじゃなかったっけ?」
ひなたの質問に、雲のエレメントさんは頷きつつ答える。
『確かに、普段私たちが、人間の方に直接力をお貸しすることはありません。しかし、このお方、大和さんは、大空の王者様と伺いました。私たちが住まう空を守ってくださっている偉大なお方。今回は、そのご恩をお返しさせていただくという事で』
ですって、とちゆを伝って聞いた大和は、照れ臭そうに頭を掻く。
「なんだか、気恥ずかしいな。そんな大それた人間じゃないんだけど」
「いいじゃねえか、もらえるもんはもらっとけば!」
「なっとくもんだね、大空の王者にも!」
調子よく笑うレオとアムに苦笑する大和。すると、その体がぼんやりと淡く輝き始める。
「……ん? あれ? 痛みが無くなった! 腰が軽い! はは、すごい!」
大きく腰をひねったり、その場で駆け足をしたりして、自分の体の回復を確認する大和。
『一時的なものですから、あまり無理はなさらないでください』
「はい、わかりました。ありがとうございます!」
大和は深々と頭を下げると、雲のエレメントさんはにっこりと笑って空へと帰っていった。
「みんな、待たせてごめん。それじゃあ改めて、行こう!」
おお! と全員声を張り上げ、駆けるように旅館沢泉を後にした。
「どう、何か見える? 大和」
町外れの道を駆け、ハートの展望台へと続く丘の麓にたどり着いたところで、セラは大和に尋ねた。
大和はまだ指先ほどの大きさの展望台に目を凝らす。
「……いた! のどかちゃんだ! キューブアニマルたちもいる!」
大和の『鷲の目』は、展望台のテラスに不安げに立ち尽くすのどかの姿を捉えた。
「す、すごい。本当に見えるんですね……」
舌を巻くちゆに、大和は誇らしげにぐっと親指を立てる。
「おーし、それなら……」
肩を鳴らしながら一歩前に出たレオに、いち早く反応したセラが耳をふさぎ、大和タスクアムがそれに続き、ちゆとひなたはわけもわからず、そのただならぬ様子に右往左往した。
「おーいのどかあああぁぁぁ!! いま助けに行ってやるかんなああああぁぁぁぁ!!!!」
空気をつんざく暴力的な、いや、破壊的なまでの絶叫に、ちゆもひなたも、ヒーリングアニマルの三匹も、目を白黒させてその場にへたり込んでしまった。
「あ、アニキ……、何なのニャその大量破壊兵器みたいなシャウトは……」
「……っ、ちょっとレオ!! だから大声出すんなら先に言えって何回言えばわかんのよ! みんなノビちゃってるじゃないの!」
「それに、敵にもこっちの動きが知られるだろうが!」
憤慨するセラとタスクに対し、レオはどこ吹く風で飄々と言い返す。
「いや、のどかも不安だろうから先に知らせてやろうと思ってよ。それに、どうせ真っ向から突っ切るんだ。いつ知られようが一緒だろうが」
「やー、そのレオさんのわかりやすいところ好きっすよ……」
頭をくらくらさせながら、か細い声で讃えるひなたに、おう! とレオは白い歯を見せて返す。
「ちょっと待ってみんな、少し静かに」
セラは一転、聞き耳を立てて集中する。
「……のどかが言ってる。『お願いします!』って!」
セラの報告に、ダウンしていたちゆもひなたも、目を見開き、立ち上がった。
「急ごう!」
大和の号令に、一行は再び駆け出した。
「……ん? 何あれ?」
しかし、展望台へと続く道の中腹に、突如異変が現れる。
まるでアリの群れのように、うぞうぞと蠢く大群が、どこからともなく湧き出てきた。
「ひぃ~、なんかウネウネしたのがいるよ!?」
「しかもあの数……まずくない?」
狼狽えるひなたとちゆに、大丈夫だ、とタスクが声をかける。
「デスガリアンの兵隊、メーバだ。あの程度、ものの数じゃない」
「そういうこと。よし、みんな、行くぞ!!」
大和の掛け声とともに、五人はジュウオウチェンジャー、二人はヒーリングステッキを掲げた。
七つの極彩色の光がつむじ風のように吹き荒れ、五人の戦隊と二人のプリキュアは変身を遂げる。
「俺が先行する。みんなは地上からよろしく!」
両腕から羽を展開する大和に、ラビリンは声をかける。
「大和さん! ……よろしく、お願いしますラビ!」
ああ、と大和は頷き、深紅の羽を羽ばたかせ、大空高く舞い上がった。
「大空の王者、ジュウオウイーグル!!」
第4話へつづく
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第4話
□ □ □
「……っ」
ハートの展望台の上。のどかの細い腕が、テラスの手すりに括りつけられる。縄の締まり具合を確かめ、ダルイゼンはふっと鼻で笑った。
「ま、これからオレも出て行かなきゃなんないし、悪く思わないでよね」
「……腕を縛られて悪く思わない人間はいないと思うけど」
毅然と睨みつけるのどかだったが、ダルイゼンは全く意に介さない。それどころか、
「あ、ついでに、こいつらは借りていくよ。この後ちょっと用があるんでね」
そう言って、のどかの手からキューブエレファントとタイガーをくすねるように持っていった。のどかの言うことを聞いているのか、抵抗する体力がまだないのか、彼らは黙ってダルイゼンのコートの懐へと収められた。
「用って、何する気」
「お前に答える義務ないでしょ」
二人の間で、無言の睨み合いが続いていた、その時だった。
「おーいのどかあああぁぁぁ!! いま助けに行ってやるかんなああああぁぁぁぁ!!!!」
遠く向こうから、のはずなのに、まるで手前で叫ばれているかのような大声が辺りに響いた。周囲の林に身を潜めていた鳥たちが悲鳴のような鳴き声を上げながら一斉に飛び立った。
「っ、なんだ今の大声……!?」
さしものダルイゼンも、その異様な音量に辺りを見渡す。一方、のどかは声の主にすぐ気づき、ありったけの声で叫んだ。
「わたしは無事です! よろしくお願いしまぁぁぁす!!」
レオの声量に比べれば虫の鳴き声と変わらないくらいの声。しかし、セラの聴力なら聞こえるはずだ。
信じていた通りだ、みんな助けに来てくれた。
ほっと安堵し笑顔を取り戻したのどかに、ダルイゼンは呆れた顔で返す。
「バカでしょ。わざわざ敵に来たことを教えるなんて。……ほら、始まった」
不敵な笑みを浮かべるダルイゼンの視線の先、誰もいなかったはずの原っぱに、まるでカビが繁殖する映像の早回しのように、うぞうぞと蠢く何かが続々と生まれ出で、麓への道を埋め尽くしていく。
「な、何、あれ……?」
「メーバ、とか言ってたっけな。あいつらデスガリアンが使う、雑魚の集団だってさ。……ふむ、このアイデア、地球侵略にも使えるかもな」
「よ、余計な入れ知恵されちゃ駄目!」
普段、巨大なメガビョーゲン一体を相手にすることがほとんどののどかにとって、目の前に広がる圧倒的な数の脅威は、目がくらむような光景だった。こんな者たちが暴れ出してしまったら、すこやか市はどうなってしまうのか。
仲間が助けに来てくれた安心感も忘れ、恐怖におののくのどか。
すると、眼下の様子を満足げに見つめていたダルイゼンが、何かに気づいて声を上げた。
「? なんだあれ、赤い鳥……?」
ダルイゼンが見上げた先、一筋の赤い光が空へと昇っていくのが見えた。
大きな翼を広げて、宙を翻るその姿。
大和から聞いていた話の通りだ、間違いない。
「あれは、大和さん……、ジュウオウイーグル!」
「ジュウオウ、イーグル……」
颯爽と天を駆ける、大空の王者のその姿に、二人はしばらく目を奪われた。
◇ ◇ ◇
「俺が先行する。みんなは地上からよろしく!」
頷く仲間たちを後に、大和は赤い翼で風を切り、すこやか市の上空へと舞い上がった。野生開放した飛行能力をもってすれば、のどかが囚われている展望台まで、ものの数秒のはずだ。しかし、
「って、当然読まれているか……!」
眼下の林の中から、ジェットパックを背負ったメーバの飛行部隊が次々と飛び出してくる。撃ち込まれる砲火を大和は大きく旋回しながら避けつつ、ジュウオウバスターを放ち応戦する。しかし、
「って、いくら何でも多すぎない!?」
撃ち倒した数以上のメーバが次から次へと林から飛び出してくる。その圧倒的な物量に、展望台に近づくどころか、天を飛ぶ大和の姿は押し込まれるように後方へと追いやられていった。
その様子を見上げながら、セラは忌々し気につぶやく。
「空から攻めるのはやっぱり厳しいみたいね」
「その分、地上が手薄になってるはずだろ。どんどん攻め込むぜ!」
レオの掛け声に、スパークルとフォンテーヌは威勢よく返事する。
「待っててね、のどかっち! 雷のエレメント!」
スパークルは雷光迸るヒーリングステッキをメーバの大群に向けて勢いよく振るう。
駆け抜ける電流にしびれて動けなくなったメーバたちを追いかけるように、冷気を纏った斬撃が襲いかかる。
「野生開放、はっ!!」
アムの鋭く伸びた爪から放たれた冷気を纏った斬撃が、前後不覚に陥ったメーバたちを一網打尽に切り裂いた。
「ひなたちゃん、ニャトラン! ナイス!」
「アムさんも! イェーイ!」
ハイタッチする二人を飛び越え、フォンテーヌとタスクの二人がメーバたちの第二陣と対峙する。
「氷のエレメント!」
ステッキの切っ先から放たれる冷凍光線を、フォンテーヌは横なぎに振るう。
メーバたちの足元をなぞるように放たれたその光は、見る見る氷の結晶と化し、メーバたちの足を拘束する。
「完璧だ、ちゆ! 野生開放!」
巨大化した足で高く跳躍し、振り下ろされる大槌のように両足で地面を踏みつけるタスク。地面に流れ込んだジューマンパワーが間欠泉のように噴き出し、メーバの群れの足元から地雷のごとき勢いで爆散する。
「どうだ、ちゆ。これが僕の力だ!」
「はい、本当にうちの温泉で使われなくてよかったって、改めて思いました……」
地上にもわらわらとひしめいていたメーバの軍勢だが、ジュウオウジャーとプリキュアたちの猛攻により次第にその数を減らしていった。
「最初は数が多くてびっくりしたけど、このまま押し切れそうだペェ!」
「そうだな、あと一息だ!」
「その通りだ! ペギタン、ニャトラン、このままのどかン所まで突っ切るぜ!」
レオの威勢のいい掛け声に、おう! と威勢よく応えるペギタンとニャトランに、フォンテーヌとスパークルも笑顔で頷く。
と、そこに突如、地の底から唸るような野太い声が林間に響き渡った。
「もちろん、そんなに都合よく行くわけねえだど!」
二人が振り向いた矢先、巨大な岩の塊のような拳が、炎の尾を引きながら猛烈な勢いで飛んでくる。
「スパークル、まともに受け止めちゃダメよ!」
「わかってる、んひゃあっ!?」
必死で飛び退く二人が元いたところを、空飛ぶ鉄拳は周囲の空気を震わせながら飛び去っていく。
「ちゆ、ひなた!」
慌てて声をかけるセラ。しかし、野生開放した背びれが別の悪寒を敏感に感じ取ると、慌ててそちらへと向き直った。
「「はっ!!」」
木々の間から現れた二つの陰から、昨日のメガビョーゲンが放ったものより濃く強い瘴気の波動が放たれる。
慌てて避けるジュウオウジャーたち四人。地面に着弾し、そのまま汚泥のように地面を蝕む黒い淀みに思わず息を呑む。
「誰だ! 昨日の生意気なガキンチョか!?」
叫ぶレオをあざ笑うように、不敵な笑みを浮かべながら木陰から現れた二人の姿に、フォンテーヌとスパークルは思わず目を見開いた。
「グアイワル、シンドイーネ……!」
「げーっ、なんでこんな時に幹部が揃い踏みなのよー!」
「こんな時だからこそ、じゃなぁい?」
「作戦は気に入らんが、好機であることは確か! プリキュア、今日こそここで決着をつけてやる!」
ふん、と胸を張る二人の元に、戻ってきた両腕を装着しながら、ずんぐりとした体格のデスガリアンのプレイヤーが歩み寄ってくる。並び立つ三人の様子に、タスクは忌々し気に叫んだ。
「モンド・ダイヤ! そうか、ビョーゲンズと手を組んだというわけか!」
「そうだど! これがオデの考えたナイスな作戦だど! おめえらだって手を組んでるんだからお互い様だど!」
「ってことは、あのクソ汚ねぇ字の手紙はお前のか!」
レオの叫びに、しかしモンドははてなと首をかしげる。
「んにゃ、オデ、地球の文字知らねぇし、そもそも指が太すぎてペンが持てねえんだど。だから……」
「代筆したのよね、その、グアイワルが……」
そう言ってモンドとシンドイーネは、揃って同じ方向に目を向ける。そこには、緑色の皮膚を真っ赤に染めて怒りに震えるグアイワルがいた。
「ぐぬぬ……ジュウオウジャーとやら……。出会って早々俺を怒らせるとはいい度胸だ、ただではすまさんぞ! ってこら、プリキュアどもめ笑うな!!」
声を上げて笑うまいと必死にこらえ、ぷるぷると震えるフォンテーヌとスパークルにグアイワルはがなり立てる。
「とっ、とにかく、ぶふっ、彼らを突破しないとのどかの所にはたどり着けなさそうね」
「幹部と直接やり合うのは初めてだけど、何とかするっきゃないよね……!」
スパークルはフォンテーヌと目を合わせ頷き合うと、ビョーゲンズ幹部二人目がけて駆け出した。
「あら、せっかく燃えてるところ残念だけど、アタシたちの相手はアンタたちじゃないの、よ!」
そう言ってシンドイーネは、手に込めた瘴気を散弾のように放った。
「「ぷにシールド!」」
咄嗟に障壁を展開してパートナーを防御するペギタンとニャトラン。一方、ジュウオウジャーたちは大きく跳躍してかわす。
「くっ、防げるけど、前が見えない! きゃっ!?」
「うぇっ、なになになに!?」
爆風にたじろぐフォンテーヌとスパークルの視界に突如、爆風の中から巨大な掌が現れ、光の障壁をべったりと覆いつくす。
「くくく、捕まえただど!」
「ぷ、ぷにシールドごと掴まれてるペェ!?」
「どんだけでかい手なんだよ、ってニャア!?」
モンドはまるでバスケットボールを投げるかのように、プリキュアたちをぷにシールドごと放り投げる。
「ちゆ、ひなた! ……っ!?」
慌てて追いかけようとするセラたちの前に、ビョーゲンズの幹部二人が立ちはだかる。
「成程、これがお前たちの作戦と言うわけか!」
「ふん、その通りだ緑の。俺たちビョーゲンズは、お前たちジュウオウジャーとやらの攻撃では浄化されることは無い」
「ぐっふっふ、一方オデは、おめぇらプリキュアのヒーリングなんとかって攻撃を喰らっても、頭ふわふわになるくらいで倒されることはねえ!」
「アタシたちがアンタら戦隊をじっくりゆっくり料理した後、ピカピカゴリラちゃんとの戦いで消耗したプリキュアたちをアタシたちがさくっと倒しちゃうって寸法よ!」
めいめいに高笑いするデスガリアンとビョーゲンズのタッグチームに、戦隊たちにも焦りの色が浮かぶ。
緊迫する空気の中、もう一つの影が戦場の近くに降り立った。モンドとの間合いを維持しながらフォンテーヌが叫ぶ。
「ダルイゼン! あなたまで来ていたの!」
それをダルイゼンは意に介さず、今にも戦いの口火が切られそうな四者の睨み合いを見据えて呟く。
「あれ、オレの提案した作戦、本当にやるんだ」
「ええ、そうよ。アンタにしてはなかなかイケてる作戦じゃないの」
「イケてる、ねぇ……」
ドヤ顔のシンドイーネに対し、ダルイゼンの様子はいつものことだが冷めている。
「よし、じゃあさっさとあの動物ちゃんたちをたたんじゃいましょうか、グアイワル!」
「おう!」
そう言って、二人は眼前に構えた掌に瘴気を集中させようとする。が、
「ジュウオウバスター!」
「ひっ!?」
突然の銃撃を、シンドイーネはすんでのところで回避した。
外れた銃弾は、彼女の背後にあった大岩に大きな穴を穿っていた。
「こっちは一撃喰らうだけでまずいってのに、そう簡単に撃たせるわけないでしょ!」
「攻撃は最大の防御、ってな! 俺の座右の銘だぜ!」
「時と場合にもよるが、今はそれが最良の選択だな!」
「浄化は出来ないかもしれないけど、今はとにかく攻めまくるっきゃないね!」
逆境にむしろ火が付いたかのように、四人はジュウオウバスターを連射しながらシンドイーネとグアイワルに向かって猛進する。
雨あられのように降り注ぐ銃弾をシンドイーネとグアイワルは慌てて回避する。しかしその間に、ジュウオウジャーの四人は手にした武器を銃から剣に切り替えると、反撃の暇すら与えず二人に向かって斬りかかった。
「えっ、ちょっ、きゃあ!? ちょっとこいつら、普通にっていうかめちゃくちゃ強くない!?」
「ああ、そいつらの攻撃、(たぶん)致命傷にはならないけど、プリキュアよりバチバチの武闘派だから、喰らったらものすごーく痛いと思うよ」
「ばっ、バッカじゃないのダルイゼン!? それわかっててこんな作戦提案したワケ!? しかもその(たぶん)って何よ!?」
「ぐっ、ぬおぁ!? い、いや、しかし、モンド・ダイヤの方さえ上手くやってくれれば作戦上は問題ない……!」
グアイワルも必死になって応戦しながら、モンドとプリキュアたちの戦いのほうを見やる。
しかし、
「プリキュア! ヒーリングストリーム!」
「プリキュア! ヒーリングフラッシュ!」
「っひょおおおおおお!!??」
開幕して間もなく、二人のプリキュアの浄化技を一手に引き受け、青と黄色の光の波に揉まれるモンドの姿が見えた。
「ぽわわわわ……もうやめさせてドリーミングッバイ…………」
「モンド・ダイヤーーーッッ!?」
天へと昇っていくモンドに、グアイワルは思わず叫んだ。
色鮮やかな光の波が過ぎ去ると、モンドは昇天することなく五体満足のままその場に立ち尽くしていた。ただ、澄んだ空を慈しむようにぼーっと上を見上げている。
「……ここは……、オデ……、故郷の惑星を離れてこんなところで何をやってるんだど……。他人様の惑星に迷惑かけて……。互いの星の将来のためにも、もっと友好的な異文化コミュニケーションを図ったほうがいいんじゃないでしょうか……?」
ただの澄んだ瞳の類人猿に近づきつつあるモンドに、スパークルはうんうんと頷いた。
「ヨシ! んじゃヒーリングゲージが溜まったらもう一発射って、じゃない、撃ってみましょか!」
「な、なんだか敵ながら悪いことをしている気分になってくるわね……」
「こらーー!! 正気を取り戻せモンド・ダイヤ! お前は悪の手先、人間を苦しめて喜ぶ外道、宇宙の無法者デスガリアンなんだぞ!!」
グアイワルのほぼ罵倒に近い叱咤に、はっ、とモンドは目を覚ます。しかし、まだどこか目が虚ろに見える。
「プリキュアの攻撃じゃ傷一つつかないみたいだけど、放っておくと浄化まではいかなくてもそのうち、何だっけ、光堕ち? しちゃうかもしれないね」
「ぐぬぬ、相手にとって不利だからといって、こっちにとって有利とは限らないということか……!」
「マジメに反省している場合じゃないでしょグアイワル! ダルイゼン、アンタの作戦ダメダメじゃないの!!」
憤慨するシンドイーネだが、ダルイゼンはいつもの通りどこ吹く風だ。
「オレは別に思いついたことを言っただけで、やれなんて言ってないし。ま、時間は稼げてるみたいだからいいんじゃない? そろそろ、来る頃だろうしね」
「はぁ? ちょっとアンタどこ行こうってのってヒィッ!?」
ふっと姿を消すダルイゼンに文句を言おうとするシンドイーネのすぐ目の前を、アムの鋭い斬撃が走っていく。
瘴気さえ当ててしまえばすぐにでも無力化できるはずだ。しかし、数はジュウオウジャーの方が有利なこともあり、まったくその隙を与えてもらえない。
「フン! それくらい張り合いがなくては面白くない! 俺はむしろ燃えてきたぞぉ!」
雄たけびを上げ、自慢の筋肉に力をこめるグアイワルに、レオも呼応するように吠える。
「おぉ、やるかあ!?」
「タスク! あんたはそっちの戦闘バカと筋肉バカの面倒をよろしく! 私はアムとこっちの角女の方を相手するから!」
「わかった!」
セラに威勢よく返事し、タスクはバカ呼ばわりされた二人の元へ向かう。
「角女呼ばわりとは随分ねぇ。じゃあ、アタシも本気出しちゃおうかしら……!」
シンドイーネはかっと目を開き、セラとアムのコンビと対峙した。
□ □ □
「みんな……」
後ろ手に縛られ立ち尽くすのどかは、きゅっと唇をかんだ。
ハートの展望台から数百メートル離れた場所で繰り広げられる四者の攻防。のどかの視力でははっきりとは見えないが、けっして生易しい戦いではないはずだ。
人質にとられてしまった申し訳なさと、加勢できないもどかしさに胸が苦しくなる。
やはり、手首を縛るこのロープをどうにかできないものか。そう思い振り返った時だった。
展望台の麓に広がる木々の間を縫うように飛び、こちらに近づいてくる何かが見えた。
「あれは……!」
無骨に角ばった赤い翼を持つ一羽の小さな鳥。そして、その背にまたがっているのは――
「ラビリン!」
「のどかーーー!! いま助けにいくラビ!」
キューブイーグルに乗り、戦場を避け大きく迂回してきたのであろうラビリンは、高速でこちらに近づいてくる。
勇敢なパートナーの姿にのどかが安心したのも束の間だった。のどかとラビリンの間の地上から突如、黒い奔流が放たれ、ラビリンたちへと襲い掛かる。
「ラビーーーーッ!?」
慌てて回避行動を取るキューブイーグルだったが、瘴気の波動は左の翼を掠め、コントロールを失ったキューブイーグルは、ラビリンともども錐もみに回転しながら墜落していった。
「うそ……ラビリン……?」
愕然とするのどかの足元、展望台の下から無情な声が響く。
「そろそろ来る頃だと思ってたよ、見習いのヒーリングアニマル。パートナーを置いて、お前だけ来ないなんてことはないもんな」
展望台の足元から顔を出したのは、仲間たちとの戦いに出向いたはずのダルイゼンだった。
運よく草むらに落下し、起き上がろうとするラビリンを、冷淡な表情で見下ろしている。
体をできるだけ捻じって後方を見やり、のどかは必死に叫んだ。
「ダルイゼン、やめて!」
「やめてって言われて聞く義理なんてないでしょ。ま、このままおめおめ逃げてくれるんなら無理には追わないけど」
何とか立ち上がったラビリンは、慌ててキューブイーグルへと駆け寄る。
「キューブイーグルさん! 大丈夫ラビ!?」
キューブイーグルは苦しそうに頷いた。ダルイゼンの瘴気に蝕まれた翼は、その先端から淀んだ空気を放っている。
「で、どうするんだ、ヒーリングアニマル? お前だけでキュアグレースを助けに立ち向かってくるか? ま、ふわふわ飛んできたところで、ハエみたいに叩き落してやるだけだけど」
「ラビリン、だめ! 無茶しないで逃げて!!」
ダルイゼンの挑発、そしてのどかの叫びに、ぐっと奥歯を噛みしめるラビリン。
「キューブイーグルさん、待っててほしいラビ。また後で、すぐに助けに来るラビ」
そう声をかけ、飛んできた林の方へと歩を進めるラビリン。
しかし、数歩進んだところで再びダルイゼンの方へと向き直った。
「……へぇ、さすが、地球のお医者さんの端くれってわけだね」
ダルイゼンのあおり口調も意に介さず、ラビリンは眉を吊り上げ意識を集中し、深呼吸を繰り替えす。
「大和さんが言ってたラビ……。ジューマンは、ううん、動物は、めいっぱい力を込めて、思いっきり叫んで、その野生を解き放てば、とんでもない力が引き出せるんだって」
小さな小さなラビリンの体から発せられる妙な圧力に、ダルイゼンは眉をひそめる。
「ラビリンだって……、ヒーリングアニマルだって……、動物ラビ!!」
「ふっ、何言ってんの。そりゃアニマルは動物でしょ。サムいこと言ってる暇があったら、とっとと逃げたほうがいいんじゃない?」
「逃げないラビ、ラビリンは、のどかを助けるラビ!」
はっきりと言い切るラビリンに、ダルイゼンの眉間のしわが色濃くなる。今にも駆けだしそうな勢いのラビリンの表情は、本気そのものだ。
「へぇ。まあいいや、なら来なよ」
いつでも来いとばかりに、中指でくいくいと誘い掛けるダルイゼンのジェスチャーを合図に、ラビリンは走り出した。
必死に地を駆けるラビリン。しかしその体格ゆえ、はっきり言ってそのスピードは遅い。ダルイゼンは悠然と右手を構え狙いを絞り、瘴気を迸らせた。
「ラビリン!!」
のどかの叫びと、瘴気の奔流がラビリンへと届く寸前、ラビリンは地を蹴る両足に渾身の力を込めて叫んだ。
「野生……、解放ーーーっっ!!」
「なっ!?」
渾身の力で地面を蹴ったラビリンの体は、ダルイゼンの虚をつくスピードで跳躍し、見上げる彼を遥か高く飛び越えていく。
そして、同じく目を丸くしてその姿を見上げる、テラスの上ののどかさえも通り越し、勢いあまって展望台の本体へと地味な音を立てて激突した。
「へぶっ!!?? ……きゅう」
「ラビリン!? だ、大丈夫?」
パートナーのあまりにアクロバティックな登場に、のどかは多少困惑しながら尋ねる。すると、顔面をしたたかに打ち付け突っ伏していたラビリンはがばりと起き上がり、
「全然大丈夫ラビ! のどか、早く逃げるラビ!」
「あ、ありがとう、ラビリン! でもわたし、腕をロープで縛られちゃってて……」
「まかせるラビ! いまのラビリンの野生は、とどまるところを知らないラビ!!」
鼻息の荒いパートナーに戸惑うのどかを他所に、ラビリンはのどかの背後に素早く回り込むと、光る前歯を思い切りロープへと突き立て、一瞬で切断してしまった。
「よし、これで切れたラビ! ……ぺっ」
「あ、ありがとうラビリン。ワイルドだね……」
ロープの繊維を吐き出した口を拭うラビリンに、とまどいの色を隠せないのどか。その様子をしばらく見つめた後、ラビリンは感極まって泣き出し、その胸にぎゅっと抱きついた。
「もうっ、本当に、本当に心配したラビよ!」
「ごめん、ごめんねラビリン……」
「のどかは、のどかはがんばりすぎラビ! でも、がんばりすぎるのどかがラビリンは大好きラビ! だから、だから、のどかはもっと自分を誇りに思っていいラビよ!」
「……? ご、ごめんねラビリン? でも、ありがとう」
ラビリンが怒っているポイントがいまいちわからないのどかだったが、胸元で嗚咽するパートナーを抱く手をぎゅっと強めた。
「……って、ほっこりしてる場合じゃなかったラビ! ダルイゼンがすぐそこに……って、あれ?」
のどかの胸元から離れ、慌ててテラスの下を見渡すラビリン。
しかし、確かにさっきまでそこにいたはずのダルイゼンの姿はなかった。
「? ダルイゼン、どこか行っちゃったラビ。どうして追ってこなかったラビ?」
「……なんでだろうね。それより行こう、ラビリン! みんなを助けないと!」
頷き合った二人は、戦場の方へと向き直る。
遠くではっきりとは見えないが、フォンテーヌとスパークルの二人はあのデスガリアンを、ジュウオウジャーのメンバーはシンドイーネとグアイワルの相手をしているようだ。両者とも、慣れない相手に苦戦しているようにも見える。
「ありがとう、みんな……。今度はわたしの番! ラビリン!」
「いくラビ!」
「スタート!」
「プリキュア、オペレーション!!」
花のエレメントボトルから解き放たれたエレメントパワーは花弁となってのどかの周囲を乱れ舞い、光の白衣を象っていく。
白衣はやがて花の紅に染め上がり、戦医の少女を守護するバトルドレスへとその姿を変える。
「重なる二つの花、キュアグレース!」「ラビ!」
プリキュアへと変身を遂げたグレース。しかし、二人を覆うエレメントの光は、変身を終えても衰えることなく辺りを鮮やかに照らし続けている。
「なんだろう、これ。いつもより強く、ラビリンから力が流れ込んでくる感じ……!」
「ラビリンの野生がみなぎってるからラビ……? グレースからも、それに応えてくれる感じがするラビ!」
これなら、と頷き合った二人は、ヒーリングステッキを天高く構える。
「ヒーリングゲージ、上昇! ……!? さらに上昇していくラビ!」
「いくよ、ラビリン!!」
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ……、よ、ようやく追い詰めたわよ……」
「手こずらせてくれたな、ジュウオウジャーとやら……」
息も絶え絶えの様子のシンドイーネとグアイワルが、地面に這いつくばる四人へと迫る。ジュウオウジャーたちの体は、ところどころがビョーゲンズの放つ赤黒いもやに蝕まれていた。
「くっ、これが地球の病気ってやつかよ! 確かにキツいぜ!」
「ちょっと当たっただけで、こんなに体が重くなるなんてね……!」
ジュウオウバスターを杖にしてなんとか立ち上がったレオとセラは、横目でフォンテーヌとスパークルの様子を伺う。
「くっくっくっ、ようやくおめぇらの術にも頭が慣れてきたど。こんないたいけな少女たちを苦しめるなんて我ながらどうかしていると思いますが……、いやいや、徹底的に痛めつけてやるど!」
「まだちょっとお手当が効いているみたいだけど、そろそろわたしたちじゃ厳しくなってきたわね……!」
「ヒーリングゲージももうカラッカラだよー! このままじゃあいつのロケットパンチの餌食になっちゃうー!」
モンドの周囲を駆け回り、攪乱して時間を稼ごうとする二人だが、その体力にも陰りが見える。
両者の苦戦の様子は、空を飛ぶ大和からも見えていた。しかし、
「ようやく七割ってところか! どんだけこっちに戦力回してるんだ……!」
地上の加勢に回ろうと下降しようとすると、それを防ぐようにメーバが飛んでくる。どうやら空からの攻略を防ぐためだけでなく、この状況を予想し大和を空に足止めし戦力を分断させるところまでが作戦らしい。
行く手を阻むメーバの群れを、苛立たしげにイーグライザーで一文字に薙ぎ払う大和。しかし、すぐさま後陣が押し寄せてくる。
このままでは、のどかを助けるどころか、こちらがやられてしまうかもしれない。
大和の顔に焦りが浮かんだ、その時だった。
「!? なんだ、あの光……!」
ハートの展望台から、建屋を丸ごと包み込むほどの巨大な光の柱が上がった。その中心にいる一人の少女の姿を、大和の『鷲の目』がとらえる。
「あれが、キュアグレース……。のどかちゃんの、プリキュアの姿か!」
その光景に、戦場にいる誰もが目を奪われた。
「あれは、グレースの光ペェ! ということは!」
「よかった、ラビリン辿り着けたんだニャ!」
ヒーリングアニマル達からも歓声が上がる。一方、ビョーゲンズたちには動揺の色が走った。
「くっ、まあいいわ人質なんて今更どうでも!」
「そうとも、まずはこのジュウオウジャーたちを先に――」
シンドイーネとグアイワルが掲げた掌に瘴気を集中し始めた、その時だった。
「プリキュア、ヒーリング……フラワーーー!!」
展望台から、キュアグレースの渾身の叫びがこだまする。
それを追いかけるように、ヒーリングステッキから放たれた癒しの光が、隼のような勢いで展望台から撃ち下ろされる。
数百メートルはあろう距離を一瞬で駆け抜けた螺旋状の光はほどけ、二本のマゼンタの槍となってシンドイーネとグアイワルに襲いかかる。
「嘘ッ!?」
「ぐっ、ぬおおおぉっ!?」
避けることも防御することもあたわず、一瞬のうちに光の激流に飲み込まれた二人は、押し流されるように吹き飛ばされた。
自分たちを苦しめた難敵を同時に退けたそのパワーに、タスクとアムは思わず舌を巻く。
「す、すごい。あれがのどかの、キュアグレースの力か! ……ん? 体が……?」
「え、うそ、あんなに苦しかったのに、なんか治っちゃってる!?」
グレースの放ったヒーリングフラワーの余波か、辺りを薄紅色の温かな光が包んでいる。いつのまにか、ジュウオウジャーたちを蝕んでいた瘴気もどこかに吹き飛んでいた。
「な、なんか、今日のグレースいくらなんでもすごすぎない!?」
「たしかに、すさまじい気迫を感じるわね……」
スパークルとフォンテーヌも思わず目を剥く陰で、共犯者を討たれたモンドは焦り始める。
「な、なんだかよくわかんねぇけど、すごく風向きが悪くなってきた気がするど!? まあいい、ともかくまずはこのプリキュアどもをやっちまうどーー!!」
モンドは二人の背中目がけて、自慢のロケットパンチを放った。しかし、
「させるかっ!!」
空から飛来した何かが、二人を庇うようにその両拳でモンドの鉄拳を叩き落した。そして、
「こいつは返すぞ!」
モンドにも負けないくらいの大きな掌で、地面に落ちたモンドの両手を鷲掴みにし、彼に向かって全力投球した。
「どっ、どぉっ!?」
量の拳はがん、ごんと鈍い音を立てて直撃し、重量級のモンドの体は大きく吹っ飛ばされた。
「二人とも、大丈夫かい!?」
「大和さん! ありがとうございます! 空の敵は……?」
「全部倒してきた! のどかちゃんのあんなすごいところ見せられたら、こっちも負けてらんないってね!」
「てっ、ていうかていうかー、大和さんのその姿って……!」
大和の姿に、瞳をキラキラと輝かせるスパークル。彼女が二の句を告げようとしたその時、
「みんなー!」
展望台の方角から、手を振りながらグレースが駆けてきた。
「グレース、ラビリン……!」
「うええ、グレースぅぅ! 本当に良かったよぅ無事でー!」
「本当に、心配かけてごめんねみんな! 大和さんも、ありがとうございます! キューブイーグルさんも連れてきました……よ……、って大和さん、その姿は……!」
二人の瞳の輝きを受けた大和は、その隆々と発達した腕の筋肉を見せつけるように、むん、と力こぶを作って見せた。
「「ゴリラだーーー!!」」
「そう! ジャングルの王者、ジュウオウゴリラ!」
「えっ、えっ、ゴリラだマジゴリラだよ! 筋肉ちょーやばいんだけど!」
「あの、腕、触らせてもらっていいですか……? ふわぁ、ごつごつしてる! まさに、生きてるって感じ~!」
大和の逞しい腕にぶら下がってはしゃぐ二人に、一人おいてけぼりのフォンテーヌがツッコむ。
「あの、ごめん……。ゴリラって、そんななの?」
「って、おめぇら! オデのことを忘れて遊んでるんじゃねえど!!」
自分の腕を再装着して戻ってきたモンドが、至極真っ当なツッコミを入れる。
「のどかちゃん、ああ、えっと、今はキュアグレースだっけ。いけるかい?」
「ふふ、どっちでもいいですよ。いきましょう、大和さん!」
二人は頷き合い、剛腕のデスガリアンと対峙する。やがて、グレースが先陣を切って駆け出した。
「実りのエレメント!」
つぶらな果実を象ったエレメントボトルを装着し、グレースはモンドに狙いを定める。
「ラビリン、いけるよね!」
「ラビ! ラビリンの野生はまだまだフル稼働中ラビ!」
二人はステッキにエレメントパワーを集中させ、紅い光弾を連射する。
「はん、そんなもん効かねえつってんだど。水風船かなんかだど? ……ん?」
モンドに当たった光弾は、いくつかは弾け、いくつかはモンドが形容したとおり、風船のようにモンドの足元に落ちその場に残り続けた。
「「はああああっっ!!」」
グレースとラビリンは、機関銃のように実りのエレメントを乱射し続ける。それらはモンドにダメージを与えることは無いが、
「ふ、フルーツがいっぱい押し寄せてくるだど!?」
光の球は、まるでボールプールのようにモンドの足元を埋め尽くし、やがてモンドの体さえもその海に沈めてしまう。
「いっぱいいーーーっぱい実ったラビ!」
「大和さん、今です!」
おう、と威勢よく返事した大和は、その右手にジューマンパワーを集中させていく。
「ま、前が見えねえ、ど!?」
光の球を掻き分け顔を出したモンド、が現状を把握した時にはすでに遅かった。
「ぎっくり腰の恨み、思い知れ! はあっ!!」
モンドの身の丈ほどに怒張した拳型のジューマンパワーが、大和の雄たけびと共に放たれる。
光の果実たちも弾かせながら炸裂したその拳は、モンドの体を覆う硬い水晶を、見るも無残なまでに粉砕した。
「お、オデの自慢のダイヤモンドがぁ! はっ……!」
大和は息つく間もなく、頭頂部のバイザーを引き下ろし、瞬時にジュウオウイーグルにその姿を変える。
「すごい、早着替え!」
目を見開き驚くグレースに「でしょ?」と笑いかけながら、大和は懐から黒光りする長剣を取り出し構える。
「イーグライザー!」
大和がその剣を横なぎに振るうと、刀身は一本の鉄線で繋がる幾つもの刃に分かれて伸び、まるで大蛇のようにうねりながらモンドへと襲い掛かる。
モンドの体にぐるりと巻き付いた刃は、砕けた水晶の隙間からモンドの体へと食い込み、やがて刀身を駆け巡るジューマンパワーにより真っ赤に赤熱化し始める。
「ライザースピニングスラッシュ!!」
「ぐあああああっっ!!」
大和がその柄を一気に引き寄せると、イーグライザーの刃はモンドの体を切り裂きながら駆け回り、モンドの巨体を徹底的に蹂躙し、ジューマンパワーの光を放ちながら爆破した。
「ふわあ……! すごいです、大和さん!」
「のどかちゃんこそ、サポートありがとう!」
互いを讃えあった二人は、ハイタッチを交わす。そして、林の奥から他のジュウオウジャーたち四人も駆けつけてきた。
「のどか、本当によかったわね!」
「さっきは助かったぜ、ありがとうな!」
「そんな、お礼を言うのはわたしの方です。みなさん、本当にありがとうございました!」
セラとレオに深々と頭を下げるグレース。一方、タスクとアムは少し焦った様子でのどかに問いかけた。
「のどか、助かったばかりのところ申し訳ないんだが、キューブエレファントとタイガーはどこに……?」
「あの子たち、のどかちゃんと一緒に攫われていったんだよね?」
「それが……、」
のどかが言葉を続けようとしたところに、草むらをがさごそと掻き分けて現れた二人組に、フォンテーヌが慌てて身構える。
「シンドイーネ、グアイワル!」
「ちょっとー、あんたたち、浄化されたんじゃなかったの!?」
「うっさいわねキュアスパークル! この話はまだ本編14話ごろの時間軸なんだから、退場してたまるもんですかっての!」
「こうまでやられたままで、おめおめと引き下がってなるものか……! おい、ダルイゼン! どこに行った!!」
グアイワルが叫ぶと、まるでずっとそこに潜んでいたかのように、木陰からぬっとダルイゼンが姿を現した。
「あれ、大分こっぴどくやられたみたいだね」
「ヤラレタミタイダネ、じゃないわよ!? あんた、何まんまとキュアグレースを取り逃してくれちゃってんのよ! アタシたちがこんな目にあってるのはそのせいでしょ!?」
「とにかくだ、例の物はお前が持ってるんだろ! いいからさっさと寄越せ!」
はいはい、とシンドイーネの文句を受け流しながら、ダルイゼンはコートの懐からある物を取り出す。それを見た一同、特にタスクとアムは身を乗り出してどよめいた。
「あれは、キューブエレファント……!」
「ちょっと、キューブタイガーに何するつもり!」
二人の怒気に満ちた声を他所に、シンドイーネとグアイワルは不敵に笑った。
「ナノビョーゲンは、人間や動物には直接植え付けられない……それは、地球の生物の持ち前の抵抗力が、ナノビョーゲンの浸蝕を防いじゃうからなの。だけど、」
「こいつらは見たところ、無機物と有機物の中間……。なら、どうなるかな?」
タスクとアムが慌てて止めに入ろうとするより早く、シンドイーネとグアイワルは抵抗できない二匹のキューブアニマルを頭上へと放り投げた。
「進化しなさい、ナノビョーゲン」
「進化しろ! ナノビョーゲン!」
二人の体から飛び立ったナノビョーゲンは、空中のキューブエレファントとタイガーに取り付き、その体内へと入り込んでいく。
一同が愕然とした顔で見つめる中、二匹はしばらくもがき苦しむように暴れた後、その目に禍々しい紅い光を灯した。
「嘘、でしょ……?」
驚愕するグレースの目の前で、淀んだ瘴気を纏った二匹の体はぐんぐんとその大きさを増していく。
やがて、ハートの展望台を優に超える大きさに成長した二匹は、濁った雄叫びを上げ、プリキュアとジュウオウジャーに向けて牙を剥いた。
最終話へつづく
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最終話
□ □ □
「嘘、でしょ……」
ナノビョーゲンに蝕まれ、その体内から溢れ出る瘴気で体表を漆黒に染め上げたキューブエレファントとキューブタイガーは、呆然とするキュアグレースの眼前でみるみる巨大化していく。
ハートの展望台を優に超える大きさにまで成長し、その目に歪んだ眼光を迸らせると、濁った唸り声を上げながらプリキュアとジュウオウジャーに向けて突進してきた。
「みんな、逃げろ!」
大和の掛け声とともに、一行はめいめいの方向に慌てて逃げる。二匹の巨体は嵐のような風圧を巻き起こし、土煙を撒き上げて周囲の木々を薙ぎ倒しながら、あらぬ方向へ突撃していった。
彼らが踏み荒らしていった地面の無残な様子に青ざめながら、スパークルはタスクに向かって叫ぶ。
「どっどどどどうしましょうタスクさーん! キューブエレファントさん、あんなに大きくなっちゃいましたよ!」
「いや、ひなた、大きくなることは構わないんだ。そんなことより、」
「構わない!? どういうことですか、だってあんなに小さくてかわいいゾウさんだったのにぃ!」
「いやだから、そこは戦隊の常識はプリキュアの非常識というか何というか……」
「タスク君、説明はあとあと! キューブタイガー、やめなさい!」
「そうだ、やめるんだキューブエレファント!」
アムとタスクは、相棒のキューブアニマル二匹に向かって叫ぶ。しかし、彼らはまったく聞き入れる様子もなく、駄々をこねる子供のように地団太を踏み、地響きを起こして荒れ狂っている。
「駄目だわ。全然、聞こえてない。無意味に地球を傷つけて、絶対あんなことする子たちじゃないのに……!」
「あの子たちが悪いんじゃありません。さっきあの二人が放ったナノビョーゲンのせいです。早くお手当してあげないと!」
フォンテーヌの言葉に、タスクとアム、そして全員が目を見合わせ頷く。
暴走する二匹に向かって駆けだそうとしたその矢先、その進路をふさぐように、突如空からマンホールの程の大きさの、半透明のエネルギー体でできた円盤が降り注いできた。
「もーっ! いったいぜんたい今度は何!?」
憤慨するスパークルに応えるように、積み上がったメダルを破って現れたのは、緑色の連なった軟体を髪や装飾のように生やした、異様かつ妖艶な女性型の異星人だった。
その見た目と言い知れぬ迫力にたじろぐプリキュアたち三人。すると、その後ろでレオが叫んだ。
「何しにきやがった、ナリア!」
ナリアと呼ばれたデスガリアンの女性幹部は、レオの問いかけを薄い笑いで受け流すと、辺りの状況――というより、暴れ回るキューブアニマルたちを見て、さらに愉快そうに笑った。
「あらあら、なんだか面白いことになってるわね」
そして、ジュウオウジャーにもプリキュアにも目をくれず、ジュウオウイーグルの剣の錆となったモンドの元へと歩を進める。
「そんなことより、私の使命はこっち。……あらもう、折角の輝きが台無しじゃない、ダイヤモンド……」
「モンド・ダイヤだど……そんなことよりナリア、こ、コンティニューを……」
ぼろぼろの姿で懇願するモンドに、ナリアは口角を吊り上げると、懐から怪しい輝くを放つメダルを取り出した。
「ジニス様の細胞から抽出したエネルギーです。無駄遣いせぬよう、励みなさい」
そして、モンドの左胸にある投入口をなぞるように、手にしたメダルを彼の体内へと入れた。その途端、モンドの体はびくびくと痙攣し、光を放ちながら加速度的に肥大化し、あっという間にキューブアニマル達をも超える巨大な姿へと変貌した。
「サンキュー、ナリアァァ!」
「ええぇぇーー!? こっちも巨大化ぁ!?」
「戦隊さんの方では大きくなるのって当たり前の事なのかしら……」
再び目をひん剥いて驚くスパークルに対し、目まぐるしく変わる事態に何かがマヒしてきたのか、フォンテーヌはただただぼやくばかりだ。
あまりの状況にグレースも息を呑むばかりだが、自分を奮い立たせるようにかぶりを振り、ぎゅっと表情を引き締める。
「でも、まずはエレファントさんとタイガーさんだけでも何とかお手当しないと、すこやか市が、ううん、地球が大変なことになっちゃう!」
「そうラビ、今こそ全力でお手当が必要ラビ!」
三人、そしてヒーリングアニマルの三匹は、顔を見合わせて決意と共に頷き合う。
しかし、グレースの後ろから、大和はその肩に手を乗せ首を振った。
「いや、のどかちゃん。巨大化したデスガリアンまで出てきてしまった。ここから先は、さすがに危ない。まずは、俺たち戦隊の力で彼らを鎮圧する。お手当は一旦後にして、ここはひとまず引いてほしい」
「大和さん……」
マスクの下の、大和の表情は見えない。しかし、その声色だけで十分、自分たちを心底心配してくれているのが伝わってきた。
グレースは少し逡巡したものの、ステッキを握る手にぐっと力を込めて、大和の目を見て言った。
「……いえ、わたしたちも一緒に戦います。キューブエレファントさんもタイガーさんも、今すごく苦しんで、必死にビョーゲンの力と戦っています。一刻も早く、救ってあげたい!」
「のどかちゃん……」
「それに、地球を守るために戦うのが戦隊なら、プリキュアだって、戦隊です!」
大和の目をまっすぐ見つめて言い放つグレースに、フォンテーヌとスパークルも強く頷く。
すると、ためらう大和に、彼の仲間たちも声をかける。
「大和、ここまで言われたらあんたの負けでしょ」
「そうだぜ。こいつらのガッツ、なかなかのもんじゃねぇか!」
「キューブエレファントたちも、あのビョーゲンズの力で妙なパワーを得てしまっている。先に彼女たちの力で浄化してもらった方が効率的だ」
「もう、タスク君。効率的とかそういうんじゃないでしょ、素直に協力してほしいって言いなさいよ」
笑い合う仲間たちの姿に、大和は再びグレースのまっすぐな瞳を見つめて、頷いた。
「……わかった。プリキュアのみんな、力を貸してくれ!」
「はい、もちろんです!」
花のような笑顔を浮かべるグレースと大和は、ぐっと固い握手を結んだ。
その様子を満面の笑みで見つめていたスパークルが、ふと浮かんだ疑問をぶつける。
「あれ、でもでも、あんなに大きくなっちゃったデスガリアンと、いったいどうやって戦うんですか?」
「さっきタスクも言ってたでしょひなた、こうするのよ」
大和、セラ、レオの三人は、相棒のキューブアニマルを取り出し、掛け声を上げる。
「キューブイーグル、ゴー!」
すると、大和たちの手を離れたキューブアニマルたちはふわっと浮き上がり、手のひらほどのサイズだった彼らは、見る見るうちに見上げるほどの大きなサイズへと成長していく。
「ふわあ、すごいすごい!」
「キューブイーグルさん、こんなに大きくなっちゃうラビ!?」
「やっぱり普通に巨大化できちゃうのね、やっぱり戦隊さんってすごいわ……」
「なんというか、ボクたちとは色んな意味で次元が違うって感じがするペェ」
「やばーいでっかーい! ニャトランもさ、あんな感じで大きくなれないの?」
「いきなりとんでもない無茶いうニャ!」
興奮する三人と三匹を見て笑いながら、大和たちはそれぞれのキューブアニマルに乗り込んだ。
『それじゃあみんな、背中に乗って!』
キューブイーグルの操縦席から、大和の声が響く。
グレースたちは、お互いの顔を見つめ、頷き合った。
「よし、オレたちもジュウオウジャーのみんなみたいに、バリバリ野生開放、本能覚醒させていこうぜ!」
ニャトランの掛け声に、ラビリンとペギタン、そしてプリキュアたち三人は、おー! と声を合わせる。
「よーし、やっちゃうよー! ……あれ? でも、野生は何となくわかるけど、本能っていったい何だっけ??」
スパークルの質問に、一同は顔を見合わせた。フォンテーヌが先陣を切って説明を試みる。
「スパークル、本能っていうのはね、……意外と説明が難しいわね」
「地球を守りたい! とか、あいつを倒したい! とか、そういうことペェ?」
「それだと、ちょっと具体的すぎる気がするラビ。お腹が空いたから食べる! とか、眠いから寝る! とか、そういうもっと直感的なことだと思うラビ」
そうだね、と頷きながら、グレースはラビリンの言葉に続く。
「感じたままに……、本能のままに動いた時にわたしたちは、生きてる、って感じがするんじゃないかな?」
そんなグレースの言葉に、フォンテーヌとスパークルはふっと微笑み、
「グレースらしい説明ね」
「……うん、なんか、わかった気がするよ!」
頷く二人にグレースも笑顔で応え、「それじゃあ、行こう!」というグレースの掛け声と共に、三人はキューブイーグル、シャーク、ライオンの背中へとそれぞれ飛び乗った。
■ ■ ■
「あーもう、もはや何がなんだかって感じだね」
遠巻きに事の成り行きを見守っていたダルイゼンは、高層ビルのような大きさに成長したモンド・ダイヤを見上げて半ば呆れ気味にぼやく。
すると、彼の脇腹を肘で小突き、グアイワルはダルイゼンに指示する。
「おい、ダルイゼン。……やれ」
「えぇ、ウソでしょ。本当にやるの……?」
「あったりまえでしょ。ピカピカゴリラちゃんが巨大化するなんて想像もしてなかったけど、むしろ一層都合がいいってもんよ。うまくいけば一気に地球を蝕むチャンスなんだから!」
「はあ……、どうなっても知らないから」
二人からの圧力に、やれやれとため息をつきながら、ダルイゼンは一歩前へと出て、さっと髪をかき上げた。
「進化しろ……、ナノビョーゲン」
ダルイゼンから生み出されたナノビョーゲンは、巨大化した自分の様子に満足げにぐへぐへと笑うモンドに向かって飛んでいった。
今のモンドの体からすれば毛穴ほどの大きさのナノビョーゲンは、彼の全く気付かないうちにモンドの体へと取り付く。しばらくしてモンドは、体内を駆け巡る悪寒に呻き声を上げ始めた。
「……ぐっ? な、なんだど、これ? だるい、しんどい、具合悪い……?」
自分の体の異変に気付き始めたモンドだが、時すでに遅し。モンドの体に取り付いたナノビョーゲンは、その体の中心から加速度的に感染範囲を広げていき、四肢の先まで浸蝕していく。
そして、悲鳴とも嗚咽ともつかない唸りがぴたりと止んだかと思うと、モンドはその目に瘴気の闇を灯して雄叫びを上げた。
「メガ、ビョォォォゲン!」
その過剰なまでに逞しい両腕も、不釣り合いな輝きを見せる水晶も、全てを漆黒に染めたその巨体は、ビョーゲンの力によりさらにもう一回り大きくなり、ダルイゼンたちも今まで目にしたことのないような大きさのメガビョーゲンへと進化を遂げた。
「うわ、ほんとに進化した」
自分で感染させておきながら、モンドの進化に目を見開くダルイゼン。一方、シンドイーネとグアイワルは歓喜の声を上げる。
「あらー、大成功じゃない! あのゾウとトラもなかなかのもんだけど、ゴリラちゃん今までで最大最強のメガビョーゲンじゃない!?」
「成程、やつらデスガリアンとやらは異星人。腕力やら体力やらは人間よりも上のようだが、地球の病気に対する抵抗力はさほどでもないようだな。ふむ、奴の事はメガモンドとでも名付けようか」
満足そうに笑う二人に向かって、抗議の声を上げたのはデスガリアンの幹部、ナリアだった。
「ちょっと、何なのですか! 人のプレイヤーに勝手なことして! というより、そもそも貴方達は誰なんです!」
「何よ、アンタこそ失礼ね。人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗りなさいよ。地球の常識でしょ、知らないの?」
「いやいや、お前が地球の常識を語るなよ」
にやにやしながらツッコミを入れるグアイワルに、あらそう? とシンドイーネも余裕の笑いを浮かべる。
「くっ、馬鹿な地球人……じゃないわね、異星人……? ってもう、そんなことどうでもいいわ! モンド・ダイヤ! ゲームの続きよ! せいぜいジニス様を愉しませなさい!」
半ば八つ当たりのようにモンドに指示するナリア。しかし、
「メガ……、ビョーゲン!!」
「きゃあっ!?」
メガモンドは、自分に対してがなり立てるナリアを敵と認識したのか、振り上げた拳をナリアに向かって振り下ろした。
慌てて避けるナリアだが、巨大化した上にビョーゲンの力で強化されたメガモンドの拳の破壊力はすさまじく、地盤をも砕くその威力の衝撃で彼女の体は大きく吹き飛ばされた。
なんとか受け身を取ったものの、土くれやら何やらを被りひどい有様となった姿でナリアは再び叫ぶ。
「くっ、一体どうしたというの、モンド・ダイヤ! 私の言うことを聞きなさい! ってちょっと! 聞きなさいったら!!」
「無駄だよ、今のアイツはもう、アンタたちの仲間のデスガリアンじゃない。メガビョーゲンさ」
淡々とのたまうダルイゼンに、ナリアは苛立ちを隠しきれない声で言い返す。
「一体何のことだかわからないけれど、貴方達のせいだと言うのなら、さっさと元に戻しなさい……!」
「くっくっくっ、これだけの軍勢があれば、我々ビョーゲンズが地球を汚染しつくすなど容易いな!」
「キングビョーゲン様の復活も近いわね……嗚呼……いっぱい褒めて頂かなくっちゃ……」
「じゃあ、後のことは任せてオレ帰っていい?」
「聞きなさいよ……! 貴方もよ、モンド・ダイヤ! 私に逆らう事は、ジニス様に逆らうのと同じですよ!」
しかし、明後日の方向を見つめて猛り狂うメガモンドが、ナリアの声を聞き入れる様子は全く無い。
「だから、アイツはいまメガビョーゲンが乗っ取っているから聞こえないんだってば。アンタ、意外と理解力が無いんだね」
「なっ……!? あなたみたいな魔少年はなぜだかわからないけど好みだから言わせておけば、デスガリアンの英知の光と呼ばれたこの私に向かって……!」
怒気を込めてダルイゼンを睨みつけるナリアだが、彼はどこ吹く風でメガモンドの方を見つめている。
メガモンドとダルイゼンの顔を交互に見て唸り声をあげた後、「覚えてなさいよ」という捨て台詞を吐いてナリアは虚空へ消え去っていった。
「よーし、なんだかよく分からない邪魔者もいなくなったことだし、本格的に地球侵略開始といきましょっか!」
「まずはあっちの森一帯だ。徹底的に地球を汚染しろ、メガビョーゲンズ!」
意気揚々と、二匹のキューブアニマル、そしてメガモンドに指示を出すシンドイーネとグアイワル。
しかし、
「……ん? なんだお前ら、こっちじゃない! あっちの森を蝕めと言っているんだっておおおおおいっ!?」
三体のメガビョーゲンは命令を聞くどころか、ナリアと同様に彼女らを敵と判断したのか、シンドイーネたちに向かってその牙を剥いた。
慌てて飛び退く三人が元いた地点を、まるで土砂崩れのような勢いで無残に踏み荒らしていく三匹に、シンドイーネとグアイワルの血相が変わる。
「ちょ、ちょっと、どうなってんのよ! アタシたちの言う事まで聞かないじゃないの!?」
「三匹とも、元の生命力が強すぎるんだね。実際、ビョーゲンの力が体を覆ってはいるけれど、姿形は変わってない。中途半端に進化したものだから、意識も半分残ってせめぎ合っている。結果、わけもわからず暴走状態、って感じかな」
冷静に分析するダルイゼンに、ふん、とグアイワルは鼻で笑い、
「そ、それでもこの驚異的なパワー! 暴れ回ってくれるだけでも十分じゃないか!」
「はあ、これだから筋肉ダルマはお気楽だな」
「なんだとぅ!?」
顔を赤くして怒るグアイワルを尻目に、ダルイゼンは周囲の木々を薙ぎ倒しながら暴れ回る三匹を指して説明する。
「ほら、見てみなよ。あいつら、ただ暴れまわって地球を『破壊』しているだけだ」
「アタシ達ビョーゲンズの目的は地球を『浸蝕』すること……。このままじゃ、キングビョーゲン様の養分になる前に、地球の土地やら何やら全て壊され続けちゃうってこと!?」
そ、と頷くダルイゼンに、シンドイーネとグアイワルはさーっと青ざめ、慌てふためき始める。
「ちょっと、ピカピカゴリラちゃん、止まりなさい! やめなさいっつってんでしょ!?」
「おい、ゾウとトラに取り付いたナノビョーゲン! 戻ってこい! 進化を止めて、そう、退化! 退化するんだ!」
必死に叫ぶ二人だが、当然彼らは聞く耳を持たない。その二人の様子を、口にこそ出さないものの「馬鹿でしょ」という目でダルイゼンは見据えている。
すると、三匹が踏み荒らしていったその後を追うように、一羽の大きな鳥、そして鮫と獅子が駆けてくるのに気づいた。
「! あれは……」
巨大な獣たちのその背には、暴走する三匹の背中を真剣な眼差しで追うプリキュアたちの姿があった。手をこまねくダルイゼンたちを置き去りにし、颯爽と駆け抜けていく。
彼女たちの背中を歯ぎしりしながら見つめていたグアイワルは、頭を掻きむしって叫んだ。
「くあ~~~っ! 暴走して破壊を続けるメガビョーゲン! それを止めようとする宿敵プリキュア! お前はどっちを応援する!?」
「どっちも。じゃ、オレはこれで」
「コラー! 逃げるな!!」
憤慨するグアイワルを無視して、ダルイゼンはそそくさといずれかへ去っていった。
「あーもう、アタシも知ーらない。キングビョーゲン様に怒られる結果にならない事だけ祈っておくわ……」
「……ちっ、そうだな、そうするとしよう」
無責任な捨て台詞を残して、シンドイーネとグアイワルはがっくりと肩を落としてビョーゲンキングダムへと帰還していった。
□ □ □
「……どうしたの、ペギタン?」
地を滑るように走るキューブシャークの背中に乗り、暴走を続けるキューブエレファントの隙を伺うフォンテーヌは、少し気の落ちた様子のペギタンに問いかける。
「野生……。ボクみたいな臆病者には、そんなもの無いかもしれないペェ」
しょげた瞳でぼやくペギタンに、フォンテーヌは笑いかける。
「何言ってるのペギタン。野生ってのは、何も勇気があるとか、荒々しいとか、そういうことだけじゃないと思うわよ」
「ペェ……?」
「臆病、ってことは、それだけ危険に対して敏感で、慎重だってことでしょう? 動物が生存していくためには、蛮勇よりも必要な能力よ。わたしも、たまに頭に血が上りやすいことがあるから、そういう時は、ペギタンのおかげで少し冷静になれたりするもの」
「それって、マジギレちゆちーの事ペェ?」
「……その呼び名の事は今すぐに忘れなさい」
すごんだ瞳のフォンテーヌにはっと嘴をつぐむペギタンだったが、キューブシャークがひた走るその先に何かを見つけると慌てて再び口を開いた。
「って、フォンテーヌ! 前前前、前を見るペェ~~~!!」
慌てふためくペギタンが指差した先、キューブシャークが邁進する道の脇に生えた樹木から大きく張り出した野太い枝が、キューブシャークの背の上、フォンテーヌたちのいる高さちょうどど真ん中へと迫ってきていた。
「わひゃあ!?」
慌てて伏せるフォンテーヌのギリギリ上を、強烈なラリアットのごとく、枝が鋭い風切り音を上げて通り抜けていった。
「……こういう事よ、ありがとうペギタン……」
「ど、ど、ど、どういたしましてペェ……」
思わず体を震わせる二人の真下、キューブシャークの中からセラの声が響く。
『ごめん! 二人とも、大丈夫だった!?』
「はい、問題ありません!」
「ボクたちの事は気にせず、エレファントさんを追いかけてくださいペェ!」
『オーケー、じゃあ飛ばすわよ、いいえ、飛ぶわよ!』
意気揚々と叫ぶセラの掛け声と共に、キューブシャークは尾びれを振る速度を上げて加速すると、小高く隆起した場所を踏切台にして大きく跳躍した。
そして、キューブエレファントの体を飛び越えて進行方向へと先回りし、素早く反転して興奮状態のキューブエレファントと対峙する。
『さあ、キューブエレファント! 大人しく治療を受けなさ、い!?』
セラが呼びかけるより早いか、キューブエレファントはその鼻から大量の水を放出する。
「ぷにシールド!」
スコールのように降り注ぐ水しぶきを、ペギタンのバリアが傘のように防ぐ。
『サメに水ぶっかけてどうしようってのよ、水を得た魚ってなもんでしょ!』
キューブシャークはぬかるんだ地面を滑るように直進し、その咢を大きく開いて、出鱈目に水を撒き散らすキューブエレファントの鼻へと噛みついた。
『ちゆ、今のうちに!』
「「キュアスキャン!」」
ペギタンの両目から放たれた眼光が、キューブエレファントの体内を透過し探っていく。すると、
「何、あそこ? エレファントさんの頭のてっぺん、他の場所より、もやが濃くてどす黒くなってる……!」
「エレファントさんに取り付いたナノビョーゲンは、あそこを中心に増殖を繰り返しているみたいペェ。つまりあそこは、ナノビョーゲンの病巣! あそこを中心にお手当してあげれば、」
「エレファントさんを浄化できるってわけね。やるわよ、ペギタン!」
フォンテーヌは流れるような手つきで水のエレメントボトルをセットし、ステッキの先端に意識を集中させる。
「ヒーリングゲージ、上昇ペェ!」
「まだよ、あの大きな体にびっしり蔓延ったビョーゲンを浄化するには、もっとヒーリングゲージを溜めて……!」
ヒーリングステッキにあしらわれた水晶が、蓄積されたエレメントパワーが臨界であることを告げるように、びかびかと点滅し始める。
「フォンテーヌ、今だペェ!」
「プリキュア、ヒーリングストリーム!!」
ヒーリングステッキから解き放たれた清らかな水流の直撃を受け、キューブエレファントの脳天に取り付いていたナノビョーゲンの淀みは、押し流されるように消失していく。
そして、キューブエレファントの全身を覆っていた真っ黒な瘴気も、ヒーリングストリームの余波を受け文字通り洗い流されていき、森林を思わせる深い緑を取り戻していった。
「大丈夫か、キューブエレファント!?」
地上から戦況を見守っていたタスクが声をかけると、キューブエレファントは心配する相棒に大丈夫だと答えるように、その大きな鼻を振り上げ甲高い鳴き声を上げる。
その様子に、フォンテーヌとペギタンは顔を見合わせ笑顔を浮かべた。
「「キューブエレファントさん、お大事に!」」
□ □ □
『ひなた! ニャトラン! 振り落とされんじゃねえぞっ!!』
「アニキには安全運転なんて微塵も期待してないから、思う存分やっちゃってくれニャ!」
操縦室からの宣言通り、キューブライオンは暴走するキューブタイガーと荒々しい戦いを繰り広げる。
キューブタイガーの爪から放たれる鋭い衝撃波を、キューブライオンの咆哮がかき消し、その弾幕の合間にキューブライオンは押さえつけようと飛び掛かるが、キューブタイガーは素早い身のこなしでそれをかわす。
その間、縦横無尽に揺れ動くキューブライオンの背中にしがみつくのに、スパークルとニャトランは精いっぱいだった。
「にしても、こりゃキツいニャ! キューブライオンさんが真正面向いて戦ってると、大っきい顔のせいで前が見えないし! どうお手当すりゃいいんだ!? ……ん? どうしたスパークル?」
先ほどから不自然に黙ったままのスパークルにニャトランは問いかける。
「いや、あたしって、どういう時に一番、生きてるって感じるかなーって」
「まだそんな事考えてたのか!?」
「だって、本能覚醒させていこうって言ったのニャトランじゃん! キューブタイガーさん、あんなに大っきいし、お手当するには本能パワー全開にしないとって思って」
うーんと考え込むスパークルの表情は真剣そのものだ。その様子にニャトランはぷっと吹き出しながら、
「んなもん、決まってんじゃん! ひなたの一番の本能は『かわいい』だ! かわいいものに目が無い! かわいいもののためなら頑張れる! それが平光ひなた、キュアスパークルだろ!」
自信満々に言い切るニャトランに、スパークルはぱっと瞳を輝かせる。
「やっぱり!? そうだよね! さすがあたしのパートナー、あたしの事よくわかってる! かわいい!」
「おう! もちろんだぜ!」
ニャトランの顔をくりくりと撫でながら、スパークルは再び何かを考え始める。
「かわいいものかわいいもの……、そうだ、レオさん!」
『ん? なんだ?』
キューブタイガーの猛攻に必死に応戦しつつ、レオは操縦席の中から背中の方に向かって振り返る。
「ドレッドヘアーで一見怖そうに見えるけど、意外と気さくで子供っぽいのがかわいい!」
『おう! よくわかんないけど任せとけ!』
「んでもってー、次はキューブライオンさん!」
キューブタイガーと取っ組み合いを繰り広げていたキューブライオンだったが、スパークルからの突然の呼びかけに、疑問符の混ざった鳴き声で応える。
「でっかくなっちゃっても、体がカクカクしててお顔もどーんとでっかいところがすっごくかわいい! よしよし~」
目の前に壁のようにそびえるキューブライオンの後頭部(?)を、すりすりと撫でるスパークル。
すると、キューブライオンは気を良くしてごろごろと喉を鳴らし、もっと撫でてほしいとばかりに頭を下げた。
その途端、ごんっ、と重く鈍い音がスパークルの上前方から響き渡る。
キューブライオンと組み合っていたキューブタイガーの脳天に、予測もしない動きでキューブライオンの石板のような頭がクリーンヒットしたのだった。
そのままキューブタイガーは地に突っ伏すようにもだえ苦しむ。
「おおっ、なんかよくわかんないけどチャンス! キューブライオンさん、そのまま頭下げといてね!」
「キュアスキャン!」
突如開けた視界に、ニャトランの瞳からサーチライトが走り、キューブタイガーの体を調べ上げていく。
「! 見つけた! キューブタイガーさんの背中の真ん中、ナノビョーゲンがうじゃうじゃ沸いてるニャ!」
「オッケー、よくわかんないけどそこを徹底的にお手当すればいいんでしょ! やるよニャトラン!」
スパークルは素早く光のエレメントボトルをステッキにセットし、ナノビョーゲンの群れの中心に狙いを定める。
「ヒーリングゲージ、急上昇ニャ!」
「プリキュア! ヒーリングフラーッシュ!」
ヒーリングステッキの先端から眩い閃光が迸り、キューブタイガーの背中へ向けて照射される。
「……のぉ、本能覚醒バージョン!!」
その光はスパークルの叫びと共に増幅され、極大の光線となってキューブタイガーの全身を照らし上げる。
キューブタイガーの体を包み込んでいたナノビョーゲンの黒い淀みは、まるで太陽に照らされる影のようにかき消され、キューブタイガーの体は一転、元の純白のボディを取り戻した。
「キューブタイガー! よかった、治ったんだね! ひなたちゃん、本当にありがとう!」
元に戻った相棒の脚に愛おしそうに抱きつきつつ手を振るアムへとVサインを送るスパークルに、ニャトランは笑いながらツッコむ。
「何が本能覚醒バージョンだよ、いつも以上に気合を込めたってだけじゃねーか」
「えへへ、それでちゃんとお手当できたんだからいいじゃん。キューブタイガーさん、おっだいじにー!」
□ □ □
『のどかちゃん、大丈夫かい!? 落ちないように気を付けて!』
雲にも届きそうな高度を飛ぶキューブイーグルの操縦席から、大和の声が響く。
吹きすさぶ風に、ドレスの裾がばたばたと激しくはためく。頬を切るような上空の冷たい空気に顔を歪ませつつ、キューブイーグルの背に乗ったグレースは声を張り上げて答える。
「大丈夫です、気にせず飛んでください! まさか、デスガリアンまでメガビョーゲンになっちゃうなんて……!」
「ただでさえ大きくなっちゃってるのに、メガビョーゲンの力が上乗せされちゃってるラビ! まずはお手当して、ビョーゲンズの力を切り離さないと手に負えないラビ!」
空を駆けるキューブイーグルは、周囲の山々をいたずらに踏み荒らしながらすこやか市の市街の方へと歩を進めるメガモンドの背中へと迫る。
「よし、この距離まで近づけば! ラビリン!」
「キュアスキャン!」
正眼に構えたヒーリングステッキのラビリンの瞳から発せられたサーチライトが、メガモンドの体をシークしていく。しかし、
「うぬぬ、体が大きすぎて、ナノビョーゲンの病巣がなかなか見つけられないラビ……!」
目を四方に走らせるラビリンだが、モンド・ダイヤに取り付いたナノビョーゲンが住まう根城はなかなか見つけられない。
「ラビリン、どう?」
「わからないラビ……。下手すると、ここからじゃ届かない足の方に潜んでいる可能性もあるラビ」
「そんな……。ううん、頑張って探そう!」
グレースたちが手こずっている間に、背後の気配に気づいたメガモンドは振り返り、自分をつけ狙う一羽の鳥に苛立たし気に目を光らせる。
『まずい……!』
慌てて旋回態勢を取ろうとする大和。しかし、メガモンドはその動きを読むかのように、その巨大な拳を突き出しキューブイーグルへと狙いを定めた。
「メガ、ビョーゲンッ!」
そしてメガモンドは、自慢のロケットパンチを放った。ジェットの尾を引き飛来する極限まで巨大化したその拳は、もはや隕石そのものだ。
大気を暴力的に震わせる轟音を上げながら襲ってくるそれを、何とか回避しようとするキューブイーグル。しかし、ぎりぎり避けそこなった翼の先端が少し触れただけで、拳の質量はキューブイーグルの機体を大きく揺さぶった。
「きゃっ……!」
『のどかちゃん!』
舞い落ちる木の葉のように大きく揺れる機体から弾き出されるように、グレースの体はキューブイーグルから投げ出され、そのまま真っ逆さまに落下していく。
大和も咄嗟に追いかけようとするが、キューブイーグルの態勢を立て直すのに精いっぱいだ。
「グレース、グレース! ……まさか、気絶してるラビ!?」
必死に呼びかけ続けるラビリンだが、グレースからは全く反応が無い。その間にも、グレースの体は重力に乗って速度を増していく。迫り来る地表と、苦しげな顔で目を閉じたままのグレースを交互に見ながら、ラビリンはただ焦るばかりだ。
「さ、さすがにこの高さはいくらプリキュアでもまずいラビ! どうすれば……、うぇっ!?」
すると今度は、墜落するグレースを迎え撃つかのように、彼女たちの真下から漆黒の瘴気が放たれ襲い掛かってくるのにラビリンは気付いた。
「こんな時に!? ぷにシールド!!」
とっさにラビリンは、ヒーリングステッキを握ったままのグレースの掌ごと彼女の眼前に躍り出て、バリアを展開して受け止める。気絶するグレースの眼前で、光の障壁と迫りくる瘴気が激しくスパークする。その衝撃と明滅に、グレースは目を覚ました。
「……っ、ん……? え、ら、ラビリン!? わたし、イーグルさんから落ちて、これどうなってるの!?」
「グレース、目が覚めたラビ!? とにかく今は、着地姿勢を取るラビ!」
状況を飲み込めていないグレースだが、ラビリンの指示に頷き、まずはヒーリングステッキを構え直し、正面から押し寄せてくる瘴気の奔流をしっかり受け止める。
そして、その流れを受け流しつつ、反動を利用して体の上下を反転させる。そして、瘴気の波動を押しのけるようにして自らの体を弾き出し、脚のクッションを最大限に利用して何とか地上に着地した。
そのまま尻もちをつくように地面へと座り込み、安堵ともに深く息をついてラビリンに頭を下げた。
「あ、ありがとうラビリン。おかげでぺちゃんこにならずに済んだよ……」
「一時はどうなることかと思ったラビ……。もう、こんな緊急事態に一体誰ラビ!」
グレースとラビリンが、自分たちが墜落するはずだった地点の方を振り返ると、そこに立っていたのは、
「ちっ、惜しかったね」
「……ダルイゼン」
先ほど瘴気を放った右手の様子を確かめるように指を動かしながら、ダルイゼンは乾いた目でグレースとラビリンを見据えている。グレースは慌てて立ち上がり、ヒーリングステッキを構えた。
「グレース、今はダルイゼンに構っているヒマはないラビ。もう一度、あのデスガリアンの所に向かわないと!」
ラビリンの言葉にうなずきつつも、グレースはいつもと少し様子の異なるダルイゼンに違和感を憶えていた。普通なら、あのメガビョーゲンを浄化させないために邪魔をしてくるはずなのに、あまりにも敵意が無さすぎる。
すると、ダルイゼンは向こうで唸り声を上げるメガモンドをつまらなさそうな目で見上げ、誰にともなく語り始めた。
「……あいつら、デスガリアンだっけ。なんでそんな体の構造になってるのかワケわかんないけど、左胸の穴を通して外部から体内にエネルギーを投入できるようになっている。逆に言うと、あの部分は外部からの影響を受けやすい、人間で言うなら鼻や口みたいなものだ」
「……? それって」
「オレのナノビョーゲンも、あそこからアイツの体内に侵入していったのを見た。そこまで奥深くにまでは進まないはずだ」
「! ということは、左胸の近くがナノビョーゲンの病巣になっている可能性が高いってことラビ!?」
ダルイゼンはメガモンドの様子を見上げながら何も答えない。が、その無言は肯定だと感じられた。
グレースは、彼の冷淡な表情を見つめながら問いかける。
「……なぜ、そんなことをわたしたちに教えてくれるの?」
「さあね。ま、信じるかどうかはお前ら次第ってことで。それじゃ」
「待って、ダルイゼン!」
その場を立ち去ろうとするダルイゼンの背中を、無意識にグレースは呼び止めていた。
「……何」
「さっき、あなたの攻撃で押し返されてなかったら、わたしはあの勢いのまま地面に衝突して、たぶん、ただじゃすまなかった。……もしかして」
「考えすぎでしょ。オレは、さっきのでお前が倒せるなら、それはそれでよかった。……ただ、アイツらがこのまま暴れ続けるのも、こっちには色々都合が悪いんでね。ま、後は頼んだよ、地球のお医者さん」
皮肉っぽい口調で言い残し、ダルイゼンは手を振りながら林の奥の闇へと消えていった。
彼の去った後を見つめたまま立ち尽くすグレースに、ラビリンは問いかける。
「グレース、どうしたラビ?」
「……ううん、何でもないよ、ラビリン」
「何でもなくないラビ! グレースはもっと怒っていいラビよ! ダルイゼンのやつ、自分でメガビョーゲンにしておいて、こっちに後始末をまかせるなんて!」
ぷりぷりと怒るラビリンを苦笑しながらなだめつつ、グレースは遠くで唸り声を上げるメガモンドの巨体を見上げた。
「とにかく今は、あのデスガリアンをお手当しないと!」
グレースの言葉に、ラビリンも力強く頷く。
すると、後ろからフォンテーヌの呼び声が飛んできた。合流したスパークルと共にこちらへと駆けてくる。
「グレース、大丈夫だった!?」
「もう、気付いたらグレースが空からぴゅーって落ちてくるからびっくりしたよ! 何ともない!?」
「うん、平気! ラビリンと……、ううん、ラビリンのおかげで助かったの!」
ほっと胸を撫で下ろす二人に、心配ばかりかけてごめんね、とグレースは頭を下げる。
「それより、エレファントさんとタイガーさんはどうなったの?」
『この子たちならもう大丈夫だよ!』
『すまない皆、迷惑をかけた!』
少し遠くからアムとタスクの声が響いたかと思うと、キューブエレファントとタイガーの二匹が地面を揺らしながらグレースたちの元へと辿り着く。先ほどまでとは打って変わって、優し気な鳴き声を上げる二匹の様子に、グレースは顔をほころばせる。
「よかった、二人とも、治ったんだね!」
そこに、キューブシャークとライオン、さらにキューブイーグルも上空から舞い降り、キューブアニマルたちが一堂に集った。頭上から大和の声が降り注ぐ。
『ごめん、のどかちゃん! 大丈夫だった!?』
「はい! それより、あのデスガリアンに取り付いたナノビョーゲンの位置がわかりそうなんです!」
グレースの力強い返事に、ジュウオウジャーたちと彼らの駆るキューブアニマルたちは大きな歓声を上げた。
「でも、あのメガビョーゲンは、わたしたちの力だけじゃお手当できません。だから、戦隊の皆さん、最後にもう一度、わたしたちに力を貸してください!」
『もちろんだよ、のどかちゃん! 地球を元気にするために戦うのがプリキュアなら……、戦隊だってプリキュアだ!』
自信満々に言い放つ大和。
しかし、先程までの反応とは打って変わって、周囲の反応はまるで時が止まったかのようにぱったりとしていた。
『……あ、あれ? みんなどうしたの? そこはこう「もちろんだぜ!」って感じで頷くところじゃないの?』
『いや、流石にそれは無理があるでしょ大和』
『俺たちの一体どこがプリティでキュアキュアなんだよ』
『大和、怒られないうちに謝った方がいいんじゃないか』
『うーん、私がプリキュアならキュアタイガー……? それだと可愛くないし、やっぱりキュアホワイト? なんかそれはめちゃくちゃマズい気がするなぁ……』
約一名を除いて白けたムードになる仲間たちに、大和は憤慨しながら答える。
『もう! そこは何ていうかノリでしょ! ノ・リ! のどかちゃんも何とか言ってやってよ!』
「いやー、あの、あはは……」
『のどかちゃんまで!? ちゆちゃんもひなたちゃんも笑ってないでフォローしてよ!』
苦笑するグレースの傍らで、フォンテーヌはぷるぷる震えながら笑いをこらえ、スパークルは遠慮もなく大爆笑している。
「ぷっ、ごっ、ごめんなさ……ぶふっ」
「はー、面白い……。やっぱ、動物戦隊のみなさんやっぱサイコーだね!」
二人と大和の間に割って入り、グレースは場を仕切り直す。
「コホン。と、とにかく、あのメガビョーゲンをお手当するためには、弱らせて隙を作らないといけないんです。でも、今のわたしたちじゃ、さすがにあの大きさの相手にダメージを与えるのは……」
「でもでも、いくらキューブアニマルさんたちがこんなに揃ったって言っても、ちょっと大きさが違いすぎるよね……」
『それなら心配しないでひなたちゃん。キューブエレファントとキューブタイガーが戻ったんだ。動物たちの群れの本領、とっておきを見せてあげるから!』
グレースとスパークルの不安を吹き飛ばすように、大和は意気揚々とジュウオウチェンジャーを開き、キーをプッシュする。
すると、大和たちの後ろから、さらに三匹のキューブアニマルが飛んできた。
「ああっ、ゴリラさんだ! キューブゴリラさんだよフォンテーヌ!」
「そのゴリラに対する異様な食いつきの良さはなんなのグレース……」
「あとはキリンさんとモグラさん……? 大和さんの言ってたとっておきって何だろうね? もう、今日は驚きすぎて疲れたから、よっぽどのことじゃない限りあたしはもう驚かないよ……」
スパークルが遠い目をしている間に、大和はジュウオウチェンジャーのキーを立て続けに六回プッシュし、豪快に叫んだ。
『『動物大合体!!』』
「何あれ、四角い火の輪っか……?」
ジュウオウチェンジャーの呼び声に応えるように、空中に浮かび上がった八つの火の輪をグレースがきょとんとした顔で見つめていると、キューブアニマルたちは我先にとその輪っかに飛び込んでいく。
そして、立方体状に戻ったキューブアニマルたちは、統率された動物の群れのように空中でぴたりと整列し、一つ、また一つと順々に地上へと着地し塔のように積み上がっていく。
『4! 3! 2! 5! 1! 6!』
こだまする雄叫びと共に積みあがったキューブたちは、瞬く間に脚、胴、腕へとその姿を変え、天を突くほどの巨人が生まれ出でる。そして、彼らを統治する巨大な剣、ビッグキングソードが天空から飛来し、キューブたちをまとめ上げるように刺し貫く。
その頂にそびえる荘厳な顔に、王冠のごとく金の装飾があしらわれ、山のように巨大な動物の王者が誕生した。
『『完成! ワイルドジュウオウキング!』』
「どえええぇぇぇーーー!? アニマルさんたちが、ロボットになっちゃった!!??」
「スパークルって、なんというか、上客よね……」
そのメガモンドにも勝るとも劣らない巨大な姿に目をひん剥いて驚くスパークルだったが、やがてその瞳はきらきらと輝き始める。
「ふええぇー、どうしよう! めっちゃくちゃかっこいいんだけど! お兄ぃ見てるかな? めっちゃロボット好きなんだよね!」
「あー、ひなたのお兄さんってそっち系?」
「ん? そうだよ? お兄ぃの部屋に、なんか日本刀持った赤っぽいロボットのプラモデルとか飾ってあったしー」
きゃいきゃいとはしゃぐスパークルを他所に、グレースはあまりにも巨大な王者の姿に口をぱくぱくさせている。
「これ……これはもう、生きてるって感じを超えた何かだね……」
「あまりの迫力にグレースが言葉を失ってしまったラビ……」
そんな三人に、遥か頭上から大和の声が降り注ぐ。
『三人とも、乗って! これが最後の戦いだ!』
はい! と三人は応え、差し出されたビルのように巨大な両腕を飛び跳ねるように伝い、フォンテーヌは右肩、スパークルは左肩、そしてグレースは金色に輝く胸部装甲の上へと降り立った。
『よし……! いくぞ、みんな!!』
大和の掛け声と共に、ワイルドジュウオウキングはのっしのっしとその歩を進め、メガモンドへと立ち向かっていく。
「こ、こんな大きなロボットが動くなんてすごいラビ……!」
「まるでアニメの世界みたいペェ」
「なんだかそれは逆のような……いや、何でもないニャ」
ヒーリングアニマルたちのぼやきをかき消すように、ワイルドジュウオウキングの接近に気づいたメガモンドは驚きの声を上げる。
「メガ……っ!?」
自分と同じ大きさの敵にメガモンドはたじろぎつつも、まだ距離のあるうちに迎撃しようとロケットパンチの発射体制に入る。
「させるもんですか! 氷のエレメント!」
フォンテーヌは渾身の気合を込め、ヒーリングステッキから凍てつく波動を放つ。
その青い光は、炎を噴き出し始めたメガモンドの拳の根元へと命中する。すると、拳を撃ち出すための高温のジェットはその火力を失い、その剛腕はワイルドジュウオウキング目がけて発射した途端に失速し途中で墜落してしまった。
「メ、メガ……!?」
慌てて反対の右腕を構えようとするメガモンドに、スパークルは立て続けにステッキを振るう。
「雷のエレメント!」
雷光を纏った金色の光は、メガモンドの頭上の雲へと辿り着く。ゴロロ……と低い唸りが周囲に響き渡った後、一拍遅れて巨大な稲妻がメガモンド目がけて落ちる。
その稲妻は、メガモンドに大したダメージは与えられない。しかし、その雷光はメガモンドの視界を奪い、たじろがせる。その隙に、一気に距離を詰めてきたワイルドジュウオウキングの鉄拳が飛んだ。
『『はっ!!』』
左腕を失い防御も取れないメガモンドは、ジュウオウジャーたちの掛け声と共に放たれた渾身の右ストレートを、その顔面に強かに喰らう。巨大化した時に復活した自慢の水晶も再び見事に砕かれ、その欠片は日の光を反射しながら、森の上空にきらきらと舞い散った。
そのままワイルドジュウオウキングは、メガモンドの両肩をがっちりと掴み、その体を拘束する。
『いまだ、ラビリン、のどかちゃん!』
「「キュアスキャン!」」
ラビリンの目が、再びメガモンドの体を走査していく。
間近で見るメガモンドの体は、グレースたちからすればただひたすら延々と広がるビルの壁も同然だ。しかしラビリンは、ダルイゼンの助言に従い、左胸の周辺を中心に調べていく。すると、
「! 見つけたラビ! 左胸のみぞおち近く、あそこを中心にビョーゲンの力が広がっているラビ!」
『ナイス、ラビリン! 場所が特定できたんなら……、おおおおりゃっ!』
負けじと抵抗してくるメガモンドに、大和は操縦席のキューブを勢いよく回転させ、ワイルドジュウオウキングに強烈な前蹴りを放たせる。
「すごい……!」
絶望すら感じるほど巨大なメガモンドの体が、ワイルドジュウオウキングの蹴り一つで倒れ、空に轟くほど大きな音を立て倒れこむ。その光景に思わずグレースは息を呑んだ。
しかし、圧倒されている場合ではない。ワイルドジュウオウキングの肩から離れグレースの元へと集まっていた二人と目を合わせる。
「決めよう、フォンテーヌ、スパークル!」
「ええ!」
「やっちゃおう!」
三人は頷き合い、懐から華麗な羽があしらわれたエレメントボトルを取り出す。
「「「トリプルハートチャージ!」」」
ミラクルヒーリングボトルを装着したステッキを天にかざすと、三人を、いや、ワイルドジュウオウキングをも包み込むほどのエレメントパワーが、眠っていた大地を照らす朝日のように、周囲の空間を温かな光で満たしていく。
戦いで荒れ果てた大地も一時的に息を吹き返し、緑と潤いと輝きを湛えた姿に変わっていく。三人は、その溢れんばかりのヒーリングエナジーを、それぞれのヒーリングステッキへと集約させ、放った。
「「「プリキュア! ヒーリング、オアシス!!」」」
重なり合う切っ先から、三色の光が堰を切ったように溢れだし、三重螺旋を描く光の渦となってメガモンドへと撃ち放たれる。
狙うはもちろん左胸、ナノビョーゲンたちの巣食うモンド・ダイヤの患部。渦巻く癒しの光の束が、メガモンドの病巣へと直撃する。
「メ……ガァァァッッ!!」
しかし、メガモンドの体の芯にまで侵攻したナノビョーゲンの淀みは、まるでコールタールのようにへばりつき、ヒーリングオアシスの直撃をもってしてもびくともしない。
跳ね返ってくる反動を押し返すように踏みとどまりながら、それでも三人は己がエレメントパワーを込め続ける。
「ううっ、メガビョーゲンの力が、デスガリアンの中で育ちすぎたラビ……!?」
「ヒーリングオアシスでも、浄化しきれないかもしれないペェ……!」
「よく考えたら、ここまで連戦だったもんな。オレたちのエレメントパワーもそろそろ限界かもしれないニャ……!」
苦し気な声を上げる相棒たちに、プリキュアたちは必死の形相に笑みを浮かべて応える。
「何言ってんの、ニャトラン、みんな! ここまで来たら、何が何でもやってやるしかないっしょ!」
「そうよペギタン。これ以上、地球の病気やら訳のわかんない宇宙人なんかに、この街を、地球を好き勝手させてたまるもんですか!」
「ラビリン、大和さんが言ってたよ。こんな時は、こう言ってやるんだって……!」
三人は、ヒーリングステッキを両手で握り直し、渾身の力を込めて叫んだ。
「「「この星を、なめるなよ!!!」」」
その雄叫びとともに、ヒーリングオアシスの三重螺旋は、メガモンドの胴を丸ごと飲み込むほどの巨大な光の竜巻へと膨れ上がり、ナノビョーゲンの群れが織り成す淀みを押し流し、切り離し、モンド・ダイヤの体から引きはがした。
その猛烈な勢いは、モンド・ダイヤの全身にまで広がったナノビョーゲンたちをも引き連れるように吹き飛ばす。浄化されたナノビョーゲンたちは、モンド・ダイヤの輪郭を象る影法師のように、すこやか市の上空にふわりと舞い上がり、そのまま光の螺旋に導かれるように天高く霧散していった。
その光景に、ジュウオウジャーたちは操縦席から歓声を上げた。
『やったぜ、アイツらやりやがった!』
『よし、今度はこっちの番だ!』
ジュウオウジャーたちは、手にしたジュウオウキューブを一度、二度、三度と捻りこみ、操縦席のキューブへと叩きこむ。
「……ん? あれ? オデ、一体何してただど? 確かナリアからジニス様のエネルギーをもらって大きくなって、それから……?」
自分の置かれている状況の理解が追い付かず、一回りほど小さくなったモンド・ダイヤは右往左往する。すぐ目の前で、巨大な獣の砲口が今まさに唸り声を上げているのも気づかずに。
『『ジュウオウダイナミックストライク!!』』
金色の胸部装甲から溢れ出るほど充填されたエネルギーが、ジュウオウジャーたちの叫びと共に解き放たれる。荒野を駆ける獣の群れのように大挙するジューマンパワーの洪水が、あっという間にモンド・ダイヤの体を飲み込んだ。
「げええええっ!? オデ、巨大化してからまだ何も活躍してない、どおおおおおぉぉっっ!!??」
その断末魔をかき消すように、光の波動はモンド・ダイヤの全身を爆砕した。
「勝った……の?」
跡を漂う噴煙をぼんやりと見つめながらぼやくグレースに、操縦席から大和の声が飛ぶ。
『そうだよ、のどかちゃん。大勝利だ!』
その声に、グレースはスパークル、フォンテーヌと顔を見合わせ、一拍遅れて歓声を上げる。
「やったー、勝ったー! あんなでかい相手に勝っちゃったよー!!」
「もう、ロボットまで出てきた時は本当にどうなることかと思ったけど、勝ててよかったわ……」
「わたしも、誘拐された時はもうお終いかと思ったよ……。ありがとう、フォンテーヌ、スパークル。そして、ジュウオウジャーのみなさん、本当にありがとうございました!」
グレースたち三人は、背後にそびえるワイルドジュウオウキングの顔へと振り返り、深々と頭を下げた。
『こちらこそ、ありがとう! 地球のお医者さんたち!』
操縦席からも、セラ、レオ、タスク、アムの拍手やら歓声やらが響き渡る。その様子に、グレースたちは再度笑い合った。
『…………あっ。でもよく考えたら、まだ全てが終わったわけじゃないんだよね……』
アムの一言に、一同はぴたりとはしゃぐのを止め、周囲を見渡した。
「た、確かに……」
メガビョーゲンたちとの戦いにより、悲惨な有様となったすこやか市周辺の山々を見つめて、グレースはただただ固まるばかりだった。
□ □ □
「……あの、本当にわたしたち、手伝わなくていいんですか?」
グレースは、すでに変身を解いた大和、セラ、そしてレオに尋ねる。
「いや、俺たちもそう言ったんだけどね」
「キューブエレファントとタイガーが、自分でやったことの責任はちゃんと自分たちで取りたいって聞かなくて」
「ま、男が自分でケジメつけるってんなら、従ってあげねえとな!」
そうですね、と笑うグレースが見渡した先、キューブエレファントは自分たちやメガモンドが踏み荒らしてしまった土地を、その大きな脚で均すように踏み歩き、キューブタイガーは倒れてしまった木々をなるべく元の位置に戻るように立て並べている。
小一時間ほどかけて、二匹は一旦作業を終えた。
『ごくろうさま、キューブエレファント、キューブタイガー!』
ジュウオウジャーの姿のままのアムは、ひと仕事を終えた相棒たちに、操縦席からねぎらいの言葉をかける。
『しかし、まだ花や草は潰れてしまったままだし、樹木はただ立っているだけで地面に根付いていない。……のどか、本当にキューブエレファントにできるんだろうか……?』
グレースたちの元へと戻ってきたキューブエレファントの操縦席から、タスクの心配そうな声が響く。
「大丈夫ですよ、タスクさん! だって、戦隊だって、プリキュアなんですから!」
その一言に、傍らに立っていた大和はぴくっと反応し、気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「の、のどかちゃんてば……。まあいいや、よろしくね!」
「はい! やろう、フォンテーヌ、スパークル!」
「ええ!」
「あたしたちとジュウオウジャーさんの力を合わせれば、なんだってできるよ!」
そう言って三人は、それぞれのヒーリングステッキにエレメントボトルをセットする。
「実りのエレメント!」
「水のエレメント!」
「光のエレメント!」
そして、淡い光を放つヒーリングステッキを、キューブエレファントに向かってその輝きを届けるように優しく振るった。
先端から放たれた穏やかな光の帯が、キューブエレファントの胴体へと注がれていく。エレメントの温かな力に包まれたキューブエレファントは穏やかな鳴き声を上げ、その長い鼻から周囲の緑に向かってシャワーのように水を吹きかけた。
その水しぶきはほのかに光を纏い、風に乗り輝く霧雨となって、戦いによって荒れ果てた大地へと降り注がれていく。そのシャワーを浴びた草木は、少しずつではあるが息を吹き返し、じわりじわりと色濃い緑を取り戻していくように見える。
その様子にグレースたちは笑みを浮かべ、キューブエレファントにエレメントパワーを送り続ける。キューブエレファントも、傷を負った大地全てに行き届くよう、シャワーを振り撒き続ける。
しばらくすると、木のエレメントさんがどこからかふらりと顔を出し、グレースたちの元へと飛んできた。グレースは聴診器を取り出し、エレメントさんの声を聴いた。
『プリキュアの皆さん、そして戦隊の皆さん。ありがとうございます。倒れてしまった木々は、すぐにとはいきませんが、再び根を張り始めています。草も花も、時間をかけて元に戻っていくことでしょう』
「……ですって!」
のどかからの報告を受け、ジュウオウジャーたちからも喜びの声が上がった。キューブエレファントとキューブタイガーも、嬉しそうに甲高い鳴き声を上げている。
その姿に微笑みながら、グレースたちは変身を解除し、元の姿に戻った。
「って、あれ? のどかっち、着物だったの?」
「そういえば、うちのお手伝いをしていてもらった最中にさらわれたんだったわね」
「えへへ、すっかり忘れてた」
従業員用のえんじ色の着物に身を包んだのどかは、照れくさそうに舌を出した。
「……って、そんなに驚きます? 大和さん」
「あっ、いやいや、のどかちゃんがキュアグレースになったり戻ったりするのを見るの初めてだからさ」
「そっか、それもそうですね。ふふっ、なんだか変な感じですね」
朗らかに笑うのどかに、大和はすっと手を差し出した。
「改めてありがとう、のどかちゃん、ちゆちゃん、ひなたちゃん。それにヒーリングアニマルのみんな。君たちのおかげであのデスガリアンを倒すことができた。それと、地球のお手当の力になれて、何だか誇らしいよ」
「こちらこそ、地球さんを守るために戦ってるのがわたしたちだけじゃないんだって、戦隊のみなさんと繋がることが出来て、本当に嬉しいです」
大和とのどかは固く手を握り合い、満面の笑みを浮かべた。
「しかしまさか、旅先でこんな出会いが待ってるなんて、夢にも思わなかったけどね」
大和の一言に、はっと何かに気づいたアムが叫び声を上げる。
「って、そうだよ、旅行旅行! げっ、もうこんな時間!? 全然すこやか市の観光できてな~い!」
「いやそんな場合じゃなかったでしょアム……」
淡々とツッコむセラに、アムは負けじと食い下がる。
「そうだけど! 一泊しかしないんだよ、帰るまでにもうほとんど遊ぶ時間ないじゃん……」
「確かに、昨日もなんだかんだで、それほどゆっくりできていないしな」
「腹ァ減ったな……」
タスクとレオも、不満げな顔でアムに追従する。
しょげる戦隊の面々に、つつつとちゆは擦り寄り、リーダーの大和の耳元で囁く。
「……お客様。なんでしたら、もう一泊いかがでしょうか」
「な、何っ、もう一泊だって……」
「今でしたら、若々女将特権で、宿泊料金の割引も可能でございます……」
「ちゆちー、意外と商魂たくましいね」
「さすが、旅館沢泉の跡取りって感じ」
ちゆの提案に、大和はしばらく考え込んだ末、かっと目を見開き言い放った。
「……よし、それならもう一泊しちゃいますか~~~!!」
その宣言に、真っ先に目を輝かせたのはもちろんアムだ。
「ほんと!? 本当にいいの大和くん!?」
「ま、このままだと本当に戦ってばっかで終わっちゃうしね。せっかくすこやか市まで来て、こうしてのどかちゃんたちとの繋がりも生まれたんだもん。もっと楽しんでから帰らないと! あ、でも本当にいいのかい、ちゆちゃん?」
「もちろんです、お部屋も空いておりますので! 歓迎いたします、動物戦隊御一行様!」
笑顔で答えるちゆに、セラたちも顔を見合わせ色めき立つ。
「それならまず、他の温泉巡りしましょ! 泳いでもOKな温泉ってないのかしら……」
「いーや、それよりまずは、うまいもん巡りだろ! 朝から戦いまくりで腹が減ったぜ!」
「確か、ハーブショップもあるんじゃなかったか? 落ち着いた香りに包まれながら読書と洒落こみたいところだ」
「セラちゃん、レオくん、タスクくん! そういうのぜーんぶチェック済みだから! よーし、じゃあまずは荷物を取りに旅館に戻ろ!」
これからの予定についてあれやこれやと語らいながら、ジュウオウジャーたち五人は軽快な足取りで旅館沢泉への帰路に着く。のどかたちもそれに続いた。
「見ててラビ? こうして全力で走ってー、野生……、解放ーーーっっ!! ……って、のどかが囚われているところまで勢いよくぴょーんって……あれ?」
のどかを救出したシーンを再現しようと全力で飛び跳ねるラビリンだったが、せいぜい人間の腰の高さほどまでジャンプして、ぽてっと地面に着地した。
「いや、全然跳べてないペェ」
「火事場の馬鹿力みたいなもんだったんじゃねぇか?」
「そ、そんなはずないラビ! それはもう見事なラビットジャンプだったラビ!」
その後もぴょんぴょんと慎ましいジャンプを繰り返すラビリンに、ちゆとひなたはくすくすと笑う。
そんな彼女たちの背中をしばらく見つめた後、のどかは小さく深呼吸をした後、二人に声をかけた。
「あ、あのね! 二人にちょっと、聞きたいことがあるんだけど……」
「プリキュアの力で何とかしたいって思っちゃうことー? そんなのあるよー、ありまくりだよー!」
「ありまくり、って程ではないけど、まあ時々思うわよね」
「や、やっぱり? それってどんな時?」
内心、胸を撫で下ろしながらも、のどかはさらに尋ねる。
「遅刻しそうで走ってるとかいっつも思うしー、ていうかこないだ朝起きたら始業時間の10分前でさ、変身して学校に飛んでいこうとしたらニャトランに止められてさー」
「すでに未遂なのね……。わたしは、そうね。ハイジャンプの前とか、時々考えるわよ。プリキュアになったらあのバーどころか観客席まで飛び越えられるわよね……なんて」
「ち、ちゆちゃんでもそんなこと考えたりするんだね」
そりゃそうよ、と苦笑しながらちゆは続ける。
「ただまあ、当然だけど、プリキュアになって記録出したって意味がないしね。そういう時は、イメージだけ借りるの。自分の体が軽くなって、どこまでも飛べるような」
それで記録が伸びるわけでもないんだけどね、とちゆは笑う。
すると、そんな彼女のポケットから、短い着信音が鳴り響く。ちゆはスマートフォンを取り出して画面を見た途端、「げっ」と彼女らしからぬ声を上げ、血相を変えた。
「? どうしたの、ちゆちゃん」
「……わたし、少しカッコつけすぎたかもしれない。プリキュアの力で何とかしたいって思う事、今まさに発生したわ」
「え、なになに? どゆことちゆちー?」
ただならぬ様子のちゆは、送られてきたメッセージに素早く返信するとスマートフォンを閉じ、深いため息とともに告げた。
「……川井さん、本日も復帰ならずよ。今日は土曜日だっていうのに……」
「「ええ~~~!?」」
素っ頓狂な声を上げる二人を他所に、ちゆの顔色はますます沈んでいく。
「他にも休みの人がいるから、今日はやる事山積みよ……。涼しい顔してやってるように見えたかもしれないけど、大浴場の掃除も何気に重労働なのよ……。水のエレメントボトルを使えば簡単に終わったりするのかしら……ふふ……」
「ちゆちゃん、目が笑ってないよ……」
遠い目をしながら顔をひきつらせるちゆに、のどかはにこっと笑いその手を取った。
「じゃあさ、今日も手伝うよ、旅館のお仕事!」
「えっ……?」
「あっ、あたしもあたしも! 着物また着てみたいしー!」
「ひなた……。二人とも、本当にいいの?」
「もちろん! わたしとちゆちゃんとひなたちゃんが力を合わせれば、乗り越えられない事なんてないよ!」
ふん、と鼻息を荒げるのどかに、ちゆは少し吹き出しつつも、
「ありがとう、のどか、ひなた! お願いするわ。でもお互い、無理は禁物ね」
「よーし決定! それじゃあ善は急げ! のどかっち、ちゆちー、さっそく旅館に急ぐよ!」
「ま、待ってよひなたちゃん! 着物だとうまく走れないんだってば~!」
ばたばたと駆け出した三人は、前を歩く戦隊の面々を追い越していく。そんなのどかの背中を見て、大和はふっと微笑んだ。
「……よかったね、のどかちゃん」
「ん? 何か言ったか大和?」
「何でもないよレオ。それより、俺たちも急ごう! 俺たちの旅行は、まだ始まったばかりだ!」
颯爽と駆け出した大和に、ジューマンの四人も笑顔で続く。
大和たちのどかたちの笑い声が、晴れ渡るすこやか市の青空に、どこまでも響き渡っていった。
ヒーリングっどプリキュアvsジュウオウジャー ~歓迎! 動物戦隊御一行様~ おわり
最後までお読みいただいた方々、ありがとうございました。
ヒープリが始まる前、動物と地球がモチーフで香村純子さんが脚本って、完全にジュウオウジャーじゃん…とか考えながら視聴を開始し、ジュウオウジャーと同じく安定感のある面白さでヒープリにハマっていったのですが、二作品の間にモチーフだけにとどまらない共通の雰囲気や相性の良さを感じ始め、クロスしたら絶対面白くなるよな…という想像が止まらなくなり、執筆を始めました。
案の定、書き始めると両作品間のキャラの掛け合いはスムーズに思いつき、この作品同士ならでは、というネタもぽんぽんと生まれました。
プリキュアはあくまで浄化する力なのでデスガリアンは倒せない、一方戦隊は武力は高いが浄化はできない、という対比を持たせることで戦いに緊張感を持たせる。
ちゆやひなたに対して色やパートナーなど共通項の多いセラやレオに比べると立ち位置が弱くなるタスクとアムに、ではパートナーのキューブアニマルがさらわれその上メガビョーゲンにされてしまう事でストーリー上の役割を持たせればドラマも生まれるのではないか。
のどかと大和を繋ぐドラマとして旅館での失敗があり、そこからピンチに繋がって、お互いの相棒が協力して助けに向かう……等々、大まかな話を組み立てる上で、双方のキャラの役割がうまい具合に噛み合う感触があり、原作の相性の良さを改めて感じた次第です。
なるべく原作を尊重したい派であることと、イメージにないキャラを出すと混乱を招くという懸念から、オリジナルのデスガリアン、モンド・ダイヤを出す事には少し抵抗があったのですが、温泉を求めてすこやか市にやってくるなどシチュエーションに合わせて自由に動き回れるキャラにしたかったのでこのような形になりました。
その分、名前や口調、性格をとことんわかりやすいものにして「まあこんなヤツだろう」と思ってもらえるキャラにしたつもりなので、受け入れて頂ければ嬉しいです。本編でも少し触れましたが、外見としては仮面ライダービルドのゴリラモンドをタツノコナイズしたものを想像してもらえばそれで正解です。
二つの作品が絡むならこういうネタや掛け合いをやりたい、というのは全て詰め込めたと思います。個人的に好きなダルのど要素もさりげなく(なくない)挟むことができたので満足しています。
連載の経験がほとんどないので更新ペースも遅く、途中長く間が空いてしまうこともありましたが、楽しんでいただけたのなら幸いです。どんな形でもよいので感想を頂けると励みになりますのでより幸いです。
改めて、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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