深淵の狩人 (宮条)
しおりを挟む

1

虚無期間中に実はこんなの思いついてましたその1


それは、数え始めてから丁度一万回目の目覚めになるはずだった。

混濁した意識と身を起こして最初に見るのは廃墟同然の診療所、そのはずだった。

 

 

目が覚める、とも違う奇妙な感覚の中で意識が覚醒する。

 

「…………………」

 

起きて早々にこの状況が異常である事を察知する。

 

(………どこだ?)

 

知らない土地だと辺りを見回して確信する、今までの陰惨な古都とは打って変わって自然が一面を覆う場所に寝転がっていた。

 

(どういうことだ、何故あの診療所ではなくこんな所で………まさか悪夢にでも迷い込んだか?)

 

確かに悪夢ならばヤーナムとは似ても似つかぬ異様な風景が見られる、しかしその考えは即座に切り捨てる。

 

(明るい………しかもこれは)

 

日光、太陽から発せられるそれが身体を包んでいる。試しに手をかざしてその温もりの真偽を図る。やはり温かく、それでいて心地よい感触が掌に伝わる。

かざした手を動かすと指と指の間から日光が溢れる。慣れない光に目を細め、そして思う。

 

(いや、まさか)

 

思考が揺らぐ。瞳が明滅する。鼓動が騒がしい。

そんなことがあっていいのか、そんなことが起きてしまっていいのか。

今まで体験してきたどの狂気も、この瞬間には劣ると確信を持って言える。

 

「…たのか」

 

だがこの状況は、そうとしか言えない。

 

「終わった……のか」

 

見渡す限りの自然、天から降りる光、これだけ見せつけられてしまえば、認めるしかない。

 

「終わったんだ……っ!」

 

獣狩り。

冥く、永く、血と狂気に彩れたその使命が果たされた事を。

 

「遂に夜が明けた、開放されたんだ………良かった…っ!」

 

あまりの歓喜に膝から崩れ落ちる、しかし身体とは裏腹に感情が収まる気配が無い。

ここまでにどれだけの時間を費やしただろうか、十年か二十年、いやそれ以上だろうか、もしかするととっくに百年は経っているかもしれない。

それでも、そうだとしても遂に抜け出したのだ。繰り返す夜を越えて、ここに。

今ならあの処刑隊が血の女王を肉塊に変えた時の気持ちが分かる。

不可能とも言える悲願を、しかして望みを捨てずに追い求めた末に辿り着いた場所。

あの時は狂気に駆られた姿にただ慄いて殺す事だけを考えていた、しかし今となってあの変貌ぶりにも理解が及ぶ。

ああ、何と素晴らしい事か。理性が邪魔しなければ自分とて彼の様に大声でこの喜びを叫びたい位だ、とそう悦に浸っていた矢先に意識がハッとする。

 

(いや待て落ち着け、夜が明けたとは言えここは見知らぬ土地、別の脅威が無いとも限らんだろう)

 

興奮した脳と身体を鎮めて改めて思考する。

結局ここはどこなのか、まずはそれを探らなくてはならない。もう一度辺りを探索して正確な地形を把握する必要がある、とりあえずは落ち着いた身体と未だに力が入らない膝を無理やり起こし、当てもなく森の中を突き進んでいく。

そしてやはりというか、少し移動しただけでもここが未知の土地だと思い知らされる。

 

(ヤーナムとは違うな、木も生き物も活気に溢れている)

 

吹き抜ける風にしても、それに揺られる木々も、そしてその木々で囀る鳥達も、全てが生命に溢れている。

そこまで考えて、足を止める。

 

「……水か?」

 

正確には水が流れ落ちる音だろうか、氾濫した川の様な轟音がどこからか聞こえる。

耳を澄ましてみるがどうにも音の発生源が複数あるようで正確な位置が分からない。

一先ず一番近くから聞こえる場所に向かう。先程まで同じ風景だったのが音が聞こえる位置に近付くにつれて視界が開けてくる、どうやらここら一帯が森という訳では無いらしい。

 

「近いな」

 

遠くから聞こえた水の音が騒がしくなってきた、目的の場所が目前に迫ったのだろう。

それと同時に目の前の木々の先から光が差し込んできた、森を抜けるのも間近の様だ。

慣れない陽の光を手で遮りながら前へと進む、そして森を抜けた瞬間に太陽光を邪魔していた木々がなくなったことで先程とは比べ物にならない光が身体を包む。

眩む目を必死に凝らして順応させる、真っ白な視界が晴れ、世界が瞳に飛び込んでくる。

 

「…………」

 

声が、出なかった。

目に入ってきたのは、ヤーナムや悪夢では有り得ない大自然だった。

切り立った崖、流れ落ちる無数の滝。

 

そして何よりも目に付くのは、大穴。

 

「下が見えない……雲海なのか?」

 

あまりにも大きく、深い。

この大穴の直径だけでも相当なものだが深さが計り知れない、それ故か穴の奥底は雲で覆われている。

 

「聖杯で地底に潜った時でもここまでの深さは無かったぞ……」

 

ヤーナムの狂気とは別で、この大穴の異様さに慄いていた。

直後、明らかに不自然な音が響く。

 

「…っ!」

 

即座に木の影に身を隠し、周囲を警戒する。

狩人の業によって右手にノコギリ鉈、左手に獣狩りの短銃をそれぞれ装備する。

そっと身を晒して音が聞こえた方向に視線を向ける。

 

「人工物か?」

 

視界に入ったのは大穴の底から雲を掻き分けて上がってくる金属製の大きなカゴ、中は良く見えないが恐らく人が乗っている様だった。

 

「吊り上げられている……昇降機、ゴンドラの類か」

 

ヤーナムでも何度かお目にかかった物だが、重要なのはゴンドラそのものでは無い。

 

「人が……乗っていたな」

 

果たしてこの地の人間は話が通じるのか。

もしヤーナムの様な知性なき獣と同等であれば、開放されたとは言え自衛の為に狩りをせねばなるまい、しかし使命も無しに何かを殺めるのはどこか引っかかる。

 

「む?」

 

ある事に気付く、そもそも何故あのゴンドラは上へと吊り上げられているのか。

ふと空を見上げる、そしてここに来てその違和感を感じ取る。

 

(太陽はどこだ、この光はどこから来ている?)

 

確かに辺りは明るい、この光も太陽から発せられる光である事は間違いないだろう。

しかし肝心の太陽は空を見上げてもない、あるのは下と同じく大空を埋め尽くさんばかりの雲だった。

どういう事なのか、焦る気持ちを抑えてこの現象の原因を確かめる為に目を閉じる。

 

(もしこの不可解な現象に見えない何かが関わっているのなら、あるいは)

 

目を閉じ、瞳を開く。

 

(何だこの布の様な物は)

 

己の瞳から理性と先入観を取り払い、蒙きを啓らみ、世界を一切の齟齬なく認識するそれを啓蒙と呼ぶ。

そして既に抱える啓蒙が極まっているこの瞳は、しっかりと元凶を捉えていた。

薄い、とても薄いヴェールの様なものが辺りに漂っていた。それがなんであるかは分からないが、恐らくこれが何重にも重なっているが為に太陽そのものが見えず、代わりに光が屈折してここに届いているのだろう。

 

(分からない……この薄布も大穴も……穴?)

 

咄嗟に大穴を覗いて、その目を見開く。

そこには目の前ではただ風に揺られて漂うだけだった薄いヴェールが、大穴の中心に引っ張られるように捻れていた。

それを見て、思わず笑ってしまった。

 

「面白い」

 

探索、収集、戦闘。

散々やってきたそれは忌むべき事なのだろう、しかし今となってはその認識を改めねばなるまい。

ヤーナムから開放された今、何をしようと自由だ。どこか静かな場所で隠居するのも良いだろう、積み上げた智慧と技術を放棄して人の生活に溶け込むのも悪くない。

だがこの身に宿るのは紛れもなく多くの狩人が目指した技術の極致、この脳に刻まれているのは智慧の全て、それだけの自負はある。

そして目の前には未知なる大穴、得体の知れない薄いヴェール、それを飲み込む穴底の力場。

これだけの力がありながら、この未知に背を向けられるのか。

 

「あぁ……無理だろうさ」

 

一歩、一歩と大穴へと近付いていく、これが狂人の発想であるのは勿論理解していた。

だがここで、頭の中にメンシスの悪夢で出会った男の言葉を浮かんでくる。

 

「けれど、我らは夢を諦めぬ」

 

あと一歩、それより先は奈落の底。

 

「何者も」

 

だがその一歩を躊躇うことはなく

 

「我らを捕え、止められぬのだ」

 

音もなく、その姿は深淵に飲まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狩人もまた、未知への憧れは止められないのだ。




とりあえず書いてる分だけ投稿します(続くかどうかは気分次第)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2

続きです。


 

「それとこれお願いね、あぁ後この間頼んでた物どうなったかしら?」

「はいはい少々お待ちを、それと頼まれた物なら……っと」

 

あれから紆余曲折の末、どうにかこの世界に馴染む事に成功した。

 

「まあ、頼む前よりも綺麗じゃない!」

「少々手間はかかりましたが、中身も全部取り替えて動くようには」

「本当に良いの?手間賃ぐらいは…」

「良いんですよ、趣味でやってるようなものなので……それに本業の方だけで収入は充分に入ってきますから」

 

この雑貨屋を開業するのにも苦労した、この街での住民権に資金の確保、そして正体を隠す為に偽装した自身の過去。

 

「何から何までお世話になっちゃったわねぇ、それにしても遠い異邦からここに移住してきたって言ってたけどいつ見ても本当に綺麗な顔ねぇ……どう?私の娘と……」

「毎度毎度懲りないですね、家庭を持つつもりはありませんよ」

「もう頑固なんだから、娘も満更じゃなさそうだし貴方が了承さえしてくれれば今すぐにでも」

「どうぞご注文のお品です、ご利用ありがとうございました」

 

半ば強引に会話を打ち切り目の前の常連を追い出そうとする。渋い顔をしているが諦めてくれたようだ、今日はこれで退いてくれるらしい。

 

「仕方ないわね……それじゃあまたよろしくね、ヤーナムさん」

「娘さんとの縁談以外でなら、歓迎ですよ」

 

そう言い常連は店から出て行く、それを見送ったと同時に深くため息をつく。

 

「全くあの執念深さはどこから来るんだ…」

 

しかし毎日欠かさず来てくれるのだから無下にもできないなと思いつつ椅子に腰掛ける。今日は客足が少なかったが、あの常連との会話だけ疲れてしまった。

 

「………しかし随分とお喋りになってしまったな」

 

ぼんやりと窓の外を見やる、そこから見えるのはあの大穴だった。

オース、アビスと呼ばれる大穴の周りを囲うように築かれた街。

そこの一角にポツンと建っている小さな雑貨屋の店主。生活用品を仕入れ、それを売り、時には客が持ち込む壊れた家具や小物を修復する、ここらでは少し名の知れた異邦の土地から来た外国人、ヤーナム。

それが今の自分だ。

 

「もう十二年か……」

 

時間が経つのは早いもので、この世界に来てからそれだけの時間が経過していた。

勿論その間にこの世界の事もだいぶ理解出来た、今自分が住んでいるこのオースは南海ベオルスカと呼ばれる地域に存在する孤島である。実際に行ったわけではないが、この孤島より遥か先には大陸があるらしく、そこに住む他国の人間もこのオースへ良く来るらしい。

その理由は、やはりこの街の中心にある大穴だろう。アビスと呼ばれるそれは約1900年前に発見された直径約1000m、深さ推定20000m以上と言われている縦穴、この世界においては人類が唯一未踏の秘境であるらしい。このオースも元はアビスの調査の為に作られた基地が拡大していった結果なのだそうだ、そしてアビスに人が集まるのはただ未踏の地だからではない。

遺物と呼ばれるおよそ人間の理解を越えた物が眠っているらしく、物によってはそれ一つで国の情勢が傾く程の価値がつけられるらしい、それを求めて探窟家と呼ばれる者達が日夜アビスを出入りしている。

しかし発見されてからこれだけの年月をかけても、アビスの底には誰一人として辿り着けていない。アビス内に生息する生物や気候が危険というのもあるらしいが、大きな原因はアビスからの帰還に問題(・・)があるからだろう。

後から知った事だが、自分がこの世界に来た時のあの場所が既にアビスの中であったらしい、と言っても深さはせいぜい100mそこら、あの時点で大穴の異様さを垣間見たが、それより先に潜った時の景色は比べ物にならなかった。

 

「……っと、やめだやめ」

 

あの思い出に浸りそうになるのを無理やり掻き消して立ち上がる、今となっては忌々しいだけの記憶なのだから。そろそろ日も暮れる、店を閉める前に商品の整理でもしよう。

 

「そろそろ新しい食器類でも取り寄せるか、調味料もだいぶ少ないな、後は………」

 

ふと、商品が並ぶ戸棚の横に掛けられている古ぼけた衣服が目に入る。

 

「…………」

 

それを見るといつも心が騒がしくなるが、とうに捨てた夢を今更追い求めるつもりもなかった。

手を止め、その衣服の目の前に立ち、一人呟く。

 

「俺は覚めたんだ、アビスが如何に魅力的だとしても」

 

狩人の装束、古都では常に纏っていたそれは今や埃を被って久しい。

 

「俺はもう、狩人じゃないんだから」

 

この世界に来てから、十二年。

一人の狩人が市井の者に戻るには、あまりにも充分過ぎる時間が過ぎていた。

 

「すいませーん、ヤーナムさんいますかー?」

 

唐突に店の扉が開き、幼い少女の声が聞こえてくる。険しい顔を引っ込め、いつも通りの気の良いヤーナムに戻る。

 

「いらっしゃいませ……ってリコちゃんじゃないか、どうしたんだいこんな時間に」

「あっヤーナムさん!良かった、まだ店開いてますか!?」

 

息を荒くして店へ入ってきたのはもう一人の常連であるリコだった。

彼女は近くにあるベルチェロ孤児院で生活する孤児の一人で、この街に無数にいる探窟家の一人でもある。もっとも、探窟家としてはひよっこもいいところだが。

 

「ちょうど閉めようかと思ってたとこだけど、何か入り用かい?」

「それが………」

 

何やら言い淀んでいるリコを見て、ようやくその背に乗せている重々しいものに気付く。

 

(人?しかしそれにしては気配が…)

「あっあの!」

 

決心がついたのか、少し不安げな表情でもってリコはこう告げた。

 

「この子、匿ってもらえませんか!?」

「…………え?」

 

夜は明けた。

しかして深淵は底知れず。

ただ誘い、拐かす。

 




続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3

続き


 

結果から言って、リコからの申し出は断った。しかしとりあえず事情を聞くとあの時背負っていた人(?)を孤児院の自室に運びたかったのだが、入口で待ち構えているであろう院長の目を掻い潜る手段がない為に相談しにきたらしい。

 

「あはは……やっぱり急にそんなこと言われても…」

「いや、もっと良い方法がある」

「え?」

 

断ったのは面倒だとか厄介な事に関わりたくないだとかそういう理由からではない、単純に人の目を逃れて自室に辿り着く方法に心当たりがあった。

不思議そうな顔をしているリコを差し置いて、古臭いチェストを開けてガサゴソと漁り出す。

 

「えっと、良い方法って…?」

「どこにやったかなぁ、確かここら辺に……おっあったあった!」

「?」

 

いよいよもって怪訝な顔を隠さないリコの目の前に、惜しげなくその髑髏を見せつける。

 

「これを使えばその子をバレ」

「うわぁぁぁ!!?」

 

ここで自身のミスに気付く、狩人だった時の名残りで思わず人間の髑髏を当たり前の様に手渡そうとしたが、そんな物騒な物を普通は所持しているはずがない。

 

「あっごめん!急にこんなの見せて…」

「いえ……ちょっとビックリしただけなんで」

 

突然の頭蓋に尻餅をついていたリコだったが、肝が相当に据わっているのかすぐに頭蓋に興味を示した。

 

「それでこれは何なんですか?」

「まあ……遺物みたいなものだよ」

 

そう言って店の隅で静かに眠る子供(?)の方を近付き、頭蓋を見つめてこう告げた。

 

「久しぶりの仕事だ、上手くやってくれよ」

 

すると微動だにしなかった子供が一瞬にして霧に包まれる。その光景を見てリコが驚きの声を上げたが、次の瞬間それを上回る驚きがリコを襲った。

 

「きっ消えた!?」

「やっぱり」

「え?」

「いや、なんでも」

 

霧が晴れた先には、何も無かった。

少なくともリコの目にはそう見えるだろう、そうでなければ久方振りにこんな頓痴気な道具は使わない。

 

「あの、レグは……レグはどこに行ったんですか!?」

「レグ?」

「あっ……あの子の名前!レグって呼ぶことにしたんです」

「レグ………レグ?」

 

何処かで聞き覚えがあった、それもそこまで古くない記憶がある。

 

「もしかしてその名前って前に内緒で飼ってた……」

「はい、あのレグです!」

(犬と同等なのか……)

 

未だ目覚めぬ少年に少しばかりの同情の念を感じつつ、リコの質問に答える。

 

「えっとね、そのレグ…君はどこかに行ったわけじゃないんだ」

「え、でもそこにレグは…」

「見えないだけなんだよ」

「見えない?」

 

先程までレグがいたであろう場所に手を伸ばす、すると途中で何かにぶつかりその先の空間に手が届かない。

その様子を見て恐る恐ると言った様子でリコも手を伸ばす。

 

「あっ本当だ、見えないけど……確かにここにいる」

「あんまり派手に動くと効果がないんだけどね、さっきみたいにおぶって移動する位なら大丈夫だよ」

「これが……その骸骨の力なんですか?」

「……まあね」

 

その瞬間、頭蓋を見つめつつも少し違う位置に目を向けていた事にリコは気付いていただろうか。

 

「とにかくありがとうございました、これなら院長にバレないで孤児院に入れます!」

「うん、力になれて良かったよ」

 

また今度ー!!と元気良く手を振って帰路に着くリコを見送る。そして姿が見えなくなった所でその手に持つ頭蓋を再び見つめ、突然に語りかける。

 

「すまんな、もう狩人ではない私に付き合ってくれて」

 

より正確には、その頭蓋から這い出ている奇妙な小人に。

 

「ウォォォォオオ……」

 

喜怒哀楽、その全てが読み取れない鳴き声で小人は言葉に反応する。

しかし様子を見る限り久々の仕事に満足した様で、どこか誇らしげな表情をしていた。

 

使者の贈り物。

 

狩人時代に於いては滅多に使う機会が無かった狩道具。本来は使者の姿に化けて奇襲を狙うという用途なのだが、先程も言ったように派手に動き回れば効果が無くなってしまうが故に長らく倉庫の肥やしになっていた。

しかしここに来て役に立つとは思いもよらなかった。そもそも使者は狩人にしか見えない存在、啓蒙を得た者も視認は出来るかもしれないがここにそんな存在はいないだろう。

要はアメンドーズと同じ理由だ、ある程度の啓蒙を得ていなければ奴は視認すら出来ないように、使者もまた狩人で無ければ視認出来ないのだ。ただ狩道具で真似た使者も狩人にしか見えないのか、そも他人にこの神秘を付与する事が出来るのかという心配があった為、成功した時内心ヒヤヒヤしながら胸を撫で下ろしていた。

次があればよろしく頼むと使者に告げて頭蓋をチェストの中に戻す。

 

「さて、片付けの続きだな」

 

リコの訪問で多少時間を食ってしまったが仕方ない。それに人助けをした後はどうにも気分が良い、ヤーナムでは味わえなかった新鮮な感情だ。そう思いながら柄にも無く鼻歌を歌い店の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし忘れることなかれ、未だ使者が見えているという事が何を意味するか。

 




とりあえずここまでです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4

こっちモチベが凄い。


実に騒がしい日だ。

雲一つ無い空にこれでもかと花火が打ち上げられている。この街が活気に溢れ、喧騒が絶えないのは日常茶飯事だが、今日に限ってはそれが異常な程に騒がしい。

 

「話には聞いていたが、まさかここまで賑やかになるとは……」

 

そう一人呟きながら、いつも以上に活気付いた街を見下ろす。

「復活祭…………か」

 

 

 

 

 

 

 

数時間前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

復活祭。

復活といえば誰かが生き返るかのように聞こえるが、実際には大規模な葬式と言った方が良いのだろうか。リコとの会話から二ヶ月ほど経った時、アビスに潜っていた探窟家達がある物を持ち帰った。その現場には私もリコも居合わせており、そしてレグの姿もあった。

 

「調査隊が帰ってくるだけなのに大袈裟じゃないかな、ここの人達」

「それだけ探窟家は尊敬されてるんですよ、ヤーナムさん!」

 

深層から探窟家達が帰ってくるのを心待ちにした住民達がゴンドラ乗り場付近にこれでもかと集まっている。

誰も来ない昼下がり、妙に騒がしいと思って店の外に出てみれば探窟家達が帰ってくると聞きつけた人々が足早と集結していた、正直な話探窟家達が帰ってきた程度でその帰還をマジマジと観察する意味もないのでそのまま店に戻ろうとしたが、ちょうどその時にリコとレグに出会い、リコの強引なまでの誘いに根負けして今に至るわけである。

 

「あっ出てきたぞ!」

 

レグがそう言い指を向ける、その先には確かにゴンドラから続々と降りてくる探窟家達の姿があったが、ここからでは距離のせいで何をしているのか分からない。

 

「持ってきて正解だったな」

 

ポケットの内から古都でも愛用していた遠眼鏡を取り出し、右目に添える。

 

「あっハボさんだ、おーいハボさーん!」

 

隣で知り合いに気付いたのか、大声で探窟家達に呼び掛けるリコ。ハボというのは度々リコが話してくれる黒笛の探窟家だったか、遠眼鏡を頼りにそれらしい人物を探す。

 

(あれか?確かに纏う空気が他の者とは違うな………ん?)

 

狩人の感性でもってそれらしい人物に目星を付けたが、その手に持っている物に気付く。

 

「「笛?」」

「え?」

 

ほぼ同時にレグと同じ言葉が出る、そして笛という単語に反応したリコがレグに問い詰める。

 

「笛ってもしかして白笛!?」

「うん……白い笛だ」

「………………」

 

白笛、それを持てる物はこのオースの中では限られている。まず探窟家には五つの階級があり、最初はアビスに立ち入った事の無い人間に鈴付きという階級と文字通り鈴が与えられる。そこから見習いの赤笛、一人前の蒼笛、師範代の月笛、達人の黒笛と階級毎に所有する笛の色が変わっていく。笛の色はその者の階級を示すだけで無く、アビスに潜る際の限界深度にも関わってくる。赤笛であれば深界一層の更に上部にしか立ち入る事は出来ず、一人前とされる蒼笛も二層が限度、師範代の月笛からは三層まで立ち入る事が出来、黒笛であれば特例の際に限り五層までの立ち入りが許可されている。

 

そして白笛。

 

黒笛の先にあるその階級はもはや伝説であり、このアビスを巡る長い歴史の中でもその存在は数える程しかいない。

現時点で知りうる限り現役の白笛の探窟家は五人、全員が今もアビス内で活動をしている筈だ。つまりその中の誰かが白笛を地上に還したという事は、その者はアビスの深奥に辿り着き、絶界行を為したのだ。

 

「しかしあれは誰の物なんだ?白笛の正確な形状なんて覚えてないぞ」

「えっ?」

 

何故か自分の言葉に驚くレグ、妙なことは言ったつもりはないので気付かない振りをして遠眼鏡を弄る。すると少し前方の人混みから大声が飛んできた。

 

「おい、あれが誰のか分かったぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライザだ、殲滅のライザだ!」

 

「「……………」」

 

「殲滅のライザ、物騒な名前だな……?」

 

初めて聞く名前に額面通りの意味しか受け取れなかったレグを他所に、私とリコに暫しの空白が生まれた。

 

「リコ?」

「…………お母さんだ」

「えっ?」

「ライザって、お母さんの名前だ」

 

殲滅のライザ、自分がまだここに来て間もない時もその名前は町中で聞こえた。

白笛の探窟家の中でも別格とされ、その破綻した性格と恐ろしいまでの探窟家としての才能をオースの人々に見せつけてきた偉人であり変人、実際どんな人物だったかはもう十年近く前の事なのであまり覚えていないが、その殲滅のライザの笛が地上に還されたという事実に面食らってしまった。

 

「確か……丁度十年前にアビスに潜ったきり帰ってきていない筈だったよね」

「はい、その時は私はまだ赤ん坊だったからあんまり覚えてないんですけど……リーダーが言うにはそうらしいです」

「ジルオさんか、彼は君のお母さんの弟子だったんだっけ」

「………………そうですね?」

 

何か違和感を覚えたのか、少し返答に間があったリコだったが、その違和感を探る前に目の前の群衆達が騒ぎ出し、祝いだ何だと暴れ出した。

 

「っと、まずいね……リコちゃん達は早く孤児院に戻った方が良いんじゃない?この騒動に巻き込まれたら面倒そうだよ」

「そ、そうさせてもらいます、早く行こうレグ!」

「あっ待ってくれリコ、まだここら辺の地形を把握してないんだ!」

 

そう言い残してリコとレグは人と人の間を縫ってすぐさま視界から消えていった。

 

「さてと」

 

自分もここを動かねば揉みくちゃにされるだろう、それに今日はここに来て初めて体験する行事が待っている、それに先んじてやるべき事がある筈だ。

 

「店、さっさと閉めるか」

 

 

 

 

 

狩りを忘れた狩人の何たる呑気な事か。

 

 

 

 




コロナ騒ぎであたふたしてますが元気にやってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5

ガバガバです。




唐突だが、レグの話をするとしよう。

思えば彼とまともに会話したのはリコが眠っていたレグを店に連れてきてから数日経った頃だったか。

 

「ヤーナムさんこんにちわ!」

 

正午付近という事もあり、客足も減ってきた頃合いで二人は来た。

 

「リコちゃん…………とレグ君?」

「!、どうして名前を」

 

あの時とは少し違う服装……というか孤児院の制服を身に纏っているレグ、後で聞いた話によるとリコが上手いこと孤児として正式に孤児院に迎え入れさせたらしい。

 

「レグ、この人はヤーナムさん!色んな事知っててね、この前レグを私の部屋に連れて行こうした時も不思議な力でレグの事を見えなくしてくれたんだ!」

「それは…………助かった、ありがとう」

「お礼なんていいよ。偶々昔持ってた珍品が役に立ったってだけなんだから、久し振りに使う機会をくれた君の方に感謝したいぐらいだ」

 

現状倉庫に保管してある狩人時代の持ち物の数々が埃を被っている。大半の仕掛け武器や狩道具は度々手入れはしているものの、中には小アメンの腕やゴースの寄生虫と言ったメンテナンスのしようがないのもある。そもそも終わらぬ悪夢から抜け出した今は時間が捻れていない、当然時間が経てば鉄は錆びるし物は腐る、腕も寄生虫ももしかしたら息絶えて使い物にならないのではないか。

 

(上位者とそれの寄生虫なのだ、放置した程度で死ぬとも思えないが………っと今はリコ達だったな)

 

妙な心配をとりあえず思考の片隅に追いやり、この店の数少ない常連に意識を向ける。

 

「それで今日は何の用かな?」

「それなんですけど、レグ」

「うん」

 

リコに呼ばれ、己の右手をこちらに向けるレグ。何をするのか不思議に思っていると、それは唐突に起こった。

 

「おっと」

「………えっ!?」

 

あまりの出来事に、リコが声を上げて驚く。

レグの腕が、何故か自分の方にまで伸びてきたのだ。しかしリコが驚いたのはそちらの方ではない。

 

「これは………また良く出来た仕掛けだね、もしやレグ君の体は全部こうなのかな?」

 

リコが驚いたのはレグの腕が伸びた事に対して驚かず、更に突然飛んできた筈のレグの腕をいとも容易く掴んで観察するヤーナムだった。

 

「そ、そうらしい……リコが調べた限りでは僕はロボットなんだそうだ」

「ロボット………ねぇ」

 

ふと、狩人の夢で己を支えてくれた人形が頭をよぎる。彼女も一見人間と見紛う程に精巧な作りをしていたが、レグはそれを上回っている。喋り方も、表情も、肉体も全て人間と比べても差異がほとんどない、流石にこのレベルの技術は古都にも存在しないだろう。

 

「そろそろ離してもらえないだろうか…」

「あ、ごめんよ。いきなりこっちに飛んでくるものだからついね、でもレグ君も急にそんな事したら危ないだろう?」

「いや、本当はヤーナムの後ろにあった商品を取って僕の機能を見せようとしただけだったんだが…」

 

要らぬ所で狩人の名残を見せてしまった事に少々の反省をしつつ、今のでリコ達がここを訪ねてきた理由についても大体の予想がついた。

 

「それで、もしかしたらレグ君の事を知っているかもしれないと思って訪ねてきたのかな」

「え、何でわかったんですか?」

「アビスに詳しいリコちゃんがここに来るのは大抵知らない海外の話を聞きに来る時だからね」

「あははは………」

 

まあ海外と言ってもそれを語る自分自身が行ったこともない、仕入れの際にただ他人から聞き齧った程度の話なのだが。たまに聞かれては不味い所を省いて古都の話もするが、ここの世界ではあの街の常識は信じてもらえず、大抵冗談だと笑われてしまう、あやふやな海外な話よりもずっと正確な情報だというのに悲しい事だ。ともあれ彼女がアビスの情報に精通しているのは事実、そんな彼女がアビスから引っ張ってきたであろうレグに心当たりがないとすると、やはり次に思い付くのは海外から渡来してきた存在という可能性だろう。

 

「それでどうなんでしょう、やっぱりヤーナムさんでもレグの事分からないんですか?」

「まあ……そうだね。似たようなのは見たことあるけど、それとレグ君は技術的にも精神的にも違うと思うな」

「精神的?」

 

レグがそう呟き、どうせならと思い余計なことを喋ってしまう。古都を離れてから数十年経って気付いたのだが、どうやら自分は本来おしゃべりな人間だったらしい。こうやって人と会話しているのがどこか落ち着くのも失った記憶の中の自分がこういう性格だったからなのだろうか。

 

「私が知っているのは機械と言うより絡繰人形って言った方がいいのかな、レグ君と同じで傍から見たら人間と遜色ない見た目だよ」

「うーん、確かにレグはロボットだけど人形って感じではないし………」

「だから多分、私が知っているのとレグ君は関係ないんじゃないかな」

「じゃあやっぱりレグはアビスの底からやってきた奈落の至宝なのかな」

「アビスの底?」

 

そういえばレグはアビスからリコが連れてきたというのは当然知っているが、そもそもレグはどこからやってきたのか、それを聞くのを失念していた。

 

「リコが言うには、僕はアビスの底から第一層まで登ってきたらしい………本人である僕にはその心当たりが全くないのだが」

「心当たりがない?」

「言い忘れてたんですけど、レグを目覚めさせる時に流した電気の影響で記憶喪失になっちゃったんです」

「…………」

「…………」

 

本気か、という視線をレグに向けると遠い目をして虚空を見つめていた、どうやらリコは本当にやったらしい。

 

「わ、忘れてしまったものはしょうがないから何も言えないけど、もしそれが本当だとしたら大発見だね」

「そうなんですよ!あぁ…あの時もっと慎重にやってれば……」

「どの道僕は電気を流されるのか……」

 

やはりこの娘、前々から思っていたが探窟家としての知識以前に思考や行動がこっち寄りなのだ。幸いにも理性と良識が人並みに備わっているので度を越した事はしないが、見守る大人としては少々未来が不安である。

 

「結局レグ君の事は分からずじまいでごめんね、今度何か買うときにサービスするよ」

「え、本当ですか!?やったー!」

「押しかけて来たのは僕達の方なのにどうして手放しで喜べるんだ……」

 

そんなリコを呆れた様子で見るレグに、少し苦笑いしながら言う。

 

「そこがリコちゃんの良い所でもあるからね、遠慮される方がちょっと傷ついちゃうよ」

「そういうものなのだろうか………」

「これから学んでいけばいいさ。レグ君は口調は落ち着いてるけどまだ色んな経験が浅いと見える、レグ君さえ良ければ私が色々教えてあげるよ」

「良いのか?」

「身も蓋も無い事言うとこの店は客足がピークの時以外はリコちゃん以外誰も来ないからね」

 

本当に身も蓋も無いな………と小さく笑うレグだったが、スッとその無骨で無機質な手をこちらに差し出して来た。

 

「それじゃあ、これからよろしく頼む」

「うん、こちらこそ」

 

確か、それがレグと初めて言葉を交わした時だった。それからは度々店にやってくるレグにこの街の事を中心に色々と教えていた、その時にもリコと同じく古都の話をしたが、信じる信じないの前にただただ己の知る常識とは掛け離れた話に驚いていた、こういう反応は話していてとても楽しい。

 

「………………」

 

さて、ここまで長々とレグとの馴れ初めを語って来たわけだが、何故今そんなことをする必要があったのか。答えを言ってしまうならば単純な事だったが、単純故に少し困った事になってしまった。

 

「やあレグ、どうしたんだいこんな夜中に?」

「……………」

 

復活祭があったその日の夜。

 

「今日は復活祭でリコちゃんも疲れてるだろうから、早く帰ってあげなよ」

「ヤーナム」

 

なんだい?、そう言おうとして動きを止める。振り向いた先に映ったレグを見て、今日の自分の行いを今更ながらに反省する。

 

「正直に答えてくれヤーナム、白笛を見た時にどうしてよく見たことないなんて言葉が出て来たんだ」

「それは…」

「その言い方だと、まるで白笛を良く見られる機会があったみたいじゃないか」

 

おそらくここでレグの言葉を否定しても意味はないだろう。確かにそう捉える事も出来るという程度の話を最初にするということは、確信めいた何かを他に掴んでいるのだろう。

 

「それにあの時、僕もヤーナムもリコの母親がライザだったという事は知らなかった筈だ」

「……………あぁ」

「なのにヤーナム。貴方がそれを聞いた後におかしなことを言ったんだ」

「ジルオさんのことかい?」

「そうだが、少し違う」

「?」

「あの時の言い方、リーダーがライザの弟子だったということを聞いた時のヤーナムの喋り方。特に君のお母さんと言った時、あまりにも自然に言葉が出ていた」

「それだけ?」

「それだけじゃない、その前も考えてみればおかしかった。ライザの笛が還ってきた事には驚いていたのに、リコの母親がライザだった事を聞いてもヤーナムは特に何も反応していなかった」

 

薄っすらと、背中に冷や汗が垂れる。おしゃべりになった弊害がここで出てしまうとは。

 

「ヤーナム、もしかして貴方はリコの母親がライザだという事を知っていたんじゃないのか?」

「………………」

「後から聞いた話だが、リコがライザの子であることは組合や孤児院が協力して徹底的に隠していると言っていた、なのにヤーナムにはその事が漏れていた」

「………………」

「あの時以外でヤーナムにライザの子であるという話はしていないとリコにも確認した」

 

狩人を引退してから、初めての危機だった。

しかし思えば戦闘以外で追い詰められるのはこれが最初だろうか。

 

「それで、仮に私がリコの母親がライザだという事を前から知っていたとして、それでレグはどうするんだい?」

「どうもしない」

「…………何?」

 

それを聞いて、焦りが疑問へと変わっていった。

 

「ただ、教えてくれ。どうしてヤーナムがそれを知っているのか、僕が本当に聞きたいのはそれだけだ」

 

その瞳には、私が失った強い意志があった。

 




アビスの9巻がどこにも売ってなくて密かにキレてるのは内緒。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。