どうやら俺の親友は主人公らしい (湖森生気)
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転校生、屋上、手作り弁当、主人公の特権が役満です

俺の名は三木 景どこにでも居る高校生だ。

成績は中の上、得意なのは数学で苦手なのは英語。

図書委員をしてはいるが、じゃんけんで負けた結果だ。

高校に入学して早1か月だが、特にイベントも無く出会いもなく、彼女も居ない。

特別な血筋でもなければお金持ちでもない。

一人暮らしでもないし、両親の帰りが特別遅いわけでもない。

 

何処にでも居るかは置いても、特に目立つ人間では無いと思う。

高校生と言う多くのラノベ主人公と同じ年になって、何か特別な事でも無いかと思ったが。

そんな事もなく、3年間を終えるのだろう。

さて、そんな俺が今何をしているかと言うと…

 

「机に突っ伏してどうしたんだ景?」

「変わり映えのない日常に思いをはせてた」

「…なんだそれ?」

「退屈すぎて死にそうって事を中二病的に言ってみただけ」

 

そう、男の子としてちょっとは期待してた特別なイベントも無く迎えた高校生活2月目。

無気力感故に机に突っ伏して不貞腐れていたのだ。

 

「で、そう言う勇希はどうしたんだその頬の怪我?」

「あーほら、階段で盛大にこけちゃって……」

「階段でどう転んだらほっぺだけ怪我できるんだよ。まぁあ良いけど」

 

ようやく登校してきた親友、日名田 勇希が通り道を挟んで隣の席に座ったのを確認して体を起こす。

俺が不貞腐れてたのは、せっかく仕入しれたとっておきのネタを話そうと思ったら、肝心の親友がなかなか登校してこなかったのもチョットある。

もう時間は無いがせっかくのネタだ、話すだけしておこう。

 

「知ってるか、今日転校生が来るらしいぞ」

「転校生?」

「そうそう、5月なのに珍しいよな。しかも、職員室で先生が話してたがどうやらこのクラスらしい」

「へー」

 

本当ならここから転校生が女の子な事とか、写真をチラ見したけど結構美人だったとか。

話を広げるつもりだったのだが、肝心の親友が遅かったせいで時間が無い。

チャイムと共に先生が転校生を連れて入ってくる。

長い黒髪をポニーテールにまとめていて顔は写真で見た時は美人に思えたが、実際見てみると可愛らしく感じる。

 

「早速だが転校生を紹介する」

「神薙 海未ですよろしくお願いします」

「仕事の都合でこの街に引っ越してきたらしい、まだ不慣れな事も多いだろうから気にかけてやってくれ」

 

声まで可愛いとか反則じゃね?

思わずドキッとしてしまい、興奮のまま勇希に話しかけようとして…気づく。

勇希の顔が引きつっている事に。

え、何その反応。

 

「それじゃあ席は…後ろの空いてる席に座ってくれ」

「分かりました」

 

勇希の隣の席だ。

彼女はそのまま席に座ると勇希に向って一言。

 

「よろしくね…勇希君」

「は、ははは」

 

え、何で名前知ってんの?

しかも勇希、なにその乾いた笑い。

え、何このラノベの導入?

いや一巻の終わり、エピローグ?

そう言えば俺の朝の会話も何か主人公の友達のモブみたいだったな………でわなく!!

何、勇希お前。主人公なの!?

 

 

 

 

日名田 勇希と俺の出会いは小学校だった。

ずっと前の事だから覚えていないが、特に劇的な出会いは無く。

気が付けば一緒に遊んでいた。

そこから中学、そして高校と同じ学校。同じクラスだった。

俗に言う腐れ縁だ。

 

そんな俺から見た勇希だが。

両親は海外で仕事をしていて一人暮らし、正義感は有るが特に強いって訳じゃない。

しかし、思いっ切りの良さは人一倍だ。

リーダー気質では無いが、必要なら人を引っ張れる人間で人望もある。

運動は得意な方、学力も悪くない、顔も……少なくとも俺よりは良い。

…そして、可愛い転校生と転校前に出会っており既に名前で呼ばれている。

………主人公かな?

 

「さて、勇希。彼女がお前の名前を知ってた事について話してもらおうか」

「え、えっと。それは…」

 

休み時間、俺は早速勇希を教室の隅で尋問する。

だが、休み時間は十分。

時間は少ない、ここはちょっとづつ情報を引き出すべきだろう。

勇希も言い淀んでるし。

 

「なら質問を変えよう…バトった?

「バトったって何だ!?」

「バトルしたの略語だよ、その頬の怪我バトルした結果と見たがどうか?」

 

因みに彼女、海未さんはクラスの皆に質問攻めにされているのでこちらに来る可能性は無い。

さぁ、キリキリ吐いてもらおうか。

勇希がバトル系の主人公なら俺も気を付けた方が良いかもしれないからな。

 

「………この怪我は喧嘩でしたモノじゃない」

「ふむ、なら彼女と出会った場所は?」

「し、商店街」

「何時? 朝、昼、夕、夜でも可」

「えっと……」

 

残念だがここでタイムアップ。

予鈴が鳴ってしまった。

次の質問時間で答えをはっきりさせるつもりだったが。

勇希は海未さんの当たり障りない質問(学食、図書室等について)で忙しそうだった。

決戦は…昼休みだ。

 

「初めまして神薙さん、俺は景。勇希の友達だ」

「神薙海未です、海未で良いですよ。これからよろしくお願いしますね」

「それしゃあ、よろしくね海未さん」

 

昼休み、さっそく行動を開始する。

二人が席を立つ前に海未さんに話しかけ、最初の休み時間で聞けた質問との矛盾を探す!

 

「ところで、勇希の事しってたみたいだけど知り合いだったの?」

「ええ、実は昨日引っ越して来たんです。そこで日用品を買うために商店街に居たんですけど、買いすぎてしまって。困ってた所で勇希君が荷物を運んでくれたんです」

「なるほど」

 

なん…だと…。

てっきり商店街で矛盾してくれると思ったが。

話を聞いた所で矛盾は無い。

 

「なるほどね。確かに勇希らしい」

「もういいか景、これから彼女に校内を案内するんだけど」

「あ、そうなの。なら俺も…ってのは流石に野暮か」

「そ、そんなんじゃ無い」

「ふふ、よろしくね。勇希君」

 

ふむ、失敗だった。

教室を出ていく二人を見ながらそう思う。

勇希の尋問は海未さんの聞こえない場所でやるべきだった。

 

「けど流石に後をつけるのはやりすぎが」

 

大人しく二人が帰るのを待っていようと思っていた。

思っていたのだが…

 

 

35分後

 

 

「遅い」

 

いくら何でも遅すぎる。

昼休みは50分、そもそも校内を見るなら5~10分有れば十分だろう。

勇希は学食だから食堂に来るだろうと思って食堂に居るがまだ来ない。

食べる時間を考えれば時間が無い。

 

「まさか、抜け出したか?」

 

今までの勇希なら考えられないが主人公ならあり得る。

もしくは…

 

「行ってみるか」

 

普通の高校なら大体は立ち入り禁止になっていて、ラノベではよく登場す場所。

空き教室か屋上。

この学校に空き教室は無いので向かう場所は屋上!

そうと決まれば時間もない、この学校では屋上は鍵がかかってるが行くだけ行ってみよう。

 

 

 

 

 

「…まさか本当に居るとは」

 

何故か鍵が開いていた扉の隙間から屋上を覗き見る。

流石に距離があるので会話は聞き取れないが、弁当箱が二つ見える。

時間的に中身は空だろうが、勇希は弁当なんて作らない。当然、弁当箱も持ってない。

必然的に海未さんの物だろう、勇希の分の昼食も作ってきたのか。

 

「いや、問題はどうやって入ったかだな」

 

この屋上の鍵は職員室にある。

しかも鍵のかかったキーボックスの中にだ。

常に誰かいる職員室から鍵を持ち出すのは難しいしそんな事をする意味は無い。

 

「どうやって屋上の鍵を…たまたま開いてた? それはそれでどんな運だよ」

 

少なくともこれで確信できた。

普通じゃない。

彼女の正体について気にはなるが教えてはくれないだろうから自分で調べよう。

珍しい苗字だし何か分かるかも。

まさか図書委員で良かったと思う事があるなんてな。

 

「とりあえず、予鈴鳴る前に帰るか」

 

その後、予鈴が鳴ってから二人は帰ってきた。

 

 

そして放課後。

 

 

俺は図書委員として校舎に残り。

勇希は海未さんと一緒に帰って行った。

邪魔するのも悪ので、確実に家に着いたであろう放課後になってから勇希にメールをする。

 

件名:今日の昼休み屋上に居たよな

本文

何かあれば相談位は受けるぞ

 

 

余談だが、その夜。ふと窓の外を見てみると。

海未さん勇希がないやら深刻そうな顔で道を走っていたのが見えた。

案の定、次の日に怪我をした勇希が登校してくるのだがそれはまた別の話である。



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謎生物は主人公の特権…だよね?

「おはよう景」

「おはようございます景さん」

「おはよう二人とも、一緒に登校とはお熱いね」

 

そんな軽口を言いながら二人を出迎える。

そしてやはり、勇希は怪我をしていた。

 

「また怪我したのか勇希」

「ま、まあな」

 

個人的には確信してるけど取り合えず揺さぶっておこう。

 

「そう言えば昨日、解体予定の廃ビルで爆発事故があったらしいな。何でも解体用の火薬に引火したとか」

「そ、そうなんだ」

「事故が有ったのは深夜だし二人には関係ないだろうけどね」

「そ、そうだな」

「そうですね」

 

うん、海未さんは兎に角。

勇希は分かりやすく動揺してくれた。

爆発って、どんな事に巻き込まれたらそうなる。

やっぱりバトル物か?

 

「ところで景、図書委員のお前に聞きたいんだけど」

「なんだ改まって」

「狐についての本無いか?」

 

…狐と来たか。

またフィクションではお馴染みな動物が来たな。

 

「伝承? 生体?」

「生体の方で」

「分かった、良さそうなの見繕っておく」

 

予鈴が鳴ったので口を閉じる。

にしても狐か…また何か面倒事に巻き込まれてるんだろうな。

探しているのか、飼っているのか。

どちらかの線で本を見繕っておくか。

そんな事を考えながら授業を受ける。

………ん?

何か勇希は落ち着無いな、何か…そわそわしてる?

気になって顔を向ける。

 

 

狐が居た。

 

 

正確には鞄から狐の頭だけ出てた。

 

「………、な……こ…に」

 

勇希が狐に向って何か言ってる。

何その狐、人の言葉分かるの?

 

「家…おと……く」

 

あ、狐と目が合った。

とりあえず会釈しておく。

 

「ど…見…、え? 景?」

 

今度は勇希と目が合った。

 

「…」

「…」

 

とりあえず授業中なのでノートに文字を書いて見せる。

 

『狐の飼い方で本探しとくわ』

 

勇希の顔は引きつってた。

とわ言え、ばれる可能性を考えれば見て見ぬふりもできない。

バレれば間違いなく揉みくちゃにされる…狐が。

本当の狐は病気とか怖いんだぞ本当に。

何より、先生に怒られる勇希が不便だ。

仕方ない、普通じゃない狐で知性が有ると仮定して…居心地がそれなりに良くてバレにくい場所。

再びノートに書いて勇希にみせる。

 

『図書準備室開けてやるから休み時間になったらすぐに移動開始な』

『すまん』

 

さて、今日の当番は俺だけだから他の人が来る可能性は無い。

先生は下校後以外はめったに来ないので問題ない。

流石に話を聞く時間は無いかな、今日の昼もどうせ海未さんともしかしたら狐も。

一緒だろうし。

 

「良…から、…いわ…か…な………に」

 

また狐に話しかけてる勇希を他所に授業は進み。

ほどなくして、授業が終わる。

 

「よし、勇希と海未さん付いて来てくれ」

「すまん景」

「よろしくお願いします」

 

うん、確認せず海未さんの名前呼んだけど関係者なのね。

そんでやっぱり付いて来るのね。

図書準備室。

基本的に当番の生徒。下校後は先生が作業する場所だ。

鍵は図書室の鍵と束になっているため、今日は朝、昼、放課後と当番の俺が持っている。

 

「念の為聞いとくけど、その狐おとなしいか?」

「それは大丈夫」

 

OK、普通は鞄に潜り込んだ狐に即答は出来ないと思うが。

普通の狐じゃ無いんだろうな。

 

「昼までに本は用意しておくから、放課後になったらすぐに迎えに来いよ」

「分かった」

「思ったより快適なんですね…ソファーに本に、ポットやコーヒーも有る」

「下校後は先生がここで作業するからな、先生が積極的に快適にしてる」

 

勇希は鞄から狐を取り出し、また何か言ってる。

傍から見たら変な人だな。

あ、尻尾でしばかれた。

 

「それじゃ、二人は先に帰ってくれ」

「景さんはどうするんです?」

「他の図書委員が入らない様にちょっと細工する」

「分かったよろしく頼む!」

 

さて、出て行った二人を確認して狐に向き直る。

不服そうにソファーで丸くなっているが俺の視線に気づいたのかこっちを見た。

 

「コップはここ、ポットとコーヒーは自由に使ってくれ。本も読んでもらっていい、高い本はあの台を使ってくれ」

 

俺が指を指すと狐もそちらを向く。

もしこれでただの狐だったら俺恥ずかしいな。

 

「内側からなら鍵は開くからトイレは授業中に。昼休みに様子見に来る。後は………俺が来た時はノック2回を3回する」

 

言うべき事はこれで全部かな。

次ここに来れるのは昼休みだろう。

因みに、細工などしなくても今日は誰も来ない。

 

「じゃ、またお昼に」

 

狐は返事をするように鳴いた。

その後はお昼まで特に無し、せいぜい勇希が頻繁に図書準備室に視線を向けてた位だろうか。

そして昼休み。

お昼の図書当番は基本的に図書準備室で食べる。

この学校の貸し出し処理はセルフなので問題は無い。

因みに勇希と海未さんは購買部に食べ物を買いに行った。

多分あの狐の分はお昼用意して無かったのだろう。

 

「えっと、ノックは2回を3回と」

 

念の為打ち合わせしたノックの後扉をひらく。

 

「む、来たか」

 

幼女が居た。

油揚げ色の髪、狐耳に尻尾。

うん、あの狐だ。

 

「………分かってたけどさー」

 

狐耳幼女が現実に居た事も驚きだけど、勇希のやつこの子と一つ屋根の下って事か?

あいつはロリコンじゃないから問題ないだろうけど。

 

「これ苦いぞどうにかならぬか?」

「……ミルクと砂糖の場所も教えとくべきだったか」

 

ミルクと砂糖を加えカフェオレに作り直してから狐幼女に渡す。

せっかくだから話でもしよう。

購買は混む、まだ時間は有るだろう。

 

「そう言えば名前は?」

「うむ、玉と申す」

「玉ね、了解。俺は三木景、景で良いよ」

「承った、よろしくの景」

 

どうやら機嫌は直ったらしい。

せっかくだから勇希について聞いてみよう。

 

「で、勇希は何やってるんだ」

「む………」

 

俺の質問に玉は少し考え、口を開く。

 

「知らぬ方が良い、勇希が関わるは陰の事件。聞くだけで縁が結ばれかねん」

「聞くだけで巻き込まれる可能性が上がるのか…玉はセーフなの?」

「わらわは土地神ゆえ、せーふじゃ」

 

あいつ土地神様まで巻き込んでるのか。

いや、巻き込まれたのか。

どちらにしろ主人公確定だな。

 

「海未さんについても聞かない方が良いですか?」

「うむ、事象を聞くだけなら問題ないが。これは本人に聞くべきじゃな」

「分かりました」

「………敬語でなくても良いぞ?」

「宜しいのですか?」

「うむ、供物と快適な場所への返礼じゃ」

「…分かった、もうすぐ勇希と海未さんが来るから俺は外に居るよ」

 

もう時間も無いだろうし。

最低限知るべき事は知れた。

そう思ったのだが、玉様が口を開いた。

 

「勇希がお主に話さぬのは巻き込まれる怖さと痛みを知る故じゃ。悪く思わんでくれ」

「分かっては居ます。しばらくは気づいてない振りしときますよ」

「そうか…ならば、わらわも何も言うまい」

 

その後、無事に購買部での激戦を乗り越えたらしい二人が来たので図書準備室に通しておいた。

ついでに、今回のように俺が一日中当番の曜日なら。

言ってくれれば図書準備室を開ける事を伝え。

狐についての本も無事に渡した。

流石に狐の飼い方だけではアレなので生体の本も渡しておいた。

そして放課後、無事に勇希は狐を鞄に入れ下校した。

 

「さてと…放課後の時間を有意義に使いますか」

 

得られた情報は少ない。

だが、狐の土地神が関わるとなれば必要な情報は絞られる。

 

「妖怪関係、呪術関係、都市伝説に噂。大雑把にオカルト関係だな」

 

幸い俺は図書委員だ。本の場所も種類も大雑把に把握している。

何時頼られても良い様に、巻き込まれても良い様に。

主人公にはなれなくても、せめて何か手助けしたいよな。

可能な限り情報を集めなければ。

 

 

 

余談だが、その日勇希が教室に忘れていった宿題を届けに行った時。

完全に幼女に化けた玉様に出迎えられ。

勇希に親戚の子と紹介された時は中々に複雑だった。

何時か、土地神様を紹介してくれる日を信じて待つとしよう。

 

 

 

次の日。

もう一人、新しく転校生が来るのだが。

それはまた別の話。




今回登場した玉ですが、意図的に振り仮名は振ってません。
貴方は何と読みましたか?

因みに、景くんは『たま』と呼んでますし。
勇希くんは『ぎょく』と呼んでます。

しかし、二人は元より周りも違和感を感じません。
土地神パワーです。

そして先は兎に角、現時点で名前が出た登場人物の名前には意味があります。
見たままだったり、読み方だけだったり。

景くんだけは変則的ですが。


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第二の転校生が同じクラスに来るのは主人公の特権

海未ちゃんの影が薄い。

彼女は非日常の象徴だしベクトルがほとんど勇希に向けられてるから仕方ないけど。

海未ちゃん、まだ完全に素を見せて無いんだよな……


玉様の存在を知った次の日。

流石に狐の土地神と言う分かりやすい特徴があり。

この町と関係が有るのなら、地図や歴史の本で調べられた。

その結果、大いに反省する事になったのだが。

 

「まさかこの町で一番大きな神社の神様とは…子供の頃から初詣は毎年あの神社行ってたのに肝心の神様に関心が無さすぎた」

 

昨日は遅くなってしまって行けなかったが、今日の放課後にでも参拝に行こう。

これまでもお詫びも含めて15円とは別に500円持って。

 

「今日も遅いな…勇希たち」

 

玉様とこの町との関りは決して浅くない。

歴史も、社の大きさも、この町一番だと断言できる。

そんな土地神様が現在、俺の親友の家に居るのだ。

それがどんな事情にしろ、大事だと言うのは想像に難くない。

どうやら俺の想像以上に事は大きいらしい、勇希が俺を遠ざけるのも当然と思える

 

「けど、それだけで巻き込まれないのも。見て見ぬ振りもできないよな」

 

少しだけ挫けそうになった心に渇を入れる。

面と向かっては恥ずかしくて言えないが……勇希は俺の親友だ。

勇希の事だ、俺が何もしなくても上手くやるだろう。

だが、それが傍観する理由にはならない。

 

「ま、できる事をできる範囲でやるだけだな」

 

決意を新たにした時、ちょうど二人が教室に入ってきた。

何時もの様に時間ギリギリだ。

 

「おはようお二人さん、今日も精が出るな」

「おはようございます景さん」

「おはよう…もしかして知ってる?」

「朝ランニングしてるのを見かけた程度だよ」

 

今日は朝から図書委員の当番だったので何時もより早く出たのだ。

その時、走っている二人を見かけたのだ。

勇希は余裕が無さそうだったが海未さんはしっかり俺に気づいて会釈していた。

注意深く見てみると、勇希は少し疲れが見れる。

やはりバトル物濃厚だな。

そんな事を考えていると先生が入ってきた………見知らぬ生徒と一緒に。

 

「今日は授業の前に転校生を紹介する」

「不藤 地華だよろしくな」

 

日本人には珍しい綺麗な赤毛のショートヘアーに勝気な笑顔が魅力的な女の子だ。

一部装甲は小さめだが、それが逆に健康的で活発な印象を与える。

にしても、まだ5月なのに二人目の転校生。

普通は別のクラスに分けるよな……どうせ主人公絡みなんだろうな。

そう思い勇希の方を見ると。

 

「………何でここに」

 

予想外にも大きな反応をしていたのは海未さんだ。

大きめの眼を更に大きくさせて驚いている。

これは…予想外の展開だ。

不藤 地華、彼女の席は海未さんの隣だ。

 

「どうして貴女がここに?」

「府抜けの誰かさんが心配でな、今のあんたじゃアレは荷が重いだろ」

「ご心配なく、既に託すべき方に託しています」

「……ほー」

 

あ、地華さんが勇希に視線を向けた。

アレって何だアレって。

何だやっぱり勇希関係じゃないかと思い直しす。

となればこの後の展開は予想できる。

 

「アンタは?」

「勇希、日名田 勇希だ」

「分かるだろ、アレはそう簡単に持つ事を許される物じゃない。納得できない奴も多い」

「分かってる」

 

だから、アレって何なんだよ!?

どうせ聞いても教えてくれないんだろうけど。

まぁせっかく展開が予想出来ているのだ、心の中だけでもアレをやっておこう。

 

「なら、分かるよな。今日の放課後…」

(地華さん、次にお前は……)

(「私と勝負だ!」と言う)

 

よっし決まった!

なるほどー今回はこんな展開か。

まぁ勝つにしろ負けるにしろ、俺にはあんまり関係ない事かな。

所詮勝負だしゆっくり結果を待つとしよう。

それにしてもアレって何なんだろう?

 

 

 

いきなり宣戦布告してきた地華さんだったが、流石に直ぐに勝負とはならなかった。

授業もあったし、何より学校では人目が多すぎる。

そんな訳で何事もなくお昼休みを迎えたのだ。

そして現在、俺たちは作戦会議のため屋上に居る。

何故か海未さんが普通に鍵持ってて驚いたが、今更だ。

 

「で、今回はどんな厄介事なんですかね宣戦布告された勇希さん」

「まぁ…見てた通りだよ」

 

流石に誤魔化す方法を思いつかなかったのか。

素直に認めてくれた。

けれど。

 

「アレって何か聞いても教えてはくれないんだろ、まあ良いけど」

「………すまん」

 

さて、勇希をいじるのはこれ位にして…まじめな話をしよう。

 

「それで海未さん、勇希は勝てそう?」

「正直厳しいです」

「………」

 

…俯く海未さんもこんなに絞り出すように言葉を発する海未さんも初めてだな。

何より、勇希が拳を握りしめてる。

今回の場合は不甲斐ない自分に怒りが向いてるな。

 

「せめてあの技を完全に使えれば勝機は有るのですが」

「手ごたえは有るんだこうなったらぶっつけ本番で…」

「ただ使えた技で勝てるほど彼女は甘くあいません]

 

ふむ、手詰まりって感じか。

とはいえ俺は考えるだけの情報がそもそも少ない。

ただ、勇希は主人公だ。そのセンスもかなり良いはず。

 

「なぁ勇希、その技ってのはどれ位で完成しそうなんだ?」

「……後1時間あれば多分…いや、絶対に物にする」

「それだけでは不十分です、実戦形式で使うタイミングや実際に使う感覚を覚えて。試合前に万全の状態に戻すとなると……4時間は欲しいです」

 

ふむふむ、なるほど。

つまり、試合前の練習時間が圧倒的に足りないと。

…ん?

4時間…それなら。

 

「なるほど…ならギリギリ何とかなるか?」

「何!!?」

「どういう事ですか!?」

 

勇希と海未さんがすごい勢いで俺を見る。

まあ確かに気づきずらいか。この二人は優等生だもな。

 

「ただし、当然対価はある」

「対価…」

「対価が有ってもいい、教えてくれ景!!」

 

親友にそこまで頼まれたら断れない。

それに、選択するのはあくまで二人だ。

故に、俺は選択肢を二人の前に提示する。

 

「今から学校抜けて午後の授業さぼれば、ギリギリ4時間は確保できるぞ」

「「…え?」」

 

二人はほぼ同時に時計を確認する。

現在時刻は12:30分。

食事は終えてるし、移動に30分かかるとしても放課後になる17時まで約4時間。

 

「ただし、当然無断で学校をさぼるのは評価に響く。場合によっては反省文もありえる。クラスでも噂になるかもしれない」

 

どうする?

と、二人に視線で問う。

二人は互いに顔を見合わせて……頷きあった。

 

 

 

昼休みが終わって最初の授業に、二人の姿は無かった。

となれば必然的に、二人と一緒に教室を出た俺に地華さんが聞いてくる。

 

「あの二人はどこに行ったのかな?」

「貴女を倒すための最終調整。それより自己紹介をしてなかったね、俺は三木 景。勇希の親友だ、景って呼んでくれ」

「よろしく景、私の事も地華でいいよ。それより君は彼らが勝つと思ってるみたいだね」

「正直、アレが何なのかも勇希の実力も知らないけどね。でも、あいつは負けられない戦いには絶対に勝つ奴だってのはよく知ってる」

「そうか、それは…楽しみだ!」

 

嫌味でも何でもなく、心底楽しそうな地華さんを見て俺は理解した。

彼女は、恨みも無ければ悪意もない。

ただ本当に、実力を知らない相手に不安を感じたから勝負を挑んだのだ。

そして放課後、傍目からでも闘志を滾らせている地華さんは悠々と下校していった。

 

「…そう言えばどこで勝負するのか聞いてなかったな。どっちにしろ見学させてもらえないだろうけど」

 

今日は図書委員の仕事は無いので俺は500円玉を手に入れる為コンビニで適当に買い物を済ませる。

さて、早速だけど玉様の神社にお参りに―――――リンッ

―――――明日で良いか。

 

「あ、でも明日は放課後に図書委員だっけ…まいっか」

 

 

 

少し早いが。後から玉様に聞いた余談を。

今日、人払いの結界が張られたとある神社の境内で、神様の見守る中…一つの勝負があったらしい。

 

 

 

翌日、笑顔で登校してきた二人を見れば勝敗は明らかだった。

相変わらず勇希は怪我してたけど。

意見を出した一人として喜びを分かちあっていると…地華さんが登校してきた。

そして地華さんが有る意味今までで一番の爆弾を投下する。

 

「勇希素晴らしい実力だった」

「ありがとう」

「うん、そこで勇希…私の婿になってくれ」

「………え?」

「ちょっ、ちょっと待ってください!!」

 

おお、海未さんが嘗て無いほど取り乱している。

なるほど、こうなるのか…。

 

「何だ神薙、勇希は許嫁も彼女も居ないのだろう。問題無いだろう」

「ゆ、勇希さんには大恩が有ります。不藤の毒牙にかかるのを見過ごせません!」

 

あーなるほど。

これが主人公を見守るモブの気持ちかー。

羨ましいかと言われれば微妙だが、とりあえず勇希は爆発しろ。

 

 

 

次の日、ではなく数日後。

校舎に大きな改装が有るらしくしばらく休みになるらしい。どこかから多額の寄付が有ったとか…。

そして、そのタイミングで勇希に届く旅行券。

しかも自分は行けないからと玉様の代わりに俺が付いて行くことになってしまったのだが。

それはまた別の話。



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ヒロインとの旅行は主人公の特権

地華さんが転校して来て数日が立った。

俺自身には特にイベントは無かったが、勇希の方はヒロインの二人に挟まれたり。

何やら探し物で町中走り回ったり、海未さんと地華さんと三人で何かの稽古をしたりと忙しい毎日を送っていた様だ。

俺にも関係ある事と言えば、学校が改装の為に数日休みになる事くらいか。

そんな改装を明日に控えたある日、登校した時に下駄箱手紙が入っていた。

 

「まさか……ラブレター。は無いな勇希なら兎に角俺には無い」

 

古めかしい和紙に書かれた差出人は……玉。

早速開けて中身を読む。

そこに書かれていたのは一言だけ。

 

[今日の放課後、まっすぐ勇希の家に来てほしい。]

 

読み終わった後、手紙は直ぐに崩れ落ち跡形もなく無くなってしまった。

玉様直々の呼び出し。

恐らく勇希に秘密の話が有るのだろう。

手紙を処分したのも勇希にバレる可能性を減らす為だと思われる。

 

「……今度はどんな厄介事なのかね」

 

そう口では愚痴りながらも。

役に立てる事が有る、その事実に嬉しくなってしまっている。

幸い今日は図書委員の仕事は無い。

いつも通り。勇希を取り合う二人と四苦八苦の勇希を眺めながら学校が終わるのを待った。

 

 

 

所変わって勇希の家。

今日も稽古なのか勇希はまだ帰っていなかった。

故に出迎えてくれたのは玉様だ。

隠す必要も無いので今日は耳と尻尾を出した状態だ。

 

「すまぬの、呼びだしてしまって」

「いえ。構いません」

「そう言ってもらえると助かる」

 

わざわざ玉様が入れてくれたお茶を飲みながら話の続きを待つ。

あ、美味しい。

特別に茶葉が良い訳じゃはずだから単純に玉様のお茶の入れ方がうまいのか。

 

「さて、お主を呼んだのは他でもない。これを見てほしい」

「これは…旅行券?」

 

何が出るのかと戦々恐々だったが、出てきたのは気が抜けてしまう物だった。

まあ、兎に角詳しい内容を見てみよう。

何々。

 

「4人一組、一週間温泉旅行の旅。大自然の秘湯で日頃の疲れを癒しませんか……普通の旅行券の様ですが?」

「その旅館も、旅行会社も存在しないと言う点を除けばな」

「………なるほど」

 

今回の厄介事はこれかー

とは言え、これを俺に話す意図が分からない。

 

「それで、そんな見え透いた罠。行かなければいいだけでは?」

「厄介なのはこれが純粋なサプライズの可能性が有る事じゃ…」

「と言うと? その言い方だと相手の事を知っている用ですが」

「うむ、海未も地華も知っておろうな…古くから関わりの有る喜納(きとう)家からの招待状じゃ」

 

あーなるほど。

単純に家に遊びに来ないかと言う招待状を。志向を凝らして旅行券として贈って来たと。

罠である確証も無く、古くからの繋がりが有る以上無下にするのも角が立つ。

 

「しかし、だとしたらこの4人は勇希に玉様、海未さんと地華さんの4人ですよね? 俺に用とは何ですか」

「うむ、実はわらわが行けない事情が有っての。景、わらわの代わりに行ってくれぬか?」

 

ふむ、玉様が何を心配しているのか分からない。

色々と想像は出来るがはっきりと聞いておいた方が良いな。

俺に求められているのは何なのか、把握しておけばいざと言う時動けるはずだ。

 

「詳しくお伺いしても?」

「勿論じゃ、隠そうとしている勇希は兎に角。知っておるわらわは説明する義務がある」

 

ゆっくりと玉様はお茶を飲んで…説明の為に口を開く。

 

「今現在、勇希の立場は複雑じゃ。勇希を取り込もうと神薙家、不藤家の二つが動いておる。勿論、海未と地華が乗り気だからじゃが」

「家まで動くとか…本当に面倒な事になってるな勇希の奴。まぁ青春の範囲内で収まってるだけマシか」

「うむ、そこに喜納家も参戦しようとしている可能性が有る。ただし喜納家はかなりの力技を使って来るじゃろう」

 

確かに、旅行券じみた招待状を送ってくる上に一週間と来た。

学校が改装中なのを知ってないと一週間なんて長期間の日程を組まないだろう。

分かりやすく、つぎ込んできた予算が違う。

いやそもそもこの時期に学校の改装工事はタイミングが良すぎる。

 

「………もしかして学校の改装工事も?」

「十中八九、の」

「一体どれだけ金持ちなんだ喜納家」

「神薙も不藤も似たようなモノじゃがな…そこで、もしもの時の懐刀として同行してほしい」

「………俺、行っても何もできないと思いますが」

「それは案ずるな、重要なのはわらわの代わりに一般人のお主が行くと言う事じゃ」

 

なるほど、一般人としての俺が必要なのか。

だけど実際、どれほどの抑止力が期待できるか。

戦えない、防げない、抵抗もできない。

そんな俺に価値が有るのか。

そんな不安を見通したのか、玉様が再び口を開く。

 

「まず、お主は勇希の親友じゃ。手を出せば勇希の印象は悪くなる。その上わらわの代わりに行く以上、わらわの顔にも泥を投げつける行為ととらえる事もできる」

「なるほど、つまり俺に何かをするのはリスクとデメリットが多すぎると」

「関係者の海未や地華なら、実力不足と一蹴できるが一般人である以上それもできん」

 

なるほど、相手からしたら手の出せないお邪魔虫という事か。

うん、納得した。

常に勇希と一緒に居るだけである程度以上のけん制になるだろう。

 

「後はお主が男と言うのも大きい。むしろこっちがメインじゃ」

「と言うと」

「わらわ達だけでは男は勇希だけ、当然部屋は男女別になるであろう。自分の家に取り込もうとしておる男が一人、部屋で無防備に寝ておるのだぞ……」

「何も起きないはずもなく…って事か」

 

本当に手段を選ばないらしいな。

勇希のやつにそこまで価値があるのか。

本当に、あいつの親友も楽じゃないな。

 

「けどそれなら、勇希に直接教えたらどうです?」

「まだ決まった訳でないしの、何より喜納の娘が勇希に惚れる可能性もある」

「………確かに」

「その場合、忠告のせいで勇希が色眼鏡で見るのは避けたい」

「他人の恋路を邪魔すれば馬に蹴られますからね」

「それ以上に、純粋に旅行を楽しんでほしいのじゃ。これはお主にも言えることじゃが」

 

そう言って笑った玉様はとても優しそうな顔をしていた。

確かに、勇希には振り回されているが。実害は無いので何だがむず痒くなる。

 

「お主は居るだけで十分役目をはたせる。あまり気にし過ぎず旅行を楽しんでほしい」

「分かりました、お心遣いありがとうございます」

 

両親は反対しないだろうし。

日程も問題はない。

修学旅行を除けば遠出の旅行なんて初めてだし、高校生とは言え。

子供だけでと言うのはやっぱり特別感がある。

唯一の懸念は。

 

「勇希のやつ反対しませんかね」

「大丈夫じゃろ、あやつは只の旅行としか思わん」

「我が親友ながら、もう少し危機感持ってもいいと思う」

「それがあやつの良い所なのも事実なのじゃがな…」

 

貞操の危機なのに何の疑いもなく罠に飛び込む勇希を想像して。

俺と玉様は同時にため息をついたのだった。

その後、俺はさっさと家に帰り旅行の準備をした。

 

 

 

余談だが。

今回の旅行中限定で、海未さんと地華さんが一時休戦し。

共同戦線をはったらしい。

 

次の日。

早速電車に乗り込み、移動中ゲームなどで楽しみつつ。

田舎の旅館…と言う名の喜納家の本家に到着した俺達は旅行を満喫するのだが。

それはまた別の話だ。




楽しい旅行の前にこんな話をしてたんだよ。
と言う感じの回でした。

唯一事情を知っている玉様が関わると勇希くんが主人公の物語と一気に距離が近くなる。


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高校生だけで旅行するのは主人公の特権

旅行出発の当日。

移動時間を考えて朝一番の電車に乗る事になった俺たちは駅で待ち合わせしていた。

していたのだが…

 

「何で三人が一緒に来るんだよ、家の方向別々だったよな?」

「い、色々あってな」

「そう言う景さんも早いですね」

「私たちも早く来たつもりなのだが…」

「勇希たちの場合、どんなトラブルが有るか分からないから念の為にな」

 

本当は楽しみで早めに目が覚めたとか恥ずかしくて言えない。

遊びに行くのに遠出とか、勇希ともした事なかったからな。

多少浮かれても仕方ないと思う。

 

「待ってる間に切符は貰っといから、絶対に無くすなよ…振りじゃ無く」

「わ、分かってるよ」

「絶対に無いと言えないのが辛い所ですね…」

「安心しろ、婿を支えるのがいい嫁の務めだ。無くさせんさ」

 

地華さん、まだ結婚して無いでしょうとツッコミたいが流石に慣れてきた。

海未さんが抗議の視線を向けるだけで何も言わないのは珍しいけど。

何はともあれさっさとホームに入ってしまおう。

 

「トイレや忘れ物は無いな、特に勇希」

「名指しされなくても大丈夫だよ」

「……修学旅行の時のあの事、未だに忘れて無いからな」

「あの時は本当にすいませんでした」

 

本当だよ全く。

海未さんと地華さんの二人も気になってるだろうし移動中の話題にさせてもらおう。

とは言え、勇希が切符無くしたりホテルに忘れ物したりと班の予定が滅茶苦茶になっただけなのだが。

それが最終的に人助けに成るあたり本当に勇希だよな。

 

「駅弁も調べといたし、向こうに着いても移動ルートも完璧だから任せろ」

「……珍しくテンション上がってるな景のやつ」

「気持ちは分からなくは無いですけどね」

「思う所は有るが…それとして楽しまなければ損か」

 

行先の確認、荷物の確認、着いてからの予定の確認。

それら最終的な確認を終わらせた頃に電車が到着した。

横に二つ並んだ座席が向かい合う様になっている席が俺たちの席だ。

となれば案の定、勇希の隣をめぐる争いが始まる。

 

「そんじゃ、席はグッパで決めるか」

 

なので、先手を打つ。

せっかくの旅行、無駄にする時間など1秒も無い!

何より、電車が動き出す前には座りたいしな。

 

「……分かりました」

「……負けられないね」

 

まるで決闘の様にお互いに視線を交わし片手を出す二人。

いや、たかがグッパでそこまで本気にならなくても…。

……まあこれも旅行の醍醐味か。

 

「それじゃ…行くぞ!」

 

結果的に席順はこうなった。

勇希と俺が隣同士。

海未さんと地華さんが隣同士。

勇希と海未さんが窓側だ。

 

「流石に予想外です」

「まさか、最大の敵が君とわね」

「悪いとは思うが結果は絶対。曲げる事は許されない」

「こういう所は頑固だからな景は」

 

グッパの結果は絶対だ、これを曲げればグッパした意味がない。

けど有る意味これで良かったかもしれない。

少なくとも、二人がぶつかる可能性は減っただろう。

丁度電車も動き出したし、楽しい旅の始まりだ!

 

「じゃあ早速…トランプで勝負だ!」

「勝負か、当然受けて立つよ」

「面白そうですね、私も負けませんよ」

「けど何やるんだ? 七並べや神経衰弱は場所が無いぞ」

「それは旅館でやるとして、ババ抜きでいいだろう」

 

ババ抜きで肝心なのはポーカーフェイス。

駆け引きも重要だがポーカーフェイスが出来なければ話にならい。

そう言った意味で予想外だったのは海未さんだ。

勇希の手が当たって顔を赤くしたり、一発でババを引いたと分かるリアクションをしたり。表情が豊かだった。

 

「げ、ババかよ景! 引いた素振りなんて無かっただろお前!」

「長年お前の友達やってるとな、大抵の事には動じなくなるんだよ」

「すごい説得力ですね…」

「さぞ色々有ったのだろうね…」

「納得いかない!!」

 

結果的に一位は俺。

最下位は勇希との接戦の末に海未さんとなった。

その後もゲームで遊んだり、景色を見たり、駅弁を食べたり、くだらない話で笑ったりと。

久しく出来ていなかった普通の楽しみを満喫した。

そして、楽しい時間とは直ぐに過ぎてしまう物だ。

 

「…そろそろ到着する頃だな」

「ここに来るのも久しぶりですね」

「確かに、空は元気にしてるかな?」

「そう言えば二人は何度か来たことが有るって言ってたな」

 

俺は初耳だけどね。

それにしても、結構な田舎だな。

ビルは勿論の事、民家も余り見かけなくなってきた。

到着した駅も、無人駅で誰も居ない駅に少し不安を覚えてしまったのはナイショだ。

 

「それで景、この後はどうすれば良いんだ?」

「仮にもお前に届いた旅行券だろうに…えっと、もう直ぐ来るバスに乗って旅館のある山の麓まで移動して、その後は徒歩だな」

「この時間なら…山を登る時間を考えても夕食には余裕をもって着けると思う」

「流石に長旅ですから、荷物を降ろした後は夕食までゆっくりしたいですね」

 

この後、バスの席をめぐってひと悶着有るかと思ったが。

二人も疲れが有るのか、別の事に意識を向けていたのかは分からないが、何事も無かった。

俺と勇希は見慣れない田舎の景色を楽しみながら、少しレトロなバスでの旅を楽しむ。

視界いっぱいに広がる田んぼや、その先の山など。

見慣れない俺からすると十分に興味を惹かれる景色で退屈はしなかった。

短くも有意義なバスの旅が終わり、次はいよいよ山道を登る事になる。

 

「この道を登って行けば宿泊場所に到着する…はずだ」

「海未と地華は来た事有るんじゃ無かったのか?」

「ごめんなさい勇希、ここから先は私たちも行ったことが無いんです」

 

山道を登りながらそんな雑談をする三人を他所に、俺は内心少し焦っていた。

何故なら…

 

(やばい、ペース配分間違えたかも。思ったより傾斜がキツイ)

 

荷物を持ったままこの坂を登るのは結構疲れる。

勇希に負けるのは良い、そんなの今更だ。

だが、海未さんと地華さんにまで心配されるのは男としてのプライドが…。

なるべく喋らずに体力を温存して…後は宿泊先が近い事を祈るしか無いな。

にしても三人とも結構鍛えてるんだな、汗の一つも掻いてない。

 

「そう言えば来る前に言ってた空って?」

「喜納家の一人娘です、私達と同い年なのもあって何度か会ったことが有るんです」

「本当に何度か、程度だけどね。初めて会う二人は少し驚くかも」

 

驚く?

何にだろうとは思いながらも、聞く余裕が無い俺がだが。

どうにか体力の限界が来る前に目的地である旅館…と言う名の喜納家本家に到着した。

 

「……でっけー」

「これは…思ったより立派だな」

「これが喜納の本家…負けて無いとは自負してますが噂以上ですね」

 

喋る余裕が無い俺も思わず呆然としてしまった。

勇希の言った通りでかい。

これが家? 本物の旅館を買い取ったと言われても信じるぞ。

 

「皆様、ようこそ御出で下さいました」

 

建物の大きさに目を奪われて、玄関に立っていた女の子に気づけなった。

薄青い髪に整った顔立ちが着物でさらに映えている。

そして…色々と小さい少女だ。

 

「本家の一人娘が直々に出迎えとは…こちらこそよろしく頼む」

「お久しぶりです空さん、お元気でしたか?」

「空…って事はこの子が!!?」

 

なるほど、これは驚いた。

勇希が派手にリアクションしてくれたおかげで声を上げる事は無かったが、十分驚いた。

どう見てもしょ…中学生位にしか見えない。

 

「お二人とは初対面ですね、初めまして喜納 空です、空とお呼びください。この度はよろしくお願いいたします」

「初めまして、日名田 勇希です。招待いただきありがとうございます」

「勇希の友達の三木 景です」

「それではお部屋に案内します」

 

玉様の狙い通り、俺と勇希は同じ部屋だった。

夕食の時間になったら呼びに来るとの事なので、その間に荷物を降ろす事にする。

 

 

 

余談だが。

荷物を降ろす時に勇希の荷物の中に立派な刀が見えたが、スルーしておいた。

隠すつもりならもう少し気を付けてほしいと心底思う。

 

 

 

無事に喜納家に到着した俺たち。

美味しい料理に温泉、観光を満喫する。

それらの案内は全て空さんがやってくれた。

そんな彼女だが、どうやら悩みがあるようなのだが…其れはまた別の話だ。



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旅行先で巻き込まれるのは主人公の特権

荷解きを終えた俺たちは、旅の疲れもあって夕食までゆっくりする事にした。

食事と入浴を終えた後にも遊べるようにトランプの準備だけは怠る訳にはいかない。

 

「景、明日の予定はどうなってるんだっけ?」

「確か……鍾乳洞に行って、午後から山で山菜狩りみたいだな」

「山菜狩りか…確かにめったにできない経験だよな」

「その日の夕食に使ってくれるみたいだな、量が多ければ持って帰れるっぽいぞ」

 

俺は兎に角、勇希は持って帰っても料理しないと思うが…いや、玉様が居たか。

俺の場合は母さんに渡す事になるだろう。

多く取れたら、なので捕らぬ狸の皮算用なのだが。

 

「失礼します……夕食の準備が出来ました」

「お、待ってました」

「流石に期待せざるおえない」

 

どうやら夕食は別室に用意されていたようで。

移動中に海未さんと地華さんと合流して向かう。

因みに俺たちを呼びに来たのは空さんだったが海未さんたちの方には別の人が呼びに行ったらしい。

そして肝心の料理の内容だが……すごくうまかった。

海未さんと地華さんの二人は慣れてるみたいだが、俺と勇希は思わず無言になってしまうくらい感動したね。

 

「さて、食事も終わったし次は…」

「温泉…だな!」

「確か露天風呂になってるんだっけ。楽しみだな」

「本当にな……俺、本格的な露天風呂は初めてだ」

 

ラノベとかならよく女湯を覗きに行ったり。

それに準するハプニングも多数有るのだが。

今回は断言しよう…無い!

何故なら勇希は女湯を覗く奴じゃないし、そういう事を提案するポジションの親友キャラである俺はそんな提案をしないからだ。

 

「とは言え、事故関係は防ぎ様が無いからな……」

「ん、何か言ったか景?」

「いやこっちの話」

 

本当なら勇希と入浴時間をずらすのが万全の策なのだが。

玉様に任されている以上それもできない。

……仕方ない、事故った時は大人しく巻き込まれますか。

覚悟を決めて温泉に入る。

温泉に入るだけで覚悟を決めなければいならないのは、世界広しといえど勇希の親友である俺位だろう。

 

「ふー…いい湯だな」

「本当にな……日頃の疲れが溶けていく」

 

勇希も珍しく顔がだらけてるな。

まあ、気持ちはよくわかる、この温泉の心地よさは犯罪的だ。

後数日、この温泉に入れるってだけで来てよかった。

 

《ほう、ここが噂に聞く喜納家の露天風呂か》

《空さんに話だけは聞いてましたが流石は喜納家ですね》

 

海未さんと地華さんの声がしきりの向こうから聞こえてきて、温泉で油断してた心が一気に引き締まった。

丁度あの二人もお風呂に入って来たのか。

どうする?

っと勇希にアイコンタクトしようとするが……ダメだ、勇希のやつ動揺してアイコンタクトに気づいてない。

 

《それにしても、海未のは大きいな……》

《な、何ですかいきなり!?》

《なに、男性は大きなモノに母性を感じると小耳にはさんでね…勇希もそうなのだろうかと》

 

おっと、話が変な方向に行って来たぞ。

これは間違っても俺たちが聞いてたと知られたらまずいやつだ。

 

《ゆ、勇希がどうなのかは知りませんけど。最近の男性は引っ張ってくれる女性がいいと小耳にはさみました》

《そうなのか? もしそうなら、勇希もそうであってくれれば若干私が有利か?》

《あ、あくまで小耳にはさんだだけですからね》

 

ふむふむ、勇希の好みのタイプか。

そう言えば俺も詳しくは知らないな。

俺は万が一、海未さんと地華さんに聞かれない様に勇希に近づき小声で話しかける。

 

「で、どっちが良いんだ?」

「……………の、ノーコメントで」

「ヘタレ」

「うぐっ」

 

まあ、まだどっちとも付き合って無いのなら問題ないか。

浮気にはならないしな。

問題はあの二人の他にもう一人、恋のライバルが増えるかどうかだけど…今のところはそんな素振りはないな。

 

「兎に角、このまま盗み聞きするのもあれだし。上がるか」

「……そうだな、後俺はヘタレじゃない」

「彼女作ったら認めてやるよ」

「お前も彼女なんて居ないくせに」

 

俺に彼女が出来ない原因の三割はお前だのせいだと思うけどね。

お前と一緒に居るとどうしても俺は霞んじまうんだよ。

勉強でも運動でも顔面偏差値でも。

……自分で思ってて悲しくなってきた。

ともあれ、俺たちは無事に露天風呂を脱出できたのだった。

 

「…あれ、空さん?」

「お二人とも、お湯加減はいかがでしたか?」

「うん、いいお湯だったよ」

「それは良かったです」

 

そう、露天風呂を脱出する所までは無事だったのだ。

もしかして待ち伏せていたのか?

 

「勇希様、この後お時間は有りますでしょうか?」

「え、時間は有るけど」

「でしたらこの後、アレをもって修練場にお越しください。喜納家としても確認したいと、お爺様が」

 

あ、これは俺が関われないやつだ。

どうするか…いや、どんなことが有っても最終的に何とかしちゃうのが勇希何だけども。

 

「…分かった、それで修練場って?」

「あなた方の部屋から見える離れがそうです。ではお待ちしております」

 

それでけ言うと空さんは帰って行った。

何やら不穏な空気だが。

俺にできる事は何もないな。

 

「そんじゃ、俺は先に休んでるよ。流石に疲れたし」

「長旅だったもんな、俺の事は気にせず休んでくれ」

「へいへい」

 

 

 

翌朝、いつの間にか戻って来ていた勇希は特に怪我など無かった。

どうやら、本当に確認だけだったらしい。

さて、今日は鍾乳洞に行って山菜取りだったな。

どちらも空さんが案内をしてくれるのだが。

 

「…景さん、昨日何かありました?」

「何か空さんのお爺さんに勇希が呼ばれてた」

「となると本腰を入れてきたか」

 

うん、現在鍾乳洞を案内してくれているのだが。

近い。

距離が近い。

空さんと勇希の距離が、急接近ってレベルじゃない。

まだ案内のていを保ってはいるが露骨にボディータッチが多い。

それを見かねてか、海未さんと地華さんが間に入りに行った。

 

「けど何か…海未さんや地華さんのそれとは違う気がする」

 

正直、勇希はモテる。

小学校の時から勇希に憧れてる女子は多かった。

勇希が色々と規格外だったので告白してきた人は皆無だったが。

それでも。勇希の近くで、勇希に惚れた女の子を多く見てきた。

だからこそ分かる、空さんのアレは違うものだ。

 

「勇希のやつも分かってるみたいだし。ここは勇希に任せるのが吉と見た」

 

恋愛経験0の俺には色々と荷が重すぎる。

この結末がどうであれ、俺には何もできない。

せめて勇希への被害が最小限になるよう、なるべく一緒に居てやることしかできない。

 

「まあけど、それも本当に最小限で十分なんだろうな」

 

空さんに負けないくらい、勇希と距離を詰めようとしている二人を見ながらそう思ったのだ。

その後の山菜取りも勇希たちのラブコメを見せつけられる以外は特にトラブルもなく終える事が出来た。

 

 

 

その日の夜。

 

「あれは…空さん?」

 

トイレに行った帰り。

中庭で空さんを見かけたが、どうやら表情がすぐれない。

勇希と上手く行かなかったからかと思ったが。

彼女の心境を俺は正確には測れなかった。

とりあえず声をかけようとして……

 

「なあ空、今朝からの事なんだけど」

「………勇希様」

 

俺より先に勇希が話しかけた。

これは俺の出る幕じゃ無いな。

今日も大人しく帰って、勇希の帰りを待つとしますか。

その後、しばらく経っても勇希は帰ってこず。

代わりに海未さんと地華さんの二人が俺を訪ねてきた。

 

「景さん、勇希を見ませんでしたか?」

「勇希、空さんと一緒に居たのは見たけど」

「………となるとやはり」

 

二人の視線は、ここから見える修練場に向けられている。

 

「俺も探そうか?」

「いえ、居場所にも心当たりが有るので大丈夫です」

「遅くなるだろうし、先に休んでいて大丈夫だよ」

 

そう言って、二人は部屋を出ていく。

休めと言われても、やはり気になるのが人情だ。

結局俺は休まずに、修練場に視線を向けていた。

 

 

 

余談だが。

修練場から見えた力強い光に今回の件は無事に終わったのだろうと。

何となく思った。

 

次の日。

どうやら、問題は解決したらしい空さん。

だけど相変わらず勇希との距離が近い。

いや、前よりも近い。

これは完全に勇希に惚れたな…けどまあ、それはまた別の話だ。



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ヒロインに取り合いされるのは主人公の特権

ここに来て早くも三日目。

今日から最終日まではレジャー、俗に言うキャンプだ。

キャンプと言っても、喜納家の私有地である山の中なのでそんなに離れてない。

お風呂だけ入りに帰るのが苦じゃない程の距離だ。

 

「さて、昨日遅かったみたいだけど大丈夫か勇希?」

「大丈夫だ、朝食を食べたら流石に目が覚めた」

「どっちかと言うと空さんの行動に目が覚めたんじゃないの?」

「………の、ノーコメントで」

 

またヘタレと言ってやろうか…。

空さん朝から飛ばしてたもんな、勇希に付きっ切りであーんしてたし。

まあ俺的には、今までのキャラが作ってたモノってのが一番驚いた。

勇希を本気で狙いに来た結果だとは思うが、それだけじゃないだろう。色々吹っ切れたみたいだし。

 

「何にしても、空さんの悩み解決した様でなによりだ」

「…そうだなって、景も気づいてたのか!?」

「昨日空さんが中庭に居る所を見た時にやっと、だけどな」

 

そうこう言いながらのキャンプの準備を進める。

とは言え、ほとんどは喜納家の人たちが用意してくれてるので、俺が持ってくのは遊び道具程度しかないのだが。

 

「よし…準備完了」

「こっちもできたぞ」

 

それじゃあ早速…行きますか!

 

 

 

玄関で海未さん達と合流して早速キャンプ場と言う名の河原へ向かう。

上流の様で広くは無いが泳ぐには十分だ。

とは言え、泳ぐにはまだ早い…やるべき事は色々有る。

 

「よし、それじゃあテント組、調理の準備組、食材組に分かれるぞ」

 

そう、先にテントと昼飯の準備が先だ!

食材は最悪、準備してくれた物を使えばいいが。せっかくの機会だ自分たちで取った食材を使いたい。

 

「因みに勇希の取り合いに成るのが目に見えてるので、勇希には先にどこに行くかこの紙に書いてもらってます」

「…なるほど」

「…純粋な運の勝負ですね」

「…乳女と野蛮女に出遅れた分はここで取り戻す」

 

空さん、朝から毒舌が全力っすね。

何でも家族の言葉が移ったらしい…どんな家族だ本当に。

そう言えば俺、空さんの家族に会って無いな。

 

「それじゃあ希望を聞こう、因みに俺も既に紙に書いてある」

「ならまずは私から……料理の準備組です!」

「それなら私は食材組だ」

「………テント」

「了解だ…それでは結果発表!」

 

テント組、勇希と空さん。

調理の準備組、海未さん。

そして食材組、俺と地華さん。

こうしてチーム分けは完了した。

 

「よろしく、地華さん」

「こちらこそよろしく、因みに何か案は有るのかい?」

「魚釣り、泳ぎ始めたら魚は逃げるだろうし、その前に釣っちゃおうかと思ってる」

「良いね、私も賛成だよ」

「それじゃあ釣り竿借りてくるね。因みにルアーと餌どっちが良い?」

「ルアーでお願い、私は釣りに良さそうな場所を探しておくよ」

「了解」

 

待たせるのも悪いのでさっさと釣り竿を借りて戻る。

どうやら地華さんも丁度良い岩場を見つけたようで直ぐに釣りを始められた。

にしても、釣りをする地華さん絵になる…いや何か違うな。

…うん、様になっているが一番しっくりくる。

 

「もしかして地華さん経験者?」

「いや、今日初めて…ただ心を落ち着けるのは得意だよ」

「なるほどね」

 

因みに俺は餌派なので地華さんと少し遅れて釣り始める。

釣りは良い、心が落ち着くし何よりトラブルがほとんど無い。

勇希と安心して遊べる数少ないものだ。

何て思ってたら早速、地華さんの竿にヒット。

 

「お、来たね」

「……思ったより落ち着いてるね」

「言っただろう、心を落ち着かせるのには慣れてる……ってね!」

「おお、釣り上げた」

 

結構大きなイワナだ。

これなら塩焼きで美味しく頂けるだろう。

 

「初めて魚を釣ったけどなかなか面白いね」

「それは上々、この調子でみんなの分も釣っちゃおう」

「よし、ならどちらが多く釣れるか勝負しよう」

「乗った」

 

そんな訳で二人で勝負した事もあって、お昼までに目標の数を釣り上げる事が出来た。

俺も久々に魚を釣り上げられて満足だ。

勝負の結果は……うん、俺は頑張った。

 

「ただいまー」

「大量だったよ」

 

無事にテントも二つ完成しているな。

どうせこの間にも色々イベントが有ったんだろうな。

海未さんも準備できてるみたいだし、時間もいい感じだ。

 

「そんじゃ早速塩焼き作りますか」

 

因みに何度か作ったことが有るので失敗はしないだろう。

そんな訳で、俺が魚を焼いてる間に他の四人はご飯を炊いたり食事の準備をしている。

何やらワイワイやってるがどうせ勇希を取り合っているのだろう。

だが、肝心なのはこの後。川遊びの段階だ。

ぶっちゃけよう、水着だ。

勇希の前だと女の子も気合入れた水着の時が多い。

勇希の親友やってて明確なメリットの一つである、当然期待している。

そんな事を考えてたら火加減を間違えかけたけどどうにか無事に完成した。

 

「さてと…勇希誰の水着が楽しみ?」

「お前は何で爆弾を嬉々として投げつけてくるんだ」

「嫉妬半分、普段の意趣返し半分。大丈夫、彼女達には聞こえないよう注意してるし」

「そういう問題じゃない」

 

さて、着替えと言っても男どもは早く終わるので必然的に女の子を待つ形になる。

まあ待つ時間も楽しいのだけどね。

 

「お、お待たせしました」

「こうゆう格好は…やっぱり慣れないな」

「……ど、どう?」

 

ふむふむ。

海未さんは王道のビキニですか…胸が強調されていてグット。

地華さんはパレオですね、健康的な体のラインがグットです。

空さんは…フリルが付いてる水着ですね、自分だけの武器をよく理解しているようです。若干照れてるのがグット。

で、彼女たちの恋愛的な感情が俺に向かないのは分かり切ってるので俺はある程度で大丈夫だったが。

勇希のやつは魂抜けてるな、仕方ないのでひじ撃ちで再起動させる。

 

「さ、三人とも可愛いよ。な景!」

「完全に同意するが語彙力溶けてるぞ」

 

その後は皆で楽しく泳いで遊んだのだが。

ぶっちゃけて言おう!

疎外感が半端ない。

あの三人は勇希にかかりっきりだし勇希は三人の相手に手一杯だし。

こう言うのが頻繁にあるから、遊びや娯楽は俺が仕切れないと俺はポッチになるのだ。

今回は失敗したんだけど。

 

「……仕方ないゆっくり川の流れを楽しみますか」

 

流されない程度に川の流れに身を任せる事にする。

十分気持ちいいし癒されるので良しとしよう。

と思いながらふと森の方に顔を向ける。

 

 

狐が居た。

 

 

何かデジャブだなー。

あ、狐と目が合った。

何となく狐の眼に理性的な物を感じた俺は誰も聞いていないしダメ元で言ってみた。

 

「何やってんですか玉様」

「………」

 

あれ、反応が無い。

やっぱりただの狐だったのか?

と思っていると狐が飛び掛かる体制に移って。

逃げようにも川の中ではとっさに移動できないわけで。

飛び掛かって来た狐は空中で人型になるとそのまま俺の近くの水面に着地でする。

そのまま俺の腕と掴むと再び水面をジャンプして岩陰に連れ込まれた。

 

「…なぜ気づいた」

「ごめんなさい、ぶっちゃけダメ元の勘です」

「………」

 

あ、沈黙が辛い。

話を、話を逸らさなければ。

 

「で、どうしてココに。来れない事情があったはずしゃ」

「い、いやそれはな……えっと…」

「嘘でしたか、大方俺に気でも使いました?」

「い、いや嘘ではないぞ、ちゃんとその事情は解決させてから来たわけじゃし」

「なら後から来るってあらかじめ言っておいてくれれば…」

 

俺がそう言うと玉様は気まずそうに眼を逸らす。

無言で先を促すとばつが悪そうに話し始めて。

 

「最初は来る気は無かったのだがな……その、広い家に一人だとな……アレでな」

「寂しくなって来ちゃったと」

「………うむ」

 

で、合流しようにも恥ずかしくて見てるだけになってしまったと。

もしくは見るだけで満足してたと。

………やるか。

 

「玉様、ちょっと狐になってくれません?」

「?」

「ほら早く」

「別に良いが……」

「それではちょっと失礼しますね」

 

狐に縮んだ玉様を両手で持ち上げる。

さて、勇希たちはあそこに居て、聞こえない様に注意しながら。

俺は玉様を持ったまま大きく振りかぶった。

そして……

 

「玉様を勇希たちにシュート!!」

「―――!!?」

 

玉様が声にならない声出してるけど無事に勇希に直撃した。

念の為、皆が落ち着くまで岩陰に身をひそめる。

その後、勇希に親戚の子も来た事を教えられた。

 

 

余談だが。

玉様からの抗議の目が凄かった。

因みに、玉様がこっちに来た理由は修行を良い訳にして誤魔化したらしい。

 

 

次の日。

なし崩し的に修行を始めた勇希たち。

まあ半分遊びみたいな物だったけど。

俺は参加できないので小さいながらも町へ繰り出す事にしたのだが。

其れはまた別の話だ。




勇希のヒロインは海未、地華、空の三人が居ますが。

メインヒロインは神薙さんです。

玉様?
彼女はお母さん枠でサブヒロイン枠です。


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