ありふれた職業でも桜の勇者と共に (ぬがー)
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プロローグ

 南雲ハジメはエリートオタクである。

 

 ゲーム会社社長の父と有名少女漫画家の母の間に生まれ、両親の職場に入り浸りながら育てられた。

 趣味を仕事にして大成功した両親だけあって子育ても型破りだった。

 

「人生なんか趣味の合間にするもんだ」

 

 ハジメがゲームに興味を持てば父は時間を気にせず好きに遊ばせ、プログラミングに興味を持てば現場で働かせてみたりした。中学生にして職場の戦力にカウントされていることはともかく、デスマーチに参加させられた事はハジメですら問題じゃないかと思う。だがそんな彼の息子だけあってゲームはハジメの趣味になり大いに楽しんだ。

 ハジメが漫画に興味を持てば母は好きに与え、書く方に興味を持てば自分のアシスタントを体験させた。中学生にして職場の戦力にカウントされていることはともかく、締め切りギリギリの修羅場で働かされた事はハジメですら問題じゃないかと思う。だがそんな彼女の息子だけあって漫画はハジメの趣味になり大いに楽しんだ。

 その分学校生活はおろそかになっていったが、両親もハジメも趣味より優先するような物ではないという考えだ。やりたいことだけやって将来的にも見通しが立っているなら、やりたくないことをやる必要はない。

 

 とはいえ「やらなくていい、やりたくないこと」をやらないのと、「やらなくてはならない、やりたくないこと」をやらないのは違う。

 周囲の目というのは脅威であり強力な武器なのだ。だから身だしなみを整えて出来る範囲で周りに合わせたりはしたし、周囲に合わせられない睡眠時間確保(いねむり)も「そういうキャラ」として受け入れられるよう立ち回った。将来の保険と世間体にも気を使い、高校進学だってした。そうした積み重ねがあってこそ、厄介そうな不良でも大袈裟に衆人環視で土下座して見せれば追い払えたのだ。やり過ぎだったと後から恥ずかしくなったが、護身としては悪くなかったと思っている。

 

 だから高校入学時から続く現状は、ハジメにとって対処ができず非常に面倒な厄介事だった。

 

「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

 

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

 一体何が面白いのかゲラゲラと笑い出す男子生徒達。

 

 声を掛けてきたのは檜山大介といい、毎日飽きもせず日課のようにハジメに絡む生徒の筆頭だ。近くでバカ笑いをしているのは取り巻きの三人で、大体この四人が頻繁にハジメに絡む。

 しかし絡んでこない他の生徒が無害と言うとそうでもない。男子生徒は遭遇すると舌打ちや睨みなどいつものことだし、女子生徒も無関心は良い方であからさまに侮蔑の表情を向ける者もいる。

 無視すれば大きな害はないが、だからこそ対処に動けずうっとおしく憂鬱だ。

 

 せめて原因がハジメ自身であれば改善の余地もあるのだが、それすらない。では、なぜ多くの生徒がハジメに対し敵意や侮蔑をあらわにするのか。

 

 その答えが彼女だ。

 

「南雲君、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

 ハジメに絡む四人を押しのけ、一人の女子生徒がニコニコと微笑みながらハジメのもとに駆け寄った。周囲を気にもかけずハジメにフレンドリーに接する数少ない例外であり、この事態の原因でもある。

 

 彼女は白崎香織(しらさきかおり)、学校で絶大な人気を誇る途轍もない美少女だ。腰まで届く長く艶やかな黒髪、優しげな雰囲気を作り出している少し垂れ気味の大きな瞳。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻に、薄い桜色の唇が完璧だと思える配置で並んでいる。人間離れしていて女神扱いされているほどだ。それでいて面倒見がいいので、学年を問わず慕われていた。

 

 そんな香織が何故かハジメをよく構うのだ。

 明らかに他の男子とは違う扱いで好意が見え透けており、男子生徒は「自分と大差なく見えるのに、なんであいつが」と嫉妬の炎を燃え上がらせ、女子生徒は「白崎さんをキープ扱いとか何様のつもりだ」とハジメを軽蔑するのである。

 

「あ、ああ、おはよう白崎さん」

 

 挨拶を返しただけで香織は嬉しそうな表情を浮かべる。それに反応して鋭さを増す周囲の視線にハジメは冷や汗を流した。

 周囲の認識とは異なり、ハジメは自分が香織に好意を寄せられているとは考えていなかった。趣味のために色々と切り捨てている自覚はあるし、好かれるようなことをした覚えもない。だから好かれるはずがないし、まだハジメの学校生活をストレス地獄にして遊んでいると言われた方が納得がいく程だからだ。

 

 ハジメが会話を切り上げるタイミングを図っていると、香織につられて三人の男女が近寄って来た。

 

「南雲君。おはよう。毎日大変ね」

 

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

 

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 唯一ハジメに声をかけた少女は八重樫雫(やえがししずく)。香織の親友で同じレベルの美少女だ。ただしタイプが違って、香織がカワイイなら雫はカッコいい、もしくは美人だ。また剣道の大会で負けなしの猛者であり、熱狂的なファンがいる。そんな彼女に挨拶されたことで刺さる視線はさらに増えた。

 香織に声をかけたのは天之河光輝(あまのかわこうき)。思い込みの激しさと表裏一体だが正義感が強く文武両道の美男子だ。

 投げやりな言葉を発したのは坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)。光輝の親友で脳筋だ。努力や根性が好きな反面、学校でのハジメのような気力のない人間に価値を感じていない。

 彼ら四人は幼馴染であり、ハジメに突撃する香織に引かれてハジメと衝突事故を起こすことも多かった。善意で暴走している分、ハジメにとっては不良グループより厄介な相手だった。それこそ不良グループは面倒だと思っても相手に何か望むことはないが、彼らには「異世界召喚でもされて、自分の周囲からいなくなってほしい」と望む程度には。

 

 ハジメは光輝の説教や香織の爆弾発言を適当に流し、教師が来て彼らが席に戻るまでまで針の筵を耐えきった。

 

 そして授業開始早々に寝た。

 ストレスを感じてはいても、どんな感情が沸いて来ても、棚に上げて無視する技術。両親の仕事を手伝ううちに習得していたが、高校生活の中で完全に染みついていた。だからこの状況を耐えきれているのだが、救けてくれる相手も「救けはいらないだろうし、むしろ迷惑かな」と思って出てこないのだった。

 

 

 

 

 

 

 そんな日常を諦観と共にやり過ごし、趣味に全力を注ぐ生活が続くと思っていたある日の昼休み。

 ハジメ達の教室に魔法陣が浮かび上がり、クラスメイト全員と一人の教師は異世界に召喚された。

 




のわゆクロスオーバーで友奈入れたのに、すぐに出てこないのは申し訳ないと思ってます。

ただ何か起きる前から自己主張する高嶋友奈は解釈違いなので。


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異世界召喚とステータスプレート

「疲れた…………」

 

 異世界の王宮にて、各自に与えられた部屋のベッドに倒れこむ。

 色々なことが怒涛のように過ぎていき、ストレスに強いハジメでもさすがに気力が持たなかった。

 

 曰く、異世界『トータス』の人類が魔人族との戦争で滅びかけている。

 曰く、人類を救うため唯一神“エヒト”と言うのが“救い”を送った。それがハジメたち。

 曰く、戦う力は持ってるから戦争に参加し人類を救え。

 曰く、自分たちでは無理だが、事が終わればエヒト様が元の世界に戻してくれると思う。たぶん。きっと。おそらく。そのはず。

 

 ハジメたちからすればろくでもない話ばかりだった。

 この世界は神が実在し、口も手も出してくる世界。そんな世界でハジメたちは、神が人に与えたモノ(救い)だ。拒否権も人権も本来あるわけもなく、神の使いとして下に置かない扱いを受けられているのはかなりの幸運だろう。絶対深く考えずに戦争参加に同意したんだろうが、クラスメイトをまとめて相手に従わせた光輝はいい仕事をした。

 ただ元の世界への帰還は望みが薄いとハジメは考えていた。教皇の言葉通り好意的に見れば人類を守護し導く過保護な神だが、その“救い”に他所の世界のエヒトを全く知らない人間を使うというのが変なのだ。ただ過保護な神なら直接力を振るうなり、力を信徒に与えるなりすればいい。なのにわざわざ他から持ってくるなど、不穏な意図が感じられてならない。というか神自身は「終了後に帰還させる」と言ってすらいないようなのだから、帰らせてもらえないくらいは当然と思って備える必要があるだろう。

 それ以外にも不穏な推測が出来てしまう情報は多くあった。安心できる要素などろくに見当たらない。

 

「今考えても意味ないな。寝よ」

 

 自分ではどうしようもないストレス要因を無視して精神を保護するのはもはやハジメの得意技だ。クラスメイトは興奮や不安で眠れない中、疲れた体を癒すべくすぐに熟睡し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日からすぐに訓練と座学が始まった。異世界に慣れる時間などはないらしい。物の扱いとしては性能の確認をしているだけマシだろうか。

 

 まず、集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長のメルド・ロギンス―――神の使いの教育係を半端な者には任せられないという理由での人選―――が説明を始めた。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 やたら高性能なアイテムだ。メルド曰く、神代の遺失技術で作られた魔法の道具(アーティファクト)らしい。複製するアーティファクトとセットになっているそうで、一般市民にすら流通しているんだそうだ。

 それに血を付けて所有者登録をすると、すぐにステータスが表示された。

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

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 まるでゲームのキャラにでもなったようだと感じながら、ハジメは自分のステータスを眺める。天職とはこの世界ではどういう意味だ? ステータスは平たく数字は大きくない。平均値はどれほどなんだろうか? 技能欄にある文字の意味は?

 それらの疑問にメルドが答える。

 

 天職は大体文字通り。当人に適した役割を示すらしい。戦闘系は希少だが、生産系はありふれているそうだ。

 ステータスと技能は見たままで、レベルは当人の成長限界を100とした場合の到達値。現地人のレベル1の平均は10程度―――エリートである騎士たちの平均はもっと高い―――で、技能は二つか三つが平均らしい。ハジメのステータスは現地民間人の平均で、“言語理解”は異世界人標準装備だから技能の数では民間人にすら劣るようだ。

 

 最初にステータスプレートをメルドに見せた光輝は“勇者”という天職―――なんかすごいということだけ伝わってる、具体的にはよくわからないヤツ―――を持ち、ステータスも全て100、技能の数もぶっちぎりで多く強力な物ばかりだった。他の生徒はそれには及ばずとも、メルドたちの期待を裏切らないチートスペック揃いだ。

 そうこうしているうちに、また一人注目される人物が出てきた。

 

「おお、お前も“勇者”か! 物理に寄っていて光輝のような万能ではないが、耐性は揃っているし得意分野じゃ上をいく! 素晴らしいな!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 クラスメイトの高嶋友奈だ。

 明るく優しく元気が良く協調性の高い美少女だが、長所と表裏で自己主張が弱いところがある。光輝たち幼馴染組の自己主張が強すぎるとも言うのだが。

 そんな彼女の天職が勇者。彼女なら納得だと感じる者と、疑問に感じる者にくっきりと分かれた。ハジメは後者だ。

 あの光輝と同じ立場で行動しないといけないことに同情しつつも、ハジメにだって余裕はない。合格基準に満たないだろうクソステな可能性が高いのだ。最悪「紛れ込んだ偽の神の使い」として処分されかねない。真剣に命の危機である。

 

 幸いにして“錬成師”というのが現地の鍛冶職なら持ってるありふれた天職で、ステータスも平均程度と公表されてしまっただけで済んだ。一緒に召喚された愛子先生が似たようなステータスだと希望を見せ、実は召喚された中でもトップの有用性だった落差でダメージを受けたがそれくらいだ。

 運よく最初の危機を回避できた事実に安堵する暇もないまま、前途多難なこれからのことを考えてハジメは乾いた笑いを浮かべるのだった。

 



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最弱とイジメ対策

 ハジメが自分の最弱ぶりと役立たず具合を突きつけられた日から三日が経った。

 

 この三日間、クラスメイトたちは己のスペックの把握に努め、レベルも上がったそうだ。

 ハジメはというと、戦闘訓練に参加させられるも成果は上がらず、レベルも当然上がっていない。天職が戦闘系でないのだから戦闘訓練で育つわけがないのだが、ハジメは国のお抱えの錬成師と比べるとスペックが劣っているようにすら見える。だから錬成師として運用すると判断もしづらく、他に合わせて戦闘訓練をすることになっているのだった。

 

 強制かつ意味の薄い訓練とはいえサボるわけにはいかない。衣食住どころか人権も握られているうえ、クラスメイトと違って養うメリットを提示することすらできていないのだ。冗談抜きに怠慢は死に繋がる。

 支給された防具を身に着け、同じく支給された細身の剣で素振りをしていると、突然背後から衝撃が襲ってきた。

 

「ッ!!??」

 

 危うく転倒して手に持った剣で自分を貫きかけた。

 どうにか踏みとどまって振り返ると、そこには檜山率いる小悪党グループがいた。チートスペックの把握が終わり、殺さない程度の力加減を習得できたのでついにちょっかいを駆けに来たようだ。人を殺してしまい責任を負うのを避ける程度にみみっちさがあるのは助かるが、どうせならハジメのことは忘れる所まで行ってほしかった。

 

「よぉ、南雲。なにしてんの? お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」

 

「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」

 

「よく訓練に出てこれるよなぁ~。俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」

 

「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」

 

「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」

 

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」

 

 一方的にそんなことを言いながら馴れ馴れしく肩を組み人目につかない方へ連行していく檜山達。それに何人かのクラスメイト達は気がついたようだが見て見ぬふりをした。

 ハジメも一応抗弁はするが力に差が大きすぎるし、監督する騎士たちにとって無能(ハジメ)有能(檜山たち)の価値は違う。抵抗もむなしく訓練施設から死角となっている人気のない場所まで連れ出されてしまった。

 

「ほらしっかり防げよ! そんなんじゃ死んじまうぞ~」

 

「寝てんじゃねぇ、さっさと立てよ。オラッ!」

 

「この程度でへばってちゃ焦げるぞ~。ここに焼撃を望む――〝火球〟」

 

「まだ終わりじゃないぞ。ここに風撃を望む――〝風球〟」

 

 剣の鞘で叩かれ、蹴飛ばされ、転がって炎の球を回避し、躱しきれなかった不可視の風の球が直撃する。

 コレを受けるのは流石にヤバいと感じ、必死に避けた火球は別として、どれもチートスペックと彼らに支給された高性能アイテムのせいでかなりの威力が出ていた。嘔吐感も強く、骨もヒビくらい入っているかもしれない。

 ハジメは小さい頃から、人と争ったり誰かに敵意や悪意を持つということがどうにも苦手だった。誰かと喧嘩しそうになったときはいつも自分が折れていた。程度を見極めて派手に折れれば悪者になりたくない相手はそれ以上やってこないし、恨みも買わずに話も納まる。だがトータスではそうはいかないようだ。敵わずとも反撃くらいはするべきなのかもしれない。

 

 しかし決断することは出来ず耐え続けていると、ついに誰かが見つけたのか女子の声が聞こえた。

 

「…………何してるの?」

 

「高嶋か。いや、誤解しねぇでほしいんだけどよ。俺らは南雲の特訓に付き合ってやってただけだぜ」

 

「そっか。じゃあもういいよ。南雲くんはこっちで預かることになったから連れていくね。もう南雲くんには関わらないでいいから」

 

「は? いやどういう……―――」

 

 割り込んできた誰かが檜山達を押しのけ、ハジメを担いで移動する。檜山達は止めることも出来ず呆気に取られているままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「怪我はもう大丈夫?」

 

「うん、全部治ったよ。本当にありがとう」

 

 友奈に連れて来られた部屋で、ハジメは治療を受けた。

 回復魔法というのは便利なもので、意識が朦朧とするほど暴行を受けていたのにもう全快だ。回復魔法を施した騎士は訓練している他の生徒の治療もあるので早々に退室している。

 

「ごめんね。もっと早く助けられたら良かったんだけど……」

 

「何言ってるの。たった三日でここまでやるとかすごいことだよ。おかげで僕は助かったし、不満なんかあるわけないって」

 

 治療中に聞いた説明によると、ここは友奈の確保した錬成師用の工房で、ハジメは友奈専属の錬成師という立ち位置になったらしい。

 名目としては格闘戦メインの友奈にとって高性能な武具はあってもしっくりくる武具はなかった事。ハジメは転移者の錬成師ゆえ伸びしろも多いだろうという予測。訓練時間と道具の製作時間の兼ね合いで、全体ではなく個人専属という風に説得し通させたそうだ。

 実態としてはイジメを受けているハジメの隔離と、クラスメイトと一纏めでは受けられない錬成師としての訓練のためだ。ハジメのような木っ端が言ったのでは通せない、“勇者”である友奈だから取れた手段である。

 

 だと言うのに友奈の表情は明るくない。助けた側だというのに、まるで悪いことをして叱られると思っているかのような顔だ。

 

「そうじゃなくて、その、向こうにいた時のこと含めてなんだけど」

 

「………………………………????」

 

 心当たりが全くなく、困惑し続けるハジメ。やむなく友奈の方から理由を説明する。

 

「イジメ、見て見ぬ振りしてたでしょ。それを止められないまま放置しちゃったから今回の事態になったわけだし……」

 

「…………ああそれ! それはむしろ助かったよ。高嶋さんに助けられちゃヘイト溜まるだけだし逆効果だから」

 

 ハジメがようやく友奈の状況を理解した。

 どうも出来ないどころか、やれば被害が大きくなるようなことをやらなかったことに罪悪感を感じていたらしい。何もしないのは共犯と同じという考えだろうか。

 今回の行動を見れば、周りを見て考えて行動してるのは一目瞭然。高校でのスルーもハジメに配慮しての行動だろう。それに見当違いな恨みを向けるなどあり得ないことだとハジメは思った。むしろお人好しが過ぎるくらいだろうに「何もしない」を選択できる意志力に好感を持った程だ。

 

「でも、きつくないわけじゃないでしょ? 味方が一人でもいるかいないかじゃ全然違うし……」

 

「あはは、巻き込む方が嫌だって。アレなら僕一人が我慢すれば済むし、無視できる範囲だから。逃げ道だって親が用意してくれてたし、高嶋さんが気にするようなことじゃないよ」

 

 ハジメは無視できる範囲というが、絶えず周囲の全てから敵意を向けられ、些細なことでも呼び出され恫喝されるなど負荷は大きい。おまけにやってる連中は香織や雫の美貌、光輝のカリスマの影響でメンタルもおかしく、効かないからと諦めて手を緩める相手ではない。効くまで出来ることをやり続ける、そういう手合いだ。ハジメでなければとっくの昔に折れていただろう。

 それだけのことを看過していた、という友奈の罪悪感はかなりのものだ。直接手を下していなければイジメには参加していない、などと言える精神をしていない。だから「今まで無視しておいて何をいまさら」と言われるのだって覚悟して手を差し伸べたのだ。全く気にしていなかったのはさすがに想定外である。

 

 とはいえ友奈には相手が強ければ何をしてもいいと考えることも出来ない。これ以上の謝罪は相手は望んでいないと理解して、これからで返していくことを改めて決意する。

 

「わかった。じゃあこれ以上は言わない。

 

 でもこれからは“勇者”高嶋友奈チームの仲間で友達! 困ってたら助けるから! よろしくね」

 

 笑顔で握手を求め手を差し出す友奈。

 ハジメは突然できた初の友達に戸惑いながら握手を返した。

 

「……うん、よろしく。でも助けられっぱなしってのは嫌だから、こっちで出来ることはさせてもらうね」

 



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オルクス大迷宮

「明日から実戦訓練? ずいぶん急だね」

 

「私も思った。聞いてみたら「急な出撃は良くあることだから、慣れるため」だって」

 

 異世界転移から二週間。

 最近のハジメは友奈と指導に来る錬成師以外誰とも接触せずに過ごしていたが、ついに外で動きがあったそうだ。【オルクス大迷宮】という場所に遠征に向かうらしい。

 【オルクス大迷宮】は七つの大迷宮―――所在が失伝していないのは三つ―――の一つで、前100層から成ると言い伝えられている。特徴としては階層を下る事に魔物が強くなるため、魔物の強さを測りやすい事。地上の魔物に比べて良質な魔石―――魔法の道具を使うための燃料―――を得られる事が挙げられる。冒険者や傭兵の稼ぎ場として、そして新兵の訓練場として非常に人気のある場所だ。

 そこに戦闘班の他のクラスメイトだけでなく、ハジメも行くように指示が出たらしい。

 

「愛ちゃん先生は完全に戦闘に無関係だけど、南雲くんは武器の整備とかで前線に行くこともあるから同行だって。大丈夫! 騎士団の人もいるし、私も南雲くんを守るから!」

 

「あはは、ありがと。そこは心配してないよ。それより急いで高嶋さんの装備仕上げないと。半端な出来のを使わせるわけにはいかないからね!」

 

 こっそり昨日徹夜で練習してハイになっていたことと、制限時間が出てきて追い込まれた事でハジメのテンションが上がっていく。移動が始まれば工房の設備は使えない、つまり翌朝までがタイムリミット。それまでに完成させ、移動時間を調整に使うのがいいだろう。

 ハジメは錬成師としての訓練を受けたことでレベルも8まで上がり、国お抱えの錬成師(レベル50)と同等の数と質の派生技能を獲得している。やってやれないことはないはずだ。

 

「え、そこまでしなくてm」

 

「ダメだよ! 高嶋さんが使うなら、今用意できる最高の物じゃなきゃ! 納期までには絶対仕上げるから待ってて!」

 

 職人魂に火のついたハジメは止められない。宣言通り出発までの時間を今できる最高傑作製作に費やし、移動時間に調整。迷宮に挑む者たちのための宿波町(宿場町?)【ホルアド】でもあれば便利なマジックアイテムを製作しようとして、友奈に叱られ疲れを取るマッサージで眠らされるまで暴走を続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎士に先導され【オルクス大迷宮】を進む。

 【オルクス大迷宮】の脅威は魔物とトラップだ。魔物は実力に合わせた層で活動することで危険性は制御しやすいが、トラップは致死性のものも多く浅い層でも脅威となる。

 今回はただの戦闘訓練とするため、それらのトラップは騎士団が対処する。メルド団長からも、トラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われていた。

 

 そして進むことしばし、天井の高さが8メートル位のドーム状に開けた場所に着くと、壁の隙間から灰色の何かが目の前に飛び出してきた。

 

「まずは光輝たちが前に出ろ! 他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 ラットマンの名の通り、二足歩行のネズミだ。ただし筋肉ムキムキで八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかすように。

 正面に立つ光輝達―――リーダー光輝に、幼馴染の龍太郎、雫、香織。それに加えてメガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴の親友コンビの計6人―――特に女性陣唯一の前衛である雫の頬が引き攣っている。やはり気持ち悪いらしい。

 

 とはいえ気持ち悪くて腰が引けている程度で手間取るほどの相手ではない。

 光輝が聖剣と呼ばれる純白に輝くバスタードソードを振るえば数匹まとめて吹っ飛び、天職が“拳士”の龍太郎が衝撃波を出す籠手と脛当て型アーティファクトで拳撃と脚撃を放てば後衛への攻撃を許すことはない。“剣士”である雫が曲刀を振るえば一瞬で敵を切り裂き、前衛三人が稼いだ時間で詠唱を終えた後衛が魔法で残党をまとめて焼き尽くす。波乱が起きることはなく、広間のラットマンは全滅した。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。圧倒的な力で雑魚に無双するのは楽しいものだからだ。気持ちもわからなくはないし「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。

 

「それと今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

 焼き尽くしては魔石を回収することはできない。メルド団長の言葉に香織達魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。

 

「次、友奈たちが出ろ! 協力はいるか!?」

 

「大丈夫です!」

 

 光輝と並んで“勇者”である友奈チームが前に出る。チームと言ってもクラスメイトはハジメの敵ばかりなので、友奈とハジメの二人だけだ。香織は入りたがったが、ハジメの風当たりが悪化するので友奈と雫がどうにか止めた。

 

 少し進んでまた開けた場所に来たところで、同じように魔物が飛び出してくる。なお後続が来るとまた同じように飛び出すらしい。原理は不明だ。

 

「“錬成”“錬成”」

 

 ハジメが錬成の魔法陣を刻んだ靴を使い、魔物の着地前に床を液状化に錬成する。着地したが元の固体に戻す。それだけで無力化はほぼ完了した。工房に籠って錬成ばかりやってた成果である。

 

「高嶋さん、止めはお願い」

 

「オッケー! 勇者、パンチ!」

 

 二度目の錬成でついでに作った石の柱を友奈が殴る。砕けた石が散弾のように降り注ぎ、魔物を半壊させる。二本目の柱で全滅させた。これなら魔石回収も可能だ。

 

「ああ~、うん、よくやった、ぞ? これなら魔石も回収できるし、消耗も少ない。でも錬成師ってこんなことできたか?」

 

「出来ると思いますよ? 教えてくれた人も工房の改築とかデカいアーティファクトの修理で使うって“錬成範囲拡大”の派生技能は覚えてましたから。でもコレ高嶋さんのパワーありきで、無しだと普通に土魔法で一掃するとかした方が効率いいですし意味ないんじゃないかと」

 

「なるほど、私達では普通にやった方がマシか。驚かされたが、言われてみればその通りだ。よし、次のチームと交代だ。下がって休め」

 

 指示通り、ハジメと友奈は下がる。すると真っ先に香織が駆け寄ってきた。

 

「今のすごかったね! アレどうやっt」

 

「ふふーん、すごいでしょ! この籠手、石を上手く壊せるように改造してるんだ! あとねあとね……」

 

 ハジメの所に突撃しようとした香織を友奈がインターセプトする。話している内容はハジメの技術自慢だが、この話題でないと香織は釣れそうにない。これなら女子同士で会話しているだけだから、ハジメへのヘイトを少しでも減らせると考えての対応だ。

 だが相手が悪かった。

 

「そうなんだ! じゃあ南雲君、解説お願い!」

 

 友奈の手を引いてさらにハジメに迫る。

 白崎香織の行動は考えるより突撃、突撃、また突撃。たまに考えることはあっても、出す結論は突撃だ。止めた程度で止まりはしない。悪意や脅威に立ち向かう勇気や強さはあっても、善意や恋路の邪魔が出来るほど友奈は器用ではないのだから上手くいくはずもなかった。

 結果、美少女と突き抜けた美少女がハジメを褒めてばかりという構図になってしまった。ヘイト爆増である。

 

「(最近会ってなかったから油断してた。せめて何も起きないでくれよ……)」

 




ハジメが工房から出てこないので『月下の語らい』はスキップ。



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トラップ

 魔物を蹂躙しながら快進撃を進める。

 過去の冒険者が作った地図と、厄介なトラップを発見・処理してくれる騎士団。そしてチートスペックのクラスメイトにより、苦戦することもなく二十階層に到達した。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

 魔物の強さや種類どころかAIまで階層によって違うらしい。本当に訓練用に作られたとしか思えない迷宮だった。

 二十階層は鍾乳洞のようにツララ状に壁が突き出していたり、逆に溶けて足場がなくなっていたりと一つ上と比べて格段に複雑な地形をしていた。せり出す壁のせいで道幅も狭く、横列を組めないので縦列で進んだ。

 

 先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 メルド団長の声でバレたことを悟ったのか、前方の壁の一部が突如変色しながら跳び上がった。壁と同化していた体は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩き威嚇(ドラミング)を始める。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 戦闘にいた光輝チームが対処に動く。

 龍太郎が壁となり、飛び掛かってきたロックマウントを弾き飛ばす。そのまま光輝と雫で囲んで仕留めようとするが地形が悪くて移動しづらく、逆にロックマウントは自在にせり出した壁を伝って回避された。

 ロックマウントの方も龍太郎という壁を越えられず、迂闊に突っ込めば袋叩きにされると悟って後ろに下がる。

 仕切り直しかと光輝チームが陣形を立て直そうとしたタイミングで、息を大きく吸ったロックマウントが吠えた。

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

「ぐっ!?」

 

「うわっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 全身にビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる効果がある。

 前衛が全員硬直した隙に、ロックマウントが見事な砲丸投げのフォームで傍らの岩を後衛へと放り投げる。

 驚きはしたが、ただの岩なら恐れるに足りず。“威圧の咆哮”の射程範囲外だった後衛たちは、準備していた魔法で迎撃せんと杖を構えた。

 

「「「ッ、ヒィ!?」」」

 

 投げられた岩が擬態を解き、ロックマウントになる。

 しかもタダノロックマウントではない。鼻息も荒く、目を血走らせてル〇ンダイブで飛び込んでくるロックマウントだ。この迷宮にはちょくちょくいる気持ち悪い奴である。

 香織も恵里も鈴も思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

 

「こらこら、戦闘中に何やってる!」

 

「す、すいません!」

 

 割って入りロックマウントを切り捨てたメルド団長。香織たちは不注意を謝るものの相当気持ち悪かったらしく、まだ顔が青褪めていた。

 

 そんな様子を見てキレる若者が一人。正義感と思い込みの塊、我らが勇者天之河光輝である。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

 彼女達を怯えさせるなんて! となんとも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。それに呼応して彼の聖剣が輝き出す。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

 

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 メルド団長が止めるが、時すでに遅し。聖剣が振り下ろされ、光の大斬撃が放たれる。

 逃げ場も残さない極太な斬撃がロックマウントを蹂躙し、それだけでは止まらず奥の壁を破壊しつくしてようやく消えた。

 

「ふぅ、もう大丈b、へぶっ!?」

 

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 イケメンスマイルで香織たちに声をかけようとした光輝に、メルド団長の拳骨が降り降ろされた。

 メルド団長のお叱りに声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。活躍したことはしたが、仕方が悪かったせいですごすごと隊列に戻ることになった。

 さすがに少し可哀そうと思い、鈴が慰める材料を探していると、崩れた壁の中にキラリと光るものを見つけた。

 

「アレ何かな? ちょっと見てきていいですか!?」

 

「ん? まぁいいぞ。離れ過ぎるなよ」

 

 メルド団長の許可を取り、瓦礫の山を崩していく。

 鈴が見つけたのはグランツ鉱石という宝石の原石だ。加工する前から煌びやかで美しく、求婚の際に選ばれる宝石としても名高い。鈴はそこまで知らないが、こんな綺麗な物が出てきたことを伝えれば光輝のやりすぎも結果オーライで元気づけられるのではと考えての行動だ。

 

 だが、好意で行った行動が良い結果を齎すわけではない。今回もそうだった。

 

「え、何? 何なの!?」

 

 鉱石に触れた瞬間、鉱石から魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。

 ただの罠なら騎士団も気づけた。しかしこれは違う。壁の深くに埋め込まれていたため今まで一度として発動したことはなく、トラップがあったとしても光輝の天翔閃で壊されているとしか思えない。それらの事情が重なって騎士団の警戒をすり抜けてしまった。

 

 誰も反応できないまま魔法陣は部屋全体に広がり、白く輝き宝に惹かれた愚か者たちをどこかへ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あだッ!?」

「きゃぁっ!?」

「―――ッ!」

 

 低いが空中に放り出され、ハジメたちはドスンと音を立てて床に叩きつけられた。突然の事態と物理的な衝撃に混乱し、状況を理解できておらずキョロキョロと周囲を見渡していた。

 友奈や光輝、雫などの一部前衛職とメルド団長以下騎士団団員は転ばないか即座に立ち上がって周囲を警戒していた。神代の魔法でしか為せない現象を起こすようなトラップだ。ただ移動させるだけなはずがない。ここから悪辣な仕掛けか殺意にあふれた脅威が襲ってくるに決まっていた。

 

 ハジメ達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。

 転送場所はその巨大な橋の中間。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見えた。

 

 それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばす。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

 何か起きる前に撤退できればとかすかな希望に賭けての逃走だが、予想を裏切ることなくそれを許す程度のトラップではなかった。

 

 階段側の橋の入り口に小さな魔法陣が複数現れ、そこから大量の魔物があふれ出す。

 同時に通路側にも大きな魔法陣が現れ、そこから一体の巨大な魔物が姿を現した。

 

 通路側の魔物の出現に騎士団がざわめく。どうやら無数の魔物より一体の巨獣の方がヤバいらしい。

 

「――まさか……ベヒモス……なのか……」

 

 六十五階層に君臨する魔物。伝説として語られる現地人類最強の冒険者ですら歯が立たなかったという化け物がそこにいた。

 

 



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ベヒモス

 通路側の小さく多い魔法陣から剣を携えた骸骨“トラウムソルジャー”があふれ出す。

 本来三十八階層に現れる魔物で、素のスペックもさることながら、集団戦闘を行う性質も持っている。連携もしなかった二十階層より上の魔物とは一線を画す戦闘能力を持った脅威だ。

 それがわらわらと湧き出し、あっという間に100を超え、そしてまだまだ増え続ける。

 

 だというのに眼前の骸骨の軍勢よりも、背後の一体の方が遥かに脅威だとハジメは感じていた。

 

 通路側の魔物は、地球の生物だとトリケラトプスが近いだろうか。ただし角からは炎を放ち、鋭い爪と牙を有しており肉食恐竜のような攻撃性を感じさせる容貌だ。

 そのベヒモスとメルド団長が呼んだ魔物は、大きく息を吸い凄まじい咆哮を上げた。

 

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

 ただの威嚇か、ロックマウントのようなスタン効果はなかった。それでも恐慌状態に陥りかねない咆哮だが、逆に正気に戻ったメルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

 

「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」

 

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら六十五階層にいるはずの化け物、今のお前達では無理だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

 メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。

 どうにか撤退させるため再度メルドが光輝を説得しようとするが、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは撤退中の生徒達を全員轢き殺してしまうだろう。

 それだけは防ぐため、ハイリヒ王国最大戦力が全力で多重障壁を展開する。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」」」

 

 事前に準備した最高の触媒で補強された最高位の防御魔法の同時発動。嵩張る触媒一つにつき一度きり、一分だけの防御ではあるが、間違いなく王国最高の守りがここに顕現した。

 

 だというのにまるで心許ない。ベヒモスの突進は防いだものの、凄まじい衝撃が発生し、ベヒモスの足元は砕け橋全体も大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

 

 だがしかし、絶望的な状況でこそ希望が輝くものでもあるのだ。

 

「大、丈夫ッ!」

 

 友奈の飛び蹴りがトラウムソルジャーを数体まとめて派手に蹴散らす。

 後ろではハジメが錬成を発動し、同様に足場を変形させまとめて動きを封じて見せた。後続のトラウムソルジャーは動けなくなった同族の上を通ってきているが、それでも機動力を大幅に削ぐことはできていた。

 

「こいつらそんなに強くない! みんななら負けっこないよ!」

 

 “勇者”高嶋友奈が皆を鼓舞する。

 友奈に引かれてクラスメイトが攻撃してみれば、確かに倒せる。今まで相手にしていた魔物に比べればはるかに強いが、チートスペックな彼らなら訓練通りにやれば倒せる範囲だ。

 クラス一丸となってトラウムソルジャーを押し返す。次から次へと敵の増援が召喚されているが、数の差をを質で埋め、拮抗状態に持ち込めていた。

 

「(……失敗したかも。高嶋さんじゃこいつらを突破できない)」

 

 友奈の光に惹かれて奮起したクラスメイトはともかく、ハジメと友奈は現状のマズさを理解していた。

 友奈の装備は「洞窟で」「少数の敵と」戦うという今回の訓練内容に合わせた装備だ。ゆえに崩落を起こさないよう、火力は高くても攻撃範囲は狭くなるよう改造が施されている。

 それせいでトラウムソルジャーを倒すには過剰火力かつ手間がかかりすぎ、退路を塞ぐ軍勢を突破することは出来そうになかったのだ。

 

「高嶋さん!」

 

 時間をかければかけただけ不利になると判断し、身振り手振りで友奈に合図を出す。友奈はそれを完璧に理解し、行動した。

 

「みんなっ! これから天之河くんと交代してくる! 天之河くんの攻撃なら突破できるから、あとちょっとだけ頑張って!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベヒモスは今だ障壁へと突進を繰り返していた。

 障壁はひび割れ、メルド団長も障壁の展開に加わっているが、突破されるのは時間の問題だった。

 

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

 

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

 

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

 メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 橋の上という限定された空間では巨獣の突進を回避するのは困難だ。だから逃げ切るなら障壁で突進を受け、押し出されるように逃げることが必要になる。その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだから出来ることであって、今の光輝達を庇いながらでは難しい注文だ。

 その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝は「置いていく」ということがどうしても納得できないらしい。また、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。

 まだ若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっているようである。力は強くとも戦闘は素人の光輝達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだ。

 

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴む。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

 

「龍太郎……ありがとな」

 

 一瞬迷うも、龍太郎の言葉に更にやる気を見せる光輝。それに雫はふざけるなと怒鳴りつける。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

 

「雫ちゃん……」

 

 苛立つ雫に心配そうな香織。状況は理解できていないが、雫の様子から撤退した方がいいのはわかった。だが彼女も光輝寄りのメンタルをしているため、それを行動に移せないでいた。

 

 そこへ友奈が駆けつけてきた。

 

「四人とも! 向こうの撤退準備終わったよ! あとは天之河くんがいればあっちは大丈夫!  こっちは私たちが残るから移動して!」

 

「! ほら、聞こえたでしょ光輝! あっちに行った方が皆助かるのよ! だからさっさと撤退するわよ!!」

 

 友奈の声に真っ先に雫が反応する。ようやく光輝が納得できそうな撤退する理由が出来たのだ。ここぞとばかりに押していく。

 だが光輝はまだ躊躇ったまま撤退しようとしない。

 

「友奈はどうするんだ!? 君を置いていくわけにはいかない!」

 

「私は一番逃げ足早いから大丈夫! それより早くみんなを助けてあげて。ガイコツを突破できるのは天之河くんだけなの。だから、お願い!」

 

 ここで単体との戦闘なら友奈の方が光輝より強いと言うとか、何かをしろと指示を出せば光輝は渋る。だが納得できる理由を付けた上で、美少女のお願いなら別だ。友奈は天然に見えて人をよく見ているため、誘導もやろうと思えばできるのだ。

 

 言いくるめられた光輝と龍太郎に、逆に残ると言い始めた香織を担いだ雫が撤退する。

 すぐ後に、メルド団長を説得していたハジメが駆け寄ってきた。

 

「無茶な指示しちゃってごめん」

 

「大丈夫! 私じゃすっごく頑張るくらいしか思いつかなかったしね! 何をすればいいの?」

 

 全員で生き残るためとはいえ、友達に無茶ぶりしたことを悔いるハジメ。まるで気にしてなどいない友奈はその方法を尋ねた。

 

「じゃあ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇者、パーーンチ!!」

 

 障壁の展開も限界を迎えた騎士たちの撤退を援護するため、まず友奈がベヒモスに殴りかかる。

 体表の硬いベヒモスでも友奈の一撃であれば煩わしいと思うくらいはするようで、意識がそちらに向いた。無視されればさらに殴らないといけなかったが、意識を引けたなら友奈は距離を取って視線を誘導する。

 ベヒモスが体の向きを変え、そちらに突進しようと重心を移そうとした時、ずぶりと足が一本沈み込んだ。

 

「ッ!!?? グルアアァァァァッ!」

 

 困惑しつつも本能的に仕掛けてきた相手を探すベヒモス。ハジメが沈んだ足側に隠れたのは察知したのか、強引に床を砕いて足を引き抜き飛び掛かろうとする。

 

「“錬成”!」

 

「グルォッ!!!!!?????」

 

 だがもう片方の足も沈んだ。そちらに目を向けると、友奈が何か道具を地面に押し当てている。

 “錬成範囲拡大”を補助するハジメ製のアイテムだ。ベヒモスの上半身を挟むように配置することで全体を錬成の射程に収め、生き埋めにしてよくて撃破。悪くても足止めを狙う作戦だ。

 ベヒモスも凄まじいパワーで床を砕き脱出しようとするも、再度錬成してさらに埋めていく。あまりの大きさゆえに一気にとはいかないが、あと少しで脱出に手間取る程度には埋められるだろう。

 一発でも当たればそのまま死ぬのに決行したハジメと、少しでも尻込みすれば気を引けなかっただろうが見事に囮作戦を成功させた友奈の勝利だ。

 




この作戦の原作との違い

・ハジメが体の動かし方を鍛えられていないため、ベヒモスに接近するのが難しい。
 →友奈が注意を引き付けている間に接近。

・原作ではベヒモスの頭に近づいたが、燃えてる上に振り回すので危険。
 →友奈とはさんで錬成範囲に含み、近づかずにベヒモスを拘束。火傷ダメージ無し。危険性低下。


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お粗末な悪意

「皆! 続け! 階段前を確保するぞ!」

 

 光輝たちの参戦によりトラウムソルジャーの包囲網を押し切ったクラスメイト達。

 これで逃げられると何人か安堵の表情を浮かべたが、その者たちは橋と通路を遮ろうとする骸骨を蹴散らす光輝に訝しげな顔を向けた。目の前に逃げ道があるのだから、早く逃げたいと思うのは当然だろう。

 だが事情を知る者はまだ安堵できない。

 

「馬鹿! まだ高嶋さんがあの化け物の足止めしてるんだよ! 天之河がこっち来た分、足止めする奴必要だから!」

 

 言われて、顔を上げて橋の方を見る。離脱時の声が聞こえていなかった者も、光輝と並ぶ“勇者”高嶋友奈ならそれくらいしそうだと納得した。誰も足止めに向かったことを疑っていない。

 だがいざベヒモスの方を見てみると、少し困惑するような光景が目に映った。

 

「……あの化け物、埋まってねえか?」

 

「高嶋さんがやったんならボコる感じだよな? 何アレ?」

 

 上半身が床に埋め込まれたベヒモスがそこにいた。体勢も前傾になりすぎ、後ろ脚での踏ん張りも利かなくなりつつあるように見える。

 

「南雲君だよ! 友奈ちゃんと一緒に足止めに残ったの!」

 

「そうだ! 坊主たちがあの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! ベヒモスのパワーなら全身埋めてもまだ出てくる! 二人が撤退するとき、一斉攻撃であの化け物の足止めをするぞ!」

 

 腹の底まで響くような指示に気を引き締め直すクラスメイト達。ハジメはともかく友奈はクラスメイトに好意を持たれている。彼女を助けるためなら逃げたい気持ちを抑えられる者が多かった。

 

 だが、全く違う理由で逃げたい気持ちを忘れた者もいた。

 

「(南雲なんかが活躍できるわけがない! 高嶋に寄生しやがって!)」

 

 高嶋友奈は心優しい少女だ。香織と同様に、人助けをすることは多い。だが香織ほど知られているわけではない。それはなぜか。

 理由は助け方にある。

 香織は気になれば突撃し、溢れるカリスマで周りにも助けさせ大事(おおごと)にして大成功させる。女版の光輝と言えるやり方だ。関わる人が多いから、多くの人に知られている。

 対して友奈は、自分の負担は無視して全力で助ける。助けはしても助けを求めることはないから、関わる人は減り香織ほど知られてはいない。だが他人にあまり知られたくない問題から助けられた相手には特に慕われていた。

 

 そんな背景があって、ハジメは友奈の優しさに付け込んでいると一部の者は考えていた。オルクス大迷宮に来てからの活躍も、タカった高性能アイテムによる強化のおかげだろうとも。

 地球で香織に構われているから嫌われていたのと同様に、これも嫉妬が根本にある。ハジメが悪いという結論ありきの思考である。

 だが光輝を中心に作られた「ハジメなら理屈をつけて叩いていい」という空気で過ごしたクラスメイトにとっては自然な考えだ。さらに友奈のためという理由で武装して、正義を執行できる愉しみに歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベヒモスの足止めをしながら、チラリと通路側の様子を伺う。

 どうやら全員無事に撤退出来たようだ。自分たちの退路も確保し、隊列を組んで一斉攻撃のための詠唱をしているのも見て取れた。

 

 ベヒモスは相変わらずもがいていて、床に上半身を埋め込んでいるというのに数秒も放置すれば出てきてしまいそうだ。ベヒモスのパワーに対して床の強度が足りていない。

 それでも援護と合わせて階層から逃げ出せるくらいの時間は稼げるはず(・・)だ。勝算はあれど命の掛かった状況に球のような汗が流れ、心臓が今まで聞いたことがないほど大きな音を立てていた。

 

 タイミングを見計らい、友奈に合図を出して最後の錬成。ベヒモスを一際きつく拘束して一気に駆け出した。

 友奈はハジメの前を走り、クラスメイトをすり抜けて退路にトラウムソルジャーが出てくるという事態を警戒する。

 

 予想を裏切らず、ベヒモスは数秒で拘束を破り息苦しい思いをさせた怨敵を探すが時すでに遅し。階段前に陣取ったクラスメイトから放たれた、あらゆる属性の攻撃魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっていた。

 

 いける! と確信し、転ばないよう注意しながら頭を下げて全力で走るハジメ。すぐ頭上をチートスペックの本気の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしなかったが、チート集団がそんなミスをするはずないと信じて駆ける。

 しかしその直後、ハジメの表情は凍りついた。無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。

 

「(なんで!?)」

 

 疑問や困惑、驚愕が脳内を駆け巡り、反射的に回避しようとする。だが火球の追尾性能は高く、躱しきれず命中、爆発した。

 熱と衝撃が体を打ち、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。錬成ばかりを鍛えたおかげか、魔力と対魔ばかりが上がっていたのでまだ立てる。どうにか逃げようとするが、悪いことは重なるモノだ。

 

 怒り狂ったベヒモスが跳躍し、頭部を赤熱化させて降ってくる。オルクス大迷宮に来て、間違いなく最大火力の一撃だ。

 死が迫る状況が限界を超えた錬成を発動させ、足元を大きく変形させ退避する。ベヒモスの攻撃は外れ、橋に大きな亀裂が走る。

 

 そして遂に、橋が崩壊を始めた。

 度重なる強大な攻撃にさらされ、内部でベヒモスが暴れて亀裂を広げられた石造りの橋が限界を迎えたのだ。

 

 

「グウァアアア!?」

 

 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。

 

 ハジメもなんとか脱出しようと這いずるが、しがみつく場所も次々と崩壊していく。錬成も一度無理した反動か、上手く発動することが出来ない。

 

「(ああ、ダメだ……)」

 

 諦めが浮かんだその時、視界に信じられないモノが映り込んだ。

 

「南雲くん!!」

 

 友奈だ。

 崩れる足場を飛び跳ね、ハジメを担いで上に戻ろうとする。だが友奈一人なら可能でも、ハジメを担いでいては厳しい。崩落の速度の方が早く、岸まで戻れない。

 

「なんで戻って……高嶋さんだけでも」

 

「友達を見捨てたりなんか、絶対しない!!」

 

 ハジメの言葉を遮るように友奈が叫ぶ。

 しかし気合いと根性で解決するには状況が悪かった。込めた力が足場を砕き、必死の思いがから回る。

 友奈は自分の行動は棚に上げ、せめてハジメだけでもと思い、ハジメを抱えて瓦礫から庇いながら落ちていった。

 



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奈落への旅路

モンスターハウスから30階層分くらい上って20階層に戻れたので、大体50階層くらい。
通路の高さが高いところで8メートルだから、階層一つにつき天井込みで10メートルくらいとすると、これからハジメたちは500メートルくらい落ちていく。


 暗闇の中を落ちていく。

 

 勇者の力も錬成師の力も、こうなると完全に無意味だ。足場はなく、錬成するものもない。ただ重力に引かれ、何かに激突するその時を待つしかない。

 

 だからこれは不幸中の幸いと言えるだろう。

 

「ッ!?」

 

 横から鉄砲水のごとく噴き出してきた水に押し流される。落下したものへの救済措置のつもりなのか、そんな噴水がいくつもあり、ハジメたちはまとめて横穴へ流し込まれた。

 

「ッ!!!!????」

 

 だが助かったわけではない。横穴に放り込まれた衝撃が全身を打ち、激流に翻弄され壁面へ激突することもある。

 肉体的に強くないハジメが意識を保っていられたのは、友奈が庇い続けてくれているからだ。

 

「(高嶋さんは、友達、なんだ! 守られてばかりで、いられるもんか! 僕も、高嶋さんを、守るんだ!!)」

 

 ハジメには友達というのがなんなのか、実感としては理解できていなかった。今まで出来たことがないからだ。

 だが友奈はハジメの友達になってくれた。話をしてるだけで楽しかったし、喜んでもらえるととても嬉しかった。そして今、命を懸けて助けてくれている。たぶんこういうのが友達なのだろう。

 

 ならハジメが友奈の友達を名乗るならば、助けられてばかりでいるわけにはいかない。

 決意を固め、再び限界を超えた錬成を発動する。

 

 まず友奈に触れ、口腔や肺の空気を錬成。口を開いてしまっても漏れないように変形させ続け、二酸化炭素を酸素に変えて酸欠を防ぐ。余裕があれば自分のもやるが、友奈が庇ってくれるおかげで空気を吐き出すことは少ないので後回し。友奈の呼吸を維持する方を優先した。

 次に水を錬成。魔力を通すことで粘りと弾力を持たせジェル状に変える。これで衝突の衝撃を削ぎ、摩擦で減速する。魔力を込めて変質させているだけなので、変質してない水と混ざってどんどん削られるが、また錬成して纏えばいい。

 時折滝から投げ出されたときは、空気ごと滝壺を錬成対象と認識。“錬成範囲拡大”によって空気とジェルに錬成してクッションに。魔力は多く消費するが、そのまま叩きつけられるよりはずっとマシなはずだ。

 

「(止まるまで続ける! 絶対、諦めるもんかっ!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガハッ! ゲホッ、ゲホッ!」

 

 ハジメが息を吐き、むせ返る。

 状況が理解できずにいると誰かに抱き着かれた。

 

「た、高嶋さん? 何この状況?」

 

 息が落ち着いてから尋ねるが、友奈は「良かった。良かった」と呟き泣いてばかりで応えてくれない。ハジメは説明してもらうのは無理そうだと、状況理解を放棄した。

 全身に重くのしかかる疲れとだるさもあって、一先ず暖かく心地よい体温を感じながら眠ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水路から出られた時、南雲くんは息もしてなくて、心臓も動いてなかったんだよ! なんであんな無茶したの!!」

 

 話を聞くと、どうにか行き止まりまで流されたのは良いものの、ハジメは無茶のし過ぎで死んでいたらしい。友奈の蘇生処置が上手くいったので目を覚ますことが出来、感極まって泣いてしまったという流れだそうだ。

 見たことのない怒りの表情を浮かべる友奈に対し、ハジメは友奈を守れたこと、そして自分を心配して怒ってくれたことが嬉しくてつい笑ってしまった。

 

「なんで笑ってるの!」

 

「ごめん、つい。

 初回だから使い過ぎたけど、次は加減して使うよ。もう同じ失敗はしないよう気を付ける」

 

 ステータスプレートを見てないので正確に把握はしていないが、体感で理解はしているハジメ。

 今回仮死状態になったのは“錬成”の派生技能“限界突破(錬成)”の反動だ。本家の“限界突破”と違って“錬成”を発動するときしか効果がないが、派生技能で段階を踏んで強化するわけではないので気合いと根性次第でどこまでも無茶が出来てしまうのが特徴である。ハジメの言う通り、練習すれば同じ失敗は避けられるだろう。同じ状況になれば、同じように無茶することはやめないだろうが。

 言った言葉自体にウソはないので、友奈もハジメは反省したと見做し怒りを収めた。

 

「……本当?」

 

「本当だって。というか、高嶋さんにだけは無茶し過ぎって言われたくないな。先に無茶したの高嶋さんじゃないか」

 

 友奈の怒りが収まって、逆にハジメに怒りが浮かんでくる。ハジメが無茶しなければ、無茶して助けに来た友奈の方が死んでいた可能性は十分あったのだ。人間、当たりどころが悪ければ頭を一回打っただけで死ぬのだから。

 なんであんなことしたんだ。もっと自分を大切にしろ。そんなブーメランを自分のことは棚に上げて勢いよく投げつける。

 そうなればもう言い合いだ。どちらも自分は気合いと根性でどうにかするつもりだったと言い張って、一歩も譲ることはない。疲れた体を怒気で動かし、限界まで言い争いを続けた。

 

「ああもう、私こんなに言い合いとかしたの初めてだよ。疲れちゃった」

 

「僕も。というかここどこだろう?」

 

「わからないよ。まだ岸に上がったばかりだし。だからこれから探らないと!」

 

 グッと体に力を入れる友奈。ハジメも釣られて力を入れ、疲れた体に鞭打ち立ち上がった。

 

「じゃあそろそろ探索しようか。いつまでも火に当たっていられないし、飢える前に地上に戻ろう」

 

「そうだね。結構落ちてきたと思うけど、二人ならきっと大丈夫!」

 

 二人は慎重に慎重を重ねて迷宮を進む。

 二人にトラップを感知するような技能はない。だから意識を研ぎ澄まし、警戒しながら慎重に進むという手段以外採れないのだ。

 

 だが一向にトラップが発動しない。魔物だって現れない。さすがにおかしいと思いながらも、結局何も起こらないまま突き当りまで辿り着いてしまった。

 

「何も起きなかったね」

 

「そうだね。ただココには何かありそうだよ」

 

 派生技能“鉱物系探査”により、床の下に別種の石の塊があるのをハジメは感知していた。

 近づくと想像通り石の塊がせり上がり、そこにはこう刻まれていた。

 

 

 “六つの証を有する者に新たな試練の道は開かれるだろう”

 

 

「……どういう意味かな?」

 

「―――あーなんかわかってきたかも」

 

「本当!?」

 

 ハジメはゲーム会社社長の息子で、ゲーム製作にも携わってきた。つまり仮想とはいえ試練を作る側だったことがあるのだ。

 その経験からこの大迷宮の意図を推測する。

 

「ここまでの迷宮はチュートリアルとかで、ここから先の迷宮が本番なんだよ。それも七大迷宮の最後に挑む高難度ダンジョン。

 たぶん稼ぎのいい迷宮で冒険者を釣って、他の迷宮にもこの先を餌に挑ませるつもりなんじゃない? 誰も辿り着けてないみたいだけど」

 

 その場合、迷宮製作者には迷宮に挑ませたい理由があることになるが、そもそも理由もなく作るわけがないので省略する。

 また難度調整をミスしている気もするが、もしかするとコレで適切なのかもしれない。それだけの実力が求められる目的があるなら納得できるからだ。

 

「でも、なんで? なんでそんなことしてるんだろ?」

 

「そこまではわからないけど、王道なのだと怨敵を倒せる人材育成とかかな? それも自発的に動くタイプじゃなくて、普段は引きこもって暗躍してる奴の打倒が目的。大迷宮は【反逆者】が創ったって話だし、エヒトってのが実は人を弄ぶ悪い神で、いつかその支配から脱却するために創ったとかなら違和感なさそうだね」

 

 ゲームの考察を語るようで少しテンションが上がるハジメ。だが状況を思い出してすぐに切り上げた。

 

「まぁここで得られる情報はもうなさそうだし、脱出方法探そうよ。ゲームとかだとこういう場所には帰還のための魔法陣設置してたりするし、もしかしたらあるかも」

 

 あった。

 




奈落への旅路
ただし途中で引き返す。


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旅立ち

 帰還用と説明書きまでついた魔法陣を発動させ、ハジメと友奈の視界は光に包まれた。

 オルクス大迷宮に入ってから一日と経っていないが、もうずいぶん長い間洞窟の中でいたような気さえする。

 やっと外に出られる。そんな思いがこみ上がり、やがて光が収まった視界に写ったものは……

 

 洞窟だった。

 

「なんでやねん」

 

 魔法陣の向こうは地上だと無条件に信じていたハジメは、代わり映えしない光景に思わず半眼になってツッコミを入れてしまった。めちゃくちゃガッカリしていた。

 友奈も同じようで、まだここから出るために何かしないといけないのかとさすがに疲れ切った顔になっている。

 

 だがその思いは杞憂だった。転移先はただの帰還用の部屋であり、そこを出れば一階層だ。出口はすぐそこである。

 二人は疲れも忘れ、受付の静止を振り切って、外へと駆け出した。

 

「外だ!」

 

「外だね!」

 

「「帰って、来れたーーーーっ!!!」」

 

 恥じらいも忘れて二人抱き合い喜びを分かち合う。そして疲れを思い出してぶっ倒れた。

 

「あ、あはは。もう動けそうにないや」

 

「僕も。気が緩んじゃうともう無理だよね」

 

 トータスは日本ほど治安のいい場所ではない。路上で寝ていれば盗まれたり攫われたり剥がれたりと危険だ。特に友奈は美少女なので危険さは増す。

 そのまま寝てしまいたいほど疲れていたが、どちらともなく体に力を入れて起き上がろうとする。しかしハジメは失敗して転びかけ、友奈に支えられてどうにか立ち上がった。身体能力と道中した無理の差である。

 

「宿まで戻ろっか。私はベッドで休みたいし」

 

「そうだね。これからのことは休んでから考えよう」

 

 支え合って歩く二人を、受付から連絡を受けてすっ飛んできたメルド団長が回収した。締まらない話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、友奈は遅い時間に目を覚ました。

 

「ふぁ~~~。まだ眠い……」

 

 もうひと眠りしようかとベッドの上でぽやぽやと悩んでいると、部屋の扉がノックされた。

 

「高嶋さん? 起きてる?」

 

「ふあっ!? お、起きてるよ!?」

 

「あはは、起きたところっぽいね。また後で来ていいかな? 話がしたいんだ」

 

「わ、わかった! 準備してる!」

 

 扉の外から声をかけたのはハジメだった。

 驚きながら咄嗟に返事をすると、2時間ほどしてまた来ることになった。昨日は迷宮から帰ってすぐ寝たので色々と汚れているし、おなかだって減っている。風呂は流石にないので体を拭いて着替えて、遅い朝食をとってハジメを待つ。

 

 

 

 

 

 ハジメは宣言通り、2時間してからやってきた。

 

「ごめん、急かしちゃったかな?」

 

「余裕あったし問題ないよ。それで、話って何かな?」

 

「それなんだけど、僕はこれからクラスの皆からは離れて旅に出るんだ。メルド団長からの指示も出た。他の大迷宮の入り口を探して、出来れば探索する感じになるって」

 

 爆弾が投下された。

 トータスは地球に比べて危険の多い世界だ。裏方としてはともかく、単純戦闘能力では現地人並か、経験不足のせいで劣るハジメが安全に過ごせる環境ではない。むしろ裏方としては飛びぬけて優秀な分、狙われやすくて危険まである。

 だというのにいきなりの旅立ち宣言だ。友奈でも何言ってるのか理解できず呆けた。

 

「な、なに言ってるの!? 危ないよ! そんなことしなくても―――」

 

「今回の誤射、絶対わざとだし。犯人見つけても、ここにいたらまた似たようなこと起きそうだからさ。身を護るなら理由つけて別行動するしかないかなって。メルド団長も賛成してくれてて、いざこざが起きないようにすぐ離れた方がいいだろうってさ」

 

 友奈が愕然とした表情になる。だが否定はできない。誤射ではなく故意だということは理解できていた。

 なにせ前を走る友奈を避けて、回避しようとしたハジメに追尾して命中しているのだ。火魔法を得意とする者が狙って撃たなければこうはならない。

 そして犯人を見つけても再発するというのも否定できない。今回やらかした相手の候補からは外れるが、やらかしそうなやつもいる。結局、ハジメがクラスメイトから嫌われている現状が問題なのだ。一旦距離を取るというのは間違いではなかった。

 

 なんとか止められないかと唸りながら考え、ハッと妙案が思い浮かんだのか友奈が顔を上げる。

 

「なら裏方に専念すればいいんじゃない!? 南雲くん錬成師なんだし!」

 

「それも提案したんだけど、もう無理みたい。今回やりすぎちゃった」

 

「あうう……」

 

 本来なら「そこそこ自衛できる」程度で済ませる予定だったのだ。だがベヒモスの足止めをメインで達成し、下層に落下しても生還。これで後方勤務は通らない。クラスメイト同様前線勤務は避けられないだろうと言う話だ。

 だが緊急時の対応力は見せたので、他の大迷宮調査と言えば上層部も説得できる。オルクス大迷宮同様に資金源になるかもしれないし、そうでなくても何かしら隠されていそうなのは昔から語られていたからだ。

 

 

 ここまでが前振り、ハジメも緊張を隠しきれず、心臓もベヒモスの足止め時以上に激しく脈打っていた。

 それでも意を決して思いを告げる。

 

「それでお願いなんだけど、僕と一緒に来てくれないかな?」

 

「…………ほえ?」

 

 ハジメの言葉に友奈が面食らう。

 まだハジメを留まらせることが出来る方法を考えていたのだ。わざわざ自分なんかを誘う展開になると思っていなかった。

 

「正直、旅に出るの怖い。僕の常識なんか通じないところを転々とすることになるわけだしさ。それに行先だって他の大迷宮で、今回みたいなトラップがあるはずなんだ。ううん、オルクス大迷宮はチュートリアルっぽいし浅い階層のトラップだったから、あれより過酷なのが普通なのかもしれない。本当のところ、行きたくない。

 でも行かないって選択もできないんだよ。クラスのやつは信用できないし、また同じこと繰り返されたら不和の原因の僕の方が悪いってなるかもしれない。まだ自分で挑めるだけマシなんだ。

 

 でも高嶋さんと一緒なら、何だって乗り越えられるし、何だって楽しめると思うんだ。

 

 まだ僕には返せるものは何もない。でも、絶対見つけて見せるから。

 だからどうか、付いて来てほしい」

 

 子供のような懇願だった。

 

 ハジメに友達が出来たことはない。趣味に生きる両親に育てられた結果、他人に合わせることはせず、他人に合わせてもらうことも期待しないからだ。無理をせずとも趣味や嗜好が合う相手と、趣味や嗜好の合う分野でだけ交流を持てばいい。日本ではそれで十分な知己が得られたし、いなくなっても代わりは見つけられた。

 だから誰かにいてほしいと願ったのは、友奈が初めてなのだ。

 友人関係の経験値で言えば、ハジメはその辺の小学生にすら劣っている。だから全部ぶつけることしかできなかった。

 

「えっと、その」

 

 友奈にしてみれば展開が急すぎる。こんなに一度に感情を叩きつけられて、重大な選択を迫られては流石の友奈でも困る。

 だが困っているだけだ。友達の真剣な願いを粗雑に扱う友奈ではない。真剣に考えて、きとんと答えを出すだろう。

 

 しかしハジメは友奈の戸惑いを見て、勝手に納得し、勝手に感情を引っ込めてしまった。

 

「やっぱり無理だよね。変なこと言ってごめん」

 

「は?」

 

「困らせる気はなかったんだ。高嶋さんには僕と違って他に友達もいるのはわかってるし、そっちを放置できないのもわかってる。友達だって言ってもらって舞い上がってたけど、半月もないくらいの期間だし、ダメで元々だってこともわかってて、言わない方がいいってのもわかってたんだけど、言わずにはいられなくて……

 今のなし! ていうかもう全部忘れちゃって!

 僕はもう行くから。また会ったときは遊んでくれたら嬉しいな。じゃあね」

 

 一方的に言いたいことだけ言って、ハジメは去っていこうとする。高校生活で培った、感情を横に置いておいて無視する技術がハジメにはある。友奈と一緒にいたくても、どれだけ不安があっても、その気持ちを無視できるからこその行動だろう。

 

 友奈からすると堪ったものではない。日本でいた頃、イジメられるハジメの立場がこれ以上悪化しないよう、無視する事だって結構なストレスだったのだ。なのに一度助けておいて、また見捨てるなどやりたくない。罪悪感で友奈の方が参ってしまう。ハジメにそんな意図はないだろうが、もはや自身を人質にした脅迫だ。自分が感情を無視できるせいか、人の心がまるで理解できていない。

 

「ふざけないで!」

 

「!!??」

 

「そういう言い方、ズルいと思う! 私に選択肢、ないもん! ついていくしかないもん!」

 

「いや、無理強いするつもりh」

 

「私が選んだって責任押し付けてるだけだよ! ちゃんと最後まで助けてって言って! そしたら私も助けるから!」

 

 流石の友奈も感情のままにキレる。

 普段の友奈がこのように怒ることはまずない。聞き上手な長所と表裏で、人と言い争ったり気まずくなるのを避けて自分を出せないからだ。天然を演じて周囲を和ませ、良い方へ転がるよう周囲を誘導したり、個人にフォローを入れたりするのが常である。

 ここまで言えたのは、オルクス大迷宮の底で言い争いを既に経験していたこと。そしてハジメがここまで言わなきゃわからないし、言っても問題ないとある意味信用されることが出来ていたからだ。ここまで重ならなくては友奈は我を出せなかったりする。

 

「…………いいの?」

 

「いいの! 半端な方が困る!」

 

 相変わらず子供のように表情を伺うハジメ。

 しばしまごついて、ようやく言葉を紡いだ。

 

「僕のことを、助けてほしい。お願いします」

 

「友達同士の助け合いに敬語はいらないよ。今回は私が助ける。私が困ったときは助けてね。約束」

 

「! わかった! 約束する!」

 

 一気に明るくなるハジメに、友奈の顔もほころんだ。

 

「それで、出発はいつになるの? 準備とかもあるんでしょ?」

 

「高嶋さんが付いて来てくれるならすぐにでもだよ。バレたら絶対邪魔されるし、旅の準備は移動した先でもできるし。メルド団長に頼んでくる!」

 

「ちょ、南雲くん!?」

 



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メルドの職務

 響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。

 

 そして瓦礫と共に奈落へと落ちてゆくハジメ。

 

 そこまでならまだいい。いや、メルドとしては全く良くないが、他のクラスメイトにとっては許容範囲内だ。

 ハジメは「クラスの仲間」ではない。一緒に転移してきただけの異物だ。精神ダメージは騎士たちに犠牲が出た場合と変わらない程度で済む。

 

 だが許容できない事態が起きた。

 高嶋友奈が南雲ハジメを助けに行って、戻ってこれず共に落ちてしまったのだ。

 

 それを見て、真っ先に光輝が暴走し奈落へ駆け出そうとした。

 

「落ち着け光輝! お前まで死ぬ気か!?」

 

「放せ龍太郎! 友奈を見捨てる気か!」

 

 隣で暴走する香織を押さえ付ける雫と同様に、暴走する光輝を龍太郎が押さえ付ける。

 どちらも止める側が腕力で勝るため食い止められているが、クラスの中心人物達が完全に機能停止していた。

 当然、クラスメイトたちも統制が取れなくなる。泣き出したり呆然とするものはまだマシで、光輝につられて「友奈を助けるんだ」と邪魔する龍太郎を後ろから殴ろうとしたものもいた。

 無限湧きするトラウムソルジャーという脅威は未だ健在だというのに、この調子では本当に全滅してしまうかもしれない。

 

「いい加減にせんかっ!!!」

 

 メルドが光輝の頬を殴りつける。

 その程度で折れる光輝ではなく、メルドを睨みつけるが、意識を引き付けることには成功した。また光輝につられていた者達もメルドの行動に驚き、足を止めている。

 

「暴走している場合か! このままでは全員死ぬぞ! 他の者にとってはもうお前だけが頼りなんだ! それを自覚しろッ!!」

 

「ッ、!」

 

「今出来ることは何もない! 落ちた者を助けるなら、まず生き残ってからだ!」

 

 ベヒモスが現れた時、褒めて伸ばす方針を後悔はした。だがいきなりは変えられないし、現状に合わせてどうにかするしかない。

 光輝を認め、光輝の自尊心を傷つけず、光輝の正義を曲げさせるわけでもないと思わせる言い方。こうすれば光輝は反発しないし、十分に実力を発揮する。そのはずだと短い付き合いから推測しての言葉選びだ。

 

 その思惑は上手くいき、光輝に落ち着きが戻る。

 

「皆のこと友奈に頼まれたでしょ! 早く撤退するわよ!」

 

 そこへ雫の援護が入り、光輝の意識が切り替えられる。

 しかし行動を起こす手前で雫に背負われた香織が目に入った。

 

「香織はどうして気絶してるんだ?」

 

「あまりに暴れるから騎士の人が寝かしてくれたわ。あのままじゃ香織が持たなかったけど、私には出来なかったから。

 それより早く皆をまとめる! 今は時間が敵よ!」

 

「ああ、わかった!

 

 皆! 今は生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」

 

 クラスの中心が再起動したことで、クラスメイトもまたノロノロとではあるが動き出す。今の精神状態でトラウムソルジャーと戦うのは無理だが、既に階段は確保しているのだ。戦う必要はなく、ただ歩いて逃げるのをやめないことが必要になる。

 光輝は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルドや騎士団員達も生徒達を鼓舞する。

 

 上階への階段は長かった。先が見えないほど上まで続いており、ゴールが見えない逃走はクラスメイト達の心を削る。

 幸いにしてただ長いだけでトラップもなく、必死に上るだけでよかった。それでも30階層分は上ることになったが、休憩なしで大きな魔法陣が書かれた壁まで駆け抜けることが出来た。

 

 一向に変化しなかった景色に唐突に表れた魔法陣。それにクラスメイト達も生気を取り戻すが、これが追撃のトラップではない保証はない。

 メルドは細心の注意を払って調べるが、ただ壁を扉として機能させるためだけの物のようだ。

 

 問題なしと判断し、魔法陣を起動させて壁を超えると、元の20階層の部屋にたどり着いた。

 

「帰ってきたの?」

 

「戻ったのか!」

 

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

 クラスメイト達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。

 しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、いつどこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。

 メルドは休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。

 

「お前達! 座り込むな! ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ! 魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する! ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

 少しくらい休ませてくれよ、という生徒達の無言の訴えをいかつい顔で封殺する。

 光輝もメルドに同調し、最後の力を振り絞って歩みを再開させた。道中現れた魔物は騎士団員たちが撃破し、一気に地上へと駆けて行く。

 

 そしてついに正面門の大広場まで辿り着いた。

 オルクス大迷宮に潜って一日も経っていないが、永い間見えていなかったような空が見え、クラスメイト達の緊張も緩む。これ以上歩くことも出来ず、その場で座り込んだり、倒れこんだりしていた。

 

 そんなクラスメイト達を横目に、メルドは受付に帰還の報告をしに行っていたのだが、離れているうちに雲行きが怪しくなっていた。

 

「友奈ちゃん……置いてきちゃった……」

 

 誰かがポツリと呟いた。

 

 それを皮切りに、危地を脱した解放感が、危地に仲間を置き去りにした罪悪感に取って代わる。

 謝る声が増え、安堵や解放感が浮かんでいた顔が曇っていく。

 

 そして罪悪感から逃れるため、ついにこの事態を起こした原因を求め始めてしまった。

 

「南雲の奴、高嶋の足引っ張りやがって……! あいつさえいなけりゃ高嶋は……ッ!」

 

 悪者探しをした場合、真っ先に上がるのはハジメだ。

 クラスのほぼ全員に敵視されるくらい評価が低く、転移してからは一人だけ工房と専属講師を与えられるなど特別扱いを受けていることに嫉妬していた。そして「死人に口なし」と言うように、悪者にしても反論されない。クラスメイト達の罪悪感を解消するための、絶好の捌け口だった。

 直前にベヒモスの足止めで活躍していたなど関係ない。アレは同行していた友奈の功績にカウントできるからだ。

 また魔法に当たったことだって「ハジメが射線上に入ったせい」だと皆は考えた。「誰かがハジメを狙って撃った」と今いる仲間を疑ったり、「自分が誤射した」と疑われ自分が悪者になるよりも、ハジメに全責任を押し付けた方が丸く収まるからだ。特にトラップを発動させ全員を死地に連れて行ってしまった鈴は、親友である恵理の誘導もあって、自身の心を守るため熱心にハジメを責めていた。

 

 ハジメを庇う香織は眠り続けており、基本的に香織の意見に賛同する雫もそれどころではない。

 止める者がおらず、集団で意見が一致したことで、さらにハジメに責任を求める声は加速していった。

 

「(……これは無理だ。私ではもうどうしようもない。すまない、坊主)」

 

 メルドが報告を終え、戻った時には手遅れだった。

 もうクラスメイト達の中で、悪いのはハジメで意見が統一されている。今更なにを言っても聞かないだろう。

 

 本人も自覚する通り、もはやメルドに出来ることは何もない。

 “勇者”を失ったことで騎士団の団長という地位からも追われるだろう。起きたことをそのまま報告して、それで終わりだ。この後、転移者たちを完全に懐柔するため、貶められるであろうハジメの名誉を守ることもできない。

 

 憂鬱な気持ちを顔に出さないようにすることすら失敗し、溜息を吐くことも出来ず渋面を浮かべるメルドだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「団長! 迷宮の受付から、高嶋様と南雲様が帰還したとの報告がありました! どうしますか!?」

 

「はぁ?????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想外過ぎる吉報に戸惑いながら、二人を回収。

 今のクラスメイトに気付かせるのは悪手と考え、騎士団員に傷の治療をさせてまずは一晩休息を取らせた。

 

「―――とこんな感じです」

 

「…………よく生きてたな。普通何度も死んでいるぞ」

 

 翌朝、ハジメの方だけ起こして話を聞いた。

 誤射だと思った魔法が、まず間違いなく意図的に放たれたモノだったということも含めてだ。

 

 それを聞き、益々ハジメをクラスメイトと合流させてはならないと確信したメルド。ハジメもそうなっていることは予想できたようで、意見に賛同した。

 

「なら前線から離れて後方勤務とかできませんか? 天職“錬成師”なわけですし」

 

「……もう、無理だ。オルクス大迷宮の未踏破階層から帰還して後方勤務は通らない。坊主たちが落ちたという情報は他に知られているから、隠すこともできんしな」

 

 ただでさえクラスメイトは全員戦闘系なのだ。最初からあからさまに後方支援タイプだった愛子ならともかく、実戦で成果を上げた者を後方支援要員とは思ってもらえない。

 そして前線勤務ならクラスメイトはある程度まとまって行動することになる。ばらけさせいくつかの戦場で戦わせるよりも、“勇者”の旗印のもとで神の使徒が団結して戦うという構図の方が神殿の上位者には好まれるからだ。

 そうなればハジメはまた味方からの『誤射』を受けて、今度こそ死ぬようにされるだろう。

 

「何か、何か手はないですか……?」

 

「……一応ないこともない。だが危険だ。ここに留まって状況が改善するのを祈るのとどっちがマシかはわからん」

 

「聞かせてください」

 

「他の大迷宮への挑戦だ。

 【反逆者】達が創ったと言い伝えられるのと合わせて、何か眠っているとも伝えられている。あるいは危険な何かを封じているとな。それの調査なら認められるだろう。事後承諾でも問題なく、だ」

 

「でもそれって」

 

「いきなり深い所まで潜れというわけじゃない。浅い所での調査だけなら危険は低いはずだ。

 ……上がどの程度の成果を期待するかわからんのが、この手段の欠点だな。現場を理解せず高望みされれば危険だ。探索自体はもちろん、報告の出し方も考える必要がある。

 だが坊主がここから離れられて、問題にもならない手段と言うと私にはこれしか思いつかん。文官どもならそういうのに詳しいだろうが、私は叩き上げだからな」

 

 クラスメイトから離れるだけなら簡単だ。こっそり行方を眩ませればいい。ハジメがいなくなっても(友奈と香織以外)誰も追わないだろう。

 だがそうすると「紛れ込んだ神の敵が“勇者”抹殺に失敗し、正体がばれて逃げ出した」みたいな扱いになる可能性すらある。そうなれば人族の国に居場所はなくなってしまう。そうでなくとも神の使徒であるクラスメイト達とは完全に決別だ。何かあれば即座に敵認定を受けることになるだろう。

 

 しかし大迷宮調査は危険こそ伴うが、国と神殿を味方に付けられる。孤立を避け、クラスメイトとの敵対を防ぐ抑止力に使えるはずだ。

 

 何を選ぶのが正解かはわからない。生き残れるかどうかは選んだ後の行動と運次第なのだから。

 

 ハジメはしばし悩んだ後、メルドに一つ質問をした。

 

「高嶋さんに」

 

「ん?」

 

「高嶋さんに同行を頼んでも、問題ないでしょうか?」

 

「合意があるならいい。だがその場合リーダーは“勇者”、上からの期待は重くなるぞ。

 

 ―――それとハイリヒ王国騎士団長として言う。“勇者”の死は認められん。死んでも彼女は生きて返せ」

 

「そこは勿論、そのつもりです。

 

 お願いだけしてみます。その後は、大迷宮調査に向かいます」

 

「わかった。準備はやっておこう」

 

 ふらふらとハジメが部屋を出ていく。

 まだ友奈が起きているかも不明だし、答えが出るまで時間はかかるだろう。とはいえ友奈が了承した場合は、クラスメイトに見つかる前に出ないと面倒になる。メルドは生徒達に見つからないよう、こっそり迅速に行動を始めた。

 

「(できれば付いて行ってやってほしい。高嶋が残っても、この空気では馴染めんだろうしな)」

 

 加害者が何食わぬ顔で混じり、全員で被害者を叩く集団。そんな所に実情を知る友奈を入れても、良いようにはならないだろうとメルドは思い、ハジメのお願いが上手くいくことを願っていた。

 




この日のうちにハジメと友奈は旅に出ました。

クラスメイトには旅立った後に説明。香織は原作通り5日間寝てて、全部終わってから起きます。

恵理が鈴を誘導してたのは、犯人が絞れなかったので、香織を孤立させて排除するため。ハジメも友奈も生きてて無駄になったけど。


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猶予

 

「……結構余裕あったね」

 

「そりゃね。次の町まで徒歩移動はきついし、準備してもらった馬車使うよ。離反したわけじゃないんだし。

 次の町についてからも、迷宮の特徴に合わせた訓練と準備して、大迷宮に向かうのはそれが終わってからだって」

 

 クラスメイト達から離れた後、ハジメと友奈はのんびりと馬車に揺られていた。

 ハジメが別行動を取らなければならなかったのはクラスメイトが脅威だからで、友奈が早期に離れなければならなかったのはクラスメイトが引き留めるだろうからだ。クラスメイトと距離さえ取ってしまえば、もうそこまで急ぐ必要はないのである。

 

 ハジメ独りなら不安と心細さを感じながら、黙って運ばれるだけだっただろう。

 だが友奈がいる。ハジメの心は明るく、会話も弾んだ。

 

「ヒュン、ズバン!って感じでさ! かっこよかったんだ!」

 

「へぇ、それ気になるな! 向こうにいた頃に見とけば良かったよ。リアルタイムで見なかったのは惜しいことしてたかも」

 

 始めはこの世界で役立ちそうな護身用の格闘技術について。その話も実演や練習が出来るスペースがないのでネタも尽きて、日本で見た格闘技の話に花が咲いていた。

 

 友奈の趣味は格闘技だ。それも観戦も実践も両方楽しむタイプ。天性の格闘センスによって色々な格闘技を習得・観戦していたが、幅が広すぎて話に付いてこれる相手は少なかった。また性格的なこともあって聞き手に徹する場合が多く、趣味について語ることはあまりない。

 ただハジメには知識があった。有名どころだけでなくムエタイ・カポエイラ・中国武術・プロレスなどの多種多様な知識を、基本となる技術を「実践は出来ないが指導はできる」というレベルで理解しているほどに。それでいて趣味というほど深くは嗜んでいないため、友奈の話も目新しく素直に楽しめる。友奈ほどではないが聞き上手なこともあって、珍しく友奈主導で盛り上がっていた。

 

「語った語った! こんなに話せたの久しぶりだよ。南雲くんも結構詳しいね」

 

「ゲームでキャラのモーション設定する参考として勉強したからね。漫画書いてても人の体の動きとか、知ってれば知ってるだけ役に立つし」

 

「! ゲームと漫画作ってたんだ! 今度はそっちの話聞かせてほしいな」

 

「え? 面白い話じゃないと思うけど……まぁいいか。僕ん家は―――」

 

 尋ねられるがまま、ハジメは自身の家の事を話す。

 父がゲーム会社社長で、母が少女漫画家なことは驚かれたが笑って受け入れられた。友奈自身もゲームのプレイヤーで読者だったそうだ。

 またそれだけではなく、会社の宣伝方法についても友奈は知っていた。

 

「あの会社だよね、Cシャドウの」

 

「そうそう。会社の広告とか、ゲーム大会のラスボス枠でCシャドウが活躍してるとこで合ってるよ」

 

 Cシャドウはハジメたちより一つ年上の長い黒髪とクールな雰囲気が特徴の美少女だ。

 ジャンルを問わずゲームの腕前に優れている上に、ビジュアルがいいので会社のアイドルとして、小学生のころから親元を離れ大活躍している。

 彼女の座右の銘は「芸は身を助く」。ハジメは詳しくは知らないが、ゲームの腕で問題があったらしい親元を離れることに成功し、今の環境を勝ち取った経験からそう考えるようになったとか。ゲームのみならず色々な技術や資格を身に着けていたりするのだ。

 

「ただあの子、ずっと仕事してたり、資格の勉強したりで僕より人と交流取らないんだよね。日本に戻ったら遊びに誘ってあげてくれないかな?

 僕もああいう生活がいいと思ってたけど、友達と話すってそれだけでかなり楽しかったし。食わず嫌いは損だって実感できたからさ」

 

「おっけー、任せて。楽しませてみせるよ!」

 

「ありがとう。

 で、まぁそんな感じで子供を働かせるのに躊躇のない親でね。僕も職場で色々やらせてもらってたよ。ゲームとか漫画の製作はそこで経験したんだ」

 

「ほうほう、例えばどんな?」

 

「そうだなぁ、最近のだと―――」

 

 ハジメ的に「ちょっと苦労したけど楽しかった思い出」をいくつか語る。

 最初は興味津々で聞いていた友奈だが、次第に表情が変わってくる。

 学生にやらせる「お手伝い」レベルではない。友奈に専門的なことはわからないが、間違いなく「労働」だ。

 それもただの労働ではなく、どう見てもブラックな奴である。同じ趣味の連中が集まって、楽しいからという理由でやってるから問題にはならないが、外から見るとどう考えてもアウトだった。

 無論、ハジメ父の会社や母の職場がずっとそんな状態なわけではない。忙しい時だけだ。しかしハジメが「手伝いを頼まれる時」とはつまり「特に忙しい時」で、「印象に残っている」のはその中でも厄介な事例だ。そんな話を聞いて友奈が「?????」となってしまうのも無理はなかった。

 

「あ、ごめん。つまらなかったよね。昔から楽しい話とかできなくてさ」

 

「ううん、そんなことないよ! ちょっと、混乱してただけ。南雲くんの家かなり特殊だね」

 

「それは自覚してる。小さい頃とか同じ年の子と話が全然合わなかったよ。

 高嶋さんの家はどんな感じ? 出来たら教えてほしいな」

 

「いいよ。と言っても南雲くんのとこみたいに面白くはないだろうけど」

 

 友奈もハジメに自身のことについて語りだす。

 当人の申告通り、ハジメに比べれば山も谷もない話だ。特徴といえば格闘技を除くと人助けだろうが、友奈は他人の悩みや苦難を自身の武勇伝のように語る気にはならなかった。話したのは地域のボランティア活動に参加したことくらいだ。

 

 だがハジメはニコニコと笑って、心底楽しそうに友奈の話を聞いていた。

 ハジメは相手が隠していることを(あば)こうとはしない。隠したいことは誰にでもあって、そこを踏み荒らすのは親しい相手だからと許せることではないと考えるからだ。

 だからこそ話してくれるのは嬉しいと感じていた。まぁ普通の家庭と言うものをハジメは知らないので、そちらに対する興味も大いにあったのだが。

 

 友奈もまた、自身のことを話せるのを楽しんでいた。怒鳴り合ったり口喧嘩をした仲だ。ハジメの世間離れした性格と偏った経験もあり、多少のことで気まずくなる事はないと安心して話すことが出来ていた。

 

 しかし楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。今日の目的地まで到着したのか、案内についた騎士が二人を呼びに来た。

 

「高嶋様、南雲様。本日の移動はここまでです。野営の説明を行いますので、出てきてください」

 

「っと、もう時間みたいだね。続きはまた今度にしようか。時間はまた取れるだろうし」

 

「そうだね。野営ってキャンプみたいな感じかな? そっちも楽しみ!」

 



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ライセン大峡谷

 トータスには誰もが知る大峡谷がある。

 

 西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡【ライセン大峡谷】だ。

 長さだけでなく、深さは平均して1.5キロメートル、幅は900メートルから8キロメートルという大きさもある。

 

 そしてなにより特徴的なのが、断崖の下ではほとんどの魔法が使えず、強力で凶悪な魔物が多数生息していることにある。古代より処刑場としても利用されてきたこの世の地獄だ。

 

 そんな人が生きていける環境では到底ないはずの谷底を、ハジメと友奈は歩いていた。

 

「「「「「グルゥアアアアアアッ!!!」」」」」

 

 魔物の群れが本能に従って人間に襲い掛かる。

 身を護る力を振るうことさえできないはずの人間は、慌てることなくスマホ―――“錬成”でバッテリーを充電された状態に変えた。細かい構造までは把握できていないが、技能に大事なのはイメージである。そこさえ出来てれば無理も通せた―――で魔物を撮影しつつ迎撃態勢を取った。

 

「奇襲できるのに吠える、野生じゃないのかな? 高嶋さん、データ優先で」

 

「オッケー! 勇者、弱パンチ!」

 

 友奈が魔物を殴る。谷底では魔法は使えないが、身体能力は落ちない。単純だが早々用意できない対策だ。

 また武装も打撃が命中した瞬間に風の魔法が噴き出し、距離を取らせるものを使用している。ゼロ距離でなら魔法の道具も効果を失わないのだ。これも言うは易し、実行するとなると出来る者は限られる手段である。

 

 魔物たちは群れで襲い掛かるも、スペックで上をいかれ一体ずつ弾き飛ばされた。だが不自然にダメージが少ない。即座に立て直し包囲してくる。

 

「毛皮が硬くなってたよ! たぶんアレが固有魔法! あと弾力が結構あった!」

 

「了解! 固有がわかったなら情報はもういいから倒しちゃって」

 

 ハジメが杖で友奈の籠手を叩く。

 すると籠手が変形し、別の魔法具へと組み替えられていく。“錬成”による改造をその場で、戦闘中に隙を作らないほど高速で行っていた。

 

 ライセン大峡谷では基本魔法や魔法系技能が使えない。何故使えないかというと、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。

 だが練度の非常に高い“錬成”は物体内部で完結し、魔力系技能ながら周囲の影響を受けずに使えるのだ。“錬成”特化のチートスペックを、脇道に逸れずに真っ直ぐに伸ばしたから出来ることである。ただし気体を対象に含んで範囲拡大した“錬成”は魔力が分解されてしまうため、魔法陣を刻んだ杖や靴で対象に触れる必要がある。

 

「ありがとう! 勇者チョーップ!」

 

 殴打用の籠手が手刀用の物に切り替わっている。武具に刻まれた風の魔法も、薄く鋭く噴出し切り裂く物に改造されていた。

 打撃には強かった魔物も、斬撃には対処できず順番に撃破されていった。

 

「他の魔物の奇襲もなしか。高嶋さん、怪我はない?」

 

「大丈夫だよ! でも魔物が変な感じだったな。強いけど、なんだろ、単調?」

 

「それはいい知らせだね。今回はちょっとペース上げていこうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様。データまとめるから先に休憩してて」

 

「はーい。あ、お湯は沸かしてるね」

 

 地面に穴掘って休息を取るハジメと友奈。

 “気配感知”や“気配遮断”などの技能を持たない二人にとって、谷底は魔物が奇襲を仕掛け放題な空間だ。だから何もない地下に潜り、完全に身を隠すのが最適解。地下を行く魔物の存在も考えたが、振動感知機能を付けた硬い壁の中に籠ればそっちは対処できると判断した。

 ちなみに穴を掘ったのはハジメの“錬成”。空気穴は危険なのでなく、空気を吸い込み内部で二酸化炭素を酸素に変える【ライセン大峡谷】対応の魔法具―――嵩張るのでこの場でハジメが作った―――で対応。食材は持ち込んだが、水を出す魔法具は“錬成”できるし、休憩と食事のための道具もこの場でハジメが作った。どこでもいれば便利なのが“錬成師”である。そこに魔力を割く分、戦闘ではかなり友奈に頼っていた。

 

 二人が【ライセン大峡谷】にいるのは失伝した七大迷宮の捜索のためだが、ここが選ばれたのにはわけがある。

 一つ目はざっくりしすぎだが一応場所は示されていること。

 二つ目は現地の騎士には相性が悪いが、友奈とハジメなら問題なく戦闘可能だろうとメルドが判断したこと。

 そして三つ目が最大の理由。

 魔人族との国境が【ライセン大峡谷】であることだ。

 

 今は未開の地でしかないが、ここを把握できれば敵国に攻め込めるかもしれないし、攻め込まれるとしてもルートを絞ることが出来る。戦争をするうえで最重要となりうる場所なのだ。

 

 だからこそハジメと友奈は正確に報告する気はない。戦争は大陸の端での小競り合いで済ませ、自分たちやクラスメイトたちが戦場に投入されるまでの時間を引き延ばすつもりだ。

 しかしあからさまにサボればバレる。ゆえに地図は杜撰に、魔物については脅威()よくわかるように報告書を出して、ハジメと友奈二人だけならともかく、戦争が出来るような集団で奥に進むのは無理と結論を出させる予定だ。現状の後ろ盾とはいえ、潜在的な敵である教会や国に余計な情報を渡すつもりはない。

 

 そしてその「余計な情報」には、本命である七大迷宮も含まれる。

 

「……やっぱりこの辺りの魔物の行動パターンはオルクス大迷宮のに似てるな。当たりを引けたのかもしれないね」

 

 ハジメたちが七大迷宮に挑まなければならない切羽詰まった理由はない。通り越して戦力を送り込むのは無理という結論を出させるだけなら、ほどほどに魔物の調査だけやっていればよかった。

 だがあからさまに何か秘密があるようだし、地球への帰還方法も探さないといけない。ゆえに二人で話し合い、隠れて七大迷宮を攻略すると決めたのだ。

 

 ハジメたちは神代迷宮の位置に当たりを付けて行動していた。

 その方法は「遥か昔から変わることなく谷底に降りられる場所」から谷底に降り、その近辺を探索することだ。

 オルクス大迷宮の存在から、【反逆者】は迷宮に挑んでほしいのが伺えた。ならただ広いだけの場所にノーヒントで入り口設置して無駄に時間かけて探せとは言うとは考えづらい。目印か決まった道筋があるのだろう。

 【ライセン大峡谷】に谷底まで降りられるルート自体はいくつもあるが、普通のルートは魔物が暴れたりして通れなくなることも多い。だが昔から存在しており通れなくなったことがないなら、それは何らかの対策が施されているということになる。おそらくその中のどれかが正規ルート。候補を絞って谷底に降り、迷宮を隠す魔物か、普通の魔物かを見分ければ大迷宮の入り口を見つけられるだろうと予測していたのだ。

 

 そして予想通り、野生とは思えない行動を取る魔物だけ(・・)の場所を発見した。

 より強い魔物がいる方に進めば、さらなる手掛かりも期待できそうだ。

 

「(今回の探索で入り口を見つけられたら、一回街で補給に戻って準備整えてから挑戦。入り口を見つけるのに時間がかかり過ぎたら、近くの降下出来る場所からこの辺りに向けて調査、かな。あんまり長時間ここばかり調べてたら何かあるって言ってるようなものだし。効率よく探索できるように、調べる方向と順番も考えておかないとなあ)」

 

「南雲くん、ちゃんと休まないとダメだよ。お茶入ったし、一緒に飲もう」

 

「うん、わかった。ちょっと待って」

 

「南雲くんのちょっとは長いからダメ。ほら、こっちこっち」

 




この二次創作での独自設定
魔物肉ブーストについて

原作でハジメは魔物の肉を食って体を崩壊させ、神水でそれ以上の速度で回復させてステータス爆上げ、各種技能を獲得しました。
ただ魔物を混ぜて、雑に治してメリットだけとは思えないので、“錬成”の適性が低下していると想定しています。イメージとしては下の数値くらい。

魔物肉なしハジメ
“錬成”1000 他技能合計50  ステータス10

魔物肉ありハジメ
“錬成”500  他技能合計750 ステータス10000


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ライセン大迷宮

友奈の見た目は一目連の浮かんでるパーツとかを普通の防具にした感じ。


「体調ヨシ! 食料ヨシ! アイテムヨシ! 準備万端ッ!」

 

「体調ヨシ! 装備ヨシ! 携帯食ヨシ! 準備万端ッ!」

 

 自分の体調を確認した後、ハジメは備品の、友奈は武具と非常食の確認をした。

 

 ライセン大峡谷で探索を続けることしばし、思ったより順調にハジメと友奈は迷宮の入り口を発見することが出来た。

 そしてこれから七大迷宮の一つ【ライセン大迷宮】への攻略を行う。どのような危険が待ち構えているか不明、しかも一度入ってから出ることが出来るかすらも不明な以上、出来る限りの準備をしてきた。今はその最終点検だ。

 

 ハジメは軽装で食料やアイテム、その材料などを背負い、友奈はハジメを庇うために防御重視の装備で身を固めていた。道具は現地調達で作れるかもしれないが、食料は作れないのでそっちを優先して持ち込んでいる。戦闘とそのサポートで完全に分業している態勢だ。

 

 二人とも準備に不備無しと確認を終え、いよいよ七大迷宮への挑戦が始まる。

 

「おお~、すごい迷宮って感じがするね!」

 

「……そうだね。色々仕掛けやすそうだ。意地の悪い迷宮だよこれ」

 

 迷宮に入った二人の目に飛び込んできたのは、規則性の伺えない混沌とした迷路だった。

 一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が何もないただの壁だったり、めちゃくちゃという他ない。迷路の攻略で定番となるマッピングも正確に示すのは困難だ。少なくとも紙面上では表現し切るのは無理そうだった。

 迷宮の入り口にあった石碑に刻まれた煽りもあって、直接戦闘系ではなく、搦め手や嫌がらせに偏った迷宮だという印象が沸く。

 事前にこれだけ警告しているのだ。半端ではないトラップが多数仕掛けてある前提で進まなくてはならないだろう。

 

「いきなりだけど予定変更。僕が前を進むから、敵が出たらカバーしてくれる?」

 

「わかった。気を付けてね」

 

 オルクス大迷宮でも騎士たちが使っていた罠感知の魔法具“フェアスコープ”をハジメが改良した魔法具を付け、技能全開で周辺警戒しながら進むハジメ。

 迷宮内が明るいのは“リン鉱石”なる光る鉱石が壁に混ざっているから、などの役に立つかわからない情報も収集しながら慎重に進む。しばらく進んだところで、ハジメが友奈を止め、迷宮探索用に長く改造した棒で床を叩いた。

 

 叩かれた床がガコンッと音を立てて沈み、左右の壁から巨大な丸ノコギリのようなものが高速回転しながら飛び出してくる。

 殺意溢れる丸ノコギリは目の前を通り過ぎると、何事もなかったかのように壁の中に消えていった。

 

「え? え? 今の何?」

 

「純粋な物理トラップだねー。魔力を見るスコープじゃ全く分からなかったよ。“鉱物系探査”で見たら奥に別の物質があるのわかったけど」

 

 カッカッと丸ノコギリが出てきた辺りを叩くハジメ。

 魔力が体外で使いづらいライセン大迷宮では、こういう物理トラップが主な障害となるようだ。迷宮の外では見たこともないような性質の物体を用いたトラップなので、まず初見では看破できないだろう。“錬成師”であるハジメでなければ、この最初のトラップで死んでいてもおかしくなかった。七大迷宮は攻略してほしいと思っているのは間違えていないと思うが、攻略者に求める水準をもっと高く想定しておく必要がありそうだ。

 

「魔力は温存したいし、ここから先は基本トラップは回避していくね。踏んだらマズい場所とか近づいたらマズい場所は指示するから、敵が出てもすぐに前には出ないで」

 

「わかった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメが先導し、友奈と共に迷宮を進む。

 魔物は一体も現れないが、その分殺意と厭らしさに満ちたトラップが二人を襲った。仕掛けられたトラップを回避しても、迷宮の主の意思か、それとも見かけとは別の発動条件が設定されているのか、勝手に発動するのである。

 

 階段を歩いていれば急に段差が消えて坂になり、滑る液体があふれ出すトラップがあった。“錬成”で自分たちの足場は確保し先に進んだが、トラップに引っかかっていれば麻痺毒を持ったサソリが蠢く穴の中に放り出されていたと見せつけられた。単純な気持ち悪さに友奈のメンタルに大ダメージが入った。

 通路を歩いていると壁が迫り出して前後が塞がり、天井が落ちてくるトラップがあった。“錬成”で落ちる前の天井と壁を接着し、迫り出した壁も“錬成”で穴を開けて突き進む。

 スロープを下っていれば、お約束のように巨大な鉄球が転がってくるトラップがあった。“錬成”で床を持ち上げ、大玉を止めて放置。二つ目も転がってきたようだが、ルートは限られているため同じところで止まった。

 本来なら多数のトラップで余裕を削がれているだろう通路の先に、溶解液に満ちた落とし穴があった。友奈がハジメを担いで跳び越えた。

 

 途中で休憩をはさみながら進み、ついにいかにも何かありそうな部屋に辿りついた。

 

 その部屋は長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。壁の両サイドには無数の窪みがあり騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートルほどの像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

 

「なんだか雰囲気ある部屋に出たね。ボス部屋かな?」

 

「まだトラップだね。でも近づいて来てるよ」

 

 友奈の目にはようやく現れた迷路らしくない部屋だが、“鉱物系鑑定”の技能を有するハジメには別の光景が見えていた。

 

==================================

 

感応石

 

魔力を定着させる性質を持つ鉱石。同質の魔力が定着した二つ以上の感応石は、一方の鉱石に触れていることで、もう一方の鉱石及び定着魔力を遠隔操作することができる。

 

================================== 

 

 部屋に配置された騎士甲冑の材質がコレだ。床や壁も同じ材質である。騎士を壊しても即座に補充されるのだろう。

 遠隔操作するゴーレムで部屋に入った者を袋叩きにして殺すつもり満々のトラップだった。他とは違う綺麗な内装も、意識を逸らす偽装に過ぎない。

 

 だがこの部屋はこれまでのトラップとは違う。明確に「操作している誰か」がいる部屋だ。ここを調べれば、正確には感応石を“錬成”でいじって逆探知すれば、ハジメには操縦者がどこにいるか見つけることが出来ると直感的に確信していた。

 

「今からあの甲冑を操作させて逆探知する。その間警戒とか雑になっちゃうし足止めも厳しいから、戦闘は任せるね」

 

「おっけー! ここまでほとんど何もしてないしね。思いっきりやっちゃうよ!」

 



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ゴーレムの中の人

「勇者キーーーーック!」

 

 友奈の飛び蹴りが一列に並んだ騎士甲冑をドミノ倒しに蹴散らす。

 それが戦闘開始の合図となり、部屋の両サイドに並んでいた騎士甲冑たちが動き出した。

 

「(数が多い! 足でかき乱す!)」

 

 友奈に範囲攻撃手段はない。正確にはライセン大峡谷の外なら装備の力であるのだが、ここでは徒手空拳しか使えない。

 ゆえに機動力と手数で攻撃範囲の狭さを誤魔化す。積極的に動いて、騎士甲冑をハジメに近づかせないという戦法を選んだ。

 

 脚のハジメ製魔法具を発動させる。

 友奈の適性を考慮し、籠手同様に風の魔法を仕込んである。ライセン大峡谷対応で、こちらも効果は一瞬風を噴出するというだけの物。

 だがその一瞬で友奈は大きな加速を得て、騎士甲冑を翻弄する。

 

「勇者、パパパパーンチ!」

 

 友奈の連打が騎士甲冑の軍勢を弾き飛ばす。ハジメの所には一体も進ませない。そんな気迫を感じる攻撃的な守りだ。

 だが気迫で高過ぎる目標を達成出来るほど、友奈はまだ強くない。

 床を構成する感応石が壊れた騎士甲冑のパーツを結合・修復し、友奈の背後で騎士甲冑が数体現れた。

 

「行かせるもんか!」

 

 咄嗟に引き返し、騎士甲冑の一体を掴んで振り回す。

 今の挙動で壊しても意味がないことはわかった。なら叩いて吹き飛ばし続けるしかない。

 背後に出現した騎士甲冑は全て排除したが、その他の騎士甲冑が間合いを詰めてくる。一度のミスでじわじわと状況が悪化することになりそうだ。

 

 その程度で友奈が怖気づくことはない。ハジメの援護を完遂すべく、さらに機動力と手数を増やして騎士甲冑を弾き飛ばし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高嶋さん! 下がって!」

 

「ッ!?」

 

 唐突にハジメの声が響く。

 友奈は混乱することもなく、ハジメが言ったのだから何か起きると断定してハジメのもとに戻る。

 

 友奈が下がるのに一瞬遅れて、騎士甲冑たちが飛び込んできた。

 

「ええっ!?」

 

 突っ込んできたではない。文字通り飛び込んできた。重力が仕事していないかのように、あるいは真横に作用しているかのように、一直線に重量物がなだれ込んでくる。

 初見で出だしが遅れていては、流石に普通に殴る蹴るでは対処できない。ステータスの高い肉体とハジメ製の防具を着こんだ友奈は守りを固めれば普通にやり過ごせる。だが物理面は低ステータスで、荷物持ちのため防具も軽装なハジメは危険だ。ゆえに友奈は切り札を一枚切った。

 

「“限界突破”勇者パンチッ!」

 

 “限界突破”は普通に発動させただけだが、それでもステータスは跳ね上がる。その出力で籠手の機能を発動、渾身の拳と共に高出力の風を発生させ、迫る鉄塊を逸らして見せた。

 

「回復2番、発動!」

 

 次いでハジメ製の防具に複数刻まれた魔法の一つを発動する。取り付けた魔石を消費し、“限界突破”の反動で一時的にステータスが下がるのを防ぐ回復魔法を発動するのだ。例のごとくライセン大峡谷対応で、鎧内部にしか効果がない代わりに阻害効果を受けづらい。

 

 本来友奈に“回復魔法”の技能はない。魔石をエネルギーとして用意しようとも、このレベルの回復魔法を発動させようと思えば直径が数メートルはある魔法陣が必要になる。

 それを解決したのが、ハジメの“言語理解”の派生技能“低水準言語”だ。人間の言葉を用いた魔法陣ではなく、もっと魔力を扱いやすい言葉を用いることで小型化と詠唱の短縮に成功したのだ。

 

「アレ何かな?」

 

「それがさっぱり。わかったのは騎士甲冑とか部屋の機能じゃなくて、迷宮の主か中ボスが直接介入してきたってことくらいだよ」

 

「わかった。じゃあもっと戦って観察すればいいんだね!」

 

「そうなるね。暴れれば暴れるほど、こっちの解析も捗るし」

 

 飛び込んできた騎士甲冑が背後で結集・修復され、飛び込んでこなかった騎士甲冑が前方で隊列を組む。適当に押しかかってきた先ほどまでとは違う。先ほどまでが半分オートだとすれば、今は直接指示を出して操作しているのだろう。

 状況は悪化したが、確実に前進はしている。ならばそのまま進み続け、試練を踏破するのみだ。

 

 騎士甲冑が剣を投げる。投じられた剣は垂直落下しているように真っ直ぐに飛び、友奈に打ち払われ別の騎士甲冑にぶつかる。ぶつけられた騎士甲冑は転ぶが、他の騎士甲冑が(たま)を拾い投げてくる。これも友奈が防ぐが、攻撃に終わりがない。次第に友奈も防御に慣れてくるが、騎士甲冑がそのまま飛び込んできたり、パーツごとにばらけて飛び込んできたりと息つく暇もない攻勢が続く。

 騎士甲冑が壁や天井を駆けまわる。包囲は平面では済まず立体となり、投げつけられる剣や騎士甲冑の飛び込みの脅威も増していく。中には剣を振り回しながら飛び込んでくる騎士甲冑も出てきた。ここまでくるともうなりふり構っていられない。ハジメはうずくまって小さくなり、友奈はハジメの上をピョンピョンと飛び回りながら迎撃する。負傷こそないが、じりじりと疲れがたまり精神が削られていく。

 

 だというのに友奈はまるでブレず揺るがない。迷宮の主がメンタルを擦りつぶすべく状況を悪化させ続けているのに、集中力も途切れることなく状況に対応し続ける。

 

 そしてついに、状況が動く時が来た。

 

「揺れるから備えて!」

 

 ハジメの合図と共に、床から手すりのようなものが生える。これに掴んで体を固定しろと言うことだろう。友奈は即座に指示に応えた。

 そして部屋が丸ごと動いたような大きな揺れが発生する。

 手すりを掴んだ友奈はともかく、騎士甲冑たちは変化に対応できない。体が持ち上がり、壁面へと叩きつけられる。

 

「勇者キック!」

 

 ハジメにぶつかりかけた騎士甲冑は友奈が蹴飛ばし他の騎士甲冑と同じところに叩きつける。

 ひとまとめにされた騎士甲冑は、ハジメの“錬成”で固定され身動きが取れなくなった。

 

「扉壊して駆け抜けて!」

 

「了解!」

 

 相変わらずの躊躇ゼロ。用意された開錠手段を無視し、マスターキー勇者の拳で扉を開く。

 ハジメも友奈に続き、扉を壁に“錬成”し、固定から脱出した騎士甲冑の追撃を防ぐ。

 そのまま二人で奥へ奥へと駆け出した。

 

 先ほどの揺れは騎士甲冑の部屋を、迷宮の主の間に繋がるよう組み替えたことによるものだ。

 本来のライセン大迷宮は一定時間毎に組み替えが行われ、作った地図は無駄になり、どのルートを通っても深部にはたどり着けないようになっている。迷宮の各所にある殺傷性トラップや嫌がらせ、ウザい煽りを耐えきり、迷宮の主が招待してもいいと判断した場合のみ、深部に到達できる仕組みなのだ。それをハジメは“鉱物系探査”により迷宮に継ぎ目があることから察知、対策を取った。

 迷宮の組み替えを行う感応石を、騎士甲冑に使われている感応石を経由して乗っ取り、迷宮の主の間へと接続したのだ。製作者が同一のため、全ての感応石が似た質の魔力を帯びていたからこそ取れた手段だった。

 

 そのまま通路を突き進み、辿り着いたのは巨大な球状の空間だった。

 

「うわぁ……なんだろうねこれ」

 

「甲冑が天井走ってたから、これも重力操作とか引力操作辺りなんだろうけど……量が多すぎるね」

 

 直径2キロメートルはありそうな空間に、無数のブロックが浮遊して不規則に移動しているのだ。完全に重力を無視しているが、ハジメたちに影響はない。重力操作を受けるのは特定の仕掛けが施されている物だけなのだろう。

 だがハジメたちに重力を作用させられないくらいどうと言うことはない。このブロックをまとめてぶつければそれでミンチの出来上がりだ。迷宮に入ってから、【反逆者】の殺意や実力は実感できたつもりだったが、まだまだ理解が足りなかったらしい。

 

 あまりの光景に度肝を抜かれていると、下から超巨大な甲冑が浮き上がってきた。

 いよいよボス戦かとハジメと友奈が身構える。

 しかし訪れたのは、気の抜けるような巨大甲冑からの挨拶だった。

 

「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 




回復は一番が怪我の治療。2番が“限界突破”の反動予防。3番が状態異常治癒。4番のみ自動発動、大怪我した時の大回復。という今後使わなそうな設定。


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ライセン大迷宮と最後の試練

「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

 右手は赤熱化した籠手、左手は鎖付きの鉄球―――モーニングスターを装備した、全長20メートル近い巨大甲冑から女性の声でやたらと軽い挨拶がされる。

 迷宮の随所に刻まれた煽りは確かにこんな感じだったが、本体も同じノリなのは流石のハジメもこの空間との雰囲気の落差で困惑するはずだった。なのに苛立ちが先に来る振る舞いだ。

 だが細かいことは気にせずすべきことを成せる者もいる。

 

「初めまして! 高嶋友奈です!」

 

「っ、初めまして! 南雲ハジメです!」

 

 ハキハキと挨拶を返す友奈に、つられてハジメも挨拶を返す。

 巨大甲冑は不満げに肩をすくめため息までついた。

 

「はぁ~、素直に挨拶返されちゃいじり辛いよ。空気読んでよ~。

 私が人を弄るのが生きがいなのは散々アピールしたでしょ? もっと人に好かれることしなよ。馬鹿なの?」

 

 相手がなんと返そうが煽り倒すつもりだったのだろう。相手をイラつかせることを目的とした言動だ。

 細やかな所作も合わせ、人を苛立たせるための言動を続けている。こんなのに普通に対応できるものは友奈以外だと早々いないだろう。

 

「うぇっ!? ごめんなさい、やり直していい?」

 

「いやもう遅いし。

 と言うか何? なんの用でこんなとこに来てんの? 盗掘に来たなら殺すけど」

 

 自分で迷宮の入り口に看板設置しておいてこの言い草である。

 

 友奈に代わり、ハジメが事情を説明する。

 オルクス大迷宮のチュートリアル100階層にたどり着いたこと。他の試練に挑んでから来いと書かれていたこと。何かあるらしいと言い伝えられているから、とりあえず来やすい所に来たことを話した。

 

「行動雑~。もうちょっと警戒心とかないの?」

 

「こちらにも事情があったので。今来なくてもそのうち来ることにはなってたと思います。実際、思った以上のモノがいましたし」

 

「まぁ間違ってはなかったね。でも事情持ちか、内容によっては好都合かも。そっちに事情があるように、こっちにも事情があるからね。

 

 というわけで! これから最後の試練を受けてもらいまぁすっ! これを突破できない程度のやつはい~らない♪」

 

 ミレディは唐突に話を切り上げ、モーニングスターをハジメたちに叩きつけた。聞きたいことは聞けたから、自分が話すのは試練を突破出来た者にだけということだろう。

 

「もう一発……あれ?」

 

 モーニングスターを引き戻すが、肝心の鉄球が消失している。ハジメたちの方を見てみれば、鉄球は地面に同化し取り残されていた。

 攻撃を“錬成”で作った壁で緩和し、次に鉄球ごと“錬成”して地面に固定したのだ。鎖を繋いだままにしなかったのは、力任せに足場ごと引き抜かれるのを警戒してだろう。

 

「このブロック自体に自由に飛ぶ機能はない! 決まった軌道上で浮かんでるだけだ! 足場に出来るよ!」

 

「わかった!」

 

 武器の消失を悠長に確認している隙に、ハジメは浮かぶブロックの性質を解析し、友奈はブロックへと飛び移りミレディに肉薄する。

 友奈の装備に左目を覆うように取り付けられたパーツがある。

 ハジメ製装備のコレがただの飾りなわけもなく、魔力を視認できるという機能がある。トラップや魔法の解析までは無理だが、奇襲に備えるには十分な戦闘用アイテムだ。これがあればミレディがブロックを操作しようとしても、その前に察知し他のブロックに逃れることができる。

 

「武器一個壊した程度で調子に乗ってちゃ死んじゃうぞ~」

 

 鉄球が取れてただの鎖を放り捨てると、今度は巨大甲冑には振り回しやすそうな槌が下から落ちてきた。近づいた友奈を迎撃するための装備だ。

 軽やかにブロックの上を跳びはねる友奈を槌を振るって牽制しながら、ミレディは密かに当たり(・・・)を引けたことを喜んでいた。

 

 

 

 

 

 ライセン大迷宮は【解放者】―――現代のトータスの民は【反逆者】と呼ぶ―――の想定では「最初に挑む大迷宮」だ。魔法こそ使えないものの、それ以外はオルクス大迷宮チュートリアルの延長であり、他の大迷宮のように過酷な環境に囲まれていない。まず挑むとすればライセン大迷宮になるように設計されているのだ。

 そして最初の大迷宮の役割に、攻略者の選別がある。

 人格や立場に問題がなさそうなら、適度に試練を与えて神代魔法を勝ち取らせ次へ挑ませる。まだ弱くとも見込みがあれば、力を与えて今後に期待を持たせる役割だ。逆に問題ありと見たら、逃がさず潰して神代魔法の情報の拡散を防ぐ役割も持っている。

 

 ハジメと友奈は『合格』だ。

 特に友奈はミレディ的に高得点。是非とも他の大迷宮に挑ませたいと思っている。

 

 ライセン大迷宮はトラップで精神を削るとともに、「魂に作用する魔法」を併用した嫌がらせで平常心を奪い、ミスを誘発する作りになっている。その効果は魔力耐性が低いほど有効だ。魔法を使わない物理一辺倒の脳筋はライセン大峡谷には対応できるが、ライセン大迷宮にはカモにされるようになっているのである。

 ハジメは“錬成”特化ゆえに魔力・魔耐はともに高めだが“精神攻撃耐性”系統の技能を持たないこともあって、ライセン大迷宮で平常心を保つにはまだまだ足りていない。彼一人でライセン大迷宮に挑めば、平常心を失い簡単なトラップも見落とし死んでいただろう。

 ハジメが最初から最後まで平常心を保ち、トラップどころか大迷宮の組み替えまで気付いて対応できたのは友奈の補助があってこそだ。友奈が適切に声をかけ、気分を和ませ、元気づけていたからこそ、ここまでスムーズに迷宮を攻略できたのである。

 

 【解放者】たちの目的―――悪辣極まる神を殺すために、彼女のような精神的支柱になり得る存在は非常に重要だ。ただ戦う力だけ強くても神には勝てないのだから。

 

 

 

 

 

「(だからこそちょっときつめの試練を用意してあげないとね♪)」

 

 巨大甲冑は友奈が倒せるように最高硬度の物は使っていないが、今の甲冑でも攻撃力は下がっていない。

 槌と赤熱化した籠手で友奈を牽制しながら、足場に使っていないブロックをハジメに向かって複数飛ばす。

 

「(この物量は“錬成”じゃ防げないよね~。庇うために下がったらジリ貧で共倒れだよ~。さてさて、勝つために味方を見捨てることは出来るかな?)」

 

 ハジメも友奈の隙を埋めるPTメンバーとしては合格ラインだ。だから殺す気はない。怪我させて生き埋めにして、後で治せばいいだろう。

 ただし友奈が下がって負けようものなら、教訓としてハジメの手足を一本か二本は潰しておく。“錬成師”なら手足がなくても戦力はあまり下がらないし、お仕置きとしては適切だろう。

 

 ただちょっとこれはミレディにも予想外。

 

「うそぉっ!?」

 

 “錬成”で地面から伸ばした棒にブロックが接触すると、ぶつかる間もなく変形、地面へと吸い込まれるように消えていく。ブロックを混ぜた分地面が盛り上がっただけで、ハジメはノーダメージだ。

 

 ステータスプレートの技術の応用により、ミレディは迷宮内の人物のステータスを確認できる。そのうえでハジメの魔力ではこの物量は防ぎきれないと判断して攻撃したはずなのだ。ステータスに現れない技量に長けているとしても、この結果は明らかにおかしい。

 

 実際の所、ミレディの見立て自体は間違っていなかった。万全の状態でも10回やれば9回は物量に押し切られ生き埋めになる。迷宮踏破で疲れが溜まっている今ならなおさらだ。

 それを覆されたのは、友奈(・・)を高く評価してるつもりでまだ足りていなかったからだ。

 

 友奈は優しいが甘くない。そうするしかないという状況になれば、心の中でどう思っていようが行動する。

 ゆえに躊躇したのはほんの僅かな間のみ。チラリと視線を向けて、すぐに感情を抑え込み、ミレディに立ち向かった。

 

 たったそれだけの仕草で、ハジメの心に火をつけた。

 オルクス大迷宮ではハジメは無理して死にかけ、友奈を泣かせた。泣いてもらえたこと自体は嬉しかったが、泣かせてしまったのはクソだ。もう同じ展開には絶対したくない。今回は友奈は精神的に楽な「ハジメを助けにいく」という選択すら我慢して行動させているのだから尚更である。

 その意思が極限の集中力を発揮させ、見事猛攻を凌いで見せたのだった。

 

「“錬成”!」

 

 そしてそれだけでは止まらない。

 今までの足場は脆い材質だったが、飛んできたブロックは頑丈だ。引き絞られた弩を錬成し、一斉に大きな返しとワイヤーの付いた矢を放つ。

 矢はブロックを原料としたことで重力を無視し、ミレディに向かって一直線に飛んだ。

 

「(コレ絶対何か仕掛けてるやつ~! こっちの子の相手してる場合じゃない、避けなきゃ!)」

 

 最高硬度ではないとはいえ、巨大甲冑は頑丈だ。普通に殴ってもそこらに浮いてるブロックは壊せる。

 だからブロックを材料にした矢ごときでは傷つかない。それでも攻撃したのだから、何か仕掛けがあるとみるべきだろう。

 

 その読みは外れておらず、矢が巨大甲冑に引っかかれば、ワイヤーを杖の代わりに“錬成”を発動させ、巨大甲冑をただの鉄塊に変形させられた。回避優先は間違った選択ではなかったのだ。

 

 だが読みがあっていても凌ぎきれるとは限らない。

 

「奥義、発動!

 千回ぃぃ! 連続勇者、パーンチ!

 

 勇者の拳が巨大甲冑を打ち据える。

 一撃なら耐えきれても、高速で殴られ続ければヒビが入り、割れ、砕けていく。

 そのまま巨大甲冑の胴鎧を完全に粉砕し、内部に隠されたコアをもぎ取った。

 

 七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮の最後の試練が確かに攻略された瞬間だった。

 




千回連続勇者パンチはハジメ製装備ありきの技
肘から風を放出して加速、拳から風を放出して威力強化+引き戻しを繰り返す。
その機能に友奈が振り回されず、加速と攻撃にタイミングを合わせようと我慢する必要もないよう、装備には微調整を施されている。
代償に魔石を大量に消費するし、タイミングがずれると変な動きになって殴れないどころか自傷するリスクもある。使いどころが限られるロマン技です。


あと書き溜めが尽きました。
次回からの更新は不定期になりますが、流れは決めてるので出来るだけ間隔を開けずに投稿したいと思います。


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よく頑張りました

 コアを引っこ抜かれた巨大甲冑が、重力に引かれて落ちていく。

 友奈はそれを予測できていたので巻き込まれることもなく、コアを抱えて近くのブロックに飛び移った。

 

「これで試練はクリアだよね? 合ってる?」

 

「……合ってるけどさ~。ここはコア壊すとこまでやるもんなじゃいの? なんでコアだけ取って終わらせてるの?」

 

「え、だってこれからもココのラスボス続けるんでしょ? なら壊しちゃまずいかなって思ったんだ。手加減して相手してくれてるのに、そこまでやるのもどうかと思うしね」

 

 ミレディはなぜか不満げだが、友奈は当たり前だと思う返事をする。

 また言ってはいないが、手加減してくれてるのを『隙』と認識して殺しにかかるようなことをすれば、普通に手加減をやめて叩き潰され死ぬ。友奈もそのことは当然想定している。ここで最後まで攻撃するという選択肢は初めからなかったのだ。

 

「もう無理だしネタバレするけど、ミレディさんは倒されて「よくやった。あとは任せた」的なムーブした後、本体で出てきてドッキリ大成功! ってしたかったんだとと思うよ?

 それ、コアというか感応石に魔法発動機能追加したみたいな性能してるし」

 

 ただの石からなぜか不貞腐れたような雰囲気を発する中、登ってきたハジメが解説をする。浮かぶブロックを“錬成”したワイヤーで繋ぎ、もう一度“錬成”して巻き取ることで移動してきたのだ。

 

「あーもーっ! そこまで見抜かないでよつーまーんーなーいーーっ!!」

 

「すみません。戦闘中に解析してたら見えちゃって」

 

「ぐぬぬ……っ! 次の攻略者が来た時用に改良が必要かな…………とりあえずそれは置いておこう。作り直すのも面倒だし、遊べなかったのは残念だけど評価的にはプラスだし、うん。期待以上の大当たり引けたんだから、この程度は我慢我慢。

 ……よし切り替えた! じゃあ色々と話もしたいから奥に来てね! コアはこっちで回収するからその辺に捨てておいてくれればいいから!」

 

 言葉と共に、ハジメと友奈が乗っているブロックが動き出す。魔力の流れから見ても、言葉通り奥の部屋へと案内してくれているだけのようだ。

 光の壁を通り抜け、その先の通路を進むと小さなゴーレムが待っていた。

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

「うわーかわいいね! 抱っこしていい?」

 

「自慢のメインボディだからね! かわいいのは当然! 抱っこはしてもいいけど硬いよ?」

 

 ミニ・ミレディは華奢なボディに乳白色の長いローブを身に纏い、ニコちゃんマークが書かれた白い仮面を付けている。細々とした動作すらウザいが、その辺が気にならない友奈はわーいと喜びながらミニ・ミレディを抱えた。

 そのままミレディが指示する方へ三人で進んでいく。

 

「大迷宮の試練を突破した報酬はね~、神代魔法の教授って決まってるんだ」

 

「魔法を教えてくれるの? でも私達、神代魔法の適性持ってないよ?」

 

「そこはミレディちゃんも神代魔法の使い手だからね~。適性も込みで体と魂に直接刻み込むの。副作用とか出ないようにするのに結構苦労したんだよ~」

 

「おおーすごいね!」

 

「ふふん! もっと褒めていいんだよ!」

 

 きゃいきゃいと女性陣で話しながら通路を進む。

 その会話の中で、友奈がかつてのハジメの考察をこぼした。

 

「それにしても、やっぱり大迷宮って教育用だったんだね。南雲くん、予想当たってたよ」

 

「そうだね。なら大目標の方も合ってたりするかも」

 

「……どういう理由で、何が目的だと思ったの?」

 

 急にミレディの雰囲気が変わる。

 嘘も誤魔化しも絶対に許さない、そんな空気だ。適当なことを言えば無理やりにでも聞き出すだろう。

 ハジメたちからすれば隠すほどの情報でもない。自分たちの出自とこの世界に来た経緯、大迷宮の創造主【反逆者】の言い伝えについて、そしてそこから神殺しを成せる人材育成を目的としていると推測したことを話した。

 

「なるほどね~。確かに私達は神と敵対してたし、信仰の広まっていない地から召喚された人間―――っていうか被害者だったから推測もできたんだね。こっちじゃ皆クソ神の信徒で、アレがクソだって想像もしないから見落としてたよ。

 あ、あと私たちは【反逆者】じゃなくて【解放者】ね。外で他人と話すときは【反逆者】でもいいけど、私と話すときに間違えたらぶっ飛ばすから」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 釘を刺すミレディに、ハジメも真面目にうなずく。おちょくりとかで使おうものならマジでぶっ飛ばされる奴だと理解させられた。動作や表情、魔力の流れは全く変わっていないのに、ハジメとしては不思議でたまらない威圧感だった。

 

「まぁそこまでわかってるなら色々話しても問題ないかな。序盤から協力した方が余計な手間とか横槍は省けるし。

 一応確認するけど、わかって力集めてるんだから神殺しはやってくれる気あるんだよね?」

 

「僕たちの目的は元の世界への帰還なので、関わらずに済めば無視します。ただ何もなしに逃げられるとは思ってません。召喚された時点で目を付けられたようなものですし、たとえ逃げ切れても相手の手の届く範囲にいるままなのは変わらないですから。

 ……【解放者】の言い分が時代どころか世界の違う僕らには受け入れられず、エヒトの方には賛同出来たら行動も変えますけど」

 

「ははは、言ったなこいつめ! 流されるだけのやつじゃ神殺しとか全く期待できないから、そっちのほうがいいけどさ!

 

 ―――アレのことはよーく知ってる。君たちは間違いなく神殺しに挑むことになる。だから協力は惜しまないよ」

 

 ゾクリとするような冷たい声で、嫌な予言を告げるミレディ。

 その直後には元の軽い声色に戻って話を進めた。

 

「まずは神代魔法教えよっか。あそこの魔法陣に入れば自動で覚えられるよ。そこからの成長は君たち次第。それとも何日かここで練習していく? 色々と教えられると思うけど」

 

「どうする、高嶋さん? 僕は練習させてもらった方がいいと思うけど。一気に攻略したから食料はほぼ全部残ったままだし、報告書も誤魔化せる程度には前回までにデータも集まってるよ」

 

「じゃあお言葉に甘えようよ。教えてもらえた方が効率いいし、昔の話も聞いておきたいもん」

 

「なら決まり~♪ さっさと魔法習得済ませよう。久々の人間との会話でテンション上がってるミレディちゃんを楽しませるんだよほら早く!」

 



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大峡谷沿いの街にて

「い゛っぢゃや゛だ~~っ!! も゛う゛ぢょっどい゛よ゛う゛よ゛~~~~!!!!」

 

 ライセン大迷宮から帰還する当日、友奈がミレディに泣き付かれていた。

 遥か長い間、誰も来ない迷宮の主として孤独に過ごしたミレディに、友奈という薬は効きすぎたらしい。

 

「また来るから、そんなに泣かないで。笑って笑って、ね?」

 

「ぐじゅ……」

 

「まだまだ教わりたいことは多いし、これっきりってわけじゃないですよ。ただ食料も尽きちゃったし、戻らないと怪しまれるので、今回はこの辺で戻らないとダメなんです」

 

「……わかった」

 

 友奈の慰めとハジメの説得もあってミレディも友奈から手を離した。

 

「カッコ悪いところを見せちゃった。もう大丈夫。二人のこれからが自由な意志の下にあらんことを祈ってるよ」

 

「ありがとう。またね!」

 

「大袈裟な気がするけど……ま、いいか。また来ます」

 

 この後、ハジメと友奈は物資を補給した後にアリバイ作りのため同じ場所からの捜索を行い、何度もライセン大迷宮を訪れることになる。本当にすぐだったため、ミレディもかなり驚かされることになるのだった。

 

 

 

 

 

 ライセン大迷宮攻略後、ハジメと友奈はさらなるアリバイ作りのため、ハルツィナ樹海の方角へ向けてライセン大峡谷の調査を進めることになった。大迷宮はまだ見つけていないことになっているので、一通り降りられる場所の付近は調査しないといけないのだ。端まで調査を終えれば、これ以上は出費と得られるだろう利益が釣り合わないと見て、一度王国に報告しに戻ることになっている。

 

 調査を進めていくと、自然に活動場所が王国から帝国に移る。

 明確に王族の上に教会が来る宗教国家な王国とは違って、帝国は傭兵が建国した実力主義の国だ。また亜人族が固まって暮らすハルツィナ樹海と隣接することもあって、休息期間中に街を歩けば王国では見ることがなかった光景が見られた。

 

 野生の魔物を対処する冒険者が、感覚が鋭く身体能力の高い亜人族の奴隷と相棒として固い信頼関係を築けている姿。

 傭兵や冒険者も参加する闘技大会で強者として人気を博する亜人族の奴隷剣闘士が、平時には自由に振る舞う姿。

 一般人が亜人族の奴隷を実態としては配偶者として迎え、混血の子供を「魔法が使えるから亜人族じゃなくて人間族」という理屈で市民として受け入れられている姿。

 

 どれも亜人族蔑視の風潮が強い王国ではありえない光景だ。宗教上の問題で対等な地位ではないが、他種族に対する理解と交流は進んでいる。ミレディたち解放者が望む通りに神殺しがなされることになった場合、この国を起点に種族間の関係は変わっていくだろうと思わせる光景だった。

 

 だからだろう。綺麗なモノだけ見ていればいいのに、好奇心に負けて醜悪なモノまで覗き込んでしまった。

 

 

 

 

 

「うぐ、おげぇ…………っ!」

 

「なにこれ……っ!?」

 

 予想を超えた光景にハジメは胃の中身を吐き戻し、友奈も普段の余裕は消え崩れ落ちるハジメを気遣うこともできない。

 

 やってきたのは亜人族の奴隷市。ただしその中でも、廃棄される手前の奴隷が売っている場所だ。

 怪我で働けなくなったり戦えなくなった亜人族や、性奴隷として連れて来られ壊れた(・・・)ために捨てられた亜人族が劣悪な環境で叩き売りされている。皆、欠片ほどの生気も感じられず、死んだような虚ろな目で鎖につながれていた。

 ここまで見てきた異種族間の交流、その負の面がわかりやすく形をもって存在していた。

 

 二人が平静を失ってるのを見て、二人に請われてこの場所まで案内した護衛(監視)の王国騎士が慌てて外まで連れ出した。

 

「ですから言ったじゃないですか! ここらは匂いがきついと! 気分が良くないようなので早く戻りましょう!」

 

 彼はハジメと友奈が動揺しているのを劣悪な環境による悪臭が原因だと思ったらしい。奥に来るまで奴隷市を見てきた中で、ハジメと友奈は奴隷市自体に嫌悪感を持ったわけではないと感じたからだ。その見立て自体は間違っていない。

 ただでさえ奴隷と言うのは高い買い物だし、雑に扱って使い捨てるよりきちんと扱って長く働いてもらった方が費用対効果はいい。

 そしてトータスには“天職”という技能にボーナスがつく生まれつきの素質がある。大規模に奴隷を運用して鉱山なり農場なりを運用するより、それらに特化した“天職”持ちを大事に使った方が段違いに効率がいいのだ。だから奴隷を使い捨てにする慣習も、適正に合わない仕事を無理やりさせる慣習も育ちにくかった。

 だから入り口付近で売られている奴隷は健康だし、生まれ故郷を離れて広い世界を見たくて自ら奴隷になった者までいた。雰囲気としては面接会場だ。

 

 だがここは違う。ヒトではない『物』を処理するための場所だ。亜人族はヒトではないという認識の王国騎士には臭い程度で違和感はないが、ハジメと友奈はそうはいかない。奴隷制と言う時点で想定できただろうに、二人はそれまでの光景で油断し見落としていたのだ。

 

 

 

 

 

 奴隷市の奥から離れた後、二人は王国騎士の目から逃れられる自室に戻り暗い雰囲気のまま今後について相談を始めた。

 

「……いきなりだけどさ、貯めてるお金使っちゃっていい? アレ放置はきついよ」

 

「私も放置はしたくないよ。でも何に使うの?」

 

 友奈は、そして一応ハジメも善性の人間だ。苦境にある人を見れば助けたいと思うし、見捨てれば自分にダメージが来る。

 だが二人とも魔王のごとき横暴さは持っていない。友奈は他人に合わせるタイプだし、ハジメは自由に動くが他人に強制するのはやりたがらないタイプだ。土地の風習である奴隷制に対して認めたくないと思いながら、それを否定して今の現地人を力尽くでねじ伏せ虐げることはできないでいた。

 

 だから友奈は悩んでいたのだが、そこへハジメの金を使う発言だ。

 

 ここへ来る道中、気分転換に冒険者の仕事なんかもやっていた。現地人では対処が困難な魔物の退治などの高難度クエストも友奈たちには簡単だし、街の設備を改良を行うなどの依頼では材料採取の段階からハジメが大活躍した。それらの功績に対して友奈は無償奉仕にしようともしたが、教会からの資金とは別に自分たちの自由になるお金が欲しいとハジメが交渉し、大仕事に相応しい報酬を勝ち取っていた。

 また街の有力者と協力して、ハジメ製の装備と“勇者”である友奈への挑戦権を優勝賞品にした闘技大会を開いてみたりもした。予想以上に多くの客が訪れ、一部もらっただけでも大儲けできていたのだ。

 そんなわけで、二人にはそれなりな額の金がある。だがこれをどう使えば多少なりとも対処できると言うのか。

 

「とりあえずあそこにいた奴隷は皆買っちゃって、次の街とかにいるのも酷いのは全部買って、治療してハルツィナ樹海に返そうと思うんだ。同族ばかりの樹海でなら生きていけると思うし」

 

 労働力にならない欠損がある者は受け入れられづらいかもしれないが、そこはハジメ製のアイテムでその者に価値を持たせればいい。そうしれば多少無理してでも受け入れると思うし、無碍には出来ないはずだ。なお与えた力で暴走を始めれば、ハジメが動いて後始末と償いはする覚悟は決めている。

 

「対処療法でしかないけど、“勇者”とその仲間が苦境の亜人族を助けてるってなったら多少は扱いも変わると思うんだよ。奴隷制自体は否定してないし、その中でも酷いのだけ対処してほしいってだけだから上に話を通せば少しずつでも改善できるかもしれない。

 行き当たりばったりの対策だし、いつまでこの世界にいるかわからないから無責任だとは思うんだけど、そもそも簡単にどうこうできる問題じゃないし」

 

「ううん! いいと思う! やれることからやっていこー!! 私もお世話とか頑張るよ!!!」

 

「即決だねッ!? まぁその方がありがたいよ。“勇者”が直接動いてるって事実はこの世界じゃ重いから。

 ならすぐにでも偉い人に話しを通しに行こうか。たぶんそっちの方が早いし、滞在中にあの場所に連れていかれる奴隷も増えるだろうから」

 



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ハルツィナ樹海と新しい仲間

以前、感想で友奈の技能に“リラクゼーション”があると言いました。
しかし原作で技能は全部漢字のため“精神保全・他”“体調管理・自他”に変更します。


 買い取った亜人族奴隷を案内人に、ハルツィナ樹海を進む。

 現地の亜人族と接触した時に話を拗れさせると判断したため、護衛の王国騎士は置いてきた。ハジメと友奈、亜人族だけでの樹海踏破だ。

 

 ハルツィナ樹海は現地の人間族に七大迷宮の一つとして挙げられるだけはあり、環境は過酷だ。

 視界を遮る濃霧に、方向感覚を狂わせる地形、そしてその環境に適応した魔物に亜人族。帝国が戦力では亜人族を圧倒していながら「樹海から出てきた者を捕まえる」という方法でしか奴隷を得られないのも納得の天然の要塞だ。

 器用で便利な“錬成”に特化しているが、生物や植物は対象外なハジメ。戦闘に特化し精神面での支えとなれるが、こそこそとした行動を苦手とする友奈。そんな二人には厳しい環境でもある。

 もちろん転移者のチートスペックと神代魔法を習得したことによる才能限界の上昇があるので、ゴリ押しで通れなくはない。しかしその場合、樹海へのダメージとハジメたちの消耗が非常に大きくなってしまう。

 なので前線を張るのは、ハジメに治療された亜人族たちだ。

 

「! (クイクイ)」

 

「…………」

 

「……ッ!」

 

 本能的に樹海で気配をまき散らせばどうなるか理解できているのか、静かに探し、静かに狙い、静かに駆除して進んでいく。

 ハジメと友奈はスゴイスゴイと小さな声で褒めたりしているが、奴隷として価値無しと見做された者達が活躍できるのは二人の介護があってこそだ。

 

 ライセン大迷宮にて、ハジメは得意な派生技能を習得していた。

 “錬成”を極めたと言える派生技能の一つ“生成魔法習得”だ。

 この世界の魔法系技能は全て神代魔法の派生、あるいは劣化版であり、極めれば源流である神代魔法にたどり着く。ハジメはそう考えたうえで、神代魔法と同レベルでの“錬成”の行使を目指し練習した結果なので、目標を達成しただけに過ぎない。

 理論は間違ってはいなかったのだが、ミレディをしてもこんな事例は初見だったらしい。重力魔法を教えていたはずなのに生成魔法を使い始めたことに大いに混乱していて、ハジメと友奈は思わず笑ってしまった。笑い事じゃないと怒られた。あと生成魔法は習得済みでも、オルクス大迷宮には解放者の遺産がかなり残ってるから回収だけはしろと忠告された。

 

 ライセン大迷宮での思い出は置いておいく。

 ハジメの生成魔法により手足を失った亜人族には義手や義足が、戦闘技能を持たない亜人族は使用者登録をしたアーティファクトを装備させることができた。王国や教会に知られないために樹海に入ってからの授与だったが、友奈の“精神保全・他”と“体調管理・自他”のおかげで元奴隷たちの受け入れ態勢が整っていたためいきなりの使用でも十分な成果を挙げられていた。

 

 そのまま快進撃を進めていくと、ついに何者かが進路に立ち塞がってくれた。

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

 現れたのは虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。

 それ以外にも霧と樹木に隠れ、多くの亜人族がハジメたちを見張っている。

 

 ハジメたちを代表し、前に出て話しかけたのは友奈だ。

 

「私たちはライセン大迷宮の攻略者です! 【解放者】の言葉を頼り、交渉に来ました! ついて来てくれた人たちは、帝国で奴隷にされていた亜人族! 彼らは樹海に返還するため連れてきました!」

 

 目の前の虎亜人に、潜んでいるはずの亜人族にも動揺が走る。

 ハルツィナ樹海から連れ去られた亜人族は通常、死ぬまで奴隷だ。戦力差から取り返すことも出来ず、樹海ではさらわれた時点で死んだ者として扱われる。そんな彼らが一部とはいえ帰ってきたと言う。もしかしたら自身の部族の者も、そう考えてしまうのは仕方ないだろう。

 そして実際に、同族を発見できた者もいた。

 

「……交渉に応じるなら解放するってか?」

 

 目の前の虎亜人もその一人だ。視線の先には脚を無くした虎亜人の元奴隷。友奈が介護している時に聞いた話では、好奇心に負けて樹海の外に飛び出し捕まったとか。以降労働奴隷をしていたらしいが、怪我で働けなくなり廃棄寸前だった。

 

「交渉と解放は別です。今回は交渉できなくても、受け入れてもらえるなら彼らは解放します」

 

「…………わかった。長老たちには伝える。あと人手も呼ぶからそれまで動くな。何か仕掛けられてねぇか確認しないと受け入れは無理だ」

 

 リーダーの虎亜人の指示に従い、潜んでいた亜人が一人離れていく。

 

 

 

 

 

 

 そこからはトントン拍子で話が進んだ。

 

 ミレディから聞いた通り、フェアベルゲンの長老たちは【解放者】の話を掟として伝えられていた。これで面倒なやり取りはスキップされ、ほぼハジメたちの要望が通る。

 ハジメと友奈は客分。奴隷たちは一度死んだ扱いになるので他所からの流民と同じで同族が受け入れ。またハジメたちが奴隷を樹海で解放すれば同じように受け入れるし、大迷宮を攻略に来たときは大樹まで案内する約束を結んだ。一部の長老は反対したらしいが、捕まった同族を解放するという恩を売りつけていたため多数決で抑え込まれたそうだ。

 ハジメとしては多少拍子抜け。もっと問題が発生すると思っていたが、想像以上に亜人族は純朴で情に厚かったように見える。これで大丈夫かと不安になるが、ハジメの想像以上に【解放者】そして大迷宮攻略者の武威が影響した結果である。

 

 ただし全てがハジメたちの思い通りに進んだわけではない。受け入れてもらえない元奴隷も少ないが出てきた。

 

「やっぱりこの人たちは受け入れてもらえないんですか?」

 

「すまんが魔力持ちはどうしてもな。どう扱っていいかわからんし、下の者が怖がる。ソレはなおのことだ」

 

 亜人族と人間族の混血で、魔力は持つが見た目に亜人族の特徴が大きく表れた者達。人間族の領土でも居場所のなかったはみ出し者たちは、亜人族でも居場所は得られなかった。

 

 特にダメだと言われたのが、ハウリアと呼ばれる兎人族の白髪の少女だ。名前はシア。

 混血でもないのに魔力を持っているだけに留まらず、魔物だけが持つ“魔力操作”の技能を先天的に有する。はっきり言って亜人族から全く別種の生き物が生まれたに等しい事例だ。人間の両親からビッグマム(シャーロット・リンリン)が生まれたようなモノである。気味が悪いと思うのは避けられないし、スペックの高さゆえに単純に恐ろしい。

 加えて彼女が生まれた部族は既に存在しないと言うのも大きい。

 忌み子であるシアを匿って育て、他部族にバレた後は一族総出で守り他の地に移動しようとしたハウリア一族。結局帝国兵から隠れきることは出来ず半数が奴隷として捕まった。シアは逃げ切りは不可能と“未来視”して殿を担当、右目と左腕を失う大怪我を負いながら、残りの半数を樹海へ引き返らさせた。

 樹海に逃げ帰った部族が暖かく迎えられるわけもなく、バラバラに各部族で数人ずつ預かり、一段下の存在として鉱山のカナリアのように用いるようになった。ハウリアとして団結したころは虫も殺すのを躊躇う惰弱な一族だったが、数人だけ他部族に混ぜて使えば非常に有用な斥候と評価は上がっているのは皮肉な話だろう。

 

 ともかく彼ら彼女らに帰る場所はない。ハジメが彼らの価値を上乗せしないことには。

 

「なら僕たちの配下としてここに滞在させてもらえませんか? 対価に僕が作った道具は渡しますし、有事の際は協力させます」

 

「……大迷宮攻略者の配下とあれば受け入れよう。便利な道具は欲しいしの」

 

 ハジメも友奈も途中で見捨てる気はない。

 そしてフェアベルゲン側は過剰なほどの対応からそれを察し、対応には苦労するだろうが受け入れを決意した。事実上、受け入れた者達はハジメと友奈がフェアベルゲンを裏切らないための人質だ。彼らがいる限り敵対はしづらいし、また利益を得られる可能性も高い。それらのリターンと対応失敗してしまった場合のリスクを比べて、リターンの方が大きいと判断したのだった。

 

 ハジメとしても混血との交流は貸し借りからでいいと思っていた。そうして相互理解を進め、いずれ穏当な着地点にたどり着ければそれでいいという考えだ。全部受け入れて失敗されるよりは、一部受け入れ拒否も妥協もできる頭を持つリーダーがいて良かったとも言える。

 

「だがアレだけは連れて行ってくれんか? さすがに我らでは手に負えん」

 

「……………………わかりました」

 

 

 

 

 

「それでは改めまして、これからよろしくお願いしますぅーッ!」

 

「軽ッ!?」

 

「よろしくー!」

 

 あまりの軽さにリアクション芸をするハジメ、揺ぎ無い友奈。

 

「予想していた通りの結果ですぅ。父様も生きてましたし、もう心残りはありません。友奈さんには話通してましたよぉ?」

 

「え、本当? 聞いていないんだけど」

 

「えへへへ、ごめん、言い忘れてた」

 

 ハジメが目を向けると、友奈は笑ってすました。ほっぺた摘まんでもにもにする口実はもらえたのでもにもにする。楽しかった。

 

 実際の所、ハジメが忙しかったから判断しておいてくれたのだろう。買った亜人族奴隷は廃棄寸前の者ばかりで、義手・義足が必要な物は多かった。それにハジメに伝えていたとしても、連れて行って大丈夫な相手かどうか判断できるのは保護してからずっと介護で接していた友奈になっただろうし。

 ハジメとしても連れていくことに異論はない。弱者なら手間がかかるだけだが、シアなら戦力としてカウントできるはずだ。ハジメ製の義眼も義手も「迷宮で拾った」「自分には自前の腕があるから亜人族奴隷に着けてみた」こう言えば通せる。連れていくメリットはあってもデメリットはほぼないのだ。

 

「じゃあ義手と義眼専用の一から作り直そうか。あと専用武器。斧がいいかな、ハンマーがいいかな、それとも丸太? 経験なしだと武器に合わせられるから選択肢増えるのが楽しいけど悩むなぁ。

 滞在の対価で頼まれた道具も作らないといけないし、ちょっと工房作って籠るよ」

 

「お手伝いは任せて!」

 

「私も張り切りますよぅ!」

 

「うん、ありがと。じゃあ護衛の人に怪しまれたくないしすぐにでも取り掛かろうか」

 




今後は奴隷を保護して樹海に連れて行ったり、預けた連中の様子を見に行ったりはします。しかしそこまでで法や掟とかにまで過剰な干渉はしません。基本ハジメたちは異邦人なので、現地人同士で助け合いと相互理解を進めてほしいという方針です。

亜人族に上げた義手義足、アーティファクトは自動修復機能完備。魔石さえ交換すればメンテナンスなしでも長期間正常に動作する高性能品。混血の亜人族に“錬成師”がいれば、メンテナンスして死後に別の人が使えるかもしれません。
ただし監視のための機能と、悪用した時に備えてハジメの意思で所有者ごと自壊する機能もあります。こっちの機能はハジメ以外誰も知らない。身体検査した亜人族も見つけられずステルスしてます。

シアが廃棄予定で売られていたのは、顔に傷があって性奴隷にしづらく、腕がない兎人族なので戦闘用に使えると思ってもらえなかったためです。買い手がつかないので飢えてドンドン弱っていました。


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クラスメイトと暗躍する者達

 魔物の咆哮と、応戦する者達の掛け声が迷宮に響く。

 

 オルクス大迷宮表層は強力な魔物こそいるが、あくまでクリアされるのが前提の特訓施設だ。ライセン大迷宮にたどり着ける地力を付けるため、トラップと魔物で搦め手対策と直接戦闘能力の向上を目的としている。そのため声が響こうが魔法で轟音が鳴ろうが、規定の数以上の魔物が一度に襲ってくることはない。なのでこの戦闘もセーフなのである。

 

 今戦っているのはトカゲのような魔物だ。ただし大きいのと小さいのがいる。

 巨大なトカゲは単純に異常な声量と硬くしなやかな皮膚、そして巨躯を武器に押し込んでくる。小さなトカゲ―――と言っても全長1メートルくらいある―――は大きなトカゲの足元から不意に現れたり、あるいは壁や天井を這って上から降ってきて毒を帯びた爪や牙を振り回す。単純だが効果的な連携で迷宮への挑戦者を易々とは進ませないと暴れまわっていた。

 しかし挑む者達も負けてはいない。結界が大トカゲの突進を阻み、前衛が奇襲を仕掛ける小トカゲを蹴飛ばし、切り払い時間を稼ぐ。その間にチームの主砲が詠唱を終えた。

 

「“神威”ッ!」

 

 極大の光の斬撃が放たれる。挑戦者たちのリーダー光輝の最大火力だ。

 階層のボスモンスターである大トカゲもこれは耐えきれず、直撃を受けた個体は消し飛び、直撃は免れた個体も吹き飛ばされた。

 

「“縛煌鎖”」

 

 魔物側に立て直す暇を与えることなく、追撃が行われる。

 香織の魔法で光の鎖が伸び、吹き飛んだ大トカゲも、撃ち漏らした小トカゲも全て締め上げられた。そしてそのまま杖の先に付けた刃物で小トカゲを斬り捨てていく。

 

「ちょ、カオリン!? 後衛が前出たら危ないよ!」

 

「大丈夫よ鈴。小さいのしか狙ってないし、鎖動かしながら斬る練習してるだけだから。手頃な練習台って少ないから好きにさせてあげて」

 

 香織を心配して鈴が声を上げるが、雫が大トカゲを斬り捨てながらそれを止める。

 香織には天性の槍術の才能があった。それは主に間違って酒を飲んで酔ってしまった時に発揮されていたが、トータス現地人間族でトップクラスのメルドも手こずるレベルだ。しかし技能としての“槍術”は持ち合わせていない。なので単純な技術として練習していた。

 

 全てはハジメを追いかけるために。

 

 最初にオルクス大迷宮に潜った時、止められたとはいえ香織はハジメを助けに行けなかった。挙句邪魔になると気絶させられて眠り続け、起きた頃には自力で生き延びたハジメはどこかに行ってしまった後。力がなく心が弱いせいでハジメを追いかけることが出来なかった。死んでいないから取り返しこそつくが、悔やんでも悔やみきれない失敗だ。

 だから力と心を鍛える。そのための労力を厭うことはない。

 メルドが提案し王国・教会が許可した指示でも「友奈とハジメがたどり着いたオルクス大迷宮の最下層(折り返し地点)まで到達すれば、一旦チーム分けについても再考する」ということになっている。二人は深くは踏み込めなかった(と香織たちは聞いている)とはいえライセン大峡谷を端から端までたった二人で捜査しているのだ。実力を付けていなければ追いかけることはできないし、少人数で動くならチーム戦が前提でもダメだ。だから今、単独でも成立するような力を身に付けないといけない。

 

「香織、強くなりたい気持ちはわかるけど無理はしないようにしてくれ。大丈夫だ。攻略は順調だし、俺たちも力を付けている。すぐに友奈と合流できるさ」

 

 そんな香織に光輝がいつものようにズレたことを言う。

 

 光輝の、そしてクラスメイトの認識では、友奈はハジメに寄生される被害者だ。

 

 明らかに特別な光輝のような存在ならともかく、普通(自分たち)以下のハジメがベヒモス相手に活躍できたのはおかしい。何か理由があるはずだと考え、クラスメイトたちは光輝と友奈の武装の差に気付く。

 同じ“勇者”にもかかわらず、光輝は最高のアーティファクトである聖剣で、友奈はクラスメイトと同等の装備だ。ハジメがその差分の投資? いや、それほどの価値はハジメにはない。ならその差分をハジメへの施しに使ってしまったのではないだろうか。そしてその優しさに付け込まれ、今も振り回されているのではないだろうか。光輝とクラスメイトのほとんどはそんな風に考えていた。

 なお落ちた後戻ってきたことについては「光輝と同格の“勇者”なら覚醒して復帰はあり得る」という認識だ。特別な奴が特別なことするなら受け入れられる。それだけの話である。

 

 そんな考えだから、彼らは合流を望むなら友奈の方だと思っている。光輝のカリスマの下で友奈をハジメ(タカリ)から解放しようという善意を持ち、脱落者も出さずに攻略を進めている自分たちに酔う、もしくは流されていた。

 

 不確定の情報を自分の見たいように認識しているのはお互い様なので何も言わないが、そんな彼らを見る香織の目は冷ややかだ。

 

「香織」

 

「うん、大丈夫だよ雫ちゃん。短気は起こさないから」

 

 今キレて暴力をふるったり治療をボイコットしてもなんのメリットもない。オルクス大迷宮も(彼らの視点では)残すところあと十数層。転機は確かに近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平和に訓練を続け力を付けるクラスメイトを他所に、迷宮の外で暗躍する者達もいた。

 

「……異教の使徒どもの動きは?」

 

「相変わらずさ。迷宮に籠ってばかりで外での動きはなーんにもなし。ここらで得られる情報はいい加減底尽きてきたよ」

 

「そうか。だがここまで動きがないなら囮と言うこともあるまい。単純にまだ時間があると油断していると見ていいだろう」

 

 彼らは魔人族のスパイだ。

 強化された魔物を従え、ライセン大峡谷を越えて人間族の領域で諜報活動を行っていた精鋭兵である。

 本来ならもう少し早期に人間族の領域に潜伏を開始し、諜報や魔物の素体探しにと暗躍しているはずだった。しかしライセン大峡谷を調査する人間がいたため、痕跡を見つけられ警戒態勢を敷かれるのを恐れたのだ。大戦力は連れているので騎士を多数相手にしても圧倒できるが、人間族全てが敵だと連携と物量に擦りつぶされて職務を果たすことが難しくなる。だから予定の進路から彼らが離れるまで足踏みすることになり、さらに“異教の使徒”を警戒するあまり暗躍はできなかった。

 とはいえ成果は十分。戦争時の大まかな侵攻ルートは調べ上げ報告したし、最警戒対象の動向も見逃していない。そろそろ行動に移るべきだろう。

 

「諜報以外の目的を確認するぞ。第一に大迷宮の調査。第二に“異教の使徒”の戦力調査。第三に“異教の使徒”の勧誘だ」

 

「なら行動はまとめて出来た方がいいね。まず迷宮に忍び込んで挑んで、進めるとこまで進む。危なくなれば戦力減らす前に撤退だ。“異教の使徒”は私らで楽に突破できるレベルで手こずってるなら勧誘、そうじゃなきゃ隠れてやり過ごす。勧誘のタイミングは迷宮の奥から引き返すときでいいんじゃないか? で、それが済んだら情報が伝えられるより先に残りの二人だ。それも済んだらこのルートでさっさとガーランドに戻る」

 

「それでいいだろう。だが帰還ルートは予備も用意しておくに越したことはない。こちらのルートも進めるよう仕掛けをして、それから迷宮に挑む。それでどうだ?」

 

「異議なし。じゃあさっさと動こう」

 




愛子先生はホルアド近辺でずっと“作農師”の技能磨き。生徒たちが100層まで攻略したらチーム分けして各地の農地改革を行っていく予定になってます。

そして相変わらず地の文でもステルスする遠藤君。
彼と愛子先生は光輝のカリスマに流されないので香織と雫の息抜きに話し相手をすることがあったりします。ただハジメの情報が少ないので光輝のカリスマに流される永山パーティの気持ちもわからなくはないという立場です。


こそこそ動いてる亜人族二人はカトレア(オルクス大迷宮で戦ったやつ)とレイス(清水勧誘してたやつ)です。クラスメイトが分かれて行動してないので、勧誘の魔人族も分かれず一緒に行動してます。


今回はクラスメイトがハジメと友奈をどう思っているかの話でした。
次話はハジメと友奈がクラスメイトたちをどう思っているかの話になります。


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懐かしきホルアド

 ハジメ達は現在、馬車に揺られて宿場町ホルアドにやってきていた。王国へ向かう道中、長旅だとどうしても必要になる休憩と物資の補給のためだ。

 なおクラスメイトたちは迷宮攻略中。毎回攻略済みの階層の魔物を倒しながら降りるという手間を省くため、不測の事態がなければ―――今までそんな事態は起きていない―――何日も迷宮に籠るのだ。そのタイミングを合わせ、遭遇することがないよう調整してこの街を訪れている。

 

「見覚えある景色が見えてきたね!」

 

「ごめん、覚えてないや。たぶん僕、その時道具の製作に熱中してたはずだし」

 

「そういえばそうだっけ。でもよく考えたら、私も眺めただけで町の中とか全然見てないや。じゃあ実質初めてくる町だね! 新発見がいっぱいあるよ!」

 

「僕もそれは楽しみだな。前来たときはスルーしたけど、ここでしかない独特な文化とかありそうだからね」

 

 ホルアドは迷宮に挑む冒険者や騎士たちの町だ。

 日々大量の魔石を迷宮より得て、それを輸出して外貨を獲得し、その金でなんでも輸入し販売するというのがホルアドの経済事情。尽きることなく安定して得られる魔石(エネルギー)は町を富ませ、ここで手に入らないものは早々ないと評判だ。また潤沢なエネルギーが魔法具の常用を可能とし、それが余裕となって新たな娯楽や文化を生み出していた。宗教の中心地である神山とは別の意味でトータスの中心地と言える地位にある町なのだ。

 トータスの町をいくつも見てきた二人にとっても新鮮な独特の雰囲気を有している。これは期待に胸が膨らむというものだ。

 

「ただ冒険者ギルドは質が低いらしいんだよね。荒くれの巣窟だって言ってたよ。今回は近寄らないってことでいい?」

 

「そういうことなら困ってる人もギルドじゃなくて他に頼んでそうだし、行かなくてよさそうだね。観光だけしてしっかり休もう」

 

 何でも屋な冒険者より、戦闘が専門の騎士や戦士の方が魔物討伐と魔石採取では上をいく。未開拓領域を切り開いてきたのは冒険者だが、もう長い間開拓は進まずホルアドの中心からは遠ざかっていた。

 そこへ教会お墨付きの“神の使徒”が現れてガンガン未開拓領域と踏破していったのだ。冒険者の立場は相対的にさらに下がり、荒れ方がひどくなったと聞く。わざわざ近づく必要はないだろう。

 

 どこから行こうかと相談しながらガイドを読む二人に、変なモノを見る目をしたシアがついに話しかけた。

 

「……あのーお二人とも?」

 

「「? 何?」」

 

「ここでハジメさんはかなりきつい目にあったって聞いてますけど、なんだか軽くないですぅ?」

 

 ぽやぽやと観光が楽しみだと語る二人に、新入りのシアが問いかける。

 ここに来る道中で、オルクス大迷宮で二人は―――というかハジメは―――同郷の者に裏切られ、別行動を余儀なくされたと聞いている。それもグループの危機から助けた直後にだ。シアがその立場ならもっと思うことがあるだろうに、二人の気軽さが信じられなかった。

 

「シアさんの方がきつくない? そっちに比べたら僕は五体満足で元気だよ?」

 

「私だってもう五体揃って元気ですぅ。それに“未来視”でどうにかなるのは見えてましたし、一時怪我してただけですよぉ。

 そんなことより、味方からの裏切りは辛いはずです! なんで平気そうなんですか!?」

 

 ハウリアという情がありすぎる一族で生まれ育ち一族総出で守られてきたシアとって、肉体的なダメージよりも裏切りの方が許せないし深く傷つく行動だ。なのにあっけらかんとしているハジメには疑問しか湧かないし、友奈が気にもしていない様子なのも理解できない。

 ただハジメからすればなんてことはない、前提条件が違うだけだ。

 

「そりゃ味方じゃなかったからね、ただの同郷。期待してなきゃ裏切られても大したことないよ。それに被害もすぐ帰って来れたからほぼなかったし」

 

 もし一人で奈落(オルクス大迷宮深層)まで落ちていれば、ハジメと言えど変わっただろう。だがそれは裏切りが理由ではない。捕食者が迫り、空腹と苦痛で心を削られ、それでも生きたいと思うから環境に適応してしまっただけだ。

 最初から味方と思ってないから裏切られても「知ってた」で済むし、報復などめんどくさい。ピンチなら見捨てるのは嫌だし助けるが、利益か実害がなければ関わろうと思うほどの興味はない。それがハジメの今のクラスメイトたちの認識だった。

 

「そういう考え方もあるんですねぇ。ハウリアでは考えられないですぅ。

 なら友奈さんは? 友奈さんもあんまり気にしてないみたいですけど」

 

「うーん、私は南雲くんが気にしてないなら私が気にするのも変かなって。

 それにあの状況だと冷静に行動はできないと思うし。暴走しちゃう人が出るのは避けられなかったって思うんだ」

 

 高嶋友奈は勇者だが、彼らは勇者ではない。

 ここで言う『勇者』は天職のことではなく、心の在り様の事であり、立場の事でもある。

 普通の人は楽な方に流れるし、諦めるし、悪いことだってするし、恩を仇で返すこともある。それが『勇者』ではない人の当たり前なのだ。唐突に大きな力を与えられ、いきなり命の危機にさらされ、信じたくないことが起きればまともな判断などできない。常に正しくあることを求めるのは酷と言うものだろう。

 もちろんやったことは許せないし怒っている。だがそれで相手を憎んで、相手が挽回するチャンスを全て潰してしまうことはない。やらかした相手でも更生できるかもしれないのだ。諦めない限り希望は消えないと知っているから、ワンチャンに賭けて負担を背負い頑張るのが『勇者』なのである。

 

「だからきちんと反省して、南雲くんに謝ってくれたら、また遊んだりしたいかな。同じクラスの仲間だしね」

 

「遊ぶ時は僕も誘ってね。あっちも態度を変えてくれるなら、これを機にクラスの奴と交友関係広げるのも悪くないかなーって思ってるんだ。

 そりゃ散々なこと言われてた、というか今も言われてるってメルド団長からの連絡で聞いてるよ。でも僕だって好意的に見てもらえること全然してなかったし、相手だけが悪いとは言いにくいからさ。普段0点ばっかり取ってるやつが120点取ったらそりゃズル疑うって。

 でもお互い負い目があれば妥協できそうし、今がチャンスだろうから」

 

「それいいね! 南雲くんの良いところ見せたら皆掌くるっくるだと思うよ! イケるイケる!

 そうなると帰ったらやりたいことどんどん増えてくなぁ! 打ち上げやって、修学旅行行って、文化祭も楽しみだなぁ。それからそれから……

 あ、そうだ確認忘れてた! シアちゃんも来てくれるよね!?」

 

「そりゃ行けるならいきますよぉ! お二人について行かないわけないじゃないですかぁ!

 あとお二人のいう仲間に関してはいまいち共感はしかねますが、理解はできたと思いますぅ! 要は気にしても無駄だから今は観光を楽しめばいいんですね!」

 



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VS 魔人族 前編

今回はクラスメイト視点。

原作と変わらない部分は結構スキップしています。


「うっ……」

 

「鈴ちゃん!」

 

「鈴!」

 

 うめき声を上げて身じろぎしながらゆっくり目を開けた鈴に、ずっと傍に付いていた香織と恵里が声に嬉しさを滲ませながら鈴の名を呼んだ。

 鈴はぼんやりした目で周囲を眺め、ぼんやりしたまま二人に尋ねた。

 

「……ここ、どこ? なにがあったっけ?」

 

「ッ! 記憶の混乱が起きてる。石化に時間がかかったせいかな? ちょっと検査するね」

 

「鈴、説明するから落ち着いて聞いて」

 

 鈴の頭に手をかざして回復魔法を行使し状態を調べる香織。

 恵理は声が枯れている鈴に水を渡しながら、今までにあったことを説明し始めた。

 

 

 今日もいつものように迷宮の探索をしていたが、90層に入った頃から魔物が一体も現れないという異常事態が起きていた。

 今まで異常事態なんてなかったものだから油断して、引き返さずにそのまま進んで、待ち構えていた魔人族二人と配下の魔物たちに遭遇した。

 魔人族の目的は人間族側の“神の使徒”の戦力調査と勧誘。

 断ったが戦闘になり、魔人族の女の放った土属性上級魔法“落牢”―――何かにぶつかると弾け、石化効果のある砂塵を放つ球体を生み出す魔法。石化は回復魔法で解除可能だが、解除するまで苦痛と共に石化は広がり続ける―――で味方は総崩れ。それでも“土術師”の野村の警告で被害は抑えられており、恵理が土壇場でホラー苦手を克服し“降霊術”を行使出来たこともあって上層まで撤退できた。

 今は最も隠密行動に向いた遠藤単独で救援要請に向かっており、自分たちはそれを待って隠れているところ。端的に言って大ピンチ。

 

 そう説明を聞くうちに、鈴も気を失う前に何があったか思い出してきた。

 やたら余裕綽綽の魔人族と遭遇し、普通に負けたのだ。不幸中の幸いと言っていいのか、相手の目的は勧誘であり、二人いた魔人族も戦闘で動いたのは片方のみ。だから石化した者も砕かれたりはせず、全員で逃げれて生きているのだろう。

 

「大体整理ついてきたよ。結構時間経ってたんだね……あ、そうだ。カオリン、ありがとね! カオリンは鈴の命の恩人だね!」

 

「鈴ちゃん、治療は私の役目だよ。当然のことをしただけだから、恩人なんて大げさだよ」

 

「くぅ~、ストイックなカオリンも素敵! 結婚しよ?」

 

「鈴……青白い顔で言っても怖いだけだよ。取り敢えずもう少し横になろ?」

 

 鈴が香織に絡み、恵里に諫められる。行き過ぎれば雫によって物理的に止められる。全く持っていつも通りの、日本にいた頃からの光景だった。

 当然、この窮地で自然と出来ることではない。無理やりでも普段通りに振る舞い、雰囲気を明るくする。ムードメーカーである鈴に求められる行動だ。

 ただそれでも状況が悪すぎる。一部の雰囲気は明るくなったが、鈴の行動を受け入れる余裕のない者も当然いた。

 

「……なに、ヘラヘラ笑ってんの? 俺等死にかけたんだぜ? しかも、状況はなんも変わってない! ふざけてる暇があったら、どうしたらいいか考えろよ!」

 

 鈴を睨みながら怒鳴り声を上げたのは檜山の取り巻きの近藤礼一だ。声は出していないが、隣の斎藤良樹(取り巻きその2)も非難するような眼を向けている。

 光輝がそれを諌めるが、噴き出した不安は収まらない。

 そもそもリーダーの光輝が勝てなかったから不安になっているのだ。光輝の静止にこれまでのような力はない。

 今まで金魚の糞のようについて来ておいて勝手な話だが、それがモブと言うものである。窮地になっても冷静でいられるほどの強さはないし身勝手なものだ。

 

 日本にいた頃なら、鈴で手に負えない事態になれば友奈が動いていた。普段はムードメーカーの鈴がいるため目立つことはしないが、いざと言う時はあえて空気を読まない言動で場を和ませてくれていたと今になって理解する。

 だが今ここに友奈はいない。雰囲気は暗く荒れたまま、外の脅威から隠れるために黙れと雫に叱責されてようやく静かになった。

 

「……なぁ皆」

 

「黙れっての。見つかったらどうすんだよ」

 

「見つけられてもいいんだよ。提案なんだけど、降参しないか?」

 

 雰囲気がさらに暗く攻撃的になる。

 発言したのは清水。クラスでは交友関係もあまりなく、学校では自分の席で本を読んでいた大人しく静かな少年だ。トータスにおいては“闇術師”の天職を有し、敵へバッドステータスを付与する魔法を得意としている。

 普段ろくに発言しない清水が放った爆弾発言に、光輝も表情を険しくして問い質す。

 

「どういうつもりでそんなことを言うんだ。答えろ」

 

「…………敵の強さだよ。教会の話じゃ魔人族は魔物を使役して『数の不利』を覆してきたって言ってただろ。だから人間族の『質の不利』をどうにか出来る俺らが召喚されたんだ。

 なのに魔物の『質』もあの強さなんだぞ? 使い捨てても惜しくないみたいだったし、使役する魔物を強くする技術も向こうにはあるんだよ。なら戦争しても勝ち目なんかあるわけない。

 だったら条件が悪くならないうちに勝ち馬に乗った方g」

 

 光輝が清水を殴り飛ばした。

 

 清水の戦力分析自体は間違っていない。人間族最大戦力の自分たちでこの様なのだ。ならもう人間族に勝ち目などない。少しでも値が下がらないうちに売っておいた方がマシというのは短期的には正解だろう。例え戦争終結後に始末されることになる選択だとしても、戦争中に負けて殺されるよりは長生きできる。

 だがそれは、光輝の『正義』には到底認められない考えだった。

 

「そんなことしたらどうなるかわかってるのか! たくさんの犠牲者を出すことになるだけじゃない、人間を殺すことになるんだぞッ! そんなこと絶対に許さないッ!!」

 

「ちょっと落ち着いて! 声が大きい!」

 

 激昂する光輝を雫が小声で慌てながらも強く言いつけ止める。未だ窮地から脱することは出来ていないのだ。大声を出すのはマズい。

 そんな二人を見る清水の目は弱弱しくも冷たい。

 自分たちは魔『人』族と『戦争』をするために呼ばれたのだ。今も人を殺すことを望まれているのに変わりはなく、寝返っても攻撃する陣営が変わるだけだ。それとも光輝は魔人族は人間ではないとでも思っているのだろうか? 先ほど交渉だって出来ていたというのに。

 そうは思っても口には出せない。元々清水は心が強くないのだ。怒った光輝は怖いし、それに流されるクラスメイトも怖い。黙りこくるしかなかった。

 

 

 しかしそれも遅かった。ここまで深い階層に他に人はいないのだ。光輝を怒らせ大声を出させた時点で、聴覚に優れた魔物により居場所は大体絞り込まれてしまっている。

 

 

 土魔法で行き止まりに偽装した壁が粉砕され、魔物が入り込んでくる。

 

 未だクラスメイトたちは完全回復には程遠い。

 意識を取り戻したばかりの鈴は魔力こそ回復しているが戦闘どころか歩くのも覚束ないし、ずっと治療を行っていた香織と綾子(“治癒師”2人)は魔力を使いすぎ疲労困憊、休めた後衛組も魔力の回復は半分程度。

 前衛組の負傷こそ治っているものの、戦闘が行える状態ではない。だがもはやそんなことを言っていられる余裕はなくなってしまった。

 

「やーっと見つけた。手間取らせてくれるね。こっちは他にも重要な任務があるっていうのに」

 



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VS 魔人族 後編

「やーっと見つけた。手間取らせてくれるね。こっちは他にも重要な任務があるっていうのに」

 

「そういうな。この程度出来ねば心許ない。あのお方に捧げるだけの価値はありそうなことを喜ぶとしよう」

 

 魔人族二人が余裕綽々といった風情で魔物を嗾ける。

 

 それに対し、真っ先に動いたのが光輝と龍太郎だ。光輝は壁を破ったキメラ―――ライオンのような頭部に竜のような手足と鋭い爪、蛇の尻尾、鷲の翼を持つ奇怪な魔物―――が固有魔法で透明化するまえに斬り捨て、龍太郎は外に繋がる通路に陣取って魔物が侵入してくるルートを塞ごうとする。

 

「オォオオ!!」

 

「ぐぅう!!」

 

 それを黙って見ていてくれるような、迷宮の魔物と同じ思考を敵はしない。

 龍太郎が立ち塞がった直後に、ブルタールモドキ―――ブルタールは二本足で立つ豚のような魔物。この魔物はそれを極限まで鍛え直し引き絞ったような体型で、武器(メイス)も振り回すのみならず使いこなしている―――の体当たりで弾き飛ばされる。その隙に触手を生やした黒猫が何十匹と侵入を果たし、棒立ちの後衛組に弾丸のごとき刺突を放った。

 

「―――“天絶”!」

「―――“天絶”!」

 

 体は動かせないが魔力は回復している鈴と、魔法の練度では頭一つ抜けている香織が遠隔で多重障壁を張る。短縮された詠唱に、真っ直ぐ受けず斜めに受け流す工夫はさすがのチートスペックと褒めていいだろう。

 だが疲労した状態では全力を発揮することはできない。発動する速さは落ちなかったが、その分強度が犠牲になった。

 衝撃を受け流しても、何度も何度も刺突を受ければ障壁が次々と突破されていく。普段ならこの間に詠唱を済ませ、追加で強度も高い障壁を展開するところだが、今はそれが出来るほどの余裕もなかった。後衛組の何人かが触手に貫かれ傷を負う。

 

「怪我した奴は谷口のとこまで下がれ! 他は戦闘準備だ!」

 

 永山が指示を出しつつ、龍太郎と押し合うブルタールモドキを弾き飛ばし、再度通路を塞ごうと前進する。

 怪我した者を鈴のところまで下がらせたのは、一緒にいる香織の治療が受けやすいのと、障壁を張るにしても遠隔より近くに展開する方が楽だからだ。鈴と香織の近くが今一番の安全地帯なのである。

 

「くっ、光輝! 〝限界突破〟を使って外に出て! 部屋の奴らは私達で何とかするわ!」

 

「だが、鈴達が動けないんじゃ……」

 

「このままじゃ押し切られるわ! お願い! 一点突破で魔人族を討って!」

 

「光輝! こっちは任せろ! 絶対、死なせやしねぇ!」

 

「……わかった! こっちは任せる! 〝限界突破〟!」

 

 雫と龍太郎の言葉に一瞬考えるものの、状況を打開するにはそれしかないと光輝も理解して“限界突破”を発動する。

 最初の魔人族との遭遇戦でも“限界突破”は使用した。これで本日二回目だ。本来なら使用してから一日は間を開けることが望ましいのに、ろくに休めないままの連続使用。本来の持続時間である8分も維持することはできないだろう。それでもその間に敵の指揮官を潰して連携を崩すしかないと意気込んで隠し部屋を飛び出した。

 

「神意よ! 神の息吹よ! 神の慈悲よ! この一撃を以て、全ての罪科を許したまえ!! “神威”ッ!」

 

 問答無用と、威力を犠牲に詠唱を短縮した必殺技を光輝が放つ。

 奥に控える魔人族には届かなくても、群がる魔物を蹴散らし道を切り開くための砲撃だ。しかしそれも十数体蹴散らし威力が減じたところで、透明化を解除したアブソド―――六足の亀―――に吸い込まれた。

 

「クソッ、またそいつか!」

 

 一度目の戦闘でも魔法を吸い込まれ範囲攻撃を妨害された。魔法攻撃に対してアブソドが前に出ず、むしろ他の魔物が盾になって威力を削いだ今の動きを見る限り魔力を吸収できる量にも限度はあるはずだ。だが限界値を超える攻撃が打てない光輝には厄介過ぎる相手だった。

 こうなれば遮る敵は斬り捨て一気に駆け抜けるしかない。一手のミスが致命傷だがそれしか道がないのだ。

 

 それは魔人族もわかっているから、一手誤らせるための用意もしてある。

 

「出しな」

 

 女魔人族の指示に従い、透明化を解除された魔物が何か(・・)を見せつける。

 

「……メ、メルドさん?」

 

 そこには四肢を砕かれ全身を血で染めた瀕死のメルドがいたのである。一見すれば既に死んでいるようにも見えるが、時折小さく上がるうめき声が彼等の生存を示していた。

 

「おま、お前ぇ! メルドさんを放せぇッ!?」

 

 魔人族の読み通り、激昂し我を忘れて突進する光輝。

 その進路には魔人族が連れてきた中で最強の駒、馬頭に四本腕の魔物アハトドが透明化して待ち構えている。もはや詰みは目前だ。

 

 

 

 

 

 その窮地に際し、聖剣は輝きを増す。

 魔人族が一人で魔物も半分程度なら、光輝の覚醒で勝機は残った。だがこの戦力差で負ければ“限界突破”の最終派生“覇潰”に目覚めたとしても、逆転するまで体がもたなくなる。

 ゆえにこの窮地を脱することが出来る程度まで、例外的に聖剣の機能解放が一時的に行われた。

 

「うおぉぉぉぉおおおおっ!!!」

 

 光輝の気合いと共に、聖剣が伸び枝分かれする。

 いくら鋭くとも人間用サイズの剣による斬撃では死ににくい魔物も、大きく枝分かれした剣によって複数の傷跡を刻まれれば回復も間に合わない致命傷となった。

 また聖剣の機能はそれだけに留まらない。斬撃と共に十字の光がキラキラと発生し、その全てに当たり判定が行われる。大きくない魔物は十字の光で蹴散らされ、致命傷を負っても食いしばった大型の魔物は止めを刺された。

 

 二振り、三振り、聖剣を振るうたびに斬撃は延長し、ばらまかれる光の十字は大きく数を増していく。魔人族の想定を遥かに凌駕する速度でだ。このままではせっかく連れてきた魔物も全滅するだろう。

 

「ッ、化け物め!」

 

 男の方の魔人族が意を決して光輝の懐に飛び込む。斬撃と光の十字は外へと放たれており、一気に近づいた方が危険は少ないと踏んだのだ。

 その見立ては間違ってはいない。だが別に武器が大型化したからと言って、対応力が下がったわけではなかった。

 聖剣がさらに枝分かれし、伸びた刃が魔人族の男の首を刎ね飛ばす。

 しかし男も斬撃の弾幕に飛び込んだ時点で死は覚悟している。首を無くしたまま、体だけが光輝へと迫り刃を振るった。

 

「邪魔、だぁッ!」

 

 魔法ですらない、魔力の放出で光輝が魔人族の男を弾き飛ばす。

 そのまま一直線に魔人族の女を始末すべく駆けた。

 

「まいったね……確かに詰めてたはずなのに……まるで三文芝居でも見てる気分だ」

 

 魔人族の二人が取った戦法は間違っていない。光輝たちの戦力分析にも誤りはなかった。

 ただ追い詰め過ぎれば聖剣が反則をすると知らなかった。物語のごとき勇者の活躍を演出する存在を認識出来ていなかったのが彼らの落ち度だ。

 

「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」

 

 愛しそうな表情でロケットペンダントを見つめながら、そんな呟きを漏らす魔人族の女に、光輝は思わず聖剣を止めてしまった。覚悟した衝撃が訪れないことに訝しそうに顔を上げて、魔人族の女も自分の頭上数ミリの場所で停止している聖剣に気がつく。

 そして光輝の表情を見て、何に気付き、何を思ったかを察した。

 

「……呆れたね……まさか、今になってようやく気がついたのかい? 『人』を殺そうとしていることに」

 

「ッ!?」

 

 光輝は魔人族について、教皇イシュタルに教えられたことしか知らず、それを疑ってもいなかった。魔人族は残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在であると。

 男の魔人族を殺したときも、そのイメージは揺るがなかった。相手にも戦意があり、殺し合いだったため余裕がなかったこと。そして首を刎ねられても戦い続けるなど『人』とは思えなかったからだ。

 だが抵抗を諦めた魔人族の女の言葉でその認識は覆された。自分達と同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている、そんな『人』なのだと見せつけられたのである。

 

「まさか、あたし達を『人』とすら認めていなかったとは……随分と傲慢なことだね」

 

「ち、ちがっ……! 俺は、知らなくて……」

 

「ハッ、知ろうとしなかったやつの言うことだね。

 全隊、攻撃開始せよ! 殺してもいい!」

 

 魔人族の男が死んだ時、残った配下の魔物の指揮権は彼女に移るよう調整されている。逆もまたそうだった。

 ともかく光輝に戦力を削られた分、温存していた戦力もまとめて投入する。ここが使いどころだ。

 

「な、まだこんなに!?」

 

「ここで驚いたり悩んでる暇あるのかい? ほら、お仲間を助けに行かないと、全滅するよ!」

 

 光輝は一瞬躊躇するも、踵を返して仲間の救援に向かう。この戦力では自分が戻らなくては危うい。そう考えてもいたが、あえて目を逸らした事実があった。

 そしてその甘えには、間を開けることなく報いを受けることになる。

 

「馬鹿だと分かったばかりだけど、ここまでとはね。私はまだ戦えるんだよ」

 

 一度戦意を喪失したなら、もう二度と戦意は抱けない。そんなことあるわけない。

 相手の甘さで窮地を脱したなら、次にすることは甘さに付け込んで反撃することだ。魔人族の女に止めを刺すことも、戦えないよう傷を負わせておくこともせず、背中を見せた光輝は、順当な結果として背中を刺された。

 ザラザラとした土魔法の刃が腹部を抉る。痛みと出血で“限界突破”は解除され、もう一度無理をしようものなら負荷に耐えきれず腹部から弾けて死ぬだろう。

 

「さて、これなら本来の目的に戻れるね。死人が出ると意固地になりかねないし、死んでないといいんだけど」

 

 殺していいと嗾けたが、本来の目的は勧誘だ。

 例え戦友が一人が殺されたとしても、自分が殺すのは交渉をするうえで損。むしろ魔人族側の死者を交渉材料に、精神的優位を取っていくべきだろう。

 魔人族の女は光輝の拘束を最優先し、魔物を引き上げさせ、隠し部屋から出てくるのを悠然と待ち構えた。

 




光輝は今のところ、剣術とか魔法とか連携とかの本人の努力は放り捨て、聖剣の能力だけで戦った方が圧倒的に強い。ただしそれだと成長が望めないので、聖剣側で制限をかけられています。


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人を助ける理由

今回は少し時間が遡っています。
具体的にはまだ光輝たちは通路で隠れてる頃。鈴もまだ目を覚ましていません。


「ほいっと」

 

「ん? んん~~……わかった、こうだ!」

 

 トータスのボードゲームで遊ぶハジメと友奈。

 ハジメの手から何か感じた友奈は、少し考えて急所を突いた。

 

「じゃあこう」

 

「え? あれ?」

 

 ノータイムで返され、友奈が混乱する。確かにハジメを追い詰める一手を打てたはずなのに、ハジメに動揺は見えない。それどころか考え込みすらしなかった誘導されたのだろうかと不安になる。

 その盤面をシアが覗き込み、つい口を出してしまった。

 

「ハジメさん、これ詰んでないですぅ? この手もただ駒捨てただけですし」

 

「ハッタリ解説しないでよ!? 大ポカ分を取り返せそうだったのに!」

 

「あ、読み間違いじゃなかったんだ。じゃあこれ取って、初勝利! イェイ!」

 

 連敗した後の勝利に友奈は素直に喜ぶ。ハジメは得意分野で負けてちょっと凹んだ。シアはやらかしを笑って誤魔化そうとしている。

 

 補給と休息で訪れたホルアドにて、ハジメたちは観光を楽しみ、日が落ちた今は騎士団の宿舎でボードゲームを楽しんでいた。

 普通の村や小さな町なら住人だけでは解決できない問題を抱えながら過ごしていることが多々あり、ハジメたちが立ち寄った時はその手助けをやったりして過ごしていた。だがホルアドは大きな街だ。大抵の問題は自力で解決できるスペックがあり、ハジメたちが出しゃばって何かする必要もない。心おきなく遊び倒すことが出来た。

 また普通の町ならエネルギーの問題で、陽が沈めば眠る時間になる。ただしホルアドには魔石が潤沢にあり、街には明かりが灯され昼とは違った顔を見せてくれる。しばらく休んだし、もう一度観光に行くのもいいだろう。

 

 そんな風に話していると、予期せぬ客人が飛び込んできた。

 

「高嶋様! 南雲様! 申し訳ありません、緊急事態です! 魔人族が出たとのこと! 協力願います!!」

 

 

 

 

 

 

 

「で、状況どうなってるの? 準備するにも情報が欲しい」

 

「大迷宮の中で遭遇した方ですが、自分も連絡を受けたばかりでして。遠藤様が今治療を受けられていますので、詳しい話は直接聞いていただきたい」

 

 これからどう動くにしろ普段通り戦えればいい友奈とシアは鎧や武装・道具の準備を始め、状況に合わせて動きたいハジメは聞き込みのため騎士に案内され別行動。先行して話を聞きに医務室に急いだ。

 そこにいたのは傷だらけの遠藤。負傷しているからか、それとも精神面がガタガタだからか、周囲の治癒師もハジメも彼の姿を見失うことはなかった。

 

「南雲か!? 高嶋はッ!?」

 

「準備中。僕が話は聞いてやることだけ伝えるよ。そっちの方が早いし。何があったの?」

 

「……それは、その」

 

 遠藤が言いよどむ。

 実は遠藤はメルドから「クラスメイトの現状についてハジメには伝えられている」と聞いている。つまりハジメに助けられていながら、ハジメを追い出した連中が、今もハジメが悪いと言い続けて、友奈と一緒にいられないようにしようとしてる。この事実をハジメが知っていると知っているのだ。

 自分なら恨むし、現在進行形で敵だし、助けたいなんて思わない。だから救援要請は友奈の方にしたかった。ハジメだと助けを求めたら逆に追撃を受けそうだが、友奈ならまだ応じてくれそうだからだ。

 だが話を聞くのはハジメだけだと言う。「もしかして詰んだ? 無理やりでも高嶋に出てきてもらうべき?」と思いつつ、香織や雫が予想するように何の裏もないことに賭けて話すことにした。

 

 

 

 

 

 

「―――大体の状況はわかったよ。

 で、肝心の敵戦力は? 連れてた魔物の特徴と魔人族の戦法は? 今の遠藤君たちはどれくらい強くて、魔物とはどれくらい差があったの?」

 

「え、えっと、協力してくれるってことでいいのか?」

 

「するつもりだから早く答えて。時間ないんでしょ?」

 

「あ、ああ、わかった」

 

 遠藤は戸惑っているが、ハジメはスルーして遠藤と情報交換を続ける。

 その甲斐あって欲しい情報はほぼ得られた。敵戦力は見えた範囲なら十分対処可能、クラスメイトの実力も戦闘後話が拗れてもどうにでも出来そうなレベル。これならミイラ取りがミイラに、なんてことは起きないだろう。

 

「これだけわかれば十分だよ。準備を済ませたら一気に降りるから、傷はしっかり治しておいて。道案内は欲しいからさ」

 

「……なぁ、聞いていいか?」

 

「? 何を? 準備は高嶋さんが来てからだから時間はあるけど」

 

「なんで普通に助けに来てくれる流れなんだ? いや、助けに来てくれるのはありがたいけどさ。日本にいた頃からずっと、南雲への態度酷かっただろ? 今回のは正直、一緒に死んでくれって言ってるようなもんだし、信じられないんだよ。高嶋が助けてくれるならまだわかるんだけど、南雲がっていうと、その、理解できない」

 

「……僕としては高嶋さんなら助けてくれるって思う方がどうかと思うけどね。いや、助けてはくれるだろうから間違ってはいないけど。僕の言えたことじゃないけど、強くて優しい相手だからっていくらでも助けてもらっていいわけじゃないんだよ。

 ―――で僕が助ける理由だけど、色々あるけど一番はコレかな。気分の問題」

 

「は?」

 

「だから気分。知らないところで死んでれば「へー」で済ませるけど、手の届くところでなら助けるよ。だって見捨てたら僕の気分が悪くなるんだから。なんでクラスの連中の言動に僕が左右されて、不快な思いしなきゃならないのさ」

 

 確かにクラスメイトはハジメをイジメていたし、今も嫌っているし、ハジメを殺そうとしたヤツだって混じっている。ハジメはだって思うところは当然あるし、殺人未遂の犯人については対策と特定・対処が必須だとは思っている。

 だがその程度で『助けられる相手を見捨てる』という選択をするのは気分が悪い。

 つまり可能な範囲のやりたいことを我慢したくないという勝手さと、見捨てるなんて面倒なことをわざわざしたくない物臭さ。ハジメが人助けをする理由なんてこんなものである。

 

 友奈の優しさ、強さ、純粋さ。そういった綺麗なモノとはまるで違う。

 しかし基本は善性なおかげで行動はで一致しているし、タイプが違うゆえに補い合えるから、ハジメと友奈は小さな歯車と大きな歯車のように噛み合い上手く回っているのだった。

 

「まぁ気分以外にも、クラスの皆が死んじゃったらこっちの負担が増えるとか、僕がやれば出来るって見せつけるチャンスだって打算もあるから。だからやっぱり面倒だからやーめた、みたいなことはしないから安心してよ」

 

「………………まぁ気分より打算の方が安心できるな。そっちメインだと思っておくよ」

 



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敗北の結果

今回はクラスメイト視点です。


「うそ……だろ? 光輝が……負けた?」

 

「そ、そんな……」

 

「や、やだ……な、なんで……」

 

 隠し部屋から出てきたクラスメイト達が、吊るされる光輝を見て呆然としながら、意味のない言葉をこぼす。流石の雫や香織も言葉が出ずに立ち尽くしている。

 かなりメンタルにダメージが入っているのを確認し、追撃すべく魔人族の女は平静を装う。

 

「ふーん、どうやら話が出来る状態にはなったみたいだね。こうも話を聞かないのがトップじゃ交渉もできやしない」

 

「……私達に何を望んでいるの? わざわざ生かして、こんな会話にまで応じている以上、何かあるんでしょう?」

 

「さっきも言ったじゃないか、勧誘だよ。ほら、前回は、勇者君が勝手に全部決めていただろう? あんたらは私らの手持ちで勝てる程度だけど、中々の伸びしろも感じられたし、改めてもう一度ね。で? どうだい?」

 

 魔人族の女の言葉に何人かが反応する。それを尻目に、雫は臆すことなく再度疑問をぶつけた。

 

「……光輝はどうするつもり?」

 

「悪いが生かしちゃおけないね。こちら側に来るとは思えないし、説得も性格的に無理だろう? こっちも一人殺されてるから、心情的にも殺してしまいたいってのもあるしね」

 

「ッ!?」

 

 魔人族を殺したと聞いたところでハッとなって光輝を見る雫。傷を受け消耗していたためわかり辛かったが、精神的にもかなり消耗しているように見える。戦争で人を殺すという自覚がないままだった光輝だが、この窮地で実行した後に直視してしまったのだろう。

 

「で、あんたらの待遇だが、まぁ当然首輪くらいはつけさせてもらう。でも安心していい。反逆できないようにするだけで、自律性まで奪うものじゃないから」

 

「自由度の高い、奴隷って感じかしら。自由意思は認められるけど、主人を害することは出来ないっていう」

 

「そうそう。理解が早くて助かるね。勇者君と違って会話が成立するってだけでかなり楽だよ」

 

 雫と魔人族の女の会話を黙って聞いていたクラスメイト達が、不安と恐怖に揺れる瞳で互いに顔を見合わせる。魔人族の提案に乗らなければ、光輝すら歯が立たなかった魔物達に襲われ十中八九殺されることになるだろうし、だからといって魔人族側につけば“神の使徒”ではなくなる。

 つまり日本への帰還手段を失うと言うことだ。クラスメイトたちは教会が信奉する神のエヒトに縋るしか、帰るための希望を持っていないのだから。

 

「わ、私、あの人の誘いに乗るべきだと思う!」

 

 誰もが言葉を発せない中、意外なことに恵里が震えながら必死に言葉を紡いだ。それにクラスメイト達は驚いたように目を見開き、彼女を注目する。そんな恵里に、龍太郎が顔を怒りに染めて怒鳴った。

 

「恵里、てめぇ! 光輝を見捨てる気か!」

 

「ひっ!?」

 

 龍太郎の剣幕に、恵理が素で怯える。彼女だって光輝を捨てたくはないのだ。だが外圧により他の手段が見つからない状況を作られている。もうどうしていいかわかっていなかった。

 だが恵理が口火を切ったことで、行動を後押しされた者も出てきた。

 

「ッ!? ぐぁっ!!??」

 

 急に龍太郎の全身から力が抜け、追撃の魔法が直撃する。闇属性の相手を脱力させる魔法と、火属性の高火力魔法の連続発動だ。防御も“属性耐性”で軽減することも出来なくした上での攻撃は、格上相手だろうとかなり効くと迷宮で戦う中で証明されていた。

 さすがの龍太郎も奇襲でコレを耐えきる頃は出来ず、戦闘不能の大怪我を負った。

 

「黙ってろよ天之河の腰巾着。お前の勝手で俺を巻き込むんじゃねぇ」

 

「清水! あなた何をするの!」

 

 龍太郎を攻撃したのは、真っ先に魔人族に下るべきと言った清水だった。流石の雫も冷静さを失い剣を向けるが、暴走状態の清水は胃にも介さない。

 

「うるさい! 俺は早く勧誘受けるべきだって言っただろうが! なのに戦って! 負けて! この様じゃねぇか! 天之河が勝手に決めて、天之河が負けたんだから、天之河が殺されるのはしかたないだろ!?

 生きるための指示なら俺が出してやるから、お前らは従えばいいんだよ!!」

 

 清水の暴走を魔人族の女は冷ややかな目で見る。

 この後「勇者は生かすから全員服従しろ」と交渉するつもりだったのだ。元々裏切らせた場合に人間族に与えるダメージは“勇者”が一番大きいし、捕らえられた以上殺すつもりはなかった。だというのにそれが台無しになってしまったのだ。面倒だが、軌道修正をするしかない。魔人族の女はそう判断した。

 でもちょっと遅かった。

 

「高嶋だってそうだ! 俺が南雲を排除してやろうとしたのに、無駄に助けていなくなりやがって! “勇者”どもが俺の好意を無駄にしなきゃ、もっといい展開にできたはずなんだ! だから俺に従うのが一番なんだよっ! わかったな!?」

 

「は?」

 

 南雲を排除した、の辺りで香織がキレる。だがそれに清水は気付かず、魔物の囲まれた状態では香織も実力行使には移れず何も起こせない。ハジメを殺そうとした清水は駆除したいが、それは生き残ってハジメと再会することより優先されることではないからだ。

 ただ清水と交渉してもその結論に香織が、そして雫が従うことはないだろう。この二人が従わなければ他にも従わない者が出てくる。クラスが割れて仲間で殺し合う可能性まで見えてきていた。

 

「(どうすりゃいいんだい、これ?)」

 

 清水の言動で一番困っていたのは魔人族の女だ。ここで罪の自白とかされても集団の和が乱れるだけ。なのに清水は暴走状態で気付かないし、清水以外の交渉役も動揺してしまって出てこない。どうにか話をまとめようと、必死に頭を回転させているのだった。

 




 清水に期待してくれていた人には申し訳ありません。この二次創作では原作での描写を優先しています。

 清水は二次創作だとよくいい人に改造されてますけど、原作だと違います。自分の意思でクラスメイトを裏切って、愛ちゃん先生を殺そうとした自分本位な人間なんです。魔人族の勧誘もティオを支配出来ていたので断ることだって出来ただろうに、断らず契約に応じましたし。
 魔人族の勧誘に応じるべきって意見だって、目先の脅威から逃れる方法なだけで全く正論ではありません。遠からず必要なくなれば殺処分されますし、日本に帰還する希望だってなくなります。のわゆで言うと「バーテックスには勝てないから、天の神を崇拝し、四国の人間殺して自分を殺すのは後回しにしてもらおう」みたいな考えです。友奈やハジメなら取らない選択です。
 なので清水が降伏しようと提案したのは、冷静に事態を把握出来ているという意味ではなく、ハジメや友奈とは『合わない』人間だと言うことを意味していました。

 清水がハジメを消そうとした経緯については次回で説明する予定です。


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因果応報

 清水幸利は真性のオタクである。

 自室は壁が見えなくなるほどに美少女のポスターで埋め尽くされており、壁の一面にあるガラス製のラックには美少女フュギュアが所狭しと並べられている。本棚は漫画やライトノベル、薄い本やエロゲーの類で埋め尽くされていて、入りきらない分が部屋のあちこちにタワーを築いていた。

 そして清水にとって、異世界召喚とはまさに憧れであり夢であった。ありえないと分かっていながら、その手の小説を読んでは夢想する毎日だ。夢の中で、何度世界を救い多くの人から讃えられ、ヒロインの女の子達から愛されハッピーエンドを迎えたかわからない。

 その事実を知る者はクラスメイトの中にはいない。それは、清水自身が徹底的に隠したからだ。ハジメに対するクラスメイトの言動を間近で見て、なおオタクであることをオープンにできるような者はそうはいない。中学時代にイジメが原因で引きこもり、オタク趣味に傾倒していった清水ならなおさらだ。

 趣味を隠し、親しい友人を作らず、目を付けられないように行動する。クラスでの清水はまさに『モブキャラ』だった。

 そんな清水に唯一、友好的に接してくれていたのが友奈だ。特別な出来事は何もない。ただ普通に接しただけだ。

 

 だがそれで清水は舞い上がって、勘違いしてしまった。友奈に恋愛対象としては見てもらえていると。

 

 友奈はただフレンドリーなだけで、清水も『クラスの人』以上には見ていない。だが美少女に構われて冷静に判断するというのは難度が高く、清水には無理だった。

 また人間離れした美少女である香織が、オタク趣味を隠せずイジメられているハジメ(自分以下のヤツ)に好意を向けている。なら自分もチャンスがあるのでは、と例外パターンを見てしまったのも勘違いした一因だろう。

 

 そこまでなら問題にはならない。チャンスがあると勘違いはしても、行動に移すことはなかったからだ。友奈が人助けをしていた時も、清水は輪には入れず外から見ているだけだった。

 だがトータスに召喚され状況は変わった。

 クラスで一番下のはずのハジメが友奈と急接近し、その上にクラスメイトを大ピンチから救い活躍したのだ。

 湧きあがった「主人公のような活躍を自分以外がするのは許せない」「ヒロインと結ばれる主人公が自分でないというのは認めたくない」という嫉妬から目を逸らし、清水はハジメが友奈にタカリ、卑怯な手段で力を得たのだろうと考えた。そしてそんな『悪い奴』なハジメを排除すれば、自分は友奈やクラスメイト達にも称えられ感謝されるだろうとも。

 

 だが友奈はハジメを助けようとして共に落ちていき、生きて帰ってきたのに知らないうちに離れて行ってしまった。

 

 それが間違いだったのだと清水は考える。

 清水の好意を友奈が喜んで受け取り、清水を中心にクラス一丸となって行動すればこうはならなかった。友奈がいれば今も戦力は足りていて、魔人族を返り討ちにできていた。この先不利になったとしても、自分がリーダーなら上手く立ち回り、光輝と違って無駄死にを強要することもなかった。自分を殴った光輝が失態を晒し、自分が言っていたのと同じように「魔人族に降伏すべき」と言う者が出た状況に流され、清水はそんな都合のいいことを考えていた。

 

「……ダメだ……皆、逃げるんだ……こいつを……信じちゃ、ダメだ……!」

 

 だと言うのに未だに光輝が水を差す。

 満身創痍でまだ喋れるしぶとさに魔人族の女は警戒を強め、清水は苛立ちを加速させた。

 

「うるせぇ! お前の言うことなんか聞いてたからこうなったんだろうが! もう黙ってろよッ!」

 

「あ~~~、ちょっと落ち着きな。とりあえずあんたの意見としちゃ降伏するってことでいいんだね?」

 

「! ああ、そうだ! 全員で降伏する! だからこれ以上の戦闘は」

 

「両腕、やりな」

 

 魔人族の女の指示で、黒猫の触手が清水の両腕を引き千切る。

 清水は状況を理解できず、遅れてきた痛みに反応して絶叫を上げた。

 

「ぎぃあああああああああっ!!!???」

 

「うるさい。傷は塞いでやるから黙りな」

 

 黒猫の触手が清水を拘束して口も塞ぎ詠唱を封じ、魔人族の女の肩に止まった白鴉が傷を癒す。あまりの急展開に雫たちも呆然として、思わず素で質問してしまった。

 

「……なんで清水を攻撃したの?」

 

「ん? だってあんたら、こいつの決定じゃ従わないだろ? なら交渉を再開できるように、先に話を付けただけさ。

 ああ、安心していい。あんたらの扱いはこうじゃないよ。簡単に味方を売るような奴は人質取ってても信用できないからこうしただけ。さっき言った条件に偽りはないさ」

 

 清水は自分の考える『正しさ』に酔っていた。それも光輝が掲げる物より遥かに自己中心的な『正しさ』だ。正しい自分が生き残るべきだと思い、正しい自分がリーダーとして評価されて裏切った先でもマシな待遇を得られるべきだと思い、正しくない奴らの「日本へ帰りたい」「トータスで縁を育んだ相手を裏切りたくない」という思いを無視して行動した。当然、誰も付いてくるはずもない。

 だから清水の意見は清水だけの結論として、躾のため両腕を引き千切り降伏を認めた。負けた後での無条件での降伏を選んだのだから、こうなったのも仕方ない事なのだろう。

 

 ともかくこれで交渉の邪魔をする者は排除出来たし、魔人族側の容赦のなさもアピールできた。ここから少しでも譲歩すれば、クラスメイト達には大きな譲歩を引き出せたように感じるだろう。交渉は台無しになりかけたが、これで会話のペースは魔人族の女が握り、元の条件で交渉を再開できるはずだ。

 

「交渉を再開するけど、剣士のあんたが代表ってことで構わないね? また同じ展開でゴタゴタするのはごめんだよ。

 

 ……間違ってないみたいだね。じゃあ改めて言うとしようか。

 あたしら魔人族側に来ないかい? それなりに便宜は図ってあげるつもりだよ」

 

 



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救出作業

 オルクス大迷宮。

 ここはまだ表層だが、ハジメと友奈にとっては因縁のある場所だ。

 

 かつてハジメはここでクラスメイト達を助けて裏切られ、友奈と共に奈落の一歩手前まで落ちた。

 そして今日、またクラスメイト達を助けるために、奈落の数歩手前まで潜る。関係改善のためゆっくりと交流を持つことさえ出来ていないから、また裏切られる可能性もある。だがそれはそれ、とりあえず助けようと、ハジメと友奈は迷いなく進んだ。

 

「……でどうやって下りるんですぅ? 普通に攻略してちゃその間に死んじゃいますよぉ?」

 

 足取りが重いのはどちらかと言うとシアだ。能力はあるが戦闘経験が薄く警戒心が先立ち、恩人二人に危険を冒させたくないと思っていた。

 

「30階層から70階層まで転移する魔法陣があるから、それ修理して転移するよ。そこまでの道はショートカットで進む」

 

「えっと、南雲、俺結構しっかり壊したんだけど」

 

 不安そうなのは遠藤だ。転移の魔法陣はただの紋様に見えて、その実土台も含めて高度な技術が用いられたアーティファクトだ。修復には高い技術と長い時間が必要なはず。

 だがハジメは平然と返した。

 

「迷宮自体に修復機能はあるし、武器で壊した程度ならソレを補助する形で“錬成”すればすぐ出来るよ。こういうのが“錬成師”の本領なんだから」

 

 さらっと言ったが転移は神代魔法であり、それを付与したアーティファクトの修理は簡単に出来ることではない。生成魔法を習得していたとしても、それだけだと空間魔法の分野まではカバーしきれないからだ。雑に修復しようとすれば、迷宮の自己修復機能を阻害してしまいかえって時間がかかる事すらある。それをただの“錬成”で修理できるのは、チートスペックを一分野に極振りしていることと、ミレディとの訓練で何度もやっているからだ。ライセン大迷宮には魔力を使わないトラップばかりだったが、魔法系の機構もそれなりにあったのでとてもいい訓練になっていた。

 戦闘系天職の遠藤にそこまで詳しいことはわからない。ただハジメが当然のように言うので、そういうものかと受け入れるのだった。

 

「じゃあそろそろ急ごう。ここで時間縮めないとマズいだろうからね。

 高嶋さん先導で、シアさんと遠藤くんは後ろから付いて来て」

 

 指示を出しながらハジメは友奈に後ろから抱き着き、友奈は自然にハジメの足を持って背負う。照れの感じられない、とても自然な動きだった。実際にライセン大峡谷で調査を始めたばかりで未熟な頃、魔物の群れから逃げるために友奈がハジメを背負うのはよくあったので慣れてしまっているのだ。

 こうすることでステータスの低いハジメが大迷宮ショートカットのための作業に集中することが出来るようになる。

 ショートカットと言ってもすることは単純、迷宮の床に穴を開け、階下の魔物が出現しないエリアに繋ぐだけだ。それだけだが、かなりの高難度な作業でもある。

 ハジメは来る前の準備で階層ごとの地図は暗記してきたが、上下の距離までは書かれていないし、誤差もそれなりにある。そこまで詳細な地図など探索では必要ないから作られていないのだ。だから“鉱物系探知”などが発動しない空洞=通路と見做して探しつつ、リアルタイムで駆け下りやすいように角度と足場を調整して錬成しないといけない。他の錬成師に同じことをしろと言えば「ふざけんな!」と殴られること間違いなしの頭おかしい神業だ。

 それをハジメは難度を遠藤に誤認させるほど自然に熟し、友奈はハジメが自分の足場を作ってくれると信じてほぼブレーキなしで駆け抜ける。シアは友奈の動きを固有魔法と義眼で先読みすることで無理なく合わせ、遠藤はハジメを信じきれずブレーキをかけ最終的にシアに担がれて移動することになった。

 

 

 

 

 

 そのまま魔物を一体も見かけることなく30階層に到達。

 宣言通り、ハジメは苦も無く転移魔方陣を修復して見せ、70階層へと転移した。

 

「ッ、ひどい……」

 

 そこにあったのは地獄絵図だ。

 腹が裂け、手足が千切れ、それでも戦っていたことがわかる騎士たちの死体がそこら中に転がっている。迷宮の魔物に殺されたなら死体は食われて残らない、魔人族に殺され必要ないから放置されたままだったのだ。

 

「アランさん、皆……クソッ、魔人族どもぶっ殺してやる!」

 

「そこ、落ち着く。今は生きてる人の事優先ですぅ。敵討ちとか弔いとかは後ですよぉ」

 

 彼らがどうなるか理解していたとはいえ、現物を見て怒りを抑えられない遠藤。そんな彼をこの世界でずっと生きてきたシアは嗜める。この辺は慣れの差だ。

 ハジメは彼らの死体から追加で情報が得られないかと、諸々の感情を棚上げにして検分していた。友奈もハジメだけにさせるわけにはいかない、と意志の力で感情を押し殺して手伝ったが、残念ながら敵に関する追加情報は得られなかった。

 代わりに一つ、味方に関する不幸中の幸いを見つけることが出来た。

 

「メルド団長がいないよ? どこ行っちゃったんだろう?」

 

「……死体で持って行ったか、生きたまま連れて行ったかかな? 多分人質だろうし、生きてる可能性の方が高そうだね」

 

 死体を見せつけて脅すより、生存者を助けてやると譲歩を見せた方が交渉はまとめやすい。だからこその推測だが、もしそうなら魔人族はまだクラスメイト達を勧誘する姿勢を変えていないことになる。その場合は殺して反感を買うことはしないだろうし、クラスメイトの生存率はグッと上がるはずだ。間違いなく朗報ではある。

 

「ここから先は慎重に進もう。クラスの皆は相手の作戦通りに追い込まれたみたいだけど、僕らはイレギュラーのはずだ。勧誘じゃなく殺しに来られるかもしれないし、相手より先に見つけて奇襲するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『高嶋だってそうだ! 俺が南雲を排除してやろうとしたのに、無駄に助けていなくなりやがって!』

 

「清水くんが犯人だったか。目立つ事しないキャラだったし候補からは外してたな」

 

 現在89階層と88階層の中間でハジメたちはクラスメイトと魔人族の交渉を盗聴していた。

 魔人族の捜索中、急に膨れ上がった聖剣の力を感知して、急いで駆けつけてきたのだ。到着したころには戦闘は終わっており、今は奇襲を仕掛けるタイミングを見計らっていた。

 

「……なんであんなことやっちゃったんだろうね」

 

「そりゃ、まぁ、嫉妬じゃねぇか?」

 

「そうじゃないですぅ。友奈さんもそこはわかってますよぉ。

 殺しにかかったらもう敵ですから。対処しないって選択はないですし、あの荒れてる人の今後を案じてるんですぅ。ざまぁwwwって笑えばいいのに、優しいって損な性分ですよねぇ」

 

「まぁそこは僕がいい感じの落としどころ考えるよ。高嶋さんに負担かけたくないし、恨まれたままじゃ面倒は残ってなんの得もないしね」

 

 話してるうちに清水が両腕を魔人族に引き千切られ、ハジメたちも奇襲を仕掛ける態勢に入る。

 交渉を続けていたから、最後の決断を迫る瞬間などの隙を伺うつもりだったが、攻撃もするならこれ以上怪我人が増えないうちに倒しておくべきだ。一人二人なら殺していいかと判断し、扱いが雑になる前に仕掛けないと万が一があり得る。

 

 そこでハジメが取り出したのは魔石(・・)だ。

 それもただの魔石ではない。ホルアドにて予備として貯蔵されていた魔石を“錬成”して高密度高純度に加工した超高品質な魔石だ。あらゆる外傷を癒す神水を出すという神結晶ほどではないが、天然物ではまずあり得ない量の魔力が内包されている。

 これは30階層まで下りるのにも使用したが、まだ使い切っておらず、同等品もいくつか残せていた。

 

 これを“錬成”しオリジナルの土魔法を魔力が尽きるまで放つだけの魔法具に加工する。

 元となった魔法はクラスメイトも大打撃を受けた土属性上級魔法“落牢”だ。石化というのは鎮圧性能は高いし、傷は余程抵抗しないと負わないし、後で治療が出来ると味方も巻き込んで敵を倒すのにはうってつけなのだ。

 改造点としては発動してから石化効果をまき散らすまでのタイムラグの削除、脆く壊れやすい石ではなく壊れづらい金属への変換が挙げられる。魔力消費量は跳ね上がったし、自分で撃つと自分も石化するという欠点も増えた。だが魔力は魔石から消費し、発動も道具から放出なハジメには関係ない。

 今回使用する魔石なら、魔力ステータスが20000近い“土術師”が放った“落牢”と同程度の石化(金属化)強制力が出せるだろう。魔人族の女が情報からの予測通り“土術師”だったとしても抵抗は出来ないはずだ。

 

「魔法の発動が終わったら大穴開けるから三人で飛び込んで。魔法を吸う亀がいるみたいだし、そいつが遮った分生き残りは出そうだから。

 大型は高嶋さん、小型はシアさん、クラスのやつの保護は遠藤くんがやってね」

 

 三人が頷いたのを確認し、階下に繋がる小さな穴に魔石をはめ込み“錬成”して魔法の道具として完成させる。

 途端に89階層に金属化効果を持つ鉄粉の嵐が巻き起こり、クラスメイトも魔人族も別なく覆い尽くしていく。そして発動はすぐに終わり、通り抜けやすい大穴が開いた。

 

 

 

 

 

 先頭はシア、次いで友奈、一拍遅れて遠藤が穴から飛び降りる。

 89階層には金属像が林立していたが、一部像が出来ていない箇所があった。そしてその手前には六本足の亀の像。魔法を吸い込んだのはいいが、吸い切れずにアブソド自体は金属化してしまったのだろう。その奥にギリギリ生き延びた魔物がいるのが丸わかりだった。

 

「小型は黒猫5匹だけ。楽でいいですねぇ」

 

 とはいえシアと友奈には透明化の固有魔法も意味はない。その姿はハジメ製の義眼と兎人族の聴覚によってしっかりと捉えられている。

 大型を狙う友奈の邪魔にならないように、シアは落下しながら義手から極細の鋼糸を伸ばして魔物に突き立てる。ハジメ特製、魔力で自在に操作できる鋼糸だ。そのまま黒猫の体内をずたずたに切り裂いた。これでシアの仕事はお終いである。

 シアは性格的に大型の鈍器などを好むが、適正的にはこういった暗器を得意としていた。シアというより兎人族共通の適性と言うべきかもしれない。一応切り札を隠すために多数の短剣も装備しているが、そちらを使うのは人目があるときくらいだ。

 確実に強くなっている実感に充足を感じつつも、やはり不満が拭えないシアだった。

 

「楽でいいですけど、爽快感が足りないですねぇ。大きい武器もやっぱり作ってもらいたいですぅ」

 

 

 

 

 

 大型の魔物はブルタールモドキが三体と味方も含めて透明化するキメラが一体。こちらも黒猫同様まだ隠れられていると思って身動きは取っていなかった。

 

「皆に当てないようにしっかり狙って……勇者、パンチ!」

 

 友奈の通常攻撃にして必殺技、勇者パンチ。高いステータスと優れた技術、臆することのない精神力から繰り出される拳は単純ながら強力な攻撃だ。

 しかしハジメ製の魔法具がそれだけでは終わらせない。拳を構えるとともに風の弾丸を周囲に複数形成、拳の動きに合わせて動きパンチと同等の威力で敵を打ち据える。魔力が拡散してしまうライセン大峡谷では使用できなかったが、乱戦なら多数の敵を同時に打ち倒し、一対一では同時に別方向から何十発と打撃を打ち込める汎用性の高い攻撃手段だ。

 これとセットで拳に巨大な空気の籠手を纏わせ、大威力の範囲攻撃なども出来るようにもなっている。しかし今回は壊してはならない金属像が多いため、狙い打てる方を選んだのだ。

 友奈の拳と風弾が大型の魔物たちをまとめて殴り飛ばし、周囲から強制的に距離を取らせる。

 

「勇者、キーック!!」

 

 空中の魔物たちに対して、友奈の蹴りと共に空気の大斬撃が放たれる。

 イメージは〇NEPIECEの嵐脚だが、これも打撃に変えたり、数を増やしたり、針のように鋭くして狙い打ったり、空気を踏んで空中ジャンプしたりと応用が利く。ライセン大峡谷では機能を絞り魔力消費を抑えていたが、ハジメが作った友奈の装備は、扱いづらいが使いこなせば多彩な動きが出来る物が多かった。

 気合いと根性で負担を無視して出力を上げてぶん殴るのは、機転と工夫で手持ちの札を駆使してやるだけやった後からでいいという判断だ。ただし友奈のことを考えて作った武装ではあるが、ハジメは戦士ではないせいか籠手も脚甲も使用難度がかなりの無茶ぶりだった。無茶ぶりに答えて使いこなしている友奈もすごかったと讃えるべきだろう。

 ともかく斬撃は魔物たちをまとめて両断し、あっさりと勝負はついた。

 

「よし終わり! 先手取れると楽だね」

 

 なおブルタールモドキもキメラもタフで強力な魔物だ。クラスメイトだと一対一でも苦戦するし、奇襲を仕掛けても倒しきれるのは数人。それを相手にしても友奈には余裕があり、数が増えても手間がかかるだけで済む。ライセン大峡谷という特殊な環境での生活は大きな成長として表れていた。

 

「南雲くーん! 終わったけど次どうしたらいいかなー!?」

 

「敵と味方で像分けておいて! 範囲回復で解呪するから巻き込まないように! 僕も解呪準備終わったら降りるよ! そっちでやって魔物の金属化解いたらマズいし!」

 

「はーい! じゃあシアちゃん、遠藤くん、像を動かそうか!」

 




戦闘というより作業。この二次創作のハジメは戦士じゃないので、相手次第じゃ塩試合以下になります。

ハジメが魔石だけを材料に作るマジックアイテムは基本的に使い捨て。
使い切る前に“錬成”して魔石に戻せば再利用は可能ですが、魔力を全て吐き出した時点でボロボロに崩れてゴミになり解析もさせない仕様です。


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再会後のあれこれ 前編

 突然の鉄粉の嵐で意識を絶たれた者たちに、今度は暖かな光が降り注ぐ。

 金属化を解かれたクラスメイト達は当然混乱に陥った。

 つい先ほどまで魔人族に追い詰められ、後は膝を屈するのが早いか遅いかという状況だったはずだ。なのにいきなり鉄粉の嵐が起きて、気付けば敵はすべて金属像に。そして目の前にはいるはずのない相手。わけが分からない。

 頭上に?を大量に浮かべているようにすら見える彼らに、遠藤が事情を説明しようとする。

 だがそれより先に動き出した者がいた。

 

「ハジメくんっ!!!」

 

 香織だ。

 なんとなく状況的にハジメが助けてくれたっぽいのはわかった。余計なの(友奈とシア)もいるがそこは香織の視界には入っても映ってはいない。それが嬉しくてつい駆け出し抱き着こうとした。

 

「へぶぅっ!!!???」

 

 そんな香織の足にはロープが括り付けられており、地面と繋がっていた。当然進めるはずもなく、派手に転倒。これまたいつの間にか頭に付けられていた道具からクッションが飛び出し、どうにか顔面強打は免れた。

 

「ううう、なんでぇ……!?」

 

「いや、だって危ないから。悪いとは思ってたけど、必要だったでしょ? というかなんで名前呼び? まぁともかく今は大人しくしてて」

 

 犯人はハジメだ。

 香織は筋力も敏捷も共に現地人騎士の最高クラス、ハジメは現地一般人と比較してもそこそこレベル。そんな彼女にタックルをかまされればハジメが危険だ。そのための安全策だったが、見事に役に立ってしまった。対策が不発で終わるような精神であってほしかったというのがハジメの本心だった。

 

「遠藤、これは一体……?」

 

「ああ、うん、混乱するよな。迷宮の外に行ったら南雲と高嶋が来てて、助けてもらえたんだよ。魔人族とか魔物はそっちで全部固まってる。とりあえず今ここは安全だ」

 

 混乱する永山に遠藤が答えた。

 今は安全という言葉と物証である金属像に、クラスメイト達の緊張もようやく緩む。疲労と安堵から崩れ落ちる者が数名、残りは友奈の下へ押しかけた。日本で友奈と関わりのあった者ほど行動が早かったように見える。

 

「ありがとう! 本当にありがとう!」

「死ぬかと思った! 助かったの高嶋さんのおかげだよ!」

「また助けてもらっちゃった。感謝してもしきれないよ」

 

「あわわわわわ!?」

 

 人は助けても感謝されることにはいつまで経っても慣れない友奈では、押し寄せるクラスメイトには対応しきれず慌てる。それでもクラスメイトが少し落ち着いたタイミングを見計らって、言うべきと思ったことは力強く主張した。

 

「私はそんな大したことはしてないよ! 今回皆を助けられたのは、ほとんど南雲くんのおかげだから! 助けに行くって決めたのも南雲くんだし、私はお手伝いしただけ! だからお礼はそっちにね!!」

 

 これが友奈的最重要ポイント。

 今回遠藤から話を聞いて助けに行くと決めたのはハジメで、実行の主力もハジメなのだ。友奈が決めたことでも、友奈だけでやったことでもない。そこは友奈にとって譲りたくないポイントなのだ。

 

「「「「「………………」」」」」

 

 だがその主張も、クラスメイト達は困ったような表情で受け入れかねる様子だ。

 ハジメを皆で悪く言っていたから掌返しをしづらいというのもある。だが「ハジメの功績だ」と言ったのが友奈と言うのも問題なのだ。

 友奈は良くも悪くも自己主張の弱い少女だ。自分の功績を語る事は少なく、他人の功績は嬉々として褒める。たとえクラスメイト達を救出した功績の9割程度が友奈の力によるものだったとしても、その功績を全部ハジメに譲ってしまいそうな印象を持たれているのだ。これでは友奈がいかに主張してもクラスメイト達には受け入れられない。

 

 友奈は彼らの表情からソレを察してしまい、この場で理解してもらうのは無理そうだと理解する。自分が評価してもらえないのは別に我慢できる。だが友達が正しく評価してもらえないのは悲しい。別にハジメの功績を認めて他の誰かが傷つくと言うわけでもないのに、なぜ蔑ろにされないといけないのか。友奈は自分だけでも後でうんと褒めてあげようと決めた。

 

「高嶋は嘘は言ってないぞ。マジで救出に来るって決めてくれたの南雲だし、魔人族も魔物のほとんども倒したの南雲だ。ほら、高嶋が倒したら金属像とかにならないだろ?

 いや、魔物の残り倒したのも大仕事のはずなんだけど、南雲のやったことに比べたら手伝いって感じだった。マジで南雲が半端なかった」

 

 そこへ思わぬ助け船がやってきた。影が薄く先ほどの今で、もう友奈を含めて皆に存在を忘れられていた遠藤だ。自分で話して、自分で見たことを言っただけだが、遠藤が言うならクラスメイトもある程度だが信用できる。

 ただハジメにとって自分の評価など急いで覆さないといけないと思うようなものでもない。クラスメイトが掌返しする間もなく、サクサクとすべきことを成すための準備を進めていた。

 

「誰のおかげとかは今は置いとこう。それよりやらないといけないこと多いんだから。

 “治癒師”の人は魔力回復してるよね? これからメルド団長と天之河くんの金属化を解除するから、失血で死ぬ前に治してもらいたいんだ」

 

「えっと、あれ? 出来そうなくらい回復してる……」

 

 “治癒師”の辻綾子が困惑しつつ答える。彼女視点では仲間の石化解除から全回復するほどの時間は経っておらず、まだ魔力量は厳しかったはずなのだ。なのに回復しているのは何故か。

 

「金属化解除と合わせて魔力回復効果のあるマジックアイテム作ったからね。回復してないと困るよ」

 

 とんでもないことをさらっと答えるハジメ。言ってることが本当なら辻はおろか香織も超える回復魔法を行使できるアイテムをハジメは作れるということになる。

 だが魔人族と魔物をほぼ全滅させたのがハジメというのに偽りがないなら、土属性魔法も“土術師”の野村健太郎を越えているということだから、そのくらい出来るのかもしれない。友奈と遠藤の言葉に信憑性が増していた。

 

 指示を出されなかった者達が困惑する中、ハジメは手を止めない。さっさと雑事は済ませて騎士たちの遺体を迷宮の外まで出してやりたいのだ。

 

「……? 一体、何が……?」

 

「………………………………」

 

 光輝とメルドの金属化が解除される。

 生かしたまま魔人族の領土まで連れていくつもりだった光輝には、既に応急処置が施されていたので辻が治療に当たる。逆に光輝に見せつける囮として少しの間だけ生きていればいいという雑な扱いだったメルドは、傷も深く話す余裕がないほど衰弱していたため香織が治療に当たった。辻も香織も“治癒師”として優れた技術を持っており、二人もすぐに問題ない状態まで回復できたし、状況を理解してもらえた。

 

「よく戻ってきたなハジメ、友奈。怪我もしていないようで何よりだ」

 

「お久しぶりですメルド団長。見ての通り高嶋さんのおかげで元気にやってます。

 いきなりなんですが、清水くんの処遇は僕が決めても問題ないですか?」

 

 迷宮内できちんと決めておかないといけないのはコレだ。

 迷宮の外で判決を出そうとすると、教会や王国など面倒な勢力による口出しが必ずある。しかし迷宮内なら外野はおらず、どんな結論になっても今いる者だけで口裏を合わせておけばどうとでもなる。これ以上の被害を被らないために、ここできちんと始末をつけておく必要があった。

 

「南雲、清水は暴走したとはいえクラスメイトなんだ。こいつのことは俺が」

 

「きちんと罰と制限を与えられる? 殺されかけた身としては、半端な処置じゃ認めないよ? また高嶋さんにまで被害が広がるかもしれないんだから。天之河くんの取れる方法だと殺すくらいだろうけど、出来るの?」

 

 想定通り光輝は口出ししてきたが、殺せるかと問えば黙った。口出しさせずに勝手に決めた方が拗らせて面倒になるかもと考えた結果の対応だ。

 その流れで、クラスメイトにもざっと視線を向ける。

 庇う者が出てきたら対応しようとは思ったが、当然ながら誰も出てこない。清水に親しい相手はいないし、クラスメイト丸ごと売り飛ばそうとした直後なのだ。自分の立場を清水と同等まで落としてまで庇う者は出てこない。

 

 クラスメイトの意見も大体統一できたところで、改めてメルドに視線を向ける。メルドは少し考え、騎士団長として決断を下した。

 

「……清水も“神の使徒”だ。その名誉を傷つけない範囲なら構わん。だが問題があれば口出しはさせてもらうぞ」

 

「勿論です。“神の使徒”から人間族を裏切るようなことをした者はいなかった。これは事実にします」

 

 魔人族の狙いは“勇者”及び“神の使徒”に人間族を裏切らせ、戦意を削ぎ絶望させることだ。清水の裏切りを公表すれば、それは魔人族の思惑通りと言うことになってしまう。裏切るものは一人もなく、最後まで魔人族と戦った。そういうことにしないとマズいのだ。

 

「ならいい。好きにしろ、責任は私が持つ」

 

 



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再会後のあれこれ 中編

 クラスメイトとメルドが監視する中、清水の金属化を解除する。

 清水も状況の変化には驚いたようで、周囲を見渡しハジメを見つけて後ずさった。

 

「な、なんでお前がここにいるんだよぉッ!?」

 

「遠藤くんから助けを求められたから。それでこんな場面に遭遇するのは想定外でちょっと困ってたんだけどね。

 君はどう? 僕を殺そうとして、高嶋さんも死なせかけて、今度はクラスメイト丸ごと売り飛ばそうとした清水くん?」

 

 清水がハジメを睨みつけるが、ハジメは気にもしない。これが立場、戦力共に強いと言うことだ。相手の悪感情も無理やり押さえ付けて利用できるだけの余裕がある。

 

「その表情だと自分の立場を理解出来てないみたいだから、説明しておこうか。

 君は殺人未遂の犯人で、人間族を裏切ろうとした戦犯だ。庇う人は誰もいなくて、君に恨みを持ってそうな僕に一任された。

 

 ……ただ面倒なことにね、清水くんも“神の使徒”の一員なんだよ。人間族の希望である“神の使徒”が裏切ろうとしたなんて公表したら、魔人族の思惑通りになってしまう。だから君の罪を裁いて罰を与えることはできないんだ」

 

「……ッ!」

 

 ハジメたちに清水は裁けないと聞いて、清水は途端に顔色を変えた。

 だから上げて下げて平常心を奪っていく。

 

「つまりここで殺しちゃうのが一番なんだ。死人に口なしってね」

 

「はぁっ!?」

 

 清水に戻ったわずかな余裕が一気に剥がれ、追い詰められる。ハジメはさらに畳み掛けた。

 

「清水くんが死ねば、もう誰も君に煩わされることはない。魔人族との戦いで名誉の戦死をしたってことなら角も立たない。どうも天之河くんは覚醒イベント的な何かを経験したようだし、そのための尊い犠牲でしたって言えば説得力も出るしね。これが一番確実な処理なんだよ」

 

 清水がクラスメイトを見て、光輝を見て、友奈を見る。

 クラスメイトは目を逸らすか軽蔑するように見下し、いつもは綺麗事を吐く光輝も何も言えず、友奈はハジメばかり見て清水の視線に気づくことすらなかった。

 ようやく自分の状況を理解し、表情に絶望が浮かんできた辺りで、今度はハジメが希望を見せる。

 

「でも危険だからって廃棄処分じゃもったいないとも思うんだよ。君もチートスペックだし、労働力としては優秀だ。だからチャンスを上げようと思う」

 

「チャ、チャンス?」

 

「そうだよ。“錬成師”は作った武器が本体で、その為の材料はいくらでも欲しいし、材料を買う資金だって欲しい。ライセン大峡谷で拾って修理した(って設定)の義手を上げるから、戦力低下って名目でクラスから離れて、借金返済って名目で僕に利益を出してくれるなら生かしてもいいと思ってる」

 

「本当か!?」

 

「本当だよ。ただし首輪はつけるし、それを受け入れるのは必須だ。どうする?」

 

「受け入れる! 受け入れるから助けてくれ!」

 

「………………まぁいいよ。契約成立だ」

 

 ハジメ自身で誘導しておいてなんだが、この即答は正直なところどうかと思う。恥はないのだろうか。だが望んだように動いているし、水を差す必要もない。ハジメは清水の醜態はスルーした。

 

「(馬鹿が! いつまでもお前なんかの下でいるもんか! 腕もらったら用済みだ!!)」

 

 清水は土下座で顔を隠し、内心でハジメを嘲笑う。自分の事しか考えず勝手に降伏しようとしたのだ。当然、助けてもらったからと従うつもりなどありはしない。

 

「(―――なんてこと考えてるんだろうなぁ。対策、無駄になるといいけど)」

 

 そしてそんな清水の考えなど、当然想定されている。ゆえにソレ対策も既に施されていた。

 

 

 

 

 

 南雲ハジメは“錬成師”だ。

 鉱石を始めとする無機物を加工することが本領であり、生物を改造する力は本来持たない。

 なので生物を土属性魔法で石や金属に変えて“錬成”するという手段を考えてみた。結果、魔法によって一時的に変えただけなので深部までは無理だったが、表層は加工でき亜人族の義手の接続に大いに役立った。

 今回、清水に施したのは、清水自身をマジックアイテムに加工するという手法だ。ハジメの取引を(内心はどうあれ)清水が承諾することで発動、清水が自分自身に闇属性魔法による洗脳を行う。どれだけ逆らうつもりだろうが、具体的な行動内容を思考できず、違和感も持てないと言う物だ。闇属性魔法の天才である清水を素体に、清水自身を洗脳をさせる形式だから出来た最高ランクの術である。

 

 ただし清水とて腐ってもチートスペック。自力で解除する場合に備え、肉体面のストッパーとして義手を付ける。亜人族に与えた物と同様に監視・自滅機能を搭載しているだけでなく、脳からの指令より義手経由でのハジメからの指令を優先するという機能が付いている。裏切った場合に敵陣で自爆は勿論、ハジメが完全制御して戦闘を行わせることだって可能だ。

 

 ともかくこれで清水は完全に無害な社畜になった。ハジメとしてはもう興味も薄いし、知らないところで好きに暮らして利益だけ上げてくれればそれでいい。

 

「(でもダメだよなぁ。クラスの奴らが納得しないだろうし、放置してもいいって思えるだけの希望を見せないと)」

 

 正義を掲げ、悪を仲間と共に叩きのめすのは楽しい。それをハジメは良く知っている。

 ましてや清水はどう頑張っても擁護できない裏切りを行ったのだ。それが罰則は労働だけでは納得もいかないだろう。戦力差が明らかになった魔人族との戦争という恐怖から逃れたくて、麻薬のような一方的に暴力をふるう快楽を求めることは十分予想できた。

 なので清水を放置することのメリットを提示して納得させ、さらに希望を見せることで恐怖を忘れさせることが必要なのだ。

 

「(そこまで難度は高くなさそうだね。今は特に聞きたい言葉が分かりやすい)」

 

 しかし納得させるのはクラス全体でなくていい。

 クラスメイト達は、良くも悪くも『光輝のクラスメイト』なのだ。光輝が好調なら調子が良く連携し、光輝が不調だと不和があふれ出る。光輝さえ納得させられれば他は流されて黙るだろう。

 好都合な事と言っていいのか、光輝は初の人殺しで精神面がぐらついている様子。それに付け込み清水の処遇に納得させれば、すんなりと乗ってきてくれるとハジメは見抜いた。

 そこまでいけばハジメの仕事は完了だ。光輝を含むクラスメイトは希望を見出し、清水はやり直すチャンスを得て、ハジメ達は恨まれることなく利益を上げる。これにて三方よしが完成するのだ。

 

「(ゴールは見えたし、あと一仕事。高嶋さんにお願いするご褒美は何にしよっかな)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………まぁいいよ。契約成立だ」

 

「「「「「―――」」」」」

 

 ハジメが清水の降伏をあっさりと受け、クラスメイトに不穏な空気が広がる。

 友奈がそれをハラハラしながら見つめていた。ハジメはいい感じの落としどころを見つけると言っていたが、友奈には手段が思いつかない。ハジメのことは信じているが先が読めず、失敗してしまった場合のハジメの立場が心配で落ち着けなかった。

 

……(へにゃ)

 

「!」

 

 それもすぐに吹き飛んだ。

 ハジメが友奈の方を見て、思わず漏れた感じの緩く崩れた表情を一瞬浮かべたのだ。アレは友奈の希望を達成する算段がついて「お願い」を考えている時の顔だ。ならもう心配はいらないだろう。

 ちなみに内容は大抵耳かきとかマッサージ、たまに観光や新開発の浪漫武装試運転だ。友奈としては普通に頼まれればそれくらいするのだが、ハジメ曰「ただしてもらうのと、障害を乗り越えて掴み取るのじゃ全然違うんだよッ!」とのこと。あまり見ないレベルの熱弁だった。

 

「(何がお願いしてくれるのかな。前に耳かきしてから日が経ってるから、やっぱり耳かき? 南雲くんはそれで満足だろうけど、今回は大事だったしもうちょっとしてあげたいな。観光はしたところだから、マッサージしてから耳かきして、そのまま膝枕でお昼寝とか? でもそれじゃいつもと変わらないし……メイドさんの制服を借りようかな。そっちのほうが喜んでくれるよね!)」

 

 最早心配することは何もない。友奈は無邪気に事が済んだ後のことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――まず清水くんの状態について説明しておこうか」

 

 ハジメがクラスメイトの説得を始める。

 具体的には、清水は自身の“闇属性魔法”による洗脳で裏切り行為はもうできないこと。

 自身は使わないこと、実戦訓練を重視し座学を軽視していたことから“闇属性魔法”について疎かったクラスメイト達。清水の現状を理解すると、あまりの枷の厳重さに驚くと共に安堵を覚えた。手段はどうあれもう清水が裏切ることはない。清水は裏切ったが実害は出せなかったこともあって、一番安全な相手になったと理解でき敵対心も多少は薄れたのだ。

 

「清水くんにはさっき言った通り、魔石とかの資材集めに集中してもらうつもりだよ。魔物を従えて一人軍隊できる“闇術師”はこういうのに向いてるし、バリバリ働いてほしいんだ。裏切れないけど、やる気出させられるわけじゃないからねー。

 集めた資材は僕が作る全員分の装備に使う。強い武器作れても、僕らだけじゃ運用しきれないからね。防衛線張るにしても人手がいるんだよ」

 

 魔人族をあっさり倒したハジメ製の装備。これがクラスメイト達のメリットだ。強い武器を使って、強い防具で身を守れば、相対的に敵が弱くなるので安全にはなる。

 

「それなら全員で魔物狩りした方がいいんじゃないか? そっちの方がたくさん集まるだろ?」

 

「それはもったいないと思うよ。基本的に強い武器を強い人が使った方が強いから、皆には強くなっておいてほしい。

 オルクス大迷宮は罠を避けて魔物と正面から戦うだけだし、少人数で挑むか旅でもしてればもっと伸びたでしょ。今回負けたのは鍛え方間違えたせいってのも大きいよ」

 

 武器頼りの楽な方に流されたいクラスメイトに反論しつつ、本命である希望を見せる。

 すなわち今回負けてしまった理由と、次は負けない方法だ。

 ちなみに言っていることに嘘はない。オルクス大迷宮の表層は他の迷宮に挑める地力を付ける訓練施設を兼ねた篩だし、大人数で挑んでは足止めして大火力ブッパでクリアできてしまい成長にはつながらない。座学で応用の幅を広げるか、外で実戦経験を積んでいればもっと強くなっただろう。ハジメほど特化している者はいないため神代魔法には届かずとも、近いレベルまで行く者がいてもおかくしはないとハジメは思っていた。

 

「特に天之河くんは伸びしろデカいよ。その聖剣、僕でも構造が読み切れない。今回覚醒イベントが起きたみたいだけど、まだまだフルスペックには程遠いと思う」

 

「……コレにそんな力が?」

 

「ある。聖剣持ちの“勇者”が特別なのも納得の性能のはずだよ。その力があれば勝つだけじゃなく、納得できる手段を選べたかもね。

 ただ意識があるっぽいから、嫌われるようなことはしないように。へそ曲げちゃったら、今以上の力は出してくれなくなるかもしれないよ?」

 

 そして光輝を持ち上げる。そうすればクラスは勝手に光輝の下に団結するのだ。自然と清水に罰則がないことなどどうでもよくなるし、友奈に付いて行こうともしなくなる。

 実際にクラスメイトの視線も清水から外れ、光輝に集中している。もう細かいことは気になっていないだろう。

 

「話を戻すけど、清水くんの対処はこれが全員の最大利益を出せる案だと僕は思う。異論はないかな?」

 

 クラスを見渡すが反論する者はいない。最後にメルドに視線を向けるが、こちらも首肯で返された。

 

「ならこれで決まり、早く迷宮の外に戻ろう。しなきゃいけないことはまだあるんだから」

 




ハジメ視点の清水
 →友奈といちゃつくためのダシ

 殺そうとしてきた危険人物ではあるけど、何もできてないので恨みとかも特になしです。庇うのに抵抗とかはありませんでした。
 なおハジメも友奈も相手の認識は「大事な友達」である模様。数か月二人で野宿とかする生活してたせいで距離感が変になってます。



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再会後のあれこれ 後編

今回の話は少し巻き戻って香織視点。


 絶体絶命の窮地に鉄粉の嵐が巻き起こる。

 誰もが理解できず混乱と共に飲み込まれる中、香織だけは別の思いを抱いていた。助かったと。

 香織自身も訳の分からない思考を信じ、皆が咄嗟に抵抗する魔法を自ら受け入れる。抵抗していれば多少は痛みを伴ったであろう金属化も無痛で済み、すぐに意識が途切れた。

 

 そして暖かな光と共に意識が戻った時、目の前にはいるはずのない好きな人。唐突過ぎる急展開に誰もが戸惑いを深める中、香織だけは彼が助けてくれたのだと確信して飛び込んだ。

 

「ハジメくんっ!!!」

 

 括りつけられた覚えのないロープが足を引き留める。思い切り勢いをつけて飛び込んだ香織は、その勢いのまま地面へと顔から落ちていく。

 

「へぶぅっ!!!???」

 

 頭にもいつの間にかエアバッグのような物が取り付けられていて、顔面強打で鼻血ダラダラといった事態は避けられた。それでも痛いものは痛いし、香織視点で感動の再開を邪魔された悲しみは大きかった。

 

「ううう、なんでぇ……!?」

 

「いや、だって危ないから。悪いとは思ってたけど、必要だったでしょ? というかなんで名前呼び? まぁともかく今は大人しくしてて」

 

 仕掛けたのはハジメ当人だったらしい。他の誰かならロープを斬るなり床を砕くなりして行動再開したが、ハジメがしたのなら意味があったと香織は考え、ようやく理由に思い至った。ハジメはトータス民間人クラスのステータスだが、香織はハジメの初期ステータスしか知らない。ここまで来れたのだしクラスメイト達と同等の強度があると思って疑わなかったが、初期から変動が小さければ香織のタックルは確かに危険な行為だ。流石に自重し大人しく外してくれるのを待つことにした。

 

 そこからは怒涛の展開だ。

 魔人族は配下の魔物も含めて制圧済み。敵に捕まっていたはずの光輝とメルドは既に救出されていて、後は治療をするだけ。

 誰がどう裁いても後々荒れそうだった清水(うらぎりもの)の問題も、ハジメが汚れ役やると買って出てくれてクラスメイト達の手からは離れていった。ハジメが合流を望まないなら、クラス一同は何も問題を抱えることなく危機を脱することが出来たと言えるだろう。

 

 そしてそこでは終わらない。

 清水への裁きは苦痛や死などの罰ではなく、首輪と労働による贖罪になった。

 それによる利益と共にクラスメイトにも希望が示され、異論は出させない。終わってみると(ハジメの持ち出しが多いが、というかほぼそれだけだが)皆が得する結果を出せていた。

 

「(ああ、やっぱりハジメくんは凄くて優しくて強い、特別な人なんだ)」

 

 その結果に香織は以前からの認識を強める。

 光輝が悪い人を見つけて暴力で問題を解決していたように、強い者が力でねじ伏せ、強引にまとめ上げる方が簡単だ。清水だって後の危険を考えるなら殺せばいいし、裏切り者の悪は悪らしく正義(クラスメイトたち)に叩きのめさせればいい。そうすれば問題は片付き、精神面でも愉悦で恐怖を忘れられ、同郷の者を殺したという罪でバラバラになりかけたクラスをまとめ直すことだってできた。

 だがハジメは安易な手段は取らず、正義と悪で単純に二分することもせず、誰も傷つかない選択肢を作って見せた。

 これは香織や光輝には出来ないことだ。

 ただ強いだけでは出来ない。安易さにも周囲にも流されず、人を傷つけることを楽しまない悟性と善性を持ち、それを実行出来る手段や能力を持つ。ここまで揃って初めて出来ることなのだ。

 それが出来るハジメは、香織にとって特別な人間で、離れていた間にようやく自覚できた好意を「間違ってはいなかった」と確信したのだった。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、勇者様。彼らを連れてきてくださって……ッ!」

 

「……その人たちは最後まで戦った痕跡が残っていました。丁寧に弔ってあげてください」

 

「勿論です! 本当に、ありがとうございましたッ!」

 

 清水の問題を片づけた後は、全員で亡くなった騎士たちの遺体を拾い集めて地上へと帰還した。

 ここでも率先して動いたのはハジメと友奈、シアに加えて、惨状を既にみていた遠藤だ。もう乾きかけの血やまき散らされた臓物、こぼれた糞尿で汚れることも気に掛けず、遺体を繋ぎ合わせて整えハジメが作った台車に乗せて運んでいった。クラスメイトからは一部の者が手伝ったが、他は死体を見て怯んでいる内に作業は済んだ。

 クラスメイト達の大半にとって、メルド以外の騎士たちは交流が薄い他人だ。初期の訓練で関わった程度でそれ以降会話もなく「転移拠点を守っているらしいモブ」でしかない。ゆえに行動が遅れたのだが、さらに接点のなかった友奈とハジメの行動に自身を見つめ直さざるを得なくなった。

 死の危機が間近に迫り、唐突に消え失せるという衝撃展開だったとはいえ、クラスメイト達は文字通り死ぬまで戦っていた騎士たちの事を忘れていた。もしもの話だが、香織や雫と並ぶか上回る美少女が助けに来た(今回シアは自己主張せず気配を薄れさせていたため除外)なら、物語のイベントか何かのように思い騎士たちの事を忘れてはしゃいでいたまであり得る。自分たちはそんな薄情な連中なのだと突き付けられたのだ。

 その事実に根は善良な者は自分の汚さに打ちのめされ、そうでない者は自分との違いをおぼろげにだが理解し、香織はハジメへの恋慕を募らせた。

 

 

 

 

 

「じゃあここらで解散かな。僕らは泊まるとこ別だし、清水くんの義手を取り付けたり今後の手配しないといけないから」

 

「またね皆。体には気を付けてね」

 

 しかしハジメ達は香織たちとずっと一緒に行動するわけではない。

 チームは別だし、共に行動する義理も利益も思い入れもない。救けて終わったのだから、後は騎士団に世話を頼んでそれでお終いだ。オルクス大迷宮を規定地点まで探索できれば再編成と言われていたが、実力差がはっきり理解した以上ハジメと友奈は別枠のままだろう。ここで別れれば次にいつ接点が出来るかわからない。

 今を逃せばチャンスはない。そう判断すると香織は躊躇いを放り捨て、いつものように突撃をした。

 

「ハジメくん!」

 

「? 何?」

 

「貴方が好きです! 一緒に行かせてくださいっ!」

 

「僕は白崎さんの事、好きじゃないし苦手だよ。偶に会うならともかく、一緒にはいたくないな」

 



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拒絶と突撃

「貴方が好きです! 一緒に行かせてくださいっ!」

 

「僕は白崎さんの事、好きじゃないし苦手だよ。偶に会うならともかく、一緒にはいたくないな」

 

 突然の香織の告白にクラスメイト達は動揺する暇もなく、ハジメの拒絶で困惑に落とされた。急すぎて何が何だかわからない、そんな状態である。

 そんな中でも動ける者もいた。香織の唐突な突撃に慣れていて、香織第一で動く雫だ。

 

「え、ちょ、香織何を言って……というか南雲君、香織のどこがダメなの!?」

 

「落ち着いてよ。白崎さんの暴走はいつものことだけど、八重樫さんにまで暴走されたら止まらなくなる。

 でどこがダメかだけど、むしろなんでダメじゃないって思ったのさ?」

 

 確かに香織の見た目はいい。

 転移前に学校で二大女神と言われていたように、人間離れした美貌だ。友奈も美少女だがそれは人らしい範囲で、顔やスタイルを比べれば軍配は香織に上がる。普通の人では耐えられない呪い染みたレベルの魅力なのだ。

 だがその魅力もハジメには通じないし、逆に被害ばかり被っていた。

 

「学校での事思い出してみてよ。白崎さんに絡まれたせいで、僕の立場ってどうだった? 僕の行動にも問題があったし、開き直って改善もしなかったのは認めるよ。だけどアレ頑張ってどうにかできるヤツだった? 僕からすれば白崎さんは疫病神みたいなものだよ」

 

「それは、その……」

 

「我慢できる範囲ではあったけど、何も思わないわけじゃないからね? 正直、僕の知らないどこか遠くへ行ってほしいって思ってた」

 

 学校中の蔑視と、偶に直接的暴力。ハジメ自身の立ち回りと勘の良さで実害は抑えていたものの、異世界へ来て法律や慣習などの制約が薄れれば死を覚悟しないといけなくなるレベルの悪感情だ。きつくないわけがない。ハジメは自身の感情を棚上げするのが得意なだけで、何も思わないわけではないのだから。

 そんな当たり前の話に、問いかけた雫はひどく動揺する。

 雫にとってハジメは「自分とは違い、周囲の圧力などものともしない強い人」だったのだ。そんな強さに憧れ、香織が暴走しても受け止めてくれるだろうと甘えていた。だがハジメ自身が普通に辛いことは辛いし、嫌なものは嫌だと言う。自分を省みることが出来た雫は、ショックと共に自身の行動を恥じダメージを受けていた。

 

「まぁ白崎さん自身が悪いわけじゃないけど、自分の影響力を把握できてない所も、僕が受けてる被害を気にもかけずに突撃してくる所も、迷惑だったし苦手になったよ。ここから関係改善が出来たとしても偶に遊ぶクラスメイトって距離感までで、恋愛対象とは思えないし思われたくない」

 

「―――ッ!」

 

 ハジメも香織も、自分本位な人間だ。自分が好きな所で、自分が好きな事を、自分が好きな人とやりたいと思っている。

 だがハジメの好きなモノと香織の好きなモノは一致しないのだ。どちらも譲る気がない以上、衝突は避けられない。香織が自分の意を通そうと踏み込めば、ハジメがそれを拒むのは当然の帰結だった。

 

 もしハジメに友奈という頼れる友達が出来ず、裏切りの心配がない相手が香織だけなら、日本で大きくマイナスに振れていた好感度を稼ぎ挽回することが出来たかもしれない。ハジメの好きなモノの一つに香織がなる可能性だってあった。

 だがそうはならなかった。ハジメにとって香織は「厄介な他人」で、それ以上の存在にはなれなかったのだ。

 

「………………………………」

 

「(ちょっと言い過ぎたかな。でもこれくらい言わないと理解してくれないだろうし、仕方ないか)」

 

 ハジメが香織を苦手と思っているのは、あくまで香織の行動が理由だと理解させておきたい。万が一にも「友奈がハジメの傍にいるせいで思いを受け取ってもらえないんだ」などと思われ飛び火するのは避けたいのだ。香織のことはハジメの問題だし、友奈に助けを求めても泥沼になるだけだから。

 また言っていることも嘘はない。香織たち幼馴染組は異世界転移でもしていなくなれ、と思っていたのは本当だ。トータスに召喚されたのが香織たち四人だけなら、ハジメは安否の心配はするが喜びもしただろう。事実と本当に思ったことを素直に言うのがこの場の最適解だと考えたのだ。

 

 その甲斐あってか、香織も言葉を返せず黙り込んで俯いている。

 上手くいったか、そうハジメが気を緩めた時、香織が小さな声で話し始めた。

 

「本当の気持ちで答えてくれてありがとう。うん、そうだよね。私自身も理解できてなかった感情を押し付けても困るよね。私がバカで、私の取った手段が悪かったんだ。それで嫌われちゃったのなら自業自得。

 だから―――――――――」

 

 俯いていた顔を上げる香織。

 そこには凡そは変わらぬ美貌があって、蛇のごとき眼球だけが異彩を放っていた。

 

 

 

 

 

ハジメくんに私の事を好きになってもらえるよう(が私から離れられなくなるよう)頑張るね

 

 

 

 

 

「―――! “錬成”ッ!」

 

 背後にナニカを浮かび上がらせる香織に対し、ハジメが今日初めて警戒態勢に入る。

 複数の属性での多重結界や障壁魔法、土属性魔法と錬成を組み合わせた物理障壁、接近した相手を自動迎撃する各属性の攻撃用魔法具などなど。クラスメイトの目も周辺被害も考慮に入れない、出したらマズいアーティファクトを除いたハジメの全力だ。

 

 そんな『魂の宿らぬ守り』を香織から現れた般若はすり抜け、実体のない短刀をハジメに突き刺した。

 

「は??????????」

 

 現在の香織では突破不可能なはずの守りをするりと無視した痛みもない攻撃に、さすがのハジメも混乱する。そしてそのまま何も理解できずに眠りに落ちた。短刀を刺したとき、魂に作用する毒が流し込まれたのだ。

 ハジメを眠らせた後、般若は実体を持ちハジメを担いで逃走する。香織自身も蛇のごとき動きでそれに追随し、どこかへ走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「………………」」」」」

 

 瞬く間に起きた急展開に周りはまるで付いていけない。香織の目の変化はクラスメイトからは見えていなかったし、ハジメの防御に巻き込まれないよう退避するので精一杯だったというのもあるからだ。

 ゆえに状況把握が早かったのは二人。ハジメの後ろにいて危険はなかった友奈と、「香織はそういうことする」と薄々は理解していた雫である。

 

「南雲くんが浚われたーーーーーーッ!?」

 

「香織、本当に何やってるのよーーッ!?」

 




生成魔法を使ったアーティファクト級の魔法具を使っていれば時間は稼げました。その間に友奈かシアが香織を倒すことも出来たでしょう。

ですがハジメは神代魔法を認識していて、それを隠せるように「神代魔法には至っていないように見えるレベル」で能力を行使するようブレーキをかけていました。
一方香織は覚醒したてで、神代魔法の知識もなし。どこまで見せたらマズいかなんて認識もなく、アクセル全開だったので押し切られました。


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事件の後

「本当に、申し訳ありませんでしたッ!!」

 

「ちょ、ストップ! 南雲くんが謝ることじゃないよ!? 顔を上げて!」

 

 ハジメが友奈に土下座していた。額が床にめり込むかのような全力土下座である。

 友奈はハジメに土下座されたいとも、謝られたいとも全く思っていない。なので困惑し、必死にやめさせようと声をかけ、肩をゆすっていた。

 

 なぜこんなことになっているか、簡単なような面倒なような経緯をここに記す。

 

 

 

 

 

 ハジメが香織にさらわれた後、友奈と雫、メルドたち騎士団はその追跡を行った。

 幸いにして香織の逃走能力こそ高いものの逃げ続けはせず足を止めたことに加え、地の利が騎士団にあるためハジメはすぐに見つかった。そこからクラスメイトが包囲し逃げ場を無くし、友奈とシアで突入したのだ。

 能力上昇自体もしぶとさと機動力は大きく伸びていたが、戦闘能力は大きくは変動していなかった。また般若さんはハジメを拘束していて戦闘も出来なかった。そんな状態では友奈とシアの敵ではなく、香織は気絶し拘束され、ハジメを奪還することには成功したのだ。

 問題が起きたのはここからだ。

 救助した時、ハジメはまだ眠ったままだった。起きる様子がなければ香織への本格的な尋問も必要になる所だったが、少ししてハジメは目を覚ます。しかし明らかに異常な状態でだ。

 具体的には『発情』と『精力増強』の強力なヤツ。どうやら香織は目を覚ましたハジメとエロいことする気満々だったらしい。

 しかし症状は出ているのに薬物反応などは出ない。どうも般若と同じで常識では測れない何か―――友奈はミレディからの知識で魂に作用する力と察することが出来た―――の影響らしい。

 そこで友奈が行動した。

 日本にいた頃からできた快楽のツボを指圧するマッサージに“精神保全・他”と“体調管理・自他”の技能ブースト。これがハジメを助ける最適解だと言って二人で部屋にこもったのだ。

 友奈は顔を真っ赤にしながらハジメから色々な体液を絞り取って落ち着かせ、ハジメは落ち着いてしまったので現状を理解出来た。

 そこから冒頭の土下座に繋がったのである。

 

 

 

 

 

「今回のは僕が悪いんだ……! 高嶋さんにあんなことさせて本当に申し訳ない……ッ!」

 

「南雲くんは被害者でしょ!? 南雲くんが悪いなんて―――」

 

「白崎さんを甘く見てた。自分を過信して油断してたからこうなったんだ。僕が悪い」

 

 迷宮で見た香織のレベルなら、激昂したとしても簡単に抑えられる程度だった。失恋ショックで何か技能を覚醒してもまだ問題ないと思っていた。

 その見通しが甘かった。

 日本では十分感じ取れた香織の執着、それを忘れてしまっていたのだ。拒絶されれば、それ以上の力で押して押して押して押して押して押して押し続ける。そんな道理も常識も吹っ飛ばす厄介さを感じられたから、のらりくらりと躱すことで無事でいられただけだったことを。

 相手より強くなっただけで慢心してしまったのだ、何をしてきても防げると。意思を示して強く拒めば、それ以上の力で押し切れるまで押してくる相手だとわかっていたはずなのに。道具の守りを抜かれてしまえば、素の自分は弱いままだと知っていたはずなのに。

 対抗できる手札を作っていたとしても、使えなくては意味がない。非常時も十分に想定し備えてこそ真価を発揮する“錬成師”がなんという無様。顔見せできないとはまさにこのことだ。

 

 ハジメの落ち込みがガチすぎて、友奈は見ていられない。堪らず友奈は言うのは無理だと思っていた実情を羞恥をこらえて口に出す。

 

「な、南雲くんが悪いんじゃないよ! 他の人でも出来たけど、私がするって言ったの! だから気にしないで!」

 

「……へ?」

 

 ハジメは理性も保てない危険な発情状態だったが、言ってしまえばそれだけだ。香織にハジメを壊す気はなく、やらかしてしまうだけで危険性はゼロだったのだ。抜いてしまえば落ち着くのは誰がやっても同じで、友奈がする必要は実はなかった。友奈は“精神保全・他”と“体調管理・自他”の派生技能、ミレディからの神代魔法の知識によりそれを把握できていたから尚更である。

 加えて、今いる街は冒険者の街ホルアドだ。オルクス大迷宮で魔石を狩った冒険者や騎士たちが多数滞在し、命のやり取りを潜り抜けた彼らを癒す夜の店も多く存在する。ハジメが目覚めたばかりで我慢出来ている内に、そういう店に勤める本職を呼んで来れば楽に片付いただろう。

 なのに友奈はそれを誰にも言わず、自分がやるべきと言ってハジメから色々抜いたのだ。「友奈にこんなことをさせた」でハジメに落ち込まれると、友奈の罪悪感がどんどん大きくなってしまう。

 

「……えーと、なんで?」

 

「えっと、その、他の人と南雲くんがそういうことするのは何だかやだなって思ってつい……」

 

 友奈に友達は多いが、ハジメは今までいたことのないような相手だ。

 ハジメは他人に期待することは少なく、あくまで他人と認識する。ゆえにハジメの傍ではありのままでいることも出来るし、見せたくない面を探られることもなく気楽だ。周囲に気を使ってばかりで自分を出すのが下手な友奈でも、ハジメといる時は好きにできた。

 ハジメは根は善良だが正しさに拘ることはなく、感情や思いを元に筋道を立てて行動できる人だ。日本にいた頃と違って、トータスでの友奈は“勇者”だ。他人から相談されたり助けを求められた時、その内容は猫探しやお手伝いなどのようなとにかく頑張ればいい物ではない事も多い。そんな時ハジメは清濁併せ呑み“錬成師”としての手札の多さや交渉で、友奈がどう頑張ればいいかを示してくれる。ハジメは友奈には出来ない「立案、交渉、準備、後始末など」を行い、友奈は実働とハジメには出来ない「裏のない善意からの行動だと伝え、信じてもらう」ことで信頼を得るという連携だ。一人で無茶をする必要もなく、支え合いながら助けた人が喜んでくれる姿を共に見れるのは楽しかった。

 ハジメは興味のない相手にはとことん興味がないが、その分興味を抱いたモノへの関心はとても強い。友奈の外からは分かりづらい頑張りや、友奈のちょっとした変化も見落とすことはない。そして友奈が喜んでいる所を見てハジメ自身が喜ぶため、細やかな気遣いも全く苦にせず自然と行う。小さなことでも友奈に嬉しいと思わせてくれていた。

 

 そんなハジメを他の人に取られるのが嫌だったのだ。友奈の人生で初かもしれない、独占欲の現れである。自白している友奈の顔は真っ赤だ。

 友奈が黙ってしまってからしばし無言が続いたものの、ついに友奈が耐えられなくなって立ち上がった。

 

「じゃ、じゃあ私はもういくね! また明日!」

 

「あ、うん。また明日」

 

 バタバタと友奈が部屋を出ていく。

 ハジメはそれをボケッと眺め、しばらくしてからようやく動き出した。

 

「…………………………夢、かな? (ぐにぃー)いひゃい。てことは、あれ???」

 

 正常起動するまで時間はまだまだかかりそうだった。

 



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次なる迷宮へ

「好きな人の魔力に包まれるこの感じ……! ハジメくんに抱きしめられているような、脳髄までしびれる多幸感……ッ! 生きてて良かった……ッ!!」

 

「ヒェッ」

 

「(大袈裟だなー)」

 

 香織暴走事件の翌日、あの事件の影響で対策を取ることになった。

 

 対策というのは、つまるところ香織の処遇だ。

 前提条件として体面上“神の使徒”を犯罪者として裁くわけにはいかない。だが放置すると行方をくらまし、またハジメを誘拐する可能性がある。次にやらかした時、制圧担当の友奈とシア、調査担当で地の利のある騎士団に、逃走防止のクラスメイトが揃っているとは限らないのだ。

 ゆえに旅への同行は許すが、ガチガチに縛っていざと言う時はいつでも気絶させられるようにすることになった。友奈が気絶させた後、香織が出していた般若は消えたので、この手段は有効と実証されていたためだ。餌を与え手綱を握っていた方が、怪物を野放しにするよりはマシという判断である。

 

 そのために平時は勿論、寝ている時や風呂やトイレでも外せないハジメ製の高性能拘束具を山のように付けたのだが、恍惚の表情を浮かべていてハジメは引いた。普段からハジメ製の武具や日用品を使用している友奈は「その程度のことで何を騒いでいるのだろう?」と不思議なモノを見る目で警戒を続けている。

 

「……白崎さん、反省とか後悔とか、そういうのないの?」

 

「? 失敗したことは後悔してるよ? 次は性交させてみせるから、楽しみにしててね! いっぱい気持ちよくしてあげるから!」

 

「違う、そうじゃない……ッ!」

 

 あっけらかんとした香織にハジメがつい質問するも、まるで動じることがない。コレをどう扱っていいものか、さすがにハジメも困り果てていた。

 

「その、香織ちゃん? そういうの、良くないと思うよ? もっと時間を掛けて仲良くなるとこから―――」

 

「友奈ちゃんは甘いね。そういうとこ好きだよ!

 でも私は違うの! 恋は戦争ッ!! 愛は征服ッ!!

 過程が良くても負けちゃ意味ないの! 過程が酷くても勝てばイイ話だったことにできるんだから!

 ハジメくんが自分の子供見捨てられるわけないからね! まず切れない関係性を築いて、そこから愛を育めばいいんだよッ!」

 

「!?!!!??!!!!!??????」

 

 あまりにもヒドイことを堂々と言い放つ香織。

 友奈は友達の感覚でハジメと手を繋いで歩いたり、何か嬉しい事があった時にハグするくらいまでなら出来た。だがそれ以上は出来ないし、色々あって自分の感情を整理してしまった現在はそれすら無理だ。だって恥ずかしい。

 ハジメが「普段通りにしたい」と思い振る舞う友奈を尊重し、付かず離れずな距離でいてくれるから今は平静を取り繕えている。しかしハジメが距離を詰めてきたり、逆に冷却期間と距離を置いていたら混乱状態に陥っていただろう。それくらい友奈はこういうことに関しては免疫がないのだ。

 あまりに違い過ぎる感性に、友奈は口をパクパクさせ狼狽えることしかできなかった。

 

 ハジメもこの作戦に対して、実はかなり困っていた。逆レされたところで香織自身には情は湧かないので、切り捨てることは出来ると思う。だが妊娠していた場合に自分の子供を見捨てられるか、もしくは母親から引き離せるかと聞かれると自信がない。子供に縋られるがまま、逆レ加害者とも関係を維持してしまいそうだ。香織の作戦はハジメを陥落させると言う意味では非常に有効だと認めざるを得なかった。

 またこの作戦のヒドイ所として、香織の妊娠確率が挙げられる。普通なら一回やった程度では博打だし、魔法の薬でどうにでも出来る。だから香織は逆レが失敗して他の誰かが処理したとしても、それだけで終わると考えて誰がやったかすら興味なさそうな様子だ。だが香織はこの直前に覚醒を迎えていた。

 回復魔法の派生技能“魔力操作(回復魔法)”に“自己改造”だ。これにより詠唱もなく自分を改造できる。孕みたい時に孕めるし、堕胎だって防げるのだ。さらに“自己改造”によって習得した技能“分霊(般若さん)使役”でハジメの精力も増強されていたこともあり、逆レを成功させられていたら詰んでいた。

 

「……ごめんなさい、南雲くん。香織の介錯して私も腹を切るべきかしら?」

 

「……いいよ、別に。これは誰にとっても予想外だし、体が死んだら化けて出そうだ」

 

 あまりにブレない香織に、雫の方が折れかける。

 なおハジメが介錯は止めたが、実はそれで正解だったりする。般若さんは魂魄魔法スレスレの技能。肉体はむしろ檻であり、解き放たれれば実体も核たる魔石も持たない悪霊としてハジメに取り憑くだろう。まだ対策を持たないハジメでは衰弱死し、魂を持ち去られる可能性すらあった。

 

「一応オルクス大迷宮をお前たちが行き着いた階層まで到達するまでチーム変更なしと言うのはまだ有効だ。今のうちに対策を探しておけ」

 

「ありがとうございます、メルド団長。一旦神山に向かい、報告ついでに役立ちそうな魔法について調べてみるつもりです」

 

 普通にハジメを心配するメルドも声をかける。

 騒ぎを起こしておきながら特例を認められるという前例が出来るのを防ぐため(という名目で)、チーム分けにはオルクス大迷宮チュートリアルの最下層まで向かうことが義務付けられた。ゴールは見えているため、香織もこれに反抗はしなかったと言う。僅かな期間だが対抗策を用意する時間を作ろうというメルドの気遣いだった。

 ただ香織は前衛に雫だけ連れて、マップの完成は無視して一気に攻略するつもりでいる。時間は多くはかからないだろう。

 それでも稼げた時間を全力で活用し、対策を取らなければならない。般若さんに抗えないとハジメの将来は暗いのだ。

 

 メルドには神山で魔法を調べると言ったが、本命はそこにある神代魔法の一つ、魂魄魔法だ。般若さんの源流と思われる魂魄魔法を用いた防護魔法具を作れば対策となり得るだろうという希望的予測から向かうことを決めた。これには「香織に魂魄魔法を習得させないため、合流前に攻略し、もう寄らないようにする」という理由もある。般若さんが魂魄魔法で強化されてしまったら、目も当てられないことになるのは予想できるからだ。

 ちなみに神山こと【バーン大迷宮】は普通に入ろうとすると大迷宮攻略の証が二つ必要だ。全うな方法では入れない。また神の膝元と言う名の敵地ゆえに危険が伴う。本来であれば神代魔法をあと二つ習得してから向かう予定だったが、香織の般若さん対策が必要になり変更した。それだけ香織は脅威だったのだ。

 なお魔法を調べるのも全くの嘘ではなく、魂に作用しているとされる降霊術、精神に作用する光属性魔法と闇属性魔法について調べ直すつもりもある。魂魄魔法を習得したとしても、こちらの成果で対策が取れたと対外的には示す予定だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高嶋、ちょっといいか?」

 

「? どうしたの坂上くん?」

 

 香織の拘束と大迷宮送りも終わり、後回しになっていた清水への義手装着に向かっていると、友奈が声を掛けられた。相手は坂上龍太郎だ。

 

「ちょっと注意と言うか警告つーかな……幼馴染がやらかしたとこだし、日本にいた頃はイジメられてんの無視してたから、南雲には話しかけづれぇんだ。悪いが聞いてくれ」

 

「南雲くんは坂上くんなら気にしないと思うけど……私もその辺りは一緒だし」

 

「悪化させないよう手を出さなかったのと、止めれるのにめんどくさがったのは違うだろ?」

 

 龍太郎は彼なりの思考で気にしていたが、ハジメの方は友奈の言う通り気にしていなかった。

 というのも龍太郎はクラスメイトの中で、ハジメ視点で立ち位置が違う相手だったのだ。

 ハジメがいじめられているのを無視はしていたが、それはハジメの素行にも問題があって興味が持てなかったから。香織に好意を向けられていることに嫉妬もしないし、香織への対応で怒ったり嫌悪したりもしない。ハジメを慮って不干渉だった友奈に次ぎ、遠藤と並んで中立的な立場でハジメを見ていたのが龍太郎なのだ。

 もしもの話だが、龍太郎がハジメの長所を見つけていれば、ハジメの評価を改め、らしくないことをする光輝に疑問を投げかけたりくらいはしていただろう。それでイジメが止まっていたかというと止まらなかっただろうし、ハジメの磨いた技術力を学校生活で見抜けというのは無茶振り過ぎるので意味の薄い仮定ではある。それでもハジメに取って、学校では数少ない居ても害のない相手だったのだ。

 

「で注意っつーのは雫のことなんだが……」

 

「やっぱり、クラスから反対する人出てきちゃった?」

 

 香織のハジメチームへの同行に当たり、監視兼ストッパーとして雫も同行したいと言い出した。香織の親友として、流石に今の香織をハジメと友奈に丸投げは出来なかったとのことだ。

 ハジメと友奈としても、香織の監視ができる人はシア以外にも欲しかった。ハジメが香織の傍にいるのは本末転倒だし、友奈が香織の監視に付くとハジメが寂しさから趣味に走って暴走する。シアに丸投げはシアの負担が大きすぎるし、同行する王国騎士では実力不足。そんなわけで消去法で監視者を選定した結果、雫の同行を認めたのだ。

 この話が出た時、光輝は「俺は今まで何を見ていたんだ……。どう見ても南雲が被害者じゃないか……」と香織の暴走とそれまで(初めての人殺し)の精神疲労で寝込み、クラスメイト達も香織の豹変で混乱していた。それであっさり通ったのだが、後になってから反対意見が出てきたのだろうか。

 

「いや、そっちはねぇ。俺からすると香織は前からああいうヤツだったけど、光輝やクラスの連中にはそうじゃなかったみたいだしな。ギャップがヒデェせいで掌返して南雲の心配してるのが優勢だ」

 

 香織の暴走の影響でハジメのクラス内での評価は一転した。「学校の二大女神に好かれるような長所の見当たらない、そのくせ好意を受け取りも拒否もせずキープしてる妬ましいヤツ」から「怪物に好かれてしまい、それでも今日までどうにか逃げ続けてた哀れな男」にだ。百年の恋も冷める香織の醜態で、クラスメイトのハジメを見る目も変わったのである。

 なお後日、ハジメはコレに気付いてそれなりに拗ねた。実力を見せつけ掌を返させるならいいが、哀れまれて対応が変わるのは全く望んでいないのだ。自分の力で環境を変え認めさせるのと、可哀そうなモノと見做され変えられてしまうのとでは全然違うのである。

 

 話を龍太郎の警告に戻す。龍太郎の表情はかなり深刻そうだ。

 

「雫はアレだ、本人にやる気はあるんだがストッパーとしては期待すんな。無理だ」

 

「え?」

 

「昔からあいつら見てたからわかるんだが、雫が香織を止められるわけがねぇ。昔香織に助けられたせいか、雫は香織が大好きすぎるからな。直前まで本気で止めるつもりでも、引きずられて一緒にやらかすに決まってる。

 で、香織も雫が大好きだ。南雲を雫が守ってても、香織にはカレーにカツが乗ってるみたいな感じだろうよ。ブレーキかかるどころかアクセル全開だ。

 雫のことは鳴子みたいなもんだと思って、それ以上は期待しねぇでくれ」

 

 ハジメと雫がまとまっていれば、嬉々として二人まとめて性的に食う香織の姿が龍太郎の目には浮かんでいた。それに口だけでは抵抗しつつ、実力行使は全く行わず流される雫の姿もだ。

 学校での香織と雫しか知らない友奈たちには気付けない、特大のセキュリティホールが存在していたのだった。

 全く油断できる状況ではないと改めて理解し、友奈も気合いを入れ直す。

 

「うん、わかったよ。南雲くんの貞操は、私が守る!」

 

「そうしてくれると助かる……。なんで俺がこんな話してんだろうな? 俺、こんなキャラじゃねぇはずなのに」

 




 龍太郎が比較的フラットな視点からハジメを見れたのは、香織も雫も龍太郎の好みからは外れているため。もっと顔は幼い感じの方がいいし、胸は無い方がいいし、尻も小さい方がいいし、背も低い方がいい。つまり外見的好みはロリコンなので魅了されませんでした。
 雫は香織を止める気なのは本当だし、最悪斬る覚悟も決めてる。ただ香織の押しを止められるほど心が強くないし、香織の好意を拒絶する気になれるほど香織への好感度が低くない。結果、土壇場で初志を貫徹できず、何も出来ないまま押し倒されてしまうのです。
 光輝は香織の暴挙にご都合主義解釈も出来なくなって覚醒? 香織に対して夢見てたことを(描写外で)龍太郎に驚かれたのも結構効いてます。
 そして幼馴染組で一番ヤバい香織さん。反省も後悔もありません。この事件で友奈が一歩進んだけど察してはいない。それに一歩進んだとしてもそれだけで、ゴールできるタイプじゃないと見切ってるので友奈に対しては好意的で無警戒。


 光輝パーティから人が抜け、今では四人に。
 鈴は龍太郎の好みドストライクなので構われることが多く、自然と光輝は恵理と行動するように。

 恵理「あれ? もう暗躍とかする必要なくない?」


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神山【聖教教会】改め【バーン大迷宮】

 最初にオルクス大迷宮に向かって以来の通路をハジメと友奈が歩く。亜人のシアは神山の外で留守番だ。

 普段は並んで歩くのだが、神山では階級に差がある。“勇者”である友奈が先を歩き、その仲間のハジメは少し後ろを歩いて付いていっていた。

 そうして歩くことしばし、広間まで行き着いた。

 

「おお、高嶋様。お久しぶりですな。報告は受けておりましたが、お元気そうでなによりです」

 

「ありがとうございます、イシュタルさん」

 

 待っていたのは教皇のイシュタルだ。神山に戻った理由は大迷宮への挑戦で、表向きの理由は魔法技術の調査だが、さすがにそこにいる宗教のトップに挨拶もなしとはいかなかった。“神の使徒”が王を足蹴にするくらいなら許されたりもするが、教会の重鎮は蔑ろに出来ない宗教が上位の世界がトータスなのだった。

 対応するのは勿論友奈。宗教上メインは“勇者”で、ハジメはその添え物でしかないためだ。

 “勇者”には劣るとはいえ相手は教皇、代理人のハジメに交渉は任すと言ったこれまでやってきた対応は取れない。腹黒い宗教狂い相手に言質を取られないよう、友奈も警戒し緊張していた。

 

「いきなりで申し訳ないのですが、外での騒ぎについて聞かせていただけますかな。なんでも“神の使徒”たる白崎様が乱心なさったとか。人づてに聞くことしかできていないのですが、一体何があったのでしょうか?」

 

 エヒトからの啓示も何もないためか、らしくもない不安をのぞかせるイシュタル。

 神から人間族の守護のために送られた“使徒”が乱心するなど全く想定していなかったのだ。神を疑うことなどしたくもないが、あり得るはずのなかった事態に不安もよぎる。自分の勘違いであってくれと祈るような表情だ。

 

「心配ありません。魔人族の切り札によって錯乱させられ、幻影を被せられていただけです。それももう対処して対策も取りました。これから対策のさらなる改善を行いますし、むしろ切り札を一つ切らせた分有利になってます。

 魔人族は仲間割れをさせようとしたのかもしれませんが、このくらいで揺らいだりはしませんから」

 

 香織の暴走は本人の意思ではなく、敵の切り札。

 香織の変貌は実際に変化したのではなく、幻を見せられていただけ。

 人間族に動揺を走らせないため、香織のことは庇わなければならない。その為に考えた偽情報だ。

 

「おお、真ですか……ッ! いらぬ心配をしてしまいましたな。申し訳ない、不敬でした」

 

「大丈夫です。ちゃんと先の事を考えてくれてるってことですから。神様もそういう人がまとめてくれてると安心できてると思います」

 

「もしそうなら光栄ですな」

 

 友奈の嘘にイシュタルは一気に表情を明るくする。信じたいことを信じたとも言うが、友奈の言葉に嘘が全く感じられなかったからだ。

 勿論友奈に老練なイシュタルを騙せるほど上手に嘘をつく技術はない。なのになぜ出来たかと言うと、現在の友奈もそれが事実だと思っているせいだ。

 神山に来る前に、ハジメの魔法具による闇属性魔法で洗脳を行った。内容は先ほど話していた情報が真実だと思い込むこと。普段なら意識しなくても弾くが、自発的に“全属性耐性”などの技能をOFFにして受け入れたため、魔力の残滓も残さない程度の出力で完全に効いているのである。指摘されて違和感を抱いてしまえば即解けてしまう程度の洗脳だが、指摘できるのがハジメだけのためボロが出ることもなかった。

 

 その後も少し話をして、技術収集後の動きを決めて解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「南雲くん、いいの見つかった?」

 

「光属性魔法は結構いい感じの見つかったよ。闇属性もまぁ出力上げてゴリ押しすればいけそう。でも降霊術系は術者の才能依存で使えるのが少ない……! これが一番効果的だったはずなのに」

 

 聖教教会の書庫にて、友奈が運んでハジメが一気に目を通すという流れ作業で発掘が進んでいた。

 しかし得られた技術は多くない。光属性魔法については、あくまで「ついでに調べた程度にしては」結構いい感じなだけなのだ。本命に近かった降霊術の技術書がなかったのは痛かった。

 

 とは言えハジメたちの本命はこれではない。

 神山改め【バーン大迷宮】で習得できる魂魄魔法、こちらさえ得られれば他が成果ゼロでも十分だ。

 

 本来はもっと後から習得しに来る予定だった。

 大迷宮に挑むには攻略の証が二つ必要で、そもそも普通には入れない。また神山は敵地でもあるし、習得するための魔法が起動すればエヒトに察知されるかもしれない。

 でも挑まないとヤバいのだ。それだけ振り切れた香織は脅威だった。

 

「今日はこの辺で切り上げようか。そろそろ疲れてきたよ」

 

「じゃあ片付け司書さんに頼んでくるね」

 

 本当にのめりこんでいる時のハジメなら何徹でもして調査と研究を続けるが、流石に今そこまではしない。普通に疲れが出てきたと周囲が信じる程度でやめた。

 

 

 

 

 

 【バーン大迷宮】は入り口が隠されている大迷宮だ。

 入り口をチュートリアルにしている【オルクス大迷宮】はともかく、他の大迷宮だって天然の広大な要塞の中に隠れている。だがそれは広く過酷なため入り口を見つけるのが困難なだけで、より険しい道を選んで進めば辿り着ける。もしくは道しるべが用意されているのだ。

 しかし【バーン大迷宮】は敵地である教会(人の住む場所)に配置されている大迷宮。敵に見つかり利用されたり、入り口を塞がれるのを防ぐため隠す必要があった。当然あからさまな障害も、大掛かりな仕掛けも用意できない。細心の注意を払い観察しても手掛かりはゼロだ。神代魔法を全て使えるようになった者が見てもそれは変わらないだろう。

 ゆえに辿り着く方法は【聖教教会】を丸ごと吹き飛ばすなどの雑な方法を除けばただ一つ。

 

 ミレディに教えてもらう。

 

 コレだけなのである。本来は複数の大迷宮を突破し力を付けた後でも、ミレディに気に入られる人格・立場を維持していないと知ることは出来ない。友奈がコミュ力モンスターでなかったら、ハジメ達もまだ知らないままだっただろう。悪用しやすい魂魄魔法を管理している大迷宮だけあって、審査の厳重さが非常に高かった。

 事前に何が目印かわかっていれば、宗教的な意味合いに隠された入り口を塞がれないための仕掛けを見つけられる。ソレに誘導されて進めば目立つことなく、姿を長時間眩ますでもなく、大迷宮に挑めるのだ。

 

「これ作ったヤツ頭おかしい」

 

「そんなに? 私はすごいなーくらいしかわからないけど」

 

「そんなにだよ。大迷宮の試練がこのレベルだったら攻略者なんか一人も出ない。解放者との実力差を叩きつけられた気分だ」

 

 戦闘系の友奈はともかく、生産系のハジメには刺激が強い。今の自分では気付くことすらできない超高等技術が異常なほど効果的に使われた建築物を作れる解放者に、それに勝った神という脅威。ただ強くなるのではダメだと突き付けられているのだろう。迷宮を越えられれば強くなれているだろうに、それ以降も全く安心できないことが保証されたようなものだった。

 

「……ともかく迷宮に挑もうか。あまり時間かけたらマズい」

 

「それでも少しくらいなら休めるよ。今すぐで大丈夫?」

 

「うん。別に時間おいてもマシになるもんじゃないしね」

 

 ハジメが大迷宮挑戦のための台座に手を伸ばす。

 本来であればこの台座に大迷宮攻略の証を二つはめ込まないと挑むことは出来ない。だが何事も抜け道というのはあるものだ。

 

「“錬成”」

 

 これが生成魔法習得が一番最後に回されている理由だ。

 生成魔法によって迷宮の入り口を一時的に解体あるいは改造、認証を誤魔化し条件をクリアしていることにする。下手をしなくても大迷宮攻略より難度の高い方法なのだが、天職が“錬成師”であるハジメには可能だとミレディに太鼓判を押されていた。

 

 こうして大迷宮の試練が始まり、ハジメと友奈の魂魄だけが迷宮へと引き込まれた。

 



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【バーン大迷宮】の試練①

 赤字で書かれているのは大迷宮からの干渉です。神の介入による事態の進行を「強制イベントを発生させて行動を誘導」で再現しています。
 その間は「無難にいつも通りの行動を取った」という存在しない記憶が刷り込まれ、認識が変化させられる仕様になっています。

 【バーン大迷宮】のコンセプトは『神の力が作用する何らかの影響に打ち勝つこと』。
 つまり神の力が作用する最も身近なモノ=人間族の社会そのものに負けないことが求められます。


 現在、人間族の領域は魔人族に侵攻に晒され、人間族の未来は風前の灯となっている。

 生存領域を切り詰め敵の征路を制限し、神の加護を受けた騎士団の活躍でなんとか持ちこたえているのが現状である。

 

 精神世界に取り込まれたハジメと友奈に、この世界での設定が刷り込まれる。

 神に庇護され、恩恵を受けなければ生きていけない世界。それに馴染まない者を矯正、あるいは排除する同調圧力。そしてそれに流される多くの弱者。

 これは魔人族が優勢で、人間族の神に縋る感情が強かった時期の環境だ。ハジメ達が転移した戦争も始まっていない平和な時期とは違って余裕のない時代であり、神がいつでも意図的に築く事の出来る時代でもある。

 

 

 

 

 

 南雲ハジメ、高嶋友奈の両名は神の威光の行き届かなかった辺境の民だ。

 故郷は切り捨てられた土地に含まれ、この地で生きることを余儀なくされた。

 

「南雲くん!」

 

「用意出来てるよ」

 

「わかった! じゃあ行こう!」

 

 魔人族の攻勢を防ぐために戦力を集中させているため、縮小した人間族の領域内ですら発生した魔物への対処が追い付いていない。そうした魔物に襲われる町や村もあり、ハジメと友奈は彼らの保護と大きな都市への護送を行っていた。傷つく者を見捨てるのは嫌だと言う善性と、民衆の保護を行えたという実績で大きな勢力に参戦するためだ。人類絶滅が迫る状況で、力があるのに人任せは怖い。力があっても二人では手が足りないため、詰みに陥る前に行動できる立場になりたかったのだ。

 二人は善性からこのような行動に移ったが、悪性でも知恵が回れば同じ行動を取る者もいただろう。人は一人では生きていけない、あるいはとても不便になる。略奪できる相手だって十分な数は残っていないのだ。非生産的・非効率的な悪行で生きていける余裕など人類社会にはなくされていた。

 

 こうして彼ら力ある者は前線へとまとめられ炙り出された。

 

 

 

 

 

 教会を中心とした人間族の主力と合流した二人は、能力を評価され最前線に配備された。

 そこにいたのは邪神の加護により異形化した魔人族。対話をする機能すら消失しながらも、受けた戦術や技術を学習し変貌・進化を続ける怪物と化していた。

 もはや宗教戦争どころではない、激化していく一方の絶滅戦争が繰り広げられていた。

 

「勇者パーンチ!」

 

「こんなこともあろうかと!」

 

 そこでハジメと友奈は頭角を現していく。現さざるを得なくなっていく。

 友奈の基礎スペックだけでも騎士団員より上だ。加えて非常に高い精神力。皆が疲弊していく中、誰よりも挫けない強さで最も厳しい戦場で戦い続けた。

 ハジメはスペックこそ低いが、その万能性で窮地を脱する手段を多く有している。製造した高品質の武器も騎士団全体の戦力向上に大きく貢献した。

 

 だが状況は良くならない。

 そもそも攻めてくる敵を撃退しているだけなのだ。相手が再度攻められる戦力を確保するまでの休戦期間はあるが、領地を奪還する余裕などなく人間族も休んでいるだけで休戦期間は終了する。ずるずると人間族が不利になっていくだけなのは明白だった。

 そんな状況下では正しいことしかする余裕がなくても、自殺のような正しくないことをしてしまう者が出てくる。

 

「出し惜しみをするな! 隠している技術を公開しろッ!」

「神の意志に背く気かッ! 恥は無いのかッ!!」

「出て来い! 今日こそは話を聞いてもらうぞ!」

「もう門壊して引っ張り出してやr、グワーッ!?」

 

「~~~、お、良い感じ。なるほど、こうなってるんだな」

 

「えっと南雲くん、外ですごい騒ぎになってるけど大丈夫なの?」

 

「ん? ああ、平気平気。時々あるんだけど、気にしても無駄だし無視が一番。あの人たちは弱いから何もできないよ」

 

 硬直した状況を打破できるかもしれない(・・・・・・)技術を持つハジメの風当たりがきつくなった。

 ハジメが秘匿している技術を公開すればそれで勝てると思っている、いや思いたいのだ。だからそれを事実ということにして、罵詈雑言で追い詰め技術を奪い取ろうとしている。

 実際は魔人族は新しい技術を見せれば対応してくるし、迂闊に手札を切り過ぎれば負ける。ギリギリ負けない程度で撃退するのが現状の最適解なのだが、それを続ける根気を彼らは使い切ってしまっていた。

 

 そのような現実逃避に走った彼らをハジメは敵視しない。する価値がないと見切っているし、友奈はハジメがすることを意味のあることだと理解して信じてくれるからそれで十分。今稼いでいる時間で、敵の解析と、本当に状況を打破できる力を開発するのに注力できていた。

 

「………………」

 

 そんなハジメを友奈は心配そうに見ていた。

 必要な事をしているだけなのに、ハジメの立場がどんどん悪くなっていく。友奈が何を言ってもそれを止めることは出来ない。どころか友奈が何を言っても火に油を注いだような結果にしかならない。

 それが仕方のない事(・・・・・・)だとはわかる。人は誰しも善良なだけではないし、追い詰められても善良でいられるほど強くもないのだ。特に今は平和な時代の豊かな地でもなく、種の存亡がかかった戦争の前線。こうやって感情を吐き出さなければ、自分の心も守れないのは理解できる。だが感情の捌け口にされるのが自分なら我慢するが、友達がそうなっているのは友奈は嫌だった。

 

「(理由はともかく、南雲くんが皆を守ってる。だから私が南雲くんを守るんだ)」

 

 友奈だけでは皆を支えきることは出来ない。ハジメだけでもいつか決壊してしまうだろう。だが力を合わせていけば大抵何とかなる。今回だってそうするんだと決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 しかしそう上手く行き続けはしない。

 高嶋友奈は前線で釘付けになり、孤立したハジメを助けようとする者がいなかったために、南雲ハジメは戦闘で負傷。両脚を失った。

 

「さすがにきっつい」

 

「よしよし、お疲れ様」

 

 ハジメは友奈の膝枕で癒されていた。

 結局ハジメは自力で窮地を凌ぎ、戦闘後も自力で足を金属化・改造して義手を取り付けた。他者への改造と異なり、自身の改造は全身金属化ではなく部分金属化となる。金属化が進行すれば改造に差し障りが出るため力を抜けず、心身をかなり疲労する。

 なので今回は珍しく単純な疲れから癒しを求めた。ハジメは辛さも棚上げして無視できるが、今回はちょっと許容値を超えていたのだ。

 

「やっぱり欠損はきつかった。他人には義手義足つけて問題解決!ってしてるから自分がなっても平気だと思ってたけど、無理だこれ。かなり堪える。高嶋さんは気を付けてよお願いだから」

 

「わかってるよ。それより今は休んで。ほらこういうのどう?」

 

「ああ~~~いい感じ……」

 

 膝枕をしたまま、頭部のマッサージを行う友奈。男のトロ顔など誰得だが、とりあえず友奈はハジメが癒されていることに安心感を覚えていた。

 

「………………………………」

 

 ハジメへのマッサージは継続しながら、友奈の表情が以前よりも深く曇る。

 異形化した魔人族の最大の脅威は学習力だ。だからギリギリ負けない程度の戦力で瀬戸際の勝利を繰り返すことが、結果として最も生き延びられる戦術になる。

 ゆえにこの負傷も許容範囲内。他の手段よりも被害は抑えられているのだ、仕方のないことだった。

 

「(……違う。別の方法もあった)」

 

 今回ばかりは友奈にも仕方ないと納得は出来なかった。

 戦場においてハジメは敵によく狙われる。技術を秘匿する以上、道具を貸し出すわけにもいかず自分で使うからだ。だから魔人族には最優先で倒す相手と見られていて、最も危険に晒されている。

 友奈はその逆。誰よりも前に出て戦うが、守りは素のスペックとハジメの贔屓で渡された装備により最も堅い。他の誰かなら一発で死ぬ攻撃が飛び交っても、友奈はかなり耐えられる。誰よりも果敢に戦っているようで、戦場では誰より安全な所にいたと友奈は認識していた。

 だから友奈は自身に割いているリソースをハジメの守りに回せばこんなことは起きなかったはず、そう思えてならなかった。

 

「ねぇ、南雲くん」

 

「ん~、なに?」

 

「もうちょっと自分の安全を優先してほしいな。私は大丈夫だから」

 

「ヤダ」

 

 躊躇のない即答だった。友奈も予想していたから驚くことなく悲しげな顔をするだけだ。

 

「高嶋さんと同じで、僕にも優先順位があるからさ。心配させてるのは本当に悪いと思ってるけど、そこは譲る気ないよ」

 

「……だよね。私が選べても同じことしてた」

 

 友奈もハジメも自分より相手の方が大事なのだ。だから言い争っても絶対に答えは変わらないとわかっていた。それでも口に出してしまった。友奈も初めを癒すという役割で気を紛らわせているが、相当に堪えていたのだろう。

 その辺りを察して、茶化すようにハジメが言葉を重ねる。

 

「それに僕は小物だからね。ヤバくなったら逃げるし、その前に高嶋さんに泣き付くよ。その時助けに来れるよう体調崩さないでよ?」

 

「ふふっ、じゃあ準備して待ってるね。泣き付いてきたら甘やかしてあげる」

 

「さっさと折れたくなること言うのやめない?」

 

「私は折れてくれた方がいいかな~」

 

 友奈の表情も少しは晴れた。

 ハジメも行動を変える気はないが、痛い目見たし友奈に心配させたくないのも本当だ。今後は詰めを誤らないよう立ち回っていくだろう。

 

 

 

 

 

 だが敵も負けてばかりではいない。戦力増強に戦力増強を重ね、人間族側の余裕はどんどん減っていった。

 ハジメもギリギリで戦い、両腕と片目を魔法具に置き換えることになる。

 そしてまた、性能が不足したいくつかの臓器を魔法具へと置き換えた。

 

「……南雲くん」

 

「大丈夫大丈夫。怪我じゃなくて改造だよ? 元の体も保管してるからいつでも戻せる。気にすることないって」

 

 あっけらかんとした表情で言い切るハジメ。言っていることに嘘はなさそうだ。

 だがもうハジメの言葉で友奈の表情は晴れない。

 

 魔人族との戦いの中でハジメは痛みに強く、そして鈍くなった。足を無くして自分を改造し、メンタルダメージを受けていた頃の弱さはもう見当たらない。

 つまりハジメの「大丈夫」が、友奈には信用できないものになってしまっていた。

 

「………………………………………………」

 

「高嶋さん? どうかした?」

 

「ううん、なんでもないよ。大丈夫」

 

 仕方のない事だ。

 今の状況では誰かが身を削って戦わないといけない。最も負担がかかっているのがハジメと言うだけの話だ。ハジメ自身も考えて選んだことなのだから、友奈が口を出すべきではない。

 

「(私だけが綺麗なままだ)」

 

 友奈は五体満足だ。

 ハジメが友奈を大事にするから怪我をするほど追い込まれないし、友奈が使うなら義手よりも友奈自身の腕の方が結果を出せる。ハジメの意地と合理的な戦略の結果、周囲がボロボロになっていく中で友奈だけが無傷だった。

 

 友奈は心が強い。戦えない誰かのために自分が貧乏くじを引いて戦うことになっても恨みは持たないし、共に戦う味方の窮地に迷いなく踏み込むことが出来る。これは間違いなく“勇者”としての強さだ。

 だがその強さが空回ることもある。今の友奈は誰かに守られることに罪悪感を感じ、皆と共に傷つけないことに孤独を感じていた。

 そして、それでも友奈は強いから口には出さない。友奈を守りたいと思っているハジメ、友奈が大きな傷を負わないことを神聖視し「我らの希望」と認識している騎士たち。彼らの期待に応え、友奈らしい強さとは食い違う役割に徹していた。

 

「(高嶋さんがマズい。どうにかストレスを吐き出す場を作ろう、すぐにでも)」

 

 ハジメはそんな葛藤には気付けていた。気付けて、しかし今まで何も出来ていなかった。まるで過程を飛ばしてこの事態に辿り着いたかのように、変化する道中で行動を変えることが出来なかったのだ。

 そんな失態を償うべく、友奈と話し合う場を作ろうとする。

 ハジメは友奈を守ること自体は譲る気はないが、友奈の心情を無視しているわけでは決してない。体を守っても心に致命傷を与えては意味がないし、バランスは考えるつもりだった。そこの所についてしっかり話し合いたかったのだ。

 

「(それに今後のこともある。話せる内容は限られてるけど、高嶋さんにも準備してもらわないと)」

 

 ハジメは友奈以外から孤立しているため、そもそも接触がなく情報を秘匿しやすい。逆に友奈はハジメと他の騎士の繋ぎをすることもあるため、情報を隠していても知らないうちに抜かれる危険性がある。

 些か以上に危険な情報のため内容を伝えることは出来ないが、そういう情報があると言うことくらいは伝えないとマズい。それくらい切羽詰まった状況に気付けばなっていた。

 

 

 

 

 

 

 残念ながら話し合う機会を持てないまま時間は過ぎていく。

 そんなある日、ハジメの目を掻い潜り、友奈だけと話をしに教会の重鎮が中央から前線までやってきた。

 

「お久しぶりです“勇者”高嶋。御健壮なようで何よりです」

 

「……ありがとうございます。今日はなんで前線まで?」

 

 中央の重鎮が安全地帯から出てくることはまずない。現場に指令を飛ばすだけの宗教狂いな胡散臭い連中、しかしいないと指揮系統が成立しない必要なパーツでもある。これが友奈とハジメの彼らに対する認識だ。

 そんな重鎮がわざわざお忍びで友奈だけに会いに来る。何か厄介な事になっていると言っているようなものだった。

 そして想像通り、ろくでもないことが彼の口から語られる。

 

「神託が下りました。“勇者”高嶋の身に神の御力を宿し、一気呵成に魔人族を撃破する。もはやこれ以外に勝機はなりませんが、これで勝利を得られれば戦争は終わると。

 申し訳ありませんが、“勇者”高嶋には決断していただく必要があります」

 

 偶に会った時はいつも命令口調だった重鎮から、らしくもない声が絞りだされる。

 

「決断っていうのは一体何なんですか?」

 

「邪神の軍勢は強大ゆえに、必勝とはいかないとのことです。もはや人間族の命運は“勇者”高嶋に託す他ないために、実行するかも貴女の意志に任すと。今死ぬやもしれぬ決戦に挑むより、一日でも長く生きたいのなら非難することはあってはならないとの御告げです。

 ……主の御力を宿すなど名誉な事。叶うなら代わってほしいとは思いますが、選べる事は貴女の権利です。どうぞご自由に」

 

 本心から悔しそうな声に戸惑いながら、友奈もこの後について考える。

 考えて、ハジメに相談しに行こうと決めた。友奈の中で結論は出ているが、ハジメなら問題があれば指摘してくれる。行動するのはそれからだと。

 しかしその行動は重鎮に止められた。

 

「ただし南雲殿に相談だけは認められません。彼は“勇者”高嶋が命を賭けることには理由が何でも反対でしょう。貴女と並んで重要戦力である彼が前線で足並みを乱すことをすれば、準備の時間もなく人間族は滅びます。彼に情報を与えてはいけません。

 それに決断の権利は貴女にあるのであって、南雲殿にあるのではないのです。決断を彼に委ねることを、私は認められません。それでも彼に話すというのなら、私を死なせてからにしていただきたい」

 

 彼ら教会の重鎮の信仰心は本物だ。本当に友奈が殺すまで邪魔しようとするか、進もうとする友奈の目の前で自殺して見せるだろう。殴って気絶させればいいのだろうが、心優しい友奈にはすぐには思いつかなかった。

 

「(どうしよう……)」

 

 友奈とハジメは二人で組んで戦ってきた。ハジメが意地を通すことも多いが、きちんと友奈に話してからだった。教会重鎮の言うような、友奈の言葉を無視して押さえ付けるようなことをハジメはしないと思う。

 だがそれを目の前の教会重鎮に理解しろと言っても難しいだろう。どうすれば理解してもらえるか、友奈の思考はそこに集中していた。

 

 しかしここで友奈に疑念が浮かぶ。

 戦争が始まる前と今ではハジメも変わってしまった。本当に自分の意見を聞いてくれるだろうか?

 それに勝手をしたのはハジメも同じだ。なら自分が勝手をしても、傷ついても、彼と同じになれるだけなのでは?

 

「―――わかりました。今すぐに神山に向かいます」

 

「おお! ではこちらへ。既に移動手段は用意してあります」

 

 それでこそ神に選ばれた者、と安堵したような表情の重鎮。

 それとは反対に張り詰めたような、あるいは自分の行いに戸惑いを感じながらも止まれないやけっぱちのような表情の友奈が続いて歩いた。

 

「(私が、守るんだ。南雲くんも、人間族の皆も。もう誰も傷つかせたりなんかさせない)」

 




 社会全体が同調圧力かけたり、コミュ妨害したり、負担をわざと偏らせて不和を生んだり、逆に罪悪感を抱かさせたりするのが【バーン大迷宮】の試練でした。
 友奈は神の力に縋ったので脱落寸前です。

 あとは大迷宮の試練並みに強化された騎士たち+αとの戦闘が残ってます。



追記

 バーン大迷宮の問題とハジメ達の得点をせっかくなので表記しておきます。

①人間族の危機
 迷宮に挑んだ者すべてに対しての試練で、助けに行かないと孤立して状況が悪化し続けます。
 それでもどうにかできる能力があるなら問題なしで次へ進める仕様です。
 ハジメと友奈は人助けをし、集団と合流したのでクリア。

②実力者の炙り出し
 神に目を付けられずに行動できるか、という試練です。
 ハジメと友奈は目立ってしまい、今後妨害と介入を受けることになりました。

③状況の悪化
 余裕が無くなっていき、同調圧力を受けるようになります。
 ここで圧力に負けて手札を晒し過ぎると敵が強くなって脱落です。洗脳で大迷宮について忘れさせられ、放り出されます。
 ハジメと友奈は自分の戦略を貫きクリア。

④状況のさらなる悪化
 負担が偏る形で状況が悪化します。
 負担が大きい方の不和や、負担の軽い方の罪悪感などで連携を崩します。
 友奈がハジメを癒し、ハジメが友奈に甘えて罪悪感を薄れさせクリア。

⑤状況の改善チャンスをスキップ
 状況が良くならないだけでなく、相手が状況を良くしようとする努力もしてないように見えます。
 また挑戦者はかなりな期間戦場にいたような感覚が刷り込まれるため、負担が大きいと迷宮挑戦前と少し感性が変わってきます。

⑥神の誘い
 状況を改善する(見せかけの)チャンスを与えて弄びます。
 神のマッチポンプに気付くか、気付いている仲間に相談する、辺りを選べれば良し。自分優先で逃げ出しても良しです。
 解放者はその名の通り「人を神から解放する者」であって「世界を救う者」ではありません。善性よりも勝手さを評価することもあります。
 友奈はハジメに相談する意志を曲げなかったのでクリア。

⑦洗脳
 教会重鎮と会話しようとする=洗脳をかける隙を見せてしまう、です。
 話は通じないのですぐに殴って押し通るが正解でした。神の支配下にある相手と理解し合おうとする善性は、弱点でしかありません。
 友奈、トラップに引っかかって大幅減点。脱落手前です。


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【バーン大迷宮】の試練②

 友奈が神山へと下がると同時に、魔人族の大攻勢が始まった。逆転の目を潰す気だ。ここで前線の突破を許せば、友奈が神の加護を授かったとしても勝ち目は残らないだろう。

 ハジメを含む前線にいる戦士たちは決死の覚悟で時間稼ぎに向かった。

 

「―――――――――ッ!」

 

 ハジメは違和感も持たないまま、友奈を追うこともせずに戦場に向かっていた足を止める。

 いくら何でもこれはおかしい。

 友奈の決断を人伝に聞いた記憶はある。自分が体を張って時間を稼ぐ決意をした記憶もある。これは本当に自分の記憶か?

 そんなことしたくない。認めない。何より他の手もあるのに「それしかない」などとふざけたことを言う奴に友奈を任せるなどあり得ない。

 明らかに直前までの自分はおかしい。行動制限などで積もり積もった違和感がついに限界を超え、ハジメは自分に向けて闇属性魔法による攻撃を行った。

 

「~~~~ッ! ふざけたことしやがって……ッ!」

 

 らしくもなく口調が荒れる。闇属性魔法の精神干渉で洗脳を解いた副作用だ。

 決意が固く、迷いがあっても突き進む性質だとこうは出来ない。生存欲求や自分の思いに素直で、状況に流されない勝手さを持つ俗人だからこそ出来る選択。また気づけたのはギリギリだが、終わる前に気付いて行動できるなら希望は残っている。これをなせる事こそが解放者が挑戦者に求める資質だった。

 

 なお思考誘導や行動制限には気付けても、ここが現実をコピーして作られた精神世界と言うことまでは暴けなかった。その辺りは魂魄魔法とその劣化版に過ぎない闇属性魔法の差が大きいし、気付けというのは無茶だ。試練を突破した後なら気付けるようになるだろう。

 

「おいどうした!? 何をやってるんだッ!?」

 

 いきなり自分を攻撃するというハジメの奇行に、周囲の騎士たちが反応する。

 そんな彼らを洗脳された被害者、一応戦場で一緒に戦ってた同僚と認識しているハジメは、友奈の所に行く時に邪魔になるのでさっさと眠らせることにした。魔人族の攻勢が始まれば生かして制圧するのも出来ないからだ。

 

「“錬成”」

 

 パチリとハジメの手元から光が広がる。

 しかし一見何も起きず、一瞬訝しんだ後にバタバタと騎士たちは気を失っていった。

 やったのは単純に大気の錬成だ。金属の成分を変えるように、空気の成分比率を弄るくらいハジメには簡単なことだ。呼吸を必要とする真っ当な生物でいる限り、ハジメに先手を取られて勝機は残らない。

 

「これで障害は一つ突破っと。次はあっちか」

 

 全員倒れこんだ元仲間を端にまとめ、襲来する魔人族に単身で向き合う。

 ここで魔人族を無視して友奈の所へ向かえば、前線に近い位置に住んでいる者たちは全滅だ。そちらを狙わず真っ直ぐに神山に向かうとしても、ハジメは背後からも殴られることになる。どちらにしてもハジメの望むところではない。

 ゆえにここで後続―――敵地では魔人族を改造する非効率的な形態から、巣のような設備で改造魔人族を量産する形態に移行している。そこに予備戦力が蓄えられている―――も含めて全滅させる。

 

「他の皆の視点って低いんだよね。上って言うか宇宙(そら)を目指してない」

 

 トータスは魔法文明世界であり、その源流の一つは星の力を扱う神代魔法である重力魔法だ。そのせいか探求を進めるとしても星の内部や在り方に向けてで、上や外に視線が向かわない。精々鳥が飛ぶ範囲までだ。

 だからハジメ単独で魔人族の領域を監視し、戦力を生産している巣を全て破壊しつくせるほどの準備が出来ていた。

 大きな動作もなく魔法具を起動。誰も意識を向けていなかった宇宙で、ハジメが日課のように打ち上げていた兵器たちがついに牙をむく。

 

 衛星軌道上から感応石の金属棒を地表へ向けて射出。重力魔法と錬成の応用で空気抵抗による摩擦熱を全て魔力、魔石の順に変換。激突による破壊力で巣を破壊すると共に、生成した魔石の一斉解放。辺りに熱波や雷撃がまき散らされた。

 個性も意識も失った代わりに情報共有による学習能力と成長性を加えられた改造魔人族に、学習のし様もない高速かつ複数拠点同時攻撃で大量破壊兵器が降り注いだのだ。もちろん生き残りは無しだ。

 

神の杖(ロッズ・フロム・ゴッド)……ん~これから神のとこに殴り込みかけるのに、この名前は変だな。後で別の名前付けよ」

 

 元ネタとなる兵器の名前そのままにしていたが、状況にそぐわなくなってしまった。若干の残念さと共に改名することを心に留めておく。

 そんな余計な事も考えながら、手は止めない。破壊兵器の余波を魔石に変換して無効化し、それで移動用の魔法具を製作する。普段なら見栄えも凝るが今は非常時、性能だけを追求した使い捨てだ。

 どうせ見つかるからと隠れることもせず、一直線に神山へ向かって突き進む。

 

 当然のように歩みを阻む者たちが現れた。教会の最大戦力“三光騎士団”の一つ“獣光騎士団”だ。

 

「そういえばこいつらがいたっけ。考えるのも思い出すのも封じやがってむかつくなぁ……!」

 

 ハジメの脳内に新しい知識が、呪縛が解けて自然と思い出したかのように追加される。

 “獣光騎士団”は三大戦力の一つであり、強力無比な聖獣を操るという騎士団だ。汎用性に長けた戦力だが、いくら切迫しようが彼らが前線に来る事は無かった。それに気づけさえしなかった―――そんな知識は元々ないし、彼らも今精神世界に追加されたばかりなのでどうしようもなかったのだが―――事実にハジメの苛立ちが募る。

 加えて彼らを遠視の魔法具で観察する限り、空気成分調整対策の呼吸補助具を身に着け、大火力攻撃で全滅しないよう距離を取ってハジメに迫っている。まるで改造魔人族の如き適応力でハジメに備えていた。

 

「戦争はマッチポンプの遊びだった、で合ってたかな。駒にされる側としちゃ堪ったものじゃない」

 

 大迷宮の介入による行動スキップ中は普段通り以外の行動は出来ない。だが逆に言うと、普段通りの行動は出来るのだ。

 ハジメは神の存在や恩寵、魔人族の征路制限についても一応(・・)疑ってみて過ごしていた。平時なら気にもかけなかっただろうが、戦時になって依存率が大きく上がったからだ。そこに罠が仕掛けられていたら目も当てられない事態になる。

 そして案の定、それらしい傾向は見つかった。しかし証拠になるものとなると全く見つからない。それで情報開示を躊躇っていたのだが、今回の件で敵も開き直ったようだ。交渉もなくハジメの足止めで戦力を使い潰す気な辺り、友奈とハジメで遊ぶつもりなのを隠す気がない。

 

「邪魔。僕は君らに用はないんだ」

 

 獣光騎士団を無視して突き進む。敵の目的は足止めだ。素通りしようとすれば突っかかってくる。

 そして次々と潰れていった。

 

 防御用魔法具に阻まれた結果だ。一応聖獣は死んでも騎士は気絶で済ませている。

 使ったのは魔力で操作できる“感応石”の大気バージョン“感応気”を素材とした魔法具だ。金属への生成魔法と空気への生成魔法では、キャンバスに絵を描くのと米粒に絵を描くくらいの難度の差がある。だが難度が違うだけでハジメに取ってはやれば出来た事に変わりはなかった。

 見た目はただの空気なので気付くとしたら魔力の濃淡で見分けるしかない初見殺し。それでも平時なら勘で気付けたかもしれないが、突貫での改造を施された者達では見抜くことは出来なかった。

 

 3つの障害の迅速な処理により、神も時間が足りなくなった。“白光騎士団”を連れた友奈が、不完全な調整のままハジメへの刺客として放たれる。

 

「―――私が、皆を守るんだ。私は“勇者”なんだから」

 




今回は大迷宮の試練が三つ。

①前線の肩を並べて戦っていたと言う記憶のある騎士
②続々と援軍が来る魔人族の軍勢
③教会最大戦力の一つ“獣光騎士団”

これらで足止めを受けるほど友奈の洗脳は深く深刻になる仕様でした。


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【バーン大迷宮】の試練③

赤字で大迷宮の洗脳で言わされてる+自己洗脳してる言葉、青字で闇属性魔法による洗脳効果のある言葉になっています。


 騎士団を率いて現れた友奈に、ハジメは普段通りのように声をかけようとした。肉体的な状態は魔法具である義眼で見れる範囲には問題がなかったため、次に精神状態を確認するためだ。

 しかし実行する前に、友奈の方から話しかけてきた。

 

「ねぇ南雲くん、話し合い出来ないかな」

 

 予想外な交渉の申し出。何を話すつもりなのかすら不明だが、友奈と接する時間が増えれば、情報も得られ出来ることも増える。好都合な展開だ。

 好都合だが好都合すぎ、さすがのハジメもためらいを見せた。

 その感性は間違っていなかったのだろう。突然友奈の表情が強張り、ぶつぶつと何かつぶやき始めた。

 

違う、時間がないんだ。早く戦いにいかなきゃ。そのために南雲くんを殺すんだ。……おかしいよ、そんなことあるはずない。なんでこんな神様の言うことに間違いはないから、皆を守るために役目を果たさなきゃいけないんだ。そんなことしなくていい、私が止めれば南雲くんはそんなことしない! そうだよね南雲くんッ!?」

 

 友奈を洗脳する言葉が、友奈自身から吐き出され続ける。洗脳解除を防ぐための対策だろう。解除してもすぐに再洗脳されては意味がない。効果的な方法で、友奈の意識も残るためにより苦しめることが出来る。ムカつく悪趣味な遊びだ。

 だがそんな遊びをしているから友奈も抵抗出来ていた。洗脳で刷り込まれた「それしかないと確信している情報」と同等以上にハジメのことを信じてくれているから、自分の思考を見つめ直しおかしいと気付けるのだ。

 友奈の精神力なら、問題ないと答えればそれだけで洗脳効果を堪えてハジメの話を聞いてはくれるだろう。もしかすると洗脳に反する行動もある程度は取れるかもしれない。

 そのことを理解しているハジメはメガホンを錬成し、闇属性の魔力を込めた返事を返した。

 

僕を倒して進まないと世界がピンチで合ってるよ

 

 友奈なら洗脳に抵抗できる。だからこそさせるわけにはいかない。

 洗脳を振り払っても、再度友奈自身で友奈を洗脳してしまう状態だ。その度に振り払うことは出来るだろうが、友奈の負担が大きすぎる。いくら友奈が頑張れる人だとしても限度はあるのだ。戦うことでの体のダメージ、ハジメを攻撃することでの心のダメージも考慮したうえで、総合的に見て頑張ることも辛い思いも出来るだけしなくていいように動くのがハジメだ。

 

 ハジメの洗脳音声の後押しを受けたことで、全否定していた洗脳で焼きつけられた情報を受け入れる友奈。結果、友奈の精神状態が安定した。

 

「わかったよ。私は南雲くんをやっつける。でも絶対殺したりしない。南雲くんを殺さなきゃ他の皆は救えないなんて受け入れない! 私は勇者ッ! 南雲くんも、皆も、助けるんだッ!!

 だから私が勝ったら話をしよう。そんな時間はないって神様は言うけど、私が頑張って時間を作る。そしたらみんなを助ける方法を一緒に考えてね? 私一人じゃできないだろうから」

 

 誰かが庇って助けてくれるからと、甘えて頑張ることをやめる友奈ではない。

 ハジメを殺さないと皆が死ぬ、それ以外の方法を探す時間などない。そんな状況を受け入れたうえで、前提条件をひっくり返す方法を探し続ける。思考停止し諦めることのない、洗脳に抗う強さを大迷宮の試練に対して示して見せた。

 

「“勇者”高嶋!? そんなことしている場合では―――」

 

「いいね、そうしよう。じゃあその前に邪魔な人にはどいててもらおっか」

 

 予備動作もなく重力魔法と錬成の合わせ技で、周囲の温度がまとめて魔石に変換される。錬成範囲外の空気と混ざれば元に戻るとはいえ、呼吸対策はしてきた騎士団も魔力の影響しない冷気に対する対策は十分ではない。一瞬身が竦み動きが止まった。

 そこへ錬成された魔石から光属性魔法の杭が撃ち込まれ、騎士団全員の魔力が封じ込められる。空間ごと削り飛ばす“聖獣の牙”も、敵対者から強制的に魔力を奪う“献身”も、それ以外の騎士たちが保有する固有魔法も、どれも使い手の魔力依存であることに変わりはない。根本を抑えてしまえばただの案山子だ。派生技能“魔力操作(錬成)”により、予備動作なしで錬成だけは行えると隠してきた成果が表れていた。

 杭に次いで現れた光属性の鎖が騎士団を拘束し、遠くへと運んでいく。これで戦っている最中に邪魔になり殺さないといけなくなることも、ハジメと友奈の敗れた方が騎士団に殺されることも予防できた。

 

「やぁっ!」

 

 戦う準備が整ったのを確認した後、同時に戦闘態勢に移行した。

 先手を取ったのは友奈。だがハジメは戦う前に備えている。魔法の防護壁が展開され、殴られた衝撃を吸収、即座に吸収したエネルギーも上乗せして弾けた。

 

「“錬成”」

 

 ハジメは錬成限定で予備動作なしで発動できる。だが今回使う技術は難度の高さから詠唱して発動させた。

 

 重力魔法は正確には「星のエネルギーに干渉する魔法」だ。そのことに目を付けたハジメは、錬成と生成魔法で物質を変質させる際に余った『質量』を魔力に変換させる技術を考案していた。

 つまりやってることは『核融合』である。ただし発生したエネルギーを全て魔力に変換、魔法を通して出力するために、原子力発電や核爆弾などとは効率が段違いに高いのだ。

 

 これにより無尽蔵の魔力を得ることが出来たハジメ。

 障壁を再展開し友奈と距離を取ると共に、光属性の飽和砲撃を友奈を包み込むように放つ。こういう時に相手を傷つけず拘束、あるいは動けないほど弱体化させることのできる光属性魔法(と闇属性魔法)は便利だ。

 

「勇者、パァァアアアンチッ!!!!」

 

 それを殴って防ぎきる友奈。搦め手も物量も効かない一騎当千の“勇者”がそこにはいた。

 友奈もまた無尽蔵の動力源を有している。原理はハジメより単純で、重力魔法により星の生命力を直接運用しているのだ。これもハジメの核融合同様、今日まで隠し続けた友奈の切り札である。本来なら星に根を張る大樹ウーア・アルトの化身でもなければ出来ないことだが、友奈自身の重力魔法への適性の高さゆえに可能としていた。

 

 星を使い切らない限りエネルギー切れとは無縁の二人。初手の勇者パンチで勝負がつかなかった以上長期戦にもつれ込むが、刻一刻と一方的に形勢は傾いて行った。

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

「が、ぐぅッ………………!」

 

 体外で魔力を運用するハジメと、一度星の力を自分の体に移してから振るう友奈。条件ではハジメ有利にも関わらず、一方的に友奈が押す展開が続いていた。

 しかしそれも仕方のない事。ハジメはどこまで行っても「造る者」でしかなく、友奈は守るため「戦う者」だ。戦いと言う土俵で友奈にハジメが勝てる道理などどこにもない。

 あるいは一人で奈落に落ち、勝って生き残るために戦う経験があれば、生まれ持った生き汚さで勝ちをもぎ取ることが出来たかもしれない。だがこのハジメは一人ではなく友奈の友達で、助け合い役割分担しながら一緒に旅し戦ってきたのだ。当然そんな経験は積んでいなかった。

 

 そして戦いは続き、順当に友奈がハジメに王手をかける。

 巨大な籠手の拳をほどき、掌でハジメを抑えつけようとした。これでハジメが何かしようとしても、先に友奈が握りつぶして止められるようになる。そこまでいけばもう詰みだ。

 

「これで殺すッ!!

 

 ここぞと言う場面で、仕込まれた悪意が牙を剥く。

 元々友奈がハジメを殺せる場面になるか、友奈の洗脳を解除しようとした場合の備えとして仕掛けられていた機能だ。思考誘導などではなく、抵抗を続ければ解呪前に負荷で人格が壊れ戦闘兵器にできるよう調整された出力の洗脳である。

 

「ッ、ぁぁぁあああああああああああああああああっ!!!!!!」

 

 ハジメに致命の一撃を放ちかけた直前で、友奈が気合いと根性を振り絞る。洗脳と意志力で後者が一時的に上回り、取り押さえる寸前で体が硬直した。

 普通に戦っていては絶対に出来ることのなかった大きな隙だ。

 

「ありがとう高嶋さん。ここで頑張ってくれるって信じてた」

 

 それらも全てハジメの想定通り。洗脳を仕掛けて遊ぶならハジメも似たような措置を施すし、友奈ならそれに歯向かってチャンスを作ってくれる。友奈へ頼るポイントを決め、そこへ向けて戦いながら準備を進めていたのだ。

 義体に蓄えられた魔力が一斉に解放され、友奈は光属性魔法の奔流に飲み込まれていった。

 



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【バーン大迷宮】の試練・終

「ん……」

 

「あ、起きた?」

 

 友奈がハジメの上で体を起こす。

 パチパチと瞬きを繰り返した後、自分の状況を思い出し大きく息をついた。

 光属性魔法は体を傷つけないが、デバフのように負荷をかけ弱らせる。洗脳を圧倒的出力で洗い流すのが目的だったが、それでも友奈にはそれなりの量の疲れのようなダメージが嵩んでいた。

 無理に意地を張らず、ハジメの上に寝直した友奈。そしてそのまま会話を始めた。

 

「危なかったぁ……! 止めてくれてありがとう」

 

「どういたしまして。こっちも期待通りに踏ん張ってくれて助かったよ。もうちょっとで僕の義足も直せるから待って」

 

 洗脳を受けていた記憶はある。それでハジメを攻撃してしまった記憶もだ。

 でもそのことを謝ったりはしない。友奈への洗脳を止められなかったハジメも同様だ。

 上手く止められて実害はなかったのは大きいし、本人に落ち度はなく敵が上手だったのもある。だが一番は相手は本当に気にしていないからだ。ハジメは迷惑に思っていれば隠さないし、友奈もハジメには遠慮をしなくていいと学んでいる。ならば言うべきなのは謝罪ではなく感謝の言葉だ。

 

「これからどうするの? 考えてるよね」

 

「まあね。と言っても神山に行って釣りだすか、向こうから来るの迎え撃つくらいだよ。敵地に乗り込むのは危ないし。

 ……よし直った。高嶋さん、ちょっと咥えて」

 

「? こう?」

 

 言われるがままハジメの義手の指を咥える友奈。

 直後、疲れも吹き飛びハジメの上から飛び起きた。

 

「何これ!? 凄い元気出たよっ!?」

 

「原理の説明は後でね。聞き耳立ててるのもいそうだし」

 

 やったことは単純で、歯にコーティングするように“神結晶”を錬成したのだ。唾液に混ざる程度の量だが絶えず“神水”があふれ、傷を癒し疲れを飛ばし魔力だって回復させる。技術は凄まじいが魔力量自体はトータス現地民の上位程度しかないハジメが、核融合を制御する魔力を捻出できたのもコレで回復しながらだったからだ。

 単純ゆえにバレづらく対策も取られづらいが、ハジメが想定する以外の方法で対処されることを警戒し一応隠すことにしたのだ。

 

 警戒は無駄ではなかった。神自身が赴き、不心得者どもを誅さんとしていたのだ。

 

 敵の接近に気付いた友奈は友奈が立ち上がって戦闘態勢に入る。受けたのは洗脳解除の余波だけだった上、ハジメの調整と“神水”の回復も有りほぼ万全な状態だ。

 

「―――確かにいたみたいだね、聞いてた人。こっちに来てるよ」

 

「もう来たの? 都合はいいけど……」

 

 “神結晶”による回復がなければまだハジメと友奈は疲労困憊したままだっただろう。だから回復する前に仕掛けてくること自体はあり得なくなない。

 だがこれではいかにも「倒して見せろ」と言われているかのようだ。神の後ろにいる誰かの影がチラつき「大迷宮に挑んでるのだから当たり前では?」という疑問が湧く。

 

「んん??? なんで大迷宮? 僕は何を知って―――」

 

「南雲くん、余波に備えて! 勇者パーンチッ!!」

 

 高速で飛来する何かを、光属性魔法を乗せた友奈の飛ぶ打撃が迎え撃つ。

 これまでの経験から咄嗟に光属性魔法を選択したが、それが功を奏した。通常の防御はすり抜けて魂を打つ狙撃魔法は弾き飛ばされあらぬ方へと飛んでいく。

 

「―――神威を阻むなど不遜にもほどがある。ふさわしき罰を与えるとしよう」

 

 狙撃に紛れて、いきなり現れたかのように近づいてきたのは人がイメージする神の姿をした何か。教会で作られている神の絵や像そのままの姿なので、これが一応教会と人間族社会が崇めていた神ということなのだろう。

 暗示が効いていればそのまま受け取れただろうが、解けかけているハジメには違和感が大きい。大迷宮のラスボスなのに、黒幕によって創られた表向きのトップな前座にしか見えなかった。

 

「高嶋さん! 時間を稼いで!」

 

「わかった!」

 

 なので取った戦法は、ここでいるはずの黒幕も倒せるくらいの武器を作ること。前座を出し時間を与えたことを後悔させようと、目の前の敵を戦力を整える起点にすることとした。

 

「させぬ。神の名において命じる―――“殺し合え”」

 

 何かしようとしているが、そんなことには興味もないラスボス。

 魂の格差で強制力を持たせた言葉である“神言”が放たれる。【バーン大迷宮】を攻略し魂魄魔法を習得しようと、魂の格では時間を掛けて信仰を取り込んでいるエヒトには及ばない。ゆえにエヒトと対峙するまでに対策必須なクソ技だ。

 

「ぬ?」

 

 だが対策自体は普通の洗脳と大きな違いはない。つまり防げる防壁を用意し、魂に触れさせない事だ。もちろん光属性魔法や闇属性魔法では防ぎきれないが、そこは出力を跳ね上げることで押し切れる。

 友奈の洗脳を解き、回復用の“神結晶”を作る他にも保険として残した魔力。それで時間を稼いだうちに、再び無尽蔵の魔力に二人は手を出した。

 

「“錬成”ッ!」

 

「勇者は根性ォオオオオオオッ!」

 

 ハジメの核融合が、友奈の星の生命力運用が発動する。

 先ほどと違うのは作業の分担を行っていること。ハジメが星の質量を魔力へと変換し、友奈が解され扱いやすくなった星のエネルギーを身に纏い維持する。ハジメは物質の変換は出来ても維持・運用は専門外だし、友奈だって他者から力を奪うようなことは適性がない。それでもそこ以外の才能があるから単独でも戦闘に使用することが出来るが、二人で協力すれば苦手を潰し得意なことに集中することが出来る。

 ハジメだけが10人いるより、友奈だけが10人いるより、2人で組んだ時の方がずっと強いのだ。

 その圧倒的な出力ゆえに、余力で「全力でラスボスの攻撃をどうにか無効化している」ように見せかけつつ、新たな武器を製造していことを可能とした。

 

「勇者、パンチッ!」

 

 武器の製造が終わったあたりで、友奈の動きにキレが増す。魔力制御に割いていた集中力を戦闘だけに回せるようになったからだ。動きの差で隙を作り、そこを突くことでそのままラスボスを撃破して見せた。

 

「お疲れさま。怪我は?」

 

「ないよ。これからどうするの?」

 

「前座が戦ってる途中での奇襲もなかったし、隠れられたかもしれない。とりあえず敵の本拠地は抑えちゃおう」

 

「オッケー。じゃあ捕まって。一気に神山まで行くよ!」

 

 まだ敵が残っていると思っている二人は神山へと向かう。

 そこに既に敵はおらず、神という指導者を失った民衆がいるだけだった。仕方なしにハジメの発案で偶像としての神は用意し、一時的に権力を握って治安を安定させた。それでも警戒する敵は来ない(そもそもいない)ので、自作自演の敵襲でハジメと友奈は相打ちになったことにして表舞台から姿を消した。

 組織という柵で動きを制限され、敵に備えづらくなるのを危険視したのもある。だが支配者とか面倒だったのが大きかった。支配者とか下に気を遣うなら罰ゲームにしかならなかったのだ。

 二人で旅を続け、好きに生きる。そう決めたところで迷宮攻略のアナウンスが響き、二人は精神世界から解き放たれたのだった。

 

 




この二次創作ではきちんと【バーン大迷宮】に挑んでいれば「神と戦うのに“神言”対策は必須」と教えてくれる親切な解放者。教会爆破して乱暴に攻略するような奴ならエヒトと相打ちがベストと想定していた模様。

なお最後に支配者として居座ることを選択すると、ミレディに通報が行きます。
解放者の目的は神の支配からの脱却であって、神を倒しても次の支配者が現れるんじゃ意味がない。エヒトと争わせ、生き残った方をミレディが始末するという手筈でした。


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次なる迷宮へ

 赤銅色の地獄。

 【グリューエン大砂漠】はそう表現する以外にない場所だ。砂自体が赤銅色なだけでなく、大火山から常に吹き続ける暴風が砂を巻き上げ空も赤銅色に染め上げられている。どこを向いても赤銅色一色で、少し離れればもう何があるかわからない。そのくせ太陽光はすんなり通して砂塵が光っているかのように眩しく、砂が熱を溜めこむ性質も持っているために昼夜を問わず高温で下がらない。そしてそんな環境に適応した魔物が大量に生息している。

 旅人にとっては最悪の環境だ。こんな所を通るのは、この砂漠で生まれ育った者が、この砂漠だけに適応した技能と装備を揃えた場合くらいだろう。よほど切羽詰まった者か後ろ暗い者以外だと普通は迂回して進む。

 

 しかしここに「そっちの方が近いから」だけで突っ切る者もいた。

 

「景色が変化しないのでわかりづらいが、やはり速い。もっと多く作れないのか?」

 

「燃費が悪いので作っても動かせないと思いますよ? とんでも魔力が複数人いても魔石結構消費してますし」

 

 車両を作る機械になるのを避けるため、物流革命が起きるのを防ぐため、あえて残した欠陥を説明するハジメ。魔力を動力に走行・温度調整・防塵・防衛を全て行う馬なし馬車で快適に砂漠を踏破していた。

 隣に座っているのはアンカジ公国の領主の息子、ビィズ・フォウワード・ゼンゲン。公国より教会まで砂漠を横断してきた切羽詰まっている(・・・・・・・・)者だ。

 

「うまい話はないものだな。コレで水を運べればと思ったのだが」

 

「オアシスの水を浄化できれば必要なくなりますから。気にしなくてもいいようにしますよ」

 

「是非それで片付いてもらいたいな。民に苦労を掛けなくて済む」

 

 ビィズが教会まで来ていた理由は、アンカジ公国を救うためだ。

 アンカジ公国は砂漠にある領地で、ハイリヒ王国にとって物流の要所でもある。そんな重要な土地のアンカジ公国でオアシスに毒を放り込むというインフラテロを起こされたのだ。

 当然ながら砂漠にある国にとってオアシスは生命線である。警備、維持、管理は非常に厳重だ。それをすり抜けてオアシスに毒を流し込むなど不可能と言っても過言ではないはずだった。

 だがインフラテロを起こした者はその上を行った。

 アンカジ公国は毒の症状である魔力の暴走に苦しむ者であふれ、ストックしていた安全な水もどんどん減っていく。このままでは滅ぶのも時間の問題だった。

 

 だからビィズは教会へ水と解毒が行える魔法使いの支援を求めてやってきたのだ。

 なおビィズ自身も毒にやられて本調子とは程遠かったが、毒の症状を抑える“静因石”―――魔力を鎮める効果のある鉱石。大迷宮【グリューエン大火山】で採取でき、錬成すると液体にできる―――を服用して無理矢理動けるようになって強行した。たまたま滞在していた凄腕の冒険者が大火山の麓まで行って取ってきてくれたらしい。

 

「ティオ殿にはいくら感謝しても足りん。彼女がいなければ教会に辿り着くことも出来なかっただろうし、それがなければ貴殿らに来てもらうことも叶わなかった」

 

「冒険者なら仕事でしょうし、終わったらちゃんと報酬で答えてあげてくださいね」

 

「もちろんだ。南雲殿たちにもな。我々は恩知らずではないぞ」

 

「僕らは教会から報酬出てるんですけど……貰える物は貰っておきますね」

 

「ははは、そうしろ! 貴殿なら金はあればあるだけ活用できるだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメが運転しながらビィズの接待をこなしていた時、女性陣は動力室で魔力を注ぎながら談笑していた。

 

「え、友奈勉強してるの!? どうやってッ!?」

 

「南雲くんが教えてくれてるんだ。教科書貰ったらすぐに全部暗記してるんだって」

 

 雫が驚きの声を上げる。

 答えたのは友奈。香織に余計な情報を渡さない方がいいとは思っているが、これからも帰還後に備えた勉強はやめるつもりはないので隠し続けられない事は話していた。

 なおこの間にトータス現地人最高位より少し魔力が高い程度の雫と、素だと雫より多少多い程度の友奈は交代で車に魔力を注いでいる。香織とシアの魔力チート二人はずっと魔力を供給し続けて疲れも見せない。チート級スペックでも得意分野で差は出るため、ハジメの技術を見せないための代用品として香織は割と役立っていた。

 

「いや全部暗記って―――南雲君はテスト平均点くらいだったでしょ? それにうちの学校レベル結構高いのに資料もなしに教えるなんて無理じゃない?」

 

 ハジメ達が通っていた学校は、あの(・・)自尊心の強いスペックは完璧超人な天之河光輝が進学先に選んだ学校。つまり近隣では一番学力の高い学校だ。教科書だって転移した時に持ち込めていないのに、そのレベルで教えられるとは思えない。

 だがハジメはいわゆる天才側の人間だったのだ。香織はその辺を理解していた。

 

「雫ちゃん、ハジメくんって授業中ずっと寝てるんだよ。帰って勉強すると思う?」

 

「あー、そういえば……確かにあの性格でするわけないわね。やるとしても逆に授業中だけ集中して残り遊びそうだわ」

 

「でしょ? 一年生の一回目以外テストで平均点も狙ったみたいにとるし、本当に狙って平均点取ってるんじゃないかな。高得点一回取ったら期待されちゃってめんどくさそうだし、受験の時だけ高得点取れれば困らないもん。

 それに帰った後は部屋に明かりはついたままなことが多いし、ゲームしたり作ったりで睡眠時間もあんまり取ってないみたい。学校には世間体と寝るために来てるって感じだったんじゃないかな。それでクラスメイトの学力とテストの難度から平均点予測してずばり当て続けられるんだからすごいよね! さすがハジメくん!」

 

「あはは……」

 

 あまりにズバズバと早口でハジメの実態を元々知っていたように語る香織に、友奈はもう笑うしかない。

 この調子で潜伏されたまま不意に急所を突かれていればハジメも危うかった。あの時暴発させられたのは幸運であり、これからこのモンスターから目を離すべきではないと見せつけられているようだったのだ。

 そして香織は変わらずモンスターらしい貪欲さを友奈に見せつける。

 

「そうだ、恋バナしよう! せっかくの女子会だしこれは外せないよね!」

 

「いきなりどうしたのよ香織? 二人に何時間も一方的に南雲君トーク聞かせるのはやめてあげなさい」

 

「前触れなくテンション跳ね上がって怖いですぅ」

 

 香織の言動に三人ともビビるが、勢いに押されてなぜか言う通りに恋バナをすることになった。恋敵を洗脳して狂信者に変えて思い人の盾にする白崎一族の女だけあって、違和感があろうが押し切る話術は受け継いでるのだ。

 

「じゃあ私から言いますぅ。でも今は相手がいませんねぇ」

 

「ふむふむ。じゃあシアちゃんの好みの相手は? そっちはあるでしょ?」

 

「故郷の樹海じゃ普通ですよぉ。強くて、味方を大事にして、敵には容赦しない人ですぅ。自分の女にちょっかい掛けてきた男は、殺すのは厄介事が増え過ぎるので場合によりますが、タマ潰すくらいは暴れられる人がいいですねぇ。そのくらい横暴を押し通せる意志と力が理想ですぅ。逆に優柔不断で誰にでも優しい、敵にも手を差し伸べるのとかはダメダメですぅ! 雄としてはないですねぇ」

 

 亜人族は被差別種族だ。弱みを見せれば叩かれる立場にいる以上、舐められたら殺して自身の脅威を示さないといけない。具体的に言うと大迷宮で覚醒した魔王に族長がやられれば、勝率ゼロでも魔王に報復しにいかないとダメだと考えるのが大多数なのだ。掟で諦める基準も決まっており、族長になる連中はリスクリターンも考えるが、下はそんなもんである。

 そして暴力を直接振るえば反撃にあう。それでも勝って帰って来れる強い雄がハルツィナ樹海の亜人族では評価されるのだ。例外はそこまでしなくてもいい程の圧倒的な力を有している場合だろうか。ともかくハウリアは樹海の亜人族としては例外的な思考をしていたが、聴覚が飛びぬけて高いシアは他種族の情報も仕入れて亜人族らしく成長していた。

 

「確かにハルツィナ樹海の亜人族の人たちってそんな感じだったよね。南雲くんみたいな人は半端者で、助けてくれた恩はあるけど、これはないって風に」

 

「文化がちがーう! でも面白い話聞けたね! 次、雫ちゃん!」

 

「……まぁ香織に語らせるよりマシかしら? 好きな相手はいないけど、好みは私を大事にしてくれる人よ。私も経験ないしこんなものでしょ」

 

 雫があっさりと言い切って流そうとするが、香織がにんまりと悪そうな顔をした。雫は嫌な予感がするが止められず、香織が色々と暴露し始める。

 

「それだけじゃないよね。雫ちゃん」

 

「か、香織? 何話す気?」

 

「雫ちゃんって見た通りにすっごく女の子で、でも苦労性だもん。自分を守ってくれる人がいい。でも必死に守ってくれるんじゃ心が痛むから、苦にも思わないくらい強い人。でもそんな人の愛を一人で受け止めるのは重いよね? 愛人のまとめ役として補佐も出来るってポジションが雫ちゃんの理想なんじゃない?」

 

「なっ、そんなわけないじゃない!? 何言ってるの香織!」

 

「えー、合ってると思うんだけどなぁ。雫ちゃんとならハジメくん共有しても楽しそうだし、そうしたいんだけど。腕っぷしじゃないけどハジメくんは日本にいた頃から強かったよ?」

 

「それは知ってるわよ! 散々聞かされたもの! 次、友奈よ! 早くッ! 香織がこれ以上喋る前にッ!!」

 

 鬼気迫る表情で雫が急かす。

 彼女の危機感に間違いはなく、友奈が黙っていれば赤裸々に雫の嗜好を香織は話し続けるだろう。雫はこれ以上ダメージを受けないために友奈に喋らせる他なく、友奈も雫を見捨てたくなければ話すしかない。直接香織が友奈を急かせばのらりくらりと躱して話を逸らし、香織にハジメの話でもしゃべらせ続けて終わらせた。だがこれでは話さないといけない。

 

「えーと、私も経験ないからよくわからないかな。あ、でもちょっと面食いかもしれない。相手男の人じゃないけど」

 

「へー誰? アイドルグループの誰か?」

 

「Cシャドウ! 初めて動画見た時にビビビッて来たんだ。宣伝してたゲームとか出来るだけ買い集めてたし、動画の更新チェックは日課だったなぁ」

 

「私も見たことあるわね。南雲君の家の会社だし、香織に教えてもらったわ。香織は信者がどうとか言ってたけど、ゲームの腕も凄いし雰囲気のある美人だったわね」

 

 Cシャドウの容姿は、香織や雫のような人間離れしているのに万人受けする美貌とは違う。確かに美人だが誰をも魅了するモノではなく、しかし一部の相手にとっては香織や雫よりも深く刺さる。友奈はその一部の人で、ネットには熱心な同士が結構いた。

 同性相手だが、まぁ初恋と言えばそうなのかもしれない。雫はその気持ちが多少は理解出来ると感じていた。

 このままアイドルトークへと移行させようとする友奈。しかし蛇の如き眼光の香織は逃げを許さない。

 

「ハジメくんは?」

 

「南雲くんは友達だよ。大事な、友達」

 

 現状の友奈とハジメの関係としては言葉通りだ。距離はかなり近いしお互い独占欲的なモノもあるが友達である。

 友奈にとってハジメは遠慮しなくていい、意識しなくても遠慮せずにいられる唯一と言っていい相手だ。仲良くなった経緯とハジメの自儘な性格が良い方向に作用したおかげで、人に気を使ってばかりで自分を出せない友奈も遠慮する必要を感じない。自分のことだって言いたいことは話せるし、言いたくないことは詮索しないでいてくれる。ひたすら居心地のいい関係だった。

 だからこそそれを変えたくない。良い方向へ変わるとしても、変化する以上は今の良さがそのまま残るとは限らないのだ。友奈は変化を恐れている。

 今を壊そうとする脅威に立ち向かう勇気は持てても、今を変えたいと欲を持つことが出来ないのが高嶋友奈という少女だった。

 

「そっかー♪ うんうん、友達って大事だよね! 友奈ちゃんとハジメくんがずっと仲良しでいられるよう応援するよ!」

 

 そんな無欲さが、香織にとっては何より都合がいい。

 友奈をハジメから引き離そうと争えば、香織が負けることは確定している。だから争わない。

 代わりに友奈が進みたがっている逃げ道へと進みやすいよう、背中を押してあげるのだ。敵対すれば脅威になるというのなら、味方をしてしまえばいい。

 血の本能がなした業か、言った言葉に悪意はなく、それどころか善意で言っていた。香織の邪魔にならないなら、相手が望む幸福を享受できるようにと願う思いに偽りはない。

 

「あ、ありがとう……?」

 

 嫌な気配を感じつつ、それでも香織を拒絶は出来ない友奈。敵の悪意には強くとも、味方の善意に弱い弱点をまんまと突かれている。

 この怪物をどうにかできるか、それはハジメの行動に掛かっていた。

 

「んー、とりあえず一発シバいておきますぅ?」

 

「なんで!?」

 

「なんとなくですぅ」

 

 訂正。ハジメとシアに掛かっていた。




 恋愛力クソザコな高嶋友奈。天敵は「戦えない敵」もしくは「悪質な味方」な勇気をもって戦う者。

 あと原作ヒロインの理想の相手は魔王ハジメ。香織以外はフラグが立つのも覚醒後となっています。


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アンカジ公国の危機

「まさか瞬く間に解決してしまうとは……! 南雲殿! 感謝致しますぞ!」

 

 ビィズの感極まったかのような声が響く。

 

 アンカジ公国到着後、ハジメ達は領主への挨拶もそこそこで終わらせ、早々に問題解決のために動くこととなった。水不足が限界に近く、もう毒が入っていようが飲まなければ乾いて死ぬという段階が迫っていたのだ。

 とは言えハジメに取って解決が難しい問題ではなかった。なにせ水も錬成できる物の一種でしかない。

 水源に沈んでいた魔人族製のモンスターは周囲の水が突然気化したことで圧殺+気化熱で凍結されて排除され、飲み水も成分調整感覚で錬成すれば毒だけを抽出できた。動力には持ってきた魔石があったし、相転移や濃度の調整などだけで済んだので魔法的な効果を付与するよりずっと楽だったというのがハジメの談だ。

 これがアンカジ公国のお抱え錬成士レベルでは無理だったのは、それ用に訓練していないから出来ないだけだろう。武器防具や設備などの細やかな錬成だけでなく、大きな物の大雑把な錬成に慣れていればこの程度は出来るようになっていたはずだ。これだけ伝えれば後は自力で対策を取れるようになるとハジメは見ていた。

 

「じゃあ次、治療の話を進めましょうか。静因石ってのを液化して飲ませればいいんでしたっけ?」

 

 現在、先に治療院に向かった香織(と護衛の雫)が暴走した魔力を抜いて応急処置しているが、体の負担は減らせても魔力の暴走自体は止められない。そのため魔力を鎮める静因石はどうしても必要になるそうだ。これがなければ毒が抜けるまで素の生命力で生き延びることを祈るしかない。

 

「ああ、そうだ。それを高嶋殿たちに取ってきてもらいたい。今採取に行っているティオ殿が戻ってからなら案内してもらえるから、手早く採取できるだろう」

 

 人手が増えれば取って来れる静因石の量も増える。異空間に道具を収納しておけるアーティファクトなんてあるはずもないし、車を動かすのに必要(だとビィズは思っている)香織は治療院でかかり切りだ。ゆえに危険は伴うが残りのメンバーで何度か採取に行ってほしいと言うのがビィズの、ひいてはアンカジ公国の要望だった。

 ただその流れはハジメたちに取っては美味しくない。なので利の多い方向へと誘導することにした。

 

「まぁそっちでもいけますけど、まず作ってみましょう。高嶋さんたちも帰ってきたみたいですし」

 

「は?」

 

「南雲くーん! 土取ってきたよ!」

 

「言われた通り別の場所で取ってきたですぅ!」

 

 水問題解決では役に立てない友奈とシア、彼女らは次の問題解決のために別行動をしてもらっていた。

 具体的には【グリューエン大砂漠】の砂の採取。どれほど暴風が吹き続けようと一定範囲から飛散する事は無い特別な砂だ。【グリューエン大火山】でしか採れない静因石と同じく、この土地の影響をもろに受けている。錬成素材としては結界内部の土よりは適しているはずだ。

 実際に適していたようで、天然の静因石を複製する形で錬成したところ、ハジメには作ることが出来た。錬成を行う魔力さえ確保してしまえば―――魔石を集めたり魔力が回復するまで時間を掛ければ必要数を確保することだってできるだろう。

 

「いやいやまさかこんなことが出来るとは! さすが南雲殿と言うべきか!?」

 

「南雲くんはすごいんです。言った通りだったでしょう?」

 

「そうだな高嶋殿。いや、今の今まで信じられなくてすまなかった」

 

 故郷が救われると確信できる展開にビィズのテンションはうなぎ登りだ。

 だがこのまま静因石を作り続けると言うのもハジメは歓迎できない。大迷宮に隠れて挑む口実が欲しいのだ。

 だからここから作業効率を上げてアンカジの民を救えるペースを改善するという名目で、大迷宮に向かえるように誇張も交えて説得する。

 

「ここで錬成しても効率はあんまり良くないですね。作れることは作れるけど時間がかかります」

 

「む、そうなのか。確かに出来るだけ早く民に行き渡るようにしてやりたいが、南雲殿に万が一が起こるのが一番まずい。時間がかかってもここで錬成を続けるのではダメなのか?」

 

「ダメではないですけど、多少の危険ならどうにか出来るので早めた方がいいかと思うんです。もちろん民間人の治療中な白崎さんと八重樫さんを連れていくなんてことはしませんけど、それでも問題ないと判断しています。

 大火山では静因石は自然に出来ているんでしょう? なら現地の石を素材に使い、現地の環境で錬成すれば作り易くなります。一度に持ち帰れる量に限りがあっても、ここで錬成するより効率がいいでしょう」

 

 人の目がないところでなら自重をやめて錬成できる。一度に必要量全部錬成しておいて自動で小出しにしながら、シアとティオという冒険者に何往復かして運んでもらえば、街に残って手札を伏せたまま錬成を続けるより効率を良くできるのは確実だ。

 そしてその間に、ハジメと友奈は大迷宮に挑むことも出来る。ここで挑めないと言い訳を作るのが面倒だし、ここに挑めないと次に進めないためどうしても挑んでおきたかった。

 またこの方法なら「工房を作って籠って錬成し、成果物だけは出来た傍から放り出している」とすれば一応言い訳にもなるので神とやらに目を付けられずに済む。ビィズを始めとするアンカジ公国の者には多少怪しまれても確証は持たれないから、ここは押し切るべき場面だった。

 

「うーん、だがなぁ……。凄腕とはいえ南雲殿は錬成士だ。荒事は専門ではないし、万が一が起きれば損失は計り知れん。危険を冒させるわけには……」

 

「大火山にいる時はこの“勇者”高嶋友奈が守るから大丈夫です! 安心してください」

 

「……ははは、それもそうだな! 確かに高嶋殿がいるなら私の心配は杞憂だろう。では改めて頼ませてくれ、我らの民を一刻も早く救ってほしい」

 

「はい、任せてください!」

 

 ハジメがどうにか押し切る前に、友奈の言葉で説得されたビィズ。その表情には不安はなく、むしろ安心感すら浮かんでいた。

 ハジメが自分の都合を通すために動いたのではこうは出来ない。いくら言ったままの事を実行できようと、実績で殴れなければそれを信じてもらうことが出来ないから、相手を安心させることも出来ないのだ。

 でも友奈は違う。ハジメが言うなら本当に出来るのだと信じて行動でき、それを補強して他人も信じられるようにに伝えられる雰囲気がある。それは友奈が曇りない善意で行動し、強い心で常に頼れる“勇者”を遂行しているから出来るようになったことだ。

 ハジメは友奈のこういうところが凄いしカッコいいなと思い、友奈はそこまでの道筋を築けるハジメのことが本当に心強いなと思っていた。

 

「じゃあティオさんって冒険者が戻って、また出られるようになった時に僕らも行けるように準備しようか」

 

「それなら明日には戻ってくるはずだ。だから次に出るのは明後日の晩くらいになると思う。休みなしで挑めるような場所ではないが、余裕もないので無茶をしてもらってこのペースだ。怪我などしていれば後ろにずらすことになるな」

 

「わかりました。じゃあ休んだ後にでも挨拶しに行こうと思うので、言っておいてもらえますか?」

 

「ああ、伝えておこう。“勇者”である高嶋殿から声をかけるなら彼女も喜んでくれるだろう」

 



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【グリューエン大迷宮】の試練

「快適な旅じゃったの~。錬成師ってこんなんじゃっけ?」

 

「ハジメさんが変なだけですぅ。一緒にしてると普通の人たちが泣きますよぉ?」

 

 ビィズ推薦の冒険者、ティオの先導の元、ハジメ達はグリューエン大火山の麓まで辿り着いていた。

 道中の砂塵や魔物、高熱にと厄介な障害はあったが、ハジメ製の魔法具とシアの超魔力量で解決した。どころか“錬成”で一時的に砂地を舗装路に変えたことで歩くのも楽になった。魔法具を担いだシア、ハジメを背負った友奈は最悪なくても問題なく駆け抜けただろうが、現地人のティオはこうしないと進むのに時間がかかるだろうと考えて少し多めに手札を晒した結果だ。

 しかしティオは思ったより優秀で、ここまでの介護は必要なかったかもしれない。ハジメが大迷宮に籠った後はシアとティオに往復してもらうことになるので、片方が足を引っ張らないと言うのは嬉しい誤算だった。

 

「しかしここからが本番じゃ。見ればわかるが壁みたいじゃろ?」

 

「そうだね。これだと魔力足りるかな?」

 

「いけると思いますよぉ。ティオさん一人でも進めた程度ですし、往復分でも余裕をもって」

 

「一人で進むのと複数人で進むのは勝手が違うんじゃが……シアなら本当に持ちそうじゃの」

 

 【グリューエン大火山】は七大迷宮の一つとして周知されているが、【オルクス大迷宮】のように冒険者が頻繁に訪れるということはない。それは来ても魔石などの成果物がほぼ得られないというも大きいが、一番の理由は入り口に辿り着くことすら困難だからだ。

 道中でさえ砂塵が吹き続ける過酷な道のりだったというのに、【グリューエン大火山】をすっぽりと覆うように特濃の砂嵐が渦巻いている。もはや竜巻というより流動する壁である。

 そして一人で進むなら自分だけ風属性魔法などで守ればいいが、複数人で進むとなると大きく安全域を確保する必要がある。なぜなら魔物に襲撃された時、砂嵐を弾いた空間からはぐれてしまえばアンカジ公国まで戻りでもしなければ合流できないからだ。大人数なほど辿り着くために多くの魔力が必要となるのが【グリューエン大火山】という環境だった。

 

「どう南雲くん? いけそう?」

 

「んー、いけるだろうけど、これだと地中を進んだ方が楽かな。歩けるくらいしか砂が動いてないし、トンネルを掘れそうだ。魔物が出る度に戦うスペース確保したとしてもそっちの方が効率はいいと思う」

 

 そんな障害もハジメにかかれば丸裸だ。“鉱物系探査”で砂を探れば、濃度の変化から流れを理解できる。おそらく装甲車のような物でも用意して足元だけ錬成で固めて進めば、魔物に対処出来れば真っ直ぐ進むだけで突破できるだろう。なら砂の動きが少ない地中にトンネルを作って進んだ方が楽だ。

 幸いシアの超魔力量で魔石は温存出来ているので、隠した技術を使わなくても足りるくらいの魔石は温存出来ていた。

 

「なら頼らせてもらいたい。帰りは普通に歩くことになるんじゃから、楽できるところは楽したいしの」

 

「ええ、任せてください」

 

 ティオの頼みも受け、ハジメがトンネルの製作を行う。人目がなければ砂漠の熱気を魔力に変えてトンネルを掘るところだが、今はティオがいるので魔石を使用していた。

 そんなハジメを、誰にも怪しまれず、しかし念を入れてティオは観察する。

 

「(やはり底が見えんの。手札を伏せているのは挙動から察せられるが、内容までは無理じゃな。まぁ妾は本職でもないし仕方ないか。

  それより手札を伏せてもこの技術力。味方なら頼もしく、敵なら厄介じゃな。はてさて、どうすべきか)」

 

 ティオはただの腕の立つ冒険者として活動しているが、その正体は既に滅んだとされる竜人族―――高潔で清廉で強大、しかし面白みがなく神に潰された種族―――その生き残りの中でも姫と呼ばれる高貴な存在である。

 そんなティオが隠れ里を離れ、人間族の領地を旅していたのには勿論理由がある。

 簡潔に言うと友奈たち異世界からの来訪者(神の使徒)について調べ、その対処を見定めることだ。召喚された時の魔力から言って、弱いわけがない。どのような性質のものであれ、大きな影響を及ぼすとあれば放置は出来なかった。

 友奈PTは移動し続けており捕まえづらく、オルクス大迷宮に挑んでいる方は接点が作りづらい。その為に冒険者として地位を築き、実を結んだのが今回の出会いだった。

 

「(勇者の方は善良なのは間違いない。ついて来とるシアもあり得ん位強いが、亜人族として善良じゃ。しかし錬成師の方は言い切りづらい。勇者が拒んどらんから悪性ではないじゃろうし、善寄りの凡俗と言ったところかの?)」

 

 竜人族は長命で、若く見えるティオもこれで500歳越え。しかもその年月を人間と同じような時間間隔で自身を磨き続けている貴種だ。人を見る目も、相手の目を欺く技術も、ハジメ達若輩とは比べ物にならない。

 当然のごとくハジメたちの性質はほぼ見通された。

 友奈は窮地にあっても折れず誰かのために戦え、シアも戦士として意志を貫き、ハジメは状況が変われば流されて変わるだろう。

 

「(ゆえにこそ錬成師は期待できそうじゃの。勇者も単体では負け続けじゃが、ストッパーとしては最適。素直に素性喋って協力願えんかの~)」

 

 強く善良なだけでは神に勝てないのは竜人族の敗北によって証明済み。神による被害を防ぐにしろ、逆に神を倒しに行くにしろ、良く言えば柔軟なハジメが重要で、このチームは理想的な構成だと言えるだろう。

 オルクス大迷宮挑戦組の情報は得られていない状況ではあるが、もうこちらに全賭けしたいくらいだった。

 

「(まぁ今は聞き分けよく深入りは避けておくかの。聞かれたくないことありそうじゃし、繋がりを作れば十分じゃな)

 ここを通っていけばいいのか? 本当に助かるの~」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティオさん、スゴイ人だったね。アンカジの人たちが言ってた通りだったよ」

 

「そうだね。こんな面倒な仕事よくやれてると思うよ。状況的にやらないのも逃げるのもきついって言ったってさ」

 

 【グリューエン大迷宮】に辿り着き、運搬組とは別行動をとるハジメと友奈。

 必要量の静因石と、それを外部に少しずつ出す仕掛けと収納箱を設置し、大迷宮攻略を始めていた。そこで話す内容はつい先ほどまでいた現地人、ティオのことだ。

 トータスの現地人は基本的に転移者に比べてスペックが低い。だがティオには(彼女が見せた範囲だけで)抑えたシア並みの実力があった。それだけで驚異的なのだが、二人が話すのは精神面でのことだ。

 大迷宮とアンカジ公国の往復は過酷だ。ただ往復するだけでも命懸けで精神を削り、魔物も他より強く気が抜けない。余裕をもって往復できる実力者だろうと、ティオと同じペースで静因石を運び続けていればあっという間に疲弊するだろう。少なくともハジメには無理だし、友奈でも続けられはするが疲弊を隠せなくなる。

 だがティオはそんな素振りも見せない。自然な明るさを曇らせることもなく、縁もゆかりもないアンカジ公国の人々を助け続けている。浮世離れどころではない、超常的な精神性だと言えた。

 

「ああいう人とは繋がりを作っておきたいな。悪さするんじゃなきゃ大抵力になってくれそうだ」

 

「そうだね。何かあっても助けられるし、助けてもらえる! こういうのっていいよね」

 

 ハジメはこういう時に他人を巻き込むことを躊躇しないが、友奈は基本的に自分が頑張るタイプだ。だからこういう風に他人を巻き込む際には意見が分かれ話し合いになるのだが、自然と友奈はティオを自身と同じく「他人のためになることを勇んで行える者」として一方的に守り助ける対象ではないと見做していた。

 ケツの穴に杭を打ち込まれ、理想のご主人様を見つけてしまい、被虐性癖に覚醒した時だろうと(途中グダグダになるが)結果は変わらないだろう。これがティオ・クラルスという貴種の在り方ゆえの結果だった。

 

「それにしてもこの大迷宮、熱い以外何もないんだね。魔物も一体も出ないし。何か仕掛けられてないかな?」

 

「―――確かに最初に挑める大迷宮の一つにしても余裕だ。警戒網を厚くしておくよ」

 

 二人は改めて警戒を強めたが【グリューエン大迷宮】は楽な環境では決してない。

 【グリューエン大迷宮】のコンセプトは『過酷な状況下における集中力の阻害と奇襲への対応を磨くこと』である。魔物肉を食って限界突破した超人でも汗だくになるほどに気温が高く、かつマグマが流れ足場が限定された通路。空中にもマグマが川のように流れ、兆候もなく弾けてマグマが噴出する。トータス現地人では最高位の冒険者でも歩いているだけで命懸けだ。

 だが重力魔法を習得したハジメにとっては何の障害にもならない。気温が高ければ適温になるまで熱を魔力に変換すれば補給も出来て一石二鳥だし、マグマだって同じように熱を奪って石に変えれば全く脅威ではない。気付かないうちにマグマに潜んだ魔物を冷やし固めて倒してしまっているため、文字通り無人の野を行くがごとく素通り出来てしまっているのだった。

 

「「…………………………」」

 

 二人は警戒したまま進み続ける。

 しかし大迷宮メタと言うべき対策を取っている以上、苦戦することは出来なかった。最終関門を含めて全ての障害を無効化しながら進み、結局何もないまま二人は【グリューエン大迷宮】を攻略するのだった。

 




どうにか盛り上げようと考えました。
でもハジメの技術がグリューエン大迷宮メタ過ぎて無理でした。熱いだけとかハジメにとってはエネルギー潤沢に用意してくれてるだけなので。


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