機動戦士ガンダム 紺碧の空へ (黄昏仮面)
しおりを挟む

『一年戦争編』
プロローグ 気がつくと連邦軍人になっていました。


「またジオン物の外伝か…最近多いんだよなぁ。」

 

 そんな愚痴を零しながら俺は手に取った漫画を元の場所へ戻す、まぁジオンもジオンでロマンがあったり熱い展開があったりと気に入らないと言う訳では無いのだが問題は相手方である連邦軍の扱いだ。

 やたら非人道的だったり、正規の軍人なのにヒャッハー系だったり、普通にやられ役だったりと、とにかくモブの見せ場がないか扱いがすこぶる悪い。

それに比べてジオン兵側はやたら美化されているなと普段から感じていたからか最近はジオン系の外伝に食傷気味となっていたのだ。

 

「はぁ…連邦無双って訳じゃないけどアースノイド万歳!的な過激な作品とかあっても良いんじゃないか?」

 

 家に帰り着き、そんなことを思いながら理想の連邦の展開って何だろうなとベッドで横になりながら妄想を膨らませてみる。

 一年戦争完全勝利?史実ではア・バオア・クー戦でのレビル将軍の戦死と連邦艦隊の大半が消失、そしてギレンとキシリアの死によってサイド3との終戦条約が締結された。

 だが残存勢力がデラーズフリートやアクシズとなりその後の歴史でもジオンの亡霊として登場してしまう、だからもしもソーラレイで連邦艦隊が消失せずに生き残って余力を残した状態で完全に打ちのめす事が出来ればその後は残党狩り程度で終わり宇宙圏にそれなりの平和が訪れるんじゃないだろうか?

 

「うーん…それだと連邦軍内の腐敗とかが結果的に早まりまくって良い流れになる気はしないか。」

 

 無い頭で考えた所で面白い展開にはなりそうもないな、と思いながら意識は微睡みの中へ落ちていった。

 

ーーー ーーー

 

「いや、どこだよ此処……?」

 

 その後、目が覚めた俺が見たものは簡素なベッドと机が数台ずつ置かれた宿舎のような部屋、と言うか完全に宿舎だった。

 

「どうかしたかジェシー少尉?ジャブローのベッドは君には固かったかな?」

 

 俺に向かって話しかけてきたガタイの良い男性を見て俺は驚いた、なんでってこの人の着てる服アニメやゲームでよく見る連邦軍の制服そのまんまなのだ。

 

「え…?えぇ…!?」

 

 混乱しながらこれは夢じゃ無いだろうかと頬をつねってみる、うん。これが夢なら夢にしてはかなり痛みのある夢だなぁと感心するがどう考えても現実だ!

 と一人でコントみたいな事をしていると頭の中にドッと記憶が流れこんできた。

 どうやら俺は誰かに憑依しているらしく、流れ込んできた記憶はその誰かのものみたいだ。

 

「いや、本当にどうした少尉?頭でも打ったか?」

 

「い…!いえ!大丈夫であります!」

 

 上官っぽい男性に取り敢えず返答をする、その間今の自分の状況を纏めてみた。

 

 憑依している男性の名前はジェシー・アンダーセンという青年で年齢は19歳、階級は少尉のようだ。

 親が連邦軍の元提督で「不沈のアンダーセン」という異名で通っていたらしく、士官学校へはそのコネで入ったようなものらしいのだが成績はそれなりに優秀だったようで卒業後辺境の基地で1年勤務後に少尉となったようだ。

 なんでジャブローにいるかだが、部屋にあるカレンダーを見るに現在の日付は0079年の3月30日、一年戦争開始から数ヶ月経っていて流れ込んだ記憶では北米のキャリフォルニアベースが占拠され新たな部隊編成の為に元々いた基地から招集されたらしい。

 

「キャリフォルニアベース陥落後のゴタゴタで部隊再編も遅れているからと言って気が抜けてはいないだろうな?」

 

「ハッ!大丈夫であります!」

 

 軍も軍で後手後手の対応となっているみたいでジャブローに来てから1週間近く経っているようだが未だに部隊には編成されず暇を持て余していたようだ、この上官も同じようで暇なようだが正規軍人としての誇りでもあるのかやたらキリッとしている。

 

「近頃レビル将軍の周りがバタバタしている、反攻作戦の為の準備もそろそろ整うだろうな。そうなれば我々の出番もそう遅くはないだろう」

 

「レビル将軍が…?そう言えばもうすぐV作戦が発令されるんだったか?」

 

「V作戦?」

 

「あぁいや…!なんでもないです…」

 

 確かV作戦の始動は4月の始め辺りだったか?原作知識とはいえこっちでは軍事機密だ、迂闊にペラペラ喋ってたらスパイとかと間違われて処刑されかねないなこれ。

 だけどこれは俺にとっても好機なのかもしれない、夢にまで見ていたガンダム 世界に入って尚且つ一年戦争真っ最中ときた。

 

 無双とまでは行けないだろうが世界を少しでも変える事ができたら…そう思いながらこの先の自分の立ち位置を俺は考えることになった。




プロローグです、ジェシー君に憑依した彼は原作は好きですが原作改変とかには割と乗り気の困ったちゃんなのでストーリーが原作とはかなり逸れて行くことになります。
それでも一向に構わん!と言ってくださる方がいらっしゃいましたらご愛読頂けると嬉しいです。
なお原作改変する展開上オリキャラ成分も多めとなりますのでよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第01話 ジャブローの誓い①

 あれから数日が経ち4月になり軍部ではレビル将軍により史実通り『V作戦』が発動され連邦軍によるMS開発が着手される事になった。

 それに伴いジャブローにいるパイロット候補となっている者はセイバーフィッシュやTINコッドなどの戦闘機からMSへの転向に向けての準備を告知されているが、ワクワクしている俺に対して他のパイロット達の反応はやや渋いものだった。

 

 理由は簡単である、「じゃあこれシミュレーション用の機械ね」と言われ置かれた装置なのだが今現在の連邦軍にはMSのノウハウなんて全く無く、開戦時に鹵獲出来たザクを解析して多分こんな感じで動くと思うよレベルで作り上げたシロモノだからである。

 

 恐らく実際の操縦性の再現度の半分にも満たないだろうシミュレーターに歴戦の戦闘機乗りは難色しか示さなかった、そもそもMSは戦車等と同じく上空攻撃には弱く今現在でも地上ではある程度の優位を保っているからである。

 だが俺は知っている、航空戦力の優位もドップやMSの乗ったドダイなどで簡単に覆されるし何よりこれからの時代戦闘機は殆ど役に立つ事はない。なので出来はともかくとしてMS操縦の感覚は付けておかないと生き残るのは難しいだろう。

 

「とは言っても……確かにこれは微妙なもんだな……!」

 

 下手な挙動をすればすぐに転倒だの姿勢制御に難が有り過ぎてMS新兵が扱うにして難易度が高い、まぁ本来RX計画やV作戦での成果と学習型コンピューターで培われたデータが搭載されたシミュレーターによって連邦兵は短期間でジオンのベテラン並の実力を持ったわけだしMS開発初期の段階でそれを求めるのは酷だな。

 

「ふぅ…今日はここまでにしておくか。……ん?」

 

 何度目かのシミュレーションを終えて装置を後にしようとした時、周りがヤケにザワいついている事に気付いた。

 

「ですから!どうかお願い致しますゴップ叔父様……いえ!ゴップ将軍!」

 

 聞こえるのは声色からして女性、そしてゴップ将軍と言えば……あの『ジャブローのモグラ』で有名な原作では無能そうに見えて実は設定的にはかなり有能なゴップ将軍か!?

 

「そうは言ってもなフロイライン・エルデヴァッサー、簡単に兵を与えると言うのは私でも難しい事でな。」

 

「お願いします!どうか私に父や祖父の無念を晴らす為の機会を……!」

 

「やれやれ…困ったものだな…。」

 

 ふぅ、と溜息を吐くゴップ将軍の隣にいるのは何と今の俺より少し幼く見える小さな女の子だった。

 しかし軍服の階級章を見るに佐官クラスっぽい、それとかなりの美少女だ。と言うかガンダム世界に来て初めて女性を見たがみんなこんな可愛いのか?

 

「なぁ、彼女は一体誰なんだ?」

 

 俺は近くにいた同じパイロット候補生に話しかけた。

 

「あ?知らないのか、あの貴族の御令嬢は最近ずっとああやって将軍に兵をねだってるんだぜ。」

 

「貴族の令嬢?」

 

「宇宙世紀が始まる前から貴族やってるっていう化石みたいな家柄らしい、正式な名前は長々とし過ぎて俺も分からんが軍ではアンナ・フォン・エルデヴァッサーと呼ばれてる。驚くことに階級は少佐なんだぜ。」

 

「何処らへんが驚くことなんだ?」

 

「見て分からんか?あの子はまだ歳も15くらいらしいぞ、士官学校を飛び級で卒業したとか聞いたがありゃ多分賄賂か何か渡してるな。」

 

 15歳で少佐なら確かにおかしい、ジオンみたいに戦功を上げて階級が上がったとかならともかく連邦でそう言った事例は少ないし何より女性士官で……。

そう思っていると同僚は溜息を吐き、続けて喋り出した。

 

「ちょうどジオンとの開戦当初、不運にもあの子の一族はシドニーで会談していたらしい。それで『アレ』に巻き込まれた訳さ。」

 

「コロニー落とし……。」

 

 ジオンによるブリティッシュ作戦で『アイランド・イフィッシュ』が地球に落下した事で、軌道が逸れたとは言えシドニーを始め地球に大きな傷跡を残したガンダム史における一大事件、あれに巻き込まれたとあっては確かに復讐に燃えているのも納得できる。

 彼女は尚もゴップ将軍に対し懇願を続けていた。

 

「私も考え無しに兵をお貸し下さいと言っている訳ではありません、戦局は今後MS同士の戦闘を主軸にしたものに変遷して行く筈なのです!ですからそれを踏まえたドクトリン確立の為のデータ収集をさせて欲しいのです!」

 

「君が言っている事の有用性は認識しているさフロイライン。しかしだね、それを君が行う必要は無いとは思わないか?君にまで何かあったら私は盟友であった君のお父上達に顔向けが出来んよ。」

 

「元々血塗られた家系です!今更血に汚れることや死を恐れたりなどしません!」

 

 埒の明かない二人の話しが続き、いつの間にかその騒々しさに釣られたのか周りのギャラリーも増え始めている。

 復讐心もあるのだろうが言ってる内容はそこそこ興味を引くものだった、要は兵を貸して欲しいのはMS戦のデータ収集の為で早期に戦術理論を確立させるのが目的といった話だ。

 

 MS不要論がこの時期では主流だからまだそう言ったMS運用の為のテスト部隊ってのもまだ編成されてない、と言うかこの時期ってまだ鹵獲ザクとかザニーとかしか無かったっけ?オリジンだとガンキャノンの初期型みたいなのもいたけどザクの相手にならなかった記憶がある、どうやってデータ取りするんだろう。

 

「このままでは何の解決にもならんな。ではこうしようフロイライン、いやエルデヴァッサー少佐。今私達二人の会話に集まっている野次馬……いやギャラリーかな。彼らはレビルのV作戦で戦闘機からモビルスーツへの転向が予定されている者達だ。彼らの中から君の部隊に参加したいと言う志願兵がいたらその者を配属させる。」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「しかしだ、もし誰一人として君の部隊に参加しようと思う者がいなかったら君は除隊し自分の家へと戻りたまえ。それが条件だ。」

 

 そう言ってゴップ将軍は俺たちギャラリーへと眼圧をかける、これは遠回しに「もしも参加したら後は分かるよな?」的な意味合いが含まれているのだろう。

 そしてこの威圧感、腐っても連邦軍大将の貫禄だ。ジャブローのモグラなんて不相応な渾名だと言わんばかりに周りがピリピリしだした。

 

「……っ、わかりました。」

 

 彼女もその威圧に押された側らしい、覚悟を決めた顔をしているが不安は拭えていないのか汗が顔を伝っていた。

 

「皆様、私はアンナ・フォン・エルデヴァッサー少佐です。私は今後必要になってくる連邦内でのMS運用、その戦闘ドクトリンを確立させる為の部隊を必要としています。」

 

 流石貴族と言うべきか、こんな状況でも臆せず堂々と彼女は自分の意見を語る。

 

「この戦争、物量や人的資源から見ても連邦軍が勝つのは明白です。しかし現在我が軍はMS開発という点でジオンよりもかなり遅れを取っています。これを縮める事が出来れば早い段階で我々は反転攻勢に転じる事が可能なんです!その為には実戦でのデータが必要不可欠なのです!」

 

 聞いてて中々面白いなこれ、確かに連邦軍はガンダムやジムが開発されてから数ヶ月でジオンを倒す事が出来た訳だけどそれが早い段階で確立されればそれだけ戦局が変わるのも早くなるし。

 

「ですからどうか……!私に力を貸して頂きたいのです……!お願いします……!」

 

 頭を下げて懇願する彼女であったが周りは困ったような反応であった、ゴップ将軍の威圧もあるし出世なども考えたらここで手を挙げるべきではないって感じだ。

 俺も俺でどうするべきか考える、原作介入する気は満々だったがパイロットとして戦ったとして、アムロ並の活躍でもしない限り一兵卒に歴史を変えるなんてこと早々無理だろうし原作キャラの将校を頼って戦うにしてもコネも何も無いし、下手すれば介入する前に死亡なんて事も有り得そうなのだ。

 

 だから今のこの状況、結構面白いんじゃないだろうか?この子は原作には出番無さそうだし恐らく通常の『史実』でも同じことがあったのならこの場面で誰からも反応を貰えず除隊してそのまま歴史からフェードアウトして行ったのだろう。

 ならば、もしここで俺が手を挙げて彼女と戦うと言ったならば?見た感じかなりの慧眼だし貴族と言うなら政界や軍閥でのコネもあるだろう、実際このゴップ将軍に叔父様とか言ってる訳だし。

 彼女の持っているコネクションに俺の微妙な原作知識が役に立つような事になれば連邦軍の早期勝利なんかも見えてくるのでは……?

 

 そうなれば、やる事は一つしかないんじゃないか?

 

「さて、どうやら誰も手を挙げる者はいないようだね。」

 

「……っ!」

 

 っと、危ない考え込んでたら話が進みそうになってるし、彼女は彼女でめっちゃ泣きそうになってるし。

 色々考えたが取り敢えず自分の気持ちに素直になって動くとするか、極論から言えば理屈なんて関係なくこの子は美少女でめっちゃタイプなんで力になりたいってのが生の感情として出ているし。

 よし……覚悟を決めて動くか!

 

「待ってくださいゴップ将軍!」

 

 俺のその一言だけで周りの全員が一気にどよめく、言ってる俺も周りの反応にビビるがそんな場合ではない。

 

「俺……いや!自分が彼女の部隊に志願します!」

 

「っ……!」

 

 俺の言葉に泣きそうになっていた彼女の頬に少し涙が伝う。そしてゴップ将軍は眼光を鋭くし俺に威圧をかけてくる。

 

「……一応聞いておくが冗談ではないだろうね?」

 

 ここで気圧されては何の意味もない、俺は堂々とゴップ将軍に対して言葉を返す。

 

「勿論であります!先のルウムでもそうでありましたがMSの脅威は我らが侮れる物ではありません!なので先んじて敵を制する事が可能なのであれば少佐の言は理想的な発想でありますから!」

 

「中々口が回ると見える。階級章を見るに君は少尉だね、名前は何と言うんだい?」

 

「ハッ!ジェシー・アンダーセン少尉であります閣下!」

 

「アンダーセン……?まさかあのアンダーセンの倅か!?」

 

 どうやらジェシー君の父親はゴップ将軍にも知られているらしい、まぁ異名とかあったし武勲もかなりあったんだろうか。

 

「やれやれ、親が親なら子も子の様だな……しかし困ったものだな。大勢に言った手前今更撤回などしたら私のメンツも立たん。よろしいエルデヴァッサー少佐よアンダーセン少尉を補佐に就けて部隊を編成させることは許可する。」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 血の気を引いていた彼女が見る見る内に生気を取り戻していく。

 

「二言は無いよ、さっきも言ったようにここで撤回する方が問題だからね。だが色々と条件もある。ここでは人も多い、そうだな1500に私のオフィスに二人で来たまえ。そこで詳しく話す事にしよう。」

 

「了解しました!」「了解しました!」

 

 将軍に対して敬礼をし、ゴップ将軍は「やれやれ…」と呟きながらオフィスへと去っていった。ギャラリーもギャラリーで「アイツもう出世望めないな。」的なことを俺の顔を見ながら去っていった、いやもうどうにでもなれって感じだが。

 

「あの……!」

 

 ふと横を見るとエルデヴァッサー少佐が隣にやってきていた、こうやってみるとホント小柄だなぁと思うと同時にやはりとても美少女だ。

 ハマーン様みたいな桃色の髪にプルみたいな小柄なスタイルとかなり俺のストライクゾーンに突き刺さった、……いやロリコンじゃないぞ?

 

「ありがとうございました、私……誰からも助けてもらえないと思っていたので。」

 

 邪な感情を出しているのが無粋なくらい礼儀正しく話しかけてくるエルデヴァッサー少佐にこちらもかしこまった感じで返答をする。

 

「い、いえ。少佐の言っている事は理に適ってましたからね。俺……いや自分も今後はMSが主軸になって行くと感じてましたから今の内から訓練始めてましたし。」

 

「あぁ!もしかしてこの数日『出来の悪いシミュレーターなのにアホみたいにどっぷり利用してる奴がいる』と話題になっている方がいると聞いていましたが貴方だったりするのですか!?」

 

 えっ?確かに他のパイロット候補から見たらアホほどやってたけど、周りからそんな風に言われてたのか?

 

「えぇと……多分間違いないんじゃないですかね。」

 

 不名誉だけど少佐の笑顔が可愛いから許す。ただこっちも疑問と言えば疑問がある、今の内に聞いておくか。

 

「ええとエルデヴァッサー少佐。」

 

「私のことはアーニャと呼んでください、父と祖父が私を呼ぶ時にそう呼んでいました。私を救って頂いた貴方にもそう呼んでもらたいのです。」

 

 アンナの愛称でアーニャか、ロシア系の血も混ざっているんだろうか?貴族だし……って頭が脱線してきたな。

 

「じゃあ……アーニャ少佐?」

 

「階級も、二人の時は必要ありません。」

 

「じゃあアーニャさん。一つだけ疑問に思ってることがあるんだけど、この部隊でMSを運用テストして行くってのがさっきの話の要約だと思うんだけど、肝心のMSはどうするんだい?」

 

「その点に関しては問題ありません、鹵獲したザク、もしくは現在運転試験用に使われているザニーと言うMSがあるのですがそれらをどんな手段を用いても手に入れます。」

 

「どんな手段もって……。」

 

「ご心配なさらず、悪どいやり方と言うわけではありませんから。貴族という地位以外にも我が家は軍需産業とも関わりが根強くありますから。」

 

 繊細そうに見えて中々強かな所が垣間見える、先見性やこう言った面をみるにミライさんやセイラさんみたく芯の強い女性なんだろう。ガンダムの世界って割と女傑多いし。

 

「これから、よろしくお願い申し上げます。ジェシー・アンダーセン少尉。」

 

「おっと、上官が自分を階級呼びしなくて良いと言ってるのに部下には階級付けて呼ぶのはナンセンス。俺のこともジェシーと呼び捨ててください。」

 

「分かりました、ジェシー。」

 

 そう言って二人は握手を交わす。後に宇宙世紀の歴史を大きく変えて行く事になる二人の出会いが、連邦軍最大拠点である南米ジャブローで幕を開いたのであった。




メインヒロインとなるアンナ・フォン・エルデヴァッサーちゃん登場回前編です。

宇宙世紀以前から貴族として続いていた家系で軍需産業と深く関わりを持っていたので連邦内にもかなり融通の聞く家柄だったのですがブリティッシュ作戦でのコロニー落としで偶然にもシドニーに集まっていた一族の重要人物達は全滅。

残った彼女も飛び級で士官学校を卒業した優秀な人間ではあるのだけど発言力がまだ少なく、史実では誰からも賛同を得られず軍を除隊し関わりのある軍需産業もMS開発に大きく関わることが出来ず衰退。
その後アナハイムとかあの辺りに吸収されて表舞台からは退場したという設定です。

そんな彼女がジェシー君との出会いでどう変わって行くのか、期待して頂けると幸いです。

あとゴップ将軍なんですが本来原作だとゴップ提督だったりオリジンだと将軍だったり呼称が色々違うと思うんですがこの作品では将軍の呼称で通したいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第02話 ジャブローの誓い②

 あの後アーニャとの少しの雑談を経て、ゴップ将軍の指定した時間が近づいてきたので二人でオフィスへと向かう。流石に大将クラスのオフィスとなると防諜の面もあるのか結構な広さだ。

 

「さて、ここなら誰も耳を挟む事はない。先程の続きと行きたいところだが……アンダーセン少尉、本当に先程の言葉に二言は無いのだね?」

 

「はい!」

 

「ふぅ……どうやら諦めさせるのはやはり無理の様だな。まぁ良い、今から話すのは部隊を作るに辺り色々と条件がある、それを確認してもらう為だ。」

 

「具体的にはどのような内容なのですか?ゴップ叔父さ…いえゴップ将軍。」

 

「ここには私達三人しかいない、いつもの呼び方で構わないよフロイライン。」

 

 そこには先程の威圧的な軍人のオーラから、逆にホントに親戚の叔父さんレベルくらいのほほんとしたオーラに変わった将軍がいた。なんだかんだでこの人結構優しいんだよな。

 

「まず、君達はMS運用のテスト部隊を率いる訳だが……これは機密情報だが既にレビルらのV作戦が始まる以前から計画されていたRX計画を始め鹵獲したザクを用いて敵を撹乱する部隊など小規模ながら運用データは集まってきてはいる。」

 

「しかし叔父様、データは多ければ多いほど内容が濃ければ濃いほど意味を成します。」

 

「その通りだ、RX計画にせよ鹵獲したザクにせよ未だ模擬戦や小規模な遭遇戦くらいのデータしか取れておらん。レビルらの現在の課題もそれだ、基本的なOSから機体の操縦系、駆動系、それらのデータが全く無い状態からのスタートなのだからな。」

 

 確かに連邦が幾ら物量に優れているとはいえMS開発の視点ではジオンの方に一日の長がある、原作ですら一部性能の面では一年戦争中ジオンが終始優れていたのだから。

 ただパイロットが最終的に学徒兵まで動員させてるから使い熟すパイロットに恵まれなかった機体も多かったのだけど。

 まぁ局地的過ぎる誰得ゲテモノMSやMAも多かったがそれでもその後のMS開発史に与えた影響は計り知れない。

 

「つまりだ、レビルらより先んじてそれらのデータを集める事が出来ればV作戦に関わっていない私もそれなりの発言力を持つ事ができる。言いたいことは分かるかね?」

 

「叔父様に対して、少なくない情報を提供せよ。と言うことでしょう?」

 

「勿論タダでとは言わんさ、可能な限りの支援と行動の自由を与えるし君達の部隊で蓄積されたデータが整えば新型のMSも優先的に回すように配慮する。」

 

 つまり今後の軍閥政治をする為の材料として部隊のデータを回せと言っているんだろう。

 本来ゴップ将軍はV作戦とかMS開発計画とは無縁の後方支援で活躍する内政タイプの人間だ、だから必然的にこう言った軍政面での優位性はレビル将軍やティアンム提督らと比べ少ないだろう。

 なので手元に自分達のような部隊を置いておけば結果次第では自身の発言力を更に高める事ができる、少なくとも遅れを取る事はないだろう。

 

「とても素晴らしい条件ですが……運用データのみでこの条件とは思えません。勿論叔父様の善意だけでは無いのでしょう?」

 

「当然だ、運用データは優先的に私に回される事になるがレビルらの顔も立たなければならん。よって君らの部隊での活動は基本的に公式な記録としては残せん、そこを承知してもらいたい。」

 

「えっ?なんで記録が残せないんです?」

 

 二人の真剣な話し合いの中で俺の素っ頓狂な声が混じる、戦っても正式な記録に残さないって言うのはイマイチ理解できない。

 

「政治的な駆け引きだよアンダーセン少尉、ただでさえ軍部はMSの不要有要で揉めているのに此処で不要論派の私が後ろ盾をして部隊を率いていたらレビルやティアンムらに無駄に反感を買いかねん。レビルらの顔を立てて公式的なMS同士の戦闘や戦闘データなどの成果はV作戦のMSどもに譲らねばならんのだよ。」

 

「しかし影の引き立て役としてゴップ閥の部隊のデータが活かされた……そう言うシナリオを御所望なのでしょう叔父様は?」

 

「成る程、自分達はレビル将軍達の縁の下の力持ちとして活躍しろという訳ですか。」

 

 譲る所は譲るが根は張って無碍にはさせないってことか、軍事面ではからきしというイメージがあったが流石は内政屋だ、こう言った面ではラスボス感すら彷彿させる。

 

「それも、君らの活躍の如何次第だがね。フロイライン、勝算あってのお願いだったのだろう?」

 

「勿論です、と言っても最初の数戦だけは命を賭けた大博打となると思いますが死ぬつもりはありません。」

 

 引き込まれるような真剣な眼差しをゴップ将軍に向けるアーニャ、それにゴップ将軍も大きく頷く。

 

「雛鳥のようだと思っていた少女もいつの間にやら親に似た獅子となっていたか。良かろう、君は君の描く未来の為に動きたまえ。私は君を利用するが君も私を利用し互いにより良い未来を歩もうではないか。」

 

「そうですね、私が描きたい未来の為に……。」

 

「部隊編成についてはこれで一通りの説明は済んだ。今後は独立部隊としてエルデヴァッサー少佐の指揮の下で独自のデータ収集と実戦データの確保に努めてもらう。先程も言ったが支援は可能な限りする、君達は連邦軍を勝利に導く為に惜しみ無く努力したまえ。……さて、ここからは少しプライベートな話をしよう。」

 

 そう言うと将軍は俺の方に顔を向けて話しかける。

 

「アンダーセン少尉、彼女は私の古くからの友人の娘だ。こうやって私の事を叔父と慕ってくれているし私自身も娘はいないが娘のように接してきた。だから本来は戦場になどに投じたくは無いし今からでも国へ帰って家を継いでもらいたいくらいなのだよ。」

 

 それは真に娘の身を案じる父親のそれだった、確かに年端も行かない15の少女なのだから如何に少佐という階級だろうと戦場に行かせたくないと言うのは常識的にそう思うのが普通だろう。

 

「しかし君の一言で彼女の運命は決まった、生きようが死のうがこの戦争中はずっと戦場とは無縁ではいられん。君がどう言った思惑で動いたかは知らんが彼女に付いて行くと決めたのならその覚悟を見定めさせて貰わねばならんのだよ。」

 

 そういうと彼はオフィスに飾られていた軍刀を手に取った。あれ?もしかして俺切り捨てられたりします?

 

「ん?驚かせたかね?何切り捨てる為に使うものではないよ。彼女の家柄は知っているだろう、宇宙世紀以前から続く貴族の名門だ。それに倣う訳ではないが中世では主君と定めた者に騎士が忠誠を誓う儀式があってな、それを見真似ではあるが君にもしてもらう。」

 

 そう言いながら軍刀を俺に渡してくる。

 中世の騎士?というと刀身を当てて誓約か何かするやつだっけ?漫画とかアニメでは偶に見る程度なので詳しくは知らないのだが俺にそれをしろと?

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー 。彼に君の名誉と誇りを傷つけぬこと、そして君の剣となり盾となるということを誓わせたまえ。」

 

「叔父様……そのような前時代の習わしは彼に失礼では……。」

 

「親心というものだ、これくらい誓わせないと私も安心も出来んというものだ。」

 

「……分かりました、ごめんなさいジェシー。」

 

「いや、構わないさ。逆にそこまでの覚悟もないのに君と歩むなんて言うのは君にも将軍にも失礼だし男が廃るってもんさ。」

 

 俺はそういうと彼女の前で跪き頭を垂れる、確かこんな感じだった気がする。

 間違っていなければだが……まあ見真似と言っていたし正式な儀礼ではないから大丈夫な筈……だよな?

 

「それでは……コホン、私もこう言ったことは初めてですので上手くできるか分かりませんがよろしくお願いします。」

 

 俺は彼女に軍刀を差し出して、彼女は刀身を抜いた。

 刀身を平にして俺の肩に刃が触れる。

 

「汝、我が名誉と誇りを穢すことなく、我に偽りなき忠誠を誓えますか?」

 

「誓います。」

 

「汝、我が剣となって敵を討ち、また盾となり我が身を護ると誓えますか?」

 

「誓います。」

 

「よろしい、汝を我が騎士と任命します。」

 

 ふぅ、と彼女は息を吐き軍刀を俺に返す。流石は貴族と言うか少女ながら貫禄のある振る舞いであった。

 

「あの、こういうの俺全く分からないんですが問題無かったですか将軍?」

 

「ん?あぁ構わないよこうしてカメラに収められさえすればね。」

 

 その発言に俺とアーニャから「え?」と言う言葉が同時に発せられた、ふとゴップ将軍を見ると手にビデオカメラを構えている。

 

「お、お……!叔父様!?なんですかそれは!?」

 

「何って……ビデオカメラを知らないのかね?」

 

「そう言うわけではございません!」

 

 顔を真っ赤にしてアーニャは将軍に怒鳴るように叫ぶ、こっちもこっちでそれっぽくしてたとはいえかなり恥ずかしい思いをしてたので顔に熱を帯びてるのが分かる。

 

「まさか……!ビデオに収めたとは言いませんよね!?」

 

「ハハハ勿論バッチリにな、うむうむもしも結婚などする事があれば披露宴にこの動画を出すのも有りかもしれんな。」

 

「け……!結婚なんてまだ考えてません!今日知り合ったばかりですのに!」

 

「おや?別に私はアンダーセン少尉との結婚式に使うなどとは言ってないぞ?二人のどちらかが結婚した時にというニュアンスだったのだが、ハハハ少尉よフロイラインも満更ではないみたいだぞ。」

 

「ちょ!俺に振らないでくださいよ将軍!」

 

 隣を見るとアーニャの顔は更に茹でたタコみたいになってしまっている、将軍は将軍でさっきまでの温厚なパパみたいなノリから近所のノリの良いオッサンみたいになってしまってるし。

 

「アンダーセンの倅よ、もしこの子が傷物になったら私が地の果てでも追って罰を与えるからな?覚悟を持って務めるんだぞ?」

 

「現在進行形で貴方に傷物にされているような気がするんですが……。」

 

 腕を上げて「消してください!消してくださいー!」と言ってるアーニャと、更に上に腕を突き上げビデオカメラを手放さないゴップ将軍、そんな絵面に俺は笑うしかなかった。

 

「笑ってる場合ですか!?」

 

 こうして後に『ジャブローの誓い』と呼ばれ生涯破られる事のなかった二人の約束が交わさられたのだった。




導入回終了です、次回から戦闘回になりますが戦闘描写やMSの設定なと色々細かいミスが目立ってくると思うので生暖かく見て頂けると助かります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第03話 初陣

 ジャブローの一件から一週間近くが経ち、俺達は『連邦軍 第774独立機械化混成部隊』という名称が与えられアーニャの判断で現在中央アメリカに位置するメキシコのとある山間部にいた。

 

「しっかし俺達の部隊の数字だけどありゃニホン語から来てるのか?あそこで774って数字は名無しって意味になるんだが。」

 

「あら、中々博識なんですねジェシーは。叔父様は『ナナシノゴンベエ』がどうだと言っていましたが……恐らくは名前の無い、遠回しに言えば存在の無いと言ったニュアンスを込めたんじゃないでしょうか?私達の活動的にそう言う皮肉を込めるのも叔父様らしいですけど。」

 

 通信傍受を避けるためにMSから伸ばされた有線のケーブルで会話をする。

 そう俺達は今MSに乗っているのだ、まぁMS運用部隊なのだからMSに乗っているのは当たり前の話なのだが……ここに至るまでの経緯をふと思い返す。

 

 

ーーー ーーー

 

 

 遡ること数日前、ジャブローから離れた中継基地その整備前ハンガーに俺とアーニャは足を運んでいた。

 

「なぁアーニャ、もしかしてあれが俺達の乗るMSか?」

 

「はい、何とか二機揃えてもらいました。」

 

 目の前に鎮座しているMS、初めて生で見るMSにかなりの感動を覚える。夢にまで見たガンダム世界が本当に目の前に存在しているのだからここで感動せずして何にするのだとガノタ魂が燃えていた。ただちょっと気になる所がある。

 

「これって片方は殆どザクだよな?」

 

カラーリングは連邦特有の白を基準にした物で頭がジム系、恐らくはザニーの物なんだろうけど頭以外はザクそのままの形状の機体が一機あった。

 

「えぇ、もう片方は型式番号RRf-06 通称ザニーと呼ばれるザクを模して作った試作機で、貴方の前にあるのはそのザニーの頭部を乗せただけのザクですね。通常のザクだと味方部隊に誤認される可能性があるのでザニーの頭部を乗せてあるみたいです。」

 

「ジム頭……いやこの場合はザニー頭か、ちゃんと動くのか?」

 

「試運転では問題無いと言っていましたが……元々ザニー自体も不具合が多い機体ですから安全は保証出来かねますね。こればかりは仕方ありませんが。」

 

「まぁちゃんと動くか、戦えるかってのが俺達の任務だからそれは実戦で確かめるしかないか。」

 

 そう話し込んでいると、近くの整備兵が俺達に渡される輸送機や資材などの説明にやってきた。

 

「えーっと貴方達が774部隊の人ですか?」

 

ニット帽で顔が隠れていたので分からなかったがどうやら俺とそこまで変わらない若い女性の整備士のようだ、ルウムで主力艦隊が壊滅して人材が足りなくなってるとは聞いていたけど。

 

「えぇ、第774独立機械化混成部隊。隊長のアンナ・フォン・エルデヴァッサー少佐です。 」

 

「上層部より貴方達に渡される物資の一覧です、ご確認ください。」

 

 そう言うと整備兵は電子端末を渡し、アーニャはそれの確認を始める。

 

「ミデア級一隻、ザニー試作機一機、ザニーヘッド一機、ホバートラック一輌……その他資材と食料。」

 

「随分豪勢な品揃えだな。だけどミデアやホバートラックあっても乗れる人がいないんじゃないか?」

 

「あのー、その件なんですけど。」

 

 話を遮るように整備兵の女性が口を開いた。

 

「本日付けより774部隊のMSの整備、そしてミデアの操縦を仰せつかりました。クロエ・ファミール技術曹長であります!ゴップ将軍よりお二人のサポートをしろと言い渡されております!」

 

 ビシッと敬礼を返したクロエと名乗る女性に俺達も敬礼を返す、兵を貸すのを渋っていた割に部隊が決まったとなるとサポートは惜しまないのは好感が持てるな。やっぱ結構いい人だぞあの将軍。

 

「よろしくお願いします、クロエ曹長。そうなるとこのホバートラックは……?」

 

「こちらも確か担当の方がいると聞いていますが……?」

 

 と話しているとこちらに猛スピードで走ってくる男性が現れた、展開的に恐らく彼がそれっぽいな。

 

「ハァ……!ハァ……!す、すまない!着任が遅れた!」

 

 汗をビッシリとかきながら肩をゼーゼーと息をする男性、俺達より少し年上っぽいがそれでも恐らく30はまだ行ってない感じだ。

 

「わ、私は……ハァハァ……。アルヴィン・ジュネット、階級は技術中尉……!第774独立機械化混成部隊に編入を……!」

 

「一旦落ち着いてください、俺達急いでるって訳じゃないですから。」

 

「キ……キミは、キミがもしかしてアンダーセン少尉か?」

 

「……?そうですけど。」

 

 ん?もしかしてこの人俺のこと知っているのか?憑依する以前の知り合いならちょっと言動に気をつけないと……と焦っているとジュネット中尉は深呼吸し落ち着きながら言葉を続けた。

 

「私は以前ヒマラヤ級空母でアンダーセン提督の元でAWACSを担当していた。ミノフスキー粒子のせいでお役御免になっていた所をゴップ将軍からアンダーセン提督の御子息が人を求めていると聞き、この部隊に志願させてもらった。」

 

「父さんの知り合いか……。」

 

 なら俺とは直接の面識が無いってことか、少し安心した。

 

「エルデヴァッサー少佐も今後とも宜しくお願いします、ホバートラックの操縦は慣熟訓練は受けましたがまだソナーの癖は掴めていないので不便を掛けると思いますが……。」

 

「大丈夫ですジュネット中尉、元々私とアンダーセン少尉しかいない筈の部隊でしたから。歴戦の通信士がいるだけで頼もしいですわ。」

 

 二人所帯から一気に四人に増えればそれだけ安心感も増える、戦いは数だよとドズルも言っていたがいるといないでは全く違うもんな。

 

「さて、部隊も四人に増えた事ですし今後の隊の方針を纏めましょうか。」

 

「何処か行く宛はあるのか?ミデア級も使えるとなると行動範囲はかなり広がるけど。」

 

「そうですね、以前から考えていましたがこの南米から少し離れて中央アメリカ、旧メキシコ合衆国を中心に活動しようと思います。」

 

 メキシコと言えばちょうど連邦とジオンで小競り合いが続いている場所だ、連邦からはキャリフォルニアベース奪還への進路となるしジオンからはジャブロー攻略を見据える為に取っておきたい地域だろう。

 

「ここなら実戦データも取れるでしょうし補給の面も拠点から離れすぎないですから問題ないでしょう。可能であれば敵の機体を鹵獲してパーツ取りやデータ解析に使いたいですが其処は戦況次第ですね。」

 

「そこまで決まってるなら後は行くだけだな。クロエ曹長、ジュネット中尉、これからよろしく。」

 

「こちらこそ!」「了解した。」

 

 二人と握手を交わし、その後メキシコへと俺達第774独立機械化混成部隊は向かったのだった。

 

 

ーーー ーーー

 

 

 その後メキシコに着いた俺達は現地の部隊から敵の情勢を聞き、小競り合いが続いてはいるが大きな戦闘はないこと、そしてジワジワとだが戦力が削られ始めてきている事を確認した。

 ジャブローに近く物量はあるとは言えMS相手ではやはり分が悪いという事らしい、敵の補給部隊も散見されているが中々手が出せないと言う情報を聞くと、アーニャは敵が確認された砂漠地帯に近い森にミデアを隠しザニーとザニーヘッド、ホバートラックを伴い見晴らしの良い山間部に陣を構えて今に至るのだった。

 

「それにしても暑いな……メキシコは実はそこまで暑くないと聞いていたけど砂漠地帯が近いとなると話は別だな。」

 

「愚痴はどんどん吐いてくださいねジェシー、これはストレステストも兼ねていますから。座席が硬いとかコクピット内での飲食は辛いとかそう言ったレベルの物でも現場の意見として重要ですから。」

 

 涼しい顔をしてアーニャはそういうが自分も相当辛いんじゃなかろうか、何せこの数日ホバートラックで索敵をしているクロエ曹長やジュネット中尉とは違い、俺とアーニャはストレステストという名目で一日の中を殆どコクピット内で過ごしているのだから。

 ちなみに通常のザニーはアーニャが、俺はザニー頭のザクに搭乗している。

 

「エコノミー症候群にならんか不安って感じだな、自前のクッションあっても一日中はやっぱり辛いな。」

 

「クロエ曹長が気を利かせてくれなかったらそのままでは辛かったですね。」

 

 潜伏初日にコクピット内で寝るとアーニャが伝えた時にクロエ曹長は年頃の女の子にそれは流石にキツいですよと毛布の他にクッションを渡してくれたのだがそれのおかげでなんとか保ててる感じだ。

 

「しかしこの数日、そこそこの敵を発見したけど何で叩かないんだ?」

 

 この数日間でジオンを発見したのは数回に渡る、その殆どが歩兵を伴ったパトロール的なものばかりだったのだがアーニャはそこで攻撃命令を一回も出さず今に至っている。

 

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず。という古来の言葉があるのを知っていますか?」

 

「孫子の兵法か?」

 

「やっぱり、結構博識な所がありますねジェシーには。」

 

 いやまぁギレンの野望とかハマったから同じ系統の三国志とかのゲームにハマってそれが原因だからそう言われるとちょっと恥ずかしいな。

 

「この数日は敵がどの間隔で現れるか、その内容は如何な物か、つまり敵を知る為の準備期間でした。」

 

「成る程な、これで己を知っていれば百戦危うからずってことか。」

 

「ふふ、残念ながらまだ私達は自分の機体がどれだけの物か知りませんから。敵を知り、己を知らなければ一勝一敗。つまり五分ですね。」

 

「はぁ、この前言っていた最初の数回は博打ってこういうことか。」

 

「はい。機体の性能を知り、私達がどのように戦えるか知れれば後は怖い物なし……とは中々行かないと思いますが楽にはなると思います。」

 

《二人とも、話し込んでいる最中で悪いがソナーに感有りだ。》

 

 ジュネット中尉からの通信だ、俺とアーニャは頭のスイッチを切り替えて中尉の報告に耳を傾ける。

 

《10時の方向、山が邪魔で見えんが山道でこちらに向かっている。音紋認識からザクが1……いや2だ、キャタピラと思われる音紋も一輌。恐らくマゼラ戦車かと思われる。そして……これはトレーラーか何かか?もう一輌車両と思わしき音紋有り。》

 

「どう思うアーニャ ?」

 

「補給部隊……或いはなにかの輸送でしょうか?今までのパトロールとか内容が違いますね……いや、もしかしたらこの数日のパトロールは周囲の安全確認の為のもの……?」

 

アーニャはそう言うとブツブツと数秒考えんで決断をする。

 

「ここが勝負をかける時みたいですね、敵はこの数日このエリアの安全を確認していましたからその結果からの輸送と思われます。幸いトレーラーを連れているので進軍速度は早くはない筈です。ここで叩きます。」

 

「了解!」

 

《了解した!》

 

「ジュネット中尉はクロエ曹長と共にこの場で待機、幸いミノフスキー粒子もそこまで濃くはありませんから敵の情報を逐一私達に報告を。ジェシー!貴方はマシンガンとランチャーを装備、ランチャーでの初撃で出来ればザクか戦車を仕留めます。その後は残った敵を格闘戦で仕留めます、良いですね!」

 

「了解だ!」

 

《反応が近い、そろそろ来るぞ!》

 山道からマゼラアタック、続いてザクが一機にトレーラーを挟んで後方にらもう一機のザクが現れる。

 

「出来ればトレーラーの中身は確認したいですね……、ジェシー!前方の戦車とザクを狙います!行きますよ!」

 

「分かった!クソ……当たってくれよ……!?」

 

 敵の進軍速度に合わせ僅差で当たるようにスコープを位置取る、これが学習型コンピュータとかが発展すればコンピュータ側で勝手にやってくれるんだろうが今はそんな物はない、頼れるのは自分の訓練成果だけだ。

 

「当たれえぇぇ!」

 

 前方の二機に向けロケットランチャーを放つ、警戒してない今なら防御なんて出来ないから当たれば確実に仕留められる!当たってくれ!

 ズドーンと着弾音が鳴り響く、アーニャ放った弾はギリギリ当たらなかったみたいだが俺の放った弾はザクに直撃し爆散していた。

 

《着弾確認!ザク一機沈黙!》

 

 ジュネット中尉の通信を確認後、敵機に接近する為に陣取っていた高地から発進する、だが発進前にこれだけは言っておきたい言葉があった。

 

「ジェシー・アンダーセン!ザニーヘッド出るぞ!」

 

 そんな状況ではないのは分かっているが言ってみたいじゃん?ガンダム好きなら一度はさ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第04話 アニメじゃない

「ちっ……!敵の奇襲だ!」

「隊長!ブライアンのザクが!ブライアン!畜生……応答しろブライアン!」

 マゼラ乗りの部下が必死になって応答を促すが敵の直撃弾を喰らい爆散したのだ、仮に助かってたとしても死んだ方がマシな状態だろう。

「よせ!もう死んじまってる!それより敵が来るぞ、俺達を狙って来たんなら良いが恐らく狙いは積荷だ!」

 この状況で攻撃をしてくるって事は中身を知ってるかどうかは知らないが積荷狙いなのは間違いない、足の遅いトレーラーでは逃げるのもままならないし俺達さえ片付けたら後は楽な仕事だと思っているのだろう。舐められたものだ。
 連邦かゲリラかは知らんが舐めて掛かったツケは払ってもらう、そう思っていると崖の方から土煙が上がっているのが見えた。ザクマシンガンを構えスコープを覗き込みハッと驚く。

「MSだと!?」

 頭部は違うが他は殆どザクだ、こんなシロモノ連邦くらいしか用意できんだろうから敵は間違いなく連邦兵だ。ザクを弄ぶなど……と憤りを感じなら部下に命令を出す。

「マゼラは下がれ!後方から敵を狙い撃つんだ!俺が牽制する!」

 マゼラが下がるのを確認すると大きく溜息をつく、敵の総数が分からん状況でどこまでやれるか。
 コクピットに貼り付けてある写真を見て気合いを入れる、こんなアースノイドの巣窟なんてさっさと出て行って家族の待っているサイド3に帰らなければならないのだ。ここで負けてたまるものか。

「来やがれ連邦!格の違いを教えてやる!」

 決戦の火蓋が幕を開けた。



 移動しながら諸々の計器の動きを確認する、今のところ異常ナシ……物はザクとは言えザニーの頭部を乗せてるので何かしらのエラーが起きてもおかしくはないしこんな状況で何かあったら命取りだ、焦らず丁寧に……だが大胆に使って敵を倒さないと。

 

「アーニャ!敵戦車後退中!そちらから狙えるか!?」

 

 崖を降った俺とは違い、まだアーニャは高所に構え敵に牽制を与えている。こちらからでは位置的に狙えない為彼女に頼るしかない。

 

「……駄目です!地形を利用してこちらの射線を遮ってます!中々の判断力ですね……侮れないですよジェシー!」

 

「最初から侮ってなんかいないさ!初陣だってのに!」

 

 既に弾切れしているランチャーを破棄し、マシンガンに切り替える。残ったもう一機のザクがこちらを確認し接近してくる。

 

「来たか……当たれぇ!」

 

ザクに向けマシンガンを放つが相手のパイロットの技量か全く当たらない、それどころかジグザグと射線を巧みに交わし更に接近してくる。

 

「アースノイドがMSを手にした所で!こちらとは年季が違うんだよ、年季が!」

 

 敵のザクがヒートホークを構え白兵戦を仕掛けてきた、こちらも負けじとヒートホークを構え応戦する。鍔迫り合いとなり激しく火花が散る。

 

「ジェシー!くっ……此処からではもう狙えない……!」

 

 最早高所のアドバンテージは活かせない、アーニャはそう思い崖を降りようとした時ホバートラックから通信が入った。

 

 《エルデヴァッサー少佐!敵の戦車に狙われているぞ!》

 

「なっ……きゃあっ!」

 

 そう遠くない位置に砲弾が通過する。流石に油断し過ぎていた……敵の練度は新兵である自分達よりも遥かに上だし踏んできた場数が違うのだろう、咄嗟の奇襲や地の利の不利すら対応して攻撃してきている。

 だけどこちらも負けてはいられない勝たなければ死ぬだけなのだ。

 

「ジュネット中尉!敵の位置は!」

 

《2時の方角!稜線上に構えて狙っているぞ!》

 

「了解!」

 

 モニターを確認し敵を確認する。残りのロケット弾は2発だ、外せば射程距離の面でこちらが完全に不利になる。

 

「当たって!」

 

 放たれたロケット弾はキャタピラに命中し敵機は炎上した。

 

「くっ!隊長ォ!マゼラベースに被弾!もう保ちません!」

 

「脱出しろ!マゼラトップで戦線を離脱して救援を求めるんだ!」

 

「そんな!隊長はどうするんです!?」

 

「心配するんじゃねえ!コイツら倒して救援でも待ってるとするさ!さっさと行け!」

 

「くっ……御武運を!」

 

 戦線から離脱していくマゼラトップにアーニャは狙いを定める。

 

「やらせるかよ!いつまでも調子に乗ってるんじゃねえ!」

 

 ジオンのパイロットはジェシーのザクを突き飛ばしクラッカーを取り出すとザニーに向けて投げた。

 

「アーニャ!」

 

《ザニー被弾!エルデヴァッサー少佐、応答せよ!》

 

「……」

 

 応答が無い。嫌な汗が身体から伝うのを感じると同時に怒りが込み上げる。

 

「てめええええ!」

 

 ヒートホークをなり振り構わず振り回し敵の追撃を止める、だが次の瞬間。

 

「……っ!腕が動かない!?」

 

 ヒートホークを持っている右腕部が突然動きを止める、モニターを確認すると負荷がかかり過ぎて機能停止のエラーが出ていた。

 

「隙有り!これで終わりだ!アースノイド!」

 

 敵のヒートホークがこちらに向けて振り上げられる、初陣で死ぬのか俺は……?と諦めかけたその時、ザクが動きを止めた。

 何故なら直後にザニーから放たれたロケット弾が直撃しザクに致命傷を与えていたのだ。

 

「ザニーからの砲撃!?アーニャ 、無事なのか!」

 

「ごめんなさい、少し気を失ってたみたいです。それより……終わったみたいですね。」

 

 戦力として数えられるザクは微動だにせず、トレーラーは既に逃げ切るのを諦めているような感じだ、流石に非武装ではどうしようもないか。

 

「コクピットには直撃していないみたいですが……。」

 

「生きているかどうか確かめる、アーニャは下がってくれ。」

 

 機体をザクに近づけてから俺は銃を取り出すとコクピットから降りてザクに近く、金属の熱と匂いに少し咽せながらコクピットハッチまで辿り着いた。

 

「聞こえるか、ジオンのパイロット!決着はついた、生きていたらハッチを開けてくれ!捕虜の扱いは南極条約に則る!」

 

 少し待つが応答が無い、気を失っているかまさかそのまま……そう思っているとコクピットハッチが開き始めた。

 そして完全に開いた時、俺は絶句した。直撃した衝撃でコクピットブロックの機材がパイロットを貫いていて既に重傷となっていのだ。

 

「畜生……あぁ……畜生ォ……。」

 

 息も絶え絶えとなりながら呪うようにパイロットは呟き続ける。その悲惨な光景に耐え切れず思わず吐きそうになる。

 

「ジェシー!大丈夫ですか!?」

 

 それを見ていたのかアーニャがコクピットから降りてこちらへと向かってくる、いけない!彼女にこんな光景は見せたくは……!

 

「駄目だアーニャ !見るな!」

 

「……!」

 

 既に遅く、彼女の視線はパイロットへと目を向け大きく息を呑んだ。

 

「何だ……テメェらガキじゃねえか……、こんな連中と戦ってたのか俺は……。」

 

 ジオンのパイロットは虚な目をしながら呟いた、俺はアーニャに目を向けると彼女は首を横に振った。もう助からない、そういう意味だろう。

 

「ハハッ……だがよ……これが戦争なんだな……ガキだろうと、女だろうと……関係ない……戦って殺して、殺されて……俺も殺される。あぁ……サイド3に……家に……帰り……。」

 

 言葉を全て言い切る前に彼は息を引き取った、アーニャは彼に近づき開いていた目を閉じさせた。

 

「ごめんなさい……。」

 

 消えそうなくらい小さな声で呟くと、気持ちを切り替えたのか大きな声で命令を出す。

 

「撤退を開始します!逃した敵機が援軍を要請する可能性は高いです!ジュネット中尉達は急ぎミデアに戻り撤退の準備を、ジェシー!貴方はトレーラーのドライバーを捕縛してください、私は積荷とザクをミデアに積む準備をしておきます。」

 

「……このザクも持っていくのか?」

 

「中破していますがパーツ取りには使える筈です、……これが戦争ですから。」

 

「分かった。」

 

 非情な事を言っていると分かっての行動だ、俺がとやかく言うことじゃないしそれは失礼でもある。言われた通りトレーラーへ向かいドライバーに投降を促す。

 

「わ!分かってる投降する!勘弁してくれ、俺はジオンに脅されてドライバーやってただけなんだよ!」

 

「理由はどうであれ捕虜として拘束はさせてもらうぞ。安心しろ、変なことさえしなければ扱いは悪いようにはしない。それでこのトレーラーは何を積んでるんだ?」

 

「わ、分からねえ!本当だ、だけどよ重さからしてMSだと思うぜ。連中運転には注意しろって再三言ってたからよ!」

 

 もしもMSであればわざわざトレーラーで運ぶくらいの物だ、新品か或いは新型の可能性もある。その話が本当ならかなりの成果になる。

 

「ミデア、到着しました!準備急いでください!」

 

 クロエ曹長がミデアから指示を促す、俺は機能しているザニーヘッドの左腕部で何とか中破したザクを積み込み、アーニャのザニーがトレーラーの積荷を積み込んだ。

 

「なぁアーニャ……パイロットの人はどうするんだ?」

 

「此処に置いていくしかないですね、衛生上の問題もありますし。撤退した敵が回収してくれると思います。」

 

 ザクのコクピットからパイロットを慎重に降ろす、所々から血が流れ出しパイロットスーツが汚れるがそんな事を気にしてはいられない。その時だった、コクピット内にふと目が行った時写真が見えたのだ。

 

「……。」

 

 そこには家族と笑いながら写真に写っているザクのパイロットがいた、サイド3に、家に帰りたいと言っていた、その理由が手に取るように分かる。大事な家族が彼にいて戦うしか無いから戦って……そして死んだのだ。俺達が殺したのだ。

 アニメの世界に入れた?劇中を変える?正直そんな風に楽観的に考えて世界を見ていた、だけど今は違う。これはアニメじゃないし此処には実際に生きてる人達がいて、ちゃんと生きる理由があって戦っている……戦っていたんだ。

 

「ジェシー……?」

 

 アーニャの声で我に返る。今は感傷に浸っている余裕はない、敵が戻ってくる前に撤退しなければ。

 

「大丈夫、大丈夫だ。ただ、この人をそのまま放置したくない。せめて少しでも綺麗な状態にしてから置いていきたいんだ、良いかなアーニャ?」

 

「……はい。私も手伝います。」

 

 俺とアーニャで持っていた飲料水とタオルを使い血を拭う、これは偽善だと分かっている、だけどそれでもと思ってしまったのだ。

 身体を拭き終わり、遺体を家族の写真と共に目立つ色のシートに包む。これならジオンが発見しやすくなるだろう。俺達はミデアに乗り、この戦場を後にする。

 

 離陸後、機体の固定を確認してからMSから降りようとするが異様に身体が重くなり血の気が引く、今になって自分が人を殺したのだと実感が湧いたのだ。思わず吐き込んでしまう。

 

「ジェシー?どうかしましたか?降りて来てください。」

 

 降りて来ないのを心配したのかアーニャがこちらへ向かってくる、外部からコンソールを使い俺の機体のコクピットハッチを開いた。

 

「ジェシー……。」

 

「すまん、情け無い所を見せたな。」

 

「いえ、身体は大丈夫ですか?」

 

 労わるように俺を気遣う、なんとも無いよと強がるが数秒俺を見つめ彼女はこう言った。

 

「私、今日初めて人を殺めました。」

 

 アーニャが俺を見てそう呟く。俺も返すように応える。

 

「俺もだ。」

 

「これからも大勢の人を殺めて行くと思います、この戦争が続く限り。」

 

「……あぁ。」

 

「それでも。」

 

 そう言って彼女は俺の手を取る。

 

「それでも最初の人殺しが貴方を守る為のものであって良かったと思っています。」

 

 彼女のその一言に思わず堪えていた涙が溢れていた、彼女だって平気では無いだろうに大丈夫だと言わんばかりに強く俺の手を握っている。

 この先、このジオン独立戦争がどれだけ続くのか、原作通り一年で終わるのかそれは分からないが一つだけ確かな事がある。

 

「今度は俺が守ってみせる、次もその次もそのまた次も、絶対に。」

 

「えぇ、期待していますよ。」

 

 彼女と共に歩むと決めたこの戦争、途中で逃げ出したりは絶対にしない。どれだけ血を汚そうと護ってみせると自分自身に誓おう。この子の信頼を無碍になんて絶対にしない。そう心に誓い俺はアーニャの手を取り、コクピットから降りた。

 

 その後簡易シャワーを浴びてさっぱりした後ミデアの操縦室に向かう。ジュネット中尉とクロエ曹長がこちらに顔を向けた。

 

「お疲れ様です少尉、こちらをどうぞ。ジュネット中尉の淹れたコーヒーです。これが中々美味しいんですよ。」

 

 クロエ曹長から温かいコーヒーを貰う、口をつけ飲み込むと身体の中に染み渡るように溶け込んでいく。

 

「美味しいです、ありがとうございますジュネット中尉。」

 

「ゆっくり飲むと良い、親父さん……いやアンダーセン提督が常日頃から言っていた言葉の受け売りだが『大抵の悩みはコーヒーを一杯飲んでる間に解決する』だそうだ。直接戦っていない私がとやかく言えることではないが、あまり気を落とすな。」

 

 何処かで聞いたような台詞だが今はありがたい、少しずつコーヒーを飲みながら気持ちを落ち着かせていく。

 

「そう言えばアーニャ……いや、エルデヴァッサー少佐は?」

 

「少佐なら先にお休みになられてますよ、少尉もお疲れでしょうから少し休んでいたらどうですか?此処は私とジュネット中尉だけで大丈夫ですから。」

 

「ありがとう、そうさせてもらうよ。」

 

 お気持ちには甘えてミデア内に設置されている簡易ベッドに横になる、コーヒーを飲んでいたのに横になった途端どっと疲れが溜まり泥のように眠りに落ちた。

 

 

 

 目覚めた時、そこは既に連邦の中継基地で荷下ろしが始まっていた。焦って外に出るとちょうどトレーラーのコンテナを開ける直前という場面でギリギリセーフで俺達の活躍の最大の成果を見逃さずに済んだ。

 

「何が入ってるんだろうな?まさか爆弾とかだったら怖いけど。」

 

 ちょうど基地内の整備兵と一緒に立ち会っていたクロエ曹長を見つけ話しかける。

 

「爆発物チェックはしましたけど問題ありませんでしたよ?やっぱり重量的に何かの機体みたいです。」

 

 周りの整備兵が慌ただしく作業に取り掛かり始めた、まもなく中身がお披露目になる。

 コンテナのウイングが上がり始め、周りが大声で叫び始める。やはり目の前に現れたのはMSであった。色はサンドカラーだがこの形状は……。

 

「グフ……!?」

 

 この時期にグフって開発されていたか?いや、正式な量産は後だった筈だがプロトタイプとかならこの時期でも作られていたか……?MS-Vの知識はそこまで詳しく無いのがここでは残念だが、ただこの現実を見て思うことは。

 

「ジオンの新型ですよ!大戦果じゃないですか少尉!」

 

 クロエ曹長が目を光らせてグフを見つめる、そうだ時系列云々なんて今はどうでも良くまだ情報が一つも無い新型を入手できた。これは大きな戦果だ。

 

「大騒ぎですねジェシー。」

 

 アーニャとジュネット中尉が並んで歩いてくる、話を聞くと基地の司令と打ち合わせをしていたようだ。

 

「あぁ、敵の新型だ。色々とおかしく感じるところもあるが大戦果だよ。」

 

 新型を運んでいたにしてはあの部隊は正直数が少なすぎるように感じた、台所事情もあるのだろうが複数回のパトロールで安全と踏んでの行動だったのだろうか?そんな疑問も浮かぶが答えはジオンのみぞ知るところなのだ。幾ら考えても意味はないだろう。

 

「当分この機体の解析と初戦で得たデータを踏まえた調整に入ります、ザニーヘッドもパーツ交換などありますから暫くは整備の仕事に取り掛かってくださいねジェシー。」

 

「了解!」

 

 あの戦いは公式的な記録には処理されず、此処にいる数十人の基地の人間と俺達四人の記憶にしか残らないだろう。

 だからこそ、あの時感じた思いを忘れることなく胸に刻みこれからも歩んで行こう。それが自分に出来る唯一のことなのだから。

 

 

 空を見上げ、雲一つない青空を眺める。この空のようにもう俺の心に迷いは無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第05話 ザクとは違うんじゃないかな

「いや、やっぱりザクとは違うよ、ザクとは。」

 

「えー、そうですか?私はやっぱりザクの陸戦タイプのバリエーションだと思うんですけど。」

 

 何度目かの問答、クロエ曹長はこの『ザクもどき』なる機体をザクのバリエーションの一つだと思っているようだ。まぁグフ自体がJ型のザクを更に陸戦化させた物だから間違ってはいないんだけど。

 

「でも俺はやっぱりザクとは違うと思うよザクとは。」

 

「少尉、それ言いたいだけじゃないですか?」

 

 バレてる、まぁ確かにザクとは違うのだよ!と声を大にして言いたいのだが、このプロトタイプと思われるグフは量産型の機体と比べて内蔵されている火器は無いしフィンガーバルカンも装備されておらずマニュピレーターも通常の物だからかなりザク寄りではあるんだよな。

 

「まぁザクかザクじゃないか別として、やっぱりジオンはMS開発に関しては頭一つ抜いてますね。地球環境に特化した機体をもう開発しちゃうんですから。」

 

 ここ数日のデータ解析の結果、カタログスペックでは現在多くの戦域で散見的に確認されている陸戦型のザクと比べて更にパフォーマンスが良いと判断されている。所謂J型のザクは元々基本となるF型の軽量化や地球環境に応じた冷却機構やブースト周りの変更などのマイナーチェンジな訳だがこのグフっぽいのは新規開発で最初から陸戦を前提とした設計で組まれている。ならザクよりは性能が高いのは間違いないだろう。

 

「正にジオン驚異のメカニズムだな、こっちはまだまだ一から作るのだって四苦八苦だってのに。」

 

 横に目を向け自分の愛機であるザニーヘッドを見て溜息を吐く。前回壊れた右腕部は負荷が掛かりすぎて中の精密機器は全損、以前からされていたデータ解析で得られた内容を元にアーニャの関わっている軍需企業から似たような物が送られて来てそれをくっ付けた訳だが最早ザニーなのかザクなのかよく分からないキメラと化していた。

 

「結果良好だから良いじゃないですか、それに一から関わってればそれだけ吸収も早いですよー。」

 

 クロエ曹長自体が戦車や戦闘機の整備に全く関わらず基本的な知識だけ身につけてからこの部隊に編成されたらしいので確かに無駄に他の知識が入るよりは一つに特化した知識の方が吸収はいいのかもしれない。

 

「だけどこんなキメラみたいな機体でも知識になるのか?」

 

「勿論ですよー!考えてみてください、こういう本部に近い所なら補給も物資も心配せずに組み立てられたパーツを組み込むべき箇所に入れて完璧な整備でハイ完了!となる訳ですけど、基地から遠く離れた部隊なんかは最悪の場合は現地調達で整備しなきゃならないでしょう?だから規格が合えばジオンの物でも最悪OK!みたいなデータは重要なんですよ。」

 

 成る程なぁと感心する、確かに08小隊とかだと現地改修の機体もあるしこういうキメラみたいな物でも問題無かったという事例さえあれば現場の人間の苦労が少しでも減るのか。

 

「機体のOSもちょこちょこ変更をかけないとですねー、あんまり負荷のかかる動きをするとまたオシャカになっちゃいますから細かなリミッターを設けて最適化させないと……。」

 

 頭を掻きながら悩むクロエ曹長、確かにOS周りだけはジオンの機体を鹵獲して調べようにもブラックボックスとなる部分が多く解析は上手くいっていない。これさえ何とかなればMS開発速度も上がるのだろうけど。

 

「それでもここ数日でそれなりのデータは取れたからクロエ曹長なら上手く調整してくれるだろ?」

 

 先日の戦闘以降も基地内でどれくらいジャンプを続けても問題無いかとか、どれくらい腕を上げ下げすると不具合が発生するのか、またそのスピードはどれくらいまで問題ないかとかまるでゲームのデバッグ作業みたいな事を続けていたので戦闘機動ではどうなるか分からないが通常の使用で不具合が発生することは少なくなっただろう。

 

「まぁ面倒のかかるヤンチャな子供みたいな物ですから今のこの子は、どんどん躾けてお姉さん好みにしちゃうからねー。」

 

 フフフフと変な笑い方をしながら端末で修正をかけていく、ちょっと引いたけどまぁ上手くやってくれるだろう。俺はクロエ曹長に出掛けると伝えてハンガーから去った。次に向かうのは射撃訓練場だ。

 

「着弾、惜しいな。あと少し右だったらど真ん中だったが……それでも良いセンスをしている。」

 

 其処にはスナイパーライフルを構えたアーニャとそれを補佐するジュネット中尉がいた、あの戦闘でマゼラアタックとザクをロケット弾で仕留めた経緯からスナイパー適正が有るかもしれないとジュネット中尉が提案して実際に歩兵用の物で訓練をしてみたところドンピシャだったのか素人とは言えないレベルの精度で的に当てている。

 

「どうですか調子は?」

 

「アンダーセン少尉か、見事と言う他ないな。本職のスナイパー顔負けだ。」

 

「褒めすぎですジュネット中尉、恥ずかしいですよ。」

 

「しかしまぁ小柄なのに色々と多才だよなアーニャは。」

 

「……身長は関係ありますか?ジェシー?」

 

 ヤバイ、地雷を踏んだ。顔は笑っているが言葉にトゲがめっちゃ含まれている、ザクのスパイクショルダーより多そうだ。

 

「ごめんなさい。身長は関係ありませんでした。」

 

 素直に謝る、いやまぁ実際15の少女がMS乗ってスナイパー適正あって指揮も出来てって完璧超人じゃんと思ってしまう、ルックスもイケメン……いや美少女だし。

 

「そんな事より少佐、これを機にMSも狙撃兵装にして後方支援として行動するのはどうだろうか。」

 

「そんな事より……!?」

 

 いや、気にし過ぎだろ。後でフォロー入れとくとしてジュネット中尉の意見に俺も賛成だ。

 

「確かに指揮官が前線で白兵戦してたら部下はヒヤヒヤだしな、前回ザクのクラッカーを受けた時は生きた心地しなかったし。」

 

「しかし味方が前線に立っている中、私が後方のままと言うのは……。」

 

「何かあったら援護に駆け付けてもらうって事でどうだ?それに狙撃用の兵装テストも部隊の理念に適ってるだろ?」

 

 むぅ……と頭を抱え込む、最前線に立って戦ってくれるのも確かに有り難いしその姿勢は大事だけどまだまだリスクの方が高い今の現状はなるべく安全な所にいて欲しいのが本音だ。

 

「それが良い、モニターの光学センサーを増設して戦況の補足とホバートラックにも電子戦闘支援用の戦術データリンク等を搭載させて狙撃による射撃補佐や戦況把握をさせれば更に戦い方を豊かに出来るぞ、楽しくなってきたな。」

 

 楽しくなって来てるのは貴方だけですよとジュネット中尉に言いたくなった、ミノフスキー粒子による影響で電子戦闘戦がお役御免になって仕事無くなった時のストレスでもあったんだろうか普段クールなのに凄く熱くなってるし。

 しかし情報戦も疎か出来ないのは確かだ、まだまだ敵のデータは少ないし少数の部隊では如何に情報を持っているかも重要なファクターだからな。

 

「そうですね……、MS用の狙撃銃などが用意出来ないか確認してみます。それとホバートラック用の電子装備なども必要な物があればリストを作成しておいてください。」

 

「了解!早速リストの作成に取り掛かります。それでは。」

 

 まるで水を得た魚のようにウキウキと去っていくジュネット中尉、クロエ曹長もそうだったが熱が入るとヤバイなこの部隊の面々。

 

「さて。そろそろお昼です、食事でもしましょうか。」

 

 時計を見るともうすぐ正午だ、腹も空いてきたから賛成し食堂へ向かう……向かうつもりだと思っていたが着いたのは整備用ハンガーだ。また……またこのパターンか。

 ハンガーではクロエ曹長が「今日のレーション用意できてますよー。」とコクピットを指してニコニコしていた。自分はその手に食堂から持ってきたと思われる出来立ての昼食を持っているのだ。それと変えてくれよ……。

 かれこれ帰還してから数日、毎食こんな感じで戦闘糧食をコクピットで食べるというちょっとした苦行が続いていた、朝はスティック状の栄養食、昼と夜がそれぞれ中身の違うレーションとなっている。

 

「なぁ、どれだけこの食事続けるんだ?」

 

「うぅん……。長期任務で補給が全く無い状況を想定してのシミュレーションですから最低一週間くらいですか?」

 

「勘弁してくれ……。」

 

 栄養的には問題ないし、食えないというレベルでは無いが生活感がない。それに中身が違うとは言えレーションのバリエーションなんてそんなに変わらない訳で缶詰とかビスケットとかそんなのばかりでは気が滅入るのだ。クロエ曹長の持っている昼食に目を向けると今日は鶏肉のソテーみたいだ、思わず喉がなった。

 

「我慢してください、このデータも後々役に立つかもしれないんですから。」

 

「くう……。」

 

 仕方なくモグモグとレーションを食べ始める、缶詰の中身は鶏肉みたいだがクロエ曹長が食べてる物と比べると情けなく感じてしまう。飯を食いながら腹が鳴ると言う矛盾を発生させながら呪うようにレーションを食べ終える。

 

「さてと、昼からはどうするかな。」

 

 正直、結構時間を持て余していた。グフの解析は専門外だしザニーヘッドはOSの調整で動かせないし。アーニャは事務手続きなどで忙しいらしいしジュネット中尉は今頃ウキウキしながらリストを作っている最中だろう。

 

「少尉ー。暇ならちょっと技術部に寄って貰えませんかー?」

 

 端末を弄りながらクロエ曹長が話しかけてきた。

 

「技術部に?」

 

「えぇ、MS乗りの意見が欲しいとかで都合のいい時で良いから来て欲しいって連絡があったんですよ。」

 

「そりゃ都合が良い、いってくるよ。」

 

 この中継基地に実験的に置かれているMS開発技術部は、ゴップ将軍の息のかかった科学者や技術屋が大半を占めておりこの基地でのゴップ将軍の影響力とMS開発の成果取りへの熱が見える。

 

「失礼しまーす。」

 

 ドアをノックして「どうぞ。」という返答を確認してからドアを開ける、こちらの顔を確認すると開発部の人間が足早にこちらへやってきた。

 

「お待ちしておりましたアンダーセン少尉!あぁ、ちょうど良かった!今ジャブローからお客様がいらっしゃっていて少尉に話を伺いたいと仰っていたんですよ!」

 

「お客様?」

 

 そう話し込んでいると数人の技術者を引き連れ此方へ向かって来る軍服の人間がいた、そしてその顔を確認すると俺は衝撃で凍ってしまった。

 

「君がゴップ将軍の指揮下で極秘裏にMSを操縦しているパイロットかね?私は連邦軍准将ジョン・コーウェンだ。君と話をしてみたいと思っていた所だった。」

 

 あの『ガンダム開発計画』の立案者、ジョン・コーウェンが俺の目の前に立っていたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第06話 新型MS開発計画

 俺の目の前にはあのスターダストメモリーのキャラであったジョン・コーウェンその人が立っていた。原作では新型ガンダム開発計画の立案者としてGPシリーズの開発に携わっていたがデラーズ紛争で失脚しその後はどうなったか語られていない、だが派閥争いに負けたのだからその後日の目を見ることはなかったのだろう。比較的善人ポジションではあるけど核搭載のGP02などを開発してたりタカ派と思われる言動もあり評価は連邦軍好きの人間でも別れる人物である。

 

「ははは、そう畏まらずに楽にしたまえ。私はレビル将軍の派閥ではあるが今回はゴップ将軍のお誘いがあって此処に来たのだ、痛くもない腹を探りに来たわけではないから安心するといい。」

 

 ポンポンと俺の肩を叩く准将、ガタイが良いからか無駄に痛いんだけどそんな事言えんよなぁ。

 

「失礼致しましたコーウェン准将、私に聞きたい事とは何でありましょうか。」

 

「うむ、まずはこれを見てもらえるかな。」

 

 そう言ってコーウェン准将は自分の電子端末を基地のコンピュータに繋げて大型のモニターに表示させる。

 其処にはMSの設計図、ガンタンクに似たものとガンキャノンに似たものが表示されていた。

 

「これは……もしかして『V作戦』の……?」

 

 もしかしても何も原作を見てたら誰でも分かると思うがこの世界では完全に初見なのでそれっぽく反応する、下手に知ってるような反応でもしたら後が怖いし。

 

「そうだ、以前から設計自体はされていたがV作戦に伴い少し変更を加えてはいるがね。これを見て君はどう思う?」

 

「そうですね……。」

 

 ちょっと考える、下手に答えてV作戦のMSに大幅な変更がかかったらどうしようかとも思ったけど今更原作通りに作るより更に発展させた方が前にアーニャが言っていたように早期に戦争を終わらせる事が可能かもしれない。物は試しに思った事を言ってみるか。

 

「まずこのMS……一つは殆ど戦車みたいな感じですけど、どちらも支援用のMSですね?」

 

「そうだ、本来はこれにもう一機白兵戦用の機体が有るのだがまだ設計途中でね。それの支援用に開発されているMSだ。」

 

 白兵戦用MS、恐らくガンダムだろう。流石にまだテム・レイ博士も試行錯誤の途中だろうな。

 

「個人的な視感ですがキャノンを装備した人型はともかく、このタンクもどきは機動性に難がありませんか?ザクに接近されたら幾ら火力が高くても機動性で不利ですよ。」

 

「ふむ……」

 

「しかし火力的には従来の61式戦車よりは遥かに高そうですね、拠点制圧や防衛には向いていると思います。」

 

「通常の戦闘には向いていないと思うかな?」

 

「厚い皮膚より速い脚と同じですよ閣下、どれだけ火力が高くても当たらなければ意味がありません。」

 

「成る程な……。」

 

 劇中では活躍する場面もあるが正直脚の遅さは戦場では致命的なものがある、ホワイトベース隊ならともかく通常の部隊では対MS戦闘時にあの火力は持て余す事になるはずだ。なら拠点制圧や防衛に専念した方が有用ではある。

 

「キャノンを装備しているMSに関しては特に気になる所はありませんね、中距離支援のコンセプトとしては充分なレベルだと思います。」

 

「やはり現場のパイロットの意見は新鮮なものだな、開発局だけだとどうしても既存の考えでモノを語る事が多いから似たり寄ったりな意見になりがちなのだよ。」

 

 それは多分ジオンも一緒だろう、ゲテモノ系誰得MSなんかは正に現場を知ってるパイロットからしたら何の役に立つんだよと言われるレベルの物もあるし。あの手のMSの開発者は絶対現場見てないだろうし。

 

「パイロットに一番都合が良いのは戦局に応じて装備を変更できる機体ですかね、コンセプトありきで作るより最初からMS自体に拡張性を持たせて場面に適した状態で戦えるのが理想的ですね。」

 

 ジオンのMSは確かに素晴らしい出来の物が多い、ただジオニックやツィマッド、MIP社などMS開発が枝分かれしてそれぞれ独自のMS開発になり機体の乗り換え時のコクピットの違いだったり他社の部品が合わなかったりとパイロットや整備兵に不便を強いる状況が多い印象だった。

 実際統合整備計画なんて規格合わせの計画が発令されるくらいだ、現地のパイロットも新型が来ても乗りこなせ無かったら意味がないと旧来のMSに乗り続けたって話しも見たことあるしそれなら最初から一つの機体を基に場面に応じた装備を使わせた方が効率が良い。特化型の機体は作戦毎に必要なら数機要請すればいいのだ。

 

「面白い意見だ、参考にさせてもらうよ。だが一機のMSで場面に応じた装備をと言うのは現時点では難しいだろうな。」

 

「何故ですか?」

 

「単純にデータ不足だよ少尉、現時点の開発力で仮に一機のMSに拡張性の持たせようにも基準となるデータが存在しなければ一方の装備に対応できても別の装備では支障が発生するかもしれない。V作戦のMSは正にその実用データの回収も兼ねている。」

 

 流石はガンダム開発計画を推し進めた人物と言うべきか、連邦内でもここまでMS開発に理解のある将校は中々いないだろう。 

 確かコーウェン准将は技術屋上がりだった筈だ、この一年戦争の時期でもノエル・アンダーソンちゃんが書いたMS戦術論にいち早く理解を示していたし今の話で今後のMS開発がスムーズになると良いのだが果たしてどうなるのか。

 

「君みたいな優秀なパイロットがこんな所で埋もれているとは思わなかったよ、正直なところゴップ将軍が我々のV作戦にムキになって作り上げた部隊だと思っていたからな。」

 

 どちらかと言えばムキになって部隊を作ってくれと頼んだのはアーニャの方でゴップ将軍は日和見な感じではあったが側から見るとそんな感じに見えてたのか?……まぁ確かにMS開発に消極的だった人間がいきなり運用部隊を作ったとあれば直接関わってない人間にはそう見えても仕方ないか。

 

「自分達は単純に連邦のMS開発に貢献したいだけですよ閣下。まともなMSさえ開発出来ればジオンとの戦いも有利になって早期に決着を付けられるって自分の上官も言っていましたから。」

 

「君の上官……アンナ・フォン・エルデヴァッサー少佐か。彼女も相当優秀だと聞いているよ、士官学校で数少ない飛び級で卒業した人間だからな。噂を聞く事も多い。」

 

 どんな噂なのかは気になるがそれよりも聞きたいことがあった。

 

「閣下、これらは所謂試作機で量産を前提とした設計が為されてるんですよね?」

 

「あぁ、まず採算度外視で試作機を組み上げてその後量産化をする為にコストを調整して実戦配備する流れになっている。MS開発のノウハウが無い以上、試作機の完成には糸目はつけられないのでな。」

 

「量産機の完成はどのくらいになりそうですか?」

 

「こればかりはまだ何とも言えんな、だが現状では恐らく数ヶ月以上先の話になるだろう。何もかもがまだ手探りの状況だからな。」

 

 数ヶ月以上先……それでは7,8月に陸ガンや陸ジムが配備された時期と変わらない、やはり史実を変えようとするのは難しいか……?

 

「そう思い悩むな少尉、今言った通り現状のままなら数ヶ月先だが君たちのようなテスト部隊が成果を出し続けてくれればそれだけ開発速度も上がる筈だ。頑張りたまえ。」

 

 俺達の活躍次第……パイロットで史実を変えるのは難しいだろうなと思っていたがこういう形で歴史を変える事も可能なんだな、そうなると俄然やる気が湧いてくる。

 

「ハッ!了解であります!」

 

 熱を帯びる俺の声にコーウェン准将も満足気に頷く。

 

「そろそろ時間だな、今日はとても有意義な時間を過ごせたよ少尉、レビル将軍らに持っていく土産話も多くなった。また会える時を楽しみにしているよ。」

 

 そう言うと側近を引き連れ准将は開発室を後にした。また会う時があればその時は新型でも持ってきて欲しいなぁとか図々しく思いながら俺も開発室を後に……って確か開発室の人間がコーウェン准将関係なく用があるって話だったじゃないか。危うくそのまま帰る所だった。

 

 その後開発室の人達との話し合いで盛り上がる、「どんな装備があれば有効活用できますか!?」とか「現状の兵器でもMSの支援は可能だからどんな使い方をしたら良いですか!?」みたいな建設的な意見から「ドリルとかロマンあっていいと思うんですけどどうですか!?」ってお前のネジが外れてるんじゃないかって意見までたくさんだ。

 さっきのコーウェン准将との話しがここのスタッフにも熱を持たせたのか和気藹々とした雰囲気で意見が交わされ纏められていく。こちらの成果もゴップ将軍を通して結果を出していくだろう。

 量産機開発までスムーズに進ませる為にも、みんなと力を合わせて頑張って行こう。そう思わせるとても充実した一日となった。

 




  ーー南米ジャブローのとある一室にて

「どうだったかねコーウェン准将。」

 そう私に声を掛ける人物、正直私はこの人物には好感が持てずにいた。レビル将軍のように前線には立たず、クーラーの効いたジャブローのオフィスで堂々と構えているだけのモグラだと思っていたからだ。

「いやはや、正直かなり驚かされましたよ。ジャンク同然のMSを運用し、尚且つ戦果を上げて敵の新型まで鹵獲した部隊。第774独立機械化混成部隊でしたな、パイロットと話をしてみるとMS開発に対しての視野も広いではありませんか。我々のV作戦のMSにも指摘を頂きましてね、開発局は大慌てですよ。」

 無駄な駆け引きはせず率直に感じたことをそのまま話す、この手の輩に下手な小細工を使うと逆に痛い目にあうと直感的にそう思ったからだ。

「ハハハ、それはアンダーセン少尉だろう。彼は上官相手でも臆しない所があるからな、父親に似たのだろう。」

 彼が連邦海軍きっての名将であったアンダーセン提督の息子だと知ったのはレビル将軍に報告をした時だった、会った事は無かったが彼も上官に臆せず自身の信念を通した人間であったと聞いている。

「聞いた話によると個々に特化させた機体を作るより戦況に応じた装備に換装できるMSを開発したらどうかと聞いてきたみたいだね。」

 耳が早い、まぁ自分の庭で起こったことだ。口の早い人間がすぐに内容を報告したのだろうと呆れる。

「面白い意見ではありましたがデータ不足で採用されるのはかなり後になると伝えましたよ。残念がっていました。」

「それでもだコーウェン准将、君がそのMS開発の先導を取れば早期実装が可能になるのではないかね?」

「何を仰いますかゴップ将軍、私は一准将でしかありませんV作戦に少し関わらせてもらっている程度の私がMS開発の指示などと。」

 突然何を言い出すのかと思ったが確かにあの理論でMSを開発出来れば低コストで大成果が見込めるものをと思ってはいた、開発局からは難色を示されたが。

「私はこの戦争中の事だけを考えている訳ではないのだよコーウェン准将、この戦時中に間に合わなくても例えば戦後であっても構わない。考えてみたまえ、戦争中は必要だったMSも敵がいなければ無用の長物だ、しかし治安維持の為には一定数必要になる。その時のコストは低ければ低いほど良い、そうだろう?」

 確かにそうだ、兵器というのは平時では煙たがられるだけの存在でしかないし軍事費もタダではない。民衆の目もあるから戦時と違い贅沢に使える訳でもない。

「平和になった場合もだが、仮にジオンと同じような勢力が現れた時に場面に応じた兵器を使えるというの利点だね。そうなった時は君の株が上がるというものだよコーウェン准将。」

「先程も言いましたが私にはそんな権限は無いとーー」

「無いなら作れば良いじゃないか。」

 何なのだこの男は、さっきから腹の底が全く見えない。何故私のような一将校にこんな話をしているのだ?

「正直に話すとしよう、この戦争が終われば私やレビルはお役御免になるだろう、年齢も年齢だからね。だからそうなった後の軍を率いる者が気になるのだよ。」

「序列で言えばティアンム、エルラン両中将がいるではいるではありませんか。」

「ティアンムは軍人としては優秀だがトップに立つ器では無いしエルランは穏健派だ、平時は良くても戦時になれば怖気付くタイプだよ。だからこそ君に目を掛けてる訳だコーウェン君。」

 トントンと私の肩を叩く、この男の言っていることは本音なのか嘘なのか?これではモグラではなく狸だ、化かされているかのように感じる。

「今度の会議で君を技術将校として推薦しておくよ、その時に彼の考えたMS理論でも話して計画してみたらどうだい?レビルも決して無碍にはせんだろう。結果が出せればレビル閥の後継者もあり得るかも知れないぞ?」

 私が……レビル将軍の後継者?ふとその想像が頭をよぎった、私が連邦軍のトップとして立っている姿を。その愉悦さを。

「君の活躍に期待してるよコーウェン君。また会おう。」

 そう言うとゴップ将軍はオフィスから立ち去る、私の心に野望と言う種を植え付けて。
 この植え付けられた野望という種は邪念という養分を吸い取りどんどんと芽を吹かそうとしていた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第07話 戦うということ

前書きに書くべきか活動報告辺りに書くか悩みましたがこちらに書きます、沢山のアクセスとお気に入り登録や感想、誤字報告などして頂きありがとうございます。とても励みになりました、更新頻度はまちまちですが頑張っていきますので今後もよろしくお願いします。




 コーウェン准将と話してから数日が経ち、機体の調整と補給が完了した俺達はまたメキシコへと向かっていた。前回と違うのは今回向かっているのは市街地、ジオンとの軍事境界線に近いという点だ。

 街の目立つ所に作られていた前線野営地にミデアを降ろし俺達は司令官に挨拶をしに行く。

 

「只今着任しました。第774独立機械化混成部隊、隊長のアンナ・フォン・エルデヴァッサーです。」

 

「同じく第774独立機械化混成部隊、パイロットのジェシー・アンダーセン少尉であります!」

 

 ビシッと敬礼をすると野営地の司令官も綺麗に敬礼返す。

 

「君たちの噂は聞いている、正直援軍に来てくれて助かったよ。現在我々はこの街を拠点に活動しているのだが最近ジオンの攻勢が増していてね。何とか凌げてはいるが兵の疲労が大きい。そんな中モビルスーツを率いた部隊が援軍に来たと兵が知れば士気も上がるだろう。」

 

「司令官殿、失礼ではありますが私達は正規の部隊ではありません。なのでMSを使用しているとはいえど……。」

 

 アーニャが自分達の行動が記録に残らない旨を伝えようとすると、司令官は途中で言葉を遮った。

 

「政治が絡んでいる事は分かっている、君達がどのような活躍をしてもこの戦線にはいなかったと言う扱いになる事もな。だがそんな事はお役所仕事の連中の書類の中の話で我々にはそんな事は関係ないのだよ。君達はここにいるし我々と共に戦う同士だ。そのことを忘れないで欲しい。」

 

 おぉ……っと素直に感動してしまった。普通なら厄介者扱いされるかと思っていたからこんな風に言われると嬉しく感じてしまう。隣にいるアーニャも目に気迫が篭っている。

 

「御好意に感謝します!我々が必要な場面がありましたらお声掛けください!」

 

「そうか……なら着任早々済まないが部隊の全員を引き連れてここに向かって欲しい。」

 

 司令官はサラサラとメモに走り書きをして俺に渡してきた、これは……街の地図か?

 

「あの……これは何ですか?」

 

「あぁ、行けば分かるよ。そこで手伝いをして貰えると助かる。」

 

 手伝い、恐らくは整備か何かか……?まぁ頼まれた手前やれる事をやってみせる!そう意気込んで部隊のみんなと共にメモに書かれた場所へ向かったのだが……。

 

 

「はい!これ7番テーブルに持って行って!」

 

「おーい兄ちゃん!ビール切れちまったよ!おかわり頼むわ!」

 

「アンタ美人だねえ!俺の彼女にならねえか!?」

 

 次々と頼まれるオーダー、酔っ払いの絡み、そして目まぐるしく動く人々……人々というか殆ど連邦兵。

 頼まれて来た場所は連邦軍の整備ハンガーとかではなく街に設営された連邦兵用の食堂キャンプだった。

 現地の人が切り盛りした料理をどんどん持っていき酒を注ぎ愚痴を聞く、そんな事をかれこれ数時間させられてる……クロエ曹長はなんでこんな事を引き受けたのと言いたそうに時折こちらを睨み付けながらも他の人にはニコニコして接客している、女って怖い。ジュネット中尉は黙々と指示された注文を少しも間違わず持って行ってる、なんでそんなにミスせず出来るのか聞くと「戦況把握で培った努力の賜物だな。」とか言ってた、そうですか。

 

 そして我らが指揮官、アンナ・フォン・エルデヴァッサーはと言うと……。

 

「離してー!離してくださいー!」

 

「くぉらぁー!子供がこんな所いちゃダメだろーが!早く家に帰らないとーー!」

 

 酔っ払いに絡まれて何か普段のクールさが剥がれ落ちてしまっている。なんだこれ。

 

「子供じゃありませーん!階級章が見えないんですか!?少佐ですよ少佐!」

 

 ムキになりながら階級章を見せびらかすアーニャ、すまんが今のお前の行動は子供のそれだぞ。

 

「オメーみたいな少佐がいるかぁ〜!バカ言ってんじゃない階級章は誰から取って来たんだ〜?返してこーい!」

 

「あぁぁぁー!助けてジェシー!クロエ曹長ー!ジュネット中尉ー!」

 

 面白いからそのままにしておこう、目を合わせた俺達三人は気持ちが通いあったことを確認すると知らんふりを決め込んで仕事に戻った。

 

 

ーーー ーーー

 

「お嬢ちゃんよぉ〜俺の娘はよぉ〜生きてたらオメーと同じくらいの歳になってたんだよ……」

 

 年配の兵士は空になったグラスをグラグラと揺らしながらそう呟いた。

 

「お子さんがいらしたんですか……?」

 

 そう言うと彼は胸のポケットから綺麗に折り畳まれた写真を取り出す、其処には彼とその家族と思われる女性と子供が幸せそうに写っていた。

 以前戦ったジオンのパイロットを思い出す、あの人も家族の写真を持っていたから。

 

「あぁ……『いた』んだ。ジオンの毒ガス攻撃で女房諸共死んじまったがな。」

 

 ジオン軍によるコロニーへの毒ガス攻撃、大勢の民間人が無差別に虐殺され……そのコロニーは……。

 

「私も……コロニー落としで父を亡くしました。」

 

 そう、ブリティッシュ作戦で最終的にオーストラリアに落ちたアイランド・イフィッシュ。あれで私の愛する父と祖父、そして多くの一族が亡くなった。

 

「あー……悪いな、酔いが醒めてきちまった。しんみりした話なんざするもんじゃねえな。」

 

 バツが悪そうに頭を掻く彼に似ても似つかないのに父の姿を一瞬重ねてしまった、私に格好の悪い所を見られると父は決まって頭を掻く癖があったからそれを思い出したのだ。

 

「構いませんよ、今だけ私をお子さんと思って頂いても構いませんよ。今日だけは無礼講です。」

 

「はぁ……生きていたらエレメンタリースクールを卒業してジュニアハイスクールに通ってる頃か……ちゃんと勉強はするんだぞお嬢ちゃん。」

 

「私は15です!今年で16ですよ!?どこを見たらそう見えるんですか!」

 

「どこってそりゃ身長だろ。」

 

「触れてはいけないことをーーー!」

 

 そんな感じで私の着任初日は散々な目に遭いながら終わって行った。

 

 

ーーー ーーー

 

 翌日、俺達はアーニャの裏切り者を見るような冷たい視線を感じながらミデアに向かって歩いていた。

 野営地の司令官の話によると昨日の件はいつも応援に駆けつけた部隊恒例のイベントらしく親睦を深めるのに役立ってるという話らしかった、実際俺とクロエ曹長とジュネット中尉の三人は確かにひと段落した後で他の兵士達と一緒になって騒げたがアーニャだけはその中に入ることが出来ず面白いことになっていたせいで朝から凄い不機嫌なのだ。

 

「ねぇ少尉、何か言ってくださいよ。少佐めちゃくちゃ怖いんですけど……。」

 

「嫌に決まってるだろ、昨日の恨みが相当たまってるぞあれ。」

 

「触らぬ神に祟りなしと言う言葉がある、今は触れないのがベストだろう。」

 

 そう話しながら不機嫌なアーニャの冷たい視線を浴び続けて足を進めていると昨日アーニャと面白いことになっていた年配の兵士がこちらを見てアッと驚いていた。

 

「お前……いや、嬢ちゃんあんたマジで少佐だったのか!?」

 

「昨日ちゃんと少佐だと言いました!自己紹介をしておきます、第774独立機械化混成部隊アンナ・フォン・エルデヴァッサー少佐です!」

 

 怒気を含んだ自己紹介をするが何というか昨日の出来事のせいで迫力とか威厳とか全く無く、ただの年相応の女の子が拗ねている姿だった。

 

「いや、ま。ホント失礼だったな、見慣れない顔だからてっきり軍服のコスプレした民間人だとばかり思ってたよ」

 

「昨日はお酒が絡んでいましたから無礼講だとも言いました、今後気をつけてくれたら結構です。」

 

 まだ少し不機嫌な様相だが年配の兵士は気にせずポンポンとアーニャの肩を叩く。

 

「アンタらは上官かもしれんが歳は俺の方が遥かに上だ、例のMS部隊が来たって同僚が言ってたからそれがアンタらなんだろうが無理して活躍してもらおうとは誰も思っちゃいねえ。お互い助け合ってやっていこうや。こっちも戦車乗りの意地もあるしな。」

 

 昨日は悪かったよ、と謝罪の言葉を言って彼は去って行く。俺は彼の上官相手でもフランクに接する姿勢に好感を持った、戦場にいる以上は階級関係なく同じ仲間だって強い繋がりを意識させてくれる。

 

「はぁ……取り敢えずミデアに行きましょう。今日は私、一日頑張れるか不安です。」

 

 俺とは真逆に精神的に疲れてるのか既にヘトヘトなアーニャをフォローしながらミデアへと向かった。

 

 

 

「さて、司令部からの通達だ。」

 

 ミデアでの移動中、ジュネット中尉が状況説明に入る。

 

「現在ジオンはこの街に向けて散発的に攻撃を仕掛けてきていた、攻撃の規模も時期も全てバラバラで統一された攻撃は確認されていなかったが。本日前線で今までとは比較にならない程の部隊が進軍して来ていると連絡が入った。」

 

「ここは要所ではありませんが取れるに越した事はない地点ですからね、敵にとっても攻めるか攻めないか判断に迷う所でしょう。それが意を決して攻撃を仕掛けて来たなら簡単には対処できないでしょうね。」

 

 此処は攻める側も守る側も基本的に地形を利用したりなど出来ない平野部の市街地だ。守る側の方が建物を利用すればそれなりのアドバンテージもあるだろうが民間人がいる以上戦闘は出来るだけ街から離れなければならないので完全に同じ条件での戦闘となる。

 

「敵の戦力は航空戦力と地上戦力、どれも相応の数になるが地上戦力で注意しなければならないのはやはりMSだ。この対処は基本的に戦車で行うと司令部から連絡が入っている。」

 

「俺達のMSじゃ駄目なのか?」

 

「司令部からは我々には敵戦車部隊への対処を求められた、機動力を活かし戦車の数を減らしてくれれば味方も安心してMS部隊に対処できるとの事だ。」

 

 つまり戦車同士、MS同士で戦うよりMSの機動性で戦車を駆逐して戦車の数の暴力でMSを撃破するって事か。確かにこの方が戦いやすい。

 

「敵は私達連邦がMSを使用してくるとは思っていないでしょうから、その点でもアドバンテージがありますね。活躍できるかは別として敵は少しの間混乱はしてくれるでしょう。」

 

「確かにそうだな、自分達しか使っていないと思っているMSがいきなり攻撃してきたら慌てそうだ。」

 

 そう言った意味でも開幕の撹乱がどれだけ上手く行くかが勝負だな。鉄は熱いうちに打てと言うし同じ様に敵は弱いうちに討てれば文句無しだ。

 

「間も無く戦場に到着します、各機発進準備を!」

 

「「「了解!」」」

 

 俺がザニーヘッド、アーニャがザニー、ジュネット中尉が独自で電子装備を積み込んだホバートラックに乗り込みミデアの着陸を待つ。

 今回アーニャのザニーは狙撃兵装の開発が間に合わなくて用意できず通常装備の120mm低反動キャノン砲とザクマシンガンを装備。俺はヤシマ重工と呼ばれる企業が試作した100mmマシンガンと開発部が設計したMSの試作シールドを装備している。ホバートラックの方は大きなレドームを付けてある以外見た目は変わっていないが内部が結構変わっているらしい。

 

「ミデア、着陸完了!発進どうぞ!」

 

 クロエ曹長の誘導でMSを発進させる。今回ミデアはそのままにしておけないので発進後は戦線を一時離脱する。

 

「ジェシー・アンダーセン!ザニーヘッド発進する!」

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー 、ザニー発進します!」

 

《ホバートラック発進!後方から支援する。》

 

「皆さん御武運を!」

 

 ミデアが飛び立つのを確認して戦線へと向かう、既に戦闘は開始している模様で砲撃音と爆発音が入り混じっている。止まってはいられない、支援をしなければ。

 

「こちらジェシー!前方で敵を撹乱する!アーニャはホバートラックの支援を受けて後方から援護を!」

 

 ミノフスキー粒子が戦闘濃度に達してしまったら少しの距離でも簡単には通信できなくなる、ここからは独自判断での行動が増えるだろう。

 

「了解、ジェシー……機体はまだ安定性に欠けていますから無茶はしてはいけませんよ?」

 

「分かってる!」

 

 一応の調整は済んでいるが戦闘機動は今回が久しぶりだ、頼むから故障だけはするなよ……と愛機に語りかけ敵の戦車部隊へと突撃をかける。

 

「MSが攻撃を仕掛けてきた!?何処の味方部隊だ!」

 

「馬鹿野郎!ありゃ連邦だ!ザクじゃない!ザクじゃないぞ!」

 

 味方と誤認しているのか敵のマゼラアタックの攻撃が鈍い、このチャンスを逃さずマゼラトップ部分へ直撃弾を叩き込む。脱出されても厄介だからな。

 

「一つ!二つ!」

 

 無理をせず射撃後に後退し戦車の支援を受けながら追撃を入れる、敵もこちらを完全に敵と認識して狙いをかけてくるが。

 

《アンダーセン少尉に釣られてこちらの動きが見えていないようだ、エルデヴァッサー少佐、現在の敵の位置情報と環境情報を送信する。》

 

 ミノフスキー粒子散布化では無線通信の類は影響を受けるが有線ではその限りではない、ホバートラックから直接戦術データを受け取ったザニーは敵の位置と風速などの地形情報を読み込み最適な状態で射撃に入る。

 

「優先順位の高い敵機から狙い撃ちます、引き続き索敵を!」

 

《了解した!》

 

 アーニャの援護で丁度痒い所に手が届くようにスムーズに敵戦車を撃破していく、だがそんなにずっと上手く行く筈もなく……。

 

「連邦のMSなんぞにコケにされてたまるか!ザクで囲め!」

 

 敵のMS部隊がこちらに狙いを定める、流石に複数機相手では分が悪い!

 

「一つ目どもが!敵はMSだけじゃねえぞ!」

 

 焦っていた所を味方の戦車隊が攻撃を集中させる、一輌一輌では敵わなくても群れて攻撃をすれば流石のザクも溜まったものではないようだ、次々と撃破されていく。

 

「畜生!連邦にこんなコケにされ続けてたまるか!」

 

 ジオンもジオンで必死だ、次第に戦況は膠着化し始めてきた。一進一退の攻防が続きどちらも決定打に欠けていた。

 

「嬢ちゃんどもが頑張ってるってのに俺らが頑張らねえでどうすんだ!行くぞテメェら!敵のMSに突撃だ!」

 

 突如味方の戦車隊が進撃を開始した、敵は突然の突撃に焦ったのか少し動きが鈍る。

 

「隙が出来た!この機に乗じて……!」

 

 俺は戦車隊を支援する様に敵に攻撃を仕掛ける。結局この攻勢が有効打を与えたのか敵は徐々に後退を始めた。

 

「やったぜ嬢ちゃんども!見たかジオン!俺達もMSがありゃこれだけやれーーー」

 

 直後、戦車にザクのバズーカが直撃する。俺はその戦車の撃墜には気付いたが、その戦車に乗っていた人物の事までは認識出来なかった。味方の損害も大きかったし何より自分のことで精一杯だったのだから。

 

 

 結局、戦闘は連邦軍の辛勝で終わった。敵は壊滅的打撃を受けて撤退し当分は攻撃もままならない状況だろうがこちらの損害も大きい、戦車部隊は著しく損傷し補給が来るまではどうにもならないだろう。ただ人的損失は少なく戦車の補充さえ整えば攻勢に転じられる可能性も出来たと司令官は言っていた。

 

 その日は戦勝パーティーと称してまたキャンプで飲み会が始まり俺達も食事に誘われて盛り上がっていた。

 

「あの、すいません。戦車乗りの方を探しているんですけど……。」

 

 アーニャは昨日の人を探しているようだが見当たらずにいるようで色んな人に話しかけていた。俺も手伝い道行く人に印象を伝えていた所……。

 

「悪いなお嬢さん……アイツ死んじまったよ。」

 

「えっ?」

 

 同僚という兵士からそんな言葉が出た、俺もアーニャもすぐには信じられなかった。

 

「ザクのバズーカに直撃喰らって、中の隊員全員が全滅しちまってた……クソ……。」

 

 ここは戦場で、誰かを殺して誰かが生きて、誰かに殺されて誰かが死ぬ。そんな事は分かっている、戦うということはそういう事なのだ。

 

「そう……ですか。」

 

 気を落としてトボトボとキャンプから離れて行くアーニャ、昨日あれだけ揉めてたといえ俺達を心配してくれた人だ。ショックは大きい、俺ですらそうなのだからアーニャはもっと傷ついている筈だ。

 だが決して涙を流さず、強がって彼女は喋った。

 

「戦場ですから、誰が死んでもおかしくはないですものね。」

 

 そうだ。俺達だっていつ敵から直撃をもらって死ぬかなんて分からない。

 

「戦いに人の生き死には当たり前ですから、慣れないと身が持ちませんね。」

 

 誰かの死を一つ一つ受け入れてたら、確かに心がパンクして壊れてしまう。どこかで納得して、受け入れて、割り切らないと次は自分が死ぬかもしれない。

 ーーーだけど。そう、『だけど』だ。

 

「泣きたい時は、泣いて良いんだぞアーニャ。」

 

「ーーーッ。」

 

 目に大粒の涙を溜めて、今にも消えそうな声出して、悲しいけど割り切らないとって我慢してても。それでも。

 

「泣きたい時は、泣いていいんだ。」

 

「ーーーう、あぁぁぁぁぁ!」

 

 堰が切れたように泣きだすアーニャ、優しく抱きしめて肩を叩く。

 

「あの人……っ!父様に全く似てなかった……けど……っ!父様みたいな癖があって……っ!うぅぅ……っ!」

 

 父親の面影を重ねて、少しの間子供の頃に戻ったように感じたのだろう。だからこそショックは大きかったのだと。

 

「戦いが終わったら……もっと話したかったのに……っ!話したかったのに……っ!」

 

「俺もだよ……。」

 

 冗談を言いながら酒を飲ませて盛り上がって、アーニャで遊んでいるところをみんなで笑って。そんな光景が見れればよかった、けどそれは叶わなくて。

 戦う以上、こういう事は付き纏う。それでもその光景が見たかった。

 

 泣き叫ぶアーニャをしっかりと支えて、戦うということの辛さを俺はただ噛み締めることしか出来なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第08話 白騎士と呼ばれるMS

 メキシコで辛勝ながら敵部隊を撃破した俺達は味方の補給部隊が来るまで野営地の守備に就き、数週間の期間を経てようやく基地へと帰投した。カレンダーは一月めくれ五月になっていた。

 

「この基地も久しぶりだな。」

 

 たったの数週間とはいえ長く見ていないとかなり懐かしく感じてしまう、向こうでの中身が濃かったから尚更だ。

 ミデアを降ろしてMSを整備ハンガーに格納する、一斉に基地の整備兵達がやってきて修理や戦闘記録などの解析を始めた。

 

「此処は私とジュネット中尉でやっておきますのでお二人は偶にはゆっくりしたらどうですか?」

 

 クロエ曹長の御好意に甘えてちょっとした休暇を貰うことにする、ここ最近働き詰めて正直心身共に疲れが溜まっていた。

 

「とは言っても普段が忙しいとこういう急に暇な時間が出来たら何したら良いか分からなくなるな。」

 

「えぇ、今思うと私達って仕事人間な所ありましたね。」

 

 少なくても俺が仕事人間に見えるのはお前のせいだぞとアーニャに言いたくなったが下手に逆鱗に触れてストレステストと言う名の虐待項目が増やされても敵わんし黙っておこう。

 

「基地周辺には街とかないしなぁ。……あっそうだ、この基地の散策でもしないか?俺主要な場所しか回ってないし。」

 

「そうですね、今日は基地探索デートと洒落込みましょうか。」

 

 デートという単語に思わずドキっとしてしまった、悲しい話だが憑依前の俺そういう単語とは無縁の人生を送ってきたから冗談で言ってるのは分かっているのだが動揺してしまう。

 

「お、おおお、おう。エスコートは任せたぜ!」

 

「わ、私がエスコートする側なのですか!?」

 

 いかんいかん、テンパり過ぎてる。これじゃ純情少年じゃないか、とは言っても先程も言ったように基地内部は主要な場所しか見てないのでエスコートはできないのは確かだ。

 取り敢えずグルっと回ってみようと言って何ちゃってデートの幕が開けた。

 

「まずは基地の正門からですね、私達は普段ミデアから滑走路に直接降りてるのでここを通る事は少ないですが。」

 

 正門ゲートでは客が来ないからか暇そうにラジオを聴いてる警備兵がいた、こちらを確認すると慌ててビシッとするがいつも通りで構わないと伝える、楽できる時は楽したほうが良いのだ。まぁ非常時とかは困るから気は抜かずにと伝えたが。

 

「正門ゲートを抜けたら資材倉庫、整備ハンガーに辿り着きます、中継基地なので届くのが殆ど資材ばかりだから到着してすぐに降ろせるようにですね。」

 

 整備ハンガーではクロエ曹長が他の整備兵達に大声であれこれ指示をしている、今ではすっかり整備も板に付きMS整備兵としては現在右に出る人間はいないだろう。とは言っても現在MS整備に関わってる人間は極一部なので今後は分からないが。

 ジュネット中尉も溜まりに溜まったデータを一つ一つ説明しながら渡している、特定状況下におけるMSの運用データもそれなりに増えて今後のOSの改良に期待ができそうだ。

 

 整備ハンガーを後にして続いては基地内部に入って行く、中継基地とは言え結構な広さでそれなりの区画に分かれている。

 

「此処は兵士用の宿舎……って普段私達が使っている場所ですね。」

 

 そうは言うが未だにコクピット内で寝ることが多いので柔らかいベッドで寝ることは稀なのだが……最近節々が痛いしそろそろ宿舎で寝させてもらうように後で言っておこう。

 

「隣接してるのは食堂ですね、まだお昼では無いので誰もいませんが……。」

 

「おや!お嬢さん帰って来てたのかい!?」

 

 調理場から職員のおばちゃんが顔を出す、「新型のレーション入ったってさ!」などと何か怪しげなことを言っていたがキコエナイキコエナイ。

 

「そんで?お昼前だってのに何しに来たんだい?」

 

「ちょっとお暇を貰いましたので、彼とデート中なんですよ。」

 

 クスクスと笑いながらアーニャがそういう、「デ、デ、デートなんて大それた事じゃないですです基地の見学ですぞぞぞ!」とキョドる俺を見て笑っているから分かってて遊んでいそうだ、というか絶対ネタにしている。

 

「そんじゃあデートなのに何にもないってのもあれさね、ちょっと待ってなよ!」

 

 そう言うとおばちゃんはカップを取り出して手慣れた手付きでアイスクリームとフルーツを盛り合わせてこちらに持ってきた。

 

「あいよ!フルーツパフェ2つ!アンタらのデートのお祝いさ、奢ってあげるからゆっくりお食べ!」

 

 やったぁ、と可愛くアクションをするアーニャ。俺は今人生初デートの感覚をしっかりと噛み締めていた。父さん、母さん、俺色々あったけど元気です……。

 その後パフェを食べ終わりおばちゃんに感謝して「レーション、いらないよ。」と釘を刺してから食堂を後にした。

 

「続いては娯楽区画ですね、ちょっとした映画館やスポーツ施設、あっ見てくださいジェシー!MSのシミュレーターですよ!」

 

 其処には以前ジャブローで使用していた物に酷似したシミュレーターが数機置いてあった、ちょうど誰かが利用しているのか人だかりが出来ている。

 

「ハッハッハッ!これでアタイの8戦6勝!賭け金置いて出直してきな!」

 

 ワイワイと盛り上がりを見せているのを確認し、どうやら賭け勝負をしているようだ。勝ったと思われる女性士官が「次だ次!」と周りに煽りを入れている。

 

「面白そうだな、次は俺がやろう。賭け金は今迄の額全部でどうだ?」

 

 俺は兵士の間に割って入る、シミュレーターで幾ら強かろうが実戦経験を積んだ俺相手にどこまでやれるかちょっとした興味が湧く。

 

「へぇ、威勢の良いボーヤだね!後で賭け金払えませんでしたって泣いて謝っても無駄だよ?」

 

「そっちこそ、賭け金全部無くしても知らんぞ?逃げるなら今の内だ。」

 

 そう言うと対面のシミュレーターに乗り機体設定を弄る、本来全ての挙動は基準値に設定されているのだが全て俺好みに調整し置き換える、周りの兵士はそれで勘付いたのか少しザワザワし出した。

 

「おい、あの人もしかして……」

 

「黙ってろ!あの姉ちゃんに気付かれたらマズイ!」

 

 徐々に緊迫した空気が場に流れ出して模擬戦スタートの合図が画面に表示される。

 シミュレーション戦域は市街地、お互いザニーでの戦いとなる。装備は120mm低反動キャノン砲と100mmマシンガンのみとなる。

 俺は素早く建物に身を隠し相手の出方を見る。ミノフスキー粒子の仮想散布濃度は戦闘濃度、センサーには頼れず有視界戦闘でないと索敵は通常難しいだろう。だがこの市街地では相手の移動音での索敵も有効だから俺は息を殺して相手の出方を伺う。

 

「オラオラー!隠れてたら勝負にならないよ!さっさと出てきなぁ!」

 

 相手は建物に向けマシンガンをばら撒き建物を崩し視界を確保しようとする、はっきり言ってこの場では愚策だ。これでは見つけてくれと言わんばかりだ。

 正直シミュレーターで連戦連勝だからと粋がっているようでは戦場では通じない、此処らでお仕置きと行こう。

 

「なら!これではどうかな!」

 

 キャノン砲で敵がいたと思われる地点の建物を攻撃する、崩れた建物に動揺してか相手はブーストを起動させて飛び跳ねた。

 

「ちぃっ!小賢しいことを!」

 

 空中からこちらを索敵しマシンガンを放つも有効射程距離外からの攻撃では有効打にはならず被弾はするが損害軽微、そして相手は弾切れを起こし着地をする。その隙は見逃さない!

 

「残念だが終わりだ!」

 

 着地点へキャノン砲を構え、ザニーが着地してバランスを崩したところに直撃弾を喰らわせる、シミュレーションが終わり俺の画面にはWINの文字が表示された。

 

「嘘だろ……!?アタイがやられるなんて……!」

 

「どんなにシミュレーションで戦えても実戦では一回直撃を受けたら終わりだ、戦場を甘く見ない方が良い。」

 

「……。」

 

 ゲーム感覚では人を殺す覚悟も、殺される覚悟も鈍る。これでプライドが傷つきまともに訓練してくれると良いが……。

 

「お疲れ様です、カッコ良かったですよジェシー。まるでエースパイロットみたいでした。」

 

「おうおう、もっと褒めてくれたまえ。」

 

 湧き上がる歓声の中ドヤ顔で部屋を後にする、ちなみに賭け金は全部負けた人に返してあげた。

 

ーーー ーーー

 

「アイツ……例のパイロットか……?」

 

 女性士官はブツブツと一人で呟く。

 

『戦場を甘く見ない方が良い。』

 

 正直甘く見てなかったかと言えば甘く見ていた方だ、シミュレーションで連戦連勝、男どもが相手でも負け知らず、自信を持つなと言う方が難しいだろう。そんな自分が開始数分もせずに歳下のガキに無様なやられ方で負けてしまった。実力を出せなかったと言えば言い訳は立つが、戦場では敵から目を少しでも離せば実力が有ろうが無かろうが簡単にやられる……。そう言うことなんだろ……。

 

「決めたぜ『シショー!』アタイはアンタに着いて行く!」

 

 自分より若いパイロットを勝手に師匠を仰ぎ、女性士官は意気揚々と司令部へ足を運んで行った。

 

ーーー ーーー

 

 娯楽室を後にした俺達は次は技術開発部に足を運んでいた、先程のシミュレーションで熱が入って色々と開発案や装備案が思いついたので技術開発部のみんなに感想を聞いてみようという魂胆だった。

 部屋に入るとスタッフのみんなから大歓迎を受ける、曰く先程受け取ったデータに大喜びしてる最中だったとのこと。

 

「これで例の試作機のOSも何とかなりそうですよ!」

 

「例の試作機?」

 

 スタッフの一人がそんな事を呟く、そう言えば試作機で思い出したが整備ハンガーにグフがいつの間にかいなくなってたな。

 

「そう言えばザクもどきは何処に行ったんです?」

 

「あぁ、あれでしたらデータも取り終えたのでジャブローの技術部に送りましたよ。OS以外は隅から隅まで解析したので似たようなMSの開発も可能になって行くと思います。」

 

 グフの量産か……と一瞬これ地雷では?と思ったが例のグフはどちらかと言えば陸戦ザクの強化版的な立ち位置で整備性の悪いフィンガーバルカンみたいなのも無いから連邦の技術力さえあればグフより優位な量産機が出来るかもしれない、とワクワクした。

 

「それでですね、あの機体のデータを基にちょっとした試作機を開発していてジャブローから間も無く到着予定なんですよ!ゴップ将軍のアイデアを取り入れて我々が初の試作機を完成させたんです!」

 

 燃え上がるような覇気の篭った声でスタッフは喋る。その発言に俺も驚かずにいられない、V作戦以前に試作MSが完成なんて俺の知るガンダムの『史実』とは完全に違う流れになるからだ。狙ってはいたが本当に変わるなんて……と感動と共にちょっと恐怖もある、どんな風に世界は変わっていくのかと……。

 

 そう思っていると開発室に通信が入った。

 

「到着した!到着したぞー!」

 

 一斉に鳴り響くスタッフ全員の歓声に俺とアーニャは思わず驚く。「見に行きましょう!」

とスタッフに連れられ滑走路に降り立ったミデアへと足を運んだ。

 

「これが……試作MS……!」

 

 アーニャが運び出されたMSを見て驚き、俺もまた驚愕する。

 其処にはグフを彷彿させる形状ではあるが、動力パイプなどジオン系の特徴的な部分が尽く排除され連邦製だと強調せんとばかりの白く染め上げられたMSがあった。

 

「これがゴップ将軍により極秘裏に発令された計画『General order Project』の記念すべき一号機!《GOP-001 ヴァイスリッター》であります!」

 

 技術部の一人がそんな事を言っている、俺の知らないMS……。

 

「ヴァイスリッター……白騎士?」

 

 アーニャがそう呟く、ドイツ語が由来か?ネーミングセンスはどちらかと言えばジオン寄りだが機体自体もジオン由来だしまぁ良いか。

 後個人的に一つだけ物凄く気になる事がある、他の人から見たらしょうもなく感じるだろうその些細なことは……。

 

 

 

「General order Projectって名称的にはカッコイイけど頭文字取ったらゴップじゃん。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第09話 ジャブローの穴の中で

連邦軍高官達の回、今回ジェシーくん達の出番はなしです。


 『General order Project』

 ゴップ将軍により立案された試作MS開発計画。

 これらの開発計画は連邦軍の正式なMS開発としては扱わず、あくまでV作戦への支援を目的とした運用データ収集の為の試験用を兼ねた試作機とする。

 

 

「モグラめ!勝手な事を!!!」

 

 将校の一人が怒鳴りながら机を叩く、だが彼の憤る理由も分かる本来なら我々が手綱を取り今後の開発を主導していく筈が反対派であったゴップ将軍が自分達より先駆けて試作機を作り上げたのだ。

 鹵獲した新型MSというデータありきの開発だったがそもそもジオンの新型MSをテスト部隊が鹵獲としたと言う事実ですら彼らにとっては憤るものだろう。挙句に「これらは全てV作戦の為に秘匿にしておきます。」と我々に向けてお膳立てしているのだ。はっきり言ってバカにされている。

 

「ゴップめ……一体どんな腹積りなのかは知らんが油断は出来んな。RX-78の開発状況はどうなっているテム・レイ技術大尉。」

 

 レビル将軍がテム・レイと呼ばれるRX-78の開発担当である技術者に声をかける。

 

「ハッ。現在1号機の設計が最終段階に入った所であります。御安心ください将軍、ガンダムさえ完成すれば既存のMSなど相手になりません。」

 

「完成までは後どのくらいになるのだ?」

 

「皮肉な話ですが運用データがゴップ閥の部隊のおかげで充分に集まってますのでOSの面は問題ありません、学習型コンピュータも搭載予定なのでそれ以上の進化も可能です。後は設計図の完成次第で即座に組み立て準備を行いたい所ですが……。」

 

「その設計図がまだ完成せんか……。」

 

 こればかりはどうしようもない、中途半端に切り上げて妥協したMSでは意味が無いのだ。連邦軍の科学技術の枠を集めた集大成のMSで無ければ。

 

「それでも一、二ヶ月の辛抱です将軍。それにゴップ閥がMS開発に理解を示しているからこそ柔軟に動けている面は素直に感謝すべきでしょう。」

 

 そうなのだ、本来不要論派の最大勢力であったゴップ将軍がMS開発に理解を示したという情報はレビル派以外の連邦派閥にも影響を与えている。そのおかげで兵器転換への理解も増えレビル将軍も現存戦力である戦闘機や戦車を在庫処分と言わんばかりに惜しみもなく投入出来ているのだ。

 

「まさかゴップがここまで積極的に動くとはな、君はどう思うかなコーウェン技術少将。」

 

 レビル将軍が私に目を向け発言する。そう、私は前回の御前会議でゴップ将軍らの推薦でMS開発に理解のある将官であると後押しされ技術少将に昇進していた。

 

「ゴップ将軍の部隊ははっきり言って優秀です、ジャンク同然のMSや鹵獲ザクでの新型機の確保に多くの戦闘データの確保と言った点は他の部隊と比べてバカにできないレベルでありますからな。」

 

 現在他の部隊などでも実験的にザニーなどを使って同じような事を試しているのだが思ったほどの成果は挙げられていない、鹵獲ザクなども敵に擬装して敵の集積所を襲ったりなどの奇襲攻撃で成果は挙げているが運用データ的にはそこまで重要な物は少ない。

 だからこそ彼らの活躍は技術者からしたら称賛に値するが他の派閥の軍人からしたら面白くないものだった。

 

「何か対策はないかねコーウェン技術少将。」

 

「既にV作戦は完成を待つだけの状態でありますから、今我々にゴップ閥に対抗する為に必要なのは別の視点からのアクションでしょう。ガンダムの量産化を目指したジム開発計画と彼らが鹵獲したMSのデータを使用した陸戦汎用機の開発計画を私は提案します。」

 

 以前から考えられていたガンダムの設計を流用しコスト削減を目指したMSジムの開発と並行し、早期開発計画として地球上のジオンMSに対抗した量産機の開発。これが私の提案した開発計画だ。

 

「この陸戦汎用機は以前君が言っていたどの戦局にも対応可能を目指した機体だったかな。」

 

「はい。ショートレンジ、ミドルレンジ、アウトレンジと言った距離に対応した装備。そして山岳地帯、砂漠地帯、寒冷地帯と言った局地対応装備などを一機のMSに拡張性を持たせて装備させる事でどの場面でも敵に有効的な打撃を与えると言ったコンセプトのものです。」

 

「成る程な、それならゴップ達の鼻を明かす事ができるかもしれん。」

 

 そのレビル将軍の言葉に内心苦笑してしまった。そもそもコンセプトはアンダーセン少尉が、計画の後押しをしたのはゴップ将軍なのだから。

 

「よし、テム・レイ技術大尉。ガンダムの開発は現状維持。だが早く出来るのなら早く動けるに越したことはない、出来るだけ急ぎたまえ。」

 

「了解しましたレビル将軍!」

 

「コーウェン技術少将、君も早急に量産型MSの開発に取り掛かってくれ。地球降下作戦からかなりの日数が経った、敵も宇宙からではなく占領下にある基地からMSの生産を始めていてもおかしくはない。急がなければな。」

 

「了解しました、急ぎ開発に取り掛かります。」

 

 こうやってレビル閥による会議は終わりを告げた。

 

 

ーーー ーーー

 

「そうか、コーウェン君は量産機開発に動いたか。」

 

 側近からの情報を聞き、事が思い通りに動きすぎて内心笑いが止まらなかった。

 コーウェン少将は素直に私の意見を受け止めたようだがやはり軍人気質の強い人間は駆け引きが苦手なのだろう、相手の意図を読み相手の思考を逆手に取るといった事には不向きであるどころか自分の思考が誘導されていることも疑わずにいるのだから。

 

「しかし将軍。宜しかったのですか、第774独立機械化混成部隊が鹵獲した機体をそのまま譲ってしまって。」

 

「構わんよ、データも取り終わった代物だし何よりあれから日数も経っている、ジオンの方もあれを量産しているか或いは既に後継機の開発を行なっていてもおかしくはない。だったらそんな物を後生大事に秘匿しておいても得はしないからね。」

 

 切り札は取っておくに越したことはないが出さずに終わってしまっては意味がない。有効的な場面で最大限の成果が見込める時に叩きつけることが重要なのだ。

 

「それに私が見据えているのはこの戦争での自身の保身ではない。」

 

「はぁ……?」

 

 理解に及ばないのか頭を傾げる側近に心の中で呆れてしまう、何年私の側近をしてきたのだと。

 

「まぁ良い、下がってくれ。一人で考えたい事があるのでな。」

 

「ハッ!」

 

 部屋から去ったのを確認した後、ふぅと溜息を吐く。レビルもコーウェンも、この戦争の行く末だけを考えていれば良いのだから楽な物だ。

 

「戦後。ジオンと言う敵のいなくなった連邦軍がどうなるか、誰も分からぬと言うのにな。」

 

 懸念すべきはジオンとの戦いではない、ジオンが幾ら初戦で勝利を収めたとは言え電撃戦での勝利は一時的な物だ、国力も物資も人材も遥かにこちらが優っているのだから最終的にはこちらが勝つのは目に見えている、問題はそれが早いか遅いかの違いなだけだ。

 ジオンという敵が無くなり、戦後に確実な平和が訪れるだろうか?答えは否だ。既にアースノイドとスペースノイドに生じた確執は決定的なものとなっている、連邦軍の信用もこの戦争での犠牲者の数だけで地に堕ちたのは明白だ。

 

「だからこそ、戦後に待っているのは確実に内部抗争だな。」

 

 地球生まれの連邦兵と宇宙生まれの連邦兵、極端な話になるがこれだけでも内部抗争に至るには充分な要素だ。ジオン憎しがそのままスペースノイド憎しと変わるのは簡単だし、傲慢な地球生まれのせいでジオンの凶行を許してしまったと思う兵士も増えるだろう。

 それが小さな火種から大きなものに変わるのは簡単だ、いつの世も人は争わずにはいられぬのだから。

 だからこそ未来を見据え、今の内に手を打っておくことは重要だ。味方を増やせるに越したことはないが今までの私のやってきた事を省みても今から味方を増やすのは難しい。だが敵は増やせるし敵の敵は増やせる、それらが勝手に食い潰しあってくれればこれからの事もやり易くなると言うものだ。

 

「せめて可愛い娘くらいは幸せな未来を歩んで欲しいからな、そうだろうエルデヴァッサーよ。」

 

 今は亡き盟友を想い彼の為にグラスを注ぐ、私と同じようにこの戦争よりもその先を見据えたものは他の誰でもない小さな少女なのだから。

 

「せめてあの子の為に何か残してやるくらいはしてやろうじゃないか、それが友だったお前への手向けだ。」

 

 ワインを飲み干し、ジャブローのモグラは暗い穴の中で少女が歩む明るい未来を夢見るのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 前途多難な新型MS

「うおおおおお!?」

 

 制御に失敗したMSが地面に転倒する。

 何度目かの転倒、何度目かの衝撃、最早これが何回目の失敗か数えきれ無くなっていた。

 

「ヴァイスリッター転倒!あー……この子ちょっと勢い有り過ぎねやっぱり。」

 

 クロエ曹長が少し呆れて機体を眺める、新型MSの管理が出来ると最初は喜んでいたが曲者過ぎてか流石にちょっと辟易していた。

 

「クロエ曹長、何とかなりますか?」

 

「うーん……機体のポテンシャルをそのままでとなると難しいですね。機体性能自体にリミッターを掛けて諸々落とすんだったら何とかなりそうですが。」

 

「そんじゃあせっかくの新型が型落ちになるじゃないか、整備屋だったら何とかならないのかい?」

 

 口を挟んで来たのはラテン系の女性だった、クロエ曹長より年齢は年上なのだが……。

 

「……、ララサーバル軍曹。一応言っておきますが技術士官とは言え私の方が階級は上です。言葉には気をつけてください。」

 

 カルラ・ララサーバル、数日前にジェシーとシュミレーターで戦い惨敗した彼女は基地司令官に殴り込み、第774独立機械化混成部隊に加えてくれと懇願してきたのだ。

 

「すまないね!せっかくシショーの為の新型が来たってのにまともに戦えないんじゃ腹が立つからさ!」

 

 バンバンとクロエ曹長の肩を叩くララサーバル軍曹、珍しくクロエ曹長がナーバスになっているのは単純にノリが合わないからだろうか。

 ジェシーを師匠?と仰ぎ弟子にしてくださいと乗り込んで来たときは笑ったけどその崇拝っぷりは流石に私から見ても過剰なものであった。

 

「しかし……叔父様も厄介な試作機を作ってくれましたね。」

 

 GOP-001 ヴァイスリッター……

 例の敵試作機を解析し作り上げた素体を超硬スチール合金製だった装甲からチタン・セラミック複合材に変更し更に露出していた動力パイプなどは全面的に排除して内部に組み込む事でジオンの物だった当初とは少し似つかない様相になっている。頭部も所謂ザニータイプの物となっているがブレードアンテナを装備し通信機能強化に対応している、これは最前線の切り込みをするに辺り通信可能な範囲を広げる為のものらしい。

 搭載装備は敵試作機に積まれていた装備であるシールドとシールドに内蔵可能なヒートサーベル、その他は基本装備に100mmマシンガンや現在ヤシマ重工で開発中の試作ミサイルランチャーを装備する予定だ。

 最大の特徴は陸戦における機動性で胸部と背部ランドセルに合計四つのスラスターを装備して戦場で圧倒的な機動性を維持しながら敵に切り込むという設計内容だったみたいだが……。

 

「うおおおおおお!まただぁぁぁぁ!」

 

 転倒、そう転倒するのだ。はっきり言えば調整不足、だけどこれは調整しても今の機動性のままでは現在使われているOSでは動きが強すぎて処理しきれなかったのだ。

 

「はぁ……、クロエ曹長。機体性能が落ちても構わないので出力など調整してせめてザク並の挙動は出来る様にしておいてください……。」

 

「了解です、少尉ー!もういいんで降りてきてくださーい!」

 

「うぅっぷ……了解……。」

 

 機体酔いしたのか気分を悪くしながら降りてくるジェシーにララサーバル軍曹が近づく。

 

「しっかしあんだけザニーを乗りこなしてたシショーがこんだけ苦労すんだならコイツを乗りこなせたらエースパイロットも夢じゃないね!」

 

「こんなのニュータイプでもない限り乗りこなせないっての……。」

 

「!?」

 

 ふと呟いたジェシーの言葉に驚く、周りは気にしていないと言うことは誰も気づいていない。いや、分かった私の方がおかしいのだ。

 なんで彼がかつてジオン・ズム・ダイクンが提唱した『ニュータイプ』という単語を知っているの……と私の心に小さな疑念が生まれた。

 

 

 

「あー……しんど……。」

 

 宿舎のベッドで横になり込み上げてくる吐き気を我慢する、何度も転倒を繰り返していたからか脳が錯覚して揺れてもいないのに身体が揺れているように感じている。

 

「シショー!医務室から酔い止め持って来たよ!」

 

 ノックも無しにテンション高く大声で入ってくるララサーバル軍曹に思わず「うわぁぁ!」と驚き飛び上がる。

 

「ララサーバル軍曹!ノックくらいはしてくれよ!?」

 

「アハハ!ゴメンよ!シショーがヤバイと思って急いで来たもんでさ!」

 

「と言うかなんで師匠なんて呼ぶんだ?」

 

 別に流派東方不敗とかやってる訳じゃないんだけどな。

 

「パパがジャパンが大好きでね、小さい頃からアタイも一緒になって映画とか見てたからそれにハマってね!シショーはその映画に出てくる主人公のシショーそっくりなんだよ!」

 

 日本か……何もかも皆懐かしい……。今どうなってるんだろうか。かつての文化とか残ってれば嬉しいけど。

 

「師匠と呼ぶのは構わないけどララサーバル軍曹の方が俺より年上だろ?良いのか?」

 

「ただ年を食っただけのアタイより濃い中身してるシショーの方が頼り甲斐があるだろ?それに年功序列みたいな古臭いノリは嫌いだからね、強いヤツに従う!それが野生の掟だろ?」

 

「ここはジャングルとかじゃないからね?」

 

 中々調子の狂う事を言ってくる女性だ、比較的に大人しいタイプ?のアーニャやクロエ曹長と比べたら確かに野生児みたいな感じだが。

 

「まぁまぁ!細かいことは気にしない!酔い止め飲んで明日も頑張って訓練しようなシショー!」

 

 バンバンと背中を叩いて去っていくララサーバル軍曹、何というか駆け抜ける嵐みたいな人だったな……、取り敢えず言われた通り酔い止めを飲んで明日に備える。せめて体調は万全にしておきたいからな。

 

 

 翌日、再びの起動訓練に入った。徹夜で調整してたのかクロエ曹長は寝惚け眼でウトウトしている。

 

「一応スラスターの出力を30%カットして機体制御に細かなリミッター付けてます……手動で解除出来ますけど転倒したくなかったらぜっっったいに解除しないでくださいね。」

 

 めちゃくちゃ念押しされてリミッターの説明を受ける、これ調整するのに手間がかなりかかったんだろうな……後でお礼にお菓子でも持って行こう。

 コクピットに乗り込んで計器を確認後起動し運転してみる。

 

「おっ……、昨日より大分動きやすいな。」

 

 殆どザクだったザニーヘッドと比べたらかなりマシな機動性だ、まぁそもそもザニーヘッドはF型ザクの胴体なので恐らくこれでJ型ザクよりも上のレベルの機動性を期待できるだろう。これなら充分に戦える。

 

「よし、次は模擬戦形式で頼む。ララサーバル軍曹!」

 

「よっしゃあ!手加減はしないよシショー!」

 

 ララサーバル軍曹の搭乗するのは俺のかつての愛機ザニーヘッド、OSも最新版に変えてあるので最初期と比べたら機械エラーが無い限りは動きはかなり最適化されている。

 そしてララバーサル軍曹は普段の言動と同じで機体の使い方も基本的にショートレンジで戦うタイプだ、白兵戦特化のヴァイスリッターの相手に相応しい。

 

「それでは模擬戦開始!」

 

 アーニャの号令で模擬戦がスタートする、まずは相手と距離を取るために移動を開始する。

 

「これは……思った以上に快適だな!」

 

 出力を落としたとは言え最大四基のスラスターで動かせる機体だ、前後どちらかのみでの使用も可能だが四基同時に起動し一定方向に稼働させれば出力が落ちた今の状態でもかなりの加速が可能だろう、転倒が怖くてあまりやりたくはないが。

 

「逃げてちゃ勝負になんないよシショー!ほらほらぁ!」

 

 模擬専用のペイント弾装備のマシンガンをばら撒く、それに対処するように左へ移動し左へ撃ってくれば右へとジグザグに移動し今度は距離を詰める。これはかつて俺が初陣で戦ったジオン兵の動きを真似たものだ。

 ザニーヘッドでは見真似すら出来なかったがこのヴァイスリッターなら!

 

「ちぃぃぃ!」

 

 マシンガンで狙うのを諦め近接用のヒートホークへ持ち変えた、一応こちらも模擬戦仕様で攻撃能力はない。

 勢いよくこちらへ向かって来たところをスラスターを四基最大稼働させ上空へ機体を上昇させる。

 

「き!消えた!?」

 

「後ろだ!」

 

 ザニーヘッドの真後ろへ回り込み首元はヒートサーベルを突きつける。

 

「それまで!」

 

 終了の合図で模擬戦が終わる、ヴァイスリッターの起動試験としては上出来の結果だ。

 

「あぁーまたシショーに負けちまった!流石だよやっぱり!」

 

「とは言え機体性能のおかげな所もあるけどね、ありがとうクロエ曹長。」

 

「はぁーい……ごめんなさい、ちょっと仮眠してきます。」

 

 結果を見て安心したのかクロエ曹長はウトウトしながら宿舎へと戻っていった。

 

「昨日はなんとかしなって怒鳴っちまったけどホントに何とかしちまいやがった……あの子もショクニンって奴だね。」

 

「間違ってはいないと思うけど本人の前で言わないようにね?」

 

 あの人も怒らせると結構怖いからな、下手にあだ名つけたらバカにされてるのかと勘違いしたら恐怖のOS調整をしてくるかもしれない……。

 

「お疲れ様でしたジェシー、それにララサーバル軍曹。」

 

「ハッ!お疲れ様であります隊長殿!」

 

「フフッ、元気いっぱいですねララサーバル軍曹は。」

 

「元気しか取り柄がないとみんなが言いますからね!常に元気を保つ訓練は怠っていませんよアタイは!」

 

 元気を保つ訓練ってなんだよ、って思っているとアーニャはこちらを向き俺に話しかける。

 

「ジェシー、少しお話しがあるのですがよろしいですか?」

 

「あぁ。構わないけど?」

 

「……ここでは人目に付きますので30分後に私の部屋へ。」

 

「……?了解だ。」

 

 何の話だろうか?機体についての話なら別に人がいても問題なさそうに思うけど、とそんなことを思いながらも機体を整備ハンガーへ戻し着替えを済ませてからアーニャの部屋へと俺は向かったのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 ニュータイプという存在と概念

 指定された時間に何とか間に合いアーニャの部屋をノックする。

 

「どうぞ。」

 

「約束通り来たぞ、話って機体の事か?」

 

 アーニャは「それもありますが……」と呟くも首を横に振る、つまり別の要件があると言うことだろう、一体何の話なのか。

 

「ジェシー、貴方は昨日自分が何を言ったか覚えていますか?」

 

「……?何のことだ?」

 

「貴方は昨日、ララサーバル軍曹にヴァイスリッターを完全に使い熟すにはニュータイプでもない限り無理だと言っていました。」

 

 ……、確かにそんなことを言っていたような気がする。気分が悪かったのでよく覚えてはいないが……何かおかしな事か?

 

「ニュータイプという言葉はジオン公国の生みの親とも言えるジオン・ズム・ダイクンが生み出した言葉です。」

 

「あっ。」

 

 そうだ、確かにその通りだ。ガンダム好きならともかく、今この時代で今の時点でニュータイプなんて言葉を使っているのは殆どジオン……ヤバイ地雷を踏み抜いてるぞこれ。

 

「あっ、と言いましたね?やっぱり分かってて使ってたんですか?」

 

 今までにない冷たい視線を向けてくるアーニャ、彼女はジオンに親を殺されている。そんな彼女にジオニズム的な思想を持っていると勘違いされたらどんな風に思われるか分かったもんじゃない。

 

「待て、待ってくれアーニャ。誤解だ。」

 

「誤解って、何が誤解なんですか?」

 

 怒っている、確実に怒っているぞこれは。どうしよう、何を返せば良いか分からん。

 

「えーっとだな、まず俺は決してジオニズム信奉者では無い。それは分かってくれるか?」

 

「……。そうですね、ジェシーからはそういう思想は出てこなさそうではあります。」

 

 言い方に含みがあるがちょっとは誤解が解けてるようだ、よしよしこのまま何とか切り抜けるぞ。

 

「ニュータイプって言うのは……そうそう前に何処かでスーパーパイロットは事前に動きを予知して超人的な行動を取るってのをどこかで聞いてだな、そういう人のことをニュータイプって呼んでたらしいんだよ。決してダイクンとかの思想からきたセリフじゃないんだ。信じてくれ。」

 

「信じたいですけど……でも私……。」

 

 不安からか手が震えている、俺の不用意な発言のせいでいらん心配をさせてるようだ。やっぱりこの子を裏切るような真似はできないな、正直に話そう。それで信じてくれなかったからそれまでだ。

 

「ごめんアーニャ。さっきのは嘘だ、俺はダイクンの思想は知ってるよ。ニュータイプって存在の意味も。」

 

「えっ?」

 

「宇宙に進出した人類が大昔に猿から人へ変わったように人を越えたニュータイプへと進化する、確かそんな感じの意味で使われてた筈だ。そうだよな?」

 

「えぇ……その通りです。」

 

 まだ不安の眼差しのままだ、正直ジオン寄りの思想だと思われるのは連邦派のガノタだった俺からしたら不名誉なので誤解を早く解きたい。

 

「はっきり言うけどあれはダイクンがサイド3の人間を納得させる為に使った方便だよ、遠く地球から離れた自分たちが優れた人間であるって自信を持つためのさ。」

 

「……。」

 

「ジオニズムって言う地球に頼らずコロニーだけで独立しようって思想は理解出来なくもない、実際連邦政府のコロニーに対する重税なんかは正直目に余るよ。けどザビ家みたいな過激なやり方は納得できない。そうだろ?」

 

「えぇ、同じスペースノイドである他サイドまで攻撃して多くの死傷者を出していながらスペースノイドの独立を謳うザビ家の行いは私も嫌いです。」

 

 そう、ザビ家の掲げるジオニズムは基本的に自分達ジオン公国限定のものだ。自分達に賛同しないコロニーは同じスペースノイドでも虐殺するような連中の何処が新人類なのだ。

 

「ジオンにだって良い人はいると思う、家族の為だったり恋人の為だったり個人個人で戦う理由を持っている人の中には尊敬出来る人もいる筈だ。」

 

 俺達が最初に戦ったジオン兵、あの人も家族の為にと戦っていた。それをジオンだからと一纏めにして嫌うことはできない。

 

「だからそういう人達を利用して人類を支配しようとしてるザビ家やザビ家の掲げるジオニズムには俺は全く賛同しない、信じてくれるか?」

 

「信じたいです、もちろん!だけど……怖かったんです!もしもジェシーがって……!」

 

 優秀って言ってもまだアーニャは子供な方だ、戦場だと心身も不安定になりやすいから余計な一言のせいでここまで悩ませたんだろう。なら男としてしっかりけじめを見せないとな。

 俺は震えてるアーニャの手を握る。

 

「アーニャ、ジャブローで誓ったよな。お前の名誉と誇りを傷つけない、そして剣となり盾となるって。」

 

「はい。」

 

「あれにまだ付け加えるよ、お前を裏切ったりしない。絶対に。」

 

 ヴァイスリッター、白い騎士のMS。あれが俺に託されたのも騎士のMSを駆りアーニャを守れと言う将軍の意思が見えた。だからこそ。

 

「お前の為に、俺は戦う。」

 

 嘘偽りなく、この世界で戦う理由を彼女の為にと。最初は歴史を変えたいってしょうもない理由が含まれていたが、一緒に戦って一緒に笑って一緒に泣いて、部隊のみんなと過ごしている内に歴史を変えるよりもまずみんなが死なずに済むように戦うことの方が大事になっていたから。

 

「ジェシー……ごめんなさい、疑ったりして。」

 

「いや、俺も悪かったよ。疑わせるようなこと言ってさ。」

 

 何とか仲直りできたみたいだ。ところで気になった事が一つある。

 

「けど何でアーニャはニュータイプなんて言葉知ってたんだ?」

 

 そう、基本的にジオンくらいしか今は知らなさそうな言葉、アーニャが疑問に思ったように俺もそこが疑問になった。

 

「それは……、私がまだ小さい頃の話です。」

 

 今でも小さいけど……、と思ったけど流石にこの雰囲気で言う事じゃないので自重しよう。

 

「ジオン・ズム・ダイクンが地球連邦議会の評議員をしていた頃、彼の演説を聞いたお祖父様はその思想に感嘆したとよく話していました。」

 

 そう言えばダイクンは自分の思想を実際に実践するために議会を抜けてサイド3に移住したんだったか、ならその前にアーニャの祖父が知り合っていてもおかしくないか。

 

『非現実的な事だとは思うが人類全てが宇宙に夢を抱いて宇宙に上がり、母なる大地を保全しながら過酷な宇宙環境下で新たな人種……ニュータイプに目覚める者が増えていけば未来は明るいだろうな。』

 

「そう祖父は私や父に何度も語っていました。ニュータイプという言葉もそこで聞きました。」

 

「そうだったのか……。」

 

「私が士官学校に入ったのも祖父の教えがあったからと言うのが大きいです、生まれて一度も宇宙に上がったことがありませんでしたから。宇宙に上がればニュータイプとはどんな風に人から変わって行くんだろうか分かるような気がして。でもあの時から私は祖父の理想が信じられなくなりました。」

 

 あの時……、恐らくはあれだろう。

 

「ジオンのコロニー落とし……だな?」

 

「はい。スペースノイドの象徴であるコロニー、その住民を虐殺して……それを保全すべきである地球に落として……祖父や父は理想に殺されたようなものでした。」

 

 地球を傷つけ、そして本来守るべき同胞である宇宙移民を虐殺して……確かにそれでは悔やみきれないだろう。しかし。

 

「でもアーニャのお父さんやお祖父さんの理想はジオニズムと似てはいるけど否定するべきものじゃないよ。」

 

「えっ?」

 

「だってそうだろ?地球を綺麗な惑星として残したいって思うこと。だからみんな宇宙に上がって生きて行こう、その中で進化して行こう。そう思うことは宇宙世紀に生きる人間なら大なり小なり考える事じゃないか。誰だって汚したくて地球を汚そうなんて思わないさ、だけど便利な生活から不便な生活になりたくないってエゴでこんな風になってるんだ。そんな人達のエゴを地球は飲み込めやしない。だからアーニャのお父さんやお祖父さんは頑張ってきたんだろ?」

 

 本当にジオン・ズム・ダイクンのジオニズムに賛同していたなら一緒に行動している筈だ、だけどそうしなかったってことは感化はしても彼のやり方には否定的だったか或いは別の視点で未来を見たかだ。

 

「ジオン・ズム・ダイクンは宇宙から人の革新を夢見たのかも知れない、でもアーニャのお父さん達はこの地球から人の心を変えて行こうって思ったんじゃないかな。宇宙に憧れて士官学校に入ったアーニャみたいに、宇宙へ行きたい!って思わせるようにさ。」

 

 そう言うとアーニャは言葉を失くしたかのように黙り込む。

 

「アーニャ?」

 

「……。」

 

 アーニャは大きく息を吐き、顔を俯けたかと思ったら急に俺に抱きついてきた。

 

「あ、アーニャ!?」

 

「ごめんなさい……少し、このままでいさせて……。」

 

 恥ずかしい話だが女性に抱きつかれたことは生まれてこの方一度も無いのでかなり心臓が高鳴っている、聞かれてなきゃいいけど。

 

「私……お祖父様達の理想を引き継いでも良いんですよね……?」

 

 本当は今でも信じていたかったのだろう、ジオンによる凶行さえ無ければ潰えなかった夢を。

 

「あぁ、良いと思うよ。アーニャ達の夢はジオニズムとは近いのかもしれないけど描きたい未来は違うと思う。スペースノイドの独立とかそんな崇高な理想じゃなくて誰もが夢見る明るい未来、単純だけど一番難しいそんな未来だと思う。」

 

「……ありがとう。」

 

 そう言うとアーニャは少し沈黙してから、また口を開いた。

 

「貴方の鼓動が聞こえます。」

 

「言わないでくれ、めちゃくちゃ恥ずかしいんだよ。」

 

「フフッ、どんな理由でドキドキしているか知りたいですね。」

 

「あーあー、絶対言わんからな!」

 

「貴方の心が読めれば面白いんでしょうけど。」

 

「それこそエスパー能力みたいなの持ったニュータイプにでもならんと無理だな。」

 

「いつか、なってみたいですね。お互いの心が分かり合えるそんな人に。」

 

「あぁ……。」

 

 いつか会えることがあったらアムロやララァみたいなニュータイプに会ってみたいな、オールドタイプでも分かり合いたいって気持ちがあるんだと話してみたい。そんな事を思いながら俺たちは些細なことから始まった疑念を払拭して仲直りをしたのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 ジオンで目覚める者達

今回はライバル(予定)となるジオン軍人の導入回、ジェシーくんやゴップ叔父さんは出番なしです。




 それは、難しくない任務の筈だった。

 事前に数日に渡り道中の見回りがされて、安全だと報告を受けた。更に護衛はザク2機とマゼラアタック1輌で編成された部隊だ、例え道中連邦と鉢合わせでも戦車が相手なら楽なものだと。隊長も俺も……いや、基地の全員がそう思っていたからだ。

 

 しかし、現れたのは戦車では無かった。見たことのない連邦のMSとザクの胴体をしたMS、2機のMSが俺たちの前に現れて同僚だったブライアンを殺し、そして隊長も殺された。

 俺は戦闘の最中にマゼラトップで撤退し、基地に救援を求めたが救援が来た時にはもう連邦は影も形も無く隊長の使っていたザクは敵に鹵獲されていた。積荷であった試作MSのコンテナと一緒に。

 

 その後俺に待っていたのは仇討ちの為の出撃ではなく、スパイ容疑の尋問であった。何故?そんな風に思っていたら尋問官に鞭で叩かれた、「貴様が連邦に通じて敵に情報を送っていたのではないのか!」と言っていた。そんな事をする理由も意味もないのに。

 それから数日に渡り無意味な尋問が続いた、スパイ映画などでよく見る尋問シーンさながらのやり方なんてのもあった。流石に自分がされるとは夢にも思わなかったが。

 

 何の情報も出る訳が無く、俺は治療すらされずに懲罰房に閉じ込められた。これでは連邦の捕虜にされていた方が遥かにマシではないか。そう思いながらも痛みで思考が上手く回らずただひたすら暗闇の中で俺は蹲っていた。

 

 それから何時間?それとも何日?何週間?気が遠くなるような時間が流れているのではないかと思うくらい虚無の時間が続いた。何も見えず、何も聞こえず、まるで宇宙空間にいるかのようにすら思える暗闇の中でいつしか俺は暗闇と同化しているのでは無いかと思うくらい溶け込んでいた。

 

 そんな中でふと思うことがあった。

 

「なんで……なんで連邦の連中は隊長の遺体を綺麗にしてくれたんだ……?」

 

 攻撃された地点に戻った時、残されていたのはブライアンの大破したザクと、綺麗なシートに包まれ家族の写真が手向けられていた隊長の遺体だった。

 血塗れであったであろう傷痕も出来るだけ綺麗に拭いたのか血の跡は少なかった、敵はなんでそんな事をしたんだろう。

 

 なんで、なんで隊長は殺されなきゃいけなかったんだろう。

 

 死にたくなんて無かったろうに、家族の元に帰りたかったろうに……

 シニタクナイ、シニタクナイと……

 

『死にたくない』

 

「!?」

 

 声が聴こえた、俺以外誰もいない部屋から。

 

『帰りたい……』『家に帰してくれ!』『置いて行かないでくれ!』

 

 複数人の声、何処から聴こえているんだ!?

 

「誰だ!?誰かいるのか!」

 

 問いかけてるが誰も返事をしない、誰かいるのかと部屋を手探りで探すが誰もいない。俺が聞いているのは誰の声なんだ?

 

『助けてくれ!』『こんな所で死ぬのは嫌だ!』

 

「なんなんだ……!?なんなんだよこれは!?」

 

 次第に、声だけでは無く頭の中に何かが流れ込んでくる。そして誰かの死ぬ瞬間がフラッシュバックのように襲いかかってくる。

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

 それは戦車の砲撃であったり爆撃機の爆弾であったり、数え切れない程の死の瞬間だった。痛み、苦しみ、恐怖と言った絶望がひたすら俺に流れ込んでくる。

 

「誰か……誰か止めてくれええええええ!」

 

俺の意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

「それで……彼についてどう思うフラナガン博士。」

 

 混濁した意識の中、誰かの声が聞こえる。

 

「懲罰における拷問での肉体的な怪我と疲労、そして宇宙空間にも似た閉鎖された空間で精神が極限状態に至った事で他者の思念が読み取れるようになったのかもしれませんな。彼が発狂したと思われる時間帯に近くで連邦との小競り合いがあり少なくない死傷者が出ています、彼らの思念を感じ取ったのかも知れません。」

 

「この様な症例でもニュータイプとして変革する事があり得るのか?」

 

「テストモデルが少ないのもありますので確実とは言えませんが戦闘下などの極限状態で相手の声が聞こえたと言った症例や思念が入り込んできたと言う症例もあります。本来宇宙環境の中で目覚めるべき力が何かしらの極限状態に置かれた事で目覚めさせられた、と言ったところでしょうな。」

 

 話しているのは二人か……、一人は女性のものでもう一人は男性のもの。女性の声には何故か聞き覚えがあった。

 

「つまりそう言った環境下を作ることで人為的にニュータイプへと覚醒させる事も可能であるのか?」

 

「適正の有無もあるでしょうから確実では無いでしょう、無理にそう言った環境に置かせても適正が無ければ廃人になりかねません。」

 

「ふむ……。」

 

 何の話をしているのか少し興味があったがそれよりも鈍重な身体と疲れた心が休みを求めているのか、急激な睡魔に襲われ俺はまた眠りに落ちた。

 

「それで、彼をどう致しますかキシリア閣下。」

 

「スパイ容疑があると基地の司令官は言っていたが調べてみれば何の根拠もないデタラメの内容だったからな。恐らくグフのプロトタイプを鹵獲された責任から逃げようと一兵士に罪を擦りつけたのであろうが、この場合怪我の功名と言ったところか。彼にも適正があると判断した、連邦への憎悪もこの件でより大きなものとなったであろうし博士の元で実験の対象とさせるのも悪くないな。」

 

「おぉ!それではキシリア閣下!?」

 

「うむ、博士主導でニュータイプの研究を推し進めてもらう。差し当たりサイド6など連邦に勘繰られ難い場所に研究所を設けてそこで優秀な兵士となるニュータイプの育成を行なってもらうとするか。」

 

「ハハッ!有り難きお言葉!ご期待に沿えられるよう精進します!」

 

 彼の知らぬ所で、人知れず大きな欲望が蠢くのだった。

 

 

 

 再度の目覚め、何故か身体が軽い。まるで宇宙にいるかのように。

 

「おぉ、目覚めたかな。ジェイソン・グレイ曹長。」

 

 俺に語りかけて来たのは年配の男性だった、どこか聞いたことのある声をしている。

 

「ここは……。」

 

「宇宙だよグレイ曹長、君は今サイド6へと向かっている。」

 

 宇宙?サイド6?話が掴めない。

 

「意味が……分かりません。」

 

「あぁ、寝たきりだったからだね。君は突然気を失って今まで昏睡状態だった。覚えはあるかね?」

 

 気を失った所までは何となく覚えてはいるがどれだけ昏睡していたのだろう。身体が思うように動かないところをみると1日2日の話ではなさそうだ。

 

「俺は……殺されるんですか?」

 

「殺す?どうして?」

 

「新型機を敵に鹵獲されました。」

 

 護送中なのでは無いかと思っていたのだが男性の反応からそうでは無さそうに見えた。

 

「そうだな、自己紹介をしておこう。私はフラナガン・ロムと言って研究者をやっている。」

 

「研究者?」

 

「ニュータイプという言葉を知っているかな?今世の中ではメガ粒子を避けたり人の思念を読み取ったりとエスパーにも似た能力を持つ人が増えているのだがね。君もその適正があると認められたのだよ。」

 

「ニュータイプ……。」

 

 聞いたことはある、我らが指導者だったジオン・ズム・ダイクンの思想に進化した人類が登場するだろうとそれがニュータイプと呼ばれる者達だと言う内容があった筈だ。

 

「今サイド6にてその研究をする為の施設が建造中でね。君もその施設の職員として働いてもらいたいのだよ。この研究が上手くいけば君も連邦へ復讐ができるかも知れない。」

 

 連邦への復讐……俺の中に流れ込んできた多くの人達の無念、憎悪、そう言った感情が俺に連邦を倒せ、連邦軍人を殺せと心の中で蠢くのを感じた。

 

「そこに行けば……連邦に復讐が?」

 

「あぁ、可能だとも。」

 

 ドクンと心臓が強くなった、隊長やブライアンの怨みも連邦にやられた同胞達の怨みも晴らせるのかと。

 

『ドクター、あの人目が覚めたのね?』

 

 聞こえて来たのは同時に同じセリフを言ってきた少女の声、声がした方を見ると容姿が似た少女が2人そこにいた、双子なのだろうか。

 

「あぁ、目が覚めたよ。君と同じ力を持った人だ。」

 

「面白いね姉さん。」「そうね、面白いわ。」

 

 何が面白いのだろうか、自分と同じ能力を持っていると言われた事にか?

 

「違うよ。」「違うわ。」

 

 心が見透かされたかのように俺を見て言葉を発する双子に俺は驚いた。

 

「おや、まさか彼の心を読んだのかね?」

 

「えぇ。」「そうね。」

 

 本当に心を読んだのか!?どうやって?

 

「難しくない。」「私達を見て。」

 

 言われた通り彼女達を見る、その瞬間だった。

 

「!?」

 

 押しつけられるような感覚と共に彼女達の記憶が流れ込んでくる、そこには両親に虐待され暗い部屋で寄り添うように互いを庇う2人の姿が見えた。

 

「な……!?君達は……!こんな……!」

 

「大丈夫。」「意識を止めて。」

 

 次々と流れ込む記憶に押し潰されそうになった所を彼女の言葉でシャットダウンする。これがニュータイプという力なのか!?

 

「こんな……こんな事が……。」

 

 白い髪の綺麗な少女達、だが俺が見た記憶の映像では彼らの髪は別の色だった。つまり虐待のせいで髪の色素が抜け落ちたのだろう。よく見ると身体には傷痕がまだ残っている箇所もある。

 

「優しいんだね。」「優しいのね。」

 

 哀れんだ俺の心をまた読んだのか彼女達はそう呟く。

 

「おおぉ!素晴らしい!ニュータイプ同士の共鳴は近しいもので無くても可能なのだな!これは素晴らしいぞ!」

 

 フラナガンと呼ばれる研究者はこの一連の流れに狂喜している、何が素晴らしいのだ。こんな苦痛な目に遭わされてこんな能力に目覚めた彼女達の何が。

 

(大丈夫、今は辛くないよ。)

 

 ハッと彼女達を見る、フラナガンを見る限り聞こえているようには見えない。つまり俺の心に直接語りかけてきたのだ。

 

(お兄さんも同じだもの。私達と同じ。同じ仲間。)

 

 同類が出来たことを素直に喜んでいるのだろう、今まで2人でしか分かり合えなかった力を同じように持つ人間に出会えたことが。

 

(あぁ、仲間だ。)

 

(ありがとうお兄さん。)

 

 そうフラナガンに聞かれないように心の中で話し、俺たちは後にフラナガン機関と呼ばれるニュータイプ研究所となる場所に向かうのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 敗戦、地に塗れて

 数日に渡るヴァイスリッターの起動調整が終わり、ララサーバル軍曹も訓練もそれなりの成果になった事もあり俺たちは再び戦地へとデータ収集の為飛び立っていた。

 新型も受領し、部隊員の補充もあり士気は今までよりも高かった。何より結果を出せている事自体が知らず知らずに自信を付けさせていたのだ。

 

ーーーだからこそ、油断をしていた。それは夜間での航行の最中だった、森林地帯を通過した際に突如地上からミサイルが放たれミデアに直撃したのだ。

 

「くっ!地対空ミサイル直撃!高度保てません!」

 

 叫びながらミデアを維持するクロエ曹長、高度計は少しずつだが確実に下がり始めていた。

 

「パイロットはスクランブル発進の準備だ!ミデアはこのまま不時着させるしかない!」

 

 ジュネット中尉の指示に俺とアーニャ、ララサーバル軍曹がMSへと向かおうとする、しかし制御が不安定になっているミデアの挙動で思うように進めない。

 

「くっ……何とかMSに乗り込まないと……!このままでは危険です!」

 

「だけどこう揺れてちゃMSコンテナまで行くのに一苦労だよ!」

 

「這ってでも行くしかない!このままじゃ不時着した所を狙い撃ちされるぞ!」

 

 発進できずミデアがMS諸共纏めて撃破されては堪ったもんじゃない、文字通り縋り付きながらコンテナまで移動する。

 コクピットにワイヤーを伸ばし何とか搭乗できた。

 

「クロエ曹長!ハッチは開けられるか!?」

 

「何とかやってみます!」

 

 クロエ曹長はハッチを開けようとするがエラーの文字が表示され、思わず計器を叩きつける。

 

「ダメです!此方からでは解除できません!MSで無理矢理こじ開けてください!」

 

「くっ!」

 

 俺はヴァイスリッターのヒートサーベルを取り出し、出力を上げてハッチを切りつける。

 数箇所切れ目をつけてから脆くなった部分を蹴り付け無理矢理ハッチをこじ開けた。

 

「よし!行けるぞ!」

 

「待ってください少尉!この高度じゃMSが耐えられるかまだ分かりません!もう少しだけ待って!」

 

 クロエ曹長の言葉でストップがかかる、確かに高高度からの着陸と言うのはまだ試した事がないのでどれくらいの高度ならMSに負荷が掛からないかと言う保証がない状態で降下するのは危険だ……しかし。

 

「でもアタイらのMSだけでも降ろしてミデアを軽くしないとセンセー達だって危ないだろ!?」

 

 クロエ曹長はヴァイスリッターの調整をこなして以来ララサーバル軍曹から『センセー』と渾名がつけられ尊敬されるようになった、その話は一先ず置いて確かにミデアを軽くすればそれだけ安定は増す、しかし。

 

「馬鹿言わないで!MS運用が私達の役目なのにそのMSやパイロットを危険に晒す訳には行かないでしょ!」

 

 自身の身の安全よりもMSとパイロットを優先する、それは部隊の存在意義として間違っていない事だ、だが。

 

「馬鹿言ってるのはソッチだよ!仲間を守れないんじゃパイロットやってる意味がないんでね!シショー!お先に失礼します!」

 

 そう言うとララサーバル軍曹はブーストを吹かせ降下する、今の高度ならブーストを吹かせ続ければギリギリ行けるか……!?

 

「俺も同意見だ!ヴァイスリッター降下するぞ!」

 

「あぁもう……!少佐!貴方だけは残ってくださいよ!」

 

「しかし……!」

 

「しかしもだってもありません!降下によるダメージもそうですけど指揮官機が狙い撃ちされたらダメです!貴方だけはギリギリまで待ってください!」

 

「くっ……了解です。」

 

 歯痒いが言い返せない、せめて二人の身の安全を祈るだけだった。

 

 

「ララサーバル軍曹!まだブーストを吹かせられるか!?」

 

「ギリギリ……ってとこだね……!シショー!敵は見えるかい!?」

 

「ダメだ!夜で視界が確保できないしミノフスキー粒子のせいでレーダーも効かない!」

 

 最悪の状況である、敵に奇襲されるのがこれ程まで恐怖に感じるとは……。

 

「……っ!ヤバイよシショー!照明弾だ!」

 

 突如周りが明るくなり俺達の機体が光に晒される、いけない……!この状況は!

 

「シールドを構えろララサーバル軍曹!狙い撃ちにされるぞ!」

 

 言った直後に前方からの砲撃と銃撃の嵐がやってくる、精度は高くないがこう火力を集中されていたらいつかは当たる……!

 

「くそ……!火器は装備できなかったから防御に徹するしかないのか……!」

 

 ララサーバル軍曹はザニーヘッドの頭部バルカン砲で牽制を与えているが此方は同じザニータイプの頭部でもバルカン砲は積んでいなかった、それが今はかなり悔やまれる。

 

「そろそろ地面ですよシショー!ブースト全開でえええ!」

 

「くっ……うおおおお!」

 

 出力を最大まで上げて着地するがかなりの衝撃を受ける、コクピットシートを固定していなかったら全身を打ち付けていただろう。

 

「ララサーバル軍曹!大丈夫か!?」

 

「ちぃ……すまないシショー!脚部をちょっとやられたみたいだ!小破してる!」

 

 足下を見ると左脚部から煙が上がっている、これではまともな戦闘は無理だろう。

 

「一旦下がるぞ!ミデアの護衛に回らないと!援護するから先に行くんだ!」

 

「……っ!了解!」

 

 ミデアはゆっくりと降下して行っている、何とか不時着は出来そうだ。そう思っているとアーニャのザニーが降下して行くのが見えた。安全な高度まで達したみたいだ。

 

「後はこのまま……敵を撤退させられれば!」

 

 森林地帯に隠れながら移動し敵の行軍を確認する、此処は連邦の勢力圏内の筈だが敵の火力は偵察と言うには高すぎるものだ。恐らくここで隠れて敵の通過を狙っていた部隊なのだろう。ゲリラ戦略はジオンの得意とする分野だ。

 

「シショー!ミデアが!」

 

 ミデアの方角を確認すると不時着したミデアから炎と煙が出ているのが見えた、クロエ曹長達は無事なのだろうか。

 

「急がないと……!敵もミデアを狙いに来るぞ……!」

 

「何とか動いておくれよザニーヘッド!」

 

 可能な限りの最大戦速でミデアへと向かう、道中敵のMSが見えた。

 

「ザクだ!ララサーバル軍曹下がってろ!」

 

「あいよ!……手が出せないのがもどかしいね全く!」

 

 敵が此方を捕捉しマシンガンを乱射してくる、シールドを構え防御すると共に逆の手でシールドからヒートサーベルを取り出す。

 

「通らせてもらうぞ!」

 

4基のスラスターを左方向に稼働させ一気に相手の死角へと回る、敵に隙が出来たところをヒートサーベルで貫く。

 

「ザク撃破!ララサーバル軍曹!これを使え!」

 

 敵が落としたザクマシンガンをララサーバル軍曹に渡す、残弾数が心許ないが無いよりはマシだろう。

 

「有難いねえ!これで援護できるよ!」

 

 ミデアへと更に前進しようやく到着するとホバートラックとアーニャのザニーが待っていた。

 

「クロエ曹長!ジュネット中尉!無事か!?」

 

《こちらは何とか無事だ、クロエ曹長もな。武器コンテナも何とか牽引した、装備して撤退戦の準備を……!ソナーに感有り!1時の方角からMSが3機だ!機種不明!》

 

 言われた方向を確認すると確かにMSが3機、ザクが2機に……あれは!?

 

「あの青いのはなんだい!?新型か!?」

 

「あの形状……!まさか!?」

 

「もう量産されていたか……グフ!」

 

 青いMSグフ、プロトタイプがあったから量産されていてもおかしくはないと思っていたが……。

 

「敵は3機編成……!こちらもケッテを組んで対応します!私とララサーバル軍曹で火力支援を行いますのでジェシー!貴方が近接戦闘で対応してください!ホバートラックはこの位置では危険です!下がってください!」

 

「了解!」

 

《すまない!後方に下がる!》

 

 敵を撹乱する為に前方に突出する、ザクの一機がこちらを牽制するが残り2機は此方に構いもせずにアーニャ達を狙う。

 

「コイツら……!」

 

 不味い、ザニーヘッドは小破しているしザニーは防御力に難がある。グフの機動性が相手ではかなりの不利だ。

 

「くそ!邪魔だぁ!」

 

 ザクへ攻撃を仕掛けようとするが近づくとそれに反応して後方に下がって行く。かと言って此方がグフの方角へ行こうとすると今度は接近して邪魔をしてくる。この部隊……練度が高い!

 

「だからって……いい加減に……舐めるなぁ!」

 

 スラスターの出力を上げて切り込みをかける、瞬間的な速さなら此方の方が上手だ!ヒートサーベルでザクを切り倒し行動不能にさせるとグフへと移動を開始する。しかし既にグフはアーニャ達を捉えていた。

 

「隊長は逃げな!此処はアタイが……!」

 

「ララサーバル軍曹!」

 

 グフのヒートサーベルに対抗しようもザニーヘッドもヒートホークを構えるがその瞬間構えた腕部が切り落とされる。

 

「やらせない!」

 

 アーニャは装備した100mmマシンガンでグフを攻撃する、数弾が着弾しグフは一旦後退するがその後ザニーへ狙いをかける。

 

「アーニャ!逃げろ!」

 

 ヴァイスリッターのスラスターを最大出力で稼働させるがグフまでギリギリ届かない、ザニーに狙いをつけたグフのヒートサーベルが一閃を繰り出し……。

 

「きゃあぁぁぁ!」

 

 ザニーの頭部を切り落とす、コクピットはギリギリ避けられたがこれ以上は危険だ!

 

「やめろおおおおお!」

 

 次の攻撃を繰り出す瞬間に間に合いギリギリの所で攻撃を止めるがその瞬間をもう一機のザクは見逃さなかった。

 

「シショー!ザクが!」

 

 ザクバズーカを構えたザクがこちらに照準を合わせ、それを放ってくる。

 

「くっ!うわぁぁぁ!」

 

 咄嗟に左腕部で防御するがシールドごと大破する、幸い武器を持っていた右腕部はまだ無事だがこれ以上は防御しきれない。

 

「舐めんじゃないよ!」

 

 痺れを切らしたララサーバル軍曹がザニーヘッドの残った腕についているザクだった物のスパイクショルダーで体当たりをかける、上手くメインカメラに当たり更に転倒までさせた。

 

「ハァ……ハァ……ざまぁ見な……!」

 

 しかしその瞬間を見逃さないとグフは今度はザニーヘッドに狙いをかける、だが此方もそれは見逃さない!

 

「いつまでもやらされっぱなしでいられるかぁ!」

 

 残った右腕のヒートサーベルをグフに振り下ろす、何とか間に合いグフの左腕部を損傷させた。

 

「……。」

 

 しばしの沈黙、此方も相手も攻撃の決め手を欠けている。それを相手も察したのかゆっくりと後退し中破したザクを連れ下がっていく。

 

「て、撤退したのか……?」

 

「みたいですね……。まだ油断は禁物ですが……取り敢えずは。」

 

「助かったぁ〜!」

 

 しかし敵がいつ体制を整えて再攻撃してくるか分からない、今は一刻も早く撤退しなければ。

 

《大丈夫か!機体の損傷は!?》

 

「こちらは私とララサーバル軍曹の機体が大破、ジェシーのヴァイスリッターが中破です……。」

 

《少佐とララサーバル軍曹の機体はここに置いていくしかありません、OSの情報だけ抜き取るので時間をください。後機密保持のため、自爆の準備もお願いします。》

 

「……分かりました。」

 

 残念だがこの状態では撤退すら安全に行えないだろう。ここで処理して行く他ない。

 急ぎ準備に取り掛かる、クロエ曹長が可能な限りの蓄積されたデータの保存を。俺達が自爆シークエンスの準備を。

 

 準備が終わり、アーニャとララサーバル軍曹をホバートラックに乗せ、連邦勢力下の地域を確認した後その方角へ向けて撤退を開始する。

 自爆処理は撤退後30分で発動するように設定し敵への陽動も兼ねて逃げやすくする。

 

 そして撤退を始め30分が経った。

 

 ドゴォーンと大きな音が響き渡る、俺達のMS……そしてかつての愛機だったザニーヘッドが消えていったのだ。

 

「畜生……初めての出撃だったのに機体を失くしちまうなんて……。」

 

 落ち込むララサーバル軍曹だったがジュネット中尉からフォローが入る。

 

「気に病むな、機体は所詮消耗品だ。パイロットの命と比べたら幾らでも替わりはある。だがパイロットは違う、優秀なパイロットが1人でも死ねばそれは代えが利かない重大な損失なんだからな。」

 

「その通りです、こうやって生き残れたことにまずは感謝しましょう。」

 

「そうだな、今はまず生き残こることが大事だ。敵に見つからないように何とか味方に助けて貰えるといいけど……。」

 

 幸い夜間なのと索敵能力に優れたホバートラックが同行しているから自爆での敵の誘導もあるし余程敵が大戦力でもない限りは安心だろう。

 だが初めての敗戦は今までの成功で浮かれていた自分達を打ちのめすには十分なものだった。一歩間違えれば死ぬ、そんな危機的な状況がこれほど早く襲ってくるなんて……。

 

 悔しさを噛みしめながら俺達は撤退し、数日に渡る後退の末にようやく味方部隊との連絡が通じて何とか全員生還を果たしたのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 戦士達の休息①

キャラ崩壊回、今迄真面目(?)な雰囲気で書いてるつもりですが今回は割とみんなはっちゃけてしまってます。ご容赦ください。


 敵の奇襲から辛くも逃げ切り味方に回収されて基地へと帰還して数日、俺達第774独立機械化混成部隊の面々は非常に疲れ切っていた。

 肉体的にというのもあるが、問題は精神的な面の方が大きい。ヴァイスリッターはワンオフ機で元々一機しかなかったプロトタイプグフの素体を利用して造られた物だったので当たり前の話だが予備パーツはまだ潤沢ではない。図面はあるので交換自体は時間を掛ければ可能なのだが生産ラインなんてものは無いので更に時間がかかると言う。

 ザニーやザニーヘッドの代替機も目処が立っていない、そもそもどちらも正規のMSではないので予備機がないのだ。現状は鹵獲ザクもザニーも他の部隊は喉から手が出るほど欲しい機体だ、その取り合いに今から参加出来るわけもなく。

 

「暫くは英気を養うしかありませんね。」

 

 アーニャの言葉に全員が頷く、腹が減っては戦は出来ぬと言うが戦が出来なければメシを食うくらいしかやる事がない。まぁヴァイスリッターの修理やらOSの調整など細かな仕事は幾らでもあるのだが。

 

「それにしても一回の奇襲でこれだけの損害ってのは洒落にならんな……。」

 

 生きてるだけで儲けものだとジュネット中尉は言ってはいたが部隊としてまともに機能出来なくなったのは辛い、現状使えるのは中破したヴァイスリッターと電子装備のホバートラックだけなのだ。

 それにしても驚くべきは奇襲部隊の練度の高さだ、黒い三連星とか赤い彗星とかああいう歴戦のエース以外にも名もなきエースパイロットみたいなのが大勢いるのだろう、これからはそう言った相手との遭遇にも気を付けないと命が幾らあっても足りなさそうだ。

 そう考え込んでいると憂鬱になってる気分を吹き飛ばすような大声が聞こえた。

 

「よっし!じゃあ偶には街にでも出掛けるとするかね!」

 

 大声の発生源は言わずもがなララサーバル軍曹、何というか非常にタフネスだ。だが今はそのポジティブさが良い薬なのだろうみんな呆れながらも笑っている。

 

「あー、それ賛成。ここの所ずっと整備続きだったし偶にはお買い物に行きたいかも。」

 

 これに真っ先に同調したのは何とクロエ曹長、普段の仕事人間っぷりも流石に仕事が無ければやる気が湧かないみたいだ。

 

「私も賛成ですね、最近本を読んでいませんでしたから新書でもあれば買い溜めしておきたいです。」

 

 女性組は全会一致で賛成のようだ、俺も偶には出掛けようかな。ジュネット中尉はどうだろう。

 

「ん?私か、別にこれと言った用は無いし撤退戦時のデータも纏めておきたいから少尉一人でーーー」

 

「待って、待って待って。あの女性三人に囲まれて遊びに行けと?着いて来てくださいよ!」

 

 普通なら美女三人に囲まれて買い物なんてハーレム展開だと喜ぶシーンなのだろうが我が部隊は個性派揃いだ、絶対に嫌な予感がするので犠牲になるのは一人でも多い方がいい。

 

「えっ、いや……しかしだな。」

 

 恐らく同じように察しているのだろう、一人も男性陣が行かないとなると何か言ってくるであろうが誰か一人いれば面目は保てるという算段……間違いないな。

 

「一緒に行きましょう、行ってくれますよね、来てくださいお願いします。」

 

「そこまで頼まれたら流石に行くしかないな……了解だ。」

 

 凄く嫌そうな顔をしていたが何とか犠牲者をもう一人確保できた俺は喜び、基地司令官に数日の休暇申請を出した俺達はジープで意気揚々と街へ向かう、と言っても街までの距離はそこそこあり今から向かうと日を跨ぐので途中宿を取る必要があり、それならゆっくり道を眺めながらドライブできるなぁと思っていた……のだが。

 

「あっははははは!」

 

 ハンドルを持つと人が変わる、稀にそんな人がいると言うのは聞いた事があるがまさか身近にいるとは思いもしなかった。「あっ、運転は私がします。みなさんはゆっくり休んでてください。」と申し出たクロエ曹長に甘えた結果がこれである。

 一応軍用道路で対向車もいないし道路自体が軍用車両が通る前提から広いので事故る心配は無いがかなりの猛スピードである。

 

「やるねえセンセー!風が気持ちいいよ!」

 

 ララサーバル軍曹はいつも通り、この人の辞書に恐怖の二文字は無さそうだ。

 

「まるで遊園地のアトラクションみたいで楽しいですね!」

 

 アーニャ……お前もか……。戦慄する俺達男性陣を尻目に女性陣はこの暴走特急を楽しんでいるようだ。

 俺とジュネット中尉は気分を悪くしながらも酔いを抑えるために遠くを眺める。こうやって外を眺めていると日本にいた頃とは見える景色が全く違って新鮮だ。こういう経験さえしなければ海外の景色なんて見ること無かったし。

 こうやって考えるとMSにしてもそうだが未来の世界にいるという実感が今更になって湧くな。憑依してからが忙しかったのもあって気にする暇が無かったが自分のいた世界と比べると色々とハイテクな所が多い。

 

「こんな状況じゃなきゃもっと感慨に耽ることも出来るんだろうけどうぉおぉぉぉ……!?」

 

 レースゲームかな?ってくらいカーブでドリフトをかますクロエ曹長、掟破りの地元走りみたいなえげつない走り方はやめてほしい。さっきから胃液が込み上げてヤバイ。

 

「ク……クロエ曹長……もっとゆっくり……。」

 

「何言ってるんですか少尉!時間は待ってくれませんよ!1分1秒を無駄なく使って休暇は消化しないと!」

 

 更にスピードは加速し俺達は未知の領域へと突入していくのだった……。

 

 

 それから4時間ほど地獄の時間を堪能して俺達は暗くなって来たので道中にあったモーテルで宿を取ることにした。本当は途中幾つかのモーテルがありそこで休もうと必死の懇願をしたのだが、女性陣は俺達男性陣を無視し最終的にここに決まったのだ。

 

「と……とにかく助かったな……。」

 

「そうですね……。」

 

 ゲッソリしながらモーテルへと入っていく俺達。明日のための経費節約だと男女分かれての相部屋になった。

 

「おっ、浴槽付きの風呂だ!」

 

 基地内では基本的にシャワーしか無かったので風呂にはこの世界に来てから一度も入ったことは無かったのでこれは嬉しい!やっぱり日本男児たる者(今は違うけど)風呂に入らないと疲れが取れた気はしないものだ。それに余裕で4、5人くらいは入れそうな広さなのも温泉みたいでグッドだ。

 

「先にシャワーだけ使わせてもらう、大丈夫か少尉?」

 

 ジュネット中尉はどうやらシャワー派らしい、まあこっちの人はあまり風呂の風習は無いのかもしれないので仕方ない。ジュネット中尉がシャワーを終わらせた後に服を脱ぎ風呂へ入る。

 

「む……!?これは硫黄臭!」

 

 驚くことにどうやら源泉が少し流れているようで天然の温泉になっている!更にグッドだ!心地良さを堪能しながらお湯に浸かる……とその時だった。

 

「うわー、おっきなお風呂!でもちょっと匂いません?」

 

 !?クロエ曹長の声だ、何ということだ!壁が薄いぞこの温泉は!

 

「センセー、これはオンセンだね。ジャパンで有名なお肌に良いお風呂さ。」

 

「えー?本当に?」

 

「あ、お湯の効能と言うのが書かれてますよ!血行促進、疲労回復……それに美肌効果も!」

 

 ララサーバル軍曹に続きアーニャの声まで……!何と言うことだ……これはアニメやゲームで定番のお風呂イベントではないか……!?アニメじゃないと思っていたがやはり現実はアニメだった……?

 

「言われてみれば確かに肌がスベスベになってるような?」

 

「詳しい成分とかはアタイは分からないけど色々含まれてるからそれが良いんだろうねぇ。」

 

「はぁ……極楽ですね。」

 

 声が微妙に聞こえ難いな……そう思っていると身体が勝手に壁のほうに動いていた。動くな!何故動くジェシー!と自分の意思とは無関係に本能で動く身体に何処かの木星帰りのようなセリフを吐きながら壁へ壁へと向かっていく。

 すまねえ◯神隊長……今迄「身体が勝手に……!」なんてなる訳ないだろとか思っていたがこれは動く……動くぞ!

 

「それにしてもララサーバル軍曹は大っきいよねえ〜。」

 

 なんてこった……!今回何度目かの衝撃を何連発も浴びせてくるとは……。

 

「ふっ、認めたくないものだな。若さ故の過ちというやつは。」

 

 言った本人が聞いてたら殴られそうなシチュエーションで壁に耳を当てる。

 

「なんだい?センセーだって大きい方じゃないか。」

 

「そうかなぁ?普通くらいだと思うけど。」

 

「クロエ曹長が普通なら私は一体……。」

 

 落ち込むアーニャの声、まぁあの二人と比べたら確かに落ち込むのは分かるけど。

 

「何言ってんだい!少佐はまだまだこれからじゃないか!」

 

「うんうん、まだまだ成長できますよこれは。」

 

「ひゃん!や、やめてください!」

 

 くそっ!俺がニュータイプだったら「見える……!見えるぞ!」とか言えただろうに……!悲しいけど俺、オールドタイプなのよね!

 

「迷信らしいけど好きな男に揉ませると大きくなるって聞いたことあるよアタイは。」

 

「えー、本当に?だったらアンダーセン少尉にでも揉んでもらったどうです?」

 

「な!なんでそこでジェシーが出てくるんですか!?」

 

 俺も驚いて思わず声を出しそうになったが壁が薄いことを思い出し何とか抑え込んだ。

 

「だって少佐と少尉って互いに名前と愛称で呼び合ってるじゃないですか?やっぱりそういう関係なのかなーって。」

 

「ちっ、違います!それはジャブローで色々あって互いに敬称はいらないって約束したからで……!」

 

「そういえば隊長ってなんでアンナなのにアーニャって呼ばれているんだい?」

 

「あぁ、それでしたら祖父や父が私の愛称で呼んでいたからです。小さい頃に亡くなった母が私を呼ぶ時にもそのように呼んでいたと聞いています。」

 

「あー、野暮なこと聞いちまったね……。」

 

「構いませんよ、とても優しい母だったと聞いています。雪国の出身で過酷な環境の中でも強く輝いていたのだと父は言っていました。その姿に惹かれて恋に落ちたとも。」

 

「へー、ロマンチックな話ですね。私もそんな風に見てくれる人と出会いたいなぁ。」

 

「センセーはまず優しさとか包容力ってのを身につけた方が良いんじゃないかい?」

 

「なぁぁんですってぇ!?包容力なら今見せつけてあげましょうかー?」

 

 恐らくヘッドロックをかましているのだろう、ララサーバル軍曹の悲鳴が聞こえてくる。嬉しい悲鳴とはこう言うことを言うのだろうか……多分違うな。

 

「イテテテテ……でもさ、そんな家族にしか呼ばない愛称をシショーに呼ばせるなんてやっぱり怪しいよねえ?」

 

「実際のところどうなんですか〜?観念して答えてくださいよー。」

 

 恋バナに華を咲かせてる女性陣、実際のところどう思われているのかは単純に気になるな。

 

「うーん、大切な人だとは思いますけど色恋の話となると……それにジェシー自身も私みたいな貧相な身体つきの女の子よりクロエ曹長とかララサーバル軍曹みたいな大人な女性が好きなのでは?」

 

「えぇー、そんな事無いんじゃないですか?少尉ってほら、小さい子の方が好きかもしれないし!」

 

 んんん?なんか変な流れになっていないか?

 

「実際シショーってそういう趣味あるのかね?ほら……ロリコンっていう……。」

 

 違う!俺はロリコンじゃない!可愛いな〜って思った子がたまたまロリなキャラが多いだけだ!と昔日本にいた頃によく言っていた台詞を叫びたかったが此処で叫んだら変態という属性も付与されかねん。

 

「ロリコン……と言うものなんでしょうか?そう言えば以前ジェシーに抱きついた時に凄くドキドキしていました。」

 

「えっ!?」「はぁ!?」

 

 以前というのはあのニュータイプについて話をした時のことか!?と言うか今の流れでその話は不味いぞアーニャ!

 

「やっぱり……。」「ねぇ?」

 

 二人が声を揃えて言う。

 

『もしかしたら少尉(シショー)はロリコンかもしれない(ね)。』

 

 俺は愕然と膝を突き、修復不可能な疑惑に頭を抱えて風呂から出て眠りに着いた。

 翌日、俺を見るクロエ曹長とララサーバル軍曹の視線がやけに痛いのが更に追い討ちをかけながら。俺達は再び車で街へ向かうのだった。

 なお流石に運転手はジュネット中尉が頑固として譲らず安全運転での出発となった。それだけが唯一の救いだろう……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 戦士達の休息②

 ジュネット中尉の安全運転で特に何の問題も無く街に到着した。前日の地獄のようなドライブのお陰もあり予定していた時間よりも早く到着する事ができたのは怪我の功名と言った感じか?

 現地到着後、昼食の時間まで各自自由行動となり女性陣は揃って買い物に出かけて、ジュネット中尉も入用の物があると一人で行ってしまったので絶賛一人ぼっち中だ。

 まぁいい機会だしこの自由時間を利用して宇宙世紀の街並をじっくり堪能しよう。なんだかんだで完全にフリーな時間って今までなかったもんなぁ。

 

 それから少し街中を歩き、面白そうな店に入っては何か良さそうな物はないか見て回る。昔ながらの民芸品などもありこういうのはいつの時代も変わらないんだなぁと感嘆しながら散策していると何処からともなく声を掛けられた。

 

「ねえねえ!お兄さん、その制服って連邦軍のでしょ!」

 

 それは小学生くらいの子供達で、どうやら俺の制服を見て連邦軍だと思い声をかけたのだろう。憧れでもあるのか男の子達は目を輝かせながら俺を見ているが一緒にいる女の子達はやっぱり軍人は怖いのか少し後退りしている。

 

「あぁ、今はお休みで遊びに来てるけど連邦軍の軍人だよ。」

 

「うわぁー!本物だぁー!」

 

 数人の子供達が俺を取り囲み四方八方から質問を浴びせてくる。やれ「パイロットなの?何に乗ってるの?」とか「ジオンって怖いの?」とかあれこれ聞いてくるので返答が間に合わない。

 

「あー、ちょっと待って。一斉に質問されたら返事ができないよ。」

 

 子供達を落ち着かせ順番に答えていく。流石にMSパイロットやってるよとは機密的に言えず取り敢えず戦闘機乗りと嘘をついたがそれ以外の質問には丁寧に答えていく。

 

「ねぇ、早く戦争終わらないかなぁ?」

 

 一人の少女が悲しそうな顔をしながら質問をしてくる。

 

「あのね、お友達のお父さんね。兵隊さんになって今も戦ってるんだって。お家に帰って来なくてお友達がねすっごく泣いてるの。早く戦争が終わったら帰って来れるんだって。ねえお兄さん、いつになったら戦争終わりそう?」

 

 大人達が、いや一部の軍人達が勝手に始めた戦争だ。子供達からしたら親や友達と離れ離れになったり最悪今生の別れになったりもするだろう。子供達からしたら早く終わって欲しいって思うのは当然だ。

 

「うーん、偉い人達が戦争やめて仲良くしよう!って言ってくれたらすぐに終わるんだけどね、でもみんな怒ってるから中々上手く行かないんだ。」

 

「変なの!みんなで手を繋いだらすぐ仲良くなれるのに、ね!」

 

「うん!」

 

 子供達はみんなで手を取り笑い合った。確かにそうだ、上にいる人間達が利権だとか既得権益を維持しようとして、それに反発する人がいて喧嘩になって。スケールが大きくても実際はそんな小さな尺度で語れる戦争なのだ。

 スペースノイドの独立、連邦の支配からの脱却、そんな事も最初から連邦政府が話し合いで解決できたらこんな戦争なんて最初から起こらなかったのかもしれない。

 原作でもしばしば腐敗した高官達が出てきたりしてたけどそれを正す事ができたら……。そんな風に考えていると子供達とは別の、聞き慣れた声が入ってきた。

 

「あら?ジェシーじゃないですか?」

 

「あっ、アーニャ。それにクロエ曹長やララサーバル軍曹も。」

 

 見ると両手に色々と抱え込んだ三人がいた。どんだけ買い物してるんだよ。

 

「シショー……なんでこんな小さな子供達と一緒に……?」

 

 おいおい、なんか目つきが失礼な感じがするんだが。まさか昨日のロリコン疑惑が未だに効いているのか?

 

「あぁ、散歩してたら子供達に声をかけられてね。そうだよねみんな!?」

 

 子供達に確認を取らせることで俺の身の潔白とロリコン疑惑を払拭させる、なんかやり方が汚い気がするけど仕方ない。

 

「うん!お兄ちゃんと早く戦争が終わると良いなって話てたの!」

 

「へぇー、シショーもいいことを言うんですね。」

 

「おいおい、普段は悪いことしか言ってないみたいじゃないか!」

 

「ははは!すまないねシショー!」

 

 ララサーバル軍曹の笑い声に釣られて子供達も笑い出す、結果的にオーライか。

 

「そうですね、早く戦争が終わってこの子達が平和に暮らせる世界にしないと。」

 

 未来を見据えて遠くを見つめるアーニャ、子供達がせめて平和に暮らせるように少しでも頑張らないとな。

 

「お姉ちゃんみたいな子供も連邦軍に入ってるの?」

 

「うんー?お姉ちゃんは子供じゃないですよー?」

 

 いつぞやの風景を思い出して堪らず吹き出した、クロエ曹長も吹き出すのを我慢して口を抑えている。

 

「えー!ウソだー!俺の兄ちゃんとおんなじくらいの背してるもん!」

 

「あのね〜?お姉ちゃんは15歳なんだよー?君のお兄ちゃんは何歳かな?」

 

「10歳!」

 

 流石に今の一言で三人とも大笑いしてしまった、アーニャの方を見つめると今までになく青筋を立てて笑っている。顔は笑っているが絶対に心は煮えくりかえってるなこれ。

 

「三人とも、後でお話しがあるので覚えていてくださいね?ねぇ?」

 

「はい……。」

 

 後で説教コースだろう、そんな事を思いながら子供達と別れを告げて昼食の場へと向かった。

 

 

 

「さて、三人とも何か言い残すことはありますか?」

 

「……。」「……。」「……。」

 

「い、一体何があったんだ?」

 

 レストランに集まった俺達の怯えた表情を見てジュネット中尉が困惑していた。

 

「ジュネット中尉は気にしないで大丈夫です。」

 

「りょ……了解。」

 

 触らぬ神に祟りなし、そう直感したジュネット中尉は俺達から少し椅子をずらし外を眺めている。逃げたなコンチクショウ……!

 

「いやー隊長、あれは仕方ありませんって。」

 

「な!に!が!仕方ないんですか!」

 

 基本的に身長関連の話題がNGなのか普段は温厚な方のアーニャもこれにはムキになる。

 

「だってさ、身長の話で子供のお兄ちゃんと一緒の背丈だって言われてさ『私は15歳だけど貴方のお兄さんは何歳?』って聞いて『10歳!』って即答が来たんだよ?思わず笑っちまうよこんなの。」

 

「ブッ……!」

 

 横からジュネット中尉が吹き出した、そりゃそうなるよね。

 

「ジュネット中尉!?貴方もですか!?」

 

「す、すまない。悪気は無かったんだが……。」

 

「もう!なんなんですかみんなして!」

 

 ぷんぷんと怒るアーニャであったが、そういうムキになるところが原因じゃないかなと思ってしまう。実際本当に成長するかは別として成人するまでまだ時間あるんだしそんなに悲観しなくても良いと思うが。

 

「まぁまぁ隊長も怒ってばかりいるとカルシウムが足りなくなりますよ!カルシウムってのは身長伸ばすのに必要なもんだから怒って消費してたら勿体ないよ!」

 

「えっ?そうなんですか……?」

 

 幾らなんでも必死すぎる……まぁララサーバル軍曹の誘導を間に受けてこのまま沈静化してくれると助かるが。

 

「怒ると身長に悪い……。」

 

 ブツブツと呟きながら急激に大人しくなっていく、どうやら何とかなりそうだ。流石に何回もこんな事になるのも面倒なので身長に関してはもう弄らないようにしよう、そう思いながらみんなで昼食を取った。

 

 

 

それからみんなで部隊で必要になりそうな日用品などを購入しジープに積み込んで帰路へ着こうとしたら先程の子供達が見送りに来ていた。

 

「お兄ちゃん!お姉ちゃんバイバイ〜!」

 

「バイバイ〜!」

 

 大声で俺達に手を振る子供達、みんなにこやかな顔で手を振り返す。

 

「また会いに行きます!」

 

「元気にしてるんだよ!」

 

 子供達は俺達が見えなくなるまで手を振っている、俺達もまた子供達が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

「次にあの子達と会う時は平和な世界になっていると良いですね。」

 

「……あぁ。」

 

 せめてあの子達が戦場に行くことのない、そんな平和な世界にさせたいと願い。俺達は街を後にした。

 

 

 

 そして基地に戻ってから数日が過ぎたある日の事である、俺達第774独立機械化混成部隊は司令室に呼び出された。

 

「第774独立機械化混成部隊よ。集合したようだな。」

 

「司令、本日はどのような御用件で?」

 

 アーニャが司令官へ質問をする、本来独立部隊である俺達は殆ど自由行動で動いてるためこうやって司令室に呼び出される事は非常に稀なことだった。

 

「それについてはこちらから話そう。」

 

 声がした方へ振り返るとそこには……。

 

「コーウェン准将!?」

 

「今は昇進して少将だがね、久しぶりだなアンダーセン少尉。」

 

 あのコーウェン准将……っと今は少将か。彼が俺達を呼び出したってことは……?

 

「突然の話であるが、君達第774独立機械化混成部隊に現在試作段階へ移行した新型量産機の実動試験を伴った敵基地攻略作戦をお願いしにやって来たのだ。」

 

 そう言って少将は俺達に新型量産機と思われるデータが入った端末を渡してきた。それを確認して俺は驚愕する。

 

(これは……ジム!?)

 

 見覚えのあるシルエットと端末に表示されたデータからジムで間違いはなさそうだ。ただエネルギーCAP技術はもう少しで完成予定だからか基本装備はビームスプレーガンから100mmマシンガンになっているが。

 それとは別にもう一つ、其処には俺の知らないMSのデータが表示されていた。

 

「一機はV作戦で現在開発中のMSをコストダウンした量産機『ジム』だ。コストダウンしたとは言え汎用性はザクより遥かに勝る。そしてもう一機は君達が鹵獲した敵MSを解析し、陸戦対応に基本性能を特化させ更に戦局に応じて装備を換装出来る様に拡張を持たせたMS『メガセリオン』。これらを君達に運用してもらいたい。」

 

 俺の知らないMS、それは確実に本来の歴史とは違う流れに突入したのだと俺を実感させるのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 大いなる獣の目覚め

 RGM-79 ジム、ガンダムシリーズを見た事がある人なら誰もが知っているだろうMSだ。本編では初登場からシャアのズゴックに貫かれるというやられ役を披露してしまいすっかりそのイメージが定着されていたりするが実際はその汎用性や信頼性から次々とバリエーションや後続機が開発され続けた傑作機である。

 ガンダムの量産化を目指しただけあって一部性能ではガンダムに引けを取らない部分もあり一年戦争末期に配属されたジムスナイパーⅡなんかはガンダムより高性能と言われたこともある。

 

 そのMSと並びに立っているこの俺の知らない新型量産機……コーウェン少将は『メガセリオン』と名付けていたが詳しく見てみると中身はこんな感じだ。

 

 元々プロトタイプグフを参考に開発されたこのMSは陸戦に特化されている仕様をそのままに連邦軍の技術で更に安定性を高めていて装甲から何まで完全に連邦製である。同じプロトタイプグフを素体に造られたヴァイスリッターとは一部構造が似ており、四基のスラスターは無いが背面のランドセルに二基のスラスターが装備されており基本装備もヒートサーベルとなっている。

 

 見るべき特徴としては機体性能よりもその拡張性であり現在はテストモデルである三つのオプションパックの装備を前提としたMSである。

 

 近距離攻撃に特化したショートレンジオプションパックでは現在試作中であるビームダガー、そしてアサルトショットガンを装備し敵MSとの戦闘を前提として白兵戦仕様となっている。

 

 そして中距離攻撃、支援用のミドルレンジオプションパックでは100mmマシンガン、地上用ハイパーバズーカ、ミサイルランチャー等の火器支援を基本的に担当するがこの仕様なら近距離攻撃も卒なくこなせるだろう。

 

 遠距離攻撃用のロングレンジオプションパックは遠距離による火器支援と狙撃対応と言った長距離に対応したものとなっており、ボルトアクションライフルを参考に開発し連邦陸軍で使われていた75mm砲を転用したスナイパーライフルと用途に応じて弾頭が変えられる180mmキャノン砲、それらの狙撃を安定させる為の展開式シールド装甲などスナイパー仕様となっている。

 

 

 こういったタイプのMSはグリプス戦役末期に開発されたゼク・アインやガンダムF90みたいな本来もっと先に実装される開発形態の筈だが、先日俺と話をした時のアイデアをそのまま採用したらしく試作段階ではあるもののMS単機での拡張性は破格の物である。

 

「どうかね、少尉の意見を参考に開発したのだがね。」

 

「正直驚いてますよ、まさか自分の言ったアイデアからここまで完成度の高いMSに出来るなんて……。」

 

 しかも本来なら開発されることないMSだ、俺にとってはその事の方が驚きである。ジムにしてもそうだが本来今の時期に開発されているのはガンダムの規格に合わなかった部品から製造からされた陸戦型ジムや陸戦型ガンダムである。それにしたって後一ヶ月か二ヶ月は先の話の筈なのに今の時点で試作段階とは言え二機の量産機を開発するなんて……。

 

「へぇ……シショーがアイデア出したのかいこのMSは。」

 

「作戦内容に応じて武装を変更し対応する……確かに面白い設計思想ですね。これなら作戦を立案する際にも幅広く戦術を取り入れられますね。」

 

「君達第774独立機械化混成部隊にはそれぞれ一機ずつジムとメガセリオンを配備する。これを受領し友軍のMS部隊と共にMS実働試験を伴った敵基地への強襲を仕掛けてもらいたい。」

 

「友軍もジムやメガセリオンで出撃するんですか?」

 

「そうだ、テスト部隊は多い方が良いのでね。シミュレーションで良い成績を出しているパイロットばかりだが実際の出撃は今回が初めてとなる。」

 

 新兵を伴っての敵基地攻略か……、攻める場所にもよるが厳しい戦いになりそうだな。

 

「それで君達には基地攻略の先駆けとして敵基地上空からのパラシュート降下で強襲をかけてもらいたいのだ。」

 

「えっ。」

 

 思わず間の抜けた声が出てしまった、パラシュート降下ってあの08小隊でやったあれだよな?

 

「非公式な記録となるが人類初のMSによるHALO降下だ。誇るべき偉業となるだろう。」

 

「あの、テストとかはしてるんですよね?」

 

 なんかもうやる前提みたくなってるんだがそれなら流石にテストくらいはしている筈だよな?

 

「その点なら安心したまえ、君達が奇襲を受けた際に取れたデータから耐久面などを考慮し被害の出ない高度からパラシュートを展開させられるように設計してある。シミュレーションでも問題無かった。」

 

 と言うことはつまり……。

 

「ぶっつけ本番……と言うわけですか?」

 

「そうなるな、君達の奇襲と同時に四方から合計6つの小隊が攻め入る手筈になっている、編成は後程知らせるが何か質問はあるかね?」

 

「愚問ではありますが一つだけ。何故我々第774独立機械化混成部隊がパラシュート降下の要員に選ばれたのですか?」

 

 アーニャの質問、確かにそれもそうだ。非公式な記録になるなら別の部隊にやらせて公式の記録にしてそれこそレビル派の部隊にでもやらせれば功績が残るだろうに。

 

「エルデヴァッサー少佐の意見もごもっともだ、本来なら我々の部隊から選出すべきであったのだがゴップ閥の活躍を妬む者もまたいるのだが、彼らは君達をこの危険な作戦に投入させる事であわよくばと狙っているのだよ。」

 

「なんだいそりゃ、つまりアタイ達に死にに行けと命じてるようなもんじゃないか!」

 

「ララサーバル軍曹、口を慎みなさい。」

 

 アーニャが怒るララサーバル軍曹を制止する。まぁ彼女の怒りも分かる、つまり俺達が活躍すると困る連中がいて、この作戦での失敗か或いは戦死を狙っていると言うことだ。心良く思う訳がない。

 

「いや、良いのだよ。実際私も苦言を呈したくらいだからな。今は派閥がどうこうと言っている場合ではないと言うのに。」

 

 その喋り方には本当に俺達の身を案じるように嘆かわしさが込められていた。それを察したのかララサーバル軍曹も「申し訳ありませんでした。」と畏まり敬礼をするのだった。

 

「困難な任務となるが君達ならやり遂げられると信じている、だからこそ私も敢えてこのような任務を通したのだ。仮に大成功でもしたら君達の活躍は不動のものとなるだろう。」

 

「閣下のご期待に応えられるよう我ら第774独立機械化混成部隊奮闘致します!」

 

 アーニャの敬礼と同時に部隊全員で敬礼をする、コーウェン少将もそれに返礼した。

 

「作戦の決行は7日後だ、それまでに機体の慣熟と調整を済ませておくように。」

 

『了解!』

 

 作戦決行日までの間に慣熟訓練を済ませておかないとな……、コーウェン少将と別れを済ませた部隊の面々は急ぎ整備ハンガーへと向かうのであった。

 

 

 

「ふむふむ……あー成る程!こう言う事かぁ。」

 

 ジムとメガセリオンの調整しながらクロエ曹長が目を輝かせながらそんな事を呟く。何がそう言う事なのかはメカニックではないので分からないが。

 

「機体周りはザニーよりも遥かに良いですね、これならザクに苦戦することは少なくなるかもしれません。」

 

 ジムのコクピットを弄りながら感心するアーニャ、正直言ってこのジムはアムロの実戦データとかを取り入れてないので完成度としては少し劣ると思っていたが俺達のデータも含め各地で戦っていた試験部隊のデータもありそれなりの水準を保っている。

 

「アタイはこのメガセリオンってのが気に入ったね、シショーのヴァイスリッターには劣るけど中々の機動性してるじゃないか!」

 

 ララサーバル軍曹はどうやらこのメガセリオンが気に入ったようだ、まぁこの人の性格なら近接戦闘とか多くなるだろうし機動性に優れたこちらを気に入ったのも分かる。

 

「少尉のヴァイスリッターもメガセリオンと規格が似通ってたのが幸いしましたね。予備パーツで何とか行けそうですよ。」

 

 元々同じ機体を基にしているからかヴァイスリッターとメガセリオンのパーツ周りは細部は違うがかなり似たもの同士だ、兄弟機と言っても差し支えないだろう。ただ見た目が白のヴァイスリッターに対してメガセリオンは青を基調としたカラーリングになっているので左腕部だけブルーのキメラになっている。

 何というかキメラな機体と縁があるな俺。

 

「どうしましょう?カラーリングは白にしときましょうか?」

 

 俺の嘆きに気がついたのかカラーリングの修正を申し出てくるクロエ曹長、どうしようか悩んでいると。

 

「そのままで良いんじゃないかい?一部だけカラーリングが違うって何かエースパイロットみたいでシショーがカッコよく見えないかい?」

 

 ほう……と思わず感心する、確かに完全白のカラーリングもそれはそれで格好良いがこれはこれで確かに面白いかもしれない。一部のカラーリングが違うことで敵にも左腕部に何かあるのかも?と心理的な効果が見込めるかもしれないし。

 

「格好良いかは別として相手の意表を突くのに使えるかもしれないしカラーリングはこのままで行こう。」

 

「了解です、整合性チェックするのでそれが終わったらテストお願いしますね。」

 

 その後ジムとメガセリオンに誰が乗るかと言う話になり、アーニャとララサーバル軍曹は綺麗に意見が分かれたのもありアーニャがジムへ、ララサーバル軍曹がメガセリオンへ搭乗する事が決まった。

 ジムの安定性とメガセリオンにも劣らない汎用性の高さが気に入ったアーニャと機動性に優れた近距離装備も搭載できるメガセリオンを気に入ったララサーバル軍曹といった感じだ。メガセリオンの兵装は基本的に実弾装備ばかりなのでジムにも転用できるのが有り難かった、これでアーニャの得意な狙撃装備も搭載できる。

 

 数日の慣熟訓練と機体調整の後、シミュレーターでパラシュート効果のシミュレーションを行いながら本番への期限まで可能な限りの訓練をしミッション前日、ミデアで目標空域への移動を始める。到着までの間に最後の休息を済ませ身体を万全の状態で待機させておく。後はやれることをやるだけだ。

 

 そして作戦当時の夜明け前、大いなる獣(メガセリオン)が戦いの時を静かに待つのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 敵基地強襲作戦

《これが最後の確認になる、各機準備は良いか?》

 

「こちらエルデヴァッサー 、機体パイロット共にスタンバイ完了です。」

 

「こっちも準備万端だよ!」

 

「こちらも異常なし、後は降下するのを待つだけだ。」

 

 現在時刻は0845、降下予定時刻まであと15分を切っている。これがミデアとの最後の通信になるだろう。

 

《これより第774独立機械化混成部隊は敵基地にパラシュート降下による奇襲をかける、敵基地は戦略上重要拠点では無いためMSの数は多いが警備は手薄との情報が入っている。なので敵が上空からの強襲に気付いても対空砲による迎撃は間に合わず、仮に迎撃が間に合ってとしても想定された火力よりも下回ると予想されている。》

 

「予想で物を言われてもねぇ、降りた途端蜂の巣なんてのは嫌だよアタイは!?」

 

《安心しろララサーバル軍曹、既にメガセリオンの狙撃兵装を装備した小隊が狙撃ポイントで待機している。仮に敵拠点の対空迎撃が通常通り稼働してたとしても彼らが無力化する手筈だ。》

 

「そういう事は早く言っておくれよ、肝が冷えたじゃないか。」

 

 悪態を吐くララサーバル軍曹であったが味方からの援護があると聞くと一転安心したようだ、確かに対空迎撃で蜂の巣にされたら何の為の降下作戦なのかわからないからな。

 

《降下5分前。機内の減圧が完了した、後部ハッチを開くぞ。》

 

 ゆっくりと後部ハッチが開く、開いた先には一面の青空が広がっていた。

 

「綺麗ですね……。」

 

「あぁ、状況が状況じゃなければずっと見ていたいくらいだが……。」

 

《降下1分前、パイロットは降下準備に入れ。》

 

 固定ロックを解除し後部まで移動する、いよいよ降下となると流石に緊張するな……。

 

《降下10秒前、全て正常オールグリーン!》

 

「各機、降下準備!」

 

 アーニャの声で降下準備に移る、いよいよ作戦が始まる……!

 

《カウント5,4,3,2,1,0!鳥になって来い、幸運を祈る!》

 

「全機!出撃!」

 

「了解!」

 

 ジュネット中尉の言葉通り、俺達は鳥になった。

 

 

 

「ヒャッホォォォォォ!」

 

 雄叫びを上げながら降下するのはララサーバル軍曹、相変わらずのテンションで何よりだ。こちらはこちらで叫んでいる余裕はないくらいビビっているのに。

 

「ア、アーニャ!本当に大丈夫なんだよなこれ!?」

 

「信じるしかありませんよジェシー!疑っても待っているのは墜落だけですからね!?」

 

 そりゃそうだ!こうなったら覚悟を決めて降下するだけだ。下を確認すると敵基地が見えてきた。

 

「敵基地視認!対空迎撃はまだされていない!」

 

「そうじゃないとこんなのやってらんないからねぇ!絶好のチャンスだよ!」

 

「二人とも!そろそろ目標高度に達します!パラシュート展開の準備を!」

 

 計器を見てあらかじめ設定された高度までの数値を確認する、目標高度から少しでも展開するのが遅れたら安全に着地できる保証がなくなるし、かと言って早く開いたら敵の良い的だ、目を離さず目標高度に達するのを確認!そして……!

 

「パラシュート展開!」

 

 物凄い勢いでパラシュートが展開される、ブースターを起動させ勢いにセーブを掛けると共にスラスターで細かな姿勢制御と目的地点への方向転換をさせる。

 そして基地全体に警報が鳴り響く、どうやら俺達の存在に気づいたようだ。

 

「気付くのが遅かったな!そろそろ地面だ、みんな衝撃に備えろ!」

 

 ブーストを全開にし着地の衝撃を最小限に抑える、それと同時にパラシュートパックを破棄し武装コンテナから装備を取り出すとミサイルランチャーを基地に発射する。

 

「よし!これで味方部隊への狼煙代わりになるだろう!」

 

「まずはMS部隊の出撃を抑えます!整備ハンガーへ向かいましょう!」

 

「了解!」

 

 三機で密集して敵の砲撃を掻い潜りながら整備ハンガーを目指す、その最中他方からの砲撃音が響き続ける。どうやら他の部隊も攻撃を開始したみたいだ。

 

「隊長!前方にザクと青い奴だ!」

 

「押し通ります!迎撃準備!」

 

 前回はグフの機動性に辛酸を舐めたが今回は同じようには行かせない!弧を描くように俺はザクから距離を置き牽制に移る。

 

「よし、ザクは釣ったぞララサーバル軍曹!」

 

「よっしゃあ!目に物見せてやるよ!」

 

 近接装備のメガセリオンで出撃しているララサーバルがグフへ突撃する、フィンガーバルカンを避けながら一気に距離を詰めビームダガーで攻撃すると装甲を削られたグフは堪らず後方にブーストして距離を取った。だがーーー

 

「着地点さえ分かれば……!」

 

 アーニャのジムのハイパーバズーカが直撃しグフは爆散する、その間に俺はヴァイスリッターでザクを攻撃し無力化させた。

 

「よし!このまま突き進むぞ!」

 

 敵は混乱状態にあるのか抵抗らしい抵抗もなく優勢のまま制圧が進んで行く。

 

「おっ!アンタらが774部隊か!援護に回るぜ!」

 

 進軍方向へ同じく進んでいた援軍と出くわした、MS部隊同士での共闘がここまで嬉しいなんて思わなかった。今まで俺達だけだったもんなぁ。

 

「駄目ですよ隊長、この部隊の人たちはベテランなんだからもっと丁寧に喋らないと!」

 

 聞こえてきたのは若い青年の声だった、どうやらメガセリオンに搭乗しているパイロットのようだ。

 

「黙ってろグリム伍長!戦場にベテランもクソもあるかってんだ!」

 

 隊長に怒られたグリムと呼ばれた伍長は「すみません」と謝るとこちらに通信をしてきた。

 

「貴方達の噂は聞いています、ご一緒出来て光栄です!」

 

「嬉しいことを言ってくれるなぁ、だけど今は作戦行動中だから集中しよう。まだ完全に制圧出来てないんだ。」

 

「あっ、そうですね。つい興奮してしまって!」

 

 緊迫した空気が少し和んだその時だった、突如前方から大爆発が起きる。

 

「な、なんだ!?」

 

「これは……!?爆弾か何か……!?全機防御態勢に移り後退を!」

 

 シールドを構え後退して距離を置こうとしたその時だった。コクピット内に警報音が鳴り響く。

 

「ロックオンされた!?各機散開しろ!狙われてるぞ!」

 

 ブーストを吹かせ回避行動に移るが何機かは反応が間に合わず立ち止まってしまう。

 

「止まっては駄目です!回避を!回避行動を取ってください!」

 

 アーニャの声も虚しく不意を突かれた三機の仲間がバズーカの直撃を受ける。

 

「あぁっ!隊長!みんな!」

 

「行っちゃダメだよ!ここは引くんだ!」

 

 俺達と共に回避できたのはどうやら先程通信をして来たグリム伍長と呼ばれた青年だけのようだ、他の機体からは応答が途絶え煙幕から安否も確認できない。

 

「煙幕が晴れたら反転攻勢を掛けます、各機攻撃準備を。敵も同じ事を考えている筈です、油断をしないように!」

 

「了解!」

 

 バズーカ砲で発生した煙幕が徐々に晴れ敵MSが姿を現した……其処には三機のグフ、内一機はサンドカラーをしたカスタム機であった。間違いない……コイツはエースだ!

 

「全機攻撃態勢!気をつけてください……あの機体他とは違います!」

 

 こちらの動きに呼応するように敵も攻撃を仕掛けてくる、一機が弾幕を張りこちらを分散させると二機のグフが手薄になったララサーバル軍曹のメガセリオンに攻撃を仕掛ける。

 

「こなくそー!やられてたまるかってんだ!」

 

 ヒートサーベルを取り出してグフに近接戦闘を仕掛ける、こちらも敵機の分散を狙い火器を構えるが位置取りが悪いのと援護に入っているグフが邪魔で手を出せない。

 

「グリム機!援護に入ります!」

 

 上手く相手の射線を躱したグリム伍長がララサーバル軍曹の援護に入る、敵は一旦後退し陣形を整えて再度砲撃に移った。

 

「クソ……!トリプルドムならぬトリプルグフがこんなに厄介だなんて……!」

 

 黒い三連星が相手で無いのが救いだがこのグフのパイロット達の練度もかなり高い。他のMS相手だと何処かしらで付け入る隙が発生した時に叩けるのだがコイツらは互いに隙を埋めあって間髪なく攻撃を仕掛けてくるので息を吐く暇すらないのだ。

 

「一か八か……突撃するしかないか?」

 

ヴァイスリッターの出力を最大にして突撃を掛ければ敵の隙を作る事はなんとか可能だろう。そこをみんなが抑えてくれれば……!

 

「アーニャ!ヴァイスリッターで突撃を掛ける!敵の隙をついて攻撃出来るか!?」

 

「そんな……危険ですジェシー!」

 

「このままじゃジワジワ削られるだけだ!それにまだ基地も制圧出来てないんだ、時間をかけてたらこっちが危ない!」

 

「くっ……分かりました、無茶はしないでください……!」

 

「分かってる!」

 

 ヒートサーベルを構え、出力を上げグフに近づく。相手のグフもヒートサーベルを構えこちらに斬りかかろうとする瞬間、ヴァイスリッターの出力を最大に上げて上空へ飛翔する。敵はこちらを一時見失い上空だと気づき攻撃を仕掛けようとするが、そこで最大の隙が出来た。

 

「今だ!」

 

「全機!一斉射!」

 

 砲撃と銃撃の嵐が敵を襲う、二機のグフは爆散し残るはカスタム機のグフだけだ。

 

「これで終わらせてやる!」

 

 着地と同時にグフに向けヒートサーベルを振りかざすが敵も対応しこちらと鍔迫り合いを起こす。流石はエースだ、隙をついたのに的確に対応を返してくる。

 グフは出力を上げこちらを圧倒してくる、着地後の攻撃というのもあり姿勢制御が甘いこちらの方が分が悪い。チャンス一転こちらがピンチになった、その時だ。

 

「当たれぇ!」

 

 メガセリオンのバズーカ砲がグフを直撃、爆発する前に距離を置く。

 

「助かった!ありがとう!」

 

 機体を確認するとグリム伍長のメガセリオンだ、上手く援護してくれたおかげで何とか勝つことができた。正直エース相手にアムロやシャアみたいな立ち回りなんて出来るわけないので卑怯と言われようが多勢で圧倒するべきなんだよな。と言うか物量で押してなんぼなのが連邦軍だし。

 

「隊長達は……!」

 

 そうだった、攻撃を受けた小隊メンバーは助かっているのか?そう思って辺りを見回すと大破したジムとメガセリオンを発見する。

 

「隊長!応答してください!みんなも!誰か生き残ってないんですか!?」

 

 グリム伍長の必死の呼び掛けも虚しく応答は無かった、俺はアーニャに援護を頼むとヴァイスリッターを使い無理矢理コクピットハッチをこじ開ける。……、全ての機体を確認し大きく息を吐いてからグリム伍長に通信を入れる。。

 

「すまないグリム伍長……みんな死んでいる。」

 

 コクピットの中はどれも悲惨な事になっており、とてもじゃないが寝食を共にしたであろうグリム伍長に見せられるものではなかった。

 

「そんな……。」

 

「……ッ。残念ですがグリム伍長、まだ作戦行動中です。我々にはまだ仲間の犠牲に悲しんでいる暇はありません。良いですね……?」

 

 自分も辛いだろうに心を鬼にして作戦継続を促す。

 

「了解です……!隊長達の犠牲を無駄にしない……為に……!」

 

 怒りを飲み込みながら頷くグリム伍長、彼らの犠牲を無駄にする訳にはいかない、まだまだ攻撃を続けなければ。

 俺達は急ぎMS整備ハンガーへと向かい攻撃を開始する。その後は呆気なく、整備ハンガーは誘爆が誘爆を引き起こし崩壊していく。敵機の出撃を抑えるための攻撃だったが正直言ってやり過ぎてしまったがもう後の祭りだ、敵機体を鹵獲でも出来ればと思っていたがこれはもう無理だろう。まぁ新型でもいない限り今更ザクやグフを鹵獲しても大きな意味はないか。

 

《こちら連邦軍第3独立MS小隊、基地中枢の制圧が完了した。ジオンの残存勢力は速やかに投降せよ。捕虜の扱いは南極条約に則る。繰り返す、こちらはーーー》

 

 基地内のスピーカーから味方部隊の基地制圧の放送が入る。どうやら大局は決したみたいだ。敵の残存部隊は逃げ惑う者、投降するもの、抵抗する者と一時混乱状態に陥ったがやがて沈静化した。俺達の勝利である。

 

「勝った……か。」

 

 結果で言えば圧倒的勝利であろう、30機程のMSで敵基地を数機の犠牲だけで制圧できたのだから。だがそれは上層部の書類上での話であって下っ端の俺達にとっては苦い勝利だった。

 

「隊長……みんな……うぅぅっ……!」

 

 遺体収納袋に包まれた仲間を前に泣き続けるグリム伍長、会話したのはものの数分だけだったが俺達もまた悲しみに包まれていた。

 

「全く……やるせないね。戦争だから誰かが死ぬのは分かるしアタイ達も大勢殺してきたけどさ……。」

 

 ララサーバル軍曹の言葉に俺は頷く、殺して殺されてを繰り返し見てはいるがやはり味方が殺されてなんとも思わないと言う事はない。敵は殺しても喜べて仲間が殺されたら悲しむ、それはおかしな話ではあるのだろうけど。悲しいものは悲しいのだ。

 

「それでも戦い続けるしかありません、犠牲になる人が少しでも減るようにと……。」

 

 大勢の人間が犠牲にならないように、この犠牲を無駄にしないようにと。自分達に納得させて進まなければならない。そう思っていた時だ。

 

「見事な勝利だったな、フロイライン。」

 

 長らく聞いていなかった声、その声の主は……。

 

「ゴップ将軍!?」

 

「叔父様!?どうして此処に!?」

 

 ジャブローのモグラが穴の中から出てきたのか!?と言うか大将がこんな前線に来て大丈夫なのか?いや、レビル将軍とかは率先して前線にいたけどさ。

 

「なに、自慢の部隊が大活躍すると聞いてな。年甲斐もなくはしゃいで見学に来たのだよ。」

 

 はしゃいでってそんな子供の運動会じゃあるまいし……。

 

「君も頑張っているようだなアンダーセン少尉よ、無理を通して新型を造らせた甲斐があったと言うものだ。」

 

「ヴァイスリッターに込められた将軍の意志を無碍には出来ませんからね。」

 

「ふん、一人前の台詞を言うにはまだ早いと思うがね。戦争はまだまだ激化していくぞ。今回の件で特にな。」

 

「敵も我々がMSを量産し始めたと知れば次世代機の開発を始めてもおかしくはありません、そう言いたいのでしょう叔父様?」

 

「その通りだ、敵がまだ我々への対策が出来ていない内に反転攻勢をかけて勢力圏の奪還を目指す。今回私が赴いたのもそれが理由の一つだ。」

 

 ん?敵が連邦軍のMSの対策が出来ていない内に攻撃をかけるってのは分かったが、どうしてそれが此処に来た理由の一つになるんだ?そう疑問に思っているとゴップ将軍が口を開いた。

 

「第774独立機械化混成部隊は本日より極秘でのMS運用試験部隊としての任を解き、これより独立遊撃部隊として活動してもらう。」

 

 それは、これまで以上の激戦を予想させる一言だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 狂気の芽生え

いつも視聴してくださってありがとうございます、お陰様でUAも8000以上になり驚いております。
お気に入りに登録してくださった方、毎話誤字脱字の報告をしてくださる方、感想をくださる方、感謝してもしきれません。
今後もマイペースではありますが頑張って投稿して行くので今後ともよろしくお願いします。

本編は今回ジオン回となります。





 宇宙世紀0079年6月某日、サイド6のパルダコロニーに新設された『フラナガン機関』と呼ばれる研究所に俺はいる。

 ニュータイプと呼ばれる一種のエスパー能力に似た力を持つ人間の存在が認知され、その研究の為に俺と同じように適性があると見込まれた年齢性別を問わない多くの人間が此処に招集された。

 適性と言っても一纏めに出来るものでなく、回避行動に優れた者、人の敵意を察知する者、相手の心を読む者など人によって得意な能力は異なる。人の敵意は読めても心までは読めなかったり、或いは回避行動が上手く出来なかったりとニュータイプ適性がある人間全員が同じような能力を持っているということではないらしい。

 

「ジェイソン・グレイ少尉、次のテストの準備が出来ましたので研究室にお入りください。」

 

 職員の声に従い研究室に入る、元々曹長だった俺だがフラナガン機関に配属されると同時に昇格した。功績も挙げていないのにおかしな話だが民間人上がりのニュータイプ適性持ちの人間も階級を与えられている為戦力として扱うにあたって他の部隊の士官に邪魔されない為の措置なのだろう。

 

「脳波を調べます、そのままの状態で待機してください。」

 

 何度目かの脳波チェック、曰くニュータイプは独特の脳波を出しておりニュータイプ同士で念話みたいな事が出来ているのはその脳波のおかげと言う事らしい。それの軍事利用が出来ないかと研究者達は躍起になっているが経過は芳しくないらしい。

 脳波チェックを済ませた後は様々な身体検査、投薬検査などを行う。まるでモルモットだがこれもニュータイプとして連邦を倒す為のものと考えれば我慢できる。

 

「お疲れ様でした、本日の検査は以上です。自室に戻ってよろしいですよ。」

 

「了解、失礼します。」

 

 職員に別れを告げ、自室へと足を運ぶ。一人で住むには勿体ないくらいの広さの部屋だ、余計なストレスを溜めない為の措置なのだろう待遇は悪くない。ただ一人部屋の筈が部屋には既に客が二人もいた。

 

「グレイ、遅い。」

 

「ヘルミーナがカンカンですよ、お兄さん。」

 

 其処にいるのは俺が初めて会ったニュータイプの双子の少女、姉のマルグリットと妹のヘルミーナだ。初対面以降なにかと二人の面倒を見る事が多くなり今では勝手に部屋に入り込んで好き勝手している。

 

「遅いと言われてもな、検査だし仕方ないだろ?」

 

「言い訳は嫌い。」

 

 姉の方はそうでもないのだが妹のヘルミーナは俺に対して拗ねる事が多い、今まで姉しか遊び相手がいなかった反動か、やたらと俺に絡んでくる。

 だが彼女達の生い立ちを知れば仕方のない事かもしれない、何と彼女らは見た目に反して俺と年齢はそう変わらないのである。俺が19歳で彼女らは17歳だと言っていた、だが見た目からはとてもそうは見えないのだ。よくてジュニアスクールの高学年にしか見えない。

 その原因が虐待による栄養失調による発育不良だと知り、彼女達がこの年になるまで殆ど他人と関わる事が無かったとも聞いた。他人とのコミュニケーションに飢えているのだろう。

 

「グレイ、失礼な事考えてる。」

 

「おっと、無闇に心は読むなよヘルミーナ。何度も言っているが必要な時だけ心は読め、無闇矢鱈に心を読んでると自分の中だけで終わっていくぞ。」

 

 最初に会ってから一週間と数日、最初の内はテレパシーで会話する事もあったが彼女達はそれに慣れすぎていて会話するという普通のコミュニケーションが苦手なのであった。人として普通の生活を送らせたいと思う老婆心から極力心を読まず、思った事は口に出して自分の感情を吐き出してくれと頼んだのだ。

 

「安心してお兄さん、この子は言いつけ通り心を読んでないですよ。お兄さんの顔を見て言ったんです。」

 

「姉さん、余計なことは言わない。」

 

 感情豊かになったと言えばそうだろう、最初に会った時は人形のようだったが今では世話の焼ける妹達といった所だ。

 

「それはすまなかったなヘルミーナ、お詫びに菓子でも持ってこようか?」

 

「子供扱いは嫌。」

 

「実際子供だろう、少し待ってろ。職員に言ってなにか貰ってくる。」

 

「一緒に行く。」「私も行くわ。」

 

 結局三人一緒に部屋から出ることに、職員がいる部屋はそこそこの距離だが散歩がてらに丁度良い。そう思いながら歩いていると道中で広間に人だかりが出来ていた、何か騒いでいるようだが。

 

「何かあったのか?」

 

 見知った顔の少女がいたので話し掛ける、彼女も俺達と同じニュータイプの素養があるパイロット候補の人間だ。名前はマリオンと言ったか。

 

「グレイさん、それにマルグリットさんやヘルミーナさんも。……あれを見てください。」

 

 マリオンが指を差した方向に目を向ける、そこにはモニターに映し出されたMSの姿があった。

 

「これは……ジオンのMSじゃない……!?」

 

「味方の基地が襲撃された際に広域通信でなりふり構わず監視カメラの映像を味方に送ったみたいで、連邦軍のMSらしいです。」

 

 映像を食い入るように見つめる、敵のMSはザクをいとも容易く打ち破り生産が開始されたばかりのグフが相手でも引けを取らずにいる。こんなMSを量産しているとすればかなり脅威だ、そう思っていたら一瞬気になる映像が映った。

 

「すまない、今の映像少し戻せるか?」

 

 この映像を持ってきたと思われる職員にそう頼み少し前のシーンに戻す。

 そこには味方のザクのマシンガンを左右にジグザグと躱しながら接近し一気に切りつける白い機体があった、この動き……多少の差異はあるが俺の隊長だった人物が得意とした戦い方だ。敵の砲撃に対して左に避け相手が左から狙いをつければ右に飛び距離を詰める。この白い機体はそれと似たような動きをしているのだ。

 それが意味すること……つまりは……。

 

「あの時の連邦軍のパイロットか……!?なぁ、この映像は何処の基地からの映像なんだ!?」

 

「北米と南米の境だったか、中米のどこかの基地らしいが。」

 

 曖昧な答え方をした職員だがその情報だけで確信を持った、あの白い機体は隊長と仲間を殺した機体に乗っていた奴だ……!俺の中に復讐心が滾って来るのがわかる。

 

「なにを騒いでいるんだ?」

 

 研究者の一人がざわつきに気付き同じくモニターを眺める。

 

「これは……連邦軍のMSか!」

 

 食い入るように研究者は連邦のMSの動きを確認していく、ブツブツと何かを呟きながら映像を見終わるとマリオンに気付いたのか彼女に話し掛ける。

 

「いたのかねマリオン、この映像を見たな?敵のMSは脅威だ、EXAMの完成を急がねばならんな、手伝ってもらえるか?」

 

「はい、博士!」

 

 博士と呼ばれた男と共に俺達に一礼してこの場を去って行くマリオン、その時その男からポツリと消えるような言葉が聞こえた気がした。

 

「これでは連邦のMSの方が優秀では無いか……EXAMを完成させる為には……。」

 

 その言葉の真意が明らかになるのはこれから数ヶ月先の話であり、この時の俺はまだ気付かずにいた。何より俺自身もこの白い機体への復讐心で一杯であったから余計に気を割いてる余裕など無かった。

 

「お兄さん、その不快なプレッシャーを早く抑えてもらえませんか。周りの子が怯えています。」

 

 マルグリットの声で我に帰る、連邦への殺意を周りに撒き散らしていたようだ。周りからすれば抑制の効いていない俺の意識は毒でしかないだろう。

 

「あぁ、すまない。敵意が抑えきれなかった。」

 

「『敵』を見つけたんだね、グレイ。」

 

 ヘルミーナの言葉に「あぁ。」と頷く、ニュータイプとしての直感だと信じたいがあの白い機体は間違いなく隊長達を殺した奴だ、当面の敵として認識するには十分だ。

 

「何とか地球に戻りたいな……。」

 

 サイド6から地球では距離があり過ぎる、何よりあの白い機体のパイロットがいつまで中米にいるかすら分からないのだ。時間がかかれば下手をすれば誰かに討ち取られるかもしれない。それでは復讐が出来ないのだ。

 

「だったら強くなるしかないよ、グレイ。」

 

「私達も協力しますよ、お兄さん。」

 

 二人が協力を申し出る、現在ニュータイプ試験用のMSが順次開発中でそれのパイロットとなる事が出来れば地上に転属願いを出す事が可能かもしれない、いやそれ以外でもパイロットとして優秀な成績さえ出せれば何とでもなる筈だ。

 

「そう言ってくれると助かるよ二人とも。だけど何でわざわざ俺の為に?」

 

「家族だから。」「家族同然だからですよ。」

 

 二人して同じことを言う、俺の事を家族として見てくれているという事か。兄妹はいなかったが妹がいたらこんな感じなんだろうなと思った。

 そんな事を思っている俺を見ながらマルグリットがクスクスと笑っていた。何が面白いのかその時の俺は分からなかった、この笑みの意味を知るのは戦争の末期になる。

 

今はこの連邦の白い機体を倒す事が俺の目標となっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 変わる世界

 例えばの話だ、ギレンの野望で敵の特別拠点がフラグなど無しで何処からでも攻め込めるとなったらどこから攻めたいと思うか。今回俺が直面したのは正にそんな感じの悩みだった。

 まず結果から話そう、色々と歴史改変の為に動き新型量産機の開発という本編の流れをぶった斬るという偉業(悪行か?)を成し遂げた所までは良かった。

 その後独立遊撃隊として新たに編成し直され、ヨハン・グリム伍長を新たに隊員に加え。予備機にジムとメガセリオンが二機ずつ、それの輸送用のミデアと人員が補充され、ゴップ将軍より与えられた権限により俺達は上層部に縛られず自由な戦線で行動できるようになったのだが、結果的にこれがあまり良い結果を生まなかった。

 さて何処で戦おうかとなった時に当然だが意見はかなり出てきた。

 

 欧州奪還を目指し、然る後にジオン軍最大拠点の一つであるオデッサ攻略を狙う欧州戦線への参加。同じく東アジア経由でオデッサを目指す東アジア戦線への参加。オーストラリア大陸のジオン軍の一掃を狙っているオーストラリア戦線への参加。太平洋奪還に向けたハワイ攻略部隊への参加。それとキャリフォリニアベース奪還に向けた北米戦線への参加。

 うん、ギレンの野望でもそうだったけど敵拠点の多さにはちょっと辟易した。

 だけどシミュレーションゲームならともかくこちらは現実だ、毎ターン部隊や資源資材が回復だとか負傷中になっても数ターンで復帰とかそんな便利なシステムは無いから敵を叩ければ徐々に有利になっていく筈なのだ。

 そして原作をある程度知っているなら優先的に叩くべき拠点は限られている。

 まず思いつくのはオデッサ、マさんも言っていたが半年くらいで後10年は戦えるとか言えちゃうくらい資源を送っていたという事実からして早めに叩いておけば10年が5年、3年と短縮してくれるかもしれない。残党とかも戦うのに苦労して行く筈だ。

 次がキャリフォルニアベース、早めに北米か奪還できれば原作通りアムロ達がジャブローに降下出来ずに北米に降下したとしてもすぐ救援に行けるだろう。そうなると原作通りにガルマやランバ・ラル、黒い三連星を撃破出来なくなるしアムロの成長が無くなる可能性もあるがエースの撃破は戦線を圧倒して行けばいつかは何処かの部隊が倒してくれるだろうし、アムロはアムロで天才だし別の機会で成長していける筈だ。

 そう思い俺はみんなにキャリフォリニアベース奪還を熱く語り、アーニャの納得もあり今まで通り中米から徐々に北米へ進軍を目指して行く事となった。

 

 だが、事はそんな簡単には行かなかった。と言うか今までがスムーズ過ぎて感覚が麻痺していたが個々の局面では上手く行っても大局的な勝利と言うのは中々難しい。何処かの拠点を奪っても、隙を突かれ別の拠点が落とされたり大規模な攻勢を掛けられたりと一進一退の攻防が延々と続いたのだ。

 正直MS量産が早まった事で拠点の制圧速度が原作より早まるんじゃないかと思っていたので結構ショックだった。

 そんなこんなで月日は経って現在8月、そして現在地はなんと南米ジャブローだ。ここ最近は自分達の事で頭がいっぱいだったが戦線も一定の落ち着きを見せたので経過報告も兼ねての休暇という形で俺達はジャブローに赴いていた。

 

「あぁぁぁぁ!」

 

 突如雄叫びを上げる俺、側から見たらヤバイ奴なのだろうが実際にヤバイ事になってるので今はどう見られても構わない。俺は散歩がてら宇宙船ドックに来ているのだがそこで目にした物が余りにも衝撃的なものだったのだ。

 

「ホ……ホワイトベース……本物じゃん……。」

 

 目の前に鎮座しているのはあのホワイトベース、同型のペガサス級ではなくホワイトベースだ。今にして思えばホワイトベースもプロトタイプガンダムもこの時期にはもう完成してるしホワイトベースが此処にいてもおかしくないんだ。

 そう思いながらホワイトベースを眺めていると色々と何か積み込んでいる、気になったので近くにいる士官に声をかけた。

 

「すみません、あの船は何を積み込んでるんですか?」

 

「ん?ホワイトベースのことか、あれならサイド7にこれから向かう予定でな。物資の搬入作業中だ。」

 

「えぇ!?」

 

 そんな馬鹿な!?ホワイトベースが出航するのは9月の半ばくらいじゃなかったか!?本来後一ヶ月以上は後だぞ……!?

 

「いきなり叫んでどうしたんだ?頭でも打ったのか?」

 

 そう言って悩んでいる俺の顔を士官が覗き込む、その顔を見て俺は再度叫ぶ。

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

「おおぉ!?なんだ!?どうした!?」

 

「貴方はウ……ウゥ……!ウッディ大尉!?」

 

 俺が話しかけた士官の顔をよく見たらこの人ウッディ大尉じゃないか!さっきから驚いてばかりで脳の処理が追いつかない。

 

「あぁ、私はウッディ・マルデン大尉だが……何処かで会った事があったか?」

 

「ああ……いえ……その初対面ですけどその……。」

 

 ヤバイ、どう言い訳しよう。と言うか適当に出まかせで会ったことありますとか言っておけば良かったか。

 

「んん?もしかしてマチルダの知り合いだったか?」

 

 あっ、渡りに船だ。適当に話を合わせよう。

 

「あぁそうですそうです。以前ミデアで補給を受けた時にお会いして。素敵なフィアンセがいると写真を見せてもらいまして!」

 

「ほお……マチルダがそんな事を言っていたのか!アイツめ、俺の前ではそんな風は全く見せないと言うのに!」

 

 凄く上機嫌になるウッディ大尉、すいませんそれ嘘なんですとも言えないし話を合わせておこう。

 

「やっぱり本人を前にすると恥ずかしいんでしょうね!」

 

「そうかな?ハハハ!」

 

 よし、後はこのまま話題を逸らそう。

 

「それで、このホワイトベースはサイド7へ何を?」

 

 V作戦のMS回収なのは分かり切ってるのだが何で知っていると言われても嫌なので誘導して答えさせよう。

 

「あぁ、V作戦は知っているな?あれで完成したMSを受領しに行くのだ。ジムやメガセリオンと言ったMSよりも遥かに高性能の試作MSが数機いると言う話だが。」

 

 ガンダムも既に完成してるかぁ、今にして思えば現在普通にMS運用出来るほどのOSは完成してるから起動実験とか諸々の行程も本来の歴史よりスムーズに色々と進行しているんだろうか。こっち方面じゃ見かけなかったけど陸ガンや陸ジムも確か完成してるとか風の噂で聞いたしな。

 

「ジムやメガセリオンが量産され始めた今高性能MSの優位性などあまりないかも知れんがな。だが戦う兵士達にとっては一騎当千の力を持った存在が有ると知るだけでも有り難いというのも分かる、まぁ長たらしく言ったが結局我々はその時出来ることを精一杯するだけだな。」

 

「そうですね、自分達に出来ることを常に精一杯で。」

 

 ホワイトベース隊とのジャブローの会話でもそうだったけど現実的な物の見方が出来る人だなぁと思った、結局俺達軍人はややこしく物を考えるよりもやれる事を全力でやるしかない。

 

「お会い出来て光栄でしたウッディ大尉、マチルダ中尉にもよろしくお伝え下さい。」

 

「あぁ、そう言えば君の名前を聞いていなかったな。」

 

「ジェシーです、ジェシー・アンダーセン。階級は少尉です。」

 

「そうか、マチルダにも君に会った事を伝えておこう。それでは準備があるのですまないがここで失礼するよ。」

 

 はぁ、原作キャラとこんな所で会えるとはなぁ。と感慨深く思っていたがふと気づいた。普通にマチルダ中尉にもよろしく伝えておいてねと言ったが会ったことないの忘れてた……まぁ良いか何とかなるだろ。(ならない)

 そして考えるべき事が少し増えた、ホワイトベースがこれからサイド7へ赴くと言うことは恐らく宇宙に出たホワイトベースはシャアの偵察部隊に追跡されるだろう。V作戦の調査自体は結構前からしてる筈だしホワイトベースに狙いをつけた点から出航の月日が変わっていても察知さえすれば追跡する筈だ。

 そうなると展開に少し変更があるかもしれないけど大きな流れ的には原作通りアムロがガンダムに乗ってくれるだろうか。うーん……運が大きく絡みそうだよなぁこればっかりは。まぁさっき言われた通り自分に出来ることを精一杯やっておくしかないな、他人の心配したところでこればっかりはなるようにしかならないんだし。

 結局の所、最早変わってしまった時代の流れに今更俺が介入した所で思った通りの結果が生まれる訳ないんだから。

 

 そう自問自答にケリをつけた所でそろそろみんなの所に戻ることにした、ジャブローは広いんだけど広過ぎて道に迷いそうなんだよな。なので迷子になる前に散策は打ち切りだ、流石にこれ以上原作キャラとかに会える気しないし。

 

「おっ、シショーお帰り!」

 

「少尉、お疲れ様です。」

 

 俺達に割り当てられた待機所に戻るとララサーバル軍曹とグリム伍長が既に戻っていた。

 

「お疲れ様、流石にジャブローは広いな。道に迷う前に戻ってきたよ。」

 

「迷う前なら良いけどさ、アタイは完全に道に迷っちまったよ。グリムがいなかったらこの歳にもなって迷子の案内放送される所だったよ。」

 

 それはそれで面白そうだな、と笑っていたらグリムが溜息を吐く。

 

「当事者の僕は物凄い疲れたんですよ?道端でばったり出会した時のあのカルラさんのオーバーリアクション、最初はヘッドロックされたかと思いましたからね。」

 

「なんだい?アタイのハグがヘッドロックなんて大袈裟だよグリム!」

 

 そう言ってまたハグという名のヘッドロックをかますララサーバル軍曹、グリムも我が部隊にすっかり馴染んでくれてウルっときた。

 

「感動してる……場合じゃ……ないです少尉……!た……助けて……!」

 

「役得だと思うんだなグリム、女性からハグなんて滅多にされることじゃないぞ?……っと、冗談はさておきアーニャやクロエ曹長達は?」

 

「エルデヴァッサー少佐達なら上層部の人に呼び出されてましたよ?何でもジオンから亡命してきた博士がいるらしくて丁度都合よく連邦のMS運用と整備に詳しい二人と話しが聞きたいとかで。ジュネット中尉の方は戦術データの受け渡しで技術開発部に出頭してます。」

 

「ふーん?んん!?ジオンの亡命者!?」

 

 ジオンの亡命者なんて俺の知ってる限りそんなに多くない、というか博士と呼ばれる亡命者なんて一人しかいない訳で……。

 

「まさか……。」

 

 蒼い死神……EXAMと呼ばれるシステムを開発したクルスト・モーゼス、彼がもうジオンから亡命してきたのか……?

 

 俺は変わっていく新たな歴史の流れに戸惑いながらも、ウッディ大尉と話した時の言葉を思い出した。

 

「その時出来ることを……精一杯で……。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 狂気のシステム

お陰様で通算UAが10000を突破しました。これからも自分なりに頑張って書き続けて行くので引き続き見て頂けると嬉しいです。本当にありがとうございます。




 EXAMシステム、知る人ぞ知るニュータイプ抹殺の為に作られた狂気のシステム。パッと見ただけでは機体の性能を大幅に上げるOSなだけに見えるが実際はニュータイプの動きを再現したシステムであり敵のニュータイプを察知するとその抹殺の為にパイロットの意志を無視して暴走するという悪魔のようなシステムでもある。しかし暴走と言ってもそれが博士の意図したものであるから始末に負えない。

 しかも困ったことに多数の人間の殺気や死といったものにも反応して暴走する、こちらは完全に意図されてない暴走で敵味方関係なく無差別攻撃をするといった危険な物だ。

 俺はジャブローで割り当てられた待機所で、そんなシステムを開発した人間と会ったというアーニャとクロエ曹長から話を聞いた。

 

「見た感じ機体の性能をフルに活かす為の新型のOSって感じでしたけど?」

 

 クロエ曹長からの感想だ、クルスト博士から現在開発している機体……恐らくBD-1号機の図面を見たと言っていたのでどうだったか質問したのだ。

 

「肝心のシステムに対応させる為の機体がジムやメガセリオンでは性能を引き出せないだろうと言っていたのは驚きました。現在小数配備されている陸戦型ガンダムなら何とか行けそうだと言っていましたね。」

 

 元々陸戦型ジムで試作したら納得のいく性能が出なかったので陸戦型ガンダムの胴体を使ったんだったか、どうやら今回も同じ経緯を辿っているみたいだ。問題は最初からジム頭では無く完全に陸戦型ガンダムでの開発になる点か。恐らくは原作とは違い既に複数の量産機が配備された事によりEXAMを載せるMSを選定がし易くなったのが原因だろう。

 

「それでですね、そのEXAMというシステムを搭載したMSが完成次第テストパイロットを私達の部隊から頼まれて欲しいと要請がーーー

「駄目だ!」

 

 アーニャが言葉を終える前に俺の怒号が遮った、アーニャを含め全員が驚く。

 

「ど、どうしたんだいシショー?いきなり大声をあげて。」

 

「あ、あぁすまない……だがその機体のテストパイロットを俺達の中から選ぶのは嫌だ。」

 

 パイロットへの負荷がえげつないで済むならまだ良い、だが下手をすればパイロットが脳死しようが暴走を続けるマシンだ。そんなのに俺の仲間達を乗せたくなんてない。

 

「ジェシー、これは上層部からの命令ですよ?理由も無く拒否は出来ません。」

 

「くっ……。」

 

 暴走する可能性のある危険なシステムだから駄目だ!と言えれば良いのだが現時点でそんな事を言っても何の根拠もない。原作の知識ってこういう時周りと共有できないのもあるからそれが辛いな。

 

「そりゃあジオンの亡命者が作ったシステムってんじゃあシショーが信用出来ないってのも分かるけどねえ。シショーが駄目なら私が乗ろうかい?」

 

「だから駄目だって言ってるだろ!」

 

 再度の怒号、いつも陽気なララサーバル軍曹もこれには少し困惑していた。

 

「ジェシー、本当にどうしたんですか?いつもの貴方らしくないですよ?」

 

「なぁアーニャ、どうしても俺達じゃないといけないのか?」

 

 正直誰にもこんなMSに乗って欲しくはない、ユウ・カジマのような精神力のある人間などが乗りこなせるならそっちに乗って欲しい。

 

「先程も言いましたがこれは上層部からの命令です、断れば命令違反になりますよ?」

 

「何とか……ならないんだな?」

 

「えぇ、何が問題なのですか?教えてくださいジェシー。」

 

「……上手く言えない。」

 

 実はそのシステムはNTの少女を人柱に作られてるんだ、とか人の死に反応して暴走するんだ、とか言っても信用される訳ないし気でも狂ったかと思われるだろう。実際気が狂ってるのはクルスト博士の方だが。

 こうなると誰かが乗らなければならない、だけど俺が乗らず誰かを乗せるなんて事はさせたくない。もしも仲間が暴走してそれを撃てるか?嫌だ、そんな事はしたくない。

 それなら……答えは一つしかない。

 

「絶対に乗らなきゃいけないなら俺が乗る、他の誰かが乗るのは絶対駄目だ。それなら良いかアーニャ?」

 

「え、えぇ……。」

 

 一応の納得は貰ったがやはりみんな困惑している、けどそうでもしないと誰かを乗せかねない。これだけは絶対に阻止しなければ。

 願わくば完成しないように早めにニムバス辺りが来てくれないかと思ったが幾ら時系列が狂っても流石に情報無しに博士の場所は見つけられないだろうし難しいだろう、あわよくば事故に見せかけてEXAMを壊すか?いや……流石に大勢の目がある中でそれは難しいか。

 

 後は俺がEXAMを制御するか……嫌、無理だろう流石に俺にはそこまでの主人公補正みたいなのはないだろう。此処に憑依してきてからそんなチートとか無双だとか兆候は全く無かったし。だけどシステム起動時にだけ何とか精神保つのに集中してればギリギリなんとかなるか?無意識のうちにシステムに取り込まれるよりも事前に心構えしておけば最悪の事態だけは何とか免れるかもしれない。

 

気が遠くなりながらも俺は悪魔のシステムとの邂逅に目を背けられなかった。

 

 

 それから一週間、システムの基礎自体が完成していた事と最初から陸戦型ガンダムを使用することで開発遅延も無く、RX-79BD-1 ブルーディスティニー1号機が完成した。こうなると2号機3号機と見た目も性能もほぼ同じだ。

 俺達第774独立機械化混成部隊は先日奪還した北米近くの基地からミデアで移動し人目のつかない夜を待ち起動実験に移る。

 

 基本的な操作は物凄く快適だ、と言うか初めてガンダムに乗ってるんだなと今更思った。このガンダムじゃ無ければ普通に嬉しいのだが……。

 

「それではブルーのEXAMシステム起動実験に移る、準備はいいかジェシー・アンダーセン少尉。」

 

 アルフ・カムラ技術大尉の確認の声だ、ブルーディスティニーに関わっているのだからやはりこの人もいた。こんな形で出会いたくは無かったが。

 

「はい……EXAMシステムの起動に移ります。」

 

 大きく深呼吸。大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせてシステム起動の工程を踏む。そして、ゲームで良く聞いたあの機械音声が聞こえてきた。

 

『EXAMシステム スタンバイ』

 

「よし、次はシステム起動時の動作試験だ。手順通りに動いてくれ。」

 

 言われた通りあらかじめ用意されていた指示の通りに機動させる、暴走さえしなければ確かに優れたシステムだ。ただでさえ優れた動きをする陸戦型ガンダムが更に機動を増し柔軟に動いていく。

 その時だった、遠方から爆発音がなり響く。

 

「何事ですか!?」

 

「どうやら近くで戦闘が行われているみたいだな。」

 

 戦闘だって!?細心の注意をしていたんじゃなかったのか?

 

《こちらホバートラック、味方部隊の通信を傍受した。どうやら味方のMS小隊が敵基地を襲撃している模様。》

 

 ジュネット中尉からの通信が入る、まさかモルモット隊か?それに敵基地襲撃?俺はあのゲームはプレイした事ないけどGジェネとかのシナリオで確かそんな展開があったような……そして、それが意味する事は……?

 

『ヤメテ……!』

 

「!?」

 

 突如金槌か何かで頭を殴られたような衝撃に襲われる、脳に大勢の人の声が直接響き渡る。これは悲鳴、怒号、恐怖……色々な感情が波になって襲いかかってくる。

 

「ぐっっっ!カムラ大尉……!システムを……システムを止めてくれえええええ……!」

 

「どうした少尉!何があった!?」

 

「何が起こったんですか!?」

 

「分からん!だが機体がオーバーヒートしている……!危険だ!」

 

「クロエ曹長!システムの停止を!」

 

 遠隔操作でのシステムの強制停止ボタンが押される、しかし機体は依然そのまま暴走状態であった。

 

「ララサーバル軍曹!グリム伍長!事前の手筈通り機体頭部の破壊を!」

 

「なんだと!?機体頭部にはEXAMが積まれているんだぞ!」

 

「ジェシーが言っていました!もしも何か異常な事態が発生したら機体の頭部を撃てと!」

 

 こうなる事を予期して、事前にアーニャ達に機体に何かしらの非常事態が発生したら機体頭部を破壊してくれと頼んでいたのだ。みんなは半信半疑だったが現状の異常さに流石に危機感を募らせた。

 

「やめろエルデヴァッサー少佐!それは命令違反だぞ!」

 

「ここでは私が上官です!各機!責任は私が取ります!頭部の破壊を!」

 

「あいよ!」「了解!」

 

 ララサーバル軍曹とグリム伍長のメガセリオンがブルーディスティニー1号機の頭部に狙いをつける。

 

「痛かったらごめんよシショー!」

 

「仲間を撃つなんて偲びないですが……すみません少尉!」

 

 頭部をロックオンし、メガセリオンのバズーカ砲を発射する。暴走と言っても直立不動の状態の機体だ、これで何とかなる……そう思っていた。

 

 

 

「っ……!」

 

 味方から放たれたバズーカ砲を見て、アーニャ達は俺を信じてEXAMを破壊してくれるのだと喜んだ。しかし。

 

『乱暴シナイデ……!』

 

 機体は突如躍動し異常なスピードでバズーカを回避する。

 

「止まれ……!マリオン……!」

 

 恐らくシステムに取り込まれているだろう少女の名を口にするが反応はない。それどころか暴走した機体は仲間に攻撃を仕掛けようとする。

 

「くそ……っ!止まれ……!トマレエエエエ!」

 

『乱暴ナ人ハ嫌イ!』

 

 必死にコクピット内で機器を操作するも虚しく、1号機はララサーバル軍曹のメガセリオンへ猛スピードで移動するとビームサーベルで一気に袈裟斬りをする。

 

「なっ……!あぁっ……!?」

 

「カルラさん!?止まってください少尉ぃぃい!」

 

 グリムのマシンガンによる射撃すらまさに紙一重と言うレベルで躱していく、徐々に間合いを詰めてグリム機もビームサーベルで滅多斬りにしてしまう。

 幸いというべきはどちらの機体もコクピットは無傷という点だ、だがそれすら現状に何の意味も為さない。

 

「く……ソ……!止まレよ……!」

 

 1号機は動かなくなった二機にトドメを刺さんと言わんばかりにゆっくりと歩を進める、俺は最後の手段に取っておいた奥の手を使用する為に意識が呑まれそうになりながらも手元から小さなケースを取り出す。

 出てきたのは注射器、入っているのは所謂覚醒剤というやつだ。こんな物は本当は使いたく無かったが完全にシステムに呑まれる事態を想定して最悪の手段として残しておいたのだ。

 残った意識でなんとか注射器を腕に刺す、激痛と同時に少しだけ感覚が回復する。

 

「マリオン……敵は、コイツらは敵じゃない……!」

 

 俺の大事な仲間達だ、下衆と言われようが誰も死なせたくはない。

 

「敵意を……敵意を出している奴らは……!あっちだ……!」

 

 敵基地を襲撃しているMS部隊、そして襲われているジオン兵達の殺意と敵意。それらが渦巻く戦場へと誘う、EXAMのバグとも言える仕様を利用した。

 1号機は俺の体をお構い無しに高速機動で敵基地への方向へ進軍する、俺の意識もそこで完全にシステムに呑まれたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 狂宴、戦慄のブルー

「敵残存MS無しっと、簡単な任務だったなユウよぉ?」

 

「フィリップ少尉、まだ何処かに敵が潜んでるかもしれないんですよ?」

 

「馬鹿言ってんじゃねえよサマナちゃん。自分らの基地がこんなになってまで潜んでたらソイツはタダのチキン野朗だっての。」

 

「……。」

 

 敵の気配はない、固定砲座も殆ど撃破し敵基地は最早抵抗は不可能だろう。フィリップの言う通り基地が壊滅してから動くMSも流石にいない。

 

「どうだモーリン、データは取れたか。」

 

「はい、ユウ少尉。新型ジムとメガセリオン用のジェットパックも不具合なく充分なデータが取れました。」

 

 今回俺達は敵基地を上空からの強襲、以前何処かの部隊がパラシュート降下で襲撃したのに対してこちらは大型のジェットパックを装備しての突入となった。

 元々はメガセリオン用に開発された装備で俺を除く二人がメガセリオンに搭乗、俺は新たに開発中のジムの改良型であるジム・コマンドの試験運用も兼ねて同装備を携行しての任務となった。

 

「どうよユウ?そのジムの性能は?」

 

「悪くはない、機動性もメガセリオンと同等にまで追い付いたと言う感じだ。何よりビーム兵器が標準装備と言うのは単純に素晴らしいな。」

 

 エネルギーCAP技術の確立により戦艦並とは行かないがそれでもMSを簡単に撃破できるレベルのビーム兵器が使えるようになったのは今後ジオンと戦うにあたり大きなアドバンテージとなるだろう。

 メガセリオンにしても何れは実弾装備からビーム兵器への転用が始まる筈だ。そうなれば機動性と攻撃力を兼ね備えたバランスの良い量産機へと更に進化するだろう。

 

「さてとぉ、後は味方に任せて俺たちは帰るとするか?」

 

「……ん?待ってください!所属不明のMSが作戦エリアに侵入!高速でこちらへ向かって来ます!は……速い……!こんな速度で向かってくるMSがいるなんて……!」

 

「どう言う事だ、詳しく説明しろモーリン!」

 

「それがこちらも詳しくは……!ただ異常な速度でMSがそちらに向かっています!気をつけてください!」

 

「気をつけろって言ってもモーリンちゃんよぉ!」

 

「お喋りはそこまでだフィリップ!来るぞ!」

 

 ジムのセンサーにも所属不明機の反応が現れる、確かに異常な速度だ。こんなスピードで迫ってくるMSが開発されているなんて連邦でもジオンでも聞いたことがない。

 

「なっ……!?」

 

 上空から猛スピードで蒼いMSが落下してきた、問題はその形状だ……このMSは。 

 

「こ、これ連邦軍のMSですよ!?少数配備されている陸戦型ガンダムです!」

 

「じゃあコイツは味方なのかよ!?」

 

「待て!様子がおかしい。」

 

 こちらを確認しているのに通信も何もない、味方部隊なら何かしらの応答くらいする筈だが……。そう思っている所に蒼いMSはこちらに向かって攻撃をしてきた。

 

「発砲!?味方じゃないのか!」

 

「どうすんだよユウ!コイツは友軍じゃないのか!?」

 

「IFFも作動していない、仮に友軍だとしても味方に攻撃をしてくるMS相手に何もしない訳にはいかない。各機、散開して攻撃力を奪う。敵の武装を狙うんだ。」

 

 仮に友軍だとしたら攻撃をして来ているとは言え撃破したくはない。ただこの異常なMS相手にそんな上手く攻撃が出来るか……?

 

『ナゼ……コロス……!ナゼ……コロシタ……!』

 

「……っ!?パイロットの声か?」

 

 蒼い MSはこちらの射撃を通常なら不可能な挙動で回避していく、こんな動きをしていて中のパイロットは平気なのか?

 

 

 

ーーー

 

 何回目かの嘔吐、吐き出している物に血が混じっていた。なんとか少し回復した意識が再び薄れていく中で俺は必死に抵抗を試みるが……。

 

『コロス……!コロス……!』

 

 マリオンの意識か、それとも殺された兵士の怨念か。様々な思念が俺の中で混ざり俺の意識を殺戮へと誘う。

 

「殺……す……、ぐっ……!」

 

 『敵』の攻撃に俺の身体の安全なんて無視した動きを取るブルーディスティニー1号機、脳味噌と内臓がバラバラになるんじゃないかと思うくらいの衝撃がコクピット内に響く。今生きてる事すら奇跡に近い。

 目の前には3機のMS、2機はメガセリオンで1機はジムか。だが見た目が微妙に違う、バリエーション機のジムか。

 彼らに何とか俺を撃破して貰いたいが機体性能の差があり過ぎる、後はパイロットの腕に賭けるしかない。頼むからモルモット隊の人達であって欲しい。

 

『戦ウノハ駄目……!殺スノハ駄目……!』

 

「なら……戦うのをやめろ……マリオン……!」

 

 システムに囚われている彼女に語りかけるも反応はない。システムに導かれてシステムとマリオンを理解したユウや、彼女……いやシステムを支配しようとしたニムバスとは違い、俺は単純に中身を知っているだけに過ぎないのだ。

 そんな中途半端な彼女の理解なんかでシステムを止めるなんて無理な話なのか……。

 

 

ーーー

 

「反応が鈍い!仕掛けるぞ!」

 

「おうよ!当たりやがれ!」

 

 一斉射撃で蒼いMSに攻撃を仕掛ける、しかし実弾はシールドで塞がれジム・コマンドのビームガンは的確に回避される。

 

「くっ……全く直撃しないですよユウ少尉!このままじゃ弾とエネルギーが無くなりますよ!どうしますか!?」

 

 それなら相手の方も同じだろう、とふと思った。あんな戦闘機動とエネルギー消費を考えていない攻撃ではいつかは止まるはずだ。そう思っていると通信が入った。

 

《こちら連邦軍第774独立機械化混成部隊、現在広域通信でそちらの部隊に通信をしている、聞こえているか!》

 

 味方からの通信だ、もしかしたらこのMSが所属している部隊か?

 

「こちら第11独立機械化混成部隊ユウ・カジマ少尉だ。単刀直入に質問させてもらうが現在連邦軍製と思われるMSと交戦中だ。これはそちらの部隊のMSか?」

 

《その通りだ、現在そのMSはパイロットの制御を無視した暴走状態に陥っている。何とか殺さずに止めて欲しい!》

 

「殺さずぅ!?こっちは直撃コースで何度も狙われてるってのにそりゃねぇぞ!」

 

《変わってくださいジュネット中尉!……お願いします!殺さないで……!彼を……彼を止めてください!お願いします!》

 

 聞こえて来たのは女性の声、モーリンよりも幼く聞こえるその声はかなりの必死さを含んでいた。

 

「……やれるだけやってみよう。」

 

「おいおい正気かよユウ!?」

 

「暴走していると言っても味方機である事が判明したんだ、撃破する訳にはいかない。だが正直勝てる気はしない。そちらの部隊へ、何か策はないのか?」

 

《おい、変わってくれ。……よし聞こえるか、俺はそのMSの担当をしているアルフ・カムラ技術大尉だ。先程も言った通り現在ブルーは暴走状態だ、通常の限界を越えた状態で動いている。つまりこのままの状態が続けば機体はオーバーヒートで動かなくなる筈だ!》

 

「おいおい、つまりコイツが動かなくなるまで耐え凌げって事かよ無茶言うぜ全く。」

 

「だがやるしかない、それに既にかなりの時間が過ぎているんだ恐らく後10分もしない内に停止する筈だ。」

 

「こっちのエネルギーも保ってそんな所ですね、やれるだけやりましょうフィリップ少尉!」

 

「あぁ分かったよ、こっちの腕前をあちらさんにも見てもらうとするか!」

 

 

 

ーーー

 

「ユウ・カジマ……本当にいてくれたか……。」

 

 ホバートラックから受信した広域通信が耳に入り少し安堵する、どうやら本当にいてくれたみたいだ。だが状況は楽観出来るほどではない、依然として機体は動いているのだ。

 

《ジェシー!応答してください!ジェシー……!ジェシー……!》

 

 聞こえて来たのはアーニャの声だ、涙声で声が少し枯れている。ずっと叫んでいたのだろうか。

 

「……っ、……カハッ!」

 

 声を出そうと思ったが出て来たの血の方だった。身体の方は大分ガタか来ている、生きて帰れるのだろうか。

 

「帰れるか……じゃない……帰るんだ……!」

 

 仲間の元へ、みんなの所に……!

 

「帰るんだ……帰ル……!」

 

 再びシステムの殺戮衝動に心が駆られて行く、これが最後の気力の踏ん張り所だ。

 

《帰ってきてジェシー……私の所に帰って来てください!》

 

 そうだ、帰るんだ。彼女の所へ、俺がいるべき場所へ……!

 

『コロセ!敵ヲコロセ!』

 

「黙れEXAM……、俺は帰らなきゃ行けないんだ……だから……。」

 

 1号機はジムへ向けて猛スピードで突っ込んで行く、互いにビームサーベルで斬り付け合うつもりだ。だからここで動きさえ止めれば……!

 

「こんなシステムに……この衝動に……!塗り潰されてたまるかあぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 一瞬、刹那の瞬間だがシステムの呪縛が外れた。俺は掴んでいたビームサーベルを手放した。ジムはその隙を見逃さず脚部を一閃し1号機は制御を失い転倒、そのまま機能を停止した。

 その光景を見て、支え続けていた精神は遂に糸が切れ意識が闇に飲み込まれていく。その時一瞬だけ声が聞こえたような気がした。

 

『ごめんなさい……貴方の帰るべき場所へ帰って……。』

 

「マリオン……。」

 

 それはEXAMではなく、本物の彼女のように感じた。

 

 

ーーー

 

「止まったのか……?」

 

 ほんの一瞬の隙だった。最初は見間違えたかと思うほどだったが蒼いMSは突如ビームサーベルを捨てた。そこにビームサーベルを脚部へと斬りつけ転倒させる、これでもう戦闘行動は不可能だろう。

 

「やりましたねユウ少尉!」

 

「ったく、生きた気がしなかったぜ。」

 

「パイロットの安否を確認する。」

 

 あんな挙動で動いていた機体だ、暴走状態だと言うなら中のパイロットの意思を無視していると想定されるだろう。下手をしたら命が危ないかもしれない。

 そう思っていると上空からミデアが着陸してきた、俺達が使っているミデアではない。だとすると先程の部隊のものだろうか。着陸したミデアから少女が蒼いMSへと駆け出して行く。

 

「ジェシー!聞こえていますかジェシー!開けてください!」

 

 応答がない、つまりパイロットは意識不明かそれ以上の状態である可能性が高い。

 

「待て、強制的にコクピットハッチを開く。」

 

 外部から非常用の開閉装置を使いコクピットハッチを開く、其処には血塗れのコクピットとパイロットが横たわっていた。

 

「あぁ……ジェシー……!ジェシー!」

 

「下手に触るな!無理に動かすと危険だ!」

 

 彼女をどかせパイロットに近づく、虫の息だが呼吸はしている。どうやらまだ生きているようだ。

 

「誰か手を貸してくれ、ゆっくりと運び出す必要がある。」

 

 応援を呼び、フィリップと共に彼を機体の腕に抱かせサマナにゆっくりとミデアに運ばせた。

 

「すまない、我々の指揮官は現在判断能力が非常に鈍っている。こちらから感謝を伝えさせてもらう。」

 

 俺より少し年上の男性がそう発言した、指揮官とはあの小さな少女なのか?

 

「構わない、あの機体は一体なんなんだ?」

 

「それについては知る必要は無い。」

 

 話していた男性とは別の男が話を遮った、見た目からしてメカニックだろうか。

 

「知る必要が無いとは?」

 

「そのままの意味だ、これは極秘任務なのでな。公に内容を晒すことはできないんだ。」

 

「こっちは死にかけたんだぜ!?ユウがあの機体を止めてくれなきゃ俺達は今頃お陀仏だってのに言えないだと!?」

 

「ほう……彼がブルーを止めたのか。」

 

 男はまるで見定めているかのようにマジマジとこちらを見ている、何が狙いだ……?

 

「君なら彼と違いブルーを使いこなせるかもしれないな。どうだ?この機体に乗ってみたいとは思わないか?」

 

 はっきり言って狂言だ。あれだけ暴走していた機体を勧めてくるなんて理解できない。だがあのMSの強さは他とは比べ物にならないくらい強力だと言うのは確かに思ったことだった。誰にも止められない力……それは俺が心の奥底で求めていた物だった。彼はそれを見抜いたのか?

 

「……考えておこう。」

 

 そう返事をし、狂気とも言えるあのMSとの初めての邂逅は終わりを告げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 灰色の幽霊

〜サイド6、フラナガン機関〜

 

 クルスト・モーゼス博士が連邦に亡命した。その話を聞いたのは月日が8月になってからの事だった。彼とは殆ど面識が無かったが、彼の研究に参加していたマリオン・ウェルチと呼ばれる少女とは少なくない接点があった。

 

「お兄さん、マリオンさんが意識不明と言うのは本当ですか?」

 

「あぁ。検査では脳や身体に問題は無いと言っていたけど未だに目が覚める気配はないらしい。」

 

「あの子の心は此処にいないよグレイ、バラバラにされてるもの。」

 

 ヘルミーナがそんなことを言う、確かに彼女はまるで精神を失った抜け殻のような状態だった。クルスト博士の研究が原因なのか?いずれにせよマリオンが危険な状態だと言うことには変わり無い。そう思っていると部屋のインターホンが鳴った。モニターを確認すると何度かマリオンと一緒にいる所を見かけたことがある男性が立っていた。

 

「すまない、私はニムバス・シュターゼン大尉だ。マリオンの事で貴官に折り入って相談したい事がある。部屋に入らせて貰えないだろうか?」

 

 真剣な眼差しに悪意は無いことを確認する、念の為マルグリットとヘルミーナの方も確認すると二人とも頷いた。

 

「今開けます、少し待っていてください。」

 

 ドアのロックを解除してニムバス大尉を部屋に招き入れる。大尉は辺りを見回してマルグリットとヘルミーナを確認すると。

 

「すまない、人払いは出来ないだろうか。あまり多くの人間に知られたくない話なのだが。」

 

「安心してください、この二人は俺の身内みたいなものです。それに俺が黙っていても心を読まれたら意味ないですから。」

 

「そうか……この子達も優れたニュータイプと言うことだな。マリオンと同じように。」

 

「それで、相談と言うのは?」

 

 彼の表情からしてあまり時間をかけたくないように見えた、マリオン絡みの話なら事は性急に運んだ方が良いだろう。

 

「クルスト博士の研究内容は知っているか?」

 

「確か……EXAMというOSの開発をしているという話は聞いた事があります、詳しい内容は俺の担当じゃなかったから分からないですけど。」

 

「EXAMシステムは簡単に言えばニュータイプの人間が持つ驚異的な戦闘能力をシステムで再現させ、私のようなニュータイプで無い者をサポートする為のシステムだった。『本来は』だが。」

 

「つまり今は違うと?」

 

「ある時からクルスト博士はニュータイプという存在そのものに恐怖しているように思えた、最初は娘のように接していたマリオンにすら何処か怯えているようにも。」

 

 つまり彼が連邦に亡命したのはニュータイプという存在に恐怖して、という事か。だがイマイチ話が見えてこない。

 

「それがEXAMとどう関係が?」

 

「あれは数日前……マリオンが昏睡したと判明する前の日だ。私はEXAMのテスト機を操縦していたのだがシステムの起動時、『声』が聞こえた。それは間違いなくマリオンのものだった。その時のシステムは今までより数段も上の機動すら可能にしたがその結果に博士は満足していなかったのだ。私が次の日マリオンが昏睡状態になっていると知り博士に報告をしに行った所、彼の部屋は既にもぬけの殻だった。完成したEXAMという手土産を持って連邦に亡命したのだよ奴は。」

 

 という事はEXAMというシステムの完成とマリオンの昏睡は対になるということか。ヘルミーナの言っていた精神は此処には無いと言うのもそれなら理解できる。つまりシステムに彼女の精神は囚われたと言うことだ。

 

「話が逸れたな、つまり博士の実験が原因でマリオンは目覚めなくなった。だがそれは研究所の人間が知ったところではない、彼女は博士の亡命が原因で殺されるかもしれない。奴らは『廃棄処分』すると抜かしていたが。」

 

 『廃棄処分』……本来人間に対して使うべき単語ではないが俺達の扱いを見れば研究所の人間の中にはそのように見ている連中も多いだろう。

 

「私は彼女を護ると騎士の誓いを立てたのだ、私の騎士道精神を彼女は馬鹿にせず真摯に接してくれた。その恩返しという訳では無いが無惨に殺されて欲しくはないのだ。」

 

「それで俺のところへ?」

 

「あぁ、マリオンは君達三人の話をよくしていた。信頼できる人達だと、だから手助けをして欲しくて此処を尋ねたのだ。」

 

 マリオンが俺達のことを……ならその信頼には応えなくてはならない。

 

「何をすれば良い?」

 

「リボーコロニーに金さえ払えば面倒を見てくれる医者がいる、其処に彼女を運びたい。」

 

「……分かった。マルグリット、ヘルミーナ、お前達も大丈夫か?」

 

「勿論。」「マリオンの為だもの。」

 

「すまない……助力に感謝する。」

 

 その後俺達は極秘裏にマリオンを運び出しサイド6のリボーコロニーへと移送した。昏睡状態と言うこともあり彼女の監視は殆ど無く、あっさりと彼女を医療室から運び出すことに成功した。その後積荷を装いニムバス大尉が事前に手回ししたシャトルのパイロットにマリオンを頼み彼女は無事リボーコロニーへと運び出された。研究所は一時騒ぎになったが犯人が見つからず、厄介の種が消えた事もあり騒動はすぐに落ち着いたのだった。

 

 それから更に数日後、軍からクルスト・モーゼス博士の追跡、その奪還或いは抹殺の指令が出された。それにはEXAMシステムのテストパイロットだったニムバス大尉がまず選ばれ、その他に数人のパイロットの出動要請が出された。

 

「これはチャンスだ、待ちに待った地球行きのチケットみたいなものだ。」

 

「願ったり叶ったりではありませんかお兄さん、今まで無駄に頑張って上げてきた評価を上層部に見せつけてやるべきですよ。」

 

 少し毒を含んだ物言いをするマルグリット、少しでも研究所内での評価を上げる為にかなりの数の模擬戦に付き合わせた事が原因だろう。妹に劣らず拗ねる時は拗ねる姉だ。

 

「ニムバスさんもマリオンの件で融通くらい利かせてくれるかもねグレイ。」

 

 確かにあの一件でニムバス大尉には貸しがある、それを返してもらうのに今回の要請は使える。

 

「俺は地球に何としてでも降りる、お前達はどうする?」

 

「着いていく。」「一緒ですよ、お兄さん。」

 

 二人は俺と共に地球に降りることを躊躇わなかった、素直に嬉しいし今までの訓練でも彼女達は俺に勝るとも劣らない実力を持っている、一緒に戦ってくれるなら百人力だ。あの白いMSだって倒して見せる。

 俺達は研究所の上層部にクルスト博士の追跡任務を志願した、ニムバス大尉の推薦もあり許可を得た俺達は新型MSを受領し大尉と共に地球に降下した。

 

 

〜北米、キャリフォルニアベース〜

 

 久方ぶりの地球だ、コロニーと違い空気に味を感じる。しかし初めて地球に降り立ったマルグリットとヘルミーナは地球の重力に困惑していた。

 

「重い……魂がへばりつく……。抱っこしてグレイ……。」

 

「おいおい普通に歩けるだろ、コロニーより少し重力を感じる程度だぞ?」

 

「いや……結構キツイですよお兄さん。コロニー育ちには堪えますね。」

 

 そんなものか?と思ったが単純に二人の場合は基礎体力が無いのが原因か、生まれてこの方まともに運動もしてないだろうし。

 

「しばらくは運動でもするか?鍛えるのも訓練の一つだし体力が無いとMSの操縦もしんどいぞ。」

 

「えぇー……。」「面倒ですね……。」

 

 はぁ、と思わず溜息が出た。宇宙ではそこまで体力を使わなかったからか地球でここまで体力不足が露呈するとは思わなかった。取り敢えず簡単な基礎訓練から取り入れてせめて地上でもまともにMSが運用できるレベルまで鍛えなければ。

 

「グレイ少尉。」

 

「ニムバス大尉、どうかされましたか?」

 

「いや、話がある。クルスト博士の捜索だが君は彼女達を連れて探すと良い、私は一人で探すことにする。」

 

「どういう事です?」

 

「EXAMは危険だ。システムに暴走の危険性があり同士討ちが発生する可能性がある、だから単独行動の方が都合が良いのだよ、友好的な味方を討つのは私の望むところではないしな。」

 

 暴走する可能性があるとは初耳だ、だがそういう理由なら納得だ。互いにデメリットを抱えたまま行動するのは確かに望ましくない。

 

「分かりました、こちらでクルスト博士の情報が手に入ったら大尉に連絡が行くようにしておきます。御武運を。」

 

「すまない、私も君達の武運を祈ろう。」

 

 そう言って大尉は去っていく。唯一残されたEXAM搭載機であるイフリート改を連れて。

 

 

 それから数日、最低限の訓練を済ませギリギリ戦闘に出しても問題ないレベルになった二人を確認し、俺達は訓練を伴う夜間での敵地侵入を試みていた。

 地上に配属された俺達に配備されたMSはいずれも新型のMSだ。

 まず俺に配備されたのはニムバス大尉のイフリート改と同型機であるイフリート・ゲシュペンスト、EXAMは搭載していないがグフを遥かに凌駕する機動性と多数の冷却機構による排熱処理でステルス性能が上がっており『幽霊(ゲシュペンスト)』の名に恥じない性能を持っている。

 そしてマルグリットとヘルミーナには生産されたばかりのドム、それも特殊部隊用にカスタマイズされた機体だ。此方も俺のイフリートとの連携を想定してステルス性能に特化した仕様になっている。彼女達はこれをドム・グリージアと呼んでいる。その理由は着色された色だ。

 

「この機体もグレイの機体も同じ灰色。」

 

「お兄さんはグレイ……グレイにグレーなMS……。いや、忘れてください。」

 

 いや、ダジャレで名付けたのか……?と言うかセンスが壊滅的だなと思った。しかし此処での迷彩としてはそこそこ理に適っているカラーリング、此処らは山岳地帯が多いから岩肌に似た色で敵の認識阻害に少しは役に立つだろう。

 

「……おや。お兄さん、お喋りしてる暇は無くなったみたいです。」

 

 マルグリットの言葉と同時にセンサーに反応が現れた。連邦のMSだ。

 

「距離は近い、接近して数を確認する。」

 

 ブースターを起動して敵機との距離を詰める、かなり近づいた所で再度確認する。

 

「敵MSは5機……データベースにあったジムとか言う機体が2機とメガセリオンという奴が3機か。」

 

「どうしますかお兄さん?全機撃破しますか?」

 

 今のMSの性能と俺達の実力ならそれも簡単にこなせるだろう、だがそれでは面白味がない。クルスト博士の居所とあの白い機体の情報も欲しい、それならば。

 

「いや、全機使用不能にして情報を引き出させる。コクピット以外を狙い敵を無力化させる、できるか?」

 

「簡単。」「やってみます。」

 

 シミュレーションと模擬戦で実力は分かってはいるが実戦は今回が初だ。俺もマゼラからの転向後初のMSでの実戦となる。正直上手く行くか不安だがニュータイプと呼ばれる力の見せ所でもある。

 

「よし、全機突撃!」

 

「了解。」「了解です。」

 

 

ーーー

 

 それは一瞬の出来事だった。突如センサーに敵機の反応が現れたと思ったら隣にいた味方機が呆気なくバラバラにされていた、奇襲が判明し味方が一斉に射撃を開始するも敵と思われる機体は暗闇に溶け込んだかのように姿を消し一機、また一機と仲間を撃破していく。これはなんだ……?悪夢か何かか!?そう思っていると二振りのヒートサーベルを持った灰色の機体がまるで揺らめきながら此方に近づいてくる。

 

「うわぁああ!」

 

 慌ててジムのビームサーベルを取り出して攻撃に移る、だか真正面から振り下ろした筈のビームサーベルは擦りすらせず幻影のように消えた。

 

「ど……何処に!?」

 

 センサーを確認すると正面にいた筈の機体がいつの間にか背後に表示されている、馬鹿な……こんなことがあり得るのか……?

 

「ま……まるで灰色の幽霊(グレイゴースト)じゃないか……!」

 

 そう思った途端、自分の機体も制御不能に陥った。ここで殺されるのか……!?

 

ーーー

 

 蓋を開ければ呆気なく、物の数分で敵MSは全て無力化された。機体性能もあるだろうがやはり実力が違うと言ったところか。

 

「楽勝だったね、グレイ。」

 

「あぁ、だが毎回こんな風に行くとは限らないからな。あまり浮かれるなよ。」

 

 ヘルミーナに一応の忠告を入れると敵機の残骸に触れ直接通信を試みる。

 

「聞こえるか連邦のパイロット、今から俺が質問する。それに答えなければ殺す。他の味方と通信して話を共有しろ、いいか?」

 

「あ、あぁ!何でも答える!だから殺さないでくれ!」

 

 見苦しく命乞いをするパイロットに正直苛つきを覚えたが、こんな雑魚どもを狩ったところで何の意味もない。

 

「ジオンの研究者が亡命したのを知っているか?奴が何処にいるか知っているなら答えろ。」

 

「し!知らない!本当だ!仲間達も知らないと言っている!末端の俺達にそんな情報は入って来ねえよ!」

 

 クルスト博士の情報は無しか、そもそもこの北米付近にいるとも限らないしコイツの言うように末端の兵士じゃ居所が分からないのは当たり前か。

 

「それならもう一つ、お前らの量産機とは全く違う白塗りのMSは知っているか?以前中米の基地を襲ったMSだ、左腕部だけお前らの使っている量産型の物だった。」

 

 白いMS、隊長達の仇だ。戦線も近いし知っている人間がいてもおかしくはない。

 

「お、俺は知らねえ!ちょっと待っててくれ仲間に聞いてみる……あぁ!知ってるって奴がいた!」

 

 雑魚を餌に大物が釣れた気分だ、ドクンと心臓が煮え立ってくるのがわかる。

 

「そいつは今何処にいる。」

 

「ちょっと待ってくれ……あぁ、……そうか……。」

 

 早くしろ、と思わず舌打ちをする。苛つく心を抑えながら返答を待つ。

 

「あ、あのよ!そのMSが今何処にあるかは分からねえ!ただ乗ってたパイロットは違うMSのテストをしてる最中に事故を起こしたか何かで意識不明の重体だと言ってる!」

 

「なんだと……?冗談で言ってるんじゃないだろうな!?」

 

「嘘じゃねえ!嘘じゃねえよ!命が惜しいんだ!嘘ついてどうすんだよ!?」

 

「……クソ!」

 

 拳を叩きつける、意識不明だと?戦う前からリタイアされたら何の為に地球に降下したんだ。

 

「落ち着いてグレイ。」

 

 ヘルミーナの言葉で我に帰る、怨みもそうだが任務もあるのだ。腹立たしいが今はそちらを優先しなければ。

 

「貴様ら全員生かして返してやる、このまま無様に自分達の基地に帰るんだな。そしてこう伝えろ、クルスト・モーゼスの居場所を吐かない限りお前たちは悪夢を見続けるとな。」

 

「あぁ!分かった!伝える!伝える!」

 

 俗物どもが……そんなに命が惜しいのか、お前らのその見苦しさが地球を汚染し続けていると言うことも分からずに……!殺してやりたいがそれは今後、居場所を吐かない連中に対して行うことにしよう。

 

「お兄さん、あまり殺意をばら撒かずに。大丈夫ですよ、多分白いMSのパイロットは生きて戻ってきます。」

 

「適当なことは言うなよマルグリット、今はそんな言葉は気休めにもならない。」

 

「勘ですよ、ニュータイプの。」

 

 未来予知が出来るなら信用できるがマルグリットにそんな能力があるとは聞いたことがない、だが……まぁいいか。生きて戻ってくるのならその方が良いのだから。

 

「俺が殺してやる……だから絶対に戻って来い……。」

 

 そう思いながら、俺達は連邦兵を残し暗闇へと去っていった。再び奴と出会えることを願いながら……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 目指すべき未来へ

 暗い、暗い闇の中を漂っている。手を伸ばしても何にも届かず、辺りを見回しても何も見えず。

 俺は死んだのか?これが死後の世界?このまま永遠にこの暗闇の中にいるのだろうか。結局、ガンダムの世界を変えようなんて烏滸がましい事だったのか、史実と違う道を見て何を得るつもりだったのだろうか。

 

 そうだ、彼女の描く未来が見たいと思ったのだ。アンナ・フォン・エルデヴァッサー、生粋の貴族という割にはいつもは普通の女の子である彼女、やたら身長を気にしてはムキになったりと正直上官としては子供っぽい……いや実際にまだ子供みたいなものだが。

 それでも芯の強い所があって父親や祖父の理想を引き継ぎたいと強く願っていた、地球から宇宙を目指してより良い未来へ向かう為にと……綺麗な惑星である地球を残そうと……。あぁ、そうだ。そんな明るい未来を彼女が創るところが見たいなぁと思っていたのだ。

 

 そう思っていると暗闇の中に一筋の光が見えた、暖かい光だ。そう思って手を伸ばした。

 

 

 

「あぁ……っ!」

 

 声、声が聞こえた。まるで何かに驚いたような。目を開こうと思ったが目蓋が重い、重いというか張り付いてるような感覚だ。

 

「ドクター!今すぐ来てください!彼が……彼が目覚めたんです!」

 

 聞き覚えのある声だ、慌てふためくこの声はいつも聞き慣れた彼女の声だ。

 

「あ……アー……ニャ……?」

 

「そうです……!私です!あぁ良かった……。」

 

 ふと手に温もりがある事に気づく、彼女の両の手だろうか。目を開こうとしても力が全く入らない。目覚めたと言っていたがどのくらい眠っていたのだろう、身体が碌に動かない辺りそこそこの日数は経っているのか?

 

「エルデヴァッサー少佐、あまり騒ぐと他の患者にも迷惑ですので……失礼しますよ。」

 

 医者らしき声と共に目を冷たいガーゼのようなもので拭かれた、少し楽になった……これなら目も開けられそうだ、と目を開く。

 

「っ……眩しい……な。」

 

 窓を通して差し込む太陽の光がいつもより眩しく感じる、横に目をやるとそこには少し窶れた顔をしたアーニャがいた。

 

「ひどい顔をしてるな……ちゃんと休んでるのか……?」

 

「彼女に感謝するといいアンダーセン少尉。君が眠っていた一月の間、彼女は殆ど休まず君の看護をしていたのだからな。ナース達も仕事させて貰えないと愚痴を言うくらいにはな。」

 

 医者の言葉に「そうか……一月も……ありがとうな……。」とアーニャに感謝を述べた後ふと気づく。

 

「ひ……一月!?っっっ!」

 

 驚いて起き上がろうとしたら身体に激痛が走る。

 

「無理に身体を動かさない方が良い、治療はしてあるが運び込まれた時の君はとても危険な状態で今もまだ万全とは言えないんだ。」

 

 医者の言葉に俺はハッとする。そうだ、俺はあのブルーディスティニー1号機に乗ってEXAMが暴走した状態で乗り続けていたんだった。

 

「俺の身体……どうなって……?」

 

「今は殆ど癒えているが此処に運び込まれた時は多数の骨折に内臓のダメージ、それに薬物投与による肉体の拒否反応とハッキリ言って死んでもおかしくはない状態だったのだよ。いや逆に生きてるのがおかしいと言えるレベルか。自分の生命力の強さに感謝するべきだな。」

 

 聞いててゾッとするような言葉を羅列していく医者、確かにそれで五体満足なら運が良かったとしか言いようがない。

 その後、医者は点滴を変えてから部屋を去っていった。

 

「アーニャ……みんなは……?」

 

 辺りを見回すが部隊のメンバーはアーニャしかいない、基地で待機しているのだろうか?

 

「部隊のメンバーは全員敵拠点攻略の為に一時的にですが他の部隊の援軍に向かいました、もう数週間前のことです。」

 

「敵拠点攻略……?」

 

 頭の整理が追いつかない、取り敢えず順を追って説明を聞くべきか。

 

「アーニャ、俺が眠っていた一月の間に何があったか教えてくれ。」

 

「ジェシー……貴方はまだ万全とは言えないんです、今は無理せずに……。」

 

「気になるんだアーニャ、頼む。」

 

 俺を心配してかなるべく余計な気を使わせないようにとしてくれているのだろう、優しさはありがたいが今は逆に何も知らないほうが精神的に良くない。

 

「それでは……貴方が気を失ってからの話にしましょうか。私達は貴方を連れてすぐこの場所、戦場の近くだったオーガスタの医療施設に運び込みました。」

 

「オーガスタ……。」

 

 テスト地が北米なのもありオーガスタに運ばれるのはまぁおかしくはない、オーガスタと言えばあのニュータイプ研究所のオーガスタ研究所が有名だが此処はどうやら普通の病院っぽいし強化とかはされていないはず……だよな?

 

「貴方の手術の後、私は独断での新型機破壊の指示を出した事で命令違反により指揮権を剥奪され第774独立機械化混成部隊は一時解散になりました……ごめんなさい。」

 

「あれは俺が……!」

 

「いえ、貴方は悪くありません。最終的に指示を出したのは私でしたから。そもそも貴方の言う通りに最初からしていればこんな事にならなかったんです。」

 

 精神的に疲れているのか酷く憔悴しながら謝ってくる、元々気にし易い性格だから支えてくれるはずの仲間がいないせいで余計に気落ちしている。

 

「気にするな……なんて言えないな。アーニャの酷い顔を見ればどれだけ気にしてたか分かるし。」

 

「私……そんな酷い顔をしています?」

 

「あぁ、最初は別人かと思ったよ。悪いが……話を続けてくれるか?」

 

「えぇ。命令違反自体は機体の暴走と貴方の重症という結果がありましたから、指揮権はすぐに戻ってきました。ただ私自身がまともに指揮を取れる状態ではないとジュネット中尉に言われ……ゴップ叔父様の勧めもあり貴方が目覚めるまで側にいる事にしました。」

 

 あの真面目なジュネット中尉から言われるって事は相当狼狽えていたのだろうか、要するにアーニャが指揮を取れる状況じゃなくなったから部隊のみんなは他の部隊の援軍として出向してるって感じなのか。

 

「貴方が眠っている間に情勢も色々と変わりました。」

 

 ん、そうか……一月眠っていたとなると今は9月上旬か。それなら色々と史実より前倒しになってる今の状況なら戦線も拡大しているだろう。

 

「あ……そういえばホワイトベースってどうなってるんだ……?」

 

「ホワイトベース?なぜ貴方がその情報を……?」

 

 あっ、声に出ていたか。

 

「いや、ジャブローにいた時に宇宙港で見つけてさ。V作戦のMSを回収するとか言っていたから気になっててさ。」

 

「そうですか……あのホワイトベースは新型機受領の為にサイド7に向かいました、しかし敵に尾行されていたらしくコロニーは攻撃されて正規兵が殆ど全滅状態という悲惨な状況だったみたいです。」

 

「それで……どうなったんだ?」

 

 気になるのはこの一点だ、アムロはどうなったんだ?

 

「幸い新型のRX-78ガンダムは近くにいた民間人が動かして敵のザクを撃破したと聞いています。その後ホワイトベースはルナツーに向けて進路を取っていたのですが……。」

 

「何かあったのか?」

 

「その時ルナツーはジオンの海兵隊による奇襲を受けている最中でした、其処にホワイトベースとそれを追ってきた赤い彗星率いる部隊との交戦でルナツーは何とか守りきる事は出来ましたが壊滅的打撃を受けてしまいました。」

 

 そう言えば原作だとシーマ様がルナツー攻撃して、その数日後にホワイトベースが来たんだったか。それが色々と前後してるから早い段階で奇襲とホワイトベース隊のルナツー寄港が重なってしまったのだろう。

 

「ルナツーの状況からそのまま駐屯することが出来なくなったホワイトベースはその後最低限の補給を経て、ジャブローへの大気圏突入を予定していたホワイトベース隊でしたが此処でも赤い彗星の強襲を受けてしまいました。ガンダム2機が迎撃に当たりましたが途中1機が母艦に着艦できずMS単機での大気圏突入をすることに……」

 

「ちょっと待て……!?ガンダムが2機?」

 

「え?えぇ、そうですけど……?」

 

 アムロの2号機以外も回収されてたって事か……、やっぱり色々と内容が変わっているな。

 

「すまないアーニャ、そのガンダムのパイロットって名前は分からないのか?」

 

「すみません、そこまでは私も分からないです。先日貴方のお見舞いに来てくださった方から直接聞いたもので詳しくは……。」

 

「ん?俺のお見舞い?誰が来たんだ?」

 

「マチルダ・アジャンという中尉の女性でした、貴方とはお知り合いだと言っていましたけど。」

 

 えっ……?マチルダ・アジャンってあのマチルダさんだよな?以前ウッディ大尉とは会ったことがあるけど出任せで知り合いと言っただけで実際に知り合いな訳は……どうなんだ?ジェシー・アンダーセン本人の記憶から探ろうとするが過去の出来事はそこまでわからないんだよな……。

 

「まぁ良いか……それでホワイトベースとガンダムはどうなったんだ?」

 

「えぇ、幸いパイロットの機転で無事に大気圏突入に成功したまでは良かったのですが突入ポイントがズレたせいで北太平洋上にホワイトベースは降下したのです。」

 

 ……北米じゃない?ガンダムが2機いたせいで微妙に降下ポイントがズレたのか?

 

「無事に機体を回収し終えたホワイトベースは進路を東南アジア方面に取り移動中……、ここまでが今までのホワイトベース隊の進軍状況です。」

 

 ……となると北米に降りなかった事でガルマを倒さずに進んでいるって状況か。太平洋上からジャブローに進路を取らず東南アジア方面へ移動となると考えられるのは。

 

「アーニャ、もしかしてオデッサ奪還は近いのか?」

 

「えぇ、現在レビル将軍による進行作戦が発令中で各地から部隊の招集が掛けられています。北米戦線もそれに伴いキャリフォルニアベースの牽制と攻略を検討した二正面作戦になる可能性が高いです。」

 

 二正面作戦か……オデッサの方はホワイトベース隊がいるなら何とかなるだろうが問題はキャリフォルニアベース攻略の方だな、原作ではジャブロー攻略作戦の失敗で損失したMSが多かった事やオデッサ攻略で地球上からの撤退が始まった事での制圧だ、それが前倒しになった場合は勿論の事だが戦力はそのままだしガルマだって生きてる、兵の士気は高いだろう。

 

「って事はみんなキャリフォルニアベース攻略に向かっているのか?」

 

「えぇ、現在は殆ど小競り合いみたいなものですが本格的にオデッサ攻略作戦が発動すればそれに乗じた形で進軍する筈です。」

 

 ホワイトベース隊がまだ東南アジアならオデッサ攻略作戦迄はまだ時間がある、それなら……。

 

「よし……なら退院の準備だな。早くみんなと合流しないと。」

 

「な……、馬鹿な事を言わないでください!まだ貴方は完治していないんですよ!?」

 

「みんなが戦ってるのに俺だけ寝てる場合じゃないだろ、少し身体が鈍ってるだけだ、すぐ元に……。」

 

「駄目です!」

 

 俺が言い切る前にアーニャは怒り声を上げる。

 

「私は……私はこれ以上貴方が無理をして欲しくないと思っています……それがエゴだとは分かっています!私が貴方を戦いに誘ったんですから……でも……!」

 

「大丈夫だ、アーニャ。俺は死ぬつもりは無いさ。」

 

「けど……!」

 

「俺が目覚める前に夢を見てみたんだ、暗闇の中で何も見えないし聞こえない。死んだんじゃないかって思った、けどその時思ったんだよ。アーニャの描く未来を見てないじゃないかって、みんなで宇宙に上がって変わっていこうって明るい未来をさ。そう思ったら光が差して、その光を手に取ろうとしたら目が覚めたんだ。」

 

「……。」

 

「だからさ、そんな未来を見るまで俺は死なないしお前の傍にいてずっとお前を守るよ。ジャブローで騎士の誓約を交わしたんだから、俺はそれを破らない。」

 

「絶対に……絶対に死んだら駄目なんです……。絶対ですよ……?」

 

「あぁ、誓うよ。」

 

「……分かり……ました……。」

 

 そう言うとアーニャは糸が切れたように倒れ込む、慌てて身体を支えて異常が無いかを確認するが……。

 

「ん……寝てるのか……?」

 

 すーすーと息を吐きながら眠っている、どうやら今までの疲れがドッと出たのだろう。それ程まで無理をさせていたようだ。

 

「ごめんな……そしてありがとう。」

 

 感謝してもしきれない、ここまで俺の為に懸命になってくれたのだ。その信頼に応えなくては。

 

「どうやら話は終わったようだな。」

 

 突然ドアの方から声がして驚きとともに振り返る、其処にはあの男が立っていた。

 

「ゴ……!ゴップ将軍!?」

 

「騒ぐな、フロイラインが起きてしまうだろうが。」

 

 騒ぐなと言う方が無茶だ、いきなり病室に連邦軍大将閣下が現れて驚かずにいられるか。

 

「君は相当なたらしだなアンダーセン少尉、あんな風に言われたら普通はプロポーズか何かと勘違いしてしまうぞ。」

 

「まさか……聞いてたんですか!?」

 

「勿論だろう、連邦軍大将だぞ私は。」

 

 いや、連邦軍大将は理由にならんだろう。勢いで納得しかけたけどさ……。

 

「君が目覚めたとドクターから連絡が入ったのでな、近くにいたので寄らせてもらったよ。」

 

「ゴップ将軍が前線近くまで何故……?」

 

「君達に用があった、と言うのは間違いではないが物のついでだな。コーウェン少将のキャリフォルニアベース攻略に対しての補給や支援の打ち合わせで近くまで来ていた。」

 

 コーウェン少将がキャリフォルニアベース攻略に参加しているのか……?確かゲームではオデッサ攻略のMS部隊の指揮官として参加していたと記憶してたが……いや、もう歴史の流れが変わっているんだ、原作のオデッサでは虎の子だったMS部隊も量産機開発が進んだ今では違うのだろう。

 

「君のことだ、目が覚めればすぐに戦いに戻ろうとすると思ってな。」

 

「引き止めに来たんですか?」

 

「まさか、そんなわけ無かろう。君が戦うと決めたとなるとフロイラインもまた戦線に戻る。そうなる前に『アレ』を渡しておこうと思っていたのだよ。」

 

「アレ?」

 

「君が馬鹿みたいに眠ってくれていたおかげで完成が間に合った新型機だ。General order Projectによる2機目の機体。GOP-002 フィルマメント、アンナ・フォン・エルデヴァッサー少佐専用機として開発させたものだ。」

 

「つまり……娘が心配だから新型機持って来たよ、みたいな親心ですか?」

 

「ふっ、そう訳されると否定は出来んがね。」

 

 俺達二人は少し笑い合い、そして再確認する。

 

「守ると誓ったなら守りきるのだぞ、その為の新型機だ。」

 

「分かっています、俺だって死ぬつもりはありません。」

 

 目指すべき未来の為に、まだこんな所で死んじゃいられない。俺の戦争はまだまだこれからなのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 再び戦場へ

GOP-002 フィルマメント

 

 アンナ・フォン・エルデヴァッサー少佐専用機としてゴップ将軍の要請により開発された新型機、現在開発プランが提出されているジム・スナイパーカスタムの設計の一部を流用しメガセリオンのオプションパックとの連動も視野に入れたMSである。

 指揮官機としての機能を優先して通信アンテナの出力を向上させている、更にコクピット周辺の装甲の一部にルナ・チタニウムを使用し生存率の向上を図っている。

 兵装はメガセリオンの各種オプションパックが使用可能だがエルデヴァッサー少佐の得意とする狙撃能力を重視し現在試作テスト中であるR-4型ビームライフルを配備して実戦使用のテストと実用性の確認を行うものとする。

 また、混戦において狙撃装備は味方への誤射や敵接近による対処が困難な為専用のバイザーを装備し狙撃補佐をすると共に学習型コンピューターを搭載しAMCなどの精密動作の最適化を目指す。

 

 

 

「何というか過保護って感じのMSだな。」

 

 これでコアブロックシステムとか付いてたら完璧だったんだろうが流石にコスト的に無理だったんだろう、ここまでやれた事すら称賛だ。そもそもMSの量産が始まった時点でGOP計画なんてのは終わるかと思っていたが……どうやら指揮官機のテストプランとして前々から考案されていたらしい。実際はアーニャの為に生存率の高いMSを用意したかったのだろう、あの人の親心が見える。

 

「指揮官機としては破格の性能ではありますが……。」

 

「まぁこれで安心して戦えるって感じはするな、テストしてみるか?」

 

「えぇ、貴方のリハビリにも丁度良さそうですしね。」

 

 現在地は北米オーガスタ基地、病院を退院した俺はリハビリに励んでいた。思っていた以上に身体機能は低下しており今までは何ともなかった基礎訓練ですら息が上がりランニングもかなりの苦痛であった。幸いオーガスタ基地では新型のノーマルスーツを開発しているとの事でMS操縦時の負担はかなり軽減されているのが幸いか。

 さて、ヴァイスリッターの操縦を思い出すのにもこのアーニャとの模擬戦は有用だろう、新型機がどれだけやれるのかも見ものだ。

 

「よし……久々だなヴァイスリッター、ちゃんと動いてくれよ。」

 

 機体を起動させ、取り敢えず基本動作を確認する。流石にMSの操縦に関しては身体に染みついているからと言うのもあるが運転自体は問題ないようだ。問題があるとすれば戦闘機動時の負荷くらいか。

 

「それでは行きますよジェシー、無理があるようでしたらすぐに言ってくださいね。」

 

「了解、……行くぞ!」

 

 ブースターを起動させ一気に距離を詰める、それを見越してかアーニャのフィルマメントは後方へ移動し模擬弾を発射する。

 

「させるかっ……!」

 

 スラスターを使い左右を跳ねるように移動させ射線から外れるのだが少し違和感があった。

 

「反応速度が遅くなってる……?」

 

 ほんの誤差の範囲だろうが少し動きが鈍く感じた、とは言え戦闘に問題が出るレベルではないのでそのまま継戦する。離れていた距離を再び詰めて接近戦へ移行する。

 

「遠距離戦が得意なら懐さえ潜り込めれば!」

 

「甘いですよジェシー!」

 

 こちらが懐に入りマシンガンで狙いを付けた直後に、あろう事か逆に急接近しサーベルを構えてこちらに振りかざした。

 ピピピピピとアラームが鳴りモニターで撃破判定が下される。こちらのマシンガンの発射先はフィルマメントの急接近によりコクピット周辺という一番装甲が厚い所に集中した為こちらは撃破判定は下されず、俺の負けとなった。

 

「流石にやるなぁ、狙撃装備の機体だから近距離は苦手だと思っていたが。」

 

 よく考えるとジムスナイパー自体が狙撃もできる万能機体って位置付けだもんな、それが基になっているなら当然強い筈だよなぁ。

 

「やはり少しブランクがありますねジェシー、反応速度に少し鈍い所がありましたよ?」

 

「うーん……ヴァイスリッターって何か調整したか?少し挙動が遅く感じてさ。」

 

 思ったことを素直に伝える。寝ている間に弄られでもしていたらそれこそ実戦で命取りになるし。

 

「調整?日頃のメンテナンスなら整備士の皆さんがしてくれていますがOS周りや機体のポテンシャルを弄るような事はしていない筈ですが?」

 

「うーん、そうか……。」

 

 なら気のせいと言う事だろう。何せ一ヶ月ぶりの搭乗だ、何かしらおかしく感じてしまうのだろう。

 

「こちらの基地で調整してもらいますか?クロエ曹長では無いので細かな所は無理でしょうけど少しくらいなら何とかなる筈ですが。」

 

「いや、やめておこう。そんなに気になる事じゃないし何より勝手に機体を弄らせたってバレたら怒るぞあの人。」

 

 ヴァイスリッターはワンオフ機だけあってクロエ曹長専任みたいな所があり基本的に自分が関わっている状態で無いとメンテナンスはともかく機体調整なんかは許してくれないのだ。以前勝手に自分向けにOSを調整しようとしたら滅茶苦茶怒られた事がある、まぁあれは弄った結果機体の挙動がどうなるか分かって無かった俺にも原因はあるが。

 

「貴方が問題ないのでしたら良いですが、実戦までに気になる所は見てもらった方が良いと思いますよ?」

 

「あぁ、そうするよ。すまないがそれの確認も含めて後数戦手合わせしてもらえるか?」

 

 結局数回の模擬戦の中で思ったが機体にはそこまで問題は無かった、システムや姿勢制御に問題がある訳でもない。

 ただ少し違和感、と言うよりは痒いところに微妙に手が届かない感覚だ。これは恐らく最後に乗っていたのが陸戦型ガンダム、それもブルーディスティニーだったのが原因だろう。あの機体のポテンシャルはヴァイスリッターを上回っているから物足りなく感じてしまうのだろう。

 

「いっそリミッターを外し……いや、普通に怖いからやめておくか。」

 

 クロエ曹長特製のリミッターだ、一度解除したらあの人じゃないと再調整は難しいし何より勝手に解除したと知られたら雷が落ちるし……。

 

「ジェシー、貴方に問題が無ければ明後日の早朝から戦線に向けて移動を開始します。よろしいですか?」

 

「あぁ、早くみんなの所に戻りたいな。」

 

「えぇ、ですが先ずは身体を万全に整えてからですよ。情け無い姿を見せたらそれこそみんなが悲しみますからね?」

 

「分かってる、その為に一日空けてくれたんだろ?ノーマルスーツの調整と身体の方もちゃんと休めておくよ。」

 

 そして翌日に軽めの運動と最終調整を済ませたパイロットスーツでのヴァイスリッターの試運転をし、充分に身体を休めてから出発日に備えるのだった。

 

 

ーーー

 

 レビル将軍によるオデッサ攻略作戦に伴い、MS機動部隊によるキャリフォルニアベースへの牽制、或いは攻略に向けた二正面作戦が発令された。本命はオデッサ攻略の方であるのでこちらのキャリフォルニアベース攻略部隊はあくまで敵の援軍や別働隊の進軍を避ける為の行動となるが敵の情勢によっては本格的な攻撃も視野に入れている。

 オデッサ攻略部隊はレビル将軍を総大将にエルラン中将を補佐とした陸上戦力の大半を注ぎ込んだ編成だ。

 こちらのキャリフォルニアベース攻略部隊はゴップ将軍を総大将として、私……ジョン・コーウェンが率いる部隊となる。しかしゴップ将軍は武闘派では無く、後方支援が担当なので実質私が攻略部隊の要である。

 こちらもオデッサに負けず劣らずの戦力ではあるがキャリフォルニアベース攻略となると賭けになるレベルだ、なので戦線の見極めが非常に重要となる。

 

 敵兵の練度は高い、統率するガルマ大佐のカリスマもありジオンの兵達の士気はかなり高く投降より死を選ぶ者すらいる。それに加えてあの赤い彗星も援軍に来ていると言う情報もあるのだ、逆にこちら側の兵士はその事実に慄き士気が下がっている。

何か対抗手段は無いかと思案するが現状維持以外では特にやりようがない、どうせオデッサ攻略さえ上手く行けばジオンは地上での優位を失うのだ、無理にこちらから打って出る必要はない……時勢さえ変われば向こうから勝手に撤退して行くだろう、そう思っていた。

 

 

ーーー

 

「と、いう感じで敵は消極的な行動に留まると私は見ている。君はどう思うシャア?」

 

「同感だよガルマ、しかし君の考え通りだとすればオデッサは落ちると言うことだが?」

 

「マ・クベは良くやっているが連邦軍の物量は我々の何倍もある、時間稼ぎは出来ても一時的なものだ。何れは陥落するだろう。」

 

 いやはやと驚く、ここ最近のガルマは随分と多角的に物事を見るようになった、理由はやはり恋だろうか?ニューヤーク市長の娘と良い仲だと言っていたがそれが生粋の坊やだった彼を良い方に刺激したのだろう、ギレンやドズルと言った偉大な兄に対抗しようとしてか今迄の彼とは似ても似付かなくなった。

 

「だがどうする?このままだと我々もやがて宇宙に出戻る羽目になる、指を加えて見ている訳にも行かんだろう。」

 

「だからこそ、敵が油断している今が狙い目だ。強襲を仕掛けて敵の気勢を削ぐと同時に北米の地盤を固めておくんだ、幸いキャリフォルニアベースにはオデッサと違い採掘資源は無いものの軍事拠点としての価値は遥かに巨大だ、ここさえ死守出来ればオデッサ陥落後、各方面の残存兵力の集結地として希望を残す事ができる。そうした兵力を集めることが出来れば連邦とて迂闊に此方には手が出せなくなるだろう。宇宙だってドズル兄さんやキシリア姉さんの軍がいるんだ、此方に意識を集中させていては意外な所から攻撃されるかもしれないな。」

 

「流石は地球方面軍司令官ガルマ・ザビ大佐だな、親の七光りでは無かったと言うべきかな?」

 

「ははっ、今まで通りガルマで構わないよシャア。正直地球に来るまでは親の七光りだったさ、だが自分の目と耳で感じる機会が多くなったことが影響を与えたのかもしれない。」

 

 確かに地球という環境と頼る者がいない状況で本来眠っていた才能が目覚めたのかもしれない、そしてそれは私の復讐と言う宿願へどう影響を及ぼすのか……。

 

「この作戦にはキシリア姉さんの管轄しているフラナガン機関から出向しているパイロット達も参戦させる事にする、彼らはクルスト・モーゼスという裏切り者の研究者を探しているようだからな。流石にあれだけの敵だ、何処かに彼の所在を知っている者がいてもおかしくはあるまいさ。」

 

「フラナガン機関……確かニュータイプの研究をしている所だったか?」

 

 正直怪しげな研究所というイメージしか無い、父の提唱したニュータイプが人殺しの道具として見られていると言うのはあまり気分の良いものではなかった。

 

「正直ニュータイプという存在については懐疑的だが彼らの実力は保証するよ、こちらに配属されてからの彼らの戦績はずば抜けたものだからね。それがMSに乗って数ヶ月も経たないとくれば更に驚きだ。」

 

「君がそこまで言うとは……実力は本物と言うことかな?」

 

「兵達の中では赤い彗星に負けずとも劣らないかもしれないと噂も立っているぞ?」

 

 事実かどうかは別として手合わせくらいはしてみたいと純粋に思っている自分がいた、V作戦のMSと戦ってからというもの自分の腕が鈍っているのでは無いかと少し不安ではあった。相手がザクのマシンガンすら効果的ではない装甲だったとは言え数度の戦いで落としきれなかった事は単純に不満であったのだから。

 

「そうかも知れんな、今の私は連邦のMSすら落とせず地に落ちた彗星のようなものだ。」

 

「おいおい、冗談を真に受けるなんて君らしくも無いな。あの連邦のMSとの戦いのデータは見たが現在確認されているMSより遥かに性能が良かったのだから仕方ないだろう?あれが北米に降下していたら私はジオン十字勲章物だと喜んで討伐に向かっていただろうさ。」

 

 もしそうなっていたら私の悲願成就の為に犠牲になってもらっていただろう、彼が父の死の真相を何も知らなかったとしても私の復讐の炎が燃えていればザビ家と言うだけで万死に値するのだから……。

 だが今の私にはそれが少し惜しいと言う感情もまたあった、彼は唯一とも言える友人であるし、他のザビ家の人間とは違い謀略や他者を圧するやり方を嫌い真正面から行動を起こすタイプであった。

 それは以前なら坊やだと罵るレベルのものであったが今の彼はそのひたむきさに心を打たせるくらい真剣に物を考えている、それが周りの将兵や私にすら心強さというものを与えているのだから人の変革というものを見せつけられているような気持ちにさせてくれるのだ。

 

「だが残念ながら木馬と白いMS達はオデッサ方面に向かってしまっているからな、マ・クベのお手並み拝見と言ったところだな。」

 

「なら我々はこの戦線を突破して姉上や兄上の鼻を明かしてやるとするさ、協力してくれるな、シャア?」

 

「あぁ、勝利の栄光を君に。」

 

 そう言って互いにワイングラスで乾杯をする。各々の思惑が蠢きながら事態は刻一刻と変化していくのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 北米戦線の激闘(前編)

 

「敵襲!敵襲ーーー!」

 

 味方のそんな大声と共に駐屯地に警報が響き渡る、ミノフスキー粒子の濃度が高いのだから常に警戒は怠るなと言っていたのにこれだ。ウチの石頭の中尉が此処にいたら索敵を怠らず早期に敵を発見していただろうに。

 

「カルラさん、敵襲ですよ!」

 

「分かってるよグリム、アンタの準備は大丈夫なのかい?」

 

「はい、敵がいつ来ても良いようにオムツ持参で待機してましたから!」

 

 ウチの部隊の面々は何というか生真面目なのが多い、隊長からしてそうだがシショーを始め機体で寝食を共にしたりどれだけコクピットで過ごせるかテストしたりと自分から苦行を重ねに行ってる姿は以前父と見た映画にいたシュケンシャというオボーサンを思い出した。

 

「アンタもシショー達に似てきたね!帰ったらシショー達に報告しといてやるよ!さっ目の前の敵を倒しに行くよ!」

 

「了解!」

 

 味方に先駆けて前線へと移動する、少しでも時間を稼ぎ味方部隊の出撃の時間を稼がなければならない。その為にメガセリオンの兵装はそれを見越して普段から使い慣れている近接装備ではなく中距離向けの兵装に変えているのだ。

 

「グリム!3時方向にザクだよ!」

 

「分かりました!当たれぇ!」

 

 グリムのメガセリオンのビームスプレーガンがザクに命中する、最近配備されたばかりの装備で射撃センスの良いグリムには中々合った装備だった。ザク程度なら一撃で仕留められる威力は見てて気持ちが良い。

 

「カルラさん!真正面に敵です!」

 

「あいよ!」

 

 こちらもこちらでヒートサーベルからビームサーベルに武装が変更されている、正面のザクに勢いよく振りかざし一気に戦闘不能に持ち込んだ。

 

「第一波はこれだけかい!?司令部はさっさと現状報告と指示出してくれなきゃ困るってのに何してんだい!」

 

 愚痴が溢れるが言っても仕方がない事だとは分かっている、しかしこのまま手をこまねいている暇はないのだから早急に指示くらい出してくれと苛つきながら敵の反応がないか索敵を続けた。

 

 

ーーー

 

「敵の奇襲だと!?」

 

「はい、第三駐屯地から援軍要請が入っています!ミノフスキー濃度が高く詳しい情報は不明です!」

 

「くそっ!」

 

 思わずデスクを叩きつけた、敵の奇襲に備えが無かったとは言わないが一番層の薄い所を一番初めに的確に突いて来るとは少し相手を舐めすぎていたか。

 

「手筈通り第五、第六駐屯地から援軍を向かわせろ!本陣は現状維持だ、こちらもいつ敵が奇襲を仕掛けてくるか分からんぞ、警戒を厳にして敵を近寄らせるな!」

 

「了解です!」

 

 この奇襲があくまで陽動なのは分かっている、だが本命を何処にぶつけてくる気だ……?この本陣を攻めるには相手もそれなりの兵を要するしこちらも精鋭で固めてあり防備は一番強固だ。だとすれば敵は何処を狙う……?

 

 

ーーー

 

「こちらの第一波はどうやら敵に勘付かれたようだな。」

 

 ザク十数機による敵の防御の薄い陣地に対する奇襲攻撃、既に敵に対しては型落ちになっているザクとは言えある程度の戦果を見込んでいたが敵の方が一枚上手だったようだ。

 

「あぁ、だが計算の内さ。敵が浮き足立っている所を一気に攻め込むぞシャア。」

 

「まさか君も出るつもりかガルマ?」

 

「当たり前だろう。兵達が前線で戦っているのに後ろでのんびりと尻で椅子を磨いている程私は臆病ではない。」

 

「それは臆病では無いさガルマ、むしろ無闇に司令官が前線に立つことが蛮勇だ。君は下がって兵を鼓舞するだけで良いんだ。」

 

「しかし。」

 

「私が君の目となり耳となり腕となり足となる。そういう風に人を使う事もこれからは必要になるんだガルマ。もっと他人を頼るべきだ。」

 

 自分でも何故こんな事を言っているのか少し理解に苦しんだ、前線へと押しやって敵に撃墜でもされてくれれば溜飲も下がる筈だと言うのに。

 

「分かった。シャア、君の判断に任せよう。だが私もガウから常に指揮は取る、君は前線の兵と連携して敵を叩くんだ。」

 

「了解した、当初の手筈通り連邦軍の中枢に挨拶をしてくるとしよう。彼らの準備は問題ないのか?」

 

「あぁ、クルスト・モーゼスの所在を知るチャンスだと言ったら是非赤い彗星のお供をさせてくれと言ってきたよ。」

 

「なら着いてきてもらうとしよう、君から頂いたグフの性能も試したいしな。」

 

 機動性を重視したカスタム仕様のグフ、赤く染められたその機体はガルマから私にと送られたものだった。S型のザクも悪くはないがやはり陸戦用に拵えた機体は思いの外乗り心地がよい。

 

「アズナブル少佐、私はジェイソン・グレイ少尉です、あの有名な赤い彗星のお供が出来て光栄です。」

 

 私の機体の隣に音も立てずに灰色の機体が寄り添う、どうやらガルマの言っていた事もあながち嘘では無さそうだ。ニュータイプという存在かはともかくとしてパイロットとしての腕前はベテラン相手でも引けを取らないだろう。

 

「君がキシリア様管轄のニュータイプ研究所のパイロットか、灰色の幽霊(グレイゴースト)と呼ばれているだけあって本物の幽霊のように現れたな。」

 

「連邦がつけた渾名です、あまり良い気はしませんが……。それとこの2機のドムが私の僚機になります。名前はマルグリットとヘルミーナ、以後お見知りおきください。」

 

「よろしくお願いします。」「よろしくお願いします。」

 

 無機質とも言えるくらい感情が篭っていない声をした少女が二人、フラナガン機関というのはこういう年端の行かない少女も研究の対象にし実戦に参加させているのか?

 

「驚いたな、この子達のような少女がドムを動かしているのか。」

 

「少佐達のようなベテランのパイロット達のデータがあればこそです、新兵の我々でも苦もなく操縦できるOSがあったからこそ戦えるのですから。」

 

「お世辞はやめてくれ、君達の実力はそれを差し引いても余りあるものだろう?まぁ良い、君達の探しているクルスト・モーゼスという男の情報を得るために今から敵陣へ奇襲を掛ける、着いてこい。」

 

 スピードを上げて敵本陣へと向かう、ニュータイプと呼ばれる力が本物かどうか見極めさせてもらうとしよう。

 

 

ーーー

 

「おい!あの煙はなんだ!?」

 

 ミデアで上空を移動中に味方陣地と思われる方角から黒煙が上がっているのを確認する。

 

「分かりませんよ!ミノフスキー粒子の濃度も高いんだ!通信だって拾えない!」

 

 ミデアの操縦士からは碌な返事が返ってこなかった、だが何れにせよあの方角で戦闘が起こっていることは確かだ。それを察知したアーニャはミデアの操縦士に声をかける。

 

「敵との遭遇戦に突入している可能性があります、接近して味方の救援を行いましょう。」

 

「冗談はよしてくれ!もしも敵だったら狙い撃ちにされちまうよ!」

 

「ならメガセリオン用のジェットパックで降下します、可能な限りの接近をした後貴方達は空域を撤退してください。」

 

 アーニャの指示で急ぎヴァイスリッターとフィルマメントにメガセリオン用のジェットパック換装の準備に移る、移動しながらの換装は整備士泣かせだがグダグダ言っていられない。もしも戦闘が始まっているのなら事態は一刻を争う状況になっている可能性もあるのだ。

 

「ジェシー、戦況がどうなっているかは分かりませんが半日前の最後の通信では戦地に於いては異常無しの報告が入っています。つまり戦闘行為が発生しているのであれば敵の強襲、或いは奇襲による突発的な攻撃である可能性が非常に高いです。」

 

「つまり戦場は混乱している可能性があるって事だろ?」

 

 ミノフスキー粒子も戦闘濃度だ、通信すら取りにくい状況では指揮系統が混乱している可能性が高い。部隊レベルか個人レベルでの判断で動いている所も多い筈だ。

 

「えぇ、そんな状況で降下すれば下手をすれば仲間から撃たれる危険性もあります。それを認識しておいてください。」

 

 目視で戦闘をする以上はっきりと仲間が判別出来なければIFFが味方機だと認識する前に撃たれる場合もある、それでもだ。

 

「だが仲間を守れるなら行かなきゃならないよな?」

 

「えぇ、貴方ならそう言うと思っていました。」

 

 にこりと笑うアーニャ、そして真剣な眼差しになり。

 

「私も同じです、私達で助けられる命があるなら行かなければなりません。」

 

「エルデヴァッサー少佐!前方から更に爆発が起こりました!これはMSの爆発ですよ!」

 

 あちこちから次々と火の手が上がっている、これはかなりの規模の戦闘が始まっているみたいだ。

 

「ジェットパックへの換装は!?」

 

「完了してます!いつでも発進できますよ!」

 

「機体へ急ぎましょう。」

 

「あぁ!」

 

 俺達は急ぎ機体へと乗り込みに行く、どうか無事でいてくれ……みんな!

 

 

ーーー

 

「状況はどうなっている!」

 

「第二防衛ラインが突破されました!味方機からの通信では4機のMSが次々と味方を撃破しているとの事です!」

 

「たった4機のMSでだと……!?第二防衛ラインは12機からなるジムとメガセリオンで構成されているのだぞ!それが物の数分で突破されたと言うのか!?」

 

「味方からの通信更に入りました!て……敵の機体は赤……!赤い彗星だと思われます!それと灰色の3機のMSが確認されていると!」

 

 灰色のMS……!ここ最近兵の間で噂話となっていた灰色の幽霊(グレイゴースト)と言うパイロットか!?

 

「いかん!急ぎビッグ・トレーを後退させろ!敵を近寄らせるな!」

 

 恐らくは精鋭による本陣の強襲が奴らの狙いだ、だとすると狙われているのは我々だ。他の駐屯地への攻撃は陽動……しかし此処で我々が討たれれば陽動から追撃戦に移り変わる、そうなれば我が軍は総崩れだ。それだけは避けねばならない。

 

「コーウェン少将!敵MSが此方に接近しています!」

 

「なんだと!?」

 

 速い……速すぎる……!敵は此方のMSを相手にせず一気に此方まで駆け抜けて来ていると言うのか!?

 

「直掩機を呼び戻せ!取り付かれたら最後だぞ!」

 

「駄目です!間に合いません!」

 

 馬鹿な……、そう思っていると前方に灰色のMSが3機此方を捉えていた。

 

「連邦軍の司令官だな、そちらに亡命したクルスト・モーゼスの居所を吐け。さもなくば殺すだけだ。」

 

 クルスト・モーゼス……?あの博士の居所を探りにわざわざ奇襲を掛けたと言うのか……!舐めたことを……!

 

「答える気はない!貴様らジオンに情報を吐き出すほど我々は愚かではない!」

 

「ならば……死ねぇ!」

 

 敵が射撃姿勢に入る、回避運動は間に合わない……こんなところで無様にやられると言うのか……!そう思った時、前方からメガ粒子の光がビッグ・トレーと敵機の間を焼き払う、敵は堪らず後退しこちらは何とか生きながらえる事ができた。

 

「なんだ!?何が起きた!」

 

「少将!飛行体接近!これは……可視光通信!み……味方からの援護射撃のようです!」

 

「何処の部隊だ!通信を読み上げろ!」

 

「第774独立機械化混成部隊、戦闘に参加す!繰り返します!第774独立機械化混成部隊、戦闘に参加す!」

 

 それは、奇跡という他ないタイミングだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 北米戦線の激闘(中編)

「くっ……外しましたか。」

 

 ジェットパックでの降下の最中にアーニャのフィルマメントはあろう事か狙撃を敢行した、学習型コンピュータが環境データを取り込み現時点での狙撃の最適化を図ってくれたおかげで何とかビッグ・トレーには当たらずに済んだが見てるこっちは肝が冷えた。

 

「あれで充分牽制になった筈だ、アーニャ!次弾までの時間は!?」

 

「チャージまで後30秒です!ジェシー!貴方は先に降下して全力で時間稼ぎをしてください!」

 

「あぁ!味方が駆けつけてくれれば後は数で押せる筈だ、それまでは俺が何とかする!」

 

 しかし見えている敵はどれも通常とは違うカラーリングのしてある機体ばかり……しかも赤とくればシャアの可能性が高い、それに灰色のドムが2機とグフ……いやあれはイフリートか!?こちらもエース級かもしれない。

 

「私はギリギリまで上空から支援します……絶対に、絶対に死んだら駄目ですからね!」

 

「分かってるよ。大丈夫だ、やれるだけやってみるさ!」

 

 ジェットパックの出力を上げてビッグ・トレーへ向けて降下して行く、外付けのブースターのような物だから使い切りさえしなければ気兼ねなく飛ばせるのはかなり便利だ。幸い敵はこちらを正確に迎撃できる装備はないので一気に敵機まで駆け抜ける、そして着陸寸前にアーニャからの再度の射撃が敵機に向けて放たれた。これをチャンスだと感じた俺はジェットパックの切り離しに移る。

 

「ジェットパックにはこういう使い方もあるんだ!」

 

 ウッソくんよろしく切り離したジェットパックを敵機に向けて射出する、その後まだ推進剤の入っているジェットパックに対して射撃を行い大爆発を引き起こす。直撃には至らないがこれで敵は混乱した筈だ、メインスラスターでゆっくりと着地し辺りを見回して敵がどうなっているか確認することにした。

 

 

ーーー

 

「ええい!冗談ではない!」

 

 突飛な発想をしてくる敵だ、まさか装備を爆弾に見立てて攻撃してくるなど今まで戦ってきた敵からは想像もできない戦い方だ、それに上空からのビーム攻撃も油断できない、高高度から落下しながらの攻撃など精度は普通落ちる筈だが的確な位置に狙撃をしてくる厄介な相手だ。

 

「……そろそろ潮時ということか。」

 

 奇襲の醍醐味は如何に敵が混乱している最中に大きく痛手を与えられるかだ、しかし既に事態は敵に鎮静化させるだけの余裕を与えてしまっている。深追いすれば逆にこちらが痛手を負ってしまう危険性を孕んでいる。

 

「グレイ少尉、ここは一度撤退し態勢を整え直しガルマ大佐と連携して敵を叩く。……グレイ少尉?」

 

 応答が無い、直撃は受けていない筈だが……?

 

「見つけた……。」

 

「どうしたグレイ少尉、応答しろ。」

 

「見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけたァァァァァ!」

 

 異様とも言える叫び声が響き渡る、このザラッとするような感覚は殺意か……?

 

「アズナブル少佐、貴方は撤退を。お兄さん……いえ、グレイ少尉は前にいた部隊の人を殺した相手を見つけたみたいです。気持ち悪いくらいのプレッシャーを放っているので誰の声も届かないと思います。」

 

 マルグリットと呼ばれる少女がそう説明する、彼の経歴は知らないが仇を見つけて殺意が抑えられないと言うことか……私も人の事は言えないが。

 

「だからと言ってグレイ少尉を見捨てる訳には行かんな、退路を確保しておこう。君達は彼を連れて引き返せるか?」

 

「正直言って難しい、こんなグレイ初めて。だけど連れて帰る、死なせたくないもの。」

 

「最悪の場合気絶させてでも連れ帰らせます、少佐はガルマ大佐との合流を。」

 

 彼女らの言葉を信用するしかないようだ、私とて果たすべき目的を成し遂げる前に死ぬ訳にはいかない。彼には彼の復讐があるように私には私の復讐があるのだ。

 そう思っていた矢先、敵の白い機体が私目掛けて突撃をしてきた。

 

「ちぃ!やってくれる!」

 

ーーー

 

「うおぉぉぉぉ!」

 

 ヴァイスリッターの出力を全開にして赤いグフへと攻撃をかける、シャアかジョニー・ライデンか分からないが此処で逃す訳には行かない。普通なら倒せるとは思えないが全力を出して少しでも足止めさえ出来れば駆けつけてくる筈の味方と共に挟撃できる筈だ。それならエースと言えど多勢に無勢となり倒せる筈だ!

 

「頼む!何とか頑張ってくれよヴァイスリッター!」

 

 ヒートサーベル同士の鍔迫り合いをさせながらドムの射線にグフを入れるような形で移動する、これで攻撃に躊躇いが起きる筈……と思っていた。

 

「見つけたぞ白いMS!貴様がぁぁ!」

 

 いつの間にか灰色のイフリートがまるで幽霊のようにいきなり接近していた、慌ててスラスターを全開にし回避するがそれに動じずイフリートは更に追撃をかけてくる。

 

「隊長の!ブライアンの!仲間達の怨みを晴らしてやる!」

 

「っ!なんだ……!?この異様な感覚は!」

 

 まるでEXAMを起動させた時のような感覚だ、怒り……殺意……そんなドロドロした感情が俺の中に入ってくる。

 

「ジェシー!危ない!」

 

 降下が完了したアーニャのフィルマメントが援護射撃をしてくれた、先程とは違い安定した姿勢からの攻撃だ、これは回避出来ないだろうと思っていたが……。

 

「そんな攻撃が当たるかぁ!」

 

「なっ……!あの距離でビームを避けただと!?」

 

 イフリートはまるで攻撃がそこに来ると分かっていたかのように綺麗に避けた、こんな異次元の動きが出来るパイロットがいるなんて……まさか!?

 

「コイツ……ニュータイプか!?」

 

 予知めいた回避行動、それにこの異様な動きはエースパイロットの熟練の技とかそういうレベルではない。あり得るとしたらアムロやシャアみたいなニュータイプ能力を持った持ち主の可能性が高い。

 

「グレイ、援護する!」

 

 イフリートの隙を埋めるかのようにドムはこちらに攻撃を仕掛けてくる、ヤバイ……コイツら練度だけじゃなくてコンビネーションも上手いぞ……!

 ヴァイスリッターの出力を全開に保ったままこちらも回避に専念する、これじゃあ流石に時間稼ぎは難しいか……!?

 

「ジェシー!……やらせない!」

 

 アーニャのフィルマメントが狙撃から近接戦闘へとシフトし俺を援護する、こちらもコンビネーションだけならエースにだって劣るつもりはない。俺達だってMS運用当初からずっと戦術を練りながら戦ってきたのだ。

 

「アーニャ!コイツらの連携は完璧に近い、互いの隙を常に埋め合うように動いている!」

 

「このままではこちらが不利です!ビッグ・トレーから遠ざけるように森林地帯へ行きましょう!」

 

「了解だ!」

 

 相手を誘導させるように森林地帯へ移動を開始する、途中赤いグフがドムに促されるように戦線から離れて行くのを確認した。何とか足止めしたかったがそんな事を言ってられる状況じゃ無くなっている。

 

「逃げるんじゃない!俺と戦えぇ!」

 

「コイツ……しつこいぞ!」

 

 執拗にこちらを付け狙ってくるイフリート、まるで俺に対してだけ攻撃を仕掛けているみたいだ……いや実際にそうだ。ドムは俺達2機に攻撃を仕掛けてくるがこのイフリートはフィルマメントには一切攻撃してこない、回避だけは異質なレベルで行ってくるが。

 

「この……!」

 

段々と攻撃が捌き切れなくなってきた、直撃こそないものの小さなダメージが段々と蓄積されていく。

 

「ジェシー!そこで大きく後退を!」

 

「分かった!」

 

 ヴァイスリッターを一気に後方へ下がらせる、そこにフィルマメントのビームが森林を薙ぎ払って行く。木々は大きく倒れて行き敵の視界を崩していった。

 

ーーー

 

木々が次々と倒れ白い機体への道を塞いで行く、機体にダメージこそ無いものの敵が追えなくなった。

 

「クソっ!卑怯なことばかり……!」

 

「グレイ……!後退して!」

 

「アズナブル少佐からの指示です、一旦後退しましょうお兄さん。」

 

 ヘルミーナとマルグリットが後退を催促してくる、馬鹿な事を言うな!目の前にあの白い機体がいると言うのに。

 

「仇が目の前にいるのに下がれるか!」

 

「このままじゃ増援がやってきて敵討ちする前に倒されますよお兄さん、一旦後退してガルマ大佐達と再度攻撃した方が倒せるチャンスはあります。」

 

「ちぃ……っ!」

 

 悔しいが言ってる事は確かだ、だがせっかくのチャンスだと言うのにクルスト博士の居場所も白い機体を倒す事も出来ずに無様に引き下がるプライドが許さない。

 

「せめてあの白い機体を援護していたヤツだけでも!」

 

 白い機体は射線から外れたがあの狙撃機はまだ狙える、せめて一太刀浴びせてから撤退でも遅くはない筈だ。

 

「確かにあの機体をそのままにするのは危険ですね、行きますよヘルミーナ。」

 

「分かったわ姉さん。」

 

 俺達3機は一気に狙撃機へ接近する、遠距離戦に秀でていても接近戦ではこちらが有利だ!

 

 

ーーー

 

「アーニャ!下がるんだ、敵が近づいている!」

 

 俺はアーニャのお陰で敵の猛勢を避けられたが今度は逆にアーニャが狙われる事態になった、急いで駆けつけたいが薙ぎ払われた木々はこちらの行く手も遮っている為時間がかかる。

 

「速い……!」

 

 フィルマメントはビームライフルで攻撃を仕掛けるがその悉くが回避されて行く、急がないとアーニャが危険だ。だが今のままでは到底間に合わない!

 

「ヴァイスリッター!頼む……もっと早く!」

 

「こいつで終わりだ!」

 

 敵のイフリートが二刀のヒートサーベルでフィルマメントに連撃を仕掛けて行く、アーニャは何とかシールドとビームサーベルで防ごうとするが有効打が与えられず押されている。このままでは撃破されてしまう、そんな予感が俺の脳裏を過った。

 

「俺が……俺が守るんだ!」

 

 そうだ……初陣の時も、ブルーが暴走して重体になっていた時も、彼女は俺を守ってくれていた助けられていた。だからこそ今度は俺が守らなければ、その為の白き騎士のMS(ヴァイスリッター)なのだから。

 その瞬間、俺の意識は深く深く研ぎ澄まされヴァイスリッターに掛けられていたリミッターを解除すると共に封じられていた出力をフル稼働させて敵機へ迫って行った。

 

 

ーーー

 

「グレイ!避けて!」

 

 これで終わりだとコクピットへ向けてヒートサーベルを振り下ろした直後、ヘルミーナの声と共に異様なプレッシャーを感じ攻撃を中断し回避に移る。そこには先程まで姿形も見えなかったあの白いMSが俺目掛けて超スピードで攻撃を仕掛けていた、ヘルミーナの声に気付かなければ直撃を受けていただろう、

 

「やっとその気になったか!白いMS!」

 

 このまま纏めて沈めてやると脚部ミサイルを撃ち込むが奴は上空へ飛びマシンガンで此方に反撃をしてくる、それを回避しながらこちらもジャイアント・バズを構え放つ。上空であれば回避も困難だ、これで此方の勝ちだと思っていたら胸部にあるスラスターが各々違う方向へブーストしまるで捻り込むように機体はジャイアント・バズを回避した。

 

「コイツ……!さっきまでとは動きが違う!」

 

「お兄さん!もうダメです!撤退しましょう!」

 

 マルグリットからの再度の撤退要請、悔しいがここが限界か……白い奴もその仲間も打ち倒す事すら出来ず……!

 

「次こそ……次こそは絶対に殺してやる!」

 

 アズナブル少佐と合流する為、俺達は一斉にジャイアント・バズを発射し煙幕代わりにして後退していく。隊長達を殺してから更に成長していると言うのか……そう腹立たせながら悔しさだけが胸をこみ上げていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 北米戦線の激闘(後編)

投稿が遅れて申し訳ありませんでした。私情が立て込んでいて投稿ペースが遅れ気味になってしまってます。
そして合計UAが2万を突破しました、お気に入り登録も300人以上して頂き感激の極みです。これからもマイペースではありますが投稿を続けて行きますのでよろしくお願いします。

本編はやっと序盤の区切りとなります。





 

「何とか……引いたか……!」

 

 ハァ、ハァと身体で呼吸するように大きく息を吸って吐く。アドレナリンなどが駆け巡ったのか正直自分でも良く分からずに動いていたがアーニャが助かって良かった。

 

「ジェシー!大丈夫ですか!?」

 

「俺は大丈夫だ……!それよりアーニャは?」

 

「こちらも所々小破していますが戦闘行動に問題はありません。それより凄まじい動きでしたが、もしかして貴方はヴァイスリッターのリミッターを外したんですか!?」

 

 言われてハッとした、計器を確認すると抑えられていた出力がフル稼働の状態になっている。どうやら無我夢中になりいつの間にかリミッターを外していたみたいだ。

 

「……みたいだな。けど何か普通に動かせてるから大丈夫だ。」

 

 OSが常にアップデートされているのと俺がブルーディスティニーに乗って、その性能を知った後にヴァイスリッターの動きに物足りなさを感じていた為、姿勢制御もしっかりしていて最初の時みたいに転倒するという事はなかった。

 

「それよりビッグ・トレーの援護に戻ろう、敵は奇襲みたいだからすぐさま増援が来るって事は無いだろうけど危険なのは違いない。」

 

「そうですね、戦況の把握もしなければなりませんし。一度戻りましょう。」

 

 俺達は急ぎビッグ・トレーまで戻る、道中あちこちで散発的に爆発音が聞こえる、どうやらあのエース部隊以外にもあちこちで奇襲が仕掛けられているみたいだ。

 

「こちら第774独立機械化混成部隊、アンナ・フォン・エルデヴァッサー少佐です。ビッグ・トレー、応答願います。」

 

「その機体はエルデヴァッサー少佐か!?それにヴァイスリッター……アンダーセン少尉もか!」

 

「コーウェン少将!?」

 

 どうやらこのビッグ・トレーに乗っているのはコーウェン少将のようだ、となると敵はこの戦線の総大将を真っ先に狙い撃墜寸前まで追いやっていたのか……自分達のことながら援軍が間に合って本当に良かった。

 

「閣下、戦況はどのようになっているんですか?」

 

「現在八箇所からなる駐屯地に対してジオンは一斉に攻撃を仕掛けている、被害の多い所に援軍を派兵してはいるが戦線が維持できない所も出来てしまっている。総軍では我らが有利だがこの状況だ、兵は混乱して本来の実力を発揮出来ずにいる。」

 

「一度数カ所の駐屯地を放棄して本陣の軍備を固めたら如何でしょう?守る場所が多いとそれだけ手が薄くなってしまいますし、士気の高い敵兵に押されてしまう可能性が高いです。」

 

 コーウェン少将は「うむ……。」と応え、数秒間を置くと口を開いた。

 

「その通りだな、現在ジオン兵の士気はかなり高い。先程の本陣奇襲も敵に知れ渡っているだろうし先程の赤い彗星の活躍もある、勢いはジオンの方にあると言っても過言では無い。だがこちらも敵の攻勢になす術も無しでいる訳にはいかん。」

 

 そう言うとこちらの機体に直接データを送信してきた、現在の連邦軍の配置図だろう。

 

「八つの駐屯地の内、本陣に近い四箇所だけ保持したまま方円の陣を敷くような形で防衛体制を整える。数の上ならこちらが有利だ、士気が高いと言っても攻撃が通らなければ意味がない。」

 

 成る程、確かにこれなら本陣の防衛もそうだが敵の奇襲にも素早く対応できる。物量がある連邦向きの防御陣形だ。

 

「それじゃ俺達は陣形を整える為に押されている味方の援護に向かうか。」

 

「えぇ、よろしいですねコーウェン少将?」

 

「あぁ、よろしく頼む。今は君達が頼りだ。」

 

 期待に応える為、俺達は装備を補給してから再び戦線へと舞い戻る。陣形を完成させる為には主軸となる四つの駐屯地が機能していなければならないが、その内第三駐屯地は現在も敵の猛攻を受けているのでそこの援護に向かった方が良さそうだ。アーニャにそう伝えると彼女も同意見だったので俺達は第三駐屯地に向けて移動を開始する。

 

「見えた!あそこだ!」

 

「ザクが4機にグフが3機!更に敵戦車多数です!」

 

「ザクと戦車は任せろ、アーニャはグフの狙撃を!」

 

 ヴァイスリッターの今の性能ならザク相手なら数機でも何とかなる、近接向けのグフはアーニャのフィルマメントに任せれば二機だけでも何とかやれる筈だ!

 

「よし!こっちだ!」

 

 ザクへ向けてマシンガンを放ち牽制をする、その直後にフィルマメントのビームライフルがグフへ向けて放たれるも当たったのは一機の片腕だけに留まった。散開して行くグフと呼応してザクの弾幕がこちらに放たれる。だがこちらの機動性もあり難なく回避してザクの懐に潜り込みヒートサーベルで斬りつける。

 

「まずは一機!」

 

 敵もこちらの機体性能が高いと分かると一気に固まり連携を取りながらの攻撃に移った、こうなると簡単には突破出来そうにない……と思っているのか?

 

「アーニャ!」

 

「分かっています!」

 

 出力を上げたフィルマメントのビームライフルがザクを二機貫通させた、固まっているのなら逆にフィルマメントの格好の餌食だ。

 

「よし!一気にこのまま……。」

 

「……!ジェシー!敵の増援です!」

 

 レーダーに反応が現れる、これは……更に十機近いMSが増援に現れたようだ。敵も敵でここで大局を決めたいのか……!

 

「くっ……!流石にこの数はヤバイぞ!」

 

「味方が体制を整えるまで何とか持ち堪えたいのに……!」

 

 焦る俺達に突如通信が入り込む。

 

《こちらコア・イージー、味方部隊へ今から我々は敵の群れに対して爆撃を仕掛ける。味方部隊は散開を……あれは……ヴァイスリッター!?》

 

 上空に目を向けると08小隊のアニメで見たことのあるジェット・コア・ブースター、名称がまちまちでコア・イージーとも呼ばれている戦闘機がいた、それに……この声は!?

 

「ジュネット中尉か!?」

 

《やはりアンダーセン少尉、目が覚めていたのか!……すまないが状況が状況だ!爆撃に注意して散開せよ!》

 

「一旦引きますよジェシー!」

 

「あぁ!」

 

 後退すると同時に数機のコア・イージーにより爆撃が開始される、あちこちから爆撃とは別の爆発が発生している。どうやら結構な数の敵機を仕留められたようだ。

 

「これで何とかなったか……!?」

 

「油断してはダメですジェシー!」

 

 その声と同時にロックオンアラートが鳴り響く、爆撃を回避した敵機が此方に狙いを定めていた。

 

「ヤバイ……!直撃コースだ!」

 

 今から回避……いや反撃を……!駄目だ、間に合わない!そう思った次の瞬間。俺を狙い撃とうとしていた敵機が爆散した。

 

「な、なんだ!?」

 

 アーニャのフィルマメントかと思ったが別方向からの攻撃だ、味方の援軍が来てくれたのか!?

 

「すまないねシショー!駆けつけるのが遅れたよ!」

 

 この声は……!

 

「カルラ・ララサーバル軍曹!ヨハン・グリム伍長!只今を以て原隊復帰させて頂くよ!」

 

「ララサーバル軍曹!?それにグリムか!」

 

「ヴァイスリッター、やっぱり少尉だったんですね!」

 

 2機のメガセリオンには何とララサーバル軍曹とグリムが搭乗していた、この戦線にいるとは思っていたがまさかこんな所で合流できるなんて。

 

「ララサーバル軍曹、再会したばかりですが現在の戦況はどうなっていますか!?」

 

「この新型は隊長かい!?そうさね……私達もはっきり言って戦場が混乱し過ぎてよく分からないってのが現状だね。敵の奇襲で指揮系統はバラバラになっちまったしミノフスキー粒子濃度も高くて碌に通信も出来やしなかったからグリムと二人で味方を探しながら敵を倒してた所だったんだよ。」

 

 となるとこの駐屯地の戦況は思った以上に悪いみたいだ、敵もこの地点が薄いと分かったら重点的に攻撃を仕掛けてくるだろう。

 

「先程のジュネット中尉達による航空隊の爆撃で敵は及び腰になっている筈です、この時間を活かして何とか戦況を回復させましょう。」

 

「了解!」

 

 俺達は陣形を組みながら敵を警戒し進軍する、纏まった部隊と合流出来れば良いが……。

 

「少佐!あそこに味方部隊が!」

 

 グリムが示す方角を確認するとコーウェン少将とはまた別のビッグ・トレーとMS部隊がいた。どうやら何とかこの駐屯地の司令官はまだ生きているようだ。

 

「こちら第774独立機械化混成部隊、応答願います。」

 

 アーニャがビッグ・トレーに向けて通信をすると司令官らしき人物の声が聞こえてきた。

 

「君達はあの時の……援軍に駆けつけてきてくれたのか。」

 

 この声……以前中米の市街地で戦っていた時の司令官の声だ。どうやら彼もまたこの戦線に招集されていたようだ。

 

「司令、お久しぶりです。現在私達はこの第三駐屯地の維持のため援軍に駆けつけました。コーウェン少将のビッグ・トレーを中心に第一から第四駐屯地で囲うように方円の陣を敷き、敵の攻撃を防ぎます。」

 

「成る程、君達がここに駆け付けたという事は我々の駐屯地が一番被害が高いようだな。現在散らばってしまった味方部隊を集めてはいるのだが結果は芳しくない、君達も味方部隊を探してもらうより此方の援護に回って時間を稼いで欲しいのだが構わないかな?」

 

「……そうですね、下手に動いて敵の攻撃に耐えられなくなる可能性も考慮するとその方が良さそうです。皆さん、私達はこのビッグ・トレーを防衛しながら敵の進軍を防ぎます。良いですね?」

 

「了解!」

 

 敵がどのように動くかは分からないが一番防備の薄いこの地点を狙って来る確率は高い、油断せずに慎重に守らなければ……。

 

 

ーーー

 

「戻ったかグレイ少尉。」

 

 非常用の合流地点に帰還したイフリートとグフを迎え状態を確認する、目立った損傷も無く弾薬の補充が必要なくらいだ。あの敵が相手でも殆ど損傷せずに帰還するとは……やはりニュータイプと言う力なのだろうか。

 

「申し訳ありませんでしたアズナブル少佐……。」

 

 先程の撤退命令を聞かなかった事への謝罪か、それとも。

 

「どうやら仇は討てなかったようだなグレイ少尉。」

 

「……はい。」

 

 こちらの方が正解のようだ、復讐したい相手が目の前にいてそれが討てなかったというのは復讐する側からしたら非常に歯痒いだろう。それは私もよく分かっている。

 

「そう気を落とすなグレイ少尉、弾薬の補充とガルマ大佐との連絡がつき次第また攻撃を仕掛ける事になる。その時に再度探せば良いさ。」

 

 とは言ったものの、此処に移動してからというものガルマに連絡が全くついていない。撃墜されたのかとも思ったが補給部隊とは連絡が通じたのでどうやら違うみたいだ。

 

「補給部隊が来るまで身体を休めておけ、グレイ少尉はともかくドムの2人はそろそろ体力的に限界だろう。夜も更けてきた、夜襲を仕掛けるのも一考だが一先ずは小休止だ。」

 

 何れにせよガルマと連絡がつかない事には独断で事は進められない、奴は何をやっているのだ?

 

 

ーーー

 

 一夜が空け、朝日が昇る。敵の夜襲が無いか心配していたが驚くほど何もなかった、そのおかげで無駄に体力を消耗せずに済んでよかったのだが。

 

「アーニャ、この戦場どうなると思う?」

 

「消耗戦になれば敵はいずれ物量の面から後退して行く筈です、そこまで持ち込めれば我々の勝利ですが……問題はジオンの奇襲が無いかですね。」

 

「ジオンと言えば三度の飯より奇襲とか夜襲とかが好きな連中ばっかりですからねえシショー。昨晩夜襲が無かった事が驚愕だよアタイには。」

 

 それは確かにそうだ、数で劣るジオンなら何かしらのアクションはあってもおかしくはないが……いや、逆に既に何か手を打っている可能性が?

 そう思っていると遠くから信号弾が放たれていた、これは……。

 

「これは……連邦の信号弾ではありません!」

 

 アーニャの声で全員が警戒態勢に入る、放たれた信号弾は三色。何を意味するのかはこちらでは分からないが敵に何らかの行動が起きるのは確かだ!

 と思っていたのだが、それから一時間が経過したが何も起きていない……これはまさか。

 

「撤退信号だったのか!?」

 

「分かりません、しかし敵がこちらに攻撃を仕掛けてこない所を見ると一時的な撤退か或いは軍を移動させたかのどちらかですが……。」

 

 そう話していると駐屯地の司令官から通信が入った。

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー少佐!コーウェン少将から急ぎ本陣に来るようにとの緊急命令が下った、指揮官クラスは全員だ!」

 

「なんですって……!?」

 

 何か起こったのか!?理由は分からないが取り敢えずはビッグ・トレーに向かうしかない、急ぎ俺達は本陣は向けて移動を開始した。

 先程のジオンの信号弾といい何かが起こっているのは間違いない、それが何なのかまでは少将に聞かないと分からない。ビッグ・トレーに着いた俺とアーニャはビッグ・トレー内の会議室に連れて行かれた。其処には既にこの戦線の将官クラスが集まっていた。

 

「この戦線の主たる人間は集まったようだな……、全員落ち着いて聞いて欲しい。」

 

 場が一斉に鎮まり、静寂だけが空間に満ちていた。そしてコーウェン少将が口を開く。

 

 

 

「オデッサ攻略中の我が軍に対して……ジオンが核攻撃を行い、その爆発に巻き込まれて…………レビル将軍が戦死なされた。」

 

 それは……、それは連邦軍にとって取り返しのつかない最悪の出来事だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 遠ざかる平和と一筋の光明

 

 コーウェン少将の衝撃的な発言から数日が経ち、この北米戦線にも詳しい情報がどんどん流れてきた。

 オデッサ戦線は大軍を有する連邦軍が圧倒し、有利な状況で進軍して行った。しかしエルラン中将がジオンに内通しており、それに呼応する形で味方である連邦軍に攻撃を仕掛けて戦線は混乱に陥った。更に敵はそれを追撃するような形で黒い三連星を投入、エルラン中将が率いていた方面の軍は壊滅的な打撃を受けるもホワイトベース隊の活躍により黒い三連星の『三人全員』を撃破、エルラン中将は撤退しジオンと合流するもオデッサ基地は盛り返した連邦軍により徐々に敗戦の色を帯びてきた。

 

 そして戦況が完全に連邦軍に傾くとオデッサ基地の司令官であるマ・クベ大佐は凶行に及んだ。

 『南極条約』に違反されている原水爆の使用違反を無視した水爆ミサイルを使用すると脅しを掛けてきたのだ、しかしレビル将軍は臆する事なく進撃を指示し、なおも攻撃を続けた。それがマ・クベの逆鱗に触れたのかは定かではないが彼は水爆ミサイルを発射してしまった。

 必死の迎撃も虚しく、ミサイルはレビル将軍のビッグ・トレーを巻き込む形で爆発を引き起こし彼を戦死に至らしめた。その後総大将を討ち取られた怨みを晴らすかのように連邦軍はオデッサ基地を制圧、しかしマ・クベ大佐は既に宇宙へ撤退した後だった。

 

 その後の宇宙に撤退出来ず取り残されたジオン地上軍もまた、問題を引き起こした。ジオンの欧州方面軍司令官であるユーリ・ケラーネ少将もまたアジア方面への撤退戦の最中に核兵器を使用したと報告が入ったのだ。捕虜にしたジオン兵は味方には気化爆弾だと言っていたと証言したようだがMSを蒸発させる程の熱量を持った攻撃だ、核攻撃で間違いないと判断されている。

 

 

 俺は報告書を見て大きく溜息を吐いた。最悪だ、最悪の事態だ。まさかレビル将軍がオデッサで戦死するとは夢にも思っていなかったのだ。しかし……ガンダムの歴史を知っていれば仕方のない出来事の積み重ねの結果だった。

 エルラン中将の裏切り、これは本来Gファイターの飛行訓練をしていたアムロとセイラがジオンの艦艇から連邦の艦艇へと帰還した偵察機を発見して露呈するって流れだった筈だが、今回ホワイトベース隊にはGファイターもそれに代用されるコアブースターも配備されていない。理由は簡単だ、補充する必要が無かった。パイロットは充分に足りているのだ。

 

 ホワイトベース隊の資料を提供してもらい中身を確認すると、ガンダム3号機に搭乗するアムロ・レイ、ガンダム2号機に搭乗するカイ・シデン、ガンキャノンに搭乗するハヤト・コバヤシ、そしてガンタンクに搭乗するリュウ・ホセイ。彼らの活躍は著しくオデッサ方面へ向かう迄に数々の敵を討ち倒していた。兵の欠員もなく新たにMSを配備する必要性もなかった。

 

「そもそも……ランバ・ラルとも戦っていないんだからなぁ……。」

 

 ガルマが死んでいないので、仇討ちの為にランバ・ラル隊が派遣されている事もない。つまり誰も犠牲になる要因が無かったのだ。セイラさんも戦う必要性がないから出撃させてもらえないだろう。

 報告書にも書いてある「黒い三連星全員の撃破」も頭を捻らせる要因だ、これはつまり補給にマチルダさんが行っていないからと言うのとそもそも黒い三連星達もホワイトベース隊を脅威と認識していなかったからと言うのもあるだろう、原作と違い名のある人間を撃破している訳ではないのでマ・クベから脅威認定されていなかったのかもしれない。彼らはオデッサ戦線でホワイトベース隊と激突、アムロとカイのコンビネーションで何とか倒す事が出来たようだが流石にエース相手に全くの無傷とは行かず、かなりの損傷をしたようだ。

 

それが遠因となり核ミサイルの撃破が出来なかったという事か……いや、そもそもエルランの裏切りを阻止できなかった時点でそれに対応しなければならないから余力がそもそも無かったのだろう。どちらにせよこの事態は原作を知る人間からしたら最悪の状況に陥っていた。

 

「どうなるんだ……これから……。」

 

 北米戦線のガルマ率いるジオン兵は撤退して行った、理由は分からないが恐らく報復攻撃を恐れての撤退だろう。ジオンが南極条約を無視して核兵器を使用したとなれば此方もまた同じように核兵器が使用出来るのだ。血で血を洗う泥沼の戦いになって行くことは止められないだろう……。

 これじゃあガンダムSEEDの終盤と同じだ、撃たれたから撃ち返し、殺されたから殺して、そうやって最後の最後には誰もいなくなってしまう。

 

「俺が……俺が余計な事をしなければ……。」

 

 結局の話、俺が史実とは違う事をした結果がこういう悲劇に繋がったのではないか?MS量産が早まり史実よりも早く物事が進み、その結果ホワイトベース隊の進路も彼らの成長具合も変わり原作通り不発に終わらせる事が……。

 それにレビル将軍の戦死が物凄くショックだ、連邦軍最大の良心でありホワイトベース隊への理解も高く、俺の中でも未来を変えられるなら彼を生存させ未来を変えるというビジョンがあったのでよりにもよって史実より先に死なせる事になったのは俺が遠因だろう。

 

「いや……、もう考えてもどうしようもないか。」

 

 最早事実として起こっていることは変えようが無い、今はこの先どうして行くかだが……。

 

「……アーニャの所へ行こう。」

 

 俺一人で考えていても仕方がない、未来を見つめる意志の強さは彼女の方があるし少しでも彼女の力にならなければ。

 

 

 

「アーニャ、今大丈夫か?」

 

「ジェシーですか?どうぞ。」

 

 駐屯地で割り当てられた宿舎のアーニャの部屋に入る、色々な書面と資料が乱雑に置かれており彼女もまた色々と考えているのが窺えた。

 

「軍部は大混乱だろうな。」

 

「えぇ、オデッサ方面軍は再編や戦後処理で当分まともに機能はしないでしょうね。レビル将軍やエルラン将軍がいなくなって指揮を取るべき人間が殆どいなくなってしまっては軍隊として成り立ちませんから。」

 

「それもあるがジオンの核攻撃もだろ、南極条約に違反してしまっては条約は意味を為さなくなる。報復もあり得るんだろ?」

 

 これが一番の懸念だ、互いに戦略兵器の使用が解禁されれば犠牲は今迄の比では無くなる。

 

「少なくても連邦軍が報復で戦略兵器を使用する事は恐らくありませんよジェシー。」

 

「……?どうしてだ?」

 

「この戦争の後の問題ですよ、幾らジオンが南極条約に違反したとは言え我々が同じ土俵に立ち、同じような事をすれば戦後に待っているのは市民からの批判です。地球で核兵器を連邦軍が使用したとなれば地球市民からの反発は防げませんし、環境汚染も甚大になり人が住めないような土地が幾つも出来てしまいます。そうなれば地球連邦軍の存在を疎む者すら出てきてしまうでしょう?」

 

 言われてみると確かにそうか、オデッサは幾ら被害甚大とは言っても奪還は出来ているので地上でのジオンのアドバンテージはこの北米戦線以外は最早殆ど無い、それにもう無駄に重力戦線を維持していても仕方がないし早々に宇宙へ上がって行くだろう。そんな中で無理に地上で大量破壊兵器を使用してもあまりメリットは無いのか。

 

「だけど宇宙では?敵拠点を攻撃するのに戦術核なんかは有効だろう?」

 

「確かにそうです、ソロモンやア・バオア・クー攻略に使用出来れば少ない犠牲で攻略出来るでしょう。しかし他サイドのスペースノイドの人間は地球連邦軍に少しでも反抗すれば我々のサイドにも核攻撃してくるかもしれない、という恐怖感を与えてしまいます。それは反乱を孕むものですから第二、第三のジオンを産んでしまう可能性もあります。なので連邦軍は不用意にはそう言った兵器の使用は控えるでしょうね。抑止力として誇示する分には良いですが、私自身もその使用を良しとする様な風潮にはしたくありませんね。」

 

 アーニャの言も尤もだ、だがそれは地球連邦軍の側の意見であるし何より強行派がもしも使用を容認すれば……?それに……。

 

「だがアーニャ、ジオンはもう二発も核兵器を使用しているんだ。連中はそれこそ使用を容認して行くんじゃないか?」

 

「そうですね……。そもそもジオン軍……、いえザビ家の人間自体が軍閥としてバラバラに動いているという側面があります。ギレン・ザビとキシリア・ザビは不仲だと聞きますし、何より本来デギン公王が指導者で在らねばいけませんがその執政は殆どギレン・ザビによる物です。つまり指揮系統というものがザビ家内ですら一本化されていません。なのでそれぞれの派閥が独自で使用すると行った局面すら起こり得る……それが心配です。」

 

 ジオン軍の指揮系統はそれこそ軍事に覚えがあれば理解できない部分も多い、ギレンの統括する総帥府、ドズルの指揮する宇宙攻撃軍、キシリアの指揮する突撃機動軍、そしてガルマの統率する地球方面軍。これらはそれぞれのザビ家が指揮してるかと思えば地球方面軍はキシリアの息のかかった部隊が多く実際はキシリア麾下の軍だ。まぁガルマ自体階級が大佐なので将校の多い地球方面軍で彼の影響力が通じるのは北米地域くらいだと言うのもあるが。

 そして兄弟と言ってもそれぞれがそれぞれを嫌っているのか連携が取れていない部分も多い、ソロモン戦ではMSを寄越せと言っていたドズルに対してギレンはビグザムしか送らなかったり、突撃機動軍もまた援軍が送らず……いやこれはドズルが拒否したのもあるが私情のせいで結果的に敗北し最終的に敗戦するハメになっている。

 

 だからこそ、各々の連携が取れていなければそれぞれの意志で使用しかねないと言う可能性が出来てしまう。ポケ戦でも現場判断で使用していたし何が起きてもおかしくないのがジオンだ。

 

「アーニャはどうするべきだと思う?」

 

「早期に制宙権を取り戻し、サイド3攻略を以てジオン軍を制圧……これが一番理想的ではありますが難しい問題ですね。」

 

「地上にはまだキャリフォルニアベースがあるしな……オデッサに引けを取らない軍勢がいる中じゃ地上軍が簡単宇宙に行ける状況じゃないし先ずはキャリフォルニアベースを何としても攻略しなければ……って感じか。だけどその間に宇宙からジオンが戦略兵器を使用して来たら……。」

 

「はい、それだけが懸念ですね……。」

 

 この状況下でどれだけ犠牲を出さずに終戦へ持ち込めるか、考えてもあまり明るい展望が見えないのが厄介だ。平和な未来からどんどん遠ざかっていないか心配になってしまう。

 二人して暗くなっている中、宿舎に兵が大慌てでやってきた。

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー少佐!コーウェン少将から緊急の連絡です!」

 

 なんだ!?まさかまた何処かで核兵器が使用されたか……或いは使用したかが起きてしまったのか!?兵の形相はかなり緊迫している。

 

「何が起こったのですか!?」

 

 アーニャもまたそう推測したのか慌てた様子だ、俺もゴクリと息を飲み報告の内容を待つ。

 

「ジオン公国地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐が、ジオン・ズム・ダイクンの子息であるキャスバル・レム・ダイクンを擁立し、北米ネオ・ジオンと名乗りキャリフォルニアベースで挙兵しました!」

 

「なん……だと……?」

 

 はっきり言って全く予想していない出来事、と言うか何故ガルマがキャスバルを……!?混迷を極める状況の中、更にこの戦争の行く末を予想出来なくさせる展開になってしまい俺にはもう何が何だかよく分からなくなってきた。

 だがもしも……もしもこの挙兵が何か変わるきっかけになってくれればと、そう期待せずにはいられなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 キャスバル立つ①

今回殆ど会話ばかりのパートになります、ご容赦ください。




 

 遡ること数日前、北米戦線での出来事だった。

 

「信号弾?これは……全軍撤退用の信号だと!?」

 

 非常事態による撤退を意味する信号弾の色に前線の兵は混乱しながらも所定の通りの撤退を行い、合流地点へと集結した。

 

「ガルマ、一体何が起きたと言うのだ?」

 

 ガウから降りてきたガルマは怒りで顔が紅潮し今まで見たことが無いくらい憤慨していた。

 

「マ・クベが……オデッサ防衛の際に南極条約に違反し水爆ミサイルを発射した……!」

 

「なんだと!?」

 

 マ・クベは狡猾な男だと知ってはいたが、まさかそんな暴挙に出るとは流石に思いもしなかった。まさか戦時条約を反故にするような真似をするとは……。

 

「これが奴の独断か、それともキシリア姉さんの指示かは分からない。だがこの局面でそんな事をしでかしては連邦軍による報復攻撃がいつ起きてもおかしくないぞ!」

 

 ……確かにそうだ、既に我々は各サイドに対する核攻撃や地球に対するコロニー落としで大勢の命を奪っている、それを際限なく行われないようにと南極条約が締結されたと言うのに我々からそれを破っては連邦軍も条約を律儀に守る意味がない。

 

「ガルマ、一旦落ち着け。まずは状況の確認からだ。オデッサはどうなっているんだ?」

 

「オデッサ防衛戦は密かに我が国に内通していた連邦の将校の裏切りで一時優勢になった、しかし君が逃した例の木馬の部隊が黒い三連星を撃破し戦況は悪化した。」

 

 あの黒い三連星がやられたのか……やはりあのガンダムと呼ばれる機体は圧倒的な力を持っているのか……それともパイロットの実力か。

 

「その後マ・クベは戦況を回復させる為に水爆ミサイルをレビル率いるビッグ・トレーへ向けて射出し、レビルを殺す事には成功したがそれに逆上した連邦軍に押され結局オデッサは連邦に奪還されマ・クベはいの一番に宇宙へ逃げた……との報告だ。」

 

「……馬鹿げているな。」

 

 核一発で連邦軍の大将一人倒せたと言えばそれは確かに功績ではある、レビル将軍は連邦軍でも一、二を争う優秀な指揮官だ。彼を失った連邦軍のダメージは大きい。だがそれ以上のデメリットもある。

 

「南極条約が反故にされてしまえば連邦も同じように戦略兵器の使用を解禁してくるだろう。兄さんや姉さん達のいる宇宙はまだ良い、まだこちらに制宙権があるのだからルナツーからの攻撃にさえ気を付ければ何とかなるだろう。だが我々はどうなる!重力戦線に取り残された将兵は宇宙へ撤退できる手立てすら殆どないのだぞ!」

 

 自分の事よりも末端の兵士達の方を気にするか……やはり以前と比べて人を指揮する立場の人間として物を見ている、それに少し感動を覚えたがそれよりもまだ気になる点はある。

 

「君の兄上達は何か言ってこないのか?」

 

「連絡はあったさ、私もこの重力戦線をどうするのか問いただしもした。だが兄上達からどんな返答があったと思う!?」

 

「……恐らくザンジバル級でも派遣するからそれに乗って君だけでも宇宙へ戻って来いとでも言われたんじゃないか?」

 

 少なくても弟可愛さにドズル中将ならそういう事を言いかねんだろう。

 

「あぁその通りさ!ランバ・ラルらを派遣して万全な状態で撤退をさせてやるからお前だけでも宇宙へ上がれと、部下は後から追わせると!それだけだ!」

 

 ドン!と机を叩きつけるガルマを落ち着かせるように言うとガルマは少し冷静さを取り戻した。

 

「すまない……正直兄さん達に失望し過ぎて我を失っている。君はどう思うシャア。」

 

「ザビ家の人間の立場からすれば、の話だが君を宇宙へ戻すと言うのは間違いではない。」

 

「シャア!」

 

「落ち着けガルマ、あくまでザビ家の人間の立場ならの話だ。オデッサが陥落したとなると最早地上軍を維持する必要性は殆どない、既存の兵力でジャブローを攻略するのは不可能だろう。ジャブローの入り口さえ見つければ話は別だがな。」

 

 だが数々の偵察でも見つけられなかったジャブローの入り口は簡単には見つからない。木馬が追えていれば奴らがジャブローへ行くのを追跡出来ただろうが今ではそれも不可能だろう。

 敵の最大拠点が落とせないのであれば無理に地上に残る必要はない。こちらが制宙権は確保している現状では宇宙に上がってきた敵を逐一撃破して行けば良い話だ。それに南極条約を反故にした今なら再び戦略兵器を使用することも可能な訳だから最悪の場合は再びコロニー落としをする事すら可能なのだから。

 

 勿論普通の人間ならばそれは躊躇するが……相手はあのザビ家の人間だ、戦況が不利になればどんな手段を用いてもおかしくはない。

 

「ガルマ、君自身はどうしたいんだ?」

 

「兵を残して私だけが宇宙に上がるなんて出来るわけがない!それはこの重力戦線を支えてきてくれた将兵全員を無碍にする行為だ、そんな事をしたら地上だけで無く宇宙にいる兵だっていつ見捨てられるかと不安にもなるだろう。」

 

「では兄上らの意見を無視して地上に残ると?」

 

「……あぁ、例え兄上達らと決別してでも私は地上に残る。このままでは北米のみならず各地の残存兵は目も当てられないような悲惨な死に方をして行くだろう、それほど迄にマ・クベは敵意を与えて去ったのだからな。」

 

 あの兄達に頭の上がらなかったガルマがここまで人が変わるとはな……。

 

「ふっ、恋のせいか?」

 

「おいおい、私は兵達の事を考えて……。」

 

「正直に話せよ、イセリナ嬢を見捨てたくないから地上に残りたい。そういう気持ちもあるんだろう?」

 

「あぁ……そうだ。恥ずかしい話だがイセリナの為ならザビ家という名前すら捨てても良いと誓えるくらい彼女を愛している。だからこそ、この地上から離れたくないと言うのもあるが、やはり地上の兵も見捨てられないよシャア。そもそも地球の棄民として宇宙に上がった筈の我々が、今度は逆に棄民として地上に捨て置くなんて真似は許される事じゃない。それにただでさえスペースノイドの独立を謳い戦ってきたんだ、そのスペースノイドを見捨てて勝つ戦争なんてある訳がない。」

 

 青二才な面もあるが指導者としての立場は既に一人前だな、ザビ家の名前すら捨てると言い切れるのなら……私もまたザビ家への復讐から彼を切り離して考えるべきか。

 

「ならジオン公国を捨て、この北米大陸で独立でもするかガルマ?オデッサが陥落したとは言え、このキャリフォルニアベースは未だに健在で機能もしている、更に連邦軍との講和も視野に入れれば北米大陸の安泰は確実だ。宇宙にいる兄上らには刃を向ける事になるがな。」

 

「……。」

 

 ガルマは深く考え込む、何だかんだと言ってもザビ家と言う名前は簡単に切り離せるものではない。それに彼を首魁に独立しても連邦軍の中には所詮ザビ家と厳しく見る目があるだろう、それが難点ではある。

 

「せめてザビ家の私以外に誰か代表に立ってくれる者がいれば最善なのだがな……例えばジオン・ズム・ダイクンの遺児、確か二人の兄妹がいたと姉上が言っていたが、彼らのような本来のスペースノイドの代表を擁立できれば連邦軍にも説得力を持って対応できそうだが。」

 

 一瞬冗談を言っているのかと思ったが私を前に本気で言っている所を見ると、私がそのダイクンの遺児であるとは露にも思っていないようだ。流石に父が暗殺されたあの頃、私と同じで子供だったガルマには気付ける要因が無かったか。そう思うと心の中で笑うと同時に見捨てられないなという気持ちも込み上げる、結局彼は私にとって復讐する相手ではなく、何処まで行っても気の良い友人でしかなかった。

 

 それならば、友人の為に一肌脱いでやろうと言うのもまた友情か。そう思っていると兵が報告をしに部屋に入ってきた。

 

「ガルマ様、宇宙よりランバ・ラル様の部隊が参りました。謁見を求めていますが如何なさいましょうか?」

 

「私は宇宙には戻らないぞ、失礼になるが追い返しーーー」

 

「待てガルマ、ランバ・ラルに会おう。彼は味方になってくれる筈だ。」

 

「……?あぁ、君がそう言うならそうしよう。だが彼は兄上の部隊の人間だぞ?」

 

 やれやれ、と少し呆れながらランバ・ラルが来るのを待った。彼は今でこそドズル中将の部下ではあるが元々は父親が生粋のダイクン派で、私もあのジンバ・ラルの洗脳染みた教育をされた時に彼と知り合っている。今はどうかは分からないが彼の性格なら何とか協力してくれるであろう。

 

「ガルマ様。このランバ・ラル、ドズル様の命でお迎えに参りました。」

 

「残念だがランバ・ラル大尉、私は宇宙には戻らない。地上の兵達を見捨て私だけが宇宙に戻ってこの重力戦線の将兵が納得すると思うのか?」

 

「納得せざるを得ないでしょう、ガルマ様は公国にとっても大事なお方。この地で何かあればそれこそ将兵は悲しみましよう。ドズル閣下もそうおっしゃっておいででした。」

 

「ドズル兄さんが何と言おうと私は兵を見捨てるつもりはない!例え公国を捨てて独立する事になってもだ!」

 

「何と……!ガルマ様、今の発言はクーデターと思われても仕方ありませんぞ!?」

 

「もしもそのつもりなら貴方はどうする?ランバ・ラル。」

 

「その仮面……シャア・アズナブル少佐か。」

 

 どうやらランバ・ラルは私がキャスバルだとは気づいていないようだ、意図的に避けていたというのもあるが最後に会ったのはかなり昔の事だし仕方がないか。

 

「久しいな、ランバ・ラル。こうやって話をするのはマス家で会った時以来か?」

 

「マス家……!?……は!?まさか貴方様は!?」

 

「どうした?シャアと知り合いだったのか?」

 

 間の抜けたガルマの台詞が耳に入っていないのかランバ・ラルは神妙な面持ちで私を見つめている。こんな風に仮面を脱ぐ時が来るとは夢にも思っていなかったな、そう思いながら仮面に手を伸ばしゆっくりと外して行く。

 

「そう、私だ。ジオン・ズム・ダイクンの遺児、キャスバル・レム・ダイクン。シャア・アズナブルはそれを隠す仮面であった。」

 

「えぇ!?」

 

「なんと……!やはりキャスバル様であられましたか!」

 

 素っ頓狂なガルマの驚愕した声と感嘆するランバ・ラル、自分の事ながら少し面白く感じてしまった。これも若さだろうか。

 

「では先程の話はキャスバル様とガルマ様がお考えになられた事なのですか!?」

 

「待て、待て!シャアは本当にキャスバルなのか!?」

 

「そうだガルマ、元々ザビ家への復讐の為に身元を変えて入隊した。目が悪いと言うのも嘘だ。」

 

「なんだって……!つまり私の命も狙っていたのか?」

 

「あぁ、そう『だった』。今は違うがな。今はそんな事よりこの先の事を考えるべきじゃないかガルマ?」

 

「いや、確かにそうだが……君の正体がキャスバルだと言うのはそんな事と言うレベルではないだろう……。……はぁ、確かに今はこれからの事を考える時だな。シャアいやキャスバルと呼んだ方が良いか、君がこのタイミングでキャスバルを名乗ると言う事は私に力を貸してくれると言う事だな?」

 

「あぁ、正直昔のままのガルマであったなら協力はしなかっただろう、だが今の君は真に兵の事を思いやり未来の事を考えている。ならば友人としてそれを支えるのが道理だろう?」

 

「美しき友情でありますな、キャスバル様がお立ちになるのでしたらこのランバ・ラル粉骨砕身の思いで働かせて頂きますぞ。」

 

「なら鉄は熱い内に打つべきだなキャスバル、どんな風に事を起こす?」

 

「まずは我々に付いて来る者と来ない者を早急に見極める必要がある、独立と一言で言ってもやはり本国を裏切るのを躊躇う者は多いからな。それに兵にも事情があり参加できない人間も出てくる筈だ、そう言った者は今回ランバ・ラルが運んできたザンジバルと残っているHLVで宇宙に帰してやるべきだ。」

 

「賛同しない者を残していても獅子身中の虫になりかねませんからな。それに家族が本国にいる者を無理に残して彼らの家族に何かあってはなりません。」

 

「ならば1日の猶予を与えて彼らにキャスバルと私に付いてくるか、それとも本国に帰るかを選ばせよう。決起はそれからでも遅くはないからな。」

 

 我々三人は頷き、兵士達に説明をする為に彼らを広場に集結させる事にした。この決起が成功するか、それとも失敗に終わるかは分からないがザビ家の連中に一泡吹かせてやるくらいの事はやってみせる。そう思いながらガルマとランバ・ラルと共に足を進めるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 キャスバル立つ②

 

ガルマとランバ・ラルとの打ち合わせを済ませて、キャリフォルニアベース内の広場へ集められるだけの兵士達を招集する。その他に直轄の基地と前線で待機している艦艇へ通信チャンネルを回して北米戦線の可能な限りの部隊へ周知させる手筈を整えさせた。これで決起の準備は万全である。

 広域通信を用いる都合上、連邦軍に傍受されてしまう可能性もあるが逆に傍受してくれた方が都合が良い。我らの決起がいち早く知られればそれは連邦軍が交渉の余地を考えるだけの時間が増えるからだ。

 

 広場には数万からなる軍人が集結している、列を乱さず待機している彼らの姿にガルマの指揮が行き届いている事を再確認できた、この内のどれだけの数が我々に付き従うか……。

 

「行こう、キャスバル。」

 

「あぁ。」

 

 ガルマと共に壇上へ上がる、兵はガルマの横にいる私が何者であるのか分からず困惑している者もいた。仮面が無ければ誰か分からぬと言うのもそれはそれで滑稽なものだ。そしてガルマが静かに、はっきりと喋り出した。

 

「みんな、楽にしてくれ。本日此処に集まって貰ったのは、既に知っている者もいるだろうがオデッサ基地が陥落したと言うこと。そしてその防衛戦において、南極条約違反の核ミサイルを我々ジオン公国の側が使用したと言うことについてだ。」

 

 兵達の間でざわめきが起こる、オデッサ陥落は知っていても核ミサイルの使用については知らなかったと言った反応が散見された。南極条約にも違反していると言った事実からその困惑は大きな物だった。

 

「このオデッサ基地での核ミサイルの使用は、マ・クベ大佐の独断なのか、或いはギレン総帥やキシリア少将の指示によるものかは分からない。だが一つ言えることは、地上に残された我々の事を考えずに発射を強行したと言う事実があると言う事だ。条約に違反して核ミサイルを使用したとなれば、連邦軍もまた条約を律儀に守る必要性も無くなり、戦略兵器の使用を厭わなくなるのは明白だ。そうなれば公国が制宙権を握っている宇宙はまだしも、地上に残された我々はなす術もない。それは諸君らにも理解できる筈だ。」

 

 ガルマの声に静かに頷く兵士達、ガルマは続けて喋りだす。

 

「現在我々はこのキャリフォルニアベースを掌握してはいる、だが仮に連邦軍が戦略兵器の使用を躊躇わなければ幾らこの基地が強固な物であろうと、兵力を持っていたとしても容易に殲滅させられてしまうだろう。そして、そのタイミングはいつ起こっても最早おかしくはないのだ。」

 

 ざわざわと兵達が焦りを見せ始めた、仕方のない事だろう。現状は既に何処かの核ミサイルの発射基地からいつボタンが押されてもおかしくはない状況なのだ。スペースノイド憎しと暴走した指揮官が一人でもいれば此処がいつ焦土となっても不思議ではない。そんな身に立たされれば誰でも死は恐ろしいものだ。

 

「みんな落ち着いてくれ、君達の恐怖も分かる。だが幾ら焦っても我らには最早どうすることも出来ない。この戦線にいる兵を宇宙へ戻すと言っても現存しているHLVなどでは数が足りず、また本国からの帰還支援もままならない、かと言って此処から逃げ出せるかと言えばそれも難しい、連邦軍は我々を簡単には許してはくれないだろう。」

 

「じゃあ!俺たちはどうすれば良いんですか!?」

 

 堪らず声を上げる兵士、上司と思われる者が押さえつけようとするがガルマはそれを止めた。

 

「待ちたまえ!彼の意見は最もだ、私も不安を煽り過ぎた、どうか許して欲しい。」

 

 一兵士を前に頭を下げるガルマの姿に兵士達は「やめてください!」と止めに入る、最高司令官が一兵卒に頭を下げるという事態は今まで有りもしなかった事だ。

 

「私も諸君らも同じ状況だ、ギレン総帥らは私だけでも宇宙へ帰還せよと言って来たが、寝食を共にし同じ戦場で戦ってきた勇士である君達を見捨て宇宙へ帰る事など言語道断であると私は思う!それに、スペースノイド独立の為に戦ってきた諸君らを見捨てて、どう独立を掴み取ろうと言うのだ!そうしなければ掴み取れないという国であるのなら私はザビ家を……いやジオン公国を捨てても構わない!」

 

 場内は異常なざわめきを見せ始めた、クーデターと取られてもおかしくはない発言をしているのだ、当たり前の反応だろう。

 

「真のスペースノイド独立とは、兄上らのように兵を死地に立たせ犠牲にさせた先に指導者が掴み取るものではない。スペースノイドである我々一人一人が戦い抜いて生き残った先に掴み取るものだ!そうだろう!」

 

「そうだ……!ガルマ様の言う通りだ!」

 

 大きな歓声が上がる、彼の演説もギレンに負けず劣らずのものだ。いや元来のカリスマも考えれば兄以上の才能を秘めているかもしれない……。

 

「私は今、この地においてギレン総帥……いやザビ家率いるジオン公国からの独立を宣言したいと思っている!だが知っての通り、私自身もザビ家の男だ。君達の中には私を信頼し切れない者も出てくるだろう。だからこそ、今此処でスペースノイドの……我々の代表となってくれる者を紹介させて欲しい!」

 

 そう言ってガルマは私の方に眼を向ける、私は頷くとガルマに代わり壇上でマイクを握る。

 

「兵の中には、今喋っている私の声に聞き覚えのある者もいるでしょう。こうやって素顔を見せる事は今まで無かったので、誰だと思う者もいる筈です。私はシャア・アズナブル、今まではそう呼ばれていた人間です。」

 

「シャアって……あの赤い彗星の!?」

 

「病気か何かで仮面を付けていたんじゃなかったのか!?」

 

「そう、何故この場面で私が仮面を外しているのか……それは偽りの名前と偽りの姿を捨てて、貴方達と共に歩む事を決めたからであります。私は今までシャア・アズナブルと呼ばれていましたが本当の名前は別にあるのです。私の本当の名前はキャスバル・レム・ダイクン、今は亡きジオン・ズム・ダイクンの息子なのです。」

 

 場内は先程よりもざわつきを見せる、まさかこの場面でダイクンの遺児が出てくるとは誰も夢には思わなかっただろう。

 

「驚いた方も大勢いると思います。父がザビ家に暗殺され、残された私と妹はある場所で隠れて暮らしていました。しかし大きくなるに連れてザビ家への復讐心が抑え切れなくなり、私はシャア・アズナブルと言う名を騙り公国軍に入りザビ家への復讐を誓って戦ってきました。しかしこの重力戦線を戦う中で本来復讐を果たすべき相手であるガルマ大佐が如何に兵を思いやり、そしてまたスペースノイド独立の為に戦う貴方達兵士の姿を見て、私の復讐心という物は薄れて行き未来の為に戦うべきだと気づいたのです。」

 

「シャア……いや、キャスバルはジオン・ズム・ダイクンの精神を継ぐ者として、この重力戦線に取り残された我々の力になってくれると言っている。兵力の都合上、連邦軍との講話が必要不可欠となりそれをアースノイドへの屈服と思う者もいるだろう。だが我々の真の目的はギレン総帥らとは違う真のスペースノイド独立の為の活動である!その為に早期の連邦軍と講話は重要なものである、諸君らにはそれを納得してもらいたい。」

 

「我らの意志に賛同してくれる者はこのまま残ってくれると有り難いですが、中には本国に家族を残している者や本国の意志に追従したいと思う者がいると思います。そう言った方々には現存のHLVとザンジバル級で本国へ戻ってもらいたいと思っています。強制はしません、1日の猶予を与えますのでどうか自分の意志で判断をお願いしてもらいたい。」

 

 深々と頭を下げる私とガルマ、その直後大きく歓声が湧き上がる。

 

「俺達はキャスバル様やガルマ様に付いていくぞ!どうせ本国の連中は俺達を見捨てたんだ!今更どんな気持ちで本国に戻れってんだ!」

 

「キャスバル万歳!ガルマ万歳!」

 

 喜ぶべきか批判的な言葉は全く無かった、感慨深く兵達をガルマと共に眺めているとランバ・ラルが声を掛けてきた。

 

「御立派でしたぞ御二方とも、このランバ感激の極みにありました。」

 

「だが我々はまだスタートラインに立ったばかりだ。明日にならねばどうなるか。」

 

「この将兵の歓声をご覧になって何をおっしゃいますか、多少の離脱はあろうと成功致しますとも。」

 

「後は地球連邦軍の動きとジオン本国の動き次第と言った所だな、厳しい立場に立たせられるだろうが共に頑張ろうキャスバル。」

 

「あぁ、スペースノイドの未来の為に。」

 

 お互い強く手を握り合い、これからの未来に思いを馳せた。

 

 

 

ーーー

 

『今此処に!我々はジオン公国からの独立を宣言し、北米ネオ・ジオンの樹立を宣言する!』

 

 モニターに写されている映像からはシャア……いや、キャスバルの演説が流れていた。どんな経緯かは知らないがガルマに復讐する事なく手を結ぶという展開は見た事が無かったがシャアも本編中にガルマを殺した事を悔やんでいたし友情自体はあったのだから何かが変わった事でこういう結果を産んだのだろう。

 

「しっかしまぁ、ジオンと北米ネオ・ジオンって言われても違いが分かりゃしませんよシショー。」

 

 現在俺達第774独立機械化混成部隊はクロエ曹長のミデアと合流し、ジュネット中尉も原隊復帰した事で久々に全員が揃っていた。

 

「一兵卒にはジオンの分派が出来たくらいの認識で良いと思うぞララサーバル軍曹。ただ上層部やらは大騒ぎだろうな今頃。」

 

「叔父様を始め、連邦軍の主だったメンバーによる最高幕僚会議が行われてる最中でしょうね。レビル将軍の一件の中でのこのキャスバル総帥の決起は寝耳に水だったでしょう。」

 

 アーニャの言葉にうんうんと頷く、史実を知っている俺でさえこんな場面でまさかシャアがキャスバルとしてネオ・ジオンを名乗るなんて思いもしなかったからなぁ。

 ただ状況を見れば何となく決起の理由も掴めてきた、キャスバルの演説の中にもあったのだがマ・クベらだけが宇宙へ戻り他の戦線を見捨てただけならまだしも、彼は南極条約違反をしてから地上を見捨てたのだから危機的状況の度合いが全然違うのだ。史実通りなら何とか持ち堪えて……って流れになるだろうが条約が機能しないとなればいつ何処から戦略兵器の攻撃を受けてもおかしくないのだから、現在地上に残ってるジオン兵からしたら堪ったもんじゃないだろうし。

 

「けど上手く和平交渉とか同盟とかが結べれば地上の方は安全になるんじゃないですか?」

 

 クロエ曹長がそう発言する、確かにこの北米ネオ・ジオンはジオン公国から離れた存在なので兵力はそれなりにあるが連邦軍を相手に出来る程ではない。多分それはキャスバルも分かっている筈なので早期に何らかのアクションがあってもおかしくない筈だ。

 

「確かにそうだな、ガルマ大佐は融和政策なんかで地上での評判は良かったみたいだし平和的解決も他のザビ家の連中と比べたら一番可能性があるよな。」

 

「連邦内の女性士官もギレンザビやドズルザビは怖いけどガルマは可愛い所あるよねーとか話してましたね。」

 

 グリムが笑いながらそんな事を言った、確かにあの兄弟の中で一人だけ明らかに突然変異みたいな感じで美男子が生まれているからな……女性士官がそう思うのも無理はないけど。

 

「どっちにしても、上層部が何らかの手を打つまでは現状待機か……。」

 

「そう遠くない内に軍からの発表があると思います、それまでは各自警戒を怠らずにやれる事を精一杯務めましょう。」

 

『了解!』

 

 アーニャの言葉に全員が応えた所で俺達は一時解散し各々の仕事に取り掛かった、この戦争の行く末は気になるが今はやれる事を精一杯やるだけだ。今の俺にはそれしか出来ないのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 それぞれの行く末

 

 サイド3の首都、ズム・シティ。その総帥府にてギレン・ザビは大型のモニターを介して兄弟であるドズル・ザビ、そしてキシリア・ザビと通信を開始した、彼の隣には公王であるデギンもいる。

 

「通信は届いているな?」

 

「あぁ通信良好だ兄貴、今回の通信はやはりアレか?」

 

 オデッサ陥落とそれに伴う南極条約の反故、そしてダイクンの遺児であるキャスバルの台頭とそれに連なる原因となる者。ギレンは彼女の写っているモニターへ顔を向けた。

 

「やってくれたものだなキシリア、貴様の部下のせいで南極条約の有効性は無くなり、それに不満を持ち取り残された地上軍はキャスバルを騙る若造によりガルマと共にジオン公国から独立すると宣言までした。この落とし前どうつけるつもりだ?」

 

 冷静を装うが、彼を知る者が見ればふつふつと怒りが込み上げていると感じさせる程に彼は苛立っていた。

 

「オデッサの件はマ・クベの独断で行われたものでした。私が奴を押さえつけていられれば良かったのですが……暴走してしまったようで。」

 

「それを信じろとでも?マ・クベはどうしている。」

 

「奴はグラナダで向かう最中に条約違反に憤慨した部下に射殺されてしまったようで……、拘束した後に軍事法廷に呼び出すつもりでしたが死人が相手ではどうしようもありませぬな。」

 

 明らかに嘘をついている、そう思ったギレンを遮るようにドズルが大声を上げる。

 

「キシリア!貴様そんな嘘が通用すると思っているのか!何処ぞに隠しておるのだろう!」

 

「よせドズル。キシリア、仮に貴様の言った通り奴が殺されたとして連邦にどう説明するつもりだ?」

 

「今更連邦に説明する必要があるでしょうか?所詮南極条約というものはレビルが逃亡した為に締結しただけの戦時条約、本来結ぶべき必要性など無かったでしょうに。」

 

「開戦時と現在では状況が違う、それに連邦に説明する必要が無くとも国民にはどう説明するつもりだ。ガルマの離反にキャスバルの反乱は我々ジオン公国にとって大きな痛手となっているのだぞ。」

 

 ただでさえ国力に劣っているジオン軍の多数を占める地上軍が合流しないと言うのは戦略面でのダメージも大きいが兵の士気にも影響する、それに地上軍は地球降下作戦に伴い多くの熟練兵が参加している、それらを考慮すると数字だけでは語れない損失が大きくあった。

 

「国民に対しては情報統制を強いる必要がありましょうな。何にせよ兵力の差は最初から分かっている事でしょうギレン総帥、その為にコロニーを改造したレーザー砲であるソーラ・レイを開発しているのでしょう?あれで連邦の宇宙艦隊を一掃すれば残るは地上兵力のみ、またコロニーの一つや二つ落とせば連邦軍は成す術もないでしょう。」

 

「キシリア……まだ犠牲が必要だと言うのか。」

 

 口を開いたのは今まで沈黙を貫いていたデギン公王であった。開戦時の頃よりも覇気が無くなり、このガルマの反乱にも消沈しているのか以前よりも精神的に衰えを見せている。

 

「これも我々が勝つ為です父上。」

 

「既に全人類の半数近くが亡くなっているのだぞ、これ以上犠牲が増える前に連邦との和平の道を見つけるべきではないのか?ガルマ達のように。」

 

 その言葉に苛立ちを見せたのはギレンとキシリアであった、元々革命運動を率先して動いて来た人間として何と無様な事をと。

 

「親父!確かにガルマ達は連邦との和平の道を歩むかもしれん!いや、若い世代の連中であれば俺達のような連邦と戦う以外の道もあるやもしれんが長い年月を独立を掲げて戦っている俺達が今更そんな真似をすれば死んでいった将兵達に顔向けが出来んよ!そうであろう兄貴!」

 

 これに真っ向から怒りを見せたのは何とドズルであった、確かに彼の言うように未来ある若者の世代ならばそう言った道もあるだろうが既にこちらは多くを殺し殺されているのだ、タイミングのズレた和平交渉などジオン連邦問わず多くの反感だけを残し軋轢を生むだけである。

 

「その通りだドズル、父上も老いましたな。ダイクンと共に独立運動をしていた頃の父上ならそんな台詞はまず出なかったでしょうに。」

 

 結局はデギンは政治屋でしかなかった、活動家としてダイクンと共に歩んでいた時や公国が出来てから戦争が始まるまではその手腕を奮う事が出来たが戦争という生き死にが発生する事に慣れていない、或いはそれを他人事でしか見れていないのだ。だから責任の重さに耐えられない。

 

「今更連邦と和解などできん、どちらが討つか討たれるかだ。キシリア、マ・クベの件は不問にするが今後一切の独断行動は許さんぞ、ドズルよお前にしても条約違反だけはするな、連邦の報復よりも兵の士気に影響するからな。」

 

「ハッ、了解しました。」「了解した!」

 

「キャスバルらネオ・ジオンを騙る者らが連邦と和平を結べば、連邦軍の地上での脅威は無くなり奴らは総力を以て宇宙へ上がって来るだろう。ソロモンを狙うかグラナダを狙うかはまだ分からんが警戒はしておけ。此方も援軍の手筈は整えておく。」

 

 連邦軍の攻略の対象となる優先順位はグラナダとソロモン、どちらも大差はない。何にせよ本国に辿り着くにはア・バオア・クーが邪魔になるのだからどちらかを陥落させるだけでは意味がないのだ。キシリアの言う通り宇宙へ上がってきた連邦艦隊さえ駆逐出来れば後は時間の問題だ。だがまだ性能すら判断出来ていないソーラ・レイだけで宇宙艦隊を一掃できるか、それが難点ではあるが。

 

「しかしガルマが俺達に牙を剥くとはな!本来なら怒る所ではあるが俺は少し誇らしいぞ兄貴。」

 

「……笑い事ではないぞドズル、ガルマはキャスバルに唆されただけかも知れんと言うのに。」

 

「いや、あの演説を聞いただろう。あれはアイツの本音の筈だ、将兵を労り共に歩むと言う気概を見せつけられて俺も年甲斐もなくはしゃいでしまった。」

 

 父と同じく弟のガルマを溺愛していたドズルらしい物言いだった、確かに総帥としてでは無く兄としてだけ見れば弟の成長ぶりは確かに目を見張るものがあるが現状は手放しで喜べるような状態ではなかった。

 

「……ガルマも我々に直接的に手出しさえしなければわざわざ此方も手を割く必要はない。今後の動向には注意しろ。今回の連絡は以上だ。」

 

 そう言って通信を切る、ガルマに対してはせめてもの計らいではあるが難しい話だろう、北米ネオ・ジオンが連邦と協力関係を結ぶにはそれなりの見返りが必要で、ジオン公国を叩くのに協力せよと言われるのは目に見えている。キャリフォルニアベースを始め北米を奪還するのには手間は掛かるが不可能と言う訳ではないし何より条約が反故にされた今ではネオ・ジオンが憂慮しているように戦略兵器の解禁があるかもしれないのだから。

 

「何にせよ事は早く動かすべきか……。」

 

 時間を与えればそれだけ手立てを与える事に直結する、こちらの手勢もそう多い訳ではないが可能な限りの攻勢は掛けねばならない。指を咥えて見ていても好転する事は無いのだから。

 

 

 

ーーー

 

「会談?」

 

「えぇ、この前線近くで連邦軍と北米ネオ・ジオンとの会談を行うと、先程通信がありました。」

 

 北米戦線の野営地で、アーニャがそう報告してきた。近い内にやるだろうなとは思っていたが、まさか前線近くでやるとは思っていなかった。

 

「こんな連邦とジオンの緩衝地帯で良いのか?北米ネオ・ジオンも独立したとは言え未だにザビ家派の人間がまだいる可能性だってあるのに、せめてどちらかの勢力圏内でやるべきだと思うが……。」

 

「そうですね普通ならそうするべきです、連絡の中で北米ネオ・ジオンは公国派の人間は残存しているHLVやザンジバル級で宇宙に送り返したと言っていましたが不穏分子の存在は払拭しきれていません。だからこその前線会談なのです。」

 

「……?意味が分からないな。」

 

「簡単に言えばこの会談は撒餌ですよジェシー、我々もネオ・ジオンも同盟を結ぶか否かは別として邪魔な勢力は排除したいと言うのが本音です。幾らネオ・ジオンが連邦に協力的であってもその身に獅子身中の虫を飼っていては安心して宇宙へは上がれませんし、ネオ・ジオンにしても厄介な人間は排除しておかないといつ我々に叩かれてもおかしくはない状態ですから。」

 

 成る程なぁ、と思ったがその為の撒餌が会談と言うのは中々リスキーではあるな、ただその分『敵』もまた狙う価値があると判断するってことか。

 

「それで、この会談には誰が参加するんだ?」

 

「連邦軍からはこの戦線に参加しているコーウェン少将とゴップ叔父様が参加します、ジャブローからも何人かの将校が来るとは言っていました。北米ネオ・ジオンからはキャスバル総帥とガルマ・ザビが参加すると通達がありました。」

 

「おいおい……両軍の総大将クラスばかりじゃないか。撒餌にしては豪華過ぎじゃないか?」

 

「それだけの価値がこの会談にあると言う事ですよジェシー。両軍のトップ同士の会談の成功、そして不穏分子の一掃が出来れば地上での我々の優位は揺るぎないものとなります。余力を残したまま宇宙へ上がれると言うのはそれだけでジオン公国に対するプレッシャーになりますから。」

 

 確かにそうだ、纏まった部隊が多ければ多いほどジオンが苦しくなるのは当たり前の話だし余力を残して宇宙に上がれればそれだけこちらも士気は高くなるし。

 

「だとすればMSでの護衛が必要になるな?」

 

「えぇ、当日は両軍のMS部隊が護衛に入ります。何かあれば其方で対処するでしょう。」

 

「ん?俺達の出番は無しか?」

 

「貴方は会談に参加する私の護衛です、ジェシー・アンダーセン中尉。」

 

 護衛か……そういえばアーニャも佐官だし会談に参加する身分としてはおかしくないのか、って……中尉?

 

「おいアーニャ、今のって……。」

 

「えぇ、おめでとうございますジェシー。貴方は昇進したのですよ。今回のコーウェン少将への救援とその後の状況回復に努めた功績です。私もお溢れではありますが中佐への昇進となりました。」

 

「お溢れって……逆だろ。アーニャの的確な指揮があっての事だったじゃないか。」

 

 とは言え素直に昇進は嬉しい、元々少尉と言う階級は本来のジェシー・アンダーセンが積み重ねてきた努力の結果であったが今回の件は自分たちの力で掴んだ物だ、何というか達成感みたいなものが込み上げてくる。とは言え本来の彼に憑依した形での事なので彼に対する後ろめたさもあるのだが。

 

「会談は明後日に行われる予定です、それまでは身体を休めたりMSの調整などしておいてください。私は叔父様達と話を詰めないといけませんので。」

 

「了解、会談中に何かあった時の為に護身術や拳銃の扱いなんかも慣らしておくよ。」

 

 一ヶ月の入院による身体面のブランクが大きいので鈍っている身体を少しでも鍛え直しておかないと、ララサーバル軍曹やグリム辺りと訓練しておくかな。

 いずれにしても明後日までは短い、憂いのないようにしておかないとな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 明日に備えて

投稿遅れてしまって申し訳ありません、忙しさとそれによるモチベーションの低下で中々書き進められるませんでした。UAもお陰様で30,000を突破しました、いつも誤字報告や感想に助かっています。グリプス戦役相当の年代までのストーリー構想はあるので取り敢えずは一年戦争編完結へ向けて頑張って行きますので今後もよろしくお願いします。


「なんで!」

 

 一撃目、大振りのアッパーだから難なく躱す事に成功。

 

「勝手に!」

 

 二撃目、清掃用のモップでの攻撃だ。リーチが長いので攻撃を見極め避ける事が重要だ……!よし、何とか躱せた。

 

「リミッターを外すんですかぁ!」

 

 三撃目、よしこれもーーー

 

「さっきから何で避けるんですか!」

 

 ビシィ!とハリセンが頭を打ち付ける、どっから出てきたんだこれ。

 

「いや……明日はアーニャのボディガードしなきゃならないから、それの予行練習にちょっと良いかなって。」

 

「……まずそこに正座して貰えますか?」

 

「あっ、はい。」

 

 整備ハンガーにて俺はクロエ曹長にお説教されていた、理由は勿論ヴァイスリッターのリミッターを許可なしに外したことである。

 

「外す事自体は良いんですよ?元々の性能に戻す訳ですから、ただOSも機能調整もリミッターを掛けた状態を前提として調整してあるんですから!」

 

 今言われた通り、リミッター前提の調整をされていたヴァイスリッターはあの戦闘の後多くのパーツがオーバーヒートによる金属疲労を起こしていて久しぶりにヴァイスリッターと再会した時のクロエ曹長は「私のヴァイスリッターがぁぁぁー!?」と何処かのパープルトンさんみたいな事になっていた。幸いメガセリオンと規格が似通っているので修理自体は問題無かったのだが整備士泣かせの作業になるのでクロエ曹長を始めメカニックの人達をかなりヘトヘトにさせてしまっている。

 

「ごめんなさい……。必死だったもんで……。」

 

 素直に謝るしかない、状況が状況だったとは言え一歩間違えば故障して逆に全滅もあり得たのだ。何とか退けられたから良かったものをあのまま継戦していたらどうなっていたかと思うとクロエ曹長の言葉にも謝るしかなくなる。

 

「ふぅ……、まぁ良いですよ。少尉……あぁ中尉でした。中尉も中佐も無事だったんですから今回は結果オーライで見逃してあげます。」

 

「見逃すってさっきの攻撃はーーー」

 

「何か言いましたぁ?」

 

「いえ!何でもありません!」

 

 危うくまた逆鱗に触れるところだった、気をつけないと。

 

「ヴァイスリッターの方もちゃんとリミッターを外した状態の調整しておきますから、前回の戦闘記録に合わせてOSも最適化しておきます。今度からは物足りない所があったら言ってください。」

 

「了解、迷惑をかけるけどよろしく頼むよ。」

 

「それが私達の仕事ですからね、あぁそれと中尉。」

 

「ん?」

 

「おかえりなさい、みんな首を長くして待ってたんですからね?」

 

「……あぁ、ありがとう。」

 

 ニコリと笑うクロエ曹長にやっぱり帰ってこれる場所があるってのは良い事だな、と思いながら感謝して整備ハンガーを後にする。次はララサーバル軍曹とグリムの待つ訓練ルームへと足を運んだ。

 

 

 

 

「せいやぁ!」

 

「ぐえっ!」

 

 技を掛けられ何とか当て身をしてダメージを抑える。何度目かの敗北、やはり見た目と言動通り肉体派のララサーバル軍曹に勝つのは難しい。

 

「シショー、反射神経は良くなりましたけど肝心の肉体はだいぶ衰えてませんか?」

 

「当たり前だよ!こちとら病み上がりだぞ!?」

 

 何とかMSに乗れるくらいには回復してはいるが筋肉の衰えも含め身体的な面はかなり弱くなってしまっている、幸い反射神経なんかは精神的には意識を失っていた時の時間の経過を感じていないので此方は問題ない。まるでガンダムの速度に不満を持ったアムロみたいだなぁと思わず苦笑する。微妙に例えが違うけど。

 

「笑い事じゃないでしょうシショー、これならアタイが行った方がマシだと隊長が思っちまいますよ!」

 

「カルラさんがSPなんてしてたらネオ・ジオンの人達も怖がって会談どころでは無くなりますよって痛てててて!」

 

「どういう事だいグリムー!」

 

 ヘッドロックが綺麗に決まり絶叫するグリム、俺のいない間に何というか面白コンビみたいになっててホロリと感動した。

 

「感動……してる……場合じゃないですよ中尉……!」

 

 何というか以前もどこかでやったシチュエーションだった。

 

「まぁ冗談はさておき、会談にはあのランバ・ラルもいるらしいからな。少しでも鍛えておかないと。」

 

「青い巨星ですね、ネオ・ジオンの主要人物に連なる人物の中で最も武闘派らしいですからね。ゲリラ戦術に関してはかなりのものだとか。」

 

 そう、少ない兵員と物資でホワイトベース隊にかなりの猛攻を仕掛けた人物だ。彼の為人なら会談で何かするとは思えないが少なくとも彼に相当するレベルの対策をしておいて損はないだろう。敵が何処に潜んでいてもおかしくないのだから。

 

「まぁ近接格闘なんて余程の場面じゃない限り使うこともないですからね、次は射撃場へ行きましょうかシショー。」

 

 護身術は基礎レベルさえあれば良いだろうと言う判断で次は射撃場へ、確かに基本的に対人同士で戦う場面になったら余程のことがない限り基本的に銃撃戦だろうからな。

 

 

 

「10発中8発命中、動いていない的なら上出来ですね。」

 

 内3発は急所に当たっている、確かにこれなら上出来ではあるが……。

 

「あくまで動いてない敵なら当たるってレベルだな。実戦や緊急時は敵が棒立ちしてくれる訳はないし次は動いてる的を準備してくれグリム。」

 

 機械に入力をして設定を組み込むグリム、出現速度や移動速度がランダム化されているので当てるのは先程よりも難しいだろう。

 

「よし、始めてくれグリム。」

 

「了解です、行きますよ。」

 

 機械音と共に標的が動きながら移動を開始する、狙いを定め的確に狙いを……。

 

「そこまで!……中尉、10発中6発命中です。しかしどうしたんですか?」

 

 グリムが少し驚きながら反応してきた、俺も命中した的を見て少し驚いている。着弾率は先程より落ちたが命中した弾は全て急所に当たっているのだ。

 

「へぇ、隊長程じゃないですがシショーも射撃が上手くなったって訳ですか?」

 

「うーん。自己判断は難しいけど集中力は前より良くなっているのかもしれないな。」

 

 動いていない的が相手の時は気づかなかったが今回は何となくではあるが動きがスローに感じるような感覚があった、ブルーに乗った副作用みたいなものなのだろうか?EXAMに飲み込まれていたあの時の感覚と少し似ている気がする。前回の戦闘でも似たような事があったし。擬似的にとは言えニュータイプの戦闘を体感した事で認識力が上がったのかもしれないと思っておこう、死にそうになったのだからこれくらいの恩恵はあっても良いだろうし。

 

「射撃の方は問題なさそうですね、そろそろ休憩にしませんか?時間もお昼ですし。」

 

「おっ、もうそんな時間か。今日のメニューはなんだろうな。」

 

「ここの食堂は美味いメシがたらふく食えますからねぇ、何が来てもノープログラムですよシショー!」

 

 前線の兵からも評判の良い品揃えでここ最近は食事に辟易する事は無くなっていた、いつかのレーション地獄が遠い日のようだ。

 俺たちはウキウキしながら食堂へと向かうとジュネット中尉が先に食事をしている所に鉢合わせた。

 

「おや、先に失礼しているぞ。」

 

「いえ、構わないですよ。ジュネット中尉はコア・イージーの調整でしたか?」

 

「あぁ、昔取った杵柄とは言っても半年は戦闘機に乗っていなかったブランクもあるからな。それにしてもあのコア・イージーは凄いぞアンダーセン中尉、戦闘機としての実力も折り紙付きだが何と言っても電子戦機としても申し分の無い性能を持っている……あれは良い物だ。」

 

 ミノフスキー粒子があるとは言え散布濃度の少ないエリアでは未だに電子戦闘機は有能だからなぁ、ジュネット中尉が喜ぶのも無理はない。ただこのネオ・ジオンの和平さえ上手くいけば恐らく宇宙へ上がる事になるからあんまり思い入れしない方が……とは流石に言えなかった。まぁこの人なら無理矢理宇宙用に換装させてもおかしくなさそうだが。

 それから談笑しながら昼食を済ませる。美味い食事はそれだけでコンディションを整えてくれるから昼からの訓練にもやる気が出ると言うものだ。

 

「よし、今度は実際に起こりそうなシチュエーションを想定して訓練するか。グリム、敵のスパイ役として襲い掛かってきてくれ。」

 

「えぇ!?なんで僕なんですか、カルラさんの方が適任でしょう!?」

 

「いきなり難易度ベリーハードで練習できるかよ!俺を殺すつもりか!」

 

「……二人とも、アタイを怒らせたいのかい?」

 

 いかんいかん、ホントにベリーハードになってしまう。ララサーバル軍曹を何とか落ち着かせ、敵が会談中に襲い掛かってくるシチュエーションで訓練を行う。

 これは会談に参加している人間の中にスパイが紛れていると想定した内容で敵は銃は持っていないがナイフを持っている状態だ。

 

「動くな!コイツがどうなっても良いのか!」

 

 グリムがよく映画にいるチンピラみたいな台詞で要人役のデコイにナイフを突き立てる、…………あれ?今更になって気づいたがこんな状況になったらどうしたら良いんだ?

 

「すまん、何か詰んだ気がするんだがこう言った場合どう対処するべきなんだ?」

 

「シショー……自分でやっておいてそりゃないでしょう。……まぁこの場合ナイフが突き立てられる前に対処するべきだね。会談を行う人間の中にスパイがいるなら不意に立ち上がった瞬間、ボディガードがスパイだったら走り込んだ瞬間にこちらも動かないとまず助けられない。」

 

「となると、一瞬の勝負ってことか。」

 

「そうは言っても歴戦のプロでもない限り、まず動いた瞬時に察知して反応って言うのは難しいよシショー?場合によっては人質の身が危なくなっても発砲しないといけないって場合もあるだろうしね。」

 

 ふむ……と考え込む、確かに用心していても突発的に行動されたら対応出来るか怪しいし事後判断になる可能性の方が高いのか、中々難しいな。

 

「正直な話、中尉はエルデヴァッサー中佐だけ護れれば御の字じゃないですか?中尉のやろうとしてることって何か要人全員護ろうって感じで、それは無茶な話ですよ。」

 

「確かにそうだねえ、将軍やら政府高官まで護ろうとしてちゃ流石にシショーだけじゃどうしようもないし惚れた女だけ護れればそれでOKじゃないかい?」

 

 それもそうか、レビル将軍の事もあって少し気を張りすぎてるような気もするしあくまでアーニャの護衛なのだから身を挺してでも彼女を守る事だけに専念するだけなら大丈夫だろう。

 

「二人の言う通りだな、少し気を張り過ぎてたよ。」

 

「まぁネオ・ジオンの方もスパイの疑惑がある人間は参加させないようにするとか対策はするでしょうし会談中の用心はあんまりしなくても良いような気がするよシショー。アタイが気になるのは本家ジオンがMSで攻撃して来ないかだね。」

 

「カルラさんの意見に僕も同意です、誰か一人を暗殺するよりもMSで会談中の所を一網打尽にする方が手っ取り早いですからね。」

 

「うーん、そうなるとみんなに期待するしかないか。」

 

 会談中に奇襲されてもMSに乗る余裕なんてまず無いし、そうなったら味方の防衛に期待するしかない。一人では彼方が立てば此方が立たずみたいな状況にはどうしてもなるし少しでも味方を頼るしかないな。

 どんなに考えてもなるようにしかならないんだから精一杯やれる事をやって備えるだけだ。そうさ一兵士に出来ることなんてたかが知れてるんだ、難しく考えはより身体を動かすしかない。

 

「よし!ウダウダ悩むのはやめだ!やれる事やって万全な状態にして後は待つだけ!これで行こう!」

 

「中尉もやっと本調子になって来たみたいですね。」

 

「この方がシショーらしいよホント、後は何事もないように神様に祈るだけだね。」

 

 明日の会談で何が起きるかは見当もつかないが俺には俺のやれる事、アーニャを守る事だけを精一杯やるだけだ。そう決意して予測のつかない未来に挑むのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 ブルー再び

 いよいよ会談当日となり、俺とアーニャはゴップ大将、コーウェン少将を始めとした連邦軍高官らと共に北米大陸、連邦軍とジオン軍の軍事境界線となる場所にビッグ・トレーへ移動を開始した。今回の会談はネオ・ジオン側の提案もありビッグ・トレー内の一室にて行われる事となっている。これにはネオ・ジオン側の敵意は無いという意思表示なども含んでいるのだろう。

 今回の会談に参加している幕僚を見ると、アーニャの中佐と言う階級が一番低いと思っていたが佐官も数名参加している。連邦軍は階級が低くても政界や財界などの繋がりを持つ将校の方が軍閥では幅を利かせるらしいのでそう言った人達なのだろう。アーニャ自身もそう言った側の生まれだし。政治寄りなメンバーなのは会談を行うにしても都合が良いだろうからなぁ。

 

 道中は問題なく進み、予定されていたポイントへ着くとネオ・ジオンの艦艇であるダブデ級が到着していた。

 

「ふむ、予定通りの時間だな。ルールは守ると言うことか。」

 

 ゴップ将軍がそう発言し、ビッグ・トレーがダブデと隣接する。そして其処から現れたのはあのシャア……いやキャスバルとガルマ、そしてランバ・ラルと言った原作のビッグネームな人達だ。リアルでお目にかかれるとは思ってなかったので少し感動してしまった。いや、感動してる場合じゃないんだけどね。

 ボディチェックを済ませた彼らと共にビッグ・トレー内にある一室へと向かう、大型の陸上艇だけあってかなり広い部屋だ。司令部としても使うくらいだし会談を行うのにも適している。

 

「それでは、これより地球連邦軍とネオ・ジオンによる会談を執り行わさせて頂きます。」

 

 テーブルを隔て、連邦とネオ・ジオンによる会談が遂に始まった。何とも言えない緊張感がヒシヒシと肌から伝わる。

 

「さて、今回の会談はネオ・ジオンによる我々との和平交渉ならびに軍事同盟の締結と言うことでよろしいかな。」

 

 ゴップ将軍がまず話を切り出す、御託など無しに本題に入りたいのだろう。話の主導権を握る意図もあるんだろうが。

 

「先日まで戦いを行っていた我々をすぐ信用してもらえるとは思っていません。ただ我々も我々でザビ家率いるジオンのやり方に度し難いと感じる者が増えています。それはオデッサでのマ・クベ大佐や欧州戦線でのユーリ・ケラーネ少将のやり方を見て貴方達も感じていると思います。」

 

 戦時条約の不履行、戦争を行う上での最低限のルールさえ守らない非道な行いには流石に内外からの反発は大きい。それが一将兵の独断ならば尚更である。責任を取るべきマ・クベもジオン側からは独断行為に憤った兵士に殺されたという信用に値しない回答で終わっている。正直言って連邦軍からはジオンが何をしてきてもおかしくないと思っているのが殆どの兵士の思っている所である。

 

「我々はあくまでスペースノイドの独立という大義名分で戦っていたのであってあのような無為な虐殺を行う為に戦っていたのでは無いのです、それを信用してもらう為に……。」

 

「スペースノイドの為……?同じスペースノイドである他サイドの住民を虐殺してコロニーを地球に落として大勢の人々を殺したのが無為な虐殺では無いと!?」

 

 キャスバルの言葉に大声を出して批判したのはアーニャだ、慌てて落ち着かせようとしたが間に合わなかった。キャスバルの言いたい事は分かるがアーニャはコロニー落としで父や祖父、そして大勢の親族を失っている、流石に重要な会談と言えど怒りを堪えきれなかったようだ。だが場面が場面だ、すぐに止めないと!

 

「おい……!落ち着けアーニャ……!会談中だぞ……!」

 

「……っ!」

 

「言葉が過ぎるぞ、控えたまえエルデヴァッサー中佐。すまないなキャスバル総帥。彼女はコロニー落としで大勢の親族を失っている、それで冷静さを欠いたようだ。」

 

 ゴップ将軍のフォローのおかげで場は少し落ち着いたが一旦アーニャを下がらせた方が良さそうか……?ゴップ将軍に一礼しアーニャを下がらせようとするとキャスバルがそれを制した。

 

「待って頂きたい!彼女の怒りは正当なものだ。今のは私の失言でした、彼女のように我々の行いに怒りを持った人とこそ和解する為の会談なのですから、どうか彼女はそのままでお願いして貰えないだろうか。」

 

 正直な話、アーニャの失言は双方から問題視されて退室されるのが当然と俺は思っていた、と言うか普通はそうなる筈だがまさかのキャスバルからのフォローがあるとは。

 

「私は構わんが……、エルデヴァッサー中佐の判断力次第だな。冷静さは取り戻したか中佐。」

 

「はい……、申し訳ありませんでした。」

 

 政治家モードになっているゴップ将軍はいつものフレンドリーさは全く無く完全に将軍としての顔になっている、これ以上失言があれば即座に退室させられるだろう。冷静になってくれよアーニャ……。そう思っているとガルマが手を挙げ会話を挟んだ。

 

「我々ジオン軍に対するアースノイドの方々のこう言った反応は私も多く見ています。エルデヴァッサー中佐と言いましたか、親族を失った彼女の怒りも分かります。しかし我々ジオン、サイド3の住民達もアースノイドへの恨みは大きいのです。水や食料、空気にすら多額の税が必要となる我々宇宙棄民は何十年もの間地球に対して怒りを持っていた、それは忘れないで頂きたい。」

 

 確かにこの半年間の大勢の死の裏にはこの宇宙世紀が始まって以来ずっと続いているスペースノイドへの圧力が原因の一つだ。単独で自給自足が可能になって来ているとは言え、コロニーの維持費などと言った名目での重税は多いし、それに対して地球が一部の特権階級に食い物にされている状況も反感を買う原因だ。今までのしっぺ返しが来たと言えばそうなる所もある。

 

「痛い所を突いて来ますな、だが今は何が原因で戦争が始まったかと言う話は重要では無く、これからどうするかを決めるべきではありませんかな。」

 

 中々上手く返してくるなゴップ将軍は、やはりこう言った場面では将軍という地位は伊達では無いと言う訳か。

 

「こちら側から受け入れて欲しい事は北米大陸のジオン領土に対して戦時中の自治権を認めてもらいたい事と、戦後我々ネオ・ジオンの独立を認めて頂きたい。」

 

「ふむ、その見返りは?」

 

「ジオン軍のMSの技術提供、そしてザビ家率いるジオン公国への共闘。見返りとしては悪くは無いと思いますが。」

 

 これは……確かに魅力的な提案ではある、性能的にはこちらもジオンも現在同レベル、いやドム相手となると現在のジムやメガセリオンでは数で押さないと少し厳しい所を見るとゲルググが量産され始めたらややジオンに押されるか?ジオンの地上撤退が早まった事で地上用のMSの開発は無くなったし宇宙用のMSの開発速度は早まる筈だ。

 だからこそジオンMSのノウハウは開発部とかからしたら魅力的だろう。それにネオ・ジオンからも戦力を出すと言うならこちら側の負担も少ないだろうし。

 

「確かにジオン軍のMSの技術は魅力的だが……キャスバル元帥よ、我々連邦軍はジオンとの戦いはすぐに決着すると思っているのだよ。だから技術提供など無くともジオン本国を攻め落とし、その後でジオニック社などの技術を接収すれば良いだけの話にもなる。こうなって来るとネオ・ジオンと盟を結ぶ必要は無いと思わないかね?」

 

 うおっ……中々厳しい意見をしてくるな、確かにレビル将軍が死んだとは言えジオンと連邦の物量差は圧倒的だ。戦争自体は原作とは異なり前倒しになるか長引くかと言ったところになるだろうが連邦が負けると言う事はまず無いだろう。

 

「確かに連邦軍の戦力であれば戦争の早期決着も可能かと思いますが、盟を結ばず北米大陸へ戦力を向けた状態で宇宙にまで手が届くと?ギレン・ザビを初めキシリア・ザビなどは南極条約の有効性が怪しまれる今ではどんな手段に出るか分からない。そんな状態で二方面で戦うのはメリットが無いと私は思いますが。」

 

 キャスバルもキャスバルで簡単には引かない、ジオン側の信念や背景など興味は無いのだがキャスバルも多くの兵士を背負って立つ男だからこそ譲れない物があるんだろう。

 

「ふむ、確かにキャスバル総帥の言葉にも一理ある。仮に協定を結びジオン公国を討ったとしよう。その後で君達ネオ・ジオンはどうするつもりかな?まさかスペースノイド独立を謳っているにも関わらず戦後も留まると言ったことはないだろうね?」

 

「北米大陸の戦時中の自治は戦後返還する予定です、その後で連邦軍の助力の元で新たにコロニーへの移住を希望したい。」

 

 事実上の降伏宣言か?シャアにしては潔い感じがするが……。

 

「我々が求めているのはスペースノイドの独立、かつて父が根差したように母なる大地を保全する為に一人でも多くのアースノイドを宇宙へと上げて人類の革新に導きたい。私の願いはこれだけです。既に北米の一部の都市ではガルマ大佐の意志に感化された一部の人々が宇宙へ上がる事を希望しています。これらの運動が更に活発化すれば、人類は地球に頼らない新たな生き方が出来ると私は思っています。月やコロニー群、或いはサイド間での物資や資源のやり取りなど地球資源を極力使用せずに月やサイドだけで経済的な自立が出来ればと。」

 

 これは……フル・フロンタルの説いたサイド共栄圏みたいな感じか、地球資源に極力頼らず月都市やサイド同士で経済を回す……確かに地球再生を考えれば理想的なやり方ではあるんだろうが。

 

「そのモデルケースとしてネオ・ジオンである君達が新たなコロニーでそれを実現させる、と言うことで良いのかなキャスバル総帥。確かにその考えは素晴らしい物ではある、だが一つ何かを忘れていないかね?」

 

「……アースノイドとスペースノイドに芽生えた確執、それが一番の懸念ではあります。」

 

「そうだ、先程のエルデヴァッサー中佐にしてもそうだが開戦初期の大量虐殺によるジオンへの恨み、嫌……ジオンだけならまだしも関係の無い他のコロニー住民にすら怒りを向けている市民も多い。君らがジオン公国と袂を分かったと言っても大勢の人間には同じ様に映るだろう。それをどうするつもりかな?」

 

 ガンダムの歴史は言うなれば地球と宇宙の戦いだ、お互いが憎み合い大なり小なりの戦いを繰り広げ、それに巻き込まれた人間が戦う。これはどれだけ時が経とうと変わらなかった。キャスバルがどういう展望を描いているかは分からないが優れた人間でもこの問題解決にはかなり苦労するだろう。

 

「対話を続け、結果を見てもらうしかありません。どれだけ綺麗な言葉を使おうと、我々がやってきた事が許される訳もありません。時が罪を洗い流すとは思っていませんし戦後の我々の在り方を見て頂き、それについて何か感化されてくれればと思っています。」

 

「戦後の在り方で……か。そうだな、ジオンの被害者の立場から見た感想を聞こうかエルデヴァッサー中佐、君の素直な感想を聞かせて欲しい。良いかなキャスバル総帥。」

 

「構いません、どのような言い分も胸に刻みましょう。でなければ大勢の人を納得させられる事など出来ないでしょうから。」

 

 アーニャはこのキャスバルのやり方にどう反応するんだろうか、どんな言い分でも良いとキャスバルは言っていたがさっきみたいに感情的にならなければ良いんだが……普段は冷静……いやそんな事もないが家族の事となるとやはり年相応の感情を出してしまう所があるからな。

 

「キャスバル総帥のお考えになる地球に頼らない生き方、それ自体には何の不満もありません。逆に本来であれば我々地球連邦軍がそう言った動きをするべきであったと私は思っていました。亡くなった父や祖父も総帥のお父上であるジオン・ズム・ダイクンと似たような思想を……地球市民が宇宙へ憧れを抱き宇宙へ上がっていければと言った理想を抱いていましたから、ですがジオン公国の非人道的なやり方でスペースノイドのやり方に不満を持った者や差別意識を持った者は増えてしまいました。戦後で心にゆとりを取り戻した人々のフラストレーションがどの様に爆発するか、総帥にもある程度の想像は付くと思います。」

 

 例で言えばティターンズか、ジオン残党狩りと言った名目もいつの間にか反地球主義者やティターンズに反発する人間全てを虐殺すると言ったやり方に移って行った連中もいた、まぁあれはティターンズと言うよりはバスクの暴走ではあるが。しかしジオン憎しがスペースノイド憎しと同一視される事は珍しくは無い、ニューディサイズみたいな過激な思想もスペースノイド全体を宇宙人として蔑んで見ているし、これらの差別意識は強く根付くだろう。

 

「しかし、だからこそ何故このような戦争が起きてしまったのか。同じ過ちを繰り返さない為にできる事は何か、私達地球連邦軍が遠因となり起きてしまった過ちでは無いのか。それらを踏まえて未来に向けて足を踏み出さなければ我々はこの先も同じ事を繰り返して行くでしょう。対話を続けて少しずつお互いを理解し分かり合う事が次の世代に残さなければならない、私達がやらなければならない事だと思います。」

 

 どうやら彼女もキャスバルと同じ考えのようだ、生まれてしまった確執は簡単には治す事は出来ない、だけど未来の世代にまでそれを残すのは大人達のエゴにしかならないしこの先ずっと根に持っていても何も生まれないからな。

 

「アースノイドとスペースノイドに生まれた不和をそれぞれの新世代が改善して行く……か。それも良いだろう。だが簡単な事ではないぞ。」

 

 ゴップ将軍は互いに忠告する、それもそうだ。どうせこの先地球側の過激派はティターンズのような、宇宙側の過激派はデラーズフリートやアクシズのようなのが台頭してくるだろうしそれらの芽を摘むのは簡単な事じゃない、だけど……きっとこの二人なら……。

 

「ですがやらなければ平和な未来など到底実現出来ないでしょう、父ジオンのような理想家のままで私は終わるつもりはありません。」

 

「私も父や祖父が残した願いを叶える為にも簡単に足を止めるつもりは在りません、どんな困難にも立ち向かっていきます。」

 

「良いだろう、そこまで決意がしっかりしているのであれば我々としても盟を結ぶのはやぶさかではない。戦後の交渉などはまた改めて行うとして、この戦時中の互いの協力は惜しまないようにしようではないか。」

 

 おぉ、どうやら連邦とネオ・ジオンは同盟を結ぶ事で決定したようだ。これで倒すべき敵は宇宙のザビ家だけって事か。

 

「ジオン製MSの情報提供などはコーウェン少将が主導となり今後必要になる宇宙用機の調整などに活用するように。政治的な面は私が全面的に調整する、ネオ・ジオンも異存は無いだろうか?」

 

「問題ありません、MSの技術提供はランバ・ラル大尉を中心に行ってください。彼はジオンのMS運用当初からの歴戦のパイロットですから役に立つ事もあるでしょう。こちらも政治面ではガルマ大佐を中心にしていくつもりですのでよろしくお願いします。」

 

 ん?キャスバル自体はどうするつもりなんだろうか、そう疑問に思ったその時だった。遠くから轟音が響き渡った。

 

「何事だ!」

 

 コーウェン少将が声を上げる、通信兵が慌てて返答をした。

 

「これは……味方からの緊急通信です!未確認のMSが連邦、ネオ・ジオンのMSを次々と破壊しながらこちらに向かっています!」

 

 敵の奇襲!?恐れていた事がやはり起こってしまった、一体どこの部隊が!?

 

「敵は何機だ!ミノフスキー粒子濃度は高くないのだから映像を映さんか!」

 

「りょ……了解!味方からの映像、出ます!」

 

 そこに映し出されたのは……青いガンダムだった。

 

「連邦軍のMS!?どう言う事だ将軍!」

 

 ガルマが声を上げる、そりゃそうだ普通に見れば襲ってくるのは連邦のMSだと思うだろう、だがこのガンダムは……!

 

「ジェシー!あの機体は!」

 

「両肩の赤いブルー……!ニムバス・シュターゼンか!」

 

 専用のカラーリングから、どう言った経緯かは分からないが二号機……いやこの歴史では一号機から三号機までのどの機体かはわからないが、とにかく奴はブルーを手に入れたみたいだ。

 

「あれは敵です!将軍、俺が出ます!このビッグ・トレーにMSは!?」

 

「ヴァイスリッターはどうした!?」

 

「アーニャの護衛で来てるんだ、ミデアに置いてありますよ!」

 

「ちぃっ……!殆どの機体は護衛に配置して残っているのはメガセリオンが一機だけだ!それを使え!」

 

「了解!兵装はとにかく残ってるので一番良いやつをお願いします!じゃないとあの機体は対処できない!」

 

 油断していたとは言え、一号機の暴走の時もララサーバル軍曹やグリムのメガセリオンが一瞬で倒されたんだ。せめて装備だけでも少しはマシにしておかないと!

 

「ジェシー!私も……!」

 

「残ってるのは一機だけだ、アーニャは待っててくれ!」

 

「どうやら私を苦戦させた木馬のMSと同等の敵のようだな。ガルマ、私も出るぞ!」

 

「馬鹿な事を言うなキャスバル!総帥自ら出撃など!」

 

「ダブデに残っているのは同じように私のグフ一機だけだろう?私が出ずに誰が出る?」

 

「くっ……!死ぬなよキャスバル!」

 

 どうやらキャスバルも一緒に戦ってくれるようだ……。

 

「見たところそれなりに経験は積んでいるようだが腕は確かか?」

 

 キャスバルが俺にそう問い掛けてくる、あのシャアに話しかけられるとは中々嬉しいが実力を疑問視されるのはちょっとイラッときた。癪なのでこう返しておこう。

 

「先日は上空からジェットパックをお見舞いして申し訳ありませんでした総帥。今回はあんな戦法は使いませんのでご安心を。」

 

「ほぅ……あの時の白いMSのパイロットか。これは失礼した。」

 

「とにかく!あのMSは少し異常です、この艦が巻き込まれる前に手を打ちましょう!」

 

 ある意味オーパーツとも言えるEXAMを積んだMS……この一年戦争だけで見ても最上位の性能を誇るMSだ、油断していたら全滅すら有り得るのだから。

 

 その時の俺は襲いかかる脅威に、性能だけを見て恐怖していた……だが性能だけに気を取られてあのMSの本質を見誤っていたことにこの後気づくことになる。

 

 そう、『ニュータイプ抹殺』の使命を持ったニュータイプと出会う事の無かったMSの本当の恐怖を。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 裁かれし者達(前編)

 

「アンダーセン中尉のメガセリオン!用意してあります!」

 

 ビッグ・トレー内の格納庫に到着し、用意されたメガセリオンへと搭乗する。幸か不幸か将軍の乗艦だったおかげか装備は潤沢なようでビームサーベルとジム・コマンド用のビームガンが用意されていた。これならギリギリ攻撃面で遅れを取ることは無さそうだ、だが問題はEXAM搭載機との性能差だ。こればかりはどうしようもないのでキャスバルに頼るしかない、俺がどれだけサポート出来るかが問題だ。

 

「ハッチ開け!ジェシー・アンダーセン、発進するぞ!」

 

 ビッグ・トレーから発進し状況を確認する、敵のブルーは周辺に配置されていたMSの悉くを撃破しながらこちらに向かっている。狙いはゴップ将軍とキャスバルだろう、先日のコーウェン少将に対する奇襲攻撃でもそうだったが高性能機で一気に本丸を叩くと言うのは案外理に適っているんだろうか、こんな単機で無双されるなんてことが頻繁にあっても困るが実際起こってしまっているのだから対処しなければ……そう思ってるとキャスバルのグフが隣接してきた。

 

「敵は我々の配置した味方を撃破して此方に向かっているようだ。やはり狙いはこの会談の阻止のようだな。」

 

「そうでしょうね、ジオン公国からしたらこの会談が阻止できれば儲け物でしょうから。しかしまさかあの機体が来るとは……。」

 

「あの機体を知っているのかね?」

 

 知ってるも何もあの機体のせいで殺されかけた身だ、詳しい事を話そうと思ったが通信チャンネルからでは余計な事も味方に聞かれる恐れがある。グフに接触して直接接触回線で通信することにした。

 

「聞こえますかキャスバル総帥?」

 

「接触回線か?……他の者に聞かれると困る話があるようだな。」

 

「あの機体にはちょっとした因縁がありましてね……、あれは連邦軍に亡命したニュータイプ研究所の博士が開発したシステムを積んだMSなんです。だからそれを取り戻す為に恐らくジオンに奪われたんでしょう。」

 

「ニュータイプ研究所……フラナガン機関か。何故君がその事を?」

 

「1ヶ月前にあの機体の同型機に乗って意識不明になっていた事がありましたからね。あれはパイロットの意思を無視して暴走する可能性がある危険な機体です、戦場に渦巻く感情を飲み込み……それがパイロットの脳にフィードバックされる事でまともなパイロットではその感情を御しきれず廃人になってしまう……。」

 

 それが分かっている俺ですらまともに対処できず1ヶ月もの間昏睡したのだ、普通のパイロットではまず死んでしまうだろう。……だからこそアレを乗りこなすニムバスやユウというパイロットには驚愕するのだが。

 

「だが暴走するとは言ってもパイロットの乗っているMSだろう?操縦するパイロットがいなければ機体とて動きは……いや、まさかとは思うが君のその言い方なら……。」

 

「えぇ、動きます。元々あの機体に積んでいるシステムはニュータイプの動きを再現する為の物で、その動きの大元であるニュータイプのパイロットのデータが機体のパイロットを無視して戦闘行動をするんです。」

 

 少しボカすような言い方ではあるが嘘では無い、流石にニュータイプの少女の意識があの機体に囚われたままだと言っても信じてもらえないだろうし。

 

「つまり敵は擬似的なニュータイプと言うわけだな。やれやれ……ニュータイプとの戦闘など初めてだがやってみるしかないか。」

 

 いや、アンタはアムロと戦ってるだろ。と思ったが彼にはガンダムのパイロットがニュータイプだったなんてそんな事は知る由もないか。それにあの頃のアムロはまだニュータイプとして覚醒してないだろうし。

 

「とにかく敵は異常な強さの筈です。貴方が死んだらこの会談だけじゃない、戦後の未来だって怪しくなるんだ、俺が言えたことではないでしょうが気をつけくださいよ!」

 

「言ってくれる……、だが了解した。お互い最善を尽くそうじゃないか。」

 

 こうして話している間もブルーとの距離は近づいている、このままならあと数分もしない内に会敵するだろう。俺はビームガンを構えて射撃の準備をする。

 

「来ますよ!」

 

「分かっている!」

 

 強襲するブルーに対してメガセリオンのビームガンとキャスバル専用のグフの前回は装備されていなかったガトリングガンによる弾幕を展開する。普通のMSとパイロットが相手であれば過剰なくらいの攻撃だが……。

 

「くっ……!やっぱり当たらない……ッ!」

 

 超人的な動きで攻撃を回避して此方にビームライフルを射撃してくる、何とか回避しながら此方もビームガンで応戦するがまるで狙っている場所を予測しているかのように撃つ瞬間には既に回避行動に入っている。

 

「えぇい!ならば!」

 

 キャスバルのグフがヒートサーベルを取り出して近接攻撃に移る、確かに射撃がダメなら近接攻撃で打開するべきだ。キャスバルに気を取られた瞬間を利用して此方もビームサーベルで斬りかかろうと試みる、しかし……!

 

「ハハハ!その程度の機体で私と張り合おうとは!」

 

 2機のMSによる近接攻撃に対して何と二刀のビームサーベルで対応をしてきた、そして接触回線による敵の声……やはりジオンの騎士、ニムバス・シュターゼンだ!

 

「ちぃっ……!この攻撃が防がれるとは……化物か!」

 

「連邦軍のMSの中じゃトップクラスの性能です!幾ら此方が2機だとしても不利ですよ総帥!気を抜かないで!」

 

 メガセリオンは贔屓目に見てもグフと同等かオプションパックを加味して少し上にあるくらいの機体性能だ、キャスバルのグフにしてもカスタム機としての性能向上を加味したとしてドムと同レベルと認識した方が良さそうだ。だがそれに対してこのブルーはガンダムに求められる性能水準に満たなかったとは言えかなりの高性能高品質のパーツで作られたMSだ、それにEXAMなんてシロモノを積んでいるんだからこの時代で見たらオーバースペックに位置する機体だ、流石に俺達2機でも分が悪すぎる。

 

「ハハハハハ!マシンに力が漲るのが分かるぞ……!クルスト・モーゼス!貴様が求めていた本来のEXAMの在り方を焼き付けるが良い!」

 

 EXAM本来の在り方……?っ!?不味い!肝心な事を忘れていた!クルスト・モーゼスの本当の目的を!

 

「不味い!キャスバル総帥、回避を!」

 

 ブルーはグフに対して装備をフルに使い攻撃を仕掛けてくる、ビームライフルに胸部ミサイル、それをキャスバルが回避すると更にビームサーベルで追撃と息を吐く暇すら与えようとしない。

 

「クソッ!当たれぇ!」

 

 此方もメガセリオンのビームガンでグフの援護に回るが器用に回避される、通常なら直撃するような攻撃でさえそんな馬鹿なと言いたくなるような動きで回避されるとニュータイプという化物の存在に恐怖すら感じてしまう。

 

「雑魚が!邪魔をするならまず貴様からだ!」

 

 俺の援護射撃が奴にとっては小蝿が飛び交っているような邪魔臭さを感じたのだろう、グフを振り払うように退けさせた後で俺に向かって攻撃を仕掛けてくる……不味い!

 

「く……そぉ!」

 

 急いでビームサーベルに持ち変えて鍔迫り合いに持ち込む、しかし圧倒的な性能差で段々と押し切られ始める。

 

「ハハハハハ!たかが量産機にしては良くやっているがその程度の力で私に勝てるとでも思っているのか!」

 

「何を……!マリオンの力に頼っているお前なんかに!」

 

「貴様……何故マリオンの事を!いや……それよりも私がマリオンの力に頼っているだと?ふざけた事を!」

 

 当面キャスバルへの危険は無くなったが今度は此方が危険だ。挑発には成功したが機体性能の差が激しすぎる。機体が悲鳴が聞こえるかのように軋み出す。

 

「っ……!不味い!」

 

「これで終わりだ!」

 

 奴の攻撃で出来た硬直に対応できず、ブルーのビームサーベルが此方のコクピットへ向けて突き進んでくる。あっ……これマズイ、視界がスローモーションになってるし死ぬ時のアレだ。流石にキャスバルの援護も間に合わないだろうし確実に死んだなこれ……。そう思った時である。

 

「……!?ちぃっ!」

 

 突如ブルーへ向けてビームライフルが放たれる、ギリギリの所で回避されてしまったがお陰で助かった。一体誰が!?

 

「ニムバス・シュターゼン……!」

 

「来たか!連邦軍のEXAMパイロット!」

 

 そこにいたのは通常のカラーリングの陸戦型ガンダム……いや、もしかしてブルーの3号機でユウ・カジマか!?ニムバスを追って来たと考えれば合点が行く。

 

「メガセリオンのパイロット、無事か。」

 

「何とか……助かりました、ユウ・カジマ……えぇと中尉でしたっけ?」

 

 確かゲームだと登場時は少尉でブルーに乗った後で中尉になってた記憶があるがどうだろう?いずれにしても助かった事には変わりないが。

 

「何故俺の名を……いやその声、どこかで……。」

 

「1号機の暴走の時です、あの時も助けてもらいました。」

 

「そうか……あの時の。……すまない、今は感傷に浸っている余裕はないようだ。」

 

 確かに。ブルーは一旦距離を置いたがまだまだ諦めるつもりはないようだ。

 

「アンダーセン中尉、彼は?」

 

「彼は味方です総帥。ユウ中尉!敵の狙いはキャスバル総帥だ、彼が撃破されない様に頼む!」

 

「……了解した。」

 

 体勢を立て直し、再びブルーの迎撃準備に移る。これで戦力的にはこちらが有利な筈だ!

 

「フハハハハハ!どれだけ集まろうと私とEXAMの前では無意味!裁かれるが良い!」

 

「その傲慢さを償え……!ニムバス!」

 

 両機ともEXAMを起動して攻撃を始める、連携が上手くないとは言え3機のMS、それもユウやキャスバルの2人はエースパイロットだと言うのに決め手に欠けている。だがキャスバルも流石はシャアと言うべきか、この短時間でEXAMの動きに対応して性能の差を感じさせないレベルにまで達していた。

 

「……そこだ!」

 

 キャスバルの射撃が2号機のシールドに被弾し、使えなくなったと判断したのかニムバスはシールドを投擲し放棄した。少しずつだが着実に追い込めてきている……!

 

「まだだ……まだこのマシンから力が滾って来るのが分かるぞ……!EXAMよ!奴らを裁けと言っているのだろう!」

 

 ニムバスの機体から異様な気配が漂ってくるのを感じる、ブルーに乗っていた時に感じた物よりも更にどす黒く異質なものだ。オールドタイプの俺ですらこれだけのプレッシャーを感じるのだ、恐らく間近で戦っている2人は……。

 

「くっ……!なんだ……?このプレッシャーは!?」

 

「これは……マリオンとは違う意志を感じる……?」

 

 それは恐らく、古き者(オールドタイプ)が駆逐されない為に作られた、新しき者(ニュータイプ)を狩る為にクルスト・モーゼスの妄執(パラノイア)が生み出した狂気そのものなのだろう。それがニムバスを飲み込むように機体を通して彼を蝕んで行くのを感じる。

 

「フハハハハハ!さぁ、EXAMよ!罪深き者達(ニュータイプども)に裁きを下せ!ハハハハハ!」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 裁かれし者達(後編)

「戦況はどうなっている!」

 

 ゴップ将軍の旗艦であるビッグ・トレーの第一艦橋に大声が響き渡る、声の主は総大将であるゴップ将軍本人だ。

 

「現在多数の敵MSとの交戦を確認中!恐らくこの会談を阻止しようと目論むジオン公国軍と思われます!」

 

「当たり前の事を報告するな!この日に備えて防衛陣を敷いているのに何故こんな混乱が起きているのだ!」

 

「そ、それが……連邦製のMSの強襲に対し前線で多くの味方が混乱したのもあり同士討ちの発生も多数ありまして……!」

 

 あの機体はまさしく連邦製のMSである、IFFが書き換えられていなかったり視覚だけの情報に頼っていたりすれば敵と認識するのは難しい。ネオ・ジオンからは連邦MSだと思われ、連邦軍からは味方だと思われれば攻撃を仕掛けるだけで戦線を崩すのは容易である。そうで無くてもあのMSは連邦軍の中でも高性能機なのだから……。

 

「叔父様、今は怒鳴っていても仕方ありません。通信兵、ミノフスキー粒子は散布されているのですか?」

 

「い……いえ!敵は殆どMSで母艦と思われる物も見当たりませんのでミノフスキー散布濃度はそこまで高くはありません!」

 

 それならまだ手はある、まずは戦況把握と動かせる人員の把握が必要だ。

 

「連絡の取れる部隊に敵の機種と総数、それに対しての自軍の状況を報告させてください!ネオ・ジオンのダブデにも同様の連絡を!……それからガルマ大佐に通信を。」

 

 現在ガルマ大佐とラル大尉は母艦であるダブデ級に戻っている、状況が状況なだけに同じ艦艇に居ない方が敵の思惑に対して有効であるからだ。

 

「私だ、エルデヴァッサー中佐。用件はなんだ?」

 

「ガルマ大佐、敵は恐らく我が軍のMSを奪取し、それを用いて攻撃開始する事で両軍を混乱させてそれに乗じて攻撃を仕掛けて来ていると思われます。公国軍と思われますが敵の戦力予想はできるでしょうか?」

 

 この北米戦線のネオ・ジオンに賛同しなかったジオン公国軍の兵力は恐らくガルマ大佐もある程度の把握は出来ている筈だ。事前に報告は受けているが念には念を入れて再度確認しておく必要がある。

 

「キャリフォルニアベースやその他我々の指揮下にあった基地からの離反者はおよそ400名弱、内半数以上の300余人は既にキャリフォルニアベースからのHLV打ち上げにより地球より離れている。残りは100名にも満たないし離反者が持ち逃げしたMSも精々三個小隊レベルで大半がザクだ、……だが報告されている敵のMSにはグフや北米には配備されていない筈のドムまで確認されている。先日情報を送った我が軍を離反した新型3機は確認されていない、それとはまた別の機体だと言う事だ。」

 

 北米ネオ・ジオン軍がその全ての基地を管理出来ているかは正確では無いが、それでも彼らが認識していない筈のMSまで実戦に投入されている……それが意味する事は……。

 

「エルデヴァッサー中佐、これはネオ・ジオンから離反した者だけの散発的な攻撃行動では無い。恐らくは……。」

 

「えぇ、ギレン・ザビ。或いはキシリア・ザビの特殊部隊を擁した計画的な軍事行動だと思われます。」

 

「地上方面軍は実質キシリア姉さ……いや、キシリア・ザビの直轄の部隊が多いから恐らくはあの人の部隊だと思われる。それにあの人が擁する特殊部隊はザビ家の者すら完全には把握出来ていない。この攻撃部隊の使っているMSも北米の基地を介さずに直接配備された物だろう。」

 

 鹵獲した我が軍のMSによる奇襲でまず此方を混乱させ、その後新型MSでこちらの兵力を削っている間に陸戦型ガンダムによる本営への強襲……。これがジムやメガセリオンを使用したのであれば此処まで上手くは行かなかった筈だ。

 実際に連邦のMSを利用した攻撃を想定していなかった訳ではないが流石に東南アジア方面に多数配備されている陸戦型ガンダムを利用してくるとは思っていなかった。しかもあの機体は前にジェシーがテストし暴走した機体だ。未だに実戦配備されていたなんて……。

 

「フロイライン……いやエルデヴァッサー中佐よ、どう対処するべきだ?MSでの実戦経験の多い君ならどう動く。」

 

 叔父様の声でハッとする、今はこの場面をどう打開するかが重要だ。本来であればMSを呼び戻しキャスバル総帥や叔父様の護衛に就かせるべきだ。しかし敵もそれは把握しているだろうし、特殊部隊と言うのであれば敵の練度は高い。私達連邦軍もMSを量産開始したとは言えジオンのOSと比べればまだまだパイロット自身の腕前に頼る部分が多いのが現状である。

 ここでもしも兵力を分散した場合、敵はその点を突いて戦線を突破してくる可能性は高い。今やるべき事は……。

 

「戦線はこのまま維持します。敵のMSに対しては1対3を心掛けろとの指示を、兵力は此方が勝っています。多数で掛かれば此方が優勢です。」

 

「此方の護衛はどうする!?キャスバル総帥が万が一撃破されたらこの会談は破綻するのだぞ!?」

 

「あのMSは確かに脅威です!しかし今兵力を分散したら敵の思う壺です!敵は此方の練度を正確に把握し攻撃を仕掛けて来ています。もしも此方の虚を突かれてしまえば今は1機で済んでいる本営への敵が幾つにも増えてしまいます!今は耐える時です……将軍!」

 

 そう……耐えなければならない。1機と言えどあのMSはララサーバル軍曹やグリム伍長のメガセリオンを一瞬で行動不能に追い込んだ機体だ、如何に赤い彗星とジェシーと言えど勝てるかどうか……でも信じるしか無い……今はただ……。

 

 

 

ーーー

 

 俺の世界で、実力差があり過ぎて何が起きているか追いきれない場合によく使われたいた言葉に「ヤムチャ視点」と言うものがある。なんでこんな時にそんな言葉が出てくるのはかと言えば……今の俺はまさにヤムチャ視点で物を見ているからである……。

 

「くっ……!同じEXAMだと言うのに奴を追いきれない……!」

 

「ええぃ!不快なプレッシャーめ!墜ちろ!」

 

 ニュータイプ抹殺の機体として本領を発揮しているニムバスの2号機にユウやシャアは劣勢ながらも反応しきれていると言うのに俺はその2人の動きすら追えていない。エースパイロット同士の戦いがここまでレベルが高いとは思ってなかったし、この戦いの中で2人の動きはどんどん進化してすらいるのだ。流石はアムロのライバルと、シミュレーションではアムロのガンダムに勝てた男だ。

 

「とは言え流石に棒立ちのままじゃいけないだろ……!」

 

 パチンと両頬を叩くようにノーマルスーツを叩き意識を集中させる。幾ら手も足も出ないからって本当に手も足も出さないのでは無能極まれりだ。この状態でも援護はできる!

 

「せめて頭部……EXAMさえ潰せれば何とかなる筈だ。」

 

 ビームガンを構え2号機を捉えようとするが……やはり狙いが定められない。動きが異次元過ぎるのだ、下手に撃てばユウやキャスバルに誤射しかねないのが怖い。

 

「なら……せめて2人が何とか動きを止めてくれるのを待つしか無いか……!」

 

 自分の弱さが歯痒いが今はそれくらいしか役に立てそうにない。彼らが一瞬でもブルーを止めてさえくれれば其処に一点集中して機体を狙い撃つ、俺に出来るのはそれくらいだ。

 

 

ーーー

 

『ユウ……』

 

 今はもう聴き慣れた少女の声、この機体に縛られているニュータイプの少女マリオンの声だ。

 

「マリオン……か?」

 

『ユウ……あの人を止めて……』

 

 それはEXAMの殺人衝動を呼び起こす声では無く、同じくEXAMに縛られた男を哀れむ悲壮な声。

 

『もうあの人はニムバスじゃない。私を、EXAMすら飲み込んだ博士の妄執(パラノイア)そのもの。解放してあげて……っ!』

 

 クルスト・モーゼス……カムラ大尉が言っていた博士がニュータイプという存在そのものを恐れていたと言う可能性。彼が亡くなった今ではその答えは分からないが彼の狂気がこのEXAMを通して俺にも伝わっていた。

 

「止めてやる……、力を貸してくれマリオン!」

 

 MSの出力を最大にし、ニムバスのブルーへと攻撃を開始する。リミッターの差異はあれど基本性能は同じなのだ、負ける訳にはいかない!

 

 

ーーー

 

「連邦のパイロット……更に動きが上がっているのか?」

 

 こちらが何とか対処している中で先程よりも動きが増している、見たところ同型機であるからあの機体と同等の動きが出来てもおかしくはない……だが。

 

「流石に本物の化け物と言わざるを得ないな、まさかMSで此処までの動きが出来るとは……。」

 

 MS開発ではジオンの方に一日の長があると思っていたが、連邦もノウハウさえ一度獲得してしまえば財力に物を言わせて此処までの高性能機を生み出せると言うことか。しかし……それよりもあの機体から放たれる不快な感覚の方が気になっていた。

 

「まるで剥き出しの刃を首に突き立てられているような感覚だ……、殺意がヒシヒシと伝わってくるのが分かる。」

 

 そう思っている最中にも敵は異常な動きで此方へ攻撃を仕掛けてくる、射撃で牽制したかと思えば他の機体であれば近接攻撃への挙動を取っているであろう場面で既に加速して此方へサーベルを振りかざしてくる。これがアンダーセン中尉の言っていたニュータイプの動きを再現しているという事なのだろうか。

 

「しかし……!父が掲げたニュータイプという存在がこんなキリングマシーンだと認める訳にはいかんな!」

 

 如何にニュータイプと言えど予測もつかない行動を取られれば僅かながらの隙が生じる筈だ、敵の攻撃を紙一重で躱すと同時にグフで敵に蹴りを入れ姿勢を崩す。

 

「今だ!連邦軍のパイロット!」

 

 声を掛けるまでもなく、既に攻撃行動に移っていたガンダムと呼ばれる機体が敵機にミサイルを撃ち込む。

 

「やったか……!?」

 

 

ーーー

 

「決まった……のか!?」

 

 狙撃のタイミングを狙っていた最中、シャアとユウの連携で2号機にミサイルが直撃した。煙幕で確認出来ないがあれは幾ら何でも避けようがない、あれで問題が無かったら本物の化物だ。

 徐々に煙幕が晴れていきブルーの様相を映し出す……そこには流石に無傷とは行かず右腕は全損、機体自体も破損が目立ち剥き出しになっている箇所から火花が散っている所もある。

 

「私は……ニュータイプを抹殺する……EXAMの騎士……ニュータイプヲ……抹殺スル……ニュータイプを……グァァァァっ!」

 

 半壊している筈の機体だと言うのにとてつもないプレッシャーを放っているのが分かる、これがEXAMシステムに込められたクルスト・モーゼスの狂気だと言うなら俺が思っていた以上にニュータイプと言う存在に恐怖していたのか……。しかしこの状況、渾身の一撃だっただけにキャスバルやユウの疲弊が大きい……マズいぞ!

 

「ニュータイプに……裁キを……!グッううう……私は……マリオンを救い……殺ス……マリォォォン!」

 

『ニムバス!もう……やめて……!』

 

 残された左腕にビームサーベルを構え、ユウのブルー3号機へと猛進して行く。このままではユウが危ない!

 

「くそっ!やらせはしない!」

 

 メガセリオンの最大戦速で一気にニムバスのブルーへと近づこうとするがこのままではギリギリ間に合わない!だがビームガンの射程範囲にはギリギリ入っている、せめてこれで頭部を直撃させれば!

 

「ビームの減衰率予測……よし、エネルギー出力をギリギリまで高めれば……!当たれえぇ!」

 

 神経を研ぎ澄まし正確に狙い撃つ、アーニャ程の射撃の腕前はないがそれでも今まで培ってきた経験がある。外しはしない!

 そしてビームは間一髪のところでニムバスのブルーの頭部に直撃し機体は沈黙した……何とかやれたようだ、ホッと一息をついた俺だったが……。

 

 

ーーー

 

『ニムバス……!』

 

 それはかつて聞き慣れていた少女の声、暖かく包み込むかのように私に伝わってきた。もう幾許も持たないであろう機体の中で、私はある意味で平穏に満ちていた。

 

「マリオンか……。今更の話だが私は実は君に嫉妬していた。」

 

『嫉妬?』

 

「あぁ、MSに乗ったばかりの少女が時も経たずにベテランだと自負してした私に追い付いて行くのが訓練の度に分かっていく。最初は素晴らしいと思っていたが日に日にその才能に嫉妬を覚えることもあった。」

 

 騎士として彼女をエスコートして行こうなどと烏滸がましい事を最初は思っていたものだ。だが彼女はそれを笑わずによろしく頼みますと微笑んだのだ、これが時が経ちすぎていれば憐れみを向けられたのだと彼女の事を恨んでいたかもしれない……博士のように。

 

『でも貴方は私を守ってくれた。そうでしょう?』

 

「守れてなどいないさ、こうして生身を通さず思念で会話をしなければならない状況がどうして守れていると言える……。」

 

 そうだ、彼女はまだEXAMという檻に囚われている。彼女を解放せずして何の為の騎士と言うのだ……。

 

「すまないなマリオン、私が君の役に立てるのはこれで最後のようだ。」

 

 残された力で機体の操縦桿を強く握る、機体も私もこれが最後の一撃となるだろう。

 

『やめてニムバス!……お願い!』

 

「嘆く事はないマリオン、EXAMを……いや君を通して私は【刻】を見た。この命もまた何処かに巡る……その巡りの先でまた逢おう。」

 

 メインカメラはもう見えないが私の中に感じるマリオンの意思が討つべき(EXAM)を明確に映し出した。これが私からの最後の餞別だ、幸せになれ……マリオン。

 そして放たれた一撃が彼女を解放したと確信した時、私の意識もまた永遠へと旅立った。

 

 

ーーー

 

「第一守備隊!敵の撃破を確認!」

 

 通信兵からの報告を聞くと同時にテーブルに配置された戦況図を書き換える。

 

「これで南からの敵の侵攻は止まりました!第一守備隊は西へ向かい第三守備隊と敵の挟撃を!叔父さ……いえ将軍、そちらの戦況は!?」

 

「むぅ……少し待て、全く戦場の指揮など久々だと言うのに……。北部を守っている第二守備隊は損害軽微ではあるが現在も敵と交戦中だ、恐らく層は此処が一番厚そうだな。コーウェン少将そちらはどうだ?」

 

「東部は混乱からの立て直しがスムーズに行ったこともあり戦線は優勢となっています、しかし此方も敵の新型が少数含まれている事もあり多少の苦戦はしているようですな。」

 

 戦闘のレベルに対して将軍二人の指揮とネオ・ジオンの援護もあり壊滅的な危機は何とか去りそうだ、後はジェシー達が戦っているMSさえ何とかなれば……そう思った時だ。

 

「アンダーセン中尉より通信!連邦製敵MSの撃破に成功!キャスバル総帥も健在とのこと!」

 

 通信兵の報告で司令室が歓声に包まれる、これで本当に死地は脱した。後は油断せず各個撃破していけばいい、次に打つべき手は……。

 

「敵も本陣の奇襲が失敗したと気付けばこのまま一矢報いるつもりで突撃をするか、或いは撤退を開始する筈です。各部隊は現状を維持し敵の撃破を、敵が撤退する場合は深追いはしないように通信を。」

 

「敵を追撃しない……?そうか、敵を追跡するつもりなのだなエルデヴァッサー中佐。」

 

「そうですコーウェン少将、これだけの部隊とMSです何処かに母艦か或いはネオ・ジオンも知らない拠点がある可能性は非常に高いです、それを追えれば不穏分子の掃討も捗るはずです。」

 

「その通りだな。よし、偵察機の発艦準備をさせろ!敵が撤退を開始したらミノフスキー粒子を散布し敵を撹乱させながら追跡を行う!」

 

 コーウェン少将の指揮でテキパキと段取りが進んで行く、私の出る幕はこれ以上無さそうだ。

 戦線も落ち着いて来たので使われていない通信装置を借りてジェシーへと通信を入れる。

 

「ジェシー。私です、聞こえていますか?」

 

 

ーーー

 

「あぁ、アーニャ。聞こえてるよ。」

 

 聞き慣れた少女の声に、安堵を覚える。緊張感の無い声からして恐らく大勢はほぼ決したのだろう。

 

「良かった、怪我はありませんか?」

 

「俺の方は特に……キャスバル総帥も多分大丈夫だと思う。」

 

「多分では安心しきれませんよジェシー?そちらはどうなっているんです?」

 

「あー、そうだな。まず俺のメガセリオンは損傷しているが殆ど問題ない。キャスバル総帥のグフも小破している箇所もあるが致命傷は負っていない。ただ援護に駆けつけてくれたユウ中尉のブルーディスティニー3号機は頭部が破壊された。」

 

「……?待ってくださいジェシー、ユウ中尉とブルーディスティニー3号機についてはこちらは報告を受けていません。……援軍が来ていたのですか!?」

 

 言われてふと気付いた、状況が状況だったし此方からは連絡入れてなかったんだ。ユウも恐らく単騎で追跡してきただろうから彼の部隊だってこっちに駆けつけているのかどうかも知らないんだ。

 

「あー、そう言えば連絡する暇も無かったな。ユウ中尉も同じだろうし報告するの忘れてたよ。まぁ彼が来てくれなかったら俺たちはどうなっていたか分からなかった。……詳しい戦況報告は後でするよ、今は回収班を呼んで貰えると助かる。みんなマトモに動けそうにないからな。」

 

「了解しました、今から回収に向かわせます。」

 

 あの異常な強さだったニムバスのブルーに対して大破も無く倒せたと思っていたが、ユウが乗っていたブルーが最後の一瞬で頭部が破壊されてしまった。まさか最後の最後であんな攻撃をしてくるとは……そう思いながら爆散しバラバラになった2号機に目を向ける。

 最後の一瞬、ニムバスのブルーは大破していたにも関わらず、寸分の狂いもなくユウのブルーの頭部だけをサーベルで破壊した。キャスバルのグフが援護に駆けつけ撃破した事で難は去ったが心がモヤモヤしている。

 

「なぁ、ユウ中尉。何で奴は最後に頭部だけを正確に狙えたんだろう?」

 

 中破したユウの機体に寄り添い、接触回線で問いかける。

 

「……分からない。だがあの一瞬、俺は避けられる余裕があったにも関わらず機体が動かなかった。」

 

「マリオンの意志……だったのかな。」

 

「君もマリオンの声を聞いていたのか……?……確かにそうかもしれない、あの時ニムバスの攻撃からは敵意は感じられなかった。」

 

 敵意を感知して動くEXAMだからこそ敵意の無い攻撃に対処しきれなかった……簡単に理由をつけるならそんな感じなのだろう、ただ俺にはそんな風に解釈は出来なかった。

 

「ユウ中尉はこれでマリオンは解放されたんだと思うか?」

 

 全EXAM搭載機の消失、これで事実上クルスト・モーゼスが生み出したEXAMは全て消え去った事になる。変わった歴史の中で新たに生み出されていない限りは。

 

「あの時……空に還って行く少女の幻影を見た。彼女は大丈夫だろう。」

 

 会った事もない少女だが彼女の優しさは一度機体を通して感じていた、せめてまた戦いに巻き込まれないことを祈るが……。

 そして俺は彼女を助けたニムバス・シュターゼンと言う男にも敵ながら少し思う所を感じた、俺の知ってるゲームでの彼はEXAMやマリオンに執着した狂人みたいなイメージではあったが、あの一撃に感じた意志はそれとは別の……護りたい者を護る為の攻撃に感じたからだ。思い違いといえばそれまでかもしれないが、騎士を自称した彼の生き様にヴァイスリッターを託された俺もまた護るべき者のために命をかける時が来たら彼のように出来るのかと……。

 

 上を見上げ、晴れ渡る空を見つめる。天使のように羽ばたいていった彼女の意志は、空を越えて宇宙(そら)へと戻れたのだろうか?EXAMという一つのシステムに関わった者として、そう思いながら感傷に浸るのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 騎士の誇りと共に①


 今回は展開上語られなかったグレイ達の回、無駄に長くなっているので2話に分けています。


 

 

 連邦との会談より遡ること数日前、北米ネオ・ジオンの結成に伴いジオン本国に付くかそれともネオ・ジオンに付くかを問われた北米に所属するジオン軍の兵士達、この俺ジェイソン・グレイもまたジオン本国に付くかシャア・アズナブル少佐……いやキャスバル・レム・ダイクンの北米ネオ・ジオンに付くかの岐路に立たされていた。

 

「それで、お兄さんはどうしたいんですか?」

 

 問い掛けて来たのはフラナガン機関で一緒になった双子の少女の姉であるマルグリットだ、彼女らは俺の決定に従うと言っていた。彼女らの事を思うと非人道的な面も目立つフラナガン機関に戻るのは得策ではないと心の中では分かっていても俺の中ではまだ割り切れない事もあった。

 

「グレイはまだやり残してる事がある、それはキャスバルさんがやろうとしてるネオ・ジオンでは難しい。そうでしょグレイ。」

 

 心を読んだか……いや、素直に俺の心情を察したのだろう。双子の妹の方であるヘルミーナは俺の中にある連邦軍の復讐という意志を察しているようだ。

 そう、俺がこうやってサイド6のフラナガン機関からわざわざ地上に降り立ってまで連邦軍と戦う理由。それは俺が以前いた部隊の仲間を連邦軍に殺されたからだ、不確かな情報ではあったが仇となるMSも見つけ交戦したが雪辱を晴らせず撤退する事になった。まだ奴に対して復讐を成し遂げていないのだ。このままネオ・ジオンの側についてしまっては多くの同胞の怨みを晴らせずに連邦と仲良く手を取りかつての仲間に銃を向けると言った馬鹿げた事をしなければならない、そんな事は今の俺に到底許せる事では無かった。

 

「あぁ……悪いが俺はキャスバルの側には付かない、あの白いMS野郎を殺さない限り俺の心が晴れる事はないんだ。」

 

「グレイがそう言うなら私はグレイについて行くよ。」

 

「はい。お兄さんがいる所が私達の居場所ですから。」

 

「すまない……2人とも。」

 

 彼女らの事を考えればネオ・ジオンの方に付くべきだろう、連邦との兵力差はただでさえ広がっている中でのキャスバルの蜂起だ。ジオン本国の兵力と士気は大きく下がったしその余波も大きい、このまま戦っても最後に待っているのは……。

 

「さて、そうと決まったらどうしますかお兄さん。今日か明日にはHLVで宇宙に帰らなければこのまま地上に残ることになりますが。」

 

「……そう言えばニムバス大尉はどうしているんだろうか。」

 

 前回の戦闘では結局クルスト博士の足取りは掴めなかった、俺達の方では収穫無しだったが彼の方ではどうなっているのだろうか。マリオンの容態の事もあるし一度連絡を取ってからでも宇宙へ上がるのは遅くないだろう。

 

「一度彼と連絡を取ってみよう、暗号通信は使えるな?」

 

「連邦に傍受されなければ大丈夫だとは思いますよ、ただあの人が通信を受けられる状況だと良いですが。」

 

 最後に彼と通信したのは少し前になる、お互い進捗がないままの報告で終わったが今はどうなっているのだろうか。

 

「基地の連中に気取られても困る、一度ここから離れるぞ。」

 

 俺達は基地から離れた高所で通信を試みる、取り決められた暗号文を専用の秘匿回線で発信する。一度送信し反応を待つ……だが返答はない。

 

「ミノフスキー粒子が散布されてる所なら届いてないかもね。どうするグレイ?」

 

「間を置いてもう一度発信する。この状況下だ、北米戦線にはもうまともな戦闘をする部隊は殆どいないだろう。この大陸にいるならいつかは反応する筈だ。」

 

 そう言って時間を空けて再度発信をする、その時だ。

 

「返答来ましたお兄さん、今解析します。」

 

 マルグリットが暗号を読み解き内容を伝える。

 

「敵機ト交戦シ、機体大破。シカシ目標発見セシ、願ワクバ援護ヲ求メル。……お兄さん、ポイントも指定されています。ここからそう遠くはない距離です。」

 

「目標を発見……クルスト博士を見つけたのか。」

 

 機体は大破したようだが収穫はあったようだ。こちらが援護する必要があるなら俺達の機体も必要になるだろう。

 

「マルグリット、返信を送ってくれ。了解した、機体と共に向かうと。」

 

「分かりました。」

 

 返事を送り、再度基地へと帰還する。機体を持ち出すとなると警戒されてしまうだろうがどうするべきか。

 

「こういうのは堂々としてれば案外大丈夫なものですよお兄さん。」

 

 そう言うとマルグリットは格納庫へと向かい整備兵に話しかける。

 

「キャスバル総帥からの緊急の指令です、我々の決起に刃を向ける反抗分子の対応を私達に求められました。MSは出せますか?」

 

「アンタはドムのパイロットの……待ってくれ、上に確認を取ってからじゃないと……。」

 

「緊急だと言いました、こうしている間にも反抗分子は着実に準備を進めています。責任はこちらで取りますので発進準備を!」

 

「あぁ……分かった!お前ら!準備急げ!」

 

 成る程な、如何にもキャスバルの命令と見せかけて動くつもりか。顔に似合わず大胆な事をする。

 

「お兄さん、失礼な事考えてませんか?」

 

「いや、そんなことはないぞ。これで出撃できる、助かったぞマルグリット。」

 

 相変わらず勘が鋭い、余計な事は思わない方が無難か。俺達はMSに乗り込むと発進準備を開始する。

 

「MSの起動音……?何処の部隊だ!発進許可はしていないぞ!」

 

 っ……!ヤバイな、遠くから見えるのはガルマ大佐だ、流石に彼の目は誤魔化せない。

 

「大佐!彼らが反抗分子の対応をすると発進許可を求めていたのですが違うのですか!?」

 

「なんだと……!?グレイ少尉!応答しろ!どういう事だ!」

 

 オープン回線からの通信が入る、こうなっては無理矢理押し通るしかない。俺達は格納庫のゲートをこじ開け急速に基地から離れ出した。

 

「これは……我々への反乱だ!警報を鳴らせ!彼らを基地から逃すな!」

 

 基地内から警報が鳴り響き歩兵がこちらに向けて対MS用のロケット砲を放ってくる、難なく躱すがどうするべきか。

 

「グレイ、この人達には怨みはないでしょ?早く離れよう。」

 

 ヘルミーナがそう促す、確かに違う側に立つとは言え彼らは同胞だ。仲間同士で血はなるべく流したくはない。回避に専念しながら基地を脱出する。

 

「何があったのだガルマ!」

 

「キャスバルか……姉さんの部隊のグレイ少尉達がMSを持ち出し基地から逃走したんだ。」

 

「グレイ少尉達が……か。通信を繋いでくれ、私が説得する。」

 

 基地から離れ出し、追手を振り切りながらニムバス大尉との合流ポイントに向かう最中に広域通信が入った。

 

「グレイ少尉聞こえるか。キャスバルだ、応答をして欲しい。」

 

 総大将自らの通信……流石に出ないと失礼か、そう思い応答をする。

 

「グレイですアズナブル少佐……いえ、キャスバル総帥。」

 

「何故こんな真似をした少尉。まさかザビ家のジオンに戻ると言うのか?」

 

「キャスバル総帥のやろうとしている事に不満があるという訳ではありません、ただ俺のやりたい事はネオ・ジオンでは不可能なんですよ。」

 

「君のやりたい事……連邦軍への復讐か。」

 

 そう、今の俺にとっての唯一の生きがいだ。俺の中に蠢く数多の同胞達の怨みが俺を突き動かしているのだ。

 

「ザビ家に怨みを持っていた私が言えることではないが復讐だけでは何も生まれないのだ少尉、君達のようなニュータイプと呼ばれる新世代の人間が新たな未来を築いて行かなくてはならないのだ。考え直してはくれないか?」

 

「すみませんキャスバル総帥、貴方のことは嫌いではありませんが俺の行く道は俺が決める。」

 

 そう言うと俺はキャスバル総帥との通信を切る、これでネオ・ジオンとは縁が切れた。これからは彼らに刃を向ける事にもなるだらう。

 

 

ーーー

 

 

「グレイ少尉!応答しろ、グレイ少尉!」

 

 返答はない、どうやら彼は通信を切断したようだ。

 

「すみませんキャスバルさん、私達のことは忘れてください。」

 

 入ってきたのはグレイ少尉からではなく、彼と共にいたドムのパイロットの少女の声だ。名前は確か……。

 

「……マルグリット曹長か?どうしても彼は止められないと言うのか。」

 

「あの人はキャスバルさんの理想よりも復讐を選んだんです。今はそれだけがあの人の心の拠り所で、それが無くなったらきっとあの人は壊れてしまいます。」

 

 復讐を拠り所に再起したのだろう、私自身似たような思惑で動いていたので彼の事も分からなくはない。だがこんな道を選んでも未来は無いのは彼も分かりきっているだろうに。これでは自殺と変わらない。

 

「君達姉妹はどうなのだ?彼の復讐に付き従うのか?」

 

「あの人がいる場所が、私達の居場所ですから。」

 

「しかしこのままジオン本国の側についても君達はそのニュータイプの力を戦いの事だけに利用されてしまうのだぞ?それは本来のニュータイプの在り方では無い筈だ!」

 

「そうですね。ただ私達みたいな存在は戦うことでしか自分の意義を見出せませんから。大丈夫ですよキャスバルさん、私達みたいな戦うだけの人間よりも貴方を理解してくれる本物のニュータイプに貴方はきっと出逢えますから。」

 

「マルグリット曹長……それは……?」

 

「私の勘です、結構当たるんですよ。……私達が離反したら貴方達にも不都合があると思います、追手なり連邦に存在を教えてネオ・ジオンとは無関係な敵だと言うなりしておいてください。さようなら。」

 

 そう言うと彼女は通信を途絶する、再度の発信も虚しく完全に返事は途絶えてしまった。

 

「待てマルグリット曹長!……くっ、彼女らを止める事が出来んとは……!」

 

「どうするキャスバル、彼女が言ったように追手なり差し向けた方が良いと思うが。」

 

「分かっているさガルマ、だが彼らの機体性能とパイロットの能力では追手を差し向けても撃破するのも捕えるのも難しいがな……。彼女の言う通り連邦にも機体のデータなどを教え我々とは無関係な存在だと言うしかあるまい。この状況では最早彼らを庇う事はできないからな。」

 

 彼らが選んだ道があるように私も私の道がある……残念な事だが。

 

「私を理解してくれるニュータイプか……。」

 

 果たして、本当にそう言った存在と出会えるのだろか。彼女の言葉に淡い期待を寄せながらも、彼らがそうでは無かったという虚しさもまた心の中に響いたのだった。

 

 

ーーー

 

 基地から離れて数刻、ニムバス大尉の指定ポイントへ到着した俺達は久しぶりにニムバス大尉と邂逅した。

 

「お久しぶりですニムバス大尉……それにしても此処は……。」

 

 入り組んだ山岳地帯の地形の中にポツンと存在する広いスペース。此処には武器や弾薬、それにMS用の機材が少ないながらも置いてあった。一番目を引くのはHLVだ。まさか此処までの拠点が存在しているとは。

 

「私が此方に来てから拵えた拠点だ。本来は人もまだ何人かいたのだが連邦との交戦で犠牲になってしまった。」

 

「そうですか……通信ではクルスト博士を見つけたと言っていましたが彼は今何処に?」

 

「この近くの連邦の基地だ、先日敵との遭遇戦で偶然にも連邦のEXAM機と接触した。ガンダムと言う連邦のMSは知っているか?」

 

 ガンダム……確かオデッサで黒い三連星を撃破したMSだと聞いたな。

 

「えぇ、確か連邦軍のハイスペックMSだと聞いています。オデッサでも黒い三連星がそのガンダムによって撃破されたようで。」

 

「あれの量産型と思われるMSにEXAMを載せてあった、交戦し大破に持ち込んだが私の機体と残った仲間は全員犠牲になってしまった。彼らの犠牲によって奴らの拠点は掴めた訳だがな……。」

 

 クルスト・モーゼスが連邦に亡命した理由がジオン製MSのマシンスペックへの不満であったと言う報告もある、奴からしたら自分の研究が成功するなら連邦でもジオンでも何処でも構わないのだろう。連邦のハイスペック機に搭載されているとなれば幾らEXAMを積んでいても大尉のイフリートではマシンの性能差が出てしまうのも仕方ないか……。

 

「それで、これからどうするおつもりで?」

 

「博士の所在は掴めた、連邦のEXAM機も一機は撃破したとは言えあれは専用の機体ではなく量産型にシステムを積んだ機体だ。他にもEXAMを搭載しているMSがある可能性が高い。博士の抹殺と可能であればEXAM搭載機の奪取をしたい所だが……協力してくれるだろうか?」

 

「具体的には何を手伝えば良いですか?」

 

「敵基地に対して牽制を仕掛けてもらいたい、敵が君達に気を取られている間に私が内部に潜り込み博士の抹殺とEXAM機の確保を行う。もしも複数機あるようなら可能な限り破壊してから撤退するつもりだ。」

 

 今の機体の数と人間の数からしてそれが一番無難か、幸い弾薬や爆発物の量にはゆとりがあるようだし俺達がそれを使用して基地を混乱させている間に大尉に行動してもらう、EXAM搭載機が多い場合は不安要素になるが使用されているMSのスペックからして大量に用意されていると言うことは流石に無いだろう。

 

「それで良いと思います、決行はいつ行いますか?」

 

「連邦軍は北米ネオ・ジオンの蜂起で敵対勢力の行動は消極的になっていると思い込んでいるだろう、その隙を突くなら行動は早ければ早いほど良いだろう。すぐにでも行動に移りたいがどうだろうか?」

 

 俺がマルグリットとヘルミーナの顔を見合わせると2人とも頷く、俺達の離反をいつネオ・ジオンが連邦に通達するかも分からないし、早めに動かないと対策を練られる場合があるしな。

 

「分かりました、今からでも動きましょう。」

 

 機体のチェックと基地襲撃の計画を整え、大尉を除く俺達3人は連邦軍基地に近い山岳に潜みながら最後の確認を行う。

 

「まずマルグリットとヘルミーナが二手に分かれて高所からジャイアント・バズを基地に打ち込む、狙いは正確で無くて良いが次発は間髪なく別の箇所に打ち込むんだ。そうする事で複数からの攻撃と匂わせる。」

 

 此方が3機だけと分かれば敵も出し惜しみ無く戦力を投入してくる筈だ、そうなると幾ら俺達でも分が悪い。だからこそ初期の段階である程度の戦力を匂わせる事が必要になる。

 

「2人の攻撃と同時に俺が基地に正面から攻撃を仕掛ける、俺のイフリートなら敵の目を引き付ける事が出来る筈だ。連邦が俺に気を取られている間にニムバス大尉が基地に潜入し博士の抹殺と機体の奪取を行う。」

 

 ニムバス大尉は以前鹵獲した連邦の車輌と連邦軍の制服を着用してもらい命からがら基地に戻れた兵士を装ってもらう。緊急事態では味方の識別も疎かになるのを利用する、今の時点で利用できるのはこれが精一杯だろう。

 

「よし、30分後に行動を開始する。気をつけろよ。」

 

「分かった。」「分かりましたよ、お兄さん。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 騎士の誇りと共に②

 そして予定時刻となった瞬間、基地に攻撃が仕掛けられる。タイミングも射撃コースも完璧だ。これなら敵も複数からの攻撃と思い込む筈だ。

 俺はイフリート・ゲシュペンストを警報の響き渡る基地へ向かわせ大袈裟に攻撃を仕掛ける、ミサイルやバズーカと言った派手な武装で敵の警戒を引きニムバス大尉が動きやすいように敵の集中しやすい箇所を作る。

 

「さて、連邦はどう動く?」

 

 基地の固定砲台からの砲撃を難なく躱しながら敵MSの出方を伺う。もしもEXAM搭載機が発進して来たら厄介だが……。そう思っていると今までも戦ったことのあるジムやメガセリオンと言ったMS達が攻撃を仕掛けてきた。

 

「どうやらエースはお出ましと行かないようだな、雑魚には用はない!消えてもらう!」

 

 二刀のヒートサーベルを構え、敵の射撃を避けながら隙のできた機体へ斬りかかる。両腕を切断し、無力となったMSを盾にし怖気付いた別のMSへ投げつけ更に斬りかかる。一つ、二つと敵を屠りニムバス大尉が無事に行動出来ているか心配する。

 

「お兄さん、こちらも合流出来ますがどうしますか?」

 

 マルグリットからの通信だ、今のところ対処は出来ているがこれ以上敵が増えると厄介ではある。ただ状況の次第では下手に動かれても危険になる可能性も高い。

 

「待てマルグリット、お前達2人は退路の確保に集中しておいてくれ。今は基地の破壊よりもニムバス大尉の任務成功の可否の方が重要だ。」

 

「わかりました、問題があったらすぐに呼んでください。」

 

 大尉が基地に潜入してからそこそこの時間は経っている、そろそろ何らかのアクションが有ってもいい頃だが……。

 そう思った矢先、基地から爆音が鳴り響く。目を向けた爆心地には蒼く輝くMSが立っていた。あれが連邦のEXAM搭載機なのか……?

 

「……当初の目的と機体の奪取に成功した。撤退するぞグレイ少尉。」

 

 敵がどうか警戒をしていたら通信が入る、どうやらニムバス大尉は博士の抹殺も無事終えたようだ。ならこのまま長居しておく必要もない。

 

「2人が退路を確保しています、拠点へ退却しましょう。」

 

 俺達は追って来た連邦の雑兵を屠りながら拠点へと無事撤退した、こう終わってみると簡単なミッションであった。やはりあの白いMSが相手でないと俺の心は満たされないようだ。

 拠点へと戻り、今後の方針についてニムバス大尉と話し合う。当初の目的は果たした、宇宙へと帰投するのが本来の筋ではあるが……。

 

「味方からの通信?」

 

 ニムバス大尉の秘匿通信回線に自軍から連絡が来たというのだ。このタイミングで一体どんな内容を……?

 

「キシリア閣下直属の特殊部隊だと言っていたが耳が早いな、連邦軍基地の襲撃と機体奪取の報を聞いて私だと察したらしい。」

 

「連中は何と?」

 

「近日中にネオ・ジオンと連邦軍とで会談が行われると言うのだがその会談を阻止しネオ・ジオン、連邦の主要人物を抹殺するのに協力しろとの事だ。この機体は連邦軍製であるからな、撹乱させるのに適していると判断したのだろう。」

 

 確かに鹵獲した敵機を用いた襲撃というのは効果的だ、以前連邦がザクを鹵獲して集積所を襲撃して大惨事になったという報告も聞いている。だがこの機体は唯一ジオンに残されたEXAM機であるし連邦軍製のハイスペック機だ、本国に持ち帰り研究用として利用した方が得策ではないのだろうか?

 

「まさか応じるつもりですか?」

 

「……そのつもりだ。」

 

「何故です?確かに会談の阻止は必要不可欠な行動ではありますが、連邦もネオ・ジオンも対策はしてくるでしょう。となると防備は堅牢な筈です、大尉の鹵獲した機体をわざわざ使用するのはリスクが伴う、本国に持ち帰ってデータを取った方が……。」

 

「私はそうは思わないなグレイ少尉、EXAMは最早ブラックボックスばかりのシロモノだ。それは博士の亡命後にEXAMの解析はおろか復元さえ出来なかった事を見ても明らかであるし、機体のデータについてもデータさえ抜き取ってしまえば機体そのものについてはジオンの技術でどうこう出来るものでもない。ならこのタイミングでこそこの機体は有効的に使えると言うものだ。」

 

 ……確かに間違ってはいない、現在確認できるデータを見ただけでもジオン公国の製造技術ではコスト的に使用の難しいルナチタニウムを使用した機体であるし武装面にしてもサーベルやライフルの予備をサンプルとして送れば良いだけだ、EXAMシステムにしても仮に本国に送った所で再び再現出来るかすら怪しいか。

 

「ならやるしか無いようですね、会談には俺の狙っている敵も現れる筈です、奴を倒すのにも良い機会だ。」

 

 この北米での戦いに多く参加しているワンオフの機体だ、恐らくこの会談にも現れるだろう。ならこの機会を利用するだけだ。しかしニムバス大尉の口から出たのは思い掛けない言葉だった。

 

「……すまないグレイ少尉、君達にはこの機体のデータと共に宇宙に帰還して欲しい。」

 

「何を言ってるんですか大尉!連邦とネオ・ジオンの主要人物を一網打尽に出来る唯一の機会に俺のイフリートや2人のドムは必要な筈です!」

 

「分かっている、だがこの戦いは熾烈な物になるだろう。生きては帰れない可能性が高い。」

 

「そんなことは最初から覚悟の上です!死ぬことなんて恐れちゃいない!」

 

「あぁ、それも分かっている。だが君はそうでも彼女ら二人はどうなる、君と共に死ぬ覚悟はあるだろうがまだ君達は若い、こんな所で命を散らすべきでは無いのだ。」

 

「ならマルグリットとヘルミーナだけでも宇宙を帰して俺が残れば良いだけだ!俺は絶対にーーー」

 

 そう言いかけた所で身体に衝撃が走る。そのまま俺は意識を失っていった。

 

 

ーーー

 

 

「すまない、手荒な真似をした。」

 

そう言いながらニムバス大尉は私達に頭を下げる。

 

「良いんです、お兄さんは最初から死ぬ事だけを考えて生きていましたし、こんな所でまだ死なせたくありませんでしたから。……それにニムバス大尉もあの子の事を考えて私達を宇宙に戻したかった、そうですよね?」

 

「君は勘がするどいなマルグリット曹長、……君達にはマリオンの後のことを頼みたい。」

 

「快復する見立てがあるんですか?」

 

「恐らくは……と言うレベルの話だがな。連邦のEXAM機との交戦中、システムを介してマリオンの意識を感じた。もしかしたら彼女はEXAMというシステムの檻に封じられている可能性があるのかもしれない。ニュータイプとはそう言うことも出来るのだろうか?」

 

「ニュータイプは異常な超人ではありませんよ大尉。ただクルスト博士の歪んだ執念が何らかの形で実現してしまったのなら大尉の言う可能性も無くは無いのかもしれませんが。」

 

 精神を別の場所に飛ばす……幽霊じみた行為は恐らく無理だと思う、仮に出来たとしてもその時は肉体という器は存在していないかもしれない。ただあのEXAMというシステムが肉体と精神の狭間に入り込むことで擬似的にそう言うことを可能にしてるという事も無くは無さそうだ。

 

「グレイと私達はこのまま宇宙に戻って、貴方はどうするの?ニムバス大尉。」

 

 ヘルミーナが口を開く、恐らくは分かっている筈だけど彼の口から本音を聞きたいのだろう。

 

「私はこのまま作戦に参加する、先程言ったようにEXAMがマリオンを縛り付けているのならEXAMが無くなればもしかすれば彼女が目覚めるかもしれない。残るEXAMはこの機体を含めて2機、それも因縁のある敵だ、私が出れば奴も追ってくるだろう。」

 

「全部のEXAMを消す……大尉は死ぬつもりなの?」

 

「死ぬつもりは無い……と言えば嘘になるな。運が良ければ作戦が成功し帰還出来るだろうがあくまでこの作戦は捨て石を投げて一石二鳥を狙うようなものだ。上手くは行かないと思っている。」

 

「そんなの、マリオンが悲しむ。」

 

「ふっ……ここだけの話だがEXAMの中で私は彼女を手荒に扱ってしまったからな。嫌われていると思う。」

 

「そんなの……!ちゃんと仲直りすれば……!」

 

「ヘルミーナ、大尉は全部分かってて言ってるんです。納得してあげましょう。」

 

「姉さん……。」

 

 全て覚悟の上で自分の生命を捨ててまでマリオンを護りたいのだ、EXAMを扱える彼だからこそ役目を果たす為にこんな生きて帰れない作戦に出ようと。

 

「マルグリット曹長、ヘルミーナ曹長、既に宇宙の救援部隊にHLVの回収の手筈は整えさせてある。君達は機体と共にこのまま宇宙へ……それとこれを。」

 

 手渡されたのはカードキーだ、ジオン軍人に手渡されている一般的な物とは違い彼個人の物だろう。

 

「数年は暮らしていけるだけの金が入っている。マリオンが目覚めたらこれを渡しておいて欲しい、私にはもう必要無くなるだろうからな。」

 

「……わかりました。」

 

 彼からカードキーを受け取り大事にしまう、小さな物だがその重みは計りきれない物であった。

 

「それではHLVの打ち上げの準備に取り掛かる、機体の格納と機材の積み込みを手伝ってくれ。」

 

「了解です。」

 

 その後、MSと必要最低限の機材の積み込み、そして今回得た機体や装備のデータなどを収納しHLVは打ち上げを待つだけの状態となった。

 

「君達が宇宙に戻った後、グレイ少尉が目覚めたらこれを渡してくれ。」

 

「手紙……ですか?」

 

「あぁ、先程の無礼を詫びた物だ。マリオンの事も頼んである、身勝手だがよろしく頼む。」

 

 深々と私達に頭を下げる大尉に敬礼で応え、私達はHLVに乗り込み打ち上げ手順を済ませいよいよ宇宙へと戻る手筈が整った。

 

「マリオンを頼んだぞ……。」

 

 最後に大尉がそう呟いたのを感じながら、地球のGが私達を締め付け宇宙へと押し上げて行った。

 

 

 

ーーー

 

「……っ?」

 

 異様な身体の軽さを感じながら俺は目を覚ました、此処は何処だ?見たところ船の中の様だが。

 

「グレイ、やっと起きたね。」

 

「ヘルミーナ、此処は……っ!まさか宇宙か!?」

 

 フワリと動いた身体で漸く此処が地上ではないと認識した。一体どうして……!

 

「お兄さんはニムバス大尉に気絶させられたんですよ、その間に大尉はHLVで私達を宇宙に戻したんです。そして救助に来てくれた味方部隊のムサイで今サイド6まで向かってもらっています。……ニムバス大尉からお兄さんが目を覚ましたらこれを……と。」

 

 マルグリットから大尉が渡したと言う手紙を受け取る。封を切り、中身を確認する。

 

 

 グレイ少尉へ、これを読んでいるという事は既に宇宙へ上がっている頃だと思う。君はその現状に怒っていると思うがマルグリット曹長やヘルミーナ曹長をどうか責めないで欲しい、彼女達は君を思い私の身勝手を許してくれたのだ。

 このような行いをしたのは私のエゴによる所が大きい。もしもマリオンが目覚めた時、頼れる人間がいて欲しいと願ったからだ。そしてそれは私にはもう相応しくないと感じている。

 EXAMというシステムに触れて、私の中にあるマリオンへの劣等感、他者への傲慢さという物が日に日に増していくのが分かる。このままでは私はシステムに呑まれクルストの理想の為の駒へと成り果ててしまうだろう。その為に君達ニュータイプと呼ばれる者達を遠ざけたのも一つの理由だ。クルストの死の間際、奴は私にEXAMの本懐を遂げろと、ニュータイプという化物共を抹殺しろと呪詛のような言葉を吐いた。平時の私なら切り捨てている言葉の筈なのにその時の私は奴の言葉に賛同を覚えてしまっていた。

 私にどれだけの時間が残されているかは分からないがせめて君達やマリオンには最後まで誇り高いジオンの騎士のままでいたかった。どうか許して欲しい。

 

 願わくば、君達の未来に幸多き事を祈る。

 

 

 手紙を読み終え震える手を握る。また……また俺は置いて行かれた……!

 

「隊長も……!ニムバス大尉も……!みんな俺を残して……っ!」

 

 何で俺を連れて行ってくれない!どうして俺を……死なせてくれないんだ!

 

「グレイ……。」

 

「お兄さん……。」

 

 打ちひしがれる俺に、更に追い討ちをかけるように艦の兵士が味方からの通信を伝えに来た。

 

「失礼します、先程北米大陸で連邦とネオ・ジオンの会談が成立したと情報が。」

 

「……っ。我が軍の被害は?」

 

「会談を阻止する為に出撃した地上残存部隊の殆どが壊滅……生き残った少数の部隊が鉱山跡を改修した拠点から潜水艦でオーストラリア大陸へ向かったと。」

 

「ニムバス大尉……いや、連邦の機体を利用して出撃したパイロットがいた筈だ。彼はどうなった。」

 

「ハッ。敵陣深くに斬り込み賊将キャスバルを撃墜一歩手前まで持ち込むも後一歩及ばず撃墜されたと報告がありました。」

 

「大尉……っ。」

 

 結局また同じ事を繰り返してしまった、隊長の時と同じく味方を見捨てて……!

 

「それは違います、お兄さん。」

 

「マルグリット……。」

 

「ニムバス大尉は……ニムバスさんはお兄さんならマリオンを助けてくれるって信じたから後を任せてくれたんです!それは彼処で死ぬよりももっと難しい事だって分かっててそれでもお兄さんを信頼して託したんです。だからお兄さんがニムバスさんを見捨てただなんて思わないで!」

 

 普段の冷静さからは信じられないくらい感情を発露させるマルグリット、その言葉に救われてしまっている自分もまたいた。俺は……大尉から託された願いを護らなければならない、此処で大尉の仇討ちの為にまた地上に戻ったらそれこそ大尉の死が無駄になってしまう。

 

「あぁ……すまなかった。俺は、俺は……大尉の願いを護ってみせる。」

 

 フラナガン機関に戻るのならマリオンのいるリボーコロニーへも簡単に行き来が出来る、まずはあの子の身の安全を確保して戦乱に巻き込まれないように、再びフラナガン機関に連れて行かれないようにしなければならない。それを果たしてから俺の本懐を遂げなければ大尉に申し訳がない。

 

「だが絶対……絶対にアイツだけは……。」

 

 連邦の白いMSのパイロット、今後戦場が宇宙に移行すればいつかまた奴とも再び邂逅する事もあるだろう。その時は必ず、必ず皆の仇を取ってみせる。2つの誓いを胸に刻み、船は再び俺達の始まりの地に向けて航路を取るのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 二人のガンダムパイロット

 

 

 北米でのネオ・ジオンとの停戦条約が締結され、地上でのジオン公国の地球における大規模な拠点が事実上殆ど無くなり後は小、中規模の勢力の掃討戦へと地上戦は移行することになった。

 それに伴い地上軍の軍備の再編成が行われる事となり公国軍の確認されている戦線以外の兵の殆どは宇宙軍への編入となる、俺達第774独立機械化混成部隊も同じ様に宇宙軍への編入の為に連邦軍最大拠点である南米ジャブローに久々に赴く事となった。

 軍備再編と一言で言っても簡単に済むようなものではない、そこには兵力のバランスだったり部隊毎の役割分担であったりと用途毎に適切な人員配置を行う必要がある。

 それに何より軍隊特有の派閥間の駆け引きもある、やれこの部隊は俺の傘下だからとかこのMSや戦艦は俺らのだからみたいな軍事的な駆け引きだったり戦争後を見据えての政治的な駆け引きだったりと見えない所でのお偉いさん方の戦いもある、寧ろこっちの方が大変なんじゃないのか?ってくらいには連邦もジオン並に派閥間の仲はよろしくない。

 

 あと個人的に謎だった『なんで連邦軍ってヒャッハー的な愚連隊が多いんだよ問題』これも実際にこっちに憑依してきて分かった事がある。

 それは一週間戦争やルウム戦役での大敗で有能な連邦軍将校を始め、多数のベテラン兵達が亡くなった事、それによって穴埋めの為の人員やあの戦いで家族を亡くした恨みで連邦軍に志願した兵が増えた事で末端の兵士の質はかなり低いしジオンへの恨みが凄まじい。だから残った将校は腐敗してるし兵士はスペースノイド憎しとなっているのだ。

 

「だからこそ、今後に向けて色々手を打っておかないと行けないんだよな……。」

 

 宇宙での戦いが残っているとは言え、戦力差から見ても連邦軍の勝利は以前から変わらない。ただこれにソーラレイみたいな超兵器だったり意味を為さなくなった南極条約を無視した核攻撃などがあるだろうから簡単には行かないだろうけど。

 それを踏まえて、戦後どういう感じで未来が変わって行くのか、それにどう対処して行くかが問題となる。俺自身はアーニャに付いて行くと決めているので彼女の為にどうサポート出来るかが問題となる。つまり俺自身もそれなりに偉くなっておきたいのだ。

 

「だからこそ分野では無いけどこういう事にも手を出しておかないとな……。」

 

 そう言いながら俺は電子端末を弄っている。これは今後の次世代向けMSのコンセプト案だったり現存機の強化案だったりとパイロット視点から見たMS改善案を纏めたものだ。

 以前俺のちょっとした一言でメガセリオンが開発となった経緯もあるのでこう言った口出しはどんどんやって行く事にした、歴史改変についてはレビル将軍が早期に死んだのもあって最早気にしていても仕方ないだろうし。それならいい方向に行けるように自分が後悔しない選択をするしかない。

 そう思いながら電子端末を弄っていると、ポンと肩を叩かれた。

 

「精が出ているわねアンダーセン。」

 

「あ……マチルダ先輩。」

 

 この人はあの有名なマチルダ・アジャン中尉。数日前にジャブローに戻った時に出会ったのだが、その時にショックイメージと言うのか憑依しているジェシー・アンダーセン本人の記憶が再び流れ込み、マチルダさんとは士官学校時代に一年間ではあるが先輩後輩の間柄であったこと、マチルダさん自体がジェシー本人の父親と面識があることを知った。だから北米での入院中にお見舞いに来たのだ。

 

「コーヒーよ、甘いのが好きだったでしょう?」

 

「ありがとうございます。」

 

 喉も乾いていたのでゴクゴクと飲み干そうとしたが途中で咽せた。

 

「ゴホッ!こ、これブラックじゃないですか先輩!」

 

「フッ、この前の意趣返しよ。忘れたとは言わないでしょう?」

 

 ……あれかな、前にジャブローでウッディ大尉に嘘ついて誤魔化した時の。

 

「お前のせいで任務後に会ったあの時のウッディと来たら……。」

 

 何故か少し頬を染める先輩、意味深過ぎるし気になるだろ……。そう思いつつも砂糖を入れながら再び電子端末を弄る。

 

「やはりパイロットの視点から見ると現存のMSにはそれなりに不満があるのかしら?」

 

「うーん、不満と言うよりは更に良い物になって戦う兵士が少しでも楽になれる環境を作るのがベストって感じですかね今のところは。戦後を見据えるとそれなりのMSの性能が欲しくなるけど今は少しでも味方の生存率を上げる手段をどんどん取りたい感じです。」

 

 原作での一年戦争後にいつまでもジオン残党が残っていた原因に残党掃討に要する兵員とMSが十分に用意出来なかったと言うのも一因にある。なので自軍の被害は少なければ少ない程良いだろう。

 

「変わったわねアンダーセン。士官学校の頃はまだまだ未熟な面が多かったけれど今は立派な軍人らしいわ。まるでお父上を見ているようよ。」

 

「……親父の話はやめてください先輩。」

 

 記憶が混じった事で分かった事だがジェシーと父親であるアンダーセン元提督は仲が良くない、肝心の理由までは記憶が流れて来なかったのもあって分からないが彼の抱いている感情のせいか俺自身も父親のことが生理的にダメになっているようだ。

 

「まだお父上を許せそうにない?」

 

「まぁ色々と理由があるんですよ先輩。」

 

 彼自身が父親をどう思っているのかはまだ分からないが比較されたり話題に出されるのが非常に嫌なのは伝わる。なので早々に会話を打ち切りたかった。

 

「それより先輩はどうして此処に?わざわざ俺に会いに来た訳ではないんでしょう?」

 

「よく分かったわね、実は貴方に会わせたい人がいてね。ついて来て欲しいのよ。」

 

 会わせたい人?ふむ、誰だろうか?ウッディ大尉とはもう会っているからわざわざ再度顔合わせする必要も無いだろうし。そんな風に思っているとジャブロー内の宇宙船ドックに到着した。そこへ来て初めてマチルダ先輩の意図について理解できた。

 

「ホワイトベース……。」

 

 ジャブローのこの場で見ることになるのはこれで2回目だ、前回との違いは乗せている人員だろう。と言うことはつまり……。

 

「マチルダさぁ〜ん!」

 

 ホワイトベースの乗降口から大きな声が聞こえる、ガンダム好きなら聞き間違いのないこの声……その声の主は……!

 

「久しぶりねアムロ、元気にしていたかしら?」

 

「はい!」

 

 何というか俺の中でのアムロはZ以降のイメージが強いからか年相応の少年をしているアムロに少し違和感を覚えたがそれよりも実物のアムロを見れた衝撃の方が強かった。

 

「アンダーセン、紹介するわ。ホワイトベースのガンダムのパイロット、アムロ・レイ少尉よ。戦時階級ではあるけど実力は確かよ。」

 

「マチルダさん、この人は?」

 

「彼はジェシー・アンダーセン中尉、MSの最初期からのテストパイロットよ。」

 

「あぁ、父さんが言っていましたガンダムの開発が想定より早く進んだのはテストパイロットの人達がデータを多く取ってくれていたからだって。」

 

 父……テム・レイ大尉か。この世界だとどうなっているのだろう。取り敢えず感動しっ放しなのもあれなので挨拶しておこう。

 

「初めましてアムロ少尉、マチルダ先輩も言っていたが俺はジェシー・アンダーセンだ。君の活躍は聞いてるしお父さんもV作戦の主導者だったから知っている、彼はどうしているんだい?」

 

「サイド7の戦いで負傷して、今はルナツーで治療をしてもらっています。」

 

 良かった、やはり色々細部が変わっているせいでサイド6での酸素欠乏症になった彼と再開する悲劇は回避されたみたいだ。

 

「そうか、それは良かった。あの人はこれからのMS開発に無くてはならない人だからね。それより先輩、なんで俺とアムロ少尉を会わせたんです?」

 

「うん……何と言ったらいいかしらね、何となく波長が合っていると感じたからかしら?アムロ君の成長に一役買って貰えそうなのもあるわ。」

 

 俺を踏み台にする!?波長が合っていると言うのはイマイチよく分からないがこの世界でのアムロはランバ・ラルとは戦っていないし黒い三連星もカイのガンダムと協力して倒したと報告書には書いてあったしパイロット能力的には原作のジャブロー寄港時より低いかもしれない……?

 

 そう思うとククク……と暗い笑みを心の中で浮かべ始める、もしかして俺……アムロを倒せるんじゃないか?最強の主人公に勝ててしまうのでは?と男心をくすぐられてしまった。

 

「成る程!確かにアムロ少尉もガンダムを使い熟しているとは言え歴戦のエースとの戦闘経験はまだ少ないと言うことですね、よし!先輩の紹介もあるしシミュレーションで模擬戦をしようアムロ少尉!な!」

 

 バシバシと背中を叩きアムロをシミュレーション室へと無理矢理引っ張って行く、見る人が見れば何やってんだコイツとなる光景だがこの時の俺は調子に乗り過ぎていてそんな事はお構い無しだった。そして「マ、マチルダさぁ〜ん!」と想い人から遠ざけられるアムロの声と呆れ顔をしているマチルダ先輩が其処にはいた。

 

 

 

「す、凄いねえシショー。」

 

「中尉……。」

 

 ララサーバル軍曹とグリムの声を聞きながら、俺はシミュレーション装置の前で項垂れる。そこには0-20と書かれたモニターが表示されていた。

 

「0勝20敗、アタイはもしかしてシショーの実力を勘違いしていたんじゃないかって思っちまったよ。」

 

 そう……。

 

「いや、でもアムロ少尉の実力が相当なのもありますよカルラさん。あの動き方、最初は装置の故障かと思っちゃいましたし。」

 

 そうなのだ……。

 

「ジェシー、あんまり私を失望させないでください。」

 

 まさかの全敗、何が歴戦のエースとは戦えてないから俺でも勝てそう。とか思ってたんだと言わんばかりの惨敗、ただ一つ言わせてくれアムロはやっぱり白い悪魔だよ。いや……今回アムロはG-3ガンダムだから灰色の悪魔か。

 例えるなら置きビームライフル、物陰から飛び出した途端いきなりビームライフルが此方を捉えている事なんてあるか?流石は後ろにも目を付けるんだ!とか言ってのける男だ、マジで第三の目が何処かにあるんじゃないかと言うくらい毎回的確にコクピットを狙ってくるのだ。

 

「あの7戦目のバズーカはありゃどうやって狙えたんだい?アタイじゃまず彼処を狙おうなんて思わないよ!」

 

「えぇと……何となくです。」

 

 ララサーバル軍曹の質問攻めにタジタジになるアムロ、あの時は隠れながら進んでいる俺の頭上にバズーカを打ち込み落石に埋もれて戦闘不能に追い込んだ戦いだったな……いきなり敗北の表示が出て故障かと思ったレベルの理不尽さだった。

 

「流石はあの黒い三連星を撃破しただけの実力はある、最初期からMSパイロットをしてたとは言え身の程知らずを思い知らされたよアムロ少尉。」

 

「いえ、アンダーセン中尉の戦い方もこういう戦法があるんだって勉強になりました!」

 

 あのアムロから感謝されて思わずうるっと来てしまう、だが負けたままでは俺も引き下がれない。一つ思い浮かんだ案があるのでそれを最後にやらせてもらおう。

 

「アムロ少尉、最後に一戦だけ。ハンデをつけさせて戦わせてもらっても良いかい?」

 

「……?はい、構いませんけど。」

 

「ハンデと言ってもガンダムの性能は落とさないから安心して、ちょっと戦闘前にこっちに猶予時間をくれれば良いんだ。」

 

 そう言いながら戦闘地域情報とデータを入れ替えていく、これをこうして……ああやって……。

 

「よし!これが最後だ、よろしく頼む!」

 

「はい!」

 

 STARTの表示と共に戦闘が開始される、仮想戦闘地域は荒廃した市街地。俺はアムロを誘導するように狭い路地へと移動していく。

 

「よし……!ここからなーーーうわぁ!」

 

 突如ビルから爆発が起こる、瓦礫がガンダムへ向けて落ちるがアムロはこれを難なく回避する。

 

「トラップ……!?」

 

 そう、ジオンお得意のゲリラ戦法。上手く決まればアレックスさえザクで倒せる戦い方だ。今回はテキサスコロニーのマ・クベみたいな汚い戦い方だが勝てば良かろうなのだ!

 

「えぇい!」

 

 トラップを避けようとバーニアを吹かせビルの上へと飛び移るガンダム、それを確認すると同時に次のトラップを発動させる。

 

「歩兵用ロケット弾!?マズイ!」

 

 まさかMS以外の攻撃が想定されていると思わず急いでシールドを構えて防御するも機体のバランスが崩れる。

 

「もらったァァァァァァー!」

 

 ヴァイスリッターの出力をフルにしてガンダムへ突撃を仕掛ける、アムロも素早く攻撃態勢に移るが最大出力なら此方の方が少し有利だ!

 そしてガンダムに直撃判定が出て俺のモニターにWINの文字が表示される、やった……俺アムロに勝てた!そう思っていると隣にアーニャがやってきた。

 

 バシン!大きな音と共に俺の頬が真っ赤に染まる。

 

「う……痛ェ……。」

 

「ジェシー……貴方恥ずかしくないんですか!?」

 

 そう言われると少し恥ずかしいけど勝ちたかったんだもん……、こんなこと言ったらまた叩かれてそうなので言わないでおこう。

 

「えぇとだなアーニャ、これには深い理由が……。」

 

「お見事だったぜお兄さん、アムロみたいな真面目な奴には効果覿面な戦い方だったぜ。」

 

 ふと振り返ると其処には皮肉を漏らす男がいた、その顔立ちには覚えがあった。

 

「カイさん!」

 

「バカ正直に罠に引っ掛かっちまったなアムロ。」

 

 カイ・シデン、この世界ではアムロが乗るはずのRX-78-2ガンダムに乗っている男だ。

 

「でも、あんなのズルイですよ。模擬戦であれだけされたら余程の実力がないと負けますよ。」

 

「そりゃ模擬戦は普通なら一対一で戦うもんだからな、でもよアムロ。ジオンの連中はこんな汚い戦いがとてもお上手なのよ、実戦でトラップ仕掛けられたからってズルいなんて言えるかい?この人は敢えてそれを教えてくれたってことさ。」

 

「それは……。」

 

 どうやらカイは俺の思惑に気付いてくれたようだ、ランバ・ラルと戦っていないと言うことは彼らの得意とした地形や使える物をフルに使った戦い方と言うのを見てはいないだろう、と言うのを利用した戦い方をしたのだ。これも勉強になると思ってね……いや悔しいからとかジャナイデスヨ?

 

「ジオンのクソ野郎は民間人だってスパイにしちまうような連中さ、油断したらそこで負けなのよね。」

 

 ……この口ぶり、どうやらこの時系列でもミハルの悲劇は起こってしまったようだ。彼のジオンに対する恨みが伝わる。

 

「君は、ガンダム2号機のパイロットかな?」

 

「あぁ、カイ・シデン少尉だ。アムロにお灸を据えてくれて感謝するぜ、お利口さんな戦い方は得意だけどこう言う手を使ってくる敵なんていなかったからな。勉強になったと思うぜ?」

 

 皮肉屋らしい彼の台詞だがやはりミハルを失ったばかりだからか少しトゲがあるな。

 

「私は納得しませんよジェシー、奇手を使うなら使うでせめて私達に一言伝えてください。」

 

「アタイもあのゲリラ戦法はいい手だとは思うけど子ども相手に意地汚いやり方で勝ったのが良い印象与えないねシショー。」

 

 ハッハッハと大声を上げて笑うララサーバル軍曹と呆れ返るアーニャ、それでも俺は……アムロに勝ちたかったんだもん……!まぁ見てくれが最低だったのは否定しないけど。

 

「そうだ、アムロ少尉とも戦ったんだからカイ少尉とも戦いたいんだが構わないか?」

 

 黒い三連星を倒して尚且つガンダムに乗っているんだ、アムロ以上と言うことはないだろうけどそれでもエースパイロット級の実力はある筈だ。と言うか原作ですらガンキャノンでかなりの戦果を上げて小説版ではアムロの死によってニュータイプとして覚醒した男だ、弱い訳がない。

 

「俺は別に構いやしないけどね、アムロよりは実力は下だから期待されても困るぜ?」

 

「彼には全敗してるんだ、少しは俺も華が欲しいんでね。」

 

「へへっ、アンタも結構皮肉屋だね。嫌いじゃないよそういうのはさ。」

 

 装置に座り再び模擬戦を開始する、せめて一矢報いてやるくらいの気概は見せてやるぜ!

 

 

 

「……で、結局4勝16敗となった訳だが。」

 

 言い訳させてもらうと模擬戦で搭乗しているMSのデータはアムロとカイはガンダム、俺はヴァイスリッターとそれぞれの愛機となっている訳で。ワンオフ機とは言えヴァイスリッターはグフの流れを汲んでいるので性能はグフとそこまで差は無いんだ……いや、ランバ・ラルはグフでもアムロと同等まで戦えてただろと言われたら反論出来ないが。

 

「中尉さんもガンダムのデータを使えば良いんじゃないのかい?幾らなんでもガンダムと他のMSじゃ性能に差が有り過ぎるんじゃないか?」

 

「そりゃあ性能のいいMSの方が勝率は上がるだろうけど実戦じゃガンダムに乗る訳じゃあ無いからな、それにガンダムは簡単に乗りこなせるようなMSじゃないよ、俺じゃ十全に性能は引き出せない。」

 

 ブルーに搭乗した時も感じだがパイロットに分不相応なMSでは本来のポテンシャルを引き出せないから宝の持ち腐れになってしまう、ヴァイスリッターはクセはあるが今では俺の身体の一部と言っていいくらい馴染んでいるのでヘタに他のMSのクセが付くと厄介だしな。

 

「へっ、珍しいね。パイロットには色んなのと会ったけど、どいつもこいつもガンダムを譲れだの降りろだのうるさかったぜ?」

 

「それは君らの実力を知らない身の程知らずの連中だろ?実戦経験皆無からのザク撃破、更にルナツーでのジオン海兵隊との戦闘、その後の赤い彗星との大気圏での戦闘……宇宙ですらこれだけの戦闘をこなして更に地上に降りてからはMSパイロットとしてはジオンでも最古参のエースで、更に地上で確認されているジオンMSでは最も脅威であるドムに搭乗した黒い三連星を撃破してるんだ、自分でも言ってておっかない戦果だぞ。」

 

「そ、そんなにおだてないでくださいアンダーセン中尉。」

 

「何を言ってるんだアムロ少尉、と言うか俺より遥かに強いんだからアンダーセン中尉なんて堅苦しい言葉は使わずジェシーと呼んでくれよ、カイ少尉もな。」

 

「ホントに面白い人だなジェシーさんは、ホワイトベースの人間くらいだぜこんなフランクだった人はさ。」

 

 うーん、確かにホワイトベース隊はあんまり歓迎されてないもんな、原作では後ろ盾となっていたレビル将軍も死んでしまったし。

 

「フッ、それならもっとフランクに兄貴と呼んでくれても構わないぞ。」

 

「何言ってんだいあんだけボロ負けしといて兄貴面はないでしょーシショー。それより坊や達!アタイにも稽古つけておくれよ!」

 

「あっ!ずるいですよカルラさん!僕だって指導してもらいたいんですから!」

 

「ちょっと待て二人とも!俺だってリベンジしたいんだ!……そうだ!ホワイトベース隊の他のパイロットも呼んで部隊戦だ!アーニャ、お前も加わってくれよ!」

 

「わ……私もですか!?」

 

 ワイワイと騒ぎ立てながらリュウとハヤトを呼んでもらい4対4の模擬戦を始める、みんな一進一退の大盛り上がりとなり周囲にはいつの間にか人だかりが出来始めていたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 ヴァイスリッター改造計画

 

「天才!貴方達は天才よー!」

 

 今迄に無い盛り上がりを見せた模擬戦を終え、夕飯を楽しんでいた俺達……いやアムロとカイにクロエ曹長が飛び掛かっ…抱きついていた。

 

「どうしたんだクロエ曹長?頭でも打ったのか?」

 

 気が狂ったのかと言わんばかりのハイテンションなクロエ曹長を見て思わずそう口にしてしまう、多分こんだけハイテンションなのはMSが関わっているんだろうけど。

 

「私は正常です!正常だからこそこの子達の凄さに感動しっっっぱなしなんです!アンダーセン中尉とは比べ物にならないくらいの宝の宝庫を持ち帰って来たんですよこの子達は!」

 

 宝の宝庫ってなんだよと頭痛が痛くなるような言葉になってしまっているテンション高めのクロエ曹長とは裏腹にアムロとカイは照れてしまっている、ヤバいテンションとは言えそれなりの美人に抱きつかれてはうら若き青少年にはキツいだろう。ふっ、これが若さか。

 

「あ、あの放してください。」

 

 アムロの恥ずかしさの混じった声にごめんごめんと離れるクロエ曹長。

 

「でもね、貴方達はホントに凄いわ!ガンダムの戦闘データもそうだけどガンキャノン、それにガンタンクもあれだけの実戦データが集まるなんて……あぁ……っ!」

 

 興奮が冷めやまないクロエ曹長、たしかに原作でもジムなんかはガンダムの実戦データを導入してから性能が向上したしメカニックとかからしたら大歓喜するのも仕方ないのか。

 

「あんまりよく分からないが俺達の戦闘データってのはそんな興奮するもんなのかい?」

 

 カイの台詞にうんうんと頭を上下させながらクロエ曹長が説明を始める。

 

「元々ガンダムみたいな高性能機ってね、使い熟せば使い熟しただけ既存のMSが集めるデータよりも質の高いデータが手に入るのよ。簡単に言えば普通の乗用車をどれだけ使いこなしても140km時のデータが最高値として……貴方達はレーシングカーを乗りこなして300,400km時のデータを集めて来たの。」

 

 あんまり良く分からない例えだがつまり俺達がジムやメガセリオンで集めるデータには限界があったのに対してアムロ達はガンダムで更に上回ったデータを持ち帰ったって事か。量産機を作るにあたり高性能のデータの転用ってのは重要だし既存の機体に対しても与える影響は大きい。

 

「元々ガンダムには高性能な学習型コンピュータも搭載されてるんだったよな、それならOSの質も向上するんだろ?」

 

「えぇ勿論!姿勢制御から攻撃動作まで様々な面で今迄の倍……いや3倍近い向上が見込めますよ!」

 

 おぉ、そんなにもか。パイロットをやって来てやはり操縦面での不便と言うのが多かったのでOSの向上はかなり嬉しいものだ。思えば最初の頃は動かすだけでも一苦労だったからなぁ……。

 

「よっし。これでヴァイスリッターも宇宙で活躍できそうだな。」

 

「え?」

 

 クロエ曹長の間の抜けた声。

 

「え?って何だよ、性能が上がるって事は更に戦えるって事だろ?」

 

「え、いや。中尉……まさかヴァイスリッターを宇宙に持っていくつもりなんですか?」

 

「当たり前だろ、俺の愛機だぞ?」

 

「いやいや、ヴァイスリッターって地上用のMSですよ?宇宙じゃ戦えませんって。」

 

「……え?」

 

「それこそ『え?』じゃないですよ、ヴァイスリッターの基になったのはグフですよ?ある程度連邦製にしたとは言え宇宙戦は想定してませんよ?気密性も高くないですし。」

 

 ……言われてみればプロトタイプグフを基に造ったんだよなそりゃ宇宙には行けない……行けないのか……?

 

「そ、それならメガセリオンは!?あれもグフが基だろ!?」

 

 兄弟機みたいなもんであるメガセリオンもそれなら宇宙戦は行えない筈!そうだよな……?

 

「いやいや、メガセリオンは拡張性が高いMSですからちょっとの換装で宇宙戦仕様にはできますよ?最初期に製造されたメガセリオンでは確かに難しいですけど新しいラインで製造中のものは宇宙戦も見越した状態にしてありますから。」

 

 そうなのか……アーニャのフィルマメントもジムスナイパーからの流用だし宇宙戦は問題ないよな……となると。

 

「俺だけ宇宙では戦えない……?」

 

「いや、ジムやメガセリオンに乗れば良いじゃないですか……。」

 

 当たり前の返答、いや……だがしかし!せっかく愛機があるのに宇宙で使えないって悲しい……辛い……。

 

「何とか改造とか……。」

 

「軍事費もタダじゃないですから申請通らないんじゃないですか?元々ヴァイスリッターも運用データ取り用にゴップ将軍から特別に拵えて貰ったものですしお役御免の時期に入ったと思いましょうよ。あの子は充分やってくれましたし。」

 

 言ってる事は確かに分かる、V作戦の支援の為に実用データを回収するのが主目的……と言うか建前だったし既にその役目はジムやメガセリオンが完成した時点とガンダムが此処に来て実戦データが回収された事で終了している……悲しいけど此処でさよならなのか……?

 

「俺の……俺のヴァイスリッター……。」

 

「いや、中尉のじゃなくて連邦軍の物ですからね?あと私のでもあります。」

 

 クロエ曹長の正論も耳には通らず残っていた夕食を放って俺はあてもなくトボトボと歩き出す。

 

 

ーーー

 

 

「ジェシーさん凄い落ち込んでましたけど大丈夫なんですか?」

 

 アムロ君の言葉に心苦しさを少し覚える、アンダーセン中尉にちょっと強く言い過ぎたかもしれない。あんなにショックを受けるとは流石に思わなかった、男心は複雑なのかな。

 

「うーん、流石にちょっと言い過ぎたかしら?でも宇宙に持って行こうにも改修が必要だから、さっき言ったよう軍事費が必要だし申請しても通らないと思うのよね。」

 

 ただでさえヴァイスリッターは実験機でメガセリオンと規格が似ている箇所は多いとは言え、細かい所は特注で頼まなければならない曲者なのだ。ゴップ将軍直属の部隊とは言え機材の調達は中々難しいしそろそろ限界といえば限界だったのだ。

 

「まぁ自分だけの専用機ってのは男だったら誰でも憧れるもんだからな、ジェシーさんが落ち込むのも無理は無いお話だってことね。」

 

 カイ君の言葉にそんなものなのかと感じた、確かにジオンでは同じザクでもエースには専用の調整や武装など融通を効かせているようだしプライドや拘りなどが強いのだろう。

 

「けどこればかりは流石にどうしようも無いからなぁ。」

 

 これが少しの手間で宇宙用に改装出来るなら良いけどヴァイスリッターをとなると改造の域になる、そうなると諸々の資材やパーツを調達するのに結構な費用がかかってしまう。ジムやメガセリオンが既に千機以上も稼働している中でメンテナンスも他の機体との互換性もあまり良くないヴァイスリッターに降りる予算はないだろう。

 そう思っていると、既に夕食を済ませて先程から端末に何かを打ち込んでいたエルデヴァッサー中佐が私にその端末を手渡してきた。

 

「クロエ曹長、これだけの物資が調達出来たとして機体改修に他に必要な資材、それに掛かる費用など算出できますか?」

 

 其処にはMSに一般的に使われている資材、細かな部品などのリストが羅列されていた。それとは別に見たことのない武装や外装などのサンプルデータ等も入っている。

 

「そちらはジェシーを始め、多くのテストパイロット達が考案している兵装の企画案です。その中から比較的開発しやすい物をリストアップしてありますクロエ曹長の視点から有用性のある装備のピックアップをお願いします。」

 

「これって……。」

 

「えぇ、『MSの運用データ収集用の実験機』はお役御免になっても『兵装試験用MS』としてならヴァイスリッターもまだまだ活躍出来るかもしれません、流石に予算の方は厳しいでしょうから私の一族の管理していた軍関連の企業からある程度の物資は調達する形になりますが。」

 

 流石は貴族の家柄だ、これだけ使用できるものが多いなら残りはホントに少ない予算だけで改造出来てしまう……。別に新規で申請しなくてもパーツの予備とかで申請掛ければ普通に通りそうだなぁ。

 

「でも良いんですか?公私混同だと面倒臭い人達に目を付けられたりしません?」

 

 ただでさえ私達は連邦軍の軍閥の中でも武闘派ではないゴップ将軍の麾下として見られている、MS関連の事となると将軍の影響下にある基地とかならともかく、こういうジャブローのような派閥間の人間が入り乱れるような所では目立つような事をすると眼を光らせる人間はそれなりにいるのだ。

 

「構いませんよ、何か揉めるような事があれば私の名前を出しても問題ありません。これからの事を考えても私達の名と実は上げておく必要もありますしね。」

 

 幼いとは言え流石は中佐だ、既に今後の政争も視野に入れて動いてるって事なんだろう。整備以外の事は詳しくないのでそこら辺では力になれそうも無いけど私には私の戦争の関わり方がある。

 

「分かりました!中佐が満足するくらいの改造をやってみせます!それこそアンダーセン中尉が腰を抜かすくらいの!」

 

「期待していますよクロエ曹長。」

 

 そうと決まれば腕が鳴る、これだけ使える物が多いんだったら今回アムロ君達が持って来たデータなんかを踏まえても私の中にある考えられるだけのアイデアを使用した機体にできそう!そう考えると胸の高まりが抑えられなくなり私は急いで改造案の取りまとめ作業の為に整備デッキへと走り去るのだった。

 

 

「結局ありゃ何だったんだろうなアムロ……。」

 

「分かりませんよ……。」

 

 疾風怒濤で繰り広げられたどんちゃん騒ぎを終始見守るだけで終わった2人は未だ残っていた夕食を手につけながら傍観するしかなかった。

 

 

ーーー

 

「ヴァイスリッター……。」

 

 MS格納庫、その中に鎮座している俺の愛機に優しく語りかける。

 

「お前……宇宙に行けないんだってよ。今まで俺はそんな事も知らなかったんだ。笑ってくれ。」

 

「アハハハハ。」

 

 俺を嘲笑う声……、そうだもっと笑ってくれ。この無様な俺を。

 

「思えば初出撃は奇襲によるスクランブル発進だったな……結局あの時破損してメガセリオン用のとカラーリングそのままにして交換した右腕は何のブラフにもならなかったな。」

 

「そういえばそんな事もありましたね。」

 

 思い返せば自分専用の機体といってもあんまり活躍する場面はそこまで無かったな、やっぱりアムロとかみたいに単騎無双とかは主人公特権みたいなもんだろう。

 

「それでも……あの小さいアーニャを護れるだけの活躍はしてくれたよなヴァイスリッター!」

 

「小さいは余計です!」

 

「なんだよアーニャ、せっかくヴァイスリッターと盛り上がっていたのに。」

 

「初めから私だって気付いていたでしょう……。」

 

「まぁそうだけどさ、思い返すと色々あったなって思うよ。」

 

「そうですね……ほんの数ヶ月の事ですけどとても長い事のように感じます。」

 

 ザニーヘッドの時からそうだが、この数ヶ月の時間の中でMSと一緒にいる時間の方が多かったと感じる。まぁ1ヶ月くらい意識を失っていたからその間を含めたらあれだけど精神的にはそう思えるくらい愛機達との時間は多かった。

 

「この前アーニャが提出していたMS戦術論、あれも俺達の活躍の集大成みたいなもんだったな。」

 

「えぇ、現在考え得る戦況に対しての私が培ってきた経験から戦術論を纏めたものです。あれが少しでも役に立ってくれれば幸いです。」

 

「少しでも多くの兵士が生き残れるのがベストだからな。敵がどんな手段を用いてきても適切に対応出来ればそれだけで生存率は上がる。」

 

 敵を知り己を知ればというヤツだ、一瞬の判断が死を招く戦場ではあらゆる事態に対応出来るに越した事はない。それが単騎での戦闘時の物だったり味方との共闘時の対応であったりと、幅広く活用できる知識があれば生き残る確率は少しでも上がる。

 

「宇宙での戦闘データが無いのが悔やまれますがルナツー方面でも少数の部隊がMS運用を始めていますし、宇宙に上がるのも時間の問題ですからその時はより多くのデータが幾つもの部隊から手に入るでしょう。」

 

「宇宙での戦闘データはホワイトベース隊の数回の戦闘だけで殆どの運用データが地上の物だけとは言え、かなりのデータが集まったのは僥倖だろ?俺はもっと遅れると思っていたからな。」

 

 当初の歴史よりは早いスピードでMSの運用データは集まっている、それにメガセリオンと言った一機に拡張性を持たせたMSの登場で今後の新型MSの生産コストもオプションパックを前提とした互換性の高いものに変わればある程度抑えられるかもしれない。そう言った連邦の財政の余裕もあれば今後の展開もある程度良くなるかも知れない。

 

「後は無事に宇宙のジオンを叩けることを願うだけか。」

 

「やはりジェシーは不安ですか?」

 

「あぁ、武人肌のドズルはともかくギレンやキシリアと言った連中はどんな悪の手を使ってくるか分からないからな。オデッサみたいなルールを無視した行動なんて奴らは屁にも感じないだろうし。」

 

 なんとかソーラ・レイの危険性とかも忠告したいけど情報源など全く持ってない一介の兵士がそんな事を言ったところで無視されるのがオチか最悪の場合スパイと疑われかねない、原作知識も戦略的に関わらない立場の人間には自分と周りくらいにしか影響与えないのが辛いな……。

 

「そうですね、彼らがどんな手段を用いて我々を殲滅する気なのかは分かりませんが国力差のある中で未だに涼しい顔が出来ているのは少し懸念がありますね。我々の想像のつかない兵器群の開発をしていてもおかしくはありません。」

 

「それこそ戦争初期に使われたプラズマ砲の兵器みたいなのを連発して来るかもしれないな、次はプラズマ砲じゃなくて長距離長射程のビーム砲とかさ。」

 

 よし、話の流れで開戦初期に使われたヨルムンガンドを経由してソーラ・レイみたいなのあるかもとアーニャに伝えられた。

 

「確かマゼラン一隻を沈めたジオンの兵器でしたか?……あれは此方が偶然射程圏内に捉えていたからこそ沈められましたが、確かに射程圏外からああいった手合いの攻撃をされれば此方も危ういですね。」

 

「……しかし仮にそういった兵器があるとしても俺達に対策の仕様が無さそうだな、アーニャならもしそんな兵器が存在するとわかったらどう対処する?」

 

「私でしたらその兵器が存在する戦域には入らないようにしますね、しかしジオンが仮にそう言った兵器を所有していれば、此方が確実に来るしかない拠点に配置するでしょう。私ならア・バオア・クーかサイド3本国に配置するでしょうね。」

 

 頭の回転はやはり早いな、確実な視野を持って判断している。けどだからこそ、そう言った兵器があれば打つ手が少ないと彼女自身も分かっているようだ。

 

「此方から手が打てないなら内部からって話になるか、情勢が変われば此方に寝返ってそう言った兵器を破壊するように頼める可能性もあるよな?」

 

「えぇ、既に軍部の中にはスパイを送り込んで内乱を誘発させようと言った動きもあるみたいですよ。あまり良い結果は生まれてないみたいですが。」

 

 まぁギレンやキシリアもそこまでバカじゃないよな、スパイが潜り込めるような環境にはしてないだろうし、あの2人は策謀がメインな所もあるし。

 

「はぁー……結局俺みたいな一兵卒は頑張って戦うくらいしか役に立たそうにないな。」

 

「そんな事ありませんよ、ジェシーは普段はとぼけたような事ばかりしてますがこう言った時にはまるで未来を知っているかのように助言してくれますからね。今の会話も私にとっては有用なものでしたよ。」

 

「なんだよ、普段はとぼけたって!俺はいつでも全力だぞ!?」

 

「フフッ。ごめんなさいごめんなさい。」

 

 笑いながら俺を見つめるアーニャ、せめて彼女だけは死なせずに今後の歴史を変えて行ってもらいたい。だからこそ、俺には俺の戦いをするしかない。

 

「アーニャ、ヴァイスリッターが無くてもジムやメガセリオンで宇宙で戦ってみせる。だからさ、こんな馬鹿げた戦争で絶対に死なないようにしよう。俺はお前が作る未来が見たいんだからさ。」

 

「えぇ、私の戦後の戦いに貴方がいてくれないと困りますから。貴方も死んだら駄目ですよ、ジェシー。」

 

 互いに未来を見据え、宇宙の戦いに臨む。数ヶ月前このジャブローで誓った約束を胸に俺は次なる戦いの為に愛機を捨てても戦う覚悟を決めるのだった。

 

 

 

ーーー

 

「相変わらずお熱いなぁお二人さんは。でも中佐ったらヴァイスリッターの改造計画の事は伝えてないけど良いのかしら?まぁ知らずにいた方がジムやメガセリオンで戦う覚悟満々になってる中尉の拍子抜けした顔が見れそうだから面白そうだけど。」

 

 真面目な話をしてるんだろうけど、側から見たらイチャついてるようにしか見えない2人を格納庫の隅から見守りながら、私はヴァイスリッターの改造案を羅列しながら次々と構想を組み上げていく。

 

「今回のネオ・ジオンとの会談でジオン側の技術提供もあったし連邦機とジオン機のハイブリッドした機体ができるかも……!ワクワクするなぁ……!」

 

 いざとなったらGOP計画の開発陣を呼んでもらって改造させてもらおう、潤沢な資材を使って改造なんてホントに素晴らしいと感じながら生まれ変わる我が子ヴァイスリッターに期待せずにはいられなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 老兵は静かに立ち


今回はジェシー君ら未登場のオジさん回、内容的には飛ばしても問題ない展開の回なので途中飽きる事がありましたら次話はすぐ投稿するので待って頂けると幸いです。


 

 宇宙艦隊再編の為各地の連邦軍将校や士官が南米ジャブローに集まる中、欧州の軍とは全く関係ない小さな港町に似つかわしくもない軍服を着た男がこれまた似つかわしくない高級車から降り立った。

 

「ふむ……こんな辺鄙な所で隠遁しとるとはな。報告書で見るよりも更に酷く感じるな。さて、此処から先は私1人で行くとしよう。」

 

「閣下、せめて護衛を。」

 

 副官と思われる男が少し苦い顔をしながらそう忠告をする。

 

「いらん、なに古い友人と会うだけだ。ジオンのスパイもこんな所にまではおらんよ。」

 

「……せめて数百メートル離れた所からは見張らせて頂きます。この時期に御身に何かあれば大変ですので。」

 

「君も中々に頑固だね、まぁそれくらいは許してやるとしよう。では行ってくるよ。」

 

 男はその重苦しい肥満体を杖で支えながらトボトボと歩き出す、小さな港町だが1人で歩くには中々に広い、突然の訪問でもあるので尋ね人も自宅にはいないだろう。だが事前に聞いた報告ではこの時間帯には殆ど海岸で釣りをしているとの事だったので足は自然にそちらへと向かっていた。

 

 歩く事十数分、少し息を切らしながらようやく目的地である海岸へと到着する。既に何人かの釣り人が各々のスポットに陣取って釣りを始めている。

 その中で1人、釣り人にしては目を引くような綺麗な姿勢で釣りをしている初老の男がいた。彼はその男に向かい少しずつ歩み寄る。

 

「釣れますかな?」

 

 釣り人に向けて男がそう呟くと釣り人は一目男を見て小さく息を呑み、周りの誰もが驚くような綺麗な敬礼を見せた。

 

「お恥ずかしい所をお見せしたようだ。どうやら大物が釣れたみたいだな。」

 

「構わんよ、貴様も今はただの一市民なのだろう?似つかわしく無い敬礼などいらんよ。」

 

「そうは言っても連邦軍大将閣下にお会いして敬礼を返さない元軍人などいないだろうに。」

 

「ん?それもそうか、ハハハ!」

 

 少しの雑談を経て、釣り人の男は再び神妙な面立ちとなり大将閣下と呼んだ男の顔を見る。

 

「それで、まさかこんな老体とただ話をする為にこんな所に来たわけではないのだろう。何の用だゴップ……。」

 

「少しは昔の顔に戻ったようだな、今の戦争についてはそれなりに知っているだろう?」

 

「こんな田舎では風聞が少し耳に入る程度だ、レビルがオデッサで死んだと聞いたが。」

 

「事実だ、ジオンの核攻撃を受けてな。おかげで軍部は大混乱、宇宙艦隊の編成もスムーズには行われておらんな。」

 

 序列を繰り上げ昇進させた将校も多いがそれでもレビルやエルランの穴埋めとしては上手くは行っていないのが事実だ。更にレビル閥の引き抜きなどの政争が余計に遅れを生ませている。これに関してはゴップ自身も大きく批判することはできないが。

 

「それで……私に再び艦隊でも率いろと言うつもりか?」

 

「ハハハッ既に現役を退いた貴様に今のミノフスキー粒子下の以前とは違う戦場で艦隊指揮を取れとは言わん。……艦隊指揮を取れとは言わんがある部隊の艦長でもやってくれたらと思って来たつもりだ。」

 

「貴様の子飼いの部隊か……。」

 

「まぁ世間から見たらそう思われているな、だが私にとっては新たな世代を率いる為の子供のように思っているつもりだ。」

 

「らしくないな、自分の事しか考えてこなかった貴様の言うセリフではないが。」

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー。」

 

 その名前を聞いた瞬間に男の顔が一層引き締まる。

 

「今私の指揮下でMS部隊を率いている少女だ。お前のよく知るエルデヴァッサーの娘だよ。」

 

「カールとアンゼリカの子か……。」

 

「あぁ。お前が護れずこの沖合に沈んだ女の娘だ。」

 

 その言葉を聞くと同時に彼はゴップの胸ぐらを掴む、其処には初老とは思えない程の力が込められていた。

 

「ゴップ……言葉には気をつけろ……!」

 

「ふん、そうやっていつまでも昔の事を引きずっているから息子とも不和なのだろう。士官学校に勧めたのはお前の最後の子供への義理立てだったのか?」

 

「くっ……!」

 

 掴んでいた胸ぐらを離し、男はバツが悪そうに座り込んだ。

 

「ジェシー・アンダーセン……。何の因果か親の縁が子にまで巡ってな、戦争の始めの頃にアンナが私にMS運用の為の部隊を率いさせろと懇願してきてな。飛び級で士官学校を卒業する程の才媛ではあるがまだ未熟な子供だ、私としては軍を退役しエルデヴァッサーの家の子として一生を過ごして欲しかったのでな、周りの兵に威圧をして彼女に従う意思がある者が1人でもいれば部隊を作るのを認めてやろうと言ってやったのだ。」

 

「……普通なら大将閣下にプレッシャーを掛けられた状態で従う者などおるまい。」

 

「あぁ、普通ならな。だが1人だけ手を挙げ、尚且つ雄弁にMSの有用性を私に講釈してくる若造がいてな。名を聞いて驚いたよ、貴様の息子だった、ダニエル・D・アンダーセン。」

 

 ダニエルと呼ばれた男は大きくため息を吐き、顔に手を当てる。

 

「息子とは士官学校に入る前に少し会話したのが最後だった。それも会話とは言えるような物でもなかったがな。その時に息子はこう言ったよ『アンタのような人間にはならない!』とな……。これは何かの皮肉か?なぁゴップよ。」

 

「……さてな、どんなに歪み合おうと血の繋がりは早々切れないと言うことではないか?アンナの方は分かりやすかったな、エルデヴァッサー家の悲願を成就させたいつもりらしい。」

 

「カールの父親が目指した完全なる宇宙世紀の実現か……、夢物語でしか無い。」

 

「貴様もかつては根ざした理想ではないか、それともなにか?アンゼリカが死んでしまったから、かつての誓いは無くなったとでも言うつもりか。」

 

 そう言うとゴップは持っていた端末を取り出し、1つのファイルを広げる。それは2人の男女が騎士の誓約を交わしている動画であった。

 

「これはアンナが部隊を作った日に撮らせてもらったものだ、様式は簡略化させてもらったが昔見たものを真似させてもらったよ。」

 

「とことん皮肉が効いているな貴様は……。かつて叶えられなかった理想をこんな老ぼれになってから叶えろと?老人に夢を見させるな……。」

 

「夢はどれだけ年老いても見るものだ、お前にとっても悪い話ではないと思うがな。」

 

 ダニエルは少し考え込み、ゴップの目を見て呟いた。

 

「俺はまだ……戦えると思うか?」

 

「『俺』などとかつての若さを思い出させるような口ぶりをするのだ、戦えないと思っているのか?そもそも私が戦えもしない老人を誘いにこんな辺鄙な片田舎に足をわざわざ運ぶと思っているとでも?」

 

「ミノフスキー粒子と言ったな、詳しい話は流れて来ないがレーダーを使用不可にすると聞いた。私が退役していた間に進んだ技術について知っておきたい。」

 

「今動画を見せた端末を渡しておこう、元々お前に渡すために用意しておいたものだ。集められるだけの艦隊運用と戦闘データ、それにMSの運用データに最近作られた戦術論を纏めた物を用意してある。それと南米行きのチケットとこのカードを持っておけ。これを空港で渡せば快適にジャブローまで連れて行ってもらえるぞ。」

 

「……今から連れて行かれるものだと思っていたが。」

 

「何年も此処に暮らしていたのだろう、別れを済ませる相手がいるなら済ませておいたほうがいいと思ってね。」

 

 ゴップは沖合に目を向けてそう喋った、別れを済ませるべきは此処にいる人々では無く、この地で亡くなった者にと言うことなのであろう。

 

「……身支度を整えたら直ぐにでも出発する、軍が宇宙に上がるのはいつだ。」

 

「心配せんでも後1週間以上は艦隊編成で時間を取られる、でなければ私も時間を割いて此処まで来るのは止められただろうからな。まぁ私自身は宇宙には上がらんと思うがね。」

 

「ふん、その重苦しい身体では慣性が効いて動き難いだろうからな。」

 

「ハハハッ、そこまで皮肉が言えるなら心配せんでも良さそうだな。……待っているぞアンダーセン。」

 

 ゴップは背を向けスタスタと帰路に着く、ダニエルは彼が見えなくなるまで敬礼を行いその後自宅へと戻った。

 

「アンゼリカ……。」

 

 古い写真立てを手に取る、其処には若き彼と先程話していたゴップ、それとは別に男女が2人写っていた。

 

 

 

ーーー

 

「いいことD・D?時代は宇宙世紀なの!いつまでもこんなチンケな船で海なんて走る時代はもう終わったのよ!」

 

 また始まった、そう思いながら俺は彼女の言葉を右から左に受け流すと小太りの男に話しかける。

 

「そうは言ってもお上はしっかり予算出して連邦海軍なんてやってるんだからそれに従うのが軍人ってもんだ、なぁゴップ?」

 

「私を巻き込むな。今金勘定で忙しいのでな。」

 

 相変わらず連れない男だ、端末を弄りながら計算をしているゴップに呆れながら俺はアンゼリカに一応の抗議をする。

 

「そもそもお前が海を渡りたいと言うからわざわざ有給を取ってまで俺たちは船をチャーターしたんだぞ?連邦軍将校2人をレンタルしておいて文句はやめてくれよ姫様。」

 

「それだけのレンタル料をカールが支払ったんでしょう?全く金で釣られるような情け無い男達よアンタ達は。」

 

「お前なぁ……。」

 

 破天荒を地で行く女だ……自分で頼んでおいてこんな事を真顔で言ってくるのだから。確かに金で釣られた事は否定しないが。

 

「すまんなダニエル、ゴップ。親父殿の話を聞いてからずっとこの調子なんだ。」

 

 黄金の髪を持った美青年は申し訳なさそうに謝罪をする、一方発言者は大海原を見つめている。

 

「広い世の中と言えど貴族様と連邦軍人様を動かせる女なんてコイツくらいだよ全く。」

 

「こんなのがもう1人いたら私は神の存在を信じるぞダニエル、カール。」

 

「アンタら……言ってくれるじゃない……神様がいるかいないか今からでも教えてあげましょうかぁ?」

 

 触らぬ神に祟り無しとはこの事か、どうやら神は目の前にいるようだ。……とんだ疫病女神だが。

 

「しっかし海は広いわね!見渡す限りの青一色!地球の海でさえこんなに広いのに宇宙空間って言う大海原は無限大なんでしょう!?」

 

「そんなに宇宙が好きならシャトルでも何でも使って宇宙に上がれば良いじゃないか、それこそこんなチンケな船と船乗りといるより壮大だぞ。」

 

 近頃のアンゼリカはカールの親父殿の理想に感化されたのか宇宙愛好家みたいになっている、なら最初から宇宙に行けば良いのに。

 

「うーん……確かに宇宙へ上がってみたいのは確かよ、宇宙世紀も始まって既に半世紀も過ぎたってのに未だに地球には何十億って人間がいるなんておかしいし。」

 

 元々は増え過ぎた人口を地球から減らす為の棄民政策から来ている宇宙移住だ、中には大志を抱いて宇宙に上がった者もいるだろうが殆どは無理矢理宇宙へ押し上げられ、空気や水そして重力などを管理されながら暮らしている。そんな厳しい環境下の中なのに更に政府による多重の税金を納めなくてはならないと来ているのだ、かつてラプラスで起きた事件のように未だに政府への不満は大きい。

 それとは裏腹に富裕層は未だに地球で快適な暮らしを営んでいる、多数の宇宙移民者を犠牲に生活が成り立っているとも知らずに。

 

「けど私は宇宙に上がるなら最後の1人が良いわ!そして最後にこう言うのよ!グッバイ地球!また会う日まで!ってね。」

 

「馬鹿だコイツは……。」

 

「何よD・D!私は至って真面目よ!」

 

「真面目に馬鹿だって言ってるんだよ……そもそもD・Dって呼び名は何なんだよ。」

 

「ダニエル・D・アンダーセンでD・Dよ!なに?呼び方に文句でもあるの?」

 

 これ以上言い合いをしていても無意味だな……この破天荒さには勝てる気がしない。

 

「しかし今更地上に残ってる人類全てを宇宙に上げようなんて夢物語じゃないか?ジャブローにいる老人達なんかは精神的にも体力的にも動こうとはしないだろうし。」

 

「動くつもりの無い連中は端から全部ボコボコにしてシャトルに張り付けてでも宇宙に上げてみせるわ!」

 

 コイツならやりかねん……、と言うかボコられた時点で別の意味で空に上がりそうだ。

 

「しかしさダニエル、アンゼリカの言うようなやり方は難しいが俺も親父殿の理想には付き合うつもりだ。いつまでも人はこんな綺麗な星を占有してる訳にも行かんと思う。知っているか?数百年前よりも砂漠化はどんどん進んでいるんだ。」

 

 知らない訳はない、海軍をやりながら各地を見ているが大昔の話と比べると地上の砂漠化は深刻なレベルで進んでいる。

 

「水の惑星か……そう言ってられるのも今の内なのかも知れないな。」

 

「だからその為に私達が頑張る訳でしょう!これから生まれてくる世代に、宇宙世紀を担う人達の為に宇宙で頑張らないと。」

 

 普段の言動はアレだが確かに未来の為に俺達の世代に何が出来るのか、少しでも未来を変えていけるのか……アンゼリカを見ていると途方も無い事でも実現出来てしまうのでは無いかと言う錯覚に陥る。

 

 そのひと時は、正に俺にとっての黄金の時代であった。

 

 

ーーー

 

 

 写真立てを戻し、大きく息を吐く。思えば遠くに来たものだ。あれからカールとアンゼリカは程なくして結婚し、カールは父親と同じ連邦議員となり宇宙移民政策に熱意を持って当たり、妻であるアンゼリカもまた往年よりは鳴りを潜めたがその破天荒さで彼を支え続けた。

 しかし強すぎる意志は保守的な人間、傲慢さを嫌う人間に大きな反感を与える。結局彼女は敵対する勢力、それが単なるテロリストだったのか或いは誰かに雇われたヒットマンだったのかは最早真実を知る由もないがこの海の沖合で講演へと船で向かっている所を船ごと爆破されてしまった。まだ幼い産まれたばかりの娘を残して。

 あの時この近辺の海域の防衛をしていた私は自責の念に駆られた、海上パトロールが不十分だったのではと、彼女が船で移動していたのなら職権濫用と言われてでも護衛を出すべきではなかったのかと……だが全ては後の祭りに過ぎない、結局私は彼女を護る事が出来なかったのだ。

 

 それは十年以上時が経っても変わらず、ある時この海域を通ったその瞬間に前触れもなく心は折れた、理由などなく結局はずっと楽になりたかったのだろうその時がこの瞬間であっただけだ。

 私は軍を引退し、この港町に骨を埋める事にした。贖罪と言うわけでもなく単純に全てから逃げたくなったのだ。妻は何も怒らずにただ一言「お勤めご苦労様でした。」と言った。

 此処に骨を埋める決意を告白しても「後の事は私が引き受けます、ジェシーの事も。」と終始私の不甲斐なさを叱る事は無かった、私は妻に甘えこの地に逃げた。

 

 それから数年、息子がこの地を訪ねてきた。妻の死の報告と共に。息子は私を詰り、貶し、罵倒した。当然の事だ……妻には多くの苦労をかけた、そして私は死に目に会う事すら……いや家族の事すら気にせずに生きていたのだから。

 

『俺は軍に入る!だけど絶対にアンタみたいな人間にはならない!大切な人をちゃんとこの手で守ってみせるんだ!』

 

 私は息子のその力強さにかつての時代を感じてしまった、最後の義理になってしまうのかもしれないと思いながら士官学校の知人に手紙を送り少しの融通を頼み、それ以降息子とは何の連絡もせずにこの地で朽ちていた。

 

「親の因縁が子に巡る……か。」

 

 ゴップの言葉を思い出しながら奴が渡した端末の動画を開く、アンゼリカの娘と私の息子の騎士の誓約、かつて私も同じような事をし彼女の騎士となった事がある……実際にはパシリの様なものだったが。

 

「アンゼリカ……私はお前を護る事はできなかったが、せめてお前の娘を護る事が贖罪になるだろうか。」

 

 ならないだろう、それは分かっている。だが自分自身のけじめは必要だ、それが私に残された命の最後の使い道になればいい。後の世代の為の礎になれば……。

 

「さらばだアンゼリカ、私は宇宙へ上がる。お前がついぞ行くことの無かった宇宙へ。」

 

 少ない荷物を纏めると、タクシーを呼び空港へと向かう。その中にこの数年毎日見る事を欠かさなかった古い写真は含まれていなかった。

 





ジェシー君の父親、アンダーセン提督回。
オリキャラの親父のバックボーンがいるか?と言われたらあんまり必要無いのだけれど唐突に登場させるのもアレなのでこう言うお話も昔あったらしいくらいの認識で見てくれると有り難いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 第13独立部隊、始動

 ジャブローに集まってから早数週間、未だに宇宙艦隊の編成は決まっていないのか、打ち上げ準備は整っているようだが宇宙侵攻作戦の発令などは未だに出されていない。此方としては毎日ホワイトベース隊の人達と関わったり訓練したりと充実はしているのだが軍人が戦争中に充実していてもなぁ……と感じてしまっている。

 

「ジェシーさん、それでこのガンダムの動きについてなんですけど……。」

 

「あぁ、映像だけ見てるとそこまでおかしくは感じないけど実際に操縦してる人間からしたら反応が鈍く感じるんだろ?」

 

「そうなんです、贅沢と言われるかもしれませんがガンダムの反応速度に少し不満に感じる事が増えて。」

 

 今アムロと話しているのは、本来原作なら少し後に発生する筈のガンダムの反応速度に不満を感じているという内容だ。流石はアムロ……原作と違いシャアやランバ・ラルとの戦闘回数が減っている状態にも関わらず成長具合は原作とほぼ変わらないようだ。

 自慢に聞こえるかもしれないが原作とは違い俺達との関わりのおかげで原作よりリラックス出来てるのも一因かもしれない、原作だと脱走するくらいには鬱憤溜まっていたりしたし。厄介者扱いされていたホワイトベース隊を普通に受け入れてくれる年長者達がいるってのもストレスにならない要因になってるのかも、そう言った点ではマチルダ先輩もそれを狙っていたのかもしれんな。

 

「ある程度駆動系を調整すれば少しは処理速度は上がるだろうけど根本的な解決にはならないな、機体自体に何らかのアプローチを与えないと。」

 

 マグネットコーティングはまだテスト段階なんだろうか?そもそもマグネットコーティングのテストヘッドがG-3ガンダムだった気がするが……それにブルーもマグネットコーティングが使用されていた筈だけど……んんん……仕様書をちゃんと見てないから思い出せん……。

 

「ジェシーさん?すいません考え込ませてるみたいで。」

 

「ん?あぁ良いんだよ、ちょっと俺の不勉強さを思い知っただけだ。」

 

 ブルーのデータは基本的に機密性が高そうだしデータベースから仕様を調べるのは無理だろうから普通にメカニックに聞いた方が良いな、クロエ曹長は何処だろう。そう考えながらアムロを連れて整備ハンガーへと向かうも……。

 

「クロエ曹長ですか?最近こちらでは見かけていませんが。」

 

「えぇ?3度の飯よりMSの整備が好きそうなのに?」

 

「クロエ曹長に失礼ですよジェシーさん。」

 

 うーむ……いないなら仕方ない、普通に此処にいるメカニックから知っているか聞いてみよう。

 

「すいません整備士さん、マグネットコーティングって知ってますか?」

 

「マグネットコーティング?あー……どっかで聞いた事のある単語だけど思い出せんなぁ、開発室の連中なら何か知ってるんじゃないかな?」

 

 MS開発室か、確かにメカニックよりもそっちの方が情報持ってるのは当たり前だよな。メカニックの方も単語自体には聞き覚えあるみたいだし何とかなりそうだ。

 

「マグネットコーティングって何なんですか?」

 

「簡単に言えば関節部を磁力でコーティングして摩擦を減らす事で運動性をあげる技術だよ。開発段階か完成してるかは分からんけど。」

 

「そんな話を何処から仕入れて来るんですかジェシーさんは?」

 

 思わずギクリとしてしまう、そりゃアニメからだぜ!とは言えんし完成してるかどうかも分からん技術をなんで知ってるのかと言われても返答に詰まってしまう。

 

「ふっ、男はなアムロ。一つや二つ秘密を持ってるって事さ。」

 

 ドヤ顔でキメているが実際はただのハッタリである。問題なくMS開発室に到着した俺達は手の空いていた研究者に話しかけたのだが……。

 

「一パイロットを相手にしている暇は無い、他を当たれ。」

 

 話しかける研究者が態度の差はあれど殆どこんな感じで無碍に扱ってくる。確かに1人2人のパイロットにかまけている暇は無いとは思うが……。

 

「おい、アンタら。いつまでも其処にいたら邪魔だ。こっちに来い。」

 

 1人の研究者がそうやって外へ手招きする、収穫も無さそうなので大人しく着いていく事にした。

 

「悪いな、みんな悪気はないんだがお前らゴップ閥と旧レビル閥の部隊だろ?此処でお前らに何か加担したのが上にバレるとあんまりよろしくないのさ。」

 

 ハァ……と溜息を吐く、ここはジャブローだし色んな所で策謀の目が光ってる事を今更自覚した。そりゃ余計な揉め事に巻き込まれたく無いんだろうが……。

 

「行こうかアムロ、ガンダムについては俺から何とかならないかアーニャやクロエ曹長に打診してみるよ。」

 

「すみません、僕の我儘でご迷惑をおかけして。」

 

「何言ってんだ、こんな時くらい先輩面させてくれよ。それにパイロットが機体に不満があるなんて本来はあってはいけない事だからな、命に直結する要素だし。」

 

 とは言ってもまだニュータイプとして完全覚醒してない筈なので手遅れになる程の追従性にはまだならないと思いたい。少しは猶予があるたろうからその間に何とかマグネットコーティングを済ませてやりたいけど。

 しかしジャブロー内じゃあんまり期待できそうにないし原作通りサイド6辺りでやってもらうしかないのか?

 

「サイド6か……いつになったら宇宙侵攻は開始するんだ?」

 

 艦隊編成や人員物資の配置などで時間がかかるのは分かるが時間を与えると言うのはジオンもそれだけ軍備を整える時間が発生するのと同じ意味だ、下手をすれば原作離れした超兵器も出てきてもおかしくはない。

 なんたって地上戦の早期終結で地上用機の生産数は減っている、ジオン水泳部も必死こいて制海権握る必要性が無くなったので大量に生産していない筈だ。それらのおかげで宇宙に割くリソースが増えたのとオデッサから得た資源で原作以上に宇宙戦は難儀しそうではある。下手すれば熟練兵のリックドムやゲルググの慣熟が済んでるなんて事もあり得なくはないし……。

 そう考え込んでいると慌てた様子でジュネット中尉が走り込んできた。

 

「やっと見つけたぞアンダーセン中尉にレイ少尉!」

 

「どうしたんですジュネット中尉?そんな慌てて。」

 

「1400に宇宙艦隊編成の通知が行われる、中佐から急いで君達を探してくれと頼まれたんだ。レイ少尉はホワイトベースに戻ってくれとの事だ。」

 

「了解です!」

 

 まさか思ってたらホントに宇宙侵攻が整っていたとは、とは言えやっと決まったんだ、後は命令に従い戦うだけだな。

 そして第774独立機械化混成部隊に割り当てられている部屋に到着する、既にみんな揃っているようだ。

 

「やっと来ましたねジェシー。」

 

「すまない、ちょっとアムロの事で開発室に行ってたんだ。収穫は無かったけど……。」

 

「その件は後で確認します。数刻後に宇宙艦隊の割り振りが決まる訳ですが、私に事前に叔父様から連絡がありました。」

 

「ゴップ将軍から?」

 

「はい、我々第774独立機械化混成部隊はこの日を以て解散し、新たな独立部隊として行動せよとの事で今回の宇宙艦隊には組み込まれないとの事です。」

 

 独立部隊?つまり原作のホワイトベース隊と同じ様に独自で動けって事か?

 

「我々は今後第13独立部隊としてホワイトベース隊と共に行動、その援護として行動する事に決まりました。ホワイトベース隊は東南アジア、そしてオデッサでの黒い三連星撃破と並々ならぬ戦果を挙げておりジオン公国内でも彼らを危険視する動きがあるようです。その為彼らを囮として本命である第一艦隊らが向かうルナツー方面とは逆のサイド6方面へ移動しジオンを牽制する形を取ります。」

 

 つまり原作のホワイトベースの進路に乗っかる形で俺たちは行動を共にするって事か、と言うか俺達が第13独立部隊入りとかガンダムファンなら胸が熱くなる展開だろ……!

 

「よっし!特殊部隊とは言わんが敵を引きつけるのは重要な役割だよな、それで俺達もホワイトベースに乗って行動する感じなのか?」

 

 ホワイトベースの搭載数ならまだ余裕がある筈だ、これでホワイトベースに乗り込めれば連邦好きなら死んでもいいレベルの僥倖だろう。いやまぁ実際に死ぬのは嫌だが。

 

「いいえ、あくまで我々はホワイトベースの援護という形で動きます。なので彼らとは別の艦艇を使用し随伴します。」

 

 むぅ、ホワイトベースには乗れないのか……ちょっと残念だ。

 

「じゃあサラミス辺りで追従するのか?」

 

「サラミスではホワイトベースの速さについていけませんから改マゼラン級を与えて貰いました。MS搭載数も4機と今の私達の使用している数と合いますしホワイトベースの航行速度にもなんとか対応できます。」

 

 MS4機……ジュネット中尉の方を見るととても残念そうな顔で「コア・イージーは宇宙では飛べない……。」と小声で呟いていた。可哀想に……。

 

「しかし船の乗組員はどうするんだ?艦長だって必要だしアーニャがやるのか?」

 

「いえ、私はあくまでMS隊の隊長ですから艦隊運用までは出来ません。ですので叔父様が人を寄越すと言ってくれたのですが。」

 

 流石は連邦軍大将だ、艦一隻と乗組員を簡単に手配してくれるとは。そう思っているとアーニャの端末に連絡が入る。

 

「はい、はい……了解しました。……どうやらもうすぐ艦長となるお方が此方に見えるそうです。」

 

 艦長か……誰なんだろう。シナプス大佐だったりヘンケン艦長だったりするとガンダム好きなら燃えるんだけどそこまで期待するのは無理があるか。とその時だ、部屋のインターホンが鳴る。

 

「お見えになったみたいですね。どうぞ、お入りください。」

 

 ワクワクしながら我らが艦長となる人の顔を見る、パッと見て全く知らない人だと思った……その瞬間だった。俺の脳内に強烈なフラッシュバック、ジェシー・アンダーセン本人だった男の記憶が俺の中に駆け巡ると同時に、俺は目の前の男に無意識に飛び掛かっていた。

 

「テメェ!なんで此処に!なんで此処にいるんだ!」

 

「ジェシー!?やめなさい!何をしているんですか!」

 

 アーニャの声すら耳に届かず頭の中が怒りに染まる、ジェシー本人の記憶が今までにないくらい強く混ざり目の前の男を強く許せないでいる。

 

「シショー!?なにやってるんだい!?やめなよ!」

 

「アンダーセン中尉!やめるんだ!……あっ!貴方は……アンダーセン提督……!?」

 

 俺を引き離したジュネット中尉に驚きの声と共に場は一層静まり返る、止められはしたが未だに頭に血が上り俺は冷静になれないでいた。

 

「お初にお目にかかりますエルデヴァッサー中佐、私はダニエル・D・アンダーセン。ゴップ将軍の推薦によりこの度第13独立部隊の改マゼラン級の艦長を任命され参上致しました。」

 

 飛びつかれた事がまるで無かったかのような綺麗な敬礼を返す老練な男の姿に部隊の面々もまた返礼を返していた。

 

「貴方はジェシーの……?」

 

「はい、父親であります。」

 

「やめろ!コイツは父親なんかじゃない!今更父親みたいな面しても俺はーーーッ!」

 

 不意に顔を叩かれる、一瞬何が起きたのか理解出来なかった。

 

「ジェシー・アンダーセン『中尉』、上官である私やエルデヴァッサー中佐の前で無礼が過ぎるぞ。」

 

「ッ!」

 

 また頭に血が上ったが、言っていることは間違ってはいない……。だがこの感情が整理できずに冷静にはなりきれなかった、父親らしい事を今までしてこなかったくせに……と。

 

「アンダーセン提督、お久しぶりであります。」

 

「ジュネット君か、元気そうで何よりだ。」

 

「提督は現役復帰なされたのですか?」

 

「いや、私は予備役招集の形での現役復帰になる。その為階級は当時の少将のままだが実際は飾りのようなものだ。部隊の指揮権限はエルデヴァッサー中佐が最高位のまま、私はあくまで艦長としてエルデヴァッサー中佐の補佐に回る様な形となる。よろしくお願いしますエルデヴァッサー中佐。」

 

「い、いえ!こちらこそよろしくお願いします!」

 

 深々と頭を下げるアーニャを見つめる父親の視線が何処か哀愁漂ったものを感じた、アーニャを通してまるで別の誰かをみているような。

 

「……アンダーセン提督殿は宇宙戦の経験はない様に思いましたが、ミノフスキー粒子下の戦闘もです。」

 

 皮肉を込めてそう発言する、だが間違ってはいない。連邦海軍として地上の海でしか経験の無い艦長が宇宙戦で通用するのか、それは疑問だ。

 

「ジェシー中尉の言うことは間違いない。だが事前にゴップ将軍に開戦から今までの宇宙艦隊の戦闘データ、それにMSの戦闘データを頂いたので独自に学習させて貰った。此処に来る前に現役の艦長とのシミュレーションを行なったが問題無しと判子を押されたよ。」

 

「ジェシー、お父様との仲がよろしく無いのは分かりましたが軍の命令による正式な配属なのです。能力がない方を呼ぶ程軍は愚かではありません、貴方も分かるでしょう。」

 

「あぁ……分かってる……分かっていますよ中佐殿……。悪い、少し一人にさせてくれ。」

 

 そう言うと俺は頭を冷やすために部屋を出る、こんな状況では頭に入るものも入らない。

 

 

ーーー

 

「申し訳ありません、いきなりお恥ずかしい所をお見せしてしまいました。」

 

 そう言うとアンダーセン提督は深く頭を下げて私に詫びた。

 

「何か過去にあったのですか?ジェシーがあのように我を忘れる姿は初めて見ました。」

 

 戦闘時以外は喜怒哀楽の怒は全く見せないジェシーがあれほどの怒りを露わにしたのだ、あまり聞くべきではないことだが気になってしまう。

 

「私は軍を退いた後、妻と息子を捨て一人遠くの地で暮らしていました。その時に妻の死に目にすら会わずにいた事で息子は強く私を恨んだのでしょう。先程はああ言いましたが息子が私を許せないのは当然の事です。軍人としてはともかく、父親としては最低な部類の男ですから。」

 

 その瞳には暗く沈んだ悲哀を感じた、これほどしっかりとした軍人でいらっしゃるのにそんな事があったなんて……。

 

「ヴァイスリッターのこと、中尉に言いそびれちゃいましたね。」

 

 クロエ曹長の言葉に少しの溜息をつく、本来ならこの後ヴァイスリッターが宇宙でも使える様改造中だと報告してジェシーを喜ばせようと思ったのだけど。

 

「ジェシーの事は気にしていても仕方ありません、アンダーセン提督との事は今後の活動に影響が出ない限りは今回は不問にしておきますが釘は刺しておきます、私達は戦争をしていて生きるか死ぬかの駆け引きをしている中で個人的な確執に時間を割く訳にはいきませんから。」

 

 出来れば仲直りをして欲しいけれど中々に難しそうだ、せめて戦闘に影響がない事を祈るしかないけれど。

 

「本当に申し訳ないエルデヴァッサー中佐、本来なら親である私が何とかするべきなのだが……。」

 

「……お互い生きてさえいればいつかはちゃんと分かり合えますよ、私はもう父と母とも分かり合うことは出来ませんから。」

 

「……。」

 

 アンダーセン提督は軍帽を強く下げ、再度頭を下げた。

 

「取り敢えずは以上で報告を終了します、艦の配備やMSの搭載など打ち上げに向けた準備に各々取り掛かる様お願いします。」

 

『了解!』

 

 一応の報告を終え、部屋を後にした私はジェシーを探す。色々と言いたいこともあるし、このままの状態で宇宙に上がっても良いことは無いはずだから。

 

 

ーーー

 

 リラクゼーションルームでグリーンティーを飲み干す、かつて日本人であった事を深く思い出させる味で自分の中にあるジェシー・アンダーセン本人の記憶を少しでも薄くしようとしたがあんまり効果は無かった。

 自分勝手な理由で軍を辞め、母と自分を捨てて遠い地に逃げて母親は苦労から死んでしまったのに奴はそれも知らずにのんびりと過ごしていたのだと怒りと悲しみが入り混じってこれが自分の感情なのかそうでないのか頭がおかしくなりそうだった。

 

「ジェシー、探しましたよ。」

 

「アーニャ……。さっきは悪かった。」

 

「謝っても許しません、私は今凄く怒ってますからね。」

 

 確かに怒ってる、顔には出ていないがオーラを幻視するくらい強い気を発してるのが今までの付き合いから感じ取れた。

 

「貴方のお父様との不仲な理由は先程本人から聞きました。貴方があれだけ怒るのも分かります、でも此処は軍で貴方は上官に向かって失礼な事をしたのです、分かりますよね。」

 

「あぁ、分かるよ……。でもあの時はーーーいや言い訳にしかならないな。」

 

 普通なら尉官が予備役とは言え将官に暴力を振るおうとするのは重罰物だ、そこに親子だからとかの理由は関係ない。

 

「今回は私の方から不問にさせてもらいました。でも今後同じような事があれば私は貴方を許しませんよジェシー。」

 

「分かってる、お前の名誉を傷つけないって約束したからな。」

 

「それ以上に、それ以上にですよジェシー。お父様は生きていらっしゃるんですから仲直りは出来るはずです。」

 

 あぁ……この子は本当に優しいんだな、とそう感じた。自分はもう親と何も話す事は出来ないんだからと生きてさえいれば分かり合える筈だと気を遣って……。

 

「ありがとう……お前には迷惑を掛けっぱなしだな。」

 

「全くもってその通りです、貴方は私の騎士の筈なのに主である私がどれだけ苦労していることか……。」

 

「……本当にすまない。」

 

 ジャパニーズドゲザで詫びを入れた方が良いかもしれん、ララサーバル軍曹なら感激してくれるだろうが。

 

「もうっ、ヴァイスリッターだってわざわざ改造して宇宙仕様にしてあげるんですから絶対に次からは問題起こさないようにしてくださいね。」

 

「分かってる、分かってるよーーーって、え?改造?」

 

 今改造って言った?宇宙仕様って単語が聞こえたけど?

 

「はい、私の持てるコネクションを利用して公私混同の宇宙仕様に改造中です。ヴァイスリッターは今後運用データ収集用MSから兵装試験用MSへと生まれ変わるんです。」

 

 ヴァイスリッター……俺の機体……俺の愛機……宇宙で戦える……!?

 

「ありがとうアーニャ!愛してる!」

 

 思わずアーニャに抱きつく、親父との不仲を吹き飛ばすくらいの感動を与えてくれた、ジェシー本人は多分何吹き飛ばしてんだ!もっと怒れよ!と思ってるだろうけど。

 

「ひゃっ……!あ、愛してるなんてバカ言わないでください!」

 

 顔を真っ赤にしながら引き離しにかかるアーニャを無視して頭をわしゃわしゃと撫でまくる。可愛い奴め!と遊んでいるとハリセンが頭をパシーんと打ちつける。

 

「シショー、それは絵面が犯罪だから流石にやめましょう!」

 

 あ、はい。と言うかそのハリセンどっから持ってきたの?と言うかグリムもいるけど君らいつから見てたの?

 

「相変わらず仲がよろしくて何よりです、心配して損しましたよ中尉!」

 

「いや、まぁ……すまんなグリム。」

 

 潔く謝る、完全に非はこっちにあるし……。

 そうやって仲間と談笑し次第に先程までの怒りの熱が引いていくのを感じる、やはり仲間という存在は俺にとって大切なものなのだ。

 

 

 

「良い仲間に恵まれたな……ジェシー。」

 

 その光景を遠くから見つめる父親の姿にジェシーは気づく事はなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 運命の出会い

「ジャジャーン!これよりヴァイスリッター改のお披露目披露に入りまーす!」

 

「おー!」

 

 整備ハンガーに響く声は俺とクロエ曹長の2人のみ、他のメンバーは宇宙に上がるための準備で忙しいのでこんな茶番には付き合っていられないらしい。茶番じゃないのに……。

 

「まずはその姿から!生まれ変わった我が子をじっくりとご拝見ください!」

 

 被っていたシートを機械で引き剥がすと、そこには見た目が最初とは似つかなくなったヴァイスリッターの姿があった。

 

「え?なんか想像してたのと違う。」

 

 普通に気密性の向上とかパーツ変更くらいで終わってるもんだと思ってたら何か少しゴツくなってる愛機がいた、頭部も変わってるしこれ魔改造では?

 

「はい!と言うわけでこれが新ヴァイスリッターでありまーす!まず頭部から、ブレードアンテナだった当初から変更しツインアンテナに変わりました、ガンダムみたいなタイプのやつですね。これで通信能力の向上を達成、今までより各種センサーの感度も上がってますよ。」

 

 へぇ……確かにガンダムタイプについてるアンテナだ。ただ顔のフォルムはガンダムにもジムにも似付かないどちらかと言えばバーザム辺りに似た鋭角の多い物となっていた。

 

「キャリフォルニアベースから提供されたジオニック、ツィマッドなどのMSのデータを基に独自のアレンジで頭部を変更しました。カメラアイはジム系のゴーグル仕様ですけど中にサブセンサーが数基設置されていて射撃時の補正や視野角が少しマシになりましたね。」

 

 ふむふむガンダムやらジムやらジオンやら色々なとこから良い所を抜き取ったような感じか。

 

「続いては胴体部!前面のスラスター二基はそのままに背部はメガセリオンのバックパックを使用する為共通の物に変更してあります。メガセリオンは今後宇宙戦闘用に背面に大型のバックパックであるエーギルユニットと呼ばれるブースターユニットを使用した物を使用するのでヴァイスリッターもそれが利用できるように背面のスラスター二基は排除してあります。」

 

 エーギル……海の神だったか?宇宙と言う大海を制す為のユニットって事かな?洒落が効いているな。

 

「それでですね!更にヴァイスリッターには独自にサブアームを二基使用してあるんですよ!これにシールドを装備させる事で防御力の増加だったりバズーカなどの火器を携行させたりする事で継戦能力の向上とかを狙えます!」

 

 サブアーム……サンダーボルトで出てきたシールド2枚や4枚装備みたいなやつか、しかし疑問に思う事が一つ浮かぶ。

 

「これだけ重量増加させたり大型のバックパックを積むって今迄のヴァイスリッターのジェネレーター出力からじゃ難しくないか?」

 

「そこ!そこなんです!ほんっっとに中尉は中佐に感謝した方が良いですよ、ガンダムの出力ほど高くはありませんが高品質のジェネレーターを使用した事でジムやメガセリオンよりも高い出力が出せるので問題ありません。」

 

 これだけ念を押すって事は結構な予算が掛かったっぽいな……感謝しても仕切れないぜホントに……。

 

「次は腕部ですね、此方は関節部を共通規格化させて破損時や交換時にスムーズにメガセリオンやジムの物と交換出来る様にしてあります。目新しい新機能はありませんね。」

 

 アレックスみたくいきなり腕部からガトリングが生えたりとかはしないみたいだな。まぁあっちもこっちも新要素盛りだくさんとなっても対応しきれないしメンテナンス性が高いのはグッドだろう。

 

「次が脚部ですね、一応脚部バーニアも設置したりと姿勢制御と加速性能を上げています。全部でこれくらいかなぁ。」

 

「本当に感謝してるよクロエ曹長、俺の我儘の為にヴァイスリッターの改造までしてくれてたなんて……。」

 

「中米基地で暇してたGOP計画の開発陣さんと共同作業で造ったので彼方にも感謝してあげてくださいね。それにエルデヴァッサー中佐にも、あの人が色々と手を回してくれたおかげで此処まで出来たんですから。」

 

「あぁ、分かってるよ。」

 

 こんなにも俺の為にやってくれているのだ、クソ親父との確執はあるがそれの為にアーニャをやってくれた事を無碍にする訳にはいかない。

 

「さて、じゃあまずはこのヴァイスリッター改をマゼランに搭載するのがこいつの初仕事だな。」

 

 既に他の機体はマゼランに搭乗済みだ、後はヴァイスリッターを載せればMSは準備万全になる。

 宇宙……宇宙か……。

 

「シミュレーションでは何回か体験したけど俺……初めての宇宙空間なんだよな……。」

 

「あれ?中尉って宇宙勤務とかの経験ないんですか?士官学校とかで訓練とかは?」

 

「いや、俺は連邦空軍の士官学校だったから基本的に戦闘機関連の訓練だったり地上戦の学科とかばかりだったな。宇宙戦についてはそもそもこのジオンの開戦までは殆ど行われてなかったし基本的な事を学科で学んだくらいだな。」

 

「へぇー。なら宇宙の経験があるのは私とグリムくんくらいですか?ジュネット中尉もララサーバル軍曹も地上生まれ地上育ちですし。」

 

「ん?クロエ曹長とグリムは宇宙にいたのか?」

 

 そう言えば部隊の面々のプライベートな所は全然知らないな、この戦争が始まる前はみんなどんな暮らしをしていたのだろうか。

 

「私、サイド5で暮らしてたんですよ戦争が始まる前までは。ルウムでの戦いで私のいたコロニーは人が暮らせるような所じゃなくなったし家族もみんな死んじゃいましたから生きる為に連邦軍に志願したんです、幸い実家はエレカの整備屋でしたから多少の整備の心得があったのが幸いしてMS用の整備士として新規に雇ってもらえたんです。」

 

「……ごめん、余計な事聞いた。」

 

「良いんです、散々泣いたし何時迄も悲しんでても家族は帰って来ませんから。それに中佐を始め部隊のみんなが今は家族みたいなものですからね。」

 

「俺は頼れる兄貴くらいの立ち位置かな?」

 

「手のかかるダメな弟くらいでは?」

 

「えぇ……。」

 

「ほら、さっさと積み込み急いでくださいね。ただでさえ準備で手間取ってるんですから。」

 

 それもそうだ、俺は新しいヴァイスリッターに乗り込むと機体を起動させる。モニターのパラメータも各種計器も異常無し……まぁ問題があったらおかしいのだけど。

 ゆっくりと動かし操縦性の確認、大きく変わってはいるが動かす分には前のと変わりなく動かせている、OSの調整のおかげだろうか。

 

「よし、このままマゼランまで持っていくぞ。」

 

「あの白いマゼランがそうです、目前まで行ったら下部から積み込むので積み込み用のハンガーに止めてください。」

 

 そうだった、ビンソン計画でMS搭載機能を追加したとは言え、まさに取って付けたような物でしかないからまともにMSを載せるようにはなってないんだな。

 俺はヴァイスリッターをハンガーに載せると機体から降りる、そこには既に機体の積み込みを終えたララサーバル軍曹とグリムがいた。

 

「へぇ〜、ヴァイスリッターもだいぶ様変わりしたねぇ。」

 

「改造というか此処までくると新しい機体に見えますね、中尉だけズルイですよ。」

 

「グリムも宇宙に出て鬼神みたいな活躍したら上層部から新型貰えるかもしれないぞ。頑張るんだな。」

 

 ふふんとドヤ顔を決めてみせる。

 

「その言い方だとまるでシショーは縦横無尽の活躍をしたように聞こえるけどねぇ?」

 

「うっ……。」

 

 痛いところを突いてくるな、そう思っているとヨロヨロと頭を抱えながら歩いてくるアーニャの姿が見えた。

 

「おい!どうしたんだよアーニャ!?顔色が凄い悪いぞ!?」

 

 貧血か!?病気か!?ドクターを呼んだ方がいいのか!?!?混乱しているとアーニャは大きくため息を吐いて喋り出す。

 

「体調は問題ありません……ただ、ただ……かなり面倒な事になってしまいました……。」

 

「なんだ?何があったんだ?」

 

 アーニャは相変わらず大きく溜息を吐いて随分と頭を抱え込んでいる、先程まで上層部から呼び出されていたのでそれが関係しているのだろうか?

 

「あら、エルデヴァッサー中佐。お身体は大丈夫なのかしら?」

 

 ふと見知らぬ声に振り向くと、そこには南アジア系の女性。額にはヒンドゥー教の人とかがしている赤い印を付けている。

 

「身体は大丈夫みたいなんだけど何か凄い困憊していて……大丈夫かアーニャ?」

 

 こんな見知らぬ人にまで心配されているのだ、いつもと比べてかなりの事があったのでは無いのか……。ん?そう言えばさっき人どっかで……?

 

「どうしたララァ。……おや?エルデヴァッサー中佐どこか身体の調子が悪いのではないか?」

 

「あぁキャスバル総帥、さっきからアーニャがずっとこんな状態で……?」

 

 ん?

 

「そうなのか……。ララァ、君なら何か感じ取れるのではないか?」

 

「流石に私も人の心までは分かりませんわ総帥。でもかなりの心労を抱え込んでいるよう見えます。」

 

「ってええええええええええええええええええ!」

 

 突然の俺の絶叫に周りにいた全員が驚く、そして何事かと寄って来た人達もまた驚く。なんで此処にネオ・ジオンのキャスバルがいるんだよ!?

 

「キャスバル!?キャスバル総帥!?」

 

「あぁ、おや?君はアンダーセン中尉ではないか、北米の会談の時以来だな。」

 

「それにララァ!?ララァ・スン!?ララァナンデ!?」

 

「あら?自己紹介しましたかしら?」

 

 何となく……何となくだがアーニャがこんなに困憊している原因が分かった、絶対この2人が関係している!

 

「アーニャ!ヨロヨロしてる場合じゃないぞ……なんなんだこれ……!」

 

「はぁ……ジェシー……大問題発生です……。」

 

 既にもう大問題なのだがこれ以上に何か凄い事があるのだろうか。

 

「本日よりネオ・ジオンのキャスバル総帥とその秘書であるララァ・スンさんが第13独立部隊と行動を共にしジオン公国と共に戦う事になりました。」

 

 俺はヨロヨロと頭を抱えこむ、奇しくも先程までのアーニャと全く同じポーズだった。そりゃこんな事を上から通達されたらこうなるわな。

 

「本来であればネオ・ジオンの方で宇宙用の艦艇を用意して連邦軍主力艦隊に加わるべきなのだがな、聞けば木馬……いやホワイトベースは主力艦隊とは別行動で公国を陽動すると聞いてな。幾ら木馬や君達と言えど陽動させる為の餌としては食いつき具合は微妙な物になるだろう。私もそれに加われば嫌でも連中は食いついてくると思ってな。」

 

 そりゃキャスバルが乗ってる艦なら敵もコイツらが本命だ!ってなるだろうけどかなりリスキーだろ……。

 

「確かに総帥が加われば敵は此方に食いつくでしょうけど、貴方にもしもの事があったらネオ・ジオンはどうするんですか!?代表がいなくなった組織はすぐ瓦解しちゃうでしょう!?」

 

「その点については最初からネオ・ジオンはガルマらの主導で動く事になっているから安心したまえ。私はあくまでダイクン派を引き寄せたりダイクンの名を継ぐ者としての看板……いわば客寄せパンダのようなものだ、ガルマの方がしっかりと未来を見据えているのでな。」

 

「まぁ、客寄せパンダなんてお可愛い総帥ですわね。」

 

 クスクスと笑うララァ、笑ってる場合ではないのだが……。

 

「そうは言っても貴方はそんな客寄せパンダで終わる人間じゃないんですから……そういえばその女性は?」

 

「あぁ、彼女はララァ。先程君はフルネームで呼んでいたから既に知っているものだと思っていたが?」

 

 あぁそりゃ知ってるけど、知ってるけどそれはガンダム好きだから知ってるだけで何でこのタイミングでララァがシャアといるのとかは全く分からないんだけど……!?てっきりフラナガン機関にいると思い込んでたけどそう言えばララァはシャアが拾ったって設定が原作でもオリジンでもあったな諸説は色々あるらしいけど。なら此処にいてもおかしくはない……?いやジャブローにこの二人がいる時点で何もかもがおかしいけど。

 

「貴方面白い人ね、他の人とは違う魂の色をしてるわ。まるで別々の色が混ざったかのような。」

 

 まるで心の中を透かしているかの様に見つめてくるララァ、心の中が見られているのかもしれないと思ったら少しビビる。

 

「ジェシーさぁ〜ん!凄い大声が聞こえましたけど何……が……!」

 

 駆けつけて来たのはアムロだ、俺の大声を聞いて心配してくれたようだが目前のキャスバルとララァを見て大きく沈黙する。

 

「あ……!」

 

「君は……どこかで……。」

 

「総帥……この子……。」

 

 三人は一斉に沈黙する、その間数秒だけの筈だがまるで長く刻が止まったかの様に見えた。

 

「シャア……いえ……キャスバル・レム・ダイクンさん……?」

 

「……そうか、君はガンダムのパイロットなのだな。」

 

 そこには敵意とはまた別の……色々な思いが混ざり合っているのだろう、二人とも困惑している。お互い完全に覚醒してないとはいえニュータイプ同士の共感みたいなのが発生しているんだろうか?

 

「エルデヴァッサー中佐、打ち上げについての相談が。……!」

 

 アムロの次はブライトさんだ、またキャスバル見て驚いてるよ。そりゃホワイトベース隊はシャアとの因縁が宇宙だけとは言え結構あったからな……と思っているとそれとは別にまたキャスバルを見つめる女性がいた、一人はミライ・ヤシマ、どうやらブライトさんと一緒に着いてきたみたいだ。そしてもう一人……金髪の髪の綺麗な女性……。

 

「キャスバル……兄さん……?」

 

 それは耳をすませばやっと聞こえるような小さな声だった、だがそういう反応をするだろうと分かっていた俺と……そして彼の兄であるキャスバルもまた聞こえていた。

 

「アルテイシア……。」

 

 こちらもとても小さな声での呟きだった、キャスバルはともかくセイラさんはアルテイシアとしての名は隠して生きているのだ、ここで兄としての反応をしてしまえば彼女もまたダイクンの遺児とバレてしまう。

 

「ブライト艦長、報告が遅れましたが先程上層部から我々第13独立部隊にネオ・ジオンのキャスバル総帥を御同行し作戦遂行に当たれとの通達がありました。」

 

 その報告を受けブライトさんもまた俺とアーニャのようにヨロヨロとする、ストレスでやられないか不安だ……ただでさえ心労が多い人なのに。しかしよろめいたのも束の間、すぐに優れた軍人らしくすぐさま直立し敬礼をする。

 

「ホワイトベース艦長のブライト・ノア中尉であります。」

 

「ネオ・ジオン総帥、キャスバル・レム・ダイクンです。事後報告になりますが私とその秘書ララァ・スンは以後ホワイトベースと共に行動することになります。詳しい話はまた後ほどするとしてそちらの二人は?」

 

「こちらはホワイトベース操舵手のミライ・ヤシマ少尉、そして通信手のセイラ・マス曹長であります。」

 

 紹介されると同時に綺麗に敬礼をする二人。セイラさんの方は少し戸惑っているようだが。

 

「そうでしたか、先程エルデヴァッサー中佐が申し上げたように本日からホワイトベースと共に行動させていただきます。以後お見知りおきを。」

 

「え、えぇ。こちらこそ宜しくお願いします。」

 

 しかしキャスバルを同行させるとは上の連中も大胆な行動をする……そう言えば北米の会談の時もガルマやランバ・ラルらは色々とやらせる事があるみたいな事を話していた時にキャスバルだけ何も言ってなかったな。最初からこうするつもりだったのか……。あと疑問に思う事が一つ。

 

「まさかとは思いますが総帥、MSに乗って戦うとか言うおつもりでは無いでしょうね?」

 

「そのまさかだが?」

 

 コイツ……政治家よりパイロットの方が向いてると自覚しているのと実際その通りだから仕方ないとはいえ……総帥が呑気に前線で戦うつもりなのか。

 

「君の心配も分かるがねアンダーセン中尉。しかし私が前線で戦うのは一つの策としても充分役立つ事なのだよ。」

 

「赤い彗星の異名と畏怖、そしてキャスバル・レム・ダイクンとしてダイクンの意志を継ぐ者に弓を引くという心理的な駆け引き。それを狙っているのでしょうキャスバル総帥?」

 

「その通りだエルデヴァッサー中佐、主力艦隊の方にもネオ・ジオンの兵を配置しているがそちらの方面でも同じ様に心理戦になる場面もあるだろう。」

 

 成る程、単純に戦いたいだけでなくそう言った狙いもあるのか。ジオンも未だに隠れているとは言えダイクン派だった者は多い、上手くいけばそれらの派閥の寝返りも狙えるだろうしジオン本土でもダイクン派が動きやすくなるかもしれんな。そう考えると別に悪い案でもないのかこれは。

 

「アムロ君や他のパイロット達とはかつて一戦を交えているから不満だとは思うがよろしく頼む。」

 

「……は、はい。」

 

 困惑しているアムロ、まぁ昨日の敵は今日の友と急に言われても戸惑うしかないよな、と言うかアムロはともかくカイなんかは大丈夫なのか?ジオン憎しとなっている所にシャアだった人が今日からよろしく!と言って来たら俺だったら殴りかねないが。

 

 

ーーー

 

「別に?良いんじゃないの。」

 

 あれから色々ありながらもやっと一息をついた所でカイと話す機会があったのでキャスバルの事を報告したら少し驚く返答が返って来た。

 

「良いのか?分かれたとは言え元はジオン公国の人間なんだぞ?」

 

 煽る訳ではないが本音を聞いておかないと後々厄介な事になる可能性もある、キャスバル本人は俺もそこまで好きじゃないが今後の宇宙世紀の事を考えると真面目路線で動いてくれるならキャスバルほど優れた人間は早々いないので出来るだけ生きていては欲しいし。

 

「そりゃジオンは嫌いだけどね、結局は上層部の命令なわけでしょ?俺たちみたいなペーペーが反対したって無意味でしょうし?それにシャアがいた方がジオンの連中はこっちを狙いに来る訳だろ?」

 

 成る程、つまりキャスバルを餌にノコノコ寄って来たジオン兵をぶっ叩く算段か。カイらしいと言えばカイらしい。ただ臆病なくらいが丁度いいと言っていたカイとしては好戦的な傾向にあるのが心配だが。

 

「あまり無茶はするなよカイ。敵もキャスバルがいると分かればそれなりのパイロットを出す筈だ、幾らガンダムと言っても油断はできないぞ。」

 

「わかってるよジェシーさん、俺だって早々死にたくはないしアムロやハヤトに援護して貰いながら一人でも多くジオン野郎をぶっ潰すだけさ。」

 

 それなら良いのだが……、しかし本来ならアムロにシャア、そしてララァと言った優れたニュータイプがいると言うのは普通に考えればヌルゲーになると思うのが普通なのだが俺には何かそれ以上の跳ね返りがあるのでは無いかそれだけが心配だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 宇宙(そら)へ

 キャスバル乱入というトンデモアクシデントはあったものの、打ち上げ作業の殆どが終了しあとは宇宙へ上がるのみとなった。

 俺達第13独立部隊のメンバーは一度会議室へ集まり今後の段取りを再確認することになった。

 

「それでは、これより我々第13独立部隊が今後取る行動についての再確認を行います。……私が進行役で構わないのでしょうか?」

 

 不安がるブライトさん、階級的には飾りとは言え将校であるクソ親父やアーニャがいるので確かにそう思うのは仕方ないか。でも俺としてはブライトさんがブリーフィングするのは凄い感動するので目に焼き付けておきたい所。

 

「問題ありませんよブライト艦長、キャスバル総帥を除けばこの中で最も宇宙戦の経験のある艦長は貴方しかいないのですから。」

 

 アーニャのフォローにうんうんと頷く、今更ながら俺達旧774部隊の面々はシミュレーションくらいでしか宇宙戦を経験してないし足手まといにならないか不安だな。

 

「ありがとうございますエルデヴァッサー中佐、それでは我々第13独立部隊は宇宙に到達後、主力であるティアンム大将ら第一艦隊が向かうルナツー方面でなく、逆方向であるサイド6へ一度向かいます。」

 

 原作と同じく本命が狙われない為の囮として動く訳だ。事前にジオン公国にはホワイトベースにキャスバルがいるという情報がメディアの報道やスパイによる情報拡散で確実に周知されている、公国軍がこれに乗るかどうかは宇宙に上がらないと分からないが普通ならこれだけ餌をぶら下げているのだから釣られてくれないと困る。

 

「その後サイド6にて補給を終えてから我々は連邦軍主力艦隊と共にソロモン攻略作戦に従事、そしてソロモン突破後にア・バオア・クーの攻略に移ります。此処までで何か質問があればどうぞ。」

 

 作戦内容自体は原作通りだからそこ迄気にはならないが原作とは既に異なる未来を歩んでいる世界だ、色々と違ったところもあるかもしれない。一応手を挙げてみる。

 

「アンダーセン中尉、なんでしょうか?」

 

「想定される公国軍のMSとの戦闘ですがネオ・ジオンの方ではどんなMSが出撃してくると考えられているのか聞いておきたいですね。」

 

 気になる点その一、異なる未来だからこそ出てくるMSも何か変わっている可能性がある。つい先日までは公国軍だったネオ・ジオンにもそれなりに宇宙用MSの情報はあっただろう。それを確認しておきたい。

 

「それではブライト艦長に代わって私が説明するとしよう。基本的には地上と同じくザク、そして宇宙用に改装されたドムが主戦力になるでしょう、しかし既にご存知の通りザクにも複数のバリエーションがあり高機動型や、公国軍MS開発の主力である三メーカーの規格共通化、所謂統合整備計画後に開発された後期型のザクなどが現在の主力となっていて、これらは普段ザクと関わることのない連邦軍にとっては目視では見分けが付かないものとなっているので、交戦してから性能差を判別するしかないと言ったアクシデントが発生する可能性が高いでしょう。」

 

 OSの性能向上で機体識別も容易になってきているが、それでも地上機のデータばかりで肝心の宇宙機についてはF型か良くてR-1型のデータがあるかどうかくらいだ。この中にまたエース向けの調整がされた機体が現れれば更に判別が難しくなる。機体性能で勝ってる所もあるが戦場に過信は禁物だ。

 キャスバルの説明が終わるとグリムが手を挙げ次の質問に移る。

 

「これは噂で聞いたことなので信憑性は高く無いのですがジオンでは超人の研究をしていて、凄い反応でビームを避けたりするパイロットがいると聞きました。これらは事実なんでしょうか?」

 

 ニュータイプ……最近は連邦軍内でも聞くことが多くなったワードだ。異常とも言える動きと反応、それに卓越したパイロット能力は脅威である。幸いシャアとララァがこちらの味方でアムロもいるので敵として出てくるニュータイプはシャリア・ブルや小説にいたクスコ・アルなどに気をつければ大丈夫か?そういえばマリオンなんかはあの後どうなっているんだろう、目覚めていればまだフラナガン機関にいるのだろうか。

 

「事実だ、実際にキシリア・ザビが主導となり噂ではサイド6の何処かに独自の研究所を作ってニュータイプと呼ばれる人間の研究をしているとの話だ。」

 

「サイド6でぇ?彼処は中立のサイドじゃないのかい!?」

 

 これに驚いたのはララサーバル軍曹、まぁ開戦当初から中立を表明しているサイドではあるけど実際はジオン寄りであったし情勢が悪くなると連邦にも施設を提供したりと俺的にはアナハイムと同レベルであまり信用がない所なんだよな彼処は。

 

「サイド6の首相であるランク・キプロードンはザビ家のテコ入れで首相になれたと言うのはジオン公国では有名な噂話だ。実際に彼はキシリアとの関係も深いと聞いている、中立を謳いながらその裏では政治的な駆け引きが行われているという事だ。」

 

「それより総帥、そのニュータイプと呼ばれる人達については詳しい事は分かりますか?」

 

 アーニャが話しの本筋を戻す、今はサイド6の事よりも此方の情報の方が重要だもんな。

 

「あまり多くの情報は私も持ち合わせてはいないがフラナガン機関から出向してきたパイロットとは少しながらの交流があった。エルデヴァッサー中佐やアンダーセン中尉が私と戦った時に一緒にいた灰色の機体は覚えているだろう?」

 

 その言葉に頷く俺とアーニャ、そういえばあの時のイフリートはえげつない回避を繰り返していたし、何かおぞましいオーラを感じたからやはりニュータイプだったのだろうか。あんな機体原作ではいなかったと思ったが。

 

「彼らは君達とそう変わらない年齢でMSパイロットの経験も全く無かったらしいがニュータイプとしてのセンスなのか僅かな期間でエースパイロットすら凌駕する実力を身につけていた。」

 

 此処らへんはホントに驚異的なのがニュータイプだ、原作にしろ外伝作品にしろ急に機体に乗せられたにも関わらず歴戦のパイロット達を倒して行く奴らばかりだから味方にいれば頼もしいが敵として現れたら死を覚悟するレベルだ。実際アムロとシミュレーションで戦って全敗なのだから気を抜いたら速攻でやられている可能性だってある。

 

「対策は……しようがありませんね。」

 

 何かしらの特攻手段があればともかく今の時点では気を付ける以外に対策のしようがない。そもそも戦場にいる時点で気を抜くほど馬鹿ではない、常に最善を尽くすしかないんだ。それで駄目なら死ぬだけである。

 

「しかしだ、木馬……いやホワイトベースの面々もまたジオン公国からすれば黒い三連星を倒したエースパイロットとしてニュータイプ部隊ではないかと懸念されていた。それにアムロ少尉やカイ少尉もフラナガン機関のニュータイプと同様に実戦経験も無い状態からのこの戦績だ、実際にニュータイプとしての素養は高いように思うが。」

 

「確かにキャスバル総帥の仰る通り、彼らの実力は確かに味方としても頼もしいものです。しかし敵にも同レベルの素養を持つ者がいて、尚且つそれを軍事利用すべく研究が行われていると言う点ではジオン公国の危険性の方が高いように思います。」

 

「だけど情報が無い以上はそう言った素質を持つパイロットがそれなりの性能を持ったMSで襲いかかってくる可能性があるってくらいしか対策のしようがない。これから向かう先はそういった敵がいるのを覚悟の上で戦おう。」

 

 パイロットの面々は頷く、せめて一対多数で掛かることが出来れば安全性は増すが敵もそんなヘマはしないだろう。

 

「それでは宇宙打ち上げ後の大まかなルートの説明に入ろう。」

 

 クソ親父がモニターに宙域の映像を写し出す、サイド6までの予定航路が線となり流れて行く。

 

「まず我々はサイド5、ルウム方面へ進路を取りその後サイド2を経由してサイド6へ向かう事になる。だが既に残骸と化しているコロニーが多数放置されているこの区域は敵が潜むにはうってつけの場所であり、敵の奇襲を想定して移動する事となる。」

 

「敵がいると分かっているなら回避すれば良いんじゃ無いのか?何でわざわざ壊滅したコロニー群を通って進む必要があるんだ?」

 

「我々の本来の目的は何だと思うジェシー中尉、そう陽動だ。我々はただ主力艦隊と別方向に進軍するだけの部隊ではない。敵を引きつけて目立つ必要がある。」

 

 ……成る程、つまり敵に対してわざと目立って虎の子の部隊が此処にいるぞと喧伝しろって事か。

 

「まずホワイトベースが先行して進み、我々はその後続として後方から援護に回る。ホワイトベースはその独特な外観からとても目立つから敵はまずホワイトベースを一目散に狙いに来るだろう、その時に後方から我々が打って出る事で浮き足立った所を叩くのを狙う。兵力で劣る我々はその戦力を有効に使う必要がある。」

 

「アンダーセン提督の戦法は理に適っています、私達は少ない戦力で時にはエース級の敵とも交戦する可能性を考慮しながら戦う必要がありますから卑怯と言われようと勝つことを前提に進む必要があります。」

 

 どんな手段を使っても勝つために最善の手を使うか……、と言っても此方は基本的に既存兵器を使用しての戦いだが向こうはとんな手段を用いてくるか分からない、オデッサの二の舞となるような事が無いかも心配する必要がある。そしてブリーフィングも終わりアーニャが締めに入る。

 

「作戦指示書は各々の担当毎に区分分けして配布します、それらを熟知し宇宙で不備のないようにお願いします。出港は明後日の1100を予定しています。それまで各員最後の休暇を楽しんでください。以上で解散します。」

 

 いよいよ明後日には宇宙だ、覚悟を決めて行くとしよう。そう思いながら会議室を出ると其処にはマチルダ先輩とウッディ大尉がいた。

 

「先輩、それにウッディ大尉も。誰かに用ですか?」

 

「あぁ。誰かと言うよりはホワイトベースのクルーと君達に用があってな。聞いたよ、明後日には宇宙へ行くのだろう?」

 

 ウッディ大尉は真剣な眼差しで此方を見ている、どうやら心配してくれているようだ。相変わらず優しい人だな。

 

「そ、それでだなアンダーセン。明日は空いているか?」

 

 先輩は何処かぎこちなく喋っている、何だろう?

 

「えぇ、ジャブローでの最後の休暇になると思います。そういえば先輩達も宇宙に上がるんですか?」

 

「うむ、俺もマチルダも補給部隊としてコロンブス級に配属されている……と、それは今は良いんだ。重要な……は、話しがある。」

 

「その……だなアンダーセン、君達が宇宙へ上がる前に私達の結婚式に立ち会って欲しいんだ。」

 

「……あぁ〜!成る程!」

 

 顔を真っ赤にしているウッディ大尉とマチルダ先輩を見ながらやっと理解できた、そうだ……二人は生きていて今ここにいる。それはつまり……そう言うことなんだ。

 

「ちょっと待っててくださいよ!今みんなに報告をしてきますから!というかまだみんな会議室にいるよな……おぉぉぉーいみんなぁー!」

 

「お、おい!待てアンダーセン!そんな大声でー!」

 

 

 

ーーー

 

 

「マチルダさんに婚約者がいたなんて……僕知らなかったですよ……。」

 

 あの後全員に報告が終わり明日はみんな結婚式に参加となったのが、傷心のアムロがそこにはいた。

 

「……まぁ初恋は殆ど叶わないみたいだぞアムロ、目一杯落ち込んだら明日はちゃんと笑顔で迎えてやれよ?」

 

 初恋と言うよりは憧れの女性と言った方がいいのか、何にしてもショックは大きそうだ。

 

「はい……。でもマチルダさん、とても幸せそうでした。」

 

「こんなご時世だからな、もし宇宙で離れ離れになったらこう言った事も出来ずに今生の別れになることだってある。先輩は良い人に巡り会えたんだ。」

 

「えぇ、ウッディ大尉はとても良い人でした。まるで家族みたいに僕たちを見てくれて。」

 

「家族みたい、と言うよりは家族として本当に見てると思うよ。命を賭けてフィアンセが補給を何度もした艦のクルーなんだ、俺達が思ってる以上に強い繋がりを感じてくれてると思う。」

 

「……はぁー。」

 

 大きく息を吐くアムロ、敵わないなぁと言いながらもちゃんと割り切れたのか先程より良い目をしている。

 

「明日が楽しみですねジェシーさん。」

 

「あぁ。」

 

 俺としても二人の結婚が見れるのは感無量だ。原作では二人とも死んでしまうという悲しい結末だったからこそ、明日の出来事は誰もが祝福を贈るべき祝い事なのだ。

 

 

ーーー

 

 

「おめでとー!」「おめでとうございます!」「チクショー!幸せになれよー!」

 

 三者三様な祝福の言葉の中、其処には純白のドレスに包まれたマチルダ先輩、そしてその夫となるウッディ大尉が並んで立っている。

 

「おめでとうマチルダ君、幸せになるのだぞ。」

 

「ありがとうございます、アンダーセン提督……。」

 

 ホロリと涙を流しながら感動している先輩、アムロ達もそうだがみんなが笑顔だ。……中にはかなり羨望な眼差しを向ける女性もいるが。

 

「ブーケトスって受け取ったら次に結婚出来るとかだったかしら?ねえグリムくん知ってる?」

 

「いえ僕は男なのでそこまで詳しくないですけど……カルラさん知ってますか?」

 

「アンタねぇ、アタイがそんなこと知ってそうに見えるかい?」

 

「ハハッ、そうですよね。カルラさんってそう言うのとは無縁に見えるし。」

 

「なぁんだってぇ!?」

 

 此方は此方で何かコントみたいな事をやっている、ブーケに異様な執念を見せ始めているクロエ曹長と相変わらず漫才みたいなことをしているグリムとララサーバル軍曹。

 

「みんな、凄く楽しそうですねジェシー。」

 

「あぁ、こんなご時世だからこそ、こう言った一日が凄く大事なんだって分かるよな。殺意が入り混じる戦場で戦う俺達がこうやって祝福だけを胸に抱けてるんだから。」

 

「ウッディ大尉も、マチルダ中尉も凄く幸せそうです。私も女性だから少し憧れますね。」

 

「と言ってもアーニャが結婚するなんてまだまだ先だろう、犯罪じゃないか。」

 

「むっ!どういう事ですか!私も来月には16歳です、国によっては結婚可能な年齢になるんですよ!」

 

 と言われてもなぁ……見た目が見た目だし、手を出したら年齢的に問題なくても何か犯罪じゃないか?ってなるんだよなぁ。あと大声で言わないでくれ、周りがめっちゃ見てるじゃないか。

 

「おやおや〜?夫婦喧嘩でございますかぁ?」

 

 調子に乗ってからかいに来たのはクロエ曹長。何かこの人、場のテンションで酔ってないか?ノリが酔ったおっさんのそれだぞ。

 

「夫婦ではありません!それにまだ交際もしていません、ただの上司と部下の喧嘩です!」

 

「ホッホー。『まだ』交際してないと言う事はいつかはそういう事になるのですか〜?」

 

「言葉遊びはやめてください、それにクロエ曹長いつもよりおかしくないですか?」

 

「センセーは何か場に酔ってる感じがあるねえ、普段よりテンション高いじゃないか。」

 

 俺の考えをララサーバル軍曹が代弁してくれた、やっぱ女性的にはこう言う場だと色々思うところがあるのかね。俺にはよく分からん。

 

「だってぇー。みんな幸せそうじゃないですかー。私だってあんな風にみんなから祝福されたいですもん!」

 

「なら先ずは相手から見つけた方が良いんじゃないか?……選んでくれる相手がいればだけど。」

 

「なんですってぇ!」

 

 あっヤバい、逆鱗に触れてしまった。未婚女性にこう言った話題はNGなのは今も昔も変わらないようだ。

 

「これこれアンダーセン中尉、レディに対して無礼な発言をしてはならんぞ。」

 

「うわっ!ゴップ将軍!?なんでここに!」

 

「何故と言われてもな。聞けばウッディ大尉とマチルダ中尉が結婚すると言うじゃないか、老婆心ながら仲人を買って出たのだよ。」

 

 そういや原作でもミライさん辺りに似たような事やらせてくれとか言ってたな、世話好きというかお祭り好きというか……。

 

「ふむ……素晴らしい光景ではないか。今だけは血に染まらず純白のままで皆から祝福されるべき時と言うことだ。」

 

 まぁその通りだけどこの人が正論言ってると何か胡散臭く感じるのは俺だけか?

 

 

 それから時間が進み、ゴップ将軍の長たらしいスピーチも終え、ついに二人は口づけを交わして夫婦となった。自分の事ではないのに感動で涙が止まらん……。

 そしていよいよ花嫁によるブーケトスの時間となり、集まっている女性陣は何かソロモンでドズルが出してたオーラみたいなのが見えるくらい殺気が出ていた、怖えよ。

 そしてマチルダ先輩が大きく上にブーケを飛ばした瞬間、神の悪戯か突風が舞い上がり想定していた場所から少し離れた場所にいた女性の元に落ちた。

 

「あれ……?私?」

 

 そこにいたのは自分にはまだ早いだろうと一歩引いた所にいたアーニャだった。これには周りの女性陣も絶叫した、主にクロエ曹長だが。

 

「ええぇぇぇ!なんで中佐がぁ!?」

 

「センセー残念だねぇ、そう言えば昔どこかでブーケを貰った人が結婚するまで他の人は結婚できない呪いがあるって都市伝説を聞いたことが……。」

 

「なんですって!?中佐!早く誰かと結婚してください!ほら、其処らへんにいる誰かで良いですから!」

 

 そんな事言ってるから結婚出来ないのでは?そう考えながら楽しかった一日が過ぎて行った。……いよいよ明日は宇宙だ。

 

 

 翌日、俺達第13独立部隊は各々の艦に乗り込み打ち上げの時間を待つ。

 

「そういえばアーニャ、この艦の名前って無いのか?ほらアナンケとかレナウンみたいな。」

 

「そう言われてみれば確かにマゼランと言う名前だけでは味気が無いですね、しかし私達は別に旗艦という訳ではありませんから名前を付ける必要性はないと思いますよ。」

 

「それはいけませんなエルデヴァッサー中佐、船は名前があってこそ愛着が湧くと言うものです。昔から船乗りは船に名前をつけ妻のように愛するものです。」

 

 会話に割り込んできたのはクソ親父だ、何が妻のようにだ……母さんを見殺しにした癖に……そう心の奥底から込み上げてくる感情を何とか抑える。

 

「じゃあ提督殿は何か良い名前でもあるんですかね。」

 

 そう邪険に扱うも、クソ親父はそれに対して普通に頷いた。

 

「そうだな、艦の色にも合う花の名前がある。アンゼリカと言ってヨーロッパでは聖霊の宿る根として魔除けにも使われていてな。花言葉にはインスピレーションや霊感と言った先日聞いたニュータイプに合う言葉もある。」

 

「……俺達はニュータイプじゃない。」

 

「私はニュータイプと言うのは戦闘能力に優れた兵士という意味で使われるべきでは無いと思っているよ、新しい時代を開く世代の子。それがニュータイプだと私は思っている。」

 

 親父の付けた名前に、何故かアーニャが無言で黙り込む。その顔には驚きと感傷が漂っていた。

 

「アンゼリカ……。」

 

「お気に召しませんでしたかな?」

 

「いえ……いいえ……!私はいいと思います!ジェシーもそうですよね!?」

 

 俺は別に……と思ったがアーニャの勢いに押し切られて思わず頷いてしまった、何か感銘を受ける所があったか?とは思ったが無駄に詩人みたいな事を言ったクソ親父という点を除けば確かにそれなりに良いとは思うけど。

 

「それでは管制塔に今後はアンゼリカと呼称してもらうように通達しておきます。…………この船は絶対に二度と沈ませはしない。」

 

 最後に何かボソッと呟いたようだが聞き取れなかった、まぁ今は船の名前よりも宇宙に上がるワクワクの方が勝っていた。この宇宙世紀では当たり前なのかもしれんけど俺の生きてた21世紀という時代では宇宙なんて一部の人間だけの世界だったから其処にいけると言うだけで普通に凄く感じてしまっているのと、宇宙に行くときはどれだけのGが掛かるのかって不安もあった。

 

『間もなく、ホワイトベースとマゼラン級アンゼリカの打ち上げに入ります。乗組員は速やかにノーマルスーツを着用し、所定の位置に移動して座席の固定を終わらせてください。繰り返しますーーー』

 

 スピーカーからいよいよ打ち上げのカウントダウンが告げられる、周りを見ながら何か間違ってないか何度も確認しながらいよいよ10カウントが告げられる。

 

『打ち上げ10秒前、9,8,7,6,5,4,3,2,1……0。』

 

 カウントゼロと同時に物凄い音が艦内に響き渡る、外付けのブースターが点火した音だ、それとは同時に凄い勢いで身体に圧力がかかる。これが打ち上げ時のGか……!

 

 どれだけの時間が経ったのか、ふとした瞬間にそれまで掛かっていた圧力がフッと消えて、逆に身体がフワフワと軽くなったのを感じる。宇宙に着いたんだ!

 

「おおぉ……これが宇宙か……。」

 

 艦の外から見えるのは無限に広がる宇宙、星々の輝きと目下に移る綺麗な地球に感動した。

 

「各員、宇宙に上がって早々だが第二種戦闘戦闘態勢に移れ。ジオンが仕掛けてくるタイミングはこの打ち上げ直後に充分有り得る、警戒を怠るな。」

 

 親父の声にハッとして急いでMS格納庫へと向かう、制宙権は依然としてジオンは失ってはいない。この地球近辺にも網を張っていてもおかしくはない。

 

「ジュネット中尉、ホワイトベースとの距離は。」

 

「ホワイトベースとの距離は約500、射出タイミングのズレで我々とは少し離れた位置にあります。」

 

「ホワイトベースへ向かい全速前進、回線を開け。」

 

『アンダーセン提督、どうやら少し離れた位置に打ち上げられたようです。』

 

「今我々はホワイトベースに向けて前進している最中です、ブライト艦長は進路をサイド5へ向け出力30%程で前進してくだされ。我々が追いつき次第予定航路へ向かいましょう。」

 

 

『了解しましーーーザ……ザザ……』

 

「通信が鈍い……!?しまった……!ジュネット中尉、ミノフスキー粒子濃度はどうなっている!」

 

「ハッ!……我々の前方よりミノフスキー粒子濃度が上がって来ています……これは!敵巡洋艦2隻!ムサイです、提督!」

 

「総員戦闘配置!MS隊は出撃し艦を守れ!」

 

 

 

「くっ!いきなり敵襲か!」

 

 下手したら上の連中がわざと打ち上げ情報リークしてたんじゃないのか?ってくらいのタイミングで敵が現れた、宇宙に出て早々倒されてたまるかってんだ!

 

「こちらMS隊隊長エルデヴァッサー、各機搭乗完了。いつでも出られますアンダーセン提督!」

 

「中佐、まだ敵の総数も機種も不明の状態だ。出撃後は敵の動きが分かるまで無理な行動はせずに艦の護衛に努めてください。」

 

「了解です、全機発進します!」

 

 開かれたハッチから投下されるように降りて体勢を整える。地上とは違い四方八方が全て移動可能な宇宙空間だ、色々と勝手が違うが今はすぐにでも慣れて敵を倒すしかない!

 

「前方よりザクを確認!ジェシー、先陣は任せます。ヴァイスリッターの機動力で敵を引きつけて我々へ誘導してください!」

 

「了解!ジェシー・アンダーセン、ヴァイスリッター!突撃する!」

 

 初めての宇宙(そら)で戦いの火蓋が幕を開けた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 宇宙という名の海

 

「マゼラン級アンゼリカ、敵ムサイ2隻と交戦を開始しました。ムサイからはザクが数機確認されています!」

 

 通信手のセイラが戦況を報告する、敵の奇襲に備えが無かったという事はないが宇宙に上がった直後でこれだけ早く行動を起こしてくるとは予想外だった。

 

「くっ!ミライ、反転してアンゼリカに急行できるか!?」

 

「行けはするけど危険よブライト、敵があのムサイ2隻だけとは限らないわ。」

 

 確かにムサイ2隻だけで我々に攻撃を仕掛けてくるとは考えにくい。伏兵の可能性も視野に入れて行動しなければアンゼリカに向かう最中に挟撃されるという可能性もある。

 

「くっ……確かにそうだな。MSの出撃準備はどうか?」

 

「アムロは既に格納庫に、ハヤトも今向かっている最中です。カイとリュウは自室で休憩していたみたいで今から向かうと。」

 

「二人にはゆっくりで構わんと伝えろ、急いで無駄に体力を消耗させる場面ではない、アンゼリカまでは遠いのだからな。アムロ達にはいつでも出撃出来るよう待機しておけと伝えてくれ。」

 

 現状はこの二人で様子見し、その後必要であればカイとリュウを投入すれば良いだろう。しかしやはり懸念すべきはアンゼリカの方だ、こちらと違い4機だけでは中々厳しいだろう。

 

「私のドムを出そうかブライト艦長?あれなら少し時間はかかるが彼らの救援に行く事も可能な筈だ。」

 

 ブリッジにいたキャスバル総帥がそう進言する。彼のリック・ドムは他の機体よりも多く推進剤を積んでいるので確かに救援に向かうには最適であるが……。

 

「いえ、今は彼らを信じて任せましょう。彼方が陽動で本命が此方に向かっている場合ここで貴方を単騎で出撃させるのは危険です。」

 

 アンダーセン提督の手腕とエルデヴァッサー中佐らの戦いに期待するしかない、そう無力さを噛み締めながらも今出来ることを最大限にこちらはするだけだ。

 

 

ーーー

 

 

「機体識別……高機動型か!」

 

 モニターをレーザー通信状態に切り替えて表示された敵機の識別に更に一層の警戒を入れる。地上では障害物の影響であまり有効活躍する場面が無かったが宇宙ではレーダー使用不可のミノフスキー散布化でもレーザーによる可視光で通信やら何やらが出来る。

 

「敵機のザクは全て高機動型だ、これよりヴァイスリッターは交戦状態に入る!」

 

「了解です、敵を牽制し此方へ誘導を!」

 

「了解!」

 

 スピードを上げ一気にザクを有効射程距離に持ち込む、それと同時にビームライフルを構え威嚇射撃をする。ガンダムの物よりは威力は低いがそれでもジムのビームスプレーガンよりは高威力だ。当たればただではスマンぞ!

 

 

「ヴァイスリッター、敵MSとエンゲージ。」

 

「ジュネット中尉、敵ムサイの動向はどうか。」

 

「依然此方へ進路を向け接近中、有効射程までこのままの速度なら3分と言った所です。」

 

「面舵30、出力を70%まで上げ主砲発射用意。」

 

「この距離からでは当たりませんが。」

 

「構わん、ヴァイスリッターに接近する敵機を牽制すると共にムサイにも威嚇をしておく。撃て!」

 

 アンゼリカの主砲による援護射撃が後方から放たれる、少しは敵の動きが制約されて動きやすくなった……が!

 

『ふん!アースノイドめ!ここは地上ではないぞ!』

 

 敵のザクは宙を翻るように柔軟な動きで此方に射撃を入れてくる、この360°全てが移動可能な宇宙空間はやっぱり慣れてないとキツイな……!

 

「だがこっちだって戦闘機のパイロットでもあったんだ!」

 

 宇宙とは勝手が違うがそれでも地上とは別の感覚で戦う空での経験は宇宙でも応用が効く、ビームライフルからサブアームのマシンガンに武器を切り替え連射でザクを狙いながら少しずつ後退をし味方に誘導を開始する。

 

『アースノイドにしては動きが良い、後詰のリック・ドム隊に出撃要請をしておけ!』

 

『了解!』

 

 ザクに応戦していると遠方から別の機体の反応が現れる、識別情報にはリック・ドムと表示されムサイから合計4機が出撃を始めていた。

 

「ちっ!マズいな!」

 

 出来るだけ母艦から離れて誘導しなければアンゼリカごとぶち抜かれかねない、予定進路を少し変更し味方に警戒を促す。

 

「ヴァイスリッターより各機へ!ムサイから追加でリック・ドムが発進した、注意しろ!」

 

「フィルマメントから各機へ、先ずは集中してザクを叩きます、その後ドムを対処。行きますよ!」

 

「了解!」

 

 俺たちは合流すると一気にザクへと向かい集中砲火を浴びせる、幾ら高機動タイプと言えど4機に追われれば対処しきれまい!だが敵もそれは見越していたようで上手く避けてくる。

 

『ちっ!侮り過ぎていたようだな、後退しドム隊の援護に回る。各機散開して攻撃し敵を撒け!』

 

 ザクは各々別方向へと転進する、これでは片方を狙ってる間に別のザクからも攻撃を受けてしまうか!?そう思っているとアンゼリカから再びの援護射撃が放たれる。今度はザクのギリギリを掠めて行った。

 

『ちぃっ!腕の良い砲手がいるようだ!』

 

『馬鹿野郎止まるな!狙い撃ちにされるぞ!』

 

 その隙にアーニャのフィルマメントが砲撃に怯んだ敵を射抜く、宇宙でも相変わらずの射撃精度だ。

 

「ザク撃破!引き続き攻撃を!」

 

 勢いに乗ってこのまま各個撃破を狙う、ヴァイスリッターの機動性なら高機動型ザクと言えど……!

 

『クソッ!この白いヤツ……速い!ウワァァァ!』

 

 機動を読み先読みしてマシンガンを当てて行く、直撃したザクは爆散し残りは2機となった、このまま残機もとスピードを上げるがリックドムがこちらに砲撃をしてきた。

 

「クソッ!合流されたか……!」

 

「中尉!援護します!」

 

 グリムのメガセリオンが機動を上げて援護を行う、大型のブースターユニットであるエーギルユニットにより機動力では高機動型ザクにも引けを取らない。

 

『連邦のグフもどきか!宇宙でも戦えるようだがこのリック・ドムに勝てると思うな!』

 

「くっ……!グリム!気をつけろ!機動力は此方と同等だぞ!」

 

「わかってます!無理はしません!」

 

 シールドでリックドムのマシンガンを防御しながら堅実に射撃を行う、しかし敵も回避に専念しているのか中々直撃には至らない。

 

「射撃が駄目なら接近戦でぇ!」

 

 ララサーバル軍曹が一気に距離を詰めようと接近するが逆に敵に集中攻撃され始めた、俺は急いで救援に駆けつけて2機での接近戦を開始する。

 

「油断するなよララサーバル軍曹!敵は宇宙での戦いに慣れてるんだ!直線的な動きでは動きを読まれるぞ!」

 

「了解ィ!ちぃっ!鬱陶しいねえ!」

 

 散開して引き離そうとするも動きを先読みしているのか上手い具合に此方との距離を詰める、やはり宇宙空間での圧倒的な戦闘経験の差が顕著に出てしまっている……!

 

 

 

「敵の動きはどうなっている!」

 

「MS隊は現在ザク2機にドム4機と交戦中、敵艦ムサイは2隻とも有効射程距離外で待機中……おかしいですね。」

 

「うむ、数は敵が有利な筈だが何故接近して来ない……?狙いはホワイトベースなのか……それとも……。」

 

「アンダーセン提督!ムサイから信号弾が放たれました!色は3色!」

 

「MSに敵の動きに警戒せよと伝えろ!アンゼリカもいつでも砲撃を行えるように待機だ!」

 

 

 

「信号弾!?全機、敵の動きに注意してください!」

 

 ムサイから放たれた信号弾に一層の警戒を払う。一体どんな内容の信号弾なんだ……?

 

『隊長!スワメルからの信号弾!頃合いです!』

 

『了解、全機手筈通り敵機に警戒し撤退せよ!……ザク2機の損害に見合う成果なら良いのだがな。』

 

 敵のMS隊は急遽機体を翻し母艦へ帰投を開始した、これは……撤退の合図だったのか?

 

「アーニャ、敵が下がって行くぞ。どうする、追うべきか!?」

 

「いえ、今は下手に動くべきではありません。こちらもアンゼリカに帰投し一度ホワイトベースとの合流を果たさなければ。」

 

「分かった!……だが敵はなんで撤退したんだ……?」

 

 形勢はあちらが有利だった筈だ……ザクが2機撃破されたにしても退却するタイミングでは無かった筈なのに。そう引っかかりを覚えながらも俺達もまた母艦へと帰投した。

 

 

 

「敵ムサイ、アンゼリカから遠ざかって行きます。どうやら撤退したみたいね。」

 

 セイラがアンゼリカの状況を伝える、安全にはなったがかなりの疑問が頭を悩ませる。

 

「何故だ……?此方を挟撃する訳でも無く形勢有利にも関わらず……。」

 

「何か引っ掛かるなブライト艦長、あのムサイ艦隊は明らかに他にも艦が存在している筈だ。仮に私が艦隊の指揮を取っていた場合、あの場面では隠していた艦隊をホワイトベースにぶつけ挟撃に移っているが。」

 

「それが出来ない事情があったか、或いは……。」

 

「此方の戦力を測る為の偵察であったかのどちらかだな。何か隠された意図があると見るべきだな。どうする、追うべきだと思うか?」

 

「……いえ、それこそ敵の狙いかもしれませんし今はアンゼリカと合流し本来の航路を進むべきでしょう。敵の狙いが此方であれば近い内にまた攻撃を仕掛けてくるのは間違いありませんし、先ずは体勢を立て直してから行動に移るべきかと。」

 

「そうだな、……しかしあの艦隊の動き、かなり手際が良かったな。……どうやら優秀な指揮官がいると見える。」

 

 

ーーー

 

「ドレン艦長、スワメル、トクメルが合流しました。」

 

 時計を見て、予定時刻通りなのを確認する。手際良く動いてくれる部下を持つことは艦隊を指揮する者として嬉しく思うことだ。

 

「首尾はどうであった?」

 

「木馬は手筈通り無視し、随伴艦のマゼラン級と交戦し敵MS4機と交戦。連邦軍量産機であるメガセリオン2機と狙撃ライフルを持った指揮官機と思われるMSが1機、それと高機動型の白い機体が1機。この2機はデータに登録されていない新型です。此方はザクが2機やられています。」

 

 交戦データを確認し、敵の動きを観察する。ガンダムが積まれていないだけマシと言うべきか。諜報部の情報ではMS搭載機能を付けたマゼラン級の最大搭載機数は4機、残りの隠し玉は無いと見るべきだがこの2機は警戒する必要があるか。

 

「やはり木馬に随行するだけあってそれなりの精鋭を揃えていると言った所か……。よし、本国に戦闘データを送信後予定通りルウムの墓場に移動する。『群狼』どもに狩りの準備をしておけと伝えろ。」

 

「艦長……やはりキャスバル様と一戦交えなければなりませんか……。」

 

 副官が辛そうな顔をしてそう発言する、内心では自分とてかつての上官相手に戦う事はしたくは無かった。

 

「そんな顔をするな、俺とてシャア少佐の元で戦っていたし彼を尊敬している。……だが此処で寝返れば部下の家族達はどうなる。」

 

 現在このキャメル・パトロール艦隊の人員の多くは隠れダイクン派……いや、こうやってザビ家により多くのダイクン派が固められている結果から向こうには最初から見当がついていたのであろう。所謂反ザビ家の人間やシャア・アズナブルの元部下だった者が多数乗艦している。

 普通であれば艦隊ごと寝返るリスクもある采配であるがそれは個人だけを見ればの話で部下の大半がサイド3に家族を残した者ばかりだ。つまりは家族を人質にし寝返りを阻止しているのだ。

 こうやって本国から遠く離れた最前線に配置する事で家族を連れ出す事もできず、かと言って寝返れば家族の身は保証されない。自国の事ながら下衆のやる事ではないかと呆れてしまう。

 

「ザビ家に対しても我々のやり方を見てもらわねばならん。所詮は裏切り者候補の集まり等と思われるのも癪であるしな。せめて家族が遺族年金で裕福に暮らせるくらいには連中に対しても見せなければならん。」

 

 その為挟撃のチャンスを不意にしてまでマゼランの情報を確保したのだ。キシリアのような妖怪じみた女の、子飼いの連中に手柄を与えるために。

 

「はっ、申し訳ありませんでした艦長。……戦いましょう、我々の意地の為にも。」

 

「うむ、すまんがお前達の命、使わせてもらうぞ。」

 

 この様な人間の使い方をしている国に未来など無いのは分かっている、しかしそれでも我々には護るべき存在がいて戦わなければならないのだ。そう悲観しながら事前に知らされた情報通り木馬が進路を取る筈であるサイド5方面へと進路を取る。既に賽は投げられた、後はどう転がるかを見届けるだけである。

 

 

ーーー

 

「MS隊、全機着艦しました。」

 

「損害状況を確認後、全速でホワイトベースへと進路を取る。パイロットは機体確認後は身体を休ませるように。次にいつ出撃するか分からんからな。」

 

「了解です。」

 

 ジュネット中尉にそう伝えるとホワイトベースへ通信を繋げる。

 

「ブライト艦長、情けなくも敵に一枚取られたみたいです。」

 

「申し訳ありません、此方が救援に向かうべきでした。」

 

「いえ、あの状況では挟撃の可能性が高くホワイトベースは反転するべきでは無かった。良い采配でしたぞ。……時にこの奇襲、ブライト艦長はどう見ますかな?」

 

「ミライやキャスバル総帥とも意見を交わしましたが、敵の威力偵察の可能性が高いと思います。アンダーセン提督はどう思いますか。」

 

「私も同意見ですな、ただこの威力偵察に何を求めたか、それを知るのが重要と思います。恐らくは我が部隊の戦力を確認する為だと思われますな、でなければホワイトベースに攻撃を仕掛けなかったのはおかしい。」

 

 ホワイトベースの戦力は連邦軍がジオンへ意図的に情報を流出させたのである程度の陣容は把握しているのだろう、だが我々アンゼリカが擁する戦力は把握出来ていなかったのであろう。その為此方だけを狙い攻撃を仕掛けてきた、それならばある程度は筋が通る。

 

「敵は今回我々の戦力を把握したとして、どのタイミングで攻撃を仕掛けてくるかですね……。」

 

「少なくても暫くは問題無いとは思いますな、打ち上げ直後だからこそ我々を叩けはしましたがこの宙域は再度奇襲を掛けるには見晴らしが良すぎる。」

 

 恐らくはサイド5方面への移動中かサイド5跡地のデブリ帯で再度攻撃をしてくる可能性が高い。あの付近であれば見晴らしも悪く、ジオン勢力圏に近いし兵力の投入も用意だろう。

 

「では通常の予定通りサイド5方面へ進路を取りましょう。敵もそこで我々を攻撃してくる筈でしょう、迂回しては本隊の動きを察知されかねませんし。」

 

「その通りですな、では合流後は通常速度に切り替え同行します。それでは。」

 

 通信を切り一息つく、虎穴に入らずんば虎子を得ずとは言うが敢えて敵の懐に飛び込むのはリスクを伴う。どのような攻撃を仕掛けてくるか、ある程度の予測は立てておかなければ不意の攻撃に対処しきれない。

 

「後は……MS隊の動きか。」

 

 私もそうだがやはり宇宙戦の経験が無いと言うのは大きい。単純な行動一つですら地上のそれとは大きく異なる、地上での白兵戦は基本左右の動きに注意を払えば良いが宇宙では上下左右全ての方位から攻撃可能である。

 上手く使い熟せばこちらも有利に立てるが今のままではそれも厳しい、この隙が今後致命的な物にならなければ良いが……。

 

 

ーーー

 

「全機収容完了!MSの損害を確認後整備に取り掛かります!」

 

 クロエ曹長の号令で整備クルーが一斉に動き出す、此方で分かっているだけの情報を伝えてヴァイスリッターから降りる。

 

「ふぅ……。」

 

 グッショリと濡れた身体に思った以上に疲労しているのを実感する、俺はまだマシな方でメガセリオンから降りたララサーバル軍曹は無茶な戦闘機動が祟ってか嘔吐を繰り返していた。血を吐いてないだけまだマシだが。

 

「大丈夫かララサーバル軍曹?」

 

「はぁ……はぁ……あんまり大丈夫とは言えないねぇ。かなり酔っちまったみたいだ。」

 

「宇宙酔いもあるだろうけど地上以上に無茶な動きをしたからGが掛かりすぎてたんだ。次もあんな風に動いてたら戦闘中に失神してしまうぞ?」

 

「ああ……気をつけるよシショー……うぇっ!」

 

 再び嘔吐をするララサーバルを介抱する、グリムとアーニャも心配なのかこちらに駆け寄ってきた。

 

「大丈夫ですかカルラさん?……だいぶ酷そうですね。」

 

「外傷が無いのは幸いですが早めに休息を取った方が良いですね、アンダーセン提督からもMS隊は次にいつ出撃があるか分からないので今のうちに休むようにと連絡が来ましたし。」

 

 確かにいつまた敵が襲い掛かってくるかも分からんし休める内に休んでおいた方が良さそうだ。

 

「しかし二人は何とも無さそうだな。」

 

「そりゃ僕らはカルラさんみたいに無理な挙動はさせてないですからね。」

 

「最初は戸惑いましたが機体制御もOSの改善で容易でしたし無理に動かなければ問題無さそうですね。」

 

 ガンダムの動きがフィードバックされた新しいOSのお陰で確かに操作性はかなり改善されている、後はやはり慣れだろう。

 

「はぁー……次からはアタイも気をつけるよ、こんなんで死にたかないからね。」

 

「次はホワイトベースの援護もある筈だ、無理せず慎重に行こう。」

 

 全員が頷き格納庫を後にする、取り敢えずはシャワーを浴びてスッキリしておきたい。

 

 そしてシャワーを浴び終えてシャワールームから出る俺、やっぱり風呂とかに浸かりたいけど宇宙で風呂とかまず無理だろうな。アークエンジェルみたいにわざわざ温泉作るとかそんな馬鹿な事もしないだろうし。

 そんなどうでもいい事を考えながら歩いていると展望デッキでクルクルと回っている物を見つける、……物と言うか……者?なんか昔動画で見た飛鳥文化アタックというのを思い出してしまった。

 

「何やってるんだアーニャ……?」

 

「あっ、ジェシー。ちょっと気分転換に。」

 

 かなりクレイジーな気分転換だなぁと思いながらも俺も一回試してみる。水泳の要領で壁に足を当ててから蹴り出すと同時に身体を丸める……おぉ、成功した!やってみると結構面白いなこれ。

 

「わっ、凄いですねジェシー。私何回か練習したんですけど。」

 

 割とどうでも良い情報を聞くと共に体勢を整えて着地する。こうやって見ると水に浸からないで泳ぐ感覚と空を飛ぶって感覚か混ざったような環境だな宇宙空間って。

 

「なんでこんな事やってたんだ?」

 

「えーっと……先程は戦闘中だったのであまり実感が湧かなかったのですが初めての宇宙空間なんだなって思うとワクワクして……。」

 

 少し照れながらそう呟くアーニャ、可愛いヤツめと思いながらも確かにいざ宇宙に来たのを落ち着いてから噛み締めると普通に感動するな……。外を見渡すと一面に広がる宇宙空間と大きく映る地球……憑依前はテレビでしか見れないような光景を目の当たりにしているんだ。

 

「とても綺麗だな。」

 

「えぇ、素晴らしい光景です……。お父様やお祖父様にも見せてあげたかった。」

 

 宇宙を志しながらも宇宙に行けぬまま果てたアーニャの父と祖父、俺の感動よりも思うものがあるのだろう。

 

「こんな所にいたのか、休んでおけと言った筈だがな。」

 

 唐突に話しかけて来たのはクソ親父だ、せっかく宇宙の余韻に浸っていたのにこれでは台無しだ。

 

「……何か用でもお有りでしたか艦長殿。」

 

「そう邪険に扱ってくれるな、少し話でもしようかと思ってな。」

 

 俺はアンタと話すような事はない、そう言おうとしたがそれを予期してか凄い形相でアーニャが此方を見つめてくる。女ってこういう時は怖い。

 

「な、なんだよ。」

 

「ん……なんだ。初めて宇宙に上がってお前はどう感じた?それが聞きたくてな。」

 

「どうって……、あんまり上手くは言えないが綺麗でそれでいて広大で……言葉にするのは難しいな。」

 

「……そうか。私はこの歳になってからの宇宙だが素晴らしいと思う反面、今まで広大だと思っていた地球という星がここまで小さくなるのかと少し感慨深くなったな。」

 

 確かに今まで地球という大きな星の大きな大地で途方もなく広がる海を見渡し、これが世界なんだと思っていたがこうやって宇宙から見るとポツンと浮かんでいる惑星の一つにしか見えない。

 

「彼処で大勢の人間が生まれ、そして死んでいった。宇宙というこんなにも広い世界を知らずにな。」

 

「だけどこれからは宇宙で生まれて宇宙で死んでいく人間の方が増えていくんだろうな。宇宙世紀だってもう79年も経ってるんだ、地球なんて知らずに生きるコロニーの子供なんてのは今は大勢いるだろうしな。」

 

 当面の目的地であるサイド6でもアルといった子供や、12月にシドニーに雪が降っているんだろうなぁと言ったバーニィもいたしコロニーで生まれ育った人からすれば地球なんて遠い異国レベルの情報しかないんだろうな。それが当然の世界なんだ。

 

「宇宙で生まれた、そしてこれから宇宙へ上がって行く若者達がこれから地球とどう歩んで行くのか、老い先短い老人には想像もつかんな。」

 

 何を感情に浸ってんだ、そう思ってるとアーニャが口を挟んだ。

 

「今はまだ難しいかもしれませんが地球にいる人々を宇宙に移住させてアースノイドだとか、スペースノイドだとかそう言う区別や差別を無くして、みんなが地球という人類の故郷を守る為に歩んで行く。そう言った世界にしたいです、私は。」

 

「でもゴップ将軍みたいな人達は中々宇宙に上がってくれなさそうだよな、無重力にビビったりしてさ。」

 

「うーん、そんな人達は全員シャトルに張り付けて無理矢理にでも宇宙にでも上がってもらいますか?」

 

 そんな冗談を話していたら突然親父が笑い出す。いきなり何なんだコイツは。

 

「ハハッ……ははははっ!す、すみませんなエルデヴァッサー中佐、以前同じような事を知人が言っていたのを思い出しましてな。」

 

「いきなり笑い出すから遂にボケたかと思ったぞこっちは。」

 

「すまんな。本当に……本当に懐かしく感じてな。うむ、それが良いなゴップのような肥満体では慣性が効いて動きづらいだろうがそれも見ものだろうな。」

 

「一応あれでも将軍なんだから呼び捨ては……って、疑問に思ってたんだが親父はゴップ将軍とは知り合いなのか?」

 

 ゴップ将軍の方は親父を知っていたようだし親父も親父でこの扱いだ。引退していたのに突然現役復帰したのも、この艦に配属させたあの人が絡んでいそうだし色々と疑念に思う事が多い。

 

「ん、そうだな。知り合いと言うよりは腐れ縁だよ。」

 

 まぁ軍部にいて歳も近ければそんなものなのか、そう感じている俺を横目にアーニャはニコニコとしている。

 

「なんだよアーニャ、変にニヤニヤして。」

 

「ふふっ、何でもないですよ。」

 

 大方俺と親父が普通に喋ってるのを見て喜んでいるのだろう全く……。

 

「話は長くなったがさっきも言ったように今の内に休んでおけ、敵も次は本腰を入れて此方に襲い掛かってくる筈だ。」

 

「分かってるよ、行こうアーニャ。」

 

「はい、失礼しますアンダーセン提督。」

 

 アーニャと共に展望デッキを後にする、最後にふと振り向くと哀愁を漂わせながら地球を眺める親父がいた。人には休んでおけと言っておきながら暢気だな……と思いながら俺は仮眠室に向かったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 暗礁の群狼

今年最後の投稿となります、半年前に書き始めてまだ殆どストーリーは進んではいませんが多くの人に見てもらい、多くの感想や評価、誤字の指摘など頂きここまでやってこれました。
忙しく感想が返せなくなってしまっていますがいつも拝見させて貰っています、今後とも宜しくお願いします。いつも誤字報告をしてくださる方もいつも有難うございます。
来年も頑張って進めて行きますので気長にお付き合いして頂けると幸いです。




「これよりホワイトベース及びアンゼリカはサイド5跡地を通過する、この近辺はルウム戦役での攻防でコロニーや艦艇の残骸が多く見通しも悪く、漂っているデブリによりレーダーもあまり役に立たない、つまり敵にとっては奇襲するには都合のいい宙域と言うわけだ。各員監視を厳に常に警戒を怠るな。」

 

『了解!』

 

 アンゼリカでのブリーフィングが終わり各員が各々の配置に着こうと移動を始める、その中で普段から陽気であるクロエ曹長が顔色を悪くしながら俯いていた。

 

「大丈夫かクロエ曹長?顔色が凄く悪いぞ……?」

 

「……え?あぁ中尉ですか、大丈夫……大丈夫です。ちょっと貧血気味で……えへへー。」

 

 無理して笑顔を作ってはいるが作り笑いなのが見て分かるくらい顔が真っ青だ、メディカルルームへ連れて行った方が良さそうだ。

 

「どうしたジェシー。……クロエ曹長、体調が悪いのか?」

 

「親父、見ての通りだ。今からメディカルルームに運ぼうと思う。」

 

「あはは、大丈夫ですって。こういう時は外を眺めれば大抵良くなるってーーー」

 

 乗り物酔いの要領で外を眺めようとしたクロエ曹長だったが外に映るコロニーの残骸を見て様子が急変する。

 

「むっ、いかん!」

 

 親父が視界を遮るもクロエ曹長は呼吸を荒くし過呼吸に陥っていた、その時になって漸く理解した、此処は……この場所はクロエ曹長の故郷『だった』場所なんだ。

 

「ジェシー、非常用の酸素マスクを急いで持ってこい!」

 

「分かった!」

 

 通路に幾つか配置されている非常用の酸素マスクを取り出しクロエ曹長に吸わせる、数分を経てやっと呼吸が安定してきた。

 

「も、申し訳ありません艦長。」

 

「君が謝ることは何もない、私の方こそサイド5出身者である者に対する配慮が足りていなかった。」

 

「わ、わたし……もう大丈夫だって……ずっと、ずっと思ってたんです。けど……けど……この光景を見てあの時の事が。」

 

 彼女がどんな惨劇に遭ったのかは俺は知らない、ただ故郷の人々を容赦無く殺されてしまったトラウマというものはとてつもなく大きいのだろう。普段は何とも無くても、惨劇の有った地に戻れば否応でも思い出してしまう。

 

「仕方のない事だ……、人は簡単に自分の心を割り切る事などできん。今は心に正直になりたまえ。」

 

「艦長……うぅ……うあぁぁあぁぁ!お父さん……!お母さん……!」

 

 親父に抱きつき堰が切れたように泣き出すクロエ曹長、いつもは明るい彼女ですらこんなになってしまう程の悪行をジオンはしてきたんだ……そう思うと奴らに対する怒りがフツフツと湧き上がるのが分かる。末端の兵士は命じられたままにやっているんだろうが、それを指示したジオン将校やザビ家と言った人間は許せない……!

 

「どうやら泣き疲れて眠ったようだな。」

 

「メディカルルームに運んでおこうか?」

 

「いや、私が連れて行こう。ジェシー、お前は格納庫で待機しておけ……予感だが間も無く敵は攻勢に出る筈だ。」

 

「了解!」

 

 こうなると俄然やる気が湧く、この宙域でジオンに好き勝手されまくってたまるか!

 格納庫に着くと既にアーニャを始め、他のメンバーも揃っていた。

 

「聞いたよシショー、センセーが大変な事になってたみたいだね。」

 

 普段よりもやや暗い顔付きのララサーバル軍曹、彼女的にも何か思う事があるのだろう。

 

「僕は家族がいるからまだ良いですけどクロエ曹長は家族を亡くしてますからね……。」

 

「そう言えばグリムもコロニー出身者なんだよな。」

 

 以前クロエ曹長が自分とグリムは宇宙出身だと言っていた、どうやら家族は無事なようだが一応知っておきたい。

 

「僕はサイド4の出身でした、家族全員が助かったのは本当に偶然と奇跡みたいなもので他のコロニーが襲われている最中に必死になって逃げ出したんですよ、後一歩脱出するのが遅れていたら今此処にはいなかったと思います。他の人からしたら何て思われるか分からないですが……。」

 

「命あっての物種だ、死んだら元も子もないからな。……どんなに意地汚くても絶対にみんな生きて帰るんだ。」

 

 全員が頷き気持ちを同じくしたと同時に艦内に大きな衝撃が走る。

 

「なんだ!?」

 

「これは……!敵の攻撃!?全員機体に搭乗し発進準備を!」

 

『了解!』

 

 鳴り響くアラートが焦りを駆り立てる、しかし今は落ち着いて対処しなければ……!

 

 

ーーー

 

 

「艦長!アンゼリカ後部エンジン一基被弾!全体出力低下中!」

 

 艦橋に戻り状況を確認する、警戒をしていたにも関わらず攻撃を受けると言うことは敵は我々の網をすり抜けてきたと言うことだ。

 

「ダメージコントロール急げ!残っているエンジンで何とか出力を維持し艦の動きを止めるな!ジュネット中尉!敵の攻撃手段はなんだ!」

 

「長射程からのビーム兵器による攻撃!恐らく狙撃用のビームライフルだと思われます!」

 

 スナイパーか……それならこの攻撃にも合点が行く、この暗礁に潜み入り込んだ獲物に襲いかかる、さながらハンターのような連中だ。恐らくは後何機か同じようなスナイパーが配置されていると見るべきだ。

 

「MS隊を発進させろ!決して動きを止めずに敵の狙撃位置を特定し攻撃しろと伝えるのだ。ホワイトベースはどうなっている?」

 

「ホワイトベースからの通信入りました、前方より現れたムサイ艦隊との交戦に移っています!」

 

「狩場に追い込んだと思い込んでいるようだが……どちらが狩る方か教えてやる、面舵45!対空迎撃、ミサイル発射用意急げ!」

 

 先日の戦いと違い今回は確実に挟撃に入ろうとしている、ここで手間を取られ敵に攻勢を奪われる訳には行かない。ホワイトベース隊の実力を信じて彼方は任せ、此方は此方の敵を全力を以って叩くのみだ。

 

ーーー

 

「前方よりムサイ3隻が接近中、内2隻は先日アンゼリカと交戦した艦と同一です!」

 

 予想通りこの宙域で仕掛けて来たか……!

 

「MSを全機発進させろ!ホワイトベースには近づけさせるな!」

 

「ブライト艦長、私もドムで出るぞ。」

 

「キャスバル総帥……。分かりました、無理はなさらずに頼みます。」

 

 今は少しでも戦力が欲しい所だ、危険ではあるが彼のパイロット能力なら杞憂で済むだろう。

 

「了解した。」

 

「よし!ガンダムは先行して敵MS部隊を叩け!ハヤトはガンキャノンでリュウのコア・ブースターと共にガンダム の援護に回れ!赤い彗星も手助けをしてくれると言っている、情け無い所は見せるなよ!」

 

 これでアムロとカイには発破が掛かっただろう、少しでも動きが良くなることを祈り戦闘を開始する。

 

 

ーーー

 

「各機散開!敵はスナイパータイプのMSです、動きを止めず敵の射撃位置の特定に努めてください!」

 

「分かった……!くっ、だがこんなデブリ帯じゃ肝心の機動力が活かせない……っ!」

 

 それが敵の狙いなんだろうが狙われてる此方からしたら堪ったもんじゃない、敵の位置もまだ不明だし迂闊に動くのは危険だ、しかし止まって攻撃を待っている訳にも行かない……!

 

「中尉!熱源接近中です、気をつけてください!」

 

 グリムの声と共に機体からアラートが響き渡る、ギリギリでかわす躱すが生きた心地がしない。だが活路もまた見えた。

 

「グリム!お前のセンサーが真っ先に反応したって事はセンサーの索敵範囲内に敵がいる可能性が高い、射線から方向を特定できるか!?」

 

「待ってください!……よし、ポイント更新!これが敵の予想行動範囲です!」

 

 機体モニターに大まかなポイントが映し出される、範囲は広いがそれでも何処か分からないよりはマシだ。

 

「よし、ヴァイスリッターで先制をかける!」

 

「待ってくださいジェシー!……何か腑に落ちません。」

 

「どういう事だアーニャ!?」

 

 アーニャの呼び止めで機体のスピードを落とす、その時だった。機体からまたアラートが響き渡る。

 

「ロックオンアラート!?くっ……!」

 

 先程とはまた別の方向からビームが飛んでくる、全速をかけるも左脚部が持っていかれた。

 

「ぐぁぁぁっ!クソ……っ!」

 

「ジェシー!やっぱり……敵は複数機います!初撃は敵の陽動で此方の動きを誘導しようとした物です!」

 

 同じスナイパーとしての経験からか敵の動きを推測するアーニャ、しかしこんな動き辛い地形で複数ものスナイパーを相手取るのはキツイぞ……!

 

 

ーーー

 

『こちらウルフ3。敵機に命中、これよりポイントチェンジに移る。チッ……持って行ったのは脚だけか。』

 

『さっきから外し過ぎじゃないか?戦場が宇宙に変わったとは言え、隊長がいたら怒鳴られている所だ。』

 

『ウルフ1よりウルフ2、今は俺が隊長だ。いない人間の事を考えている余裕があるなら次の行動へ移れ。』

 

『あいよ、ったく腕の良い奴はみんな地上で死んだかキマイラに持って行かれちまったからなぁ。残ったのは融通の効かない連中ばかりだ。』

 

『さっきからうるさいよウルフ2、しかもその言い分だとアンタも大した腕じゃないのがバレバレ。』

 

『ウルセェよクソアマ、コイツらさえ倒せりゃ俺も栄転間違い無しだ。狩らせてもらうぜ。』

 

『連邦の木馬連中がどれだけの戦力かは知らんが油断出来る相手だと思うな、群狼(ウルフ・パック)隊獲物を狩るぞ!』

 

 

ーーー

 

「くっ……!また別の方角からの狙撃……!?」

 

 数度目のビームスナイパーライフルの照射を受けてかなり機体を酷使させてしまっている、あと何度回避できるか……?それにしても敵のスナイパーはどれだけの数がいるんだ……!?さっきから違う場所での射撃が続いている。

 

「隊長!ここは一旦アタイが囮になって攻撃を引き受けようかい!?」

 

「ダメですララサーバル軍曹、それも敵の狙いの一つだと思います。群れから逸れた動物を狩る、狩りの鉄則のようなものです。」

 

「しかしどうするんだアーニャ、このままじゃ防戦一方で推進剤が無くなるぞ!?」

 

「……アンゼリカに援護射撃の要請をします、敵行動予測範囲にミサイルを打ち込んでもらい、敵の動きを止めた隙に一気に駆け抜け、敵を見つけ出し叩きます!」

 

「分かった!」

 

「フィルマメントからアンゼリカへ、指定ポイントにミサイル攻撃を要請します!」

 

《了解した、各機誤爆に注意して行動せよ》

 

 ジュネット中尉の通信の後にアンゼリカからミサイルが放たれる、この狭いデブリ帯では目標に届く前にデブリにぶつかり爆発する事は充分に有り得る事だ。言ったそばから放たれたミサイルの内数発が目標前で爆発を起こす、だがこれはこれで敵の目を逸らす囮になってくれる筈だ。

 

「アーニャ!」

 

「分かっています!ジェシー、貴方はグリム伍長と共に。私はララサーバル軍曹と共に分散して敵を叩きます!」

 

 遠近の得手不得手でバランスを取った編成だ、俺が接近戦で敵を牽制しながらグリムが撃ち取れれば!

 

「了解!行くぞグリム!」

 

「了解です!」

 

 バーニアを吹かせデブリを避けながら目標地点へ移動を開始する。今度こそ此方が叩く側だ!

 

ーーー

 

『ほう、敵にも中々の指揮官がいると見える。ウルフ1より各機へ。プランCに移行する、誤射に注意し各々の務めを果たせ。』

 

『こちらウルフ3了解した、兵装交換後的に接近戦に移る。援護は任せたぞ。』

 

『ウルフ2、敵が二手に分かれやがった。散開して叩くつもりみたいだがどうする?』

 

『プランに変更はない、予定通り誘き寄せてから狙い撃つまでだ。』

 

『バカが釣られた所をアタシが撃ちとってやるよ、囮役はさっさと出な!』

 

『ホントにうるせえなテメェは、だが通信もこれで最後だ。後は敵をぶっ倒すまで静かにやれそうだぜ。』

 

ーーー

 

「こちらヴァイスリッター、間も無く目標地点に到着する。グリム!援護頼むぞ!」

 

「分かっています!」

 

 付近はジオンが連邦か、どちらの船か判別が出来ない程朽ち果てた艦艇の残骸が漂っている。隠れるにはもってこいな場所だ。

 

「何処だ……この辺りにいる筈だが……。」

 

 付近を探索しているとピピピとアラートが響く、これはビーム射撃じゃない……!MSか!

 

『貰ったぁ!』

 

「ちぃっ!」

 

 敵のドムがヒートサーベルで此方を斬りつけようとする所をギリギリで此方もビームサーベルの展開を間に合わせ鍔迫り合いを起こす、アムロ達のおかげでOSの性能が向上して一つ一つの動作が前よりもかなりスムーズになっているのが本当に助かっている。前のままなら今のでやられていた。

 

『クソッ!今のを間に合わせるのか!』

 

「舐めるぁぁぁ!」

 

 バーニアの出力を上げ押し切ろうとするが敵はサーベルを捨て一気に飛び去る、此方は意表を突かれ姿勢制御が少し乱れた。

 

「中尉!クソォ当たれぇ!」

 

 グリムのメガセリオンがビームスプレーガンを放つが敵は艦艇の残骸を盾に再び隠れる。その時だ、またスナイパーライフルのビーム光が此方へ向かってくる。

 俺はヴァイスリッターの前部スラスターをフル出力で機動させ、またギリギリの所で回避した。もしもメガセリオンだったら直撃を受けていただろう。

 

「グリム!敵は何かおかしい!この手のビームスナイパーライフルは冷却の為のクールタイムがある筈なのに連中は何でこんな間髪無く射撃ができるんだ!?」

 

「こちらグリム!敵の射撃地点に到達!……!?中尉、多分理由が分かりました!恐らく敵は複数のスナイパーライフルを所有しています!此処は既にもぬけの殻です!」

 

 ……!まさかスナイパーライフルを使い捨てながら射撃をしているという事か!?そんな普通なら勿体無いような使用方法など通常の部隊なら考えられない。となると……コイツらは特殊部隊か何かか!?

 

「マズい……!すぐそこから逃げるんだグリム!」

 

 グリムのいる地点を敵は放棄した、尚且つ予想通り敵は複数のスナイパーライフルを所持していると考えれば次の敵の行動は……!

 そして思った通りまた別方向からのビーム光、グリムを狙ったものだ……!

 

「ク……うわぁぁぁ!」

 

「グリムーーーッ!」

 

 グリムのメガセリオンが被弾する、ビームは脚部から徐々に胴体部へと射線をずらしている、このままじゃグリムが……!

 

「やらせるかぁぁぁ!」

 

 サブアームからハイパーバズーカを取り出してビームライフルと共に敵の射撃位置へ発砲する、間に合え……!間に合え……!

 

「間に合えぇぇぇー!」

 

 射撃後全速でグリム機へと向かう、コクピットギリギリの所で何とか射撃が止まり何とかグリムを助けることができた。ヴァイスリッターで大破したグリムのメガセリオンを腕に抱えて、速度を維持しながら艦艇の残骸跡へと向かう。ここなら暫くの間は敵の攻撃も来ないだろう。

 

「大丈夫かグリム!応答しろ!」

 

「く……うぅ……中尉、僕はまだ……生きて……?」

 

「あぁ!大丈夫だ……!ギリギリの所で何とか助けられた!」

 

 しかしかなりの衝撃を打ちつけられたグリムはかなり満身創痍だ、このまま戦闘継続は不可能だろう。メガセリオンも上半身は無事でも戦闘機動が行えるような状態ではない。

 

「後は俺に任せてお前は休んでるんだグリム、後で必ず迎えに戻ってくるからな!」

 

「はい……中尉すみません……。」

 

 グリムを残し残骸跡を立ち去る、援護は無くなったが今の俺はそれを気にする余裕が無いくらい怒りに震えていた。

 

「ジオン……!ジオン……!お前達は絶対に許さない……!」

 

 神経を研ぎ澄まし敵の攻撃を待つ、これ以上やられっぱなしにはさせない。

 

『コイツで終わりだ!アースノイド!』

 

 ドムがデブリからヒートサーベルで奇襲をかけてくる、アラートの音と同時に前部スラスターを吹かせ翻るように機体を逸らす。

 

『なにぃ!?』

 

「いい加減……!墜ちろ!」

 

 体勢を立て直しビームライフルでコクピットを打ち抜き、爆散する前に離れ去る。

 

『ウルフ2がやられた!?コイツ……調子に乗るんじゃ無いよ!』

 

 遠くからビームの光が見える、それと同時にバーニアを全開にし回避する。全速で近づきハイパーバズーカで射撃地点へ砲撃すると堪らず逃げ出したザク・スナイパーが現れた。

 

『なんて奴なんだい!?こんな……!私達を逆に狩ろうなんて!』

 

「消えちまえよ!ジオン!」

 

 射撃装備を捨てビームサーベルを取り出して格闘戦を仕掛ける、スナイパーが幾ら遠距離射撃が優秀でも接近戦ではただの案山子同然だ。呆気なく斬りつけられ敵機は大破する。

 

『そんな……!』

 

 敵機の爆発を確認し周囲を確認する、どうやら付近にはもう敵機はいないみたいだ……。残りはアーニャ達の方面にいるのか?援護に向かうべきか……。

 ……いや、今はグリムを艦に戻す方が先だ。状態が悪化したらどうなるか分からないし、あっちはアーニャ達を信じるしかない。俺はアンゼリカに救援信号を送りながらグリムの所へと急いだ。

 

 

ーーー

 

『ウルフ2とウルフ4の信号が消えた……!?クソッ!』

 

 攻防の一瞬、敵の攻撃の間隔が少し伸びた。何か向こうで動きがあった……?なら!

 

「敵の動きに動揺が見られます!ララサーバル軍曹、このまま一気に叩きますよ!」

 

「了解だよ!いつまでも好き勝手やらせてやる訳にも行かないしね!」

 

 ララサーバル機が先行し敵の近接機であるザク高機動型へ攻撃を仕掛ける、敵の方がベテランであったとしても此方も宇宙戦には適応し始めている、負けはしない!

 

『ちぃっ!調子に乗ってぇ!』

 

「やらせません!」

 

 敵のスナイパーは恐らく武器を何種か持っていてそれを使い捨てる事でリロードの時間を省き、間髪つかぬ攻撃をしているのだろう。しかしそれでも武器の持ち替えやポイントチェンジ時に発生する僅かな時間は此方が有利になる。今度は此方が迂闊に顔を出している獲物を追い詰める番だ。

 

「……そこっ!」

 

 ビームライフルで敵機を射抜く、直撃した機体は爆散し残る敵機は恐らく一機だ。

 

『ウルフ3!残ったのは俺だけか……!』

 

「残る敵は……何処に……!」

 

 そう考えているとアンゼリカから援護射撃が放たれる、此方の位置を把握して敵の射線となり得そうなデブリ帯へ主砲を斉射している。見事な腕前だ、これなら……!

 

『クソ……!群狼(ウルフ・パック)隊が……!こんな連中に!』

 

「視えた……!これで終わりです!」

 

 一瞬の境で互いに構えたビームライフルは敵の大型化されたビームライフルより此方のビームライフルの方が放たれるのが速かった。敵を貫き、漸く戦場は静かになる。

 

「フゥーーー……やっと終わったみたいだね。」

 

「そうですね……、ジェシー達の方も何とかなっていれば良いのですが……。」

 

 援護に駆けつけたいが既に私もララサーバル軍曹も長時間に渡る戦闘でかなりの疲労が溜まっている。継戦するには少し心許ない。

 

《こちらアンゼリカ。エルデヴァッサー中佐、ララサーバル軍曹異常はないか報告されたし。》

 

「こちらフィルマメント、私もララサーバル軍曹も異常ありません。ジュネット中尉、戦況はどうなっていますか?」

 

《アンダーセン中尉らは先に敵機を倒し帰還している、しかしグリム伍長が敵の攻撃で機体中破、本人も今メディカルルームに運ばれている。》

 

「なんだってぇ!グリムの容態は!?」

 

《幸い外傷は少ないが攻撃の余波でかなりの衝撃を受けてしまっているとの事だ、内臓にダメージが無いか確かめている最中だ。ホワイトベース隊も大勢は決している、二人とも帰投してくれ。》

 

「了解です。」

 

 何とか倒せはしたが……受けた被害は大きいようだ。心配は募るが今はまず帰投しなければ。

 

 

ーーー

 

「全滅……、全滅かあれだけのMSがいて一機も落とす事すら敵わず。」

 

 ドムとザクからなる合計12機のMSが一方的に全滅した、やはりガンダムや木馬の力は脅威だったと言うことだ。……そして、赤い彗星の実力も。

 

「敵ムサイ艦長、聞こえるか。私はネオ・ジオン総帥キャスバル・レム・ダイクンだ。貴艦のMS隊は全滅した、最早これ以上の戦闘は無意味だ。我々は貴艦に投降を勧める、良き返答を期待する。」

 

「通信手、通信チャンネルを変更し呼びかけに応じろ。回線はファルメルを使用していた時に使っていたチャンネルだ。」

 

「ん……?これは、ファルメルにいた頃の通信チャンネル!?まさか!」

 

「お久しぶりですなシャア少佐、いや今はキャスバル総帥とお呼びした方が宜しかったですかな?」

 

 モニターから見えるのはかつては仮面越しでしか見ることの無かった上官の顔だ、こうやって見るとやはり父親に似ている。

 

「ドレンか!まさかお前がこの艦隊を率いていたとは、しかし何故広域通信ではなくファルメルのチャンネルを使用した。」

 

「広域通信ではザビ家の連中にも聴こえてしまいますからな。申し訳ありませんがキャスバル総帥、我々は貴方に着いていく事は出来ません。」

 

「何故だ……!?ドレン、お前も分かっているだろう。今のザビ家のやり方でスペースノイドの自由からは遠ざかってしまう。」

 

「それは分かっております、戦争の大勢もほぼ連邦に傾き幾らギレン総帥の手腕があっても程なくしてジオンが負けるだろうと言うのも。」

 

「では何故!」

 

「キャスバル総帥、……いや、シャア少佐。我々は貴方の才能と器量にとても感服しています。しかし我々は貴方の友人にはなれても部下にはなれない。何故なら我々はジオン公国の軍人であって、本国には未だ家族を残した部下が大勢いるからです。」

 

 この言葉の意図を察したキャスバル総帥は苦い表情をする、良いお方だ、我々一兵卒の苦悩を今の言葉で充分察してくれたのであろう。

 

「我々にも護るべき者がいる、だからこそ戦わねばなりません。部下らも最初からその覚悟で貴方に牙を向け、そして負けたのです。今更同じ旗を仰ぐ訳にも行きません。」

 

「しかし……ドレン!」

 

「思うにシャア少佐、我々に本当に必要だったのは優れた思想や理念、才能を持った主導者ではなく良い隣人や友人だったのではないかと思います。この過酷な宇宙で命を擦り減らすのに必要なのはそう言った感性を持った優しい人達であると、だからこそ貴方はダイクンの遺児などという鎖に縛られずただのキャスバルとして進んで頂きたい。」

 

 スペースノイドの解放、宇宙に暮らす者への平穏。それらは確かに必要な事であるし、いつまでも地球に巣食うゴミを放っておいて良いわけもない。

 だがそれを一人で背負うのではなく、互いに支えあって進んで行かねば何処かで歯車が狂ってしまうのだろう。かつてジオン・ダイクンとデギン公王がそうであって今はザビ家全体がそうであるように。

 

「全艦に通達、木馬の方向に向けて一斉射撃。狙いは自動で適当に放っておけ、その間に前もって渡しておいた酒を全員に振舞っておけ。」

 

「よせドレン!ホワイトベースにはこの通信は聴こえていないのだぞ!狙いを外していても彼らから反撃を!ドレン!聴こえていないのか!ドレーーー」

 

 通信を切る、これで良い。後は彼がより良い未来を築いてくれるだろう、それを信じて我々は酒を飲みながら笑い合う。

 

「艦長、我々は無駄死にではないですよね。」

 

「あぁ、後はあのお方がやってくれるだろうさ。すまんな、お前達を道連れにしてしまって。」

 

「最後にあの赤い彗星と戦えたんです、未練はありません。家族も汚名を受けずに済みますしね。」

 

 狙いの狂った主砲が木馬を過ぎ去る、連中からすればキャスバル総帥の勧告を拒否し間を置いて発砲したように見えるだろう。無論戦況を何処かで見ているであろう公国からも。

 木馬の主砲が此方に向けられる、それを気にもせず次の酒をグラスに注ぐ。

 

「ネオ・ジオンの未来に。」

 

『ネオ・ジオンの未来に!』

 

 部下達の声が艦橋に響き渡る。誰の顔にも恐怖はない、本当に……本当に最後にこのような部下たちを従える事が出来て幸せ者だ。

 

「乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 そして光は放たれた。

 

ーーー

 

「そうか、あの艦隊はキャスバル総帥の元部下達がいたんだな。」

 

 キャメル・パトロール艦隊だったか、確かに宇宙に上がった直後に本来ホワイトベースを挟撃するのはシャアのザンジバルとキャメル・パトロールのドレンだった。

 

「えぇ、今はララァさんが何とか支えていらっしゃるみたいですが先程までだいぶ荒れていたと聞いています。」

 

「そりゃそうだろう、向こうだって本来は戦いたくなかっただろうからな。」

 

 しかしこれが戦争で色々な理由があり戦わざるを得なかった。簡単に寝返る事なんて出来なかったのだろう。

 

「アーニャ、俺は……俺はジオンを叩く……徹底的にな。」

 

「ジェシー……。」

 

「別にスペースノイド全体がとか、ジオン公国の人間が……とか憎しみからじゃないんだ、ただこんな誰かを不幸にさせるような事をもう見たくない。だから此処で戦いを生む連中を徹底的に叩く。」

 

 ザビ家やそれに従う狂信者じみた連中、そう言った奴らがいるからこうやって憎み憎まれ戦いを続ける事になるんだ。そんな連中をずっと好き勝手させたくない。

 

「私も同じですジェシー、戦後に向けてより良い未来を進むために争いの火種は此処で全て消しておきたい。……私達だけでは難しいかもしれませんが。」

 

「それでも、それでもさ。」

 

 言い続ける限り、諦めない限り、未来を変えようって気持ちは止まらない筈だ。実際に本来の歴史が変わって未来は少しずつ別の物になっている。いつかはきっと……。

 

「あのぉ〜、良い感じの所すみません。整備の方は何とかスムーズにいけそうですよ。」

 

「クロエ曹長!?もう大丈夫なのか!」

 

 話しかけてきたのは整備服姿のクロエ曹長だ、先程より顔色はかなり良くなっているが精神的には大丈夫なんだろうか。

 

「えぇ!もうバッチリですよ、こ……これもアンダーセン艦長のおかげです。」

 

「ん?」

 

 何故か顔を赤く染め始めるクロエ曹長、なんだ?熱でもあるのか?

 

「あ、そうだ中尉!アンダーセン艦長って今は独り身なんです……よね?」

 

「えっ、えっ……?あぁ?お袋は死んだから独り身といえば独り身だが……?」

 

 何でそんなことを?そして何故に顔が赤いままなんだ?……なんか嫌な予感がする。

 

「へ、へぇ〜だったらまだ私にもチャンスがあるよね……あの時のアンダーセン艦長とても優しかったし年上趣味なんて全く無かったのにドキドキが止まらないし……これって……そうだよね。

 

「クロエ曹長?何かおっしゃいました?」

 

「いえいえ!何でもないですアハハハハ!それでは整備がありますので!」

 

 ニコニコしながらかなり緩く敬礼をしてクロエ曹長は立ち去る、俺はアーニャの顔を見ながらボソッと呟く。

 

「もしかして親父を殴りに行った方が良いのか?」

 

「ダメですよ、何言ってるんですか。」

 

 でもなんか絶対あの男はやらかしたような気がするのでぶん殴りに行きたいという衝動が湧くんだ、そう思って艦橋に向かおうとしている俺を引っ張ってアーニャはメディカルルームにいるグリムの容態を確認しに連れて行くのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話 幽霊は静かに揺蕩う

 

「どうだミライ、アンゼリカは付いて来れるか?」

 

「駄目ねブライト、第一戦速ではとてもじゃないけど追従しきれないわ。やっぱりエンジンが一基壊れているのは致命的ね。」

 

 現在サイド6に進路を向けて進んでいる我々第13独立部隊であるが、先日の戦闘で敵の狙撃用MSの攻撃によるエンジンへの直撃を受けたアンゼリカは、進行には支障はないものの、速度は全速には足りずホワイトベースにやや遅れを取り始めていた。

 

「どうするべきか、我々だけ先にサイド6に寄港する訳にもいかんしな。」

 

「けれど物資もそろそろ足りなくなる頃合いよ、私達が先に寄港して補給を整えた後に再度合流して体勢を整えるのも良いんじゃないかしら?」

 

「うむ……一度アンダーセン提督と相談してみるか。」

 

 どのように動こうと完全に敵への対策は打てない、しかし最善の手を尽くしていれば致命的な事態にはならない筈だ。歴戦の艦長であるアンダーセン提督ならば自分達とはまた違う視点が見えるのではと期待する。

 

ーーー

 

「ふむ、ホワイトベース隊が先にサイド6へ寄港する……か。一つの手としては有りではあるな。」

 

「アンゼリカが遅れを取らなければ今頃サイド6へ到着していてもおかしくはないですからね。私達のせいでホワイトベース隊の補給を遅らせるべきでは無いのは確かですが……。」

 

 アンゼリカの艦橋では親父とアーニャが今後の打ち合わせをしている、エンジンの被弾により進軍速度がやや遅れているアンゼリカをどうするのかと言う問題点が焦点だ。

 

「ジェシー、貴方はどう思いますか?」

 

「ん、俺に聞くのか?パイロットが艦隊運用についてまともに意見出来るとは思えないが。」

 

 はっきり言ってこの手の話題はパイロットの俺には全然分からん領域だ、どのくらい物資が持つのか、とか推進剤はいつまで……とかそこら辺の話を聞いてても何がなんだか分からんし。

 

「そこまでのレベルの意見は求めていないですから安心してください、ジェシーは偶に博識な面を見せてくれますからね、もしかしたら何か私達では出せない意見が出るかもしれないので。」

 

「偶にってなぁ……俺はいつだって真面目に。」

 

「ふむ、エルデヴァッサー中佐がこう言っておられるのだ、お前なりに考えて言ってみると良い。」

 

 コイツにこう言われると腹立つがここで何も言えないのも癪に触るし自分なりに考えてみるか……。

 

「そうだな、まずホワイトベース隊が先行してサイド6で補給受けた後に再度合流してアンゼリカも寄港する。ブライト艦長の意見は良い案だと思う、ホワイトベース隊が万全の補給を受けた状態で合流出来ればこれほど頼もしい事はないからな。」

 

 ガンダム2機に赤い彗星までいるのだ、鬼に金棒レベルじゃないからな……例えるならV2ガンダムにアサルトバスターなレベルだ。……いや、これだと過負荷が凄いか……ってそんな事を考えてる場合じゃないな。

 

「ただこの場合の問題点はホワイトベースが寄港している間にアンゼリカが攻撃されたら元も子もないって所だな。幸いグリムは軽傷で済んで戦闘も行えるレベルではあるが肝心の機体が出撃できる状態じゃないからな。3機のMSと足の遅いアンゼリカじゃ敵の攻撃があったらひとたまりもないだろう。」

 

 それこそ先日の狙撃部隊みたいな金のかかってそうな部隊だったら一巻の終わりだろう、とは言っても……。

 

「まぁこんな事を言ったが実際に敵がアンゼリカに攻撃してくる確率はそこまで高くは無いと思う、ジオン側もキャスバル総帥が乗っていて尚且つガンダムも存在するホワイトベースの方を優先して狙うだろうし、その随伴艦であるアンゼリカの戦力はそこまで重要視してないだろうからな。叩くにしても手負いの今ならホワイトベースを叩いた勢いのついでにって敵は考えるんじゃ無いか?」

 

「ほう……、ここまでのレベルで意見をしてくるとは思ってなかったぞ。成長しているのだなジェシー。」

 

「っ、なんだよ。褒めても何も出ないぞ。」

 

「ふふっ、ジェシーも冴える時は冴えるんですよアンダーセン提督。」

 

「お前がドヤ顔で誇るのか……。」

 

 それにしても原作であればこの時点で戦うことになるのはコンスコン艦隊か、アニメではあんまりな扱いであったキャラではあるがその戦術は間違っておらず、ドズル麾下の将校である事から実際は武勇に優れていると言った評価をされている。それにアニメではシャアを意識し過ぎていた所もあったが今はシャアは連邦側である、これも何かの要因にならないか不安だが戦力的には原作通りの展開になればアムロの覚醒で何とかなりそうだ。

 

「っと、俺がここまで意見したんだからそっちの意見も聞かせてくれよ。」

 

「私は貴方とそう変わらない考えですよ、ただ敵に余勢がある場合は此方を叩く戦力を用意する可能性も高いですから予め防衛策を練らねばならないと考えていますけど。」

 

「ふむ……確かにエルデヴァッサー中佐の考えは間違ってはおりませんが二人とも自己評価が甘いと言う点は頂けませんな。中佐達は既に歴戦のエース、敵から警戒をされていてもおかしくはありませぬぞ。」

 

「私達が……エース?」

 

「連邦軍のMS黎明期におけるテスト運用、それらが終わった後でも各所を転戦し戦い続け尚且つ専用機も持っている。敵がこれらの情報を知っていれば決して軽視はしませんぞ。」

 

 言われてみれば経歴だけ見れば俺達もそれなりの部隊ではあるのか……、少し甘く考えていたがもしも敵が俺達を過大評価して敵部隊を送り込んできたら……それに原作とは違う展開を迎えている訳でコンスコン艦隊だけならともかく、このままサイド6を経由してグラナダへ侵攻してくると思われたらキシリア直属の部隊も出てくる可能性も考慮しないといけない。

 

「そう言われると確かに不安になってくるな、敵がこちらにそれなりの評価をしていたら想像しているよりも部隊を派兵する可能性があるって事だしな。だが親父、それならどう対処するべきなんだ?」

 

「うむ、グリム伍長が出撃できない状況を逆に利用させてもらう。MSハンガーには空きが出来ているからな、ホワイトベース隊より一機寄越してもらい合流までの間の戦力を安定させる。」

 

 成る程、確かにホワイトベース隊から少しの間誰かを借りれれば戦力を分散しても安定はするな。

 

「でしたらガンダムの内1機を回して頂けないか聞いてみましょう。戦力的にはそれでバランスは取れるでしょうし。」

 

 確かにアムロでもカイでもガンダムさえいれば仮に敵の攻撃があっても何とかなりそうな気はする、コンスコン艦隊にしてもキャスバルがいれば安定するだろうし。

 

「ではその様にブライト艦長には伝えておきましょう。パイロットもいつでも出撃可能な様に機体の調整をしておくのだぞジェシー。」

 

「分かっていますよ艦長殿、さて……報告がてら機体調整しにハンガーに顔を出してくる。」

 

 これ以上いると無駄に親父と話をしかねない、そう思いながら機体ハンガーへと足を運ぶのだった。

 

 

ーーー

 

 

「以上がキシリア閣下からの報告です、お兄さん。」

 

 マルグリットの報告を聞き、それらを纏めた報告書を見ながら頭の中で状況を纏める。木馬とジオン内で呼ばれていた艦が現在キャメル・パトロール艦隊と群狼隊を撃破しサイド6へ向けて進行しているとの事だった。連中の事は詳しくは知らないがキャメル・パトロール艦隊にしても群狼隊にしてもそれなりの実力を備えた部隊だったのは間違いない。それがたった2隻の艦とMS部隊に殆ど損害を与えられず撃破されたと言うのは驚くべき事だ。

 

「流石は赤い彗星を退け、黒い三連星を撃破した部隊と言うことか。……それに例の白い機体も随伴艦に乗っているとはな。」

 

 木馬には白いマゼラン級が一隻随伴しているとの報告も交戦した部隊から報告が入っていた。その中には少し形は変わっているが俺の忌むべき仇の機体も確認されていた。

 

「群狼隊はそのマゼラン級のMS部隊に撃破されたみたいです、やっぱり侮れないですね。」

 

 スパイからの情報によれば連中は連邦軍でも最初期からMSを運用していた部隊だったらしい、確かに最初の戦いの時にあの時期で紛い物とは言え頭部の違うザクとザクを模したMSがいた点から連邦の中でも古参のMSパイロットということになる。

 

「どうするグレイ、私達が出撃してあの艦を沈める?」

 

 ヘルミーナが提案をしてくる、確かにサイド6に寄港するならその目前で出撃すれば戦えないこともない。

 

「いや、俺達が出撃するかどうかは上が決める事だ。確かドズル閣下の宇宙攻撃軍からコンスコン少将がサイド6へ向かっていると報告があった筈だ。」

 

 地上での劣勢を受けて、当初はジオン寄りだったサイド6も連邦軍へと媚を売り始めた。それに対してコンスコン少将らが示威活動を行うらしい、なら序列的に俺達が勝手な行動を移すよりも先ずは向こうの出方を伺うべきである。

 

「変わりましたねお兄さん。今までなら我先にと打って出たでしょうに。」

 

「ニムバス大尉から託された命だからな、無駄遣いするつもりはない。お前達の事だって頼まれてるんだ。」

 

「ふふっ、ありがとうございます。」

 

 クスクスと笑うマルグリットに調子を崩されながらも、報告書を読み進めて不備がないか再チェックする。

 

「……ん?キシリア閣下の海兵隊も此方に向かっているのか?」

 

「えぇ、確かサイド6内で連邦軍が新型機を開発している可能性があるらしく、それの調査にガラハウ中佐の部隊が内情を探りに来るらしいです。」

 

 シーマ・ガラハウ中佐か、汚れ仕事を任されている彼女らしい内容ではあるが……まさかこのサイド6で連邦が新型を開発しているとは俺も知らなかった話だ、それほど迄にサイド6は連邦寄りになってきていると言うことか。

 

「交戦するにしてもまだ時間がかかる、一度マリオンの所へ誰か行ってきても良いぞ。何かあったら此方で連絡する。」

 

「それでは私が、お兄さんとヘルミーナは2人でゆっくりしていてください。」

 

「ね、姉さん……!」

 

 何故か顔を赤くするヘルミーナ、ゆっくりしていろと言われてもな……。

 

「いや、イフリートの宇宙戦用の換装もまだ完了していないし最終調整もあるからな。出撃も近いだろうしこっちはあまりゆっくりはしていられないぞ。」

 

 2人のドムはある程度のパーツ変更で宇宙用に出来るが俺の機体はそうはいかない。現在ブラウ・ブロなどのニュータイプ用のサイコミュを搭載したMAの調整なども行われているがテスト段階の物も多く信頼性に難があり、それなら既存のMSの換装を優先した方が良いと判断されイフリート・ゲシュペンストはまだ最終調整の段階なのだ。

 

「はぁ……お兄さんは戦闘以外にも女心とか学んだ方が良いと思いますよ。そんな唐変木ではこの先が心配です。」

 

「……?」

 

 やれやれと手振りをしながら去って行くマルグリットを横目に、残された俺とヘルミーナは顔を合わせる。

 

「……取り敢えず機体調整でもしに行くか?」

 

「……馬鹿。」

 

 ……女心はよく分からんな。そう感じながら整備ハンガーへと俺達は足を運ぶのであった。

 

 

ーーー

 

「はぁ、ヘルミーナも先が思いやられますね。」

 

 リボーコロニーへ向かうシャトルで、誰も聞きとれない声量でそう呟く。

 あの子は親しい人が見れば一目瞭然と言うくらいには彼に好意を抱いているが、当の本人は全く恋愛事にはさっぱりなのか、それとも単純に妹分としてしか見ていないのかいつまでも子供扱いである。

 

「あの子もあの子で、もっとアプローチをするべきですけれどね。」

 

 とは言っても難しい話だ、私達2人はこの数ヶ月でようやく人間になれたようなものだから。それまでの暮らしでまともな人間性というものは培えられずお兄さんとの交流でやっとまともな人として歩めるようになったのだ。例えそれが人殺しの兵隊としてでも。

 腕にまだうっすらと残っている傷痕を眺めながらそう感傷に浸る、あの頃の記憶など思い出したくもないが、そのおかげでお兄さんと巡り会えてヘルミーナがあれほど救われたのなら少しは価値のあるものだったのだろうか。

 

『お待たせ致しました。間も無く当シャトルはリボーコロニーに接舷致します。』

 

 考え込んでいると艦内放送が流れ始める、どうやらもう到着したようだ。

 

「全ては運命の巡り合わせ……か。」

 

 結局の所全ては成るようにしか成らない。今までの人生も、お兄さんとの出会いも全ては成るように成った運命だったと言うことだ。

 

「マルグリットさん!」

 

「マリオン……?あれほど迂闊に外に出ないように言っていたのに。」

 

 乗降口を出た先で待っていたのはマリオンだった。本来であれば現在住んでいるアパートに此方から伺う予定であったのだが。

 

「すみません、待ち遠しくて。」

 

「変装もしているしバレる事はないと思いますが気をつけてください。貴方に何かあったらニムバス大尉に申し訳ないんですから。」

 

 帽子とサングラスで見た目を誤魔化してはいるが勘の良い諜報員がいて、マリオンの事を探っていたら感づかれてもおかしくはない。ただでさえマリオンは脱走兵扱いになっているのだ、今のジオンに意識不明の状態から連れ出された少女を探している暇は無いとはいえ、もしもという可能性もある。

 

「ごめんなさい……。」

 

「……いえ、良いんです。今度ウィッグでも買いにいきましょうか、それなら髪が伸びるまで少しは目立たずに済むでしょうし。」

 

 雑談を経てからある程度の日用品の買い物を済ませ、彼女の住んでいるアパートに到着する。一人で住むには十分なスペースだが殺風景でもある。

 

「相変わらず殺風景ですね、何か飾ったりとかはしないんですか?」

 

「はい、元々私のお金じゃありませんし。ニムバスにも申し訳ないと思って。」

 

「大尉ならきっとそんな事は思わないと思いますよ。マリオンには普通に暮らして欲しいと言ってましたから。」

 

 彼の残したお金を無駄遣いしたくないという事だろう、数年は余裕のある生活を送れるほどの額だが無限では無いのだ。彼女からしたら勿体ない使い方はしたくないという事なんだろう。

 

「それでもまだ戦争は終わらないですから、あまり贅沢するつもりもありませんし。」

 

「それなら良いんですが、あまり思い詰めないでくださいね。」

 

「ありがとうございます、ふふっマルグリットさんってまるでお母さんみたいです。」

 

「……そうですか?」

 

「はい。優しくて気を遣ってくれるし、こうやって偶に来てくれた時にはお料理も作ってくれるし。」

 

「簡単な物しか作れないですけどね。」

 

 大半は地球に降りてから教わった物ばかりでそれも男性の人が作るような大味な物ばかりなのだけど。

 

「きっと将来はいいお母さんになるんじゃないですか?」

 

「お母さん……私が……?」

 

 そう言った事は考えた事がなかった、そもそも気になる異性もいないしお兄さんはあくまでお兄さんで家族としか見ていないし。それにまともに育てられた事のない私が母親になるなんて出来るのだろうか。

 

「マルグリットさん。」

 

「なんですかマリオン。」

 

 真剣な眼差しでこちらを見つめるマリオン。

 

「死なないでくださいね。」

 

「どうしたんですか急に?」

 

「最近テレビでもニュースになってます、連邦軍が宇宙での攻勢を強めていて、もしかしたらこのサイド6でも戦闘が起きてしまうのではないかって。」

 

 間違いではない、幾ら中立を謳っていても以前のような状況ではなく露骨にジオンから連邦へと擦り寄る対象を変えてきている。私だって偽造された身分証で無ければ何の用で此処に来ているのかと、くだらない尋問に時間を取られていただろう。

 こういった状況もあり既に一部の兵の間では敗戦ムードに成りつつある、まだソロモンやグラナダそれにア・バオア・クーやサイド3本国と言った生命線となる拠点は健在ではあるのだが、やはりジオン・ズム・ダイクンの遺児を相手に戦うという精神的な所に嫌悪感を抱く兵士が多い。

 スペースノイドの解放、今は亡きジオン・ズム・ダイクンの理想の成就、それがジオン公国が掲げた御旗であるのにそれを正当に受け継ぐ者が現れジオン公国を批判する。自身の利権がある将校は良いが、末端の兵士にとっては何が正義で何が悪なのか、判別するのが難しくなっているのが現実だ。

 そういう厭戦ムードを嗅ぎつけた今のサイド6が連邦軍寄りへ移行し、それに痺れを切らしたジオン本国の示威行動に移るのだろう。これ以上悪循環を発生させたくないという思惑が見て取れる。最悪の場合マリオンが言った通りサイド6でも戦闘が起きるかもしれない。

 

「大丈夫ですよ、私だってまだ死にたくはありませんから。」

 

 マリオンの手を握り締め、そう応える。根拠はない……けれど最初から死ぬつもりで戦ってはいない。

 

「マルグリットさん……。」

 

「心配し過ぎですよマリオン。お兄さんもいますし、そんな簡単には死んだりしません。」

 

 少し安心したのか、マリオンは微笑みを返してくれた。

 

「ごめんなさい、ニムバスの事があってから少し心配性になっているみたいで。」

 

「良いんですよ、心配してくれるのは嬉しいです。マリオンは私のもう1人の妹みたいなものですから。」

 

「妹……。」

 

「嫌でしたか?」

 

「あっ、違うんです!嬉しくて……!私一人っ子だったから……。」

 

 私もそうだがフラナガン機関にいる人間は何かしらの理由で天涯孤独の身の人が多い。お兄さんも既に両親は他界していて親代わりだった人も地上で亡くしている。だからこそ他人との触れ合いに飢えているのかもしれない。

 

「戦闘が終わったら、また此処に戻って来ます。その時はお兄さんとヘルミーナを連れて来ますね。」

 

「はい、待っています。」

 

 そしてマリオンに別れを告げ、宇宙港へ向かうバスを待つ。数時間とはいえ話が出来たのは良かった。マリオンにはああは言ったけれど私だって戦場に出れば生きるか死ぬかは分からない、ニュータイプだからって未来までは見通せない、自分の事だったら尚更だ。

 ふと空を見ると鳥が数羽、羽根を羽ばたかせ優雅に空を舞っている。前までは気にも留めなかった事だが、地球とは違う環境だと言うのに地球で見たそれと同じ様に飛んでいる。彼らは既に宇宙という暮らしに適応したという事なのだろうか。

 

「……植物や動物はコロニーの暮らしに満足しても、人間はそうはいかないなんて、情け無い話ですね。」

 

 仮に生まれ変わる事があるとすれば、今度は青空を翔る鳥になってみたい。そう考えながら到着したバスに乗り、シャトルへ向かうのだった。

 

 

ーーー

 

「ただいま戻りましたお兄さん。」

 

「マリオンはどうだった?」

 

「いつも通りでした、監視の目も無さそうなのでまだ安全ですね。」

 

 マルグリットからの報告を聞いて少し安堵する、とりあえずは悩みの種は一つ消えた。

 

「こっちは間も無くコンスコン提督と通信が繋がる。お前も一緒に聞いておくんだ。」

 

「分かりました。」

 

 モニターの前で待機し、予定された時刻となった途端、モニターにコンスコン提督が映る。敬礼をすると彼もまた返礼で応えた。

 

「ジオン公国宇宙攻撃軍コンスコン機動部隊司令官コンスコン少将である。」 

 

「ジオン公国突撃機動軍フラナガン機関所属ジェイソン・グレイ少尉であります。」

 

「うむ。さて管轄は違うが今回の作戦、貴君らも加わって欲しく通信した次第だ。現在我々が向かっているサイド6に連邦の木馬も向かっている事は存じているだろう?」

 

「ハッ、キャメル・パトロール艦隊を撃破し損害も少ないと報告を受けております。」

 

「その通りだ、随伴艦のマゼラン級のエンジンを一つ潰してあるとの報告だが肝心の木馬は無傷である。このままサイド6へ寄港し補給を済まされると厄介だ。その前に我々の艦隊で一度攻撃仕掛ける。」

 

「サイド6の領空となると向こうも黙ってはいないでしょうが如何なさるおつもりですか?。」

 

「ふん、構わん。連邦に尻尾を振り始めた連中を震えさせるには丁度いい。貴君らには損傷しているマゼラン級の撃破を頼みたい、我々が木馬に戦力を投じている最中での挟撃となる、連中がマゼラン級の援護に向かえば戦力も分散されるし向かわなければ此方は総力を持って木馬を潰せる。」

 

「了解しました、提督のご期待に応えられるよう奮戦致します。」

 

「うむ、攻撃のタイミングはそちらに任せるがくれぐれも用心するようにな。では武運を祈る。」

 

 そこで通信が終了する、ドズル中将の麾下らしく戦闘においては曲者の多いキシリア少将の麾下の人間よりは接しやすい武人だ。

 

「マルグリット、ヘルミーナ。出撃の準備だ。」

 

「わかった。」「分かりました。」

 

 ジオンの艦艇では出航時に怪しまれるので機体は貨物船に扮した輸送艦に積み出航する。サイド6の領空外にさえ出てしまえば後は何をしようが問題はない。

 

「よし、これより俺達3機で敵のマゼラン級に攻撃を仕掛ける。敵艦はエンジンを被弾し航行速度は通常より遅いだろう。だが護衛のMSは確実に出てくる、それに対処し確実に敵を沈めるぞ。」

 

「分かった。」

 

「コンスコン提督が木馬を沈めさせれば此方の救援にも来るはずだ、俺たちはただ堅実に敵に対処すれば良い。ニムバス大尉から託された命だ。無駄にはするなよ。」

 

「お兄さんこそ、例の白い機体に惑わされないようにしてくださいね。」

 

 中々痛いところを突いてくる、確かに未だに俺の中で奴に対する恨みはある。だが今はそれよりも大尉から託された命を無駄にしたくないという気持ちもあるのだ。

 

「分かっている……。よし、そろそろコンスコン艦隊の攻撃が始まる。此方も仕掛けるぞ!」

 

 輸送艦のハッチが開く、機体が正常に稼働している事を確認し発進する。

 

「ジェイソン・グレイ。イフリート・ゲシュペンスト発進する!」

 

「マルグリット、リック・ドム グリージアも続きます。」

 

「グレイは私が守る……!」

 

 各々の想いを胸に、戦いの火蓋が幕を上げようとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 交わる刃

 

《敵MS部隊接近中!MS部隊はは直ちに出撃しアンゼリカを防衛せよ!》

 

 ジュネット中尉の通信を受け俺とアーニャ、そしてララサーバル軍曹とカイが出撃準備に移る。

 

「クソ……!僕も出撃できれば……!」

 

「そう逸るんじゃないよグリム、アタイがアンタの分まで頑張ってきてやるよ!」

 

 ララサーバル軍曹にフォローされているのは今回機体が出撃できる状態ではないグリムだ、この事態に出撃できないのは確かに歯痒いだろうな。

 

「カイ!ホワイトベース隊とは違って連携のタイミングが合わないかもしれないが上手く動いてくれよ!」

 

「あいよ!アムロじゃなくて残念だったとか言われても嫌なんでね。カイ・シデン、ガンダム行くぜ!」

 

 カイのガンダムが先行し後に俺とララサーバル軍曹、そしてアーニャが続く。

 

「ジュネット中尉、敵の数は!?」

 

『現在輸送艦らしき船から3機の機影を確認している、援軍が無ければ今の所は3機の筈だ。』

 

「こちらは牽制であくまで本命はホワイトベースに向かっている可能性が高いですね……。」

 

 アーニャの懸念もあり得る話だ、先行しているホワイトベースを先に叩いてこちらは後で叩くなら先ずは牽制を送り足止めし此方が救援に向かうのを阻止するだろう。

 

「なら敵を速攻で叩いて逆に此方から挟撃するくらいの気概で動かないとな!ヴァイリッター、敵と交戦する!」

 

 機動を上げて敵機の方向へと向かう、センサーに反応し機体を照合するが……。

 

「データに無い機体……、だがあの色と形状は北米で戦ったイフリートか!?」

 

 灰色のイフリート、北米での戦いで一戦を交えた機体だ。確かキャスバルが言っていた……!

 

「アーニャ!コイツらキャスバル総帥が言っていたフラナガン機関の連中だ!」

 

「此方も確認しました!……ニュータイプという事なのでしょうか。」

 

「実力は北米で分かってる……油断出来ないぞ!」

 

「ニュータイプか何か知らないが墜としちまえば一緒だってね!」

 

 カイのガンダムがビームライフルで攻撃を仕掛ける、確かに幾らニュータイプと言えど数では此方が有利だ。それに原作でも外伝でもフラナガン機関でイフリートに乗ったパイロットなどニムバスくらいしかいなかったし原作名有りのエースで無いのなら勝機はある筈だ……!

 

『敵MSの攻撃を確認!二人とも、俺から離れるな!』

 

『わかってるよグレイ!』

 

 敵の3機は見惚れるような動きで器用に攻撃を回避する、だが感心している場合ではない。やはり北米で戦った時と変わらず個人の戦闘機動も並外れた物があるがそれ以上に連携が非常に上手く取れている。舐めてかかったら此方がやられる……!

 

「カイ!アーニャ!俺とララサーバル軍曹で隊長機と思われる機体に攻撃を仕掛ける!その間にドムの一機に集中して攻撃を仕掛けられるか!?」

 

「そりゃ構わないけどよジェシーさん!アイツらハンパじゃない強さだぜ、やれるのかよ!?」

 

「だが動いて突破口を開かなきゃアンゼリカが狙われる!頼んだぞ!ついて来いララサーバル軍曹!」

 

「あいよぉ!」

 

 ララサーバル軍曹と共にイフリートへ攻撃を仕掛ける、俺が正面から襲い掛かりその背後からララサーバル軍曹が隙を突く算段だ。

 ヴァイリッターのビームサーベルでイフリートへ斬り掛かると敵もまたヒートサーベルで対応してきた、この隙をララサーバル軍曹が突く形で背後から迫る。

 

『舐めるな!』

 

「な……くっ!」

 

 予測されていたのかララサーバル軍曹が襲い掛かる前にヴァイリッターに蹴りを入れられ、体勢が崩れた俺を無視しララサーバル軍曹の機体へ向かって行く。

 

「シショー!?っ……!なんだいコイツは!反応速度がダンチじゃないか!」

 

 何とか対応しようと格闘戦に移るララサーバル軍曹だったがイフリートの動きに翻弄され始めている、俺は何とか体勢を立て直し援護射撃を行う。

 

「当たれぇ!」

 

『ちっ、ビームライフルか!』

 

 並の機体なら直撃か、直撃とは言わずとも何処かに当たっていておかしくない状態からの回避……これはアムロと模擬戦で戦った時と同じだ、やはり本物のニュータイプなのか!?

 

「だが……やらせはしない!」

 

 再びビームサーベルを構え、バーニアを吹かせ急速接近し攻撃を仕掛ける。

 

『貴様がそこまで戦ってくれるんならこっちも本望だ!隊長達の仇は討たせて貰うぞ!白い機体のパイロット!』

 

「なんだ……!?接触回線……!?」

 

 サーベル同士の鍔迫り合いの中でイフリートのパイロットと思わしき声が響く、隊長の仇?俺はコイツと北米以前でも戦った事があるのか?

 

「ジェシー!くうっ……!」

 

「中佐さんよぉ!余所見してる暇はないぜ!このドムも半端じゃねぇ!」

 

 アーニャ達もかなり苦戦している、カイやアーニャの実力が分かっているからこそコイツらの実力の高さがより分かる。どう戦えば……!

 

『どうした!北米で戦った時のあの動きは何処に行った!本気の貴様を見せろぉぉぉ!』

 

「クソっ……!なんなんだコイツは!」

 

 北米の時……あの時はアーニャを守るのに必死で無我夢中で戦った火事場の馬鹿力みたいな反応が出来たが、あんな真似二度も三度も出来はしない。

 

「けど……今はそんな事言ってられないか……っ!」

 

 集中、集中するんだ。少しでもコイツの反応速度に対応出来る様に!でなければ此処でみんな墜とされてしまう!

 

「うおおおおお!」

 

 地上で良く使っていた敵の攻撃に合わせて左右にステップし近づく戦法、それを宇宙仕様にして小刻みにイフリートのマシンガンを避け接近する。

 

『その動き……!イラつくんだよ!貴様はぁぁぁぁ!』

 

 斬りかかろうとするも奴もまたサーベルを構え斬り合いになる。

 

「ちっ!この動きすら対応するなんて!」

 

『それはお前の動きじゃねえ!俺の……!俺の隊長だった人の猿真似なんだよ!』

 

「……っ!?隊長……まさかあの時退却したマゼラのパイロット……!?」

 

『隊長達の仇……取らせてもらうぞ!』

 

 ヴァイスリッターと交えている方のサーベルはそのままに奴はもう片方のヒートサーベルを取り出し斬りかかる、シールドで防ぐも徐々に此方が押され始める。機体性能は向こうの方が高いのか……!

 

「シショー!くうっ!こっからじゃ射撃してもシショーに当たっちまう!」

 

 援護射撃されないような位置取りをされている状況でララサーバル軍曹も手が出せないでいる、何とか共闘に持ち込みたいが一対多数に慣れているのか容易にはさせてくれない。

 

「だからってぇぇぇ!」

 

 前部のスラスターの出力を上げてサーベルを受け流す形で横に飛ぶ、一瞬の隙の間にサブアームに積んでいるマシンガンを取り出し狙いをかける。

 

『ちっ……!クソォ!』

 

 直撃する前に回避されるがそれでも片腕を持っていった、これなら!

 

『グレイ!』

 

『お兄さん!』

 

 しかし、カイ達と交戦していたドム2機が合流してまた膠着状態になった。これでは一進一退のまま事態が解決しない。

 

「……どうするアーニャ。」

 

「この戦局だけを見れば私達は不利のままですが……ホワイトベース隊が上手く敵を倒せていれば彼らも撤退する可能性はあります。それを祈るのは得策ではありませんけれど。」

 

 こっちが必死だったから忘れていたがホワイトベースも今コンスコン艦隊と思わしき部隊と交戦中だ。確かに原作みたいに速攻で決着がついていればこのニュータイプ部隊も形勢不利となって撤退するかもしれない……だがそれを願って戦うというのは情け無い話だ。

 

「アーニャ、もう一度攻勢を仕掛けよう。俺があの隊長機を引き付ける、カイとララサーバル軍曹でドム2機を引きつけてくれ。そしてアーニャが隙の出来た機体を狙い撃つ、これでどうだ?」

 

「普通の相手であれば通用するでしょうが……彼らに通用するかは不安ですね。」

 

「けどやらなきゃやられちゃうんでしょう?だったら全力でぶっ叩いて目に物見せてやるだけだぜジェシーさん、中佐さん!」

 

「アタイも賛成だね、こういう相手は下手に考えて戦うより本能に任せて動くのが良いと思うよ!」

 

「……分かりました。3人とも、全力で敵を引き付けてください。私が仕留めてみせます。」

 

「了解!」

 

 カイとララサーバル軍曹が全速でドムに突っ込む、カイはともかくララサーバル軍曹は予想以上に敵を捌いている、まさに本能に身を任せているのだろう。

 

『マルグリット!ヘルミーナ!』

 

「お前の相手は俺だ!」

 

『クソ!鬱陶しいんだよ白い奴!』

 

 イフリートと格闘戦に入る、腕部を破壊しているので先程よりは遥かに有利な筈だが……!

 

「クソッ!反応速度が……!」

 

『舐めるんじゃねぇ!ニュータイプでもない貴様なんかに遅れを取るわけが!』

 

 此方の攻撃よりワンテンポ早く動いているのか徐々に攻撃のタイミングがズレ始めてきている、もっと……もっと集中しろ!

 

「幾ら反応速度が高くても!」

 

 そうだ、幾ら動きが速くてもMSの動きには限界がある。俺はニュータイプではないが真似事くらいはやってやる!

 

「先を読むんだ……っ!奴の動きの先を……!」

 

 ワンテンポ遅れて来ているならワンテンポ早く動けば良い。敵の場所、攻撃手段、スピードを考慮して次にどんな動きをしてくるか計算しろ……!

 

『なんだ……!さっきよりも動きが!』

 

「くらえぇぇぇ!」

 

 ビームサーベルを隙の出来た頭部へ向け斬りつける、攻撃は上手く行きイフリートの頭部を破壊した。

 

「よし……!」

 

『舐めるな……!たかがメインカメラを破壊した程度でぇ!』

 

 頭部を破壊して出来た一瞬の油断を突かれ、イフリートがヒートサーベルで此方の腕部と脚部を切断する。

 

「なっ……!」

 

『これで終わりだ!死ねぇぇぇ!』

 

 直撃を覚悟したその時、ビーム光が横を掠める。

 

『ぐぁぁぁ!』

 

『グレイ!』

 

 間一髪の所でイフリートに攻撃が当たり敵は大ダメージを負った、トドメをさそうとするもカイとララサーバルを相手していたドムが危険を察知したのかイフリートを救援し後退していく。追撃するか悩んだが戦闘中殆ど最大稼働で動いていたせいで推進剤が心許ないのと中破した状態で追いかけた最中に追撃の部隊が来ないとも限らないので仕方ないが深追いは避けることにした。カイ達も同じなのか警戒しながら待機している。

 それにしても今の攻撃はアーニャの援護射撃か?おかげでギリギリの所で命を拾えた。

 

「助かった……ありがとうアーニャ!」

 

「ち……違います、今の射撃は私ではありません……!」

 

「なんだって……?」

 

 じゃあ今の攻撃は……?射線的にカイやララサーバル軍曹ではないので、もしかしたらホワイトベース隊が救援に駆けつけてくれたのか?そう考えながらビームが放たれたと思う方向へ目を向ける、其処には……。

 

「ガンダム……?」

 

 しかしその姿は見慣れたRX78-2やG3ガンダムではない、青を基調としたガンダム……それは俺が憑依する以前に見た事がある機体に酷似している。

 

「ガンダム4号機……?いや、あれは……アレックスか!?」

 

 ガンダムNT-1 アレックス、ニュータイプ専用……いやアムロ専用に開発されていたガンダムとかなり似てはいるが少し外観に違和感を覚えた、細部が何処となく違うようだ。

 

「マゼラン級アンゼリカ、及びそのMSパイロットへ通信が聞こえますか?」

 

 レーザー通信だ、この声は聞いた覚えがある。原作通りアレックスのテストパイロットをしていた女性だ。

 

「私はクリスチーナ・マッケンジー少尉です、テム・レイ博士の指示により貴方達の救援に駆けつけました。」

 

「テム・レイ博士が……?」

 

 アムロの話ではサイド7で負傷してルナツーで治療していたと聞いていたがホワイトベースがルナツーを離れてから数ヶ月が経過しているしその間に完治してサイド6に移ったのか?

 

「此方はアンゼリカMS部隊隊長のアンナ・フォン・エルデヴァッサー中佐です、マッケンジー少尉の救援に感謝します。すみませんが戦況は今どうなっているのでしょうかホワイトベース隊は?」

 

「順を追って説明させて頂きます。私はサイド6近辺で戦闘が開始されたとの報告を受け、サイド6に寄港していた連邦軍艦艇と共に機体の実戦テストも兼ねて出撃をしました。まず位置的に1番近いホワイトベースへ救援に向かったのですが既にホワイトベース隊は敵MS部隊を撃破した後で、敵の艦隊も撤退を開始していたので続いてそちらのアンゼリカへと向かったのです。機動力に優れたこのガンダムで先行し先程戦闘に加わった……、これが現在の戦況です。」

 

 ……流石はホワイトベース隊だな、後で何分でリックドムを撃破したのか聞いておくか。それにしてもクリスが普通にアレックスを使い熟していることに驚く、既に完成している事についてもそうだけど。

 恐らくテム・レイが普通に現役なおかげでこのアレックスにも何らかの調整がされたのだろう、それを確認するのも興味があるが今はまず無事にサイド6へ到着するのが先だな。

 

「まもなくグレイ・ファントムが到着するはずです、そうなったら後は安全ですよ。」

 

 グレイ・ファントムか……スカーレット隊もいるんだろうか?原作では残念な戦績だったけど今は普通にありがたい。

 

「私達の機体もかなり損耗しています、一度アンゼリカに戻り救援を待ちましょう。」

 

「了解!」

 

 俺達はアンゼリカに戻り、グレイ・ファントムが到着するとそのままサイド6へと進路を向ける。

 完成しているアレックスと、それを巡る物語がどうなるのかは今はまだ分からないが俺もまた初陣で戦ったのかもしれないイフリートのパイロットとの因縁に何かが起こるのだろうかと不安を抱えるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 父と子と

 

「マゼラン級アンゼリカ、ドッキングベイとの接合完了。よし各員修復作業に取り掛かれ!」

 

 サイド6に寄港した俺達はサイド6内に連邦軍用の浮きドックへ案内され、そこでホワイトベースやアンゼリカの修理が開始された。

 

「連邦寄りになってるとは聞いていたがまさか此処までの施設が提供されているなんてな。」

 

「そこまで戦局はジオンに不利と判断しているのでしょうねサイド6は、此方にとっては有り難い状況ですけどね。」

 

 アーニャとそう話をしながら自分達の機体が運ばれて行くのを眺める、MSもまた船内での修理よりも整備工場での修理の方が良いとされ現在運ばれている最中だ。

 

「連邦とジオンの情勢をコロニーの人達がどう受け止めているかは興味はあるけど、それよりも気になる事があるよなアーニャ。」

 

「あのクリスチーナ・マッケンジー少尉の乗っていたガンダムですか?」

 

 パイロットとして、そしてガンダムオタクとしてあのガンダムにはすこぶる興味が湧いている。アレックスなのは間違いないのだろうけど細部が色々と違ったし。

 

「アンダーセン中尉、それにエルデヴァッサー中佐。」

 

 話し込んでいるとジュネット中尉から呼び掛けられた、どうやら俺達を探していたみたいだ。

 

「ジュネット中尉、どうされました?」

 

「整備工場に出頭してくれと命令だ、レイ少尉の父親であるテム・レイ博士が話がしたいとのことらしい。」

 

「了解しました、伺います。行きましょうかジェシー。」

 

「あぁ。」

 

 もしかしたらあのガンダムについても詳しく話が聞けるかもしれない、俺達はホワイトベースのパイロット達と共にサイド6内の整備工場へと向かうのだった。

 

 

 

「着いてみるとやっぱり中々の広さだな。」

 

 中立のコロニーでこれだけの規模の工場を稼働させているとなるとジオンからの反感が出そうなものだか……そう思っているとテレビやゲームで見慣れた顔立ちの人が現れた、アムロの父親であるテム・レイだ。

 

「表向きはコロニー用の整備部品の製造工事だと隠蔽はしているのだがね、良く来てくれた。優秀なパイロットと出会える事は技術者として嬉しいことだ。」

 

「と、父さん……。」

 

 少しぎこちなく父親と再会をするアムロ、原作よりはかなりマシな再会ではあるが……。

 

「アムロ……、久しぶりだな。」

 

 父親も父親で気まずそうだ、元々アムロやアムロの世代が戦わないようにガンダムを作った筈なのにそれに息子が乗り込み活躍するのだから内心は辛いのだろう。

 

「父さんはここでモビルスーツの開発をしていたんですか?」

 

「あぁそうだ、来たるジオン本土攻略に向けた機体の開発を言い渡されていたからな。お前の先程の戦闘データも見させてもらったぞアムロ、お前の動きに対してガンダムが追従し切れずオーバーヒートを起こしていた。まさかガンダムの方がパイロットについて行けなくなるとは正直言って想像もしていなかったよ。」

 

 そりゃそうだ、連邦軍の技術をフルに使って造られたMSが半年もしない内にこれだけ使い熟されるとは誰も思わないよな。と言うかアムロ……このコンスコン艦隊の強襲の時点で既にそんな事になってるとは、成長スピードが原作より早いな。

 

「テム・レイ博士、感動の再会のところ申し訳ないんですが俺達の救援に駆けつけたガンダム、あれはまさか新型のガンダムなんですか?」

 

「君は……ジェシー・アンダーセン中尉だね。その通りだ、今までの各戦地で集められた実働データとアムロやカイ君のガンダムの戦闘データ、それらを基に新技術を使用して作られたガンダムを越えたガンダム。RX-78 NT1アレックスだ。」

 

 やっぱりアレックスだったのか、だが細部が違う点について説明を聞いておかないとな。

 

「色々とガンダムと違う様ですが何処が変わっているんですか?」

 

「ふむ、それについては技術屋の視点よりもパイロットの視点から説明した方が早いだろうな。マッケンジー少尉。」

 

「はい。」

 

「アレックスについての説明を頼む。いや、その前に彼女の紹介が先だな。彼女はクリスチーナ・マッケンジー少尉と言ってこのガンダムのテストパイロットをしている非常に優れたパイロットた。」

 

 現れたのはクリスチーナ・マッケンジー少尉だ、やっぱり実物を見ると凄い美人で可愛いな。そう思っているとアーニャから肘鉄を喰らわせられる。

 

「鼻の下が伸びてますよジェシー。」

 

「うっ、いや……ソンナ事ナイヨ……。」

 

 仕方ないじゃないか……連邦軍スキーの俺にとってクリスは連邦軍女性キャラランキング上位に位置するんだから!なんて口が裂けても言えないな。

 

「そういえば助けて貰ったお礼がまだだったな。あの時は助かったよマッケンジー少尉。」

 

「いいえ、このアレックスの性能のおかげですよ中尉。それではこのアレックスについて説明させてもらいます。」

 

 クリスは持っている端末を器用に操作すると連動されているのか大型のモニターに機体の構造が反映される。

 

「簡単な説明からとなりますが、現在アムロ少尉やカイ少尉が使用しているガンダムとの比較になります。まず基本性能は通常のガンダムより底上げされており出力に関しては1.3倍の向上がされています。」

 

「へぇ〜そいつぁ凄えや。俺にとっちゃ今でも充分なのにな。」

 

 既にガンダムに搭乗しているカイがそう感想を吐く、おちゃらけてはいるが確かに並のパイロットなら通常のガンダムの性能でも万々歳なものだ。

 

「私にとってもそうです、この機体は現在リミッターが設けられていて本来の性能より30%低い状態で運用されていますから今の操縦性はジムレベルなんですよ。」

 

「おいおい、冗談だろ?俺の救援に駆けつけた時はジムレベルなんてもんじゃ無かったじゃないか。」

 

「あの時は一時的にリミッターを解除していました……緊急時でしたので。けれど初撃は幸い上手く行きましたがその後の攻撃は上手く行かず撃ち漏らす形になってしまいました。」

 

 本来の性能なら相変わらずのピーキーなんだろうか、再びクリスの説明が入る。

 

「アムロ少尉の専用機として開発されたこの機体は先程博士がガンダムがアムロ少尉の反応速度に追従し切れていないと言っていたのを改善してあります。特筆するべき箇所は機体関節部に施されたマグネット・コーティングです。」

 

「マグネット・コーティング?ジェシーさんがジャブローで言っていた磁力で関節部をコーティングして摩擦を減らすという技術ですか?」

 

「なに……?アンダーセン中尉はマグネット・コーティングを知っていたのか?」

 

 ヤバい、テム・レイ博士に勘ぐられてしまう。この時点での既存技術と極秘技術の違いとか分からんし下手に勘ぐりをされたらヤバいぞ……。

 

「マグネット・コーティング……確かジオンから亡命したクルスト博士が改造した陸戦型ガンダムにも同じ技術が使用されていましたね。」

 

「クルスト博士……?成る程そう言う事か。」

 

 おっ、何か勝手に納得してくれたようだ。ナイスフォローだったぞアーニャ。

 と言うかこの手の技術ってどれくらい普及してるのかは知らないけどやり方さえ分かっていれば後は技術屋が勝手に調整するものなのだろうか?そこら辺も今度調べておかないとホントにいつか自分の首を絞めかねないな。

 

「アムロ少尉の言った通り、この技術は関節部の摩擦を減らすことで機体を更に滑らかに動かす事が可能になります。それはマグネット・コーティングを施してない機体と比べると一目瞭然なレベルになるんですけど……。」

 

「何か問題があるのですか?」

 

 最後に歯切れの悪くなったクリスに対してアーニャからの質問が入る、まぁこの歯切れの悪さはある程度予測はできるが。

 

「えぇ、あまりに運動性が上がったせいで通常のパイロットでは碌に動かす事ができません。私だってリミッターをつけてジム並の性能まで落としてもらわないと性能実証がまともに出来ませんでしたから。」

 

 そう、ピーキー過ぎる性能で原作ですらフルに性能を活かしきれず環境の差もあれどザクと相打ちになるシロモノだ。機体名称通りニュータイプでなければ扱いは難しいだろう。

 

「しかしそんな機体がアムロ少尉なら使い熟せると博士は思っている……と言う事ですか?」

 

 アーニャの質問、普通ならそんな機体を使い熟すパイロットはいない……と思うだろうけど、いるんだなこれが。

 

「えぇ、アムロのジャブロー迄の戦闘データ。そして先程の戦闘を記録した学習型コンピュータのデータを整合して完全な状態でもアムロなら使い熟せると胸を張って言えますよエルデヴァッサー中佐。」

 

 そこには少し親バカも入っているのだろう、アムロも少し顔を赤くしている。

 

「マグネット・コーティングについては分かりましたけど、これってコアファイター搭載機でもありますよね?」

 

 この機体を見てから感じていた違和感なのだが……このアレックス、原作と違って全天周モニターのポッド型のコクピットではなく通常のガンダムと同じでコアファイター搭載型なのである。

 

「あぁ、既に連邦軍製のMSのOSは充分なレベルになってはいる。しかし今回のマグネット・コーティング実装などで機体によっては反応速度が上がり過ぎてパイロットが扱いきれないという事案も出て来ている。だがマグネット・コーティングは今後標準的に使用される技術だと私は思っているからね、アムロの戦闘データをフィードバックさせる事でジムやメガセリオンと言った機体群に使用されてもパイロットが問題なく操縦出来る様にする為にガンダムの物よりも高性能な学習型コンピュータを入れてあるのだよ。そのデータと、データを生む事ができるパイロットを守る為に今まで通りコアファイターを搭載している訳だ。」

 

 成る程な、確かにジャブロー時点での戦闘データを反映したOSですら俺達みたいなパイロットにとってはそれまでの物とは雲泥の差と感じるレベルだったしそれが更にバージョンアップするなら大歓迎だ。

 

「武装は今までのアムロの戦闘データから信頼性の高いビームサーベルやビームライフル、頭部バルカンにハイパーバズーカと言ったガンダムと変わらない武装のままではあるがビーム兵器の出力は上がっている。」

 

 腕のガトリングは未実装なんだろうか?まぁソロモンやア・バオア・クー戦では流石に弾切れになるだろうし要らなさそうだけど。

 

「機体の説明は取り敢えずそんな所だ、君達を呼んだのはアムロ以外のパイロットでも扱いきれるか試してもらいたくてな。マッケンジー少尉は模範的なテストパイロットで通常動作を確認するだけであれば彼女だけで問題ないのだが、実際に戦場で戦うパイロットのアドリブ的な動きまでは再現するのは難しくてな。」

 

 流石は技術屋だ……単純にガンダム自慢だけでなくそう言った所も貪欲に求めているとは。

 

「此処にアレックスのシミュレーション用の設備がある、各パイロットはこれに乗って性能を確かめてもらいたい。それと……アンダーセン中尉、少しいいかな?」

 

「ん?俺ですか……?」

 

 みんなが複数あるアレックスのシミュレーターに向かう中、俺だけテム・レイ博士に呼び止められる。何だろうか?

 

「此処では人目に付く、一旦私の部屋に来てもらえるかな?」

 

「は、はい。」

 

 少し嫌な予感もするが断る理由がない。俺は取り敢えずついて行く事にした。

 

 

 

「さて、此処なら私以外に誰もいない。少し失礼な質問もあるのだが大丈夫かな?」

 

「え、えぇ。何でしょうか?」

 

「まず一つ、君はジオンのスパイではない。それは間違いないかな?」

 

 えぇ……?何でいきなりこんな質問から始まるんだ?俺なんかやらかした?

 

「自分がスパイ……?」

 

「あぁ、気を悪くしたならすまない。君の経歴を見ればまずそんな事はあり得ないのは分かっているのだがね。おかしいのだよ君は。」

 

 何だろう、俺は盛大にどこかでやらかしていたのだろうか?思い当たるフシは多いだけにちょっとパニック気味になる。

 

「お、おかしいとは何処がですか?」

 

「疑っている訳ではないのだがね、君のMSに対する先見性は他のどのパイロットよりも優れている。いや……他の技術者と比べても何世代か先の視野を持っているんだ。これは君がジャブローで提出していた次世代機に向けてのアプローチや武装群を纏めたファイルだ。」

 

 電子端末に写っているのは宇宙艦隊編成の間にジャブローで纏めていた色々な内容のデータだ。俺は宇宙世紀はVまで履修済みなので当たり前の話になるがZの時代とかに出て来そうなMSの案なんかを遠回しにこれに纏めていたりする。

 強い機体や武装が早い時期で作られたらラッキー程度で纏めた物なのだが見る人が見ればヤバいもんだったのか。

 

「今の時代でこれらを再現するには技術力が足りない、だがフルアーマープランや追加装甲、追加武装などの案は既に開発部でも議論を交わしている内容でもある。一介のパイロットである君が此処までの視野を持っている事が私には信じられないのだよ。」

 

「だからジオンのスパイの可能性があると?」

 

「殆どそうは思っていないがな、可能性があるならそれくらいと言うレベルの話だ。先程も言った通り君の経歴からはまず有り得ない話だがね。だからこそ不思議なのだよ。」

 

 そこで実は異世界からこの世界に憑依して来ましたなんて言っても信じて貰える訳がないからなぁ。どう説明するべきか。

 

「俺は……いや自分は単にパイロットが1人でも多く生還できるように、その為に何か出来ることがないか……そう思ってこう言ったプランを考えただけですよ。」

 

 嘘ではない、そこに未来の知識が混ざっただけで気持ち的にはそれが全てだ。

 

「そうか……うむ、君がそう言うなら私はそれを信じよう。それとは別にまだ君には伝えておきたい事があるんだ。」

 

「なんでしょうか?」

 

 そう言うとテム・レイ博士は俺に頭を下げる。

 

「君達が開戦初期にMS運用部隊として行動してデータを揃えていてくれたお陰でガンダムは……アムロはあそこ迄戦えた。1人の親として感謝させてくれ。」

 

「そんな……!頭を上げてください!」

 

「これは謙遜でも何でもなく本当の事だ、君達は君達が思ってる以上に連邦軍に貢献しているのだよ。あの当時MS不要論が出ている中でエルデヴァッサー中佐や君はMSの有用性にいち早く気付き、連邦軍に不足していた実戦データの収集及び戦術理論を確立させてくれた事でガンダムはジオンの襲撃当初に操縦経験のないパイロットでザクを撃退できたのだ。」

 

 ……そう考えると確かに原作と違いテム・レイ博士が生きてるのも操縦がし易くなったガンダムのおかげで無難にザクを倒せたからって事なのかもしれない。小さな影響だと思っていたが実際にこう言われると自分のした事が無駄じゃ無かったんだと実感する。

 

「けど博士、データが不十分だったとしてもアムロはザクを倒せてたと俺は思いますよ。アイツは博士のパソコンを盗み見て独学で知識を蓄えてましたからね。それにガンダムのデータを見て親父がこれだけハマるのも無理はないって言ってましたよ。」

 

「……本来であればアムロやその友人の世代が戦うことのない様に作ったのがガンダムだったのだがね。何とも皮肉な事だ。」

 

 確かに親からしたら自分の子供が戦うことのないようにと開発した機体に、まさに我が子が乗り込む事になったのは何の皮肉かと思うだろうな。更にそれに加えて最高傑作だと意気込んだ機体が半年もしない内に息子の方が追いついてしまうんだから。

 

「せめて彼らで最後あって欲しい……その為に俺達は戦うんです。」

 

「あぁ、そうだな。」

 

 話したかった内容はこれで全てなのだろう。ふぅ、と博士は大きく息を吐き椅子に座った。

 

「手間を取らせたお詫びとは言えないが、君のヴァイスリッター用の試験兵装を用意してある。ジャブローで君の提案した武装群の中でクロエ技術曹長が開発可能だと見込み、此方に申請していた物だ。」

 

 端末には俺がジャブローで考えた兵器の一つ……考えたと言うか大抵は他のロボアニメとかアナザーガンダムとかパク……いやリスペクトした物だがそれの一つが映し出された。これは……。

 

「ビーム・ルガーランス、突き刺した刀身が装甲をこじ開け其処からビームを撃ち込む兵器だ。本来ならこの様な兵器は対MS用の物としては過剰ではあるが君の狙いは別のところにあるのだろう?」

 

 ビーム・ルガーランス、某どうせみんないなくなるアニメからパク…リスペクトした武装、あの作品ではマジカルステッキと揶揄されるくらい本来の使用用途とはかけ離れた使用方法がされていたが、これは本来通りの装甲をこじ開け直接荷電弾、この場合はビームを撃ち込む兵器となっている。

 テム・レイ博士の言う通り対MS用に使うにはオーバーキルだが、俺も好きだからという理由でだけで提案はしていない。本来の狙いは別にある。

 

「えぇ、対MSではなく対MA。それもビーム対策をした機体を想定した兵器です。」

 

 本来の道筋ならこの後はソロモン攻略戦となる。であれば出てくるのはビグ・ザムだ。Iフィールド持ちの機体にはビームは効かないし、かと言って実弾兵器は対空迎撃されやすい。

 それならば懐に切り込み直接攻撃を仕掛ける、これが1番ベストだろう。まぁ砲撃とか切り抜けられるのかと言われたら自信はないが其処は機動兵器としての役割を果たす感じで頑張るしかないよな。

 

「モビルアーマー……既に地上や宇宙でも存在が確認されている。それにIフィールドを用いたビーム無効化も理論的には可能だ、ミノフスキー粒子についてもジオンの方が一枚も二枚も上手だからな、既に技術が確立されていてもおかしくはない。……こう考えるとやはり君はパイロットより技術者が向いていると私は思うよ。」

 

 色々なSF作品からネタを出し続けられればそれも良いんだろうけど実際は難しいだろうな。

 

「いえ、自分はパイロットの方が気が楽なので……。」

 

「そうか、だが平和になったら考えておいてくれ。君の発想力は開発者に新しい風を与えてくれそうだからね。」

 

「前向きに検討しておきます。それよりも博士、今日くらいはアムロと一緒にいてやってください。アイツはああ見えてナイーブな所がありますから。」

 

「あぁ、そうさせてもらう。……ありがとう。」

 

 そんなこんなで会話が終わり、部屋を退出した後で俺もまたアレックスのシミュレーターを触らせてもらうも、まともに動かせず何度も転倒を繰り返したのは語るまでも無い話であった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 いつか運命と呼んだ出会いに(前編)

「……やっぱりアムロは天才だったな。」

 

 アンゼリカに戻った俺達はアンゼリカのラウンジでアレックスについての話題で盛り上がっていた。

 

「あの機体凄いですね、攻撃動作は何とか行けましたけど戦闘機動で動かした時のあの動き方……素直過ぎて僕は気持ち悪く感じてしまいましたよ。」

 

「アタイらがザニーなんかを動かしてた時と比べるとホントに人間みたいに動くんだもんねぇ、テンポの良さもあれだけ良ければ逆にこっちが追いつかないね。」

 

 グリムとララサーバル軍曹の意見に同意する、マグネット・コーティングで滑らかに動くようになった機体はそれまでの既存の機体と違い、より人間的に動くようになっており、それまで動かして来た機体よりも更に柔軟に動かせるようになっている、だが肝心のパイロットがその動き過ぎる挙動に困惑してしまう事態になっていた。

 

「ヴァイスリッターもOSが調整されてない時は動かすのに無理があったけど、あれは単純に直線的な動きが早かっただけだからなぁ。」

 

 四方八方にヌルヌル動いてくれる機体は何というか動きが良すぎてゾワッとする感覚だ、これもコンピューターが適宜補正してくれるようになれば楽なんだろうが今のままでは俺達では扱いきれない。

 

「だからこそアムロ少尉の腕前には恐れ入りますね。もしかしたら本当のニュータイプなのかもしれません。」

 

 アーニャの言葉にみんなが頷く。アムロも最初こそ戸惑いはしても、数分後には自分の手足のように動かしていた。これにはテストパイロットであったクリスも、横から見ていた俺達も驚きであった。アムロなら余裕だろうと分かってはいても、実際に自分で動かして、こんなの無理だろって思った機体を余裕で動かすのは普通に驚愕する。アムロと今から戦うであろうジオン兵達が不憫でならない。

 

「アムロが天才だとしてもニュータイプだとしても、アイツは俺達より年下なんだ。しっかりサポートするのも俺達大人の務めだぜ?」

 

 孤独になりがちなニュータイプであるからこそ、せめて精神的なサポートくらいはしてみせなければ。

 

「ふふっ、ジェシーは本当にアムロ少尉の事を気に掛けているのですね。まるで弟のように。」

 

「まぁな、実力は遥かに劣るけどそれでもアイツは本当なら戦場にいるような年頃じゃないんだ。精神的には相当辛い筈だ。」

 

「格好は良いですけどねぇシショー、それを言ったらウチの隊長もボーヤとは年齢は変わらないんですから。そんな事を言うならシショーはそっちも気に掛けないと。」

 

「……ん?言われてみればそうだな。」

 

 アムロが15でアーニャはもうすぐ16になるって言ってたし同い年か一歳違いなんだな……うーん言われて見るとアムロより守ってやらないといけないんだよな、見た目的にも。

 

「……ジェシー。今失礼な事を考えていますね?」

 

「そ、そんな事はないぞ!」

 

「ハハハッ!焦ってるのが自分で告白してるようなものじゃないかシショー!」

 

 大声でケラケラと笑うララサーバル軍曹のせいでアーニャが更にイライラしそうなのが予想出来てしまう……!こう言う時は話題を変えないと後が怖い……!

 

「あー、そうだアーニャはもうすぐ誕生日だって前に言ってたよな?いつなんだ?」

 

「え?そう言えば……あっ!明後日には誕生日ですね……!」

 

 おいおい、幾ら戦いばかりで休む暇がないとは言え誕生日を忘れているなんて……いや仕事人間なアーニャならあり得るか。

 

「じゃあ誕生日パーティーでもしないといけないな。」

 

「そんな……、戦争の真っ最中だと言うのにそんな事をしている場合では無いと思います。」

 

「いや、そういう時だからこそ祝い事はするべきだと思いますぞ。」

 

 話を聞いたのか、親父とジュネット中尉がラウンジに入ってきた。

 

「なんだよ、盗み聞きしていたのか?」

 

「いや。上層部からの指令があった、その報告に来たらちょうど話が耳に入ってな。」

 

「上層部からの通達ですか?ジャブローですか、それとも……。」

 

「連邦宇宙艦隊、第一艦隊旗艦タイタンのティアンム大将からの連絡ですエルデヴァッサー中佐。……ジュネット中尉。」

 

「ハッ、我々第13独立部隊は補給と整備の完了後ソロモン宙域に進路を取り、第三艦隊と合流後ソロモン攻略作戦である『チェンバロ作戦』に参加せよとの通達が来ている。詳しい詳細は第三艦隊合流後に説明があるとの事だ。」

 

 来たか……ソロモン攻略作戦。連邦軍のジオン本土攻略に向けたソロモン攻略だ、もしかしたらサイド6寄港の流れでグラナダ攻略もあるのではないかと思っていたがそうはならないようだ。

 

「いよいよですね……。それでアンダーセン提督、アンゼリカの修理はいつ完了するのでしょうか?」

 

「被弾したエンジンの交換に少なくても丸一日以上、その他の修理やホワイトベースの補修に我々のMSの方もテム博士の方で調整したいとの事で少なくても3日はかかりますな。」

 

「3日か……その間俺達は何をすれば良いんだ?」

 

「何も戦争ばかりが軍人の仕事ではない、宇宙に出てから気を休める暇も無かっただろう。殆どのクルーには休養を取ることを指示してある。パイロットも同様だ、日頃の疲れを癒すと良いだろう。」

 

 成る程、つまり今日の残り時間も含めれば約4日も休みが貰えるって事か。普段仕事と戦いばかりだし今後の事も考えれば戦争が終わるまでは最後の長期休暇になりそうだ。

 

「よっし!それなら今日と明日でアーニャの誕生日プレゼントでも買って明後日は盛大にパーティーでもするか!」

 

 タイミング的にもアーニャの誕生日を祝うには最高の場面だ。軍事行動中ではまともに祝えないがこれなら気持ち的にもみんな楽しめるだろう。

 

「良いですねえシショー!みんなにはアタイから伝えておくよ!グリム、アンタも手伝ってくれるだろ!?」

 

「分かってますよカルラさん、こんな時ですからね最高の誕生パーティーにしましょう!」

 

「み、皆さん……!そんなに私の為に頑張らなくても!?」

 

「ハハハッ、普段からの人徳ですな中佐。こういった時は素直に受け止めておくべきですぞ。」

 

 和気藹々と盛り上がる中、アーニャの誕生パーティーの準備が開始されたのだった。

 

 

 

「さて、誕生祝いと言ったらどんなプレゼントが良いんだろう。」

 

 パーティーの準備はララサーバル軍曹とグリムが胸を張って任せろと言って、俺にはちゃんとしたプレゼントを買わないと怒るぞと忠告され、追い出されるような形で港の外にいるのだが……。

 

「女の子に贈るプレゼントなんて子供の時くらいしか無かったからな……。」

 

 それもクラスの女の子にハンカチとかそんなレベルだ、まともなセンスはハッキリ言って無いのだが……、そう思い悩んでいると偶然にもララァが一人で歩いているのを見かける。

 

「ララァさん。」

 

「あら、アンダーセン中尉じゃありませんか。」

 

「珍しいですね一人で歩いているなんて、キャスバル総帥はどうなさったんですか?」

 

 基本的にシャアと一緒にいる姿しか見ていなかったのでこの光景はかなり珍しいものだった。

 

「総帥は今アムロさんのお父様がお話があるとの事で、そちらにいますわ。総帥は私まで軍事的な話に付き合わなくても良いと此方まで戻っていろって。」

 

「そうなんですか、あっ!そうだララァさん、明後日アーニャの誕生日なんだ。パーティーをするから貴方も来てもらえないですか?」

 

「アーニャさん……?あぁ、エルデヴァッサー中佐の事ですね。私も参加してよろしいんですか?」

 

「勿論ですよ!もし可能ならキャスバル総帥だって来て欲しいくらいさ!」

 

「ふふっ、総帥までいらしたらエルデヴァッサー中佐も気が気でない様に思いますけれど想像すると楽しそうですね。」

 

 ニコニコと談笑を続ける俺とララァ、まさかこんな場面でのんびり彼女と雑談をするなんて思ってなかったが。そうだ、ここは一つ彼女に聞いておこう。

 

「そうだララァさん、アーニャにプレゼントでも買おうかと思ったんだけど何を贈れば良いんだろうか?女の子のプレゼントには疎くてさ。」

 

「あら、アンダーセン中尉は女たらしだと以前聞きましたけど違うのですか?」

 

 ……おい、誰だそんなデマをばら撒いたのは……脳裏に割腹の良い連邦軍大将がまず浮かんだが今はそれどころじゃない。

 

「ち、違いますよ!まだ女の子と付き合った事すらないのに!」

 

「あらあら、てっきり私はもうエルデヴァッサー中佐とは深い関係だと思っていたのに。」

 

 うーむ、やたらとそういう認識をされることが多いが実際に付き合ってる訳でもないしアーニャもアーニャで俺のことをどう思ってるのか分からないし……俺だってアイツのこと本当はどう思っているのかよく分からないし……。

 

「それを言ったらララァさんだってキャスバル総帥と深い仲だと言われたら困るでしょう。」

 

「何故?私は嬉しいけれど。」

 

 うぐぅ……まぁ端から見たら勘繰られそうな雰囲気があるだけに……。

 

「まぁそれは置いておいて、プレゼントを買うなら何が良いですかね?参考までにララァさんみたいな女性なら何が欲しいですか?」

 

「そうね……、けれどこういうのは渡す人の気持ちが全てだと思いますよ?貴方がエルデヴァッサー中佐にどんな気持ちがあるか、それを表した気持ちが込められたプレゼントなら何であっても嬉しいと私なら思うわ。」

 

「はぁ……。」

 

 何とも言えない意見をもらってしまった。自分の気持ちが篭ったプレゼントねぇ……。

 

「ありがとうございました、自分でなんとか探してみますよ。」

 

「えぇ、それが良いと思うわ。『もう一人の自分なら』とか考えずに今ここにいる貴方の気持ちに素直な物を贈るといいですよ。」

 

 その言葉にギクリと心が反応してしまう、やはりこの人は俺がジェシー・アンダーセンに憑依しているのを気づいているんじゃなかろうか。

 

「ははっ……そうしてみます。」

 

 話を切り上げ逃げるように港から出て街に向かう、これ以上話していると本当に何もかもバレてしまいそうだもんな。

 

 

 

「はぁ〜、凄いなこりゃあ。」

 

 サイド6のリボーコロニー、ポケットの中の戦争の舞台となっているコロニーだ。外観的には大都市と比べるとそこまでなのだろうが何に感慨深くなってるのかと言えばこの都市を覆うコロニー自体にだ。

 アニメやゲームなんかでよく見るコロニーは外側からばかりだし、実際にこの中で地上と同じように暮らしているなんて実物を見るとやはり驚きだ。

 

「取り敢えず買い物しなきゃな……マーケットは何処だろうか。」

 

 ここに憑依してきてから買い物なぞ、以前地獄のドライブをした時以来なので土地勘もない外国風の街並みでは迷う迷う。地図を見ながら歩いているが今いる地点が合っているかすら怪しい……。

 

「せめて誰かと一緒に来るべきだったかな……ん?」

 

 歩いていると良い匂いがしてくる、どうやら商店街では無く飲み屋街に足を突っ込んでるみたいだ。しかしこの匂いを嗅いでいると食欲がそそられる……先に飯にするか。

 

「へえ……こういうのは何処も似たような感じなんだな。」

 

 飲み屋でどんちゃん騒ぎをしているオジさん達を見ると日本の風景と重なる部分がある、万国共通なんだろうなこういうのは。

 色々と見て周りどの店にするか決めかねている……うーん、ここはやっぱり肉だな。普段ガッツリと肉を食べる機会がないし。

 

 そうと決まれば鼻を頼りに香ばしい匂いのする店を探してそこに入る、店は若干古風で所謂旧世紀風の居酒屋だった。こういうレトロな雰囲気のお店……イエスだね。

 

「兄ちゃん……見ない顔だが旅行客かい?」

 

 マスターと思わしき老齢の男性が話しかけてきた、連邦軍というのも気まずいし旅行客として振舞っておくか。

 

「えぇ、少しこのコロニーに用がありまして。観光がてらに立ち寄らせて頂きました。」

 

「……そうかい。」

 

 マスターは無愛想ながらもお通しのような軽食と水を配りメニューを渡した。取り敢えず適当に飯と飲み物を注文するか……。

 メニューを見ながら食べるものは決まったのだが、飲み物をどうするか悩む。居酒屋なのもあり見るからに酒っぽい名前の奴ばかりで酒なんて普段飲まない俺には合わないだろう。そもそも宇宙世紀での酒の飲酒はいつから可能なんだ?OVAとかでは結構誰でも酒を飲んでる印象があったけど……。

 

「うーん、このカルーアミルクってので良いかな。ミルクって言うくらいだし酒ではないだろ。」

 

 まず飯を食いたいし飲み物は二の次だ、俺はマスターに注文をすると店に置いてあるテレビを注視した。

 

『これは先日サイド6の領空外で行われた連邦軍とジオン軍との戦闘の一部です。領空外とは言えサイド6の近辺で戦闘が行われたのは初めての事で…………。』

 

 どうやら先日の戦闘を放送しているニュース番組のようだ、コメンテーターや専門家みたいな人が話し合っている。こういうのはいつの時代でも同じ風な放送なんだな。

 

「あいよ兄ちゃん。……この前の戦闘のニュースか、こればっかりで飽きてくるな。」

 

 料理を手渡した後でそんな愚痴を吐きチャンネルを変える、ニュースから映画に変更したようだ。

 

「頂きます。んぐ……んぐ……!う、美味い!」

 

 頼んだのは鳥の串焼き、所謂焼き鳥と鶏肉のハーブ焼きだ。西洋風の味付けだがいい感じにスパイスが効いているし肉汁も滴り野郎飯なら上出来も上出来だ、バクバクと食いながら飲み物を口に入れる。

 

「ん……?何か変な味の飲み物だなぁ。」

 

 見た感じカフェオレみたいな色合いだが何か喉がむせる様な感覚だ。まぁ腐ってる訳ではないしおかわりを頼みながら更に追加注文を頼む。普段レーションばかりなので本当に飯が美味すぎて感動してしまっている。

 

「注文してくれるのは嬉しいけどねぇ兄ちゃん、今日は大事な客が来る予定なんだ。食い終わったら早く出てってくれると助かるんだが。」

 

「うぃ〜ヒック、分かったよマスタ〜。取り敢えず飲み物おかわり!」

 

 なんだか気分が良くなってきた、周りもなんかキラキラしてるし。

 

「おい兄ちゃん……アンタまさか酔ってんじゃないだろうな?」

 

「酔う〜?らいじょーぶらいじょーぶ!酒は飲んでないし!」

 

「……まさか酒だと思わず注文してたのか兄ちゃん。」

 

 なんだぁ……?まさか酒を飲んで……たのか……?うー……なんか眠くなってきた……。

 

 

ーーー

 

「勘弁してくれや……もうすぐ客が来るってのに。とは言っても今はお上がうるせえしほっぽり出す訳にも行かねえしなぁ。」

 

 酔い潰れた青年を取り敢えずソファーに移すも扱いに悩んでいた。この間の戦闘以来色々と政府の目も厳しくなっている。少しの揉め事も起こしたくはないのだが……そう思っていると店のドアを開ける音が聞こえる、どうやら追い出すのに間に合わなかったようだ。

 

「チッ……相変わらずの収穫無しとはねぇ、このリボーに隠しているのは間違いないみたいだが。」

 

 妙齢の女性、背丈も高く妖艶な雰囲気を漂わせる女性だ。

 

ーーー

 

 

「シーマ様、ちょっとお待ちを。酔い潰れたガキがいまして。」

 

「なんだい?外に捨てちまえば良いんだよそんなのは。」

 

「今はサイド6もうるさいので……揉め事が起こればシーマ様にも不便があると思いましてな。」

 

「成る程ねぇ、見たところ完全に潰れてるじゃないか。放っておいて問題ないんじゃないかい?」

 

「シーマ様がそれで良いなら……それで、首尾はどうでした?」

 

「ダメだね、工業地帯で間違いはないがセキュリティレベルが高くて近づけたもんじゃない。とてもじゃないが破壊工作はまず無理さね。」

 

 うーん……、なんか声が聞こえる……、何処かで聞いたことのある声だ……、誰だろ……。

 

「んん〜〜。」

 

「なんだい、目を覚ましちまったか?おい、さっさと起きな!此処はもう店じまいだよ!」

 

「んんん〜〜〜?シーマさまじゃないれすか〜!」

 

 目の前にいるのはあの悲劇のヒロインみたいな経歴しかないシーマ・ガラハウ中佐、通称シーマ様だ。シーマ様がいるなんて俺は夢でも見てるんだろうなぁ。

 

「驚いた……顔見知りだったんで?」

 

「いや……初対面の筈だがね……おい!アンタ誰だい!」

 

「俺ぇ……?俺は……俺は誰だぁ……?」

 

 頭がクルクルしてて何がなんだか分からない、でも何か凄い楽しい!

 

「アタシの名前を知ってるって事は海兵隊かい!しらばっくれるとタダじゃすまないよ!」

 

「うぅ……揺らさないで……っ!気持ち悪い……!」

 

「チッ、調子が狂うガキだね……!おい!水を持ってきな!」

 

「へ、へぇ……。」

 

「シーマさま……やっぱり優しい人じゃん……!めっちゃ感動する……!」

 

 やっぱ毒ガスとか汚い任務とかで心が病んでしまっただけで素はめっちゃ優しいんだろうなぁ。俺的には連邦に寝返り成功して幸せになって欲しかったからなぁ……。

 

「さっきから変な事ばっかり言って……!ちゃんと質問には答えな!お前は海兵隊出身か、それともマハルかどっかで会った事があるのかい!?」

 

「マハル……?」

 

 マハルと言えばサイド3にあるコロニーの一つだ、治安はあまり良くないらしいがシーマ様含むシーマ艦隊のメンバーの多くの出身地であるのだが……。

 

「うぅっ……シーマ様が帰る場所のマハルもあんな兵器にされて……!」

 

 悪魔の兵器ソーラ・レイ、コロニーを丸々兵器に変えた超兵器だ。宇宙移民の住む場所である筈のコロニーがあんな虐殺の道具に成り果てるなんてあんまりだ。

 

「おい……どう言う事だい!マハルが一体どうしたって言うんだ!さっきから含みのある言葉ばかりで要領が掴めないんだよ!」

 

「シーマ様、お水をお持ちしましたが。」

 

「寄越しな!ほら、さっさと飲むんだよ!」

 

 水を飲み干し少し気分が良くなる、けれどさっきから夢うつつで何が何やら未だに良く分からない。

 

「ラチがあかないねぇ。ちょっとコイツは借りていくよ、此処だと周りに聞き耳されても困るからね。」

 

「分かりました、お気をつけてシーマ様。」

 

 グイグイとシーマ様に力強く引っ張られて外に連れて行かれエレカに乗せられる俺だった。

 

 

後年、俺はこの数日においての巡り合わせの全てに感謝する事になるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 いつか運命と呼んだ出会いに(中編)


投稿が遅くなって申し訳ありません。
今回も殆ど会話回となります、ソロモン攻略戦まではもうちょっとかかりそうですごめんなさい……。時間が欲しい……。




 

 見知らぬ奇妙なガキをエレカに乗せ、郊外から離れた場所に移動する。走らせながら再度顔を確認するがやはり見知った顔では無い。

 

「ふっ、まぁ悪名高い毒ガスのシーマって名前なんざジオンなら誰でも知ってる話さね。」

 

 ブリティッシュ作戦から今まで、汚れ仕事なら何でもしてきた私だ。風聞は何処かしこに流れていてもおかしくはない。それだけの事はしてきたのだから。

 

「知らなかった……シーマ様は何にも知らなかったじゃないかぁ……!」

 

 ガキの声に思わず急ブレーキを踏む、幸い既に街からは離れていたので対向車も無かった。

 

「お前、本当に何者なんだい!」

 

 コイツの言う通り、私は自分が注入したガスが毒ガスだなんて聞いていなかった。だからこそ何でコイツはそこまで知っているんだ……!まさかアサクラの子飼いの人間じゃないのか!?

 

「少し手荒になるが身分証でも探させてもらうよ!」

 

 エレカを適当な場所に止めてガキのポケットから身分に繋がるものが無いか探る。

 

「あぁ……っ!そんな乱暴に!」

 

「テメェはさっきから酔っ払い過ぎなんだよ!」

 

 思わず頬を叩いてしまう、悪いかとも思ったが逆に目を覚まさせるのに良いかもしれない。コイツには聞きたい事が山程あるのだ。

 

「うぅ……。」

 

「チッ……財布にはカネしか入ってないじゃないか。お前、本当に何者なんだい。」

 

「俺は……シーマ様が好きなただのオタクです……。」

 

「はぁ……?」

 

 こっちの頭の方がどうにかなりそうだ、ここまで意味不明な事を呟かれていると精神に異常をきたした奴なんかじゃないと……。いや、まさか?

 

「コイツ、もしかしたらフラナガン機関で実験でも受けたヤク中とかじゃあるまいね……?」

 

 あり得なくはない話だ、初期の頃は真っ当な研究をしていた様だがジオンが劣勢になり始めると即戦力の用意の為に身体のあちこちを薬物投与で強化したりマインドコントロールで洗脳紛いの事をしたりと非人道的な面も見せ始めているらしいからね。

 

 可能性としてはコイツはフラナガン機関で薬物投与などの強化を受けていたが精神に異常をきたして廃棄された失敗作……、これならある程度合点が行く。アタシのことを知っているのも元ジオン兵ならあり得るし、さっきの毒ガスについても私の心を読心したとなれば自然とピースは嵌まっていく。

 

「ふっ、なら少し遊んで捨ててやるとするか。」

 

 先程から酔っ払ってはいるが的を射るような事を言っている、読心的な能力以外にも予言なども出来れば少し遊ぶのには都合が良いかもしれない。もしかしたら今の任務でも使える道具になるかもしれないしね。

 

「すまなかったねえ、ニュータイプさん。アンタまさか私の未来が読めたりするんじゃないかい?」

 

「うぅん……シーマ様の未来……?」

 

「そうさね、私が毒ガスを知らなかったのもアンタは知っていた。だからこれから私に起きる未来もニュータイプのアンタなら予知出来るんじゃないのかい?」

 

「シーマ様……は……ジオンがア・バオア・クーの戦いで負けた後で……アクシズに逃走する艦隊について行こうとしてて……でも……。」

 

 ア・バオア・クーの戦い?しかもアクシズに逃走だって……!?聞いた奴が奴ならこの場で射殺されていてもおかしくはない妄言だ。……しかし可能性は無いことも無い、実際に敗戦は濃厚なのだから。

 

「ちょっと待ちな、ア・バオア・クーが陥落してもまだソロモンやグラナダ、それにサイド3本国はまだ残ってるんだ。なんでアクシズなんて辺境に行かなきゃならないんだい。」

 

「ソロモンはもうすぐ落ちるし……グラナダはキシリアが死んで……ってその前にサイド3の……バッファロー?みたいな首相が連邦軍と休戦条約結んでぇ……抗戦派や戦争犯罪人になりそうな人はアクシズに逃げるしかなくてぇ……だったっけ……?」

 

 バッファローみたいな名前の首相?ダルシア・バハロの事か?それにキシリア様が死ぬ?……聞いているとただの願望にも聞こえるが符号は合う所もある、コイツはもしかしたら本当に予知能力があるんじゃないか?

 

「それで、アタシはアクシズに逃げたのかい?」

 

「それがぁ!違うんだよなぁ……!アサクラとか言うクズがシーマ様に今までの罪諸々擦りつけて戦犯扱いして合流させずに自分だけアクシズに逃走とか畜生みたいな事やりやがって……!マジでそこらへんジオンやっぱ駄目だと思うんだよな俺は……!うぅ……。」

 

「アサクラ大佐がアタシ達に罪を……?まぁ無くはない話だね。」

 

「それで行く宛の無かったシーマ様はせめてマハルに帰ろってなったのに……マハルはソーラ・レイになってて……帰る場所が無くなって宇宙海賊みたいな事を……ひぐっ……!あんまりだぁ……!」

 

 今度は泣き上戸になってやがる……コイツに酒を飲ませるのはやめさせた方が本人の為じゃないか?それにしてもソーラ・レイとは何なんだ?

 

「おい泣いてないでソーラ・レイって言うのはなんなんだい?説明しな。」

 

「コロニー丸々改造したジオンのビックリドッキリメカ……じゃないビーム砲みたいなやつですよぉ……。」

 

 ドクンと心臓の音が鳴ると同時に身体に冷や汗が流れる、まさかアタシらの故郷であるマハルが何かの兵器になっていると言っているのかコイツは……。

 

「だからぁ……!シーマ様は早めに連邦に内通とかした方が良いですって!あと数年したら空気読めない連中のせいで寝返ったはいいけど惨い殺され方されちゃうし……シーマ様は幸せになるべきなんだよぉぉぉ!」

 

 アホみたいに泣き始めたコイツの言葉に脳味噌がこんがらがる、コイツの言葉を纏めるとア・バオア・クーが陥落してサイド3も連邦軍と休戦か降伏かして、アタシらみたいな極悪人はアクシズに逃げるしか無いのが多かった……だがアサクラはアタシらがやった任務の責任をアタシに擦りつけて自分だけアクシズへ逃亡……そしてマハルに帰ろうにもマハルは兵器にされていて帰れず宇宙海賊に身を落として数年後に死ぬ……?

 

「馬鹿馬鹿しい、そんな事があり得るか!」

 

「うぅ……。」

 

 だがコイツの言葉に不思議と説得力がある、妄言にするにはリアル過ぎる内容だからだ。世迷い事として放っておくには惜しい。

 

「うっ……!吐きそう……。」

 

「冗談じゃないよ!吐くなら車から降りな!」

 

「うぅ……。」

 

 ヨロヨロと木陰へ向かうガキを横目に、先程の話を何処まで真に受けるべきか悩もうとした時だった。遠くからパトカーのサイレンが聴こえてきた。

 

「マズイねえ、ここで止まってたら警察に余計な勘繰りを入れられるかもしれない。おい!まだ終わらないのかい!?」

 

「オエエエエ……。」

 

「ちぃっ!後で戻ってくる!逃げるんじゃ無いよ!」

 

 一旦この場所から離れ、パトカーがいなくなったらまた連れ戻そう。その時はそう思いこの場を離れるのだった。だがこの事を私はすぐ後悔することになる。

 

 

ーーー

 

「リボーに行けるのはこれが最後になるわヘルミーナ、貴方はどうするの?」

 

「……グレイと一緒にいる。マリオンには姉さんから謝っておいて。」

 

「分かったわ、お兄さんが目を覚ますまで隣にいてあげて。」

 

「うん。」

 

 先日の戦いで新手の新型機の攻撃を受けたお兄さんは目立った外傷はないものの大きな衝撃を受けて一時的な昏睡状態に陥っていた。

 彼の愛機であったイフリート・ゲシュペンストも殆ど大破しており修理して再使用する事も現時点では不可能となり、またサイド6の情勢もありキシリア少将からフラナガン機関の人員ごとグラナダへの招集がかけられた。その為マリオンのいるリボーコロニーへ行けるのも戦時下ではこれが最後になるだろう。

 必要な人員や物資の積み込みで少なくても一日か二日は時間が取れる、最後の機会にマリオンに会いに行くのを提案したが妹は彼に寄り添う事を選択した。それは決して責めるような事ではない。

 

 それから数時間、夜になってしまったが漸くリボーコロニーへ到着する。先日の戦闘で入港にも時間が取られるが怪しい物は所持していないので問題なくコロニーに入る事ができた。エレカをレンタルして市街地まで走らせる、その最中であった。

 

「……人?」

 

 街から外れた人がいない筈の道路脇に項垂れている人がいた。見間違いかとも思ったがそうでは無いみたいだ。厄介ごとに巻き込まれたくはないが無視も出来ないのでエレカを止めて駆け寄る。どうやら男性のようだ。

 

「あの……大丈夫ですか……?」

 

 見たところお兄さんと同じくらいの年齢の青年だ、かなり顔色が悪いが大丈夫だろうか?

 

「すまない……どうやら間違って酒を飲んだみたいでかなり気分が悪いんだ……。」

 

「お酒を……?すみませんが貴方はこの近所に住んでいる方なんですか?」

 

「いや……なんでこんな所にいるのかも、ちょっと分からないな。誰かと話していた記憶はあるんだけど。」

 

 お酒は飲んだ事がないので分からないがどうやら飲酒をして記憶が曖昧になっているようだ。近くに民家もないので本当に誰かに連れ出されたようだがそのまま見捨てられたのだろうか?

 

「取り敢えず乗ってください、こんな所にいたら危険ですよ。」

 

「すまない、ありがとう……。」

 

 具合を悪そうにしながら青年は私のエレカに乗る。このまま市街地まで送れば見覚えのある風景を見つけて自分で帰ってくれるだろう、私はエレカを運転して市街地まで進む。

 

「すみませんが、何処で降ろせば良いですか?」

 

 問いかけるが返答が無い。横目で見るとどうやら眠っているように見える。

 

「あの、お兄さん?起きてください。」

 

 軽く揺らすも反応が無い。どうやら完全に眠ってしまっているようだ。

 

「はぁ……。どうすれば……。」

 

 幾つかのホテルを見つけ泊まらせようと思ったが既に満席だったり、身元の分からない人間を泊まらせるのを渋られたりと立て続けに断れてしまう。先の戦闘で警戒されているのもあるのだろう。

 

「かと言ってこのまま何処に降ろしてしまうのも気が引けますし……仕方がありませんね……。」

 

 マリオンの住んでいるアパートにエレカを走らせる、連れて行くのは不安だが起きたらすぐに出て行ってもらうしかない。

 十数分程走り、アパートに到着する。

 

「マリオン、私です。」

 

「マルグリットさん?こんな夜中にどうしたんですか?」

 

「色々あって此処に立ち寄れるのは今回が最後になりそうなんです。詳しい事は後で話します。……それと少し厄介事もありまして。」

 

 後ろに振り向きエレカを覗く、其処には未だグッスリと眠っている男性がいた。呑気なものだと少し呆れてしまう。

 

「男の人……ですか?」

 

「えぇ、郊外で一人で酔っ払っていたので街中まで連れて行ったのですが。全く目を覚ましてくれないんです。」

 

「……この人どこかで……。」

 

「……!まさかジオンの人間なんですか……!?」

 

「いいえ、フラナガン機関とかでは見た事はありません。けど、……ッ!頭が……。」

 

「大丈夫ですかマリオン!?」

 

「あ……はい……!少し頭痛がしただけです……マルグリットさん、この人は多分大丈夫だと思います。悪い人では無さそうだし。」

 

 とは言っても今の状況でこの人を信用できるかと言われたら相当怪しいのだけど……、けれど仕方がない何かあれば隠し持っている銃もあるし手荒な事になるだけだ。

 私達は眠っている彼を部屋まで運び、そのままソファーに眠らせた。その後でマリオンに今の私達の状況を伝え、私達もそのまま彼から離れた部屋で二人で眠るのであった。

 

 

ーーー

 

「……っ。」

 

 頭が痛い、気分もかなり悪いし頭が上手く回らない。昨日の事を思い出そうとするが誤って酒を飲んでしまったという事以外は思い出せない。

 

「ここは……?」

 

 辺りを見回すと、どうやら誰かの部屋のようだ。リビングのソファーで俺は眠っていたようだ。

 

「ようやく目が覚めたようですね。」

 

 女性の声だ、声のする方に目を向けると其処には白い肌、そして白い髪の少女が立っていた。

 

「君は……?」

 

「昨日酔っ払っていた貴方を此処まで連れて来た者です。……覚えていませんか?」

 

 記憶を辿る……そう言えば誰かの車に乗せてもらったような……?

 

「どうやらかなり迷惑をかけたようだ、本当にすまない。」

 

「お節介かもしれませんが今後はお酒を控えた方が宜しいと思いますよ?私が通り掛からなかったら野垂れ死んでいたかもしれないんですから。」

 

「あぁ、本当にその通りだ。酒なんか頼んだ覚えは無いんだけど……ってこれは言い訳にしかならないな。本当にすまなかった、ありがとう。」

 

「マルグリットさん、あの人が目を覚ましたんですか?」

 

「なっ……!まだ出て来てはいけません!」

 

 ドアの先から聴こえてきた別の少女の声に慌てる少女、ドアを確認して唖然とした……そこにいた彼女は……。

 

「マ……マリオン?」

 

「っ!」

 

 少女の名前を発した途端、いきなり身体が崩れ落ちる。慌てて受け身を取るが、また別の衝撃が身体を打ちつける。これは……護身術か!?

 

「やっぱり……!ジオン軍人だったようですね!」

 

「なっ……!?俺は違う……!」

 

「なら何故マリオンを知っているんですか!」

 

 頭に冷たい金属物が当たっている、恐らくは銃だろう。突然のことで何が起こっているのかは分からないが、かなりのピンチだ。

 

「待って、マルグリットさん!この人は違うわ!」

 

「黙っていてくださいマリオン!今この人が何者か……、ッ!?」

 

 彼女の様子が一瞬おかしくなったのを見て、隙を見逃さず銃を取り上げて分解する。北米での会談があった時に護身術などを習っていたのが幸いした。

 

「マルグリットさん!」

 

 マリオンが彼女に駆け寄り安否を確認する。俺自身も手荒な事はされたが彼女が恩人である事には変わりはない、大丈夫なのかを確認する。

 

「大丈夫……か?」

 

「あ、貴方は一体……!心を読もうとしたら、何かがおかしい……!」

 

 心を読む……?すぐには何を言っているか分からなかった、だが考えてもみろ……なんで此処にマリオンがいるかは別として、そのマリオンに対して守ろうと動く彼女はきっとマリオンの関係者だ。となると……。

 

「君は……ニュータイプなのか……?」

 

 サイコメトリーやそれに準じる能力を持ったニュータイプ……そして下手をしたら恐らくジオン軍人だ、だがさっきの反応は同じジオン兵だと思われているにしてはおかしな言動だ。一体マリオンの周りで何が起きているんだ?

 

 

「聞いてくれ、俺はマリオンに危害を加えに来たんじゃない。これは本当に偶然の出会いで……。」

 

「それを信用しろとでも?そもそも何故マリオンを知っているのか、それについてはどう説明するんですか!」

 

 銃は使えなくなったがマリオンを守ろうとする意志は未だに強く、身体差があるにもかかわらず彼女は俺に対して戦う姿勢を見せていた。

 此処までマリオンを心配する彼女はきっと悪い人間では無いはずだ、俺だって見捨てる事が可能だったにも関わらず助けてくれた。

 なら俺だってそれに応えてやらないといけない、そんな風に俺は思い正直に話を始める。

 

「そうだな……、まず俺に敵対の意志はない。どちらかと言うとマリオンには何事もなく生きていて欲しい、そう思ってる人間なんだ。」

 

「あの……貴方と私は何処かで会った事があるんですか?懐かしい感じはするのに会った記憶がなくて。」

 

 マリオンの言葉に頷く、彼女と出逢ったのはEXAMという機械を通してでしかない。EXAMに囚われていた頃の記憶も鮮明では無いだろうし俺の事を知らないのも当然だろう。

 

「これを言うと彼女……マルグリットさんと言ったか、かなり警戒するとは思うが俺は連邦軍人だ。」

 

 その言葉に二人が動揺したのを確認する。当たり前の反応だろう、ジオン軍人だと思われていたのが真逆の連邦軍人なんだから。

 

「そして俺はマリオン、君が囚われていたEXAMシステムの搭載されていた機体に乗った事がある。君を知ったのはその時なんだ。」

 

「EXAM搭載機に……?貴方はまさかニムバス大尉を殺した……!」

 

 マルグリットと呼ばれた少女から再び警戒されるも嘘を言っても仕方ないと思い続ける。

 

「……俺はEXAMを使い熟す事は出来なかった、一回乗って1ヶ月くらい昏睡して……っとこれは君達には関係ないな。けど君の言うニムバス……、ニムバス・シュターゼンの乗ったEXAM搭載機の撃墜には俺も関わっている。そういう意味ではもしかしたら俺は君達の仇になるんだと思う。」

 

 マリオンとニムバスの関係性なんかはあやふやだが彼女達の反応からして小説みたいに歪な事にはなっていなさそうだ。

 

「おかしな人ですね、今の話からマリオンに危害を加えないという確証は全く出てきませんよ。」

 

「それもそうだな、ただEXAMを通して俺はマリオンに助けられた所もあるんだ。ユウ……いや連邦のEXAMパイロットやニムバスとは違って深くはマリオンの事は知らないけど、彼女に戦争で人殺しなんてして欲しくはないってくらいには思っている人間が連邦にもいるって信じてくれれば良いなと思ってる。」

 

 ジオン嫌いではあるがマリオンだったりバーニィだったりジオン側でも好きなキャラはいる、だからこそ悲劇には巻き込まれて欲しくない。こっちに憑依して敵としてジオンと戦うことはあってもその気持ちは変わらない。

 

「マルグリットさん……、私はこの人の言ってることは嘘じゃないと思います。確かに不思議な雰囲気な人ですけど。」

 

「……分かりました。まだ完全に信用はしませんが確かに悪意は感じませんし、まずは敵対心は無いと信じましょう。」

 

「ありがとう。ただ差し支えがなければで良いが聞かせてくれ、マリオンは除隊しているのか?」

 

 中立のコロニーで普通にこの部屋に住んでいる事を考えても兵士として戦っているにしては不自然だ。もしかしたら昏睡中にここに移動したのだろうか?そう言えば媒体によってはニムバスがサイド6の病院で保護していたって話もあったか?

 

「……マリオンは既にジオン軍とは離れています、貴方に深く説明する理由もありませんから詳しくは話しませんが。」

 

「あぁ、それで構わないよ。俺にとっては嬉しい事なんだ、戦いは似合わないからな彼女には。」

 

「本当におかしな人ですね、まるで昔からマリオンを知っているかの様な口振りで。」

 

「ん、まぁ色々とね。……それで俺はこれからどうなるんだ?いや、どうするつもりなんだって聞いた方がいいかな。」

 

 マリオンはともかくこのマルグリットという少女の方は恐らくジオン軍人だろう。銃を持っていたし、先程までの動きは除隊しているにしては機敏過ぎるものだったし。

 

「私としては貴方をこのまま放っておくのはリスクが高過ぎます。敵意は無さそうと言ってもそれは個人の感想でしかありませんからね。それにこの場所をジオン、連邦のどちらにも知られたくはないんです。」

 

「ならどうする?俺を殺すか?」

 

「……馬鹿を言わないでください、全力で抵抗されれば私達2人では本気を出しても貴方に勝てる筈もありません。はっきり言いますけど今の状況では此方が不利で逆に貴方に私達をどうするつもりなのか聞く状況なんですよ。」

 

 確かに体格差もあるし武器も無い状況だ、これなら実力行使になっても彼女達に勝ち目はない。まぁ此方としては本当に争うつもりはないので何とか穏便に事は済ませたいのだが……どうするか。

 

「うーん、俺としては本当に君達に危害を加えるつもりは無いからな。このまま見逃してくれるなら有難いけど。」

 

「その言葉を信じるなら、取り敢えず目を隠してもらってからエレカで街中まで連れて行きます。それならここの場所も秘匿出来ますし貴方もそのまま連邦軍の拠点に帰ればいいでしょう。」

 

「あぁ、その案ならOKだ。中立のコロニーだしいざこざを起こしたくないしな。」

 

 戦争はしているがあくまで此処は中立コロニーだ、そんな場所でまで争うつもりはない。彼女にしても敵ではあるが悪い人物ではないし穏便に解決出来るならその方がいいだろう。

 

「あの……最後に一つだけ……、ニムバスは最後どんな死に方をしたのか……それだけ教えてくれませんか?」

 

 マリオンが真剣な眼差しで問い掛けてくる、彼との関係は本当に問題無かったようだ。

 

「彼は……そうだな、単騎でネオ・ジオンや連邦軍のトップを抹殺しようとして、実際にその寸前まで追い詰められるくらい鬼気迫る戦いをして散って行った。ただ俺が感じたのはそれよりも……最後の最後でまともに動く筈の無い機体でキャスバル総帥を討てたにも関わらず連邦側のEXAM機の頭部のみを破壊したんだ。あの姿には敵ながら君を解放しようって想いを感じた気がした。」

 

「そう……ですか。ありがとうございます、それだけでも分かっただけで嬉しいです。」

 

「それではそろそろ動きましょうか、余り人目に付くような事は避けたいですし。」

 

「あぁ、頼むよ。」

 

 マルグリットと呼ばれる少女が俺に目隠しをする、何というか見る人が見れば怪しい光景だ。そのままゆっくりとエレカまで誘導され運転が開始される。

 

「そろそろ良いでしょう。マリオン、彼の目隠しを取ってください。」

 

 目隠しを外されると、そこは既にサイド6の郊外だ。これでこのアクシデントも終わりみんなの所へ帰り……ん?

 

「あぁっ!?」

 

「な……、どうしたんですか急に大声を上げて。」

 

「しまった……!忘れてた……!」

 

 そうだ……アーニャへのプレゼントをまだ購入していなかった!時計を確認する、まだ時間はあるが未だに何を買うかも検討がついていない状況だ……どうしよう。

 

「あっ……そうだ。」

 

 後から考えると混乱し過ぎて頭のネジが外れていたんだろうと思うくらい支離滅裂な発言なのだが、今の俺はそれくらい焦っていたのだろう。恐らく同年代であろう二人の少女に向かい、こう発言したのだ。

 

「すまない二人とも。とても迷惑だろうけど、ちょっと買い物に付き合ってくれないか?」

 

「……?」

 

「……はい?」

 

 

 

 この時真顔で「この人は何を言ってるんだろう。」と思ってそうなマリオンと「突然何を言い出したんだこの人は。」と呆れた顔をしたマルグリットの反応を見て、俺は自分がアホみたいな事を言ってると言うことを実感したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 いつか運命と呼んだ出会いに(後編)

 世間はGWが始まったみたいですが何それ状態での投稿です、物語は第一部がいよいよ終わりへと向かう段階となって(いる筈)ます。
GWが終わるまでに何とかもう1話くらい投稿したいとは思ってます、月一投稿は流石に遅れ過ぎなのは分かってるので……。


 

「貴方は敵に何を言っているか分かっているんですか?」

 

 呆れ顔で此方を見つめる少女に、流石に変な事を頼んだかなと思ったが今はそれよりもアーニャに買うプレゼントの事で頭がいっぱいだった。

 

「話すと長く……いや、長くはならないか。ちょうど君達と同じ年くらいの女の子にプレゼントを贈らないといけないんだが見ての通り俺は男だからこういうのに疎くてさ。出来れば君達の意見を参考にしたいんだ。」

 

「はぁ……、世迷言ですね。そこまで貴方にする義理はありません、そろそろエレカから降りてくれると有難いのですが。」

 

 流石に無理があったか、中立コロニーとはいえジオンの兵だしな。そう思っていたらマリオンが頷いた。

 

「良いじゃないですかマルグリットさん、もうすぐマルグリットさん達もサイド6から離れてしまうんでしょう?グレイさんやヘルミーナさんにも私から何か贈っておきたいですし。」

 

「しかしマリオン……。」

 

「これも何かの縁だと思いましょう、それにこの人と同じように私もグレイさんに何を贈れば良いか思い付くのに時間がかかりそうだしこの人から意見を聞いて買うのも良いと思います。」

 

 二人の会話の内容はあまり掴めないがどうやらマルグリットと呼ばれる少女とそれに関係する人もサイド6から離れるようだ。その人達に贈り物をしたいというマリオンの提案は渡りに船だ。

 

「仕方ありませんね、しかし何かおかしな事をしようとしたらその時は即座に離れますから。」

 

「あぁ、それで大丈夫だよ。いてくれるだけでこっちは滅茶苦茶助かるからな。」

 

 昨日のララァとの会話で自分で決めた物ならなんでも大丈夫だと言われても、やはり女心が分かってないとか言われたくはないので無難な物を選びたいのだ。それならやはり女性から聞くのが1番だろう。

 

「それで、どう言った物を買うつもりなのかある程度は検討しているんですか?」

 

「いや全く。」

 

 何度も言うが恥ずかしながら今まで女性経験など皆無な俺だ、気の利いたプレゼントなど全く思いつく筈もない。

 

「贈られる相手が不憫ですね全く……、とは言え私自身プレゼントなんて貰った事も贈った事もありませんし何が良いのか実際はさっぱりです。マリオンなら何が欲しいですか?」

 

「そうですね……。まずは贈る相手がどんな人なのか知っておきたいですね、その人の性格に合った物でないと。」

 

 性格……性格か……。

 

「うーん……普段は冷静なんだが身長の事になると途端に年相応の子供になるんだよな。」

 

「それは性格とは少し違うような気もしますが……しかし貴方に子供扱いされているのなら、そう言った手合いの物は避けた方が良いでしょうね。本人は気にしているのでしょうから。」

 

 ふむふむ、そうなると化粧品みたいなのがいいんだろうか?いやアーニャが化粧してる所なんて見たことないし子供扱いしないようにするとは言えまだ化粧は早いだろうし他の物が良さそうだ。

 

「うーん、そうなるとアクセサリーとかはどうだろう?変じゃないかな?」

 

「良いですね、無難なプレゼントだと思います。」

 

 マリオンからOKが出た、取り敢えずはアクセサリー関係に絞ってみるか。

 

「それなら少し先にショッピングモールがありますね、そこで何か選べば良いでしょう。」

 

 マルグリットがエレカを走らせ商業エリアに到着する。それなりの規模だ、これなら簡単に見つかるかもしれない。

 

「へぇ、色々な種類があるんだな。」

 

 適当に寄った店のショーウィンドウに並んでいるアクセサリーを見るもどれが良いのかさっぱり分からない。どれも同じに見えるのは単純にセンスがないからだろうか。

 

「ネックレスにブレスレット、それにリングなどもありますけど。」

 

 マルグリットの指差す方を見ると結構なお値段のアクセサリーがズラリと並んでいる。買えないと言うレベルでは無いが恋人でもないのに誕生日プレゼントにやたらと高い物を買って渡すと言うのはどうなのだろう?

 

「うーん少し高過ぎるか?君達二人なら同僚にこれくらいの値段の物を渡されたらどう思うかな。」

 

「私はプレゼントを貰った事がありませんからよく分かりませんね。」

 

 少し哀しげな目をしてそう呟くマルグリット、あまり触れてはいけない話題だったようだ。

 

「と、取り敢えず良さそうなのがないか見ようか。」

 

 それなりの値札の物を見ながらどれを買うべきか検討をする。ふと思ったがこう言ったアクセサリーって戦闘中では邪魔になるんじゃないか?

 ……いやいや、別に戦闘中まで付けてくれと言う訳じゃないし今から別の物を探すのも時間的に無理だしここで決めよう。

 

「ん?これなんかどう思う?」

 

 目に止まったのは鈴が装飾されている指輪だ、男のセンスなので女性から見た場合どう感じるのか気になるので2人に確認を取ってみる。

 

「……良いんじゃないですか?」

 

 そう呟くマルグリットと同意するように頷くマリオン、2人が問題ないなら多分大丈夫だろう。これに決めることにした。

 

「こちらの指輪でございますね?リングのサイズはこちらのお嬢様と同じでよろしいでしょうか?」

 

 マルグリットの方を見ながら喋る店員のお姉さんの言葉で気づいた。しまった……指輪ってサイズとかいるんだよな……。アーニャの指のサイズとか全く分からないぞ……?

 

「あー、この子に贈るわけじゃな……ん?」

 

 ふとマルグリットを見ながら思ったが、彼女は結構アーニャと似通った体型じゃないか。背丈も変わらないしそこまで手の大きさも変わらないし彼女の指のサイズで調整しても良いのではないか?

 

「そういう訳でちょっとサイズを測らせてもらって良いかい?」

 

「何がそういう訳なんですか……?と言うか他人に贈る指輪のサイズを他人の指で決めるのはどうかと思いますけど。」

 

「仕方ない……仕方ないんだ……今から聞いてちゃ間に合わないし……頼む……!」

 

「はぁ、仕方ありませんね。」

 

 嫌々ながらも店員にサイズを測ってもらい、なんとかサイズの合う指輪を用意して貰った。これで当面の目標は何とか達成できた……。

 

「助かったよ2人とも、これで俺の方は用事は片付いたし次はマリオンが贈る物を考えるのを手伝うよ。」

 

 マルグリットの方はかなり渋い顔をしているがここまで世話になっておいて自分の用事が済んだらさようならなんて図々しい真似は出来ない。せめて少しでも役に立ってから別れたいもんな。

 

「それじゃあ……男性にプレゼントするならどんな物が嬉しいですか?」

 

 マリオンの質問に考え込む、憑依前の俺は悲しい事に家族以外からのプレゼントなぞ殆どオタク関係の物ばかりだったので参考になるプレゼントなんてまともに思いつく筈もなく……なんて事は実は無かった。

 

「男性に贈るんだったら無難に時計とかどうかな。」

 

 2人にプレゼントを考えてもらっていた間に無い頭を捻りに捻って何とか時計が思い付いた。腕時計とかなら邪魔にならないし貰ってもいらないなんて事にはならない筈だ、我ながら無難に思い付いたと思う。

 

「時計……確かに良いですね、それじゃあどういうデザインのーーー」

 

 それから1時間弱だろうか、2人の買い物に付き合って漸くプレゼントが全て決まる形となった。

 

「それじゃあマルグリットさん、これをグレイさんとヘルミーナさんに。」

 

 マリオンが包装紙に小さく包まれたプレゼントをマルグリットに渡す。

 

「それでは、これは私からのプレゼントですマリオン。」

 

 マルグリットから手渡されたのは装飾のされたネックレスだった、どうやらアーニャのプレゼントを選んでいる最中に同じ店で買っていたようだ。

 

「貴方の無事を皆が祈っています、それを忘れないでくださいマリオン。」

 

「マルグリットさんも……また絶対に会いましょう。絶対に……。」

 

 2人の悲しげな反応に思わずこちらも辛くなる、戦争じゃなければ歳も近いだろう2人ならもっと別の事をしている筈だから余計にそう思ってしまう。

 

「あのさ、2人ともこれを受け取って欲しい。今日のお礼にね。」

 

 マルグリットには鈴のイヤリング、そしてマリオンには懐中時計を手渡す。マルグリットと同じように先程見繕っていた物だ。

 

「貴方から物を貰う理由がありません。ましてや連邦軍人からなんて。」

 

「そう言わないでくれよ。昨日と今日、君に助けてもらわなかったらどうなっていたか……これくらいの礼はしないと男が廃るんだよ。」

 

 彼女からしたら敵からプレゼントを貰うというのは気が引けて当然なのかもしれないが俺にとっては恩人なのだ。

 

「ふふっ……本当に貴方はおかしい人ですね。戦場で邂逅すればその時は殺し合いになる相手なんですよ?」

 

「それでも、それでもさ。こうやって出会ったのも何かの運命で、もしも相まみえればその時はその時だ。お互いに生きる為に戦わなくちゃならないだろうけど……出来るなら戦いたくなんてない、それでも。」

 

「……分かりました、一応はありがたく受け取っておきます。こんな事を言うのは初めてですが、貴方とは戦場で出会いたくはないですね。本当に不思議な人ですよ。」

 

 そう言いながら彼女は微笑む、その微笑みに少しドキッとしながらも同じように俺も頷いた。

 

「あぁ。出来るならまた此処で、その時は敵と味方も連邦もジオンも関係ない世界であって欲しいな。」

 

「そうですね、……それではお別れです、えぇと……。」

 

「ジェシー、ジェシー・アンダーセンだ。」

 

「私はもう知っているでしょうがマルグリットです……姓はありません。」

 

 姓がない、その言葉に彼女の背景を考えてしまう。この世界では不遇な境遇の人は多い、この子もその1人なのだろう。

 

「それじゃあマルグリット、それにマリオン。いずれまた何処かで会える事を祈ってるよ。」

 

「えぇ、いずれまた。」

 

「また何処かで!」

 

 2人と別れ、港へと向かう。彼女との戦いは避けられないかもしれないが、それでも出来るならば……そう複雑な思いを抱きながら。

 

 

ーーー

 

「不思議な人でしたね。」

 

 彼と別れ、マリオンを家へと送る道中でマリオンがそう呟いた。

 

「えぇ、連邦軍人だと言うのにどちらかと言うと子供みたいな純粋さを持った変な人でした。」

 

「でもマルグリットさん、少し楽しそうでしたよ?」

 

「な、変な事を言わないでください。」

 

 思わずエレカの操作が危うくなってしまいそうになった。落ち着きながら運転を再開する。

 

「ふふっ、でも本当に。本当に不思議な人だったから。ニムバスの最期も教えてくれた。」

 

 ニムバス大尉の死に関わっていた人、それに今このサイド6に寄港している連邦軍と言えば木馬と随伴艦だ。そうなると彼はひょっとしたらあの白いMSのパイロットなのかもしれない。何となくだがそう思った。

 

「出来るなら戦いたくない……彼はそうは言っていましたが、避けられないでしょうね。」

 

 時代が、戦況が、その他の多くの要因が戦いは必然であるという流れになっている、此処で無くとも別のどこかで……そう遠くない内に戦うことになる。私達は軍人なのだから。

 

「それでも……それでもか。」

 

 彼の言葉が頭に残る、そうなった時はお互いに殺し合うしかない。それでも……また何処かで出会えたならばと。

 そう思っている内にマリオンの住んでいるアパートに辿り着く、彼女とも当面の間か……それとも永遠に別れる事になる。

 

「マルグリットさん……。」

 

 先程までは笑顔を見せていた彼女も今は瞼に大粒の涙を浮かべている。私も同じように悲しみで涙を流していた。

 

「今度は……今度はお兄さんもヘルミーナも連れて3人で来ますから……絶対に……絶対に……。」

 

「はい……。」

 

 抱きしめ合い、互いの体温を感じながら別れを告げる。

 この先の戦いで何が待ち受けていようとも死ぬわけにはいかない、まだ私は未来を見たい。そう思ったのだから。

 

 

ーーー

 

「なんだこれは……。」

 

 アンゼリカに辿り着き、搭乗口から入るとそこには『祝!アンナ・フォン・エルデヴァッサー生誕祭!』とデカデカと書かれたボードと艦内の至る所にパーティーの装飾が施されていた。

 

「おっそいじゃないかシショー!待ちくたびれたよ!」

 

 大きな声が艦内に響く、声の主は勿論ララサーバル軍曹だ。

 

「いやいや……なんだこの装飾具合は。」

 

 これ準備したのは昨日の今日だよな?それにしてはかなりの規模になっているんだが。

 

「いやあ最初はアタイらだけで準備してたんだけどクルーのみんなも乗り気になってくれててね、いつの間にか大盛り上がりになっちまったんだよ。」

 

「大盛り上がりにも程があるだろ……。」

 

 それだけアーニャの人望が高いと言うことだろう、部下としては嬉しい限りだが。

 

「にしても前日でこれだけ大規模に準備して、本人が見たら驚くだろうな。」

 

「その点については今日は大丈夫だと思いますよ中尉。」

 

「グリム?どういうことだ?」

 

「中佐ならテム博士に呼ばれてサイド6の方にいますから、今日は帰って来れないと思います。なんでも今整備に出してるMSの事で話があるようで。」

 

 せっかくの休暇とはいえ仕事があるのは可哀想だな、階級的に仕方ないとはいえ。

 

「そうか、なら明日の準備に向けてラストスパートでもかけるか。」

 

「そうだね!ってそれよりもシショー、ちゃんとしたプレゼントは買ったんだろうね?」

 

「それですよそれ、僕とカルラさんはそれだけが気がかりだったんですから。」

 

「なんだよ……ちゃんと買ったよ、変な物でもないぞ?」

 

 どうせ俺が買う物だから女心が分かってないだろうって不安なんだろうが今回の俺には助っ人がいたんだ、誇れる話じゃないが今回は自信があるぞ。

 

「それなら良いけどねぇ。1番のメインディッシュがずっこけられても困るから心配なんだよアタイらは。」

 

「1番のメインディッシュってなんだよ……。」

 

 相変わらず2人のノリにはよく分からない所がある、あまり気にしてても仕方がないが。

 

「まっ取り敢えずは明日に向けて最後の総仕上げと行こうか!いやぁ明日が楽しみだねえ!」

 

 どんなどんちゃん騒ぎになるのか一抹の不安を抱えながらも俺も手伝いに走り回るのだった。

 

 

 

そして翌日、結局昼間までアーニャが戻らずクルーのみんなは我慢しきれない程の熱狂を胸に秘めて帰りを待っていた。

 

「おい!中佐の姿が見えたぞ!」

 

 クルーの声に反応して窓から覗き込むと親父とジュネット中尉と共にアーニャが搭乗口に近づいていた、どうやら昨日はあの2人もテム・レイ博士の所にいたっぽいな。今後の作戦も含めた話だったんだろう。

 そんな事は誰も気にしていないのかみんなはクラッカーの紐を今か今かと必死に引くのを我慢していた、お前ら上官好き過ぎるだろ……ちょっと感動してしまう。

 

 そして独特の機械音と共に搭乗口のゲートが開くと同時に大量のクラッカーから祝福の音が鳴り響く。

 

『エルデヴァッサー中佐!誕生日おめでとうございます!』

「タイチョー!おめでとー!」「中佐!おめでとうございます!」

 

 騒音レベルの大声が鳴り響き、祝われた本人は何が起こったのか分からず混乱し、親父とジュネット中尉は想像していただろうがここまでやるとは……的な驚き方をしている。

 

「え、え?なんですかこれは……?」

 

「何ってお前のバースデーパーティーだよアーニャ。」

 

「でも……これは……。」

 

 ふと思ったが貴族のお嬢様だったアーニャにはこんなアメリカのホームパーティーみたいなノリの誕生日の祝われ方は初めてかもしれない。

 

「まぁ楽しんでくれよ、今日の為にみんな頑張ったんだ。主役が困惑してちゃみんなが悲しむぞ?」

 

「は、はい!みんな……私の為にありがとうございます!」

 

「うおおおー!」

 

 意を決したようにこの場のノリに合わせようと若干の無理をしながらハイテンションになるアーニャ、それに感激して盛り上がるアンゼンリカのクルー達。バースデーパーティーは初っ端から大盛り上がりで幕を開けたのだった。

 

 

 

「ありゃりゃ、こりゃ大盛り上がりじゃないの。」

 

「悪いな、ホワイトベースのみんなにも来てもらって。」

 

「なんのなんの、タダで飯が食い放題なんだからみんな喜んでるよジェシーさん。」

 

 カイと少し遅れてホワイトベース隊もパーティーに参戦した。ブライトさんやアムロを始め、主だったメンバーは全員参加してくれて何よりだ。

 

「しかし私やララァもいて大丈夫なのかアンダーセン中尉。」

 

 勿論の事だがシャアやララァも呼んでいる、流石に元は敵だからとかは今は関係のない事だ。

 

「良いんですよキャスバル総帥、こんな時に以前は敵だったとか連邦だネオ・ジオンだとかアースノイドだスペースノイドだ、なんてそういうしがらみがいりますか?」

 

「しかし彼らの中にはジオンに家族や友人を殺された者もいる筈だ、内心では私を快く思う者は少ないだろう。」

 

「それでもですよ、祝い事にそんな私情は忘れようってみんな思ってるだろうし。何よりこんな時ですらいがみ合うようなら戦後に平和なんて無理な話ですって。さあさあお二人もどんどん中に入って入って!」

 

 無理矢理にシャアとララァを輪の中に入れて参加させる。これで良いのさ、いつか本当にスペースノイドもアースノイドも分け隔てない世界を作る為の小さな一歩。それがこんなパーティーでも良い筈なんだ。

 

「さぁパーティーも盛り上がって来た所でアタイらアンゼリカのクルーからプレゼントがあるよー!」

 

 進行役のララサーバル軍曹の言葉と共に場は更にヒートアップする、どうやらまずは整備スタッフからのようだ。クロエ曹長がプレゼントを渡す。

 

「誕生日おめでとうございます中佐!私達からは普段からMSの作業、それに作戦行動での不規則な生活によるお肌の荒れを懸念してハンドクリームなどのスキンケアセットです。」

 

 ほう……そういうのもあるのか、まぁ男の俺ですら整備とか手伝ったりすれば手が荒れるしそこら辺は若いと言えど気にしておく必要があるんだろうな。

 

「ありがとうございますクロエ曹長、それに整備の皆さんも!」

 

「次は我々艦橋のクルーからだ、中佐おめでとう。」

 

 ジュネット中尉が代表しプレゼントを渡す、かなり小さな包みだ。

 

「中佐は書類仕事も多いでしょうから我々からはペンを贈らせていただきます。お受け取りください。」

 

 ペンか……確かに上質なペンなら指先への負担も軽減されるし書類仕事の多いアーニャにも適したプレゼントだ……!みんな凄いの買ってるじゃないか……俺ミスったりしてないよな……?そんな風に不安を抱えていると次はララサーバル軍曹とグリムもプレゼントを渡していた。

 

「僕とカルラさんからは花束です、こんな時勢ですがおめでとうございます中佐。」

 

「みんな……ありがとうございます。これだけ嬉しい誕生日は今までで初めてです……!」

 

「おっと隊長ー!まだプレゼントは終わっちゃいないよ!さぁシショー、最後にビシッと決めておくれ!」

 

 おいおい……あれだけみんな凄いプレゼントを渡しておいて俺をラストにするのかよ……。最後でずっこけそうじゃないか。

 

「ジェシー、貴方もプレゼントを用意してくれたのですか?」

 

「あ、あぁ。当たり前だろ、一応はお前の騎士でもあるんだから。気に入ってくれるかはわからないけど受け取ってくれるか?」

 

 そういうとリングケースを渡す、その瞬間場の空気がざわめき始めた。

 

「え?」

 

 拍子抜けした声を出すクロエ曹長。

 

「なんと……。」

 

 いつも表情を崩さないジュネット中尉も何故か驚いている。

 

「そう来たか……流石シショー……。」

「やっぱり中尉は一味違いますね。」

 

 うむうむと何か頷いているララサーバル軍曹とグリム。そして……。

 

「う……あ……。」

 

 口をパクパクと動かして固まっているアーニャ、やはり俺だけハズレみたいなプレゼントを贈ってしまったのか……!?アクセサリーだし女の子2人に選んでもらったから無難な方だと思ってたのに。

 

「ジェシー……これ……これって……。」

 

 そう言いながらポロポロと涙を流すアーニャ、ヤバい……本当に何かやらかしたか?そう思っていると親父がいきなり肩を引っ張る耳打ちをする。

 

「ジェシーよ、お前何をしているか分かっているのだろうな……!」

 

「何ってプレゼントだろ……!?もしかして俺ミスったりしてのか……!?」

 

「ある意味ではそうだ、これと似たシチュエーションを実は私も以前やらかしているのだ。母さんにな。」

 

 なん……だと……?よく分からんがこの親父がやらかしたと言うことはそれなりの失敗なのだろう、しかも母さんにとは……。

 

「私はそれを単純にプレゼントとして贈ったつもりだったが、周りはなんと……プロポーズだと思ったらしいのだ。」

 

「嘘……だろ……!?」

 

 つまりそれって、この周りの反応からして俺も同じように思われてる!?た、確かに指輪ってそういう意味合いのある物だけど、そう受け取られるものなのか!?

 

「お、親父の時はどうしたんだ……!?」

 

 ボソボソと小声で会話を続ける、今のこの静まり返った場を何とかお祝いムードに戻す方法を考えなければ。となると経験者の切り抜け方を教わるしかない!

 

「私の時はアンゼリカ……いや知り合いが『覚悟を決めなさい!』と婚約指輪として渡せと言ってきたからな。母さんの事はその時には普通に愛していたからそのままプロポーズしたぞ。お前はどうなんだジェシー。」

 

「お……俺は……。」

 

 アーニャの事をどう思っているのか……?そりゃ好きではあるけどあくまでそれはライクであってラブの方じゃ……どうなんだ……?

 

「どう思っていようとお前の本心をしっかりと伝えておくのだぞジェシー、そこに階級や身分などは関係ない。お前の思っている事をしっかり伝えればそれれが友愛だろうと親愛だろうと中佐は受け止めてくれるだろう。」

 

 ……取り敢えず思った事を口に出そう、気持ちはそれで分かるはずだ。意を決して俺はアーニャに向き合う。

 

「えぇと……、その……だな。」

 

「は、はい……。」

 

「お前と出会ってまだ半年ちょっとだな。」

 

「そ、そうですね。」

 

「ジャブローで騎士の誓いを交わして、そして各地を転戦して……色々あったよな。」

 

「えぇ、今思えばまだ半年ちょっとしか経っていないんですね。」

 

「確かに体感的には長く感じるよな、それだけ中身が濃かったって事なんだろうけど……って俺が言いたいのはそうじゃなくてだな……ええと……。」

 

 言いたい事は決まっているのだが言葉にすると何か長々しくなってしまう。

 

「あー……その……半年間お前と一緒にいてアーニャがどんな風に未来を見てるのかってのが俺にもそれとなくは伝わってさ、身内をコロニー落としで失ってもそれでもスペースノイドに恨みを持つんじゃなくてより良い未来を何とか築こうって意志の強さとかも分かってるつもりなんだ。」

 

「はい……。」

 

「そのお前が作りたい未来ってのに俺も参加したいんだよ、出来ればお前の隣でさ。だからその……この戦争が終わってもお前と同じ場所で同じ未来を見たいんだ。」

 

「ジェシー……。」

 

「だ、だから……これを受け取って欲しい。」

 

 そう言いながらリングケースを開き指輪を差し出す、まさかのプロポーズとなってしまったが、言葉に出したようにどうやら俺はアーニャに対して愛情の方が強かったようだ。

 

「ジェシー、貴方はジャブローで私が部隊を設立したいと言った時にゴップ叔父様の威に負けず堂々と私を助けてくれましたね。」

 

「そうだな。」

 

「そして……ブルーディスティニー1号機の起動実験の時に貴方は意識不明の重体になってしまいました。その時に私は貴方を戦いに誘ってしまったせいでこんな事になってしまったのだと憔悴してしまいました。」

 

「……。」

 

「けど、今分かりました。貴方がこの指輪を差し出してくれた時に、本当の私の気持ちは貴方に傷を負わせた責任から憔悴したのではなく。その……貴方を愛していたからこそ、父や祖父のように失うのが怖かったんです。」

 

「……っ、アーニャそれって。」

 

「はい。私も貴方を愛しています、受け取らせてください。」

 

 その瞬間、沈黙していたみんなが大歓声を上げる。当事者としてはクソ恥ずかしいのだが。

 

「コイツら……他人事だからって浮かれ過ぎだろ……。」

 

「良いではないですかジェシー、私はこの日の事を決して忘れません。貴方がくれた言葉も、みんなの笑顔も。」

 

「……そうだな。」

 

 

 こうして、俺にとって一生忘れる事のできないだろう数日間が終わりを告げる。

 この後には壮絶な戦いが待ち受けているのだろうが、それでもこのひと時を大切な人達と過ごした事がこの後の困難にも立ち向かう原動力となるだろうと俺は思うのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 ソロモン攻略作戦

 

「コンスコン艦隊からの援軍要請だって?」

 

 母艦であるリリー・マールレーンのブリッジで通信手から報告を受ける。

 

「先の戦闘でMS隊を失いその補充の為の要請なんでしょうがどうしましょうか?」

 

「放っておきな、アタシらの任務とは関係ない連中だ。それに新型も受領しちまってる木馬連中相手に真面目に戦って何が得られるって言うんだい?自殺するようなもんだよ。」

 

 それに前回の戦闘では数分足らずで10数機のドムがやられたとも聞く、そんな連中を相手にしても意味がない。命あっての物種だ。

 

「そうさね……今からグラナダにトンズラするフラナガン機関の連中のお守りに忙しいと返答でもしておきな。実際連中の護衛は必要なんだ、向こうも強くは言えない筈さ。」

 

 フラナガン機関……ニュータイプ……数日前にサイド6で出くわした謎のガキはとうとう見つからなかった、アイツは一体なんだったのか。まさか幽霊とでも言うわけじゃないだろうが……。

 

「マハルの事も気掛かりだ……あのガキの言葉を真に受ける訳じゃないが……。」

 

「シーマ様?どうしたんで?」

 

「なんでもない!リリー・マルレーンは進路をグラナダに向けて出港する、連邦に勘付かれる前にさっさと準備しな!」

 

『アイアイサー!』

 

 まずは既に発進しているフラナガン機関の人員と設備を運んだ輸送船に向かう、もしもあのガキがいれば僥倖だが似たような能力を持ってる奴さえいれば良いんだが……。

 

 

ーーー

 

「閣下、シーマ艦隊は援軍要請を拒否しました。」

 

「ふん、最初から期待などしてはおらん。所詮は女狐の子飼いだ、飼い主以外の命令は聞かんと言うことだろう。」

 

 先日の聞き分けの良かったニュータイプ部隊の方が珍しい部類だ、しかしこれで援軍は皆無となった。我が艦隊にMSが無い以上これ以上この宙域に留まるのも危険である。

 ドズル閣下に合わせる顔がないが一旦はソロモンに戻るしかあるまい。

 

「我が艦隊はソロモンへ帰投する。しかし木馬にシャアめ、このままで済むとは思うなよ……。」

 

 

ーーー

 

「MS全機搭載完了。アンゼリカはいつでも出港可能ですぞブライト艦長。」

 

「ホワイトベースも全機収容しました。ではソロモン宙域に向け出港します。」

 

 親父とブライトさんの通信が終了するとともに艦が出港する、これでサイド6ともお別れだ。いよいよドズル・ザビの指揮する宇宙要塞ソロモンでの戦いだ。

 

「しかし、テム・レイ博士も凄い置き土産を残してくれたなぁ。」

 

 MSデッキに搭載された俺たちの機体は何と修理されただけでなく改修もされているのだ。アレックスのシミュレーターで得られたデータと今までの実戦データを基に少ない時間でテム博士が反応速度をパイロット毎に最適化が必要な箇所のみ簡易的なマグネット・コーティングを一部に施してくれたのだ。

 

「ヴァイスリッターは脚部、私のフィルマメントは頭部の駆動系と腕部、ララサーバル軍曹のメガセリオンは腕部……そして。」

 

「グリムには新型か、羨ましいな。」

 

「何言ってるんですかヴァイスリッターがあるのに、と言うかこれは新型というより試験機ですよ中尉。」

 

 サイド5跡地での戦いで大破したグリムのメガセリオンはそのまま廃棄となり、新たにサイド6で試験運用されていたRGM-79C、通称ジム改へと乗り換える事となったのだが……この機体実はちょっとした曲者なのだ。

 

「試作運用中の全天周囲型モニターか、グリムが1番適性があると博士は見抜いたみたいだけど伍長の待遇じゃあないな。」

 

 曰く「優秀なパイロットに階級など関係ない。」とこのジムのパイロットにグリムを推したらしい。

 

「各所に設置された内蔵モニターでコクピットの周りから隙間なく全体を見渡すようにするのが本来博士の考えている案らしいけど現状で見える範囲はコクピットの上半分までが限界って言ってましたよ博士は。シミュレーションは済ませたかなグリムくん?」

 

 クロエ曹長が端末を弄りながらグリムに話しかける、今後のメンテはクロエ曹長が引き継ぐらしいので細かい点は確認しておきたいのだろう。

 

「えぇ、今までは頭部のカメラを腹部のコクピットで見ていたので細部で視覚的な違和感がありましたが。今は目線通りの操縦になって操作はかなりし易くなりましたね。視覚の不一致による操縦のストレスも軽減されると思います。」

 

「ふむふむ……、博士がグリムくんは堅実な動きを熟すからテストパイロットか教官に向いてるかもって言ってたけど私も同感ね。」

 

「なんだいセンセー?アタイやシショーじゃこの機体は向いてないって事かい?」

 

「ええそうねララサーバル軍曹、貴方がこれを使ったらメインカメラ以外ボロボロになるんじゃないかな……。」

 

 思わず苦笑する、確かにこのテストタイプの全天周囲モニターのカメラは繊細っぽいし機体を無理に動かさないグリムなら適役だろう。

 

「人の事は笑えませんよ中尉〜?貴方も大概壊す方の部類なんですからね?」

 

 ギロッと鋭い視線を向けられる……確かに大抵どこか壊してるよな俺も……。

 

「あとはアムロが乗っていた前のガンダム……あれも驚いたなぁ。」

 

 G-3ガンダム、この世界でアムロが乗っていたガンダムだが今回アレックスにアムロが乗ることになったので余る形となったのだが……。

 

「聞きましたよシショー、あれを数日で赤く染めてマグネット・コーティングってのも施したんでしょう?」

 

「らしいな……。」

 

 ここまで聞けば何となく分かると思うが、何とG-3ガンダムは赤く染められて赤い彗星専用機として新生したらしい。これってギレンの野望に出てくるキャスバル専用ガンダムみたいなものじゃん……。

 と言うかホワイトベース隊の陣容がジオン公国オーバーキル編成なんじゃないかこれ。マグネット・コーティングだって俺たちですら一部に施す程度なのにこっちは殆ど施してあるし何気にそれもシャアのパイロットとしての実力がやっぱり俺なんかよりは遥かに上と再認識してヤバいんだが。

 

「リック・ドムを研究材料として引き取る代わりって言うのと赤い彗星がガンダムに乗っているって威圧感を公国の兵士に与える為ってのと、いずれにしてもこの先ジオンは嫌な思いをするだろうな。」

 

 既にキャリフォルニアベースから公国軍MSのデータは提供されているのだろうが実物を弄るのとではまた違うのだろう、ドムは優秀な機体だしこれを研究して何か凄い機体を作ったりしたらジオンも涙目だろう。

 

「さて皆さん、嬉しい報告ばかりではありませんよ。あと数日もしたらいよいよ宇宙要塞ソロモンの攻略です。地上での大規模作戦の参加はありますが宇宙での大規模作戦は今回が初となります。」

 

「宇宙で既に小規模とはいえ戦闘しているが、やっぱり敵の動き方が地上と比べたら予測し難いのが問題だな。」

 

「えぇ、360°のどの方向から敵が来るのか。更には四方八方からの多数の攻撃も予測されますし、今回の場合はMS以外にも要塞に設置されている要塞砲や近くの衛星に設置した衛星砲などの防衛機構が多数配備されているのは間違いありませんからね。」

 

 本来の流れならそういう防衛システムみたいなのはソーラ・システムで破壊してくれる筈だから心配はいらないか……?流石に完成していない状態で要塞攻略に挑むほどティアンム提督も馬鹿じゃないだろうし。

 

「ティアンム提督もそこら辺は分かってるだろうから対策はして来る筈だ。個人的にはやっぱり大隊規模でのMS同士の戦闘の方が気になるな。」

 

 両軍入り乱れての戦闘だ、混戦は免れないだろうし国力に差があるとは言えジオンのパイロットはまだこの段階では練度の高い兵士ばかりだろうし気は抜けない。

 

「そうですね……基本的には単独で突出せず連携して各個撃破するのが理想の形ですね。如何に冷静さを保ち敵だけを引きつけ少ない消耗で倒せるかが重要になります。」

 

「敵も味方も数千機のMSが入り乱れるんだ、補給の暇だっていつ出来るか分からないから無駄弾も使えない。かなり厳しい戦いになりそうだな。」

 

 肉体的にもそうだが精神的な疲れも大きなものになるだろう、いつ何処から敵の攻撃が来るか分からない状況では常に神経を張り巡らせてないといけないだろうし心身ともに気をつけないとふとした瞬間に撃墜されてもおかしくはない。

 

「ようは慌てず、急いで、正確に敵を倒しゃ良いんだろう?」

 

「ララサーバル軍曹がそれを言う?」

 

 クロエ曹長のツッコミに思わず笑ってしまう、人の事は言えないのだが。

 

「いや、確かにララサーバル軍曹の言う通りじゃないか?今度ばかりはそんな気持ちで挑まないと弾薬が空っぽなんて絶望的な状況で嬲り殺しにされる可能性だってある。そんな恐怖しかない死に方なんてしたくないからな。」

 

 全員が頷く、多くの戦いをしてきたが今回ばかりはそれが今まで通り通用するか分からない要塞戦だ。今まで以上に気持ちを引き締めて戦う必要がある。

 

「それでは各自、第三艦隊合流迄に機体の調整と要塞戦のシミュレーションを済ませておくようにしてください。ひとまずはこれで解散します。」

 

 ふぅ、と大きく息を吐く。テム博士はヴァイスリッターの性能と俺の操縦癖から脚部の調整をしてくれたみたいだし今のうちに慣れておかないとな。

 個人的にはこの調整はビームルガーランスの使用も前提となってそうだし実戦ではどう使い熟せるか分からないがシミュレーターで今の内に癖を掴んでおかなければ。そう考えながらヴァイスリッターの元へと向かうのだった。

 

 

 

 それから数日が経ち予定航路には敵もなく順調に進むことができ、漸くソロモン間近の合流ポイントへと辿り着いた。

 

「ホワイトベース、並びにマゼラン級アンゼリカ、聞こえるか?」

 

 恐らくはワッケイン司令の乗っているマゼランからの通信だ、ジュネット中尉とセイラさんが応える。

 

「これより編隊を組む。コース固定、フォーメーション同調は当方で行う。補給受け入れ態勢に入れ。」

 

「ジュネット中尉、了解したと返答を送りたまえ。それでは各員補給体制急げよ、私は状況が整い次第ブライト艦長と共に艦隊司令に挨拶をしてくる、中佐にも準備をと伝えたまえ。」

 

 バタバタと周りが準備を始める、外からはコロンブス級の補給艦が近づいている。俺も手伝いに入らなければ。

 

 

 

 

「しっかしまぁ本当に大決戦って感じだねえ……!」

 

 補給物資を仕分けが終わり、休憩に入ったところでララサーバル軍曹がそんな事を呟く。

 

「あのミサイルを抱えたのパブリクタイプの突撃艇ですよ、ミサイルがそれだけ足りないって事なんでしょうね。」

 

「よく見ろグリム、ミサイルを積んでるのはそれだけじゃないぞ。」

 

 パブリク突撃艇に並んでエーギルユニットを装着したメガセリオンの両肩部にも同じ様な大きさのミサイルと発射ユニットが装着されている。恐らくはこれも普通のミサイルじゃない。

 

「メガセリオンにもミサイル……?」

 

「恐らくビーム撹乱幕だ、要塞や敵艦からのビーム砲を防ぐ意図があるんじゃないか?」

 

 機動性に優れたメガセリオンなら原作みたいにパブリクのパイロットを使い捨てるような使用方法にはならないしミサイル発射後はパプリクの護衛も可能だ。これならパブリクの損耗も原作よりは少なくなるだろうな。

 

「ビーム撹乱幕……?それじゃあこっちもビーム攻撃出来なくなるじゃないか。」

 

「こっちの艦艇はミサイル装備が多いし艦隊戦は問題ない筈さ、それにMS戦闘が本格化する頃にはきっと……。」

 

「相変わらず変な所で慧眼ですねジェシー。その先は私が説明します。」

 

「アーニャ?挨拶はもう済んだのか?」

 

「はい、第三艦隊の司令はルナツーのワッケイン少将でした。我々第三艦隊は敵要塞ソロモンへの攻撃を敢行しティアンム提督が率いる第一艦隊の対要塞兵器の使用までの時間を稼ぐのが任務になります。」

 

 対要塞兵器……やっぱりソーラー・システムはあるよな。これが有ると無いとじゃ難易度が違いすぎるし。

 

「対要塞兵器とはどんな物なんですか?」

 

「それはワッケイン司令も詳細は知らないとの事でした、オデッサでの一件もありますから最重要機密は一部にのみ留めている様ですね。」

 

 まぁスパイの存在で極秘情報がバレたら元も子もないからな、適切な対応だろう。しかし本編中でも層の薄さから何か策があるとドズルに看破されてるしこの時の流れではどう本編との差異が出るか気をつけておく必要はあるな。

 

「作戦開始はいつからだアーニャ?」

 

「もう間も無くです、私達はコクピットで待機し作戦が発令され次第出撃となります。」

 

「よし、みんな絶対に生きて帰るぞ!」

 

『了解!』

 

 例え正史とは違う流れになろうと、俺は俺に出来る事を精一杯やるだけだ……!

 

「艦隊、横一文字陣形に移動を開始!」

 

 ジュネット中尉の通信が入る、そろそろパブリクやメガセリオンがビーム撹乱幕を発射するタイミングだろう。

 

「ビーム撹乱幕装備のメガセリオンが先行発進、続きパブリク突撃艇の発進を確認。」

 

艦のモニターを中継して映像を確認する、先にメガセリオンが撹乱幕を撒いてから装備を切り替えてパプリクの護衛に回るようだ。しかし流石の防衛網だ、既に何機かは衛星砲なとで落とされている。

 

「ビーム撹乱幕の形成を確認!敵衛星砲の威力の軽減を確認!アンダーセン艦長、ワッケイン司令よりMS隊の出撃要請!」

 

「よし!MS隊全機出撃!第一艦隊の対要塞兵器の使用まで持ち堪えるのだ!」

 

「こちらMS隊隊長アンナ・フォン・エルデヴァッサー、任務了解!全機出撃します!」

 

「よし……ジェシー・アンダーセン。ヴァイスリッター出撃する!」

 

 こうして宇宙における初のMS大隊規模の要塞戦が幕を開けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 激闘の宇宙

「ほ、本当にこの数でやれるのかい!?」

 

 第三艦隊のMSの規模を見てララサーバル軍曹が焦る、確かにこのまま要塞を攻略しろと言われたら無理な話なんだけど。

 

「さっきも報告があっただろララサーバル軍曹!今は主力のティアンム艦隊を信じるしかない!俺達は俺達のやれることをやるだけだ!」

 

 そう言いながら放たれた衛星ミサイルを撃墜する、ああは言ったが流石に攻撃の規模は今までとは比べ物にならない。焦る気持ちも分かるぜ全く……!

 

「中尉の言う通りですよカルラさん!ここで怖気ついてたらホワイトベース隊のみんなに笑われますよ、見てください!」

 

 グリムの言葉にホワイトベースのいた位置を確認する、そこにはまさに言い表すなら縦横無尽か……言葉の通りに宇宙を駆け巡る3機のガンダムとそれを援護するガンキャノンとコアブースターがいた。

 

「……グリム、あれは笑っても仕方がない連中だ。あれを見習おうなんて思うなよ?」

 

「何弱気になってるんですか中尉!」

 

 仕方ないだろ、化け物だよあれは……そうは言いながらもコツコツと衛星砲や浮き砲台を撃破していく、あんな活躍は出来なくても無難に仕事はこなしてみせるさ!

 

「お喋りはそこまでです皆!敵要塞ゲートからのMS部隊が発進されました!」

 

「……来たか!」

 

 ザクを中心にリック・ドムが混じっている。ザクもザクでF型以外もいるんだろうが流石にここからでは機種は特定できない。

 

「ここで食い止めるぞ!アンゼリカやホワイトベースに近寄せられては堪ら無いからな!」

 

「全機!密集形態、確実に一機ずつ仕留めて行きますよ!」

 

『了解!』

 

 フォーメーションを組み、敵の攻撃に備える。此処からが正念場だ……!

 

 

ーーー

 

「敵は強力なビーム撹乱幕を張ったぞ、攻撃手段をミサイル攻撃に切り替えザクやリック・ドムを出撃させて侵攻に備えよ!主力のティアンム艦隊の動きはどうか!」

 

 突撃艇とMSによるビーム撹乱幕で要塞のビーム兵器を悉く無力化してきたか、であれば実弾装備のザクやリック・ドムで攻撃をすれば良い。しかし気になるのは主力である筈のティアンム艦隊だ、大規模な索敵をしているにも関わらず未だ足取りが掴めずにいる。

 

「は……!ミノフスキー粒子の非常に濃い所を索敵中ではありますがダミーが多く……。」

 

「それが戦争というものだ!リックドム数十機とビグ・ザム、それに新型のゲルググを寄越してもらっておきながらむざむざソロモンを落とされてみろ!我々は国中の笑い者になるぞ!」

 

 ギレンやキシリアの二人は政争を気にしてソロモンに物資を送るのを渋るかと思っていたがア・バオア・クーからはリック・ドム数十機と試作中のMAであるビグ・ザム、グラナダからは未だビーム兵器は実用化されてはいないがそれでも高性能機であるゲルググを寄越してもらっている。

 あの二人も流石にソロモンを落とされては敵わんと言う事か。

 

「念には念を……第七師団に援軍を求めては如何でしょうか?」

 

「キシリアにか?それこそ笑い者ではないか、それにだ、このソロモンに今攻めて来ている軍勢が連邦の全戦力とは言えん。無理に援軍を要請してグラナダを攻め込まれてみろ、目も当てられん事になるぞ。」

 

 連邦はティアンム率いる第一艦隊の他にも第二、第三、第四艦隊で編成されていると報告があった。この陽動と思われる艦隊がそのどちらかは分からんが全軍で侵攻しているとは限らず、状況次第ではどう動くか検討も付かん。兵力を割くのは危険だ。かと言ってソロモンがこの戦力でも持ち堪えられるかは戦況次第だが……やはりティアンム艦隊の行動が肝になりそうだ。

 

「失礼しますドズル閣下。」

 

「おぉコンスコンか、何用だ?」

 

「今攻めて来ている艦隊に木馬が確認されました。恐らくはシャア……いえキャスバルもいるでしょう。」

 

「先日の汚名を返上したいと言うわけか。」

 

「その通りであります。リック・ドム、それとゲルググをお貸し頂ければ……。」

 

「貴様も欲張りな男だなコンスコン、本来であればそこまでの戦力をお前に与えるべきではないが貴様の手腕とそれだけの戦力があればキャスバルの奴を撃ち落とす事も可能であろう。奴を失えばネオ・ジオンの求心力は低下する、それは公国の利にもなるからな。」

 

「ご期待に添えられるよう尽力致します!……それでは!」

 

 コンスコンは慌ただしく司令室を後にする、サイド6では辛酸を舐めたようだが奴の実力であれば次こそは木馬ごとキャスバルを葬る事が可能な筈だ。

 

 

ーーー

 

「中尉!後ろにドムです!」

 

「分かった!……そこだ!」

 

 マシンガンを当てドムを撃破する、やはりテスト段階の未完成品とは言え全天周囲モニターのおかげでグリム機の視野はかなり広いようだ。おかげでかなり助かっている。

 

「皆さん、一旦デブリを盾に一時疲労を回復しましょう。」

 

「そうだねえ……流石に一息つきたい所だよ。」

 

 かれこれ三十分くらいは戦っているのか?アニメでは半分くらいの時間でソーラー・システムを使用していたような気がするが未だに使用される気配がない。

 まさかソーラー・システム以外の攻撃手段か……?それとも此方がある程度優勢に戦えているからミラーの展開を万全にしているとかか?気にしていても仕方ないんだろうが……。

 一旦漂っているデブリを盾に休憩と弾薬の交換を済ませる、少しは落ち着けるかと思っているとガトル爆撃機が視界を横切る。

 どうやら休憩する余裕なんてないようだ。

 

「敵爆撃機確認!行動を再開します!」

 

 アーニャの声と共に再びフォーメーションを組み直し攻撃行動に移る、その時だ。

 

「っ!敵のMS部隊確認!中佐……データに無い新型です!」

 

 グリム機からの通信にポイントを確認するとそこにはまだソロモンでは実戦配備されていなかった筈のゲルググが映っていた。

 

「な……ゲルググだと……!?」

 

 腕に持っている装備を見るにビームライフルではなくザクやドムと同様のMMP-80タイプのマシンガンだとは思うがそれでも機体性能は高いのでかなり危険なMSだ。

 

「用心するんだ!敵は新型だけじゃないぞ!連携される前に何とかしないと!」

 

 この時点でゲルググに乗ってるような連中だ。まず機体性能に頼るだけのパイロットじゃない。幸いカラーリングは通常の機体ばかりだから、原作のエースパイロットでは無さそうだがそれでも油断は禁物なんだ。

 

「分かっています!各機敵を牽制し動きを止めてください、私が狙い撃ちます!」

 

 そうと決まればヴァイスリッターのバーニアを吹かせマシンガンで狙いをつける、しかしザクやドム相手にはある程度無難に付けられていた狙いも中々決まらない。

 

「クソ……!速い!」

 

 やはり機体性能がその二種より上なせいで速攻撃破には至らない、このままでは……そう思っているとゲルググにバズーカが命中し一機が爆散する。

 

「ジェシーさん!大丈夫ですか!?」

 

「アムロか!」

 

 アムロのアレックスが援護に駆けつけてくれた。どうやらホワイトベースの方もかなりの混戦となっているようだ、いつの間にか持ち場がほぼ同じになっている。これでゲルググ相手でも何とかなりそうだ。

 

「ソロモンの守りは硬い、対要塞兵器と言うのは本当に使われるのだろうな?」

 

 キャスバルのガンダムも合流する、それはこっちが聞きたい所だ。

 

「ティアンム艦隊の動きが分からない以上我々は任務を遂行するしかありません。今は敵を引きつける事に専念するべきでしょうキャスバル総帥。」

 

「エルデヴァッサー中佐の意見には賛成するが……敵はどうやら我々に狙いを定めたようだ。」

 

 要塞の裏手からチベ級一隻とムサイが二隻MSを引き連れ砲撃を開始してくる、どうやら先程のゲルググはこの艦隊から発進されたようだ……お供にゲルググを引き連れている。

 

「チベは火力と対空迎撃に優れている、迂闊には近寄るな!」

 

 キャスバルの警告から間髪なく艦船からの砲撃が始まる、狙いはアンゼリカやホワイトベースでは無く俺達MS隊だ!

 

『あの赤い機体を狙うのだ!アレにシャアが乗っているに違いない!それにガンダムというヤツさえ落としてしまえば此方が有利になる!』

 

 艦砲が絶え間なく発射されるも狙いは俺達アンゼリカのMS部隊ではなくホワイトベース隊、それもガンダムが集中的に狙われている。敵もそれだけガンダムが脅威と認識しているのだろう。それに艦砲だけでなくMSによる攻撃も始まった、此方はそこまで攻撃されていないにしても全く狙われていない訳ではない、攻撃は熾烈さを増していく。

 

「クソッたれ!奴らの狙いはガンダムじゃないか!?向こうに火力が集中し過ぎてるぞアーニャ!」

 

「やはりキャスバル総帥の機体狙いでしょう、赤い機体では彼等も疑う余地はありませんから!」

 

「何とかMS部隊を突破して艦船を狙えれば……!」

 

 こちらも敵も頭さえ潰してしまえば……そう考えるも敵の数がそれを許してはくれない。

 流石にアレックスやキャスバルのガンダムと言えどまだ二人ともニュータイプとの戦闘が無く、完全にニュータイプとして覚醒してはいないからか、それともゲルググのパイロットの技量が高いからか簡単には押し通る事が出来ていないのだ。

 

「しかし敵がホワイトベース隊を集中的に狙うのなら此方が動くしかありません!一点突破を掛けます!」

 

「……っ了解!アムロ、キャスバル総帥!俺達が艦船を相手している間にMS部隊は頼んだぞ!」

 

「了解です、そちらはジェシーさん達に任せます!ここは僕達が!」

 

「MS部隊は引き受ける、敵を侮るなよアンダーセン中尉。」

 

 アムロとシャアに任されちゃ、やってやるしかないだろ……!俺達アンゼリカ部隊は縦一列になり戦場を駆ける、ララサーバル軍曹を順に俺、グリム、そしてアーニャを最後尾にし前方をララサーバル軍曹が、上下左右を俺とグリムが、そして後方への対応をアーニャがすることで余程の火力が集中しない限りは突破出来るであろう隊形だ。

 

『ちっ、マゼランのMS部隊か。ザクとリック・ドムを艦隊の護衛に回せ!』

 

 此方の動きを察知した敵もまた的確に動きを変えて攻撃をしてくる。やはり宇宙戦ではジオンの方が一枚も二枚も上手か……!

 

「こんにゃろおぉー!」

 

 ララサーバル軍曹のマシンガンが前方のザクを撃破する、それに乗じて此方も隙の出来た敵に狙いをつける。

 

「幾ら動きが上手くても、直撃させれば!」

 

 グリムのジムのハイパーバズーカもまた的確に敵を撃破していく。機体性能も上がっているし此方も少しはやれるというものだ。

 

『ええい!対空迎撃だ、敵を近寄らせるな!それにだ!まだゲルググの部隊はシャアを殺さんのか!ドズル閣下が見ておられるのだぞ!』

 

 チベとムサイの攻撃が激しくなる、所々に漂うデブリを盾にしながら何とか防ぐがやはり一気に突破は難しい……そう思った時だった。

 

 

ーーー

 

「ミラー展開完了!出力80%、敵はまだ此方を視認できておりません!」

 

「ふっ、第三艦隊は思った以上に敵を引きつけてくれた。ソーラー・システム、ミラー照点合わせ!狙いは敵要塞右翼のスペースゲート!」

 

 数千枚からなるミラーが光を集める、もう間も無くソロモンは丸裸になるのだ。

 

「閣下!敵グワジン級!並びに衛星ミサイルが此方に向かって放たれました!」

 

「馬鹿めが、今からでは間に合わんわ。ルウムでの借り……返させてもらうぞ。ソーラー・システム、起動!」

 

 ミラーが一斉に輝き、射線にある全ての物を燃やし尽くして行く。それは連邦軍に勝利をもたらす、まさに天の光であった。

 

 

ーーー

 

「この……輝きは!」

 

 間違いない、この光はソーラー・システムの物だ。ソロモンが……焼かれて行く……!

 

「す……凄まじい威力……これが対要塞兵器……!?」

 

「なんてパワーなんだい……!」

 

 アーニャを始めみんながその威力に驚いている。それは俺達だけで無く、ホワイトベース隊、それにジオン軍もそうであった。

 

『な!何事だ!』

 

『わ、分かりません!ソロモンが……ソロモンが焼かれています!』

 

『馬鹿な……レーザーだとでも言うのか……!?』

 

 敵は呆気に取られているのか攻撃が薄くなっている、今が絶好のタイミングだ。

 

「アーニャ!今がチャンスだ!」

 

「はい!全機、突撃!」

 

 全機散開して敵艦船に攻撃を仕掛ける、アーニャのフィルマメントの高出力ビームライフルがムサイを、ララサーバル軍曹とグリムのバズーカがもう一隻のムサイを沈める。

 

『コンスコン提督!ムサイ撃沈!本艦も危険です!』

 

『なんだと……!?ちぃ!木馬の部隊に向かわせたゲルググを呼び戻せ!』

 

『駄目です!全機シグナルロスト!反応ありません!直掩機も今からでは間に合いません!』

 

『馬鹿な……!ゲルググが……十機からなるゲルググが目を離した隙に全滅したというのか……!?』

 

『敵の白いMSが来ます!』

 

「ここからならぁ!」

 

 サブアームに固定してあるビーム・ルガーランスを取り出し、チベの下部に向けて一気に突っ込む。

 

『こんな……木馬だけでは無いと言うのか……!こんな連中が連邦に……!』

 

「うおおおお!」

 

 ビーム・ルガーランスがチベの装甲を貫く、その瞬間刀身を展開し大きく装甲が開かれる。

 

「喰らえぇぇぇ!」

 

 そこにビームを撃ち込む、それと同時に爆発に巻き込まれるのを防ぐ為に一気にチベから離れる。

 

『ド……ドズル閣下ァァァ!』

 

 チベが爆散していく。敵のMS部隊もホワイトベース隊のみんなが殆ど片付けてくれたようだ。

 ……しかしこれはまだ前半戦と言っても過言では無い、ソロモンの兵力はまだある程度健在であるだろうしビグ・ザムが出て来てもおかしくはない。まだまだ休める状況にはならないだろう。

 

 焼かれたソロモンのゲートに向けて味方の部隊がどんどん突入していく。

 俺達もまた、弾薬の補給を済ませ、要塞内部へと侵入するのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 悪鬼

「馬鹿な…… 。」

 

 要塞の第6ゲートが正に消失と言っても過言ではない程に消え去っている、核や大量破壊兵器の類とは違う何かの新兵器によってこうなったと言うのか……。

 

「閣下、攻撃はサイド1の残骸があった方角からです!映像出ます!」

 

 映像は鮮明では無いが、其処には夥しい数のミラーが列を成していた。これは……コロニーを原動力にしてはいない故にソーラ・レイとは微妙に異なるがそれと似た兵器を連邦も準備していたと言うことか……!

 

「あの方角にはガトルの第2、第6戦隊とグワランを向かわせていた筈だ!どうなっておる!」

 

「いずれも応答ありません……!恐らくは既に……。」

 

「ちぃ!残っているMS部隊を呼び戻せ!敵は要塞に侵入を試みる筈だ!コンスコンも防衛に呼び戻せ!」

 

「閣下!コンスコン少将のチベとも先程の攻撃直後から途絶えております……!」

 

「馬鹿な……!あのコンスコンがやられたと言うのか……?くっ!ラコック、女達は既に退避カプセルへの避難は済んでおるのか。」

 

「ハッ、後は護衛を回し退避させるだけとなっております。」

 

「よし、そちらは任せたぞ。……MS部隊はミラー破壊に向かわせる一部を除き呼び戻せ!ソロモンの水際で防衛する!ビグ・ザムの出撃準備も急がせよ!俺も出るぞ!」

 

 

ーーー

 

「撃て撃て!撃ちまくれぇ!」

 

 焼かれたスペースゲート跡に大量のバズーカが撃ち込まれる、要塞内部への突破を試みる部隊が既に幾つも現れていた。

 

「フゥーーー!これが主力艦隊の連中かい!こんだけいりゃあ後は楽勝だねえ!」

 

 かなりの数の主力艦隊を前に楽観するララサーバル軍曹、確かに数だけ見れば優勢にはなっているがまだビグ・ザムがいるし先程のゲルググの事もある、別の新型だっていてもおかしくはないんだ。

 

「気を抜くなよララサーバル軍曹、窮鼠猫を噛むって言葉もある。追い詰められた敵ほど厄介なもんはないぞ!」

 

 実際に要塞内部には未だにかなりの数の防衛部隊が存在している、此方が優勢と言えどまだまだ気は抜けない。それにしたって既に1時間近くの戦いなのだ、疲労の方も少しずつだが溜まって来ている。

 

「ジェシーの言う通りです。要塞内部にも防衛機構は存在するでしょうし、この手の侵攻戦と言うのは古来から防衛側の方に地の利があります、要塞内部を網羅している敵の方が侵攻してくる我々に対して多くの手を打つことが可能なのです。」

 

 流石に戦術論を書き上げる事だけはある。この優勢の状況でも敵の動きに慎重さを持ってくれている、俺達としては頼もしい限りだ。

 

「だが孟子で言う所の天の時、人の和ってのは俺達の側にある。勢いがある内に攻勢を掛ければ敵も地の利を活かす前に倒れる筈だ。」

 

「やっぱり、変な所で博識なんですねジェシー。」

 

 クスクスと笑うアーニャに状況が状況なのに思わず照れてしまう、そりゃガンダムの歴史とか調べてるといつの間にか実際の戦史とかも興味持ってそれから得た何ちゃって知識なんだがな。

 

「ホラ!イチャイチャするのは後だよ!敵は待ってくれやしないんだからさぁ!」

 

 要塞の影から多数のザクとドムが現れる。どうやら防衛部隊のお出ましのようだ。

 

「わ、私達そんなにイチャイチャしていましたか……!?」

 

「何真面目に受け止めてるんだ……ほら、来るぞ!」

 

 アーニャの天然ボケに少し気が抜けて、ある意味ではリラックスできた。ビームライフルで冷静に敵を撃ち抜き次々と敵を撃破し徐々にだが要塞内部を進んでいく。俺としてはビグ・ザムさえ出て来なければ何とかなるとは思っているがそれは期待するだけ無駄だろうな……流石にビグ・ザムの代わりに大量のゲルググを送ったとかそんな事でもない限りは。

 そう考えながら進んでいるとビームが横を掠る、慌てて反応するとそれはザクやドムではなく味方のジムの小隊だった。

 

「よせ!こっちは味方だぞ!」

 

「すまん!どうやら道が合流したみたいだ、敵と思って撃ってしまった!」

 

 直撃しなかったから良かったものを下手したら味方に撃たれて死ぬ所だった……要塞戦は混戦になるとは思っていたがやはりアクシデントは発生するものだな。

 

「ジェシー、気が立っているとは思いますが冷静に。味方とルートが合流したと言うことは此処は中継地の筈です、何か敵の罠があってもおかしくはありません。」

 

「そうだな……。」

 

「すまんな新型さん達!さっきの詫びとは言わんが此方が牽制をかけよう。君らは援護を頼む!」

 

 中々肝の据わった人達だ、お言葉に甘えてこの場は任せよう。

 

「オラオラ!道を開けやがれ!」

 

 味方のジムが手当たり次第にバズーカやビームスプレーガンを撃ちまくる、崩落とかしないんだろうかとも思ったが進行ルートは塞がってしまえば敵も通れないしその点は気にしなくても良さそうだな……埋もれさえしなければ。

 

「このまま敵の中枢を叩ければ良いんですが……。」

 

 グリムの心配もごもっともだ、ドズルがいてもいなくても司令室さえ押さえれば敵の動きはかなり制限されるだろうからな。

 

「焦るなよグリム……深く奥へと入り込めば込むほど敵のテリトリーなんだ。今は慎重に慎重に……。」

 

 その時だ、味方のジムが動きを止める。

 

「な、なんだ!コイツは!?」

 

 其処にはMSが通れるほどの大きな道となっている要塞内部をまるで狭く感じさせる程の大きさを持った機動兵器が立っていた……!これは……!

 

「撃て!取り敢えず撃ちまくるんだ!」

 

「よせ!ソイツには!」

 

 俺の制止など聴こえていないのかジムの小隊はビームスプレーガンを撃ちまくる、しかし……。

 

「なっ……!ビームが効いていないだと!?」

 

 ビームからバズーカへと装備を変えようとするもビグ・ザムのメガ粒子砲がジムの小隊を一気に消滅させた。

 

「アーニャ!全員に撤退命令だ!コイツは……コイツは危険だ!」

 

「……ッ!全機退却!一旦要塞の外へ出て体勢を立て直します!」

 

 全速で元来た道を引き返す、その間にもビグ・ザムはメガ粒子砲を放ち次々と別の場所から現れた味方の部隊を壊滅させていく。

 

「なんて圧倒的なんだ……!」

 

 敵に回して初めて分かるこの絶望感、ゲーム等とは比較にならない程の化け物具合を感じ取れる。サイズもそうだがこの圧倒的火力、気を抜いたら一瞬で殺されてしまうんじゃないかと言う恐怖、今までのどの戦いよりも『死』をイメージさせられる。

 

「あれは……要塞防衛用のMAなのでしょうか……!?」

 

「恐らくはな……!あの火力だけじゃない、ビームを弾くバリアーも厄介だが実弾に対しても恐らく対空迎撃出来るだけの装備がある筈だ!俺達だけじゃ倒せない、ホワイトベース隊……いや味方の大隊と合流しないと!」

 

「チキショー!今程機体にもっと早く動けって思った事はないよ!」

 

「もうすぐ要塞の外の筈ですよカルラさん!外の敵にも注意を……!ーーーッ!」

 

 グリムの声が遮られると同時に、要塞の出口からとてつもない光が放たれているのを確認する、ソーラ・システムの第二射がどうやら要塞の外に展開していた艦隊に向けて放たれたらしい。

 

「対要塞兵器の二射目……?」

 

「ソロモンの敵艦隊に放たれたものだろう、これでこっちの勝利は確定した……って言いたいところだが……。」

 

 実際にはまだビグ・ザムやドロス辺りがまだ残っている、ドロスは史実通りなら退却をするだろうがビグ・ザムはそうはいかない。現在進行形で此方は襲われている最中なのだから。

 

「いずれにせよこれで本隊との合流は容易になります、このまま要塞の外まで駆け抜けます!」

 

「了解!」

 

 一気に要塞ゲートを駆け抜けて宇宙空間へと舞い戻る。追いかけてくるビグ・ザムから隠れる為、一旦要塞の影に全機が隠れる。

 

『ぬぅ……!まさか此処まで追いやられるとは……!状況はどうなっておる!』

 

『ハッ、先程の攻撃で主力艦隊の殆どが壊滅状態!残った艦は敵主力への特攻を試みております。』

 

『よし!ビグ・ザムは後方の指揮艦を狙う。雑魚には目もくれるなよ!』

 

 要塞から出たビグ・ザムは俺達を探す事なくティアンム提督率いる主力艦隊の方へ進路を取る。

 

「……マズイ!」

 

「まさか特攻……!?行かせてはなりません!」

 

 行かせはしまいと攻撃を仕掛けるも、既に実弾装備の殆どはビーム撹乱幕下での戦闘で使い切っており、サブアームに残したバズーカを発射するもビグ・ザムの火器によって迎撃されていく。

 

「クソッ!やっぱりこう動くかよ!」

 

 ドズルの艦隊特攻は予想出来た事だ。しかし史実より優位に保ちながらの攻略戦での慢心、更にビグ・ザムの実力を甘く見ていたツケが回った。まさに悪鬼と言う他ない化け物だ。

 

「ホワイトベース隊は……!他の部隊は間に合わないのか!」

 

 間に合っていない訳ではない、既に多くの部隊がビグ・ザムの迎撃に回っているが圧倒的火力を前に次々と撃破されて行くのだ。

 それにあれほど巨躯であるのにかなりの機動力だ、ヴァイスリッターですら追い付けない。

 

「クソ……!クソォ……!」

 

 レビル将軍に続きティアンム提督まで死なれては……!焦りだけが募る中、非情にもビグ・ザムは主力艦隊をメガ粒子砲で薙ぎ払って行く。

 

『フハハハハハ!ソロモンを陥してくれた礼だ!1人でも多く地獄に引きずり込んでやるわ!』

 

「くっ……やらせは……!」

 

 アーニャのフィルマメントによる高出力ビームライフルが放たれるもビグ・ザムのIフィールドバリアの前に雲散させられてしまう。やはりビーム兵器では歯が立たない。

 

「その為の……その為の新兵器だろうが……!」

 

 一気に懐に入り込みビームルガーランスを叩き込めれば、しかしあの弾幕を掻い潜り攻撃できるのか……!?

 

「アンダーセン中尉!」

 

 突如レーザー通信が入る、この声はキャスバルか。

 

「キャスバル総帥!それにアムロも!?」

 

 別の戦域に移っていたホワイトベース隊も本隊の危機を察知して此方に駆けつけたようだ。

 

「味方部隊の通信で異常な敵の存在を感じたが……あれがそうなのか?」

 

「えぇ。恐らく敵の拠点攻略、或いは拠点防衛用に作られたモビルアーマーだと思われます。破壊しようにもビームの類は無効化されてしまうし、かと言ってバズーカは対空迎撃されてしまいますし。」

 

「なら急接近し弾幕を掻い潜りながら近接攻撃を仕掛けるしか手段はあるまい。」

 

「そんな簡単に……。」

 

「だがこれしか手段はない、でなければティアンム提督率いる主力艦隊は全滅を待つだけだ。」

 

「やるしか無いですよジェシーさん。ありったけの武装を当てれば幾ら敵の防御が硬くても突破は可能な筈です。」

 

 覚悟を決めて行くしかないか……、ビグ・ザムの稼働時間を見ても動かなくなる頃には味方の損害も大きくなっているだろうしMSで止めるしか手段はない。

 

「アンゼリカ隊、そしてホワイトベース隊のみんな聞いてくれ。今からあの化け物に一斉攻撃を仕掛けてティアンム提督の旗艦が撃沈させられる前に破壊する。」

 

「何か策はあるのですかジェシー?」

 

 策と言えるほどの案ではないが、今は恐らくこの手段しか方法はない。

 

「ご覧の通り敵はビームを弾く、恐らくビームサーベルなんかに使われるIフィールドの応用で此方は収束に使われるのに対して向こうは斥力、つまり弾く方に使っているんだろう。だから基本的には遠距離からのビーム攻撃は無意味だ。」

 

「しかしよジェシーさん、俺達も長丁場の戦いで殆ど実弾系の装備は使い切っちまってる。どうするつもりなんだい?」

 

 カイからの疑問。そう、長い戦いの中で実弾系の装備は殆どの機体がバズーカやマシンガンと言った実弾装備は使い切っている。それに仮に残っていてもあのビグ・ザムの対空能力は高い、簡単には当たらないだろう。

 

「だからこそ取れる手段は一つだけ、さっきもキャスバル総帥が言っていたが近接攻撃で破壊するしかない。敵のバリアも接近されれば威力が減退されず攻撃が通る筈だ。その役目を俺が引き受ける。」

 

「なんだって!?無茶だよシショー!」

 

「黙っているんだララサーバル軍曹、俺のビームルガーランスはこの手の大型兵器用に開発された装備だ。これなら奴の装甲を突破して攻撃する事が可能だ、だから俺が奴に接近できるようにみんなの協力が必要なんだ。」

 

 言ってて震えが止まらないがこれしか方法はない、原作みたいにコア・ブースターを特攻させてなんて犠牲前提の攻撃なんてやりたくはないし。

 

「まずリュウさん。」

 

「おう!」

 

「コア・ブースターで奴の目を引いてください、ミサイルなどで牽制してから速攻で敵の射程から逃げるくらいで構わないです。」

 

「了解だ!」

 

「ハヤトとグリム、ララサーバル軍曹の三人は残った武装で中距離支援だ。リュウさんが敵を引きつけたと同時に反対方向からの攻撃で敵が打つ手を増やして精神的に疲弊させる。」

 

「分かりました。」「了解です!」「分かったよ!」

 

「そしてガンダム3機はそれぞれ連携して攻撃してくれ。バリアーが突破可能であればそのまま撃破してくれれば助かるがそうじゃない場合は俺に攻撃のチャンスを作って欲しい、キャスバル総帥はそのカラーリングから敵に優先的に狙われるだろうから何とか回避を頑張ってください。」

 

「やれやれ、中々無茶を言ってくれる。」

 

「シャアと連携ってのは気に食わないけどジェシーさんの頼みなら断れねえなぁ。」

 

「やれるだけやってみます。」

 

 よし……これで殆どの人員配置が完了だ。……一人を除いてだが。

 

「ジェシー、私はどうするつもりですか?」

 

「アーニャ……お前は後方からビームライフルで援護を……。」

 

「ジェシー。貴方は私を危険な場所に行かせたくないと思っていますね?先程の人員配置なら私も近接からのビームライフルでの攻撃の方が敵に対して有効な筈です。」

 

 間違っちゃいない、だが相手はビグ・ザムだ。生き残れる保証なんて何処にも無い。

 

「お前は指揮官だ……だから……。」

 

「私も、貴方の隣で戦います。それこそが指揮する者の務めです。」

 

 はぁ……こうなると頑固だからな、引きはしないだろう。俺としては安全なポジションにいて欲しかったが。

 

「分かった……アーニャはヴァイスリッターの援護だ。目眩しでも良いからビーム攻撃で敵の意表を突いてくれ。」

 

「分かりました。行きましょうジェシー。」

 

 大きく深呼吸して意識をハッキリとさせる。此処がこの戦い一番の正念場だ。

 

「行くぞ!全機フルブラスト!」

 

『了解!』

 

 全機が散開すると同時に勢いよくリュウさんのコア・ブースターがビグ・ザムに攻撃を仕掛ける。

 

『ちぃ!ちょこざいな!』

 

「よし、食いついた。行けハヤト!」

 

 リュウさんの声と同時にハヤトを始めとするグリムとララサーバル軍曹の3機がありったけの火力をぶつける、残念ながら全て防御され有効打になるような結果には至らないがそれでもビグ・ザムの動きを緩める事に成功した。

 

「くそぉ!もう弾薬もビームも空っぽだカイさん、アムロ、後は頼んだ!」

 

「やっちまえガンダム達!アタイらの分まで!」

 

『ぬぅ、此方の動きを止めるつもりか!だがビグ・ザムの火力を舐めるなよ!』

 

 全方位から放たれるメガ粒子砲が行く手を遮る、何度も予想の上を行く化け物だ。

 

「だが当たらなければどうと言う事はない!」

 

 キャスバルのガンダムが見惚れるような回避行動を取りながら距離を詰めて行く、射程距離からビームを放つも未だにバリアーの範囲内なのか雲散してしまった。

 

『赤い機体……!シャアか!』

 

「その声はドズル・ザビか!」

 

『目を掛けた恩を忘れガルマを誑かしおって!貴様も冥土に引きずり込んでやるわ!』

 

「貴様とて父の仇!やらせはせんよ!」

 

『ビグ・ザムを舐めるなよ!』

 

 ビグ・ザムの足の爪先からミサイルが放たれる、咄嗟の出来事に反応し切れずキャスバルにミサイルが直撃しそうになるが……。

 

「シャア!危ない!」

 

「油断しちゃいけないでしょ!」

 

 アムロとカイが何とかミサイルを破壊する、危機一髪となった所に今度は此方が仕掛ける。

 

「よし!今なら!うおおおお!」

 

 ヴァイスリッターのバーニアを全開にし一気にビグ・ザムの懐へと切り込む。

 

『むぅ!まだムシケラが残っておるのか!ええい!』

 

 バルカン砲による迎撃をシールドを使い捨て何とか防御する、ビームルガーランスを持つ右腕さえ残っていれば後は何処が破壊されたって良い!

 容赦無く叩きつけるバルカン砲にシールドが破壊される、今度は左腕を盾にしてそれでもなお突っ込む。

 

「ジェシー!貴方をやらせはしない!」

 

 フィルマメントのビームが一筋の道を切り開く、これなら!

 

「うおおおお!」

 

 ビグ・ザムにビームルガーランスが突き刺さる、後は装甲をこじ開けて……!

 

『やらせはせん!貴様らみたいな雑兵にこのソロモンを!このビグ・ザムを!ドズル・ザビをやらせはせんぞ!』

 

 それはメガ粒子砲でもバルカン砲でも、ミサイルでも無く、大きく振りかぶるような体当たり。しかしその巨体の質量はバカにならずヴァイスリッターが大きく跳ね飛ばされてしまう。

 

「ぐぁぁぁぁ!」

 

 後一歩……後一歩の所を不意にしてしまった……。

 

『ゴミ共が……消え去るがいいわ!』

 

 ビグ・ザムのメガ粒子砲が収束されて行く、先程の体当たりでヴァイスリッターはボロボロになりまともに動ける状況ではない。流石に死を覚悟した、その瞬間だった。

 

「消え去るのは貴方です!ドズル・ザビ!」

 

 アーニャのフィルマメントがビグ・ザムに突き刺されているビームルガーランスを握る。

 

『何ィ!?』

 

「これで……終わりです!」

 

 刀身が展開しビグ・ザムの装甲をこじ開けた、そしてーーー

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 こじ開けた装甲にビームが放たれる、少しの間の後少しずつビグ・ザムが爆散して行く。

 

「やった……のか……!」

 

 一時は完全に負けたと思ったが何とかなった、あの化け物を多くの味方を犠牲にしたが漸く討ち取れたのだ。

 

『やらせはせん……。』

 

 爆発して行くビグ・ザムからとてつもないプレッシャーが放たれる。これは……。

 

『やらせはせん!やらせはせんぞぉぉぉ!』

 

 ビグ・ザムの頭部からパイロットスーツを着たドズルが人間用のライフルをMSに向けて発射している。その光景は無意味であるにも関わらず俺達に異常な感覚を覚えさせた。

 

『貴様ら如きにジオンの栄光をやらせはせん!この俺がいる限りはやらせはせんぞぉぉぉ!』

 

 それは悪鬼と言う他ない禍々しいプレッシャーだった。ドズルの妄執、ザビ家の栄光、それ以外の様々な想いが集まった歪んだ感情が形成したビグ・ザム以上の化け物がそこにはあった。

 

「な、何者なんだ……!」

 

 爆散していくビグ・ザムと共に消えて行くドズルを見つめながら、俺達全員がそんな感情を胸に抱いていた。

 

 そして、多大な犠牲を払いながらも何とかティアンム提督の旗艦であるタイタンの防衛を完遂し、此処にチェンバロ作戦は連邦軍の勝利を持って終了したのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 破滅への序曲

 

 激しい戦闘の様相を伝えるかのように、損傷の激しい艦隊が漸く安全な宙域まで撤退する事に成功した。艦の通信士にグラナダとの通信回線を繋ぐように指示し、数分の後モニターにグラナダの総司令官であるキシリア・ザビが映る。

 

「……ソロモンが陥ちたか、残存戦力はどうなっている?」

 

「は、ゼナ様を始め残存艦隊の一部は我々グラナダからの救援部隊により回収されました。ドロスや殆どの艦隊はア・バオア・クー方面へ撤退したようで。」

 

 ふむ、と数秒考え込んでから彼女は口を開く。

 

「考えによってはこれで良かったのかもしれんな。ドズルの忘れ形見であるミネバを擁立するのはアレの派閥だったのものを引き抜くのにも使えるだろう。ギレンに対抗する手札が一つ増えた。」

 

「キシリア様、ソロモンが陥落した事で連邦はア・バオア・クーかこのグラナダを侵攻すると思われますが。その様な政局を未だ考える余力があるのですかな?」

 

 少し煽るような口調で意見をする、この程度の事で気を荒げる事はないだろう。これはあくまでも彼女が今後をどう見ているのかの確認である。

 

「連邦軍がどちらを狙おうが、この戦争ジオンの負けは殆ど決まったようなものだ。私が必要としているのは『その後』の事だよ。」

 

「戦争の後、ですか。」

 

「ギレンのジオン公国が敗れる、これが一番の理想ではあるがな。いずれにせよ幾つもの手は既に打っている、後は連邦の動き次第でやり方を変えるだけだ。」

 

「伏して待つお覚悟があると?」

 

「私はギレンとは違う、最後に勝者として残れれば良い。そういうお前はどう考えている?」

 

「どう、と言われましても。この命はキシリア様に救われた物であります。全身全霊を持ってお仕えするのみです。」

 

 確固たるビジョンがあるのであればそれに乗ずるのも良いだろう。この方は仕えるものが有能であるならば無碍にはする事はない。成果さえ上げれば例えどんな人間であろうと重用するだろう。今の私の様に。

 

「お前はこのままグラナダへドズルの艦隊を引き連れ帰投せよ。その後で恐らくは私はア・バオア・クーへ招集がかかるだろう、お前も同行してもらうぞ。」

 

「連邦はグラナダへは来ないとお思いで?」

 

「この局面、サイド3本国を攻めた方が分があると連邦は判断するはず。グラナダへは兵力は割くだろうがあくまで牽制程度で終わるだろう、それにギレンに貸しを作るのも避けたいからな。」

 

 まだこの戦争自体にも勝てるという展望が見えているのだろうか。連邦は今回のソロモン攻略にソーラ・システムなる物を使用したそうだが、此方にもまだソーラ・レイが残っている。それを使い連邦の艦隊を一網打尽という手段も可能であるからこそ未だ政争をする余裕があると言うことか。いずれにせよ戦いはこの一戦で終わりではない、最終的に勝利さえすればその過程は重要ではないのだ。自分の命があるという前提の話だが。

 

「了解しましたキシリア様。グラナダへ急ぎ帰還します。」

 

 通信を切ると同時に暗くなったモニターに自分の顔が写る。未だに慣れないものだ、どうしても他人を見ているかの様に感じてしまう。

 

「慣れんものだな。」

 

「は?」

 

 副官の男が怪訝な表情で此方を窺う。フッと笑いながら知らぬ振りをする。

 

「グラナダへの帰還を急げよ、キシリア様の機嫌を損なわれては困るからな。」

 

「ハッ!了解であります。」

 

 艦は速度を上げグラナダへと向かう。さて、事態はどう動くのか今から楽しみなものだ。

 

 

ーーー

 

 

「……ッ。」

 

「グレイ?」

 

 頭が重い、身体全体が鈍重に感じる。これは前に独房に入れられていた時と同じ感覚だ。どうやら少なくはない時間意識を失っていたようだ。

 

「ヘルミーナか……?俺は……いや、事態はどうなっている?」

 

 意識が少しずつ鮮明になって色々な思考が頭を巡る、最後の記憶はサイド6であの白い機体と戦った時のことだ。あの後何があったのか。

 

「グレイは戦闘中敵の新型に不意打ちを食らったんだよ。それで何日か意識不明で、今はサイド6からグラナダに向かっている最中。もうすぐ着くみたい。」

 

「グラナダ……?そうか……。」

 

 どうやら事態はあまり良くないようだ、サイド6から撤退しているのであればコンスコン提督の部隊も上手くは行かなかったのだろう。

 

「ヘルミーナ、少し知らせる事がーーーお兄さん……?目が覚めたんですね。」

 

「心配をかけたみたいだなマルグリット、知らせる事とはなんだ?」

 

「……ソロモンが陥落しました。」

 

「なんだと?」

 

「ドズル中将は戦死、残存艦隊はグラナダかア・バオア・クーへ撤退中との事です。」

 

 良くない報せだ、ソロモンが陥ちたとなれば連邦の次の目標はこのグラナダかア・バオア・クーなのは確実だ。どちらにしても本国を護る最後の防衛戦となるのは間違いないだろう。戦況はそこまで悪化している。

 

「事態は深刻だな、恐らく次の戦いがジオンと連邦の命運を分ける分水嶺になるだろう。」

 

「それでも私達は生きて帰るんですお兄さん。これを受け取ってください。」

 

 マルグリットはそう言うと近くのデスクに置かれていた小さく包まれた箱を手渡してきた。

 

「これは?」

 

「マリオンが、お兄さんにと。」

 

「……そうか。」

 

 包装紙を綺麗に取り、箱を開ける。其処には今では珍しいアンティークの腕時計が入っていた。

 

「古い物ですが昔ながらの作りでデジタルの物より耐久性がしっかりしていると言っていました。戦場の衝撃にも今の物よりずっと耐えられるみたいです。」

 

「有難いな、パイロットスーツを着ないと行けないから身体には付けられないがコクピットに貼り付けておけば時間を確認するのに役立つ。……最後に会っておきたかったな。」

 

 今からではサイド6に戻ることなど無理な話だ。せめて礼くらいは伝えておきたかった。

 

「まだ最後じゃありませんよ。」

 

「ん?」

 

「私達はこの戦争を切り抜けて、またマリオンに会うんです。絶対に。」

 

 マルグリットは今まで見た事の無いくらいに強く、ハッキリと自分の意志を発言する。

 

「マルグリット……。」

 

「約束したんです、また絶対に会おうと。だから私達はこの戦争を生き抜いてまたマリオンに会うんです。そうですよねお兄さん。」

 

「……あぁ、そうだ。連邦を叩きのめして、この戦争を終わらせたらまたサイド6に行ってマリオンに会おう。」

 

「ヘルミーナ曹長、マルグリット曹長。そろそろグラナダに到着します……おや、ジェイソン・グレイ少尉もお目覚めになられましたか。」

 

 女性の兵士が此方に連絡を伝えに来たようだ、外を見ると月の景色が一面に広がっていた。こうやって見ると神秘的なものだ。

 

「グラナダ到着後はキシリア様が面会されるとの事です。御準備をして頂きますようお願いします。」

 

 頭を下げて女性は去っていく。軍服に着替えておいた方が良さそうだ。

 

「よし、ヘルミーナもマルグリットも謁見の準備をしておけ……っとマルグリット、お前イヤリングをしているのか?」

 

「はい?……あぁそうでした。これも外しておいた方が良いですね。」

 

 鈴の装飾が施された綺麗なイヤリングだ、これもマリオンから貰った物だろうか。普段は着飾る事をしないマルグリットがかなり気に入ってるように感じた。

 

「姉さん、四六時中付けてるから忘れがち。」

 

「……良いではないですか。」

 

 どうやら本当に気に入っているようだ、ヘルミーナに少し拗ねている辺り余程嬉しかったのだろう。これはちゃんとサイド6に戻れた時にマリオンに報告しておきたい事だな。と少し微笑ましく感じながら、キシリア閣下に会うための準備を進める。

 

 

 

「キシリア閣下、ジェイソン・グレイ少尉とマルグリット、ヘルミーナ両曹長到着致しました。」

 

「開いている、入りたまえ。」

 

 グラナダの司令室、彼女の趣味趣向か前世紀の骨董品等が色々置かれている。それを気にする事なく彼女の前に立ち、三人合わせて敬礼をする。

 

「楽にしたまえ。サイド6では手痛い目に遭ったそうだな。」

 

「ハッ、敵の新型とは言え隙を突かれ……お恥ずかしい所をお見せしてしまいました。」

 

「気にすることはない、報告書を読んだが少尉が苦戦したのも無理はない。木馬の部隊は君達と同じニュータイプで構成されている可能性が高い。これを見たまえ。」

 

 司令室のモニターには先日行われたと思われるソロモン戦の映像が映し出されていた。そこにはガンダムと呼ばれるMS、そして俺の仇でもある白い機体が映っていた。

 

「閣下……これは。」

 

「こちらに撤退してきた部隊が回収したソロモンでの戦闘記録だ。これは戦闘初期の映像だ、此方の新型であるゲルググに対しても臆する事なく戦闘をして尚且つ撃破している。」

 

 映像を進め、また別の映像が出てくる。そこにはチベ級を謎の装備で撃破している例の白い機体がいた。

 

「映像からでしか判断はできないが恐らく物理的に装甲を貫通した後に刀身が展開し其処にビームを撃ち込むと言った兵器だろう。これであのコンスコンが沈んだとの事だ。」

 

「……これはコンスコン少将のチベなのですか。」

 

 あのコンスコン少将ですら木馬の部隊に対して歯が立たなかったと言うことか……。

 

「一瞬の隙を突かれた、と言えばそれまでだがな。連邦はソロモンを叩くに辺りソーラ・システムなる物を使用したそうだ。太陽光を利用したレーザー兵器と思えば良い、それによってソロモンは焼かれ多くの部隊が沈むこととなった。」

 

「ソーラ・システム……。」

 

 ソロモンの護りは堅固だった筈だ、兵力にしても連邦に引けを取るものでは無かったのに壊滅したと言うのはこの兵器があったからなのか。

 

「この後ドズルは試作モビルアーマーであるビグ・ザムに乗り連邦の艦隊に特攻を掛けた。これはその映像を記録していたMSのものだ。」

 

 先程の映像より少し画質が落ちるがそれでも充分に確認できる。大型のモビルアーマーが次々と艦隊を撃沈していく様は凄まじいものだった。

 

「稼働時間に難があるシロモノだったが少ない時間でドズルは良く戦ったよ。しかし相手が悪かった。」

 

 その後の映像にはまたしてもガンダムと白いマゼラン級にいたMSが映し出された。ビームバリアーを駆使するモビルアーマーに臆することなく突撃を敢行し見事な連携でドズル中将を撃破する……、これをあの白い奴と同じく北米で戦った青い機体がやったということが俺を苛立たせる。

 

「報告書は読ませてもらっている。君が中米でプロトタイプのグフを奪取された時の話だ。あの時君達の輸送部隊は2機のMSに襲撃されたと書いてある、そして君がドズルとコンスコンを撃破したこの白い機体に以前から固執していると言う報告も聞いている。つまりだ、点と点では繋がらない話だが線を引けばこうなる『君の部隊を襲撃したのはこの白い機体達のパイロット、だから執着をしている』とな。私の想像となるが違うかな?」

 

「いえ、その通りです。フラナガン機関で訓練を受けていた時、連邦が初めて自分達で製造したMSを使い基地を襲撃したという報告と映像を見た時に白い機体が俺の隊長だった人と似たような動きをしたんです。戦域も同じだったので間違い無いと思いました。」

 

「流石と言うべきか、ニュータイプの勘と言うべきか、君の推測は間違っていなかった。時間は掛かったが連邦に潜ませていたスパイからの報告がある。もっとも木馬を探っていた時の副産物に近い形での発見であったのだがな。見たまえ。」

 

 戦闘画面から白いMSと青いMS、そこに小さく映る人物……恐らくはパイロットという事なのだろう。

 

「連邦軍の最初期のMS運用部隊、それを指揮するのがアンナ・フォン・エルデヴァッサー中佐という少女だ。連邦軍では珍しく15歳で少佐という異例の地位からMS部隊の運用を始めたとあるがそれは彼女の家柄が貴族由来から来ているものらしい。」

 

 見た目で言えばマルグリットやヘルミーナと然程変わらない、この小さな少女の指揮によって隊長達は殺されたと言うのか……。

 

「そして君の固執する白い機体のパイロット、彼の名はーーー。」

 

「ジェシー……ジェシー・アンダーセン……。」

 

 マルグリットが小さな声で何かを呟く、が何を言っているかまでは聞き取れなかった。

 

「ジェシー・アンダーセン、現階級は中尉という話だ。彼もまた最初期からMSを運用しアンナ・フォン・エルデヴァッサー中佐と共にゴップ将軍の麾下として活躍していると報告を受けている。つまりだ、彼らは我々ジオンから見れば黒い三連星、青い巨星、赤い彗星と言った古参パイロットと同等の経歴のエースパイロットと言うわけだ。我々の方はいずれも戦死、或いはジオン公国からの離反はしているが。」

 

 ジェシー・アンダーセン……コイツもまた俺達を襲撃し、更には隊長の動きを猿真似までした男だ。許せはしない……そう沸々と怒りが込み上げて来るのが分かる。

 

「フフフ、闘志は漲っているようだな。殺気がここまで届くぞ少尉。」

 

「……ッ。申し訳ありません。」

 

「いや、やる気があるのは大いに結構。この映像を見せたのもそれが理由の一つだ。君達にはある任務についてもらいたい。これを見てほしい。」

 

 戦闘の映像から次は何かの機体の資料が映し出される、サイズからして先程のビグ・ザムと同じようにモビルアーマーなのだろうか。

 

「現在調整が完了したばかりのニュータイプ専用の試作モビルアーマー、エルメスだ。合計2機ロールアウトしており既に1機はテストパイロットによって運用中だ。サイコ・コミュニケーター、通称サイコミュと言ったニュータイプのみが使える特殊な脳波を利用することで操作が可能になる無線誘導の兵器『ビット』を使用し敵を攻撃する機体だ。」

 

 映像が変わりテストパイロットが操作していると思われる場面へと切り替わる、其処には以前の戦闘で宇宙を漂うデブリと化した戦艦の残骸を瓢箪の様な機械が数個、独特な動き方をしながら接近してビームを放ち攻撃していた。

 

「これが……無線誘導なんですか?」

 

 にわかには信じ難いが、仮にそれが可能であるならば様々なパターンで敵の意図しない場所から攻撃が出来る。

 

「そうだ。上手く操作できるニュータイプさえいればこの1機で局面を変える事も可能であろう。それでだ、君達にはこのエルメスを1機使用して現在ソロモンに駐留している連邦艦隊に奇襲を仕掛けてもらいたい。既にもう1機のエルメスと護衛のニュータイプ部隊は君達と入れ違いで出立している。彼らには木馬の部隊、君達には白いマゼラン級の部隊を攻撃してもらいたいのだ。私の予感だが彼らのニュータイプとしての素養は高い、我々の脅威になる前に排除しておきたいのだよ。」

 

 数々の戦闘で自軍のエースパイロット、更にはドズル中将すら撃破した部隊だ。確かにあの木馬と白いマゼランのMSパイロット達は脅威に値するだろう。このままにはしておけない。

 

「分かりましたキシリア閣下、我々がドズル中将の弔い合戦をして無念を晴らして見せます!」

 

「頼んだぞ。それとだ、遅くはなったが君達の地上での活躍はかなりの評価がされている。グレイ少尉は中尉、ヘルミーナ、マルグリット両曹長は今後少尉に昇格とする。エルメスのパイロット選定は3人の中で1番ニュータイプとしての能力が高い者が使用し、残る2名は新型のゲルググを使用してエルメスの護衛にあたれ。指示は以上となる、下がりたまえ。」

 

「ハッ!了解であります!」

 

 敬礼し、司令室を後にする。ドアを開けると先程から待機していたのか大佐の階級章を付けた男性と入れ違いになる。

 

「失礼。」

 

「ハッ。」

 

 大佐の男は軽く敬礼をし司令室へと入って行った。キシリア閣下も多くの将兵との打ち合わせがあるのだろう。俺達も自分達の役割を果たさなければ……そう思いながら先ずはエルメスの適正を確認しにグラナダ工廠へと向かうのだった。

 

 

ーーー

 

 

「只今戻りましたキシリア様。」

 

 司令室に入り敬礼をする、彼女は返礼を返すと指先を椅子へと差した。再度礼をし椅子に腰掛ける。

 

「時間通りだな大佐。首尾はどうなっている?」

 

「ゼナ様らはスイートルームでお休み頂いております。夫に先立たれたと言うのと今後のミネバ様の待遇に不安を感じているのか心身共にあまり良い状態とは言えませんな。」

 

 ドズルを失った今、後ろ盾となれるのはデギン公王くらいか。それすらもギレンという男の前では霞んでしまう、生まれたばかりの娘が政治に利用される運命しかないのを悟った後では心労も多いだろう。

 

「ミネバさえ確保出来るのであればゼナの容態などどうでも良い、アクシズとの連絡は?」

 

「マハラジャ・カーンにはグラナダ単独での極秘の物資移送はかなり怪しまれましたが幸いにもゼナ様らを回収出来た恩恵で彼女らも最悪の場合はアクシズに行って貰うと話をしたら納得した様子でした。移送船団の護衛にマハラジャの娘達を同行させたのも覿面でしたな。」

 

 必要最低限ではあるが、それでも今後拠点をアクシズに構える時には充分過ぎる程の機材、資源、データを極秘裏に送っている。マハラジャ・カーンはギレン・ザビとの折り合いも悪いので彼から情報が漏れる事はないだろう。

 その為に娘達を護衛として送っている側面もある。もし情報が漏れるような事があれば彼女らの身の安全は保証されないのだから。

 

「ミネバの後見が出来ればまた政治に返り咲く事も可能であるからな。奴にもまだ欲があると言う事だ。多少の欲目がある方が此方としてもやり易い。」

 

「しかしよろしかったのですかな?」

 

「彼らの事か?」

 

「えぇ。先程話しているのが聞こえましたが、キシリア様は側から見ればまるで彼らを捨てるかのように見えましたが。」

 

「ふむ。そうだな、お前はニュータイプについてどう思っている?」

 

「個人的には、ではありますがパイロット能力だけをみれば即戦力で尚且つ生存能力が高い故に戦術的には魅力的な素材ではありますな。しかし精神的な脆さが不安材料ではありますが。」

 

「私も概ねお前と同じ意見だよ。フラナガン機関が回収した自然発生したニュータイプと言うのはその大半が過去に自分を変えてしまう程の精神的なダメージを受けた者が多かった。それ故に安定性に欠ける。」

 

「それに余計な知恵を付ければ第二のダイクンに成りかねますからな、人類の変革というのを見せてしまえばこの戦争で疲弊した民衆はそれを拠り所にしかねないでしょう。」

 

 この戦いもある意味では連邦の圧政により疲弊した民衆をダイクンのジオニズムという宗教によって成り立たせた聖戦と言えるだろう。それほど迄に人が何かに縋るという行動は強いエネルギーを産むのだ。それ故に懸念すべき事柄でもあるのだが。

 

「だからこそのソロモンだ。痛手を与えられれば良し、敵に撃破されてもそれほど痛くはない。既にエルメスのデータも取れているからな。」

 

「今後もニュータイプを使う予定で?」

 

「人為的に作ったニュータイプだがな。私に対する忠誠を強く持つ者を強化したり、最初からクローン体を使用し反乱の恐れのないニュータイプを使用すれば有用な兵士として使える。既にキマイラで運用している最中だ。」

 

 倫理的なタブーなど戦争でタガが外れてしまえば関係ないのだろう。

 連邦でも既に非人道的な実験をしているという話も聞く。こういうのは一度でも手を出してしまえば次へ次へと進むものだ。

 

「成る程、だからこそ彼らは捨て駒にされてしまったと言うことですかな。私もそうはならない様に心掛けなければなりませんな。」

 

「ふっ、安心しろ……とまでは言わないが私はお前の能力は高く評価しているつもりだ。だからこそ兄やドズルに嘘をついてまでお前を生かしたのだ。」

 

「心得ていますよキシリア様。私とて本来なら軍法会議で死刑を言い渡されてもおかしくない所を助けられたのです、この恩義には報いるつもりです。」

 

「その言葉信じよう。これからも私の片腕として活躍してもらうぞマ・クベよ。」

 

「……。」

 

 

 

 策謀渦巻く月面。真実を知らず戦いに赴く人形(マリオネット)に、破滅への序曲が静かに流れ始めたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 泡沫の想い出の中で

 

「はぁ……。」

 

 今日何度目かの溜息、周りは戦勝ムードだと言うのに俺はアンゼリカのラウンジで一層不機嫌になっていた。

 

「ジェシー、此処にいたんですね。探しましたよ。」

 

「アーニャ……。」

 

 彼女も彼女で少し辟易とした様子だ。まぁこの数日で色々あったから仕方のない事だが。

 

 

 此処はかつての宇宙要塞ソロモン、今は名を変えコンペイトウと呼ばれている。応急的な復旧で施設内はある程度の運用を再開して、今は一時壊滅状態となったティアンム艦隊の再編の最中である。

 先日の戦闘で俺が撃破したチベ級が、あのコンスコンの乗っていた物と判明したのと、アーニャが結果的にドズルを撃破した事で俺達は一躍有名人となった。

 それ自体は本来なら喜ばしい事なのだろう、俺もアーニャも戦時階級ではあるが一時昇格させた方が良いのではないかという話も出ているらしい。

 俺はともかくドズルにより多数の艦艇が撃破されているのでアーニャが大佐となり艦隊を指揮してくれれば……とも思ったがこれは本人が固辞している。あくまでMS部隊の隊長であり艦隊指揮となると足を引っ張りかねないと言うのが理由らしいが。

 

 と、話が逸れたが……こうやって持ち上げられると同時に俺達に対して、ホワイトベース隊を含めてニュータイプ部隊なんじゃないかという話も出てきており、この事でやたらとニュータイプ論が『人殺しの上手いエースパイロット』的な意味合いで使われ、会う先々であくまで向こうは褒めてるつもりなのだろうが、ガノタだった俺からしたら、ニュータイプを殺し合いの道具としてしか見られてないのかと、若干の憤慨もあり、かなりの不機嫌となっているのだ。

 

「連日の賞賛で疲れた……と言うわけでは無さそうですね。」

 

「……多分、お前と同じ事で疲れてるよ。」

 

 アーニャとは以前ニュータイプについての事で色々と揉めた事がある、その時に俺の感じるニュータイプ論については話しているのである程度理解はしてくれていると思う。

 

「ジオンの方では、ニュータイプと呼ばれる、ある種のエスパー能力に似た力を持った特殊な人材を育成している。そうキャスバル総帥が言っていましたね。」

 

「あぁ。」

 

「私はあくまでニュータイプとは、宇宙に上がった人間が……それこそ大昔に海から陸上に生物が進化して上がったように、人類の祖先が猿から人へと変わって行ったように、その環境下で生き残る為に必然的に目覚めていく力を身につけた人だと思っています。」

 

「俺も似たような解釈だよ。他人の意識や気配を感じたりだとか、これから先宇宙空間で生きて行くのに必要になる新しい感覚、今でこそ人は五感があるけどこれから当たり前の様に第六感や第七感みたいなのが身に付いて行くんだと思ってる。ニュータイプはあくまでその先駆けなだけであって感覚が優れたエースパイロットみたいな解釈で使われて欲しくないんだよ。」

 

「中々面白い解釈をしているな、アンダーセン中尉。」

 

 割って入ってきたのはキャスバルだ、何でアンゼリカに?とも思ったがアーニャか親父に用があったのだろう。

 

「キャスバル総帥……。」

 

「先日の戦功を讃える場で君が不機嫌だった理由が分かったよ。君は連邦軍人ではあるが感性は我々スペースノイド寄りだな。」

 

「図々しい事を言いますけどねキャスバル総帥、俺はジオン公国は嫌いだしジオニズムについても理解は出来ても納得はしませんし、これからもする事はないですからね。」

 

「それで良いさ、私とてザビ家の方便として使われるジオニズムは好かないしニュータイプ論についてもこれは人の解釈で変わるものだからな。」

 

 やはり未だにザビ家に対する恨みは残っているようだ、そう言えば今更になるが何でキャスバルはガルマと手を組みネオ・ジオンを立ち上げたのだろう?

 偶に見た二次創作なんかだとガルマが優秀過ぎたとかそういうのばかりだけど。

 

「今更になりますがキャスバル総帥は何故シャア・アズナブルと言う名を捨てガルマ・ザビと手を結び、ネオ・ジオンを結成したのですか?貴方は未だにザビ家を恨んでいる筈なのに。」

 

 アーニャが俺が思っていた事を代弁してくれた。流石に誰もが疑問に思っている事なんだろう。

 

「実際私の中では未だデギン公王、ギレンやキシリアと言ったザビ家の人間に対する恨みは根強いよ。これは幼少期に私を育てたジンバ・ラルの影響が大きいと思うが、父を殺された子の恨みと言うのは時間が解決するものではない。」

 

 そりゃそうだ、別にシャアに限らずとも誰かを殺し、殺されればそれ相応の恨みを買ってしまう。俺やアーニャだって、殺したパイロットの家族や同僚に、殺したいほど憎まれていてもおかしくはない。

 簡単に復讐心を消せるほど人は便利に出来ていないし、それを許容できるほど心は簡単ではない。

 

「だがガルマは別だ、父が死んだ時奴はまだ私と同じで子供だった。それに士官学校での縁もあったからな。しかし実際に地球に降下し行動を共にするまでは所詮ザビ家の坊や、親の七光りだと蔑んでいたのも事実だ。」

 

「地球で……何かあったのですね。」

 

「あぁ。ガルマは地球というコロニーと異なる環境、地球方面軍司令というザビ家という身分だけで与えられた役職、本来であればガルマでは重圧に耐えられる筈がなく、功を焦り自ら自滅して行くだろうと思っていた。」

 

 実際に本編ではキシリアに対して成果を見せようとガンダム追撃に必死になっていたからな。それが仇となってシャアに利用される事になったのだが今回は違ったのだろうか?

 

「だがガルマはそれらのプレッシャーに負ける事なく、前線で戦う兵を思いやり、部下達と寝食を共にし、未熟ながらも地上での融和政策を進めて尚且つ結果を伴って行った。」

 

「俺やアーニャも北米戦線で戦ってきたけど向こうの士気は高かったからなぁ……今思えばそれだけ彼にカリスマがあって部下が付いてきたって事なんだろうが。」

 

 それでもシャアなら「坊やだからさ。」的な見下しをするものだと思っていたが……。

 

「ガルマの成長の裏にはニューヤーク市長の娘、イセリナ・エッシェンバッハ嬢が関係していた。兄や姉と行った身内よりも単純に好いた女性の為にという意志の方が強かったのだろう。マ・クベのオデッサでの核攻撃時も部下達の今後や、彼女を捨てて宇宙に戻るという行為が許せずザビ家を捨てるとまで豪語したのだからな。」

 

「へえ……。」

 

 結構男らしい所があるんだな。若気の至りな部分もあるだろうが、確かにそういう漢気を見せつけられたら、その熱気にシャアも充てられるのも仕方ないのかもしれない。

 

「ルウムの暗礁宙域の戦いでドレン……いや、かつての私の部下が言っていた。我々に必要なのは優れた指導者ではなく、良き隣人や友人だとな。その言葉の意味が今ならはっきりと分かる、ガルマはまさにそれに値する人と出逢えたと言うことだ。」

 

 良き隣人や友人……か。確かに幾らギレンみたいなカリスマや頭脳を持っていても孤独であっては意味がない。ギレンにとっては自分以外どうでも良いんだろうが。

 隣にいるアーニャを見つめる、俺にとっては彼女がそうだ。優しく手を触れると照れて顔を真っ赤にする。

 

「俺にとってはアーニャがそうですよキャスバル総帥。」

 

「う……あ……ジェ、ジェシー……!」

 

「ふっ、はははっ。やはりアンダーセン中尉はどこかガルマに似ている所があるな、話しているとそのキザな所などがそっくりだ。」

 

「ほほぅ、ジオンでも有数の美男子に例えられるのは悪い気はしないな。……っと冗談は置いて、キャスバル総帥自身も良い友人に恵まれたって事なんだな。」

 

「あぁ、ザビ家の人間ではあったがガルマはガルマ、私の友人だった。そのひたむきさに心を打たれて私はシャアという仮面を捨てキャスバルを再び名乗ることにしたのだ。」

 

 ガルマの成長を見て人類に絶望もしちゃいなければ急ぎ過ぎてもいないって事なのだろう、原作見たく色々と絶望するよりは遥かにマシだし、シャアの反乱はこの世界では限りなく低くなるんじゃないだろうか。トリガーの1つになっているだろうガルマ殺しもない訳だし。

 

「話を聞いてるとガルマ大佐もある意味ではニュータイプなのかもしれないな。俺は自分やアーニャみたいな地上生まれが、徐々に宇宙に適応して新しい進化を遂げる事がニュータイプへの変革だと思っていたけど、逆にガルマ大佐みたいな宇宙生まれ宇宙育ちの人間が地上で変革して行ってもおかしくはないもんな。」

 

 エスパー的な意味合いでのニュータイプじゃなく、誰かと分かり合う為のニュータイプ。そういう意味合いでなら普通に今の彼にもニュータイプの素養はありそうだ。

 

「その辺りのニュータイプ論を後々語るのも悪くはないな。まだ先の話ではあるが、この戦いで公国との戦いに決着が付けば盟約通り我々ネオ・ジオンは連邦軍との協力の元で新たにコロニー入植を目指す。この戦争で生まれた不和はそう簡単に解決は出来ないだろうが、君達のような視野を持った者が手助けをしてくれれば道のりは明るい筈だ。」

 

 それは此方としても同感だろう、この一年戦争が終わったとしてもこんなデラーズ紛争やグリプス戦役に似た争乱が地球圏で発生しないとも限らない。だからこそガルマやキャスバルといったコネクションは今後アーニャがどう動くつもりかはまだ分からないが確保しておきたい材料ではある。

 

「そうですね……。この戦争が終わっても未だ未来の雲行きと言うのは怪しいですから。起こってしまった事に対して私達はどう……、ーーー?」

 

 喋っている途中でアーニャが言葉を止める。

 

「どうしたのだエルデヴァッサー中佐……、ーーーなんだ?」

 

 キャスバルも同じ様に何かの違和感を察知した様だ、一体どうしたんだ……?

 

 リィン、リィン

 

「ーーーなんだ……?鈴の音……?」

 

 リィン、リィン、リィン、リィン

 

 一定の感覚で、まるで鈴の鳴る音が頭の中で響き渡る。これは……?

 

『各員、第二種戦闘配置。繰り返す、第二種戦闘配置。別命があるまで持ち場にて待機せよ。』

 

 ジュネット中尉の声だ。第二種戦闘配置って事はこの宙域で何らかの戦闘が始まったのか?

 

「どうやら落ち着いて話をしている場合では無くなったようだな。私もホワイトベースに戻るとしよう。」

 

「分かりましたキャスバル総帥、また後程……。ジェシー、私達一度艦橋へ行き状況を確認しましょう。」

 

「了解だ。」

 

 キャスバルと別れ、俺とアーニャはアンゼリカの艦橋へと向かう。

 

「何か……何かが頭の中で響くんです。」

 

「俺もだ……、まるで鈴の音のような。」

 

「鈴……?いえ、私が聞こえているのは……これは……声?」

 

 

ーーー

 

 

「サラミス級の撃沈を確認。これで2隻目だ、良い調子だぞマルグリット。」

 

 2基のビットがエルメスへと戻ってくる、遠隔操作できる小さな浮き砲台の様な物だ。これなら機関部に直撃させるだけで艦船を簡単に沈められる。だが……。

 

「ふぅ……、予想以上にサイコミュというのは疲れますね。最初に6基使用したのは失策でした。」

 

 マルグリットはかなり疲労している。使用するビットが多い程、敵艦との距離が遠くなるほどそれは如実になる。サイコミュによる遠隔操作でパイロットにかかる負荷はそれだけ高いのだ。

 

「どうする、一旦撤退するか?サラミスを2隻も沈めたんだ、成果としては上出来だろう。」

 

 既にもう1機のエルメスの部隊もマゼラン1隻とコロンブス級輸送艦2隻を落としたと連絡が来ている。成果は充分過ぎるほどだろう。

 

「この兵器が改良されれば俺やヘルミーナでも容易に操作可能になる筈だ……そうなったらお前にも負担を掛けずに済む。」

 

「優しいんですね……お兄さん。大丈夫です、まだ行けます。」

 

 帰還したビットを収容し、それとは別のビットが射出される。

 

「本当に無理はするなよマルグリット、時間をかけ過ぎれば連邦にも俺達の存在に気付くんだ。いずれにしても撤退は近いんだからな。」

 

「分かっています……。後少し、後少しだけですから。」

 

 数基のビットが宇宙を舞っていく、俺にはこの時何故マルグリットがここまで拘るのかを理解できなかった。いや、理解しようとしなかったのかもしれない。

 

 

ーーー

 

 私の感覚で操られるビットは、私の思い描く軌道をなぞり宇宙を駆けて行く。距離が近ければ近いほどそれはより繊細に鮮明に操作出来るが、逆に遠ければ遠いほど繊細さは欠き、イメージが不鮮明となる。

 3人の中で適性が1番高かったとは言え、それでも私のニュータイプ能力はもう一つのエルメスのパイロットと比べたらまだ劣っているという事だろう。面識は無いが私達よりも実力は高い筈だ。

 

 ……だから、だからこそ心配なのだ。

 耳につけたイヤリングのある場所をパイロットスーツ越しに触れる、サイド6で彼に出会ってからというもの、私の中で何かが変わって行くのが分かる。

 ニュータイプ能力だってその一つだ、私とヘルミーナはずっと心が通じ合っていた。その能力に差異がある筈が無いと、ずっとそう思っていた。

 だけど今回エルメスのテストで、あの子は私に比べてビットが操れる個数が少なかった。そしてあの子はそれを気にする事も無かった。私に勝てるはずがないと、仕方がないと割り切っていたから。

 

 そう、あの子がお兄さんに惹かれて変わった様に、私もまた少しずつ変わって行っている。もう同じ存在じゃなくて別々の人間なんだと、人形の様に死んでいたあの頃とは何もかもが変わったのだと。

 だから今私が抱いてる感情もまた、その一つであると……。

 

『出来るならまた此処で、その時は敵と味方も連邦もジオンも関係ない世界であって欲しいな。』

 

 出逢ったならば、殺し合わなければいけない。私がジオンで、彼が連邦であるのなら。

 だけど……今は……どうしても彼とは出逢いたくないと思ってしまっている。この感情が上手く制御出来ない。

 だから、想いをビットに乗せ、どうか強く願うのだった。

 

 

ーーー

 

 

「現状の報告を。」

 

 アンゼリカのブリッジに着いた私とジェシーは状況の確認をする。

 

「現在コンペイトウ周辺の防衛艦隊の一部が敵からの攻撃を受けているとの報告です中佐。既に何隻かの艦船が沈められたと。」

 

 第二種戦闘配置はそれが原因だと分かった。しかし気になることがまだ残っている。

 

「敵の攻撃手段は何なのですかジュネット中尉。敵の艦船かMSであるのなら護衛のMSが何とかしている筈なのでは?」

 

「ハッ、それが敵の攻撃手段が不明との事。一瞬の間に何処からかビーム攻撃されMS部隊も攻撃に気付く事なく艦船が沈んだと報告を受けています。」

 

 不可視の攻撃……?光学迷彩か何かを装備したMS……いや、あれだけのサイズの光学迷彩など不可能だろう。ステルス機能が高いMSであっても多数のMSから気付かれないというのはまず無理だ。

 

「敵の新兵器の可能性があるなアーニャ。」

 

 こういう時のジェシーの勘というのは冴えている、それを起点に敵の攻撃手段に繋げられれば良いのだけれど。

 

「防衛艦隊の誰もが攻撃に気づかなかったって事はMSの可能性は低いだろうな。」

 

「そうですね……かと言って歩兵で携行出来るほどの火器では艦船を沈めるのはまず不可能ですし、長距離ビーム砲であれば射線から敵の位置は掴めるはず……。攻撃手段の予測が付きませんね。」

 

「他に考えられるとすれば無線誘導型のビーム兵器だ。これなら行けるだろアーニャ?」

 

「待て、アンダーセン中尉。コンペイトウ周辺は先日の戦闘で未だにミノフスキー粒子濃度が高い。無線兵器の使用は不可能だ。」

 

 ジュネット中尉が忠告する。

 そう、ソロモンの激戦で未だに残存しているミノフスキー粒子濃度はかなり高い。その為に外周部に多数の防衛艦隊が配置されているのだから、敵だけがそれを素通りして無線兵器を使用するなど不可能だ。

 

「だが仮にそれを可能にしてしまう『何か』を敵が開発していたとしたら?それならこの謎の攻撃手段も納得できる物になるんじゃないか?」

 

 それを確定させるには早計ではあるけれど、確かに何かしらの新兵器でミノフスキー粒子に干渉される事のない無線兵器があるのであれば合点は行く……しかし。

 

「仮にですよジェシー。それが可能であるならば敵はその兵器を以って、より一気に多数の艦船を撃破する事が出来るはずです。この散発的な攻撃では……?いえ……もしかしたら……。」

 

 頭の中に一つの考えが浮かぶ、仮に……仮にその兵器が実用化されているとしたら今言った様に敵の戦果は艦船数隻には留まらないだろう。しかし、それが未だ試作段階であったり、それを使用するのに何かの条件が必要であるならば……?

 ……いや、結局はこれらは全て予想でしかない。敵の攻撃手段が確定するまでは一つの可能性として考慮しておくレベルだろう。

 

「はぁ、上手く纏まりませんね。味方からの連絡を待ちーーー。……また?」

 

 頭の中にまた何かが響く。ジェシーの方を見ると同じ様に何かを感じ取っているのか手を頭に当てている。

 

「どうした二人とも、具合が悪いのか?」

 

 ジュネット中尉はどうやら聞こえていないようだ。これは一種の敵の音響兵器か何かなのだろうか?

 

「まただ……また鈴の音がする。」

 

 ジェシーはそう呟く、彼にはこれが鈴の音の様に聞こえているらしい。しかし私にはそれとは違う、まるで声の様な音が頭に響いていた。

 

「ニ…テ……?ニ…ゲ…テ……?ーーー逃げて?」

 

 私にはまだ、それが意味する事が何かを知る由が無かったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 流転した世界


投稿間隔が長過ぎて申し訳ありません、投稿を始めて早いもので一年が経ちました。一年記念で6月末に投稿出来ればなぁ……と思っていたのがご覧の有様で反省しております。
物語もまさか一年戦争編が一年で終わらないなんてなぁと思いながら、後10話以内には終わるだろうの精神での投稿となります。
今後も気長にお付き合い頂けると幸いです、よろしくお願いします。




 

 

『おはよう、ジェシー。』

 

 

 

 カーテンが開かれ、窓から光が差し込む。何年も繰り返してきたいつもの朝だ。

 

「あぁ、おはよう。」

 

「朝ご飯が出来てますから。早く済ませてくださいね。」

 

「あぁ、いつもありがとう。」

 

「どうしたんですか急に?」

 

「いや、何となくさ。毎日疲れるだろう?」

 

「あなたに比べたらそんな事ないですよ。さぁ、温かいうちに済ませてくださいね。」

 

 顔を洗い、用意されている朝食に手をつける。朝から手の込んだ料理だ、味わいながら舌鼓しているとラジオから音声が流れ始めた。

 

『おはようございます。本日は宇宙世紀0085年、7月31日。サイド1、30バンチコロニーから朝のニュースをお伝えします。』

 

 ラジオからニュースが流れる。内容は最近過激になっている反連邦デモの事やそれらについての市民の反応などあまり景気の良い内容ではない。耳を傾けていると妻がラジオのスイッチを止めた。

 

「起きたばかりで不機嫌になっても仕方ないですから。」

 

「気にしちゃいないさ。俺が連邦軍人だったのはもう何年も前の話だろ?」

 

 後に一年戦争と呼ばれたジオン独立戦争で俺はパイロットとして戦っていたが、あの戦争が終わり妻と出会った事で軍人を辞め、今はこのサイド1で作業用モビルワーカーを使用してコロニーの保守・点検に従事している。給料は軍人時代より落ちたが、それでも比較的古いコロニーばかりのサイド1は仕事が多い。二人で生活して行くのには不便は無い。

 

「それにしても、最近は物騒だな。」

 

「えぇ。前の戦争で大勢死んで、人手がどんどん足りなくなってあちこちに税金が掛かっていますから。最近は食料品も値上がりしてきましたね。」

 

 連邦軍人だった頃は気にも留めなかったが、スペースノイドに対する連邦政府の対応はあまり良いものではない。一年戦争、そして数年前に起きたと言われているデラーズ紛争でアースノイドからは宇宙人と揶揄されるくらいに忌み嫌われる存在となってしまった。

 それが無くとも、一年戦争で失われた総人口の半数という数字が、月日が流れて行くにつれ綻びとして顕著に現れて行った。

 物資の生産数の減少やそれらを運ぶ流通、物流、商流などの遅延、更にコロニーの保守・点検など、それらを担うべき人材が極端に減ってしまい、それらの穴埋めの為に多数の税金が必要となってしまう。

 それを負担するのがスペースノイドだけと言うのだから、最近では連邦政府への不満を持つ人間が増えて来ている。地球生まれで元連邦軍人の俺ですら今では多少なりの不満を持っているのだから生粋のスペースノイドはより大きな不満があるだろう。

 

「私は、あなたと一緒に居られるなら何処でも良いのですけど。」

 

 不安そうにしている妻の手を握り安心させる。彼女は元々新サイド5、かつてのサイド6に暮らしていた。いや……暮らしていたと言うよりはそこにいたという表現の方が正しいのか。

 戦争の終わった直後、俺のいた部隊はア・バオア・クーからサイド6に駐留し、その後でジャブローへと帰還する事になった。その時に偶然スラムで死にかけていた彼女を見つけ保護する事を決めた。同僚からはロリコンだの人買いだの馬鹿にされたが気にも留めなかった。そもそも彼女は俺とそこまで年齢に差はない、身体的な面ではそう言われても仕方がないと思う事も少しはあったが。

 

 いずれにせよ彼女を引き取るために色々と手を尽くす事になった。軍を辞めるきっかけも、彼女に存在しなかった市民権を得る為に偽りの戸籍を用意させるのに必要になった多額の金を、軍の退職金を使って悪徳商人に払ったからだ。

 

「俺もお前と居られるなら何処だって良いんだ。」

 

「昔からずっと疑問だったのですが、どうして私を拾ってくれたんですか?」

 

「拾ったって言い方は好きじゃないな。一目惚れだったんだよ。」

 

「スラムで死にかけていた私になんておかしいですよ。」

 

「運命的な何かを感じたんだよ。そう……ずっと昔から知ってるような。」

 

 生まれ変わりだとかの概念は信じていないが、彼女と出会った時に感じた想いは正に形容し難いと言えるほど俺の魂を揺さぶったのだ、だからなりふり構わず彼女を助けたいと軍人まで辞めてしまえたのだから。

 

「……もっと早くあなたに出会えていたら、妹も死ぬ事はなかったかもしれません。」

 

 彼女は自分の事を多く語らないが、一年戦争では彼女に稀有な能力があるとジオンに判断され、妹と共に徴兵されていたらしい。

 学徒動員は戦争末期両軍でされてはいたが彼女と妹は非人道的な実験の為に徴用された。そして期待された能力を発揮されないと判断され、廃棄処分などという人の尊厳を無視した処理で、彼女と妹はサイド6のコロニーに放逐された。しかも何も手渡される事無くだ。

 二人はそもそも生まれ自体が良くなかった、両親からは虐待されて同年代と比べたら身体的にも教養的にも恵まれた環境で育ったとは言えない、引き取られたジオンの研究所ではモルモット扱い、そんな二人が何も持たず捨てられてまともに生きていける訳が無かった。結局彼女の妹は程なくして栄養失調で死んでしまったのだ。

 

「気に病むな……とは言えない。だけどいつまでも引きずっていても妹さんも悲しむだけだ。」

 

「……そうですね。私はあなたに出会えた、その救いを感謝するだけです。」

 

 彼女の心の傷は、あの戦争が終わってもまだ癒える事はない。それはあの戦争で多くを失った他の人々もそうだろう。だけど少しでも気が楽になれるよう、彼女に嫌な思い出がある地とは離れたかった。

 

「俺はずっとお前を守るよ、例え何度生まれ変わっても。」

 

「……ありがとうございます。」

 

 きっと俺の前世でも、来世でもまた彼女と巡り会い続けるだろう。そんな青臭い事を思いながら彼女にキスをする。この時が永遠に続けば良いのに……そう思いながら、何故か、息が出来ない、身体はずっしりと重くなり、気が遠くなる……、段々重くなって行く身体で、倒れてしまった彼女を抱きしめる、死んでもずっと護り続けると……そう思いながら、そしてそこで俺の意識は完全に途切れた。

 

 

ーーー

 

 

「……っ!?」

 

 ベッドから跳ね上がる様に目を覚ます、大きく息を吸って辺りを見回すがアンゼリカの俺の部屋のベッドだ。今の夢は一体……、やけにリアルな夢だった。

 

「サイド1……30バンチ……?」

 

 夢の中で流れていたラジオ、確かそんな感じのコロニーだった。何処かで聞いたことのある名前だ……。

 

「そう言えばティターンズが毒ガス攻撃をしたコロニーがそんな名前だったか?」

 

 30バンチ事件と言えばエゥーゴの発足する原因となった事件だった筈だ、バスク大佐が反連邦政府デモに対する見せしめとして毒ガス攻撃を仕掛けた事件……。今見ていた夢はまさにその場面だったのだろうか。

 

「って言っても……夢は夢か。」

 

 まるで自分が本当に体験したかのような夢だったが、所詮夢は夢だ。現実ではない。

 だがこの奇妙な感覚はなんだ?何とも言い難い感情が胸の奥から湧き出るような……。

それにあの夢で俺の嫁さんだった人……何処かで見たような感じもするが。

 

『MSパイロットへ、至急ブリッジへ出頭せよ。』

 

「っと、何か動きがあったか?」

 

 気になる事もあるが、急いで服を着替えアンゼリカのブリッジへと向かう。

 着いた先には既に主だったメンバーは出揃っていた。

 

「状況は芳しくありませんな中佐。」

 

 親父がアーニャへそう告げる。

 敵の謎の攻撃から1日が経ち、連邦軍は敵の攻撃手段さえ特定できず二の足を踏んでいた。

 

「味方の中ではソロモンの亡霊が現れたんじゃないのかと言っている人もいますね、流石にそれは馬鹿げていますけど。」

 

 グリムの言葉に頷く、幽霊の類が艦船を沈められるなら今頃ジオンはサイド3が丸ごと消えている。攻撃しているのは紛れもなく生きている人間なのだ。

 

「ティアンム提督からは私達第13独立部隊が出撃をし、敵の攻撃手段を特定しろとの命令が入っています。」

 

 まぁ妥当な判断か、アムロやシャアみたいなニュータイプなら恐らくは敵のビット攻撃であるこの不可思議な攻撃を感知できる筈だ。そうじゃなくても敵に対して二人をぶつければ余程の事がない限り負けはしない……と思う。敵には本命である筈のララァはいない訳だし、あり得るとしたらシャリア・ブルとかクスコ・アルみたいな原作や小説に出てきたニュータイプだろうからな。

 ……いや、サイド6で戦ったイフリートのパイロットって事もあり得るか?だが原作にいる敵ではないから、その能力に関しては未知数過ぎるからな……。仮想敵としては先の二名の方が良いのかもしれない。

 

「だけどさ隊長、どっから現れるかも分からない敵に対して何処に出撃すりゃ良いんだい?闇雲に探しても燃料の無駄にならないかい?」

 

「確かにその通りです、せめて少しでも敵がいそうな地点が予測出来れば良いのですが……。」

 

 ララサーバル軍曹の質問、確かに完全に何処から来ているか分からない敵を適当に探してもまず見つからないだろう。

 だが、昨日一日の攻撃範囲と敵がギリギリ感知されない程度の距離、そしてコンペイトウの防衛圏を考えると……。

 

「なぁ良いか?俺にちょっとした提案がある。」

 

 艦のメインモニターに俺の電子端末を連動させ、コンペイトウ周辺のマップが表示される。

 

「仮にだ、敵が無線兵器やそれに似た兵器を使用していると考えて……恐らく行動範囲がある筈だ。」

 

 ビット攻撃だとしたら流石に超長距離で攻撃しているとは思えない。そうなるとデブリに紛れて、それなりに近い地点で攻撃している筈だ。それと攻撃された艦艇の位置を組み合わせる。

 

「敵の攻撃は散発的ではあるけど攻撃地点は要塞正面ゲート、そして左側面のゲートを防衛していた艦船だ。そしていずれもデブリ帯に近い方から狙われている。となると……。」

 

 大雑把ではあるが、ある程度の位置を算出する。恐らくこの付近のデブリ帯に紛れて行動している筈だが。

 

「ふむ……確かに闇雲に探すよりはジェシーの案を取り入れて行動するのも良いかもしれませんな中佐。」

 

「えぇ。敵がまた同じ場所で行動するとは限りませんが何か掴めるかもしれませんから、ホワイトベースにもそう伝えておきましょう。各員は出撃準備を。」

 

「了解!」

 

 どんな敵が待ち受けているかはまだ分からないが、確実にニュータイプとの交戦は避けられないだろう。下手をすればソロモン戦よりも困難が待ち受けているかもしれない。今まで以上に気を引き締める必要がありそうだ。

 

 

 

 それから数時間、現在ソロモン宙域のデブリ帯をホワイトベースと共に敵の捜索中である。ただ先日のソーラ・システムの攻撃や、激戦による敵味方の船やMSの残骸なども多く含まれた地帯なので、ルウムの暗礁よりも更に動き辛い。敵が隠れるには持ってこいの場所だ。

 

「こちらグリム機、指定ポイントに到着。敵機の気配はありません。」

 

「アタイの方も索敵に引っ掛かる敵は見当たらないよ!しっかしホントに酷い有様だね此処は。」

 

 多数の艦船とMSの残骸が至る所にあるのを見るとまるで墓場のそれだ。確かにこんな所で攻撃でもされれば亡霊に襲われてたと思うのも仕方ないかもしれない。だが敵は間違いなく生きてこの周辺にいるはずだ。

 

「二人はそのまま次のポイントまで進行してくれ。アーニャ、何か聴こえたり感じたりしないか?」

 

「いえ、特には何も。先日の様に何か違和感があれば良かったのですが。」

 

 ニュータイプの感応なのかどうかは今は判断できないが、音の幻聴が聞こえた俺以上に声らしき幻聴を聞いているアーニャの方がニュータイプとしての素養がありそうなので、敵を察知できるか期待したがやはり簡単に敵を見つけるなんてのは無理だったか。普通に索敵に集中した方が良さそうだ。

 

「しかしこのデブリ帯……敵を見つけても下手に攻撃すれば艦の残骸に当たって暴発しかねないのは怖いな。」

 

 下手に電気系統が生きてたり、動力部が健在だったら普通に爆発するだろう、推進剤に直撃でもしたら爆発と共に付近のデブリまで巻き込んで大惨事になりそうだ。

 確かZの時にクワトロとハマーン様が戦った時も百式が沈没したサラミスかマゼランでそんな事やってたし、これだけの船の残骸だったら機能がまだ生きている艦がそれなりに残っててもおかしくはない。誘爆でもしたら目も当てられないだろう。

 

「私達が攻撃し難く、かつ相手は無線兵器か何かで安全に攻撃できる場所ではあります。ジェシーが言った様な兵器をジオンが持っているのであれば此処は隠れて攻撃するのに一番適した場所ではありますね。」

 

「そうだな、だが問題は上手く鉢合わせる事が出来るかだが……、クソっ焦ったいな。」

 

 艦隊が何処かに控えているなら良いが、ある程度何処かに物資を隠しながらのゲリラ戦だったらこの宙域を虱潰しに探すだけでは時間が掛かり過ぎてしまわないか不安になる。見当違いの場所を索敵していたら、その間に敵は何の憂いもなく攻撃出来るのだから。

 

「ジェシー、焦っていても仕方ありませんよ。私達は私達の出来ることを精一杯やるだけです。」

 

「……あぁ、そうだな。ホワイトベース隊の方で何か動きがあれば良いが。」

 

 別働隊として少し離れた位置のデブリ帯をホワイトベース隊にも探らせている。俺達が見つけられなくとも、あっちならアムロもキャスバルもいるし敵がニュータイプであるのなら気配を察知してくれるだろうと期待している。

 

《こちらアンゼリカ、MS隊聞こえているか?事態が変わった、現在の状況を報告願う。》

 

 ジュネット中尉の声だ、何かが起こったのだろう。急いで応答する。

 

「アンゼリカへ、現在ヴァイスリッターとフィルマメントはポイントAを通過、ポイントBへ向けて進行中。メガセリオンとジムは先行しポイントCへ向けて進行中だ。」

 

《了解、MS部隊へ現在の状況を報せる。ホワイトベース隊が敵の新型MAと思わしき未確認機との交戦に入った。護衛に数機のリック・ドムとソロモン戦で確認された新型MSを引き連れての遭遇戦だ。》

 

 未確認のMA……やはりエルメスか?それにドムにゲルググを引き連れた部隊、考えたくはないがシャアがキシリア麾下じゃないこの世界では他のニュータイプ、或いはニュータイプ部隊でエルメスを護衛をしているのかもしれない。

 

「ジュネット中尉、ここからホワイトベース隊の加勢には行けるのか!?」

 

《交戦ポイントからはヴァイスリッターとフィルマメントは離れ過ぎている、ララサーバル軍曹とグリム伍長の機体であれば、10分程で合流出来る距離ではあるが。》

 

「コンペイトウの防衛艦隊はどうなっているのですか?今私達の側の機体を援護に向かわせるのは早計です。ホワイトベース隊と交戦中の敵が本命とはまだ言えませんから。」

 

 いや、エルメスがいる時点で本命は向こうだと思うが……とは言え別の部隊が潜伏しているのなら下手に俺達が動くよりは防衛艦隊と合流させた方が無難か。

 

《それが状況はあまり良い状況ではないのだ中佐。ホワイトベース隊が敵と遭遇する直前に付近を防衛していた艦隊が例の攻撃で被害を受けている。ホワイトベース隊の救援に最も最短で駆けつけられるのは我々の部隊だけだ。》

 

 最悪のタイミングだ……、だが恐らくではあるが敵のビット攻撃のおかげでアムロかキャスバルがニュータイプ的な反応が出来た可能性もある。今はそれをどう対応するかが問題だ。

 

「どうするアーニャ、まだ伏兵がいる可能性も確かにあるが敵は新型のモビルアーマーとソロモンで戦った新型もいる。幾らアムロ達と言っても状況次第では不利になるかもしれない。」

 

 不確定要素の高い相手だ、本来の歴史の流れとは違う状況で相手の実力も読めないし此処で不利なアクシデントが発生したら次戦以降が怖い。俺としては援護に駆けつけたいが……。

 

「そうですね……。この状況では無理に別働隊を探すよりもホワイトベース隊の援護に駆けつけるのがベストでしょうか。アンダーセン艦長、アンゼリカは進路をホワイトベースへ向けて転進を。ララサーバル軍曹、グリム伍長は現在のポイントからデブリ帯を通過しながらホワイトベース隊と挟撃が出来る様に移動してください。ジェシー、私と貴方も少し時間は取られますがホワイトベースへ向けて移動します。」

 

「了解だ!」

 

 急いで駆けつけたいが真逆の方向を探索していた俺とアーニャではグリム達よりも時間が掛かる、デブリ帯の通過は容易ではないし焦らず行くしかない。

 頭を冷静にして移動を開始する、その時……。

 

 リィン、リィン、リィン

 

「!?これは……!」

 

「……ッ!ジェシー、この感覚は。」

 

 これは……、まさか俺はとんだ思い違いをしていたんじゃないか?

 

 ピピピピピ!

 

「ロックアンアラート!?アーニャ!」

 

「くっ……!」

 

 回避運動を取り、熱源の方向から距離取る。横を掠めたのはマシンガンやバズーカではない。これは……。

 

「ビーム光!?」

 

「ジェシー!油断してはいけません!次弾が来ます!」

 

 再びのアラートを聞くと同時に急いで回避する、アーニャの通信が無ければ直撃していた……この攻撃の精度……冷や汗が止まらない。

 

「こちらフィルマメント!アンゼリカ!応答を!」

 

《……》

 

「ララサーバル軍曹!グリム!こちら側にも敵がいた!応答してくれ!」

 

「……」

 

 アーニャの予感が当たっていた……、敵がホワイトベース隊と遭遇した部隊だけでは無かった。俺の焦りのせいで急いでアンゼリカやララサーバル軍曹達を向かわせた事で最悪のタイミングで通信が届かない状況で敵と遭遇してしまった。

 

「ここは……!」

 

 フィルマメントが信号弾を発射する、事前に示し合わせていた救援を報せる為の物だ。この状況ではこれを使ってアンゼリカに気付いてもらうしかない……、だがこれを使うということは敵に情報を与える事にも繋がる。

 

『信号弾か、このタイミングで使用するって事は母艦か味方に俺達の存在を知らせる為の物なんだろうが……つまり味方が駆けつけるには猶予があるって事だよなぁ白い奴!』

 

 ザラっとした嫌な感覚、この感覚には覚えがある……!

 

「灰色のゲルググ……!」

 

 全面が灰色に塗装されているゲルググ、通常カラーの物やカスペン大佐の専用機の様に胸部が緑や黒ではない完全に灰色のゲルググだ。恐らくは……イフリートのパイロットだった奴だ。

 

『グレイ、不用意に動かないで。姉さんの護衛が出来なくなる。』

 

 更にもう一機のゲルググが現れる。これも灰色だけで塗装されたゲルググだ。恐らくは僚機だったドムのパイロットか、ならもう一機何処かにいるのか?

 

『敵……白い機体と青い機体……。ドズル中将を倒した、お兄さんの……敵ッ!』

 

「なんだ……?この感覚……ッ!?ぐぁぁぁぁ!」

 

 先程とは違う感覚を感じた同時に突然の衝撃。計器を確認すると、何の前触れもなくヴァイスリッターの左腕と左脚部の一部が削られていた。これは……。

 

「ビット……!?まさか、そんな!?」

 

 エルメスは『二機』存在している……!?

 いや、有り得ない話ではない。確か試作機として数機あった筈だし小説でも二機登場していた。

 状況はかなり厳しい、全ての行動が裏目に出てしまっている。今の状況は絶対絶命と言っても過言ではない。この戦力差ではアーニャを護るどころかまともに戦えるかも怪しい。

 損傷した箇所をパージし機体の調整を手動入力する、これで少しは動けるが……。

 

「ジェシー!大丈夫なのですか!?」

 

「あぁ、だが状況は最悪だ。逃げながら戦うしかない!」

 

「えぇ、私が援護します。貴方は後退を!」

 

「馬鹿を言うな!この状況と相手を考えるんだ、お前を生きて返すのが優先だ!」

 

 この損傷したヴァイスリッターでは奴等を相手にまともに後退は出来ない、ならばせめてアーニャだけでも無事にアンゼリカに戻すか味方と合流させるまで持ち堪えさせなければ。

 

『逃げる算段でも考えているのか?逃すと思うなよ白い奴……いや、ジェシー・アンダーセン!』

 

 一機のゲルググがこちらに向かって前進してくる、俺はサブアームに吊っていたビーム・ルガーランスを残った右腕に装備し、予備のシールドを空いたサブアームに固定させ左側の防御に対応させる。

 

「やらせるかよ!」

 

 ビーム・ルガーランスはその攻撃特性上、生半可な攻撃では破壊されない程度には実剣部分も強固である。それを利用し敵への攻撃と防御を両立させながら戦える。

 

『ドズル閣下のモビルアーマーを破壊した武器か!だがそのデカブツを器用に振り回せるかな!』

 

「くそっ!当たれぇ!」

 

 イフリートの時よりも機動力が増している、更にこのヴァイスリッターの状態では更に不利でまともに狙いが付けられない……!

 

『あの武器……通常のビームライフル並の攻撃も可能なのか!』

 

『グレイ!一人で迂闊に動かないで!もう一機いるんだよ!』

 

「ジェシーをやらせはしない!」

 

 フィルマメントのビームライフルの攻撃がゲルググを掠める、直撃コースだったがやはり反応速度が俺達とは桁違いだ。

 

『青い奴……コイツの狙撃は厄介だな。マルグリット!ビットの攻撃はまだか!』

 

 ゲルググはフィルマメントの攻撃を懸念してか、一旦距離を置きビームライフルでの攻撃に切り替える。近接攻撃よりはマシではあるがそれでもアーニャ並の正確な狙いだ、ジワジワと追い詰められているのが分かる。これにエルメスの攻撃が加わってしまえば……。

 

『マルグリット!どうしたんだ!応答しろ!』

 

『ハァ……!ハァ……!』

 

『姉さん!?』

 

『サイコミュの異常か!?どうしたんだマルグリット!』

 

 敵の攻撃が鈍っている?……本来はこの機体の状況で仕掛けるのは愚策かもしれないが逆に敵の想像を超える攻撃さえ仕掛けられれば……!

 

「うおおおお!」

 

 ヴァイスリッターの出力を可能な限り上げ、一気にゲルググへと接近してビーム・ルガーランスによる攻撃を仕掛ける。当たりさえすればモビルスーツなら……!

 

『なんだと……!あの機体の状況で接近して攻撃をしてくるなんて……!』

 

 間一髪の所でビーム・ルガーランスを刺すことには失敗するもゲルググを抱きしめる様な形で捕まえる、これで迂闊に攻撃は出来ない筈だ!

 

『クソっ!死に体の癖に厄介な事を!マルグリット、ビットで攻撃できないのか!応答するんだ!』

 

「なんだ……?マルグリット……?」

 

 接触回線による敵の通信を傍受する、あの時のイフリートのパイロットの声……そして奴が叫ぶ名前は……?

 

「マルグリット……マリオンと一緒にいたあの子が……あの子がエルメスに乗っているのか!?」

 

 目紛しく移り変わるこの戦況で、更なる混乱が俺を襲う。

 あの時……戦場で出会ったならば戦わないといけないと言った……、だけどまさかこんな場面で出逢ってしまうなんて。

 

「だが……アーニャを護る為に俺は戦わなきゃならないんだ!」

 

 この世界をより良い方向へ持って行くために、彼女を護るのが俺の使命なんだ。そう信じて戦う意志を固める。

 

 

 

 その決意が後々自分を苦しめることになる事も知らずに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話 蒼く光る宇宙(そら)で

 

『クソッ!離れやがれ!』

 

「させるかよ!」

 

 ヴァイスリッターで敵のゲルググの動きを何とか押さえつけながら膠着状態が続く。これなら奴からの攻撃は抑えられ、エルメスも正確な射撃で無ければゲルググを巻き込む事になる。懸念すべきは……。

 

『グレイを……離せぇ!』

 

 もう一機のゲルググだ、この一機だけは完全にフリーとなっているから的確に俺だけを狙われたら危険だ……だが。

 

「行かせません!」

 

 フィルマメントがビームライフルで牽制を仕掛ける、アーニャの腕ならそう簡単に此方に近づけさせはしないだろう。こうなれば後は味方が駆けつけてくれるのを待つだけになる……そう、エルメスさえ動いてくれなければだが。

 

『お兄さん……ヘルミーナ……っ!』

 

 エルメスが独特な動きをしながら機動を変える、やはり動かないのを期待するのは無理な話か……!なら……!

 

「くっ……うおおおお!」

 

『クソッ……!』

 

 ヴァイスリッターのバーニアを全開にしゲルググもろともデブリ帯に突っ込む。かなり危険な行為だが、やらないよりやる方が今はマシだ。

 

「ジェシー!?」

 

『コイツ……何を!?ーーーぐっ!』

 

 漂流している艦艇の残骸へ体当たりするようにぶつかる、それと同時にゲルググから離れる。

 モニターからデブリに激突するタイミングが分かる俺とは違い、奴には突然の衝撃となった筈だ。幾ら機体の状態で差があるとは言ってもこの状況なら機体よりもパイロットが持たない筈だ、これなら……!

 

「喰らえぇぇぇ!」

 

 ビーム・ルガーランスを動きが止まっているゲルググへ向けて突き刺そうとする瞬間、突然のビーム攻撃により攻撃の手が止まる、これは……。

 

「エルメスか!?」

 

『お兄さんを……やらせる訳にはいかないんです!』

 

「君は……マルグリットなんだろ!?俺だ、サイド6で会ったジェシー・アンダーセンだ!」

 

 敵に向かい短距離通信を試みる、せめて受け取ってくれれば……。

 

「分かっています……!ジェシー・アンダーセン、連邦軍中尉。そして連邦軍最初期からのMSパイロット、ドズル中将を倒した部隊の……お兄さんの大切な人の命を奪った……!パイロットなんでしょう!?」

 

 瓢箪のようなビットがエルメスから舞い踊る様に放たれ、此方へ向かいビームを放ってくる。ビットを視認できる状態からの攻撃だったから何とか反応出来たが……。

 

「なんで……そんな詳しい内容まで。」

 

「貴方は貴方が思ってる以上に私達にとっては脅威な存在だったんです!だから……だから此処で斃れてください!」

 

 再びビットからビームが放たれる、繊細さは欠くがそれでも立て続けに攻撃されて回避を続けられる程、俺も機体も万全では無く、細部に攻撃が当たっていく。

 

「ジェシー!」

 

『姉さんの所には行かせない!グレイにだって攻撃させるもんか!』

 

 アーニャのフィルマメントが俺の援護に向かおうとするも、逆に今度はもう一機のゲルググに阻まれる、やはり彼らの個々のパイロット能力は俺達を上回っているようだ。

 

「アーニャ……!クソ……攻撃を止めてくれマルグリット!君とは戦いたく無い!」

 

「あの時貴方が言ったんです!相見えたなら戦うしかないと!」

 

「それでもと言った!」

 

「これが運命なんです!貴方と私のーーー」

 

【これは、きっと運命だったんだ。】

 

「……っ!?」

 

「なんだ……?俺の声……?」

 

 脳に響くような声、声の主は俺であって俺が言った言葉ではない。これはーーー?

 

「私を……惑わさないでください!」

 

 ビットが更に増えて攻撃をしてくる、いよいよ回避しきれず頭部が破壊された。

 

「くっ……!」

 

 メインカメラが潰れた……!流石にアムロの様にたかがメインカメラがなどとは言えない状況だ。サブカメラに切り替えるものの、その精度はメインカメラより遥かに劣る、視界が少し確保された程度のレベルだ。

 

「だがっ……!まだ動ける……!」

 

 モビルアーマー相手に先程のゲルググと同じ行動が出来るかは怪しかったが、出力を上げて一気にエルメスに近付こうとする。ビットの攻撃を凌ぐという手段でもあるが……俺はどうしても彼女と戦うのを避けたかった、敵である筈なのに……。

 

「何を……っ。」

 

「捕まえた……!」

 

 右腕部のみの不安定な形ではあるが、エルメスに掴まるようにヴァイスリッターを固定する。その瞬間であった。

 

【何故!僕達が戦わないといけない!】

 

「アムロ……!?」

 

【それが分からないから!坊やは坊やなんだよ!私は私が好きだから……自分を守る為に戦うのよ!】

 

【シャリア・ブル!それだけの力を持って、何故使い道を誤る!】

 

【ニュータイプと言えど、国という群に縛られれば、例え優れた個であっても使い潰されると言うことです。キャスバル・ダイクン!】

 

 アムロとシャアの声、そして嘆き。そして対峙する者の痛みと諦観。

 それらの感情がエルメスのサイコミュを通してなのか、俺にも伝わってくる。宇宙が……まるで青空の様に蒼く輝いていく。

 

【助けてーーー。】

 

【声が、聞こえたんだ。助けを求める君の声が。】

 

 先程までいた筈の宇宙空間から、何処かの寂れた街並みに景色が変わる。其処には俺……ジェシー・アンダーセンがボロボロになっている少女に手を差し伸べている光景だった。

 

「これは……私?なんで……。」

 

 顔を上げた少女は今戦っているエルメスのパイロットであるマルグリットだった、何故彼女と俺が……?

 

「何なんだこれは……。一体何がどうなって……?」

 

 見覚えない景色の筈なのに、何処か懐かしく、何処か悲しくも感じる。この不可思議な現象もサイコミュの影響なのだろうか。まるで時間が止まっているかの様に静かだ。

 

「貴方は……貴方は一体何者なんですか。」

 

 其処には機体はなく、マルグリット本人が俺の目の前に現れていた。まるでニュータイプ同士の共感による異空間のようだ。

 

「分からない……。何で君と俺があんな出会い方をしているんだ、まるで……まるで……。」

 

 そう、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()。と訴えかけるような感覚が俺を襲う。

 

「貴方はサイド6で偶然出会っただけの存在でしかないのに……!なんでこんなにも私の心が掻き乱されるんですか……!」

 

 リィン、リィンと鈴の音が鳴る。それは俺が彼女に渡した鈴のイヤリングから聴こえてくる。音が鳴る様な作りにはなっていない筈なのに。だが、この鈴の音を聴いているとふと考えが過ぎる。

 

「……きっと、もしかしたらだが。俺が『ジェシー・アンダーセン』になったからこんな事になっているのか……?」

 

 そう、俺が憑依しているジェシー・アンダーセン。本来であれば恐らくアムロ達と出会う事も、ヴァイスリッターと呼ばれる機体にも搭乗する事は無かった歴史を辿っている彼の本当の未来が、今見えている光景なのか……?

 

「私は今まで、お兄さんから言われるまではずっと人の心を読んで、人の顔色を伺っていました。なのに、貴方からは心が読み取れません……。」

 

「お兄さん……?」

 

「ジェイソン・グレイ、貴方が襲った部隊のパイロット。お兄さんは貴方達に大事な人の命を奪われて、復讐に取り憑かれたんです。」

 

 イフリート、そしてさっきのゲルググのパイロットの事だろう。俺の初陣で撤退したマゼラに乗っていたと思われる男が、彼女がお兄さんと呼んでいる人物なのか。

 

「復讐に取り憑かれても、私や妹を兄妹の様に接してくれて。人の心を読んでいた私達にそんな生き方をするなと言ってくれた、私達を人形から人間にしてくれた大事な人なんです。」

 

【貴方が私を人形から人間に変えてくれた。】

 

 また幻聴と共に景色が移り変わる、それは夢で見た部屋と同じ場所だった。

 

「私は妹が愛している人の為に、私達を救ってくれた人の為に、貴方を倒さなくてはいけない……なのに……っ!」

 

 きっと同じ事を思っているのだろう。本当はこんな出会いがあった筈なのかと。その出会いがこの光景の二人にとってどれだけの価値があったのかを。

 

「退いてくれないかマルグリット。君の言う通り、俺達は偶然サイド6で出会っただけの関係だ。だけどこうやってお互いに戦うのに迷いがある!なら……っ!」

 

「そんな理屈が通るほど……戦場は優しくはありません!だから……!」

 

 何とか戦うのを避けたいが、今は戦争で、戦闘中なのだ。戦いたくないの一言で簡単に済むほど甘くはない。それを示す様に、再び俺達の間を声が駆け巡る。

 

【坊やにならいいわ……。これで良かったのよ、さよなら……坊や。】

 

【あ、あぁ……。僕は、取り返しのつかないことをしてしまった……っ!】

 

 悲惨な運命を歩み、そして報われる事なく死んで行った女性の思念が、アムロに消える事の無い傷みを残していく。

 

【それで良いのです、新しい時代を作るのは老人ではありません。本当のニュータイプの革新をどうか……。】

 

【これではニュータイプはただの人殺しの為の道具に過ぎないではないか……!互いの心が分かっているのに何故こんな事が起きなくてはならない!お前はそれで良かったと言うのか、シャリア・ブル……ッ!】

 

 例え互いに戦う事を望んでいなくても、戦争が、そして状況が敵を作り出し戦いを生む。その虚しさに行き場を無くした慟哭がまた俺達を駆け巡った。

 

「アムロ……、キャスバル……。」

 

 二人も今の俺達と同じ様に、互いを共感出来ていたのにこんな結果にしかならなかった。こんな結末であって本当に良いのか?……そんな訳がない!

 

「君もこの哀しさが伝わっている筈だ!分かり合えるのに敵同士だから戦うしかないなんて間違ってると!」

 

「私は……、私は……っ!」

 

 彼女の中にある戦いへの躊躇い、それは俺と同じ筈なんだ。だからこそ戦いは止められる筈だ……。

 しかし、そんな期待を壊すように、俺達の間を暗く歪んだ感情が阻んだ。

 

『マルグリット!ソイツから離れろ!』

 

『……ッ!お兄さん……!』

 

「ジェシー!一体どうしたのですか!?」

 

 先程まで二人を形成していた空間が崩れ去り、目に見えるのはヴァイスリッターのコックピットだ。どうやら感じていたほどの時間は流れていなかったのか、辺りは先程の戦闘状況のまま、グレイと呼ばれる男が衝撃から目を覚ました直後のようだ。

 

『お前との因縁も此処で終わりだ!死ねぇ!ジェシー・アンダーセン!』

 

 現実に引戻らせるその一瞬、ゲルググが正確に俺に狙いを掛けてビームライフルを放つ。

 

「これ以上やらせは……しません!」

 

 フィルマメントもまた、もう一機のゲルググの攻撃を回避して俺に攻撃を仕掛けたゲルググに向けて直撃コースのビームを放った。

 

『何……!?直撃だと!?』

 

『駄目ぇぇぇぇぇ!』

 

 その刹那の瞬間、マルグリットの乗るエルメスが俺のヴァイスリッターをビームが当たらない様に突き飛ばす様に引き剥がすと同時に、ジェイソン・グレイと呼んだ男のゲルググを庇うようにビームの射程へと入る。

 

「そんな……!やめろ!やめるんだぁぁぁ!」

 

 心の中から湧き上がる衝動が雄叫びの様にコクピットに響く。しかし、それも虚しく宇宙に消える。

 

『キャァァァァァ!』

 

『馬鹿な……マルグリットォォォ!』

 

『あぁぁ……嘘だ……姉さん……お姉ちゃぁぁぁん……!』

 

「あ……、私……どうして……涙が……止まらない……?」

 

 エルメスが爆散していく、此処にいた全員がまるで時間が止まったかのように静まり返る……俺もまた同じだった。

 宇宙がまた、蒼く……染まる……。

 

 

 

ーーー

 

「マルグリット……!どうして俺を庇った!なんでお前が……お前が死ななきゃならないんだ!」

 

「お兄さん、貴方が死んだらヘルミーナが悲しみます。」

 

「それはお前だって同じだ!俺なんかより姉のお前の方が大切に決まっているだろう……!?」

 

「ふふふ、やっぱりお兄さんは鈍感で朴念仁ですね。今のあの子は私なんかよりもずっと、ずっとお兄さんの方が大切なんですよ?」

 

「何を言って……。」

 

「前にお兄さんはフラナガン機関で何で私達がお兄さんの為に協力するのかって聞きましたよね。それに私は家族同然だからと言いました。あれは、私がお兄さんの妹として、ではなく。『お兄さんの将来の義理の姉』として家族も同然だから、って意味で言ったのですよ。」

 

「……っ、それはつまり……。」

 

「えぇ、ヘルミーナは貴方を愛しています。貴方に出会って、人形から人に変われた時からずっと。だから、護ってあげてください。私の代わりに……。」

 

「マルグリット……!」

 

「そして、出来れば……彼を、ジェシーを許してあげてください。二人が争うのを私は見たくないから……。」

 

「何故だ……何故奴を……。」

 

「幸せな『刻』を貰えたから。そういう未来もあったんだって、教えてもらえたから。……さようならお兄さん。妹を、ヘルミーナをお願いします。」

 

「駄目だ……行くな!行くなマルグリット……!!!」

 

 

 

ーーー

 

 

「此処は……一体?」

 

 見慣れたコックピットがいつの間にか無くなっている、それどころかノーマルスーツも無く、一面がまるで青空のように蒼く輝いている。

 

「貴方が……()()()()()()の護るべき人なんですね。」

 

「この声……コンペイトウで聴こえていた声と同じ……?」

 

 あの時、逃げてとずっと叫んでいた声。それと同じ声が今私の中で響き渡る。

 

「皮肉なものですね。彼に向けて発していた想いは、彼を一番想っている人にだけ伝わっていたと言うのは。」

 

「貴方は一体……?」

 

「私は貴方にとってはただの敵パイロットにしか過ぎません。ただ、私にとっては今のあの人が護る、あの人の大切な人。」

 

「あの人……、ジェシーの事を言っているのですか?」

 

 彼女とジェシーは何処かで知り合っていたのだろうか?いや……この心の中に感じる暖かさは、それとは別の何かもあるのを伝えてくる。

 それは今とは違う何処かで、確かにあった【刻】の流れの暖かさなのだと、理解し難い現象に襲われているのに、それを納得してしまう何かがあった。

 

「私はもうあの人の未来が見れないから、貴方に私の代わりに見て欲しい。彼の目指す未来を。」

 

「……私には貴方が何者で、ジェシーとどういう関係なのかは分かりません。でも、あの人と一緒に未来を歩むと決めました。だから、貴方の代わりに私はずっと見つめて行きます。彼との未来を。」

 

「良かった……、あの人の未来に貴方がいてくれて。私と一緒だったら、悲しい結末しか待っていなかったから。」

 

 それは違う、何故だかは分からないが強くそう思った。きっとそんな事は誰も思ってはいないのだと、それに気づいたのか彼女は優しく私に微笑む。

 

「優しい人で良かった。これで悔やむ事なく死ねそうです。あの人をお願いします……。」

 

 そう言って彼女は、蒼い鳥になり宇宙を飛び去り、消えていった。

 

 

 

ーーー

 

 

「これで良かったんです、ジェシー。今……全部分かりました。」

 

「どうして……何が良かったって言うんだ!こんな……こんな結末なんて誰も望んじゃいなかった筈なのに……!」

 

「誰もが望む未来を手に入れる事は不可能なんですよ。誰かが幸せになる刻もあれば、悲しい結末を迎える刻もあります。私の事はこの世界では偶然出会ったジオンの少女がただ死んだだけ、端的に見ればそれだけなんです。」

 

 結果的に言えばその通りだ。だがそれはあくまで本当にただ結果だけを見た話であって実際は全然違う、この駆け巡るような彼女との記憶、本来あった筈の時代の流れ、それを無視した結果がこの結末なのだ。

 

「分かっているんだろ……!?俺が本当のジェシー・アンダーセンじゃない事を!本当は全く別の人間が取り憑いているだけだって!そのせいで君と彼の間にあった筈の本当の未来は……っ!」

 

「確かに本来の【刻】の流れであれば、私達は結ばれていたのかもしれません。でも最期は虚しく2人とも死んでいく、そんな悲しい未来なんです。」

 

「それでも!君も彼も幸せな時間を刻めた筈だ!俺はそれをぶち壊したんだ!」

 

「でも、だからこそ救われる命が生まれたんです。貴方が皮肉にもお兄さんの仇にならなければお兄さんはこの戦争のどこかで死んでいて、妹もまた飢えて死んでいました。その未来はまだ変えられる、変えて欲しいんです。今の貴方に。」

 

 歴史を変える、最初にこのガンダムの世界に憑依した時に簡単に思っていた事だった。だがレビル将軍の死や、マルグリットのこの結末を迎えてなお、そんな事を考えられるほど俺は……。

 

「変えてください。貴方と、貴方を愛する人の手で、悲しいだけの世界を……どうか。」

 

「俺は……俺は……っ!」

 

「ねぇジェシー。私は前にコロニーで、地上と変わらない様に飛んでいる鳥を見ました。動植物が宇宙に簡単に適応しているのに、人間はそうじゃないなんておかしいでしょう?」

 

「……あぁ、そうだな。変わって行かなくちゃいけない……人間も……俺達も。」

 

「ジェシーは本当に分かってくれますか?」

 

「分かるよ……君ともこうして分かり合えたんだ。悲しい世界にならない様に……か、変えてみせるさ……!」

 

「ありがとうジェシー……。」

 

 そして彼女は、この宇宙から消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話 放たれた光

 

「どうですかドクター、彼の容態は?」

 

 アンゼリカのメディカルルームでまるで死んだ様に眠っている彼を見つめながら、ドクターに問いかける。

 

「肉体の方は軽傷で命に関わるような傷はありません。しかしながら脳波の方が異常に乱れています。こちらの方がかなり危険な状況ですね。」

 

「……分かりました。何か変化がありましたら連絡を。」

 

「ハッ。了解しました中佐。」

 

 あのモビルアーマーの撃墜後、信号弾に気付き反転して駆けつけたララバーサル軍曹とグリム伍長に、形勢不利と見たのか灰色の新型2機は撤退して行った。

 その直後、ジェシーはコックピット内から叫ぶ様に大声を出し続け、そして駆け付けた時には既に意識が途絶えていた。

 

 私達は急ぎアンゼリカに帰投しメディカルルームに彼を運んだが、1日が経った今でも彼は目覚める様子が無かった。

 

「……ハァ。」

 

 少し溜息を吐く。原因は分かっているのだ、あのモビルアーマーのパイロットだった彼女、その死が影響しているのだろうと直感があった。

 しかし彼女が何故ジェシーを知っていて、ジェシーもまた彼女とどういう関係であったのかは私は知らない。

 ただ敵と通じているだとかそういう戦争に起因した関係というのとはまた違う、それ以上の何かもあの時感じたのもまた事実だ。

 

 だからこそ余計に、今の状況に頭を打つのである。あの不可思議な現象もまだ私の中でキチンと整理できていない。モヤモヤがずっと頭の中をぐるぐるしている様で考えが上手く纏まらない。

 

「悩み事ですかな、エルデヴァッサー中佐。」

 

「アンダーセン艦長……。」

 

 いつの間にかアンゼリカのラウンジまで来ていた私に、アンダーセン艦長が声をかけてきた。

 

「コーヒーでも如何ですかな?大抵の悩み事はコーヒーを一杯飲んでいる間に解決すると言うのが私の持論でしてな。」

 

「……いただきます。」

 

 どうやら私が悩んでいるのは艦長には筒抜けのようだ。気を張り過ぎるのもいけないしお言葉に甘える事にしよう。

 

「持論を掲げるだけあってコーヒーを淹れるのは得意でしてな、さぁどうぞ。」

 

 既にコーヒーポットに用意されている所を見ると誰か来るのを待っていたのかもしれない。それとも私が此処に来ると最初から分かっていたのだろうか?湯気の立つコーヒーを口に含む。

 

「美味しい……。」

 

 心を落ち着かせる程よい暖かさと優しい風味がすぅっと私の心を穏やかにさせていく。

 

「昔はこうして、貴方のお母上にも飲んで頂いたものです。」

 

「艦長……やはりお母様とお知り合いだったのですね。」

 

 アンゼリカというこの船の名前を決めてもらった際にもしかしたらと思っていたけれど、やっぱりアンダーセン艦長は母を知っていたようだ。

 

「えぇ、中佐のお父上でもあるカール・フォン・エルデヴァッサー、そしてアンゼリカ・フォン・エルデヴァッサー、それにゴップと私を含めた4人は盟友でありました。」

 

「盟友……?」

 

「はい。宇宙世紀という新時代、そしてその時代を生きる新世代の若者の為に、人々が宇宙に希望を抱き宇宙へ上がる、その為に各々できることをやろうと。アンゼリカの言葉から始まった話です。」

 

 お母様、私が生まれて物心が付く前に亡くなった人。その足跡を知る者は今はもう多くはない。

 

「ゴップは余り乗り気ではなかったのですがな。アンゼリカには天性の魅力と言うか人をその気にさせる力強さがありました。渋々ながら奴も出来る限りの支援をしていた様です。」

 

 ゴップ叔父様は生まれてからずっと私に親身にしてくれた人の一人だ。お祖父様やお父様が亡くなってもそれは変わらず、部隊設立から機体の融通まで今も無理をさせてもらっている。

 

「お母様はどの様な人だったのですか?」

 

「ふっ……失礼な話になりますが、まるで嵐が野を駆けるようなまさに破天荒と呼ぶのに相応しい人でした。」

 

「そ、そうなのですか……!?」

 

 父や祖父からは優しい人だったという話をよく聞いていたので、想像していた母のイメージ像が少し崩れてしまった。

 

「人々が不満無くどう宇宙へ上がらせようか、確実に不満を出してくるであろう上級層の人間はどう対応するべきか、そう話し合っていた際にアンゼリカは『不満を言ってくる連中は端から全部ボコボコにしてロケットに縛り付けてでも宇宙へ上げてやるわ!』と豪語しておりましたからな。」

 

 想像していた優しいお母様の姿が音を立てて崩れて行くのと同時に、宇宙へ上がったばかりの頃にジェシーとアンダーセン艦長の三人で話をした時に艦長が笑った意味が分かった。遠からず私も母と同じ事を言っていたから艦長はそれを思い出したのだろう。

 

「中佐はやはりカールとアンゼリカの面影があります。それは聡明さよりも心の芯の強さ、想いの強さと言った部分の方が大きく感じますな。」

 

「それを言うならジェシーの力強さもアンダーセン艦長譲りかもしれませんね。あの人は普段は頼りない所もありますが、肝心な場面では誰よりも頼もしい人ですから。」

 

「倅を褒められて悪い気はしませんな、ジェシーの方はこれを聞いたら怒るかもしれませんが。」

 

「でも、以前と比べたら艦長に優しくなったと思いますよ?」

 

 再会した直後は彼のお母様の事もあり常に喧嘩腰ではあったけれど、最近は普通に会話する所も散見している。仲直りはまだできるのだ。

 

「そうですな。こう言っては失礼ですが息子は以前とまるで別人のように変わりました、それは中佐を始めとした仲間の影響だと思っております。そこは一人の父親として感謝させて欲しいですな。」

 

「ふふっ、そう言われると私も彼の彼女として嬉しくーーー」

 

 そう言って顔が赤くなるのを自覚する、確かに恋人ではあるのだから間違ってはいないのだけれど、今の状況は艦長と中佐としての会話というより彼氏である人の父親と話をする彼女ではないのか?

 そう思うと一気に恥ずかしさの方が大きく出てしまった。

 

「ハハハ、顔が真っ赤になっておりますな中佐。」

 

「あ……う……。」

 

「鈍感な所もありますが、あれは元来優しい子なのです。貴方を支えようと空回りする所もあるでしょうが、支えてやってくだされ。」

 

「……はい。」

 

 互いに護り、護られて。そんな関係であり続けられればどれほど幸福であろうか。

 私の中にある彼への気持ちがまた一層強くなるのが分かる。

 

 結局彼があの異質な空間で出会った女性とどの様な関係であっても、私は彼を支えて行くのだ。それが彼と共に歩む私に出来ることなのだから。

 

「ありがとうございましたアンダーセン艦長、おかげで気分もだいぶ晴れました。」

 

「その様ですな。少しお休みになられるとよろしい、ジェシーの事が心配なのは分かりますが、ジオン本土決戦も近く休める時に休んでおかねば。」

 

「そうですね、お言葉に甘えて少し休息を取っておきます。……アンダーセン艦長。」

 

「はい。」

 

「また、お母様のお話を聞かせてください。私はまだまだお母様の事についてさっぱりだった様ですから。」

 

「……分かりました。時間がある時にまた幾らでもお話ししましょう。語る話題はまさに山の様にありますからな。」

 

 アンダーセン艦長に別れを告げ、自室へと向かう。ジェシーの事も気になるがアンダーセン艦長に言われた通り休める時に休んでおくのもまた必要な事だ。彼が目覚めたら、それをちゃんと支えてあげられるように。

 

 

 

ーーー

 

 

【ウワァァァァァ!!!】

 

 かつてない程の慟哭。俺の中にあるもう一つの魂が、それを認めない様に、許さない様に、怒りを、悲しみを、そして恨みを魂ごと吐き出していた。

 それに飲み込まれる様に……いや同調するように俺もまた感情の渦へと落ちて行く。まるで深い深い暗闇の中へ。

 

 

 

「……っ。」

 

 目を開くと、白い光が一面を照らす。どうやらコックピットの中ではない様だ、自分の部屋ともまた違う景色だが。

 

「目が覚めたのかアンダーセン中尉……?おい!誰かブリッジに報告をしてくれ!」

 

「ドクター……?此処はメディカルルームなのか?」

 

 目の前にいるのはアンゼリカのドクターだ。彼がいると言うことはここはメディカルルームのベッドの上と言うことか。

 

「中尉、まだ動かないでください。貴方は先程まで脳波が異常に乱れていましたからまずは少し検査をしてから。」

 

 起き上がろうとした所を制止させられる。異常があったのなら確かに無理に動く必要は無いだろう、今は安静にしておくか。

 少し落ち着くと、身体が異常に軽く感じる。身体と言うよりは心がだろうか、まるで空洞が出来たかの様に虚しさだけが残っている。

 

 ……俺が結果的にマルグリットを殺したからだろうか、本来のジェシー・アンダーセンが歩む筈だった未来を消して、彼の心を完全に消す様な行いをしたのだ、悔やんでも悔やみきれない。

 

「ジェシー、目を覚ましたようだな。」

 

「親父……。」

 

 いや、今の俺がこの人を親父と呼ぶのはもう失礼なのではないのか……。彼を乗っ取って、ガワだけが同じな別人なのだ。この人を父親として見ていいのか不安になる。

 

「どうした?普段のお前なら何をしに来たと憤慨している所ではないか。いつもの威勢は何処に行ったのだ。」

 

「今は……そんな気分じゃない。」

 

「ふむ、そうか。」

 

 そう言うと親父は椅子に腰掛ける。単純に心配していてくれるようだが今の俺にはあまり心地の良い状況とは言えなかった。

 

「親父……。変なことを聞くが……仮に、仮にだ。もしも今過去に引き返せて、何かをやり直す事ができて、それをした結果本来救われるべき人が死ぬ運命に変わったとしたら親父はどう受け止める?」

 

「ふむ。おかしな事を聞くな、何かをやり直せたらか。」

 

「仮にで良いんだ。それをした事で本当にあった未来を消してしまうとしても、親父は未来を変えたいと思うか……?」

 

 答えを聞いたところで気休めにしかならないのは分かっている、だけど今は少しでも何かに縋りたかったのだ。

 

「そうだな。例えばだ、過去に戻った私がお前や母さんを見捨てずそのまま職務を全うしたとしよう。そうなればお前はもしかしたら軍人を目指すこともなく、エルデヴァッサー中佐や隊の皆と関わることのない人生になり、そこでもしかしたら隊の誰かが死ぬ運命に変わるかもしれない。私が未来を変えようとした選択が今のこの瞬間を変える結果になるだろう。」

 

 そうかもしれない、ジェシー・アンダーセンにとっては親との不仲が無くなり普通の市民としての人生に変わる。行動一つでこれだけ人の未来は変わってしまう。

 

「だがなジェシーよ。そんなものは結局想像の話にしかならんし、運命というものは後出しの予言と同じだ。全てが終わった後にそれが運命だったと言うしかない。今この瞬間、この場にいる事こそがお前の運命でもあり私の運命でもある。仮に誰かが知り得る本当の歴史があった所で、今それが違うのであればそれは運命などではない。運命とは今この瞬間この場にいる人間が決める事だ。」

 

 俺は……此処にいても良いのだろうか、それが今のジェシー・アンダーセンである俺の運命だと言うのなら俺は……。

 

「ドクター!ジェシーが目覚めたと言うのは本当でーーー痛っ!」

 

 感傷に浸っていた俺を吹き飛ばす勢いで猛烈な勢いでメディカルルームに飛び込み、そのまま止まらず壁にぶつかるアーニャが現れた。続いてグリムとララサーバル軍曹、クロエ曹長にジュネット中尉が入ってくる。

 

「アッハッハ!幾ら心配だからって勢いが良すぎだよ隊長!」

 

「大丈夫ですか中佐!?結構派手な音がしましたけど……。」

 

「まさか自分もわざと怪我をしてアンダーセン中尉と一緒にメディカルルームで仲良くお眠りする魂胆……?中佐も中々大胆なのかも……?」

 

「四人ともはしゃぎ過ぎだ。アンダーセン中尉を見てみろ、呆けているじゃないか。」

 

 其処には俺がこの世界に来てからずっと行動を共にしてきた仲間達がいた。

 そう、俺の生きる今を共にする大切な仲間達が。

 

「みんな……。」

 

「シショー、大丈夫かい!?相変わらず怪我をしまくるんだからこっちは心配でしょうがなかったよ!」

 

 その奔放さと、誰にも気兼ねない豪胆さで常に元気を絶やさないララサーバル軍曹。

 

「まぁまぁカルラさん、こうして無事に目覚めた訳ですから良いじゃないですか。」

 

 そんなララサーバル軍曹の抑え役、何事も真面目にこなして安心して後ろを任せられる頼れる後輩グリム。

 

「それよりも中尉はせっかく改造したばかりのヴァイスリッターをボロボロにしてどうするつもりなんですか!?」

 

 俺よりもMS、三度の飯より整備好きのマッドメカニスト……と言うのは冗談で何だかんだみんなを心配して日夜パイロットの為に整備をかかさないクロエ曹長。

 

「落ち着きたまえクロエ曹長、それにみんなもだ。まだアンダーセン中尉は病み上がりなんだぞ。」

 

 頼れる年長者、堅物であるが的確な判断能力と戦況把握で隊に無くてはならない存在であるジュネット中尉。そして……。

 

「ジェシー……。」

 

 誰よりも護りたいと思う存在であるアンナ・フォン・エルデヴァッサー。この仲間達がいるから、俺は戦えるんだ。

 

「心配をさせたな、アーニャ。もう大丈夫……大丈夫だ。」

 

 親父の言う通り、俺が決めた行動で今という運命があるのなら、俺はもう迷わない。アーニャを護り、より良い未来を目指してみせる……。

 だから……これで良いんだよな、マルグリット……。

 

 

 

ーーー

 

 それから半日が経ち、司令部から作戦概要が通達されたとの事で、アンゼリカの主だったクルーとパイロットの俺達はブリーフィングルームに集まった。

 

「全員集まったようだな。これより第一艦隊総司令ティアンム大将からの最終作戦概要を説明する。」

 

 最終作戦……、ソロモンが落ちた今残る敵の重要拠点は目前にあるア・バアオ・クーとサイド3本国、少し離れて月のグラナダに限られる。恐らくは前者の方だろうがどうなるか。

 

「まずティアンム大将率いる第一艦隊、そしてグリーン・ワイアット中将が率いる第二艦隊、そしてワッケイン少将率いる第三艦隊は敵要塞ア・バオア・クーへ進軍し敵要塞の無力化を狙う。本来であれば要塞を無視してサイド3本国に直接向かう方が確実ではあるが情報によれば敵はア・バオア・クーに主力を集結しているという事だ。挟撃を避ける為にもまず此方を叩く。」

 

「それで親父……いやアンダーセン艦長。このアンゼリカは、いや第13独立部隊の配置はどうなってるんだ……じゃなくてどうなっているのでありますか。」

 

「ふむ、軍人らしくなったではないかジェシー……。コホン、アンダーセン中尉よ我々第13独立部隊は本作戦を前に解散、ホワイトベース隊は第三艦隊と共にア・バオア・クー攻略へ向かう。そして我々には極秘任務が言い渡されている。」

 

「極秘任務……!?」

 

 アムロ達がア・バオア・クーに向かう事自体は問題ないしホワイトベース隊がいれば要塞攻略なんて何とかなるだろうって安心感はあるので良いのだが、まさか俺達に極秘任務が言い渡されているとは思いもよらなかった。

 

「このアンゼリカ、そしてサラミス級2隻、コロンブス級3隻で編成され艦隊でサイド3、1バンチコロニーであるズム・シティへと向かう。」

 

「そんな少ない戦力でサイド3へ……!?」

 

 これに驚くのはグリムだ、と言うか俺も驚いているしみんなざわざわしている、それだけインパクトのある発言だ。

 

「我々は主力艦隊の影に隠れた隠密行動で動くが、それでもグリム伍長が驚くようにこの少ない戦力では本来サイド3本国を攻め入るのは不可能だ。だがこの戦力で行くのにもまた理由がある。何も無策に攻める訳ではない。」

 

「此処からは私が説明しますアンダーセン艦長、これは諜報部が接触したジオンの停戦派、ないしダイクン派と呼ばれる勢力の手引きがあってこその作戦なのです。このア・バオア・クー攻略が始まるのと同時に、月のグラナダではダルシア・バハロ首相が連邦軍との停戦協定に応じる為に動いたとの情報があります。」

 

 確かガンダム4号機とか5号機が出てくる奴でそんな話があったな、つまりジオン側の停戦派に合わせての動きと言うことか?

 

「更にズム・シティの方では首都防衛大隊師団長のアンリ・シュレッサー准将がダイクン派を率い蜂起するとの話です。」

 

「彼は元々連邦軍の士官でありましたからな。それがジオン・ズム・ダイクンの思想に感化され、彼に直接招聘された事でジオンの側になった経緯がある故に今のザビ家は気に食わんでしょう。」

 

「更に攻めて来ているのはその息子であるキャスバルとなれば蜂起するのも当然……って事か。」

 

 この戦況ではまだ利が有る内に停戦したいという人間が出てくるのも当然か。更に局面が最終決戦に近いと言うのだから、これ以上ギレン・ザビらの好き勝手にはさせたくないと言う派閥が台頭するにはチャンスだものな。

 

「私達がズム・シティに向かうのは反抗勢力の立ち上がりによって浮ついている所に押し寄せる事で敵に冷静に判断する状況を減らす事にあります。そうなれば首都防衛大隊も速やかにズム・シティを制圧する事が可能になりますしザビ家派も此方の交渉にも応じる可能性がありますから。」

 

「兵は神速を尊ぶってヤツか、相手に考える隙を与えないくらい速く動けば判断能力も鈍るし首都さえ制圧すればア・バオア・クーだって後ろ盾が無くなるもんな。」

 

「えぇ、少ない戦力ではありますがそれだけに敵も察知するのは難しくなるでしょう。更に私達の艦隊は増設された使い切りのブースターを使い一気に侵攻しますから敵が我々に気づかなければ、まさに虚を突く事が可能になります。」

 

 首都防衛大隊が蜂起中に突如連邦軍が現れれば流石に向こうも大混乱になるだろう、敵が確実な情報を入手する前に此方が優位な状況で大軍が迫っている様に見せかければそれだけ焦りが生まれ全ての行動に綻びが生まれる筈だ。

 確かにこれなら少ない戦力で効果的な結果をもたらす事ができる。

 

「しかし危険な任務である事には変わりません。もし作戦が失敗すれば私達は孤立無援で敵の本拠地の真っ只中にいる事になります。そうなれば命は無いと思って良いでしょう。」

 

 成功すれば少ない戦力で大きな戦果となるが、失敗すれば目も当てられない悲惨な状況になるのは間違いない。こればかりは本当にどうなるか予想もつかない。

 

「しかし私達は死にに行くつもりは全くありません。此処で戦争を終結させて、この命が失われるだけの無駄な争いを止めなければなりません。」

 

「そうだな……これ以上無駄な血は流す訳にはいかない。」

 

 ソーラ・レイという兵器の存在がまだ懸念されるが、俺個人では結局どうする事も出来なかった。だからこそ、この作戦で一刻も早く戦争を終わらせる事が出来れば少しでも救われる命が生まれる筈だ。

 

「各員にはこれより3時間の休憩を設けます。各自最後の時間を好きに過ごしてください。以上で解散します!」

 

『了解!』

 

 各々が思い思いに動き始める、最後になるかもしれない時を使う為に。

 

 

ーーー

 

「はぁ、流石にボロボロだな。」

 

 目の前に佇む愛機ヴァイスリッターを眺めながら大きく溜息を吐く。あの時の戦いで撃破には至らずとも多くの箇所が破壊されてしまっている。

 

「中尉?何してるんですかそこで。」

 

 駆け寄って来たのはクロエ曹長だ、自由時間の筈だがやはり此処が居心地が良いのだろうか。

 

「クロエ曹長こそ、休憩してなくて良いのか?」

 

「こんな哀れな姿になってるヴァイスリッターを放っておけないですからね。せっかくテム博士がお土産をくれたんですから。」

 

「テム博士……?どういう事だクロエ曹長?」

 

「聞いて驚くことなかれ!先程到着したコロンブス級からヴァイスリッターとフィルマメント用の強化ユニットが届いたんですよ!」

 

 強化ユニット……!?というか俺達にそんな物を送る余裕があったのかテム博士……!?

 

「中佐の一族の企業からかなりの額が動いたって聞きましたから中佐に会ったらキスの一つでもしてあげた方が良いですよ中尉。」

 

「おいおい……。おっと、それより強化ユニットって一体どんなの何だ?」

 

 これが気になる、ジャブローにいた時に色々な機体の色々な強化プランを提案したりもしたが、色々提案し過ぎて何が通ってるのかさっぱりだからな。

 

「えっと……ヴァイスリッターには大型のバックパックの追加と武装と装甲の強化、所謂フルアーマータイプのユニットですね。運良く殆どがパーツの換装になるから破壊された箇所は頭部以外はこのユニットと交換って形になります。」

 

「フルアーマーか……響き的に重量が増えないか心配だが大丈夫なのか?」

 

「テム博士もそこは配慮してくれてみたいで、追加装甲には多数のブーストスラスターが追加されてますから機動性は損わない筈ですよ。それに追加武装は使い切りのミサイルポッドやバズーカみたいな実弾系が殆どで、それらは使い切ったらパージできるようになってますからデッドウェイトにもならないです。」

 

「成る程……最終局面用には持って来いの機体って事か。それで、フィルマメントの方も同じ様にフルアーマーなのか?」

 

「フィルマメントは新たに増設したサブアームに専用の狙撃用シールドを装備し、それを利用して艦隊攻撃用のバストライナー砲による長距離砲撃用に強化した感じですね、機体直接にはそこまで強化はありませんがバストライナー砲の威力はシミュレーション通りなら艦船すら簡単に撃沈できる筈です。」

 

 イメージ的にはヴァイスリッターが広範囲に実弾をばら撒きながらMSを撃破し、フィルマメントで艦隊を攻撃する感じで良いのだろうか。これなら少ない戦力でも戦えそうだ。

 まぁ、戦わないに越した事はないのだが……。

 

「テム・レイ博士に感謝する事ねアンダーセン。ホワイトベース隊の強化よりも貴方達を優先した博士の気持ちを裏切らない様にしなさい。」

 

「そうですねマチルダ先輩……、って!?マチルダ先輩!?」

 

 突然誰かが話し掛けて来たと思って相槌を打ったら相手は何とマチルダ・アジャン先輩、いや今は結婚したからマチルダ・マルデンか。一体どうしてアンゼリカに……?

 

「マチルダ中尉がサイド6からわざわざ届けてくれたんですよアンダーセン中尉。」

 

「あー、そういう事か。確かコロンブス級に配属だって言ってましたもんね。

 

「えぇ、それにこの補給だけが任務と言うわけではないわ。ウッディと共に貴方達のサイド3侵攻作戦にも行く事が決まったのよ。」

 

「えっ……!?こんな危険な作戦に2人とも……!?」

 

 せっかく2人とも原作の様な死は回避できたのにこんな危険な作戦に参加するなんて……そんな風に憂いているとマチルダ先輩が声を掛ける。

 

「そんな顔をするなアンダーセン、本来であればお前達の様な若者を前線へ向かわせる私達の方が心苦しいのだから。」

 

「先輩……。」

 

「我々は常に自分のやれることを精一杯やるだけよアンダーセン。そして生きて帰って来るのが使命、それを忘れないで。」

 

「……はい!」

 

 生きて帰る、絶対に。そしてその先の未来を見るんだ。

 

 

 

 それからマチルダ先輩に別れを告げ、クロエ曹長から機体は責任を持って調整するから少しでも休んでいろと言われたので取り敢えず自室で休む事にした。

 最終決戦か……、ア・バオア・クーの総力戦に参加出来ないのが心苦しいが、俺達には俺達の任務がある。戦争を終わらせる重要な任務が。

 

 色々と考え込んでいると部屋をノックする音が聞こえる、誰か来たみたいだ。

 

「どうぞ。」

 

「失礼しますジェシーさん。」

 

「アムロ……?それに……。」

 

「私が一緒だとおかしいか?アンダーセン中尉。」

 

 アムロとキャスバル、何でこの2人が……?いや、理由は何となく分かっている。

 俺があの戦闘中に感じた事は、恐らく2人にも伝わっているだろうから。

 

「いえ、お互いにあの戦闘では色々と感じる事があったのは分かっています。」

 

「君はマルグリット曹長と戦い、そして彼女は死んだ。その時君から溢れ出した悲憤、絶望を私もアムロ君も感じた。」

 

「僕やシャアはあの人達と分かり合えながらも倒すことしか出来なかった、ジェシーさんも。ニュータイプなんて持て囃されていても、これじゃあただの人殺しの道具にしか過ぎないって、そうシャアと話をしていたんです。」

 

「君は以前からエルデヴァッサー中佐とニュータイプについて話していただろう?君はこの実情にどう思うか聞きたくて私達は来たのだよ。」

 

 人殺しの道具……、原作でも散々言われている事だ。誰かと分かり合えても悲しい結果しか訪れない事の多いこの世界のニュータイプは素晴らしい能力を持っていても、その使い道を戦争でしか活かせていない。

 

「俺は、ずっと前からニュータイプってのは殺し合いの道具じゃない。この宇宙世紀という宇宙開拓時代で人が順当に進化する為の段階で必然的に産まれる新しい能力に目覚めた人間だって思ってる。」

 

 人類の祖先が海から陸に上がったり、四本足から二本足に形態を変えたり、生きる上で便利になる為に進化をする、生命としての当然の変化の一つだと。

 ニュータイプだって宇宙で生きるのに必要な能力がこの時代になって目覚めて来ただけだと思っている。

 

「ただ……、本来緩やかに進化する筈だったニュータイプを、戦争という過酷な状況が加速度的に進化させてしまったんだ。宇宙空間で相手を認識したり、相手の攻撃に超反応出来たりするのだって本来は宇宙って閉鎖された空間で仲間とコミュニケーションを取るための進化だったのかともしれないのに、戦争によってパイロットを殺すのに便利な能力に変化したって思ってる。」

 

 敵なんて本当は何処にもいないのに、状況がそれを作り、感情がそれを判断する。分かり合える、分かり合えた筈なのにそのせいで……。

 

「……一刻も早くこんな馬鹿げた戦争は終わらせるべきだと言う訳だな。戦争を始めた原因であるジオンの私が言うのもおかしいが。」

 

 キャスバルの言葉に俺もアムロも頷く。

 

「でもシャアはそれを分かった上でネオ・ジオンとして蜂起した。なら最後まで責任を持って使命を果たすべきだと僕は思う。」

 

「人柱になる覚悟はあるさ、新しい時代はガルマが導いてくれると思っているからな。その為に人身御供になるつもりだ。」

 

「でもそれじゃ駄目だ、新しい時代は誰かを犠牲にして作るものじゃない。必要なのは優れた指導者じゃなく、良き隣人だ。そうだろキャスバル総帥?」

 

「……ああ、そうだな。ドレンもそう言っていた。」

 

 カリスマのあるギレンや、本来の歴史で反乱を起こしたシャア。確かに彼らみたいな指導者がその手腕を持って世界を導いてくれるなら民衆は苦労しないだろう。だけどそんな指導者が一人欠けたらどうなるか分からないアンバランスな世界じゃこの先の未来は原作と変わらなくなる。

 だからこそ、みんなで築かなくちゃいけないんだ。

 

「本当の意味でニュータイプに変わる為に。」

 

「そうですね、みんなで変わって行かなきゃいけない。」

 

「その為にこの戦争を終わらせなければな。」

 

 全員が頷く、同じ悲劇を繰り返さない為に。ここで終わらせないといけない。

 

「話が出来て良かったアンダーセン中尉。君達の作戦はホワイトベースのみんなも聞いている、健闘を祈ると言っていた。」

 

「カイさんもジェシーさんに絶対に死なないでくれと言っていました。」

 

「カイにも同じ様に言っておいてくれ、復讐に気を取られ過ぎるなと。」

 

 俺の中にもマルグリットを戦場へ誘ったジェイソン・グレイという男に復讐の心はある、だけどそれは彼にとっても同じ事だろう。俺が彼の仲間を殺した因果が巡ってしまったのだから。

 

「戦争が終わったらまたこうやって話をしたいものだ。死ぬなよアンダーセン中尉。」

 

「分かってます、二人も絶対に死なないで……ってこの中で一番弱い俺が言うのも野暮か。」

 

 少しの談笑が生まれ、二人と分かれる。次に会うのはこの戦争が終わった時だ。

 

 

 

 それから最後の休憩が終わり、アンゼリカとアンゼリカが率いる艦隊は使い切りのブースターにてサイド3へと発進を開始した。

 ちなみにウッディ大尉とマチルダ中尉がコロンブスに配属されているのとは別に、あのモルモット隊の面々もサラミスに配属されていると作戦始動時に判明した。本来彼らはア・バオア・クーで戦う歴史であったが何かの巡り合わせだろうか、何かと縁があるのは嬉しいしユウの実力は頼もしい。

 

「後は上手くこの作戦が終わる事を祈るだけか。」

 

 アンゼリカのブリッジでボソッと呟く、今はパイロット全員がブリッジにて待機中だ。

 

「あと数刻もすればア・バオア・クーも戦闘が開始されます。泣いても笑ってもこれが最後の戦いになるとわかると緊張しますね。」

 

 普段は冷静なアーニャもこの時ばかりは流石にハラハラしているようだ。それはみんなも同じだろう。

 俺としてもソーラ・レイの存在がいつまでも気掛かりだった。だがよくよく考えると戦争も一月くらい原作より早まっているので、ソーラ・レイももしかしたら完成していないのではないかと言う期待も少しはある。

 

 だが、そんな楽観はすぐ打ちのめされるのだった。

 

 

 

ーーー

 

 同時刻 ア・バオア・クー海域進路上 連邦軍第一艦隊

 

「総員第三種戦闘配備、敵の伏兵があるかもしれん。気は抜くな。」

 

「閣下!艦隊に接近する熱源あり!」

 

「何……?識別照合はまだか!最大望遠での目視も急げ!」

 

「ハッ……!閣下、これはジオン公国軍グワジン級、グレートデギンであります!」

 

「グレートデギン……?デギン公王か!」

 

「敵艦船より通信が入りました!我に交戦の意志なし、和平交渉を願うとの事です!」

 

「デギン公王が和平を……?そうか、辛いのだなジオンも。」

 

「閣下!更に熱源接近……これは─────」

 

「何だ─────」

 

 大きな光が宇宙を飲み込む様に輝き、消えた。

 

 

 

ーーー

 

「嫌ぁぁぁぁぁ!」

 

 突然アーニャが叫ぶように大声を上げる。周りが困惑する中、俺には嫌な予感が頭をよぎった。

 

「このまま進んでは行けない……!憎しみの光が……撃ってはならない人の悪意が……人を飲み込んで行く……!お願い逃げて……逃げてください……!」

 

 その言葉の直後、眩い光が遠くから通過していく。恐らくは……ソーラ・レイが放たれてしまったのだろう。

 

「アンダーセン提督!高エネルギー源が海域を通過!これは何と言う事だ……主力艦隊のいる方向です!」

 

「何……だと……?ジュネット中尉!発射源の特定は出来るか!?」

 

「今最優先でやっています……、これは……!最大望遠で映像を表示します!」

 

 モニターに映し出されたのは精度は粗いが兵器と化したコロニー、マハルだった。短い期間とは言え、やはり完成させていたのか。

 

「馬鹿な……なんだアレは……、自分達の故郷であるコロニーを虐殺の兵器にしたと言うのか……!」

 

 親父が静かに怒りを込み上げる、既にジオンはコロニー落としというコロニーを質量弾に見立てた攻撃をしてはいるが、これはそれとは違う……最初から人を殺す事だけを考えた悪魔の兵器だ。

 

「ア・バオア・クーに向かった艦隊はどうなったかすら分からず……このまま作戦を継続するか……それとも反転してア・バオア・クーに駆け付けるべきか……。」

 

 このソーラ・レイが、原作通りデギン公王も狙ったもので、それを最優先としてギレンが放ったものなら、恐らくはまだギリギリ戦える兵力が残っている筈だ。

 だがギレンが連邦軍艦隊のみにその攻撃を向けたのであれば……被害の損害は計り知れないだろう……俺としてもどうすれば良いのか判断しかねていた。

 

【ジェシー、お願い。あの憎しみの光を、もう一度撃たせないで。】

 

 声が、声が聞こえた。この声は……マルグリット?もう一度撃たせないで……?と言う事は……。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……考えられない話ではない、小説版では少なくとも数発は撃てる描写があったし、時の流れが変わり、不必要なMS開発が行われなくなった結果、他の事柄が本来の歴史より早くなった可能性は高い。実際にソロモンにゲルググが数機現れていたんだ、可能性は高い。

 

「行かなくてはいけません……!私達はあの兵器を止めなくちゃいけないんです……!」

 

 涙を流し、顔を赤く腫らしながらアーニャがそう呟く。

 

「……中佐の言う通りですな。我々は止めなくてはならない、宇宙開拓者達の住むべき家であるコロニーを、あんな殺戮の道具のまま捨て置く事などできはしない……!」

 

 親父の言葉にクルー全員が頷く。

 その通りだ、宇宙世紀を生きる俺達が生きる為に生まれたスペースコロニーが、人を殺す道具であって良い筈がない!

 

「ジュネット中尉!全艦に通信を流せ!」

 

「ハッ!」

 

「全艦聞こえるか、マゼラン級アンゼリカ艦長であるダニエル・D・アンダーセン少将である。これより我々の艦隊は作戦を変更!あのコロニー兵器の起動停止、或いはその破壊を最優先に行動する!各艦は進路を変更、敵兵器に向け一気に突撃を仕掛ける!敵の戦力、兵器の次発発射までの猶予時間等が不明で特攻となる可能性が高い作戦ではあるが、我々はやらねばならぬ!」

 

『此方サラミス、アンダーセン提督の指示に従います!』

 

『同じく、この兵器を見逃せばア・バオア・クーの味方がやられ、戦闘継続は不可能となります。我々はあの兵器を叩かねばならなりません。』

 

 更にはコロンブス級からもマチルダ先輩やウッディ大尉が追従すると応えた。これで艦隊全てがソーラ・レイの破壊に賛成した形だ。

 

「艦隊の指揮はアンダーセン艦長にお任せします。私達MS部隊は海域に到着次第発進し、護衛にいる筈の艦船やMS部隊を叩きます。」

 

「承知しました。……これより我が艦隊は敵兵器攻略作戦を開始する!各員、各々の使命を果たし必ず生きて帰るぞ!」

 

「了解!」

 

 艦隊は進路をソーラ・レイへ変更し、残ったブースターを最大稼働させ急行する。俺達もまたMSデッキへ向かい、最後の戦いに向けて準備をする。

 

「ジェシー。」

 

「どうした、アーニャ?」

 

「絶対にあの兵器を止めましょう、あんな兵器は絶対にこの宇宙に存在してはなりません。」

 

「あぁ、人が住むべきコロニーをあんな姿のままには出来ない。」

 

「ねえジェシー……私、貴方と一緒に同じ未来が見たいです。」

 

「俺も同じだ、アーニャならこの先の未来だって平和な世界に出来ると思ってるから。それを支えられる様に、隣を歩くのに相応しい存在であり続けたい。」

 

 ジャブローで誓った様に、彼女の名誉と誇りを傷つけない存在でありたい。

 

「私はこの戦争で、例え連邦軍内部での反感を買おうとも功績を上げて私達の名とこの戦争での実利を取ろうと今まで戦って来ました。MS運用部隊も、この強化した機体もその一つです。」

 

 本来アーニャみたいな子は、幾ら連邦軍内部でのコネがあったり、その実力が優秀と言っても簡単に連邦での地位を高めるのは難しいだろう。だからこそ名実を得るために色々として来たのだろう。

 

「一族の主要だった方々は祖父や父を始め殆どが死に、残った後継者である私はその財力と人脈を引き継ぎ、それを利用した事で今の私がいます。私は貴方が思うほど綺麗な存在ではないのです。」

 

「そんな風に言わないでくれ、アーニャだってそうしてでも変えたい世界があったからこその行動だろ?」

 

「はい……祖父や父が目指した本当の意味での宇宙世紀を始める為に。私が願うのはそれだけです。」

 

「なら俺はその為に粉骨砕身で働くだけさ。初めて会った時にジャブローで誓っただろ?」

 

「……貴方に出会えて、本当に良かった。生きて……、絶対に生きて帰りましょうジェシー。」

 

「あぁ、分かってる。」

 

 小さな肩に手を回し、優しく口付けを交わす。絶対にこの子を死なせない、死なせたりなんかしない。

 

「ヒュ〜!お熱いねえお二人さん!」

 

「あぁ〜!もうララサーバル軍曹!せっかく二人のイチャイチャシーンを隠し見る事が出来たのに!」

 

「趣味が悪いですよ二人とも……。」

 

 この状況でもいつもの調子を変えない仲間達、誰も死なせたりするものか。

 

「行こう、そして必ず帰って来よう!」

 

「はい、行きましょうジェシー。みんなで生きる未来へ。」

 

 最後の戦いの火蓋が、間も無く切られようとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話 望まれぬ戦い

 

 宇宙要塞ア・バオア・クー、その要塞の一画に俺とヘルミーナはいる。ひたすらに怒りだけを残して。

 

「殺してやる……っ!殺してやる……っ!」

 

「ヘルミーナ……。」

 

 マルグリットが撃墜され、それでも残った二機をせめて破壊しようと試みたが、俺のゲルググは白い奴にデブリにぶち込まれた衝撃で制御が不安定となり、またヘルミーナ自体もマルグリットが死んだショックで平常心を維持して戦う事が実質不可能となった事と、敵の援軍が来たことで撤退を余儀なくされた。

 

 俺はまた、誰かを犠牲にして自分だけが生き残るハメになってしまった。それもこれまで俺を支えてくれた少女を犠牲にしてまでも。

 

「アイツら全員殺してやる!お姉ちゃんを殺した罪を償わせてやる!」

 

 普段はマルグリットの事を姉さんと呼んでいたヘルミーナが、まるで子供の様に癇癪を起こしている。いや……実際に子供へと逆行しているのでは無いかとも思った。

 俺以上にヘルミーナの精神的なショックは大きいし、何より元々精神的に不安定だった境遇だ。マルグリットを失ったことでその精神に亀裂が出来ていてもおかしくはない。

 

「ジェイソン・グレイ中尉、ヘルミーナ少尉、キシリア閣下がお呼びだ。」

 

 士官の言葉に気付き、少しの冷静さを取り戻し何とか対応をする。

 辛い事だが、悲しんでばかりもいられない。やらなければならない事がまだあるのだ。

 

 

 

「戻ったようだなグレイ中尉。どうやら随分と手痛い損害になったようだな?」

 

「ハッ、申し開きもございません。」

 

 ソロモンへ向かったニュータイプ部隊は、結局俺とヘルミーナだけを残し全滅した。木馬の方にも少なくない部隊がいた筈だが誰も生還はしなかった。

 

「それでもグレイ中尉とヘルミーナ少尉が生き残っただけ儲け物と見るべきかな?やはり木馬と白いマゼランの部隊は連邦のニュータイプ部隊と考えた方が良さそうだ。」

 

「……そうかも知れません。」

 

 赤い彗星が木馬にいるとは言え、エルメスを始めとした最新鋭の機体で揃えられた部隊が少なくない時間で撃破されたのだ。それに俺ですら結局あの2機を北米の頃から仕留める事が出来ていない、認めたくはないが奴らの実力はニュータイプレベルとして見る方が確かだろう。

 

「気に病むな、と言うのは難しい話か。マルグリット少尉は君達にとって家族同然だったのであろう。実際にヘルミーナ少尉は妹であるしな。」

 

「……。」

 

 ヘルミーナはまるで聞こえていないかの様に静かに頷くだけだった。

 

「いえ……今は戦争中でありますから。」

 

 ヘルミーナは最早話を聞いているかいないかすら分からない虚な状態だ。キシリア閣下に気取られたくはないが……。

 

「まぁ良い。連邦軍主力艦隊はこの奇襲から立ち直ればすぐにでも此方に侵攻してくると予想される。君達の再度の出撃も近いだろう、それまでは休んでおくと良い。」

 

「了解しました。」

 

 敬礼をし、ヘルミーナを連れ部屋から立ち去る。今や敵はこのア・バオア・クーとサイド3の目と鼻の先まで近付いてきている、局面は連邦にとっても俺達ジオンにとっても最終段階となっているだろう。

 ……俺は、どうするべきなんだ。

 

 

ーーー

 

「やはりキシリア様の懸念通り木馬連中は厄介となりそうですか。」

 

 かつてマ・クベと呼ばれた男の言葉に返答をする。

 

「どうだろうな、局面を変える程の力ではないだろうが、それでも戦線の一つに張り付かれれば突破は難しくなるやも知れん。まさかエルメスが2機とも撃破されるとは、私も思ってはいなかったからな。」

 

 少なくとも木馬と白いマゼランのMSを少しは撃破してくれると思っていた。

 それが少しの損害で終わったと報告を聞いた時はあまりに過大評価をしていたのかとも感じてしまった。

 

「それでもソロモンに駐留していた多数の艦船とMSの撃破、結果だけ見れば損失分を補うレベルには役に立ったと言えなくもありませんが。」

 

「結果的には、だがな。だがギレンはこの結果に良い反応はしないだろう。自軍のニュータイプ部隊がアースノイド出身者の多い連邦のニュータイプ部隊に倒されたのだからな。」

 

「あの方もニュータイプという存在には懸念を抱いておりますからな。我々みたいな所謂オールドタイプに取って代わる存在が次々と()()から出てくるとなれば、彼の掲げる優性人類生存説の根底が崩れ去ってしまう。公国軍のオールドタイプ共は自分達がその存在である事を信じて疑わないのですから。」

 

 今現在パイロットとしての能力に秀でたニュータイプの存在は多く確認されていて研究もされている。これが政治的分野、経済的分野にも才を発揮する様になり、その区別がはっきりと容易になれば俗物的感性を持った人間は劣等感を抱いていくだろう。

 公国内ですらその様な懸念が生まれる可能性がある、それが地球生まれの連邦軍からもニュータイプが生まれたとなればダイクンの提唱したニュータイプ論を掲げる我々には毒となる。

 自分達が優性種だと信じて疑わずに大義の為に戦ってきた公国軍の兵士はその大義名分が無くなり、ギレンの言葉を信じ戦ってきた者は戦う意義も見失う。そうなればジオン公国は内から崩れ去ってしまうだろう。

 

 無論、そんなに分かりやすく新旧と区別されるほどの違いが如実に出るとは言い難いが、実際にフラナガン機関で調整されたニュータイプ達は分かりやすくオールドタイプのパイロットとは実力が違う。はっきりと区別されるのも時間の問題なのかもしれないが。

 

「それを防ぐ為のソーラ・レイだろう?ギレンも今まで核を使わず連邦にソロモンとドズルを犠牲にしてまで秘匿していた理由がアレにはある。」

 

 連邦艦隊の全軍を殲滅し得る程の超兵器、マ・クベの起こした南極条約違反にギレンが敢えて乗らなかった理由も、これによる宇宙艦隊の殲滅を狙っての事だろう。

 戦術核が幾ら戦局を有利にすると言っても、それは個々の局面のみであり戦略的には有効打にはなり得ない事の方が多い。地上で乱発してしまえば将来的に地球を植民化する場合の環境面でも不都合になる。

 それに此方の戦術核はそれなりに数はあるが連邦と比べれば圧倒的に少ない数だ。此方が無闇に核を使用する事で連邦を逆撫でしてしまえば、秘蔵されている核を宇宙で使用してくる事も想定された。

 そうなれば物量で既に差が付いている我々に更に追い討ちが掛かる状況となっていただろう。結果的にマ・クベの独断行為と連邦も受け取ったのが幸いだった。

 

 まだまだ地球は有効活用しなければならない、だからこそ手軽に使える核兵器よりもギレンはソーラ・レイを選んだのだろう。

 

 発射に必要な電力や冷却装置などの都合で乱発できる代物ではない、だが連邦軍や各サイドコロニーの人間はそんな事は知りようがない。兵器が一基だけとは限らないと思うだろうし、その威力を見て抵抗する気概は連邦軍はともかくコロニー政府には無いのだから。

 

「ギレン総帥もその為に計画段階では1発撃てば冷却に1週間以上かかると言われていた物を無理矢理にでも2発は撃てるようにと無理に調整したのでしょうからな。連邦の宇宙艦隊を確実に殲滅しようと言うのならお釣りが来るほどでしょう。」

 

「しかしな、もしも1発で連邦艦隊を戦闘継続不可能な状態にでもしてみせたら危ういのは私達だ。それは分かるだろう?」

 

「えぇ、ア・バオア・クーの幾つかの宙域に照準を既にプログラムしているでしょうから。仮に1射目でそれなりの成果が見られれば2射目はギレン総帥の目の上の瘤であるキシリア様に照準を向けてもおかしくはないかと。」

 

 ギレンならやる、あの男なら父や私を討つ事に躊躇いはないだろう。アレに肉親の情というのを期待するだけ無駄だろう。

 

「だからこそ手を打っておく必要がある。幸いニュータイプが二人生き残ったのは運が良かった、ア・バオア・クーで開発されたキケロガとジオングを与えソーラ・レイの防衛の任に就かせようと思っている。」

 

「ソーラ・レイの防衛……。」

 

「建前は、だがな。お前も本国の情報は耳にしているだろう。」

 

「ダルシア・バハロとアンリ・シュレッサーの周辺がきな臭くなっているとは。」

 

「連邦も何かしらの動きを見せるだろうからな。幸いソーラ・レイの担当はお飾りのギレン派とは言え海兵隊所属のアサクラ大佐だ。シーマの艦隊を護衛に向かわせるよう仕向けて何か動きが有れば動いてもらうとしよう。」

 

「殲滅されたとしても所詮は汚れ仕事役と使い捨てのニュータイプだけの損失と言う訳ですな。」

 

 操れるかどうかは別として、ニュータイプ専用機がア・バオア・クーから離れるのは好都合だろう。もしもギレンに子飼いのニュータイプがいた場合に機体に手を出されずに済む。

 

「どのような賽の目が出ようと、この一戦でジオンは良くも悪くも変わるだろう。打てる手は打っておかねばな。」

 

「えぇ、キシリア様の未来の為に。」

 

 地球から運んできた年代物のワインでグラスを交わし、決戦の刻を待つのであった。

 

 

ーーー

 

「ヘルミーナ、聞こえているのか?」

 

「……。」

 

 キシリア閣下との話が終わり、割り当てられた部屋に戻って来た俺達だったが、部屋の中でブツブツと何かを呟きながら虚な目をしているヘルミーナに、俺はただ棒立ちする事しか出来ないでいた。先程からずっと、この状態のままだ。

 

 マルグリットは言った。ヘルミーナは俺を愛していると、だがやはり姉であるマルグリットを失ったショックの方が大きいのだ。結局俺にしてやれる事は何も無いのか……?

 

「なんだい此処は?死人の集まりか何かか?」

 

 部屋のドアが開かれると同時にそんな言葉が部屋の中に響く、見知った顔の女性だった。

 

「シーマ中佐?……何か御用ですか。」

 

 以前サイド6からフラナガン機関の人員がグラナダへ向かう際に彼女の艦隊が護衛に回っていた。俺はその時殆ど意識が無かったがグラナダに降りた際に数回顔を合わせている。その時は俺達にいきなり未来予知が出来るのかどうかなどよく分からない質問をされたが。

 

「キシリア様からの特命だ。アンタら2人にニュータイプ用のMSを充てがってやるからそれでサイド3の防衛に回れって話さ。」

 

「サイド3の?敵はア・バオア・クーに進軍すると聞いていましたが。」

 

 これだけの兵力が集まっているア・バオア・クーを無視して、サイド3へ進軍するのは悪手だろう。連邦軍の方が兵力が上だと言っても、挟撃に対応出来るほど大きく此方を上回っている訳ではない。

 

「敵は連邦だけじゃないって事さ。考えてもみな、今ギレン総帥やキシリア閣下を始め、軍のお偉方は殆どア・バオア・クーに集結しちまっている訳だ。アンタがもし反ザビ家ならどうしたい?」

 

 成る程、そういう事か。つまりは俺達に味方殺しをさせろと……。

 

「そんな嫌な顔するんじゃないよ。アタシらだって味方を撃つなんて気分が良いもんじゃないんだ。それにキシリア様が手に入れた情報だと反ザビ家派の人間の動きに合わせて連邦が派兵するって話もあるらしい。なんでもアンタらみたいなニュータイプ部隊を送る可能性が高いとか言ってたからねぇ。」

 

 ニュータイプ部隊……?その言葉を聞いた俺と、そしてヘルミーナが反応をする。

 

「お姉ちゃんを殺した奴が来る……?」

 

「なんだ、生きてたのかい。死んでるのかと思ってたよ。」

 

 目を大きく見開き、ヘルミーナがシーマ中佐を見つめている。

 

「貴女も行きたいんだ。自分の故郷が気になってる、だからキシリア閣下から私達を連れて行く任務を指示されて内心嬉しいんだ。」

 

「……ッ!お前……!」

 

「ヘルミーナ……!?お前シーマ中佐の心を読んだのか……!」

 

 昔からヘルミーナとマルグリットは他人の心を読むことが出来る能力が強かった。俺と出会って以降、無闇矢鱈に心を読むなと言ってからその能力を使う事は殆ど無かったのに……。

 

「グレイ、行こう?きっと来る、お姉ちゃんを殺した、グレイの大切な人達を殺したアイツらはきっと来るよ。」

 

 ケラケラと壊れたように笑いながらヘルミーナが怨恨をばら撒く。

 俺は……まるでいつかの俺を見ているような感覚に襲われる、きっと俺もずっとこうだった筈なのに。なのに何で今ヘルミーナを異質に感じているんだ。

 

「ちっ、気味が悪いったりゃありゃしないよ。前にも似たような事をされた事があるがアンタら全員こんななのか?」

 

「……少なくとも俺は貴女の心は読めませんよシーマ中佐。任務の件は了解しました、今はコイツを落ち着かせなくちゃいけない、だから詳細は後程お伺いするので今は……。」

 

「分かったよ、いずれにせよアンタらの機体を乗せるのに時間が掛かる。それまでは好きにすると良いさ。」

 

 シーマ中佐はそう言うと部屋から出て行った。

 

「グレイ、絶対に殺そう?あの白いのと青いの、お姉ちゃんと同じ苦しみを与えてやるんだ。」

 

「ヘルミーナ……あぁ、そうだな。絶対にマルグリットの仇を討とう。」

 

 マルグリットは、最期の時にヘルミーナには何も言ってやらなかったのか……?あの時俺が見て、聞いたあのマルグリットの言葉は幻想だったのだろうか?

 白い奴、ジェシー・アンダーセンを許せと、幸せな刻を貰えたと言ったあの言葉はまやかしだったのだろうか?今となっては知る由も無い。

 

 だが、今ヘルミーナの心を動かしているのは奴等への復讐心だ。隊長を失った俺と同じ様に、家族を奪われた憎しみが原動力なんだ。

 それをマルグリットの死を受け入れろと、納得しろとは言えない。きっと言ってしまえば唯一の支えを失ったヘルミーナは壊れてしまうだろう。そんな事はさせやしない。

 

 マルグリット……、お前が望まない戦いを俺達はする事になる。俺はジェシー・アンダーセンを許せやしないし、ヘルミーナもお前の仇を討たずにはいられない。……だから、許してくれるよな?

 

 俺のその心に、呆れる様な声で『やれやれ、仕方ないですねお兄さんは……。』と呆れた様に微笑むマルグリットの声が聞こえたのは、きっと気のせいなのだろう。

 

 

ーーー

 

 それから少し時が流れ、俺とヘルミーナはシーマ中佐の乗るザンジバル級リリー・マルレーンに乗っている。今はMSデッキにて整備兵から俺達に手渡された機体の説明を受けている。

 

「此方がジオングです。グラナダで開発されたエルメスとは違い、有線式の古いサイコミュシステムですが性能の面では問題ありません。」

 

「コイツはMAなのか?脚が付いていないが。」

 

「分類的にはMSですよ、ただコイツは試作機ですから、本来は脚が付く予定だったらしいですが、実戦ならこれでも充分性能は引き出せますよ。」

 

 確かに地上戦ならともかく宇宙なら脚は無くとも何とかなるか。姿勢制御ならスカートのバーニアで何とかなるだろう。俺はもう一機の方に目を向ける。

 

「こっちのMSも有線式のサイコミュなのか?」

 

「えぇ、ジオングの前身にあたる機体で腕部のサイコミュの小型化が難しく、一度は計画が断念されたのですが、本土決戦を見据え計画が再開され、急造ながら片腕だけ有線式サイコミュ化に成功し実戦配備される形となりました。」

 

 片腕だけ歪に大型化している、本当に急造なのだろう。幸い機体本体はゲルググを基にしているのかコクピット周りの操縦系統については問題無さそうだが。

 

「後は俺達にマルグリットと同じくらいの適性があるかどうかか……。」

 

 ビットとは違い有線式タイプの旧式のサイコミュ兵器とは言え、上手く操れるかどうかは使ってみなければ分からない。

 少なくても俺もヘルミーナもエルメスのビットは碌に扱えなかった、マルグリットですら多数のビットを操るには精神的負担が大きかった物をそれより難度は低いと言っても……、そう考えているとヘルミーナが俺に寄り添ってきた。

 

「グレイ、絶対に倒そう。もうすぐ来る、アイツらは来るよ。」

 

 出会った頃の様に、感情が希薄な、まるで人形のようなヘルミーナに俺は語りかける。

 

「ヘルミーナ、お前はジオングに乗れ。俺はこっちのキケロガで戦う。」

 

「何で?性能はジオングの方が上だよ。グレイが乗った方が敵をいっぱい殺せる。」

 

「ヘルミーナ、ジオングはコクピットが頭部にあってそれが緊急時には脱出機構になっていると整備士が言っていた。だからお前の安全を考えればジオングにお前が乗った方が良い。」

 

「嫌だ……。グレイの言い方、まるで自分は死ぬみたいな言い方だもん……!」

 

 震えながら涙目になるヘルミーナを抱きしめ、安心する様に優しく語りかける。

 

「馬鹿野郎、俺は死ぬつもりはない。お前だって死なせる気はない。ニムバス大尉やマルグリットが残してくれた命を無駄に捨てるつもりは無い。」

 

「本当に……?グレイはずっと、ずっと()()()()()()()のに。」

 

 ……そうだ。ヘルミーナの言う通り、俺はずっと死に場所を探していた。

 隊長を見捨てて逃げた時から、多くの同胞の無念や恨みを感じ取り、その死に様を幻視した時から、この世界で生きる事よりも死んで楽になりたくて仕方がなかった。

 

「ヘルミーナ、この戦争が終わったら何処かのサイドで二人で暮らそう。誰も俺達を知らない所で、戦争なんて関係のない生活をしよう。」

 

「グレイ……。」

 

 ヘルミーナは恐らく分かっている、俺が嘘をついて安心させようとしている事を。それを分かっていても俺の言葉を受けとめてくれている。

 

「分かったよグレイ。生きて、生きてお姉ちゃんの分まで二人で幸せになろう?だから……だから……。」

 

 涙を流すヘルミーナを抱きしめ続ける、せめてこの時だけはそんな夢を見せ続けてくれと願う様に……。

 

 だが、そんな祈りを無視する様に、異質な感覚が俺達を襲う。

 

「──なんだ……?」

 

「グレイ、何かが来る……。」

 

 その瞬間、遠方を光が駆けていく。サイド3の方角から放たれた光だ。

 

「……っ。人の意識が、まるでドロドロに溶ける様な感覚だ……。一体何が……。」

 

 俺がニュータイプになる前に感じた、人の怨嗟が内に入ってくる様な感覚……恐らくは今の光が多くの人の命を奪ったのだろう。

 

「……グレイ。アイツらが来る。」

 

「あぁ、俺も感じる。」

 

 絶望と怨嗟が響き渡る中、それとは違う純粋な怒り。この光に対して絶対に止めるという強い意志を遠くから感じる。

 

「行こうヘルミーナ、泣いても笑ってもこれが最後の出撃だ。」

 

「うん。」

 

 来い、ジェシー・アンダーセン。そしてアンナ・フォン・エルデヴァッサー。今までの戦いの全てにケリをつけよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話 決戦 ソーラ・レイ①

「MS部隊発進準備完了!いつでも出撃出来ます!」

 

 クロエ曹長の声が通信機から響き渡る。

 

《各機、聞こえるか?現在アンゼリカとその艦隊は残されたブースターを全開にし、敵兵器の存在する宙域へ向かっている。この作戦は敵の規模、防衛戦力、宙域情報などは一切データにない、はっきり言って無謀とも言える戦いとなる。》

 

 ジュネット中尉の声、確かにそうだ。本来であれば少なくともある程度の戦力比くらいは算出できるが、今回ばかりは状況が状況だ。

 

《これにより、我らが艦隊は敵兵器の破壊、最低でも次弾の発射を阻止する為、艦船とMSの連携は前提ではあるが各々がその時の場面で最適と思われる行動を実行する最早戦術とも戦略とも言えない戦いをする事を決めた。》

 

「本来であれば多数の策を以て敵を制するのが一番ではありますが……、そうも言っていられる状況ではありませんからね。」

 

 カッコ良く言えば高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応して戦うとも言えるが、実際は行き当たりばったりと言って良いだろう。

 

 だが今は、下手に考えて足を止めるより動けるだけ動くのが一番だ。

 

《まずヴァイスリッターが先行し、火力を以て敵を面制圧せよとのアンダーセン提督からの指示が出ている。その後開かれた敵陣を突破し、敵兵器への有効射程範囲に入ると同時にフィルマメントのバストライナー砲で敵兵器を狙撃し破壊を狙う。それが無理であれば艦隊特攻をしてでも阻止するとの事だ。》

 

「まさに決戦だね……、昔見たジャパンの映画でも捨て身の戦いをするシーンとかあったけどまさかアタイらがするなんて思いもしなかったよ。」

 

「何ですかカルラさん?もしかして怖気付いてます?」

 

「そんな事ある訳ないだろ!逆に闘志がメラメラと燃えてくるのが抑えきれないよアタイは!」

 

「ハハッ、いつものカルラさんらしいですね。」

 

 緊迫したムードを一掃するように二人が場を和ませる。みんなそれで一息つけたのか良い顔をしている。誰も絶望なんてしていない。

 

「俺が言うのもなんだけど、誰もこの戦いで死ぬつもりなんて無いって思ってるし死なせたりもしない。だから絶対に生きて帰ろう。」

 

 難しいのは分かっている、だけどそれでも生きて帰るんだ。

 

「えぇ、これ以上無意味な血を流さない為にも。」

 

「そうだね、アタイもそう思ってるよ!」

 

「この先の未来の為にも。僕らは生きて前へ進みたいですからね。」

 

 全員が気持ちを同じにする。誰も死ぬつもりもない、生きて未来を創る為に。

 

《パイロット各位へ、間も無く本艦は目標宙域の敵射程圏内に入る。ミノフスキー粒子下の戦闘を考慮し、本艦とパイロットへの確実な通信はこれが最後になる。これはアンダーセン提督と、そして私からパイロット達に伝える唯一の任務だ。必ず全員生きてこの船に戻ってこい。以上だ!》

 

『了解!』

 

 外付けのブースターが切れ、アンゼリカのスピードが徐々に落ちていくのを確認し、MSハッチが開く。

 

「先陣は俺が切り開く!ジェシー・アンダーセン、FAヴァイスリッター出撃する!」

 

 出撃と同時にバーニアをフル稼働させ、ソーラ・レイを護衛しているのであろう艦隊とMSを確認する。

 

「敵部隊確認!ミサイル発射位置の計算を……!」

 

 ミノフスキー粒子下ではミサイルなどの兵器はロックオンしても誘導はできなくはなるがある程度の発射位置さえ予め計算しておけば少なくてもそこまでは確実にミサイルは進んでくれる。

 奇襲での先手とこれだけの防衛隊の数であればある程度の成果は見込める筈だ。

 

「当たれえええええ!」

 

 ヴァイスリッターのフルアーマー化によって設置されたミサイルユニットを全門開き射出する。ミサイルは敵の艦隊へと向かい数秒の後、大きく爆発を起こす。

 

《ヴァイスリッターの砲撃を確認!敵の防衛網に隙が出来たぞ!》

 

「ジェシーの作った穴を突破口にします!出撃を!」

 

「あいよ!カルラ・ララサーバル、メガセリオン出るよ!」

 

「こちらヨハン・グリム。ジム、出撃します!」

 

 ララサーバル軍曹とグリム伍長の二機と、サラミスやコロンブスに搭載されていたMS部隊が順次発進していく。私のフィルマメントもMSハッチから出て、アンゼリカの甲板に乗るような形で狙撃体制へと移行する。

 

「頼みましたよ、皆さん。」

 

 肩を並べて戦う事が出来ないのが辛いが、この狙撃を成功させる事が皆を救う事を信じて祈りながらバストライナー砲の発射準備を進めるのだった。

 

 

ーーー

 

「ミサイルユニットパージ!ヴァイスリッターはこのまま敵艦隊へ突撃する!」

 

 外付けのミサイルユニットを外すとヴァイスリッターの機動性も目に見えて上がるのを確認できた。流石はテム博士だ、これなら機体重量が増えていても前と同じ、否それ以上に動ける。

 ビーム・ルガーランスを両手に構え、艦艇を護衛しているMSへ攻撃に仕掛ける。

 

「喰らえぇぇぇ!」

 

 刀身を展開し、ビームライフルとしての機能だけを使い攻撃を放つ。

 

『えっ……?うわぁぁぁ!』

 

『なんだ……!?何処からなんだ!?』

 

「なんだ……?」

 

 敵の反撃が異様に弱い、動きもまばらでまるで……、そこまで思ってから気づく。

 

「クソッ!学徒兵か!」

 

 本来のア・バオア・クーでもそうだったが、最早ジオンに兵無しなのだろう。

 どの程度の数かは分からないが此方からでは判別のしようが無い。

 

「可哀想だが……直撃させる!」

 

 状況に余裕ななく、敵を無力化させるだけの力量もない俺にはそうするしか手段はない。出来る限りコクピットは避けたいが……!

 

『母さん……っ!あぁぁぁ!』

 

『嫌だ!死にたくない!なんでここに敵がいるんだ!?』

 

 パニックになっているのか広域通信に繋いだままで叫ぶ学徒兵達、微かに漂うミノフスキー粒子の影響でその声は途切れ途切れだが余計に此方の戦意を盛り下げる。

 

「戦いたくないんだったら!さっさと逃げな!」

 

 ララサーバル軍曹のメガセリオンがビームサーベルで敵を斬りつける、コクピットを避けて、反撃する前に蹴り飛ばしている。

 

「シショー!ジオンの奴ら子供までパイロットにしていやがるよ!」

 

「分かっている……、だが今は手加減しているほど余裕はない!分かっているな!?」

 

「チクショー!こんなになるまで戦争をしたいってのかいジオンは!」

 

「中尉!カルラさん!敵艦船の砲撃来ます!」

 

 ムサイから主砲が放たれる。此方は回避に成功するも敵の学徒兵の一部はパニックを起こしたのか、自分から砲撃に向かうように飛び込んで爆散してしまう。

 

「馬鹿野郎……!」

 

 そんな死に方をする為に生まれて来たんじゃないだろうに……怒りが込み上げるが今はソーラ・レイまで進軍する方が大事だ。

 

「ララサーバル軍曹、グリム、俺はこのまま敵艦船を撃破する。MSからの反撃を防いでくれ!」

 

「あいよ!」

 

「進んでください中尉!」

 

 二人の援護を受けて反撃してくるMSの攻撃を掻い潜りムサイ級へ急速接近する。

 

「うおおおおお!」

 

 ビーム・ルガーランスでムサイの装甲をこじ開けビームを射出する。爆散する前に離脱し次の攻撃へ移ろうとした時だった。

 

「シショー!危ない!」

 

 二人の攻撃をすり抜けたと思われるゲルググが此方へ接近をしてくる、対処しようと動くもギリギリとなり焦りが生まれる。その時だった。

 

『これで……!なんだ、うわぁぁぁ!』

 

 突如、グリムやララサーバル軍曹とは別方向からのビームがゲルググを撃墜する。

 ビームが撃たれた方向へ目を向けると其処には三機のジム・コマンド、内一機は蒼色の塗装が施されていた。これは……。

 

「油断するなアンダーセン中尉、此方も援護に回る。」

 

「ユウ中尉か!」

 

「ヘヘッ、俺達もいるぜ。あんたがブルーの1号機が暴走してた時に乗ってたってパイロットか、あの時は世話になったぜ。」

 

 モルモット部隊の面々だ、サラミスから出撃し此処まで追い付いたようだ。頼れる援軍だ。

 

「敵はどうやら新兵まで投入しているようだな。敵の攻撃は薄い。」

 

「けどユウ中尉、此処はまだ敵の防衛網の最前線ですよ?もしかしたら奥に行けば行くほどエースが待ち構えてるかもしれません。油断は禁物ですよ。」

 

 ユウの言葉に疑問を放つサマナ准尉、確かにその可能性は高い。敵の要であるソーラ・レイに同じ様に新兵を置いているとは考えにくい。

 

「だがよぉサマナちゃん、こんな新兵に先陣切らせておいてエース様は奥でごゆっくりしてるってか?……そんな馬鹿な事は許されねぇ、そうだろユウ?」

 

「フィリップの言う通りだ、敵にもエースに出て来てもらうほど緊迫して貰うとしよう。アンダーセン中尉、行けるか?」

 

「勿論だ!まだ先は長い、行こう!」

 

 俺とユウ中尉が先鋒となり進軍を再開する、奇襲は思った以上に効いているのか、それともやはり学徒兵ばかりなのか、敵の反撃は予測していたより対応可能なものが多い。

 このチャンスを如何に活用出来るか、それがソーラ・レイに辿り着くまでの要になるだろう。敵の情勢を気にするより、次弾を止めるのが最重要なんだ。

 

「3時の方向から敵小隊!」

 

 グリムからの通信、やはり全天周囲モニターなだけあってグリム機の視野は俺達よりも広くて助かる。

 言われた方向へ機体を向けると其処にはゲルググが一機、それにザク、恐らくFZ型と思われる機体が三機の小隊が此方へ向かって来ている。

 

「此方ヴァイスリッター敵機を確認!敵新型とザクの改良機だ!動きがさっきまでとは違う、気をつけろ!」

 

「了解だ。サマナ、フィリップ、俺達は彼らと分かれてフォーメーションを組み直し挟撃する。行くぞ!」

 

「あいよぉ!」「了解ですユウ中尉!」

 

 モルモット隊が回り込むように動きを変える、此方は正面から迎え撃つ形となった。

 

「グリム、ララサーバル軍曹!正面突破する!着いてこい!」

 

「了解!」

 

 まずヴァイスリッターでゲルググへ向けビームを放つ、最小限の動きで回避されるが追い討ちをかけるようにジム改とメガセリオンが援護射撃を放つ。

 

『チッ!少数で攻めて来るだけはある!各機油断せず迎撃に当たれ!』

 

『了解!』

 

 連携攻撃を回避され迎撃の隙を与えてしまった。流石に敵も新兵だけを配置している訳ではないか。だがこのまま反撃させる訳にはいかない!

 

「後ろがガラ空きだぜ!喰らいやがれ!」

 

 フィリップ機が敵の死角からザクを撃破する、敵小隊の連携が乱れた一瞬を見逃さす此方も追撃を掛ける。

 

「当たれぇ!」

 

 グリム機とララサーバル機が残ったザクを一機撃破し、残りは二機となる。こうなれば相手も多勢に無勢だ、打てる手は最早玉砕に近い形となる。

 

『行かせはせんぞアースノイド!次の発射さえしてしまえば貴様ら連邦なぞ……!』

 

「あの憎しみの光を……これ以上撃たせる訳には行かないんだよ!」

 

 ゲルググのビームナギナタによる攻撃を回避し、ビーム・ルガーランスでコクピットを貫く。ゲルググは動きを止め、残されたザクもまたモルモット隊により撃破されていた。

 

「ハァ……ハァ……。」

 

「付近に敵影無し、一先ずはこのエリアの敵は一掃出来ましたね。」

 

「あぁ、だが此処はまだ敵の防衛網の一番外側だ。あの兵器まではまだまだ距離がある。」

 

 少なくない敵を撃破したとはいえ、まだ地獄の一丁目と言っても過言ではないほどソーラ・レイまでは遠い。次弾が速攻で撃てる訳は無いはずだがそれでも数時間経過すればどうなるか分かったもんじゃない。

 早く……早く進まなければ。

 

「焦りは禁物だアンダーセン中尉、まずは友軍の進軍を待ち適切な補給をする事も大事だ。気負い過ぎれば油断も生まれる。」

 

 ユウからの通信、確かに焦り過ぎても良い結果には繋がらないか。今はどれだけ適切に動けるか、それが一番重要だな。

 

「ありがとうユウ中尉。流石にあの兵器の前だとどうしても焦ってしまうから助かるよ。」

 

「アンタが焦ってると言うよりユウが冷静過ぎるんだよ、この状況で汗一つ流してなさそうだからなぁ。」

 

「俺も焦ってはいるぞフィリップ。だがそういう時だからこそお互いの行動を冷静に見なければ勝てるものも勝てなくなる、そうだろう?」

 

「へっ、全く頼りになる奴だぜ。」

 

「噂をすれば何とやらですよフィリップ少尉、コロンブスから射出された武装コンテナのビーコンが見えます。弾薬の補給をしましょう!」

 

 やはりモルモット隊の面々は頼りになる、この状況下でも落ち着いていられるからこそ此方も冷静さを保てるというものだ。やはり潜って来た死線が違うのだろう。

 

「皆さん、聞こえていますか!?」

 

 通信機からの声、この声はアーニャか。

 

「こちらヴァイスリッター、聞こえているぞアーニャ!」

 

「良かった、幸いミノフスキー粒子濃度はまだそこまで深まっていません。この奇襲攻撃が功を成したという事です。」

 

 敵も此方に気付いていればミノフスキー粒子を戦闘濃度で散布していただろうが、ア・バオア・クーとの連絡を保つ為だったり、敵が来るわけがないと完全に油断していたお陰で粒子が濃くなる前に奇襲する事が出来たわけだ。このアドバンテージはまだまだ活かして行きたいが……。

 

「現在私達は敵の防衛網の一部を突破しましたが、敵も我々の存在に気付きました。防衛ラインを再構築され、我々を囲むように陣形を作られれば数で劣る此方はなす術もないでしょう。」

 

 俺達の戦力はマゼラン1隻、サラミス2隻、コロンブス3隻にMSが約50機と戦闘機やボールなどの支援機も約50機とかなり頼りない、敵はその軽く5倍くらいはいそうだし。

 

「再度の確認となりますが、今の私達に出来ることはあの兵器を止める為に突き進むのみです。全力で突き進みましょう!」

 

「あぁ、分かってる!この勢いを保って敵に囲まれる前に突破しよう!」

 

 最早退路は無い、今はただ前だけを見つめて進むだけだ。

 補給を整えた俺達は、また速度を上げてソーラ・レイへの進軍を再開するのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話 決戦 ソーラ・レイ②

 

 ソーラ・レイの戦闘開始より少し前、サイド3宙域シーマ艦隊旗艦リリー・マルレーン

 

「シーマ様!サイド3防衛艦隊からの暗号通信でさぁ!」

 

「なんだい?読み上げな。」

 

「ハッ、『シーマ艦隊は今送信した宙域からは離れ航行せよ、ソーラ・レイが放たれる』との事でさぁ!」

 

「ソーラ・レイだって……?」

 

 その単語には聞き覚えがあった、以前サイド6で出逢ったガキが言っていた言葉の一つにそんな物があった筈だ。確かコロニーを改造したビーム砲か何かだとのたまっていた筈だ。

 

「チッ、今はそれより航路の確認が大事か。コッセル!送られてきた宙域のデータと現在の航路は問題ないんだろうね!」

 

「えぇ、送信されたデータの航路からは離れていますがぁ、ソーラ・レイとは何なんでしょうかシーマ様?」

 

「知るもんか……!」

 

 ソーラ・レイが放たれる……指定した宙域からは離れろ。そしてあのガキが言っていた言葉を線で繋げば、それが意味する事は理解できる……。

 だがそれはつまり、あのガキが言っていた……、そう思っていると遠くの宙域を大きな光が走っていく。

 

「くっ……!」

 

 なんてデカい光線だ、遠く離れたこの距離ですら艦橋が光に包まれている。

 

「シ、シーマ様!こいつぁ……。」

 

「ボサっとしてるんじゃないよ!あの光の行き先を調べな!」

 

「りょ、了解!」

 

 計算などしなくても、恐らくはア・バオア・クーに向かっている連邦へ向けて放たれたのは予測できる。そしてこの光線が放たれた場所も……、嫌な汗が流れているのがはっきりと分かった。

 

「シーマ様!あの光はア・バオア・クーへ向かっていた連邦軍艦隊を狙ったものだと通信が!我々はこのままサイド3へ向かいソーラ・レイの護衛に回れとも!」

 

「……。」

 

 本当に、本当にあのガキが言っていた通りに、ソーラ・レイというのがマハルを改造した兵器だと言うのなら……。あのガキの言っていた通りに世界が進むのなら……。

 

「進路維持!このままサイド3へと向かう!最大戦速!」

 

「アイアイサー!……ん?シーマ様!リリー・マルレーンのハッチが開いてやがります!コイツぁ……新型の2機です!」

 

「あのニュータイプどもか!?何をしている!出撃許可は降りてないよ!」

 

 2機のモビルスーツは通信も聞かず発進していく、敵の匂いでも嗅ぎつけたかは知らないが軍規違反を気にしていないのか。それとも気にするほど奴らには余裕が無いのか、まぁいい。

 

「あんな得体の知れない連中無視しておきな!アタシらはこのまま進軍すりゃ良いんだ!」

 

 進む先には答えが待っている。その答えが分かるまで、あのガキを全て信じるわけにはいかない。

 

 だが、もしも本当にあのガキの予言が本当だったとしたら……そう考えながらサイド3へと今はただ進むのだった。

 

 

 

ーーー

 

「道を開けろ!」

 

 ビーム・ルガーランスの刀身で動きの鈍いザクを叩きつけ、そのまま蹴り飛ばし進軍を続ける。敵は未だに集結できるほど余裕がないのか、それとも焦っているのか分からないが学徒混ざりの小隊規模の反抗だけが目立つ。

 この破竹の勢いを崩さないように、今はひたすら前だけを目指す。

 

『邪魔をするな連邦軍!これさえあればお前達を一掃し、俺たちスペースノイドの理想が実現するんだぁぁ!』

 

「コロニーを……!スペースノイド達の住む家を兵器にしてまで叶えたい理想なのかよ!そんなに勝った負けたの結果が重要だってのか!?ふざけるな!」

 

 迫り来るゲルググと鍔迫り合いを起こしながら、接触回線で彼らの声を聞く。

 彼らにとっては、このソーラ・レイこそが自分達を勝利に導く最後の砦なんだろう。それは分かっている……だが!

 

「それ以外にも道はある筈だ!」

 

 空いた方の手に持っているビーム・ルガーランスの射撃でゲルググを行動不能に追い込む。これでまた道は開けた。

 

「ポイント更新!……クソッ!まだ届かないのか!?」

 

 先程よりも進んでいるのは徐々に大きく見えてきているソーラ・レイを見れば分かる。だが一向にこちらの有効射程距離に届かないのがイラつきを抑えきれなくなる。

 

「もうすぐの筈です中尉!フィルマメントは既に狙撃準備を完了してるんですよ。少しでも射角がズレればあの大きさの兵器なら射撃コースが致命的にズレるんですから、もっと距離を詰めて確実に目標を破壊するか、ずらせるよう狙っている筈です!」

 

 グリムの言葉に冷静さを取り戻す、確かにあれだけの大きさの兵器と目標までの距離を考えれば少しズレるだけでビームは全く違う場所に行くのだから下手に攻撃してミスるよりは確実に攻撃範囲に入ってからの攻撃の方が安全ではある。

 だが頭では理解できていても焦りという感情が制御しきれない、本当に大丈夫なのかと、どうしても冷や汗が流れてくるのが止まらないのだ。

 

「ふぅ……。」

 

 深呼吸して何とか心を落ち着かせる、成功する可能性よりも失敗する不安要素の方が大きいせいでこんなに焦っているんだ。せめて少しくらいは何らかのアドバンテージを得て安心しておきたいってのが心情だろう。

 あれを撃たせてしまえばアムロやキャスバルという、この先の未来に必要な人達が失われる。それだけはなんとしても避けたい。

 

「ララサーバル軍曹、現在の戦況を纏めてくれ。」

 

「えぇ、アタイがかい?グリムの方が適任じゃないかい?」

 

「だからこそだよ、俺も含めて一旦頭を整頓させる必要があるからな。」

 

 普段戦況分析なんかは冷静なアーニャやグリムに任せっきりだったし、ここで頭に血が昇りやすい俺やララサーバル軍曹が戦況を纏める事で少しはクールダウンできるだろう。

 

「えぇっと、アタイらは現在設定されている目標まで約35%の進軍に成功しているよ。敵の反応は正直かなり遅いね、部隊レベルの動きが良くたってアタイらを止めるには少なくても幾つかの艦隊がいなきゃ駄目だろうに、まだ混乱してるのか連携が取れちゃいない。」

 

 伊達に俺達とずっと戦い抜いてるだけあってララサーバル軍曹の見識も高い、これなら大丈夫そうだ。

 

「その通りだ、しかもその部隊でさえ敵は新兵を投入している始末だ。新型を使っていても乗りこなすだけの実力が足りていない。これは大急ぎで進軍する俺達にとってかなり都合の良い状況だ。」

 

「元々敵に悟られずにサイド3のズムシティに向かう予定だったんだから敵もアタイらに気付かないのは無理ないからねぇ。……けどアタイらはあの兵器が次いつ発射されるかが分かってない、そこが致命的だね。」

 

 そもそも1射目がどれだけの出力で、冷却時間がどれだけなのかと言うのを知らないのだから、それが一番ネックだろう。本来あんなシロモノが連発出来るとは思いたくはないが、小説版では複数発射していたんだ、この歴史でもそれは充分あり得る……マルグリットの言葉もあるし次も撃てると思って動かなければ痛い目を見るだけだ。

 

「何にせよ今はひたすら進むしか道はないよシショー、ユウ中尉達だって徐々に広がってきた戦域の穴を埋める為に分散しちまったんだから足を止めちゃいけないと思うよ!」

 

「その通りだな、よし!引き続き進軍を再開する、全機続け!」

 

『了解!』

 

 目標へ向かい続けるだけの、今までの戦いからしたら何の捻りもない作戦。ただそれだけの内容であるのに、俺にとってはどの戦いよりも厳しいと感じる戦いであった。

 

 

ーーー

 

「バストライナー砲、エネルギー充填完了。フィルマメントはこのまま待機し有効射程距離に到達するまで待機します。」

 

 宙域の環境データを学習型コンピュータに随時送信しながら、バストライナー砲を敵兵器に向けて時を待つ。

 

 もどかしい、ジェシー達はこの瞬間に命を賭して戦っているのに。ただ待つだけの自分がこれまでにない情け無さを産んでいた。

 

「みんな……。」

 

 戦況は悪くない、混乱に乗じた奇襲は大成功と言わんばかりに敵は動きが散漫であるし、練度の低い兵も混ざっているとの報告もある。初戦においては兵力の差から見れば形勢有利と言っても過言ではないだろう。

 しかし、いつまでも敵が混乱してくれる訳もない。数で圧倒的に劣る我々では状況を立て直されたら長い時間は持ち堪えられないだろう。

 この優位に立てている時間であの兵器を止められなければこの戦域も、ア・バオア・クーで戦っているであろう味方も壊滅するだろう。

 

《こちらアンゼリカ、フィルマメント!もうすぐバストライナー砲の有効射程距離範囲に到達する!準備は良いか!》

 

ジュネット中尉の有線による通信にハッとする、少なくない時間思考に頭を働かせていたようだ。もうそんな距離まで到達していたなんて。

 

「こちらフィルマメント、バストライナー砲の発射準備に入ります!」

 

 環境データを再送信し狙撃コースを算出する。敵兵器の破壊に至らなくとも、その射角さえ少しでもずらしてしまえばア・バオア・クーからは遠く離れた位置に発射されるのだ。簡単な話になるがバストライナー砲が当たりさえすれば間違いなくア・バオア・クーへは攻撃出来なくなる。

 

「射線妨害なし……エネルギー充填率100%。行ける……!」

 

 後は発射さえすれば、私達が壊滅しようとア・バオア・クーの味方は救われる。そう思いながら操縦桿のボタンを押そうとした、その時であった。

 

「なに……!?」

 

 頭に電流が走るような感覚、そのままでいれば自分の命が潰えるような感覚に襲われ、反射的にバストライナー砲から離れてしまう。

 

「ビーム光!?」

 

 恐らくは敵の攻撃であると思われるビームの光が、先程まで私がいたアンゼリカの上甲板を一部破壊しバストライナー砲が吹き飛ばされる。

 

「あぁっ!」

 

 アンゼリカが、私達の船が。そして現状唯一の攻撃射程距離を持ったバストライナー砲が、この状況で……!

 

『見つけた!お姉ちゃんの仇!』

 

「なに……!?この感覚は……!」

 

 ザラっとした感覚が私に纏わりつく。……殺気!?

 フィルマメントを急転させると先程までいた位置にまたビームが飛んできていた。一体どこから……!

 

「フィルマメントより全軍へ、現在未確認の敵機の攻撃によりアンゼリカが被弾!フィルマメントのバストライナー砲も回収困難な状況となりました!各部隊は救援か進軍か、各自で判断し最善と思われる行動を取ってください!最優先すべきは敵兵器の破壊、それだけは忘れないでください!」

 

『死んじゃえぇぇぇ!』

 

「くっ……!これは……!」

 

 モニターを注視して、やっと機体ではない何かが動いていた事が確認できた。これは……腕?

 

「無線誘導兵器……!?違う……これは!」

 

 注視して観察するとそれは腕部に有線が伸びている、しかしこの異質な動き……これは!

 

「敵のニュータイプ……!」

 

『うわぁぁぁぁ!』

 

「くっ……!」

 

なんとか回避に専念するも敵の火力は高い。それにこのままここに留まり交戦を続けていればアンゼリカが危ない。

 

「アンゼリカへ!フィルマメントが敵機を引きつけます!アンゼリカは敵兵器の破壊を優先し行動を!」

 

『逃げるなぁぁぁ!』

 

 敵は他には目もくれず私だけを狙っている、それなら幾らでも戦う方法はある筈だ。戦況は絶望的だけど、諦めるわけにはいかない。今も死力を尽くして戦っている仲間たちの為にも。

 

 

ーーー

 

「アーニャ……!」

 

 断片的に聞こえてきた通信内容に、苦い唾を飲み込む。なんて事だ……この状況で唯一の希望であったバストライナーが失われるなんて……。

 

「どうするシショー!?このままじゃアンゼリカや隊長が危ないよ!?」

 

「分かっている!だけどあの兵器を止めるのが俺達の任務で……クソッ……!」

 

 俺達の帰る場所であるアンゼリカ、俺の大切な人であるアーニャ。それを助けるのが一番良いのは分かっている。だけどソーラ・レイを放置しておくわけにもいかない。

 どうすれば……どうすれば良いんだ……!

 

「くっ……!ララサーバル軍曹、グリム。お前達はアンゼリカまで後退して艦を守るんだ、俺はこのまま進軍してビーム・ルガーランスであの兵器を止めてみせる……!」

 

 これが今できる中での最善の行動の筈だ、最大稼働で単騎突撃すればFAヴァイスリッターの機動力ならギリギリ到達できるだろう。そこから自爆覚悟で突撃さえすれば───

 

「馬鹿言うんじゃないよシショー!」

 

 ララサーバル軍曹の声にハッとする。

 

「そうですよ中尉!作戦前のジュネット中尉の言葉を忘れたんですか!」

 

 必ず生きてアンゼリカに戻る……忘れる筈がない。

 

「みんなが生きて帰る為に必死こいて戦ってるんだ!ヤケになって特攻なんて許さないよアタイは!」

 

「僕もです!まだバストライナー砲の射撃が困難になっただけで、方法はまだ残っている筈ですよ!」

 

「二人とも……。分かった、作戦を変える。二人はさっきも言ったがアンゼリカの護衛に回れ、バストライナーが使えなくなった今となっては艦艇による艦砲射撃が一番有効的な筈だ。親父達と連携して進軍を続けろ。」

 

「シショーは……って言わなくても大丈夫だね。」

 

「あぁ、俺はアーニャを助けに行く。良いな?」

 

「勿論です。僕達は二人が戻って来ると信じて戦い続けます、良いですね中尉?」

 

「あぁ!任せろ!」

 

 二人と別れるとヴァイスリッターの機動を上げてフィルマメントのいるエリアまで前進する。無事でいてくれ……、そう思いながら移動している最中だった。

 

「……っ!」

 

 この感覚……!何度も感じた事のある、怒りと憎しみ、そして絶望に塗れた感情を持った……!

 

『ジェシー・アンダーセン!ここで決着をつける!』

 

「ジェイソン……グレイか!」

 

 この世界でマルグリットを救った男、そして戦いに導いた男……。だがこの男がそうなった原因は……俺にあるんだ。

 

『今度こそ……お前を殺してやる!』

 

 奴の戦いの原因は俺にあるのかもしれない、そうなればマルグリットを死なせたのも俺が原因だ。だが今は、それよりも大切な事があるんだ。

 アーニャを助け、そしてソーラ・レイを止める。その為にも……!

 

「邪魔を……するなぁぁぁ!」

 

 互いのビーム攻撃が交錯する。それは決して交わる事のない俺達の道と同じなのかもしれない、だが……マルグリット、俺に奴を止められるだけの力をくれ……!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話 決戦 ソーラ・レイ③

「ジュネット中尉!艦の被害状況報せ!」

 

「敵の攻撃により上部甲板の一部が損傷!対空機銃の一部と副砲が一門機能停止!航行に支障はありません!」

 

「中佐のフィルマメントはどうなっている!」

 

「ハッ、敵の攻撃が来る前に回避が成功したようですが、バストライナー砲が吹き飛ばされ敵機の接近により回収も困難とのこと!フィルマメントはそのまま敵機を引きつける為にアンゼリカから離れて行きます!」

 

「むぅ……!」

 

 最速での有効射程に到達できるバストライナー砲が使用不可となれば残る攻撃手段は艦砲射撃か、他のMSによるバストライナー砲を回収しての攻撃しかない。

 しかしMS部隊に吹き飛ばされて所在の分からなくなったバストライナー砲を回収させるのは不確実であり時間も掛かる、それならこの中で一番早く可能なのは艦砲か、ならば……!

 

「アンゼリカは最大船速で進軍を再開!フィルマメントの狙撃が不可能となれば残るは艦砲射撃しかない!MS隊を可能な限りアンゼリカの援護に回し、このまま敵兵器まで進む!」

 

「了解しました!」

 

 時間がない……!これ以上敵に時間を与えれば敵は出力を抑えてでも発射を強行する可能性もある、急がなければ……!

 

 

 

ーーー

 

 

「くっ……!この攻撃……ニュータイプ専用機か!」

 

 ジェイソン・グレイが乗っているMS、ゲルググかガルバルディに顔の形状は似ているが俺の見たことのないMSだ、それに片腕が歪に巨大化していて、それがジオングのように有線で伸びてビームを放っている。準サイコミュというやつか!?

 

『お前が……お前がいなければ……!』

 

「やらせてたまるか……!」

 

 この手のMSは稼働時間が少ない筈だが、それを期待するのは野暮だろう。そもそも稼働時間の終了を待つほどの時間の余裕は全くないのだ。

 

「ジェイソン・グレイ!お前が……お前が戦う理由を俺が作ったって言うなら

!」

 

 その因縁にケリをつけるのが俺の役目なのだろう。任務であった、連邦軍の勝利の為にやるべき事であった、だけど彼にとってはその為に大切な人が殺される結果となった。だが……!

 

「だが()()()()()()()()!成る様にしかならなかった!」

 

『ならお前が死ぬのも運命にしてやる!消えろ!』

 

 有線式の腕部が奇抜な動きをしながら向かってくる、無線誘導ではないとは言え、それでも普通の攻撃より読みにくい。

 

「だがっ!」

 

 この手の攻撃の弱点、それは……!

 

「この距離なら攻撃出来ないだろう!」

 

 近寄る事でビーム砲を撃てば自分まで巻き込む、アムロがやっていた事だ!

 

『舐めるな!それを予測出来ないとでも思っているのか!』

 

「なに……っ!?」

 

 こちらに向かってくる腕部は、メガ粒子の出力を調整したのかビーム砲ではなく大型のビームサーベルのように刃を形成し接近をしてくる。予想外の攻撃に焦るがまだ回避はできる……!

 

『ちょこまかと動いた所で!』

 

「ちぃ……っ!」

 

 サイコミュ兵器を回避しても、奴は通常の腕部からヒートサーベルで接近戦を仕掛けてくる。こうなると接近攻撃からは逃げないと前後で挟撃されてしまう。

 

「それなら!」

 

 一度距離を空け射撃で対応しようとする。しかしそうなると奴はまた出力を変え、今度はビームを放ち攻撃してくる。

 艦艇すら墜とせる威力のメガ粒子砲だ、遠近どちらも封じられる形となる。流石に手強い……!

 

『逃げているだけかジェシー・アンダーセン!俺としては都合が良いぞ、お前が時間を掛ければ掛けるだけ連邦軍はあの兵器を壊すタイミングが無くなるんだからな!』

 

「安い挑発を!」

 

 俺を煽る為にわざとソーラ・レイを引き合いに出している……!

 

「お前がニュータイプならあの兵器の忌まわしさが分かるはずだ!」

 

『あぁ、肌で感じたさ!人の意識が溶けていくあの感覚!俺がかつてお前のせいで味わったあの感覚と同じなぁ!』

 

 俺のビーム・ルガーランスと奴のヒートソードが鍔迫り合いを起こす。その時奴のサイコミュの影響か、奴が言った言葉を意味する光景が脳内を駆ける。

 あの時逃げたマゼラ、仲間を呼んだにも関わらずスパイだと疑われ捕虜の様に尋問された後独房に入れられた、そして生死の境で仲間達が死んでいく感覚を味わい……狂っていった……。これが奴の記憶か……。

 

『お前には分からないだろう!親同然だった隊長を殺され!気を許した仲間を殺され!そして妹同然だったマルグリットを殺された俺の気持ちが!』

 

「マルグリットを戦いに導いたのはお前だ!何故あの子をジオン公国にいさせた!ネオ・ジオンに行かせる道もあっただろうが!」

 

『アイツは俺が行く道に着いて来ると言ったんだ!生き残れる可能性が低いのを分かっていてもだ!お前に……お前にさえ出逢わなければ……!』

 

 そう、お互い分かっているのだ。彼女が死んだのは全て自分達のせいだと。

 それでも、感情がそれを認めず、やれきれない感情と現実が2人を戦うことでしか分かり合えないようにしてしまっていた。

 

『ジェシー・アンダーセン───!』

 

「ジェイソン・グレイ───!」

 

 戦いの輝きの中で、今2人は初めて心を通わせていた。

 

 

 

ーーー

 

『お前達さえいなければお姉ちゃんは死なずにすんだのに!』

 

「声……あの時の彼女と似ている……でも、違う!」

 

 予測が難しい攻撃であるのに、今の私はそれを苦にする事なく無難に回避し続けられている。それは彼女が発している殺気がそのまま兵器に伝わっているからだろうか?

 それともこれがニュータイプへの変革による力?だとしても……!

 

「戦うだけが、ニュータイプではないはずです!貴方だって!」

 

『うるさい!うるさい!うるさい!』

 

 四方八方から飛び交うビームを何とか交わしながら、此方も攻撃の準備を整える。

 

「この有線さえ切り離してしまえば!」

 

 ビームサーベルを取り出し有線へと向けて飛び掛かる、このMSの攻撃手段はこの腕がメインだろう。ならこれさえ切り離してしまえば!

 

『やらせるもんかぁ!』

 

 敵は有線を引き戻し、一斉射による攻撃で此方を圧倒してくる。ニュータイプ用の機体だけあって性能はこちらより遥かに上か、機動性も火力も優れている。しかし……!

 

「こちらもやらせるつもりはありません!」

 

 ビームライフルに装備を切り替え狙い撃つ、こちらにだって譲れないものがある。

 近くで戦っているのを感じるジェシー、敵兵器へ進軍を続けている仲間達、みんなが未来の為に戦っている……だからこそ!

 

()()()()()はもう終わりにしましょう!私も!貴方も!」

 

()()()()()!?お姉ちゃんが殺された事がこんなことで済まされてたまるもんか!』

 

 

ーーー

 

()()()()()で俺達は歩みを止める訳には行かない!」

 

()()()()()だと!?』

 

「そうさ!お前の復讐心だって分かる!マルグリットの仇討ちも、親代わりだった人を討たれた復讐も、だけどな!そんなのはこれからの未来には何の意味も成さない!生きている人間が未来を創るんだ!」

 

『奪われてきた人間の気持ちが貴様に分かってたまるかぁぁぁ!』

 

「お前達ジオンだって!コロニー落としやその前の毒ガス作戦で大勢の命を奪ってきた!それを知らぬ振りして独立を掲げて戦ってきただろうが!」

 

 戦いの閃光の中、お互いの感情が爆発する。戦いの大義も、個人の感情も各々が感じているものが正しいのは間違いないだろう。

 俺がジオンを許せないのも、ジェイソン・グレイが俺を……連邦軍を許せないのもどちらも個人の面で見れば正しい事だ。だが()()()()()をいつまでも続けていた所で未来が紡げる筈もない。

 

「俺達は未来に進む!だからここで因縁は全部決着をつけてやるジェイソン・グレイ!」

 

 ビーム・ルガーランスを構え、猛襲してくる奴の機体を待ち受ける。

 小細工はいらない、俺も奴もこの一瞬でケリをつけたいと思っている。だからこそ……。

 精神を集中させる、俺にはアムロやシャアほどニュータイプの才覚はない。だが今まで培ってきた、戦い抜いてきた経験がある。それを信じて迎え討つだけだ。

 

『死ねえぇぇぇ!』

 

 奴の機体のヒートサーベルがヴァイスリッターのコクピットを狙い一直線に突き進んでくる。

 大きく動けば、奴に動きを読まれ更に追撃をしてくるだろう。動くなら最小限で奴に気取られないように動かす必要がある。

 

 自分を信じろ──。今までの全てをぶつけて奴を止めるんだ、これ以上悲劇を繰り返さない為に。マルグリット、お前の大事な人を止めてみせる。

 研ぎ澄まされた刹那の一瞬、奴のヒートサーベルがこちらのコクピットを正確に射抜こうとする、その瞬間に前部スラスターを噴出させ正に皮一枚で回避する。

 

『な……っ!?』

 

「俺は生きる!だから……お前も生きてみせろジェイソン・グレイ!」

 

 奴の機体頭部をビーム・ルガーランスで貫く。それと同時に大きく蹴りを入れ、機体ごと吹き飛ばす。

 

『ぐぁぁぁぁ!』

 

 こちらから離れて行く奴の機体を確認し、一息吐いた後で再び戦況を確認する。

 

「アンゼリカは……前進しているのか。今からじゃ追い付くのに時間が掛かるな。」

 

 最大戦速で移動していると思われるアンゼリカに流石にはFAヴァイスリッターと言えど合流するのに時間が掛かる。となればやはり俺がすべきことは。

 

「アーニャ、無事でいてくれよ……!」

 

 同じ様に敵と戦っているアーニャの援護に向かう。俺が彼女の剣となり、盾とならねばならない。その為のヴァイスリッターなのだから。

 

 

 

ーーー

 

 

「アンダーセン提督!き、緊急の事態です!」

 

 ジュネット中尉の普段の冷静さから遠くかけ離れた大声が艦橋に響く。

 

「どうした!?」

 

「敵兵器から高エネルギー反応を確認!これは、次弾発射準備かと思われます!」

 

「むぅ……!」

 

 時間が掛かりすぎたか……!恐らく我々の奇襲に焦っての2射目となるから1射目よりも出力は低いだろうが、この兵器が使われる事自体が戦況を大きく変えてしまう。

 だがこの距離からでは艦砲もミサイルも未だ射程圏外で攻撃した所で到達する事すら叶わない、打つ手は最早殆どないに等しい。

 

「だが指を咥えて見ている訳にも行かぬ!ジュネット中尉!広域通信を発信する!回線を開け!」

 

「応じるとは思いません!ミノフスキー粒子濃度も高いのです提督!」

 

「だがやらねばならん!届かぬと、諦めてしまっては道は閉ざされる!私はまだ諦めてはいない!……ジュネット中尉!」

 

「……了解!全通信チャンネル開きます!どうぞ!」

 

『この宙域の全てのジオン公国の兵士に告げる。私は地球連邦軍所属、ダニエル・D・アンダーセン少将だ。両軍の戦争中に世迷言と思うかもしれないが、あのコロニー兵器をこれ以上撃ってはならない!それは戦略的なことや戦術的なことを言っているのではない。自分達の住むべき故郷であるコロニーを兵器として使用するということは、スペースノイドの大義すら捨ててしまうことになるのだ!』

 

 確かにあれだけの巨大な兵器、それをレーザー砲として使用すれば戦略的な価値は絶大な物となる。

 ギレン・ザビがオデッサでの核使用後無闇矢鱈に核を使用せずに存在の意義が怪しまれていた南極条約を律儀に守っていたのは、これを秘匿する為に連邦に報復させない為に敢えてルールを守ったフリをしていたのだろう。

 だがそれよりもだ、本来宇宙に住む人々の為の場所を、あの様な兵器として使うことが当然になってしまえば、これからの未来にどの様な影響を与えてしまうか分からないとでも言うのか。

 

『コロニー落としも、この兵器も!スペースコロニーという存在が大量虐殺のための存在と化してしまえば!この先の宇宙に、未来を生きる者にどう顔向けが出来る!?貴君らの戦いはそれを良しとするのか!』

 

 彼らの大義、スペースノイドの独立。その理念自体は素晴らしい事だ。かつてカールやアンゼリカ、そして私の根差した理想も地球を拠り所にしながらも宇宙で生きて行くことを目指したものだったのだから。

 だからこそ、だからこそこの所業は許してはならない。世迷言だという事も、戦闘行動中に広域通信で呼びかける内容でも無い事は分かっている。それでもだ。

 

『貴君らに、少しでもスペースコロニーを兵器とする事を良しとしない者がいるのなら!これ以上あの憎しみの光を撃たせてはいけない!私は宇宙に生きる貴君らの誇りを信じてあの兵器を止めてみせる!どうか手を貸して欲しい!』

 

 通信を終え興奮冷めやらぬ中、いつの間にか立ち上がっていた事に気付き再び席に座る。

 

「進軍継続!最後の最後まで諦めずに進むぞ!」

 

「了解!……っく!敵兵器、更にエネルギーの増大を確認!」

 

 やはり声は届かぬか……。彼らにとってはあの兵器こそがこの戦争を打開する事のできる最後の武器であるのだから簡単には捨てる気になどならないのだろう。同じ立場なら我々とて彼らの選択を選んでいたかもしれない。

 

「まだだ!まだ撃たれてはいない!最後の最後まで進軍を続けろ!」

 

「提督!敵MSが来ます!」

 

「対空迎撃!MS部隊を再発進させ護衛に当たらせろ!」

 

「敵MS、此方の防衛網をすり抜けアンゼリカに急速接近!迎撃間に合いません!」

 

「なんだと……!」

 

 敵の新型MS、ゲルググと言ったか。特攻とも言える形でアンゼリカに接近をしてくる。命を捨ててでも我々を討つつもりか。

 

「くっ!此処までだと言うのか!」

 

 敵のビームライフルが艦橋に向けて構えられ、最早これまでと思ったその瞬間だった。艦の目前で爆発が起きる。

 

「こちらの爆発ではない!?何が起きた!?」

 

「アンダーセン提督……!これは……!ジオンのMSによる同士討ちです!いや……これは……!」

 

「届いたと言うのか……我々の声が……!」

 

 爆発により見えなくなっていた艦橋が晴れ、そこには茶色と紫で彩られたゲルググが目前で佇んでいた。

 

『聴こえるかい連邦軍のマゼラン級!私達はジオン公国海兵隊所属のシーマ・ガラハウ中佐とその艦隊だ!これから私達は連邦軍に降る!識別コードを送るから同士討ちだけはしないでおくれよ!』

 

 絶対絶命の状況の中、微かな光が確かに灯ろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話 決戦 ソーラ・レイ④

「カルラさん!アンゼリカから最新のIFFのデータがレーザー通信で送信されてきました!……これは、ジオン公国の機体識別!?」

 

「さっきの艦長の通信が届いたってのかい!?」

 

 受信したデータを機体に反映させると、少なくはない数のジオンのMSと、それを乗せていた艦艇の識別が敵から味方へと切り替わる。

 

『聞こえるか連邦のMS!ソーラ・レイまで誘導する!こちらについて来い!』

 

「ジオンが……なんでアタイらを!?」

 

『ふん、俺達だってホントは連邦なんかと手を組むつもりなんて無かったがな。あのコロニーは、マハルは俺達の故郷だったんだ!俺達が必死になって戦ってた最中に国は俺達に何も知らせずあんなモンに改造しちまっていやがった。そんなの許せる訳がねえだろ!お頭だってそうさ!あんな……あんな慟哭を聞いちゃ俺達も堪忍袋の緒が切れるってもんだぜ!』

 

 それは、今から数十分前に遡る。

 

 

ーーー

 

「シーマ様!目標ポイントに到達!……あれが、ソーラ・レイってヤツなのか……!」

 

 艦内にいる全員が望遠カメラに映るソーラ・レイを確認し驚く。自分ですらあんな超兵器の存在など事前に知っていなかったら驚いただろう。

 だが、今の私にはそれ以外の事に驚き……いや気を落としていた。

 

「お前達……あのコロニーに見覚えがないのか?私にはアレが兵器には見えないんだよ……!」

 

 やはり、やはりあのサイド6で出会ったガキは預言者か何かだったのだろう。目の前にあるソレは紛れもなく自分達の故郷であるマハルそのものだった。

 

「なっ……ありゃあマハル……!?シーマ様、これは一体!?」

 

「アタシに分かる訳があるか!」

 

 半ば発狂した様に叫ぶ、最後の……そう、どれだけ手を汚しても最後に帰れる筈だった場所ですら、アタシは奪われたのだ。

 

『シーマ艦隊、ようやく所定の位置に着いたか!現在連邦軍がソーラ・レイに向けて奇襲を仕掛けてきている!数は少ないが虚を突かれた事で上手く迎撃出来ていないのだ!貴様達の艦隊は迫り来る連邦軍を迎撃しソーラ・レイを守るのが任務となる、ジオン軍人として使命を果たすのだ!』

 

 通信が入る。声の主はお飾りではあるが海兵隊の上官となるアサクラ大佐だ。

 

「その前にアサクラ大佐、この兵器は一体なんなのですか。これはアタシらの故郷であるコロニーのマハルじゃないか……!」

 

『その通りだ、ギレン総帥の特命により極秘に改造がされた。お前達のような愚連隊どもの住むコロニーが公国の存亡をかけた重要な兵器として生まれ変わったのだ、喜ばしく思うのだな。』

 

「ふざけるな……。」

 

『なんだと?良く聞こえないぞシーマ中佐。』

 

「ふざけるなと言っているんだ!アタシが……アタシらが何の為に今まで手を汚して来たと思っているんだい!毒ガスも……コロニー落としも……スペースノイドの独立の為だと、ジオン公国の為だと信じたからやって来たことだ!どんなに手を血で染めようと……最後にマハルに帰れさえすれば……そう思いながら戦ってきたアタシ達をどれだけ裏切れば済むんだい!」

 

 人が腐り落ち、もがき苦しみ死んでいく様が、今でも悪夢として出てくるのだ。それを大義の為だと、いつかはマハルに帰り安息が訪れるのだと信じて国の為に戦ってきたと言うのに……。

 

『だから何だと言うのだ?ギレン総帥の命に逆らいマハルを取り戻すつもりか?それともそれを理由にソーラ・レイを奪取しキシリアの為に使うつもりでは無かろうな!?』

 

 目の前で聞こえてくる言葉に、そう言う目でしか物事が見れないのかと怒りが込み上げてくる。政争のことしか頭に無いのか、自分達末端の兵士の感情など全く分からないと言うのか。

 

「馬鹿にするのもいい加減にしなと言っているんだ!政治闘争なんざアタシらには何の興味もないんだよ!大義の為と、理想の為と言いながら結局は自分達の利権争いの為に末端は切り捨てても構わないっていう、今のお前みたいな連中の為にアタシらは汚れ仕事をやってきたんじゃないんだ!」

 

『乱心したかシーマ・ガラハウ!上官に向かって先程から何様のつもりだ!』

 

【この宙域──全てのジオン──の兵士に──。私は地球連邦軍──】

 

 口論の最中、艦が広域通信を受信する。これは……連邦軍のものか?

 

【コロニー落と──、この兵器──スペースコロニー──が大量虐殺のための存在と化し──!この先の宇宙に、未来を生きる者にどう顔向けが出来る!?貴君らの戦いはそれを良しとするのか!】

 

 徐々に通信が鮮明になる。……これは現在進行中の連邦の船からの広域通信だろう。

 

『なんだこの通信は……!それよりもだシーマ中佐!これ以上我が軍に対して批判的な言動を取るようで有れば味方と言えど不穏分子として処理するぞ!よいな!?』

 

 この状況に、いつまでも人をコケにし続ける態度に思わず呆れて笑ってしまう。こんな……こんなものの為にアタシは、アタシらは戦ってきたのか。

 

「聞いたねお前達、これ以上アタシといると敵だと見做されちまうよ。……アタシの腹はもう括った。だがお前達まで巻き込むつもりはない、出て行きたい奴はさっさと──」

 

「よし!お前ら進路変更だ!目標はあのマハルをぶっ壊して作ったとかいうソーラ・レイだ!」

 

「アイアイサー!」

 

 デカい声で号令をかけるコッセルとそれに応える部下達。

 

「ちょっと待ちな、さっきの話を──」

 

「シーマ様!」

 

 此方に向けて普段は見せないような真面目な顔をするコッセル。

 

「同じですぜ、シーマ様。俺達ぁマハルに帰る為にと……それ以上にシーマ様の為に役に立とうって戦ってきたんです。今更なんの確認が必要って言うんですか?」

 

「お前達……。後悔はしないんだね?」

 

「当たり前でさぁ!なぁお前ら!」

 

「おうよ!」「あのアサクラの野郎は一発ぶん殴っておきたかったんだ!」「やっちまおうぜ!」

 

 反乱を起こすって言うのにどいつもこいつもいつもと変わらない陽気さだ。……そうさ、こんな馬鹿達がいるからアタシはやってこれた。今までもこれからもだ。

 

「よし!今からアタシらシーマ艦隊はジオン公国を離脱する!全軍に打電しな!」

 

「了解!」

 

「シーマ様!連邦のマゼランにMS部隊が進行してます!」

 

「連中に貸しを作っておけばこの戦いの後でも融通利かせてくれるかもしれないからね、援護に回る!アタシも出るぞ!」

 

「了解!」

 

 MSカタパルトに向かう、アタシらがソーラ・レイを破壊した所でマハルが戻る訳でもない、連邦を助けた所で今まで犯した罪が帳消しになる訳でもないしあの悪夢も醒める事は決して無いだろう。

 だが、落とし前だけはつけさせてもらう。アタシ達を駒にして散々汚れ仕事をさせてきたツケは払ってもらわないと気が済まない。

 

「シーマ様!大漁を!」

 

「あいよ!マリーネ・ライター出るぞ!」

 

 今までで一番自由な宇宙(そら)を、アタシは駆けていく。

 

 

 

ーーー

 

 

「ウッディ艦長!マチルダ艦長のコロンブスに敵機接近中!」

 

「くっ……!MS部隊は間に合わんのか!?」

 

「戦線の維持の為に護衛に回せる数も少なく……!」

 

「玉砕覚悟と分かってはいても……!」

 

 死地に飛び込んでいるのも、死ぬ覚悟も出来てはいる。だが頭では分かっていてもマチルダが死ぬかもしれないその現実を心が認めたがってはいない。マシーンになど人はなれないのだから当然ではあるが……。

 

「艦長!このまま全速でMSの進軍コースに割り込めばマチルダ艦長の盾くらいにはなれますよ!」

 

「バカを言うな!各々が最善だと思う手を尽くしてあの兵器を止めねばならん!今はマチルダの事よりも大事な……。」

 

「最善と思う事を自分達はやるだけです艦長!……そうでしょう?」

 

「お前達……。ふっ、どの道物資の殆どは放出してMS隊の補給は済ませたのだから後は盾になるくらいしかこの艦の使い道はない。だが……良いのだな?」

 

「えぇ!どうせ死ぬなら護るべき人の為に使いたいですから!」

 

 良い部下に恵まれた……、そう思いながら部下達に指示をする。

 

「よし!この艦を敵の進軍コースに向かわせマチルダ艦の盾となる!全速前進!」

 

『ウッディ!……いやウッディ艦長!何をしている!?』

 

「マチルダか、見ての通りだ。俺達はやれるだけの事はやった。後は盾になるくらいしか艦の使い道がなかったのでな。」

 

『……ウッディ!』

 

「最後くらいは格好良く決めさせてくれ。……すまない、お前と共に未来が見たかった。」

 

『ウッディ───』

 

 敵のMS部隊が此方に武器を構える、死を覚悟した瞬間敵機の爆発が目の前で起きる。

 

「なんだ!?」

 

「これは……艦長!アンゼリカより通信!敵の艦隊が此方に寝返った模様です!新たにIFFのデータが送信されました!」

 

「寝返り……!?この状況でか!」

 

 先程のアンダーセン艦長の広域通信は耳に入っている、だがまさか本当に敵が寝返るなどとは思いもしていなかった。

 

「だが……これは決定的なチャンスになり得る!各部隊に新たなIFFのデータを送信すると共に通達!戦線を立て直しあの兵器を止める!」

 

「了解!」

 

『ウッディ……これは……。』

 

「あぁ、俺達はジオンとも分かり合えるかもしれない。これはアンダーセン艦長の言っていた未来を生きる者達に顔向けできるような世界になる為の一歩だ。彼らと共に進もう!」

 

『……えぇ!』

 

 例えここで散る運命だとしても、彼らと共に歩んだという事実は消えない。その誇りを後世に生きる者達に伝えるために最後の最後まで諦める訳にはいかない!

 

 

 

ーーー

 

 

「これは……シーマ艦隊が寝返ったって事なのか?」

 

 アーニャのいる宙域へ向かう最中、途切れ途切れながらも聞こえてくる通信内容に胸に込み上げてくるものがあった。

 

【貴方が繋いだ言葉の結果、それが未来をより良くしようとしてる。】

 

「マルグリット……。」

 

【酔い潰れた貴方が偶然出会って、何気ない一言で彼女の心境を変えた。貴方が彼女と出会ったから、私はこの時代の流れでも貴方に会えた。たった数時間の出会いが、私達の運命を変える刻になった。】

 

「……。」

 

 マルグリットと出会ったあの日、酔い潰れてうろ覚えになっていた記憶にシーマ様と出会ったなんてバカみたいな内容があった。流石に夢だろうと思っていたがどうやら本当に彼女と出会い、何かを伝えたのだろう。

 恐らくはソーラ・レイ、マハルに関わる事だろう。彼女が変わるとしたらそれが一番の理由の筈だ。

 

【人は巡り会って変わって行く。私もお兄さんも、そして妹も。だから貴方には変えて行って欲しい、この素晴らしい世界を。】

 

「マルグリット……。あぁ、変えてみせるさ……!」

 

 間も無くアーニャのいる所に辿り着く。彼女が戦っている相手の憎しみが既にヒシヒシと伝わっている。

 憎悪と慟哭に塗れ、自分に蓋をしてしまっているマルグリットの妹……。

 

「だけど……まだ未来はある……!」

 

 ビーム・ルガーランスを構えモニターで狙いをつける。

 まさかジオングが此処に配備されているとは思わなかったが、ジェイソン・グレイが乗っていたMSにしろ、ジオンに残っているニュータイプは原作的にも多くはいない筈だ。シャアのいない今の状況なら彼女が乗っていても不思議ではない。

 

「コクピットさえ狙わなければ!」

 

 ジオングは頭部がコクピットになっている、そこに直撃さえさせなければ殺さずに止める事も可能な筈だ!

 そう思いながらビームを放つが、やはり反応速度が段違いなのか見えていない筈なのに躱されてしまう。

 

『ビーム……!?あの青い奴からの攻撃じゃない……!どこから……!』

 

「……!ジェシー!?」

 

「アーニャ!無事で良かった!」

 

「どうしてここに……、状況はあの兵器を止める事を最優先に動かなくてはいけないのに!」

 

「お前が心配だからに決まってるだろ?……大丈夫だ、あの兵器を止める為にジオンの中から動いてくれる人達もいるんだ。」

 

「ジオンからも……?」

 

 親父達の通信は流石に聞いている余裕がなかったようだ。これだけの相手だから当然ではあるが。

 

「そうだ。ジオンの中にだって、自分達が住んでたコロニーが兵器にされてまで使われる事に疑問を持ってる人達もいるんだ。コロニー落としをした事実はあるが、それだって自分達のサイドの為って大義名分があったからこそだった。」

 

 他サイドの住民を虐殺するといった凶行ではあるが、それまでの連邦の体制による圧政がそれを生んでしまった。連邦に属した他のサイドも敵なのだと、そうザビ家は認識させ大義名分を与えたのだ。

 

 だからこそ彼らジオンの兵士は知ってか知らずかは分からないが多くの人間が手を血に染めてまで戦ってきた。ジオンの為に、サイド3の為にと。

 だがこのソーラ・レイは違う、他のサイドのコロニーなどではなく自分達が住んでいたコロニーであり、彼らが護る筈だった場所であり還るべき家なのだ。

 自分達が護るべき場所が、住むべき家が、自分達によって壊されていく事なんてあっていい筈がない。そう思う国民がいると言うことをザビ家は理解していなかったのだ。

 

「まだアレは止められる……だからまず彼女を止めなきゃならない。行けるか?」

 

「えぇ、止めなければなりません。あの兵器も彼女も。」

 

『白い奴……!?なんでお前がここにいるんだ!グレイは……グレイは……!』

 

「……っ!まずい!」

 

 ジオングからオールレンジ攻撃が放たれる、流石に圧倒的な火力だ。それに彼女から放たれる憎しみのプレッシャーがヒシヒシと伝わってくる。

 

『グレイを……!グレイも殺した……!?姉さんも……お姉ちゃんも……うわぁぁぁぁ!』

 

「くっ……よせ!まだ奴は生きて──」

 

「ジェシー!」

 

 流石に俺の声が届く様な状況じゃない、彼女の精神はかなり危険な状態だ。マルグリットと、そしてジェイソン・グレイも失ったと思っているのか錯乱に近い状態になっている。

 

『みんな──みんな死んじゃえばいいんだ!』

 

 ジオングの攻撃は収まる気配はない、このままの状況では俺達2機では性能的にも押されていく一方だ……何とか彼女を止めなければ。

 

「止まれ!奴は……ジェイソン・グレイはまだ生きている!」

 

『そんなの信じるもんか!グレイは……グレイは死んでもお前を倒すって言ったんだ!グレイは嘘をついたりなんてしない!』

 

「く……っ!」

 

 簡単に声が届くわけがないか……、だがまだ諦める訳にはいかない!

 

「死に急ぐより、未来を見ろ!自分を捨てて戦うことなんてマルグリットは望んでなんかいない!」

 

『お前にお姉ちゃんの何が分かるって言うんだぁっ!』

 

 ヴァイスリッターの高速機動で格闘戦を仕掛けようと試みるが、やはりジオングは機動力が高い。オールレンジ攻撃の奇抜さもあるが機体そのものも簡単には捉えさせてくれない。

 

「何も分からないさ……!この世界のあの子の事を……俺は知ることも出来なくなった……だけど!」

 

 それでも彼女が望んだ未来は分かる、この子とジェイソン・グレイが死ぬ事なく、本来のジェシー・アンダーセンと彼女が歩んだ様な未来に辿り着いて欲しいと……マルグリットは望んでいる筈だ……!

 

「だからこそ……諦めてたまるかぁぁぁ!」

 

 ティターンズの毒ガスで死んでしまう未来だったが、それでもあの夢で見た二人は幸せな刻を歩んでいた。ジェイソン・グレイにも、彼女にも同じ様な幸福があるべきなんだ、憎しみだけじゃ何も変わらないのだから……!

 ヴァイスリッターの出力を上げて再びジオングへと接近する、回避さえされなければジェイソン・グレイがやったような出力の変更でサーベル状にビームを形成しない限りは原作の様に有利になる筈だ。

 

『やらせるもんか──』

 

【ヘルミーナ、もうやめなさい。これ以上私の為に戦うことなんてない。】

 

『……ッ!?』

 

 ほんの一瞬、ジオングの動きが止まる。数秒にも満たない事ではあったが、この極限の状況でその数秒は戦いの決着をつけるには充分だった。

 

「うおおおおお!」

 

 ヴァイスリッターでジオングの頭部を掴む、それと同時にアーニャへと通信をする。

 

「アーニャ!胴体を狙え!このMSのコックピットは頭部だ!」

 

「分かりました!」

 

 フィルマメントのビームライフルがジオングの胴体に直撃すると同時に無理矢理引き剥がす様に頭部を捥ぎ取る。力技だが何とか上手く行った!

 

『くそっ!離せ!離せぇ!』

 

「いい加減に……!ここだ、この座標まで行けば奴がいる!奴が死んでいたらまた俺を殺しに来ればいい!」

 

『なんで……!なんで……!』

 

「俺は確かにマルグリットが死んだ原因だ、だけど……もう起こってしまった事は変えられない。どうやったってマルグリットは生き返らない。けどだからって生きてる俺達が歩みを止める訳には行かないんだ……。身勝手な言い方になるが俺達はソーラ・レイを止める為に今を戦っているんだ。余計な犠牲は増やしたくない。」

 

 多くのジオン兵を殺している俺が言えた言葉ではない、マルグリットの大切な人達だからというエゴで逃がそうとしている。それでも……。

 

「ジェシー。行きましょう。」

 

「……あぁ。」

 

 それでも未来がより良い方向に向かうようにと願うからこそ、あの二人にはそれを見届けて欲しいという気持ちがあった。幸せだと感じてくれるような未来を、マルグリットと本来の俺が歩んだ幸せな刻のように。

 

 機動を上げて再びソーラ・レイへの進軍を再開する。

 敵のニュータイプ専用のMS、それにジオングを倒せたというガンダムの歴史を知っている者ならかなりの実績は上げた。だがそれよりも今はあのソーラ・レイの発射の阻止にだけ集中しなければならない。

 発射準備まで一刻の猶予も無い、敵はこの状況でなりふり構わず撃とうとしている筈だ。今からでは間に合うかどうかすら怪しいが歩みを止めるわけには行かない。

 

 いつか来る、未来の為に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話 宇宙要塞ア・バオア・クー

 

「ジェシーさん達は大丈夫なんだろうか?」

 

 ホワイトベースの艦橋にて、サイド3へと向かった彼らを心配しアムロはソワソワしながらそう呟いた。

 

「彼らの戦力は心許ないがサイド3に彼らが着く頃には情報が正しければ首都防衛大隊が蜂起している筈だ。そうだなランバ・ラル?」

 

「ハッ、内々に忍び込ませているスパイからの報告でも既にグラナダにダルシア・バハロの一派が向かったという情報と首都防衛大隊師団長のアンリ・シュレッサー准将が彼らの到着予定時間より先駆けて蜂起すると連絡がありました。彼が到着する頃には向こうも対処する程の余力があるかどうか。」

 

 地球連邦との折衝を終え、ガルマの指示によりサイド6を経由後エルデヴァッサー中佐の部隊に補給物資を運んだコロンブス級と共にラル隊の面々とMSを携え合流したランバ・ラルがそう報告する。

 ジオン公国における反ザビ家派はギレン、キシリア、そしてデギン公王がア・バオア・クー宙域から離れられない状況を利用し、それぞれの思惑と共に動いていた。

 

「しっかしジオンもガタガタね。開戦当初は異常なくらい纏まっていたように見えたけど実際はそうでもなさそうなのかね?」

 

 カイ少尉が悪態を吐く。

 

「ギレンのカリスマあっての纏まりだったと言う事だカイ少尉。この戦争が始まる前はそれこそ公国の人間は思いを同じくしてスペースノイド独立の為という御旗の下に戦えていたが今は違う。地上に同胞を見捨て、それらは新たに我々ネオ・ジオンとして独立したし、私と言うダイクンの遺児に刃を向けると言う独立運動の要としていたギレンのジオニズムに疑念を与える行為が彼らの士気を下げている、その結果が今の状況だ。」

 

「結局連中は自己陶酔に覚めちゃったって訳ね、冷静になりゃどれだけ馬鹿げた事をしているのかって分かって来たんだろうな。」

 

「思った事をハッキリという面白い少年だな。だがジオンとてそこまでしなければならない程に戦争の前も、そして今も追い詰められている事を忘れていると痛い目を見ることになるぞ。」

 

 ランバ・ラルが釘を刺す。確かにその通りだ、私のザビ家への復讐心を無しに冷静に考えても、ジオン公国の民は連邦政府からの圧政で追い詰められていた。だからこそ父は独立運動に躍起していたし、サイド3の住民もそれを支持した。

 それらの背景を無視すれば、この戦いが終わったとしても第二第三のジオン公国が何処かで生まれる事になる。憎しみの連鎖が形を変えるだけになるのだ。

 

「窮鼠猫を噛むという言葉もある。追い詰められた者ほどその脅威は計り知れない。気をつけなければな。」

 

「その通りですなキャスバル様。ギレンもただ指を咥えてソロモンを見捨てた訳ではありますまい、何か策を弄している可能性が高い筈です。」

 

「確かにあのギレンがこのまま律儀に本土決戦をするとは思えないな。何か裏が有りそうだが……。」

 

 そう考えているとララァが青褪めた顔で崩れるように倒れ込む。

 

「どうしたララァ……!?」

 

「あぁ……っ!このまま進んでは行けない……っ!光と人の渦が溶けて行く……!」

 

 ララァの叫びと共にアムロもまた苦痛に耐えるかのように踞る。

 

「に、憎しみの光が宇宙(そら)に溶けていく……!あれは撃たせてはいけない光だ……!」

 

 その言葉と共に宙域のすぐ近くを大きな閃光が通過する、その時になって二人が何故戦慄をしたかが分かった。

 人の意識が飲み込まれて行く。それは絶望であり怨嗟であり多くの人々の感情が光と共に渦を巻き消えて行く。この感覚は何とも言えない気味の悪さであった。

 

「なんだ!?あの光は!?」

 

「主力艦隊のいる方向よブライト……!まさか……!」

 

 ミライ少尉の懸念通りだろう、あの光は主力艦隊を飲み込みその戦力を一掃した。この局面でそれが意図する事は……。

 

「全滅じゃない……全滅では無いけれど……。」

 

 アムロが呟く通り主力艦隊の全てが全滅した様には感じない、予感でしかないがそう思える何かがあった。

 

「先ずは現状の確認が先だ!フラウ・ボゥ、艦隊から通信は来ているか!?」

 

「第一連合艦隊のルザルより通信が、ホワイトベースを基点に艦隊を集結させているので動くなと。」

 

「それだけか!?」

 

「はい、向こうもだいぶ混乱しているようで……。」

 

「分かった、各員第二戦闘配備のまま待機せよ、警戒を怠るな。」

 

 艦内は慌しくなり私もまた状況を掴むのにアムロらと共に行動する。

 

「敵はどうやらソーラ・システムを使ったみたいだ。連邦が使ってた物とは威力がケタ違いだけど。」

 

 アムロの言葉に頭の中で合点が行った、ソロモンで使われたあの兵器と同等……いやそれ以上の威力の物を用意しているとなればギレンが今まで異様に静かだった事に納得が行く。

 

「ギレンめ……ア・バオア・クーで総力戦を挑むものだと思っていたが、よもやこんな隠し玉を用意していたとは……!」

 

 ランバ・ラルも憤慨する、今に思えばあの男がそんな手を出してくる筈もなかった。今までの全てがあの攻撃の為の布石だったという事だ。

 

「こんな状況でア・バオア・クーなんて攻められるのかよ!?かなりやられちまってるんじゃないのか?」

 

 カイ少尉の懸念ももっともだ。見える範囲だけでも多くの艦船に被害が出ている……だが。

 

「何かおかしい、ギレンが確実に主力艦隊を叩くつもりであったなら目に見える被害が多過ぎている。」

 

 あの巨大なビーム砲で主力艦隊を狙ったにしては小、中破で済んでいる艦船が多過ぎる。ギレンが確実に主力艦隊を狙っていたならばその半数は消滅して消え去っている部隊の方が多くなっている筈だ。

 

「一体ジオン公国では何が起こっているのだ……?」

 

 絶望的な状況ではあるが、まだ抵抗の余地はある。そう思えて仕方が無かった。

 

 

 

ーーー

 

 

「ソーラ・レイ、ゲルドルバ照準で発射されました」

 

 眼前を過ぎ去って行く巨光を見つめながら、通信手がそう伝えるのを聞く。

 

「な、聞いたろ?」

 

「あ、ああ。」

 

 艦内のクルーが困惑しながら話をしている。

 

「おい、レーザーセンサーの方はどうなんだ?」

 

「ああ、聞こえていたがな。そっちでも聞けたか?」

 

 あまりにも意図の分からない会話に、若干の苛つきを感じながら嗜める様に口を出す。

 

「どういうことなのか。第二戦闘配備中である、不明瞭な会話はやめよ。」

 

「キ、キシリア様。グレートデギンの識別信号がゲルドルバの線上で確認されたのですが、どうも……。」

 

「グレートデギンが?」

 

 グレートデギンは父の搭乗する艦だ。それがゲルドルバの線上にいたと言うのか?

 

「はい。しかも敵艦隊の主力とまったくの同一地点であります。」

 

 それが意図する意味は父がグレートデギンに乗っていたか否かで変わっては来る。もし搭乗していたのであれば……。

 

「グレートデギンの出撃の報告はあったのか?」

 

「いえ……。」

 

「わかった。敵の残存兵力の監視を。おそらく半分沈んだとは思えん。」

 

「了解であります!」

 

 ゲルドルバの線上にいたグレートデギン、そしてこの主力艦隊を狙ったにしては的外れとも言える狙い。自分の中で疑念が芽生える。

 

「おかしいですなキシリア様。」

 

「お前もそう思うか?」

 

 副官としてグワジンに同乗しているかつてマ・クベと呼ばれていた男もまた疑問に感じていたらしい。

 

「えぇ、ソーラ・レイが連邦の主力艦隊を一掃しようと思えばあの程度の被害が済んでいるのはおかしく感じます。それに今のグレートデギンがゲルドルバ線上にいたという報告……。」

 

「言うな。まだ決まった訳ではあるまい。」

 

 点と線が繋がるだけの要因はある。グレートデギンが主力艦隊と接近していた事実がギレンにとって都合の悪いものであったのなら、敢えて連邦の犠牲を少なくして放ったと言うのは合点がいく事だ。

 だがそれが意味する事は()()()()()()()()()()()()という結論に至る。幾ら総帥と言えど父殺しが認められる訳ではない、実権はギレンが握っているとはいえジオン公国の公王は父であるのだから。

 

「ア・バオア・クーへ急ぐぞ。何にしても先ずはそれからだ。」

 

 要塞までは目と鼻の先だ、事実もまたそこで分かる事だろう。

 

 

 

ーーー

 

 

「ルザルより通信、第2大隊と第3大隊がNポイントから進攻します。我々はルザルを旗艦として残存艦艇をまとめてSポイントから進めとのことです。」

 

 アルテイシアが主力艦隊からの通信を伝える、連邦もここで引く訳には行かないだろう。戦力の不足や作戦遂行の為の戦術面での懸念はあるが、ここで引いてはギレンの思う壺だ。

 

「いかにも戦力不足ね」

 

「こちらもソーラ・システムを使えればな」

 

 ミライ少尉とブライト艦長の言葉に頷く、ソロモンで使用されたソーラ・システムなる兵器は主力艦隊諸共消え去っている、我々は残された艦艇とMSで戦うしかない。

 

「でも、大丈夫だと思います。ア・バオア・クーの狙い所は確かに十字砲火の一番来る所ですけど、一番脆い所だといえます。作戦は成功します。」

 

 クルーの大半が悲観的な状況である中で、アムロが自信を持ちながらそう発言する。

 

「ニュータイプの勘か?」

 

「はい。」

 

「……よし。総員、第1戦闘配置だ!10分後にFラインを突破するぞ!」

 

 各々が自身の持ち場へと向かう、私もまたアムロらホワイトベースのパイロットやランバ・ラルらと共にMSデッキへと向かう。

 

「なぁアムロ。さっきお前が言ったこと、ありゃ嘘だろ?」

 

「えぇ。ニュータイプだからって未来が見えるわけじゃありませんから。」

 

 移動の最中、カイ少尉の質問にアムロがそう答える。

 

「そりゃそうだな。逆立ちしたって人間は神様になんてなれやしないんだから。」

 

「だがあの時アムロがああ言ってくれたからこそ、皆は逃げ出さずにいられた。」

 

 少なくとも士気は下がっていただろう、藁にも縋りたくなる状況である故に。

 

「これは本当に予感ですけどあのビーム砲だってきっとジェシーさん達が止めに行っている筈です。あの人達ならきっとそうする筈です、だからまだ本当に絶望する場面じゃないと思ってますから。」

 

 少数の艦隊ではあるが、確かに彼らの決死の覚悟でも我々の為に動いてくれる筈だ。彼らはそう言う絆を大切にしているから。

 

「それなら俺達はジェシーさん達に無様だと笑われないようにしますかね。」

 

「その通りだな。作戦はもう始まっている、急ごう。」

 

 愛機であるガンダムに乗り込み各種動作の点検をしながら発進準備に取り掛かる。

 

『良いわねカイ、無茶は禁物よ?』

 

「へへっ、わかってますよセイラさん。」

 

『ガンダム 、発進どうぞ。』

 

「愛してるぜーセイラさん。カイ・シデン、ガンダム行くぜ!」

 

 相変わらずのフランクさを崩さぬままカイ少尉のガンダムが発進する。それに続きハヤト軍曹のガンキャノン 、リュウ中尉のコアブースターとラル隊の面々も発進していく。

 

『アムロ、発進良くて?』

 

「大丈夫ですセイラさん。」

 

『無茶は駄目よ?生きて必ず帰ってくる、良いわね?』

 

「分かりました!アムロ、アレックス行きます!」

 

 アムロのガンダムも発進し、残る機体は私のガンダムのみとなる。

 

「キャスバル・レム・ダイクン、発進準備完了。いつでも出られるぞ。」

 

『……。』

 

 モニターで不安そうに私を見つめるアルテイシアに、プライベート回線に切り替えてから気さくに笑いかける。

 

「心配する事はない、私はまだ死にに行くつもりはないアルテイシア。」

 

『兄さん……。』

 

「ザビ家の復讐は私の悲願だった。それは今も変わらずデギン公王、ギレンやキシリアを許すつもりはない。だがそれにお前を巻き込むつもりも無いし、今はその先を見てくれる同志にも巡り会えた、変革を遂げる必要があると感じたのだよ未来の為にな。」

 

『私は兄さんがシャア・アズナブルだと予感した時に、きっと兄さんは復讐の為に優しかったあの頃を捨てたのだと思っていたわ……。』

 

「それは事実だ。本物のシャアを犠牲にして、刺し違えてもと願った。だがガルマの変革を目の当たりにし、そしてララァやアムロと言ったニュータイプの素養の高い者、エルデヴァッサー中佐やアンダーセン中尉といった新たに生まれるであろうニュータイプに理解を示している者。そういった人達に出会った事で、復讐の先よりもまだ父が根ざした未来に目を向ける余裕ができた。」

 

 ザビ家への復讐心は恐らく消え去るものではないだろう。今は冷静でいられても実際に対峙すれば再燃する可能性も高い。

 だが、それでも彼らと出会って変われた自分ならと願うのみだ。

 

「もしも私が死ぬような事があっても、お前はお前の道を行け。アムロ君達と共にな。」

 

『兄さん……!』

 

「良い女になるのだなアルテイシア。ホワイトベースへ、こちらキャスバル・レム・ダイクン。ガンダム発進する!」

 

 赤いガンダムと共に宇宙を駆ける、これが最後の戦いになると信じて。

 

 

 

ーーー

 

 

「ギレン閣下!連邦軍はビーム撹乱幕を張りつつ侵攻しています!」

 

「ソロモンと同様の戦術だな。ミサイル攻撃へと切り替えて対応しろ。MS隊はまだ動かすな。」

 

 此方の衛星砲を無力化しながら侵攻する作戦だろうが、要のソーラ・システムはソーラ・レイの攻撃で無力化されている。少しの優位は保てても時間が経てば此方が優勢になるのは間違いない。

 

「空母ドロスは予定通りに少し待たせてから動かせ。Sフィールドの層は薄い、Nフィールドへ艦隊の半分を回せ。」

 

 連邦は残存していた主力艦隊の残りをSフィールド、壊滅を免れていた大隊の殆どをNフィールドへ回している。

 E,Wフィールドにはそこまで部隊を向けてはいない、それならば最低限の艦隊を残して主要な戦域であるNフィールドの敵を先に叩いてしまえば後は各個撃破して行くだけで事足りる。

 

「Eフィールドよりグワジンが進入、キシリア少将のものと思われます。」

 

「よし、Nフィールドへ回せ。しかしキシリアめ、事前に通達していた部隊より数が少ないがどういうつもりだ……?」

 

 アレが目論んでいる事はある程度想像は付くが、この局面で事を起こすにはまだ早い筈だ。何を狙っている……?

 

 

ーーー

 

 

「気をつけろ!ソロモンにいた新型の数が多い!」

 

「分かってるてぇの!」

 

 カイ少尉のガンダムがビームライフルで敵を貫く、敵の新型は多いがその全てがエース級という訳ではない。逆に動きがぎこちない所がある、これは一体……。

 

「キャスバル様、何か解せませんな。」

 

「お前もそう思うかランバ・ラル。新型の動きがやや鈍く感じるが……。」

 

「元々ジオニックやツィマッドのMSでは操縦方法が異なるので練度の低いパイロットや乗り換えてから間も無いパイロットであれば慣熟が終わるまで動きが鈍いというのはあり得ますが、マ・クベによる統合整備計画後の新型であるならある程度は改善されている筈……となると。」

 

「そもそもMS自体の操縦に慣れていない、という事か……えぇいギレンめ。国民を総動員させてまで防衛させているとはな。」

 

 国家存亡に関わる一戦である故に予備役や学徒兵を導入するのは仕方がない事ではある。だがそれでも不愉快である。

 

「だが憐れんでいる余裕も無い……か!」

 

 少なくとも敵が誰であれその殺意は兵士としては充分である、殺さずというのは難しい。ビームライフルで敵を射抜きながら戦場を進む。

 

「キャスバル様、戦いを早期に止めるには……。」

 

「分かっている、ギレンやキシリアを直接叩けと言うのだろう?要塞に先ずは取り付かなくてはな。」

 

 少なくとも要塞に取り付けさえすれば戦いは安定する、敵の対空迎撃も要塞にまで向けては来ないし何より地の利が得られる。

 

「このまま要塞内部まで突き進むぞ!援護を頼む!」

 

「ハッ!了解でありますキャスバル様!」

 

「命令するんじゃねぇっての!」

 

 決着をつける為に、今は前に進む。

 戦うだけしか出来ない自分だが、その先を切り開いてくれる者が、託すべき者が未来を築いてくれるのであればその為の人柱となっても構わないのだ。

 

「ふっ、それではアンダーセン中尉に嗜められるか、無様にでも生きろと言いそうだな。」

 

 優れた指導者にだけ頼るのではなく、宇宙(そら)を生きる者全てでより良い未来築けと彼ならそう言うだろう。人柱として死ぬことなど許してはくれなさそうだ。

 

「シャア!危ない!」

 

 アムロのアレックスが敵機を貫く、少し気を抜き過ぎていたか。

 

「行こうシャア!倒すべき敵は彼処にいる筈だ!」

 

「……あぁ!分かっている!」

 

 より良い未来の為、殺された父の弔いの為、この戦いを終わらせる為。

 様々な想いが交錯するが、自分の信じた、そして自分を信じてくれている者の為に進むとしよう。それを思いの外、心地が良いと感じている自分がいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話 決着

 

「敵マゼラン級撃破!しかしながらMS部隊は既に発進した模様です!」

 

 報告を聞き目紛しい戦況である中、少しの焦りも見せずギレン・ザビは各所を指揮する。

 

「うむ、Nフィールドはドロスを基点に防衛せよ。連邦が如何に残存兵力を残していたとしても、そう簡単にドロスは抜けん。」

 

 ソーラ・レイの攻撃に巻き込めた艦隊の数は多く無かったがそれでもこのNフィールドを突破するには兵力不足だ。

 仮にこのア・バオア・クーが突破されようとも残存するグラナダの兵力、更に本国の兵力が有れば、この決戦に全戦力を投入している連邦軍には最早継戦するだけの余力は無い。

 

「ククククク……、勝ったなこの戦い。」

 

「ギレン閣下、キシリア様が戻られました!」

 

「遅くなりました兄上。」

 

「うむ。ソロモンではニュータイプ部隊が壊滅したそうだな。」

 

「申し訳ありません。」

 

 結局フラナガン機関を設立し、パイロットとして有力なニュータイプを増やしても結果が伴わなければ意味がない。シンボルとしてのニュータイプは必要ではあるが超人としての兵器的な側面を期待するにはコストが機体も含めてかかり過ぎる。

 

「所詮は強化した人間というカテゴリにしか過ぎんか。」

 

「しかし連邦には確実にニュータイプ部隊が発生しています、現にSフィールドに展開している木馬連中の動きは目を見張るものがあるかと。」

 

「木馬か、キャスバルが赤いガンダムという機体に乗っていると報告が来ているな。ガンダム、そこまで手こずる機体とは思えんが。」

 

「高性能機なのは間違いありませんが、問題は乗り手かと。」

 

「ニュータイプが乗ればこそ、という事か。だがこの局面最早どうにもならんよ。」

 

 キシリアもまた配置に付き、各所を指揮する。これで体制としては盤石となった。

 

 それから幾許かの時が流れ、また戦局が変わっていく。

 

「空母ドロス、突出していきます。」

 

「無理に敵にこだわり過ぎるなと伝えろ。しかし圧倒的ではないか我が軍は。」

 

「えぇ、幾ら連邦に未だ侮れぬ数があるとは言え、大勢はほぼ決していると言っても過言ではありませぬな。ならばこそ話せる事も増えましょう兄上。」

 

「どうした?」

 

「グレート・デギンはどちらに配置させたのです?ズム・シティですか?」

 

「沈んだよ、先行し過ぎてな。」

 

「そうですか、グレート・デギンはデギン公王より調達なされたので?」

 

「歯痒い事を聞くなキシリア。父上がグレート・デギンを手放すと思うか?」

 

「思いませんな。」

 

「つまりはそういう事だ。父上は死んだよ。」

 

「……。」

 

 キシリアとてこの状況で父上が独断で停戦協定を結びに行くことを良しとはしないだろう。なら仕方のない事だと割り切るしかあるまい。

 

「グレート・デギンは最後連邦の主力艦隊のいた地点で確認されています、ソーラ・レイの発射はその後だった。」

 

 少し怒気を含みながら声量を上げキシリアがそう発言する、各所が少しザワつき始めた。

 

「今は戦闘中だキシリア、それに独断で動いたグレート・デギンをどう止められる?ソーラ・レイの発射は既に決められていた事だ。」

 

「だとしても父殺しは総帥とて許される事ではない、それは兄上も良くお分かりでしょう。」

 

「タイミングの合わない和平交渉に何の意味がある。父上は時勢を見極めることが出来ず公国の王としての責務すら放棄したのだ、それこそ許される事ではない。そうだろう?」

 

 ガルマが謀叛を起こして以降、自身も消沈し反戦感情が芽生えていた公国の王に着いて行く人間がどれだけいると言うのだ。

 既に和平という路線など無いとコロニーを地球に落下させた時から分かってただろうに、その時の感情でコロコロと意見が変わる様な事は国の代表がしてはならない事だ。

 

「私のした事に反論があるのならこの戦いの後に法廷にでも上げれば良かろう。今はそれどころではない、分かっているなキシリア。」

 

「……えぇ、良く分かりました兄上。」

 

 その時である、通信手が突如大声を上げる。

 

「閣下!空母ドロス轟沈!敵は戦線を突破し要塞に張り付こうとしています!」

 

「クッ……!」

 

 やられた……。この問答に気を取られた僅少なくない時間、指揮に空白が出来たことで隙を突かれた。よもやドロスが轟沈するような事があるとは。

 

「突出し過ぎるなと言った筈だ!何をしていた!」

 

「ハッ……申し訳ありません……!」

 

 キシリアが父殺しを口に出した事で兵に動揺が生まれた事も起因しているだろう、兵の意識は戦場の統率よりも此方に向いていた。

 

「 Sフィールドも木馬の部隊が侵攻を続けています!このままでは要塞に取りつかれます!」

 

「私が出る!ザンジバルの用意を!」

 

 キシリアが声を上げる、元を正せば原因はキシリアにある。一体何を狙っているのだこの女は。

 

「私が乱した戦況です、前線で直接指揮を執り体勢を整え直します。」

 

「逃げるつもりでは無いだろうなキシリア?」

 

「逃げる?兄上はドロスが沈んだ程度でア・バオア・クーが陥ちるとお思いで?」

 

 それは無い、ドロスの損失は大きいが未だドロワは健在であり更にソーラ・レイの次弾もある。幾ら戦線の一部が落ち込んだとは言え大勢に大きな影響は無い。

 

「貴様が乱した戦況だ。敵前逃亡と思われても仕方ない事だ。私がそう思わなくとも部下たちはそう思うだろう。」

 

「それもそうでしょうな。しかしソーラ・レイの次弾が残っている以上、下手に逃げる場所もないでしょう。お任せください兄上。」

 

 敬礼し場を去るキシリア。今は奴の動向を気にする事より戦線の立て直しが重要だ。

 

「戦線を立て直す、Nフィールド防衛中のMS部隊は後退し敵部隊の迎撃に備えよ!艦艇はドロスの抜けた穴を埋めるように配置し直せ!」

 

 

 優位は揺るがない、だが何処か亀裂が走り始めている。心の中でそう思い始める自分がいると、ギレン・ザビは思い始めていた。

 

 

 

ーーー

 

 

「……なんだ?」

 

 戦闘の最中、ブライト・ノアは違和感を覚えた。

 

「どうしたのブライト?」

 

「ミライ、一瞬だが敵の動きが鈍くなった。そう感じなかったか?」

 

「そうね。確かに妙だわ。敵も私達と同じで上手く行っていないのかも。」

 

「だがチャンスでもある。セイラ、アムロ達の動きは?」

 

「キャスバル総帥とランバ・ラル隊が先行してア・バオア・クー外壁に取りつこうとしてる最中です、それに続きカイとアムロのガンダムが敵の遊撃に入りリュウとハヤトがその援護に回っています。」

 

 MS隊は奮戦している、限りなく勝率は低いと思っていたが勝機が見えて来た。

 

「よし!ホワイトベースも続き要塞に陣取るぞ!各員今まで以上に気を引き締めろ!」

 

 

 

ーーー

 

 

「キャスバル様!」

 

「あぁ、お前も感じだかランバ・ラル?」

 

「ハッ、艦隊の動きが少し鈍っております。今が好機かと!」

 

 MS隊の練度もそうだったが艦隊もまた本来より動きが滞っている。ア・バオア・クー内部で何かあったか、或いは艦隊の人員もまた学徒を動員しているのか……。

 

「今は考えるより動くべきだな。このまま要塞内部に侵攻する!ラル隊は私に続け!」

 

「ハッ!ラル隊は全機キャスバル様の援護に回れ!」

 

 少ない人員ではあるが、ゲリラ戦に長けたランバ・ラルとその隊の者なら要塞内部での白兵戦も苦にはならない。更に要塞内の状況が変われば此方に寝返る兵も出てくる筈だ。

 

「ホワイトベース隊へ、我々は今よりア・バオア・クー内部へ突入する!」

 

「ここは僕達が引き受けます!シャアやラルさん達はザビ家を!」

 

「さっさとこのくだらない戦いを終わりにさせて欲しいもんだね!」

 

 アムロのアレックスとカイのガンダムが突破口を切り開く、そのチャンスを活かして要塞の入り口を突破する。

 

「要塞に取り付いたぞランバ・ラル!」

 

「よし!各員白兵戦用意!ア・バオア・クー中枢へと向かう!」

 

 銃を構え要塞内部への侵入を開始する、ザビ家を止めこの戦いを終わらせる為に。

 

 

 

ーーー

 

 

「そこっ!」

 

 ビームライフルで迫り来る敵機を次々と撃破する、倒しても倒してもまるでキリがない。

 

「ホワイトベースももうすぐ要塞に取り付けるか……。」

 

 シャア達が突破した要塞ゲートへとホワイトベースも侵入していく、下手にこの宙域で戦うよりはそちらの方が安全だろう。

 

「アムロ!大丈夫か!?」

 

 リュウさんのコア・ブースターが此方に接近し通信をしてきた。

 

「大丈夫ですリュウさん、ただ敵の数は一向に減りませんね。」

 

「あぁ。だが敵も無限じゃない筈だ、それに残存艦隊は他の宙域にも展開してるんだ。敵も俺達だけ相手している訳じゃないからな、チャンスはある筈だ。」

 

 リュウさんの言葉に頷く、ジオンだって苦しい筈だ。後は僕達がどれだけ抵抗し続けれるかの問題だ。

 

「シャア……。」

 

 倒すべき敵はザビ家だ、シャアもそれを分かっているから自分が敢えて内部に突入し止めようとしている。それが彼らを殺すつもりであると分かっていても。

 

「復讐だけじゃ何も生まれない、シャアだって分かっている筈だ。」

 

 ソロモンで戦ったニュータイプ、あの人達との戦いで殺し合う虚しさを僕達は知った筈だ。それにジェシーさんとだって話し合った筈だ。

 

「本当のニュータイプに変わる為に……戦うだけがニュータイプじゃないんだ。」

 

 難しいのは分かっている、だけどそれでも今のシャアならと信じる事しかできない。

 

「アムロ!要塞から敵の艦船が出て来たぞ!」

 

 リュウさんの言葉に意識を戦場へと戻す、シャア達が突入した所とは別の場所から敵の艦艇が発進してきた。

 

「あれは……何だ、この嫌な感覚は。」

 

 あれを取り逃してはいけない、そう直感した。

 だが敵の艦艇は此方を攻撃するつもりが無いのか発砲もせずにブースターを点火させている。

 

「逃げようとしている……!?やらせはしない!」

 

 ビームライフルを構え逃げる前に攻撃しようと考えるがあの艦の護衛なのか新型が数機展開し此方に向かってくる。

 

「クソっ!あれを逃しちゃいけない……そう感じるのに!」

 

 敵機に対応している間に敵の艦は戦域から離脱していく。クソッ!とコクピットを殴りつけ後悔するしかなかった。

 

 

 

ーーー

 

 

「キシリア様、本当にア・バオア・クーから離脱するおつもりで?」

 

 かつてマ・クベと呼ばれた副官がそう発言する。

 

「あぁ。ギレンには最早ジオン公国を統率するだけの器は無い、これからは私が新たにジオン公国を継ぐ者となる。」

 

「まだア・バオア・クーの形勢は此方が有利です、撤退するのは時期尚早では?」

 

「ア・バオア・クーに到着する前にソーラ・レイの防衛に回っている内偵から暗号通信が届いた。ミノフスキー通信だったので内容は濃くは無いが、白いマゼラン級とその艦隊がソーラ・レイを破壊しに向かっているとの事だった。」

 

「しかし……、ソーラ・レイ防衛には少なくは無い艦隊が配置されている筈です、如何にニュータイプの可能性があれど少数の部隊では突破は困難でしょう。」

 

「そう思うか?思えばV作戦の頃から。いや、連邦がMS試験部隊を早期に立ち上げ尚且つそれを指揮する者が15,6にも満たない少女だと判明した時から我々は敵を侮り続けて来たのではないかと私は思っている。」

 

 更にそれらの者が我々ジオンと異なり何の実験も調整もなく、自然発生したかのようにニュータイプとしての頭角を示している事が恐ろしくもある。

 以前フラナガン機関から連邦へ亡命したクルスト・モーゼスと呼ばれる科学者は、その亡命理由がニュータイプによりオールドタイプが駆逐されるので無いかという懸念からだと報告書で見たことがあったが、確かにそれだけの脅威となり得る要素がニュータイプにはあるのだ。

 

「ニュータイプ。その力の本質を理解するのに我々は少し遅かったのかもしれない。だからこそ時を待ちニュータイプによる時代の変革を起こさなくてはならないのだよマ・クベ。」

 

 兵器としての運用も悪くは無いが、これから先の時代ニュータイプという存在の在り方こそが宇宙に於いて要になる。その時有効的に彼らを使えれば今よりも良い形で私は時代の覇者として君臨できる筈だ。

 

「それではキシリア様……グラナダへと向かうおつもりで?」

 

「グラナダは今からでは間に合わん、既にダルシアの一派が連邦との停戦協定を独自に結ぼうとしている。本国も首都防衛大隊が蜂起している最中だろう。向かうべきはアクシズだ、既に必要な人員と資材は送っているし連邦もアステロイドベルトまで向かう余力はない。」

 

「ハッ、了解しました……。」

 

「不服か?」

 

「いえ。キシリア様の命であれば私に異論は。」

 

「宜しい、広域通信を開け。ミノフスキー粒子散布下であるから通信が繋がる部隊に聞こえれば良い。」

 

「通信チャンネル開きましたキシリア様!」

 

 通信手の言葉に頷き演説を開始する。

 

『聞こえるか、ジオン公国の兵士達よ。私はキシリア・ザビ少将である。戦いの最中ではあるがこの通信が届いた全ての兵士達に伝えたい。我らが国主デギン・ソド・ザビはソーラ・レイによって宇宙に消えた。これはジオン公国総帥であるギレン・ザビによる意図的な攻撃によるものだと私は突き止めた!デギン公王は独断で和平交渉を行うつもりで連邦軍主力艦隊へと向かった、この事実はジオン公国の国主としては恥ずべき行為である。だが!だからと言って公王である父を殺す行為もまた許される行いではない!己に都合の悪い人間であるなら父親でさえ殺すというギレン総帥に最早ジオン公国を統率するだけの器は無いと私は確信し、新たに新生ジオン公国を立ち上げる事を宣言する!私と共に歩むつもりのある勇者はアクシズへと進路を取れ!』

 

 この演説による効果は期待していない。この戦場に嫌気を差している兵士の士気を下げ少しでも戦況に亀裂が与えられればそれだけでも良い。

 ここでそれでもなおギレンが勝つか、或いは2射目のソーラ・レイに私が巻き込まれるか、逃げる最中で敵か味方にやられるか。後は天に身を委ねるだけだ。

 

「一世一代の大博打だ。どんな賽の目が出るか楽しみにしようではないか。」

 

 加速して離脱していくザンジバルの中で、次の時代に自分がどう立ち回れるか年端も行かない少女の様に興奮を胸に秘めながら進むのであった。

 

 

 

ーーー

 

 

「空母ドロワ轟沈!Sフィールドが徐々に押されています!」

 

「ギレン総帥!要塞内部に敵が侵攻しているとの報告が!中にはあのキャスバルとランバ・ラルが確認されているとの報告も!」

 

「くっ……!」

 

 キシリアが戦線を離脱した、その報告を聞いてから状況は悪化の一途を辿る。離脱する間際にキシリアは私が父を殺したと演説し、アクシズへ共に続けと声を上げ蜂起したと連絡があった。

 それに呼応する部隊、混乱する部隊が現れ、対応が可能だった戦局に少しずつ穴が開き始めた。それは幾つもの綻びとなって最早戦況は連邦に傾きつつあった。

 

「残存する兵力を纏めよ。キシリア幕下の部隊は前線に立たせ盾にしても良い、この状況下では裏切らぬとも限らん。」

 

 そうする事でキシリアに続くかもしれないがいずれにせよ戦況には最早焼石に水程度の効果しかない、起死回生となるのはこのア・バオア・クーの戦況ではなくソーラ・レイの次弾に賭けるしかないのだ。

 予定通りであれば数時間もしない内にNフィールドの方面に撃たれる、それさえ成功してしまえばこの状況を打開するには苦労しない筈だ。

 

「ギ!ギレン閣下!要塞内の……いやこの司令室に続く全ての隔壁が開放されていきます!これは……!」

 

「……キャスバルの側に着いたか。」

 

 要塞内の防衛部隊にもキャスバルに呼応する者が現れたのだろう。ジオン・ダイクンを慕う者は未だに多いしこの状況では寝返る者が増えるのは止められない。

 

「ギレン閣下お逃げください!」

 

「何処に逃げろと言うのだ?最早退路など無い。」

 

 既に非常用の脱出艦に続く道は閉鎖されているか伏兵が配置されているだろう、あのランバ・ラルがいるのであれば抜かりは無いと思うべきだ。

 

「ここまでかな。」

 

 最早焦っていても仕方はない、投げられた賽の目の結果を見届けるだけだ。

 

「敵部隊!間も無くこの司令室に到着します!」

 

 その言葉と共に大きな爆音が響き、最後の盾であったこの部屋の扉が開かれた。

 

「全員動くな!最早逃げ場などないぞ!」

 

 ランバ・ラルの言葉に兵士達は震え上がり次々と手に持っていた銃を降ろす、もうどうにもならないと感じたのだろう。

 

「久しぶりだな。と言うべきかギレン?」

 

「ふん、キャスバル坊やが大きくなったなと此方も言うべきかな?」

 

 銃口を向け、此方を見つめるキャスバル。

 

「降伏しろ、最早貴様達に退路はない。」

 

「かも知れんな。だがキャスバルよ、まだ此方には切り札が残っている、私が死のうと形勢など楽に逆転できるだけの切り札がな。」

 

「あの主力艦隊を殲滅した兵器か……!」

 

「そうだ。私の生死に関係なく発射は予定されている、更に言えば私が死んだ所でグラナダや本国には兵力は残っているのだぞ、ジオンはまだ終わらぬよ。」

 

「だがキシリアを始めジオン公国内部は既に貴様の思い通りには動いてはいない、まだ公国が戦いを続ける気力があると言うのか。」

 

 既にキシリアの謀叛は聞いているようだ、だからこそ降伏せよと言っているのだろうが。

 

「キャスバルよ、お前もガルマと共に指導者として立った身だ。なら分かるだろう、これから先地球連邦政府と共に歩めると本当に思っているのかと。」

 

「……既にコロニー落としを始めとした凶行でスペースノイドとアースノイドの間に修復不可能なレベルの確執が生まれたのは確かだ。」

 

「その通りだ。所詮ネオ・ジオンなどと、ジオン・ズム・ダイクンの遺児による真のジオニズムだのと言った所でそれらは地上に生きる俗物には関係のない()()()の妄言にしか過ぎないと、そう思う者が多数を占めて行くだろう。更に言えば他サイドの人間にしても同じ事だ、元はジオン公国の人間が何を今更とな。」

 

 ネオ・ジオンが今許されている理由など連邦軍が少しでも利を得る為だけに利用しているからに過ぎない。

 今は良くともこの戦いの後、何年後も独立が許される可能性は高いとは言えないのだ。連邦が許した所で反感を持つ者は増えるだろう。

 

「だからこそ人類は我々に管理、運営されることでこそ正しく導く事が出来るのだ。私であればそれが可能なのだよ。」

 

「ギレンめ!世迷言を!」

 

 ランバ・ラルが銃口を向ける。

 

「手を出すなランバ・ラル!……確かに貴様の言う通り我々ネオ・ジオンが今後何の問題も無く独立出来るとは思っていない、現状を生み出したのが地球連邦政府による悪政の結果だと分かっているからだ。それがこの戦いを期に変わる等とは私も思わない。」

 

「ならばお前はどうするキャスバル、地球連邦の首脳部は最早修復不能な迄に腐り切っている。ここで連邦が勝利すれば奴らは更に増長し、引き続き地球を食い物にして我々宇宙移民者がそれらを支える事になる。お前はそれを変えるだけの力があるのか?」

 

「……。」

 

「今からでも我々の側へガルマと共に戻れ、数刻も待たぬ内に此方はソーラ・レイの次弾を以て地球連邦艦隊を圧倒し、ソーラ・レイの力によって連邦を外交の場へと立たせる事が出来るのだ。そうなれば我々スペースノイドに有利な状況で時代の変革を見届ける事ができる。悪くはない提案のはずだ。」

 

「キャスバル様……!」

 

「ギレン・ザビ、確かに貴方にはそれを可能にする実力がある。あの兵器が再び撃たれたならば、この戦局など確かに簡単に覆せるだろう。更に先程耳にしたキシリア・ザビの反乱や既に動いている反ギレン派の動きも、連邦が弱体化してしまえば退ける事も可能だろう。──だが。」

 

 此方を真っ直ぐに見つめ視線を逸らす事なくはっきりと喋る。その姿に一瞬かつてのジオン・ズム・ダイクンを感じた。

 

「それでも私は人の可能性に賭ける。人々がニュータイプへと変革していけばいつかはより良い未来へと辿り着けると信じている。」

 

「可能性など曖昧な理想に過ぎん、現実を見ろ。」

 

「私は実際にガルマを通して人の変革を見た。それにニュータイプへの理解を示す同志達にも巡り合えた。彼らが諦めない限り必ず道は開いて行く、その可能性を私が……ジオン・ズム・ダイクンの息子である私が見届けなくてはならないのだ。」

 

「与太話だな。それが指導者としての貴様の言葉なら期待外れだキャスバル・レム・ダイクン。所詮は父親と同じで夢想家だったと言うことか。」

 

「夢想家で終わるつもりはない。────。ギレン、これが諦めずに進んだ人々の答えだ。」

 

「何……?」

 

 キャスバルが突然視線をモニターへ移す、それに反応し私もまたモニターを見る其処には──。

 

「あの光……まさか……。」

 

「見当違いの方向に放たれたようだな、それに既に雲散している。」

 

 予定よりも遥かに早くソーラ・レイの次弾が発射されたと言うのか、それにこの宙域を越える事なく光は消えて行く。つまりは……。

 

「止めたと言うのか、ソーラ・レイを。」

 

「私の仲間にはあの様な兵器の存在を許さない者がいるからな。彼らならきっとその為に動くだろうと信じていた。」

 

 ソーラ・レイ防衛には本国の部隊を多数配置していた筈だった、それを突破し破壊したと言うのか?連邦の艦隊は殆どがこのア・バオア・クーかに配置されていた筈だというのに。

 

「お前の負けだギレン。」

 

「クックック……万策尽きたとはこういう時に使うのだろうな。最早このまま生きていても仕方がない、父親の仇を取れば良いキャスバルよ。」

 

 キャスバルの前へと進み銃口の前に立つ。

 

「ジオン・ズム・ダイクンを殺す事を決意したのは父だ。だが実行犯は私でもある、貴様に取っては親の仇だ。さぁ私を殺して父の恨みを晴らしてみせろ。」

 

「……この瞬間の為に私は何年も雌伏して来た。お前達を殺す事が私の悲願であった。」

 

 キャスバルは私の頭に銃口を向け、そして──。

 

「だからこそ私はお前を殺さない。未来の為に戦った仲間達に過去の私の悲願など見せたところで呆れられるだけだからな。拘束させてもらうぞ!」

 

 身体の動きを抑えられると同時にランバ・ラルが自殺を止める為に口を塞ぐ。

 全てが終わった。

 

「キャスバル様!最早ア・バオア・クーは制圧したも同然です!この宙域にいる全てのジオン兵に降伏勧告を!」

 

「あぁ、もう誰も戦う必要など無いのだからな。」

 

 

 

ーーー

 

 

『この宙域の地球連邦軍、並びにジオン公国軍の兵士に告げる。私はネオ・ジオン総帥のキャスバル・レム・ダイクンである。ア・バオア・クー司令部は既に制圧され、ジオン公国総帥ギレン・ザビは我らに拘束された。これ以上の戦いに最早意味はない、両軍直ちに戦闘を停止せよ。繰り返す──』

 

 シャアの言葉を機体が受信する。

 

「終わったのか……シャア。」

 

 大勢は決した様だが、未だその事実を受け止められない人達が少数ではあるが連邦ジオンを問わず戦いを続けている。

 

「ったく、本当に戦いは終わったか怪しいもんじゃないの。なぁアムロ?」

 

「この状況で広域通信なんて制圧していなきゃ無理でしょうカイさん?」

 

「まっ、それもそうか。んじゃあ未だに戦ってる連中でも止めに行くか。」

 

「まさかカイさん、敵を撃破するつもりじゃ……。」

 

「バーカ、流石の俺も戦争が終わったかもしれないってのに人殺しする程飢えてないっての。ジェシーさんが言ってたんだろ?復讐に気を取られ過ぎるなってよ。」

 

 そう、サイド3へあの人達が向かう前に彼はそう言っていた。

 

「さっきのは光見たろ?ジェシーさん達がどんな戦いをしたかなんて想像つかないが、必死になって止めてくれたんだなってのは俺にだって分かるぜ。だからこの戦いが終わった後に情け無い所なんて見せたかないもんでね。ほら、さっさと行くぞ!」

 

 カイさんのガンダムが敵味方問わず戦いを止める様に通信チャンネルを開いて叫ぶ、急に戦いをやめろと言われてやめられる訳はない。みんな何かのきっかけが欲しいのだ。

 

「今の通信を聞いた人は戦いを止めてください!戦いは終わったんです!」

 

 自分もまた通信チャンネルを開きそう叫ぶ。

 やがて次々と同じように言葉が繋がって至る所から戦いを止める声が聞こえて来る。それは連邦からもジオンからもだ。本当は誰も、こんな戦いなどもう続けたくないのだ。

 

 そして混乱が治まり、両軍が互いの傷病者を収容し始めたり救助活動を始める。

 それは誰かの命令じゃなく、一人一人が自分の意志で始めている。その事実に心が震えるのが分かった。

 

 

 

 宇宙世紀0079年12月25日、宇宙要塞ア・バオア・クーの戦いが終わった。

 それは本来の歴史より一週間も早く起きた事であるが、それを知る者はただ1人を除いて存在しない。

 

 その数日後、宇宙世紀0080年1月1日地球連邦軍とジオン公国軍による正式な停戦協定が結ばれ、後に『一年戦争』と呼ばれる事となるジオン独立戦争に終止符が打たれる。

 しかしアクシズへと逃亡したキシリア・ザビの一派による新生ジオンと呼ばれる存在やア・バオア・クーから撤退し身を潜めたジオン残党の発生など戦争の全てが帰結したとは言えない、この先の未来がどうなるのか今は誰も知る由も無かった。

 





次回第一部最終話『紺碧の宇宙へ』に続く。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一部最終話 紺碧の宇宙(そら)へ

 

「時間が無い……!」

 

 ヴァイスリッターと呼ばれる機体とフィルマメントと呼ばれる機体に乗る少年と少女が、そう叫ぶ。

 

「急げ!もう時間の猶予は無い!」

 

 艦砲を斉射させ、部隊に指示を与える老齢の提督もまた、そう叫ぶ。

 

「時間が無いんだよ……そこをどきな!」

 

 故郷を兵器に改造され、それをまた兵器として利用させない為に、機体を駆る女性も同じ様に叫んだ。

 

 

 今この場所にいる者の大勢が、思いを同じにして動いている。

 止めなくてはならないのだ。これ以上コロニーをあんな姿で留めさせてはいけないと、そう願って戦っている。

 

「アンダーセン提督!リリー・マルレーンに敵艦のミサイルが!」

 

「くっ!我が艦を盾にして迎撃する!彼らを失ってはならぬ!」

 

 ダニエル・D・アンダーセン少将の指揮の下、リリー・マルレーンの盾になるようにアンゼリカが並ぶ。

 

「くっ……!アンダーセン提督!迎撃し切れません!」

 

 既にジオングの攻撃で副砲と対空砲の一部が使用不可能になっている為、完全な迎撃には及ばず幾つかのミサイルがアンゼリカの直撃コースに入った。

 

「ぬぅ……!総員、直撃に備えよ!」

 

 爆音と共に艦が大きく揺れる。

 

「ジュネット中尉!艦の被害報せ!」

 

「了解!……奇跡的に人的被害は有りませんでしたが主砲とミサイル射出口損失、副砲、対空砲も先のダメージに加え今の攻撃で全て使用不可能となりました!……この艦に最早攻撃手段は残っておりません……!」

 

「……総員退艦準備!」

 

「……っ!?」

 

「二度は言わぬ!急げ!」

 

「り、了解!総員退艦準備!クルーは全員脱出用のスペースランチへ急ぎ集合せよ!」

 

 クルーが慌しく脱出準備へと急ぐ中、一人艦長席から微動だにして動かない男性がいた。

 

「アンダーセン提督……。」

 

「私はこの艦と運命を共にする。君も急ぎたまえジュネット中尉。」

 

「アンダーセン提督……いや、親父さん。私もお供します!」

 

「君とは長い付き合いだ、君がそう言うとは思っていた。だが私の意地に付き合う必要はない。」

 

「しかし……!」

 

「君にはジェシーやエルデヴァッサー中佐を支えて欲しいのだ。老い先短い私よりも未来を生きる二人を共に支えて欲しい……頼む……。」

 

「親父さん……。」

 

 かつて彼が支え、そして彼を支えてくれた盟友達のようになって欲しいと。

 

「……分かりました、クッ……最後の時にお側にいる事が出来ず申し訳ありません親父さん……!」

 

 涙を流して敬礼をするアルヴィン・ジュネット中尉にダニエル・D・アンダーセンが優しく微笑む。

 

「いいやジュネット君。君のような部下を持てて私は幸せ者だ。一度は軍から身を引いた私だが最後にこのアンゼリカを率いて進むことが出来たのは君達がいてくれたお陰なのだから。さぁ、行くのだ。」

 

 最後に一礼し、その後迷う素振りを見せぬようにと振り返ることなく去って行ったジュネット中尉を誇りに思い、艦長席からスペースランチが発進して行くのを確認する。

 

「さて、最後の仕事をするとしようか。」

 

 艦長席のシステムを使用し、艦の航路を設定し直す。目標は敵のコロニー兵器、主砲が使えなくともミサイルが放てなくとも、最後に残された弾丸はまだ残っている。

 

「ふっ。最後の役目がこんなものではあの世で怒るかな?アンゼリカよ。」

 

 今はもういない、だがその志は此処に、そして子供達に受け継がれている女性を想う。

 

 

 

 

『ねぇD・D、この子達が歩む未来はどうなって行くのかしら?』

 

 産まれたばかりの子供を抱き、優しく髪を撫でる母親。かつて見た光景である。

 

『分からない、分からないがせめてまともな道を歩める様に進むべき道を照らしておかなくてはな。』

 

『貴方の子供も大きくなったのでしょう?恥ずかしい父親だと思われない様に護って行きなさいよD・D、と言うか一回くらい連れてきなさいよ。』

 

『お前に会わせたら我が子がどんな目に遭うか恐ろしくてな。』

 

 冗談を言いながら、未来を行く子供達の姿を想像した。護って行こうと、そう思っていた筈だった。

 

 

 

「だからこそ……、今度こそ護らねばならない。」

 

 一度は捨ててしまった誓いをまた果たす為に。最後の戦いはまだ終わっていない。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「クソッ!もう発射まで時間がない……!」

 

 目の前で徐々に光を帯びていくソーラ・レイに、ジェシー・アンダーセンの焦りは募って行く一方だった。

 

「お願い……!もっと早く……動いて……!」

 

 自身も機体も満身創痍であるが決して歩みを止めず共に進んでいくアンナ・フォン・エルデヴァッサー。彼女も決して諦めてはいなかった。

 

「みんな……みんながこれだけアレを止めようって必死になっているんだ……!それが……その想いがみんなに伝わりさえすればこんな馬鹿げた戦いなんて簡単に終わるのに……!」

 

「ジェシー……。その通りです、みんなの想いが通じさえすれば……!」

 

 それがどれだけ難しいかも分かっている、少なくともソーラ・レイを守っている者達にも譲れない理由があり、必ずしも二人の想いだけが正義なのでは無いのだ。誰が善で誰が悪なのか、それは後世の歴史家が歴史書を書く時に決める事であり今此処で戦っている全ての人間が思い思いの正義の為に戦っている、それらは全てその人にとっては正義なのだから。

 

「俺は結局……何も変えられないのか……?何の為にこの世界にいるんだ……こういう時の為じゃないのかよ……!」

 

 本来の歴史を知っていた、止められる術を知っていた、しかしそれらは現実という流れの中では結局全くの役に立たなかった。その無力さを嘆くしか出来ずにいる。

 遠くで戦っている仲間達の為に出来ることをしなければならない。だが今はただ進むことしか出来ない自分に苛立つ事しかできなかった。

 

 

ーーー

 

 

『起きろ、いつまで寝ていやがる!』

 

 声、それはついこの間まで毎日聞いていた声。

 

『もう少し寝させてくださいよ隊長。ここって夜中は虫やら動物やらでうるさくて仕方ないんですよ。』

 

 同僚だったブライアンという男の声だ。そうだ地上に降りてからというもの毎日コロニーで全く見かけない虫の鳴き声だったり動物の鳴き声だったりがうるさくて常に寝不足気味になっていた。

 

『馬鹿野郎!お前らが呑気に寝てる間に攻撃されて死んでみろ、末代までの恥だと語り継がれちまうぞ!それにお前もいつまで寝てやがるグレイ!』

 

 先程飲み終えたのであろうコーヒーが注がれていたマグカップが頭部に当たる、痛みで完全に目を覚ます。

 

「イテテ……。」

 

「どいつもこいつも気楽で良いもんだな、俺が連邦だったら嬉しくてしょうがないぜ相手がこんな呑気だってんならな。」

 

「なぁブライアン、なんで隊長はこんなにカリカリしているんだ?」

 

「あぁ?決まってるだろ、早くこんなトコからおさらばしてサイド3に帰りたいんだろ。」

 

「分かってんならもう少しシャキッとしやがれブライアン!」

 

 隊長の鉄拳がガツンとブライアンに振り落とされるのを見て戦慄しながら制服に着替える、着任時はビッシリと伸びていた制服も今ではすっかりヨレヨレになっている。

 確かにこんな状況ではさっさとサイド3に戻りたくなるのは仕方がないなと感じた。宇宙と地上では何もかもが違う、この重力も空気も飲み水ですら違和感を覚えてしまう程コロニーで作られている物とは違うのだから。

 

 早く帰りたい。そうだ、俺は早く宇宙に帰りたいのだ。隊長と、隊長の家族とまたのんびり夕食を楽しむ、そんな当たり前の日々に戻りたい。

 

 

『起きてください……お兄さん、起きてください……。』

 

 

 もう起きている、その筈なのにまるで夢にいるかのように現実へ引き戻す声が聞こえてくる。嫌だ、俺はまだ此処にいたい。隊長と仲間達とまだ平和な夢を見ていたい……。

 

 

『馬鹿野郎!いつまでもそんな夢に縋るんじゃねえ!』

 

「……っ。」

 

 隊長の声、毎日の様に聞いていたその声がまた聞こえる。

 

『グレイ!テメェが俺の死に目を気にして、そして死んで行った仲間達の声を聞いて世界に絶望してるのは分かる!だがな、俺達はもう死んだんだよ!肉体はもう何処にも存在しねえ、けどな!心はずっとお前と共にある、それを忘れるな!』

 

「隊長ぉ……でも俺は……俺は……っ!」

 

『オメェはまだ生きている、そしてまだ未来があるんだよ!それを死んだ人間に引き摺られて一緒になりてえだなんて思うな!』

 

『そう、お兄さんにはまだこれからの未来があります。私達にはもう無い未来が。』

 

「マルグリット……。」

 

『この子も俺も死んだ事に悔いは無いって言ったら嘘になる。だがよグレイ、()()()()()()()()と割り切るしかもう道はねぇだろ……。どうしようもねえんだよ起きちまった事にはな。』

 

「……。」

 

 受け入れるしかない?確かに起きてしまった事を後悔しても死んだ人達は帰ってきやしない。だけど俺にはそれを受け入れるだけの心の余裕なんてありはしないんだ。

 

『アイツらだって同じだ。』

 

「アイツら……?」

 

『俺を殺したガキ共だ、アイツらお前と同じかそれより下の子供だった。敵だってのに死んで血塗れだった俺をわざわざ拭いたんだぜ?甘っちょろいにも程がある。』

 

 そうだ、隊長の遺体は綺麗に拭かれていた。本来なら血塗れで見るに耐えない遺体となっていた筈の隊長をわざわざ遺体収納袋に入れて家族の写真まで添えて弔っていた。

 

『戦いだから殺るか殺られるしか道はねえ、だがよ()()()()って思っちまうんだろうな人間ってのは。』

 

「……。」

 

『任務に従うのが兵士だ。だけどな、だからって人殺しをしても何も感じないって訳じゃねえ、人はロボットじゃねえんだからな。』

 

「だけど……!俺は……!」

 

『あぁ、アイツらをお前が許さなくても良い。それも間違っちゃいねえよ、俺やこの子を殺されたお前の気持ちが簡単に消えるなんて思わねえ。だがさっきも言っただろ、死んだ人間に引き摺られて生きるな、復讐だけが人生じゃねぇしお前はお前の為の未来があるのを忘れるな。今を生きろグレイ、俺がお前に教えられるのはそれが最後だ。』

 

「隊長……。」

 

『さぁお兄さん、目を覚まして。お兄さんを待ってるのは死んでしまった私達じゃない、今を生きる生きた人間なんですから。』

 

「マルグリット……。」

 

『さようならお兄さん。いつか、命が巡ったその先でまた会いましょう。』

 

 隊長とマルグリットが光の先に消えて行く。その光を掴むように手を伸ばし、そして────

 

 カチッ、カチッ、カチッ

 

「──マリオンの……時計……。」

 

 マリオンが俺にくれた時計が1秒、また1秒と時間を刻んで行く。時は決して巻き戻せないと言う様に。

 

「グレイ!グレイ……!?」

 

「ヘルミーナ……?お前なのか……?」

 

 通信機から聞こえてくるのは泣きじゃくっているヘルミーナの声だ。既にずっと叫んでいたのか声が少し涸れていた。

 

「もう1人にしないで……!私とずっと一緒にいて……!本当はグレイに死んで欲しくない、ずっと一緒にいたい……!」

 

 ヘルミーナの慟哭に涙を流す、俺は結局隊長の言う様に死人に引き摺られてヘルミーナまで同じ様にしようとしていた。本当に見るべきなのは……。

 

「今まで悪かったヘルミーナ、俺が復讐にさえ拘らなければマルグリットは死なずに済んだのに……。」

 

「姉さんが言ったんだ……これ以上私の為に戦うなって……。」

 

 アイツにはずっと助けられてばかりだった。俺達が道を外しても死んでもなお導いてくれた。

 

「マルグリット……。」

 

 死んでしまったマルグリットの為に出来ること、俺が歩むべき未来……。

 

「みんな、あの白いのと青いのもずっと戦ってる。」

 

 全てを飲み込む悪魔の光、その発射源となっているあのコロニー兵器を壊す為に連邦がそして味方である筈のジオン兵までもが動いている。

 俺にだってあの兵器が存在してはならないと言うのは分かっている、だけどジオンが勝利する為には必要な兵器なのだ。

 

 だが此処で勝って未来はどうなる?俺達の住むコロニーがあれだけの兵器になると分かれば次も戦争になれば簡単にコロニーを改造して殺戮兵器に変えてしまえる。

 核などより忌むべき兵器として、そして宇宙の悪意の塊としてコロニーが永遠に存在し続ける事になる。

 

 そんな未来を止める為にあのジェシー・アンダーセンは戦っているのだ、俺の様に過去に囚われず、恐らく奴も俺に対してマルグリットを死ぬ原因を作ったと恨みがあったにも関わらず殺さずにいた、隊長やマルグリットの言う死人に囚われるという事なく……。

 

「俺達の……やるべき戦い……。」

 

 本当は分かっている、ニュータイプとして感じるこの他者の痛み。そして両者の戦いの光と闇、いや希望と憎悪と言うべきだろうか。

 ジェシー・アンダーセンを始めとした連邦や反乱を起こしたジオン兵に感じる希望、そしてそれらを守るジオン兵の連邦への憎悪。どちらが善で、どちらが悪か……。

 

「だが……今更俺達にやれる事なんて──?あれは……。」

 

 サブカメラが何かを捉える、モニターを拡大すると其処にはジオンが使うスキウレに似た兵器が写った。

 

「グレイ……これ、あの青い奴が持ってた奴だ。」

 

「となると……狙撃用の兵装か。」

 

 あの機体は長距離支援を得意とする機体だった、となるとスキウレによく似た形状からもこれも大型の長距離砲の部類なのだろう。

 

「どうやら……マルグリットが俺にやって欲しい事が分かったよヘルミーナ。」

 

「うん……、私達の未来の為にやらなくちゃいけない事。」

 

 仮にあの兵器を止めて、戦争が連邦の勝利で終わったとしてもこれから先に平和な未来が作られる保証はない。幾らネオ・ジオンのキャスバル総帥やガルマ大佐がいようと今までの悪政が簡単に変わる訳がない。

 

()()()()……か。」

 

 諦めない意志が未来を切り拓くと言うなら、ニュータイプがその変革を導く存在であるのなら。マルグリットが俺達を導いた様に、彼らが未来を導いてくれるかもしれない。今よりも少しはマシな世界を。

 

「……いけるかヘルミーナ?」

 

「うん。グレイと一緒なら何処だって。」

 

「……ありがとう。行こう、未来へ。」

 

 半壊したキケロガと、頭部のみのジオングで長距離砲に近づく。幸い発射機構に関してはスキウレなどと大差が無い。ただ機体接続などは規格が合わない為不安定なものとなるだろう。

 

「ヘルミーナ、俺の機体に移れ。」

 

「うん。」

 

 このまま発射すればビームの余波で大きく飛ばされてしまうだろう。ジオングも脱出機構のみではそこまで稼働時間が長くはない、下手をすれば宇宙に投げ出され見つからなくなる可能性も高い。それなら一緒にいるべきだ。

 

「よし、機体接続完了。発射プロセスの確認。」

 

「エネルギー充填は完了してるよグレイ、ただプログラムがジオンのとは違うから出力の調整が上手くできない。」

 

「……最大出力で放つしかないな。あれを止めるんなら。」

 

「大丈夫だよグレイ。姉さんがきっと守ってくれる。」

 

「……あぁ。エネルギー出力最大、次は照射位置の設定だ。」

 

「メインモニターが壊れてるからコンピューターじゃ計算できないけど……大丈夫だよねグレイ。」

 

「あぁ、はっきりと視える。狙うべき場所は……ここだ。」

 

 コロニー兵器をコントロールする艦、それが視える。目ではなく感覚で。悪意のプレッシャーが放たれている場所だ。

 

「グレイ、全行程チェック完了。後は発射するだけだよ。」

 

「……ヘルミーナ。」

 

「なに?」

 

「ありがとうな、いつも一緒にいてくれて。」

 

「うん。これからもずっと一緒だよグレイ。大好き。」

 

「あぁ、俺もお前が大好きだ。……行こう、未来へ。」

 

 そして、光が放たれた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

「アサクラ大佐!敵が間も無く最終防衛ラインを突破します!」

 

「クソッ!コントロール艦は現在出力何%で発射できると言っている!?」

 

「出力35%程です!」

 

「ならそれで発射するしかなかろう!予定時刻よりは早まるが予定通りNフィールドへ向けて発射する!」

 

「しかし中途半端な出力ではア・バオア・クーで敵の掃討が確実に出来るとは言えません!」

 

「ならばどうしろと言うのだ!貴様らが腑抜けだからここまで敵が来ているのだぞ!撃て!撃ってしまえば後はどうにでもなる!」

 

「ハッ……了解……!」

 

 光が徐々に収束して行く、今度こそ全てを消し去る為にと。

 

「クハハハハ……消えてしまえば良いのだ、連邦のゴミ共なぞ……そうすれば、ギレン総帥が勝てさえすれば後は……!」

 

「アサクラ大佐!敵が間も無く到着します!」

 

「早く放て!奴らに悔やんでも悔やみきれない後悔を与えてしまえ!」

 

「ソーラ・レイ!発射します!」

 

 全てを飲み込む憎しみの光が宇宙に放たれた────。

 

 

 

ーーー

 

 

「あぁ……!そんな馬鹿な……!」

 

 未だソーラ・レイからは離れた地点で、ソーラ・レイから光が放たれたのを確認し絶望する。結局俺は何も出来なかった。

 

「ジェシー……。」

 

「終わりだ……アムロ……キャスバル……すまない……すまない……!」

 

【まだ、終わっていないですよジェシー。貴方が紡いだ全てに今答えが出ます。】

 

「ジェシー……この声は……。」

 

「マルグリット……?────何だ?高熱源反応……!?」

 

 その時別の方向から別の光がソーラ・レイに向けて放たれて行く。これは……。

 

「そんな……私のバストライナー砲!?一体誰が……!」

 

「まさか……。」

 

 ジェイソン・グレイ、まさか彼がこれを……!?放たれた光の行く末を確認する、ビームはソーラ・レイへと向かい真っ直ぐ放たれていく。

 

「ジェシー!あれなら……!」

 

「あぁ……!止められる……は……ず……。」

 

 しかしビームは言葉の途中で途切れた、バストライナー砲の出力であれば最大数分間の照射が可能な筈なのに1分もしない内にビームは消えて行く。これでは命中しても完全な破壊は難しい。

 

「まさか……機体が照射に耐えきれなかった……?いえ……それともジオンの規格では出力通りに撃てなかった可能性が……。」

 

 アーニャの言葉に項垂れる。

 

「奴の機体はボロボロだった……機体が耐えられなかったのかもしれない……クソッ!」

 

 結局彼の事も救えず、ソーラ・レイも破壊に至らず……そう思っていると大きな爆発がソーラ・レイから発生するのが確認された。

 

 

ーーー

 

「アサクラ大佐!高熱源反応来ます!」

 

「な、何だと……!?」

 

 ビームがコントロール艦に直撃し爆散する、そして通過してコロニー外壁を粉砕して行くがその途中でビームは消え去った。そしてソーラ・レイはまだ機能を停止してはいない。

 もう遅い、既にソーラ・レイは放たれたのだこのまま1分でも照射し続けられればア・バオア・クーに問題なく届く筈だ、コントロール艦は失われたが最低限の機能はこの艦からでも維持できるのだ。

 

「発射角度はどうなっている!?」

 

「ハッ……!……許容可能な誤差の範囲内の模様……!──な!マゼラン級が一隻ソーラ・レイへ急速接近中!」

 

「なんだと!?」

 

 

 

「……さぁ行くぞアンゼリカ!」

 

 マゼラン級アンゼリカが先程の攻撃で脆くなった外壁に再び特攻を掛ける。

 

「撃て!撃ち落とせ!あれを通してならん!」

 

 周辺の艦船により一斉射が放たれる、しかも攻撃が当たっているにも関わらずアンゼリカはその進軍を止めることはなかった。

 

「何故だ!?何故撃ち落とせん!?」

 

「この女は……アンゼリカは沈まない!その身が砕けようと、その志は永久に不滅だと知れ!……すまないなジェシーよ、お前の行く未来を見届ける事の叶わぬ私をどうか許してくれ……。」

 

 そしてアンゼリカはコロニーに接触し大爆発を起こす、たかが一隻の特攻でこの大きさのコロニーがその射角をズラす事はない、アサクラ大佐はそう思っていたし事実その程度では揺らぐ事など決してあり得ない。

 

 ()()()()()()

 

 ソーラ・レイは大きくその向きを変え、放たれた光もまた屈折して行く。それはア・バオア・クーとは見当違いの方角へと向かう。

 

「ば、馬鹿な……!」

 

「アサクラぁ!!!今までのツケを払ってもらうよ!!!!!」

 

 目前にはいつの間にかカーキ色と紫のカラーリングのされたシーマ・ガラハウの専用機であるゲルググがビームライフルを構えていた。

 そして彼女の怒号がアサクラ大佐の乗艦する艦に大きく響く。

 

「シーマ・ガラハウ!?た、頼む!どうか命だけは……!」

 

「お前だけは許せないんだよ!」

 

 ゲルググから放たれた光は艦を爆発させる。完全にコントロールを失ったソーラ・レイは、やがて沈黙して行くのだった。

 

 

ーーー

 

「ここは……。」

 

 光の中、かつて黄金にも似た輝かしい時代を生きていた、その頃と似た暖かさを持つ光の中にいる事をダニエル・D・アンダーセンは感じた。

 

『お疲れ様D・D、貴方にしては良く頑張ったじゃない。』

 

「アンゼリカ……。」

 

 かつて護れなかった女性が、かつての姿のまま目の前に立っている。

 

「すまなかったなアンゼリカ、私は二度もお前を護れなかった。」

 

『護れたじゃない貴方は。私の未来であるアンナや貴方の息子の未来を。』

 

「未来を……。」

 

『えぇ、未来を生きる子供達の為の道。それが私の人生の全てだったから。』

 

 そうだ、彼女はいつも宇宙世紀という時代の未来を歩む者の為に戦ってきた。

 

「貴方はそれを護ってくれた。私はそれだけで嬉しいわ。さあ私とあの世でもまた戦うわよ?」

 

 もう死んでいるにも関わらずその破天荒さは生前と何ら変わりない、あぁ……この輝きこそが私を私にしていたのだと感じる。──が。

 

「だがなアンゼリカ、断る。」

 

『何ですって!?』

 

「昔から決めていた事だ。もしもあの世とやらがあるのであれば私はもう一度妻と共に歩みたいとな、死んでまでお前にこき使われるのも癪だしな。」

 

 黄金の輝きとは別の、優しさに包まれた光がまた存在するのを感じる。

 

「お前にはずっと迷惑をかけてきたな。すまなかった、これからはずっと一緒だ。」

 

『はい……。いつまでもお側にいますよ貴方……。』

 

『ふふっ、それでこそ私が見込んだ男よD・D、いいえダニエル。今度こそちゃんと家族孝行してあげなさいよ?』

 

「お前に言われるまでもない。」

 

『さようならダニエル、命が巡った先でまた会いましょう。』

 

「あぁ、いずれまた────。」

 

 一人の男の戦いが、光の中で終わりを告げた。

 

 

ーーー

 

 

「終わったのか……?」

 

 ユウ・カジマは鎮まり返った戦場を見渡し、そう口にする。

 

「分からねえ。だがやっこさんも打つ手無しだろこりゃあ。」

 

 戦力的には此方が未だ劣勢ではあるが、敵の指揮系統はかなり混乱している筈だ。

 

「ユウ中尉、フィリップ少尉、あれを見てください!」

 

 サマナが示す方角を確認する。

 そして思わずフッと微笑みが生まれる。

 

「俺達も行こう。もうここで誰も戦いたくなど無いみたいだからな。」

 

 

 

「マチルダ、見えるかこの光景が?」

 

 ウッディ・マルデン大尉が、妻であるマチルダ・マルデン中尉の乗るコロンブスに声を震わせながら通信を入れる。

 

「えぇ、見えるわウッディ。これがこの先の未来に続く光景になれば……私はとても嬉しいと思っているわ。」

 

「あぁ……俺達の戦いは無駄では無かった、この光景を見ていると本当にそう思う。さあ俺達も急ぎ向かおう。」

 

 

 

「ほらほら!今は連邦だのジオンだの関係ないよ!早く傷ついた奴を病院船に乗せなって!」

 

 奇抜な動きで学徒兵の乗るザクの頭を叩くメガセリオン、そして広域通信でそれを叫ぶのはカルラ・ララサーバル軍曹であった。

 

「何で僕たちが連邦軍の言うことなんて──うわぁ!」

 

「もう戦いはゴリゴリだろ!?アタイもアンタも!だからさっさと戦闘やめて救助活動する方が気が楽だし助かる奴も多い!ほら、さっさと宇宙に投げ出された奴を探すんだよ!」

 

「カルラさんの言う事を聞いた方が良いですよ、気が変わって攻撃してくるとか普通にあり得ますからね。」

 

「グリムゥー?」

 

「ハハッ!ヨハン・グリム伍長救助活動を再開します!」

 

 戦いが鎮まり返った直後に、我先にと救助活動を始めた二人がいた。ジオンの病院船の盾となり、連邦ジオン問わず傷病者の収容を率先させいつの間にかそこを中心に両軍が集まり資材を惜しまず互いを助け合っている。

 

 本当の意味で、この宙域での戦いが終わったのだ。

 

 

ーーー

 

 

「あ……あぁ……!」

 

「止まった……!止まりましたよジェシー!」

 

 奇跡が起きた、ソーラ・レイから放たれた光はア・バオア・クーとは見当違いの宙域へと消えていく。

 

「終わった……終わったんだな……!」

 

 そして感慨に浸っているとハッとする。

 

「アイツらを……ジェイソン・グレイを助けに行かないと!」

 

 機体に何かが起きたのは明白だ、彼らのお陰でソーラ・レイは止まったのだ助けに行かなくては。

 

「発射源はこの辺りの筈ですが……。」

 

 先程まで彼と戦っていた場所まで辿り着くも、其処にはデブリが散乱し機体の熱源反応なども無くなっていた。

 

「だけど……まだ死んじゃいない筈だ……!」

 

 微かに感じる、彼とマルグリットの妹の存在を。

 だがこの宇宙空間でどう見つければ良い……?

 

「ジェシー……あれは……。」

 

 アーニャが示す方角には大破したジェイソン・グレイの機体とジオングの頭部が漂っていた。生体反応は……そこには無かった。

 

「クソッ!クソッ……!」

 

 この広大な宇宙空間の中で、投げ出された人間を探し出すのはかなり難しい。一体どうすれば良いんだ……!

 

『ジェシー、貴方には宇宙はどう見えますか?』

 

「マルグリット……。」

 

『私には、この宇宙が大空に見えます。宇宙に生まれた私達にとってコロニーは地球で宇宙は空なんです。そしてそれを駆ける私達は鳥。』

 

「この宇宙が……空……。」

 

『ジェシーにも見える筈です、この宇宙(そら)の輝きが。』

 

 その言葉と共に、宇宙が蒼く染まって行くのを感じていく。

 そうだ、宇宙(そら)は暗黒なんじゃない紺碧に輝く青空と同じなのだ。

 

「ジェシー、私にもはっきり見えます。この輝く宇宙が。」

 

「あぁ、こんなにも簡単な事なんだ。雲一つない空を飛ぶ鳥を見つけるのと同じ様に……!」

 

 見える、命の輝きが。未来を生きたいと思う二人の姿が。

 

「ジェイソン・グレイ!」

 

 コクピットを開き宇宙に漂う彼の手を取る、意識は失ってはいなかった。

 

「ジェシー・アンダーセン……。」

 

 互いに見つめ合い、そして二人ともニヤリと笑った。

 

「行こう!明日へ!」

 

「あぁ……!」

 

 恨みが無いと言えば嘘になる。割り切れない思いが互いに存在する。

 だが今はその過去を少しずつでも変わる未来に至れる様にと、明日へ向かう意志が二人の間で握手として交わされたのだった。

 

 

 

 

 宇宙世紀0079年

 ガンダムという世界の歴史の中で非常に重要な時代が、一年戦争と呼ばれる事になる戦争が終わった。

 そしてそれは俺の知る形とは別の、本来の歴史とは大きく異なる終わり方を告げた。それがこれからの歴史にどう影響するか、それはまた別の物語となるが今はただ希望へと至れる未来に辿り着く事を祈るだけだ。

 そう大切な仲間達と、そして巡り会えた人達と共に。

 

 

 

機動戦士ガンダム 紺碧の空へ 

第一部『一年戦争編』完

 

次回

第二部『0083 暗黒の宇宙へ』に続く





第一部『一年戦争編』終了となります。
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。
長期に渡り遅々とした投稿となり申し訳ありませんでした。

次回より幕間に何話か挟み第二部へと続きます、ここから先の物語は原作を交えながらもオリジナル要素や独自の設定や解釈などが入り今まで以上に受け入れ難いものとなる可能性がありますがお付き合い頂けると幸いです。
一応はグリプス戦役までの構想はありますのでそれまで読んでくれれば嬉しいなと思っております。(そもそも書き切れるかが問題ですが。)

それではここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました。また次話以降もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間
幕間1 明日の為に


 

 戦争が終わった、あの一年戦争と呼ばれる戦争が終わったのだ。

 喜ばしい事も多いが同時に悲しむ事も多かった、親父が死んだと報告を聞いたのはジェイソン・グレイを助け状況が一段落した後でみんなと合流した時、ジュネット中尉が今まで見た事のないくらい大声で泣いて俺に謝って来た時だった。

 俺もまたジュネット中尉と共に泣いた、憑依したとか関係なくあの人は俺の父親だったのだ、まだまだこれからの未来を見て欲しかったのにそう思いながら。

 

 だが悲しんでばかりもいられなかった、時代はそれを許してくれないのだから。

 

 それから数日を経て、ジオン公国と連邦軍による正式な停戦協定が締結しジオン公国はジオン共和国となりア・バオア・クーで捕らえられたギレン・ザビは現在連邦軍に拘束されている。

 

 そして俺が今やるべき事、それはアーニャがこの先の連邦軍において大きな勢力を築く為にそれを支える事だ。幸い俺には戦争中は役に立つ機会が全く無かったが原作の知識がそれなりにある、これらが今なら役に立つ筈だ。そう思いこれから先の情勢において上手く立ち回る為に彼女に色々具申した。

 

 

 まずやるべき事、それはジオニック社の買収だ。

 

「ジオン共和国が公国企業を売る?」

 

「あぁ、今回の戦争でギレンは裁判に掛けられて……まぁ死刑は確実だろうが、それとは別に地球連邦軍による共和国となったサイド3への賠償問題が発生するのは間違いない。ならその時サイド3が打つ手と言えば国有企業の売却だ。」

 

「確かに……ジオニックであれば連邦軍や月で現在ジムの一部生産を請け負っているアナハイム・エレクトロニクス社などが手を出して来そうですね。」

 

「アーニャの一族の企業も今回の戦争でアナハイムと同列とまでは言わないがかなりの利益を出したんだろ?連邦での発言力を上げるのであればここでジオニックは少しでも吸収しておきたい。どうだろう?」

 

 アーニャはクスリと笑い俺の手を取る。

 

「従いますよ、貴方は私のフィアンセなんですから。」

 

「浮かれ過ぎだぞ、最近はずっとこればっかりだな。」

 

 戦争の後で俺は正式にアーニャにプロポーズをした、親父の一件もあるが彼女と共に歩むのに俺も男としてケジメをつけておきたかったからだ。ただ今結婚するのは流石に犯罪臭いので彼女が18になるまでは婚約という形ではあるのだが。

 ただプロポーズをして以降やたらアーニャはポンコツみたいにノロケてしまう事が多くなった、まぁ生まれながらに母親を亡くして父も祖父もいなくなっては家族の愛情に飢えているのは間違いないだろう。前から思っていた事だがアーニャは気丈そうに見えて実際はかなり脆いのだ。

 

「むぅ、良いではありませんか。嬉しいものは嬉しいのですから。」

 

「状況を考えろ、惚気るのは情勢が落ち着いてから幾らでも出来るだろ。」

 

「情勢が落ち着いたら惚気ても良いと?」

 

「あのなぁ……。」

 

「冗談ですよジェシー、何よりジオン共和国がジオニックを売却すると言うのは()()から既に有り得る話として聞いていましたからね。あまり驚きはしていませんし準備も殆ど完了しています。」

 

 アーニャの言う()()、それはジオン公国の最後の混乱の中ザビ家に近い血筋の者がジオニックの手引きでエルデヴァッサー家に助力を願った時に出会った三人の人物の事である。

 

 フィーリウス・ストリーム、ガイウス・ゼメラ、バネッサ・バーミリオン。俺はあまり詳しくは無いのだが確かギレン暗殺計画という漫画に出て来たギレン親衛隊のパイロット達だ。

 彼らを手引きしたジオニックの創設者の一人であるホド・フィーゼラーがアーニャの祖父と縁があったようで、本来の歴史ではアナハイムに所属しその後カラバから連邦に移籍する筈だった彼らは今はエルデヴァッサー家で匿われている。

 これも今後アーニャが上手く立ち回る為にはかなりのアドバンテージになるだろう。

 

「知っていたのか、なら忠告するだけ無駄だったか?」

 

「いえ、信憑性が高いとは言え確信はありませんでしたからね。ジェシーの言葉で確信に変わりました。他に懸念する事があれば聞いておきたいですね。」

 

「なら後はハービック社の買収も視野に入れてくれ。戦闘機開発の最大手だったがこの戦争で戦闘機は殆どお役御免になってしまったからな。かなりの経営難になっている筈だ、戦闘機が役に立つ場面が減ったとは言えその技術は目を見張るものがある。」

 

 今後の地上や宇宙ではMSが戦闘の要になるのは間違いないが制空権の確保や航空支援、更にSFSやTMSの開発など航空機の技術や存在は不要というには程遠いのだ。

 

「今回の戦争でMS開発や兵器生産に乗り気では無かった企業は軒並み業績が悪化していますからね、それらが今後簡単にMS開発に切り替えられる訳ではありませんし、吸収か技術提携出来れば今後の為になるでしょう。ハービック社の件も考えておきます。しかし驚きですねジェシー。」

 

「何がだ?」

 

「貴方はどちらかと言えば軍務より政務の方が向いていませんか?ジオニック社にしろハービック社にしろ普通のパイロットではここまでの視野は持ちませんよ普通?」

 

「あー……それはだな……。」

 

 未来を知っているからと言うのとアーニャの実家、エルデヴァッサーの一族が所有する軍関連やその他諸々を生産している企業エルデヴァッサー・コーポレーション、通称EC社がこの一年戦争で大きく飛躍した事で俺の知識が活かせると言う点が大きい。

 今となっては何でアーニャがこれだけの実力が有りながらも原作では台頭出来なかったのだろうと言う疑問も湧くが、出会った時に思ったようにあの時ゴップ将軍に軍を辞めさせられ今話してる様な吸収の話をそのまんまアナハイムにされたのだろう、こっちとしては今は逆にアナハイムを吸収したい所だがこの歴史でもアナハイムは普通に力があるのでまず難しいだろう。

 これから先はジオン残党の動きとアナハイムの動向に注意する必要がありそうだ。なんてったってアナハイム……いやビスト財団には()()()()()()が存在する。

 

 

 あれ自体は何て事ない、宇宙世紀初の首相が石碑に優秀な宇宙移民者が生まれたなら政治に参加させようってニュアンスの宇宙移民者は棄民では無いという意図を持って刻んだ物だ。

 しかし当時のマーセナス首相を快く思っていなかった連邦政府の一勢力が自作自演で彼を殺し、そしてその後で用意したレプリカにその一文が消されていた事がオリジナルを偶然所有する事になったサイアム・ビストの台頭を許す事になったのだ。

 自作自演の揺るぎない証拠となるオリジナルの石碑をチラつかせる事で連邦政府の恥部が晒されない様にサイアム・ビストに多額の金が流れていく、それが今のアナハイムやビスト財団を築く一つの要因になった。

 

 今では事件も風化し、今更公開した所で当時の首謀者達は既に殆ど亡くなっており少しのスキャンダルとして報道される可能性しかないシロモノとなっていたがこの一年戦争で再び箱に重要な価値が発生する事となった。

 ジオニズムの誕生とニュータイプの発生、これらの要因が箱の秘匿されていた部分の意味を変えてしまった。今ラプラスの箱が開示されでもしたら彼らの行動に正当性が発生してしまう、連邦軍首脳部はそれを良しとしないだろう、となると今後も箱を持っている彼らの影響力と言うのは依然変わらないだろう。

 

 

「どうしたのですかジェシー?急に深く考え込んで。」

 

「いや……簡単そうで難しいなって思ったんだよ、今言った案も本当に上手く行くとは限らないし政治ってのは難しいもんなんだなって。」

 

「そうですね。私達だけの動きを考えれば良いわけではありませんし様々な要因も可能性に考慮しなければ駆け引きは難しいですから、思ってるとおりに事が運ぶと訳には行かないでしょうね。」

 

「その割には冷静過ぎないか?もっと焦った方が俺は良いと思うが……。」

 

「貴方が隣にいますから。私にはそれだけでこの先も大丈夫だと思えます。」

 

「はぁ、そう言ってもらえると嬉しいけどな。」

 

 いずれにしても考えるばかりでは何も生まれないか。事が起きなければ結果も生まれないし焦っていても仕方ないな。

 

「それよりもうすぐ時間だ、準備は大丈夫か?」

 

「えぇ、この手のパーティーはそれこそ私の舞台ですから。」

 

 俺達がいるのはサイド3のズムシティ。終戦から数日が経ち、政治的な案件がようやく解決の目処がつき始めたので両軍や各界の主要な人物が集まり今後の平和と安寧を願う為にパーティーを開くことになったという。

 実際はそんなのは建前でここでも政治的な話が蠢くのだろうが、それこそアーニャの舞台だろう。

 

「さぁ、貴方も早く着替えてきてくださいねジェシー。パートナーが恥ずかしい格好をしていては私の恥になるのですからね?」

 

「むぅ……やはり俺も行くのか。」

 

 当たり前だが婚約した以上は俺もエルデヴァッサー家の一員みたいなものだ、まだ一族の生き残った人間とは会ってないし今の主要なメンバーとは会っておかないと今後に影響しそうだな。

 っと、それより今はこのパーティーをどう乗り切るかだ。

 

「当たり前です、なんと言っても私のフィアンセなんですからね。」

 

「もう良いよそのネタは。」

 

 部屋に戻りタキシードに着替えホテルを降りると其処には綺麗なドレスを身に纏ったアーニャがいた。

 

「へぇ……流石に様になっているな。」

 

「貴方もですよジェシー。それでは行きましょう。」

 

 待機していたリムジンに乗りパーティーが開かれると言う場所まで移動する。特権階級の凄さを身に感じるが、同時にこれに増長してはならないと自分を諌める心も発生する。自分も腐った連邦の政府官僚の仲間入りなんて事になって後で誰かに殺されるなんてコースはごめんだからな。

 

「さて、移動中ですが先程の話の続きをしましょう。先程までは企業関連の話でしたが他にも何か提案はないですか?」

 

「うーん、後は部隊関係か?企業関係はエルデヴァッサー家としての動きになるけど軍関係は俺達の動きになる。優秀なパイロットは出来るだけ引き抜きたい所だが……。」

 

 ホワイトベース隊を始め、この戦争で出会ったユウ中尉を始めとした原作の優秀なパイロットの引き抜きさえ出来ればそれこそ安泰なのだが……。

 

「こちらは逆に難しい話ですねジェシー。この戦争で軍での私の発言力は確かに上がりましたが派閥に属していない私では未だ連邦軍内の勢力としては新参者の部類に入りますからね。」

 

 ソーラ・レイでの戦いでアーニャは大佐に、そして俺は大尉への昇格が言い渡された。これでアーニャは佐官として異例のスピード出世となってはいるが未だ将校の多い連邦軍では確かに勢力としては末端扱いだろう。

 それこそ上にいる連中も経済界や財政界に融通の効く人間が多いのだ、アーニャが幾ら今回の戦争で台頭したとは言え彼らも失墜する要素が無ければ勢力図は揺るがない。

 

「アムロやホワイトベース隊のみんなは流石に無理そうか?」

 

「彼らは英雄ですからね、当分は会うのすら難しいと思いますよ?」

 

「活躍的に言えば俺達だって結構な事をしただろ?」

 

「連邦軍にとってはジオンと協力してソーラ・レイを破壊した私達より、ア・バオア・クーで獅子奮迅の活躍を見せたホワイトベース隊の方が泊が付くのですよ。」

 

「はぁ……やるせないな。」

 

 結局その後は危険分子として左遷か或いは監禁にされそうだが……。

 しかしこうなると次に打てる手は……。

 

「後は新兵を鍛えてエースにするってくらいか……?それと新型機開発で軍内部での影響力を高めるかだな。」

 

「私もその2つが候補に上がりますね。この戦いで多くの将兵が失われましたから今後多くの新兵を増やさなくてはなりません。」

 

「コロニー落としの影響で地上の沿岸は滅茶苦茶だしな、それらの復興や公国残党の動きも考えると治安維持要員を増やさなくちゃならないし職業軍人が増えそうだなこりゃ。」

 

「そうなると問題なのは兵士の質の低下です、戦争中でもそうでしたが粗暴な兵が多く見受けられますから治安維持において問題を増やさない為にも下士官の促成教育を戦中に一応提唱はしたのですが。」

 

「具体的にどんな感じなんだ?」

 

「下士官の中から優秀な方を選出しその方々は尉官候補として専用のカリキュラムを受けてもらい問題が無ければ少尉任官し各地に配属する様な感じです。」

 

 成る程確かにそれなら今から士官学校で士官教育してから配属という年数のいる工程を除き少ない時間で質の向上が見込める……が。

 

「そうなると普通に士官教育を受けた人間からは文句が出るんじゃないか?」

 

「問題はそこなのです、やはり格差が生まれて来ますからね元々尉官だった者や選出されなかった下士官からは不平不満が出ると思います。」

 

「難しいなホント。そこまで気にする余裕のある状況じゃないと思うけど中にはもう戦争は終わったと思う者も多い訳だしなぁ。」

 

 負の感情というのは本当に侮れない、他人への妬みや恨みなんてのは思っている以上に深いものだ。それは俺も身を持って知っている。

 

「後は新型機開発ですね。ジェシーには何か案はありますか?」

 

「俺としてはガンダムみたいなハイスペック機を作るより今ある量産機の発展をさせた方が良いと思う、連邦も財政に余裕がある訳じゃないしジオン残党への治安維持を考えれば量産機のスペックを上げて人的損失や物的損失を減らすべきだ。宇宙に上がる前にジャブローで色々提案はしたんだぜ一応は。」

 

「それは私も目を通しました、面白いアイデアの機体群が多かったですが一番興味を引いたのはメガセリオンの改良ですね。」

 

「あぁ、北米でネオ・ジオンからの技術提供もあった訳だしその技術と連邦の技術を組み合わせればベストな量産機が出来ると思ってる、元々メガセリオンはプロトタイプグフの流れを汲んでいるしジオンの技術との親和性は高いだろ?」

 

 それにメガセリオンはF90みたいにミッション毎に武装を変えれる強みがある、この戦時中では基本的にジムと武装が共通している中距離装備がメインでその機能を活かす機会は少なかったが残党狩りをするのであれば要所に適した装備での出撃が良いはずだ。

 今回提案した新型量産機案は言うなればハイザック版F90みたいなものだ、連邦とジオンの技術を複合しその機体が場面に適した装備で出撃するのが理想系だ。勿論ハイザックみたいに技術は混合、部品は純連邦製になどするのではなくジオンと連邦の技術の完全なミックスが前提である。

 

「ネオ・ジオンから提供された技術と、ジオニックを多少なりとも吸収出来ればその量産機開発の提案を私達から出来るかもしれません。クロエ曹長とも話をして早急に案を固めておきたいですね。」

 

「あぁ、少しでも優位に立てるなら立っておきたいからな。」

 

 今後大きく歴史を変える要因になるのはまずキシリアが撤退したアクシズ、そしてア・バオア・クーからの撤退が確認されているエギーユ・デラーズ率いるデラーズフリートだろう。

 ティターンズやエゥーゴはそれらが遠因で誕生しているのでまずはこの二つの対策が必要だ。

 

「さて、流石に早いですね。到着しましたよジェシー。」

 

 目の前には煌びやかな宮殿が聳え立っている。

 

「此処はザビ家も良く利用していたと言われている場所らしいですよ。」

 

「成る程な。」

 

 最早ザビ家の影響力は無いと示すにも適した場所と言うわけか。

 

「既に人が集まっていますね。私達も行きましょう。」

 

「あぁ。」

 

 手を繋ぎ入口で簡単なボディチェックを済ませ中に入ると視線が集中されるのが分かる。

 

「誰だ?あの若い二人は?」

 

「あの少女、例のエルデヴァッサー大佐では?あのコロニー兵器を止めるのに尽力したと言う。」

 

「ソーラ・レイを止めた英雄か!となると隣にいるのがゴップ将軍の言っていた……。」

 

 恐らく連邦軍のお偉いさんとジオン訛りが聞こえるからジオンのお偉いさんか?ゴップ将軍がどうこうと言っているが嫌な予感しかしない。

 

「おお、来たか二人とも。」

 

「うわっ、ゴップ将軍!」

 

「相変わらず失礼な驚き方をするなアンダーセン中尉……いや昇格して大尉だったか。……ダニエルの事は残念だったな。すまなかった、私が殺したようなものだ。」

 

 其処には本当に悔やむ顔をし悲しんでいるゴップ将軍がいた。

 

「親父……いや、父はきっと後悔はしていなかったと思います。最後まであのコロニー兵器という存在をあってはならない物として、それを止める為に文字通り命を賭けた。俺はそれに誇りに思います。」

 

 親父はアーニャの両親と盟友だとアーニャから聞いた。ゴップ将軍も同じく、その四人がどういう視点で地球を見たかは分からないが少なくても親父はコロニーという存在を宇宙世紀を生きる者が住む家だと、帰るべき場所だと思っていた。それを兵器として使われたことに憤慨し特攻してまで止めたのだ。

 本来であればアンゼリカ一隻の質量ではソーラ・レイはその向きを変える事は無いはずだった。それが大きく向きを変えたのは親父の想いが篭っていたからだと与太話だと思われるだろうが、俺はそう思ったんだ。

 

「うむ、奴の意志に恥じない活躍をするのだぞ。……それとそうと遂に婚約したそうだな。」

 

「うっ……流石に耳が早いですね。」

 

 殆ど内々でしか伝わっていない筈なのに何処からネタを仕入れてくるんだこの人は……。

 

「当たり前だ、私を誰だと思っている?」

 

「ははは……。」

 

「笑っている場合か、前にも言ったな彼女の名誉を傷つける事のない様にとな。未だにその心は変わっていないだろうな?」

 

「それだけは永久に。貴方にだって強く言えます。」

 

「うむ、それなら良い。おめでとうフロイライン、いやもうアンナと呼んだ方が良いな。祝福させてもらうぞ。」

 

「ありがとうございます叔父様……。」

 

「アンゼリカの子とダニエルの子が結ばれる……か。二人にも見せてやりたかった──っ、……すまない少し席を外してくる。今の内に人脈を増やしておくと良い。」

 

 そう言って目頭を押さえて場を離れるゴップ将軍。

 

「あの人にも人並みの感情があったんだな。」

 

「さ、流石に失礼過ぎますよジェシー……!?」

 

 まぁ嬉しく思うんだけどな、確かに親父にもアーニャの両親にも見て欲しかった……それは叶わないと知っていても。

 

「──ん?アンダーセン中尉か!」

 

 ゴップ将軍とは別の方向から呼ばれる声、その声の方向を振り向くと……。

 

「キャスバル総帥!?良かった、生きてたんですね!」

 

「おいおい、私は戦死した事になっていたのか?見ての通り五体満足だよ。」

 

「いや……やっぱり顔を見ない事には安心出来なかったと言うか……アムロ達も無事だったんですよね!?」

 

「あぁ、此処には来ていないが皆健在だ。君達の活躍のおかげだ。」

 

「俺達だって……みんなが戦いを止めてくれたから……。」

 

 そう話し込んでいるとまた別の男性が声をかけてきた、

 

「シャア!いやキャスバル、私にも彼らを紹介させてくれよ。」

 

 このキザなハンサム男……まさか……!

 

「あぁ、彼があのジェシー・アンダーセン、隣にいるのがアンナ・フォン・エルデヴァッサー、ソーラ・レイと呼ばれる兵器を止めたのは彼らの部隊だ。」

 

「君があのジェシー・アンダーセンか。キャスバルから話は聞いているよ、何でも私に似てキザな所があるとね。私はネオ・ジオンのガルマ・ザビだ。名乗らなくても知っているとは思うがね。」

 

 どんな話をしてるんだよ……そう思いながらも此処にガルマがいる事に驚いた。まぁキャスバルがいるんだからネオ・ジオンの共同代表みたいなものであるガルマがいるのも不思議ではないが。

 

「此処にまた足を付ける事があるとは思っていなかった……、本来であれば私の様なジオンの裏切り者、そしてザビ家の人間が此処にいるのは相応しくは無いのだが。」

 

「そんな事はないでしょう、ガルマ大佐だって地上での善政は聞いているしザビ家全部が悪と決めつけるのは間違いですよ。」

 

「そう言ってくれると助かるよ。地球連邦とジオン共和国、そして我々ネオ・ジオンも新たに共和制を敷きネオ・ジオン共和国として三者国会議もしなければならなくてね、この地を再び踏むのに抵抗もあったがそうも言ってられなかったからな。」

 

「ネオ・ジオンも共和国に?」

 

「あぁ、本当は民主制にしたかったのだかネオ・ジオンを立ち上げた責任もあるのでね。まず共和制を導入し、形をしっかり作り終えてから緩やかに移行するつもりだ。」

 

 いずれにせよ月のように独立した勢力になるのは間違いないだろう。しかしこの二人なら危うい事にはならない筈だ。

 

「アクシズへ逃げた姉さ……キシリア・ザビの一件もあるから私は対外的にはあまり良い代表にはなれないだろうが、キャスバルが共に歩んでくれると言ってくれたからな。共同代表として道を外れないよう努力するつもりだ。君達の助力を願う事もあると思うから今後ともよろしく頼む。」

 

 ガルマと握手を交わす。こちらとしてもネオ・ジオンとのコネクションが出来るのは喜ばしい事だ。俺にとってもアーニャにとってもメリットが生まれるだろう。

 

「こちらこそ。それより今後ネオ・ジオンはどんな風に宇宙へ?」

 

「数日前の会談でラグランジュ3、サイド7の近くに新たにコロニー公社で建造中のコロニーを数基買取り其処に自治政府を立ち上げる事に決まった。そこにニューヤーク市民を始め希望する者を可能な限り集め移住する。連邦軍としてはいつ我々が裏切るかも分からないからルナツーと地球に挟まれたラグランジュ3で無ければ駄目だと言われてね。」

 

「確かに連邦からしたらその懸念は払拭しきれないか……。」

 

「だが我々の独立自体は問題なく出来る、それだけで充分だ。」

 

 彼らには彼らなりのビジョンがあるのだろうジオン共和国に合流しないのもそれが理由だろうし。

 

「おっと話過ぎたみたいだな。我々のレディ達を待たせてしまっている。」

 

 横目を向けるとアーニャにララァ、そしてイセリナが歓談している。

 

「そうだキャスバル総帥、俺とアーニャ正式に婚約したんだ。一応報告しておきますよ。」

 

「そうか、サイド6でプロポーズしたのだからいつかとは思っていたが。おめでとう。」

 

「結婚自体は数年先だけど、じゃなきゃ犯罪だ。」

 

「私も時勢が落ち着いたらイセリナと正式に結婚するつもりだ。君はどうするんだキャスバル?」

 

「……なぜ私の話になる?」

 

「そりゃあ二人の関係が曖昧過ぎるからじゃ?ねえガルマ大佐。」

 

「あぁ、秘書として置いていると言っても普通の人から見ればそれ以上の関係に見えるからな。実際どうなんだキャスバル?」

 

「まだララァとはそういう男女の関係ではないよ。大切ではあるがこういうのは手順を踏んで進めて行くものだろう?私の意志だけで決まるものでもないしな。」

 

 それもそうだがララァは以前サイド6でそういう関係に見られたら逆に嬉しいと冗談めいてだが言っていたので進展は有り得るだろう。よくマザコン扱いされているがこうやって接してみるとララァの母性と言うのは確かに暖かさを感じるし。

 

「キャスバル代表、それにガルマ代表。私達とも少しよろしいかな?」

 

 どっちの軍か分からないけど見るからに偉そうな人が二人に話しかける。そろそろ俺も引いた方が良いかな。

 

「じゃあキャスバル総帥、ガルマ大佐、俺は此処で失礼します。」

 

「待ってくれアンダーセン中尉。」

 

「ん?どうしましたキャスバル総帥?」

 

「それだよ、そのキャスバル総帥という言い方はそろそろやめにしてくれないか?私達はあの激戦を共に戦い抜いた同志だ、いつまでも他人行儀みたいに呼ばれるのも嫌なのでな。既にホワイトベースの皆は階級に拘らず呼び捨て合うようにしているんだがな。」

 

 そう言えばZとかだと皆呼び捨てあってるな……。

 

「けど……。」

 

「それに君も言っただろう、これからの時代に必要なのは優れた指導者ではなく良き隣人だと。それならば他人行儀などやめてほしいものだな?」

 

「あぁー……分かりましたよ。キャスバル総……キャスバル。ダメだ、慣れるまで時間がかかりそうだなこれは。」

 

「ハハハッ、また会う時までに改善されていれば良いさ。それではまたなアンダーセン。」

 

 さらりと呼び捨てにして去っていくキャスバル。同志か……そう言ってくれると嬉しいな。

 

「随分と和気藹々としていましたねジェシー?」

 

 こちらも話を終えたのかいつの間にか隣にアーニャが戻ってきていた。

 

「そっちこそ、何を話していたんだ?」

 

 喋り過ぎて喉も乾いていたのでグラスを1つ受け取りそれを飲みながら話を聞く。

 

「えぇ、時勢が落ち着いたら三人で合同の結婚式でも開いたらどうかと話を。」

 

「ブハッ……!ゲホッゲホッ!」

 

 思わず喉が咽せる、そっちもそっちで何を話しているんだよ!

 

「私とイセリナさんは乗り気だったのですがララァさんだけはキャスバル総帥から未だ交際の話も無く残念だと言っていました、どうにかならないですかねジェシー?」

 

「あー……多分大丈夫じゃないか?」

 

 少なくとも両者とも乗り気であるのならいつかはちゃんとくっつくだろうし。

 

「それにしても合同で結婚式だなんておかしな事を言うなよ。」

 

「あら、そうですか?平和をアピールするのであれば悪くはない提案だと思いましたけど。」

 

 確かにネオ・ジオンの代表と連邦軍大佐が合同で結婚式を挙げればイメージ的には良いとは思うけど……。

 

「いずれにしてもまだ先の話だ。下手に浮かれ過ぎるなよ……。」

 

「ふふふ、貴方こそ恥ずかしがってますね?」

 

 バレバレらしい、そう思いながら残りのグラスを飲み干すと、見慣れない男女が近づいてきた。

 

「失礼、お時間はよろしいかな?」

 

「はい大丈夫ですよ。」

 

 そうやってアーニャと話すこの男の顔……何処かで見た記憶がある……誰だ?

 

「貴方がEC社の現代表のアンナ・フォン・エルデヴァッサーさんね。お父上には生前お世話になっておりました。」

 

 この女性もどこかで……。ただ原作キャラならまず知らない訳がないんだが……。

 

「お父様と……?失礼ですがお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

 

「えぇ、私はカーディアス・ビスト。ビスト財団の現当主です。こちらは妹で──」

 

「マーサ・ビスト・カーバイン、アナハイム・エレクトロニクス社の社長夫人です。今後ともご贔屓に。」

 

 ……っ。そうだ、感じていた違和感はイメージよりも若過ぎるから……!

 それにしても何故ビスト財団の二人がアーニャに……!?

 

 この出会いが後に悲劇を起こす引鉄となることを、今の俺はまだ知る由も無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間2 帰るべき場所

 

 目の前に立つ男女、ビスト財団の現当主であるカーディアス・ビストとマーサ・ビストの二人に困惑する俺を尻目にアーニャは二人と何事もなく話している。

 

「アンナさんの手腕は月でも噂になっていまして、まだお若いと言うのにEC社の代表として、そしてMSパイロットとしても非常に活躍をされていて同じ女性として私も努力しなければと常々思っていたのですよ。」

 

「そんな……、まだまだ至らない所も多く支えてもらってばかりなので。」

 

「妹は貴方のファンなのですよ。私も貴方のお父上であるカール殿とは面識がありましたからその活躍に一喜一憂していました。」

 

 照れているアーニャを見ながら頭の中で思考を巡らせる。本当にこの二人はアーニャ側になるような人材なのかと。

 

 元々俺のアナハイム嫌いがあるからだろうがカーディアスはともかくマーサの方はキシリア並に策謀を張り巡らせるタイプだから敵味方の判別を誤るとそれこそ酷い目に遭いかねない。それが無くともビスト財団にはラプラスの箱って存在もあるのだ。

 

「それで、こちらの殿方は?」

 

「はい。フィアンセでもあり連邦軍大尉のジェシー・アンダーセンです。……ジェシー?」

 

 小声でこちらを窺うアーニャにやっと意識が現実に向く。

 

「あぁ、すみません。こういう場には慣れてなくて、どうにも緊張していまして。俺……いや、私はジェシー・アンダーセン。彼女の紹介した通り連邦軍大尉で……彼女と婚約させてもらっています。」

 

「それは素晴らしい。若い世代の喜ばしいニュースです。」

 

 本当に喜んでるのか怪しいが全部疑ってかかってもしょうがない、取り敢えず話を合わせよう。

 

「アナハイム・エレクトロニクス社には戦中非常に助けられました。我が社とも今後変わらぬお付き合いを頂ければと。」

 

「えぇ、それはこちらこそ。それで同業でもあるアンナさんにお聞きしたいのですが、この戦争が終わり今後どういう風に世界を変えねばならないと思いますか?」

 

「まだアクシズへ撤退したキシリア・ザビの勢力や地上で反抗中のジオン公国軍残党も含めて地球圏全てに平穏が訪れた訳ではありませんから、私達は軍備を整えて備えると同時に彼らに呼応する勢力が増えないように連邦政府としても行動を起こす必要があると思っています。」 

 

「連邦政府の行動……興味が有りますね。」

 

「そもそもの話、今回何故サイド3がジオン公国として立ち上がり地球連邦政府に独立戦争を仕掛けてきたのか。それを改善しなければ第二、第三のジオン公国が生み出される事になります。」

 

「ジオン公国が独立戦争を仕掛けてきた理由……。地球連邦政府による圧政が原因でしょうね。」

 

 アーニャとマーサは会話を途切らせる事なく喋り続ける。

 

「そうです。更に宇宙だけで自立できるという意識もジオン・ズム・ダイクンの台頭で高まりましたし、実際に食料プラントなどを含めてサイドのみで自給自足が可能なのが現実です。彼らにとっては地球の庇護を受けなくとも生きていける根拠がありますから。」

 

「私達のいる月にしてもそうだけれど、地球という存在は以前より影響力が薄まっていると言うのは間違いないわね。逆に言えば地球の方が資源の面にしても宇宙を頼る事が大きくなっている。」

 

「はい。ですからこのまま地球に居続けてその特権を振りかざす様な行いが目に余れば再び地球連邦政府に対する反乱は起きてもおかしく無いと私は思っています。」

 

「貴方ならどの様な手を打つべきだと思うのですかアンナさん?」

 

「既に共和国となったジオン共和国やネオ・ジオン共和国なども含めて新たな政治形態を生み出すのが理想ではあります。……難しいのは分かっていますが。」

 

「そうね。既に支配の枠組みが出来ている連邦政府やその高官が今更そのシステムを崩して自分達の既得権益を破棄する訳がありません。崇高な理想であっても現実問題としては夢物語の部類でしょう。」

 

「ですから今は無理でも少しずつ歩みを進めることが今の私達に出来る精一杯の努力だと思います、1から100を一度に進む事は不可能でも1つ1つを積み重ねて行けば数年後、数十年後には未来が切り拓かれて行くと信じていますから。」

 

「壮大な計画ね。しかしそれを実行するだけの手立てが現在あるという訳では無いのでしょう?」

 

「……えぇ。ですが私はこの戦いで私達とは違う価値観を持ち、また多感な才覚を発揮するニュータイプとジオンが呼んだ人々と出会いました。」

 

「ニュータイプ……。」

 

 その言葉にカーディアスとマーサがピクリと反応する、言われなければ気づかないくらいの小さな反応だった。

 

「はい。これからの時代、ニュータイプと呼ばれる様な我々とは違う視野を持った人達こそがこの先政治に参加する様になれば今よりもより良い未来が築けると思っています。」

 

 俺は思わずアーニャの顔を見る、その言葉はまさに『箱』が示す答えそのものだ。彼女は初代連邦政府首相と同じ価値観を抱いているのか。

 

「……大変参考になりました。ニュータイプ、確かに我々とは違う見識を持った者が我々には思いもつかない様な改革を見せれば地球も宇宙もより良くなると思いますね。」

 

「はい。今は遠くともいずれは平和が築けると……、まだ夢物語ではありますが。」

 

「いいえアンナさん、大変参考になりました。またお話しする機会があれば是非今回の様に語り合いたいものだわ。」

 

 付き人と思わしき人物がカーディアスとマーサに別の人間が待っていると報告をする。二人もそれを了承し軽い挨拶と共に去って行った。

 

「大変聡明そうな方でしたねジェシー、あれが月の女帝と恐れられているマーサ・ビスト・カーバインとアナハイムと密接な関係にあるビスト財団の当主カーディアス・ビストなのですね。」

 

「……。」

 

「ジェシー?」

 

「あ……あぁ。すまない、何でもない。」

 

 彼らが箱の答えと同等の言葉を出したアーニャに何を思っているか不安ではあるが、それより今は。

 

「ちゃんと考えているんだな。未来の事を。」

 

「えぇ。お父様やお祖父様、そしてお母様の意志を継がなくてはなりませんから。」

 

 彼女の根底にあるのは家族の願いだ。それが彼女の芯を支え続けている。

 

「護ってみせるよ、絶対に。」

 

「何か言いましたかジェシー?」

 

「いや、何でも無いよ。」

 

 俺も俺で彼女の決意を護る騎士として支え続けて行かなくちゃならない。それがジェシー・アンダーセンとして今を生きる俺の成すべき事なのだから。

 

 

 

ーーー

 

 

 それから夜になってパーティーも終わり、宿泊していたホテルに辿り着く。入口にはジェイソン・グレイが立っていた。

 

「ジェイソン・グレイ?」

 

「あぁ、すまないが此処で待たせてもらっていた。」

 

「それは構わないけど……一体どうしたんだ?」

 

 ジェイソン・グレイは一旦本国に戻り、そこで除隊申請をした。

 本来であればその罪に関わらず一度軍事裁判に掛けられるのだが、ソーラ・レイの破壊に尽力した多くの兵に恩赦が与えられており、シーマ様みたいな毒ガス作戦に加担してしまった人物などは罪状が罪状なので厳しく審議されてしまうのだが、グレイ達みたいなパイロットはその殆どが罪を免責されている。

 

もう兵士としては戦うつもりは無いと言っていたのだが。

 

「頼みたい事があってな。俺が……本当は俺が一人で行って報告しなきゃならない事なんだけど。この近くに疎開している隊長の家族に会うのに着いてきてほしいんだ。」

 

「隊長……。」

 

 俺とアーニャが軍人として初めて人を殺したザクのパイロット、ジェイソン・グレイにとっては親も同然の人だった大切な人の事だ。

 

「君達に一緒になって謝って欲しいんじゃないし、隊長の家族に顔を合わせなくたって良いんだ。ただ……俺はどうしても顔を合わせず逃げ出しそうで……そうなった時に止めて欲しいんだ。俺がやらなきゃいけない事だから。」

 

「……あぁ、俺達も一緒に行くよ。」

 

 彼の心苦しさも分かる、俺達にも責任はあるのだからついて行きたいとも。

 

「一度着替えを済ませてから行きましょう。少し待たせてしまいますが大丈夫ですか?」

 

「あぁ、ヘルミーナも連れて行きたいから俺もすぐ戻ってくるよ。」

 

 そしてホテルで私服に着替え直して再び入口に戻る、そこにはマルグリット瓜二つの少女がいた。

 

「──っ。」

 

 一瞬彼女が生き返ったかの様に感じたが、それは違う。あの子はもう何処にもいないのだ。

 

「初めまして。私の事はヘルミーナ・グレイって呼んで。」

 

「おいヘルミーナ何言ってるんだ。」

 

「この前は夫共々迷惑をかけました。」

 

「ジェイソン・グレイ……結婚を?」

 

「そんな訳あるか、まだ独身だよ俺は。」

 

「まだ冗談だよ。二人とも険しい顔してるから。」

 

 どうやら場を和ませる為の嘘らしい。『まだ』という部分が強調されていたが。

 実際助かった、このままだと泣いていたかもしれない。

 

「行こう?夜も遅くなったら失礼だよ。」

 

「あ、あぁ。すまないなアンダーセン、迷惑をかける。」

 

「いや、構わないさ。」

 

 エレカに乗り、彼の隊長の家族がいる場所へと向かう。ホテルの近くでは気づかなかったが辺りは暗く電気の消えている場所が多い。

 

「この住宅街の殆どが今は無人なんだと最近知ったよ。戦中はわざわざ無人なのを知らせない為に灯火管制までしてたって聞いた。」

 

 グレイの説明に感傷を覚えながら街を眺める。

 

「疎開が終われば帰ってくる人もいるんだろうが、いなくなった人はどうしようもない。俺は……。」

 

「お前だけが気に病む事じゃないだろグレイ。戦争で……どうしようも無かった事だ。俺も……大勢殺したんだ。お前の隊長だって。」

 

 そうしなければ生き残れないのだから、殺される前に殺すしか無かった。誰もが自分が生きる為に仕方なくやった事だったんだから。

 

「暗くなってても仕方ない。姉さんだって悲しんだって生き返らないんだよ。」

 

「……そうだな。」

 

「アンダーセンさんやアンナさんを恨んでないって言ったら嘘になる。けど姉さんは多分後悔してないから。」

 

「強いんだな君は。」

 

「強くなんかない、本当は今でも悲しいから。」

 

「後悔しても仕方ない……か。」

 

 辛い事があっても前に進む事が必要なんだ。いなくなった人の為にも。

 それから数十分、ようやく目的地に到着した。

 

「ここに……。」

 

 集合住宅のような建物だ、ここに亡くなった隊長さんの家族がいる。

 

「行ってくる、すまないが待っててくれ。」

 

「あぁ。」

 

 一人歩くグレイの後ろ姿を見送る。

 

「よかったのかな、俺達も着いて行かなくて。」

 

「グレイはけじめを付けたかったんだよ。二人を呼んだのもきっと過去を振り切りたいから。本当は恨みたいけど前に進むんだって気持ちを見せたいからだと思う。」

 

「彼のこと、理解してるんだな。」

 

「うん。」

 

 真っ直ぐな瞳で迷いなく返答する。その関係を少し羨ましくも感じた。

 この二人には俺とアーニャに劣らないくらい強い絆があるんだな。

 

 

ーーー

 

「ママ!パパが帰って来たよ!」

 

 隊長の家族がいる部屋の番号に近づくと、大きな声が響く。

 ドアが大きく開き、そこから少女が現れる。隊長の娘さんだ。

 

「何言ってるの、あの人はもう……、──グレイ?」

 

「おかみさん……。」

 

「お帰りなさいグレイお兄ちゃん!」

 

「あ、あぁ。ただいま……。……帰って来ましたおかみさん。」

 

「そうかい、この子があの人が帰って来たなんて言うから何事かと思ったけど、連れて帰って来てくれたんだねグレイ。」

 

「すみません……っ!俺は……俺は……!」

 

「地球に降りるって聞いてからいつかはそうなるんじゃないかって思ってたよ。グレイ、アンタが責任感じる事じゃないよ。」

 

「けど……!」

 

「昔からアンタは気に病み過ぎるんだよ。悲しんでいない訳じゃない、けどねアンタに責任取ってくれだなんて言う訳無いよ。アンタが悪いんじゃ無い、時代が悪かっただけさ。」

 

「これ……隊長がずっと肌身離さず持っていた物です……。」

 

 アンダーセンとエルデヴァッサーが隊長の遺体と一緒に添えていた写真、家族三人が仲睦まじく写っている写真だ。

 

「あぁ……お帰りなさいあなた……。」

 

 写真に優しく触れ、抱きしめるように包み込む。

 

『あぁ、ただいま……。やっと帰ってこれた……。』

 

「……っ。隊長……?」

 

 聞こえた気がした、隊長の声が。

 

「お帰りなさいパパ……ゆっくりお休みしてね……。」

 

 きっとこの子にも聞こえているのだろう。泣くのを我慢して母親と共に抱きしめあっている。

 そして、おかみさんの暖かい腕が俺を包み込む。

 

「ありがとうよグレイ。……アンタはこの先どうするんだい?」

 

「……ネオ・ジオンのコロニーで働こうと思ってます。」

 

 此処には今はまだ思い出すのが辛い思い出が多い。逃げ出していると思われるかもしれないが変わりたいのだ。

 

「そうかい。大丈夫かい一人で?」

 

「あ……いや、実はもう一人着いてきてくれる奴がいて。」

 

「……女の子かい?」

 

「……はい。」

 

「大事にしてやりな。こんな世の中だ、人と人の繋がりが一番大事なんだからね。」

 

「分かってます。……すみません、本当はここにいるべきなんでしょうが。」

 

「アンタの人生だ、いつまでもあの人の事引きずって生きるのなんてアタシらは見たくないよ、好きに生きるべきさ。偶に思い出したら会いに来てくれれば良いよ。」

 

「ありがとうございます……おかみさん。」

 

 別れを済ませ、エレカへと戻る。いつかまた心が癒えた時にもう一度会いたい、その時はヘルミーナも一緒に。

 

 

ーーー

 

 

 

「お帰りなさいグレイ。大丈夫だった?」

 

 1時間弱の時を経て、ジェイソン・グレイが戻ってきた。

 その顔は先程よりも気が晴れたかのように清々しいものだった。

 

「あぁ、何とかな。二人にも礼を言うよ、ありがとう。」

 

「いえ、私達は殆どお役に立たなかったのでは……?」

 

「いや。君達がいなければ逃げ出してた、心の中で二人のせいにしてな。」

 

「なぁ、二人はこれからどうするんだ?」

 

 二人とも原作では影も形もなかったがニュータイプとして、パイロットとしてとても優秀だ。これからの時代どうするのだろう。

 

「ネオ・ジオンのコロニーで運び屋でも始めるつもりだ。」

 

「運び屋?」

 

「あぁ。この戦争で俺は色んな人の命を奪ってきた。戦争だから仕方のない事だと皆は言うだろうけど、奪ってきたからこそ今度は何かを届ける仕事をしたいと思ってな。」

 

「もうパイロットはやらないのか?二人ともあれだけの力があればネオ・ジオンでだって──」

 

「ジェシー。それ以上は二人に失礼ですよ。」

 

 アーニャに釘を刺されやっとハッとする。俺は結局アーニャの為に実力の高い二人を何とかパイロットのままでいさせたいと心の中で思っていたのだ。

 それがどれだけ傲慢な考えかもわからずに。

 

「っ……、すまなかった。デリカシーが流石に無さすぎた。」

 

 二人にとっては辛いものとなった戦争だ。フラナガン機関で実験を受け、家族同然のマルグリットは死んだ。グレイ自身多数の死者の念を受けて精神的に壊れかけていたし本当はもう戦いたく無いという気持ちの方が強くなっている筈なのだ……。

 

「大丈夫だよ、アンダーセンさんも悪気があって言った訳じゃないでしょ?」

 

「いや、それでも言って良い事と悪い事がある。二人の事を考えればこれから先は戦いなんてせず、平和に暮らして欲しいって願うのが普通だ。」

 

 本来の未来でマルグリットとジェシー・アンダーセンが歩んだ様に、戦いとは無縁の道を歩むのが彼らにとっての幸福じゃないのか。

 

「アンダーセン。」

 

 グレイに肩を叩かれてまた現実に引き戻される、どうやら俺は自分勝手に思い込む悪い癖がある様だ。

 

「お前の気持ちは分かるよ。彼女の為に力になれる人間が多く欲しいんだろ?見ていれば分かるさ、それで気持ちが空回りするのもな。」

 

「グレイ……。」

 

「今はまだ時間が欲しい。何年……何十年後かは分からないが自分の道がちゃんと見えた時、その時はお前達の力になれるようにするよ。」

 

「けど、二人とも俺を恨んでいるだろ?無理して力にならなくても良いんだ。」

 

「アンダーセン、確かに俺はお前が憎いよ。隊長もマルグリットもお前達に殺されたようなものだと今でも心の何処かで薄暗い感情が残ってるが分かる。けど隊長やマルグリットが言ったんだ。死んだ人間に囚われずに未来を生きろってな。」

 

「マルグリットが……。」

 

「俺にはまだ未来がどうなるのかだなんて分からない。平和に暮らすのが許されるのか、それともまた戦争が始まってパイロットとして使われるのか。ニュータイプなどと戦争中は言われて来たけれど未来なんて予知できないんだ。」

 

 そうだ、ニュータイプだからって未来の全てが分かるわけではない。普通の人間と変わらないのだ。

 

「だから今は自分の道をはっきりさせたい。そしてやるべき事が見つかったら、未来を見る仲間と共に歩んでみたい。そこに過去のいざこざを持ち込まずにな。」

 

「グレイ……。」

 

「だから、その時まで時間をくれ。いつか絶対にお前達の力になると誓うよ。それが死んでいった人達への俺なりの弔いだ。」

 

「あぁ、分かったよグレイ。ありがとう。」

 

 握手を交わし、再びエレカでホテルへと戻る。

 

「グレイ、そしてヘルミーナさん今日は話せて良かったよ。」

 

「うん。私達も同じ。」

 

「次に会う時は今よりマシな姿で会えるように努力するよ、さようならだアンダーセン、そしてアンナさん。」

 

「はい、私達もお二人に笑われないように努力して行きます。次にお会い出来る日を楽しみにしていますね。」

 

 そして去って行くエレカを見送り、感傷に浸る。

 

「二人とも戦場での顔は一切見せなかったな。」

 

「えぇ。二人とも過去を振り返らないようにと必至に努力しているのが分かりました。」

 

 恨むなら簡単に恨める、でもそれをしなかった。未来を見るために。

 

「……強かったなあの二人は。」

 

「はい。それこそ心身共に。私達も見習わなければならないですね。」

 

「あぁ。次に会う時に笑われないように……な。」

 

 その時がすぐなのか、それとも永遠に来ないかはまだ分からない。

 だからこそずっと恥じない生き方を心がけて行こうと誓う、次に会う時にお互いが笑い合えるような再会にする為に。

 

 

 

ーーー

 

 

サイド3 ズムシティの一画に建てられた壮大なホテルのスウィートルームの一室にカーディアス・ビストとマーサ・ビスト・カーバインが年代物の美酒を飲みながら話をしていた。

 

「戦勝を祝うパーティーにしてはそれなりの成果が得られたわね。」

 

「あぁ、『箱』の影響力の再確認も出来た。それ以外の収穫もな。」

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー。忘れもしない、あの女の娘。」

 

「危険だな。母親と同じ思想を胸に秘めている。『箱』の中身こそ知らぬのにそれが示す答えを既に見出しているとは。」

 

「どうするのです?先代と同じ様にあの娘を殺すのですか?」

 

「此処で決める事ではない、一度月に戻り先代の意志も仰ぐ必要がある。それでなくともこの戦争で台頭し始めて来たEC社には利用価値がある、下手に関係を拗らせるよりは上手く吸収するべきだ。」

 

「……所詮私達はあの人の掌からは逃れられないと言う訳ね。」

 

「あの人あっての今の我々だ。……逆に言えばあの人の意に背けばどうなるかは分かっているだろう。」

 

「……えぇ、痛いほどに。」

 

「なら全ては月に戻ってからだ。『箱』をどう処理するかは先代次第なのだからな。」

 

 ワインを飲み干して部屋を退室するカーディアスをしっかりと確認してから、マーサは大きく溜息を吐く。

 『箱』の影響力はこの戦争で大きく価値が増した、先代である祖父は往年ほど政治に関心はないがそれでも『箱』を開示するタイミングには常に目を光らせている。

 下手なタイミングで箱を開示させられでもすれば、それで悔やむ事なく死ねる祖父とは違いこれから先がある我々には不都合でしかない。兄は祖父の意向に従うだろうが私は違う。男共に食い物にされて終わるなど許せる訳がない。

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー……。」

 

 かつて地球至上主義者に立ち向かい、そして『箱』と同意の意志を持ち台頭してきた女性であるアンゼリカ・フォン・エルデヴァッサーの忘れ形見。

 彼女は自分の母と同じように志半ばで死ぬかそれとも……。

 

「足掻いて見せなさい、それが貴方の成すべき事よ。」

 

 せめて男達に対してせめてもの反抗くらいは女の意地として見せて欲しい。

 そう願いながら再び彼女は美酒に手をつける。これから世界に踊らされる事になるだろう少女を憐れみながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間3 一年後①

 

 宇宙世紀0080年12月末、地球連邦軍軍事拠点【小惑星ペズン】

 

『それでは1300より模擬戦を開始します。フィーリウス隊は所定の位置へ。』

 

「了解しましたクロエ技師長。……ガイウス、バネッサ準備は良いか?」

 

「勿論ですよフィーリウス様、ご丁寧にガルバルディやリック・ドムを用意させてもらっているんです。恥ずかしい所をお見せする訳にも行きません。」

 

「しかしこうやって早々に古巣へと戻ってくる事になるとは思いもしなかったわね……。」

 

 一機のガルバルディに二機の僚機であるリック・ドムが追従する。その編隊機動は寸分乱れず見る人が見れば惚れ惚れする程である。

 

「ヴァイスリッターより各機へ、ミッション内容はデブリ帯に潜んだ残党部隊との交戦だ。敵の実力はエース級だ、侮らず実戦だと思い今までの訓練の成果を出せ。」

 

「べ、ベアトリス機了解。」

 

「セレナ機了解!」

 

 こちらの僚機には思わず溜息が出る、半年前に士官学校を卒業したばかりの新兵の女性士官が二人。

 ベアトリス・フィンレイ少尉とセレナ・エレス少尉、正直未だ実戦レベルとは言い難い。

 

「落ち着いて戦場を見渡せ、焦らず動けばMSの性能では引けを取らないのだからこちらにもチャンスはある。それにOSもあのアムロ・レイの実戦データが投影されている、かつての戦争中よりは遥かに容易に動かせるんだからな。」

 

 あのアムロ・レイの乗っていたガンダムNT-1 アレックスのア・バオア・クーまでの実戦データが収められたOSはそれこそ当時のジムやメガセリオン等とは同じ機体でも実装前と実装後ではその動きに倍近くの差が生まれたと言われる程の物だ。

 

「こ、これが……戦いの空気……!」

 

 ベアトリス機の動きはぎこちない、模擬戦とは言え敵機はジオン軍機とそのパイロット達なのだ。本物の戦闘と言っても差し支えない状況には流石に肝を冷やしているだろう。

 

「学んだことをちゃんと活かせれば……。」

 

 セレナ機は逆に訓練通りの動きを見せている。逆に言えばこの状況でも訓練の姿勢を崩せないということだ、実戦さながらの状況になれば混乱する可能性が高い。

 であれば、要はそれを指揮する俺となる。

 

「各機、隊列を崩さず俺の後ろに着いてこい。なぁに、最悪逃げ回れば死にはしないぞ。」

 

「は、はい!着いて行きますアンダーセン大尉!」

 

「訓練とは言え逃げる訳には行きません!死ぬ覚悟でも戦います!」

 

「セレナ機へ、良い心意気だ、だが死ぬ覚悟と実際に死ぬのとでは訳が違う。実際の戦場では生きる事を心掛けろ。ベアトリスもだ、良いな?」

 

「りょ、了解です!」

 

 やがて目標ポイントへと到着する、戦場特有のピリピリとした殺気が漂う。実戦からは遠ざかっていても流石はプロだ、侮れはしない。

 そして機体から発せられるアラート。

 

「隊長!3時方向のデブリ帯からビーム攻撃!」

 

 モニターからは光が放たれているが実際は『放たれた』様に再現された映像である。模擬戦なのだから流石に実弾は使用しないがその再現度は昔のシミュレーターの頃より遥かにリアルだ。

 

「当たったら本当に死ぬと思えよ!各機デブリを避け敵攻撃地点へと向かう!挟撃に注意しろ!」

 

 視界が狭い分伏兵を潜ませるには持ってこいの地形だ。

 だがこちらだってデブリを利用する事は可能だ、狭い進路から攻撃する手段もルートも限られるのだから。

 そしてビームライフルによる攻撃、あの3機の中でビームライフルが標準装備されているのはフィーリウス機であるガルバルディだけだ。となると僚機のリック・ドムがこの辺りで潜んでいてもおかしくは──。

 

「ア、アンダーセン隊長!ヴァイスリッターに敵機接近!」

 

「なに──!」

 

 咄嗟にビームサーベルを構え鍔迫り合いを起こす、そこにいたのはリック・ドムではなくガルバルディだった。

 

「この攻撃を防ぐとは……お見事です……!」

 

「ビームライフルはブラフか……!」

 

 考えてみればリック・ドムもツヴァイタイプだ、シミュレーション上でもビームライフルの一撃くらいは放つ事が可能なジェネレーター出力はあるって事か……!

 

「隊長!援護を……!」

 

「待ってセレナ!他の敵機の動きにも注意しないと!」

 

 ──マズい、フィーリウス機の攻撃に混乱して指示が一瞬出せなかったのが仇になった。二人は冷静な判断が出来なくなっている。

 

「ヴァイスリッターから各機へ!まずは落ち着け!ベアトリス機は周囲の警戒、セレナ機は俺の援護だ!」

 

 少なくてもある程度は冷静に周りを見れているベアトリス機の方が警戒に適している。

 セレナ機の援護で一度体勢を立て直す。

 

「ガイウス、一度後退する。プランBへ移行だ。」

 

「了解しました。……さて、鈴の音はどう鳴るのか聞かせてもらうとしましょうか──っと!」

 

「キャァァァ!」

 

 ガルバルディが後退すると同時に付近を警戒していたベアトリス機にリック・ドムが襲い掛かる、見事なチームワークだ……!

 

「落ち着いて機体を立て直せ!油断さえしなければ勝てない性能差じゃないぞ!」

 

「MSの性能差が戦力の決定的差ではない……、さて誰の言葉だったかな?」

 

「このぉぉぉ!」

 

 まるで遊ばれる様にリック・ドムに振り回されるベアトリス機、援護に駆けつけようとするも再びガルバルディと僚機のリック・ドムが行く手を遮る。

 

「将を射んと欲すればまず馬を射よ、良い言葉ね。この状況だとまず僚機を削げば……っ!」

 

 バネッサ機の狙いはヴァイスリッターではなくセレナ機だ、そして再びフィーリウス機のガルバルディが俺の行く手を遮る。

 こうなると最早打つ手無しだ。ガルバルディの相手に悪戦苦闘している所を僚機が各個撃破され全滅判定となり模擬戦が終了する。

 

「……こちらヴァイスリッター。模擬戦終了。」

 

『フィーリウス隊の皆さんお疲れ様でしたー!後で整備スタッフからお礼を差し上げますねー。……アンダーセン隊は後で覚えておいてください。』

 

 最初のトーンの高い声とは違い最後にドス黒い声が俺達を刺してくる。どうしよう、戻りたくない。

 

「隊長申し訳ありませんでした……。」

 

「わ、私達がお役に立てなかったばっかりに……。」

 

 二人が申し訳なさそうに謝ってくる、これが実戦であればこうやって会話をする事すら叶わないのだ。それを胸に刻まなければ。

 

「いや、俺が的確な判断を取れなかったのも原因だ。幾ら機体が良くてもそれに乗るパイロットが甘ければ意味がない。共に精進して行こう。」

 

『了解です!』

 

「それより今はクロエにどう謝り倒すか考えておいた方が良いぞ。」

 

「うっ……。」「ひぇぇ……。」

 

 俺もそうだが、これから落ちてくる雷にどう対処するか、それだけを考えながら現在俺達の拠点となっている【小惑星ペズン】へと帰還する。

 

 

 

ーーー

 

 

「何やってるんですか三人とも!」

 

 模擬戦後のミーティングルームで現在連邦軍を退役しEC社MS開発部の主任技師長となったクロエ・ファミール前技術曹長からお叱りの怒号が浴びせられる。

 

「荒れていますなクロエ技師長殿は。」

 

「せっかくの新型機テストモデルがジオンの旧型に負けたんだよ。彼女の怒りはごもっともでしょうガイウス?」

 

 フィーリウス隊の二人、ガイウスとバネッサからの的確だが痛過ぎる言葉。今まさにクロエが怒っているのはそれが一番の理由だろう。

 

「ベアトリス少尉!セレナ少尉!貴方達二人が乗っているEC-001グノーシスはメガセリオン由来の拡張性とジオンから得た技術を用いて開発した次世代機のテストモデルなのよ!?それが敵機にまともな一太刀も浴びせられずに惨敗したなんてアンナちゃんに知られたらどうするの!?」

 

 戦後、以前キャスバルがホワイトベース隊は階級に関係なく呼び捨て合うようにしたのと同じ様に、旧第774独立機械化混成部隊の面々もまた気兼ねなく呼び捨て合おうと言う事になり今ではクロエもアーニャの事をアンナちゃんと言うレベルにまでなっている。

 

「そして何を呑気にしてるんですかジェシーくんは!貴方が隊長なのに全く僚機の性能を活かしきれてないじゃない!」

 

「うぅ……返す言葉もありません……。」

 

「MSは機動兵器!動いてなんぼのシロモノなのに全く動かせてないじゃないですか!」

 

「クロエ技師長、それは狭いデブリ帯で奇襲を仕掛けた我々にも責があります。あまりアンダーセン大尉達を責めるのは……。」

 

 フィーリウス君からフォローが入る、滅茶苦茶嬉しい。

 

「いえいえ!フィーリウスさんを始めガイウスさんやバネッサさんにはある程度の近代化改修はしたとはいえ、1年前の機体を使わせている訳だから機体性能を補う為に地の利を利用するのは当然のことですから〜。」

 

 先程と打って変わっての猫撫で声だ。若い燕がどうのこうのと頭に浮かんだが言わぬが仏だろう。

 

「しかし実戦データを取るのであれば我々もグノーシスに乗るべきであったのでは?」

 

 ガイウスからの疑問、ごもっともなのだかクロエが新米二人にテストさせているのも理由がある。

 

「それじゃあ駄目なんですよガイウスさん。これは次世代パイロット向けに開発中の『新兵でも生き残れる』為に開発した機体なんです。それにアグレッサー部隊としてジオンエースとの戦闘を想定するのに三人の協力は必要不可欠ですから。」

 

「『リング・ア・ベル』がペズンを拠点にしてくれたお陰で我々も使い慣れた機体を使用できる、その点は感謝しています。」

 

「こちらとしては三人にパイロットとして仕事をさせるのは失礼かとも思っているんだけどな。あくまで三人は客人なんだから。」

 

「働かざる者食うべからずですからな、世話になってる以上我々もただ庇護を受けているだけとは行きませんよ。ねぇフィーリウス様。」

 

「その通りです。……それにこうやって模擬戦とは言え再びMSに乗れるのは存外気分が良いものです。」

 

 フィーリウス・ストリーム、ジオン公国軍少尉だった彼はこのペズンでペズン計画で開発されていたガルバルディαに乗っていた。あのア・バオア・クー決戦の最中、ズムシティで首都防衛大隊と作中通り戦っていたとの事だ。

 恐らくその時にランス・ガーフィールド中佐とも戦っているのだろう、MS戦闘中の気迫は鬼気迫るものがある。

 

「はぁ……。それにしても前途多難だなぁ。本当ならこの子はもっと善戦出来てもおかしくないのに……。」

 

 EC-001 グノーシス、EC社がメガセリオンをベースに新規開発した新型量産機である。名前の由来は古代ギリシア語の『知識』から来ており連邦軍とジオン公国の知識が複合されているからこそ名付けられたものだ。

 そう、この機体が開発される事になったのはジオニック社の一部吸収が出来たからだ。

 

 戦後共和国となったジオン公国がその戦時債務を返済するに辺り、国有企業であるジオニック社の売却をする事になった。

 本来であれば戦勝した側である地球連邦軍は、再度反乱を起こされない様にまた地球連邦の一部として吸収するべきなのだが、この戦争で財政的に疲弊した地球連邦軍にはジオン公国を再吸収する事が出来なかった。

 戦前のように併合してしまえばジオンの債務を連邦が抱え込む事になり財政破綻するのが目に見えていた事と、ジオンを追い込む事が更なる継戦を招く事に成り兼ねないという懸念、そして何より莫大な債務を抱えたジオン共和国では復興までに時間がかかると予想されていたからだ。

 

 しかしそれはジオン共和国の技術系企業の株式一斉売却という形で崩された。それを買収しようと名乗りを挙げたのが一年戦争期、MSの分野で言えば下請けに過ぎなかったアナハイム・エレクトロニクス社とエルデヴァッサー・コーポレーションなのだ。

 地球連邦軍ですら、ジオンの技術より10年は遅れていると言われていた分野を一企業が買収しようと言うのだ、連邦軍内は騒然とし急ぎ特使を派遣して連邦政府にジオニックの売却をするよう持ち掛けた。

 これにはアナハイムもEC社もお互い黙ってはおらず、結局価格はうなぎ登りとなりジオニックの技術は3分割される事になる。

 更にネオ・ジオンも残されたキャリフォルニアベース独自のMS開発技術という遺産を持ち出し同じ様に売却する事で、連邦軍の当初の目論見から外れジオン共和国とネオ・ジオン共和国は経済的に余裕が出来て早期に復興の兆しを見せ始めている。

 

 EC-001グノーシスはこう言った背景の下で生み出された地球連邦の技術とジオン公国の技術を組み合わせた次世代量産機の試作機で、現在アンナ・フォン・エルデヴァッサー大佐の指揮する【独立治安維持部隊リング・ア・ベル】が拠点として間借りしている小惑星ペズンでテストを行っている。

 性能としては現在通常の素体の状態であってもゲルググ相手であれば苦戦しない程度には高い。装甲などはチタン合金セラミック複合材など現在連邦軍の機体に幅広く使われている素材ではあるが使われている技術は連邦系とジオン系の両方が使用されており各種動作など従来のMSと比べれば高い運動性を持つ。簡単に言えばジムカスタムのEC社製といえば分かりやすいだろう。

 更に各種戦況に合わせて追加装甲、追加装備、パーツ交換など幅広い状況で利用できる様にEC社で各種部品をテスト生産しており、正式な量産認定さえ貰えればジム以上のバリエーション機が生み出されると予想している。

 

 これだけの機体が開発出来たのもジオニック、いやジオン公国の持つ設計開発支援システムの恩恵だろう。

 これは連邦でも導入されている技術でCAD/CAMシステムを高度に発展、ネットワークされた設計、開発、生産システムをパッケージングしたものであるのだが連邦軍の独自開発したMSは少なくその恩恵はまだ少ない。

 しかしジオン公国の物はザクからゲルググまで多くの機体の情報が収納されており、更にバリエーション機の技術も内包されている為、ある程度の情報を入力してしまえばシステムがそれらの適合性のチェックをして基礎設計まで勝手にやってくれるシロモノなのだ。

 

 アニメのZガンダムなどでアナハイムやティターンズが独自の機体を少ない時間で多数生産していたのもこれらのシステムの恩恵が裏であったからこそで今は俺達もその恩恵にあやかっている。

 まぁクロエはその出来に納得してはいない様だが……。

 

「とは言えベアトリスもセレナも士官学校を上がったばかりでまだ実戦のイロハもわからないんだ、そう焦る必要もないだろ?」

 

 性能自体は悪くないのだ、後は経験さえ身につけば……。

 

「戦場は成長なんて待ってくれないのはジェシーくんが一番分かっているでしょう?みんながみんなアムロ・レイにはなれないの。『次』を期待する前に死なれるのが一番嫌なのよ私は。」

 

 クロエの正論に言葉が詰まる。その通りだ、俺やアーニャも運が良かっただけで今この場にいる事すら奇跡とも言えるほど死線を越えてきたのだ。次の戦いで生き残れる保証なんて何処にもない。

 

「しかしジオンのザクとて一日にして成らずの代物でしたからなぁ。こればかりは機体もパイロットもテストを重ねる他ないでしょう?」

 

 ガイウスからもフォローが入る。確かに幾ら基本性能が良くても未だテスト中の機体ではその性能を十全に引き出せるかは実際は怪しい、机上で完璧でも実際に動かして見ると……というパターンはそれなりにあるし。

 

「はぁー……やっぱりそうですよねぇ。うーん……色々と思う所はあるけど今回はお開きにしましょうか。ベアトリス少尉もセレナ少尉もシミュレーションは怠らないように。」

 

「了解しました!」「了解です!」

 

 クロエに対する敬礼だけは一人前になってきたなと見慣れた光景に少し心が和む。

 

「フィーリウス隊の皆様もありがとうございました。ゆっくりお休みになってくださいね。」

 

「ありがとうございますクロエ技師長。行くぞガイウス、バネッサ。」

 

「了解です!」

 

 去っていく新米二人とフィーリウス隊を見送り、ミーティングルームには俺とクロエの二人が残った。

 

「はぁー……。」

 

「流石にショックだったか?」

 

「仕方ないって言うのは分かっているのよ……。新型のカタログスペックが幾ら良くたってエースパイロットの乗る使い慣れた機体は少しの性能であればそれを凌駕する事が可能なのは。今や神話扱いされるくらい偶像化されているガンダムだって、性能自体はゲルググやジムスナイパーⅡより劣るくらいなのよ?」

 

 それは分かっている、ガンダムの活躍は実際の所はアムロやカイ、キャスバルのパイロットの技量に寄るところ大きい。

 こちらはニュータイプというのもあるが、旧型機でも歴戦のエースパイロットが乗ればそれこそ自分の手足同然にまで動かすのだからクロエが心配するのも分かる。

 

「それに新米二人も、まさか両方女の子だとは思ってなかったからな俺も。」

 

「一週間戦争や一年戦争で民間人も含めて大勢死んだし、一年戦争でもパイロットは男性が多かったもの。比率で言えばそれまで非戦闘員だった女性の方が多く生存していたのもあるし……。それに今の私達じゃあねぇ。」

 

 独立治安維持部隊等とは言われているがリング・ア・ベルはティターンズやガンダム00のアロウズと言ったような組織とは違い大きな権限が与えられているわけではない。実際はパトロール部隊レベルでの独立行動が許されているくらいだ。

 アーニャが長となっている以上、急速で発展しているEC社に対して連邦も便宜を図る必要があるが、かと言ってたかが16の少女に……という思惑もあるのだろう。大きな権限は与えない代わりに好きにやれと放逐されている感じが否めない。

 このベアトリスやセレナと言った新米二人も士官学校の成績は良くも悪くもない、言ってしまえば送ってしまっても構わない人材だからここにいるのだ。

 本当なら原作に出てくるような名有りのエースパイロットが欲しい所なのだが、流石に終戦後の残党対策や連邦軍内での派閥のゴタゴタなどでそう言った人材はまず送られて来ない。向こうからしたら、士官学校卒の少尉二人を送った事すら感謝しろと言うレベルだろう。

 

 まぉ今の俺達にとってそういう風に無碍に扱われるの逆に好都合だ。連邦が接収したは良いがまだその存在価値に気付いていなかった早期にこのペズンにさっさと居座る事が出来たのだから。

 

 この小惑星ペズンはペズン計画と呼ばれる独自のMS開発をしていた場所で、既にその技術は終戦前に本国に送られていてそれも連邦軍が接収した今では技術的な価値としてはそこまで高くないのだが、残った施設などは俺達が利用するには充分なものだった。

 それに元々ペズン計画のパイロットであったフィーリウス達がいた事で施設内も早くに熟知する事が出来、こうやってガルバルディも調達出来たりしている。

 とは言ってもペズン全てが俺達の管理ではなく普通に連邦軍本体もいる。

 完全にリング・ア・ベルの権限で使えるのは全施設の30%有るか無いかくらいだ。

 

「だがこうやって機体やパイロットを鍛えていると、774部隊の頃を思い出すな。」

 

「そうね。にっちもさっちも行かない機体とそれをテストするパイロットと……、なんだか懐かしいわ。」

 

「一年前とは思えないくらいには何もかも進化したな。」

 

「えぇ、この前ザニーヘッドの当時のデータをあの子達にシミュレーションで使わせたら凄い驚いてたわよ。」

 

「そりゃそうだ。今のOSなら当時それを使うだけで新米でも鬼神のエースになれるぞ。」

 

 それくらい昔と今では技術の差が大きい。だからこそパイロットも簡単にMSに乗れるようになったがシステムに頼り過ぎれば逆にそこを突かれる可能性が高いので結局訓練は必要なのだが。

 

「こんな使い勝手の悪い機体で戦ってたアンダーセン大尉ってすごーい!みたいな反応よそれこそ。見習うべきはもっといるのに……。」

 

「おいおい、そこは素直に褒めてくれよ。昔と比べたらそれこそ自分でも成長したと思ってるんだぜ?」

 

「ジェシーくんは基本ムラがあり過ぎるのよ、実戦でアンナちゃんとか守る時はそれこそエースに引けを取らないくらい頑張ってる時があるけど、こうやって訓練してると本当に同一人物か怪しく感じる時があるわ。」

 

「うっ……。」

 

 酷い言われ様だが、確かに誰かを守る為の戦いと比べると訓練じゃ気迫が違うのも間違いではないかもしれない。

 

「あーあ、早くグリム君戻って来ないかしら。データを取るならグリム君が最適過ぎるのよね。アンナちゃんもカルラもオールラウンダーとは言えないからテスト結果に偏りが出ちゃうし。」

 

 現在グリムはアーニャが以前打診していた促成士官教育の候補生としてジャブローで教育を受けている最中だ。本来ならララサーバル軍曹も送っておきたかったがあの人は性格に難が有りすぎるのと本人が士官教育に前向きでは無かった事も踏まえ出向していない。

 それに伍長とは言えグリムの成長の度合いはアムロらホワイトベース隊には流石に劣るが目を見張るものがある、だからこそアーニャもグリムを推薦したのだ。

 

「アーニャの護衛にジュネットもララサーバルも今は地球だしな。やっぱりフィーリウス隊の三人にも乗ってもらってテストしながら調整して行くしかないんじゃないか?……それか『システム』の完成を急がせるかだ。」

 

「私は『アレ』のコンセプト自体は否定しませんけど……、あまり彼女に負担をかけたくないわ。」

 

 俺達が『システム』と呼び、現在基礎理論を確立させようとしているもの。

 『Newtype Assist System』俺達はNT-Aシステムと略している。

 ニュータイプの操作するMSの行動パターンをOSに組み込み、システムを起動させる事で刹那の判断が迫られる状況でも最適解の動作を行いパイロットの補助を行う事で生存確率を上げる事を目的としている。

 

 ……つまりはEXAMシステムの本来想定された使用方法だ。

 ただEXAMのようにニュータイプの感応波まで組み込む事は実質不可能であるし、そんな人柱みたいな事は出来ないので完全に機械化された補助システムとしての実用化を目指している。

 それの協力を申し出たのは……、他でもないEXAMシステムと因縁を持つマリオン・ウェルチ本人であった。

 

 あの戦いの後、俺はサイド6へ一度訪れマリオンを探した。

 そして俺が訪れるより少し前に、既にグレイとヘルミーナがサイド6に訪れマルグリットの死を伝えていたので、俺が彼女をなんとか見つけ再会した時は酷く泣かせてしまったし詰られもした。

 しかし、その後で彼女は言ったのだ。「私に誰かの命を助ける事ができる仕事をさせてください。」と。

 軍人の俺にそれを告げるという事はつまりはそういう覚悟で言っているのだ。彼女を戦場に二度と戻らせたくはないと思っていたしそう告げたが彼女は譲ろうとしなかった。そこにはニムバスやマルグリットを失ったが故の彼女の願いがあったのだろう。

 結局は押し切られ、アーニャに相談してあくまでEC社のテストパイロットとしてジオン技術の提供する事で、協力と言う形で彼女を引き入れる事となった。

 

 そして計画されたのが暴走しないEXAMを目標にした、パイロットをサポートするオペレーションシステムであるこのシステムだ。

 残念ながらEXAMシステム自体が全て損失、またデータベースからは全ての機体のデータが抹消されているので1からのスタートとなり進捗はあまり良くなく、まだまだ開発には難航している。

 

「アムロの戦闘データから得たOSもそれまでとは違う程のMSの動作を可能にしたけど、これが完成すればそれにプラスされた動きが可能になる……。それこそクロエが言っていた様に新兵が死なないMSにだって。」

 

「私が怖いのは貴方が言っていた様なEXAMシステムがその人間諸共取り込むかもしれないって言うオカルトめいた現象とシステムの暴走よ。それこそ私達は以前それで全滅するかもしれないくらい危険な目に遭ってる訳だし。協力してもらってる以上マリオンちゃんにだって軍部の目が行かないように配慮しなくちゃいけない。結構な綱渡りしてるのよ私達?」

 

「仮にシステムが完成したとしてもEC社製のMSにだけ使用するのかって話にもなるしな。俺達だけで使用するとなったら反乱の疑いを持たれてもおかしくないものな。ジオンのパイロットの協力でグノーシスもシステムも作っている訳だから。」

 

 それこそ連邦軍の施設で元ジオン公国兵が模擬戦を行なっている事すらバレたらヤバい案件だ。EC社のテストパイロットの出向という形で許されてはいるが、バレたらそれこそ内乱でも企ててるかと思われるだろう。

 

「はぁー……世の中を良くしたいと思って行動しても、疑念一つで逆に世界を混乱させるかもしれないと思われるのは怖いもんだな。」

 

「でもそういうものでしょ、ジオン公国だってサイド3の人間にとっては世界を良くするつもりでやった事だと今でもそう思ってる人間が大勢残ってるんだから。」

 

 未だにアースノイド憎しとギレン・ザビを盲信しテロ活動を行う残党がいる。彼らにとってはスペースノイド独立という大義の旗があるのだろうが、実際はただのテロ行為にしか過ぎない、世界を本当に変えたいのなら暴力に頼らず平和な方法で道を目指すべきなんだ。

 原作とは違いネオ・ジオン共和国だって存在するのだから、幾らでもやり方はあるはずなのに……。

 

「アーニャ……お前ならこの世界をどう変えてくれる?」

 

 現在地球に降りている彼女は成人後に地球連邦議会の議員となるべく世界各地を今の内から巡っている。自分の名前を売ることもそうだが、見識を広げておきたいのもあるのだろう。時間ができたら宇宙や地球どちらにも積極的に通っている。

 そして今回地球に降りているのは親父が亡くなってから一年というのもあり、かつて親父が住んでいた、そして今は『彼女達』が暮らしている場所に行っているのであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間4 一年後②

 

「隊長ー!もうそろそろ着きそうだよ!」

 

 書類を整理している最中にカルラからの報告が入る、外を見ると青く輝いた海が一面に広がっている。

 

「ふぅ、書類ばかり見ているのも問題ですね。こうやって綺麗な景色を見ることを疎かにしているのは良くない気がします。」

 

「まぁ隊長は忙しいから仕方ないよ。アタイが変わってあげられれば変わってやりたいけど5秒もしない内に頭が痛くなりそうだからねぇ!ハハハッ!」

 

「ふふっカルラらしいです。さて、あの子達に会うのにいつまでも仕事モードではいられないですからね。私も気持ちも切り替えておきましょうか。」

 

 書類を纏めて整理し準備を済ませる。

 今私達がいるのは欧州の小さな港町だ。一年戦争中は軍とは殆ど無縁の場所で戦争中も被害を殆ど受けていない。

 

「二人とも着いたぞ。」

 

 運転していたジュネットが車を止める。其処には小さな港町にしては大きな家があった。

 

「マム!お客さんが来たよー!」

 

「あー!リトルマムだ!こんにちはー!」

 

「はい、みなさんお久しぶりです。元気にしていましたか?」

 

 車のドアを開くとすぐさま子供達が駆けつけてくる。そう、ここは『彼女』の住む孤児院だ。

 

「こら!お前達!お客様には礼儀正しくといつも言っているだろう!」

 

「いえすマムー!」

 

「まずそのマムって呼び方を止めろっていつも言っているじゃないか!まるで軍隊のままだよこれじゃあ。」

 

「アッハッハ!相変わらず子供達に愛されてるじゃないかシーマの姐さんは!」

 

「ララサーバル!そもそもアンタがアタシの事をマムと呼んだからこの子達にも移っちまったんじゃないか!責任取りな!」

 

 シーマ・ガラハウ、前ジオン公国軍海兵隊中佐だった彼女は戦争後軍事裁判に掛けられコロニー住民に対する毒ガス攻撃、更にその他の汚れ仕事など本来であれば死刑を言い渡されてもおかしくはない罪状があったが、ソーラ・レイ破壊に貢献し地球連邦軍を結果的に勝利に導いた事と、彼女自身海兵隊司令のアサクラ大佐に毒ガス攻撃と知らされず実行させられた事実もあり特赦として死刑は免れ海兵隊員含めて軍の監視の元、この地で暮らす事を許された。

 

 そしてジェシーの計らいもあり、かつてサイド6に極秘裏に建てられた研究所で、ジオン公国により非人道的な実験をさせられていた身寄りのない戦災孤児となった子供達をエルデヴァッサー家が養子として引き取り、孤児院を設立して彼女達がそこで子供達を養育する事で社会復帰も含めて彼女達の傷が癒える様に支援をする事になった。

 

「それにしても今日はどうしたんだい?軍の査察ならまだ先だと思っていたけどねぇ?」

 

「今日は軍の仕事とは関係ありませんよシーマさん。……お義父様に会いに来ました。」

 

「……そうか、もう一年も経つんだねあれから。」

 

 ダニエル・D・アンダーセン少将、戦死した事により死後二階級特進で大将となりその最期を知る者からは死して尚も尊敬の念を抱く者は多い。それは私達も同じだ。

 

「あの戦いの時、途切れ途切れでしか聞こえなかったけどあの艦長はアサクラなんかよりもよっぽどコロニーに住む人間の気持ちを考えて喋ってくれていた。惜しい人を亡くしたもんだね……。」

 

「えぇ……。けれどお義父様の残してくれた未来は消えずに残っています。」

 

「リリー・マルレーンにいた奴らも捨て身であの艦が守ってくれたから今も生きてる、本当に助かったよ……ありがとう。」

 

 帰るべき(マハル)を失った彼らではあるけれど、今はここが新しい(マハル)となった。

 そう、この孤児院の名前はマハル孤児院。彼女がそう名付け、子供達がそう呼ぶ家なのだ。

 

「ねぇ!リトルマム!僕達ともお喋りしようよ!」

 

「私が先だよー!」

 

「こら!お前達、お嬢はまず墓参りに行くんだ、案内してあげな!」

 

「はーい!」

 

「お嬢……。」

 

「ハハハッ、実際良家のお嬢様なんだから間違いじゃないだろ?アタシはそろそろ漁から戻ってくるコッセル達が持ってくる魚でも使って料理して待ってるからゆっくり行ってきな。」

 

「ふふっ……はい、行って来ます。」

 

 子供達に手を引かれながらカルラとジュネットの二人を連れ、岬に建てられた二つの墓に訪れる。

 

「お母様……、そしてお義父様。お久しぶりです。」

 

 ここが母が亡くなった土地である事を、戦後ゴップ叔父様から聞かされアンダーセン艦長もまたこの土地で隠遁していた事をその時まで私は知らなかった。

 父も祖父も、母が亡くなった理由を話してはくれなかったし私も病死か何かだとずっと知ろうとせずに生きていた。私を心配させたくなかったからだろう。

 そして二人が、かつて私とジェシーが交わした様に騎士の誓いを立てていた事も。ゴップ叔父様はそれを分かっていてジャブローで同じ事をさせたのだろう。

 この土地に弔うべきだろうとジェシーが言い、今はこうして二人が生きた証としてここに残されている。本当は彼も連れて行きたかったのだが職務の都合もあり残念ながら一緒には来れなかった。

 

「艦長!シショーもみんなも元気にやってるよ、だから艦長は心配しないで良いからね……!」

 

 いつもはにこやかなカルラも、今は目に涙を浮かべている。ジュネットに至っては声を殺して先程からずっと泣いていた。

 

「うぅ……!親父さん……!」

 

 本当に父親の様に慕っていたジュネットにとっては最期の時に共に征く事ができなかった無念は大きいだろう。しかし私達生き残った者はいなくなった者達の事を、その志を忘れずに語り継いで行かなくてはならない。もう二度と同じ事を繰り返さない為にも。

 

「お母様……お義父様……貴方達の目指した未来に、私達は辿り着いてみせます。だから安心して眠っていてください……。」

 

 各々の弔いを済ませマハル孤児院に戻ると食欲をそそる匂いが漂っていた。

 

「さあさあ男共が手によりをかけて作った昼食だよ、たらふく食べて行きな。」

 

「へぇー、こりゃ美味そうじゃないか!軍人の作るメシってのはどうしても大味になりそうなもんだと思ってたけどやるねぇ!」

 

「そりゃ俺達も一年中ガキ共のメシを作ってりゃこうなるってもんさ、育ち盛りに栄養の偏ったもんを食わせる訳にも行かねえからなぁ。」

 

 シーマさんの片腕となり元海兵隊員達と共に力仕事を一手に引き受けているコッセル元大尉がそう発言する。そこには何の嘘偽りもなく子供達を心配する気持ちが溢れていた。

 

「美味しいです、本当に……。」

 

「一年前まではこうやってメシを作るのにも一苦労だったんだよ。あの子らと同じで一つ一つ成長して行く、当たり前の事だけどやって見ると苦労することばかりさ。」

 

 礼儀正しく食事を取る子供達を見つめながら、シーマさんは話を続ける。

 

「ねぇお嬢、もしも……もしもの話さ。この子達が将来何かをやりたいと思う時、その時に軍人になりたいとか言っても止めてやらないでくれるかい?」

 

「……何か思う所があるのですか?」

 

「この子らはフラナガン機関っていうニュータイプを研究する施設で実験されていたのは知っているだろう?中にはクスリ漬けにされたり、洗脳みたいな教育をされて今でも悪夢にうなされている子達も多い。」

 

 報告書を見て、そしてこの子達と何度も会っていてそれは知っている。素養がある者……かつてのグレイさんやヘルミーナさんのようなパイロットとして活躍できた者はまだマシな方だった。

 中には戦争中と言えど目を疑いたくなる様な実験をし良くて廃人、悪くて死亡と言った事例が数多く存在していたのだ。

 

「その影響で戦う事だけが優秀な子も多いんだ……、道がそれしかないって分かった時にこの子達の道を消さないで欲しい。戦争に苦しめられた人間が戦争をやるのを許して欲しいなんておかしな話だけどね……。」

 

「いえ、シーマさんの言うことも分かります。本当なら可能性に満ち溢れた子供達の道を閉ざしてしまったのは他でもない軍人の私達なのですから。」

 

 戦場でのみ稀有な能力を発揮する事が出来たり、MSなどのマシーンにのみ直感的に構造を理解出来たりなど特殊な能力を持った子も多い。

 その子達の道は決して大きく広がってはおらず、望まずとも選ばざるを得ない未来が待っているかもしれない……。

 

「けれど、この子達が大きくなった時……戦場なんてない世界にしておきたいと私は思っています。MSだって戦場で乗るだけが仕事ではありませんからね。」

 

 現在色々な場で作業用としても活用され始めたりなど兵器以外の使用も多く模索されている。戦うだけが道ではないしそういう未来にはしたくない。

 

「期待しているよお嬢。それにしても今回はあの色男は来なかったんだね?」

 

「ジェシーですか?今はペズンで試作機のテストで忙しい筈ですよ。」

 

「あの男も不思議な男さね……、以前サイド6で会ったのは間違いないのに酒を飲んでたせいで記憶に全く無いだのほざいていたけど間違いなくアイツはソーラ・レイを知っていた……それに未来の事も多少の差異はあるけど的を得ていた。」

 

 彼は身に覚えがないとか酒を飲んでいたから妄言を吐いていたんだろうと言っていたが、見るからに焦っていたので恐らく何かしら心当たりはあったのだろう。フィアンセと言えど彼については謎めいた部分が少しばかりあるにはあるのだ、疑いたくはないけれど。

 

「シショーも変な所で勘が鋭いからねえ、未来でも予知出来るんじゃないのかって思う時は確かにあるよ。」

 

 そう、確かにジェシーは何処か未来予知に似た先読みの能力に長けていると思う。ジオニック買収にしてもそうだったけれど、それ以前からずっと何かあると的確な助言をしてくれる。

 

「そういう意味ではジェシーはニュータイプに近いのかもしれませんね、彼は否定しますけれど。」

 

 彼自身は頑なにそれを否定するけれど、私は彼の様な常識に囚われない視野を持った人間こそニュータイプと呼ぶに相応しいと思っている。今必要なのは前時代的な古い視野を持った者よりも、新しい視野を持った者なのだ。だからと言って古き良き伝統や価値観まで捨てろとまでは言わないが。

 

「それでお嬢達は今回はどれくらい地球にいるんだい?」

 

「残念ですが明日には此処を経ちジャブローに向かう予定です。連邦軍も軍の再編に追われていますから。」

 

「そうかい……、なら今日は子供達と遊んで行っておくれよ。この子達もお嬢に会えて嬉しいのさ、相手してくれると助かるんだがねえ。」

 

「ええ勿論。偶にはシーマさんからお母さんを奪うのも悪くはありませんね。」

 

「ハハハッ、言うじゃないか。お前達!リトルマムが遊んでくれるって言ってるよ!綺麗に食事を終わらせて片付けしたら遊んでもらいな!」

 

「あいあいさー!」

 

「まるで小さな海兵隊だねこの子らも、よーし!隊長だけじゃなくアタイとも遊んでもらうよガキんちょども!」

 

「まずアンタは綺麗に食事を終わらせなララサーバル!子供達より食い方が悪いったらありゃしないよ!」

 

 笑い声が響く、辛いことの多かった戦争ではあるが今こうやって笑い合える奇跡に感謝し続けなければならない。そして二度とこの微笑みを失わせないと再び心に誓う。

 

 

 

ーーー

 

 

 翌日マハル孤児院を離れ、近くの中継基地からミデアに乗り換えジャブローへと向かった。制空権を気にしなくなった今では昔よりも少ない時間でジャブローへと辿り着ける。こうなると争いからは遠ざかった様に見えるが、未だに地上ではジオン残党軍が点々と活動しており油断をしていれば狙い撃ちにされる可能性もある。

 警戒はしていたが杞憂で済み、ようやくジャブロー本部へと到着した。そのままその足で総参謀本部へと出向する。

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー大佐、ただいま到着しました。」

 

「うむ、ご苦労だったね大佐。座りたまえ。」

 

 既にゴップ叔父様を始めとした連邦軍幕僚達が席を並べている。

 今回私が呼ばれた理由は戦後計画された連邦軍再編計画の一環でだ。私は将校ではないが財界での大きな地位がある事で、この連邦軍幕僚会議に参加することを許されている。

 

「一年戦争から早いもので一年だ。未だジオン公国軍残党の活動はあるが戦後の復興としては無難に動けてはいる。これもコーウェン中将の開発したメガセリオンあっての物だな。」

 

 各方面で活動するジオン残党に対してジム2機と局地用装備を施したメガセリオン2機の小隊で行動する事が多いのだが、この局地用装備を施したメガセリオンが先陣を切りそれをジムが援護する事で自軍の損害を最小限にして戦果を得る事が出来る。これが可能になったのもコーウェン中将がメガセリオンを早期に開発したからこそだ。

 地上戦に特化したグフをモデルにしたメガセリオンは地上での機動性に優れ、それらが更に砂漠などの環境に適した装備をする事で寄り合い所帯となっている地上残党軍のMSに対して優位に保てるのも大きい。

 

「有難きお言葉です。」

 

「だが流石に一年前の機体だ、マイナーチェンジして行くにも限界があるし優位に立てる状況も多いが損害が0とは行かない。軍事費も考えると残党に対して圧倒的になるレベルのMSも欲しい所だな。」

 

「残党もそうだがアクシズへ逃亡したキシリア・ザビについても考えねばなりませんぞ。先遣隊を何度か向かわせたは良いが全て返り討ちに遭っている。向こうから攻めては来ないにしても警戒はしておかねば。」

 

 幕僚達は思い思いに発言をし続ける、それを制したのはゴップ叔父様だ。

 

「まぁ落ち着きたまえ。一つ一つ議題を片付けなくては話が進まない。まず一つ、連邦軍再編計画にあたり減ってしまった士官を補充する為に新兵を多く採用する様にはしているが、訓練が終わるまで数年は使い物にならない。その為にエルデヴァッサー大佐の立案した促成士官教育プログラム、下士官で優れた者を士官へと繰り上げるシステム……思いの外成果は良い、急場凌ぎとしては妥当なものだったよ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「次に現行機のアップデートだ。現在残存するジムやメガセリオンを継続して使用、或いはマイナーチェンジで当面を凌ぐ事の不安……、確かに重要な問題だ。ジムもメガセリオンも安価ではあるが決して安過ぎる訳では無いのは確かだ。残党相手に消耗し同型機を補充するのでは物資においても人員においてもロスが発生する。これはあまりよろしくはない。」

 

 後方支援などで物資補給が専門だった叔父様にとってはやはり懸念する案件だろう、可能であればそれらを支援機に回して最新鋭機で制圧するのがベストな方法だ。それなら損害を今より少なく抑えられるので新型機を開発してなお最終的な損失は現状維持するより少なく出来る筈だ。

 幕僚の一人が挙手し発言を遮る。

 

「戦後ジオン公国の技術を接収した事で我々が彼らより10年はMS開発に関する認識が遅れているのは事実です。ですが将軍、我々の軍事費とて無限ではありませぬ。余力を残し、尚且つ進めるべき開発技術は絞り、委託可能な物は委託させれば良いと考えます。」

 

「彼の意見に賛成ですな、ジオン公国の中でも最高機密であるニュータイプ関連の技術等は我々が推し進め、MS開発はジオニックを一部吸収し急成長しているアナハイムやEC社に任せればよろしいのでは無いか?どうかなエルデヴァッサー大佐。」

 

 ジャミトフ・ハイマン准将が彼の意見に賛同しこちらを窺う。

大陸復興公社総裁と、地球の賭博組合であるインターナショナル国債管理公社総裁も兼務している彼なら軍事費に掛かる費用が減ればその分地上の復興に資金が流れるので外部委託には賛成派なのだろう。

 

「そうですね、現在我々EC社でもそのノウハウを活かして鋭意開発中ではありますが、まだ完成とまでは行かないのが現状です。」

 

 現在開発中のEC-001グノーシスも殆ど完成の域には達しているがテストするのと実戦を行うのとでは実際の性能に差が出てくるだろう。それらの調整も含めれば本当の完成と言うにはまだまだ程遠いのが現実だ。

 

「新型量産機については、後はアナハイムの動き次第と言った所か。当面はマイナーチェンジで個々の戦局に対応するしか無さそうだな。さて、次はアクシズの問題か……。」

 

「これについてはアクシズのキシリア・ザビが一切の交渉を行なって来ない時点で事実上の戦争継続状態になっていると考えてよろしいかと思われますゴップ将軍。先程の話にもありましたが先遣隊は交渉の余地もなく撃破されておりこの一年大きな行動を起こして来ないとは言え無視できる程の勢力では無いのですからな。」

 

 連邦宇宙軍のグリーン・ワイアット大将がそう告げる、ア・バオア・クーの戦いでギレン・ザビから離反して新生ジオン公国と名乗りアクシズに逃亡したキシリア・ザビはこの一年大きな軍事行動すら起こさなかったが、それでも偵察に来た部隊には容赦なく殲滅を行ってきた。

 未だに地球圏に対して未練がある事は窺える、このままずっとアステロイドベルトにいるつもりはない筈だ。

 

「早急に残党軍を殲滅して地球圏に安定をもたらさなければキシリア・ザビが侵攻を開始した時に呼応する勢力も出てくるだろうな。やはり急ぐべきは新型量産機となるか。」

 

「お待ちくださいゴップ将軍。新型量産機もそうですが、新たに連邦軍の象徴となるMSを開発しその威光を持ってジオン残党軍を威圧する……その計画も私は提案します。」

 

「コーウェン中将、その物言いだと既にビジョンはあると見える。話したまえ。」

 

「ハッ、一年戦争でアムロ・レイ、カイ・シデン、そしてネオ・ジオンのキャスバル・レム・ダイクンが搭乗し、その圧倒的な力でジオン公国を恐怖に陥れた英雄的MS……ガンダムの新型機開発計画です。」

 

「新型ガンダム開発計画……?」

 

 確かにガンダムはこの一年戦争において大きな戦果を上げた。しかし行き過ぎた示威行為は地球市民だけでなく他サイドの不安を煽る可能性も高い、リスクは高いようにも思えるが……。

 

「余程自信がある様に思えるが。」

 

「先程の話にもあったように新型量産機開発の為の試作機にもなり得ます。V作戦の現行版と言っても差し支えは無いのですよ。新型主力機の為のデータ取りとなる試作ガンダム、それで残党軍を萎縮出来れば儲け物ではありませんか?」

 

「成程な、コーウェン中将の考えも一理ある。ふむ……ならこうしよう、コーウェン中将が主導となりアナハイム・エレクトロニクスと協力して新型ガンダム開発計画を実行し次期主力MS開発の為のデータを多く取ってもらう。」

 

「ハッ、お任せください!」

 

「話にはまだ続きがあるぞコーウェン中将、アナハイムだけに甘い汁を吸わせるのも問題があるだろう。EC社にも同じく新型ガンダム開発を命じる、互いに競わせる事でより高性能な機体を生むことが可能となるだろう?」

 

「むぅ……しかし……!」

 

「君の考えた計画だ。主導したいのも分かるが連邦軍の利益を考えれば妥当な判断だと思うがね?他の者はどう思う?」

 

 幕僚達は少しの間考え込むが答えは殆ど同じだろう、仮に私が同じ立場であれば選ぶ手は一つだ。一人だけ利を得させるか、二人に利を得させるか或いは両者共に倒れる事を狙う……つまりは。

 

「私はゴップ将軍の意見に賛同しますぞ、連邦の得となるならアナハイムとEC社の両者を競わせるべきだ。」

 

「私も異議なしだ。」

 

 幕僚達が次々と賛同して行く、この中で本当に計画の成功を願ってる者は一人もいないだろう。コーウェン中将もまた此方を怨むように睨みを効かせている。

 其処には一年戦争時の温厚だった姿は最早なく、政争の敵を見る目付きそのものだった。

 

「であればコーウェン中将がアナハイムを、エルデヴァッサー大佐がEC社を先導しMS開発計画を遂行せよ。此度の連邦軍再編計画の会議は以上を持って終了とする。最後に一つだけ、私もそろそろ軍部を去る頃合いだ、これからは私以外の者が主導となって連邦軍を導いてくれる事を祈る。以上だ。」

 

 各々が深く頭を下げて去って行く。最後に残った私も場を去ろうとした時、叔父様から引き止められた。

 

「待てアンナ。」

 

「……叔父様?どうかされましたか。」

 

「まぁ座れ。私がお前に最後にしてやれる事だ。」

 

「最後に……。」

 

 その言葉に少し胸が締め付けられる。

 

「そう慌てるな、身体の何処も悪くはないのだからまだまだ死なんぞ。最後にしてやれる事というのはこの連邦軍の中での話だ。」

 

「……。」

 

「先程のガンダム開発計画、個人的にはあまり賛同はしたくなかったがな、コーウェン中将の手前もあるから無碍には出来ん。それは分かるな?」

 

「はい。」

 

「EC社にもそれを押し付けたのは私の我儘だ。少しでもお前の為になればと思ってな。お前達がペズンで量産機の開発をしているのは知っている、ガンダム開発などしなくても次期主力MSは完成するだろう。だがそれだけではお前に箔は付かん。それにアナハイムの力は大きい、お前が思っている以上にな。」

 

 叔父様はアナハイムの闇の部分も知っているのだろう、私が想像する以上の何かがあるという事だ。

 

「だからこそ良くも悪くも目立つ必要がある、未だ17の小娘と舐められているのも戦果だけでは足りぬと言うことだ。」

 

「それは承知しています。」

 

「このチャンスをモノにして見せろ。そうすればお前の事を小娘と侮る者もいなくなる。そしてお前が導きたい未来を築き上げれば良い。」

 

「ありがとうございます叔父様……。私はずっと叔父様に支えられてここまで来れました。本当に感謝しています。」

 

「うむ……今は亡きカールとダニエルの為にと思ってやってきたが、そろそろお前はお前の道を歩む歳になった。私がいなくてももう大丈夫だろう?アンダーセン大尉もいるのだからな。」

 

「はい、彼と共にこれからは歩んでみせます。」

 

「うむ。期待しているぞ。」

 

 私には三人の父がいる、その三人がいてくれたから今の私がある。

 その人達の恩に報いる為にも、私は決して歩みを止める訳には行かないと心に誓った。

 

 

 

 新型ガンダム開発計画、それが私とジェシーの運命を大きく引き裂く事になるとも知らずに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間5 新型ガンダム開発計画

 

「ガンダムの開発!?俺達がか……!?」

 

 ジャブローから帰ってきたアーニャ達に、連邦軍再編計画の中で新型ガンダムの開発を提案されたという報告を聞いて驚く。

 新型ガンダム開発計画は確かにガンダムの歴史の中で行われるのは知っているが、まさか俺達もそれに関わるなんて思ってもいなかった。

 

「はい。コーウェン中将がアナハイムを担当し、私達がEC社でグノーシスとは別にガンダムの開発も並行して行う事となりました。叔父様が少しでも私の為にと最後にしてくれた事です。」

 

 ……そうか、ゴップ将軍もそろそろ軍を引退する時期か。その為に少しでもアーニャが軍で発言力を上げる為に計らってくれたのだろう。

 期待を裏切る訳にはいかないなこれは。

 

「しかしガンダム……ガンダムか……。」

 

 いきなり新型ガンダム作れと急に言われてもなぁ……グノーシスですら四苦八苦しているのに。

 

「あまり良いアイデアは浮かびませんか?」

 

「うーん……そういう訳ではないけどな……。」

 

 この計画で結構な額の軍事費が動く訳だし時代を先取りしてグリプス戦役時代くらいのMSでも開発したい気持ちもあるが……。

 

「ガンダリウムγなんて無いしなぁ……。」

 

「何か言いましたかジェシー?」

 

「いや、何でもないよ。」

 

 第二世代MSはその多くがクワトロがアクシズから持ってきたガンダリウムγ精製技術によってそれを使用する事で装甲の硬さと軽量化を両立させる事が可能になり、それによってムーバブル・フレームを問題無く採用できる事から発展して行ったのだ、今の状況ではムーバブル・フレームの初期版みたいなのを採用しても結果的に重量が増えて重MSとなるだろうから時代を先取りなんてあまり出来そうもない。

 使えるとしても装甲はルナ・チタニウム……所謂ガンダリウムαくらいが限界か、しかし通常のガンダリウム合金はその精製方法が特殊である事とコストが高いからな……まぁガンダムを作るのであればコストはある程度は度外視しても問題ないだろうけど。

 

「クロエも呼ぶか、一度全員で話したほうが無難だろう?フィーリウス隊のみんなも呼ぶぞ?参考にする意見は多いほど良いもんな。」

 

「そうですね、30分後にミーティングルームに集合しましょう。」

 

 そしてグリム以外の今ペズンにいるリング・ア・ベル関係者全員が集まる。さて、どういう意見が出てくるかな。

 

「それでは先程ここに集まる前にも少し話しましたが連邦軍再編計画の中で新型ガンダムの開発をアナハイムとEC社に打診されました。連邦軍から軍事費は降りるのである程度コストは度外視して構いません、何か提案はないでしょうか?」

 

「よろしいかなエルデヴァッサー大佐。まずこの新型ガンダムとはどの様な定義を持ってガンダムと呼ぶつもりなのです?」

 

 フィーリウス隊のガイウスから意見が挙がる、確かに言われてみれば確かに何をもってガンダムと呼べば良いんだ?ガンダムフェイスしてれば良いみたいな漫画的認識で良いんだろうか?

 

「そうですね……、一年戦争で英雄的活躍をした機体ですから所謂ガンダムフェイスというのは必要になります。あまり好ましい表現ではありませんがジオン軍残党にとって『ガンダム』という存在は忌避すべき存在でありますから威圧を与えるという点では欠かせない物となるでしょう。」

 

「公国軍残党への心理的圧力……。」

 

 フィーリウス君が考え込む、彼らからすれば以前の同胞であるからあまり心地の良い内容ではないなこれは。

 

「外面だけガンダムにして中身は今開発してるグノーシスじゃダメなのかい?アタイ的にはグノーシスですら自分達で頭捻って作ってるシロモノなんだし装甲とか一部のパーツ何かをグノーシスの物よりアップグレードすれば充分ガンダムだと言えるもんが出来ると思うけどねえ?」

 

 戦闘の事になるとやたらと普段より知的になるなララサーバルは。

 確かに量産機としては破格の性能になるだろうと俺達が必死に作り上げてるグノーシスを色々な部分をアップグレードしてガンダムフェイスにすればそれだけでも新型ガンダムと言えなくもないか。

 

「技師長としての意見だけど、カルラの案も悪くはないし潤沢な予算があるのならハイスペックグノーシスを作ってそれをガンダムって呼ばせれば性能的な面では問題ないと思うわ。けどアンナちゃん、これはどちらかと言えば政治的な案件でしょ?アナハイムと競わせて、どっちが勝つか負けるかってやってるような状況ならそんなのじゃインパクトに欠けるわ。必要なのは対外的に分かりやすいくらい大袈裟な機体を作って宣伝する事じゃないかな?」

 

 ……成程なぁ、確かにグノーシスのアップグレードじゃ高性能機なのは間違いないけどただそれだけの機体って認識で終わる訳だ、別にそれでも治安維持の点では問題無いけどアーニャのこれからの事を考えると確かに大袈裟にしてでもインパクトのある機体で宣伝でもした方がウケは良いのだろうな。

 

「俺達の作ってるグノーシスはメガセリオンと同じで様々な戦況に対応する為に素体に様々な装備を装着するって考えで作ってるけど、新型のガンダムだと喧伝するなら何かに特化させた機体か、或いは新技術を搭載した機体を目指すのが良いかもしれないな。」

 

「何かに特化させた機体と新技術を搭載した機体ですか……、誰か提案はありませんか?」

 

「新米二人も意見を出して良いんだぞ?この場合俺達みたいに既にMSに対して固定概念がある人間よりは二人の方が新鮮な意見が出ると思うぞ。」

 

「はい!はい!よろしいですか大尉!」

 

「元気が良いなベアトリス、何か提案があるのか?」

 

 新米の一人、ベアトリス・フィンレイ少尉が元気良く手を挙げる、期待に応えようとする姿勢は嬉しいものだ。

 

「えーっと……そう!機体もそうですけどやっぱりこの新型ガンダムってパイロットが乗るわけじゃないですか!?」

 

「あぁ、MSだからそうなるな。」

 

「EC社が作るのであればEC社に縁が深いパイロット、つまり大佐や大尉が乗るべきだと思うんです!ですから大佐のフィルマメントや大尉のヴァイスリッターのアップグレードされた機体なんて如何かと思います!」

 

「フィルマメントとヴァイスリッターのアップグレード……。」

 

 確かにこの2機はコンセプト自体は今でも通用するし狙撃特化と高機動型の白兵特化の機体なら世界観は違うけど00のデュナメスやエクシアみたいなのをイメージすれば無難な仕上がりになりそうだな。

 

「あの、私もよろしいでしょうか?」

 

 いつも通りのクールな表情で手を上げるのはもう一人の新米セレナ・エレス少尉だ。

 性格は二人とも正反対だが仲は悪くないしライバル意識もあるのでこうやって対抗心を燃やしてくれるのは良い事だ。

 

「セレナにも何か提案があるのか?」

 

「はい。EC社はジオニック、そしてハービック社も一部吸収しています、であれば航空機の技術をMSに転用するのも良いかと思います。」

 

 航空技術のMS転用……つまりは可変MSって事だよな?今突っ込みを入れるのも良いが詳しく聞いてみるか。

 

「MSが幾ら機動性に優れていると言っても、それは地上や宇宙空間のみで制空権の確保には未だ航空支援が必要なのが現実です。しかしMS産業が勃興し航空機や戦車と言った旧時代の兵器は必要性が皆無とまでは行きませんが重要性が低くなったのが現実です。サブ・フライト・システムでMSに下駄を履かせるなどジオン公国は独自の航空戦力としての役割をMSにも担わせようとしていました。それをMS単独の機能として持たせればどの戦局にも対応し得る機体が出来上がると思います。」

 

 着眼点は良い、実際の宇宙世紀でも航空機は0100年代でも制空権確保の為に使われていたし、爆撃機としての使用も続けられていたから完全に死に体とはなっていないからな。MSにも航空戦力として活躍して貰うってのは地上戦の優位にしても宇宙戦にしても本当に悪くはない案だ。

 ただ問題があるとすれば……。

 

「セレナ、着眼点は良いが肝心のMSをどう変形させるつもりだ?」

 

「実は以前からイメージと言うか構想はありました。本当ならちゃんと形になってからクロエ技師長に提案したかったのですが……少し待ってください。」

 

 セレナは端末を取り出すとミーティングルームの大型モニターに映像を投影する。

 

「えー……幾つか案があって一つはグノーシスの外装として考えててそれを応用する形で……こうですね。」

 

 別の画面が表示され殴り書きのような形の絵ではあるが何をしたいのかは何となく分かった。リ・ガズィのようなバック・ウェポン・システムだ。

 

「グノーシスの局地用装備の一種で考えていたのですが外付けのユニットを使用する事でMSに航空性能を持たせ、必要が無くなった場合はパージする事でその後も継続して戦闘が可能になる。これが一つの案です、この場合なら先に敵航空戦力を削った後で地上戦にスムーズに移行できます。」

 

「へぇ……面白いじゃない。」

 

 クロエ自身も端末に殴り書きするように今の意見をメモしながら図面も適当に引いている。俺も俺で良くこんな案が思いついたなと驚いている。

 

「えっと……後は……これですね。」

 

 自分の端末だと言うのに何故か不慣れに操作をするセレナ、次に映し出されたのは変形機構としてはかなり簡単な物だ。んー……例えるならガザCみたいな感じか?Z系列みたいな難しい変形を数秒で行うような感じではない構造だな。

 

「ブロックビルドという構造……だそうです、機体の主要パーツをブロックモジュールと見做した上で、それを動力パイプ、ケーブル、シャフトなどで繋ぐ事で変形を可能にします。……出来るはずです。」

 

「待ってくれセレナ、もしかしてこの端末……お前のじゃないのか?」

 

「は、はい……すみません大尉。流石に気付きますよね。」

 

「いや、それは良いんだがこれは何処で入手したものなんだ?」

 

 殴り書き程度のシロモノとは言えかなり先の時代を見越した設計思想だ。俺以外にもこの世界に憑依した者がいるのではないかとすら思った程に。

 

「……ソロモンで死んだ兄の物です。兄は元々航空機のパイロットだったのですがMS乗りに転向し戦って散りました。これは兄がソロモン攻略戦前に私にビデオレターと共に送ってきた物なんです。」

 

 セレナは端末に入っていた動画を俺達に見せる、そこには彼女の兄が今まで何処で戦っていたんだとか、両親は元気にしているかとか、士官学校で苦労はしていないかなど家族に対する愛が深く感じられる映像があった。

 

『それでだなセレナ、MSも今のままでも凄く強いがやっぱり不満な所もある。俺は戦闘機に憧れてパイロットになったのにMSは空を飛べない。いや、ジェットパックみたいなのや浮遊だけなら短時間行える物もあるけどやっぱり空が飛びたいんだよ。だから兄さんはこんなのを考えたんだ!』

 

 まるで子供のように笑いながら先程の殴り書きの絵を見せてくる青年、子供の様に見えながらも話している内容はクロエもマジマジとメモを付けるほど精巧に考えられている物ばかりだった。

 

『俺はいつ死ぬか分からない、だからもしも俺が死んだらお前が俺の夢を継いでくれると嬉しい。……いや、別に継がなくても良いな。お前はお前で俺は俺なんだから自分の好きな道を歩むと良いさ。あ〜……だけどもし開発部とかと縁があるようならこれだけでも見せてくれると嬉しいな。……おっと、そろそろ時間だ、今度は戦争が終わった時にまた会おうセレナ。父さんや母さんにもよろしくな。』

 

 笑う彼の姿を最後に映像が終わる、彼も死ぬつもりなんて無かった筈だ。未来を見たかった……その筈だ。

 

「兄は空に憧れていましたから、私も軍に入ってこのリング・ア・ベルに編入されてMS開発に少しでも携われる環境が凄く嬉しくて。だからこの案をいつか活かせるようにって……それで……。」

 

 兄との思い出が蘇ったのか少し涙を流すセレナ、隣にいたベアトリスは普通に泣いてた、俺も貰い泣きしそうだ。

 

「良いわ……このクロエ・ファミール技師長がこの変形機構を完成させて見せる……セレナ少尉!お兄さんの意志は私が引き継ぐわ、良いわね!?」

 

「は、はい……!よろしくお願いしますクロエ技師長!」

 

 技術者魂に火が付いたのかクロエもやる気満々だ。

 ……それにしても、もしかしたらこの人は本来の歴史なら生き残ってそれこそ本当に可変MSの開発を手掛けてたかもしれない……そう思うとやはり胸が痛む。これだけ大きく歴史は変わったのだ、……俺がいた為に。

 

「それでは今までの案を纏めると狙撃戦特化の機体、白兵戦特化の機体、変形機構を取り入れた機体、この3つと言った所ですかね。」

 

「変形システムが上手く作動するなら狙撃特化の機体は一撃離脱も視野に入るんじゃないかい?」

 

 バネッサからの意見に頷く、変形し高速で狙撃地点へ到達し狙撃後速やかに戦域を離脱すれば一機だけで残党の指揮官を狙い撃ちし降伏を促すなんて戦法も取れる、そもそも白兵戦特化の方でもバック・ウェポン・システムを搭載すれば同じように一撃離脱出来るだろうし。

 

「それもそうね……そうだ!」

 

「お、どうしたクロエ。技師長だし何か閃いてくれると嬉しいんだが。」

 

「白兵戦用MS……、そして狙撃……つまり射撃型支援MS……。」

 

 そこまで聞いて少し頭に何かが閃く。もしかして……。

 

「ガンダム……ガンキャノン ……ガンタンク……。そうよ!砲撃特化のMSよ!」

 

「おぉ!V作戦的コンセプトか!」

 

 ガンダムオタク魂に火が付く。つまりは別に全てのコンセプトを一機に纏めないリボーンズガンダム的な感じで行けば良いじゃないか!

 

「センサーもシショーも盛り上がってるけど、そもそも何機もガンダム作る必要あるのかい?一機に的を絞るって形でもよかないかい?」

 

「チッチッチ、ダメだぞララサーバル。新型ガンダム開発計画ってのは3機だから良いんだよ。」

 

 正確には4機、0号機まで含めれば5機だけど。

 

「?……まぁシショーが良いならそれで良いと思うけどさ。」

 

 砲撃特化タイプか……単語だけ見ると重MSみたく感じるから何ならメッサーラみたいなタイプにすればムーバブル・フレーム的なのを取り入れて重量が増えても問題無さそうだよな。

 色々妄想は捗るがちゃんと現実的な着地点を見つけないとな。

 

「エルデヴァッサー大佐、この新型ガンダム開発計画はどの時期までに達成しなければならないのですか?」

 

 そう考えているとフィーリウス君から滅茶苦茶冷静な意見が飛ぶ、そう言えば勝手に0083年くらいに完成するのかなと思ってたけど歴史が変わってるんだから早くなっても、遅くなってもおかしくないんだな。

 

「そうですね……特に期間は設けられていませんがアナハイムより先駆けて達成出来ればEC社の評価は上がるでしょうから急ぎたい所ですね。クロエ、今出てている案を纏めて開発するとなるとどれくらいの期間が最低でも必要になりますか?」

 

「えーっと……うーん……。」

 

 色々と数字を書き連ねて算出しようとするクロエ、グノーシスがメガセリオンの技術などを組み合わせてなお一年近く必要だった訳だし、新規開発となるとやっぱり数年は掛かるのかな?

 

「ある程度はグノーシスの設計を流用するにしても一年以上は最低でも掛かるわね。下手なシロモノは作れないからそれも考えると更に数年……。」

 

 やっぱり0083年くらいになりそうなのかな。だとするとデラーズ・フリートとかにスパイされない様に対策しといた方が良さそうだ。

 エギーユ・デラーズは一年戦争で史実通りア・バオア・クーから撤退しその後は行方知れずなので歴史通りと考えて差し支えないだろうし。

 早めに叩ければ良いんだろうけど流石に茨の園の正確な位置が全く検討付かない為手が出せない、あれって実際ジョニー・ライデンの帰還で再登場するまでアナハイム以外の誰からも見つかってない訳だしな。

 

「今回はアナハイムという競合相手がいる為、のんびりとは出来ませんが焦る必要もありません。次期主力MS開発の為のデータ取りと言う視点での試作機開発となるのですから既にグノーシスを開発中の私達はある程度アナハイムより先駆け出来ていると思います。」

 

「それもそうだな。並行して開発を進めれば主力量産機としての質も高まるし今までの流れにガンダム開発を組み込むって考えで行けばスムーズに行けそうだな。」

 

「その為にはまずフィーリウス隊の皆さんにちゃんと並んで戦える様にならないと行けませんからね?アンダーセン隊は。」

 

 クロエからの厳しいツッコミに俺と新米二人はギクリと顔を引き攣らせる。

 

「が……頑張るぞ二人とも。」

 

「は、はい……!」

 

「頑張りましょう大尉……!」

 

 仮にも新型ガンダムに乗れる可能性だってある訳だし情け無いパイロットと言われたくないもんな……。

 

 決意を新たに新たな歴史の流れの中で、新型ガンダム開発に熱意を上げることとなる。

 このガンダム達がどんな可能性を繋ぐのか、今から楽しみと少しの不安を感じながら夢を馳せるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間6 今日の良き日に

 

 新型ガンダムの開発もスタートし、リング・ア・ベルとしての活動も順調、グノーシスという新型量産機開発も空いた時間で並行しながらテストを続け、NT-Aシステムも今はまだ日の目を見ていなかったリョウ・ルーツの母ミズ・ルーツを引き抜き、人工知能を専門としている彼女の知識を取り入れ、人工知能にマリオンの操縦するMSの操縦パターンを学習させていくという方法で何とか形になり始めた。

 

 全てが順風満帆、歴史的にはどうなるのか分からない状況だが俺の周りだけを見るのであれば、今のところは問題も起きる事なく進んでいると思っても良いだろう。

 

 しかし宇宙世紀には幾重にも表に出ることはない事件が多く発生している、俺はアニメやゲームなどの知識はある程度有るが正確な時系列を把握している訳じゃないので干渉出来ることにはしたいが中々難しいのが現実だ。事件の起こる年は知っていても起こる日時までは流石に分からないし。

 そもそも大尉って階級だけじゃ好き勝手出来ないのも現実だしなぁ……、不遇な主人公達をサポートってやれたら格好良いが今思えばアムロ達と戦えた事すら奇跡だったのではとすら思えてくる。

 

 ただ会えなくなっても嬉しい話を聞く事も多い、サイド6で出会ったクリスチーナ・マッケンジー少尉は今彼氏と交際中だとアナハイムとの技術交流をしにクロエが行った際にテム・レイ博士から聞いたと言っていた。本名は知らないのだが愛称をよく聞くと言っていたらしい『バーニィ』という名の。

 それにあのジェイソン・グレイも最近ヘルミーナさんと結婚したと手紙が届いた。彼女の妊娠が原因だと聞いてアイツもやる事やってるなと思いながらも二人の幸せを祈らずにはいられない。

 子供と言えばマチルダ先輩もウッディ大尉……いや今は昇進して少佐となっているウッディ少佐との間に一子を授かりこの間生まれたばかりだ。先輩は軍を退役し今は子育てに専念している。これも喜ばしい話だ。

 

 あと公式の発表がされている案件では恐らく原作通りに08小隊は進んだのかシロー・アマダのMIAがラサ地区で確認されている。ラサ地区ではイーサン・ライヤー大佐も亡くなったとの記録もあるしアジア方面は今回の歴史の流れでも影響は少ないだろうからシローとアイナも原作通り生きて幸せに暮らしていてくれたら良いなと思う。

 オーストラリア方面では結構早期にジオン公国軍のオーストラリア方面司令官のウォルター・カーティスがネオ・ジオンとの合流を表明していたらしく11月頃にはオーストラリア戦線は殆ど停戦協定に入る形となっていた様だ。

 これは彼がザビ家を嫌っていた事が内外からも周知されていた事と、コロニーを落とされたにも関わらず物資などの面でジオンを頼らざるを得ない状況だった現地の人間に彼が清廉であった事で市民への悪感情が無かったことの影響が大きい。一部の過激派の抵抗があった様だがそれらも現地の両軍の有能な部隊が対処したとの事だ。

 

 ……しかしここだけ機密扱いなのかそれとも何も出来ず倒されたのか、マッチモニード隊の名前が目立った記録からは見当たらなかった。

 アスタロスという環境破壊生物がどうなったのかが分からないのは恐ろしい、ホワイト・ディンゴ隊が上手くやってくれてるならそれで良いがマッチモニードもホワイト・ディンゴもそもそもオーストラリア方面に来ていなかったりする可能性すらある。

 なんたって記録が無いのだから仕方ない、任務内容とかの機密もあるだろうが漁れる資料にはホワイト・ディンゴもマッチモニードも単語すら出てこなかった。

 マッチモニードに関しては連中のボスのキシリアは生きている訳だし、極秘指令が与えられている可能性だってあるのだ。

 こういう軍事機密とかは色々探っても出てこないからキツい、軍のデータベース何かにはまず存在しないのだから調べた所で何にも出てこない。後々思ったがこれを検索した事によって逆にこっちが危うくならないかと最近はかなり遠回しに各地区の大きな出来事から順に追っていく形を取り始めた、時既に遅しじゃなきゃ良いが。

 

「最近は深く考え込む事が多いですねジェシー。」

 

「ん、あぁアーニャか。」

 

 一人で考え込んでいるとアーニャが隣にやってくる。

 

「新型量産機開発に新型ガンダム開発、そして軍の活動と多忙を極めていますから仕方ないのかも知れませんがあまり根を詰めないでくださいね?」

 

「分かっているよ。だがどちらかと言えば充実しているよ、公私共にね。」

 

 こうやってパートナーとして寄り添ってくれている彼女もいるのだ、死の危険は常にあるが自分の好きだった作品の世界に入れ、そしてMSにも乗れて愛すべき人もいる、贅沢過ぎる程だ。

 

 ただこれも、元々はジェシー・アンダーセンという男あっての事だというのを忘れてはいけない。俺は彼の人生を奪って此処にいるのだから。

 そのせいか時々自分が何者なのか分からなくなる時もある、ここに本当にいて良いのか、何が俺を俺にさせているのか、このまま本当に進んで良いのか、そういう不安に駆られる事もある。一度メンタルチェックでもしてもらった方がいいかもしれないな。

 

「また考え込んでます。」

 

「ごめんごめん、悪い癖だよなホント。」

 

 結構言われてるが自分の世界に入ってると言われることが多々ある、実際の歴史との差異が分かってしまってるからそれをどうするべきなのか考えてしまうからこうなるんだろう。

 本来の流れに沿って行くべきか、それとも完全に見切りをつけてやる事やるのか……まぁさっきも言ったが結局俺一人では流れを戻そうとしても実力が足りないからあんまり意味ないよな。

 俺が俺のやれる範囲で精一杯頑張れば良いだけだ。

 

「ふぅ。たしかに根を詰めてるかもしれないな。偶には休暇でも取って二人でバカンスにでも行くか?」

 

「冗談でもそういう事を言うのはジェシーにしては珍しいですね。」

 

「いやいや、普段はアーニャに合わせて仕事人間してるだけで俺はもっと休みたい方だからな?それに偶には良いんじゃないか?アーニャだってここ最近はずっと仕事ばかりだったじゃないか。」

 

 何というか婚約してる割には上司と部下って構図からあんまり出ていないし、何より仕事の話ばかりに俺達は熱中するタイプだからプライベートの方はあんまりにもおざなりだ。俺もアーニャもそれで問題ないから良いんだけど、流石に味気無さすぎて周りから何か言われそうだし、偶には休暇を取るのも悪くはないだろう。

 

「うーん……休暇ですか、悪くはありませんがみんなの事を考えると……。」

 

「みんなの事を考えるなら多分みんなはもっと休めって言うと思うぞ?」

 

 好きでやってるが周りから見ると相当ブラック企業の社員みたいになってるもんな実質。

 

「そうでしょうか?」

 

「そうだよ。よっし、フィーリウス君にも聞いてみるか、こういうのは客観的に見てくれる人に聞いた方が確実だからな。」

 

「えぇ……!?」

 

 そうと決まるとフィーリウス隊に割り当てられた部屋に向かいフィーリウス君に問いかける。

 

「休んだ方がよろしいかと。」

 

「即答……!?」

 

 アーニャが驚きの声を上げる、いやこれが当たり前の反応なんだよ。

 

「お二人は見掛けるたびにいつも何かの仕事をしていますからなぁ、偶に休暇を取った所で誰も文句は言わないと思いますがね。」

 

 ガイウスからも同じ様に言われる、うんうんやっぱり仕事し過ぎだよな俺達。

 

「若い健全なカップル二人が仕事ばかりと言うのも部下にとっては戦後もまだまだ厳しいんじゃないかって不安にさせる要因にさせそうなのは確かにあるかもねぇ。」

 

「お、そういう事ならバネッサも俺とどこか羽を伸ばしに行くか?」

 

「……ぶつよ?」

 

「二人の冗談はさておき、部下に与える影響はあながち間違いではありません。お二人が無理をし過ぎれば下の者も気を抜けなくなるでしょうから一度は休暇を取られても問題はないかと。」

 

 ガイウスとバネッサの夫婦漫才を軽くいなしてフィーリウス君が結論を纏める。

 

「そうですか……私達は働き過ぎ……。」

 

「ショック受けてるようだけど本当にこれが当たり前の反応だからな?」

 

 良くも悪くもアーニャは生真面目過ぎるからな、偶には休ませないと本当に発育に悪い……悪いよな?

 

「それなら休暇の申請でもしましょうか、一日二日休むくらいは皆も納得してくれるはずでしょうし。」

 

「いえ……休むなら1週間は休んでもよろしいのでは……?」

 

 まさかのフィーリウス君のドン引きである。流石の彼もここまでアーニャが生真面目だとは思っていなかったようだ。

 

「1週間も……。」

 

「それくらい働き詰めてるって事だ、さぁペズン司令官に休暇申請を出しに行くぞ。その間のリング・ア・ベルの指揮はジュネットか誰かがやってくれるだろうから任せておこう。仲間を信頼するのも指揮官に必要な事だぞ?」

 

「それはそうですけれど……。」

 

「という訳でお邪魔してすまなかった三人とも。お土産を期待して待っていてくれ。」

 

 アーニャを連れて急ぎ足でペズン司令の元は向かう。

 

「うーむ、お二人は我々に惚気に来たのだろうか?」

 

「あれは本気でやっているだろう、二人とも何処か天然な所があるから……。」

 

「フィーリウス様にこうまで言われるのはあの二人くらいのもんだね……。」

 

 

ーーー

 

 

 

「と、いう訳で休暇を取らせてもらう!」

 

「ハイハイのんびり愛を育んでくださいそれではー。」

 

 惚気を見せられたと辟易しているクロエに無愛想な反応をされながらもリング・ア・ベル隊のみんなへ休暇の報告をしていく。

 

「お二人にも休むという概念があったのですね!」

 

「失礼だぞベアトリス、俺達を何だと思ってるんだ。」

 

「えぇと……仕事大好き人間ですか……?」

 

「本当に失礼だな……。」

 

「そう思われる大尉にも原因がありますよこれは。ですが良い事です、お二人は婚約されていると言うのに浮いた話の一つもないと言うのは寂しい話ではありませんか。」

 

 セレナからそう言われると確かに今までは本当に何にもして来なかったなと反省してしまう。

 

「それでどちらに行かれるんですか!?お土産凄く楽しみです!」

 

「現金な奴だなベアトリス……。」

 

 そう言えばどこに行くかまでは考えていなかった、どうしようか……。

 

「ジェシーには何処か提案はありますか?」

 

「うーん……。あ、そうだ。」

 

 どうせ行くなら宇宙世紀で見ておきたかった場所が一つだけある。

 

「ニホンはどうだ?」

 

「ニホンですか?」

 

「あぁ、古き良き文化のある和の国だ。一度行って見たかったんだよな。」

 

 宇宙世紀の日本はどうなっているのか、少しばかり興味があったからな。

 

「ジャパンかい!?シショーそれならジャパン映画のディスクを幾つか買ってきておくれよ!アタイがジャパン好きなのは知ってるだろう!?」

 

「そう言えばそうだったな。」

 

 サムライ物でも買ってきてやろう、ララサーバルなら泣いて喜ぶだろう。

 

「私もニホンは初めてなので楽しみですね。本当に連れて行ってくれるのですか?」

 

 ここまで来ても半信半疑のアーニャ、仕事に洗脳されている可能性もそろそろ考えた方が良いかもしれない。それなら……。

 

「ではでは諸君、俺はお姫様を連れてニホン旅行を楽しんでくるとするよ。留守は任せたぞ!」

 

 そう言うとアーニャをお姫様抱っこして走り去る、これくらい大袈裟にした方がアーニャも仕事モードからシフトし易いだろう。

 

「きゃっ!す、すみません皆さん後はよろしくお願いします────」

 

「アンダーセン大尉凄くハイテンションでしたね。」

 

「あれくらいしないと大佐が信じてくれなさそうだったものね、仲が良いのは羨ましい限りだわ。」

 

「あーあ、私も大尉や大佐みたいな以心伝心な関係になれる人がいたらなぁ。」

 

「ハッハッハ!彼氏を見つける前にまずは二人とも一人前のMS乗りにならないとね!さぁさぁこっちは休んでる暇なんてないよ!稽古だ稽古!」

 

 

 

ーーー

 

 

 と言う訳であれから数日、俺とアーニャはシャトルと飛行機を利用しニホンへと到着した。地球と宇宙の移動だけでかなりの時間を使うのであまり長く滞在出来ないのが残念だが回れる所は色々回るつもりだ、幸い地上の移動は俺が21世紀にいた頃よりは遥かに短時間で済むから助かる。

 

「わぁ……、とても綺麗ですね。」

 

「あぁ、しかしここまで変わっていないなんてな……。」

 

 今来ているのは日本でも古くからある文化遺産の神社だ、あの頃よりかなり変わってると思っていたが都市部はともかくこういう所は未だに全く変わっていない事に驚いた。

 

「あら?ジェシーは来た事があるのですか?」

 

「あー、いや、違う違う、昔見たパンフレット通りだなぁってな。」

 

 下手な言い訳になるが納得してくれた様だ。景色を一望し大きく息を吐く。

 

「素晴らしい場所ですね、戦争があっても変わらずに残る文化があると言うのは素晴らしいことです。」

 

「あぁ、色々と消えてしまうものが多い時代だからこそ変わらない物を大切にして行かないといけない。ただ変えて行くべき事は変えていきたいけどな。」

 

 そういうのを積み重ねて、今よりも少しずつ世界を良くして行ければ一番良いのだろう。アーニャと共にそういう風に歩めれば一番良いが。

 

 それから色々と観光地を周りながら食べ歩きなど日本文化を堪能し、宿泊地である老舗旅館へと到着する。

 

「見てくださいジェシー、外の景色がまるでイルミネーションの様ですね!」

 

 高台に位置するこの旅館から見える景色は他の旅館や街の明かりが融合し幻想的な風景を生み出している。

 

「他のみんなには悪かったが来て良かったな。今までにないくらいリラックス出来てると思うよ。」

 

「私もです。こうして貴方と二人きりで旅行に来れるなんて思いもしてませんでした。」

 

「そこは俺達の悪い所だよな。プライベートだってしっかり満喫しないと行けないって言うのに仕事ばかりに気を取られ過ぎてる。」

 

「そうですね、こうしてる最中も何かと貴方に相談したくなりますが今は我慢します。」

 

 こんな時まで仕事の事を考えているとは……職業病って奴なんだろうな。改善させていかないと。

 

「この休暇くらいは本当に仕事の事は忘れようぜ?せっかくの旅行なんだかるさ。」

 

「えぇ、そうしましょう。」

 

「失礼します、お食事をお持ちしました。」

 

 仲居さんが食事を持って来る、海の幸山の幸の和食だ。これは元日本人の血が騒ぐぞ!

 

「噂には聞いてましたがこれがニホンのスシ……ですか……?本当に生で魚を食べるのですね。」

 

「これはスシじゃなくて刺身だけどな、まぁ良いや頂くとしよう。」

 

 手慣れた手付きで刺身に天麩羅とあれやこれやに手を付ける。ここに憑依してからと言うのも和食なんて食べて無かったから久々の邂逅に心が震えているぞ……!

 

「箸の使い方がとても上手いですねジェシー……!」

 

「フフッ……これくらい楽勝だ。」

 

 何も誇る場面ではないが何故かドヤ顔でキメる、アーニャもアーニャで感心しながら箸を進め料理に手をつける。

 

「ふむ……美味しいですね……。」

 

 そんなこんなで食事を済ませたら貸切露天風呂の案内をされる、温泉……これもまた懐かしい。

 

「凄く広いお風呂なのですね、カルラがニホンの温泉は凄いと言っていましたが。」

 

 そうだなぁ、基地は何処に行ってもどうしてもシャワー中心ばかりで風呂もあったとしても一人用レベルの物ばかり……だし……?

 

「って……!アーニャ!?何で!?」

 

「何故と言われても此処は私達の貸切なので混浴ですよ?」

 

「それはそうだけど……色々とヤバいだろ!?」

 

「どうしてですか?何も問題はないでしょう?」

 

 こちらの混乱など素知らぬフリをしてそのまま湯に浸かるアーニャ、確かに関係的には何の問題もないけど……。

 

「ふぅ……風情と言うものなのでしょうか、精神的にも肉体的にもリラックスできる場所が多いですねニホンは。」

 

「喜んでくれて何よりだよ。気に入らなかったらどうしようかとも思ったからな。」

 

「……私は貴方といられるなら何処だって良いんですよジェシー?勿論こういう所に連れてきてもらったのも嬉しいですが何処に行くかよりも誰といるかが重要ですから。」

 

「そういう風に言ってくれるのは男冥利に尽きるけどさ、もしも俺がいなくなったりしたら心配するな、そこまで依存してくれると。」

 

「……何処かに行ってしまうのですか?貴方は。」

 

「いや……何処にも行かないけどさ。」

 

 やっぱりアーニャは家族を失った経緯からそういう大切な人がいなくなる事への不安が人一倍大きい、この一言ですらかなりの動揺を見せている。

 

「けど俺もアーニャもパイロットだ、何処でいつ死んだっておかしくない……その覚悟は必要だろ?」

 

「そうですが……それでも……。」

 

 せっかくの旅行でいらぬ水を差してしまった。こんな時にする話題じゃなかったな。

 

「すまん、こんな時にする話じゃないよな。こういう事を忘れる為の旅行なんだ、今はそんな事忘れよう。」

 

「そ、そうですね。あ、せっかくの温泉なので背中を流してあげますね。」

 

「な……良いって!」

 

「ふふっ、照れないでください。カルラが言っていました、温泉に入った時は殿方の背中を流すのが妻の役目だと。」

 

 あ、後で焼きを入れてやらないといけないなララサーバルには……。だが恥ずかしいのは恥ずかしいが男として背中を流してもらうロマンも捨て難い……、有り難く背中を流してもらおう。

 

「大きな背中……それに傷だらけですね。」

 

「ん、そうだな。MSの中とは言え衝撃は受けるしパイロットスーツがあってもどうしても傷は増えるし……。」

 

「私を護ってくれた証です。とても愛おしい……。」

 

「ど、どちらかと言えば守られる事が多かったけどな。」

 

 そういうアーニャだって、恥ずかしくて直視は出来ないがそれなりの傷跡が残っている。パイロットをやっていれば無傷ではいられない。

 

「アーニャだって傷だらけじゃないか。ベアトリスの案で開発してる狙撃仕様の機体も、もうお前が乗らなくたって良いんだぞ?大佐が戦場でパイロットなんてしないでも、これからは艦長職でどっしり構えてくれればさ。」

 

「私は戦いますよ、上の人間が道を示さなければ下の者がついて来てくれませんから。」

 

「お前が俺の心配をするように、俺だってお前の事が心配なんだぞ?そこは少しは気にしてくれ。」

 

「分かりました、考えておきますね。けれどやれる間はやり続けたいとも思っているんです。」

 

 道を示す為に……か。リング・ア・ベルという部隊名も鈴を鳴らす、つまり警鐘を鳴らし続けるという意味や人々に戦争という愚かさを思い出させる為に名付けたものだ。

 彼女はその鈴を鳴らし続けたいのだろう、二度と同じ過ちが繰り返されない為に。

 

「そこまで頑なに言うなら、騎士の俺が護ってやらないとな。」

 

「えぇ、無理難題も押し付けますがこれからも期待しているのですよ?」

 

 ジャブローで誓った事だ、彼女の名誉と誇りを傷付けないと。その為に俺は何だってやってやるさ、例えそれが誰からも認められない方法だったとしても……。

 

 それから露天風呂を出て、再び部屋に戻る。そろそろ夜も更けて来たしそろそろ眠ろう、そう思い寝室の襖を開く……と……。

 

「あら?フトンというのはこうやって隣り合わせで使うものなのですね?」

 

「うーん……そうだけどそうじゃないと言うか……。」

 

 ちゃんと夫婦だと思われていたのかピッタリとくっついた布団を見て頭を悩ます。さっきの風呂の件もあって無駄にドキドキしてしまっているし。

 

「一緒に眠りましょう?」

 

「う……そ、そうだな。」

 

 そっちは気にしてないのか平然としている。こっちが焦ってどうするんだと思いながら何とか気を落ち着かせ布団に入る。

 

「ジェシー……。」

 

「ん?どうした?」

 

「本当にありがとう。いつも一緒にいてくれて。」

 

 此方を見つめ、喋る言葉は普段の上官のしての顔というよりアーニャという少女としての顔だった。

 

「これからもずっと一緒さ、こういうプライベートな時間は少ないだろうけど世界が平和になったらまたこうやって二人で旅行にも行こう。」

 

「はい……。私、貴方を愛して本当に良かったと思います。」

 

「俺もだよ。それはこれからも変わらない。」

 

 二人の距離は身も心も近づき、そして一つになった。

 

 

 

「ん……朝か。」

 

 隣で眠るアーニャ を起こさないように静かに立ち上がる。

 ベランダに向かい大きく背伸びをする、ほんの数年前まで当たり前に迎えていた日本の朝だが、今は逆に別世界のように感じる。

 

 今までの事をずっと考えてきた、この世界に憑依した理由や自分の存在理由、変わった世界やこれから変わる世界に対してどう動くべきなのか。

 だけど思い悩むのはもうやめにしよう、自分にできることを……アーニャの為になる事を全力でやる、憑依とかガンダム世界の未来とか関係なくやれることを。

 

『本日のニュースです、先日何者かにより襲撃された日本の軍研究所への攻撃ですが連邦政府はジオン公国残党軍によるテロ活動と想定して引き続き──』

 

「なんだアーニャも起きてたのか?」

 

「えぇ、貴方は考え込んでいたようなので声は掛けずにいました。」

 

「ん、いつもの悪い癖ってやつだな。そういうアーニャも起きて早々ニュースなのは職業病だな。まだ休暇は残ってるんだしゆっくりするか出歩こうぜ?」

 

 テレビを止めて旅支度をしようとすると何故かアーニャがぎこちなく動いている。

 

「どうした?」

 

「え……えぇと……まだ少し歩きにくいんです、ほら……昨日の……。」

 

 顔を真っ赤にしながらそう呟くアーニャにこっちも顔が赤くなる。

 そ、そうか、そういう事だよな……。

 

「あー……お、お姫様抱っことかした方が良いのか?」

 

「す、少し待ってもらえば大丈夫です……!」

 

 互いにぎくしゃくしながらも何とかその後も普通に旅行を満喫してまたペズンへと帰還する。この数日間は俺の中でかけがえのない記憶としてこれからも残るだろう。

 

 

ーーー

 

 

それから2ヶ月後0081年4月某日、小惑星ペズン周辺宙域

 

『これより新型ガンダムテスト機の評価試験を行います。パイロットへ、通信は問題なく聞こえていますか?』

 

「クロエ技師長へこちら1号機、ジェシー・アンダーセン。聞こえている。」

 

『了解、通信システムの正常動作を確認。……ジェシーくん。今から行うのはこのプロトタイプ機の性能実証よ、本来予定されたルナ・チタニウムなどは今回装甲には使用せず、グノーシスから一部パーツを流用して作られた仮装実験機なのを忘れないで。更に本来装備する筈の武装も同重量なだけなハリボテなんだからね?まともに使えるのはビーム・ルガーランスくらいよ。』

 

「分かっている、あくまで慣らし運転で通常動作に不良が無いかを確認するためのテストだろう?無理な機動はしないさ。」

 

『OK、分かってくれてるなら問題ないわ。まずは機動試験から、プラン通りに宙域を80%の出力で移動してその後はデブリ帯で精密動作の試験、それが終了したら指定ポイントで待機しているベアトリス、セレナ両機のグノーシスと模擬戦を行って。良いわね?』

 

「了解した。問題が無ければ出撃する。」

 

『待ってくださいジェシー。』

 

「どうしたアーニャ?」

 

『帰ってきたら話したい事がありますので無茶はしない様にお願いしますね?』

 

「お、奇遇だな。俺も話したい事があったんだ。帰投したら話そう。……よしジェシー・アンダーセン、プロトタイプ1号機発進する!」

 

 ガンダムフェイスの機体が宇宙を駆る、本来存在し得なかったガンダムが。

 

「機動性は良好……砲撃特化機とは思えないくらいだな。」

 

 今回乗っているのはヴァイスリッターやフィルマメントからある程度の設計を流用できる他の2機とは別の砲撃戦に特化させる機体のテストモデルの黒でカラーリングされたガンダムだ。

 予想されている完成予定の重量とほぼ同等であるが機体に鈍重さを感じさせない。装甲はともかくジェネレーターは本来載せる物と同じなのでやはりガンダムという高性能機さを感じさせられる。

 

「これがガンダム……俺達の新しい力……。」

 

 リング・ア・ベルが頭角を示せればこの先ティターズやエゥーゴの内紛やアクシズの介入も対処は幾らでもできる。その為にこのガンダム達は完成させなければならない、どんな手を使ってでも……。

 

 

ーーー

 

 

「1号機、予定進路を進行中。凄い……80%の出力で想定の数値を上回っていますね。」

 

 開発スタッフからの報告を聞きクロエも満足そうな顔をしながら頷く。

 

「潤沢な予算を与えられればそれに準じた機体が作れるって事ね。アンナちゃん、このガンダム達が完成すればグノーシスにも設計流用出来て完成度も高まるし私達の評価も上がるわね。」

 

「はい。その為のガンダム開発計画なのですからやれる事を精一杯尽くしてより良い機体を作り上げたいですね。」

 

 対抗馬であるアナハイムがどれほどの機体を出してくるかも分からないので自分達は自分達の全力を出して完成させるしかない。それがこの先の連邦軍内での私達の立ち位置を決めるのだから。

 

「ん……これは……!?エルデヴァッサー大佐!ミノフスキー粒子の発生を確認!」

 

「何ですって!?」

 

「レーダーに異常発生!急ぎレーザー通信に切り替えろ!」

 

「ジェシーくん……じゃなくてアンダーセン大尉との通信は!?」

 

「ダメですクロエ技師長!大尉は既にデブリ帯への移動を開始しておりレーダー通信は元よりレーザー通信もデブリが影響して不可能です!」

 

 周りが騒然とし始める、その時の私には今何が起きているのか冷静に考える事が出来なかった。

 

「アンナちゃん!しっかりして!貴方が指揮を取らないとジェシーくんが危険な目に遭うのよ!」

 

「あ……、っ!各員……まずは落ち着いてください!ミノフスキー粒子が散布されている宙域とジェシー……いえアンダーセン大尉の機体の位置、そしてデブリの外で待機しているベアトリス、セレナ両少尉の位置を算出!」

 

 モニターの各情報が映し出される、ミノフスキー粒子はまるでデブリ帯を覆う様に散布されている。……これは。

 

「クロエ、今日の機動テストを知っているのは?」

 

「ペズン司令部には演習内容を報告してあるわ……スパイの可能性があるって事?」

 

「まだ現状の把握が出来ていないので何も言えません、ララサーバル軍曹の出撃用意を!ベアトリス、セレナ両少尉達にもペズンから直接高速機を派遣し現状の報告を!」

 

 未だ騒然とする状況の中、ジェシーの無事を祈ることしかできない自分に苛立ちを感じる事しかできなかった。

 

 

ーーー

 

 

「さて、デブリ帯に侵入するか。……ガンダムには悪いがさっさと仕事を終わらせたいんでね。」

 

 今日は俺とアーニャが出逢った日、ジャブローで誓いを立てた日だ。アーニャもそれを覚えていたようだったし早くこのテストを終わらせるとしよう。

 

「しかし、デブリ帯でも柔軟に動けるのは流石だ……!」

 

 マグネット・コーティングの技術もあれから進歩している、アムロのOSの効果も有り今では柔軟な動きにも混乱する事はなくなっている。

 

「よし……そろそろ新米共に稽古をつけに……──なんだ!?」

 

 異質な感覚、あの戦争の時に幾度と無く感じた禍々しい感情の渦……これは!?

 

「敵……!?」

 

 モニターが不鮮明になる、これは……ミノフスキー粒子!?

 

「モニター出力をレーザーに変更……!まさか、ジオン残党!?」

 

 有り得ない話ではないが連邦軍勢力圏内である此処にジオンが潜んでいる事など考えられない……、そう考えているとビーム光が放たれるのを確認する。

 

「……ちぃ!ビーム兵器だと!?いよいよジオン残党と言うには怪しくなってきたじゃないか!」

 

 ガンダムの機動性能のおかげで何とか回避できたが、敵の位置と数を把握出来ないとまともに使用できる兵器がビーム・ルガーランスだけの俺では多少不利だ。

 

「──!そこかぁ!」

 

 殺気のする方向へビームを放つ、其処に現れたのは……!

 

「なっ……アレックス……!?いや……違う!」

 

 相対するのは俺と同じ黒いガンダム、それもアムロが乗っていたアレックスにとても良く似ている。だが……決定的に違うのは……それは……!

 

『死ね……!』

 

 アレックスが腕部からガトリング砲を放ってくる、何とか回避するが嫌な汗と気持ちの悪さに襲われる……これは……これは……!

 

「アムロの乗っていたコアブロックシステムのあるアレックスじゃない……『本物』のアレックスだって言うのか……!?」

 

『死ね……!ジェシー・アンダーセン……!お前に全てを奪われた者達の怨みを死んで償え……!』

 

「なんだ……!この感覚は……まるで……!」

 

 

ーーー

 

 

「大佐!デブリ帯から大規模な爆発が……!これはMSの……!」

 

「まだ……まだジェシーの物と決まった訳ではありません!早く現状の把握を……把握をしてください!」

 

「……カルラと新米達は何やってるの!報告を急がせなさい!」

 

 辺りは鎮まりかえる、手を打とうにも現状MSからの報告を待つしかない。ペズンの艦隊も事態に気付きパトロール隊を派遣し始めている、今はその報告を待つしか無かった。

 

「エルデヴァッサー大佐、高速偵察機が爆発のあったエリアの映像を送信してきました!」

 

 モニターにその映像が映し出される、そこにあったのは判別不能なMSの残骸が多数漂流している映像だった。

 

「ハァ……ハァ……、こ、これが何だと言うのですか?これでは何の報告か分かりません、ジェシーは……アンダーセン大尉は見つかったのですか!」

 

 気持ちの悪い汗が流れ、血の気が引いて行くのが分かる。

 

『こちらカルラ・ララサーバル……、付近に敵機の反応無し……生存反応無し……アンダーセン大尉の捜索を開始する。』

 

 あのいつも陽気なカルラが、まるで今はそれが相応しく無いと思っているのか普通のパイロットの様に冷静に報告をする、何故……?

 

「ねぇ……クロエ……ジェシーは、ジェシーは……?」

 

「落ち着いてアンナちゃん……あの人がアンナちゃんを置いて死ぬわけがないでしょ?すぐひょっこりと顔を……出してくれる筈よ……!」

 

 クロエもまた震えているのが分かる、一体何が起こっているのか分からない。

 何故、今日という日に作戦宙域にミノフスキー粒子が唐突に散布され、何故その後MSの爆発が発生しそして何故未だ彼の生存報告がされない……?

 

『こちらベアトリス……嘘だ……こんなの嘘に決まってます……。』

 

『ベアトリス少尉!報告はきっちりしないか!アンタは兵士だ!泣きながら報告なんてするんじゃない!』

 

 カルラの怒号が音を割らせながら響き渡る。

 

『うっ……うぅっ……、ララサーバル軍曹……。これが……これが漂流していたんです……!』

 

『……っく、ゥゥゥゥゥ……っ!ペズン司令部、それにリング・ア・ベル司令部へ……っ、宙域の映像を送る。アタシらは付近の捜索を継続、何かあればまた報告する……!』

 

 歯を食いしばりながら声を出すカルラの報告と共に映し出されたのはガンダムがガンダムと呼ばれる所以、その特徴的なガンダムフェイスのみが宇宙を漂っている映像だった。

 

「……嘘だ……こんなの嘘……。」

 

「アンナちゃん……。」

 

「ジェシーが私を置いて死ぬ訳がない……!私は絶対に認めない!こんな事が……こんな事が……!嫌ぁぁぁ!!!」

 

 目の前が真っ暗になり意識が薄れていく──。

 

「アンナちゃん!?しっかりしてアンナちゃん!!!衛生兵!大佐をメディカルルームに!急ぎなさい!」

 

 落ちて行く意識の刹那、かつて私が命を奪ったニュータイプの少女の面影が何かを悔やむ様な表情を浮かべ、そして私の意識と共に消えていった。

 

 

 

 

 0081年4月某日、小惑星ペズン周辺宙域にて原因不明の爆発によりジェシー・アンダーセン大尉のMIA (作戦行動中行方不明)が発表された。彼の遺体やそれに繋がる物は確認されていないが生存は絶望的であるとペズン司令部からの報告がされた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終幕 月に吼えるもの

 月面、フォン・ブラウン市

 

「それでは、新型ガンダムの開発状況は随時そちらへ報告が行くように……。」

 

 黒服の男が、気品の高そうな服を着た男性にそう報告する。

 

「よろしく頼む。それで……ペズンで起こったと言う事件のその後の進展は?」

 

「数週間前に起きたEC社のガンダム開発計画の?謎の襲撃とは聞いていますがこちらには詳しく話は流れて来ません。ただテスト中であった機体もパイロットも恐らくは消失し、EC社代表でリング・ア・ベル隊隊長のアンナ・フォン・エルデヴァッサーもあの事件以降表舞台には顔を出さず、ガンダムの開発も頓挫していると聞いていますが。」

 

「アナハイムが仕掛けた物だと思っていたのだが違うのかね?」

 

「まさか、リスクが高すぎますよ。我々としてはEC社に動かれるのは厄介では有りますが何も同じ連邦軍に肩入れしている言わば身内同士で騒動を起こすほどヤケにはなりません。」

 

「確かに……な。となるとやはりジオン公国残党辺りと言うことか。」

 

「そうでしょうね、アクシズの可能性も無いとは言えませんが。」

 

「アクシズなら余計にそちらの分野だろう?」

 

「それはグラナダ工廠のみですよカーディアス様、我々フォン・ブラウンのチームは殆ど別会社の様なものです、キシリア・ザビと縁の深かった向こうと違い情報は入ってきません。」

 

「そういう事にしておこう。ではまた何かあればこちらから連絡する。」

 

 黒服の男と別れ、近くで待機していた護衛と共にリムジンに乗る。

 

「先代は?」

 

「アナハイムの重役との会合を済ませ、マーサ様と共にフォン・ブラウンの別邸でお待ちです。」

 

「なら早々に戻らねばな。急げよ。」

 

「ハッ!」

 

 リムジンは途中で専用のルートへ移行し他の車とすれ違う事なくビスト家に用意されたフォン・ブラウンの別邸に到着する。その規模は本邸にも劣らずだ。

 

「お待たせしました先代。」

 

「うむ……。」

 

 昔よりはその熾烈さは鳴りを潜めてはいる、とは言え今でも面と向かえば圧倒されるような威圧感が彼にはある。

 

「例のEC社のペズンでの事件、フォン・ブラウンは関与していないと。」

 

「メラニー代表の方も手の者は差し向けてはいないと言っていました。」

 

 マーサの方でも同様の報告があったようだ、であればやはりアナハイムは関与していないという事か。

 

「私は先代……貴方が差し向けたものだと思っていたのですが。」

 

「マーサ……何を言っているかわかっているのか。」

 

「よいカーディアス……お前達の父にした様にそう思うのは仕方ない事だ。」

 

 私とマーサの父、先代にとって息子と呼ぶべき人は連邦と手を組み箱と先代の命を奪おうとした為に彼に殺された。その事実がマーサに同じ様に疑念を与えているのだろう。

 

「それに私がエルデヴァッサーの家の者を葬った事があるのもまた事実……、箱の真実に近い者であれば理由も充分だ……だが此度の件は私もその全容を知り得ていないのだよ。」

 

「先代ですら把握していないとなればやはりジオンが?」

 

「分からぬ……、だがアナハイムが関与していないのであれば我々が何かをする必要も無かろう。」

 

 確かにそうだ、新型ガンダム開発という競争において懸念すべきはEC社の進捗であってアナハイムの利に繋がる行動で無ければ無意味に関わる必要もない。

 報告では開発も頓挫していると言っていたしアナハイムがこのまま開発を継続するのであるなら我々が手を下さなくとも連邦軍内での評価はこちらが上回るだろう。

 

「アナハイムにガンダム開発を委託したコーウェン中将は我々の後々の為に役に立つ……。今の内に関係を深めておくのが無難だろう。」

 

「彼がこの計画で評価を得れば散り散りになったレビル閥の吸収も完全なものとなるでしょうね、そうなればゴップ将軍の去った後の連邦軍内での最大派閥となるのは間違いないでしょう。」

 

「MS開発の分野でアナハイムが優位に立てば箱の力に頼らずとも連邦軍に対して影響力を高める事が出来る。そうなれば先代、貴方の望んだ箱の開示も相応の者に託せるのでは?」

 

「カーディアス……貴方はやはり箱の開放を望んで……!」

 

 マーサが怒気を含む声を上げる、彼女にとっては切り札に最後まで取っておきたい存在なのだからこの反応は最もだ。だが箱は切り札にもなるがタイミングを見誤れば破滅に繋がる存在にもなり得る、後生大事に持っておく必要もまた無いのだ。

 

「箱は……まだ託せる者がおらんよカーディアス……、あの若きエルデヴァッサーの娘がその存在になり得るかとも思ったが、まだ青すぎた。」

 

「ならば……まだ箱は秘匿しておくと言う事ですな先代。」

 

「うむ、真に宇宙世紀に変革を齎す者にこそ……ラプラスの箱は必要となる、その為に────」

 

「ギャハハハ!コイツは傑作だ、変革を齎す者にぃ!?たかが羊飼いが偉くなったもんだなぁ、神にでもなったつもりか!?サイアム・ビスト!」

 

「何者だ!」

 

 護身用の銃を構える、何故SPはこの部外者をミスミスこの場に通したと言うのだ……!

 姿を確認すると仮面を付けた人間がいた、恐らくは声からして男だろう。

 

「おいおい落ち着けよカーディアス・ビスト、俺は別に喧嘩をしに来たわけじゃない、それに軍を退役して久しいアンタじゃ俺に弾を当てるなんて無理だ。アンタらの精鋭の護衛だってこのザマなんだから……なぁ!」

 

 男は片手で護衛の身体を軽々と放り投げる、普通の身体能力ではまずあり得ない事だ。この状況……まさか奴の手によって護衛が全員倒されたと言うことか……?

 それに、何故この男は私が軍に所属していたことを知っている……?身分を隠して入隊していたので知る者は一族の者を除けば多くはないというのに。

 

「そう身構えるな、無駄に敵対心を持たれるとこっちも神経がイラつくんでな。俺はアンタらに良い話を持ってきたんだ。」

 

「良い話……だと?」

 

「お前らが後生大事に持ってる初代連邦政府首相達の記したアホな寄せ書きよりは遥かにな。」

 

「……っ。」

 

 この男は……連邦軍ですら知る者の少ない箱の中身を知っている……何故だ?

 

「よろしいでしょう、我々は貴方と敵対する意志はありません。貴方の望みは何なのですか。」

 

「マーサ!」

 

「黙ってなカーディアス・ビスト、元よりお前らに選択肢はない。それを分かってるからこの女もこう言ってるんだ。」

 

 敵対すれば命はない、協力する以外最初から道は用意していないと言う事だ。

 

「……。何が目的だ。」

 

「まずは手土産だ。お前らが気になってたEC社のガンダム、その実物とデータをくれてやる。」

 

 そう言うと彼は無造作に電子端末を放り投げる、拾い上げデータを確認すると其処には先日失われていたと思っていたEC社のガンダムのテスト機の写真と機体データが内包されていた。

 

「ペズンの事故も貴方が引き起こしたものと言うことかしら?」

 

「御明察だマーサ・ビスト。俺……いや俺達と行った方が良いか、EC社にガンダムなんぞ開発してもらっても困るんでな。クックックッ……『より良い未来』って奴の為にな。」

 

「貴方の目的は?このガンダムのデータを私達に渡して何がしたいと言うのかしら?」

 

「こっちとしては箱を手に入れただけの羊飼いになんざ助力を頼みたいとは思ってないんだが、どうしても活動するには金と人がいるんでな。それにお前らと同盟を組むのも悪くないだろう?俺の『知識』があればアンタらに悪い思いはさせないぜ?」

 

「知識だと……?それが我々の為に何の役に立つというのだ?」

 

「さっきからゴタゴタと偉そうにうるせぇんだよカーディアス・ビスト、言葉は選んだ方が良いぞ……?確かエルデヴァッサーの所と同じアンナって名前の妾を孕ませてガキが産まれたばかりだろ?子供は大事にするもんだぜ……ククククク。」

 

「……ッ!貴様……!」

 

「カーディアス……貴方は……。」

 

「可哀想になぁマーサさんよぉ、テメェは羊飼いの奴隷だった爺さんの築き上げた財団の為に好きでもねえ男と政略結婚させられといて、コイツはコイツでやりたい放題女に手を出してんだ、男ってのは欲望に忠実だからなヒャハハハ!」

 

 下卑た笑い声が響く、この男は何故知り得る者の少ない情報を手に入れている……?これが奴の言う『知識』だと言うのか?

 

「君が……何処から私や孫達の経歴を知り得て、そして我々一族が秘匿していたラプラスの箱の真実に辿り着いたか……聞いてはみたいが答えてはくれぬのだろうな。そうやって敵意を振り撒かねば気が済まぬのだろう?」

 

「あぁその通りだ、すまねぇなぁどうしても感情が昂るとこうなっちまうんだ、悪いとは思っているんだぜククククク。」

 

「我々に危害を加えないのであれば……その知識は我々にも得となる。盟を結ぶのも良かろう、良いな2人とも。」

 

「……。」

 

 いずれにせよ、ここで拒否すれば奴は我々を殺すことに躊躇いは無いだろう。

 答えは最初から決まっていた。

 

「と、言う訳で。よろしく頼むぜビスト財団の皆様よぉ?共にあるべき世界へ行こうじゃないか、ハハハ!ヒャハハハ!」

 

 この男が我々の破滅に繋がる、分かってはいても今は成す術が無かった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「それで、僕が戻って来た理由はアンダーセン大尉の代わりにMS隊の隊長をやれと言うことなんですか……ジュネットさん。」

 

 小惑星ペズン、リング・ア・ベル隊に割り当てられたミーティングルームで促成士官教育を終わらせ少尉として帰還したヨハン・グリムにアルヴィン・ジュネット大尉が頷く。

 

「私も君も、アンダーセン大尉が不在になった事で部隊を指揮する為に昇進が言い渡された。だが私は通信技術に長けているだけの特技兵としての階級だ、君がMS隊の隊長を率いてくれなければ……大佐も今はどうにもならん。」

 

「こんな形で中尉に昇進なんて……全く嬉しくないですよ……!なんでアンダーセン大尉が……こんな……!」

 

「アタイが……アタイがもっとちゃんと捜索出来ていりゃ……。」

 

「カルラも新米達も、必死になって何日も探したんでしょう!?だったら……見つからなかった大尉はまだ何処かにいたっておかしくない……!」

 

「グリムくん、それ以上はダメよ。」

 

 クロエの制止でグリムが黙り込む。彼は死んでなんていない、そう信じたいのはこの場にいる全員が同じだった。

 

「今は現実を受け止め、リング・ア・ベル隊として大佐の名に恥じない動きをせねばならない。大佐が指揮を取れなくてもだ。」

 

 ジュネットの言葉に全員が頷く。

 

「だけどさ、ガンダムの開発はどうするんだい?あんな事があって、しかもデータのハッキングだってあったんだろ?」

 

「えぇ、あの日ジェシーくんの乗っていた1号機の基礎設計図に何者かがアクセスした形跡があったわ。……ただね、これにアクセス出来る人間は本当に一握りだけ。セキュリティだって最高機密で守られていたんだから余程のハッカーか……。」

 

「内部からの犯行と言いたいのか?」

 

 ジュネットはクロエに問う。

 そもそもこの機動テストはペズン司令部くらいしか把握しておらず、想定される一つの解答としての『ジオン残党軍による攻撃』は彼らがその情報をどうやって入手したか、そして装備がまともにされていなかったとは言え、その機体性能とパイロットの能力ならジオン残党が余程の規模のMS隊を差し向けるか、或いは最新型のMSやMAクラスの機体でも差し向けない限りは勝てはしなくとも逃げ切れる筈なのだ。

 しかしあの事件の際に撤退するMS隊の形跡は全く無く、また母艦となる艦艇の存在も確認されなかった事から小規模な艦隊すらあの場には存在していないと決定付けられた。

 となると必然的に内部の人間が巧妙に仕組んだ罠の可能性も出てくる、それこそ自分達に近い人間が裏切っている可能性すら。

 

「2人ともやめましょう、これ以上答えの出ない事で不和を広げる必要はないでしょう?ガンダムの開発もそうですけど一番の問題は隊長ですよ、あの人が一番今回の件で辛い筈だ。」

 

「確かにね、私達にすらまともに会ってくれないんだから相当よ。……仕方のない事だけどね。」

 

「シショーも隊長も強い絆で結ばれてたからね……鳥だって片翼だけじゃ飛べないんだ。今の隊長は翼をもがれた鳥みたいなもんさ、見ちゃいられないよ……。」

 

「カルラ……結構詩人みたいな事を言うのね?」

 

「センセー、アタイだって真面目に物くらい言えるよ!?」

 

 そのやりとりに気が抜けたのか4人から少しばかりの笑い声が生まれる。

 

「いずれにせよ大佐が動けないのであれば彼女が立ち上がるまで支えるのが我々の仕事だ。大佐とアンダーセン大尉、2人の絆には及ばなくとも我々もあの戦争を共に駆けた盟友なのだからな。」

 

「ジュネットさんの言う通りだ、MS隊の指揮は僕に任せてください。一年以上ここを空けた分の仕事はやってみせます。カルラもサポートを頼む。」

 

「分かってるよグリム、新米達もシショーやアタイにしごかれてそれなりにはなって来てる、後はチームワークを磨くだけさ!」

 

「ガンダム開発の方は引き続き私が進めるわ。ただ今回の件で上からEC社にこれ以上ガンダム開発を継続させるのもどうなのかって圧力も掛かってるから当初より予算が減らされるかもしれない、その点は把握しておいてね。」

 

「部隊の総括は大佐が動けない間は私が担当しよう、大佐がいなくとも我々は我々のやれる事を全力でやるのみだ良いな。」

 

『了解!』

 

 例え絶望的な状況であっても彼らは決して諦めたりはしない。それがあの戦争で彼らの学んだ希望なのだから。

 

 

 

ーーー

 

 

 ピピピッ、ピピピッと時計のアラームが連続した鳴り続ける。

 

「……。」

 

 アラームを止め時間を確認する。時間は深夜、隊の殆どが活動を終えた時間である。

 用意されていた食事を温め直し口に含む。気持ちの悪さに吐きそうになるがなんとか堪えて食事を済ませる。

 

 これが、この数ヶ月間の私の日常。まるで死人同然だ。

 ……死人と言っても過言は無いのだろう、今の私は抜け殻のようなものなのだから。

 

「ジェシー……。」

 

 ここにいない、どこにいるのかも分からない彼の名前を呼ぶ。返答は返ってくる事はなかった。

 

 

 

「……。」

 

 ペズンでリング・ア・ベル隊に割り当てられた施設は、この時間帯は警備の人間が数名巡回しているだけで殆ど静まり返っている。

 私はMS整備場のロックを解除し、今は乗り手のいない白き騎士のMS(ヴァイスリッター)に乗り込む。

 

『システム起動、パスワードを入力してください。』

 

 彼は自分の愛機が誰かに乗り込まれない様にシステム起動時にロックを仕掛けていた。軍の識別コードかとも思い何度か入力したが結局全てハズレだった。

 クロエに頼めばロックの解除は容易だろうが、頼みたくはなかった。

 

「……、今日は私と彼が初めて出会った日にしましょう。」

 

 パネルに彼と出会った日を入力する。月日のみや年数も含め、何回か入力する。

 

『パスワードが不一致です。もう一度入力してください。』

 

 何度も聞いた機械音声がまた流れる。結局これもハズレだった。

 

「ジェシー……、今貴方は何処にいるのですか……。」

 

 胸を刺す痛みに耐えきれず涙が流れる。これからもずっと一緒だと言ったのに、どうして彼は私の隣にいないのだと……。

 

『数ヶ月に渡るパスワード不一致を確認、ジェシー・アンダーセンが生存している場合彼によるパスワードの解除を求めます。』

 

「……なに?」

 

 今まで聞いたことのない音声が流れる、どうやら長い期間間違ったパスワードを入力していると発生する警告のようだ。

 

『ジェシー・アンダーセンが死亡、またはパスワードを入力出来ない状況の場合は特定人物の識別コードを入力してください。』

 

「……?それなら……。」

 

 私の軍の識別コードを入力する。これでヴァイスリッターのロックが解除されると言うことだろうか、……乗り手のいない機体のロックが解除された所で意味は無いのに……。

 

『アンナ・フォン・エルデヴァッサーのコードを確認、システムはジェシー・アンダーセンの現在の状況を確認します。生存している、或いは生存しているが機体に乗れない状況であるなら1を。死亡している、或いはMIAに認定されている場合は2を。老衰、或いは自然死をしている場合は3を入力してください。注意、この入力は一度限りのものです。再度入力は出来ないので間違えないように確認をしてから入力してください。』

 

「……。」

 

 生きている、そう思いたい。だけど彼はこの場にはいないのだ。

 であるならば、入力すべきは2なのだろう。システムに2を入力する。

 

『ジェシー・アンダーセンの死亡、或いはMIAを確認。アンナ・フォン・エルデヴァッサーに対しての音声記録を再生。システムの起動年は宇宙世紀0081、音声ファイル0048を再生。』

 

「何が起きているの……?」

 

 彼は以前からそう言った状況が発生する事に備えてこのシステムを入れていたのだろうか?特定の状況下でのみ起動するシステムをわざわざ組み込んで彼は何をしていたのだろう?

 

『俺の名前はジェシー・アンダーセン。アーニャ。君がこの記録を聴く時、俺はもうこの世にはいないのだろう。』

 

「ジェシー……。」

 

 彼の声だ、何ヶ月も聴いていなかった彼の声だ。

 

『システムとの整合、……どうやら俺は死んだか行方不明になっているようだな、そしてこの音声記録は0081年にそうなった場合に再生される記録だ……こんなに早くに死ぬとは思っていなかった。』

 

「死んでない……貴方は死んでなんて……絶対にない……!」

 

『いずれにせよ、この記録を聴いている時。俺がこの場に存在し得ない状況であるなら、今から聞かせる記録が君の未来になる。どうか役に立てて欲しい。』

 

「ジェシー……。」

 

『宇宙世紀0081年、この年代に起きる大きな事件はジオン公国軍残党が月面のマスドライバー施設を占領し、同施設から質量弾を放つというテロ行為を行う「水天の涙作戦」が行われる。』

 

「な……、どうして……。」

 

 ジオン公国軍残党が月面のマスドライバー施設を占領しようとし、二度に渡り攻勢が仕掛けられた事件は確かに発生している。

 

 しかしそれは()()M()I()A()()()()()()()()の話だ。

 この記録を彼が付けているだろう時は()()()()()()()になる。

 

『この事件に君が関わるか、関わらないか。或いは既に時が過ぎ去っているか、それは俺には知る由もない。だがこの事件は君が関わる関わらないに限らず別の部隊が対処する、その作戦が完遂される事はないだろう。』

 

 その通りだ、記録にはそれらの作戦は全て現地の部隊により阻止されている。

 彼は……彼は未来を予知していたのだろうか、ニュータイプとして未来を予知しその未来を予言しているのだろうか。

 

『その事件の後は……0082年は特に大きな事件は発生しない……筈だ。少なくても俺の知る時代の流れでは、問題は0083年10月に起こる新型ガンダム強奪事件だ。』

 

 その言葉の後、彼が綴った言葉はこれから数年後の未来を事細かに記したものだった。2年後に起こる事件、その内容が大まかに説明される。

 彼の意志は此処にある、いなくなってもまだ此処にいるのだ。

 

『これが俺の知り得る事件の全てだ、それより先の未来は君が知り得るにはまだ早すぎる。それに俺のこの記録が役に立つ事が無ければ、既に大きく未来が変わっている事になる。そうなればこの音声記録もただの世迷言として認識してくれて構わない。絶望の未来は変わったのだと。』

 

 彼が見ている未来は一つでは無いのだろうか、この予言とも言える言葉が外れる可能性もあると。

 

『この先の未来、君が歩む世界は過酷なものになると思う。けれどアーニャ、どうか自分を見失わずこの世界をより良い未来に変えて欲しい。』

 

「ジェシー……。」

 

『最後に一言だけ、俺は君を愛している。後は頼んだぞアーニャ……。』

 

 プツリと音声が途切れる。記録が全て再生し終えたのだ。

 

「より良い……世界の為に……。」

 

 彼の願いはまだ生きている。私がそれを継がなければならない、それが私と彼に残された最後の繋がりとなるのかもしれないのだから。

 

 0083年……数年後に起こると言ったその戦いの為に……私がしなければならない事は……。

 

 

ーーー

 

 

「それで、わざわざ私にそれを伝える為にここに来たのかなコーウェン中将。」

 

 軍を引退し、現在連邦議会議員としての活動の為自身の支持者向けの政治パーティーを行っている最中、コーウェン中将に呼び止められる。 

 

「ハッ、あらぬ憶測を生ませても仕方のない事ですから。」

 

「ははは。甘く見てもらっては困るな、あれはアナハイムや君の勢力が情報を知り得るには時間が無さすぎた事件だ。ペズン司令部にテストの申請をし、それがジャブローで受理された時にはテストまで殆ど時間の猶予は無かった。それに仮に君達がEC社のガンダム開発を阻止するのであれば、あの様な事件になるのでは無く整備中の事故を装うか、或いは機動試験中の事故を装って機体ごと爆破させた方がまだ分かると言うものだ。」

 

 内外からも怪しまれる様なミノフスキー散布後に奇襲を仕掛けると言った行為はそれこそ怪しんでくれと言っている様なものだ。だからこそ、この男はその疑念に目を向けられない様にここに来たのであろうが。

 

「そう言って頂けると幸いです。貴方がアナハイムとEC社の両方にガンダム開発を命じた事で今回の件に我々が加担したと思われては厄介でしたのでな。」

 

「ふん、だからと言って今の君の態度は褒められたものではないがね。犠牲になったのは仮にも君がメガセリオンを開発するに至らせたアンダーセンだぞ。」

 

「彼については残念ではありますよ。今思えばパイロットとしてそのまま置いておくには勿体無い人材でありましたからな。今回リング・ア・ベル隊は彼のパイロットとしてのモーションパターンを記録したOSの提出を軍にして来ました。アムロ・レイには及ばずともベテランパイロットのモーションパターンはOSの質を向上させるには十分なものですからな。……時に将軍、その件でも聞いておきたい事が。」

 

「将軍はよしたまえ、軍を退役した身だからな。それでなにかね?」

 

「提出された彼のモーションパターンには何故かブラックボックスとなるモーションパターンが一つだけ確認されました、ペズンにも問い合わせましたが生前彼が自身の操縦データ以外に敢えて手動で特定のモーションを行った時にのみ作動するシステムトラップを仕掛けていたと回答が来たのです。」

 

「システムトラップかね?」

 

「はい、その様な怪しいデータを使用するには懸念が生まれるますからな。アンダーセン大尉は貴方の子飼いでもあった、使用について助言を求めたいと言うのもあります。」

 

「……あの男は小細工を仕掛けるタイプではない、そのモーションパターンと言うのは通常の戦闘において作動するものでは無いのだろう?君の言葉から読み取るのであればな。」

 

「一定数のパイロットに彼のデータを組み込んだOSを入れたMSを操縦させましたが通常戦闘ではそのトラップが作動される事はありませんでした。」

 

「ならば使ってみれば良いではないか。逆にそのシステムトラップが作動する瞬間というのも一見の価値があるのではないかね?ペズンのエースが残した遺産が解放される時に何が起きるのか。」

 

「……そうですな。その様にしておきましょう。」

 

「私はもう軍を引退した今は一政治家に過ぎん。ガンダム開発計画についてはこれ以上私に何かお伺いを立てようとしても意味は無いと思いたまえ。」

 

「ハッ……それでは失礼します。」

 

 去って行くコーウェン中将を無視し、1人誰もいないバルコニーに佇む。

 

「馬鹿な男が、助力を願えるとでも思っていたか。」

 

 奴の勢力は亡くなったレビルの派閥を一定数引き入れはしたが他の勢力と比べれば拮抗しているかやや劣る状況だ。

 そこで私に媚びる事で勢力図を安定させたいと思っていたのだろうが見積もりが甘すぎる。

 

「敵の敵は増やしたぞアンナ。後はお前が道を切り開くしかないのだ、例えアンダーセンの倅がいなくなったとしてもだ。」

 

 ここから先は本当に何もしてやれる事はない、勢力としては小さいが確かな基盤のあるアンナにこれ以上加担すれば私とて部外者ではいられなくなる。

 まだ私の地盤はここで失われる訳にはいかない。例えその片翼が折られてもエルデヴァッサーという獅子の魂はまだ失われてはいない筈だ、だからこそ一人でも道を切り開かねばならないのだ。

 

「貴様もまだ騎士の誓いを果たせてはいない、生きているのなら使命を果たせよアンダーセンの倅よ……。」

 

 

 

 様々な思惑、陰謀が渦巻く宇宙と地球で、また大きな戦乱が訪れる。

 それは決められた刻の流れなのか、変えられた刻の流れとなるのか今はまだ誰も知ることはない。

 

 




 次回予告

「この機体と核弾頭は頂いて行く!ジオン復興の為に!」

「その機体を奪わせる訳にはいかない!」

 奪われた新型ガンダム2号機と核弾頭、それに立ち向かう1号機と若きパイロット。

「あんな機体を何故アナハイムが開発していたんだ!?僕は父から何も聞いていない!」

「だから貴方は御曹司だと言うのです!今ここにある真実が全てなのですよ!」

「痴話喧嘩と変わらぬ政治闘争は他所でやりたまえ!今は軍事行動中だ!」

 アナハイムとビスト財団、そしてEC社を巡る政争。

「さぁ、あるべき未来へと至ろうじゃないか。その力を見せろガンダム!」

 かつて失われた黒きガンダムが時代の流れに牙を剥く。

「お願い……!ジェシー……!私に……撃たせないで!」

 紅のガンダムが絶望の空を舞う。

「再びジオンの理想を掲げるために!星の屑成就の為に!ソロモンよ!私は還ってきた!」

 定められた運命は変えられないのか、世界は再び暗黒の時代に向かうのを止められないのか。


 次章、機動戦士ガンダム 紺碧の空へ
 第二章 暗黒の宇宙へ

To be continued...


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『星屑の記憶編』
第1話 ガンダム強奪


 

 宇宙世紀0083年10月、地球周回軌道上

 

「ジャブローより入電、アマテラス級高速巡洋艦『曙光(しょこう)』の地球降下を許可する、予定進路を継続し降下せよとのこと。」

 

「了解。総員降下準備に取り掛かりなさい、システムも全て地上用に切り替えて。宇宙とは違い地球には重力があるのを忘れないように。」

 

 艦長の女性がクルー全員に指示する。全員が焦る事なく予め定められた動きを順次こなして行く。

 

「流石は連邦軍の精鋭部隊リング・ア・ベル隊の旗艦だ!EC社製の新型艦も、そして部隊の練度もかなり凄いじゃないか!」

 

 そこに軍人としては似つかわしくない、やや小太りの青年が大きな声でクルーを絶賛する。艦長の女性はやれやれといった感じで彼に喋りかける。

 

「アルベルト様、地球降下前に大騒ぎしては舌を噛まれますよ。貴方は我がリング・ア・ベル隊の客人です、お怪我をされては困ります。」

 

「あぁそうだね、ありがとうアンナさん。やはり優しい人だ貴方は。」

 

「貴方に何かあればアナハイムやビスト財団の方に失礼になりますので。それでは各員降下に備えて器具の固定と降下管制要員以外の者は所定の位置で待機しなさい。」

 

 やがて艦が大気圏に突入して行く、この瞬間だけは慣れている人間がいないので不安そうにしているクルーも多い。

 

「曙光、降下完了。ミノフスキー・クラフトも正常に稼働中。」

 

「各員持ち場へ戻り職務を遂行しなさい。ジュネット、降下地点は?」

 

「予定降下ポイントより若干のズレがあります、現在タスマニア上空を航行中。」

 

「予定航路を修正しトリントン基地に向け最短ルートを取りなさい。……私はしばらく休ませてもらいます。」

 

「ハッ、了解であります。」

 

 自室へと去って行くエルデヴァッサー大佐をクルーが見送る、ジュネットはブリッジから地球を物珍しそうに眺めている客人のアルベルト・ビストに目を向ける。

 

「おぉ、これが青空と言うものか!映像で見るのと実際で見るのとはやはりスケールが違うなぁ。」

 

「お気に入りになされましたかアルベルト様、現在我々リング・ア・ベル隊は予定より数刻遅れてのトリントン基地到着を予定しています。それまでは地球の景色をお楽しみください。」

 

「あぁ、ありがとうジュネット大尉。ん?そう言えばアンナさんはどうされたのかな?」

 

「大佐は自室へと戻りました。」

 

「あぁ……話したい事が山ほどあったのだけど。」

 

「……失礼ではありますが今はそっとさせた方がよろしいかと思われます。」

 

「どうしてだい?」

 

「今よりトリントン基地へ向かう道中、あの方の一族が失われた土地であるシドニーを通ります。」

 

「ジオンのブリティッシュ作戦の……確かに声を掛けるのはデリカシーがないか。ありがとうジュネット大尉、私もしばらく部屋に戻らせてもらおうかな。」

 

「はい、アクセスの許可されている場所であれば艦内の見学も問題ありませんのでそちらもお楽しみ頂ければ。」

 

「ははは、助かるよ。君もこの縁談が上手くいってくれたらと思っていてくれているのかな?」

 

「……。一部隊員の私には上官のプライベートには口を挟む権限はありませんので。」

 

「あぁ、すまないね気を使わせて。邪魔をするのも悪いしそろそろお暇させてもらうよ。」

 

 ブリッジからアルベルトが出るのを確認するとジュネットは大きく溜息を吐く。

 

「客人は去った、各員もう気を張る必要はない。」

 

「助かったぁ〜。」

 

 クルー全員も同じ様に溜息を吐く。まさに招かれざる客と言ってもいい人間が乗艦しているのでいつも以上に緊張していた様だ。

 

「降下地点がズレたようだねジュネット。」

 

 ブリッジにリング・ア・ベルMS部隊長のヨハン・グリム中尉が入ってくる。

 

「あぁ、ズレるならせめて北に向けてズレて欲しかったがな。」

 

「パイロット達も焦ってたよ。シドニーを通過するんじゃどうしても大佐が心配になる。」

 

「いずれにせよトリントンというオーストラリア大陸の基地に向かう以上コロニーの落ちた傷跡は何処かで見るハメになる。どちらかと言えば問題はあの方が大佐の逆鱗に触れないかだ。」

 

「大佐とそこまで年齢が変わらないとは言え、見た限りだとただの親の七光に見える。連れて来る必要があったのか?」

 

「アナハイムの技術スタッフを連れて先刻トリントン基地に到着したペガサス級に一緒に乗って行ってくれていたら良かったのだがな。」

 

 アナハイムに縁が深いビスト財団から親族に新型ガンダムの実地テストの見学をさせたいと申し出があり既に新型ガンダムを積んだペガサス級強襲揚陸艦アルビオンが出航していたのもあり、リング・ア・ベル隊に同行する形となった。

 しかも軍から勧められた縁談も関わっていると聞いた時は余計に苛ついたものだ。

 

「私は既にアンダーセン大尉を亡き者として見て縁談を勧めているビスト財団という所が気に食わない。アナハイムがEC社を乗っ取るつもりであるのが見え透いているからだ。」

 

「同感だ、口に出せば外交問題になるけど。」

 

 あの謎の事件の後、この2年近くまともに軍務を行わなかったエルデヴァッサー大佐を見かねた軍部が半ば強引に勧めて来たのがアナハイム・エレクトロニクスと深く縁のあるビスト財団の当主の息子との縁談であった。

 ただ彼女自身は表舞台に殆ど顔を出さずとも最低限の職務をこなし、部隊運営も常に的確な指示を部下に与え、尚且つ部隊として問題なく結果を残しているので縁談には前向きではない。

 しかし無碍に出来る相手でもないのでせめて話だけは、と言うのが今の状況だ。

 

「それにしても曙光までわざわざ地球に降ろす必要まであったのかな。ミノフスキー・クラフトを搭載した新型艦と言っても既に技術が確立されているペガサス級と比べたらこっちは技術的にはともかく運用面ではまだテストを重ねないといけない実験艦なのに。」

 

「その為のテストの一つだろう、ガンダムもこれも。重力下の運用もいずれはやらねばならないのだから今回はまさに打ってつけじゃないか?」

 

「確かにね。それにしても何でわざわざトリントン基地なんだろう、新型ガンダムの実地テストならジャブローでも良かったんじゃないのかな。わざわざ辺境の基地でやらなくても。」

 

「グリム、トリントン基地がただの辺境の基地だと思っているのか?」

 

「違うのかい?」

 

「……ここだけの話だがあそこには旧世紀からの核貯蔵施設がある。」

 

「……冗談だろ?」

 

「本当だ、アナハイムのガンダムの噂は君も知っているだろう。つまりはそういう事だ。」

 

「戦術核搭載型MS……、噂だけだと思っていたけれど。」

 

「君の言うわざわざ辺境の基地で試験をする理由としては充分だ。噂であればそれはそれで良いがな。」

 

 連邦軍の威光を示す為の新型ガンダム開発計画である筈だが、過度にスペースノイドを刺激するような機体は共和国となったジオンやネオ・ジオンにも良いイメージを与えないだろう。ジオン軍残党やアクシズに向けたパフォーマンスとしてはやり過ぎな所が否めない。

 だからこそ噂であるならそれに越した事はないが、実際に核を搭載するのであればアナハイムやそれを通したコーウェン中将は軽率だと言える。

 

「戦争はまだ終わっていない、軍はまだそう思っているんだろうね。」

 

「事実キシリア・ザビが生きてアクシズで英気を養っているのだからな。残党軍対応も含め仕方のない事なのかも知れないが。」

 

 2人は大きく溜息を吐く。戦争はまだ終わってはいない、その予感があった。

 

 

 

 艦長室の窓から、心地の良い陽光が差す。

 暖かな空間に包まれ、心がいつもより落ち着いているのが分かる。

 父や祖父、そして一族の皆が命を落としたはずの場所であるのに。今の私はまるで皆に抱きしめられるかの様な心地の良さを感じていた。

 

『ごめんなさい……。』

 

 あの日から、幾度となく聞いている少女の声。彼女が謝ることなど何もないと言うのに。

 

『ジェシーを、あの人を、助けてあげてください。』

 

「助けます……絶対に……。」

 

 何処にいるか分からない、けれど助けを求めているのであれば救わなければならない。救いたい。

 

「アンナさーん!今大丈夫かな?」

 

「……?」

 

 ハッとする、またあの夢を見ていたのか。

 

「アンナさん?」

 

「少々お待ちくださいアルベルト様。」

 

 鏡で身嗜みが崩れていないかを確認し、ドアのロックを解除する。

 

「如何なさいましたか?」

 

「あぁ、特に用事は無かったのだけどね。この地は君の親族が亡くなった土地だと聞いて、デリカシーが無いと思われるかも知れないがどんどん心配になってしまったから。」

 

「お優しいのですね。お心遣いに感謝します。」

 

「なぁアンナさん。そんな他人行儀みたいな話し方はやめてもらえないだろうか?一応は縁談相手でもあるのだし……。」

 

「それは軍が勝手に決めた事です。それに私にはフィアンセがいる事はご存知なのでしょう?」

 

「けれど現在行方不明なのだろう?」

 

 敢えて死んだと言わない辺りは元々が優しい生来なのだろう。そこは素直に好感が持てる。

 

「えぇ。生きているのなら戻って来てもらわねば困るのですけれどね。」

 

「……聞いてはいたけれどやはり貴方の中でその人の存在は大きなものなのですねアンナさん。」

 

「はい。私にとっては彼との絆が全てでしたから。」

 

「……ライバルはどうやらかなり手強いようだ。けれどアンナさん、僕だって身内に勧められたからってだけで貴方に好意を持っている訳ではないのを知っていて欲しい。僕も男だ、ビスト財団の操り人形じゃない。」

 

「……わかりました。」

 

 少なくても度胸はある。隊の皆は彼を親の七光として見ているかもしれないが、彼は彼でそういう風に見られたく無いと陰ながら努力しているのだろう。立場的に理解できる所もある。

 

「すみませんアルベルト様、やはり少し気分が優れませんのでしばらく一人にさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「あ、あぁ。やはりデリカシーが無かったみたいだ、僕は暫く景色の方を楽しむとするよ。」

 

「いえ、私の方こそすみません。どうか道中お楽しみください。」

 

 ドアが閉じると同時に息を吐く。本当は気分など悪くは無いのだけど、今は考える時間が欲しい。

 

「ジェシー……貴方の言っていた刻が近づいています。貴方は今何処にいるのですか……?」

 

 

 

ーーー

 

 

「やっぱりザクじゃ新型のジムに歯が立つ訳ないって!」

 

「愚痴るなよキース、ザクだって悪い機体じゃないだろ?」

 

「もう何年も前の機体だぜコウ、やっぱりテストパイロットは新型に乗ってこそだろ?」

 

「確かにそうだけどさ……。」

 

 来る日も来る日も旧型のザクでの訓練、ジムやメガセリオン等の連邦軍機には自分達よりベテランか上官しか乗せてはくれない。

 けれどジオンの機体だって物は古くてもその信頼性と安定性は連邦の機体にだって引けを取らない、いや基本設計だけなら今でも上回ってる部分だって多いんだ。

 

「おーいコウ、また考え込んでるのか?MSの事となるとホントオタクになるんだからなぁ。」

 

「べ、別に良いだろ?それよりもさキース、さっきやって来たペガサス級!新型のガンダムを積んでるんだろ?」

 

「らしいなぁ。だけどこの基地のパイロットに乗らせて貰えるか怪しいし、仮に乗せてもらえたとしても、どうせ乗るのはアレン中尉とかだぜ?」

 

「まだ分からないだろ?もしかしたら俺達が乗る可能性だってあるかも知れないし。」

 

「ないない、思うのはタダだけど無理だぜコウ。」

 

「つまらない奴だなぁ……。」

 

 とは言ったものの確かに実力の高いパイロットから選定されるのは間違いないだろうし先行きは暗いか……。そう思いながら同僚のキースといつのも訓練を再開するのだった。

 

 

ーーー

 

 

「レイ、見えたか?」

 

「あぁアーウィン。あれが例のペガサス級なのかい?」

 

 一つの機体の中で、それぞれ別のコクピットに座る青年が二人。

 

「そうだ。ペガサス級7番艦アルビオン、ガンダムを載せるには打ってつけの艦という訳だ。」

 

「あのアムロ・レイも乗っていたペガサス級にそしてガンダムか、つまりあれに僕達が乗れば同じ様に英雄になれるって事だろう?」

 

「そうだ。俺とお前、そしてガンダムが新しい歴史を作るんだ。その為にこの機体がある。」

 

 鈍く光る黒いガンダムが基地に鎮座するアルビオンを見つめる。

 

「さて、動いてくれるかなアナベル・ガトー?数年待たせた甲斐があれば良いんだがな。」

 

「何か言ったかいアーウィン?」

 

「いいや、何でもないさ。」

 

「そう言えばトリントン基地には別のガンダムも来るんだろう?この機体の『兄弟機』って奴がさ。」

 

「興味はないな、余計な事をしてくれなければ良いが。」

 

 仮面の男が遠くを見つめる。

 

「この感覚……貴様も来るのかアンナ・フォン・エルデヴァッサー……。」

 

 

 

ーーー

 

 

『ブラウエンジェルよりバルフィッシュ、ブラウエンジェルよりバルフィッシュ。』

 

「こちらバルフィッシュ。」

 

『ブラウエンジェルは順調、全て予定通り。』

 

「バルフィッシュ、了解。」

 

 通信を切る、今の連邦がこの通信を傍受するほど警戒しているとも思えないがリスクは最小限に抑えなければならない。

 

「これより予定ポイントへ向かいブラウエンジェルと合流する。各員星の屑作戦完遂の為に死力を尽くせ。」

 

『了解!』

 

 3年もの間、辛酸を舐め続けた。その雪辱を晴らす機会がやっと訪れたのだ。

 この作戦に失敗は許されない。

 

 

ーーー

 

 

「大佐、このままの速度で移動すれば夜にはトリントン基地に到着する予定です。」

 

「トリントン基地へ連絡は?」

 

「既に報告済みです。」

 

「分かりました。総員第二種戦闘配置で待機、気を抜かぬように。」

 

「ハッ……第二種戦闘配置ですか?」

 

「はい。向こうで何が起こっていても直ぐに対処出来る様にしておきなさい。」

 

 まるで戦闘が始まると告げている様だと困惑しているジュネットを無視し、艦長席に座る。

 

「か、各員第二種戦闘配置で待機。繰り返す、第二種戦闘配置で待機。」

 

「客人はどうしていますか?」

 

「既に自室でお休みになられている様です、気が抜けたのでしょう。」

 

「分かりました。このままトリントン基地へ全速前進、運航中も艦の運用データを取る事を忘れない様に。」

 

 慌ただしくクルーが動くのを見る。今の私は冷淡に見えているだろう、自分でも酷い道化だと内心笑うのであった。

 

 

 

 

「第二種戦闘配置ですってグリム隊長。」

 

 MSデッキに待機していたベアトリスがそう発言する。

 

「聞こえていたよベアトリス少尉。」

 

「何で連邦軍の基地に向かうのに第二種戦闘配置なのでしょうか?」

 

「いい質問だね。逆に聞こう、何でわざわざ臨戦体制で向かうと思う?」

 

 隣にやってきたセレナ少尉も加わり、大佐の発令したこの第二種戦闘配置について話を始める。

 

「私が思うには海洋に潜んでいる可能性があるジオン残党軍に対する警戒かと思います隊長。」

 

「良い線を行ってるよセレナ少尉、それもあるだろうね。」

 

「陸地にも残党軍がいてもおかしくないでしょうしねぇ。」

 

「オーストラリア大陸のジオン公国軍は一年戦争でも早期に停戦に応じているから海洋よりは危険性は少ないけどね。ついでに言えば曙光のクルーに敢えて緊張感を与えているんだろう、まだ処女航海中でクルーの練度は高くないんだから何かあった時に使える様にはしておきたいだろうし。」

 

「はぁ〜……流石はグリム隊長。慧眼でありますね!」

 

「呑気にしているがベアトリス少尉、君やセレナ少尉も宇宙戦ばかりで地上での戦いは不慣れなんだから気を抜かない様に。」

 

「了解です!」

 

「既にシミュレーションは済ませています。ご安心ください。」

 

「シミュレーションも大事だけど実戦では状況一つで何もかもが変わるのは宇宙でも分かっているだろう?宇宙の360度全てが戦闘空間というのも対応するのは難しいが地上は地上で天候、地形、時間帯で様々な一面を見せる。決して油断をするな。」

 

「はい!」

 

「了解です。」

 

「こんな時にアンダーセン大尉がいたら『どんな状況でも逃げ回れば死にはしない』って言ってくれるだろうけど、僕は気の利いた事は言えない最善を尽くして生き残れ良いな?」

 

『了解です!』

 

 とは言ったが自分自身もこの第二種戦闘配置には疑問を抱く、大佐は何か焦っているのか……或いはニュータイプと呼ばれるエスパーじみた能力か?いずれにせよこのまま何事もなくトリントンには到着しそうには無い、そう思った。

 

 

ーーー

 

 

「見ろよキース!やっぱりガンダムだ!」

 

「おいコウ……!静かにしろよ、俺達勝手に潜り込んでるんだぜ……!?」

 

 アルビオンのMS整備デッキで二機のガンダムを見つめる、これがアナハイムの造った新型のガンダムなのか……!

 

「こっちはコア・ファイター付きの機体かぁ……それにこっちの重MSタイプもタダものじゃないぜ?」

 

「確かに凄いけどさぁ、やっぱり見るのは明日にしようぜコウ。バレたらマズいって。」

 

「もう少しくらい良いだろー……。」

 

「貴方達!そこで何をしているの!?」

 

 ガンダムを眺めていると突然大きな声が響き渡る。声のする方を見ると女性が立っていた。

 

「おっ、こりゃあ美人……。」

 

「何をしているのかと聞いています!」

 

「ガ、ガンダムの見学だよ、此処にあるって聞いたから。」

 

「見学なら後日連絡します!今はガンダムはメンテナンス中よ、出て行ってちょうだい!」

 

「何だよ、少しくらい良いじゃないか。こっちのガンダムは以前のより反応速度が上がって出力は30%程上がってるのかい?この基地でジムでテストしてたバックパックだと3分の2くらいしか出せてなかったけどこの機体なら100%の性能が出せそうだ。それでこっちの機体は対核兵器用で肩のバズーカは戦術核装備だろ?」

 

「えっ?」

 

「その反応やっぱりそうかぁ、いやぁやっぱり凄いなぁガンダムは!」

 

「すいませんねぇ、コイツMSオタクなもんで。貴方はアナハイムの人?」

 

「えぇそうよ。良いから早く出て行ってくれないかしら?2号機も核弾頭を積んだばかりで調整中なのよ!それに此処は今関係者以外立ち入り禁止の筈よ!」

 

 それを言われると苦しい。これ以上下手に挑発するのもあれだしそろそろ戻った方が良いか。

 

「ごめんごめん、悪かったよ。行こうぜキース。」

 

「えっ?待てよコウ、デートに誘うくらいは良いだろ?」

 

「やめとけって、そんな雰囲気じゃないぜ彼女。」

 

「ったく……帰ったら飲むのに付き合えよな全く……。」

 

 トボトボと艦から出ようとすると、大尉の制服を着た男性とすれ違う。

 すれ違い様に敬礼をする。この艦のパイロットだろうか?

 

「素晴らしい、見事な機体じゃないか。」

 

「自分もそう思います。」

 

「キミ、バズーカに弾頭の装備は済んでいるのかね?」

 

 確かさっき核弾頭を積んだばかりだと言っていたな。

 

「は、はい。」

 

「では試してみるか。」

 

 そう言うと大尉の男性は昇降機で弾頭を装備しているガンダムへと向かう。

 

「えっ……?」

 

 今から乗り込むつもりなのか?呆然としていると先程のアナハイムのスタッフがまた大声を上げる。

 

「そこの貴方!何をしているの!?ハッチを閉めて降りなさい!」

 

「……その声は。」

 

 男は一度振り返るがそのまま機体へと乗り込んだ。

 

「誰……?降りて……聞こえているでしょう!?降りてちょうだい!」

 

「キース、何かおかしいぞ……?」

 

 乗り込まれた機体は接続していたケーブルを強制的に剥ぎ取り歩き始める。

 

「誰か……!誰か2号機を止めて!」

 

 慌てて昇降機へ乗り込みもう一機のガンダムへと向かう。

 

「ちょっとキミ!この機体に乗り込もうって言うの!?」

 

 整備服を着た大柄の女性が警告をする。

 

「自分はテストパイロットのコウ・ウラキ少尉です!この機体で止めます!」

 

「待ってちょうだいウラキ少尉!他の人を呼ぶわ、貴方じゃ……!」

 

「僕だってパイロットだ!」

 

 コクピットに乗り込み起動準備に取り掛かる。

 

「1号機は今給弾中よ!すぐには出せないわよ!」

 

「急いでください!」

 

 その間にも2号機は歩みを進める。

 

「なんて事……2号機のパイロット聞こえているでしょう?今なら罪は軽いわすぐに2号機から降りなさい!」

 

 しかしその通信も虚しく2号機は手持ちのサーベルで艦の外壁を貫く。

 

「この機体と核弾頭は頂いて行く。ジオン再興の為に!」

 

「なっ……この声は……!?」

 

「ジオンだと……!?」

 

 

 

ーーー

 

 

「非常事態発生!非常事態発生!トリントン基地から高濃度のミノフスキー粒子の散布を確認!更に戦闘のものと思われる爆発が多数!」

 

 ジュネットの言葉にクルー全員が困惑する。誰も戦闘が始まるとは思っていなかったのだから当たり前の反応だ。

 

「ジュネット、トリントン基地までは後どれだけ掛かりますか。」

 

「ハッ、最大戦速で30分程となります!」

 

「曙光、最大戦速。MS隊は出撃準備、私も出ます。」

 

「大佐が!?」

 

「ガンダムの出撃準備を、あれなら他の機より先に出撃できます。」

 

「そんな……無茶です大佐!」

 

「艦の指揮はジュネット、貴方に一任します。戦闘エリアに入り次第基地に飽和攻撃を仕掛けている砲撃機の位置を特定し攻撃しなさい。」

 

「くっ……無茶はしないと誓ってください!」

 

「分かっています。MSデッキへガンダムの準備を、私が出ます!」

 

 

 

「大佐が出撃する……!?」

 

「どうして……!?」

 

「それより戦闘準備を急げ二人とも!僕達も出撃するんだぞ!」

 

 慌てている二人の少尉に喝を入れる、前線から離れていた大佐が出撃するのは確かに困惑するのも仕方ない。一年戦争でエースだったとは言え数年は実戦から離れている。ガンダムのテストには参加していたが実戦となると話は別だ。

 

「せめて僕らが支援しないと……。」

 

 とは言ってもあの『ガンダム』の特性上、大佐が一番手として出撃する事になる。それが一番の懸念だ。

 

「クソ……!アンダーセン大尉、貴方がいれば大佐を止められたろうに……!」

 

 死に急いでいる、そんな予感が頭をよぎる。こんな時にあの人がいてくれたら……。

 

 

 

「ガンダムの出撃準備は?」

 

「完了しています大佐!」

 

 紅く塗られた機体に乗り込み起動準備に取り掛かる、全てオールグリーンなのを確認すると機体がカタパルトデッキへと移動を始める。

 

「フライトユニットの接続も良好、滞空可能時間は約40分です大佐!」

 

 整備スタッフの報告を聞き頷く。それだけの時間が有れば問題ないだろう。

 

「大佐!僕達が降りるまで直接の戦闘は控えてください!」

 

 MS部隊長のグリム中尉から警告を受け取る。

 

「分かっています、戦況の確認もしなければなりませんし無理をするつもりはありません。安心して降下してください。」

 

「了解です!」

 

 その間にカタパルトデッキへと昇降が終わり出撃体制が整う。眼前には大きく燃え広がる爆発が連鎖している。

 

『カタパルト接続完了!いつでも出られます大佐!』

 

「了解です。アンナ・フォン・エルデヴァッサー《ガンダム ルベド》出撃します!」

 

 紅いガンダムが空を舞う、彼が示した戦いの幕が今開こうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 赤と黒

 

「なんだ!?一体何が起きているんだ!?」

 

 警報の鳴り響く艦橋に慌ただしくブリッジに駆け込む青年をジュネットが確認する。

 

「アルベルト様!現在曙光は戦闘状態にあります!怪我をされたく無ければ空いている席に座っていてください!」

 

「せ、戦闘!?この艦は連邦軍の基地に向かっていたんじゃないのか!?」

 

「その基地が襲撃されているのです!」

 

 彼の対応中にも各所から忙しなく報告が入ってくる、一つ一つの言葉を頭に刻み並列させる。

 

「曙光からもミノフスキー粒子の戦闘濃度での散布を開始する、各種データリンクをレーダーからレーザーに変更。トリントン基地には対応している余裕は無いだろうが一応は援軍が到着した事を伝えろ。誤射でもされては敵わないからな。……トリントン基地からこちらへの通信は?」

 

「ありません、恐らくそれどころでは無いのでしょう。」

 

 何処の勢力の攻撃かは不明だがわざわざ攻撃を知らせてから戦いを始める訳が無い、戦争が終わって久しい今では常在戦場の心持ちでいる人間の方が少ない、現場は大混乱しているだろう。

 だからこそ援軍に向かう我々は冷静で無ければならない。

 

「大佐のガンダムはどうしている。」

 

「現在高高度からの索敵中、地上の環境データが随時曙光に送られて来ています。」

 

 少なくとも突出する気は無いようで安心する、後はグリム隊が出撃可能になれば問題なく迎撃行動に移れるだろう。

 

「大佐のガンダム……?まさかアンナさんが出撃しているのか!?」

 

「その通りです。」

 

「まさか!?彼女はこの艦の艦長じゃないのか!?」

 

「ガンダムのパイロットでもあります!アルベルト様、これ以上は軍事行動の妨げとなるので口を慎んで頂きたい!」

 

 流石にこれ以上横槍を入れられれば邪魔になる。無碍に扱えないとは言っても彼は軍人では無いのだ、好き勝手に言わせる義理もない。

 

「曙光をグリム隊が安全に着地できる高度まで下げる!各員対空監視を厳に敵のミサイル攻撃に注意せよ!」

 

「了解です!」

 

 基地からは未だ火の手が上がっている、向こうの状況はかなり悲惨な事になっている筈だ……。

 

 

 

ーーー

 

 

「その機体を奪わせる訳にはいかない!!」

 

 ブースターで一気に2号機の真上を通過し進行を防ぐ。同型の装備をしているジムとの模擬戦でバックパックの性能の良さは分かってはいたが機体性能のお陰で更に機動力が増しているのが分かる。

 これなら……!

 

「貴様……邪魔をするなぁ!」

 

 道を阻まれた2号機がこちらに向けて突進してくる。慌ててサーベルを取り出し鍔迫り合いを起こす。

 

「その動き……確かウラキ少尉とか呼ばれていたな、機体は良くてもパイロットが未熟者ではな!」

 

「何をぉ!」

 

 軽く攻撃をいなされ2号機は自分の脇をすり抜けようとする、まるで自分の手足の様に動かす様は洗練され過ぎた動きだ。

 本当にこれが今しがた奪われたばかりの機体の動きなのか……!?

 

「逃すかぁぁぁ!」

 

「未熟だと言っている!」

 

 振り返り様に勢いよくサーベルを振りかざす、しかし……。

 

「邪魔だ!」

 

「うわぁぁぁ!」

 

 背面に回られ蹴り飛ばされる。その間に2号機はこちらを相手にする事無く去って行った。

 

 

 

「少佐!ご無事で!」

 

「ゲイリーか。この程度どうと言う事は無い、連邦はこの数年ただ腐っていただけだ、脆すぎる。」

 

「此処は任せて撤退を、コムサイを待機させてあります!」

 

「うむ、撹乱が終わり次第お前達も撤退しろ、良いな?」

 

「了解しました少佐。」

 

 基地から去る2号機の真横をビーム光が遮る。

 

「ビーム攻撃……!この距離からか!」

 

 発射された位置を算出すると長距離からの射撃だと判明する、放たれた場所は……。

 

「上空だと……!?」

 

 

 

ーーー

 

 

「外した……!」

 

 第一線から離れていたとは言え、この攻撃を外したのは致命的だ。

 ジオン製MSと合流していたガンダム、あれがこの戦いで奪われるというアナハイムの試作2号機だと言うのは間違いない筈だ。あれさえ奪われなければその後に起こる悲劇というのが回避されると言うのに……。

 

「くっ……!」

 

 流石に敵も撃たれると分かっているのなら安易な動きはしてくれない。それがエースパイロットとなれば尚更だ。

 既にこちらの射撃の的にならない様に地形を利用しながら退却して行く、こうなればこちらが狙い撃つのはここでは最早不可能だ。

 

「次に……打つべき手は……!」

 

 次にするべきは基地に砲撃を仕掛けて来ている敵機を止める事だろう、恐らく重MSの砲撃である筈だが予想していたよりも遥かに敵の数が多い、ジェシーが予見していたよりも恐らくは。

 

「しかし……やらなければなりません……!」

 

 最新の環境データを読み取り敵砲撃機の配置されている予測地点を算出する、周囲の索敵をしながら熱源を探知する。

 

「そこっ……!」

 

 ビームスナイパーライフルが敵を射抜く、大きな爆発が発生した所を見ると直撃したようだ。

 

「次!」

 

 更に索敵を続ける、敵を撃破出来なくとも位置の特定さえ出来れば後は別の部隊でも対応ができる筈だ。

 今はこの戦場を一刻も早く鎮圧しなければ。

 

 

ーーー

 

『グリム隊へ、MS降下可能高度まで到達!降下後は敵MSを掃討しトリントン基地への攻撃を阻止せよ。』

 

「こちらグリム、了解した。2人とも、準備は良いか?」

 

「大丈夫でありますグリム隊長!」

 

 元気良く応えるベアトリス少尉。

 

「問題ありません、行けます。」

 

 この状況でも冷静さを失わないセレナ少尉。良いコンビだ、これなら初の地上戦といえど混乱はせずに済むだろう。

 宇宙戦も幾度となくこなしている、あまり心配し過ぎるのも過保護だろう。アンダーセン大尉の事があってから自分でも周りを気にし過ぎている自覚がある。

 だが味方の心配ばかりしていると自分が討たれる可能性だってある、自分が一番油断していられないな。

 

「降下後は基地の防衛の為、敵MSの殲滅に取り掛かる。大佐が常に地上のデータを送信しているからデータリンクは常に怠るな。……行くぞ!」

 

「了解です!」「了解!」

 

『グリム機、発進どうぞ!』

 

「ヨハン・グリム、グノーシス01発進する!」

 

 オペレーターの発進許可と共にグノーシスが発進する、現在唯一戦闘で使用されている試作運用機だ。だが試作機と言ってもその性能は前時代のガンダムにだって引けを取らせたりはしない、やってみせる!

 

「ベアトリス・フィンレイ、メガセリオン改発進します!」

 

「セレナ・エレス、メガセリオン改発進!」

 

 2機のメガセリオンが後続に続く、メガセリオン改はジム改と同様に基本性能の改良がなされており、一年戦争時代はパーツがジムとは別個な箇所もあったがその殆どが規格統合されメンテナンス性も増している。

勿論メガセリオン由来の拡張性はそのままで汎用性はジムと並んで未だに高い、現在の連邦軍の主力機の一つだ。

 

 ベアトリス機にはパイロットのセンスに合わせて近接戦闘に特化した武装と足回りになっている、対するセレナ機は各距離に柔軟に対応出来る様にセッティングされている。

 リング・ア・ベル隊仕様のメガセリオン改にはクロエによる追加のチューンナップがされているので新米2人でもベテラン相手に充分に戦える。

 

「降下完了!敵の位置は……!」

 

 大佐のガンダムから送られてくるデータを受信し表示されている敵機の位置を確認する。

 

「隊長!至る所に敵機の反応があります!」

 

「分かっている。だが僕達3機じゃやれる範囲は限られている、ついてこい!」

 

 それにしてもこの敵の数もそうだが、残党と言うには質が高すぎる。

 纏まった勢力の集まりか?だとすると普段相手にしている雑多で武装も機体のメンテナンスも不十分な部隊とは違う、一体何が狙いなんだ……!

 

「グリム隊長!前方より敵MS!識別照合……ドムタイプです!」

 

「了解!ドムは重装甲MSだ、実弾系の武器は効果が薄いから2人は敵機を牽制しろ、僕がトドメを刺す!」

 

「了解です!」

 

 2人のメガセリオンが弧を描く様に散開する、しかし敵も2人が牽制する為に散開したと分かると本命が此方だと直ぐに認識して接近してくる。

 

「実力は高い……けど、それなら!」

 

 バーニアで一気に間合いを取る、幾ら実戦慣れしているとは言え敵もこちらの機体性能が分からないのであればその実力を判断させる前に撃破すれば良いだけだ。

 

『なっ……速い……!』

 

「喰らえぇぇぇ!」

 

 ビーム・ルガーランスⅡで敵の装甲を貫くと同時に瞬時にビームでパイロットにトドメを刺す。

 かつて対艦、対MA用を主軸として開発された装備だが地上でも重MS相手に有効だと判断され対MS戦闘用に装甲破壊の威力はそのままにビームの出力を抑え継戦能力を上げた物だ。

 

「1機撃破!」

 

「隊長!敵の砲撃が来ます!」

 

「チッ……!全機シールドを構えろ!」

 

 シールドを構えると同時に榴弾の嵐が炸裂する、基地施設や防御しきれなかった味方のMSが次々と爆発する。

 

「クッ……ジオン残党はまだ戦争がしたいんですか!こんな……馬鹿げてる!」

 

 憤りを抑えきれず大声を上げるベアトリス。

 

「怒りは分かるが今は冷静になれベアトリス少尉!」

 

 だが彼女の怒りも分かる、一年戦争から三年も経ちジオン共和国もネオ・ジオン共和国も過去の因縁を必死に断ち切ろうとしている。

 あの戦争で地球連邦軍内部ですらスペースノイド全体的を蔑視する人間が増えて、ジオンとは関係の無いコロニー出身者ですら白い目を向けられる事もある、それはジオンに壊滅させられたコロニー出身者である自分ですらそうだったのだ、ジオン公国の残党軍がやっている事は今必死にスペースノイドの待遇を変えようとしている人達の努力を無碍にする行為だ、それを許せるほど僕達は愚かでは無い。

 

『連邦の新型か!死ねぇ!』

 

「やらせるものか!」

 

 敵のドムのヒートサーベルを避けると同時に蹴りつける、その瞬間敵にできた隙を見逃さずセレナ機が横転するドムに向けビームサーベルを突き刺す。

 

「この人達は……何処まで戦い続ければ気が済むのでしょうか……!」

 

 普段は冷静なセレナですら憤りを隠さずにいた。彼らの正義は一体何処にあると言うのだ、ジオン共和国やネオ・ジオン共和国の理念に賛同せず今なおギレン・ザビやキシリア・ザビと言ったザビ家の人間を信奉し続けている理由は何だ。

 

「僕達が……あの時見た可能性は……こんな未来じゃない!」

 

 ソーラ・レイでの最後の戦い、あの時ジオンと連邦は最後には互いに助け合っていた。あの時見た人と人の繋がりを……その暖かさを、尊いものとして心に刻んだのに……彼らはそれを……!

 

『グリム!立ち止まっている暇はありませんよ!』

 

「……っ!了解です大佐!」

 

 大佐のガンダムからレーザー通信が届く。

 そうだ、立ち止まっている暇はない。アンダーセン大尉を失ったあの人だってがむしゃらに前に進んでいる、僕達はあの人の為にその道を支え続けると決めたんだ。

 

「2人とも!このまま基地内部へと突入し味方の救援を開始する!基地内は敵と味方で混戦状態になっている可能性が高い、更に此方は鹵獲したMSを使用しているから目視で敵を判断せずIFFをしっかりと確認してフレンドリーファイアを防げ!」

 

「了解です!」

 

 基地のフェンスを壊し内部へと突入する、あちこちで爆発により破損したMSや基地施設の残骸が惨たらしく転がっている。

 

「酷いな……。」

 

「隊長!次の砲撃が来ます!」

 

「クッ……!」

 

 シールドを構えるとまた敵の砲撃が始まる、幸い大佐のガンダムが即座に砲撃機を狙撃してくれたお陰で被害は少なくて済んだ。

 

『救援か!?』

 

 トリントン基地所属と思われるジム改からの通信だ。

 

「こちらリング・ア・ベル隊所属ヨハン・グリム中尉、トリントン基地の救援に駆けつけました。本来なら試作機のテストで到着する予定でしたが。」

 

「リング・ア・ベル隊……?……ペズンのか!?救援に感謝する、俺はトリントン基地所属のサウス・バニング大尉だ。」

 

 交戦中ではあるが冷静さを失わない良い指揮官だ、大尉と言うからには一年戦争経験者だろう、そのベテランさが伝わってくる。

 

「現在の基地の状況が掴めません、敵はジオン残党軍だと思われますが彼らの意図は何なんですか?」

 

「先刻到着したペガサス級アルビオンに積まれていたアナハイムの試作2号機のガンダムがジオン残党軍によって奪取された。その試作機には核弾頭が装備されているとの事だ。」

 

「核搭載MSを奪われた……!?」

 

 この辺境の基地にこれだけの残党が押し寄せたのも理解できた、彼らは核を搭載した機体を奪って何かをするつもりなのか!?

 

「詳しい話は後にしよう、今はこの混乱を収めるのが先だ!」

 

「分かりました!僕達は引き続き敵機の迎撃に──っ!?」

 

 通信の最中新たな砲撃が基地司令部と思わしき建物を破壊する。

 

「しまった……!こちらバニング!マーネリ准将!基地司令部応答せよ!」

 

 ダメだ……あの攻撃では恐らく誰も生き残ってはいない、これで基地の統制は殆ど不可能になった。早く敵を制圧しなければ。

 そう思っていると大きな光が薙ぎ払うかの様に敵がいた方向へ放たれていく、これは大佐のガンダム……?いや……違う!?

 

 

 

ーーー

 

 

「一足遅かったみたいだアーウィン、トリントン基地の司令部は敵の攻撃でまともに機能しなくなったみたいだ。」

 

 緑髪の少年がアーウィンと呼ばれる男にそう伝える。

 

「構わんよ。そもそも新型機、それも核を積んだMSをまともな警備も置かず放置したツケが払われただけだ。」

 

 一年戦争が終わったと言え、未だ公国軍残党の数は遥かに多く呑気に平和に浸っている余裕は無い。みすみす敵にMSを奪われる様な体制を取っていた危機感の薄い司令官のいる基地など遅かれ早かれこうなっていただろう。

 

「どうする?奪われたガンダムの方を追うかい?」

 

「いいや、まずは俺達の実力を敵にも味方にも知ってもらうとしようじゃないかレイ。……味方などいるのか分からんがな。」

 

 黒いガンダムが大きく飛び上がる、その見た目は重MSに分類される程の巨体であるが動きにはそれを感じさせない程軽快な動きを見せている。

 

「火器管制は任せたぞレイ、俺は操縦と近接攻撃に専念させてもらう。」

 

「分かったよアーウィン、敵機確認……薙ぎ払わせてもらう!」

 

 両肩部に装着されたビームキャノン砲が大きく左から右へと放たれて行く。1機、また1機と立て続けに機体が爆発していく。

 

「3機撃墜!これがガンダムの力だ!」

 

「雑魚を狩った所で箔は付かないぞレイ、問題はここからだ。」

 

 ビーム光の光に釣られたのかザクやドムが4機ほど此方に向かってきた。

 残党軍にしてはこの基地の襲撃にかなりの部隊を差し向けている、キシリア・ザビが生きている事や歴史が変わった事で残党軍の勢力図に何らかの変化が起こっているのか?

 

『ガンダム……!?一体この基地には何機のガンダムがいると言うのだ!』

 

『焦るな!あの機体、重MSの砲撃機と言うなら此方に利があるぞ!』

 

 2機のザクがマシンガンを放ちながら此方を牽制する、その隙にドムが近接攻撃を仕掛けるつもりなのだろうが……甘い。

 

「いつ誰がこの機体が近接攻撃出来ないと言った?」

 

 ザクのマシンガンを放たれる方向とは逆に避ける、此方に再度狙いをつければ更に逆に避けジグザグと移動しながら距離を詰める。

 

『は、早い!?』

 

「さよならだ!」

 

 ビームサーベルでまず一機目のザクを袈裟切りにする、その後更にもう1機のザクへ向かい同じ様に撃破する。

 

『くっ!化け物が!』

 

 2機のドムは一斉に此方に接近戦を仕掛ける、両サイドからのヒートサーベルの攻撃を両手のビームサーベルで受ける。

 

『これなら貴様も動けはしまい!』

 

「だから甘いと言っている。行けっ!ファング!」

 

 背中のウイングバーニアにもなっている装備から有線と共に射出された二基のファング()がドムのコクピットを背後から突き刺す。

 

『なっ……なんだ……これは……!』

 

「終わりだよ貴様らジオンは、惨めたらしく死んでしまいな!」

 

『くっ……ジーク……ジオン……!』

 

 ファングを抜くと同時に敵機から離れる、ドムは爆発し付近から敵はいなくなる。

 

「ふん、ジーク・ジオン……か、クソみたいな言葉を。」

 

「近くの敵は殆ど片付いたみたいだ。次はどうするアーウィン?」

 

「一先ずは基地の皆様と合流するとしよう、状況が沈静化したら奪われたガンダムを追撃しなければならないしな。……さて、此方の動きをちゃんと見てくれていたかなお姫様は?」

 

 

 

ーーー

 

 

「……っ。はぁ……っ!はぁ……っ!」

 

 眼前で起きている出来事に頭の中で整理が追いつかない。

 突如として現れた味方の識別コードを持つ機体、問題はその外観だ。

 

「ガンダム……。」

 

 その姿は数年前、ペズンで設計されていた機体に酷似し過ぎていた。

 そう……彼が最後に乗ったガンダム……。

 

「機体コード……《ガンダム ニグレド》。それに……あの動きは……。」

 

 失われた筈のガンダムの識別コード、そして彼が地上で最も得意とした戦法を使うパイロット……。

 

「ジェシー……?」

 

 赤と黒のガンダムが相対する、この出会いが一体この先の未来をどう変えるのか、今の私にはまだ何も分からずにいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 ガンダム追撃

 

 状況の落ち着いたトリントン基地で、慌ただしくも迅速に奪われたガンダム試作2号機の奪還の話し合いが始まる。

 

「こちらペガサス級アルビオン艦長エイパー・シナプス大佐だ。敵の襲撃で左舷エンジンを被弾、現在航行不可能な状態だ。」

 

「こちらはアマテラス級巡洋艦曙光の艦長アンナ・フォン・エルデヴァッサー大佐。こちらは目立った損害も無く、このまま核を積んでいると言う奪われたアナハイムのガンダムの追撃に当たります。」

 

「自分はトリントン基地所属のサウス・バニング大尉であります。我々トリントン基地のパイロットもガンダム追撃に加えていただきたい。」

 

「申し訳ありませんが曙光は実験艦である為これ以上のMSは搭載出来ません、陸路での捜索となりますが宜しいですか?」

 

「問題はありません、この付近の地理は熟知しています。上空と地上からであれば追撃も容易になるでしょう。」

 

 既に出立の準備を終えているのは流石だ、かなりの実力を持ち合わせていると言っても過言はないだろう。しかし……。

 

「しかしながらもう1機のガンダムも追撃に加わるのは容認し難いですね、乗っているのは本来のパイロットでは無いのでしょう?」

 

「ハッ、乗っているのは新米のテストパイロットであるコウ・ウラキ少尉であります。」

 

「他のガンダムまで奪われる事態は避けたいのです、ご理解頂けるとありがたいですが。」

 

「しかし敵の数は未知数ですエルデヴァッサー大佐。今は1人でも1機でも数は多いに越した事はありません。」

 

「私もバニング大尉の意見に賛成ですなぁ大佐殿。」

 

 突如通信に割り込みが入る、これはあの黒いガンダムに乗っているパイロットからだ。

 

「……貴方は一体誰なのですか?見た所この基地の所属でも、アルビオンの所属でも無いように見えますが。」

 

「おっと、自己紹介が遅れました。私はアーウィン・レーゲンドルフ、地球連邦軍から特務を請け負って此処に来たところだ。その為軍籍は存在しないが連邦軍からは佐官レベルの権限は与えられている、ワンマンアーミーとでも認識してくれれば良い。更にもう1人弟のレイ・レーゲンドルフも尉官待遇としてこの機体に同乗している、以後お見知りおきを。」

 

「アーウィン・レーゲンドルフ……。」

 

 一体彼は何者なのだろうか、機体にしてもパイロットにしても不審な点は多いが。

 

「おっと、今はそれよりも奪われたガンダムを追う方が優先でしょう。既に他の基地からも追撃部隊が出ている、これにトリントン基地に集結したガンダムの力さえあればジオン残党がどれだけいようと物の数ではない。」

 

「私も彼の意見に賛成だエルデヴァッサー大佐、今は少しでも多くの機体で追撃をするべきだ。」

 

 シナプス大佐が彼の意見に乗る、確かに少しでも数は多い方が戦いは楽になるが……。

 

「悩んでいても仕方がないでしょう大佐殿、ジオンは待ってはくれないのですからなぁ。」

 

「くっ……分かりました、今より奪われた試作ガンダムの追撃を開始します。」

 

 押し切られる形で現在動ける全機での追撃となった、これが吉と出るか凶と出るか……。

 

 

ーーー

 

 

「隊長、あの機体……一体何なのでしょうか……。」

 

 一先ずの戦いを終え曙光へ帰投した僕達パイロットは、戦いの最中突如として現れたあの黒いガンダムについて語り始めた。

 

「分からない、だがあの機体コード《ガンダム ニグレド》は本来ペズンで造られる筈だったあの機体の名前であった筈だ。」

 

 ガンダム ニグレド、EC社で性能実証試験を行なっている最中に事故により消失したと思われていた機体。あのアンダーセン大尉が最後に乗っていた機体だ。

 機体こそあの時とは違い更に過重が増して基礎設計図には無かった装備が多数組み込まれてはいたが、それでも基本的な構造はあの時に考えられていた物を踏襲している。

 

 だからこそ、あの機体はおかしいのだ。

 

「今からブリッジに行って大佐にお伺いをするのはナンセンスでしょうね。」

 

「そうだろうねセレナ少尉、少なくとも僕ら以上に大佐の方が困惑している筈だ。」

 

 僕の頭の中ですら、あの機体に関して色々と考察できるのだ。

 機体そのものが奪われていたのか、ハッキングされていた設計図から完成させた物なのか、それともアンダーセン大尉が裏切っていて裏工作により何者かに機体と情報を売ったか……これは考えるだけ無粋だろうが。

 思慮深い大佐であれば更に色々と思い浮かぶ筈だ、だからこそ今下手にあの機体について触れない方が良いだろう。

 仮にも味方だと言うのなら、後で色々と分かる筈だ。

 

「今は気持ちを切り替えよう、僕達の今の主任務は奪われた核搭載MSであるアナハイムの試作2号機の奪還だ。」

 

「この霧の深さ……逃げるには打ってつけの場所ですね。」

 

「あぁ、更に待ち伏せするのにもね。敵は基地に攻勢を仕掛けた第一波ですら既存の残党軍より統制された部隊を送ってきた、なら退路の確保も万全を期している筈だ。」

 

「隊長、隊長。」

 

「何だベアトリス少尉?」

 

「……敵は何故ここまで用意周到に準備が出来ているのでしょうか?」

 

「……恐らくは君が考えている事も要因の一つにはなるだろうね。」

 

 何者かによる情報のリーク。これが無くてはここまでの数の部隊を流石に用意しないだろう。

 敵は最初からこの日にトリントン基地に新型の核搭載用MSが到着し、更に核装備を終えていると確信していたからこそ基地を攻めてきたのだ。

 となると内通者が何処かにいると考える方が普通だ、問題は一体誰がどの程度の情報を提供しているかだ。更に言えばスパイは1人だけとは限らない。

 

「ふぅ……一兵卒が考えるには難し過ぎる案件ばかりだな。」

 

「ベアトリスの言も確かに気をつける必要はありますが今は敵への対処が第一優先ですね隊長。」

 

 こうやって話の流れを戻しパイロットに必要な事だけを考えさせてくれるのはセレナの良い所だ、生真面目と言うより自分のやるべき事にしっかり専念する心掛けがある。

 

「あぁ。この濃霧もそうだが敵はある程度の地理を把握していると言っても過言ではない、アドバンテージは敵の方が大きいと思え。」

 

「しかもこの辺り、岩場が多くて敵が隠れるには持ってこいですものね。」

 

 ベアトリスの言葉に頷く、敵も退路に選ぶだけあって元々入り組んだ地形が多いこの土地で更に要衝を抑えている。

 

「岩場もそうだが、この周辺は沿岸部に近い湿地帯だ。足が取られる可能性もあるのも忘れるなよ。」

 

「岩場だけならデブリで慣れてますけど湿地かぁ……、足回りのセッティングも気をつけないとですね。」

 

 細かい部分は機械に任せるより自分で手動調整する場面が多くなる、敵の練度を考えると一瞬の隙が命取りになるだろう。

 

「幸い僕達は1人じゃない、トリントン基地の部隊も追撃に参加する。彼らはこの地を熟知した強者だ、胸を借りるつもりで戦いに挑もう。」

 

「はい!」「了解です!」

 

 

 

ーーー

 

 

「先程はありがとうございましたバニング大尉。」

 

「何の事だ?」

 

「このガンダムで追撃を許してくれた事です。」

 

「エルデヴァッサー大佐に1号機まで奪われる可能性があると言われた事か?別にお前を庇った訳ではないぞウラキ。」

 

「えっ……?」

 

「確かに彼女の言う通り、敵が2号機だけ狙っていたと限らない場合は1号機にも目を付ける可能性は高い。その時ヒヨッコのパイロットが乗っていましたでは確かにリスクが高いと思うのは普通だ。仮に俺が彼女の立場ならお前が追撃に加わるのを良しとしていなかっただろうな。」

 

「では何故……?」

 

「その場合は今の俺の立場の人間がお前を立てるだけだウラキ、周囲にとってはお前はただの新米のテストパイロットだ。だが俺はお前の日々の模擬戦を常に見ている、その実力もな。だから俺はお前ならこの追撃に参加しても問題無いと思ったから参加させる様に頼んだんだ。実際にお前はその機体を無難に使いこなしているじゃないか、なら下手に他の機体に乗っているパイロットを乗せるよりリスクは下がる筈だ。」

 

 成る程、自分を庇った訳ではなくちゃんと状況を正確に判断した上での発言であったのかと感心する。

 

「大尉の言う通りだウラキ少尉。本当なら俺が乗ってやりたい所だが流石に慣熟訓練も無しに機体を乗りこなすのは難しいだろうからな。その点お前は機体構造を見抜くセンスがある、パイロットの実力としてはまだまだだがそこを大尉は高く評価しているんだ期待に背くなよ。」

 

「りょ、了解でありますアレン中尉。」

 

 期待に背くな……か、中尉の言う通り足手纏いにはならない様に気をつけなければ。

 

「そ、それにしても大尉。ジオンはまだこの近くに潜伏しているのでしょうか?」

 

 同僚のキースが不安そうにそう発言する。

 

「当然いるだろうな。敵は基地にあれだけの部隊を送ったんだ、退路を確保していない訳がない。」

 

「と、と言うことはまだこの辺りにもいるという事でありますか大尉!?」

 

「ピーピー騒ぐなキース。良いか勝敗はお前達がヒヨッコかどうかで決まる、安心しろいつも通りにやれば良いんだ。」

 

 いつも通り……訓練通りにやれば良い……、それは分かるけれどいざ実戦となったらそう冷静でいられるだろうか……?

 

「そうビビるんじゃない、その為に俺達がいるんだ。安心しろ、お前達を死なせたりはせんよ。それにあのリング・ア・ベル隊もご同行してるんだ胸を借りるつもりで行け。」

 

「リング・ア・ベル隊……。」

 

「お前達は知らんだろうが彼らは俺の命の恩人みたいなもんだ、ア・バオア・クーでの戦いでジオンがソーラ・レイというコロニー兵器を使ったのは知っているな?」

 

「は、はい。コロニーを改造した戦略兵器があったのは士官学校の教本で教わりました。」

 

「あの時俺はア・バオア・クーで戦っていた、戦況はかなり苦しかったがそれでも俺の隊は1人も欠けることなく戦い続けそして勝利した。だがその戦いの裏ではサイド3本国でソーラ・レイの破壊に少ない部隊で尽力した彼らがいたんだ。もしも彼らがソーラ・レイを止めなければ2射目が放たれた時に俺は死んで今ここに俺はいなかっただろうな。」

 

「そんなことが……。」

 

 バニング大尉が命の恩人と言うことも頷ける、彼らが間接的に大尉の命を救ったという事か。

 

「彼らのMS操縦センスは中々の物だ、お前達も負けずと頑張るんだな。」

 

「了解です大尉!」

 

 そう答えると同時に紅いガンダムが濃霧の中上空を飛び去って行く。

 

「あのガンダム……この霧の中を飛んで行くのか……。」

 

 下手をすれば岩場に激突する可能性があるがそこは自信があると言うことだろうか、大尉の言っている通りかなりの実力を備えていそうだ。

 

「……!バニング大尉!アレン中尉!て、敵の反応です!」

 

 キースが大声で叫ぶ、モニターから複数の敵機の反応が表示される。

 

「よし!キースはアレンに!ウラキは俺に着いてこい!敵を各個撃破する!この濃霧だ、同士討ちだけは避けろよ!」

 

「了解!」

 

 奪われた2号機もこの戦いに参加しているのか?色々な考えが頭を巡るが今は目の前の敵を叩くのが優先な筈だ……!

 

 

 

ーーー

 

 

「トリントン基地部隊、敵との交戦を確認!」

 

「曙光からは援護できん、グリム隊を派遣しろ!」

 

 この濃霧で計画性も無しに発砲すれば確実に味方を巻き込む、そうでなくとも敵の動きの分からない中で下手にこの艦の位置を晒す訳にもいかない。

 大佐が出撃した今、艦を指揮する者として最善の手を打ち続けるのが私の義務だ。

 

「グリム隊出撃後、艦の高度を上げ敵の脱出源を探る。各員警戒を厳に敵を逃すことのない様に務めよ。」

 

「了解!」

 

 考えろ、敵の狙いは何だ?奴らは核弾頭を装備したMSを奪った、その後の狙いは?

 まずはその核弾頭を使い何らかのテロ行為を行うつもりなのは明白だ、となると次は何処に対してそれを行うかだ。

 考えられるのは地上であればジャブロー、連邦軍の本拠地であるのだから狙う可能性は非常に高い。だがジャブローは広大で闇雲に核を放った所で効果は薄い、敵がジャブローの司令部の位置まで明確に把握しているなら可能性は高いが今の段階では可能性としては高くないだろう。

 

 次に考えられるのは宇宙、公国軍残党であればサイド3のジオン共和国やサイド8のネオ・ジオン共和国を狙う可能性も高い。彼らは奴ら公国軍残党からすれば袂を別れた裏切り者である筈だから恨みから狙う可能性も薄くはない。

 

 ……可能性としては宇宙に上がる確率の方が高いか、となると脱出経路にはHLVやコムサイと言ったものを用意している筈だ。しかしこの地形、沿岸部にも面している事から海路での逃走も考えられる。

 

「逃走手段は多い、やはり計画性を持った作戦か……。」

 

 残党軍というより、これは最早一つの勢力と言える。今までの小規模な部隊レベルの行動ではなく、一定の規模を持った勢力による線密に計画された軍事行動だ。

 

「高度上昇後、曙光は地上の熱源探知と海路での回収艇の捜索にあたる、各員戦闘の援護が出来ない分を敵の逃亡を防ぐ事で挽回するぞ!良いな!」

 

「了解!」

 

 

 

ーーー

 

 

「うわぁぁぁ!来るな!来るなぁぁ!」

 

 トリントン基地所属の機体から悲鳴の様な叫びが聞こえてくる、交戦状態に入ったと言う事だろう。

 

「今は……敵のコムサイを発見する事が優先……。」

 

 ジェシーの残した記録によれば、敵は万全を期していればコムサイを、それが駄目であるなら潜水艇を利用して逃亡すると言っていた。

 この状況なら……曙光を見送った後に演習という名目で現在地球の衛星軌道上に待機させているリング・ア・ベル隊旗艦であるアマテラス級のフラグシップであるアマテラスに敵が飛来した所を迎撃させれば良い筈だ。

 敢えて逃せば敵が合流する前にコムサイを叩ける、そうなれば奪われたガンダムを悪用されずに済むのだから。

 

 だが問題はそんな事は私以外の誰も知らないと言うことだ、ジェシーの予言を信じている私だから考えられる事で他の全員にはこの機体を奪う理由が何なのか知る由もない。私がここでコムサイを見逃そうと言った所で分かってはくれないだろう。

 

「ジェシー……私はどうすれば……。」

 

 ここで敵を倒せるのであればそれで良い筈だ。問題は私に敵を倒すだけの力があるかどうかだ。

 

「やってみせる……。」

 

 例え彼が示した未来が変わるとしても……彼との最後の繋がりが絶たれるとしても、より良い未来を作る為にはそれが一番の筈なのだ。

 

 そう思っていると開けた地形に到着する、コムサイで離脱するのであればある程度の滑走距離が必要になる、だとすればこの辺りに待機していてもおかしくはないが……。

 そう思っているとビーム光が横を掠める、これは……!

 

『チッ!連邦軍め、ここを嗅ぎつけたみたいだ!』

 

『慌てるな。まだ少佐が気取られた訳ではない、落ち着いて敵を対処せよ。』

 

『了解!』

 

「ゲルググの陸戦タイプ……!?」

 

 大戦末期に開発されたゲルググであるが、少数の陸戦タイプも開発されていると報告されている。敵は残党と呼ぶには幅広く機体を揃えている、かなりの規模と言うのだろうか。

 

『ガンダムと言えど直撃させれば!』

 

「やらせません!」

 

 ビームライフルよる攻撃を回避する、しかし敵の動きがエース級ともなればフライトユニットで飛行しながらの戦闘は動きが単調になり読まれてしまう。ならば……!

 

『なに……!?装備をパージしたとでも言うのか!』

 

 フライトユニットをパージ後、一気にゲルググへと駆け寄りビームサーベルを振り下ろす。

 

「奪われたガンダムは何処にあるのです!答えさえすれば命までは取りません!」

 

『女だと……!舐めるなァ!』

 

 ビームナギナタでこちらの近接攻撃を器用に受け流す、やはり侮れる力量ではない……しかし!

 

『くっ……!パワーダウンしていると言うのか……!』

 

 こちらのビームサーベルの方が出力が高く、徐々にゲルググは押されて行く。

 

「これ以上はよしなさい!幾ら当時は新型と言っても、もう3年も前の機体なのです、貴方なら分かるでしょう!」

 

『チッ……ならばぁ!』

 

 ゲルググは抱きつく様に私のガンダムを束縛する。

 

「なっ……!」

 

『幾らガンダムと言えどこの距離から自爆されればどうしようもあるまい!』

 

 自爆……!彼らはそこまでしてこの計画を完遂させたいとでも言うのだろうか……。やはりギレン・ザビらの意志はまだ彼らに生きていると……!

 

『ジーク・ジオ───』

 

 自爆されるかと思いきや、ゲルググは動きを止める。そこには黒いガンダム……ガンダムニグレドが敵のコクピットをサーベルで貫いていた。

 

「危ない所でしたなぁ大佐殿。」

 

「アーウィン……レーゲンドルフ……。」

 

 この感覚、他の人に感じる感覚とはまた別の、懐かしい様でそうでない異質な物を覚える。彼は一体……。

 

「先にコムサイを撃破しておきましたよ大佐殿、敵は宇宙に逃げるつもり……なのかそうで無いのか、アレを見る限り私にも何とも言えない所がある。」

 

「アレ……?」

 

 ガンダムニグレドが指を伸ばした先には、まるで花火が打ち上がるかの様に飛び去って行くコムサイが数機、光を放っていた。内一機は曙光の主砲と思わしき光で爆散している。

 

「私の装備と言えどあの距離ではもう届かない。しかしおかしいですなぁ大佐殿、『記憶』によれば敵はコムサイを多数用意できる程には感じなかったのだが……。」

 

「……っ。」

 

 彼は……彼はジェシーと同じ様に未来を知っているとでも言うのだろうか……?『記憶』などと私に問い掛ける様に質問してくるあざとさに苛つきを覚えた。

 

「貴方は……一体何者なのですか!」

 

「クックック……私は私、アーウィン・レーゲンドルフですよ大佐殿。さて、味方と合流せねば。未だ敵と接敵していてもおかしく無いでしょう。」

 

 悔しいが彼の言う通りだ、敵は予想していたよりも多く今もまだ戦っていてもおかしくはない。

 

 

ーーー

 

 

『我々は三年も待ったのだ!』

 

「くっ……!」

 

 敵と接触し、その後コムサイを見つけ墜とした良いが2号機はコムサイにはおらず手痛い反撃を食らってしまった。

 

「大丈夫かウラキ少尉!」

 

「は、はい!」

 

 リング・ア・ベル隊のグリム中尉が援護に入る、しかしなお形勢は此方が不利そうだ。

 

「そのガンダムを奪い、何をするつもりだ!」

 

 グリム中尉の怒号が響く、彼らの目的は一体何だと言うのだ。

 

『貴様らに話す舌は持たん!自分の意志すら持たぬ者に!』

 

「お前達にそれが言えると言うのか!」

 

 中尉の機体がガンダムと鍔迫り合いを起こす、並のパイロットであれば撃破出来るほどの力量に見えるがあのガンダム相手にはまるで歯が立っていない。

 

『ほう、連邦の犬にしては良い太刀筋だ。名を聞いておこう。』

 

「リング・ア・ベル隊のヨハン・グリムだ!お前こそ何者だ!」

 

『リング・ア・ベル隊……?……!あのソロモンでドズル閣下を殺したペズンの魔女の部隊か!』

 

 そうだ、聞いたことがある。ソロモン攻略戦であるチェンバロ作戦でドズル・ザビを撃破したのはリング・ア・ベル隊の隊長であるアンナ・フォン・エルデヴァッサー、当時の中佐であったと。

 

『何という僥倖……!閣下の弔いに貴様らの首を頂く!このアナベル・ガトーがな!』

 

「アナベル・ガトーだと!?」

 

 アナベル・ガトー……!士官学校の教本で見た事のある名前だ、確かジオンのエースパイロットでソロモンの悪夢と呼ばれた……!それが僕達の敵だと言うのか!?

 2号機はサーベルとバルカンを駆使し中尉の機体を追い込み始めた、グリム中尉の機体が新型と言えどガンダムとの基本性能の差が現れ始めている、ならば!

 

「ウワァァァ!」

 

『チッ……!何度も邪魔を……!』

 

 マシンガンで2号機の猛攻を去なす、幾ら装甲が硬くとも当たりどころさえ良ければ……!

 

『ガトー少佐!ドライゼを待機させてあります!撤退を!』

 

『まだだ!敵はあのドズル閣下を殺した者達だ、このまま撤退など!』

 

『星の屑の為です少佐!』

 

『……クッ!仕方がない、撤退する!』

 

『ここはお任せを!』

 

 敵と合流した2号機は先程の威勢を見せず撤退を再開し始めた。

 

「逃げるつもりか!」

 

「行かせるものかぁ!」

 

『少佐の邪魔はさせん!』

 

 敵の重MSがこちらに突撃してくる。

 

「うわぁ!」

 

「避けろ!ウラキ!」

 

 敵を片付けて合流したバニング大尉のジムが庇う様に間に入る。そのまま敵と大尉は岩場にぶつかる。

 

「くっ……!」

 

『一機でも多く道連れに!死んでいった同胞の報いを受けろ!』

 

 敵がバニング大尉の機体を撃破しようとするも、紙一重でバニング大尉がサーベルで敵のコクピットを貫いていた。

 

「バニング大尉!お怪我は!?」

 

「くっ……足を負傷した……。俺の事は良い、早く2号機を追うんだ!」

 

「駄目ですバニング大尉、敵は既に……。」

 

 グリム中尉の言葉を聞くと同時に遠方から数機のコムサイが発進していた、敵は逃亡手段を幾重にも用意していたと言うことか……。

 

「……追撃は失敗した。」

 

 項垂れているとキースから通信が入る。

 

「コウ……!バニング大尉……!」

 

「キース!無事だったのか!」

 

「俺は無事だよコウ……でもアレン中尉が……!」

 

 キースからアレン中尉の戦死を聞く。多くの人間の命が失われた、ジオン公国残党軍は一体これから何をするつもりなのか、今の自分には何も分からずにいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 暴かれた真実

※今回原作キャラへのアンチヘイト的なかなり発言が多いです、この0083年編の2部は基本的に原作へのアンチヘイト要素が多くなりますので予めご了承しておいて欲しいのですが、今回はその中でも特に酷いと思うので気に食わないと感じたらブラウザバックを推奨します。




 

 奪われたアナハイムのガンダム試作2号機の追撃に失敗し、トリントン基地へ帰還した追撃部隊は疲労困憊の中、状況の整理と基地の修繕に取り掛かっていた。

 

『すまない大佐。こちらからはこれ以上の援軍は送れない、ジャブローはこの事態の重要性を軽視しているのだ。』

 

「ハッ、ご安心ください。我々アルビオンが敵の追撃を続けます。しかしコーウェン中将、あのアーウィン・レーゲンドルフと名乗る男とペズンのリング・ア・ベル隊は如何なさいましょう?」

 

『彼らの意志に任せたまえ、アーウィン・レーゲンドルフはジャブローから特命を受けている暗部の人間だ。それにリング・ア・ベル隊は独自の権限を持っている、私と言えど彼らの動きを制限出来はしないのだ。』

 

「分かりました、この件については彼らと協議し対応します。」

 

『頼んだぞ大佐、今は君だけが頼りだ。』

 

 通信が切れる、ジャブローの上層部は先の大戦の勝利で傲慢になりつつある、良識派のコーウェン中将が幾ら説得した所で無意味だろう。

 しかしどうするべきか、同じく新型ガンダムのテストに来ているリング・ア・ベル隊はともかくあのアーウィン・レーゲンドルフと名乗る男はあまり協力的には見えないが……。

 

 

ーーー

 

 

『という訳で打ち上げられたコムサイは全部ダミーだったよ隊長。連中は最初(ハナ)から宇宙に逃げるつもりは無かったみたいだ。』

 

「ありがとうカルラ、けれど敵がまだ宇宙に上がる可能性が無いとは言えませんよ。敵は我々の動きを線密に把握している可能性があります、となれば周回軌道にアマテラスを待機させていた事も知っていたかもしれませんから。」

 

『ってぇなるとアタイらがいなくなった後でパトロール艦隊の層が薄くなった時にでも宇宙に上がる可能性もあるって事か……そうなるとアタイらも手を出しようがないね……。』

 

「そうですね、敵がいつどのタイミングで宇宙に上がるかなど敵しか知りようがありません。アマテラスは所定の日時まで念のため待機してからペズンへ戻りなさい。」

 

『了解だよ隊長、他の連中にもそう伝えておくよ!』

 

 通信が切れる。結局打ち上げられたコムサイには最低限の人員だけが乗っていただけで奪われた試作2号機は恐らくは潜水艇での脱出をしたのだろう、今更それが分かったところで最早捜索は不可能だ。

 

「グリム、トリントン基地の状況は?」

 

「施設の大半がやられてしまってます、基地の機能は殆ど使えないと言っても過言ではないでしょうね。司令官だったホーキンズ・マーネリ准将も戦死されていますし壊滅状態です。」

 

「大佐、ジャブローのマルデン少佐から通信が届いております。」

 

「繋いでください。」

 

 通信手の言葉に応えるとモニターにウッディ・マルデン少佐が映る。

 

『エルデヴァッサー大佐、どうやら大変な事になっているらしいな。』

 

「はい。トリントン基地はジオン公国軍残党と思わしき軍勢により基地司令のマーネリ准将を始め施設も含めて大きな損害が発生しています。更にアナハイムで開発されていた核搭載型MSであるガンダム試作2号機が奪われアナベル・ガトーを名乗るパイロットと共に恐らく海中深くに身を潜めています。」

 

『アナベル・ガトー……ソロモンの悪夢か。すまないな、本来であればジャブローを始め連邦海軍総出で事に当たらねばならぬのだが上の連中はあまり乗り気では無い様だ。』

 

「そうでしょうね、事態の大きさよりもコーウェン中将の失態に対する批難をどうするかの方が重要でしょうから。」

 

 私から見ても戦術核を使用するというコンセプトは早計に思うところがある、それを責めるつもりはないが軍の幕僚達はこれを期にコーウェン中将の勢力を削ぐつもりなのが目に見えている。

 

『やれやれ、お偉方の思惑など現場には関係ないと言うのにな。』

 

「それで、敵の逃走経路について何か分かった事などはありますか?」

 

『恐らくはアフリカ大陸だろうとしか予測は出来なかった。あの地域は未だ多くの公国軍残党が潜んでいるし合流するのであればそこが無難であろう。勿論ジャブローの警戒もしてはいるが君の推測している様にこの広大なジャブローで敵が司令部を正確に探し出せるとるも思えんし、戦術核を装備しているとは言え残党の勢力で落ちるほどジャブローは防備は薄くない。』

 

 それはそうだ。敵がどれだけの規模かは分からないが当時の公国軍の規模を上回る事など不可能であるのだからジャブロー攻略は夢のまた夢の筈だ。

 となると彼らが狙っているのはジャブロー攻略ではなく、それ以外の何かだ。

 

「参考になりましたウッディ少佐、我々に通信する事すらリスクを負う行為ですのに。」

 

『なに、構わんよ。我々はあの戦いを共に駆けた同志だ。君達の困難は私の困難でもある、やれる事は惜しまず協力するつもりだ。』

 

「ありがとうございますウッディ少佐。それともう一つお聞きしたい事が。」

 

『例のアーウィン・レーゲンドルフと言う男についてか。すまないが私にも仔細はあまり伝わっていないのだが、どうやら連邦政府高官に雇われた機密諜報員ではないかと言われている。』

 

「機密諜報員……。」

 

『彼らは何らかの特命を受けて其処にいる筈だ、となれば労せず彼の目的は自ら告げるだろう。』

 

「了解しました。重ね重ねありがとうございます。」

 

『私は君達の武運を祈る事しかできない、厳しい状況だがリング・ア・ベル隊の健闘を祈る。』

 

 通信が切れる、ジャブローの中では派閥に属さないウッディ少佐ではあるがあの戦いで共に戦った私達には何かと手助けをしてくれる。有難いが権謀渦巻くあのジャブローで無理に私達を助け彼に不利な事にならなければ良いが……。

 

「大佐、これからどうしましょうか。」

 

 グリムの問いに考える。普通であれば奪われた試作2号機を追うべきではある、ただジェシーの予言通りであるならば敵はアフリカのキンバライト鉱山跡地を基地にし其処からHLVで宇宙に上がると言っていた。

 しかしキンバライト鉱山跡地などアフリカ大陸には至る所に点在している、そこから巧妙に敵の基地を探し出すのはまさに砂の中から金を見つける様なものだ。

 それを解決するには敵のスパイであるというアナハイムのスタッフを問い正すのが一番だろう。

 

「まずはアルビオンのシナプス艦長、それに奪われた試作2号機を開発したアナハイムのスタッフ達にも話を聞く必要があるでしょう。」

 

 そこで敵のスパイを炙り出せば良い、必要があるなら尋問すれば良いだけだ。

 

「エルデヴァッサー大佐、トリントン基地より通信。アーウィン・レーゲンドルフというジャブローからの特使がアルビオンとアナハイムのスタッフ、そして我々リング・ア・ベル隊に報告する話があるそうです。こちらへの会合を求めています。」

 

「アーウィン・レーゲンドルフが……?応じると伝えてください。」

 

「了解です。──、会合はアルビオンで行うとの事です。」

 

「了解しました。グリムとジュネットにも同行してもらいます。」

 

「ま、待ってくれアンナさん!アナハイムの人間も参加するのであれば私も行かせて欲しい。」

 

 アナハイムという言葉に反応したのは客人のアルベルト・ビストだ。確かにアナハイムに縁が深い彼は会合に参加できる立場ではあるが……。

 

「アルベルト様、これは軍の話し合いになります。幾らアナハイムに縁の深いビスト財団の貴方と言えど場違いとなる可能性があります。」

 

「むぅ……しかし聞かない訳にもいかないだろう。父や叔母にも報告しなければならないのだし。」

 

「御曹司としての役目を果たしたいと。」

 

「意地悪な言い方はやめて欲しいなアンナさん。そういう立場なんだよ僕は……。」

 

 彼の虚しそうな顔を見て、皮肉を言った事に反省する。

 自分でも変に苛ついているとそう感じている。原因はあのアーウィン・レーゲンドルフと名乗る男なのは間違いがない。

 彼には謎が多すぎる、存在そのものが怪しく感じてしまう何かがある。

 

「……申し訳ありませんでしたアルベルト様、不躾な言葉を放ってしまいました。」

 

「いや良いんだ。逆にそうやって媚びずに本心を告げてくれる方が僕は嬉しく感じるよ。……今まで僕の周りにはそういう人間はいなかったからね。」

 

 彼の言葉の意味を理解できる自分がいた、高い地位にいる者の子にかけられる言葉の多くは相手が意図せずともどうしても自分ではない誰かを意識した言葉になる。

 彼がビスト財団の御曹司として今までどれだけ俗人から下卑た言葉を聞かされていたかは想像するのは容易い。

 

「ではご同行しましょうアルベルト様。しかし軍の会合と言うのはお忘れなく、貴方はあくまで軍属では無いのですから。」

 

「あぁ、分かっているよアンナさん。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフは私達を集めて何をするつもりか、それが今から分かる。私達はアルビオンへと向かった。

 

 

 

ーーー

 

 

「基地の混乱も収まらぬ中、皆様にはお忙しい中わざわざ集まって頂き感謝します。」

 

 そんな気遣いを微塵も感じさせない口調からアルビオン内での会合が始まった。

 

「アーウィン・レーゲンドルフ。特使と呼んだ方が宜しいか。何故我々をここに集合させたか伺おう。現在我々は奪われた試作2号機奪還の為に急を要している、ここで無駄に時間を取られたくはないのでね。」

 

 シナプス艦長もそれを察したのか早々に話を打ち切りたく思っている。それだけ彼が人を小馬鹿にした態度を取っているという証左ではあるが。

 

「まぁ待ちたまえエイパー・シナプス大佐。まず私と弟が何故このトリントン基地に来たか、それこそ急を要する案件があったからなのですよ。」

 

「ほう、それは一体何か聞こうではないか。」

 

「まず第一に、何故昨夜このトリントン基地がジオン公国軍残党と思わしき軍勢に襲撃されたか、シナプス大佐やエルデヴァッサー大佐はどうお考えかな?」

 

「敵が何処からか我々の情報を入手し奇襲を仕掛けた、それだけでは無いと?」

 

「シナプス艦長、その情報を敵が何処から入手したかを彼は恐らく知っているので無いのですか。そうなのでしょう?」

 

 そう問いただすと彼の弟であるという緑髪の少年、確かレイ・レーゲンドルフと言っていただろうか、彼が喋り出す。

 

「僕達は数年前から連邦軍やそれに関連する企業や財閥などの内偵を行なっていた。勿論連邦軍からのお墨付きでね、ジオン公国はギレン・ザビの拘束、そして死刑によって事実上は壊滅したがキシリア・ザビがアクシズで新生ジオン公国を立ち上げ、更に連邦軍との共闘をしたとは言えザビ家であったガルマ・ザビがネオ・ジオン共和国を立ち上げている、戦争が終わったとは言え戦争の火種となる要因は多すぎる、それは分かるだろう?」

 

「えぇ、ギレン・ザビのシンパは未だ存在しているしアクシズに呼応する残党勢力も少なくは無いでしょう。」

 

 実際にジオン共和国やネオ・ジオン共和国に帰属しない軍勢は多く存在する、先の戦争での犯罪行為が理由である者もいれば、ザビ家の狂信者であったり連邦軍の支配を嫌う者であったり平和と言うには未だ遠いのが現実だ。

 

「こう言っては癪に触るかもしれませんがアナハイム・エレクトロニクスやEC社も調べさせてもらっている。両社ともジオニックというジオン公国の企業を買収しているのだから下手をすればジオン公国に起因する勢力と関わりがあってもおかしくはないとね。」

 

「……。」

 

 連邦政府がそれを懸念するのは理解できる、一企業がMS開発分野に参入すれば軍とのバランスに大きく揺らぎが発生するからだ。

 連邦軍に味方している内ならともかく、仮にもしも反連邦勢力と組めばそのパワーバランスはいとも簡単に崩れ落とす事が可能なのだから。しかし……。

 

「アナハイムとEC社の監視……!?幾ら連邦軍から許可を得ていると言ってもそれは許される行為ではないだろう!?」

 

「……すみませんが彼はどなたですかな?」

 

 アルベルトの怒号にアーウィン・レーゲンドルフが苛立った声をそう言った。

 

「私はアルベルト・ビストだ!アナハイムと縁のあるビスト財団の現当主カーディアス・ビストの息子だ!」

 

「軍属でない者に口を挟んで欲しくはないのだがな。まぁ良い、アルベルト氏よ確かに我々の行動は軍とアナハイム、EC社の関係にいらぬ亀裂を生む行為だ。しかしそれは両社とも()()()()()()()()()()()()()の話だがな。」

 

「何が言いたいんだ……?」

 

「簡単な話だ、アナハイム・エレクトロニクスもEC社も調べれば埃が出るという事だ。……レイ。」

 

「あぁ。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフがレイ・レーゲンドルフに何かの指示を送る。

 そしてレイと呼ばれる少年がアタッシュケースを取り出し机の上に置いた。

 

「僕達が数年かけて調べ上げた機密がこの中にある。その前に……アーウィン。」

 

「あぁ。まず一つ言っておく、我々がこの基地に来た理由……それはこの基地をジオン残党軍が襲う可能性があったからだ、残念ながら到着した時には既に手遅れだったがな。」

 

「何だと……!?つまり君はこの基地が攻撃を受けると事前に分かっていたと言うのか!?」

 

 アーウィン・レーゲンドルフの言葉にシナプス艦長が驚きの声を上げる。

 私も驚いていた、ジェシーの残した記録からそうなる可能性があると思っていた私ですら半信半疑であったのだから。それを突き止めていた彼の情報源とは一体……。

 

()()()()()()()()。」

 

「……!!!」

 

 彼の発した言葉に、同席していたアナハイムのスタッフが1人、異様な反応を見せた。

 

「嘆きの天使とはジオン残党軍が使うにしてはチャーミングなネーミングセンスだな。ロマンチストでも残党軍にいたか?ニック・オービル整備技師。」

 

「オービル……!?まさか貴方……!」

 

 女性のアナハイムのスタッフが驚きの声を上げる、ニック・オービルと呼ばれた男はパニックとなり部屋から逃げ出そうとした。しかし……。

 

「おっと、逃がさないよ。」

 

 レイ・レーゲンドルフが片手で彼の腕を掴む、オービル整備技師は引き剥がそうと暴れるが掴まれた腕は全く離れない。異常な程の力で掴まれている。

 

「な、なぜ……!俺のことを……!」

 

「簡単な話だ、言っただろうアナハイムもEC社も連邦軍の許可を得て調べていたと。頻繁に月で怪しげな連中と会っていた貴様の会話を盗聴させて貰っていたのだよ。肝心の襲撃日時までは掴めなかったがね。」

 

「くっ……!クソ……!そ、そうだ、俺はスパイとしてアナハイムに潜入していた。」

 

 諦めたのか項垂れる様に頭を下げて彼は自分がスパイだと認めた。

 

「賢いなニック・オービル、そうやってちゃんと罪を認めれば情状酌量の余地も与えてやれると言うものだ。」

 

「まさか……アナハイムから情報が漏れていただなんて……!」

 

 同僚であった女性スタッフもこれには驚きを隠せなかったようだ。それもそうだろう、今まで一緒に働いていた同僚がスパイだったと分かれば誰でもそうなるだろう。

 

「……?何を他人事の様に言っているんだニナ・パープルトン整備主任、貴様も同様のスパイではないか。」

 

「え……!?」

 

 アーウィン・レーゲンドルフの言葉にニナ・パープルトンと呼ばれた女性が驚く。

 

「ここにいる者は既に知っているでしょう。今回奪われたアナハイムのガンダム試作2号機、そのパイロットがソロモンの悪夢と呼ばれたアナベル・ガトーだと言うのは。」

 

「……っ。」

 

「我々の調査でニック・オービル以外にもスパイがいる事が判明していたのだよ。これを見たまえ。」

 

 彼がアタッシュケースを開くと其処には幾つかの資料が入っていた、その中の一つにニナ・パープルトンと呼ばれている女性と親しげに写っている男が1人……この顔は……。

 

「軍属なら一度は手配書などで見た事があるでしょう、この男こそがアナベル・ガトーなのですよ。」

 

「そんな……!嘘よ!確かに彼とは以前交際していたけれどある日突然いなくなって……!」

 

「そんな言い訳が通用するとでも思っているのか?情報によればこの試作2号機は本来様々な弾頭を使用するコンセプトで専用のバズーカを開発していたのが、いつからか核弾頭の運用に特化された機体に変更されたとなっている。君達2人がジオン残党軍の為にそうさせたのではないのか?」

 

「違うわ!私はそんなことは知らない……!」

 

「それにだ……今回奪われた機体に搭載された核弾頭がMk.82核弾頭だと言うのも仕組まれた意図を感じる。」

 

 Mk.82核弾頭……!?あれは形式上では戦術核ではあるが、その威力は戦略核レベルの筈……!

 

「知らない……!本当に知らないのよ!」

 

「それを信じると本当に思っているのかな?お前達2人は拘束させてもらう。」

 

 レイ・レーゲンドルフがニック・オービルを拘束すると、その後ニナ・パープルトンも拘束する。

 アナハイムから情報が漏れていた、これは確かにジェシーの言っていた話と合致する。しかし確かこのニック・オービルという男だけの筈だ。

 

「この件に関してアナハイムの罪は大きいぞアルベルト氏、まぁ貴方はビスト財団であるから責は問われぬだろうが、叔母であるマーサ・ビスト・カーバイン氏は連邦軍に事情聴取されてもおかしくない。」

 

「くっ……うっ……!そ、そもそもだ!新型のガンダムに核弾頭が装備されるだなんて、あんな機体を何故アナハイムが開発していたんだ!?僕は父から何も聞いていない!」

 

「アルベルト様、これ以上の発言は見苦しいだけです。口を慎んだ方がよろしいですよ。」

 

「しかしアンナさん……!僕は……本当に何も知らされていなかったんだ!」

 

「だから貴方は御曹司だと言うのです!今ここにある真実が全てなのですよ!目の前の現実を受け入れなければならないのです!貴方がビスト財団だろうとアナハイムと縁が深かろうと、その現実は変わりはしません!」

 

 目紛しく様相を変える場に、シナプス艦長が大声を上げる。

 

「痴話喧嘩と変わらぬ政治闘争は他所でやりたまえ!今は軍事行動中だ!」

 

「……申し訳ありません。」

 

 一度場が静まり返る。

 

「結論を言えば、今回の件はアナハイムに紛れていたスパイによる計画され犯行であったという訳だ。しかしながらシナプス大佐、貴方にも非がないとは言えませんよ。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフはシナプス艦長にも食いかかる。

 

「どういう事だ?」

 

「そもそも艦のセキュリティさえしっかりしていれば奪われる心配なんて無かったって事さ、そうだろアーウィン?」

 

「そういう事だ。すまないが艦の監視カメラを見させてもらった。昨夜のガンダムが奪われる直前のね、見たまえ。」

 

 そこにはトリントン基地のパイロットと思わしき青年が2人、ガンダムの前で何かを話している映像が映っていた。

 

「本来同じ連邦軍と言えど、管轄下ではない部隊の人間がこうも容易く機密の塊である新型機まで到着するのは……すまないがザル警備と言っても良いレベルだ。新造艦とはいえクルーの練度が足りていないのではないか?」

 

「ぬぅ……!」

 

 シナプス艦長が歯を食いしばってる。確かに幾ら情勢が安定しているとは言えこうも簡単に核搭載機に近づける状況だったのならその責任は大きいだろう。

 

「そもそもこのアナハイムとEC社の新型ガンダム開発計画自体がジオン残党軍に対する兵器供給なのではないかと言う疑問すらこちらは抱いているのですよ。アナハイムもそうだがEC社にも疑いがある。」

 

「……どういう事ですか。」

 

「待ってください、それなら僕達リング・ア・ベル隊も貴方に疑問があります。貴方達2人が乗っているガンダム、あれはペズンで数年前に開発されていたガンダムニグレドじゃないですか!貴方達が何故あの機体を!」

 

 疑問を呈した私の言葉の後にグリムが続く。

 

「グリム!口を慎みなさい!」

 

「……っ!すみません大佐。」

 

「いやいや、彼の疑問はもっともだ。我々の乗っているガンダムニグレドは正しく彼の言ったように数年前に君達が開発していた機体に間違いは無いのだからな。」

 

「……!それは一体どういう事なのですか……!」

 

「先程も言っただろう?この新型ガンダム開発計画自体がジオン残党に対する兵器供給ではないかと。この機体も同様だと言っているのさ。」

 

「何が言いたいのですか!」

 

「そう怒るな大佐殿。簡単な話だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだよ。」

 

 彼の言葉の意図する事……それはつまり……。

 

「もっと簡単に言おう。『リング・ア・ベル隊のジェシー・アンダーセン大尉はこの機体をジオン残党に与えようとしていた。』我々はそれを止めさせてもらったがね。」

 

「嘘を……嘘をつかないでください!彼はそんな事をする人ではない!」

 

「数年前のペズン周辺宙域にて、プロトタイプであったこのガンダムニグレドが襲撃された事件があっただろう?あれは彼による自作自演だと判明したのだよ。レイ。」

 

「あの時僕らはこの事件について詳しく調べていたんだ、あの宙域に漂流していたガンダムフェイス、あれはガンダムニグレドの物ではなく別の機体の頭部を使用した物だった。」

 

「馬鹿な、我々とてあの事件の事は事細かに調べた。あの当時現存するガンダムタイプは全てルナ・チタニウム合金の使用された機体ばかりで、あの時使用していたガンダムニグレドは実証検証の為のテスト機で使用されていた装甲の素材はチタン合金セラミック複合材だ。あの時発見されたガンダムフェイスは間違いなくチタン合金セラミック複合材が使用された物だった。」

 

 ジュネットが間に入り反論する。そうだ、仮に別の機体のガンダムフェイスだとしたらその装甲はルナ・チタニウム合金になる筈なのだ。

 

「そんなものは予備パーツで何とでもなるだろう?調査ではあの事件の前後に機体の設計図が一部ハッキングされていたとも聞く。ジェシー・アンダーセンが工作を行うには十分だ。」

 

「何を根拠に!証拠があるとでも言うのか!」

 

 激昂するジュネット、私もまた怒りを隠さないでいた。

 あのジオン公国……いや、ザビ家のやり方を憎んでいたジェシーが彼らを信奉する残党軍に与するなど有り得ないのは私達が一番良く知っている。

 

「ある。でなければ言うはずも無いだろう?すまないが意味もなく怒鳴らないで頂きたいな。苛つくのでね。」

 

 そういうと次は電子端末を取り出す、部屋のモニターに映像を投影させると其処には……。

 

 

 

『レイ!敵機と遭遇した、敵はジオン製MS……機種照合、ケンプファーと呼ばれる機体だ。カラーリングが既存の物と違う、応援を頼む。』

 

 恐らくはアーウィン・レーゲンドルフが乗っている機体のコクピットからの映像と音声、そこにはジオンの物と思われるMSとの戦闘が繰り広げられていた。

 

『分かったよアーウィン……っく!ビーム攻撃……!?ゲルググタイプもいるのか!?』

 

 間近に移るカスタマイズされたジムは弟のレイ・レーゲンドルフの機体だろうか?ビーム攻撃を受けるもまるで先読みしたかの様に綺麗に回避に成功している。

 

『待て……あの機体はなんだ……!あれは……黒いガンダムだと!?何故連邦軍の機体がジオンに味方を、ガンダムのパイロット!何故ジオンに味方をする!』

 

『……俺は過ちを正さなければならない……例えそれが誰からも認めなられなくとも……!』

 

 この……声は……。

 

『貴様は何者だ!』

 

『俺は……俺はジェシー・アンダーセンなんだ……!俺が……!』

 

 そこで通信は途切れ、その後の映像は彼ら2人とそれに対するガンダムニグレドを含めた敵機の2機との対決が続く。

 最終的にガンダムニグレドはその後彼ら2人のコンビネーションに耐え切れずに最終的に機体を捨てケンプファーと共に去って行く姿を最後に戦闘記録の再生が終わった。

 

「と、ご覧の通りだ。この戦闘はペズンとルウムの間にある宙域で起こったものだ。我々が推測するに彼は自作自演で事故を演出し、ガンダムフェイスを捨てる事で自分の生死を偽装した。その後仲間と合流して新型機と共に逃げ去ろうとした所を偶然にもジオン残党の調査任務中であった我々と遭遇したと判断している。」

 

「嘘よ……そんな……。」

 

「認めるしかないでしょうねアンナ・フォン・エルデヴァッサー大佐、彼は連邦軍の裏切り者でジオン残党軍と内通していた。我々はその後この機体を報酬として連邦軍から譲り受け改造させてもらったのだよ。」

 

「な、なら何故大尉が連邦軍を裏切っているとリング・ア・ベル隊に報告が無かったんですか!それはおかしいですよ!」

 

「ヨハン・グリム中尉、我々がジェシー・アンダーセンというリング・ア・ベル隊のエースがこの事件に関わっていると知った時にまず判断したのはこの事件が彼個人を原因に発生したものか、或いはEC社やリング・ア・ベル隊も含めた連邦軍への背信行為であるのかだ。リング・ア・ベル隊やEC社も関与しているのであれば連邦軍の大スキャンダルになる、精密に対応する必要があった訳だ。」

 

「くっ……。」

 

「安心したまえ。調査の結果、その後のリング・ア・ベル隊やEC社には連邦軍を裏切る素振りは全くなく、ジオン残党に対しても並々ならぬ成果を上げていた君達は連邦軍を裏切るとは判断されなかった。つまりはあの事件は彼個人が起こした物だと──」

 

「それ以上はやめてください!!!」

 

 嘘だ、そんな事は絶対に、彼は絶対に私を裏切る訳がないのだ、彼が残してくれた記録だって……。

 ……その記録も彼がわざと残していた物だとしたら……?彼が自作自演であの事故を起こし、私にあの記録を見せて……彼の予言だってジオンと手を組んでいれば蜂起の知りようはいくらでも……。

 

 違う……!彼は絶対に、絶対にそんな事をする人じゃない。仮にこの映像が事実だとしても、何かの理由がある筈だ。

 彼は私のフィアンセで、私の騎士なのだ。彼が私の名誉と誇りを傷つける真似は絶対にする筈がない。私がそれを信じないで誰が信じると言うのだ。

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー大佐、フィアンセがスパイだったと言う事実は受け入れ難いものかもしれないがこれが真実だ。」

 

「……。」

 

 私は大きく手を振って彼の顔に平手打ちをする、彼の仮面は取れその素顔が明らかになる。

 

「……挑発が過ぎたようですな大佐殿。謝らせてもらおう。」

 

 その素顔は顔面の上半分が焼けた跡を残す酷い姿だった。

 

「君のその顔は……。」

 

 シナプス艦長も驚きの声を上げる、私もその素顔が気になっていたがまさかこんな素顔だとは思いもしなかった。

 

「ソロモン攻略戦での名誉の負傷だ。一年戦争中は私もパイロットであったのでな。」

 

 あの戦いの……、あの戦争では多くの負傷者が出た。彼もその1人だったのだろうか。

 

「さて、色々と本題が逸れたがこの事態を引き起こした要因の説明は理解してもらったかな。アナハイム、EC社の一部のスパイがジオン残党軍と結託し新型ガンダムの強奪を目論んだと言う事だ。つまりこれ以降の追撃もスパイに情報が筒抜けになる可能性がある。」

 

「君の言う事実の真偽は正確に調べる必要性があるが確かに情報の漏洩は常に気を配る必要があると言う訳か。君はこのガンダム強奪事件に関してどう動くべきだと判断するのだね?」

 

「シナプス大佐、貴方達アルビオン隊は連邦軍の命令でガンダム試作機のテストに来た。機体のセキュリティの問題はあったが情報漏洩という点では危険性はないと私は判断する。このまま奪われたガンダム試作2号機の追撃をして頂けると助かるが。」

 

「無論だ。」

 

「しかしリング・ア・ベル隊に関しては容認し難く思う。先程も言ったが私はジェシー・アンダーセンがジオンと内通していたと判断している。この数年で動きが無かったとは言え生きていれば何か事を起こす可能性がある。そうなればかつての隊であるリング・ア・ベル隊に何かアクションを起こしてもおかしくはないのでね。」

 

 彼は……生きている。それが事実であるのなら嬉しいが、そうであるなら何故私の所に姿を現せてくれないのか……胸が締め付けるように痛くなる。

 アーウィン・レーゲンドルフの言葉が事実なのか、それとも嘘なのかは分からない。しかし私は軍人で、今やるべきことは彼の生存確認ではない。

 

「私達リング・ア・ベル隊はガンダムの追撃を再開します。これは貴方に止められようと我が隊単独でも行いますよ。」

 

「ジェシー・アンダーセンの件はどうするつもりで?彼がもしも生きて貴方に刃を向けたら、貴方は彼を討つ覚悟があると?」

 

 彼が私に刃を向ける、そんな事はあり得ない。しかしそんな事は誰も信じはしないだろう。

 

「その時は私が討ちます。それが隊を率いた私の責務ですから。」

 

「よろしい、ならばアルビオン隊とリング・ア・ベル隊でガンダムを追撃すると良いでしょうな。私には貴方達に指示する権限まではない。だが私も特命を受けているのでね、出来ればアルビオンと行動を共にしたいのだが。」

 

「私は問題ない。君はどうかなエルデヴァッサー大佐。」

 

「問題はありません。」

 

 完全に問題が無いとは言えないが今は奪われた機体の捜索が先だ。敵の狙いがジェシーの予見していた数週間後の観艦式であるのならその前に防がなければならない。

 

 私は彼を信じる、彼が私を信じてくれているように。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 先の見えない空の中で

 

 地球とルナツーを挟むラグランジュ3に位置するサイド8、ネオ・ジオン共和国1バンチコロニー『アルカディア』

 

「キャスバル、今大丈夫か?」

 

 ネオ・ジオン共和国、共同代表のガルマ・エッシェンバッハが執務室で執務中であった同じく共同代表であるキャスバル・レム・ダイクンに話しかける。

 

「構わないさ、何かあったか?」

 

 キャスバルは慣れない作業だったと言わんばかりに大きく背筋を伸ばし、立ち上がる。

 

「……例の件、進展があったみたいだ。」

 

「……そうか。」

 

 キャスバルは一度辺りを見回し、他の誰もいないかを確認する。

 

「人は既に下がらせてある。盗聴の可能性もない。」

 

「流石だなガルマ。それで、何があった。」

 

「連邦軍のオーストラリア方面にあるトリントン基地がジオン公国軍残党勢力によって襲撃を受けた。」

 

「オーストラリア方面?あそこは残党が拠点を構えるには……。」

 

「あぁ、ネオ・ジオンに合流し早期に降伏しているオーストラリア大陸にはまともな残党勢力はない筈だ。その筈だった。」

 

「だが結果的にそのトリントン基地は襲われたと言うわけだな。それでガルマ、例の件と一体どんな関係性があると言うのだ?」

 

「その基地ではEC社とアナハイムが各自で開発した新型ガンダムのテストを行う予定だったとの事だ。」

 

「ガンダム……。」

 

 執務室の窓から政庁の入り口に大々的に飾られて今では記念碑として鎮座している赤いガンダムを見つめキャスバルはそう呟く。

 

「そう、連邦軍そして我々ネオ・ジオン共和国の勝利の象徴であり、ジオン公国残党にとっては忌むべき機体だ。」

 

「だから公国残党が攻撃したと言うのか?」

 

「いや、問題はその新型ガンダムのコンセプトだ。戦術核を用いた拠点攻撃用MSとして開発されていたらしい。」

 

「核搭載型MSか……南極条約は失効したとは言えジオン共和国を含む三国協定ではそれに準じた条例が締結された、それを踏まえるとあまりよろしくないMSだな。」

 

 

 ジオン公国軍残党が連邦政府、ジオン共和国、ネオ・ジオン共和国の三国による協定で両共和国に帰順しない者に関しては正規軍としての扱いを受けない謂わばテロリストとしての認定がされた。

 しかしそれは正規軍ではないジオン公国残党勢力に関しては捕虜の人道的扱いも、核の使用も問題なく使用が可能になったと認識する事もできる。

 そうなればそれを理由にこの様な機体を開発する事も可能にはなるが、我々を含むスペースノイドの多くには、それらがいつ自分達に向けられるのかという不安を与えかねない諸刃の剣となる。

 ジオン公国が生まれた経緯を考えれば、同じ轍を踏む可能性があるその機体はあまりにも軽率だと言えるだろう。

 

「ここまで言えば分かるだろうが、残党軍は基地を攻撃しそのガンダムを奪った、そして連邦軍やリング・ア・ベル隊の追撃にも関わらずそのガンダムは逃げおおせたと言うわけだ。話ではそのパイロットは公国軍にいたアナベル・ガトー大尉だったと聞く。」

 

「アナベル・ガトー……。ドズルの麾下であったソロモンの悪夢か……。」

 

 数度しか顔を合わせた事はないが、パイロットとしての実力は折り紙付きだろう。リング・ア・ベル隊の面々と言えど相当分が悪い戦いとなった筈だ。

 

「しかしガルマ、それが『例の件』と何の関係がある?」

 

「例の機体がそのトリントン基地に現れたと。」

 

「……そうか。」

 

「どうするキャスバル。『箱』を開けるべき時が来たと思うべきか?アレは未だ開かれずに安置されていると報告があった。」

 

「いや、まだだろう。あれは『彼』がその時が来たら開かれると言ったモノだ。我々の手で開くべきでは無い。」

 

「しかし良いのか?危機的な状況に陥っているのであればアレは早くにでも開いた方が……。」

 

「だが、今より更に危機的な状況になる可能性もある。『箱』が開かれればそれも分かるだろう。『彼』が決めた刻を待つしか無い。」

 

 こちらとて今下手に動けば連邦軍に痛くもない腹を探られる事になりかねない。慎重に動かなくてはならないのだ。

 

「……実はその可能性も考えて『運び屋』の方に仕事を頼んでおいた。」

 

「彼らに?……良いのか?」

 

「あぁ。快く引き受けてくれたよ。今は『箱』の回収と機体の調達を頼んでいる。」

 

「そうか……。よし、彼らには『箱』の回収後ペズンに行ってもらう。」

 

「ペズンに?それこそ良いのか?」

 

「かなり厳しい賭けとなるがな。この選択が吉と出るか凶と出るかは『彼』の判断次第だ。」

 

「分かった、彼らにはそう伝えておこう。」

 

 下手をすればネオ・ジオンにも事が飛び火する事もあり得る。しかし少しでも良い方に事態が傾いてくれれば良いが……。

 

「また、戦争が始まる……。」

 

 地球圏はまた荒れるだろうという予感が、キャスバルに過ぎった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 地球連邦軍管轄小惑星ペズン基地、リング・ア・ベル隊用の専用ドックにてアマテラス級旗艦アマテラスにEC社所属リング・ア・ベル隊機専任技師長であるクロエ・ファミールが帰還したカルラ・ララサーバル軍曹を出迎えていた。

 

「ただいまセンセー。」

 

「お帰りなさいカルラ、お土産を早く確認したいわ見せてもらえるかしら?」

 

「あいよ。」

 

 そう言ってディスクをクロエに渡す、クロエは持っていた端末で中に入っている映像を確認する。

 

「……間違いないわね。ガンダムニグレドよ。」

 

 数年前にジェシー・アンダーセンと共に消えた筈の機体。それが眼前に映っている、その事実にクロエは息を呑んだ。

 

「図体はあの頃よりずっと変わっちまってるね?」

 

「基礎フレームはそのままでしょうけど、これルナ・チタニウム……今で言うガンダリウム合金ね、それが装甲に使用されているわ。」

 

「ってなると……一度大々的にどっかで改造してるって事かい?」

 

「えぇ。そうなるわね。」

 

「けどさぁセンセー、そんなことが出来るとこなんて……。」

 

「アナハイムくらいしかないわね。勿論連邦軍も関与してるでしょうけど。」

 

「ズバリと言うねえ、やっぱり技術屋としての見解かい?」

 

「えぇ、まず第一に背景の考察ね。報告によればこのニグレド、ジェシーくんが裏切った後で状況が危うくなったから機体を捨てて逃げたなんて与太話だったらしいけど……まぁ仮にその通りだったと仮定するわよ?」

 

「仮定でもシショーが裏切ったなんて考えたかないけどね……。」

 

「だから仮によ、それでこの機体を連邦軍から認可を得て報酬で受け取ったのが例のアーウィン・レーゲンドルフとかいうジャブローの内偵として、まずそのままジャブローで改造したとは思えないわ。」

 

「なんでだい?」

 

「まず改造資金よ、幾ら今回のガンダム開発計画で予算を認可したとは言えど連邦軍は潤沢な資金を持ち合わせてるとは言えない状況よ。そんな中でこれだけの機体を個人の為に装甲から装備まで改造するとは思えないの。」

 

「確かにそういえばそうだね、あの時だってニグレドの件で軍は開発資金を値切ってきたしねぇ。」

 

「その件は今は置いといて装備の面でもちょっとおかしいのよ。見て。」

 

 そう言うとクロエはトリントン基地襲撃時のガンダムニグレドの戦闘の光景を映す。

 

「凄いビーム砲だねぇ。ビームキャノンって奴かな、艦船の主砲並じゃあないか。」

 

「そこも凄いけど問題はこれよ。」

 

 場面が変わりドムが2機、有線から伸びた装備がドムのコクピットを貫き撃破している。

 

「センセー……こいつぁ……。」

 

「サイコミュ……。っぽいけど多分違うわ。」

 

「え?違うのかい、アタイはてっきりシショー達の話で聞いた奴かと。」

 

「えぇ。私も最初はそう思ったけど、よく見て。」

 

 コンマ送りで映像が送られる、射出された装備はそれ自体がバーニアとしての機能も果たしているのか単独で推進器としての役目も果たしている様に見える。

 それがまさにコンマ数秒置きに小さな噴出を何回も繰り返し、有線もまたその都度敵のコクピットへと細かに動きを変える。

 

「……これ、まさかとは思うけど手動でバーニアも有線も調整してないかい?」

 

「多分そうよ。この装備は恐らくサイコミュを再現出来なかったんじゃないかしら、それにしても地上で飛行させるだけの出力を持った小型のバーニアを、単独で開発した事自体驚きだけど。」

 

「それだけの装備を開発する資金を持ってるのは隊長の実家かアナハイムくらいかって事か……それにしてもこれを手動で動かすなんて本当に可能なのかい?こんな短い時間でバーニアの向きや出力、更に有線の調整もしなきゃならないだろ?これじゃあ脳味噌が幾つあっても足りないよ。」

 

「複座なのがその為なのか、或いは高性能な学習型コンピュータを搭載しているかその両方……或いは強化人間かニュータイプか……。」

 

「強化人間ねぇ……マハル孤児院の子供達を見たら確かにコンピュータ並の処理能力を持ってる奴がいてもおかしかないけど……。」

 

 一年戦争時にフラナガン機関と呼ばれたニュータイプ研究所で非人道的な実験が多く行われ、その中には超人とも言える様な肉体能力、反射神経を身に付けた者も多かったと聞く。

 ……しかしそれらの多くが薬物などの拒否反応で死んでしまったとも聞いたが。

 

「いずれにしても、この装備に関しては軍が接収したサイコミュ技術を参考にしてる可能性があるわ。それに一年戦争の時にだって有線でボールを動かして擬似的なオールレンジ攻撃が出来るようにって設計された機体もあったらしいし。」

 

「ふむふむ。センセーの所見は分かったよ。でさ、結局ニグレドに乗ってるコイツはなんなんだい?この動き、シショーにそっくりじゃないか。」

 

 地上でスラスターを使いまるでホバー移動の様にジグザグと移動しながら斬りつける攻撃をするガンダムニグレドの動きに、カルラ・ララサーバルはジェシー・アンダーセンの面影を写していた。

 

「これについては私も気になるわ。アマテラスのブリッジに行きましょう。曙光にはない高性能AIに判断を任せましょう。」

 

 アマテラス級のフラグシップであるこの艦には2番艦である曙光とは違い、ミズ・ルーツ博士が現在マリオン・ウェルチと共に開発中であるニュータイプアシストシステム、通称NT-Aで使用する為の技術を艦に応用して実装している。

 ニュータイプの動きを再現しパイロットを補助する為のシステムなのだが、そのままOSに組み込む事が今のEC社の技術では難しく、AIによって更に補助する形で現在開発を進めているのだがMSサイズで実用化させる為にまずテストモデルとしてアマテラスのメインコンピューターに実験的に高性能AIが設置された。

 その技術を応用する事でなんとかMSにも組み込む事が技術的には可能になったのだが未だシステム自体の開発は難航している。

 

 とは言えAIの知能は高くコンピュータとして計算に使うのであれば一級品なのだ。

 

「えーっと、ジェシーくんの戦闘データはっと……。」

 

 端末からデータを移しガンダムニグレドの戦闘の光景をAIに読み込ませる。

 ニグレドの方はルベドから観測された戦闘風景のみなので精度は荒いが、それでも挙動のクセからある程度の判別は可能な筈だ。

 

「さて……頼むわよメルクリウス。」

 

 メルクリウスと名付けたAIが起動し、高速で計算し続けている。

 本来なら艦隊運用の面で敵の動きを予測したり今まで行われた戦闘から敵の行動を予見し回避運動を行うのが主目的なのだが物は使いようだなとクロエは思った。

 

『照合が完了しました。機体コード【ガンダムニグレド】の戦闘から算出されたモーションパターン94580通りから71327の動作がジェシー・アンダーセンと合致しました。コンピュータは様々な要因を考慮し、約71%の確率で本機のパイロットがジェシー・アンダーセンと判断しました。』

 

「……!?」

 

「センセー……コイツ壊れてる訳じゃあないだろうね?」

 

「馬鹿言わないでよ、アンナちゃんがどれだけこの子にお金注ぎ込んだか分かるでしょ……?けど、流石におかしいわね。」

 

「最後の通信で今回のシショーのスパイ疑惑、そして事件の時にニグレドに乗ったシショーと戦ったって言うアーウィンなんたらってのとの戦闘映像の記録が渡された時にグリムが言ってたけどさ、隊長が仮面付けてたそいつの顔を引っ叩いた時に仮面が外れて、ソイツの素顔は上半分が火傷の跡だったって言ってたよ、もしかしてソイツはシショーなんじゃないのかい?」

 

「それだったらアンナちゃんもグリム君もジュネットも気づいてるわよ、顔や声が変わってたとしてもその人が持つ雰囲気は早々変わるものじゃないわ。それにアンナちゃんが彼を見誤るとでも思う?」

 

「そりゃ、ないね。」

 

 即答するカルラに同感だとクロエも頷いた。

 

『クロエ技師長。』

 

「何かしらメルクリウス。」

 

 突然AIであるメルクリウスから呼びかけられる。自立した人工知能を持っているのである程度の会話も可能なのだがやはり機械から呼びかけられるのは慣れていないのか少しの驚きがあった。

 

『先程渡されたデータに一部改竄の跡が見受けられました。改変前のデータの再現は不可能でしたがご確認なさいますか?』

 

「ん、何処かしら?」

 

『こちらの映像に改変された痕跡があります。』

 

 それはペズンでの事故の直後に発生したと言われる、アーウィン・レーゲンドルフが弟のレイ・レーゲンドルフと共にガンダムニグレドと戦闘をしている場面だ。

 

「ちょっと待って。メルクリウス、これが改竄されているとするとこの戦闘自体が行われていないという事?」

 

『現在の情報からでは判断不可能です。』

 

「貴方はどう感じる?それを聞かせて。」

 

 機械の見識ではなく人工知能としての『人』に聞くようにクロエは問う。

 

『可能性としては【戦闘行動自体を改竄している】か【別々に行われている戦闘を繋ぎ合わせた】かです。このデータを改竄した人物は真実を隠す意図を明確に持っています。』

 

「……。」

 

 改竄した人物、例のアーウィン・レーゲンドルフと言う男しかいないだろう。

 彼がどの様な意図を持ち、この戦闘を改竄し真実を隠蔽したか。その真実次第では、彼の言っていたジェシー・アンダーセンの裏切り自体が嘘になる。

 

「メルクリウス。この改竄って貴方じゃないと見抜けないレベルかしら?」

 

『いいえ、ある程度の性能を持ったコンピュータであれば簡単に判別できるレベルの改竄です。』

 

 となると、相手は最初からバレる事を前提としてこの映像を用意したと言うことになる。

 しかし改竄前のデータの復元が不可能であるのなら如何に捏造された映像と言えどここからでは真実に至れない。

 

「ねぇカルラ、アンナちゃん達に連絡は?」

 

「無理だよセンセー。ここからピンポイントで曙光まで通信は難がある。それにしたって隊長達は今追撃任務中で下手に通信して敵に居場所を晒しちゃマズイよ。」

 

「はぁ……。ねぇカルラ?」

 

「なんだい?」

 

「貴方ってホント、戦闘に関する事だけなら的確過ぎる助言をしてくれるわね。さっきのニグレドの話でもそうだったけど。」

 

「ハハハ!なんだい?褒めても何も出やしないよ?」

 

「褒めてないわよ?」

 

 次にまともな連絡が取れるのがいつになるか分からないが、それならそれでこの案件を今のうちに突き詰めておいた方が良さそうだとクロエは感じた。

 

 何かが、始まろうとしている。

 

 

ーーー

 

 

「ガンダムルベド、間も無く偵察を終え帰投します。」

 

「分かりました。グリムには帰投後私と共にアルビオンへと出向してもらいます。そう伝えてください。」

 

「了解です大佐。」

 

 ジュネットに指示を与えるとアルビオンへ向かう為の準備を始める。

 

「ア、アンナさん。少し良いかな?」

 

「何でしょうかアルベルト様。」

 

 あの一件の後も、アナハイムの不祥事は叔母であるマーサに任せ、彼は未だ曙光にて我々と行動を共にしていた。

 

「いや、この艦に未だ同行させてもらっていることの感謝を伝えておこうと思ってね。」

 

「いえ、私としてはこちらが逆にアルベルト様に要らぬ不安を与えないかの方が不安です。アナハイムの一件はともかく、こちらは未だ不安な種を残している状態なのですから。」

 

「アンナさんのフィアンセ……ジェシー・アンダーセン大尉が裏切っている可能性の事かな?」

 

「はい。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフの言葉の全てを信じているわけではない。

 しかし対外的な印象は良くないのも事実だ。こちらが彼の裏切りはないと断言できる証拠など無いのだから。

 

「それについては僕自身の考えになるけど、無いと思っているよ。」

 

「……?何故ですか?」

 

「ん……。同じ女性に惚れた者同士としての勘だけれどね。貴方の様な人を裏切るなんて好いた人間なら絶対にする筈がないと思うんだ。」

 

 随分とキザなセリフではあるが、そう言ってもらって少し救われる自分もいる。

 

「ふふっ。アルベルト様、格好はついていらっしゃいますがお顔は赤いですよ。」

 

「むぅ……参ったな。」

 

 しかし彼の優しさに救われたのは事実だ、こうやって彼を信用してくれる人がいてくれるのであれば私も彼を信じて戦える。

 

「ありがとうございますアルベルト様、本当はそう言ってもらえるだけで私は嬉しいのですから。」

 

「彼の本意がどうであれ、生きているのであれば本意を聞ける筈だけど……僕はあのアーウィン・レーゲンドルフという男の言葉はあまり信じられない。」

 

「確かに彼の言動は人を逆撫でさせるような物が多いですね、連邦政府の密偵であるにしては個人的な私怨が見え隠れしているような……。」

 

 偏見もあるのだろうが、そう感じさせるくらいには彼の言動は何かに対する恨み辛みの感情を感じる。

 何が彼をそこまで憎しみに染めているのか……。

 

「エルデヴァッサー大佐、グリム中尉が帰還したとの事です。」

 

 女性士官がそう伝えてくると了承する。

 

「それではアルベルト様、私はこれで。」

 

「あぁ。……アンナさん、あのガンダムは絶対に見つけ出して止めなければならない、僕は何も出来ないけれどリング・ア・ベル隊の健闘を祈らせて欲しい。」

 

「ありがとうございますアルベルト様。」

 

 彼に別れを告げ、グリムと合流し小型の連絡機でアルビオンへと向かう。

 

 

 

「そうか、敵基地と思わしき場所は発見出来ず終いが……。」

 

 少し焦りを見せるように息を吐くシナプス艦長。

 既に捜索に数日を費やしているにも関わらず進展がないのだから焦る気持ちも分かる。

 

「この辺り、鉱山跡地は多くないとは言えそれでも少なくもありません。アナハイム側のスパイだったニック・オービルの言葉が真実だとしても探し出すのは中々難しいと思われます。」

 

 グリムの発言に頷く、ジェシーの予言通りニック・オービルは敵のスパイであり敵の潜んでいる地もアフリカ大陸のキンバライト鉱山跡地だと自白したが、敵もHLVを発射するまでは絶対に見つかる訳にはいかないだろう、痕跡を少しも見せる事なくこの地に潜んでいる。

 

「間も無くウラキ少尉のコア・ファイターも帰還する。そこで次の捜索範囲を──」

 

 シナプス艦長の言葉の途中で艦が大きく揺れる。

 

「何事だ!」

 

「まさか……敵の奇襲……!?」

 

 あり得ない話ではない、我々が敵を探すように、敵も我々を探している筈だ。

 いつ攻撃があってもおかしくはない。

 

「ち、違います!どうやらカタパルトデッキで着艦トラブルがあったようです……!」

 

 通信士の女性がカタパルトデッキの詳細を知ろうと通信回線を開くが怒号が大きく響いて内容が聞き取れない。

 

「僕が現場に向かいます。」

 

「私も行きましょう、何があったか見ておきたいですから。」

 

 グリムと共にカタパルトデッキへと向かう。そこには着艦したコアファイターが本来の着艦位置から大きく外れた状態で佇んでいた。

 

「何があったのです!」

 

「アンタ……いえリング・ア・ベル隊のエルデヴァッサー大佐!聞いてくださいよ!コイツら賭けのネタにウラキ少尉が上手く着艦できるかどうかを賭けて、挙句に基盤に細工までしたんですよ!」

 

 恰幅のいい女性整備士が怒りの声を上げる。彼女の指が示す先を見ると、今回のガンダム追撃の為にアルビオンに補充されたバニング大尉の元部下3人がニヤニヤと笑いながらコチラを見ていた。

 そしてその横には、着艦用のシステムを管理する基盤にトランプのカードが差し込まれていた。

 

「お前達……自分が何をやっているのか分かっているのか!」

 

 これに大声を上げたのはグリムだ。普段冷静な彼がここまで怒りを露わにするのも理解できる。

 下手をすれば機体……いや、パイロットやアルビオンクルーにまで被害が及びかねない行為だ。

 

「んだぁテメェ?問題があるならちゃーんと着艦出来なかったウラキ少尉の責任じゃあないのか?俺だったら誘導なんて無くても完璧な着艦が出来たぜ?」

 

「ふざけるな!お前達もパイロットなら誘導の無い状態での着艦がどれだけ危険か分かってる筈だろう!」

 

 胸ぐらを掴み怒鳴るグリムに、悪態を吐いた男が殴りかかる。

 

「男が気安く触んじゃねぇ!それにしたってテメェは俺より年下だろうが!先任の中尉に対して何様のつもりだ!」

 

「先任がどうだの話じゃない!」

 

「あぁ?しかもお前、その歳で中尉ってこたぁどうせ士官育成プログラムか何かで成り上がった甘ちゃんだろうが!偉そうな口を聞きやがって!」

 

 はぁ、と大きく溜息を吐く。

 一年戦争後、顕著となり始めた士官の質の低下、優秀な将校や士官の多くが失われてしまった事で一部ではこう言ったならず者の様な人間も出てくる。

 それを懸念したからこそ上層部に士官即成プログラムを提案したのだ、下士官でも優秀な人材は大勢いるのだから有効活用しなければと。

 

「おやめなさい。グリムの言は最もな事です、非は貴方達にあるのですよ。」

 

「なんだこのアマ?……へぇ中々の美人じゃねぇか。」

 

「モンシア、口を控えた方が良さそうだぜ。階級章をよーく見な。」

 

「あぁん……?な、大佐……?って事ぁ……。」

 

「リング・ア・ベル隊、隊長のアンナ・フォン・エルデヴァッサー大佐です。貴方達は上官に対しても非礼を行うつもりで?」

 

「い、いやぁそんなつもりは……。」

 

 しどろもどろになりながら後退りしていくモンシアという中尉。

 その時コアファイターのキャノピーが開きウラキ少尉が顔を出す。

 

「ウラキ少尉!大丈夫か!」

 

「え?グ、グリム中尉?は、はい少し気を失ってしまいましたが何とか。」

 

「ヘッ。甘ちゃんが、これが戦場だったら死んでたぞウラキ少尉よぉ?」

 

「お前……まだそんな事を!」

 

 再び口論になろうとするグリムとモンシア中尉、彼の態度もあるのだろうが彼らも彼らでここ数日の実りのない捜索でストレスが溜まっているのだろう、これ以上無駄な悩みの種を増やすよりはそれの解決へ向けて動いた方が良さそうだ。

 

「おやめなさいグリム、それにモンシア中尉も。モンシア中尉、ウラキ少尉やグリムの練度に不満があるのでしたらその実力を確かめて見たら如何ですか?」

 

「それはつまり模擬戦の段取りでもしてくださるって事でよろしいのでありますか大佐殿?」

 

 皮肉めいた物言いで下卑た微笑みを見せるモンシア中尉をあしらう様に頷く。

 

「えぇ、貴方達三人と此方はウラキ少尉にグリム中尉、後1人を用意して模擬戦をすれば良いでしょう。私はウラキ少尉やグリムの実力は知っていますが貴方達の力量はバニング大尉から聞いた一年戦争当時の実力しか知りませんから。その腕が錆び付いていないかも確認したいですからね。」

 

 皮肉には皮肉を返す、見ると青筋を立てて怒りを露わにするモンシア中尉がいた。

 

「へぇ……そりゃあ大層な事で……だったら早いとこ始めようじゃあないか。」

 

「おや、模擬戦だって?それなら僕も混ぜてくれよ。」

 

 新たにカタパルトデッキにやって来たのはジャブローからの特使、レイ・レーゲンドルフだ。

 

「何だぁテメェ……。」

 

「テメェと呼ばれる筋合いは無いよ、君とは違って僕は連邦政府から特命を受けている人間なんだ。」

 

「特命だか何だか知らねぇが大口叩いて後で泣いて謝っても許さねぇぞ!」

 

「弱い犬ほどよく吠えるって言うけどね。実力はそれなりだとこっちも良い暇つぶしになるんだけど、アーウィンは忙しくて相手にしてくれないからね。」

 

 この言葉には後ろに控えていた二人も苛立ちを隠せないでいた。年端も行かない少年から歴戦の戦士であると自負している自分達がコケにされているのだ。

 さっきは煽りはしたが彼らもあの一年戦争という激戦を誰一人落伍する事なく生き残ったエース達だ、実力もプライドも他のパイロットより高いのは間違いない。

 

「それではこの三人で模擬戦を行う事をシナプス艦長に進言してきます、作戦行動中ではありますが現場の士気に影響する事ですから艦長も許してくれるでしょう。グリム達は模擬戦にしようする機体を選定しておいてください。」

 

「了解です大佐!」

 

「見てろよ……俺達をコケにしてくれたツケは払わせてもらうからな……!」

 

 各々の感情が交差する中で、本来ならする必要のない模擬戦が始まろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 ダイヤモンドの意志

 

「良かったのでありますかグリム隊長?私とセレナのメガセリオンで?」

 

「構わないよ、わざわざガンダムを出すまでもないしグノーシスだって勿体無いくらいだ。」

 

 いつものクールは消え失せ、熱量を帯びたやる気を見せているグリムにベアトリスとセレナは驚きを隠せないでいた。

 

「セレナ、隊長やる気満々ね。こんな隊長初めてみたわ。」

 

「経緯を知れば当然じゃないかしら。私だって同じ事をされたら冷静ではいられないわ。」

 

 着艦妨害、下手をすればパイロットや整備クルーの命にまで関わる危険行為だ。

 それを歴戦のパイロットが賭けの為にやったと言うのであれば憤りを隠せないのも仕方のない事だろう。

 本来なら独房入りしてもおかしくはないが、それが見咎められる程度で済まされているのはひとえに連邦軍の人材不足が理由だろう。

 

「隊長のセッティングはOSの中に入ってますから細かな調節はお任せしますね。えっと、そこの貴方はどうしましょうか?」

 

 ベアトリスは自分よりも少し若く見える緑髪の少年レイ・レーゲンドルフに問いかけた。

 

「スタンダードの状態にしてくれれば後は此方で調整するさ。僕だってガンダムのパイロットなんだ。」

 

 自信があるのだろう、余裕の表情で機体に乗り込むレイ・レーゲンドルフ。

 続いてグリムもメガセリオン改に乗り込む。

 

「レイ・レーゲンドルフ、曙光を降りたら一度アルビオンのウラキ少尉と合流してミッションプランを考える、大丈夫かい?」

 

「レイで構わないよグリム中尉、長々しくて戦闘じゃ言いづらいだろう?」

 

「そうだね。じゃあレイ、よろしく頼む。」

 

「了解。」

 

 二機のメガセリオンが曙光から発進し、同じくアルビオンから発進したコウ・ウラキ少尉のガンダム 試作1号機と合流する。

 

「グリム中尉、お待たせしました。……すみません、自分のせいで中尉にまでご迷惑をお掛けしてしまって。」

 

「ウラキ少尉が謝る事じゃないよ、幾らバニング大尉の元部下だからってあんな横暴は許せたものじゃない。彼らには僕達だってやれるって所を見せなきゃならないんだ。」

 

「けど、自分の様な足手纏いがいて大丈夫でしょうか?」

 

「君はもっと自信を持った方が良い、バニング大尉だってトリントン基地襲撃の後でも君をガンダムのパイロットに引き続き推薦したんだ。ガンダムという機体に選ばれるだけの実力があるとバニング大尉も、そして僕も思っている。」

 

 少なくともニナ・パープルトンらアナハイムのスタッフが拘束されてアナハイムの管轄から外れた試作1号機がリング・ア・ベル隊のパイロットや今回赴任したバニング大尉の元部下らに配備されなかったのはシナプス大佐、エルデヴァッサー大佐、バニング大尉、グリム中尉らがウラキ少尉がそのままパイロットとして乗る事に異議を唱えなかったからだ。

 コンピュータの進歩によりある程度はMSの操縦の難度は下がったとは言え新型機特有のピーキーな操作性は一朝一夕で慣れるものではない、しかしウラキ少尉は自身のセンスというべきか、機体の構造を見抜く技術に長けているのか試作1号機を無難に乗りこなせている。

 本来であれば同等のバックパックを取り付けたジムに乗っていたディック・アレン中尉が乗るべきではあったが、彼は2号機の追撃で部下を庇い戦死した、だからこそウラキ少尉に継続してパイロットを続けてもらう事になったのだ。

 

「ありがとうございます!期待に応えられる様に頑張ります!」

 

「その意気だ。それじゃあまず簡単なミッションプランの説明に──」

 

 

 

 

「ヘッ、連中御大層に作戦会議でもしていやがるぜ。」

 

 モンシアは皮肉を吐く様に目前で待機している3機の機体を前に嘲笑う。

 

「しかしあまり舐めて掛からない方が良いんじゃないですかね。リング・ア・ベル隊といえば星1号作戦の時にあのソーラ・レイを止めた英雄ですよ。」

 

 チャップ・アデル少尉がそう懸念する。

 

「ハッ、経歴を調べたがアイツはその時伍長だったって言うじゃねぇか。どうせお溢れもらって即成で成り上がったお坊ちゃんに決まってらぁ。あの士官学校でぬるま湯に浸かって育ったウラキみたいにな。」

 

「モンシアの言う通りだぜアデル、俺達不死身の第4小隊が潜り抜けた戦場と比べたらヌルいもんだ。」

 

 アルファ・A・ベイト中尉もモンシアに同意する。一年戦争当時からザニーや鹵獲したザクⅡでの操縦訓練を、そしてソロモン攻略戦と星1号作戦を誰一人として落伍することなく駆け抜けたと言う事実は彼らに強い自信を与えている。

 しかし彼らはそれに先駆けてMSのテストをしていた第774独立機械化混成部隊がいた事実は知る由もない、彼らの当初の活動は殆ど知る者はいないのだから。

 

「それにな、模擬戦って言ったって()()は付き物だぜ、ヘヘッ。馬鹿な整備士が模擬弾と実弾を間違えて装填してました、とかな。」

 

 ジム・カスタムのライフルを見つめ、したり顔で笑うモンシアだった。

 

 

ーーー

 

 

「それでは模擬戦を開始します。ルールは簡単です、模擬弾は命中しそれが有効打となればその機体は敗北扱いに、近接格闘はサーベルが実際に出る事はなくデータ処理によって有効打の判定を行います。よろしいですね?」

 

「了解です大佐。」

 

「さっさと始めてくれってんだ!」

 

「……それでは模擬戦開始です!」

 

 模擬戦が始まると共にグリム達は一旦後退し距離を取る。

 

「ほう、まずは距離を取ってモンシア達の出方を窺うつもりか。」

 

 バニング大尉が松葉杖を突きながらブリッジから外を眺めそう呟く。

 

「えぇ、冷静に動きを判断し的確な行動に移るつもりでしょうね。堅実なグリムならではの動きです。」

 

 グリム達を追撃する様に動き始めるモンシア隊を目で追いながら話をする。

 

「しかしエルデヴァッサー大佐。この状況での模擬戦、単純に彼らのストレス発散だけという訳でもあるまい?」

 

 シナプス艦長からの質問、確かにそうだ。わざわざ彼らのストレスを和らげる為だけに模擬戦を許可した訳ではない。

 

「えぇ、我々にとってはただの模擬戦でも敵にはそうは受け取られないでしょう。この状況下でわざわざ私達連邦が模擬戦を行うとはジオン残党も思わないでしょうから、この模擬戦の騒々しさを何かと勘違いしてくれればとの一石ですよ。」

 

 私達が動いて反応しないのであれば、逆に此方が敵の思惑から外れた行動さえ取れば敵に何らかのアクションを起こせるかもしれない。

 それに……この模擬戦は一筋縄では行かないとの予想もある。

 

「ん……!?モンシアめ……!奴は実弾を使っていやがる!」

 

「何だと!?ライフルの弾は全てペイント弾に装填した筈だ!」

 

 慌てる二人に冷静に回答する。

 

「恐らくライフル自体を出撃前に差し替えたのでしょう。」

 

「エルデヴァッサー大佐!?まさか貴方はそれを知りながら……!」

 

 バニング大尉は驚いた表情でこちらに問いかける。

 

「えぇ、彼の性格ならそうすると思っていました。」

 

「何故です!?グリム中尉やウラキを危険に晒すつもりなのですか!」

 

「私は仮に実弾が装填されたとしても、グリムは負けないと信じています。それにウラキ少尉もガンダムという機体に選ばれたパイロットです、負けるとは思っていません。」

 

「しかし……。」

 

 目紛しく動き始めたMSを見つめながら、何かの転機が訪れないか……それだけを願った。

 

 

ーーー

 

「あぁぁぁーーー!ズルい!ズルいわ!」

 

「聞いていたよりも余程酷いみたいですね、アルビオンに配属されたベテランと言うのは。」

 

 曙光のブリッジで模擬戦を見学していたベアトリスが大声で叫び、セレナもまた呆れながら溜息を吐いた。

 

「落ち着け、グリムは早々負けたりはしない。」

 

「ジュネット大尉は冷静過ぎますよ〜!グリム隊長が心配じゃないんですか!?」

 

「あぁ、心配にはならん。」

 

 幾ら実弾とは言え、流石に向こうも直撃させるレベルの攻撃はしては来ないだろう。それをしてしまえば最早言い訳は出来なくなる。

 最悪の場合でも機体が中破するかしないかだろう。

 

 それ以前に相手がどれだけベテランと言われていようと、この様な戦い方をするパイロットに我が隊のグリムが負ける筈が無いと強く言える。

 

「すまないジュネット大尉、僕は連邦軍じゃないから分からないのだが……何故彼らはそこまで横暴が許されるんだ?軍規に逸脱した行為は処罰されて然るべきだと思うんだが?」

 

 客人であるアルベルト・ビストが問い掛けてくる。

 

「一年戦争以前なら、あの様な実力はあっても性格に問題のあるパイロットは良くて辺境勤務、悪ければ除隊させられていたでしょう。しかし3年前の戦争で多くの将兵が死に、現在でも連邦軍は深刻な人材不足なのですアルベルト様。だからこそ性格に問題があってもある程度の許容をしなければならない、それを抑えつけてしまえば本当の愚連隊と化してしまいかねないのが現在の連邦軍なのです。」

 

 一年戦争でミノフスキー粒子による電子機器の通信障害が多数発生し、人類の半数が亡くなると言う過酷な現実は連邦軍内部の統制にも影響が出ている。

 いつ、どごで、どの部隊の、どのパイロットが、どの様な状況に陥って、そして死んだのか行方不明になったのかが最早把握し切れなくなっているのだ。

 

 比較的早期に付近にいた部隊に救助されれば良い方だ。中には無人の島に漂着し救助を要請する事も出来ずにいた者もいれば、宇宙での戦闘で乗艦していた船ごと漂流する事になった者もいる。いや、今もまだいる可能性すらあるのだ。

 

 そんな状況下では残されたパイロットが人間としての質が悪くともパイロットとしての腕が良ければ重宝されるのも仕方のない事なのだ。

 今残っている人材を有効的に使わなければならない、連邦政府も軍も戦争に勝利はしたが既に世界を統制するという立場においては後退が始まっている。

 

「そんな事情があったなんて……宇宙(そら)で呑気に暮らしていては知りようもないな。」

 

「人は自分の領分の外は疎くて仕方がない事です。私とて宇宙に住むスペースノイドや月で生活するルナリアンの現実や心情を理解する場は少なく、彼らのような横暴をしてしまう可能性が無いとは否定できません。」

 

「……そういうものか。」

 

 他者を理解するだけの心の余裕が今の時代に生きる我々にあるのだろうか、アルベルト・ビストはそう考えながら目の前で起きている理不尽な光景をしっかりと目に焼き付けていた。

 

 

ーーー

 

「おやおや、まさか実弾を使ってくるなんてね。」

 

 レイ・レーゲンドルフは特に驚きを見せるわけでもなく、放たれた銃弾を的確に回避し続けていた。

 

「当たらなければどうと言うことはない!こちらのミッションプランに変更はない、良いなレイ!ウラキ!」

 

「は、はい!」

 

「わかってるよ。」

 

 3機は逃走するように後退していたのを一転、反転して3機が直線上に並ぶ。

 

「へっ!ジェット・ストリーム・アタックってか!?コロニー出身の宇宙人が考えそうな戦法だぁ!」

 

 モンシアのライフルによる攻撃が先頭に立つレイの機体へ向かう。それは構えられたシールドにより有効的な攻撃とならず、向かってくる3機はいつの間にか進行上の砂塵を利用し巻き上げながら移動する事で、簡易的な砂嵐を発生させモンシア達の視覚を塞ぐ。

 

「行けませんね、一度後退して出方を窺い──、!?」

 

 アデルの機体が大きく揺らぐ、グリムのメガセリオンがいつの間にか左方向へと移動してアデル機に大きく蹴りを仕掛けてきたのだ。

 アデル機は大きく転倒し地に伏せられた。

 

「まず1機!」

 

「調子に乗りやがって!モンシア!」

 

「分かってらぁ!」

 

 モンシア機からハンド・グレネードが投擲される。本来の装備では無いのに持ち出されているのは、つまり最初から使う事を狙っていたと言う事だ。

 

「クッ……!何処までも……!」

 

 ブースターを起動して背面へと大きく後退する、グレネードの爆発を確認し敵機へ向けてペイント弾を発射する。

 

「メインカメラに当たれば!」

 

「簡単に当たらせる訳がねぇだろ!」

 

 一進一退の攻防の中、ベイトのジムがグリム機に狙いをかける。

 

「後ろがお留守だぜ!」

 

「貴方もです!ベイト中尉!」

 

 ウラキのガンダム1号機がジムへ向かいペイント弾を放つ。

 

「チッ……!」

 

 有効打にはならなかったが油断した状態での攻撃によりベイト機に隙ができる。

 

「後は僕に任せろウラキ少尉!」

 

 レイのメガセリオンがサーベルを構える。モニター上ではビーム光と共に発振しているが実際は模擬戦上での演出として映像の再現がされている状態だ。

 これで直撃判定になれば自動的に機体が止まる仕様となっている。

 

「これで!」

 

 レイの言葉と同時にグリム機とモンシア機も互いにサーベルを構えて近接攻撃に入る。

 

「終わりだ宇宙人野郎!」

 

「やらせるか──、!?」

 

 互いの攻撃が当たる直前、自分達の物ではないバズーカ砲が地面で大きく爆発を起こした───

 

 

 

ーーー

 

 

 模擬戦が始まる数十分前、ダイヤモンド鉱山跡地を改修した基地の内部でアナベル・ガトーは基地の司令官であるノイエン・ビッター少将と酒を酌み交わしていた。

 

「どうかな少佐、この基地に残された最後のワインだ。」

 

「ハ、大変美味でありました。……申し訳ありません閣下、星の屑の全容をお教え出来ずにいるのに此処までの……。」

 

「それが作戦と言うものだ。万全を期すには機密は限られた者だけが知っていれば良い。」

 

「そう言って頂けると心が洗われます。」

 

「この基地も、ギレン総帥を救出するその時まで戦力を保持しておくべきと思っていたが、少佐の役に立てると言うなら幾らでも手を貸すさ。」

 

「閣下もギレン総帥はまだ生きておられると?」

 

「無論だ。監禁されているだろうと思っている、連邦もギレン総帥にはまだ利用価値があると思っている筈だからな。」

 

 ア・バオア・クーでの戦いで拘束されたギレン・ザビは公の発表では死刑が下され処刑されたと報道されているが、多くのジオン残党はそれを信じてはいない。

 戦後処理の面でもそうだが、多くの機密を知っているギレン・ザビを即刻処刑するのは明らかに早計であるからだ。上手く使えば……と思う派閥は連邦軍内でも大勢いる筈なのだ。

 

「しかし……これほどの基地を3年も維持されていたとは……お見事であります。」

 

「君達と同じだよ。『彼』が秘密裏にMSを我々に提供してくれた事。そして装備は統制や基地の把握をし切れなくなった連邦軍の基地から横流しさせてくれた事で我々は今なおこの基地を維持し続けられている。……パイロットまではそうは行かぬがな。」

 

「多くの同胞が連邦の悪政により亡くなりました。閣下達の無念もこの星の屑で晴らして見せましょう。」

 

「うむ、期待しているぞ少佐。」

 

 そう語っていると基地内が騒々しくなって行くのが2人に伝わってきた。何かが起こっている様だ。

 

「何事だ!」

 

「ハッ、付近でMSによる戦闘と思わしき銃撃音が多数!敵か味方かもまだ観測できず……!」

 

「アナハイムに潜ませていたスパイは捕われたと聞いたが……奴から情報を聞き出したか!」

 

「ガトー少佐、君はガンダムと共にHLVで宇宙(そら)へ戻りたまえ。ここは私達が死守する。」

 

「閣下、ここは私も出撃し連邦に打撃を与えてからでも……!」

 

「少佐、これは我々の運命を左右する作戦なのだ。万が一にも失敗は許されないのは君も分かっているだろう。」

 

「しかし……!」

 

「本懐を果たせ、ガトー少佐。それこそが我らジオンの崇高なる魂を継ぐ者の使命なのだ。」

 

「……了解致しました……!」

 

「各員へ、予定通りガトー少佐を宇宙へ上げる!MS部隊は偵察終了後敵へ奇襲を仕掛け基地から敵を遠ざける!HLV発射までこの基地が敵に気取られることが無い様にするのだ!」

 

『了解!』

 

 総員が慌ただしく各々の持ち場へと移っていく。

 

「ガトー少佐、これを。」

 

 ノイエン・ビッターはガトーに大きく輝くダイヤモンドを渡す。

 

「閣下、これは……。」

 

「この鉱山跡で採れた最後のダイヤモンドだ。我々が此処にいた、その輝きを忘れずにいてくれ。同胞達は死してなお君の中でダイヤモンドの様に輝いていることをな。」

 

「死してなおも輝く……。」

 

「行け、ガトー少佐。使命を果たすのだ、我々が生きた証を腐った連邦に見せつける為に!」

 

「ハッ……!御武運を!」

 

 

 

 HLVに向かうガトーを敬礼で見送った後、ノイエン・ビッターは部下であるヴァール大尉を呼び出す。

 

「大尉、今から私とMS部隊は敵へ攻撃を仕掛ける。ガトー少佐のHLVが発射されるのを見送ったら連邦軍に降伏するのだ。」

 

「閣下……!」

 

「何、連邦も非道ではない。降伏した兵にまで厳しく処罰はせんよ。許されるのであればジオン共和国やネオ・ジオン共和国への帰属を願い出るのだ……我々のエゴで部下には多くの苦労をさせて来たのだからな……。」

 

「閣下……。」

 

 ジオン公国は確かに敗北した、しかしその意志は形を変えて共和国となったサイド3やネオ・ジオン共和国が引き続き継いでいる。

 独立戦争を掲げた自分達の世代は決して連邦に属して未来を得ようとする彼らを受け入れられはしないが、若い世代はそうは行かない。道は多く示すべきが本来我々の役目だったのだとノイエン・ビッターは感じるのだった。

 

「私のゲルググの用意を!HLV発射まで敵を寄せつけてはならん!良いな!」

 

『了解!』

 

 独立を掲げ、その為に戦ってきた者の最後の戦いが始まろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 熱砂の中で輝くもの

 

「艦長!模擬戦中のモンシア機達に所属不明機による攻撃!」

 

 通信士がシナプス艦長に現状の報告をする。ブリッジが慌ただしくなるのを肌で感じた。

 

「クッ……まさか本当に敵が釣られるとはな。ミノフスキー粒子散布!モンシア中尉達を呼び戻せ!」

 

「私も出撃します、この艦にはまだ本来はバニング大尉の機体であった予備機のジム・カスタムとキース少尉のジム・キャノンⅡが残っています、私がキース少尉を率いてジム・カスタムで出撃します。」

 

 敵は誘いに乗った、しかしそれは敵もまた此方に誘いを仕掛けると言うことだ。

 恐らくアナベル・ガトーは宇宙へ上がる。その為に彼らは文字通り発射まで彼を『死守』するだろう。

 

「アーウィン・レーゲンドルフは何をしている?」

 

「既にMSデッキで待機中とのこと!」

 

「通信を繋げ!」

 

 モニターから仮面の男、アーウィン・レーゲンドルフが映る。

 

「私は先行して敵を叩きますよシナプス大佐。」

 

「了解した。敵を狙いは恐らく試作2号機を宇宙へ上げることの筈だ、その阻止に努めてもらいたい。」

 

「分かっている。しかしこのガンダム、複座なのでね、レイがいない分殲滅力は少し落ちる、あまり期待はしないで欲しい。」

 

「クッ……敵を釣ったは良いが裏目に出るとはな……。」

 

 それでも何もせずにいたよりはマシだっただろう。手を打たなければ敵は悠々と宇宙に向かっていた筈なのだから。

 

「曙光へ通信を、ジュネットに艦を指揮し敵にHLVなどの打ち上げの気配がないか調べながら戦闘をするようにと、MSはセレナをガンダムに乗せ、ベアトリスにグノーシスに乗り込むよう伝えてください。」

 

「了解です!」

 

 アルビオンの通信士に伝え終わるとMSデッキへと向かう、既にキース少尉と予備機のジム・カスタムは待機中であった。

 

「エルデヴァッサー大佐。よ、よろしくお願いします。」

 

「畏まる必要はありませんよキース少尉。焦る必要も。貴方は教えられた通りの動きをして敵を叩けば良いだけです。」

 

「は、はい!」

 

 ウラキ少尉も彼も、バニング大尉に鍛えられているだけあって実力は申し分ない。後はどれだけの場数と経験が踏めるかが重要だろう。

 

「アルビオンへ!アンナ・フォン・エルデヴァッサー、ジム・カスタム出撃します!」

 

 敵の狙いを阻止する、その為に出来ることを……!

 

 

 

ーーー

 

「アルビオンから通信!大佐はアルビオンのジムで出撃するとの報告!セレナ少尉がガンダムで出撃し、ベアトリス少尉はグノーシスに乗り敵の攻撃をせよとの事です!」

 

「新米2人にか……大佐も無理を言う……!」

 

 両機ともペズンでのテストで2人はある程度は乗っているとは言え、大佐やグリムほどの動きを見込むのは無理だろうと考える。

 しかし大佐が曙光に戻る時間を考えれば慣れない機体でも出撃させた方が得策だろう。

 

「2人に発進準備を進めさせろ、それとグリム達へ武装コンテナの投下も急げ、丸腰では流石に相手にならん。」

 

「了解です。ベアトリス、セレナ両少尉はMSデッキへ。整備クルーは武装コンテナの投下準備を──」

 

 敵も奇襲を仕掛けるという事はほぼほぼHLVなど打ち上げの準備は整えているだろう。となると早急に手を打たなければ。

 

 

 

「私がガンダムに……!?」

 

 MSデッキで通信を聞いたセレナ少尉は困惑する、同時にベアトリス少尉もだ。

 

「ある程度の慣熟は済ませてるとは言っても隊長の調整に合わせてるグノーシスに乗れるかなぁ。」

 

 ここにグリムやララサーバルがいたら恐らく叱られているだろう、それくらい気の抜けた心配をしているベアトリスにセレナも少し呆れていた。

 

「貴方は気が楽で良いわねベアトリス、カルラさんがいたらゲンコツの一つくらいはあったわよ今の言葉。」

 

「だってぇ、実際に本当の事じゃない。訓練で散々言われ続けた日々……忘れた訳じゃないでしょ?」

 

「……それでもよ。それに大佐もジュネット大尉も慣れない機体の私達に大きな期待はしていないわよ。やれるだけやる、分かった?」

 

「最悪逃げ回れば死にはしないって言ってたのはアンダーセン隊長だったわね……。よし!頑張りますか!」

 

 ベアトリスは心機一転し頬を叩くと先程までの憂いの顔は無くなっていた。

 

「セレナ・エレス、ガンダム ルベド出撃します!」

 

「ベアトリス・フィンレイ、グノーシス発進します!」

 

 十全には戦えなくとも、やれる事を最大限に果たす。それが今まであの人達に教えられた来た事なのだ。その教えはしっかりと受け継がれている。

 

 

 

ーーー

 

 

「グリム中尉!曙光から武装コンテナが投下されました!」

 

「確認したウラキ少尉!まずはモンシア中尉達の援護を──」

 

「その必要はねぇ!」

 

 モンシアから怒鳴り声にも似た声が響く。

 

「援護は一旦お前達が武装を回収してからだ!残弾は心元ねぇが俺はまだ実弾が残っているしアデルの機体はビーム・キャノンが使える、時間稼ぎくらいはしてやる!」

 

「……了解!行くぞウラキ、レイ!」

 

「はい!」

 

「あぁ!」

 

 実戦になるとやはり気持ちが切り替わるのか、モンシア中尉達は冷静な判断を指示してくれた。

 急ぎ装備を回収して状況を整えなければ、そう考えていると上空をガンダム ルベドが飛翔していく。

 

「ガンダム……!?誰が乗っているんだ……!」

 

 大佐はアルビオンにいる筈だ、となると新米2人の内どちらかだ。

 

「グリム中尉!3時方向からドムだ!」

 

 レイの言葉に反応し敵を確認する、武装はビームサーベルしかないが……!

 

『ここから先には行かせんぞ連邦軍!』

 

「通させてもらう!」

 

 地形を利用しバズーカを回避しながら接近する。

 

「援護しますグリム中尉!」

 

 ウラキがペイント弾で敵のメインカメラを狙う。そうか、ペイント弾でも視覚さえ塞いでしまえば!

 

『なに!?ペイント弾だと!』

 

「もらった!」

 

 ビームサーベルを敵機を貫く、これで武装コンテナまで到着する事が可能になった。

 

「よし!急いでモンシア中尉達の所に戻るぞ!」

 

「僕は先行したアーウィンの援護へ向かう。此処は君達2人で問題ないだろう?」

 

 レイは単騎で出撃したアーウィン・レーゲンドルフの援護へ向かうと言い出した。本来ならこの状況でチームワークを乱されるのは迷惑だ……だが。

 

「止めても行くつもりだろう?そもそも僕には君を止める権限が無いと。」

 

「あぁ、リング・ア・ベル隊の機体を勝手に使わせてもらうが、これも上層部からの命令と認識してくれて構わない。」

 

「なら行くと良い、敵を止めると言うなら分かれて行動するのも一つの手だ。」

 

「判断が早くて助かるよグリム中尉。安心してくれ、機体を傷付けたりはしないよ。」

 

 機敏にメガセリオンを反転させアーウィン・レーゲンドルフの元へ向かうレイを確認して、コンテナの武装を装備できるだけ機体に取り付ける。

 

「行きましょうグリム中尉、レイの実力なら大丈夫な筈です。」

 

「あぁ、今はモンシア中尉達の援護が先だ。」

 

 だがこれだけ混乱している状況で、果たして任務を遂行出来るのだろうか。

 その懸念だけが脳裏から離れなかった。

 

 

ーーー

 

 

「大佐!1時方向にドムとザクです!」

 

「了解です!」

 

 ジム・ライフルで敵機を牽制し、キース少尉が足の止まった敵機を砲撃で撃破する。

 ……トリントン基地でもそうだったが敵の規模は残党と言うには質が高すぎる。リング・ア・ベル隊が今まで掃討してきた公国軍残党勢力と言うのは物資に乏しく、殆どがザクを使用してそのザクすら碌に整備がなされていないと言うのが実状だった。

 だが敵の主力はザクの他にもドム、更にはゲルググすらいるのだ。『何か』がおかしい。

 早期に地上戦が終結し、ゲルググの配備は殆どが宇宙であった筈だ。実際に私もゲルググを確認したのはソロモン攻略戦が初めてだ。そのゲルググを何故地上の残党勢力がここまで保持出来ている……?

 

「大佐!敵機が!」

 

「……っく!」

 

 岩場の死角からザクがヒートホークで攻め立ててくる。何とか回避し撃破するが、無駄な雑念が多いようだ。隙が生まれ過ぎている。

 

「一先ずは落ち着かなければ……。」

 

 油断して勝てる相手ではない。更に敵はこうなった場合の対策は十全に取っている筈だ。打つ手を誤れば後手に回ることになる。

 

 考えなければ。敵はHLVを発射させる為に動いている、ならばこの敵の動きは……!

 

「アルビオン、曙光へ!敵MS部隊は恐らく私達を基地から引き離す為に動いています!敵の動きを推測し、敵基地の所在を──!?」

 

 通信の途中で異質な感覚が過ぎった、機体を急速に動かしビームライフルによるビーム攻撃を回避する。

 発射源を辿ると其処にはライトグリーンで彩られたゲルググが佇んでいた。

 

『優秀な指揮官と見た!我々の動きを気取るとは!』

 

「ゲルググ……!それにあれは……!」

 

 外付けのブースターが装備されている、陸戦高機動型とでも言えばいいか……恐らくはあれが指揮官機だ。

 

「ゲルググのパイロット!私は地球連邦軍、独立機動部隊リング・ア・ベルの隊長アンナ・フォン・エルデヴァッサー大佐です!私は無駄な争いをするつもりはありません、貴方達に投降を勧めます!」

 

 相手がギレン・ザビの熱狂的な信者であるのならともかく、話さえ通じる相手であるのなら、せめて交渉だけでも促すべきだ。

 無駄な血は流れない方が良いのだから。

 

『ほう、連邦にしては珍しい。少しは礼儀のある指揮官とお見受けした。私はジオン公国軍地球方面軍アフリカ方面司令のノイエン・ビッター少将である。残念だが現時点では我々は連邦軍に投降はしない。』

 

「現時点……では?」

 

『この基地の司令は私だ。私が生きている限りは兵に投降する事を許可していない!』

 

 言葉が終わると同時にゲルググはホバー移動で此方に向かい突撃してくる。ビームナギナタによる変則的な近接捌きに何とか対応し再び2機の間に硬直が生まれる。

 

「何故投降に応じないのですか!既にジオン公国は敗北し、総帥であったギレン・ザビは既に死亡しています!共和国となったサイド3やネオ・ジオン共和国に帰属する事も可能であるのに、何故!」

 

『簡単な話だ、ギレン総帥はまだ生きており我々の独立戦争は未だ終わっていないからだ!』

 

「世迷言を!」

 

 ジム・ライフルを放ち敵の無力化を狙うが難なく回避される。将校でありながらゲルググを駆る時点で油断ならない相手だとは思っていたが、実力もエース級と言っても過言ではないようだ。

 

『貴官は若いながらも大佐と言う身分だ。それにリング・ア・ベル隊と言えばガトー少佐から聞いたが3年前の戦争でドズル閣下を撃破した部隊の一つだったとも聞いている。だからこそ敢えて問おう、貴官ほどの実力や見識を持っている人間であれば分かるはずだ、連邦軍がギレン総帥を何の損得も無しに処刑すると本当に思っているのかと。』

 

「それは……。」

 

 あり得ない話ではない。ジオン独立戦争の首謀者であったとは言え、彼の持っている決して表舞台には出せない情報と言うのは多い筈だ。

 その情報を得ぬまま、全て知らぬままでギレン・ザビを即刻死刑にするのは確かに早計ではあった。

 

しかし彼の死を民衆の多くが望んでいた事でもあり、戦争を引き起こしその後の惨劇を招いた大罪は早急に死罪にするのも仕方のない事でもあったのだ。

 

「しかし……!根拠が無ければ所詮は仮定の話にしか過ぎません!」

 

『それもその通りだ。しかし貴官は不思議には思わないのか?何故ギレン総帥を失い、瓦解した筈の我ら公国軍がこれだけの軍を維持できているのかを!』

 

 一瞬の油断も出来ない攻防の中、彼は私に疑心の種を植え付けていく。

 

『我らがこれだけの機体を!これだけの装備を!何故保持できているのか!分からない訳ではあるまい!』

 

「くっ……!」

 

 考慮していない訳ではない。彼らの装備は真新しく、これらはジオン公国軍の鹵獲機を使用している我々が使っている装備と変わらない。

 それが意味する事……それは……。

 

【リング・ア・ベル隊のジェシー・アンダーセン大尉はこの機体をジオン残党に与えようとしていた。】

 

 アーウィン・レーゲンドルフの言葉が頭を過ぎる。あり得ない、そんな事は決してあり得ないのに……!

 

「例え内通者がいたとしても!」

 

 そうだ、仮に連邦軍内にジオン公国残党に通じる内通者がいたとしても、私のやる事は変わりない。

 より良い未来を作る為に、その為に最善を尽くすのが私の使命なのだ。

 

『流石は腐った連邦の中でも精鋭と言われるだけある!だが!』

 

 この地を熟知している彼の機体は異質とも言える機動で私の攻撃を避けて行く。アナベル・ガトーを逃すための時間稼ぎ、それが彼の今の役目の筈だ……ならば誘いに乗るのは早計……分かってはいる、しかし。

 

「大佐!援護します!」

 

「キース少尉……!?」

 

 キース少尉のジム・キャノンⅡが援護に入る、並のパイロットが相手であるならこの援護は助かるが、今は相手が相手だ。

 

『動きが甘い!脆弱な者ほど我先に死にたがるものだな!』

 

 ゲルググはキース少尉の攻撃をブースターを使い巧みに避け、徐々に接近して行く。

 

「キース少尉!後退を!」

 

「駄目です!間に合いません、迎撃します!」

 

 キース機はサーベルを構えゲルググの攻撃を何度か防ぐ、だが長い時間は持たないだろう。

 援護のMS部隊も現在多方面に展開している敵軍の対処で此方まで援護はできない、私がやらなければ……!

 

「ノイエン・ビッター少将!これ以上はやらせはしません!」

 

『来るがいい!我らが信念、受け止めて見せよ!』

 

 

 

 

ーーー

 

「アルビオン隊!装備を!」

 

 グリムがモンシア達と合流し、実弾装備の受け渡しを行う。

 少なくない数の敵がいたはずだがここまで持ち堪えられたのはひとえに彼らの実力の高さもあるだろう。

 

「旧式のドムやザク程度ならこのジムには相手にもならねえが。それよりも俺達はこれから何処に向かえばいいんだ!」

 

 ベイトが現在の戦況を確認する、ミノフスキー粒子も散布され碌な通信が出来ない状況では下手に部隊を動かせば奪われた2号機をみすみす見逃す事になりかねない。

 

「上空を飛行している曙光やルベドにレーダー通信を試みます。」

 

 曙光もルベドも、MS部隊との連携を重点的にしているので通信能力は高い、更に現在の戦域ならアルビオンに通信するよりも確実だ。

 

「ガンダムルベドへ、こちらグリム応答を!」

 

「グリム隊長!こちらルベド、現在敵機対応中!」

 

「ガンダムに乗っているのはセレナか!機体のデータリンクを送信してくれ、現在の戦況を把握したい!」

 

「りょ、了解です!」

 

 状況的に普段猪突猛進気味なベアトリスより冷静なセレナがルベドに乗るのは理に適ってはいるが、それでもベストな配置とは言えない、動きが辿々しくこれではフライトユニットの推進剤も通常飛行可能時間より早く枯渇するだろう。時間との戦いになってくる。

 

「戦況は……混戦しているか。」

 

 アルビオン周辺は大佐とキース少尉が恐らくは敵の本命と思われる部隊と交戦中だ、曙光周辺にも敵が増えておりベアトリスのグノーシスとセレナのガンダムで援護に回っている状態だ。

 こちらもこちらで少なくない敵がまだ潜んでいる、どう対応すれば……!

 

「隊長!大佐は最後に敵は基地から我々を引き離す為に動いていると言っていました!であるならば敵の基地は!」

 

「……そうか!敵の位置を逆算すれば……!」

 

 現在の各自軍部隊の情報と、敵の動きから大まかな推測を立てる。かなり雑な計算だが今はまだマシな方だろう。

 

「各機、ポイント更新!ここにいては敵の思う壺だ、強行突破でも敵基地への進軍を始める!」

 

「チッ!今はこれしか手がねぇってか!」

 

 愚痴を垂れながらも進軍を始めたモンシア隊と連動しこちらも動き始める、時間が間に合えば良いが……!

 

 

 

ーーー

 

「ハァ……!ハァ……!」

 

『くっ……!やはりドズル閣下を討っただけの実力はある……!』

 

 せめて機体がルベドであったなら……、そう言い訳をするように実力の差に歯を噛み締める。

 

『だが、これが我らが意地の見せ所なのだ!星の屑成就の為にここで斃させてもらう!』

 

「他のスペースノイドの信用を地に堕とすような真似事の何が意地だと言うのですか!」

 

『アースノイドには分からぬさ!独立を掲げ生きてきた我らの意志は!』

 

「時代は変わろうとしています!今もジオン、ネオ・ジオン共和国は連邦政府に頼らない方法で動き始めている、貴方達の独立は成し得て行くのです!」

 

『連邦の庇護の中での成長だ!今は良くとも再びまた連邦の圧政が始まるのは目に見えている!』

 

「それをさせない為に私は……!」

 

『貴官一人で何が出来る!』

 

 私一人で……、違う……!私には仲間がいて……ジェシーが、彼がいてくれる……!

 

「……っ!あぁぁぁぁ!」

 

 叫びにもならない声をあげ、振り下ろしたビームサーベルがゲルググを貫く。

 

『くっ……ガトー少佐……星の屑を、ギレン閣下を……頼む……。』

 

 機能を停止したゲルググを見つめ、空虚な思いを抱きながらも今はまだ立ち止まる訳にはいかない。

 

「……。っ、キース少尉!現在の状況は!」

 

「ハ、ハイ!モンシア中尉達が敵基地と思わしき鉱山跡を発見し攻撃を開始したとのことです!し、しかし敵のHLV射出の予兆が既にあるとの報告も来ています!」

 

「私達も急ぎ向かいますよ!」

 

「了解です!」

 

 時間を稼がれた、彼の真意は最後まで分からなかったがこの計画を完遂する為に敢えて命を捨てたのだ。それにどれほどの価値があると思っていたのかは知らない……けれどこのままみすみす見逃す訳にも行かないのだ。

 止めなければ、ジェシーが予期した未来を回避する為に……!」

 

 

 

ーーー

 

 

「アーウィン、次の敵機だ!」

 

「分かっている。」

 

 ガンダム ニグレドのビームキャノンが敵を薙ぎ払う、地表ではビームはその威力が減衰するものだが高い出力はそれを感じさせない程の威力を見せていた。

 

「キリがないな、何故敵はこんなにも必死なんだいアーウィン。」

 

「それほど積荷が大事と言う事だ。この戦術核は奴等にとっての希望への布石なのだからな。」

 

 嘲笑うように皮肉を返しながらアーウィンは尚も襲い掛かる敵をその都度倒して行く。

 

「……そろそろか。」

 

 その言葉に呼応する様に地面が揺れ動く、HLVが射出される準備が整ったのだ。

 

「アーウィン!」

 

「ククク……分かっているさ、レイ。」

 

 迫り来る敵をレイに任せ、ガンダム ニグレドはバーニアを最大限に起動し大きく飛翔する。

 

「必要な事なのだ、本当の未来に辿り着く為のな。」

 

 飛翔を始めたHLVに、ビームキャノンを放つ。

 それらは全て、紙一重で当たらない。いや、最初から当てるつもりがないかの様にギリギリの所を掠めていった。

 

 

ーーー

 

「大佐!HLVが!」

 

 キース少尉の言葉の後に、HLVが徐々に打ち上がって行くのを確認した。

 

「アルビオン……、曙光の主砲は!?」

 

 艦船の主砲なら、当たりさえすれば打ち上げを阻止できる。しかし両艦共に主砲を放ってはいるが距離が離れすぎて当たるには至っていない。

 

「くっ……!セレナ!ルベドのビームライフルを!」

 

「大佐……!?りょ、了解です!」

 

 上空からも狙撃を敢行していたルベドから狙撃用のビームスナイパーライフルを受け取ると狙撃体勢に移行する。ルベドと違いジムには狙撃用のアシストシステムはないがやるしかない。

 

「ここで……止める……!」

 

 しかし、構えた先にはHLVとガンダム ニグレドが重なる様に射線に入り込む。

 

「なっ……!アーウィン・レーゲンドルフ!どきなさい!」

 

 しかし、通信は聞こえていないのか或いは無視しているのか。こちらの呼び掛けには応じる気配がない、HLVが更に飛翔すると同時にニグレドもまた上昇を続ける。

 

「お願いです……!どいてください!」

 

 これから先に起こる未来を回避する為に、今ここで撃たなければならない。

 その為には、彼ごと機体を貫いてでも……!そう思った時だった。

 

【駄目……彼を撃たないで。】

 

 かつて、私が命を奪ったニュータイプの少女、彼女の姿がニグレドと重なる。

 

「お願い……どいて……!()()()()!私に、撃たせないで……!!!」

 

 その言葉も届かず、結局HLVを狙撃することすら叶わず、白煙が空を突き抜けて行った。

 

「私は……私は……!ジェシー……!」

 

 機体の中で、涙を流す事しか出来ずにいる。彼の告げた未来を阻止する事が、あの人と私の最後の繋がりだとずっと思っていたのに。

 今はそれが信じられなくなってきている、その無力さにただ涙を流す事しか出来ずにいた。

 

 

 

「泣くな、アンナ・フォン・エルデヴァッサー……。全てはあるべき未来へ至る為だ。その為に今の私がいるのだからな……。」

 

 嗚咽が響く通信を聞きながら、誰にも聞こえない様な声量でアーウィン・レーゲンドルフはそう呟くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 暗礁に潜む影

 

「援軍がサラミス級二隻だけとはな……。」

 

 アフリカ大陸での一戦の後、宇宙へ上がったガンダム試作2号機の追撃の為、アルビオンと曙光は宇宙へと上がった。

 その追撃に連邦宇宙艦隊から送られたのはサラミス改級が二隻、連邦軍の事態への軽視は目に余るものだった。

 

「仕方ありますまい、連邦軍にとっては事態の収束よりも如何にこの件でコーウェン中将の勢いを削ぐかの方が重要なのですからな。逆にこの状況でサラミス級を二隻も派遣できたコーウェン中将の実力を評価するべきですよ。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフが皮肉混じりにそう発言する。

 

「軍閥政治などしている状況ではない、それが分からぬ訳でも無いだろうに……!」

 

「嘆いた所で仕方ありますまいシナプス大佐。今は敵の逃げ込んだ暗礁宙域をどう捜索するかが重要でしょう。」

 

「分かっている、しかしエルデヴァッサー大佐が本調子でない以上戦力は落ちる、それを踏まえてもこの暗礁宙域を捜索するのは困難を極める。」

 

「MS隊に影響が出なければ大丈夫でしょう。リング・ア・ベル隊は既に数年間彼女の指揮無しでも機能していたのだから。」

 

「うむ……、曙光へはユイリンとナッシュビルを両翼に従えてアルビオンに追従する様に伝える。」

 

 通信士へ指示すると大きく溜息を吐きながらシナプス大佐は物思いに耽る。

 

(敵の狙いはなんだ……?奪った試作2号機で一体何をするつもりだ。)

 

 未だ敵の狙いが見込めない状況に苛立つを募らせる。あの威力の戦術核弾頭であるなら一発で様々なテロ行為を行える。

 だからこそまずはその引き金となる2号機を奪還、或いは撃破せねばならない。ただそれだけの話すら今の連邦軍は渋っている。

 それが後々自分達の首を絞めると、分かっている筈なのに。

 

 

ーーー

 

 

「これがリング・ア・ベル隊のガンダムなんですねグリム中尉。」

 

「あぁ、ガンダム ルベド。実戦の最中で何度か見ているとは思うけど。」

 

「実戦の最中だとじっくり見る機会が無かったからなぁ、そうだろコウ?」

 

「あぁ、僕の乗っている1号機とはまた別の方向性で作られた機体だしなぁ。」

 

 曙光のMSデッキでウラキとキースにルベドを見せる、暗礁宙域の捜索は始まったがウラキの試作1号機は現在空間戦闘に適した状態では無い為、時間的に余裕がある事もあり連絡艇で曙光の見学に来ていた。

 

「RX-78 EC-02 ガンダム ルベド。正式な機体名称はこれだ。」

 

「機体自体は狙撃戦を重点的に置いてますね、専用のバイザーや光学センサーなどは戦争末期に生産されたジムスナイパーⅡを順当に進化させてる様に感じます。」

 

「……流石だなウラキは。確かにその通りだ、機体自体は一年戦争時に大佐が乗っていたフィルマメントとジムスナイパーⅡから得られたデータを発展させて各種機材のアップデートと高品質化させて基本性能を上げているだけだ。目新しい部分は少なく感じるだろうね。」

 

「はい。でもこの機体の本質は機体の基本性能というよりは狙撃機や指揮官機としての優秀さではないのでしょうか?地上でもそうでしたが、この機体から出される情報というのは凄く重要なものが多いですね。」

 

「あのフライトユニット?でしたっけ、あれも連邦で使ってるコルベットブースターより高性能な感じがしたなぁ。」

 

 ウラキもキースも、やはりバニング大尉に指導されているだけあって着眼点は良い。特にウラキは1号機でもそうだが機体の本質を見抜くセンスがある。

 

「ルベドの特質は各種センサー類や通信機器、そしてキースが言ってる様に独自のフライトユニットだ。ジオン製の技術も多数組み込まれたセンサー類にミノフスキー粒子下でも使用すること前提に造られていたジオン製の通信機器を更に強化している。更にバイザーに使用している光学機器もジオニックから得られた技術と連邦の技術をミックスさせた物を使用しているから狙撃以外でも射撃の精度は高いよ。フライトユニットはキースの言ったようにコルベットブースターを高性能化しルベド専用を前提として滞空性能の強化と狙撃時のブレを抑えるように各種スラスターを強化してあるんだ。」

 

「この曙光もそうですけど、未だに大艦巨砲主義の根強い連邦軍の艦船にしてはMS部隊との連携が重視されていますね。」

 

「あぁ、元々リング・ア・ベル隊は大所帯じゃないからね。機動性とMS部隊との連携を視野に造られた実験艦だ。勿論対艦戦闘も出来るくらいには主砲の威力は高いけど、基本は対空性能を重視している。」

 

「宇宙艦隊旗艦のバーミンガムとは真逆の発想って事かぁ。」

 

「違うよキース、設計思想自体はバーミンガム級と殆ど同じさ。ただ向こうはその運用方法が大艦隊の指揮艦だ。護衛は他の艦船やMSに任せて戦場の指揮を一手に担える。僕達の場合は指揮もしながら対MS戦闘もやる必要があるって事さ。」

 

「成る程……。少数の部隊だからこそと言う訳ですね。」

 

 ウラキもキースもうんうんと頷く、こうやって物分かりの良いパイロットと話をしているとこちらも楽しくもある。

 ベアトリスもセレナもそうだが真面目な人間の方が自分としても気が合う、そう感じているとその二人もMSデッキに現れた。

 

「あれ?アルビオン隊のウラキ少尉とキース少尉?」

 

「お疲れ様ですベアトリス少尉セレナ少尉。」

 

 互いに敬礼を交わしウラキ達が目を向けていたルベドに二人も視線を向ける。

 

「ガンダムを見にいらしてたのですね。」

 

 セレナがウラキにそう話かける。

 

「えぇ、僕の1号機は今はまだ空間戦闘向けじゃないと言われて。時間にも余裕があったので。」

 

「あのガンダム、確かバックパックがそのままメインスラスターとなる仕様上コアファイターの換装で地上仕様と宇宙仕様に変えられるんでしたね。ルベドのように外付けに出来れば良かったのでしょうけど。」

 

「と言う事はこのガンダムは地上での空戦用のフライトユニット以外にも?」

 

「えぇ、ジム・インターセプトカスタムなどに使用されていたフェロウ・ブースターのルベド仕様の物が。元々ルベドもニグレドもア──」

 

「セレナ。」

 

「す、すみません隊長。」

 

「……聞いてはいけない質問でしたか?」

 

「いや……、そうでは無いのだけどね。」

 

 少し言葉を濁す。この件については多くを語りたくはないが、せっかく聞いてくれているのだから少しは説明しなければならないな。

 

「深い部分はEC社の機密にも関わるから言えないけど、元々僕らの開発していたガンダムはどれもMS本体はスタンダードな物なんだよ。目新しい技術はそこまでない、強いて言えば全天周囲モニターの採用かな。」

 

 かつて自分が乗っていた試作型のジム改に搭載されていた全天周囲モニターのデータは、それを開発したテム・レイ博士に引き渡され連邦軍とアナハイムにも渡ったが機体も機材もそのまま博士が僕達への手土産として引き渡してくれた事でEC社でも全天周囲モニターの技術が引き継がれた。

 ルベドはその機体の特質上、全体を統括するのに全天周囲モニターの採用は不可欠だったので博士には感謝しかない。

 

「それを補うのがこの多種多様な兵装の付け替え……ということですか?」

 

「そうだよウラキ。僕の乗っているグノーシスもそうだけど、僕らは基本的に機体の拡張性を重視した機体開発を重視している。戦場と状況に合わせて適宜兵装を切り替え対応する、その為の雛形になるガンダム開発だったんだ。」

 

 状況に合わせた機動性のある兵装に切り替え、戦場をコントロールし的確に敵の指揮系統を崩すための狙撃機ルベド、単機で複数機を相手取る為に高火力の装備を付け替え圧倒的な火砲で敵を圧倒するニグレド、そして──

 

「とまぁ難しい話はここまでだ。ウラキもキースもそろそろ時間だろう、一度アルビオンに戻った方が良い。不測の事態になれば下手に移動も出来ないからね。」

 

「ハッ、ありがとうございましたグリム中尉!」

「ありがとうございました!」

 

 敬礼する二人にこちらも敬礼し、二人はアルビオンに戻る。

 佇むルベドを見ながら、大きく溜息を吐いた。

 

「それでセレナ、大佐はどうしている?」

 

「先日の件が影響しているのか……今も自室に。」

 

「……やっぱりまだ精神的に不安定だったみたいだ。」

 

 アンダーセン大尉がいなくなって数年、ようやく落ち着きを取り戻したかに見えたけれど、こうやって任務に支障が出るレベルで塞ぎ込んでしまうのは同じ連邦軍人に対しても良い反応はもらえないだろう。

 

「ジュネットはなんて言っていた?」

 

「一先ずはアルビオンのシナプス艦長の命に従い動くと。」

 

「それが良いだろう。指揮系統を無駄にバラつかせる必要もないからね。」

 

 これまでの戦いでシナプス艦長の実力の高さは分かっている、下手に大佐の指示のない状況で僕らが独断で動くよりはシナプス艦長の指示に従う方が確実だろう。

 

「それにしても暗礁宙域か……。嫌な記憶が甦るな。」

 

 かつてルウムの暗礁で戦った時を思い出す、スナイパー部隊との戦いで一時は本当に死ぬかと思ったほどだ。

 あの時、僕は……。

 

「アンダーセン大尉……。貴方が助けてくれたから、僕はこうして生きているんですよ。その貴方が本当に生きてまだこの宇宙(そら)にいるんだったら、次は僕が助ける番の筈です……。」

 

 二人には聞こえない様にそう呟く。

 彼が何故、僕達の前から姿を消しているのか。アーウィン・レーゲンドルフの言ったスパイ説が本当なのか、それともあの事故で死んでしまったのか、事実を知らなければならない。大佐の為にも。

 

 

 

ーーー

 

 

「ガトー少佐の2号機はどうか。」

 

 一面に広がるデブリの中に数隻の艦艇、そのブリッジで指揮を執る男が通信手にそう問い掛ける。

 

「先程回収艇が茨の園に到着したとの報告です。デラーズ閣下は数刻後、連邦政府に対して宣戦布告を行うとの事でした。」

 

「了解した。それまでの間、露払いをさせてもらうとエギーユ・デラーズに通信を入れておけ。……連邦軍の追撃部隊は?」

 

「ハッ、アフリカ大陸で確認されたペガサス級と新型の巡洋艦が確認されています、更にサラミス級二隻。」

 

「ふむ、聞いた通り連邦も積極的ではないようだな。此方としては都合が良いと言うことでもある。」

 

 男はしばし考え、それが纏まると指示を開始する。

 

「このまま微速前進し敵がエリアに侵入次第攻撃を開始する、此方の動きを気取られる様にエンジンは最低限の出力で動かす。噴出光を見せず移動せよと僚艦のムサイにも通達せよ。」

 

「了解しました。」

 

「さて各員へ、狐を狩るのが猟犬の役目だ。我々の飼い主に牙の一つでも見せつけてやらねば、いつお役御免を言い渡されるかも分からん。気を引き締めたまえ。」

 

 冗談を言ったつもりであったのだろうが、周囲の反応は焦りを見せるものが多く男はそれを見て笑うのであった。

 

「ふっ、連邦も連邦なら我々も我々か。」

 

 士気は高いがやはり気持ちが先行してしまうのだろう。だからこそ自分のように冷静に采配を下す者がいなくてはならない。

 男はそう感じならデブリの先にいるであろう艦隊に思いを馳せる。

 

「さて、戦争の英雄ガンダム……その実力を見定めさせてもらおうか。」

 

 ニヤリ、と男は笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

ーーー

 

 

「うーん……やっぱりバランサーの調整が必要かなぁ。」

 

 1号機のコクピット内で四苦八苦しているウラキに対し、同僚のキースは溜息を吐きながら話しかける。

 

「だからさぁ、今の1号機は空間戦闘に適してないって言われただろコウ?やるだけ無駄だって、何かあった時はバニング大尉のジム・カスタムを使えば良いだろ?」

 

「グリム中尉達にはああ言っだけどさ、コイツだって調整さえすればまだまだ戦える筈なんだ。……ここかなぁ。」

 

「やめとけってコウ。そもそも本来の整備スタッフのニナさんとかならともかくさぁ。」

 

「ニナ……ニナさんか。」

 

 作戦行動中の混乱もあって、現在アルビオンの独房にて軟禁されている彼女に話が聞ければ一番良いのだろうけれど難しい話だろうなと思った。

 スパイ容疑は晴らされていないが、ニック・オービルという整備員と違い彼女は敵の行動などのまともな情報を持ち合わせていなかった。

 勿論全てが事実では無かったり隠していたりすれば分からないけれど、敵に利用されていたという可能性の方が高いと思われているらしい。だから監禁ではなく軟禁で済まされているのだ。

 

「一度会ってみようかな?」

 

「おいおい、冗談は勘弁してくれよコウ〜!?流石に艦長や大尉に叱られるに決まってるぜ!?」

 

「ははっ、分かってるよ。流石に無理だって────!?」

 

 話の最中、突然艦が大きく揺れる。これは……!

 

「て、敵襲!?」

 

『総員、第一種戦闘配置!繰り返します、第一種戦闘配置!』

 

 敵襲だ!暗礁宙域に敵が潜んでいるのは予測はされていたが即座にこちらを狙ってくるなんて……!

 

「コウ!俺は自分の機体に行くからな!」

 

「あ、あぁ!気をつけろよキース!」

 

 自分に出来ること……!バニング大尉用の予備機のジムで出撃するしか……!

 

「ウラキ少尉!このジムは今は出撃できないよ!」

 

 モーラ中尉から注意を受け立ち止まる。

 

「そんな、どうしてですか!?」

 

「今の衝撃で機体のシステムにエラーが発生したんだよ!出撃までは少し時間をもらわないと……!」

 

「くっ……!」

 

 既にキースやモンシア中尉を始めとしたパイロットは出撃を開始している、今は少しでも戦力が必要な場面だ。

 

「シナプス艦長に連絡を!1号機で艦の直掩に回ります!」

 

「そんな……!1号機は空間戦闘を行える状況じゃないのは知っているでしょ!?」

 

「だから、ニナさんに少しでも調整させるんです!今から独房へ向かいます、艦長へ連絡を!」

 

「無茶だよウラキ少尉!……あぁもう!ブリッジへ!こちらMSデッキ──」

 

 艦内が騒々しくなる中、一人独房へと向かう。今出来ることをやらなければ……!

 

 

ーーー

 

 

「敵影確認!間も無くこちらの主砲射程内に入ります!」

 

「よろしい、それでは作戦の説明に入る。今より我々は敵艦隊に攻撃を仕掛け、デラーズの連邦軍に対しての宣戦布告までの刻を稼ぐ。このまま放置していたとしても敵が茨の園の所在を掴めるとも思えんが念には念を、更に言えばデラーズに対しても見せねばならない。星の屑の為でもありその先の為でもある、諸君らの奮戦に期待する。」

 

『了解です!』

 

「まずは艦砲射撃で敵艦を狙う。その後リック・ドム隊で砲撃を行いながらドラッツェ隊が一撃離脱を仕掛け敵が浮き足立った所で本命のゲルググ隊が仕留める、地の利は此方にある油断せずに掛かれば性能が良くとも間に合わぬ。」

 

「『大佐』!MS隊の準備が整いました!」

 

「よろしい、では5分後に総攻撃を仕掛ける。各員時計を合わせよ。」

 

「ハッ!」

 

「私も出る、敵の実力を知りたいのでな。」

 

「了解いたしました!MSデッキ!大佐が出撃する、機体の準備を!」

 

 その間、他のMSが順次この【ザンジバル】から発進していく。僚艦のムサイのMSも続けて発進を開始する。

 

「大佐!MSの準備出来ています!」

 

 敬礼する整備士に返礼するとライトパープルと濃紺に染まった我が機体に乗り込む。

 

「ファルシュ・リューゲ、【ギャン・へーリオス】発進する!」

 

 

 暗礁の宇宙で、新たに蠢く野望が襲い掛かろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 闇に灯る光

 

「艦長!デブリから敵艦隊出現!こちらに砲撃を仕掛けて来ました!」

 

「総員第一種戦闘配置!MS隊に艦の護衛をさせろ!」

 

 艦内警報が鳴り響く、敵にも優れた指揮官がいるようだ。暗礁宙域でここまで巧妙に隠れながら接近し、迅速に攻撃に移すにはかなりの練度を要するだろう。

 

「艦長!MSデッキより通信です!」

 

「繋げ!」

 

『こちらMSデッキ!シナプス艦長、ウラキ少尉が1号機で直掩に回る為に現在ニナ……ニナ・パープルトン整備主任のいる独房に向かっています、独房のロックの解除を願います!』

 

「何だと!?現在1号機は空間戦闘を行える状態ではない、予備機のジムで出撃させたまえ!」

 

「予備機のジムは敵の攻撃の余波でシステムにエラーが発生中です、出撃にはまだ時間がかかります!」

 

「むぅ……!仕方がない、独房のロックを解除する。ニナ・パープルトンに最小限でも空間戦闘が行える状態に調整し、ウラキ少尉には出撃後突出せず艦から離れず護衛に回れと伝えよ!」

 

『了解しました!』

 

「艦長!敵艦より砲撃!」

 

「ただの脅しだ!この距離からでは当たらん!……艦隊陣形を敷きつつ敵MS部隊への対処を行う、MS部隊にも通達せよ!」

 

 デブリ帯ではお互いにMS隊の動きが肝になる。敵の動きに的確に対応しなければいけない、地の利は向こうにあるのだ。

 

「曙光、ユイリンやナッシュビルはどうか!」

 

「曙光からはMS部隊の出撃を確認!ユイリンやナッシュビルは敵襲撃に混乱し統制が取れていないようです!」

 

「くっ……!戦争が終わったと思い込めば練度不足もやむなしと言うことか……!」

 

 アクシズの脅威が未だあると言う状況でも既に地球圏では残党勢力のみの対応をすれば良いと思っている者も多い、戦争で失われた優秀な指揮官達もその後釜に立つ者がいなければ幾ら物が優秀とてカカシ同然にしかならない。

 

「デブリを避けつつ敵の包囲を崩す!主砲発射用意!」

 

 既に発進しているMS隊の進路を確保する為に邪魔になるデブリを主砲で掃討する。後はMS隊の動きに期待するしかない。

 

 

ーーー

 

 

「思った通り、敵の動きは足並みが揃ってはいないようだ。此方には好都合というもの。」

 

 ファルシュ・リューゲは敵艦隊の動きを見て勝利を確信とまでは言わないが最低限の成果は挙げられるだろうと確信する、ガンダムを載せている二隻は流石の動きだと思うが僚艦のサラミスがそれを台無しにしている。

 

「各艦はサラミスを集中して狙い撃て。連携を崩し敵の攻勢を削ぐ、リック・ドム隊は新型艦を優先して狙い援護をさせぬよう動き、その間にドラッツェ隊がサラミスを仕留めよ。」

 

「了解です!」

 

 作戦は整った、後は敵の出方を窺うだけだ。

 そう思っているとサラミスから緊急発進した後に先行して我々を叩きに来たと思われるジムの改良型が此方へ接近してくる。

 

「ふっ、それは悪手と言うものだ!」

 

 デブリを避け敵機へと急速に接近する、敵はデブリ帯での戦闘行動に不慣れなのか攻撃も移動も動きの悪さが目立つ。

 

『は、早い……!』

 

「もっと先を見たまえ、戦いはこの場だけではないとな。……最早遅いがね。」

 

 大型のビーム・ソードで敵を文字通り薙ぎ払う。その直後敵のサラミスが大きく爆発を起こす、どうやら一隻目を撃破出来たようだ。

 

「やはり大戦で優秀な将兵はお互いに減ったようだな。脆弱にも程がある。」

 

 エギーユ・デラーズのこの計画も、連邦の内情を熟慮した上で行なっている。

 ジオン残党の掃討を目的としたガンダム、それを計画したのは誰か。そしてそれが奪われた場合、派閥闘争で誰が得をして誰が損をするのか。

 

 結局連邦は核を搭載したMSが奪取されてもまともな軍勢を送る事すらしない、それよりも如何にこの紛争を利用し自身の影響力を高めるかに躍起しているのだ。

 であるならば策謀はこちらの方が上手だ。先を見越して厄介となる方を排除する流れに持っていければこの先の戦いで有利となる。

 所詮仮初の平和など維持できる筈がないのだ。私欲を持つ者が大量に蠢くこの地球圏では尚更に。

 

「さて、ガンダムは何処だ……?」

 

 戦場を見渡すがそれらしい機体は見当たらない、味方からも見つけたと報告もない。

 

「出し渋っているのか、それとも出撃できない理由があるのか。いずれにせよ出て来なければ母艦諸共沈んでもらうまでだ。」

 

 作戦通りリック・ドム隊が敵の主力へ砲撃を開始する。碌に援護も貰えなくなった残り一隻のサラミスは最早打つ手無しだろう。

 

「このまま楽に墜とさせてくれれば助かるが、見せてもらおうか連邦軍の新型艦とそのMS隊の実力とやらを!」

 

 

 

ーーー

 

 

「ガンダム ニグレド発進する!」

 

 アーウィン・レーゲンドルフはデブリ帯を苦にせず機体を駆る、敵の陣容を確認しザク・ドラッツェ・リック・ドム・ゲルググを視認するとしばし無言になった。

 

「アーウィン?どうしたんだ?」

 

「……いや、何でもない。」

 

 そう、残党軍の戦力としては特におかしくはない陣容ではある。しかしそれは()()()()()()()()()としてはアーウィン・レーゲンドルフにとっては疑問に感じる所があった。

 

「ゲルググも海兵隊仕様ではない……か。アテにならないものだな。」

 

『敵のガンダムを確認!これより攻撃に移る!』

 

「チッ、ハエがウロウロと。」

 

 デブリを避けながら敵機に砲撃を開始する、幾ら敵に有利な陣地と言えど機体の性能差があれば苦にはならない。

 

「だが、鬱陶しい!」

 

 ビームキャノンを使用するがデブリに妨げられ多数撃墜とまではいかない。挑発的な動きにアーウィン・レーゲンドルフは神経が苛立つのが分かった。

 

「誘っているというのなら乗ってやる、後悔することだな。」

 

「まさか、敵を追うつもりなのかいアーウィン。アルビオンの防衛はどうするんだ!?」

 

「アルビオンには直掩機がいるだろう、俺達は防衛する義理はあっても義務はない。情を移すなよレイ。」

 

 アルビオンの防衛に躍起になっているモンシア達を無視し、ガンダム ニグレドは暗礁の宇宙を駆ける。

 

「さて、挑発したツケは払ってもらうぞ。ジオンの残り滓共……!」

 

 デブリに隠れながら攻撃する敵をビームキャノンでデブリごと破壊していく、しかし撃破できたのは旧式で更に言えば寄せ集めのパーツで構成されたドラッツェのみであった。

 

「チッ、煩わしい指揮官がいるようだな。俺をイラつかせるのが得意だ!」

 

 ガンダム ニグレドは敵の旗艦を狙いに宙域を離れ始める。

 それが敵の策とわかった上で、敢えて挑発に乗ったのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

「て、敵襲……!?」

 

 慌ただしくサイレンが鳴り響く艦内に、独房の中で状況の掴めないまま混乱しているのはスパイ容疑で軟禁されていたニナ・パープルトンだった。

 その最中、突然独房内のドアが開く。目を向けるとそこには1号機のパイロット、コウ・ウラキ少尉が汗を流しながら駆けつけていた。

 

「ニ、ニナさん……!1号機を早急に空間戦仕様に切り替えてください!」

 

「え……何ですって……!?」

 

 言っている言葉の意味は分かる、しかし何故この状況で自分にそれを言っているのか彼女は掴めないでいた。

 

「本当は予備機のジムで出撃したかったんだ、でも機体がエラーを起こしていつ直るかすら分からないんです!だから1号機で出撃する為に貴方にシステムの修正を頼みに来たんです!」

 

「む、無理よ!機体のエラーを直すのとは訳が違うのよ!?今の1号機のコア・ファイターは空間戦を想定した仕様じゃないの、本来だったら空間戦仕様のコア・ファイターに換装して出撃しないと、今のままなら旧式のジムにすら劣る機動性でしか動かせないわ!」

 

「艦に張り付いて援護射撃をするくらいの修正で良いんです!お願いします!」

 

「……分かったわ、MSデッキまで案内して!」

 

「はい!」

 

 彼のひたむきさに感化されたという訳ではないが、艦の防衛くらいであれば何とか機能するくらいには持っていける筈だ。独房にいる自分に助けを求めるという程の危機的な状況であるならば断っても意味がないだろう。

 

 急ぎMSデッキまで向かい、鎮座している1号機に辿り着く。地上での戦いの跡かトリントン基地にあった頃よりもかなり痛んでいるのが気になったが今はそれを気にしている場合ではない。

 

「まずは姿勢制御バーニアの設定を……。」

 

 今の1号機はトリントン基地でのテストの為に急ぎ調整したのもあり、地上用の装備がようやく間に合った状態でしか無い為、どれだけ最善を尽くしてもまともに宇宙では戦えないだろう。

 しかし、だからこそやれるだけの事はしなくては。ウラキ少尉のためにも。

 

「……?スラスターも姿勢制御バーニアも設定の数値が変わっている?」

 

 パラメータははっきり言って雑ではあるが、1から修正するよりは遥かにマシな状態になっている一体どうして……?

 

「すみません、僕が勝手に調整したんです。でもこれだとまともに機動出来なくて。」

 

「そうね、ほらここ……数値が間違っているわ。」

 

「あっ、本当だ……。」

 

「センスはあるけれどこういう事は専門の人間に任せて頂戴ウラキ少尉。待ってて、今戦える様にしてあげるから……!」

 

「ニナ!頼まれていた私物、用意しておいたわよ!」

 

「ありがとうモーラ!」

 

 彼女から渡された私の私物の中から端末を取り出し1号機に繋げプログラムの修正を始める。

 数分の後、ようやく最低限の調整が完了した。これなら何とか宇宙でも戦えるだろう。

 

「出来たわ、ウラキ少尉!」

 

「ありがとうニナさん!」

 

 彼が1号機に乗り込むと同時に艦が大きく揺れる、敵の攻勢は並々ならないようだ。

 

「コウ・ウラキ、出撃します!発艦の準備を!」

 

「忘れないでウラキ少尉!1号機は艦の援護が出来るレベルの調整だって事を!」

 

「分かっています!」

 

 1号機はカタパルトデッキへと進み、発進準備を整える。

 

「コウ・ウラキ、ガンダム発進します!」

 

 拙い動きで出撃したガンダムと、それを操縦するウラキ少尉の無事を私はただ祈ることしかできなかった。

 

 

ーーー

 

 

「ユイリン、ナッシュビル轟沈!敵MS部隊が曙光へと向かっています!」

 

「クッ……!此方の連携を上手く崩してくるとは……!」

 

 曙光のブリッジでなす術なく撃破されていく味方を見ている事しかできない事を悔やみながらも、今やらねばならない事を考えて行動に移さねばならない。

 

「敵は我々の連携を崩すのを最優先に動いている。アルビオンとの距離を離してはならない、それでは敵の思う壺だ!」

 

 MS隊を上手く連動させ、防衛を上手く立ち回らなければ僚艦二隻と同じ運命を辿る事になる……。

 

「ジュネット大尉!僕にこれを聞く権限はないと分かってはいる、だけど敢えて言わせてもらう!アンナさんはどうしたんだ!?」

 

「分かっているでしょう……!」

 

 あの事件の後、二年も塞ぎ込んだ彼女の心が未だ癒えておらずアンダーセン大尉のスパイ疑惑が更に心労を増やした。

 そのせいでまた心が揺らいでいる。そしてそれを癒す術を我々は持っていないのだ。

 

「分かっている、あぁ分かっているさ!けれどこれはナンセンスだ、彼女は彼の為だけに生きているわけじゃない!」

 

「私にはどうする事もできないのです!出来るのならこの数年、大佐をあのような状況のままにしておけた訳がない!」

 

 強い絆で結ばれていた二人だからこそ、その繋がりを絶たれて失意の底に落ちたのだ。それを引き上げる事は我々には叶わなかった、同じ様に我々とて強い絆で結ばれていると思っていてもだ。

 

「それでも、声をかけ続ける事は出来たはずだ!」

 

 固定していたシートを外し、アルベルト・ビストはブリッジから退出する。

 

「大尉!アルベルト氏が……!」

 

「放っておけ!今はそれどころではない!」

 

 敵の対処をしなければならない、だが……そこに大佐がいてくれるのならと心の中で思うのは仕方のない事……か。

 

「親の七光と馬鹿にしていたが、期待するだけの男なのかもしれんな……。」

 

 正直未だ好きになれない青年ではあるが、その若さが今は少し羨ましくも感じた。

 

 

ーーー

 

 

「戦いが……始まっている……。」

 

 動かなければ、戦っている仲間の為にも動かなければ……。

 そう思っているのに、動こうとしているのに、身体が言う事を聞かない。

 震えているのが分かる。もしも敵の中に彼がいたら……そう思ってしまってから戦うことへの恐れが芽生えてしまっているのが分かる。

 馬鹿な事だとは分かっている、軍人にふさわしい状態などでは全く無いのだから。ただ皆の優しさに甘えているだけだ。

 

「アンナさん!いるのだろうアンナさん!」

 

「……アルベルト様?」

 

 部屋のドアを叩きながら大声を出しているのは客人のアルベルト・ビストだ。

 

「聞こえていても、聞いていなくとも僕は敢えて言わせてもらう!今の貴方は逃げているだけだ!」

 

「……。」

 

「僕には何も分からない、あぁ分からないさ!君とジェシー・アンダーセンとの関係も、ジュネット大尉を始めとした仲間達との関係も!だけど今彼らは必死になって戦っているんだ!」

 

 分かっている、分かってはいるのに心が折れてしまっているのだ。残された絆が断ち切られてしまわないか不安で仕方ないのだ。

 

「アーウィン・レーゲンドルフが言ったジェシー・アンダーセン大尉のスパイ疑惑が本当なのか、それとも本当は事故で死んでしまっているか、貴方が抱える不安の種は分からない。けどそれは今関係のある事じゃあないだろう!?」

 

「分かっています……!けれど、怖いのです。もしも本当にジェシーが彼の言う通りスパイだったとしたら……!」

 

 彼の予言が私や他の人間が聞いたときに本来の目的を逸らすためのブラフなのでは無いか、疑いたくはない……けれど彼が生きているのなら私の目の前に現れない現実が、アーウィン・レーゲンドルフの言葉が私を惑わせ続けているのだ。

 

「だったら何だ!それなら彼が君の目の前に現れた時に文句の一つでも言ってやれば良いだろう!?それに何よりもだ!」

 

 そう言って、大きく息を吸った後に彼は大声でこう言った。

 

「僕が好いた女性が!誰よりもその人との絆が全てだと言った男が!君を裏切る訳が無いだろう!良い加減に目を覚ましたらどうなんだ!」

 

「……っ。」

 

「それでも信じられないなら、それでも!それでもと言い続けるんだ!」

 

「それでも……。」

 

「僕は貴方が信じた男であるジェシー・アンダーセンを信じる。だから貴方は自分が信じた男を信じ続けるんだ、それでもと!」

 

 部屋のドアを開け、アルベルト・ビストに頭を下げる。

 

「ありがとうございますアルベルト様、お陰で目が覚めました。」

 

「そうみたいだね。良い顔をしていると思う。」

 

「……私は戻ります、私が護るべき者達がいるべき場所へ。」

 

「あぁ、それが僕が好きになった女性の強さだ。さぁ早く行ってみんなを助けてくれ!」

 

「……はい!」

 

 去っていくアンナ・フォン・エルデヴァッサーを見送ると、アルベルト・ビストは座り込み持っていた端末を開いた。

 

「戦争の英雄、戦場の女神……そう、僕が好きになったのはそういう貴方だった。」

 

 メディアの記事に写っているアンナ・フォン・エルデヴァッサーの軌跡、一族を失ってなおも立ち上がり、一年戦争を勝利に導いた若き英雄。

 その姿に人生で初めて心が動いたと思った、ビスト財団という檻に閉じ込められた自分とは違う、自分の意志を確固として持ち動き続ける姿に敬愛を抱いたのだ。

 

「ジェシー・アンダーセン、敵に塩を送るなんてしたくなかったけれど今回は僕の負けという事にしておくよ。……だからアンナさんの為にも絶対に生きていろよ、絶対にいつか見返してみせるから。」

 

 あの絆に勝てるとは思えない、それでも……それでもか。

 いつだっただろう?何処か夢で見た記憶の様に、自分の心に刻まれていた言葉だ。

 

 どこか遠く……いやもしかしたら違う世界かもしれない、誰かが優しく微笑んでくれているような、そんな感覚をアルベルト・ビストは心に感じたのであった。

 

 

ーーー

 

 

「ジュネット!ルベドの出撃準備を!【ホーネットユニット】で出ます!」

 

『た、大佐!?』

 

 艦内の通信機を使いブリッジに通信する。

 

「ごめんなさい、本当は私が道を切り開かねばならなかったのに。みんなに甘えていました。」

 

『いえ……私もかける言葉が見つからず、貴方を助けることから逃げていた。アンダーセン大尉の代わりにはなれないと……。』

 

「大丈夫……もう大丈夫ですから。ありがとうジュネット、それにみんなも。」

 

『はい……。大佐、現在我々は敵の艦隊と交戦中。既に僚艦二隻は撃破され残されたのはアルビオンと曙光のみ、サラミスから発艦されたMS部隊も壊滅状態となり我々とアルビオン隊のみが健在です。』

 

「この地で戦い続けるのは我々にとって地の利もなく不利です、徐々に戦域を離脱し見晴らしの悪いデブリ帯から撤退します!その為にこちらへ向かってくる敵MS部隊を優先して対処しますその間に後退を。」

 

『了解!』

 

 MSデッキに到着すると、既にユニットを交換しているルベドが待機している。

 

「大佐!いつでも出撃可能です!」

 

「ありがとうございます、搭乗後すぐ発艦します。」

 

 機体に乗り込みシステムを起動する、仲間の為に今出来ることをやれねばならない。

 

『システムオールグリーン、発進どうぞ!』

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー、ガンダム ルベド出撃します!」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「くっ……!敵の数が多い!」

 

「グリム隊長!このままじゃ……!」

 

 敵の攻勢に押され徐々に曙光の防衛ラインが押されている、アルビオンすら援護できる状況ではないのが歯痒い。

 

「諦めるなベアトリス少尉!機体のアドバンテージを活かせ!」

 

 少なくとも機体の性能ではこちらは負けていないのだ、しかし……戦いは性能が全てではない。物量や地の利、更には戦術次第で戦局は簡単に崩せるものだ。

 

「くっ……このぉ!」

 

 ベアトリス機がサーベルが敵機を撃破するが、その隙を狙われ別の敵機がベアトリス機に狙いを定めていた!

 

「ベアトリス!3時方向に敵!」

 

「なっ───」

 

 セレナの声も間に合わず、こちらの援護も間に合わない……。ここまでか、そう思った時だった。

 

『もらったぞ連邦のパイロッ───』

 

 突如ビーム攻撃で敵機が爆発する、これは───!

 

「各機!一時曙光まで後退しなさい!ここは……私が引き受けます!」

 

「大佐!?」

 

 ホーネットユニットを装着したルベドだ。それに……。

 

「大丈夫ですグリム、私は……私がやるべき事を、為すべき事を果たします。ここは任せてください。」

 

「……わかりました。ここは任せます、大佐……いえ、アンナ隊長。」

 

 あの戦争後、そういう風に呼び合う事を提案したのはあの人だった……。今の彼女の心にはあの時と同じ強い意志が戻っているのを感じる。

 

「ベアトリス、セレナ!曙光の防衛に戻るぞ!」

 

「えぇっ!?大佐の援護はよろしいのですか!?」

 

 慌てるベアトリスにフッと笑いながらこう呟く。

 

「大丈夫だよ、本気になったあの人は今までよりもっともっと強い。ジオン残党があの人を【ペズンの魔女】と呼ぶのは理由がある。」

 

「行くわよベアトリス、グリム隊長とエルデヴァッサー大佐が大丈夫だと言うのなら、私達にはやるべき事があるでしょう?」

 

「そうね……!大佐!ここはお任せします!」

 

「任されました、さぁ行ってください!」

 

 

 

 散開していく皆を背に、立ち塞がる敵の群れを確認する。

 

「ザクが4機、ドムが3機に……急造のMSと思わしき物が数機……。」

 

 目に見える範囲だけでもこれだけの数の敵がいる、デブリに紛れていれば更に多いだろう。

 

「しかし……ここは通しません……!」

 

 ルベドの機体出力を上げ、高機動ユニットである【ホーネット】が起動する。

 そして機体は一気に加速を始める。

 

「くっ……!」

 

 下手をすれば意識を失いかねない加速に耐えながら、敵機に狙いを定める。

 

『何だ……!あの機体……は、速い!』

 

「そこっ!」

 

『うわぁ───!』

 

 爆散するザクを確認し、次の敵機に狙いを定める。

 

『くそ!何がガンダムだ!幾ら機動性が良くともこのデブリの中で早々動けるわけ……が……なんだ!?あの動きは!』

 

 ユニット内に多角的に配置されている多数のブースターがまるで飛び跳ねる虫の様に縦横無尽に急速に機動しながらデブリを避けていく。

 

『バカな……!まるで虫の様にちょこまかと跳ね回って……!グァッ───!』

 

「くっ……まだまだ……!」

 

 緩急をつけながら、曙光に敵機が近寄らない様に敵を引きつけながら狙い撃つ。

 

『これが……ガンダムだと言うのか!化け物め!』

 

「これで……最後です!」

 

 確認できる最後の敵機をビームが貫く、満身創痍だがこれで曙光の防衛は大丈夫だろう。

 

「後は……アルビオンの防衛……。」

 

 グリム達も状況が確認出来れば其方へと向かうだろう。私も狙撃ポイントを見つけそこから援護を……そう思った時だった。

 

《地球連邦軍並びにジオン公国の戦士に告ぐ、我々はデラーズ・フリート!》

 

「これは……?回線に強制的に割り込んでいる?」

 

《いわゆる一年戦争と呼ばれた、ジオン独立戦争の終戦協定が偽りのものであることは、誰の目にも明らかである!なぜならば協定は、ジオン共和国並びにジオン・ズム・ダイクンの息子を騙る売国奴によって結ばれたからだ。》

 

「これは……エギーユ・デラーズ?ギレン・ザビの直属であったあの……!」

 

 戦後所在が掴めなかった彼が今この演説を行なっている……その理由は……やはりジェシーが予見していた通りの事が起ころうとしているのだろうか……?

 

 

 

ーーー

 

 

「グリム隊長!確認できる敵機の存在はありません!」

 

「流石大佐だ、よしこれより僕達はアルビオンの援護に回る!」

 

「了解です!」

 

 こちらの情勢は落ち着いたがアルビオンは未だ危機的状況だ。直ぐに援護に向かわなくては……。

 

「隊長!待ってください、通信に何らかのノイズが……これは……!?」

 

「何……?エギーユ・デラーズ?これって教本に乗ってたあの……?」

 

 通信機から聞こえて来るのはジオン公国の将官であったエギーユ・デラーズの演説だ。

 一体何が目的だ……今この状況も彼が引き起こしているのか……?いや、それよりもだ。

 

「今はアルビオンの防衛が先だ!急ぐぞ!」

 

「は、はい!」

 

 焦る二人に先駆けて先行する、これ以上仲間を失うわけにはいかない!

 

 

ーーー

 

 

「くっ……!動きが鈍過ぎる……!」

 

 ビームライフルで何とかザクを撃破するも、ザクでようやくと言ったレベルの戦いだ。予想以上に急場凌ぎで調整したツケは大きいみたいだ。

 

「だけど……アルビオンをやらせる訳にはいかないんだ!」

 

 キース達はアルビオンから少し離れた位置で迎撃行動をしている、自分は対応し切れず突破してきた敵を何とか狙い撃つのに精一杯だ。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 目まぐるしく動く敵機を何とか倒そうとするも数が多い……!このままでは……!

 

「諦めるな!ウラキ!」

 

「こ、この声は……!バニング大尉!?」

 

 怪我をしてMSに乗れない筈の大尉が何故……!?

 

「くっ……、無理を押して来てやったんだ。そんな泣き声みたいな声を出すんじゃあない!」

 

「は、ハイ!」

 

「良いかウラキ、今のお前の機体はまともに戦えん。だがそう言う時は……!」

 

 そう喋っているとデブリに隠れていた敵機が死角から姿を表してこちらに攻撃を仕掛けようとしていた!

 

「バニング大尉!」

 

「そういう時は……!身を隠すんだ!」

 

 バニング大尉のジムは近くにあったデブリを1号機の方向へ押し出し敵の攻撃を防いだ。そしてその隙を見逃さずバニング大尉は一気に敵を撃破する。

 

「使える物は何でも使え!分が悪いなら尚更だ、生き残る為の工夫を巡らせろ、良いな!」

 

「ハイ!」

 

 その後も奮戦するが敵の数はまだまだ多い、機体も疲労もそろそろ限界だ……!

 

「ウラキ!動きが鈍いぞ!無理なら一旦後退しろ!」

 

「ま、まだやれます!」

 

『終わりだ!ガンダム !』

 

「なっ───」

 

 巧妙に隠れていたのか!?此方に悟られる事なく接近して来たゲルググに最早これまでかと目を瞑る……。大きな爆発音が響き死を覚悟したが、撃破されたのは自分では無かった。

 

「聞こえますか……?通信が聞こえますか?」

 

 女性の声……?それにあの青い機体は……?

 

「私は()()()()()()()()()、私達はEC社専属アグレッサー部隊です。援軍に駆けつけました、これより援護に入ります!機体にジオンの物を使用しているのでIFFの識別を確認し誤射を避けるよう願います。」

 

「え、援軍……!?」

 

 青い機体は連邦軍カラーのジオン製機体を引き連れ敵に攻勢をかける、その動きは一企業の私有している部隊と言うには勿体無い程の戦闘機動を見せる。

 

「かつての同胞を撃つのは偲び無いが……。」

 

「けど撃たなきゃこちらが撃たれる、やるしかないわよガイウス。」

 

「バネッサの言う通りだ、フィーリウス隊……出るぞ。」

 

 

 

ーーー

 

 

「あの……機体は……!」

 

 ルベドのスコープ越しに援軍に駆けつけたと思われる機体を確認する。

 連邦軍カラーのガルバルディ、リックドムⅡが2機……そして。

 

「青いヴァイスリッター……マリオンさん……?」

 

 機能実証機としてEC社で再度設計されたもう一つのヴァイスリッター……それに乗っているのは『システム』のテストを行なっているはずのマリオンさんだ。

 

『地球連邦軍所属のペガサス級アルビオン、並びにアマテラス級曙光へ。こちらEC社所有艦であるアマテラス級旗艦アマテラス、航行中戦闘を確認したので救援に駆けつけました。』

 

「アマテラス……?どうしてこの宙域に?」

 

 通信をしたいが距離が離れていて難しい、どう考えてもこの宙域に来るなどおかしな話ではあるのだが何か理由があったのか。

 いずれにせよこれなら状況は打って変わる、敵も退却を始めるだろう。

 

 

ーーー

 

 

『見慣れない機体……!貴様が指揮官のようだな!』

 

「黒いガンダムか、やはり手強い!」

 

 幾度かの衝突、激しい鍔迫り合いを起こしながらも状況は一進一退の状況であった。

 

『旧式の機体で!このニグレドと張り合おうなど!』

 

「ギャンをたかが旧式と捉えられて貰っては困るな。」

 

 白兵戦に特化された機体が、新型であるガンダム ニグレドに肉薄しその大型のサーベルでビームキャノンを切り落とす。

 

『イラつかせる……!死にたいようだなぁ!』

 

 重力という枷から外れたニグレドのファングが射出され、ギャン・へーリオスへと接近しシールドを貫く。

 

『ヒャハハハ!さっさと捨てちまわないと中に積んであるミサイルが爆発しちまうぜ!』

 

「……何者だ?何故それを知っている。」

 

 ファルシュ・リューゲは接触回線から流れ出る下卑た笑い声とその内容に一瞬困惑しながらも、必要なくなったシールドを捨て距離を取る。

 

「厄介だな。サイコミュの様な物を搭載しているとなれば強化人間……或いはニュータイプか。」

 

 ここで命を捨てる訳にもいかない。

 敵の援軍は到着し、奇襲によるアドバンテージは最早ない。

 既にデラーズの演説は始まっているし当初の目標は完遂した、これ以上戦う必要もないだろう。

 

「君とのダンスが終わるのは悲しいが私にもまだ役割があるのでね、ここでサヨナラさせてもらう。」

 

『逃す訳がないだろう!!!』

 

「逃げるさ。」

 

 待機させていた伏兵にガンダムを対応させる、その間に全軍に退却指示を出しザンジバルに帰投する。

 

「さて、時代はどう変わって行くか。」

 

 幾重にも張り巡らせられたデラーズの計略が実を結ぶのか、それとも連邦がその計を見破り彼を討ち倒すか。

 

「いずれにせよ地球圏には乱れてもらわねばならない()()()()の為にもな。」

 

 ファルシュ・リューゲは艦隊を引き連れ暗礁の中へ深く潜るのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 月へ

 

「ニナ・パープルトンさん、貴方のスパイ容疑は晴れました。一時的とは言え拘束していた非礼を詫びさせてもらいます。」

 

「そんな……当然の事です。頭を上げてくださいシナプス艦長。」

 

 先の戦いで1号機を直した事と、オービルが自白した内容から私がスパイに結びつく証拠が上がらなかった事で私のスパイ容疑は晴らされた。

 しかし結果的に2号機の戦術核装備を許してしまったアナハイム技術者としての責任もまた私の中にはある。グラナダ工廠が2号機を開発していたから、という言い訳はしたくないのだ。

 

「間も無くフォン・ブラウンに到着します。アナハイムに戻り今までの業務に戻って頂くことになりますがよろしいかな?」

 

「……。」

 

 アナハイムに戻り新型機の開発を引き続き進める……、それがアナハイムのスタッフとしての自分の役割ではあるけれど……。

 

「シナプス艦長、艦長さえよろしければ引き続き私を1号機の整備スタッフとして使っては頂けないでしょうか?」

 

「……何故だね?」

 

「スパイ容疑は晴れました、しかし私がアナベル・ガトーと少なくない時間付き合っていたのは確かです……だから止めたいのですあの人を。」

 

 彼が元ジオン公国軍人だと知ってはいた、しかしあの頃は今の様なテロ活動を行うつもりがあったのだとは思わなかった。

 そんな素振りは見せなかったし語りもしなかった、今にして思えばそうする事で私から疑念を持たれず情報を引き出そうとしていたのかもしれない。そういう節が無かった訳ではないのだ。

 

「貴方の意見も分かる、だがそれこそ本当にスパイの疑念を抱かれる事になりかねない。それは分かりますな?」

 

「2号機を止めるには同等の力を持ったガンダムの力が必要になります、私が1号機の改修に努めてその結果を見て頂く。それなら問題はありませんね?」

 

「……よろしい。いずれにせよ月には補給も含めて数日は滞在しなければならない、その間に1号機の改修してもらいそれ次第で同行を出来るようアナハイムには連絡しておきましょう。」

 

「ありがとうございます艦長!」

 

 艦長に頭を下げ、ブリッジから立ち去る。今のうちに1号機の戦闘データと機体調整をしなければ。

 整備デッキに向かうとウラキ少尉が既に1号機のコクピットでデータを取りまとめていた。

 

「あっ、ニナさん。お疲れ様です。」

 

「ウラキ少尉……?戦闘データを纏めていたの?」

 

「えぇ、月についたらこの機体は宇宙用に換装するんでしょう?それなら前回の戦いでのデータが役に立つと思って。どうぞ。」

 

 渡されたデータを端末で読み取ると戦闘時の豊富なデータがズラリと並ぶ、シミュレーションだけでは読み取れない生きたデータというのは技術者にとってはまさに宝なのだ。

 

「ありがとうウラキ少尉。このデータがあれば1号機の改修もスムーズに行くわ、それで2号機も止められる筈よ。」

 

「2号機……、確かニナさんはあのアナベル・ガトーと付き合っていたんですよね……?」

 

「……数年前の話よ。」

 

「僕は通信でしかあの男のことは知らないけど……彼は僕と違って明確な意志によって動いていた……。何が彼をあそこまで奮い立たせるんだ?」

 

「分からないわ……。私と付き合っていた頃はデラーズ・フリートに参加していたことなんて素振りも見せなかったし……。けど、なんて言うのかしら上手く割り切れない所はあったんじゃないかしら。」

 

「割り切れない?」

 

「えぇ。共和国になったサイド3やネオ・ジオン共和国に行く事を拒んでいたし、自分の中で戦争が終わっていないって感情がずっとあったんだと思うの。戦争が終わったのはもう三年も前の話なのに。」

 

「けどガトーは言っていた。我々は三年も待ったんだって。」

 

「その三年で大きく世界は変わったでしょう?戦後の復興だってジオン両国は国有技術の売却で早期に経済的な余裕を持てるようになった訳だし、あの人はそこに戻る事だって出来た筈なのよ。ジオン独立戦争の目的であった自治権の獲得は出来たんだから。」

 

 けど戻らなかった、それがあの演説で戦争がまだ終わっていないと言っていた事が理由だとしたら……。

 

「ガトーの戦う理由……か。」

 

「ウラキ少尉。」

 

「は、はい?」

 

「あの人を止めて、今の彼が何が目的で動いてるかは分からない。でも2号機を使って良くない事をしようとしているのは分かるわ、だから……。」

 

「止めて見せます、それが僕がガンダムに乗っている理由ですから!」

 

「ごめんなさいウラキ少尉、本当はこんな頼みをするのは間違っているのに。」

 

「良いんです、僕は……僕は連邦の士官なんですから……。」

 

 何かを思い出したのか強く拳を握るウラキ少尉。その強く何かを思い遠くを見つめる仕草が何処かガトーに似ているような気がした。

 

「貴方とガトー、もしかしたら少し似ているかもしれないわね?」

 

「え?」

 

「そういう生真面目な所とか。……そうだウラキ少尉。」

 

「呼び捨てで良いですよニナさん。階級で呼ばれると何だか堅苦しくて。」

 

「そう?なら私の事も敬語とかやめて普通にニナって呼んでくれるかしら……コウ?」

 

「わ、分かりました……じゃなくて分かったよニナ、それで何かあるのかい?」

 

「今から向かうフォン・ブラウンにはガトーの同僚だった人がいるの、戦争で負傷しているからデラーズ・フリートとは合流しないとは思うけど。もし参加するつもりだったら止めて欲しいの。」

 

「……僕に?」

 

「言ったでしょ?貴方とガトーは似ている所があるから、もしかしたら話を聞いてくれるかもしれないと思って。」

 

「でもニナが行った方が──」

 

「私は月に着いたら1号機を改修しなくっちゃいけないの、お願いねコウ。」

 

 無理やり押し付ける様な形になったけれど、コウならガトーの同僚であったケリィさんとも仲良くなれるかもしれない。そんな期待を込めて彼のいるジャンク屋までの道のりを手書きで示す。

 ガトー……貴方は何を成そうとしているの?演説を見たケリィさんがラトーラさんを見捨ててデラーズ・フリートと合流すると決めたら貴方は喜ぶの?

 かつての恋人が今何を思っているのか分からず、何をするつもりなのかも分からないがこんな方法は間違っている、そう私は思うのであった。

 

 

ーーー

 

 

「クロエからの連絡?」

 

「はい。エルデヴァッサー大佐に至急報告がしたかったらしいのですが、既に曙光が暗礁宙域に向かっていて通信がし難い状況となっていたので直接アマテラスで向かう事になったんです。」

 

 暗礁宙域での戦いの後、奪われた試作2号機の捜索が戦力的に困難になった事と奇襲による損害でMS部隊も多くが戦闘継続をするのが困難になった事で、我々は一度補給と戦力を整える為に月のフォン・ブラウン市へと航路を取っている。

 

 その移動の最中、グリムとジュネットと私は援軍に駆けつけたアマテラスのブリッジでマリオンさんから何故アマテラスが此方に向かっていたかの報告を聞いていた。

 

「それで、何で肝心のクロエもカルラもいないんだい?よりにもよってアレクサンドラさんまで引き連れて。」

 

(わたくし)がいる事に何かご不満でも?」

 

「いえ……そうじゃありませんけど……。」

 

 グリムがタジタジになりながら後退りする。彼が彼女に対してたじろいでいるのはその気性からだろう。

 

「このアレクサンドラ・リヴィンスカヤ、EC社幹部としてわざわざアマテラスを戦場に持っていけるよう軍に交渉したのですよ。完全に私用での目的ですので先の地球軌道上のテストという名目以上に許可を取るのは困難でしたの。それはお分かりいただけるかしらグリム中尉?」

 

「は、はい。」

 

 アレクサンドラ・リヴィンスカヤ、私の母方の親戚になる女性で私より数歳年上の才女だ。

 一年戦争で父の一族は多くが亡くなってしまったが残った者の多くはそれまでの地位や血筋に関係なくEC社を救うべく尽力してくれた。彼女もまたその一人だった。

 知る人からは母の再来だとも言われる程に気性は強く、こうやって軍人相手にも引くことを知らない様子だ。その力強さで今の地位に就いたと言っても過言ではないだろう。

 

 現在運用試験中であったアマテラスをわざわざ私用で使う為に彼方此方と駆け回ったのだろう、いつも通りを演じてはいるが少し気疲れしている様に見える。

 

「ご苦労様でしたサーシャ、だいぶ苦労をかけてしまったのでしょう?」

 

「まぁアーニャ様!その様に心配をして頂いては感激で苦労も吹き飛んでしまいます。」

 

 私がアーニャと呼ばれた様に、私もまたサーシャの愛称で彼女を呼んでいる。見ると本当に気疲れなどしていないかの様に微笑んでいるので私もまた精神的に楽になった。

 

「それでアレクサンドラ氏、何故カルラとクロエは同行していないのだ?アマテラスのブリッジクルーだけ連邦軍人でその他はパイロットも整備スタッフも全てEC社の人間だけでは本当に軍に許可を取るのは苦労しただろう。」

 

「えぇ、本来なら両名も来てくれる筈でしたのですが……出航前に客人が来るとの連絡がありましたの。私は仔細までは聞いてはいないのですが、二人とも血相を変えてこちらには向かえなくなったと言ったのでこうやって艦の運営を私が、MS部隊の指揮をマリオン様やフィーリウス様にお頼みしたのですわ。」

 

「客人……?」

 

 少なくともカルラとクロエがこちらに来れなくなる程の人物であったのであろう、サーシャは知らない様子であるが気になるところだ。

 

「それで、我々に伝えたかった事とは何なのだ?」

 

「あぁそうでしたジュネット大尉、私達がここにわざわざ駆け付けたのは例のアーウィン・レーゲンドルフという御方がアーニャ様達に見せた映像についての報告ですわ。」

 

「アーウィン・レーゲンドルフの見せた映像……?あのジェシーの乗ったニグレドと戦っていたという?」

 

「えぇ、アンダーセン様の戦闘映像をこのアマテラスのAIであるメルクリウスに分析させた所、どうも改竄された後があったようで……メリクリウス。」

 

『はい、この映像には幾つかの戦闘を繋ぎ合わせたものの様に修正された痕跡が見受けられました。残念ながらどこが、どの様にまでかは不明です。』

 

「そんな……と言う事はジェシーは……。」

 

「えぇ、アンダーセン様が裏切りになられた可能性に疑問が出てきますわ。あのレーゲンドルフと名乗る男がどの様な目的で映像を改竄したかを問い正す必要がありましてよ。……それとは別にもう一つおかしな話もありますの。」

 

『アーウィン・レーゲンドルフと名乗る男性の戦闘機動の約70%近くがジェシー・アンダーセン大尉のモーションパターンと一致します。これらの多くは一年戦争当時、ソロモン攻略戦時までの戦闘データに類似点が多くが含まれています。』

 

「……どういう事ですか?」

 

「それが分かれば苦労はしないのですが、アーニャ様はそのレーゲンドルフという方にアンダーセン様を彷彿とさせる要因はございませんの?」

 

「まさか二人が同一人物だとでも?僕やジュネットも含めて何度か顔を合わせたり話しもしたけれどアンダーセン大尉とは似ても似つかないよ、声も違うし顔は……頭部付近は焼き爛れているけれどそれでも違う、そうだろジュネット?」

 

「あぁ、我々が見間違う訳がない。……だがそうなるとメリクリウスの分析結果を疑う事になる、一体どういう事だというのだ。」

 

 彼はジェシーではない、それは言い切れるが何故か違和感を覚えるのもまた事実だ。彼の得意とした戦い方をするのも理由が分からなければ懸念材料のままとなる。

 

「彼の目的もそうだけど、幾らジャブローから許可を得てるにせよ不可解な行動が多すぎる。先の戦闘だってアルビオンの防衛には回らずやりたい放題だったようだし。」

 

「しかし彼の行動を縛る権利は我々にもアルビオンにも無いのは事実だグリム。彼の目的が一応はこの事態の収集にあるのならあの場においても敵を引きつけたのは問題のない行動だろう。」

 

「マリオンさんは、何か感じないのですか?ジェシーの事を。」

 

「私……ですか?」

 

 ニュータイプである彼女であれば、何か彼の気配などを感じ取れないか……少しでも期待してしまう。以前から無理だとは分かってはいるのだけれど。

 

「……上手くは言えませんがこの宇宙にジェシーさんの意志を感じません。ただ死んでいるのかと言われれば、はっきりとは言えませんが違う様な感じもします。」

 

「すみませんマリオンさん、気を遣わせてしまったようですね。」

 

「違うんですアンナさん……。本当に上手く言えないんです……。何かモヤがかかった様な、そんな感覚がずっとしていて。」

 

「モヤ……ですか。」

 

 確かにまるで霞が掛かっているような釈然としない感覚がずっと付き纏っているのは私も感じる。

 この騒乱の全てが、多くの私欲が渦になってそれが絡みつく様な……。

 

「それでエルデヴァッサー大佐、我々は当初の任を果たしました。これより先我々の動向も含め検討する必要があると思いますが。」

 

 フィーリウスさんからの意見に頷く、ジェシーの事は気になるがそればかり気にしてもいられないのが現状だ。アルベルト様が言った様に私は何があっても彼を信じるだけなのだから。

 

「一先ずはアマテラスもフォン・ブラウンまで同行してもらいます。単艦で引き返させる訳にもいきませんから。それに今後の状況次第では戦線に加わることも視野に入れなければなりません。」

 

 一企業の所有艦とは言え、軍属である私が代表を務めているのだから編隊に組み込む事に問題はない筈だ。一部の将校が厄介視するであろうくらいだろう。

 これ以上の軍からの援軍が期待できない以上今ある戦力で事態に対応しなければならない、そう考えた時に彼らの戦力は必要不可欠だ。

 

「……マリオンさんやフィーリウスさん達には酷な話になりますが、このままジオン残党軍との戦いをお願いするかもしれません。」

 

「私は……私は大丈夫です。それを覚悟の上でEC社で働きたいと言ったんですから。」

 

「フィーリウス様……我々は……。」

 

「分かっているガイウス。エルデヴァッサー大佐、私達はエルデヴァッサー家の庇護は受けていますが元ジオン公国軍人だったのは紛れもない事実です、それに私達はギレン総帥の親衛隊でもありました。」

 

「……それは重々承知しています。貴方達にはアグレッサーとしての貢献も有りますのでかつての同胞に刃を向けるのが嫌であれば無理強いは……。」

 

 そう言うとガイウスさんとバネッサさんがフッと笑った、私はその意味が分からず困惑していると……。

 

「エルデヴァッサー大佐、今の発言は我々がかつての同胞に刃を向ける事ではなく、親衛隊であった我々がデラーズ・フリートに呼応して合流してしまう危険性がないか怪しむべきだと思ったからこその発言です。」

 

「怪しむ……?」

 

「ハッハハ……!いや、申し訳ないエルデヴァッサー大佐。ここまで我々の事を信頼してくれているとなるとやはり話は変わってきますな。」

 

「そうねガイウス。下手をすればEC社からも追放されかねない状況だと思っていた自分が馬鹿馬鹿しく感じるわ。」

 

「まさか、3人が裏切るかも知れないと私が思っていた……という事ですか?」

 

「現実的に見ればです。常人であれば元公国軍人でありギレン親衛隊であった我々をあのエギーユ・デラーズの演説以降重用するのはリスクを伴うと判断すると思っていました。……しかし今の貴方の反応で我々も心が決まりました。デラーズ・フリートとの戦い、命令があれば参加致します。」

 

「よろしいのですか?先程も言いましたがかつての同胞に刃を向ける事になるのですよ。」

 

「確かに同胞に刃を向けるのは心が痛みます。しかしエギーユ・デラーズの成そうとしていることは宇宙に災禍を招く事に繋がります。戦術核を使用し何かを引き起こせば、我々の故郷であるサイド3やネオ・ジオン共和国にも影響を与える事になります。それこそあの一年戦争で亡くなった同胞達が良しとする所では無いでしょうから。」

 

 その通りだ。あのエギーユ・デラーズの連邦軍に対する演説は、ジオン独立戦争は未だ終わってはおらずジオン共和国やネオ・ジオン共和国を売国奴としそれらがギレン・ザビの意志を無視して終戦条約を締結したと言っているのだ。

 更にはギレン・ザビは未だ死んではおらず、解放をしなければ奪取した戦術核装備の2号機による攻撃も辞さないとも言い切った。

 彼らの中ではギレン・ザビが死んでいないという何かの確証があるのだろうか、それとも妄執が産んだ歪んだ現実であるのか……。

 

 ……何にせよ、今こうやって私の周りには私を信用して付き従ってくれている人達がいる。どれほど私が地に堕ちても、それでも着いてきてくれた仲間が。

 

「……皆さんに話しておきたい事があります。ジェシーが消える前に私に残してくれた記録の事です───」

 

 話さねばならない。私が彼を信じるのであれば、仲間にも同じように信じてもらいたいから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 それぞれの誇り(前編)

 

 ラグランジュ4 地球連邦軍宇宙拠点ペズン

 

 そこに一隻の民間輸送船が到着する。入港したドックにはリング・ア・ベル隊所属のカルラ・ララサーバル軍曹、そしてEC社所属のリング・ア・ベル隊機専任技術者であるクロエ・ファミール技師長が緊迫した様子でその輸送船を見つめていた。

 

 輸送船は積荷の簡易チェックと爆発物検査を済ませ、ドックに固定される。

 ドアが開くと同時に二人の男女が輸送船から降りて来た。

 

「貴方達がリング・ア・ベル隊の?」

 

 銀色の綺麗な髪を靡かせた女性が、軍服を着ていたカルラ・ララサーバルに問いかけた。

 

「あぁ。一年戦争からずっとアンナ・フォン・エルデヴァッサー大佐の元で戦ってきた最古参のメンバー、カルラ・ララサーバル軍曹だよ。隣にいるのは当時アタイらの隊の技術曹長だった現EC社の技師長クロエ・ファミールだ。」

 

「なら、大丈夫ね。あなた?」

 

「あぁ。先の通信でも話したが、リング・ア・ベル隊に渡す物があって我々は依頼を受けていたんだ。『2年前』からね。」

 

 『2年前』という言葉にリング・ア・ベル隊の二人がピクリと反応する。

 そう、二人が何の為に此処に来ているのか彼女達は知っているのだ。

 

「送り主は『ジェシー・アンダーセン』。あぁ、君達が良く知る彼だ。」

 

「……あのさぁ、アタイは回りくどい物言いは好きじゃないんだ。はっきりと何のために此処に来たのか言ってくれないか?」

 

 少しでも冷静さを見失えば襲い掛かって来そうな、そんな獰猛な動物にも似た感覚に男は襲われる。

 

「すまない。まず此方に敵意が無いという事は理解して欲しい。それに積荷が積荷なのでな、説明は充分にしておきたいんだ。」

 

「聞かせてもらおうかしら?そのために私達は急務をキャンセルしてこのペズンに残ったのだから。」

 

 クロエが青年に問い掛ける、本来なら暗礁宙域に向かう筈だった二人であったが、その出航を前にこの運送屋からの通信を受け残る事を決めたのだ。

 

 通信の内容は『ジェシー・アンダーセンから送られた荷物の受領』、リング・ア・ベル隊のみで使われる秘匿通信回線を使われて発信されたこの内容故に残らざるを得なくなったのだ。

 

「まず第一に、積荷は『箱』である事を留意して欲しい。今起きている騒乱を止められるかもしれない『箱』だ。」

 

「今起きている騒乱……?デラーズ・フリートという組織が起こそうとしている何かしらの軍事行動の事かしら?」

 

「その通りだクロエ技師長。彼はこの騒乱が起きる事を予期していた、2年も前からな。」

 

「まさか……あり得ないわ。」

 

 2年も前に、この騒乱が起きるなど予知できるわけがない……いや、しかし。

 

「まさか……シショーのニュータイプ的な予知能力って事かい?」

 

「それは分からない、彼にはニュータイプ能力があるとは確実には言えないからだ。ただ今の状況は彼にとって全て予測済みの事だと言うことだ。俺も信じられなかったが実際に彼の言う通りに事態は進んでいる。」

 

 クロエとララサーバルは困惑しながらも、有り得なくはないと言った表情を見せる。一年戦争の頃もそういった節はあったからだ。

 

「話を戻そう。今から渡す『箱』はこの騒乱の何処かのタイミングで開かれると彼は言っていた。良いか?この『箱』は絶対に俺達の手で開いてはいけない、その事は箱の中身を見せてからでも留意してくれ。そうじゃないと彼のこの2年間の意志は無為に帰すだろう。」

 

「それほど念を押すって事は余程大事な箱なんだろうね?早く見せておくれよ。」

 

「……分かった。」

 

 青年は輸送船から荷物を牽引する。普通のコンテナだ、中身もそこまで大きくはない。

 

「今から開けさせてもらう。良いか、何があっても取り乱すな。」

 

 再三の念押しをし、コンテナの中身が開かれる。

 

 

 その中身である『箱』を見たクロエとララサーバルは……。

 

「なっ……!」

 

「これは……一体どういうこと!」

 

 二人は驚きと共に青年の方に顔を向ける。

 

「落ち着いて。」

 

 銀髪の少女が二人を静止する。

 

「これは彼が貴方達に託した希望。来たる『刻』の為に封印した物。貴方達も私達も彼の為に動かなければいけない。」

 

 自分達よりも年下の女性の言葉だがクロエもララサーバルも息を呑む程の威圧感を覚える。

 

「けど……これは……!」

 

「彼が望んだ事よ。私達も本意じゃない、けどここまでの事をしなければ彼はこの先起こる事を止められないと言っていた。だから私達はその為に動いた。」

 

「あの事件も最初から自作自演だったとでも言うのかい!?あの事件のせいでアンナ隊長がどんな酷いことになったか!」

 

「知っているわ。此処に来る前にマハルに行ったもの。」

 

「……っ!」

 

「そこで聞いたわ。あの事件の後であの人に何があったかも、けど信じて欲しいのはあの事件の全てが彼の仕組んだものでは無いと言うこと。」

 

「あの事件は彼が起こしたものではない。逆にあの事件のせいで彼はこう動かざるを得なくなったんだ、彼女の為にもな。」

 

「それで……私達に何をしろって言うの?」

 

 クロエが問いただす、本題を聞かなければいずれにせよこの事態は進展する事はない。彼が一体何をするつもりだったのかを聞かなければ。

 

「殆どはネオ・ジオン共和国のガルマ代表が手筈を整えてくれている。我々に必要なのは彼の為の機体とついでに俺にも機体を用意してくれると有難い。」

 

「……。分かったわ。」

 

「センセー……良いのかい?」

 

「どちらにせよ私達に出来ることは限られてるし……この『箱』を見たらジェシーくんが何をするつもりかは分からないけど、アンナちゃんの為に何かしようって意思は伝わったでしょ?……やるしかないわ。」

 

「荷物の受領は完了したと見てよろしいかな?」

 

「えぇ。彼の為の機体も、貴方の為の機体も用意してあげる。元々あの人用に準備した機体があるんだもの、乗り手が戻ってくるならちゃんと整備してあげなきゃね。それと……今は乗り手がいなくて眠っているあの子にも役立ってもらうつもりよ。」

 

「眠っている機体……?ふっ、まさかあの機体に俺を乗せてくれるのかな。」

 

「えぇ、運送屋さん。『あの機体』に乗るつもりなら貴方も覚悟を決めてもらうわよ?」

 

「いいだろう。俺の誇りに賭けても乗りこなしてみせるさ。」

 

「なら依頼するわ運送屋さん、私の依頼は『行方不明になったジェシー・アンダーセンをアンナ・フォン・エルデヴァッサーの元へ届ける』ことよ。」

 

「引き受けた。運送屋『エンタープライズ』の仕事をとくとご覧になっていただこう。」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 月面都市フォン・ブラウン。寄港したアルビオンクルー、そしてリング・ア・ベル隊の面々は上陸許可を得て束の間の休息を与えられていた。

 そして連邦軍人で貸し切られたバーでは宴会と呼ぶに相応しい光景となっていた。

 

「ハッハッハ!そこで俺がデラーズ・フリートのMSをちぎっては投げ、ちぎっては投げってして行ったって訳よ!」

 

「キャー!凄いんですねぇ!」

 

 モンシアを始め女性に囲まれながら大騒ぎしているアルビオンクルー達を横目にグリムは物思いに吹けながら一人酒を呷った。

 

「グリムたいちょぉー。どうしたんれすかぁ一人で〜?」

 

「ベアトリス……だいぶ飲んでいるな?」

 

「あっはは、こんなの全然平気れすよ〜。たいちょーもどんどん飲みましょ〜!?」

 

「遠慮しておく、今のキミみたいになりたくはないからね。」

 

 少しずつ酒を飲みながら少し柔らかくなった頭であの時のアンナ隊長の言葉を思い返す。

 

『ジェシーは数年前から、このデラーズ・フリートが活動を行う事を知っていました。ヴァイスリッターに残されていたボイスメッセージにはトリントン基地で起こるガンダムの強奪、その後のアフリカでの追撃も彼は予知していた。……そしてこの後に起きる事も、彼の言葉の通りであるのなら……。』

 

「観艦式で2号機が核攻撃を行う……そんな事があり得るのか……?」

 

 戦後の連邦軍による一大軍事パレードである観艦式には多くの宇宙軍が参加する。

 そこに幾ら高性能機で戦術核を搭載しているガンダム試作2号機が奇襲を仕掛けたとしても即時撃破されるのが関の山だろう。幾らソロモンの悪夢と言われたエースパイロットのアナベル・ガトーと言ってもだ。

 

「馬鹿げている……、と言っても信憑性が全くない訳でもないか。」

 

 仮に成功すれば連邦艦隊はほぼ壊滅状態になる。そうなれば残党軍にとってはその後に起こす全ての行動が有利に働く事になる。アンナ隊長が言ったアンダーセン大尉の言葉を信じるのであればその後に起こす行動は……。

 

「コロニー落とし……か。」

 

 観艦式の襲撃自体がコロニー落としをする為の陽動だと言うのだ、インパクトとしては確かに凄い作戦ではある。

 ……だがそれが本当に起こるのか、それが疑問だ。

 幾らアンダーセン大尉が残した記録とは言え、俄には信じ難い内容だ……、他の人に言った所で信用される訳がない。

 けれど作戦としてはかなり優秀な内容だ、上手くいけば連邦軍に大打撃を与えられる。

 

 そうさせない為にアンナ隊長は連邦宇宙軍大将であり観艦式を執り行うグリーン・ワイアット大将へ観艦式の中止を呼びかけている。とは言っても流石にアンダーセン大尉の残したメッセージを理由には出来ないので敵の思惑から推測される行動としての提言でしかない為、取り合ってくれなければ対応は難しいだろう。

 向こうからしたら大艦隊で待ち構えているのだ、来るなら来いと言った所だろう。たかが残党軍の艦隊で何が出来るのかと、僕ですら事態に関わっていなければそう思うだろう。

 それに観艦式を中止するということは残党軍に対して及び腰だという姿勢をスペースノイド全体に見せることにも繋がる、連邦軍の威厳を見せつける為にも中止は出来ないだろう。敵はそれすらも予測済みなのかもしれない。

 

「……考える事ばかりだな。」

 

 アンナ隊長があれだけ事態に困惑していたのも今なら分かる、仮にアンダーセン大尉が2年前からデラーズ・フリートと内通し、彼らの作戦内容を予め知っていたとしたら……そう考える事もできる。ヴァイスリッターの記録も予めそう仕組んでおく事も出来るのだから。

 それでもこうやって僕らに話してくれたと言うことはあの人はアンダーセン大尉を信じたという事だ。なら仲間である僕達はそれを信じるだけだ。

 思い返せばブルーディスティニー1号機の事故もあの人は予見していたフシがある、カルラは偶に未来予知が出来るんじゃないかと言っていたけど……もしかしたら本当にそういう力があるのかもしれない。

 

「グリム隊長、先程から深刻な顔をしていますが……どうなされたんですか?」

 

「ん、セレナか。何でもないよ。」

 

 考え事をしている間にいつの間にか酔い潰れて寝てしまっているベアトリスに変わって次はセレナが来た、まぁアルビオン隊の状況を見れば向こうよりこっちに来るのは仕方ないか。

 

「もっと飲みましょうよ隊長……!前から思っていましたが隊長は真面目過ぎます……!」

 

「……はぁ?」

 

 思わず素で呆れ声が出てしまった、と言うか彼女自体もベアトリスと変わらないくらい飲んでいるのか酒の匂いが凄い。

 

「うぅ……セレナ……もう私飲めない……。」

 

「じゃあもう隊長に飲んでもらうしかないです……!飲みましょう隊長……!」

 

 ……これはカルラやクロエに報告する内容が増えるな、この二人はアンダーセン大尉レベルに酒に弱い……!しかも酒癖の悪さまで似ている……!

 

「勘弁して欲しいな、今はそういう状況じゃ……。」

 

 そう思っているとバーの扉が開き、バニング大尉の姿が見えた。助けを求めようと思ったがよく見てみると……。

 

「ん……?……なぁ、あっちへ行こう。」

 

「……?えぇ。」

 

 隣に若い女性を連れ、このバーの状況を見た途端踵を返して去って行った。

 その姿を見て大きく溜息を吐く。……まさかあの真面目そうなバニング大尉にもそういう所があったなんて。

 

「……はぁ、一人で真面目に考えているのが馬鹿馬鹿しくなってきたな。」

 

 この場にいないアンナ隊長やジュネットは別にしても僕みたいな一パイロットが深く頭を悩ませていた所で意味はないのかもしれない。

 自分はパイロットとして隊長達の役に立てば良いのだ。それがMSパイロットとしての自分の役目であり誇れる事なのだから。

 そう思ったグリムは酔い潰れた部下二人を抱えて取り敢えずこの場から離れる事にした。この酒癖の悪い二人をそのままにするのも問題が起こりそうだし、その後で飲み直すにしても一人の方がずっと気楽だと思うのであった。

 

 

ーーー

 

 

「アーウィン、何処へ行くつもりなんだ!?」

 

 アルビオンから降りて、一人何処かへ向かおうとするアーウィンに対してレイが焦りながら呼び止めた。

 

「俺のことは放っておけレイ、お前は休んでいれば良い。」

 

「けど……アーウィンの顔色は酷く悪いじゃないか、放ってはおけないよ!」

 

 仮面で隠されている顔の上半分は見えないが、他の見える部分はだいぶ青褪めているのが分かる。少なくとも正常な状態には見えなかった。

 

「放っておけと言っている……!俺はこれから人に会わなければならないんだ、お前はお前で好きに行動していろ……!」

 

 レイを突き放すとアーウィンはタクシーに乗りその場を去っていった。途方に暮れていたレイに、青い髪の少女が近づいてきた。

 

「大丈夫ですか?何か騒ぎ声がしていましたけど。」

 

「あぁ、大丈夫……だ……。」

 

 その少女を見ると同時にレイ・レーゲンドルフは異様な感覚に襲われた。

 

「なんだ……君は……!?」

 

「貴方……、何……?深い……深い悲しみを持っている……?」

 

「……!?僕の心を覗くな!」

 

 思わず彼女を突き飛ばしそうになるが、何とか抑えて距離を取る。

 

「君は……EC社の人間か……!」

 

 アルビオンと共に入港した曙光の同型艦から出てきたのだろう、近くにはその艦しかないのだからそうとしか思えないとレイは思った。

 

「ニュータイプなのか……君は……!」

 

「そういう貴方は……。」

 

 ダメだ、このままこの場にいれば何もかも見透かされてしまう。レイはそう感じるとなりふり構わす走りだした。

 

 

 

「待って……!……行ってしまった……。」

 

 マリオンは追いかけようとしたが、人並み以上の速さで去って行った少年を見て心がざわつくのを感じた。

 

「あの異常な身体能力……それに……。」

 

 一瞬だけ触れたレイの心、そこには深い絶望と悲しみ、そして憎しみが見えた。それはかつて出会ったグレイという人物が抱えていた感情と酷似していた。

 

「……空が落ちてくる……。」

 

 ショックイメージとして伝わった光景はまさに空が落ちてくると言うに相応しいようにコロニーが落ちてくる光景が広がっていた。

 聞いたことがある……あの戦争以降地上で被害に遭った人はコロニー落としの光景がトラウマになって悪夢として見る事が多くなったと……。

 

「……。」

 

 彼もその被害者だった……?いや、それ以外にも何かを感じたのも確かだ。それに……。

 

「でも、もっと別の……あの人より更に強い憎しみを持った人が何処かにいた……。」

 

 強い負の感情が発せられていたのを感じて船を降りた、しかし出会った彼とはまた違う強い感情を持った人がいた筈なのだ。

 

 

 

ーーー

 

 

「遅かったじゃないか……、カーディアス・ビスト。」

 

 フォン・ブラウンのビスト家の別邸、そこにアーウィン・レーゲンドルフとカーディアス・ビストが相対している。

 

「急な呼び出しであったからな、それに君に頼まれた物も用意する必要もあった。これが頼まれていた物だ。」

 

 カーディアスはアーウィンに紙袋を渡す、アーウィンはそれをすぐに開くと中に入っていた薬を飲み込んだ。

 

「……助かったよ。そろそろ俺も電池切れなんでな。」

 

「ガンダムの方はフォン・ブラウンの工場に秘匿してある予備パーツの方で修理する事になっている、これで君から頼まれていた事は全てだな?」

 

「あぁ、もうお前達ビスト家を頼る事も無くなる。お前にとっても朗報だろうよ。」

 

 皮肉めいた物言いでクスクスと笑うアーウィン、カーディアスはその笑い方を最後まで好きにはなれなかった。

 

「デラーズ・フリートの蜂起、君の『予言』の通りに物事は進んではいる。しかし細部は流石に違う様だがな。」

 

「仕方のない事だ、俺の言っていた事は『予言』ではなく予想でしかないからな。前提さえ合っていれば予言に成り得ただろうがな。」

 

「だがアナハイムとしては君と関わって結局は正解だった訳だ。この騒乱を利用して連邦に対して優位に立てる。」

 

「ククク……ジオンにも……だろ?」

 

「……。」

 

「まぁ後は好きにする事だな、俺の知識では恐らくこの騒乱以降の予想は全くアテにならないし俺が助言できる訳でもない。今回の事で得たことを利用してやりたい様にすれば良いさ。」

 

「良いのか、君の身体も時間をかければ死なずに済む事も可能になるのだぞ?」

 

「サイアム・ビストみたいにチマチマ冷凍睡眠しながら見苦しく生きろってか?嫌なこった。」

 

 少なくともまともに生きていられる内に成し遂げねばならない事がある、そうアーウィンは決意しカーディアスの方を見る。

 

「俺はこの世界を壊す、まやかしの平和など築かせはしない。これが俺の復讐なんだ。」

 

「自分を『強化人間』にさせた世界へのか?」

 

 ピクリ、とアーウィンが眉を顰めた。

 

「俺に気取られず調べたのか、流石は連邦軍さえ恐れるラプラスの箱を持ったビスト財団だな。」

 

「調べない訳にもいかないからな。君とは良いビジネスの関係を築く事が出来たがそれでも不穏な人物である事には間違いなかったからな。」

 

「ククク……最終的には信用して頂き有難き幸せ……とでも言うべきか?……俺は別に強化された事に恨みはない。どちらかと言えば感謝さえしているんだ。」

 

「感謝……?」

 

「その通りだろう?どうせ俺は強化されようがされまいが焼け爛れちまった脳味噌で長くは生きれない。そして強化されたからこそ、お前達ビスト家に相対する事もできた。パイロットとしての反応速度等も含めて充分過ぎる見返りだ。」

 

「……なら何が君をそこまで復讐に駆り立てる?君のその世界を恨む強さは相当な物だ。相応の理由があるのではないのか?」

 

「妻が殺された。……毒ガスでな。」

 

 ジオンのブリティッシュ作戦か。カーディアスはそう思い口にしようとしたが、彼の目から放たれる威圧感に押され口に出すのをやめる。

 

「懸命な判断だな、余計なことを口に出せばイラついて殺してしまう所だった。」

 

「理由としては納得の行く所だからな。腑に落ちたよ。」

 

「ククク……共感できる部分があるって言いたいか?正妻や息子よりも大切な女や子供が失われるのは嫌だものなぁ。」

 

「その通りだ、言い訳はしないさ。」

 

 少なくとも息子であるアルベルトを嫌っている訳ではないし、正妻に対する愛も人並みにはあっただろう。だが、それ以上に救われた愛があるのもまた事実なのだ。

 

「ふん、なら大切にすれば良いさ。貴様がいつまでもサイアム・ビストの人形であるならば愛想は尽かされるだろうとは言っておこう。」

 

「参考にしておこう。」

 

 自分とていつまでも祖父の人形ではない、……だが彼を赦す事ができるのもまた自分だけなのだとカーディアスは心の中で思う。

 

「さようならだカーディアス・ビスト。子供は大切にするんだな、本当に大事なのならな。」

 

「さらばだアーウィン・レーゲンドルフ、君の復讐が成就される事を少なからず祈っているよ。」

 

 互いに相容れない関係ではあったが、心の中にある何かが共感したのか最後には憎しみ合う事なく別れを告げた。

 

 

 

 一人別邸に残されたカーディアス、物思いに耽ていると誰かがドアを開ける音が聞こえる。先程別れを告げたアーウィン・レーゲンドルフで無いのならば考えられるのは……。

 

「父さん、ここに居ると聞いて来ました。」

 

「アルベルトか。」

 

 そう、考えられるのはビスト家の人間。一人では動くこともままならない祖父を除けば後はマーサか息子だけだろう。

 

「申し訳ありません、エルデヴァッサー家との縁談は破談になりました。」

 

「……そうか。」

 

 元々フィアンセであるジェシー・アンダーセンが行方不明になったが為にECを取り入れる手段の保険として始めた縁談でしかない。上手くいくとは最初から思ってはいなかった。

 

「父さん、その反応は最初から僕に期待をしていなかった……と言う事ですか。」

 

「そうではない。最初からこの縁談自体上手くいくとは思っていなかったさ。マーサが言い出した事だからな。」

 

「叔母さんが……。」

 

「アルベルト、何か言いたい事があるのだろう。だからこそわざわざ私に会いにここまで来たのだから。」

 

 物事の駆け引きには向かないだろう、感情を露わにしている所は若さ故か……それとも……。

 

「地上に降りて、色々考えさせられたんだ。地球連邦というシステムの綻び、そしてジオン公国残党が何故これほどまで地球や他サイドを恨むのか。そして……。」

 

「そのどちらとも手を結ぼうとするアナハイムの醜悪さか?」

 

「父さんは知っていたのですか!あの核を積んだガンダムが奪われると!」

 

「感情的になるなアルベルト、我々とアナハイムは共存共栄だ。それだけ言えばビスト家の教育を受けたお前なら理解出来るだろう。」

 

「連邦からも……ジオン残党からも利益を得ようと!?そんなのはおかしいよ父さん!」

 

「アルベルト、お前はあの一年戦争と呼ばれた戦いをどう思う?」

 

「それは……。」

 

「ジオン公国と地球連邦軍の戦いか?それともアースノイドとスペースノイドの戦いか?どちらが善であって悪であるのか、お前には理解できるのか?」

 

「……っ。」

 

 そう、物事はその様に単純な答えでは形成されていない。

 戦いに勝った連邦軍やネオ・ジオンが正しいか?そうではない、コロニー落としなどの蛮行は到底許されるものではないが、ジオン公国にそうさせてしまった原因は地球連邦が産んだのだ。

 我々が持つラプラスの箱は、連邦の恥部であるしジオン公国の凶行に至る原因でもある。初代地球連邦首相のマーセナスを私利私欲の為に殺しさえしなければ未来は変わっていたかもしれない。

 

 だが全ては後の祭りだ。この戦争で疲弊した地球には最早後は無く、徐々に宇宙に経済はシフトして行くだろう。コロニー落としによって起きた気候変動で今までの様に豊富な地球資源に頼る事は難しくなっている。

 主権が宇宙に移った時にいつまでも地球連邦に与していれば商機を逃してしまうだろう。

 

 我々は常に優位に在らねばならない、アースノイドにもスペースノイドにも。

 

「お前の言いたい事は理解できる。だが我々ビスト財団、そしてアナハイム・エレクトロニクスが今後の地球圏で優位に立ち続ける必要もあるという事を忘れるな。」

 

「それでも……それでも僕は父さん達を軽蔑する……!こんなやり方ではいつか身を滅ぼすだけだ!」

 

「ならお前はどうしたいのだアルベルト。」

 

「父さん……僕もそろそろ成人だ、自分の道は自分で決めたい。ビスト家の人形のままではいたくないんだ!」

 

 ……かつて、そう思い身分を隠して軍に入隊した時の事を思い出す。

 蛙の子は蛙と言う諺があるが、やはりこの子もまた自分の息子なのだと実感する。

 

「ビスト家を出るのか、止めはしない。だがお前の歩む道は困難を極める事になる、それは分かるな?」

 

「分かっているよ父さん、家を出た所でビスト家の宿命は付き纏うと言う事は。でも……『それでも』前に進むと決めたんだ、あの人の様に。」

 

 僅か数週間にも満たない地球での経験が、息子を変えた。それは恐らく……。

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサーは良い女であったか?」

 

「えぇ、彼女のフィアンセを羨む程に。」

 

 アルベルトは恨みや妬みを感じさせない誠実な言葉を返す。

 

「……祖父やマーサには私から上手く言っておこう。行くが良いアルベルト、お前の歩みたい未来にな。」

 

「今までお世話になりました父さん……、お元気で。」

 

 振り返る事なく去って行くアルベルト、迷いは本当に無いのだろう。若さ故の愚行になるかどうかは分からないが息子の歩む旅路がどうか良いものであって欲しいと思う。

 祖父やマーサは口を挟んで来るかもしれないが、かつて私が歩んだ様にいずれ戻って来ると誤魔化せば良いだろう。

 ……その可能性も無くは無いのだ。それほど迄に箱の呪いは根深い。

 結局自分もその呪縛からは逃れられなかったのだから。

 

 だが今は、その鎖を断ち切ろうとする息子を誇りに思うとしよう。

 そう思いながらカーディアスは息子の旅路を祝う様に酒を呷った



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 それぞれの誇り(後編)

 

「おいテメェ!どこ見て歩いていやがる!」

 

 フォン・ブラウンの街に降り、ニナに渡されたメモを頼りに下層ブロックへと向かっている最中、喧嘩と思われる怒声が聞こえるのを確認し目を向けた時、そこにいるのが見知った自分の仲間だと気付いた。

 

「ぶつかっといて謝りもしねぇとは偉そうなガキじゃねぇか!連邦軍の制服着てる所を見れば軍人か?ガキが偉そうに!」

 

 殴り掛かろうとする男を止めようと走って向かうが、その前にレイの拳が相手に襲いかかった。

 

「な……っ……!」

 

「レイ!やめるんだ!」

 

「……っウラキか……!」

 

「チッ……味方かよ……!クソっ、テメェらなんてデラーズ・フリートにやられちまえば良いんだよアースノイドが!」

 

 暴言を吐き、よろけながら去って行く男がいなくなるのを確認して、レイが汗だくになっているのが分かった。

 

「酷い汗じゃないか!」

 

「ふん……ここまで走って来たんだ、汗くらい出るさ。」

 

「ここまで……!?」

 

 少なくとも港からここまではかなりの距離がある、僕でさえタクシーを使ってここまで来たと言うのに……。

 

「取り敢えず水を飲めよ。喉乾いたろ?」

 

「……ありがとう。」

 

 持っていた飲み物を渡すとレイは一気に飲み干す。脱水症状もあるだろうがそれ以上に体調も良くなさそうだ。

 ここに放っておく訳にも行かないし……。

 

「レイ、僕は今から人に会うんだけど一緒に行かないか?」

 

「……っ。アーウィンはそうは言ってくれなかったのに……。」

 

 一瞬レイが小さな声で何か言ったが聞き取れなかった。

 

「どうする?」

 

「あぁ……行くよ。今は行く当ても無いからな。」

 

 不本意そうだけど着いてきてくれそうで何よりだ、このまま一人にはしておけないからこの方が良いだろう。

 

「じゃあ行こうか。」

 

「それでウラキ、何処に行くつもりだ?」

 

「ん……?ああそうだった、言ってなかった。ニナからガトーの同僚だった人がこの近くにいるって言われてさ、デラーズ・フリートに参加するかもしれないから止めて欲しいって言われたんだ。」

 

「同僚……あぁアイツの事か。」

 

「知ってるのかレイ?」

 

「あのなぁウラキ、僕はアーウィンと一緒にアナハイムとEC社を監視してたって前に言っただろ。その時にソイツの事はもう調べてあるんだよ、こっちだ。」

 

 そう言えばニナのスパイ疑惑の時に色々調べていたと言ってたな、そう思いながら迷う事なく歩みを進めるレイについて行く。もうだいぶ前に調べた事だろうにその足並みは止まることなく一切乱れることはない、凄い記憶力だ。

 

「このジャンクの山から見える建物があるだろ?そこでジャンク屋をやってるんだよ。ケリィ・レズナー元ジオン公国軍大尉、一年戦争時はアナベル・ガトーと同じくソロモンの防衛部隊に所属していて当時の乗機はMAのビグロ、チェンバロ作戦の時に左腕を負傷して以後はパイロット資格を剥奪されて終戦を迎え、戦後このフォン・ブラウンでジャンク屋で生計を立てて生活をしている。」

 

「随分と詳しいんだな?」

 

「アーウィンがやたらと気に掛けていたからな、何故かは分からないけど。」

 

「レイはさ、アーウィンさんを本当に慕っているんだな。話している時の顔はホント活き活きしてるしさ。」

 

「当たり前だろ、アーウィンは僕にとって命の恩人なんだ。」

 

「……ん?待てよレイ、その言い方……。」

 

「あぁ、僕とアーウィンに直接的な血の繋がりはないよ。ただ苦しめられていた僕を助けてくれて、その後で兄の様に接してくれたのがアーウィンなんだ。」

 

 確かに兄弟と言うにはあまり似ている様には思っていなかったが、そんな事情があったなんて、……でも一年戦争で大勢の人に色々な事があったんだ、誰にどんな事情があってもおかしくはないんだよな。

 

「何ボヤっとしてるんだよウラキ。用があるならさっさと行こう。」

 

「あ、あぁ。」

 

 先程の不調さを見せなくなったレイと共にジャンク屋と思しき工場の前に着く。

 

「すみませーん。誰かいらっしゃいませんか?」

 

 静かな工場の中で声を出して呼びかけるが返答はない。

 

「すみませーん!」

 

「動くな。」

 

 突然背中に金属の物の様な冷たい感触が押し付けられる……銃か!?

 

「連邦軍が俺に何の用だ。返答次第ではタダではおかない。」

 

「ぼ、僕はニナに頼まれて貴方に会うように頼まれて来たんです……。」

 

「何?ニナさんが……?」

 

 背中にあった感触が無くなる。振り向くと其処には義手をした筋肉質な男性が立っていた。先程突き立てられていたのは銃に見せかけただけで義手だったのか。

 

「ケリィ・レズナーさんですか?」

 

「あぁそうだ。お前ら2人は連邦軍人か?今時の連邦は随分ひ弱そうな連中ばかりになったみたいだな。」

 

「あの、僕は貴方に用があって───」

 

「おい、さっきから思っていたが軍人なら『僕』なんて言葉を使うんじゃあない。そんなナヨナヨした言葉遣いをされたら虫唾が走っちまう。」

 

「は、はい。自分はニナに頼まれて貴方の様子を窺いに来たんです。」

 

「どうしてニナさんが俺を気に掛ける?デラーズ・フリートにでも参加されたら困るとでも思っているのか?」

 

 図星を突かれて一瞬ドキッとするがそういう反応を見せたら怒りそうだ。ここは適切に言葉を選ぼう。

 

「ニナは戦争で負傷した貴方がデラーズ・フリートに参加しないか不安に思っていました。だから自分にそれを確認して欲しいと。」

 

「なら何故ニナさん本人が来ない?それに元ジオン軍人の俺に連邦軍の人間を差し向ける、その理由はなんだ?」

 

「ニナは……自分とガトーは似ている所があるから自分なら貴方がデラーズ・フリートに参加するつもりなら止められるかもしれないと言っていました。だから止めに来たんです。」

 

 ガトーと似ている、そう言った途端ケリィさんが大声で笑いだす。

 

「お前とガトーが似ている?笑わせるな!ガトーはお前の様に生っちょろい男じゃない。」

 

「知っています!自分とは違う信念を持って、それをやり通そうとする強い意志を持っているのも。けど自分だってガトーがやろうとしている事を必死で止めたいんです!」

 

「ほぅ、その言い振りだとガトーと戦ったのか。それで生きてるなら大した奴だがな。」

 

「機体のおかげです、ガンダムじゃなければ自分は今頃……。」

 

 『ガンダム』その単語を発した瞬間、ケリィさんの目が大きく開かれる。

 

「ガンダムだと……?貴様……俺の腕がこうなった理由を聞いてないのか!」

 

「えっ……!?」

 

「ソロモンでの戦いで……俺はアムロ・レイの乗ったガンダムと戦ってこうなったんだ!ニナさんは俺に連邦軍人でガンダムのパイロットを寄越したって言うのか!バカにするのも大概にしろ!」

 

 怒鳴りながら自分に向かって義手を振り下ろそうとするケリィさんだが、何かがおかしい、戦場で感じる様な敵意が感じられなくそのまま棒立ちしているとやはり彼は腕を振り下ろすのを途中で止めた。

 

「馬鹿にしてたが中々肝の座った奴だな。お前もその隣の奴も。」

 

「怒鳴っているのに敵意が感じられなかったからね、元パイロットって言うなら本気でやるつもりだったらもっと殺気がある筈だからな。」

 

 レイも同じ様に思ったらしい、ケリィさんはニヤリと笑うと先程までの印象をガラッと変え話しかける。

 

「試して悪かったな。立ち話もなんだ、中に入れ。」

 

「はい、失礼します。」

 

 工場の中に入る、個人がやっているジャンク屋にしてはそれなりの設備が揃っているし綺麗に整頓されている。素晴らしい場所だ。

 

「さっきは邪険に扱って悪かったな、こっちも今はピリピリしてるもんでな。怪しい人間だったら追い返したかったのさ。」

 

 自分とレイにコーヒーを差し出される。この反応だと彼はデラーズ・フリートには参加しないのだろうか?連邦軍人の僕らがここにいる事を許容しているのだし。

 

「単刀直入に聞きますがケリィさんはデラーズ・フリートには参加なさるのですか?」

 

 遠回しに言うよりは単刀直入に聞こう。下手な小細工を仕掛けてもイラつかせるだけの筈だ。

 

「逆に聞くが、お前らはこの俺の姿を見て参加すると思うか?一年戦争で俺はパイロット資格を剥奪されたんだ、この腕のせいでな。」

 

「けどジオン公国は戦争末期に義手義足の人間でもMSに乗れる様にコクピットの改造とかしてただろう?それを利用すれば乗れると思うけどね。」

 

 レイはそう発言する、確かに昔見た資料か何かには大戦末期に負傷したパイロットすら戦力として活用する為に色々な事をしていたと聞いた事がある。

 

「中々察しが良いな。こっちに来い、良いものを見せてやる。」

 

 金属製の階段を降りると大きなシートを被っている何かを見つける、このサイズ……それにこの形状は……。

 

「MA……ですか?」

 

「そうだ、戦争末期に月で開発されていたらしいが結局完成せずに捨てられていた奴を俺が修理していた。」

 

 見たところ、殆ど外装は完成している。後は内部の細かな接続部のみだろう。

 

「ケリィさんはこれに乗ってデラーズ・フリートに参加するつもりなのですか?」

 

「……正直に言えば迷っている。初対面の連邦軍人の若造に言うのも何だがな。」

 

「迷って……?」

 

「ニナさんがお前を寄越したのも何も無策では無いって事だ。お前でも俺が止められる自信があるのさ。」

 

「それは……どういう事でしょうか?」

 

「……お前、名前は?」

 

「コウ・ウラキ少尉であります!」

 

「よしウラキ、言っておくが何に対してもすぐ人に質問するのをやめろ。自分で考えて自分なりの結論が出てから人に質問するんだ。」

 

 ……成る程、自分が質問ばかりしているのはあまり良い印象では無いようだ。

 なら考えろ……、ケリィさんは何に迷っている?何故ニナは僕でも止められると信じてここを教えてくれた……?

 思い出せ……ガトーの言葉を……。

 

「戦う……意味……、信念ですか?」

 

「そうだ。戦士とは闘争本能が全てだ、目の前の敵をただ倒す。それだけを成し遂げるための存在だ。」

 

「今のケリィさんにはその意志が無くなっていると?」

 

「それは違う。俺の腕をこんなにして、そして戦争に勝ってなお変わらない連邦政府に対しての怒りはまだ残っている。」

 

「なら、どうして?」

 

「それに対して暴力で解決するのが本当に正しいのか、ガトーやデラーズ閣下の様に再び独立戦争を掲げて戦う価値はあるのか、それが分からないのさ。」

 

「……ニナも言ってました、共和国になり自治権の獲得が出来たジオン、ネオ・ジオンの両国に合流する事も出来たのにと。」

 

「そういう事だ。昔と違い対話という路線がそれなりには用意されているし、其処に住む連中の意志を無視して力を奮えば同胞達はどうなる?ただでさえ俺達ジオンはコロニー落としで対外的なイメージは良くない。ザビ家だけのやった事とは言えないんだからな。」

 

「それが迷っている理由なんですね。他にも道があるという事が戦う事に迷いを与えていると。」

 

「理由の一つだ。ウラキ、お前は今連邦軍人をしているな、それは何の為だ?何を理由に戦う?何に誇りを持ち戦っている?」

 

「それは……。」

 

 ガトーが言っていた、信念を持たない者には話す舌を持たないと。

 自分が何の為に戦うのか……か。

 

「正直なところ、自分はガトーと戦うまで信念とは無縁でした。戦争があったから軍人になって、連邦軍に入ったからジオン残党と戦う為に訓練する……それに何の疑問も持っていませんでした。」

 

「ガトーに会ってそれが変わったって言いたいのか?」

 

「はい。ガトーのやっている事、それ自体には共感は出来ません。ただ確固たる信念を持って、それを成し遂げる為の執念……それを間近で見てから自分も決意を新たにしないとガトーを相見える資格が無いと感じたんです。」

 

「それで?どんな決意をしたって言うんだ?」

 

「軍人として、テロ行為を行うデラーズ・フリートを……それに与するアナベル・ガトーも止める。単純な結論ですけど、連邦軍の士官として自分の責務を果たそうと思います。一度は戦う意味さえ介せない男と言われましたが、今度は絶対にそんな事は言わせません。今はちゃんと戦う意味を持っていると自負していますから。」

 

「……成る程な、甘さは見えるが芯は立たせたと言う訳か。」

 

 ケリィさんは納得したのか先程より緊迫した雰囲気は無くなった。

 

「お前の様に愚直でも戦う理由があれば戦士として戦える。だが今の俺はそうじゃないのさ、戦う事に迷いを持っている。それはさっき話した事も含めてもう一つな。」

 

「ケリィ?お客様が来ているの?」

 

 話していると工場に女性が現れる、ケリィさんの知り合いだろうか?

 

「面白い客だぞラトーラ。連邦軍人だ。」

 

「……!?どういうこと、ケリィ?」

 

「なに、知り合いが俺がデラーズ・フリートに参加すると思って焦って遣いを寄越しただけだ。」

 

「そんな……ケリィはデラーズ・フリートに参加なんてしません!出て行って!」

 

 声を荒げ、此方に敵意を向けてくる女性にたじろいでいるとケリィさんがそれを止めた。

 

「落ち着けラトーラ、俺はデラーズ・フリートに参加はしない。その説明をしていた所だ。」

 

「……ケリィさん。失礼な話ですけど、ケリィさんが戦わない理由ってもしかして……。」

 

 ラトーラと呼ばれた女性を注視すると、腹部に膨らみが見える。下衆な勘繰りはしたくないがケリィさんが戦わない理由が何となく見えた。

 

「あぁ、彼女の腹の中には俺の子供がいる。」

 

「だからですか、ケリィさんが戦いに参加しない理由は。」

 

「一年戦争の頃、そして終戦して此処に流れついた時も俺の中にあったのは連邦への復讐心だった。月に潜伏していたガトーと一緒に連邦への恨みを果たす事を誓い、その為にこのMAも直しながら暮らしていたのさ。」

 

 ケリィさんは今までの自分の事を語り始める。

 

「そんな時、頼んでもいないのに俺の身の回りの世話を始めたのがラトーラだった。荒んだ俺を、邪険に扱う俺をそれでも見離さずに見守ってくれたんだ。そんな時、俺のジャンク屋に出資すると言う男が現れた。」

 

「出資?」

 

「あぁ、身元を明かさない足長おじさんとでも言えば良いのか、見返りは求めず金だけ出してただの寂れたジャンク屋だった此処をそれなりの工場にまでしてくれた。会った事すらない人間が何故俺に対してそこまでしてくれたのかは分からない。だがそのおかげで俺は心に余裕が出来て今までを振り返る事が出来た。」

 

「足長おじさんねぇ……。」

 

 レイは訝しみながらもケリィさんの言葉に耳を傾けている。自分もこの工場の設備をケリィさん一人で揃えたにしては怪しいと思っていたが理由を聞いたら納得できた、ただ誰が出資してくれたのかは謎だけど。

 

「考える時間の増えた俺は、牙の抜けた野獣も同然になった。闘争心は萎え、目の前にいてくれる女性を無碍に扱っていた事に恥じた。そして男としてケジメを付けて彼女を生涯護ると誓ったんだ。……そして目の前に俺が本当に戦う為の理由が出来た。」

 

 ラトーラさんのお腹を優しく撫でる姿は、確かに兵士と言うには最早似つかわしくない、優しい父親となる男の姿だった。

 

「と、言うわけだ。俺はもう軍人をやるつもりはない、ニナさんはそれを察していたのかも知れんが確証は無かったからお前を行かせたんだ。ガトーの様に不器用なお前を見せつければ少しは決心が鈍ると思ったんだろう。」

 

「ぶ、不器用ですか……。」

 

「愚直と言っても言いだろう。だがお前もガトーも折れない芯がある。それは兵士としての強さだ、俺にはもうそれが無い。」

 

「けど自分はケリィさんを尊敬します、貴方はラトーラさんやお子さんを護る為の戦士になったんですから。」

 

「ふっ、ありがとよ。……俺にはウラキ、お前もガトーも死んでほしく無いと思っている、お前とは会ったばかりだが昔の自分を見てるような気分になった。だがガトーも死地を共に駆けた戦友だ、どんな道を歩む事を決めてもその道を止めたくはない。」

 

「……。」

 

「だがそれは俺の感傷だ。お前はお前の誇りを、ガトーはガトーの誇りを持って全身全霊を以って戦うだろう。其処に口出しするつもりも無ければ権利もない。だが言っておくぞウラキ、悔いを残す戦いだけはするな。」

 

「悔いを残す……。」

 

「悔いを残せばそれはいつまでも心の中に燻る、『あの時何故こうしなかった』と永遠に解決しない事を考え続ける、そうならない様にこの戦いがどんな結末を迎える事になっても悔いだけは残すな。」

 

「分かりました、ありがとうございますケリィさん。」

 

「ニナさんにはよろしく伝えておいてくれ。俺の事は心配いらんとな。」

 

「はい!失礼します。」

 

 敬礼をし、レイと共に工場を後にする。

 初対面で束の間の邂逅ではあったが、ケリィ・レズナーという男性の心情に触れ、自分が連邦軍人としてどうあるべきかを再確認できた。ニナはそこまで考えていなかっただろうけど今回の件は自分に取っても大きな収穫となったのだ。

 

「……。」

 

「どうしたんだレイ?」

 

 先程からずっと静かだったレイに話し掛ける。何かをずっと考えていたようだ。

 

「何でもない、何でもないさ。」

 

「……?」

 

 そのまま自分の言葉を無視して歩みを進めるレイと共に、アルビオンへと戻って行くのだった。

 

 

ーーー

 

 

「……。」

 

「ケリィ、良かったの?」

 

「何がだラトーラ?」

 

 ウラキとレイという2人の連邦軍人が帰ってから数時間、ヴァル・ヴァロを整備しているとラトーラがそう話しかけてきた。

 

「本当は……今でもデラーズ・フリートに参加したいんじゃないかって……思っていたから。」

 

「さっきも言ったろう、俺にはもう兵士として戦う覚悟は無いってな。お前が気にする事じゃない。」

 

 確かに燻る心はある、兵士としてガトーと共に再び戦場で大義を掲げる……その姿を見たいと思う心もあるが、それは結局本心の大半を占めている訳ではない、中途半端な気持ちでは最早戦えないのは分かっている。

 

「ケリィ・レズナー大尉、いらっしゃるかね?」

 

 工場に男の声が響く。

 

「はい。此処に。」

 

「先日連絡したファルシュ・リューゲ大佐だ、貴官のモビルアーマーを確認しに来させてもらった。」

 

 複数の整備士らしいし人間を連れ、大佐を名乗る男が中に入っていく。

 

「ハッ、大佐自らご足労頂きありがとうございます。」

 

「何、我々デラーズ・フリートにとって大尉のモビルアーマーは貴重な戦力となるのでね。状態は自分の目で確認しておきたかったのだよ。ガトー少佐の為にもな。」

 

「ガトーは此処には……?」

 

「うむ、連邦は既に少佐がアナハイムのスタッフと関係があった事を知っているのでな。月面に降りるのは難しいだろうと来るのを断念した。」

 

「……」

 

 仕方のない事だとは分かってはいる、だがそれでも此処に来て欲しかったと言う気持ちが自分にはあった。

 

「大佐、ヴァル・ヴァロは既に殆ど完成してはいます。しかし内部の精密部品等が欠落しており、恥ずかしい話ではありますが自分では揃える事すら叶わず……。」

 

「構わんよ、……おい。」

 

「ハッ!」

 

 整備士数名がヴァル・ヴァロの確認を始める。

 

「大尉、機体の出来の方は気にしなくとも良い。最悪アナハイムから調達する。」

 

「ハッ……。やはりまだアナハイムとは繋がって?」

 

「そこは君の気にする所ではない。デラーズ・フリートには先日も言っていたが参加はしないのだろう?」

 

「はい。この腕ですから……何とか片腕でも操縦出来るよう調整はしましたが大事な作戦でヘマは出来ないことを考えると無謀だと。」

 

「大尉の実力はガトー少佐からお墨付きが出ていたがね、本人が難しいと言うなら無理強いはせんよ。」

 

「大佐!これなら何とかいけそうです!」

 

「よろしい、偽装した貨物船に積み込む準備をしろ。」

 

「ハッ!」

 

 整備士達が忙しなく動き始める、大佐は此方に向けてアタッシュケースを渡してきた。

 

「これはヴァル・ヴァロの手間賃だと思ってくれたまえ。」

 

「そんな……自分は同胞達のためにこれを組み上げたのです、金は受け取れません!」

 

「大尉、いやケリィ・レズナー『元』大尉。デラーズ・フリートに参加しない以上は君は同志では無く協力者でしかないのだよ。相応の報酬は受け取って貰わねばならない。」

 

「しかし……!」

 

「こんな時代だ、大義だけでは飯も食えないだろう。」

 

 大佐はラトーラの方に視線を向ける、確かに金さえあればラトーラや子供を育てるのに心配はいらなくなる……。

 

「という訳だ、受け取ってくれると此方も気遣いせずに済むのだがね。」

 

「……分かりました。有り難く受け取らせて頂きます。」

 

「うむ、物分かりが良くて此方も助かる。それではな。」

 

 大佐は護衛を連れ戻って行く、入れ替わりで積み込み用の人員が作業を始めていく。

 

「これで……良かったんだ。俺の戦いは……。」

 

 悔いは残る、だが俺にはガトーと共に戦う資格はない。ウラキに言ったように悔いの残る戦いをして生き延びた人間の燻りはこれほどまで人を惨めにさせるのかと自分を責めたくもなる。

 だが、これが俺の道なのだろう。あの時俺に道を指し示した誰かがくれた手紙にも書いてあったじゃないか。

 

「本当に自分を見てくれている人と共に歩め……か。」

 

 この工場に出資してくれた人間、男か女かも分からないが金と共に入っていた手紙にはそう書いてあった。俺の選んだ道は間違っちゃいない。

 大事な者を護る為の戦いはこれからなのだから。

 

 

 

 

 

「良かったのですか大佐?」

 

「何がかな?」

 

「ケリィ・レズナーです、何も金を渡す必要は無かったのでは?」

 

 部下の思慮の浅さに呆れながら、返答をする。

 

「君はもっと先を見るべきだな、確かにこの場のみに於いては使えるかどうかも怪しいモビルアーマーに金を払うのは軽率に見えるかもしれん。だが向こうもプロだ、半端な物は作っていないし先を見据えれば今の内に恩を売っておいて損はないのだよ。」

 

「先……ですか?」

 

「戦いはこの一戦で終わるとは限らないのだよ。後々の為に打てる手は打っておくのが私のポリシーなのでね。」

 

「了解しました。」

 

「それで、本命の方はどうなっている?」

 

「ハッ、アナハイムのオサリバン常務からは偽装が済みいつでも積み込めるとの事です。」

 

「よろしい、支度は早く済ませたまえ。」

 

「了解です!」

 

 此方の荷物さえ受け取れれば、モビルアーマーは物のついででしかない。

 この機体が『我ら』の新しき象徴となるのだから。

 

 

ーーー

 

 

「ケリィ・レズナーはやはり参加はしないか。あの男なら参加するか五分五分であったが……。」

 

 ケリィ・レズナーの工場を見下ろしながら、アーウィン・レーゲンドルフはそう呟いた。

 

「……お前はこんな甘い俺を見たら笑うだろうな。世界を恨み、壊すつもりの男が情をかけるなどとな。」

 

 此処にはいない、誰かにそう語りかける。

 答えは返って来ることはない。今までも、これからも。

 

マルグリット……俺ももうすぐ其処に行く。アイツが作った未来を壊してな……。」

 

 行き場の無くなった怒りは、その終着点のみを求めて動き続ける。

 

 

 運命の刻は迫ろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 運命の刻

 

「ワイアット提督!ですから観艦式の中止を……!」

 

 この数日に渡る再三の忠告、しかし宇宙艦隊司令であるグリーン・ワイアット大将は呆れるように返答する。

 

「エルデヴァッサー大佐、何度も言わせて欲しくは無いのだがね。君の言う通り奪われたガンダム試作2号機が仮に観艦式を狙っていたとしよう。であればそれが単機であれ艦隊であれ、逐次殲滅して行けば良いではないか。観艦式に集まっている戦力は連邦宇宙艦隊の三分の一を占める、それをジオン残党がどうこう出来ると君は本当に思っているのかね?」

 

「しかし……!」

 

「何よりもだ、この事態はコーウェン中将とアルビオンが招いた事態なのだからね。尻拭いは彼らにしてもらわねばならない。良いかなエルデヴァッサー大佐、君の曙光は観艦式に参加したまえ、そしてそこで彼らが本当に奇襲を仕掛けて来るのであれば迎撃すればよろしい。」

 

「……っ。」

 

「納得してくれて何よりだ、それでは観艦式でまたお会いしよう。」

 

 通信が切れると共に私は大声で怒りの声を上げる。

 

「……分からず屋!事態の重さを分かっていないのはどちらなのですか!」

 

「アンナ隊長、部下の手前です。」

 

 ジュネットが言葉を堰き止める、クルーの姿を見ると今の私の大声に困惑したようだ、慌てて普段の冷静さを取り戻す。

 

「すみません、取り乱しました。」

 

「私としては、逆に安心しましたが。」

 

 私にだけ聞こえるように小声で微笑みながらそう返す。

 

「しかし……上層部は楽観視が過ぎますね。」

 

「仕方ないのではありませんか?実際に戦力比を考えればワイアット提督のお考えは何らおかしくはありませんから。」

 

「けれどジェシーの予言が確かであればアナベル・ガトーは奇襲を成功させるでしょう。何とかしなければなりません。」

 

 限られた条件の中で、最善の手を打とうと考えているとブリッジの入り口が騒々しいのに気付いた。

 

「ですから!今アーニャ様はお忙しいと言っていますでしょう!?」

 

「其処を何とか!少しだけでいいんだ!」

 

「この声は……。」

 

 聞き覚えのある声が2つ。ブリッジのドアを開けると見知った2人が現れた。

 身内でEC社幹部のアレクサンドラ・リヴィンスカヤとビスト財団のアルベルト・ビストだ。

 

「サーシャ、それにアルベルト様?どうなされたのですか?」

 

「アーニャ様!聞いてくださいまし、この御仁はアーニャ様は作戦行動中で忙しいと何度言ってもお目通しをさせて欲しいと何度もせがんで来るのですよ!」

 

「落ち着いてくださいサーシャ。アルベルト様、如何なされたのですか?月に降りてそのままビスト財団に戻る筈では……?」

 

「その……、此処だけの話にして欲しいのだけど僕はビスト財団を、いやビスト家を出たんだ。それで恥ずかしい話ではあるけれど少しの間だけEC社で雇って貰えないだろうか!?」

 

「……えっ?ビスト家を離れたと言うことですか……?一体何故……。」

 

「僕なりに色々考えて、ビスト財団やアナハイムのやり方にはついて行けないと感じたんだよ、父達のやり方は間違っている。」

 

「それで路頭に迷っていてはおかしな話ですわ。産業スパイの可能性も有り得るのに我が社で雇うなど言語道断ではありませんこと!?」

 

「何度も言いますが落ち着いてくださいサーシャ。アルベルト様はそのような策略とは無縁の方です。」

 

「むぅ……。であるならば如何なさるのですか?」

 

「その事もですけれど観艦式の方も何とかしなければなりません、はぁ……抱える事が山積みですね。」

 

「観艦式?連邦宇宙軍が執り行う観艦式かな?何か問題が?」

 

「えぇ、敵が奪った試作2号機の所在が掴めず奇襲の可能性もあるので観艦式の中止を再三呼び掛けをしているのですが通らず……結局は曙光も観艦式に参加せよとの通達が来ました。」

 

「アンナさんは観艦式に参加するつもりは無いということかな?それよりも奪われたガンダムを追うつもりなんだね?」

 

「はい。しかし軍規違反を犯す訳にも行きませんし……。」

 

「うーん……、そうだアンナさん。司令部は『曙光の参加』を求めたんだろう?」

 

「……?えぇ、そうですけれど。」

 

「なら『曙光』だけ観艦式に参加させれば良いんじゃないか?」

 

 そう言われて、ハッとする。

 

「成る程……その手があったか。」

 

 ジュネットも同じ発想に至ったようだ。

 今このフォン・ブラウンにあるEC社の艦は一つではない。

 

「曙光をコンペイトウに行かせ、アマテラスで試作2号機の追撃を続行。この作戦で行きましょう。」

 

「中々上手く考えるものですね、少し見直しましたわ。」

 

 機転を利かせた助言をくれたアルベルト氏にサーシャも見直したようだ。

 

「悪意は見えないようですし、一時私預かりでアマテラスに随伴させる事にしましょう。よろしいですねアーニャ様?」

 

「えぇ、アルベルト様もそれでよろしいですか?」

 

「あ、あぁ!願ったり叶ったりだよ!それでだアンナさん。僕はもうビスト家の人間ではないし『様』なんて呼び方はやめてくれないか?」

 

「分かりました。よろしくお願いしますアルベルトさん。」

 

「それで、曙光はコンペイトウに向かわせるとして配置はどうするべきでしょうかアンナ隊長。」

 

「……一度グリム達も含めて話し合う必要がありますね。主だった人間はアマテラスのブリッジに招集します。」

 

 

 

 そして数十分の時を経て、リング・ア・ベル隊のメンバーとEC社に属するメンバーが集まった。

 

「それでは皆さん、現在の我々の状況を説明します。……ジュネット。」

 

「ハッ。我らリング・ア・ベル隊は主任務であった奪われたアナハイムのガンダムを奪還する為に行動していた。そして核を積んだガンダムがコンペイトウで行われる観艦式を強襲すると踏んで、その中止を宇宙艦隊司令であるグリーン・ワイアット提督へと打診したが受け入れられず、曙光を観艦式に参加させよとの命令を下された。その為本来の任務であるガンダム奪還は中止せざるを得なくなった。」

 

「しかし、私達はガンダム奪還を諦める訳には行きません。このままアナハイムの試作2号機を無視すれば大きな災厄を引き起こすのは明白なのですから。ですから私達はワイアット提督の打診通り『曙光』を観艦式に参加させアマテラスを率いガンダムの捜索を再開します。」

 

 説明をしていると、グリムが挙手する。

 

「隊長、よろしいですか?」

 

「構いませんよグリム。」

 

「隊長の理屈は分かりますが、上層部はそれを良しとしないでしょう。曙光にMSが乗っていないと分かれば問いただされる可能性は高いです。」

 

「分かっています。ですから最低限の部隊は置かなければなりません。」

 

「でしたら自分とベアトリス、セレナは曙光に残ります。士官さえ残っていればワイアット提督も深くは追及しないでしょう。それにコンペイトウに奇襲があれば内側から対応もできます。」

 

「しかしグリム、もしも2号機を止められなかった場合は貴方達にも被害が及びます……その時は───」

 

「その時は起こらない。そうでしょう隊長?」

 

「……えぇ。必ず止めて見せます。」

 

「アマテラス隊はアンナ隊長を中心にマリオンさん、フィーリウスさん、ガイウスさん、バネッサさんにお任せします。……隊長をよろしくお願いします。」

 

「この薔薇の紋章に誓って、お任せくださいグリム中尉。」

 

 グリムとフィーリウスさんは互いに敬礼を交わす。

 

「隊長、私も曙光に残り艦の統率を行います。アマテラスにはメルクリウスがありますので戦況分析はそちらの方が優秀でしょう。」

 

「危険な任務になります、みんな……どうか気をつけてください。」

 

『了解です!』

 

 全員が決意を固めた。後は奪われたガンダムを取り戻すか、或いは破壊するだけだ。

 ジェシーが願った未来の為に、必ず核攻撃は止めてみせる……!

 

 

 

ーーー

 

 

 アナベル・ガトーは静寂が身を包む宇宙の中、数日前の事を思い返していた。

 

「閣下、ただいま戻りました。」

 

 ガンダムを強奪し、茨の園に帰還してデラーズ閣下に謁見をする。

 

「うむ、大任を良く成し遂げてくれた。」

 

「ハッ、多くの同胞を犠牲にして掴み取った物です。私1人では成し遂げる事は叶わなかったでしょう。」

 

「同胞達の無念を晴らす為、そして連邦に拉致されたギレン閣下の為にもこの星の屑は何としても成功させねばならない。」

 

「一つお伺いしてもよろしいでしょうか閣下?」

 

「言わずとも分かっておる。ファルシュ・リューゲ大佐の事だろう。」

 

「ハッ……。あの様な身元も分からぬ輩を何故重用なされるのですか?独立戦争の折、あの様な将校の名前は聞いた事がありません。」

 

「フッ、ファルシュ()リューゲ()などと名乗っておるのだ。偽名であろう。だが彼奴がおったからこそ我々はここまでの反抗が出来るのだ、それはお主も分かっておろう。」

 

 補給物資やMSの整備部品、その他多くの資材が彼の手によって供給された。

 茨の園や自身もその恩恵に肖っているからこそ、疑念が生まれているのをガトーは感じるのであった。

 

「閣下……あれだけの物資……揃えられるのは恐らく。」

 

「うむ、女狐が関わっておろうな。本作戦も最終的には多くの人員をアクシズへ逃す手筈になっておるのだからな。連邦軍の鹵獲兵器用の物資が横流しされるのもマ・クベがオデッサから撤退する際に引き連れた連邦軍のエルラン中将が関わっているのだろう、蛇の道には蛇と言うからな、同じ連邦の抜け道などには詳しかろう。」

 

「最終的にキシリアの利になると言うのであれば、我々は……!」

 

「ガトーよ、それは違う。確かにキシリアの女狐の利になろうとも、我らは我らの大義を成し遂げねばならん。連邦がいつギレン総帥を殺すか分からぬ状況では長く時間は掛けられぬのだ。」

 

「閣下……。」

 

「大局を見よガトー。キシリアの思惑など大事の前の小事なのだ。星の屑を以ってギレン総帥の解放を達成させてしまえば後は閣下が再びスペースノイドの独立を掲げてくださる。我らはその人柱となるのだ。」

 

「閣下、心が洗われました。このガトー、全身全霊を以って星の屑を成就させてみせます。」

 

「うむ、頼んだぞガトー。」

 

 

 

 

「ガトー少佐、そろそろお時間です。」

 

 心地よい静寂の時間が終わる。既に多くの人員はソロモンへ向け部隊、艦単位で散発的な攻撃を仕掛けている。

 ……それらは全て我々の為に捨て石となるべく動いている、残党軍は兵力不足だと敵に認識させる事で警戒を薄くさせ包囲網を突破し易くさせるのが狙いなのだ。

 時折一つ、また一つと星が輝く様に爆発が起こる。同胞達の魂の輝きだ。

 

「少佐、作戦が開始されたらまず私のヴァル・ヴァロと共に敵の防衛網の外縁を強行突破致します。その後私が敵の陽動を引き少佐はガンダムで所定のポイントにて核攻撃を。」

 

「了解した。……どうだカリウス、そのモビルアーマーの乗り心地は?」

 

「はい。ケリィ大尉の魂を背負っている様な感覚になります。慣熟も問題ありませんでした。」

 

「うむ。奴もこの場に来て戦いたかった筈だ。ケリィの魂の分も我々はやらねばならん。」

 

「この海に散った同胞達もそう願っているでしょう……。時間です少佐!」

 

「よし、行くぞ!同胞達の無念を晴らす為に!」

 

 

 

ーーー

 

 

「2号機の発見はまだか!」

 

 アルビオンの艦橋でエイパー・シナプス大佐が叫ぶ。

 

「MS隊からは報告ありません!しかし散発的であった敵の行動が急に纏まり始めました!」

 

「エルデヴァッサー大佐の読みが当たったか……!アマテラスの位置はどうか!」

 

「此方からでは確認できません!リング・ア・ベル隊は独自の行動を開始しました!」

 

 ミノフスキー粒子も戦闘濃度となりアマテラスとは通信は出来なくなった。

 恐らくは2号機が行くであろう進路を予測して動いたのであろう、あの艦は高速艦であり先んじて進路を防ぐことも可能な筈だ。であるならエルデヴァッサー大佐が我々に期待していることは……。

 

「現在火砲が集中している所には2号機は来ない筈だ!アナベル・ガトーであれば防衛網の一番厚い所を……自陣の中央を突破するはずだ、エルデヴァッサー大佐達が向かっているであろう場所へ進路を取り敵を挟撃する!」

 

 

 

「バニング大尉!アルビオンからのレーザー通信です!これは……!」

 

 敵の攻撃が始まり、対処をしている最中に新たな通信が入った。

 ポイントが更新されてアルビオンは観艦式の防衛網の一番厚い所に移動する事になっている。つまりは……。

 

「成る程な、艦長はこの地を熟知しているアナベル・ガトーなら敵陣の強行突破も不可能では無いと踏んだようだ!」

 

「此処からでは距離があります!一度アルビオンに戻りますか!?」

 

「……いや、ウラキ。お前は1号機でガトーを追うんだ、お前の今の機体なら俺達やアルビオンより先駆けてガトーを追うことが出来る!」

 

「し、しかし!」

 

 自分の力量では不安だ、そう思った時だった。

 

「今のお前なら根性も腕も一人前だ!行けウラキ!ガトーを止めるんだ!」

 

「……了解です!」

 

 月で宇宙用のコア・ファイターに換装し、更に機動力向上の為に増設した機体各部のブーストスラスターのお陰で今の1号機の機動力は暗礁宙域でエルデヴァッサー大佐が使用していた高機動ユニット使用時と同レベル以上に上がっている。これなら単騎で追う事も不可能ではない。

 

「コウ・ウラキ、突撃します!」

 

 フルスロットルで指示されたポイントへと直行する。

 待っていろガトー、何としてもお前を止めてみせる……!

 

 

 

ーーー

 

 

『コンペイトウの環境データを観測しました、データを表示します。』

 

 AIに高速で読み込まれ分析された宙域の環境データが艦橋のモニターに映し出される。

 戦闘の始まった場所や、観艦式の旗艦であるバーミンガムの位置情報などが羅列され現在の戦況がはっきりと分かる。

 

「敵は……いえ、アナベル・ガトーは恐らく自陣の中央へむかうはずです。」

 

「自陣の中央?観艦式の旗艦であるバーミンガムがいる所か!?流石に無謀なんじゃ……!?」

 

 アルベルトさんが驚愕する、誰もがそう感じるだろう。だが私には彼が動くであろうという自信があった。

 

「彼はこのコンペイトウ……いえ旧ソロモン宙域のエースで、言わばここは彼の庭でもあります。どの様に動けば最適な進路を取れ、尚且つ打撃を与えられる場所へ行けるか知っている筈です。それに彼は私達連邦軍を惰弱だと思っています、敵陣の中央突破など造作も無いという自信もあるでしょう。」

 

「それに対する連邦軍の侮りもあると言うことですわね?残党軍が相手という侮りもあるでしょうけれど、あの大戦から数年、大きな戦乱もなく後方勤務であった艦隊では練度が不足してもいるでしょうし戦力が上回っていたとしても、もしもが起こってもおかしくはありませんわね。」

 

 サーシャの言葉に頷く、そして何より無謀な戦いだと思われても断固たる決意を持った人間の前にはもしかしたら……という可能性もあるのだ。

 それはソーラ・レイを止めた時の私達も同じなのだから。

 

「メルクリウス!敵が核攻撃を行う場合、最も効果的な位置の算出を!」

 

『了解です……算出結果を表示します。旗艦バーミンガムをコンペイトウ上空より砲撃した場合が一番効果的となります。』

 

「アマテラスはコンペイトウ上空へ全速前進!敵を迎え撃ちます!総員戦闘配置!」

 

『了解!』

 

 止めてみせる、彼の願ったより良い世界の為に。……だからジェシー、私に力を……。

 

 

 

ーーー

 

 

「閣下!敵の一部が防衛網を突破したとの報告です!」

 

「焦らず迎撃せよと通達したまえ。敵は所詮少数だ、いずれは疲弊し倒れるだろう。」

 

 グリーン・ワイアットには勝算があった。圧倒的な戦力差、更には性能差もある。これで負けてしまうのであれば滅んで然るべき軍隊と言えるだろう。

 

「ふっ、しかしかつては無敵と謳われたスペイン艦隊も敗れたのだ。盛者必衰になるかも知れないと気を引き締めるべきかな?」

 

 ペズンのリング・ア・ベル隊だったか、アンナ・フォン・エルデヴァッサー大佐率いる部隊が再三の忠告をして来たが、私とて試作2号機を甘く見ている訳ではない。

 この連合艦隊に核が撃ち込まれれば大損害どころではない。連邦宇宙軍そのものが壊滅的な戦力低下となり、宇宙における治安維持活動においても致命的な損害となるだろう。

 

 しかし、それでもこの観艦式は成功させねばならないのだ。

 此処で及び腰を見せればそれこそジオン残党は勢い付くだろう。アクシズに潜伏しているキシリア一派も連邦に兵なしと地球圏への早期帰還を狙うかもしれない。

 更に言えばいつジオン、ネオ・ジオン共和国も反旗を翻すか分からなくなる。そういう意味でも我々は既に退けない状況となっているのだ。

 

 敢えてリスクを冒してまでこの観艦式を強行するのはそれが理由だ。

 我々の力を誇示し、そして敵に気勢無しと内外に示さなければ後の時代の災いがいつ生まれるか分からないのだから。

 

「私はこの一戦を以て、ジオン公国残党を無力化させる。だからこそ何があってもこの観艦式は成功させねばならない。……時間だ、演説を開始する。紳士は時間に正確であらねばな。」

 

 未だ小競り合いが続いている状況だが問題あるまい。そう思いながらグリーン・ワイアットは演説を開始するのであった。

 

 

 

ーーー

 

 

『宇宙暦0079。つまり先の大戦は、人類にとって最悪の年である。 この困難を乗り越え今また三年ぶりに宇宙の一大ページェント、観艦式を挙行できることは地球圏の安定と平和を具現化したものとして喜びに耐えない。 そも、観艦式は地球暦1341年、英仏戦争の折、英国のエドワード三世が出撃の艦隊を自ら親閲したことに始まる。』

 

「始まったか……!」

 

 ガンダム試作2号機は宇宙を駆けながら、耳に障る演説に反吐が出るのを感じオープン回線を閉じる。

 

「ガトー少佐!此処は私にお任せください!少佐はコンペイトウ……いえ、ソロモンへ!」

 

 メガ粒子で近寄る敵を薙ぎ払うカリウスのヴァル・ヴァロが道を開く。

 

「頼んだぞカリウス!」

 

 2号機は出力を更に上げ目標ポイントまで前進を開始する。

 

 

 

ーーー

 

 

「グリム隊長!試作2号機を確認!」

 

 セレナからの通信と共にコクピットにアラートが鳴り響く、試作2号機に赤いMAが随伴している。MAの方は味方の艦隊にメガ粒子砲を斉射し艦船を何隻か撃墜している、凄まじい火力だ。

 

「2号機を追うんだ!敵を前進させてはいけない!」

 

「了解です!」

 

 曙光MS部隊の3機が2号機を追おうとするも、敵のMAからの砲撃に阻まれる。

 

『行かせはせん!ガトー少佐の為にも!星の屑成就の為にも!』

 

「邪魔をするなぁぁぁ!」

 

 ビーム・ルガーランスⅡによる直接攻撃を試みるが敵は狙いに気付くと此方から距離を取った。

 

『あれは……ドズル閣下を仕留めた武器か!閣下の弔いに、貴様らの首を頂く!』

 

 敵のMAは何かの兵器を射出する、回避するがそれらの武器は轟沈した3隻に張り付くと……。

 

『掛かったな!プラズマリーダーを喰らえ!』

 

「なっ!クッ!?」

 

「キャァァァ!」

 

 突然身体に電撃が走る。これは敵の兵器の効果か……!?

 

『これがヴァル・ヴァロだ!その首……頂く!』

 

 身動きすら取れず、敵のクロー攻撃に成す術なく撃破される……と思ったその時であった。ビーム光が敵の設置した内の一基を撃破し、コクピットを狙った敵の攻撃はギリギリの所で回避する事に成功し左腕だけの損失で済む。

 

『新手か……!?あれは……ガンダム!』

 

「グリム!みんな!大丈夫ですか!?」

 

「た、大佐……!」

 

 ガンダムルベドが更に敵にビームで攻撃する、だが何らかのビームコーティングを施しているのか致命傷になり得ていない。

 

「大佐……此処は良いから2号機を……!」

 

「貴方達を見捨てる訳には……!」

 

「アンダーセン大尉の願いを裏切らないでください……!どちらにせよ2号機を止めなければ僕達は死ぬだけです……!」

 

 満身創痍だが、やらなければならない。それが僕達に出来る唯一の事なのだから。

 

「ここは私とバネッサにお任せを!エルデヴァッサー大佐はフィーリウス様とマリオン様と共に2号機へ!」

 

 ガイウスさんとバネッサさんのリック・ドムⅡが援護に回る。先行して2号機を追っているガルバルディと青いヴァイスリッターは二人に後を任せたようだ。

 

「くっ……みんな、死なないでください……!」

 

 ホーネットユニットのフルスロットルで先行した2機を追うルベドを確認する。敵もそれをみすみす逃すつもりはないようだ。

 

『行かせはせんぞ!ガンダム!』

 

「それは……こちらのセリフだ!」

 

『死に損ないにドムが援護だと……!大義無き者にジオンの機体が使い熟せる訳が無かろう!』

 

「生憎だが我々にも大義が……恩義があるのでな!」

 

「どちらの誇りが強いか、見せてもらおうじゃないか!行くよガイウス!」

 

「おうよ!」

 

 ガイウス機とバネッサ機が敵を引きつけ始める。今の内に体勢を整えろと言っているのだろう。如何にあの二人と言えどあのMA相手では分が悪い。

 

「セレナ……ベアトリス、二人とも動けるか……!?」

 

「くっ……、こちらセレナ……何とか……。」

 

「こちらベアトリス……こんなのカルラさんのゲンコツに比べたら……なんとも……ないです……!」

 

 二人とも気力だけで持ち堪えている状況だ。それは自分も同じだが、それでも敵を止めるという気持ちは少しだって無くなっていない。

 

「君達二人を部下に従えられて、隊長として誇らしい限りだ。……行くぞ!」

 

『了解です!』

 

 これで死んでも構わない、そう思えるくらいに全身全霊で僕達は戦う……!

 

 

 

ーーー

 

 

『敵のガンダムが急速に進行しています!』

 

「余りに脆弱な者どもだ。こうも容易く私は貴様達をすり抜けられる!」

 

 敵の迎撃はかつての大戦時より遥かに劣り、まるで子供の遊戯の様に隙だらけであった。

 一歩、また一歩、目標ポイントへと確実に歩みを進める。

 

「待ちに待った時が来たのだ!多くの英霊が……無駄死にでは無かった証の為に……!」

 

 急速にソロモンの上空へと駆け上がる、敵は見失った私に気付く気配すらない。

 余りにも、余りにも弱い。この様な人間達によって多くの同胞が失われた、それに報いる時が漸く来たのだ。

 

 アームに保持されたバズーカの基部がシールド裏に格納されていたバレル部と接続される。

 

「再びジオンの理想を掲げる為に……。」

 

 シールドを固定しバズーカの発射工程を済ませて行く。

 

『アナベル・ガトー!やらせはしない!』

 

『間に合え……間に合えーーー!』

 

 トリントン基地で相対し、幾度となく邪魔をしてきたガンダム達が遠方から姿を見せた、間に合わないとは思うが機動力は恐ろしいものがある、早く砲撃終わらせなければならない。

 

「星の屑、成就の為に……!」

 

 

ーーー

 

 

「クッ……!既に砲撃体勢が整っている……!」

 

 ホーネットユニットの最大機動で追っているのにギリギリ届くかどうかだ、何としても止めなくてはいけないのに。

 

「エルデヴァッサー大佐!」

 

「ウラキ少尉!」

 

 ウラキの試作1号機が此方に追従する、宇宙戦用に換装され多数のブーストスラスターを付けた事により今のルベドよりも高速で動ける様になっているようだ。

 後続にマリオンさんの青いヴァイスリッターとそれに少し遅れてフィーリウスさんのガルバルディが続く。

 

「間に合え……!」

 

 焦るウラキ少尉の言葉に私の手にも汗が流れるのが分かった。狙撃用のビームライフルを構え、先に攻撃を敢行しようとしたその時であった。

 

『行かせはしない、アンナ・フォン・エルデヴァッサー。』

 

 私の行く手を遮ったのは、黒いガンダム……ガンダムニグレドであった。

 

「アーウィン・レーゲンドルフ!?何故邪魔をするのです!」

 

『あるべき未来へと辿り着く為……、2号機には核攻撃を成功させて貰わないと困るんだよ……!』

 

「レイ!アーウィンさんを止めるんだ!このままじゃガトーが!」

 

『ダメだ……ダメなんだウラキ……!アーウィンは僕の操作をロックしている、やめてくれアーウィン!こんな事を許す為に僕達は戦って来たんじゃ無かっただろ!?』

 

『ククク……、これが俺の本当の願いなんだよレイ!業火に燃える連邦艦隊、そしてこの後で始まる悲劇!それが俺が本当に待ち望んだ、本当の未来なんだ!!!』

 

 アルベドの砲撃は更に増し、此方は後少しの距離を詰められずにいた。

 

「やめて!乱暴な事は……!そんな事()()()()()()さんだって望んでいないわ!()()()()さん!……!?私、今何を……!?」

 

『ニュータイプ!マリオン・ウェルチか!俺の心を読んだ所でもう遅い!』

 

 ヴァイスリッターと鍔迫り合いを起こすニグレド。その通信に、その内容に困惑し一時操縦桿を握る手が緩む。

 

「ジェシー……!?」

 

「エルデヴァッサー大佐!2号機が!」

 

 フィーリウスさんの声で現実に戻され、急いで狙撃を試みるが敵は既に砲撃の準備を終えていた。

 

 

 砲撃用のバズーカの連結、発射体勢の固定、構えられた冷却用のシールド。

 そう、核攻撃に移る全ての攻撃動作が()()()()()()

 

『アハハハハ!さぁ、あるべき未来へと至ろうじゃないか。その力を見せろガンダム!』

 

 アーウィン・レーゲンドルフの下卑た笑いが、コクピットの中で響く。

 

『ソロモンよ!私は帰ってきた!』

 

 そして……

 

 

 

 

 

 宇宙に、静寂だけが残った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 ジェシー・アンダーセン

 

『爆発は……、爆発はどうしたァァァ!』

 

 アーウィン・レーゲンドルフの叫び声が宇宙に響く。

 

 静寂の宇宙で、そこにいた全員が死を覚悟していた筈だった。

 間に合わないと、核は発射されると誰もが思っていた。

 

《悪意を持って、この攻撃動作が行われたと言うことは……、残念ながら俺が願った世界にはならなかったようだ。》

 

「あ……あぁ……こ、この声は……。」

 

 アンナ・フォン・エルデヴァッサーはコクピットの中で、試作2号機から発せられている広域通信のその声に驚きを隠せないでいた。

 

『何故だ!何故機体が動かない!?それにこの通信は何だ!?一体何が起きている!?』

 

 アナベル・ガトーは勝利を確信していた筈だった、全ての攻撃動作が行われ、核の炎が脆弱な連邦の艦隊を壊滅させる筈だとそう信じていたからだ。

 

《ガンダム試作2号機、アナベル・ガトー。世界はお前達の好きにはさせない、これが俺の切り札だ。》

 

「アンダーセン……隊長?」

 

「隊長……アンダーセン隊長の声だ!」

 

 満身創痍の中で、突然敵のMAが撤退を始めた。その意味はこの通信にあるのだと、リング・ア・ベル隊のグリム達は確信した。

 

『ア……アァアァアァアァァァァ!!!!!あの野郎……あのクソ野郎……!なんて事を……!なんて事をしやがるゥゥウウウ!!!!!』

 

 アーウィン・レーゲンドルフの狂気を孕んだ叫び声がコクピットの中で反響する、その姿に彼を良く知る筈であったレイ・レーゲンドルフはまるで知らない誰かを見ているような恐怖を感じた。

 

「アーウィン……。」

 

《この宙域にいる全ての部隊へ。俺の名前はジェシー・アンダーセン。今此処で戦っている全ての部隊は奪われた核搭載MSと戦っているのでしょう。そして奮闘虚しく核攻撃が行われようとしていた。》

 

「ジェシー・アンダーセン……?リング・ア・ベル隊のMIAに認定されていたパイロットか……!?」

 

 グリーン・ワイアットは以前ペズンで起きた謎の事故でその名前を耳にした記憶があった。かつて連邦海軍少将でありながら突然退役し、一年戦争の折予備役として復帰し星一号作戦でソーラ・レイに突撃し亡くなったダニエル・D・アンダーセンの息子だったか。

 

《何故今この場でこの広域通信が発せられているのか、それは核搭載MSが核を発射する為の特定手順を踏んだ時、その機体が機能を停止しこの音声が流れる様にシステムトラップを仕掛けていたからだ。》

 

 機体から機体へ、そして艦船もレーザー通信の中継を果たすことでコンペイトウのほぼ全域に広域通信が響き渡る。

 彼は知っていたのだ、この世界の未来に起きたある反乱で特定の動作プログラムを起動させた事で敵の仕組んだトラップによりMS部隊が一時機能不全に陥ったという現象を。

 理論爆弾と呼ばれ、古いデータにシステムを書き換える事で即座に対応される物ではあるが、この刹那の状況の中でそれを判断するのは不可能だろう。

 

「貴方の戦闘データのモーションパターンに存在していたブラックボックス……あれはそういう事だったのですね……ジェシー……っ!」

 

 彼は私たちが知らない時からずっと戦っていたのだ。この時に於いてもずっと……。そう思うと涙が溢れ出すのをアンナ・フォン・エルデヴァッサーは止められなかった。

 

《今核攻撃を行おうとしたMSは機能を停止しています。今この刻を戦う誇りを持った方々の健闘を祈ります。》

 

 通信が切れる、この刻を無駄にしてはいけない。そう思い各々が動き始めた。そして───

 

『アァアァアァアァァァァ!あの野郎!あの野郎はぁぁぁ!』

 

《機体コード『ガンダムニグレド』聞こえているか()()()()()()()()()()()、俺はまだ生きているぞ。》

 

 同じ様にこの刻に発生する様に仕組まれていた録音がガンダムニグレドの中で響く。その時アーウィン・レーゲンドルフに電流が走る様な感覚が襲いかかった。

 

『生きていた……!この感覚っ……あの野郎……生きていやがったのかぁぁぁ!』

 

 何かを感じ取り確信を得るアーウィン・レーゲンドルフ。

 最早彼にはそれまでの冷静さは一欠片も残されていなかった。

 

『クソっ!クソッ!何もかもぶち壊しやがって!アイツは……あの男はぁぁぁ!』

 

「アーウィン……!しっかりしてくれ!さっきからおかしいよ!」

 

 弟と呼んでいたレイの声すら、最早彼の耳には届いていなかった。

 

『黙れぇ!おかしいのはこの世界なんだよ!何の為に俺がお前みたいな強化人間を連れて……!何の為に俺がこのイカレた世界を修正しようとしていたのか……!お前に何が分かる!!!』

 

「アーウィン……どうして……っ。」

 

 レイはショックを隠しきれずにいた。いつも冷静で、実験動物の様なものであった自分を助けてくれた兄の様な人が、別人の様に狂ってしまった光景を現実として認められなかった。

 

『もう……お前は必要ない!この機体から出て行け!』

 

「アーウィン……うわぁぁぁ!」

 

 アーウィン・レーゲンドルフはコクピットのハッチを開くとレイを無理矢理宇宙に投げ出した。

 その後、彼は味方である艦隊と動きの止まった試作2号機を仕留めようと動き始めたMS部隊に対して攻撃を始めた。

 

『許さない……!アイツの作り出そうとしてる『未来』なんぞに俺の邪魔をさせてやるものかぁ!』

 

 ガンダムニグレドのビームキャノンが多数のMSを消し去り、更に多くの艦船に被害を与える。

 

「アーウィン・レーゲンドルフ!?何をしているのですか!貴方は……!」

 

「レイ!こっちのコクピットへ移るんだ!」

 

 ガンダムルベドがガンダムニグレドを制止しようと動き出す、そして試作1号機は投げ出されたレイの救助へ向かった。

 

『アンナ・フォン・エルデヴァッサー!お前が……お前達さえいなければ……!』

 

 ビームサーベルが鍔迫り合いを起こす、その時アンナ・フォン・エルデヴァッサーは彼の中に深い憎しみ、そして絶望と嘆きが垣間見えた。

 

「貴方は……!」

 

『もう俺に残された道はないんだ!邪魔をするなぁ!』

 

 ニグレドのファングが射出されルベドに狙いを定める、攻撃を受ける前に回避するがその直後、先程までグリム達を相手にしていたMAがアナベル・ガトーの救援に駆けつけた。

 

『ガトー少佐!ご無事で!?』

 

『カリウスか!連邦はシステムトラップを仕掛けていたようだ……!このアナベル・ガトー、ぬかったわ……!』

 

『此方に移ってください少佐!現在フォルシュ・リューゲ大佐が作戦を完遂し目標の航路まで進んでいるとの報告が!』

 

『くっ……しかしこれでは残存艦隊が地球軌道に集結してしまう!それでは星の屑完遂に支障を来たす!』

 

『あの黒いガンダムをご覧ください!何故かは分かりませんが味方のMSを次々と撃破し艦船を破壊ないし航行不能に追い込んでいます、これなら……!』

 

『味方だと言うのか……!?口惜しいが……撤退するぞカリウス!』

 

『ハッ!』

 

 MAが試作2号機からアナベル・ガトーを救出し撤退を始めた、逃すまいと追撃を開始した連邦艦隊を振り切りながら急速に離脱する。

 それを確認したアルビオン隊のバニング達は攻撃を仕掛ける。

 

「くっ……!まんまと逃す訳には行かん!攻撃を続行しろ!」

 

「宇宙人どもが!逃すわきゃねぇだろ!」

 

 しかし機動力の高いMA相手に効果的なダメージを与える事が出来ず、小破程度には追い込めたが逃してしまう事となった。

 

「当初の目的は達した!MS隊は残存敵MSの掃討とガンダムニグレドの攻撃の阻止に回れ!アーウィン・レーゲンドルフ……!何故この様な行動を……!?」

 

 エイパー・シナプス大佐もこの事態に混乱していた。

 ガンダム強奪からこの時まで、自分達と共に行動していた彼が錯乱したかの様に味方を襲う理由が掴めないのだから。

 

 

ーーー

 

 

「アーウィンさん!やめるんだぁぁぁ!」

 

『コウ・ウラキ!歴史の闇に消える事になる貴様がこの俺の邪魔をするんじゃあない!』

 

 ニグレドの圧倒的な火力に少し怖気付くが怖がってなどいられない、味方の命がかかっているのだから。

 

「味方への攻撃をやめてください!レイだって貴方の弟でしょう!?何故こんな事を!」

 

『黙れぇ!コイツが弟だと?笑わせる!実験動物なんだよコイツは!連邦軍初の強化人間!それがコイツだ!』

 

「何を……!?」

 

『なぁコウ・ウラキ、おかしいとは思わないのか?今ソイツは狭い一人用のコクピットの中へ無理矢理押し付けられて、そしてお前はその高機動機で高速機動を行っている訳だ。普通なら襲いかかるGに耐えられる訳ねえだろうが!』

 

 ウラキはアーウィンの言葉に動揺する。その通りなのだ、今の1号機はかなりの負担がパイロットに掛かる。だがレイは動揺こそすれど押し付けられているこの状況をまるで苦にはしていないのである。

 

『体中弄り回されて、常人よりも頑丈にされた哀れな人形だ!そうさ、俺の操り人形でしか無かったんだよ!』

 

 攻撃の火砲が更に増す、回避に専念すればそれを機に味方の艦船へまた攻撃を開始されてしまう……どうすれば……!

 

「アーウィン・レーゲンドルフ!これ以上はやらせません!」

 

『やらせてもらうんだよ!この俺がなぁ!』

 

「エルデヴァッサー大佐!援護します!」

 

 3機のガンダムが目にも止まらぬ速さで攻防を続ける、2対1で有利である筈だがニグレドの火力とアーウィン・レーゲンドルフの通常では身体が持ち堪えられず失神してしまうだろう戦闘機動とその異常な迫力にウラキもアンナ・フォン・エルデヴァッサーも押され始めていた。

 

「くっ……、まるで自分の身体へのダメージを気にしていない……?」

 

「アーウィンも……アーウィンも僕と同じだ。あれくらいの負荷なら少し辛い程度の筈だ。」

 

「レイ……?やっぱりさっきアーウィンさんが言っていた事は……!?」

 

「僕らは……僕らは身体と精神を無理矢理強化された人間なんだ。特別だと、ガンダムに乗ることで英雄になれると……そう信じていたのに……。」

 

「レイ……。……くっ!」

 

 ニグレドの砲撃は尚も続く、旗艦であるバーミンガムも直撃とは行かないがエンジンに被弾をしたようだ。

 

『ククク……口惜しいがそろそろおさらばさせてもらおうか。アンナ・フォン・エルデヴァッサー、この後で何が起きるか貴様も知っているのだろう?俺は一足先に向かわせてもらう!』

 

「待ちなさい!逃す訳には……ッッ!?──ッ……!」

 

 無茶な戦闘機動が祟り、アンナ・フォン・エルデヴァッサーはレッドアウトを起こしてしまう。その隙に悠々とガンダムニグレドは撤退を開始した。追撃をしてくる味方のMSを次々と撃破しながら。

 

 

ーーー

 

 

「ウラキ!アンナ隊長!無事ですか!?」

 

「グリム中尉……!自分は無事です、しかしエルデヴァッサー大佐が……!」

 

「私は……私も大丈夫です。グリム、現在の戦況は……!?」

 

「敵は撤退を開始しました。しかし追撃しようにもガンダムニグレドが引き起こした同士討ちで味方は大混乱しています。」

 

「体勢を立て直さねばなりません……。ジェシーの予言が正しければこの後に引き起こされる惨劇が……コロニー落としが始まってしまいます。曙光とアマテラスは……?」

 

「両艦とも健在です、マリオンさんとフィーリウスさんがいち早く援護に駆けつけてくれましたから。」

 

「あの状況、自分達の機体では逆に足を引っ張る事になると判断し艦の防衛に回りましたが……。」

 

「いえフィーリウスさん、良い判断でした。……しかしマリオンさん、先程の貴方の言葉は……。」

 

 あの時マリオンさんは彼をジェシーと呼んだ、そしてマルグリットさんは喜ばないと。かつてこの宙域で私が殺したヘルミーナさんの姉、それがマルグリットさんだった筈だ。

 

「……今もよく分かりません。あの人と触れ合った時、まるでジェシーさんといる様な感覚になって、それにマルグリットさんの事を深く大事に想っている哀しみが伝わったんです……。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフとは一体何者なのだろうか、ジャブローの内偵の筈だが実際はそれを盾に自分のやりたい事を成しえる為に動いていた様にも思う。

 そして彼がやりたかった事……それは一体何なのか、このコンペイトウの核攻撃を成功させたかったのは分かる。その後で何を成しえるつもりだったのか……。

 あるべき未来に至る為だと核攻撃がされそうになった直前に言っていた、この後に始まる悲劇が待ち望んだ未来だと。それが一体何なのかを私は知る由がない。

 

 未来……、ジェシーも言っていた『より良い未来』と。この二人はもしかしたらこの先に起こる未来を知っていたのかもしれない、ジェシーはそれを止める為に動き、アーウィン・レーゲンドルフはその未来に至る為に動いてると考えれば少しは納得ができる。

 

『エルデヴァッサー大佐!リング・ア・ベル隊、聞こえるか!』

 

 旗艦であるバーミンガムからの通信、それもワイアット大将からだ。

 

「ワイアット提督!ご無事でしたか。」

 

『あぁ、エンジンは被弾したが損傷は軽微だ。だがあの黒いガンダムは一体何なのだ、何故我々に攻撃を仕掛けた。』

 

「わかりません、そもそも彼はジャブローの内偵と言う話でありました。提督の方がお詳しいのでは?」

 

地下(ジャブロー)の事なぞ宇宙(そら)にいる私には無縁の話なのだよ。行動を共にしていた君達に理由が分からないのであればあの機体の行動は理解不能という訳か。」

 

「提督、我々は行動出来る部隊を率いて地球周回軌道へ向かいたいのです。許可を与えてください。」

 

『地球周回軌道へ?何故だね?』

 

「このデラーズ・フリートの観艦式への襲撃、提督も陣容を見て思ったでしょう。如何に核を搭載した敵のガンダムによる連邦軍の観艦式襲撃と言う敵にとって一か八かの軍事行動と言えど、この戦力が敵の全軍と言うのは有り得ません。敵は他に手を打っています。」

 

『他の手を……?それが地球周回軌道で行われると言うのか、何を根拠に……!?』

 

「それは……。」

 

 その時だった、連合艦隊旗艦バーミンガムとリング・ア・ベル隊旗艦であるアマテラスにそれぞれ別の通信が入る。

 

『緊急事態です提督!第二次コロニー移送計画でサイド8に護送中であったコロニーが二基、デラーズ・フリートを名乗る艦隊に奪取されました!コロニーは月に向けて進行しているとの報告です!』

 

『なんだと……!?』

 

「エルデヴァッサー大佐!ペズンよりリング・ア・ベル隊秘匿暗号通信にてメッセージを受信!現在メリクリウスが暗号の解読中……、そんな……これは……!」

 

 各々の艦橋が騒々しくなる。本来であればミノフスキー粒子が散布された戦闘宙域では外部からの通信は断絶されるものだが、コンペイトウ周辺に配置された連邦が設置し、更に旧ジオン公国時代から配置されていた多数の通信装置によりそれぞれがレーザー通信の中継地点となりコンペイトウ司令部や通信能力の高い艦には通信が届くようになっている。

 

「暗号の内容は!読み上げなさい!」

 

 アンナ・フォン・エルデヴァッサーは声を上げる。もしかしたら、そんな予感が心の中で生まれた。あの時からずっと止まっていた、何かが動くと。

 

「ペズンからの暗号通信、読み上げます!」

 

《リング・ア・ベル隊は全部隊 地球周回軌道にてデラーズ・フリートのコロニー落としを阻止せよ ジェシー・アンダーセンより》

 

 その通信を聞いたリング・ア・ベル隊の全員がフッと笑った。

 

「ワイアット提督、月に向かったというコロニーに対する対応は提督にお任せします。我々リング・ア・ベル隊は部隊権限を行使し、地球周回軌道へ向かいます!」

 

『待ちたまえエルデヴァッサー大佐、先程のガンダムの機能停止もそうだがジェシー・アンダーセンという男は何故その様な未来を予見したような言葉を発しているのだね?まさか敵と通じているのではないだろうな?』

 

「わかりません……彼の本意が何であるのか、何を目的に動いているのか。しかし一つだけ言える事があります。」

 

『何だと言うのだ?』

 

「私は彼を信じる。彼が私達を信じてくれたように。……リング・ア・ベル隊は全機、艦に帰還後地球周回軌道へ向かいます!良いですね!」

 

『了解!』

 

 止まっていた刻が、再び動き始めようとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 白き騎士の帰還

 

 コンペイトウ宙域でガンダム試作2号機による核攻撃が行われようとした時とほぼ同時刻、連邦軍宇宙軍事拠点ペズンではクロエ技師長による複数の機体の調整が行われていた。

 

「ヴァイスリッターとフィルマメントの再調整はOKね、後はこの子だけか……。」

 

 一年戦争時、ジェシー・アンダーセンとアンナ・フォン・エルデヴァッサーが搭乗していた機体の隣にあるのは白一色で染められたガンダム。

 EC社によるガンダム開発計画のプランにあった3機の内の最後の1機『RX-78 EC-03 ガンダム アルベド』であった。

 

「驚いたな。まさか新型のガンダムまであったとは。」

 

 声を掛けて来たのは『箱』を届けに来た運送屋の男だ。

 

「えぇ、本当はジェシーくんの失踪事件で本来3機分降りる筈の予算が降りなくなって本来連邦軍に見せられるのは開発資金を何とか捻出させたルベドって名付けた狙撃機だけだったんだけど、アンナちゃんがどうしても完成させたくてEC社単独で時間をかけて製造していたのよ。彼の為にね。」

 

「コンセプトはヴァイスリッターと同じだと言うわけだな。ルベドという機体の戦闘データも見させてもらったがあの戦争でエルデヴァッサーが乗っていた青い機体を発展させた様に見えた。」

 

「貴方が乗る事になるヴァイスリッター1号機と、マリオンちゃんが乗っているヴァイスリッター2号機。両機とも体裁上は『兵装』試験機としての側面が大きいのだけれど、この子を含めたガンダム達はどちらかと言えば『換装』試験機としての意味合いが大きいわ。」

 

「換装……?」

 

「ニグレド、ルベド、アルベド。この3機は砲撃、狙撃、白兵戦にそれぞれ特化させた機体なのよ。ニグレドが圧倒的な火力を持って多数の敵を殲滅し、残った敵をアルベドが高速で駆逐し、ルベドが本命を射抜く。その為に状況に適した装備に切り替えたり時には機体各部ごと付け替えたり、そういうコンセプトで開発するつもりだったの。」

 

「成る程、しかし実際はそう上手くは行かないだろう?如何に優れた機体やパイロットでも一瞬の隙で生死を左右されるのが戦場だ。」

 

「確かにね、それでもお偉い様に見せるのにはそういうウケが良くて分かりやすい内容の方が良いのよ。事実ニグレドの事件があるまでは予算は潤沢に降りる筈だったし。」

 

「やっている事はジオンのモビルスーツバリエーションの技術と似てはいるな。戦争末期に開発されたゲルググは高機動型や砲撃型と言ったバックパックや細部の部品の交換で様々な戦局に対応するつもりだったようだからな。実際にそれがやれたのはキマイラ隊など一部のエース部隊にのみとなったらしいが。」

 

「あら、随分と詳しいのね運送屋さん。昔取った杵柄というやつかしら?」

 

「ふっ、誰にでも過去はあるものさ。俺にも……奴にもな。」

 

 整備クルー達が忙しなくアルベドの調整を進める中、その様な話をしているとカルラ・ララサーバル軍曹が血相を変えて現れる。

 

「大変だよセンセー!運送屋!『箱』が!物凄い音を立てて動き始めた!」

 

「遂に来たか……アンダーセンの告げた『刻』が。行こうクロエ技師長。そうだ、誰かに現在のエルデヴァッサー達の状況を確認させるんだ。それとサイド8のガルマ代表にも連絡を。」

 

「分かったわ!誰か!アンナちゃん達の現在地点と状況を早急に確認して!それからサイド8へも連絡を!」

 

 言伝を頼み、急ぎ彼らが持って来た『箱』が安置されていた部屋へ向かう。

 そこには運送屋の妻と騒々しい警報音と共に中に入っている人間を『解凍』する為に動いている()()()()()()()()()()があった。

 

「目覚めるよアナタ。()が。」

 

「2年……長い刻だったな。」

 

 装置のモニターが次々と工程完了の緑のランプへと変わって行く。

 2人が運んできた『箱』それはコールドスリープ装置、そしてそれが封印していたものそれが今開かれる。

 

 

ーーー

 

 

 

「……。」

 

長い、長い時間が止まっていた。そう感じるし実際そうだったのだろう、徐々に戻って行く身体の感覚に命がまた動き出すのを感じる。

 

「おはよう、()()()()さん。」

 

 長い銀髪の女性、その姿と声に身体と心が完全に覚醒する。

 

「マルグリット……。」

 

 いつか見た夢、そして本来であれば未来にあった光景、そして()の為に向けられる筈の()が望んだ未来だった光景を幻視する。

 頬を涙が伝った、……違う彼女はもういないのだ、どこにも。

 

「いや、すまない()()()()()さん、それに……。」

 

「漸く目覚めたかアンダーセン。」

 

()()()()()()()()()、あぁ色々と迷惑をかけたな。」

 

 かつて俺と戦って、俺が大事な人を奪ってしまった2人。それが今の俺を助けてくれている。その現実にまた心に感動が込み上げてくるのが分かる。

 

「ジェシーくん!」「シショー!」

 

「クロエ……ララサーバル……今まですまなかった。」

 

「本当によ!貴方がいなかったせいでみんな……みんなどれだけ悲しんだと思っているの!」

 

「シショー……目覚めたばっかりだから今はやらないけどさ、後でブン殴らせてもらうよ、じゃないとアタイもみんなも気が済まないからさ……!でも、でもさ……おかえりシショー……!アタイは今本当に嬉しいんだ……!」

 

 涙を流している2人に、それほど心配をかけさせたという負目はあるが、今はそれ以上にやらないばならない事がある。

 

「あぁ、事が終わったら幾らでも罰は受けるさ。本当に悪かった。……それで今アーニャ達はコンペイトウか?」

 

 このコールドスリープ装置は核バズーカが発射される動作、それもGP-02がアトミック・バズーカを放つ時の動作が行われた時に解除されるようになっている。

 事のキッカケは本来俺がこうなろうとならまいと、デラーズ紛争が起きてしまった時の保険として用意していたものだ。

 

 ガンダム・センチネルの月面の戦いで連邦の鎮圧部隊が月面降下の為に予め機体に組み込まれていた降下プログラムを作動した時に教導団が仕組んだ理論爆弾と呼ばれるトラップが作動し機体が停止するという事態が起きた。

 これを利用する事で0083年に起こり得るであろう最悪の事態を阻止する事が出来るし、もしも俺達がそこにいたらガトーを倒すことも不可能では無かったかもしれない。その為に仕組んだ罠であったのだが、あの件があった事で眠らざるを得なくなった俺はこのコールドスリープ装置の解除とも紐付ける事にしたのだ。

 

 コンピュータウイルスの様に仕組まれたこのデータはまず試作2号機の機体から広域通信で『その動作が行われた』ことを確認したというデータと予め録音していた音声を発信するようになっている。

 ミノフスキー粒子下では大規模な通信は本来不可能ではあるが、歴史通りであるならば間違いなくコンペイトウの周辺で大艦隊相手に行われているものだ、小規模なレーザー通信が機体から他のMSや艦船へ伝播していく、そしてそれらがコンペイトウ司令部に受信されればコンペイトウの外縁に置かれている通信機器によりミノフスキー粒子の影響下から離れ、更に遠くへと通信が拡散されて行く。

 

 俺の狙い通りなら、理論上は俺が何処にいても2号機の核発射後に間を置かず目覚めている筈だ。

 今の状況は掴めないがリング・ア・ベル隊が宇宙艦隊の一部である以上は観艦式に参加している可能性は高い。クロエやララサーバルがここに居て、他のメンバーが見当たらないという事は全員が参加している訳でもないだろうが、まずは状況を確認しなければ。

 

「待ってて、今確認している最中よ。」

 

「急いでくれ、事態はあまり猶予を与えてはくれないだろうからな。」

 

 シーマ様が海賊をやっていない以上、歴史通りにコロニーが奪取されている可能性はあまり高くはないだろう。

 しかしそれは俺の知っている歴史の流れだったらの話で、キシリアがアクシズにいる以上このデラーズ紛争で動いていないとも言い切れないのだ。

 下手すればキシリアとデラーズが手を組んで仲良く共闘している可能性も……はないか。キシリアはともかくデラーズは蛇蝎の如く嫌っているのだし。

 しかしの紛争を利用して何らかの手を打っていないとも限らない。彼女の狡猾さはこれからの歴史でどう悪影響を与えるか定かではない。

 

《コロシテヤル……!》

 

「……っ。気づいたか。」

 

 心の中にもう一つの心が存在する様な感覚がまた目覚める。

 深い憎しみと怒りを感じる、()が俺に対して抱く憎悪が再び俺の心を締め付けているのだ。

 

「クロエ技師長!エルデヴァッサー大佐の所在が分かりました!な……!?アンダーセン大尉!?」

 

 リング・ア・ベル隊の隊員が報告の為に部屋に入ってくる、俺の存在に驚きを隠せないでいる。当たり前の話ではあるが。

 

「混乱しているでしょうけど報告をお願い!」

 

「は、ハイ!現在リング・ア・ベル隊のアマテラス、曙光の両艦はコンペイトウ宙域にあるようです。曙光は観艦式に参列し、アマテラスは奪われたアナハイムのガンダム追撃の任に当たっているとのこと!」

 

「なら……今まさに奪われたガンダムによる核発射が行われようとしたんだろう。俺が目覚めたのはそういう事だ。」

 

「どういう事だいシショー!?」

 

「クロエ、俺がいなくなった後で俺の戦技データは連邦軍に提出したか?」

 

「……?えぇ、貴方が纏めていたデータの大半は軍に提出したわよ?」

 

「その中にモーションパターンが一部暗号化されていたのは知っているな?」

 

「うん。軍は問題視しなかったしゴップ連邦議会議員もその内容が判明する時が来るならどういうタイミングなのか興味があるって軍に言っていたみたいで、そのままの状態で連邦軍の基本OSに組み込まれたわ。」

 

 ゴップ将軍が……やっぱりあの人は頼れる人だ。

 

「あのデータの中には特定のモーションパターンを取ることで機体にロックが掛かるようにシステムトラップを仕組んでいたんだ。コンピュータがバズーカ砲の連結、発射姿勢の固定、そして冷却用のシールドを作動させ弾頭を発射するという行動が取られた時にトラップが作動する様に仕組まれていた。」

 

「待ってジェシーくん……どうして貴方はそこまで『そんなことが行われる』なんて分かっていたのよ。ニグレドの件にしたって貴方には不可解な行動が多すぎるわ、疑いたくはないけれど。」

 

「……俺はこの0083年までに起こり得そうな事は知っていたんだ。未来予知と言ってもいい。」

 

「シショー、もしかしてシショーはニュータイプじゃ……。」

 

「そう捉えてくれても構わない。そしてニグレドの件は……あれは……。」

 

 何と言えば良いのか、実際俺にも上手く説明できない。

 何故()が目覚め、この行動を取っているか。感情では理解出来るが言葉には上手くできないのだ。

 

「っと、一先ずはアーニャ達に連絡を取ってくれ。敵の本命は観艦式の襲撃じゃない。」

 

「どういう事だ、アンダーセン?核を積んだガンダムが連邦軍の一大軍事パレードを襲撃する、これが敵の作戦の本命じゃないと言うのか?」

 

「あぁそうだグレイ。確かに観艦式襲撃はインパクトのある行動だ。だがそれは単なるテロでしかない、奴等が本当に狙っている事はなんだ?」

 

「そう言えば……。デラーズは処刑された筈のギレン総帥がまだ生きていて、その解放を求めていると言っていたな。それを狙っているのか?」

 

「……何だって?」

 

 処刑された筈のギレンの解放?……それは俺の考えからは思いもしない内容だった。

 考えろ……デラーズがそう宣言するという事は少なくともギレン信者であるデラーズはそれを信じていると言う事だ。それなら奴の中ではそう信じる確証があるはずだ……となると本来の歴史とは異なりデラーズの目的はコロニー落としで地球の環境を破壊し宇宙への依存度を上げる事より……いや、それも含めてギレンの解放も考えている可能性が高い。

 何故ならコロニー落としを強行する姿勢を見せれば生きている場合のギレンの解放だって場合によっては有り得ない話じゃないからだ。

 

「なぁクロエ、コロニー再建計画はどうなっている?」

 

「コロニー再建計画?サイド3やサイド8に損傷したコロニーを移送させて修復させる?」

 

「あぁ。今現在移送中のコロニーはあるのか、それが今どうなっているか知りたいんだ。」

 

「……分かったわ、確認させる。」

 

 困惑しながらもクロエはペズンの通信司令部に確認を取らせる。その間に俺は眠っていた間の出来事を大まかに聞いた。

 

「……成る程な、ガンダムニグレドがトリントン基地に現れたのか。」

 

「その報を受けて俺とヘルミーナはガルマ代表からお前の回収を頼まれたんだ。お前が告げた刻が近づいているとな、その時になった場合にお前がスムーズに動けるように、お前を回収した後はキャスバル代表の指示でペズンまで運ぶに至った訳だ。」

 

「その点についてはあの二人の判断に感謝だな。此処にいたからこそ打てる手は多い。」

 

「彼に頼まれて貴方の為の機体と彼ら2人の機体も用意したわ。一体何をするつもりなのジェシーくん?」

 

「2人の機体……?どういう事だグレイ。」

 

「前に言ったろう、いつかお前達の力になると。今がその時さアンダーセン。」

 

「けれど……ヘルミーナさんはどうするつもりだ、それに2人には子供もいるじゃないか!もしもの事があったら……!」

 

「大丈夫だよジェシーさん。この人は私には戦わなくても良いって言ったけど、戦う事は私が決めたの。そして私もこの人も死ぬつもりなんてないから。それにこの事は貴方が言える事でもないんだよ?」

 

 ……アーニャを護る為に敢えて死んだ様に見せた俺が言えた台詞ではない。

 確かにそれはそうなのだが……。

 

「子供はマハル孤児院に預けてきた、俺達にもしもがあってもシーマさんは笑いながらちゃんと面倒見てやると言っていたよ。しっかり五体満足で帰って来ないと許さないとも念押しされたがな。」

 

「……すまない、2人とも。」

 

 2人のパイロット能力は折り紙付きだ、手助けをしてくれると言うならこれほど心強いものはない。

 

「クロエ技師長!大変です!ペズン司令部が緊急の通信をキャッチしました……!先程仰られていたコロニー移送の件に関わっています!」

 

 慌てて報告に来た兵に場の雰囲気が変わる。

 

「何が起こったの!?」

 

「ハッ!サイド8へ移送中であったコロニー、アイランド・イーズとアイランド・ブレイドがデラーズ・フリートにより奪取されミラーを破壊された二基は回転が生じ互いに衝突し内一基が現在月に向けて進行中とのことです!」

 

 ……史実通りか。本来それを行うシーマ様は今は連邦軍の監視下だ、となると他の誰かが代わりにそれを行っている筈だ。

 そして懸念するべきは本来裏切りを視野に入れて明確に動いていた彼女とは違うということだ。

 このコロニージャックを行ったのが誰か分からない以上デラーズ・フリートは全戦力を以て行動してくると見るべきだ。

 

「これが敵の狙いって事ジェシーくん!?」

 

「……恐らくは違うなクロエ。奴らは月にコロニー落としをすると見せかけて地球へのコロニー落としを敢行するだろう。」

 

「だが既にコロニーは月の重力に引かれ始めている筈だ、あれだけの質量を持ったコロニーは自発的に航路を変えられる訳ではないぞアンダーセン。」

 

「月には……艦艇用のレーザー推進装置がある筈だ。」

 

「……!確かにそれを使えばコロニーに火を入れる事が可能って訳ね……、ジェシーくんの言葉を信用するなら有り得ないとも言い切れない悪魔のような作戦ね。」

 

 予想が外れて本当に月に落ちさえすればアナハイムも打撃を受けて後々の未来にも響くかも知れない、だがそれは有り得ないと言っても良いだろう。

 劇中ではアナハイムのオサリバン常務の独断で築いている様に見えるデラーズ・フリートとの関係も、実際は何処まで根深くアナハイムが関わっているか……。

 

「奴らは地球にダメージを与える為に地球に向けてコロニーを移動させるだろう、だからこそ今の内に地球周回軌道まで俺達は向かう必要がある。」

 

「足は用意している、俺達の艦なら移動だけならピカイチの性能をしているぞ?」

 

「あの輸送艦、パッと見たら普通の輸送艦にしか見えなかったけれど?」

 

 クロエの質問にグレイはニヤリと笑う。

 

「外見だけ見ればな。だが俺達『エンタープライズ』は仕事の為に色々と金を掛けているんでな。速度だけなら軍の艦船すら凌駕する特別品さ。」

 

「それは頼れるな……。そうだクロエ、俺の為に用意している機体はなんだ?ヴァイスリッターか?」

 

 俺の愛機、ヴァイスリッターであれば近代化改修さえしていれば今でも第一線で戦える筈だ。『彼』の乗っているガンダムニグレド相手では分が悪いかもしれないが……。

 

「いいえ、違うわ。ヴァイスリッターはこのグレイさんが。フィルマメントにはヘルミーナさんが乗るわ。」

 

「……グレイ。」

 

「乗らせてもらうぞアンダーセン、お前の誇りに。」

 

「ヘルミーナさん、フィルマメントは……。」

 

「大丈夫、あの機体には姉さんの心も感じるから。大丈夫だよジェシーさん。」

 

 この二人は、俺の知らない数年の間で更に強くなっている。

 マルグリットを死なせるに至った機体達に何の躊躇いも無く乗ると……そう言ってくれているのだ。

 

「ジェシーくん、貴方にはガンダムに。ガンダムアルベドに乗ってもらうわよ。」

 

「ガンダム……。」

 

 一度MSデッキに移動し、ヴァイスリッターとフィルマメントに挟まれるように置かれた白いガンダムに目を向ける。

 俺の知らない、俺の為に用意されたガンダム……。

 

「ガンダムアルベド、ヴァイスリッター1号機と2号機の戦闘データを反映させた高機動型のガンダムよ。特質するべきは……。」

 

「待ってクロエ技師長、此処からは私に説明させてもらえるかしら?」

 

 話しを遮ったのは科学者の服装をした女性、俺が眠りに着く前から知っている女性だ。

 

「ルーツ博士。お久しぶりです。」

 

「生きていると聞いて驚いたわアンダーセン大尉。急いでいると聞いてるから込み入った話は今度にするとして、この機体に組み込まれているシステムについて説明するわね。」

 

 リョウ・ルーツの母親である彼女が関わっているシステム、それは俺がいなくなる前からマリオンと彼女が試行錯誤して作っていたシステムだ……。

 

「通称NT-A、ニュータイプアシストシステム。正直言って未だに完成しているとは言えるレベルではないけれど試作タイプの物を積んでいるわ。システムを起動させる事でマリオンちゃんの回避パターンを学習させたAIが適宜その時に最適な回避運動を取る。けど気をつけて欲しいのは戦闘行動中にシステムを起動するというのは本来当然の事なのだけれど、これはあくまで試作タイプでパイロットとマシーンの間で齟齬が発生する可能性が高い。言っている事は分かるかしら?」

 

「……システムの回避パターンに俺の思考が追いつかない可能性がある。そういう事ですね?」

 

「そう。システムがその時の最適解を導き出して動いてもパイロットがそれに着いて行けなかったら意味がない。動きを追いきれず混乱したところを狙われる可能性が高くなるわ。本当ならもっとマシーンの動きにパイロットが違和感を覚え無くなるレベルにするか、コンピュータがそのまま攻撃行動に移るかまでしたかったけど無理だった。だからシステムは積んでいるけど合わないと思ったら無理に使わないでちょうだい。」

 

「了解です。……多分問題ない筈だ、今の俺なら……。」

 

 もう、あの時の弱いままの俺ではない。アーニャを護る為に、例え俺の血を未来に残せなくなっても、やるべき事をやったのだから。

 

「それとジェシーくん、システム以外にもこの機体にはBWS(バック・ウェポン・システム)を搭載してるわ。敵が貴方の思惑通りに動くなら地球周回軌道に着く頃には戦闘が始まってる筈よ、機動力に優れたこの装備が役に立つと思うわ。」

 

「助かるよクロエ……みんな、ありがとう。」

 

 本来であれば、こんな現れ方をした俺にここまでしてくれるとは思っていなかった。

 だからこそ、みんなの期待を裏切らない。

 

「クロエ、アーニャ達に通信を。俺の名前で『リング・ア・ベル隊は全部隊 地球周回軌道にてデラーズ・フリートのコロニー落としを阻止せよ。』と暗号通信を。」

 

「分かったわ!」

 

「俺とララサーバル、グレイとヘルミーナさんで地球周回軌道へ向かう。サイド8のガルマ代表には手筈通りに動くよう俺から連絡する。」

 

「よっしゃぁ!アタイもグノーシスで出るよ!グリム達が必死こいて戦ってるってのにアタイはずっと留守番だったんだ、溜まった鬱憤は晴らさせてもらうよ!」

 

「機体の整備に私も輸送船には乗り込むわ。行きましょう、二度とコロニー落としなんて悲劇を繰り返さない為に。」

 

「……あぁ!」

 

 俺とクロエ達、そしてグレイらで輸送船『エンタープライズ号』に乗り込む。

 そこのブリッジで、俺はフッと笑みが生まれた。

 

「社長、出航の準備は出来ています。」

 

 逞しい髭をした中年の男性がそうグレイに話す。何処かで見た事のある顔に似ていた。

 

「助かるよキャプテン、みんなも準備は良いか?ここからは忙しくなるぞ。」

 

「大丈夫ですよお頭、キャプテンも早く仕事を終わらせてコロニーにいる娘さんに会いたいってもうずっとうるさいんですから!」

 

 そうちょっかいを出す若手のクルーを足蹴にしながら、キャプテンと呼ばれた男は出航の準備を整える。

 

「早く帰りたいのは社長もそうだ、親って言うのは子供が何より大事なんだ。だから全速前進で素早く荷物を運び届けるぞ、良いな!」

 

 キャプテン……恐らくはスベロア・ジンネマン大尉がそう喝を入れると、クルー達は皆大声で叫ぶ。

 

『アイアイサー!』

 

「エンタープライズ号、発進!」

 

 ジンネマン大尉の声と共に輸送船はゆっくりと動き出す。

 そしてペズンの宇宙港から発進すると同時に、輸送船とは思えない程のスピードで船は加速を始める。

 

「待っていてくれアーニャ……今度こそ、今度こそお前を護ってみせる。」

 

 彼女の望んだ未来のために、今度こそ俺は力にならなければならない。

 

 その為に、彼を……()()()()()()()()()()()を止める。

 そう心に誓い、俺達は地球周回軌道まで進むのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 ガンダム試作3号機

 

「ではレイ・レーゲンドルフ、キミはアーウィン・レーゲンドルフが何故あの様な行動を取ったか説明出来ないのだな?」

 

 観艦式の後、部隊権限で別行動を取ったリング・ア・ベル隊と離れ、アルビオンはコーウェン中将の指示で月に向かったコロニーの破壊命令を受けた、その為に必要となるガンダム試作3号機の受領の為、現在アナハイムのドック艦であるラビアンローズに向かっていた。

 その道中、エイパー・シナプス艦長はコンペイトウ宙域で突如暴挙を働いたアーウィン・レーゲンドルフについて、弟であるレイ・レーゲンドルフを問いただしていた。

 

「あぁ……、僕の方が知りたいくらいだ……。」

 

 項垂れたまま覇気の無い声でレイは答える。

 少なくない時間を過ごしたアルビオンのクルーですら何故彼があの様な事をしたのか理解出来ずにいた。弟だと言っていたレイならと聞いてはみたものの、結局は彼もまた同じであったのだ。

 

「ジャブローは君達の持つ特別な権限を剥奪した。君は最早軍部に属した者ではない、これからキミは我々の監視下に置かれる。よろしいかな?」

 

 そもそも、彼らに特別な権限を与えた連邦軍の将校は誰なのか、それすら分かっていない。

 巧妙に情報は隠蔽され、彼らに佐官と同等の権力を与えたのが誰であるのかをコーウェン中将もワイアット大将も知らないのだ。

 となると権謀渦巻くジャブローで何かしらの権力闘争に彼らが使われていたのは明白だろう。下手をすればコーウェン中将の権力を剥奪する為に動き、そしてワイアット大将やこの観艦式に参加する将校達をも……結果からの考察になるがそう読み取ることも可能なのだ。

 

「構わない……何なら独房にでも入れたらどうだ……。」

 

「……。」

 

 溜め息を吐く、この少年も哀れと言えば哀れなのだ。

 彼による自白とウラキ少尉の報告、そして試作1号機の通信内容から彼とアーウィン・レーゲンドルフが強化人間と呼ばれる人体実験に近い処置を施された人間であることが分かった。

 薬物による身体的な強化、そして洗脳と言っても良いレベルのブレインコントロールにより常人よりも優れた反応速度を手に入れた存在であると知ったのだ。

 

 彼ら二人は軍によって秘匿された研究所でその人体実験を受け、その後彼はアーウィン・レーゲンドルフの手引きにより共に施設から脱走。

 そしてどの様な伝手を利用したかは分からないがジャブローの内偵という地位を手に入れた二人は活動を開始したと言う事らしい。

 

 しかしアーウィン・レーゲンドルフが何故アナハイムとEC社を監視し、ガンダムニグレドを手に入れ、そして何故この様な行動を起こしたか……その真相は未だ掴めずにいた。

 

「今のキミは精神的に不安定な状態だ。独房に入れて置くことも可能だがそれよりはウラキ少尉やキース少尉と行動を共にした方が良いだろう。二人にキミの監視を命じる。」

 

「……。」

 

 どうでも良い、そんな風に見て取れる素振りをレイは見せる。

 だが今のまま独房に閉じ込めてしまえば最悪の事態も起こりかねない、それならば年齢が近い少尉二人に面倒を見させた方が幾分マシだろう。

 そう思いながらシナプス艦長はウラキとキースに連絡を入れ、レイを監視するように命令したのであった。

 

 

ーーー

 

 

「落ち込むな、って言っても無理な話なのは分かるけどさぁ、ずっと落ち込んでても仕方ないんじゃないか?」

 

 同僚のキースが、気の抜けた声でレイに問いかける。レイは心ここに在らずと言った感じでまともに話を聞いてすらいないが、キースは構わず喋り続ける。

 

「こういう時は酒でも飲んでスッキリしたりしないか?なぁコウ?」

 

「待てよキース、そもそもレイは酒は飲めないんじゃないか?」

 

 成年になってからしか本来酒は飲めないが、中には隠れて飲んでいる人もいる、目の前にいるキース自身もその中の一人であるのだけど。

 しかしレイはこのガンダム強奪事件が始まってからその様な姿は一度も見せていないし、そもそも自分達より年齢が下かもしれない。

 キースは冗談で場を和ませようとしてるだけかもしれないけど、そう深く考える自分やいつまでも話すのをやめないキースにレイはイラついたのか大声を上げた。

 

「もう僕の事は放っておいてくれ!どうせ裏切り者だとバカにしているんだろう!?」

 

 兄であるアーウィンさんに裏切られた事実、そのストレスは大きいだろう。溜まっていた物を吐き出すように大声を上げたレイであったが……。

 

「……?何でバカにする必要があるんだよ?」

 

 良くも悪くも、キースのこういう鈍感なところは見習うべきかもしれない。その姿にレイも呆気に取られていた。

 

「レイはさ、真面目過ぎるんだよ。もうちょっと気を抜いてみても良いんじゃないか?なぁコウ?」

 

「あ、あぁ。」

 

「こういう時は彼女の一人でも作ってみると良いと思うぜ俺は。コウなんか見てみろよ、ニナさんと仲良くなってから変わったって思わないか?」

 

 突然ニナとの関係を振られ、思わず焦ってしまう。

 

「な、なんでそこでニナが出てくるんだよ!?」

 

「だってなぁ?月に降りてからちょっと距離感が変わった感じがするもんなぁ?それに前までニナ『さん』って呼んでたのが今じゃ呼び捨てだぜ?レイだってそう思うだろ?」

 

「……それは確かに。」

 

「レイ!?」

 

 キースに相槌を打つレイに思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 その姿が滑稽だったのか、レイは笑い出した。

 

「ハハ……ハッ……。……どうして二人は僕の為にここまでするんだ。もう僕は軍属でも何でもない、ただの民間人と同じなのに……。」

 

 その言葉に自分もキースもほぼ同じタイミングで同じ言葉を返した。

 

『仲間だからに決まってるだろ?』

 

 レイはその言葉を聞くと、一瞬何を言っているか本当に理解出来ずにいたのだろう。そして言葉の意味を脳がちゃんと理解した時、彼は涙を流し膝をついた。

 

「僕は……僕は……っ!」

 

「良いんだよレイ、俺達の前で我慢なんてしなくて。俺達は仲間なんだからさ。」

 

「ウラキ……キース……ッ!」

 

 声を上げて泣き始めたレイを慰めながら、やはりアーウィンさんは止めなければならない、レイの為にも……と自分は決意を新たにするのだった。

 

 

 

 3人の姿をバニング大尉は遠くから見つめていた。

 

「アイツら……。フッ、パイロットとしても人間としても俺はもうロートルかもしれんな。」

 

 年の功からレイについて何かアドバイスでもしようと思い、声を掛けようと思ったが既にその必要は無いと実感する。

 この戦いの中でヒヨッコだった二人はいつの間にか立派な戦士に変わって行った、それはパイロットの技能としてだけではなく戦士としての心構えとしてもだ。

 これならもう自分が付いていてやらなくとも大丈夫だろう。

 

 そうバニング大尉は感じるとその場を後にするのであった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 アナハイム所有ドック艦ラビアンローズ、アルビオンは接舷すると補給とコロニー落とし阻止の為に用意されたガンダム試作3号機の受領を開始する。

 

「ニナ!」

 

「ルセット!」

 

 ニナ・パープルトンは同僚でガンダム試作3号機のシステムエンジニアであるルセット・オデビーと邂逅する。

 

「聞いたわよ、コンペイトウでは大変だったみたいじゃない?」

 

「そうね、そして今もそう。3号機の調整の方は?」

 

「今最終調整中よ、素体であるステイメンの方は問題ないけれどオーキスの方の調整が少し手間取ってね。」

 

 試作3号機は1号機、2号機と違いMSユニットのステイメンとMAとも言えるアームド・ベースであるオーキスによって構成されている。その為システムは他の2機よりも遥かに複雑であり結局実地試験すら間に合わなかった機体である。

 

「私も調整を手伝うわ、少しでもパイロットに負担がかからないようにしないと……。」

 

「1号機のパイロットが壊れないように……?」

 

「えっ?」

 

「月のスタッフから聞いたわよニナ、1号機のパイロットととても親密だって。もう元カレは振り切れたのかしら?」

 

「ガトー……、えぇそうね。そうかもしれない。」

 

 結局今でも彼の信念については理解できない事が多い、この戦いで彼が何を得ようとしているのか、何を求めているのかも……。

 

「私も3号機に乗るなら彼に、と思っていた所。月までの戦闘データを見させて貰ったけど、彼なら複雑な3号機を使い熟す事が出来るはず……後はオーキスの方のパイロットを確保出来れば……。」

 

 MAの機動力を超える戦闘機動を行うMS、1号機のフルバーニアンを使い熟したコウなら問題ない筈、しかし火器管制までとなると不安が残るのは事実だ。

 しかし彼の同僚で現在ジム・キャノンⅡに搭乗しているキース少尉なら何とかサポートが可能かもしれない。……しかし、状況を選ばないのであれば最善の手は常人を超えた耐久力と反応速度を持ち合わせた……。そこまで考えてから、考えを振り切る。

 

「……今は調整を急ぐわよ。月に向かっているコロニーを止めなくちゃならないんだから。」

 

「……そうね。」

 

 凡庸なエンジニアなら目を疑う様な速さで二人はシステムの調整を急いだ。

 

 

ーーー

 

 

「何だと!?コロニーは月に進路を取っていたのではないのか!」

 

 ブリッジで大きな声をあげるシナプス。

 

「は、はい。コロニーは月の推進レーザーによって火を入れられたコロニーは地球へと進路を変えました……!追撃中だったステファン・ヘボン准将率いるコンペイトウ艦隊は推進剤を使い果たし追撃困難との事です……!」

 

「何と言うことだ……!まさかエルデヴァッサー大佐の読み通りになるとは……!」

 

 2号機の襲撃後、月に向かわず地球周回軌道へと進路を取ったリング・ア・ベル隊に困惑したが、今にして思えばこの事態を予想していた可能性すらあったのかとシナプスは思った。ニュータイプ……未来を予知できるという能力を持った人種の可能性があると以前から言われていた彼女はこの未来を予測していたのだろうか。

 

「急ぎ地球に進路を取らねばならん!3号機の調整はまだか!?」

 

「現在最終調整中です!」

 

「急がせろ!敵は待ってはくれんぞ!」

 

 コンペイトウからの追撃は不可能とはなったが、地球軌道艦隊やルナツー方面の艦隊は動けるはずだ。更には第3地球軌道艦隊司令はコーウェン中将であるからコロニーが地球に向かったと判断すれば早急に動いてくれるだろう。

 

「だが……本当に間に合うかどうかだ。」

 

 2号機強奪の時からそうだったが敵は常に我々の先手を取ってきた。

 後手に回る事ばかりだったこの戦い……コンペイトウでのシステムトラップが発動しなければ観艦式ですら敵は襲撃を成功させていたのだ。

 

「まだ、敵は隠し玉を持っていると見るべきなのか……?」

 

 懸念は残るが今は急ぐ他ない。敵は待ってはくれないのだから。

 

 

 

ーーー

 

 

「コロニーが……地球に!?」

 

 バニング大尉から月に向かっていた筈のコロニーが地球に向かっているとの報告を聞き、自分もキースも……そしてモンシア中尉達も驚いていた。

 

「なんでよりにもよって地球の方に進路を取らせたんだ月の連中は!?まさかデラーズ・フリートとネンゴロって訳じゃねぇだろうな!?」

 

 モンシア中尉の懸念も分かるが、月に落着するのを恐れた行動である以上は責任は大きく問えないだろう。

 問題は今地球へ向かっているコロニーをどう止めるかだ。

 

「急いで3号機の積み込みをしなければならないのではバニング大尉!?」

 

「とっくに搬入作業は開始されている、俺達は今からブリーフィングルームだ。地球へ進路を取れば碌に作戦を聞いている時間も無いからな。」

 

「ハイ!」

 

 急ぎブリーフィングルームに向かおうとした矢先、レイが青褪めた姿になっている事に気づいた。

 

「……レイ!?どうしたんだ!?」

 

宇宙(そら)が……宇宙(そら)が地球に落ちてくるのか……!?」

 

 これは……普通ではない状況だと見て分かる。アーウィンさんが裏切った時以上にショックを受けているようだ、何かがフラッシュバックしているのか頭を抱えて呻いている。

 

「ダメだ……アレは二度と落としちゃいけない……!空を落としちゃいけないんだ……っ!」

 

「しっかりするんだレイ!俺達はコロニーを止める為に今から戦うんだ、だから大丈夫だ!」

 

「うぅ……!」

 

 異常に気づいた他のパイロット達も集まってくる。流石に状況が状況だからか普段なら揶揄うであろうモンシア中尉達も何も言わずにいた。

 

「……そいつぁ多分コロニー落としのフラッシュバックだな。一年戦争の後に今のコイツみたいなのを大勢見てきた。」

 

 ベイト中尉がそう口にする。

 

「コロニー落としの時に地上からそれを見ちまった人間ってのは大勢いる。あのデカさだからな、トラウマになっちまった連中はそれこそ山の様にいるらしい。」

 

「レイ……。」

 

「僕は……!僕は……!」

 

 ショックで混乱しているレイに掛ける声が見つからない……そう思っていた時だ。

 

 

 

『安心しろ、俺がお前を助けてやる。』

 

 

 

「……アーウィン……。そうだ……あの時……僕は……。」

 

 何かを思い出したのか、レイは徐々に落ち着きを取り戻していく。

 

「……コロニーを……デラーズ・フリートがコロニーを地球に落とすなら僕は……僕はそれを止めたい……!今度こそ止めなくちゃいけないんだ!」

 

 先程とは違う、決意を固めた目をしながらレイはそう言った。

 

「君の熱意は分かる、だが君はもう軍属じゃない。MSに乗せる事は出来ないぞ。」

 

 バニング大尉は精一杯の思いやりは見せるが厳しい現実を突きつける。

 確かに今のレイはアーウィンさんの行動によってジャブローから与えられた特別な権限は消えているのだ。

 

「旧式のMSでも、ボールでもいい!このドック艦なら一つくらいはある筈だ!捨て駒だって何だって良い!コロニーを止めるのを手伝わさせてくれ!」

 

「そうは言ってもだな……。」

 

 困惑しているバニング大尉達、そしてその様子を見ていたのかニナが話しかけてきた。

 

「コウ、ちょっと良いかしら?」

 

「ニナ……?3号機は大丈夫なのか?」

 

「えぇ、その件も含めて……レイ・レーゲンドルフさん。少しよろしいかしら?」

 

「……アナハイムのニナ・パープルトン……?」

 

「バニング大尉達にも聞いて欲しいのだけれどよろしいかしら?」

 

「……?えぇ、構いませんが。」

 

 この状況で自分達の足を止めると言うことはそれなりに重要な話のようだ。

 主だったパイロット達はみんな足を止めてニナの話を聞く。

 

「ガンダム試作3号機、現在ラビアンローズで受領中のこのMSなのですが……まずこれを見て欲しいのです。」

 

 そう言うとニナは持っていた端末の映像をホログラムで映し出す。

 

「これは……MA……!?」

 

 其処にはMSと言うには大き過ぎる機体のデータが表示されていた。

 

「いいえ、分類上は拠点防衛用の『モビルスーツ 』よ。その巨体なサイズの理由はメインユニットのステイメンと呼ばれる機体とは別のアームドベースとなっているオーキスと呼ばれるユニットのせい。」

 

 ニナは更に端末を弄りオーキスと呼ばれるユニットの詳細を表示する。其処には各種兵装などの情報がズラリと並んでいた。

 

「このガンダムは操縦と火器管制を同時に行う必要があり、その為にステイメンとオーキスの各ユニット毎に一人ずつパイロットを配備させる必要があるのです。それで……パイロットデータから操縦の方はウラキ少尉をフルバーニアンからステイメンのパイロットに配置してもらう様にシナプス艦長にはお願いしました。」

 

「3号機にパイロットに……俺を?」

 

「この3号機はフルバーニアン以上にピーキーなシロモノなの。コウになら出来るわ。」

 

「その配置に異論はありません、問題はオーキスと呼ばれるユニットの方はパイロットをどうするかですニナさん。」

 

 そうニナに問い掛けるバニング大尉、これほどの武装を積んだ機体だ……担当する以上は生半可な負担では済まされないだろう。

 

「最初はジム・キャノンⅡで砲撃を担当しており、ある程度の能力を見込めるキース少尉にお願いしようとも思っていたのですが……。」

 

 そうニナは言いながら、レイの方へ顔を向ける……もしかして……。

 

「僕が……、ニグレドで火器管制をしていた僕の方が適任だ!」

 

「……えぇ、各パイロットのデータを先程見直した時にキース少尉よりもレイさんの方がオーキスを扱うのに最適だと判明しました……。」

 

「しかし……彼はもう軍属としては扱えません、軍の兵器を使用させる訳には……!」

 

「その件については私が責任を取る。」

 

「艦長……!?」

 

「これほどの機体だ。パイロットに掛かる負担も考えるとなると並のパイロットでは処理仕切れないだろう。」

 

「僕なら……強化人間の僕なら問題はない!僕に……僕にこのオーキスを任せてくれ!」

 

「……レイ・レーゲンドルフ、君がこのオーキスに乗ると言う事は軍を離反した可能性のあるアーウィン・レーゲンドルフと対峙する可能性もあるのだ、良いのかね?」

 

「……コロニーは……コロニーは落としちゃならないんだ。例えアーウィンと戦うことになっても……!」

 

「君に覚悟があるのなら、私は君をオーキスのパイロットに任命する。事態が事態だ、どんな手段を使ってでもコロニー落としは阻止しなければならない。」

 

「頼む艦長!僕をオーキスのパイロットに任命してくれ!」

 

「ウラキ少尉、君は問題無いかな?」

 

「僕は……。」

 

 考える、コロニーは止めなくてはならないが先程シナプス艦長が言った様にアーウィンさんとも戦う可能性があると考えた場合にレイは大丈夫なのか……。

 だが、彼の決意を固めた眼差しを見るとそれも杞憂でしか無いのかもしれない。だったら……。

 

「自分は問題ありません、レイの実力なら此方も頼もしくあります。」

 

「ウラキ……!」

 

「では、決定だな。3号機のステイメンのパイロットにコウ・ウラキ少尉。そしてアームド・ベースであるオーキスの火器管制をレイ・レーゲンドルフに命じる。」

 

『了解です!』

 

「艦長、空いた1号機のパイロットはどうするんです?」

 

「それも既に考えている。キース少尉、キミに1号機を任せたい。」

 

「え……?いや、じ、自分でありますか!?モンシア中尉達の方が適任では!?」

 

「キミがウラキ少尉に負けじと隠れてシミュレーターで1号機の慣熟を行っていた事を私が知らないとでも思っているのかね?ニナさんもキース少尉なら問題無いと言っていたのだ。」

 

 それは知らなかった、あのキースがそんな事をしていたなんて……。

 

「チッ、碌にシミュレーションすらしてなかった俺達よりは適任ってこった、キース!艦長の期待を裏切るんじゃねぇぞ!?」

 

「は、ハイ!モンシア中尉!」

 

 普段なら自分に譲れとゴネそうなモンシア中尉が事を荒立てる様な事もせずキースに1号機を譲った……どうしてだ?

 

「そもそもだ、2号機もそうだがガンダムなんてのは厄介ごとを呼んでくる災いじゃねえか、そんな機体になんか乗るくらいなら乗り慣れたジムの方がマシだってもんだ。」

 

 ……確かにそうだ。2号機の強奪から始まり、ガンダムニグレドの観艦式での味方への攻撃、この一連の騒乱の中でガンダムと云う存在はただの兵器という枠組みを超えた存在となりつつある……そう感じる時もある。

 

「コロニーが地球に近づくまで猶予はない。各員は各々の勤めを果たしコロニーの地球への落下を防ぐのだ!」

 

『了解!』

 

 コロニーの落下の阻止、連邦軍とデラーズ・フリートとの……そして自分とガトーの決着……。

 地球周回軌道の戦いで全てに決着が付くはずだ……。どんな結果になろうと月でケリィさんが言っていた様に、悔いの残る戦いにしないよう自分がやれる事を精一杯やらなければならない……。

 

 

 そう決意しながら、ラビアンローズから出航したアルビオンの中で、コウ・ウラキはガンダム試作3号機のデータを食い入る様に見入るのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 策謀の宇宙

 

「ジュネット、現在の状況の説明を。」

 

 地球周回軌道上に辿り着くまで残り数時間となり、現在の状況を再確認する為主だったメンバーはアマテラス、曙光の両艦のブリッジに集まり通信を開始する。

 現在アマテラスには私、アンナ・フォン・エルデヴァッサーとEC社幹部であるアレクサンドラ・リヴィンスカヤ、ビスト家から離れたアルベルト・ビスト氏、そしてパイロットであるマリオンさん、フィーリウスさんとガイウスさんバネッサさんのEC社アグレッサー部隊がおり、曙光にはジュネットとグリム隊の面々が編成されている。

 

「ハッ、現在デラーズ・フリートが強奪したコロニー『アイランド・イーズ』は地球に進路を取り、地球の重力に完全に引き込まれる阻止限界点まで残り半日あるかないという分析がメルクリウスより演算されました。我々リング・ア・ベル隊は先駆けて行動出来た分、補給や休息を速やかに済ませる事が可能であったので部隊としての行動には問題ありませんが、問題は他の連邦艦隊の動きにあります。」

 

 ブリッジのモニターに宇宙の各拠点やサイドコロニーの宙域図が映る。

 

「現在連邦軍は地球軌道艦隊、ルナツー防衛艦隊、各サイド防衛艦隊、コンペイトウ艦隊がコロニー落下の阻止の為に動いてはいるが、地球軌道艦隊以外の艦隊は各サイドがデラーズ・フリートに呼応、或いは更に隠されたデラーズ・フリートの兵力がある場合の対処に備え十分な戦力が投入されておらず、更にコロニーは当初月に向けて進路を取っていた為コンペイトウ艦隊主力を始め月に向かった艦隊は推進剤不足に陥り追撃は間に合わないと見られている。」

 

 ワイアット提督は私の言葉を幾分かは信じてくれたのか一定の戦力を地球周回軌道に派兵してくれはしたが、やはりステファン・ヘボン准将を始めとした主力部隊は月へ向けており十分な戦力とは言えない。

 戦力は有れば有るだけリスクが減るが、敵の真意がコロニー落としだけとは限らない現状では下手に地球にだけ兵力を集中出来ないのも事実なのだが。

 

「更に現在の連邦主力艦隊の通信と最大望遠から確認できる最終防衛ラインの布陣はお世辞にもコロニー落としに対して有効とは言えない部分もある。……アマテラス。」

 

『現在地球周回軌道に集結している艦隊の布陣と、考えられる敵の兵力、更にコロニーの阻止限界点までの時間を考慮して戦力の分析を行いましたが、コロニー落としの阻止が可能な確率は約6割とジュネット大尉の懸念通り十分な戦力とは言えません。しかし──』

 

「何かあるのですね。」

 

『はい。主力艦隊の通信内容、更に投入されている作業ポッドの多さから恐らくはソーラ・システムが投入されている可能性があります。ソーラ・システムは前回の大戦で失われた物を再度製造したソーラ・システムⅡが生産されているのでそれを使用するので有ればコロニー落としの阻止は十分可能だと思われます。』

 

「思われる、では駄目なのです。ジェシーの予言ではソーラ・システムの投射が行われてもコロニーはその姿を維持していたと言っていました。敵の妨害もあっての事ではありますが。」

 

『コロニーに対してソーラ・システムが使われた実績が無い以上、正確な破壊の確率は計算不可能です。』

 

「であるならば私達はどんな手を用いてもコロニー落としを阻止しなければなりません。主力艦隊がどれだけの戦力を投入していたとしても、最後の最後まで油断をしてはならないのです。」

 

「そうでなくともあれだけの質量を持った兵器を破壊する事は困難を極めます。間も無く主力艦隊との通信圏内に入り次第我々は主力艦隊と連携して動く必要がある。」

 

 ソーラ・システムがジェシーの予言通り使用されるのであれば敵の反抗があるのは間違いない。

 大まかな予測は同じではあったが、敵の兵力は常にジェシーが言っていた事より多かったのだ。今回デラーズ・フリートが全戦力を投入している事を考えると油断など到底出来はしない。

 それに……彼はコロニーは北米大陸に落とされたとも言っていた。何としてもコロニーの落下だけは絶対に防がなければならない。

 

「各員、到着までに最後の休息を取って決戦に備えておくように。」

 

『了解!』

 

 決着の時が、間も無く始まる。デラーズ・フリートのこと、ガンダムニグレドのこと、そしてジェシーのこと……。

 

 

 

ーーー

 

 

「提督!何故私の第3艦隊を動かさないのです!」

 

 南米ジャブロー、地球連邦軍の本拠地でジョン・コーウェン中将は連邦宇宙軍第1艦隊司令であるジーン・コリニー大将に対して叫ぶ。

 

「先程も言っただろう。既に周回軌道上にはソーラ・システムを展開中だ、君の艦隊はその護衛に専念させる。」

 

「しかし!ブリティッシュ作戦でも万全の対策を我々は出来なかったのです!万が一に備え艦隊での攻撃も視野に入れなければ!」

 

「くどいなコーウェン中将、元はと言えば君の開発したガンダムが強奪されたのが遠因となった今回の騒乱だ、これ以上君の言動に我々は振り回されたく無いのだよ。」

 

「くっ……!」

 

 他の幕僚達も同じように冷ややかな目を向けている、確かに戦術核装備のガンダムさえ開発していなければもっと別の形になっていたかもしれない。

 しかし今はその様な事を言っている場合では無いはずだ、万全に万全を期さなければこのジャブローにコロニーが落ちてくる可能性すらあると言うのに。

 

「既に打てる手は打ち尽くしているのですよコーウェン中将、貴方も男なら覚悟を決める時ではありませんかな?」

 

「ジャミトフ……!貴様何様のつもりで……!」

 

 ジャミトフ・ハイマン准将は彼を嘲笑う様に言葉を発すると、モニターに映るルナツーの宇宙図に目を向ける。

 

「提督、ネオ・ジオンの方はよろしいので?」

 

「うむ。既に手筈通りに事は進めた、蛇の道は蛇と言うが、ジオンにはジオンをぶつけるのが良いだろう。」

 

「ネオ・ジオン……?どういう事ですか提督!」

 

「ネオ・ジオンもデラーズ・フリートにはうんざりしているという事だ。今回の件で彼らはいち早く我等への支援を表明していたのだよ。彼らからすればテロリストと化した残党軍は目の上の瘤なのだから当然だがな。」

 

 自分の預かり知らぬ所で既に彼らは動いていた、その事実に今の自分の影響力がどれだけ少なくなっているのかを知り、ジョン・コーウェンは歯を噛み締めた。

 

「この一戦、彼らはギレン・ザビの解放を求めているのかも知れんが我々の地位を確固たる物にするだけだと気付かぬのは愚かだと言う事だ。」

 

 クククと笑うジーン・コリニーであったが、直後の報告に彼は驚愕する事となる。

 

「コリニー提督!大変です!アクシズが……、アクシズの艦隊が地球周回軌道に向けて進軍していたとの報告が!」

 

「何だと!?アクシズの監視はどうなっていた!」

 

「そ、それが……!アクシズを監視していた艦隊の約半数が敵に寝返りアクシズの動向を隠していた模様で……!」

 

 これにはコリニー提督も他の幕僚も焦りを見せる。しかし戦力差から見れば依然此方が有利ではある、問題なのは……。

 

「……エルランの仕業か……!」

 

 オデッサの戦いで連邦軍を裏切り、レビル将軍を死に追いやったエルラン中将。

 劣勢になるとマ・クベと共に宇宙へ上がりその後の動向は不明だが、ジオンが彼を殺す理由が無い以上未だに生きている可能性は高い。

 

 そして、かつて連邦軍中将という高い地位にいた彼であるならば内通者を抱え込む事が可能である筈だ。

 実際にこの騒乱の中でも敵の残党軍の多くが戦後連邦軍が鹵獲したMS用に用意された武装や弾薬を使用しているとの報告がリング・ア・ベル隊からされている、それも連邦軍の輸送経路や一年戦争中の混乱で部隊の情報が正確ではない今の状況なら内部を深く知る者であれば幾らでも横流しが可能だろう。

 

「だが……所詮は少数兵力、今更アクシズ如きが何をできると言うのだ。」

 

 考えられる敵の兵力を計算してなお、此方が優勢だと確信する幕僚達。

 

「その通りだ、キシリア・ザビが如何に手を打とうと我々にはソーラ・システム……それに()()もあるのだからな。」

 

 ジャミトフ・ハイマンは怪しげな笑みを浮かべる、ジョン・コーウェンは他にもまだ彼らが策を弄している事実に驚きを隠さなかった。

 

(敵も味方も……信用ならぬ状況とは……!地球圏はどうなると言うのだ……!)

 

 権力の為の戦い、この騒乱ですら彼らにとっては政争や自身の地位の為の道具にしか過ぎない。

 だが、自分ですらそうだったのだ。ガンダム開発計画でレビル閥を吸収し連邦軍で確固たる地位を築く……その為に今までやってきたのだ、その自分が彼らを軽蔑出来るわけもない。

 

(だが……私にもまだ可能性は残されている。)

 

 ガンダム試作3号機、あれさえあればコロニーの撃破も不可能ではない。

 私のガンダムでコロニーさえ破壊してしまえば、今までの失態など大きく挽回できるのだ。

 

「頼んだぞシナプス大佐、君だけが頼りだ……。」

 

 結局ジャブローの中では誰一人として市民のこと、アースノイドのこと、スペースノイドのことなど考えてはいなかった。

 あるのは権力という欲、その為にひたすら自分の為に動く。それが今の地球連邦軍の在り方なのだ。

 

 

ーーー

 

 

「ククク……補給に感謝する……『大佐』殿。」

 

 ザンジバルの中で、ガンダムニグレドの補給を終えたアーウィン・レーゲンドルフは『大佐』と呼ばれる男に感謝の言葉を告げる。

 しかし、その口調に感謝の気持ちなどは皆無だというのは聞いた者全てが思うだろう。

 

「こちらこそ感謝するアーウィン・レーゲンドルフ。コンペイトウでは連邦軍艦隊の足止めに成功し、そして我々にそのガンダムの情報を提供してくれるのだ、補給程度では足りぬくらいだよ。」

 

「ククク……別に貴様らの為にやったことじゃあない、それにこのガンダムのデータも、もう何もかも必要無くなるんでな。」

 

 脂汗を流しながら大量の薬を飲み込むアーウィン・レーゲンドルフ、それはもう余命が幾許もない事をフォルシュ・リューゲに告げるようであった。

 

「それで、君はこの後どうするつもりだね?」

 

「勿論アンタ達について行きコロニー落としを見届けさせてもらう。」

 

「君は連邦軍では無いのか?」

 

「おいおい、連邦軍がジオン残党に補給を頼むと思っているのか?そんな思ってもいない事は口に出さない方が良い、俺の気持ちを知りたいならそう言えば良いのさ。……俺は全てを壊す、この腐った世界を変えてあるべき刻の流れに戻すんだ。その為にコロニーは何としてでも落とさなくちゃあなぁ。」

 

 ニュータイプか?と刻の流れという単語にそう思ったフォルシュ・リューゲであったが、それ以上の聞き込みはするつもりは無いのか言及することもなく話を続ける。

 

「君がこの世界自体を恨んでいるのは何となく分かった。我々の邪魔をしないのであれば支援はさせてもらう。その戦力は我々にとっても有益だからな。」

 

 そう話していると、ブリッジに通信が入る。

 

『大佐、フォルシュ・リューゲ大佐。聞こえているか?』

 

 音声が荒い。どうやらかなりの遠方から通信しているようだ、アーウィン・レーゲンドルフは誰の声か聞き取ろうとしたが無理である事を察した。

 

「ハッ、聞こえております閣下。」

 

『デラーズ・フリートの星の屑作戦は最終段階に以降した様だな。我々も現在地球圏に移動している、先遣隊は間も無くデラーズ達と合流するだろう。』

 

「……。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフはこの声の主がキシリア・ザビだと確信した。声自体はちゃんとした確認が取れないがこの口調、そしてアクシズの人間であるならばこの大佐という男が閣下と呼ぶ相手など一人しかいないだろう。

 

『先遣隊にはノイエ・ジールを載せてある、それをガトー少佐にでも預けて連邦軍を追い込め。だが決して貴様は深追いせず頃合いを見て退却せよ。』

 

「心得ております閣下。」

 

『戦いはこの一戦で終わりではない、我々はまだ雌伏の刻を過ごさねばならない。』

 

「えぇ。あるべき未来のために。」

 

『期待しているぞ大佐。』

 

 通信が切れる。フォルシュ・リューゲは幾分か恍惚の表情を浮かべている様であった。

 その姿に虫唾が走るのをアーウィン・レーゲンドルフは抑えながら話を続ける。

 

「アクシズも元気そうで何よりだな、キシリア・ザビのお陰でマハラジャ・カーンの頃よりも過ごし易いんじゃあないか?」

 

「……そこはそこに住む将兵のみぞ知る所だな。あそこは冷える、身体も魂もな。」

 

「アステロイドベルトまで行った人間達が、未だに地球に惹かれるのはその暖かさからか?そこで暮らしていけるならずっと引き篭もっていりゃいいのにな。」

 

「それではいずれ滅びを迎える。革新を迎える事もなくな。」

 

「革新……か。」

 

 少なくとも自分の知る未来とは別の道を歩むだろうという事だけはアーウィンは予想する。コイツらは自分が見た未来のアクシズよりも面倒な存在になるだろうと、しかしそれはもう自分とは関係のない事だった。

 

「さぁ……ラストダンスまであと少しだジェシー・アンダーセン……今度こそお前を殺してやる……!」

 

 行き場を無くした彼の怒りは、何処に還るのか。今はまだ誰も知らずにいた。

 

 

ーーー

 

 

「ガンダムアルベド、大層な機体だな。俺には勿体ないくらいだ。」

 

 輸送艦エンタープライズの中で、自分の乗るガンダムのデータを確認しながらクロエにそう語りかける。

 

「そりゃあね、ジェシーくんが眠っている間に色々やることやってますから。」

 

 少し嫌味が入っているが、そう感じないように優しくクロエは答えた。

 

「……アーニャは怒っているだろうな。」

 

「えぇ勿論、アンナちゃんだけじゃなくてリング・ア・ベル隊のみんなもフィーリウス隊のみんなもね。みーんなジェシーくんが死んでないと思って今まで戦ってたんだから。」

 

「シショー、今はとやかく聞かないし聞いてる場合でも無いからアタイは深く突っ込まないよ。けどね、やるこたぁやらないと行けない。コロニーは破壊できそうかい?」

 

 ララサーバルの問いに少し間を置いてから答える。

 

「大丈夫……だと思う。連邦軍本体もコロニー迎撃の準備はしているだろうし、こうやって俺たちも動いてる。それに……。」

 

「……それに?」

 

「ネオ・ジオンにも色々と準備させてるんだ、彼らの用意さえ終わっていれば……。」

 

 少なくとも、俺が復活しようがしまいが、この騒乱は何とか解決するように色々と事前に手は打ったんだ。コロニーは北米大陸ところかジャブローにすら、地球にすら落ちないように事前に計画してる。

 

「俺がサイド8を出る前には色々とガルマ代表は手を打っていたみたいだが……何をするつもりなんだアンダーセン?」

 

 グレイが質問する。まぁ隠しておく必要もないし言っておくか……。

 

「そうだな。事前にこの期間に────」

 

 俺がこのデラーズ紛争が始まると思われる時に用意していたこと。それを教えると全員が黙り込んだ。

 

「そりゃあ……シショー、確かにそれなら心配する必要は……。」

 

「とんでもない事を考えたわねジェシーくん……。」

 

「先の通信でガルマ代表は準備は終えていると言っていたから本当に大丈夫だとは思う……けど100%とは言い切れない。」

 

「うん。それはアンダーセンさんが眠る前に私たちに言っていた事が微妙に違っているからその可能性もあると思う。」

 

 ヘルミーナさんがそう予感する。俺の感覚よりずっと信じられる。

 

「だから精一杯やる事をやらなきゃな。アーニャの為にも……未来の為にも……。」

 

 色々な事に決着を付けなければならない。

 デラーズ・フリートがここで綺麗に片付いてくれれば、グリプス戦役に繋がる事も無くなるだろう……。

 だが()はそれを絶対に阻止するはずだけど。俺と同じ知識を共有しているであろう彼なら俺が導きたい未来など決して認めはしないだろう。

 

「……。」

 

 けど、やらなくちゃならない。今の彼はあの時より弱っているはずだ。

 数年前、全てを見通されるようだった感覚が今はもう無い。

 俺の策が読まれていたら、この確実とも言える計画は失敗に終わる。その為に数年眠っていたんだ、これ以上彼に好き勝手はさせられない。

 

『社長!間も無く地球周回軌道に到着します!』

 

 ジンネマン船長の艦内通信が入る、グレイが言うだけあって本当にこの艦は足が早い。

 

「戦いは既に始まっているな……。」

 

 大なり小なりの爆発が断続的に続いている、もう小競り合いは開始しているようだ。

 

「俺が先陣を切り開く!ガンダムの発進準備を!」

 

 MSデッキへ向かい、俺の為に用意された白いガンダムに乗り込む。

 B・W・Sは既に搭載されており傍目から見ればMAに見えるだろう。

 

「ジェシーくん。そのB・W・Sの仕様は分かってるわね?そのままでも強いけど、小回りが必要になってパージした後の方も肝心よ?」

 

「わかってるよクロエ、こんな装備を良く思いついてくれたもんだ。」

 

「元々は貴方が提案していたものを採用しただけ、使い道を誤らないでね?」

 

「了解だ!」

 

 カタパルトデッキに移送され、発進シーケンスに突入する。

 

「アンダーセン、俺達も少し遅れて発進する。生憎お前の機体には追いつけそうもない。」

 

 グレイとヘルミーナさん、ララサーバルの機体にはグノーシス用に開発された高機動ユニットが装着されている。アーニャのガンダムに使用されているものの量産型らしいが機動性はかつてメガセリオンに搭載されていたエーギルユニットよりも更に上がっているようだが、流石にMA並の機動力には劣るらしい。

 

「道は俺が切り拓く、後に続いてくれ!」

 

「頼もしいな、任せたぞアンダーセン。」

 

 機体の各種ステータスにオールグリーンのランプが付く。いよいよだ、アーニャを護る……その為の戦いが再び始まるんだ……!

 

「ガンダム!発進どうぞ!」

 

「ジェシー・アンダーセン!ガンダムアルベド発進する!」

 

 白いガンダムが宇宙を駆ける。

 護るべき者を、再び護る為に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 決戦 阻止限界点①

 

 地球周回軌道、眼前に映る地球を目の前にしてエギーユ・デラーズは満足気に笑みを浮かべる。

 

「見よガトー、かつてジオン公国が総力を以って成し遂げたコロニー落としをワシはたったこれだけの戦力で成し遂げたのだ。」

 

「ハッ……!流石であります閣下……!この光景は死して尚ジオンの魂を輝かせている同胞達も喜んでいるでしょう。」

 

 ガトーは嘘偽りの無い本心でそう応える。

 

「だがこれで終わりでは無いぞガトーよ。我々の本懐を成し遂げねばな。広域回線を開け。」

 

「了解です!」

 

 通信士がオープン回線を開くと、デラーズは眼前に待ち構えている連邦艦隊へ向けて通信を発する。

 

「地球連邦軍に告げる、我々はデラーズ・フリート。これより最終通告を行う、今目前に迫るコロニーが貴軍らにも確認できるであろう。我々はこれを交渉材料に貴軍らが虜囚にしているギレン・ザビ総帥の解放を求める。拒否するのであれば、我々はこのコロニーを地球へ落下させる事を厭わないであろう。」

 

 少しの時間が流れ、その通信に連邦軍が応える。

 

「私は第1地球軌道艦隊司令代理バスク・オム大佐だ。我々はテロリストと交渉する意志はない。そして貴様らテロリストが要求するギレン・ザビは数年前に処刑されている。」

 

 淡々と回答をするバスク。そして……。

 

「そして我々には正統なジオンの血筋を持つ者がいる、貴様らテロリストに対して悲観しているのだ。」

 

 バスクはそう告げると、声の主がバスクから若い青年の声へと変わる。

 

「私はネオ・ジオン共和国共同代表キャスバル・レム・ダイクンだ。デラーズ・フリートと名乗る公国軍残党勢力へ告げる、今すぐコロニーの機能を停止し降伏せよ。そうすれば兵士達の身の安全は保証しよう。希望があるのならサイド3、サイド8への帰属も受け入れる。貴軍らが信奉するギレン・ザビが根差したジオン公国は父ジオンダイクンが掲げた平和とは程遠い優生思想に囚われた悪質なものだ、スペースノイドの自治権解放を掲げながらその実質は自身が主導する優性人類生存説という選民思想を加速させ、人類の半数が死滅してなお更に生贄を求めるかのように戦いを続けた、それに悲観した者は多かったからこそ我々ネオ・ジオンは立ち上がり、そしてギレン・ザビのやり方を良しとしない者が多かったからこそ今のジオン共和国はあるのだ。」

 

 キャスバルの演説を遮るように、デラーズは怒りを含んだ声で反論する。

 

「我々はジオン・ズム・ダイクンの遺児を騙る偽者の声は聞かぬ。シャア・アズナブル、元々はジオン公国の少佐であった男がギレン総帥の弟君であるガルマ・ザビ大佐を弄する為にその名を騙っている事は我々の中では最早常識である。我々は独立の意志を連邦と言う売国奴に預け、その庇護の中で寄生する事を選んだジオン、ネオジオン共和国をジオン公国の崇高な精神を継ぐ者と見てはおらぬ。」

 

 言葉を遮らせず、デラーズはそのまま発言を続ける。

 

「貴様ら連邦に属する俗物共に、我らは決して屈する事はない。ギレン総帥を死んだものとして解放しないと言うのであれば、連邦の恥部も曝け出す用意が此方にはある。」

 

「なんだと……?」

 

 バスク大佐が訝しむ、デラーズは嘲笑う様に続けた。

 

「オデッサでの戦いで、地球連邦軍中将であるエルラン将軍は我々の側についた事は周知の事実だろう。そして彼は言った、地球連邦政府は既に世界を統制する立場から離れ人々の心もまた同じであると、戦争で疲弊した者達の中にはエルラン将軍と同じく我々に呼応する者も現れ始めた。現在アクシズの艦隊が我々の援護の為に此方に向かっている、コロニー落としを見届けるのが理由ではあるが、彼らが此処に来られる理由もアクシズを監視していた艦隊が我々に寝返ったからこそだ。最早連邦政府を支持する者は少ない、そして我々スペースノイドは必ずや真の独立を果たす。最後にもう一度問おう、我らが総帥ギレン・ザビを解放せよ。さすればギレン総帥の手により、再び世界は平和への道のりを歩む事が出来るのだ。」

 

「えぇい!貴様らと話す舌など持たぬ!ソーラ・システムの起動を急がせろ!」

 

 バスクは通信を怒鳴りながら切るとソーラ・システムの起動を急かした。

 それを見ていたキャスバルは呆れるように溜息を吐く。

 

(このバスク大佐ではやはり無理があったか、アンダーセンの策に期待する他ない……か。)

 

 嫌な予感が過ったキャスバルは通信士に呼びかけ自身の機体の用意をさせる。

 

「私もデラーズ・フリートの掃討に向かいますバスク大佐。ネオ・ジオンは連邦軍には協力するが独自の命令系統だという事はお忘れなきよう。」

 

「ふん、それはこちらも同じだ。せいぜい我々の邪魔をせんようにするのだな。」

 

 この男はスペースノイド全体を憎んでいるようなきらいがある。あまり友好的な関係は築けそうにないという事をキャスバルは確信しカタパルトデッキへと向かった。

 

「私のガンダムは用意できているか?」

 

「ハッ、連邦式ではありますが整備も終わらせてあります。元が連邦の機体なので問題は無い筈です。」

 

「有難い、その厚意を無碍にはしないと誓おう。」

 

 コクピットへ入りシステムの調整に移る、メカニックの言う通り整備は行き届いているようで何よりだ。

 前大戦で私が乗っていたガンダム、近代化改修され今でも一線級の性能を誇る我が機体であれば敵に遅れを取ることはないだろう。

 

「この感覚……お前も来ているのかアンダーセン。」

 

 鈍い感覚ではあるが、彼の気配を感じ取る。だが何故だろうそれが()()ある様に感じるのは気のせいだろうか。

 

「発進準備完了、キャスバル代表出撃どうぞ!」

 

 気になることはあるが今はそれよりもコロニー落としの阻止に尽力せねばならない。

 かつてはそれを地上に落とした側ではあるが、人々をニュータイプへと導く為に、そして地球を水の惑星に戻す為に……それを願う仲間の為に戦わねばならないのだから。

 

「キャスバル・レム・ダイクン、ガンダム発進する!」

 

 赤い機体が宇宙(そら)を舞った。

 

 

 

ーーー

 

 

「グリム隊長!3時方向にドムです!」

 

「了解!」

 

 グノーシスのビームライフルの攻撃がドムを貫く、ソーラ・システムを視認したデラーズ・フリートの艦隊はミラーの破壊の為に戦力の多くを投入していた。

 その迎撃の為に曙光の部隊は出撃し、迫り来る敵と戦っていた。

 

「これが……デラーズ・フリートの総力……!まだこれ程の戦力を残していたなんて……!」

 

 セレナの言葉に同感する、地上での兵力もそうだったがここまでの戦力を温存していると言う事実は僕達を驚かせる。

 2号機の強奪、観艦式の襲撃も敵は残党と言うには程遠い堅実な軍を派兵していた。ここに来て敵の練度は更に上がっている。

 

「だけど……やらせる訳にはいかない!」

 

 堅実に敵を撃破していく、今は敵を進ませないことを優先にしなければ……。

 

「……数年前を思い出すな。」

 

 あの時、ソーラ・レイを止める為に戦った僕達……。その時と同じ様に、敵も本懐を成し遂げる為にミラーの破壊に決死の覚悟で挑んでいる。

 ──だけど……ッ!

 

「目を覚ませ!こんなコロニー()を落としてまで平和を築けるなんて、本当に思ってるのか!」

 

 僕達があの時持った感情とは全く違う、自分達の生きる家であるコロニーを再び破壊の道具にする事はアンダーセン艦長が叫んだ悲憤と同じだ。二度と繰り返させはしない!

 

「連邦軍機!援護する!私はネオ・ジオン共和国代表キャスバル・レム・ダイクンだ!」

 

「……!?キャスバル代表!?」

 

「その声……リング・ア・ベル隊のグリムか!」

 

 かつて何度も死線を共にした人の声だ。広域通信は届いていたが、まさか戦場にまで来ているなんて……!

 

「何故貴方が此処に!?」

 

「コロニー落としは阻止しなければならないだろう、ならばミラー破壊に向かう敵は止めねばならん。」

 

「貴方がこんな所に来る必要は無いって話ですよ!昔もアンダーセン隊長がよく言ってたでしょう!?」

 

 そう、何かと言えば「そもそも総帥が前線立ってパイロットとか何考えてるんだ。」と愚痴っていた。数年前はその実力から頼もしいのだから頼れば良いだろうと内心思っていたが、今はパイロットとしての実力よりも、未来を築く為の政治家の能力を期待しているだけに思わず焦ってしまう。

 

「机の上だけが私の戦場では無いという事だグリム。道を示さなければ人は後を着いては来ない、それは君達のリーダーもそうだろう?」

 

「……確かにそうですね。みんな頭が固いんですから!」

 

 愚痴りながらも敵機を撃破していく、その光景には後輩2人も驚きを隠さないでいた。

 

「ねえセレナ……もしかして私達の隊長って相当凄い人なのかしら……?」

 

「そうね……会話の片手間で敵を撃破していくのも相当だけど、ネオジオンの代表相手でもあんな事を言ってるのは、もしかしたら私達のいる部隊って……とんでもない人達の集まりかもしれないわねベアトリス……。」

 

 そうは言いながらも自分達も精鋭揃いの敵に対して一歩も引いていない、その光景にはキャスバルも思わず感嘆する。

 

「良い部隊に育ったようだなリング・ア・ベル隊は。……もうすぐアンダーセンが来る、恥ずかしい姿を見せないようにするのだな。」

 

「アンダーセン隊長……やっぱり生きているんですね。それを貴方はずっと……!」

 

「それについては後で語るとしよう、そろそろ愚痴を言っている暇も無くなりそうなのでな。」

 

 赤いガンダムを視認した敵は、倒すべき敵と認識したのか此方へと押し寄せてくる。

 

「此処を……これ以上通すわけにはいかない!」

 

 敵を止める、もう二度と悲劇を繰り返さない為に……!

 

 

 

ーーー

 

 

 

「当たれぇぇぇ!」

 

 試作3号機から放たれたマイクロミサイルが多数の敵機を撃破する。

 

「レイ!ある程度の武装のコントロールは俺にも回すんだ!レイだけに任せっ放しにしておけない!」

 

「分かった!メガビーム砲のコントロールを回す!」

 

 強化人間の処理能力を持ってすら、この試作3号機の運用は困難を極める。

 その多種多様な武装のコントロールを2人で共有し試作3号機はまさに縦横無尽の動きを見せていた。

 

「何処だガトー……!お前は今何処にいるんだ……!」

 

 この局面、ガトーならコロニー落としを遂げる為に全身全霊を以て戦いに挑んでいる筈だ。なら嫌でも目に入る所に来るだろう、そう思っているとレイが声を上げる。

 

「ウラキ!回避行動を!」

 

「なんだ……!?クッ……!」

 

 突如放たれたビームを確認し回避する。ギリギリ間に合わず被弾するがIフィールド発生装置によって何とか無傷で済んだ。

 

『Iフィールドか!厄介な物を!』

 

「なんだ……!?あの機体……モビルアーマー……!?」

 

 試作3号機に劣らない程の巨体を持つ機体、そしてこの肌がひりつく様な感覚……まさか……!

 

「ガトーか!」

 

『我々の邪魔をするなぁぁぁ!』

 

 大型のビームサーベルが互いにぶつかり合う。

 

「ガトー!これ以上はやらせはしない!」

 

『貴様……!確かウラキ少尉とか言ったな、何度も私の邪魔をするなぁ!』

 

「黙れ!これ以上お前の好き勝手にはさせない!」

 

 距離を置きメガビーム砲で狙い撃つがあのモビルアーマーもIフィールドを搭載しているのかビームが弾かれる。

 

『腐った連邦に属さなければ、貴様も苦しまずに済んだろうに!』

 

「それはお前もだガトー!何故ジオン共和国やネオ・ジオン共和国に帰属しない!今のお前はただのテロリストだ!軍人じゃない!」

 

『知った風な口を聞くなぁ!』

 

「ウラキ!実弾で奴を仕留める!」

 

 マイクロミサイルポッドが射出されガトーに迫るが巨体を物ともしない機動力で回避していく、やはりパイロットとしての能力は何枚も上手だ。

 

「ガトー……!」

 

「ウラキ!奴を倒したいのは分かるが最優先はコロニーの破壊だ!奴を引きつけながら敵を迎撃するぞ!」

 

「分かった!」

 

 ガトーがミラー破壊に向かわない様に引きつけながらも、その移動の最中で敵を叩く。

 敵を密集させミサイルポッドを放ち、それは四方八方に拡散し敵を追尾する。

 

『しまった……!MS隊は回避行動を取れ!』

 

『ガ、ガトー少佐!ウワァァァァァ!』

 

『少佐……!星の屑を……!』

 

 MS部隊の数を減らすと、ガトーのモビルアーマーは完全に此方に狙いを定める。

 好都合だ、ソーラ・システムさえ狙われなければ3号機の力が無くてもコロニーは破壊できる筈。それならば厄介なこの機体をこちらが引き受けさえすれば……!

 

「決着をつけてやるガトー!」

 

『良いだろう!貴様を倒すべき敵として認識してやろう、ウラキ!』

 

 

 

 大型の機体が2機、宇宙を大きく駆ける。

 

 

 

ーーー

 

 

「無茶ですわアーニャ様!直接コロニーに乗り込むなんて!」

 

「彼女の言う通りだアンナさん!何も君が行かなくても良いじゃ無いか!それにソーラ・システムが放たれるのだろう!?危険だ!」

 

 サーシャとアルベルトさんがモニター越しに私を引き止める、アマテラスのカタパルトデッキで既に発進準備を終えた私は引き止める2人に告げる。

 

「ソーラ・システムと言えど確実な破壊方法ではない以上コロニーに直接乗り込み進路を変更すると言うのは有効な手段には変わりません。ミラーの破壊に向かっている敵が多数いる以上、ソーラ・システムの破壊力の低下はある程度は見越さないといけませんから。」

 

「それでも!アーニャ様が行く必要などありませんでしょう!?」

 

「いいえ、それは違いますサーシャ。私は皆を導きたい、だからこそ道を私が切り開かなくてはならないのです。未来のために。」

 

 戦いはこの一戦で終わることはないだろう。

 今回の騒乱でスペースノイドへの不満感情をアースノイドは持ち、アースノイドもまたスペースノイドへ恨まれていくだろう。

 

 負の連鎖をこれ以上増やさない為に、私が連邦軍……そして連邦政府での立ち位置を確立していかなければならない。その為には敢えて死地に乗り込み、良い意味でも悪い意味でも目立たなくてはならない。

 どの様な評価をされようと、私はこの世界をより良い世界に変えたいのだ。

 

(そう……彼と共に……。)

 

 胸の中に暖かさが蘇る、彼が……私の愛する人が近づいている。そんな予感がずっとある。

 

(お願い……彼を……()()()()を止めて……)

 

 かつて私が殺めた少女の幻影が再び現れる、彼女の言う()も止めなくてはならない。

 

「止めてみせます……今度こそ……。」

 

 機体の状態が全てオールグリーンなのを確認して発進する。

 

「アンナ・フォン・エルデヴァッサー、ガンダムルベド出撃します!」

 

 紅のガンダムが宇宙を駆ける。

 

「エルデヴァッサー大佐、援護に入ります。貴方は決して立ち止まらずコロニーへ。道中の露払いは私達とマリオンさんで行います。」

 

「ありがとうございますフィーリウスさん。……必ずコロニー落としは阻止してみせます。」

 

「アンナさん、大丈夫……きっと大丈夫です。そう思える何かが近づいて来てると、そう感じますから。」

 

 マリオンさんの気遣いに頷く。そう……もうすぐ……彼がきっと……。

 

 そう考えながら敵陣を突き進んでいると、とてつもなく強いプレッシャーが襲いかかる。

 

「この感覚……ッ!」

 

 その殺気を感じ取り回避運動を取った直後、高出力のビームが機体の横を掠めた。

 

『やはり……ニュータイプへの覚醒は終わっているという事かアンナ・フォン・エルデヴァッサー……!ここから先は通す訳には行かない!』

 

「ガンダムニグレド……!」

 

「エルデヴァッサー大佐!ガンダムは我々が!」

 

「しかし……!」

 

「今はコロニーの落下阻止が任務の筈です!どうか此処は我々にお任せを!」

 

『通す訳がねぇだろうが!』

 

 ニグレドから放たれた有線式の(ファング)がフィーリウスさんのガルバルディへと狙いを定める、しかしそれをマリオンさんの青いヴァイスリッターが止めに入る。

 

「お願い!これ以上マルグリットさんを悲しませないで!」

 

『その名を軽々と口にするなぁぁぁ!』

 

 ニグレドの攻撃は熾烈さを増す、このままでは如何にあの2人と言えど……!

 

「ここは我々に任せなさいエルデヴァッサー大佐!フィーリウス様も言っていたでしょう!」

 

「しかしバネッサさん……!」

 

「貴方には貴方のやるべき事がある筈だ大佐殿!我々もまたやるべき事を果たすまで!フィーリウス様とマリオン様の意志を無駄になさるな!」

 

「くっ……!」

 

 心の中でみんなに詫びると再び最大戦速でコロニーへと進路を取る、今はみんなを信じるしか無い。

 

 

 

 

『雑魚どもが……!邪魔をするなと言っただろう!』

 

 ガンダムニグレドは腕を振り何かを合図する、するとゲルググの戦隊が集まり攻撃を開始する。

 

「伏兵……!」

 

「付近の残骸に紛れ込んでいた様ですなフィーリウス様!」

 

「各機!フォーメーションを崩すな、敵のガンダムの狙いは我々の連携を崩す事だ。」

 

 戦力的には旧式の機体を使っている自分達と敵の差は殆どない、しかし練度と言う視点で見れば此方の方がはるかに上手だ。フィーリウスにはその自信があった。

 

『しかしなぁ、()()から見ればお前にも弱点があるってのは知ってんだよ!スタミナって言うなぁ!』

 

 フィーリウス機にだけ狙いを定めたニグレド、そしてそのカバーに入ろうとするマリオン達をゲルググの部隊が邪魔をする。

 

『ヒャハハハ!MS戦って言うのは集中すればするほど消耗して行くよなぁ!そろそろバテて来たんじゃあないか!?』

 

「戯言を……!」

 

 フィーリウスのガルバルディはニグレドに接近しビームソードで切り掛かる、並のパイロットであれば反応する事すら不可能な一閃だ、しかし……。

 

『流石だなぁ、俺も一瞬ヒヤッとした。』

 

「なに……!」

 

 ギリギリの所で回避される、その反応速度の高さにフィーリウスの脳裏には模擬戦で何度も同じ様に回避したマリオンが過ぎった。

 

「ニュータイプ……!」

 

『そろそろ終わりにさせてもらう!』

 

 多数のゲルググがフィーリウスだけに狙いをつける。

 ガイウス達を始め、救援に向かおうとする仲間達の健闘も虚しく1機のゲルググがガルバルディに向けてビームライフルを構えた。

 

 

ーーー

 

 

「ですから!アマテラスを急ぎMS隊の支援に向かわせるのです!」

 

「無茶だアレクサンドラさん!ガンダムニグレドの火力を知っているだろう!?すぐに砲火に晒されるだけだ!」

 

「しかしMS隊はこのままではジリ貧ですわ!せめて援護射撃の一発でも放たなければ!」

 

 アマテラスのブリッジで喧騒している2人にブリッジクルーも困惑していた。

 そもそも現在のアマテラスにはオペレーターや操舵手などのクルーしか連邦軍人は配置されておらず、指揮系統をほぼほぼアーニャに委ねていたので現在は遠くから艦砲射撃を行うくらいしか出来ていなかった。

 

『現在の状況でMS隊の援護に向かった場合、ほぼ100%の確率で待ち構えている敵に撃破されます。』

 

 戦場の環境データを読み取り、戦況を計算したアマテラスの人工知能メルクリウスはそう発言する。

 対MS戦闘を想定した艦ではあるが、多勢に無勢であるしMSの援護の無い状態では良い的になるだけである。

 

「どうすれば……!」

 

 焦る2人に更に緊急の報告が入る。

 

「宙域に急速して接近する飛翔体が確認されました!は……速い……!」

 

 オペレーターの報告に敵か味方かも分からず全員が慌てふためいた。

 

「飛翔体とはなんだ!?彗星か!?」

 

「確認不可能です!余りにも速すぎます!」

 

「メルクリウス!貴方は分かりませんの!?」

 

 叫ぶサーシャを意に介さず、メルクリウスは自身の莫大なデータからそれを予測する。

 

『目標物は隕石の類ではありません、推進剤の光を確認、更に当該目標から断続的に可視光を確認。原始的な通信方法ではありますが可視光通信と断定しました。』

 

「可視光通信……!?読み上げなさい!」

 

『了解です。』

 

 少しの間、可視光を読み取るメルクリウス。そして……。

 

『通信内容を受理。そして接近物の当該情報の確認が取れました。読み上げます。』

 

 

 

『ジェシー・アンダーセン、戦線に復帰す。繰り返します。ジェシー・アンダーセン、戦線に復帰す。機体コード《ガンダム アルベド》を確認しました。』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 決戦 阻止限界点②

 

「視える……!」

 

 高速で移動するアルベドの動きに対応しながら、見慣れた機体達に懐かしさを感じながらも彼らに向かう敵に正確に狙いをつける。

 

「当たれぇぇぇ!」

 

 連邦カラーのガルバルディにビームライフルを構えたゲルググを中心に狙い、B・W・Sの先端から大きなビーム光が放たれた。

 

『なんだ……!?ウワァァァァァ!』

 

 数機の爆発を確認し、高速でそのまま彼らの横を過ぎ去るように駆けて行く。

 

「各機!敵のガンダムは俺が引き受ける!他の敵を集中して撃破しろ!」

 

「ア、アンダーセン大尉……!?」

 

「ジェシーさん!?」

 

 ガルバルディはフィーリウス君で間違いないだろうと思っていたが、青いヴァイスリッターはマリオンが乗っているのか……戦いに導きたくは無かったけど彼女の意志で戦っているのなら止められない。

 

「聞こえているだろう、ガンダムニグレド!お前の相手は俺だ!」

 

『クソが……!やはり生きたいやがった!生きていやがったなジェシー・アンダーセン!』

 

 ガンダムニグレドは後方に待機していたデラーズ艦隊のものと思われるドラッツェ隊と共に此方を追撃する、直線移動だけとは言え、急造機でその機動力の高さには驚きを隠せない。

 

「だが……飛んで火に入る夏の虫だ!」

 

 ある程度フィーリウス隊から戦域を放す、減速しB・W・Sをパージすると同時にアルベドの右腕部をパージ後に大きな槍のように変形したB・W・Sと連結させる。

 

『なんだ……!?白いガンダムだと!?』

 

『手に大型の武装を持ったようだが、このまま仕留めるぞ!』

 

 ドラッツェの部隊はそのまま直線移動しながら突っ込んでくる。まぁこの装備の威力に気付けと言われても無理だろう。

 

『チッ……!あの武装……まさか!』

 

 ガンダムニグレドだけ違和感を覚えたのか距離を置く、この一撃で奴を仕留められるとも思えなかったからどのみち関係ない。

 

「喰らえぇぇぇ!」

 

 天に向けるように展開したB・W・S改め、()()()()()()()()()の先端から高出力拡散ビーム砲が放たれ接近して来たドラッツェ隊を全滅させる。

 

『拡散メガ粒子砲だと……!厄介な物を!』

 

 ガンダムニグレドは俺の得物を確認すると接近戦が有利と判断したのかサーベルを構え此方に向かってきた。

 だがクロエ特製のこのメガ・ルガーランスは近接にも勿論対応出来るように刀身から大型のビーム刃が形成される様に設計されている、これはかつて戦ったグレイのキケロガの様に使えば良いだろうと経験的に感じた。

 

『クソが!』

 

「二度もやらせはしない!()()()()()()()()()()()!」

 

『その名で俺を呼ぶんじゃねぇぇぇ!』

 

 ニグレドは格闘攻撃と射撃を折り曲げながら間髪入れず攻撃してくる。その速さはかつて戦ったグレイ以上だ。

 

『何故だ……!何故俺の動きについてこれる!テメェ如きが!』

 

「悪いが俺も数年ただ眠っていた訳じゃないんだよ!」

 

 一進一退の攻防が続く。元はペズンで開発されていた機体だ、両機の基本性能に大きな差が無い以上は後はパイロットの腕が決め所か……!

 

『行けよ!ファング!』

 

 ニグレドの背部ウイングスラスターから放たれた有線のワイヤーに繋がれた兵器が直角的に動き此方に迫ってくる。

 インコム……!?いや、違う……!

 

「手動操作か!」

 

 あの装備からは殺気という生の感情が此方に伝わっている。インコムはまだ技術的に無理であるしサイコミュ技術もまた秘匿されたテクノロジーであるため、クロエやララサーバルも想定していたが手動操作の方があり得るだろう。

 だが、ここまでインコムと大差無い動きをさせられる事に驚愕する。

 彼……()()のジェシー・アンダーセンが今名乗っているアーウィン・レーゲンドルフ……その名前が俺の想像通りなら彼は……。

 

「これ以上の暴挙はよせ!こんな事をしても彼女は喜んだりはしない!」

 

『黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇ!!!!!お前がアイツを語る事は許さねえ!』

 

 普通のパイロットなら機体の動きに耐えられず、レッドアウトしかねないような戦闘機動を彼は取る。

 だが、俺も負けてはいられないのだ。同じレベルの動きで奴の機体を追従していく。

 

『何故だ……!何故お前が……!』

 

()()だからだ……!お前も俺も……!」

 

『貴様……まさか!』

 

「お前は未来を壊すために……でも俺は!未来を生きる!」

 

 メガ・ルガーランスを構え、最大出力でニグレドへと放つ。

 

『くっ……!』

 

 放たれたビームはニグレドに回避されるもそのまま出力を維持しコロニーに向かいコロニーの先端に打ち当たる。

 その威力はかつてソーラ・レイの戦いでフィルマメントが装備したバストライナー砲の威力に引けを取らない。長時間照射させられれば如何にコロニーと言えど……!

 

『クソ!やらせはしない!』

 

 ニグレドはビームキャノンで此方を攻撃してくる。

 やはり彼を無視してコロニーは破壊は出来ないか……しかし!

 

「今の威力を見たか!俺にはコロニーを破壊出来る力がある!」

 

『何だと……!』

 

「お前だけに構ってはいられないって事さ!」

 

『貴様ァァァ!』

 

 アルベドの機動力を上げコロニーへと向かう、この挑発に乗った彼は俺を追いながら攻撃する。

 だが機動力はこのアルベドの方が一枚も二枚も上手だ、このまま奴を引きつけながらコロニーの破壊に向かえば……!

 

『お前の考えは分かるぞジェシー・アンダーセン!俺やアナベル・ガトーを引きつけ続ければコロニー落下の阻止は容易だと考えているんだろう!だがな……!もう世界はお前の知っている()()()通りだと思わない事だな!』

 

「何だと……!?」

 

 奴の言葉を裏付けるように、フィーリウス隊がいる戦域に赤いモビルアーマーが接近している事に気付く。あれは……!

 

「ヴァル・ヴァロだと……!?」

 

『残念だったなぁ!思い通りにならなくてなぁ!』

 

「……いや。お前にこそ敢えて言う、確かに世界はもう俺の知っている世界じゃない。」

 

 そう……、俺がこの世界に来た時に、最初からもう俺の知っているガンダムの世界じゃ無かったんだ。

 アーニャやみんな……そして色々な事があったけど、今では信頼できる仲間になった彼らがいる。

 

「──頼んだぞ。グレイ。」

 

 

ーーー

 

 

『見つけたぞコンペイトウで邪魔をしたジオンの売国奴ども!星の屑の礎となれ!』

 

 カリウスの駆るヴァル・ヴァロはゲルググ隊を退け漸く一息吐けるかと言う最悪のタイミングで現れた。

 既にスタミナ切れになりかけているフィーリウスは勿論の事、他の面々もまた練度の高い兵を相手にして満身創痍になっていた。

 

「皆さんは一度後退を!ここは私が……!」

 

「無茶だ!マリオン様!」

 

 公式記録では共同撃墜で2機のモビルアーマーを撃破しているヴァイスリッターだが、それはその時の状況があったからこそであり、かなり分が悪い状況には間違いない。

 

「私が……みんなを護る……!」

 

『一騎討ちか!望み通り葬ってやる!星の屑に散れ!』

 

 高速で対峙した両機は目まぐるしい動きを見せながら攻防戦に入るがやはりマリオンも疲労が溜まっており後一手というところでヴァル・ヴァロのクローに機体が掴まれる。

 

『これで終わりだ!』

 

「くっ……ニムバス……ッ!」

 

 彼から貰った命を無為にしてしまう事に心の中で詫びながら、収束するメガ粒子の光に目を閉じた。

 

 その時だった。

 

「命は大事にしろと言った筈だぞマリオン。ニムバス大尉の為にな。」

 

「えっ……!?」

 

『なにぃ!?』

 

 突如掴まれていたクローの圧力が無くなる。

 閃光がクローのアームを正確に射抜いていた。

 

「行くよアナタ。我儘なお願いだけど、敵は出来るだけ殺さないで欲しい。」

 

「分かっているさヘルミーナ、兵の中には道を選ばずデラーズ・フリートに参加した者も、今はまだ癒えない怒りで戦っている者もいる。俺達の様に救われる可能性は……残してやりたいからな。」

 

 白いMSは道中の敵をコクピットを狙わずビーム・ルガーランスで袈裟切りにして行く。

 青いMSもまたバックパックのみを正確に射抜き敵を無力化させていた。

 

「ヴァイスリッターにフィルマメント……?一体誰が……?」

 

 困惑するフィーリウス達、本来の乗り手は今は2人ともガンダムに乗っている筈だ。

 となると誰が乗っているのか……、と考えている中でただ1人マリオンだけがその心の暖かさに懐かしさを感じていた。

 

「グレイさんにヘルミーナさん……!」

 

「久しぶりだなマリオン、EC社に世話になっているとアンダーセンから聞いたが元気そうで何よりだ。ニムバス大尉は複雑に感じるだろうが、それでもお前の生きる道を祝福してくれているだろう。」

 

「でも気をつけてマリオン、貴方がいなくなったら悲しむ人は大勢いるわ。私たちもそう、だから絶対に生きて……どんな事があっても。」

 

「……はい!」

 

 先程までの消耗を忘れ、かつての知人達と肩を並べられる事の嬉しさを感じるマリオン。

 

「フィーリウスさん達は一旦アマテラスに補給に戻ってください!ここは……私達が引き受けます!」

 

『あの機体……!ドズル閣下をガンダムと共に撃破したあの白い機体と青い機体か!良いだろう!相手にとって不足はない!3年前の雪辱晴らさせてもらう!』

 

「行くぞマリオン、これは道を違えた同胞達を救う為の戦いだ。」

 

「はい!」

 

「憎しみは癒えない……だけど、新しい道を選ぶ事は誰にでも出来る……。そうだよね、姉さん……。」

 

 3機のMSは先程合流したとは思えない程の連携で、モビルアーマーに攻撃を仕掛けた。

 

 

ーーー

 

 

「グリム隊長!こちらに急速接近するMSを確認!……あれは……!?」

 

「待たせたねヒヨッコ達!アタイが来たからにはもう安心だよ!」

 

「グノーシス!?カルラか……!?」

 

 キャスバルと共に敵の迎撃に当たっていたグリム隊、そこに駆けつけたのは砲撃使用の重装備を積んだグノーシスに乗ったカルラ・ララサーバル軍曹だった。

 

「ハハッ、アタイがいなくて寂しかったかいグリム?」

 

「あぁ、鬼軍曹がいないとウチの新米達は気を抜いてしまうからね。……現在の状況は分かるかいカルラ?」

 

 カルラのジョークを受け流し、状況を再確認する。

 彼女が来たということは戦線にある程度影響が発生する場合もある、1人で来たと言うわけでもないのだから。

 

「大体はね、こっちはソーラ・システムの起動準備待ちなんだろ?アタイらの方はシショーがコロニーに直接移動してるし運送屋がアマテラスのMS隊の援護に向かってる。」

 

「運送屋?」

 

 自分達の状況は分かっているようだが、こちらは逆にカルラ達の行動がよく掴めない。

 アンダーセン隊長が来たのは分かったが……。

 

「運送屋……そうか、彼らも戦線に加わったのだな?」

 

「その声はキャスバル代表かい?頼りになる援軍にシショーが感謝してたよ。」

 

「ララサーバル、久しぶりだな。彼らが来たならアンダーセンも来たと言う事だな?」

 

「あぁ、シショー達はコロニーの破壊に向かってアタイはこっちの援護さ。……けどわざわざソーラ・システムの防衛は必要なのかい?聞いたよキャスバル代表……アンタらは……。」

 

「その話はまだ伏せてくれララサーバル。使わずに越した事は無いものだ、使ってしまえば内外から多少の紛糾は起こる、そういう代物だと言う事は分かっているだろう?」

 

 カルラとキャスバル代表は何の話をしているんだ?自分の預かり知らない所で話が進んでいる。

 

「そうだね……、アレの件についてはキャスバル代表達に任せるよ。今はそれよりも……。」

 

 気になる話ではあるが、確かにカルラの言う通り今はそれよりもやるべきことがある。眼前の敵は未だ数が多く油断できる状況ではないのだ。

 

「さぁて!今回ずーっと留守番でアタイも鬱憤が溜まってんだ!ここを通るって言うんなら高い通行料を払ってもらうよ!」

 

「新米達!カルラに情け無い所を見せるなよ、これまでの戦いの成果を見せつけてやれ!」

 

「了解!」「了解です!」

 

 

 

 援軍が加わり、今まで以上にやる気を取り戻した仲間たちと共にグリム達は再び戦場を駆ける。

 

 

ーーー

 

 

「此処が……コロニーの制御室の入り口……。」

 

 ソーラ・システム発射までの間、ギリギリまでコロニーの進路を阻止しようとコロニー内部へと侵入する。

 入り口付近を護衛していたMSは何とか倒したがまだ内部に敵が残っていないとも限らない。慎重に動かなければ……。

 

「……。」

 

 静かだ、どうやら敵もソーラ・システムが放たれると知って人を残していないようだ。

 それか、既に最終調整を終わらせている可能性も高い。システムがロックされていればソーラ・システム発射までにそれを解除するのも不可能だ。

 

「けれど、打てる手は打っておかねばなりません……。」

 

 最悪の場合、ただ私がコロニー内部に侵入したというパフォーマンスで終わるだけでも良い。その事実はこの戦乱の後で私が台頭する為に役に立つのだから。

 

「ここがコロニーの制御室……。」

 

 敵が出てくると言うわけでもなく、容易に中枢に辿り着く。

 此処からコロニーの進路を変更出来れば……。

 

「……やはり最終調整は既に終わっている……。」

 

 懸念していた通りの状況だ、コロニーは既に進路を固定し終えておりシステムはロックされて再度の進路変更はハッキングしなければ不可能、それも今からでは間に合わない状況だ。

 

「コロニーの落下目標は……。」

 

 最悪の場合、入射角を少しでもずらす必要がある。

 どれだけ差異を出せば彼らが狙う目標からズレせるのか……それさえ分かれば……。

 

「……え……?」

 

 彼らが狙ったコロニー落としの目標、それを確認した私は困惑する。

 何故……?この状況下で彼らがそこを狙う意図が私には掴めない。

 

『ソーラ・システム起動まで残り15分。』

 

「……ッ。時間がない……。」

 

 考えることは多いが今は時間がない、今やるべき事は彼らの目標とする地点からどれだけ入射角をずらせば最悪の事態を阻止できるかだ。

 

「……良し、これさえ分かれば……。」

 

 端末にデータを入力し、急いでルベドへと戻る。機体に乗り込むとコロニーに大きな衝撃が加わるのが分かった。

 

「ソーラ・システム……ではない様ですね。」

 

 艦船の砲撃だろうか?しかしこの付近にはまだ射程圏内に味方の艦艇は届いていなかった様に感じるが……。

 

 ルベドを発進させコロニーから退避する、一度ソーラ・システムの射程から離れなければ……。

 そう考えながらシステムの射程圏外へ移動しようとすると、目の前で激しい光の点滅が起こる、どうやらMS戦のようだ。

 

「……っ、この感覚は……!」

 

 伝わる……そして……視える……。

 ずっと、ずっと待ち続けていた彼の姿が。

 

「ジェシー!」

 

 数秒の後、声が聞こえた。

 

 

 

「待たせたなアーニャ。今度こそ……お前を護ってみせる!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 決戦 阻止限界点③

 

「本当に……本当にジェシーなのですね……っ!」

 

 紅い機体、俺の知らないガンダムを駆るのは……俺の愛する女性、アンナ・フォン・エルデヴァッサーで間違いなかった。

 

「あぁ、今まですまなかったアーニャ。どれだけ謝っても、謝り切れない……。」

 

「謝っても……許したりはしませんっ、私は……()()はずっと貴方を待っていたんですから……!」

 

「……。」

 

 涙ながらの声に心が苦しくなる。

 

「けれど……今はそれよりやらねばならない事がある筈ですジェシー。」

 

「あぁ、分かっている。そのためには……!」

 

 ソーラ・システム発射までのリミット迄にシステムの射程から逃れなかればならない、しかし──

 

『貴様ら二人は逃しはしない!このまま俺と一緒に地獄に落ちろォ!』

 

 息を呑む程の迫力と共にガンダムニグレドが俺達に襲い掛かる。

 

「アーウィン・レーゲンドルフ……!貴方は何故この様な行いを!ジオン残党に与する様な真似をするのです!」

 

『黙れアンナ・フォン・エルデヴァッサー!全てはお前が!お前の隣にいる()が全てを奪ったのが始まりなんだよ!』

 

 そう、彼が……()()()()()()()()()()()が何故アーウィン・レーゲンドルフを名乗り、そしてこの様な行動を取ったか……その理由が俺には分かる。

 全ては俺が──

 

『俺はずっと、一年戦争の始まりから眠らされていた!自分という存在を消され、この男と一心同体の存在としてあの戦争を駆けた!』

 

「ジェシー……彼は一体何を……。」

 

「……これは俺の罪なんだ。この世界に存在してしまった俺の……。」

 

『あぁ、それでもまだマシだったさ。何も知らず、ただ未来を知ってるだけの奴に身体を乗っ取られて、ただそれだけだったなら……!だがあの時!俺は()を見た!』

 

 そう……彼が見た()それは……。

 

『ソロモンでコイツとマルグリットが戦った時、俺は未来を知った!いや、俺が死ぬまでの刻を追体験したと言っても良いだろう!マルグリットと出会い、彼女と共に未来を歩み、そして毒ガスで殺されるその瞬間まで、俺はずっと彼女の為に生き、彼女と共に未来を歩み、そして俺はそれで幸せだったんだ!』

 

 未来に起きるはずだった30バンチ事件で死ぬまで、その愛は決して変わる事なく……。いや死ぬその寸前まで彼女を守ろうとした、彼とマルグリットの絆は俺が予想などするのすら烏滸がましい程の強さだっただろう。

 アーウィン・レーゲンドルフを名乗る彼は、今までずっと隠していた……溜め込んでいた怨嗟を吐き出す様に言葉を続ける。

 

『そのマルグリットをアンナ・フォン・エルデヴァッサー!貴様が殺した!貴様と()()()()()()()()()()()がだ!そんな事が……そんな事があって良いわけがないだろう!!!そんな地獄があって良いわけがない!』

 

 マルグリットを殺した時、俺の中から絶望を吐き出して抜け落ちた魂。

 それが恐らく彼だったのだろう、それを許してはならないと言う憎しみや怒りが俺の身体から離れ今の彼の肉体に取り憑いたのだろう。

 

「何を……、貴方の言うことを信じるのであれば貴方は……。」

 

『俺が本当のジェシー・アンダーセンなんだよ!本来ならただの一市民で終わる筈の男が!目の前にいる別世界の人間によって、愛する人も、父親も!無惨に殺されるハメになった哀れな道化がなぁ!』

 

「アーニャ……本当の事だ。俺はお前と出会う少し前にジェシー・アンダーセンという男の肉体に憑依する形でこの世界に存在する事になったんだ。」

 

『それもこの世界は奴からしたら「アニメ」の世界の話だって言うんだからなぁ!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!俺の未来が、俺の人生が、俺の最愛の人間が創作上の飾り付けでしか無いと言われて納得出来るわけがない!』

 

 彼の怒りは尤もだ。突然身体を乗っ取られ、そして本来番う筈だった伴侶を自身の手で殺める事になったのだから。

 それも……その乗っ取った相手からすれば、この世界はアニメの世界だったと言うのだから……。

 

「ジェシー……彼の言う事が正しいのであれば、貴方は……。」

 

「アーニャ、彼の言葉は真実だ。それはお前も何となくは理解できる筈だ。」

 

「それは……。」

 

 彼女は恐らくヴァイスリッターに隠していた未来の記憶を聞いている筈だ。出なければここまで手際良く行動を起こせていない。

 

「もし……彼が言う通り、貴方がこの世界の人間ではなく、ジェシー・アンダーセンという人間ですら無かった……アーウィン・レーゲンドルフがその本人だったとしても……。」

 

 それでも、彼女は────

 

()()()()!私にとっては、貴方がジェシー・アンダーセンで、私が愛する人なのです!今更何も疑いません!私は……貴方を信じています!」

 

「……っ。アーニャ……ッ!」

 

 思わず泣いてしまいそうになった。こんな俺を……未だに信じてくれると……。

 

『お前達の全てが憎い!その罪を償えぇぇぇ!』

 

「やらせはしない……!アーニャの為にも、そしてマルグリットの為にも!」

 

 こんな彼の姿は彼女も望んでなどいない筈だ、彼女が愛した人を……こんな憎しみの塊のままになどしておけない!

 

「そう……彼女はあの人を止めて欲しいと言っていました。これ以上彼女を悲しませたりはしません!」

 

『黙れぇ!アイツはもう悲しむ事すらできない!お前達のせいで!』

 

 人も機体も、完全にリミッターが外れたかのようにニグレドはその機体の力を解放する。

 

 その圧倒的な火力はやはり油断ならない。

 しかし、今の俺にはこのガンダムが……そしてアーニャがいる。

 

「お前の気持ちは分かる……けれどもうこれ以上許す訳には行かないんだ!」

 

 少しでもソーラ・システムの射程外へ誘導する様に戦いながら、三機のガンダムは死闘を繰り広げる。

 

 

 

ーーー

 

 

「まだなのか……!ソーラ・システムの起動は!」

 

 ミラー破壊を阻止する為に敵機の誘導を始めた試作3号機であったが、アナベル・ガトーの駆るノイエ・ジールとの攻防で少しずつだが敵の進軍を許し始めていた。

 

「コウ!レイ!雑魚は俺達に任せてお前はガトーだけ狙うんだ!」

 

 試作1号機に乗るキースがMSを数機撃破しながらコウ達に促す。

 

「キース……!分かった、ここは任せたぞ!」

 

 味方に後を任せてガトーだけを狙う。ガトーもそれを察したのか一騎討ちに応える形になった。

 

『ウラキ少尉!何故貴様らは分からぬ!腐った連邦の支配の中では人々はやがて死に至る!人が人を喰らう世にすら成り得るのだ!』

 

「ガトー!お前の言い分も分からなくはない!しかし、だからと言ってテロ行為が許される訳じゃないんだ!」

 

 どれだけ大義を掲げようとその手段が正当な物でないのなら、それはただのテロ行為でしかない。

 本当に彼らに大義があるのなら──

 

『これは後の世を照らす為の革命なのだ!何故その崇高な理念を理解できん!』

 

「理解出来るはずがない!ガトー!お前達には道があった筈だ、ジオン共和国やネオ・ジオン共和国へ行き、そこで未来を築く為の道が!」

 

 正しい手段と方法があるにも関わらず、何故デラーズ・フリートと云う選択肢を選び……そしてニナを捨てたんだ。

 彼女の辛さが分かるからこそ、奴を許せないのも確かなのだ。選択肢は多く用意されていたのに……!

 

『腐った連邦に属した売国奴共の下で何が築けると言うのだ!』

 

「違う!例え連邦の庇護の下で生きることになっても、それでも新しい道を築く事は出来る筈なんだ!」

 

『俗物共に搾取されながら、か?やはり貴様はまだ未熟なのだ!』

 

「共存という形でより良い未来へと繋いで行くことは不可能じゃない!未来は俺達だけで繋げて行くわけじゃないんだ!後に繋がる人達の為のレールを敷くのが俺達の生きる理由だろう!」

 

 そうだ、月で出会ったケリィさんだって子供の為にデラーズ・フリートに参加するのをやめたんだ。

 今がダメでも、今の連邦政府の上層部が例え腐っていたとしても、それでも未来に生まれる者達がその先を輝かしい物への変えて行くのなら……!

 

「未来に生きる人の為に俺は戦う!それが俺が連邦軍の士官として戦う理由だ、ガトー!」

 

『ならば私を倒し、お前の正義が正しいと証明して見せろ!』

 

「行くぞウラキ!コロニー落としを止める為に!」

 

「あぁ!」

 

 互いの信念をぶつけ合う、決着は近い、そう思っていた。

 

 

 

ーーー

 

 

「ソーラ・システムの状況はどうか!」

 

「現在出力70%程です!敵がミラー破壊へと向かい多少の損害が出始めていますバスク大佐!」

 

「くっ……!」

 

 たかが残党、そして旧型の艦船とMS如きではこの陣容は突破出来んと思っていたが敵の数は予測を上回っている。

 それもこれも……!

 

「大佐!我が軍のMSと思われる機体がシステムの防衛隊を襲撃しているとの報告が!」

 

「チィ……!宇宙人共に誑かされたゴミ共が……!」

 

 アクシズの監視を行なっていた艦隊が寝返っているとジャブローからの報告があるのは知っている。エギーユ・デラーズもそう発言している為間違いではないのだろう。

 しかし問題視するべきは残党やテロリストに加担する内部の人間だ、何故勢力的に少数であり、更にはギレン・ザビを失い求心力となる者もキシリア・ザビくらいしかいないジオン残党勢力にここまで加担している?

 例え徒党を組もうと連邦軍という圧倒的な勢力を討ち滅ぼすなど到底不可能だ。それなのに何故奴らは我々を裏切る……!?

 

「ソーラ・システムを放つ!このままでは更に我々が不利となりかねん!」

 

「お待ちください!まだソーラ・システム射程圏には味方の部隊が!」

 

「今はコロニーの破壊が先決だ!三分後にシステムを発動させる、全軍に通達せよ!退避せぬ者は味方ごと焼き払うとな!」

 

「りょ……了解……!」

 

 

ーーー

 

 

『何だ……!?ソーラ・システムのカウントダウンが早まっている……!?』

 

『そんな……!?まだ早すぎる……!』

 

 俺の機体も連邦製であったので通信を傍受した直後、突如としてまだ八分近く残っていたソーラ・システム発射までのタイマーが三分を切っていた。考えられるのはバカなこの戦線の総大将が歴史通り焦ったのだろう。

 今も未来も変わらず無能であることは、この時点では有難い。

 

「ハハハハハ!ギリギリで射程圏外へ行けると思ってたみたいだが、いよいよ厳しくなったようだなぁ!」

 

 砲火を緩める事なく、残った命の残量を使い切るように絞り出す。

 

『……行けアーニャ 、ここは俺が引き受ける!』

 

『しかしジェシー……!』

 

『言っただろう!今度こそお前を護るってな!それに……負けるつもりも死ぬつもりもない!』

 

『……分かりました……!』

 

 システムの射程外へ逃げようとするガンダムルベド。それに向けてビームキャノンを撃ち込む。

 

「逃すと思うか!」

 

『逃がさせてもらうんだよ!』

 

 ジェシー・アンダーセンの白いガンダムがそれを止める様に立ちはだかり、互いの武器が鍔迫り合いを起こす。

 

「気に食わねえ!その装備も!ガンダムも!存在しないものをお前が作り出した!本当の歴史の流れに背いて!」

 

 何がルガー・ランスだ、アニメの武器を作って悦に浸って、時代の流れを壊した奴が未だに生きている、それが許せない。

 

『何とでも言え!何を言ってもマルグリットはもう帰っては来ないんだ!』

 

「テメェのせいでなぁ!!!!!お前がいなければお前がいなければお前さえいなければぁ!」

 

 例えどんな結末になろうと、俺は彼女といる未来さえ歩めていれば良かったのだ。

 それが俺の刻む筈だった時の全てだったのだから。

 

「お前みたいな奴に乗せられて!親父も殺された!本当だったら田舎で死んでた筈だったのがだ!」

 

 追想した刻の流れの中で俺は見た。

 マルグリットを連れ、一度だけ地球に降りたことがあった。

 なけなしの金で欧州の片田舎まで行き、そこで親父に会った時……奴は今までに見せた事のない笑顔でこう言ったのだ。

 

【そうか。おめでとうジェシー。私のことは構わず、彼女を護りぬけよ、それがお前にとって一番の最良の未来なのだからな。】

 

 母さんの事を詰ってやろうと、そう心の片隅で思っていたにも関わらずその言葉を聞いた時に俺は何も言えなくなった。

 祝福する親父、そして微笑むマルグリット。そうだ、その光景を護れきれたら……そう思っていたのに。

 

「その未来をお前が捨てた!お前にとってはただの敵の一人でも、俺にとっては……俺にとっては!」

 

『俺が……彼女を殺して何にも思わなかったと思っているのか!?お前の感情には負けたとしても、俺だって何も悔やまなかったわけじゃない!』

 

 奴の悲憤が伝わる、だがそれが何だ。結局は奴さえいなければこんな未来など訪れなかった。こんな地獄の世界は。

 

 まず、マルグリットが殺された。その時に俺の魂は絶望の底に落ちた。地獄にいる、そう思うほどに自分を呪った。

 そして魂は奴から離れ、別の誰かに取り憑いた。そこもまた地獄だった。

 

 顔を焼かれ、ショック状態に陥っていた男と同期した俺は世界を怨んだ。

 死んでたまるか、絶対にこの世界に復讐してやるとその男の思念を飲み込み俺は生き残ったのだ。

 

 そしてあの人間を人間とも思わない施設で俺は力を手に入れた。時限付きの身体とは言え奴に復讐するには十分な力だったのだ。

 

 

 それなのに奴はまだ俺の目の前にいる。

 

 

「お前を殺し!アンナ・フォン・エルデヴァッサーも殺す!それが俺のマルグリットへの手向けだ!」

 

『やらせはしない!俺はもう二度とお前に負けたりはしない!仲間の為にも、アーニャの為にも、そしてマルグリットの為にも!』

 

「消えろや偽者がぁぁぁ!!!」

 

『俺は……生きる!それが今の俺の成すべき事なんだ!』

 

 システムの起動まで死闘が続く、その数分間は何時間にも感じるような長さに思えた。

 

 

 そして、光が放たれた─────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 最後の切り札

 

 眼前を光が覆った。

 ソーラ・システムⅡの光はまるで全てを呑み込むように、希望も憎しみもその光の中に吸い込んで行くような、そんな感覚すらあった。

 

 だが、その光は自分達を呑み込む事すらなく、目標であった筈のコロニーは未だ原型を留めていた。

 そのコロニーが盾となる形で俺は……俺達はまだ生きていた。

 

『ククク……アハハハハ!歴史通り!コロニーは未だ健在だ!歴史は戻った!これでジオン残党はアースノイドへの憎しみが増え、ティターンズが台頭する!そして!また歴史は繰り返すんだ!』

 

 彼の悲痛な叫びがコクピットに響く、本当は……本当は彼もそんな未来など見たくはない筈だ、出なければ俺の心にこの悲しみが伝わる筈がないんだ。

 

【ジェシー……お願い……彼を止めて……もう、許してあげて……。】

 

 マルグリットの声が聞こえる。彼女もまた、彼にこんな生き地獄を見せる事は辛いだろう……。

 

 だから、見せなければならない。人の心の強さを。

 

「終わりにしようジェシー・アンダーセン。俺達は新しい未来を歩む、だからもうこれで終わりに……。」

 

『何を……何を言っている、コロニーはもう止まらない!止める為の切り札はもう次弾は間に合わない、それはお前も良く知っているだろう!』

 

「あぁ、本来ならなりふり構わず2射目が放たれ……それすら無意味であったのは知っている。」

 

『なら……何故貴様は何も諦めていない!』

 

「……もう俺の心は読めないのか?いや、もう読めるはずがない。俺が眠っていた理由は、この瞬間の為の物だった。お前に悟られず、()()を用意させる為の……。」

 

『なんだと……!?』

 

 俺が彼に完全に心を読まれ始めたのはあのペズンでの邂逅の後だ。

 ニグレドの設計図のこと、俺が逃げおおせた後でも追撃できたこと……そしてニグレドを手放した後ですら彼に監視されているという感覚が消えなかったこと。

 恐らくは彼が強化人間化された後でのニュータイプ能力が一番優れていた時期がその時だったのだろう。

 今はもう死に瀕していること、そして今の状態の俺の心を読み取る事はあの時よりも困難を極めるだろう、それが俺の覚悟だったのだから。

 

「頼んだぞ……ガルマ代表、そしてアーニャ……。」

 

 未来を変える……その為に、俺はもう迷わない。

 彼女を英雄に……そして未来をより良い物に変えてみせる。

 

 

 

ーーー

 

 

「ソーラ・システムが……!」

 

 眩い光が放たれる、しかしかつてソロモンで見たものより威力は減退しているように感じた。

 出力も、ミラーの展開も十分とは言えない状態での発射だったのだろう。

 

「ジェシー……。」

 

 死んではいない、そう感じる。眼前に未だ聳え立つコロニーが盾となって彼らを守ってくれたのだろう。

 しかし、それはコロニーが未だ破壊されず進路を維持している事も示している。

 

 今もなお残された火器を使用してコロニーに攻撃を仕掛けている部隊がいる。彼らと同じ様に、最後の最後まで諦めなければまだ希望はある。

 

《アンナ隊長!聞こえていますか!こちら曙光!応答を!》

 

「……ジュネット!?」

 

 曙光からの通信だ、ミノフスキー粒子の濃い中で通信が出来ると言うことはかなり近い距離にいる様だ。

 辺りを見回すと曙光が確認された。

 

「曙光は遠距離からの攻撃に徹しなさい!ここは危険です!」

 

《そうも言っていられない状況なのです!一度こちらに帰還を!》

 

「……?分かりました、着艦します!」

 

 普段冷静沈着であるジュネットの鬼気迫る勢いに何かを感じ、急いで曙光に着艦すると、曙光は戦線から急速離脱し始める。

 慌ててコクピットから出ると同時にブリッジへと向かった。

 

「ジュネット!?何故戦線から離れるのです!?」

 

「アンナ隊長、先程サイド8のガルマ代表から緊急の通信が入りました。それを貴方に確認してもらうのも急がなければなりませんが、確認した後ですぐに動ける様に我々も動いているのです!」

 

「……?」

 

 明らかに普段の冷静さを欠いているジュネット、この慌ただしさからしてかなりの緊急事態なのだろうが状況が掴めなければ意味がない。

 

 

「ガルマ代表はなんと!?」

 

「先程のジュネット大尉とガルマ代表の通信を再生します。大佐、ご確認を。」

 

 通信士が先程ジュネットとガルマ代表の通信を再生する。

 

 

 

 

『この通信が聞こえている連邦艦はいるか?私はネオ・ジオン共同代表の一人、ガルマ・エッシェンバッハである。』

 

『ネオ・ジオンのガルマ代表……!?こちら連邦軍所属リング・ア・ベル隊の曙光であります。』

 

『リング・ア・ベル隊……?それは僥倖だ、君は確かリング・ア・ベル隊のジュネット大尉だったか。』

 

『ハッ、そうであります。ガルマ代表、今は作戦行動中で緊急の事態への対応の最中であります。何の要件か簡潔に報告願います。』

 

『それは重々承知している、先程ソーラ・システムの起動を確認した、しかしその威力はかつてソロモンを焼いた時程の威力とは程遠く、コロニーは尚も健在している。』

 

『であるからこそ、私達はコロニー落下を阻止する為に動いているのです、ガルマ代表……今はこの様に長々と話をしている場合では────』

 

『だからこそ、落ち着きたまえジュネット大尉。これはジェシー・アンダーセン大尉が我々に授けてくれた計なのだ。』

 

『……アンダーセン大尉が……?』

 

『うむ。彼は数年前からこの騒乱を予期していた、そしてその騒乱の中に暗躍する者の邪魔によりコールドスリープせざるを得ない状況になったのだ、その時に彼は()()を用意する様に我々に暗躍する様頼んだのだ。』

 

()()……?それは一体なんなのですか!?』

 

『コロニー再建計画を逆手に取り、サイド3からとあるコロニーを解体の為にサイド8へ運ぶ事となった。本来であればサイド3も再建計画を担うサイドで自国のコロニーであるなら運ぶ必要性を感じないだろう。しかしそのコロニーはかつての戦争で多くの命を奪った物だ、秘密裏にそのままにする可能性もあり得るから地球とルナツーに挟まれ監視のしやすいサイド8に白羽の矢が立った……。そして移送の為に必要最低限の補修を済ませてそのコロニーは極秘裏に移動を開始した。』

 

『ま、まさか……!?』

 

『サイド3、3バンチコロニー、マハル。()()()()()()をこの時期、この日に地球周回軌道の射程となる位置に存在する様に、彼は計画した。これが意図する事を理解して欲しい。』

 

『まさか……!ソーラ・レイでコロニーを!?』

 

『その通りだ。既にソーラ・レイは出力70%程のエネルギーを充填し終えている。計算上は通常のコロニーでも消滅可能、ソーラ・システムで一定のダメージを与えた今の状態なら確実だろう。』

 

『ならば退避勧告の後に発射を!』

 

『それはできない。我々が我々の意志でこれを撃てば、それは新たな戦争の火種に成りかねない。我々はあくまで解体のためにこれを運んだに過ぎず、これは連邦軍である君達が撃たねばならないのだ。』

 

『まさか……アンダーセン大尉は……。』

 

『そこまで折り込み済みだろう。彼の期待を裏切らない様に頼む。』

 

『……承知しました、アンナ隊長を連れそちらに向かいます!』

 

 

 

 通信を聴き終え戦慄する。ジェシーは……最後の策をこの瞬間まで残していたのだ。私の為に。

 

「ジュネット!コロニーの阻止限界点は!?」

 

「既に突破されています!最早落下コースの軌道修正は不可能です!」

 

「なら……ガルマ代表の言う通りに動くしか無さそうですね……。」

 

 通信能力の高い曙光に始めに通信が届いたのは僥倖だ、これなら他の部隊に先駆けて私達が動ける。

 

「ソーラ・レイのコントロールを此方が引き受けるまでの間に広域通信を発します!戦場にいる全て部隊へ宙域からの離脱を促します!」

 

「了解!」

 

 

 

ーーー

 

 

『この通信を聞いている連邦軍、並びにネオ・ジオンの艦隊、そしてジオン公国残党勢力へ、私は連邦軍大佐アンナ・フォン・エルデヴァッサーです。現在地球へ向けて移動を続けているコロニーの破壊に尽力している部隊へ通達します。現在我々は極秘裏にサイド8へ解体の為に移送していたソーラ・レイの起動準備を進めております。突然の報告となりますが発射体制の整い次第コロニーへ向けて発射致します、照準となる宙域の情報を送信しますので各自撤退の準備を、またミノフスキー粒子の影響でこの広域通信が届いていない部隊もいるでしょう、レーザー通信を利用して各部隊に撤退を促してください。そしてジオン公国残党勢力へ、貴方達の策は失敗に終わりました、武器を捨て直ちに投降すれば法に則り厳正な対応をする事を誓います、今すぐ武器を捨て投降してください。繰り返します──』

 

 アーニャの通信が聞こえる、それを聞いたと思われるアーウィン・レーゲンドルフ……ジェシー・アンダーセンが大きく溜息を吐く声がモニター越しから聞こえた。

 

『成る程な……ソーラ・レイ……それは予想できなかった、貴様が俺に思考を読まれない為に眠っていたのは……。』

 

「あぁ、全てはこの瞬間の為だ。どんな展開を迎えようともコロニーの落下を阻止する為の最後の策、ソーラ・レイが俺の切り札だった。」

 

 

ーーー

 

2年前

 

 ペズンでの襲撃、そして彼との邂逅、彼による異常な感覚に恐れを抱いた俺はペズン基地に戻らずそのまま逃げ出す様に宇宙を駆けた、そしてグレイらに救援を求め、追撃に来たアーウィン・レーゲンドルフらによってニグレドを捨てるまでに至りグレイらに救出された後、俺はサイド8でキャスバルやガルマ代表の庇護を受けていた。

 

「君が……君の言う事が正しいのであれば数年後にエギーユ・デラーズが叛乱を起こし最終的にコロニー落としをする、そういう事だな?」

 

 ガルマ、キャスバル、グレイ、ヘルミーナさんと俺を含む5人はサイド8のガルマの邸宅に集まり話をしていた。

 俺の未来の知識による予想を受けてガルマは困惑している。

 

「えぇ、荒唐無稽な与太話に聞こえるでしょうが。けれど数年前の戦いでエギーユ・デラーズはア・バオア・クーから撤退し、未だに所在が掴めない以上は高い確率で彼は行動を起こすでしょう。」

 

「アンダーセンの言は理に適ってはいる……だが我々ネオ・ジオンは表立っては動けないのも理解は出来るだろう?」

 

 キャスバルが懸念する通り、今彼らが下手に動けば連邦に下衆の勘繰りをされるのが関の山だ。

 

「えぇ、下手に動けばデラーズと内通していると言う認識を与えかねない。だからこそ俺も危うい動きはさせたくない……。」

 

 下手に軍を編成して対応しようものなら連邦内部の反スペースノイド派に攻撃材料を与えかねない。

 しかしここから連邦を頼ることも難しい。あのアレックスに似た機体……ガワだけのガンダムではあったがそれでも一線級の機体であったのも確かだ、連邦製の機体である以上下手に軍内部の人間を頼るわけにも行かない。それこそアーニャ達の身に危険が迫りかねない。

 俺が……俺が何とかしなければ。

 

「しかしコロニー再建計画を利用したコロニージャックからのコロニー落としか……、移送されているコロニーの護衛などたかが知れているだろうし、この軍縮の時代では効果的ではあるが……。」

 

 その言葉に何かがピンとくる。

 コロニー再建計画を利用……、何か上手い手が無いか……?こちらも逆にコロニーをぶつけて止める……いや、それは難しいか。

 

「──そうだ!」

 

 ハッと頭に浮かんだ奇策、コロニーをぶつけるのではなくソーラ・レイを使って止める……これならどうだろうか?

 ソーラ・レイ攻防戦で損傷したソーラ・レイではあるが、直接の被害はグレイらの使用したバストライナー砲数十秒の照射とアンゼリカの特攻による損傷のみだ。

 これならば少しの修復で使用可能になる……となれば……。

 

「キャスバル、ガルマ代表。少し良いか?」

 

 グレイとヘルミーナさんは今はもう一般人だ、この計画に巻き込みたくはない。

 二人に声を掛けてソーラ・レイの事を打ち明ける。

 

「……成る程な。それなら確かに確実にコロニー落としを阻止できる。」

 

「だが待ってくれアンダーセン大尉、ソーラ・レイをどう持ち出すつもりだ?サイド3や連邦との折衝が無ければそれは難しい話だ。」

 

「……サイド3の方はアテがあります、連邦の方は一か八かになりますが……。」

 

 その後、俺はガルマらに頼みサイド3でジオニック創始者の一人の血筋であるレオポルド・フィーゼラーを頼りソーラ・レイの修復を、そして連邦の方はと言うと……。

 

 

 

「成る程、仮に大尉の言葉通りに事態が発生する事があればソーラ・レイを用いてそのコロニーを破壊する事により被害を最小限に抑えられると言う事だな?」

 

「ハッ、仮に閣下らがネオ・ジオンの動向に疑念を持つと言うのであればソーラ・レイを用いて彼ら諸共……と言うこともキャスバル代表らは覚悟を決めておられました。」

 

「ほう、たかが連邦軍大尉の予測にそれほど両代表らが信頼を置くとはな。彼らは大尉の何にそこまで信頼を置くのだ?」

 

 ここは賭けだ、そんな能力は俺には無いがハッタリを真実に見せかけるくらいの覚悟を見せろジェシー・アンダーセン……!

 

「それは……私がニュータイプであり未来が予測出来るからであります閣下。」

 

「……何だと?」

 

 その言葉に彼はピクリと反応する、ここが正念場だ。

 

「一年戦争時は少尉と中尉という立場であり、また今の様にアンナ・フォン・エルデヴァッサーのフィアンセでも無かった私ではその言葉に信用を置く者も少なかったですが戦後彼女のフィアンセとなった事でEC社が躍進を始めたのは閣下の知る所でしょう。」

 

「ジオニックとハービック社の一部の買収もキミの力だと言うわけか。ならば仮に大尉の言葉を信用してソーラ・レイの移送を許可したとして私に何のメリットがある?」

 

 ここが決め手だ。彼が乗るとしたらここの言葉を正確に選ぶ必要がある。

 

「はい、閣下が内心お抱えになっておりますアースノイドによる地球環境の破壊への憂い……地球環境の保全の為に将来協力する事を誓います。」

 

「……!成る程な、それで自分の力だと私に見せつけた訳か。」

 

 そう、俺が話している連邦軍将校。それは近い将来ティターンズを立ち上げるジャミトフ・ハイマン准将だ。

 この一連の陰謀の中に彼が関わっている可能性は今の所少なく感じた、仮にあり得るならEC社のガンダム開発計画を疎んでいるコーウェン中将の方があり得る。

 俺はキャスバルらを介してジャミトフとの会談に成功して今こうやって話をして、彼が内心に抱いている事をまるでエスパーの様に言い当てる。

 しかしこんなものはジャミトフの思想を知っているからこそ言えるハッタリだ。

 俺にはマルグリットが出来たとされる読心能力に近いニュータイプ能力なんて持っていない。

 

「いえ、これも閣下の為であればと……。」

 

「良いだろう、コロニー再建計画の一つにソーラ・レイの移送も入れようではないか。大尉の予測通り事態が動くのであれば今後の私の動向にも役立ってもらう、よろしいかな?」

 

 バスクの重用みたいなやらかしさえしなければ地球保全を考えているジャミトフとの協力関係はアーニャの利にも繋がる筈だ……、今は形振り構っていられる状況じゃない、やるべき事をするだけだ。それがどんな結果に繋がろうと……。

 

 

ーーー

 

 

 事は成った、アーニャの通信を聞いた事でソーラ・レイはアーニャによって放たれる。それは彼女がこの騒乱を収めた事実として残るだろう、それは今後の未来に大きく影響を与える筈だ。

 だが、その前にやらなければならない事がある。

 

『ククククク……ハハハハハ……!』

 

 自身の全ての行動を阻止されたアーウィン・レーゲンドルフはまるで無垢な少年の様に笑い出した。

 

『お見事だ、お見事だよジェシー・アンダーセン。もう一人の俺。』

 

 皮肉も何もなく、賞賛を贈る彼に困惑するもすぐに理解した。

 

『あぁ、もう何も変えられない。マルグリットと歩んだ最後の刻さえもう訪れない、お前の策には完敗だ。最後の最後にこんな切り札を用意されちゃあどうしようもない。』

 

 そう、俺の策は最後の最後で功を成した。ずっと彼に裏手を取られていた状況がようやくひっくり返ったのだから。

 だから、もう策略など関係のない、最後の戦いが残っている。

 

「アーウィン・レーゲンドルフ、いやジェシー・アンダーセン。俺はお前の人生を乗っ取り未来を変えた、その事実は何も変わらない。マルグリットの命を奪う事になったのも、俺のせいだから。」

 

『あぁ、もう未来の事などどうでも良い。俺に残った最後の感情、晴らさせてもらうぞ。』

 

 奪った者、奪われた者。変えた者、変わらないようにした者。

 色々な御託はもうどうでも良い、最後にやらなければならない事はただ一つ。

 

「俺は生きてアーニャと共に未来を歩む!」

『貴様を殺して俺はマルグリットの元へ還る!』

 

 その時、互いの声が重なった。

 

 

 

『この戦いに決着をつける!勝負だ!ジェシー・アンダーセン!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 閃光 そして──

 

「ウラキ!今の通信を聞いたか!?」

 

「あぁ、ソーラ・レイって……あのソーラ・レイの事か!?」

 

 戦闘の最中、エルデヴァッサー大佐の広域通信を受信したガトーと交戦中の俺達は驚く。

 士官学校の教本で習ったジオンの戦略兵器、コロニーによる巨大なレーザー砲がソーラ・レイだった筈だ。

 戦後どの様な扱いをされていたかは知らなかったが、まさかこのコロニー落としを阻止するために用意されていたなんて……!

 

『ソーラ・レイだと!?バカな!何故ソーラ・レイを連邦が用意できると言うのだ!』

 

 困惑するガトー同様、俺達もまた何故そんなものが用意されていたのか混乱している。

 しかしこれはデラーズ・フリートの策を潰す決定打になる。通信で送られて来た情報ではソーラ・システムとは違いソーラ・レイは戦闘宙域からある程度の距離がある場所に存在している、これでは今から敵が部隊を送ってももう間に合わない。

 

「残念だったなガトー!お前達の計画は失敗だ!潔く降参するんだ!」

 

『ふざけた事を……!我々の戦いはまだ終わってはいない!』

 

 何回かの競り合いを起こした後、ガトーは反転し撤退を開始した。

 

「待てガトー!逃げるつもりか!?」

 

『逃げる?貴様の相手をしている暇が無くなっただけだ、命拾いした事を喜ぶのだな!』

 

「なんだと!」

 

「追うなウラキ!ソーラ・レイの発射が迫ってるんだ、下手に追えば射線に入りかねない!」

 

「くっ……!」

 

 レイの言う通り、このままガトーを追えば奴を倒せたとしても無事では済まないだろう。

 心残りは積もる程あるが、確かに今やるべき事はソーラ・レイの射線から一刻も早く離れる事だ。

 

「オープン回線を開いて味方の誘導を開始しようレイ!」

 

「分かった!」

 

 かつてバニング大尉はア・バオア・クーの戦いの最後、連邦ジオンに関係なく互いに広域通信を発信し助け合ったと言っていた。

 ならば今だって同じ事が出来るはずだ……!

 

 

 

ーーー

 

 

「ソーラ・レイ……よもや連邦はそこまで用意していたとはな。」

 

 地球への落下コースを辿っていたコロニーを眼前に、勝利を確信していた筈のエギーユ・デラーズは最早自分達に勝ち目がない事を悟ると大きく息を吐いた。

 

「申し訳ありませぬギレン総帥、このデラーズ……御身を助ける事叶わず命を散らす事となりました。」

 

 ギレンに詫びるかの様にそう呟くとデラーズはブリッジクルーに向けて喋り始める。

 

「総員退艦準備、脱出艇でアクシズ艦隊と合流せよ。」

 

「か……閣下!」

 

「二度は言わぬ、急げ。」

 

 勝算はあった、この時この瞬間まで揺るぎない勝利が目の前にあった筈だった。

 コロニーの落下により、次の策が発動しギレン総帥は解放される筈であった。

 

 それが全て無駄になったのだ。

 

「閣下!早く乗船を!」

 

「ワシは行かぬ、最後の最後まで戦い抜く事がワシがギレン総帥に出来る最後の忠義なのだ。往け、我々の意志を絶やさず再びジオンの精神を見せる為に。」

 

「閣下……。」

 

 脱出艇が離れて行くのを確認し、全てを見届けて目の前に聳えるコロニーを見つめる。

 

「ここまでやれたのだ、悔いはない。」

 

『閣下!?何故脱出をなさらないのですか!閣下!』

 

 眼前にノイエ・ジールが降り立つ。

 

「ワシはここまでだ。後はガトーよ、お主らに任せる。」

 

『何故です!アクシズに合流すれば幾らでも捲土重来の時は訪れます!あの時閣下が私に教えて下さった事ではありませぬか!?』

 

「マハラジャ・カーンやキシリア・ザビの様な売国奴と共に耐え忍ぶのはワシには到底許容出来ぬ事なのだガトー。しかしお前にはアクシズでやるべき事がある。」

 

『私がアクシズでやるべきこと……!?』

 

「お主の本来の義を通す相手、ドズル・ザビの忘れ形見であるミネバを救えるのはガトーお主だけだ。」

 

『ミネバ様……。』

 

「ワシの命がここで潰えようと、意志はお前達が引き継ぐと信じておる。往けガトーよ、散って行った者達の意志を継ぎ、次こそは腐敗した連邦に鉄槌を下すのだ。」

 

『閣下……!』

 

「さぁ!往け!」

 

 通信を切るとガトーは遂に諦めたのかアクシズ艦隊の方へ向かって行く。

 

「これで良い、後は若人達に任せられる……。」

 

 コロニーに寄り添うように並ぶと目を瞑り今までの事を思い返す。

 ギレンと共に歩み、そして駆けて行ったあの戦争を。そして無念に散って行った者たちの姿を。

 

「ジオンの精神は終わらぬ。これからも続いて行くのだ。」

 

 そして大きな光を確認すると同時に、エギーユ・デラーズの意識は消えた。

 

 

 

ーーー

 

 

 絶え間ない剣戟が続く、お互いに声も無く、有るのは信念を掛けた魂の一振り一振りであった。

 

「……クッ!」

 

 肉薄するニグレドの一撃一撃の重みに気圧されそうになる。

 それでも尚踏ん張る様にこちらも追撃の手を緩めない。

 

『……チィッ!』

 

 アーウィン・レーゲンドルフの苛立つ声が聞こえる、彼からすれば何故強化人間となった自分と同様の戦闘機動を取れているのか不可解に思うだろうか?

 いや、もう彼は気づいているのかもしれない。

 

 俺もまた、彼と同じ様に()()()()となっている事に。

 

 しかし強化人間と一言で言っても種類は多岐に渡る、俺の場合は彼のような連邦式では無く旧ジオン式、それもニュータイプ的な強化と言うよりは薬物の摂取や投与による身体的能力の底上げによる強化である。

 感応能力も一定は上がっているだろうがアムロやシャアにはハナから到底及ぶ様なレベルでは無く、またアーウィン・レーゲンドルフのようなマインドコントロールなどによること強制的な感応波の増幅も無いのでニュータイプという方向への強化とはあまり言えないだろう。

 それをコールドスリープが行われる前にガルマとキャスバルの協力で行った、彼らはそれを反対していたが……。

 

 しかし、彼と相対して戦うには充分なレベルになれた、そうじゃなければまた死んでいただろう。

 

 長い時間が流れているかのような感覚の中、喋り出したのは彼の方だった。

 

『見事だよジェシー・アンダーセン、未来を変える為にその身体を強化してまで戦おうとするその勇気と自己犠牲にはな。』

 

「お前もそうだ……!ソロモンでマルグリットを俺が殺してからずっと、彼女の事を想い孤独に戦っていた……!」

 

 その行動の是非はともかく、彼がどれだけマルグリットを愛していたか……それを考えるだけで胸が痛くなる。

 俺がこの世界にいなければ、例え死が二人を別つ事になろうとその最後の瞬間まで二人は永遠の愛を誓えていたのだから。

 彼がその追体験し、その絶望の中で俺とこの世界を恨み、その歪みを正そうとする姿はきっと間違えているのだろうが、彼なりのマルグリットへの手向けなのだろう。

 

『ハァ……!ハァ……!』

 

 聞くのが痛々しくなるほど苦痛を含ませたその呼吸、それでも機体の動きが全く変わらないのは彼の精神力からだろう。

 だが此方ももう譲ったりはしない!

 

「全力を出し尽くせジェシー・アンダーセン!俺は今度こそお前の思いを受け止めてみせる!」

 

『ならそのまま斃れろやぁぁぁ!』

 

 再度の剣戟、その最中で大きく光が輝いた────

 

 

 

ーーー

 

 

『何故だ……!何故私の攻撃が読み取られる……!』

 

 カリウスは困惑していた。圧倒的な機動力と火力を持つ同胞から譲り受けたMA、その全てが目の前の3機を遥かに凌駕していると自負していたにも関わらず、何一つ攻撃が当たる事なく難なく回避されていく。

 

「もう降伏しろ!お前達に勝ち目はない!今の通信を聞いただろう!」

 

 グレイは彼に降伏を促す、これ以上の戦闘の継続は何も生まない。ただ憎しみが増えていくだけだと感じながら。

 

『黙れ!我々の星の屑は終わってはいない!亡くなった同胞の為!我々は死しても戦わなくてはならないのだ!』

 

「違う……!生きて同胞達の意志を継いで行く事が俺達の使命だ!死んだ人間に引き摺られて生きても彼らは喜んだりはしない!」

 

 自分の恩人達がそう願った様に、生きて未来を築く事があの戦争で生き残った自分達が彼らにしてやれる事なのだ。

 

『売国奴の言う事など聞く耳持たぬ!消え去ってしまえ!』

 

 メガ粒子の光が放たれる、それを回避すると同時に急速に接近しヴァイスリッターのビーム・ルガーランスがヴァル・ヴァロの装甲を貫いた。

 

『くっ……!』

 

「……。」

 

 装甲を抉じ開けるがビームを放たず、グレイはそのまま幾つかの武装の射出口を同じ様に装甲だけ破壊していく。

 

「これでもう戦えないだろう。生きろ、それがあの戦争で亡くなった者達への本当の弔いだ。」

 

 そういうとグレイはヘルミーナとマリオンを連れてアマテラスへと帰還しようとする。

 

『情けをかけたつもりか!?我々は貴様らの施しは受けない!同胞達の無念はこのヴァル・ヴァロに灯っているのだ!』

 

 ヴァル・ヴァロは半壊した機体ごと、それを一つの質量弾としてグレイにぶつけようとスピードを上げ始めた。

 

「……ッ!馬鹿野郎!!!」

 

 グレイはヴァル・ヴァロがぶつかる直前に機体を翻し、回避すると同時にビームを放つ。

 

『ジーク・ジオ───!』

 

 グレイは爆散するヴァル・ヴァロを見つめ、虚しい気持ちに襲われる。

 これで良かったのか、本当にこれしか彼に道は無かったのかと……。

 

「……行きましょうグレイさん。ここは危険です。」

 

「……あぁ。」

 

 頷くと同時に進路をリング・ア・ベル隊の旗艦アマテラスへと向かおうとする。

 

「……待ってアナタ。」

 

「どうした、ヘルミーナ?」

 

 フィルマメントが一度立ち止まる、まだソーラ・レイ発射まで猶予はまだあるがそれでも立ち止まるのは危険だ。

 

「……二人は先に行って、私は行くところが出来た。」

 

「……?どういうことですかヘルミーナさん?」

 

 困惑するマリオン、それはグレイも同じであった。

 

「どういう事だヘルミーナ?ここは危険だ、一刻も早く退避しなければ。」

 

「……ごめんなさい、私にも上手く言えないけど……姉さんが呼ぶ声が聞こえるの。」

 

「マルグリットが……?」

 

「うん、だから少しだけお別れ。……きっと私じゃなきゃ駄目な事が残ってる。」

 

 決意を秘めたヘルミーナの声にグレイは頷いた。

 

「分かった。だが絶対に戻って来いよ?お前がいる場所が俺の居場所なんだ。」

 

「うん……ありがとうアナタ。」

 

 フィルマメントは機体を反転させると未だ戦闘の光を灯す2機のMSの元へと向かい出す。

 その時フィルマメントから一言、通信が入った。

 

【私の我儘を許してくれてありがとうございます、()()()()。】

 

 一瞬聞こえたその言葉にグレイは一瞬立ち止まり、そしてこう言った。

 

「お前には……俺の我儘に付き合わせっぱなしだったからな……。ヘルミーナがそれで良いのなら構わないさ()()()()()()……。」

 

 2機のヴァイスリッターはアマテラスへと帰還する。間も無く放たれる光から逃げるように。

 

 

 

ーーー

 

 

「アンナ隊長!間も無くソーラ・レイのコントロール圏内に入ります!」

 

「分かりました、再度広域通信を発信した後で状況の確認が取れ次第発射に移ります。各員は速やかにソーラ・レイのコントロールの受領を急ぐように。」

 

『了解!』

 

 急がなければならない……かつてはそれを止める為に、そして今はそれを撃つ為に。

 ……この一発で全てが終わるとは思えない、数多の陰謀が渦巻くこの戦いはこのコロニーを止めただけでは終わらないだろう。

 けれど、けれど今の私には信頼する仲間が、そして愛する人がいるのだ。

 彼らと共に道を歩み続ければいつかはきっと……。

 

「リング・ア・ベル……。」

 

 鈴を鳴らし続ける、戦いという愚かな行為を止める為の鈴を……。その為のこの部隊なのだから。

 

 再びの退避勧告を発信し、間も無くソーラ・レイのコントロールも受領されるだろう。

 

『エルデヴァッサー大佐、聞こえているか?』

 

 通信が入る、ガルマ代表からだ。

 

「はい、聞こえていますガルマ代表。間も無くソーラ・レイのコントロール機能の引き継ぎが終わります。……あのコロニー落下を阻止出来るのは貴方達のおかげです、ありがとうございます。」

 

『礼はアンダーセン大尉に言うのだな。我々は彼の当たるかも分からない賭けに乗っただけさ。彼の様な未来を予知するニュータイプでいたからこそ我々はあのコロニーを止められた。』

 

 未来の予知……、本当はそうではなく彼は別の世界から着た人間だという彼の言葉を信じるのであれば最初から起こり得る可能性として彼は最初から考慮していたものなのだろう。

 だがそれがどんな思惑でも構わない、父や祖父をそして多くの人々を死に追いやったコロニーが止められるのであれば。

 

「彼は自分がニュータイプであるという事は否定すると思いますよガルマ代表、彼や私にとってのニュータイプとは、未来を予期するエスパーではなく未来を正しく導いて行く新世代の人達全てを言うのですから。」

 

 そう、人々は変わっていく。変わって行かなければならない。

 同じ人類同士の血を流す戦いに終止符を打ち、そして子供達の為の未来を築くのが今私達がやらねばならない事なのだ。

 

『フッ、彼もそう言っていたよ。自分はエスパーなどではないとね、だが私は彼や君の様な未来を見つめて最善を尽くそうとする者はやはりニュータイプだと思っているよ。……このソーラ・レイを放てば貴方は否応無しにこの先の連邦軍の立ち位置を迫られる、本当に良いのだな?』

 

「はい。私には彼や仲間達……そして()()()()がいますから、信じてくれている者の為にもう逃げたりはしないと誓いました。」

 

『ならこのソーラ・レイは君に任せる。……頼んだぞエルデヴァッサー大佐。』

 

 その言葉と共に、ソーラ・レイのコントロールが此方に移る。

 

「ソーラ・レイのコントロール権を受領しました!いつでも発射できますアンナ隊長!」

 

 ジュネットの言葉に頷く。射線上に味方の部隊がいない事を確認する、しかし幾つかのデラーズ・フリートの部隊は継戦しているようだが通信を聞き入れなかった以上はもうどうしようもない。

 

「……ソーラ・レイ!発射!!!」

 

 かつて多くの命を奪った兵器が、今度は大勢の人を救う為に光を放った───

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 魂の還る場所

 

 大きな閃光が過ぎ去る、しかしその大きな光すら目に入らず互いの魂を削りながら二機のガンダムは攻防を続けていた。

 その光がコロニーを包み込む瞬間、アルベドの攻撃はニグレドの攻撃よりも早く機体に到達した、それはアルベドに搭載されたNT-Aというシステムがミリ単位とも言えるレベルで回避行動を行いニグレドの攻撃を躱したのだ。一撃の下にサーベルを持っていた右腕を破壊された黒いガンダムは沈黙した。

 

「ハア……っ!ハア……ッ!」

 

 全身から吹き出す汗に耐えきれずパイロットスーツのヘルメットを外す、汗は頭上に舞い上がり水溜まりを作り吸い出された。

 

『……ッ。クソが……。』

 

「終わりだジェシー・アンダーセン、俺の勝ちだ……。」

 

 全てが静まり返ったような静寂の宇宙が全ての戦いに終わりを告げているように感じる。

 これで本当に終わりなのか、それはまだ分からないが俺と彼との決着は決まったと言って良いだろう。

 

『最初から分かっていたさ……俺とお前が戦うとしたら俺にもう勝ち目は無いとな。』

 

「……何故もっと砲撃やファングを使わなかった、あれを使われていたら……。」

 

『お前の知る()()()の様に一騎打ちのつもりだった、とは言わない。ニグレドは元々複座仕様だ、今の俺一人では最初から十全には戦えなかったのさ……。……ッ、ハァ……ハァ……。』

 

 息が途切れ途切れになっている。彼に残された時間はもう少ない。

 

「俺がマルグリットを殺しさえしなければ……お前にこんな辛い思いをさせる事もなかった……俺がお前を乗っ取りさえしなければ……!」

 

『お前の情けはいらない……。もう俺はジェシー・アンダーセンじゃないんだ、貴様に魂を乗っ取られたその日からな……お前がジェシー・アンダーセンなんだ、今のこの世界のな……!』

 

「……。」

 

『この戦いが終わろうと、俺が穿った綻びはお前の知る未来よりも過酷になるだろう……!楽に世界を変えられると思わない事だな……!』

 

「覚悟の上だ……。例えどんな世界になろうと、より良い未来に変えてみせる。お前とマルグリットが過ごした、あの平和な日々の様に……。」

 

 何気ない日常と愛する者の笑顔、それが当たり前の世界に変えてみせる……変えなくちゃ行けないんだ。

 

『アーウィン!』

 

 その時、巨大な機体が俺達のそばに近づいて来た。

 これは……ガンダム試作3号機!?

 

『アーウィン!アーウィンなんだろ!?返事をしてくれ!』

 

『レイ……?貴様が試作3号機に乗っているのか、コウ・ウラキは……そうか1号機は健在か、だから……。』

 

「いえ、俺はレイと一緒にガンダムに乗っていますよアーウィンさん。」

 

 ステイメンからコクピットを開き出て来たのはあのコウ・ウラキだ、どうやらこの世界の試作3号機は漫画版のようにステイメンとオーキスでパイロットが必要な仕様のようだ。

 そして彼と共に現れた緑髪の少年……確かレイ・レーゲンドルフという少年らしいがあの姿は……。

 

()()()()()()()……。」

 

「……!?誰だ!今僕をその名前で呼んだのは!」

 

 しまった、不用意に発言したのを聴かれていたか。出来れば彼とまでは戦いたくないが……。

 

「よせ……レイ、そんな奴に構う必要はない。言わせておけば良いんだ。」

 

「アーウィン……!どうしてこんな事を……!」

 

 ニグレドのコクピットを開き、彼と邂逅するレイという少年に俺もまたコクピットから降りる。

 

「……。」

 

「白いガンダム……、貴方は一体……?」

 

 コウが疑問を投げかける。確かに彼からしたら俺は見知らぬ人間だろうから当たり前の反応か。

 

「俺はリング・ア・ベル隊のジェシー・アンダーセン大尉だ。君は……コウ・ウラキ少尉……いや、中尉か?」

 

「い、いえ自分はコウ・ウラキ少尉であります。ジェシー・アンダーセン……大尉?まさかエルデヴァッサー大佐の?」

 

 少尉……?原作なら戦時階級とはいえ中尉に昇格していた筈だが……可能性としてはバニング大尉が死んでいない可能性があるな。

 

「あぁ、彼女のフィアンセだ。……それより今は彼の事だ、君達は彼が気になって来たんだろう?」

 

「えぇ、ソーラ・レイの発射後に未だ輝く戦闘の光を発見したので確認した所ガンダムニグレドでありましたから……。彼はレイのお兄さんなんです。」

 

 兄……か。血は繋がっていないだろうから恐らくは研究所を通じて知り合ったのだろう。

 だが彼を心配するレイの姿は、まさしく家族を心配するそれと同じだ。

 

「これは俺の復讐だった。その為にお前に近づき、お前を利用した。お前は騙されていただけだ。」

 

「嘘をつくなアーウィン!そんな……分かりやすい嘘をつかれても僕はもうアーウィンを見捨てたりなんてしない!あの時アーウィンが僕を救ってくれたから僕は今こうしてここにいて、宇宙(そら)を落とすのを止められたんだ……!」

 

 コロニー落としを阻止するために、みんなが思い思い戦っていた。彼の中にもその思いはあったのだろう、そしてそれはソーラ・レイによって叶えられた。

 

「ハッ……、俺にとっては落ちてもらわなければならなかったんだ。それが無ければ……この先の未来は……。」

 

「それは違う、コロニーが落ちても未来はもうお前の知った様にはならない、本当は分かっていたんだろう?」

 

 大きく変わった未来では、コロニーが落ちたとしても確実にティターンズが発生するかは分からない。それはクワトロとなるシャアが今はネオ・ジオンにいることやアクシズで暗躍しているだろうキシリアの存在など幾つもの本来の道筋とは違う存在があるのだ、仮にティターンズが出来たとしても彼が望む30バンチ事件が起こり得るとは言い切れない。

 

「それでも……それでも同じ未来を辿りたかった……マルグリットと共に歩んだ筈の刻だけが俺の最後の繋がりだったんだからな……。」

 

 彼はそれが彼女の為になるとは思っていないだろう、あくまで彼の自己満足……それは彼も分かっているはずだ。

 ()()()()……同じ未来に行きつけば或いはと……。

 

「お前は……あの時ペズンでニグレドに乗っていた男だな!お前のせいでアーウィンは!」

 

「よせ、レイ。もう良いんだ。もう……な。」

 

 既に余力は何も残されてはいない。もう死を待つだけの体だ、既に何もかも諦めているのだろう。

 

「アーウィン・レーゲンドルフ、マルグリットは確かに死んだ。けれど未来が変わり、彼女の代わりに妹であるヘルミーナさんは生きて今子供がいるんだ。」

 

「妹……。」

 

 アーウィンは思い返す、違う未来ではマルグリットと出会う前に衰弱死した彼女の妹がいたことを。

 

「今彼女は愛する人と共に生きている。お前とマルグリットがかつて歩んだ道のように……。」

 

「それが……どうした。俺には関係ない……俺にはマルグリットが全てだったんだ。」

 

 その言葉の直後、バーニアの光がこちらに近づいて来る。あれは……フィルマメント?

 

「……!ヘルミーナさん……!?どうして……?」

 

【ありがとうジェシー、彼を止めてくれて。】

 

 フィルマメントから降りてニグレドのコクピットへ向かう彼女のパイロットスーツ越しに聞こえた声は……まるで……。

 

「……マルグリット……?」

 

 アーウィン・レーゲンドルフが大きく目を見開く。その先には彼が夢にまで見た女性が立っていた。

 

「……ジェシー。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフにジェシーと呼びかける彼女は、ヘルミーナさんでは無い。これは……。

 

「お前なのか……マルグリット……っ!」

 

「……。」

 

 涙を流しながらアーウィン・レーゲンドルフに近づく彼女を見て確信する。彼女が……マルグリットが此処にいる事を……。

 

「貴方がした事は……決して許される事ではありませんジェシー……。」

 

 彼を抱きしめ、そう彼女は声を発する。

 

「……そうだろうな、これは俺のエゴ……俺が勝手にお前の弔いの為だけにやった事だ。」

 

「それでも……()()()()ジェシー……。」

 

「私は貴方を許します。」

 

 彼の凶行は決して許される事ではない。

 敢えて世界を混乱に貶めようとした事は、この世界の今後を如何に混沌に導いてしまうことなるのか俺ですら予測が付かない。

 しかしそれでも……彼を許す存在は必要だろう、俺のせいで自分の人生を台無しにされたのだから……。

 

「例え世界の全ての人が貴方を恨んでも。例え世界から貴方の存在が否定されても私は貴方を愛しています。」

 

「今更……なんだ……!俺の前から消えて、今の今まで姿を見せてもくれなかったのに……何故今更……!」

 

 彼女の魂さえ認識できれていば、彼はこんな凶行を起こさなかったかも知れない。だが恐らくは彼女の魂は彼女を死に追いやった俺やアーニャの中でずっと漂っていたのだろう……。

 

「今だから、還ってこれた。貴方の傍に……。もう一人のアナタ、そして彼を支える彼女のおかげで。」

 

「お前は奴らに殺されたんだぞ!」

 

「でも、だからこそこうやって妹は生きている。愛する人とその人との子供と共に。」

 

 そうだ、マルグリットやジェシー・アンダーセンが歩んだように……今はグレイとヘルミーナさんがその道を進んでいる。

 

「俺は世界の全てが憎い……!お前を殺したアイツらも!本当の未来を知りもせずに歩むこの世界の人間も!」

 

「ジェシー……そんなに自分を責めないでください……。」

 

「自分を……責めるだと……!?」

 

「貴方は本当は何も憎んではいない、そうでしょう?」

 

「馬鹿を言うな!お前は見ていたんだろう!俺がこうやって、奴の知る未来の知識を使い世界を混沌に誘っていたのを!」

 

「……それでも、あの二人なら世界をより良い方へ導いてくれると信じていたのでしょう?」

 

「違う!違う……!俺は……俺は……。」

 

「変わろうとする世界、人の意志が希望へと迎える可能性があの刻よりも多く分かれているこの世界。貴方は敢えて世界を混沌に貶めた。けれど……それでも変えてくれると信じているのでしょう?」

 

「分かったことを言うな!」

 

「分かるよ、だってジェシーの事なんだから……。」

 

 その言葉はまるで別の未来を歩み、共に生きた伴侶としての言葉に近かった。

 彼女もまたあの刻を識り、その存在を同化させたのだろう。

 

「だから私は貴方を許します、この先の未来……私達が見た刻よりも多くの悲劇、そして絶望が訪れる。けれどその先に人が希望を持って生きる未来に辿り着けると信じているから……。」

「ジェシー……。私は貴方に出会えて幸せだった。あの刻の中で私は妹を亡くし朽ちていくだけの地獄を見た。けれど貴方に出会いそして未来を歩んで、そして同じ時に死ねた。それは非業の死ではあったけど、最後まで触れてくれた貴方の温もりを私は忘れません。」

 

 そう言ってマルグリットは再び彼を抱きしめる、その最後の時をまた共に歩むように。

 

「俺は……何度生まれ変わってもお前を探し続ける。」

 

「えぇ。」

 

「何度生まれ変わろうと、また巡り会って……そしてまた恋に落ちる。」

 

「私も、また貴方に恋をします。」

 

「……長かった。この地獄の中で、ただひたすら世界を変えてきた……。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフは俺を見つめ、そして……。

 

「もう、お前の知る未来は何処にもない。俺が壊そうとした世界をお前が別の意味で壊したのだからな。」

 

「あぁ。もうこれから先の未来に俺の知識は殆ど役に立つことはないだろうな。」

 

 機体や武装、そういう知識はまだ必要になるかもしれないが未来の出来事を知る術はもうない。これから先の未来はどう変わるかすら俺には見通しがつかない。

 

「だがこの世界を変えた責任は果たせ……!お前が望むより良い未来というヤツを作って見せろ……!それが俺を乗っ取ったお前の使命だ……!」

 

「あぁ……変えてみせる。仲間達と共に。」

 

 俺一人では難しいかもしれない、だが俺には仲間がいる、かけがえのない仲間が。

 

「……レイ。」

 

「アーウィン……。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフは弟のレイに手を伸ばすと彼はしっかりとその手を握りしめる。

 

「お前はもうプロト・ゼロでもゼロ・ムラサメでもない。一人の人間として好きに生きろ……。」

 

「今まで……今までありがとうアーウィン……兄さん……ッ。」

 

「ジェシー……アンダーセン……愛する人を護りきれよ……それが……ジェシー・アンダーセンという人間なのだから……。」

 

 別の未来で父親から贈られた言葉を、アーウィンはもう一人の自分に託す。

 

「あぁ……絶対に。」

 

「……これで……ようやく還れる……俺の魂の居場所……マルグリットの……そばに───」

 

 

 

 戦いが終わった、ペズンから始まる一連の戦いに終止符が打たれた。

 だが、それは俺の……ジェシー・アンダーセンという男に起因する中での戦いだ。

 

 デラーズ紛争、ジオン公国軍残党のガンダム強奪から始まった世界の歪みはコロニー落としの阻止で一応の決着はついた。

 しかし、彼らが起こしたこの蜂起は新たな戦いの鐘を鳴らす序章に過ぎなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 暗黒の宇宙へ(前編)

 

「戦いをやめろ!もうお前達が狙ったコロニー落としは阻止されたんだ!生きる為の選択をしろ!」

 

 サウス・バニング大尉のジムが広域通信で敵に呼び掛けを行う。

 

「た、大尉!?本当にこんな通信を敵が聞き入れてくれるのでしょうか!?」

 

 ガンダム試作1号機を駆るチャック・キース少尉は半信半疑と言った状況で事態を見つめていた。

 

「向こうも人間だ、わざわざ死にたがる事も無いだろう。それにな、3年前のア・バオア・クーでも最後はこうやって戦いを止める為に大勢が同じ事をやったもんだ。」

 

 あの時見た光景を目に刻みつけたからこそ、人は助け合えると彼は信じていた。

 それに応じるかの様に、幾つかのジオン兵は攻撃の手を止め始めた。

 

「ほ、本当に止まった……?」

 

「よーし、武器を捨てて大人しくしていれば共和国との協定に基づき捕虜として扱う。……ふぅ、やれやれだな。」

 

「これでこの戦いも終わりでありますかね大尉?」

 

「少なくとも今はな……。それよりもキース、さっきまでのガンダムの操縦だがウラキにも引けをとっていなかったぞ。成長したな。」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 ほんの少し前までヒヨッコ同然だったのが今は一人前の兵士……、いやベテランにまで届く勢いにまで迫っている。

 その事実に彼らを育てたバニングは誇りを感じるのだった。

 

「なぁキース、この戦いが終わったらお前とウラキで俺の家に来い。妻の飯を食わせてやる。」

 

「え……?バニング大尉の奥さんでありますか?」

 

「あぁ。ずっと別居中だったんだがな、この前復縁の話が来た、俺もパイロットを引退しようと思っていたからな、そろそろ家族の為に生活せねばならんと思っていたんだ。」

 

「そうだったんですね。それはウラキの奴も喜びますよ、楽しみだなぁ。」

 

「ハハッ、そうか?よし、そろそろ帰投す────」

 

 その瞬間、バニングの機体が爆散する。キースは一瞬何が起きたのか理解できなかった。

 ……いや、理解したくなかったのだ。

 

「バニング……大尉?」

 

 眼前には、投降した筈のゲルググがビームライフルを構えバニング機のあった方向に銃口を向けていた。

 

『腐った連邦に属してたまるか!我らの誇りを舐めるな!』

 

 敵の声が聞こえる。だが何を言っているのか理解できない。

 バニング大尉は敵を助けようとしていた、戦う必要はないと敵を助ける為に動いていた。その大尉が何故敵に撃ち落とされなければならない?

 キースの脳内は絶望と怒りと、そして憎しみで満たされた。

 

「ウワァァァァァ!!!!!」

 

 敵をビームライフルで撃破する、それに呼応するかの様に敵は再び攻撃を再開した。

 

『騙し討ちか!?俺達を騙しやがって!』

 

『敵は投降したんじゃなかったのか!?迎撃を開始する!』

 

 事態を見ていた者、見ていなかった者、彼らの意志に関係なく再び泥沼の戦いが始まった。

 

『バニング大尉ィ!……この宇宙人野郎共がぁぁぁ!』

 

 ベイト隊もまた敵への攻撃を開始した、そして戦いの火が一つ、また一つと灯り始めた。

 

 

 戦いはまだ終わっていない。

 

 

ーーー

 

「ありがとうジェシー、私もまたあの人の元に還るわ。」

 

「マルグリット……。」

 

 彼を……アーウィン・レーゲンドルフ、いやジェシー・アンダーセンを看取ったマルグリットがそう言った。

 

「本当は死人がここにいてはいけないんです、今を生きる人がいるべき場所ですから。」

 

「君には色々迷惑をかけた……彼の事も……。」

 

「あの人は……過ちを犯しました。この先の未来、貴方と彼女に訪れる出来事は貴方達を絶望の淵へ落としてしまう……。私にはその未来が見えました。」

 

 彼女が見た刻……それが一体どんな未来なのか、俺には知る由はない。だけど……。

 

「大丈夫、大丈夫だマルグリット。俺達はどんな未来にだって負けずにより良い世界へと進んで行く、それでも……それでもいつかと。」

 

「……ありがとうジェシー。いつかきっと訪れる、巡りの先でまた会いましょう……。」

 

 その言葉と共に、彼女の存在が消えていく……。

 また会おうマルグリット、今度は彼と共に……。

 

「……終わったんだね、ジェシーさん。」

 

「あぁ、あの子にはいつも助けてもらってばっかりだった。すまなかったヘルミーナさん。」

 

「ううん……。きっと姉さん……お姉ちゃんも感謝してると思う。比翼連理の鳥が今またその存在を紡いだんだから。」

 

 その言葉と共に、蒼い鳥が2羽宇宙(そら)を飛び立って行く。今度こそ互いが離れ離れにならぬようにしっかりと寄り添って……。

 しかし、その光景の先には未だ癒えない憎悪が溢れている事に気づいた。

 

「なんだ……?戦闘の光……?」

 

 俺達から見える距離で、一度止まった戦いの光がまた一つ一つ灯り始める、これは……。

 

「まだ戦っているのか……?この状況で……!」

 

 愚かにも程がある、これ以上の戦いは意味なんてないのに……!

 

「これ以上の戦いは無意味だ……!止めに行かなければ!」

 

 ガンダムアルベドに乗り込む、それに続きコウ・ウラキが試作3号機に、フィルマメントにヘルミーナさんが乗り込む。

 

「アーウィンは僕が連れて帰る……ウラキ、3号機は任せた。僕はニグレドに乗る!」

 

 この陣容であれば例えガトーが相手でも立ち向かえる、そう思った矢先だった。

 

「……ッ!何だ!?」

 

 異様な感覚に襲われると同時にNT-Aが発動し機体が回避行動を取る。

 咄嗟の出来事に機体のコントロールを失う、システムのデメリットをこの状況で引き起こしたのは致命的だ……!一体何が……!?

 

『見事な活躍だったぞガンダム。それでこそニュータイプが時代を切り拓く為に必要な存在として相応しい!』

 

 アルベドと同等かそれ以上の高速機動で跳ね回る機体を追いきれず、呆気に取られていると謎の機体は試作3号機へと向かう。

 

「なんだ……!?速い……!うわぁぁぁぁ!!!」

 

「ウラキ少尉!」

 

 その巨体さ故に小回りが効かず敵機に攻撃を受けてステイメンは何とか無事に脱出が出来たようだがデンドロビウムが破壊される、Iフィールドジェネレーターを的確に破壊したと言う事は敵は恐らくアナハイムから……!

 

『その装備は厄介なのでね、潰させてもらった。成る程……流石はこの機体もまたガンダムを冠するだけはある。』

 

「まさか……あれは……!」

 

 あの機体のフォルム……見間違えようがない……!

 

「ガンダム試作4号機!ガーベラ・テトラか!」

 

『ここで墜ちてくれると有り難いのだがな!』

 

 敵のビームサーベルをメガ・ルガーランスで受ける。そ

 

『やはりガンダムとは乗り手と機体が合わさってこその機体と言うわけだ!あのお方が乗るに相応しい!』

 

「接触回線……!この声は……!」

 

 聞き覚えのある声……しかし……これは……!

 

「まさか……!奴が生きているとでも言うのか!?」

 

『接触回線か、私の存在をよもや連邦で知る者がいるとでも言うのか?』

 

「名を名乗れ!」

 

『ふっ、名前など無い。敢えて名乗るならフォルシュ()リューゲ()だがね。』

 

「くっ……!」

 

 敵の機動にギリギリで対応するが先程までの連戦が響いているせいで中々対応しきれない……!

 

「ジェシーさん!援護する!」

 

 フィルマメントの狙撃もギリギリの所で躱されてしまう。やはりガンダムと言うだけあって並大抵の機体では倒し切れないと言うことか……!?

 

『さて、そろそろ切り上げさせてもらうとする。あくまで私の任務は来たる時代の為の偵察なのでね。』

 

「なんだと……!?」

 

『また会おう連邦のニュータイプ共、その力……今度は()()()の為に使ってくれる事を祈る。』

 

「クソッ!待て!……っ!?」

 

 追おうとするが突如現れた敵の増援に足が止まる、何より驚くべき事は……!

 

「ジオンカラーのジム改……!?」

 

 識別コードはジオンの物だが機体は紛れもなく連邦の物だ。デラーズの広域通信でジオンに寝返る連邦側もいるとは聞いていたが……!

 

『戦いはこの一戦で終わりではない。よく覚えておくのだな。』

 

 去って行くガーベラ・テトラを追いきれず、みすみす逃してしまう。

 敵のジム改を撃破して行くが、他の戦線もまた同じ様に戦いを再開させていた。

 

 それから数時間の時を経て、漸く地球周回軌道上での戦いは落ち着きを見せた。

 ……しかしそれは多くの犠牲の上で成り立ったものだ……。

 

「嘘だろ……キース……バニング大尉が戦死したなんて……。」

 

「嘘じゃない……っ!嘘じゃないんだよコウ……!ジオンの奴ら……投降した振りをしてバニング大尉を……!俺は許せない……!デラーズ・フリートもジオンも……!絶対に許したりしない……っ!」

 

 アルビオン隊と合流した際に、まさかの試作1号機に乗るキース少尉からバニング大尉の戦死の報を聞く。

 この戦いまで生き延びた彼の最後が投降したと思われたデラーズ兵による不意打ちによる死だという事実は彼らに大きなトラウマを植えつけただろう……。

 

 戦いには勝った。しかしこの勝利は単純に手を上げて喜べるものではない。多くの不安要素を抱えたものとなった。

 

 コロニーは止められた、デラーズ・フリートとの戦いだけで言えば圧倒的勝利と言える。ガトーのノイエ・ジールはどうやらアクシズに合流した様だがエギーユ・デラーズが死んだ今、デラーズ・フリートはもう組織だった活動はできないだろう。

 

しかし、アクシズへ逃走したガトーを始め……アクシズへ寝返った連邦艦隊、そしてフォルシュ・リューゲと名乗る謎の男、アクシズを起因とする不安要素を多く抱える結果となった。

 

「……。まだ戦いは終わりそうにないな。」

 

 本来の時代の流れであればこの争乱を機にティターンズが結成される筈だが、デラーズ・フリートの作戦が全て不意に終わったこの時代ではジオン残党鎮圧を強行するには厳しいだろう。

 仮に結成されるとしても、連邦軍の中で大きくウエイトを占めるには難しいはずだ。

 

 となるとエゥーゴもティターンズに反抗して結成される可能性も低くなる……。

 いや、俺の想像の中の話では最早未来の予測は不可能に近いだろう。

 

 俺の知る未来は、全て変わったのだから。

 

 

 

 そして俺は、俺が帰るべき場所へと漸く帰還を果たした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 暗黒の宇宙へ(後編)

 

「ジェシー・アンダーセン大尉、只今帰還を果たしました。」

 

 リング・ア・ベル隊旗艦、アマテラスのブリーフィングルームで俺はみんなに対して敬礼をする。

 

「ペズンでの件を始め、隊の皆には迷惑をかけた。ジャミトフ・ハイマン准将とネオ・ジオンのキャスバル、ガルマ両代表により計画された極秘任務の遂行の為、誰にも悟られず動く必要があった。その為ニグレドの事件の後で何の連絡も出来なかったことは本当に申し訳なかったと思っている。」

 

 周りは静寂としている、反応に困るというのもあるだろう。数年姿を見せなかった俺が突然現れてもどう言ったら良いかとは自分でも思う。

 

 しかし、その静寂を打ち破る怒号が俺の前で響いた。

 

「君がジェシー・アンダーセン大尉か!ご大層な帰還報告をどうも!ご苦労様だと言ってあげたい所だがまず先に言うべき事があるんじゃないのか!?」

 

 少し小太りした青年が俺に対して怒りの声を上げる。彼は……誰だ?

 

「アルベルト氏、皆様の前でしてよ?客人は図々しくてはいけませんわね。」

 

「君は……アレクサンドラさん。」

 

 アーニャの親戚に当たるEC社の幹部だ。何故彼女がここにいるかは疑問だがアルベルト氏と言った彼女の言葉で彼がビスト財団のアルベルト・ビストだと言うことに気づいた、彼もまた何故ここにいるのかは分からないが……。

 

「しかし、アルベルト氏のお言葉にも納得するのもまた事実。まず言うべき言葉とその相手を見誤っては行けませんわアンダーセン様。」

 

「う……。」

 

 二人が送る視線の先にいる人物、そこにいるのは……。

 

「……アーニャ。」

 

「……。」

 

 俺の知る彼女とは少し遠い、あの頃よりも背が伸びて大人っぽくなり少女とは言えない美しさをして目の前に立っている。2年眠っていたから俺と肉体年齢的には殆ど差が無くなってもいるか……。

 

「……俺は……。」

 

「……。」

 

 何の言葉をかければ良いか、少し考えて悩むのをやめる。

 言いたいことは一つだけだ。

 

「ただいま、アーニャ。」

 

「……お、おかえりなさい……ジェシー……っ。」

 

 瞳に溜めていた涙がボロボロと流れ出す、その言葉と共に彼女は俺に抱きつき大きく泣いた。

 

「うわぁぁ……あぁ……!」

 

「ごめん……本当に……ごめんな……。」

 

 子供の様に泣きじゃくる彼女を抱きしめ、俺もまた涙を流す。

 未来を守る為とは言え彼女には辛い思いをさせてしまったのだから……。

 

 少しの間を置き、アーニャが落ち着きを見せるとララサーバルが俺の前に立つ。

 

「さてっ、シショー。みーんなが言いたいこと思ってること全部問いただすのは無理だろうからね、アタイがみんなの気持ちを代弁してあげるよ。」

 

「あぁ、頼む。」

 

「隊長をずーっと心配させて!そんな大馬鹿野郎は修正してやるよッ!!!!!」

 

 勢いよく振りかぶった拳が俺の鳩尾に直撃する、重力ブロックで地上よりは重力が無いとは言えララサーバルの馬鹿力はそんな事は関係ないレベルで強かった。

 悶絶しながらも何とか意識を失わず立っていると握った拳を放したララサーバルはアーニャと同じように大声で泣きながら俺を抱きしめる、ただこれはさっきのアーニャの場合美女の抱擁だったのが今は野獣にプロレス技で絞められてるみたいになっている絵面だが。

 

「おかえりシショー……!みんなシショーが帰ってくるって信じてたんだ……!」

 

「あぁ……ありがとうみんな……。」

 

 ジュネットやグリム、そしてフィーリウス隊のみんなが俺の帰還を拍手で喜んでくれている。

 俺にはみんなが……帰るべき場所がずっと残っていた……。

 

 

 

ーーー

 

 

「それで、今回の件は全部あなたが未来の知識を知っていたから回避できた事だって言うのね……?にわかには信じられないけど。」

 

 クロエがそう発言する。今はリング・ア・ベル隊の主要メンバー、第774独立機械化混成部隊からの面々とレイ・レーゲンドルフだけが集まっている。

 そこで俺の存在を隠すことなく伝える。アーウィン・レーゲンドルフの事も含めて。

 

「……今なら、今ならわかる気がする。アーウィンが何でお前を恨んでいたのか、その本当の理由が。」

 

「レイ・レーゲンドルフ、そうだな……彼からしたら俺は彼の人生を奪い生まれた存在だ。彼が俺を恨むのは明白だ。」

 

 その最後でマルグリットと邂逅出来たのが唯一の救いだったが、彼が俺を恨み起こした行動は俺がいなければ起こらなかっただろう。

 彼もその心の奥底では未来を変える事を願っていた、良くも悪くも穿った歴史の歪みはこれからの未来を大きく変えるだろう。

 

「レイ、教えてくれないか。彼と君の出会い、俺の知識が正しいのであれば……レーゲンド()ドルフ()は村雨、ムラサメから来ているんだろう?」

 

「……あぁ、お前なら知っているんだろう?僕はアーウィンと……あの地獄で巡り合ったんだ……。」

 

 

ーーー

 

 

「プロトタイプ・ゼロ!試験の時間だ起きろ!」

 

 自分が人形であった頃の記憶。

 何の疑問も持つこともなく、日々の繰り返しを行う。

 それはよく分からない薬を飲まされる実験であったり、身体に直接薬物を打ち込まれたりなどだ。混濁とした意識の中で身体の変化をモニターから監視する研究者が何人も此方を見つめていた。

 

 それが終われば今度は頭に機械を嵌め込まれ、見たくもない光景を見せられる。

 戦争が始まった時、地上から見た光景だ。

 

「やめてくれ……!空が……!空が落ちてくる……!うわぁぁぁぁ!!!」

 

 その言葉で科学者達が機械を止める筈もなく、永遠に終わらないかの様に何度も何度も同じ光景をいつまでも見続ける。心が壊れてしまう程に。

 

 そんな日々を過ごす続けたある日、僕は奇跡の出会いを果たす。

 

「プロト・ゼロ、今日からお前にも同類が増えたぞ。お前から得られたデータを基に廃人になる事なく強化する事が可能になったファースト・ムラサメだ。」

 

 そこには顔の上半分が焼け爛れた、言っては悪いが見るに耐えられない人相をした男性が立っていた。

 そして彼を見た時に感じ取れた、この世界に対する大きな怒りと絶望、そして悲憤を。

 その感情に触れた時、僕は漸く仲間に巡り会えたとそう感じた。

 

 それからまた幾つかの時を経た時であった。普段は感情など見せない彼が、突然暴れ出した。

 理由は分からない、ただその時に彼が発露させた感情は初めて出会った時よりも更に大きく、そしてその怒りはこの施設の人間へ向けられているのでは無く何処か別の所に向けられていると感じた。

 

 その日の夜だ。施設に突然轟音が響き渡る、何かが爆発したのか施設の職員達は大騒ぎしている。

 その喧騒の中、突然自分の部屋がこじ開けられる。そこにはファースト・ムラサメと呼ばれた彼がいた。

 

「ついて来い。お前を此処から出してやる。」

 

 差し出された手に困惑する。

 自分にとっては此処が、この場所が今の人生の全てだ。そこから逃げ出すつもりなど──

 

「逃げたいんだろう?声が聞こえた。『助けてくれ。』と言う声がな。」

 

 その言葉に、心の奥底に眠っていた感情が再び呼び起こされる。

 そうだ……僕は……僕は……。

 

「助けて……。」

 

「……っ。」

 

 僕の言葉に一瞬彼の動きが止まる。

 まるで何処かで同じ光景を見たかの様に、悲しみを秘めた目をしていた。

 

「あぁ。助けてやる。」

 

 彼は僕の手を取り、職員に見つからないルートがわかるのか誰にもすれ違う事なくテスト用の機体が置かれている整備ハンガーに到着する。

 

「見ろ、御大層にガンダムなぞ用意してある。とは言ってもツラだけで中身はそこまで既存のMSと大差ないらしいがな。」

 

「ガンダム……?」

 

 名前だけは知っている。前の戦争で英雄的な活躍をした3機の機体。

 ニュータイプと呼ばれる者たちが乗りジオン公国を追い詰めたとされている機体だ。

 

「ククク……ここにこれが有ると連中が話していた事は聞いていた。ハリボテとは言えガンダムという兵器には価値がある。特にこの()()()()()に酷似した機体はな。」

 

 彼は僕と共にガンダムのコクピットに乗る。そして起動シークエンスを完了させ、機体が動き出すと共に武器コンテナから幾つかの装備を取り出して研究所に攻撃を仕掛けた。

 

「ハハハハハ!ありがとうよムラサメ研究所!この機体も、お前らが作り上げてくれた俺も!有効に使わせてもらう!ハハハハハ!」

 

 高笑いする彼と共に炎上する研究所から去る。二度と此処に戻ることはないだろう、そう思った。

 

 

 研究所から逃げ出した後、彼は自身の持っている端末から何かの位置を探りそこへ向かっていた。

 少しの時を経て辿り着いたそこは連邦軍の中継基地だ。しかし、そこは電気などは通ってはいるが人がいる気配は感じられなかった。

 

「一年戦争の弊害だ。ミノフスキー粒子のせいで今まで連邦軍が管理できていた施設も末端も末端という様な場所では忘れ去られて放置されている。基地の機能は維持されたままな。」

 

 此処にもかつては人がそれなりにいたのだろう、それが戦争によって駆り出されてこうなったのか。

 

「ファースト・ムラサメ……君はなんでそんな事を……?」

 

「ククク……このニホンの知識は教えてもらったようなものさ。……しかしプロト・ゼロ、此処にまできてそんなコードネームで互いを呼び続けるのも癪に触る。名前は変えるぞ。」

 

 名前……かつては僕にはプロト・ゼロやゼロ・ムラサメなどと呼ばれる前の名前があった。

 しかしその前の名前すらもう思い出せない、僕は一体何者なんだ……。

 

「そんな顔をするな。俺もお前と同じだ、名前を奪われ今や過去の自分の存在すら分からない。だが俺たちに名前など大きな意味はない、そうだろう?」

 

 そう言って彼は紙にスラスラと何かを書く。それは恐らく名前だった。

 

「レーゲンドルフ、ドイツと言う古い国の言葉でレーゲン()ドルフ()という意味を持つ単語だ。村雨(ムラサメ)の語呂合わせだが名乗る分には問題ないだろう。そして俺はファースト……ドイツ語で言えばアインになるのだろうがそれだと単純過ぎるな、アーウィンとでも名乗るか。」

 

「僕は……。」

 

「プロト・ゼロか、ゼロはドイツ語ではヌルと言うらしいが人名としては微妙だな。……それならばニホンの言葉でゼロは零、レイと読む。お前はこれからレイ・レーゲンドルフだ。」

 

「レイ……。」

 

「喜べよ、奇しくも大戦の英雄アムロ・レイと同じ名だ。そしてお前がガンダムに乗ればお前も英雄になれるかもしれないな。」

 

「英雄に?」

 

「そうだ。世界の玩具にされた俺達が世界の英雄となる、その為にガンダムという存在は必要なんだ。」

 

 大戦の英雄、ニュータイプの象徴。

 世俗とは離れた生活をしている自分ですら基地の人間からの情報だけでそれを認識できるくらいガンダムという存在は今の世界には大きな影響力を与えている。

 その機体に乗って自分が英雄になる、そんな事が可能なのか?

 

「出来るさ、俺とお前ならな。」

 

 アーウィンと名乗ることを決めた彼はそう言うと僕の手を取る。

 その手に触れた時、光景が見えた。幸せそうな夫婦がただ平穏に暮らす……当たり前の日常を送るだけの……そんな光景だ。

 

「俺達の敵はこういう当たり前の日常を壊した連中だ。コロニーを落とした連中も、落とさせる迄に追い詰めた連中も俺達の敵なんだ。」

 

 僕は頷く、そうだ……敵はジオンだけじゃない。ジオンを追い詰める迄に圧政を敷いた連邦も悲劇を招いた共犯者なんだ……!

 

 

 

 そうして僕とアーウィンは活動を開始した。

 まず敵と通じているという男の情報を持っていたアーウィンが、ソイツを誘き出す為に宇宙へ上がる準備をした。

 放置された基地のシステムを利用し、ガンダムを打ち上げ用のロケットで射出する準備を整えた。そして宇宙で活動する為に軍のシステムをハッキングし偽の補給要請をして輸送艦とMSを手配させ、それを使い小惑星ペズンと呼ばれる宇宙基地まで赴いたのだ。

 

「良いかレイ、間も無くジオンのスパイが新型のガンダムのテストを行う。俺がこのガンダムで奇襲を掛けソイツを攻撃する。お前はペズン基地のシステムをハッキングしてガンダムのデータを奪取しろ。これがリング・ア・ベル隊の使用しているパスワードだ。」

 

「了解だアーウィン。」

 

 デブリ帯に侵入した黒いガンダムはアーウィンの黒いガンダムもどきと交戦を開始する。

 アーウィンのガンダムは彼は『出来損ない』と名付けて呼んでいるが性能自体は言うほど悪くはない機体だ。

 一年戦争中にアムロ・レイが乗っていたガンダム NT-1アレックス、それの初期プランとして設計されていた機体であったのだがマグネット・コーティングや全天周囲型モニターなど現在では色々な機体に使用されている技術を当時その一機に詰め込もうとしたせいか、或いはアムロ・レイの搭乗が決定されていたことで父親であるテム・レイ博士が新技術ばかりの機体に乗せることを憚ったのか、結局マグネット・コーティングの採用をメインとしたガンダムの発展機としてコア・ファイター搭載型が選ばれてこの機体は開発プランのみで終戦を迎えたらしい。

 しかし戦争後、僕やアーウィンみたいな強化人間を反応速度の良い機体に搭乗させニュータイプ相手でも戦えるようにする為、この機体に価値が見出されたのか装甲はジム系やメガセリオン系と同基準のチタンセラミック複合材を使用した機体として製造され、アーウィンはそれを奪ったのだ。

 

「同じガンダム同士なら……アーウィンが勝つ……!」

 

 しかしやはり敵もガンダムの乗り手に選ばれたからだろうか、簡単にはやられない。特に反応速度は機体のおかげもあるだろうがパイロットの反射神経の良さを感じる。

 

 戦いは数度の斬り合いの後、敵のパイロットが機体の残骸を利用した爆発を引き起こしアーウィンは機体頭部を失った状態で帰投した。

 

「ククク……!やはり一筋縄じゃいかない様だな、しかし奴はもうペズンにはいられない……ククク……!」

 

「アーウィン!怪我は!?」

 

「問題ない……、敵は逃したが奴はスパイ行為がペズンにバレない様にこの混乱に乗じてペズンではなく別の場所へ移動を開始したようだ。追跡するぞ。」

 

 その後、僕とアーウィンは敵を追いルウムの暗礁地帯へと赴いた。

 そこで再び黒いガンダムと対峙し敵を追い込むがそこに急遽灰色のケンプファーが救援にかけつけた。

 

『アンダーセン!無事か!?』

 

『グレイ……!』

 

「違う!貴様はジェシー・アンダーセンなどではない!それはお前がよく分かっているだろう!」

 

『俺は……俺はジェシー・アンダーセンなんだ……!俺が……!』

 

 二人は何らかの会話を行なっていたが上手く聞き取れなかった。結局敵は機体を捨てケンプファーに回収され宙域を撤退した。

 アーウィンは追う事も出来たはずだが何故かそれをやらなかった。

 

「ククク……奴が何処に逃げようと、奴は死を選ばない限り俺から逃げる事などできん。」

 

 アーウィンはそう笑うと手に入れた黒いガンダム、ガンダムニグレドと呼ばれる機体と共に月へと向かった。そしてアナハイムと関係を結び、彼等を頼りに僕らは連邦軍の内偵としての活動を始めることとなったのだ。

 

 

ーーー

 

 

「後はお前の知るところだろうジェシー・アンダーセン。」

 

「……分かった。すまなかった、君のトラウマを掘り返すような真似をして。」

 

「僕はアーウィンに、そしてウラキ達に救われた。もう僕はプロト・ゼロでもゼロ・ムラサメでもない、レイ・レーゲンドルフとして生きていく。」

 

 彼の処遇についてはシナプス艦長がコロニー破壊阻止に尽力した事で恩赦を与えれるように動いてくれているようだ。彼らを抱えていたアナハイムと繋がりがあるであろう高官が誰かは分からないが、甘い汁を吸えてただろうから無碍にはしないだろう。

 

 シナプス艦長と言えば今回は流石に責任を取らされる事もなさそうなのが幸いだ、2号機を奪われた失態の責任はあるだろうが観艦式の襲撃は失敗してるし3号機も正式に受領しているから軍規違反でどうこうは言われないだろう。

 

「これで……一件落着……か。」

 

 少なくてもデラーズ紛争に関しては。これで一旦は歴史に区切りが付くだろう。

 

「まだ。まだ終わっていないですよジェシー。」

 

「……アーニャ?」

 

 アーニャから真剣な眼差しで見つめられる、何か伝えたい事があるのだろうか。

 

「そうさね、戦いは終わったけどシショーにはまだやる事が残ってるよ。」

 

「えぇ、貴方がいなかった2年間アンナ隊長が何をしていたか、それを知るべきですよアンダーセン大尉は。」

 

 ララサーバルとグリムもまた迫真の表情でそう言った。

 

「貴方に会わせたい人達がいます。」

 

「会わせたい……人達……?」

 

「えぇ、───行きましょう地球へ。」

 

 

 

 次回、第二部最終話『新しい未来へ』に続く。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二部最終話 新しい未来へ

 

 後に「デラーズの叛乱」と呼ばれる一連の事件が終わってから約2週間が経った。

 

 戦後処理も殆ど終わり連邦軍内でのゴタゴタも一応の目処がついた。

 まず今回の一件で核搭載MSを開発、そして強奪されたコーウェン中将はその責任を負うこととなり、阻止限界点での戦いでの試作3号機の活躍もあり降格こそ無かったものの軍内での求心力は低下、旧レビル閥からも見放される事となり結果的に連邦内での影響力は大きく下がる事となった。

 そして観艦式を失敗させてしまったグリーン・ワイアット大将もまたその責任を問われ地上軍の僻地での司令官として事実上の左遷を言い渡された。

 

 そしてこの戦乱でジャミトフ・ハイマンの策を推し進め、収める立役者となったジーン・コリニー大将は元帥へと昇進しその側近であったジャミトフ・ハイマン准将は少将から最短の任期を経て中将への昇進が決定している。

 

 俺達リング・ア・ベル隊はと言うと……。

 

「准将への昇進おめでとうございますアンナ隊長。」

 

 地球へ向かう道中のアマテラスのブリッジでジュネットから祝辞が贈られる。そう、アーニャもまたコロニー落下阻止のためにソーラ・システムが起動されるというのにコロニーに侵入してそのコースを修正しようとしたこと、更にソーラ・レイを使用しコロニーを破壊した功績が認められ准将への昇進が言い渡されていた。

 

「ついでにアンダーセン『少佐』もだねジュネット。」

 

「あぁ、こっちはおまけのようなものだがな。」

 

「おーい、失礼だぞ二人とも……。」

 

 そう、俺もまたコロニー破壊の為にジャミトフとネオ・ジオンでの極秘の任務をしていたという建前があり、ソーラ・レイの移送を提案していたこともあって昇進に至った。

 

「それで、今アマテラスは何処に向かっているんだ?」

 

「着いてからのお楽しみですよ、何の為にみんなが行き先を黙ってると思ってるんです?」

 

「うぐ……グリム、なんかちょっと辛辣じゃないか?」

 

「誰かのおかげで新米達の面倒から鬼軍曹の世話まで文字通りグリムは激務だったからな、今の内に言われておいた方がマシというものだ。」

 

 ジュネットから釘を刺される、確かにあの面々を俺のいない間相手にしてきたとあれば塩対応になるのも仕方ないか……。

 

「鬼軍曹の世話なんて随分な言い様じゃないか、アタイだって新米達の世話はして来た方さ。」

 

「カルラの場合は一緒になってハメを外す時もあるからね、ハァ……思い返すと碌な2年じゃなかったですよ本当に。」

 

「すまなかったなグリム、だがグリムがここまで頼もしくなってるとは嬉しいよ。」

 

「嬉しいよ、じゃないわよジェシーくん。もしかしたら今はグリムくんの方が強いかも知れないんだから。碌に戦技データも渡してもらえなかった分は取り返してもらいますからねぇ?」

 

 クロエからも釘を刺される、確かに2年と言う間時が止まっている俺とは違いみんなはその間に日々の訓練を積んでいるわけで……これは遅れを取り戻すのも一苦労かもしれない。

 

 そんなこんなで話をしていると大気圏突入の準備が始まる、ミノフスキークラフト搭載型の巡洋艦とは聞いているがペガサス級とは違うので本当に大丈夫なのか少し心配になる。何しろプランは聞いてはいたが俺の知らない艦船なのは間違い無いのだから。

 

「アマテラス……それに曙光か。」

 

 どれも日本の言葉だ、天照……光を照らすという言葉、曙光も夜明けからの光と言った闇を祓うという意味合いをどちらも持っている。

 

「本当は別の名前にする予定だったみたいだけど、シショーと最後に旅行した場所から名前を付けたいって言ってたんだよ。アタイは好きだけどねこの名前。」

 

「……あぁ、俺もだ。」

 

 明けない夜はない、例え世界が闇に向かっていてもいつかは夜明けが来て光を照らしてくれる……。俺達がそうして見せるんだ。

 

 地球へと降下する、位置座標を確認すると欧州……これは……。

 

「マハル孤児院に向かうのか?」

 

 降下ポイントは欧州でも重要な拠点付近では全くない、近くにあると言えばシーマさんが施設を運営しているマハル孤児院くらいだろう。

 

「俺達の用もマハル孤児院にあったから願ったり叶ったりだアンダーセン、地球に降りようと思ったら高い金を払わなきゃならなかったからな。」

 

「グレイ、それにヘルミーナさんも。」

 

「子供をあそこに置いてきちゃったから。心配してると思う。」

 

 数年前に生まれたばかりだし親がいないと子供は不安がるだろうな……。

 子供……子供か……。

 

「グリム、アーニャは今どこに?」

 

「隊長だったら司令室にいる筈ですけど、どうしたんです?」

 

「いや。ちょっと用を思い出した、行ってくるよ。」

 

 話さなければならない事がある、それはきっとこれから先の未来に関わる事でもあるのだから。

 

「やれやれ、また勝手に突っ走ったようだな。」

 

 ジュネットは呆れる様にため息を吐く。

 

「あの人の悪い癖ですよ、自分の中で考えを完結させようとする。まあでも良いんじゃないですか?アンナ隊長の所に行ったんだったら遅かれ早かれ自分の考えてる事の馬鹿馬鹿しさも理解しますよ。」

 

 クスクスと笑うグリムに釣られてララサーバルもまたハッハッハと大きく笑った。

 

「シショーもネングノオサメドキってやつさね。」

 

「あの朴念仁も今日で見納めになってくれれば良いけど、どうなる事かしら?」

  

 リング・ア・ベル隊の面々はやれやれとした表情を見せる、それに釣られてグレイとヘルミーナもまた笑うのであった。

 

 

 

「アーニャ、いるか?」

 

「はい。開いていますよ。」

 

 ドアを開けて部屋に入る。

 

「アーニャ、話があるんだ。」

 

「何ですか?時間には余裕がありますから問題ありませんよ。」

 

「……伝えておかなければならない事がある、俺の身体の事についてだ。」

 

「貴方の身体?」

 

「……報告書にも書いたと思うが、ペズンで失踪した後俺はサイド8で保護されていた。その時お前を護るための力が必要になると思って俺が強化措置を取ったのは知っているだろ?」

 

 アーウィン、そしてレイとは違う精神的な方にも作用するやり方ではなく単純に肉体面のみの強化、薬物投与や手術などで俺の身体能力は飛躍的に向上した。

 これにより強化人間で無ければ耐えられないような戦闘機動にも対応できるようにはなった。しかし……。

 

「えぇ、貴方が所謂強化人間化を行なった事は知っています。それがどうしたのですか?」

 

「その……だな。当たり前の話になるが自分から志願した事だから人道的、倫理的には問題ないんだが……その……。」

 

「何か問題があったのですね?」

 

「……あぁ。医者は保証できないと何回も念押しされた、寿命のこと、そして自分の遺伝子を後世に残す事は難しいだろうという事を。」

 

「……。」

 

「サイド8はあくまで断片的に持っていたフラナガン機関のデータを使用して俺を強化してくれた。強化的な面では今は問題なくても何年、何十年後に重い症状が出ないとも限らない。だから……。」

 

「婚約は破棄した方が良い、と言いたいのでしょう?貴方が考えそうな事ですジェシー。」

 

「……。」

 

 エルデヴァッサー家は名家だ。それに一年戦争で主要な一族が殆ど死んだとなればその血筋は残さなければならない、であるならば今の俺という存在は彼女のパートナーとしては相応しくないだろう。

 

「家名や血筋、その様なものは重要ではありません。誰といるか、誰と進むかが重要なのですよジェシー。」

 

 そう言うと彼女は俺の手を取る。

 

「私には貴方が必要なのです、今までもこれからも。だから私から離れる事は二度と許しません、良いですね?」

 

「……本当に良いのか?」

 

「えぇ。それに……私はもう子は産めませんから。」

 

 アーニャはシャツをズラし腹部を見せる、そこには大きな傷跡が残っていた。

 

「アーニャ……その身体は……。」

 

「大きな怪我をしたのです、貴方がいなくなってから。その時に腹部を手術し医者からは子供をもう産むことはできないだろうと言われました。」

 

「……っ。」

 

 俺がいない間にそんなことが起きていたとは……。

 

「貴方のせいではありません……と言いたい所ですが、貴方がいればまた別の未来があったかもしれませんね。」

 

「……すまなかった……本当に。」

 

「良いのです、さてもう直ぐマハル孤児院ですよ。いつまでも辛気臭い顔をしていたらシーマさん達から怒られますよ?」

 

「……あぁ、分かった。」

 

 小さな片田舎には不相応な着陸場へと天照は着陸する、定期的に軍の査察がある為に用意されたものだ。

 艦から降りて空気を吸う、風や土の匂い……地球へと帰ってきた。

 

「お嬢!お元気で!」

 

 デトローフ・コッセル元大尉がジープで駆けつけてきた。

 

「はい、コッセルさんもお元気そうで何よりです。シーマさんはどうしたのですか?」

 

「あぁ、それが……運送屋の子供を連れて親父さんらの墓に行ったんです。どうしてもと駄々をこねられたんでお頭も仕方なく……。」

 

「ふふっ、子どもたちの前ではシーマさんもお母様ですものね。義父様のお墓ですね、向かいましょうか。」

 

「あぁお嬢、あの二人も……。」

 

 その言葉にアーニャは人差し指を立てて何かを呟く。

 

「はぁ……分かりやした。それでは案内させてもらいます。運送屋の二人も一緒に乗ってくれ。」

 

「隊長ぉー、アタイらは先に孤児院の坊やたちに会ってくるよー。」

 

「えぇ、頼みました。」

 

 ララサーバル達とは分かれ、俺とアーニャ、グレイ夫婦とコッセルさんとで親父……アンダーセン艦長の墓へと向かう。その道中グレイがコッセルさんに話しかける。

 

「すまないなコッセルさん、娘が迷惑をかけてる様だ。」

 

「気にするこたぁねぇ。子守する子供が一人増えただけだからな、ただあの子が宇宙に帰るってなったら孤児院の連中は泣きじゃくるだろうなぁ。あの子は不思議な子だ、みんなとすぐ仲良くなったんだ。」

 

 グレイの子供について語るコッセルさんはもう軍人の顔はしていない、親父が救った命は今、未来を進む子供達の道を示す人達となっていた。

 

「さて、もうすぐだ。これ以上はクルマじゃ進めねえから悪いが歩いて行ってくれ。俺はここで待たせてもらう。」

 

「ありがとうございましたコッセルさん。さぁ、行きましょうかジェシー。」

 

「あぁ。」

 

 道を歩く、何度か来たことのある道だ。特に迷うこともなく親父とアーニャの母親の墓へと辿り着く、そこには……。

 

「……!?パパ!?ママ!?」

 

「どうしたんだい急に声を出して……?っと、ようやく帰って来たかい。」

 

 驚きの声を上げる小さな少女と俺達の顔を見てフッと笑うシーマ様。

 そしてその小さな少女は……。

 

「……似ている……。」

 

 双子の妹から生まれたのだから当たり前の話だが、マルグリットに似ている。彼女の面影を残したその小さな少女は俺を見つめると途端に大喜びする。

 

「おじちゃん!ありがとうね!」

 

「……?」

 

「あたしのおばちゃんとおじちゃんが凄く喜んでたの!これからはずっとずっと一緒だって!あたしに教えてくれたの!」

 

「グレイ……この子は……。」

 

「感受性が豊かな子だ。俺やヘルミーナなどよりもっとな、よく母親に似た女性が会いに来てくれると言っていた事もある……。つまりはそういう事だ。」

 

 新しい時代を生きる希望の子供達、彼女もまたその一人なのだろう。人は変わっていく、それを体現するような……。

 

「さあマリー、パパとママのところに行って来な。」

 

「はーい!おかえりなさい!パパ、ママ!」

 

「あぁ、ただいま。」

 

「ただいま、マリー……。」

 

 マリーと呼ばれたグレイ達の子供は駆け足で二人に飛び込む。子供を抱きしめるグレイとヘルミーナさんの三人の光景は……きっとマルグリットもジェシー・アンダーセンも望んだ姿だろう……。

 

「さて、次はアンタらの番だね。」

 

「……?」

 

 シーマ様はそういうと一瞬俺を見つめたと思ったら俺の頬をビンタする、一瞬何が起きたのか分からないまま混乱していると次はアーニャにも同じようにビンタをした。

 

「お前達!()()()()()()をほっぽり出して今更ノコノコ呑気に帰ってきて!どういう了見だい!」

 

「……!?」

 

 今のシーマ様の言葉は一体……!?

 

「……返す言葉もありません、この数年私はあの子達に何もしてあげられませんでしたから。」

 

「アーニャ……?一体これは……?」

 

「……。」

 

「お嬢……アンタまさかコイツに何一つ話していないのかい?」

 

「えぇ……。何と言えば良いか分からず……。」

 

 二人は俺を無視しながら話を続ける、一体どういう事だ……?

 

「呆れてたね……おい、バカ亭主。途方に暮れた顔をしてるんじゃないよ、今からアンタがどれだけ無責任で最低の男かアタシがお嬢に変わって説明してやる。」

 

「は、はい……!」

 

「まずアンタがいなくなったあの日、お嬢はアンタに何か伝えようとしていたらしいね。覚えているかい?」

 

「え、えぇ。機体のテストが終わったら話したい事があるって、でもアレはその日俺とアーニャが出会った日で……。」

 

「バカな奴だね、そういう記念日にだからこそ伝えたい事がお嬢はあったんだよ!あの時お嬢は……。」

 

「シ、シーマさん……そこから先は私が言います。ジェシー……。」

 

 深刻そうな顔をしながらこちらを見つめるアーニャ、それは勇気を出して言葉にしようとしている表情だった。

 

「あの時……私は妊娠していたのです。……貴方の子供を。」

 

「……!」

 

 まさか……いや、しかし……確かにその前に日本で旅行した時に……。

 

「そして貴方がいなくなって数年、私は軍務から遠ざかっていました。それは子供達が私を必要としなくなるまで育てなければならなかったからなのです。」

 

 数年軍務から離れていたのは報告書を見て知っている、しかし……。

 

「だがアーニャ……その腹部の怪我では……。」

 

「お嬢はね、帝王切開だったんだよ。未成熟な身体付きでもあったしそれに何より()()も産む事になったんだから出産は困難を極めたのさ。それこそ母子共に死ぬかもしれないリスクまであった。」

 

「二人……。」

 

「えぇ、シーマさん。あの子達は?」

 

「さっきからずっとそこにいるよ。」

 

 シーマ様が顔を向けた先にはレジャーシートと日よけのパラソルが立てかけられている。

 

「……アーニャ、俺は……俺は行っても良いんだな……?」

 

「……はい。」

 

 心臓がどんどん高まって行くのが分かる、止まっていた時間を取り戻すように……。

 一歩、また一歩と近づき……そして……。

 

「……っ。」

 

 幸せそうな寝顔をしている二人の少女、アーニャに似ている様にも見えるし俺にも似ているようにも見える。

 

「アーニャ……、俺は……ずっとお前のそばにいて良いんだよな……っ。」

 

 自分の存在が分からなくなっていた。ジェシー・アンダーセンの居場所を奪い、そして見知った世界の歴史を大きく変えた俺という人間は許されて良い存在なのかと。

 

「はい……私には貴方で無ければダメなのです。」

 

 その俺と共に歩んでくれると言ってくれる人がいる、そして俺を許してくれる人が……。

 

「アーニャ……ありがとう……今までも……これからも……。」

 

 彼がマルグリットを愛したように、何度生まれ変わってもまた彼女を愛し続けると誓う。愛する人を護り続ける、それがジェシー・アンダーセンなのだから……。

 

 俺の流した涙が子供達に溢れ落ちる。それに気づいたのか二人は目を覚ましてこちらを見つめた。

 

「パ……パ……?」

 

「あぁ、俺が君達のパパだ……ずっと待たせて……ごめんな……。」

 

 壊れてしまわない様に、優しく抱きしめる。アーニャもこの子達もずっと……ずっと護ってみせる。そう心に誓う。

 

 

 そして進んでいくと決めた、この新しい世界を。愛する人達と共に……。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

「えぇい!ジャミトフめ!エルデヴァッサーめ!よくも私をここまでコケにしてくれたな!」

 

 ジャブローの一室、そこでジョン・コーウェン中将は自分のデスクを壊してしまいかねないぐらいの力で叩きつける。

 勢力を取り戻しつつあったレビル閥は今やジャミトフやエルデヴァッサーへ媚び諂い始めていた、最早以前程の求心力は無いに等しい。

 

「そもそも……奴らはこの紛争を知っていたのでは無いのか!でなければここまで用意周到に対策など打てるはずがない!」

 

 この一連の戦い、特に敵がコロニー落としをすると分かってからのあの二人の動き方は異常だ、未来を知っていなければ有り得ないほどに。

 

 

「ニュータイプ……!」

 

 戦後ニタ研との距離を近づけたジャミトフ、そして自身がニュータイプだと称されていたエルデヴァッサー。彼らの裏にはニュータイプの力があったのでは無いのか?そうコーウェンは訝しむ。

 

「ニュータイプ……そしてガンダムさえあれば私も……!」

 

 そう、一年戦争の英雄であるニュータイプとガンダム。そしてまたこの戦いを終わらせたのもその二つだ。

 自分にもそれさえあれば名誉挽回のチャンスは幾らでもある。

 

 そしてそのうちの一つは既に手中にあるのだ。

 

「見ていろ……私はまだ終わるつもりはない……!」

 

 かつての清廉さは消え失せ、そこには権力という欲に飲み込まれた男だけが存在していた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「元帥への昇進おめでとうございますコリニー提督。」

 

「……。」

 

 まるで興味のないようにコリニーは無言で頷く。

 

「盟約に基づき引退後の生活は保証致しますよ、最早軍などに興味はありはしないのでしょう?」

 

「今の連邦でどれだけ地位を築いた所でたかが知れているのはお前が一番良く分かっているのでは無いのかジャミトフ?」

 

「えぇ、内紛の種を抱えた今の連邦ではリスクだけが付き纏う。だからこそ早期に引退を決めておられるのでは?」

 

「……エルランの事もある、今の私ではその問題を解決出来るとも思えんしな。」

 

 引き際を弁えている、ジャミトフはそう感心する。あと数年若ければ陣頭指揮を取る事も可能ではあっただろうが、しかし今は内乱を企てる者、またそれを実行できる力を持った者の前では力不足であると分かっているのだ。

 

「だがそのリスクすら、お前は自分の目的の糧とする事が出来るのであろうジャミトフ?安心しろ、お前が動きやすいようにはしておくつもりだ。」

 

 共存共栄、共に地球に巣食う寄生虫ではあるがその利害は一致している。

 

「期待しております元帥……。」

 

 もうすぐだ、そうジャミトフは確信する。

 地球環境を保全する為に、その為にはニュータイプの力は絶大だと分かっている。

 

 だからこそ必要なのだ、ニュータイプという英雄が。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

「大佐、間も無くアクシズとの通信が可能となります。」

 

「うむ。」

 

 アステロイドベルトまでまもなくと言った所でようやくまともに通信可能な距離まで来ることが出来た。

 

「ガトー少佐はどうしている?」

 

「ハッ、自室にてデラーズ閣下の喪に服しております。」

 

「フン、古風な男だ。」

 

 死者を弔った所で死人が生き返るわけでもない。自己満足に過ぎない事をやるよりも今はやるべき事が多くある筈だ。

 

「リューゲ大佐、アクシズからの通信です。」

 

 その言葉に意識を切り替える、雑念を頭に入れていてはあのお方の眼前に立つのは失礼だとフォルシュ・リューゲは思った。

 

「よし、繋げ。」

 

「ハッ。」

 

 モニターの映りは悪い、デブリの影響だろう。音声はクリアになっているので問題はない。

 

『ご苦労だったな大佐。』

 

「ハッ。このフォルシュ・リューゲ、任務を果たし終わりました。」

 

『報告は全て聞いている、アナハイム製ガンダムの入手……それにEC社製のガンダムの設計図まで手に入れるとは僥倖だな大佐。』

 

「えぇ、EC社製のガンダムについては私も想定外でありました。連邦にも連邦を恨む者がいたと言う事でしょう。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフという男は世界を恨んでいる節があった。そのおかげで我々は接触が出来たのだから連邦には感謝する他ない。

 

『ガンダム……一年戦争でアムロ・レイやシャア・アズナブルが乗っていた英雄的MS……エギーユ・デラーズのコロニー落としを阻止する為に阻止限界点での戦いで数機のガンダムが活躍したと聞いている。』

 

「はい。一戦交えましたがその力はやはり侮れるものではないと感じました。」

 

「だからこそ、ガンダムという力は我々にとっても要となる。我々が地球圏へ次に帰還する時は人類の革新を彼らは目にする事になるだろう。」

 

「えぇ、その時こそ閣下のお力を世界に知らしめる事となるでしょう……。」

 

「それではアクシズへ到着するのを待っているぞマ・クベ。」

 

「ハッ、承知しました。ハマーン様……。」

 

 

 

 

機動戦士ガンダム 紺碧の空へ

第二部『星屑の記憶編』完

 

次回第2.5部『キャスバル暗殺事件』に続く

 

 

 





第二部『星屑の記憶編』終了となります。
相変わらずの遅々とした投稿、そして至らない内容ばかりで申し訳ありません。
ラスト数話くらいしか主人公が出てこないのはどうかと自分でも反省しておりますがやりたい事はやれたと思うので後悔はしていません。

原作を少しでも辿るストーリーはここで終了となります、次回以降はある程度似通った部分はあるかも知れませんが基本的には原作無視のストーリー展開となりますので最後までお付き合いできれば幸いです。
次回以降もまたよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キャスバル暗殺事件編
第1話 新たな戦い


 

《間も無く敵部隊との交戦が予想される、各機警戒を厳に行動せよ。》

 

 視界の不良な森林地帯を進むMSが4機、空中からの指令を受け取る。

 

「こちらメガセリオン改フォズ・ロー大尉、指揮管制機『ノーマッド』へ了解した。各機通信は良好か、どうぞ。」

 

 逞しい髭をした中年の男性が、部隊員にそう呼びかける。

 

「こちらメガセリオン・キャノン、エイジス・ガルド中尉。ミノフスキー粒子の影響はありません、通信良好です大尉。」

 

 金髪の青年がそう返答する、続けて桃色の髪の女性が返答する。

 

「メガセリオン・ナイトシーカー、ハンナ・エリシュ少尉。こちらも通信状態に異常なし。」

 

「ジム改、ジェイ・ジャン中尉。こっちも問題ねぇ。」

 

 ガムをクチャクチャと噛み締めながら返答する声が聞こえる、やれやれとフォズ大尉は溜息を吐くと再度通信をする。

 

「分かっているとは思うが俺達は軍から特務を言い渡され編成された混合部隊だ、チームワークを期待するのは難しいだろうがせめて仲間を死なす様な動きはするな、良いか?」

 

「こちらエイジス、期待に応えるだけの働きはしてみせます。」

 

「任務は確実に熟すつもりよ。大尉の指示に従うわ。」

 

「この任務が終われば特別ボーナスにバカンスなんだろ?やってやるさ!」

 

 癖の強そうな面々だと再認識したフォズ大尉はこの任務を与えた上層部にケチを付けたい気分に駆られながらも意識を切り替える。

 そして敵と思われるMSの熱源を探知した。

 

「エイジス!キャノンのスコープで敵の機体を確認しろ!」

 

「了解……、敵はドム……これはトローペンタイプか……?それとメガセリオン初期型と思われる機体が数機。」

 

「やはり敵に呼応した離反者か、ハンナは敵機に接近して攻撃を仕掛けろ。キャノンがそれを援護し俺とジャンで隙を見せた敵を撃破する。」

 

「任務了解、ハンナ機先行します。」

 

 胸部、そして背部にスラスターを増設したメガセリオン・ナイトシーカーがその機動力を生かし敵に急速接近する。

 

「当ててくれるなよ……エイジス機、援護を開始する!」

 

 キャノン型のメガセリオンが肩部キャノン砲で敵機に牽制をかける。

 敵は炸裂した弾頭を回避するもその回避行動の為に散開する事になった。

 

「良い援護ね……これなら!」

 

 メガセリオン・ナイトシーカーは隙の出来た初期型のメガセリオンの一機に急速接近してビームサーベルでコクピットを貫く。

 

「良い動きだ!残りの敵を片付けるぞジャン中尉!」

 

「あいよぉ!喰らえってんだよ宇宙人ども!」

 

 メガセリオン改とジム改が浮き足だった敵を各個撃破する。

 そして場には静寂だけが残った。

 

「よし、敵の反応は消えた。ご苦労だったみんな。」

 

 ひと段落した事が分かるとフォズ大尉は張り詰めていた気を緩め部隊員に感謝を告げる。

 

「見事な動きだったぞ三人とも。特にエイジス、援護射撃は痒いところに手が届く絶妙な腕だった。旧型のキャノンタイプで良くやってくれた。」

 

「ありがとうございます。」

 

「しかし連邦軍機との戦いは敵と分かっていてもストレスが溜まるな。味方を撃ってる気分になってしまう。」

 

 一年戦争の時より自分の背中を預けていた機体達が刃を向けるのだ、実際にそれをやられてれしまうと想像以上に心理的ダメージは大きい。

 

「仕方ないんじゃねぇかい?ここ数年で連邦軍の評価なんてのはガタ落ちだし俺らだっておまんま食べる為に職業軍人やってる様な連中ばっかだろ。上手い話が転がってたらそっちに食いついちまうのも分からなくねぇ。」

 

「……確かにそうかもしれんな。」

 

 一年戦争、そして一年前のデラーズの叛乱。

 その後処理の杜撰さやスペースノイドの引き起こしたこれらの戦いでフラストレーションの溜まったアースノイドは不満不平を持つものが増えた。そしてその逆もまた同じだ。

 不満の溜まったそれらが小さな勢力となりテロ活動を行う、今の連邦はそう言った内部抗争に近い状況に陥っていた。無論、その裏にはジオン残党勢力の介入もあるのだろうが。

 

 ふぅ、とフォズ大尉は今日何度目かのため息を吐く。やりきれない世の中だと。

 

「指揮管制機ノーマッドへ、敵部隊の掃討完了。付近に敵影無し。帰りのミデアを寄越してくれ。」

 

《こちらノーマッド、了解した。ポイント更新、ミデアのランディングゾーンまで向かえ。》

 

「了解、フォズ隊帰還するぞ。」

 

「了解……。……すみません大尉、どうやらナイトシーカーの脚部に少しエラーが見られます。歩行に支障あり。」

 

 機体のスコープからハンナ機が動きを鈍くしながら歩いているのを確認する。

 

「なんだと?……近くにいるのは援護していたエイジス中尉だな。ハンナ機の護衛に回れ。」

 

「了解、レディのエスコートは任せてください。」

 

 キャノンがハンナ機を援護する形で離れる。

 フォズ大尉は感じる。中々手際の良い動きをする二機だ、戦っていて他人の心配をする必要がない事はいいことだと。

 出来るならば一年戦争の時に部下であったなら、そう感傷に浸りながら辺りを警戒してミデアへとフォズ隊は向かい始めた。

 

 

 

ーーー

 

「レディ、ナイトがエスコートに参りました。」

 

「臭いセリフはよして欲しいわね。敵が来た時の為に離れず動いて欲しいわ中尉。」

 

「了解。フォズ大尉、こちらに何かあった場合は連絡します。」

 

『了解した。』

 

 通信が切れたのを確認するとエイジス機は接触通信用のケーブルをハンナ機に伸ばした。

 

「通信回線は切ったな?」

 

「えぇ。今この通信を聞いているのは私達だけですよ()()()()。」

 

 ふぅ、と一息つくとノーマルスーツのヘルメットを脱ぐ。

 

「潜入任務とは言えお前を部下扱いするのは肝が冷えるよ()()()()、幾ら演技とは言え怒っていないだろうな?」

 

「いいえ?隊の女性隊員にもその様なフランクさで接していないかは不安になりましたが。」

 

「安心しろ、後にも先にも俺はお前しか見ていないよ。」

 

「ふふふ。」

 

 リング・ア・ベル隊のみんなが見たら惚気るなと頭を叩かれそうな会話をしながらも直ぐに頭を切り替える。

 

「どう思うアーニャ?ここ最近の軍内の離反者、何が目的か理解できんぞ俺には。」

 

「私もです。とは言っても私利私欲の為……と見ればおかしくは無いのが多いですね。」

 

 デラーズ紛争以降、ジオン残党勢力と呼応したり独立した組織となりテロ活動を行う連邦軍内の部隊が目に見えて増え始めていた。

 しかし殆どが目的の不明瞭な悪く言えばやりたい放題したい愚連隊のような連中ばかりで統率された部隊ではない。デラーズ紛争末期にアクシズに寝返った艦隊などとは違い大きな勢力の離反がないだけマシと言える状況だ。

 

 とは言え小さな火の粉を消さなければ大火事になりかねないくらいの火種を抱えているのは間違いない。このまま放っておけばまた大きな戦いとなるだろう。

 

「ジェシー、貴方の知識で何とかなりはしないのですか?」

 

「前にも言ったろ?連邦同士でいざこざを起こすとしてもまだ数年先な筈だったし何より俺の知ってるこの世界の世界史とはもう大きく異なっているんだ、アテにしないほうが良いさ。」

 

 下手に原作知識で動けば今なら味方になり得る人でさえ敵と誤認しかねない、今の俺の原作知識など必要最低限に留めておいた方が無難だろう。

 とは言えある程度は考えが浮かばない訳ではない、しかしそれはアーニャだってある程度は察している内容だろう。

 

「扇動をしている者がいるのは間違いないな。恐らくはアクシズのキシリア一派だと思うが。」

 

「そうですね、彼女ならこう言った策謀の手合いは得意でしょう。何を目的でしているのか……やはり地球圏への帰還を狙った計略でしょうか?」

 

「だろうな、デラーズ紛争でも暗躍していた訳だしアクシズの利になる行動を取るつもりだろ。厄介極まりないな。」

 

 キシリアお抱えの謎の特殊部隊なども何処かで出張っている可能性があると考えると余計に頭が痛くなる。一癖も二癖もあるような俺の知らない特殊部隊がいたら流石にお手上げだ。

 

「そろそろ戻らないと怪しまれますね、機体のエラーは脚部のシステムエラーという事にし回復したと報告します。後は手筈通りに動いてください。」

 

「了解、ふぅ……バレない為の演技とは言えまたキザな男を演じるのか。」

 

「そういう貴方も私は好きですよ?」

 

「俺もクールビューティーみたいなお前は見てて新鮮だよ。じゃあ回線を切るぞ。」

 

「分かりました。」

 

 エギーユ・デラーズの起こした叛乱から一年、地球圏には未だ燻る火種が多く残っている。

 そして、この戦いから既に始まっていた大きな陰謀を俺達はまだ知らない。

 

 新たな戦いが幕を開けていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 ニュータイプ教団

 

 遡る事1ヶ月前、ペズン基地で俺達はいつもの様に軍から言い渡される任務をこなしながら機体のテストに明け暮れていた。

 とは言っても問題は色々と発生する、特に今日は朝からクロエがカンカンになって怒っていた。

 

「有り得ない!有り得ない!有り得ないわ!」

 

「落ち着けよクロエ、今の連邦じゃ仕方のない事だろ……。」

 

「ジェシーくんは悔しくないの!?あれだけ汗水垂らして作り上げてたグノーシスが量産化不採用なのよ!?」

 

「悔しくないわけじゃないさ、けど仕方ないだろ?財政的に厳しい今の連邦の状況じゃ新型機を買い叩くのは難しい訳だし……、一応グノーシス用に開発してたバックパックや追加装備群はメガセリオン系に転用出来てそれの発注はOKが貰えてる訳だしさ。」

 

「甘い!見積もりが甘いぞアンダーセン少佐!確かに兵器や装備群の受注も不可欠ではあるけれどそれらは我が社からしたら大きな利益には繋がらないんだ、そもそも軍用の兵器と言うのは売り上げに対して大きな利益がある訳じゃない。僕らはそれをオマケとしてMSを売り込み、そこから得られたデータをプチモビや民間用MSやモビルワーカーに転用して民間に売り込んで行く事で大きな利益を得るのを目標にしているんだ。それに我々はガンダム開発で莫大な資金を使っているんだぞ、その資金を回収しようと思ったらどれだけのMSを売らないといけないのか理解した方が良いと僕は思うがね!?」

 

「そうですよねぇ!?アルベルト主計補佐もそう思いますよねえ!?」

 

「あぁ、ただでさえ民間用MSの類はアナハイムに先を越されているからね……グノーシスを量産しそこから得られる様々なデータを民間技術に転用出来ていればよかったんだが……。」

 

 クロエと一緒になって熱く語っているのはビスト財団からどういう流れかEC社幹部であり主計局長であるアーニャの親戚にあたるアレクサンドラ・リヴィンスカヤの補佐としてEC社で活躍しているアルベルト・ビストだ。

 デラーズ紛争の折に一時的にアレクサンドラさんの下で働く事になったのだが、思いの外ウマがあったのと彼が想像以上に優秀だと彼女が見抜いたらしく、アレクサンドラ氏直属の部下としてEC社に採用された彼は原作での汚名を返上するかの如く働いており、この通りアナハイムも目の敵にしているのかアナハイム絶対倒すマンみたいな感じになっている。

 

「二人とも落ち着いてください。ジェシーの言う通り連邦軍が現行機のアップデートで対応すると決めた以上、どれだけ駄々をこねてもグノーシスの量産は不可能なのですから嘆いていてもどうしようもありませんよ?」

 

「アーニャの言う通りだ。量産化は不可能になったが俺達リング・ア・ベル隊が使用している2機の運用や、この機体を欲しがる部隊がいれば生産して特別配備させる事自体は止められていないんだ。地道にEC社の利用価値を見てもらうしかない。」

 

 それにEC社は一定数のメガセリオンのライセンス生産もしている、MS運用ノウハウ自体は少しずつは伸ばせるし何より対抗馬であるアナハイムも抹消されなかったガンダム開発計画から得られたデータで量産機開発というのを俺達と同じように出来ていない状況なのだ、こちらがメガセリオンなら向こうはジムのライセンス生産を行っているので今の状況は財力や連邦に対しての影響力を見れば向こうが優勢だが、MS開発と言った点では中々互角に戦えていると思う。

 

「はぁ……EC社代表達がそれで良いなら構わないけど……はぁ……。」

 

 落ち込むクロエを何とか宥める、確かにグノーシスの量産化計画はEC社にとっても一大事業でその開発主任であったクロエのショックは大きいだろう。

 

「騒いでいる最中に悪いがアンナ准将、ジェシー少佐、ジャブローから通信が入っている。二人に緊急の要件との事だ。」

 

「ジャブローから?分かった、ありがとうジュネット。」

 

 俺達二人だけに用があるという事は幕僚向けの話という事だろう、緊急性を持った内容かもしれない。

 ペズン基地内にあるアーニャの執務室に着くとそこにある通信用の大型モニターの前に立つ。

 

『ジャミトフ・ハイマン中将だ。アンナ・フォン・エルデヴァッサー・アンダーセン准将、そしてジェシー・エルデヴァッサー・アンダーセン少佐、突然の連絡で申し訳ない。』

 

「ハッ、私達に問題はありません。中将、何か緊急の事態が起こったのですか?」

 

 モニターに映ったのはあのジャミトフ・ハイマンだ。今回デラーズ紛争が契機でティターンズが創設されていないので今はまだあんまり悪い人には見えてないのだが、突然の通信があると流石に何か起こるのではないかとヒヤヒヤする。

 

「うむ。他でもない君達に見識と判断を仰ぎ、かつある任務を遂行して貰えないか連絡させてもらった。……この通信を聞いているのは二人だけだろうな?」

 

「はい、閣下と私達2名のみとなります。」

 

『よろしい、まずここ最近の連邦軍離反者が増えているのは君達も知っているな?』

 

「ハッ、デラーズ紛争の折も敵に寝返ったジム隊とジェシーが交戦しました。それに我がリング・ア・ベル隊の直近の任務でも我が軍のモビルスーツを利用した残党軍と交戦しております。」

 

 そう、ここ最近連邦内で少なくない数の離反者が続出している。原因は不明だが単純に治安の悪化や連邦政府の求心力の低下も大きいだろう。

 

『有象無象の愚連隊となる程度なら何の問題も無い、だが貴君らがデラーズ・フリートの叛乱の際に遭遇した部隊など……つまりはアクシズの新生ジオンを名乗る残党や、それに並ぶ組織力を持った勢力に吸収されるのは厄介極まりないのだ。』

 

 それはそうだろう。テロ行為を行うだけの私利私欲に溺れた数名より、軍内の情報や機体を提供して敵勢力に寝返る連中の方がこちらが被る被害は大きい。

 

「閣下、我々2人を呼び出したのはそれに関する事なのでしょうか?」

 

『察しが良いなエルデヴァッサー准将、君達のその察しの良さ……君達は否定するがニュータイプという存在なら手を打てると思って連絡した次第だ。』

 

 デラーズ紛争の時にジャミトフにそれっぽい事をしたせいで彼からは俺達2人はニュータイプだと思われている。確かにアーニャにはその才覚があるが。

 

「しかし閣下、自分達がニュータイプと称されていても未来までは完全に予見できません。それは以前にもお話したと思いますが。」

 

『それは分かっている、私もニタ研とは少なからず関わりを持っているのだからな。あくまで特殊な脳波を感じ取れ、それを利用する事でエスパーじみた能力を発揮するのだと解釈はしている。今回の件は君達がその特殊な脳波を持っているという前提での頼みだ。』

 

 ……ジャミトフの要件は何だろうな、深く突っ込まず今は話を聞いた方が良さそうだ。

 

『貴官らは宇宙にいて知らないとは思うが、現在連邦軍の中東方面軍の一部が部隊丸ごと軍を離反した。問題は彼らが現在身を寄せている場所だ。』

 

「……中東?」

 

 アーニャが中東という言葉に疑問符を浮かべた。何か思い当たる所があるのだろうか?

 

『中東方面に現在【()()()()()()()()】と名乗るカルト団体が発生し、その指導者の元へ多くの人間が集っている。これはその代表とされる男の写真だ。』

 

 ジャミトフが一つの写真を見せる、その姿に俺とアーニャは驚愕する。

 

「……!閣下これは……この男は……!」

 

 写真に写っているのはまだ俺達とそこまで変わらない若さをした青年だ。だがその姿は……。

 

「ギレン・ザビ……!?」

 

『うむ。もう一つの写真を見せよう、こちらの写真は10年以上前のギレンの写真だ。』

 

「似ている……まさか子供が?」

 

 アーニャの言葉にうーんと考える、息子の可能性……有り得なくはないが他にも線はある。

 

「クローン人間……。」

 

『息子か、クローンか、或いは整形して顔を似せた偽者か。いずれにせよ写真の男はギレンにも劣らぬカリスマで急速に勢力を拡大している。これを放置していればいずれ大きな災厄になるだろう。』

 

 サンダーボルトの南洋同盟みたいなものと認識すればその厄介さは目に見えてくる。信仰という武器を持った狂信者というのは死を恐れないし教祖の目的の為だったらなんだってするのだから。

 

『ニュータイプ教団と自分達で名乗るからにはニュータイプ能力を持った人間を擁しているのは間違いないだろう。君達に頼みたいのはその教団へ潜入、教団の目的の解明とその目的の阻止、そして教団が連邦に害する存在であるのなら殲滅することを依頼したいのだ。』

 

 リング・ア・ベル隊の活動目的は反連邦勢力の鎮圧だ、その目的に反している訳ではないが……。

 

「しかし閣下、彼らが信者を募っているのであれば非戦闘員の民間人も多いでしょう。私達は民間人の虐殺にまでは手を出せません。」

 

『分かっている。それは教団のペテンを暴ければ騙されていた者達は去って行くだろう。それに信仰までは人は止められはしない、教団を殲滅しようと教えは残して行くようにすれば狂信者以外は行動は起こさないと連邦政府は見ている。』

 

「了解しました、連邦政府がその様な見解であるならば私達に異論はありません。」

 

『貴官ら優れた幕僚二人にこの様な潜入任務を頼むのは本来であれば有り得ない話だが反乱の恐れがあるニュータイプなどを派遣するわけにも行かぬのだ。理解してもらえると嬉しい。』

 

「承知しております閣下。」

 

 アムロなどホワイトベースの隊員だった者は史実通り既に軍の監視下に置かれている、軍が彼らを恐れる理由は分かっているが故に離反しないという確証のある俺達に依頼してきたのだろう。

 

『後ほど詳細なデータを送る。入り用の物があれば最大限揃えられるように務めよう。』

 

 通信が切れる。周りに二人しかいない事を確認するとふぅと大きく息を吐く。

 

「ニュータイプ教団……か。」

 

 この世界ではサンダーボルトの南洋同盟などに相当する勢力は生まれていない、そもそもあの世界は事実とは微妙に異なるパラレルという設定からかこの世界にはイオ・フレミングやダリル・ローレンツなどは色々調べたが存在していない。

 義手義足の技術は高いがリユース・サイコ・デバイスのような技術は確認されていないしこの勢力が南洋同盟のようなメンツを揃えているとは限らないだろう。

 だが敵の勢力が予想できないからこそ今回の件は用心して動く必要がある……あのギレン似の男の正体も気になるし……。

 

「中東……まさか……いえ、まだそうと決まったわけでは……。」

 

「どうしたアーニャ?考え込んで。」

 

 珍しく何かをブツブツと呟いて悩んでいるアーニャに声をかける。

 

「……ジェシー、デラーズ・フリートとの戦いの地球周回軌道上での戦いで私がコロニー内部に侵入していたのは覚えていますか?」

 

「あぁ、覚えている。なんて無茶をと思ったもんだが……。」

 

「その時……コロニーの降下予定ポイントはジャブローでも、貴方が知っていた未来の知識にあった北米大陸の穀倉地帯でもなかったのです。」

 

「……なんだって?」

 

「コロニー落とし自体は阻止されたのであまり気にしていなかったのですが、……それに今回の件が関わっているかもまだわかりませんが……。」

 

「……もしかしてアーニャ……。」

 

「えぇ、デラーズ・フリートは星の屑作戦の最終目的であったコロニー落とし、その降下ポイントをこの中東に向けていました。それが何を理由でそうしたのかは不明ですが……。」

 

 ニュータイプ教団と名乗る組織、そしてデラーズ・フリートが最終目標としたコロニー落としの落着地……。

 中東で一体何が起きようとしているんだ……?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 中東へ

 

ジャミトフからの極秘任務を受けた俺とアーニャはリング・ア・ベル隊の主要メンバーのみを集めミーティングを行う。

 

「准将と少佐に潜入任務……、いくら二人が優秀なパイロットだからって流石にそれは無理がありませんか?ジャミトフ中将は二人を謀殺しようとしているんじゃないでしょうね?」

 

 内容を話して真っ先に口を出したのはグリムだ、確かに軍上層部が俺達を厄介視していたらその可能性も高いだろう。

 

「だがニュータイプ教団という存在が本当ならば二人ほど潜入任務に適任な者はいないと言うのも軍の本当の見解だろう。連邦軍はニュータイプという存在を異常に恐れている、ホワイトベース隊の今の現状を見ればそれは明らかだからな。」

 

 ジュネットの言葉に頷く。この世界ではアムロ、そしてカイは未だ軍属のままMSパイロットをしている。

 アムロはともかくカイまで軍に残ったのは意外だったがこの世界ではガンダムに乗っている以上軍も簡単に退役させる訳には行かなかったのだろう。

 ハヤトとブライトさんは史実通りの経歴を辿っており、この世界では生き残っているリュウさんはルナツーにいる。

 

 だがその全員が軍の監視下というのが現実だ、軍は彼等素人レベルの人間がここまで成長している事実を恐れてニュータイプとして危険視しており、徒党を組んで反乱を起こさないように殆ど幽閉や閑職に近い立場に追いやっている。

 味方に回れば頼もしい彼等も、上からしたらいつ敵になるか分かったものではない……というのはやりきれない。何とかしたいが俺やアーニャが彼等に手を出そうものならそれこそニュータイプの反乱だと思われてしまいかねないのが難しいところだ。

 

「何れにせよ中将からの特命だ、拒否する訳にも行かないだろう。それに個人的にも調べておきたい所だしな。」

 

 俺の知らない存在達。未来が変わったからこそ用心しておく存在を自分の目で確かめなければならない、脅威となるのか……それとも味方になるのか。

 

「ジェシーの言う通りです、ニュータイプ……それを政治利用、軍事利用する者には注意をしておかねばなりません、内外全てに。」

 

 アーウィン・レーゲンドルフを亡くし、今は少尉として連邦軍に編入されジオン残党討伐任務を受けているアルビオンでパイロットをしているレイ・レーゲンドルフ、またの名をゼロ・ムラサメ。

 彼が受けた非人道的な実験はシナプス大佐や俺達を通して軍から各ニタ研に伝えられ、非人道的な処置を許さないことを徹底させた。

 ……まぁそれがどれだけ通用してくれるかは疑問だが。

 

 でも内の問題をある程度解決しているからこそ、外の対策もしなければならない。

 

「乗り気になってる所悪いけど、シショーも隊長も知らぬ人はいない有名人なんだから潜入任務なんて出来るのかい?敵に『ジャブローの姫と騎士』が顔バレしてちゃ本末転倒だよ。」

 

「カ……カルラ……その異名は忘れなさいとあれほど……!」

 

 ……『ジャブローの姫と騎士』、それはアーニャが『ペズンの魔女』と呼ばれたりと一年戦争後からそこそこ呼ばれ始めていた俺達の異名を吹き飛ばす新たな異名だ……。

 

 

 

 それはデラーズ紛争後、子供達を産んだアーニャに対する責任。そして男としてのケジメとして彼女と正式に結婚する事になったのだが軍の准将、そしてEC社代表という立場上身内だけの結婚式とは行かず、思わず「こんなに集まってどうすんだよ……。」とビビってしまうくらいあちこちから人が集まった。

 キャスバルにガルマ、アムロ達や原作とは違い生き残ったマチルダ先輩やウッディ少佐達。ここら辺はまだ良いがビスト財団の人間もいるわ軍のめぼしい人達はいるわで感動する前に恐怖しかなかった。

 

 ……だがそんなビビり散らしはある男の一つの行動で吹き飛んだ。

 仲人兼新婦側の父親代わりとしてアーニャとヴァージンロードを歩く事になったあの男……ゴップ前将軍、現連邦議会議員が式の途中サプライズムービーとして俺達に一言も知らせもせずある動画を流したのだ。

 

 

『汝、我が名誉と誇りを穢すことなく、我に偽りなき忠誠を誓えますか?』

 

『誓います。』

 

『汝、我が剣となって敵を討ち、また盾となり我が身を護ると誓えますか?』

 

『誓います。』

 

『よろしい、汝を我が騎士と任命します。』

 

 

 新郎新婦の馴れ初め、と称して流されたコレを見て俺もアーニャも今までに無いくらい赤面するハメになった。というか俺達ですら忘れかけていた始めて出会った時の騎士の誓いの動画なんて物を後生大事に持っていたゴップおじさんのせいで数千人くらいの人にこの惨事を見られてしまったのだ。

 

 しかし俺達がかつてない恥辱を味わったのを裏腹にゲスト達の反応はアホみたいに好評であった。

 何やらロマンチックを感じる女性が多かったり騎士として姫を護る姿に感銘した兵もいたらしく、式後には俺はヴァイスリッターやガンダムアルベドのパイロットだった事から「連邦の白騎士」とか「ロリコン」だの呼ばれるようになりアーニャもまた姫様扱いされる事が増えたのだった。

 そしてこの一連の流れは『ジャブローの誓い』と呼ばれ破られる事のない誓いとして各地で広まるのだった……。

 

 

 

「いやぁ、しかしねぇ。マジで顔は広まっちまってる訳だし何とかしないと。」

 

 ララサーバルの言葉に現実に引き戻される、まぁ確かに無駄に広まった顔だし一般市民はともかく軍からの離反者なら軍の幕僚であれば知名度に関係なく流石に気付かれる可能性は高いよな。

 

「安心しろ、そこを考えていない程軍は馬鹿ではない。諜報部から准将と少佐用の特殊ゴムと変声器で作られたフェイスマスクを用意していると極秘の連絡が入っている。」

 

「なんだい?ジュネットにはそんな連絡が行ってたのかい?」

 

「当たり前だろう、二人がいなくなった後の隊の引率を誰がすると思っている。」

 

 そりゃそうか。俺達がいなくなれば指揮系統は乱れるしそこら辺は軍もちゃんと考えているみたいだ。

 

「まぁ留守は隊の方はジュネットとグリムに、会社の方はアレクサンドラさん達に任せとけば良いだろう。他に何かあるか?」

 

「あるわよ。二人とも機体はどうするつもり?」

 

「機体?」

 

 クロエからの問いに疑問符が浮かぶ。

 

「えぇ、潜入調査なんだしまさか一般市民装ってわざわざ歩きで教団に行く訳でもないでしょう?隠密行動からの偵察の可能性だってあるし、そもそもどういうプランの任務なのよ?」

 

「……聞いてないな。」

 

「えぇ……?」

 

 詳細な情報は後で送ると言われたから概要しか聞いてないぞ……そう思っていたら自分の持ってる端末にデータが送られてくる。

 

「おぉ、噂をすれば何とやらだな……任務についての内容だ。」

 

 まず準備期間に半月用意されている。色々な引き継ぎなども含めての期間だろう。

 その後俺達は偽造されたパイロットデータを貰い別人に成りすまして特務小隊に編入、その後教団の潜入調査に当たるようだ。

 

「回りくどいわね、これならリング・ア・ベル隊で極秘任務をやれば良いのに。」

 

 クロエの言もごもっともだがこれは流石に理由が分かる。

 

「リング・ア・ベル隊がニュータイプの調査をしてるってバレるのが嫌なんだろ多分。あちこちに余計な憶測を生むだろうし。」

 

 だからこそ偽のパイロットデータまで用意してるんだろう、俺達だとバレて欲しくないのが軍の思惑だ。

 

「となると下手に二人のクセが出るようなMSを用意しない方が良いわね。これって向こうにMSの申請は出来るのかしら?」

 

「さぁ?でも中将は出来る限り対応するとか言ってたからやってくれるんじゃないか?」

 

「ふぅーん……じゃあ色々と考えておくわね。」

 

 何を考えているのか分からないがイヤな予感しかしない、どんな機体を手配するつもりなんだ?

 

「では一先ず隊の軍務の引き継ぎ、社の方も私がいなくても滞りないように準備しておきましょう。」

 

「あぁ、俺達がいない間気を抜かないようにな。」

 

 その言葉を聞いた一同はこちらをジロリと見た。

 

「それはこっちのセリフですよ。僕らがいないからってハメを外してイチャ付かないでくださいよ?」

 

「うっ……。」

 

「最近はガンダムに乗りっぱなしだったし機体性能にうつつを抜かしてないか確認もしないとだねぇグリム?」

 

 ララサーバルの追撃、そしてそれに乗るグリム。

 

「そうだねカルラ、ベアトリスやセレナも呼んで旧型機操作でのシミュレーション対決でもやるかい?」

 

「良いねえ!ハハッ、なんだか昔を思い出すよ。」

 

 おいおい、本人を無視して話を進めるな……!

 

「良い考えですね二人とも、機体性能に頼るばかりが優れたパイロットではありません。久しぶりに皆の練度を確かめる必要もありますね。」

 

「お前まで乗り気かアーニャ……。やれやれ、俺の実力を再確認してもらう時が来たかな?」

 

 何だかんだやる気を見せる我が隊のパイロット達にクスクスとクロエが笑う。

 

「やる気があるのは嬉しいわ、みんなのデータは1から100まで把握してるから戦闘毎に使用する機体の組み合わせは私がしてあげる。……とにかく全員が苦手にしてる方面を重点的にね……。」

 

 怪しげな笑みを浮かべるクロエに全員がギクっとする。最早染み付いた癖というのは厄介でパイロットとしての向き不向きが今でははっきりしているので、そこをクロエは矯正するつもりだろう。

 

 その後、クロエ主導で行われたリング・ア・ベル隊の数十回に渡る模擬戦は物の見事に勝敗が均一化されたものとなった。なおベアトリスとセレナだけ散々に叩きのめされたのは言うまでもない。

 

 

 

 その後、隊や社の引き継ぎを済ませた俺とアーニャは地球へと降下する。

 連邦内にその動きを知らせない為に何便もの経由と隠しルートを使った移動でようやく中東へと辿り着いた。

 砂漠化の進む中東ではあるが、俺達が赴いたのは未だ自然の残る自然保護区に近い場所だ。

 

 そして少し寂れた中継基地に着くとそこで初めて部隊のリーダーとなる男性が現れた。

 

「お前達が今回の任務に当たるパイロットか?俺はフォズ・ロー大尉、貴官らの隊長を任ぜられている。」

 

 精悍な顔つきの男性が現れる、見たところ俺より10は上か。

 

「ハッ、自分はエイジス・ガルド中尉であります。よろしくお願いしますフォズ大尉。」

 

 敬礼すると綺麗な返礼を返してくれた。今時の連邦軍人としては珍しい。

 

「ハンナ・エリシュ少尉です。ジャブローより配属されました、よろしくお願いします。」

 

「ジェイ・ジャン中尉だ、連邦陸軍の北米方面軍所属だ。よろしく。」

 

 俺に続いてアーニャ、そしてジェイ・ジャンと呼ばれる中年の男がだらしなく敬礼した。こちらは今時らしいな。

 

「既に聞いているだろうが俺達の任務はこの付近で活動していると思われるニュータイプ教団と呼ばれるカルト集団のアジトを突き止めることだ。その為に現地に潜入し情報収集する事が主な任務だ。」

 

「しかしねぇ、こんだけ広い土地でどうやって敵のアジトなんて見つけるんだ?砂漠で砂金でも見つけようって訳でもあるめぇし。」

 

 ジャン中尉は溜息を吐きながらそう呟く。

 言い方はともかく道理は通っている、闇雲に探しても効果は無いのは当然だからだ。

 

「軍もそこまで馬鹿ではない、既にある程度の目星はつけている……だが。」

 

「軍にばれる程度の場所を本拠地にはしねぇ……ってか。そっから得られた情報で突き止めろって事かい?」

 

「その通りだ、馬鹿な風を装っているようだが中々慧眼じゃないかジャン中尉。」

 

「へへっ、有り難き幸せってね。伊達にこの任務には選ばれちゃいねえってコトよ。」

 

「ジャン中尉の推測した通り軍も本命は別の場所にある筈だと考えている、そもそも本拠地を一つに構える必要も無いからな。俺達は得られる情報から徐々に敵を追い詰めて行く。」

 

 拠点を転々とされれば確かに探し出すのは難しいだろうな。

末端の人間を捕まえた所でたかが知れているしあのギレンに似た男を探し出す方がいいだろう。

 

「了解しました。敵の動きを知る為に動くという事ですね。」

 

「それに呼応する反連邦勢力の動向に対してもだな。奴らも追えば更に確実だろう。」

 

 潜入するにも場所が分からない今では敵に呼応した元連邦やジオン残党の動きも重要か。やることは多そうだ。

 

「お前達に割り当てられた機体は既に整備用ハンガーに用意させてある。整備員に確認し調整をしておくように。」

 

『了解!』

 

 俺達に割り当てられた機体か……クロエは何とかすると言っていたがどうなっているのやら。

 そう考えながら整備用ハンガーへ向かう。

 

「エイジス中尉ですね?機体の用意は出来ています、確認を。」

 

「了解、助かるよ。」

 

 目前に鎮座しているのは一年戦争時のメガセリオンの宇宙用に再設計された後期型だ。それに戦後追加されたキャノン仕様のバックパックなど砲撃戦用に細かな調整のされた機体で物自体は言うほど悪くはない。

 

「私のは……メガセリオンの特殊戦機ね。」

 

 アーニャ……いや、ハンナ・エリシュ少尉に割り当てられたのはメガセリオン後期型の空挺部隊用に作られたナイトシーカーだ。前部と後部に配置された全六基のスラスターは凄まじい機動力を発揮する。

 一年戦争当時のヴァイスリッター改以上の性能を誇る良い機体だ、どちらかと言えば俺向きじゃないか?と言いたくなるくらいだ。

 

 そしてフォズ大尉はメガセリオン改、ジャン中尉はジム改と現在の連邦軍機の中でもスタンダードな機体だ。言い方は悪いが俺の機体が一番ハズレに見えてしまう。

 

「……とは言え流石にクロエがそんな適当な物をくれる筈もないか。」

 

 コクピットに乗り込みコンソールを開き特殊な手順を踏む。そうすると画面にクロエの顔が映る、事前に入れられたら入れると言っていた動画ファイルだ。

 

『久しぶりねジェ……じゃなくてエイジス中尉、一応一人だとは思うけど名前は誤魔化しておくわよ。さて、貴方に割り当てたのはメガセリオンのキャノンタイプよ。なんでナイトシーカーの方じゃないんだって喚いてるでしょうけど、見る人が見ればナイトシーカーだと貴方だってバレちゃうから砲撃戦仕様にしたんだからね。逆もまた然りよ。』

 

 どうやらクロエには俺の心情がバレバレのようだ。

 

『模擬戦で貴方の射撃適正があんまり足りてないのは自覚してるわよね?及第点ではあるけどエース級と言える程でもない、だから敢えてキャノンを割り当てたわ。慣れない砲撃機で極秘任務なんて……って思うかもだけど一応リミッターを付けて敢えて機体性能を通常レベルに落としてるわ、この言葉の意味がわかるかしら?』

 

「まさか……。」

 

『その機体、そこに来る前にEC社で中の部品の入れ替えしてるから中身はかなり良い物だからね?流石に整備兵にバレない部分だけ変えてるから一線級くらいにしか出来なかったけど……。』

 

 一線級『くらい』ってなんだよ、やれるならもっとやるつもりだったのか?と言いたくなるがクロエならやるだろうな。

 

『だからもしも命の危機!ってなったら遠慮なくリミッターは外してね?昔みたいに機体が摩耗するって事はないから。後この音声は再生後自動的に消去されるわ。健闘を祈ってるわよ。』

 

 音声が切れる、クロエの配慮を無駄にしないようにちゃんと射撃適正も磨かないとな……。

 

 そうしてフォズ隊に配属された俺達はニュータイプ教団を探る為に活動を始めるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 忍び寄る影(前編)

 

 俺達が中東へ赴き早3日、敵の動向を探る為に現地の調査を始めた俺達。

 俺達はまず第一候補となる教団の拠点へ目標を定め、その進軍中に現れた先日の敵勢力の機体を調査していた。

 

「メガセリオンの方は連邦陸軍第115機械化混成部隊に配備されていた物らしい。機体内のデータに残っていた。」

 

「ってこたぁ欧州方面軍の機体だな。そっから裏切ったって事か、乗ってたパイロットのデータは?」

 

 同じ連邦陸軍所属であったジャン中尉がすぐ疑念を持つ、機体だけが奪われたのか或いはパイロットも含め離反したのか。大きな点では無いがどういう背景かは知って損はないだろう。

 

「察しの通り持ち主だったパイロットも行方不明の状態だったようだ。そもそも機体もパイロットも一年戦争時の軍事行動中に行方不明になっており死んだものとして扱われていた。」

 

「……となるとその時から既に裏切っていた事になる……?」

 

 俺の疑念にフォズ大尉は頷く。

 

「さて、難しいことは上の連中が考えてくれるが俺達も俺達なりに考えるとしよう。エイジスの言う通りこの敵はいつ裏切り、いつカルトと合流したかだ。エイジスはどう感じる?」

 

「……一年戦争当時だとするとMIAになるような軍部が状況を把握しきれないような戦いがあった筈です。欧州方面付近であった大きな戦いと言えば……。」

 

「オデッサ……。」

 

 アーニャが扮するハンナ少尉の言葉に頷く。

 オデッサの戦い。あの激戦の中であれば、どの部隊がどうなったか調べるのが難しいはずだ。

 

「察しが良いなハンナ少尉、先程言った一年戦争中の軍事行動……それはオデッサの戦いのことだ。エルラン中将の裏切りやジオンのマ・クベ大佐が使用した核の混乱であの戦いは混乱を極めた。戦後処理のゴタゴタで雑に扱われて碌に確認すらとって無かったのだろう。」

 

「あの戦いじゃ帰還報告の無かった連中は全員死亡扱いだろうな、あの時ぁ俺も戦車で従軍してたがレビル将軍のいた辺りなんてのは見るも無惨な状況だったからな。」

 

 ジャン中尉がそう言うのならそれほどだったのだろう、レビル将軍という大きすぎる存在を無くしたあの戦い……そこから別の戦いが生まれるなんてあの頃は想像もしていなかった。

 

「パイロットの生死はともかく、機体はその後カルトに流れたと言う訳だ。残骸からのメカニックの推測だが整備は最低限の調整はされている。つまりは戦後何らかのメンテナンスは受けているのは間違いないということだ。」

 

「……敵にはMS整備の技術を持っている者がいると言う事ですね?」

 

「そうだエイジス、奴らは決して素人集団では無い。MSを操れるパイロット、そしてそれを整備できる者、装備を施せる者、それらが少なくとも揃っている事は確かだ。」

 

 サンダーボルトの南洋同盟でもそうだったが、宗教から得られる富と言うのは大きいのだろうか?

 あの世界では一年戦争以前から存在していた派閥であったから下地があったという前提があるがこのニュータイプ教団はまた別だろう、そんな存在が早くから存在していたら俺が気づかない筈がない。

 

「敵の目的は何でしょうかね?連邦内から寝返るものがいるのに何が理由で裏切っているのか情報が全く流れない、これはアクシズのキシリアに寝返る連中も同様です。狙いが見えてこない……。」

 

 俺の疑念、仮にニュータイプ教団が多くのニュータイプを擁していたとして、アクシズの戦力が予想以上に残存していると考えたとして、それでも今の連邦軍を相手にするのは余りにも戦力差が大きい……。

 いや、だが第一次ネオ・ジオン抗争では戦力を温存していたアクシズはエゥーゴとティターンズという連邦精力同士の戦いで漁夫の利を得て早期に連邦の上層部の首根っこを掴む事ができた。

 

 なのでこちらを内部抗争で疲弊させ、力を削る事で同じ事を狙っているのではないか?という疑念を俺は抱いている。

 この二つの勢力が根っこでは同じものかもしれない可能性は高い。あのキシリアならそう言う策略も得意な筈だ。

 抵抗する連邦軍がいたとしても、軍の上層部や連邦政府さえ掌握してしまえば後はどうとでもなる。敵は最初からそれを狙っているとしたら……。

 

混水摸魚(こんすいほぎょ)が狙いかもしれんな。」

 

「混水摸魚?」

 

 突然難しい言葉を使うフォズ大尉に頭を傾げる、孫子とかはほんの少し知っているがこれには聞き覚えが無かった。

 

「あぁ、古代の兵法書にある言葉だ。水をかき混ぜて魚が混乱しているときに、その魚を狙って捕まえるという意味で、これを兵法として応用すると、敵の内部を混乱させて弱体化したり、作戦行動を誤らせたり、自分達の望む行動を取らせるよう仕向ける戦術だ。敵は金か何かで味方を寝返らせこちらの撹乱を狙っているのかもしれん。その後に大きな行動に出るつもりなのだろう。」

 

 成る程、やはり中から崩して行くのが狙いと考えれば良いのか。

 だが油断は禁物だな、片方はそれが狙いでももう片方は別の考えかもしれない。迂闊に決めつけてると後で痛い目を見るだろう、難しい事はアーニャや軍上層部に任せた方がよさそうだ。

 

「友好的な勢力であったのならば融和の道もあったのでしょうけど、これでは難しいでしょうね。」

 

「そもそもニュータイプ教団なんてお名前を掲げちまってる連中が連邦に友好的になるたぁ思えねえけどな俺は。見るからに嫌がらせだろあの名前は。」

 

 ニュータイプ、今やスペースノイドの革新の象徴としてアングラを始めに今や一市民にまで広まっている言葉だ。

 この歴史の中でもアムロは自身のニュータイプ論をジャーナリストに向けて発信したが、俺みたいなある程度ニュータイプに対する理解がある人間には通じても英雄的解釈を求めた大衆にはアムロの言葉は抽象的な話過ぎて理解を得られていなかった。

 大衆の中では既にニュータイプとは宇宙で新たに目覚めた革新を起こす者、英雄となる素質の持ち主として認識されているのが今や現状なのだ、だからこそこのニュータイプ教団と名乗る組織はその言葉を狙って付けている以上人と分かりあう事を良しとした者たちであるとは言い難い……。

 

「まぁここまで色々な御託を並べたがこれくらいしか俺達では考える事は出来ん、奴らの思惑はそれ以上かもしれんし、或いは贅沢な限りを尽くせれば良いだけの下衆かもしれん、何にせよ任務を遂行する事だけに集中するとしよう。」

 

「そうですね、敵の考えはいずれ分かる……。」

 

 フォズ大尉の言葉に頷く、その直後隊の無線機に通信が入る。

 

《こちら作戦司令部。フォズ隊へ、次の作戦行動が決まった。ブリーフィングルームに至急集合せよ。》

 

「こちらフォズ隊。作戦司令部へ、任務了解今すぐ向かいます。」

 

 次の作戦が決まったようだ、俺達は急ぎブリーフィングルームに向かう。

 

《こちら指揮管制機ノーマッド、先日の戦闘から得られたデータで敵の拠点の一つが発見できた。目標としている人物が潜伏している可能性は無いが、そこから得られるデータを収集し敵勢力の情報をアップデートする。フォズ隊は作戦時刻2000(フタマルマルマル)に敵拠点を強襲し敵に繋がるデータを回収せよ。なおデータの回収という観点から敵拠点の破壊は最小限に収めよ、以上だ。》

 

 通信が切れるとフォズ大尉は「ふぅ」と息を吐く、ジャン中尉に至っては溜息を吐いていた。

 

「敵拠点の破壊は最小限だとぉ?上の連中はこの戦力でそんな芸当をやってのけると思ってんのか?」

 

「やれると思っているのだからそう言っているのだろう、文句は言うなジャン中尉。俺とて思っていることは同じだ。」

 

 特務に選ばれたパイロットだ、上からしたらやってのけると思うのだろう。

 

「愚痴っていても仕方がないですね大尉、どの様なプランで制圧しましょうか?」

 

 アーニャが大尉にそう問い掛ける、アーニャにも考えがあるだろうが今は形式的に上官の考えを聞く場面だろう。

 

「……そこが難点だな。敵の戦力が掴めない以上、正面突破はやめた方が良いだろう。」

 

「となると奇襲しかねぇな、戦力的にもその方が良いだろ?」

 

 ジャン中尉の提案にフォズ大尉が頷く、少数戦力である以上普通に戦うよりは奇策を用いて攻める方が良いだろう。そこはアーニャも同じであったのか頷いている。

 

「ミデアからジェットパックを利用して高高度による強襲をかけるのはどうでしょうか大尉?」

 

 アーニャが奇襲の策を提案する、既にジェットパックを使用した降下作戦などは戦術が確立されており昔俺達がやったパラシュート降下も含めて今では然程珍しい作戦ではない。

 

「……無謀だな、敵拠点の対空迎撃能力が分からない以上不用意に上空から奇襲を掛けては蜂の巣にされかねん。」

 

 相手も何も備えていない訳でもないだろうし確かにその懸念は最もだ。アーニャもそれくらいは分かっているとは思うが……。

 

「はい。ですから私単騎で降下し、大尉達はその間に照明弾で敵拠点を照らしエイジス機のキャノンで対空砲を狙い撃ち対空能力を無力化、私は上空から敵MSの格納庫など敵戦力が集まっている所を狙撃します。ナイトシーカーの機動力ならこなせる筈です。」

 

 簡単に言ってくれる……まぁアーニャの実力ならやってやれない事はないが……、俺に対空砲を撃破しろと言うのは流石に無理難題だろ……。

 と思っているとコチラを見てフッと笑うアーニャ……ハンナ少尉がいた。これは……煽っているな?

 

「特務で呼ばれている私達です。これくらいの事も出来なければどの道この任務を熟す事など無理だと上からは思われます。」

 

「威勢の良さは命取りになる。……だがこれくらいは俺達であれば威勢にすらならないと言う事だなハンナ少尉?」

 

 フォズ大尉もアーニャが無謀な策を出しているとは思っていないようだ。実力があるからこそやれるという自信はアーニャにもフォズ大尉にもあるのだろう。

 

「よし、ハンナ少尉の策を採用する。作戦開始と同時にハンナ機はミデアから降下、俺達は拠点前の高地に陣取り作戦開始と同時に照明弾を放ち敵を視覚的混乱に至らせハンナ機へ注意が行かない様に即座に砲撃を開始する、その間にもハンナ機は可能な限り軍事施設への攻撃を放ってもらう。良いな?」

 

「俺ぁ問題ないぜ。」

 

「……自分も問題ありません。」

 

 アーニャの事は心配だが露骨に心配するとバレる可能性もある、アーニャ自体も自信はあるからこそ言ってるのだろうからもう口出しはしない方が良さそうだ。

 

「よし、では作戦時刻まで各自休息を取れ。解散。」

 

『了解!』

 

 作戦会議は終了し各々独自の行動に移る。俺は取り敢えずMSへと向かった、作戦前は機体の状況を確認する、今では日課になっている行動だ。

 

「この前の戦闘データから射撃補正を調整して……。」

 

 ミリ単位とは言わないまでも照準と誤差が少なくなるように補正をかける。作戦が作戦だ、アーニャを危険には晒したくない。

 

「子供達に母親がいなくなった理由など説明したくもないからな……。」

 

 子供達は俺の帰還後マハル孤児院から早期に宇宙へと移り今はペズンから近い旧サイド6、現在の新サイド5にあるEC社支部の近くにあるエルデヴァッサー家の別邸で養育している。

 任務が無い時はほぼ毎回そこに戻っており子供達の面倒を見ている、物心も付き初めて時折手に負えなくなる事もあるがそれでも天使の様に可愛い我が子達だ、目に入っても痛く無いと言う言葉の意味がわかるくらい輝かしい存在だからこそ悲しませたくはない。

 

「精が出ているわねエイジス中尉。」

 

 MSの調整をしているとハンナ少尉……アーニャがコクピットの外から声をかけてきた。今は周りの目があるので迂闊にアーニャとは呼べない、顔は変装しているとはいえアーニャはアーニャなのだからうっかり口を滑らせてしまいそうなのが怖い。

 こういう任務は本来俺向けじゃ無いってのがよく分かる。

 

「えぇ、拠点の対空兵器を狙撃しろと言われていますからね。責任重大じゃないですかそれって。」

 

 この任務前に割り当てられないエイジス中尉の設定は一年戦争末期に士官学校を卒業、そのまま少尉任官で星1号作戦に参加しその後はテストパイロットとしてルナツーで訓練している気さくだが生真面目な士官という路線らしい。なのでそういう真面目な青年を演じなければならない、ぶっちゃけ疲れる……。

 

「期待していますよ中尉、背中は預けましたから。」

 

 そう言いながら手を振りすぐに去ろうとするアーニャ、しかしその前に口パクで何か呟いている……これは。

 

 信じてますからね。

 

「……。」

 

 期待に背く訳には行かないなこれは。俺の為にもアーニャの為にも子供達の為にも。

 

 

 

 そして時は過ぎ、作戦開始の時刻が目前にまで迫ってくるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 忍び寄る影(後編)

 

《マモナク サクセンカイシジコク ケントウヲ イノル》

 

 アーニャが搭乗しているミデアより更に上空からこちらの動きを見ている指揮管制機ノーマッドから通信が入る。

 指向性を持たせたミノフスキー通信なので傍受の可能性はない、簡素とは言え俺達に気を遣っているのがよく分かる。

 

「作戦開始5分前、時計合わせ。」

 

 フォズ大尉の指示に合わせ時計を合わせる。

 

「ハンナ少尉の降下を確認後照明弾を放つ。エイジス機のキャノンと共に俺達もバズーカを放つが砲撃機ではない以上精度は見込めん、お前の腕が頼りだぞエイジス。」

 

「分かっていますよ、むざむざ彼女に死んでもらうつもりもありませんからね。」

 

 というか死んでもらったら困るので全力でやらせてもらうつもりだ。

 

「敵の総力は未知数だ。ハンナ機の降下後は即座に敵を制圧する、一瞬たりとも手を抜くなよ。」

 

「あいよ!やっこさんらの実力を確かめるのにも丁度良い、このしょっぺえ拠点に案の定旧型しか集められねえ連中なのかそれともこんな場所でも一線級のMSを持ってるかどうかも分かりゃ御の字だ。」

 

 この数日関わっていて思うのだがジャン中尉は普段の口調からは思えないほど洞察力が高い。……不良軍人らしく振る舞うのは何か理由があるのか、それともそうする事で気が紛れるのか……。

 

 っと、今はそれを気にしている場合じゃない。アーニャの援護をしっかりとやらなければならない……落ち着け……落ち着け……。

 

 キャノンの照準を遠くから見える敵の軍事施設へと向ける。

 軍事施設と言っても大規模な物ではない、恐らく一年戦争中に放棄された中継基地を改修し自然を利用して外観を少しカモフラージュしているくらいの施設だ。

 だがたった4機の俺達では難攻不落の要塞とも言える難易度になりかねない、この先制攻撃でどれだけ基地の機能を無力化できるか……。

 

 そう思うと途端に嫌な汗が出る、これは強烈なプレッシャーだ……。責任重大というレベルではない。というか作戦前にこんな緊張してて大丈夫なのだろうか。

 

 いや……自分を信じろ、ヴァイスリッターやアルベドに乗っていなくとも俺は十全にやれる……エースにも引けを取らないと信じるんだ。

 

【信じていますからね。】

 

 ……そう、信じる者の為に俺は戦うのだから。

 

「作戦開始時刻2000、ミッション開始だ!エイジス!」

 

 作戦開始と共にフォズ大尉の放った照明弾が敵拠点を照らし出す、その時電流が走るような閃きと共にアーニャの『気』とも言える感覚を掴み取る。

 

「俺にやって見せろって事だろアーニャ……!……視える……ッ!」

 

 まるでアーニャから視点を受け取るように捉え、研ぎ澄まされた感覚は敵の対空砲の位置を機体の照準とリンクさせる。

 

「当たれぇぇぇ!」

 

 放たれたキャノン砲は敵拠点の対空砲に当たり大きな爆発が起こる。

 

「ヒューっ!やりやがった!やるじゃねぇか!」

 

「全機突撃!敵拠点を無力化しろ!」

 

『了解!』

 

 機体をフルスロットルで動かし拠点へと向かう、無理はするなよアーニャ……!

 

 

 

ーーー

 

 

 

『間も無く敵拠点上空を通る、作戦開始時刻と共にハンナ機は降下を開始せよ。』

 

「了解。」

 

 ミデアの後部ハッチの減圧が終わりハッチが開く。この光景を見るのは一年戦争以来2度目だ、思えばあの頃よりだいぶ遠くに来てしまったと実感する。ほんの数年前の出来事ではあるがもう何十年も前のように感じてしまう。

 

 ……敵の思惑を知るための今回の任務、敢えて一番手となるこのポジションを選んだのは敵拠点へのダメージを最小に抑えるため、自分の手で最低限の行動は済ませたいと思ったからだ。

 フォズ大尉やジャン中尉を信用していない訳ではない、二人とも特務に選ばれるだけあってその実力は私達にも引けを取らないだろう。

 しかしパイロットの腕だけが全てではない、政治の面でも私はこの教団の内情を知らなければならないのだから。

 

「ジャミトフ・ハイマン……彼が本心のみでこの教団の動きを阻止しようとしている訳でもないでしょうしね。」

 

 ジェシーから聞いた本来の歴史の流れ、混乱を避ける為に唯一私だけに教えてくれた彼がこの世界にこなかった場合の世界線。

 その歴史では彼は地球保全のために敢えて地球圏を混乱させるようにアースノイドの過激派を集めて勢力を立ち上げた、この世界でもそうなる可能性はあるし、もしかしたらそうならない可能性もある。

 

 彼の行動の真偽が見えない以上、彼の言葉全てを信じるわけには行かず、自分の目で把握しなければならない。

 私達の子供達が……未来を生きる世代が安心して暮らせるように。

 

『作戦開始まで残り10秒、少尉の健闘を祈ります。』

 

「ありがとう、行ってくるわ。」

 

 真下に見える敵拠点は何の警戒もしていない、それは彼らの練度を示すものか或いは此方を誘っているのか、それは今に分かる。

 

『作戦時刻2000、作戦開始です少尉!』

 

「了解、ハンナ・エリシュ少尉。メガセリオンナイトシーカー、降下を開始します。」

 

 機体を降下させ気流に乗る。ジェットパックの噴出はまだだ、敵に気取られる訳にはいかない。

 目前に薄暗く見える対空砲を見つける、アレに狙い撃ちされればこの機体など一溜まりもないだろう。

 

「……私を護りなさい、ジェシー。貴方は私の騎士なのですから。」

 

 強く彼を信じる。疑ってなどいない、彼は私を……私の期待を裏切ることはない。

 

 直後敵基地から轟音と共に爆発が起きる、対空砲はキャノンの直撃を受けて大破した。その直後照明弾が放たれ基地は無防備な姿を曝け出す。

 

「機体のモニターを対閃光用モードに移行、……視える……!」

 

 敵MSが格納されているであろう敵拠点のハンガーへ狙撃を仕掛ける、使用しているライフルはジムスナイパーⅡにも使用されたロングレンジ・ビーム・ライフルだ、性能は十分に高い。

 ジェットパックのブースターを噴出させ、狙撃体勢を確保する。

 

「……そこっ!」

 

 放たれたビームはMSハンガーに直撃し爆発が起きる、直撃はさせた……しかし……。

 

「爆発の規模が小さい……!MSは殆どいないのか……或いは……!」

 

 その場所には多くのMSを置いていないのかのどちらかだ、敵が油断しているのなら良いが、そんな期待を今持ち合わせてはいけない。

 

「ならば、やれるだけやらせてもらいます!」

 

 中枢と思われる司令部以外の目立つ施設へ攻撃を開始する、降下中どれだけダメージを与えられるかで合流後の戦闘の難度が変わる……慎重に狙わなければ……。

 そして更に二発、拠点への攻撃をした所で敵もこちらを視認したのか歩兵用装備や隠れていたトーチカからの攻撃が始まる、こうなっては回避に専念するしかない。

 

「せめて……!」

 

 ジェシー達の進軍ルートの邪魔になるトーチカを狙い撃つ、これで進軍がし易くなる筈……、……!?

 

「何……!?この感覚は……!?」

 

 ザラっとした感覚が纏わりつく、殺気とも闘志とも違う表現し難い感情の波。

 それが敵拠点から放たれているのを感じる、これは……?

 その感覚に戸惑っていると、目の前にビームが放たれているのが分かった。

 ───直撃!?

 

 

 

ーーー

 

 

「ヒューっ!あの女もやるじゃねぇか!降下中の射撃だって言うのにどんどん火の手が上がっていきやがる!」

 

「大口を叩くだけはある、やはり特務に選ばれるだけの人材と言うわけだ、こちらも素早く合流するぞ!」

 

 降下後のアーニャの行動に驚く二人、俺からすればアイツならこれくらいはお手のもの……と言うか本職発揮と言うべきだ。空中での射撃はフライトユニット装備のガンダムルベドで何度も経験しているだろうから降下中とは言え誤差を考慮しての射撃はどんなエースよりも的確だろう。

 

「だが……何を焦っているアーニャ。」

 

 小声で呟く、射撃の頻度が高い。もしも敵に余力があるのならここで全力を出し過ぎるのは良くない、それに照明弾で視覚をある程度は塞がれているとは言え何かを焦っているように俺には見えた。

 キャノンによる砲撃で敵の無力化を図る、幾つかのトーチカを破壊して厄介な所に構えられたトーチカを確認する。

 

「チッ……!射角が合わない……!」

 

 砲撃機はこういう時が融通効かなくて厄介なんだよ……!と思っていると上空からビームが放たれトーチカを破壊する。

 

「……流石だよやっぱり。」

 

 その腕前に感心し上空から彼女を確認する。

その時だった。アーニャのナイトシーカーへ、一直線にビームの光が向かう。その直後大きな爆発が起きる。

 

「な……!?」

 

 一瞬何が起きたのか理解出来ずにいた、いや理解したく無かっただけだ。全身の血の気が引くのが分かる。

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

 絶叫を上げる、まさかアーニャが……撃墜されるなんて……!嘘だ……こんなの嘘に決まっている……!

 

「落ち着けエイジス!爆発したのはジェットパックだ!ハンナ機は自力で降下している!気を抜くな!」

 

 フォズ大尉の言葉にハッとする。

 大きな爆発はジェットパックの推進剤によるもので機体の爆発ではないと気づく、あの一瞬でジェットパックを射出したのかアーニャは……。

 

「だ、だが……一体誰だ……!?アーニャを相手に直撃コースを狙える相手なんて……!?」

 

 俺もアーニャも、自分で言うのはなんだがパイロットとしての格は中の上か上の下くらいはあると自負している。

 そしてアーニャは俺と違って天然のニュータイプ能力のセンスがある、そんな彼女を相手にあれだけ正確な攻撃を行える相手なんて……嫌な予感が過ぎる。

 

「このまま敵基地内部に侵入しハンナ機と合流する!フォーメーションを崩すなよ!」

 

「……!了解!」

 

 今はフォズ大尉の指示に従い動くしかない、独断専行する訳にもいかないし俺単騎でやれる事など限られている。

 

 散発して現れるザクを撃破していく、アーニャがMS格納庫を攻撃したおかげでまともな敵機は殆ど現れていない。

 ……だが、これが敵の本命では決してないだろう。本当に警戒すべき相手はこの基地の何処かにいる筈だ。

 

 そして敵基地深く、アーニャのナイトシーカーの信号が発信されている場所まで辿り着く。

 そこにいたのは、アーニャと攻防を繰り広げている敵のMS、その姿に……。

 

「なんだ……!?あの機体は……!まさか……!」

 

 フォズ大尉が驚きの声を上げる。

 

「……なんてこった……連中は一体……!」

 

 ジャン中尉も同じ様に驚く。そしてそれは俺も、アーニャも同じであった。

 

「あれは……()()()()!?」

 

 ツインアンテナにツインアイ、その特徴的なデザインは間違いなくガンダムのそれだった。

 だがその姿はどちらかと言えばジオン寄りにも見えるし、かと言ってジオン系を吸収した連邦製とも取れる造形である。一体このMSは……!?

 

「敵のガンダム!貴方は一体何者なのですか!名を名乗りなさい!」

 

 アーニャ扮するハンナ少尉が声を上げて通信をしている、相手がそう簡単に応じるとは思えないが……と思いきやその言葉のすぐに敵は返答を返した。

 

『名前……?()()に名前などない。我らは神に従う者、そしてこの機体こそが我らを新世界へ導く。』

 

 無機質な声、そして戦場で相対しているにも関わらず、ヒリつく様な殺気を感じずまるで人形を相手しているかのような感覚に襲われる。

 

「新世界だと……?」

 

 それが何を意味するのか分からないが、碌なものではないのは確かだ。

 敵の思惑は分からないが……今は倒すしかない筈だ。

 

「答えるとは思えんが敢えて聞こう!そのガンダムはなんだ!何処で手に入れた!」

 

 フォズ大尉の怒号にすら変わらず無機質な声で敵は返答する。

 

『知らぬのなら答えよう、我ら()()()()の剣であり盾であり、そして神より承りし我らが魂の依代、()()()() ()()()()()。』

 

「ガンダム……レギオン……!?」

 

 俺の知らないMS、そして俺の知らない存在達が駆る謎のガンダム……。

 いつの間に忍び寄っていた新たな戦乱の影の存在を、俺は今日実感する事となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 ガンダムレギオン

 

「何をボケっとしてやがるテメェら!ガンダムっても敵ならよぉ!」

 

 ジャン中尉が言葉と共に攻撃を仕掛ける、ジム改のマシンガンが敵のガンダムへと向かうが後退され回避される。

 

「動きが速い!エイジス、ジャン中尉を援護しろ!」

 

「……!了解!」

 

 こちらもマシンガンを構え攻撃を開始する、ジャン中尉の攻撃に合わせ敵の回避先へと攻撃の先手を打つつもりで放つが……。

 

『甘い。』

 

 ガンダムは上空に跳ね上がり回避する、その機動力はガワだけがガンダムではないと証明するように高かった。

 

「しかし……!上空に上がってしまえば!」

 

 アーニャのナイトシーカーも敵の動きに合わせ上空へと舞い上がる、ナイトシーカーの機動力なら上空でも相対できるし、何より上昇したMSは行動に限りがある、援護射撃もより正確にできる筈だ……!

 

『甘いと言っている。』

 

「な……!」

 

 ビームサーベル同士の鍔迫り合い、敵のガンダムはブースターの出力を上げナイトシーカーを圧倒していく。

 

「ナイトシーカーが……パワー負けを……!」

 

 アーニャの驚きに俺も同じく驚愕する。

 出力だけならヴァイスリッターすら凌駕するナイトシーカーをまるで苦にしていない、何なんだこの機体は……こんなレベルの機体をどうやって……!

 

「これ以上やらせるかぁ!」

 

 メガセリオンキャノンのありったけの火力を放つ。腕に持ったマシンガンと肩部キャノン砲、そして胸部ミサイル。

 過剰と言われようとあの機体は怪しすぎる、パイロットもだ。

 生かしておくとマズい、そんな予感がある。

 

「当たれぇぇぇ!」

 

 放たれた砲撃の嵐はガンダムレギオンと呼ばれる機体へと一直線に向かう。

 だがキャノンやミサイルはまるで弾道を読んだかの如く回避され、マシンガンは致命打にならないように防御される。

 この先読みする行動力……!

 

「ニュータイプだとでも言うのか……!?」

 

「ニュータイプだと!?流石に冗談だろ……!こうなったらよぉ!」

 

 ジャン中尉はマシンガンを乱射しながらガンダムを後退させるとハンドグレネードを投げる。

 

「スモークだ!今の内に基地の制圧を急ぐんだよ!こんなのをわざわざ相手にする必要はねぇだろ!」

 

 ……!そうだ、俺達の主任務はあくまで基地の制圧だ。ガンダム一機に構っていては敵に立て直しの手段を与えることになる……だが……!

 

「あの機体を無視して基地の制圧なんて出来るんですか!?」

 

「……ッ!」

 

 こちらが引いた所で敵が素直に逃してくれるとは思えない、奴らからすれば自分達の拠点が制圧されるのを指を咥えて見る理由なんてないからだ。

 

「ジャン中尉!スモークはまだあるんですか!?」

 

「あぁ、まだまだ残ってるがそれがどうしたってんだ!?」

 

「自分に全部渡してください、此処は自分が引き受けます!施設を傷付けずに拠点制圧するにはキャノンの火力は不向きです、それなら自分が……!」

 

「無茶です!そんな旧型の機体では……!」

 

 心配し声をかけてくるアーニャ、だが俺も無策ではない。

 

「その為のスモークです!これなら敵の目を撹乱しつつ攻撃できる、その間にみんなで拠点制圧を!敵も拠点が制圧されては防衛する理由もなくなるでしょう!」

 

「……エイジスを信じるしかない、俺達にはやらねばならん任務がある。だがエイジス……!」

 

「えぇ、死ぬつもりはありませんよ!さぁ早く!」

 

「各機!フォーメーションを組み直し速やかに敵中枢を確保する!ここは任せるぞエイジス!」

 

「くっ……無事を祈りますエイジス中尉……!」

 

 陣形を組み直し三機で突入していくアーニャ達を見送る、そして深呼吸。

 ……ここからが本番だ。

 

「全力でやらせてもらうぞ……!」

 

 メガセリオンキャノンに仕掛けられていたリミッターを外し、各種機体パラメータを使い慣れた仕様に変更する。

 これで見た目はキャノン仕様だが生半可な汎用機よりは動く様になった。

 

『仲間を逃したか、余程自信があるようだな。』

 

「あぁ、逃げるなら今のうちだぞ?」

 

『面白い、我々にどれだけ足掻けるか見せてもらおう。』

 

 ガンダムはサーベルを抜きこちらに急接近する、それに合わせるようにこちらもサーベルを抜く。

 

『ほう、一騎打ちに応えるか。』

 

「あぁ……だが!」

 

 左右に細かくステップを刻み動きを撹乱させる、地上戦で俺が得意とする戦法だ。これを抜ける相手は早々いないぞ……!

 

『成る程、エース級と言うわけか。面白い。』

 

 一気に間合いを詰めサーベルで死角から切り込む、これなら……!

 

 

『並のパイロットとMSなら、今の攻撃で撃破されている訳か。砲撃機でその機動力、そして並のパイロットなら失神するレベルの負荷の掛かる戦闘機動、お前も()()寄りか。』

 

「なっ……!防がれた……だと……!?」

 

 渾身の一撃が難なく対応されてしまう。

 それに今の言葉……コイツ……まさか……!

 

「貴様……強化人間か!?」

 

『強化人間……?違うな、我らは神に認められた超越者、レギオン(軍団)であり世界を一度闇に包むレギオン(悪霊)。』

 

「意味のわからないことを!お前達の目的は何だ!誰の差し金で何をしている!」

 

『貴様らには理解できんよ、我らを敵と勝手に決めつけ、そして身勝手にも攻撃をしてきた貴様らにはな。』

 

 何度かの剣戟、手応えが無さすぎる。まるで柳を相手にしてるかのように奴からは殺気や闘志と言ったMSパイロットと戦う時に感じる独特の感覚が感じられない。

 だがここで奴を倒せば、機体も組織のことも掴める。やるしかない。

 

「くらえ!」

 

 再度スモークグレネードを複数個投げる、これで敵は堪らず動き始める筈だ。

 煙幕が不自然な流れになったらそこに一斉射撃を喰らわせてやる……!

 

「……。」

 

 動きが無い、俺の狙いは読まれているのか?それはそれで好都合だ、煙幕が晴れる瞬間を狙って即座に撃ち込んでやる。

 一年戦争時から集中力だけは自信がある、奴より先に先手を打ってやる。

 

「……。」

 

 徐々に煙幕が晴れる、そして微かにガンダムフェイスを確認すると同時に一気に間合いを────

 

『一手、遅かったようだな。』

 

「──なっ

 

 言葉を言い終わる間も無く、頭部を切り落とされる。

 急いでサブモニターに切り替え対応しようとするがこちらが身構える間も無く一気にサーベルを持っていた右腕までもが切り落とされた。

 

「くっ……!?」

 

 やられる……!間違いなく……!グレイやアーウィンと言った猛者達よりもコイツは強い……!死を覚悟したその時だった。

 

「ジェシー!」

 

「あ……アーニャ……!?」

 

 ナイトシーカーがこちらへ向かいガンダムへ攻撃を仕掛ける、俺を撃破する寸前でガンダムは後退し様子を窺っている。

 

『ほう、もう援護に戻ってきたか。その理由を知りたいところだな。』

 

「ジェシー!モニターは生きているのですか!?ここから急ぎ撤退をします!」

 

 アーニャは慌てている、短距離通信とは言え俺の名前を普通に呼ぶのだから相当だ。一体何が……。

 

「落ち着け!()()()少尉!任務はどうなっているんだ!?」

 

「……!……エイジス中尉!この基地は間も無く自爆します、急ぎ撤退を!退却ルートはフォズ大尉達が確保しています!」

 

「自爆……!?」

 

『ほう、()()()に早々に気付くとは優秀な人間がいるみたいだな。』

 

「仕掛けだと……!?」

 

 なんだ……奴らはまさか俺達が襲撃してくると分かっていたとでも言うのか……!?

 

『また会おう連邦のパイロット、お前達にその資格があるのならそう遠くない内にまた会えるだろう。』

 

「な……逃がすか!」

 

「ダメです!今は撤退を!時間がないのですよ!それにその機体ではもうまともに戦えません!」

 

「くっ……!」

 

 悔しいが俺の完敗だ、だが……次こそは奴らの狙いを突き止めてみせる……!

 

 

 

ーーー

 

 

  新サイド5、EC社支部。その主計局長室に約1ヶ月におけるペズンの視察を終えた一人の男が入室する。

 

「只今戻りました局長。」

 

「お疲れ様ですわアルベルト、首尾はよろしくて?」

 

「えぇ、クロエ技師長には戸惑われましたが彼女はそれよりグノーシスの量産化不決定の方に気を取られていたので。」

 

 アルベルトはEC社主計局長のアレクサンドラ・リヴィンスカヤに一つのファイルを手渡す。そこにはあるMSの基本構造から詳細な設計図までがズラリと並んでいた。それを受け取るとアレクサンドラはソファーに座りそこにアルベルトも同席させる。

 

「ありがとうアルベルト……(わたくし)の我儘に付き合わせてしまって。」

 

「いや僕はアレクサンドラさんの為なら……、しかし本当にアンナさん達には伏せていた方が良いのかなこの件は……。」

 

 先程の上司と部下の話し方から、フランクな物言いに変わる。これが本来の二人の話し方なのだろう。

 

「仔細は情報が確定してからでないと余計な心労をアーニャ様達にかけたくはないのです。」

 

「せめてクロエ技師長には説明しておくべきだったのでは?彼女の知見が役に立つでしょうこの件は。」

 

「それは私も思いました。しかし事が大きくなった場合に彼女では責任が取れませんわ、それにあの人はEC社よりもアーニャ様達の盟友となって支えてもらうべき立場……何かあった時に責任を取るのは私だけで良いのです。」

 

「……だからこの情報を手に入れたのか、何かあった時に一人で責任を取るために……。」

 

「やはり察しが良いですわね貴方は、この任も何も言わずにやってくれましたし。」

 

「僕は貴方に拾われたから今の立場がある、だから貴方の為に身を粉にしようと思ってるだけだよアレクサンドラさん。」

 

 真剣な眼差しでアレクサンドラを見つめるアルベルト、その姿にフッと彼女は笑う。

 

「貴方はもう少し自己評価を上げるべきですわね、私が拾わなくともアーニャ様は貴方を見出し今と同じ地位に立っていた筈ですわ。」

 

「そんなことは……。」

 

「さて、今はそれよりも本題を進めましょう。……この件を野放しには出来ませんからね。」

 

「……確かに。」

 

 二人は持っていた端末を開くと一つは先程のMSのデータを移し、もう一つの方でアマテラス級旗艦アマテラスに搭載されているAI『メルクリウス』に遠隔でアクセスする。

 

「さて……どうなる……。」

 

 アルベルトは息を呑む、今から起こることはEC社の、そしてアンナ・フォン・エルデヴァッサーの進退に関わるかもしれない大きな案件となるのだ。

 

 

【ガンダム ニグレド】

 かつてペズンでアーウィン・レーゲンドルフによって起こされた事件により一時奪われたMS、そしてその際彼によってハッキングされ流出した基礎設計図と、奪われた基礎フレームのみ完成した機体本体。

 それは後に非公式ながらアナハイムで装甲を変え、そして一年前のデラーズの叛乱で最終的にレイ・レーゲンドルフから返却されリング・ア・ベル隊で再び運用されることとなった機体だ。

 

 今問題となっているのはそのペズンで事件が起きた際に流出した基礎設計図、恐らくアーウィン・レーゲンドルフか彼を手駒にしていた連邦軍高官が所持していたもの、それが関わっている。

 

 

 

 アレクサンドラ・リヴィンスカヤは自身の持つ情報網でとある話を聞いた。

 それは『EC社製のMSの設計図が、とあるテロ組織に使用された可能性がある』との報告だ。

 そして今回その疑惑のMSの外観、そして戦闘記録の映像を手に入れた。それをメリクリウスに読み込ませ判別を行うことにしたのだ。

 この数年、連邦軍内部のゴタゴタは増している。ジオン残党やアクシズと手を組む者や愚連隊となり略奪を働く者達、組織的なのか個人的な動きなのかの違いはあれど想像以上に治安維持の状況は悪化している。

 そしてその離反者から軍の機密が漏洩していく、雑兵ならまだ良いが下士官や士官、技術士官など一個人というレベルでは済まない人材が離反すれば大きな損失を生むリスクがある。

 

 デラーズ紛争の折にアーウィン・レーゲンドルフはデラーズ・フリートに最終的に寝返る形となった、勿論それ以前にニグレドの設計図が奪われているのでジオンではなくアナハイムなどにも渡りそれが使用された可能性もある。

 だからこそ、この問題はEC社のスキャンダルに繋がる可能性がある案件だった。

 

 あの件は色々な思惑が絡んでいるせいで設計図が奪われた事で大きな責めを受けることはないだろうとはアレクサンドラは思っていた、迂闊に連邦がこの件で我が社を責めれば連邦軍がニグレドを無断使用した件やアーウィン・レーゲンドルフのことで反証される可能性もあるからだ、連邦とて迂闊に藪蛇を突きたくないだろう。

 だからと言って、そのまま無視することもアレクサンドラにはできなかった。何かあった際にはアーニャを守らなければならない。その使命があったからだ。

 

『データの照合が完了しました。』

 

「……!結果は……結果はどうなった!?」

 

 慌てるアルベルトにメルクリウスはありのままを伝える。

 

『まず第一に、あくまで私の出す結論は設計図から得られるデータによりMSがどのような動きをし、どの様に機動するかを既に蓄積されているデータから算出し導き出しているとの前提を忘れないでください。』

 

「構いませんことよメリクリウス、何も100%の判別をしろと言っているのでは無いのですから。」

 

 とは言ってもこれから導き出される結論は殆ど間違ってはいないだろう。

 MSは使用された機材、OS、モーションパターンなどで機体ごとに特有の細かな癖がある。

 それは余程のパイロットやメカニックで無ければ分からないレベルのものではあるが、構成されているパーツが異なる機体同士では同じ挙動や行動を取っても100%同じモーションにはならない、使用されているものが違うのだから当たり前だがそれにより内部構造が同じパーツを使用した機体であるならば完全に一致とはいかないが70〜80%は同じ挙動をするだろうとアレクサンドラは踏んでいた。

 だからこそ、この機体がニグレドの設計図を流用していたものであるなら一つ一つの動きにニグレドの癖が見受けられるはずだ。

 

『では結論を申し上げます、この機体の戦闘記録から得られたモーションパターンはEC社に記録されているガンダムニグレドのモーションパターンの76%が類似しています。戦闘記録から得られた外観からはジオンにも見受けられる機体に見えますが流体パルスシステムではなくフィールドモーターシステムの挙動音が確認される事からこの機体は連邦軍製、或いは連邦系の技術が使用されている可能性が大きく、それを踏まえてもガンダムニグレドの設計図が使用されている可能性が高いです。』

 

「……っ。」

 

 アレクサンドラもアルベルトも息を呑む、目の前に映っているガンダムは紛れもなく連邦軍に対する『敵』が使用しているMSだ。

 それがどうやってガンダムニグレドの設計図を入手し、そしてそれをどうやって完成させたのか、それを想像すると頭が痛くなる。

 

「ひとまずは各方面に根回しの準備を、この機体がニグレドの設計図を使用したと分かれば其処を狙う政敵は必ず出てくるでしょう。その際に味方となる者を増やさなければなりません。」

 

「アンナさんを支持、或いは中立の立場にいる軍関係者は僕が折衝するよアレクサンドラさん。貴方は財界関係の方を。」

 

「ごめんなさいアルベルト、迷惑をかけてしまいますわね。」

 

「頼ってくれて構わない、僕はそう思っていますよアレクサンドラさん。さあ、手は早く打ちましょう。」

 

 アルベルトは急いで各方面のアポイントメントを取り始める、最初にあった時に感じた弱弱しさなどない頼もしい殿方だ……そうアレクサンドラは感じながら同じように財界関係者にアポイントメントを取る。

 視線の先には先程見ていたガンダムの姿があった。

 

 

 

 彼女達はまだ知らない、そのガンダムこそ今ジェシー・アンダーセンやアンナ・フォン・エルデヴァッサーが戦っているガンダムレギオンだという事に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 疑念

 

「だからよお!誰が俺達の命を狙ってたのか知ってんじゃねえのかテメェらは!?えぇ!?」

 

 俺達を回収したミデアの中で、指揮管制機ノーマッドに通信し怒声を浴びせているのはジャン中尉だ。先程からずっと興奮状態で喚き散らしている。

 

「落ち着けジャン中尉、ノーマッドは何も知らん。」

 

 フォズ大尉が嗜めるが、効果は薄かった。

 

「何処にそんな証拠があるってんだ!俺達はハメられたんだぞ!?」

 

 ジャン中尉が怒っているのはこの敵基地強襲作戦が敵に察知されていた事が原因だ。

 俺がガンダムレギルスというガンダムと相対し、三人と分かれた後でフォズ大尉達は基地内部に侵入する為、フォズ大尉が先行し基地中枢へと向かった。

 しかし敵の迎撃は殆ど無く容易に中枢へと辿り着くと既に自爆の準備が進んでいたのだ、大尉達は基地の制圧を諦め退路を確保するために動き、そして俺の所にはアーニャを派兵した。それが先日の戦いの流れだった。

 

 ここで問題なのは『敵はそもそもこの基地にまともな兵力を置いておらず、俺達が攻撃して来たから基地を放棄して自爆する為に動いた』のか『俺達が来る事を事前に察知して最低限の兵力を残し怪しまれずに侵入した所で基地を自爆させ一網打尽にするつもりで動いた』かだ。

 

 前者の可能性も無いとは言えない、対空迎撃やトーチカなど防衛設備は働いていた。

 だが後者の方が圧倒的に説得力のある状況なのは間違いない、防衛用のMSはガンダム以外は雑魚と言っても良い戦力、そしてガンダムに乗っていた奴の言っていた『仕掛け』という言葉。

 最初から俺達は嵌められていたと想定した方が分かりやすい状況だ。

 

 だが、そうなると出てくるのは『何故俺達の行動がバレていたか』だ。

 俺達は特務部隊、連邦軍ですらその動きを知る者は少なく限られた者しか内情を知らない。その俺達の動きがバレていたという事は……。

 

「指揮管制機にいる連中じゃねえって事はそれより上か!俺達の中にスパイがいるかのどっちかしかねぇじゃねえか!?アァ!?」

 

 ……そう、疑うべきは内部のスパイ、味方が裏切り敵に情報を送っている可能性……。

 

「落ち着けと言っているんだジャン中尉!今味方を疑ったところでどうにもならんのは分かっているだろう!」

 

 フォズ大尉がデスクを叩き怒鳴る、現状仲間を疑った所でどうにもならないのは事実だ。情報も何も無い今はただ勘繰り合うことしかできないのだから。

 

「しかしジャン中尉の懸念も捨て置く事は出来ないでしょうフォズ大尉……、今回の件は余りにも……。」

 

 俺もそう疑問を呈する。ガンダムの事、基地の事、余りにも疑う余地が多すぎる。

 

「ならどうするエイジス、関係者全員に自白剤でも飲ませて尋問するか?それこそ敵の思う壺だ。」

 

「……。」

 

「フォズ大尉の言う通りですお二人とも、敵の狙いはもしかしたらそこなのかもしれませんから。」

 

 アーニャがそう発言する。

 

「考えても見てください、敵は自称とはいえニュータイプ教団と名乗る団体です。可能性としては私達が来る事を予知していたのかも知れません。」

 

「エスパーだとでも言いてぇのか……?有り得ねえ……。」

 

 ジャン中尉はそんなまさか……という顔をするが有り得なくも無いと言った複雑な感情を見せている。

 

「チッ、少し頭を冷やしてくる。だが疑ってかかった方が良いってのは忘れんじゃねぇぞ、俺は味方に殺される為に任務を受けた訳じゃねぇ。」

 

 スタスタと去っていくジャン中尉、張り詰めた場がやっと緩む。

 

「助かったハンナ少尉。」

 

「いえ、ああ言っておけばある程度は納得されると思っていましたから。」

 

 ニュータイプの定義が人によってあやふやな今の時代の状況ならアーニャ自身はそう思っていなくともああいう風に言うことで説得力はそれなりに出るだろう。実際ジャン中尉はそれに納得した訳だし。

 

「ジャン中尉には悪いとは思うが、今は疑心暗鬼を植え付ける訳にもいかん。如何にこの状況が不自然であってもな。」

 

「混水摸魚でしたか、フォズ大尉の言葉の通り敵はこちらの動きを乱して狙い通りの動きをさせていると見るべきでしょうかね?」

 

 こちらを撹乱し、思惑通りに動かさせる。そうなってしまえば敵は労せず俺達を御する事ができる訳だ。

 

「ノーマッドはこれからどうすると?」

 

「分からん、そもそもの狙いであった情報収集が失敗したんだ。逃げたガンダムも視界不良で追跡できなかったそうだ。振り出しに戻ったと見るべきだろうな。」

 

「……一先ずは連絡待ちとなりそうですね。」

 

「一旦二人は休憩しておけ。戦闘で緊張も張り詰めていただろう、少しリラックスしておけ。」

 

「それならフォズ大尉も。」

 

「俺は良い、こう言うのには慣れている。それにデータも纏めなければならんしな。」

 

 部下を思いやる上官としては完璧だな、実際の階級は下になるがベテランの頼もしさは階級に関係ない。頼れる人だ。

 

「了解しました、一時休息を取らせて頂きます。」

 

「うむ、指示があるまで自由行動で構わん。ジャン中尉にもそう言っておけ。」

 

「了解です。」

 

 ミーティングルームから出る、少し歩き辺りを見回して誰もいない事を確認するとアーニャに話しかける。

 

「どう思うアーニャ。」

 

「先程はジャン中尉を否定しましたが、スパイの可能性が高いと思っています。」

 

「……やはりそうなるよな。」

 

 情報漏洩でないと敵基地の層の薄さはともかく手際の良い基地の自爆シーケンスはおかし過ぎる、俺達が来ると最初から分かっていたからこそ敵は基地の戦力を手薄にしガンダムを足止めに使う事で俺達を仕留めようとしていたはずだ。

 

「アーニャ、あのガンダムだが……。」

 

「えぇ……機体性能もそうでしたが、何か異質な感覚のする相手でしたね……。」

 

 俺の知らない機体と俺を凌ぐパイロット、変わった歴史の流れの中でいきなりの未知の強敵だ。

 

「相手をしているとまるで人形と戦っているかのような感覚だった、殺気とか戦場特有の気配を感じない……まるで無のような。」

 

「無……、宗教団体と言うなら悟りや明鏡止水と言った境地に立っている……と見れるかも知れませんが、可能性としては他にもありますね……洗脳や強化と言った。」

 

 そう、あの異質な感覚やパイロット能力の高さを裏付けるならどちらかと言えばそちらの方が合点が行く。

 だが強化人間を作るとなればそれなりの規模の研究所やニュータイプ技術に関する知識が無くてはならない。ジオンならフラナガン機関や連邦ならニタ研などと繋がりが無ければ強化人間を作ることは難しいだろう。

 

 ……しかしこの教団の資金力やどの勢力のシンパがいるか分からない状況ならある程度の施設を隠し持ってると想定した方が無難か……。

 あのガンダムにしてもアナハイムのガンダム開発計画のMS群や俺達EC社製のガンダムと比べたらどれほどの施設で開発されたか分からない物だから完成度は低いかもしれないだろうがそれでも侮れる機体じゃない、現にクロエが用意したあの中身は別物のハイスペックメガセリオンが速攻で大破寸前にまで追い込まれたのだから。

 

「これからどうするアーニャ、一度ジャミトフに現状の報告をした方が無難だと思うが。」

 

「……今は上からの指示を待ちましょう、ここで私達が彼に報告しここからの指揮を執っても道筋はあまり変わりません。それに……。」

 

「それに?」

 

「仮に上が今回の作戦のわざと漏洩をしたのであればこのまま泳がせておけば尻尾を出すかもしれません。私達は敢えて撒き餌になりましょう。」

 

「……准将と少佐の撒き餌か、良い餌が食い付きそうだな。」

 

 一年戦争時のキャスバルとホワイトベース隊とは言わないが、俺達を厄介視してる勢力が内部にいて教団に同調してる者がいるのなら確かにこのまま指示に従っていればどこかで俺達を確実に仕留めようとしてくるだろう。だが……。

 

「仮にジャミトフが俺達を狙っていたとしたら、振り切れる保証はないぞ?」

 

「彼は有り得ないでしょう、私達に手を出せば真っ先に疑われるのはこの作戦を私達に指示した彼です、そんな分かりやすいリスクを負うタイプではありませんよ。」

 

 そうなら良いが……。まぁ周りを疑っていても仕方がない、今はなるようになるのを見届けるしかないか。

 

「俺は一先ずジャン中尉のフォローに回る、疑心暗鬼になられても困るし彼の実力は本物だ、信頼関係さえ築ければ頼りになる。」

 

「任せました、私は先の戦闘データの解析をしてみます。少しは敵の機体について何か掴めるかもしれませんから。」

 

「分かった、頼んだぞ。」

 

 アーニャと別れジャン中尉のいる部屋へと向かう。とは言ってもミデアの機内では男パイロットに割り振られた部屋は一つしかないので自ずと自室に帰る感じになるが。部屋の前で数回ノックをする。

 

「ジャン中尉、入っても?」

 

「あぁ。遠慮すんじゃねぇお前の部屋でもあるんだぞ。」

 

 特に気は立っていないみたいだ。中に入り椅子に座る。

 

「なんかきな臭くなって来ましたね。」

 

 抑揚を出さず世間話の様に話を切り出す、下手に同感して話し始めるよりは無難だろう。

 

「そもそも特務ってのがきな臭さの塊だからな。おいエイジスよ、フォズ大尉から俺のフォローに回れとでも言われて来たのか?」

 

 フォズ大尉から、と言うのは違うが相変わらず洞察力の高さを見せてくる人だ……下手に受け答えできないぞこりゃ。

 

「え?そんな事ないですよ、ただジャン中尉の言ってた事も一理あるしハンナ少尉の言ってた様にニュータイプだから俺達の動きを察知したとも考えられるし、何れにしても面倒な状況だなぁと。」

 

「まぁ何とも言えねえ状況っちゃ状況だが俺はまだスパイ説を推すぞ、そもそもニュータイプってのがそこまで万能だったらよなんで一年戦争でジオンは負けてんだよ。」

 

 そりゃそうだ。戦闘中の敵の動きを先読みするくらいならともかく未来予知して敵の行動を事前に把握するなんてそれが出来たら戦略上でも優位に立てる。

 

「そう考えたら敵の未来予知って線や内部からの情報流出の件も微妙に怪しくなりません?俺達の作戦時間が敵に分かってたなら自爆させるタイミングは少し早くした筈……?」

 

「……確かにな、俺達がギリギリ逃げられるタイミングを残す理由はねぇか。チッ、頭の中がこんがらがっちまう。この話はやめだ。」

 

 ベッドに寝転がり雑誌を読み始めるジャン中尉、一先ずジャン中尉が味方を疑うことは避けられたが……話していて俺も感じだがこの一連の流れの不自然さ、違和感というのが纏わりつく。

 スパイ説、敵のニュータイプの予知説、どちらかだとしたら爪が甘すぎる。敵のガンダムが俺達を逃す義理も無いわけだし狂信者が乗っていたとしたらそれこそ道連れにしてでも俺やアーニャを仕留めに来てた筈だ。

 何も知らず偶々廃棄する予定だった基地に俺達が現れた、というのは流石にないか。敵は基地の仕掛けと言っていた訳だし……そもそもあのガンダムは何処で開発されてどうやってあの連中の手に渡っているのか……。

 

「……確かに頭がこんがらがるな……。」

 

 足りない頭で考えた所で答えに行き着くとは思えない。アーニャも言っていたが、これが策謀の類ならどこかで尻尾を出すだろうし今はそれを待つしか無さそうだな。

 

 

 

ーーー

 

 

 旧サイド5宙域の廃棄されたコロニーの残骸が漂うデブリ帯、一つの廃棄されたコロニーの周辺に一つ、また一つと光が生じる。

 

『クソッ!どうしてこの場所が!』

 

 ジオン残党と思わしき者たちが駆る旧式のMSが数機、逃げ惑うように宇宙を駆ける。

 

「逃すかよ……!」

 

 白い機体、ガンダムと呼ばれる機体が急加速しながら敵の機体に接近する。

 

『は、速い……!?なんなんだ……コイツは!?』

 

「消えちまえよ!」

 

 跳ねるように機体を飛ばし、巧みに敵の攻撃を躱したガンダムはビームライフルで敵を射抜く。爆発の後、デブリからまた数機敵の機体が現れ強襲をかけようと試みるが……。

 

「キース!」

 

「避けるんだ!」

 

 二つの声、側面から現れたのはキースと呼ばれた男が乗るガンダムとはまた別の二機のガンダムだ。

 重装甲のガンダムが盾でザクのマシンガンを防ぎ、サーベルで切り捨てる。そしてもう一機のガンダムがバズーカで敵を仕留めた。

 

「……。」

 

「これで敵機の反応は全て消失、()()()は終わったみたいだウラキ、キース。」

 

「あぁ、分かったよレイ。……キース、アルビオンへ帰投しよう。」

 

「まだ、まだ何処かに敵が隠れてるかもしれない。アイツらは卑怯な連中だ、待ち伏せて攻撃するなんて当たり前なんだからな。」

 

「キース……。」

 

 一年前のデラーズ・フリートの叛乱。そこで上官であり、人生の師とも言えたバニング大尉が降伏を装った敵に殺された、それを目の当たりにしたキースは心に深い傷を負い、未だに癒えずいる。

 

「ここにはもう敵の気配はないよ、それならグリム達の方がまだいそうなものさ、どちらにせよ戻ろうキース。」

 

 キースを気遣い、そして自身の感応能力で敵がいない事をレイが伝えるとキースも漸く諦めアルビオンへと帰投を始める。

 

 

 

 アナハイムで製造され試験されていた試作ガンダム三機による治安維持活動、それが今の俺達アルビオン隊の主任務だ。

 一年戦争、そしてデラーズ紛争、その両方で英雄的活躍をした『ガンダム』という存在は今やMSという枠を越えて戦略的な価値を含むまでの存在となった。

 

 そのガンダムを利用してジオン残党軍、そしてアクシズに呼応したり連邦軍から離反する勢力を威圧する事で反抗勢力の士気を下げる、それが上層部から与えられた今の俺達の役割となった。

 試作1号機にはキース、そして試作3号機には俺が。

 そしてコンペイトウで機能を一時停止しガトーが放棄した試作2号機は核装備を排除され、本来のプランであった中距離支援機として様々な装備を使用する砲撃機としての運用で使用されている。

 そしてそのパイロットにはあの戦いで俺達と共にデラーズ・フリートと戦ってくれたレイ・レーゲンドルフが乗っている。

 

 あの戦いの後、レイはアーウィンさんの引き起こしたコンペイトウでの裏切り行為や、その後一時的に連邦軍の特務を引き受けていたその立場を剥奪されたにも関わらず試作3号機に乗って戦闘に参加した事で、危うい立場に立たされていた。

 しかしシナプス艦長やエルデヴァッサー大佐達が、強化人間として非人道的な環境下に置かれていたレイの境遇、そしてコロニー破壊に尽力した功績を訴えた事とアーウィンさんの裏切りをレイは知らされていなかった事により罪らしい罪も与えられず、レイが希望したこともありその後軍籍を新たに作り直しアルビオンでパイロットを続けている。

 

《こちらアルビオン。ウラキ中尉、キース中尉、レーゲンドルフ少尉現在の状況を報告せよ。》

 

「こちらウラキ。現在敵部隊の排除を完了し帰投するところです。」

 

《了解。曙光も敵残党の排除を完了したと報告がありました、帰投後作戦会議を開くのでをパイロットは戦闘記録を纏めておくようにとの艦長からの連絡です。》

 

「了解、直ちに帰還します。」

 

 編隊を組み直しアルビオンに帰還する。

 あれから一年、未だにこの地球圏からは争いの火種は消える気配は無い。

 そしてアクシズへ逃亡したガトー……お前は今何をしている……?

 

 

 

「これでこの近辺の残党部隊の掃討は完了した。リング・ア・ベル隊の協力に感謝する。」

 

 アルビオンに設けられた作戦会議室で自分達アルビオン隊のパイロット、そしてリング・ア・ベル隊の面々、あの戦いで何度も顔を合わせた人達だ。

 

「こちらもアルビオン隊の支援に感謝いたしますシナプス大佐。しかしながら探せばまだまだ出て来そうな所ではあります。」

 

 曙光艦長代理であるジュネット大尉がそう発言する。

 そうだ、これだけ虱潰しに叩いていてもまた何処からか敵は集いテロ行為を働く。それも一定の装備を保持した部隊レベルの勢力がだ。

 

「うむ、大元を叩かなければどうにもならんと言うわけだ。恐らく残党勢力は連邦からの物資の横流しとアクシズからの機体の供給、両方から支援を受けているのだろうからな。」

 

「しかしシナプス艦長、それほど簡単に連邦からの物資の供給など受けられるものなのでしょうか?」

 

「うむ、ウラキ中尉の疑念は最もだ。だがそれが有り得る状況なのだよ、一年戦争の折、オデッサの戦いで連邦軍を裏切りジオンに寝返ったエルラン中将、彼は腐っても将軍の地位にあった男だ、連邦の裏の道にはそれなりに通じている。」

 

 エルラン中将、オデッサで寝返りレビル将軍をその指揮していた母艦や部隊を丸ごと核ミサイルで葬った後、マ・クベ大佐と共に宇宙へ上がった人物だ。

 その後の動向は分からないが、一年戦争後にも発見されなかった事もあってキシリア・ザビと共にアクシズへ逃亡したと見られている。

 

「それに限らず一年戦争で連邦政府や連邦軍が管理していた情報は全てあやふやな物へと変質してしまったと言うのもある。何が原因か分かるかな?」

 

 自分達若手のパイロットへ向けてそう問い掛けるシナプス艦長、色々と考えていると曙光のセレナ少尉が手を挙げる。

 

「はい。開戦直後のコロニー落としによる被害で喪失した記録や戦中のミノフスキー粒子散布下での戦闘による決定的な記録が取れない中での行動などで今までは統制の取れていたものが確実に取れなくなった事により、敵性勢力が入り込む余地が出来たしまった為です。」

 

「その通りだ。ミノフスキー粒子下の通信の取れない状況、レーダーで確認も出来ない中で味方の所在が分からなくなればそこに敵の入り込む可能性もある。一年戦争中には多くの志願兵も参加した事もあり一方面軍で管理がされていても連邦軍全体に全ての情報が行き届いて無ければそれを偽造することは難しくないだろう。そしてその偽造された人員によって部隊が編成されていればそこから機体や武器弾薬、補給物資を揃える事など造作もない。」

 

 考えるだけでゾッとする内容だ。

 これだけ大きな軍隊だ、大戦中の末端の人間の存在など完全に知っている者がいないのであればそこから成りすましてしまう事なんて難しくは無いはずだ。

 

「……?えぇと、つまりそれが有り得るならここ最近の軍の離反者も元から敵だった可能性も有り得るのでしょうか?」

 

 首を傾げながら質問をするのはベアトリス少尉だ。グリム中尉が溜息を吐きながら頷く。

 

「その可能性も高い。それよりベアトリス、君はそんな事も考えずに戦っていたのか?」

 

「えぇと……わ、私は敵が誰であろうと全力を以って戦うだけでありますので……!」

 

 苦しい言い訳にグリム中尉も苦い顔をしている、しかし自分自身も戦っている相手の本質が未だ見えていない、彼女の事は笑えないだろう。

 小さな綻び、それが段々と大きくなっているのを感じる。このまま放置しておけば地球圏はまた大きく混乱しかねない。

 そう思っているとキースが喋り出した。

 

「自分はベアトリス少尉の言葉も間違っていないと思いますグリム中尉。敵が連邦を裏切ってジオンの側になったとしても、そうじゃなく好き勝手やる為に連邦軍から離反したとしても、裏切り者だろうと残党だろうと関係ない、ただ打ち滅ぼしてしまえば良いだけですよ。」

 

「キース……。」

 

 グリム中尉も辛い顔をしている、バニング大尉の死が未だにキースの心に深い闇を与えてしまっていることを察しているからだ。

 それを感じ取ったシナプス艦長が再度発言する。

 

「……キース中尉の言も最もだ。だが今は有象無象を叩くよりもそれらを扇動している者達を何とかせねばな。その為に我々ガンダム部隊がいるのだから。」

 

「これに関してもベアトリスとセレナは教育がまだまだ必要だな。アルベドとルベドの機体性能に甘えている部分が多い。ガンダムパイロットとして恥じない動きをする様に心掛けるんだ。」

 

「りょ……了解です……。」

 

 今現在軍務によりリング・ア・ベル隊の指揮を執っていないアンナ・フォン・エルデヴァッサー准将とジェシー・アンダーセン少佐の代わりにガンダム ルベド、ガンダム アルベドに搭乗しているのがベアトリス少尉とセレナ少尉だ、そしてグリム中尉は同じリング・ア・ベル隊のカルラ・ララサーバル軍曹と共にガンダム ニグレドに乗っている。

 

 このガンダム6機という存在は連邦軍内外から大きな影響を与えている。味方からは戦争の英雄が援軍に来たという頼もしさを与え、敵からは自分達を苦しめたガンダムという存在が現れたと畏怖を与えることが出来るからだ。

 

 だがそう言った存在だからこそ、気を付けなければならない。

 その実力が不確かなら、その性能が優れたもので無かったなら、逆にその存在を蔑ろにしかねないからだ。

 だからこそ自分達ガンダムパイロットは日々研鑽を積み、その存在に相応しい人間であろうとする。

 

 

 

 ……だけどふと思う時がある。

 そう言った存在が敵に回り、逆に自分達を苦しめる存在になり得ないのかと。

 一年前のトリントン基地、あの試作2号機と対峙した時に感じたあの恐怖。

 アナベル・ガトーと言った歴戦の敵パイロットがガンダムに乗りこちらに牙を向ける、それは今振り返っても冷や汗が出るほどだ。

 

 その経験があるからこそ思う。

 敵がもしもガンダムに乗り、こちらに立ちはだかる存在になってしまえばこの地球圏はどうなるのかと……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 難民キャンプ

「難民キャンプ……ですか?」

 

 敵基地襲撃失敗から一日、ノーマッドからの定時報告を聞きに来た俺達にノーマッドからこの付近に難民キャンプが存在している事を告げられた。

 

《これが高高度から撮影した現地の状態だ。》

 

 映されたのは森に面した川沿いの平地に設置されている大量のキャンプだ。

 恐らくは千人規模ほどだろうか、多くの人々がそこで生活している姿が見える。

 

《逃亡したガンダムに似たMSを追跡中に見つけたものだ。フォズ隊はここで現地調査し何かしらの情報を手にせよ。》

 

「えらく大雑把な指示じゃねえか、とても特務隊の任務とは思えねえな。」

 

 小声で舌打ちをするのはジャン中尉、確かに行き当たりばったりな任務ばかりだが情報が全く無い状況では仕方がないだろう。それを分かっているからか敢えて声を上げて反論はしないようだ。

 

「任務は了解した。だが難民キャンプで情報収集するとなると表立って軍としては動けないだろう。少数による潜入任務になり、かつ時間をある程度かける必要があるかもしれん、其処は了解してもらおうか。」

 

《了解した、こちらも引き続き教団の情報を入手する必要がある。その間調査を続けたまえ、以上だ。》

 

 通信が切れる。今後の行動を決める必要があるな。

 そう感じていたらフォズ大尉が状況をまとめ始めた。

 

「目標は難民キャンプ、確認し得る限りでは規模は千人から二千人と言った所だな。寄り合い所帯の難民だろう、目視からでは統一された物を使用している感じはしない。つまりは本物の難民キャンプである可能性が高い。」

 

 ジオン軍や連邦軍が使っていたと思われる軍用キャンプやそれこそ一般に流通している物まで幅広く使われている……と言えば聞こえは良いが実際はある物を全て使っていると言った感じだろう、切羽詰まった状況が目に見える。

 

「だが連邦軍の支援を受けねえとは後ろめたい背景があるんじゃねえか?もしかしたらテロリストと通じてるかもしれねえ。」

 

「だからこそ、だろう?それに現在の連邦には全ての難民を把握出来るほどの情報収集能力はない、彼らが点在しているとなれば余計にな。」

 

 一年戦争にデラーズ紛争のゴタゴタと離反者が増えている今の状況じゃあっちにもこっちにも手が回らないのが現実か。

 手を回す人間が足りていないのも事実だ、だからこそ余計に手が回らなくなる事態は避けたい所だが……。

 

「調査となるとMSは使えませんね?」

 

 一応の確認をする、あんなところにMSを駆り出したら余計な敵意を与えるだろうし連邦軍がわざわざ向かうという状況になると敵は尻尾を出さないだろう。

 

「あぁ、俺達全員で行くわけにもいかん。下手に勘繰りでもされては意味がないからな。」

 

「大尉、提案があります。」

 

 アーニャ扮するハンナ少尉が挙手する。フォズ大尉は頷くと続けるようにとアーニャに言う。

 

「私とエイジス中尉は歳も近く、二人で夫婦かカップルを装って難民キャンプを訪れたという名目で偵察に向かえば警戒を最小限に抑えて潜入出来るかと思います。如何でしょうか?」

 

「成る程、良い案だな。俺やジャン中尉では軍人気質が身に染みているしお前達二人ならまだ言い訳も効くだろう、エイジス?お前はどうだ。」

 

 こっちとしては願ったり叶ったりだ、今みたいに別の人間に装う必要もなくなるし。

 

「自分としては問題ありません。」

 

「へへっ、良かったじゃねえか。敵基地の戦いじゃ大声上げてまで心配してたしなぁ。」

 

 ケラケラと笑うジャン中尉に思わず顔が赤くなる。本当に心配だったんだから仕方がないが……。

 

「ではデートと洒落込みますかエイジス中尉?潜入任務だということをお忘れないようにお願いします。」

 

 澄ました顔でそう告げるアーニャ、ハンナ少尉としての顔を出さなければならないから敢えてそういう風を装っているのだろう……とは言っても方向的に俺にしか見えないから良いが顔がニヤけないように何とか表情を抑えているのが分かる、可愛いやつめ……。

 

「それではエイジス中尉とハンナ少尉には難民キャンプへの潜入任務を告げる、必要な物を用意して現地に赴け。俺やジャン中尉も後方で待機しておく、何かあれば緊急無線を発しろ。」

 

「了解です!」

 

 さて、この任務が吉と出るか凶とでるか。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 それから約2日かけ現在俺とアーニャは馬に乗り難民キャンプへと向かっている。

 下手に軍用車両などで近くまできて移動では察知される恐れもあるというアーニャの判断で時間をかけての馬を用いての移動となった。

 

「しかし難民キャンプか……厳しい現実を見せつけられるな……。」

 

「えぇ。連邦政府や軍がまともに機能していないことの証左ですからね、私達の無能を見せつけられているのと同じです。」

 

 EC社でも戦災孤児や戦争で被害に遭った人達への支援活動を行ってはいる、だがそれは限られた範囲でしかない、現実には俺達の手に届かない範囲にまで戦争の傷痕は残り続けている。

 

「地球のこと、宇宙のこと、本当にやらなくちゃならない事がいっぱい残っている……。」

 

 もう昔とは違う、ガンダムの世界に来て何かを変える、そんな曖昧な考え方はもうしてられない。

 俺達の子供達の未来、そして今後の宇宙世紀を生きる未来の希望達の為に、大人がやらねばならない事が山積みだ。

 

「だからこそ、このニュータイプ教団という存在を見極める必要がありますねジェシー。貴方が知っている世界の知識では南洋同盟という存在があったようですが。」

 

「前にも話したがあれはこの世界と同じ流れを汲む更に別の世界の話だ、本来その組織を率いる者やそれに対する連邦軍のメンバーなんかは軍のデータベースに存在しなかった、この世界には彼らはいない。」

 

「けれど同じ宗教組織というなら何処か通じるものがあるかもしれません、そこから見える動機や活動目的がこのニュータイプ教団にも当て嵌められる場合もありますから。」

 

「うぅん……そうだな……。」

 

 アーニャに色々と説明する、しかし俺が知るサンダーボルトは俺がこの世界に来る前にはまだ未完で途中までしか内容が分からないので多くは語れなかった。

 

「成る程……僧正自身の経歴、そして未来を見たことで争いのない世界にする為に活動を興したと言うことですか。……この世界でも同じ事が有り得ないとは言い切れませんね、ニタ研の件もありますし。」

 

 ジェイソン・グレイやマルグリット、ヘルミーナさん姉妹、プロト・ゼロやアーウィン・レーゲンドルフ……ニュータイプ研究所で強化を受けていた彼らが実際にいるのだ、同じような実験を受けていた人間は連邦やジオンでも相応数いるだろう、レヴァン・フウのように世界を変えようとする者がいてもおかしくはない。

 

「そうなるとギレン似の男もそういう由来の男の可能性もあるわけだ。……早く実際に存在を確認しないと何か大きな問題になりそうな予感がする……。」

 

 息子……の線は薄いと思っている、整形で似せただけなのか或いはクローンか、フル・フロンタルのようにオリジナルのカリスマを利用し事態を動かす人間であるなら厄介な存在となる。

 味方になり得るのなら……と期待したい心もあるが、今のこの世界ではさらなる混沌に誘う存在と成りかねないだろう。だからこそ俺達は動いてる訳だし。

 ニュータイプという存在を戦争や政治に利用させたくはない、その為に。

 

「自ずと答えは出てくるでしょう、間も無くキャンプからこちらを確認されるでしょう、下手な動きはしないように頼みますねジェシー?私達はあくまで民間人なのですから。」

 

「分かっているよ、それにしても難民キャンプに向かう難民をせにゃならんのに小綺麗な服を用意した連中には流石に呆れたぞ俺は。」

 

 補給物資と潜入用の衣服を用意した補給部隊が新品同然の服を渡して来た時は流石に溜息を吐いた。

 現実をよく分かっていないか理解する気がないのか、貰った衣服は道中で敢えて泥や泥水を付けクシャクシャにさせてから移動している。

 

「これが今の連邦なのですよジェシー。敵の奸計に踊らされるのも、事態の悪化に何ら対応できないのも連邦政府や軍がまともに機能していないからこうなるのです。」

 

「それを変えるために俺達はいる、お前だって連邦議会議員になる為に色々してる訳だしな。」

 

「えぇ、お父様やお祖父様がこの現実を知っていても敢えて地上に残り世界を変えようとしたように、私もその意志を継ぎ戦うのですから。」

 

『動くな!!!』

 

 話の最中、崖の横穴から銃を構えた男が数名現れる。

 どうやら最初から潜んでいたようだ、よく見ると生活の跡がチラホラ見える。つまりは俺達が来ることを察知していたのではなく最初からこのルートの監視をしていたという事だろう。

 なら幾らでも誤魔化せるはずだ。

 

「お、お願いします撃たないでください……!」

 

 アーニャは怯えたような声色でわざとらしく震えている、俺も敢えてオドオドした風を装いながら銃を構えた男達を観察する。

 伏兵は無し、全部で三人か。服は使い古されてはいるが軍用のシャツだ。しかし銃の構えは一人だけしか訓練を受けていないのか一人だけは構えが軍人のそれだが、他二名は撃ち方を教わったくらいのレベルだろう、構えに隙が大きい。

 恐らくは一人が元軍人で三人の中のまとめ役辺りだろう。

 強行突破しようと思えば身体強化を施した俺なら行けるだろうがリスクは無駄に犯す必要はない。ここは難民に徹するだけだ。

 

『大人しくしていれば乱暴はしない。何の用でここに来た。』

 

「お、俺達は故郷を無くして転々としているんだ……!こ、この辺りに集落があると聞いて探していたんだ……!あ……貴方達がそうなのか!?」

 

 敢えて一般人のように情け無い感じで喋る、ここの所ずっと他人を装っている事が多いから演技力には自信があるぞ。

 

『チッ……買い出しに行った連中が喋りでもしたか。何故ここに来ようと思った!』

 

 ある程度警戒は薄れているようだが油断は禁物だ、言葉選びは慎重にしなきゃな……。

 

「俺達は色々な所を転々してるって言ったろ……!?戦争に関わらない安心して暮らせる新天地を目指していたんだ、こんなご時世じゃ特に……だろ?」

 

『……。』

 

 怪しんでいる、まぁ正常な判断だろう。どこの馬の骨とも分からない人間の言葉を信じるようなのを見張りにはおかないだろうし。

 

「助けてくれ……戦争続きで俺も妻も心身共に疲れ果ててるんだ……。」

 

 ジワリと涙を浮かべながら同情を誘うように喋る、隊長格の男以外の二人が「通してやったらどうですか?」と言ってくれている、何とかなりそうか?

 

『ここは軍の避難所じゃない、自分で生活する能力や金がないと誰も助けはしないし、怪しいことをすればどうなっても知らない、身の安全を自分で守れるなら通れば良い。』

 

「分かりました……ありがとうございます……。」

 

『……こんな時代だ、お前達のように思う人間は多い。ここは理想郷ではないかもしれないが人によっては楽園だ。中に入ったら適当な空き地に寝ぐらを作れば良い。』

 

「感謝します……。」

 

 頭を下げて道を通る。今の彼らの対応を見て余計に今の時代の悲惨さを身に染みらせられた。

 

「ここはニュータイプ教団とは関係のない場所かもしれません、彼らの服装を見ましたが宗教的なシンボルや装飾品は見受けられませんでした。本当にただの難民の集まりの可能性も否めません。」

 

「中はどうか分からないけどな、隊長格の人は元軍人だったからあそこの警備に置かれたんだろうし信仰心が必要ない配置かも知れないからな。」

 

 情報を掴めれば御の字だが、掴めなかったら掴めなかったでここの人達は争いに巻き込まずに済む可能性が高くなるからそれはそれで良いだろう。

 本当なら軍が助けに入るべきだがそれが後手に回っている状況なのだから手を差し伸べられる状況になるまでは平穏に暮らさせたいところだ。

 

 それから馬で小一時間程したところで難民キャンプの中心に辿り着く。

 上空からの写真ではテントなどで分かりにくかったが、中は小規模なバザーなど人の往来が予想以上に多い。

 

「これは……ちょっとした街だな。どれくらい前からあるか分からないが既に集落としての土台は完成してるみたいだな。」

 

 一年戦争中から後だとして最長で三年か、少なくても半年以上は経つくらいには人々の動きに迷いがない。生活の一部として確立された感じだ。

 

「その様ですね。あそこの青果を売ってる店の店主の動きを見てください、元来その職だったのかもしれませんが手際の良さは最近ここで店を構えたとは思えませんね。」

 

 チラッと見ると確かにその動きは熟練のそれだ。こういったスタイルの売り方など戦前はしていないだろうしこちらに来てからの動きとして見ればこのキャンプがどれくらいの月日で続いているのかをある程度は察することができる。

 

「あまりキョロキョロするのも怪しまれるな、中に溶け込むとしようか?」

 

 アーニャを連れて食料品を売っている並びを歩く。

 

「アンタら見ない顔だが新顔か?金は持ってるのか?」

 

 肉屋の店主らしい男が話しかけてきた。

 

「えぇ、さっき見張りの人に通してもらったんですよ。金は一応ありますけど使えるんですか?」

 

「あぁ。新参者ならここのルールもあんまり分からねえだろうから軽く説明しとくかな?まぁあんまり難しく考えるな、普通の街のように書いてある金額通りに金を払えば物は買えるどこの店でもな。中には物々交換に応じるのもいるが余程の貴重品でもなきゃ基本は金だな。」

 

「ここって難民キャンプみたいなものですよね?何処からこういう食べ物とか調達するんですか?」

 

 見張りの隊員は買い出しがどうこう言っていたから街にまで行って買ってる者もいるだろうけど聞いて損はないだろう。

 

「少し距離はあるが少し下った所にそれなりの街がある、生活用品や雑貨なんかはそこで買い入れて売ってるのが多いな、後は調味料なんかのスパイスもだな。肉や野菜は自分らで育てた物を売ってる奴もいる。」

 

「へぇ……、って言うことは自給自足が主なんですか?」

 

「いいや、俺らみたいな商いやってるのはともかくアンタらみたいな流れ者は金が必要になるだろ?簡単な土木や林業みたいなもんをやれば一応金は貰える。」

 

 ……?仕事があるのか、そりゃ自給自足が出来ない人間は餓え死にするばかりだし金が貰える仕事があるのは有り難いだろうが……。

 

「ここは難民の集まりなのですよね?何処からお給料が出るのですか?」

 

 アーニャが疑問を問いかける。そこはアーニャにしても気になる所だろう、もしかしたら教団が出資してる可能性もあるからここから情報が手に入れば良いが……。

 

「……一度連邦の連中が数年前に来たんだよ、この金やるから当分助けは待っとけよっていう感じでな。多いとは言えねえが少なくもねぇ額だったから此処らの拡張をする為の公共事業に使おうって話になってな。」

 

「それは誰が決めたのですか?此処にはリーダーのような方がいらっしゃるのでしょうか?」

 

 もしいるのなら、そいつを探れば良さそうだが……。

 

「いいや、リーダーなんて大それた人間は此処にはいねえよ。俺とか他に店構えてるようなここらの顔役みたいなのが集まって話してそれをみんなと共有するんだ、そもそも偉い奴らに従うのが嫌で集まってるようなのの集まりだからな。」

 

「それは凄い事ですね貴方、私達もそうあれるようにしましょう。」

 

「……あぁ、そうだな。」

 

 本心ではない、それは隠した拳を強く握るアーニャを見れば分かった。

 彼らを責める訳じゃない。ただ連邦の愚政が彼らがこうならざるを得ない状況を作り出している現実、そして自分がその一端である事を強く恥じているのだ。

 

 アーニャの手を握る、変えて行くのは俺も一緒だからと伝えるように。

 

「色々教えてくれてありがとうございました店主さん。情報料って訳じゃないですけど色々教えてくれたお礼にコレとコレ、買いますよ。」

 

 金額に書かれた通りの金を払い肉を買う、彼らの生活を実際に体験する事はこれから先の価値観を広げるのに必要不可欠だろう。

 

「おう、またよろしく頼むぜ。」

 

 店主に別れを告げ再度周辺を観察しながら歩いていく。

 だが宗教的なシンボルや装飾品などは見当たらない、あってもそれは昔からあるような十字架などありきたりな物ばかりだ。

 

「やっぱりここはニュータイプ教団とは関係無さそうか……?」

 

「今の所はシロですね。ただもっと情報を集めてからでも遅くはありません、一旦何処かに居を構えて明日からまた再度調査をしましょう。」

 

 そろそろ陽も落ちる時間だ、一旦落ち着いてから調べても遅くはないな。どうしても焦ってしまうが悪い癖が発動してると思うからアーニャに任せておいた方が良さそうだ。

 

「あぁ、そうしよ───?」

 

「どうしましたジェシー?」

 

 何だ?何処かから誰かに見られてるような感覚を感じて辺りを見回す。

 だが周囲は俺達を気にせず歩いていく人ばかりだ、気のせいか?

 

「いや、何でもない。気のせいみたいだ。」

 

 そして俺達は人だかりから離れた居住スペース用の広場のような所でテントを構え明日に備えるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 謎の少女

 

 難民キャンプに着いてから夜を挟み調査2日目、実質初日ではあるが昨日も少しは情報を手に入れたので2日目で良いだろう。

 俺はアーニャと一旦別れ、仕事があるという場所まで向かっていた、別れて行動するのはリスクがあるがアーニャも軍人だ、下手な人間相手には負けたりはしないだろうしあまり心配し過ぎて操作が滞っては本末転倒だ、ここはちゃんと割り切って任務に当たろう。

 10分程歩いて辿り着いたのは山岳地帯に繋がる森林だ、並べられている木材を見る限りどうやら木材の伐採をしているっぽいな。

 

 ただ気になるのはどうやってそれをしているかだ、重機は殆ど見当たらない割にこの辺の区画は最低限ではあるがそれなりの整地がされている。

 気になっていると答えはすぐに分かった。

 

「モビルスーツか……。」

 

 ノーマッドの航空写真からでは確認出来なかったがどうやら崖をくり抜いたスペースにモビルスーツが置かれていたようだ。しかも2機もある。

 それにしても……問題はその機体だ。

 

「ザニーか。とんだ骨董品が出て来たもんだなぁ……。」

 

 懐かしい機体だ。生産数なんて全くないと思っていたがこんな所にまで眠っていたとは……恐らくは何処かに乗り捨てられたか廃棄された機体を引き取ったのだろう、武装は無いしあちこちにガタが来ているが作業で使うなら問題無いレベルだろう。

 

「あぁ!?乗り手が来ねえとはどう言う事だ!」

 

「はあ、どうやら昨日出来の悪いムーンシャイン(密造酒)を飲んだみたいでくたばってますよ。」

 

「くたばってます、じゃねえだろ!モビルスーツが動かさなきゃ意味ねえだろうが!」

 

 怒鳴り散らす声が響き渡る。これだけ声が大きいと何が起きたかも簡単に分かるのは有り難いが……どうやら本来このザニーを動かしてた乗り手が使い物にならなくなったみたいだ。しかしこれはある意味チャンスだな。

 

「すいません、俺新入りなんですけど前にモビルワーカーなら動かした事あるんですが……。」

 

 俺は現場長らしきガタイの良い親方にそう告げる。彼は一旦俺を品定めするように見回すと「ふむ……」と呟き表情を和らげた。

 

「モビルスーツとモビルワーカーじゃ、細かい所が違うと思うが試すならタダだしな。試しに動かして見るか兄ちゃん?」

 

「ハイ!」

 

 許可は貰えた、後は乗りながら抜き取れる情報があればそれを抜き取りたいが……。

 

「まずはシステムの起動からだな。しっかし本当に懐かしいよなぁ。」

 

 機体を起動させている最中にコクピット周りを見渡す。アーニャが用意したザニーの頭部を付けたザニーヘッド、思えばあれが俺の最初の愛機だったんだよなぁ。

 コクピット周りも、ザクを真似ただけあってザニーとは殆ど差がないし、ザニーヘッド搭乗時でもアーニャのザニーにも何度か乗せてもらってテストしたこともあるし見知った内部だ。

 あの頃の懐かしさを感じているとモニターが点々と点き始める。

 こりゃ酷い、メインモニターはメインカメラがオンボロなのか少し欠落して見えない箇所がある。まぁ作業に使う分には許容レベルだが……。

 

『システム立ち上がりました、動かすのに少し時間をください。』

 

「おう!」

 

 拡声器で親方にそう告げる、ぶっちゃければ今すぐにでも動かすのは簡単だがあまりにもあっさり動かしたら怪しまれるし少しの時間でも調べられる事はある。

 

「まずは……っと。」

 

 まずは機体に使われているOSの確認だ。これなら時間も掛からず確認できるし、この期待がいつ頃軍で使われなくなりここに流れついたのかとかも分かる。

 もしもテロリスト組織が製造したものであれば使用しているOSの規格が違うタイプの物になっている可能性だってある。ザニー自体が簡単な構造なので非正規品を造る事はある程度の技術があれば難しくないからだ。

 まぁザニー自体が存在がザクの非正規品みたいな側面もあるが……。

 

 っとそんなことを考えていると機体の基本データが表示される。

 そこからOSの仕様を確認すると……。

 

「連邦製OS……しかも0079(一年戦争)の10月時点の物か……ハズレだな。」

 

 これが比較的最新のOSだったり非正規のOSであれば入手経路から何か得られただろうがこれでは多分本当に廃棄されていたか不必要になった機体を譲られたかのどっちかだろう、ますます俺の中でこの難民キャンプとニュータイプ教団というところの繋がりは薄れていく。

 まず彼らは自給自足で生活しているので宗教的な救いを求めているようには見えない、そして彼らから何かを提供されているようにも感じない……それも初期に連邦政府から渡された資金でやりくりしてる様に見えるのが一因だ。

 このザニーだって今連邦から離脱してニュータイプ教団と繋がった連中がいれば最低限の整備だって行えているだろう。

 

 決めつけるのは時期尚早かもしれないが、平和そうに暮らしている彼らを邪魔したくないという気持ちもある。世界が少しでもマシになればこんな所で厳しく生きる必要性も無くなるはずだ。

 

 その為に俺達がやらなきゃいけない事は危険分子の排除、そして宇宙世紀の確執とも言えるアースノイドとスペースノイドの差別との戦い……未来を生きる者達が憂いのない世界にする為に……。

 

「おーい!まだ動かせねえかぁー!?」

 

 親方から急かす声が聞こえる、長く考え事をするのはいつもの悪い癖だな。

 

『すいません!多分いけます!』

 

 ゆっくりとザニーを動かす、オンボロもオンボロに見えるが腐ってもモビルスーツだな、戦闘機動はギリギリとできるかと言った感じだが、普通に作業に使う程度な余裕だろう。

 

『動かせました!作業指示をお願いします!』

 

 その後指示に従って木を引き抜いたり邪魔になる岩石をどかせたりと普段のMSとは違う使い方で仕事をする。

 違う使い方、……いや、これが本来モビルスーツのあるべき姿なんだろうな。

 戦うだけに使うのではなく、誰かの役に立つ為に、人間の代わりに動くことがあるべき姿なのかもしれない。

 

 それから数時間経ってひと段落した事もあり休憩に入る、その時だ。

 

「ん……?」

 

 視線を感じる、何か強い感情をこちらに向けているような……。

 その方向へ顔を向けると1人の少女が物陰からこちらを見ていた。

 

「……!」

 

 俺の視線に気付くと走って去って行く。

 

「なんだ……?」

 

 このキャンプの誰かの子供か?いや、それにしては少し違和感を覚えた。

 

「変な感覚だな、まるで戦場にいる時みたいな渦巻いた感情を感じたのは気のせいか?」

 

 いや、気のせいじゃないとも言えないか。

 ここにいる人達の背景は色々あるだろう。憎しみや恐怖、絶望などの負の感情だって持ってる人達は多い。モビルスーツともなれば大切な誰かの命を奪っている可能性も高いし敵意を持ってても不思議ではない。

 

「おーい兄ちゃん!助かったぜ!これは今日の給料だ、作業効率も良かったし報酬は少し上乗せしたぜまたよろしくな!」

 

「ありがとうございます!」

 

 取り敢えず今日の作業は終わりみたいだ。

 一応モビルスーツがある事とその機体の状況は有用な情報だろう。後はアーニャの方がどんな情報を手に入れたかだな……。

 

 

 

ーーー

 

 

「ふぅ……収穫は全くありませんね。」

 

 ジェシーと別れ、キャンプのバザーの探索を始めて、はや半日が経つが実りは少ない。

 碌に確信のないまま行われている調査、大きな成果など最初から期待してはいなかったがここまで何もないと、この様な難民を生み出している自分達の無能さばかり噛ましめるばかりだ。

 宗教という存在が薄れている宇宙世紀、かつてのキリスト教やイスラム教、仏教などの宇宙世紀以前は主だっていた信仰は、今や極一部の信者が残っているくらいだ。

 宇宙世紀になって以降、神の存在が宇宙にすら存在しないと実感した者は多く、そして先の大戦によるコロニー落としで救いなど何処にも存在しないと体感した人達には信仰は無縁な存在になっている。

 しかし、だからこそ『神』に縋るのでなく、『神』に成ろうとする新興宗教はこの時代にこそ有用と言えるだろう。

 

 あくまで私の私見、或いは私がその様な宗教を立ち上げて「ニュータイプ教団」と名乗り活動するのであれば、人々をニュータイプという一種の求道者に至らせる事で神に等しい新人類へと誘うよう動くだろう。

 それで無くても、戦争で貧困になった人々に慈悲を持って接すれば、籠絡は容易い。人はいつだって救われたいのだから。

 

「……?」

 

 何か不思議な感覚に襲われる。色々な感情が混ざったような……?

 辺りを見回すと、こちらを見つめている少女がいた。

 

「……!」

 

 私の視線に気付くと少女は駆け足で去って行く。

 

「ま、待ってください……!」

 

 早足で少女の後を追うが、器用に人混みを駆けて逃げて行く少女に距離を離されて見失ってしまう

 

「あの子は一体……?」

 

 何か異質な気配を感じる少女だった。もしかしたら何かの手掛かりになるかとも思ったが……。

 

「……一筋縄ではもしかしたらいかないのかもしれませんね。」

 

 何かがあるのかもしれない、心の中にそう感じた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 その日の夜、難民キャンプの顔役達は週に何回かの集会を開いていた。

 それは今後の活動やこのキャンプの運営に問題が無いかを話す程度の、真っ当な話し合いの場であった。

 

「取り敢えず今月も無難にやり過ごせそうだな。」

 

「あぁ、少しばかり食料品を集めるのには手間がかかるがな。金はあっても物がねぇとなると、やはり畜産にも手を伸ばさなきゃならない。」

 

「家畜を多少買い足すか。昔は牛なんかは農耕にも使っていたらしいし多少の労働力にもなるかもしれないしな。」

 

 各々はそれぞれ思い思いに喋る。

 連邦政府からは見捨てられはしたが、それでもここでの生活は世を捨てて暮らすには十分だと感じる者が多かった。

 争いの続いた日々を少しでも忘れられる、働く事に精一杯で辛い現実から目を背けられる。

 動機はそれぞれだが不満を持つ者は少なかった。

 

「そういや昨日入ってきた新顔だが男の方はモビルワーカー乗りだったみたいでな、林業で使ってるポンコツを無難に乗りこなしてたぞ。ありゃ役に立ちそうだ。」

 

「良かったじゃねえか。これで木材加工でも出来りゃそれを売って金にも出来るんだがなぁ。あれもこれも揃えようと思うと金が厳しくなるのが辛いところだな。」

 

「金……か。連邦から貰った金も有限じゃねえしな。下手な資金運営は出来ないよなぁ。」

 

 いずれは街にする、それくらいの長期運営を目指した考えでみんなは動いている。

 だからこそ限りある資金は大事にしなければ……そう考えていると一人の男がテントの幕を開ける。

 キャソック(司祭平服)を着た背丈は高くすらっとした体型の金髪の男だ。

 

「これは……()()様。いらしていたのですか?」

 

「ええ、先程。支援金の方が募りましたので。」

 

 神父と呼ばれた男は大きなケースを顔役達の前に差し出す。

 

「そんな……受け取れませんよ神父様。俺達にはこれを受け取る資格はありゃしません。」

 

「その様な事は仰らず。我が神は万人に救いの手を差し出すのです。教えに恭順する、しないは関係ありません、必要な者に救いを与えるのがその使徒たる我々の責務なのです。」

 

「しかし……。」

 

「では、言い方を変えましょう。貴方達に投資する、その様に考えてみては如何でしょう。私達が支援し、貴方達は復興していく。状況が良くなった時に我々の教えに共感する者が出れば信徒になって頂く、或いは街となった時に隅にでも教会を建てて頂くと言うのでもよろしいです。それならば問題ないでしょう?」

 

 男は淀みなく、そして大きな声で無いにも関わらず力強さを感じるような声でそう彼らに告げる。

 

「それならば……。」

 

 一応の建前を得たことで、彼らもまた納得をする。

 

「では、お受け取りください。我らが神もそれを喜ぶでしょう。あぁ、それと。」

 

「どうかなされたので?」

 

「このキャンプで身寄りのない女の子を見かけはしませんでしたか?私のような髪の色をした。」

 

 顔役達は顔を合わせる、しかし誰もが頭を横に振った。

 

「ここらの子供で親といないで生きてくのは無理があるでしょうし、そんな子がいたら俺達の誰かが気づいてると思うので多分おらんでしょうな。その子がどうかしたので?」

 

 神父の男はニコリと笑い答えた。

 

「いえ、近くの街で行方不明の少女がいると聞いたので。もしかしたらと思いまして。……それでは私はこれで失礼します。」

 

「待ってください神父様。もう夜も遅い、出歩くのは危険です。泊まって行かれては?」

 

「まだ他に立ち寄る所もありますので、またの機会に。」

 

 こんな夜も遅くに何処へ、と男達は感じたが無理に止める理由もない為そのまま見送る事にした。

 

「それでは……皆様()()()()()()。」

 

 そして神父と呼ばれた男は暗闇に消えて行った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「それで、何か収穫はあったかアーニャ?」

 

 一日もそろそろ終わる、夕飯を食べ終わった後で俺たちは各々の活動報告に入っていた。

 

「あまり……昨日とは別の所も探索しましたがやはり宗教的なシンボルはおろか祈りを捧げるような事をする人もあまりいませんね。やはりニュータイプ教団とは関係のないキャンプの可能性が高いですね、ジェシーの方はどうでしたか?」

 

「俺の方も大した結果は無かったよ。だがここにはオンボロながらMSが2機、それもザニーがあった。」

 

「MSが?ノーマッドの航空写真からでは確認出来ませんでしたが……。」

 

「あぁ、上手く隠れてたみたいで岩肌を切り抜いたようなスペースに置いてあったんだよ。作業用に使ってるみたいでな、たまたま正規の乗り手が休んでたからモビルワーカー乗りって事にして乗らせてもらった。」

 

「OSなどの仕様は?非正規のものであれば何処から手に入れたか問い詰めればそこから糸口が掴めるかもしれません。」

 

「いや、俺も確かめたが一年戦争の頃のOSだった。恐らく廃棄されたか不要になったのを譲られたかだろう。中身もかなりガタが来てた、整備も殆ど碌にされてないよ。」

 

「……となると本当に行き詰まりですね。まだ調査が始まって数日ですが、早めに切り上げて別の場所を捜索した方が良いのかもしれません。」

 

「そうだな。ここの人達は過酷な生活の中でも自立して生きている。それを俺達が不必要に関わって何かあればそれこそ迷惑になる……。」

 

 いずれ連邦政府を通してちゃんと救済するにしても、今はまず彼らの脅威にも成りかねない教団の調査を優先しなければならない。

 そう思った直後だった。

 

 ドドドドド────!

 

「……!?なんだ!」

 

「これは……MS用のマシンガンの音!?」

 

 聞き慣れた、と言うには少しおかしいが、今まで何度も聞いてきた音だ。

 だが問題は……!()()()()()()()()()()()()だ!一体何が!?

 

「逃げろー!全員起きるんだ!敵だ!敵襲だ!」

 

 大声で叫びながら走り回り声を掛ける男性達、どうやら此処が攻撃されているのは間違いないようだ……!

 

「アーニャ!フォズ大尉達に緊急通信を!」

 

「分かりました……!…………っ!ダメです!電波妨害されています、これは……!」

 

「ミノフスキー粒子が散布されていると言うことか!?……だがノーマッドは何をしている!ここに接近しているMSがいたなら気づく筈──っ!」

 

 そこまで声が出て、スパイがいる可能性を疑った。

 もしもこれが俺達諸共始末するための偽の作戦指示だったとしたら……。

 

「ジェシー!今はそれよりも避難を先にしなければなりません!早く動きましょう!」

 

「あぁ……!だが!ここの人達も護らなければいけない!こっちだアーニャ!」

 

 暗闇の中、目的地へと向かいひたすら走る。その最中にも銃撃が鳴り止まずあちこちで悲鳴が聞こえる。

 

「クソ……!これ以上好きにはさせない……!」

 

「ジェシー、一体どこへ……!……っ、ここは……!」

 

 鎮座しているザニーが2機。そう、俺が朝いた場所だ。

 

「これで敵を引き付ける!いいなアーニャ!?」

 

「え、えぇ!心許ない機体ではありますがそうも言ってられる状況ではありませんからね……!」

 

 急いでザニーへと乗り込む為にコクピットハッチへと駆け上がりコクピットハッチを開く、そこには既に灯りが入っていた。

 

「……!誰……!」

 

「君は……!?女の子!?」

 

 休憩する前に俺を見ていた女の子だ、どうやらコクピットの中でスイッチを弄り回してなんとか動かそうとしていたみたいだ。

 

「そこを退くんだ!これは俺が動かす!」

 

「嫌だ!これは私が……!」

 

「俺は軍人だ!良いからそこを退くんだ!」

 

 今からではコクピットの外へ降ろすのも危険だ、シートに座ると同時に女の子を俺の上に乗せてベルトを閉める。

 

「……っ!」

 

「少しキツイかもしれないが我慢してくれ!アーニャ、そっちはどうだ!」

 

「待ってください……!今起動しました!」

 

 ゆっくりと起き上がるザニー、モニターが映り込むと光学カメラが敵を捉える……それは……!

 

「クソ……!メガセリオン初期型にジム……!コイツら連邦を離反した連中か……!」

 

 一部の部隊が丸ごと離反したとすらジャミトフも言っていた、既に何度も宇宙でも地上でも同じように離反した者達と戦っている……だが……!

 

「虐殺を許すわけにはいかない!」

 

 越えては行けないラインがある、兵士としてではなく、人間として。

 それを越えてしまった者達には罪に対する罰を与えなければならない。

 

「行くぞアーニャ!此処の人達を護る!」

 

「えぇ!」

 

「ジェシー・アンダーセン!ザニー、発進する!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 5~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。