シンフォギアの消えた世界で アナザー (現実の夢想者)
しおりを挟む

暁に立つ花の歌は切なく響く

本編がシンプルに終わった場合の物語となります。
こちらは気が向いたら更新にします。

……本編がもう殺伐あるいはシリアスが続くので息抜きを兼ねてます。

本編はhttps://syosetu.org/novel/216250/になります。


 それは別れの際、仁志がクリスからのキスへならばとばかりに想いを返した事から始まるもう一つの物語。

 

 もう会えなくなるかもしれないという気持ちから、ありったけの強い愛をクリスへ伝えるように仁志は舌を絡め返した。

 

 それによりクリスの中で育っていた悪意の蕾が枯れ、消滅したのだ。

 

――ば、馬鹿な……。こ、こんな事が……っ!

 

 そこからは腹を括ったようになった仁志による独壇場となる。

 響達装者全員へ舌を絡めるディープキスをしていったのだ。

 勿論、欲望ではなく今生の別れかもしれないという想いからのキスである。

 その強く激しい愛は悪意の企みを知らぬまま完膚なきまでに打ち砕き、本来あるはずだった流れを変えてしまった。

 

 まさしく、愛の成せる業である。

 

 そうして依り代をエルフナインへ託し、仁志は来たる再会を信じて一人で生きていく事になり、物語は終わる――かに思われた。

 

 これは、それから上位世界で一か月ほど経過したある日から始まる……。

 

「こことも、今日で完全にお別れか……」

 

 住み慣れた六畳間を見つめて仁志は噛み締めるように呟いた。

 そう、仁志は遂に今の勤務先から徒歩十五分程にある3LDKの一軒家へと引っ越す事にしたのだ。

 マリア達が住んでいた平屋と違い二階建てではあるが、築年数がそれなりに経っているため家賃はそこより二万程高いだけの物件へ。

 

 本来であれば一人暮らしの独身が住む場所ではないが、仁志は別れ際に奏から言われた言葉を意識してそこを選んだのだ。

 

「新居も古いとはいえここよりは新しいし、部屋も多くてリビングがあって風呂もある。収入に比べたら家賃が少々高めかもしれないけど……」

 

 そこで仁志はどこか申し訳なさそうな顔で頬を掻いた。

 

「俺には、チャンネルからの収入があるからなぁ」

 

 そう、実は結局“戦姫絶唱シンフォギア”は戻らなかったのだ。

 正確には“戦姫絶唱シンフォギア”という名の作品名ではなくなってしまったのである。

 その名も“戦姫咆哮ギアヴァラヌス”。仁志は知らないが、これは本来ゲームに配信される予定だったシナリオが影響した結果であった。

 

 キャスト達の芸名は戻ったため、仁志もそれがこの世界でのシンフォギアだと理解出来たが、何故タイトルが変更になったのかまでは分かるはずもなく、ただただ自分達の戦いの結果だろうと受け止める事にしたのである。

 

 なにせ、それは現在アニメの六期が製作されるかもしれないと情報が流れており、遂にあの三人娘が装者のような存在となるのではと、そう囁かれていた。

 つまり、もう仁志の知る物語から逸脱を始めているのだ。それもまた、仁志が自分達の影響と思う部分であった。

 

 そして、結果として“戦姫絶唱シンフォギア”チャンネルは消滅する事無く存在し続け、そこからの収入が未だに仁志の財政を潤していたのだった。

 

 それも踏まえて、彼は引っ越しを決めた。更にそれだけではなく……

 

「駐車場も契約したし、手続きも終わった。後は納車を待つばかり、かぁ……」

 

 セレナ達との約束、ではないが、宣言通り車を購入したのである。

 契約駐車場はあの場所のままであり、新居となる一軒家では歩いて二~三分ぐらいとはいかないが、それでも五分はかからない距離なので許容範囲ではあったのだ。

 

「……十年間、お世話になりました」

 

 初めて引っ越してきた時と同じく、何もなくなった部屋へ別れを告げて仁志はそこを後にした。

 鍵を大家へと返し、仁志は歩いて新居へと向かう。

 

「始まりはい~つ~もと~つぜんっ」

 

 上機嫌にCLIMAXなテンションで歌を口ずさみながら歩く仁志。

 

 丁度その頃、彼が向かっている一軒家にあるリビングではある異変が起きつつあった。

 いくつかの段ボールが置かれているそこにあのノートPCも置かれていたのだが、そのゲートから何者かが出て来たのである。

 

「っと! あれ? 仁志さーん? いませんか~?」

 

 それは、手に依り代と呼ばれたスマートフォンを持ったギア姿の響だった。彼女はゲートから出るや、いるはずだと思っていた仁志がいない事に疑問符を浮かべて首を傾げる。

 

「到着デース! ししょ~! 会いにって、あれ?」

「切ちゃん、師匠いた? って、ここ、どこ?」

 

 響に遅れて現れたのは切歌と調。だが二人は、仁志がいない事よりも先に自分達が出た場所が記憶にあるものと違っている事に気付いた。

 

「あっ、切歌ちゃんと調ちゃん、仁志さん留守みたい」

「それはいいんですけど……」

「響さん、ここししょーのお部屋じゃないデスよ」

「へ? ……ホントだ!」

「「今更(デスか)……」」

 

 あまりにも遅い響の反応に切歌と調が呆れるような顔をする。

 そこへ更にゲートから出てくる者達がいた。

 

「よし、到着だね」

「はいっ!」

 

 ギア姿の未来に抱えられて現れたのはエルフナインだった。

 そのエルフナインの腕に見慣れぬリストバンドがある。

 

「あれ? どうしたの?」

「未来、ここ、仁志さんのお部屋じゃないみたいなんだよ」

「デスデス」

 

 言われて未来とエルフナインが部屋の中を見回し、たしかに見覚えがない事を理解するも、すぐ二人は同じ物へ目を止めた。

 

「「……引っ越し中?」」

「「「え?」」」

 

 言われて響達も二人が見ている場所へ顔を動かした。

 リビングの隅に邪魔にならぬよう置かれた段ボール箱には、仁志の手書きで“漫画”や“衣服”などの文字が書かれている。

 それはどこからどう見ても引っ越しのための行為だ。

 そこまで理解し五人は顔を見合わせた。

 

「「「「「本当に約束を守ったんだ(ですね)(デスね)……」」」」」

 

 そう言い合って五人は自然と笑みが浮かんでくるのを止められなかった。

 

 彼女達が根幹世界へ戻ってから既に二か月弱が経過し、上位世界であった事をある程度報告し終えた響達。

 セレナや奏はまたの再会を約束してそれぞれの世界へと帰り、エルフナインも仁志から言われていたように平行世界のキャロルと邂逅し知己を得る事に成功していた。

 

 そして依り代を駆使し、平行世界同士による文字通りの協力で依り代の解析などは進められ、遂にそのゲート通過能力を持った試作品が完成。

 その実験などを兼ねて、響達はエルフナインを連れて上位世界へとやってきたのである。

 ちなみに上位世界へのゲートである裂け目の修復は何故か停止しており、エルフナインはそれを見て悪意はあの時点で滅んでいなかったのかもしれないと推測していた。

 

「じゃ、どうする? 只野さんが帰ってくるかも分からないんじゃ……」

「はいっ! まずは時間を確認したらどうかな!」

「へぇ、響にしてはまともな意見でビックリ」

「未来っ!?」

「うそうそ。えっと、時計とかあるかな?」

「ししょーってたしか……」

「部屋に時計、置いてなかった気が……」

 

 切歌と調の言葉に未来が少し驚いた顔を見せ、響へ確認するように顔を向けた。

 

「そ、そうなの?」

「……うん。スマホがあれば十分って」

「ああ、うん。只野さんらしいね……」

 

 小さく苦笑して未来は納得すると同時にどうしたものかと息を吐いた。

 

「とりあえずギアを解除したらどうでしょう?」

「あっ、そうだね」

「そうだ。エル、本部へ連絡。無事成功したって」

「そうでした」

 

 調の言葉にエルフナインがリストバンドを口元へ近付けると……

 

「ゲートリンク、起動」

 

 そう告げたのだ。するとそれを合図に小さな電子音のような物が鳴る。続いて櫻井了子と同じ声の電子音声が流れる。

 

“アクセスコードを入力してください”

「アクセスコードは、グリッドマン」

“アクセスコード、認証しました。ゲートリンク、オールアクティブ。全機能解放しました”

「本部、聞こえますか? こちらエルフナインです。聞こえたら応答願います」

 

 若干の間。その静寂で微かな緊張が五人に流れる。

 

『こちら本部、風鳴弦十郎だ。よく聞こえている』

「「「「「やったぁっ!」」」」」

 

 通信成功に喜びを見せる響達。これで平行世界間の通信も可能であると実証されたようなものだからだ。

 

『喜ぶのは分かるが、現在地を報告してくれ』

「あっ、はい。現在僕らは上位世界の協力者宅にいます」

『そうか。ゲートリンクに異常などはないか?』

「ゲート内移動及び世界間移動を行っても全機能正常に稼働中です!」

『了解した。それにしても、時間の経過にズレがあるのは相変わらずのようだ。こちらでは君達が出発してからまだ2分と経過していない』

「5分未満……」

「その、正確にはどれ程の時間が経過したのでしょうか?」

『正確にか?』

『現時点でおよそ1分53秒です』

『だ、そうだ』

「今で約2分……」

 

 その情報を基にエルフナインの脳内で話し合いが始まる。そう、キャロルとのだ。

 

――どういう事かな?

――分からん。だが、ゲートを通過している時間の約5分の1だ。

――じゃ、もしかしてゲート内の経過時間が遅くなってる?

――それが現状一番納得出来るだろうな。

 

 平行世界のキャロルとの出会いは、仁志の願い通りエルフナインの中に眠るキャロルへ劇的な刺激となった。

 何せ自分のもう一つの可能性を見せられたのである。その与えた衝撃は、たった一目見ただけで響達との激戦がちんけなものになるぐらいのものだったのだから。

 

 以来、キャロルは呼びかけに応じてエルフナインと会話するようになっていた。

 何しろ依り代という人知を超えた物まであったのだ。元々知的好奇心旺盛なキャロルが黙っていられるはずもなかったのである。

 

 脳内での話し合いを終えたエルフナインは目を開けると、キャロルとの意見交換で出した仮説を述べ始めた。

 

「あくまで可能性ですが、ゲート内の経過時間だけが遅くなっているかもしれません」

『どういう事だ?』

「僕らがゲートを移動した時間がその5倍ぐらいなんです」

『……成程。ゲート内の時間経過速度が各世界の5分の1へ落ちていると?』

「現時点ではそう考えるのが妥当かと思います」

『ふむ、分かった。とにかくゲートリンクのテストは第一段階終了だ。引き続き、第二段階へ移行してくれ』

「分かりました。では、一旦通信を切ります」

『定期連絡だけは忘れず頼む』

「了解です」

 

 通信を終えるとエルフナインは息を吐いて、ゲートリンクと呼んだリストバンドを遠ざけた。

 それだけで微かな電子音を鳴らしてゲートリンクはスリープモードへと移行する。

 それは仁志が好みそうな作りだった。まさに彼の影響を受けたエルフナインが中心となって製作しただけの事はある物と言える。

 

「これで次は耐久テスト、だっけ?」

「そういう名目のお休みだけどね」

 

 響の問いかけに未来が微笑んでそう告げる。

 

 実はこれは未来の言う通り、ゲートリンクという依り代から生まれた装備のテストと称したエルフナイン達への休暇であった。

 それと言うのも、依り代の解析及び研究という仕事は、エルフナインを仕事人間へと戻すには十分過ぎる意味とやりがいを持っていたためだ。

 結果、寝る間も惜しんで研究室へ籠りきりとなり、見かねた切歌と調が外へ連れ出す一方で依り代を持って響がまずフィーネを勧誘、そこからは連鎖的に平行世界同士の協力体制が出来上がる事となった。

 

「本当ならマリア達も連れてきたかったデス……」

「仕方ないよ。マリアと翼さんはお仕事だし……」

「クリスちゃんは留学準備と万が一に備えて待機中……」

「セレナちゃんや奏さんを連れ出す事は絶対無理……」

「やっぱり、あの頃のようには出来ません」

 

 悲しげなエルフナインの言葉に響達も似たような顔をした。

 時間停止という状態だったからこそ可能だった装者全員での行動。

 旅行やカラオケ、遊園地にプールなど、呼び出しがないからこそ出来た事だった。

 

 そうやって五人が沈んでいる中、玄関では仁志が鍵を取り出してドアを開けようとしていた。

 

「よっと、ただいま~……って、言っても仕方ないんだけどなぁ」

 

 本来であればそのはずだった。しかし……

 

「「「「「おかえりなさい(デス)っ!」」」」」

「へ?」

 

 リビングから聞こえてきた声に靴を脱ぐ手が止まり、仁志は若干の間の後慌てて靴を脱いでリビングへと駆け込んだ。

 

「ど、どうして……」

 

 そこで彼が見たのは、満面の笑みで自分を見つめる五人の来客だった。

 

「いや、でも、まずはこう言うべきかな? えっと、いらっしゃい。また会えて、本当に……嬉しいよ」

 

 噛み締めるような声に五人の少女は心からの微笑みを返す。

 これが、彼らの新しい思い出の始まりだった……。

 

 

 

「「「「「お~……」」」」」

 

 二階へ上がって寝室を見た響達の反応は内見した時の俺と一緒だった。

 まぁ、寝室と言っても現状はただの広めの部屋だ。ただ、そこだけで以前の部屋と同じ六畳の空間があるというね。

 

「ししょーししょー、残りの部屋も見ていいデス?」

「いいよ。何もないに等しいけどね」

「そうなの?」

「まだ引っ越してきたばかりなんだよ。ここに来るのは汗流す時と荷物を運ぶ時ぐらいで、まだ料理なんかもしてない」

 

 というかする気力がない。荷解きするのさえも億劫だし、ある意味響と出会う前に戻った感じさえある。

 

「なら、今日は私達が作ります。お世話になりますし」

「え? ホント?」

「はい。そうだ。じゃあお買い物とかもしてないですよね? 申し訳ないですけど、資金くれませんか? 代わりに美味しい物作ります」

「マジで。出す出す」

 

 未来の優しさと奥さん感に気分が高揚してきた。

 即座に財布を取り出して適当に何枚かの札を渡す。

 

「これで頼む」

「はーい。調ちゃん、一緒に行こう?」

「分かりました。エルも一緒に来る?」

「あっ、はい! 兄様、行ってきます!」

「気を付けてな。あっ、出て右へ行くと駅の方へ出られるから」

「分かりましたっ!」

 

 何となくだけどあの頃みたいだ。階段を下りて行く音を聞きながら俺は振り向く。そこには当然残った二人がいる。

 

「「えへへ」」

 

 で、どうして嬉しそうに笑って俺の両隣りを陣取るんですかね?

 

「ひ~っとしっさんっ!」

「ししょ~っ!」

 

 まぁ、理由は聞くまでもないか。元々甘えん坊なきらいがある二人だしな。

 

「何だい?」

「「呼んでみただけ(デス)」」

「そっか」

 

 そっと二人の体を抱き寄せる。感じる温もりと匂いが夢じゃないと教えてくれた。

 

「仁志さん……」

「ししょー……」

 

 それだけで一瞬にして乙女スイッチが入ったらしい。響も切歌も俺の事を熱っぽい眼差しで見上げてくる。

 あの頃は悪意がいると思って俺も色々と抑えたけど、今はその強力なブレーキがなくなってるから少し怖くはある。

 

 だけど、俺も男だ。エロい事はまだまだ興味があるし、しかも相手が響と切歌なら手を出さない方がおかしいとは、思う。

 

 まずは優しくキスをした。響と切歌へ触れるだけのキスを。

 それに二人は嬉しそうに微笑んでくれた。

 

「あはっ、仁志さーん」

「ししょ~、大好きデース」

「俺もだよ。その、幸せだ」

 

 左右から抱き着かれると、その、二人の胸が当たる。

 この二人ってコンビを組んでる時はある方担当だしなぁ。

 

 ちょ、ちょっとぐらい触ってもいい、だろうか?

 

「その、嫌だったら言ってくれ」

「「ぁ……」」

 

 そっと二人の胸へ手を伸ばす。けれど二人は小さく驚いた顔をするだけで止める気はないらしい。

 慎重にまずは優しく触る。響も切歌も手に若干の硬い感触があるな。

 これ、ブラか。だけど、今はそれさえも興奮材料だ。

 

「あっ、ひ、仁志さぁん……」

「し、ししょぉ……」

 

 どうやら二人はブラ越しに触られても気持ちいいらしい。

 いや、これはきっと精神的なものかも。

 俺に本当に女性として求められてるって、そういう意味で快感を得ている可能性がある。

 

「えっと、嫌か?」

「「っ……」」

 

 フルフルと首を横に振って潤んだ瞳を見せる二人の乙女。

 本当に可愛くて、そこはかとないエロさを見せてくれるよ、ホントに。

 だって、さり気無く二人して腕を動かしてる。これ、絶対ブラを外してるよ。

 

 なのでその間、俺は胸ではなく狙いをお尻へと変える。

 

「「んっ……」」

 

 おおっ、こ、これが女子高生のお尻か……。

 響の方は引き締まってる感じの感触で、切歌の方はもちもちな感じの感触。どちらもベネっ! いや、イイっ!

 

「ひ、仁志さんって意外とエッチなんですね」

「我慢してたんだよ。その、悪意の事があったし」

「ひゃんっ! し、ししょーの手がエッチな感じでさわさわしてくるデスよぉ」

「んんっ! ほ、ホントだ。仁志さんの手付き、すっごくエッチだよぉ」

「でも嫌いじゃないんだろ?」

「「…………はい(デス)」」

 

 ああっ、これはヤバい。絶対にヤバい! このままだと最後の最後まで突っ走るっ!

 けれど、今更止められるか? あの生活中、必死に、懸命に抑えてた欲求だ。

 あのドライディーヴァ相手にさえ押し殺した性欲を、吐き出し始めた欲望を、ここで何とか押し留められるか?

 

「「「っ?!」」」

 

 と、そこで俺のポケットに入れてあるスマホが振動した。

 バイブレーションにしてるから震えるだけだけど、このタイミングは心臓に悪いな。

 

「……依り代?」

 

 表示は俺が元々使っていたスマホだった。つまりエルって事になる。

 

「もしもし?」

『あっ、只野さんですか? その、お買い物袋借りるの忘れたんでレジ袋買ってもいいですか?』

「ああ、そういう事か」

 

 真面目な未来らしいと思った。別にいいよと、そう言おうと思いながらふと顔を響達へ向ける。

 するとそこには……

 

「や、やっぱり恥ずかしいよね……」

「で、デスね……」

 

 外したブラを手にした響と切歌がいた。響はオレンジで切歌はグリーン、か……。

 

『あの、只野さん?』

「っ!? か、買ってくれていいよ! 大きいレジ袋は色んな用途に使えるしさっ!」

『そうですか。じゃあ、これで』

「う、うん。頼んだよ」

 

 通話終了と共に、俺は静かにスマホを床へ置いた。

 視線の先ではブラを見せるように両手で持つ二人の戦姫。

 

「「ど、どうです(デス)か?」」

「これが答え」

「「あっ……」」

 

 股間を指さしてやると、二人がそこを見つめて顔を真っ赤にする。

 最後まではやらないようにして、とりあえず今は女子高生二人のナマ乳を揉ませてもらおう。

 

 ……何だか我ながらオヤジくさいな。

 

 そう思いながらも俺は二人を再度抱き寄せて、まずはキスをする事にした。

 しかも結構エロいキスをするべきだと、そう思って。

 

「響、目を閉じて」

「はい……んっ。ちゅっ……っはぁ……んんっ」

「おおっ、え、エッチなキスデス……」

 

 響の可愛い舌と絡め合うように舌を動かしながら、俺は両手を服の中へ入れて胸を触った。

 

「ふむっ……んふふ」 

 

 柔らかくて、だけど張りのある感触がたまらなく興奮する。しかも響の吐息が喜んでいるのがヤバい。

 乳首を触ってみたいけど、それはまだ早いかと思って何とか堪えた。

 ただ、執拗に揉んで、撫でて、触れたけど。

 

「「っは……」」

 

 響だけに夢中になり過ぎないように一旦キスを切り上げる。でも両手は抜かない、てか抜けない。

 こっちを見つめる響の目もどこか蕩けていた。

 

「ひ、仁志さん……今のって……」

「俺なりの、踏み込みかな。響への気持ちで進んでみた」

「ぁ……嬉しい、です。もっと、もっと踏み込んで欲しいなって思いました」

 

 思わず押し倒しそうになるぐらいの、女の色香を今の響からは感じる。

 

「ししょぉ、次はアタシの番デスよぉ」

 

 と、そこへ聞こえる切なそうな声で我に返る。

 

「あ、ああ。分かってるよ切歌。おいで?」

「ししょ~……んぅ。っぱ……ちゅっ、じゅるっ」

 

 キスするなり切歌の舌が入ってくるので負けじと応戦。どうやら響と俺のキスにあてられたらしい。

 互いの舌を絡めながら、響の服の中から切歌の服の中へと両手を移動させて潜り込ませる。

 響に負けず劣らずな大きさのおっぱいを優しく触り、時に揉む。

 

「んふっ……ん~っ!」

 

 切歌から漏れる声が感じているのだと教えてくれる。もっともっととねだるように密着してきたからだ。

 それに、こうして触ると大きさ以外にも違いがあるんだとよく分かる。

 切歌は響よりも柔らかく、響は切歌よりも張りがある。

 

 どっちがいいとかじゃない。どっちもいい。

 

 名残惜しいけど、切歌だけにも夢中になれないので顔をゆっくりと離す。

 すると俺と切歌の間に唾液の橋が出来た。

 

「ぁぅ……」

 

 で、それに照れる切歌が可愛い。そっと頭を撫でると嬉しそうに微笑みながらも、どこか色気を出すのはそれだけ切歌の適応力が高いって事なんだろうか? それとも学習能力?

 

「えへへ、ししょぉ、もっとキス、したいデス」

「ズルいよ切歌ちゃん。私だって、もっとキス、したいんだから」

「じゃあ、交互にしようか。さっきみたいに俺の隣においで」

「「はい(デス)……」」

 

 こうして俺は、しばらくの間響や切歌と舌を絡め合うようにキスをしながら、その胸を存分に堪能させてもらう事となる。

 

 可愛い女子高生とキスしながら両手で異なる女性のおっぱいを揉めるとか、俺、本気で死ぬかも。

 そんな事を考えながら俺は必愛コンビとの割とエロい時間を過ごす。

 

「仁志さぁん、もっとぉ……」

「ししょぉ、もっとデェス……」

「……じゃ、舌を伸ばしてくれる?」

「「れぇ……」」

 

 蕩けた眼差しと上気した頬。そんな締まりのない顔で、二人の少女はいやらしく舌を伸ばしておねだりをしてくる。

 それと同時に胸も触ってとこちらの手へ押し付けてくるし、見てはないけどきっと下も濡れてるに違いない。

 

 俺だって、既に我慢しているせいで下着の中が酷い事になってると思う。

 ギンギンで痛いぐらいだし、少しでも気を抜けば大惨事間違いない。

 

 ……これ、エル達が帰ってくるってなってなかったら確実最後までしてるなぁ。

 なんて事を思いながら、俺は響と切歌と舌を交わらせるのだった……。




……これ、R-15でいいです、よね?
自分で書いてて不安になってきた(汗


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小さな日向がある未来

まぁ、こうなりますよね(滝汗

仕方ないね。これも未来がエッチ過ぎるのがいけない(暴論


 買い物から帰ってきて、今私は調ちゃんと二人でお昼ご飯の準備中。

 エルちゃんはといえば、只野さんと二人でお話中。

 それと、響達二人はお風呂場。何でもお掃除との事だけど、この分だとそのままシャワーとか浴びてるんじゃないかな?

 

「へぇ、音声はフィーネが?」

「はい。それとキャロルのもあります」

「どういう事?」

「えっと、今後のためって言って僕用に録音させてもらいました」

「あー、そっか。エルの中のキャロルも目覚めてはいるんだっけ」

「はい。もしよければ話してみますか?」

「いや、キャロルが嫌だろ。こんなよく知りもしないおっさんとさ」

「知らぬ事もない。これでもかと聞いているからな」

「そっかぁ……ん? あっ、目付きが悪いっ! キャロルか!?」

「いきなりご挨拶な奴だな。ああ、俺がキャロルだ」

 

 あっ、只野さんがキャロルちゃんになったエルちゃんに驚いてる。

 あれ、初めて見せられるとみんな大なり小なりああなるんだよね。

 何せノータイムでエルちゃんから切り替わるから。

 

 それにしても、只野さんは目付きで気付くんだ。

 口調とかじゃない辺りがらしいかも。

 

「師匠が早速キャロルの洗礼を受けてる」

「うん、そうだね。多分だけど、キャロルちゃんも話してみたかったんじゃない?」

「かもしれませんね」

 

 二人で一旦手を止めて只野さんとキャロルちゃんを見つめる。

 もう簡単な自己紹介も終わって、キャロルちゃんが“はがれん”だっけ?

 それを話題に出して、只野さんがどこか嬉しそうな顔をして別の作品を教えて始めてる。

 

「何? 錬金術を扱った物は他にもあるのか」

「うん。ゲームとかでも色々あるけど、俺が好きなのは武装錬金って漫画でね。アニメにもなったけど、ホムンクルスとかと戦うもので……」

「ホムンクルス? 詳しく話せ」

「じゃ、まずは物語の導入からな。えっと、高校生武藤カズキは……」

 

 あっ、もうキャロルちゃんも只野さんワールドに引きずり込まれた。

 残念だけどああなるとそう簡単には出てこれない。

 聞いてるとどんどん気になってく傾向があるからね、みんな。

 可哀想だけど、キャロルちゃんもエルちゃんや切歌ちゃんみたいに、少しずつ只野さんに染まっていくんだろうな。

 

 ……それはそれでちょっと見てみたいけど。

 

 そんな事を思いながらお料理再開。

 お昼のメニューは簡単にお野菜と玉子の塩ラーメン。

 袋麺が安かったから、つい買っちゃった。調ちゃんも同じ物を見てたらしく、二人で買い物あるあるだって笑った。

 

 それにしても一体何があったんだろう?

 帰ってきた時、只野さんはどこか疲れた感じだった。

 

 お昼ご飯食べ終わったら色々と問い詰めるつもりだ。勿論、響を。

 だって、買い物の間何もしないなんて私なら有り得ない。

 

「未来さん、響さんに買い物の間何してたか聞きますか?」

「勿論。絶対何かしてたはずだし」

 

 やっぱり調ちゃんも気付いてるよね。

 あの二人がお風呂掃除をするのはおかしくないけど、ならどうして只野さんの髪が少しだけ濡れてたのかな?

 つまり二人がお風呂掃除する前に只野さんがシャワーを浴びたって事。じゃ、何で?

 

 そんな事を思いながら、私は野菜を切り終えて沸騰したお湯の中へと入れていく。

 調ちゃんは粉末スープの袋を開けてすぐ使えるようにしてた。と、そこで私と目があう。

 

「どうかした?」

「えっと、今の未来さん、奥さん感が凄いなぁって」

 

 言われて思い出す。今の格好で只野さんにもご飯作ってあげたなぁ。

 でも、それなら調ちゃんも中々。幼な妻って言うの?

 ちょっと危ない感じの雰囲気になりそうだけど、只野さんだったら喜びそうだし。

 

「ふふっ、ありがとう。でもそう言う調ちゃんは幼な妻って感じかも」

「幼な妻……」

 

 言われた言葉に少し考え込むような調ちゃん。うん、あれは只野さんがどう思うかなって考えてるね。

 

「師匠、ちょっといい?」

「ん? どうした?」

 

 キャロルちゃんと話してるところへ調ちゃんが声をかけた。

 あっ、この流れだと……。

 

「私と未来さん、奥さんにするならどっち?」

 

 えっ、そっち?

 そう思う私の視線の先では、聞かれた只野さんが困った顔も迷う事もなく、ただ照れくさそうに頬を掻いて……

 

「両方、がいいな」

 

 あの頃と同じようで、少し違う答えを返してくれた。

 思わず顔が熱くなる。只野さん、ある意味選んでくれたって。

 あの頃は悪意がいたから全員、だったけど、今は悪意がいないけど全員、なのかもしれない。

 見れば調ちゃんも顔が赤いけど、嬉しいから仕方ないかな。

 

「お前、本気で装者達全員を娶るつもりか?」

 

 キャロルちゃんの声は呆れてた。無理もないよね。あの頃は悪意対策も兼ねた答えだったのが、今は本気のハーレム宣言だし。

 

「夢見るぐらいは許してくれよ。しかもこうして口に出してるなら、その気がなけりゃ馬鹿な野郎の馬鹿げた与太話で片付けられるだろ?」

「……まぁ、たしかに公言してるのなら、それをどう思いどうするかは相手が決められるか」

「ああ。ただ、情けない話、俺一人の収入だけじゃ嫁さん一人を養ってくのが精一杯だけどさ」

「大丈夫。私も働く」

「共働き、かぁ。まっ、それが今のご時世普通か」

「でも只野さん、それなのにこんな家借りて大丈夫なんですか?」

 

 どう見てもここ、前まで住んでた部屋の比じゃない広さと部屋数だ。

 家賃も結構するんじゃないかなって思う。

 

「あー、それは」

「師匠、もしかしてまだ配信の収入がある?」

「「え(何)っ!?」」

 

 調ちゃんの言葉に私だけじゃなくてキャロルちゃんまで反応。

 

「実はそうなんだ。あっ、ただ何て言えばいいのかな? シンフォギアは消えたけど、悪意の影響は消えたんだ」

「どういう事だ。詳しく話せ」

「いいよ。えっと……」

 

 そこからの話は驚きしかなかった。

 だって只野さんが証拠として見せてくれた“戦姫咆哮ギアヴァラヌス”ってアニメのキャラクターは、どこからどう見ても私達に似てたから。

 名前も同じで見た目もそっくり。あれ? でも私達三人で買い物行っても何も言われなかった。

 

「あの、只野さん。私達特に変装もしないで買い物行ったんですけど……」

「まぁ昼間のスーパーを利用する層でシンフォギア、じゃないギアヴァラヌスを見てるのはそう多くはないよ。あと、見た目がそっくりでもアニメのキャラが現実にいるなんて普通は発想しないから」

「「「成程」」」

 

 気付けばキャロルちゃんまで頷いてた。ちょっと可愛い。

 

「まっ、歌も一緒みたいだけど、ドライディーヴァだけでも十分な収入になってる。というか、下手すりゃ公式が影響されるかもしれないレベルで再生増えてるんだよ。多分アニメ効果だろうけど」

「本物のマリアさん達が歌ってますからね」

「そうそう。コメントも凄い事になってるよ。ただ、レベルの高いコスプレイヤーって思われてるみたいだけどね」

 

 それを聞いたら三人して苦い顔しそう。

 

「歌を唄うだけで稼ぎになる、か。おい、それは俺が歌ってもいいのか?」

「いいけど、キャロルの場合もオリジナルじゃないとなぁ。ダウルダブラとかサンクチュアリとかは危険な匂いがする」

「サンクチュアリ? 何の事だ?」

「あー、これは平行世界のキャロルの歌だった。忘れてくれ」

「ふん、平行世界のオレ、か。まぁいい。色々と興味深い事を教えてくれた礼だ。その、俺も一曲ぐらい歌ってやらんでもない」

「ホント? いやぁ、それは嬉しいな。個人的にもキャロルの優しい歌が聴いてみたかったんだよ」

「なっ!? ど、どうして優しい歌と決めつける!」

「いや、だって俺への感謝で歌ってくれるんだろ?」

「そ、それは……まぁ」

 

 珍しい。キャロルちゃんが強気になり切れてない。

 

「なら優しい歌になるに決まってるさ。それに、キャロルは元々知識欲旺盛な優しい子だしね」

「っ……い、言っていろ」

 

 何だろう。今のキャロルちゃんがクリスに見えてきた。

 特に照れくさそうに顔を背ける辺りはそっくりだ。

 もしかして、キャロルちゃんも只野さんの事、もう一人のパパって思ってるのかな?

 

 エルちゃんが教えてくれたけど、エルちゃんは只野さんの事をそう思ってるらしい。

 理由は、只野さんの考えがキャロルちゃんのパパ、イザークさんに似てる気がするからって。

 

「「さっぱりしたぁ」」

 

 そこへ姿を見せたのは響と切歌ちゃん。髪飾りが見えるから水着ギア展開してるみたい。

 

「あれ? キャロルちゃん?」

「およ? エルはどうしたデスか?」

「ああ、エルが俺と話をさせてくれたんだよ」

「そういう事だ。まぁ、もう俺は眠る。さっきの話はまた今度だ」

「あ、うん。ありがとうキャロル」

「っ……ふん」

 

 何というか、本当にクリスみたい。

 あっ、じゃあ只野さんはその相手はお手の物だ。

 だって、あのクリスがパパとママの夢を捨ててまで一緒にいたいって思わせたのが只野さんだし。

 

 そしてキャロルちゃんの目付きがトロンって感じの優しいものへ変わる。

 

「おかえりエル。ありがとな」

「いえ、僕こそありがとうございます。キャロル、喜んでたみたいなので」

「そっか。なら良かったよ」

「あっ、えへへっ」

 

 只野さんに頭を撫でられて嬉しそうに笑うエルちゃん。

 やっぱりエルちゃんになってから笑顔が可愛い。

 戻った後も笑顔が増えて、司令達が驚いて、でもとても嬉しそうにしてたのを思い出すなぁ。

 

 特に友里さんはエルちゃんとよく接するからか色々な感想を聞いた。

 あの事件以降のエルちゃんは笑顔が多くて可愛くなって、更にあったかいもの以外にお茶を飲むようになって、その時の表情がとっても愛らしいって。

 藤尭さんは、エルちゃんが料理に興味を持ってくれたのが嬉しいらしくて色々教えたりしてるみたい。

 

 まぁ、その話の時は友里さんが蚊帳の外なのが面白いとも言ってたけど。

 

「未来さん、そろそろこっち出来ます」

「あ、うん。じゃあスープ入れていくね」

「お願いします」

 

 一気にお湯の中にスープが溶けて色を変えていく。それと同時に香りもしてきてお腹が空いて……

 

「「「「お腹空いたぁ」」」」

「「今出来るから」」

 

 予想通り響達が揃って告げた言葉に調ちゃんと二人で笑う。

 この後、出来上がった大鍋の塩ラーメンをみんなで分け合った。

 

 響と切歌ちゃんは美味しいけど量が足りないって言いながら、只野さんは美味い美味いって喜びながら、エルちゃんは美味しいですって笑顔を見せながら、私と調ちゃんはそんなみんなに笑みを浮かべながらラーメンを食べた。

 

 あの頃は、マリアさん達もいただろう時間。それが、今は叶わなくて悲しい。

 でも、いつか、きっといつかまたあんな風に過ごせる気がする。

 

「ん? 俺の顔に何か付いてる?」

「ううん、何でもないです」

 

 仕方なくじゃなく、心から私達全員を選んでくれたこの人なら、それを可能にしてくれるはずだ。

 そんな風に思いながら私はラーメンを啜る。塩味なのに、どこか甘い気もするなって、そう思いながら……。

 

 

 

 食事を終えた俺は、リビングで漫画を読むと言う響達と別れて二階の寝室へと戻ってきた。

 休みとは言え夜勤明けには変わりないので仮眠を取ろうと思ったのだ。

 

「はぁ、美味かったぁ」

 

 未来と調の作ってくれた即席ラーメンは美味かった。いや、お手軽だけど自分で作らない飯ってのは美味いもんだ。

 それにしても、響達は相変わらずだな。俺の持ってる漫画を読みたがるのはあの部屋の頃もよくあったし。

 

「それにしても、バレなくて良かった……」

 

 響と切歌との濃厚な時間を未来達が帰ってくる前に断腸の想いで終わらせ、俺はさくっとシャワーを浴びてから二人へもシャワーを勧めた。

 女性は匂いに敏感だ。なら、このままだと未来や調が俺達の匂いからいかがわしい事をしてたと誤解すると思った。

 

 ……ま、まぁいかがわしいは事実か。行き過ぎなかっただけで。

 

「さてと、寝る前に響達用の布団を干しますか」

 

 今からでも干しておけば夕方にはお日様の匂いをさせるだろう。

 そうと決まれば行動開始。えっちらほっちらベランダへと布団を運ぶ。

 みんながあの生活で使っていた布団は全部取ってある。本当は捨てるつもりだったけど、何だかもうみんなが来ないって考えたみたいで出来なかったのだ。

 

 ま、結果的に良かった。ただ、おかげで運ぶの割と大変だったけど。

 圧縮しても全部で十組の布団だ。枕もあったのでそれだけでも結構な量である。

 あの部屋からここまで歩いて10分強。それを、晩秋とはいえ荷物を持って行き来すれば汗も掻く。

 

 ここに決めてからちょこちょこと進めて、何とかギリギリに引っ越し完了だったもんなぁ。

 

「うし、これでいいな」

 

 五人分の布団を干し終わり、俺は寝室へと戻る。網戸を閉め、窓を閉めれば元通り。

 じゃ、軽く仮眠でも取ろうかな。本音を言えばムラムラしたものを吐き出したいんだけど、それをするには状況が悪すぎるし。

 

「只野さん」

「ん? 未来?」

 

 自分の布団を敷いていざ寝ようとすると未来が顔を出した。

 何かあったんだろうか?

 

「寝るんですか?」

「まぁ勤務はなくても明けには変わりないからね」

 

 それに響と切歌との時間で疲弊したし、とは口が裂けても言えない。

 

「そっか。じゃあ……」

「へ?」

 

 一瞬妖艶に微笑んだかと思うと、未来が俺の隣へやってきて横になる。

 

「えっと……?」

「添い寝、します。どう、ですか?」

 

 見せる顔は、乙女じゃなくて女のもの。潤んだ瞳は、少女ではなく女性のもの。

 吐息は熱を持ち、どこか男を誘うような色香のようなものを全身から放っているように思った。

 

「……どうなってもいいの?」

「……下に響達がいますよ?」

 

 そう言いながらも顔はそれを嫌がっていないな、これ。

 

「その場合、俺は平気だけど未来が嫌だろ」

「む、むしろそれで責任取ってもらいます」

 

 真っ赤な顔で放たれた言葉で腹が決まった。

 なので俺も布団へ横になる。で、未来と向かい合った。

 きっと、それで未来も何かスイッチが入ったんだろう。目の色が変わった、感じがした。

 

「只野さん……」

「未来、もう少しこっちに」

「はい……」

 

 布団の上で密着するなり俺は未来を抱き締めるようにキスをした。

 未来もそれで嬉しくなったのか抱き締め返してくれ、俺達はしばらくそこでキスだけをした。

 けど、当然俺の欲望が体を通してもたげてくる。そうなればそれが未来へも伝わる訳で……。

 

「……只野さん、こ、これ……」

「未来が可愛くてエロいからだ」

 

 自分のお腹に当たる物を軽く触って、未来は顔を赤くした。

 でも、触る手は止めない。むしろよりねっとりと優しいものへ変えた。

 

「未来?」

「凄い……どんどん硬くなる……。それに、お、おっきくなってる」

 

 え、エロい……。たどたどしい手付きで俺の欲望を刺激する未来。

 頬は赤いからちょっと恥ずかしいんだろう。でも顔が興奮しながらも好奇心に満ちてるのがまたエロい。

 

「未来、こっち向いて」

「え? んっ……じゅる……んんっ」

 

 堪らずディープキス。けど未来は嫌がる事もなく、嬉しそうに舌を絡めてくれる。

 布団の上でディープキスしながら俺は未来のお尻を触る。それだけで正直欲望が爆発しそうだ。

 

「っぷは……只野さぁん」

 

 蕩けた顔でこっちを見つめる未来。もっと蕩かしてみたくて再度ディープキス。

 

「んぅ……っは、んちゅっ……じゅるる」

 

 股間に悪い音と吐息だけが寝室に響く。

 それでも未来は手を止めないのだから恐ろしいような怖いような。

 顔を離せば透明な糸。けど今度は未来からキスしてきた。

 

「んんっ……っちゅぱ、ただのひゃぁん」

 

 呂律が妖しくなるぐらい夢中? いかん、それだけでもエロカワイイ。

 と、ここで堪らず胸へ手を伸ばす。そっと触れば感じる柔らかな温もり。

 

 ん? 柔らかい……?

 

「み、未来? ブラは?」

 

 響や切歌もちゃんと着けてた物を未来が着けてないなんて有り得ない。

 そう思って尋ねると……

 

「そ、そういう事をされてもいいように、上がってくる前にシャワー浴びて……その時に洗濯かごへいれちゃいました……」

 

 つまり確信犯、か。うん、成程。これはお仕置きが必要だな。

 

 と言う訳で未来っぱいを存分に触る事に。

 小ぶりだけどしっかりと主張している部分があるので、そこを指でつまんでみる。

 

「んっ! た、只野さん、それ、ダメぇ」

「何がダメなのか言ってごらん?」

「あっ……ゆ、指で、んんっ……お、おっぱいの先っぽをぉ……あんっ!」

 

 クリクリ、コネコネとやや硬い蕾を刺激するだけで未来の声が震え、顔が赤くなり、吐息が漏れ出てくる。

 しかも、決して嫌がる事無く、むしろもっとして欲しいとばかりに胸を突き出してくるんだからエロい!

 

「おっぱいの先っぽじゃ分からないなぁ」

 

 未来の手が止まったのをいい事に、俺はスケベオヤジ全開の反応を返す。

 当然その間もツンツンと蕾を可愛がってはいる。

 

「ち、乳首っ! 乳首を指で弄らないでぇ!」

 

 目をキツク閉じて告げた言葉に俺は満足した。

 何という達成感。薄い本みたいな事って出来るんだな。

 

「うん、分かった」

「ぇ……?」

 

 あっさりと言われた通り手を離すと、何故か未来が「どういう事?」みたいな顔をしてきた。

 そうだよな。止めないと思うよな。だからこそ止めるんだよ、未来。

 エロに関して男は厄介だと君はもう少し勉強するべきだったね。

 

「ん? どうかした?」

 

 優しく微笑みながら未来の髪をそっと撫でる。

 今も下はギンギンになってるし、正直言えばこのまま最後までいきたい。

 けど、未来に言ったように今は下に響達が、もっと言えばエルがいる。

 そんな中で事を致せば、確実音で気付かれる。それだけは避けたい。

 

「え、えっと……」

「うん」

「も、もういいんですか?」

「何が?」

「っ……そ、その、触る事、です」

「何を?」

「あの、わ、私の」

「未来になら触ってるよ?」

 

 この間、俺はずっとニコニコと笑いながら未来の髪を撫でてる。

 どうやら俺はSかMかで言えば間違いなくSらしい。

 だって、若干涙目になってる未来を見てゾクゾクしてるのだ。

 

「ぁ……ぅ……わ、私の……お、おっぱい……です……」

「ああ、おっぱいか。いいの?」

「っ……」

 

 俺の問いかけに無言でコクンと頷く未来だけど、どうやらエッチ方面の彼女は落第生だな。

 俺はさっき言わせたはずだよ未来。おっぱいは君が触って欲しいところじゃないだろうに。

 

 とか思いながら俺は再び未来っぱいを触る。いや、優しく揉む。ただそれだけだ。

 そこから手を動かして他の刺激を与える事は一切しない。

 

「あ、あのぉ……」

「何? 嫌だった?」

「そ、そのっ、それだけで、いいんですか?」

「十分だよ。未来とこうして触れ合えるだけで幸せ」

 

 嘘じゃない。俺はこれだけでも十分だ。だって、あの頃の俺はこれさえ諦めていたのだから。

 

 ただ、未来はそうじゃないはずだ。あれだけ触れられて、求められて、女としての喜びに震えたんだろう。

 今まで俺が踏み込まなかったところまで一気に踏み込んだ事で、未来の中で葛藤が生まれてるんじゃないかな?

 

 そう、あの時の響と切歌みたいに。

 

「そ、そうですか……」

 

 明らかにガッカリする未来にどうしようかと考える。

 あまり意地悪し過ぎてもどうかと思うし、この辺が潮時か。

 

「未来」

「はい? っ!?」

 

 軽く触れるだけのキスをして、俺は未来の目を見つめた。

 何も言わずに、しばらくそうしてからしっかりと告げる。

 

「君を、愛してるよ」

「ぁ……はい、私も、只野さんを愛してます」

 

 少しお互い照れを残しながらの告白。

 そっとキスをして謝ろう――と思ったら、まさかの未来から舌を入れてくる始末。

 どうやらそれで俺をもう一度そういう気分にさせたいらしい。

 ならば負けてなるかと俺も反撃。

 

 結局こうして俺は仮眠どころか休む事なく未来と舌を絡め合った。

 ただ、もう未来の可愛い突起を弄る事はしなかったけど。

 いや、だってそれをしたら俺も弄られると思ったからな。

 

 気付けばお互い汗だくになって、それでも密着しながらキスを続けて、さすがに俺の体力が持たなくなったところでギブアップ。

 すると未来は汗で濡れた髪を額に張り付けながら起き上がって、俺の股間を見て一度だけそこを指でついてから立ち上がると……

 

――只野さん、その、今度来る時は、一人で来ますね……。

 

 そう張り付いた髪を直しながら告げて、シャワーを浴び直してきますと言って階段へ向かった。

 

 俺はその音を聞きながらボックスティッシュへ手を伸ばす事になる。

 ホント、未来の滲み出るエロスは何なんだ……。




汗だくイチャイチャキスですよ?
服は脱いでないし、どこも露出してないですからね?

これ、エルがいなかったら割といきなりアウトな展開が待っていた可能性もあったり……(汗


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月読む調べにさそわれて

いや、本当に調のエロさはどこからくるんだろうか?

もうその一言に尽きます。


 色々あって疲れた俺が起きたのは、可愛く体を揺らすエルの声を聞いてだった。

 時刻を教えてもらえば午後七時近くで、晩飯を食べる時間だなぁと思っていると……

 

「響さんと切歌お姉ちゃんが限界みたいです」

「……おーけぃ。すぐいく」

 

 食いしん坊コンビが案の定空腹を訴えているらしい。

 それでも俺が起きてくるまで待つ辺りにあの子達の人柄の良さが出てるな。

 

 階段を下りて行くエルを見ながら俺も一段一段ゆっくりと下りて行く。

 キッチンはそこから見えるので、既にいい匂いがしていた。

 でも、この匂いって味噌だよな。でも、味噌汁にしてはやや嗅ぎ覚えのない感じなんだが……?

 

「兄様が起きました」

「待たせてごめんな」

「ううん、大丈夫だよ師匠」

「はいっ! 大丈夫です! ねっ、切歌ちゃん!」

「デスっ! つまみ食いもしてないデスっ!」

「お鍋だからね」

 

 ああ、やっぱりそうか。折り畳みのテーブルの上にあるのは、俺が冬用に買っておいた鍋だ。

 みんなとまた会えるか分からないけど、冬までに会えたら一緒に鍋をやれるようにって、そう思って買っておいた鍋だ。

 

「さぁ兄様。座ってください」

「そうさせてもらうよ」

 

 エルに促されるまま、俺はフラフラとテーブルの中心、でいいのか? そこへ座る。

 で、隣に未来と調が座り、その向かいに響と切歌。エルはと思っていると、響と切歌の間へ座った。

 

「じゃ、蓋を取りますね」

「「お願い(しますデス)っ!」」

「前のめり過ぎだよ、二人共」

 

 十一月にもなると、すっかり夜は冷える。

 鍋が美味しい季節になりました。

 

 ……一人鍋の記憶は悲しいのであまり思い出したくないけどな。

 

「「「「「お~っ……」」」」」

 

 未来が蓋を取った瞬間、鍋の香りが一気に解き放たれる。

 これは、味噌鍋か。だから味噌の匂いがしてた訳だ。

 しかも、この強めの匂いは……八丁味噌じゃないか?

 父さんがよく食べてた味噌煮込みうどんの匂いに近い気がするし、間違いないと思うけど……。

 

「未来、これって八丁味噌の鍋?」

「はい。こっちでしかない味だと思ったので、じゃあ試しにって調ちゃんと」

「師匠の地元の味だし、味噌カツを切ちゃんやエルが気に入ってたから」

 

 そうだった。この二人は味噌カツの甘い味を好きだと言ってたっけ。

 それにしても、この味噌の匂いはどうしてこうも食欲をそそるのだろうか。

 見れば響や切歌も匂いを嗅いでご満悦だ。

 

「はぁ~……いい匂いだねぇ」

「デスねぇ。お腹がグーグー鳴るデスよぉ」

「エル、これお箸」

「ありがとうございます」

 

 調がお姉ちゃんらしくエルへ箸を差し出すのを見て、すっかりそれらしくなったなぁと思って笑みが浮かぶ。

 きっと今やエル達は血の繋がりがないだけで気分は姉妹なのだろう。

 

「只野さん、お箸どうぞ」

「あっ、すまない」

 

 エル達をほっこりしながら眺めていると、俺の目の前にも箸が現れるので反射的に受け取る。

 未来が差し出してくれた箸を手前のお椀の上に置き、俺は全員へ箸が行き渡るのを待った。

 

 やがて全員が俺を見つめてきたので、ならばと号令を発するべく息を吐く。

 

「それじゃあ手を合わせて……」

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

 さて、まずは何から食べようか。そう思って鍋の中を見回す。

 大根に人参、白菜と……おっ、里芋も入ってるな。凶悪に熱いけど美味いんだよなぁ、味噌鍋の里芋。

 ささがきごぼうやしいたけも見えるし、鶏モモ肉と肉団子、まで色々入ってるみたいだ。

 

「はふはふっ……ん~っ! 大根にしっかり味噌の味が染みてるよ未来っ!」

「軽く煮ておいて冷ましたからね。でも鍋つゆの味、薄くないでしょ? 前に只野さんが言った通り、このお味噌、本当に味が濃いんだ。だからこれだけ色々入れても、味が薄くならないみたいなの」

「ほふほふっ、しいたけも美味しいデ~ス」

「ふ~っ、ふ~っ」

 

 俺の視界には肉団子を冷ます可愛いエルの姿が映っている。

 何とも愛らしい。カメラがあれば一枚撮ってるとこだ。

 で、もういいかなと一口齧る。でも、ちょっと中が熱かったらしくて口を半分開けて息を吐く。

 

 可愛いなぁ、本当に。

 

「はふはふっ! ……肉団子もとっても美味しいです!」

「うん、人参も甘くていい感じ」

「大根がとっても美味しいよエルちゃんっ! ただ熱いから割っておいた方がいいかも」

「分かりました。そうします」

「おおっ! 鶏肉も美味しいデス!」

「うん、本当だ。全部にお味噌の良い味が染みてる」

 

 気付けばみんなして鍋を堪能している。なので俺も箸を鍋の中へ。

 と、そこでエルのお椀の中身が見えたため、ちょっとだけ注意をする事にした。

 

「エル、里芋は特に熱いぞ。だから割ってしばらく冷ましてから食べた方がいい」

「え? あ、はい。分かりました」

 

 言われた通り箸で二つに割ってフーフーと息を吹きかけるエルにほっこりする。

 

「ししょ~……」

「へ?」

 

 なのに斜め向かいの弟子から恨めしい目で見られているのは何故でしょう?

 

「今の情報は早めに欲しかったデ~ス」

「ああ、ごめんごめん。ねっとりしてるから凄く熱くなるんだよ。とろけるチーズとかと一緒」

「「「「……納得」」」」

 

 エル以外がそう言ってお茶を飲む。どうやらテンションが上がって未来や調まで里芋にやられたらしい。

 

「でも、美味いんだよ。こういう鍋の時の里芋って」

「あっ、はい! ネットリとしてるのが美味しかったです!」

「はい、火傷しそうな熱さだったけど美味しかった」

 

 響の熱弁に調が同調する。と、そこでエルがそろそろいいかなって顔で割った里芋を口に入れて……あ~、まだ熱かったか。

 

「はふはふはふっ……」

「エル、大丈夫デスか? お茶、飲むデスか?」

 

 隣の切歌がお姉ちゃんオーラ全開。

 ただ、切歌の場合は溺愛し過ぎて調に注意されてそうなイメージ。

 で、エルはと言えば里芋を食べ終えたのか、ふ~っと一息吐いて笑顔を見せた。

 

「はい、大丈夫です。皆さんの言う通り、とろんとしてて美味しかったですから」

「良かった。でも、気を付けて食べてねエル」

「デスデス。口の中、火傷しちゃうデスから」

「はい」

 

 二人のお姉ちゃんからの言葉に頷くエルは、本当にただの女の子だった。

 あっ、そうだ。ちょっとエルに頼んでみよう。

 

「エル、その里芋の半分、キャロルに食べて欲しいんだけどダメかな?」

「キャロルに、ですか?」

「ああ。きっとキャロルには未知の味だろうしさ。どんな感想くれるか聞きたいんだ」

 

 何せ八丁味噌の鍋で里芋である。ヨーロッパ育ちのキャロルには異文化もいいところだろう。

 

「ったく、人が寝ていれば……」

「「「「「あっ、変わった(デス)」」」」」

 

 まさかのOKに俺だけじゃなくみんなが同じ反応を見せる。

 それにキャロルは不満そうな顔をして、箸を……おや?

 

「くっ……何だこの使い辛い物は。よくこんなもので食事が出来るものだ」

 

 やっぱり箸が上手く使えないらしい。

 刺し箸をしないのは、それがマナー違反とエルからの知識で知ってるんだろうか?

 でも箸が使えないのは、エルと記憶は共有出来ても経験まではそうじゃないと、そういう事か。

 

 なので箸を手にそっと立ち上がってキャロルの後ろへ回り込む。

 

「キャロル、いいかい? まずはこうやって箸を持ってみてくれるか?」

「……こうか?」

 

 持ち方を見せて、それをまずは真似てもらう。

 これも、俺が子供の頃に父さんにやってもらった事だ。

 

「そうそう。で、こうやって動かしてみて?」

「……こう、か?」

「うん、そんな感じ。えっと、ここで大事なのはな……」

 

 俺が父さんに言われた事をそのままキャロルへ教える。

 思ったよりもキャロルは素直に俺の言う事を聞いてくれ、すぐに箸が使えるようになったのには驚いた。

 でも、きっとエルが知ってた知識にキャロルの経験が伴ったからだと思う。

 ただ、苦労してやっと使えるようになった身としては、色々と思うもんだ。

 

「凄い……。キャロルちゃん、たった少しでお箸が使えるようになった……」

「驚きデス……」

「私達も結構苦労したのに……」

「ふふっ、きっとお父さんの教え方が良かったんだよ」

「なっ……そうじゃないっ! 俺の物覚えが良いだけだ!」

「うん、そうだと思うぞ。じゃ、早速食べてごらん?」

「あ、ああ……」

 

 割ってあるからか、掴みにくいはずの里芋をあっさり箸で掴み、キャロルはそのまま口の中へ。

 

「どうかな?」

 

 モクモクと咀嚼し、少し首を傾げる辺りが可愛い。

 見れば響達も同じ事を思ってるのか顔が笑っている。

 

「……不思議な味だ。この、里芋とやらは初めて食べる食感だし、八丁味噌? この味も知らない味だ」

「そっか。美味しいかい?」

「…………不味くはない」

 

 とってもキャロルらしい感想で大変結構。つまり美味しいらしい。

 だって、不味いなら不味いとはっきり言うはずだから。

 

「じゃ、もう少しだけ色々食べて、エルへ戻ってあげて。きっとエルもそれを望んでる」

「いや、俺はもう」

「はい、キャロルちゃん。大根美味しいよ」

「だから、俺は」

「ここは肉団子デース。ささっ、どーぞデス」

「おい、人の話を」

「人参、甘くて美味しいから。食べてみて」

「お前もか……」

「それが響達だからね。と言う訳で、私は白菜をオススメするね」

「……まったく、お前らは」

 

 未来まで鍋の具を差し出すのを見て、キャロルが諦めるように息を吐いて下を向いた。

 でも、何となく分かる。今、彼女は笑ってるって。

 その顔を見せる事はしないだろうし、本人も認めないだろうけど、きっと笑みを浮かべてる。

 

「仕方ない。ほら、全部よこせ。俺がちゃんと食ってやる」

 

 何故なら、呆れたような声で話す少女の手は、ちゃんとお椀を持って差し出されているんだから……。

 

 

 

 洗い物を切ちゃんと響さんが引き受けてくれて、未来さんはエルと一緒にお風呂へ行った。

 うん、今がチャンス。そう思って私はリビングでボ~っとしてる師匠へ声をかける事にした。

 

「師匠」

「ん? 何?」

「ちょっと付き合って」

「いいけど、どこに?」

 

 想像通りのリアクションに私は思わず笑みを零した。

 

「ベランダで月を見て欲しい」

「月?」

「そう。いいから来て?」

 

 キョトンとする師匠の手を掴んで私は階段へと引っ張る。

 階段を上がっていくと正面に見えるドア。それを開けて外へ出るとベランダというか物干し場がある。

 

「風が冷たいなぁ」

「うん、不思議な感じ。私達の世界は、まだ夏も来てないから」

 

 それにみんなで言い合ったけど、また春と夏を過ごすなんて変な感じだねって話もした。

 それと、そこに師匠がいない事を、みんな一緒にいられない事を、悲しみもした。

 

 だって、あの時間は本当なら有り得ない時間だったから。

 奏さんとセレナにヴェイグがいるだけでも凄いのに、マリアと翼さんもずっと一緒。

 更にお出かけどころかお泊りまで出来た。あんな事、もう二度と出来ないって、そうみんな思ってる。

 

「だよなぁ。じゃあ、みんながこっちに来たらビックリするだろ。何せもう今年も残り二か月ないんだからさ」

 

 師匠以外は……。

 

「みんな集まれる?」

「集まれるさ。えっと、ゲートリンク、だっけ。あれで通信が出来るのなら、いざとなった時に呼び出しは可能だ。あと、あれをサンジェルマン達に持ってもらえば、一日ぐらい交代要員になってくれるよ」

 

 これだもん。

 師匠だけだ。こんなにもあっさりみんな集まれるって思うの。

 

「マリアや翼さん、お仕事があるのに?」

「勿論」

「クリス先輩、留学するのに?」

「当然」

「セレナや奏さん、世界が違うのに?」

「関係ないよ」

 

 そうはっきりと優しく、だけど力強く言い切って師匠は笑った。

 

「みんなが集まろうと思えば、絶対出来るさ。想いの力は強いって、それをみんなも知ってるだろう?」

「うん……」

 

 やっぱり師匠は強い。それと、前よりももっとカッコよくなった、かも。

 引っ越しをしたからかもしれないけど、別れる前より男らしい感じがする。

 あの頃も大人って思ったけど、今はもっとそう感じる。

 

「……寒い」

 

 夜風が吹くと一気に体が冷える。

 お鍋で温まった体でも、そこまで寒さに強くなれる訳じゃない。

 だって季節が秋だと思ってたから着てる服は秋物だ。

 だから、今の格好だと薄着ではないけどちょっとこの寒さには辛い。

 

 と、急に風が途切れた。不思議に思って顔を上げれば師匠と目が逢う。

 

「風除けになれてる?」

「……うん。ありがとう」

 

 私を守る様に抱き締めてくれる師匠。

 少しだけ汗の匂いがするけど、私、この匂い、好き。

 師匠の匂い。師匠が頑張ってる時の、匂いだから。

 

「とはいえ、さすがに冷えてきたな。調、一旦中へ戻ろう」

「このままがいい」

「そう、この……え?」

 

 私の言葉に師匠が疑問符を浮かべた。だから抱き締める。私の目的を分かってもらうために。

 

「師匠、切ちゃん達とエッチなキスしたって聞いた」

「……そういう事ね」

 

 だからお昼の後にエル以外のみんなで話し合った結果、まず未来さんに自由に動いてもらった。夜は私の番。

 だって、師匠がやっと私達に男の人の顔を見せてくれるんだもん。

 やっと、やっと師匠が本当の気持ちで私達と向き合ってくれるんだ。

 

「師匠、私だけダメなんて言わないよね?」

「言わないと言うか言えないよ」

 

 困ったように笑う師匠は私のよく知ってる師匠だ。

 優しくて、頼りになって、誰よりも心が強い、初恋の男性(ひと)

 

 リディアンに通うようになった時、一度だけふと考えた事がある。

 将来私と切ちゃんに好きな人が出来たら、私達一緒にいられなくなるのかなって。

 だって切ちゃんの旦那さんと私の旦那さんは別人のはずだから。

 だけど……

 

「調……」

 

 私を優しく見つめるこの人は、切ちゃんも大好きで、私も大好きな人。二人で好きになっちゃった人。

 私と切ちゃんに優劣をつけない、強くて優しい人。私と切ちゃんを同じだけ大好きって言える人だ。

 

 だから私はこの人じゃないと嫌だ。

 私と切ちゃんが仲良くしてて自分を相手にしない時があっても、それを見てニコニコ笑ってくれる人だから。

 

「師匠……んっ」

 

 顔を少しだけ上向けて目を閉じる。師匠の唇が触れると、すぐに師匠の舌が私の舌に出ておいでってノックしてくれた。

 そ~っと舌を出すと、師匠の舌が優しく出迎えてくれて、私の事を幸せにするよって言うみたいに沢山可愛がってくれる。

 師匠との大人のキス、好き……。これを初めてされた時は、少し悲しかった。

 

 だって、それがお別れのキスだって思ったから。

 でも違った。お別れはお別れだったけど、永遠じゃなくて少しのお別れだった。

 そう分かった時、私だけじゃなくみんなで喜んだ事を今でも思い出せる。

 

 あっ、気付いたら師匠の手が私のお尻を撫でてる。

 ちょっと恥ずかしいけど、嬉しい。こんな事、あの頃はしてくれなかった。

 私が女性として魅力的だよって、そう師匠が言ってくれてるみたい。

 

「……調、今の、もう一度しよう」

「はい、仁志さん……」

 

 凄く凛々しくて男らしい眼差しで見つめられて、私は気分がお嫁さんモード。

 今の師匠、ううん仁志さんを見てると何だかお腹の下が熱い……かも。

 

「んぅ……じゅるっ、っぱ……ちゅっ」

 

 エッチな音を出しながらするキスは、何だか今までと違って本当に大人のキスって感じ。

 それと、さっきからお腹の辺りを押し上げるように何か硬い物が当たってる?

 何だろうと思って触ってみると、棒みたいな物があった。

 ゆっくり手を動かして探ってみると……根本みたいなところに何か柔らかい感触。

 

 え? これってまさか……。

 

「っは……ひ、仁志さん? これって……」

「うん、ごめん。今の俺はもうこういう欲求を抑えられない悪い男になっちゃってるんだ」

 

 申し訳なさそうな仁志さんの視線を追って私も目を下へ向ける。

 そこには、あのプールで見た光景を思い出す物があった。

 

「……立派?」

「ど、どうだろうな? 男は、その、通常時と興奮時があるから分からないよ」

 

 興奮時……。

 つまり、今、仁志さんは私で興奮してくれてる?

 私でおちんちん、大きくしてくれてるんだ……。

 

「嬉しい……」

 

 私は自慢じゃないけどおっぱいが小さい。切ちゃんと比べるとその差は歴然。

 だから、きっと仁志さんもどこか切ちゃんの方がって、そう思ってた。

 でも違った。仁志さんは本当に私を女性として意識してくれてる。

 

「仁志さん、私でこうなってくれたんですか?」

「そりゃそうだよ。調はとっても魅力的なんだ。純粋な色気で言ったらトップクラスかもしれない」

 

 キュンと胸の奥とお腹の下が疼いた。何なんだろう、この感覚。

 胸の奥は何となく分かるけど、お腹の下は本当に分からない。

 あっ、そうだ。仁志さんに聞いてみよう。

 

「あの、仁志さん」

「ん?」

「さっきから、時々お腹の下が疼くんですけど、これ、病気ですか?」

 

 小首を傾げて尋ねると、仁志さんが息を呑むのが分かった。

 それと、一度だけ私のお腹でピクンっておちんちんが動いた。

 

「……それは、病気じゃないよ」

「そうなんだ」

 

 良かった……。

 

「あー……ある意味でエル達がいて良かったな」

「?」

 

 どういう事だろう? エル達がいて良かったって事は……万が一の時に私の体を見てもらえるから?

 

「調、今の、すっごくエッチな事だからあまり言わないように」

 

 いいね? そんな風に仁志さんは私へ言った。

 きっとそれは仁志さんの大人の部分の意見。

 だって、私のお腹をグイグイ押し上げてる部分は、もっと言って欲しいって言ってるから。

 

「分かりました。じゃあ……」

「ん?」

 

 頑張って大人をしてくれる仁志さんへ、私はとっても悪い子になって動く事にした。

 

 お腹を押してくる硬い棒をナデナデしながら仁志さんの目を見上げてこう言った。

 

――本当の二人きりになれたらまた言います。

 

 最後にクスって笑ったら、仁志さんが大きくため息を吐いて顔を私の耳元へ近付けて……

 

――そんな悪い子は、どれだけ泣いても許してあげないぐらいのお仕置きをしてやらないとな。

 

 って、低い声で言ってきた。

 その声と言葉に私の体は勝手にブルッと震えて、またお腹の下が疼いちゃった。

 

 ……後でお風呂借りてシャワー浴びよう。下着が汗で濡れて気持ち悪くなってきた。

 こんなに寒いのに、私の体は少し熱い。

 仁志さんは、本当に凄いね。言葉で私の体をあったかく出来るんだ。 

 

 そんな事を思いながら私は仁志さんとキスをする。

 

 その間、ずっと私のお腹は熱い物でグリグリされて、余計下着に汗掻いちゃった……。




これにて初日終了。

信じられますか? 一話からここまで一日(しかも半日程度の経過時間)なんです。

こちらは、今後只野パートをほのぼの。各ヒロインパートをえろえ違った、らぶらぶにしたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

廃棄躯体11号(エルフナイン)からエルへの歌

今回は最初から最後までほのぼのです。

ちなみにエルフはドイツ語で11を意味します。
それとキャロルの意味は“クリスマスキャロル”という表現でお察しください。


「えっと、本当にいいのか?」

 

 俺の確認に五人の少女は迷いも躊躇いもなく頷く。

 今夜、俺は色々な理由から寝室ではなくリビングで寝ようと思っていたのだが、それをエル達五人に止められたのだ。

 

 理由は、ここは俺の住む家で、寝室の広さなら全員でも寝られるからとの事。

 

「師匠に苦労をさせるなんて心苦しい」

「そうそう。もし仁志さんが下で寝るって言うなら私達が下ですよ」

「ししょー、こっちで響さんやクリス先輩に翼さんと寝てたなら、アタシ達とも寝られるはずデス」

「いや、あれはな?」

 

 色々と已むに已まれぬ事情があったんだよ。

 主に住む場所と家賃の確保。もしあの時俺がここに暮らしてたら、間違いなく俺はリビングを寝床にしていただろう。

 

「只野さん、私達は何も気にしないですから」

「うん、むしろ気にしようか」

 

 特に今の君達は花も恥じらう女子高生だろうに。

 

 ……そんな相手にあんな事をした三十路男じゃ説得力も何もないけど。

 

「兄様は僕らと一緒に寝るのは嫌ですか?」

 

 こう言われると何も言えない。嫌なはずはないし、むしろ嬉しくはある。

 あの頃とは異なるからこそ、この状況は素直に喜べる。

 

「……そんな事はないよ。うん、そうだな。じゃあ、お言葉に甘えるか」

 

 それに、エルがいれば俺も響達も変な事は出来ない。そう思いたい。

 いや、俺はそうだけど、何か未来や調はちょっと怪しい気がする……。

 

 まぁ考え過ぎかと思って布団を階段から一番近いところへ敷こうとすると、何故かそこじゃないと調に言われ、ならその横かと移動すれば切歌から違うと言われ、気付けば寝室の中央になっていた。

 

 で、仕方ないとばかりに布団を敷くと、エルが枕を持って俺の布団へと移動してくるではないか。

 

「エル?」

「だ、ダメですか?」

 

 必殺! 少女の上目遣いっ! ……純真無垢な眼差しには勝てなかったよ。

 

「いや、いいよ。一緒に寝るか」

「はい!」

 

 心から嬉しそうに頷かれるとこっちとしても笑みが浮かぶ。

 エルといると本当に気分が父親になるよなぁ。

 

 ……子供、か。欲しくないかと言われたら欲しいけど、今の収入じゃちょっと厳しい。

 

 いっそエルにこっちで錬金術講座って感じの動画、やってもらうか?

 どうせ知識だけじゃ実現出来ないし、可愛い女の子が大人顔負けの知識や用語を使ってるのはギャップがあって面白そう。

 

 あるいは駄菓子を食べてもらって反応を見せる、とか。

 きっとエルなら新鮮なリアクションをしてくれるだろう。

 ああ、どうせならセレナも一緒とかの方がいいかもしれない。

 

「さて、じゃあ何話そうか?」

 

 俺が副収入(なのに俺の働いた稼ぎよりも多い)の増加アイディアを考えていると、響が布団の上に女の子座りをしてそう切り出していた。

 

「ここはししょーにお願いするデスよ」

「うん、それがいいと思う」

「え?」

 

 ガールズトークを聞きながら寝ようと思っていたのに、どうやらそれは許されないらしい。

 五人の視線が俺へ向き、何を話してくれるのだろうと期待に満ちた目を向けてくれている。

 

 ただ、未来だけはどこか苦笑してるけども。

 

「そうだなぁ。じゃ、次来た時はどうするかについて話そうか」

「「「「「次来た時……」」」」」

 

 五人が途端に難しい顔をした。

 あまり簡単にここへは来れないのかもしれない。

 

「そうだ。エルちゃん、今日最後の連絡しておこうか」

「あっ、そうですね」

「どうせならししょーにも司令とお話してもらうデスよ」

「うぇっ!?」

 

 まさかの言葉に変な声が出る。

 

「師匠、大丈夫。司令達は師匠へ直接お礼を言いたいって言ってた」

「そ、そうなの?」

 

 それ程の事をしたとは思ってないんだけど……。

 

「そうなんですよ。師匠なんて時間停止した後の事を聞いて、何も支援出来ない中で仁志さんが私達と一緒に悪意と戦ってくれた事、本っ気で感謝してましたし」

 

 な、何だかそう言われると恐縮してしまう。

 正直言えば、一番支援が欲しかった頃はあっちの支援があったからなぁ。

 食費はどうしても無くせないし、野菜は地味に高かったから本気で助かった。

 

「うん、分かった。じゃあ、通信だけど弦十郎さんと話をさせてもらうよ。俺からも感謝を伝えたいと思ってたし」

「じゃあ通信開きます」

 

 エルがそう言ってゲートリンク、だったか。それを口元へと近付ける。

 

「ゲートリンク、起動」

“アクセスコードを入力してください”

「アクセスコードは、グリッドマン」

「マジかよ……」

 

 教えてもいないのにエルがグリッドマン第一話の台詞を使っている事に驚き。

 って、そうか。これ、響も言われたんだっけ。なら納得だ。

 

“アクセスコード、認証しました。ゲートリンク、オールアクティブ。全機能解放しました”

 

 音声を聞いていると、本当に沢城さんが声を吹き込んだんじゃないかと思うぐらいだ。

 ま、まぁ実際当たらずとも遠からじなんだけども。フィーネ、だし。

 

「本部、聞こえますか? こちらエルフナインです」

“ああ、聞こえている”

「兄様、どうぞ」

 

 ある意味初めて聞く弦十郎さんの声に静かに感動していると、エルがゲートリンクとやらをこちらへ近付けた。

 

「えっと、はじめまして、でいいんでしょうか。えー、自分は只野仁志と言います」

“只野……そうか。君が上位世界の協力者か。こちらこそこうして話すのは初めてだな。風鳴弦十郎と言う”

「あ、はい。良く存じて……って言うのも妙な話ですね」

“違いない。だが、こちらは君と違ってそちらの事を知らないがな。とにかく今回は色々と世話をかけた。そちらの協力に心から感謝する”

「いえ、それはこちらこそです。食料支援、本気で助かりました。それにエルとマリアの派遣もです」

 

 本当にエルとマリアがあの時期に来てくれていて良かった。

 そうじゃなかったら、俺はきっと倒れていたか、良くてもヘロヘロで使い物にならなかっただろうし。

 

“いや、それはこちらの考えとそちらの求めが一致したからだ。それに、君の覚悟も聞いていた。俺もそれを聞いた時、決心出来た。君になら装者達を託せると”

「よしてください。自分は、最初から最後までみんなに助けてもらってました。有形無形問わず、肉体的にも精神的にもです。それに何より、これまでのそちらの戦いがなければ今回の結果もなかったんですから」

“そうか。そう言ってくれると助かる”

 

 話していて分かる。やっぱり弦十郎さんは大人だ。

 俺は何とからしくしようとしてるが、この人はそれが自然だから。

 このまま話しているときっとお互い長々と話してしまいそうなので、ここらで俺は引っ込むとしよう。

 

「その、もう少し話をしたいところですが、時間もありますし自分はこれで」

“分かった。いつか、こちらへ来てくれ。直接会って改めて礼が言いたい”

「ありがとうございます。その時が来たら是非」

“ああ、待っている”

 

 そこでエルへ目を向けて小さく頷くと、彼女はゲートリンクを自分の口元へと戻した。

 

「司令、実は兄様から次回の来訪について質問されたのですが」

“次回の来訪、か……”

 

 苦い感じの声だ。まぁ仕方ないだろう。何せ場所が場所だ。

 本来であれば繋がるはずのない世界。そこといつまで行き来出来るか分からないのだから。

 

「僕が思うに、この上位世界のゲートは星の声、つまり世界の意思のようなものが作ってくれています。なら、ここをそのままにしているのは何か意味があると思うんです」

“ふむ……。根拠は何かあるのか?”

「実は、こちらにあった僕らの物語である“戦姫絶唱シンフォギア”に変化が起きたそうです」

“何? どういう事だ?”

 

 そこからエルは俺を説明役にして弦十郎さんへ“戦姫絶唱シンフォギア”に起きた事を話させた。

 

 作品名が変わった事を始め、本来終わりだったはずの五期の後が作られようとしてる事など、俺が知る限りの差異を話した。

 

 全てを聞き終えた弦十郎さんはまるで疲れを吐き出すようにため息を吐いた。

 

“つまり、既に俺達の世界はそちらとは異なる流れを歩いていると?”

「まぁ、俺と出会った時点でこっちで描かれてない話でしたからね。おそらくですが、今やそっちこそが“戦姫絶唱シンフォギア”となったんですよ。つまり、もうこちらの描くものはそちらとは別物。平行世界かすら怪しいって感じです」

“……定められたレールから外れたと、そう考えれば嬉しいと言えなくもないが……”

「その、俺は最近逆じゃないかなって考えてます」

“逆?”

「はい。こっちで作られたからそうなったんじゃなく、そちらが元々あった上でこっちがそれを感じ取って創作したんじゃないかと。だから、むしろ定められたレールから外れたのはこっちです。じゃないと、他のヒーロー達の活躍やら誕生やらが納得出来ませんから」

 

 こっちで誰かが考えない限りヒーロー達の日々はない、なんておかしい。

 じゃ響達はどうなるんだって、そう思うし。

 この世界は、きっと色んな世界の存在を創り出してるんじゃなく感じ取ってるだけだ。

 

 そう考える方が、きっと希望や夢がある。俺は、そう思う。

 

“……成程な。我々がそちらに影響されていたのではなく、我々こそがそちらへ影響していたと、そう君は考えるわけか”

「はい。だから、戦姫絶唱シンフォギアは俺だけのものになりました。それが、ある意味では誇らしいですよ」

 

 誰も知らないけれど、ファン冥利に尽きる。

 もう俺以外誰もシンフォギアっていう物語を、作品を知らないし知り様がないんだから。

 こっちに戻ったものは、俺と出会ってない響達の物語になるんだろう。なら、それはリアルじゃない。

 だから、今俺と関わってくれてる彼女達のこれからこそが“戦姫絶唱シンフォギア”なんだ。

 

「司令、僕らはこれで就寝します。明日、そちらへ帰還します」

“就寝、か。分かった。おそらく呼び出す事はないだろうが、その場合は頼む”

「了解です師匠」

“ではこれで通信を終える。ゆっくり休んでくれ”

「「「「「はい(デス)」」」」」

 

 それで通信終了。思わぬ展開になったけど、弦十郎さんと話せて良かった、かな。

 いつか直接会う事もあるのかもしれない。いつになるかは分からないけど、きっと会える日が来るんだろう。

 

 帰還、か。エル達は明日朝ごはんを食べたら根幹世界へ帰る。

 それは、もう変えようがない事実だ。

 寂しく思うけど、仕方ない。みんなにとっては、こちらが外出先なんだから。

 

 さて、じゃあ寝ようかなとそう思って布団へ横になると、二人の少女から不満の声が上がる。

 

「「え~、もう寝るんです(デス)か~?」」

「えっと、ダメなのか?」

 

 こちらの問いかけに頷く必愛コンビ。どうやらまだ寝てはいけないらしい。

 

「次に来た時の事、まだ何も決めてません!」

「デスデス!」

「あー、そういう事ね」

 

 自分で振っといてなんだけどもう既に忘れてた。

 やっぱり弦十郎さんがいけない。あの人と会話するなど有り得ないとどこかで思っていたし。

 

 で、若干眠い俺を他所に会話を始める響達。

 どうでもいいけど、どうしてどこかへ遊びに行く事が確定なんですかね?

 別に今回みたいに家でゴロゴロ……だと色々危ないかもしれない。

 現に今回、俺は大人らしくない行動をしていた訳だし。

 

「ししょー、この辺で日帰りでも楽しめる所ってどこかありますか?」

「日帰りで、楽しめる……」

 

 遊園地とかはさすがにちょっと厳しいな。何せ県外だし、割と遠い。明けだと俺がしんどいし、連休を取ろうにもみんながいつ来るか分からないんじゃ無理。

 

 となると俺が知る限りでは……あっ。

 

「動植物園はどうだ?」

「「「「「動植物園?」」」」」

「ああ。動物園と植物園が隣接してるところがあるんだ。昔からあるところで、結構家族連れとかが行くイメージがあるよ」

「動物園かぁ……」

「植物園なら静かな感じで過ごせそう」

「只野さん、水族館とかはないですか?」

「あるけど、そっちはそれのみだしなぁ」

 

 そう言って、俺はふと思い出した。その近くにも一応遊園地みたいな物が出来た事を。

 ただ、結構料金が高かった気がするんだよなぁ。しかも、どちらかと言えばあそこは男の子向けな気もする。

 

 ん? 待てよ? そういえばあっちの方で少し前に商業施設がオープンして話題になってた気がする。

 それに知多の方にはその名もズバリな施設があるな。ただこれから冬になると考えると水遊び系は無理かもしれない。

 

 ただ判断するのは響達に任せようと、そう思って俺は知っている情報を全て開示した。

 それを聞いて考え込み始める必愛コンビ。調と未来はそんな二人に苦笑する。

 エルはと言えば、ちょっと眠くなってきたのか目が半分閉じている。

 

「エル、眠いか?」

「は、はい……。最近あまり寝れてなかったもので」

「エルちゃん、ゲートリンクの製作に夢中だったんです」

「今回のこれも、そのご褒美休暇みたいなものデス」

「そうなのか?」

「うっ……は、はい」

 

 まるで親に悪戯を見つかった子供のようなエルに俺は小さく息を吐いた。

 どうやら仕事人間へ戻ったという訳ではないらしい。

 多分だけど、それだけ早く俺に会いに来たかったんだろうなぁ。

 

「よし分かった。じゃ、もう寝よう」

「「「「「え?」」」」」

「エルだけ寝かせるなんてダメだ。この話題はまた後日、それぞれで話し合ってきてくれ。マリア達も交えて、な」

 

 そう締め括ると五人は仕方ないって感じで小さく笑って頷いてくれた。

 

「それじゃあ明かり消すぞ」

「「「「「はーい」」」」」

「おやすみ」

「「「「「おやすみなさい(デース)」」」」」

 

 本当に、気分はすっかり父親か歳の離れた兄ってとこだ。

 布団へ入ればそこには小さな天使がいるし。

 

「兄様、今度来る時は姉さん達と一緒に来ます」

「うん、待ってるよ」

 

 フニャッとした笑顔でそう言ってエルは目を閉じた。

 そしてすぐに可愛い寝息を立て始める。

 

「ホント、親の一番いいとこだけ味わってるんだろうな、俺」

 

 本来はこうなるまでに夜泣きやら何やらの苦労を経験してくるはずだ。

 それなしだからこそ、今の俺は子供が欲しいと簡単に言ってるんだろう。

 

 だけど、もしも本当に子供が出来たとしたら、エルはきっと我が事のように喜んでくれるだろう。

 セレナが姉として色々と成長したように、エルもお姉ちゃんとして色々成長してくれるに違いない。

 

 そんな想像をすると、俺はやっぱり子供が欲しい。

 

「……稼ぎ、増やしていかないとな」

 

 言う程簡単じゃないが、まずは思う事が先だ。

 そうやって決意を新たにしながら俺も目を閉じる。

 その前にまず嫁さんの事をどうにかしないといけないなと、そう思いながら……。

 

 

 

「……あたたかい?」

 

 ゆっくりと目を開けると、そこにはあの男がいた。

 ただ、目を閉じているので寝ているらしい。

 エルフナインの意識も眠っているようなので、どうやら就寝時のようだ。

 

「パパに似ていないのに、どこかそれを感じさせる男、か……」

 

 エルフナインの評価はそういうものだった。

 俺よりもパパを知っている事は妙に腹立たしいが、まぁパパの友人や知人のような存在だと思えば理解は出来る。

 それにしても、奇妙な奴だ。何の力もなく、依り代を扱えるだけにも関わらず、こいつは悪意とやらの企みへ装者達と共に立ち向かい、見事それを打ち砕いてみせた。

 

 それだけじゃない。こいつは俺とエルフナインの関係性を心の善悪に例えてもいた。

 正直認めたくはないが、そうかもしれないと俺も思った。

 俺はパパを殺した奴らが憎かった。パパは困っている連中を助けていただけなのに、よりにもよってそれで罪に問われて殺されるなんてと。

 

「……でも、それをパパは分かっていながらやっていた」

 

 この男が言うには、平行世界ではあるが、パパは自分がやっている事がどういう結果へ繋がるかを薄々理解していた。

 それでも困っている者を見捨てる事は出来ないと錬金術を使って人助けを続けていたんだ。

 もし、もしそうだとしたら、俺がやろうとしていた事はパパからすれば看過できない事だったろう。

 

 俺は、パパの想いを、願いを、踏み躙ろうとしていたんだ。そう今なら分かる。

 

「……パパの名を知る、遠い時代の東洋人、か」

 

 何となくだが、この男ならパパと友人になれただろう。

 そしてきっとあの時自分の身を顧みずパパを助けようとしたはずだ。

 あるいは、それを見越してパパが俺を託したかもしれない。

 

「…………何を馬鹿な事を考えてるんだ俺は」

 

 だが、想像は止まらない。この男がどういう性格でどういう人間かはエルフナインを通じて知っている。

 どこか情けなく、頼りにならない時もあるのに、ここぞとなれば誰よりも強くなれる。そんな、不思議な人間だと。

 

――イザーク、お前の気持ちは分かるけどキャロルちゃんの事考えてやれよ。

――でもねヒトシ。この力でなきゃ助けられない人がいるんだ。

――ならこう言ってやる。キャロルちゃんはお前じゃないと守れないんだぞ。あの子の父親はお前しかいないんだ。あの子を一人にするつもりか?

 

 きっとあっただろう会話。この男がパパの知り合いであれば、きっとそう言ってパパを説得しただろう。

 だけど、そんなこいつだからこそパパがどう言うかは分かってしまう。

 

――君が、ヒトシがいるじゃないか。

――イザーク……お前……。

――キャロルは君を歳の離れた兄のようにも、あるいは小父のようにも慕ってる。なら僕にもしもの事があっても……。

――ふざけるなっ! 預けられるからって父親の責務を放棄するってか? お前、キャロルちゃんの身になって考えてみろ! あの子が一番大好きなのはお前なんだぞっ! そんな事も分からない奴の頼みなんか絶対聞いてやらんっ! キャロルちゃんを孤独死させて、あの世で後悔すればいいっ!

 

 じわりと視界が滲む。これは、エルフナインの想いが混じっているな。

 だけど、何故か俺もこの男ならこう言うんだろうなと思ってしまう。

 平行世界のアダムでは言わない事を、言えない事を、この男は言えるし言うだろう。

 嫌われてもいいと、縁が切れても構わないと思えるからだ。

 この男は、相手のために自分を犠牲に出来る男だ。だからこそ、パパのように思えるんだ。

 

――科学も錬金術も、元々はみんなを幸せにするための力だったはずだから。

 

 エルフナインが聞いた、この男の言葉が浮かぶ。

 その声が、パパのそれになって俺の中で響く。

 

 パパが錬金術を誰かの笑顔のために使っていたのは分かる。

 でも、でもどうして! どうして私の笑顔のためには使ってくれなかったの!?

 私はパパさえいてくれればそれで良かった! 例え他の誰かが苦しみ死のうと、パパさえ無事ならそれで良かったっ!

 

「グスッ……パパぁ……」

 

 無くしたはずの、捨てたはずの弱い頃の自分が戻ってくる。

 あの日涙と共に流し落としたはずの、私が……。

 

「んぁ? える? どした? こわいゆめでもみたか?」

「ぁ……」

 

 私の頭を優しく撫でる大きな手が、寝惚けた声が、私にはパパに思えた。

 

「だいじょーぶ。おれがいるから。ほら、おいで」

「…………うん」

 

 今だけ、今だけはこの優しさに、温もりに甘えていたい。

 そう思って私は目の前のあったかさに顔を埋めた。

 何故かパパに見えたから。パパがそこにいるような気がしたから。

 

「もうえるはひとりじゃないからなぁ……。みーんないるから……」

 

 頭の上から聞こえる寝惚けた声に安心するように私は目を閉じる。

 そしてまた眠りに就いた。気付いた時には朝になっていて、エルフナインが顔を洗っているところだった。

 

“エルフナイン、今何時だ?”

「っぷはっ……えっと、ちょっと待ってください」

 

 タオルで顔を拭き、エルフナインは横を向いた。

 すぐ横がキッチンらしく、そこにはエルフナインが姉と呼ぶシュルシャガナの装者とイガリマの装者がいた。

 

「調お姉ちゃん、今何時か分かりますか?」

「時間? 切ちゃん、時間教えて」

「りょーかいデス。えっとぉ、ただいま午前8時20分デス」

「だって」

「ありがとうございます」

 

 聞こえた時刻に軽く驚く。と言う事はいつもよりも遅くまで寝ていたのか、俺もエルフナインも。

 エルフナインは顔を洗い終わったからかキッチンへと向かい、そこからリビングへと移動する。

 そこにはあの男と立花響がいた。神獣鏡の装者は……いないな。おそらくトイレだろう。

 

「ん? おっ、すっかりお目覚めだなエル」

「はい!」

「うん、やっぱりエルは笑顔が一番だ」

「ぁ……えへへ」

 

 近付いてきたエルフナインへ笑顔を向けながらあの男が頭を撫でる。

 まったく、こんな事ぐらいでそんなに喜ぶな。

 仮にも俺の体だぞ。

 

「エルちゃんは本当に仁志さんが大好きだね」

「はい。兄様は僕のもう一人のパパですから」

 

 もう一人のパパ、か……。

 

「ははっ、まぁ年齢的にはおかしくないしな」

「それだけじゃありません」

「うんうん、分かってるさ。ありがとなエル」

「む~っ」

 

 さっきと同じで撫でられているのに今度は不機嫌か。本当に俺には分からん。

 

 ……と、言いたいんだが、な。

 

「ホントに親子みたいですね、今の仁志さんとエルちゃん」

「それらしく見えるだけだよ。俺はどこまでいってもエルの本当の親にはなれないからさ」

 

 その言葉にエルフナインの感情が大きく動いたのが分かった。

 理由は分かる。だが、エルフナインはそれを言う事をしなかった。

 

――どうした? 何故言わない?

――いいんだ。兄様が言いたい事は、何となく分かるから。

――ふざけるな。なら何故お前はそんな顔をしている!

――それは……。

――もういい。俺が代わりに言ってやる。

――あっ! キャロルっ!

 

 何故だか無性に苛立つ。自分の気持ちを言わないエルフナインへ、ではなく目の前の男に対してだ。

 

「おいっ!」

「へ? キャロル?」

「どうしてあんな事を言った! エルフナインの事をお前は大事に思ってるんだろう! なら何故その心を傷付けるような事をっ!」

 

 昨夜はあれだけ優しいところを見せただろう! 俺をエルフナインと思って温かく受け止めただろうっ!

 

「あー……そういう事か。ごめん。多分エルには伝わってると思ったけど、そうだな。言葉でちゃんと言わないといけないよな。えっと……」

 

 申し訳なさそうな顔をして、あいつは俺の目を優しく、だけど力強い眼差しで見つめてきた。

 

「エルや君の本当の親は、どこまでいってもイザークさん達だ。俺は、親代わりにはなれるかもしれないけど、君達の本当の親には絶対になれっこないしなれてもいけないんだよ。なれたなんて思ったら、それは君達のご両親への侮辱と取られてもおかしくないから」

 

 言葉が、なかった……。

 こいつは、パパやママの事をちゃんと思ってあんな事を言ったんだ。

 そしてきっとエルフナインもそれを感じ取って寂しい気持ちを言わなかったんだろう。

 

 言えば、それがパパ達よりもこの男の方が本当の親らしいと認める事になると、そう考えて。

 

 言葉を失った俺の頭をあの大きくてあったかい手が優しく撫でる。

 

「ありがとうキャロル。君はエルの代わりに怒ってくれたんだな。うん、じゃあ二人で聞いてくれるかな? 俺は、君達の親代わりになれたら嬉しいと思ってる。だから、何か文句や不満、疑問や心配があったら言って欲しい。分かる事や出来る事なら対応するし、分からない事や出来ない事なら一緒になって考えよう。親ってね、子供と一緒に成長するものなんだ」

「親は……子供と一緒に成長するもの……」

 

 その瞬間、あいつのポケットが光を放ったかと思うと、何故だかパパの姿が思い出される。

 失ったはずの、焼却したはずの思い出が甦る。

 色褪せたはずなのに、焼き尽くしたはずなのにっ、もうなくなったはずなのに! まるで湧き出るようにパパとの思い出が溢れだしてくるっ!

 

 気付けば涙となっていた。俺の中を“私”だった頃の俺が駆け巡る。

 そうか。パパは俺との触れ合いで親として成長していたんだ。

 今のこいつがエルフナインとの触れ合いで親のようになったみたいに。

 

「ひ、仁志さん、今のって?」

「依り代、だな。どうして急に?」

「きゃ、キャロルちゃん? 大丈夫?」

 

 光が消えると同時に俺の視界にはあいつと立花響が映った。

 だけどその顔がぼやけてる。

 

「とりあえず涙を拭こう。響、ティッシュ取って」

「あ、はい。っと、どうぞ」

「ありがとう。キャロル、これで涙を拭いて」

「……ああ」

 

 涙を拭えばそこにはこちらを見て安堵するように微笑む二人の姿。

 

「っ!?」

 

 それが一瞬、パパとママの顔に見えた。

 

「あれ? キャロルちゃん、どうしたの?」

「依り代が何かしたのか?」

「っ……何でもない。俺は、また眠る」

「え~っ、もう少しお話しようよ~」

「断る」

「えぇ……」

「即答か。さすがキャロル、容赦ない」

「仁志さ~ん……」

 

 情けなくあいつに抱き着く立花響の声を聞きながら俺は主導権をエルフナインへと渡す。

 

――キャロル、ありがとう。

――何の事か分からん。

――それでも、ありがとう。

――……ふんっ。

 

 そこで俺は深層意識へと沈む。

 

「響さん、キャロルがすみません。でも、兄様と響さんへキャロルなりに感謝はしてたみたいです」

 

 エルフナインがあの二人へ話しかけるのを聞きながら、俺はぼんやりと思う。

 このままでいいのだろうかと。

 いっそ平行世界の俺にエルフナイン用の体を作らせるべきかもしれない。

 

 あいつ用のちゃんとした体を、な。

 

 そんな事を考えながら俺は眠る。遠くに聞こえる楽しげな笑い声を、子守唄に……。




ご都合主義全開の依り代でした。
まぁ、そもそもがそういうアイテム故に仕方なし(汗


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖母の小夜曲が協奏する前夜に

姉妹揃ってエロに……なるのかならないのか。

ただ、今作のマリアとセレナと只野との関係性ってよくあるエロゲーな感じなんですけどね(苦笑


 あのエル達との再会から二日後、俺は夜勤明けの体でシャワーを浴びていた。

 いや、本当は熱い湯に浸かりたい気持ちなんだが、眠くもあるのでさくっと汗を流したいんだ。

 

 寒い時期になったので、散歩はジョギングへと変えている。

 たった一人で走るのは勿論寂しいが、それでも奏や未来と走った場所を走る事でその時の事を思い出したり、その変化を感じる事でモチベーションは保てている。

 

「……後は飯食って寝るだけ、か」

 

 シャワーを止め、少しだけ髪をぐしゃぐしゃと手で掻き回して呟く。

 脱衣所兼洗面所へ出てバスタオルで体を拭いて、用意しておいた下着を履いてジャージに着替えてキッチンへ。

 そこにある折り畳みテーブルの上に置かれた廃棄のおにぎりを軽くレンジで温めながら、その待ち時間で冷蔵庫から紙パックのお茶を取り出してコップへ注ぐ。

 

「マリアや調の飯を食べてたのが懐かしいよなぁ」

 

 いつでも温かい飯があって、それを出してくれる優しい笑顔があった。

 たった一か月前なのに、もう一年前のような気がしてくる。

 

「最初の一人飯はかなり心にきたもんな……」

 

 レンジからおにぎりを取り出しながら呟く。

 何が堪えたかって、つい癖で廃棄のシュークリームを持ち帰ろうとしていた時に「あっ、もう必要ないんだ」って気付いた時だったし。

 

 それから一か月。俺の生活は響と出会う前に逆戻りした――ようで変化している部分も残った。

 毎朝の運動がまずそれ。次が夕食用の買い物だろうか。ま、それは休みの日だけの行動ではあるが。

 

「……味気ねぇ」

 

 いや、味はあるんだが、何て言うか、幸福感のようなものが皆無なのだ。

 マリアに飯を作ってもらえる前はこれでも十分美味いって感じられたはずなのになぁ。

 本当に人間って一度上がった生活レベルを下げる事が出来ないんだなと思う。

 

「あれ? お部屋が違うよ姉さん」

 

 と、そんな時リビングの方から声が聞こえてきた。

 しかも聞こえたその声に俺は反射的にその場から駆け出した。

 

「せ、セレナっ!?」

 

 リビングにいたのはギア姿のセレナだった。更にその後ろにはギア姿のマリアも立っている。

 

「お兄ちゃんっ!」

「仁志っ!」

 

 イヴ姉妹が揃ってこちらへ気付いて笑顔を向けてくれた。

 で、セレナはその場から駆け出してこっちへ飛び込むように抱き着いてきた。

 

「良かったぁ……また、またお兄ちゃんに会えて」

 

 若干涙声な辺り、セレナはきっとここへもう来れないかもしれないと思ってたんだと分かる。

 何せ世界に唯一の装者だ。何か起きた時に真っ先に動かないといけない存在だからな。

 

「俺も嬉しいよセレナ。元気そうで良かった」

 

 優しくセレナの事を抱き締めて噛み締めるように声をかける。

 

「仁志……」

 

 そこへ聞こえる優しい声に顔を上げれば、そこには微笑む美しい女性。

 

「マリア……久しぶり」

「ええ、久しぶりね」

 

 まるで単身赴任先に嫁さんが娘を連れて来てくれたみたいだな。

 って、そんな事を言ったらその気になるだろうから言わないでおくけど。

 

「む~っ、お兄ちゃん?」

 

 マリアと見つめ合ってると聞こえる拗ねた声。

 顔を下へ向ければ膨れ面のセレナがいた。

 

「ごめんごめん。でも勘弁してくれないか? 久しぶりに会ったんだからさ」

「……仕方ないから許してあげる」

 

 俺の腕の中で少しだけ膨れ顔をしながらセレナがそう言ってくれた。

 だから感謝するように優しくその頭を撫でる。

 

「ぁ……ふふっ」

「それにしても、引っ越したのね」

「そうなんだよ。エル達に聞いてないか?」

「え? エル達もこっちに来たの?」

「そうなの? いつ?」

 

 俺の言葉に小首を傾げるセレナとマリア。

 つまり二人はエル達の訪問を知らない訳か。でもどうして?

 

「俺の感覚だと二日前だけど……」

「「ああ……」」

 

 納得。そんな顔だ。

 

「今回、私エル達に会う前に姉さんとここへ来たから」

「私もさっきまで任務で外国に行っていたの。だからね」

「成程。つまり二人してエル達に会ってない?」

「正確には会って話しこむ暇がなかったわね」

「うん、私もゲートリンクをもらって軽く説明を聞いたぐらい。何でもエル、平行世界へキャロルのお願いで行く事になってたから」

 

 どうやら何かエルに動きがあったらしい。

 しかもエルの中のキャロルが希望しての事のようだ。

 向かった先は何と奏の世界で、随伴員として切歌と調がついているとの事。

 しっかりお姉ちゃんをしているようでほっこりするな。

 

 エルに関しての話が終わった辺りでもう一人俺の前に登場。

 

「おおっ、これは俺の寝床だったやつか」

 

 嬉しそうにリビングに置かれたクッションへ座るヴェイグ。

 そう、それはあの平屋で切歌がヴェイグへ買ってあげた“ヴェイグをダメにするクッション”だ。

 

「ふふっ、ヴェイグさん、それお気に入りでしたもんね」

「ああ。懐かしいな」

「向こうじゃやっぱりセレナの中なのか?」

「それが……」

「寝る時だけはセレナと一緒に寝てるぞ」

 

 これは意外だ。一体何があったんだろうと思わないでもないが、何となく理由は分かる。

 

「へぇ、セレナが一人寝が寂しいからって?」

「ああ」

「っ! ヴェ、ヴェイグさんっ!」

 

 あっさり認めるヴェイグと顔を赤くして慌てるセレナ。

 それに俺とマリアが小さく苦笑する。ホント、まるで家族だ。

 

「ヴェイグさんも、今更私の中で寝るなんてやだって言ったじゃないですかっ!」

「……だったかもな」

 

 恥ずかしそうにセレナから顔を背けるヴェイグに思わず笑みが浮かぶ。

 どうやら二人して一人きりが寂しくなったらしい。

 きっとあの平屋での暮らしが原因だろう。あそこはいつも誰かいて、孤独なんてものとは無縁の場所だったから。

 

「ははっ、とにかくヴェイグとも再会出来て嬉しいよ」

「俺もだ。タダノ、住家を変えたんだな」

「ああ。二階建ての借家だ。3LDKだぞ」

「嘘? そんな部屋を借りたの? 家賃、大変でしょ?」

 

 思った通りマリアが現実的な事へ気付いた。

 で、ここでエル達にもした話をすると三人揃って納得してくれたのだが、当然自分達の物語だったものを見てみたいと言ったので、スマホで“戦姫咆哮ギアヴァラヌス”の公式ページへ行き、キャラクター紹介を見せる事に。

 

「……あっ、姉さんだ」

「そうね」

「……俺やセレナはいないぞ?」

「えっと、それは作品の世界が根幹世界だからなんだ」

「そういう事か」

 

 ヴェイグを抱えたセレナを間に挟んでマリアとスマホを見つめるのは、本当に親子みたいでちょっとむず痒い。

 チラと視線を向ければそこには美しい横顔の美女。と、こちらへ目を向けてきた。

 

「何?」

「あっ、その、やっぱり美人だなって」

「そ、そう……。その、ありがとう」

 

 思わず本音を告げると向こうも戸惑いながら照れを見せる。

 何というか、新婚かよ、俺達。

 

「姉さん、本当にお兄ちゃんを旦那さんにしたら?」

「っ!? せ、セレナ!?」

「姉さんがそうしないなら私がお兄ちゃんを旦那さんにしちゃうから」

「タダノ、どうする?」

「えっと、その場合は出来ればこっちに来て欲しいんだけどなぁ」

 

 俺がマリアやセレナの世界へ行く事は可能だ。依り代が戻ってきた以上、俺もゲートを通過できる。

 だけど、だからって両親まで連れていける訳じゃないし、きっと二人もこの世界を捨てて俺と一緒に異世界へなんて言わないだろう。

 なら、俺はせめて両親を見送るまでこっちにいたい。きっとこの気持ちはマリア達も分かってくれるはずだ。

 

 そう思ってその気持ちまで理由として伝えると、イヴ姉妹は納得するように笑みを浮かべてくれた。

 

「仁志の気持ちはもっともよ。そうね、ご両親がご健在の内はこちらに留まりたいと思うのが当然ね」

「うん、お兄ちゃんのパパとママを大事にしたいって気持ちはよく分かるよ」

「ありがとう」

「そうなると何とかして今の立場を何とかしないといけないわね」

「私は……別の装者を見つける?」

「うん、気持ちは嬉しいけどあっさり出来ない事だろ、それ」

 

 マリアは裏取引みたいなものがあったはずだし、セレナはアガートラームと適合する人間を見つけないといけない上、装者なんて役割を引き受けてくれる強い心の持ち主でなければ無理という条件だ。

 

 どちらも簡単にはいかないし、そもそも可能かどうかさえも怪しい話だろう。

 

「出来たら私を妻にしてくれる?」

「出来たら私を妻にしてくれる?」

 

 からかうような笑みでこっちを見てくるイヴ姉妹。

 まったく、本気半分冗談半分とは性質が悪い。

 

「妻に出来なくても、こっちで姉妹仲良く暮らして欲しいぐらいだよ」

 

 なので本音だけで返す。すると姉妹揃って一瞬軽く驚いた後で嬉しそうに笑ってくれた。

 

「あれ? お兄ちゃん、ここにご飯粒付いてるよ?」

「え? あ、ホントだ」

 

 セレナに指摘されたので口元を触ればたしかに米粒が一つあった。

 

「食事中なの?」

「まぁ。廃棄のおにぎりだけど」

「ちょっと、私達がいなくなった途端に食生活を乱さないの」

「無理言うなよ。明けで帰ってきてから飯作るなんて、今も昔も出来ないメンタルだって」

 

 情けないが仕方ない。これが事実なのだ。

 

「もうっ、何か材料はある?」

「ない」

「即答だ……」

「まったく……この時間じゃスーパーも開いてないし……どうしようかしら?」

 

 言いながらリビングに新しく置かれた時計を見るマリア。

 と、そこで何かに気付いたように時計を見つめる。

 

「……やけに新しいわね」

「え? あっ、時計だ。お兄ちゃん、時計買ったんだね」

「え?」

「ああ、うん。エル達が来た事を受けてな。安物だけど」

「はい?」

 

 マリアだけがどういう事みたいな顔をしている。

 そういえば彼女は俺の部屋に来たの数える程だし、状況も普通じゃなかったから気付いてなかったんだろうな、時計がない事に。

 

「タダノの部屋には時計がなかったんじゃないか?」

「そうなの?」

「スマホがあれば事足りるからさ」

 

 そう答えて俺はキッチンへと戻ると、残りのおにぎりとコップを手にした。

 で、再びリビングへ向かうとまだ二人がギア姿でいたのでそれを指摘する事に。

 

「お兄ちゃんに会えた事で忘れてた」

「そうね。でも、仕方ないわ。それぐらい、私達には大きな出来事だったから」

 

 普通の格好へ戻った二人を見て、俺は何となくだけど嬉しさみたいなのが込み上げた。

 本気で俺ももう会えないとどこかで思ってたからだと思うし、あの頃の二人はギアを纏う事が少なかったからだろう。

 

 やはり、俺にとってあの暮らしを支えてくれた大きな存在は、エルとこの二人だったんだと思うから。

 

「ヴェイグ、悪いけどこれ、持っててくれ」

「ん? ああ、いいぞ」

 

 持っていた物をヴェイグへ手渡し、俺はイヴ姉妹へと歩み寄る。

 

「マリア、セレナ」

「「ん? 何?」」

 

 声とリアクションを揃える仲良し姉妹を、俺は優しく抱き締める。

 戸惑ってるだろう二人へ、俺はそのままこう告げる。

 

「えっと、とりあえずおかえり」

「「……ただいま」」

 

 その言葉と共に二人が抱き返してくれて、嬉しかった。

 と、俺の足へ軽く何かが当たる。

 何かと思って目を向ければ、ヴェイグがおにぎりとコップを手にやや呆れた顔を向けていた。

 

「俺もいるぞタダノ。忘れるな」

「あー、うん。ごめんなヴェイグ。えっと、おかえり」

「ただいまだ。それで、これ、食べてもいいか?」

「あははっ、いいよ。ただ、それ梅だから酸っぱいぞ」

「酸っぱいのか。分かった」

 

 ハムッとおにぎりを食べ始めるヴェイグに癒され、俺達三人は笑顔を浮かべた。

 きっと、今の俺達は本当に家族みたいに見えた事だろう。

 それぐらい、俺達の距離は色んな意味で縮まっているのだから……。

 

 

 

 こっちへ来た一番の理由であるゲートリンクの通信テストを終えて、私は姉さんと二人でこっちに一泊する事になった。

 マムや司令さんが言うには、やっぱり時間の流れがおかしいから、その調査も兼ねて滞在して欲しいって言われたからだ。

 

 何でもエル達がお泊りした時もそうだったみたいで、マムへ通信した時なんか、私が出発してまだ10分も経ってないって言われちゃった。

 

 今はリビングでお兄ちゃんや姉さんと一緒にお喋りして過ごしてる。

 ヴェイグさんは久々のお気に入りクッションでもう眠ってる。

 おにぎり食べて、こっちに来たって感じがしたって言った時は三人で笑っちゃったけど、気持ちは分かったから私も姉さんも同意はした。

 

「じゃあ、悪いけどお願いしてもいいか?」

「ええ、任せて」

 

 で、スーパーが開店する時間になるから、これから姉さんがお買い物へ出発する。

 そんな姉さんにお金を渡すお兄ちゃんを見てると、本当に二人が夫婦になったみたいに見えるなぁ。

 

「じゃあセレナ、留守番お願いね?」

「うん」

 

 お買い物袋を持って外へ出て行く姉さんを見送り、私はお兄ちゃんと一緒に二階へ上がる。

 そこに今のお兄ちゃんの寝室があるからだ。

 

「わぁ……」

 

 そこにはお兄ちゃんのお布団が一つあるだけで、あとは何もないに近い部屋があった。

 それに、まだお部屋が二つあるのが分かる。あのお部屋に比べると、本当に広くて大きい。

 

「お兄ちゃん、他の部屋も見ていい?」

「いいけど何もないぞ」

「そうなの?」

「ああ。その、正直趣味部屋にでもしようかと思うぐらい、俺一人じゃ部屋を持て余してるし」

「趣味部屋?」

 

 お兄ちゃんが教えてくれた話だと、要するに好きな物や事を楽しめる場所にする事らしい。

 もしそんなお部屋が出来たらエルや切歌さんはすっごく喜びそう。

 

 私もちょっと興味はある。

 お兄ちゃんは男の人だからか、私が全然知らない事や興味を持たない事に意識を向けてるから。

 

「ああ。でも、そっかぁ。エルとセレナの部屋って考えたら一つは使い道が埋まるな」

「私とエルの部屋?」

「そうそう。えっと、こっちかな?」

 

 そう言ってお兄ちゃんが戸を開けると、広さが翼さん達が使ってた寝室ぐらいのお部屋が。

 

「ここが私とエルの部屋?」

「うん。で、もう一方はマリアの部屋かな」

「あれ? お兄ちゃんの部屋は?」

「俺はいいよ。だって、きっとリビングが俺の物で溢れるだろうし」

 

 言われて見ればそうかも。

 きっとお兄ちゃんのマンガやDVDは、みんなの場所であるリビングに置かれるはずだ。

 しかもそこから増えてく可能性だってある。私もエルも、姉さんだってお兄ちゃんの好きな物は好きだから。

 

「そうなったらお休みの日はDVDを見て過ごすのかな?」

「あー、もしくは車で遠出かもな」

「車? また借りるの?」

 

 私がそう聞くとお兄ちゃんはニヤって感じで笑った。

 

「実はな? あの時話した通り、車を買ったんだよ」

「えっ!? ホント!?」

 

 驚きだ! お兄ちゃん、本当に約束を守ってくれたんだ!

 

「ああ。まだ納車……じゃ、分からないか。とにかく車自体は届いてないけど、駐車場は契約したから」

「それって前見に行ったとこ?」

「そうだよ。ここからだと歩いて五分じゃないけどね」

「お兄ちゃん大好きっ!」

「おっと」

 

 絶対エルにも教えてあげよう!

 あの時の事をお兄ちゃんが本当に覚えてて、しかも叶えてくれたんだよって!

 

 しかも、嬉しさで抱き着いた私をお兄ちゃんは小さく笑って受け止めてくれた。

 それもすっごく嬉しい。

 そのまましばらくお兄ちゃんに抱き締めてもらって、その後はお兄ちゃんと一緒にお布団に入った。

 

「前はダメだったのに、本当にいいの?」

「あー、うん。あの頃はほら、悪意っていう厄介なものがいたからな?」

「うん」

「で、俺やセレナが変な気持ちになるとそれを利用されちゃうだろ?」

「そうだね」

「だから、その、そういう事だよ」

 

 そこでお兄ちゃんが恥ずかしそうに上を向いた。

 よく分からなかったけど、多分お兄ちゃんは私も今は大人扱いだからって事なんだろうな。

 

「えっと、今の私と一緒に寝るとお兄ちゃんが変な気持ちになるって事?」

「まぁ……」

 

 照れくさそうに頬を掻くお兄ちゃん。何だか笑みが浮かんでくる。

 そっかぁ。今の私、お兄ちゃんを変な気持ちにさせられるんだぁ。

 

「えへへっ」

「嬉しいの?」

「うんっ!」

 

 力強くそう答えるとお兄ちゃんは小さく笑って頭を撫でてくれた。

 子供扱いみたいに感じるけど、嬉しいから別にいいかな?

 私も嬉しくてお兄ちゃんに抱き着いたままでいた。

 

「お兄ちゃん、大好き」

「ありがとう。俺もセレナの事、好きだよ」

 

 そこでチュッて額にお兄ちゃんがキスしてくれた。

 くすぐったいけどすっごく嬉しい。

 

「お兄ちゃん、私もキスしたい」

「いいよ。じゃ、お願いするな?」

 

 ニコニコ笑うお兄ちゃんだけど、分かってるのかな?

 私は額じゃなくてちゃんとしたキスするんだもん。

 だから私はニコニコしてるお兄ちゃんの唇へ自分の唇を重ねる。

 

「っ!? せ、セレナ? どうして口に?」

 

 ちょっと驚いてるお兄ちゃんへ私は舌を出した。

 

「てへっ、したかったんだもん」

 

 本当は一度だけしてもらった大人のキスがしたかったけど、お兄ちゃんに舌を出すのがちょっと恥ずかしくて出来なかった。

 

「やれやれ、すっかりセレナも小悪魔な子になっちゃったなぁ」

「こうしたのはお兄ちゃんだからね」

「だから嘆いてるんだよ。イノセントなままでいて欲しかったな」

「イノセント? 純白って事?」

「そ。俺のセレナの第一印象はそんな感じだから」

「そうなんだ」

 

 何だろう? 嬉しいような、恥ずかしいような、不思議な気持ち。

 

「何だか俺が汚しちゃったみたいで申し訳ないよ」

「じゃ、じゃあ、責任取ってお嫁さんにして?」

 

 姉さんにはああ言ったけど、私だってお兄ちゃんを旦那さんにしたい。

 お料理だって頑張ってるし、お掃除やお洗濯だって続けてるんだもん。

 

 実は、戻ってからお兄ちゃん達に言われたようにマムへお野菜を使ったスープを出した。

 滅多に驚かないマムが大きく驚いて、私が一口だけでもってお願いしたら飲んでくれて、美味しいって言って全部飲み干してくれた。

 

――色々と信じられない話ばかりでしたが、それら全てが事実だと信じる事の出来る証拠でもありました。セレナ、貴方は本当に成長して帰ってきたのですね。

 

 少しだけ、少しだけだけど笑顔を見せてマムはそう言ってくれた。

 後でヴェイグさんが教えてくれたけど、その時のマムはとっても優しい匂いが出てたって。

 

 私の作ったスープを飲んで幸せになってくれたって分かって、本当に嬉しかった。

 

「わ、私ね? お嫁さん修行してるんだよ? お料理とかお洗濯とか、姉さんや調さんに教えてもらった通りに頑張ってるんだから」

「そ、そうか」

「うん。だから、マムのご飯は私が作ってるんだよ?」

「そうなのか? 凄いじゃないかセレナ」

 

 お兄ちゃんが目を見開いて私の事を撫でてくれた。

 まるでパパだ。大きくてあったかい手で撫でられる事は好きだから受け入れるけど、これってやっぱりダメなのかな?

 

「それでね、マムが少しずつ野菜を食べてくれるようになったんだ」

「へぇ、セレナが料理するから?」

「えっと、マムが言うには日本風の味付けが好きみたい。特にお味噌汁が好きなの」

「それは意外だなぁ。じゃ、野菜を使った味噌汁を?」

「うん。ほうれん草とおあげのお味噌汁とか、大根とお豆腐のお味噌汁とか、あっ、なめことわかめのお味噌汁も作ったよ」

 

 全部あの暮らしで覚えた味だ。

 姉さんや調さんの作ってくれた味。私にとっての、家庭の味。

 あったかくて、幸せで、笑顔になれる味。

 それをマムにも食べてもらいたい。知って欲しい。そう思って私は頑張ってる。

 

 マムもそう話すと少しだけ嬉しそうに食べてくれる。

 心なしか、マムは私が今みたいにお料理とかをやるようになったら小さく笑ってくれるようになった。

 

 どうしてだろうって思ってお兄ちゃんに聞いてみると……

 

「多分だけど、ナスターシャさんはセレナが精神的に自立し始めた事を感じ取ったんだ」

「精神的に自立?」

「要するに、セレナから未熟さというか甘えが減ったと感じ取ったんじゃないかな? だから今までみたいに厳しいだけじゃなくても、セレナが自分へ甘える事はないと思ってくれたんだ」

「そっか」

 

 マムは今の私なら優しくしても自分を甘やかす事がないって考えてくれてるんだ。

 少し大人に近付いてるって、そういう事だよね。

 

 じゃ、じゃあ、お兄ちゃんとも少しだけ大人になってもいいかな?

 

「あの、ね、お兄ちゃんにお願いがあるんだけど」

「ん?」

「そ、そのね? 大人のキス、したい、んだけど……」

 

 言っちゃった!

 

「セレナもすっかり女の子になったんだなぁ」

 

 お兄ちゃんはどこか遠い目をしてそう呟いて、私の事をそっと抱き寄せてきた。

 

「お兄ちゃん?」

「今の俺は頑張って自分を抑えられる大人じゃないんだ。それでも、いいか?」

 

 そうやって私へ問いかけるお兄ちゃんは、初めて見るような目をしてた。

 だけど、きっとこれがお兄ちゃんのおすの顔、なんだって思って頷いた。

 

「んっ……んちゅっ……んんっ」

 

 キスされたって思ったら、お兄ちゃんが舌を絡めて欲しいって言うみたいに舌を伸ばしてツンツンしてきた。

 だから私も舌を伸ばしたら前にした時よりも力強く抱き締められて、舌をいっぱい絡められた。

 

 お兄ちゃんは大人の男の人なんだって、そうすっごく分かるぐらい力強くて、ずっと胸がドキドキして、頭の中が真っ白になるぐらいポ~っとしちゃった。

 

「はぁ……はぁ……おにいちゃぁん……」

 

 キスが終わった後、フワフワした気持ちのままお兄ちゃんへ呼びかける。

 そうしたらお兄ちゃんの手が私の頬っぺたを優しく撫でてくれた。

 

「どう、かな? 今のが少しエッチなキスだ」

「そう、なんだ……」

 

 ずっと心臓がドキドキしてて、頭がボ~っとして何も考えられない。

 でも、エッチなキス、好き、かも……。

 

「お兄ちゃん、私ね」

「うん」

「えっと、さっきのキス……」

「ああ」

「その……好き、かも……んっ」

 

 好きって言ったらお兄ちゃんが優しく微笑んでくれて、またキスしてくれた。

 舌を一生懸命絡めようとして動かしてると、お兄ちゃんがイイ子だよって言うみたいに頭を優しく撫でてくれる。

 

 それが私も嬉しくて、もっともっと頑張ろうとキスをした。

 

 だから終わった時には気付いたらお兄ちゃんに抱き着いてた。

 お布団の中で、少し寒いはずなのに暑くて汗を掻いちゃうぐらいに。

 

「セレナ、汗を流しておいで。俺はこのまま少し眠らせてもらうから」

「……うん」

 

 お兄ちゃんの胸に顔を埋めたままで寝たかったけど、汗を掻いて気持ち悪いのも事実だから頷いた。

 髪が汗で張り付いてるし、下着の辺りにも汗を掻いちゃってて気持ち悪いもん。

 

「あれ?」

 

 お布団から出ようとした時、ふとお兄ちゃんの事を見て気付いた。

 何だかお兄ちゃんのズボンが一部盛り上がってるって。

 

「お兄ちゃん、そこどうかしたの?」

 

 腫れたみたいになってるところを指さして聞いたら、お兄ちゃんが恥ずかしそうに頭を掻いて……

 

――まぁ、その、俺がセレナの事を女性として魅力的だって強く思うとこうなるんだよ。

 

 って、そう教えてくれた。

 その言葉に私は嬉しくなって笑顔のままで階段を降りてお風呂場へ向かった。

 

 だって、私はお兄ちゃんにとって大人の女の人になれたって事だもん。

 脱衣所で服を脱いでいって、下着を脱ごうとした時に違和感を覚えた。

 

「これ、汗、じゃないのかな?」

 

 何だか汗が糸を引いた気がする。ちょっと怖いかも……。

 病気、じゃないよね?

 

 うん、姉さんが帰ってきたら聞いてみようっと。

 

 

 

 仁志が仮眠から目覚めたのは午後五時を過ぎた辺りであった。

 そこからフラフラと階段を下り、トイレを済ませてからリビングへと姿を見せた仁志を待っていたのは、何故か満面の笑みを浮かべるマリアだった。

 

 だが、その笑顔が額面通りの意味合いではない事が仁志には瞬時に分かったのだ。

 何故なら、マリアは静かに怒っていると分かる程の威圧感を醸し出していたからだ。

 

「えっと……?」

 

 しかも、その怒りは自分へ向けられていると感じ取り、仁志は寝惚けた頭で何か失態を犯しただろうかと考え始め、不意に顔を動かした時に見たセレナの申し訳なさそうな顔で何かを察した。

 

「仁志? ちょっと話したい事があるの。セレナ、ヴェイグと一緒に上へ行っててくれないかしら」

「う、うん……」

「タダノ、よく分からないが、まぁ頑張れ」

 

 セレナの腕の中から項垂れる仁志へヴェイグは声をかけてその場から去っていく。

 セレナが階段を上がる音を聞きながらマリアが静かにリビングのドアを閉め、仁志の前へクッションを一つ差し出した。

 

「そこ、座って」

「はい……」

 

 大人しく座る仁志と向かいで仁王立ちするマリアという、完全に悪さが露見した旦那を叱る妻の図が出来上がる。

 

「さて、仁志? どうして私が怒ってるか分かる?」

「……セレナ絡みって事だけは」

「そう、ならもう少し思い出してごらんなさい」

「…………ディープキス、しました」

「ええ、でしょうね。で、それだけ?」

「え、えっと……」

 

 例えるのなら、マリアの背後からゴゴゴゴゴッという擬音が出ているような気が仁志にはしていた。

 それぐらいマリアは怒りのボルテージが高まっていた。

 何せ彼女は買い物から帰ってきた後、冷蔵庫へ野菜などをしまっている時にシャワー上がりのセレナからある意味でとんでもない質問をされたのだから。

 

――姉さん、何だか粘ってる感じの汗が出たんだけど、これって病気かな?

 

 もうその時のマリアの精神状態はまさしく“赤ちゃんはどこからくるの?”と聞かれた時の親のそれと同じであった。

 

 とりあえず病気ではないと説明し、どうしてそうなったのかを聞き出して、マリアは仁志が起きるまで待っていたのだ。

 

 そこで起こさない辺りに彼女ならではの優しさと気遣いがあった。

 

「思い出せない? もしくは分からない?」

「…………え、エロいキスをしました」

 

 その言葉を待っていたとばかりにマリアが笑みを深くしてゆっくりと頷いた。

 

「よく言えました。じゃあ……もう分かるわよね?」

 

 ズイッと上半身を仁志へと近付け、低めの声で告げられた言葉。

 その迫力に仁志は身を震わせる。

 

「も、もしかしてセレナが性的な快感を?」

「以外にある?」

「ですよね……」

 

 ガックリと肩を落とす仁志へマリアは大きくため息を吐いた。

 

「そうなりたいのはこっちよ。あの子、まだ性教育が始まってもいないの。それなのに……」

「あー……それは本当に申し訳ない事を」

「まぁいいわ。問・題・はっ!」

「俺がセレナへいかがわしい行為をした事です……」

「そういう事よ。で? セレナはキスをしただけって言ってたけど?」

「そ、それは本当だって。本当にキスしかしてない」

 

 疑うマリアへ仁志はこれだけは信じてくれとばかりにはっきりと告げる。

 実際仁志は、響達と再会してから今までで一番いやらしくない行為と思っていた。

 ただ、故にやはりセレナ相手にする事ではなかったと反省もしていたが。

 

(ま、まさかセレナがキスだけで感じてくれるなんて……)

 

 響達には胸を触るなどのキス以外の刺激も与えたが、セレナにはそういう事をした訳ではない。

 それなのに快感を覚えていたという事実が、仁志には喜びではなく申し訳ない事にしか思えなかったのだ。

 

「……その様子だと本当なのね」

「ああ。その、悪意がいなくなっただろ? だから自制心がかなり緩んでるんだ」

「自制心がねぇ……じゃあ」

 

 ニヤリと笑ってマリアがゆっくりと仁志の横へ移動する。

 それに気付いて仁志が顔を動かしたところで、マリアはその場へ腰を下ろしてこう告げた。

 

――あの時の続き、してもらえるかしら?

 

 とても妖艶な微笑みと共に……。

 

 

 

「んむっ……っはぁ、んんっ」

 

 仁志に肩を抱かれてするディープキス。もうこれだけで頭の中が真っ白になるわ。

 こうして舌を絡め合うのは初めてではないけど、やっぱりまだ慣れない。

 あの夜、アルコールの匂いと味に包まれながらした時とは違う、ネットリと濃厚な男女の求め合い。

 

 今、仁志は私だけを見て、私だけを意識してくれている。それが、とっても嬉しい。

 

「マリア……」

「仁志……」

 

 互いの吐息がかかる距離で見つめ合う。

 私を見つめる仁志の表情は、今まで見た事があるようでどこか違う野性的なものだ。

 見つめられるだけで胸が高鳴り、今にも彼のもので貫かれたいと思ってしまう。

 

「あの時の続きは続きだけど、ある意味もどかしいかもしれないぞ? いいか?」

 

 告げられたのはある意味で期待を裏切る言葉。

 だけど、その、嬉しくなる言葉だった。

 

「お願い」

 

 そう返した瞬間、仁志の手が私の胸を触った。

 力強くて少しだけごつごつした手が、私の事を優しく愛撫してくる。

 

「マリア、ブラずらすよ」

「ぁ……」

 

 気付けば仁志の手が服の中へ入ってきて、そのまま私の胸を守る物をどかすように動いた。

 優しく揉む手付きは、いやらしいと言うよりは慈しむようなもので、それだけで私は嬉しくなってしまう。

 

「んっ……ちゅっ、っは……仁志……んぅ」

 

 ああっ、幸せ。今、私は女として彼に求められている。

 そう思うだけで心が弾み、下腹部が熱を持つ。

 舌を絡め合い、仁志の手で胸を触られる。それはこれまではなかった事だ。

 

「マリア、綺麗だ」

 

 息継ぎの際に囁かれる一言も、私の熱を上げ、私の中の女を悶えさせる。

 もっとそう言って欲しい。もっと求めて欲しい。そう思って私は仁志へ体を密着させる。

 すると、それを汲み取ったかのように仁志の手が私を求め、触ってくれる。

 舌を激しく絡め、窒息寸前まで求めてくれるのだ。

 

 気付けば私は無意識に何か硬い物を触っていた。

 それが何かは考えるまでもない。

 でも、嬉しい。私の手の中にあるそれは、とても逞しく、頼もしささえ感じる。

 これが、いつか私の中へ入るのだろうかと思うと、それだけで下腹部の熱が増して、その結果が下着を濡らす。

 

「仁志……これで終わり?」

「……セレナとヴェイグがいるんだぞ」

「いいのよ。セレナは私と貴方が夫婦になる事を望んでくれてる。ヴェイグだって、私達が仲良くするのは喜ぶわ」

「なかよく、か……」

「あっ……んんっ」

 

 仁志の両手の人差し指が私の左右の乳首を軽く弾く。

 もうそこは仁志の愛で主張する突起物と化していた。

 恥ずかしさもあるけど、私が与えられた刺激と快感に喘いだ瞬間、更に仁志はそこを摘んできた。

 

「マリア、もうこんなになってるぞ」

「いやっ、言わないで……ああ……クリクリしないでぇ」

 

 優しく与えられる快感は、とっても気持ち良くて幸せになるものだった。

 そのまま彼はキスをしてきて、私は上下で与えられる幸福感に酔いしれ、思考を止めた。

 

 このまま仁志と溶け合っていきたい。もっと深く繋がり、求め合いたい。

 優しい刺激もいいけど、強い刺激も欲しい。もっと気持ち良くなりたい。

 浮かんで消えるはずの欲求は、消える事なく残り続け、私の中で膨らんでいくばかり。

 

「んんっ!?」

 

 そんな時、私の中に電流が走った。

 目を見開けば、そこには少し怖い笑みを浮かべる仁志がいた。

 

「マリア、ここで終わりにしよう」

「な、なんで……?」

 

 荒い呼吸でそう尋ねる私へ、仁志は右手をゆっくりとこちらへ見せた。

 

「ほら、もうこんな風になってたよ」

「っ!?」

 

 仁志の人差し指が少し濡れているのが分かった瞬間、私は顔から火が出るかと思う程の恥ずかしさを覚えた。

 しかも、それに気付いた彼は、あろう事か人差し指を見せつけるように舐めたのだ。

 

「ちょ、ちょっとっ!」

「……これがマリアの味か」

「~~~~~っ!?」

 

 もう限界だった。けれど、嫌じゃない。

 その証拠に私の熱は増々温度を上げ、私の中の女は悶え喘いでいたのだ。

 仁志には、それを見抜かれたんだと思う。

 彼は赤面する私を見て、小さく苦笑すると息を吐いて触れるだけのキスをしてくれた。

 

「シャワー、浴びておいでよ。俺はちょっとしたらセレナ達を呼びに行くから」

「わ、分かったわ……」

 

 まるで夫婦みたい。そう思ったけど、口に出す前に……

 

――夫婦、みたいだな。今の俺達。

 

 仁志が少しだけ照れくさそうに言ってくれて、私は胸が一杯になった。

 本音を言えばもう少し仁志と触れ合っていたかったけど、今の言葉で満たされた気がしたので満足する事にする。

 

 リビングからお風呂場へ向かおうとすると、私の手を掴んで仁志が何故か引っ張ってきた。

 

「ちょっ!?」

 

 バランスを崩す形になって仁志の胸へ倒れ込む。

 文句の一つでも言おうと思って顔を上げると仁志が抱き締めてきた。

 それだけで私は何も言えなくなってしまった。だって、私の体の一部へ押し付けられた物が、仁志の気持ちを伝えてきたからだ。

 

「マリア、やっぱり一緒にシャワー、浴びてもいいか?」

 

 その言葉に私は言葉を発するのではなく、無言で腹部に突きつけられた物を撫でる事で返事とした。

 すると、仁志は私へキスをしてきた。そのまま私達は舌を絡めて互いを触れ合った。

 

 結局そのまま私達は時間も忘れてキスを続けてしまい、様子を窺いに来たセレナに見つかってしまう事になる。

 

――姉さんだけズルいっ!

 

 ……まさか姉妹で仁志に抱き締められるとは思わなかったわ。

 し、しかも、あんな事までされるなんて……っ!

 

――姉さん? どうかしたの? 何だか苦しそう……。

――ホントだなぁ。マリア、大丈夫か?

――へ、平気よ……っ。な、何でもないから……。

 

 仁志は、セレナへは普通に手を回して、私へはその手でお尻を撫でてきた時はもう声を出すのも辛かった。

 セレナが隣にいるのにいやらしい事をされているという事実が、私に強い快感を与えてきた事に戸惑い、それを仁志に見抜かれまいとしていたからだった。

 

 仁志がセレナと可愛らしいキスをするのを見ながら、私はお尻をサワサワと撫でるように触る手付きに声を出すまいと奥歯を噛み締めていた。

 

「お兄ちゃん、大好きっ!」

「ありがとな。俺もセレナの事大好きだよ」

 

 普段だったら微笑ましいと思う光景も、今の私には笑みを浮かばせてはくれない。

 仁志の手は私の敏感な場所へと移動していて、そこをフェザータッチで撫でていたから。

 

「わ、私、ちょっと汗を掻いたからシャワーを浴びてくるわ」

 

 もう無理。そう思って立ち上がってその場を後にする。

 心なしか仁志が少しだけ申し訳なさそうな顔をしてて、セレナは不思議そうに小首を傾げていた。

 

 脱衣所で服を脱いで下着へ手をかけた時、私は早く仁志に抱いて欲しいという自分の声を見せつけられてしまった。

 

「……いっそ全てを捨ててこっちへこれたらいいのに」

 

 そう呟いて私は重くなった下着を脱衣籠へ入れ、お風呂場へと入る。

 仁志に本当に責任を取らせようとそう思いながら、私は熱いシャワーを浴び始めるのだった……。




マリア達は、一つ間違えば親子風姉妹です。
しかもセレナがマリアと只野の仲を応援している始末。

……これが18禁じゃなくて良かったですねぇ(汗

セレナとは二人きりでもまだ可愛らしい感じの触れ合いを只野もしますが、その分マリアが……な感じです。

ちなみにヴェイグは、二人が只野とイチャイチャしてる間ずっと二階の寝室にある只野の布団でゴロゴロしてます。
(タダノの布団から、セレナだけじゃなくて未来やエルの匂いもするな……)
なんて思いながら。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヴェイグはきいていた

ストッパーがある意味いない状態での夜。

……まぁお察しと言う事で(汗


「……うめぇ」

 

 噛み締めるように、しみじみと呟く。

 久しぶりのマリアの手料理は五臓六腑に沁み渡る程美味かった。

 

「大袈裟よ。でも、そう言ってもらえると作った甲斐があるわ」

 

 俺の向かいで微笑む女性は、とても綺麗な笑顔をしている。

 その隣にはこれまた可愛らしい笑顔を浮かべる少女がいた。

 

「うん、私も頑張ったんだからね、お兄ちゃん」

 

 そう、今夜の俺の食事はマリアとセレナの合作、でいいんだろうか?

 メインの唐揚げはマリアが、サブにはセレナが作った野菜たっぷりの味噌汁があるのだ。

 大根、人参、ほうれん草、そして豆腐。見た目も彩りよく出来ていて、ナスターシャさんへ作っていると言う言葉がよく分かる。

 

「ああ、味噌汁も美味しいよ。セレナは良いお嫁さんになれるぞ、日本人相手なら」

「ホント?」

「ホントホント」

 

 可愛く小首を傾げるセレナへ自信をつけるように肯定する。

 味噌汁作るのが得意な外国人女性って、結構日本人男性のツボな気がするんだけどなぁ。

 

「ならタダノがセレナをよめにもらってやれ」

 

 唐揚げを刺したフォーク片手にヴェイグが俺を見上げてそう言った。

 名前を出されたセレナは赤い顔でこっちを見てくる。どうなの?って感じで。

 

「うーん、そうしたいのはやまやまだけど、セレナにこの世界で暮らしてもらうのは難しいからなぁ」

「えっと、こうやって時々来るお嫁さんじゃダメ?」

 

 まさかの通い妻発言である。嬉しくはあるけど、それも色々と面倒な気がするんだが……どうなんだろうか?

 

「マリア、君の目から見てセレナのアイディアはどう?」

「そうね……」

 

 味噌汁の入ったお椀をテーブルへ置いて、マリアはセレナを見つめた。

 心なしかセレナが緊張してるような気がする。

 

「……まずマムが許可するかどうかね。まぁゲートリンクが出来た今なら許可を出してくれそうではあるけど」

「そ、そうかな?」

「ええ。でも、いつ呼び出しが入るか分からない以上、出来ても短時間滞在かしら。食事を作ってあげて、一緒に食べたら帰る。それが無難だわ。ね、仁志?」

「うん、それなら俺も可能な気がする」

 

 ただ、それって現状装者のみんなに言える事なんじゃないとは言わないでおいた。

 きっとマリアもそれは分かってると思ったし。

 じゃなかったら、こっちへ意味ありげな笑みを向けないよ。

 あれ、私も同じ事出来るんだからって顔だ。

 

「そっか。じゃあ、帰ったらマムに相談してみる」

「まぁもしダメなら大人しく諦めるんだぞセレナ。その場合は、ナスターシャさんがセレナの事を心配してるって事だから」

「うん、分かってる。マムもお兄ちゃんも大事な人だから、心配させたくないもん」

 

 にっこり笑顔で言い切ってくれるセレナに俺は成長を感じた。

 初めて出会った頃よりも笑顔が力強いし声にも自信や安定感が滲んでる。

 焦りのようなものがなくなって、しっかりとした芯のようなものが出来たと感じられる笑顔だ。

 

「そういえば、相変わらずヴェイグは向こうじゃセレナの前でしか姿を見せないのか?」

「……時々マムとも話す」

「「えっ!?」」

「そうなんです。ヴェイグさん、マムだけは構わないって言ってくれて」

「今のマムは優しい匂いを時々させる。そういう時のマムなら、俺も話をする事は嫌じゃない」

 

 そう言ってヴェイグは唐揚げを一口齧る。

 で、その瞬間とびきりの笑顔を見せるのが愛らしい。

 マリアもセレナもヴェイグの笑顔に笑みを浮かべている。

 本当に幸せそうに食べるよな、ヴェイグ。

 

「ヴェイグ、美味いか?」

「ああ、やっぱりマリアのからあげが一番美味い。向こうのも不味くないんだが、これには勝てない」

「ふふっ、嬉しい事言ってくれるわね。ヴェイグ、遠慮しないで食べていいわよ。仁志もね」

「「ああ」」

 

 気分は完全に子供に料理を褒められた母親なマリアである。

 そんな風に本当に家族のような夕食は終わり、俺は洗い物をしていた。

 美味い飯を作ってくれた二人を労うためである。そんな俺の事をヴェイグが足元で若干難しい顔をして見上げていた。

 

「何かあったか?」

 

 向こうから話を切り出すのかと思って待っていたが、何も話しかけてこないのでこっちから水を向けると、ヴェイグは難しい顔のまま小首を捻った。

 

「いや、タダノの匂いが分かりそうなんだ。正確には、タダノからも匂いが出てる気がする……」

「それは……ちょっと怖いな」

 

 正直俺は嫌な匂いがしていてもおかしくないと思ってる。

 実際、エル達と再会した当日に四人の少女と淫行スレスレな事をやったし、今日だってイヴ姉妹相手にあまり褒められた事ではない行為をしたと思うからなぁ。

 

「そうか? 俺はタダノは優しい匂いだと思うぞ」

「ならいいんだけど……」

 

 最後のお椀を洗い終えて、俺はそれを洗いカゴへと立てかけるように置く。

 これで洗い物は終了だ。次は風呂掃除でもしますかね。

 

「ヴェイグ、俺は風呂掃除するから」

「そうか。なら俺も手伝おう」

「え? ヴェイグが?」

「ああ。あの家の頃、たまにやっていたぞ。風呂の上の方をエルがやって、下を俺がスポンジでゴシゴシするんだ」

「へぇ」

 

 想像すると何とも和む光景ではないか。

 あの平屋のマスコット二人が額に汗しながら湯船を磨いているのだから。

 

 ともあれ、せっかくヴェイグが手伝ってくれると言うのだ。ならそれに甘えない訳にもいくまい。

 なので二人で風呂場へと向かう。風呂掃除用のスポンジは一つしかないので、それをヴェイグへ手渡して、まずは下の方を磨いてもらう事に。

 

「じゃ、頼む」

「分かった。任せろ」

 

 フンスと聞こえそうな感じで頷くヴェイグに笑みを浮かべつつ、俺は空の湯船の中へと彼を送り込む。

 

「あの家のよりも若干深いな」

「ああ、うん。そうだな」

 

 ゴシゴシと湯船を磨き始めるヴェイグ。もうそれだけでラブリーな光景だろう。

 許されるのなら写真に収め、どこかにアップしたいぐらいだ。

 きっと大人気間違いない。そんじょそこらの癒し画像など蹴散らせるはずだ。

 

「ごしごしっ!」

 

 ……こんな掛け声まで出してるんだもんなぁ。動画で配信したら再生数爆稼ぎしそう。

 

「あら、お風呂掃除?」

「何か手伝う事ある?」

 

 と、そこへ顔を出すのはマリアとセレナ。

 

「いや、特にないよ。ヴェイグが手伝ってくれてるし」

 

 その視線が俺から湯船の中へと動き、同時に止まって姉妹の表情を緩ませる。

 

「ごしごしっ!」

 

 丁度こちらへ背中を向けて掃除中のヴェイグ。

 それが姉妹の心を撃ち抜いたようだ。

 

「「可愛い……」」

 

 漫画とかならホワワ~とかの効果音が書かれている事だろう表情だ。

 そのまま二人はヴェイグが湯船の中を一周するまでそこにいた。

 で、俺と交代した後はいなくなったので、やはり俺に癒し効果や愛らしさはないようだ。

 

 まぁ、分かっていたし、もしあったとしたらそれはそれで怖いけど。

 

「そうだ……っと。ヴェイグ、今日一緒に風呂入ろうか」

「うっ……風呂、か」

「嫌か?」

 

 ヴェイグ曰く風呂自体は嫌いじゃないそうだが、濡れた体を乾かすのが好きじゃないらしい。

 まぁよくドライヤーでやられてるのでその温風が苦手なんだと思う。

 ヴェイグは生ぬるい風というのが新鮮だったらしいし。

 

「風呂はいいんだが……」

「その後がって事だよな。うし、じゃあ今夜はタオルで拭いた後にドライヤーはしないよ」

「ホントか?」

「ああ。どうせ暖房が入ってるし」

「だんぼう?」

 

 そこからは風呂掃除をしながらヴェイグへ暖房について教える。

 どうもヴェイグは四季の移り変わりという概念がないらしく、そこでようやくこっちが寒い状態だと知ったらしい。

 試しにと体を持ち上げて、ヴェイグに風呂場の窓を開けてもらうとその寒風で体の毛を逆立てた。

 

「な?」

「ああ、よく分かった。これがふゆか」

「正確に言うなら晩秋、秋の終わりだけどな」

 

 窓を閉めて風呂の蓋を戻せば風呂掃除終了である。

 ヴェイグと共にリビングへ戻れば、マリアとセレナがお出迎え。

 

「「お疲れ様」」

 

 うん、ヤバいなこれ。一気に旦那さんな気分だ。

 

「そうでもないよ。それで、風呂はいつ頃がいい?」

「そうね……セレナ、どうする?」

「あの頃と同じぐらいでいいよ」

「「じゃ、九時か(ね)」」

 

 俺とマリアの声がハモる。

 それにセレナが笑い、ヴェイグが笑みを見せ、俺とマリアは苦笑した。

 

 そこからは四人でみんなが揃った時の事を話題にした。

 既にエル達へ考えておいてくれと言ってあると告げると、セレナは近い内にエル達と会わないとって笑顔を見せた。

 ただマリアはどこか影のある顔をしていたので、きっと難しいと思ってるんだろう。

 

 だから俺はそんな事はないよと言うように明るい言葉を言い続けた。

 きっとまたみんなで旅行に行ける。願い続けていれば必ず叶うと。

 

「今度は泊まりで温泉とか行きたいなぁ」

「温泉?」

「そう。雪が降る中で入る露天風呂とか風情が合っていいと思うんだよ」

 

 酒は得意じゃないけど、そんな中で熱燗を飲むってのもオツだろう。

 

「あら、いいじゃない。それにしても、こっちはもうすぐ一年が終わるのね」

「うん、驚き。まだこっちは春なのに」

「俺はこっちで初めて人間の世界を知ったからよく分からなかったが、こんなにも違うものなんだな」

「俺が小さい頃はもっとはっきり四季が分かったんだけどな」

 

 と、そこでふと思いついた。こたつ、買おうって。

 それと石油ストーブも買ってもいいかもしれない。

 きっとエルやセレナは昭和な雰囲気ある方が珍しくて喜んでくれそうだし。

 

「ヴェイグ、セレナ、こたつって分かる?」

「「こたつ?」」

 

 やはり知らないらしい。

 

「マリアは?」

「さすがに分かるわよ。使った事はないけどね」

「そっか。じゃあ今度来た時にはここにこたつがあると思ってくれよ」

「お兄ちゃん、こたつって何?」

 

 セレナから当然の質問がきたので説明開始。

 一度入ると出たくなくなると言うと、セレナとヴェイグが興味を強くしてくれた。

 マリアはそんな二人に微笑みを浮かべ、そんな彼女と一緒にセレナやヴェイグと接していると本気で親になったような錯覚を覚える。

 

 で、気付けば八時半を過ぎていたので風呂の準備をするべく立ち上がった。

 

「どうしたの? トイレ?」

「風呂の準備。今からなら九時には入れるはずだから」

「そういう事。じゃあお願いするわ」

 

 小さく微笑むマリアに見送られ、俺は風呂場へと向かう。

 リビングを抜けてキッチンへ来ると若干寒さがきて、風呂場に入ると割と寒い。

 いっそ風呂の蓋、少し開けておくか? そうすれば湯気で多少はあったかくなるかもしれないし。

 

 そうして風呂の支度を終えて若干寒いキッチンを経由してリビングへ戻る。

 

「「「おかえり(なさい)」」」

「ただいま」

 

 たったそれだけのやり取りなのに、心があったかくなるのを感じて笑みが浮かぶ。

 そこから風呂が入れるようになるまで、行きたい場所ややりたい事を話題に話した。

 ほとんど俺が話すばかりだったけど、それをセレナもヴェイグも喜んでくれたので良しとする。

 

 マリアだけは若干苦笑してたけど。

 

「じゃ、お風呂入ってくるね」

「マリアも一緒に入ってきなよ。俺はヴェイグと入るしさ」

「そうね。じゃ、一緒に入りましょうか」

「姉さんと一緒?」

「ええ。どう?」

「嬉しい! じゃあ、私が背中洗うね!」

「お願いするわ」

 

 仲良く姉妹が動き出すのを見て、俺は嬉しく思った

 あの姉妹が、いつの日か一緒に暮らせるようになればいいのにと、そんな事を思いながら俺が顔をヴェイグへと戻すと、ヴェイグはマリアとセレナを見つめて笑顔を浮かべていた。

 

「ヴェイグ、どうした?」

「ん? ああ、今の二人からはとても優しい匂いがしてるんだ」

「……そっか」

 

 本来であれば揃って成人してるはずの姉妹。だけど、ある意味で今のような関係になったからこその何かもあるはずだ。

 

「おっ! 今、少しだけタダノから優しい匂いがしたぞ」

「えっ!? マジ!?」

「まじだ。もう消えたけど、たしかに微かにしたぞ。やっぱりタダノは優しい奴だ」

 

 満面の笑みでこっちを見つめてくれるヴェイグに照れくさいものを感じるけど、そこまで俺が良い奴だと信じてくれるヴェイグに嬉しさも覚える。

 なので、出来るだけヴェイグに幻滅されない人であろうと心に誓う。

 

 ……だけど、どうして俺の匂いが分かるようになったんだ? それだけこの世界から悪意の影響が消えたって事かね?

 

 

 

「……あったかいな」

 

 暗い部屋で小さく呟く。

 今、俺はタダノの住家の二階にある寝室でセレナと一緒に布団で寝ている。

 クッションでいいと言ったんだが、タダノがきっと寒いから布団にした方がいいと言ってセレナと一緒に寝る事となったからだ。

 

 ただ、やはりちょっと慣れない感覚だ。

 ベッドとは違うのは知っていたが、寒くなってくるとこんなにも布団の中はあったかくて心地いいと思うんだな。

 

「ねぇ仁志、起きてる?」

 

 そんな時、マリアの声が聞こえてきた。

 

「どうかした?」

 

 タダノの声も聞こえる。俺は二人の会話へ耳を傾けた。

 普段なら俺も会話へ参加しただろうが、これはあれだ。あの家でたまにあった二人きりにしてやった方がいい状況だと思って。

 

 マリアから不思議な匂いがする時はそういう事だからな。

 

「セレナ達、寝たわ」

「……みたいだな」

 

 俺は二人からはセレナが邪魔で見えないんだろう。

 だけど、たしかにセレナはスヤスヤと寝てる。てんしの寝顔、だったか。そういう感じの幸せそうな顔で。

 

「そっち、いってもいい?」

「マリア、それはさすがに……」

「いいじゃない。ねぇ、一緒に寝るだけだから」

 

 凄いな。今のマリアからは不思議な匂いが凄くするぞ。こんなの初めてだ。

 

「……寝る、だけ?」

「ええ、寝るだけ」

「セレナが起きるような事はしないか?」

「貴方次第よ」

「…………おいで」

「っ……ありがとう」

 

 ゴソゴソとマリアが布団から出てタダノの寝てる布団へと入っていくのが見えた。

 少ししか見えなかったが、マリアが初めて見るような顔をしていたな。

 嬉しそうな、恥ずかしそうな、妙な顔だ。

 

「ちょっと、あんな事言いながらこんなに硬いじゃない。期待、してるの?」

「あのな? むしろこのシチュエーションで男がこうならないと、そっちは女としてどうだよ?」

「……きっと自信を無くすわ」

「じゃ、いいだろ」

「ふふっ、本当ね」

 

 そこからしばらく二人の声は聞こえなくなった。

 いや、時々聞こえていたが、あまり意味のある言葉には思えなかった。

 “おっぱい”とは何だ? マリアのそれは大きいと言っていたから、多分胸の事だとは思うが……?

 そこをタダノが触っているらしい。マリアはそれにくすぐったいような声を時々出していた。

 

「あっ……」

 

 と、突然タダノの姿が消えてマリアだけになった。

 

「んっ……あんっ……そ、そんなに強くしちゃ……声、抑えられないわっ」

 

 どうやらタダノは布団の中に潜ったらしい。切歌やセレナみたいな事をするんだな。

 ただ、こうして顔を出してると寒いからそうしたのかもしれない。

 それとも俺が知らないだけで、別の目的もあるのだろうか?

 

「き、気持ちいいわよ? でも、あっ、ダメ……そこを……んんっ!」

 

 マリアが目をキツク閉じて軽く震えたのが見えた。

 だが、何故口を手で押さえたんだ? もしかして、俺とセレナを起こさないように声を抑えるため?

 

「……マリア、大丈夫か?」

 

 マリアがクタッとなったのと同時にタダノが顔を出した。

 俺からは顔が見えないが、声が若干申し訳なさそうに聞こえた。

 

「え、ええ……。けど、本当に今ので火が点いたみたい」

「……マリア」

「んっ……じゅるっ……っぱ、仁志……んぅ」

 

 火が点く? どういう意味だ? 俺には理解出来ないやり取りだ。

 そこからしばらくタダノとマリアは“きす”を続けた。

 俺から見えるのはマリアの表情だけだが、どんどんその顔が緩んでいくのが分かった。

 瞳は潤んで、タダノの事だけを見つめているような眼差しになっていったのもだ。

 

「んっ……ひ、仁志……そこは、ダメよ」

「でも、マリアのここはそう言ってないみたいだぞ?」

「あぁ……だ、ダメぇ……。優しく刺激しないで……っ」

 

 一体何をしてるんだろうか? さっぱり俺には分からない。

 その後もタダノはマリアを優しく刺激し続けたらしい。

 時々マリアが声を抑えるような声を出していたから、きっとくすぐってるんだと判断した。

 

 やめてとかダメとかタダノへ懇願するように言うようになってたし、多分間違いないはずだ。

 

「はぁはぁ……っはぁ……仁志ぃ……んっ」

 

 荒い呼吸のマリアの息遣いが聞こえると思ったら、またタダノの事を呼んでそれが消える。

 水音のようなものが聞こえるから、多分きすしてるんだな。

 それも強く愛してると伝えるものだ。たしか“でぃーぷきす”だったか。そんな名前の行為だ。

 

 今日タダノから教えてもらったから間違いない。

 

「マリア……提案があるんだけど」

「はぁ……はぁ……っ何?」

「……シャワー、浴びないか? ほら、お互い汗も掻いたし」

 

 そこでマリアが息を呑むのが聞こえた。

 それと、不思議な匂いが今までにないぐらい強くなった。だが、その中に優しい匂いも混ざってる。

 タダノからも微かに似たような匂いがしてる。不思議な匂いと優しい匂いが混ざったような、そんな匂いが。

 

「……いい考えだわ。ついでに下着も替えようかしら。汗、吸ったみたいなの」

「俺もだよ。風邪引かない内に汗を洗い流した方がいいな」

「本当にその通りだわ。じゃ、行きましょ?」

 

 そこで二人は布団から出て静かにドアを開けて階段を下りていった。

 俺はその音を聞きながら、何となくこの事は誰にも言わない方がいい気がした。

 

「あるいは、タダノに聞くか」

 

 とりあえず俺も寝よう。そう思って目を閉じると、下から微かに優しい匂いが漂ってきた。

 きっとマリアがタダノに嬉しくなる言葉でも言われてるんだろう。

 

 あの家でタダノがマリアへ食事の感謝を告げている時もこんな風だったしな。

 そんな事を思いながら俺は眠りに就いた。

 微かに感じる不思議な優しい匂いに包まれるように……。

 

 

 

 翌朝、見るからに上機嫌なマリアと共にセレナとヴェイグは仁志の世界から去って行った。

 

 ただ、その去り際、マリアは仁志へこう告げるのを忘れなかったが。

 

――今度来る時は、昨日の約束を果たしてくれるんでしょ?

――……二人きりなら、な。

 

 それは二人だけの秘密の約束。

 

――マリア、その、ここまで来てなんだけどさ、最後の一線はちゃんとした場所で越えないか?

――私はここでもいいんだけど?

――あと、きっと一度始めたら夜通しする気がするんだよ。特に、相手がマリアだと。

――…………もう、本当に貴方って人は……。ふぅ、いいわ。じゃあ、今度来たら、その時はしっかり最後までお願いね?

――ああ、約束する。

 

 シャワーの音が浴室内に響く中での、微笑ましくもエロティックな会話。

 それを思い出して仁志は一人になった部屋の中で短く息を吐いて呟いた。

 

「前回はエルが、今回はセレナがいたから踏み止まれた。だけど、もしその二人がいなかったら、きっと俺は……」

 

 悪意というある意味で強力な抑止力がいなくなった事は、仁志だけでなく響達装者達にも大きく影響していた。

 何せもう恋を成就させようとしても問題はないのである。

 

「ある意味で正しい姿なんだろうけど、本当にこれでいいのかね?」

 

 その問いかけへの答えはない。

 けれどどこかで仁志も分かっている。このままだと自分が世間的に最低な男となる事を。

 それでも、最早止まれないとばかりに彼は息を吐くと、風呂の水を抜くためにその場を離れた。

 

 すると、誰もいなくなったリビングに置かれたノートPCから一人の女性が姿を見せる。

 

「っと。あれ? 部屋が違う? ま、いっか」

 

 赤い髪をなびかせ、女性はギアを解除すると部屋の中が暖かい事に気付いて視線をエアコンへ動かした。

 

「そっか。こっち、もう冬なんだね」

 

 と、そこへ水の流れる音が聞こえてくるなり、女性はその音がする方へと動き出す。

 それは当然風呂場からの音。仁志が風呂の栓を抜いたのだ。

 そのまま女性はキッチンを抜け、風呂場で湯船を見つめる仁志を見つけて……

 

「仁志っ!」

「へ? っ!? 奏っ!?」

 

 後ろから抱き着いたのだ。

 奏の来訪に仁志は慌てふためき、そしてどこか不安を抱く。

 

――これ、下手すると下手するんじゃないか、俺……。

 

 そんな事を知る由もなく、奏は久しぶりの愛する男との再会に喜びながら密かに笑みを浮かべる。

 

――やっとこの時が来たね。悪いけど、あたしが仁志の嫁になるんだから……。

 

 抑止力となり得る者もなく、広い一軒家に互いを想い合う男女が二人。

 ある意味で、仁志に最大の危機が訪れようとしていた……。




というところで次回へ続く。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

風を奏で天へ鳴る羽で出来た翼(ツヴァイウィング)

ある種ネタバレなタイトルです。

まぁきっと多くの方が予想してたとは思いますけど(汗


「へぇ、さっきまでマリア達が来てたんだ」

 

 リビングのクッションに座ってこっちを見つめる奏。

 どうやらマリア達とすれ違う事はなかったらしい。

 

「そうだよ。後ろ姿とか見なかった?」

「いや見なかったよ。どういう事だろうね?」

「うーん……やっぱりこことゲートの経過時間が違うのかもしれないな」

 

 エル達が来た時、弦十郎さんは妙な事を言ってたのを覚えてる。

 就寝すると言ったエルに対して、それを納得出来ない感じの言い方をしたからなぁ。

 しかもエル達の話じゃ、こっちに来た時既に経過時間のズレがあったらしいし。

 

「じゃ、ここでの一分はゲートの中では三分扱いとか?」

「ないとは言えない」

「あるいはここでの一分がゲートの中では一秒とか?」

「それも有り得るかもなぁ」

「あたしとしてはそっちの方が助かるかな。っと、ちょっとごめん。旦那達へ連絡入れてみるから」

 

 奏が手首にあるゲートリンクを起動させるのを見ながら、俺はぼんやりとある事を考えていた。

 

 ズバリ、奏と二人きりっていうこの状況は不味い気がすると。

 何せこれまでと違って俺の中で理性を強くさせる要素が皆無だからなぁ。

 しかも相手が奏って、スタイルでいえばマリアとタメを張れる女性だし、積極的にエロを求めてくれるし……。

 

「でも、良い時に来たよ。二人きりで過ごせるんだからさ」

「奏……」

 

 ちょっとだけはにかむ奏はとても乙女で可愛らしいと思った。

 だから立ち上がってクッションを手に奏の隣へ移動する。

 

「仁志? どうしたのさ?」

「隣にいたくてね」

「っ」

 

 そっと肩を抱くと奏が少しだけ驚いて、すぐに嬉しそうに微笑んでくれた。

 そこからしばらく会話はなかった。ただ、俺と奏は黙って肩を寄せ合っていた。

 

 会話はいらない。まるで何かのキャッチコピーみたいだけど、本当にそんな気分だ。

 

「あの、さ」

「ん?」

 

 どれくらいそうしていたのか分からない、そんな心地良い沈黙を奏の声が破った。

 何か言い出し辛そうな言い方に俺は何だろうと思って顔を奏へ向ける。

 すると奏と目が合う。熱っぽい眼差しは、どこか男女な何かを期待しているように見えた。

 

「キス、して欲しいな?」

 

 本当に、乙女な奏は破壊力が高い。

 その要求に応えてまずはそっと頬へキス。

 

「ちょっ、そこぉ?」

 

 それにくすぐったそうに笑う奏は可愛い。

 言葉はともかく声は喜んでる。

 次は口へ触れるだけのキス。

 

「んっ……ふふっ、まいっちゃうよね。これだけであたしは幸せだよ」

「そっか。俺も同じだよ」

 

 嬉しそうに微笑む奏へ俺も笑みを返す。

 っと、そこで奏が頭を肩へ乗せてきて、そのまま動かなくなる。

 

「どうした?」

「ん? なんか恋人っぽくない?」

 

 これだ。ホント、マリアが妻っぽいなら奏は恋人っぽいな。

 この辺りは二人の性質が出てる気がする。マリアは家庭的で奏は活動的って感じで。

 

 いっそこんな感じでイチャついてるのも悪くないかもしれないな。

 どうせ今夜は勤務だし、昼寝するまで奏とダラダラ過ごすなんてそれこそ恋人っぽいし。

 

「なぁ、奏」

「ん? 何?」

「俺、今日仕事があるんだけどさ、昼飯と晩飯、どっちを一緒に食べてくれる?」

 

 俺の問いかけに奏は一瞬寂しそうな顔をしたけど、すぐに考えるように腕を組んで……

 

「ん~……」

 

 なんて言いながら左手の人差し指を頬に当ててる奏はどこか可愛い。

 

 その様子を眺めながら俺はその答えを待つ。

 何て言うか、いつまででも眺めていられるな、これ。

 時折こっちへ視線を向けて小さく笑うのが本当に可愛い。

 可愛いも綺麗も両立させるのが奏やマリアの凄いとこだよなぁ。

 

「どっちもって、ダメ?」

 

 おっと、まさかの答えが返ってきたぞ。

 しかもさり気無く小首を傾げてる辺りがあざとい。

 奏もニヤニヤと笑ってるので確信犯か。

 

「ったく、俺が夜勤だって知ってて言ってるか?」

「知ってるよ。昼ごはん早めにして、晩ご飯を遅めにすればいいじゃん」

「へぇ、と言う事は当然奏が作ってくれるんだろうな?」

「いいよ。むしろやりたいぐらいなんだから。あたしだって家庭的なとこあるって見せてやるよ」

 

 そう言ってニカっと笑う奏はやはり姉御肌な感じがする。

 だけど、それも彼女の一面だと知ってるので、その言葉に有難く甘えるか。

 

 何も材料がないので、買い物へ行ってもらう事にして資金を渡す。

 冷蔵庫の中身が飲み物と調味料しかないのを確認し、奏は苦笑してドアを閉めた。

 

「分かってはいたけど仁志らしいよ」

「男の一人暮らしなんてこんなもんだっての」

「もう少し食生活考えなって。どうせマリアにも似たような事言われたんじゃない?」

「まぁ……」

 

 忘れてた。こう見えて奏も結構オカン属性持ちだった。

 マリアが教育ママなら奏は肝っ玉母さんだ。

 

「さてと、じゃあ行ってくるよ。何か欲しい物とか食べたい物とかある?」

「そうだなぁ……シチュー?」

「時間かかるもんを言うね。じゃ、そっちは夜にしてあげるよ。他には?」

「何か甘いもんを頼めるか? プリンとか」

「はいはい」

「気を付けてな」

 

 買い物袋を手に玄関へ向かう奏を見送り、俺はどうしたものかと考えたところで風呂掃除を中断していた事を思い出した。

 

 奏がやってきた事に驚いて、軽く湯船を水で流しただけで終わっていたのだ。

 なのでその続きをやろうと思って風呂場へと向かう。

 

「か、奏と混浴とかなったら不味いよなぁ」

 

 そう言いつつ妄想は止まらない。

 マリアとの事もあるから奏へも似たような事をしないと言えないんだよな。

 そして、今回は俺の理性を強くしてくれる存在はいない。

 結果どうなるかは火を見るより明らかである。

 

「……絶対スケベな事になる」

 

 俺が何とか踏みとどまろうとしても、奏が相手だと簡単にその頑張りを無に帰す事が確定してるようなもんだし。

 

「掃除終わったら、以前翼が買ってきたアレ、寝室に準備しておくか?」

 

 あの夜、ドライディーヴァと過ごした思い出。

 そこで翼がマリアや奏の頼みを聞いて購入した例の物。あれは今、俺の手元にあるのだ。

 

 まぁ、そもそもあの時の事は未来が泊まりでいなくなる事が前提にあったため、仮にアレを使用したとしても一晩で一箱使い切るのは無理というもの。

 そうなるとアレの箱は残る訳で、それをもし未来に見つかれば面倒この上ない。

 なので結局俺がアレを回収、代金を翼へ渡した上で正式に譲り受けた形となったのだ。

 

「よし、こんなもんか」

 

 風呂掃除を終え、リビングへと戻ってみれば目に入るのはノーパソの画面。正確にはゲートとなっている部分だ。

 

「……時間の経過がズレてるのは、もしかすると悪意関係なかったんだろうか?」

 

 上位世界なんて呼ばれてるここは、みんなが暮らす世界と色んなものが異なってるのかもしれない。

 浦島太郎の竜宮城って、意外とこの世界と他の平行世界みたいな関係性だった?

 だったら、あながちあの昔話は作り話じゃなくなるかもな。

 

「ん?」

 

 なんて、そんな事を思いながら眺めてるとゲートが少しだけゆらっと動いた気がした。

 で、そのまま見つめてると、そこから……

 

「はっ! ……到着、か」

 

 青を基調としたギアを纏った女性が現れたのだ。

 彼女は俺の事に気付くと、嬉しそうに微笑むなりこっちへ歩み寄ってきた。

 

「仁志さん……お久しぶりです」

「うん、久しぶりだね、翼」

「っ……仁志さんっ!」

「おっとっ!?」

 

 感極まったように翼が抱き着いてきて、一瞬俺の視界を彼女の長い髪が遮った。

 それと共にいい匂いがふわりと香る。こっちで嗅ぎ慣れていた匂いとは異なる、だけど翼らしいと感じられる匂いが。

 

 壊れ物を扱うようにそっと抱き締めると、翼が顔を上げてくれた。

 

「仁志さん、会いたかった」

「そっちじゃあれから二か月ぐらい経ってるんだよな?」

「うん。雪音も近く留学のため日本を離れる事になってる」

「そっか。クリスが……」

 

 知ってはいるし分かってもいたけど、実際聞くと寂しさを覚える。

 こうなるとクリスと再会するのは当分先か。

 

「見送り、してあげて欲しい」

「それは……行きたい気持ちはあるけど……」

「大丈夫。その時になったら私が迎えに来るから」

 

 若干経過時間のズレが怖いけど、クリスを見送れるのなら構わないか。

 それに、ズレと言っても一年単位とかじゃないし、あの頃のズレも俺に都合よく起きてたし、ワンチャン向こうでの一時間がこっちでの一分の可能性もある。

 

「じゃ、その時はよろしく頼むよ」

「うん、分かった」

「でも、大丈夫なのか? 翼だって色々忙しいだろ?」

「ふふっ、その事なら心配しないで。しばらく私は日本に留まってるんだ」

「え?」

 

 海外でも通用するアーティスト。それが風鳴翼のはずだ。

 活動拠点も日本じゃなくロンドンになってるはずだし、どういう事なんだ?

 

 そんな俺の疑問を翼も察していたのだろう。小さく微笑みながら教えてくれたのだ。

 

 父親である八紘さんが亡くなった事と凱旋ライブでの惨事。

 それによるゴタゴタもあって、翼は一時的に活動を休止したらしい。

 それには、向こうでのアーティスト活動を心から楽しんでやれるようにするための時間が欲しいという翼の意向が大きく作用してるそうだ。

 

「やっぱり向こうでは、こっちのようには歌えない?」

「……難しい、かな。向こうではただの翼じゃ歌えない。アーティストとしての私で歌わないといけないから」

「そっか」

 

 言わんとしている事は何となく分かる。

 要するに趣味と仕事は求められているものが異なると言う事だ。

 ただ歌えばいい個人と、その歌に商品価値を付けなければいけないアーティストという、その違いだろうな。

 

「そうだ。もう知ってると思うけど、ゲートリンクが出来てその実用性テストもクリアされたの」

「ああ、そうなんだ」

「うん。それで、これは仁志さんの分」

「え? 俺に?」

 

 俺には必要ないものだと思うんだよなぁ。

 依り代あるし、通信機能とか別に使わない……って、そういう事か。

 

「連絡用?」

「それもあるけど、一番は依り代がいつ使えなくなるか分からないから」

 

 言われて納得。俺にはそういう考えが抜けてた。

 突然得た物だけど、考えてみれば依り代は悪意の企みを阻止するために生まれたと思えば、それがなくなった今、いつ失われてもおかしくはないと言えるか。

 

「成程な。使い方はエルのと一緒?」

「うん。ただ、エルが音声案内が従来と違うって言ってたけど」

「へぇ、そうなのか」

 

 と言う事は……キャロルボイスなんだろうか。よし、後で試してみよう。

 

「エルが自分用に作っていた物を仁志さん用に回してくれたんだよ?」

「そうなのか。じゃあ、今度直接会ってお礼を言わないとな」

「そうしてあげて。ここから帰ってきてから数時間で仕上げてたから、相当急いでたんだと思うし」

「数時間で、か……」

 

 ただ、俺にはそれが凄いのか普通なのかが判別つかない。

 多分だけど、翼の言い方や雰囲気から察するに割と凄い気がするけど。

 

 そこからの話題は俺と別れた後の翼の話になった。

 というのも俺が聞きたかったからだ。こっちで歌が好きな翼として過ごした後、彼女がどうしたのかを。

 

 で、どうやら戻った後、翼は緒川さんへ先程の休業を申し出たそうだ。

 アーティスト風鳴翼として歌えるようになるために、少しだけ時間が欲しいと、そう言って。

 それを緒川さんはすんなり了承し、あの外国人のプロデューサーさんも納得してくれたらしい。

 

「大事にされてるんだな」

 

 それが翼の話を聞いた俺の正直な感想だった。

 

「うん、私もそう思う。だからこそ、ちゃんとしたものを届けられるようになるまでは歌えない」

「それでいいと思うよ。何よりも翼が納得いくものが出せないなら、それはきっとファンが望んでいるものでもないはずだから」

「……ありがとう、仁志さん」

 

 そう言って微笑む翼はとても綺麗で可愛く見えた。

 お父さんの死に向き合って、受け入れたんだろうと思う。

 もう歌を一番聞いて欲しい人はいないけど、歌手としての姿を一番見て欲しい人はいないけど、だからこそ風鳴翼としての全てを空へ、風となった八紘さんへ届けようとしているんだろうな。

 

「一度翼のライブを見てみたいもんだよ。最初から最後まで」

「私も、仁志さんに来て欲しい。新しい私の最初のステージは、貴方に見ていて欲しいから」

 

 真っ直ぐな眼差しには確かな強さの輝きがあるように思えた。

 少なくてもあの頃の、俺の胸の中で泣いてた彼女はもういないと思えるぐらいに。

 

「あっと、そうだ。実は今奏も来てるんだよ」

「奏が?」

「ああ。俺の食事を作ってくれる事になって、買い物へ行ってくれてる」

「そうなんだ」

「ただいま~」

「っと、噂をすればだ」

 

 聞こえてきた声に立ち上がると翼も同じように立ち上がった。

 

「出迎えるか」

「うん」

 

 揃って玄関へ向かうと奏がこっちを見て驚いた顔をする。

 

「つ、翼?」

「久しぶり奏」

「奏が買い物に出て少しした辺りで来てくれたんだよ」

「そ、そうなんだ……」

 

 おや、若干奏が残念そうな顔をって、そうか、せっかく二人きりだと思ってたら翼が来てそれがご破算になったからだ。

 これはフォローというか、補填じゃないけど何かするべきだな。

 そう思って俺は翼をこの場から離すために一計を案じる事にした。

 

「えっと、翼、奏が買ってきた物をしまってもらえるか? ちょっと奏と話したい事があるんだ」

「いいよ。奏、買い物袋を渡して」

「あ、ああ……」

 

 奏から買い物袋を受け取って翼はキッチンへと向かう。

 その背を見送ってから俺は奏の耳元へ顔を近付けた。

 

「この埋め合わせはするよ。その、翼に帰れってのもさ」

「うん、分かってる。でも、あたしは二人きりで食べるつもりだったから」

「材料が足りない?」

「そんな事はないよ。ただ、多少量は減るかな」

「それぐらいなら構わないさ。奏の手料理はあの時以来だから楽しみだよ」

 

 そう言って奏へキスをする。すっかり俺もこういうのが出来るようになってきたな。

 された奏は軽く驚きながらも嬉しそうに笑ってくれた。

 うん、やっぱりみんなには笑顔が一番似合う。

 

「美味い飯、作ってくれるんだろ?」

「……ああ、とびっきりの美味しいもの、作ってあげるよ」

「それは楽しみだ。じゃ、その時は手伝うよ」

「いいよ。翼にやってもらうさ。ていうか、きっと翼が手伝うって言い出すだろうし」

 

 それもそうかと納得。

 二人揃ってリビングへ入ると丁度しまい終わっただろう翼がキッチンの方からやってきた。

 

「しまい終わったよ」

「ありがとう。さて、じゃあどうする?」

「ちょっとあたしは翼と相談したい事が出来たから、仁志先輩は二階に行っててもらっていい?」

「別にいいよ。じゃ、終わったら呼んでくれ」

 

 もしかしたら、こっちでまたツヴァイウィングとして歌いたいのかもしれない。

 なら楽しみは後にとっておきたいし、二人だけにして寝室へと移動する。

 

「……布団、片付けた方がいいかもな」

 

 俺の布団だけが敷かれた状態の寝室。今、ここに奏と翼が来ると嫌な予感がするからなぁ。

 何せ響と切歌相手にした事を思い出すと、奏と翼相手じゃあれで止まれるとは思えない。

 ないとは思うけど、最後の一線を超えないとも言い切れないんだよな、奏や翼は。

 

「あの頃でさえそういうのを願ってくれた訳だし……」

 

 ドライディーヴァは成人していた事もあってか、エロ方面へ寛容と言うか寛大だった。

 いや、今にして思えば、あれはどこか彼女達も興味があったんじゃないか?

 だけど彼女達の場合立場があって、一般的な男女関係を望む事は難しかったはずだ。

 そこで俺と出会い、関わり、想いを寄せ合って、交わってもいいと思った。

 しかも、全てを終えたらもう会えなくなるかもしれないって、そういう気持ちがそれに拍車をかけた結果かもな。

 

「昨夜は本気で越えかけたし」

「「何を?」」

 

 後ろから聞こえた声に弾かれるように振り返ると、そこにはニッコリ笑うツヴァイウィングがいた。

 か、階段を上がってくる音に気付かなかったぞ……。

 

「えっと、天辺」

「「どうして業界用語?」」

「何となく日付って言うより伝わるかなって思って」

「「ふ~ん……」」

 

 な、何か怖い。二人揃って声を合わせているのが特に。

 それと、何故二人して俺の布団を見つめているんだろうか。

 その眼差しが若干妖しい光を放ってる気もするし……。

 

「じゃ、とりあえず翼、よろしく」

「うん、分かった」

 

 そこで翼だけ階段へと戻っていく。

 そして下りて行く音を聞きながら、俺は目の前にいる奏を見つめる事しか出来ない。

 

「仁志、早速だけどさ」

「あ、ああ……」

「埋め合わせ、して?」

 

 ……やっぱり布団、片付けておくべきだったな。

 

 そう思いながら俺は観念するように奏の体を抱き締めるのだった……。

 

 

 

「それで、仁志? どうやって埋め合わせしてくれるの?」

 

 仁志の胸板を指で弄りながらそう尋ねる。

 だけどあたしの心臓はドキドキしっぱなしだ。

 何せ場所は寝室で、状況は二人きり。翼はいるけど、下でお昼ご飯の準備をしてるから邪魔をしにくる事はない。

 

 ま、そもそもそのために話し合ったんだし。

 

――奏、話したい事って何?

――あのさ翼。昨日はここにマリアが来てたんだって。

――マリアが?

――そ。だからさ……。

 

 ないとは思う。仁志がマリアと特別な関係になったなんて。

 でも、あたしへの接し方が最初の頃よりも慣れてきてるのがちょっと怖い。

 その裏に絶対翼を含むあたし以外の装者が関わってるからだ。

 あたしだけでそうなって欲しかったけど、まぁ仕方ないよね。

 何せあの頃仁志の周囲にはアタシを入れて十人もの女がいて、その相手を毎日していたんだから嫌でも女慣れしてくよ。

 

「そ、そうだな……」

 

 こっちの問いかけに困ったように顔を背ける仁志だけど、あたしにはバレバレだよ。

 さっきからチラチラと布団へ目をやってるの、どういう理由だろうね。

 もしエッチしたいって気持ちなら、あたしは構わない。

 翼にはバレるだろうけど、どうせ後で翼の時間を設けるんだからさ。

 

「何? 布団が気になるの?」

 

 からかうようにそう言って、あたしは仁志から離れて布団へと横になってやる。

 

「か、奏?」

「ほら、どうしたのさ? ただ布団に横になっただけだよ?」

 

 ふふんって感じで笑うと、それまで困った顔をしてた仁志が息を吐いてキッて感じの目付きを見せてきた。

 その瞬間、胸の奥が高鳴った。仁志の男の顔だって、そう思うとドキドキする。

 

「あのな、今は悪意って言う厄介なもんがいないんだ。そんな中で分かり易い誘いすればどうなるか、分かってるんだよな?」

「分からないって言ったら?」

 

 ドキドキが止まらない。仁志の強気な顔って、やっぱりあたし好きだって確信した。

 だって、あたしがそう煽ったら仁志の表情がもっと険しい感じになって、目付きが鋭くなっていく。

 やだ、どうしよ。あたし、今の仁志に迫られたら何でも許しちゃうね。

 

 そんな事を思ってると仁志があたしの上に覆いかぶさってきた。

 こんなに顔が近いのは初めてじゃないのに、何でか初めての時よりもドキドキしてる。

 言葉が出したいのに出せない。唇だけが動いてて、声にならない。

 そこへ仁志が耳元へ顔を近付けてきた。

 

――じゃ、教えてやるよ。

 

 あっ、これ、ヤバっ……。

 今のだけであたし、濡れた。

 

「あっ……ひ、仁志?」

「何だよ? まだ胸を触っただけだぞ」

 

 服の上から仁志の手があたしの胸を強めに揉んできた。

 ブラ越しだからそこまで快感はないけど、あの仁志が自主的に、しかも激しくあたしを求めてきた事が嬉しい。

 

「あ、あのさ、ブラ外そうか?」

「……じゃ、俺の見てる前で外してくれよ」

「う、うん、いいよ」

 

 ダメだ。今の仁志、すっごくあたしのタイプかも。

 乱暴じゃないけど、強気で押せ押せな感じ、好き。

 それも、普段は優しくてそんな風じゃないから余計くる。

 そこまであたしを求めてくれてるんだって、そう思えるからかな?

 

 そんな事を考えながらあたしは体を起こして両手を背中へ回す。

 こんな事ならフロントホックの奴にすればよかった。

 それなら仁志に外してもらって、余計興奮させられたのにさ。

 

「これでどう?」

 

 ブラを外して布団の近くへ置く。

 だけど仁志の視線はブラへ一度として移動する事無くあたしの胸に集中してた。

 

「仁志?」

「……ああ、ホントに君って女はっ!」

 

 そう言ったかと思うと仁志があたしを本当に押し倒してきた。

 

「んっ!?」

 

 そのままキスを、しかも舌を入れるキスをしてきて、一気にあたしの頭の中がそういうモードになる。

 更に仁志の手が服の上から胸を揉んできて、あたしが欲しいって叫んでるみたいに思えてヤバい。

 舌を絡めながらあたしは仁志の事を抱き締める。

 もっと強く求めて欲しくて、もっとあたしの事だけ考えて欲しくて、もっと激しく愛して欲しくて。

 

「奏、手を貸してくれ」

 

 そう言われてあたしは右手を差し出す。すると仁志はそれをある場所へ持ってきた。

 

「これって……」

 

 そこには、硬い物があった。生まれて初めて触る、男らしさの象徴みたいな物だ。

 本当ならこんな感想は間違ってるんだろうけど、あたしはそれを触らされて嬉しかった。

 だって、これは仁志があたしと一つになりたいって思ってる証拠で、あたしに子供を産んで欲しいって願ってる証拠だから。

 

 だから無言で撫で続けた。仁志も無言であたしを見つめ続けた。

 

「ちゅっ……んっ……じゅるるっ」

 

 途中から仁志がキスしてくれて、あたしは夢中で舌を絡めた。

 仁志が胸を揉む間、あたしは硬い物を撫で続けた。

 すると、仁志がキスを切り上げたかと思ったら、あたしの上着を捲り上げた。

 

「あっ、ちょっと仁志……ああんっ!」

 

 とっくにピンピンになってたあたしの乳首へ仁志が舌を這わしてきた。

 ヌメッとした感触と同時に好きな男があたしを男として求め始めたって思えて嬉しくて、そして気持ち良かった。

 

 しかもあたしが感じた事で手を離したからか、仁志はあたしの上へ完全に覆いかぶさる形になった。

 だけど、そこであたしは気付いた。仁志、あたしの下腹部にアレを擦り付けてきてるって。

 

「奏、凄い硬いぞ。そんなに俺にスケベして欲しいのか?」

「や、やだぁ……そういう言い方しないでよぉ」

 

 悶えたいぐらい恥ずかしい。

 なのに、何でだろう? 体の奥から熱くなってくる。

 もっと仁志にいじられたいって、そう思うあたしがいる。

 

「それ、本音か?」

「そ、そうだよ。な、何でそんな事聞くの?」

 

 咄嗟に誤魔化したけど、そんなあたしを見て仁志は野性的な笑みを浮かべた。

 

――気付いてないのか? 今、だらしなく笑ってるぞ?

 

 そう言われた瞬間、あたしの体中に電気が流れたみたいになった。

 ああ、あたしの気持ち、仁志に筒抜けだったんだ。

 今、あたしの事、仁志はきっとこう思ってるはず。

 

 マゾだって……。

 

「奏、正直に言ってくれ。俺にどうして欲しいんだ?」

「ど、どうって……」

「何を、どうして欲しい?」

 

 ニタニタ笑う仁志を見て、普段なら嫌な気持ちが湧くはずなのに、今のあたしは何故かゾクゾクしてる。

 

「……い、言ったらしてくれるの?」

「まずは言うんだ。そこからだぞ、かぁなぁでっ」

「ああっ!? ち、乳首ぃ……」

 

 指で弾く様に右の乳首へ痺れのような刺激が走った。

 意識外からのそれは、頭の中が真っ白になるぐらいの快感になってあたしの中を駆け巡った。

 

「ほら、早く言ってくれよ奏」

「~~~~~っ!?」

 

 乳首へ意識を集中していたところに与えられた新しい刺激。

 その強烈な快感で目の前がチカチカする。

 これ、一体どこからの刺激だって、そう考えていると口を塞がれた。

 

「んむっ……っぷは、ひ、仁志ぃ……んんっ!? ~~~~~っ!?」

 

 ああっ! キスしながら上下から強い刺激を与えられてる!

 息が苦しくて、辛いのに、今までで一番の気持ち良さを覚えてる!

 あたしっ! ライブよりも何よりも、今仁志にされてるエッチな事が気持ちいいって思ってるっ!!

 

「ぇ……?」

 

 なのに、急にその気持ち良さが消える。

 触れ合っていたはずなのに、気付けば仁志があたしから距離を取ってた。

 

「仁志? 何で……」

 

 やめちゃうの? そう言おうとした時、仁志が不敵に笑った。

 

「奏、やっぱりそっちの気があるんだな。もっとイジメてくれって顔してるぞ?」

 

 その言葉であたしは認めるしかなかった。

 ああ、あたしってこの人の前だとそういう女になるんだって。

 

「うん、もっとイジメて欲しい。あたし、仁志にイジメられるの、好きみたい」

「みたい?」

「っ」

 

 ゾクっとした。仁志は笑顔なのに、声も冷たくないのに、何故かあたしは興奮してる。

 

 少しだけ黙り込んで仁志と見つめ合う。

 仁志が何を求めてるかは分かる。それを頭の中で思い浮かべるだけで顔が熱くなるけど、きっと言ったらあたしは後戻り出来ない気がしてくる。

 

 でも、それを言ったら仁志の中であたしは特別になれる気もする。

 

「あ、あたしは……さ」

「うん」

 

 まだ踏み止まれる。なのに口が勝手に動いてく。

 

「仁志に、イジメられるのが……ね」

「ああ」

 

 ここが最終ライン。ここから先は、ダメなのに……。

 

「…………好き、なんだ」

 

 あぁ、言っちゃった……。

 

「違うだろ奏」

「え?」

 

 なのに、仁志は笑顔のままでそんな事を言ってきた。

 で、そのままあたしの耳元へ顔を寄せると……

 

――好きなんだ、じゃなくて、好きです、だろ?

 

 低い声で告げられた言葉に快感が走った事であたしは自覚した。

 あたし、仁志に支配されたいんだって。

 この人のものになりたい。全てを委ねてしまいたいんだって。

 

「……あたしは、貴方にイジメられるのが、好きです」

「よく出来ました」

 

 そう言って仁志はあたしを抱き締めて優しくキスしてくれた。

 うん、それで完全に分かった。

 あたしがこういう感じになると仁志もこういう感じになってくれるんだって。

 

――あたしの前でだけ見せてくれる仁志、か。それだけで濡れちゃうね……。

 

 

 

「じゃ、晩飯期待してるからな」

「分かってるって。美味しいシチュー作ってやるさ」

 

 時刻は午後一時を過ぎたぐらい、かな。

 お昼を食べ終えた仁志さんは30分程散歩し、ついさっきまで汗を流していた。

 そうしてさっぱりした仁志さんは、これから仮眠を取りに二階へ行くところだ。

 

「翼、後はごゆっくり」

「うん」

 

 そして私も仁志さんと一緒に寝る事にしていた。

 奏がお昼ご飯前に仁志さんと二人きりで過ごしてたから、次は私の番という事になってる。

 

 階段をゆっくりと上がって寝室へ入ると、仁志さんがこっちを見て苦笑した。

 

「もしかして、次は翼のターン?」

「そういう事」

「あ~……今の俺、大分理性緩いけどいいのか?」

「い、いいよ。だって、その、あの頃、そういう事してもいいって言ったでしょ?」

 

 あの頃から私の気持ちは変わらない。仁志さんになら、純潔を捧げてもいいと思っている。

 ううん、この人じゃないと嫌だ。

 私が初めて弱さを見せられた男性。お父様の喪失にちゃんと向き合わせて、涙を流させてくれた人だから。

 

 仁志さんは私を少しだけ見つめたかと思うと、布団へ横になってその隣を軽く叩いた。

 

「じゃ、えっと、こいよ?」

「っ……うん」

 

 生まれて初めて異性と同衾する。すぐ目の前には最愛の男性。

 どこか照れくさいみたいで視線は泳いでるけど、それでも顔を逸らすような事はしないところに仁志さんらしさを感じて笑みが浮かぶ。

 

「これ、寝れないかもなぁ」

 

 仁志さんの温もりを間近に感じてドキドキしているとそんな呟きが聞こえる。

 視線を上げれば、そこには嬉しそうにだけど困った顔をしている仁志さん。

 

「私と一緒だから?」

「以外にないよ。でも、エロい事は出来ないんだ」

「理性が緩くなってるのに?」

 

 少しからかうようにそう言うと、仁志さんは苦笑しながら頷いた。

 

「休みだったらそれこそかなりスケベな事をしただろうけど、生憎仕事があるからさ。疲れすぎると奏のシチュー食べられない可能性があるし」

「か、代わりに私が食べられるよ?」

 

 あの頃は絶対ダメだった行為。だけど、それはもう過去の話だ。

 今の私達は、もう交わっても構わない。だって、悪意はいない。私を操り人形へ変える存在は倒れたのだから。

 

「翼? 理性が緩くなってるからってそういうのにすぐ乗ると思うなよ?」

「で、でも、前と違って今ならダメな理由がないから」

「ダメな理由ならあるよ。大事な相手だし、お互い未経験だ。勢いや雰囲気だけでそういうのはまだしたくない」

 

 真剣な表情で告げられた言葉に胸がときめく。

 だって、まだしたくないってそう言ったから。

 

「それって、初めてじゃなくなったらそうじゃないって事?」

「以外に聞こえた?」

「……ううん」

 

 優しい笑み、優しい声。だけど、私は知ってる。その奥に、この人はちゃんと男を秘めてるって。

 それを見せて欲しいと、そう思う私はすっかり女になっているんだと思う。

 この人の前では、私は剣ではなく女でいられるから。

 

「ならよかった。そういう訳だからごめんな。ああは言ったけど翼の望む事はまだ出来そうにない」

「じゃあ、どういう事ならしてくれる?」

「え?」

 

 瞬きしている仁志さんの手を取り、私は少しだけはしたないと思いつつも自分の胸へ導いた。

 

「翼……」

「あの時は、貴方が優しさと強さで踏み止まってくれた。だから私も踏み止まった。だけど、今なら……」

「それは……あ~……もういいや」

「んっ……」

 

 仁志さんの手がやわやわと私の乳房を揉み始める。

 その手はすぐに服の上からじゃなく服の中へと入りこんできて、下着をずらすように再度乳房を触り始めた。

 

「仁志さん……嬉しい」

「翼、君って女性は本当に俺の前だけは娼婦になってくれるんだな」

「……はい。私は、貴方だけの娼婦です」

「っ! 翼っ!」

「んっ!」

 

 妻のような気持ちで受け応えた瞬間、仁志さんが我慢の限界と言うように抱き締めてくれて、そのままキスをしてくれた。

 

「んちゅっ、っは……んむぅ」

 

 舌を絡め合うような激しいキスと共に仁志さんの手が私の乳房を弄っていく。

 もどかしいような、くすぐったいような、不思議な感覚に包まれる中、私は仁志さんにもっと求めて欲しくて背中へ回した腕へ力を込める。

 

「翼、気持ちいいか?」

「は、はいっ……ああっ、とても気持ちいいですっ」

 

 仁志さんの指が私の乳頭を刺激する。その優しくも強い快感に私は声が震えてしまった。

 その声を聞いて、仁志さんは嬉しそうに笑みを浮かべると更に強い刺激を私へ与えてきた。

 

「んああああっ!」

 

 一瞬頭の中が白くなった。乳頭をおそらく親指と人差し指で挟まれたんだと、思う。

 痛みにも近い快感が体中を駆け巡った。生まれて初めての、感覚だった。

 そんな私を見た仁志さんは、手を乳房から離してしまった。

 ああ、もっとして欲しいのに……。

 

「翼、大丈夫か? 痛かった?」

「へ、平気です。それより、その……」

「うん」

「えっと、今のを、ですね?」

「今のって?」

 

 どこか笑う声で気付いた。今、仁志さんは私を辱めようとしているのだと。

 でも、嫌とは言えない。何故なら、そんな仁志さんは初めてだったから。

 目を向ければ、そこには私が淫らな言葉を言うのを待ち望んでいるような顔の仁志さん。

 

「……私の」

「私の?」

「にゅ、乳頭を……」

 

 ああっ! 恥ずかしい!

 それなのに、どうして私の体は熱くなり、私の胸は高鳴っているんだろう?

 

「翼、乳頭じゃなくて乳首って言ってくれないか?」

「っ……ち、乳首を」

「ああ」

「も、もっと強く刺激してくださいっ!」

 

 い、言ってしまった……。

 

 恥ずかしさで顔が熱い。両手で顔を隠してしまいたいけど、仁志さんから離れたくないので動かせない。

 そんな私を仁志さんは見つめて、そっと触れるだけのキスをしてくれた。

 

「ありがとう翼。それとごめんな? その、恥らってる可愛い女の子って好きなんだよ」

「か、可愛い?」

 

 こう面と向かって言われるとどうしても聞き返してしまう。

 凛々しいとか格好が良いなら言われ慣れてもいるが、可愛いなんて男性からこんな風に言われた経験が皆無に等しいから。

 

「いつかも言ったけど、俺は翼を可愛いと思うよ。正確には可愛い面だってある、かな。凛々しくも愛らしい顔を持つのが君だと思うから」

「仁志さん……」

 

 脳裏に甦るあの日の記憶。

 ゲージを上げるために嘘の告白をと迫った私とマリアへ、貴方は嘘は吐きたくないと言って、正直な想いを告げてくれた。

 あの時の事は、決して忘れられない。あの日、私は間違いなくこの人の妻になりたいと強く思わされてしまったのだから。

 

「えっと、翼、お願いがあるんだけどいいか?」

「はい、何でもおっしゃってください」

 

 今の私は貴方の妻ですからと、そう心の中で付け足して微笑む。

 

「ありがとう。じゃあさ、俺に背中を向けて寝転がってくれ」

「背を向けて、ですか? 分かりました」

 

 何をしたいのか分からないけど、それが仁志さんの望みならと背中を向けるように体の向きを変える。

 すると、仁志さんが私に密着してきた。

 あっ、これ、で、臀部に当たっているのは……。

 

「ひ、仁志さん?」

「このままでいたいんだ。その、これはさっきまでの行為でなったものだから。多分その内落ち着くと思う」

「そ、そうなの?」

 

 そんな風には思えない程硬くて逞しい気がする。

 こ、これがいつか私を母にしてくれると思うと、下腹部が熱くなってくる。

 

「ああ。正直興奮してはいるけど、若干眠くもなってきたんだ。翼の温もりを感じながら寝たいなって、そう思ってさ。駄目か?」

 

 その声は、私の良く知る仁志さんの声だった。

 優しくてあったかい、大好きな人の声だ。

 

「いえ、どうぞお好きなように。私も、貴方の温もりを感じながら眠ってみたい」

「そっか。じゃあ遠慮なく」

 

 その言葉の通り、仁志さんはそこから私へいかがわしいような行為は一つもせず、ただ無言で私を抱き締めるように眠った。

 ただ、その、抱き締めた手が乳房を触ったままで、そのもどかしい感覚がずっと私を襲った。

 でも仁志さんの言葉が本当だったと私は実感する事になる。

 何せ臀部に当たっていた感触が時間経過と共に薄れていったからだ。

 

 それが少し寂しく思えて、私はそっと手を動かしてそこを刺激する。

 

「ぁ……ふふっ」

 

 するとまた硬くなってくれて、それが私に興奮してくれてるみたいで嬉しい。

 だから何度も何度も小さくなる度に撫でて大きくしていた。

 

 そのまま私は眠る事もなく過ごした。

 だからかもしれないけど、仁志さんが起きた時ちょっとしたお仕置きをされてしまった。

 

――翼のおかげでエロい夢見たぞ。まったく……。

 

 そんな事を気だるげに言いながら仁志さんが私へ与えたのは、最初こそ優しく甘い快感。

 だけど、それがどんどん強く激しくなっていき、最後には頭の中が真っ白になる程の快感へと変わった。

 

 腰が砕けるかと思う程の、とても凄まじい快楽だった。

 

 それによって涙目になってしまった私へ、寝起きで乱れた髪の仁志さんは頭を掻き回しながらこう告げてきた。

 

――俺が仕事休みじゃなくて良かったな翼。じゃなかったら、本当に腰砕けにしてたからな?

 

 その低い声に、私はだらしなく体を横たわらせて仁志さんへ素直な気持ちを伝える事にした。

 

――砕いてください。旦那様の眠りを安らかざるものにした至らぬ私へ、しっかり躾をして欲しいのです。

 

 結局私と仁志さんが一階へ下りたのは奏が呼びにきてからだった。

 

 もし仁志さんが休みだったら私だけじゃなく奏まで巻き込んでいたと、そこで言われた。

 奏が階段を上がってくる音で仁志さんが手を止めてくれたから気付かれずに済んだけど、その時の仁志さんは目が初めて見るぐらい鋭かったからきっと本心だったと思う。

 

「あの、仁志さん」

 

 奏の後に続いて階段へ行こうとする仁志さんへ、私はそっと耳打ちした。

 

「ん? どうかした?」

「その、私はお手洗いを借りてからリビングへ行きます」

 

 その瞬間、仁志さんがいやらしい笑みを浮かべた。

 

「りょーかい。でも、それより汗を掻いたからってシャワーを浴びる事をオススメするよ?」

「……なら、いっそご一緒しませんか?」

「…………奏がいなかったら頷いてたな」

 

 散々悩んで告げられた答えに胸が疼いた。

 ああ、本当に私はこの人に変えられていっている。

 そう強く実感しながら私は離れて行く仁志さんの背中を見つめた。

 

 次に来る時は、もっと下着を喜んでもらえる物にしようと思いながら……。




悪意、エルに次ぐ只野の抑止力、それが仕事です。
残念ながら今夜は彼が勤務のため、双翼は寂しく想いながらそれぞれの世界へ帰還しました。

次回は勿論彼女の出番。
問題はその後ですかね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雪の音がきこえるクリスmas

これで全ヒロイン登場です。
それと今作の今後の参考にするためのアンケートがありますので、もしよければ投票してくださると幸いです。


「すっかり冬になったなぁ」

 

 言って甘栗を口に入れる。好物だからか口に入れた瞬間何とも言えない幸福感を覚える。

 いや、スーパーに店頭販売が来てたからついつい買ってしまったけど、懐かしいなぁ皮剥いて食べるの。

 

 先月末に購入したこたつは絶賛フル稼働。

 ただ、今のところその恩恵に与っているのは俺一人という寂しさ。

 

 ゲートリンクを手に入れたとはいえ、俺がみんなの世界へ一人で行くのは少々危険だし、かといってみんなもそうそうこっちへ遊びに来れるはずもなく、そうなると残された手段は通信のみ。

 でも通信出来るのは装者個人とではなく、それぞれの世界の発令所と他のゲートリンクだけだ。

 

 つまり、エル、セレナ、奏以外とは現状連絡は取れない。

 そんな中で俺が自発的に通信してもみんなから不満が出ないのは必然的にエルとなる。

 

 だからかエルとは定期的に通信していた。

 まぁやはり時間のズレがあるようで、大体最大で6時間、最少でも2、30分程度の時差が生じるみたいだ。

 

 日にちのズレは今更なので聞いてないが、こっちの一週間がエルには一日程度だった事もあるのでまぁそういう事なんだろうとは思う。

 

 で、もっぱらエルとするのは“今日何をした?”か“今日は何をする?”というもの。

 

「でもなぁ……」

 

 そんな小さな楽しみでもあり安らぎも、先月末のこたつを購入した辺りで途絶えている。

 

――すみません兄様。僕、しばらく通信などに出る事が出来なくなります。

 

 そう言われたのがもう半月近く前。

 理由を聞いてもまだ言えないと言われてしまい、しょんぼりとしたのを覚えてる。

 だけど、楽しみにしててくださいと言われたんだよな。あれ、どういう事なんだろう?

 

「あ~、そういえばそろそろクリスマスか。ケーキの予約数、去年と同じならまだ救いがあるんだけど……」

 

 ダルンと頭をこたつ机へ乗せてため息を吐く。

 店長となって初めてのクリスマスシーズン。そこで改めて知るあの店の予約実績の酷さ。

 チキンはともかくケーキは片手で足りる程しかないのだから笑いも出ない。

 去年が4つで一昨年が5つ、そして一昨々年が6つと順調に減っているのだから目も当てられないとはこの事だ。

 

「せめて響達がバイトでいてくれたら巻き返せそうだが……」

 

 可愛い女の子からケーキのご予約いかがですかと、そう聞かれてその気になる客が出てこないとも限らないのだ。

 実際、近藤姉妹は頑張ってくれていて、既にそれぞれ一件予約を勝ち取っている。

 

 まぁ、それには予約を取ってくれたら俺とオーナーのポケットマネーでボーナスを支給するとしたのもあるかもしれないけど。

 

 一件につき5百円で、五件取ってくれたら3千円。十件なら5千円と時給アップというものだ。

 

 正直こんな事してもそこまで効果はないだろうと思っていたのだが、朝勤の主婦層が意外とやる気を出してくれたのには驚いた。

 

 何でもたった5百円でも取っ払いでもらえるのなら助かるのだとか。

 もしこれで効果があれば、オーナーと今後予約関係は似たような事をやっていこうと話している。

 

――いやぁ、只野君から提案してくれて助かったよ。僕だけじゃあまりにも懐が……ね。

 

 俺が試しにと今回の事を提案した際のオーナーの台詞である。

 要はオーナーも出来る事ならそういう事を試してみたかったらしい。

 

「よっと……うわっ、マジだ。変わってやがる……」

 

 と、俺がこたつでヌクヌクしながら甘栗を食べていると現れる銀髪の天使。

 俺の位置からはクリスの大きな胸の形がはっきり見えている。

 

 ……セーターってこうして見ると意外とエロいんだな。

 

「ん? な、何だよ。いるならいるって言えっての」

 

 こたつ机からボケ~っとクリスを眺めていると目が合った。

 で、その目が俺からこたつへと移る。

 

「……こたつ?」

「そ。入るか?」

「…………おう」

「じゃ、適当にあそこの座布団かクッションを使ってくれ」

 

 言いながらリビングの隅を指さす。そこにはみんながこっちで使っていた座布団やクッション、そして俺が買ったクッションが置かれている。

 ちゃんと時々日に当てているので大丈夫だと思うが、果たしてクリスの厳しい審査に耐えられるのだろうか?

 

「……懐かしいな」

 

 そう言ってクリスが手に取ったのは彼女が最初に使っていた座布団だ。

 

「もし良かったら持って帰ってくれてもいいよ。代わりのクッションとか買っておくし」

「……いや、これはここに置いておく。その、あたしのこっちでの思い出のもんだし」

 

 小さく笑みを浮かべると、クリスは座布団を手に俺の向かい側へ座ってこたつへと入った。

 

「あったけぇ……」

「そっちは春だから違和感凄いんじゃないか?」

「まぁな。でも先輩達から聞いてたから平気だっての。ちゃんと冬服着てるだろ?」

「うん、それはそうだ。それにしても、よく来れたな。忙しいんじゃないのか?」

 

 とっくに留学先へ出発したと思ってた。翼がやってきたのもう半月以上前だし。

 ただどこかで、見送りの誘いが来ないからまだかもしれないとは思っていたけど、この様子じゃマジらしい。

 

「まぁ忙しくない訳じゃねーけど……」

 

 そこからは互いの近況報告となった。

 クリスが言うには留学準備は既に完了していて、あとはその国へ向かうだけに近いらしい。

 ちなみにあの同級生の友人達とも友情を深めてるらしく、必ず見送りには来ると言われたそうだ。

 

 で、今度はこっちの番とばかりにもう何度目かの説明をすると、やっぱりここが二階建ての借家である事に驚かれた。

 そうなるとまぁ軽い御宅拝見となる訳で、クリスは一人キッチンや風呂場から二階までを見て回り、再びリビングに戻ってきてこたつへと入った。

 

「どうだった?」

「ん? 正直思ってたよりも広かったな。てか、これ、一人暮らしが選ぶ家じゃねーぞ」

「否定しないよ。でも、さ。ここならあの時の馬鹿話、実現出来るだろ?」

 

 そう言うとクリスは軽く驚いた顔をしてから恥ずかしそうに頷いた。

 

「だな……。あたしと先輩の部屋があって、仁志は強いて言うならここが部屋みたいなもんか」

「あるいはここをリビング兼寝室にして、あの広い部屋を半分俺の部屋半分共用スペース、かな」

「……それも、いいかもしれねぇ。ああ、うん。それがいいな」

 

 どこか遠い目でそう呟くクリスには、あの頃とは違う迷いのようなものが見えた。

 もしかして、留学関係で何かあったのだろうか?

 

 そう思ってクリスへ単刀直入にそう聞いてみると、思った以上に深刻な表情が返ってきた。

 

「……正直迷ってるんだ。このまま留学するべきかって」

 

 そう告げるクリスの声には、あまり聞いた事のない程の重みがあった。

 だから俺も姿勢を正して彼女と向き合うようにする。

 

「迷ってる、か……」

「ああ。勿論留学するって決めたのはあたしだ。その選択を間違ってるとは思ってねぇ。だけど、それでいいのかって思い始めてもいるんだよ。あたしが今本当にやりたい事はそれなのかって」

 

 若干俯くクリスはまるで進路相談をしている生徒のようだ。

 なら、俺は自分の経験を踏まえて助言を与えてみよう。

 

「つまりクリスは自分の中で選択肢がいくつも浮かんできてて、それらの中で選ぶ事が出来ないってなり出してるんだな?」

「……そう、だな」

「そっか。何とも羨ましい話だよ」

「は?」

 

 俺の言葉にクリスの顔が上を向いてこっちを見た。

 

「俺が君の年齢の時には、選択肢なんて悩む程なかった。精々がどんなバイトしようか程度さ。将来の事を見据えて悩むなんて、出来なかったしする気もなかった」

 

 そう言ったらクリスが息を呑んだ。

 もしかしてもう気付いたのかな、俺の言いたい事に。

 

 だとしたら、そこでも俺とは差があり過ぎるよ、本当に。

 

「クリス、悩めるなら悩めばいい。その答えを自分の中でちゃんと出せるまで悩んでごらん。留学するべきかどうかで悩んでいるなら、まず最初に自分が選んだ道を歩いてみればいい。そこでこの道で本当にいいのかどうかを悩み続けていいんだ」

「悩み続けて……いい?」

「そうだよ。そして、もしもその道じゃないと心から思えたのなら留学を止めればいい。何も絶対卒業しないといけないなんて決まりはないし、中退して別の進路を選んでいけないなんてないさ。周囲の目なんてその後の頑張りや結果で黙らせばいいし、何より大事なのは自分が納得出来るかどうかじゃないか?」

 

 俺には出来ない事でも彼女なら出来るだろう。

 何せあの立派なご両親の遺志を継ごうと決められた子だ。

 なら、きっと自分の信じた事や決めた事は貫けるはず。

 

「若い内は何でもやってみればいいさ。三十までバイトしかした事のない奴でも、何とかこうして生きてて、しかもコンビニとはいえ店長になってるんだ。何があっても、生きてさえいれば何とかなるもんだよ」

「……仁志が言うと説得力があんな」

 

 そう言って小さくクリスは笑った。その笑顔にもう影は見えない。どうやら少しは役に立てたようだ。

 

「なぁ、みかん一つくれよ」

「ああ、いいよ。てか、別に許可を取らなくても食べてくれていいから」

 

 こたつの上には当然だけど甘栗の袋が置かれているのだが、それとは別にみかんの入った器もあった。

 体のためにと一日一個は食べようと思って大袋で買ったのだが、これが気付くと結構食べててヤバい。

 

 おこたでみかんの相性の良さを実感したのは一度や二度ではないのだ。

 

 が、何故かクリスはみかんを取ろうとしないで、俺の事をジッと見つめてきた。

 

「ど、どうした?」

「…………ひ、仁志の食べてるやつ、にする……」

「へ?」

 

 プシューっと聞こえそうなぐらい真っ赤になって俯くクリスを見て、俺は手元へ目を落とす。

 そこには皮を半分に割られて姿を見せた甘栗が置かれている。

 どうやらクリスはこれが食べたいらしい。と、ここまでくれば俺だって彼女の気持ちは分かると言うもの。

 

「分かった。じゃあ、クリス。顔上げてくれよ」

「は?」

「ほら、あーん」

「んなっ!?」

 

 真っ赤になって動かなくなるクリスを見て、俺は内心首を傾げた。

 あれ、こういう事を望んでるんだとばかり思ったんだが、違うんだろうか。

 

 こうして、甘栗を一つ摘んで差し出したままの俺と、それを見つめて真っ赤な顔をするクリスという光景が沈黙の中でしばらく続く。

 

 さてどうしようと、そう思って手を引っ込めるべきかと思案した瞬間だった。

 

「あ、あ~……」

 

 目を閉じて真っ赤なままのクリスが口を開けたのだ。

 正直言おう。何かエロい。

 

 これがAVとかならそこへとんでもないものを入れるとこだが、俺はそこまで鬼畜でもなければ壊れてもいない。

 ちゃんと持っていた甘栗をその可愛い口の中へと入れました。

 

 ……ちょっとだけ惜しいような気もしたけれど。

 

「どう?」

「……思ったよりも甘い、な。あたしの、好きな味だ」

 

 どこか照れくさそうに言いながらクリスはこっちを見つめてきた。

 

「その、さ。もう一つ、くれよ」

「いいよ。少し待ってくれ」

 

 袋の中から栗を一つ取り出して、つるつるした平らな方の皮へ爪を立てる。

 そうして割れ目を作ってから、両側面を指で押して皮を割って上半分を取り除けば……よし、綺麗に剥けた。

 

「はい、あーん」

 

 もう一度甘栗を摘んで差し出すと、今度はクリスが身を乗り出すように咥えにきた。

 で、甘栗を半分ぐらい口に含んだかと思うと、そのままクリスは俺へ近付いてきて……口の中に甘い味が広がった。

 

「……ど、どうだ? さっきのお礼だ」

「…………うん、きっとこれを超える甘栗はないってぐらい甘かったよ。だから……」

「んっ……」

 

 そこからしばらく会話はなかった。

 俺達がお互いの甘栗の味を堪能したからだ。

 そして、栗の味が消えた後も俺達はその行動を続け、お互いが元居た位置に戻った時にはクリスの瞳が艶を秘めていた。

 

「仁志……」

 

 熱っぽい吐息混じりの呼びかけには、クリスらしからぬ色気があるように思えた。

 

「……何だ?」

「こたつで寝ると、風邪引くって言うよな?」

「そうだな」

「じゃ、じゃあさ? 寝ないなら大丈夫なんだよな?」

 

 それがどういう意味かを、俺は敢えて聞かなかった。

 ただ、その問いかけに対して俺が取った行動は座っている位置を少し横へずらす事だけ。

 

 それに気付いて、クリスがどこか嬉しそうに笑ってくれたので、多分俺の行動が正解って事にする。

 

 

 

 隣り合ってこたつに入ってる。これだけでも幸せなのに、今、あたしは仁志に抱かれながら舌を絡め合ってる。

 正直もう何もいらないってぐらい幸せだ。幸せ過ぎて、この時間が終わるのが怖い。

 

「……クリス、可愛いよ」

 

 こんな言葉だけで今のあたしはすぐ嬉しくなっちまう。

 この人にだったら、仁志にだったら何されてもいいって、そう思うぐらいに。

 

「仁志……あたし、もっと触れ合ってたい」

「触れ合う……」

「ああ、もっと仁志を感じてたいんだよ。なぁ、ダメか?」

 

 本音を言えば、ああいう事をしたい。だけどそれを言ったらヤバい気がした。

 だってここはあの頃とは違う。そこそこの広さもあって、何より戸建だ。

 しかも寝室は現状二階。そんなとこへ行って始めたら……

 

「ぜってぇ止まらなくなる」

「何が?」

「っ?!」

 

 む、無意識の内に口に出してただぁ!?

 ど、どうする? どうやって誤魔化す?

 

 んな事を考えてるあたしを見て仁志が不思議そうな顔をしてる。

 と、その顔がゆっくりとニンマリと笑い始めた。

 

「な、何だよ?」

「いや、もしかしてなんだけど……」

「あ、ああ……」

 

 嫌な予感がする。心臓がバクバク煩いぐらい鳴ってやがる。

 あたしの考えてた事が仁志にバレてんじゃねーかって、そう思って気が気じゃねぇ。

 

「一日中、密着してたい?」

 

 心臓を掴まれた気がした。

 顔が熱くなっていくのが分かる。

 

「だ、ったら……どうだってんだよ?」

 

 カラカラに乾いた喉で絞り出すように何とか声を出した。

 だけど全然誤魔化せてねぇ。

 それでも何か言わねーとって、そう思って言葉を紡いだ。

 

「あたしは、仁志と夫婦になって、パパとママになりてーんだ」

 

 そう言った瞬間、あたしの体はグッと力強く抱き寄せられた。

 目の前には仁志の優しい笑顔がある。

 

「嬉しいよクリス」

「んっ……」

 

 ああっ、このキス好きなんだ……。優しくて、あったけぇキス。

 あたしの、初めてのキスと同じだから、このキスが一番好き。

 

「仁志、もっと、もっとキスしてくれよぉ。あたしに仁志の気持ち、ぶつけてくれていいからぁ」

 

 あったけぇキス、して欲しい。そうあたしの心は思ってる。

 なのに、あたしの体は違った。あたしの体はあったけぇキスじゃなくて強いキスをして欲しいって思ってる。

 

 だけど恥ずかしくて、とてもじゃねーがんな事言えねぇ。

 精々出来るのは仁志をその気にさせるぐらいだ。

 胸を押し付けて、そっと片手で仁志の股間を触る。

 

「ぁ……」

 

 そこにはしっかりとした感触があった。

 そこには逞しいって思える硬さがあった。

 

 そこにはあたしが今一番欲しいものがあった。

 

「クリス、今夜は泊まってくか? 俺、今日は休みなんだよ」

 

 ドキンと胸が高鳴る。あたしを見つめる仁志の目付きは、どこか鋭い。

 けど、それは大人の男の目だ。欲望に塗れたような目じゃない。あたしを欲しいって思ってるけど、無理矢理はしたくねぇって想いの籠ったもんだ。

 

「い、いいのか?」

「むしろこっちの台詞だって。クリスも色々忙しいんだしさ」

 

 いっそもうこっちで仁志と二人で暮らしたいって、そう言いそうになる気持ちを必死に抑えた。

 もしそう言ったら、あたしは二度と自分の世界へ帰れないって気付いたからだ。

 だ、大体、す、スケベしたくて留学止めるなんて、天国のパパとママになんて言えばいいんだよ?

 

「い、一日ぐらい平気だっての」

 

 それでも、今夜だけ、今夜ぐらい、あたしはただの女になってもいいよな?

 心底惚れた男に全てを委ねて、任せて、抱き締められてもいいよな?

 

 何もかも忘れて、裸になっても……いいよな?

 

「そっか。なら、行こうか」

「……うん」

 

 パパ、ママ、あたしは今日、大人の女になります。

 

 そう思いながらあたしは仁志と一緒にリビングを出て階段を上がる。

 一段一段を踏みしめてあたしは歩く。まるでそれが本当に大人の階段みたいに思いながらだ。

 

 寝室へ来ると敷かれっぱなしの仁志の布団が目に入る。

 これからあたしはあの上で抱かれるんだなって思うと顔が熱くなるし、その、子宮辺りが疼く。

 

「クリス、ここへ座って」

「あっ……」

 

 仁志に手を引っ張られて、あたしは布団へと座る。

 するとその後ろに仁志が座って、あたしの体を優しく抱き締めてくれた。

 

「ひ、仁志……」

「クリス、一つだけ断っておくよ。その、俺は最後まではしない」

「な、何でだよ?」

 

 あたしはそこまで覚悟してんのに。そこまでして欲しいのにっ!

 そう思って振り返ったあたしを、仁志は凛々しい表情で見つめてきた。

 

「……知ってるかもしれないけど、クリス以外の装者のみんなは一度ここへ来てるんだ。そして今回クリスが来てくれた事で全員一度ずつ来てくれた事になる。だから、最後の一線はその後で俺自身からみんなへ会いに行って越えたいって思った」

 

 真っ直ぐな眼差しで、仁志はそう言い切ってあたしの頬をそっと触る。

 

「いつだって、俺は君達から近付いてもらっていた。なら、せめてそういう事ぐらい俺から君達へ近付きたいんだよ。君達の大事なものを奪いに、さ」

「奪いに……」

 

 ジワリと子宮が熱くなるような気がした。

 初めてキスした時よりも強く激しいのに、あの時よりも優しくあったかい気持ちをあたしは今、仁志から感じてる。

 

「そのために、今日は最後の一線は越えずに終わらせて欲しい。駄目、だろうか?」

「…………本音を言えば、それもあたしが最初になりたい」

 

 キスも、せ、セックスも、あたしが仁志の初めてがいい。

 それなら、もしあたし以外に仁志が夢中になったとしても、そういう時にあたしの事を思い出してくれるから。

 

「クリスは珍しいな。初めてになりたがるのは男だと思ってたよ」

「そ、それだけじゃねぇ。可能なら、最後にもなりたいっての」

 

 これも本心だ。仁志の初めても最後もあたし。

 何から何まで全部あたしと経験してもらいたい。あたしも仁志に経験させて欲しいんだ。

 

「あたしのそういう事の初めては、全部仁志がいい。仁志じゃなきゃやだ。そう思っちゃ、ダメかよ?」

 

 そう告げたあたしの体を仁志は優しく抱き締めてくれた。

 言葉はなかったけど、伝わった、気がした。

 ダメじゃない。俺だってそうしたい気持ちはあるんだって。

 

「なぁ、あたしの全部、仁志で染め上げてくれよ。雪音クリスは只野仁志の女だって、そうあたし自身が強く思えるようにさ」

 

 だからもっと伝える。あたしの気持ちを、想いを。

 あたしを只野クリスにしてくれって、そう思って仁志の手を動かして胸へ置いた。

 

「……クリス・Y・只野、って出来ないのかな?」

 

 ボソッと呟かれた言葉の意味を少しだけ考えて、あたしは言葉を失った。

 仁志の奴、あたしの苗字を残そうとしてるって。

 それは、つまり、あたしにパパやママとの繋がりを残したいって事だ。

 

「ひ、仁志、いいのか? あたし、そう名乗っていいのか?」

「可能ならその方がいいと思うんだよ。その、クリスとご両親の繋がりってもうあまり残ってないだろ? なら、その少ない繋がりは奪いたくない。それにさ、クリスを妻にもらうのなら君の部屋へ行って仏壇に手を合わせたいし、出来れば平行世界のご両親にも挨拶したいからね」

「っ!」

 

 思わず瞳が潤む。胸が熱くなる。

 あたしの事をある程度知ってるからだとは思うけど、だからってここまで考えてくれるとか、本気でこいつは大馬鹿だ。

 

 あたしの大好きな、世界一の大馬鹿野郎だっ!

 

 気付いたら、あたしは仁志へ向き直って抱き着いてた。

 この温もりを、このあったかさを、この幸せを離したくないって思って。

 

「クリス……少し痛いよ」

「るせぇ……っ。自分のせいだ。我慢しろ」

 

 今あたしは仁志の傍にずっといたいって、そう思ってんだ。

 もうこのままここで暮らして、仁志の妻になって、子供を産んで、慎ましく暮らしたいって。

 

 そこからしばらくあたしも仁志も口を開かなかった。

 けど、あたしの事を優しく仁志が抱き締め返してくれたのだけはすごく嬉しかった。

 

「クリス、顔を上げてくれないか?」

 

 不意にそう言われて、あたしは顔を上げた瞬間――仁志にキスされた。

 

「な、何すんだよ?」

「こうしたらいつものクリスに戻せるかなってね」

 

 悪戯を成功させたみたいな顔で笑う仁志が、何だかすっげぇ子供に見えた。

 でも、今はその無邪気な感じが有難かった。思えば、仁志があたしを探しに来た時、おっさんの真似してあんぱんと牛乳買ってたな。

 

 そっか。あたしはこの人に“大人の男”と“同年代の男”を感じてたんだ。

 その時に頼もしくて大きくて、大抵は情けない感じをさせるこの人に、おっさんにはない隙を見つけて、ときめいたんだろうな。

 

「いつもの、でいいのかよ?」

「へ?」

 

 だからちょっとからかうように笑う。

 あたしはもうあの頃のあたしじゃねぇ。そうだ、もう悪意なんぞに監視されてたあたし様じゃねーんだ。

 

「え、エロいあたしにしてくれても……いいん、だ、ぞ?」

 

 ジッと仁志の目を見つめる。

 最後の一線は越えないって言ったけど、ならその手前まではしたいって事だろ?

 あたしも、そこまでして欲しい。だってそうすりゃ、仁志が我慢出来なくなってあたしを抱きたいって思うかもしれねーし。

 

「……なら、試しに」

「ぁ……」

 

 ムニュっと仁志の手があたしの胸を掴む。

 そのまま優しく揉み始めて、あたしは妙な感覚に包まれた。

 

「嫌になったり怖くなったりしたら言ってくれ」

「う、うん……」

 

 仁志の優しい声でそう言われるだけでもあたしは嬉しくなっちまう。

 気付けば仁志があたしの服を捲り上げていた。

 

「……セクシーなブラだな」

 

 あたしが今着けてる奴は、こういう事もあるかもって考えて着けてきた真紅のブラだ。

 しかも、フロントホック。こ、こっちの方が色々と楽だし男の受けが良いって思った。

 

「ま、前で止めてるからさ、は、外してくれよ」

「…………わ、分かった」

 

 あたしの言葉で仁志が喉を鳴らすのを聞いた。

 へへっ、思った通りに興奮してくれたみてぇだ。

 仁志が若干ぎこちない手付きでホックを外そうとするのを見てあたしは確信した。

 まだ誰もこういう事を仁志としてねーんだって。

 

「こ、こうか……っ!?」

 

 ブルンって感じで揺れる胸に仁志の目が釘付けになった。

 でかいだけで邪魔に思ってたもんだけど、こうなるとでかくて良かったぜ。

 ゴクっと生唾を飲んでる仁志を見ながら、あたしはブラを脱ぐように肩ひもを腕から抜いていく。

 で、片腕で胸を隠しながらブラを片手で摘んで床へ落とす。

 

「クリス……腕をどけてくれないか?」

 

 ギラギラした目で仁志がそう言ってきたのを聞いて、あたしは急に怖くなってきた。

 今まであたしがこういう方向へ行こうとすると、仁志は何だかんだと落ち着かせたり考え直させたりしてきた。

 それが、今はないって気付いたからだ。望んでた事ではあるけど、やっぱちょっと怖い。

 

「わ、分かったからちょっと待てって……」

 

 それでも、あたしは止まるつもりはなかった。

 だって、初めて仁志があたしへ欲望全開になってるからだ。

 今だけは、あたしが仁志を独占してるって実感出来るからだ。

 

 そっと腕をどかすとまた胸が揺れる。

 それを見て仁志の息が荒くなった。押し倒されるんじゃねーかって、そう思ってドキドキする。

 

「クリス、とっても素敵だ。俺、もう死んでもいいぐらい幸せだよ」

「お、大袈裟なんだよ……。でも、その……あ、ありがと」

 

 顔を見てられねぇ。

 恥ずかしいのと嬉しいので顔が熱い。

 そうやって顔を背けてると、体中を電流みたいなもんが走った。

 

「ひゃんっ!?」

 

 勝手に体が動いて変な声が出ちまう。

 

「可愛い声だねクリス。もっと聞かせてくれ」

「あっ、や、止めろって……ふにゃあぁぁぁっ!」

 

 いつの間にかあたしの胸に仁志が吸い付いてやがる!

 しかも優しくあたしのち、乳首を舐め回してきた。

 くすぐったいような、でも気持ちいいような、そんな不思議な感覚にあたしは頭の中が真っ白になった。

 求められてる事が嬉しくて嬉しくて、だけどほんの少しだけ怖くて。

 

「んくっ……こ、声、抑えられないってのぉ……」

「っぱ……いいんだよ、出してくれて。俺にクリスの可愛い声を聞かせてくれよ」

「そ、そんな事言ったってぇ……ひゃっ!? な、舐めたとこに息吹きかけるなぁ……」

「すっごく可愛いよ、今のクリス。エロ可愛いっ!」

「はぁんっ! ち、乳首を甘噛みすんじゃねぇ……」

 

 もうそこからは仁志にされるがままだった。

 あたしは気付けば布団に横になってて、胸を揉まれたり乳首を吸われたり舐められたり、あるいは軽く噛まれたりと、まぁ好き勝手された。

 

 ……あとは正直何をされたかあまり覚えていない。

 ただひたすら押し寄せる気持ち良さに、快感に身を委ねて声を出す事しか出来なかったから。

 

「っはぁ……っはぁ……」

 

 喉が渇いた……。視界がぼやける……。

 あまり考えたくねーけど、下着が張り付いて気持ち悪い。

 これ、汗だけじゃねーな……。まぁ、そりゃそうだよな……。

 

「クリス、大丈夫か?」

 

 あたしの視界の中に仁志の少し申し訳なさそうな顔が出て来た。

 ったく、んな顔するぐらいならここまですんなよ。

 そう思うけど声は出ねぇ。本気でこんな風になるまで弄られるとは思わなかったぜ。

 

 ……何回目の前がチカチカしたか覚えてねぇもんな。

 

「ホントごめん。クリスの反応が可愛くて、感じてる顔をもっと見たくて、君の事を考えないでやり過ぎた……」

 

 その言葉にあたしはむしろ嬉しくなった。

 だって、これってあたしに夢中だったって事だ。

 

 だからあたしは無言で気持ち悪くなった下着を脱ぐために少しだけ腰を浮かせた。

 仁志の意識があたしの下半身へ向くのが分かる。視線をメチャクチャ感じる、から。

 

「く、クリス……それは……」

「汗とかで濡れて気持ち悪いんだよ」

 

 と、そこであたしはある事を思い付いた。

 

「なぁ仁志……」

「な、何だ?」

 

 頭の中がフワフワしてきた。胸はドキドキしてるけど、これはきっと期待のドキドキだ。

 

――脱がして、くれよ……。

 

 

 

 仁志とクリスが互いに歯止めを失い最後の一線を越えてしまいそうになっている頃、リビングにあるノートPC内のゲートからとある少女達が姿を見せようとしていた。

 

「と、到着です!」

「そうだな」

 

 まず姿を見せたのはエルフナイン。ただ、その姿はよく見ればかつての頃と同じであると分かる。

 キャロルにあった泣き黒子がないそれは、紛れもなくエルフナインが本来持っていた体と同じであった。

 そしてその隣にいるのが、依り代の力によって完全に記憶を取り戻したキャロル・マールス・ディーンハイムである。

 

 そうやって二人が並び立つ事がどれ程の奇跡か。それを誰よりも知るのが彼女達二人だ。

 そんな双子の姉妹とも言える二人の手首にはゲートリンクがしっかりと装着されている。

 

「……兄様はいませんね」

「仕事か? エル、今何時だ?」

「その、兄様の部屋には時計がないから……」

「ちっ、そうだったな……ん?」

 

 項垂れるエルフナインから顔を背けたキャロルは丁度そこにあった時計に気付いた。

 

「……おい、時計があるぞ」

「え? あっ、本当だ」

「どうやらあの男が購入したようだな。午前十時近く、か」

「それなら寝てるんじゃないかな? 兄様の勤務時間は夜からだし」

「となると今回は諦めて帰るべきか……」

 

 二人がここへ来た目的は、当然ではあるがエルフナインとキャロルの分離成功を報告するためである。

 依り代による記憶の復元。それによってエルフナインとキャロルの奇妙な同居は否応なく終わりを迫られた。

 元々記憶をほぼ失っていたキャロルと生命の灯を失いそうになっていたエルフナインが、互いの足りない物を補うように一つになったのが以前までのエルフナインだ。

 

 そこでキャロルが記憶を復元させた事により、徐々にそのバランスが狂い始めたのである。

 元々体はキャロルのものだった事もあり、我の強くないエルフナインはその存在を危うくしてしまったのだ。

 ただ、そうなる事を予見していたキャロルがエルフナインを動かして対策を講じた。

 

――僕の、体を?

――そうだ。平行世界の俺に上位世界の情報を報酬にお前の体を作らせる。廃棄躯体ではなく、最初からお前の、エルの体としてな。

 

 そうして平行世界の自分との会話を経験する事になったもう一人のキャロルは、その口から語られる上位世界の錬金術話に興味を覚え、エルフナインのための体を製作したのだ。

 

――これでどうだ? そちらの注文通りだと思うが。

――……うん、本当に以前の僕の体と同じだ。ありがとうキャロル。

――礼はいい。それよりも記憶の転写を始めるぞ。

 

 見事エルフナインの記憶をその体へ移す事に成功し、キャロルは本来の姿を取り戻して現在へと至る。

 

「あれ? これは何だろう?」

 

 そんな時、エルフナインがこたつに気付いて小首を傾げる。

 キャロルもその声にこたつへ目をやり、同じように小首を傾げた。

 

「机……の割には妙に低いな」

「それに布団みたいなものがかけてあるみたいだ。それと……これはみかんと……甘栗?」

「あまぐり?」

「えっと、たしか栗を炒めて」

「辞書のような答えはいらん。食べ物らしいが、簡潔に味を教えろ」

「名前の通り甘いと思うけど……」

 

 その答えに満足そうに頷き、キャロルは袋の中から甘栗を一つ手に取った。

 瞬間、甘栗特有の香ばしい匂いがその鼻腔をくすぐる。

 

「……中々いい匂いだ。悪くない」

「本当? ……すんすん、うん、本当だ。若干甘い気もするね」

「そうだな。どれ、食べてみるか」

「い、いいのかな?」

「構わん。どうせあの男の事だ。俺が食ったと言えば仕方ないの一言で済ませる」

「ひ、否定はしないけど……」

 

 仁志の性格をある程度知ったキャロルの予想は正しいとエルフナインも思っていた。

 きっと自分やキャロルなら、余程の事をしない限り仁志が激怒する事はないと。

 

「あっ、キャロルダメだよ。せめて座って食べないと」

「……分かっている」

 

 立ったまま甘栗を食べようとするのを見て、しっかり日本式の考えを仕込まれたエルフナインがやんわりとキャロルを注意する。

 まるで妹に注意された姉のような気持ちになりながら、キャロルは憮然としたまま仁志が座っていたクッションへ座り、何となしにこたつの中へ足を入れた。

 

「……若干だがあったかいな」

「え?」

 

 電源を落としたとはいえ、保温効果を利用して温かくする物故にまだこたつの中は温もりを残していたのだ。

 

 キャロルの言葉にエルフナインもクリスが座っていた座布団へと座り、こたつの中へ足を入れる。

 

「本当だ。じゃあ、これがこたつなのかな?」

「こたつ?」

「うん。兄様が今度来る時までに用意するって言ってた暖房器具。えっと……あっ、これかな?」

 

 周囲をキョロキョロと見回し、電源であるスイッチを見つけたエルフナインはそれを“入”へと切り替える。

 すると、中の機械へ電気が流れて熱を発生させた。その熱に二人は思わず表情を緩めて呟く。

 

「「あったかい……」」

 

 その瞬間、顔を赤くするキャロルと嬉しそうに笑顔を見せるエルフナイン。

 と、そこでキャロルがある事に気付く。

 

「おい、ここにあるのはあまぐりの皮か?」

「え? あ、うん。多分そうだね」

「……じゃあ、意外とあの男はついさっきまでここにいたんじゃないか?」

「……そっか。だからこたつがまたあったかさを残してた?」

「ああ。で、ごみを捨てずに動いたと言う事は……」

 

 そこで二人は互いの顔を見合わせた。

 

「「眠気でその事を忘れて動いた」」

 

 その瞬間、二人の頭上で音が聞こえた。

 反射的に二人の顔が上へ向く。

 

「やはりいるな」

「まだ寝てないのかな?」

「確かめてみればいい。それで寝ていたら帰るぞ」

「そうだね」

 

 そう言うもののキャロルは一向にこたつを出ようとしなかった。

 エルフナインも同じくだ。二人は揃ってこたつに入ったまま動かなかったのである。

 

「きゃ、キャロル? 動かないの?」

「……お前だけで見てこい。俺はここであまぐりを食べている」

「ず、ズルいよ。僕だってみかん食べたい」

「安心しろ。全部は食べない。戻ってきたらお前にも食べさせてやる」

「い、一緒に行こうよ。兄様もキャロルがいた方が分かり易いし」

「面倒だ」

「さっきまでは一緒に会って驚かせようって言ってたのに……」

「気が変わった」

 

 エルフナインへ受け答えながら甘栗の皮を剥こうと手を動かすキャロルだが、初めての事でどこからどうやればいいのかが分からずその手を止めてしまう。

 それに気付いてエルフナインが甘栗をそっと奪うと、平らな面へ爪を食い込ませて割れ目を作っていく。

 

「……そうやるのか」

「えっと、兄様の剥いた皮を見て何となくこうかなって」

 

 実はこの時、偶然にも上と下でくりの皮むきが行われていた。

 

 ただ、下ではそれを興味深そうに眺めているのに対し、上ではそれに両手で口を押さえながら快感を味わっているという大きな違いがあったが。

 

「これでいいかな」

「……この薄い皮は食べても平気なのか?」

 

 初めて見る甘栗にキャロルは疑問符を浮かべるばかりであった。

 

「どうだろう? 多分食べない方がいいと思う。実際兄様の剥いた皮にはそこの部分が残ってるし」

「……よし、取り除いた。食べてみるか」

「あっ、僕にも少しくれる?」

「いいだろう。皮を剥いた褒美だ。今半分に割ってやる」

 

 こうして二人は甘栗を口に入れ、その甘さに表情を綻ばす事となる。

 

 ちなみに甘栗を合計三つ食べ終えた二人は、後ろ髪を引かれる想いでこたつから脱出。

 寒さに身を震わせながら二階へと階段を上る事となり、その話し声と足音で仁志とクリスは我に返る事となるのだった……。




今回はヒロインパートがいつもよりは大人しいかもしれませんね。

次回で一区切りの予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Xmasキャロルをごいっしょに

予定を少し変更して次回で一旦〆ます。


「そ、それにしても驚いたよ。まさかエルとキャロルがこんな風に並び立つ日が来るなんて」

「ま、まったくだぜ。このために平行世界へ行ってたのかよ」

 

 場所はリビング。そこのこたつへ入りながら俺とクリスはエルとキャロルを見つめていた。

 時刻は十一時を少し過ぎていたが、俺の眠気はある意味で飛んでしまっていた。

 いや、本当に色んな意味で危なかった。

 あと少し気付くのが遅かったら、俺はエルに二度と兄様なんて呼んでもらえなくなっていただろう。

 

 ちなみに俺は眠気を飛ばすためと理由を付けてシャワーを浴びているし、クリスは俺が咄嗟に布団を干してもらい、それで埃を被っただろうし汗も掻いただろうとしてさっきまでシャワーを浴びてもらっている。

 

 ここで救いだったのはエルはともかくキャロルも所謂男女のそういうのに疎いのか、匂いへの気付きはあったもののそれが何の匂いかまでは分からなかった事だ。

 

「はい。その、司令にはお話していたんですが、僕が他の皆さんへは内緒にして欲しいとお願いしてましたので」

「どうやら驚かせようとしていたらしい」

「あっ、それはキャロルもじゃないか。真っ先に兄様へ見せようって提案してきたのに」

「それは、お前がこいつとの通信が出来なくなった事を気にしていたから」

「うん、ありがとうエル、キャロル。少し早いクリスマスプレゼント、たしかに受け取ったよ」

 

 そう心から告げて笑みを浮かべた。

 するとエルは嬉しそうに笑顔を返してくれたのだが、キャロルはプイッと顔を背けたのだ。

 

 ……嫌われてる? でも前に話した時は違ったはずなのに。

 

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです。ね、キャロル」

「……そういう事にしておく」

「素直じゃねーな」

 

 それ、君が言うのかいクリス。

 ツンデレ具合で言えば君も未だに中々のものだと思うよ?

 そう思うも口にはしない。だって言えばこっちへ照れ隠しの言い訳が飛んでくると分かってるから。

 

 ただ、どうやら俺が思った事をキャロルも思ったらしい。

 クリスへ顔を向けて目を吊り上げていた。

 

「お前にだけは言われたくない」

「あ?」

「そこまで。素直にものが言えないのは美点ではないけど欠点でもないよ。ただし、それは周囲に迷惑をかけなければ、だ。キャロル、クリスもそれだけは忘れないで欲しい」

「「……ふん」」

 

 何というテンプレな反応だろうか。

 だけど、それを可愛いなぁと思う俺は十分おっさんだろう。

 

「こうなると次はあの四人も復活させてあげるのか?」

「あの四人って……ガリィ達ですか?」

「ああ。たしか平行世界のキャロルは四人を元通りにしてあげてたけど……」

「向こうとこちらでは事情が違う。こちらは完全に破壊された上にシャトーに残っていた廃棄躯体も失われている。第一、あの四人を再び作り出すには色々と足らない物が多すぎる」

「そっか。そういえばあのキャロルも材料集めに苦労してるみたいだったっけ」

 

 さすがの依り代もあの四人の材料を出してくれたりはしないだろうし、こうなるとキャロルが復活してエルと別々の体になった事だけで満足するべきか。

 そもそもそれさえもある意味で奇跡だしな。欲張り過ぎるのは良くないな、うん。

 

「そういう事だ。俺達の世界ではもう錬金術師の組織は失われている。材料集めは困難を極めるだろう」

「それもあったなぁ。うん、下手な事言ってごめん」

「気にするな。今の話で一つ思い付いた事がある」

「「「思い付いた事?」」」

 

 思わず俺達の声が重なる。

 キャロルはそれを聞いてフフンと楽しそうな笑みを浮かべて黙ってしまった。

 一体何を思い付いたんだろう? 雰囲気からするとあの四人のオートスコアラー達が関係するんだろうけど……。

 

 その後少しだけエルがキャロルへ教えてとお願いするも、帰ったら教えてやると言われてしまえば引き下がるのがエルである。

 クリスはさすがに自分が教えてもらえるとは思ってないようで聞く事はなかった。

 で、俺はきっと聞いたら聞いただけキャロルが機嫌を悪くすると踏んで話題を変える事にした。

 

「そういえば二人は今日はこれからどうするの?」

「えっと、出来ればお泊りしたいです」

「それはいいけど、お前ら着替えとかあるのか?」

「心配いらん。寝る時はそいつの服を貸してもらう」

「へ?」

 

 まさかの言葉に目が点になりそうだった。

 俺の服って……寝間着って事か?

 冬用の物は少ないとは言わないけど多くもないんだけどなぁ……。

 

「どうせ体の大きさ的にお前の上着なら俺やエルは全身が隠れる」

「それなら何とかなりませんか?」

「あ~、成程ね。それならまだ何とかなるか」

 

 学生時代のジャージとか残ってるし、厚手の寝間着も二着ある。

 でも、とりあえず洗濯しておこうかな。そう思って頑張ってこたつから出た。

 

「クリス、悪いんだけど頼みがある」

「洗濯するから取り込んでおいてくれ、だろ?」

「そういう事。頼めるか?」

「いいぜ。何なら洗濯自体やっておいてやるよ」

「ホント?」

「おう。てか、そろそろ寝とけって。そうだ、買い物はしてあるか?」

「してあるけど四人分はない」

 

 何せ今夜は一人鍋をしようとしてたからなぁ。

 

 こうして俺は、二人のための厚手の寝間着二着と財布をクリスへ託して仮眠を取る事に。

 

 寒さに震えながら階段を上がって、ベランダで寒風に吹かれながら干してあった布団を取り込み、まだマシな寝室へと逃げ込むように移動して布団を敷き直す。

 

「さむさむっ」

 

 急いで布団の中へ入ると、多少とは言え干していたおかげもあってかクリスの匂いが薄れていた。

 これなら寝れるな。そう思いながら目を閉じて少しすると布団の中があったかくなり、それと同時で眠気が押し寄せてくる。

 

 と、そこで聞こえてくる階段を上がる音。それも二つ。

 そう気付いた瞬間、ドアを開けた音が微かに聞こえた。

 

「……もう寝てるぞ」

「本当だ。やっぱり疲れてたんだね。あの頃もこの時間まで起きてる事は珍しかったんだ」

「そうなのか」

 

 ぼんやりと声がきこえるなぁ。

 エルと……キャロルだろうか?

 

 あ、いかん。もうからだがねろといっている。

 

 そんなことをおもってると、なぜかあったかさがふとんからすこしにげて、かわりにあったかいものがふたつりょうがわからはいってきた。

 

 かいろみたいだなぁっておもってだきよせると、やわらかくていいにおいがした。

 

「お、おい、何をするっ」

「えっと、寝惚けてるみたいだよキャロル」

 

 うでのなかできこえるかわいいこえをききながらおれはいしきをてばなした。

 いいゆめがみれそうだなぁって、そうおもって……。

 

 

 

 冬の寒さで顔が冷たい中、僕とキャロルは兄様と一緒の布団に入っていた。

 クリスさんは兄様から渡されたパジャマを洗濯機の中へ入れると、それが止まるまでの時間で買い物をしてくると言って出て行った。

 だから僕は最初リビングでクリスさんの帰りを待とうと思ったんだけど、キャロルが気になる事があるって言って二階へ向かうので僕もそれについてきたら、何故かこうなった。

 

 でも、理由は分かる。寒いからだって。

 多分換気のためだと思うけど窓が開けられていて、ここはとても寒い。

 だけど兄様のお布団の中はあったかくて幸せです。

 それに兄様が抱き締めてくれてるから余計あったかい。

 

「キャロル、どうするの?」

「どうするとはどういう意味だ?」

 

 小声で話しかけると兄様を挟んで向こう側からも小声が返ってくる。

 

「このままだときっと僕ら寝ちゃうよ?」

「…………それでも構わないだろ」

「それはそうだけど……」

 

 チラッと兄様へ目を向けると、そこには幸せそうに眠る兄様の寝顔がある。

 

「そもそも仮にここから出るにしても、だ。下手に動けばこいつを起こすぞ」

 

 そう言ってキャロルが兄様へくっついた、気がした。

 

「キャロル? 今、兄様にくっついた?」

「っ……暖を取るためだ。それにしても、この布団とやらはベッドとは違うんだな」

「うん。僕もこの世界で暮らしてた時に初めて使ったけど、ベッドと違って全部を洗って日光消毒出来るんだ。そうした後のお布団は、とってもふかふかであったかいんだよ」

 

 あの幸福感は忘れられない。

 初めて干したお布団を触った時、僕と姉さんにヴェイグさんは驚いたんだ。

 そしてそこで兄様から教えてもらった。お日様で干したお布団で寝ると、どんな疲れも消える程幸せなんだよって。

 

 その話をキャロルへもすると、何となくだけど分かってもらえたみたい。

 きっと今の状況でもキャロルには幸せなのかもしれない。

 

「エル、干したふとんというのはそんなに違うのか?」

「うん、そうだよ。キャロルにも一度体験してもらいたいぐらい」

 

 僕が言った言葉にキャロルは小さく頷くと顔を後ろへ、押入れへ向けた。

 そこにはこっちで僕らが使ってたお布団がある。それをキャロルも知ってるはずだ。

 

「もしかして、お布団を干して使ってみたいの?」

「……知識だけでは意味がない。そこに経験が伴うからこそ意味がある」

 

 うん、これはそういう事だ。

 そう思ってるとキャロルが兄様の腕の中から抜け出してお布団の外へ出ようとする。

 あっ、今絶対寒いって思ってる。だって動きが止まったから。

 

「キャロル、一人じゃお布団運べないよ?」

「心配するな。俺にはダウルダブラがある」

 

 そう言うとキャロルはお布団から出るなり、どこからともなくファウストローブを召喚すると身に纏った。

 

「……こんなもので足りるか」

 

 声には出さないけど、多分キャロルの中で一番無駄なファウストローブの使い方じゃないかな、これ。

 でも、それはきっと僕を通じて兄様達と関ったからかもって、そう思うと嬉しくて笑みが零れた。

 

 大人になったキャロルは、そのまま押入れを静かに開けると上に置かれてるお布団を持ち上げて歩き出して、何故か階段へと続くドアの前で止まった。

 

「……エル」

「ちょ、ちょっと待ってて」

 

 両手が塞がってるからドアが開けられないんだと気付いて、僕はすっごく辛かったけど兄様の腕から抜け出した。

 お布団から出た瞬間、体を刺すような寒さを感じる。ううっ、寒いよ……。

 

「早くしろ」

「せ、急かさないで」

 

 キャロルも寒いんだろうなって思いながら、僕はドアを開けてそのままベランダへのドアも開ける。

 

 その瞬間冷たい風が吹き込んできた。

 

「「寒い……」」

 

 思わずキャロルと声が重なる。

 だから少しだけ嬉しくなって僕は笑顔でドアを押さえ続けた。

 でも寒いものは寒いから早く家の中へ戻りたい。

 

「キャロル、早く」

「分かっている」

 

 キャロルがお布団をベランダへかけるのを見て、僕はお布団用の洗濯バサミを探した。

 

「あっ、あった」

 

 兄様の事だからここのどこかに置いてあるはずって思ったら、ベランダの隅の辺りに付けてあった。

 持つとすっかり冷え切ってて触るのも辛い。

 それを何とか二つ外してキャロルの方へ持っていく。

 

「これでお布団の両端を止めて」

「分かった」

 

 これでよし。あとはお日様にお任せだ。

 

「キャロル、早く中へ戻ろう」

「ああ」

 

 僕らは急いで家の中へと戻った。

 ベランダへのドアを閉めて、寝室へのドアを開けて中へと入る。

 うん、外よりはこっちの方があったかい。あとそろそろ窓を閉めておこう。

 

「そういえばキャロル、いつまでその姿でいるの?」

「もう戻る。……ふぅ、まさかファウストローブをこんな風に使う日が来ようとはな」

 

 そう言いながらキャロルは兄様のお布団の中へと頭から入っていく。

 それが何だかおかしくて思わず笑っちゃった。

 

「何だ? 何がおかしい?」

「えっと、今のキャロルがヴェイグさんみたいに見えたから」

 

 ヴェイグさんが眠たくてクッションへ上ってお昼寝する時の動きにそっくりだった。

 

「……正直ここで文句などを言ってやりたいが、俺とてこいつの眠りを邪魔するのは気が引ける。運が良かったな、エル」

 

 不機嫌そうな顔でキャロルはしっかり兄様の傍に寄りそうようにして目を閉じた。完全に寝るつもりだ。

 僕もそうしようと思ったけど、クリスさんは僕らが起きてると思って買い物へ行ったはず。

 なら、玄関の鍵は開いたままだ。そんな中で三人共寝るのは不味いかも。

 

「キャロル、僕は下へ戻ってクリスさんを待つよ」

「……そうか」

 

 返ってきた声が初めて聞くぐらい脱力してるのに気付いて、僕は耳を疑った。

 

「……キャロル?」

「ん~……はやくいけ」

 

 眠い時の切歌お姉ちゃんみたいだ。

 だから僕は小さく笑みを浮かべて寝室を出る事にした。

 

「おやすみキャロル」

 

 階段手前でそっと呟いて僕はドアを開けた。

 静かにドアを閉める時少しだけお布団へ目を向ければ、そこには幸せそうに眠る兄様とキャロルがいた。

 それが何だかとっても嬉しくて、僕は笑顔で階段を下りる。

 出来る限り音を出さないようにしながらリビングへ戻るとこたつへ入る。

 

「……あまりあったかくない」

 

 なのですぐに電源を入れる。

 クリスさん、いつ帰ってくるかな?

 そんな事を思いながらこたつに入っていると自然とまぶたが重くなってくる。

 そうだ、この中に体を入れたらあったかくて気持ち良く寝られるんじゃないだろうか?

 

「よいしょっと……ふわぁ」

 

 とってもあったかくて幸せです。

 あっ、ダメだ。こんなの眠るしかないよ……。

 

 で、気付いた時にはクリスさんに体を揺すられていました。

 何でもクリスさんが言うにはこたつで寝ると風邪を引くそうです。

 こんなにあったかいのに不思議だ。でも、理由を考えると納得しかなかった。

 

「じゃ、あたしはこれを干してくるからな」

「はい、僕はお風呂掃除してます」

「ん、頼むぞ」

 

 こたつに入っているとまた寝てしまうと思ったので動いていようと思った。

 でもそこでふと思う。

 

「……このお家なら、みんなで暮らせるかな?」

 

 二階には部屋が三つあって、それぞれでお布団を敷けばギリギリ何とかならないかな?

 えっと、今寝室にしてるところならお布団が頑張れば六つ敷ける。

 あとの二つだと……今の状態なら三つは余裕で敷けるはず。これで十二人寝れる。

 兄様に僕らを加えると……十三人だけど、ヴェイグさんはある意味で一人分いらないから引いて十二だ。

 

「うん、何とかなる」

 

 ただ、皆さんの服とかを置く場所を考えるとちょっと難しいかもしれない。

 その場合は……リビングにタンスとかを置く事にして、兄様の物だけ寝室かなぁ。

 

「……そう出来たらいいな」

 

 こっちでの暮らしは本当に僕にとっては驚きと発見の連続だった。

 誰かと一緒に暮らす事が、同じご飯を食べる事が、どれだけ楽しくて幸せかを教えてもらった。

 あの本部だけで過ごしていた頃には分からなかった“何でもない日常”というものを知った。

 

 そしてそれがどれだけ幸福かも。

 

 お風呂場に入ってスポンジを手にすると、あの家での記憶が甦る。

 ヴェイグさんとよく二人でお風呂場の掃除をした記憶だ。

 お家の手伝いで僕がしていたのは、居間とお風呂場の掃除に時々洗濯物を畳む事。

 

 人数も、最初は僕、姉様、姉さん、ヴェイグさんの四人で、その内切歌お姉ちゃんと調お姉ちゃんが増えて六人での暮らしになった。

 

 いつでも誰かがいてくれて、僕は一人になる事がなかった。

 研究も仕事もなく、ただその日その日を楽しんでいるだけで良かった日々。

 お昼寝なんてしたのもこの世界に来てからだ。

 外を護衛の人達もなく歩ける事も、色んなお店を見て回る事も、遠出するのもここだから出来た。

 

「……でも、もう僕は一人じゃない」

 

 今の僕にはキャロルがいてくれるんだ。

 司令にはキャロルが僕と一緒の部屋で暮らしてくれる事を伝えてある。

 キャロルもそれでいいと言ってくれた。

 

 そこからは無言でお風呂掃除を続けた。

 

「なぁ、あの布団干したのお前か?」

「クリスさん? えっと、キャロルですけど……」

 

 湯船の掃除が終わった辺りでクリスさんが顔を出した。

 でも、何故か僕の顔を見て小さく笑った。

 

「ははっ! エル、お前顔を洗った方がいいぞ」

「え?」

「泡が付いてるんだよ。鼻の頭だ。多分洗ってる時に飛んだんだろうな」

 

 言われて鼻の頭を指で撫でると泡が付いた。

 

「しまったな。さっきの顔を写真に撮っておけば良かった」

「だ、ダメです! 恥ずかしいです!」

「あははっ、そうだよな。でも、あたしには可愛いって思えたぜ。ま、ちゃんと顔洗ってからリビングに来いよ?」

「分かりました」

 

 そう言ってクリスさんはお風呂場から去って行った後、僕は湯船から出て洗面所で顔を洗う事にした。

 

「……可愛い、のかな?」

 

 鏡に映った自分を見つめて首を傾げる。

 鼻の頭に潰れた泡の名残を付けた自分に疑問を浮かべるように。

 

 顔を洗ってリビングへ戻るとクリスさんがこたつに入ってみかんを食べてた。

 僕もその向かいに入ってみかんへ手を伸ばす。

 

「キャロルの奴は寝たのか?」

「はい。兄様と一緒です」

「へぇ、あいつも仁志に絆されでもしたか?」

「兄様と話すのは楽しいって言ってました。この世界にはキャロルも知らない事が沢山ありますし」

「主にアニメや漫画だろうがな」

「でも、意外と馬鹿に出来ません。人間の想像力はふとした事で素晴らしい発見や気付きをする事もありますから」

「そういうもんか」

 

 こうしてクリスさんとゆっくり二人で話すのも新鮮だ。

 それに、今のクリスさんはここへ来る前よりもお姉ちゃん感って言えばいいのか、そういう優しい雰囲気が強くなった気がするし。

 

「それにしても、まだどこか信じられないよなぁ。あのキャロルが大人しくお前の姉ちゃんするなんて」

「キャロルは、僕を通して皆さんの事や世界の事、そしてきっとヒーロー達の事も知ったんです。だから、パパが本当に願っていた事や望んでいる事を叶える方へ生き方を変えてくれたんだと思います」

 

 兄様が言ってくれた、僕がキャロルの良心だったという言葉。

 あれは、逆を言えばキャロル自身もどこかでパパの願いや望みを分かっていたって事だ。

 だから、今のキャロルは復讐を捨てたんだと思う。

 

 世界の全てを識るために世界を分解再構築なんてせず、自分の目で、耳で、肌で、世界を感じて識る事。

 それこそが今のキャロルの目標なんじゃないかなって、そう思う。

 

「じゃ、あいつもその内ウルトラマンとかライダーに夢中になるってか?」

「どうでしょう? キャロルはそれよりもアニメや漫画の方が興味ありそうです」

 

 あとはゲームも、かもしれない。

 そんな風に僕はクリスさんとお話ししながら過ごした。

 お昼はキャロルも起きてこないから二人でお月見うどんを食べた。

 こたつに入りながら食べるあったかいうどんはとても美味しくて、クリスさんとずっと笑顔を浮かべながら過ごせた。

 

 それと、今夜はお鍋らしい。

 元々兄様がそうしようとしてたのをクリスさんが冷蔵庫の中身から察して、同じ材料を買い足してくれたみたいだ。

 

「エルにも手伝ってもらうからな」

「はい!」

 

 あの頃もよくそうしてた。

 野菜の皮むきとかは僕や姉さんの役目だったようなものだし。

 それからはクリスさんと二人で兄様の持ってる漫画を読んだ。

 僕は初めて見た“ウルトラマン超闘士激伝”というタイトルを。

 クリスさんは“キッチンの達人”というタイトルを。

 

「……ウルトラマンはゼットンという怪獣に負けたんだ……」

 

 絵はデフォルメされているけど、多分本当にそうなんだろう。

 そこからどうやってウルトラマンの物語は終わったのかな?

 よし、兄様が起きたら聞いてみよう。きっと色んな事を教えてくれるはずだから。

 

 

 

「……んっ」

 

 ぼんやりと目を開ける。

 心地良い温もりが傍にある事に安心感を覚えて目を擦ると、ゆっくりと意識が覚醒していく。

 

「…………ああ、そうか」

 

 見えたのはまだそこまで見慣れない男の顔。

 だが、決して嫌いではない相手だ。

 俺にパパの知らない情報を教え、興味を惹く物語や知識を教えてくれる存在。

 何より、俺の失ったはずの思い出を、パパとの時間を取り戻させてくれた存在だった。

 

「エルにとってはもう一人のパパ、か」

 

 おかしな話だが、俺が意識を取り戻した後、エルは俺が知っているエルフナインではなくなっていた。

 俺の知っているエルフナインは、正論を述べるが意思が弱く、こちらが強気になると引くような奴だった。

 それが、引かなくなっていた。俺が強気で何か言おうと、それを冷静に受け止めて言葉を返してくるようになっていたのだ。

 

 驚き戸惑う俺へ、エルフナインは、いやエルはこう言ったのだ。

 

――もう僕は逃げる事はしないよ。キャロル、これからは僕が君のブレーキになってみせるから。

 

 それは、あの頃の、チフォージュ・シャトーで過ごしていた頃の事を言っているのだと分かった。

 計画のため、俺は敢えてエルフナインが離反するように仕向けた。

 だが、あの時、もしエルフナインが一歩も引かず俺と議論を重ねていたらどうなっていたのかと、そうあいつは考えたんだろう。

 

 あいつの言った“逃げる”とは、俺の心を、考えを変えるために他者の力を借りた事だ。

 もう誰かを頼る事はしないと言う事なんだろう。あるいは、自分に出来る事を全てやり尽くすまでは他者を当てにしない、だろうか。

 

 とにかく、エルフナインではなくエルとなったあいつは俺へ様々な事を話してきた。

 そのほとんどがこの上位世界での話だったがな。

 

「……パパ、か。なら、俺からすればこいつは小父だろうな」

 

 ここで初めて会話した事やその日の夕食の事など、こいつは俺に色々な事を教え、世話を焼いてきた。

 パパとは違う、大人の接し方だった。

 

「おじさんとでも、呼んでやろうか?」

 

 そう呼ばれた場合、こいつはどう反応するだろう。

 驚くだろうか、嫌がるだろうか、それとも喜ぶのだろうか。

 

――おじさん、かぁ。まぁ間違ってないから気にしないよ。

 

 ……容易に想像がつくのもどうかと思うが、何となくこんな反応だろうなとも思ってしまう。

 

「ん……? える?」

 

 そうしていたらあいつが目を覚ました。

 俺を見てエルの名を呼ぶ辺り、まだ完全に俺とエルの顔を識別出来ていないんだろう。

 と、そこでふと思った。俺がエルを装ったらこいつは気付けるのか、と。

 

「……はい、おはようございます兄様」

 

 内心でほくそ笑みながらエルらしく振舞う。

 目の前の男はそんな俺を見て一瞬瞬きをしたかと思うと、すぐに嬉しそうに微笑んでそっと頭を撫でてきた。

 

 懐かしさもあってか、少し喜んでしまう自分がいる。

 まぁ今の俺はエルだ。なら喜んでも問題ない。

 

「おはよう。今、何時か分かる?」

「すみません。ここには時計がないので」

「あ~、そっか。今後を考えるとここにも時計がいるなぁ」

「そうですね。あった方が便利だと思います」

 

 エルの口調は真似しやすいので助かる。

 おかげでこいつも俺がキャロルとは気付いていないようだ。

 

「そうだなぁ。じゃ、その時計を選んでもらってもいいか?」

「お……僕がですか?」

「そうそう。俺だと値段の安い物っていう判断でしか買わないからさ。女の子のセンスで選んでもらおうかなって。ダメか?」

 

 正直断りたいが、エルならば返事は一つだろう。

 

「分かりました。僕で良ければ喜んで」

「そっか、それは嬉しいよ」

 

 満面の笑顔で俺の頭を撫でるこいつに、何というか妙な苛立ちが湧いてくる。

 

 どうして俺だと気付かないのか。

 エルの奴はいつもこうしてこの男に可愛がられていたのか。

 何故俺はエルと同じ接し方をされて嬉しくなっているのか。

 

 何とも言えない気持ちが俺の中で混ざり合って感情がおかしくなりそうだ。

 

「さてと、このままだと二度寝しそうだし、そろそろ下へ行こうか」

「え?」

 

 い、いかん。このままだと俺がエルではないと気付かれる。

 そうなったらエルやあの女が俺のした事を知り、他の奴らにまで言いふらされる!

 

「ま、待ってください」

「へ?」

 

 布団から出ようとするあいつを引き留め、俺は知恵を巡らせる。

 一番いいのはもう一度寝かせる事だ。その間に俺はここを抜けだし、エルの奴へ入れ替わればいい。

 あるいは、あいつへ今の会話を伝えるかだな。あいつがお前に伝えておいてくれと言っていたと。

 

「その、もう少し兄様と話をしたいです」

「……リビングでも出来ると思うけど?」

「ふ、二人だけで話がしたいんです」

 

 今はとにかく時間を稼ごう。この男は疲れているはずだ。なら、もう一度寝る事もあるかもしれない。

 

「二人で、ね。いいよ。どんな話がしたいんだ?」

 

 よ、よし、とりあえずは何とかなった。

 後はここからどうするかだが、こちらから話を始めるのは不安がある。

 

「兄様が最近気になっている事はなんですか?」

「俺が最近気になってる事、かぁ。そうだな……最近と言うか今日気になった事なんだけど」

「今日?」

「ああ。エルとキャロルは二人に別れただろ? 今後、キャロルはどうするんだろうなって」

「それなら心配いりません。一緒に暮らす事になっています」

「そうなんだ。じゃあ、キャロルもエルと同じで研究員をするの?」

「そうなると思います」

「なら良かった。これでエルも相談相手が出来るし、キャロルも自分の知識を教える相手が出来てより理解が深まるな」

「理解が深まる?」

 

 どういう意味だ。俺は既に自分の知識への理解など終えていると言うのに。

 

「人はね、誰かに知ってる事を教えようとすると、そこで自分の中で整理をするんだ。どう言えば分かり易いか。何をどう伝えれば自分の思っている事が伝わるのかってね。それが自分の中の知識をよりはっきりとさせてくれて、今までよりもしっかりとその事を理解出来るんだ」

「……そういうものですか?」

「そうなんだよ。自分の知識を人に教える経験なんて今まで出来なかっただろう?」

「はい」

「やってみると色々と発見があるもんだよ。だからちゃんと相手と色々意見を交わしてみるといい。きっと今まで見えなかった景色が見えてくるはずだから」

 

 言いながらあいつは俺の頭を優しく撫でる。

 それが一瞬だがパパに重なった。

 

――キャロルは賢いなぁ。この分だと錬金術の知識でも負けてしまいそうだよ。

 

 少しごつごつした手。男の、手。

 それが優しく撫でてくれる感触は、今もはっきりと覚えてる。

 不器用で、頼りなくて、優しかったパパ。

 それと似たものを、今、俺はこの男に感じている。

 

 ああ、そうか。これをエルの奴も感じ取ったんだ。

 だからこいつをもう一人のパパと思うようになったんだろう。

 

「ふわ~ぁ……やっぱまだ眠いな。悪いけどもう少し寝かせてくれるか?」

 

 気付けばあいつがそんな事を言っていた。

 慌てて我に返って頷いて布団から出る。

 かなり寒いが今は我慢してやる。千載一遇の好機だ。

 

「お、おやすみなさい、兄様」

「うん、おやすみ」

 

 あの男が目を閉じたのを確認し、俺は静かにドアを開けて寝室を後にする。

 あとはエルに時計の事を伝えておけばいいだけだ。

 そう思いながらドアを閉めて俺は階段を下りた。

 

 

 

 小さくなっていく階段を下りる音を聞きながら仁志は小さく笑みを浮かべていた。

 

――可愛いとこ、あるじゃないか。エルの振りをするなんて。時計、ちゃんと選んでもらうからな、キャロル。




ある意味オタクな仁志に声真似が出来ないなりきりは通用しません。
中の人であれば寄せたり出来るかもしれませんが、キャロルにそんな事は無理ですし。

それでも最後まで付き合い、途中で気付いているよとヒントを出す辺り、仁志も大人かもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

只、野に仁の志を

今回もエr……イチャイチャはありません。


「……よし、寝癖は直したし忘れ物も……ないな」

 

 俺がそう言うと目の前にいる奏とセレナが小さく苦笑した。

 

「忘れ物って、仁志先輩に必要なのは依り代とゲートリンクだけだろ?」

「ふふっ、お兄ちゃんのお金は向こうじゃ使えないんだからね?」

「分かってるよ。それでも一応持っていくんだって。戸締りはするけど、どれだけ留守にするのか分からないし」

 

 おそらくだけど、向こうの方が時間の流れが遅い、と思う。

 だからこそあまり長居はしたくないのが本音だ。

 念のために前もってエルから連絡をもらって、これまでの事から逆算して連休を取ったけどどうなる事やら。

 

 ……どうか無断欠勤とかになりませんように。

 

 そう心で願いながら俺は奏とセレナに続いてゲートへと入る。

 こうしてこの中へ入るのも久しぶりだ。

 裂け目は今もそのままで、元に戻るかと思ったけどそんな様子もなくなったらしいので、きっと余程がない限りこのままなんだろうとの事。

 

「じゃ、行くよ」

「はい」

「ああ」

 

 奏を先頭にセレナと隣り合ってゲートの中を行く。目指すは根幹世界、ギャラルホルンだ。

 クリスの見送りをするためなのだが、それは空港でという訳ではない。

 実は今日S.O.N.G本部にてクリスの壮行会があるのだ。

 送別会でないのは当然なのだが、まさか壮行会を開催するとはさすがはそういう事が好きな風鳴弦十郎さんである。

 

 それにしても、俺がほかの世界に行くのは初めてだ。それも根幹世界かぁ。

 

 時間のズレ、俺に都合よく起きてくれないかなぁ。

 店長が無断欠勤とか本気で笑えないんだよ。

 

 どうしても仕事の事が頭の中をちらつく中で奏の背中を見つめていると、突然ゲートリンクが振動した。

 

「はい、こちら只野」

『兄様、今はゲート内ですか?』

 

 聞こえてきたエルの声に笑みが浮かぶ。

 

「ああ、そうだよ。奏とセレナと一緒にギャラルホルンへ向かってる」

『分かりました。では、みなさんと一緒にお待ちしてます』

 

 たったそれだけのやり取りだけど、それでも小さく笑みが浮かぶのは気分はエルの父親みたいなものだからだろうか。

 チラッと横を見ればセレナも微笑んでいる。こっちは完全お姉ちゃんだから仕方なし。

 

「見えたよ」

 

 聞こえた声に目を動かせば見るのは二度目の根幹世界のゲート。

 そこへ入っていく奏を見ながら俺も遂に自分の世界以外のゲートへと足を踏み入れる。

 

「っと、ここが潜水艦の中か……」

 

 当然だけど空気はある。むしろ美味しい。

 ……なんて言ったらマリアに何て言われるんだろう。

 そんな事を思いながら振り返ってギャラルホルンを見つめた。

 

「兄様っ!」

 

 聞こえた声に顔を向けると笑顔でこっちへ駆け寄ってくる可愛い少女の姿。

 

「エル、元気そうだな」

「はいっ!」

 

 しゃがんで頭を撫でる。あの日々で見慣れた顔と少しだけ違うけど、俺にとってはよく知るエルでもある少女を。

 するとその後ろから似た顔が現れる。そちらは俺があの日々で見慣れていたようで、少し違う部分がある少女。

 

「来たのか。あいつらは食堂で待ってるぞ」

「よっ、キャロル。元気かい?」

「ああ」

「こんにちはキャロル。元気そうで良かった」

「そちらもな」

 

 少しエルよりも目付きが悪い彼女はキャロル。

 平行世界のキャロルの助けもあって、遂に彼女達は別々の存在として生活をしているのだ。

 

 ……おかげで俺とクリスは揃って卒業し損ねたんだが、今はそれで良かったと思ってる。

 

 と、キャロルの目がこっちへ向いた。

 

「久しぶりだねキャロル」

「俺はそこまででもないが、まぁそうだな」

 

 微笑みかけると何故か顔を逸らされる。実はエルと双子の姉妹となってからこうなのだ。

 初めて会った時はちゃんと顔を合わせてくれたのだが、あの再会以降妙に距離を感じると言うか、避けられてるような気もする。

 

 エルの振りをした時はしっかり顔を合わせてくれたので、きっとキャロルとしては顔を合わせ辛い理由があるんだと思うけど……ちょっと悲しい。

 

「兄様、キャロルは恥ずかしがってるだけですから。僕と一緒に兄様と会えるのを楽しみにしてましたし」

「よ、余計な事は言うな! 俺は先に戻っているっ!」

 

 やや急ぎ気味に歩き出す背中を見送り、俺はエルの言う事が事実なのだと確信出来た。

 いや、考えてみればここへわざわざ出迎えに来てくれた時点で嫌いなはずはないからな。

 

「キャロル、どうしたんでしょうか?」

「あれは照れてるんだよ。エルとは違って、キャロルの奴は仁志先輩を兄って感じには見れないんだろうさ」

「お兄ちゃんって感じに見れない?」

「ああ。だよね、仁志先輩」

「かもしれないな。エルはかなり最初に、しかも自発的に俺を兄と呼んでくれたけど、キャロルはそういう訳じゃないし」

 

 そう返して俺はエルの体を持ち上げて肩に乗せる。

 

「さて、案内よろしく」

「あっ、はいっ!」

 

 俺はこの中を知らないに等しいのでエルに道案内を頼む事にした。

 別に奏やセレナでもいいけど、ここは本部内が一種家でもあるエルに頼むのがベストだろう。

 

 こうして俺はエルの案内に従う形で本部内を歩いた。

 時折見かける職員の方達には不思議そうな目で見られたが、奏やセレナが居る事でその関係者のように見られたのか特に怪しまれる事もなく無事食堂へ到着。

 

「兄様達をお連れしました」

「みんな、久しぶり」

 

 食堂内には響達装者全員と弦十郎さんを始めとするメインスタッフの姿があった。

 うん、何というかやっぱりまだどこか実感が薄い。だって、自分がS.O.N.G本部内にいて、風鳴弦十郎さん達と同じ空間にいるんだもんなぁ。

 

 エルを下ろして前を向くと響達七人がそれぞれ笑みを見せてくれる。

 だが、今は先に挨拶するべき人達がいるのでそちらへ歩み寄る。

 

「やっと直接会えました。只野仁志です。ご支援、本当にありがとうございました」

「こちらこそ会えて嬉しく思う。風鳴弦十郎だ。悪意との戦いを支えてくれて本当に感謝に堪えない」

 

 差し出された手を握り返す。うん、逞しいなやっぱ。俺じゃ束になっても勝負にならない。

 

「紹介しよう。とはいえ、もう既に知っているかもしれないが……」

「あっ、はい。藤尭朔也さんと友里あおいさん、ですよね」

「本当に知ってるのか……」

「そう響ちゃん達が言ってたでしょ」

「そ、それはそうだけど……」

 

 どうやら藤尭さんは俺に若干の距離感を抱いてるらしい。

 まぁみんなも最初はそうだったんだし、別に気にしない。

 

「はじめまして、只野仁志です。えっと、あまり会う事はないと思いますが、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」

 

 軽く頭を下げて挨拶終了。さて、最後はっと……。

 

「はじめまして、緒川慎次さん、ですよね? 只野仁志です」

「こちらこそはじめまして。はい、僕が緒川慎次です」

 

 翼のマネージャーであり飛騨忍者の末裔へ挨拶をする。

 

「あの、緒川さんは飛騨忍軍の末裔なんですよね?」

「ええ、そうですよ。それが?」

「いやぁ、実は俺の世界に飛騨忍者が主役の作品がありまして。仮面の忍者赤影って言うんですけど、戦国時代を舞台に活躍する正義のヒーローなんです。俺、てっきり飛騨忍軍って創作かと思ってたんですけど、実在するんだと貴方で知りまして」

「そうだったんですか。それは興味がありますね」

「いやいや、使う忍法はそちらの方が凄いですよ。まぁ大凧で空を飛ぶのは同じですけど」

「おや、それは余計に興味が湧きました。よろしければ今度詳しく教えていただけますか?」

「あ、はい。じゃあ漫画と特撮とありますんで、漫画の方を買って持ってきます。俺も一度ちゃんと読んでみたかったし」

「映像もあるんですね。出来ればそちらも」

「あー、その辺でいいだろうか?」

 

 おっといけないいけない。ずっと話してみたかった事を本物の忍者へぶつけていたら話に夢中になっていた。

 見れば響達は苦笑していて、キャロルなどは呆れた顔をしている。

 オペレーターの二人は……うん、対照的な反応だな。藤尭さんが微妙な顔で友里さんが小さく苦笑している。

 

「すみません。俺からすると緒川さんはある意味ヒーローに近いもので」

「そうか。まぁ、話は会が始まってからにしてくれ。それなら俺も止めない」

「分かりました」

 

 たしかに仰る通りだ。こういうとこで俺はまだまだ大人になり切れてないんだなと実感する。

 

「はい、飲み物をどうぞ。中身は緑茶ですから」

「あ、どうもありがとうございます」

 

 気付けば友里さんが紙コップを差し出してくれていた。

 うん、出来る女って感じが凄い。秘書とか向いてそう。

 

 ……そういえばセレナの世界じゃ警察で警部、だっけ? やっぱり仕事が出来るんだろうな。

 

「それでは、これより雪音クリス君の壮行会を始める」

 

 で、ステージには弦十郎さんが立っていた。

 っと、ちょっと待てよ?

 

「あのっ!」

「ん? どうかしたか?」

 

 申し訳ないと思いつつ弦十郎さんの挨拶を遮る。

 何せここにはもう一人いないと困る存在がいるんだ。

 

「セレナ、ヴェイグは出て来たくないって?」

「ううん。ただ、後でもいいって」

「じゃあ、ヴェイグ、今出てきてくれないか? お前にも乾杯して欲しいんだ」

 

 そう言うとセレナの前にヴェイグが現れる。

 そして俺は持ってた紙コップをその手へ持たせた。

 

「ほら、中身は緑茶だ。これならヴェイグも飲めるだろ?」

「ああ、ありがとう」

「いいって事さ。えっと、すみません。もう一つ紙コップもらえますか?」

「でしたらこちらをどうぞ。中身は同じですので」

「すみません。ありがとうございます」

 

 今度は緒川さんがいつの間にか近くにいた。

 本当にここの人達凄すぎる。人類の自由と平和を守る組織は違うなぁ。

 

「挨拶を遮ってしまいすみません。どうぞ続けてください」

「いや、構わない。さて、なら全員飲み物は持っているか? ……よし、それではクリス君の留学が良き未来へ繋がる事を願って、乾杯っ!」

「「「「「「「「「「「「「「「「乾杯っ(!)」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 こうしてクリスの壮行会は始まった。

 まず主役であるクリスへ大勢が集まる中、俺はそれを少し離れた位置で眺める事に。

 

「行かなくていいんですか?」

「え? ああ、はい。今はおっさんが近寄れる状況じゃないんで」

 

 聞こえた声に顔を動かせばそこには緒川さん。

 なので思っている事を口にして緑茶を飲む。

 

「おっさん、ですか」

「ええ、三十にもなればあの年頃からは立派な中年ですしね」

「耳が痛いですね。僕も覚悟しませんと」

「緒川さんは、おっさんじゃなくておじさんって呼ばれる方ですから心配いりませんよ」

「違うんでしょうか?」

「違いますよ。伊賀と甲賀ぐらい違います」

「それは中々ですね」

「おいおい、男二人で盛り上がっててどうする?」

 

 そこに登場の弦十郎さん。手にしている紙コップがまるでミニチュアかと思う程のミスマッチ感だ。

 この人には一升瓶とかが似合いそう。あるいはよくある壺みたいな感じの酒瓶だろうか。

 

「司令……」

「いや、むしろ自然な流れだと」

「かもしれないが、君はクリス君達と一緒にいるべきではないか?」

「……俺は元々違う世界の人間ですし、正直クリスが留学してもしなくても物理的距離が大きく変わる訳じゃありませんから。それにどうなるにしても、俺は彼女が選んだ道が少しでも幸の多い未来へ繋がるように願うだけですよ」

 

 響や未来に何か言われて恥ずかしそうにしているクリスを眺め、俺はそう噛み締めるように告げる。

 迷いながらも歩き出そうと決めたクリス。もしその道を変える事になる時、俺はその傍で支える事は出来ないかもしれない。

 だけど、せめて気持ちだけでも傍にいると伝えようとは思う。ただ、それは今じゃない。

 今は仲間であり大事な友人達との時間を過ごさせてあげたいんだ。

 

 俺は後で構わない。それに、そんなに長々クリスへ言うべき事もない。

 それは、前に会った時に伝えてあるしな。

 

「ふむ、そうか。君がそう言うのなら俺は構わんが……」

「あっ、そうだ。風鳴さんは映画観賞が趣味ですよね? もし良かったら俺の世界の映画、いくつかお貸ししますよ」

「本当か? それは願ってもない。実はな、響君達から君が見せたという特撮映画の話を聞いて興味が湧いているんだ」

 

 やった。グリッドマンコラボのストーリーで何となく分かってたけど、弦十郎さんは特撮ファンでもあるらしい。

 これならゴジラやガメラとかの怪獣映画は鉄板だろう。ウルトラマンだっていけるかもしれない。

 

 いやぁ、切歌やエルでもいいんだけど、出来れば同性の方がこういう話はし易い。

 緒川さんもとりあえずは漫画から様子を見て、もし可能ならアニマスやデレアニを進めて……。

 

「な、何だか意外な感じで距離を詰めてるな……」

「当然でしょ? 人間嫌いのヴェイグと親しげに話せるのよ?」

「……納得」

 

 後ろから聞こえた会話に俺はちょっと物申したくなったので振り返る。

 すると藤尭さんと友里さんが軽く驚くのが見えた。

 

「あの、一つだけ訂正させてください。今のヴェイグは人間嫌いじゃありません。自己中心的な人間が嫌いなだけなんです」

 

 あの日々でヴェイグは俺達と関わってその認識を変えてくれた。

 人間全てが悪い訳じゃない。人間の中にも優しくていい奴はいると、そう思い直してくれたんだ。

 

「それに、そもそもヴェイグを人間嫌いに、人間不信にしたのは俺達人類です。ヴェイグだって最初から人間を嫌ってた訳じゃありません。あいつは、最初は人間が好きだったんですから」

 

 無邪気な頃のヴェイグはそうだった。それが以前のような考えになったのは、人間の身勝手で酷い振る舞いを見て、それによって仲間を失ってしまったからだ。

 

「只野君、それぐらいにしてやってくれ。彼女も悪気があった訳じゃない」

「分かってます。それに怒ってる訳じゃありません。ただ、ヴェイグの事を誤解したままでいて欲しくなかったんです。友里さんも、響達と同じで優しい人ですから」

 

 あったかいものを渡す相手に合わせて味の調整するなんて、本当に相手の事を思って動ける人じゃないと出来ない事だ。

 だからこそ、そんな優しい人にヴェイグをただの人間嫌いと思っていて欲しくないと思った。

 今のヴェイグなら、友里さん達とも笑顔で話してくれるだろうからと。

 

「友里さん、今のヴェイグは人間だからって理由だけで相手を判断しませんから。一度話してみてください。あと、あいつは甘いコーヒーが、いや市販されてるようなコーヒー牛乳みたいなのが好きなんです。もし良かったら、あいつへはそういう感じのあったかいもの、出してやってください」

「そうなんですね。ええ、分かりました。甘めのあったかいものを渡して話しかけてみます」

「甘いカフェオレみたいなのが好きなのか。じゃ、コーヒーゼリーとかはどうなんだろう?」

「あ~、それは俺は知らないです。でも、苦いのは好きじゃないみたいなので、出来ればコーヒーロールとかの方がいいかも」

「成程なぁ。よし、今度来た時に御馳走してやるか」

 

 良かった。これならヴェイグももっとここの人達と仲良くなれるだろう。

 それに藤尭さんの料理スキルは凄いらしいから、これはヴェイグが藤尭さんに懐く可能性が出て来たな。

 

 さて、じゃそろそろクリス達の方へ行きますかね。

 みんなも俺に来いと呼んでるしな。

 

 

 

 クリス先輩のそーこー会が終わった後、アタシ達はししょー達と一緒に本部の外へ出ました。

 なんと、今夜はみんなでお泊り会なので、その買い出しも兼ねたお散歩デス。

 お泊りの場所はししょーのお家デス。二階の部屋全部を使えばアタシ達全員で寝られます。それなら構わないって司令が許可を出してくれました。

 

 ただ、ししょーはちょっと嫌がってましたけど。

 

「ししょー、どうしてお泊り会は嫌デスか?」

「むしろここで嬉々として頷く方がどうかって話だよ。俺、あっちでもみんなと一つ屋根の下は旅行の時しかなかっただろ?」

「響達とはあったじゃないですか」

「それは事情があったし、初日なんてタオルで腕を縛ってもらったんだぞ、俺」

 

 それは初耳デス。

 みんなが響さんとクリス先輩へ目を向けると、二人は苦笑しながら頷きました。どうやら本当らしいデスね。

 

「でもさ、そう言いつつもこうやって付き合ってくれてる辺り仁志先輩も嫌じゃないんだろ?」

「本当に嫌ならとっくに帰ってるよ。それに、まぁ、またこうやってみんな揃って過ごせる機会は当分ないからさ」

 

 そう言ってししょーがクリス先輩を見ました。

 クリス先輩はそんなししょーに何故か恥ずかしそうに頬をかきました。

 これ、照れてるんデスかね? でも照れる理由に心当たりがないデス。

 

「お兄ちゃんもお仕事あるしね」

「そうそう。あと丁度いいからみんなに教えておくよ。車を買ったんだ」

「ま、マジデスかっ!?」

「切ちゃん、声大きい」

「ご、ごめんなさいデス」

 

 で、でもししょーが車を買ったなんて驚きデス!

 一体どんな車デスかね? 前にあのお家で見てたカタログに載ってた中にあるとは思うデスが……。

 

「本当に買ったのね」

「ああ。みんなの動画が残ってくれたおかげだよ」

「動画収入込みでローンを組んだのかよ?」

「そういう事。じゃないとコンビニ店長が新車の中型車なんて買えないよ」

 

 だけどそう言うししょーはどこか楽しそうに笑ってました。

 買った車は海や旅行に行った時のような車だそうデス。

 最大で十四人まで乗れる車らしくて、完全にあのレンタカーと同じデスし。

 

 そこから話題は当然デスがししょーの買った車になりました。

 キャロルも興味があるのか色々聞いてたのには驚いたデスけど。

 

 ししょーは、出来ればみんなで温泉に行きたいって言いました。

 あのプールと違って一緒に入る事は出来なくても、雪が降り積もる中でお風呂に入って雪明かりってもので星を見るって事がしたいって。

 

「雪明りの中、露天風呂で星空を……か。いいじゃん。風情ばっちり」

「ふふっ、そうだね。仁志さんとしてはそこに熱燗?」

「そうそう。まぁ飲みはしないだろうけどロケーションとしては最高だよな。いかにも冬の露天風呂って感じで」

 

 あつかんって何デスかね? 飲まないって事は飲み物デスけど……あったかい物なんデスかね、やっぱり。

 

「こっちでなら部屋付きで利用出来るわよ?」

 

 マリアがそう笑って言うとししょーも笑顔で首を横に振りました。

 

「いや、気持ちは嬉しいけどそれじゃダメだよ。俺はね、君達全員が何の肩書もなくいられる場所で過ごさせたいんだ」

 

 その言葉にみんなが笑顔になりました。

 ホントにししょーは変わらないデス。アタシ達を装者じゃなくて女の子って扱いたいって事デスし。

 

「周囲に気を配らないと面倒な事になるなんて、たまの旅行や休みぐらい解放されたいだろ?」

 

 ししょーの言葉はマリアや翼さん、奏さんへ向けられてるって分かりました。

 だって、その三人が嬉しそうに笑ってたデスから。

 

 その後はコンビニへ入って飲み物を買う事に。

 ただ、ししょーはやっぱりコンビニ店長さんだからか時々目付きが違ってて、店長さんモードのししょーの目はちょっとカッコ良かったデス。

 

 十人以上もいるから荷物も結構な量になったデスけど、ししょーと奏さんが持つだけで十分な感じデス。

 というか、ししょーの近くにずっとエルがいる辺りが微笑ましいデスなぁ。

 それと、こっそりそんなエルの近くにいるキャロルもデス。ししょーに甘えたいならそう言えばいいのに出来ない辺り、クリス先輩みたいデスね。

 

「あっ、そうだ。エル、出来ればでいいんだけど」

「何ですか?」

 

 本部に戻るなりししょーが横のエルへそう話を振りました。

 当然デスが、エル以外もそれに興味を見せます。アタシも、デスけど。

 

「このゲートリンクの通信機能だけ持った奴、作れないかな? 出来れば二つ」

「可能ですが、どうしてですか?」

「その、今後もこういう形で俺がこっちや奏の世界やセレナの世界に行く事もあるかもしれないだろ? その時、父さんや母さんに何かあっても分かるようにしたいんだ。勿論必要がなくなったら返却するよ」

 

 そう言ってししょーはエルの目線へ自分の目線を合わせるようにしゃがみました。

 

「どうかな?」

「分かりました。司令へ相談します」

「うん、お願いするな。でも、ダメだって言われたらいいよ。正直俺にこれがもらえただけでもありがたいって思ってるんだしな」

 

 ししょーは手首にあるゲートリンクをそっと撫でました。

 アタシからすれば当然の権利だと思うデスが、やっぱりししょーは違うんデスね。

 悪意との戦いは、ししょーじゃなかったら勝てたかどうか分かりません。ツインドライブや色んなヒーローの知識があったからこそ、アタシ達は悪意と最後まで戦い抜けたんデス。

 

「そんな事は……」

「いや、客観的に見れば俺の両親へのゲートリンクは必要ないんだよ。あの世界との接点は俺で十分な訳だし、おそらくだけど今後も俺の世界にノイズやら錬金術師が出てくる事は有り得ない。可能性があるとすれば、それこそ時空を超えた侵略者とかでウルトラマンのレベルだ。もうシンフォギアでどうこうのレベルを超えるはずだよ」

 

 さらっと笑うししょーデスが、それぐらい有り得ないって思ってるって事デスか。

 でも、今回の事を考えるとちょっと笑えないデス。

 

「ちょっと仁志、止めて。悪意の事があったんだから笑えない話よ、それ。悪意は、ある意味で不滅なんだし」

「だからだっての。たしかに人間が自分勝手に生きる限り、第二第三の悪意は生まれるはずだ。けど、それが俺の世界へ侵攻するのはもう止めるはずだって」

「ど、どうしてですか?」

「簡単だよ。もしまた悪意が生まれたなら、下手に俺の世界へ手を出すと余計な力が邪魔をするって分かったはずだ。なら、触らぬ神に祟りなしって事で無視を決め込むだろう。何せ依り代は今もまだ残ってるんだし」

 

 納得デス。たしかに下手にししょーの世界へ手を出すと、また依り代が色々力を貸してくれそうデスよ。

 

「こいつが今も依り代状態なのはそういう事なんだと思う。そしてこいつがただのスマホに戻った時こそ、本当の平和が訪れた時かもしれない」

 

 その瞬間、ししょーの手の中にある依り代が淡く光った気がしました。

 まるでししょーの言う通りだって言うみたいにデス。

 じゃあ、やっぱりまだ悪意が復活する可能性はあるって事デスか。

 ししょーの言う通り、アタシ達が好き勝手して生きていると悪意は復活する可能性が高いデス。

 ウルトラマンで言うならヤプールデス。ライダーで言うならショッカーデス。戦隊で言うなら……黒十字そーとーデス。

 

 人の心の闇がある限り、悪い奴は必ず出てきてしまうんデス。

 

「だからこそ、アタシ達は心の光を無くさずに生きていかないとデスねっ!」

「ああ、そうだよ。始まりは小さな光でも、それがいつか繋がり合って大きな光になるんだ。可能性という輝きが希望と言う名の光となって、きっと必ず笑顔の明日を創るんだから」

 

 ししょーの言葉はまるでヒーローみたいデス。

 今もどこかでヒーロー達が平和のために戦ってるはずデス。

 だからアタシ達も、ギアをみんなの笑顔のために使っていきたいデスね。

 

「あるライダーのゲームでこういう台詞がある。人々の賞賛を浴びる事のない戦い。それでもいいと。そしてある戦隊はこう悪へ告げる。人も知らず世も知らず、影となりて悪を討つ。ヒーローとは、もしかすると本来そういう生き方なのかもしれない。本当に強く優しい心じゃないと続けていけない生き方、それがヒーローなんだと思う」

 

 思わず胸を押さえました。何て、何て辛く苦しい言葉デスか。

 誰にも知られず、感謝も何も言われる事無く、それでもみんなのためにって戦い続けるんデスから。

 やっぱりヒーロー達はスゴイデス。カッコイイデス!

 

 だけど、やっぱりちょっぴり悲しいデスよぉ。

 

「だからこそ、みんなはヒーローでいないでくれ。それらしくあるのはいいけど、そのままであるのだけは止めて欲しい。仲間と支え合い、友人と笑い合い、決して孤独にならないで欲しい。まぁ、みんなの場合はそこまで心配してないけどさ」

「そうだね。何せ今は仁志先輩がいるし」

「そうだな。タダノがいる」

 

 セレナの腕の中でヴェイグがそう言って笑いました。

 今回の事があるまではセレナぐらいしか友達じゃなかったヴェイグも、今やエルやししょーと仲良しデスし、アタシ達とも友達になってくれました。

 そうデス。孤独じゃないデス。たった一人に見えても、その背中を多くの人達が支えているってアタシは沢山のヒーロー物で学びました。

 

 一緒に肩を並べるだけが戦いじゃない。信じて待つ事も戦いデス。

 アタシ達で言えば司令達がそれデス。だからししょーはアタシ達を戦隊ヒーローみたいだって言ってたんデスし。

 

「なら俺にもみんながいる。例えもう会えなくなったとしても、心は繋がってる。俺はもう二度と生きるのを諦めないよ。この胸に、この心に、みんなとの時間が、思い出が、笑顔が、焼き付いてるからね」

 

 そう優しい顔で言い切ってししょーは歩き出して、少ししてから振り返りました。

 

「なんて、ちょっとヒーローかぶれが過ぎるか」

「いえ、そんな事ないです。仁志さんは、私達のヒーローですから」

 

 響さんのその言葉にアタシは頷きました。

 ししょーはあの世界でアタシ達を支えるために一生懸命でした。

 たった一人でアタシ達が暮らしていけるように頭を使って、お金も使ってくれました。

 それだけじゃなく、みんなが一緒になって楽しんだり出来る時間を作ってくれましたし、もっと仲良くなれるように色々してもくれました。

 

 ……アタシ達の笑顔のために、いつだってししょーは全力でした。

 今思うと、ししょーはみんなのお父さんやお兄ちゃんみたいでしたね。

 

 響さんの言葉に照れながらししょーは頬をかきました。

 でも、そのすぐ後に……

 

――なら、みんなが俺の支えだよ。

 

 って、そう言って歩き出しました。

 

 支え、デスか。だけどそれならししょーもアタシの支えデス。

 支え合いの関係デスかね。うん、アタシ達にピッタリデス!

 

「あっ、仁志さん! ここからギャラルホルンの場所までの道知らないのに先行かないでくださいっ!」

「ああ、そうだった。いや、やっぱり最後にオチが付く辺り、俺はヒーローにはなれないなぁ」

 

 そうやって苦笑するししょーデスけど、そんなししょーだからみんなこうしていられるって思うデスよ。

 ししょーはアタシ達へエッチな事をしようとしませんでした。

 いつだって頑張って悪意にアタシ達が利用されないようにしてました。

 

 それがなくなった今だから、ししょーもエッチな事、少ししてくれるようになりました。

 大人のキス、アタシ大好きデス。ししょーとペロペロ舌を絡ませるの、くすぐったいけど嬉しくなるデス。

 

 お腹の下、少しデスけどキュンキュンするのも、大好きデス。

 

「じゃ、団体様ごあんな~い」

 

 司令達に一応挨拶して上位世界へ出発デス!

 ししょーがどこか笑いながらコンビニで買った物が入った袋を片手にギャラルホルンへ入っていきます。

 

 それにしてもいつの間にかししょーと司令が仲良しさんな感じでした。

 緒川さんとも何か話してたデスし、気になるデスね。

 

 そうこうしてるとあっという間に裂け目へ到着デス。

 ゲートをくぐればお久しぶりのししょーのお家デス。

 

「うわっ、たったあれだけしか過ごしてないのにもうこっちも夜になってる……」

 

 そう言ってししょーが時計を見て苦い顔をしてました。

 えっと、やっぱり時間が大きくずれたんデスかね?

 

「もしかすると、今回は俺達に合わせたのかもしれないぞ」

 

 その言葉にししょーだけじゃなくてアタシ達も顔を動かしました。

 

「キャロル、どういう意味?」

「過去のデータから推測すると、ここのゲートは来訪者によって時間をその時々に合わせて処理しているように思う。今回、その男は休みを取っている。だからもう夜になっていた俺達の時間帯へ合わせてここへの到着時刻を調整したのかもしれん」

「あ~……成程なぁ。となると、依り代がある事がその発動条件かもしれないな」

 

 そこでししょーは荷物へ目を向けてからこっちを見ました。

 

「とりあえず、まずは宿泊の準備をお願い出来るか?」

「ならあたしは翼と二階へ上がって布団を敷いてくるよ」

「あっ、なら私も手伝います」

「未来が行くなら私も行きまーす」

「なら風呂は俺が引き受けた。マリアと調は買った飲み物とかの事よろしく」

「ええ、引き受けたわ」

「任せて」

 

 な、何だか知らない間にししょー達が動き出してます。

 で、エル達は見慣れない物の中へ足や手を入れてくつろいでますし。

 

「これがこたつか……」

「はい、どうですかヴェイグさん」

「あったかくていいな。セレナはどうだ?」

「とってもあったかくて寝ちゃいそうです……」

「寝るな。寝ると風邪を引くぞ」

 

 こたつ、デスか。噂には聞いてますデスよ。

 一度入ったら二度と出れなくなる悪魔の発明らしいデス。

 

 ……でも、ヴェイグが猫や犬みたいにセレナの横でクッションを枕にしてるのは可愛いデスね。

 

「あっ! ししょー!」

「へ? どうかした?」

 

 お風呂場へ行こうとするししょーを慌てて呼び止めます。

 えへっ、実は今良い事を思い付いたデスよ。

 

「キャロルもいるデスし、ここは大きなお風呂に行くのはどうデス?」

「あ~……そういう事ね。別にいいんだけど、この時期は帰り道寒いぞ?」

「デデッ!? そ、そうでした……」

 

 ししょーの世界は冬まっただ中デス。せっかくお風呂であったまっても冷めちゃうデスかぁ……。

 

「いや、待てよ……。ここはあそこへ行くか。やっとあいつを活躍させられる機会だし」

 

 およ? 何だか風向きが変わったデスね……?

 

 そこからししょーはマリア達に意見を聞き始めて、最終的にはみんなから多数決を取った結果、見事スーパー銭湯に行く事が決定したのデス!

 

 なのに何故かししょーはお家の鍵をマリアに預けると、アタシ達にお家で待ってるように言って外へ出ていきました。

 

 で、しばらく待ってるとエルのゲートリンクにししょーから通信が入りました。

 

『あー、聞こえてる? 悪いんだけど全員外へ出てくれるか? 出来るだけ早く頼む』

 

 一体どういう事デスかね?

 そんな会話をみんなでしながら外へ出ると、そこには一台の車がありました。

 海や旅行に行った時に使った車そっくりデス。

 

「さぁ、早く乗った乗った」

 

 運転席からししょーが顔を出してるので、どうやらレンタカーを借りてきてくれたみたいデス。

 

 あれ? でもここからあのお店までもっと時間かかるはずデスよね?

 そんな事を思いながら車に乗り込むと、後から乗ったセレナが運転席へ近付いていくのが見えました。

 

「お兄ちゃん! これが買った車なんだねっ!」

「「「「「「「「え(な)っ!?」」」」」」」」

「そうなのか。だから普段よりも早かったんだな」

「俺には色々よく分からんが、そこまで驚く事なのか?」

 

 まさかの発言にアタシ達がビックリしてるとヴェイグとキャロルは事のじゅーだいさが分かってないみたいでのほほんとそう言いました。

 そこでマリアが最後に乗ってきて助手席のドアを閉めるなり、アタシ達を見てため息を吐きました。

 

「とりあえずみんな座ってシートベルトして。セレナもよ」

「そうしてくれると助かるよ。路上は出来るだけ早めに動かないと邪魔になるしさ」

 

 そう言われてアタシ達は慌ててそれぞれ座席に座りました。

 シートベルトを締めながらアタシはあの頃の事を思い出します。

 ししょーが車のカタログをもらってきて、アタシ達あの家のみんなで眺めてあれこれ言ってた事を。

 

 あの家から歩いて少しした場所に駐車場があって、エルとセレナはヴェイグとそこへ行ったって教えてもらいました。

 

「兄様、どこへ向かうんですか?」

 

 ゆっくりと車が動き出すとエルがそうししょーへ質問しました。

 アタシも気になってたのでししょーの答えに耳をかたむけます。

 

「うーん、何と言えばいいのか難しいなぁ。まぁスパリゾートって表現を使ってたはずだからそれが一番かな? で、そこは午後から入浴料が半額になるんだよ」

「ここから遠いんですか?」

「車なら30分もあれば着く。とにかく楽しみにしてて」

 

 ししょーがそう言うならきっと楽しい場所のはずデス。

 それにしても車まで手に入れちゃったデスか。ししょー、本当にこうと決めたら本気でやっちゃうんデスね。

 

「切ちゃん、楽しみだね」

「デスね!」

 

 何よりもみんなでお出かけって言うのが嬉しいデスよ。

 しかも今回はキャロルまでいるデスし、ワクワクが止まらないデス。

 

 こうやってみんなでいると、あの頃を思い出します。

 楽しくて、あったかくて、毎日が幸せだった、あの頃を……。

 

 やっぱり、アタシはここでみんなと暮らしたいデス。

 ししょー、こんな気持ちはダメデスか? 装者失格デスか?

 そう思いながらアタシは運転席のししょーを見つめ続けました。

 

 寝る前にししょーに聞いてみるデス。

 アタシの弱い気持ちを、ししょーのあったかさで強い気持ちへ変えてもらうために……。

 

 

 

 駐車場へ車を止め、響達は初めて訪れた場所を見上げる。

 目的地である施設の隣には立派なホテルがあった。

 

「ホテルと隣接してるようだな」

「ああ。多分大浴場を兼ねてるんじゃねーか?」

「そういう事。さて、中へ入ろうか」

「エル、キャロル、レッツゴーデス!」

「はいっ!」

「急かすな」

 

 小走りで建物の入口へと向かう切歌とエルフナイン。キャロルは急ぎこそしないものの、その後をしっかりとついて歩く。

 

「ふふっ、キャロルもちゃんとついていくんですね」

「うん、普段からエルと仲良くしてるからね」

「セレナ、俺はしばらく隠れる。ここは人が多いからな」

「あっ、分かりました。でも、必ず体は洗ってもらいますからね?」

「……分かってる」

 

 最後に若干嫌そうに返してヴェイグはセレナの中へと消える。

 その言い方に苦笑しながらセレナと調も建物の入口へと向かう。

 

「凄い車の数だねぇ。これ、絶対あのスーパー銭湯よりも人がいるよ」

「当たり前だよ。奏、ここはホテルを利用してる人達も使うんだからね?」

「こりゃヴェイグは下手したら風呂に入れないかもしれねーな」

「最悪体を洗ってあげるだけで終わるわ。何とか隙を見つけて浸からせてあげたいけど……」

「仁志さん、何とかならないかな?」

「う~ん……洗い場は多分いけると思うけど……」

 

 翼の問いかけに仁志は難しい顔をしながら歩く。

 と、その顔が何かを思い付いたようなものへ変わった。

 

「露天風呂ならもしかしたらいけるかも。この時期は寒いし、つぼ湯もあったはずだから」

「「「「「「つぼ湯?」」」」」」

「ああ、壺を湯船にしているお風呂があるんだ。それはいくつかあるからヴェイグも入れるかもしれない。っと、ごめん。先に行く」

 

 そう言って仁志は少し急ぎ気味に動き出した。

 エルフナインが早く来て欲しいと言うように手を振っていたからである。

 

「……完全に父親を呼ぶ娘じゃねーか」

「うん、そうだね。エルちゃん、仁志さんといると完全に子供モードだ」

「クスッ、見て。キャロルが只野さんに文句言ってるよ、あれ」

「あれも完全に娘、だな」

「ホントだよ。仁志先輩、すっかり二児の父親だね」

「ただ、片方は反抗期みたいだけどね」

 

 マリアの表現に響達は揃って苦笑する。

 実際キャロルの仁志への対応は反抗期のそれに似ていたのだ。

 こうして仁志達はラッコがイメージキャラクターのスパ施設へと入っていく。

 受付を仁志が済ませ、彼からそれぞれタオルや館内着などが入ったバッグとロッカーキーを受け取り、まずは入浴してから施設内を見て回る事になったのだ。

 

「じゃ、俺は風呂から上がったら休憩所にいるから」

「ええ。じゃあ私達もそうするわ」

 

 女性陣代表であるマリアへ待ち合わせの場所を伝え、仁志は一人男湯へと向かう。

 

 一方先んじて脱衣所へ入った響達はと言うと……

 

「あっ、未来、クリスちゃん、ここじゃない?」

「……そうだね。この並びにあるはず」

「だな」

 

 ロッカーキーの番号案内を頼りに動く響、未来、クリスの仲良しトリオ。

 それぞれ目当ての番号を見つけ、鍵を開けてロッカーの中へまずはバッグを置いた。

 

「いやぁ、何だかワクワクしてきた」

「違いねぇ。想像よりも規模がでかいしな」

「お客さんの数もあそことは違い過ぎるもんね」

「っと……その分お風呂の数も多いみたいだし、楽しみしかないよ」

「露天風呂もあるって話だし、風邪引かないようにしっかり内風呂であったまってから入れよ?」

「勿論っ!」

「入る事は確定なんだ……」

 

 上機嫌で会話しながら服を脱いでいく響達。

 どうしても上位世界へ来るとあの頃の感覚へと戻ってしまうためである。呼び出しも訓練もない頃の気持ちへと。

 

 同じようにテンション高く服を脱いでいるのが切歌であった。

 

「フンフンフ~ン……ああ、楽しみデスよ。どんなお風呂があるデスかね~」

「切ちゃん、楽しみにするのはいいけどあまりはしゃぎ過ぎないでね?」

「大丈夫デスよ。アタシもそこまで子供じゃないデス。えへへ、エルやキャロルと一緒に全種類せーはするデスよ」

「……十分子供」

「ん? 何か言ったデスか?」

「ううん、何でもない」

 

 ザババコンビが会話している後ろでは、翼と奏が服を脱ぎ終わってロッカーの鍵を閉めていた。

 

「これでよしっと。翼、そっちは?」

「こっちも大丈夫だよ」

「じゃ、行こうか」

「うん」

 

 それぞれに違った魅力を放つツヴァイウィングに小さな女の子が見惚れるように動きを止めて見上げる。

 そして母親だろう女性の傍へと駆け寄ると、純真な眼差しでこう尋ねて母親を困らせるのだ。

 

――おかあさん、どうやったらあのおねえちゃんたちみたいになれる?

 

 ちなみにそれに対して母親は、好き嫌いせずご飯を食べていればなれると返し、十年後娘から嘘つきと文句を言われる事となる。

 

 その母娘の近くでは、マリア達(表向き)四姉妹も手首へロッカーキーを着けてタオルを片手に浴場へと向かって動き出していた。

 余談ではあるがヴェイグも一度姿を見せて服を脱いでいて、その服はセレナのロッカーの中に入っている。

 

「エルはセレナと一緒に行動してね」

「はい」

「キャロルは出来るだけ一人で行動しないでくれる?」

「分かっている」

「セレナ、エル達の事、出来るだけ見てあげて」

「うん、任せて姉さん」

 

 傍から見れば外国人然としている四人だが、その会話が綺麗な日本語であるために周囲には意外な印象を与えていた。

 セレナがエルフナインと手を繋ぎ、キャロルはそれを横目にしながら歩く。が、その小さな手をそっとマリアが掴んだ。

 

「何だ?」

「周囲の目を意識して」

「……そういう事か」

 

 自分の外見ではまだまだ一人で行動させるのは不安が残ると周囲は思う。

 そうキャロルは判断し、多少不服ではあるがマリアと手を繋いで浴場へと足を踏み入れる事にした。

 

「「「わぁ(ほぉ)……」」」

「あら、中々いいじゃない」

 

 キャロル以外は以前訪れた事のある場所にどこか似てるだろうと予想していたため、所謂旅館などの大浴場のように風情を演出してある事に驚いたのだ。

 そしてキャロルは初めて触れる日本の風呂文化に感心していた。

 

 四人はまず洗い場へと向かい、そこで切歌や調、奏と翼と期せずして合流する事となる。

 

「えっと……姉さん、大丈夫です」

「俺とエルが両隣だ。心配いらん」

「うん、分かった」

 

 幸いにして洗い場は元々後方からしか見えない作りになっており、しかもセレナの両隣をエルフナインとキャロルが取ったため覗き込むような心配もなくなった。

 そうなれば後は余程がない限り見られる心配はない。こうしてヴェイグがセレナの腕の中へ現れる。

 

「さっ、体洗いますね」

「ああ、分かった。手早く頼む」

「ダメです。しっかり洗わないと」

 

 手に備え付けのボディソープを出して泡立てるセレナ。

 それを鏡で見ながらがっくりと項垂れるヴェイグと、そんな彼を横目で見て小さく微笑むエルフナインとキャロル。

 そこを抜き取れば完全に仲良し三姉妹と言うしかない光景だ。

 

「「む~……」」

「な、何? 二人して私の事をジロジロと見て」

 

 体を洗い終えた切歌と調はこれから体を洗おうとしているマリアの肢体を舐めるように見つめていた。

 しかも、その眼差しにはどこか嫉妬や羨望が混じっている。そう、二人は感じていたのだ。マリアが以前よりも綺麗になったと。

 

「何だかマリアのお肌が前よりもツヤツヤしてる気がするデスよ」

「うん。以前にも増して珠の肌」

「あ、ありがとう」

「「どうやったらそうなるの(デス)?」」

「え? そ、そうね……」

 

 そこでマリアの脳裏に浮かぶのは、仁志と二人きりでの夜の時間。

 しっかりと自分の裸体を見せつけ、また彼の裸体をしっかりと見た大人の時間だった。

 

「…………異性の目を意識する、かしら」

 

 若干頬を赤めながらそう答え、マリアは入念に体を磨く様に洗い始める。

 まるで誰かに見せたいから磨く様に。

 そんな彼女に切歌と調は直感で察したのだ。何か仁志とあったのだろうと。

 

 こそこそと洗い場を離れて動き出すザババコンビとは対照的に、のんびりと体の泡を落としているのは翼と奏だ。

 

「思った以上に家族で来てるんだね、ここ」

「うん、そうだね。子供の声や姿が多いよ」

「……いいもんだよね、ああいうの」

「本当に。私も子供が欲しくなるなぁ」

「子供かぁ。あたしには縁のない話だって、そう思ってたんだけど……」

 

 泡を全て流し終えた奏はそっと自身の腹部を触った。

 

「やっぱさ、変わるもんだよね、人間」

「変わるよ。一つの出会いで私達は大きな変化を起こしたじゃない」

「たった一つの出会い、か。うん、そうだ。翼達との出会いもそうだった」

 

 噛み締めるようにそう告げると奏はゆっくりと立ち上がった。

 翼もそれに呼応するように立ち上がる。

 

「さてと、じゃあ風呂に入るとしますか」

「そうだね。どれから入る?」

「パッと見ただけでも色々あったもんなぁ……」

 

 互いに笑みを浮かべながら歩き出す二人。

 それはこの世界では当たり前となったツーショットだ。

 

 そして残る響達三人は洗い場を離れて内風呂で体を温めた後……

 

「「「はぁ~……」」」

 

 露天風呂がある外のエリアへと向かい、そこにあった寝ながら湯に入れる、その名も“寝風呂”にて幸福感に浸っていたのだ。

 低周波マッサージも兼ねているため、三人は表情を緩ませながらぼんやりと空を見上げる。

 周囲が明るい事も手伝って夜空はそこまで綺麗ではなかったが、日常的な状況ではない事が三人の気分を旅行のそれへ変えていた。

 

「何だか軽い温泉旅行な気分だよ~……」

「だね~……」

「やっぱ空が見えるってのがでかいよなぁ~……」

 

 星などはあまり見えないが、それでも外で風呂に入るという行為は特別感があり、三人の少女はその疲れを湯の中に溶かしていた。

 

「クリスちゃん」

「ん?」

「向こうに行っても私達の事、忘れないでね」

「……どうやって忘れろってんだよ、このバカ」

「むっ、クリスちゃん?」

 

 暗に名前で呼べという響の問いかけにクリスは一瞬ではあるがたじろく。

 だが、そこで傍にいるのが未来である事を思い出し、ある意味での覚悟が決まった。

 

「……忘れようとしても忘れられるか。響も、未来も、あたしの大事な、その、友達だ」

 

 既に二人きりでは名前で呼ぶようになっていた響と未来。

 ならば、この二人の前ではそうしようと、クリスが一歩踏み出した瞬間であった。

 

 勿論この後響がテンションを上げて大きな声を出したため、即座にクリスと未来によって注意と仕置きが行われた事を記す。

 

 

 

 風呂から最初に上がった切歌達年少組は渡された館内着に着替え、マリアから教えてもらった通り仁志が待っているだろう二階の休憩所へとやってきた。

 

「ほぇ~……すごいデスね」

「うん、全部の座席にモニターがある」

「兄様はどこでしょう?」

「えっと……同じ格好ばかりだから分かりにくいね」

「……あれじゃないか?」

 

 キャロルの指さした方へ全員の顔が動く。

 そこにはリクライニングシートを倒せるだけ倒し、脱力するように寝そべる仁志の姿があった。

 

「ししょー発見デス」

「周りの迷惑にならないように静かに近付こう」

「「「はい(分かっている)」」」

 

 ちなみにヴェイグはエルフナインの腕の中で黙っていた。

 ただ、少しだけ周囲の様子を見て回るように顔を動かしてはいたが。

 

「あ~……久々に足を伸ばして風呂に入ったなぁ」

 

 こそこそと自分へエルフナイン達が近付いてるとも知らず、仁志は今にも寝そうな顔でモニターを眺めていた。

 そこに映っているのはどこかの連続ドラマだ。ただ、彼はそれにまったく興味はなかった。

 何も考えず、ただ最初から流れていた映像を見ていただけである。

 

 と、そこで急に彼の視界が塞がれた。

 

「だ~れだ?」

 

 聞こえてきたのはセレナの声。

 だが仁志は気付いていた。セレナの手にしてはやや自分の視界を塞ぐ手は小さい事を。

 

「……声を出してるのはセレナで塞いでるのは、エル?」

 

 そう仁志が告げると後ろの方から数人の感嘆する声が聞こえた。

 それと共に視界が開けたので、仁志は体を起こして後ろを振り返る。

 

「おっ、みんな似合ってるじゃないか」

「えへへ、そうデスか?」

「これ、意外と可愛いです」

「うん、あと動きやすい」

 

 装者年少組の言葉に笑みを浮かべながら仁志は目を双子の姉妹へと向ける。

 

「兄様、どうでしょう?」

「お、おかしなところでもあるのか?」

「いや、エルもキャロルも似合ってるなぁってね。とても可愛いよ」

「えへへ、ありがとうございます」

「ふ、ふん。別に感想など求めていない……」

 

 嬉しそうに笑顔を見せるエルフナインと顔を背けるもどこか嬉しそうなキャロルの反応に、仁志はその笑みを深くすると財布を取り出して千円札を調へと差し出した。

 

「俺はここにいるから何か飲み物でも買っておいで。お釣りは返してくれるか?」

「うん、分かった。みんな、行こう」

「ししょー、ありがとデス」

「お兄ちゃんの分は?」

「俺はいいよ。一応風呂上りに飲んだから。エル、ちょっとヴェイグと話したい事があるんだ」

「分かりました。じゃあ兄様、ヴェイグさんをお願いします」

「あいよ」

 

 ヴェイグをエルフナインから受け取り、膝の上へ乗せる仁志。

 それを見てキャロルがやや呆れた顔を見せた。

 

「滑稽だな」

「かもな。でもいいよ。さっ、キャロルも見てくるといい。風呂上りの水分補給は大事だしね」

「お前は本当に来ないのか?」

「行きたい気持ちはあるけど、誰かが来た時に俺がここにいないと面倒だろ?」

「……それもそうだな」

 

 どこか残念そうに言葉を返してキャロルも切歌達を追うように休憩室から出て行く。

 それを見送る仁志へ膝上のヴェイグがボソッと呟いた。

 

「途中若干だが優しい匂いがしたぞ。キャロルもタダノと話すと嬉しいらしい」

「へぇ、それは良い事を聞いたよ。ありがとなヴェイグ」

「それで、一体何を話したいんだ?」

「ん? ああ、お湯に入れたのかなぁってね」

「そういう事か。ちゃんと入ったぞ。ただ乾かすのは大変だった」

 

 そうしてしばらく仁志がヴェイグと話していると、程なくして響達も休憩所へ到着。

 飲み物を買ってきたエル達もそこへ戻って全員揃った事を受け、仁志は施設内を見て回る事を提案した。

 勿論それに反対する者はなく、仁志達はぞろぞろと団体行動を取る事になった。

 

 シアタールームやカラオケルーム、マッサージにまんが図書館、卓球コーナーやタタミコーナーなどなど、色んな物が存在するそこは時間を潰そうと思えばいくらでも潰せる場所だった。

 

 まんが図書館では全員が見た事のない漫画を興味深そうに見つめ、卓球コーナーでは一部が対戦で盛り上がる中、残った者達はその応援で盛り上がる。

 自動販売機コーナーでは主に年少組が中心となって目を輝かせ、一階にあるオープンカフェやゲームコーナーなどを見た後、再度軽く汗を流して仁志達は帰宅の途に就く事に。

 

「よしっと、みんな乗ったか?」

「「はーい」」

「シートベルトは?」

「バッチリデス!」

「師匠、いつでも発進出来るよ」

「分かった。ならメインエンジン点火!」

 

 調の言い方で仁志が悪乗りを始め、それに響達は大なり小なり苦笑した。

 

「すぐにそういう事を始めるんだから……」

「いいじゃん。仁志先輩らしいよ」

「そうですね。只野さんらしいです」

 

 まるで妻のような雰囲気で苦笑する三人。

 すると、突然響が手を勢いよく伸ばした。

 

「仁志さん! 出来れば何か食べて帰りたいですっ!」

「お前な……」

「立花らしい、と言いたいところだが、私も軽く小腹が空いたな」

「先輩まで……」

「ふふっ、そんな顔をするな。雪音はどうだ? ラーメンやうどんぐらいは食べられるのではないか?」

「そ、それは……」

 

 恥ずかしそうに顔を赤め、クリスは顔を背けた。

 壮行会は既に二時間近く前の事。

 そこで満腹になる程料理を食べた訳でもないため、クリスもラーメン一杯程度なら食べられる程には空腹感を持っていたのだ。

 

「よし、じゃあ意見を聞こう。何か軽く食べて帰りたい人、手を挙げて~」

「「「「「「はーい」」」」」」

 

 声を出しながら手を挙げたのは数人だが、挙手だけなら全員だった。

 そう、ヴェイグだけでなくキャロルまで赤い顔で小さく手を挙げていたのだ。

 

 それを見た仁志は嬉しそうに微笑むと、車をゆっくりと発進させる。

 

「じゃ、うどんにしよう。チェーン系列だけど中々美味しいところがあるんだ」

「うどんかぁ」

「アタシはきつねうどんにするデスよ。甘いお揚げがたまらないやつデス」

「じゃあ私は天ぷらうどんでもするか」

「おおっ、それもいいデスなぁ」

「兄様、うどんの種類ってどれだけあるんでしょうか?」

「そうだなぁ。基本はかけ、ざる、釜揚げにぶっかけで、レギュラーメニューはカレーや月見、天ぷらにキツネやタヌキってとこかな」

「きつねは分かりますがたぬきはどういう物が入るんですか?」

「天かす。要するに天ぷらを揚げた時に出る物だよ」

「なんでそれでたぬきなの?」

 

 思わぬ、ある意味では当然の疑問を投げかけるセレナに対し仁志は返す言葉に詰まった。彼もそこまでは詳しくなかったのだ。

 そうなればエルフナインがスマートフォンを駆使して情報を得ようとする。

 この上位世界での暮らしですっかり検索する事を覚えたエルフナインは、すぐに“たぬき”の由来を調べた。

 

「えっと、天かすは天ぷらの具を意味するたねがない物だからたね抜きと言っていたようです。で、それを入れるからたね抜きがたぬきとなっていった、と言うのが有力だそうです」

 

 述べられた情報に誰もが感心する中、キャロルは一人ずっと不思議そうに小首を捻っていた。

 

「キャロル、どうしたの?」

「……そもそもうどんとは何だ?」

 

 そこから始まるうどんを話題にした雑談会。

 何も知らないキャロル。そんな彼女へ響や切歌が中心となって説明とは名ばかりの、どのうどんが美味しいかを語る流れへとなっていったのだ。

 

「キャロルちゃん、最初は無難に天ぷらうどんをオススメするよ」

「ダメデス。ここはシンプルにきつねうどんを」

「シンプルならかけうどんじゃない?」

「兄様が前教えてくれたのは、うどんを一番美味しく食べるなら釜揚げだと」

「カレーうどん、オススメ」

「汁が跳ねない様に気を付けて食べないといけないけどね」

「待ちなって。キャロルも困るだろ。そんなに色々言われたらさ」

「実際困ってるぞ。正直言えば、きつねだのてんぷらだのかれーだのも分からん」

 

 後ろから聞こえてくるやり取りに笑みを浮かべたままハンドルを握る仁志。

 そんな彼を助手席に座って見つめているのはマリアだった。

 

「完全にキャロルも染まったわね」

「染まった?」

「ええ、この雰囲気に、よ」

「……違いない」

 

 揃って小さく笑みを浮かべる二人は、まさに夫婦と言った雰囲気だった。

 

 この後訪れたうどん店にて、キャロルは仁志にメニューを委ね、彼と一緒の釜揚げうどんをエルフナインと二人で食べる事になる。

 その食感や味にキャロルは首を傾げながらもきちんと食べ切り、更に響や切歌から天ぷらやきつねなどの味も少し味わい、興味を覚えたようにメニューを眺めるのだった……。

 

 

 

 車を駐車場へ止めに行った仁志さんに先んじて、みんなで仁志さんのお家へ入る。

 リビングもすっかり冷えてて暖房を入れながらエルちゃん達はこたつで温まり、私達はサンタギアを展開した。

 というか、カレンダーを見てこっちはもうすぐクリスマスなんだって気付いた。

 

「ただいまぁ」

 

 ある程度リビングが温かくなった辺りで仁志さんが戻ってきて、私達の姿を見てしばし硬直。

 

「えっと、仁志さん?」

「っああ、ごめん。こんな売り子いたら店のケーキ予約爆上がりだろうなぁって思っちゃって」

「「「「「「「「「「「「ケーキの売り子(うりこ)?」」」」」」」」」」」」

 

 そこで仁志さんは今のお店でやってる試みを教えてくれた。

 私やクリスちゃん、未来に調ちゃん、そして奏さんは何となくだけど懐かしく思うような話を。

 

 エルちゃん達はただクリスマスケーキって言葉に目を輝かせてた。

 そこで仁志さんが一枚のチラシを見せてくれた。

 それはお店で張り出してるケーキのチラシだった。

 

「うわぁ、美味しそう……」

「兄様、これはお店で作るんですか?」

「まさかまさか。出来上がった物を仕入れて売るんだよ」

「残念だなぁ。あたしがいたら一つは絶対売れたんだけど」

「あぁ、あの浪人生か。奏が辞めて一週間ぐらいで深夜では見なくなったよ」

 

 若干仁志さんが微妙な顔をした。

 で、何故かそれに奏さんが嬉しそうに笑った。

 

「クリスマス商戦ってものね」

「まぁそうとも言えるかな。ケーキとチキンだけだけどね」

 

 そう言って仁志さんは時計を見た。

 時刻はもう10時を過ぎてた。あっという間なんだなって思う。

 

「エル、一度本部へ連絡をしてくれないか? セレナ、奏もそれぞれの世界へ連絡を。もし時刻をこっちが根幹世界へ合わせたのなら、今はそっちと同調してるかもしれない」

「分かりました。姉さん」

「うん」

「さてさて、どうだろうね」

 

 結果、三人が通信して確認したら時刻が一致した。

 これには師匠達も驚いて、明日の朝になったらまた通信をする事になった。

 そこでも時刻が合うとすれば、今回はどうしてそうなったのかを考えないといけないからみたい。

 

 で、さすがにそろそろエルちゃん達は寝た方がいいとなって、エルちゃん、キャロルちゃん、セレナちゃんが最初に歯磨きを始めた。

 仁志さんは一人二階へ上がって暖房をつけて、そのまま着替えてくるみたい。

 

「えへへ、ししょーサンタギアを気に入ってたデスね」

「うん、可愛いって言ってくれた」

「それにしてもクリスマスケーキ、か。あたしがこっちに来た時はまだ十一月だったんだけど」

「時間の流れ方がおかしいままです。このままじゃ、最悪只野さんだけ歳を重ねていく事に……」

「ああ、本気で勘弁だっての。ただでさえ歳が離れてんだ。逆なら構わねーけど……」

「私達が一つ年齢を重ねる間に、仁志さんが二つも三つも重ねるのは、嫌だな……」

「そう、ね……。本当に、それは嫌」

「せめて、せめて同じ場所にいられないなら、同じ時を生きたいです」

 

 私がそう言うとみんなが頷いた。

 だって、好きな人と同じ世界にいられないどころか同じ時間さえも生きられないって辛いよ……。

 

「なぁ、もしかして時間が一致したのは、タダノも入れた全員が揃ってるからじゃないのか?」

 

 そんな時、ヴェイグさんが言った言葉に私達は顔を上げた。

 どういう事って意味じゃなく、そうかもしれないって思って。

 

「依り代と、その欠片を持ってる人間が全員揃った。だから時間のズレがなくなったって事は考えられないか?」

「ヴェイグ、いい着眼点だよ。その可能性は十分ありえる」

「ええ。この事はまた明日にでも話しましょう。さすがに今夜はもう、ね」

「時間も時間だし、エルやセレナも眠くなってくる頃だろうな。キャロルは……どうだろうか?」

「意外とあいつも眠いかもしれねーぞ、先輩。色々と見慣れない物や知らない場所に触れたからな。疲れてるだろ」

「私達だって結構疲れてるしね。あそこ、色んなお風呂あって楽しかったし」

「デスデス。正直マンガはゆっくり読んでいたかったデスよぉ」

「あれが無料で読み放題。ネカフェとは違う意味でお得」

「お風呂も入り放題だし、休憩所や映画もタダだもんね」

 

 至れり尽くせりってああいう事じゃないかなって思う。

 飲み物もお水で良ければタダだしね。

 

 ……なんて言ったらまたクリスちゃん辺りに呆れられそうなので黙っておこう。

 

 その後エルちゃん達が戻ってきたら、次は切歌ちゃんと調ちゃんが歯磨きに。

 そしてエルちゃん達はすぐにこたつの中へと入る。

 よっぽど気に入ったんだなぁ。キャロルちゃんまでトリコにするこたつ、恐るべし!

 

 切歌ちゃんと調ちゃんの次は私と未来。

 何て言うか、これも大家族か合宿みたいで楽しいって言うと……

 

「うーん……たしかに家族みたいかも。合宿とは……違うかな?」

「そうなんだ?」

「うん。合宿だとしたら、まずこんな時間まで起きてちゃダメって言われるから」

 

 成程、納得。さすが中学時代に陸上やってた未来は合宿ってものをよく知ってるや。

 

 歯を磨いてうがいをしたら翼さんと奏さんと交代するためにリビングへ。

 そこでは、マリアさんが眠そうなエルちゃんとセレナちゃんをこたつから出して、切歌ちゃんと調ちゃんに二階へ連れて行くように言ってて、お母さんみたいだなって思った。

 

「キャロル、ヴェイグをお願い出来る?」

「仕方ないな。おい、上へ行くぞ」

「いやだ……。おれはここでねる……」

 

 うわぁ、寝惚けたヴェイグさん、可愛い。

 クッションにうつ伏せになって、こたつからトロンとした表情で顔だけ出してるの、すっごく可愛い!

 

「風邪を引くぞ」

「……だいじょうぶだ」

「ちっ! 根拠のない事を言うな。ほら、掴まれ」

「ううっ……あったかさがにげる……」

 

 キャロルちゃんとヴェイグさんのやり取りはとっても心があったかくなる。

 あと、マリアさんが口元を隠して喜んでる。

 多分だけど、ヴェイグさんが可愛いからだろうなぁ。

 翼さんも小さな声で「可愛い……」って言ってるし、クリスちゃんさえも「あんなぬいぐるみ欲しい……」って呟いてるし。

 

 結局ヴェイグさんは、キャロルちゃんに少し強引にこたつから連れ出されて二階へと運ばれていったのでした。

 

 するとそれと入れ替わりに冬仕様になった寝間着の仁志さんが下りてきた。

 

「いやぁ、階段の寒さは凄いな。眠気マックスだったらしいはずのエルとセレナが揃って目を覚ましたぞ」

「そう」

「ああ。で、二人して布団へ入るなり即座に眠気全開へ戻ったけどな。しかも俺の布団に」

「は? 仁志のかよ?」

「そうそう。まぁ、俺が中に入って温まってたからなんだけど」

 

 そう言って楽しげに笑う仁志さんは本当にお父さんって感じ。

 だからかつられてこっちも笑っちゃう。

 だって想像出来たから。仁志さんのお布団に入って幸せそうに眠るエルちゃんとセレナちゃんが。

 

 ちなみにキャロルちゃんはヴェイグさんと一緒に奥の部屋に敷いたエルちゃん用の布団へ入ったらしい。

 そこでセレナちゃんも寝る事になってたから、エルちゃんと一緒に寝ちゃった事でキャロルちゃんはマリアさんが来るまで一人になる事が寂しいんだろうって、そう仁志さんは予想してた。

 

 切歌ちゃんと調ちゃんは仁志さんともう少しお話したいからって布団に座って待ってるみたい。

 

 なので私と未来も二階へと向かう。

 仁志さんが言ったように寒い中階段を上がって、寝室へ入ると一気に温かくなる。

 

「あっ、響さんと未来さんデス」

「聞いたかもしれないですけど、エルとセレナが師匠のお布団で寝ちゃったんです」

「……みたいだね」

 

 私と未来の視線の先には天使の寝顔をしたエルちゃんとセレナちゃんがいた。

 そうやって寄り添うように寝てると本当の姉妹みたいだ。

 

 起こさないように静かに私と未来は自分達の布団へ移動してその上に座る。

 

「そうだ……」

 

 ふとキャロルちゃんが気になって、私はそっと奥側の部屋を覗いて見た。

 すると、キャロルちゃんも既に寝てた。ヴェイグさんと一緒に寝てる姿は、まるでこっちにいた頃のエルちゃんみたいで笑みが零れちゃうぐらい可愛い。

 

「おっと、本当に寝てるね」

「うん、可愛い寝顔」

 

 そうしてると奏さんと翼さんもやってきて、後はマリアさんとクリスちゃん、そして仁志さんを待つだけに。

 

「何だか不思議だね。あの頃でもこういう事はなかったし」

「うん。だからこそ、こっちに来たって感じがするけど」

 

 そう未来が言うとみんなが頷いた。

 たしかにみんなで集まった事は何度もあるし、お泊りだってあの旅行でしてる。

 けど、パジャマで全員集合って実は初めてかもしれない。

 

 その内マリアさんとクリスちゃんも上がってきて、残るは仁志さんだけ。

 その待つ間、エルちゃんとセレナちゃんを起こさないようにみんな黙ってた。

 二人の寝顔を見つめて、ただただ笑顔を浮かべてたんだ。

 

「っと、お待たせ、でいいのか?」

 

 遂に仁志さんが来た事で全員勢揃い。ただ、エルちゃん達はもう寝てるけど。

 

「う~ん、何だか俺の場違い感が凄いな」

「そうですか?」

 

 私達の事を見て仁志さんが苦笑する。

 一体どこが場違いなんだろう?

 

「仲良し女子の集いに男が紛れ込んだ感がどうしても、ね」

「まぁ、それはある意味間違ってないんじゃない? なっ、マリア」

「ふふっ、かもしれないわ。実際、仁志と出会う前はそうだったもの」

「知ってる。それが、どうしてこうなれたのか自分でも不思議だよ」

「それは只野さんが只野さんだったから、としか言えないかも。ねっ、響?」

「うん、そうだね。仁志さんがエッチな人だったらこうはなれてないです」

 

 心からそう思う。この人は私と出会った時、真っ先に私の事を思って色々話をしてくれた人だ。

 騙すとか嘘を教えようとかせず、ただ素直に私が危なくならないように心配してくれた人だ。

 

 そして、それを私以外のみんなにもして、出来るだけ笑っていて欲しいって言ってくれた人だ。

 

「あー、うん。自分の欲望に素直な生き方してたらそもそも依り代がなかったと思うよ。選ばれてないんじゃないかなぁ」

「自分よりも相手の事を心配出来る仁志だから選ばれたのかもな」

「デスよ。ししょーだから依り代も、星の声も選んでくれたデス」

「うん、きっとそう。師匠だから選ばれた」

「かな? もしそうなら嬉しいよ。これからも依り代に愛想尽かされない生き方をしないとな」

 

 そう言って仁志さんはそっと寝てるエルちゃんの頭を撫でた。

 その瞬間、嬉しそうにエルちゃんが笑って、みんな笑顔になる。

 

「あれ? そういえばキャロルとヴェイグは?」

「奥の部屋で寝てます。エルちゃんの布団です」

「そうなのか。じゃ、マリアの布団は空いてる?」

「当然空いてるけど……」

「じゃあ、布団を入れ替えてやろう。悪いけど誰かギアを展開してくれないか? 出来れば三人がいい。二人は俺の布団を移動させて、一人はマリアの布団をこっちへ運んでくれ」

 

 なのでマリアさん達ドライディーヴァがギアを展開して動き出した。

 翼さんと奏さんがエルちゃんとセレナちゃんが寝てる布団を持ち上げて、マリアさんが自分の布団を運んできたのを見て、二人がエルちゃんとセレナちゃんごと奥の部屋へ布団を移動させる。

 

 入れ替わるように仁志さんの布団があった場所にマリアさんの布団が来たところで、仁志さんが懐かしそうに笑った。

 

「何だろうなぁ。これもある意味俺の布団みたいなもんだったな」

「勝手な事言わないの。まぁ、たしかに私以外でこれを使ったのは貴方だけだけど……」

「ちょっとした冗談だって。っと、どうやら無事移動完了らしい」

 

 仁志さんにつられるように顔を奥の部屋へ向けると、翼さんが静かにふすまを閉めるところだった。

 きっと明かりや声でエルちゃん達が起きないようにって配慮だ。

 翼さんらしいって思って笑顔になる。きっといいお母さんになるだろうな、翼さんも。

 

「いや、いいもの見れたよ。四つの可愛い寝顔をさ」

「ああしていると本当に姉妹かと錯覚してしまうぐらい、エルもキャロルもセレナも愛らしい寝顔だった」

「そう。じゃあ、あとでこっそり見せてもらいましょ」

 

 ドライディーヴァのそういうやり取りは何だか新鮮かも。

 三者三様の良いお母さんグループって感じがするし。

 

「でも、ししょーはマリアの布団で寝るとして、マリアはどうするデス?」

 

 その瞬間、若干の間が空いた。

 

「セレナの布団で寝るわ」

 

 絶対嘘だって思った。きっとマリアさん以外の全員がそう思ったはず。

 

「仁志先輩、いっそあたしと翼と一緒に手前の部屋で寝ようよ」

「ダメだっての。それよりもここで寝かせた方が安心だ」

「えっと、安心も何もないだろ? そもそもそういう事出来ないし、この状況なら」

 

 仁志さんが不思議そうに首を傾げるけど私はそうは思わない。

 だって、その気になったら一階へ下りてお風呂場でエッチな事出来るもん。

 

「それよりもせっかくまたこうしてみんな揃ったんだ。なので何か今じゃないと話し合えない話をしよう」

 

 そう仁志さんが言ったら前に話した名乗りの話題を切歌ちゃんが出した。

 結局全員で名乗る事がなかった事を寂しく思ってたらしい。

 で、ならと仁志さんが全員での名乗り口上を考える事に。

 

「う~ん……人数がバラバラでも通用するってなると……」

「そもそもどういうのがあるんだ?」

「銀河を貫く伝説の刃っ……とか、人の命は地球の未来っ……とか」

「カッコイイデス……」

 

 仁志さんの傍には切歌ちゃんと調ちゃん、それと背後にこっそりクリスちゃんが座ってる。

 向かいには私や未来、翼さんに奏さんとマリアさんだ。

 こうして見ると、まるで仁志さんを囲むような感じに座ってるなぁ。

 

「じゃあ、希望って言葉は入れたい」

「なら光もデス」

「奇跡は……キャロルちゃんが嫌がりそう」

「音に関係する言葉は欲しいわね」

「あるいは歌だろうか」

「あとは何があるかな?」

「そうだなぁ……」

「こっちにあったっていうあたし達の作品名を戦隊みたいに言うのはどうだ?」

「ん、了解。参考にさせてもらうよ」

 

 そんなやり取りさえも久しぶりだ。

 住んでる世界は違うけど、その心は、願う事は同じ仲間。

 それがこうしてまた一緒に過ごせてるのが嬉しい。

 

 その中心にいる人は、きっと自分の事をどこにでもいるような存在って、そう言うはず。

 だけど仁志さん、貴方は自分をただの人だって言うけど、もう私達にとっては特別な人なんです。

 エルちゃんもヴェイグさんもキャロルちゃんさえも、勿論私だって仁志さんと会えなくなったらきっと泣き続けちゃうぐらいに。

 

 今まで出会ってきた人達はみんなある意味特別な人だけど、仁志さんはその中でも特に違う存在だ。

 

 だって、本当に一般人だから。組織に属してる訳でも、錬金術やギアが使えるでも、ましてや師匠みたいな力がある人でもない。

 本当に、道を歩いている人達のほとんどと同じような存在だ。

 

 そんな人が、たった一人で私達を助けようと必死になってくれて、考えてくれて、笑顔にしてくれた。

 今までで一番厄介な相手と戦ったのに、その戦いを最後まで支えてくれたんだから。

 

「あっ、こういうのはどうだ? 希望と輝く光のシンフォニー。戦姫絶唱、シンフォギア」

 

 その名乗り口上にみんなが笑う。きっとエルちゃん達も今の聞いたら笑顔になってくれるはず。

 

 みんなを笑顔に出来る人。みんなを笑顔にしようとする人。

 うん、やっぱりそうだよ。

 

 仁志さん、貴方は十分ヒーローです!




とりあえずはこれにて一段落です。
以降は……アンケート結果を参考に考えます。
まぁ続けるとしてもこの続きからです。

……エロでもエロじゃなくても大変そうだなぁ(汗


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日々平穏?

ほのぼの話(のはず)です。


 その日、俺は大みそかを控えてどうしようかと卓上カレンダーを前に唸っていた。

 

「う~ん……元日を休みにしたのはいいけど実家へ帰るかどうか迷うなぁ」

 

 何せ大晦日は勤務だ。明けの状態で実家へ帰るにしても、一旦着替えたりシャワーを浴びるなりして身なりを整えないと色々言われるに決まってる。

 で、そうやって色々気をつけないといけないぐらいなら、ここに残ってダラダラと過ごして体を休めた方がいいような気もするのだ。

 

「子供がいれば話は違うんだが……」

 

 もしそうなれば確実両親が帰ってこいと言うだろう。

 まだ会わせてはいないが、エルやキャロルなんて絶対気に入って可愛がるのが目に見えているし。

 

「どう違う?」

 

 聞こえた声は俺のすぐ横でこたつに入っているキャロルのものだ。

 丁寧に白いスジを除去したみかんを口に頬張り、その甘さに満足そうに一瞬笑みを見せる辺りが可愛い。

 ただ俺はそれに気付いてない振りをしてカレンダーを見つめ続けた。

 そうしないとキャロルが可愛い笑みを見せなくなると分かっているからだ。

 

「簡単だよ。俺の両親が孫に会わせろって言ってくる」

「成程な。納得だ」

 

 そう言ってキャロルはみかんをまた口へ入れる。

 今度はその顔が若干歪む。すっぱかったのだろう。そんな顔も可愛い。

 

「で、そろそろ教えてくれてもいいだろ?」

「何をだ?」

「何でキャロルがここへ来てくれたのか」

 

 俺がそう聞くとキャロルは気恥ずかしそうに顔を横へ向けてみかんを食べるだけだ。

 実は来てからずっとこうなのである。会話自体はしてくれるし、不機嫌という訳ではない。

 ただどうして来たのかと聞くと口を閉じる。仕方ないので別の話題を振ったり、あるいは無視していると口を開くと、そんな事の繰り返しなのだ。

 

 ただ何となくだけどエルが一緒じゃない辺りで察しはつけられる。

 おそらくだがあの時計の事だろう。

 でも自分から言い出す切っ掛けがないからただ時間を潰すしかないと、そんなところかな。

 

「まぁいいんだけどね。ここはある意味フリースペースだ。好きな時に来て、好きな時に使ってくれていい」

「それでいいのか?」

「いいよ。もし許されるならエルとキャロルがここで暮らしてくれてもいい」

「……無理だな。時間経過の差がある」

 

 そう言うとキャロルはどこか残念そうにこたつ机に頭を乗せた。

 

「いっそお前がこちらへ来い。住家も用意出来る」

「嬉しいお誘いだけど遠慮させてくれ。両親と音信不通にはなれない」

 

 こっちを見つめるキャロルは子供の顔をしていた。

 どうしてそんな事を言うのと、そんな心の声が聞こえてきそうな顔だ。

 だからそっとキャロルの頭を撫でる。

 普段なら嫌がるか不満そうな表情をするだろうキャロルが、この時だけは何も言わずに撫でられたのには驚いたけど。

 

「キャロル」

「何だ?」

「俺の事、あの男とかお前って呼ぶのは構わないんだけどさ」

「ああ」

「出来ればもう少し別の呼び方してもらえたら嬉しいんだけど、どう?」

「……例えば?」

「そうだなぁ……只野は?」

「……嫌ではないが他にはないのか」

「他? じゃあ……おじさん?」

 

 ずっとキャロルを撫でながら会話する。

 どことなくキャロルが眠そうになっているのはこたつの魔力だろうか。

 もしそこに俺が撫でてるからというのが一因としてあるのなら結構嬉しいんだけども。

 

「……小父さん、か」

 

 ポツリと呟いてキャロルがこっちを見つめた。

 その表情は何とも言えない感じだった。嫌じゃないが呼ぶのに抵抗があるって、そんなとこだろうか。

 それでも俺はキャロルの頭を撫で続けた。エルもこうしてあげると喜んでくれたし、セレナやザババの二人もそうだった。

 多分年少組はスキンシップにどこか飢えてるんだと思う。キャロルもお父さんを亡くしてからはそういう機会を失っただろうし、近い物があるのかもしれない。

 

「まぁ、無理にとは言わないから。今まで通りでも嫌じゃないし」

「小父さん」

「うん、そうやって呼んでくれても……え?」

 

 思わず手を止める。視線の先にはちょっとだけ恥ずかしそうな顔をしたキャロルがいた。

 

「ふ、二人だけの時はそう呼んでやる。それでいいか?」

 

 まるでいつかの響やクリスみたいだなと思いながら、俺は笑顔を返して止めていた手を動かした。

 

「ああ、十分嬉しいよ。ありがとな、キャロル」

「……別に大した事じゃない」

 

 それから5分と経たずにキャロルは夢の世界へと旅立った。

 なので俺は二階へ行き、エル用の布団を敷いてからリビングへ戻り、キャロルを抱えて階段を上る事に。

 布団へ寝かせたところで俺も昼寝でもしようと思って隣に布団を敷いて眠った。

 

 で、目を覚ましたら、何故かキャロルだけじゃなくてエルまで俺の布団で寝ていたのには驚いた。

 後で聞いたら、こっちへ遊びに来たエルはリビングに誰もいない事で寝室にいると察して階段を上ったらしい。

 そこで既にキャロルが俺の布団で一緒に寝てるのを見てズルいと思ったらしく、ならば自分もと空いていた左側から布団へ入り、俺にくっつくように寝たのだそうだ。

 

「兄様とキャロルを見てたら、僕も同じ事をしたいって思ったんです」

「そっか」

「お、俺は別に寝惚けてこちらの布団に入っただけで……」

「うんうん」

「そもそもキャロルはどうして一人で兄様の家へ遊びに行ったの? 僕も誘ってくれれば良かったのに……」

「それは、その……お、お前にはやりたい事が沢山あると思ってだな」

「例えば?」

「ぷ、ぷらも、だったか? あれだ」

「へぇ、エル、まだプラモ作ってるんだな」

 

 俺を挟んで繰り広げられる姉妹の会話に笑みを浮かべていたが、まさかまだエルがプラモ作りを続けてくれていたとは驚きだ。

 向こうには向こうのアニメや特撮があるのでそれを教えてもらおうと思ったが、少し考えて止めておいた。

 それはいつか向こうへ行って、ゆっくり出来るようになったらの楽しみにしようと思ったからだ。

 

 エルが楽しそうにプラモ関係の話をしてくれるのを聞きながら、俺はキャロルへも適度に話を振る事に終始した。

 キャロルはまだ趣味のようなものがないらしく、エルがプラモを作るのを眺めているぐらいらしい。

 なのでエルからキャロルにも何かオススメの趣味はないかと言われてしまった。

 

「一緒にプラモって言うのは?」

「俺はああいうのは見てるだけでいい」

「ふむ……じゃあ……」

 

 エルはあの日々で何でも興味を示してくれたし、そもそも研究者という一面があった。

 細かな事も嫌がる事なく出来るし、何よりプラモを勧めた理由はWをエルが大好きになったからだ。

 こうなるとキャロルにも好きという前提があった方がいい。ただ、今の俺じゃキャロルの好きな物なんて……。

 

「あっ、ゲームはどうだろう?」

「「ゲーム?」」

「錬金術師が主役のゲームがあるんだ。人気シリーズだし、触れてみてもいいんじゃないかな?」

「ほぉ、興味はある。どういうものだ?」

「ちょっと待ってくれ。とりあえず布団から出よう。このままじゃまた寝るしな」

 

 そうして寒さに体を縮めるエルやキャロルを先導する形で階段を下り、リビングへ入ると二人は我先にとばかりにこたつの中へと入った。

 それが可愛らしくて思わず笑みが浮かぶ。俺もこたつへ入り、スマホでアトリエシリーズと入力して検索。

 

「……これだよ」

 

 スマホをエルとキャロルの前へ置いて、大体の概要というかどういう内容かを把握してもらう事に。

 二人はスマホの画面を見ながら時々ふんふんとばかりに頷いていた。

 

「兄様、世界を救うのはもう飽きたってどういう事ですか?」

「えっと、従来のRPG、つまりロールプレイングゲームはこの国だと勇者が世界を救うって系統が主流だったんだ。で、この作品はそういうのが目的じゃないよって事を表したキャッチコピーだよ」

「成程な。それだけでも俺は気に入ったぞ」

「僕もちょっと気になるかも。錬金術師じゃなくて錬金術士って辺りも含めて」

「じゃ、出来るようにゲーム機買うか。どれなら出来るか見せてくれ」

 

 こうして年を越した辺りでリビングにゲーム機が一台増える事に決まる。

 俺からキャロルとエルへのお年玉としてだ。

 

 それからのキャロルは人生で初めて触れたTVゲームにドハマりし、暇さえ出来るとこっちへやってきてリビングでゲームをやるようになり、エルもそれに付き合う形でやってきて姉妹仲良くゲームを話題に意見交換や感想を言い合うなど、とても微笑ましい時間を過ごしていくのだ。

 

 そしてある時こたつに入りながらキャロルがゲームをする様を見て、俺はとても子供らしくなったなと思う事となる。

 

 そうそう、可愛い双子姉妹がゲームをやりに来るだけでなく、時には切歌達なども交えてパーティーゲームをやるようになったりと、これからの俺達の生活に欠かせない物となる事も追記しておく事にする……。

 

 

 

 元日は実家へ帰る事に決め、クリスマスを越えたある日の事、俺はいつものように店から帰宅し飯を食べ、散歩をしてから汗を流して仮眠を取った。

 で、目を覚ました時にはもう時刻は午後四時を過ぎていて寝室は真っ暗。

 布団を出た瞬間の寒さに意識を否応なく覚醒させられながら階段を下りていると、何故かリビングから人の気配がする。

 

「誰か来てるのか?」

 

 首を傾げながらドアを開けると暖気と共に視界に愛らしい笑顔が二つ入ってきた。

 

「「おはよう(デス)、師匠(ししょー)」」

「……おはよう、切歌、調。それといらっしゃい」

 

 こたつに入りながら出迎えてくれたザババコンビに言葉を返し、俺はドアを静かに閉める。

 と、そこである事に気付いた。切歌と調がエプロンを着けている。

 

「もしかして二人して晩飯を?」

「デスよっ!」

「それと、出来ればお泊りもさせて欲しい」

「泊まり?」

 

 調と切歌が言うには、今日は本来マリアと一緒に過ごせるはずだったのだが仕事の関係で駄目になり、ならばと夕食用に買った材料を持って俺にご飯を二人で作って食べさせようと思ったらしい。

 マリアが駄目になっていなければなかった話とはいえ、俺は弟子を自称してくれる可愛い二人に心から感謝を述べた。

 既に下準備は終わっているらしく、後は俺が起きるのを待っていたそうだ。本当に何から何まで頭が下がる。

 

 で、いっそご飯を作って食べたらさよならじゃ寂しいからと、それもあって泊まりにしたいとの事だった。

 そう言われたら俺も拒否は出来ない。弦十郎さんの許可も取っているとの事で、ゲートリンクがあるおかげで緊急時も連絡可能というのがその裏にはあるようだ。

 

「じゃ、ししょーはここで待ってて欲しいデス」

「美味しいご飯作るから」

「分かった。お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 幼な妻な雰囲気を醸し出す女子高生二人のエプロン姿に幸せな気持ちとなりながら、俺は出来上がるまでリビングで待つ事に。

 とはいえ本当に何もしないと言うのもどうかと思ったのでテーブルを拭いたりするぐらいはさせてもらった。

 

「切ちゃん、野菜はお願い。私はお肉をやるから」

「ガッテンデス」

 

 今晩の献立はまだ教えてもらっていないが、何となく鍋なんじゃないかとは思う。

 それにしてもいいものだ。あの頃を思い出すよな、やっぱり。

 あの平屋暮らしの終盤は、マリアがバイトでいない時がこんな感じだった。

 調が切歌やセレナを指導する形で夕食を作っていて、エルは今の俺のようにテーブルを拭いたり、あるいは食器を用意したりしてたっけ。

 で、それを俺とヴェイグが居間から眺めてるって感じだった。

 それを懐かしいなと思うぐらいには、もうあの暮らしは過去になってしまっている。

 

 リビングでボケ~っとしていると、やがて二人が戻ってきて同じようにこたつへ入る。

 どうやらあとは少し待つだけらしい。やはり鍋かと思ってワクワクしながら待つ事に。

 

「そういえばししょー、ゲーム機買うって聞いたデスけど」

「エルから?」

「うん。でもキャロルも教えてくれた。面白そうな物を教えてもらったからって」

 

 実はザババコンビはエル繋がりでキャロルとも仲が良いらしく、お姉ちゃんとは呼ばれないものの慕われてはいるようだ。

 特にエルが切歌に趣味が近いためか、調はキャロルからよく相談を受けるのだとか。

 GXを知っている身としては色々と感慨深くなる話だ。あのキャロルが今や可愛い女の子をしてるんだもんなぁ。

 

「ああ、うん。二人して楽しそうに話してたよ」

「アタシもこっちのゲームやってみたいデス! ししょー、何かオススメないデスか?」

「え?」

「知ってるかもしれないけど、私達ゲーム好きでよくやってる。こっちじゃ色々あって出来なかったけど……」

「デスよ。でも、あの頃はガガガとかGガンとか、面白い物を沢山ししょーが教えてくれたデスから問題ナッシングでした」

「うん。けど、今後は逆にああいう時間の使い方の方が難しいかも」

 

 成程。あの頃はこっちで生活していた。その中で寝る前やバイト前に夕食の支度前を視聴時間に当てられた。

 けど、今後は短時間しかこっちにいられないか短期間だ。以前のような長期間で見る事は出来ない。

 その点ゲームなら物にもよるが好きな時にセーブ出来て中断が可能。上手くすれば向こうへ持っていってやる事も出来る、か。

 

「じゃ、二人にはあれがいいかもしれないな」

「「あれ?」」

 

 今人気の据え置きでも持ち運びでも使えるゲーム機。それを二人にはプレゼントしよう。

 祝えないかもしれない誕生日プレゼントだ。そう言えば二人も断れないし喜んでくれるはずだと思った。

 案の定そう告げると二人は嬉しそうに笑ってくれた。代金も動画収入の方から出すので心配ないとも付け加えれば完璧だ。

 

 で、今はスマホで二人へプレゼントするゲーム機を見せている。

 

「おおっ、これデスか」

「知ってるの、切ちゃん」

「とーぜんデス。本屋さんでバイトしてた時、攻略本とかも少しだけ関わらせてもらったデスから」

「そうなんだ」

 

 えっへんと胸を張る切歌につい笑みが零れる。

 本当に可愛いなぁ。ただ、可愛いだけじゃない事も今の俺は知っている。

 

 ……今夜仕事で良かったかも。じゃなかったら確実二人と……なぁ。

 

 その後二人は様子を見にキッチンへと向かった。

 俺は鍋敷きをこたつの上に置いておこうとその後を追う事に。

 

「よっと……どうデスか調」

「……うん、もう大丈夫そう」

 

 あの二人を奥さんにもらったら今の光景が日常になるんだろうかと、そんな事を考えながら鍋敷きを手にリビングへと戻る。

 鍋敷きをこたつ机の上に置いたら次はお椀を三人分用意し、ついでにコップも三人分運ぶ。

 後は飲み物をと思ったところで両手で鍋を持つ切歌と片手に紙パックの緑茶を持つ調が現れた。

 

「お待たせデース!」

「師匠、お茶持ってきたよ」

「ありがとう。お椀とコップは用意してあるから」

「うん、分かった」

「っと、これでいいデスね。調、調、お箸をお願いするデス」

「はいはい」

 

 そこからは鍋を囲んで賑やかな食事となった。

 今回の鍋はごま豆乳鍋。優しい味で油揚げや豆腐との相性が抜群。

 野菜や肉も優しく包むその味に、三人して笑顔が止まらなかった。

 〆のうどんがまた美味しく、終わってみれば大満足の晩飯だった。

 

 ちなみにごま豆乳鍋を選んだのはマリアのためだったらしい。

 美容と健康のためのチョイスだそうだ。それを聞けば本人は悔しがる事だろう。人気者も大変である。

 

 後片付けまで二人にお任せして、俺は風呂の支度をする事に。

 可能ならこのまま二人と楽しく過ごしたいけどそれは叶わぬ願いだ。

 店長が土壇場で休むなど論外だし、何よりオーナーに迷惑がかかる。

 

「ししょーししょー、今度のお休みいつデスか?」

「休み? 明日だけど?」

「明日か……。切ちゃん」

「デスね」

 

 何かをやり取りして頷き合う二人を眺め、俺は何だろうと首を傾げる。

 すると二人はこっちを見てきた。

 

「実は私達、明日から連休」

「ああ、土日って事ね」

「デス。なので予定も訓練ぐらいデス」

「成程」

 

 以前だったら分からなかった事も今は分かる。

 何せ二人して女の顔をしているからだ。

 

「……明後日までここで寝泊まりしてくれるか?」

 

 そう問いかけた瞬間、二人が嬉しそうに頷いてくれた。

 さてと、こうなると明日仮眠を取った後散歩を兼ねて駅前のドラッグストアへ行っておこうかね?

 確実にアレを使う羽目になりそうだし、な。

 

 そう思ってると、二人揃って体の位置を俺へ近付けるようにこたつを移動する。

 そしてその直後、俺の股間を触る二つの手があった。

 

「切歌? 調?」

「師匠、ちょっと暑くない?」

「お鍋とおこたで汗かいちゃったデスよ」

「……こたつの電源切ったから」

 

 その言葉に二人が妖艶に微笑むとこたつの中へともぐる。

 俺はチラリと時計を見た。

 

「午後六時、か……」

 

 勤務開始まで四時間。いろいろ考えると家を出るまで三時間四十分あるな。

 なら、九時ぐらいまでは平気だろうと、そんな事を考えている間にもザババコンビはしっかり行動していた。

 

「……切歌、調、頼むから零さないでくれよ?」

「当然。師匠の子種、絶対零さない」

「しっかり飲み込んでみせるデス」

「お願いするな?」

 

 こたつ布団を捲り上げて見えた愛らしくも淫らな笑顔へそう告げ、俺はそのまま二人のしたいようにさせた。

 いっそ駅前の散歩には二人も連れて行こうか。アレを選ぶ時に意見を聞いてみたい、なんて下手したら捕まるかもしれないから止めておこう。

 

 やがて聞こえ始める淫靡な水音。くすぐったさにも似た感覚を味わいながら、俺はこたつの中へと両手を入れて切歌と調の頭を撫でた。

 きっと今日の勤務は普段よりも辛く感じるだろうな。体力温存しておきたいけど、果たして二人がそれをさせてくれるかどうか。

 

「……俺、死んだら地獄行きだなぁ」

 

 心の底からそう確信して俺は快楽に身を委ねる事にした。

 踏み止まっていた一線を一度でも越えると人間は弱くなるんだと、そう実感しながら……。

 

 

 

「そろそろ時間じゃないか?」

「……もうちょっとだけ」

 

 俺の腕の中でもぞっと動く可愛い存在。

 柔らかな感触と甘い匂いがしてきて、正直またすぐにでもスイッチが切り替わりそうになるけど何とか抑える。

 何せ今俺がいるのは自分の借りてる家でもなければ、そもそも俺の暮らしている世界でさえなかった。

 根幹世界のとある場所にある所謂愛が名前に入っている宿泊施設。そこの一室に俺はいた。

 

 事の始まりは今から十時間以上前までさかのぼる。

 夜勤明けで寝ていた俺を何者かが優しく揺り起こしたのだ。

 目を開けて視界に入ってきたのは銀髪の可愛い女性、クリスだった。

 

――クリス?

――寝てるとこ悪い。カレンダー見たけど、今日休みだよな?

――え? ああ、うん。

――ならいい。何も言わず一緒に来てくれ。あたしには時間がないんだよ。

 

 そうして俺はクリスと一緒に根幹世界へと移動し、そのまま連れられるままに現在地へと到着したのだ。

 さすがにその頃には俺も意識がしっかり目覚めていたので、どういう事か説明をと聞くとこう返された。

 

――あたし、明日にはこの国を離れるんだ。

 

 もうそれだけで分かった。しばらく俺と会えなくなる。ならその前にせめてって、そういう事だろうと。

 

 まだ日も出てる内から俺とクリスは互いを求め合った。

 当分会えなくなる。それも今までと違って会おうと思えば会えるという訳じゃない。

 物理的にそれが出来ない。だからこそクリスは、おそらくだけど長期休暇になるまで俺と会えなくてもいいと思えるぐらい繋がっていたかったんだと思う。

 

 もうホテルの部屋から一歩も出ず、ずっと俺はクリスと一緒にいた。

 トイレ以外は離れる事もしなかった。

 この時程クリスが小柄で助かったと思った事はなかった。それと体力作りをしていて良かったとも。

 

「クリス、そろそろシャワーを浴びないと」

「……一緒に浴びてくれよ」

 

 まるで子供の様なクリスに俺は苦笑して頷いた。

 バスルームまでクリスを運ぶように移動する。

 クリスはずっと俺とくっついていたいと言うので結局シャワーもそうなった。

 体を拭いて互いに服を着てホテルを出ると向かうのは当然空港だ。

 荷物に関しては既にほとんどを送っているそうで、その辺りの配慮はさすがクリスだと思った。

 

「なぁ仁志」

「ん?」

 

 空港へ向かう電車の中、クリスと腕を組みながら恋人繋ぎをして右手で吊革に掴まっていると、不意に声をかけられた。

 顔をそっちへ向ければクリスが真剣な表情でこっちを見上げている。

 

「あたし、二十歳になるまでは何があっても留学を続ける。でも、二十歳になったら」

「もしかしたら留学を止めて帰国するかも?」

「それだけじゃねぇ。その、移住もする可能性がある」

 

 つまり俺の世界で暮らすって事か。クリスが二十歳って事は約二年だ。

 その時、クリスは人生の中で大きな決断を下すって事だろう。

 もし移住となったら……俺がクリスを支えないといけない訳だ。そして俺はそれを嫌がらないし励みにさえ出来る。

 

「……分かった。その時はまた話し合おう」

「おう」

 

 そこから会話はなかった。ただクリスは俺へ少しもたれかかるように体を寄せてくれた。

 それが信頼感のようにも思えて、俺はその半身に感じる重みを支えていけるようになりたいと強く思った。

 

 電車が目的の駅へ到着し、俺はクリスと共に動き出す。

 やがて俺達は空港内へと足を踏み入れる。するとロビーの中で待っていたであろう響達を遠くに見つけた。

 

「ここまで、だな」

 

 クリスがそう言って手を離そうとする。だから俺はそれを止めず、クリスが離れた瞬間こっちへ抱き寄せた。

 

「……何すんだよ?」

 

 聞こえてきた声はどこか不機嫌そうなもの。

 多分だけど、どれだけの気持ちで手を離したと思ってるんだと言いたいんだろう。

 それは分かっているけど、だからこそこうしたかった。

 

「また会えるから。出迎えるのは難しいかもしれないけど、絶対にまた会うから。何があろうと、俺は君と再会するから」

 

 だから安心して行ってらっしゃい。その言葉は敢えて言わなかった。

 伝わると思ったからじゃない。伝わらないでもいいと思ったからだ。

 

「……ん」

 

 たったそれだけの返事。それで十分だった。

 伝わったと、そう言ってもらえた気になった。

 何故ならその声には、噛み締めるような嬉しさがあったから。

 

 響達と合流するとクリスが当然ながら輪の中心となった。

 それを眺めて微笑む俺の隣へそっと翼がやってきたのはそんな時だった。

 

「仁志さん」

「何だ?」

 

 そしてそこで俺は自分の迂闊さを呪った。

 

――私が迎えに行くって言ったのに、どうして雪音と一緒だったのかな?

 

 これが原因で俺は翼を連れて一緒に帰る事となり、その日の勤務を体を気遣いながら行う事となるのだが、それはまた別の話……。

 

 

 

「はじめまして、只野仁志と申します」

「はじめまして。私はナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤです。ナスターシャで結構ですよ」

「ありがとうございますナスターシャさん。俺の事も好きに呼んでくれて構いませんから」

「では、只野さんとお呼びしましょう」

 

 今、俺はセレナに連れられて初めてマムことナスターシャさんと対面していた。

 場所は当然F.I.Sの建物内にある発令所のような部屋だ。

 セレナはナスターシャさんの隣にいて、ヴェイグがその腕の中に納まっている。

 

 そこから少しの間、俺はナスターシャさんから色々と質問を受ける事となった。

 セレナがあの日々でどうしていたのか。悪意とはどういった物だったのかと様々な事を聞かれた。

 俺は分かる範囲で色んな事を話し、それにナスターシャさんは満足してくれたようだった。

 

「マム、私の部屋にお兄ちゃんを案内したいんだけどいいかな?」

「いいでしょう。中々面白い話も聞けました。只野さん、またいつでも来てください。貴方の知識は私達には価値のあるものが多いのです」

「そうですか。お役に立てるようで嬉しいですよ」

「出来る事ならセレナが思っているのとは違う意味でここにずっといて欲しいぐらいです」

「ま、マムっ! お、お兄ちゃん、私の部屋に行こっ!」

 

 微かに笑みを浮かべながらの言葉にセレナが恥ずかしそうに顔を赤くする。

 本当にこうして見てると祖母と孫だな。マリアとなら母と娘と言ってもいいけど、セレナだとやっぱりそっちの方がしっくりくるし。

 

 照れ隠しのように俺の手を強く引っ張るセレナに苦笑し、俺はナスターシャさんへ軽く会釈して部屋を出た。

 それから少し歩くとセレナの足が止まる。そこには一つのドアがあった。

 

「ここが私の部屋だよ」

 

 そう言ってセレナがドアを開けるとそこは可愛らしい雰囲気が……

 

「あまりないな」

 

 年頃の女の子が暮らしていると思うには小物などが無さ過ぎる。

 でもそれは仕方ない。セレナはあの日々を過ごすまで自分で物を買うという経験を出来ないでいた。

 そしてここではお小遣いをもらったとしても使い道がないときてる。これじゃ小物なんか増えるはずがない。

 

 こうなると俺の世界でぬいぐるみでも買ってあげるべきだったかもな。

 

「どうしたのお兄ちゃん。何か気になる?」

「あー、いや、考えてみたらみんなの自室に入るのはセレナが初めてだなってね」

「そうなんだ。ふふっ、私が一番なんだね」

 

 嬉しそうにそう言ってセレナはベッドへと座った。

 その横へヴェイグを置いてこっちを見つめるので、俺はヴェイグの隣へと座る事にした。

 

「さてと、これからどうすればいいんだ?」

「えっと、お兄ちゃんに任せるよ? 帰りたいならお見送りするし、お泊りするならマムに許可を取るし」

「じゃ、部屋を用意してもらうのは悪い気がするからもう少ししたら帰ろうかな」

 

 そう言うとセレナが小さく笑った。その笑みは俺が今まで見た事のないものだ。

 言うならば、そう、女の笑みだろうか。

 そんな事を考えている俺へセレナは手招きをした。

 

「何だ?」

「お兄ちゃん、耳貸して?」

 

 可愛く言われたので顔をセレナの方へ近付けると、耳元に小さな声でこう告げられた。

 

――私の部屋で一緒に寝ればいいんだよ。それで、赤ちゃん作る練習、しよ?

 

 思わず勃起しそうになった。

 弾かれるように顔を動かすとそこには照れ笑いを見せるセレナがいた。

 

「せ、セレナ……」

「だ、ダメかな?」

「一体何の話をしてるんだ?」

 

 と、そこで聞こえる不思議そうな声。

 目を動かせば小首を傾げるヴェイグがいた。

 何となく気まずい。色んな意味で気まずい。

 

「えっと、まぁ色恋の話だ」

「色恋? ああ、そうか。俺には分からない話だな」

「うん、ごめんなさいヴェイグさん」

「いやいいぞ。そういう話をしてる時のセレナ達は優しい匂いがするからな」

 

 嬉しそうに微笑むヴェイグだが、俺は正直どうなんだろうと思った。

 あの夜の事は今も強く記憶に焼き付いている。

 どうもそれは俺だけじゃないらしく、あれからちょくちょくみんな(主に翼)が俺の家にやってきて、まぁ温もりを求めてくる求めてくる。

 マリアは仕事的に難しいのだろうが、その反動で来た時はもう本当に凄い事になって嬉しいけど大変なんだよなぁ。

 

 それにしてもクリスを除く年長組は本当にこれまでの反動のように俺へ甘えてくれてる。

 クリスも留学してなかったら同じようになっていたと思うけど。

 

「セレナ、それはちゃんと俺の部屋に来た時にしようか。ここじゃ」

 

 後片付けとかが難しいからと、そう言おうとした俺へセレナはパァっと明るい笑顔を浮かべて身を乗り出してきた。

 

「分かった! じゃあ今からマムに許可を取ってお兄ちゃんのお家に行けばいいんだっ!」

「え?」

「待っててお兄ちゃん! 私、すぐマムからお出かけの許可もらってくるからっ!」

「あっ、セレナっ!」

 

 止める間もなく部屋を出て行くセレナ。

 伸ばした右腕の先で寂しくドアが閉まっていく。

 

「タダノ、今日は仕事か?」

「……休み、だけど」

「なら大丈夫だろう。そうだ。俺は久しぶりにベントーが食べたい」

「弁当?」

 

 ヴェイグの口から出た弁当という言葉に疑問符を浮かべて詳しい話を聞くと、どうもヴェイグも陽子さんのいつもの弁当を食べた事があるらしい。

 で、どうやら俺と同じで生姜焼きが気に入ったらしく、その味が恋しくなっているとの事。

 うん、すっかり日本食にハマったヴェイグである。

 

「分かった。じゃ、今夜は陽子さんの店で弁当を買ってくるよ」

「本当か!?」

「ああ、俺も久々に食べたくなってきたしな」

「おおっ!」

 

 嬉しそうに笑うヴェイグにこっちも笑みが浮かぶ。

 そこからヴェイグと食べ物を話題に盛り上がった。

 ヴェイグはカレーが好きなのでこっちでも食べる事はあるらしいが、やはりというかやや辛いらしくマリアや調のカレーが懐かしいとの事。

 

 なので俺は辛味を緩和させる手段を教える事にした。

 

「ソース?」

「それをかけてやれば辛さが多少薄れるよ。あとは飲み物として牛乳とかラッシー……は無理か」

「らっしー?」

「ラッシーや牛乳は膜みたいものを作って舌をコーティングしてくれるんだよ。それで辛さを敏感に感じなくなるから本来よりも辛くないって思えるんだ」

「ふんふん」

 

 こういう時のヴェイグと接してると、まるで小さな男の子の親になった気分になる。

 まだ親になるには色々未熟な俺だけど、エルとヴェイグのおかげで多少親の気分を体験出来た。

 だから、いつか、きっといつか親になりたい。奥さんが誰かとか、自分の状況がどうなってるとか分からないけど、それでも子供は欲しい。

 

 ……コンビニ店長じゃ限界あるし、本気で何か考えないとなぁ。みんなの動画収入に頼るのもどうかと思うし。

 

「ただいま! お兄ちゃん、ちょっと待ってて。すぐにお出かけの用意するから」

 

 そこへ上機嫌なセレナが戻ってきた。

 どうやら許可は出たらしい。

 ナスターシャさん、俺とセレナとヴェイグだけなら安心って事ですか?

 正直あの頃ならそうかもしれないけど今は若干怪しいんですよ?

 

 そんな事を思っている間にもセレナが鼻歌混じりにお泊りセットを準備し始めたので、俺はヴェイグを抱えてドア近くへ移動する。

 

「タダノ、何ベントーを頼んでくれるんだ?」

「いつものにするよ。それを二つ、しかも大盛りかな」

「おおもり?」

「ヴェイグ一人でいつもの弁当一つはちょっと多いだろ? だから俺とセレナのご飯の量を多くして、ヴェイグへおかずと一緒におすそ分けしようと思うんだ」

「そうか。たしかに前も切歌に少し食べてもらったし、それがいいかもしれない」

 

 ヴェイグは体の大きさもあって小学校低学年の子供が食べられる量が精々だ。

 陽子さんとこの弁当はそう考えるとちょっとボリューム過多だろう。

 なので俺とセレナの分のご飯を増やし、ヴェイグにそれを分けて、更におかずもつけてやるぐらいが丁度いいはずだ。

 

「お待たせ!」

 

 振り向けば、ニコニコ笑うセレナが片手に大き目のバッグを持って立っていた。

 そのバッグはあの旅行の際に用意した物だ。思い出もあるからだろうが、セレナが元々それぐらいの大きさのバッグを持っていなかった事も関係しているんだと思う。

 まぁ、本来は大荷物を持って移動するなんて事が早々ない子だしな。

 

「荷物持つよ」

「ありがとうお兄ちゃん」

 

 セレナからバッグを受け取り、代わりにヴェイグをセレナへ渡す。

 さて、では移動するとしますか。

 

 道中ナスターシャさんへどう言って許可をもらったのか聞くと、本当に素直にお願いしたらしい。

 ゲートリンクもあるし、上位世界はある意味安全が確立されている事もあってか外出しない事を条件に外泊許可が出たようだ。

 

「マムはお兄ちゃんを信用してるって言ってたよ」

「そっか」

 

 その一言がどういう意味かは聞かないでおいた。

 セレナは多分知らないだろうし意味はないと思ったのもある。でも、何となくこれはセレナを通じて釘を刺されているような気がする。

 

――セレナはまだ成人していないのですよ?

 

 そんな声が聞こえてきそうだ。

 うん、やっぱりセレナとはもう数年健全な距離感を保つとしよう。

 

「あっ、そうだ。ねぇお兄ちゃん」

「ん?」

 

 俺が決意を新たにしていると、前を歩いていたセレナがこっちを振り返って微笑んだ。

 

「今日は夜更かししてもいいよね?」

 

 悪戯っ子のような表情で笑うセレナへ俺は苦笑交じりに頷いた。

 まだまだ子供らしいところもあるんだなぁと、そう思って。

 

 この日の夜、俺は自分の考えが甘かった事を思い知る事となるのだが、それはまた別の話……。

 

 

 

「紹介するね。こちら、只野仁志さん」

「この前板場さんに渡した作品の持ち主だよ」

「どうも、はじめまして。只野仁志です。楽しんでもらえたかな?」

 

 今、俺は根幹世界にある装者達御用達のファミレスに来ていた。

 そこには俺以外可愛い制服姿の女子高生しかおらず、しかも人数も五人という凄さだ。

 

 ……ただ、今の俺はこれぐらいでは動じなくなっている。

 慣れって凄いなぁ。もう可愛い女の子に囲まれても緊張もドキドキもしないのだから。

 

「そりゃあもうっ! これぞヒーローって感じで最高でしたっ!」

「お、落ち着きなって」

「騒がしくてすみません」

「いいよいいよ。そこまで楽しんでもらえたのならこっちも貸し甲斐があるってもんさ」

 

 そう、俺は響を通じて板場さんへ勇者王ガオガイガーを貸していた。

 響や未来も見てみたかったという事で前もって二つあるBOXの一つだけを渡したんだが、それを五人で週末に一気見したらしい。つまり原種編前までと言う事だ。

 

 まぁ“勇者、暁に死す”は一種の最終回みたいなテンションだから仕方ない。

 

「でも、私も見て分かりました。切歌ちゃん達が気に入るはずだって」

「うんうん。単なるロボットが戦うだけじゃなくて、それを支える人達の戦いや関わりとか、親子の絆や友情に愛情ってものが描かれてるもんね」

「そうなのよね。それに勿論主軸はロボットなんだけど、人間とそれでないものの差は何だって事にも触れてる気がするのよ。心があれば体は鋼鉄でも人と呼んでいいんじゃないかって」

「あっ、うん。それは思った。あのアニメに出てくるロボット、すっごく人間くさいもん」

「ですね。言葉を喋らないロボットさん達も感情があるように見えましたし」

「プライヤーズだね。じゃあ、ピッツァとの決戦は熱くもあり辛くもありだったんじゃない?」

 

 俺の問いかけに五人が小さく頷いた。

 あの戦いでガオガイガーを助けるためにプライヤーズはその身を犠牲にするような行動を取る。

 それがガオガイガーに勝利を掴み取らせる切っ掛けとなるんだから熱い展開だよ。

 

 ちなみに板場さん達には、響が弦十郎さんの許可を得て俺の事をある程度ではあるが教えているらしい。

 まぁ上位世界の作品を貸して見せるだけなので、許可を出しても大きな実害はないと判断されたのが大きいとは思う。

 それにしても、本当にこの子達は優しくて器の大きな子達だ。

 板場さんは分かってはいたが、後の二人もアニメなどに興味がないのではなく、付き合って見る中でちゃんと自分なりの視点を持って作品を楽しんでくれたようだ。

 

 そうやってしばらくガガガ関連の話をしていたんだが、話が途切れたタイミングで安藤さんからある意味予想出来た質問が飛んできた。

 

「あの、只野さんってビッキーとヒナの好きな人の事知ってますか?」

 

 その質問と同時に響と未来が揃ってこっちを見て小さく苦笑いを見せた。

 成程、どうやら好きな人がいると言ってしまったらしい。

 多分誘導尋問をされたんだろう。その辺りは寺島さんか安藤さんがやったのかな?

 

「え? お互いじゃないの?」

「いや、そういうボケいいですから」

 

 板場さんのツッコミに思わず笑う。いや、見事なもんだ。

 

「ボケって訳じゃないよ。そっちが好きな人って言ったから真っ先に思い浮かぶ事実を挙げただけだって。好きな異性とは言われなかったし」

「むぅ、そう言われるとこれ以上突っ込めないわね」

「たしかにこちらも言葉が足りませんでした。お二人が互いを強く思い合っているのは少し関われば分かる事ですし」

「だねぇ。と、言う事で、改めて聞きますけど好きな男性、知ってますか? あっ、いるのはもう分かってるんで」

 

 いないと言う事で逃がしてはもらえないか。さて、どう返すべきか……。

 恋愛対象としてとは言われてないと再度逃げる事は出来るが、さすがにそれはくどい。

 となるとちゃんと答えるべきなんだが……よし。

 

「知ってはいないけど心当たりはある」

「「「お~っ……」」」

 

 三人娘の瞳が輝く。やっぱり女の子ってのはこういうのが好きなんだなぁ。

 

「二人がこっちでコンビニバイトしてたってのは聞いた?」

 

 揃って頷く三人を見てならばなんとかなると思った。

 ただ、おそらく三人共目星はつけてると思うんだよなぁ。

 まぁいいか。精々無様に踊りましょう。

 

「そこの店の店長だと思うよ。二人もバイト関係で色々助けてもらったみたいだし」

「店長、か……」

「おいくつの方ですか?」

「三十は越えてるんじゃないかなぁ」

「大体一回りは違うのかぁ。でも、まぁ、許容範囲かもね」

「こ、この話はもういいでしょ?」

「そ、そうだよ。もうおしまいにして」

「せめてあともう一つ。その人、カッコイイですか?」

 

 板場さんの問いかけに俺は苦笑して響と未来へ目を向けた。

 

「それは俺じゃなくて二人に聞いてくれ。生憎女性と男性の容姿に対する評価基準と採点方式は異なるからさ」

 

 それもそうかと頷いた三人は響と未来へ好きな異性の容姿に関して質問する。

 二人はその追及に若干困りながらも、凄くカッコよくはないけど頼りになって優しい(響談)や普段は柔らかい雰囲気だけどいざとなると頼もしい(未来談)と返した。

 まっ、要するに容姿は優れていないって事だ。俺もそこに関しては欠片として自慢などないので同意する。

 

 それでもまだ板場さんが食い下がりそうだったので、俺は持ってきていたガガガのBOXの残りを差し出して強制的に話題を変えた。

 それとついでに板場さんに特撮はどうだと探りを入れ、少しだけクウガの話をすると食いついた。

 響や未来も面白くて色々考えさせられたと言った事も大きかったと思う。

 こうして次回はクウガを貸す事になって、三人娘とはお別れする事に。

 

「只野さん、今度はゆっくり話をしたいですっ!」

「うん、そうだね。今度は板場さんの話を聞かせて欲しいよ」

「完全に趣味が一致していましたね」

「ホントだよ。こう考えるとこの子ってやっぱ男の子寄りなんだねぇ」

「これでは恋人を作るのは難しいかもしれません」

「うっ! や、やっぱりそうかな?」

「どうだろ? 俺みたいな男ならむしろポイント高いと思うよ。趣味が合うって結構大事だしさ」

 

 そう言った瞬間、板場さんがキラキラした目を向けてきた。

 

「ですよねですよねっ! わたしも只野さんと話してて久しぶりに心の底から趣味の話が出来そうだなって思いました!」

「あー、はいはい。そこまでそこまで。これ以上はまたの機会にしなって」

「ちょっ!? いいじゃないもう少しぐらい!」

「お騒がせしました。では、またの機会に。ごきげんよう」

「気を付けて帰るんだよ」

「あ~っ! 只野さぁ~んっ!」

「板場さん、またね~っ! 今日は楽しかったよ~っ!」

 

 安藤さんに引きずられるように連れて行かれる板場さんに苦笑しながら手を上げる。

 寺島さんはそんな俺に小さく笑みを見せて会釈し、安藤さんも軽く手を振ってくれた。

 板場さんは手をぶんぶんと振ってくれ、アニメで見た時以上のパワーを感じた。

 

 そうして三人が見えなくなったところで、突然俺の両腕がまるで拘束されるかのように響と未来によって掴まれる。

 

「只野さん?」

「もしかして板場さん達も?」

「いやいや、そんな欲望はないよ。大体今だってヒイヒイ言ってるんだ。これで他の女性に色目やら欲情やらしたら死ぬよ」

 

 心の底からそう言うと二人は納得してくれたのか何も言わずに歩き出した。

 俺はと言えば、二人の女子高生を侍らせているのにあまり嬉しくない。

 まぁ二人して若干怒気を放っているのだから当然と言えば当然か。

 何しろ、結果はどうであれ、俺が板場さんに気に入られた事は間違いないからだ。

 二人からすればこれ以上俺に女性の影が増えるのは勘弁して欲しいのだろう。

 俺も正直あの三人娘と男女的な意味での深い関係など望んでもないし狙ってもない。

 ただ、切歌やエルと同じでオタク話が出来る異性(しかも可愛い)というのは貴重であり、どうしてもテンションが上がってしまうのだ。

 

 ……ただそれを言っても言い訳にしか思われないだろうから言わないけれど。

 

「そういえばこの後二人はどうするんだ?」

「仁志さんとふらわーに行こうかなって」

「食べてみたくないですか、ふらわーのお好み焼き」

「食べたい」

 

 即答だった。だって迷う必要もない。

 ふらわーのお好み焼きなんて漫画飯ならぬアニメ飯だ。食べないでいられようか。

 こうして俺は二人に連れられるままふらわーを訪れる事になる。

 そこで俺は気付くのだ。これが響と未来によるある種の巧妙な罠だった事に。

 

「おや、久しぶりだね。そちらの人は?」

「「彼氏です」」

「彼氏?」

「「はい」」

 

 その後の俺をみるふらわーのおばちゃんの目の険しい事険しい事。

 しかも俺は根幹世界のお金を持っていないため、当然支払いは二人にお願いする事となり、よりその眼差しが厳しさを増した。

 

「……響、未来、今回の事は俺が悪かった。板場さんに対して接近し過ぎたと反省する。だから今後は今回のような事は勘弁してくれないか?」

 

 店を出ようとしたところで二人がおばちゃんに呼び止められたので、俺は一人で店から少し離れた場所で響と未来を待ち、合流した二人へそう切り出した。

 おばちゃんが二人に何て言ったかは容易に想像が出来た。絶対俺と別れなさいとか、あんな男とは付き合っちゃダメとか言われたはずだ。

 

「仁志さん、趣味の話出来る女の子に弱過ぎます」

「面目ない」

「でも、反省してくれたならいいです。それとおばちゃんにはさっき呼び止められた時に二人で、本当はバイトでお世話になってた店長さんって言っておきました」

「え?」

「今日は、前までお世話になってたお礼みたいな感じでふらわーのお好み焼きをごちそうしたって、そういう事にしておきましたから。もうおばちゃんは仁志さんの事、変な目で見てないですよ」

「良かったぁ……」

 

 一気に心が軽くなった。いや、本気で食べてる間の視線は痛かったんだよ。

 この後、俺は響と未来と別れて帰る事になる――と思ったんだが……

 

「じゃ、行きましょう!」

「只野さん、今日はお休みなんですよね?」

「あ、ああ」

 

 何故か二人は制服姿のまま本部まで同行し、ギアを展開するとそのまま俺の世界までついてきたのだ。

 その目的がある意味男の欲望を刺激する事だったと気付いた時には手遅れだった、

 何故ならその時、俺は大人の女の色香を漂わせる響と未来が身に纏うリディアン音楽院制服の魔力に魅入られてしまっていたから……。

 

 

 

「それじゃ、第二回の飲み会開催を祝して……」

「「「「乾杯」」」」

 

 場所は我が家のリビング。そこで俺とドライディーヴァはいつかのように飲み会を開催していた。

 今回は、俺以外の三人それぞれがこれはと思うシャンパンとツマミを選んできての飲み会だ。

 俺は場所を提供する事で費用を免除されている。何せ三人はそれぞれの世界じゃ有名人でおちおち飲み会も出来ない。

 奏と翼が一緒にいるだけで騒ぎになるし、マリアがいればそれは余計だ。

 なので俺の世界でしか三人揃っての行動は大っぴらには出来ないのである。

 

 それにしても、最初は奏の選んでくれたシャンパンを飲む事になったけど……思ったよりも飲み易いんだなぁ。

 てか普通に美味しい。酒をこんなに美味いと思ったのは初めてかもしれない。

 

「奏、これ凄いな。高いんじゃないか?」

「ん? まぁね。でも、この面子で飲める機会なんてそう頻繁にはないじゃん? だったらこれぐらい安いもんだよ」

 

 いくらかは言わない辺りで俺は察した。言ったら飲むのを躊躇う金額なんだろうと。

 

「翼、どう? シャンパンを飲むのは初めてじゃない?」

「ああ、だが思った以上に飲み易くて驚いている。前回飲んだカクテルはジュースみたいだと思ったが、これはちゃんと酒だと思えるのに……」

「香りがいいだろ? あと見た目もお洒落だと思うんだよね、あたしは」

「そうだよなぁ。シャンパングラスなんて持ってなかったけど、こういうの飲むとちゃんとしたグラスを用意して良かったと思うよ」

 

 俺の家には当たり前だがシャンパングラスもなければワイングラスもなかった。

 だから慌ててそういう物も置いてある百均へ行き、グラスを四つ買ってきたのだ。

 さすがにシャンパンを冷やすような洒落た容器までは気が回らなかったので、以前海へ行く際に買ったクーラーボックスへ氷と水を入れて冷やしている。

 でも、それが何だが逆にギャップがあっていいと奏もマリアも笑ってくれたので良しとした。

 

「でもさ、こうしてまた四人で飲めるなんて正直思ってなかった」

「そうね。思えばあれからもう少しで半年になるのね」

「体感で、という注釈が付くがな。ただ、私も向こうでは酒は飲まないようにしているから、これが二回目の飲酒となるが」

 

 翼の言葉にらしさを感じて笑ってしまう。

 

「ははっ、もしかして向こうではお酒で失敗なんて出来ないから?」

「……以外にないでしょ」

「そういえばあの時の翼、ころころ笑ってたもんね」

「笑い上戸の気質があるのよ。可愛いと思うわ、酔った翼は」

「むっ、私は酔ったら可愛げが出る訳ではない。仁志さんの前だけそうなれるんだ」

「嬉しいよ翼。さっ、グラスを」

「あっ、ありがとう仁志さん」

 

 嬉しそうに微笑んでシャンパンを口にする翼はとっても可愛い笑顔だ。

 やはり高いだけあってあっという間に奏の持ってきたシャンパンは空になり、次は翼の買ってきたシャンパンを開ける。

 

「あら、ロゼを選んだのね」

「綺麗な色だね。これで選んだ?」

「ううん、私はアルコールに疎いから叔父様に良い店を教えて頂いて、そこの方に予算を告げて選んでもらったんだ」

「じゃ、早速味わってみますか」

 

 グラスを傾けてシャンパンを口の中へ入れると、奏の選んだ物とはまた違う味わいに思わず感嘆の息が漏れた。

 こういう時自分の語彙力の無さを痛感する。美味いとしか言えないのだ。

 

「……美味いなぁ」

 

 結果これしか感想が出せない。もっと小説とか読んでおくんだったと思いつつ、俺はグラスへ口を付けると傾ける。

 色鮮やかな液体がゆっくりと流れ落ちるように口の中へ入り、その瞬間何とも言えない芳醇な香りを広げた。

 香りだけでも酔ってしまいそうなそれを味わいながら、視界には三人の美女がいるという天国のような状況だ。

 幸福とはこういう事を言うんだろうなと思って俺は口の中の液体を転がした。

 

「あら、これもいいわね。翼、ボトルを見せて」

「ああ」

「普通飲み会にシャンパンなんて選ばないけど、だからこそ特別感あるよねぇ。仁志はどう?」

 

 あの夜から奏は俺の事を状況問わず呼び捨てにするようになった。

 何でも関係を持った以上は隠すような事はしたくないんだそうだ。

 

「そうだなぁ。俺からすれば君達との時間はいつだって特別だから今更だよ」

 

 そう返して俺はグラスの残りを一気に飲み干す。

 気のせいか三人の視線が俺へ集まっているような気がして目を動かす。

 

「どうかした?」

「……ホント、仁志ってそういうところは変わらないのね」

「うんうん。だからこそ余計惚れちゃうんだろうけどさ」

「仁志さん、今の言葉、酔ってるから言ってる?」

「素面だろうと酩酊してようと同じ事を言うよ。さっきのは、俺にとっての事実でしかないんだからさ」

 

 グラスをテーブルへ置いてそう言い切る。

 カッコつけるようにじゃなく、何て事ないようにだ。

 あの出会いから始まった時間は俺にとって常に特別だ。

 それは今も変わらず輝き続け、増々その眩しさを増している一方だ。

 

「とはいえ、少しは酔ってるかもしれないな。その、ドライディーヴァっていう存在に、さ」

 

 ちょっとキザっぽい事を言ったせいか顔が熱い。

 自分には似合わないと痛感しながら俺は空いたグラスへシャンパンを注ごうとして、何故かグラスを取り上げられた。

 

「えっと、マリア? 何のつもりだよ?」

 

 俺の目の前にはグラスを手にして妖艶に微笑むマリアがいる。

 で、何をするのかと思って見ていると、彼女は自分のグラスの残りをクイッと口へ含んでそのまま……

 

「んっ……」

 

 俺の口へと流してきた。ついでとばかりに舌まで入れるおまけつきで。

 以前だったら驚いていただろう行為も、今の俺はどこか苦笑混じりで受け止められるようになっていた。

 それだけではなく、ならとマリアへ合わせて舌を絡める事までやってのけたのだから俺も成長したもんだ。

 

「……ごちそうさま」

「むしろそれはこっちの台詞かもな」

「「マ~リ~ア~?」」

「っ……な、何よ? 羨ましいならそっちもやればいいじゃない」

 

 不機嫌そうな声でこちらに詰め寄ってくるツヴァイウィング。

 その姿にマリアが小さく怯えながら反論するのを見て俺は苦笑する。

 で、こうなったらもう流れは一つしかない。

 なので俺はまず翼の手からグラスを奪い、その中身を口に含むとキスをした。

 

「んっ……」

「ちょっ! あたしより翼ぁ?」

「むしろ奏だから最後に回したんでしょう。じっくりしてくれるわよ」

 

 奏とマリアのやり取りを聞きつつ、俺は翼の口内を蹂躙する。

 大した抵抗もなく翼がこちらに全面降伏してくれたおかげで侵略はあっさり終わった。

 

「……これで少しは気は晴れた?」

「うん……でも、出来ればもっと飲みたいな」

 

 トロンとした顔で笑う翼は本当に魅力的だった。

 妖艶さと可愛さが同居してるようで、とても性欲をそそる状態と言えたのもある。

 ただ今手を出せばとんでもない事になるのは分かってるので何とか踏みとどまった。

 

「仁志、次はあたしだからね?」

「分かってるよ」

 

 差し出されたグラスを受け取り、その僅かな中身を口に含むや奏からキスしてきた。

 成程。どうやら奏は攻めたいらしい。でもそうはさせない。

 

「んんっ!」

 

 どうして中身が少ないのかはそういう事だろう。

 要は奏はディープキスをしたいだけなのだ。

 その証拠に俺が舌を絡めに行くと嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「マリア、あれって……」

「いいのよ。好きにさせてあげましょ。後で私達も……ね」

「……そうだな。なら残りはマリアの選んだ物か……」

「ふふっ、これは期待していいわ。私が初めて飲んだ時に衝撃を受けた物なの」

「そうなのか。それは楽しみだ」

 

 翼とマリアの会話が右から左に抜けていく。

 それぐらい俺は奏とのキスへ意識を向けていた。

 何せ奏はこれでもかと胸を押し付けてきていたから。

 

「……奏?」

「いいじゃんこれぐらい」

 

 やはり確信犯か。

 

「俺がもうそういうのに弱いって知ってるだろ?」

「だからやってるの」

「……どうせ後で嫌でもそうなるんだから少し我慢してろ」

 

 低めの声でそう囁くと奏が小さく震えて頷いた。

 もしかして今ので若干感じた?

 

 ……有り得る。あの頃も奏はM属性見せてたし強気攻めが弱点か。

 

「で、何でそっちは二人だけで飲み始めてるんだよ?」

「あら、だってそっちはそっちで二人だけで楽しんでいたじゃない」

「そうだよ。だから私とマリアは先に飲んでるんだからね」

 

 若干拗ねてる二人は可愛いけど、このままだと酒を美味しくは飲めない。

 なのでそこからは甲斐甲斐しく酌をして二人のご機嫌取りに終始した。

 幸いそこまで怒っている訳ではなかったようで、すぐに二人は笑みを浮かべて俺にシャンパンを勧めてくれた。

 奏へもそれと同じぐらいでシャンパンをグラスに注がれていて、今は上機嫌でグラスを傾けている。

 

 美味い酒と気の合う仲間。俺はそこまででもないが三人の歌姫は日頃のストレスを吐き出すかのようにシャンパンを飲み、三本のボトルはあっという間に空となった。

 

「ん~? ……もうこれないよマリア」

「当たり前でしょ? 四人で飲んでるんだもの。無くなるのだって早いわよ」

「ちぇっ……三本あったのにすぐだったなぁ」

「奏もマリアも飲むのが早いんだよ。仁志さんも今回は早かったし」

「美味い酒ってホントペースが上がるんだな。俺が今まで飲んだ中でトップクラスに美味い酒だったよ」

 

 あと言わなかったけどさっきからずっと翼と奏が隣にいて、俺の肩に頭を置く様にしてるんだけど……。

 それにマリアなんて背中を預ける形でくっついてるし、これってやっぱりそういう事なんだろうか。

 

「っ」

 

 そんな事を考えていたら三人がこっちを見つめている事に気付いた。

 その眼差しは艶を秘めていてこれまでとは違う雰囲気を漂わせている。

 言うなれば誘う女の顔、だろう。あるいは期待している女の顔かもしれない。

 ちらりと時計へ目をやれば夜も更け、早い人ならもう就寝を考え始める頃合いだ。

 

「……汗、流さないでもいいのか?」

「「「どっちの?」」」

 

 返ってきたのはまさかの問いかけ。

 どっちの、か。つまりそれは流したいと強く思ってないって事か。

 

「俺の」

 

 ならこっちだろう。

 

「私は気にしないわ」

「同じく」

「当然」

 

 即答、ね。しかも熱っぽく三人して手を俺の下半身へ伸ばしてくる。

 うん、間違いなくこれはあれだ。完全に交わりの味を占めて発情期みたいになってる。

 実際、俺も後五歳若かったら性欲を抑えられていたか不安な程そういう欲求は強いからなぁ。

 

「……じゃ、今夜はここで布団敷くか」

 

 そう告げた瞬間、ドライディーヴァが三匹の雌犬へと変わったのが分かった。

 無言で翼が立ち上がってリビングを出て行くのと同時にマリアと奏が左右を陣取り、その豊満な胸を押し付けるようにしてきたのだ。

 

「仁志ぃ、キスぅ」

「ズルいわよ奏。仁志、私もぉ」

 

 ……正直これだけでもエロさが爆発してるよな、この二人。

 まぁ多分アルコールが入った事と既に男を経験した事が合わさって今までにない程過激な事が出来るようになってるんだと思うけど。

 

 この二人、攻めてる時は強気でイケイケになるのはいいんだけど、攻められると一転して一気に弱くなる辺りがそっくりなんだよなぁ。

 

 なのでこっちから攻めてみる事にした。

 

「左右から挟まれてどうやって二人とキス出来るんだっての。俺の口は一つだ」

「ふふっ、どっちとしたい?」

「仁志、ここはまずあたしとするとこだって」

「あれ、今選択権は俺にあるよな。……違うか、奏?」

「っ」

 

 最後だけ低い声で告げると奏がビクンと震える。

 あの頃も時々暴走しそうになる奏をそうやって抑えたけど、まさかここまで効くとは。

 さて、じゃあどちらか、ではなくどちらも、にしますか。

 

「二人共、舌を出してくれるか?」

「「レェ……」」

 

 ……うん、自分で言ったのにあまりの素直さとエロさに一瞬意識が飛んだ。

 

ふぃふぉふぃ~、ふぁやく~(仁志~、早く~)

きしゅ、しふぇ~(キス、して~)

「っ!?」

 

 俺が一向に行動しないからか、奏とマリアが舌を伸ばしたままでキスをねだってきた。

 そのエロくて情けない顔に俺は大きく唾を飲んだ。

 当然それだけじゃなくて俺の雄の部分も反応する。

 でも、今は性欲じゃなくてまだ愛情で二人を愛したい。

 

「じゃ、俺の舌を二人で舐めるようにキスしようか」

 

 そうやってエロいキスをしていると聞こえてくる階段を下りる音。

 やがてドアが開いて翼が戻ってきた。

 

「布団持ってきた……けど……」

 

 聞こえた声に目を動かせば、そこには畳んだ布団を抱えてこっちを若干拗ねるような眼差しで見つめる翼がいた。

 

「仁志ぃ、私達とキスしてるんだからこっちに集中して」

「ぁ……ご、ごめん。でもその前に、翼」

「……何ですか?」

 

 うわ、完全に拗ねてる。言葉遣いが丁寧になってるけど声に怒りが宿ってるし。

 

「その、お詫びになるとは思わないけど今夜は一番最初に翼を抱きたい」

「っ!?」

「うわ、仁志って本当に外しちゃダメな時は外さないよね」

「本当よ。色々とあの夜から吹っ切れて頼もしさも増してるし、困っちゃうわよね」

「って言いながらしれっと自分だけでキスを再開しようとすんなって」

「わ、私も混ざるからっ! 場所開けてっ!」

 

 結局このままの流れで俺達は朝まで求め合う事となる。

 ただ翌朝も割と元気だった三人とは違い、俺が完全にバテバテになっていたのは年齢のせいだけではないと思いたい。

 

 ……もっと体力作り、やんないと駄目かもしれないな。

 そんな風に思いながら俺は三人の女性の匂いがする布団で眠った。

 

 ちなみに起きた時に見た割烹着姿の翼にムラッとして押し倒す事になるのだが、そのせいでしばらく翼が家に来ると割烹着を着るようになって困る羽目になるとはこの時の俺は知らなかった……。




あの夜の出来事で装者達(セレナも含む)は完全に女として覚醒しました。
その結果、御覧の通りの有様です。
悪意がいた頃手を出していればどうなったかはお分かりでしょう(汗

ちなみにふらわーの一件が原因(まぁ創世辺りは薄々気付いてますが)で響と未来の想い人が只野であると気付かれます。
だってあの子らもふらわー知ってるし行く事ありますからね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女子高生とアイドルと

鑑賞会というか、それを切っ掛けに……な話。
アイマスはテレビではなく劇場版の方です。
切歌が本編中でパッケージを見たと言った物ですね。


 あの装者達全員が改めて揃った夜以降、俺の世界とみんなの世界の時刻はズレが無くなっていた。

 いや、ゆっくりとズレが正されたというのが正解なのかもしれない。今では俺の世界での時刻とみんなの世界の時刻は完全に一致していたのだ。

 

 まだ日付は相変わらずズレているのだが、そちらにも動きというか変化が起きていた。

 というのも、俺の世界が新年を迎えて一か月が経過するかしないか程度なのに、みんなの方は何と夏が終わろうとしていたのだ。

 

 実はこれには訳がある。俺は詳しくは知らないけど、どうも響達の世界に平行世界からの来訪者が来たそうだ。

 で、その来訪者は本部内で暴れたそうで、シンフォギアのデータを狙っていたらしい。

 その手下と思われる大量の蛇に似た生物を相手に防衛を強いられた響達は地味に苦戦を強いられる――はずだった。

 

 ……まぁ装者に加え、ツインドライブという掟破りがあった時点で相手に勝ち目はなかったって事だ。

 

 いやぁ、あの時はびっくりした。急にエルから通信が入って、すぐに響達七人をツインドライブにして欲しいと言われたんだから。

 よく事情は分からないけど、ヤバい事には違いないと思ってリビルドギアツインドライブにしたんだけど、それが正解だったらしい。

 

 まぁ、そこからも色々とあったみたいだけど、その一件が原因で俺の世界と響達の世界との誤差とも言うべき時間の流れがまたある程度縮まったのだ。 

 

 つまり、世界の方があの停止していた時間の流れを取り戻しているような感じがある。

 今現在響達の世界は夏休み終盤で、俺はさすがにそれを知った時愕然となったぐらい、俺の世界と彼女達の世界は月日のズレが減り出していた。

 

 まっ、ある時期から来訪者がいきなりピタリとなくなったのでおかしいなとは思ったんだけども、まさかそんな事になっているとはなぁ。

 

「「「「「「「わぁ……」」」」」」」

 

 で、今俺は響達女子高生七人と共にアニマス劇場版を鑑賞中だったりする。

 切歌のバイト先だった店で俺が借りてきたんだけど、その理由は勿論その切歌がもう一度見てみたいと言ったからだった。

 

 ちなみに場所は何と俺の家。三人娘達も遂に上位世界来訪という訳だ。

 何せ彼女達は全員女子寮住まい。家族でもない男性が訪れるなどもっての他なのである。

 それと、彼女達の来訪は依り代のおかげで何の問題もなく終わった。

 その事を報告すると、エルとキャロルがゲートリンクにも改良の余地があると唸っていた。

 何せゲートリンクだと一人一つ必要なのが、依り代なら同じ場所にいれば複数でも効果範囲内という事だし。

 

 既に映画も終盤。アリーナでのライブシーンを前に、七人の女子高生達は目をキラキラとさせている。

 ああそうそう、クリスは学院時代の同級生達とお泊り会なので誘えず、エルとキャロルは誘ったけど断られた。

 何でも今日は休みではないらしく、根が真面目な二人は仕事へ勤しむとの事。

 

――すみません。さすがに当日ではお休みをもらう訳には……。

――俺達も一応給料をもらっている身だ。無断欠勤も出来んし仮病もな。また今度にしてくれ。

 

 そういう返事を聞き、俺は近い内に二人のために何らかのイベントを計画しようと思った。

 一番簡単なのはカラオケだろうな。エルとキャロルならあのメモリアイベントのような事をしてくれるに違いないし。

 

「おおっ! このアングルの動かし方凄いじゃないっ!」

「ホントホント! まるで本当のカメラで撮影してるみたいだねっ!」

「サイリウムが色取り取りで本当に綺麗ですっ!」

 

 板場さん達三人娘は最初こそ男の家に上がるという事に緊張してたみたいだけど、すっかりそんなものは消え去って、今では純粋に映画を楽しんでいるようだ。

 

「やっぱりみんな可愛いし歌も素敵だし、何よりバックダンサー全員でライブ出来るのが感動だよ~」

「響らしいよね、そういうの。でも、私も同じ気持ちかな」

「デスデス! 春香さんの決断が本当にいい結果に繋がってホッとするデスよぉ~」

「みんないっしょにって、プロの世界じゃ簡単なようで難しい事なんだね。でも、本当の強さって甘さも弱さって考えない事だから」

「そうだな。貫ければ甘さも強さだ。優しさってのは最後まで貫いた時にこそ強さとなるんだと俺は思うよ」

 

 板場さん達とテンションの差があるように感じられるが、響達も表情や声からちゃんと熱のようなものを出している。

 その証拠に視線はずっとモニターへ釘付けになっていた。切歌など身を乗り出して食い入るように画面を注視している程だ。二度目だからかもしれないが、今回は細かな部分へも目を向けている気がするし。

 

 圧巻のライブパートが終われば、後はエンディングが待つのみ。

 あれだけ盛り上がっていた板場さんも既に落ち着き、765プロアイドル達とプロデューサーのやり取りへ耳を傾けていた。

 

 そして流れるED曲とその後の簡単なアフターストーリーらしき絵の数々。

 実はここはアイマスファンなら思わず心躍る一枚絵が存在している。

 シンデレラガールズという、本来であれば直接の繋がりを見せないはずの作品のキャラが、何と765プロアイドル達のライブを見つめている絵が出てくるのだ。

 

 つまり、アニマス世界とデレアニ世界が繋がっていると暗に示唆する絵という訳だ。

 

 明るくライブ感に溢れたED曲が終わり、映画が終わると俺はDVDを停止させた。

 それを合図に響達七人が思い思いに腕を伸ばしたり背筋を伸ばしたりと動き、まさに映画を見終えた直後という雰囲気だ。

 

「いや~……面白かったわねっ!」

「うんうん、最後のライブは最高だったねっ!」

 

 板場さんと響が同じテンションで笑みを見せ合う事にこちらまで笑みが浮かぶ。

 

「アイドルって本当にこうなのかなぁって思うと色々見る目変わるよね」

「そうですね。翼さんにお話を聞く事が出来れば色々と見えてくるかもしれません」

「デスデス。TVの方も見たいデスよ。マリアや翼さんの意見を聞きたいデス」

「私も春香さん達の始まりが見てみたい。何があってどうやってあの位置まで駆け上がったのか、それが知りたいな」

「只野さん、これの前って長いんですか?」

 

 みんなの感想を聞いてほっこりしていると未来からそんな質問が飛んできた。

 なので全二十五話に特別編が一話の計二十六話と教える。

 

「大体時間に直すと半日ぐらいかな? 本編だけならそれぐらいだよ」

 

 と、何故か俺がそう言うと板場さんと切歌が揃って腕組みを始めた。

 で、安藤さんと寺島さんが苦笑し調が呆れ顔をする。

 響と未来は……苦笑してからこっちを見てきた。するとつまりこれは……

 

「もしかして、泊まって夜更かしするつもりかい?」

「「駄目です(デス)か?」」

 

 やはりそういう事らしい。俺の家にはあの頃みんなが使っていた布団が残っているため、急な来客にも対応できない事はない。

 しかも部屋も二階は三部屋あるので七人なら余裕だ。加えて彼女達は夏休み中だから宿泊しても不安はないと。

 

「う~ん……」

 

 駄目押しに俺は今夜仕事なのでここは彼女達だけとなる。そこまではいい。

 問題があるとすれば、だ。布団にもしも、もしもあの行為による残り香などがあった場合である。

 

「……いいよ。どうせ俺は今日仕事だしね」

 

 そう告げると板場さんと切歌、そして響が嬉しそうにハイタッチって、響? 君は泊まりたいって言ってなかったよね?

 

「あの、本当にいいんですか?」

「今日仕事って事は夕方からですか?」

「えっと、夜勤やってるんだよ。だから戸締りとかはよろしくね」

 

 不安げな安藤さんと寺島さんへそう返して俺は立ち上がり、二階へ向かおうと動き出す。

 

「あれ? 師匠、どこへ行くの?」

「二階だよ。お客さん用の布団だけでも今から干そうと思ってね」

「あっ、じゃああたし達が」

「いやいや、力仕事は男に任せて欲しいな」

「でも……」

「いいからいいから。もし気が引けるなら、向こうで宿泊の用意をしてくるついでに晩飯の買い物をしてきてくれると助かるかな。人数もいるし、鍋でよろしく」

「分かりました。ユミ、それでいい?」

「いや鍋って今真夏だしって……」

 

 そこで板場さんが何かを思い出した顔になった。

 

「こちらは今真冬ですからね。鍋というチョイスはナイスです」

「代金は私達で出しておきますね」

「悪いね。こっちでの宿泊費やレンタル費用代わりだと思ってくれると助かるよ」

 

 それを最後に俺はリビングを後にする。

 階段を上がってマリア、奏、翼の布団をベランダへ運んで干してリビングへ戻ると響達の姿は消えていた。どうやらちゃんと宿泊準備に戻ったらしい。

 

「さて……急いでレンタルと駅前のドラッグストアへ行くか」

 

 アニマス全話をレンタルし、ついでに消臭スプレーを買ってきて念のため布団や枕などへ振りかけるのだ。

 

 そうと決まれば善は急げと、俺は上着と財布に鍵を持って家を出る。

 

「う~っ、寒い寒い」

 

 寒風吹きすさぶ中、家の施錠をして若干急ぎ気味に歩いて駅前を目指す。

 それにしてもまさかあの三人まで俺の部屋で泊まる日が来るとはなぁ。

 まぁ、さすがに彼女達とは何事もないし起こすつもりもない。

 九人もの装者達で俺の許容量はとうに決壊しているんだ。

 

 そこへ更に中身を注ぐ程俺はバカでも大物でもない。

 

「まっ、そもそも響達もあの状況があればこその現状だしなぁ」

 

 一人そう呟いて俺は歩く。

 もしあの出会いがただの偶然であり、悪意なんて存在がいなければ、俺と響達は、いや下手すれば響と出会っただけで終わった可能性があるな。とにかく俺が九人の装者達と出会えて関わる事が出来たのは、悪意という脅威がいたからだ。

 

 そして彼女達と俺が今の様になれたのも、共通の敵と事を構えて同じ時間を過ごした事が大きく関わっている。

 

 それがなければ響の口から俺の世界の異常さが伝わって、最悪二度と関わる事はなかっただろう。

 

「……そういう意味では悪意が結んだ縁、なのかね」

 

 だとすれば俺にとっては疫病神であり福の神でもあったのか。

 まさしく表裏一体だな。災い転じて福となすだ。

 そんな事を考えながら歩いている内にレンタルもやっている本屋へ到着。

 店内へ入り階段を上がって二階のレンタルフロアへ。

 幸い目的のアニマスは全部あったので一気にまとめて手にしてレジへ。

 

「いらっしゃいませ。ご利用日数はどうなさいますか?」

「えっと、一泊で」

 

 笑顔が似合う女性の、格好からして社員さんだな。

 愛らしい感じのする、きっと同性からも異性からも好かれるタイプだろう。

 会員証を財布から出しながらそんな事を思っていると、何故か前方から視線が。

 顔を上げてみると店員さんと目が合う。でも驚いた様子もなく、どこか不思議そうな感じな表情だ。

 会員証を渡すと手慣れた感じで店員さんが処理していくけど、一度だけ不思議そうな顔をしたのが気になった。

 

 と、そこで思い出す事があった。

 ここで切歌が働いていた頃、仲良くしてもらった社員の女性がいたという話を。

 

「あの」

「はい?」

 

 勘違いでもいい。もし違ったなら俺が痛い奴になるだけだし。

 

「俺、ここで働いてた切歌とは兄妹じゃないんですよ。親戚みたいなもんです」

「あっ、そうなんですね。良かったぁ。苗字が違うからどういう事だろうって」

 

 ビンゴ。どうやら切歌が俺の事を簡単に兄のようなものと伝えていたんだろう。

 過去にここへ来た時は一緒に切歌達がいたし、そこを見て尋ねたりしたんだ。

 そこで少しだけ彼女、愛衣さんと話をした。

 彼女もアニメが好きらしく、特に好きなのが“ARIA”という本物っぷりには驚いた。

 しかも、切歌へハガレンの事を教え、アイマスを薦めたのも彼女らしい。

 

 ただ切歌は今どうしてるのかと聞かれたのは困ったが、バイトに精を出し過ぎて成績を落としてしまったので、現在もヒイヒイ言いながら勉強に励んでいるとだけ返して誤魔化した。

 

「じゃ、切歌ちゃんにもし良かったらまた戻ってきてって言っておいてください」

「伝えるだけ伝えておきます」

 

 勤務中にあまり話し込むのもと思って話を切り上げて俺は階段へと向かう。

 あの感じだと彼女はオタクというよりはアニメ好きってとこか。

 板場さんよりは響ってとこだ。今後ここへ来る時はあの人を探してしまいそうだな。

 

 ……アイマスなら誰推しか聞いてみたいし。

 

「うし、次はドラッグストアだな」

 

 階段を下りて店の出口へ向かいながらそう呟いて外へ出る。

 相変わらず風は冷たいがこれもこの後の楽しみを思えば何てことない。

 何せ今夜は七人もの女子高生と飯が食えるのだ。しかもアニマスを見ながら、だろうし。

 

 まるで学生の頃出来なかった事を今になって体験しているようで複雑だが、それでも弾む気持ちを止める事は出来ない。

 

 俺はそんな気持ちのまま足取り軽くドラッグストアへ向かうのだった……。

 

 

 

「こんな早い時間から電車に乗ってるの!?」

 

 気付いたら思った事が口から出たので慌てて手で口を押さえる。

 まぁ手遅れだったけど。みんなこっち見て笑ってるし……ううっ、恥ずかしいわ。

 

 今あたしは只野さんがレンタルしてきてくれた“アイドルマスター”って作品を見てる。

 一話目は各アイドル達の紹介を兼ねた話らしくて、それはまぁよくある感じだけど、まさかまさか主人公の春香が早朝から電車に乗って事務所へ来てるとか……。

 

「そうなんだよ。春香は765プロの中でも特に遠方から事務所へ通ってる。勿論学校へも行きながらだ。たしか片道二時間ぐらい電車でかかるんじゃなかったかなぁ」

「響だったら無理だね」

「うん、さっすがに暗い内から起きて、自転車乗って、電車で一時間以上は無理かなぁ」

 

 多分だけどここにいる誰でも同じ感想だと思う。

 にしても、先に劇場版を見たからか初々しい感じが凄い。

 ここからこの子達があんな輝くアイドルになっていくんだと思うと、本来とは違った意味でワクワクする。

 

「この真って子、可愛いね」

「見た目がボーイッシュなのを気にしてるんですね」

「アタシ達で言うと翼さんデスかね?」

「強いて言えば、だな」

 

 翼さん、かぁ。本当ならただ学院の先輩ってだけのはずな人だけど、ひょんな事から顔見知りで友人、とは言えないけど知人ではあるのよね。

 

 まぁ繋がりで言ったらあたしより只野さんの方が深いかもしれない。

 何せこの世界で支え合ってたみたいだし、ね。

 少し話を聞いた感じだとアニメみたいな展開や時間を過ごしてたみたいだし、こんな事言ったら怒られるかもしれないけど、少し羨ましいと思う事もあった。

 

 誰にも知られず、世界を守るってヒーローそのものだから。

 

「賑やかだなぁ」

「まるであの頃のアタシ達みたいデス」

「うん、似てるかも。ただここまで騒がしくはなかったけど」

「へぇ、雪歩ちゃんって男の人が苦手なんだ」

「それにしても度が過ぎていませんか?」

「男の人が苦手でアイドルって、ある意味斬新だよね」

「斬新なら何でもいいって訳じゃないでしょ。アニメ……だったわね、これ」

 

 口癖みたいになってる言葉を言おうとして、実際アニメだったと気付いて頬を掻く。

 でも、まだ信じられないのも事実なのよね、あたし達もこの世界じゃアニメのキャラクターだって。

 見せてもらったけど、たしかにあたし達だった。アニメにするとあんな感じなのね、あたし達って。

 

「板場さん、これはたしかにアニメだけど、もしかしたらどこかに」

「ああ、そうだったっけ。平行世界って形で存在してる可能性が高いのよね」

 

 それがあたしが教えてもらった話だ。

 この、上位世界、だっけ。ここにある特撮やアニメ、ゲームなんかの創作物はどこかに現実として存在してる可能性が高いらしい。

 只野さんはそれを“マルチバース”って表現してた。平行世界だけじゃなく多次元宇宙も存在しているんじゃないかって。

 

 正直ちょっと理解が追いつかなかったけど、ここの存在がある意味でそれと言われたら納得出来た。

 あたし達の世界とは別の出発点や要素が存在する地球があるって事だって。

 

「CDの手売りかぁ……」

「いかにも駆け出しアイドルって感じだね、こりゃ」

「小鳥さんも事務員にしては可愛らしいですが、実はアイドルだったりとかするんでしょうか?」

「おっ、寺島さん鋭い。実は小鳥さんはかつてアイドルだったんだよ。しかも、おそらく765プロの社長がそのプロデュースに関わってる」

「いいわねそれ。じゃあ、今は引退してるって事?」

「そうなる。しかも、小鳥さんのアイドル時代の出来事がこのアイマスの物語に大きく関わってるみたいでね。その辺りを後半に少し触れるから楽しみにしてるといいよ」

 

 只野さんの説明は一種のネタバレだけど、それがかえって興味を惹くように言ってくれるから嬉しい。

 知ったから残念って思うんじゃなく、知った上で楽しめるように補足をしてくれるからだ。

 この辺り、大人って感じがする。ネタバレをしてもいいラインと、したら楽しめないラインが分かってるんだと思うから。

 

 アイマスは正直思ってたよりもリアルだった。

 アイドル達が簡単に成功していくんじゃなく、少しずつ成長し、仕事やレッスンへ励んで、それぞれの性格や持ち味を見せながら話が展開するのは楽しくもあり分かり易くもあった。

 で、いよいよ折り返しが見えてくるって辺りで一旦休憩というか、夕食作りとなった。

 只野さんは一話が終わった辺りでお昼寝をするために二階へ上がっていったので、あたしがそれを起こしに行く仕事を任された。

 

 正直ちょ~っと納得いかない。いや、だって後輩ちゃん二人は料理へ駆り出され、未来も当然そちら。

 で、響や創世に詩織はお布団をベランダから運ぶって事になってた。

 

 これじゃ、まるであたしが役立たずみたいじゃない。あたしだって料理の手伝いや布団を運び込むぐらい出来るっての!

 

 ……ま、まぁ、たしかに適任ではないと思うけどさ。

 

「只野さ~ん、起きてくださ~い」

 

 それでも二階に上がってすぐの部屋の中央でどーんと布団を敷いて寝てる只野さんを起こす。

 ついでに窓を開けて、そこからの冷気で目覚ましを期待するのと同時にベランダ側からすぐ入れるようにした。

 

 ううっ、それにしても冷たい風がバンバン入ってくるわ。あたしの世界じゃ暑くて仕方ないのに。

 まるで海外旅行にでも来た気分ね。ただ、出来ればもっとバカンスな感じがする場所が良かったけど。

 

「うひゃ~、風が冷たいよ」

「そうですね。でも、お布団は若干温かいです」

「だねぇ」

 

 布団を抱えながら部屋の中へ三人が入ってくる。勿論響達だ。

 両手で布団を抱えているから仕方ないかもしれないけど、これだけは言わせてもらおう。

 

「いいから早く入ってよ。あたしはヌクヌク出来る布団も何もないんだから」

「ああ、ごめんごめん」

 

 三人は部屋の中へ入ったのを見てあたしは窓を閉める。

 あ~、風がなくなるだけでも結構違うわ。

 

「板場さん、ごめんね。それにしても、仁志さん、まだ寝てるのかぁ……」

「そうなのよ。一応声かけて揺すってみたんだけどね」

「ふふっ、ならいっそ只野さんのお布団に入ってみますか?」

「「「えっ!?」」」

 

 詩織の発言にあたし達三人の声が一致すると同時に顔が同じ方を向いた。

 

「じょ、冗談です。さすがに家族でもない、しかも異性と同衾なんていけませんし」

「「「どうきん?」」」

「えっと、男女が同じ布団で寝る事です」

「「「へ~」」」

 

 詩織ってこういうとこ物知りよね。

 それにしても男の人と、しかも年上の人と一緒の布団、ねぇ……。

 

「む~……」

 

 改めて只野さんをじっと見つめてみる。

 髪は短く切り揃えてあって清潔感がある。顔立ちは……まぁハンサムって訳じゃないけど悪いとも思わない。

 十年ぐらい一人暮らししてるらしいし、おそらく最低限の家事能力はあるわね。

 収入に関しては……未知数だけど夜勤って事はそれなり? ただ一人なら良くても夫婦でってなると多分苦しい財政のはず。そうなるとあたしも働いてって形か。別に嫌じゃないけど子供とか考えるとねぇ……。

 

「え~と……ユミ? もう只野さん起こさないの?」

「っ!? そ、そうだったわねっ!」

 

 創世に言われて我に返る。何で最後には結婚相手の選定みたいな考えしてんのよ、あたしはっ!

 

「只野さんっ! 起きてください只野さんっ!」

 

 大き目の声を出しながら激しく体を揺さぶってみる。

 け、決して照れ隠しとかじゃない。うん、違うから。

 

「う~…………いたばさん?」

 

 寝惚けた顔であたしを見つめる只野さん。そうしてると年上らしさゼロだわ。

 

「はい、板場です。もう晩ご飯出来ますから起きてください」

「……あぁ、そういうことか。うん、ありがとう。すぐいくよ」

 

 ふにゃって感じで笑うとまるで子供みたい。いや、少年って言うべきかしら。

 とりあえずこれでよし。あたしの役目は果たしたわ。

 

「じゃ、先に下に行ってますからね」

「うん。わざわざありがとう」

 

 背筋を伸ばすように起き上がって両腕を上げる只野さんを確認してからあたしは階段を下りる。

 創世と詩織もすぐにあたしの後を追って階段を下りてくる。

 と、そこで気付いた。一人足りないって。

 

「響は?」

「ビッキーなら只野さんが二度寝しないように見張るってさ」

「クスッ、たしかに有り得ないとは言えませんね」

「うん、納得だわ」

 

 何せあたしと話してる時の只野さん、完全眠そうな顔のままだった。

 あれなら二度寝しても不思議じゃない。それを危惧した響はさすがこっちであの人と過ごしてただけあるわ。

 

「あれ? 響さんはいないデスか?」

 

 階段を下りてリビングへ戻ると暁さんが不思議そうな顔で小首を傾げる。ホント可愛い子よね、この子も。

 

「ビッキーは二階で只野さんが二度寝しないように見張ってる」

「見張り?」

「そうよ。すっごく眠そうな顔してたから心配なんでしょ」

 

 でも何故かあたし達の言葉を聞いて暁さんは難しい顔をしたかと思うと……

 

「じゃ、アタシはそんな響さんがししょーに負けて二度寝させちゃわないようにお助けしてきますデスっ!」

「「「え?」」」

 

 そんな事を言って階段を駆け上がっていったのだった。

 何て言うか、本当に似てるわよね、あの二人。

 

「あの、切ちゃんどうしたんですか?」

 

 そこへ暁さんの相棒とでもいうべき月読さんがやってきた。

 エプロンと三角巾をしてるので新妻というか幼な妻感が凄いわね……。

 

「立花さんが只野さんが二度寝しないように見張っていると教えたら、その立花さんが只野さんに言いくるめられないように手助けすると」

「……そういう事ですか。もうっ、切ちゃんったら。そう言ってただ師匠といたいだけなんだから」

 

 むぅって感じに膨れ顔になる月読さんは、それはそれで可愛いと思った。

 それにしても師匠、かぁ。どうしてそう呼ぶようになったかは教えてもらったけど、暁さんはともかく月読さんは冗談半分が本気になったって感じなのよねぇ。

 まぁ只野さんはあたし達からすると歳の離れた兄って辺りだし、ある意味親戚のおじさんって雰囲気だ。

 親しみやすいのは否定しないし、後輩の二人が懐くのも無理ないわね。

 

「にしても良い匂いしてるね。こっちは飲み物やお菓子担当だったから知らないけど何鍋?」

「えっと、皆さんの好き嫌いが分からなかったので、なべしゃぶにしようって未来さんが」

「なべしゃぶ?」

「しゃぶしゃぶとは違うの?」

「食べやすい大きさに切ったお野菜をお出汁ベースの鍋つゆで煮て、それに火が通ったら豚肉をしゃぶしゃぶしてお野菜を巻いて食べるんです」

「ナイスです。それなら皆さん食べられます」

「あれ? 三人だけ? それに切歌ちゃんもいないみたいだけど……」

 

 そこへ未来が姿を見せたのでさっきの説明をしようとした辺りで階段を下りてくる音が聞こえてきた。

 少しするとまず只野さんが、そのあとから何故か頭を擦る様にしている見張り役の二人が現れる。

 

「ビッキー、切歌ちゃんもどうしたのさ?」

「頭でもぶつけたのですか?」

「え、えっと……ははは」

「ししょーに怒られたんデス……」

「二度寝をするなって言った二人がどうして俺の使ってた布団に入って温まり出すのかな? しかもあのまま放置したら二人して寝てたよな? てか響は半分寝かかってたし」

「響……」

「ビッキーらしい……」

「「「同感(です)」」」

「あはは……面目ない」

 

 こんな感じで晩ご飯前は過ぎた。

 ちなみになべしゃぶはとっても美味しかった。

 というより、大勢で食べるお鍋が美味しかった。またこうやって大勢で集まって鍋パーティーとかやりたいわね。

 

 

 

 う~ん、やっぱりビッキー達と只野さん、何かある。

 そんな事を考えながらあたしは今、一人でお風呂に入りながら天井を見上げてた。

 

「切歌ちゃんに聞いたら只野さんはコンビニの店長さんだし、ふらわーのおばちゃんが言ってたビッキーとヒナがつれてきてたバイト先の店長ってのも只野さんだろうし、これ、確定だよね」

 

 あのファミレスでの会話で只野さんはこっちの質問をそれとなくかわしてきた。

 ユミは何も思わなかったみたいだけど、多分テラジも気付いてたはずだ。

 

「普通好きな人って聞かれたら異性って考えるのに只野さんはビッキーとヒナを挙げた。それ、つまり素直に答えたくなかったって事だよね?」

 

 返ってくる言葉はない。ビッキーはヒナと、切歌ちゃんは調ちゃん、ユミはテラジともうお風呂に入った後だからここにはあたししかいない。

 只野さんはシャワーだけ浴びたらしい。お風呂にどうして入らなかったのか聞いたら、自分は男で三十のおじさんだからだって言ってた。

 

 あたし達に気を遣ったんだと思う。家主なのに申し訳ない事させちゃったなぁ。

 

「しかも……」

 

 時刻は既に夜十時近く。只野さんはあたしがお風呂に入る前に仕事のためにコンビニへ向かった。

 何だかそれが本当に大人って感じがした。お父さんがこんな時間に仕事に行くとかなかったから余計かも。

 

 そうそう、アイマスは既に第二部へ突入してる。961プロってのが出てきて、ライバルアイドルのジュピターって男性三人組との関わりも増えてきたし。

 

「……アイドル、かぁ」

 

 ぼんやりと考える。あたし達の世界じゃアイドルってちょっと敷居が高いけど、こっちじゃ地下アイドルや歌い手なんてのもいて、その気になって頑張れば誰でもなれるらしい。

 何でもビッキー達もこっちでそれらしい事をしたみたいで、歌を唄って動画で上げてたなんてねぇ。しかも結構な人気だったそうだ。

 

 まぁ、やっぱり翼さん達アーティスト組には負けてたらしいけど、ね。

 

 でも、アイドルというか自分達の歌を世界に向けて発信したのは事実だ。

 それで見知らぬ誰かが反応し、応援してくれてるのも。

 

「戦姫絶唱シンフォギア、か。あたし達もそこの中の登場人物で、ビッキー達はその作品ごと自分達を消そうとしてた恐ろしい相手と戦ってた……」

 

 それを支えたのが只野さん。お金も人脈もない、本当の一般人だったけど、それでも世界の危機だってビッキー達のために色々と頑張ってた人。

 

 ……そして、きっとビッキーとヒナの好きな人。

 

「まっ、それも当然か」

 

 大人の男の人が自分達のために一生懸命頑張ってくれてる姿を間近で見つめ続けたんだもんね。

 あたしでもちょっとは気になっちゃうかも。ただ、それだけで惚れるかどうかは疑問符が付く。

 

 つまりビッキーとヒナが惚れた理由は他にもあるってとこ。

 

「っと、そろそろ出ますか」

 

 この後は夜更かししてアイマスを全部見ないといけない。

 ユミやテラジとは結構やる事だけど、ここにビッキーやヒナ、更には切歌ちゃんと調ちゃんがいるのは珍しい。

 

 ガオガイガー、だっけ。あれを見た時だってあたし達にビッキーとヒナまでだったしね。

 

 お風呂から上がって体を拭いたらパジャマへ着替える。そのまま髪をバスタオルで拭きながらリビングへ戻ると、ジュースやお菓子などが用意されててもう鑑賞会の続きの準備は終わってた。

 

「おっ、来たわね。じゃ、再開するわよ」

「デスっ!」

 

 すっかりコンビのようなノリのユミと切歌ちゃんに思わず苦笑。

 只野さんの趣味とこの二人はかなり共鳴するからね。仕方ないか。

 

「待たせちゃった?」

「いえ、それ程でもありませんよ」

「うん、気にしないでいいから。みんなでどのアイドルが一番好きかって話をしてたし」

「おっ、面白そうな話じゃん。で? ヒナは誰?」

「私はやっぱり春香ちゃん、かな? 元気で明るくて、ちょっとドジって、どこか響に似てるし」

 

 うん、ヒナの意見にあたしも同意。ただ、あれだけ派手な転び方はしないと思うけどさ。

 

「それなら私は千早ちゃんかなぁ。何だか翼さんと似てるんだよね」

「あっ、それ分かります。歌が好きなところや髪色、それと人との接し方の不器用さは似てます」

 

 ビッキーの意見に結構な事を言うのは調ちゃんだ。意外だなぁ。この子、前までこんなにズバズバ年上の人の事言わなかったのに。

 

「テラジは?」

「好きとは違いますが、女性としてあずささんや貴音さんに憧れます」

「ああ、いいよね。大人の女性って感じするよ、あの二人」

 

 ほんわかとだけど優しくて包容力のあるあずささんと、ミステリアスだけどどこか可愛い貴音さん。

 しかも、二人してスタイルもいいときてる。身近だと……マリアさんが近いかな。

 

「安藤さんは誰ですか?」

「あたし? そうだな~……」

 

 パッと思い浮かんだのは金髪が印象的なあの子だ。

 自由奔放で、天真爛漫で、でもその奥にたしかな情熱や芯が見えた、そんなアイドル。

 

「美希、かな」

「「「「「「あ~……」」」」」」

 

 で、何故かユミや切歌ちゃんまで納得するような声を出した。

 何? そんなにあたしが美希って言うのしっくりくる?

 

「いや、何て言うかピッタリだなって思ったのよ。あっ、ちなみにあたしは響」

「ビッキー?」

「違うわよっ! 分かってて言ってるでしょ!」

「まあね」

 

 お決まりの流れってやつだ。いや、だって響って名前のアイドルが出てきた瞬間、絶対こういうやり取りやらないとって思ったしさ。

 

「アタシは真美と亜美に自分と調を重ねたデスよ。ただ、多分その場合はアタシが亜美デスね」

「私はやよいちゃんかな。あの歳でおさんどんを完璧にこなすなんて凄い」

「そうだったね。大家族だったし」

「あの話いいよね。特にお嬢様なのにもやしを食べて美味しいって素直に言っちゃう伊織ちゃんが」

「ししょーに少し聞いたデスけど、伊織は家族全員で顔を合わせるのが一年に数えるぐらいしかないらしいデス」

「うわぁ、それは寂しいね」

「そういう意味でも対照的なんだね、やよいちゃんと伊織ちゃんって。だから仲良しなのかな?」

「ちょっと、そろそろアニメに集中してよ。今回は真のメイン回みたいなんだから」

 

 話が盛り上がりそうなところでユミからの注意が飛んだ。

 なのであたし達も意識をアニメへ向ける事にする。画面の中では真がプロデューサーと二人でデートみたいな事を始めていた。

 

 年上男性と二人きりで、か。しかもアイドルがお忍びでだ。これ、現実的に考えると結構危ないよね。

 でも、アイドルって言っても年頃の女の子って考えれば当然だよ。あたしもちょっとだけ憧れがない訳じゃないし。

 

「年上の彼氏、ですか。何だかドキドキします」

「まぁあたし達は女子校で教師達も女性だからね。中々年上の男性、それもイケメンなんて出会う機会ないわよ」

「だねぇ。最近出会った年上男性は優しそうだけどイケメンかって言われると判断に困るね」

 

 あたしがそう言うと明らかにビッキーがチラッとこっちを見た。

 うん、やっぱりだ。ビッキーの好きな人は只野さんで決まり。ならヒナもか。

 ただヒナは無反応。この辺ビッキーよりもヒナの方が手強い。

 

「それって只野さんよね? ま、あの人っていい人止まりな感じがするもの。あたしも彼氏って関係よりは趣味仲間って方がしっくりくるし」

「年齢が一回り違いますけど、そこは気にしないんですか?」

 

 テラジがそう言うとユミはあっさりと頷いてみせた。

 どうやらユミにとっては年齢よりも趣味を理解出来るか否かが重要みたい。分からなくはないけどね。

 

 ただビッキーやヒナの気持ちも分からないでもないんだよなぁ。

 只野さんって、少ししか接してないけどイイ意味で普段は年上っぽくないから。

 親しみやすいって言うか、あまり男って感じの視線や雰囲気こっちへ向けないしさ。

 あたしもユミもテラジも、とびっきりとは思わないけどそれなりに容姿は良いと、思う。

 スタイルは……まぁキネクリ先輩みたいな爆発力はないけど、そこそこ良いと思うし。

 

 でも、欠片としてそういう視線や空気、出さないんだよね。そこが、正直ちょっといいかもと思う。

 どうしても同年代の男の子ってなるとそういうの出してくるからなぁ。

 

「大人、かぁ……」

「はい?」

 

 思わず呟いたら隣のテラジに聞かれてた。

 

「あ、えっと、やっぱり年上の良さってこっちへエッチな事をガツガツ求めてないとこかなって」

「あ~……かもしれません」

「それ、只野さんだからだと思うよ?」

「ですね。私も師匠だからだと思います」

「うん、かも。何せ私や調ちゃん、こっちでバイトしてた時に……ね」

「その話も気になるけど、今はアイマスに集中! てか、真がすっごく乙女で可愛いんですけどっ!」

「デスデス! アタシも今度ししょーとゲーセンデートとかしてみたいデス!」

 

 うん、今聞き捨てならない言葉が聞こえた。まさか切歌ちゃん、只野さんに恋してる?

 まぁ、今のがそういう意味じゃなくて憧れとか興味からの発言って可能性もなくはないけど……ねぇ。

 

 あたしもそこからは本当にアイマスへ意識を向け続けた。

 すると少しして急展開がやってきた。

 

「歌えなくなった……?」

「まるでいつかのビッキーみたいだね」

「……じゃあ、きっと今の千早ちゃんは迷ってるんだよ。心が、歌を唄う事をどこかで嫌がってるんだ」

 

 何とアイドル達の中で歌姫的存在だった千早が唄えなくなってしまった。

 原因は週刊誌に過去をすっぱ抜かれたから。

 交通事故で亡くなった弟さんを、よりにもよって千早が見殺しにしたなんて、そんな内容で過去の記憶をほじくり返されて。

 

「酷い……。人の過去を、しかもこんな風にある事ない事混ぜて書くなんて……」

「月読さん、でもこれ、意外と普通にある事なのよ。ゴシップ誌ってのは売れればいいって考えの本だから」

「特に芸能人はそういうの狙われてるもんね」

「千早さん、そういうのと縁が遠そうだったから余計かもしれません。内容や見出しがセンセーショナルなのも、余計衆目を集めると読んだんです」

 

 あたしを含めて全員が何とも言えない顔で話を見つめる。

 歌姫が唄えなくなった。歌への情熱が人一倍強かった千早はそれが理由で引きこもっちゃったし、これからどうなるんだろう……。

 

 

 

「……あの時とは逆ですね」

 

 そう私が呟くと皆さんが揃って頷きました。

 画面の中では一人でモニターを見上げる春香さんが映し出されています。

 

 アイドル全員が忙しくなり、最初の頃のようなみんなでいる事が難しくなった事。

 それが“みんな仲良く”をモットーにしていただろう春香さんの精神を弱らせていきました。

 

 更に美希さんと二人で挑んだ舞台でのやり取りが拍車をかけ、トドメが頼れるプロデューサーさんを自分のせいで入院させてしまい、その結果春香さんは心を病んでしまい、休養する事となってしまったんです。

 

 それを、似たような状態から春香さんに助け出された千早さんが何とかしようと動いて、事務所からの生放送と言う形でアイドル全員で春香さんへ呼びかけています。

 正直胸が熱くなりますね。ナイス、なんて言葉だけじゃ足りないぐらい、この描写はくるものがあります。

 

「みんな揃って765プロなんだね。映画の時、どうして春香ちゃんがあそこまで全員でにこだわったかがよく分かるよ」

「これが、この事があったから春香は可奈ちゃんを見捨てなかったんだわ。ああ、もう一回映画見たくなってきた。今見たら、きっともっと色んな事が深く分かるはずよ」

 

 立花さんと弓美さんの言葉に私も頷きます。この後があの映画なので当然ですが、今見ればまた違った感想を抱きそうですね。

 

 それにしても、本当に765のアイドルの皆さんは仲が良くてナイスです!

 

「団結力が765プロの強みだもんねぇ。その中心は春香ちゃんって訳か」

「だからセンターなんだろうね。みんなの中心にいる人って、そういう人が多いし」

「デスね。響さんとかししょーとかデス」

「うん」

「あ、あはは……そう言われるとちょっと照れくさいかも」

 

 そう言って頬を掻く立花さんですが、やはり只野さんもそういう方なんですね。

 初めてお会いした時は優しそうな男性としか思いませんでしたけど、立花さんや小日向さんを見つめる眼差しはどこか違って見えたので、創世さんからこっそり二人が好きな人かもしれないと言われた時は驚きよりも納得したぐらいでした。

 

 まぁ少し前にふらわーへ行った時、おばちゃんからあの事を教えてもらったので間違いなく只野さんがお二人の好きな人と確定はしましたけど。

 

 そんな事を考えている間にお話はいよいよ最終回となりました。

 チラっと時計を見れば、時刻も既に日付けが変わっていて、もう丑三つ時を通り越してしまいそうになっています。

 

 ううっ、お肌には悪いですが仕方ありません。

 この作品、弓美さんが普段選ぶ物とは違って、激しい戦いも恐ろしい陰謀などもありませんから安心してみていられるので。

 

 ……終盤は少しだけハラハラしましたけどね。

 

「「「「「「「「READY&CHANGE!?」」」」」」」

 

 まさかのサプライズです! 前半と後半のOPがここにきて合体しました!

 最終回のライブは一体どうなるんだろうと思っていたらこれです!

 ああっ、私もサイリウムを持って振りたい気分ですね!

 

「おおっ! ここのカメラワークも凄いわっ! これがあっての映画だったのねっ!」

「雪歩ちゃん、カメラ目線でウィンクしたよ。成長を感じるねぇ」

「うっわっ! 鳥肌出たよ~! これ、実際に見てみたいなぁ……」

「調、今度これカラオケでししょーの前で歌うデスよ」

「いいかも。私と切ちゃんで分担だね」

「衣装可愛いなぁ。ねぇ響、アイドルギア、頑張ればこれにもなってくれると思う?」

「どうだろ? でもでも心象変化ならいけなくもないかも?」

 

 気になる事が聞こえてきましたが、ギアに関係するなら機密かもしれません。なので聞くのは止めておきましょう。

 

 と、そこでふと思いました。只野さんは、もしかすれば教えてくれるかもしれないと。

 立花さん達は装者だし組織に属しているから守秘義務があります。でも只野さんは世界も違う一般人です。

 

 ……これ、契約書の穴を突くような考えな気がしますが、いいのでしょうか?

 

「これ、新曲って事、かな?」

 

 そんな中、聞こえてきた音楽と画面の中に現れた曲名に弓美さんが首を傾げました。

 

「何だか独特な曲名だね」

「デスね」

「あ~、ここで回想シーン入れるんだ。何だか最終回って感じだよ」

 

 映し出されるのはこれまでの各アイドル達の印象的な場面の数々です。

 これまで見てきた話を思い出しながら、聞こえてくる歌の歌詞にジーンとなって、涙は流れませんが胸に迫るものがありました。

 

 ライブシーンが終わった時には、本当にライブを見終えたような感覚が私にはありました。

 周囲を見れば響さん達も同じような感覚らしく、どこか脱力しています。

 ふふっ、弓美さんと暁さんがまるで姉妹のように同じ状態で放心していますね。

 

 その後はライブ後のちょっとした物語が流れて、事務所の移転は出来ないで雑居ビルの一室のままとなってしまい、最後はみんなでお花見という平和で穏やかな描写でエンディングへ。

 それにしても、もしかすると春香さんはプロデューサーさんが好きなのでしょうか? お財布を渡すのといい、美希さんからの追及に顔を赤める事といい、無自覚かもしれませんが。

 

 見終わった後はディスクをケースへ戻して袋の中へ板場さんが片付けました。これで後は返却するだけですね。

 

「ん~っ……っはぁ、じゃ、歯磨きして寝ようか」

「そうだね。結構深い時間になっちゃったし、出来るだけ静かに動こう」

「でもさ、だからってすぐに寝れそうにはないでしょ」

「あ~、結構最後はほのぼのだったけど、ライブシーンでかなり興奮したしね」

「それでも横になっておくべきです。暗い部屋で目を閉じて横になるだけでも体を休める事が出来ますし」

 

 このままだと朝までダラダラと喋ってしまうと思ったので、すかさず弓美さん達へそう指摘しておきます。

 小日向さんもいるので大丈夫だとは思いますが、念には念をと思うのは悪い事ではないはずですし。

 

「そうだね。いくら夏休みだからって徹夜は駄目だよ」

「そうですね。クリス先輩の見送りも近いですし……」

「その時寝不足顔だったら怒られるデスよ……」

「あ~、キネクリ先輩ならきっとそうだね」

「じゃ、歯磨きが終わった人から二階へ行きましょ。感想の言い合いはあ~……起きてご飯食べたらにするわ」

 

 こうして私達は順番に歯磨きをしてから二階へ上がり、既に敷いていた布団へ入って眠る事に。

 真っ先に暁さんと立花さんが寝て、次に月読さんと弓美さんが寝息を立て始めました。

 私は中々眠れません。思ったよりも気分が高揚しているようです。

 

「ね、ヒナ。まだ起きてる?」

 

 そんな時、創世さんの声が聞こえました。

 

「どうかした?」

「その、さ、ヒナとビッキーの好きな人ってやっぱり?」

「……うん、そうだよ。只野さんの事」

 

 あっさりと、本当にあっさりと小日向さんは創世さんの問いかけを肯定しました。

 しかも声から分かるぐらい嬉しそうに。

 

「せ、世界違うのに?」

「関係ないよ。好きになるって、本気で好きになるってそんな事関係ないぐらいの気持ちなんだよ。私は、それをここで知ったから」

 

 さらりとではありますが、そこには強く重い気持ちが込められていました。

 創世さんが言葉を飲み込んだのがその証拠だと思います。

 

 ……それ程の強い好意を、小日向さんは只野さんに抱いたのですか。

 立花さんとまるで恋人か夫婦のようだった小日向さんでさえも、そこまでなってしまうのが恋というものなのですね。

 

「と、歳も離れてるよ?」

「世の中見てみると、一回り差は珍しくなくなりつつあるよ。十八歳と三十歳だから変に思うだけで、これが二十歳と三十二歳だとどう?」

「いや、そう言われると……」

 

 何故でしょう? 急にそこまでおかしな年齢差な感じがしなくなりました。

 これが偏見というものなんでしょうか? まだまだ私も心や視野が狭いようです。気を付けないと。

 

「そっちも本気で誰かを好きになったら分かると思う。恋の、愛のエネルギーって凄いんだって」

「…………みたいだね」

 

 小日向さんの言い方と声で創世さんも何かを感じ取ったんでしょう。噛み締めるようにそう言いました。

 

「じゃあ、寝ようか。おやすみ」

「うん、おやすみヒナ」

 

 お二人のやり取りを聞きながら私もぼんやりと考えます。

 誰かを、異性を本気で好きになるとどういう感じなんだろう、と。

 ここへ来た事で立花さんと小日向さんは恋をしました。そして、それは今のところ順調のようです。

 

 そこでふと思いました。お二人の気持ちを只野さんは気付いているのでしょうか?

 もし気付いているのなら、立花さんと小日向さん、どちらを選ぶのでしょう?

 

 ……それも少しだけ聞いてみたいですね。そう思いながら私も意識を手放した。

 

 

 

「たっだいま」

 

 朝となり、勤務を終えた仁志が久々にシュークリームを廃棄三つと購入四つの合わせて七つを袋に入れ、どこかテンション高めに帰宅しリビングへと足を踏み入れたが、そこには誰もいなかった。

 

 調か未来が出迎えてくれるかもと淡く期待していた仁志はがっくりと肩を落とし、ため息を一つ付くと無人のリビングへ呟いた。

 

「まぁ、これが現実か」

 

 おそらくまだ全員寝ているのだろうと思い、仁志はゲーム機の傍に置かれているレンタル用の袋へ手を伸ばして中身を確認。

 

「全部入ってるか。じゃ、返却に行ってくるかな。っと、その前にっと」

 

 手にしていたシュークリームが入った袋を持ってキッチンへと移動し、そこにある新しい冷蔵庫へとそれをしまう。

 響達との繋がりが消えなかった事もあり、昔から使っていた冷蔵庫では小さいと考えた彼が動画収入から購入した物の一つであった。

 他にも洗濯機やダイニングテーブルなども購入し、以前購入したソファも含め一人暮らしとは思えないような家具家電が今の彼の暮らしには存在しているのだ。

 

 こうして再び仁志は早朝の道を寒さに身を縮めながら歩いて駅前へと向かう。

 そして、あのレンタル店に置かれている返却用BOXの中へ手にしていた袋を入れると来た道を再び戻った。

 

 冬の寒さは和らぐどころか強くなる一方で、それでも今の仁志には辛いとは思えないものだ。

 何故なら彼には本来であれば有り得ない絆と出会いが残ったからだ。

 創作物であったはずの世界が、存在が、実在しただけでなく自分と接点を持って繋がっているのだから。

 

 見目麗しい美女や美少女。それらと親しくなれただけでも御の字なのに、あろう事か男女関係を、それも所謂ハーレム状態を許容されていたのだから幸運にも程がある。

 

 仁志は、それは色んな巡り合わせの結果だと思っていた。

 事実、それは間違っていない。全平行世界や平行宇宙を闇に沈ませたかもしれない悪意の企み。それが全ての始まりなのだ。

 

 けれど、一つだけ彼が忘れている事が、いや信じ切れていない事がある。

 

 響達が只野仁志という男を信頼するに至ったのは、紛れもなく彼が優しさと強さを内に秘めていたからだと。

 

(さてと、帰ったら熱いシャワーでも浴びて、軽く飯食べて寝るかぁ)

 

 響達を見送ってやりたいがそこまで起きていられるとは思えない。

 そんな風に思って仁志は再び家の鍵を開けて中へと入る。

 

 この一時間半後、彼へ起きてきた女子高生達が思わぬ提案をするのだが、それはまた別の話……。




ちなみにアイマスのワンフォーオールというゲームでは、各アイドルごとにあるソロ曲と連動する特別衣装があり、思い出アピールを使用するとその見た目が変化するという物が存在します。

……アイドルギアも、もしかしたらそういう事が起きるかもしれないからツインドライブ非対応なのかもしれませんね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Girls Take off!!

おまちかね?のカラオケ回です。
とはいえメンバーはあの頃のようにはいきませんが。


「思いのままにっ!」

「「只野さん(ししょー)、今のは一体何です(デス)か!?」」

 

 最後のフレーズを歌い切ると同時に曲が終わり、予想通り切歌と板場さんが真っ先に声を上げた。

 それを見て苦笑する響達。その中に一人だけ小首を傾げる少女がいた。

 

「今のもカメンライダーとやらか?」

「そう。仮面ライダーゴースト。詳しい話はあえて省くけど、彼は歴史に名を遺した偉人達の魂と絆を結んで戦ったヒーローだ」

「色々気になる事が多すぎデスよ! あの目玉のお化けみたいなのは何デスか!?」

「何でパーカーみたいなの着てるんですか!?」

「それよりも僕は歌詞が響きました。人はいつか死ぬ。当たり前の事をこうして改めて告げられる事で、毎日をもっと大切に生きようって思いました」

「うっ、エルちゃんの純真さが眩しい……」

 

 板場さんの反応はよく分かる。エルは相変わらず何事にも素直だな。

 にしても、やっぱり板場さん達にもエルフナインじゃなくエルって呼び方を教えてよかった。

 最初はどうしてこんな小さな子がって風だった三人も、エルが特オタな一面がある事で子供らしい部分もあると感じてくれたようだし、親しくなるには呼び方が可愛らしいってのは大きいからな。

 

 ……まぁマリアがいたらまたこうやって特オタへ染めてと文句を言われてたと思うけど。

 

 それにしても、あの時はビックリしたなぁ。あの板場さん達が初めて俺の世界へ来た日の翌朝、起きてきた板場さんからこう言われたのだ。

 

――あのっ、こっちのカラオケって高いですか? 高くないなら今度こっち来た時に行ってみたいんですけど。アイマスの曲、歌ってみたいんです。

 

 俺がエルやキャロルを誘って行こうと思ってたから丁度良かったんだよなぁ。

 ならばと彼女達の方で予定を合わせてもらった。俺は仕事でも休みでも日中は付き合えるからだ。

 そうして今日を迎えている。俺の感覚ではほんの一週間だが、響達からするともうあれから半月以上が経ったらしい。

 その間に当然だがクリスがまた留学先へ戻った。だが、俺が見送りをしたいと言ったら本人に遠慮されてしまったのだ。

 

――仁志に見送りされると留学先へ戻れねー気がするんだよ。だから、その、気持ちだけ受け取っておく。

 

 そう言われたのが俺の感覚で五日前。クリスは俺と数時間だけ過ごして戻っていったので、その翌日が出発日だったんだろうと思う。

 

 で、今俺達は車を使って初めて来るカラオケ店にいる。

 いや、たまには車を動かさないとバッテリーが……と思ったのだ。

 それと、大勢の女の子を連れ回す事になるのであまり歩きはどうかと思ったのもある。

 

 それにしても、この経過日数のズレはもしかして今年度中にこっちとあっちの日付までズレを無くすつもりなんだろうか?

 もしかして、ここと向こうのズレを解消しないと不味い事があるんじゃないか?

 依り代の力が消えてないのはそれに備えてるんじゃないか?

 

 あるいは、悪意は倒し切れてないのか?

 

「あの、兄様? どうかしましたか?」

「え? あ、ああ、何でもないよ」

 

 今はそういう話をしない方がいいだろうと判断し、俺はマイクをテーブルへ置いてソファに座る。

 次に歌うのは誰だろうと思っていると、マイクを持っているのは切歌と調だった。二人で歌うんだろうかと思っていると、モニターには“READY!!”と表示される。

 

「ししょー、聞いてくださいデス!」

「私達で歌う~……」

「「「「「「「READYっ!」」」」」」」

 

 そこから始まるのは女子高生七人による“READY!!”の熱唱。

 前もって話し合ったのか歌割までしていて、まるで本当にアイドルのライブを見ている気分になった。

 エルとキャロルも七人のそれを知らなかったらしく、エルはキラキラとした表情で、キャロルは呆気に取られた表情で聞いていた。

 

 俺もコールを入れて盛り上げ、途中からはエルとキャロルにも参加してもらって楽しんだ。

 

 で、その歌終わりに板場さん達三人から思わぬ提案があった。

 

「動画を上げたい?」

「はい。その、こっちでならあたし達もアイドルっぽい事しても平気かなって」

「ビッキー達に聞いたら、色々反応があって楽しかったって」

「なので、私達もやってみたいと思ったんですが、ダメでしょうか?」

 

 アイドル活動をしてみたい、か。やっぱり女の子はどこかでそういう願望や欲求を秘めているんだろうか?

 まぁたしかにこっちなら板場さん達は私生活を探られても怖くないし、住んでるとこも存在しないから不安はないか。

 

「いいよ。でも、出来ればオリジナル楽曲で上げたいんだよなぁ」

「オリジナル楽曲、かぁ」

「ビッキー達はギアでやってたの?」

「あ、うん」

「そうなると私達では難しいですね」

「既存の歌じゃダメですか?」

「ダメじゃないけど……あっ、そうだ」

 

 そこである事を思い出す。例の“戦姫咆哮ギアヴァヌラス”のイベントで追加された曲がある。

 何故か依り代の方のゲームにも追加されたそれに、彼女達で歌詞を付けてもらって歌ってもらうのはどうだろうと思ったのだ。

 

 そう話すと意外と乗り気になったのが寺島さんだった。

 

「面白そうです。作詞という事ですよね?」

「うん。曲は依り代で聞けるから、これを貸しておくよ。それと同時に他に三人で歌いたい曲やそれぞれで歌いたい曲を考えておいて」

「え? ソロも?」

「当然。君達三人はドライディーヴァ、つまりこっちでの翼達三人と同じでユニットとしても稼働して、でもソロでもやって欲しい。そうだ。アイマスで言うなら竜宮小町だ」

「「「あ~……」」」

 

 納得というような三人に俺は苦笑する。いや、アニマス本編を見てくれた事で説明が楽になったなぁと思ったんだ。

 そこで三人はならばとアイマスから曲を選ぶ事にしたらしい。で、俺はアドバイスを求められたので……

 

「生まれた愛を育てて。信じる力に変えて」

 

 板場さんには我那覇響をイメージして“Is This Love”を……

 

「自分に勝てるのは自分」

 

 寺島さんには四条貴音をイメージして“DREAM”を……

 

「じゃあねなんて言わないで。またねって言って」

 

 安藤さんには星井美希をイメージして“relations”を覚えてもらう事に。

 

 要するにあのアイドルギアで足りなかったところを三人に埋めてもらう感じだ。

 それに彼女達ならある意味でフェアリーの立ち位置にピッタリだし。

 

 それにしてもさすがは音楽院へ通ってるだけあるよな。三人ともすぐに歌を覚えてしまったのには驚いたのなんのって。

 とりあえずそれぞれのソロを動画にして“戦姫絶唱シンフォギアチャンネル”へとアップする事に。

 

 それにしてもアニマスを見たからか、響達もかなりアイマス曲を歌えるようになってるなぁ。

 “READY!!”もそうだし“CHANGE!!!!”もだ。ガイドボーカル付きではあるけど“自分REST@RT”まで歌ってくれたし。

 

 ……エルとキャロルが歌えず悔しそうだったので、二人には俺と一緒に“W-B-X”を歌ってもらった。

 

 で、ラスサビ前は二人だけで歌ってもらう事にしたのだが……

 

「「僕らを繋いだ風を止めたくない~」」

 

 これが実に良かった。本当に二人なら翔太郎とフィリップになれるだろうと思えるぐらいマッチしてた。

 まぁ、歌い終わった後で板場さんからWについて色々聞かれたけど、ね。

 

「兄様、前に教えてくれたWの挿入歌を歌ってください」

「ああ、EXTREME DREAMだな」

「はい! 聞いてみたいです!」

 

 可愛い妹分というか娘分にこう言われては歌わぬわけにはいかない。

 さすがにこれは本編映像はないが、歌詞はきっとみんなに響くはずだ。

 ついでに連続で“Nobady’s Perfect”を入れておく。

 

「誰かを信じる前に信じられた~。自分であり続けよう、Nobady’s Perfect」

 

 Wの後半を彩った名曲だ。近い内にエルとキャロルにW本編を見せてやりたい。

 特に終盤はこういうバディ物として泣ける展開が待っている。

 それと、平成二期の方向性をある意味で定義づけた“仮面ライダー”という称号の重さと意味を描いてもくれてるしな。

 

「弱さを知れば人は強くなれる~」

 

 続いての“Nobady’s Perfect”には誰もが静かにしてくれた。

 そもそも穏やかな曲調だ。そこへメッセージ性の強い歌詞が乗る事で思わず黙ってしまったんだろう。

 

 勇ましさはない。雄々しさもない。けれど人として大事な事をこの歌は歌ってる。

 作品内の決め台詞でもある“お前の罪を数えろ”を歌詞に入れてるところもあって、これはやはりおやっさんこと“鳴海壮吉”の歌だしな。

 

「仁志さん、今のは?」

「仮面ライダーWの挿入歌の一つだよ。主人公がおやっさんと慕い、仮面ライダースカルでもある鳴海壮吉のキャラクターソングの一面もある、かな」

「誰も完璧ではない、か。今の俺には刺さる言葉だ」

「お前の罪を数えって、あの歌詞はやっぱり?」

「ああ、エルの想像通りだよ。Wでの決め台詞だ」

「決め台詞? どんな感じなんです?」

 

 板場さんの問いかけに俺はマイクを置いてポーズを取る。

 気分は変身した直後のW。マフラーを風になびかせてな感じだ。

 

「さぁ、お前の罪を数えろ!」

 

 これはこの台詞の意味が分かるとよりカッコよさを増すんだよなぁ。

 

「こんな風に怪人、ドーパントなんかへ告げるのさ」

「お前の罪を数えろ、かぁ。どういう意味かしら?」

「気になるデスよ。ししょー、Wは話数どれだけデスか?」

「一年のシリーズだからクウガと同じぐらいと思ってくれ」

「かなりのボリューム……」

「しかもWは主役の映画だけじゃなくゲストでも中々出番の多い映画もあるし、スピンオフもあるしで、全部見ようとすると結構あるんだ」

「「「「「「「「「へぇ~(ほぉ)……」」」」」」」」」

 

 そこから少しだけWの話をする事になった。

 メモリチェンジや二人で一人など興味を惹く要素もあるし、主人公がハーフボイルドな探偵という事に、Wがご当地ヒーローである事を教えるとみんな(主に板場さん)が驚いたりした。

 

 そうなると自然と見たくなってくるのがエルや切歌、そして板場さんだろう。

 

「ししょー、次のお休み前に連絡くださいデス!」

「はい。僕のゲートリンクへお願いします」

「あるいはこっちから連絡するべきかも。もうすぐ大型連休あるから」

「あー、シルバーウィークか。成程ね。それなら何とかなるか。っと、そうだ。板場さん、クウガを今日貸すから持って行って」

「ありがとうございます! いやぁ、気になってたのよねぇ」

「で、みんなはネタバレ禁止」

「「「「「はーい(デス)」」」」」

「キャロルは……知らないか」

「ある程度は知っている。エル……から聞いたからな」

 

 板場さん達へ一瞬だけ目をやってキャロルはそう言った。

 成程。真実はエルの記憶から知っただろうな、これ。

 ちなみに板場さん達にはキャロルはエルの双子の姉で、姉妹揃ってS.O.N.Gで研究員をしている天才少女と説明してる。

 

 嘘ではない。それに機密に抵触するかもしれないから詳しい話をするのもと、そう判断したのだ。

 

「んじゃ、ここからは俺はしばらくマイクを持たないから。みんなの可愛い歌声や綺麗な歌声を聞かせてもらおうかな」

「そういう事なら……」

「歌うわよ~っ!」

「でも私達はガイドボーカル付きですけどね」

「違いない」

「ちょっとっ! 折角盛り上げようとしてるんだから水差さないっ!」

 

 本当に賑やかだな。板場さん達が増えただけであの頃を凌ぐ勢いの活気だよ。

 そんな風に思いながら俺は響達の歌を楽しむ事にした。キャロルも響とだったり切歌とだったりとデュエットをしていて、何だか心があったかくなった。

 

 今度はここにクリス達もいて欲しい。そんな風に思いながら時間は過ぎていくのだった……。

 

 

 

 カラオケが終わり、二次会ではないが少々遅めの昼食会が帰り道にあったファミリーレストランで行われる事となった。

 そこはリーズナブルな値段が売りの店であり、平日にも関わらず結構な人数の客で賑わっていた。

 

「「「「「「「安い……」」」」」」」

 

 メニューを見た学生組が声を揃えるのがその証拠。ピザやパスタ、ドリアなどメニューは豊富なのに値段が彼女達の予想を完全に下回っていたのである。

 

「そうなんですか?」

「俺達は外食をしないからよく分からん」

 

 一方エルフナインとキャロルはメニューを見ても首を傾げるばかり。

 基本本部内の食堂しか使わない二人にとって外食は縁のないものであり、エルフナインは上位世界では自由に外出出来たが、何かを買う際は誰かに支払ってもらうしかなかったため値段は知らない事が多かったのだ。

 

「まぁここは特に安さを売りにしてるチェーンだからな。で、何を食べる?」

「やっぱりピザでしょ!」

「エスカルゴって珍しいよね。カタツムリみたいだし、ちょっと食べるのは勇気いるかも……」

「ヒナって意外とチャレンジャーなとこ見てるね。まぁ気持ちは分かるけど」

「そうですね。立花さんはどうです? 何か気になる物はありますか?」

「私はぁ……ミラノ風ドリアとかいいかなって」

 

 二つのテーブルに分かれて座る仁志達。響達同級生五人で一つのテーブルを使っていて、仲良さそうにメニューを眺めて談笑していた。

 

「調っ調っ、デザートがいっぱいデスよ」

「……ホントだ。どれも美味しそう」

「キャロル、何がいい?」

「…………お前と同じでいい」

「僕と? でも僕はキャロルに選んで欲しいんだ」

「じゃあピザとパスタのどちらかをそれぞれが一つ選ぶといい。それを分け合って食べるんだ」

 

 エルフナインとキャロルの希望を叶える方法を告げ、仁志は優しく二人の頭へ手を置いた。

 

「エルもキャロルもお互いの好みを知りたいんだろ? もしくは相手に好きな物を食べて欲しいじゃないか? それを相手も思ってるんだから好きに選ぶといいよ。切歌と調もそうするといい。何も全部一人で食べ切る必要はないんだしさ」

「「「「はい(分かった)(デス)」」」」

 

 すっかり父親モードの仁志である。だが、そんな彼を隣のテーブルから響達が眺めていた。

 

「何だか只野さんってあの子達のお父さんみたいね……」

「うん、だね。年齢もあってか、エルちゃんとキャロルちゃんは本当に娘みたいだし」

「暁さんや月読さんも妹か姪のようです」

「うん、そうなんだよ。こっちにいた頃から仁志さんはエルちゃん達の保護者みたいな事してたから」

「実際、何度か私や調ちゃんといる時はお兄さんを装った事もあるしね」

「「「へぇ……」」」

「未来、それ初耳なんだけど?」

「話してないからね。ある種デートだったし」

「「「「その話詳しく」」」」

 

 女三人よれば姦しいとはよく言った物で、響達五人はメニューを時折眺めながら会話へ興じ始めたのだ。

 

 それを今度は仁志達が見つめていた。

 

「……凄いな、女子高生」

「はい、会話をしながらメニューの相談まで始めてます」

「無駄に情報処理能力が高いな」

「でも、アタシや調も友達と話してるとあんな感じデスよ?」

「うん」

「は~……やっぱり女の子というか女性は凄いわ」

 

 半分感心半分呆れの気持ちで仁志はそう告げるとメニューへ目を向ける。

 

(相変わらず値段が良心的だけど、ちょっと社会人としては情けないかもしれないなぁ。人数が多いのもあるけど、選ぶ店がいつまでもこういう場所ばかりじゃ……)

 

 動画収入があるとはいえ、仁志はしがない雇われコンビニ店長。その収入はけして多いとは言えないレベルだった。それで本来は家族四人で暮らせる家を借りているのだから支出は多いと言える。

 動画による収入がなければ今の暮らしは本当に際どいものとなる事を仁志は理解していた。故に最近彼は何とか自分だけでも今の暮らしを維持できる方法を模索している。

 

(一番確実なのは資格を取ってそういう道をってやつだけど、問題は今更勉強出来るかだよなぁ。それ以外だとシフトの日数を増やすか早朝の時間まで残業するかだし……)

 

 週六日勤務か週五日勤務の上夜十時から朝九時までの長時間勤務。そうなれば仁志は家に帰って寝るだけの生活になるだろうと予想していた。なのでそれは簡単だが最後の手段であるという認識を持っていたのだ。

 

 ただ、それを聞けば時間のズレがなくなっている今、翼が身の回りの世話をすると言ってやってくるだろうし、下手をすれば響や未来が学院卒業と同時に同棲を始める可能性があるのだが。

 

 そうこうしている間に仁志達の注文は決まり、ドリンクバーへ行き女性陣がキャイキャイとはしゃぐのを他所に、キャロルとエルフナインが切歌にミックスドリンクを作られてそれを調と仁志が苦笑する一幕があった。

 

 やがてそれぞれのテーブルにピザやパスタなどが運ばれてくる。

 

「エル、熱いから気を付けて」

「はい、ありがとうございます調お姉ちゃん」

「キャロルはサラダ、まだ食べるデスか?」

「じ、自分でやるからいい」

「まぁまぁ、そう言わずに。切歌、多いよりは少ないぐらいでいいと思うぞ。ピザやパスタも食べるしな」

「りょーかいデス」

 

 傍から見れば家族連れにしか見えない仁志達に……

 

「美味しそ~……早速一切れっと……アチッ!」

「ビッキー、慌てないでもピザは逃げないって」

「わぁ、見てください。このドリア、お値段の割にこんなに量があります」

「ホントね。てか、パスタも思った以上にしっかりしてるわ」

「ねぇ、やっぱり後で何かスイーツ頼んでみよっか」

「「「「さんせ~」」」」

 

 完全に女子会にしか見えない響達と、彼らが一緒のグループとは思えない雰囲気の違いがあった。

 エルフナインとキャロルの世話を焼きつつ自分達も食べる切歌と調。そんな四人を優しげな眼差しで見つめる仁志。

 それとは違い終始華やかな響達女子高生組は、ピザなどを食べながら追加注文のスイーツをどうするかと話し合う。

 

 食べ終わった時には誰もが心からの笑顔を浮かべて店を出る後ろで、仁志は決して安くはない金額となった支払いを済ませながら人知れず苦笑いを浮かべていた。

 そんな事を知らず、切歌はエルフナインと手を繋いで駐車場に止めてある車へと向かって歩いていた。

 

「エル、美味しかったデスね!」

「はいっ! 今度は姉さんやヴェイグさんを連れてきたいです!」

「デスデス。みんなで来たいデス」

「キャロルはどうだった?」

「まぁ不味くはないな。その、調の料理には負けるが」

「ふふっ、ありがとう」

 

 切歌がエルフナインと手を繋いでいるように、調は何とキャロルと手を繋いでいた。

 実はエルフナインとキャロルは時々切歌や調と共に過ごしているのだ。とはいえ、護衛対象である二人が出歩くのは色々と面倒が多いため、切歌と調が本部を訪れ宿泊するというものではあるが。

 その際には調がエルフナインとキャロルのために腕を振るい、四人で仲良く食事をする事となっていたのだ。

 

 そういう事もあるので、キャロルは婉曲的ではあるが照れくさそうに調の料理を褒める。そんな彼女に調は嬉しそうに微笑んでみせた。その光景は髪色こそ違え姉妹のようであった。

 

 そんな先を行く四人の後ろ姿を眺め、感慨深そうにしているのが響と未来だった。

 

「何だかいい感じだね、キャロルちゃん」

「うん、そうだね。切歌ちゃんや調ちゃんとも仲良くしてるみたいだし、エルちゃんとも時々ケンカするんでしょ?」

「みたい。ケンカ出来るぐらい仲良くなったんだなぁって思うよ」

「そう、だね。ケンカ出来るってそういう事だから」

「うん。私も未来とちゃんとケンカ出来るようになったの、そういう意味だしね」

 

 そこで互いへ顔を向け合い、小さく微笑み合う響と未来。

 かつてのエルフナインとキャロルはケンカではなく主張のぶつけ合いだった。そこには相手を理解しようとする気持ちはなく、ただ自分の考えを告げるだけだったのだ。

 それが今の二人はちゃんとケンカをしていた。自分の事を知って欲しいと思うと同時に相手の事も知ろうとするやり取りなのだから。

 

 そして店の出入り口付近では弓美達三人が仁志を待っていた。

 

「あれ? どうしたの?」

「いえ、御馳走になったからお礼をって思って」

「そういう事です。御馳走様でした」

「いやぁ、スイーツ頼んだ後で支払いが只野さん持ちって思い出したもんで……」

 

 若干申し訳なさそうな創世に合わせるように弓美と詩織も同じような表情を浮かべる。

 だが、そんな三人に仁志は軽く微笑むと片手を小さく動かした。

 

「いやいや、こんな可愛いお嬢さん達と一緒に過ごせて、軽い女子校の教師気分を味わわせてもらったんだ。それに比べれば安い出費だよ。だからあまり気にしないでいいから。その感謝の気持ちだけでも十分だしね」

 

 それを響が聞けば小さく笑った事だろう。何故ならそれは、響とクリスを連れてシャワーを浴びさせるためにネットカフェへ行った際そのままな仁志の在り様を示していたのだから。

 

「でも……」

「いいからいいから。こう見えてもそれなりに稼ぎはあるんだ。それに君達はまだ学生だし、ここは大人に甘えなさい」

「そうですか……。分かりました。それなら、改めて御馳走様です」

「詩織?」

「そうだね。只野さんがこう言ってるし、お言葉に甘えますか。御馳走様です」

「創世まで……」

「板場さん、これがお互い社会人とか学生なら割り勘でいいけど、俺は三十のおっさんでそっちは学生だ。収入も違うし立場も違う。なら、素直に奢られてくれると助かるよ。いつか君達が職に就いたら缶チューハイでも奢ってくれればいいからさ」

「只野さん……分かりました! おつまみもつけてあげますねっ!」

「ああ、期待して待ってるよ」

 

 そんなやり取りを終えてから仁志は三人と共に車へと向かった。

 

「ししょ~、早く来てくださいデース!」

「ああ、ごめんごめん。今開けるよ」

 

 仁志がキーを使って車のロックを遠隔解除すると、切歌達が後部座席側のドアを開けて次々と乗り込んでいく。

 それはさながら女子校の部活遠征にも似た光景だった。仁志は本当に自分が女子校の教師にでもなった錯覚を覚え、ないないとばかりに一人小さく首を左右に振って運転席へと向かう。

 

(さて、帰りも安全運転で行くとしますか)

 

 そんな事を思いながら仁志はシートベルトを締めつつ一度だけバックミラーを見た。

 

「お昼が遅めになったから、晩ご飯もいつもより遅くするデスか調」

「う~ん……今夜はエルやキャロルと一緒に食べようかなって思ってるから二人次第」

「なら僕は遅くして欲しいです」

「俺は……俺も遅くでいい」

「未来、私達はどうする? いっそ本部の食堂で食べてく?」

「そうだね、どうしよっか」

「ねぇ、あたし達はどうする?」

「いっそ只野さんを御招待するのはどうでしょう?」

「俺を?」

「そうだね。前と同じで食材とかこっちで用意して、只野さんにさっきのお礼って形で晩ご飯を御馳走するのもいいね」

 

 食べたばかりでもう夕食の話を始める仁志達。ただし、仁志を招待するとなれば響達が黙っているはずもなく、結局この日も以前のように仁志が仮眠を取っている間に響達が食事の用意をする事となり、そのままなし崩し的に彼女達を泊める事となる。

 

 ただ、この日は仁志が休みのために寝る場所を彼だけ二階ではなくリビングとした。

 響達は気にしなくてもいいと言ったのだが、仁志は頑としてそこは譲らなかった。

 

――大人としては当然だし、男としても当然の事だから。

 

 こうして仁志は一人リビングへ布団を敷いて寝る事となった。

 だが、日付が変わろうとした辺りで微かに階段を下りる音が聞こえ始める。

 しかも一人ではなく複数分だ。やがて音は消え、静かにリビングへと続くドアが開けられた。

 

「……やっぱり寒いね」

「うん、早くお布団に入りたい」

「それよりもししょーとキモチイイ事してあったかくなるデスよ」

「とりあえずギア、展開しよっか」

 

 ドアを静かに閉め、仁志の布団へとそそくさと近寄る四つの人影は、眠る仁志を確認すると小さく聖詠を唱えた。

 

「ん……? なんだ……?」

 

 何か光のようなものが生まれたと気付き、仁志はゆっくりと目を開ける。

 するとその視界には……

 

「……へ?」

 

 ギアインナー姿の響、未来、切歌、調が映ったのだ。

 

「あっ、起きちゃった」

「ちょうどイイデスよ。起こす手間が省けたデス」

「え? は?」

「師匠、どうしたの? まだ寝惚けてる?」

「そうじゃないんだと思うよ。状況が理解出来ないんじゃないかな?」

「え、えっと、これは一体どういう事?」

 

 理解しつつはあるが納得出来ない。そんな心境で問いかけた仁志へ、四人は妖艶に笑みを浮かべて口を揃えてこう告げるのだ。

 

――夜這い、です(デス)……。




まぁ、ご想像の通り、この直接の続きはアチラです(汗
にしても、この流れに見覚えあるなぁ(苦笑


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

約束の時計と追究と

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

今回は以前あった学生組との夜で覗いたキャラが出てきます。
それとアンケートを行いますのでもし良ければご協力ください。


「こ、これなんかいいんじゃないでしょうか?」

 

 そう言ってスマホの画面の中にある一つの時計を指さすのはエル――ではなくそれに扮したキャロルだ。

 今、俺はキャロルとこたつに入りながらスマホを使って時計を物色していた。いつかの約束した時計を選んでもらっているのである。

 

 とはいえ、あれはキャロルがエルの振りをした時のやり取りだもんだから、こうやって一人でこっそりとやってきたのだろうと思う。

 ちなみに本物のエルはきりしらと一緒にセレナのところへ遊びに行っているそうだ。これはセレナからの情報なので間違いない。キャロルも誘ったけどたまにはゆっくり寝ていたいと断られたらしい。

 

 ……その理由はこれのため、か。そう思うと何とも可愛らしいじゃないか。

 

「あ、あの、兄様? どうかしましたか?」

「ん? いや、エルが選んでくれたのなら何でもいいからさ」

 

 色々と思い出していたからとは言わない。本気でキャロルが選んでくれた物なら何でもいいと思ってたし。

 

「むっ、それはダメです。兄様の感性でもちゃんと考えてください」

「はいはい。とはいっても、俺は基本安ければそれでって感じだからなぁ」

「それです。もう少しそういう観点以外の見方もするべきだと思います」

「う~ん、それはちょっと否定し切れないんだよな……」

 

 実際もう三十にもなって、物の見方がまず値段というのはどうかと思わないでもない。

 パッと見て、いいなと思うかどうかを考え、次に値段となるようにするべきかもしれないな。実際特撮やアニメグッズなどはそういう感じだから、それを他の物にも当てはめるべきか。

 

 そこから少しの間、キャロルは俺の膝の上で次々と候補を挙げてくれた。俺はそれを見て、唸ったり謝ったりテンション上げたりと色んな反応を返した。

 

 で、結果として木製の壁掛け時計に決定。やはり見た目が無機質よりは温かな印象があると言う事でそれになった。

 

「さてと、約束も果たしてもらったところで、一つ俺は君に謝らないといけない事があるんだ」

「謝らないといけない事?」

 

 膝上で小首を傾げるキャロルへ俺は申し訳ない顔をして頭を下げる。

 

「すまない。実はあの時、君がエルじゃなくキャロルって分かってた」

 

 そう言って俺はキャロルの反応を待った。怒られるか呆れられるか、あるいはそのどちらでもない反応をされるのかと身構えながら。

 けれど、一向に反応はなかった。怒声もため息も、何なら息が漏れるような音さえ聞こえなかった。

 

 どれぐらい沈黙していたのだろう。俺が膝上の温もりが微かに動くのを感じた瞬間……

 

「そうか……。分かっていながら今日まで黙っていたのか」

「その、ごめんな。嬉しかったんだよ」

「? 嬉しかった、だと?」

 

 そこで頭を上げるタイミングだと思ってゆっくりと頭を上げる。するとキャロルの不思議そうな表情が視界に入ってきた。

 

「ああ。キャロルにとってはちょっとした冗談やおふざけだったんだろうけど、俺からすれば初めてのキャロルからの歩み寄りだった。だからそれだけで終わりたくないって思ってね」

「……それで時計を選んで欲しいと言い出したのか」

「そういう事。本当にありがとうキャロル。こうやって最後まで付き合ってくれてさ」

 

 途中で自分が約束した事だと言い出しても良かったし、あるいはエルの振りをしてさっさと選んで終わらせる事だって出来たはずだ。なのにこういう風に二人きりの機会を設けてくれて、ちゃんと考えて選んでくれたから感謝しかない。

 

「こうやって騙す形になってごめん。でも」

「いや、それなら俺の方だ。まず俺が出来心でエ、エルの真似などしなければ良かっただけだ」

「キャロル……」

 

 視界に映るキャロルは、照れくさそうに顔を背けて髪を人差し指で弄っていた。

 そうしていると本当に年頃の少女にしか見えない。

 

「じゃ、お相子って事で」

「……ああ、それでいい」

 

 そこでホッとしてキャロルの頭を優しく撫でると彼女は顔を背けた。多分照れてるんだろう。笑みを浮かべているから恥ずかしいんだと思う。

 そんなとこが可愛くて、俺は笑みを浮かべたままキャロルの事を撫で続けた。そうしていると、その内キャロルも顔を背けているのが馬鹿らしくなったのかこっちを向いてくれ、ややブスッとした表情を見せてきた。

 

「いつまで撫でてるつもりだ?」

「嫌ならすぐ止めるよ」

「…………小父さんがしたいのなら好きにすればいい」

 

 キャロルからのおじさん呼びをいただきました。何だか気分は本当に親戚のおじさんだ。

 

「そっかそっか。じゃあもう少しだけこうさせてもらうな?」

「好きにしろ」

「うんうん。キャロルは可愛いなぁ」

「っ!? そ、そういう事は言わなくていいっ!」

「何で?」

「な、何ででもだっ!」

「可愛いものを可愛いと言って何がいけない?」

「お、面白がっているだろうっ!」

「キャロルが可愛いのは事実だよ。君のお父さんもそう言ってたじゃないか」

「ズルいぞっ! こういう時にパパの事は言うなっ!」

 

 顔を赤くして言い返してくるキャロルはとても愛らしかった。何というか、素直になれないところや可愛いと言われる事への耐性が低い辺りが愛しい子だ。

 思い返してみれば、エルも最初の頃は可愛いという褒め言葉に首を傾げていたっけ。うん、本当に良く似てる姉妹だ。

 

「何を思い出してニヤニヤしているっ!」

 

 で、そんな俺へキャロルがつり目になって睨んできた。けれどそれさえも可愛いのだからズルいのなんのって。

 

 結局この後キャロルに本気で怒られるまで、俺は可愛い可愛いと言い続けた。

 まぁそのせいでしばらく口を利いてくれなくなったんだけど、それでもすぐに帰らず一緒に昼寝をして、夕食を食べてくれたので優しい子だなと思う。

 

「時計が届く日が分かったら連絡するから来てくれるかい?」

「……気が向いたらな」

 

 最後にそう言葉を交わしてキャロルを見送り、俺は勤務へと向かった。

 今夜の勤務はオーナーとなので余裕だなと思っていたら思わぬ事を聞かれた。

 

「彼女、ですか?」

「うん。いや高山さんや南條さんが絶対出来たって言うもんだから」

「あ~……」

 

 何とも答え辛い話題だ。誤魔化す事も出来るが、おそらくあの二人はある種の自信があって話してるはずだし、下手な誤魔化しは余計それを強めてしまうかもしれない。

 

「て事は、あのお二人の事だから割と踏み込んだ事言ってるんじゃないですか? 例えば天羽さんとか」

「ああ、南條さんはそう言ってたね。高山さんは月読さんが怪しいって」

 

 うわぁ、さすがは女歴が長いだけある。どちらも当たりだ。

 

「あの、オーナー、自分で言うのも何ですけど、天羽さんだってそうですが月読さんなんて年齢差が……」

「だよねぇ。僕もそう言ったんだけど、高山さんはむしろそこが安心感になってるからって」

 

 あ~、調の本質を見抜いてるのか。母親やってる人は凄いな、本当に。

 

「それに天羽さんはジョギング一緒にしてたよね? いくら見返りがあるとはいえ嫌いな相手と勤務終わりにそんな事しないだろうって」

「……かもしれませんね」

 

 一般的にはオーナーや南條さんの感じ方が正しいと思うので肯定しておく。実際そうだったし、な。

 

「ただ僕はそれで言うなら立花さんだと思うんだけどね」

「へ?」

 

 まさかの意見に間抜けた声が出た。オーナーはこっちに含みがあるような笑みを浮かべていたからだ。

 

「立花さんは明らかに只野君へ嬉しそうな笑顔見せてたからねぇ。気付かなかった?」

「あれが彼女の場合普通だと思ってましたので……」

「いやいや、あれは脈ありだと思うよ? ただ、さすがに成人と未成年との恋愛を推奨するのは世間体的にどうかと思ったし」

「それに、絶対という確証がなければけしかけた後で違ったってなると面倒ですからねぇ」

 

 オーナーが苦笑して頷いたのを見て、俺はクリスや未来の想いの秘め方に内心で感嘆の息を吐いた。

 あの二人はその胸の内を気取られる事無く過ごし切ったんだなぁ。ある意味で女性らしいかもしれない。

 

 その話はそこで終わった。ただオーナーから「もし結婚とかを考えて転職する前に相談してくれる? 色々と力になれる事もあるかもしれないしね」と言われたので、その時は絶対に相談しますとだけ返した。

 

 結婚、かぁ。現状じゃ結婚は出来ても子供が厳しい。コンビニも今後増々厳しくなっていくだろうし、どうなってもある程度食っていける方法を考えないといけないかもしれないな。

 

 そんな事を考えながらその日の勤務時間は過ごした。チラチラと頭の片隅を過ぎるみんなの世界へ行くという選択肢を振り払うように懸命に動きながら……。

 

 

 

 キャロルと新しい約束を交わした二日後、俺の家にキャロルとエルの姿があった。それだけじゃない。実はヴェイグも一緒だ。

 

「これが新しい時計か」

「キャロルが選んだと聞きましたけど」

「そうだよ。中々お洒落だろ?」

「「はい(ああ)」」

「まぁ、こいつが選ぶ物は大抵が安物然としていたからな」

 

 二階の寝室というか一番大きな部屋に届いたばかりの時計をかけると、それを見つめてエルとヴェイグが嬉しそうな顔をし、キャロルはそれにどこか誇らしげな顔をした。

 

 ちなみにヴェイグが一緒なのはセレナのところへ遊びに行った際にエルが昔を思い出した事が切っ掛けらしい。要はあの頃のエルはよくヴェイグと一緒にいたために懐かしくなったと言う事だ。

 で、それを聞いてセレナが少しの間ヴェイグにエルと一緒に過ごしてあげて欲しいと頼み、ヴェイグもそういう事ならと少しの期間エルと一緒にいるそうだ。

 

「さてと、じゃあどう過ごす?」

「「「とりあえずこたつへ戻る」」」

 

 揃った意見に思わず苦笑し、ならばと俺達は下へ戻った。リビングへ入るなり金髪の双子姉妹がこたつの中へ素早く入り、妹の方の膝へ座る形でヴェイグもこたつの中へ。

 

「俊敏だなぁ」

「えへへ、こたつは僕らの部屋にはありませんから」

「買おうと思えば買えるんだが、二人してそこで寝てしまいそうで止められている」

「マリア?」

 

 俺の問いかけに深く頷く双子姉妹。どうやらしっかりマリアはこの二人のお母さん役をしているようだ。

 

「こっちも似た理由だ。マムがこたつで眠る事の危険性をマリアから聞いたからな」

「ははぁ、セレナの部屋も人の出入りがある訳じゃないからな。しかもセレナはあの世界で唯一の装者だ。風邪をひかれちゃ困るもんな」

「そういう事らしい。代わりに“ほっとかーぺっと”と言う物を用意してもらったぞ」

「おおっ、それも結構暖房器具としては優秀なものだよ」

 

 一番凄いのはこたつとの併用だけど、そこまでやると本気でこたつむり量産状態となる。切歌や響など一発でそうなってしまうだろう。

 何せこたつをつけない状態でホットカーペットだけつけていれば、こたつ布団の保温効果のおかげでこたつ使用時と同じようにあったかくなって眠くなるのだ。

 

「ああ。おかげで今の俺の寝床はそこになってる」

「ベッドじゃないのか?」

 

 そういうのがあってもてっきりセレナと一緒に寝てると思ってた。

 

「俺はそれでもいいと言ったんだが、セレナがクッションをそこに置いてくれてな。セレナの部屋の中の俺の場所にしてくれたんだ。勿論一緒にベッドで寝る時もあるがな」

「だからヴェイグさんの場所だけ暖かかったんですね」

「ああ。まぁ、まさか切歌が寝てしまうとは思わなかった」

「……あいつらしい」

 

 俺も口には出さないけど同じ事を思った。切歌らしいなって。ホットカーペットがあったかくて眠くなったんだろう。おそらくだけどヴェイグのクッションを枕代わりにしたんじゃないだろうか。

 

「なぁヴェイグ」

「ん?」

「切歌、クッションを枕にしてなかったか?」

「「その通りだ(です)」」

「どこまでも期待通りの奴だな」

 

 キャロルの〆に俺は何も言えない。いや、うん、本当に予想通りだった。

 そこからはこたつに入りながらエルキャロがゲームを始め俺とヴェイグが眺める時間となった。

 

 そうしていると、ふとエルからこんな事を聞かれた。

 

――兄様、ギアのようなウルトラマンを御存じですか?

 

 どういう事だと思ってエルの話を聞いてみると、どうやらギャラルホルン絡みでまたアラームが発生しマリア達旧F.I.S組が対応したそうで、そこで何と三人は宇宙人やウルトラマン達に似た見た目のパワードスーツを着て戦う存在と出会ったらしい。

 

 そこまで聞いて俺が思い当ったのは“ULTRAMAN”だった。漫画で展開しているもので、初代ウルトラマンと一体化していたハヤタ隊員の息子、だったかな? それが主人公の作品だ。

 俺は一巻を試し読みで読んだだけだが、俺が望んでいるウルトラマンらしさがあまり感じられず、むしろ平成ライダーのような感じがして敬遠している作品でもある。

 

 まさかそれと出会うなんて、本気でこっちにある創作物は平行世界として存在してるのか?

 

「……そうですか。兄様は知っているだけで詳しい事は分からないと?」

「ああ。あれも一種のパラレルワールドなんだよ。メビウスへ繋がらない世界線だ」

「メビウスと言えばマムがタダノの話を聞きたいと言っていたぞ。どうもあの映画を見たらしい」

「へぇ、じゃあ近い内に顔を出さないとな」

 

 ナスターシャさんのウルトラマンへの感想か。凄く興味がある。

 可能なら今すぐにでも行きたいが、さすがに勤務があるので無理だ。

 

「そこでマリア達は新しいギアを手に入れたそうだ」

「えっ!? まさかウルトラマンギア!?」

「はい。姉様がウルトラマンで、切歌お姉ちゃんがセブン、調お姉ちゃんがエースだそうです」

 

 ラインナップを聞いて首を傾げる。何でマンとセブンときてジャックじゃなくてエースなんだ? と、そこで気付いた。もしかしてあの作品って昭和ウルトラマンが全員地球へ来てない設定かもと。

 

「しかもだ。話を聞くにかなりの出力らしい」

「と言うと?」

「姉様達が言うにはエクスドライブと同等かそれ以上かもしれないそうです」

「飛行が出来て光線も撃てるし、切歌に限れば頭部にアイスラッガーもあったらしい」

「お~……」

 

 どうやら完全にモチーフのウルトラマンらしくなれたようだ。にしても、飛行可能かぁ。たしかにそりゃエクスドライブ以上だ。

 

 なので依り代で確認してみようとして、ギアを展開してないとそれが出来ない事を思い出す。ウルトラマンギアツインドライブ、気になるなぁ。

 

 と、そう思ったのでエル達に予想してもらう事にした。俺はちなみにグリッター化と言うと三人からもそれだと言われて一瞬で終了したけど。

 

「ただ、姉様達は自力でなれる気がしないと言っていました」

「そうなの?」

「どうもそれになった時も色々と条件が重なった結果だったらしい。切歌の言葉を借りるのなら、心の光に溢れないとなれないギアだそうだ」

 

 心の光に溢れる、か。成程、ならきっと簡単にはなれないだろう。逆に言えばそれぐらいじゃないとウルトラマンの力は使えないし使ってはいけないと言う事だ。

 

 ……テラノイドの話、みんなに見せておくべきか? あるいはイーヴィルティガか。

 

「そういえば今夜の食事はどうするんだ?」

 

 ヴェイグがくりっとした瞳でこっちへ問いかけてきた。どうやら今夜はこっちで飯を食べたいらしい。いや、多分泊まりだろうな、この感じは。

 そうなると食堂などでは食べられないものにするべきか。でも、俺に出来る料理なんて限られてるし、そもそも冷蔵庫の中にも食材なんてなかったはずだ。

 

「よし、買い物に行こう」

「「「買い物?」」」

「そう。四人だけど手巻き寿司をやろう」

 

 あの日々で初めて全員で集まった際の夕食だ。キャロルにも簡単に寿司の事を知ってもらえるし、何より楽しいはずだ。

 こうして俺達は四人で買い物へ出る事に。エルとキャロルには手を繋いでもらって俺の前を歩いてもらい、ヴェイグはエルが抱えている。これなら双子姉妹と親戚のおじさんに見えない事もないはずだ。

 

「キャロル、エルの手を離さないように頼むな」

「分かってる。少し目を離すとすぐにどこかへ行くからな」

「そんな事ないよ。むしろ僕よりキャロルの方がそんな感じです兄様」

「何だと?」

「実際、この前外へ買い物に行った時真っ先にいなくなったのキャロルだったじゃないか。調お姉ちゃんが探しに行ってる間、僕は切歌お姉ちゃんと長椅子に座って待ってたんだもん」

「あ、あれは美味そうな匂いがしてだな……」

「知ってるよ。キャロル、クレープ屋さんの前でサンプル眺めてたって調お姉ちゃんが教えてくれたから」

 

 何とも可愛い光景だ。そうかぁ。クレープかぁ。女の子だもんな。クレープとか気になるよな、うん。

 そのまま軽い口喧嘩のようなやり取りをするエルとキャロルを眺め、時に窘めながらスーパーへ。カゴを手に持ち、前を歩く双子姉妹に先に行きすぎないように注意してまずは胡瓜をカゴの中へ入れる。

 大葉も入れて、次はメインの刺身コーナーへ行く前に手巻き海苔を購入し、ついでに寿司酢も小さ目の物を購入しておく。

 

「さて、どれを買う?」

「マグロは欲しいです。ヴェイグさんが好きですし、僕も食べたいので」

「了解。キャロルは?」

「俺はよく分からん。そもそも生魚を食べるのか?」

「ああ、そっか。刺身って珍しい食べ方なんだっけ。んじゃマグロが入った盛り合わせを一つ買って、甘海老や蒸し海老とかのない物を追加で買っていくか」

「あっ、なら僕、うにが食べたいです」

「うにとはどれだ?」

「えっと……あっ、このオレンジ色の物だよ。前に話題になったんだ。プリンにおしょうゆをかけるとこれの味になるんだって」

「プリンにしょうゆ? 奇妙な事をするな……」

 

 目をキラキラさせてうにを眺めるエルと訝しむキャロルに心が和む。それとさり気無くヴェイグも目をキョロキョロさせているのが愛らしい。

 

 ただこのままだとウニを買う事になるなぁ。それに四人じゃ食べ切れない量の魚介を買う事にもなりそうだ。まぁそれならそれで考えよう。そう思いながら俺は双子姉妹を微笑ましく見つめた。

 口論ではなく笑みを浮かべ合ったり小首を傾げたりする愛らしいやり取りを行う、当たり前のようで当たり前でなかった光景を……。

 

 

 

「ほ、本当にいいのでしょうか?」

「気にしなくていいよ。むしろこっちとしては助かったぐらいだから」

 

 目の前で手巻き海苔を片手に申し訳なさそうな顔をしている寺島さんにそう告げ、俺は視線をテーブルへと向ける。そこには色んな刺身などが存在し、それに加えて細く切った胡瓜や大葉が乗った皿もある。

 今もキャロルが甲斐甲斐しくヴェイグの分の手巻き寿司を作っているし、エルはウニと胡瓜を巻いた物を食べて笑顔を浮かべている。本当に平和で微笑ましい光景だ。

 

 どうやら寺島さんは何か俺に用があったらしく、俺が根幹世界へ手巻き寿司の参加者を探しに行ったらギャラルホルン前で彼女が響や未来といるところに出くわしたのだ。いや、あの時は驚いたなぁ。

 そこから何故か寺島さんだけこちらに送り届けて響と未来は帰り、酢飯作りをエル達三人にやってもらっている間、俺は彼女と二人で胡瓜を切ったり大葉を切ったりと細々とした事をやって今に至るのだ。

 

「それにしても俺に用って何?」

「え、えっと、それは食事が終わった後にしていただけないでしょうか?」

 

 肝心の用件についてはこの調子。響と未来が寺島さんだけ残した事に何か関係していると思うんだけど……皆目見当がつかない。

 

「それにしても、ヴェイグさん、でしたか。とても可愛らしいですね。ナイスです」

「ん?」

「もし良かったら触らせてもらっても?」

「…………少しだけだ」

「ありがとうございますっ! では……もふっもふっ」

「ううっ、やっぱりくすぐったい……」

 

 このようにヴェイグも寺島さんの事を嫌ってはいない。いや、むしろ初対面から物怖じせず接してくるからか好印象さえ受けてる可能性もある。

 それにしても、こっちに来た当初は同じ事を調や切歌がしようとしたら嫌がったらしいのに、それが今や初対面の寺島さんに許してあげるとはなぁ。

 

 本当に少しだけヴェイグをもふった寺島さんは丁寧にお礼を述べ、そのお返しにとヴェイグの分の手巻き寿司を作ってあげた。

 

「どうでしょうか? 上手く出来たと思いますけど……」

「ああ、美味いぞ。ありがとうシオリ」

「いえいえ、これは先程のお礼ですわ」

 

 今はお気に入りになった蒸し海老と胡瓜のマヨネーズ醤油巻を手に嬉しそうに笑っている。寺島さんもそんなヴェイグにニッコリと微笑んでいた。

 

「見て見てキャロル。綺麗に出来たよ」

「……まぐろにさーもん、そしてきゅうりか。たしかに見た目がいいな。なら俺は……」

「えっと、サーモンに大葉だけ?」

「最後にこいつを少量かける」

「わぁ、いくらが綺麗だね」

「どうだ。中々いいだろう。海の親子巻と言ったところか」

「え? いくらってサーモンの卵なの?」

「あの男が似たようなものだと言っていたぞ」

「そうなんだ……」

 

 双子姉妹は手巻きの見た目を競うようにしながら食べている。あれはあれで可愛いもんだ。

 それと、後でちゃんとした説明を二人にしておこう。うん、切歌辺りに今の話をされて、そこからマリア辺りへ伝わると色々面倒だし。

 

 で、揃って手巻きを口にして同時に笑顔になるエルキャロ。本当に心があったかくなる光景だよ。そうだ。あれを写メして今度マリアや響に見せてやろう。

 

 そう思ってスマホでエルキャロを撮ったり、ヴェイグと笑い合う寺島さんを撮ったりしてから、俺も手巻き寿司を作り始める。寺島さんはいいとこのお嬢さんらしく、エルやキャロルの面倒をさり気無く見てくれ、ヴェイグとも終始笑顔が絶えない会話をしていて傍から見てれば完璧だと思う程だった。

 俺の飲み物まで気付くとおかわりを注いでくれてたしなぁ。いい奥さんになるだろうな、彼女も。

 

 そうして食事を楽しんでいると、エルが伸ばした手を止めてこっちを見上げてきた。

 

「ど、どうしましょう兄様。もうノリがありません」

「マジか……」

「タダノ、どうするんだ?」

「よし、残った酢飯と刺身でミニ海鮮丼を作ろう」

 

 出来るだけ酢飯を乗せ過ぎないように作った影響で先に手巻き海苔が全滅したので、仕方なく残った酢飯とネタを使っての海鮮丼作りへシフト。で、これで思ったよりもヴェイグやエルが喜んだのだ。

 

「おおっ、全部乗せられたぞっ!」

「ですね! あっ、ヴェイグさん待っててください。今スプーンを渡します」

「もう俺が持ってきた。受け取れ」

「おおっ、キャロルありがとう」

「エルちゃん達はどうしますか? スプーンいるなら渡しますよ?」

「じゃあ僕はそうします」

「俺は箸でいい」

「じゃ、キャロルはこれを使ってくれ」

 

 本当にミニもいいとこの海鮮丼だが、それがお店などでは食べられない感じがあって良かった。

 こうして綺麗に全て食べ切り、後片付けを俺と寺島さんにキャロルでやっている間、エルとヴェイグは風呂掃除をしてくれた。

 何というかこれはこれで家族みたいだなと思う。ただ、この場合は俺がシングルファザーで娘二人とペット一匹で暮らしているところへ、娘達が姉と慕っている近所の学生が来てくれてるみたいな感じだけど。

 

 ……嫁さんとは死に別れたならいいが、何となく逃げられた設定の方がしっくりきそうでやだなぁ。

 

「これでラストだよ」

「分かりました。……キャロルちゃんお願いします」

「分かった」

 

 俺が洗って寺島さんが拭き、キャロルが戻す。そんな流れ作業も終わったところでキャロルは早々にこたつへと戻っていく。その背中を見送り笑みを浮かべていると寺島さんの視線を感じたので顔を向ける。

 

「っ」

 

 で、何故か顔を赤くされたんですが、これは一体どういう事でしょうか?

 と、そこで思い出す。元々彼女は俺に何か用があってここへ来ようとしてた事を。

 

「えっと、寺島さん? そろそろ用件を教えてくれてるかな?」

「そ、そうですね。なら、その……」

「あー、うん。じゃあ悪いけど二階へ上がってくれる? ついでに布団を敷いておきたいんだ」

「わ、分かりました」

 

 先に寺島さんを二階へ向かわせ、俺はキャロルへ進路相談を受けると言ってから階段へ向かった。

 寒さに身を縮こませながら寝室へ向かい、ドアを開けて中へ入ると寺島さんが布団を出して敷いてくれていた。しかも既に俺の布団が敷いてある。

 

「あっ、只野さん。エルちゃんのらしいお布団はあるんですけど、キャロルちゃんのは見当たらないんです」

「ああ、うん。キャロル用の布団はないんだ。でも多分エルと一緒に寝ると思うから心配ないよ。ありがとう」

「いえ、ご飯を御馳走になったのでこれぐらいは」

「それなら準備や洗い物でって、それはもういいか。じゃあ本題に入ろうか」

「は、はい……」

 

 お互い布団の上へ座る。で、俺は寺島さんが話し出すのを待とうとしたら……

 

「実は、私、見てしまったんです」

 

 いきなりそう話を切り出されたのだ。見てしまったと、そう言われても俺は首を傾げるしかなかったけれど。

 

「見てしまったって……何を?」

「その、只野さん達の交わりです」

 

 瞬間、頭の中が真っ白になった。これまではある意味俺へ好意を持っているセレナやエルにキャロルだから何とか誤魔化せたし事が大きくならずに済んだ。だけど、寺島さんは別だ。彼女は響や未来の友人というだけで、俺と何かある訳じゃない。

 

「それは……えっと……」

 

 どうすればいいのか。考えてもいい考えは浮かんでこない。と、そこで思い出す事があった。

 彼女はそもそも響や未来と一緒にここへ来ようとしていた。つまりこの事を二人へ話したんじゃないだろうか? その上で二人が彼女をここへ連れてこようとしたのは、何故だ? まずそれを確かめよう。

 

「寺島さん一ついいかな?」

「何でしょう?」

 

 まったく恥らう事も臆する事もない寺島さんを見て、本当に彼女は思い切りがいいというか度胸があると感じる。俺だったらこうはいられない。どこかでビクビクしてしまうだろうなぁ。

 

「響と未来には話したのかい?」

「はい。なので只野さんのご意見も聞きたいと思いました」

 

 俺の意見、か。つまり響と未来は寺島さんが納得し切れない答えを返したか言ったのか。

 

「それで、どういう事への意見を聞きたいの?」

「只野さんは立花さん達との関係をどうなさるつもりですか?」

 

 飛んできたのは当然の問いかけ。そして、それ故に答えは簡単だった。何せそれを俺はあの頃の終盤、散々してきたんだから。

 

「響達が俺から離れたいと言わない限り、俺は彼女達と共に生きていく。それだけだよ」

「……出来るんですか、そんな事が」

「出来るか分からない。でも、そうしたいと思ってる。そのために俺に出来る事を続けていくだけだね」

「無責任とは思いませんか? 世界が異なっているのに」

「そう言われても仕方ないとは思うよ。でも、俺が自分の世界を捨てて彼女達と寄り添うとなれば、響達の性格から考えて俺の事を嫌いになっても捨てられないだろ?」

「そ、れは……」

「なら、無責任と思われても現状ままを続けるしかないと思うんだ。で、いつか俺はこっちで彼女達と一緒に暮らせるようにしたい」

「こっちで、ですか?」

「そう。響達は俺に愛想を尽かしても戻って装者としての稼ぎや立場で生きていけるからさ。まぁ、マリアはどっちにしろ時々は向こうへ戻らないといけないだろうけど」

 

 一度として迷う事無く言葉が出てきた。それに心なしか寺島さんが驚いているようにも見える。ただ、これはもう何度も考え、悩み、今も迷っている問いかけだ。

 

 だからこそ俺に言えるのはこれだけだ。

 

「俺が心から願っているのは、いつかみんながただの女性に戻れる事なんだよ。シンフォギアが必要なくなってくれる世の中になってくれる、あるいはする事」

「それでは先程の言葉と矛盾しますけど?」

「そんな事はないよ。仮にノイズやアルカ・ノイズが二度と出なくなり、シンフォギアが必要ない世界になったとしても、いつまた必要になるか分からないだろ? その時、ギアを起動出来てかつ功績のあった存在は貴重だと思うんだ。指導員や相談役としても、ね」

「…………そうですわね」

 

 そこで寺島さんがため息を吐くのが見えた。それと同時に目を閉じるのも。

 そこからしばらく彼女は何も言わず、その状態で黙り込んだ。俺の話を聞いた上で響や未来の話を思い出して色々と考えてるんだと思う。

 

 俺はその間ずっと待った。理解してくれとは言えないし納得してくれなんてもっと言えない。ただこっちの意見を聞いてくれるだけ有難いなとは思う。

 何せ彼女からすれば俺は大事な友人二人と可愛い後輩二人へ手を出しているなんて男だ。その考えや意見を聞こうとしてくれるだけでも心が広いと思うから。

 おそらく響や未来の親なら問答無用で別れなさいだろうし、マムがご存命なら渋い顔をしただろう。いや、マムなら意外と本人達さえいいのならと受け入れてくれそうだなぁ。

 

「つまり只野さんは皆さんと本気で向き合い、愛し合っているという事でいいですか?」

「そうだね。少なくても俺は何があっても響達を捨てるなんて事はしないし出来ないと誓えるよ」

 

 ハッキリと告げる。ただし叫ぶのではなく静かに力強い感じで。その方が俺の想いや決意を分かってもらえると思ってだ。

 

 寺島さんは俺の答えを聞いて小さく頷き、そしていきなり恥ずかしそうな顔をして俯いてしまった。

 

「え、えっと?」

「……い、今になって恥ずかしくなってきました。あの、この事は誰にも、特に弓美さん達に言わないでくださいね?」

「ああ、うん。それは勿論だけど……」

 

 どうやらGXの時のように今まで強い自分を演じていたようだ。それが終わって反動が出たんだろう。

 とりあえずこれであの夜の事は本当に終わったな。でも、寺島さんが覗いていたとは……。

 

 ……うん、ヤバいね。お嬢様みたいな感じの子がむっつりスケベか。ありがちだけどそれがイイ。

 

「ねぇ、寺島さん?」

「な、何ですか?」

 

 だからちょっとだけ意地悪してみたくなった。これもきっとドライディーヴァというMユニットのせいだ、うん。

 

「初めて見たセックスが複数プレイってどうだった?」

「っ?!」

 

 その瞬間寺島さんが真っ赤になった。でも怒鳴ったり立ち上がったりしないところを見ると気が動転してるんだろうか?

 

「しかも響達がみんな気持ちよさそうにしてたもんね」

「あああの」

「俺のチンポも見ちゃった?」

「っ!?」

 

 ボンっと聞こえてきそうな感じで寺島さんが真っ赤になって俯いた。あ~、可愛いなぁ。もう響達じゃ見れなくなった反応だよ。

 

 まぁそうしたのは俺なんだけども。

 

「あれから大変だったんじゃない? ふとした時に思い出したりしてさ」

「…………はい

 

 小さく、だけどたしかに寺島さんは俺の言葉を肯定した。うわぁ、まさかここまで初心とは。さすがは女子校通いで女子寮暮らし。言葉遣いから察するにいいとこのお嬢様なんだろうなぁ、やっぱ。

 

「それで響や未来へつい聞いちゃったんだね。あんな事をして平気なのかって」

「…………はい

 

 うん、ヤバいぐらいSっ気が強くなってきてるのを感じる。そろそろブレーキかけないと不味いな。てか、これって大問題な事をしてるぞ、俺。

 

「すまない。全部セクハラだ。本当に申し訳ない」

 

 頭を深く下げて謝る。訴えられたら一発アウトだと気付いた。いや、まぁ彼女はこの世界の住人じゃないから無理だけど、そういう問題じゃない。なので本気で頭を下げる。

 今更何を言ってるんだと言われそうだけど、それでも謝らないでいいとはならない。いかんな。本気でみんなとの交わりで色々とおかしくなってる。

 

「い、いえ、いいんです。そもそも私が首を突っ込んだのがいけないんですから」

「それは君が友人を心配しての事だ。親切心からの行動とスケベ心からの行動は同じに捉えちゃいけない」

「スケベ心、ですか。えっと、只野さんは立花さん達を愛しているんですよね?」

「うん。でも、その、寺島さんが覗いてたって思ったらちょっとからかいたくなって、そしたら可愛い反応が返ってきたもんだから調子に乗りました。本当に申し訳ないです」

 

 いや、本当に言葉がない。ここにみんながいれば集中砲火で叩かれた事請け合いである。

 

「え、えっと、とりあえず頭を上げてください」

「……いいの?」

「はい。可愛いと言ってくれたので許します」

 

 可愛い言い方でそう告げられてはいつまでも頭を下げているのも良くない。折角寺島さんが広く大きな心で許してくれたのだ。有難く思いながら頭を上げさせてもらおう。

 

「ちなみに立花さん達にはこう言われたんです。只野さんは本気でみんなを大事にしたいって思ってる。だからその気持ちが変わらない限り今の状況を受け入れられるって」

「……そっか」

 

 俺の気持ちが、決意が変わらない限り、か。成程、俺が愛想尽かされるとすればやはりそれは俺が折れたり諦めた時だな。

 

「さてと、じゃあ下に戻ろうか。それで本部まで送るよ」

「はい、お願いします」

 

 こうして俺は寺島さんをギャラルホルン前まで送る事に。その際護衛としてキャロルがダウルダブラを展開してついてきてくれたのは嬉しかった。

 

「まさかキャロルちゃんが大人だったなんて。これからはキャロルさんと呼べばよろしいでしょうか?」

「別にどちらでも構わない。普段はあの姿でいるしな」

「そうですか……。あの、それは変身なのでしょうか?」

「変身、か。近いかもしれないな」

 

 道中でキャロルの変化に寺島さんが目をパチクリさせて質問するのを聞いて俺は笑みを浮かべていた。

 何せキャロルがどう呼んでもいいと彼女へ言ったからな。本当に丸くなったもんだよ。

 ゲートを通ってギャラルホルン前に出るとそこには響と未来がいた。

 丁度迎えに行こうと思っていたらしく、二人へ寺島さんを託して俺はキャロルと共に来た道を戻る事に。

 

 ただ、去り際響と未来が寺島さんに聞き込みを行っていたので、確実に俺のセクハラは白日の下に晒される事だろうと思う。

 

 ……明日にでも謝っておこう、うん。




自分の中ではキャロルは覗くぐらいなら仲間に入れろと大人モードになって乱入すると思っていますし、エルも覗く必要はもうないので有り得ません。
そうなると三人娘の誰かとなりますが、何となく弓美は途中でバレてしまいそうなイメージがありますし、創世は証拠を残すような事をしない気がします。

……まぁ一番は詩織ちゃんがムッツリだと可愛いなって思ったからなんですけど(苦笑


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

友情の光と男女の自覚

未来、奏、セレナのイグナイトイベントから始まる話。
マスコットキャラが一人追加になります。


「ヴェイグの同胞が生きてたんだってっ!?」

 

 ゲートリンクから入った通信を聞き、俺は慌てて根幹世界を訪れていた。ギャラルホルン前にいた俺の出迎えであろうキャロルへ開口一番そう声をかけると、彼女は俺の大声に眉を顰めながら小さく頷いた。

 

 そこからキャロルと共に発令所へ向かう中、彼女は俺へ簡単に何があったかを説明してくれた。

 

 何でもとある小国がデュオレリックを封じると共にシンフォギアさえも圧倒できる程の物量と性能を持ったメカを作り出した。それには呪いの魔剣の欠片が使用されており、それがデュオレリックの制御を不安定にさせるとの事。

 ツインドライブならば関係ないと出来るだろうが、そのメカに使用されている魔剣の影響かついさっきまでゲートリンク間の通信が出来なかったらしい。

 

 で、その小国へ潜入し事態を何とか解決しようとしたのだが、そこにあるメカの製造工場の奥にヴェイグの同胞である“ドヴァリン”という存在がいたそうだ。

 

「だが、話によるとそのドヴァリンとやらは正気を失っているらしい」

「正気を?」

「ヴェイグ曰く人の心の闇に触れ続けて、ドヴァリンは光を忘れてしまったそうだ。今のドヴァリンは闇に囚われているらしい」

 

 そこでキャロルの足が止まる。どうやら発令所に着いたらしい。

 中に入るとそこには弦十郎さん達発令所メンバーと何故か未来、奏、セレナ、そしてヴェイグだけがいた。響達の姿はそこにはない。

 

「只野君、よく来てくれた」

「いえ、ヴェイグの同胞が見つかったなんて聞いたら大人しくしてられませんから」

「タダノ……」

「ヴェイグ、良かったな。どんな形であれ仲間が生きてたんだ。あとはそれを本来の状態に戻してやるだけだぞ。依り代の力とヴェイグの想いがあれば心の光はきっと届くさ」

 

 悲しそうな顔をしているヴェイグへ敢えて明るくそう言った。ヒーロー物でよくある展開だからこそ、俺は最悪の結末を避けるために楽観的で前向きな発言をする事にした。

 

 元に戻せたけど命を落とすなんて結末、俺は絶対嫌だからな。

 

「心の光、か。そうだな。ああ、タダノの言う通りだ」

「兄様、早速なんですが響さん達六人だけをツインドライブにしてもらえますか?」

「分かった。そういえば響達はどこに?」

「敵が襲撃を予告してきた。その迎撃のために各地へ散っている」

「成程な。自社の製品を売り込むためにシンフォギア相手でデモンストレーションってか」

 

 死の商人らしい発想だ。だからこそ本来の切り札であるデュオレリックを封じてみせたか。なら、つまり逆を言えばそれが発揮されれば勝ち目がない訳だ。

 なので早速俺は依り代のゲームを起動し響達六人だけをツインドライブへ変えようと思ってふと思いとどまる。

 リビルドギアなら見た目が色合い以外通常時と同じなので向こうの目論見を粉砕するには丁度いいだろう。そう思って俺は響達六人をリビルドギアへと変えた。

 

 それをエル達へ説明すると全員が苦笑した。

 

「只野君も中々食えないな」

「ですねぇ。見た目は通常ギアに近い状態なのに、出力はエクスドライブ並のギアですよ」

「デュオレリックよりもある意味強い状態ですし、相手側とすれば驚愕以外の何物でもないでしょうね」

「兄様らしいです」

「まったくだ。だが俺もそのやり方は嫌いじゃない」

「ホント、良い性格してるよ仁志はさ」

「ふふっ、ですね」

「お兄ちゃんらしいね」

 

 ちょっとだけ張りつめていたような空気が緩んだ気がした。聞けばこれから装者三人は再び相手の本拠地へ潜入するそうだ。だから若干ピリピリしてたんだろうな。

 なので俺は依り代をヴェイグへ渡す事にした。ドライブチェンジは出来ないが、きっとこいつの持つ破邪の力はヴェイグなら引き出せると思って。

 

「いいのか?」

「ああ。ヴェイグの仲間なんだろ? ならヴェイグの手で助け出してやるんだ。人間の事は出来るだけ人間自身の手で、ドヴェルグの事は出来るだけドヴェルグ自身の手で解決しないとさ」

「……分かった。依り代、必ず返しに戻る」

「その時はドヴァリンさんを紹介してくれよ?」

「ああっ! 勿論だ!」

 

 依り代をしっかりと抱えてヴェイグが凛々しく頷いた。うん、これなら大丈夫のはずだ。俺が一緒に行ければいいんだが、おそらく邪魔にしかならない。

 いざとなったらミレニアムパズルへ隠れられるヴェイグの方が安全性は高いしなぁ。

 

 こうして俺は出発する四人を見送り、発令所で待つ事になった。程なくして始まる響達と謎のメカとの激突は、やはりリビルドギアである事もあってかみんなが圧倒して、互角というより優勢を維持し続けた。

 

「やっぱり凄いな……」

「そうだな。いざとなったら俺が援軍に行ってやろうと思っていたが、この分なら必要ないか」

「こう考えるとリビルドギアツインドライブじゃないと倒せなかった悪意は凄かったんだと改めて感じます」

 

 エルの言葉に頷きながら俺はモニターを見つめ続けた。やがて響達が見事にメカの軍団を片付けてしまった。補充速度を撃破速度が上回ったのだろうな。

 で、ついでに追加も止まったのだ。きっと奏達が成功したんだ。そう思っていると通信が入った。

 

『司令、聞こえますか?』

「ああ、聞こえている。未来君、そちらの状況はどうなった?」

『はい、依り代の力でヴェイグがドヴァリンさんを助け出してくれました。それと』

『例の機械はドヴァリンが元に戻った事で停止したよ。で、事の首謀者も確保済み』

「了解した。後の事はこちらで引き受ける。すぐにそちらに人を向かわせるのでそれまで待機していてくれ」

『了解。っと、仁志聞いてる?』

「ああ、聞こえてるよ」

 

 まさかのご指名に内心疑問符を浮かべながら返事をすると……

 

『お兄ちゃん、ヴェイグさんがお礼を言いたいって』

『タダノっ! お前のおかげでドヴァリンを助け出せたっ! 本当に、本当にありがとうっ!』

 

 涙ぐんでいるんだろう。セレナの声もヴェイグの声も若干涙声だった。

 

「俺は何もしてないよ。ドヴァリンさんを助け出したのはヴェイグの勇気と希望の光だ。それに依り代が応えてくれただけさ」

『それでもだっ! そうだっ! ドヴァリンがお前に会って話をしたいと言ってくれたぞっ!』

「そうか。ならその時を楽しみにするよ。みんな、気を付けて帰ってきてくれ。ああ、そうそう。響達も無事だよ」

 

 俺がそう告げると弦十郎さんが小さく苦笑するのが見えた。

 

「俺の台詞を盗らないで欲しいんだがな」

「あっ、すみません」

「いやいい。聞いての通りだ。全員気を付けて帰還してくれ」

『『『『『『『『『了解』』』』』』』』』

 

 装者全員が返事をするのを聞きながら、ふとあの頃を思い出した。カオスビーストとの最後の決戦前の、あの時を。

 あれからもう三か月以上が経った。早いものだなと思う。去年は俺にとって間違いなく激動の年だった。そしてそれは今も続いている。

 新年明けてから今までも新しい出会いというか関わりが増え、今また新しい出会いをしようとしている。

 

 ドヴァリンさん、か。これでヴェイグもこれまで以上に人生、いやドヴェルグ生に張り合いが出るだろう。そして、願わくばそれがドヴァリンさんの張り合いにもならん事を……。

 

 

 

 依り代によって呪いから解放されたドヴァリンはしばらく根幹世界で療養する事となり、ヴェイグはセレナからのすすめもあってもうしばらくエルフナインやキャロルと共に過ごす事となった。

 未来、奏、セレナに与えられたイグナイトモジュールは当然消失。だがツインドライブが健在な今、それに対する悲しさなどなかった。

 

 ドヴァリンも毎日のように見舞いに訪れるエルフナイン達が歌うヒーローソングに癒され、当初よりも早い時間で回復、遂に仁志との対面を果たす事となる。

 

「はじめましてドヴァリンさん。只野仁志って言います」

「ドヴァリンだ。そちらの事はヴェイグから聞いてる。俺の事も呼び捨てでいい」

「なら遠慮なく。これからよろしくドヴァリン」

「ああ」

 

 握り合う手と手。それを見つめて嬉しそうにしているのはヴェイグだった。

 

「それでタダノ、ドヴァリンがお前の世界に行ってみたいらしい」

「俺の?」

「そうだ。ヴェイグから聞いたが神の世界らしいじゃないか。俺も一度行ってみたくてな」

「成程ね」

 

 まるで少年のようなキラキラとした眼差しのドヴァリンに、仁志はドヴェルグ族の共通属性は純粋な好奇心なんだろうなと思って微笑んだ。

 そこから話はドヴァリンの今後に変わる。ヴェイグがセレナの傍にいるのでそちらにするか迷っていると言われた仁志は、ならばと一つのアイディアを出した。

 

「ここに残る?」

「それも一つの道だと思うんだよ。あえてヴェイグと違う場所で人を見つめ直してみるっていうのもさ」

「タダノの世界はダメか?」

「う~ん……俺の世界でもいいんだけど、仕事の兼ね合いでドヴァリンと生活リズムがずれるんだよ。それに俺の世界じゃドヴァリンが他の人間を中々見れないしね」

「そうか……残念だ」

 

 言葉通り肩を大きく落としてドヴァリンはため息を吐いた。するとその肩へヴェイグが手を乗せる。

 

「ヴェイグ?」

「ドヴァリン、なら奏の世界はどうだ?」

「かなで? ああ、あの赤い髪の人間か」

「ああ。あそこもここと近い感じだ。そして奏はセレナと同じでたった一人で装者をしてる。ドヴァリンがいてやれば寂しさが減ると思うんだ」

「寂しさ、か……」

 

 何かを思い出すような眼差しを天井へ向けると、ドヴァリンは目を閉じてしばし黙った。それを見つめ、仁志とヴェイグは何も言わずにドヴァリンの言葉を待った。

 やがてドヴァリンはゆっくりと目を開けると仁志とヴェイグへ顔を向けて笑みを見せた。

 

「ありがとう、タダノ、そしてヴェイグ。そうだな。俺は必要とされてるところへ行きたい。カナデが俺を必要としてくれるのならそこへ行こう」

「そうか。うん、それがいいと思う」

「そうだな。もし奏が言わない場合はエル達が必要とするだろうしな」

「そうか。エル達もとても優しい匂いがするからな。俺もここは気に入ってるぞ」

 

 男三人での他愛ない会話がそこから始まる。基本は仁志が話をすすめ、時々ドヴァリンが質問や疑問を浮かべるとヴェイグが補足や説明を入れるを繰り返した。

 それは仁志にはあの平屋での時間をどこか思い出させる事だった。ヴェイグと同じく純粋な子供のような部分を持つドヴァリンは、彼と同じように仁志の話に興味を示していき、特にロボットなどの話に強く興味を抱いたのだ。

 

 そうしているとそこへエルフナインとキャロルがセレナと共に姿を見せた。

 

「ヴェイグさん、そろそろ帰りましょう」

「分かった。じゃあなタダノ、ドヴァリン。また会おう」

「おう」

「ああ、また会おう」

 

 セレナの中へと入ったためにヴェイグの姿は見えなくなる。それを見送り、仁志は視線をエルフナインとキャロルへ向けた。

 

「で、どうして二人が?」

「えっと、兄様の世界へ行きたいなって」

「俺は護衛も兼ねてる」

「そっか。よし、ドヴァリン、とりあえず一緒に来るか?」

「いいのか?」

 

 思いがけない提案にドヴァリンが目を輝かせる。仁志としてもエルフナインとキャロルが来るならドヴァリンが来ても大丈夫と判断出来るためだ。体験生活ならぬ体験訪問の提案をドヴァリンが断るはずもなく、弦十郎の許可も得て仁志達はドヴァリンと共に上位世界へと向かう。

 辿り着いた世界でドヴァリンは匂いがほとんどない事に目を見開き、仁志は自分が夕食の買い物へ出ている間エルフナインとキャロルへ留守番を頼んだ。

 

「ドヴァリンさん、一緒にゲームをやりませんか?」

「げーむ?」

「はい、これです」

「……初めて見る物だ。一体どう使うんだ?」

「ええと……」

「とりあえずやってみるのが早いだろ。ドヴァリン、まずは見てろ」

 

 初めて見るゲーム機やその映像にドヴァリンは目を見開き、初めてやったゲームに驚いたり楽しんだりと子供のような反応を見せ、エルフナインとキャロルを笑顔にさせる。

 

「よし、そろそろドヴァリンも自分だけでやってみろ」

「お、俺だけか?」

「ドヴァリンさん、この国にはこういう言葉があります。習うより慣れろ、です」

「習うより慣れろ、か……。分かった」

 

 そこから始まるドヴァリンのよちよちプレイにエルフナインとキャロルは笑みを零す事になる。

 勿論それだけではなく彼へ助言を行い、また手本を見せたりとゲームに慣れるように尽力していく。

 それは、さながら姉弟のようでもあった。慣れないドヴァリンへエルフナインとキャロルが自分達の経験から手を貸し、そのプレイスキルを少しずつではあるが向上させていく様は姉と弟のようであったのだ。

 

「今度は四人でやるぞ」

「うん。ドヴァリンさん、もう一人でも平気ですか?」

「まだ不安はあるがやってみる」

 

 パーティーゲームでもあるそれは最大四人までプレイ可能。それを利用し、CPUを入れた四人でのプレイを開始。

 もう慣れているキャロルとエルフナインと違い、やはりどこか操作がおぼつかないドヴァリンではあったが、それでも生まれて初めてのゲームは楽しいようで終始表情をコロコロ動かして上機嫌だった。

 

 三人のゲームは仁志が帰宅し夕食の支度をしている間も続き、その薄っすら聞こえる声や音をBGMに仁志は笑みを浮かべながら簡単な夕食を作る。

 それはまるで父親だ。子供達の世話をする親のような雰囲気で仁志は豆腐をサイコロ状に切り、ひき肉を炒め、料理の素を使ってアンを用意し麻婆豆腐を作っていく。

 やがてその匂いが漂ってきたのか三人の鼻が動き、ゲームを中断してキッチンへ三人が動き出すのだ。そこで仁志にあれこれと準備を頼まれ、エルフナインとキャロルが手伝いを始め、ドヴァリンは一人仁志の足元で質問を繰り返す。

 

「タダノ、それは何だ?」

「麻婆豆腐って料理だよ。これは広東風だな」

「かんとん?」

「中国って場所の郷土料理の括りの一つさ。他に北京、上海、四川とあるんだ」

「どう違うんだ?」

「う~ん……簡単に言うと、北京が高級料理が多くて、上海は海鮮系が強くて、四川は辛い料理や酸っぱい料理が強い」

「かんとんは?」

「そうだなぁ……。一番万人受けする料理が多い、かな?」

 

 それらはあの頃マリアがヴェイグ相手に繰り広げていた事と同じだ。期せずしてドヴァリンもヴェイグと同じ事をしていたのである。

 そして、それは仁志にも同じ事が言えた。ただ、彼の場合は幼い頃の自分をドヴァリンに重ねていたが。

 

「よし出来た。全員テーブルへ着く様に」

「はーい」

「「分かった」」

 

 完全子供モードのエルフナイン。キャロルとドヴァリンは平常運転ではあるが、その意識は仁志の手にある深皿の中身へと向いている。

 炊き立ての白米へ少し赤みがかった肉アンと白い豆腐がかけられていき、簡易的な麻婆飯が四つの茶碗で作られた。

 

「これがまーぼーどーふか?」

「正確には麻婆飯になるかな」

「僕、食べるのは二回目です。これ、辛いんだよキャロル」

「そうか」

 

 かつて中華街で昼食を食べた際、一口だけもらった事を思い出してエルフナインが笑みを浮かべる。ちなみにその時は中々辛めだったので、一口だけでもエルフナインには刺激の強い味であった。

 

「あー、多分エルが食べたのよりは食べやすいよ。これ、甘口だから」

「カレーみたいだな」

「そうなんですね。少し安心しました」

「タダノ、もう食べてもいいか?」

「あっ、ちょっと待ってくれ。えっと、じゃあ手を合わせて」

「? こう、か?」

 

 仁志の呼びかけでエルフナインとキャロルが同じ動きをしたのを見て、ドヴァリンも両手を合わせて仁志へ問いかける。それにヴェイグを思い出して仁志は笑った。

 

「ああ、それでいいよ。で、俺の言う事を繰り返してくれ」

「分かった」

「いただきます」

「「「いただきます」」」

 

 こうしてドヴァリンへも日本式の食事マナーが教え込まれる事となる。初めて食べる麻婆飯にキャロルとドヴァリンは満面の笑みを浮かべ、エルフナインは前回食べた時より好みだと告げ二杯目をよそってくるなりすぐに麻婆飯へと変えてしまう程だった。

 

「タダノ、これは美味いな! 気に入ったぞ!」

「そうか。それは良かったよ」

「ああ。これは奏の世界でも食べられるのか?」

「言えば食べられるとは思うけど、エルが言ったようにこれも辛さが色々あるんだ。しかも今食べてるのは広東風で食べやすい辛さだから、本来はこうだと思わない方がいいかも」

「そうなのか? 難しいな」

 

 そう言って小さなスプーンを口に咥えたまま腕を組むドヴァリンを見て、仁志だけでなくエルフナインとキャロルも笑みを浮かべる。

 あっという間に麻婆豆腐は完食され、ドヴァリンは満足げに腹部を擦り、それさえも仁志達の笑顔を作った。

 

 洗い物を仁志が大人モードとなったキャロルと一緒になって片付ける中、ドヴァリンはエルフナインと風呂掃除を始める。

 

「こうか?」

「はい、上手ですよドヴァリンさん」

「そうか。エル、磨き残しがあったら教えてくれ。全部綺麗にしてみせるから」

「分かりました」

 

 スポンジを両手に湯船の底を磨くドヴァリンを眺め、エルフナインはニコニコと笑顔を浮かべていた。

 ヴェイグとの経験値がこの中で一番あるエルフナインは、ドヴァリンとの時間でその違いを誰よりも感じ取っていた。

 

(ドヴァリンさんはヴェイグさんよりも責任感が強い気がする。ゲームをしてる時もミスした時にかなり気にしてたみたいだし、その辺りが聖遺物を作ってた職人らしさなのかもしれない)

 

 ドヴァリンは現在何か作る事を忌避していた。要するに聖遺物となるような物を作り出したくないのだ。

 それはやはり闇に囚われていた頃の事が影響している。呪いの魔剣を作り出し、それを使って世界を滅ぼそうとしていたドヴァリンは、助け出された後その腕を封印する事に決めたのだ。

 

――俺はやってはいけない事をしてしまった。ヴェイグの言葉を借りるなら、心の光を手放してしまったんだ。そんな俺はもうこの腕を振るってはいけない。いや、振るうつもりはない、だな。お前達が良い人間なのは分かる。ただ、お前達と繋がりを持つ人間も良い奴とは限らないからな。すまない。

 

 弦十郎達が良い人間と分かっても、ドヴァリンは決してドヴェルグとしての腕前を見せようとはしなかったのだ。その判断を弦十郎も当然だと受け入れ、その事にそれから触れる事はなかった。

 

 風呂掃除を終えた二人はリビングへ戻り、こたつへ入ると一瞬で表情を緩めた。

 そんな二人を見て仁志が笑みを浮かべ、ふと思いついたようにドヴァリンへ尋ねたのだ。

 

「なぁドヴァリン」

「ん~?」

「ドヴァリンはドヴェルグの職人みたいな存在だったんだろ? ヴェイグが持ってるような道具、作れないのか?」

「あの、兄様」

「ドヴァリンはもう」

 

 弦十郎とのやり取りを知っているエルフナインとキャロルがやんわりと話題を打ち切ろうと口を開くも、そんな二人にドヴァリンは笑みを浮かべて首を横に振った。

 

「いやいい。グレイプニルか。作れない事はないがどうしてだ?」

「あれがあればドヴァリンも俺の中に隠れる事が出来るんじゃないか? それならここで一緒に暮らせるなってさ」

 

 その考えにドヴァリンは一瞬面食らった顔をして、それから嬉しそうに笑った。

 

「あははっ、そうか、そうだな。タダノの言う通りだ。あれがあれば俺はタダノの中で隠れていられるか」

「そうそう。そうなれば一緒に暮らすのも難しくないぞ」

「ははっ……うん、かもしれない。だがすまないタダノ。俺はもう道具作りを辞めたんだ」

「え? そうなの?」

「ああ」

「そっかぁ。じゃあせめてヴェイグにその知識や技術を教えてやってよ」

「何?」

「えっとさ、ヴェイグはずっと一人で仲間や友人が自分に会いにきてくれるのをミレニアムパズルの中で待ってたんだ。だからドヴェルグとしての技術や知識は誰にも教えてもらえてないんだ。ドヴァリンは腕の良い職人だったんだろ? ならその全てをちゃんと誰かに受け継がせるべきだよ」

「しかし……」

 

 仁志の意見はドヴァリンにも響いた。それでも首を縦に振る事を躊躇ってしまうのだ。何せ彼はその腕のせいで辛い目に遭い、苦しむ者達を生み出してしまったのだから。

 

「ドヴァリンが心配してる事は分かるよ。でも、君のその腕だって誰かが教え、導いて得たもののはずだ。そしてそれは先人の知恵と努力と挑戦の結晶でもある。それを君の代で終わらせちゃいけない」

「先人の知恵と努力と挑戦の結晶……」

「そうさ。ドヴェルグ族の歴史の一つが君の中に宿ってる。それをヴェイグにも伝えてやって欲しい。そうする事で君達の仲間達や先祖達の生きた証が残り続けるんだから」

 

 ドヴァリンの心をしっかりと掴むような言葉だった。昨日から今日、今日から明日。そうやって連綿と受け継がれてきたもの。それをちゃんと継承するべきだと仁志はドヴァリンへ告げたのだ。

 そうする事で自分達一族の歴史は、存在は残っていくんだと、そうドヴァリンは思って言葉がなかった。

 

「君がどうして職人を辞めたかは聞かないけど、だからって受け継いだものを捨てるのはどうかと思う。ヴェイグは君から見ても成長してたんだろ? なら新しい世代に、いや自分とは違う存在にその技術や知識を託してみたらどう? そうする事で何かドヴァリンの中でも変わる事があるかもしれないし、見つかる事があるかもしれない」

「ヴェイグに……か」

「ああ。せっかく再会出来たんだ。数少なくなった同族だからこそ、手を取り合って支え合い、励まし合い、教え合うべきだと思うんだよ。一度俺達人間のせいで辛い目に遭った君だからこそ教えられる事があるだろうし、俺達とここで暮らしていたヴェイグだからこそ君に言える事があるだろうから」

 

 そう優しく告げる仁志にドヴァリンはかつての人間の友人達を思い出していた。優しい匂いをさせていた頃の人間達を。

 自分達と寄り添い、支え合い、手を取り合って生きていた頃の、そんな人間を。

 

「……そうだな。俺もかつてしてもらったようにヴェイグへ教えてみるか」

「それがいいよ。意外と教えるって難しいし、新しい発見もあるもんだからさ」

「ああ。タダノ、感謝するぞ。俺はまた独りよがりな生き方をしそうになってた」

「いやいや、俺こそちょっと出しゃばったかもしれない。ドヴァリンが考えて決めた事を翻意させようとしちゃったし」

「いいんだ。俺はどうやらまだ視界が曇ってたらしい。その曇りをお前が払ってくれた。ありがとう」

「えっと、じゃあどういたしまして。それと、俺からもありがとう。ヴェイグもきっと喜ぶと思うよ」

 

 二人のやり取りをずっと眺めていたエルフナインとキャロルは、そこでやっと会話が終わったと察して大きくため息を吐いた。

 

「兄様らしいですけど、ちょっとドキドキしました」

「まったくだ。ドヴァリンが意固地になったらどうするつもりだった?」

「その時は謝るだけだよ。でも、何となくドヴァリンがヴェイグに相談せずに決めたんだろうなって思ってさ。だからせめてあいつの事を少し考えて欲しくてね」

 

 そう言うと仁志はドヴァリンへ顔を戻した。

 

「ドヴァリン、やっぱり君はヴェイグとは違う場所で過ごす方がいいと思うんだ。ヴェイグに色々教えるなら常に一緒じゃない方がいいと思うし」

「どうしてだ?」

「一人で考えたい時もあるだろうし、教えた事や教わった事を見つめ直す際にすぐ頼れる相手がいるのは時にマイナス、良くない事にもなりかねないんだ」

「成程な。定期的にヴェイグと会う方がいいのか?」

「その方が今はいいと思うってとこ。まぁ一緒に暮らしてもそれはそれで良い事があるとは思うし、無理強いはしないからっと、そうだ」

 

 そう言って仁志は何かを思い出したかのようにその場から動き出した。

 

「どうした?」

「ドヴァリンへいい物をあげようと思ってさ」

「いいもの?」

「そう。はい、これ」

 

 不思議そうに首を傾げたドヴァリンへ仁志が差し出したのはあの“人をダメにするクッション”であった。

 それを受け取り、ドヴァリンはまずその感触を確かめた後に寝そべって……全身を脱力させた。

 

「これはいいな……。体が沈むようだ……」

「ヴェイグもそれを気に入ってたからさ。俺の頼みを聞いてくれたお礼だ。それ、もらってくれ」

「いいのか? ……ありがとうタダノ」

 

 力強く頷く仁志にドヴァリンはフニャフニャの笑顔で感謝を述べてそのまま目を閉じる。程なくして小さな寝息が聞こえてきて、仁志達三人は軽く驚いた後で小さく苦笑した。

 その後は出来るだけ静かに三人は過ごし、風呂に入れるようになるとエルフナインとキャロルがこたつを何とか出て移動開始。その背を見送り、仁志はぼんやりと考えるのだ。

 

(ドヴァリンやヴェイグは、これからどうしていくんだろう? そもそもドヴェルグってどうやって増えるんだ?)

 

 たった二人のドヴェルグ族。平行世界にもそれが存在しているのか否か。それは仁志も知らない事だ。

 そしてその寿命も知らない。だからこそ仁志はこたつ机に顎を乗せて呟いた。

 

――もしも二人が俺達を見送る事になったら嫌だなぁ……。

 

 知り合った人間達と死に別れ、それでも尚生きていかねばならなくなった時、二人はどうするのだろうと、そんな事を思って仁志はチラリと視線を眠るドヴァリンへ向けた。

 

「……もしドヴァリンを助けられなかったらヴェイグは一人きりになってたかもしれないのか」

 

 今はセレナが、そして自分達がいるから寂しくないが、それも永遠ではない。しかもヴェイグの方が長命な可能性が高い以上、仁志の不安はあながち間違ってはいないだろう。

 

 そのまましばらく仁志は、無言でドヴァリンを見つめ続けた。新しく得た異種族の友人の今後に幸多い事を願いながら……。

 

 

 

「エル、起きてるか?」

「すー……」

 

 小声で隣で眠るエルへ声をかける。当然のように返事はない。よし、これでいい。あとはあまり冷たい風が入らないように布団を抜け出すだけだ。

 ゆっくりと布団から這い出ると、俺は静かに階段へと向かう。時計を見れば現在時刻は朝の六時を過ぎたところか。チラリと見ればまだドヴァリンも寝ている。

 あの後、あいつは九時までドヴァリンを寝かせてやり、優しく起こして一緒に風呂へ入って少ししてから仕事へ向かった。だからそろそろ帰ってくる時間だ。

 

「寒いな……」

 

 こちらは季節が俺達の世界と異なっている。真冬の早朝に帰宅するあいつは、きっと寒さに身を震わせて帰ってくるだろう。

 なので風呂を準備しておこうと思う。それと、出迎えもしてやるつもりだ。あいつはかつては必ず誰かにおかえりと言ってもらっていたからな。お、俺がそうしてやればきっと喜ぶだろうし。

 

 リビングへ入ると既に暖房が動いていた。どうやらタイマー予約というものをしているらしい。こたつの電源を入れ、俺は予期せず温かな室内を通りキッチンへと向かう。

 

「少しはマシか……」

 

 若干寝室よりは寒さが和らいでいる気がする。それでも寒い事に変わりはないので風呂場へ向かい、昨晩の内に湯は抜いて軽く水で洗い流して置いた湯船に栓をし、あとは勝手に湯を張ってくれるのをこたつに入って待つ事にする。

 

「……意外と遅いな」

 

 あれからいつ帰ってくるかと思って玄関へ続くドアを見つめ続けているが一向に帰ってくる気配がない。時計へ目をやれば六時半になろうとしている。

 風呂はもう入れるようになったが、肝心な奴がいなければ何も意味はない。まったく、一体何をしてるんだ? 俺達がいる事を忘れてやしないだろうな?

 

「……まさか、何かあったのか?」

 

 この世界にはノイズや錬金術など存在しないが、だからと言って危険がない訳ではない。車などによる交通事故は当然存在するし、刃物などの凶器を持った強盗だっている。

 依り代はノイズを防ぐ事は出来てもそれらまで何とか出来るとは思えない。そうなればあいつは身を守る術などない以上どうなるかは……っ!

 

「ただいま~……」

 

 様子を見に行こうと立ち上がった瞬間聞こえた声に俺は思わず息を吐いた。そこから素早くこたつの中へと戻り、何食わぬ顔でドアを見つめると、あいつが疲れた顔で姿を見せた。

 

「あれ?」

「ご苦労だったな」

「あ、うん。っと、そうだ。これ、良かったら食べて」

 

 そう言ってあいつが差し出した袋の中にはシュークリームが三つ入っていた。

 と、いかん。ぼんやりしてるとあいつが着替えてしまう。

 

「おい」

「ん? 気に入らなかった?」

「違う。その、風呂に入れるぞ」

「え?」

「い、一々疑問を浮かべるな。お、俺が支度してやったんだ。有難く温まってこい!」

「分かった。ありがとうキャロル」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべながらタオルなどを用意してリビングを去っていくあいつを見送り、俺はふとある事を思い出していた。

 それは、この場所で行われたあの乱れた宴。間違いなくセレナ以外の装者全員があいつと男女の仲に、肉体関係になった時の事だ。

 

 正直言えば、俺はそれまであいつの事をパパみたいなものだと思っていた。エルへの対応や俺への対応など、どこかパパを思わせるものが多かったからだ。

 それが、あの夜を切っ掛けに変えられてしまった。向こうがどう思っているかは分からないが、俺はもうそれまでと同じには思えなくなった。

 

 極めつけはきっと、小父さんと呼ぶようになった事だろう。あれで俺の中で一気にあいつを、あの男を親しい他人と捉えるようになってしまったからな。

 

 ……まぁ、俺自身が受け入れた事だ。今更それに関してどうこう言うつもりはない。

 

「そろそろいいか」

 

 あいつが風呂へ向かって一分は経過した。もうこちらへ戻ってくる事はないだろう。

 それでも出来るだけ静かに移動する。心音が勝手に早くなっていき、煩くなっていく。脱衣所を見ればあいつの寝間着と下着が置いてあった。

 

 俺はそこへ着ていた服を置いていく。正直隠すためのタオルが欲しいが今の俺は子供の体だ。なら気にする方があいつに笑われる。

 一度だけドアの前で息を吐いて、俺は意を決して中へと入るべくドアを開けた。するともうあいつは湯に浸かって情けない顔をしていた。

 

「はぁ~……」

 

 しかも俺が来た事に気付いていない、だと?

 

「お、おい」

「ん? えっ? キャロル?」

 

 仕方ないから声をかけてやっても、あいつはこちらを見て不思議そうにするだけ、か。どうやら向こうは俺を子供としか見てないようだ。何となく癪だが、まぁいい。

 

「背中を洗ってやる。一度出てこい」

「へ? 背中?」

「そうだ。いいから早くしろ」

 

 気恥ずかしいのを我慢してそう言うとあいつは苦笑して何故か湯船の端へ寄った。

 

「嬉しいけどキャロルが風邪引いても困るから先にまずあったまった方がいい。隣においで」

「…………いいだろう」

 

 本当にパパのようだ。でも、もう今の俺はあいつを、小父さんを父親のようには思えない。

 色々と複雑な気持ちを抱きながら湯へ浸かる。少し熱めの湯が心地いい。

 

「それにしても驚いたよ。まさかキャロルが背中を流してやるなんて言ってくれるなんてさ」

「……小父さんには色々と世話になってるからな」

「気にしなくてもいいんだけどなぁ」

 

 そう言って苦笑する小父さんは、やっぱりどこかパパに似ている。そう思うだけで鼓動が高鳴った。

 俺は、ううん私は小父さんを年上の異性として見ているからかもしれない。生きた歳月だけで言えばこっちの方が長い。けれど、多分心の年齢で言えば小父さんの方が年上だ。

 だから頼もしさのようなものを感じる事がある。単に背丈だけじゃない。その在り様や考え方に私はパパを感じ取っているからだと、思う。

 

「っと、そろそろいいか」

 

 今の私はこの時代風に言えばファザコンと、そう言うらしい。ファザーコンプレックス、だったか。否定出来ないのが何とも言えない。

 エルの奴が小父さんに懐き、今も時間が出来れば会いに行くのはそれなんだろう。私が幾分素直だった頃よりも、エルは自分の気持ちに素直に動けるみたいだし。

 

「キャロル~? そろそろ背中洗ってもらってもいいか?」

「っ!?」

 

 気付けば小父さんが湯船から出ていた。で、こっちに背中を向けてバスマットに座っている。

 

「わ、分かっているっ!」

 

 慌てて俺も湯船から出た。小父さんはまったく気にもしないで平然としているのが何だかちょっと気に障る。

 

少しぐらいは動揺しろ

 

 小声でそう呟きながら俺は片手にボディーソープを出す。両手を使ってそれを泡立てると小父さんの背中を洗い始めた。

 大きくて広い背中は、やっぱりパパを思い出させる。ただあの頃の生活にこんな事はなかった。そう考えるとこの生活は十分贅沢だ。その気になればいつでも熱い湯を沸かせ、温風も冷風も自在に出せる物が存在している。

 

「こんな感じでいいか?」

「うん、十分だよ。それにしても何だか妙な気分だなぁ」

「どうした?」

「いや、こんな事は自分の子供でも出来ないと経験出来ないって思ってたからさ」

 

 何故かその言葉に目頭が熱くなった。きっと、きっとパパも私とこういう事があったら喜んでくれたんじゃないかって、そう思って。

 

「今の小父さんならその内出来るだろ」

「あ~……どう、だろうな。難しい事を考えないでいいならそうかもしれないけど」

 

 泣かないために無理矢理話題と空気を変える。背中を向けられていて良かった。じゃなかったら今頃私が泣きそうになっている事を気付かれていた。

 

「難しい事、か。世界の差?」

「それもあるけど、一番は経済面だよ。要は俺の収入面。そこをどうにか出来ない限り子供なんて無理なんだ」

「子供にお金がかかるのは分からないでもないが、そこまで?」

 

 私がパパと生きていた頃も養育するのは何かと金が要り様だった。けれど、貧しいながらも子供を持つ家庭は多かったはずだ。

 

「キャロルがよく知ってる頃とは違ってね、今のこの国は人づきあいがほとんどなくなってしまったんだ。だから子供を育てるとなると周囲の協力は得られない事が当然でさ」

「……理解した」

 

 そういう事か。つまりかつては大勢の者達が手を貸し合って子供を世話していたが、今や人の繋がりが希薄となり子育ての負担が一気にのしかかる訳か。

 だからかつてよりもかかる費用などが増え、貧しい者達は子を持つ事を避けるしかない訳だ。だが、そうなると余計貧しくなるのではないだろうか? 子供は言っては何だが将来の働き手であり稼ぎ手だ。それを持てない以上、その家庭はゆっくりと衰退するしかないと思うんだが……。

 

 そう思って小父さんへ聞いてみると、小父さんは苦い声で肯定した。実際そのせいでこの国は衰退の一途を辿っているそうだ。

 

「とはいえ、簡単に収入を増やす術なんてないからなぁ。色々と頭を悩ませてるんだよ」

「動画収入はどうだ?」

 

 エル達がこの世界にいた頃小父さんが始めた悪意への対抗策にして収入源。それらは今も存在し、多少は収入を得ているはずだけど……。

 

「あれは俺が何かやってアップしてる訳じゃないからね。正直あれをあてにするのは危険だ。あくまでもあれは稼げたらいいなって感覚でいないと。あれで生計を立てるなら、俺はドライディーヴァを確実にこっちへ引っ張ってこないといけない」

「小父さんだけじゃ稼げないと?」

「そういう事。悲しいかな俺にはそういう才能は欠片もないんでね」

 

 自嘲気味に笑う小父さんに何だか無性に腹が立った。だって小父さんがあの日々でエル達を支え続けられたのも、私がこうしているのも、全てはこの人が依り代に選ばれたからだ。

 それは一種の才能だ。非常の才だとは思うけど、それでも小父さんには才能がある。それがなければ今頃どうなっていたか分からない。

 

 私もそうだしドヴァリンだって助けられなかったはずだ。依り代を小父さんが手にしたからこそ、今に繋がっているんだから。

 

「あるから」

「え?」

「小父さんにも才能はあるから。ただそれがお金を稼ぐのに向かないだけ」

「キャロル……今、喋り方が……」

 

 不意に口調が昔のようになった事に気付き、私は慌てて小父さんの背中から手を離した。

 

「こ、これで終わりだ。俺はもう出る」

 

 手の泡を落としてお風呂場を出ようとすると、そっと後ろから抱き締められた。

 

「ありがとうキャロル」

 

 その声はとても優しくて、両腕に感じる感触はとても温かくて、何とか堪えていた涙が流れ出しそうになる。でも止めてとは言えないし言いたくない。

 結局黙り込むしかなかった俺へ、小父さんはしばし黙った。多分俺の反応を待ってたんだと思う。そうやって少しの間沈黙が続いて、きっと小父さんはその雰囲気に耐えかねたのかわざとらしく咳払いをした。

 

「それとキャロル、体が冷えてきてるからあったまり直すように」

 

 何とも不器用で、どこかパパに似ていて、けれど異なる声と雰囲気。それが私の心をそっと撫でていく。

 

「まったく、何だその情けない父親のような言い方は。まぁいい。分かったから離せ。このままでは湯に入ろうにも入れない」

「おっとごめん」

 

 パパにどこか似てるけどやっぱり違う。そう改めて感じて俺は笑う。

 うん、やっぱりこの人は小父さんが丁度いい。父親じゃないけど父親っぽくもある、そんな人だから。

 

「小父さん」

「ん?」

 

 シャワーで背中を洗い流し出した小父さんへ俺は向き直って小さく笑いかける。それも、きっと悪人顔に見えるような表情で。

 

「忘れてるかもしれないが、俺は錬金術を駆使して長く生きてきた。だから子供扱いはあまりしない方がいいと思うぞ」

「えっと……?」

「な、何だったらここでダウルダブラを展開してもいいんだぞ? そういう事だ」

「なっ!? そ、そういう事ね! ご、ごめんごめん。そうだよな。エルと違って君は十分成人女性だった」

 

 俺の言葉を聞いて小父さんが慌てて体の向きを変えた。そこで思い出す。そういえば小父さんは思い込みが激しい性格だった、と。

 おそらく無意識に俺をエルと同じような枠へあてはめていたんだろう。そこへ俺が大人にもなれる事を言われ、その意識が切り替わったのだ。

 

 ……も、もしかすると今の小父さんはあれか? 男として俺に反応しているのか?

 

 ならここで引く訳にはいかん。

 

「ふふん、どうした? もしや、この凹凸の無い体に性的興奮でもしたか?」

「きゃ、キャロル、いいから早く風呂に入った方がいいぞ」

「情けない。お前も男なら開き直ってみせろ。あれだけの数の女を抱いたのだろう」

「それとこれとは別だろ? というか、キャロルだってそういう方面はからきしなの知ってるから無理しなくていいよ」

「っ!?」

 

 ま、まさかの返しに言葉が出ない。そ、そんな事まで知られているのか? くそっ、ガリィとは違った意味で厄介だ。

 だ、だが何となくこのままでは負けたようで腹が立つ。こ、こうなったら仕方がない。小父さんに負けを認めさせるためには……っ。

 

 俺は意を決して小父さんの横から顔を出して反応を確かめた。そして……

 

「「っ?!」」

 

 二人揃って顔を赤くするという結末を迎え、俺は無言で湯船へ逃げるように入って心の中で十数えて風呂場を後にした。

 

 ……密かに製作中のエル用ファウストローブにも成人状態になれる機能を搭載してやろう。きっと小父さんが驚くはずだ。

 

 そんな事を考えていないといけないぐらい、俺が見た物は衝撃的だった。あの夜見た時よりも鮮烈に、強烈に脳裏に焼き付いた残像を忘れようと、俺はエル用のファウストローブへ意識を向け続ける。

 

 けれど、けれどどこかで私は考えていたんだ。いつかあれで私も本当の大人の女にしてもらう時の事を……。




個人的にキャロルのママは成人キャロルの目がたれ目になった感じだと思っています。
クリスママがそんな感じですし、アナザークリスはママそっくりな感じでしたしね。

まぁ某らき☆すたの柊姉妹の母親は、つり目なのにおっとりというキャラでしたのでもしかするとキャロルママもつり目で穏やかな人だったのかもしれませんけど(汗


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

季節外れのクリスマスプレゼント 表

遂に上位世界と他の世界のズレが三か月程度になりました。
根幹世界のクリスマスシーズンは本編の最終回で描きましたが、彼女が久々の登場となります。


「三月、かぁ……」

 

 カレンダーを眺めて一人呟く。ドヴァリンと知り合ってもう半月が経過した。あれからドヴァリンはヴェイグへ自分の技術や知識を教え始めたらしく、その講習会は奏の世界で行われているそうだ。

 

 そう、ドヴァリンは奏と共に生活する事を選んだ。エル達と一緒に根幹世界で暮らす事も考えたそうだが、奏が一人で戦っている事がやはりドヴァリンには気になったらしく……

 

――奏、俺はヴェイグと違ってお前の役に立てる事は何もないかもしれない。それでもいいなら俺はお前の傍で孤独感を薄めてみたい。

――ははっ、薄めるか。うん、ありがとドヴァリン。じゃあ、あんたの気が済むまで傍にいておくれよ。

 

 というやり取りがあって、現在ヴェイグはドヴァリン用のグレイプニルを製作できるように修行中。それが出来るまではドヴァリンは奏の世界にはいるものの、主な生活圏は二課本部内となっている。

 ヴェイグはドヴァリンのために週二回の講習会で必死に学んでいるようで、セレナも奏と定期的に顔を合わせるからか姉妹のような仲の良さを見せているとの事らしい。

 

――俺に教えている時のドヴァリンはとても楽しそうなんだ。あれだけ笑顔のドヴァリンがまた見れるなんて思わなかった。

 

 つい数日前にセレナと共に遊びに来たヴェイグはそう言って嬉しそうに笑っていた。どうやらドヴァリンも本格的に教える側となった事で教える喜びや楽しさを見つけたらしい。

 元々ヴェイグの師匠らしいドヴァリンだけど、そのヴェイグの成長があってより教える事が楽しくなったんだろう。

 

「……教える事、か」

 

 俺も店長となって半年が経過した。元々あの店では古参だったけど、曲がりなりにも役職者となっての半年はそれまでとは違う密度と濃度だった。

 特にオーナーとの話し合いの時間が増え、本部の人とも話す事が出来たために色々と苦労も増えている。

 それまではオーナーが全て引き受けていた事を少しだけ俺がやる事になり、大変さも増えたが出来る事や言える事も増えたのでそこはよしとする。

 ただ、そうやって本部の人間と接していると思う事がある。やはりコンビニ勤務だけで家庭を持つのは難しいという現実だ。

 

「オーナーに軽くそういう話を振ったら難しい顔をしてたもんなぁ」

 

 俺は店長ではあるが社員じゃない。なので当然ながらその扱いは普通のバイトよりはマシ程度。

 しかもコンビニの時短営業があちこちで話題となっている事もあり、うちでもそれを視野に入れるべきかもとオーナーは考えているそうだ。

 

――深夜営業が赤字なのは只野君もよく知ってるだろう? もしそこを無くせるなら経営としては助かるんだけど……。

 

 現状夜勤は俺やオーナーを入れて四人。つまり時給が発生しているのは三人だ。その人件費が浮き、更に俺は店長故に夕勤へシフトさせられる。そうなればオーナーは早朝から夕方までの勤務でいい。

 

「けど、そうなると俺の収入は一気に減るし……」

 

 オーナーもそれを分かっているからこそ、視野に入れて考えている、で止まっているんだろう。夜勤帯の時給でなければ俺が勤務を続けないと分かっているからだ。

 実際そうなったら俺はあの店での勤務を考え直さないといけない。一番最有力は昼から閉店までの半日勤務、だろうな。掛け持ちは……正直辛いしな。でも最悪そうするしかないかもしれない。

 

 と、まぁそんな事を最近よく考えるのだ。俺を想い、慕ってくれる女性達のためにもと。

 

「とはいえ、このままじゃいつまで経っても変わらないどころか悪化するしかない、か」

 

 あの店というかオーナーには恩がある。だから例え夜勤がなくなるとしてもすぐ辞めるとは出来ないしするつもりもない。

 ただ、例えそうならないとしてもずっとこのままあそこで働き続ける訳にはいかないのも事実だ。

 

「今の俺は、一人じゃないからな」

 

 そう噛み締めるように呟く。例え響達が俺以外の男へ心移りしても、エル達との繋がりが消える訳じゃない。ヴェイグやドヴァリンだっている。この家で一生暮らすとも思えないし、考えないといけない事は沢山ある。

 いずれは両親の面倒も見ないといけないならその事も視野に入れて考えないとな。う~む、考えれば考える程嫌になってくるぞ。

 

「っと、いかんいかん。真昼間から気が滅入る事を考え過ぎるのは止めよう」

 

 ただでさえ寝起きなんだ。こんな鈍った頭じゃいい考えが浮かぶはずもない。とりあえずは買い物に行くか? そろそろ袋麺の買い置きもなくなってきてるし……。

 

「一度冷蔵庫の中も見ないとなぁ」

 

 期限が近い物や切れている物もあるかもしれない。冷蔵庫のチェックは時々来る調や未来がやってくれているのだが、彼女達とて毎日来てくれる訳ではないし来ると大抵ああいう事がセットになりつつある。

 翼や奏、マリアもそうなので、まず間違いなく俺との触れ合いに飢えてくれているのだろう。それが嬉しくもあり申し訳なくもある。

 

「強かったはずのみんなを、弱くしてる要因でもあるからなぁ」

 

 人と触れ合い、関わる事で人は強くもなるし弱くもなる。様々なヒーローやヒロイン達と同じく、みんなもそうらしい。俺がみんなの新しい強さにもなり、また弱点ともなっているんだ。

 

「そしてそれは俺も同じ、か……」

 

 あの頃はどこかで別れを覚悟していられた。けれど、みんなと肉体関係を持った今、きっと俺はあの頃のような強さは持てない。

 それが、別れを迎えさせてなるものかという強さなのか、別れを受け入れられない弱さなのかは分からないが、少なくても俺は一つの強さを失って、一つの弱さも失ったんだろうと思う。

 

「っと」

「へ?」

 

 とそこへ聞こえた声に振り返れば何とクリスが立っていた。

 

「クリス?」

「……おう」

 

 久しぶりに会うクリスは、どこか大人びいているように見えた。けどこっちを見つめる眼差しはあの頃よりも熱や寂しさが宿っていて、彼女の心の動きを伝えてくるようだ。

 なのでこちらから近付こうと思う。わざわざ来てくれたのだから、こちらは迎えるのが筋だしな。そう思ってクリスの体を優しく抱き締めた。

 

「久しぶり。それと、会えて嬉しいよ」

「…………あ、あたしも、嬉しい……」

 

 そこからしばらく会話はなかった。俺はクリスを抱き締め続け、クリスはクリスで俺を抱き締め返してくれた。

 そうやってどれぐらい過ごしていただろうか。やがてクリスが顔を上げて潤んだ瞳で見つめてきた。それが何を思っての行動かはすぐ分かった。

 

「んっ……」

 

 そっと触れるようなキスをすると、背中に回されていた腕にまた力が入ったのが分かる。

 静かに顔をクリスから離すと眼差しがかち合う。すると次の瞬間……

 

「んっ」

 

 再びキス。ただし今度はクリスから。その顔が赤くなってるのを見て、愛しく思って俺も抱き締める腕に少しだけ力を込める。

 舌を絡める事もなく、ただ互いの体温や存在を確かめ合うだけの時間。それはきっと長い間離れていた隙間のような感覚を埋める事なんだろうと思う。

 

 やがてクリスがそっと顔を離して恥ずかしそうに胸へ顔を埋めた。

 

「おかえり、にはまだちょっと早いかな?」

「……おう」

「えっと、もしかしてそっちも春になった?」

「さすがにそれはねーよ。冬期休暇ってやつだ」

 

 そこからしばらくはクリスからの状況説明が続いた。どうやら向こうは十二月の下旬に入り、クリスも留学先から一時帰国したとの事で、今根幹世界は十二月二十四日、つまりクリスマスイブらしい。

 で、クリスは帰国するなり本部へ直行。弦十郎さん達へ一時帰国を報告しついでに俺の様子を見てくると告げてこっちへやってきたとそういう訳だ。

 

 そこまでして俺と会う流れを作りたかったんだなと思うといじらしくて笑みが零れる。

 そんないじらしい少女は、今はこたつの中へ足を入れて温まっていた。

 

「それにしても、こっちはまだ三月か。てっきりそろそろ夏になるかと思ったぜ」

「開いてた感覚が短くなってきてるし、この調子なら遅くても夏ぐらいにはズレがなくなるんじゃないかな?」

 

 あの久々に装者全員がここへ揃った日から、俺の世界とみんなの世界とのズレは少しずつ減っている気がする。最初は時間のズレで、次が季節のズレなんだろう。

 これも、俺の世界がみんなの世界と本来なら繋がるはずがない場所だから問題ないんだろうな。ただ、だからこそ気になる事もある。

 

 考えないようにしてたけど、どうして未だに俺の世界へのゲートというか裂け目は存在してるんだろうって事だ。

 

 これ、うがった見方をすれば絶対良くない事だと思うんだよなぁ。だって、もうこの世界とみんなの世界が繋がってる意味、ないから。

 と言う事は、逆に考えると繋がってないと不味い事がある。あるいは起きるって事じゃないかと思うんだよ。特に例のULTRAMANの一件やドヴァリン絡みの事件はその一例だ。

 そして、そうなると俺には一つ心当たりのようなものがある。それは言うまでもなく世界蛇絡みのあの組織、ウロボロス。

 

 あいつら、全滅した訳じゃないんだよな。主要メンバーを失っただけで、今もどこかで潜伏してるはずなんだ。悪意は実体を持たないからそいつらと手を組む事はなかったけど、もしそうされてたら面倒だったはずだし。

 

 って、待てよ? それも警戒しての時間停止だったのか? だとすれば星の声って凄いな、やっぱ。

 

 そういう事をクリスへ話すと彼女も忘れてたって顔で息を吐いた。

 

「成程なぁ。ウロボロスの残党か。そいつらがまた何かしでかすからこことの繋がりは消えてないって?」

「じゃないかなってとこ。正直ベアトリーチェの残滓とも言える悪意が動いたんだ。傍付きの眼鏡こと石屋も妙な復活を果たしてないとは言い切れない」

「しかも、もう一つのギャラルホルンが存在してるのも確認されたしな。たしかに何が起きても不思議はないか……」

 

 考え込むようなクリスを見てると何となくあの頃に戻ったような錯覚に陥る。いや、ある意味では同じだ。悪意は倒せたかもしれないが、まだ全てが綺麗に終わった訳じゃない。

 ウロボロスの残党は存在し、今もまだ見ぬ平行世界では次なる悪が、闇が生まれてるかもしれないんだ。

 

「倒しても倒しても新しい悪はどこからか現れる、か……」

「あ?」

「ヒーロー物でよく言われる言葉だよ。悪っていうものは終わりがない。倒したと思ったら、すぐに次の悪が現れる。悲しいかな現実でも創作でもそういう展開が後を絶たない」

「……だな」

 

 二人して切ない表情で息を吐く。俺は幾多ものの作品で、クリスは実際の経験でそれをよく知ってるからだ。

 

「よし、この話はまた今度にしよう。少なくても今するべき事じゃない」

 

 そう言って俺はこたつから出るとクリスの横へ移動して再度こたつへ入り込む。

 

「んだよ?」

「少しでもクリスの近くにいたくてさ」

「っ……そ、そうかよ……」

 

 照れくさそうに顔を背けるクリスに思わず笑みが浮かぶ。本当に可愛いよな、クリスも。

 

「それで、クリスはどうするんだい?」

「どうするって……」

「泊まる? それとも夜までには帰る? ちなみに運良く俺は休み」

「なら泊まる」

 

 ならときた。じゃ、つまりそういう事だと思っていいんだな。

 そう思ってそっとクリスの腰へ手を回すと、チラリと視線だけが一瞬向けられただけですぐに彼女の視線は前へ戻った。触っていいとそういう事だ。何というか、これだけでも嬉しいもんだ。

 

「留学先ではどう?」

「まぁそれなりに楽しくやってる。やっぱ歌の力はすげぇって実感もした」

「そっか。音楽と絵は国境を越えるからなぁ」

「音楽は知ってたけど絵も、か……。言われてみればそうかもな」

「こう考えると統一言語なんてもんがなくても、人は通じ合えるものがあるんだよな。ただその上手い下手があるけどさ」

「違いねぇ。でも、下手でも心がこもってれば伝わる気がするぜ?」

「だといいね。想いは言葉にしないと伝わらない時もあるけど、伝え方は言葉だけじゃないって風にも言えるし」

 

 寄り添って会話していると何だか夫婦に思えてくる。実際は恋人が近いんだろうけど、この空気感は夫婦だと思う。

 そう思ってクリスへその事を告げるや顔が真っ赤になった。けれど以前ならそこで文句などが飛んできたのに、今はまったく飛んでこない辺りに変化がある。

 むしろそう言ったら俯いたまま俺の方へ体を寄せてきたぐらいだし。本当に可愛いよな、クリスって。

 

「晩飯はどうする?」

「あ、あたしが作ってやろうか?」

「いいの? じゃあ買い物は俺がしてくるよ」

「いや、そっちもあたしがって……そう、だな。じゃあ頼む」

「了解」

「で、何が食べたいんだ? 一応希望を聞いてやるよ」

「そうだなぁ……」

 

 このやり取りは恋人っぽいなと思いつつ食べたい物を考える。その間、俺はクリスの事を抱き締めたいと言って膝の間に座らせた。小柄な体をそっと抱きしめながら考えていると、クリスが恥ずかしいのか小さくなっていく。

 それでも逃げようとはしないので、今俺がやってる事は嬉しいようだ。出来るだけ胸を触らないようにしているのが大きいのかもしれない。

 

 ……正直触りたいけどそれはまだ早いと思うし。

 

 結局悩んだ結果、クリスに初めて作ってもらった料理にした。そう、回鍋肉である。それを告げた時、クリスが軽く驚いて、すぐに懐かしそうな眼差しを見せたのが印象的だった。向こうも覚えているんだとすぐ分かった。

 

「じゃ、行ってくる」

「おう。あたしは掃除とかして待ってる」

 

 こうして俺はクリスに見送られて買い物へと向かう事に。それにしても掃除をして待ってる、か。完全奥さんだな。

 

 でも、うん。やっぱり誰かが家で待っててくれるのは嬉しい。あの頃とはちょっと違うけど、一人じゃないって事は大事だと改めて思う。

 

「……俺、頑張ろう。少しでも早くこうなれるようにしよう」

 

 まだまだ遠い道のりだけど、少しずつでも前に進めるようにしないといけないな。とりあえず、まずはスーパーへ行って豚バラとキャベツにピーマン、それと回鍋肉の素を買わないと。

 

 

 

「美味いっ! 美味いよクリス!」

 

 目の前で心底美味そうに飯を食べる仁志を見てあたしは頬が熱くなるのが分かった。あの時は何て事なかった事が、肌を重ねた今じゃすげぇ嬉しくて胸の奥があったかくなる。

 

「そ、そっか。そこまで喜んでくれると作った甲斐もあるってもんだぜ」

「いやぁ、あの時の事を思い出すよ。昼寝から起きたら良い匂いがしたあの時をさ」

 

 あたしもよく覚えてる。まだあたしが響と二人だけで仁志と同じ部屋で過ごしてた頃の事だ。あたしの部屋から炊飯器を持って来て、初めてあの部屋で食事を作ったあの時。

 思えばあの時から仁志はあたしがおっさんに恋愛感情を抱いてるって知ってたんだよな。背中、押してくれたんだよな、あれ。

 

 ……そんな奴が気付けばあたしとスケベした、んだよなぁ。

 

「ん? どうしたのクリス。顔、赤いぞ?」

「っ!? な、何でもないっ。ほ、ほら、飯のお代わりどうだ?」

「あっ、じゃあ遠慮なく」

 

 ニコニコ笑顔で茶碗を差し出す仁志が旦那みたいに思えて胸が高鳴る。くそっ、昼間に仁志が夫婦みたいだとか言うからだ。

 

 ……嬉しかったけど、な。

 

 今この部屋にある炊飯器はあの時と同じあたしが使ってたやつだ。だから余計あたしと仁志が結婚したみたいな感じがしてくる。

 結婚、かぁ。あたしが仁志の嫁になったとして、だ。こっちで暮らすとすれば働き口を見つけないといけねぇ。となると、まぁまたあの店って事になる。

 

 い、いっそ夜勤になって仁志と二人で頑張るってのもありだよな。でもそうすると休みを合わせるのが難しいか……。

 

「えっと、クリス?」

「ん?」

 

 困惑したような声で仁志が声をかけてきたので振り返った。するとあいつはあたしを見て申し訳なさそうに頬を掻いて……

 

「そのぉ、お代わりはまだかな? 中華は冷めると不味くなるんだけど……」

「っ!? 悪いっ! すぐよそうっ!」

「お願いするよ」

 

 やべぇ。考え事しててすっかり仁志のお代わりを忘れてた。けど、仁志らしいぜ。多分少し待ってたんだろうな、あたしを見つめて。で、まったく動く気配がないもんだからおそるおそる声をかけた、か。

 

「ほら、待たせたな」

「ありがとう」

 

 心持ち多めに盛った茶碗を笑顔で受け取る仁志は、やっぱどっか子供に見える。けど、だからこそあたしは、あたしらは好きになっちまった。大人にも子供にもなれる、そんな男に。

 

 今も少し冷め始めた回鍋肉をおかずに飯をがつがつと食べる一回り近く離れた男を見つめ、あたしは笑みを浮かべる。

 

「あ~、ホント美味い。クリスも早めに食べなよ。もう冷め始めてるから」

「ああ」

 

 そこでふと気付いた。あの時はここに響がいた。でも、今はいないって事に。

 

「……な、なぁ」

「ん?」

 

 箸を口に入れたままでこっちを見つめる仁志。ったく、ホント子供かっての。

 でも、ま、そんなとこも嫌いじゃない。んな事を思いながら箸で回鍋肉を掴み、持ち上げて仁志へ差し出す。

 

「あ、あ~ん」

 

 いつかもした事だけど、あの時も響がいた。だからこれはあたしが初めて二人きりでやる事だ。

 なのにあの時は動揺した仁志は……

 

「あ~」

 

 平然と、しかも嬉しそうに口を開けやがった。ちょっと悔しいが、ここで止めたら何だか負けたみたいなのでそのまま口へ入れた。

 

「ど、どうだ?」

「……うん、美味しいよ。またクリスに食べさせてもらえるなんてなぁ。幸せだよ、本当に」

「……そっか」

 

 その言葉であたしも幸せになる。それと気付いた。仁志って本当に美味そうに飯を食うなって。だからこっちも幸せになれるんだ。響もそうだけど、やっぱ美味そうに飯を食べる奴ってのは見てていいもんだな。

 多分だが、マリアの奴がこいつの世話を焼く事を嫌がらなかったのはそこが一つの要因な気がする。

 

「じゃ、お返し。あ~ん」

 

 んなぁっ!? こ、事もあろうにあたし様へ仁志が同じ事をやり返してきやがった!

 そんな恥ずかしい事出来るかっ! って、きっと以前のあたしなら言ってる。でも今のあたしは……

 

「あ、あ~……」

「はい」

 

 口の中に軽く冷え始めた回鍋肉を入れられたのに、何でか知らないがあったけぇ気がする。その理由はきっと……

 

「どう? 美味しい?」

 

 こっちを子供みたいな笑顔で見つめる、大好きな相手がいるからだろうな。

 

「ああ、美味い」

 

 思い出した。こっちにいた時は絶対飯を食う時に誰かがいた。仁志や響、先輩がいた。だから食事が、飯が楽しみであり安らぎだったんだ。

 特に、週に一度は絶対全員で集まって過ごした。あれはすげぇあったかい時間だった。それを企画して実行してたのは仁志だ。

 あたしらを一つにして、結びつけて、あったけぇ絆を強くしてくれたのは、心を明るくしてくれてたのは、目の前のこいつだ。

 

「それは良かった。じゃ、急いで食べよう。そろそろ本格的に冷めるから」

「だな」

 

 少し冷えてきてもあったけぇ飯があればまだ何とかなる。だから二人で回鍋飯もどきにして食べ切った。

 後片付けは仁志がやると言ったがあたしも一緒にやると押し切り、流しに並んで立つ事に。

 

 ふ、夫婦みたいだから押し切ったんじゃねぇ。その、最後まで責任を持って仕事をやり切ろうと思っただけだ。

 

って、一体あたしは誰に言い訳してんだ

「ん? 何か言った?」

「何でもねぇよ」

 

 でも、ま、こういうのもいいもんだ。本当ならあの頃にやりたかった事ではあるけど、まぁ仕方ねぇか。

 ただ、どうもこの感じだとあたし以外は結構顔を出してる感じだな、これ。

 

 ……出遅れてる感が半端じゃねーが、それを埋めるぐらいの濃度を今夜過ごせばいい。てか、きっと仁志もそのつもりのはずだ。

 

「なぁ仁志」

「どうかした?」

 

 そのための第一歩だ。こ、この際恥ずかしさは忘れる事にするっ!

 だからあたしは決意を胸に隣の旦那候補(確定)へ顔を向けて告げる。

 

――い、一緒に風呂入ろうぜ……。




裏は……お分かりですよね?(苦笑

留学設定のために今まで出番がなかったクリスの登場です。
ただ、既にあの夜を共にした七人はドエロギアを獲得しているため……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして全てが変わり出す

本編とは異なる展開がアナザーの醍醐味ですのでこうなります。
悲しみなんかない世界。その夢を諦めたくない只野だからこそ依り代も……。

正直これはもうしばらく投稿を後にしようと思っていたんですが、公式が来週にも結末を描いてしまうのでその前に出さないと何か嫌だなと考えてこうなりました。


「ゲートリンクを神獣鏡をくれた世界にも、か……」

 

 俺の提案に弦十郎さんが腕を組む。場所は根幹世界はS.O.N.G本部の発令所。何故そんな提案をしたかと言うと、俺は詳しく知らないのだが、どうもアナザーきりしらやアナザーイヴ姉妹と関わる事件があったらしい。

 

 俺が詳しく知らないのは、みんなが余程じゃない限りツインドライブなどの便利な力を頼らないためだ。俺がみんなに見せたり教えたりしたヒーロー達の在り方や考え方。それをみんなが覚えていてくれたようで、安易に力に頼るのではなく、可能な限り自分達の力で事に当たろうとしたとの事。だから俺には平行世界関係の厄介事を進んで聞かせないようにしているらしい。

 

 以前のドヴァリン絡みの一件は、依り代なしじゃドヴァリンの救出が無理そうだった事と、デュオレリックを阻止するような敵と通常ギアでは力負けしそうな物量に対処しなければならないという、その二つの理由で俺を頼ってくれたのだそう。

 

――兄様は僕らの最後の希望なんです。

 

 そんなエルの言葉が今も胸に強く残っている。ヒーロー達だって最初から最強フォームで戦う事はしない。その強い力じゃなきゃ対処出来ない相手にだけそれを振るうんだ。

 

 と、話がそれた。そういう訳で俺には事後報告のような形で情報が入ったのだが、そこでウロボロス残党などと共に新たな脅威が出現したと聞いた俺は、その事について考えている中で平行世界の中でも特に戦力に乏しく定期連絡などの接点を設けていない世界を思い出した。

 それがあのアナザー響の世界。翳り裂く閃光の舞台となった平行世界である。

 あそこは、色々と悪影響を受けるかもしれないと関わる事を避けている。だからこそ、せめて有事の連絡だけでも出来るようにするべきと思い、俺はここ根幹世界へやってきていた。

 

 正直夜勤明けで眠くはあるけどこれぐらいなら平気だ。善は急げとも言うし、こういう事は早い方がいいと思う。

 

「ええ。今すぐ用意出来ないのなら俺の使っている物を渡してもいいです」

 

 迷うような、あるいは渋るような弦十郎さんへ俺はそう告げた。それぐらい急いだ方がいいと思って。

 

「兄様……」

「それ程までに急ぐ、か。だがいいのか?」

 

 軽く驚くエルと弦十郎さんに俺は頷く。現実としてウロボロスの残党がいて、それが誰かの指示で動いていた事は明らかだ。しかも、下手すればそれはあの石屋の可能性まである。なら、今は互いが及ぼす悪影響を気にしてる場合じゃない。

 

「俺の世界は基本的に超常現象なんかとは無縁です。本来繋がるはずのない世界だったし、今も裂け目としてしかゲートは存在しない以上それは間違いないかと。なら、どっちと連絡が取れないと不味いかは明らかですから」

「そうかもしれないが……」

 

 チラリと弦十郎さんがエルを見る。多分だけど俺と連絡が取れなくなるのをエルが気にすると心配してくれているんだろう。でも、だからこそ俺は言わなきゃならない。

 

「依り代が今も使えて裂け目が残っている。これが意味するのはまだ危機は去ってはいないと言う事かもしれません。それにあの世界の立花響はガングニールを失っています。つまり装者は翼一人なんです。そんなところへウロボロス残党がやってくれば……」

「いかに翼といえど多勢に無勢、か。そうだな。ならばせめて緊急時の援軍体制だけでも可能にしておくべきか」

 

 こうして俺は呼び出された未来と響を連れてアナザー響がいる世界へ向かう事となった。

 ちなみにエルはこのままでは俺のゲートリンクを譲渡する事になると思い、密かに製作してくれていた俺の両親用のゲートリンクを渡してくれた。

 どうしてこれがと尋ねたら、エルは笑みを浮かべながら弦十郎さんを見つめてこう言った。

 

――司令に聞いたら、もしもの際の予備機に使えるからと許可を頂けたので製作していたんです。

 

 その答えを聞いて、俺は弦十郎さんは本当に大人だなと思った。普通に考えれば色々問題になりそうな事を機転を利かせて何とかしてしまったのだからな。そんな事を思い出しながら俺は手の中にある真新しいゲートリンクを見つめた。

 

「それにしても、本当に良かったのか? 折角の完全休みだったんだろ?」

 

 既に響達の世界でも新年を迎え、三学期も始まっている。クリスもまた留学先へ戻り、響と未来は最後の学院生活を噛み締めるように過ごしているはずだ。今日など訓練などもない完全オフだったと聞いた。それを潰させてしまって申し訳ない気持ちの俺へ、二人は振り返ると満面の笑みを見せてくれた。

 

「構いません! それに、一度もう一人の私にも会ってみたかったんで」

「あの響に会うなら私がいた方がいいかなって思いましたし、響が行くって言った以上は一人に出来ませんから」

「成程ね。でもありがとう」

 

 納得しつつ感謝を述べた俺へ、二人は意味ありげな笑みを浮かべるとそっと両隣に移動するや腕を組んできた。

 

「「それに、仁志(只野)さんと一緒にいられるし」」

 

 ……本当に敵わないなぁ。少女でありながら女でもあるって感じだよ、今の二人は。

 と、そこで思い出す。今、彼女達は最上級生だ。しかも既に卒業を控えている。このままいけば俺の世界が夏になる前に間違いなく卒業となるだろう。

 

 そうなった時、二人の進路はどうなっているんだ? まさかとは思うけど、こっちに来て生活するなんて言わないよな?

 

 怖くて聞けない俺の両腕に温かく柔らかい感触が当たり続ける。その幸せを噛み締めながら俺は遂にアナザー響のいる世界へ足を踏み入れる事となった。

 そこからは未来に案内されるまま移動し、あっという間に気付けば二課本部へと到着。と言うのも、リディアン音楽院へ着いた辺りでどこからともなく黒服さんが現れたのだ。

 

 いや、本当にビックリした。こちらの事を監視してたんじゃないかと思うぐらいのタイミングだったからな。実際それに近かったらしい。今も二課はゲートからの来訪者がないかチェックしているそうだ。

 それだけ別世界との関わりを警戒していると言う事だろう。普通に考えてそれは正しい。けれど、やはり状況があの時とは違うと分かってもらわないといけないと強く感じた。

 

「これがゲートリンクか……」

「はい。そちらが他の平行世界とあまり関わりたくないと思うのは理解出来ますが、先程お話したように世界蛇や悪意などという全ての平行世界を巻き込む闇が存在した以上、今後も同じような脅威が出現しないとも限りません。その時、それぞれが別々に動いては最悪の結末を迎える可能性があります。ですのでこれは、緊急時の援軍要請や情報収集に使ってください。それぞれの指揮官同士での話し合いならそこまでの悪影響はないはずですから」

 

 俺の差し出したゲートリンクを見つめてもう一人の弦十郎さん、えっと風鳴司令は考え込んでいた。

 その様は少し前まで接していた男性と本当に変わらないように見える。けれど、威圧感というか迫力のようなものがやはり異なるような気がした。

 

「……分かった。そちらの気遣いに感謝する」

「いえ。あっ、一ついいでしょうか?」

「何だろうか?」

「こちらの世界で使用されてるギアは、今はやはり天羽々斬だけですか?」

「いや、実はガングニールがもう一つあってな。それを響君が使用している」

 

 おや、どうやら根幹世界でマリアが使っていたガングニールがアナザー響へ回ってきたらしい。と言う事は、こっちではマリア達F.I.S組は存在しないかもしれないな。

 

 そういえば、ここはそもそも神獣鏡も残っていたな。じゃあやはりそういう事なんだろう。

 

「そうなんだ。じゃあ装者が二人なんですね」

「そういう事になる。それにしても……」

 

 未来の安心するような言葉に頷いて、風鳴司令は響へ視線を向ける。

 

「本当に別人なのだな」

「えっと、そこまで違うんですか?」

 

 そこで風鳴司令ではなく俺を見る辺りが響らしい。

 

「雰囲気とか目付き、口調なんかが全然違うからね」

「そうなんだ……」

 

 さて、ここからどうするべきか。きっと向こうとしては早々にお帰り願いたいだろうけど、響も未来もアナザー響と会いたいだろうし……。

 

「あの」

 

 俺がダメ元で声をかけようとした時だ。警報が鳴り響き、一気に発令所が慌ただしくなる。聞こえてくるのはどう考えても厄介事発生を意味していて、しかもノイズじゃないらしい。

 

 ただ、以前から報告のあったと言う言葉が聞こえたのでどうやら何かあったようだ。

 

「あのっ! 私達もお手伝いしますっ!」

「どこへ行けばいいかを教えてくださいっ!」

「それは有難いが……」

「風鳴司令、二人も装者なんです。それに、こういう時は何事にも人命を優先するのが彼女達です」

「……分かった。なら頼む。指示はこちらから出そう」

「「分かりましたっ!」」

 

 こうして響と未来もギアを纏って外へと出て行く。俺はここに残って状況を見守る事に。

 念のため依り代を起動させ、二人が少しでも危なくなったらツインドライブなどで援護しようと準備も整えた。

 

 こちらの世界の装者二人もそれぞれ現着し、謎の機械相手に四人のシンフォギアは優勢を保ちながら戦闘を続けた。

 だけど、それがある時から変化する。謎の機械と共に動く女性が出現したためだ。スターリットとアナザー響が呼んだ彼女は、どうやら謎の機械を知っているらしく、その戦闘力はシンフォギア以上と言ってもいい程だった。

 

 が、ならばと響と未来をリビルドへしたらやはりそこまで。通常状態には優位に立てても出力がエクスドライブ並のリビルド相手にはそうは出来ないらしい。

 そうこうしていると今度は街中にも謎の機械が出現。しかもよりにもよって謎の炎の魔人が登場し、それを破壊するように街中で暴れ始めたのだ。

 四人のいる場所からすぐに到着は不可能。なので俺はツインドライブを起動させて飛行能力のある未来に先行してもらう事に。

 殿をリビルドギアツインドライブの響がこっちの翼と引き受け、アナザー響も未来を追う様に街へと向かう。

 

 と、その時だ。依り代が淡く光ったかと思うと、まるで俺を導くように光線が発令所のドアへと放たれたのだ。

 

「只野君、それは?」

「分かりません。でも、どうやら無茶をしないといけないみたいです」

「何? それはどういう意味だ?」

「この光を追い駆けてみますっ!」

「なっ?! 待つんだ只野君っ!」

 

 その場から駆け出した俺は発令所を出て依り代が導く方向へと向かう。

 きっと、きっとそこに何かある。もしくは依り代が必要な何かが起きるんだ。

 未来や響、あるいはこの世界の響や翼に何か恐ろしい起こるのだとしたら、それを防ぎたい。

 

「戦う力は無かったとしても……っ!」

 

 あの頃と同じだけど、より強くなった想いを胸に俺は走る。

 外へ出ると空の色が赤く変わっている場所が見えた。そこの下が戦場となっているんだろう。依り代の光はそちらを示すので間違いない。

 急いでそちらへ向かう途中、見覚えのある三人組を見た。それが板場さん達だと気付いたが声をかける事はしなかった。何せ向こうは必死で逃げている上に平行世界の存在だ。

 

 でも、きっと彼女達がいるならアナザー響の友人となってくれていると思った。小日向未来だけでなく、彼女達もこちらの響と親しくなってくれている事を願う。

 そう思って俺は彼女達が無事に逃げられる事を祈りながらそれとは逆方向へと走る。すると、やがてあの機械の残骸が道に転がり始めた。

 

「……いたっ!」

 

 未来が援護する形でアナザー響が謎の機械達と戦っている。その先には見た事のない謎の大型機械と炎の魔人がいた。

 すると依り代の光はその魔人へ当たって消えた。どうやらあの魔人が何かある相手のようだ。

 

「只野さんっ!? どうして!?」

「あの魔人に依り代が反応してたんだっ!」

 

 こっちに気付いた未来へそう言いながら依り代を見せると彼女は若干困った顔を見せた。きっと止めても無駄と察したんだろう。伊達にあの日々を共に過ごしてきた訳じゃないらしい。

 

「無理はしないでくださいねっ!」

「勿論だよっ!」

 

 たったそれだけのやり取りに色々な思いを交わし合って、俺はそのまま謎の機械を殴り壊すアナザー響を追い駆けるように走る。

 そして炎の魔人が周囲の謎の機械を破壊するのを見て足を止めると、相手もこちらを見た、ような気がした。

 

 と、そこでアナザー響が隣へやってくるなりこちらを怪訝そうな表情で見てきた。本当に響とは思えないような目付きだな。

 

「あんた、誰?」

「只野仁志。見ての通りのただのおっさん」

「ただのおっさんはこんな場所に来ないよ。……あと、今司令から保護するように連絡があったから下手に動かないで」

 

 ぶっきらぼうな声だけど、その声は聞きなじみのあるものだった。それと、口調の割には刺々しい感じは少ない。根は優しい辺り、響は響って事だ。ゲームで知ってるつもりだったけど、こうして直接接すると余計思う。

 

「それで? その手にしてる物は何?」

「簡単に言うと謎の便利アイテム。それがあの炎の魔人に反応してたんだ」

「……ホントに?」

「立花っ!」

「仁志さんっ!」

 

 そこへ聞こえてきた声に振り向けば、響と風鳴さんがそこにいた。一瞬風鳴さんの足元に炎が見えたのであのジェット噴射を利用してここまで急いできたんだろう。

 気付けば未来も俺達の近くへやってきて、その場には俺達と炎の魔人がいるのみとなった。謎の機械は全て破壊されたらしく、追加が現れる事もなさそうだ。

 それでも周囲をそれとなく警戒する辺りはさすがって感じがするな。さてこうなると、だ。あの炎の魔人相手にどう動くかって事になるけど……

 

「只野さん、これからどうするんですか?」

「依り代があいつに反応してたんだ。それも、何となくだけど悪い感じじゃない。だから出来れば依り代をあいつに押し当てたい」

「押し当てたいって危険過ぎでしょ」

「でもあいつには悪意があるようには見えないんだ。何せあいつはあの機械だけを狙ってたみたいだし」

 

 依り代を魔人へ向けたままで答える。と、魔人がこちらへ足を踏み出してきた。ゆっくりと踏みしめるような歩き方だ。それも先程までとは違っている。さっきまではまさしく戦闘速度って感じだったし。

 

「っ! 来るかっ!」

 

 装者四人が瞬時に警戒態勢を取る。すると依り代から強い光が放たれて周囲を包んだ。これはいつかのキャロルの時と同じだと思いながら目を閉じていると、不意に何かが聞こえた。

 

「……今の音、何?」

「仁志さん、今のって……」

「ああ、通知音だ」

 

 その光が治まった後に聞こえた音。それは久々の通知音だった。画面を見れば普通にステータス画面が表示されているのみ。だけどたしかに通知音が聞こえたんだ。

 どういう事だろうと戸惑っていると、魔人がいきなり俺達の前で跪いた。まるで主君か主人を前にしたかのように。

 

「ど、どういう事だ?」

「分かりません……。けど、依り代が何かしてくれたのかも……」

 

 戸惑う風鳴さんへ未来がそう返すのを聞きながら、俺は依り代を恐る恐る魔人へ押し付けてみる。

 

「……何も起きない、か」

「起きないも何も携帯端末でしょ、それ」

「立花、先程の光を見ただろう。あれはおそらく普通の携帯端末ではない」

「でも、だとしたら何でそんなのをこんなおじさんが……」

 

 想像したような展開が起きずにガッカリする俺の後ろでアナザー響と風鳴さんが交わす言葉を聞き、妙な懐かしさのようなものを覚えた。

 

 まるでアナザー響は昔のクリスみたいだなと、そう思ったからだ。

 

「し、信じられない……。スサノオが人にかしずくなんて……」

「スターリット……」

 

 そこへ現れた禍々しい色のギアらしき物をまとった女性は、魔人を見てスサノオと呼んだ。スサノオって、日本神話に出てくる八岐大蛇を退治した神様と同じだなぁ。

 

 ん? 待てよ? 日本神話……スサノオ……っ!

 

「って事はもしかして、お前ってツクヨミの仲間?」

「……頷いた!?」

「こちらの言葉が分かるのか?」

「……翼さんの問いかけは無視みたいですね」

 

 調が使うデュオレリックはツクヨミと名乗る自我を有した聖遺物だ。あの時は漠然と月関係だからツクヨミなんだろうなと思ったけど、スサノオなんて名前の存在が出てくるなら話は別だ。こうなるとアマテラスもいるんじゃないか?

 

「なぁスサノオ。アマテラスももしかしている?」

「……頷いた」

「や、やっぱり仁志さんの言葉が分かってるんだ」

「だがどうしてこの人の言葉だけ?」

「その手にしてる物が理由じゃないですか?」

 

 俺を囲むように響達が次々と喋り出す。それを聞きながら俺は目の前のスサノオへ質問を続けようとして、はたとある事を思い出して顔を動かした。

 

「えっと、スターリットさん、だっけ。君はどうしてこいつの事を知ってるの?」

「え?」

 

 スターリットさんは俺からの問いかけに虚を突かれた顔を見せた。おそらくだが今起きてる事が信じられないのだろう。

 多分だが、あの機械をスサノオが壊していた事から考えて、彼女は既に何度もスサノオと遭遇、戦闘した事もあったのかもしれない。

 だとすれば、彼女にしてみれば人の前に跪いて質問へ答えるスサノオなど想像も出来なかったのではないか。故の困惑。故の戸惑い。今も呆然と立ち尽くしているのはそういう事なんじゃないだろうか?

 

 そこでスターリットさんは簡単に語った。彼女はとある目的のためにあの機械と共に様々な平行世界を渡り歩いていた事を。だが、今はそれを止めてしまったのだそうだ。

 で、その頃に行く先々で現れ邪魔をしたのがスサノオだった。だからこそスサノオは彼女にとって危険な存在以外の何物でもなかったらしい。

 

「ふむ、じゃあ聞いてみようか」

「「「「「え?」」」」」

 

 スターリットさんはスサノオを危険だと判断していた。なら、何故スサノオがスターリットさんの邪魔をしていたのかを教えてもらおうと考え、俺は未だに跪くスサノオへ顔を向ける。

 

「どうしてあの機械を破壊する? 危険だから?」

「……頷いた」

「そんな……」

 

 さっきから一言も喋らないからこっちで頷くか頷かないかで答えられるようにするしかないが、まさかいきなり核心を突いてくれるとはなぁ。

 

「じゃ、次だ。それは人を襲うから?」

「……違うんだ」

「なら……世界が危ないから?」

「……頷いた」

「っ」

 

 スターリットさんが息を呑むのが聞こえた。どうやらぼんやりと見えてきた。ヒーロー物でも時々ある流れだ。

 

「成程なぁ。きっとスターリットさんがやっていた事は、実は世界を危険に晒す事だったんだろうね。それをスサノオは感じ取って阻止するべく動いていた」

「そ、それは……」

「だからスサノオは機械だけを狙った。街まで破壊したのは……まぁそこまで配慮はしてくれないって事だろうな。さっきも人を襲うから機械を壊したんじゃなく、世界を守るためって事みたいだし、人類守護が目的じゃなく世界保護が目的ってとこだ」

「で、でも仁志さんにはそうじゃないみたいですけど?」

「依り代があるからじゃない? それとも上位世界の人間だからかな?」

「「「上位世界?」」」

 

 揃って疑問符を浮かべる三人の女性だけど、あまりこんなところで長話もな。

 

「とりあえず、今は場所を変えよう。風鳴さん、悪いけど風鳴司令に許可をもらってくれる? スサノオも連れて行きたいんだ」

「わ、分かりました」

 

 ちょっと不安はあったけど、俺がついて来てと声をかけると頷き、スサノオは大人しくついてきた。それとスターリットさんも武装を解除して同行してくれる事となったのだ。

 

 というのも、目の前で見たリビルドやツインドライブの凄さに興味を持った事もあるが、一番はやっぱりスサノオが跪いた事らしい。

 二課本部へ向かいながら話を聞くと、どうも彼女はシンフォギアがあそこまで強いなど有り得ないと思ったそうだ。そこから簡単にではあるが、彼女がどうやってアナザー響と知り合い、そして今のような関係性でいるのかも教えてくれた。

 

 その話を聞きながら思った。多分スターリットさんは薄々自分のしている事の恐ろしさに気付いていたんだと。けれどそれを止める事は出来なかったかする訳にはいかなかったって辺りだろうな。

 スサノオの返答から考えるにそういう展開が一番しっくりくる。それと、あの機械が行っていた事を聞いてもう一つ思い付いた事があった。

 あの機械は人間を消滅させているらしい。そう、殺すのではなく消滅。それも粒子のような形で、だそうだ。

 おそらく人間を消滅させるなんてのはエネルギーを激しく消費するはずだ。それなら単純に殺す方が消耗は少ないだろう。なのにそれをしないでわざわざ粒子のような形で消滅させている。そこにきっと何か理由があるはずだ。

 

 そう思った俺は二課本部内へ戻って一旦落ち着いたところを見計らってから、スターリットさんへ問いかける事にした。それである程度相手の事が分かるはずだと、そう思って……。

 

 

 

 今、俺達は訓練用のシミュレータールームにいる。スサノオを警戒して、念のためにと風鳴司令がここを提供してくれたのだ。

 現在ここには俺達の他に風鳴司令がいる。事後処理で色々忙しいはずなのにこうして時間を割いてくれている辺り、風鳴司令もスサノオとスターリットさんからの情報を重視しているって事だな。

 

「スターリットさん、一ついい?」

「何?」

「あの機械、えっと何て言ったけ」

「レーベンガー?」

「そうそう、レーベンガー。あれって、もしかして人間を分子分解とかしてる?」

「……近いわ。あれは、人間をデータとして吸収して保存しているの」

 

 うわぁ、予想的中。でも、人間をデータ化して保存だって? 本当にただ殺す訳にはいかないって事か……?

 こうなると、スターリットさん達がやろうとしているのはガンソのカギ爪の男達に近い感じがしてくる。誰もが幸せに平和に暮らす理想郷。その実現のために、あの作品ではカギ爪の男が自殺に近い事を行ってエンドレスイリュージョンの人間全てを善人にしようとしていた。

 

 死んだ人間もそれで生き返ると、そう謳っていた。もしそれに近いとするなら、データ化させているのは後々再生させるためじゃないだろうか?

 

「まさかとは思うけど、君達の目的は今ある世界を一から作り直して理想の世界を作るとかじゃないだろうね? だから人間を一旦データ化して消滅から守ってるとか?」

「な、何でそれを……」

 

 ……こういう時程勘ってもんは当たるんだなと実感した。まさか本気でカギ爪の男みたいな事を考えて実行しようとする奴がいるなんてな。

 周囲も俺の事を見つめているし、ここは俺の考えと一緒にガンソの話もさせてもらおう。そう思って簡単に俺が何故そんな結論に至ったかを話す。

 

 あのレーベンガーというメカが人間を殺さず消滅させていた事から、俺はその目的が人間を殺す事ではないんじゃないかと思った事を。

 人間を分解なんて非効率的だ。シンフォギアでも面倒な相手なら、普通の人間なんて物理的に片付ける方がエネルギー効率がいいはずなのに、わざわざ分解処理を選ぶって事はそうしないといけないって事で、そこには簡単に殺してはいけないという理由があるはずだと考えた。

 で、今スターリットさんから聞いた事から考えれば、その人達も最終的には助ける相手だと考えているからではないかと、そう思った。

 

「俺の知ってるアニメで似たような事を考えた奴がいるんだ。どうしようもない世の中を変えるには人間そのものを根本から変えるしかないってね。そのやり方が簡単に言えば、とある力を利用して自分という存在を全ての人間の中に因子として宿し、存在する人間の在り方を自分と同じ平和主義者にするってものだった」

「そ、そんな事が可能なんですか?」

「ま、その世界ではって事で理解して。ただし、それは押し付けのものだ。人間が自ら成長や進化、改心をしての結果じゃない。もっと言えば、それはその存在の理想に他者を強引に従わせる事だ。それもそいつは、様々な犠牲を生み出しておきながら、自分の目的が達成されれば生き返るからと、そう犠牲者の遺族に対して平然と言い放ったんだ」

 

 そこで響と未来が思い出したかのような顔をした。うん、そうだよ。あのカラオケの時に話した事だ。

 失った悲しみや苦しみ。怒りや憎しみ。そしてそれらを乗り越えたり、受け入れたり、飲み込んだりした事まで奪うという、他者の心をこの上なく踏み躙る行為。それを平然と行う事。それもまた、悪のやり口だ。

 

 そして俺の言葉を聞いてスターリットさんが俯いた。おそらく彼女も近い事を思ったか、あるいは俺の言葉に思う事があったんだろう。

 

「傲慢だな。生き返るからと言って犠牲にされた事を許容しろというのは違う。理想郷というものは人によって異なるし、どれだけ困難でもそれぞれが手を取り合って目指すべきものだ。正しいからと言って無理矢理では圧政と同じに過ぎん」

 

 俯くスターリットさんの耳に風鳴司令の言葉はどう響いたんだろうか。顔を上げない彼女を見て、俺はスサノオへ顔を向ける。

 相変わらずスサノオは俺の横に控えるように跪いていた。本当に臣下の礼を取るんだなぁ。

 

「スサノオ、君は平行世界の守護を目的とした存在?」

「……頷いた、か。本当に只野君の言葉だけには反応するようだ」

「そのようです。試しに依り代と呼ばれる物を他の誰かが持っても無駄だったし、こうなると只野さんがスサノオには特別な存在という事でしょう」

 

 やっぱり俺が上位世界の住人、ある意味で神の世界の住人って事が関係してるんだろうな。これって下手すると、俺ってスサノオからは神様って括りかもしれないぞ。

 

「スターリット、あのギアみたいなのって……」

「あれはエレクライトって言うのよ」

「エレクライト、ね。見たところ聖遺物由来って感じじゃなかったけれど……」

「あれは純粋に科学技術だけで作られているわ。シンフォギアを参考に、ね」

「シンフォギアを参考に、か。良ければ詳しい話を聞かせてくれるか?」

 

 そこからは技術者同士の話が始まったので俺はスサノオへ顔を向けた。

 相変わらず大人しく跪いてるのを見て、俺はある決意をする。

 

「スサノオ、お前には世界を危険に晒す存在が動き出すとそれが分かるのか?」

 

 静かに頷くスサノオ。その目的が平行世界を守る事ならば、今彼をここに留め置くのは不味いかもしれない。

 

「お話中申し訳ないんだけど、ちょっといいかな、スターリットさん」

「何かしら?」

 

 だから俺はまず彼女へ確認を取る。

 

「スサノオにこれまでと同じ行動をして欲しいんだけど、構わない?」

 

 その問いかけに間違いなく彼女の表情が曇った。成程。どうやら彼女以外にもいそうだな、エレクライト所持者。

 

「もしかして、君と同じような役目を負った人達が他にもいる?」

「…………ええ」

 

 ビンゴ。そのかつての仲間達が危険な目に遭うかもしれないから頷けない、か。

 

「じゃあ、とりあえずスサノオはギャラルホルンがある世界へ連れて行くか。そこでツクヨミと会わせてみればもっと色々分かるはずだし」

「只野君、君は……」

 

 俺の言葉に風鳴司令がどこか驚いた顔をしていた。まぁ俺はある意味一般人なんで感情優先でもいいかなって思うんですよ。

 

「多分ですけどレーベンガーってメカだけじゃなく、エレクライトって物を使う存在もいるんですよ、きっと。その辺の詳しい事はスターリットさんが話してくれないと分かりませんから、今はスサノオから得られるだけの情報を得ようって思います。何せスターリットさんがスサノオと戦わせたくないと思うって事は、そのエレクライトを使う存在は極悪人って訳じゃないんだろうし」

 

 スターリットさんへ顔を向けると彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。それがどういう意味かは考えない。もし彼女が悪人で、こっちを騙しているとしても確かめようがないし。

 でも、もし本当に彼女が優しい人で、そんな人が心配するような相手をスサノオが万一殺してしまったら寝覚めが悪いなんてもんじゃない。

 なので、俺は甘いとしてもこういう選択肢を選ぶ。信じてみなきゃ仲間は見つからないのだ。

 

「あの、風鳴司令、多分ですけど今後は悪影響が云々なんて言ってられる状況じゃないと思います。世界蛇や悪意の事を何とかしてまだ一年にもならないのにこれですし、こういう事が今後も起きるかもしれませんから。しかも、今回なんてここに響や未来が来ていなかったらどうなってたか……」

 

 それと、口にはしなかったけど依り代もなかったら、だな。あの通知音はもしかするとスサノオを鎮静化出来た事を知らせたのかもしれない。少なくても戦闘になっていれば、ここの装者二人じゃ勝ち目は薄かったはずだ。

 何せツクヨミと同じと考えればスサノオは完全聖遺物。戦うとすればシンフォギアは相性が悪い。エクスドライブならまだ勝ち目はあるかもしれないが、今のアナザー響や風鳴さんじゃ逆立ちしたってそれになれるはずはないだろう。

 加えてレーベンガーも割と手強いみたいだった。あちこちに出現していたし、二人じゃ手が足りずに犠牲者が出ていたはず。その犠牲者の中にあの三人組の誰かがいたら、そしてそれをアナザー響が知れば、きっとその心にまた大きな傷を作っていたはずだから。

 

「……そう、だな。ああ、そのようだ。最早自分達の世界だけを考えていればいい状況ではないらしい」

「司令……」

「そちらから受け取ったゲートリンク、これから有難く使わせてもらう。ただ、それでも我々は積極的に関わる事は控えたいのだ。だが何か今回の事で分かった事や気付いた事があればそちらへ必ず連絡すると約束しよう」

「十分ですよ。その、ありがとうございます。それと色々とご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

 

 深々と頭を下げる。一般人なのに出しゃばってしまったからな。特に戦場へたった一人で行くなんて最たるものだし。

 

「気にしないでくれ。君のおかげで得た物も多い。それで、スターリット君はどうするんだ? 良ければ我々の方で面倒を見るが」

「……いいの?」

「もちろん。ただ監視はさせてもらうし、エレクライトも預からせてもらう。軟禁状態……辺りが妥当だろう。申し訳ないがしばらくは窮屈な思いをしてもらう事になるが、どうだ?」

「……十分です。お心遣いに感謝します」

 

 こうして俺達はスサノオという思わぬお土産を連れて根幹世界へ戻る事となる。

 ちなみにツクヨミのおかげでスサノオからの情報が翻訳され、思わぬ展開となっていく事になるのだが、それをこの時の俺は知る由もなかった……。




スターリット生存及びスサノオ正常化達成。アナザー未来? 彼女は寮で響の帰りを待ってました。だってもう響の誕生日過ぎてるので。

これにてLOSTSONG編第一章は終了。というか、そんなタイトルにはならないですね、これじゃ。

……本編の方では絶対無理な展開なので、その無理を通して終わりたいものです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激突! シンフォギアvsエレクライト

只野の知らぬところで事態は進みます。


「エレクライト装着者と遭遇したっ!?」

『はい。切歌お姉ちゃんと調お姉ちゃんが言うには接近戦型と遠距離型のエレクライトだったそうです。コンビで動いているらしく、お姉ちゃん達も苦戦したみたいで』

 

 スサノオ絡みの一件から明けた翌日、寝ていた俺を起こしたのはゲートリンクからの通信であり、相手はエルだった。寝惚けた頭で受け応えていたら、まさかの言葉に目が一瞬で醒めた。

 

 それにしても早すぎる。こうなると相手は多発的にレーベンガーを動かして派遣していると考えた方がいいかもしれない。スサノオがそれを感知してくれるから、ツクヨミを通してスサノオへその時手が空いてる装者を同行させて欲しいと頼んだのが功を奏したようだ。

 

 ちなみにスサノオがその頼みを聞いてくれた理由はツクヨミが教えてくれた。

 

――そなたの事を創造主と思うておるようじゃ。何でも妙な人の子と交戦した際に、その攻撃で暴走を始めていたらしく、それをそなたが直してみせたようじゃ。

 

 スサノオは依り代がやった事を、俺が自分の力でやったと思っているようだった。だから依り代を別の人間が持っても質問に答えなかったのだろう。

 

「そ、それで一体どうなったんだ?」

『はい、戦闘自体はスサノオもいたおかげで相手を撤退させて終わったそうです』

「そっか。切歌と調が無事のようで何よりだよ。それで、スターリットさん絡みの情報は?」

『そちらも進展がありました。こちらの交戦内容を伝えると、相手の名前を教えてくれました。近接戦型を展開している方がフォルテで、遠距離型がララだそうです』

「やっぱり女性?」

『そうですね。でも何故女性だと思ったんですか?』

「いや、これは言うならばメタ的思考ってやつなんだ。簡単に言うと、シンフォギアに出てくる男性でギアみたいな物を展開出来る人がいなかったからさ」

 

 いてもゲーム独自の平行世界シナリオだけだし、それだって欠点の多い代物だった。後は、フォルテはともかくララって名前なら男性って事はないだろうと思ったのもある。

 

 まぁ好奇心の塊であり素直なエルへそんな言い方をすれば、そこからどうなるかは分かってはいたけども。

 ええ、しっかり説明させられましたとも。ついでにそこにいるだろう弦十郎さん達にも。

 

 その見返りと言うか、スターリットさんからの情報を教えてもらった。

 何でも彼女達はテックという組織を名乗っているそうで、首領というかトップはニコラ・テスラという男性みたいだ。

 で、そのテスラさんは有名人らしく、科学者としては超がつくぐらいの天才らしい。そんな人がエレクライトだのレーベンガーだのを作り、各平行世界から星命力なるものを吸収し、それらを一つに集める事で永遠に死が訪れない理想郷を作ろうとしている。

 

 ……うん、見事なまでにカギ爪の男だ。まぁさすがのカギ爪の男も死が訪れないなんて事は目指さなかったけども。

 

『それで只野君。君は、君が参考資料として我々に渡してくれた漫画のように、それぞれの世界が助けを求める声を出しているから依り代が力を失っていないと、そう考えているんだな?』

「はい。今の話を聞くと余計そう思います。そのテックとやらがやってるのは強引に他の世界の命を奪い、それを使って自分達の世界を延命させているに過ぎませんし」

『兄様、僕は彼らの行動目的がソール11遊星主に似ていると思いますがどうでしょう?』

「あ~……俺も同意見だよ」

 

 エルの指摘に思わず納得する。そうか、これはたしかにそういう見方も出来るな。

 きっとテスラって奴は自分のやっている事を悪とは思っていないだろう。こうなると、だ。出来る限り早くテスラって奴を止めないと不味い。いくら平行世界が沢山あるからといって、それを滅ぼして自分達の世界を延命させていいはずがない。

 

「エル、可能ならスサノオに絶縁処理か似た効果を持つ装備を考えて欲しい。今後もエレクライトと交戦する機会があるかもしれない」

『大丈夫です。既に司令から同様の指示を受けて製作中です!』

「そ、そっか。そうだよな……」

 

 さすがは本職。素人の俺も思いつく事はとっくに気付いてるか。ならここは大人しく向こうに任せよう。下手に素人が口出しや手出しをしたら不味いしな。

 

『只野君、もしスサノオが暴走する事があれば君の力を頼る事になる。可能な限りないようにするが、その際は申し訳ないが協力を頼む』

「分かりました。俺としてもそういう事のない事を願います」

『ああ。ではな』

 

 本当に大人だよなぁ。俺がどう思いどう考えるかを察してるとしか言いようがない。気遣いが凄いな、ホント。

 

「あ~……俺もちゃんとした大人になりたいなぁ」

 

 一人きりでそう愚痴ってみる。答える者も聞いている者さえもいない、一軒家で。

 

 あの日々では、俺は司令塔をさせてもらっていた。気付けば、それが当たり前で自然なものになっていた。けど、本来はそうじゃないんだ。俺は所詮一般人で、戦術やら戦略やらに関しては素人だ。

 

 分を弁えろって事だな、うん。もう俺は司令塔でもリーダーでもない。依り代を持つってだけの、ただの人だ。

 

「……だからこそ、最後の切り札でもあるのか」

 

 ヒーローものでもよくあるやつだ。何の力もない存在が、なけなしの勇気を振り絞って立ち上がる事で結果的にヒーロー達の逆転劇へ繋がるのは。

 なら、必要とされたり、必要になるまで俺なりにここで頑張りましょう。非日常へ自分から首を突っ込むとろくな事にならないし。

 

 ……前回のは結果的に良かっただけで、一つ間違えばアウトだっただろうから。

 

「とりあえず寝直すか」

 

 まだ眠気も残ってるし、今夜も勤務だ。さすがに昨日の今日で俺が呼ばれる事にはならないはずだ。うん、きっとそうだ。

 

 そう思って寝直した俺が次に目覚めた原因は、また朝と同じゲートリンクへの連絡音だった……。

 

 

 

 いつかこうなる事は分かってた。あの時、スサノオが人に跪いているのを見た時から、私の歩いている道はテスラ達と同じ道ではなくなったのだから。

 

 でも、でもだからってこんなにすぐそうなるなんて思わなかった。まさか、昨日の今日で……

 

「何で……何でだよ。何でお前がアタシらの前に立つんだよっ!」

「スターリット……どうして?」

「フォルテ……ララ……」

 

 フォルテとララがこの世界にやってくるなんてっ!

 

「あれが例の?」

「間違いないだろう。聞いていた特徴と一致する」

 

 ヒビキと翼の話し声が聞こえるけど、私の目は前にいる二人から離せなかった。フォルテは怒りに震え、ララは悲しみに震えていたからだ。

 その瞳に宿っているのは疑問と戸惑い、だと思う。この身を包むエレクライトは目の前の二人と同じなのに、今いる立ち位置は正反対になってしまっている。それを二人も何となく感じ取っているんだろうな。

 

 私がどうしようと動けないでいると、二人の周囲にレーベンガーが再度出現する。

 

「あれはっ!」

「レーベンガー……っ!」

「ヒビキ、翼もレーベンガーをお願い。フォルテとララは私が」

「スターリット……」

「いいのか?」

「ええ」

 

 優しいね、二人共。声も表情も私の事を心配してくれているって分かる。だからこそここは私が一人でフォルテとララを説得ないし撤退させないといけないんだ。

 

「大丈夫。戦うつもりはないから。だから、悪いけどレーベンガーはお願い」

「分かった。行こう立花」

「でもっ」

「彼女だけの方が相手へ余計な刺激をせず済む。それに、あちらには星命力を奪う事は出来ない」

「……分かりました。スターリット、気を付けて」

「ありがとう。二人も気を付けてね」

 

 ヒビキと翼が離れていくのを感じながら、私は一時も目の前の二人から目を離さなかった。フォルテとララも少しだけヒビキと翼へ目を動かしたけど、すぐに私へ視線を戻した。

 

 しばらく無言が続いた。私はどう二人へ話を切り出そうと考えていたし、多分フォルテとララも似たような感じだったんだと思う。

 だからこそ、私から会話を切り出そうと思った。こうなる前と、同じように。

 

「まずはありがとうを言わせて。私と話をする事を選んでくれて本当に嬉しい」

「スターリット、どうして?」

「返答次第じゃただじゃおかねーぞ」

「うん、分かってる」

 

 小さく深呼吸する。説得出来る自信はない。でもやってみようとは思う。只野さんが教えてくれた、テスラが目指す先に待つ事。少し前までならそれはないだろうと思えたけど、あのツインドライブを始めとする想像を超えた現実にそれは完全に打ち砕かれた。

 テスラの使っている力は電気だ。ならあのもう一人のヒビキのギアはそれを物ともしないし、ミクと呼ばれていた子は鏡の属性を持っているから反射出来るはず。

 何より、単純に出力で負けてる。エレクライトでさえ超える力であり、おそらくだけどスサノオさえも圧倒できるだろう性能。聞いた話では九人もの装者がそれを発現可能だ。もうテスラに勝ち目はない。

 

 なら私に出来る事はただ一つ。計画を犠牲を最初から肯定しないものへ変えてもらう事だ。

 

「聞いて。実は私、ここでスサノオと交戦したの」

「スサノオと……」

「それで、撃退したのか? さっきの奴らと一緒に」

 

 ここだ。ここから私の話に強く興味を持ってもらわないといけない。

 

「ううん、実はスサノオに命令出来る人が出てきたの」

「「っ!?」」

「しかも、その人は平行世界のシンフォギア装者達と強い繋がりを持っていて、その力を信じられない程強化出来るんだ」

「……どんぐらいだ?」

「エレクライトを簡単に超えるぐらい」

「なっ!?」

「ナインっ! エレクライト、テスラ様がスターリットと一緒になってシンフォギアを参考に作った物! それが負けるはずない!」

「そうだぜ! 大体スターリットが言ったじゃねーか! エレクライトはシンフォギアを超えてるって!」

 

 私の言葉に噛み付いてくる二人を見てとりあえず目論見は成功したと感じた。後はこれを途切れさせないようにするだけ。

 

「私もそう思ってた。だけど違った。私が知ってるシンフォギアは所詮実戦を経てない物で、実戦を経たシンフォギアはエレクライトさえ上回るポテンシャルを秘めていたんだ」

「……それがさっきの奴らか?」

「違うの。それは別の世界のシンフォギアなんだ。だけど、エレクライトを超える力を持つ装者が九人もいる」

「きゅっ!?」

「そんな……人数でもララ達を超えてる……」

「実際私は戦ったから分かるの。最初こそ優勢だった。けど、向こうがその力の一部を解放しただけであっという間に劣勢にされて、それなのに向こうは更なる力を隠してた。それで私は悟ったの。エレクライトじゃシンフォギアには勝てないって」

 

 そこで私は二人の反応を見た。するとフォルテとララは何かを思い出すような表情を浮かべてた。

 

「フォルテ、昨日戦った二人のシンフォギアって……」

「間違いねーな。スサノオと共闘してたから妙だとは思ってたが、そいつらがきっと……」

 

 本当に二人はあのもう一人のヒビキ達の仲間と交戦したみたい。じゃ、私の話が嘘じゃないって分かってくれるかも。

 

「スターリット、アタシらはそのシンフォギアと戦ったぜ。たしかにそれなりに手強かったがエレクライトを超えてるなんざ……」

「ギアは途中で変わった?」

「ナイン、変化してない」

「だからよ。言ったでしょ? 私も最初は優勢だったって」

 

 どうやってるか知らないけどあの変化が起きた直後、もう一人のヒビキとミクのギアは凄まじい力を発揮した。攻撃力だけじゃない。速度や防御力まで段違いに上昇した。

 エレクライト三基を同調させたとしても、きっとあの二人のツインドライブというものに並ぶのが精一杯だ。とてもじゃないけど九人ものツインドライブシンフォギアを相手に勝てる気はしない。

 

「でもな、いくら何でも負けるなんて思えないっての」

「疑うのならそれでもいいわ。だけどスサノオがシンフォギア装者と一緒になって動いてるのは知ってるんでしょ? 本当に今のスサノオはある人の指示で動いてるの」

 

 私もまだ半信半疑だった。でも本当にそうみたい。只野さん、どうやって言う事を聞かせたんだろう? 意思疎通がそこまで綿密に出来るようには見えなかったんだけど、どうやら詳しい話を聞く必要がありそうだ。

 

 と、そこで二人が同じ方向へ顔を向けた。私もそちらへ顔を向けると、そこにはスサノオと共にこちらへ近付いてくる装者が見えた。しかも二人いる。

 

「あいつらは……っ!」

「ヤー、昨日戦った相手」

 

 そしてどうやらフォルテとララが交戦した相手みたいね。スサノオを連れた二人の装者は私達から若干距離を取った場所に降り立つと、私をチラリと見てからフォルテとララへ顔を向けた。

 

「どうやら間に合ったようデスね」

「うん、みたい」

「貴方達はソングの装者でいい?」

 

 もう一人のヒビキ達が所属する組織名を口にすると二人の装者は小さく頷いてくれた。ただ顔はフォルテやララを警戒するように二人へ向いている。スサノオは不気味な程大人しくしていた。その体をヒビキと翼がいるだろう方へ向けているからレーベンガーを攻撃しようとしてるんだと思うけど……。

 

「えっと、そっちのはじめましての人がスターリットさんでいいデスか?」

「ええ」

「話は響さんや師匠から聞いてます。とりあえず……スサノオ、ここはわらわ達で十分故あの絡繰共を頼んだぞ」

 

 ピンク色のシンフォギアの子がそう言うと、スサノオは一瞬にしてその場からレーベンガーがいる方へと移動していった。あ、あの子の言う事も聞くの?

 

「嘘だろ……」

「スサノオが命令に従った……」

「ううん、今のは命令じゃない。お願いだよ」

「「お願い(だぁ)?」」

「調の中にはツクヨミって名前のスサノオの仲間がいるんデス。だから調の言う事も聞いてくれるんデスよ」

 

 ツクヨミ……。そっか、只野さんが会わせて話をしてみるって言ってたわね。うん、間違いない。もうテスラの計画は暗礁に乗り上げたって言える。どんどんテスラの行く先に暗雲が立ち込めていくのが分かるよ。本当に早くしないと危ない。彼が大人しく自分の計画を諦める訳がない。そうなると待っているのは装者達との全面衝突だ。

 

 その結果がどうなるかはもう考えるまでもない。テスラは一人で装者は最低でも九人。しかもその力はエレクライトを超えていて、更にスサノオまでも手を貸している。

 

「フォルテ、ララ、分かってくれた? このままじゃ」

「スサノオがいるから何だっ! アタシらはそんな事で諦めねーぞっ!」

「ヤーっ! テスラ様の計画、邪魔させないっ!」

「フォルテっ! ララっ!」

「来るデスかっ! 調っ!」

「うん、分かってるよ切ちゃんっ!」

 

 私よりも戦いやすいと思ってフォルテとララが動き出して二人のシンフォギア装者へと襲いかかる。その状況はやや装者達が不利という感じ。私が援護に入れば五分には出来る、でも……。

 

「どうしたら……」

 

 フォルテとララが迷ってくれたように私も二人を敵にする事を躊躇っている。ううん、二人へ刃を向ける事を、だろうな。あの二人を悲しませ、苦しませるだろう行為。しかも傷付けるかもしれない事をしたくないんだ。

 

 何も出来ず動けない私の視線の先ではフォルテとララが終始優勢を保ち続けている。最初こそ様子見をしていた二人もやはりエレクライトの敵じゃないと思ったのか、今や攻勢をかけ出していた。

 

「へっ! 所詮シンフォギアなんざアタシらの敵じゃねーっ!」

「ヤーっ! このまま押し切るっ!」

「不味いっ!?」

「調っ!」

 

 しらべと呼ばれた子がフォルテの攻撃をかわしたところへララの攻撃が殺到し、それを庇う形で緑色のシンフォギアの子が駆け寄った。そこへララの攻撃が直撃し周囲に砂煙が立ち上る。

 

「どうだ? やったか?」

「ヤー、命中した。無傷じゃ済まない」

 

 ゆっくりと砂煙が晴れていき、視界に二つの影が見えてくる。けれど、その雰囲気がさっきとは違っている気がした。

 

「まさか……」

 

 息を呑む私の視線の先に、予想通りギアを変化させた二人の装者が立っていた。

 

「なっ!?」

「色が変わった……」

「間一髪、だね」

「デスよ。エルに感謝デス。あと、ししょーはナイスタイミングデス」

 

 形は同じだけど色の異なるギア。それに私はあの時の事を思い出す。終始押していたはずの状況を、もう一人のヒビキがギアの色を変化させた瞬間、一瞬にして互角どころか劣勢にされた事を。

 

「けっ、んなこけおどしでっ!」

 

 フォルテが勇んで飛び出して手にした刃を振り下ろす。さっきまでなら相手はそれを避けるか辛うじて防ぐしかなかった攻撃。それを……

 

「ほっ!」

「なっ?! ぐっ!? う、嘘だろ!? 力負けしてるだとぉ!」

 

 余裕を持って鎌で受け止めたのだ。しかもそこからすぐにフォルテを押し込み始めた。

 

「フォルテっ!」

「切ちゃんの邪魔はさせないっ!」

「っ!? 速いっ!?」

 

 すぐに助けに入ろうとしたララの眼前にもう一人の装者が迫っていた。私も気付かなかったぐらいの速度だ。ララが攻撃しようにも相手は手にした武器を変幻自在に使い、更に頭部ギアの伸びている箇所から刃を射出してララの攻撃よりも攻撃頻度を上げていた。

 

 あっという間に戦況は一変した。フォルテもララも相手の凄まじい強化に驚き、戸惑い、その精神を大いに乱されているのが分かる。

 それを感じ取っているんだろう。二人の装者は余裕を崩さず、けれど油断はしないで戦闘を進めていた。気付けば鎌対斧と高速機動対制圧射撃の戦いとなっている。でも……

 

「戦闘経験が、しかも対人戦闘経験値が違い過ぎる……」

 

 これまでエレクライトよりも上の相手と戦う事なんてなかった私達。大抵相手はアルカ・ノイズやその世界の軍隊だった。しかもレーベンガーの援護がある中での、そんな有利な状況ばかりの経験値だ。

 それに比べると相手の装者達は対人戦闘に慣れているように見える。今もフォルテやララの動きや戦い方を踏まえ、対処法をすぐに構築出来ている。

 あれはきっとこれまでで培ってきた経験からくるものだ。しかも自分達よりも強い相手を想定した訓練や実戦で磨かれてきたはずの戦術だ。

 

「くそっ! 調子にっ!」

「乗るつもりはないデスっ!」

「ぐっ! ち、畜生っ! 何で、何でだっ! 何で当たらないんだよっ!」

 

 きりちゃんと呼ばれた子に比べると力任せに見えてしまうフォルテは、大振りを狙われて的確にカウンターでダメージを与えられているし……

 

「迎撃っ!」

「だけじゃ勝てないよっ!」

「っ!? また後ろっ!? 動きが追えない……っ! このままじゃ……」

 

 しらべと呼ばれた子はララの攻撃が前方にしか出来ない事を利用して、手にした武器や頭部ギアから飛ばした刃で攻撃しつつ脚部のローラーによる高速移動で後方へ回り込む形を取っていた。

 

 二人の受けているダメージはそこまで大きくはない。けれどこのまま続ければどうなるかはきっと二人も分かってる。何せフォルテもララも焦りが浮かんできているけど、相手をしてる二人はまだ落ち着きさえ見せている。

 

「フォルテっ! ララっ! お願いだから戦うのを止めて話を聞いてっ! このままじゃテスラも貴方達も笑顔になれないのっ! そっちの二人もお願いっ! これ以上フォルテとララを攻撃しないであげてっ!」

 

 エレクライトを収納して私はその場から駆け出した。そうしないと二人が止まってくれないと思ったからだ。装者二人は私の言葉と行動にその手にした武器を下げてくれて、フォルテとララはそれを好機と思ったのか反撃に出ようとしていた。

 

「ダメぇぇぇぇぇっ!!」

 

 きっと、きっとその攻撃が当たっても二人の装者は死にはしないはず。だけど、だけど攻撃の意思を失った相手へ攻撃するなんてさせちゃいけない。

 

 特に、まだ幼いあの二人にはっ!

 

 そんな時だ。私の目の前に巨大な何かが振ってきたのは。それはフォルテとララの攻撃を遮るように地面へ突き刺さり、二人の攻撃を受けて脆くも砕け散る。

 

「あれは……」

「剣だ。故に盾にはなれなかったようだ」

 

 聞こえた声に顔を動かすとそこには苦い顔の翼が立っていた。

 

「翼……」

「何とか間に合ったようだな。それにしても……」

「あっさり砕かれましたね、今」

「ああ。どうやら今の私ではあの二人を遮るには力不足かもしれん」

「ヒビキ……じゃあレーベンガーはスサノオが?」

 

 それと、その後ろにはヒビキもいた。スサノオがいないところを見ると、レーベンガーの残りを任せてきたって事かもしれない。

 

「そ。スサノオが来た時は驚いたけど、見事にわたし達を無視してレーベンガーを壊し始めた時はもっと驚いた」

「ああ。あの調子ならすぐにでもこちらへ来るだろう。それよりも今は……」

「っ! フォルテとララっ!」

 

 視線を二人がいた場所へ向けると、もうそこには誰もいなかった。きっと状況が完全に不利となったから撤退したんだ。それにどこかでホッとしてる自分がいる事に気付いてため息が出そうになる。

 

「はじめましてデス! アタシは暁切歌デス!」

「月読調です。よろしくお願いします」

「話は司令から聞いている。どうやら色々と助けてもらったようだな。感謝する」

「いえいえ、お役に立てて良かったデス」

 

 そう言って、きりかと名乗った子はとっても元気で見てるこっちも明るくなれる笑顔を見せた。

 

「それで、何で追い駆けなかったの?」

 

 そこへヒビキがそう問いかけた。やっぱり彼女達はフォルテやララを見逃したんだとそこで分かった。

 

「深追いはダメだと思ったんです。それと、私達はあの子達を信じたいんです」

「「「え(は)?」」」

 

 思わず声が出た。ヒビキや翼もそうだったみたいで同じような声を出してた。信じたいって……。

 

「昔、アタシ達もある目的のために響さん達とぶつかりました。本気でぶつかって、戦って、最後には手を繋げたんデス。だから、あの二人とも最後には手を繋ぎたいんデスよ」

「スターリットさんが手を繋いでくれた事は知ってます。それはきっと師匠達がスターリットさんを信じたから。師匠が好きな漫画の台詞にあるんです。疑っていたら敵は見つかるかもしれない。でも信じないと仲間は見つからないって」

「貴方達……」

「それにししょーもそう考えてくれてるデスよ」

「すまないが、先程から二人が師匠と呼んでいるのは誰の事だろうか? 何となく分かってはいるんだが……」

「あっ、すみません。只野仁志さんの事です」

「只野さんはアタシと調のししょーなんデス。で、このリビルドギアはアタシ達の力じゃなれないギアで……」

 

 そこからきりかはどうしてそのギアが只野さんの気持ちを伝えているかを教えてくれた。そう、ツインドライブにしていないからというのがその理由。本気でフォルテやララを倒してしまうならツインドライブにすればいい。だけどそれをしていない。そこからきりかとしらべは、只野さんが二人を倒すべき敵ではなく分かり合える相手と思っていると捉えたんだって。

 

 それと、リビルドなのはきりかとしらべが危なくならないようにとの配慮だろうとも。何でもツインドライブを使わないなら現状それが一番強いギアみたい。

 

 ……倒すべき敵じゃない、か。思い返してみれば、私とあのヒビキ達が戦った時もあの人はツインドライブを使わなかった。使ったのはスサノオが現れた後だ。そっか、あの時から只野さんは私を倒すべき敵って考えてなかったんだね。

 

 その後スサノオが現れ、しらべの中にいるツクヨミが呼びかけて彼女達は自分達の世界へ帰還する事となった。

 

「じゃあ私達はこれで」

「バイバイデース」

「では行くかの」

 

 スサノオと共に二人はその場から去って行った。それを見送って私は思う。フォルテとララが今度動く時はテスラもいるような気がする、と……。

 

 

 

「……そうか。スターリットが……」

「それだけじゃねー。スサノオまでも仲間にしてやがる」

「それは興味深いな。アヌンナキの写し身を仲間にとは」

「テスラ様、それだけじゃない。相手の使うシンフォギア、エレクライトよりも強くなる」

「ふむ、それもまた興味を惹かれる話だ。ならばそこへレーベンガーを送り込むのは後回しだ。まずは障害の少ない場所からコンダクターによる星命力の吸収を行っていく」

「それでいいのかよ」

「むしろ余計な消耗は避けるべきだ。スサノオが相手と共に行動している以上、相手に有利となる場所へわざわざ行く事もあるまい。それと、次は私自身も同行しよう。私の目でそのシンフォギアの力を確かめてみたい」

 

 たった二度の交戦。それが事態を収束へと向かって動かしていく。そう、さすがの天才も知らないのだ。既に自分が詰みまで追い込まれている事など。

 エレクライトは三人揃わねば真価を発揮出来ず、しかもそれにはそれを扱う者の強い想いが必要。加えて彼の計画を成功させるにはその条件を満たした上で、彼らの本拠地があるその世界に建造されている高き塔が必要不可欠である。

 

 つまり、自分達の世界までスターリットをおびき出した上でフォルテやララに強い想いを抱かせ、それを束ねなければならないのだ。

 

 それがどれほど不可能な事かを今の彼は理解出来ないし想像も出来ないでいた。人としてのあったかい心を遠き日に凍らせてしまった、今の彼では……。




LOSTSONG編第二部終了。スサノオが本来の状態となっている+スターリットが生存し離反した時点でテスラは詰みです。
そこにツインドライブがあるのでどうあがいても勝ち目はありません。星命力の吸収が出来なくなっていますからね。

本来ならば第三部は平行世界装者達との関わりですが、今作では必要ないので次回で終わりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

理想と現実(いま)と明日の笑顔

これにてアナザーでのLOSTSONG編は終わり。只野が強く関わる事はなく解決となります。
それと戦闘描写はカットとしました。こっちはそういうのがメインではない方向性ですのであしからず。


 ある日の午後、昼飯をどうするかと考えていた俺は突然聞こえたとある音に耳を疑った。

 

「……今のって」

 

 音を発しただろう依り代へ手を伸ばし、おもむろにゲームを起動する。だが何か通知のような表示はない。それでも嫌な予感を覚えて俺はすぐにステータスを表示させると……

 

「なっ!?」

 

 そこで表示されたのは、クリス、奏、セレナ以外が全員ギアを展開しているという状況。もしこれが先程の通知音と関係しているのならそれが意味する事は一つ!

 

「ツインドライブ起動っ!」

 

 まず響のツインドライブを、次に未来、マリアに翼と次々にツインドライブを起動させていき、迷う事無くリビルドギアツインドライブへ変化させる。

 エルからの通信などは一切なかった。そこから考えると、これはもしかしたら厄介事の真っ最中で、それも俺へ通信出来ない状況なのではと思う。

 

「……どこかの平行世界で戦ってる? しかもこれだけの人数でも苦戦するような相手と」

 

 確かめようがないので想像するしかないが、例のテックの件だろうと思う。きっと俺の手助けなどなくてもみんななら何とか出来ると思うけど、ならわざわざ依り代が教えてくるはずはない、か。

 もしくは、それだけ危機的状況なのかもしれない。とにかく俺に出来る事はもうない。そう思いながらも俺はそのままステータス画面を見つめ続けた。

 

 やがて未来がギアをジュエルに変えたので、そのツインドライブがいいのだろうと判断しジュエルギアツインドライブへと変えた。

 

「そうだ……」

 

 ふとそこで以前聞いた事を思い出して、マリアのアイコンをタッチし使えるギアを眺めて……見つけた。

 

「本当にある……」

 

 それはウルトラマンギア。そのツインドライブなら、もしかすればリビルドを超えるかもしれない。何より、飛行能力が付与されるのは大きいはずだ。状況が分からない今は、使える能力が多い方がいいだろう。

 

「マリア、切歌、調、頼んだぞ」

 

 ウルトラマンギアを使える三人をそのツインドライブへと変化させる。どうなっているかは分からないが、きっと状況を一変できるはずだ。

 

 そうやってしばらく俺はステータス画面を見つめていたのだが、ある時に全員がギアを解除したのが分かり、何とも言えない気持ちになった。勝ったから解除したのか。負けたから解除させられてしまったのか。それが分からないためだ。ツインドライブまで使ったのだ、負けたとは思えないし思いたくない。だけど、もしそれ以上の力を持った奴が相手だったらと、そういう不安がない訳じゃない。

 

 と、その時ゲートリンクが鳴った。

 

「はいっ!」

『只野君か。まずは協力に感謝する。先程戦闘が終了したらしく、やっと通信が回復した』

 

 相手は弦十郎さんだった。どうやら以前あったドヴァリンの一件と同じようにゲートリンクによる通信が阻害されていたようだ。

 弦十郎さんからの話によると、またスサノオがレーベンガーの反応を感知したらしく、切歌と調がそれに付き添ったのだが、何とそこでフォルテとララ、更にテスラと遭遇した。

 で、相手の事を考えすぐに調はツクヨミへ頼んでスサノオを帰還させ、響と未来を連れて再度平行世界移動を行い、翼は運良く帰国していたマリアと共にまずスターリットさんの協力を求めに行ったらしい。

 

――貴方の仲間、なのだろう? なら、蚊帳の外でいたくはあるまい。

――私達と一緒に来てくれる?

――……分かったわ。その、呼びに来てくれてありがとう。

 

 そうしてスターリットさんと共にマリアと翼も響達へ合流。けれど相手の、特にテスラの力は凄まじく、人数の差も物ともしなかったそうだ。

 で、それが俺への通知音に繋がるんだろう。ツインドライブとなった響がテスラの攻撃を無力化、更には逆に封じるのを皮切りに大反撃を開始したとの事。

 結果、テスラだけでなくフォルテやララという子達も戦闘継続能力を失い、捕縛したとの事だった。今はスターリットさんが翼やマリアを連れてテックの本拠地がある世界へ行っているらしく、響達はテスラ達と共に帰還し現在に至るようだ。

 

 それとウルトラマンギアツインドライブはまさかのグリッター化ではなかったそうだ。聞いた話から考えるに昔あった漫画の“超闘士激伝”のメタルブレストを装着した姿となったらしい。

 たしかに聞いた瞬間これ以上ないギアとウルトラマンのコラボだと思ってしまった。おそらくだがライダーギアと似たような変化だったんだろうな。俺の持つギアっぽいウルトラマンのイメージと三人が出会ったULTRAMANのイメージが強く作用したんだ。

 

「じゃあ、もう全て片付いたんですね?」

『ああ。まぁ、彼らの世界の事など問題がない訳ではないが……』

『一つの世界が滅びたとしても、それはまた別の世界の誕生に繋がるはずです。それに、世界を滅ぼしてしまうのは結局そこに住む命です。なら、僕らはそれを教訓として、これからの事を考えていかなければならないかと』

「そうだな。人類もまた天然自然の中から生まれたものだ。なら、同じ星、同じ世界に生きる者としてちゃんと考えていかないとな」

『はいっ!』

 

 Gガンを一緒に見ているエルには俺が言いたい事がきっと伝わったはずだ。マスターアジアの考えに対するドモンの返し。あれこそが人類が忘れてはいけない事であり、また胆に銘じなければならないものだ。俺達は地球という星に生まれた、その星の一部だと。

 

 だからこそ地球の事を考え、思い、労わらなければいけない。自分達の事だけを考えていると、その足元から滅んでいくのだから。

 

 とりあえず話はそこで終わりとなった。向こうも色々と忙しくなるためだ。なので俺は一旦根幹世界へ向かう事にした。テスラという人物と会って話をしてみたいと思ったのもあるが、一番はみんなを労いたいと思ったからだ。

 

 久々となるゲート内を移動し、ギャラルホルン前に出た俺はまず発令所へと向かった。既に何度か来た事もあり、道も覚えていたので発令所へ辿り着けたまではいいのだが……

 

「悪いねキャロル」

「気にするな。俺はあまり事務仕事の類は好きじゃないから抜ける切っ掛けになって助かった」

 

 当然のように弦十郎さん達は色々と忙しかったので、キャロルが俺の案内を買って出てくれたのだ。エルさえも今回の事で得られたデータの解析などで忙しいらしい。

 

 まぁ、新しい技術などに目を輝かせていたそうなので、本人としては苦労などとは思っていないだろうけど。

 

 そうしてキャロルの案内で向かった先にはゲームでよく見た休憩所があり、そこには響達の姿があった。

 

「やぁ、お疲れ様。大変だったらしいね」

「「仁志(只野)さんっ!?」」

「「ししょー(師匠)っ!?」」

 

 俺がそう声をかけると響達が驚いた顔をして、すぐ嬉しそうな顔へと変わってこっちへ駆け寄ってきた。そこで彼女達からまず聞いたのはテスラという人の事だ。

 

 何でも彼はかつて心許した人を不幸な事故で失ったらしい。それが今回の理想郷の出発点だそう。愛する人と死に別れる事がない世界。それがテスラという人の計画の目標であり、彼の願い。

 

「……気持ちは分かるよ。でもなぁ……」

「ししょーはどう思うデス?」

「誰だって死にたくないと思うし、大切な人には生きてて欲しいと願うものさ。けれど、それはね、死という事が平等に誰にも訪れるからこその気持ちなんだ」

 

 死という出来事がなくなれば、それはやがて生きるという事の素晴らしさや尊さを忘れる事に繋がるはずだ。何でもそうだけど、人間ってのは結構簡単に堕落する。死ぬ事がなくなれば、それは命の尊厳というものや人権という事をあっさり忘れてしまうだろう。

 

「テスラって人が思い描いた世界は、今の俺達からすればまだ理解出来る世界だ。けれど、それが実現して百年もしてからは下手すると理想郷ではなく生き地獄かもしれない」

「どうしてですか?」

「そうだなぁ……例えばだよ? 例え死ななくなったとして、新しく命を生み出して繋いでいく事は出来るのかな? 治せない病気を持った人はその苦しみや辛さを永遠に抱えながら生きなきゃいけないんじゃない? そして、誰も死なないとなると今度は食料の問題が生まれる。今だって食料が足りなくなるかもって俺の世界でも言ってるのに、それをどうするつもりなんだ?」

「おそらくだが食べるという行為を必要としない体にするのだろう。つまり成長などもしないし出来ない。新しい命を生み出す事などもだ」

「……それって、生きてるって言える?」

 

 俺がそう問いかけると響達は静かに首を横に振った。答えは出た。ただ、これが本当にテスラという人の考えていたものと同じかは分からない。それもあるので本人に直接聞いてみたいのだが……

 

「どうかな? 無理そう?」

「俺には判断がつかん。まぁおそらく話す事ぐらいは許可が出そうだが……」

 

 キャロルの意見にみんなも同意らしく無言で頷く。とりあえず様子を見るぐらいはいいだろうとキャロルが言ってくれ、テックの三人がいるという部屋へ向かう事に。

 そこは、一般的にイメージされる独房ではなかった。けれど監禁するための場所ではあるのだろう。ドアの上には中の様子が見えるように窓が設けられていた。

 

「トランスコイルなどの武装は没収されている。あと、テスラとやらの使っていた極小レーベンガーも完全破壊してあるから今の奴らに脱出は不可能だ」

「そっか……」

 

 当然だが室内の雰囲気は暗い。と、こっちを睨み付けるように赤い髪の子が顔を向けてきた。

 

「アタシらを笑いに来たのかよっ!」

「ああ、ごめんね。そういうつもりじゃないんだ。ちょっとテスラって人に聞いてみたい事があってさ」

「聞いてみたい事だ?」

「うん。その、今まで犠牲にしてきた世界にいただろう別の可能性の自分や愛する人を殺していた事はどう思っていたのかって」

 

 間違いなくその言葉にキャロルでさえも息を呑んでいた。勿論目の前の少女もだ。多分だけどこういう意識が彼らにはなかったんだろうな。

 平行世界を犠牲にするというのはそういう事だ。そこにいるだろう別の可能性の自分。それを殺す事でもある。

 

「……中々痛いところを突いてきたな」

「テスラ様……」

 

 ゆっくりと静かな声が聞こえ、中にいた男性がこちらへ顔を向けた。端正な顔立ちで知性を感じさせる雰囲気の彼こそがテスラさんなのだろう。

 

「だが、それは私であって私ではない。私は」

「その中には貴方が大切に思った相手と幸せに結ばれて一生を寄り添えた可能性があったとしても?」

 

 間髪入れず問いかける。平行世界とはそういう事だ。

 

「……私がアメリアとそうなれていないのなら関係ない」

 

 その返答を聞いて俺はテスラさんがとあるアニメキャラに似ていると気付いた。

 

「……俺の知ってる作品に愛する娘を事故で失った女性がいる。彼女はその愛娘を生き返らせる事を目指し、娘そっくりのクローンを作り出した。何と記憶まで転写したんだ。けれど、やはり細かな違いが生まれ、女性はそれを失敗作として記憶を消去し次なる蘇生方法のための道具としたんだ」

「酷い……」

 

 調の呟きを聞きながら俺はテスラさんの反応を見つめていた。彼は俺の告げた内容に興味を思ったのか視線で続きをと促してきている。

 

「そうして彼女が考えた方法は失われた超技術があるという世界へ行くというものだった。そのために彼女は多くの世界を犠牲にする事を躊躇いなく行い始めた。だがそれを阻止されるんだ。そうしてその最中にこう言われる。いつだって世界はこんなはずじゃない事ばかりだと」

「こんなはずじゃない……」

「みんな、多かれ少なかれそういう想いや出来事を経験する。だから自分だけが不幸だと思うなって事だろうと思う。ましてや、不幸だからって他の人間を恨み、嫉み、憎んでいいはずがないし」

 

 そう言った瞬間赤い髪の少女が俺を睨み付けた。

 

「んな事はそういう境遇にねーから言えんだっ!」

「かもしれない。でも、それを君達もしていたって分かってるかい?」

「は?」

 

 やっぱりよく分かっていないみたいだ。でも仕方ない。俺は客観視出来る立場でいられるから分かるだけで、これが当事者だったら彼女のようになっていたはずだから。

 

「簡単だ。そいつの言った事を聞いていたか? お前は言ったな。そういう境遇にないから言えると。ならばお前達に犠牲とされた者達はお前達に同じ言葉をぶつけただろう。お前達は理想郷を実現するために幾多もの世界を犠牲にしてきたはずだ。違うか?」

「それは……」

「犠牲にする側だったお前達は犠牲にされる側に今の言葉を言われるだろう。理想郷実現のために多少の犠牲は必要だと言えるのは、自分達が犠牲にする側だからだとな」

「地獄のような世界だってあるんだっ! 生きてる事が辛いって世界だってゴロゴロしてるっ! なら」

「滅ぼした方がいいとでも言うつもりか? ふん、それこそが傲慢で思い上がりな考えだ。滅ぼしてくれとその世界の者達が言ったのか? 死なせてくれと頼まれたのか? お前から見れば地獄でも、そこを天国だと思う者が、生きていたいと思う者がいなかったと断言出来るか? 滅ぼす前にその世界の者達全員から意見を聞いた訳でもないのなら黙っていろ。貴様らのやった事はどれだけ言葉を並べたところで自分勝手の独善だ」

 

 キャロルの言葉に赤い髪の少女は何も言えなくなったのか黙り込み、その場で俯いてしまった。

 

「キャロルちゃん……」

「俺も似たような事をしようとしたから分かる。所詮どれだけ賢くても人は自分の主観でしかものを考えない。それが他者からはどう思われどう映るかを分かっても、だ」

 

 世界を分解・再構築しようとしたキャロルだからこそ分かる事なんだろう。超がつく程の天才と言われるテスラさんも結局は自分の主観だけで動いてしまった。それが人間らしさと呼ばれるものなんだと思う。

 何せその彼が今回の事を発案、実行した理由こそが、その人間らしい感情の動きなのだ。愛する人を失い、その甦りを、復活を望んだ事。それが転じて全ての世界を一つにし、死という出来事からの解放を目指したのだろう。

 

「テスラさん、貴方が望んだ事や願った事はある意味で間違っていないとは思います。けど、それでもやはり生命の理は手を出しちゃいけないんだと思います。誕生と死を繰り返すからこそ世界は循環し、他者への思いやりや命の尊さを説き、理解する事が出来るんじゃないでしょうか?」

「君は大切な存在を失った事はあるか?」

 

 唐突にテスラさんはそう尋ねてきた。表情は未だ無表情のままで。

 

「ありますけど貴方が経験した程の喪失じゃないです」

「……ならば私の気持ちは分かるまい」

「そりゃそうですよ。どれだけ頑張ったって人の気持ちなんて分かりっこないです」

 

 そう言った時、俺の周囲から響達装者四人の「ぁ……」と言う声が聞こえた。気付いたんだろうな、俺が言おうとしてる言葉がどういうものか。

 

「人の気持ちが分かるなんて神様でもなけりゃ無理ですし、下手すれば神様にだって出来ないかもしれない。何とか分かろうと頑張って、頑張って、それでも絶対に読み切れない事もあるのが人間の心ってやつですよ。時には自分にだって分からない時がありますから」

 

 俺の言葉にテスラさんは何も言わない。ただ俺の顔をじっと見つめている。だからこそ、俺は伝えたい。きっとこの人もかつてはやっていただろう事を、思い出してもらうために。

 

「思いやる事、なら、何とか出来ますけどね」

「……思いやる、か」

「はい。それがきっと限界です。相手の気持ちになって考えてみる。これが人間が可能な最大限の歩み寄りかなって思います」

 

 テスラさんはその言葉で目を閉じた。そこからしばらく無言が続いた。誰も何も発しなかった。どれぐらいそうしていたかは分からない。一分か、五分か、あるいは十分かもしれない。長いような、短いような、そんなどちらとも取れる静寂の中、その終わりを告げたのは……

 

「彼女も、そうだったんだろうな」

 

 テスラさんの、噛み締めるような呟きだった。

 そこから彼は話し出した。アメリアという女性との触れ合いを。それは短編映画のような内容だった。全てを失い夢さえも奪われそうになっていた青年を、一人の女性が支え、立ち直らせてみせたのだ。

 けれど、その結末は映画のような幸せなものではなかった。唐突な幕切れ。後味の悪い最後。手を取り合って歩いていた男女は、無慈悲にその繋がりを断ち切られた。

 

 そして、それが今回の事件への発端となった訳だ。

 

「アメリアは、私の大切な支えであり、研究と対を成す程の生きがいとなっていた。彼女を取り戻すために私はあらゆる手を尽くし、考え、試した。そして最後に残ったのが……」

「平行世界全てを一つにし、その命の力でアメリアさんを甦らせる?」

「……それも一つの目的だった。アメリアの蘇生はもうそれしか残されていなかった」

「貴方にそれだけの知識や情報を与えたのは誰ですか? いや、何です? さすがに平行世界なんてものやその命の力を利用するなんて一個人で発見したり気付くはずがない」

「アヌンナキの情報を手に入れたのだ。正確には、その知識だろうか。そこで私は超技術と呼べるものを知った」

 

 それで全てが納得出来た。結局はまたアヌンナキのせいか。こうなると災いの神様だな、本当に。

 テスラさんはまるで全てを懺悔するかのように語ってくれた。エレクライトの事から今回やろうとしていた計画の全容までを。

 いや、まさかエレクライト装着者まで計画のために利用しようとしていたとは思わなかった。下手すれば犠牲になっていたかもしれないと、そう思う程の内容だった。

 しかも神の領域へ至ろうとしていたとはなぁ。これ、完全にバベルの塔の話に近いじゃないか。本当にどこまでも人ってやつは同じような事を考えるんだな。

 

「あ、あの、仁志さん?」

「ん?」

 

 テスラさんの話が一段落ついた辺りで響が俺の尻辺りを見つめて声をかけてきた。

 何だろうと思っていると、響は俺のズボンの尻ポケットを指さした。

 

「何か、その、光ってます」

「……依り代?」

 

 言われて尻ポケットから依り代を取り出すと、そこから光が放たれた。周囲を包むその光はかつてキャロルを、スサノオを包んだ時の光だった。

 

「どうして急に依り代が……」

「それはきっと私のためです」

 

 突然聞こえた声に俺達は顔を動かす。そこにはずっと黙っていたもう一人の女の子がいた。彼女は悲しげな表情を浮かべテスラさんを見つめていた。

 

「テスラ様、本当にありがとうございました。私のために色々と苦労をかけて、そしてこんな事になってしまうなんて……」

「……まさか、アメリア、なのか?」

 

 その問いかけに少女は頷いた。えっと、どういう事だ? 俺が聞いた情報だと、二人の少女はフォルテとララだったはず……。

 

「先程の光がこの子に宿った私の記憶を鮮明にしてくれました。テスラ様、もう恐ろしい事はやめてください。私の事をテスラ様がそこまで思っていてくださったのは嬉しいです。けれど、そのために多くの人達を苦しめ、悲しませ、犠牲にしてしまうなど、私は耐え切れないんです」

「だが私にとっては」

「私が支えたいと思ったテスラ様は、その発明で、研究で、多くの幸せを、笑顔を作っていました。私は、私はそんなテスラ様だからこそ支えたいと思ったんです。だから、お願いです。もう私のために誰かを犠牲にするような事はやめてください。あの頃の、誰かを笑顔にしていた頃のテスラ様に戻ってくださいっ!」

「アメリア……」

 

 ……何だかよく分からないがどうやらあの子はアメリアさんの記憶があるらしい。じゃ、まさか人造人間? 嘘だろ。ここまで似てるのかよ、テスラさんとプレシアって。

 

「最後にこうしてまたお話できて良かった……」

「最後……?」

「……もう私は、テスラ様がここまで想ってくれたアメリアは死んだのです。そしてこの子はアメリアではなくララ。別の存在で、テスラ様を強く想う優しい子」

「しかしっ!」

「私もっ! ……私もテスラ様と一緒に生きていたかった。一緒に生きて、寄り添っていたかった。でも、それはもう叶わぬ事なんです。いえ、叶ってはいけない事です」

「アメリア……」

 

 静かにだけど確固たる意志を感じさせる声だった。それと、おそらくアメリアさんの気持ちが出させたのだろう涙がララという少女の目から流れていた。

 

「テスラ様、今からでも遅くありません。本来のテスラ様に戻ってくださいませんか? そして、いつか私のいる場所へ来た時に、沢山お話を聞かせてください。どんな事をして、どれだけの笑顔を作れたか。それを楽しみに、私は待ち続けます」

 

 優しい微笑みを浮かべるアメリアさんにテスラさんは言葉を無くしたようで、ただ黙り込んでしまった。でも、ゆっくりと歩き出すと静かにアメリアさんの体を抱き締めた。

 

「ああ……テスラ様にこうされるなんて夢のようです。もう、これで本当に何の心配もなく眠れます」

「……約束する。必ず、必ずアメリアが喜んでくれる話を沢山持って会いに行く事を」

「はい、楽しみにしています」

「アメリアさん」

 

 正直割って入るのは気が引けたのだが、ここまで“なのは”じみてるのならこの言葉で見送ろうと思う。こちらへ顔を向けたアメリアさんとテスラさんへ、俺は笑顔を浮かべてこう告げた。

 

「良い旅を」

「……旅、ですか。ありがとうございます。では、テスラ様、いってまいります」

「ああ、気を付けてな。私も、いずれ追い駆ける」

「ふふっ、出来る限り遅く来てくださいね? 出迎える準備をしたいので」

 

 その言葉を最後にアメリアさんは目をゆっくりと閉じて、そしてその体がグラリと揺れた。倒れるかと思ったが、それをテスラさんが支えるように受け止める。するとそれを合図にしたかのように彼女は再び目を覚ました。

 

「……テスラ様?」

 

 聞こえた声は先程と同じようでどこか違う。きっとこれがララという少女の声なんだろう。

 

「ああ、私だ。ララ、どこにも異常はないか?」

「ヤー、全て正常」

「そうか。ならばいい」

 

 優しくララから手を離して、テスラさんはこちらへ顔を向けた。

 

「依り代と、そう言ったな。不思議な物だ。可能ならばこの手で調べてみたい」

「いいですよ。ただ、そのためには色々と片付けないといけない事がありますけど」

「……そうだな。アメリアとの約束もある。まずは、私がやった事とやろうとしてきた事について向き合う事か」

「それと、そのララって子とも、ですかね」

「ララと……」

 

 多分だけど、テスラさんは今までララって子をちゃんと見てなかったはずだ。それこそプレシアがフェイトを道具としてしか見てなかったように。

 っと、そうなるとあの赤い髪の子がフォルテか。名前の通り気が強い子なんだな。そんな事を考えているとこちらへ近付いてくる足音が聞こえてきた。振り向けばそこには翼とマリア、それとスターリットさんがいた。

 

「仁志……それに貴方達も」

「やはりここにいたか」

 

 俺達を見て微かに苦笑する二人とは違い、スターリットさんは俺達ではなくテスラさん達へ意識を向けているようだった。

 

「テスラ……」

「スターリット……」

 

 ここからは部外者はいない方がいいかもしれないとそう思った。

 

「みんな、ここはスターリットさんだけにしないか?」

 

 そう言うとみんなは俺の意図した事を察してくれたらしく無言で頷いてくれた。

 

「いいの?」

「構わない。我々は貴方を信じている」

「そうね。スターリット、私もかつては今の貴方達と同じだった。罪を犯し、一度は囚われの身となった。だからこそ言える。ここから胸を張って日の光を浴びれるか否かは貴方達次第よ」

 

 マリアの言葉にスターリットさんの目が見開いた。うん、あれなら心配いらないだろう。きっとこれからテスラさん達は日の光の下へ歩き出せるはずだ。時間はかかるかもしれないけど、必ずまた歩き出せる。そこに他人の手助けは……今は必要ないだろう。

 

「行こう」

 

 キャロルを先頭に俺達はその場から離れた。後はテックの人達で話し合い、決める事だと、そう思って……。

 

 

 

「それでこれからどうするの?」

「そうだな……。とりあえずはワールドシステムの見直しだろうか」

 

 そうあっさりと述べるテスラにスターリットは小さな驚きを浮かべた。

 

(テスラが……微笑んでる……)

 

 アメリアとの会話がテスラの荷物を下ろした事で、彼は本来あるべき状態へと戻れたのである。不器用だがあったかい人の心を持った、そんな状態へと。

 

「スターリット、もし良ければまた私に手を貸してくれないか? 残念ながら君も知っての通り、私は研究を始めると身の回りの事が手に着かなくなる」

「お前がいなくなった後はララがやってたんだが、これが結構酷かったんだぜ。特に食事が」

「ヤー……ララ、やっぱりお料理下手……」

「その、いいの? 私はみんなと……」

「スターリットは、何もやってねー。アタシらと戦ったのは装者達だ。スターリットは、アタシらと戦ってねーよ」

「フォルテ……」

 

 それは、ぶっきらぼうではあるが強い意志を感じさせる声だった。たしかにスターリットはフォルテ達と直接戦闘していない。だが響達の援護をし、計画を邪魔した事に変わりはないのだ。

 

「ヤー、スターリット、ララ達へ攻撃してない。だから何も悪くないっ!」

「ララ……」

 

 力強くフォルテへ賛同するララの言葉にスターリットの瞳に涙が浮かぶ。

 

「そうだな。我々へ刃を向け、計画を阻んだのはシンフォギアだった。スターリットはその中にはいなかった。それは、紛れもない事実だ」

「テスラ……っ」

「それで、いいだろう。それだけで十分だ。ああ、十分だ」

 

 何かを噛み締めるようなその声にスターリットは無言で何度も何度も頷いた。涙は、もう流れていた。それは喜びの涙。どこかで流せないと思っていた、歓喜の涙だ。

 

(良かった……っ。本当に、本当に良かったっ!)

 

 ヒビキと出会い、迷いを抱いたまま出会ったもう一人の響。その二人の“立花響”がスターリットの運命を変え、現在へと繋げた。それを思い、スターリットは一人感謝した。

 

 そうしてスターリット達がこれからの事を考えて話し出した頃、仁志達は発令所で弦十郎へ先程起こった事などを報告していた。

 

「……そうか。依り代がな」

「はい。アメリアさんの言葉がテスラさんの心を動かしてくれました。それにスターリットさんもいます。きっと今回のような事はもうしないと思いますよ」

「そうだな。それにしても驚きだ。まさかあの魔法少女達さえも知っていたとは」

 

 そう、仁志がテスラへ語った話は“魔法少女リリカルなのは”と言う作品であり、そのメインキャラである魔法少女達と響達は出会っていたのだ。

 それが発覚した事で仁志もまた驚いていた。想像も出来ない出会いであり、ある意味で危険な問題を彼に気付かせてもいたのだから。

 

「それなんですけど、彼女達はかつての巨人事件の時のエレン達みたいに事故のような形で来てないんですよね?」

「ああ」

「しかも、リンディさんまで動いていた?」

「そうだ」

「……やっぱりあの頃言ってた事は正しいのかもしれない」

「あの頃と言うと?」

「その、以前みんなと俺の世界にあるアニメや特撮、漫画やゲームなどの創作物は平行世界ってもので存在しているかもしれないって話した事がありまして……」

 

 これまで響達が出会った“戦姫絶唱シンフォギア”ではない作品の人物達。それらは事故のような形で出会う事もあれば、アラートとして行った世界で出会う事もあった。だが共通するのはただ一つ。彼らは実在し、しかもそれぞれの作品として描かれたのと同じような出来事を経験しているという事だ。

 

 弦十郎達も仁志の口から語られた可能性を聞き、希望よりも不安の方を抱く事となる。

 

「……頼もしい存在達がいると知れたのはいいが、それと同じぐらいの脅威が存在し、また遭遇する可能性があるというのは……」

「そもそもウロボロスがそれでした。そしてそれはまだ生きています。幸か不幸かそれはシンフォギアで対処出来た相手ですが、だからと言って相性が良かった訳でもないですし」

「うむ、たしかにそうだ。だが、それでも」

「分かっています。そうだろうとやるしかないってのは。俺が言いたいのは、依り代が今も力を貸してくれている事の意味はそれなんじゃないかと思うって事です」

「……依り代は、今後シンフォギアでは対処や対応がし辛いあるいは不可能な時に備えていると?」

 

 その問いかけに仁志は頷き依り代を手にした。彼は語った。あの悪意との戦いの日々で依り代が起こしてきた様々な出来事を。諦めず足掻いた時、依り代はその想いに応えるようにして新しい力を授けてきた事を。

 そして、依り代が星の声で生まれた物ならば、今後も自分達が正しく生きていく限り力を貸してくれるのではないか。そう仁志は締め括った。

 

「俺の知る限りでもギャラルホルンのような物を有しているヒーローは少ないですし、また別の世界へ行ってそこで戦うというのも多くはありません。おそらくですが、ここはそういう意味では最前線です。だからこそ、ここが陥落してしまう事があれば幾多もの世界が滅びの危機に瀕するんだと思います」

 

 そう言いながら仁志の脳裏にはあるヒーローの姿が浮かんでいた。

 

(ある意味ウルトラマンがいる世界へマリア達は行ったのなら、本当にいつかイージスの力を使っているゼロとも出会うかもしれない)

 

 多次元宇宙の平和を守るために戦う銀色の巨人、ウルトラマンゼロ。ある意味でギャラルホルンのアラートなく装者達と似たような事をしている彼なら、遠くない未来で遭遇するかもしれないと思えたのだ。

 

「それに幾つもの宇宙を移動しながら平和を守るヒーローや、平行世界を渡り歩いて旅をしているヒーローもいます。彼らはその行く先々での出会いで得た力や絆で凶悪な闇を倒しています。それも、これまでの響達と同じじゃないでしょうか? 不安があるのは分かりますし、それが拭えないのも分かります。でも、どんな時だって希望を信じ、笑顔を守る。それを貫けば、忘れなければ、いつだって奇跡はそこにあります。それを皆さんは掴み続けてきたじゃないですか」

 

 仁志にとって、ここにいる者達はヒーローだった。前線に立っていようと立っていなかろうと、平和を、未来を守るために持てる力を振り絞って戦い続けてきた者達なのだから。

 憧れのヒーロー達に会った少年のように、仁志は弦十郎へ想いを述べた。負けないで、戦って。そんなヒーローの背中へ声援を送る子供のような表情で。

 

「…………そうだな。どれ程の危機が、危険が待っていようと、諦めず抗う事が俺達に出来る唯一の事か」

 

 フッと微かに笑みを浮かべ、弦十郎はそう答えた。それは自身へ言い聞かせるようでもあった。

 目の前の男が心から告げた言葉。それに込められたものに気付き、受け止め、しかと返したのである。

 

「只野君、今回の事で君の懸念している事は現実であるとよく分かった。世界蛇に悪意、そしてテスラの計画。全てが一つの世界で収まらず、全ての平行世界を巻き込むものだ。俺達が目指すべきは依り代の力が失われ、ただの携帯端末に戻る事だろう」

「弦十郎さん……」

「ただ、それを果たすには俺達だけの力では届かない。君の力も引き続き貸してほしい。俺達の世界だけでなく、全平行世界の平和のために」

「はいっ! 俺で出来る事なら全力で手伝わせてくださいっ!」

「ああ、頼りにさせてもらう」

 

 仁志は分かっていた。自分の力とは依り代の力である事を。それでも、彼は捻くれも卑屈にもならなかった。自分にしか出来ない事があるというのはそれだけ凄い事だと分かっていたからだ。

 

(いつか、いつか依り代が必要なくなった時、俺はそれとは別の自分にしか出来ない事を見つけておかないといけないな)

 

 弦十郎の大きな手と握手しながら仁志はそう思った。こうしてワールドシステム事件は終わりを迎える事となった。

 

 テスラ達は全員揃ってスターリットと共にヒビキの暮らす世界で世話になる事が決まり、フォルテとララは装者の一種としてノイズ対策へと動く事となる。

 

「そういう訳で、今後は私達の同僚だ。立花、いいな?」

「はい」

「ったく、どーしてアタシらがこんな事を……」

「フォルテ、働かざる者食うべからず。あったかいお部屋、あったかいご飯のため、一緒に頑張る」

「ぐっ……」

「へぇ、ララはちゃんと分かってるじゃん」

「そうだな。これからよろしく頼むぞララ」

「ヤーっ! ララ、頑張るっ!」

「フォルテもね」

「……まぁ、飯抜きにされても困るしな」

 

 笑顔のララを翼が優しく撫で、それを横目にしながら微かにヒビキとフォルテが笑う。まるで以前からそういう関係だったかのような穏やかで優しい光景がそこにはあった。

 

 一方テスラはスターリットと二人で二課所属研究員として勤務する事となり、風鳴司令や帰国した櫻井了子らと意見を交わしながら第二の人生をスタートさせる事となった。

 

「ふむ、この道具は中々いい。エレクライトに組み込んで飛行能力ないし跳躍能力を向上させよう」

「それはいいんだが、そいつは制御が難しいぞ?」

「そうねぇ……組み込んだはいいけど制御出来ずに使えないなんてならないかしら?」

「フォルテなら使ってる内に何とかしそう。ララは……意外としれっと最初から扱うかも」

「シンフォギアには組み込まなかったのか?」

「それが出来れば苦労はない」

「作っておいて何だけど、あれはエレクライトと違って純粋な科学力だけで出来てないのよ」

「それにテスラ、シンフォギアは飛行能力を秘めているのを忘れた? 普段使えないだけでない訳じゃないから組み込む必要はないと思うわ」

 

 テスラという天才が加わった事により弦十郎と了子のテンションは今まで以上の高ぶりを見せ、スターリットはその二人に刺激されるようにテスラがその頭脳を稼働させていると感じて微笑む。

 孤独な天才は愛する者の言葉を受け、更に自身へ躊躇いなく議論をぶつけてくる相手を得た事で更なる高みへと歩き出していた。

 

 無論これまでやってきた事への贖罪の気持ちはある。だからこそ、テスラ達は誓ったのだ。

 

――これまで我々が出した犠牲を無駄にしないために、それよりも多くの者達を助け、救い、笑顔にしたいと思う。そのために、君達の力を貸してほしい。

――ヤー、ララ、テスラ様のお手伝いする。それはこれからも変わらない。

――私も同じよ。目的はどうであれ、犠牲を出した事は無くせない。なら、それを忘れず、次に活かし続けて、二度とそれを繰り返さない事が償いだもの。

――……あの頃のアタシを助けたいって気持ちは変わらねーよ。付き合ってやるさ。

 

 犠牲を出さず、犠牲にされる者達を助けられるようにその力を使う事。それがT.E.Cと言う名の組織に属していた四人の生き方だった。

 それは形こそ変えたが、テスラが、そしてスターリット達が目指した理想でもある。誰もが笑顔で暮らせる世界。その実現を目指して、今の自分に出来る精一杯を。

 

 そうしてテスラ達が新しい一歩を歩き出す裏では、一つの別れが起きていた。

 

「ではな。世話になった。あの人の子にもよろしく伝えておいてくれ」

 

 ツクヨミがスサノオと共に根幹世界を離れたのである。元々平行世界を守護するために作られた存在である彼らは、その脅威が一先ず去ったと判断し姿を消したのだ。

 

 その事を後から知った仁志はこう呟いた。

 

「一先ず大きな危機は去ったって事か」

 

 出来る限り平和であって欲しいと願いながら、仁志はどこかで思っていた。その内にウロボロス残党が動き出すだろうと。だがしかし同時にこうも思っている。

 

(それでも、みんなは負けない。シンフォギアとエレクライトは関係性としては兄弟、いや姉妹か。それが手を取り合ったんだ。例え石屋が復活していても何とかしてみせるさ)

 

 この想像通り、この後現れたウロボロス残党はシンフォギアとエレクライトの協力により完膚なきまでに打ち負かされ、完全にその名を葬られる事となる。

 幾多もの平行世界と繋がりを持ち、幾多もの人々との出会いを力とした今の装者達には、世界蛇を失い、ベアトリーチェさえも失ったウロボロスが勝てる可能性など残されていなかったのだから……。




ゲームでどうされてるのか知りませんが、今作ではアナザーマリアに呪いをかけた奴=復活した石屋としています。
で、今後ゲームでどう描かれるか分かりませんけれど、ウロボロス残党は今作では敗北確定の上出番はありませんのであしからず。

……正直今回のはあまりにもアナザー響やスターリットら操者達の扱いが酷過ぎたので書いただけなので。

これでこちらは本来の在り方通り、平和な感じだけに戻します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遂にデビュー! その名は……

メインは三人娘、のはず(汗


「「「「「スイーツアラカルト?」」」」」

「そう。仮のユニット名だよ。そっちの感想と意見、それと別案があれば聞かせて欲しい」

 

 夕方前に目覚めて飯の用意をしていると響と未来が板場さん達を連れてやってきたので、早速とばかりにいつかの話にあったユニット活動関連の話題を振ったらこうなった。

 板場さん達三人によるユニット名は何となくだけどアイドルっぽい感じにしようと思った結果、お菓子とか甘いとかのイメージがする名前にした。

 

 ……ネーミングセンスがないのは今更なので仕方ない。ドライディーヴァなんてまんまだったし。

 

 ともあれ俺の出した名称は女子高生五人にはそこまで悪くない印象らしく、そこから板場さん達が話し合いを始めた。俺はそれを眺めながらこの後の事を考え始める。

 まぁ今夜も勤務があるので特に何かする訳じゃない。響達もおそらく少ししたら帰るだろうし、もし泊まるとしても俺がいないのである意味問題ないからな。

 

「只野さん、スイパラはどうですか?」

 

 いきなり板場さんがそう尋ねてきたのは俺が副業をどうするか考えていた時だった。

 

「スイパラ?」

「スイーツパラダイスで略してスイパラです」

「この方が可愛い気がするってヒナが」

 

 成程、略し方が分かり易いのはいいかもしれない。それにスイーツ食べ放題みたいな感じだし、色々と女性受けしそうだ。

 とりあえずユニット名は決まった。次は歌の方だがそこも既に板場さん達で歌詞を考えてきてくれたそうだ。と、言う訳で近い内にカラオケへ行く事が決まった。

 

 そのままの流れで響達は何を歌うかなどを話し出したので、俺は一人晩飯を食べる事に。とはいえ、炊いた白米を皿に盛りつけ、そこへレトルトのカレーをかけるだけの手抜き飯だ。

 

 だがカレーの香りというのは大したものだと改めて痛感した。響だけでなく板場さん達までもその香りにやられたようで、一斉にお腹が空いたと言い出したのである。

 しかし我が家にあるカレーは残り二つ。とてもではないが人数分はない上、米もジャーの中に残っているのは僅かだ。

 

「……少し待ってて。これを食べ終えたらカレー屋に連れてくから」

「やったぁ!」

「ほ、ホントにいいんですか?」

 

 喜ぶ響と違い若干申し訳なさそうな顔をする寺島さんに俺は苦笑しながら頷いた。

 

「ただし、その分働いてもらうよ。洗い物と風呂やトイレ掃除、それと……」

「お買い物、しておきましょうか? 私と響なら服の下にギアを着ておけばいざとなっても平気だし」

「じゃお願いするよ」

 

 正直五人分の仕事はないので未来の申し出は助かった。こうして洗い物と掃除を板場さん達三人が担当し、響と未来が翌日のための買い物をする事に。

 それにしても響と未来だけじゃそこまで賑やかにはならないけど、板場さん達がいるとそうじゃなくなる辺りが学生らしくて微笑ましいな。

 

 そして数分後、俺は車を家の近くへ移動させるべく外へ出た。今頃は板場さんが洗い物をしてくれてる事だろう。ちなみに安藤さんが風呂、寺島さんがトイレ掃除となった。

 

 じゃんけんで決めていたのが何とも可愛らしいと思った。ホントに学生だよ、あのノリは。

 

 で、それは車に乗ってからも健在だった。五人は、特に板場さん達三人は俺の車が自家用車では珍しい部類であるためかテンションを上げ、たった十分足らずのドライブを楽しんでいた。

 

 そうして到着するのはいつかセレナと来たカレー屋。響達の世界にも似たような店はあるだろうが、ただファミレスとかでカレーを食べさせるだけではつまらないと思ったのでここにした。

 

「へぇ、カレーだけでこんなにメニューがあるんだ……」

「わぁ、トッピングがこんなにあるんですね。辛さやご飯の量まで選べるなんてナイスです」

「で、でもちょっと高くない?」

「値段は気にしないでいいよ。君達の動画が稼いでくれる分の前渡しだと思ってくれ」

 

 板場さんが金額を気にしたのですかさず口を挟む。確かにここは値段が高めではある。昔はそこまででもなかったんだが、ここ数年は値段が高くなってしまってカレー一皿に出すには少々躊躇う金額となっているからなぁ。

 

「仁志さんらしいなぁ」

「板場さん、これは大変な事になったね」

「え?」

「あ~、そういう事か。ユミ、要はさ、ここの支払い分ぐらいは稼げるだけの歌を唄わないといけないって事だよ」

「おそらく支払いは最低でも五千円程度でしょうか。そうなると再生数で言うと……」

「うげっ、止めてよ。歌う前から色々と妙なプレッシャーかけられたくないのに」

「いいじゃん。これで俄然頑張らないといけなくなった訳だしさ」

「ふふっ、ここの支払いぐらい余裕で越えてみせましょう」

「う~っ……そ、そうね。うん、始める前から弱気は禁物だわ」

「よし、じゃあ好きな風に注文するといいよ。サラダとかも良ければどうぞ」

「「「「「はーい」」」」」

 

 ホント、気分は軽い女子校の教師だ。あるいは部活の顧問かね。

 メニューを広げて楽しげに話す五人を眺めていると本当にそんな気になってくる。ただ現実には実現不可能な事ではあるんだが。今更教師になんてなろうと思わないしなれるとさえ思えないんだ。まず大学受験からして無理だし。

 

 でも、もし教師やってたらあの戦いは切り抜けられなかった気がするな。

 そう思うとコンビニ夜勤の俺が響と出会ったのはやっぱり狙っての事だったんだろう。

 

「只野さん、注文決まりました」

「了解……っと」

 

 呼び出しボタンを押して後は響達にお任せだ。俺の仕事は支払いと自宅へ彼女達を送る事だけだしな。

 ちまちまと水を飲みながら、俺はこれからの事を話題に盛り上がる五人を眺めてそう思った。これから五年経っても、十年経っても、彼女達が今の様に笑い合える事を願いながら……。

 

 

 

「それじゃ行ってきます」

「「「「「いってらっしゃい」」」」」

 

 五人の女子高生に見送られて仁志は玄関のドアを開けて外へ出て行く。ゆっくりとドアが閉まるのを見て響達はリビングへと戻る。

 

「さてと、じゃあ二人から色々教えてもらいましょうか」

「いいよ。見終わったんだよね、クウガ」

「はい。その、正直胸が苦しくなるような作品でした」

「そうなんだよねぇ。何て言うの? ビッキー達もこれに近い事をしてるんだなって思うと余計に、さ」

 

 その創世の言葉に響と未来が表情を曇らせた。それは彼女達もクウガを見ている時にどこかで感じていた事だったのだ。

 

「あたしは、だからこそ見れて良かったと思うわ。そりゃあんた達は体が人間じゃなくなるなんて事にはなってないけど、人知れず恐ろしい存在を相手に戦ってる事は同じだもの」

「板場さん……」

 

 凛とした表情で目を見て告げられた弓美の言葉は響の心を強く打った。

 

「それで、聞きたい事があるのよ。何で現代のクウガはグロンギを倒せたのに古代のクウガは封印だったのかとか」

「あー、うん。えっと、それはね……」

 

 仁志から聞いた知識を話し始める響。その補足や補助を未来が担い、五人のクウガ話は続く。仮面ライダーという存在が持つ意味と重さ。それらも響の口から話され、弓美達は思わず息を呑んだ。

 

 人ならざる者へと改造される存在、あるいは人ならざる者へと変わっていく存在。それが仮面ライダーの本質と教えられて。

 更に語られるかつての響に起こっていた現象も三人の心を締め付けた。融合症例。そう呼ばれていた頃の響はまさしく仮面ライダーと近しい状態だったと知って。

 

「仁志さんが言ってたんだ。あの頃の私はまさにクウガだったって。ギアを展開すればするだけ危ない状態になる。だけど、それでも目の前で困っている人を助けられるなら、救えない今を変えられるならって、そう思って私はギアを使ってた」

「ビッキー……」

「勿論今も同じ。だけど、あの頃はそこに今以上の覚悟みたいなものがあったかもしれない。絶対死んでたまるか。私は私のままでいるんだって」

「……五代さんも、きっと同じような気持ちを持っていたはずです」

「そうよね。あ~、うん……絶対そうだわ。みんなの笑顔のためにって戦ってた人だもん。自分が死んだりしたら笑顔じゃなくなる人が出るなら、そんな事させないって頑張る人だし」

 

 弓美の言葉にその場の全員が頷いた。その中で響をずっと傍で見てきた未来はある人物にもっとも感情移入をしていた。

 

「私ね、桜子さんの気持ちがよく分かったんだ。私も響が装者をしてるって分かった時、似たような気持ちになったから。何で響がって」

「未来……」

「でも、こっちで暮らしてた頃は私も響側になってた。だからきっと只野さんが一番辛い気持ちだったかもしれない。一緒に戦う事が出来ないし、しかも年上の男の人だから」

「そうだよねぇ……。只野さん、ただでさえヒーロー好きだし」

「だからこそ、きっと只野さんは人一倍明るく振舞ってたのでは? 皆さんが暗く沈んだりしないように」

 

 詩織の言葉に響と未来はあの頃を思い返して小さく頷いた。自分達がいる前では仁志は暗くなったところを見た覚えがほとんどないと。

 あの悪意との戦いの日々で仁志は一番のムードメーカーだった。響や切歌へ影響を与える存在となった彼は、だからこそ意図的に誰かといる時は努めて明るく振舞っていたのだ。その事に響と未来もここではっきりと気付いたのである。

 

「きっとさ、只野さんがクウガになったら五代さんと違って研究するためにいっぱい変身するよね」

「「「「あ~……」」」」

 

 五人の脳裏に浮かぶ人気のない場所で一人変身してその能力を確かめるクウガの姿。五代と違い戦う事を忌避せず、むしろその力をヒーローらしく使えるためにと努力しそうな仁志の性格を考えればそうなる方が自然だと思ったのだ。

 

 彼女達は知らない。それはどちらかと言えば、小野寺ユウスケという青年が変身するリ・イマジンクウガと呼ばれる存在に近い事を。

 

「じゃ、多分仁志さんだと最初白だけど途中で変身ポーズを取って赤いクウガになりそう」

「おおっ、いいじゃないそれ。それはそれで燃える展開ね!」

「一話で変身するのか……」

「しかも二段変身です。どの辺りでそうなるでしょう?」

「只野さんだと……車をぶつけた後、とか?」

「成程ねぇ。車をぶつけたけどやり返されるもんね。そこでこのままじゃ勝てないって思って……」

「イメージが浮かぶのねっ! 古代の戦士が変身するやつがっ!」

「うわっ、すっごく想像出来た! でもでも赤のままでいられるのが短い時間とかになりそう!」

「体が適応出来ない?」

「ううん、単に体力不足」

「うわぁ、只野さんって感じね」

 

 盛り上がる弓美と響を未来達が小さく苦笑しながら見つめる。だがそこで話へ入らない辺り彼女達も二人の意見には同意しているのだろう。

 やがて話はクウガから仮面ライダーへと移り変わっていき、響と未来が“仮面ライダーSPIRITS”の話をし、丁度リビングにあったため弓美達がそれを読み始める。響と未来と言えばあまり読んだ事のない“ウルトラマンSTORY0”を読み出した。

 

 静寂が、室内を包んでいた。改造人間である仮面ライダーを初めて知る弓美達はその内容にページを捲る手がゆっくりとなり、ウルトラマン達の未熟な部分などを描く物語は響と未来に驚きと共感を与えた。

 

(これが……仮面ライダー、なんだわ。人のまま怪物にするなんて……アニメ、じゃないからこそキツイわね……)

(これが、どこかで本当に起きた事なんだよね……。こういうの見ると、ホントビッキー達には頭が下がるよ)

(人のためと、そう言うのは簡単ですけど、それをやるのは難しいですもの。立花さん達も、きっとこういう方達も、強い心を持って生きてらっしゃるんでしょう……)

(これを読んだから仁志さんは星の声って考えをすぐ思い付いたんだ……。それに、テスラさん達の事があったからよく分かる。星も、世界も生きてるんだって)

(強い力を持つ事って、優しい心を持つ人たちには恐怖なんだ……。私はそんな風にギアを感じた事はなかったけど、考えてみればあれだって簡単に誰かを不幸に出来る力だ。そういえば只野さんが言ってたっけ。強い力を使う時は少し臆病なぐらいがちょうどいいって)

 

 未来はまだ知らない。その言葉こそ今自分が読んでいる漫画に出てくる言葉だと。

 そうやって五人は日付が変わる手前まで漫画を読み耽り、その後はやや慌てて就寝のために動き出す。

 

 寝室に布団を五つ敷いてそれぞれが横になった後もすぐに寝る訳ではなく、五人は漫画を話題に会話を続けた。

 特にウルトラマンに関してはマリア達が存在した世界へ行った事もあり、更には彼女達の世界にも宇宙人であるアヌンナキが存在するなど、色々と思う事が多い要素があったため盛り上がったのだ。

 

 そんな会話も一段落し、そろそろ寝ようかと誰かが言い出しそうな雰囲気となった時、不意に弓美が呟いた。

 

「神様みたいのがいるって言っても、やっぱりいい奴と悪い奴といるのね。アニメじゃあるまいしって言いたいけど……」

「あー、こっちじゃ元々アニメだったんだよねぇ」

「ですが、只野さんの考えではアニメは私達の世界の事をこちらで描いてただけです。それにもう私達の世界とこちらで描かれているものは大きく異なっているそうですし」

「うん、だから仁志さんもとっくに別物って言ってた。もう私達の世界がどうなってくのかは仁志さん達の世界でも分からないって」

「これってニワトリが先かタマゴが先かって話みたいだね」

「「「「あ~……」」」」

 

 未来の言葉に誰もが同意するような声を出し、そこで会話は終了となった。

 

 翌早朝、勤務を終えた仁志が帰宅すると彼が想像していなかった出来事が待っていた。

 

「おかえりなさい只野さん。えっと、もう少し待っててくださいね。朝ごはん、もうちょっとで出来ますから」

 

 未来が朝食の支度をしていたのである。二人だけの静かな朝食。ただ未来は後で響達と食べるために何も口にはしようとしなかった。そこで仁志は……

 

「一口だけなら大丈夫だからさ。はい、あーん」

「あ、あー……むっ」

「どう? 自分で作った玉子焼きのお味は」

「……美味しいです。ふふっ、只野さんが食べさせてくれたから余計かも」

 

 と、新婚のような事をやりつつ仁志は朝食を食べ終えて食後の散歩へと出かけるべく玄関へ。

 

「じゃ、行ってくるよ」

「いってらっしゃい。気を付けて」

 

 未来は小さく手を振って仁志を見送ると洗い物をするべくその場から動き出す。こうしてこの日は始まった。とはいえこの日のメインは弓美達“スイーツパラダイス”の動画撮影なので、仁志が仮眠を取った後から動き出す事となっている。

 

 だから未来は洗い物を片付けるとそのままリビングで漫画を読みながら仁志の帰りを待った。読んでいるのは“キッチンの達人”である。

 

 ページを捲り、内容に夢中となっていく未来。と、その手がある時ピタリと止まった。

 

「……これ美味しそう。只野さん好きそうだし、やってみようかな?」

 

 笑みを浮かべながらそう呟く様はまさに新妻であった。装者の中では只野ともっとも話が弾まなかった未来だが、それも今は昔となりつつある。

 仁志の趣味であるヒーロー物に関しては相変わらず切歌程の盛り上がりはない。それでも肌を重ねた事もあってか今はそんな仁志を微笑ましく思う事も増え、知り合った当初よりはその手の話題でも話が途切れる事は減っていた。

 

 漫画を手に幸せオーラを放つ未来をそっと眺め、創世は若干困り顔を浮かべる。

 

(うわぁ、あれってヒナがビッキーの事考えてる時の顔だよね。でも何となくだけど今のヒナは只野さんの事でああなってそう……)

 

 初めてハッキリと見る未来の乙女の、いや女の顔に創世は戸惑っていた。これまで響の事でそれに近しい顔をする事はあったが、やはり想う相手が異性となるとそれに違いがあると感じ取れてしまったためだ。

 

 結局創世はドアの前で数分逡巡した後、意を決してリビングへと入る事となる。そこで創世はそうして良かったと実感する事となるのだ。そう、仁志が帰宅したのである。もう少し行動が遅ければ挙動不審な自分の姿を見られていたと思い、創世は仁志を未来と共に出迎えながら内心安堵するのだった。

 

 

 

 仁志や響と未来にとっては久しぶりの、弓美達にとっては初めての来店となったカーリースをメインとするカラオケ店。動画撮影といえばこことばかりにやってきた仁志は、早速スイーツパラダイスに唄ってもらおうとしてある事に気付いて愕然となった。

 

「……そっか。三人にはギアがないから曲がフルサイズない」

 

 響達はその身を包むギアを利用しオリジナル音源を使って歌う事が可能だった。だが当然ながら弓美達にはギアなどない。依り代から曲は流せるがそれではどうしてもチンケなものとなってしまう。どうすればいいのかと仁志が頭を抱えた時だ。

 

「私と響のギアから流せないですか?」

 

 かつて依り代を使い、ギアから楽曲を歌付きで流した事を未来が思い出して、自分と響のギアから三人が歌詞を考えてきた曲を流す事を提案したのだ。それに天啓を得たとばかりに仁志が依り代のゲームを起動させミュージックボックスを開いてみる。

 

「……表示としては板場さん達だけなんだけど、どうなるか……」

 

 そうして選ばれた楽曲が依り代から流れ始める。ただ響と未来が展開するギアからは流れない。

 

「ダメか……」

「ちょっと待って。只野さん、さっき表示はアタシ達って言ってましたけど、それってどういう事ですか?」

「そうですわね。私達はギアを持っていません。なのにどうして?」

「多分なんだけど……」

 

 仁志は現在噂されている、かつて“戦姫絶唱シンフォギア”だった作品について話した。六期目が製作されていると言われていて、そこでは弓美達三人が装者のようになる可能性があるとなっている事を。

 そして響が以前訪れた世界で弓美達三人はギアのような物を展開しノイズと戦っていたと補足を入れ、おそらくその平行世界の弓美達関係の楽曲ではないかと仁志は結論付けた。

 

「って事は……」

「私達も装者の適性があるんでしょうか?」

「アニメみたい……」

「ちなみに響、その平行世界の板場さん達が身に纏っていたのってどんな名前?」

「えっと、メックヴァラヌスです」

「とりあえずどうします? この曲を板場さん達に唄ってもらうの、厳しいですけど……」

 

 室内に流れる音楽はやはりどこか力強さに欠けていた。なので仕方ないとばかりに仁志は依り代の音量を上げて一度やってみる事にした。

 

 その結果は……

 

「う~っ……何か微妙」

「だねぇ。アタシ達もギアみたいなのがあれば違うんだろうけどさ」

「今のままでは歌っていると言うよりは歌わされている感じですわ」

 

 何とも言えないものであった。下手ではないが上手くもない。それに何より心へ訴えるものがなかったのだ。

 

「う~ん……そうだね。よし、じゃあ板場さん達が楽しんで歌える事を重視しよう。この曲の事は一旦おいておいて、今回は三人の紹介動画だ。好きな歌を唄ってくれ。まずは三人で、次は個人個人で頼めるかな?」

 

 その一番の理由が弓美達が楽しんで歌えていないからだと思った仁志は、収益化などを度外視して三人のアイドル欲と呼ぶべき欲求を満たす事だけを考えた。

 弓美達はそんな彼の言葉に若干申し訳なくも思うも、すぐにその想いへ応えるように歌を探し始める。一方の響と未来はと言えば……

 

「「会えない時間が会えた時の幸せを強くするの」」

 

 その胸の歌を仁志へ聞かせると共に、新曲を歌う事で彼の収入へ寄与していた。仁志への想いを歌ったそれは“離れるからこそ分かる事”と響と未来によって名付けられた。ちなみにその動画は響と未来がこれまで上げた中で一番の高評価を得る事となる。

 

 さて本来歌うべきものが駄目になった弓美達は三人で何を歌うかを考えた結果、仁志の助言をもらい“オーバーマスター”というアイドルマスターの楽曲を歌う事にした。

 それは仁志が弓美達三人をフェアリーというユニットと重ねたからこその提案であったが、その歌を聴いた三人も乗り気となって決定と相成ったのだ。

 

「「「thrillのない愛なんて興味あるわけないじゃない」」」

「「大人っぽい……」」

 

 やや危険な香りを漂わせる歌詞に響と未来が感嘆の息を漏らす中、仁志はスイーツパラダイスの今後をどうするかを考えていた。

 

(オリジナル楽曲がないのは厳しいなぁ。俺にそっち系の才能はないし、だからと言ってギアは簡単に作れるものじゃない。そもそも動画配信やアイドルごっこのために作るもんじゃないよなぁ……)

 

 弓美達が楽しんでやってくれればそれでいいと思いつつも、だからこそ自分達だけの歌を唄わせてやりたいと仁志は思っていた。と、そこで彼は思い出す。

 

(そうだ……。エレクライトならどうだ? あれはたしか純粋な科学技術らしいし、戦闘能力じゃなくその補助や援護に特化した物なら板場さん達が所持しててもそこまで問題ないはずだ)

 

 弦十郎の許可や理解が必要だろうが、緊急事態対策としては十分アリだと思える事でもある。そう仁志は考え、弓美達個人個人の動画を撮影すると駐車場に止めてある車へと向かった。

 仁志はロックを解除すると後部座席へ入り、そこで腕時計のように偽装されているゲートリンクを口元へ近付けた。

 

「ゲートリンク、起動」

“アクセスコードを入力してくれ”

「アクセスコードは、グリッドマン」

“アクセスコード、確認した。ゲートリンク、オールアクティブ。全機能解放”

「よし。S.O.N.G本部、聞こえますか? こちら只野です」

 

 キャロルの声による音声案内を聞きながら仁志は根幹世界へと呼びかける。程なくして発令所にいるあおいが反応、仁志へ何事かあったのかと問いかけてきたので弓美達へエレクライトを持たせてやりたい旨を告げたのだ。

 

 勿論表向きは、未来の事を例に挙げての響達の不安や心配を軽減する事やいざという時の予備戦力、あるいは緊急時の連絡要員という役割を担えるとして許可を得ようとした。

 

『たしかに緊急時にギャラルホルンを経由せずに他の世界へ行けるのは助かる。ただ、あれに関しては所有するとなれば上も黙っていないだろう』

「……でもたしかエレクライトがどういう物かはそっちでは確認されてませんよね?」

『それはそうだが……』

「あれは聖遺物を使用してないからあの波形も感知されませんし、そもそも個人が開発した便利物みたいなもんです。それに秘密の切り札は秘密だからこそ切り札になるんですから現場の最高責任者さえ知っていれば十分じゃないでしょうか?」

『……君は中々狸だな』

「いえ、こんなのはガキの開き直りですよ。でも、実際下手に知る人間が増えれば厄介事の種になりかねません。言っちゃなんですが、どうしたって組織ってもんは規模が大きければ大きいだけ色んな事が絡み付いてきますし」

 

 そこで仁志は言葉を切って小さく息を吐いた。

 

「とにかく、どうでしょうか? もし許されるなら俺が直接テスラさん達に頼んできます」

『君が?』

「そうすれば、いざとなった時に俺が勝手にやった事に出来ます。幸いテスラさん達は他の世界と接触したくない世界にいますから知り様もないって言い張れますしね。それに、いくら国連でも上位世界にいる俺の事をどうこうは出来ないでしょう? まぁ、そうなると俺は二度とそっちへは行けなくなりますけどね」

 

 あの悪意との戦いは仁志の心を強くしていた。時には周囲の目や声を気にせず己を貫く力を持てるようになっていたのだ。弦十郎は仁志の言葉からそれを感じた。例えここで自分が許可を出さずとも、仁志はエレクライト製作を依頼しに行き、今話したように全て自分が独断でやった事と言い切るだろうと。

 

(やれやれ、やはり彼は熱い男のようだ)

 

 それと若さも残しているとも感じていた。青さ、と言い換える事も出来るそれを、弦十郎はどこか好ましく思っていた。それがあったからこそ、仁志は装者達と共に悪意という恐ろしい相手と戦いぬけたと察していたからだ。

 

『分かった。こちらとしても装者以外の平行世界を行き来出来る存在は有難い』

「ありがとうございます。じゃあこれで失礼します」

『ああ』

 

 勿論仁志も弦十郎の返事に込められた意味を感じ取っていた。大人になり切れないと言っている仁志だが、それでも半年以上も店長として動いていれば多少なりともそれらしくなれるのだろう。

 弦十郎が自分の事を考えて許可を出してくれた事を嬉しく思いながら、仁志は車から出ると再びカラオケ店内へと戻った。

 

 カラオケは仁志がいない間も続いていたようで、彼が部屋へ戻った時には五人は楽しそうに唄っていたのだ。その曲名は何と“青空になる”だった。

 

「……何というか、本気で最終回のEDみたいだな」

 

 五人の女子高生による歌唱は幸福感に満ちており、まさしく浄化されるような癒しの効果を仁志に感じさせた。その歌を聴き終ると仁志は自然と拍手を送っていた。それだけの何かがあったのだ。

 響達はまさかの反応に軽く驚いたものの、すぐに笑みを返してみせるとそれぞれに手を振ったりとアイドルのような動きをみせる。そのらしい感じに仁志は笑みを深くした。

 

 その後は仁志が弓美の要望に応える形でヒーローソングを唄う事になった。そこで彼が選んだのは“仮面ライダーアギト”だった。

 

「見てるだけの君でいいかいっ!」

 

 その歌詞と映像に響達は意識を奪われ、心を動かす。そのまま仁志は続いて“BELIEVE YOURSELF”を歌う。

 

「挑む事、恐れないっ!」

 

 どちらも同じ作品で使用された楽曲であり、歌い終わった後は仁志へ弓美と響からの質問が飛んだ。

 

「仁志さん仁志さんっ! アギトってあのライダー達の中のどれですかっ!?」

「あの角が展開する奴ですよねっ!」

「板場さん正解。で、緑色のはギルス、メカメカしいのがG3だ。まぁ映像に映ってたのはG3-Xもいるんだけど……」

「始まっちゃった……」

「あはは、いいんじゃない? 特にユミはそういう話が大好きだしさ」

「そうですね。只野さんもそういうものがお好きな方ですし、私達は私達でカラオケを楽しみましょう」

「……そうしよっか」

 

 こうして仁志達話に夢中になる組と、未来達歌う事に夢中になる組と分かれて時間は過ぎていく。

 たった三時間のカラオケだが、その濃度は濃いと言えた。歌い、喋り、笑い、驚き、心と表情を沢山動かして疲れた仁志達は、食料品の買い物がてらかつて彼がマリア達を連れて行った大型スーパーへと向かった。

 

 響達五人と共に動く仁志は、傍目には休日に女子高生を引率する教師辺りに見えるだろう。実際近いものではあるが、本質は引率と言うよりは財布であった。

 ただし、その代わりに可愛らしい女子高生五人と過ごせ、更には食事などの世話をしてもらえるのだから、人や考えようによっては安いものかもしれない。

 

「あっ、たい焼きだ!」

「つぶあんにカスタード、桜あんだってさ」

「いいじゃないいいじゃない。只野さーん」

「はいはい。ただし三つずつ買うから半分に分けて食べる事にしてくれ。三種類を六つってなると意外と、さ」

「分かってます。じゃ、私は響とだね」

「なら私は……創世さんとですね」

「え? じゃあ……」

「俺と、って事になるか。構わないかい?」

「えっ、えっと……はい」

 

 何故かやや赤面する弓美に仁志は内心で首を捻った。何故彼女は照れるのだろうかと。既に弓美と仁志は趣味が似ている事もあって親しくなっていると言えた。なので今更たい焼きを分け合う事程度なら平気だろうと思っていたのだ。

 

(どうしたんだろう? やっぱり年上のおっさん相手じゃ嫌なのか……?)

(只野さんと同じ物を分け合って食べるって考えたら、あの夜に聞いた事を思い出しちゃったわ……。こ、こう見えて複数の女の子を受け止めて愛しちゃってるのよね、この人……)

 

 実は弓美と創世は詩織と違いあの夜の話を途中から聞いていた。そのため二人の中では仁志は響達学院組と男女関係にあると思っていたのだ。

 つまり装者全員とそうなっていると知っているのは詩織だけ。どちらにせよ弓美達三人は仁志が一般的には良くない関係を持っている事を知りながらも、これまでと変わらぬ接し方を彼に続ける事が出来ていた。

 

 とはいえ、それは特段仁志を意識しないで済む場合だ。今のように彼をハッキリと意識する状況になると弓美はやや狼狽えてしまうようになっていた。

 

 たい焼きを購入し自分のための食料品の買い物を終えた仁志は、響達を家の前で降ろして車で駐車場へと向かう。さて先に帰宅した響達はと言えば……

 

「ヒナ~、野菜しまい終わったよ~。他にはない~?」

「ありがとう。それで終わりだから大丈夫」

「お風呂掃除も終わったわ。朝に水を抜いて軽く流しておいたおかげね」

「じゃあ、後は」

「お布団も取り込んでおいたよっ!」

「ナイスです。後は只野さんが帰ってくるのを待つだけですね」

 

 それぞれが仁志に世話になった礼とばかりに動いていたのだ。

 さすがに今夜は泊まる訳にもいかないのでたい焼きを食べたら帰る事にしていた事もあり、その前に出来る限りの事をと思って働いていたのである。

 

 買ったたい焼きをテーブルの上へ置き、お茶を用意して準備万端とばかりに仁志の帰りを待つ響達。その様子はまるで父親の帰りを待つ娘達のようだった。

 

「……遅いね」

 

 だがそこから十分経っても仁志が戻ってこないのである。駐車場から仁志の家まで精々かかっても十五分程度。もう帰宅していないとおかしいと、そう思って響が漏らした呟きに未来達も無言で頷いた。

 連絡しようにも今の響達は上位世界のスマートフォンを持っていない。ただただ待つしかない中、さすがに三十分が経過した辺りで響が立ち上がった。

 

「私、ちょっと見て」

「ただいま~」

 

 響が動き出そうとしたのを合図にするように聞こえた声に五人が一斉に動き出した。

 

「「「「「只野(仁志)さんっ!」」」」」

「ただいま。いやぁ、ごめんな。実は駐車場からこっちへ向かう途中で前住んでたアパートの大家さんと会ってね。ついつい話し込んじゃったんだ。心配させて申し訳ない」

 

 靴を脱ぎながらの説明に響達は安堵するように息を吐いた。いくらノイズや錬金術師などがいないとはいえ、それ以外の日常的に潜む脅威は存在しているのだ。しかもそれらから身を守れる程の力は仁志にはない。

 

「本当に心配したんですからね?」

「ごめんごめん」

「ビッキーなんてもう探しに行くとこだったしね」

「そうそう。只野さん、ちょっと気を付けてくださいよ?」

「うん、今度からはそうする」

「さぁ、とりあえず手を洗ってきてください。たい焼きを食べましょう」

「響は座って待ってようね。まだ食べちゃダメだよ?」

「言われなくても分かってるよ。もうっ、未来ってば……」

「ははっ、じゃあ急いで手を洗って来るよ。響のためにも、ね」

「仁志さんっ!」

「「「「あはは(ふふ)っ」」」」

 

 明るく楽しげな笑い声を聞きながら仁志は洗面所へと向かい、響はやや拗ねた表情で椅子へと座る。

 

 その後、三種類のたい焼きを笑顔で食べ終えた響達と共に仁志はギャラルホルン前まで同行し、彼女達と別れた後でそのままヒビキ達の世界へ向かうと風鳴司令とテスラへ弓美達用に三つのエレクライトを作ってくれるように頼んだ。

 

 しかもその際に依り代を彼らへ手渡し、その技術も利用出来るのならして欲しいとまで付け加えて。

 

「依頼料みたいなもんだと思ってください。三日ぐらいしたら取りに来ます。それで足りませんか?」

「三日、か。私はそれで構わないが……」

 

 差し出された依り代を眺めテスラはそう言うと視線を風鳴司令へ向ける。彼は神妙な表情で依り代を見つめていた。

 

「ダメですかね、やっぱり」

「……ノイズを撃退出来る術を、他の世界がこれから作り出したというのは本当か?」

「あ、みたいです。セレナや奏の世界はそれで二人の外出や外泊を許可出来るまでになりましたし」

「そうか。分かった。ならば対価としては十分だ。シンフォギアの仕組みを組み込んだエレクライトの件、たしかに引き受けた。テスラ君、頼めるな?」

「こちらとしても、未知の技術を応用しこれまでにないエレクライトを作るのは楽しみでもある。異論はない」

 

 こうしてテスラ達によって弓美達用のエレクライトが開発される事となる。ちなみにそのデザインに関しては、仁志が“戦姫咆哮ギアヴァラヌスZX”の公式に挙げられたそれぞれのギアデザイン画を見せる事で解決され、出来上がりは“メックヴァラヌス”に近しい物となる事が確定した。

 

「テスラ様、最近楽しそう」

「スターリットもご機嫌だよな。まぁ、そっちは何でかが分かり易いけどよ」

「色々新しい事をやってるからなんだっけ。司令が上手くいけばわたし達の負担が減らせるって言ってた」

「あの依り代を分析してノイズ撃退に役立てるそうだ。別の世界では既に実用化されているらしい」

 

 すっかりチームとなった四人は、トレーニング終わりのシャワールームで汗を流しながら何気ない会話を交わす。ララは汗を掻く訳ではないのでシャワーを浴びる必要はないのだが、スターリットから「これからはヒビキ達とチームでもあるんだから、ララには必要ない事でも可能な限りヒビキ達と同じ事をしてみて」と言われたためである。

 

 余談ではあるが、それを知ったテスラはララへ「防水加工などは完璧だ」と言って安心させようとしたが、それをララから聞いたスターリットが「心配するのはそういう事じゃないのに……」と苦笑したとか。

 

 後日奏の手によってノイズキャンセラーのデータがテスラ達に届けられ、更なる改良が加えられる事となるのだが、それは今回は関係ないので詳しくは語らない。

 

 さて、遂にデビューとなったスイーツパラダイスだったが、その評価は今一つというものだった。

 

「……可愛いけどそれだけ、かぁ」

「歌も上手い方だけど特に引かれるものがない、ねぇ……」

「今後に期待、ですか。中々厳しいですわね」

 

 学院も卒業近くとなったため自主登校で良くなった事もあってか、弓美達は早速数日後には仁志の世界を訪れていた。その腕にはそれぞれゲートリンクが装着されている。これも三人をいずれ装者に近い立場とするという弦十郎からの無言のメッセージであった。

 ただしそれに気付いたのは今のところ少数だ。とはいえそれでいいのだろう。何せ弓美達は秘密の切り札。その事を知る者は少なければ少ない程いいのだから。

 

 そんな事を今は知らない弓美達は自分達の動画に着いたコメントを読んでいき、それが終わると揃って微妙な表情を浮かべていた。

 

「概ね好評ではあるけど……」

「それも手放しでって感じじゃないよね……」

「一体何がいけないのでしょうか……」

 

 高評価の数が低評価を完全に上回っているものの、コメント内容はいまいちとしか言いようがないために三人は素直に喜べないでいた。そんな彼女達へ仁志は笑みを浮かべてこう告げるのだ。

 

「出だしから順風満帆だった翼達がおかしいんだよ。むしろプロでやってる翼達と君達が同じような評価を受けない辺り、与えられた評価は市場の妥当なものだと思わないと。しかもそれで叩かれるんじゃなくてまあまあなら御の字だ。いきなり高いハードルを設定されないだけ良しと思った方がいいよ」

「それはその通りなんですけど……」

「やっぱどっかで甘く考えてたなぁ」

「でも、只野さんの言う通りです。ここから頑張れば私達は評価を上げていけます。そう考えればこのスタートはナイスです」

 

 前向きな詩織の言葉に弓美と創世も小さく頷き、スイーツパラダイスは次なる動きをどうするかを話し合い始める。その横では響と未来が自分達の動画へのコメントなどを読んでいた。

 

「あっ、未来未来、前よりも可愛くなった気がするだって」

「……ホントだ。何でだろう?」

「やっぱりアレじゃない?」

「…………かも」

 

 響の口にした“アレ”の意味を悟り、未来は少しだけ赤い顔をして仁志を一瞬だけ見る。彼は無料の求人誌を眺めていた。その横顔はどこか真剣なもので、それに未来の心は高鳴った。

 

(只野さん、もしかして本当に転職を考えてる? ……やっぱりあの調ちゃんへの言葉はそういう事なんだ……)

 

 コンビニ店長はスーパーの店長とは違って実態はバイトリーダーに近いものだ。権限はあるが、それも内容によっては上層部やオーナーの許可がいるし、そもそも社員でさえない。福利厚生や待遇などは比べるまでもなくスーパーの社員の方が上である。

 

 未来もそこまでは知らずとも、バイトと社員ならバイト寄りだとは感じていた。だからこそ仁志が現状を打破するには転職を考える事はよく分かったのである。

 

「只野さ~ん、ちょっといいですか?」

「ん?」

 

 手にしていた求人誌を下に置き、仁志は弓美達の方へ顔を向ける。もうその表情は先程までの真剣さが失せて普段の彼のものとなっていた。

 

「やっぱりオリジナル楽曲っていうか、あたし達だけの歌が欲しいんです。でも……」

「さすがに作曲とかまではアタシ達も手が出せないんで」

「何か良い方法はないんでしょうか?」

「あー、それについてはちょっと考えがあるんだ。だから待ってて欲しい」

「「「考え?」」」

 

 意味ありげな笑みを浮かべる仁志に弓美達三人が首を傾げる。だが仁志はプロデューサーのようなものだ。その彼が待ってて欲しいと言った以上は弓美達はそれを信じて待つしかない。

 思いもしないだろう。まさか自分達のアイドルごっこのために彼が大掛かりな事をしているとは。だがそれも広い目で見れば全世界を守るための動きとも言える。だからこそ二つの世界は彼の発案に協力しているのだ。

 

 それから少しして五人は自分達の世界へと戻る。ただ、寮へ帰る途中で雨が降り出して五人の服を濡らした。そこで微かに透けて見えた響と未来の下着は、とても下着には思えないような南国模様であった。

 ただ、それに気付いたのは創世だけ。故にこっそりと尋ねたのだ。

 

――えっとさ、ビッキー、ヒナ、その下着ってホントに下着?

 

 その問いかけに二人は意味深な微笑みを返すのみ。それが何よりの答えだと創世は思い、そして赤面したと言う。

 

 それはつまり、本来二人が着けていた下着は脱いだと言う事であり、そうなればそれはどこでかは言うまでもないからだ。

 

「……響と未来の攻め方、凄いよなぁ」

 

 その頃、仁志は二組の下着を前に頭を抱えていた。可愛らしいピンクの上下と清純なホワイトの上下のそれは、響と未来が着けていた下着である。

 

――仁志さん、エッチ出来ない分、これで我慢してくださいね?

――エッチな本とか映像じゃなくて、私達の事で抜いてください。

 

 帰り際に囁きと共に手へ押し付けられた物がそれだった。ほんのりと温もりが残っていた事もあり、響達の姿が見えなくなった瞬間仁志が二階へ上がり自分を慰める事になったのは言うまでもない。

 

「…………早朝から二時間だけのバイト、探してみるか」

 

 休日や時間がどうなるか分からない転職ではなく、現状とそこまで変わらないWワークで様子を見ようと考える仁志。その裏には自分と関係を持つ女性達との交わりを無くしたくないという欲があった……。




上位世界では何と六期の製作が決まり、メックヴァラヌスが遂にアニメとなって動き出すようです。

……現実ではおそらく無理でしょう(汗


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

知り合い以上恋人未満

遂にスイパラ本格始動、な話。

……色んな意味で。


「それじゃ、教えた通りにやってみて」

 

 そう言うと板場さん達は小さく頷き、それぞれ腕に着けたリング状の物を口元へ近付けた。

 

「「「電装っ!」」」

 

 キーワードである“力ある言葉”が三人の口から発された瞬間、その体を紫電が包むように展開する。

 それはほぼ一瞬の出来事で、俺の目の前には赤、青、黄それぞれの色を基調として作られた新型エレクライトを纏う板場さん達が立っていた。

 

 ちなみに板場さんが赤、安藤さんが青、寺島さんが黄という、響風に言うならメックヴァラヌスと同じ配色だ。

 

「うわぁ……ホントにヒーローみたい……く~っ! 燃えるわっ!」

「はいはい落ち着きなって。でも、本当にこんな物もらっていいのかな?」

「構わないと思います。使用についても、司令さんがこちらでならいくらでも展開してくれていいと言ってましたし」

 

 興奮している板場さんとは違い、安藤さんはやはりまだ抵抗感があるようだ。寺島さんはそれに理解を示しつつも優しくその感覚を薄めてあげている。

 何というかよく出来た組み合わせだなぁ。平行世界でもトリオとして戦っていたのが納得出来るバランスだよ。

 

 俺がテスラさん達へ板場さん達用のエレクライト製作を頼んで既に一か月が経過していた。つまり一か月でテスラさん達は新型エレクライトを完成させた訳だ。

 それを早いと見るか妥当と見るかは人によって分かれるだろうけど、俺は正直早いと思った。まさか響達が卒業するまでに間に合うとは、ね。

 

 それと、起動プロセスは俺が趣味を加えて変えてもらった。スイッチオンじゃ変身感が薄いんだよ。キカイダーのようなアンドロイドならアリなんだけども……。

 

「只野さんっ! これであたし達も歌えるんですよねっ!」

「そのはずだよ」

 

 シンフォギアシステムの一部を組み込んだエレクライトが今三人が身に纏っている物だ。まぁフォルテちゃんやララちゃん、スターリットさんのにも組み込まれたらしいけど。

 

「じゃ、ちょっと試してみよっか?」

「ナイスです。試運転、みたいなものですね」

「それじゃ声量は控えめで頼むよ」

 

 俺の情けない言葉に三人は小さく苦笑しながら頷いてくれた。

 そして始まる三人の胸の歌……だったはずなんだけど……。

 

「……う、歌えない」

「だね。やっぱり感情が乗らないとダメなのかな?」

「かもしれません。こうなるとどうすればいいのでしょうか?」

 

 そう簡単には歌えず、三人揃って困惑顔。そこで揃ってこちらを見てくれるのはプロデューサーでもあるから、だろうか。

 

「そうだね……よし、まずは一人ずつ歌ってみようか」

「「「一人ずつ?」」」

「そう。今の板場さんの素直な気持ちと安藤さんや寺島さんのそれはまったく同じじゃないはずだ。それでいきなり合わせて歌うのは難しいと思うんだよ。だから、最初は個別に挑戦だ」

「「「なるほど……」」」

 

 こちらの意見に納得してくれたらしく、三人はふんふんと頷いた。

 で、そうと決まればと切り込み隊長はやはり板場さん。

 

「ユミ、リラックスだよ」

「今の気持ちを素直に歌えばいいんですわ」

「わ、分かってるってば。そう言われると余計緊張するのよ」

 

 すっかり観客気分となった二人に板場さんがやり難そうな顔をする。まぁ気持ちは分かる。でもこんな事で乱されるようじゃこれから先が不安だ。

 

「板場さん、周囲の事は一旦忘れてくれていい。今は自分の心に正直になってみて」

「自分の心に……正直に……か」

 

 小さくよしと呟いて頷き、板場さんは深呼吸一つする。するとエレクライトから音楽が流れ始めた。

 思わず俺も安藤さんや寺島さんも息を呑む。その音楽は意外と言ったら怒られるかもしれないが、板場さんにしては静かなものだった。

 

「……小さな一歩だとしても~」

 

 その出だしから一気に音楽が変わる。静かな雰囲気から激しさを感じさせるものへと。

 でも不思議なのがそれでも音量としては劇的な上がり方じゃない辺りか。これ、無意識に俺の家の防音性を考慮してくれてる気がするなぁ。

 

 こうして歌われた板場さんの胸の歌はある意味ヒーローソングだった。ちっぽけな力かもしれないけど、それで守れるものが、未来があるのなら勇気を持って踏み出そうって感じの、そういう歌だった。

 

「小さな一歩だとしても! 諦めない! それだけでいい! それで何かが変わるからっ!」

 

 見事なまでのヒーローソングだ。主題歌でもあり挿入歌でもありな感じがして燃える歌詞だし。

 

「……ど、どう?」

 

 音楽が止まると同時に板場さんが恥ずかしそうに問いかけてきた。その答えは……

 

「すごいよユミ。ユミらしいって感じした」

「はい。ナイスな歌でした」

「そ、そう?」

「ああ、良かったよ板場さん。君らしさが感じられた」

「そ、そっか。よし、じゃあ次はどっちよ?」

 

 嬉しそうに笑うと板場さんは安藤さんと寺島さんへ目を向ける。俺達の感想が好印象なものだったから一気にテンションが上がったらしい。

 そんな板場さんに親友二人が苦笑しつつならばと順番を相談し始めた。そんな様子を見た板場さんがこちらへちょこちょこと近付いてきて……

 

「只野さん、出来ればなんですけど」

「カラオケ、だろ? ついでに動画も撮ろうか」

「さっすが分かってる。いつならいいですか?」

「そうだなぁ……」

 

 卒業間近の彼女達はある意味でフットワークが軽い。登校も自主登校で、既に受験も終えているためだ。

 そうそう。響と未来は進路を異なるものへ決めた。響はそのまま装者として自由に動けるようにS.O.N.G職員へ、未来は短大生となるそうだ。

 板場さん達にはまだ聞いてないけど、おそらくバラバラになるんじゃないかと思う。

 

 そんな事を考えながら板場さんと打ち合わせていると……

 

「じゃ、次はあたしが行かせてもらうよ」

 

 安藤さんがその胸の歌を披露しようとしていた。

 ならば当然俺と板場さんもそれを聞こうと意識を切り換え、打ち合わせは一時中断。

 

 やがて音楽が流れ始める。それは明るい印象を受けるものだ。

 

「楽しい時間は早く過ぎるって言うけど、だからって早過ぎじゃない?」

 

 板場さんがヒーローソングっぽいなら、安藤さんのは青春ソング、だろうか。

 彼女の歌は終わりが見えている学院生活への想いを歌ったものだった。

 それでも湿っぽさはなく、明るく少し切ないそれはどことなく安藤さんらしい気がした。

 

「ゼッタイ“さよなら”なんて言うもんか。“じゃあね”だって言う気はないよ。いつだって、どんな時だって、あたしが言うのは“またね”一択なんだから」

 

 ……寂しい学生生活を送った身としては色々複雑になる歌だなぁ。

 

「創世さん、とってもいい歌です……」

「……そうね。胸にくるものがあったわ」

「や、やだなぁ。二人して止めてよ。目、潤んでるって」

 

 照れくさそうな安藤さんだが、そんな彼女の瞳も潤んでいる。本当に響と未来とは違う形で彼女達も仲が深いようだ。

 この三人での時間が安藤さんにとっては安らぎであり、時に苛立ちでもあり、色々なものをくれるかけがえのないものなんだろう。

 

「で、では、私ですね」

 

 そして最後のトリを飾るのは当然寺島さんだ。

 若干潤んだ瞳のままで立ち上がると安藤さんと位置を交代して、彼女は一度だけ深呼吸をした。

 

 で、何故か一瞬だけ目があった、気がした。そして何故か寺島さんが少しだけ頬を赤らめた。

 それを合図にするかのように流れ出す音楽は、心が弾むようなそんな印象のものだった。

 

「これは一体何なのでしょうか? 自分の心が分かりません」

 

 その出だしは、何となくラブソングっぽいなと思った。好きな男か気になる男でも出来たんだろう。

 まぁ、彼女は俺と響達の事を不完全ながら知っている。それもあって俺の事を見たのかもしれない。自分の気になる相手は俺みたいな奴でないようにって。

 

 三人の中では一番異性を強く意識させられた寺島さんらしい歌と、そう言えなくもないな。

 そんな風に思いながら俺は視線を落ち着きなく彷徨わせる寺島さんに笑みを浮かべた。

 

「あの子へ微笑む貴方を見てると不思議な気持ちになるんです。彼女と寄り添う貴方を見てると不思議な気持ちになるんです。だけど一番不思議なのは、そんな事に気付く自分だったりするんです」

 

 ラブソングのような、そうじゃないような、でも甘酸っぱさのようなものを感じる歌だなぁ。

 何というか、相手に好意を持ってるのに自分が気付いてないみたいな歌だし。

 

 ……いや、この場合は関心、が一番近いんだろうか。とにかく意識しているのは間違いない。それがどういう意味なのかが自分では分からないってところだろうな。

 

「テラジ、乙女だねぇ……」

「よねぇ。あれ、完全に揺れる乙女の歌じゃない」

 

 親友二人の感想は俺よりもきっと寺島さんの心境を言い当てているような気がする。

 乙女ってところは全力で肯定するけども。

 

「いかが、でした?」

「いや、三者三様で非常にいいと思うよ」

 

 恐る恐るといった感じの寺島さんへそう返して、俺は視線を板場さんや安藤さんへ向けた。

 

「な?」

「ですね。じゃ、この調子で三人曲に再挑戦、する?」

「いいわね。今ならやれそうな気がするわ」

 

 一度歌った事で二人の中で何か動き出したのか、安藤さんも板場さんも乗り気となって寺島さんへ視線を向けた。それを受けて寺島さんは……

 

「ナイスです! 私も同じ事を思ってました!」

 

 と、とてもいい笑顔で応えた。こうして三人はもう一度スイーツパラダイスとしての歌へ挑戦する事となった。

 なので俺からも一つだけアドバイスをする事に。何て事はない。シンフォギアを見ていたからこその簡単なものだ。

 

「三人共、今度は手を繋いでみたらどうかな? 響達もそうする事で胸の歌を共鳴させた事があるんだ」

「「「手を……」」」

「そう。板場さんを中心に、がいいかな? スイパラのリーダーは板場さんだし」

「あ、あたしがリーダー?」

 

 突然の指名に驚く板場さんだが他の二人は驚きもなくむしろ納得するように頷いていた。

 

「適任だと思うよ。君達三人でいる時は基本板場さんが行動を起こすしさ」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

「いいじゃん。ユミ、やりなよ」

「そうです。この中だと一番弓美さんがリーダーシップに溢れていますわ」

「そ、そう?」

「「うん(はい)」」

 

 まだ不安げな板場さんを勇気づけるように答える安藤さんと寺島さん。本当にいいチームだ。

 リーダーのレッドをブルーとイエローがしっかり支えるなんて……まるでレスキューポリスみたいだなぁ。

 

 とにかくこれで板場さんも腹が決まったのか堂々とした雰囲気で中央に立ち、安藤さんと寺島さんと手を繋いだ。

 

「いい? いくわよ?」

「オッケー」

「はい」

 

 揃って深呼吸をするスイパラ。凄いな、もうシンクロし出してるのか?

 すると三人の身に纏っているエレクライトから音楽が流れ出す。これは……本当に出来るのか?

 

「「「Takeoff」」」

「おおっ!」

 

 三人の声と共に音楽が変化する。これはあの曲じゃないか!

 Girls Take off!! 三人に歌詞を考えてもらったアレだっ!

 

 そこからは、まるでライブのようだった。最初の躓きはどこへやら。スイパラの三人は見事なまでのパフォーマンスを発揮し、その輝きはドライディーヴァとはまた異なる眩しさだった。

 歌い終わった後、しばらく三人して放心状態となっていたが、やがてジワジワと実感がわいてきたのか三人して喜び合ってはしゃぐ様はいかにも学生、いや青春って感じがした。

 

 こうして俺は三人を連れてカラオケへ向かう事に。今の感じを忘れない内にと思ったのもあるし、何より俺が本気でのスイパラを見たいと思ったからだ。

 

 到着したカラオケで再度エレクライトを展開してもらい、もう一度今度は全力での歌唱をやってもらった。

 

 で、その動画や個人曲を上げて反応を待つ間、板場さんに頼まれてヒーローソング(しかも映像付き)を歌ったりしたけれど、その後は当然ながら説明や解説を求められた。それも主に板場さんに。

 

「えっ!? べ、ベルトが喋る、んですか?」

「というよりは音声ギミックが絶対になった感じ。まだクウガやアギトは従来のライダーベルトに近い感じだったんだけど、龍騎やファイズで音声ギミックがウケてね」

 

 ライダーは映像としてはクウガしか知らない板場さん達。だからかドライブのOPを歌った際に俺が言った決め台詞“Start your Engine”というものはどういう事だと聞かれての答えに驚いたらしい。

 

「へぇ、でもその方がなりきり度は高いかも」

「ですね。おもちゃとしてもその方が売れると思います」

「そ、そうだけど……」

「元々ライダーベルトはなり切り道具だからね。在り方としては正しいとは思うよ。でも、さすがにちょっと喋り過ぎが過ぎるとは思うけど」

 

 特にウィザードやゴーストは待機中さえも喋るから煩いの何の。個人的にせめてそこは音だけで声はなしにして欲しかった。

 

「でもドライブ、かぁ。見た感じライダーっぽくなかったけど必殺技はちゃんとキックだったのはらしいよね」

「そうね。それにあのトリプルキックはカッコ良かったしっ!」

「只野さん、あれもクウガと同じでライダーの方は重たい宿命を背負うんでしょうか?」

「え? あ~……」

 

 正直平成一期のクウガと二期のドライブではライダーというものの定義自体が異なるからな。

 

「えっと、響達にも軽く言ったんだけど……」

 

 平成一期は主に人間が人外へ近付いていく感じで、二期は人間が人外の力をどう使うかを主軸にしている。そう教えると板場さん達が理解したように声を漏らした。

 

 と、そこで教えられたのは三人が仮面ライダーSPIRITSを読んでいるという事。

 だから余計に俺の話を聞いて色々と感じる事があったらしい。

 

「悲哀のヒーローって感じだったのに……」

「時代が変わったって、そう言っちゃうとそこまでだけど……ねぇ」

「で、でもそれでも悩みなどと無縁ではないはずです。そこはどうなんですか?」

「そこは大丈夫。ちゃんとそれぞれ悩む姿や苦しむ事はある。ヒーローとしてだけじゃなく、人としてもね」

 

 そう告げると板場さんが安心するように息を吐いた。まぁヒーロー物の醍醐味みたいなところだもんなぁ。

 

「っと、そろそろコメントとかある程度付いた頃だろうし、見てみようか」

 

 話題と空気を変えるようにそう言って俺はスマホを操作する。板場さん達も俺の周囲へ近寄り、ふわりと良い匂いが俺の鼻腔をくすぐった。

 

 まずは先にアップした個人曲。最初は板場さん。

 

「……あっ! 高評価多い!」

「コメントも良い感じだよ。一気に変わったって」

「弓美さん、やりましたね!」

「ま、まぁこんなもんよ! でも、やっぱこれの、ツインテクターのおかげかな?」

「「「ツインテクター?」」」

 

 聞き慣れない単語に俺だけじゃなく安藤さんと寺島さんも反応した。

 ツインテクターって事は……きっとツインとプロテクターの合成語だよな? じゃ……あぁ。

 

「シンフォギアとエレクライトの合わせ技で出来たプロテクターでツインテクターか」

「さっすが只野さん! そうっ! この新型はツインテクターって名前にしたのっ!」

「「ユミ(弓美さん)らしい……」」

 

 俺の言葉を板場さんが元気よく肯定するのを見て安藤さんと寺島さんが苦笑する。

 でも、うん。悪くない名称だ。シンフォギアとエレクライトの融合である新型には相応しいかもしれない。

 

「板場さん、それもらってもいいかな?」

「へ?」

「開発者のテスラさんや弦十郎さん達へその新型の正式名称として提案したいんだ。呼び方も新型じゃかっこ付かないし、何より分かり易くて意味合いとしてもバッチリだと思うから」

 

 その言葉に板場さんの目が見開いた。

 

「ええっ!? そ、それはちょっとさすがに」

「いやいや、これ以上ないってぐらいの意味合いだよ。シンフォギアとエレクライトの両方の特性を有した鎧。だからツインテクター。きっとテスラさんやスターリットさんも納得してくれるさ」

 

 心の底から太鼓判を押す。そして願わくばこれも平和を、みんなの笑顔を守る力であり続けてくれる事を。

 

 その想いも伝えると、板場さんは照れくさそうに、でも仕方ないって感じで了承してくれた。

 ちなみにツインテクターという名称は特に反対もなく受け入れられ、新型エレクライトの正式名称となった事を追記する。

 

 

 

「……只野さん、か」

 

 ポツリと呟く。あの後カラオケでまた新しい三人曲を歌って、それの評価やコメントがある程度出るまで四人で楽しんでから帰ってきて、あたし達は寮へと戻った。

 

 勿論その前に一度最後の曲である“友達以上ヒーロー未満”への反応を見て、だけどね。

 おかげで創世も詩織も結構興奮してたけど、あたしはもっとだった。それはかなりの高評価を受けたのが原因。それまでのマリアさん達とは違った雰囲気の歌詞だったのも大きかったみたいで、良い意味であたし達スイパラは今後に期待される事になったし。

 

 で、そんなあたし達へプロデューサー的存在の只野さんがこう言ってくれた。

 

――三人共、あまり周囲の評価や意見を気にしなくていいよ。これは君達が楽しむためにやってる事なんだ。だから、まずは自分達が楽しいって思える事を目指してごらん。

 

 あの言葉に、あたしは思わず胸を押さえた。忘れそうになってた事を、ちゃんとしっかり教えてくれたからだ。

 

 アイドルっぽい事がしたい。そんな軽い気持ちで始めた事だけど、動画を上げて、コメントとかもらって、ツインテクターまで用意してもらって、気付いたら大事みたいになってきて、だからこそ只野さんはあたし達へちゃんと言ってくれた。

 

 これは、遊びみたいなものだからって。真剣になってもいいけど気にし過ぎちゃダメだって。

 

「…………大人、だなぁ」

 

 普段は情けないとこもあるのに、あーいう風に大人を出来るってヤバい。響達が好きになって、え、エッチまでしちゃう理由分かったわ。

 

「創世も似た事言ってたし……」

 

 そう、創世も部屋に帰ってきてから呟いてた。

 

――参っちゃうなぁ……。あれが只野さんの大人の顔、かぁ。

 

 優しくて情けない感じもするのに、いざとなると頼もしくておっきい感じがする人。

 それだけじゃない。あたしの趣味に理解や同調をしてくれて、あったかく包んでくれたりもする。

 

 ……うん、不味い。これ、あたしも完全意識しちゃってる。

 

 で、でもでも仕方ないじゃない! 相手は大人で、あたしと趣味を同じくする人で、それで優しくて頼りになるんだから!

 

「………………只野さん、か」

 

 四人もの女の子を相手に隠す事無く交際して、なのにあんなに慕われてる。それって、只野さんの人柄? それとも……え、エッチがスゴイ、とか?

 

「ぁ……」

 

 お腹の下辺りがムズムズし出した。これは、不味いやつだ。

 あの夜から覚えてしまったいけない遊び。それをしたいって体が言い出したって事だから。

 ダメだって、そう分かってるのに勝手に手があそこへ伸びてく。そっと割れ目になっている部分をなぞるように指で触るだけで……っ。

 

「んっ……」

 

 響達が話してた事を思い出しながらあたしは体の欲求に素直に従った。もう、本当にダメかも。あたし、いつからこんなにエッチな子になったかな。

 

「……っはぁ……んんっ」

 

 出来るだけ声を押し殺しながらあたしは快楽を味わう。火照りだした体と頭のまま、ぼんやりと気になりだしてる大人の男性を思い浮かべて……。

 

 

 

 中々寝付けないなぁ。そう思ってたら微かに聞こえてくる押し殺した声に気付いた。

 しかも、それはユミのだ。で、間違いなくああいう事してるって感じの声。

 

「……マズイなぁ」

 

 こっちもそれにあてられて疼き出してるのが分かる。あの夜に久々にしちゃった一人エッチは、あっさりとあたしの中にあったそれへの忌避感や嫌悪感を粉々に砕いてしまった。

 それどころか、それがもっていた快感や中毒性をこれでもかとばかりに味わわせてきたんだ。おかげですっかりエロエロな女子高生になってしまったんだけどさ。

 

「うぁ……もうこんなに……」

 

 そっと確かめれば指に感じる熱と滑り。あたしの体が発情してる証拠だ。

 う~っ、これって鎮めないと寝れないんだよねぇ。でも、ユミやテラジがいる場所で出来る程あたしはぶっとんでないし……。

 

「……仕方ない」

 

 出来るだけ静かにベッドから離れて移動する。向かう先はトイレ、ではなくてバスルーム。

 トイレだと誰か来る可能性がゼロじゃないけどバスルームならそれはないからだ。

 

 ……一人エッチ終わった後のユミが来るかもしれないって、そう気付いたのはパジャマを脱いで浴室に入った直後だったけど、ね。

 

「それにしても……」

 

 思い出すのは最後に聞こえたユミの呟き。

 

「只野さんの名前、呼んでたよね……」

 

 無理もない、かも。あたし達の通うリディアンは女子校で、教員から用務員さんまで女性だ。

 そんな中で出会った年上の男性。しかも特別カッコイイとか凄いとかじゃなく、どこにでもいそうな感じの優しい人だ。

 けど、そんな人がビッキー達四人とエッチしてて、しかもそれを四人が嫌がってないなんてとんでもを成し遂げてるんだから人って分からない。

 

 で、ユミは趣味が通じるからかどんどんあの人に惹かれていってるし、テラジはテラジで変に意識してるっぽい。

 

「そしてそれはあたしも、か……」

 

 親戚のお兄さんって辺りが妥当かなって思ってたのに、あの夜、あの人の隠された男の顔を知ってあたしの中で印象が変わった。

 つまりあの人は、いざとなるとどこまでも男らしくなるんだって分かったから。それは良くも悪くもだって事も。

 何せビッキーとヒナの二人と、ねぇ。それだけじゃなくて切歌ちゃんや調ちゃんも、だし。それなのに四人が只野さんを好きなままなのって……

 

「え、エッチが上手、だからかな?」

 

 正直想像も出来ないんだよね。あの夜に聞いただけじゃどういう風になるのか、とか、どんな感じなのか、とかはさ。

 

 正直エッチに興味はある。もっと言えば複数の相手とそういう事してる只野さんに。

 何でもそうだけど経験値って重要だもんねぇ。それと、ビッキー達を見てればエッチが悪いものじゃないってのはすぐ分かるし。

 

 休み明けとか、あるいは平日でも朝から機嫌が良い時は、ビッキーはそういう事してきたんだろうなってぐらいに幸せオーラ出してるから。

 

「……おちんちん、大きいらしいし」

 

 一度だけ興味本位でビッキーに聞いた事がある。ヒナだとこっちがからかわれる気がしたからだけど、ある意味ビッキーに聞いて失敗したとも思った。

 

――ええっ!? え、えっと……た、多分だけど、大きい方、だと思う、よ?

 

 そう言ってビッキーは手で大きさが分かるようにこれぐらいってやったんだよね。

 おかげでそれ以来あたしの中で勝手に只野さんのおちんちんを仮想して一人エッチするようになっちゃった。

 

 ヤバイんだよね、あれ。おちんちん想像してする一人エッチ。

 最近じゃ想像の中で、あたし、本当のエッチしちゃってるから。

 

「んっ……うわ、すご……」

 

 自分で軽く触れるだけで分かる興奮状態。何というか、どんどん深みにはまってるような気がしないでもない。

 ユミは趣味が合うからってのがあるから分かる。でも、あたしは何でだろう? そう考えると浮かぶのはあの夜に見たビッキーやヒナの顔。

 

「そっか……。あたしもあんな顔になれるか試したいんだ……」

 

 エッチな事を話してるのに、どこか幸せそうな顔をしてた二人。学院で軽く只野さんとの事を聞くだけで笑顔が深くなる二人。

 そんな風に自分もなるのか。ううん、ならせてくれるのか気になってるんだ。エッチってどんなものか知りたいんだ。

 

「あっ……ヤバっ……想像するだけで……もう……っ」

 

 大きなおちんちんで貫かれる自分を想像するだけで気持ち良くなるあたしがいる。

 だって、その相手は絶対あの優しい笑顔であたしを見つめてくるからだ。

 

――可愛いよ安藤さん。

 

 ああっ、絶対言ってくる。そこで名前じゃない辺りが本当にらしい。

 

「んんっ。た、只野さん……っ♡」

 

 ユミの真似をして只野さんの事を呼んでみると、それだけで何だか気持ち良さが増した、気がした。

 理由はきっと頭の中で相手が明確になったからだ。一回りも年上の、知り合いってレベルを超えた男性。その性格や言動もある程度把握しちゃったからこそ、あたしの中で具体的に、リアルな只野さんが想像出来ちゃうからだ。

 

――安藤さんはむっつりスケベだな。こんなに濡れてるよ?

「やだぁ……むっつりなんかじゃないからぁ」

――いやいや、こんなにしといてよく言うね。ここにおちんちん欲しいんだろ?

「そ、そんな事っ……ない……っ」

 

 勝手にあたしの中の只野さんがエッチな事を言ってくる。その度にあたしの手が気持ち良くなろうとして動いてそれを後押しする。

 

 あぁ、本物のおちんちんを入れたらどうなるんだろう……? 最初は痛いって聞くけど、どんな感じなんだろうな……。

 

 そんな事を考えてるとこみ上げてくるあの感じ。あっ、これはイクやつだ。

 

「ああっ……~~~~~っ!!」

 

 プシャって音がして、あたしはその場に崩れ落ちるように座った。

 

 ……何か、ビッキー達の彼氏、奪った気分で微妙な気持ちだ。

 

「でも、現実だとあたしがきっと……」

 

 あの人にものにされる、んだろうな。だって相手は四人もの女子高生をエッチで夢中にさせてる人なんだから……。

 

 

 

「……弓美さんも創世さんもやはり」

 

 出来るだけ気配などを殺すようにベッドから出ていく弓美さんを見送り、私は小さく呟いた。

 あの夜、途中から小日向さん達の話を聞いてしまったお二人はすっかり自慰に目覚めてしまった。

 私は……その前からだったのでお二人の様子からすぐに察する事が出来てしまったのだ。

 

 創世さんはお風呂場で、弓美さんはこの後トイレで自慰行為をするはずだ。

 

「でもこれで……」

 

 お二人がいなくなった事で心置きなく私も自慰が出来ます。そう思った時には既に両手がパジャマの中へ滑り込んでいた。

 

 そのまま右手は下へ、左手は上へ移動し、それぞれの目的の場所へ到着するや優しくそこを刺激する。

 

「んっ♡」

 

 あぁ、すっかりアソコがトロトロになっていますわ。乳首もしっかりと硬くなっています。

 

「はぁぁ……早くセックスしてみたいですわぁ」

 

 お二人がいないからか少しだけ大きな声を出してしまいました。でも仕方ないのです。今の私はすっかりいけない子。ペニスを想像して自慰に耽るイヤラシイ娘なのですから。

 

「只野さんの大きくて立派なペニスで私を女にしてください……っ♡」

 

 あの夜聞いてしまった装者の方達の淫らな告白。マリアさんや翼さんさえも性欲の虜としてしまった只野さん。そのペニスはとても立派でした。

 優しく、穏やかで、少年のように笑い、大人としての凛々しさも持つ、そんな男性。しかも複数の女性を受け止め、その関係を隠さず受け入れさせてしまっている器の大きさ。

 

「私も……私も抱いてくれるでしょうか? 女の喜びを教えてくれるでしょうか?」

 

 何も私は立花さん達のようになろうとは思いません。ただ経験したいのです。男性を、セックスを、その快楽を。

 

「まさか私にこんな面があるなんて……」

 

 自分でも知りませんでした。まさかこんなにイヤラシイ顔が眠っているなんて。

 でも仕方ないじゃありませんか。初めて見た性行為が複数でのもので、それも誰もが幸せそうにしていたんですから。

 

 あんな風になりたい、と、そう思ってしまっても仕方ないじゃないですか。

 

「……や、やっぱり普段何か抑圧しているものがあるんでしょうか?」

 

 無意識の内に性欲を抑え込んでいたのかもしれません。それがあれを切っ掛けに噴き出した。いえ、目覚めてしまったと表現した方がいいかもしれませんね。

 とにかく、今の私はあの光景を見る前の私とは別人と言ってもいいです。けれど、それも元々私が持っていた一面ならば受け入れていくだけですわ。

 

 ……きっと、きっとこういう風に立花さん達も現状を受け入れたんですね。それ程までに只野さんの事を慕い、想い、寄り添いたいと。

 

「立花さん達を装者から、シンフォギアから解放したい。それが只野さんの願いであり目標ですもの」

 

 それが根底にあるから立花さん達は只野さんに惹かれていったのでは? 自分達を一般人へ戻したいと、戦いなんてものと無縁にしたいと、そう心から願い、目指す人だから所謂ハーレム状態を許容している気がします。

 

「だから私達の事だって……」

 

 思い出すのは今日の事。思っていた以上の評価と期待に興奮しどうしようとなっていた私達へ只野さんが言ってくれた言葉。

 

――これからどうするかは三人で考えてくれていいよ。俺はそれを聞いて助言とかをさせてもらうから。主体は君達で、俺はそれを支える。やりたい事はまず口にしてくれていいからさ。実現出来るか否かは度外視で考えてごらん。

 

 本当に、あの人は大人ですわ。私達が好きにしていいと改めて言葉にしてくれ、更に実現困難な事でも言って欲しいと言ってくれた。

 

 私達はマリアさん達のように必要に迫られての行動ではありません。だから只野さんもそこを考えて色々と心を配ってくれているはず。

 それがあのツインテクターと弓美さんが名付けた物だったり、あるいは今日の言葉だったりなんでしょう。

 

「……惚れて、しまったんでしょうか……?」

 

 そっと胸へ手を当てて呟く。私達の周囲には異性が少ない。学院は皆無ですし、所謂ナンパというものもされた事がありません。

 精々が自分達の家族や親戚ぐらいで、まったくの他人で異性と触れ合う事など本当にない。だから、という訳ではありませんが只野さんの事を意識してしまうのは自然な流れでした。

 

 で、でも、やっぱり一番はあの行為を見てしまった事でしょうね。あの雄々しくて立派なペニスが今もはっきり思い出せますし。

 

「ぁ……」

 

 そんな事を考えたからまたアソコから愛液が流れ出してしまいました。

 もう本当に駄目みたいです。私は、思っていた以上に淫らな面を持っていたようですわ。

 

「……初めては痛いと聞きますし、経験豊富な方ならそれをどうにかする術もご存じのはずです。ならやはり……」

 

 頭の中で浮かび上がる淫らな計画。それを実行に移すにはどうすればいいかを考え、私はまずお風呂場へ向かう事にした。

 

「創世さんから説得出来れば……」

 

 おそらく弓美さんも創世さんもその性的欲求は強くなっているはず。なら、それをもう一押し出来れば……。

 

 

 

 時刻は午前七時を過ぎた辺り。勤務を終えて帰宅し一息ついた頃だった。そこでゲートリンクが微かに振動したのである。

 こんな時間に通信呼び出しの合図とは珍しいな。そんな事を思いながら俺はゲートリンクを口元へ寄せた。

 

「はい、こちら只野」

『あっ、只野さん。おはようございます。寺島です』

 

 相手はまさかの相手。まぁ個人でゲートリンクを所持しているのは装者の奏とセレナを除けばスイパラの三人なので当然ではあるんだが。

 

「ああ、おはよう寺島さん。どうかしたの?」

『その、直近の只野さんのお休みを教えていただきたくて』

「休み? それはいいけど何で?」

『え、えっと、スイパラ関係と思ってください』

 

 ふむ、今回の事で色々と彼女達の気持ちがノリに乗り始めたのかもしれないな。ならそれに水を差すのも悪いか。

 

「いいよ。一番近い休みは……」

 

 この時は思わなかった。まさか寺島さんが、いやあの三人がとんでもない事を胸に秘めてやってくるなんて……。




もうかなり前のアンケートになりますが、三人娘の今後について皆さんに意見を窺った事がありました。
その結果を踏まえてここまでやってきましたので、こうなります。

……ただこの続きがアチラになるかはまだ未定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三人娘(スイーツ)は食べられたい

スイパラVS只野、となるのでしょうか?


「いらっしゃい」

「「「お、お邪魔します」」」

 

 その日、勤務明けの俺の部屋に三人の来客があった。時刻は午前八時とそれなりに早い時間だが、俺からすれば仮眠を取っているはずの時間である。

 まぁ軽い打ち合わせのようなもので終わるだろうと思ったのでこうしたのだが、何故三人は妙に緊張しているのだろう? そんなに凄い提案をするつもりなんだろうか?

 

「適当に座ってくれていいよ。今お茶を」

「い、いえ、お構いなく」

「そ、そうそう。それよりも只野さんに相談したい事があるんです」

「相談?」

 

 動こうとした俺を寺島さんと安藤さんが制止するように声をかけてきた。

 相談、か。一体何だろう? スイパラ関係だとすれば……やっぱり今後の活動内容だろうなぁ。

 

「そ、そうなんです。え、えっと、只野さんにしか出来ない相談でっ!」

「うおっ!? そ、そう?」

 

 板場さんが勢い良く身を乗り出してきたものだがら驚いた。普段から元気っ子な感じだけど、今日はそれが過剰な気もする。

 

 とにかくそういう事ならばと、俺はソファに座った三人の向かい側に座布団を置いて腰かける。

 

 すると三人は妙にそわそわとし始め、互いの顔を見合ってひそひそと話を始めた。何というか微笑ましい。微かに漏れ聞こえる中に「誰が切り出す?」との言葉があったのもそれに拍車をかけた。

 

 そうやって二~三分は経過した辺りで三人がこちらへ向き直った。その表情は一様に緊張しているように見える。

 

「あの……」

「うん」

 

 まず口を開いたのは板場さん。だけどすぐに口を閉じてしまった。しかも俯いて。

 

「実はですね、あたし達を……えっと……」

「君達を?」

 

 それを見て安藤さんが言葉を紡ぐけど、そちらも結局は言い辛そうに横を向いてしまった。

 

 そんなにも言い辛い事なんだろうか。そう思っていると寺島さんが黙り込んでしまった二人を見て一度だけ深呼吸するのが見えた。

 

「抱いていただけませんか?」

「へ? 抱く?」

 

 抱いてって、それってハグの事だろうか?

 

「はい。その、性行為と言う意味ですわ」

「……は?」

 

 性行為って……

 

「ええっ!? し、しかも何で俺と?」

「実は弓美さんも創世さんも只野さんが立花さんや小日向さん以外の女性と関係を持っている事を知ってしまったのです」

「はぁっ?!」

 

 どういう事だよ。響と未来の事は気付かれても仕方ないと思ってたけど、何でそれ以外の事を板場さんと安藤さんが気付けるんだ?

 あの二人がその事を喋るとも思えないし、寺島さん以外の二人がいる時にそういう事をした事はないぞ。

 

「じ、実はぁ……」

「キネクリ先輩の誕生日会の夜に……」

 

 板場さんと安藤さんの話を聞いて俺は頭を抱えたくなった。

 何をやってんだよみんなは……。女性の方が性体験を話す事に抵抗ないって聞いた事あるけどホントなのか。それも、多分だけど割としっかり話してる気がするぞ、これ。

 

「……そ、それで、只野さんだったら安心かなぁって」

 

 黙り込んだ俺へ板場さんがそう告げたので思わず顔を向ける。そこには顔を赤くしながらこちらを見つめる板場さん達がいた。

 

「俺なら安心って……」

「そ、その、経験豊富だし?」

「ビッキーやヒナがすっかり夢中みたいだし?」

「そして、複数の女性と関係を持っている事をオープンにしても立花さん達と関係を持ち続けられている事。それが一番の大きな理由ですわ」

「だからって……」

 

 みんなは装者という特殊な立場とあの悪意との戦いで過ごした時間があったからこそ、俺と今のような状況を受け入れているし続けてもいける。

 だから、装者という存在を知ってるだけの一般人である板場さん達はそれとは同じにはならないしなれないと思うんだけど……。

 

「そ、それにあたし達スイーツパラダイスはアイドルだから恋愛禁止っ!」

「いやそんなルールはないよ?」

「か、体だけなら恋愛じゃないから」

「うん、そっちの方が不味くない?」

「只野さんから見て、私達は魅力がないでしょうか?」

「そういう事じゃないから」

 

 あー、これはあれだ。男で言えば早く童貞を卒業したいって気持ちが先走ってるようなもんだろう。

 彼女達はセックスってものへの興味が強くなってしまって、それを手早く、安全に且つ丁寧にしてくれる相手として俺を選んでくれたのだ。

 

 ……これを吉報と思うか凶報と思うかは微妙なとこだなぁ。

 

「とにかく、一度落ち着いて。君達の気持ちは分かったし理解も出来る。けど、男の初体験と違って女の子の初体験は早ければいいってもんじゃない。それに、君達はこっちではアイドルかもしれないが本来の場所ではそうじゃないだろ? ならちゃんと恋愛を」

「只野さんだから、私達はこんな事が言えるんですっ」

 

 その声は、何故かやけにハッキリと俺の耳へ届いて鼓膜を揺らした。

 視線を動かせば、寺島さんが恥ずかしそうに顔を赤めながらもこちらを見つめている。

 

「弓美さんも創世さんも只野さんだから経験してみたいと思えたんですっ。勿論私もですっ」

「寺島さん……」

「えっと、あたし達の周りってあまり男の人っていなくて、そんな中で只野さんとこうして仲良くなって……」

「最初こそ年上っぽくなくて付き合い易いなって、そう思ってました。でも、それは違うって段々感じてきたところに響達の事があって、完全に意識させられました。只野さんは大人で、男の人だって」

 

 安藤さんも板場さんも顔は赤いままだけど眼差しは真っ直ぐこちらを見つめていた。

 それはこれが単なる妥協じゃないと告げていた。俺がいいからこう言い出したのだと、そう強く訴えるような眼差しだったのだ。

 

「……ありがとう。君達の気持ちは本当に嬉しい」

 

 なら、俺もちゃんと向き合って応えよう。真剣な想いには真剣な答えを返すべきだと思うから。

 

「それでも、俺は響達を裏切れない。たった一度だろうが何度だろうが、彼女達が知らない女性関係を持つ事はしたくないんだ」

「「「っ」」」

 

 そう目を逸らす事無く言い切ると三人が同時に息を呑んだ。

 所謂ハーレムなんてものを許容してもらっているからこそ、俺は九人の女性を大事にしたい。他の女性からどれだけ言い寄られても、それを断り続ける事が出来ないようなら彼女達との関係は終わりにするべきだと思うし。

 

「だからすまない。この事は」

 

 諦めて欲しい。そう言おうとした瞬間だった。

 

「っと、ひっとしっさ~……ん?」

「あれ? 板場さん達がいる……」

 

 響と未来が現れたのだ。で、それに板場さん達が揃って気まずそうな顔をするもんだから二人の表情が不思議そうなものへと変わる。

 

「な、何だか歓迎されてない?」

「……だね」

 

 若干悲しげな響と困惑する未来へ、俺はさっきの事を下手に隠すよりも言うべきかと考えていると寺島さんが意を決した表情をしたと思った瞬間……

 

「実は、私達只野さんへ大人の女性にして欲しいと頼んでいたんです」

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

 見事に寺島さん以外の反応がかぶった。まさか自分の口で言うとは……。

 さすがの未来もその発言には驚いていたし、響は予想通り。ただ板場さんはともかく安藤さんもこういう時は普通の反応を見せるんだなとどこかで意外に感じたけど。

 

「ですが、只野さんはそれをやんわりと断りました。立花さん達の知らない女性関係を持つつもりはないと」

「仁志さん……」

「只野さんらしい……」

 

 こちらを嬉しそうに見てくる二人に妙な気恥ずかしさを感じて頬を掻く。俺としては当たり前の事だと思っているんだが、やはり受け取り手が変われば感想が変わるんだろうなぁ。

 

「ですからここでお二人に明かしました。それでもダメでしょうか?」

 

 まさかの考えが飛んできた。つまり先程の発言は諦めたのではなくむしろ実現へ向けての布石だったらしい。

 これには板場さんや安藤さんが絶句し、響が目を見開いた。でも未来だけは真剣な表情で寺島さんを見つめている。

 

「本気?」

「冗談で言える事ではありません」

「許可するとしても私と響だけじゃ不十分なんだけど?」

「だからこそ、まずはお二人の了解を得ておかねばいけませんわ」

「そう……。だって、どうする響?」

「うぇっ!?」

 

 突然のパスに乙女が出していい声じゃない声を上げる響。完全に油断してたなこれ。

 未来からのキラーパスを受けて響は僅かな間逡巡していたが、何かに気付いたように顔を動かしてって、思いっきりこっち見てるな。

 

「何?」

「えっと、仁志さんはどうしたいんですか?」

「俺?」

 

 正直言わせてもらえば、男としては当然三人といたしたいという気持ちはある。ただ人としてはやはり出来ないというのが本音だ。何せ彼女達は俺でなければいけない理由が弱すぎる。

 響達は装者という立場とそれぞれの抱えている過去や傷などがあり、それを俺が知っているというのが大きい。だが板場さん達はそれらがないからだ。

 

 なら、ちゃんと彼女達だけを見つめてくれる相手と巡り合い、寄り添っていける方がいいに決まってると思う。

 

 ……思うんだけども、それはあくまで俺の主観であり、本人達がそう思えないなら仕方ないとも思わないでもない。

 

「正直俺は現状でさえ容量オーバーだと思ってるからなぁ。実際しがないコンビニ店長が片手で足りない数の女性を囲うなんて論外だし」

「「え?」」

「ん? どうかした?」

 

 俺の言葉を聞いて板場さんと安藤さんが不思議そうな顔をした。で、何故か寺島さんが“しまった”みたいな顔をしてる。

 

「か、片手で足りないって……」

「ビッキーにヒナ、切歌ちゃんと調ちゃんの四人じゃないんですか?」

「…………あぁ、そういう事か」

 

 二人の聞き方と寺島さんの反応。それで俺はぼんやりと自分の失態を悟った。

 

「えっと、うん。実は俺、九人の装者全員と関係してるんだ」

「「「ええっ!?」」」

 

 今度は寺島さんまで驚いた。これはどうしてだ?

 

「あのぉ、仁志さん? 寺島さんはセレナちゃんの事は知らなかったんだと」

「あっ……」

 

 やらかし二回目。しかもかなりのものだ。いかんな、俺の悪いとこが出てる。

 まさかのセレナとそういう関係だと知って板場さん達がさすがに引いて……

 

「せ、セレナちゃんまでなんて……」

「ロリコン? いや、違うか。多分だけど只野さんの性格的に受け止めてあげただけだね」

「おそらくそうですわ。あの子もたった一人で装者をしていますし、色々と甘えられる相手が欲しかったのかと」

 

 ない? むしろ何だか深読みされてる。まぁセレナが俺に甘えてるのは事実だし、それを可能な限り受け止めてるのも本当だけども。

 

 まぁ、今はそれよりも、だ。

 

「で、そんな俺で本当にいいのかい? その、こう言いたくはないけど、響達はここで過ごした時間で俺との関係を深めて現状みたいになったんだ。君達はそうじゃないし、そもそもリディアンに入学してから異性と距離を取る形になっただけだろ? そんな中で視野が狭くなってると言えないかな?」

 

 出来るだけ優しく問いかける。三人の気持ちを否定したい訳じゃなくそれを見つめ直してみてと感じてもらえるように。

 

「それは……」

「ないとは、言えないかもしれないね……」

 

 板場さんと安藤さんは俺の言葉に複雑な顔を見せた。でも……

 

「そ、それはありません。少なくても、私は只野さんだから、いえ只野さんがいいんです」

「詩織……」

「テラジ、そこまでなんだ……」

 

 まさかの言葉だが俺にはその理由がおぼろげにだが察しがついた。何せ彼女は俺と響達学生組の5Pを見ている。つまり俺のモノもしっかり見ているのだ。

 

 ……ようするにモノの大きさが分からない相手よりも分かってる俺に抱かれたいって事だろうなぁ。俺のってそこまで小さくないけど大きいと胸を張れる訳じゃないんだが……。

 

 で、何で寺島さんの言葉を聞いて響と未来が小さく笑ったんだろう。若干怖いんだけども。

 

「そっか。寺島さんはそこまでなんだね」

「只野さん、どうしますか?」

「どうしますかって……」

 

 二人はそれでいいの? そう聞く事は出来なかった。何故ならそう聞いてきた時点で答えは明白だからだ。

 だからと言ってマリア達の事もある。大体二人が許可したからと言って寺島さんといきなり行為に及ぶなんて……なぁ。

 

「あっ、ねぇねぇ未来、ここはさ、ちゃんと板場さん達にアレ、見せてあげるべきじゃないかな?」

 

 俺が答えあぐねていると響がそんな事を言い出した。しかも小悪魔的な笑顔で、だ。

 あれってのは……行為だろうか? いや、モノの方かもしれない。

 

「そっか。だって板場さん達“は”ちゃんと見た事ないもんね」

「「ええっ!?」」

 

 板場さんと安藤さんが驚く中、寺島さんは驚く事もなくむしろ顔を紅潮させて目を見開いていた。

 

「あの、響? 未来? 一体何を考えて」

「あの夜、私達は仁志さんのアレを見て赤ちゃんの部屋がウズウズしたんです」

「それと同じ事が板場さん達にも起きれば只野さんも覚悟、決まりますよね?」

 

 告げられた言葉はある意味でとんでもなくエロい事だった。聞いていた板場さん達が赤面して黙ってしまうぐらいに。

 ただ、その反応から拒否感や嫌悪感のようなものは感じられないのが不思議だった。もしかして、本当にそういう事への興味が強くなっているんだろうか?

 

「だからってな、やっていい事と悪い事が」

「「即答出来なかった癖に……」」

 

 俺の反論はその拗ねるような一言で即座に潰されてしまった。たしかに答えあぐねた俺が悪いんだけども、だからってクラスメイトの仲良しトリオへ何て事をと思わない訳じゃない。

 だがしかし、残念ながら今の俺の言葉には二人を説得できる程の力がないのも事実。本当にみんなだけでいいと思っているのならさっき即答出来たはずなのだから。

 

 ……やっぱり人の欲望ってのは限りがないんだなと実感する。板場さん達とスケベ出来るけどどうするのと、そう響と未来に改めて問いかけられただけで少しとは言え揺らいだんだからなぁ。

 

「それで、どうする? 仁志さんの見てみる?」

「そ、それは……」

「興味、あるんでしょ?」

「まぁ……ないとは言えないけどさ……」

 

 想像以上に板場さんと安藤さんの反応が悪くない。えっと、やっぱり女の子にも男程じゃないけど性欲ってあるんだな。

 

「あのっ、只野さんっ」

「へ?」

 

 気付けば寺島さんが近くにいた。その表情は真剣だけど、どこか恥ずかしさのようなものが感じられる。

 

「わ、私、本当に貴方がいいんです。彼女にしてくださいなんて言いませんから、貴方の手で私を大人の女性にしてくださいっ」

「寺島さん……」

 

 どこかかつてのセレナに近しいものを感じる。何ていうか、どうしてもそういう事をしたいというような雰囲気だ。

 なら、俺が取るべき行動は決まってる。少なくても性的な行為じゃなく、焦りにも似た彼女の気持ちを静める事だ。

 

「寺島さん、ありがとう。君の気持ちは本当に嬉しい」

「只野さん……」

「だから……」

「え? あっ……」

 

 そっと寺島さんの体を優しく抱き締めると、その瞬間ふわりと香るイイ匂いに頬が緩む。寺島さんもやっぱ女の子だけあって柔らかいな。

 

「いきなりエロい事なんてしたくないし出来ないんだ。それとも、君はそういう方がいい?」

「でも、こうされてしまうと余計に」

「好きになっちゃう?」

「……はい」

「ならこう思えばいい。自分を抱き締めてる相手は複数の女性と関係している男だって」

「…………そんな方だからこそ、私は意識してしまったのかもしれません」

 

 そう言って寺島さんは小さく笑った。その声が俺のよく知る彼女のものだと分かり、内心安堵した。これで少しは焦りのようなものが薄れたと思えたからだ。

 

「テラジ、乙女の顔してる……」

「そうね……。て言うか只野さんの行動もマンガやアニメみたい……」

「仁志さんらしいけど……」

「あれ、逆効果じゃないかなぁ……」

 

 周囲から聞こえる声を無視するように俺は寺島さんを抱き締めた。心なしか彼女も嬉しそうに抱き締め返してくれた気がする。

 

 それに気を良くして、じゃないけどこんな事を板場さんと安藤さんへ言ってみた。

 

「何なら板場さんと安藤さんも同じ事、経験してみるかい?」

 

 その結果本当にやる事になるとは夢にも思わなかった。いや、さすがにそれはって言われると思ったんだよ。

 

――な、何だか恥ずかしいなぁ……。でも、うん、悪くない、かな。

――う、うわっ、あ、あたし、今、男の人と抱き合ってる、のよね? ううっ……ヤバいぐらいドキドキするわ……。

 

 まぁ、それぞれに初々しい反応や可愛い表情を見せてくれたおかげでエロい空気がかなり消し飛んでくれた。

 

 ただ……

 

「む~っ、仁志さん?」

「私と響がいるの、忘れてません?」

 

 響と未来にジト目でそう言われ冷や汗を掻く羽目にはなったけども……。




続きはあちら……ですが、更新は未定(汗

気長にお待ちいただけると助かります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

光の絆は時空を超えて

修羅場を期待されていた方、申し訳ないですがこれはそういうのがメインではないのでこういう結果になった事をご理解くださいませ。


「本当に身勝手で申し訳ない」

 

 そうやって俺はマリア達へ頭を下げる行動を始めた。謝罪行脚とでも言えばいいのだろうか。弓美達と関係を持った事を説明し、誠心誠意を以ってみんなへ会いに行ったのだ。

 最初は奏やセレナへ、次に翼や切歌と調で、その後はマリアと、ここまでは何とかなった。問題はクリスである。さすがに俺も留学先へ行く程の冒険は出来ない――と思ったのだが、それぐらいの気持ちなくして誠意など伝わらないと思い、事前に風鳴さんや緒川さんへ根回しをしてもらい何とか強行軍でクリスへも謝罪を行えた。

 

――……ったく、ホントーに呆れる程バカ真面目だな。

 

 俺の謝罪を受けてのクリスの第一声がそれだった。つまりはお許しをいただけたという訳だ。

 そう、みんな思っていたよりもあっさりと今回の事を受け入れてくれた。理由はそれぞれで多少異なっていたが、概ねこれに尽きる。

 

 黙っていれば分からないかもしれないのに正直に話してくれたという、この一点だろう。した過ちを包み隠さず話した事で俺の芯は変わりないと思ってくれたのか、あるいは他の何かがあったのか。どちらにせよ俺が想像していたよりもみんなの反応は良いものだったのだ。

 

 ああそれと、忘れていたが響と未来も俺と同じようにみんなへ謝罪して回ったらしい。そちらはどうも俺と違ってそれぞれで反応が異なったそうだ。場合によっては当然怒られたり、あるいはお仕置き(エロくない意味で)をされたとの事。

 

 で、弓美達も響や未来と同行し謝罪というか俺との関係を許可してもらおうとしたらしい。そちらは俺が既に説明などを終えていたためかあっさりとしたものだったと聞いた。

 

――何というか、惚れちゃって交わったのなら仕方ないって……。

――思ってたよりも簡単に終わって拍子抜けって言うか何と言うか……。

 

 そう言って弓美と創世が戸惑っていたのが印象的だ。ただ詩織だけは違っていて……

 

――翼さんと前以上に仲良くなれそうですわ。

 

 と、何故か翼と親しくなれそうだと言ってきたのだ。

 

 ……俺の事を貴方様と呼ぶようになった事が無関係ではないだろう。おそらく古風なところがある翼と意気投合出来る部分があった、という事だろうなぁ。

 

 ここでいずれ翼と詩織で3Pをと、そう思う俺はやっぱりダメな奴かもしれない。

 

「おい、どうかしたか?」

「うん? あぁ、ちょっと考え事」

 

 隣から聞こえる声に意識を切り換える。そこには愛らしい金髪少女がこたつに入って座っていた。当然キャロルである。エルはと言えば現在ゲーム中で、コントローラーを手に画面へ集中している真っ最中。やってるゲームがアクションともあってか、声さえ出さずにいると言えばその度合いが分かるだろう。

 

 ちなみにやっているのはご存じ赤い服の配管工のゲームである。時々キャラと一緒にエルの体が動くのが可愛い。

 

「考え事、か。また将来の事か?」

 

 どこか呆れるようなキャロルに言葉で返すのではなく苦笑で返事とする。その一面を否定出来ないためだ。そんな俺を見てキャロルがあからさまなため息を吐く。仕方ないと言ったところだろうか。

 

「あぁ、そうだ。エル、今話出来そう?」

「ちょっと……難しい……かもしれま、せんっ! ……やったっ!」

 

 見事エルの手によって配管工がゴール。嬉しそうに笑顔を見せるエルはとても愛らしいです。

 

「おめでとうエル」

「はいっ! やっとクリア出来ましたっ!」

「見てると簡単そうだが、実際には意外と難しいようだな……」

「そうなんだよ。でも、切歌お姉ちゃんはこういうのを簡単にクリア出来るから人によるかも……」

 

 ゲームに関しては鼻が高くなるのが切歌である。普段は色々教えてもらう事も多いエルへ自慢出来る少ない部分だから余計かもしれないけど。

 

 我が家にゲーム機がやってきてからというもの、切歌は水を得た魚のようにエルやヴェイグへ自分のプレイを見せて称賛を浴びている。それに得意げとなる切歌をジト目で見つめる調というのが割とよくある光景だったりするしなぁ。

 

「まぁ人には向き不向きがあるからな。で、エルちょっといいか?」

「あ、はい」

「実はさ、前に話したガメラの映画を購入したんだけど」

 

 その瞬間エルだけでなくキャロルまでも表情を変えた。

 

「「ガメラっ!?」」

「へ? う、うん。ほら、平屋時代に話しただろ? 平成三部作の事」

 

 二人の反応に内心首を傾げながらも話を続ける。だがギャオスやレギオン、イリスの名を出すとその表情が更に驚きへ染まっていく事で俺はある事を察した。

 

「もしかして、平成ガメラの世界へ誰か行った?」

 

 それに対する返事は揃っての頷き。まさかの反応に俺もどう返していいやら迷ったが、これだけは聞いておかねばならないと思って口を開いた。

 

「それ、誰が行ったんだ?」

「クリスさんに未来さんと翼さん、それと姉さんです」

「ただ、どうやらそこはかなり荒廃した世界だったそうだ」

「荒廃した、か……」

 

 ガメラ3の後と考えれば納得出来る。イリスとの激闘直後に迎える大勢のギャオスとの戦闘。それに傷付いたガメラがどう対処したかは分からないが少なくても無事に終わったと思えないからだ。

 じゃあ、そこは本当にあのイリス覚醒の後の世界か。ならきっとそこの人類はかなり追い詰められてるはずだ。そう思ってエルの話を聞いていると予想通りの内容が。

 

 ただまさかの怪獣ギア再びに驚いたけど。ゴジラとガメラ、か。日本を代表する怪獣映画だし、こうなるとウルトラ怪獣ギアが出て来てもおかしくないなぁ。

 

 とまぁ、そんな事を思いながら話を聞き終えた俺は、早速とばかりにこたつから出て二階へと向かう。そして寝室にある押入れから年季の入ったDVDボックスを取り出した。

 あの頃はまだ隙間だらけだったそれも、少しではあるが賑わいを増しているのが何となく俺の人生みたいで感慨深くなる。

 

「これを、いつかいっぱいにしたいな」

 

 みんなで相談したり、あるいは今回みたいに俺が見せたい物を購入したりして。そして、可能なら子供達のための物なんかも……。

 

 

 

 兄様が持ってきたDVD三枚を見て僕とキャロルは感嘆するしかなかった。ガメラに関してはクリスさん達から聞いていたけど、実物を見せてもらって巨大なカメの怪獣というのがしっかり理解出来たからだ。

 

「信じられんな。これが本当に人類の味方なのか」

「そうだよ。正確には地球の守護神なんだけど、ガメラはそれだけに囚われず人類を守るかのような行動を見せるんだ」

「兄様、これはいつ見るんですか? 出来れば姉さん達にも見せたいんですけど」

 

 そう、もし可能なら姉さん達と一緒に観たい。何なら平行世界の資料として司令達にも見てもらいたいぐらいだ。司令は兄様の世界にある特撮映画へ強い興味があるから、この事を知ったら僕の提案を了承してくれそうだし。

 

「いつでもいいぞ。ここで見るのが難しいなら貸し出すし」

「本当ですか?」

 

 それなら司令達も見れる。でも兄様の解説が聞けない……。

 

「おい、俺達はお前の説明も必要なんだ。そこはどうするつもりだ」

「俺の説明、いや解説かぁ。正直ガメラ自体に関してはあまり詳しくはないんだよ。何せ平成三部作しかまともに見てないからなぁ……」

「あっ、そういえば昭和のガメラは子供の味方って兄様言ってましたね」

 

 兄様がヒーローの事を話す時、よく昭和と平成という表現を使う。それぐらい年号が異なる事で描き方や設定などが変化しているからだそう。実際僕もそう感じた。ライダーの設定が改造人間という一種のサイボーグから様々な力で変身する方法へと変化していった事で。

 

 ゴジラも一時期人類の味方に近しい描かれ方をした事があるみたいだし、それだけ時代背景というものは影響力が大きいのだろう。

 

「おー、よく覚えてたなエル。そうそう。だからガメラは基本人類というよりは子供の味方なんだ」

「子供の味方とはな。中々変わった怪物だ」

「まぁゴジラに対抗する形で生まれた存在とも言えるからなぁ。明確に人類と敵対するようなゴジラとの差別化を図ったのかもしれないな」

「あの、それで兄様どうでしょう? こちらで、例えば本部で見る事になっても一緒に観てくれますか?」

「本部で? 俺はいいけどさすがに怪獣映画を発令所で上映は問題じゃない?」

「分からんぞ。平行世界の資料と言えばあの男の事だ。実益を兼ねて許可する可能性がある」

 

 キャロルの意見に兄様が驚く事もなく苦笑を浮かべた。そっか。兄様は司令の事を知ってるから。

 

「兄様、どうせならウルトラマンも持って行ったらどうでしょうか? 司令だけでも観てもらった方がいいかもしれません」

「あぁそっか。ある意味でウルトラマンの世界にも行ったんだもんな。うん、よし。じゃ、あの二つを渡すよ」

 

 どこか嬉しそうな兄様に僕も笑みが浮かぶ。アヌンナキが地球外生命体である事は兄様が教えてくれた。なら、同じ存在であるウルトラマンの事を知っておくのは良いと思うから。

 エンキのような善性が強いアヌンナキもいれば、かつてのシェム・ハのような悪性の強いアヌンナキもいる。僕らはどうしてもアヌンナキには良くない印象があるから、ウルトラマンのように人類と共に歩んでくれる存在もいるかもしれないという希望を持ち続けたいんだ。司令達もそれを共有出来るといいな。

 

 そうしてその日はとりあえずウルトラマンの映画二つを持って本部へ帰った。ガメラに関してはクリスさん達も見たいだろうと判断したからだ。

 

 本部へ戻った僕らが司令へDVDを渡して平行世界の映像資料ですと伝えたら、ある意味で想像通りの展開が起きた。

 

「そうか。つまり以前マリア君達が訪れた世界にいた巨人というのがこの存在なんだな」

 

 どこか興味津々な眼差しで司令は手にしたDVDを眺めている。きっとこれを少年のような眼差しって言うんだろうな。

 

「はい。ですが、兄様が言うにはそこもウルトラマンがいる世界の平行世界みたいなものだそうです」

「……そうなると平行世界の平行世界が存在するという事になるかもしれない、か。やはり我々だけでは理解出来ない情報を上位世界は知れるのだな。これもそういう意味では重要な資料と言う訳だ」

「司令、お言葉ですが表情と声に見てみたいという内心が滲み出てますよ?」

「……これぐらいは見逃してくれ。最近中々そういう時間が取れなくて、な」

 

 あおいさんの指摘に僕は笑った。司令がしまったって感じの顔をしたのもあるけど、まるであおいさんが兄様へ注意する姉様みたいに思えたからだ。

 

「だが実際にあの世界での創作物は平行世界として存在している可能性が極めて高い。俺もそういう意味では見ておくべきだと思うぞ」

 

 そう言うキャロルもきっとちゃんとウルトラマンを見てみたいんだろうなぁ。僕と記憶を共有してる部分があるけど、出来れば自分の目でしっかり全部記憶したいんだろうし。

 あるいは兄様と話す話題にしたいのかも。キャロルは気付かれてないと思ってるみたいだけど、兄様の事を慕ってるのはお姉ちゃん達も知ってるから。

 

 ただ兄様のキャロルを見る目がどこか前と違ってる気がするんだ。キャロルが兄様を見る目も違う気がするし、何かあったのかな? 僕に対しては態度も対応も兄様はずっと同じだけど、姉様達へのそれは異なっていったようにキャロルへの変化も何か理由があるんだろうか?

 

 ……もしかして、キャロルは兄様から子供扱いされたくないって思ってるのが関係してる?

 

「あのっ、なら冒頭だけでも観てください。そちらのメビウス&ウルトラ兄弟ならウルトラマンという存在が基本どういうものかよく分かるはずです」

 

 兄様が僕らに最初見せてくれたのはそういう意味もあったはずだ。実際あの冒頭の戦闘とそこでのやり取りで僕はウルトラマンがどういう存在が分かったから。

 あおいさんや朔也さんも冒頭程度ならと言ってくれ、どこか嬉しそうな司令に苦笑しつつDVDが再生された。

 

「これは……」

「い、いきなり宇宙か……」

「それも月面、ね」

「これが光の巨人、ウルトラマン……」

 

 Uキラーザウルスとの戦いはやっぱり迫力が凄い。司令だけじゃなくあおいさんと朔也さんも目を見張っている。キャロルもどこか興味深そうな表情でモニターを見上げてた。

 

 兄様がいれば解説をしただろう部分を僕がする。ウルトラ兄弟の次男扱いだけどまとめ役でもあるウルトラマン、その補佐でもあり時にはリーダーもするセブン、ウルトラマンに似ているが技に長けたジャック、そして光線技に優れ仲間思い故に情熱的な一面を持つエース。

 そんな彼らが戦う相手のヤプールは、邪悪という表現がピッタリの異次元からの侵略者。しかもその本質は闇であり故に不滅である事も。

 

「エルフナイン君、彼らはどれぐらい戦士として戦っているんだ?」

「えっと、僕も詳しくは知りませんが、兄様から聞いた話では百年単位じゃ足りないぐらい宇宙の平和のために戦ってるはずだと」

「つまり最低でも千年単位?」

「いや、下手するとそれ以上なんじゃないか? 何せ宇宙の平和だぞ?」

「そういえばウルトラマンの年齢は二万歳を超えると言っていた気がするな」

「あ、うん。そうだ。彼らは元々地球人と同じような姿だったそうです。それがとある事情で現在のような姿へ変化してしまってウルトラマンとなったんです」

 

 そう告げると司令達が一斉に驚く。兄様が以前資料として提供してくれた漫画は全てじゃなくて一部だった。だから司令達は知らないんだ。ウルトラマン達が元々は地球人類に近しい事を。

 既に場面はウルトラ兄弟がファイナルクロスシールドを使うところとなっていた。そこでの会話で司令達の息を呑む音が聞こえた。僕らもそうだった。地球のために、そしてそこに暮らす人類のために自分達の命を賭けてきた。しかも今回は二度と変身出来なくなるかもしれないと分かってもだ。

 

 そこに込められた人類への強い信頼にきっと司令達は心打たれたんだと思う。あの時の僕らと同じように。

 

「……ここで止めてくれていいです」

 

 メビウスの、ヒビノ・ミライさんのモノローグが聞こえてきたところでそう言った。モニターから映像が消えると司令達が息を吐くのが分かった。

 

「あの資料として提供された漫画で軽く知った気になっていたが、まさかそんな裏事情があったとはな」

「彼らはあのウルトラマンとしての力を平和のために使う事を決意し、宇宙警備隊という組織を結成しているんです」

「宇宙警備隊、かぁ。何と言うか規模が壮大だけど、防衛じゃなく警備ってとこがいいな」

「そうね。あくまで目的は宇宙の平和維持。だから有事が起きてから動くのではなく有事が起きないように見回るんでしょう。それも、きっと命懸けで」

「だろうな。しかし、あれ程の強大な力を平和のためにとは……装者達が気に入るのも分かる。それに、あの考え方と言葉には地球人として胸にくるものがあったしな」

 

 そう、あの場面での会話こそ僕らがウルトラマンへ強い興味を抱いた瞬間だった。自分達がいなくなっても地球人は自らの手で平和を守ろうとしてくれるという信頼。それ故に自分達のエネルギーを大きく使用し、下手をすれば命に関わる行動を決断出来る覚悟。

 どうしてそこまで地球人を信じ守ってくれるのか。それらの答えがあの後に詰まってる。それをメビウスと一緒になって映画の視聴者は理解していくんだ。

 

「エル、もう一本はどういうものだ?」

「え?」

 

 隣から聞こえた声に振り向けばキャロルがこっちを見つめてた。その眼差しは早く言えって言ってるみたいでキャロルらしいと感じた。

 

「えっと、そっちはウルトラマンが作品として存在する世界へ本当に怪獣やウルトラマンがやってくる話だけど……」

「だそうだ。司令、つまり悪意が行ったような事がそちらでは見れるようだ。参考資料と言うならそちらの方がよりそうかもしれん」

「ふっ、そうだな。ならそちらはしっかり確認しなければならんか」

 

 何かを察したような司令に僕は小首を傾げるしかない。キャロルはキャロルでどこか満足そうに息を吐いてる。あおいさんと朔也さんはそんな二人を見て苦笑してるし、ますます分からないや。

 

 でもどこかその場で流れる空気感があの頃の家みたいで自然と笑みが浮かぶ。と、そこで気付いた。

 

そっか……ここも僕の家だからだ……

 

 司令達を家族とは言い辛いけど、シャトーを出た後の僕が身を落ち着けたのが本部だ。ならここがこちらでの僕の家なんだ。でも、出来ればいつかはここを出ていきたい。何も本部が嫌になったとかじゃなく、ちゃんとした僕の家を手に入れたいから。

 

 それか兄様と一緒に暮らせたらいいかな。出来れば姉様達も一緒がいい。あの頃のような日々にキャロルもいてくれたら、きっともっと楽しくてあったかいはずだから。

 

「おい、何を呆けてる。説明や解説はお前の仕事だろう」

「ぇ……? あっ! うんっ!」

 

 ジト目のキャロルへ慌てて返事をして僕は意識を切り換える。既にモニターには“大決戦!超ウルトラ8兄弟”が流れ始めていた。

 

 それを見ながら僕はこれを初めて見た日の事を思い出していた。そう、あの穏やかで幸せだった時間を……。

 

 

 

「マルチバースか」

「うん、兄様が言うにはウルトラマンの世界には多次元宇宙ってものが存在してて、その中の一つがティガやダイナの世界みたいなんだ。セブンの息子であるウルトラマンゼロは、ベリアルとの戦いを通じてその多次元宇宙を知るみたいで……」

 

 就寝前のちょっとした会話。そんな感覚で始めた話は意外な盛り上がりを見せ始めていた。普段もエルは感情をコロコロと動かすが、こと話題が小父さん絡みとなると余計それに拍車がかかるからだ。

 今もウルトラマン関連の情報を俺へ力説している。ティガとダイナは今回見た映画に出ていたから分かるが、ウルトラマンゼロは名前さえも知らん。セブンの息子と言う事はやはり正義感の強い奴なんだろうが……。それとベリアルというのも知らん。本当にこういう時のエルは情報量の多さを考えずに話してくるな。

 

「でね、多分Xの世界はメビウスと同じで……」

 

 しかも既に話が当初のものから離れだしている。こういう辺りも小父さんに似てるな。まぁいい。楽しげに話しているし止めるのも野暮だ。このまま聞いてやろう。

 

 そうしていると段々エルの瞼が下がってくる。眠いんだろうな。それでも話を止めたくないらしく、今も目を擦りながら俺へウルトラマンの事を話している。

 

「そこまでだ」

「ふぇ?」

 

 まったく、見てられん。こいつの気持ちは分かるし嬉しくない訳ではないがここは大人しく寝かせるとするか。

 

「時間も時間だ。俺はそろそろ眠る。お前もさっさと寝ろ」

「あっ……」

 

 言うだけ言って敷かれた布団へと向かう。この部屋には元々ベッドがあったのだが、あの世界での暮らしで布団好きになったエルがベッドではなく布団で寝たいと所望し現在の形となった。

 まぁ俺も布団で寝るのは嫌いではないから許容している。小父さんのところで泊まる時と同じだし、な。

 

 小父さん、か……。そう呼ぶようにしたけど、やっぱりどこか私はあの人を変に意識してる気がする。

 あのお風呂場での態度に子供扱いされてると感じてやってしまった失態。自分を女として見ろと言ったも同然の、言葉。その根底にはあの夜の一件が大きく影響してるのは間違いない。

 

 あの人の、男としての象徴。それが雄々しく屹立していた事。あれのおかげで私の中で何かが狂い出した。それまではエルのようにパパに近しい存在と思っていたのに、あれで一気に“養父”から“異性”へと変化したから。

 

「ふぁぁ……おやすみキャロル……」

 

 そうこう考えていると後ろからエルの眠そうな声が聞こえた。無視しようかとも思ったけど、それで眠気が薄れたら面倒か。

 

「ああ」

 

 聞こえているぞと言うように声を返して目を閉じる。程なくして後ろからエルの寝息が聞こえ始めた。何と言うか、本当に姉になったような気分になる。

 

 ……もし、もしも本当にあの頃の私に妹がいれば、パパは火あぶりなどにならなかっただろうか? あるいは、私は俺にならずに妹と共に慎ましく生きていっただろうか?

 

 考えても仕方ない事と分かっていながら、どうしてもこの手の事を考えてしまうのは、それだけ今の私にとって現状があったかいからだろう。

 ここの者達は優しく頼りになり、小父さん達は誰もが明るく包み込むように接してくれる。エルフナインさえ、エルという愛称となって可愛らしく見かけ相応な雰囲気だから。

 

 静かな室内に微かなエルの寝息が聞こえる中、私はそっと目を開けた。今の私を揺さぶる事の一つが心を騒がせたからだ。本当に幸せだ、と、そう強く感じてしまうその度に私はこう呟いてしまう。

 

……パパ、私、パパのお願い叶えられてるかな?」

 

 世界を識るんだ。それがパパからの命題、ううん願いだ。私に憎しみや恨みなんていう醜く暗い感情を抱くんじゃなく、喜びや幸せといった明るい感情と出会い続けて欲しいという、願い。

 響達との衝突と、依り代の光が俺に思い出させてくれた、気付かせてくれた、とても大切な事だ。優しいパパが私に復讐なんて望むはずがないと、どこかで分かっていた俺へ、強くはっきりとそれを教えてくれたあの出来事たち。そのあったかさが、今の私を包んでくれているから。

 

――復讐が間違ってるなんて言わないよ。でもね、それをして本当にキャロルの悲しみや苦しみは消えるのかい? 笑顔に、幸せになれるのかな?

 

 自然と浮かぶパパの声。その問いかけに今の私は首を横に振る事しか出来ない。そう、そうなんだ。パパの復讐を果たしたとしても、私が笑顔になれるはずがなかったんだ。

 エルの姿こそ、パパが願っていた私の姿だと思う。何にでも興味を示し、知識を得る事に素直で、人の心の光を信じて笑顔になれる、そんな生き方が。

 

「……人は誰でも光になれる、か……」

 

 ふと思い出した言葉を呟く。エルが私達へ教えた言葉だ。

 

――兄様は言ってました。諦めなければ、希望を持ち続ければ、人は誰でも光になれる。凄い力がなくても、特別な技能がなくても、心を強く持ち続ければ、誰もがヒーローになれるんだと。

 

 悪意との戦いを乗り切った一般人だからこその言葉だと思う。依り代を所持していただけの、ただの人。それ故に実感したんだ。闇と事を構える上で何よりも大切なのは、力でも何でもなく、心の光を絶やさぬ事だと。

 

 俺も、なれるだろうか? 一度闇に身を落とした俺でも、光になれるんだろうか? なっていいんだろうか?

 

「こんな事聞いたら、小父さんならきっと頷くだろうな」

 

 思わず笑みが浮かぶ。力強く頷いて、あの笑顔でこう言うはずだ。

 

――勿論っ! ヒーローの中には闇から生まれた存在もいるんだからさっ!

 

 ……何で思い出すだけで笑みが浮かぶんだろうな、私。これじゃ本当に小父さんに恋してるみたいじゃない。

 

バカバカしいっ……

 

 自分へ呆れるようにそう呟いて私は目を閉じる。けれど、どこか私の顔は熱を持ったかのように熱かった気がした……。




現在、只野のエル・キャロルに対する認識は、エル=娘的存在で、キャロル=見かけ少女の成人女性となっています。
それに対して、エルはともかくキャロルの方はどうなっているんでしょうかね?(苦笑


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

団欒な食卓

ちょっとした思いつき。公式で調めしなんてやってますし、この作品ならこういうのもアリかと。

……本当は鑑賞会を書いてたんですけどね。そちらは……何とか今年中には上げたいですね(汗


「焼き鳥屋に行きたい?」

 

 その仁志の言葉にエル達年少組(キャロルを含む)が頷いた。場所はご存じ仁志の暮らす一軒家。そこで今まで彼らはとあるドラマを見ていたのだが、それが先程の問いかけに繋がったのだ。

 

 そのドラマとは“孤独のグルメ”という作品で、主人公がふらっと立ち寄った実在する店舗で食事をするというもの。食に強く関心を抱くエルやキャロルのためにと、食文化紹介などを兼ねて仁志がレンタルしてきたものだったのだが、まさかそれがこうも早く影響するとはと、そう仁志自身も驚く程に彼女達の表情が輝いていた。

 

 ここで厄介だったのは仁志の暮らす街に焼き鳥屋がある事だ。しかも、それを知っているのがよりにもよって記憶力の良い双子の姉妹。

 

「兄様、たしか以前暮らしていたアパートから駅前へ向かう道に焼き鳥屋さんがありました」

「それはそうだけど……」

「成人だけでなくても入店可能なんだろう?」

「まぁ、そうだけども……」

 

 エルとキャロルによる報告と確認に仁志は頬を掻きながらどうしたものかと思案する。

 

(参ったなぁ。これ、マリアやナスターシャさんに知られたら情操教育上良くないって言われちゃうぞ……。それに、さすがにエルやキャロルを居酒屋みたいな場所へは、なぁ……)

 

 そう、何せ相手はエルを始めとする年少組。仁志からすれば、セレナや切歌、調でさえも飲み屋でもある焼き鳥屋に連れていくのは抵抗感がある。そこに見た目は小学生に届くか否かのエルとキャロルだ。仁志が懸念を抱くのも当然と言えた。

 

 そうして仁志が難色を示していると、彼の一番弟子を自任する切歌が身を乗り出すように迫る。

 

「ししょー、どうしてもダメデスか? エルやキャロルだけじゃなくてアタシ達も行きたいデス」

「うん、私達も行きたい。師匠、ここは社会勉強させると思って許して欲しい」

「私達イイ子にするから。お願い、兄さん」

 

 可愛い妹分二人のため、そして自分達のためにもと姉的立場三人が仁志へ頼む。

 それに、より表情を歪める仁志へ最後の一押しとばかりにヴェイグがこう告げた。

 

「タダノ、俺からも頼む。スーパーで見たヤキトリとあのドラマのヤキトリは違ったんだ」

「……分かった。じゃあ、一つだけ条件がある」

「「「「「「条件?」」」」」」

 

 そうして仁志が告げた内容に六人は理解と納得を示し、そういう事ならと受け入れた事でこの件は終わりを迎える。

 勿論言うまでもなく、仁志は近所ではなく車で行ける範囲の焼き鳥屋を検索して個室を予約したのは言うまでもない。

 

 そして時刻は夕方となり、一軒の焼き鳥屋にそこへ来るにはやや不釣り合いな家族連れが現れる。

 

「すみません。予約した只野ですが」

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。どうぞ奥へ」

 

 店内へ入ってきた仁志達を笑顔で出迎えた店員の案内に従い、彼らは店の奥にある小さな座敷へと移動する。

 さて、仁志以外は子供しかいないはずの一行を見ても店員達は誰も不思議にも疑問にも思わない理由。それは最後尾を歩く一人の金髪女性にあった。

 

(まったく、まさかこんな事でファウストローブを調整する事になるとはな)

 

 それは成人の外見となったキャロルであった。調に切歌、セレナの髪色にエルを加えた一行を家族と誤認させるには成人金髪女性の存在が必須と、そう考えた仁志がキャロルに頼んで打った手がそれだった。これが一つだけ出された条件と言う訳だ。

 

 幸いにしてファウストローブはシンフォギアと違って純正な錬金術の代物。故にその調整はギアのそれに比べれば容易だったため、こうしてキャロルは水着状態としたそれの能力を使いその外見を成人とした。更に格好も根幹世界から調が用意してきたマリアの服を着用する事で、あたかも自分がエル達の母親のように見せていたのだ。

 

 個室となっている座敷へ入ると、テンションが上がっているのか切歌が我先にとばかりにテーブル手前側の一番奥へと移動する。

 

「アタシはここデース」

「切ちゃん……」

「まぁいいからいいから。エルも好きな場所に座っていいからな」

「なら兄様の隣がいいです」

「ねぇ兄さん、ヴェイグさんはまだ喋っちゃダメ?」

「あ~……もう少し待ってくれ。多分すぐに飲み物のオーダーを取りに来るからさ」

「セレナ、こっちで私と一緒に座ろ」

「あ、はい」

「おい、お……私はどこに座ればいいんだ?」

「ならキャロルはエルの隣へ。調、悪いけど切歌の面倒を頼める?」

「うん、任せて」

「ししょぉ……」

「失礼します」

 

 やり取りだけ聞けば家族らしいと思わないでもないものだった。実際には彼らは家族ではない。だがその絆は、親密さはそれにけして劣るものとは言えないものだ。

 こうして意識せず姉的立場の三人がテーブルを中央とすれば左側に、残る仁志達が右側となった。ちなみに色々な事を考えて仁志は襖から一番近い場所へ座る事にした。

 

 飲み物の注文を終えたところで仁志を除く全員の興味は当然メニューへと移った。

 

「おぉ、盛り合わせとかあるデスよ」

「ホントだ。これ頼む?」

「でもそこにない物もありますよ?」

「盛り合わせとやらを頼むのはいいがせめて二つは頼め。この人数では絶対に足りんぞ」

「あの、僕、つくねが食べたいです」

「俺もだ。出来れば塩で」

「ならつくねを別でタレと塩の両方頼もう。盛り合わせの方は切歌達に任すよ」

「りょーかいデス。でも全部塩のみ、じゃなくて良かったデス」

「だね。ここ、生ピーマンあるかな?」

「ふふっ、あったらドラマと同じ食べ方しないとですね」

 

 和気藹々とメニューを眺めて会話する仁志達。それは、傍から見れば家族と思わせる雰囲気だ。ただ若干キャロルの口調が違和感を感じさせるかもしれないが、それも外国人だからと言ってしまえばなくせる程度のものだろう。

 

 焼き鳥屋という場所も切歌達には大人の店と思わせるのもあってか、彼女達のテンションは高くその表情も輝いていた。実際目の前で焼く所は見れないものの、焼き立てで運ばれてくる串の数々にその目を輝かせ、熱々を頬張っては笑顔となって仁志を喜ばせたのだ。

 

「つくねっ、コリコリしてますっ!」

「タダノ、これはどうしてだ?」

「軟骨が混ぜてあるんだよ。フライドチキンにもたまにあっただろ? グニュグニュしててコリコリしてる部分」

「「あ~……」」

 

 かつて食べた事のある物を出しての説明にエルとヴェイグが納得し……

 

「はふはふっ……あぁ、ぼんじりオイシイデスよぉ」

「せせり、美味しいです。でも、どこの部分なんだろ?」

「後で店員さんに聞いてみよう。あっ、セレナ、次はこの梅しそとかどう?」

「アタシも食べたいので一緒にお願いするデスよ!」

「切歌、タレが口の端についてるぞ。それと私も食べるからな」

 

 切歌へ注意しつつ自分の要望を伝えるキャロルに調とセレナが小さく微笑んだり……

 

「おっ、焼きおにぎり。そういうのもあるのか。食べたい人~」

「「「「「はいっ!」」」」」

「ひー、ふー、みー……全員ね」

「全員って……」

「じゃあ……」

「そういう事デスよね……」

「な、何だ。私が手を挙げたら何だって言うんだ」

「えへへ、キャロルも僕たちと一緒なんだね」

「手を挙げる時は声を出すかもっと高く挙げた方がいいぞ?」

「……ほっとけ」

 

 一人無言で小さく挙手したキャロルに仁志達が嬉しそうに笑顔を浮かべた一幕もあり、美味しい物を味わうというよりは未体験の場所での時間を楽しんでいるといった感じの時間を過ごしていた。

 

 ドラマでは主人公が一人で食事と向き合ってその味などを楽しむが、仁志達はそれとは逆に気の知れた者達で食べる事を楽しんでいた。

 大切なのは美味しい事よりも誰と食べるか。普通の食事でも気心の知れた者達と食べればご馳走なのだと、そう言うように仁志達は笑顔を向け合い、言葉を交わす。

 

 タレと塩で味の違いを楽しめば、塩しかない物やタレしかない物はどうしてかを全員で話し合う。オススメメニューを眺めてどうするどうすると相談したかと思えば、勝手にキャロルが頼んで切歌とエルが文句を述べる事もあった。

 焼鳥丼という物を見つけ、一人では食べ切れないと判断して全員で分け合おうと注文したものの、実際届いてみれば意外と少量で拍子抜けすると同時に苦笑し合った事など、本当に賑やかで楽しげな時間が流れた。

 

 きっとそれを響やマリアが見れば羨ましがったに違いない時間がそこにはあった。

 

「本当の焼き鳥って香ばしいんですね。私、ちょっと驚きました」

「うん、やっぱり炭火で焼いてるからかな?」

「多分そうだと思います。串も若干焦げてる時がありました」

「デスね。お肉もカリカリしてる部分とかあって楽しかったデスし」

「なぁタダノ、どうして串に刺して焼くんだ?」

「多分火の通りがいいとか食べ易さとか色々理由はあるんだろうけど、ごめん、俺も詳しく知らない」

「お前でも知らないのか。なら店員に聞くしかないな」

 

 と、そのキャロルの言葉を合図にしたかのように襖が開く。そこには焼きおにぎりを乗せた小皿六つを大きな盆で運んできた店員の姿があった。

 

「失礼しまーす。焼きおにぎり六人前お持ちしました~」

「どうもありがとうございます。エル、これをキャロルへ、でキャロルはそれを切歌へ渡して」

「分かりました」

「分かってる」

「頼むな。あっ、すみません。追加で鶏団子スープをもらえますか?」

「かしこまりました」

 

 その仁志の注文に全員が内心で疑問符を浮かべる。それを感じ取ったように仁志は襖が閉まる音と同時に振り返るや小さく笑った。

 

「まぁ、まずは焼きおにぎりを食べよう。で、出来れば半分は残してくれるか? ヴェイグは俺のをあげるからさ」

 

 その言葉だけで全員が何かを察して小さく笑みを見せる。きっと何かある。しかもそれが絶対に良い事だと信じて疑わない表情で。

 

 その表情のまま少女達はまだ熱さを失っていない焼きおにぎりを手に取る。持ち続けるのが困難な熱を放つそれに、彼女達はそれぞれに苦戦しながらもまずは半分に割って片方を皿へ戻す。そして残した方へと齧り付き……

 

――美味しい……。

 

 そう思わずにはいられない味に六つの笑顔が咲く。ほふほふと息を吐きつつもその表情を緩ませてしまう程の美味しさは、ただのおにぎりに焼鳥のタレを刷毛で塗り、両面を香ばしく焼き上げたそれは家庭では食べる事の難しい味だ。

 

 その証拠に誰も、キャロルでさえもその手にした半分の焼きおにぎりを皿へ戻す事なく二口目へと挑んでいる。甘辛いタレの味に焦げた事による香ばしさと米の甘み、外側のカリッとした触感と中のフワッとした触感の違いもあって食べる手が止まらないのだ。

 

 そんな様子を親のような視線で仁志が見つめる。いや親のようなではなく親のそれと言っていいだろう。最早彼はエルの養父を自任しているのだから。

 

(美味しそうに食べるなぁ。結果はどうであれ、あのドラマを見せたのは正解だったな)

 

 軽い食文化の紹介や興味の入口になってくれればと、そんな気持ちで見せた作品。だが仁志は忘れていたのだ。そうやって軽い気持ちで見せたり聞かせたものが装者達にどれだけ影響を与え、またその成長や変化に繋がったのかを。

 

 そうして少女達が半分に割った焼きおにぎりを食べ終わる辺りで再び襖が開かれた。

 

「お待たせしました。鶏団子スープです」

「どうも」

 

 鶏団子スープの名の通り、鶏ガラで取った若干白い色がついた半透明なスープの中にネギやゴマと共に一口大の肉団子がいくつも浮いている。見るからに美味しそうなそれに仁志以外の視線が集まった。

 

「ズズッ……うん、美味い。じゃ、みんなも一口ずつ飲んでごらん」

 

 味見のように少しだけスープを味わうや、仁志はそう言ってスープの入った器をエルの前へと移動させた。

 もうもうと湯気が立ち上るそれからは食欲をそそる匂いも漂い、エルとヴェイグは思わず喉を鳴らす。そんな二人に仁志の笑みが深くなり、切歌達も小さく微笑む中、キャロルの意識は別の事へ向いていた。

 

(小父さん、エルの事となると本当にパパみたいになるんだから……)

 

 気付かれぬように小さくため息を吐きつつも、最後には微かに苦笑を浮かべてキャロルも視線を仁志からスープへと向ける。

 

(鶏からスープを作る、か。ならきっとあっさりしてるんでしょうね。それにネギの緑とゴマの白がスープによく映えてる)

 

 そんな事を思うキャロルの視線の先では、エルによってレンゲからスープを口にしたヴェイグが驚くように目を見開いていた。

 

「エル、このスープはすごいぞ。味が濃いのにあっさりしてる」

「そうなんですか?」

「ああ。あと、まだ熱い。気を付けて飲め」

「分かりました」

 

 そんなやり取りをした後エルもスープの味に驚き、続くセレナや調、切歌までも美味しいと表情や言葉で告げ、いよいよキャロルの番となる。

 

 乳白色と言うにはやや薄い色のスープへレンゲを沈ませ、ネギやゴマと共に肉団子をすくい上げる。その光景だけでも美味しそうとキャロルは思った。

 そしてそのまま口へと運び、スープと共にそれらを味わう。熱さはまだ残っているがそれさえも美味しさだと思って咀嚼するキャロル。

 

 やがてその口の中の物を嚥下した彼女は無意識に口を開くと……

 

「はぁ……」

 

 とても満足そうな表情で息を吐いたのだ。しかも嬉しそうな笑顔だ。これには仁志も驚いた。誰もがキャロルの反応に言葉を失ったまま、少しだけ時が流れる。

 

「……何で全員してこちらを見てる」

「あ~、うん。今のキャロルは大人だろ? それで笑みを浮かべたのが珍しいからさ」

「っ?! そ、そうか」

 

 自分でも気付いてなかった事を指摘され、キャロルは慌てるように顔を背ける。それさえも仁志達の笑みを深くする要素となったところでスープが注文した彼へと戻ってきた。

 

「さてさて、では何故俺が焼きおにぎりを半分残させたかと言うとな?」

 

 したり顔のまま仁志は残された焼きおにぎりをスープの中へと入れると、それをあろう事か箸で突き崩し始めた。そこで誰もが気付くのだ。仁志が何を考えてスープを頼んだのかを。

 

「し、ししょーは恐ろしいデス……。そんなの、そんなのってないデスよぉ」

「うん、これはズルい。まさに悪魔の食べ方」

「姉さんがいたら絶対行儀が悪いって言ってる……」

「はい、真似しちゃダメって言います」

「だが俺には分かるぞ。あれは間違いなくうまい」

「……エル、私はスープを追加で頼むから、お前が半分飲め」

「え?」

 

 一瞬何を言われたのか分からないとばかりにエルが小首を傾げる。それに構わずキャロルは視線を調やセレナへ向けた。

 

「そちらはどうする。さすがにもう一人一つは飲み切れんだろう」

「……そうだね。切ちゃん、半分こ」

「デスね」

「じゃあ私はヴェイグさんとですね」

「そうだな」

「よし、なら」

「あっ、すみませ~ん。鶏団子スープを三つ追加で」

 

 話し合いが終わったと見るや仁志がキャロルより先に襖を開けて追加注文を行い、その行動に誰もが一瞬呆気にとられすぐに苦笑する。分かったのだ。最初から仁志がスープを追加で頼む事を企んでいたと。

 

「もうっ、兄さんらしいけど……」

「ししょーも人が悪いデス」

「悪い悪い」

「鶏団子スープに焼きおにぎり。これ、絶対美味しい」

「はいっ!」

「今からわくわくするなっ!」

「気持ちは分からんでもないが落ち着け。スープも焼きおにぎりも逃げん」

 

 完全に子供モードとなったエルとヴェイグ。そんな二人を窘めるようにキャロルが言葉をかける。そこだけ見れば完全に母親のそれだ。だからか仁志だけでなく切歌達までもそんな三人に笑みを浮かべていた。

 

 程なくして追加のスープが運ばれてきたのを合図に仁志が先んじてスープ浸し焼きおにぎりを食べ始める。それに遅れるなと切歌達も残しておいた焼きおにぎりをスープへと投入、それを箸で突き崩していく。

 仁志とは違って焼きおにぎりの量が一つ分相当なためその見た目は最早スープ茶漬けに近いものとなったが、それを気にする事もなく彼女達も待望の食べ物を口に運んでいった。

 

「……オイシイデェス」

「スープの味に焼きおにぎりの味が溶けてます……」

「幸せな味だぞ……」

 

 先に食べた切歌、エル、ヴェイグの感想に仁志が微笑む。その間に調、キャロル、セレナがスープ茶漬けを食していく。

 

「これ、とっても美味しい。マリアにも食べさせてあげたい」

「そうだな。優しい味だ」

「マムも気に入ってくれそう。あと、焦げた部分がふやけてるのもまた違っていいなぁ」

 

 セレナの言葉にその場の全員が無言で頷く。味の変化だけでなく食感の変化。知ってはいても経験するとまた異なる印象を受けるものだ。こうしてエル達にとっての焼き鳥屋初体験は終わる。

 余談ではあるが、この後仁志は彼女達に孤独のグルメを見せる事を迷うようになる。それもそのはず。何せこの作品は特別編なども作られる程の人気作であり、そのシリーズは十に迫ろうとしているぐらいなのだ。

 

――見たら見た回の飯、食べたいって言うだろうしなぁ……。

 

 自分もそうだからと実感のこもった思いで仁志はチラリとバックミラーへと視線を動かして、どこか諦めるように笑みを零す。

 

「焼き飯がなかったのが残念デス」

「信玄袋もなかった。やっぱりあのお店に行くしかないかも」

「あのお店って東京にあるんですよね。ちょっと行くの難しいなぁ」

「だが焼き立てのヤキトリはうまかったぞ」

「はい、とても美味しかったです! ね、キャロル」

「まぁ俺の暮らしていた国にはなかった味と匂いだったな。タレと塩であれだけ違いを出せるのも悪くない」

「次はていしょくだなっ!」

「煮魚定食、美味しそうだった」

「あのお店は天国デスよ。苦手な物を抜いてくれるんデスから!」

「焼き鳥もご飯のおかずになると思うから定食にしてくれてもいいのに」

「焼き鳥定食か。悪くはないな。その場合は塩とタレを二本ずつ付けてもらわねば」

「甘辛いタレの焼き鳥と塩味の焼き鳥を交互に食べながらご飯……」

「「「「「「不味いはずがない(デス)(です)(な)ね」」」」」」

 

 そこに映る楽しげに語らうエル達の笑顔に降参するように……。




久々に書いた物がこんな感じで申し訳ない(汗
でも絶対この作品の彼女達(特にエル)はあのドラマを見たら実際に食べてみたいと言うはずですので。

気が向いたら、そして書きたくなったらまたやります。
鑑賞会ならぬ影響回でしょうか。

……只野の住んでいる場所が都内や近郊だったら聖地巡礼していたかもしれませんね(苦笑


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦うために生まれた戦士

鑑賞会、でもあるかな? そんな話です。
地味にあのシナリオへの伏線回でもあります。
あと、今回以降は更新時間を固定していこうと思っています。
いつになるか分かりませんが更新されるとしたら午後八時です。


『俺はゼロ、ウルトラマンゼロっ! セブンの息子だっ!』

 

 その発言に周囲から大小の感嘆符が聞こえた。やはりこの宣言には痺れるものがある。ウルトラマンという名の意味と重さ、そして親子の絆と想い。それらも描きながら光と闇のウルトラマン対決を主軸に据える“ウルトラ銀河伝説”は何度見ても考えさせられるなぁ。

 

「力に溺れた者と溺れずに済んだ者。それを分けたのは、大切に思ってくれる存在の有無、かぁ……」

「それと、その心の在り方、じゃない? ゼロはあの小さな怪獣を守った優しさがあったから」

「ですわ。他者を思う優しさを持つか否か。それが道を踏み外すか外さないのかの重要な要素かと」

 

 弓美達の言葉に内心で同意する。既に見た事のあるエルも頷いていたし、キャロルなどどこか眩しいものを見るかのような表情で画面を見つめていた。ついでに言えばドヴァリンはかつてのヴェイグよろしく拳を握りしめてた。

 

 実は、この催しは本来なら弓美達はいないはずだった。これはキャロルにゼロを教えてあげたいというエルの頼みで開催した事だからな。そこへ弓美達がスイパラの活動についての相談をするために現れて現状となっている。

 

 ちなみにドヴァリンは、奏が任務兼仕事で外国へ出かけるのでしばらくエル達へ預けられたらしい。故に今回のイベント参加となってる。

 

 ……完全にペットを預ける独り身女性だな、奏。

 

「そうだ。大事なのは心の持ち方だ。自分のために力を使う奴は基本道を踏み外す。かつての俺のように」

「キャロル……」

 

 やっぱりか。キャロルへゼロを教えたいとエルが考えたのはそういう事なんだろう。ゼロは、ある意味で今のキャロルだ。そしてベリアルはかつてのキャロルだ。

 力を求め、道を踏み外した。けれど響達がそんな彼女を止め、やり直す切っ掛けを与えた。その結果がXVでの振る舞いと現状だ。うん、まさしく光と闇の差をその身で知る存在だな。

 

「でも、君はベリアルのようにはならなかった。何故ならその行動の奥底には亡くなったお父さんへの想いがあったからね」

「兄様……うん、そうだよキャロル。僕も知ってる。君が本当は何を求めていたかを」

「……そうか」

 

 妹のようなエルの言葉と眼差しに普段なら照れ隠しをしただろうキャロルが、その時だけは素直に受け入れるような笑みを返した。本当に双子の姉妹だな、今の二人は。セレナがいたら少し拗ねるかもしれないけど、やっぱりエルの実姉はキャロルなんだろう。あるいは、もう一人の自分、かね。

 

「おおっ! ゼロは強いなっ!」

「そりゃあね。彼の師匠のレオは格闘戦ならウルトラマンの中で一番強いと言っても過言じゃない」

「しかも、そのレオの師匠は何とセブンなんです!」

「「そうなのか」」

「燃えるわね!」

「いいなぁ。絆、だね」

「ナイスです。ある意味で恩返し、ですね」

 

 そうそう。この話は響達にも好評だった。ついでにレオとメビウスの共通する名場面と名台詞を教えたらその厳しさに一瞬息を呑んでもいたっけ。

 

 ……あの場面と台詞、多分だけど一番刺さったのは響だろうな。何せ彼女はメビウスに近い。涙を流す事を責め立てるアレは、相当心にくるものがあったはずだ。勿論、その裏に込められた想いと意味も理解して。

 

「キックに炎のエフェクトがカッコイイわねっ!」

「ホント。悪を許さない怒りみたいだね」

「あるいはゼロの闘志の表れかもしれないぞ」

「むしろそっちだろうな。血気盛んな性格をしているし」

「格闘に上手く光線なども取り入れて、戦い方が上手いです」

「この辺りもセブンに似てるんです!」

 

 怪獣墓場で繰り広げられるゼロとベリアルの戦いは、ゼロがその勢いと若さで優勢を作り出していた。勿論ベリアルも負けてはいない。だがその強さを支えるギガバトルナイザーを手放す事になった後は終始劣勢となる。

 

 ここ、地味にレオを意識してる気がするんだよなぁ。武器に頼れば隙が生まれる。最後に頼るべきは自分自身。そうメビウスに言ってたし、ここは徒手空拳で戦うゼロと道具に頼るベリアルの差が如実に出る展開だから。

 

 そう、最後の展開もそれを裏付ける。プラズマスパークの光がゼロへ味方し、ベリアルを倒す力を授けるのだ。それこそただ貪欲に力を求めた者へ眩しく輝く希望の光が下した審判。誰かを守る。そのために力を、強さを磨き、けしてそれに驕らぬ者にこそ奇跡は起こせるのだと。

 

 怪獣達の怨念と合体したベリアルを打ち倒し、ゼロとセブンが親子として向き合い出したところで物語は幕を閉じる。そのラストに二度目となるエルが瞳を潤ませ、ドヴァリンは何度も細かに頷き、弓美達は感じ入ったのか黙り込む中、キャロルは……なんと涙を流していたのだ。

 

 しかも黙って涙を流すキャロルはそのままこちらへ顔を向けてきた。

 

「……小父さん」

「何だい?」

 

 心持ち優しく声を出す。今のキャロルは本来の彼女、父親を失った頃の少女だと思ったからだ。

 

「セブンも、ゼロのパパって言いたかったの?」

「多分ね。自分が父だとなれば余計な重圧をかけてしまうし、周囲も妙な気遣いや視線を向ける。だからこそ、ゼロがそれらに負けない立派なウルトラマンとなるまでは黙っていたんじゃないかな?」

「…………そっか」

 

 納得したとばかりに小さく笑みを浮かべ、キャロルはそっとその胸へ手をあてた。きっとキャロルはゼロとセブンにかつての自分とイザークさんを重ねたんだ。許されない事をした自分をイザークさんが見て、どう思い、どうするのかをそこに見たのかもしれないな。

 

 こうして鑑賞会が終わると弓美達がスイパラの活動について話し始め、ドヴァリンはエルやキャロルとゲームを始める。何と言うか、まるで正月やお盆のようだ。

 でも、ここはみんながただの人であれる場所だからこそそうなるんだろう。マリアや奏に翼さえも、いやセレナやエルだってそうだ。この世界では、この家では、みんな肩書きなんてない存在なんだから。

 

「でさ、今度は三人曲じゃなくて二人曲にしてぇ……」

「あー、あたしとユミとかテラジとあたしみたいな?」

「面白いですね。あっ、じゃあじゃあいっそ今までに歌った歌をカバーするのはどうでしょう!」

 

 楽しげに話すスイパラの三人はある意味平常運転だろう。

 

「ドヴァリンさん、そっちへ行きました!」

「任せろ。罠を仕掛ける」

「エル、今の内に回復しておけ。罠にかかったら一気にいくぞ」

 

 一狩りいこうぜ、な三人はある意味で本当ならそう出来ていない組み合わせなんだよな。それも、ああやってゲームをやって楽しそうに笑ったり悔しがったりなんて余計に。

 

 これが、平和ってやつなんだと心から思う。ここにいる六人はそれぞれがそれぞれで普通じゃない力を持っている。それらが必要なく、非常の才が求められない事が平和であり幸せだ。

 今の俺では、それを仮初めにしか維持出来ない。もしかしたら、その内維持さえも出来なくなるかもしれない。

 

 それでも、それでも叶う事なら、これがみんなの居場所での普通になって欲しいと思う。訓練や出動なんてものが遠い思い出になり、過去になって、歴史となってくれるようにと。

 

「……ヒーローなんて必要とされないのが、一番なんだし」

 

 心の底からそう思って、俺は静かに立ち上がると全員分の飲み物を用意するべくキッチンへと向かう。

 さて、どうせこのまま今日は泊まりになるだろうし、頃合いを見て買い物へ出かけますか。

 

 

 

 発令所のメインモニターに流れる映像に誰も言葉がなかった。それはどこかで起きている惨状を映しているのではない。だが、ある意味ではどこかで起きた事なのかもしれなかった。

 

『成敗っ!』

『せいやぁぁぁぁぁっ!!』

 

 ヤミーと呼ばれる怪人が仮面ライダーオーズによって倒される。それを見て弦十郎が小さく息を吐いた。

 

(まさか錬金術で時間操作とはな。それも徳川八代将軍吉宗の時代か……)

 

 今彼が見ているのは“仮面ライダーオーズ~将軍と21のコアメダル~”という作品だ。当然仁志から提供されたもので、二週間レンタルだからとエルを通じて根幹世界へ持ち込まれていた。

 これが提供された理由は大きく二つ。一つは仮面ライダーというものを弦十郎達に知ってもらう事。もう一つがこの作品に出てくる敵が錬金術師である事だ。要はキャロルが興味を持っていたので見せてあげたかったと言う訳である。

 

 ちなみに仁志から事前に将軍とは暴れん坊将軍こと徳川吉宗であるとエルを通じて教えられていた。しかも、そちらに関してはDVD-Rという形で暴れん坊将軍の再放送を録画したものが届けられており、弦十郎の懐へと収められている。

 

「……おいおい、とんでもないな、この男性」

「本当に。だけど、機転が利くわ。相手の誘惑を逆手にとって、その思い込みを利用して逆転するなんて」

「まったくだ。ここにいる全員を家族扱いとは……」

 

 朔也、あおい、キャロルが仮面ライダーオーズこと火野映司の行動に感心しつつも苦笑する。だが三人はこうも感じていた。どこか仁志に似てると。

 正確には仁志は幾多ものヒーロー物を見ているために自然と似る部分があるだけなのだが、残念ながらそれを指摘できる人物はここにはいない。

 

 時代を現代へと戻し、オーズはなんと敵であるはずのグリード達からの密かな援護を受けて強大な敵となったガラと戦う。

 ガタキリバと呼ばれるフォームの特殊能力である分身を作り出し、一体を残して別のフォームへと変身するという奇策により、ガラは見事打ち倒される。

 

「……トドメのシーンは圧巻だったな」

 

 映画を見終えた弦十郎の呟きに誰もが頷く。だがそれだけで弦十郎の感想は終わりではない。

 

「それにしても仮面ライダーか。装者達が共感を覚えたのも理解出来る」

「ええ。完全にやってる事の規模が装者レベルです。しかも、元々は一般人」

「それが正体を隠して危険な存在と戦う、だもんなぁ。あれで支える組織があったら完璧ですよ」

「実は、ライダーと近い戦いをしているスーパー戦隊という存在がいます。彼らは場合によっては支援する組織を持ち、もっと僕らに近いそうです」

 

 その発言に弦十郎はやはりかと息を吐いた。何せ一般人であった仁志は、強力なコネや資産などないまま装者達をまとめ上げた。それには少なからず組織というものをどうまとめ上げるかの手本を知っていなければならない。

 

 だがフリーターである彼が組織運営に関わる事があったとは思えなかったのだ。故にどこかでそれらを知るか、あるいは学ぶ機会があったと読んでいたのである。

 

「エルフナイン君、もし可能であればなんだが」

「分かっています。兄様に言えばスーパー戦隊の本などを入手出来るはずです」

「……頼む」

 

 既にウルトラマンがいた世界と関った事もあり、ライダーや戦隊と関わる事がないとは言い切れない。その際、上位世界の情報が活きる事もあるだろう。そう思った弦十郎は、繰り返し調べる事が面倒な映像ではなくそれらが容易な書類として情報を求めたのだ。

 

 こうしてエルを経由して弦十郎の頼みを聞いた仁志は、そういう事ならと戦隊だけでなくライダーやウルトラマン、メタルヒーローなどの大全集を(頼まれもしていないのに)購入する。勿論その資金は動画収入で得た物だ。しかも当然ではあるが渡す前に確認作業と称して仁志が目を通していた。要は自分の利益を兼ねた情報収集及び資料調達であった。

 

 ただ、これが意外な形で功を奏す事になるのだが、それは語られる事はない。

 

 ──あのさ、昨日あたしの夢に赤いスーツのヒーローが出てきたんだけどよ……。

 

 それもまた、忘れられない思い出の一ページとなる。

 

 

 

 有り得ない光景が展開されていた。少なくても、小父さんを除いてそう感じていたはずだ。

 画面に映し出されていたのは今や私もよく知る存在となった二人のヒーロー。片方は光の巨人、ウルトラマン。もう一方は自然と科学の申し子、仮面ライダー。その二人が今、画面の中で対峙していた。

 

「な、何でライダーが巨大化してるんですか?」

「まぁこれは一種の夢みたいなもんだと思ってよ」

 

 響の疑問に小父さんがそう返して笑う。場所は当然ながら小父さんの家。そこに響達かつての学院組と切歌に調の現学生二人、そして私にエルもいる。

 

「ライダーが跳んだぞっ!」

「ウルトラマンも構えたっ!」

 

 それだけじゃない。翼にマリア、セレナや奏もいた。当然ヴェイグとドヴァリンもだ。そして……

 

「これでタイトル回収って事かよ。まぁ好きな奴らが見たいもんだとは思うけどな」

 

 実はクリスもいる。春休みだと言って短期休暇を取って帰国しているからだ。まぁおそらくだけど少し前に小父さんが会いに行ったのが関係してると思う。司令達に無理を言って強行軍で留学先へ行ったぐらいだし、それを受けてクリスがどう思うかなんて想像が出来るし。

 

 それと今回のイベントは全部小父さん主導だ。

 

 ──やっと手に入れたかった物が手に入ったからみんなで見ない? 

 

 そんな言葉から始まった誘いは案の定あっさりと声をかけられた全員が乗った。本当はここにあと三人いるはずだった。響と未来の友人でツインテクターを持つあの三人だ。

 

 ──すみません。お受けしたいのは山々なのですが……。

 ──実はツインテクターの定期メンテに行かないといけないんで。

 ──ごめんなさい! 出来ればまた誘ってくださいっ! 

 

 と、そんな理由で今回不参加となっている。小父さんは残念そうだったが、購入した以上はいつでも見られるからと三人へ告げて、都合がついたらいつでもおいでと締め括ったそうだ。

 

 ……何だろう。今の小父さんとあの三人だといかがわしい事をしそうで嫌。

 

 そんな事を思っている間にも画面の中では物語が進行中。今はウルトラマンとライダーがそれぞれ街で暴れる怪獣や怪人と対峙していた。

 

「ししょー、ウルトラマンとライダーって同じ世界にいるデスか?」

「そういう世界もあるかもね。何せゴレンジャーやジャッカー電撃隊がいる世界だと、ライダーやキカイダーも一緒にいて悪と戦ってると明言された事があるし」

「マジかよ」

「じゃあ、ゴーカイジャーがいた世界も?」

「かもしれないなぁ。何せ宇宙刑事がいるぐらいだし」

「じゃあじゃあ、あの世界は悪と戦ってる人達が、ヒーローが沢山いる?」

「そうなる、か。マクーやマドー、フーマの宇宙犯罪組織に、黒十字団を始めとする悪の軍団、更にはショッカーから連なる秘密結社。それらから世界を、地球を、宇宙を守り抜き、その後も平和を守って戦い続けるヒーロー達が」

 

 小父さんの噛み締めるような言い方に誰も言葉がなかった。告げられた内容は私にだって分かる程重たいものだ。平行世界でもヒーロー達はその運命に負けず、孤独な戦いや苦難の道を行き、平和と笑顔のために進み続けている、か……。

 

 世界を識るんだ。そんなパパの言葉を思い出して、小父さんの言った言葉を噛み締める。いくつもある平行世界。そこには恐ろしい存在や不気味な存在もいる。それらから人々を、笑顔を守るように戦う存在達も。

 きっとそれを識る事が出来たのは小父さんのおかげ。

 この上位世界で響達が出会ったただの人。それが知っていた知識と情報は、ある意味では恐怖と不安を呼び起こすものかもしれない。けど、ある意味では大きな希望や安心をくれるものでもある。

 

 今もどこかで誰かが平和や笑顔のために頑張ってくれてる。いつか私達と出会い、絆を結び、共に願う未来を掴むために誓い合えるかもしれないと。

 

 ウルトラマンゼロや仮面ライダーディケイドを知った今なら、私もそう思える。ヒーローは孤独(ひとり)に見えるかもしれないけど本当はそうじゃない。その背には、多くの人達の願いが、祈りが、助けがある。そう小父さんは言ってた。

 

 私も、そうだった。本当は気付いてた。私の事を思うエルや響の気持ちは。それをあの頃の私は見えない振りをして、気付かぬ振りをして、分からぬ振りをして最期まで我が道を行った。

 あの時、私が少しでもその願いに、祈りに、助けに向き合っていたら、パパの最期のお願いを歪ませて叶えようとしなかった。

 

「おおっ! ライダーキックだ!」

「スペシウム光線も決まったぞ!」

 

 ドヴァリンとヴェイグが出した声に私は意識を切り換えて画面へと集中する。そこでは怪人と怪獣がそれぞれヒーローの必殺技を受けて今にも倒れそうだった。

 

「デデッ?!」

「嘘……」

「合体、した?」

 

 だがそこで死にたくないという怪人と怪獣の想いが最悪の奇跡を起こした。まさかの融合とはな。戦隊じゃあるまいし、人間サイズが巨大ロボサイズへ融合か。

 

「あっ! ウルトラマンがっ!」

「思わぬ強化に苦戦しているな」

「さっきまでの相手に近いのに攻撃力も戦術も異なるのよ。仕方ないわ」

「ライダーはこうなると戦い辛いしな」

「あっ! クリスちゃん見て!」

「バイクで攻撃しようなんて……」

「やるねぇ。相手の大きさに怯まず自分に出来る最大限の事を、か」

「だがあれだけでは援護がやっとだ」

 

 言いながら私はチラッと小父さんを見る。小父さんはどこか楽しそうに笑っていた。

 

「諦めない気持ちが不可能を可能にする。それはもしかしたらこの事があったから生まれた言葉かもしれないな」

「どういう意味デス?」

 

 切歌が疑問符を浮かべると小父さんは画面を指さした。

 

「見ててごらん」

 

 言われるまま全員が画面へと視線を向ける。するとライダーがバイクに乗ったまま上空へ跳び上がった。

 

 ──えっ!? 

 

 全員の声が一致する中、ウルトラマンが出現する時のようなポーズをライダーがしたかと思うと何と巨大化した。

 あまりの事に瞬きする。どういう原理? ううん、どういう力でこうなった? きっと全員同じ事を思ってるはず。けれどそれに対する説明も解説もないまま、ただ同じ画面に並び立つ二人のヒーローは何とも言えない高揚感と微かな、でも確かな安心感を与えてくれる。

 

「負けはない、な」

「ええ。絶対勝利ね」

 

 翼とマリアの言葉に小父さんが静かに頷く。きっとみんな同じ気持ちだ。

 しっかり小父さんに感化された私達は、すっかりこのヒーロー達に心を掴まれている。

 片や宇宙の平和のために頼まれもしないのに戦う宇宙人。片や人ならざる体となったのに自由と平和のために戦う地球人。

 共通するのは願うもの。誰もが笑顔で暮らせる世界。そのためにこの二人はその身に宿した力を使い続けていくんだ。

 

「何か感動……」

「響?」

「だってさ、本当ならこの二人が一緒に戦うなんて出来ないんだよ。でも、それが出来たら、こんなにも頼もしいんだ。それを絶対ウルトラマンもライダーもお互いに思ってるはずだもん」

「普段は孤独な戦い。そこへ肩を並べて戦える者が、友が来る。これ程心強く、また有難い事はない」

「分かったわ。これを考えた人達は、きっと仁志のようにヒーローが好きなんでしょうね」

「だと思うよ。もっと言えば、だ。ウルトラマンと仮面ライダーと言う日本を代表するヒーローの共演を見たいって思いはずっとどこかで誰もが抱いてたものなんだ。その気持ちを持った人が製作陣の中に増えたんだよ。丁度ウルトラマンやライダーを少年時代にリアルタイムで見た人達がそういう年齢になる頃の作品だし」

 

 想い、か。その強さはよく知ってる。良くも悪くも人の想いは力となる。私がそうだったように、人は想いだけでどこまでも突き進んでしまう。いや、突き進んでいけるんだ。

 それを良い方へ向けられると、こうやって誰かの笑顔を作る事が出来る。パパもそうだった。困っている誰かを助ける。その想いだけであの結末を予期しながらも突き進んだ。

 あのパパの行動のおかげで笑顔を取り戻した人がいる。笑顔になれた人がいる。それを、私は忘れてた。パパのやった事は無駄じゃない。その結果私の笑顔が消えたとしても、それでも守れたものや取り戻せたものがあるんだ。

 

 ……多分小父さんにこの事を言ったらあの優しい表情でこう言うんだろうな。

 

 ──いいんだよキャロル。悲しい事は悲しいって言って。嫌な事は嫌だって言って。何でも飲み込むなんてのは決して良いと言えないんだしさ。

 

 何だか想像の中の小父さんの声と記憶の中のパパの声と重なる。同じじゃないのにその言い方やあったかさが似てる、気がした。

 

 思えば、パパも小父さんも人の善意というかその優しさや良心を信じてるところが同じだ。当然パパも小父さんも人には悪の面もあると知ってる上で。

 それでも人の心の光を信じている。ううん、きっとそれを信じない事が持つ意味を理解しているからだ。人の心の闇に打ち勝つために人の心の光を信じる。自分の身を闇へ堕とさないように。

 

 そう思って見れば画面の中のヒーロー二人が融合怪獣へそれぞれのトドメを放っていた。

 きっと彼らもパパや小父さんと同じだろう。人の心の光と闇をよく知るからこそ、その闇と戦い光を信じるんだ。

 

闇から生まれても光を目指せば……か

 

 小父さんはライダーを人の影と言った。闇から生まれた存在だからこそ光を目指す。その在り方故に闇ではなく影なのだと。

 ウルトラマンは光の化身だけど、それ故に闇に身を落とす事もある。ヒーロー達でさえも闇からは逃げられない。だからこそ彼らは揃って言い切るんだ。

 

 決して諦めない。信じ続けていれば必ず光は、希望はそこにあると。

 

「兄様、これで終わりですか?」

「う~ん、ある意味で終わりだけどお祭り作品としてはまだ終わりじゃないな」

「どういう意味だ?」

「見てれば分かるよ。最後まで、な」

 

 ヴェイグの質問へそう返して小父さんは微笑む。それは完全に父親のそれだ。小父さん、最近父性が爆発してる事が多い。

 そのまま小父さんに言われるまま私達はエンドロールを眺める。流れる歌は初めて聞くけどこの作品のために作られた事が分かる歌詞だ。戦う勇者手を組めば、二人の願いは一つ、か。

 

 もう私だって分かる。ヒーローは、自分達が必要なくなる事を願ってるって。自己の否定とも取れるその矛盾。

 それこそが正義の味方(自称する者)正義のヒーロー(他者からの評価)の違いだとも。自身の思う正義の味方をするのではなく、その在り方や行動が周囲から正義とされる者がヒーローだ。

 

 そう、自分を絶対正しいと思うのではなく、どこかで迷いや躊躇いを抱えながらも世界の平和やみんなの笑顔のためにと決断し行動する生き方を選べる存在なんだから。

 

 かつての俺には思いもつかないもので、今の私なら少し理解出来て、きっとあの頃のパパがやっていた生き方。心が強くなければ出来ない、生き方だ。

 

 と、そんな事を考えているといきなりそれは出てきた。

 

「ウルトラマンがサイクロンに跨ってる……」

「何か……凄い」

「あっ、ライダーがスペシウム光線のポーズしたデス!」

「兄様、今のが?」

「そう。ちなみにライダーが巨大化する事に対する原作者の要求がさっきのあれ。ウルトラマンがサイクロンに乗ってくれるならいいよ、だって」

「それは、何ともユーモアのある返しだ」

「ふふっ、そうね。きっとその原作者も仁志みたいな人だったんじゃない?」

「どうなの先輩」

「いやいや、石森先生は俺なんかよりも遊び心のある人だったと思うぞ。そうだなぁ。大人だけど子供の視点を忘れない人だったかも」

 

 そう告げる小父さんはどこか子供のように見える笑顔だ。ヒーローなんてものを心から好きで、その作り物を目指してる小父さん。だからきっとその笑顔はどこか少年のような印象を与えるんじゃないかって、そう思う。

 

 そうして全てを見終えた私達へ小父さんはニコニコしながら振り向いた。

 

「どう? 日本の特撮の歴史に残るお祭り作品は」

「ワクワクしたデス!」

「はい! さすがに今回は作り物らしさが強かったですが、だからこそ楽しめました!」

 

 切歌とエルは小父さんの影響ですっかり、えっと、特オタ、とか言ったっけ。それになってる。だからこその反応と感想だ。

 

「うん、きっと師匠みたいな人達が作ったんだろうなって思った」

「これも、ある意味で大人が子供のために真剣に作った物ですね」

「みんなを笑顔にする物だな。俺もそういう物を作れるように頑張るぞ」

「そうだな。元気や勇気をもらえる話だった」

 

 調やセレナは二人に比べれば小父さんの影響力は少ない。ただ、ヴェイグやドヴァリンは心配。最近じゃ小父さんは親友だって二人して言ってるし。

 

「私はEDの歌が気に入りました!」

「あっ、うん。それぞれを表す歌詞がいいよね。光を浴びてに、嵐の中を駆け抜けていくだもんね」

「あたしとしては二番の方が好きだな。かけがえのない地球人(ちきゅうびと)にロマンをくれた、とか、遥かな夢と誇りを守る、とか」

 

 で、響は何故か挙手して発言。それに未来やクリスが同意するように感想を述べた。私もそれには同意する。あの歌、短いけどウルトラマンとライダーの表現として最適だと思う。

 

「あたしは最後の遊び心が良かったかな」

「うん、いいよね。大人も子供に戻れる感じで」

「あれこそが子供心を忘れないって意味なんでしょうね」

 

 そして奏達は大人な意見。子供心、か。思えばパパもそういうとこがあった気がする。本当の大人って、意外と子供心を持ち続けられる事かもしれない。

 

 なら、私も本当の大人になろう。少なくても、今のままじゃパパにも小父さんにも微笑まれる。

 

「そうだな。今日は改めて小父さんが好きなものが持つ力を感じ取った」

 

 私がそう言うと予想通り周囲がこちらへ驚きの顔を向ける。ふふっ、そんなに驚きか? 私が小父さんとそう呼ぶ事は。

 

「きゃ、キャロルちゃん? 今、仁志さんの事、おじさんって」

「ああ、呼んだ」

「そ、そんな呼び方してた?」

「以前から時折な」

「おじさん、かぁ。でも、うん、只野さんとキャロルちゃんなら自然かも」

 

 騒がしくなりそうな響へ淡々と返し、私は視線を小父さんへと向け続ける。小父さんは私を見つめて何度か瞬きを繰り返していたけど、何かに気付いたような顔をして小さく笑った。

 まるでそれが、私の変化を喜んでるパパみたいにも見えてちょっとくすぐったかったけど。

 

 もしかすると私、知らない間に年上好きになってる? あるいは父性を感じさせる相手に弱い? 

 だとしたらパパのせいだ。うん、間違いなくそうだ。覚えててねパパ。いつかそっちに行った時、後悔させてあげるんだから。

 

 私は、パパみたいなオジサンを好きになっちゃったんだって。




ウルトラマンvs仮面ライダー。このタイトルを見た時の衝撃と興奮は忘れられません。
実際に目玉だった新作映像を見たのは発売より数年先の事になるのですが、やっぱり有り得ないと思っていた共演を見た時の事は強く覚えています。

……今回の話を書くに辺りついDVDを購入してしまったのは内緒(苦笑


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。