語られなかった者たちの饗宴 (ゆくゆく)
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聖女の夢

マジ聖女ちゃん設定が少なくて難しすぎる。


 ()()は有り得ないはずのもので、

 

 ()()は許されないはずのもので、

 

 だけれども1度気づいてしまったのならもう戻れないものなのだ。

 

 たとえ一時の気の迷い、世界が見逃したバグなのだとしても、いや、だからこそ行動に移さねばならないだろう。

 

 「……ジョゼット、私のわがまま聞いてくれますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新大陸の攻略が着々と進む中、俺は旧大陸に戻ってきていた。

 

 「えっと?待ち合わせはここでいいんだよな」

 

 ジョゼットのやついきなり呼び出してきてどういうつもりだ?いや、この場合呼び出してきたのは聖女ちゃんなんだが……

 

 「あ、ごめんごめん!待たせちゃった?」

 

 激しい音を立て、いつもの馬車と共にジョゼットが現れる。

 

 「いや、別にそこまで待ってはないんだが要件ってなんだ?」

 

 「うーん、それが私達もわかんないんだよね、聖女ちゃんが急に君を呼び出して欲しいって言うんで。しかも男の姿のままで連れて来いって言うんだよ!?せっかくまたあの姿が見れ……んん゛!まぁとりあえず乗ってよ」

 

 やっぱり前々から思ってたけどコイツ(ジョゼット)なかなかにヤバいやつだな?それはそれとして聖女ちゃん直々の呼び出し?なんかやらかしたっけ…………うーん、数個しか思いつかん。

 

 意図の分からない聖女ちゃんの呼び出しに戦々恐々としつつも馬車に揺られること10数分、俺たちはフィフティシアにある聖女ちゃんの屋敷に到着した。

 

 「うん、じゃあ前と同じで馬車を降りたらロールプレイにはいるからよろしくね?」

 

 「オーケーオーケー、完璧なロールプレイを決めてやろう」

 

 前回の時に既にここ(聖盾騎士団)のロールプレイは把握済み。世紀末円卓仕込みの騎士ロール、存分に発揮してやろう!

 

 「ふふ、期待してるよ……ではサンラク殿、聖女様がお待ちだ。こちらへ来てもらおう」

 

 「では失礼しまして」

 

 さあて鬼が出るか蛇が出るか、1つ言えるのは今の俺はユナイトラウンズ仕様のサンラク、ちょっとやそっとのことでは驚かすことすら出来ん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの…………今なんて?」

 

 騎士ロールもどこへやら、今の俺は相当なマヌケ面を晒していることだろう。それほどまでに目の前の少女(聖女ちゃん)が投下した爆弾の威力は凄まじかった。見ろよ、ジョゼットなんか平然を装ってるように見えて、産まれたての子鹿の方がまだ安定してるってレベルで足震わせてるぜ?

 

 「ええ、ですから(わたくし)とデートしてくださいな」

 

 ……聞き間違いではなかったようだ。道理でやけにラフな格好してると思ったよ。外出着ってか。

 

 「い、イリステラ様!?いきなり何を仰ってるんですか!?で、デートなら私が……!」

 

 お前も何を言ってるんだ、ジョゼット。途中までは良かったが欲望ダダ漏れじゃねーか。

 

 「ごめんなさい、ジョゼット。本来ならあなたに便宜を図るべきなのでしょうけど……その御方は貴方たち2号人類の中でも最強、故にこそサンラク殿に頼むのです」

 

 『クエスト「聖女の守護(ガード・オブ・セイント)」を受注しますか? はい/いいえ』

 

 ははーん、何となく読めた。おそらくこのクエストの発生条件は全プレイヤーの中で最初にレベル150に到達すること。つまり確実に強敵が出てくる……!いいだろう、そのデート(護衛クエスト)、完璧に遂行してやろう!

 

 「聖女様直々の御指名、我が身に余る光栄ではございますが……私をお望みとあらばこの身砕け散ろうとも貴方様を御守り致しましょう」

 

 「ふふ、楽しみにしています。それでは行きましょうか、サンラク殿」

 

 悪いな、ジョゼット。そんな顔をされてもお前を連れていくことは出来ない。いや、ぶっちゃけ護衛クエストならジョゼット1人いるだけで難易度はベリーイージーになるだろうが……それやったら確実に聖女ちゃんの好感度ダダ下がりになるからなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、聖女様。何処へ参りましょうか」

 

 「嫌ですわ、サンラク様。そんな他人行儀な話し方。イリステラ、とお呼びください。それに敬語もなしで」

 

 ………………

 

 「い、イリステラ様……」

 

 「イリステラ、です」

 

 「…………い、イリ……ステラ」

 

 「はい!何ですか、サンラク様」

 

 なるほどなるほど、よーく分かった。今の俺に必要なのは騎士ロールプレイ(ユナイトラウンズ版サンラク)では無い。完全なるチャート遂行能力(漬鮪サンラクミーム)……!!

 

 「よし分かったイリステラ、何処に行きたい?どこへだって連れて行ってやるよ」

 

 俺じゃなくてエムルがな!

 

 「サンラク様のおすすめの場所でもいいのですが……そうですね、私行ってみたいところがあるんです」

 

 「行ってみたいところ?」

 

 「はい!サードレマの近くなのでそこまでかの国のお方に飛んでもらうことは可能ですか?」

 

 サードレマの近く?旧大陸とか知らないところ多いからな……何があっても不思議じゃないか。

 

 「オーケー、とりあえずエムルとの待ち合わせ場所に行こうか」

 

 …………ん?

 

 「イリステラ?どうして着いてこないんだ?」

 

 あれか?高貴なるものは自分の足では歩けませんってか?いや、まさかな。

 

 「ん!」

 

 手?おいおい、まさか手を繋げってことか?この辺はまだ一般プレイヤーが少ない貴族街だからいいけどエムルとの待ち合わせ場所は普通に街中なんだぞ……いや、待て。相手はシャンフロが誇るアイドル、聖女ちゃんだぞ?そんな単純な答えなわけ

 

 「えっと、それは手を繋いで欲しいということで?」

 

 「はい!聞くところによるとデートではこのように手を繋ぐのでしょう?ぜひ私も!」

 

 あったわ。落ち着け、俺。ビークールビークール。相手は所詮NPC。動揺することは何も無い。

 

 「じゃ、じゃあ行こうか」

 

 「はいっ!」

 

 くぁっ……!さすがにその笑顔は効くからやめろっ……!めっちゃ可愛いじゃん……笹原氏、前も思ったけどこれに対抗しようとするのは無謀すぎるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 「おーい、エムルー。いるかー?」

 

 「サンラクサン?随分と早いおかえりですわー……ほああああ゛あ゛!?!?!?」

 

 はは、とんでもないシャウトだな。デスメタルの才能あるんじゃないか?

 

 「ちょっ……えっ……サン……ええ!?」

 

 「まあまあ、とりあえずサードレマまでゲート開いてくれ。詳しい説明は後でするからさ」

 

 「都合よすぎですわーっ!!」

 

 「ふふ、おふたりはとても仲がいいんですね」

 

 あ、やべ。ついついいつものノリでやっちまった。

 

 「そっ、そうですわっ!アタシとサンラクサンは苦楽を共にし多くの敵を打倒した最っ高のパートナーなんですわーっ!!」

 

 ふしゅーふしゅーと、全身の毛を逆立てながら吠えるエムル。おいおいどうした。めっちゃエキサイトしてるじゃん、人参が足りないのか?

 

 「ほーれエムル、人参だぞー」

 

 「わぁい」

 

 ポリポリと人参をかじるエムルさんマジチョロイン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全く!今回だけですわーっ!とぷりぷりしながらもゲートを開いてくれたエムルに感謝しつつ、俺たちはサードレマまで来ていた。

 

 「それで?行きたい場所っていうのは?」

 

 「えっと、確かこちらの方に……」

 

 「あ、おい!」

 

 いくら街中とはいえ裏路地にはゴロツキなんかが普通にいるからな。いや聖女ちゃんなら大丈夫か?

 

 「サンラク様?ほら、行きましょう?」

 

 「あ、ああ」

 

 うーん、どうにも距離感を掴みづらいな。多分俺の中で聖女ちゃんが攻略対象でなくワールドクエストに関わるキーパーソンにカテゴライズされてることが問題なんだろうが……うーむ。

 

 「あ、ここです!」

 

 「んぁ?」

 

 手を引かれるまま歩いていたら、いつの間にか目的地に着いていたようだ。にしてもここは……

 

 「こんなとこあったんだな……」

 

 「ええ、以前人づてに聞いたことがありまして」

 

 そこはまぁ、一言で言うなら自然が作り出した展望台だろう。サードレマから少し離れたところにあるここは、シャンフロの中でもかなりの絶景スポットだろう。何せ安全に海が見れる。

 

 「本当はサンラク様と一緒ならどこでも良かったのですが……恋人というものはこういう場所に来るものなのでしょう?」

 

 と、はにかみながらこちらを振り返る聖女ちゃん……いや、イリステラはまさに神話の中の1幕といった神々しさと……可愛らしさを兼ね備えていた。

 

 「あ、ああ。そうかもしれないな」

 

 口が回ってない。頭に血が上っているのがわかる。照れ隠しのためにわざと大きな動きをしながらイリステラに尋ねる。

 

 「そういえば今日はまたなんで俺を呼び出したんだ?」

 

 「……そうですね、サンラク様。これから私は独り言を言います。あくまでも独り言、ですからね?返事なんてしちゃダメですよ?」

 

 これは……何か重要なことを話すフラグだな。軽く首肯し、イリステラから視線を外して海の方を向く。

 

 「……聖女なんて言われてても私だって女の子ですから。1回気づいちゃったら我慢なんかできません」

 

 「ジョゼットにも迷惑をかけてしまいましたね、わがままを言うのはこれで2回目でしたっけ……ふふ、どちらもあなたの事ですね」

 

 

 「……私、頑張ったんですよ?私が想うと全て叶ってしまうから。そんなの嫌じゃないですかっ……!」

 

 

 「でもきっともうダメなんです。近いうちにこの想いは無かったものとして消されてしまいます。だって私は()()ですから」

 

 

 「…………だからサンラク様」

 

 「…………なんだ?」

 

 呼ばれ振り向けば、あんなにも感情を表に出すことはなかった聖女ちゃんの表情は涙でクシャクシャに歪んでいて……その顔はとても近くにあった。

 

 「私個人のどうしようもないわがままで申し訳ないのですが…………願わくば貴方の中に私という存在が永遠に刻まれますように」

 

 …………それは反則じゃないだろうか。こんな顔されて、こんな事されて、忘れるなんて出来るはずがない。

 

 「んっ…………イリステラ、俺は……」

 

 「……ふふ、それ以上はダメですよサンラク様。それ以上は……私が我慢できなくなってしまいますから」

 

 「そうか……」

 

 彼女がそういうのならこれ以上の関わりは無いものと思おう。明日からはまた俺は開拓者へ、イリステラは聖女へと戻る。であるとしても、今この瞬間。世界に2人しかいないような感覚の中、なにか言葉を交わす訳でもなくただ身を寄せ合うこの時間。それはこれからも俺の中に刻まれ続けていくのだろう……

 

 『分岐エンド:クエスト「少女の夢の守護(ガード・オブ・メーヒェントラオム)」をクリアしました』

 



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たな……ばた……

楽紅だよ。付き合ってる時空だよ。


 本日7月7日は七夕である。……もう一度言おう、七夕である。幕末では報酬「流星刀・綺羅星」が獲得できる一日限定イベが行われ、ネフホロではモデル:Shooting-Starのネフィリムが獲得できる。ギャラトラ?あそこはどうせまたチーム彦星とチーム織姫に別れて天の河大戦争だろ?やってられっか。

 

 ……とまぁ、ゲーマーにとっての七夕とはイベントが重なる日であり、当然去年までの俺なら一日中フルダイブしていた。そう、去年までの俺なら。

 

 「そろそろか……?ぅおっ!」

 

 ちょうど携帯端末を持ち上げたタイミングで電話がかかってきたもんだから少しわたついてしまったが何とか電話に出る。

 

 「あー、もしもし?」

 

 『楽郎さん、こんばんは!私です!』

 

 今夜の俺は普段とは一味違う。秋津茜……隠岐紅音と電話デートの予定なのだ……!

 

 「おう、こんばんは紅音。どう最近?」

 

 『最近ですか?……あっ!今日ですね、練習の時に自己ベストを更新したんです!』

 

 「へぇ、そりゃ凄い。みんなからも褒められたろ?」

 

 『はい!でも自己ベスト更新したって聞いた時に1番最初に楽郎さんに褒めて欲しいなって思いました!』

 

 「んん"っ……そ、そうか。よくやったな紅音!凄いじゃないか!」

 

 まだこういうのに慣れてないせいかついつい語彙力が消失してしまう。……慣れる時来るのか?これ。

 

 「えへへぇ……ありがとうございます!次も頑張りますね!!」 

 

 「ああ、頑張れよ。次の試合も見に行くからな」

 

 「はい、期待してますね!ところで楽郎さんの方は最近どうですか?」

 

 俺の近況、か。幕末とかは紅音はやってないからな。それ以外となると……

 「ああ、そだそだ。この前映画のチケット貰ったんでな、今度一緒に行かないか?」

 

 『映画ですか!いいですね、是非!最近会えてなかったから楽しみです!』

 

 「お互い何だかんだで忙しかったからなぁ。じゃあそれはまた今度で。……そういや今日は七夕だけど紅音は短冊とか書いたのか?」

 

 『書きましたよ!友達と一緒に学校の短冊に書いてきました!』

 

 「へぇ、ところで何を書いたか聞いても?……ああいや、こういうのは聞いたらダメなんだっけか」

 

 『大丈夫ですよ?もう叶いましたから!』

 

 「へぁ?」

 

 もう叶った?織姫と彦星仕事し過ぎでは?

 

 『楽郎さんともっといっぱい会えますようにって!だからもう叶ったんです!』

 

 ……ああ、なるほどね。というかそれを学校の短冊で書いたのか……だいぶそれ恥ずかしいことにならないか?

 

 『楽郎さんは短冊書いたんですか?』

 

 「いや、特に書いてないなぁ。家にも特に笹とかは飾ってないし」

 

 『じゃあ今言いましょう!今夜は晴れてますし、星を見ながらいえば叶うかもしれませんよ?』

 

 「はは、何だそれ。流れ星と混ざってないか?まぁ良いけどな」

 

 おお、特に気にしてなかったが今日の夜空はすごいな。正しく満天の夜空、今にも降り注いできそうだ。紅音も同じことを思ってるのか電話口からほわぁーっていう感嘆の声が聞こえてくる。

 

 『……はっ!ついつい見とれてました!それでは楽郎さん、願い事をどうぞ!』

 

 「んー、そうだな……」

 

 願い事ねぇ。ここでゴルドゥニーネ勝利祈願をするのも何か違うし……そうだな、紅音にならって俺も……

 

 「紅音とずっと一緒に居られますように、かな」

 

 『ふぇっ……ら、ららら楽郎さんそれって……!』

 

 ん?なんか紅音の様子が……あれ?ひょっとして今のってプロポーズ?

 

 「ち、違っ!いや、違わないけど!もっとこう、純粋な意味で!!」

 

 『で、ででですよね!はい!私も楽郎さんとずっと一緒に居たいです!!』

 

 「お、おう!」

 

 「『…………』」

 

 「ふはっ」

 

 『ふふっ』

 

 「はははははは!」

 

 『あはははははっ!』

 

 2人して慌てまくってたのが何となく面白くて2人して笑って、きっとこういうのを積み重ねてずっと一緒に居るんだろう、俺たちは。

 

 「あー、笑った。……ん、紅音!空!」

 

 「え?あーっ!流れ星です!お願いしなきゃ……ああっ!消えちゃった!」

 

 「いや、これ……!」

 

 1つ、2つ、3つ、4つ……幾つもの星が降り注ぐ。七夕の日に流星群とは……運がいいのか悪いのか、彦星達は会えないんじゃないのか?

 

 「紅音……願い事、言おうか」

 

 『……はい、そうですね楽郎さん』

 

 「『楽郎さん(紅音)とずっと一緒に居られますように』」



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やぁんでれぇ!

キャラ崩壊注意です。闇光属性無理な方もお勧めしません。タイトルは3秒で考えました。


 

 「楽郎さんって結構女の子に人気ありますよね」

 

 「おおう……いきなりどうした」

 

 「ちょっと思ったんですよね。斎賀さんや永遠さんみたいな綺麗な人に囲まれてて…………でも楽郎さんが1番好きなのは私ですもんね!」

 

 「まあそだね」

 

 ……最近紅音の様子がおかしい。表面上は変わらないし明るいままなのだがなんと言うかこう…………狂気的?そんな感じがする。今だってデート中だぞ?普通そんな時にほかの女の話をするか?

 

 

 「ま、まあいいや。次はどこ行く?」

 

 「どこだって良いですよ?楽郎さんの行きたいところならどこでも」

 

 「お、おう……じゃあゲーセンで……」

 

 「はいっ!行きましょうか!あ、ここは私が払っておきますね?」

 

 「え、いやいや。年下の女の子に奢らせる訳には行かないって」

 

 「うふふ、良いんですよ楽郎さん。何も出来なかった私が貴方のために何か出来るのがどうしようなく幸せなんですから」

 

 「いや、にしたって……せめて割り勘で!」

 

 「……全く楽郎さんもしょうがない人ですねぇ。分かりました、今回は譲ってあげます」

 

 いや、怖ぇよ!やっぱり変だって!

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 道を歩く時はいつもこうだ。車道側には俺が立つといくら言っても譲らず俺の腕に引っ付いている。それでいて妙にご機嫌……最近は紅音のことを怖く感じるようになっている。

 

 「……あ、玲さんじゃん。久しぶり、こんなとこでなにしてんの?」

 

 「へ?……ひゃっ!?りゃ、りゃくろうくん!?」

 

 「はは、まだバグるの直ってないんだね……あ、ごめん。急いでるから行くね」

 

 「あ……は、はい」

 

 玲さんには悪い事をした……いや、こっちの方が玲さんのためか。なんせ今俺の隣には…………狂犬が居る。先程までの笑顔はどこへやら、凄まじいまでの無表情である。それでも先程までと変わらず俺の腕に引っ付いてきてるんだぞ?ホラーでしょこんなん……

 

 「あー、紅音?大丈夫か?」

 

 「っはいっ!大丈夫ですよ!」

 

 そのくせ俺が声をかけると直ぐに元の笑顔に戻る。正直道を間違えたとしか言いようがない。こんな関係いつか破綻する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 ゲーセンで適当に時間を潰し、そろそろ日も傾いてきた。

 

 「んじゃ紅音、そろそろ帰るか」

 

 「……私もっと楽郎さんと一緒にいたいです」

 

 「いやいや、そろそろ帰らないと時間的にもまずいだろ?」

 

 「……? 楽郎さんが泊めてくれればなんの問題もありませんよ?」

 

 ……これはまずい。もう手遅れな気もするが、紅音がこれ以上道を踏み外す前に止める必要がある。

 

 「紅音……大切な話がある」

 

 「はいっ!なんですか!?……あ、まさかけっこ「別れてくれ」ん……?」

 

 「あの、すみません楽郎さん。いまなんて?」

 

 「別れてくれ、と言った。このままじゃ俺たちはダメになる。だから一旦距離を置こう」

 

 「あ…………あははははっ!何言ってるんですか、楽郎さん!そんな事しなくても私は楽郎さんのこと大好きですよ!あっ、そうだ!そんなに不安ならずっと一緒にいてあげます!ずううぅっと一緒に!!」

 

 どんなに言葉を並べられても……俺の表情は変わらない。それが紅音にも伝わったのだろう。顔から色が抜けていくのがわかる。

 

 「そう、ですか……本気なんですね?」

 

 こくり、と言葉は出さずに首を縦に振る。

 

 「分かりました……さようなら、楽郎さん」

 

 そう言って紅音は走り去ってしまった。……辛いさ、もちろん辛い。一生大切にしようと思った。ずっと一緒に居たいと思った。でもあのままじゃダメだ。ああいう兆候を見せてるやつがまともになったのを俺は見た事がない。

 

 「……帰るか」

 

 紅音が見えなくなったのを確認し踵を返

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………ここは?俺は一体……?目は何かに塞がれている。手は後ろ手で縛られている。そして体に残る痺れ。……マジで何があったんだ?

 

 「ああ……起きたんですか……?」

 

 聞き覚えのある声。しかしいつもの光を帯びた煌めくような声でなくどろりとした闇に包まれたような声。

 

 「らくろうさんが悪いんですよ……?私から離れようとするから……」

 

 目隠しを取られた視界に入ってきたのは見覚えのある目。しかしいつもの希望と喜びに彩られた目ではなく、狂気と愛慕に満たされた目。

 

 「でも大丈夫です……これからはずっと、ずぅっと…………一緒ですからね……?」

 

 深い狂愛を宿した笑顔。常に彼女が見せてきた純粋な笑顔とは正反対のそれを…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………美しい、と思ってしまった時点で俺の運命は決まった。

 

 

 

 



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ヴィジランス 処すべき

思いつきで書いたせいでクオリティはお察しだよ。漫画化爆弾のせいで語彙力もお察しだよ。


 「あ、サンラクさん!こんにちは!」

 

 「おー、秋津茜。……え、これどういう状況?」

 

 絶賛リヴァイアサン第3殼層攻略中の俺たち一行は道中秋津茜とその野良パーティーに出会ったのだが、そこには秋津茜が手を差し出しそこに跪く成人男性とかいう訳の分からん絵面が展開されていた。……え、マジでどういうこと?

 

 「えっとですね、この人……あ、ヴィジランスさんは竜血鬼という種族なんですが他人の血を吸うとバフがかかるらしくて、私の血を吸うとなにか特別なバフがかかるんじゃないかって!だから協力してます!」

 

 「ほ、ほーん……」

 

 竜血鬼ねぇ……血を吸うとバフがかかるというのはなかなか面白い能力だが重要なのはそこでは無い。秋津茜の?血を?吸う?こいつが……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………何だろう、この感じ。飼っている犬が他の人に懐いてるのを見た時のようなモヤっとした気持ちは。別にヴィジランス何某の言っていることは間違ってないし、秋津茜の血に特殊なバフがある可能性は捨てきれない。だが……

 

 「待った」

 

 「へ?」

 

 「どうしたんですか?サンラクさん」

 

 「あー、何だその……ヴィジランスだっけか?吸うなら俺の血を吸え」

 

 ……何言ってんだマジで。この言い方完全に変態だろ。あ?もう既に変態だろって?うるせー、文句ならリュカオーンに言え。

 

 「は?……え、ツチノコさんそういう趣味?」

 

 「違うわボケ!……あー、なんだ。俺は全プレイヤーの中で最高レベル、検証の対象としてはバッチリだろ。それに自分で言うのもなんだが俺は秋津茜より捕まりにくいぞ?出来る時に検証した方がいいんじゃないのか?」

 

 「うーん……確かにそうか。ツチノコさんの血を吸わせてもらったとかネタになりそう。じゃあ失礼するわ」

 

 「おう、ドンと来いや」

 

 半裸だとこういう時に気軽に腕を差し出せるな。メリットにはなり得ねぇけど。

 

 「…………っ」

 

 うえぇ、変な感じ……感覚としては血液検査とかの感覚なんだが視覚情報と乖離しすぎてる……

 

 「……ふぅ。あ、なんか普段よりバフの効果値高いな。レベル関係あるかも」

 

 「……そーかよ。んじゃ俺はもう行くからな、じゃあな秋津茜」

 

 「あっ、はい!ありがとうございました!」

 

 あー、くそ。秋津茜の代わりしたのちょっと後悔するくらいには不快感あったわ。ホントなんで代わろうと思ったんだ……

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「くくく、おいおいサンラク。お前あんなに必死になってあの子の代わりしようとか大好きかよ」

 

 「はぁ?何言ってんだサバイバアル。あれはそんなんじゃねぇだろ」

 

 ……そう、別に独占欲とかではなく単純に秋津茜の教育に悪いからであって……

 

 「いやいや、普段のお前なら検証のためなら命も惜しまねぇだろ。それを血を吸うだけであんな反応するってことは……なぁ?あの子結構若いだろ?ロリコンかぁ?ロリコンサンラクくんなのかぁ?」

 

 「よし分かった、お前はデスをご希望のようだな!」

 

 ロリコンはてめぇだろうがァ!!このモヤモヤ全部ぶつけたらァ!!




別に2人は付き合ってない設定です。


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人形の勇気

サイナ!可愛い!ヒロイン!Foooo!!


サンラク:おい

 

サンラク:おい、ペンシルゴン

 

鉛筆騎士王:んー?どしたの、サンラクくん。またなにかユニークでも見つけたのかい?

 

サンラク:いや、ちょっと相談したいことがあってな。アーサー・ペンシルゴンに、じゃなくて女心に詳しいカリスマモデルの天音永遠に。

 

鉛筆騎士王:ほほーう?なるほどなるほど。いいよ、私を選んだセンスを評価して聞いてあげよう!

 

サンラク:助かる。それでだな……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

鉛筆騎士王:ふぅん、なるほどねぇ……サンラクくんにも可愛いところあるんだねぇ

 

サンラク:るっせ、それで?どうしたらいい?

 

鉛筆騎士王:そうだねぇ……あっ、そうだ。あれなんかいいんじゃないかな。まぁシャンフロにあるのかは知らないけど。

 

サンラク:ん?あれってなんだ?

 

鉛筆騎士王:ふふふ、それはねぇ……

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

サンラク:……ふーん、そういうものなのか?

 

鉛筆騎士王:まあ送る相手にもよるけどねぇ、あの子なら喜ぶと思うよ?

 

サンラク:なるほどなぁー……こういう時は頼りになるな、お前。普段からこうならいいんだが。

 

鉛筆騎士王:えー、相談に乗ってあげたのにその反応ー?

 

サンラク:悪い悪い、感謝してるって。

 

鉛筆騎士王:ふふ、まあいいでしょう!頑張ってねぇー

 

サンラク:ああ、分かった。ありがとな!

 

 

 

 

 

 「さて、どこで探したもんか……」

 

 「あ、おはようですわサンラクサン!」

 

 エムルか……一応聞いてみるか。

 

 「なぁ、エムル。■■ってどこに売ってるか知ってるか?というかそもそもある?」

 

 「■■ですわ?……えーっと、えーっと……あっ!確かピーツのところで売ってたはずですわ?」

 

 お、ラビッツで売ってたか。それは助かる。手間が省けたな。

 

 「でもサンラクサン、そんなもの買ってどうするですわ?自分で使うとか?」

 

 「いや、そんなわけないだろ。女になれるからってわざわざそんなことしねぇよ」

 

 まあ男がいきなりこんなもの欲しがってるって聞いたら疑問に思うのも無理ない、か。

 

 「んじゃちょっくら行ってくるわ」

 

 「行ってらっしゃいですわー」

 

 

 

 

 

 

 「おらぁピィツゥー!」

 

 「うわぁぁぁサンラクさん!?また金奪いにきたんかぁ!?」

 

 「バーカちげーよ。今回は買い物だ」

 

 「へ……?まぁそういうことなら歓迎やけど……何が欲しいんや?」

 

 「ああ、エムルから聞いたんだが■■ってあるか?」

 

 「へ?まぁありまっせ?でもそんなもの買ってどうするんや?」

 

 「いいだろ、別に。ほら、これで足りるか?」

 

 「まいどあり!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 さて、物は用意した。渡す場所もある。あとは誰かが入ってこないか気をつけるだけだが……まあペンシルゴンのやつは来ないだろうしカッツォは最近忙しいらしいから大丈夫だろ。

 

 「【転送・格納空間(エンタートラベル)】!」

 

 「あーあー、んよし。おーい、サイナー」

 

 「返答(はい):どうしましたか契約者(マスター)?」

 

 「あー、その何だ……」

 

 「……?何か問題でも?」

 

 「……よし!ほら、これやるよ」

 

 うぐぐ、覚悟を決めたつもりだったがいざやるとなるとなかなかに恥ずかしいな……

 

 「疑問:これは一体?何かの拡張パーツですか?」

 

 「あのな、そんなもんわざわざラッピングしてまで送るわけねぇだろ。あれだ、オルケストラでは世話になったし普段もなんだかんだ助かってるから日頃のお礼みたいな感じだ」

 

 「なるほど……開けてみても?」

 

 「あ?ああ、いいぞ」

 

 頼むぞペンシルゴン。サイナの好感度を保てるかはお前にかかってる……!

 

 「……これは口紅、でしょうか」

 

 どうだ……?見た感じ怒ってはないが喜んでもいない。成功か……?

 

 「制止(ちょっと待て):ドールサービスに接続……検索:口紅 送る意味」

 

 あ?意味?そんなのあるのか?……いや、そりゃあるか。花言葉なんてものがあるくらいだ。口紅にあってもおかしくはない。っても母親に送ることなんかもあるらしいからそんな深い意味じゃないだろ。

 

 「……検索、終了……」

 

 「ん?お、おいサイナ。大丈夫か?なんか頭から湯気出てんぞ?」

 

 おいおいまさかぶっ壊れたりしないだろうな。直せそうなところなんて象牙くらいしか思い浮かばんぞ?

 

 「い、いえ大丈夫です、大丈夫ですが……」

 

 「……了解:当機(わたし)も覚悟を決めました。貴方なら、当機を導いてくれた貴方なら相手にとって不足はありません。どうぞご自由に」

 

 そう言って目を閉じ顔をこちらに向けてくるサイナ。……?どういうことだ?分からなかったのでとりあえず頬を引っ張ってみる。

 

 「ほわっ……!最低(何すんだバカ):契約者(マスター)には女心を理解しようという気は無いんですか」

 

 「女心……?すまんサイナ。マジで分からん。口紅を送ることになにか特別な意味とかってあるのか?」

 

 「落胆(マジで言ってるのか):契約者(マスター)にはガッカリです。ええ、とっても。インテリジェンスが足りて無さすぎです。…………アナタとキスしたいって意味なんですよ、バカ」

 

 へぁ!?そんな意味あんの!?……あんのクソ鉛筆、今度あったら確実に〆る。絶対だ……!ええい、それより考えろ、考えるんだ。ここで回答をミスったら確実にサイナの好感度はダダ下がり。ヘタしたらゴルドゥニーネのユニークにも関わりかねない。……それに何より、サイナにこんな顔させて、期待させておいて勘違いでした!ごめーんね!なんて言えるわけが無い。

 

 「サイナ聞いてくれ。確かに俺はその意味を知らなかったし、そういう意味で送った訳でもない。だけどお前に感謝してるって言うのは本当だし、別にそういうことがしたくないというわけでもなく……だから、その……だな」

 

 「……もういいです」

 

 ……っ!いよいよもってまずい気がする!なんかもう嫌だ!フラグ管理だとかユニークだとかそれ以前にサイナに嫌われたくな……

 

 「ん…………今はこれだけで我慢してあげます。だからいつか……貴方の方からして来てくださいね」

 

 頬に一瞬当たった柔らかい感触と間近で聞こえたサイナの声。それはさっきまで高速回転していた俺の思考を止めるには十分すぎる破壊力を持っていた。

 

 「あ……え……?」

 

 「推奨:思考が纏まっていないようなので(恥ずかしいから)速やかな退去をおすすめします(さっさと出てけ、バカ)

 

 「……あー、【転送・現実空間(イグジット・トラベル)】」

 

 訳分からん……とりあえず今日はもうログアウトして寝よう。明日の俺がきっとどうにかしてくれる。

 

 

 

 

 

 ◆ その後の某格納空間内

 

 「き、期待したのに……!バカ!バカマスタァー!!」

 




え?サイナのキャラが違うって?……Nパッチの力だよ。


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光と闇は混ぜるな危険

私には闇属性光ifは書けなかったよ……


 

 「てめぇっ!何考えてやがる!!」

 

 

 事の発端は新大陸での冒険中だった。特にやることも無いためまだ行ったことのない場所に行こうとしたら、偶然秋津茜に出会ったため一緒に冒険をしたのだが……その日以降どうも秋津茜の様子がおかしいので聞いてみたんだ。

 

 「なぁ、秋津茜。最近なんかちょっと元気なくないか?何か悩み事でも?」

 

 「あ、何でもな…………サンラクさん、その、私が今から言うこと誰にも言わないって約束してくれますか?」

 

 普段の溌剌とした姿からは想像できないような神妙な態度。特に断る理由もなかった俺はその約束を受けた。

 

 「えっと、実はその…………」

 

 秋津茜から語られた内容を聞いた俺は直ぐにフレンド欄を開いてある人物を呼び出した。当然のようにすぐに現れたそいつに俺は罵声をたたきつけ……話は冒頭に繋がる。

 

 

 

 「えぇ……?いきなりどうしたのぉ、サンラクくぅん……すごくハッスルしてるじゃぁん……あ、ひょっとして迸るパトスを抑えきれずに私を呼んだのかなぁ!?」

 

 普段なら多少イラつく位のこいつの下ネタも妙に癇に障る。

 

 「お前なら俺が怒ってる理由くらいわかるだろ?」

 

 「……まあ心当たりはあるねぇ」

 

 すっ、と張り付いていたような笑顔が消え、無表情になる。だが、だからといってここで引く訳には行かないんだ。

 

 「そうか。じゃあ聞くが何であんなことをした。普段のお前ならもう少し分別はあるだろ」

 

 「……いやぁ、本当は警告くらいで済ませる気だったんだけどねぇ……いざ目の前に立ったら自分でもびっくりするくらい感情が抑えられなくてねぇ。……ああ、思い返しただけでもイライラする……!」

 

 ……まあ、そんな気はしていた。秋津茜とディープスローター。完全に相反する光と闇の2人の相性がいいわけが無い。

 

 「ああああ、イラつくなぁ……!何がきっと上手くいくだよっ……!こっちの気も知らないで!ねぇ!サンラクくん!何あの娘!?あんな穢れを知らない人間なんているはずがない……()()()()()()()()()!!」

 

 「……ああ、そうだよぉ……ボクがあの子を唆した。ちょちょっと人間の暗い部分を見せてやったらすーぐ暗い眼をしちゃってさぁ……ああ、むしろ感謝して欲しいよねぇ……!早いうちに人間の醜さを知れたんだっ……!?」

 

 ……体は勝手に動いていた。コイツの前で感情に身を任せた行動をとるなんて愚策中の愚策。そうとは分かっていても止められなかった。

 

 「……サンラクくん……?なんでこんなことするの……?……ああ、あの子のことが好きなのかなぁ……?そうだよねぇ……こぉんな何考えてるか分からない奴よりああいう可愛らしい子の方が良いよねぇ……!」

 

 軽く頭を傾けながらにじりよってくるディープスローター。割とヤンデレ系のホラゲでよく見る動きといえばわかるだろうか。

 

 「は?何言ってんだ、秋津茜は別にそんなんじゃ」

 

 「じゃあ何でよ!?何で私を見てくれないの!?あの子だけじゃない、最大火力の子や、あの胡散臭い子もそう!サンラクくんの周りにはいつもたくさんの女の子がいて!なんでそこに私が入らないんだよ!!」

 

 普段の本心を全く出さないディープスローターからは考えられないような雰囲気で放たれる言葉の数々。目からは涙を零し、髪を振り乱しながら掴みかかってくる。

 

 「他の子にはサンラクくんじゃなくても他の人がいるでしょ!?君に見て貰えなくても他がある!他の人は見てくれる!!でも……でも!(彬茅紗音)には他はいない!(サンラク)の代わりになってくれる人なんていないんだ!!」

 

 そして今までの勢いが嘘のように消えて俺の胸に頭を軽く触れ合わせて一言呟く。か細い声で、今にも消えてしまいそうな声で。

 

 「…………お願い、サンラクくん……君だけは、君だけは私を見捨てないでよ…………」

 

 そのまま顔を押し付けながら静かに震えるディープスローター。……正直超展開すぎてついていけない。え?これが?あの?ディープスローター?下ネタ大魔神で、モラルという概念を確実に母親の子宮に置いてきたような奴が?俺の胸元で迷子の幼子のように震えてるコイツと?イコールなんですかぁ?ウッソだろお前。

 

 「……確かにお前は俺にとってスペクリをサ終に追い込んだ原因だし、下ネタ大魔神だし、ろくな事しないし言わないし、平気で俺を攻撃に巻き込んだりするとんでもないやつだな」

 

 俺が一言言葉を発する度にびくりと体が跳ねる。正直まだこれが演技である可能性を捨ててはいないが……ここまで言われたんだ、少しくらいはこちらも本音で答えてやろう。

 

 「でもな、それでも見捨てたりはしねぇよ。大切……かはともかく居なくなったらそれなりには悲しむゲーム友達だよ、お前は」

 

 「……え……?」

 

 信じられない言葉を聞いたとばかりに頭をはね上げるディープスローター。その目は今までに見た事ないくらいに大きく見開かれて、そして涙で濡れていた。

 

 「ほ、ほんとに……?ほんとに見捨てないの?私と一緒に居てくれるの……?」

 

 その目は絶望に淀みきった目で、それでも一本の藁を求め縋るような目で……そして俺はそんな目には弱いんだ。

 

 「……はぁ、周りのヤツに迷惑かけないならな」

 

 「……うんっ……!かけない、かけないから……だから一緒に……居て?」

 

 「あー、もうしつこい!一緒に居てやるって言ってるだろ!」

 

 「……あ、うん……」

 

 なんだ急にしおらしくなって。ほんとにコイツディープスローターかよ。あ、後ろ向いた。どっかからタオル取り出して?顔を拭いて?

 

 「……うぇへへへ、言質は取ったよサンラクくぅん……?」

 

 「んなっ……お前やっぱ演技だったのか!」

 

 くそっ、やはりこいつに同情とか無意味だったか!

 

 「んふふぅ……一緒に居てやるってそれはもう求婚なのではぁ……?録音してなかったことを後悔してるよぉ!」

 

 「だぁー、クソが!もう知らねぇ!マジで知らねぇ!俺の同情を返せ!」

 

 叫んだ瞬間軽く腕を引かれる。イラつきながら振り返るとそこには世界が終わるあの時に見た心からの笑顔を浮かべるディープスローター。

 

 「演技じゃない、演技じゃないよサンラクくん。……ありがとう、私を見てくれて」

 

 ……ああ、クソ。本当に今日の俺はどうかしてる。なんせ今だってコイツの笑顔を可愛いと思ってしまったんだ。……本当にどうかしてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こぼれ話

 

 「つーかお前秋津茜に謝れよ。まずそれをしなきゃ前の関係には戻れないと思え」

 

 「えぇー……何が悲しくて恋敵に謝らなきゃいけないのさぁ……」

 

 「恋敵って……秋津茜はそういうんじゃないって言っただろ」

 

 「ぶぅー、どんかーん。……サンラクくんがぁ、着いてきてくれるなら良いよぉ?」

 

 「……保護者同伴?」

 

 この後しょうがないので着いてって無理やり謝らせた。この野郎直前で駄々こねやがって……子供かよ。ちなみに秋津茜はそこまで落ち込んでなかった。何でも便秘で出会った人に励まされたんだとか……いや、便秘での秋津茜ってだいぶガチムチのマッチョだろ。誰だよ励ましたやつ…………え?R18触手アタック?………………カッツォォ!!

 

 

 




オチが思いつかんかったんや……(紅鰹は書けそうにないのでここで使う人)
ディプスロさんはあれだよ、光に当てられて荒れてたんだよ。そういうことにしておこう。


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黄昏の蛇と機構の偶像

一応前回のサンサイの続き時空ですわ。


 前線拠点「蛇の林檎」新大陸支店。表向きは単なる喫茶店、裏向きは賞金狩人たちの集うこの店に今、1機の少女が足を踏み入れた。

 

 「いらっしゃいませ……おや、珍しいお客様ですね。今日はサンラク様はご一緒では無いのですか? 」

 

 「肯定:個体名:ウィンプに用がありまして、居ますか? 」

 

 「ええ、彼女なら裏で休憩してますよ。呼んできましょうか? 」

 

 「要請:内緒話をしたいので個室を用意していただけると助かります。お代はこちらに」

 

 「いえいえ、今は他のお客様もいらっしゃいませんしウィンプの知り合いの貴方なら問題ありませんよ。どうぞ、こちらへ。ウィンプを後ほど向かわせます」

 

 「ありがとうございます。それでは」

 

 

 

 「ウィンプ、貴方にお客様ですよ」

 

 「ええ……わたしきゅうけいちゅうなんだけど……」

 

 「つべこべ言わずにさっさと行きなさい」

 

 「はい……」

 

 後ろから聴こえる店主とウィンプの会話には耳をくれず案内された部屋へ向かうサイナ。今、彼女の記録媒体にはある1人の契約者の姿しか写っていなかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 蛇の林檎の中にある個室で向かい合う人型(ユニークモンスター)人型(征服人形)。しばしの沈黙の後、片方の少女が口を開く。

 

 「それで? あなたがわたしになんのようなのよ」

 

 「…………実は……その……」

 

 「……? あなたにもいいよどむことなんてあるのね」

 

 「ええ……私の中でもまだ処理しきれていないのですが」

 

 そう言って一呼吸つき、サイナは核心的な話を切り出す。

 

 「実はこの前契約者(マスター)にキスがしたいと言われまして」

 

 嘘である。

 

 「……!?」

 

 「契約者(マスター)はヘタレだったので当機の方からしたのですが」

 

 「!?!?」

 

 あまりの情報インパクトのせいで椅子から落ちかけるウィンプ。哀れである。

 

 「それ以降話せていないのでどうしたら良いかと思い相談に来ました」

 

 「………………えぇ? 」

 

 「無問題(大丈夫です):貴方にろくな恋愛経験があるとは思っていません。ただ話を聞いて欲しかったというのもあるので」

 

 「ええ、話を! 契約者(マスター)に実質告白されたという話を! 」

 

 相談したいのか自慢したいのかよく分からない態度でサイナは言う。

 

 「……もうかえっていい? 」

 

 「否定(帰しませんが?):話はほかにもあります」

 

 「個体名:ウィンプ。貴方、契約者(マスター)に恋慕を抱いてはいませんか? 」

 

 「……!?!?!? 」

 

 今度こそウィンプは椅子から転げ落ちた。

 

 

 

 「にゃっ、にゃにゃ、にゃにをこんきょにしょんなことを……」

 

 「当機のインテリジェンスを甘く見ましたね。態度でバレバレです」

 

 「そんなのただの()()じゃないのーっ! 」

 

 「沈黙(否定はしません):ですが本当でしょう? 」

 

 「……ち、ちがうから。こいとかじゃないからぁ! 」

 

 特徴的なツインテールを振り回し涙目で必死に否定するウィンプ。もはや自分から墓穴を掘ってるとしか言い様がない。

 

 「認めないならそれはそれでいいのですが。恋敵が減るので」

 

 「うなぁっ! ……ううう……ちょっとすき……かも」

 

 「歓迎:よくぞ言いました。そこで提案があります」

 

 「うう、なによぉ……」

 

 「契約者(マスター)の近くには沢山の女性がいることはもう知っていますね? 」

 

 「えっと、よろいのひととか、うさぎをつれてるひととか、うさんくさいひととか! 」

 

 「正解(よく出来ました):彼女達の性能(スペック)を考えると当機だけではこの作戦(オペレーション)を達成できる可能性は低いと推測されます。そこで提案です」

 

 「当機と貴方で共に契約者(マスター)にアプローチをかけませんか? 」

 

 「あぷろーち?なにそれ」

 

 「落胆:インテリジェンスが不足しているのでは? 」

 

 「そんなことないわよ! 」

 

 「解説:要するに契約者(マスター)の恋人となるために色々するという事です」

 

 「い、いろいろ……!」

 

 「……何を想像しているのですか」

 

 「へぁっ!? な、なんでもないわよ! 」

 

 必死で弁明するもサイナのジト目は変わらない。というかその赤い顔で何を言っても無駄みたいなところはある。

 

 「まあ良いでしょう。つまり同盟です。個の力は足りなくても2人合わせれば足ります。インテリジェンスな作戦でしょう? 」

 

 「……でもむこうはさんにんなんでしょ? 」

 

 「沈黙(やかましい):1+1が3以上になればいい話です。それに当機達には豊富な属性? というものがありますから」

 

 「なによそのぞくせいって」

 

 「詳しくは知らないのですが特徴のようなものです。例えば貴方で言えば《アルビノツインテ虚仮威しイキリ美少女》がそれに該当するようです」

 

 「なによそれ!! 」

 

 「細かいところはどうでもいいのですよ。早速契約者(マスター)にちょっかいを出しに行きましょう」

 

 「……あばうとすぎない? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 インベントリアにサイナが居ないことに気づき、エムルをフル活用してあちこち探していたのだがどうやら蛇の林檎にいたらしい。

 

 「あっ、サイナてめぇどこ行ってたんだ。急に居なくなりやがって」

 

 「謝罪(ごめんなさい)契約者(マスター)。可及的速やかに終わらせなければならない話し合い(ミーティング)をしていたので」

 

 いやなんだよ、話し合いって。というかなんでウィンプまで居るんだ。

 

 「あー、今度からどっか行くなら行き先と帰る時間を言ってから行け。いきなり居なくなってて焦ったわ(データロスト的な意味で)」

 

 「なるほど……契約者(マスター)は当機が居なくなって心配してくれたのですね」

 

 「あ?まあな」

 

 ん? 後ろを振り返って何してんだ? ……いや、何となく分かる。あの気配は完全にドヤ顔を決めている時のやつだ。なんで分かるかって? ドヤ顔なんて何回もしたしされてるんだよ。

 

 「ふふふ、契約者(マスター)。少し待っていてください、見せたいものがあります」

 

 「見せたいもの? まあいいが手早くな」

 

 「ええ、期待していてください契約者(マスター)。……ウィンプもそこで見ていなさい。私が手本を見せてあげます」

 

 「あんまりきたいしてないのだけど……」

 

 

 

 

 サイナが店の中に入り数分、やっとでてきたサイナは……

 

 「高揚(ドヤァ……):どうですか契約者(マスター)。これは当機の可愛さにメロメロでしょう? 」

 

 黒と白を基調としたエプロンドレスに加えあちこちにフリルをあしらった……まあ簡単に言ってしまえばメイド服に身を包んでいた。……いや、なんで?

 

 「なぜにメイド服? なんか凄い性能なのか? 」

 

 「驚愕(なんで!?):文献ではロボっ娘×メイド服は最強のはずでは……!? 」

 

 「よく分からんが見せたいものってのはそれでいいのか? 他にないなら帰るぞ」

 

 「ま、待ってください契約者(マスター)!まだ他にも奥の手が……! 」

 

 「あー、ハイハイ。後で聞いてやるから。レイ氏達を待たせてんだよ」

 

 くそっこいつ自分で歩かねぇつもりだな!? 見た目少女とはいえ機械だから重いんだよ!

 

 「……ね、ねぇねぇ」

 

 動こうとしないサイナをインベントリアに放り込もうと悪戦苦闘していると後ろから袖を引かれる。

 

 「あ? あー、ウィンプか。悪いな、どうせサイナが迷惑かけたんだろ? 」

 

 「そ、それはそうなんだけどそうじゃなくて! 」

 

 ん? どうした? そしてサイナ。お前は黙ってインベントリアに入ってろ。

 

 「…………う、その……さいきんきてくれないからさびしい……もっとあいにきて? 」

 

 ……あー、そうだな。最近は確かにウィンプを色々と後回しにしてたな。好感度管理的にもまずいか。

 

 「そうだな、とりあえず今のゴタゴタを終わらせたらまた当分一緒に過ごすことになるさ。それまで待っててくれな? 」

 

 「ふひゃっ!? 」

 

 わしゃわしゃとウィンプの頭を撫で回す……なんだこれ、こいつの髪の毛めちゃくちゃ触り心地いいな。ちょ、もう少し触らせ

 

 「う……うう……うにゃあああああ!! いつまじぇしゃわってりゅのぉ!! 」

 

 「……はっ!? あ、ああすまんな。つい夢中になってた」

 

 「むぅ……ならいいけど。ちゃんとあいにきてね! 」

 

 「分かってる分かってる。ほら、サイナ、何口パクパクさせてんだ、行くぞ」

 

 「う」

 

 う?

 

 「裏切り者ぉぉ!!」

 

 「うわっ!? ってサイナ何してんだ、武器を出すな武器を! 」

 

 「きゃああああ!? さ、さみーちゃん! たすけてぇぇ! 」

 

 「契約者(マスター)のばかああああ!!」

 

 

 

 結局サイナを落ち着かせてレイ氏の元に戻るまで30分を追加で要することとなった。レイ氏すまん。

 

 

 

 




おかしい……本来はサイナとウィンプの百合が書きたかったはずなのに……



思いつかなかったんだよ、ちくしょう


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TAS

朝シャンはキマるぜぇ……


 

 「サンラク、すこし()()って()しい」

 

 「へ? 幼女先生それはどういう? 」

 

 「そのままの意味(いみ)……()きたい(ところ)がある」

 

 いい加減重い腰を上げ、仇討人関連のクエストを進めようと蛇の林檎に来た俺に与えられたのは幼女先生からの特別任務(デートのお誘い)だった。Why(どういうことなの)

 

 「何かのモンスター討伐とかですか?」

 

 「(ちが)う……おいしそうなデザートがあった。でもカップル限定(げんてい)……だからついてきて」

 

 ああなるほど、そういう事か。幼女先生は美味しいものが大層お好きだからな。食のためなら妥協をしないということか。

 

 「分かりました幼女先生。では不肖サンラク、相手役を務めさせていただきます」

 

 「うん……よろしく、ね? 」

 

 こてんと首を傾けそのまま店の外に向かおうとする幼女先生……いや待て待て待て、その格好(ビキニアーマー)で行く気なのか?

 

 「ちょ、幼女先生。まさかその格好で行くつもりなんですか? 」

 

 「……? 」

 

 あ、ダメだこれ。何か問題でも? みたいな顔してやがる。いくら何でも着る服に頓着し無さすぎではないだろうか。え? 常時半裸のお前が言うなって? うるせー、こっちはなりたくてなってる訳じゃねぇんだよ!

 

 「良いですか幼女先生。その格好はいわば戦闘服。普通の料理店に着ていけば要らぬトラブルを起こすやもしれません。そうなれば折角のデザートも食べられなくなりますよ? 」

 

 「……むう、それは(こま)る。ねぇ、サンラクは(わたし)私服(しふく) 、見()たい? 」

 

 「へ? まあそりゃあ……」

 

 「()かった、じゃあ着替(きが)えてくる」

 

 うむ、良かった良かった。さすがにビキニアーマーと半裸が並んでいたら入店拒否間違いなしだろうからな。

 

 

 

 

 

 

 「サンラク……どう? 」

 

 待つこと数分、店の奥からでてきた幼女先生は白いワンピースに身を包み麦わら帽子を被っていた。いやこの世界に麦わら帽子とかあったのか。……あ? あれはサバイバアルか……? あいつが選んだのかこの服……

 

 「サンラク……?似合(にあ)ってない? 」

 

 あ、幼女先生がこころなしか悲しそうな表情に。

 

 「いやいやいや、そんなことないです! あまりの可愛さについ見とれてしまって」

 

 「そう……? ならいい」

 

 良かった、機嫌よさげな顔に戻ったな。幼女先生の好感度は維持しておきたい。というか泣かせたらまず間違いなく着せ替え隊たちに殺される。

 

 「じゃあ、()こ? 」

 

 そう言って手を差し出してくる幼女先生。……え? 繋げってか? 幼女先生、かなりちっちゃいから幼稚園児の引率教師の気分になってくるな……

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「……ついた、ここ」

 

 「ほう、これはなかなか……」

 

 幼女先生に手を引かれ、辿り着いた先はなかなかお高めな雰囲気を醸し出す料理店(レストラン)だった。とはいえ今の俺は懐にはなかなかの余裕があるからな。幼女先生に奢ってやることも可能よ。

 

 「サンラク? いくよ」

 

 「あっ、はーい」

 

 

 

 「いらっしゃいませ、2名様で宜しいでしょうか」

 

 「うん、あと……私達(わたしたち)カップル」

 

 「ああ、なるほど。でしたらこちらのカップル専用メニューが注文可能でございます」

 

 「わかった……サンラク? さっきから(へん)

 

 「あっ、ああ。すみません幼女先生」

 

 いや、これは挙動不審にもなるというもの。完全にやばい店だろここ! だってほら、あそこで優雅に飯食ってるやつ、黄金の天秤商会で見たことあるぞ!? ドレスコードとか絶対あるじゃん……俺今半裸ぁ……

 

 「その幼女先生(ティーアスせんせい)()び、ここでは禁止(きんし)。ティーアスって()んで」

 

 「え? それはまたどういう理由で? 」

 

 「カップルで先生(せんせい)()びは(へん)……(うたが)われないためにも、ね? 」

 

 「わ、分かりました、ティーアス」

 

 「むぅ……敬語(けいご)もなし」

 

 えぇ……今日の幼女先生は少々わがままでいらっしゃる。

 

 「分かったよティーアス。これでいいか? 」

 

 「完璧(えくせれんと)

 

 お気に召したようで何より。1番怖いのはこの呼び方に慣れてしまったら今後もつい敬語無しで話しかけそうなことなんだがな。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「お客様、そろそろデザートをお運びしても宜しいでしょうか」

 

 「うん、お(ねが)い」

 

 幼女先生の食べたがっていたデザートはコース料理の一環らしく他の料理も食べることとなったのだが……今日ほど美食舌を取っててよかったと思った日はないって位には美味い飯だった。……まあ何が使われているかは気にしない方が精神的にも良いだろう……

 

 「ねえねえ、サンラク」

 

 「ん? どうしたんだティーアス」

 

 「(わたし)今日(きょう)とっても(しあわ)せ。美味(おい)しいごはんをたくさん()べられて、(すご)いデザートも()べられる」

 

 「それに……サンラクと一緒(いっしょ)。……今日(きょう)はありがとう」

 

 非常にレアな幼女先生の長文と笑顔。今まで獲物に見せるような凶暴な笑顔しか見てこなかった俺は……少しそれに見とれてしまった。

 

 「……あー、お礼を言われるような事じゃないっすよ。俺もティーアスと一緒で今日楽しかったんで」

 

 俺はロリコンでは無い。ではないが……普段は見ることの無い幼女先生の色んな表情や姿を見れたというのは何となく気分がいいな。

 

 そしてデザートが来るまでの僅かな時間、俺たちは互いに見つめ合いながら笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ とあるデザートの話

 

 「……え? 幼女先生マジでコレ1人分ですか……? 」

 

 「……? ()たり(まえ)。いただきます」

 

 目の前で幸せそうにデザートを頬張る幼女先生はなかなかの破壊力を秘めているが今の俺にはそれを気にしている余裕すらない。

 

 「……まさか……お前にまた会う時が来るとは……!! 」

 

 東京極氷火山(エレバス)パフェ〜極北のワルキューレ騎行〜……!!幼女先生が俺の分まで食べてくれることを信じて……! いざ鎌倉ァ!!

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ とある店での会話

 

 「ティーアスってば素直じゃない……」

 

 「まぁあの子はまだ幼いものねぇ。14歳なんてそんなものでしょう」

 

 「にしたって……わざわざ店側に事前に協力求めてまでなんて……」

 

 「あら、可愛いじゃない。それに新人同士仲良くするのはいい事よ? 」

 

 「むぅ……そうだけど」

 

 「ふふ、あれもあの子(ティーアス)なりのアプローチなんでしょう。ルティアも見習いなさいな」

 

 「私!? ……頭領には言われたくな」

 

 「あら……何か言った? 」

 

 「ナンデモナイデス……」

 

 

 

 

 

 




幼女先生、可愛いのにあまり話題に上がってなくない?


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ONE NIGHT ONLY μ-SKY

らくれが書きたかった。みゅすかが書きたかった。そんな2つの感情が合わさって核融合を起こした作品。


 

 異変にはすぐ気がついた。

 

 「サンラクサン、おはようで、す……わ? 」

 

 いつもと変わらないはずのラビッツのベッドがやたら大きく感じられる。

 

 「さ、サンラコサン? 」

 

 身体を起こせば絡みつく重力はいつものそれよりはるかに少なくて。

 

 「いや、でも……えぇ? 」

 

 けれどこの感覚はこことは違う世界(ゲーム)で味わったものだから。

 

 「そ、そうですわ! び、ビィラックおねぇちゃんに相談を……」

 

 正しく脱兎のごとく逃げようとしていた兎を捕まえ、銃を……

 

 「ぴぃぃぃい!? さ、ザンラグザァン!!? 」

 

 「ふぅぅぅ……? あれ、エムル? 何してんだお前」

 

 「こっちのセリフでずわぁぁぁ!! 」

 

 

 

 

 ◆

 

 「それで? サンラクサン、なにかアタシに言うことないですわ? 」

 

 「悪い悪い、すまんかった。べりーそーりー」

 

 「誠意が感じられませんわ!! 」

 

 「そりゃお前、俺だってこの状況が訳わかんないんだ。襲ったことは謝るがそれ以外は知らん」

 

 「ぷぅぅぅ……」

 

 あっ、やめろエムル蹴るな! この姿だと踏ん張りがきかないんだよ! ……しかしまさかシャンフロでこの姿になる時が来るとはな……バグか、やはりバグなのか。

 

 「くく、気分としては最高だがなぁ……」

 

 なんせシャンフロエンジン下でこの体を動かせるのだ。こうなったら早速狩りに……

 

 「あ……やっべ」

 

 完全に忘れていた。俺が今日シャンフロにログインしたのはなんのためか? 答えは単純。ある人物と狩りの約束をしていたからだ。まずいまずいまずい! さすがにこの姿で行くのは……1度ログアウトすれば直るだろうか。

 

 「……っ……くっ……」

 

 宙に浮かぶウインドウの1箇所を軽くタップするだけでいいと言うのに俺の指は動いてくれない。そりゃそうだ。こんな千載一遇のチャンス、バグ報告するにしても遊び尽くしてからに決まっている。

 

 「いや、でもなぁ……」

 

 ああ、こうして悩んでいる間にも約束の刻限が刻一刻と近づいてくる。道中はまだいい。それこそメジェドダッシュを決めれば良いだけの話だ。

 

 「ええい、男は度胸! エムル、フィフティシアにゲート開いてくれ! 」

 

 「はいな! 行ってらっしゃいですわー」

 

 頭から白布を引っ被りいざフィフティシアへ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「……ふふ」

 

 フィフティシアに着いてからもう30分は経っただろうか。その30分の間にもう何回笑いが零れたかは数えていない。

 

 (楽郎くんと一緒にシャンフロ……これはもうデートと呼んで差し支えないのでは?)

 

 「ふふふ……」

 

 このように先程から含み笑いをこぼしているが彼女の見た目は装備も相まって単なる不審者である。それなりに人のいる時間だと言うのに彼女の周りにはプレイヤーが少しも寄り付いていない。

 

 「…………レイ氏」

 

 (……?)

 

 何処からか想い人の声が聞こえた気がしたが、気の所為だろうか。しかし、周りを見渡しても特徴的な半裸の姿は見えない。

 

 「気の所為、でしょうか」

 

 「……レイ氏……! 後ろ……! 」

 

 いや、気の所為ではない。確かに聞こえる。だが……

 

 (後ろ……? )

 

 記憶が確かなら後ろにはちょっとした植え込みがあるだけで大の大人が隠れられるようなスペースはなかったはずだが……?

 

 一応振り向いては見たもののやはり想い人の姿はそこにはない。

 

 「えっと、サンラクくん? ……きゃっ!? 」

 

 「しーっ! 」

 

 それでも一応と声をかけた彼女の身体は何者かによって引きずり込まれる。慌てて戦闘態勢を取った彼女の前に現れたのは、

 

 「女の子? あれ? サンラクって……」

 

 「あー、その……何と言うか俺です。サンラクです」

 

 「え……」

 

 「ええええぇぇぇ!!? 」

 

 幼女の姿となった想い人だった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「あー、レイ氏。落ち着いた? 」

 

 「はっ、はい! でもなんでそんな姿に……」

 

 運良くレイ氏の後ろに身を隠せそうな植え込みがあったので後ろから声をかけたのだが驚かせてしまっただろうか。とはいえ正面から声をかけるのもなぁ……

 

 「あー、ちょっと俺にも理由は分からないんだよね。でも戦闘には支障はないから行こうか」

 

 「はぁ、なるほど……? 」

 

 うーん、困惑している。でもホントに理由分からないからなぁ……

 

 

 

 

 裏路地を歩き始めてしばらく立った頃、どうもレイ氏の様子がおかしい。いや、もちろん友人がいきなり幼女になったら驚くだろうがそれだけでは無いというか……何らかの衝動と戦っているような……具体的に言うと俺の頭に手を伸ばしては引っ込めるということを繰り返している。

 

 「あー、レイ氏? どしたの? 」

 

 「へっ!? な、ナンデモナイデスヨ? 」

 

 「いやいや、思いっきり嘘でしょ……俺に出来ることなら言ってよ。できる限りやるよ? 」

 

 「へぁっ!? にゃ、にゃんでも……」

 

 「あ、あのサンラクくん、その、お願いがあるのですが……」

 

 「うん、なぁに? 」

 

 まぁ、お願いと言ってもそんな大したことは要求されないだろう。外道共と違って。

 

 「……あ、頭を……撫でさせてください……! 」

 

 「……へぁ? 」

 

 頭? ナンデ?

 

 「や、やっぱりなんでもないですっ……! 」

 

 「あー、いや。それくらいなら別にいいけど……」

 

 「ほっ、ほんとですか! 」

 

 「お、おう……」

 

 何だろう、そんなにこの見た目がレイ氏の琴線に触れたとでも言うのか。

 

 「で、では失礼して……ほわぁ……すべすべぇ……」

 

 んむ……こ、これはすごく変な気分になるな……安請け合いしたことを微妙に後悔している。

 

 

 

 数分後。

 

 「はぁ……満足です」

 

 「そ、それは何よりで……」

 

 レイ氏……非常に満足気な表情を浮かべているのはいいのだがそんなにも幼女が好きなのかい?

 

 「あっ、ち、違うんですよ! その……小さい子とか好きなんです。親戚に結構いたんですけど、最近撫でさせてくれなくて……それで」

 

 「まぁそういう事なら良いけどね……」

 

 ただ同年代の女の子に幼子にするように頭を撫でられるのは高校生男子としては微妙な気分になるというか……

 

 「うーむ……」

 

 「や、やっぱりいやでしたk……きゃぁっ!? 」

 

 「……っ!? 」

 

 「へへへ、お嬢ちゃん……この子の命が惜しいなら金をだしなぁ! 」

 

 これは……ゴロツキNPCか? いや、確かに今の俺たちは傍から見たら幼女と少女(首から下は重装甲)だが……刻傷の効果効いてないのか……?

 

 ……何だ、この感覚は。身体が自然と震える。恐怖? まさか。この感覚は……そうか。()()()の感覚。夜に身を溶かし、野生を駆け巡り、獲物を刈り取る捕食者の感覚……!!

 

 「……っ!? ど、どこいっ「黙れ」た……? 」

 

 無数のスキルとレベルに裏付けられたステータスはあの頃以上の速度での動きを可能とする。一瞬でゴロツキの後ろに回り込み、インベントリアから出した銃を突きつけ引き金を……

 

 ……やべぇ、いかんいかん。ここはシャンフロ。こいつはNPC。ゴロツキとはいえ殺したらPK判定が下りかねん。とはいえレイ氏を拘束されてるのはムカつくしな……

 

 「その人は俺の大切な(友)人だ……即座に離さなければ……」

 

 殺す。そんな無言の殺意が伝わったのか、ぐりりと押し当てた銃に怯えたのか。

 

 「な、なんなんだよちくしょう! 」

 

 涙目になりながら典型的な捨て台詞を吐いて逃げていった。いや、そんなになるなら最初から手ぇ出すなよ……

 

 

 「あ"ー、レイ氏? 大丈夫? 」

 

 まぁ俺より圧倒的に高い耐久力とリアル戦闘力を有しているレイ氏だ。心配するほどの怪我は……

 

 「うきゅぅ……」

 

 「レイ氏ィ!? 」

 

 直立不動で立っているように見えたレイ氏は顔を真っ赤にして半分気絶していた。そして俺が至近距離で顔を覗き込んだことがトドメとなったのか

 

 「我が人生に……悔い無しっ……! 」

 

 「れ、レイ氏ぃぃぃぃ!!! 」

 

 サイガ-0、フィフティシアの路地裏にて殉職。享年僅か17であった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあそれは冗談として恐らくリアルでも気絶したレイ氏は強制ログアウト機能によって現実世界へと旅立っていった。

 

 「……物足りねぇ」

 

 後に残された俺はボソリと呟く。そう、物足りないのだ。この昂る戦意、殺意、戦闘欲! 本来レイ氏との狩りで満たされるはずだったこの欲望をどこにぶつけてくれようか……森だな。この()が行くのなら森が1番相応しい。

 

 

 

 

 「エムルぁ! ゲートを開け、新大陸だ! 」

 

 「へ? サンラクサン、約束は良いですわ……な、なんか怖いですわぁ!? 」

 

 「ははははは! 良いから良いからァ! 」

 

 「ううう、サンラクサンが変ですわぁ……」

 

 さぁ、待っていろ。新大陸のモンスター達。……一夜限りのμ-sky復活だ……!!

 

 

 

 




レイ氏は熱出してぶっ倒れた。


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心に在るは凶星の輝き

あんまり長くは無いです。たまにはラブコメ以外も書きたかったんや……


 

 「うし、これで一通りクリアしたな」

 

 GH:Cに追加された新モードであるストーリーモード。原作者が実際に書き下ろした部分もあるらしく、まあやってみるかと始めたのが1週間前。結論から言えばこの1週間、俺はほとんどこれしかやってなかった。いや、やべぇんだ。この俺をしてたまにはクソゲー以外をやるのも良いなと思わせるくらいにはストーリーの出来が素晴らしかった。だがそれも今日で終わり。この楽しかった時間が終わるのにはやや寂しさを感じるが、晴れやかな気分で終わるとしよう……

 

 「んぁ? 何だこれ、隠しモード? 」

 

  裏モードや隠しモードはストーリーのあるゲームなら定番コンテンツだが、事前に聞いていた話じゃそんなものはなかったはずだが……?

 

 「……えーと? Lock picker……? 」

 

 聞いたことない名前だな。少なくともストーリー中には1回も出てこなかった。オリジナルキャラか何かなのか? ……まぁいいさ。もう少し長くこのゲームを遊べるというのならそんな事は気にしなくていい。

 

 「さーて、やりますかねぇ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 あの日から私の心はずっと1つの光に埋め尽くされている。蒼い流星と紅い凶星の激突の最中、私を助けてくれた悪役のおじ様。悪役(ヴィラン)に憧れた女の子が英雄(ヒーロー)になるのはなかなか皮肉が効いてるけどね。

 

 そう、私は未来からやってきたヒーロー。呪われた鎧に覆われた彼の呪いを解こうとする鍵を開ける者(Lock picker)

 

 ヒーローになった時から無数の悪役と戦ってきた。もちろんその中にはカースドプリズンもいて、だけど()()。私が探しているのは、私が憧れているのは、私が追い求めているのは! そんなものじゃない!! 戦えば戦うほど焦燥は募り、心はザワついていく。もう彼はこの世界には来ないのだろうか。そんなことまで考え始めるほどに。

 

 そしてまた今日も私は戦いに赴く。

 

 「……ここは……」

 

 そこは彼と初めて出会った場所。数多のヒーローとヴィランが激突した決戦の地。ああ、ここならば彼にまた会えるのだろうか。そんな感傷を抱きながらいつものように戦闘準備を進める。

 

 

 

 

 がしゃり、と音がした。

 

 

 

 

 目を見開けば、そこに居たのは呪われた囚人(カースドプリズン)。…………ああ、ああ! ああ!! 何も言葉を発さなくとも! その表情は鎧に覆われ見えなかったとしても!! 私には分かる!!!

 

 頬が吊り上がるのが止められない。あの時助けてくれてありがとう? ずっと探してました? 違う、違うよ! ()()()()()()()()!!

 

 「久しぶり……いいえ、初めまして……世界線(ユニバース)の違うおじ様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 いざ始めてみればストーリーが流れることも無く、俺はケイオース・シティにカースドプリズンの姿で降り立っていた。おいおい、ストーリーはどうしたストーリーは。ただの戦闘なら野良マッチでやった方が手応えのあるやつが……

 

 「む」

 

 いつから居たのかは知らねど目の前に急に現れた1人の少女。こいつがロックピッカーとやらでいいのだろうか。どう見ても斧を持ってるんだがー? 鍵開け(物理)という事なのだろうか。

 

 「久しぶり……いいえ、初めまして……世界線(ユニバース)の違うおじ様」

 

 …………何だと? 世界線が違う? なぜこいつがそれを知っているんだ。そのセリフはあの時の…………少女、Lockpicker、栗きんとん、ケイオースシティ、栗きんとん、ミーティアス、栗きんとん………………

 

 待て待て待て! こいつ、()()()……!!

 

 「……ははっ」

 

 自然と口から笑いが零れる。そうかそうか、そういう事か! だとするのならば、(サンラク)で彼女に挑むのはそれこそ世界線が違うというもの。

 

 「……クク、あの日助けられた恩を返しに来ましたってか? なぁ、ヒーロー(ガキンチョ)

 

 「……ふふふっ、まさか。あなたを倒しに来たんだよ? ヴィラン(おじ様)

 

 ハッ、面白ぇ……!

 

 

 ―――5

 

 ◆

 

 ああ、最高の気分だよ……!あの日以来ずっと心に抱いてきた凶星との激突が叶うなんて!

 

 ―――4

 

 ◆◆

 

 世界が戦いへのカウントダウンを告げる。もう言葉を交わす暇は無いだろう。

 

 ―――3

 

 ◆

 

 もう間もなく彼との会話も出来なくなる。話したいこと、言いたいこと。いーっぱいあるけど、もう時間はない。だったらもう一言だけ言ってあとは拳で語り合おう。

 

 ―――2

 

 ◆◆

 

 ……だが、一言くらいなら残してやろう。あの瞬間、俺様の気まぐれによって救われた少女がここまで来たというのなら、その努力に報いてこの言葉を送ってやろう……!!

 

 ―――1

 

 

 

 

 

   「「ぶっ飛ばす……!!! 」」

 

 

 

 

 

 ―――0

 



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悠久に続く刹那の夢

漫画2話ですね。私は紙面で読むのでTwitter見てませんけど。


 

 夢を……見ている。彼女と幸せな日々を過ごしていた頃の夢。内容は千差万別ながら終わりはいつも決まってあの瞬間である。そう……彼女を、刹那を喪ったあの瞬間、永遠に墓守でいようと誓ったあの瞬間である。

 

 

 夢を見ている。如何程の年月がたったのだろうか。そんな事は気にする必要は無い。彼女の眠るこの地をあらゆる害から守り抜くことのみが我が使命……それ以外のことなどどうでもいい。

 

 

 

 夢を、見ている。

 

 「……エモン……」

 

 「……ウェザエモン」

 

 「ウェザエモンってば! 」

 

 「……っ!? あ、ああすまない刹■。少しぼんやりしていた」

 

 「もう……ねぇ、大丈夫? 最近忙しいのでしょう? ちゃんと休んでる? 」

 

 「気にするな、これくらいは何ともない。それより刹■の方こそ大丈夫か? 」

 

 「ええ! このくらいでへばってられないわ! 実はそろそろ新理論が完成しそうで……」

 

 

 ……意識が呼び起こされるほどの強敵が出てくることも無い。だが守り続ける。それが彼女に誓ったことなのだから……

 

 

 

 

 

 夢を見ている……

 

 

 「ねぇ、ウェザエモン? 私行くね。……ばいばい」

 

 

 ……意識すらも凍結されているはずの世界の中、ただひたすらに繰り返される記憶。

 

 ……なぜあの時手を伸ばさなかったのか、なぜあのような嘘をついてしまったのか、なぜ、なぜ……!

 

 ……無数の後悔は泡と消え、再び奥底から湧き上がる。幾年月がたったのだろう、どれほどの敵を切り捨ててきたのだろう。

 

 ……守ると決めた者の名すらも泡沫の夢と消え、それでも刀を振るう。

 

 

 

 ……未来など、要らぬ。過去からの敗残兵はただ無闇に全てを切り捨てるのみ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……夢を見なかった。久方ぶりに意識が浮上する程の強者との邂逅があった。ただそれもまた一瞬のこと。咆哮ひとつにすら耐えられぬ惰弱なる開拓者達。嗚呼、■那よ……何故死んでしまったのだ。このような弱者しか居ない世界にお前が死んでまで希望を残す必要はあったのか……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……夢はもう来ない。何故かそう確信した。目の前に立つは3人の開拓者。その力は酷く弱く、然れどその目に宿る意志は正しく武人のそれだった。天鬼夜咆すらも阻まれた。だが其れもさしたる痛痒ではない。

 

 

 ……拙者は、拙者は……世界が終わるその時まで……!"墓守"で居続けねばならないのだ……!! このような所で、終わる訳には行かないのだ、刹那!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……夢は終わりを迎えた。天晴は防がれ、拙者の役目ももう終わる。何故だろうか、不思議と不満感は無い。嗚呼、刹那は、刹那は無事に成仏しているだろうか。決して同じところに還ることなど出来はしないだろうが、それでも貴方の無事を祈って……

 

 

 

 

 「もう、ウェザエモンったら! いつまで私を待たせるの? もう待ちすぎておばあちゃんになっちゃったじゃない! 」

 

 

 「……な……ぜ……」

 

 「何故って……私があなたを置いていくはずがないでしょう? 本当にしょうがない人ね、こんなにボロボロになって……ずっと、ずっと……私のために……」

 

 「……刹那」

 

 

 「……刹那! 刹那!!」

 

 言いたいこと、謝りたい事、無数にある! それなのに……どうして拙者の体はもうないのだ、どうして拙者の口は動かないのだ……どうして拙者は……刹那の涙の1つも拭いてやれないのだ……っ!!

 

 「……ふふ、いいのよウェザエモン。時間なら沢山あるわ、これからずぅーっと」

 

 「もう彼らに私達は必要ない。きっと世界はどうにかなるわ? だから行きましょう、ウェザエモン」

 

 そうか……そうであるか……

 

 「……刹那」

 

 「なぁに? ウェザエモン」

 

 「……ずっと待たせた。すまなかったな」

 

 返答は無く、然れど向けられた表情はいつも夢の中で見ていた笑顔の何千倍も輝かしい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 「……あら、ウェザエモンたら居眠りかしら。ふふ、少しは柔らかくなったのかしらね」

 

 「……刹那」

 

 「きゃっ! な、何だ起きてたの? 」

 

 「ああ……刹那、思えば生前はほとんど言えなかったが……拙者はそなたを愛している」

 

 「……っ……ふふふ、私もよウェザエモン」

 

 

 

 

 

 

 ―――墓守の永く終わりのない夢は今ここに刹那の輝きと共に終わりを迎えた―――




解釈違いとかは許してね


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難易度いんふぃにてぃ

久しぶりに書いたせいで駄文が生成されましたァ!


 「……ほぁぁ……」

 

 「……」

 

 「ふぅ……」

 

 「…………」

 

 「ぁー……」

 

 ……最近我が妹の様子がおかしい。気だるげに床に転がっていたかと思えば急に精力的に動き出したりと制御システムに致命的なバグが発生しているんじゃないかと言うレベルである。

 

 なんだ? 俺が何かしたか? 誕生日はまだ先、特に瑠美の服を汚したりした覚えもない。というかそんなことをしたら今頃俺のゲーム達は世界流通の中にある。

 

 「……ねぇ、お兄ちゃん。ちょっと相談があるんだけど」

 

 「お、おう! なんだ……? 」

 

 「何でそんなにキョドってるのよ……まあいいや。お兄ちゃんってさぁ」

 

 いや、何でってこんな瑠美初めて見たか「好きな人とかできた経験ある? 」ほわあああああああ!?!?

 

 いやいや、待て待て待て! 最近瑠美の様子がおかしいのはつまり()()()()ことなのか!? だ、誰だ?クラスの男子か? くっ、お兄ちゃん認めませんよ! 瑠美と付き合いたいなら俺を倒してからに……!

 

 「……何か変なこと考えてない? 」

 

 「ソンナコトナイデスヨ」

 

 「はぁ、やっぱりお兄ちゃんに相談しても無駄かぁ……行ってきまーす」

 

 「ちょ、待てどこ行くんだ」

 

 「紅音の家でべんきょーかい。夕方くらいには帰ってくるよー」

 

 「えぇ……」

 

 お兄ちゃん、さっきの話気になるんですけど……あ、もう行きやがった。ちくしょう、気になるな……鉛筆の野郎何か知ってねーかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「……あれ、居ないのかな」

 

 呼び鈴を押しても反応はない。今日は親は居ないって言ってたけど……買い物にでも行ってるのかな? にしても……

 

 「……はぁ」

 

 最近私の心はある人物によってかき乱されている。

 

 「あ、瑠美ちゃん! ごめんね、待たせちゃった? 」

 

 「ああ、紅音。大丈夫だよ、今来たとこ」

 

 紅音……隠岐紅音。私の同級生にして親友。そして私の心をかき乱す要因。

 

 いつからだろうか、彼女の事を単なる友人として見られなくなったのは。……恋愛対象として見るようになったのは。いや、そんなことは今はどうでもいい。それよりも重要なのは、

 

 「えへへ、じゃあ入ろっか! 」

 

 「んきゅ……う、うん」

 

 スキンシップが過剰すぎるんだよ、この子!! 単なる友人だった頃は単純に嬉しかったけど今は簡単に喜べなぁい!!

 

 ……そう、私の心がかき乱されているのは同性に恋愛感情を抱いているからでも、親友のことを恋愛対象として見ているからでもない。このスキンシップのせいなのだ……うう、今日は紅音の親も居ないらしいし……我慢できるかなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も……無かった……!

 

 いや、そりゃあ勉強会ですし紅音からしたら私は単なる友人な訳で何かが起こるわけもないんだけど。

 

 「あっ、そうそう。天音永遠さんの雑誌買ったよ! 凄いよねぇ、この写真とかすごく綺麗……」

 

 んみゅぅ……これもまた最近のお悩みの1つ。紅音がトワ様に興味を持ってくれてるのは非常に喜ばしいことなんだけど……トワ様に嫉妬してしまうのだ。

 

 だぁって! トワ様の写真を見ている時の紅音の顔と言ったらとても可愛らしくてつい襲……んん"……そういう顔を私にも向けて欲しいなと思ってしまうのだ。

 

 ……正直嫌になる。紅音は大切な友人だしトワ様は尊敬する人。そんな人達にこんな独りよがりの感情を向けていることが。でもだからといってどうこう出来るものでもないし……

 

 「……はぁ」

 

 「……ねぇ、瑠美ちゃん。最近ちょっと様子変だよ? なんか疲れてるみたいって言うか……何か私に出来ることがあったら言ってね」

 

 「……ん、大丈夫大丈夫。ごめんね心配かけっ……!? 」

 

 「瑠美ちゃん……友達だから何でも言って、なんて言う気は無いけど。それでも何か私に思ってることがあるなら言って欲しい。瑠美ちゃんとは言いたいことを正直に言えないような関係に……成りたくない」

 

 「……」

 

 ……本当に、本当にこの子はどこまで純粋で美しいんだろうか。至近距離で紅音の顔を見上げながら思う。きっとこの子なら私の恋情を台無しにするようなことはしない。そんな気はしている。だけど……だけれども

 

 「ごめんね、ちょっとまだ言えないかも」

 

 「……そっ、か。うん、瑠美ちゃんがそう言うなら無理強いはしないよ」

 

 「でも、でもね! いつか必ず言うから……その時まで待っててくれる……? 」

 

 「うん! もちろん!! 」

 

 満面の笑みと共に強く体に回される腕。その笑顔は私に彼女を好きになってよかったと改めて実感させてくれる……うん? 体に回された腕?

 

 ……

 

 …………

 

 

 ………………

 

 

 「きゅう」

 

 「え!? 瑠美ちゃん!? 瑠美ちゃああああん!!! 」

 

 紅音が必死に呼びかけてくるが……私の意識は幸せの海に沈んでいるんだぁ……そんなことを思いながら私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆  【鉛筆騎士王】

 

 サンラク: なぁおい

 

 サンラク: ちょっとばかし聞きたいことがあるんだが

 

 鉛筆騎士王: どしたの? 特に今のところ鉄砲玉の仕事は無いよ?

 

 サンラク: お前はいつから鉄砲玉用ハロワに就職したんだ

 

 サンラク: いや、そうじゃなくてだな

 

 サンラク: 瑠美の好きなやつとか知ってたりするか?

 

 鉛筆騎士王: 瑠美ちゃんの? 私じゃなくて?

 

 サンラク: いや、それならまだいいんだが……かくかくしかじかで

 

 

 

 

 鉛筆騎士王: マジ!? 瑠美ちゃんに好きな人が!?

 

 鉛筆騎士王: え、どうしよう。姑の気分になりそう

 

 鉛筆騎士王: とりあえずこっちでもそれとなく聞いては見るからサンラクくんも何か進展あったら教えてね!

 

 サンラク: ああ、頼むぞ。

 




続く可能性はあるかも知れないし無いかもしれない。多分ない。


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暁の心、美しき瑠

暁ハートってピンポイントで差し込むならいいけど会話の中だと絶対長くて言いにくい


 ◆

 

 「あ"ー……」

 

 クソ、いくら休みとはいえぶっ続けでクソゲーやりすぎたな。ねむい、あたままわってない、とりあえずエナドリ飲んで寝よう。ライオットブラッドは……今はいいか。

 

 「あ、やっと起きてきた。ねーねー、お兄ちゃんこの人知ってる? 」

 

 「あ"ーー? 」

 

 後から考えるとこの時の俺は本当に疲れていたのだろう。もしタイムマシンがあるならぶん殴ってでも止める。だが実際はそんなことは出来ないわけで。

 

 「暁ハート……あー、雑ピか……知ってる知ってるじゃあ俺寝るかるぐぇ」

 

 ちょ瑠美お前、首締まったぞ今……

 

 「え!? 絶対知らないと思ってたんだけど! ていうかえ? 知り合いだったりするの? 」

 

 だがそんな俺の苦情は届かず、瑠美が質問攻めにしてくる。だからねみぃんだよ……寝かせろぉ!

 

 「あ"ー……後で話すんじゃダメか? 」

 

 「え? んー、まぁ別にいいけど……今のお兄ちゃんに聞いてもなんかろくに答え帰ってこなさそうだし」

 

 よし勝った。勝訴だ。あとは任せた数時間後の俺。今の俺はこの眠気に抗わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さてお兄ちゃん、どういうことか聞かせてもらうよ? 」

 

 おのれ、数時間前の俺ェ!! とんでもねぇ事口走ってんじゃねぇか! さて、どう説明したものか。これがカッツォ辺りならプライベートを明かすことも躊躇いは無いのだが……雑ピはなぁ……外道共と違って少し心が痛むというか。

 

 「あー、何だ。俺の知ってるやつと違うかもしれないからそちらの暁ハート先生について語ってもらっても? 」

 

 「そうだねぇ、私も知ったのは最近なんだけど……」

 

 やばい、選択肢をミスった。非常にわかりやすく瑠美の目の色が変わってる。なんつーか鉛筆の素晴らしさについて語ってる時の雰囲気を弱めたみたいな……

 

 そこからは長かった。暁ハート先生のポエムの素晴らしさやどういう所がいいのか、これこれこういう表現が素晴らしい。若者的視線から見た作品を出したかと思えば非常に老獪な作品を出すレパートリーの広さなどなど……雑ピを煽るネタが非常に増えたと喜ぶべきなのだろうか。というか少し興味湧いてきたじゃねえか。どうしてくれるんだ。

 

 「……とまぁざっとこんなもんかな。それで? どうだった? 」

 

 あ、やべぇ。結局なんも考えてなかった。さて、どう誤魔化したものか……流石に紹介するのはねぇよなぁ。前にあいつ瑠美に興味あるみたいな発言してたような……あれ?他のやつだっけ……まあいいか。紹介できないとなると他の手段になるが……うーむ。

 

 「あ、別に無理ならいいよ? 元からお兄ちゃん知ってるかなー、くらいの軽い気持ちだったし」

 

 「あ、そうか? じゃあスマンがそうしてくれ。一応個人情報だからな」

 

 「はーい。まぁ、お兄ちゃんが暁ハート先生に興味を持ってくれたみたいだしそれでいいかな」

 

 げっ……バレてやがる。明日は学校か……雑ピに何となく顔が合わせにくいな。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 「お、楽郎おはよう」

 

 「お、おう。おはよう」

 

 「……? 」

 

 くっ……雑ピ=暁ハートの図式を信じられなくなってきた。思った以上に良いポエムが多くて読み込んじまったんだよ。

 

 「そうそう、ちょっと聞きたいことがあるんだよ」

 

 「何だ、言ってみろ。今の俺は少し寛容だぞ」

 

 「何かゲームでもクリアしたのか? まあいいや、お前の妹のことなんだけどさ、お前の妹の名前って陽務瑠美だったりする? 」

 

 「……!? 」

 

 コイツ、なんで知ってやがる……? まさかストーカー? 何てこった、雑ピのことを見直した翌日にこんな事実が発覚するなんて。とりあえずどうしようか。打首獄門しかないか? しかないな。うん。

 

 「よし雑ピ。お前の刑は決まった。何か言い残すことがあれば聞いてやろう」

 

 「なんで俺いきなり処刑されそうになってるの!? 」

 

 何でじゃねーよ、己の犯した罪の重さを分かれ。

 

 「お、どうした陽務。雑ピが何かやらかしたのか? 」

 

 おお、ちょうどいいところにクラスメイトどもが。よし、こいつらも巻き込もう。

 

 「まぁ、聞いてくれ。雑ピのやつときたら……」

 

 …………(説明中)…………

 

 「なるほど、処刑だな」

 

 「何でだ!? 」

 

 「うるせぇ! 陽務の妹には手を出さないって言うのは俺たちの共通認識だろ!? それを破ったんだ、処刑しかあるまい! 」

 

 うんうん、良い事言うね。ところでその共通認識って何かな?

 

 「……場合によっては犠牲者が増えることになるな……」

 

 「「……!? 」」

 

 何やら驚愕してるが知らんな。まぁいいとりあえず今は雑ピの処刑だ。

 

 「最後に言い残すことはあるか、被告人」

 

 「いやだから違うんだって! ……その、SNSでフォローされたんだよ。 読モやってるって聞いてたし苗字も同じだからもしかしてって思って」

 

 ……そういや昨日瑠美のやつ暁ハートがどうのとか言ってたな……まさかソレが?

 

 「ああ、暁ハート先生案件だったか……」

 

 「それだと罪には問いにくいな……」

 

 「「何せ暁ハート先生だしな!! 」」

 

 「何だろう、助かったのに助かった気がしねぇ! 」

 

 ええい、うるさいうるさい。これは非常にマズいんだ。何がマズイって俺を介してこの2人の関係が生まれるフラグが立ちかけている事だ。……いや、流石に大丈夫だろ。うん。SNS上で繋がったくらいでそんな。クソゲーのやりすぎだな。現実ではそんなフラグなんて簡単に立ちはしないさ……

 

 

 

 

 

 

 ◆ 数週間後

 

 「ねぇ、お兄ちゃん。暁ハート先生と会うかもしれないんだけどさ」

 

 「……でじま? 」

 

 何てこった、事実は小説よりも奇なりとは言うが現実はクソゲーよりもクソだと言うのか。

 

 「いや、何でそんなことに……」

 

 「うーん、何か色々と話してたら妙に気があってオフ会しようか? みたいな話が出てさ。私も普段ならそんな話乗らないんだけどお兄ちゃんの知り合いならお兄ちゃん連れてけるから大丈夫かなって」

 

 ……色々と突っ込みたいところはある。あるがっ……!

 

 「俺も着いてくことが前提なのか……? 」

 

 「いや、当たり前でしょ。大丈夫大丈夫。ちゃんと予定は合わせるから」

 

 「そういう問題じゃ……」

 

 「お兄ちゃんは黙って座ってるだけでもいいからさ。場所代とかも奢るから! ね? 」

 

 ……くっ。断ることは簡単だが……うーむ、瑠美のお願いとかほとんど聞いたことないし少しは兄らしいことをしてやるべきか? まあそれに雑ピなら気心も知れてるからな。初対面のやつよりかはマシだろう。

 

 「あー、分かった分かった。いいぞ、着いてってやる」

 

 「ホント!? やった、じゃあ日程とか場所とかは決まったら言うね! ありがとう、お兄ちゃん! 」

 

 早まっただろうか……クソ、不安でしかない。どうすりゃいいんだマジで……

 

 

 

 

 

 ◆◇

 

 「で? 待ち合わせ場所はここでいいんだよな? 」

 

 「うん、そろそろ時間だし来てもおかしくないと思うけど……」

 

 おやおや、見慣れた後ろ姿がマップアプリらしきものが表示された携帯端末を持ちながらウロウロしてますねぇ。普段なら絶対驚かした後に煽ってるけど今は瑠美がいるしな……そんなことしたら絶対後で絞られる。

 

 「んんん……あ、楽郎。てことはここでいいのか? 」

 

 「おー、やっと気づいたか。ウロウロしてるのを見るのは結構面白かったんだがな」

 

 「いや、気づいてたなら声掛けてくれよ。えっとそれでこちらがいも……う……と……」

 

 あ? どうしたんだ急に黙って。そういや瑠美も何かさっきから妙に静かだし……あれ? 待って、ねぇ待って。何かこいつら見つめあってない? 何でさも一目惚れしましたみたいな感じで見つめあってるの? 瑠美はともかく雑ピのそんな顔見たくないんだが?

 

 「……あっ、す、すみませんジロジロ見ちゃって! えっと暁ハートです。 よろしくお願いします」

 

 いや、誰だよ。そんなキャラじゃないだろお前。

 

 「あぅ……あ、い、いえ! こちらこそすみません! えっと、陽務瑠美です! 暁ハート先生の作品は全部見てます! 」

 

 お前もどうした。初対面でももっとハキハキ喋ってるじゃん。

 

 「あ、じゃ、じゃあとりあえず入りましょうか」

 

 「あっ、はい! 入りましょう」

 

 「「ほら、行くぞ(よ)楽郎(お兄ちゃん)」」

 

 え? この状態のコイツらと一緒に行くってマジですか? 地獄の予感しかしねぇわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 順に俺、瑠美、雑ピである。いやそんなことはどうでもいい。最初は良かったんだ。少しぎこちない雰囲気はあるものの2人ともいつもの調子を取り戻し互いのことを誉めつつ色々と語っていたんだ。

 

 だが小一時間経った頃から会話が徐々に減っていき、今では互いに微妙に目を逸らしながらチラチラと相手のことを見ては目が合って逸らし……という言わば両片思いかテメーらと言いたくなるような状況になっている。そしてそんな空間に放り込まれている俺。正直に言おう。めっちゃ帰りたい。もう雑ピと瑠美が付き合うとかどうでもいい。この微妙な甘さのある空間にこれ以上いると精神が削られそうだ……

 

 「あ、あの瑠美さん! 」

 

 おお! 雑ピィ!! ついに動いてくれたか。もう告白でも何でもしろ。とりあえずこの状況の打破を頼む!

 

 「その……れ、連絡先を交換しませんか! 」

 

 小学生ぃー!! 恋愛小学生かよ、暁ハート先生!

 

 「えと……はい。喜んで」

 

 いや、瑠美お前もそれでいいのか!?

 

 嬉しそうに連絡先を交換し、そのままさっきまでの雰囲気が嘘のように談笑し始める2人……あーかえっていいかなー

 

 

 

 

 

 

 「暁ハート先生、今日は楽しかったです! また今度会いましょうね! 」

 

 「はい、ぜひ! 楽郎もありがとな、わざわざ付き合わせちまって」

 

 「あ、そうだった。お兄ちゃんありがとね」

 

 「イーヨイーヨ、キニシテナイヨー」

 

 「そっか、じゃあ瑠美さんまた今度」

 

 「はい! ほら、お兄ちゃん帰るよ」

 

 「ハーイ」

 

 

 

 「いやー、楽しかった楽しかった。暁ハート先生カッコよかったなぁ……」

 

 「ソッカー」

 

 「そうだよー、それに趣味も合うしー……あ、暁ハート先生もトワ様のファンらしいよ! 何でもお姉さんがよく買ってくるんだとか」

 

 「ソウナノカー」

 

 「もう! お兄ちゃんちゃんと聞いてるの? 」

 

 「キイテルヨー」

 

 あはははは、もう知らねぇ!




何かオチ薄くない?薄いですよね?


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病は気から

紅楽付き合ってる時空のお話だよ


 「……へくしっ」

 

 「うん、思いっきり風邪ね。まぁ、部屋で寝ときなさい。間違ってもゲームしたりしないように」

 

 「うーい……」

 

 あー、さすがに最近の生活は不健康すぎたな……シャンフロにも当分ログインは出来ないだろうし……ミスったなぁ。夏風邪とそんなすぐに治らないだろうし……

 

 「ぅあ"ぁぁぁーーー」

 

 頭いてぇ……寝るかぁ……

 

 

 

 ◆【旅狼】

 

秋津茜:あのー、すみません。少し聞きたいことがありまして!

 

鉛筆騎士王:んー? どしたの茜ちゃん

 

秋津茜:その、サンラクさんと連絡が取れないんですが何か知りませんか?

 

秋津茜:電話しても出なくて

 

オイカッツォ:ああ、サンラクならなんか体調崩してるらしいよ? 一昨日ゲームしてる時にやたらくしゃみしてたし

 

秋津茜:そうですか……ありがとうございます!

 

 

 頼りになる友人たちとの会話を終え、携帯端末をベットに放り投げながら呟く。

 

 「……そっかぁ」

 

 病気というのなら仕方ない。最近会えてなかったし久々にデートしたいなーとか思ってても仕方ないのだ。

 

 「……でもなぁ」

 

 会いたいなぁ……

 

 ヴーヴー

 

 「ひゃわっ!? ……あ、ペンシルゴンさんからだ」

 

 【鉛筆騎士王】

 

鉛筆騎士王:ふふふ、茜ちゃん。今の君のお悩みをこの私がズバリと言い当ててあげよう!

 

鉛筆騎士王:ズバリ! ───サンラクと会いたいなーって思ってるでしょ

 

 

 「……!! 」

 

秋津茜:す、凄いですペンシルゴンさん! どうして分かったんですか!?

 

鉛筆騎士王:まぁまぁ、それはともかくだねぇ……そんな悩める茜ちゃんにおねーさんがアドバイスをしてあげようかなと、ね

 

秋津茜:アドバイスですか?

 

鉛筆騎士王:そうそう、サンラクくんはねぇ……

 

  ・・・

  

  ・・・・・・

 

  ・・・・・・・・・・

 

秋津茜:なるほど! ありがとうございます、ペンシルゴンさん! 早速行ってきますね!!

 

鉛筆騎士王:うん、行ってらっしゃい! 頑張ってね

 

 

 

 「おかーさーん!! ちょっと出かけてくるね!! 」

 

 「あんまり遅くならないうちに帰ってくるのよー」

 

 「はーい!! 」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 ……あー? 何だこの感じ。何かあたたかい……撫でられてる……?

 

 

 

 ああ、夢かこれ。だって今は部屋で寝てるはずからな。瑠美は出かけてるし母さんは虫の世話にご執心。俺の部屋に誰かいるわけが無い。

 

 ……いや、にしても心地よいな。ひんやりとした何かを額のあたりに感じると共に柔らかくてあたたかい何かで頭を撫でられているような感じがする。うーむ、ここが天国か。心無しか天使の歌声が聞こえてくるよう……な…………

 

 ん?

 

 「……あ、楽郎さん。すみません、起こしちゃいましたか? 」

 

 んんん??

 

 「えへへ、お義母さんに無理言って看病させてもらってます! 」

 

 んんんんん???

 

 「……紅音? 何でここに……」

 

 「えと、その……ら、楽郎さんに会いたくて……め、迷惑でしたか……? 」

 

 「いや、そんなことないけどさ……」

 

 あ、体起こしてもそこまで頭痛がしなくなってるな。やはり睡眠。睡眠は全てを解決する……いや、ちげーわ。そんなこと言ってる状況ではない。

 

 「にしたってわざわざ看病しにくるこたぁないだろ。ただの夏風邪だし数日もすれば治るぞ? 」

 

 「えっとですね、実はペンシルゴンさんからのアドバイスなんですよ! 」

 

 おっと〜? 急に話が胡散臭くてなってきましたよ? あの外道鉛筆からのアドバイス? ろくな事じゃ……

 

 「ちなみに内容はこんな感じです! 」

 

鉛筆騎士王:サンラクくんはねぇ、ギャルゲとかでは看病されるシーンが好きなんだって。まだクソゲーマーになる前の話らしくて私もカッツォくんから聞いた程度なんだけどね?

 

鉛筆騎士王:だから茜ちゃんが看病してあげたらきっとサンラクくんは泣いて喜び茜ちゃんへの好感度は爆上がり! みんなハッピーに! ってなわけですよ

 

 よし、あいつらシメよう。特にカッツォ。あいつ何言いふらしてんだクソが!

 

 「紅音……何もアイツらの言うことを鵜呑みにしなくてもいいんだぞ? 」

 

 「うっ……その、いや……でしたか? 」

 

 

 ぎゃっ

 

 

 上目遣いは反則。涙目も反則だ!!

 

 「べ、別に嫌ってわけじゃないけど……」

 

 「ホントですか! 良かったです!! 」

 

 うぐぐ、何だこのむずがゆい感情は。落ち着け、俺。びーくーるびーくーる。

 

 「……あー、寝るわ」

 

 「はい! しっかり体を休めてください!! それで元気になったらまたデートに行きましょうね! 」

 

 「……ああ、約束だな……」

 

 さすがにまだ治りきってはいなかったのだろう。横になるとすぐに眠気が襲いかかってくる。それと同時に頭に柔らかい感触……ああ、やっぱり撫でてくれてたんだな……

 

 「ん……あかね……」

 

 「はい、なんですか楽郎さん」

 

 そういや……いいわすれてる……ことがあったな……

 

 「きょうは……ありがと、な……きてくれて」

 

 「……はいっ! 」

 

 病は気から……正しくその通りだな。心がこんなにも暖かいんだ、風邪なんてすぐに治るだろう……

 

 




まあ、最近TLに腕やったり体調崩してる人がいたんで簡単なお見舞いみたいな感じで。次はカッツォ誕だな……


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共に並び立つ友だから

カッツォ誕生日だよーっ!!


 【鉛筆騎士王】

 

鉛筆騎士王:ねねね、サンラクくん。もうすぐでカッツォくんの誕生日じゃん

 

鉛筆騎士王:何かしたりするの?

 

サンラク:あー、そういやもうそんな時期か

 

サンラク:お前はなにかするのか?

 

鉛筆騎士王:んー、天音永遠名義で誕生日プレゼントを電脳大隊に送り付けてやろうかなと

 

サンラク:おおう……それはまたなんとも反応が面白そうだな。周りの

 

鉛筆騎士王:にひひー、でしょう? それで? サンラクくんは?

 

サンラク:まぁ、そうだな……真っ当にプレゼントってのもつまらんし何かサプライズでもするかもな

 

 

 

 

 「ふぅ……」

 

 カッツォの誕生日か。アイツ幾つになるんだっけか、成人はしていたはずだが……まあそれはいいか。

 

 適当に携帯端末をいじりながらカッツォの誕生日に思索をめぐらせる…………あれ、武田氏から連絡が来てるな。気づかんかった。えーと、何何……?

 

 「ふーん……ふーん!?!?!? 」

 

 いや、マジかー……あの伝説のクソ格ゲーをやれる日が来るとは。武田氏には感謝してもしきれな……()()()()()()()。メインディッシュは決まったな。となると後はシチュエーション……さぁてどんな状況にしたものか……

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ 8月29日 魚臣慧宅にて

 

 「っあ"ーー……」

 

 本日8月29日は俺こと魚臣慧の誕生日である。とはいえもう20歳を過ぎた身。そこまで誕生日にテンションが上がるわけでもなければ誕生日プレゼントを期待している訳でもない。ただ個人的に休みたかったため有給をとらせてもらったが。

 

 ……しかしいつもは何かと難癖をつけたがる上がやたらと素直に申請を通したのは何だったんだ?

 

 「今日はシルヴィアもアメリアと観光に行ってるらしいし……自由だぁ!! 」

 

 さて、何をしようか。積みゲーの消化? 溜まったドラマの一気見も悪くない。いやいや、シャンフロでユニークを探すというのも……

 

 「いやー、お前(凡庸魚類)が今更ユニークを1日やそこらで見つけられねーだろ」

 

 「あー、やっぱりそうかー……ってなるとシャンフロいが……い、を……」

 

 待て。待て待て待て!! 今日は来客の予定もなければ隣の台風(シルヴィア)もいない! じゃあ今返事したのは……!!

 

 「どうしたカッツォ、そんな素っ頓狂な顔をして。魔境に流したら面白いことになりそうじゃん」

 

 「な……何でここにいるんだサンラクゥ!! 」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「な……何でここにいるんだサンラクゥ!! 」

 

 おーおー、驚いておる驚いておる。恥を忍んだかいがあったというもの。

 

 「お前の所属してる……あー、電脳大隊だっけか。あそこに顔隠し名義でお前の住所聞いたら普通に教えてくれたからな。来たって訳よ」

 

 「いや、えぇ……? ていうか鍵はどうしたのさ」

 

 「ああ、それなら今度何かしらのイベントに参加するって言ったら普通に合鍵を寄越してきたぞ」

 

 「プライバシーーーッッッ!!! 」

 

 ははは、サプライズは気分がいいな。ペンシルゴンの気持ちも分かるというもの。

 

 「はぁ……いや、もういいや……んで? 来た方法は分かった。理由は? 」

 

 はぁ?

 

 「はぁ? 」

 

 「いや、はぁ? って言われても……こっちのセリフなんだけど」

 

 おっと声に出てたか。にしたって……なぁ?

 

 「おいおい、今日が何の日か忘れたのか? お前の誕生日だろ? わざわざここまで来て祝いに来てやったんだ、感謝し崇め咽び泣け」

 

 「祝う側の態度じゃないよね、それ。え、てかマジ? ホントに祝いに来てくれたんだ」

 

 んだ、こいつ疑っとんのか? 善意やぞ? 80%の善意だぞ?

 

 「マジもマジ、大マジよ。当然手土産もあるぞー、その辺で買ってきたお菓子やらファーストフードやらジュースやら」

 

 「へぇ……いいじゃん。友人と過ごす誕生日ってのもありか」

 

 「だろ? それにメインディッシュはまだあるぞー? ふふふ、こいつを見てもカッツォくんは動揺せずにいられるかな……? 」

 

 懐より取りいだしたるは武田氏から送ってもらった伝説的クソ格ゲー、その名も……

 

 「なっ……『アルティメット・ブレイズ』!? まさかこの目で見る時が来るとは……」

 

 『アルティメット・ブレイズ』……それはVRゲームが一般に普及する前、家庭用ゲーム機が主流であった頃の格ゲーでありクソゲーである。格ゲーのクソゲーは数多くあれどこれはいわば2()D()()便()()。無数に存在するバグによって繋がらないはずの技もコンボ可能となった玄人受けするタイプのクソゲーなのだ。

 

 しかしこのゲーム、今ではほとんど現存していないのだ。開発会社が倒産寸前で社運をかけて作り上げたコイツが発売当初に余りにも酷いレビューを受けたため社長は夜逃げ。会社は倒産。初期発売分の数万本しか市場に出ていない、という訳だ。

 

 「どうだ? 最高の誕生日だろう? 」

 

 「くくく……いや、最高だよサンラク! 早速やろうぜ! 」

 

 「望むところだ、ボコってやんよ!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あー、疲れた。VRじゃないゲームは興奮して体を動かしがちなのがなー」

 

 「まあまあ、それも旧世代ゲーのいいとこじゃん」

 

 「ま、それもそうか……」

 

 午前中の間ひたすらゲームをやっていた俺たちはひとまず昼休憩を取っていた。ふむ、ここらで切り出すか……

 

 「いや、しかし最近のカッツォくんはモテモテだそうで」

 

 「お、んだよ急に。てか言う程じゃねーだろ。シルヴィアに付きまとわれてるくらいだろ?」

 

 oh......夏目氏ィ……そういうとこやぞ……

 

「や、まぁお前が誰と付き合おうが別にいいんだけどさ……」

 

 あー、クソ。こういうのはやっぱり柄じゃない。やめろやめろ、怪訝そうな目で見るなこっちを。言いにくくなる。

 

 「その……なんだ。俺たちどっちかが誰かと付き合うときが来てもさ、またこうしてゲームできるといいよなって……それだけ」

 

 おいコラ、なんか言えや。恥ずいやろ。なんだその口は、ぽっかりと開きやがって。ケン○ッキーぶち込まれてぇのか。

 

 

 

 「……はっ」

 

 「はははははは!! どうしたどうしたサンラク! お前そんなキャラじゃないじゃん! 」

 

 よぅし、ぶっ飛ばしちゃうぞー

 

 「おう、カッツォ。頬を出せ、頬を。……いや、腹か。腹を出せ」

 

 

 「ふへっ……ちょ、タンマタンマ……へへっ」

 

 「笑いながら言ってんじゃねーよっ……!」

 

 思い知れ、これが怒りと羞恥の拳じゃーっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ふぅ、これくらいで勘弁してやろう」

 

 「あー、酷い目にあった。まさかマジで手ぇ出してくるとは」

 

 自業自得って言葉ご存知でない? 誰のせいだと思ってるんだ、誰の。

 

 「まぁでもサンラク」

 

 「んだよ」

 

 「当然だろ」

 

 「……何が? 」

 

 「いや、だからさっきの話。俺やお前に彼女ができても俺たちの関係が変わることなんてないって事」

 

 勝率10割になったら縁切るかもだけどなーとか何とか言ってるが……ったく。さっさと言え、そういうのは。まぁそれはそれとしてちょーっと聞き捨てならねぇなぁ……

 

 「おう、言ったな? GHCでボコってやんよ」

 

 「お? わざわざ俺にGHCで挑むとか舐めプかな? 受けて立つよ? 」

 

 「はっ、望むところだっつーの」

 

 互いに体を起こしヘッドセットを用意する。くく、自然と笑みが浮かんでくるな。レイ氏と話している時とも違う、鉛筆とかと悪巧みしている時とも違う。大事な友人(カッツォ)との時間はまた別の嬉しさがあるってもんよ!

 

 「しゃおら、やってやらぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「じゃあプライベートマッチでいいか?」

 

 「いいよー」

 

 ん? あれ?

 

 「なんだこれ、battle royal……? 」

 

 「プライベートマッチのはずだよね? 」

 

 んー? えっと参加者は……俺と? カッツォと? ……S&G……?Silver&Gold……?

 

 「ヘイカッツォ。嫌な予感がするんだが抜けてもいいかい? 」

 

 「いいわけないでしょ逃がさないよ? 」

 

 「うふふ、ケイと戦いに来たのだけれどまさか顔隠しと出会えるなんて! もちろん戦ってくれるわよね? 」

 

 「……」

 

 「ね? 」

 

 ……ちくしょうめ!!!




こういう恋愛には絶対行き着かないけどすげー仲のいい友人どうしの絡みがすこです。


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共に支え合う人ならば?

何? 鰹誕に鰹羽が見たい? 鰹誕はねちょってこそ? ……書いてやろうやんけ! っていうノリで書いたやつ。主な注意は下に書いてあるんでよろしくお願いします。


 ※これは8月29日0時にあげた鰹楽の楽羽ifです。途中までの流れは同じなためカットしている上に、いわゆる夜の営み的なものを示唆する描写が入るので苦手な人はブラバ推奨です。あとこれ1番重要。鰹が攻めです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今日はシルヴィアもアメリアと観光に行ってるらしいし……自由だぁ!! 」

 

 

 さて、何をしようか。積みゲーの消化? 溜まったドラマの一気見も悪くない。いやいや、シャンフロでユニークを探すというのも……

 

 「そこで彼女()を誘ってどっか遊びに行くって言う選択肢が出てこないから女心が分からないって言われるんだぞー」

 

 「いやいや、そんな急に言っても楽羽暇してないでしょ……ん? 」

 

 あれ、俺口に出してた? というか誰だ今返事したの。今日は来客の予定もないは……ず……

 

 「ほうら、わざわざ彼氏の誕生日に家に遊びに来てあげてる優しい楽羽ちゃんだよ! プリーズ感謝の言葉! 」

 

 「楽羽……な、何故ここに! いやそもそもどうやって入ってきたんだ!? 」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 ふふふ、驚いておる驚いておる。恥を捨てて顔隠し名義で慧の家を聞き出した甲斐があったというもの。

 

 「はー、なるほどねー。道理で簡単に有給申請が通ったわけだ……」

 

 「んふふ、たまにはこういうのも悪くなかろうて。それで? なにか感想は無いのかな? 」

 

 今日の私は慧の誕生日のために恥を捨てて電脳大隊に頭を下げに行き、瑠美に洋服を選んでもらい、武田氏から秘蔵の品を借りてまでここに来ているのだ。何も言って貰えないというのは少々……いやだいぶムカつく。

 

 「あー、そうだね……」

 

 「うん、服もよく似合ってるし誕生日に楽羽に会えて嬉しいよ」

 

 「ふぇっ……あ、あーあー、そ、そう!? ならいいんだよ、うん! 」

 

 ええい、何だこの男。普段は服なんて褒めやしないのにこういう時だけ気づきおって……

 

 「や、でも特に何の準備もしてないよ俺。どっか遊びに行ったりする? 」

 

 「おいおいカッツォくぅん……この私がなんの準備もせずにわざわざ乗り込んでくるとでも? 」

 

 「正直俺の中ではノープラン説が10:0で有利だね」

 

 おいコラ、喧嘩売ってんの? 普段の私だったら迷わずこう返している。だが今の私は違う。懐に隠し持つは武田氏の持つ珠玉の一品。これさえ持っていれば何を言われようとも不動の心を保つことが……

 

 「なんも言い返さないってことはやっぱり図星なんだろ? な? な? 」

 

 うーっわっ、うっぜー……

 

 「やれやれ、そんなだから慧は体は女の子なのに女心が理解できないって言われるんだよ」

 

 「待ってなにそれ初耳なんだけど」

 

 「ほうらこれを見てもまだそんな口が聞けるのかな!? 」

 

 「え、いやさっきの発言の方が気にな……な……『アルティメット・ブレイズ』!? 」

 

 ビンゴ! 詳細は省くけどこのゲーム、実は慧が3ヶ月ほど前にプレイしたいなー的なことを言っていた奴なのだ。楽羽ちゃんはできる彼女ですので。慧の誕生日に叩きつけてやろうと思ったわけですよ。

 

 ……まぁ、まさか武田氏を持ってしてもこんなに探すのに時間がかかるとは思わなかったけど。

 

 「ふふふ、さぁどうかな慧。これを目にしてもまだノープランだ何だわぶっ」

 

 「いやもうほんと最高! さっすが楽羽! 愛してる!! 」

 

 「にゃ……にゃにゃにゃにを……」

 

 感無量! と言った感じの表情と態度で慧が抱きついてきた。待て、まてまてまて。流石にこれはちょっと嬉しさがキャパオーバーしちゃうから! いや、嫌とかじゃないけど! せめて心の準備を……

 

 「いやー、嬉しいよ! 早速やろうぜ! 」

 

 「あっ……」

 

 そんな私の内心の葛藤を知ってか知らずか。いや百パー知らんなこれ。私から離れいそいそとゲームの準備を始める慧。全く……ボコるしかないな。

 

 「よぅしわかった。私の心を弄んだ罰としてボッコボコにしてやるよ」

 

 「え、俺なんかした? 」

 

 「べーつーにー! ほら始めるよ」

 

 「なんだそりゃ……ま、タダでボコられてあげる気は無いけどね」

 

 上等上等! やってやらぁー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いやー遊んだ遊んだ! 最高の誕生日だわー」

 

 「そりゃあよかった。用意したかいがあるね」

 

 「んー、てか楽羽門限とかなかったっけ。もう結構遅い時間だよ? 送ってこうか? 」

 

 うっ……このままなし崩しにしたかったんだがやっぱり気づくよね……よし、頑張れ私。女は度胸。なーに、相手はあの総受け鰹……攻めの姿勢を崩さなければ行けるはず! よし!

 

 「……と、泊まるって言ってきたから」

 

 「え? ごめんよく聞こえなかった。ワンモアプリーズ」

 

 こ、こいつぶん殴ってやろうか……!

 

 ……うん、よし落ち着いた。ちゃんとはっきりと……

 

 「だから、その親には彼氏の家に泊まりゅって……」

 

 「へ……? 」

 

 ああああああああああ!!! 死にたーい!! 恥ずか死にます!!

 

 「いや、そんな急に泊まるって……ベッドだって1人分しかないし着替えとかどうするの? 」

 

 「ちゃ、ちゃんと持ってきましたけどー? 」

 

 「なるほど、道理で荷物が多いと……にしたって泊まりは流石に問題でしょ。楽羽まだ未成年じゃん」

 

 こいつ……ぶん殴ってやろうか(2回目)。彼女が彼氏の家に泊まりたいと言っているんだその意味を少しくらい察して欲しい。

 

 ……本当にはっきり言わないと伝わらないんだな。

 

 「慧はさ……」

 

 「ん? 」

 

 「私の事好きだって言ってくれたじゃん」

 

 「え、何急に。いや、まぁ言いましたけどね」

 

 むぅ……

 

 「でもさ……シルヴィアとかナツメグちゃんとかと仲良いし……シルヴィアとか毎日のように慧の家に来てるんでしょ? 」

 

 「へ? そうだけど……あ、別に浮気とかじゃないぞ!? 俺が好きなのは楽羽だけだって! 」

 

 ……へへ。そういうのも嬉しいけど、でもね慧。今欲しいのは言葉じゃないの。

 

 「うん、それは分かってる。慧が浮気なんかできるような性格してないって」

 

 「でもね、分かってても不安なの」

 

 「こういってる裏では他の人と関係を結んでるんじゃないか、私の事なんて都合のいい女としてしか見られていないんじゃないかって……」

 

 「あのね慧。女の子って男の人が思ってるよりも不安症で寂しがり屋で……嫉妬深いんだ。私はさ、全然女の子らしくないし彼女らしいことも慧にしてあげられていない。だから慧が離れていっちゃうんじゃないかって不安だし、慧の愛を感じられないと不安になるし、慧が他の女の子と仲良くしてるのを見ると暗い気持ちが心のどこかで湧いてくるんだ」

 

 止まらない。見せたくはなかった汚い部分。言ってしまえばこの関係が崩れてしまうのではないかと思い、言い出せなかった陽務楽羽の弱い心。

 

 でも……それよりも私は慧が離れていってしまうことの方が嫌だ。それなら全部伝えよう。そう思って今日私はここに居るんだ。

 

 「楽羽、俺は……」

 

 「待って慧。言いたいことはあるだろうけど最後まで言わせて欲しい」

 

 ───ああ、やっぱり優しいな。こんなワガママにもすぐ頷いてくれる。だからこそ……ちゃんと伝えるんだ。

 

 「慧、私は慧の愛を全部一心に受け止めたい。勿論そんなことは無理ってわかってる。だからせめて……慧が誰にも向けたことの無い愛が欲しい」

 

 勇気を出せ、私。ここで踏み込まなきゃ多分ずっと後悔する。ベットに腰かけていた慧を突き飛ばし、上からのしかかる。若干の困惑と若干の納得が揺れる目。なんかちょっと変な気分になってきたかも。

 

 「慧、私はあなたとこれから先もずっと一緒にいたい。あなたもそうなら私を受け入れて。そうじゃないなら……拒絶して」

 

 言いたいことは全部言った。後は慧の反応を待つだけだ。

 

 「そうだね……まずはごめん。楽羽が彼女らしいこと何も出来なかったって言ってたけどそれは俺だって同じだ。仕事があるから、楽羽は学生だからって……なんだかんだ言ってたけどそれのせいで楽羽を不安にさせたことほんとうに申し訳ない」

 

 別にいいのに……ほんと、律儀というか真面目というか。

 

 「それから、嬉しかったよ。きっと楽羽なりに色々考えて今日この話をしてくれた。普段は割とずけずけ言う楽羽が今まで言ってこなかったって言うことは少なからず言いたくない内容だって含まれてたんだろ? それを勇気をだして打ち明けてくれた。それだけで俺は嬉しいよ」

 

 ……バカ。なんで普段はあんなに気づいてくれないのにこういう時だけ気づくんだよ……

 

 「───楽羽」

 

 「きゃっ……」

 

 優しく抱きしめられ、私の頭は慧の体の上に落ちる。

 

 「俺は楽羽を愛してる。これから先楽羽のいない人生を歩むことなんて考えられない。そう思えるくらいには楽羽のことを想っている。だから楽羽……これからも俺と一緒に居てくれるか? 」

 

 ───全く、普段は一緒に馬鹿みたいに騒いで、でもいざって時はカッコよくて。なのになんて顔をしてるんだ。そんな捨てられそうな犬みたいな顔しちゃって。

 

 「……当たり前だよっ……! 」

 

 こう言うしかないじゃないか。だって私はそんなあなたの事が大好きなんだから。

 

 「そっか、良かった……ねぇ、ところで楽羽」

 

 「……ん? なぁに、け、うわっ!? 」

 

 ぐるんと視界が回り、気付けば私が慧を押し倒していたはずが私が慧に押し倒されていた。ありぇー?

 

 「まさかさぁ……あーんな涙目で誘っておいて何もなし! はい、お預け! が許されるとでも? 」

 

 あ……

 

 「い、いやいやいや! た、確かにそういうことも考えたけど平穏無事に解決したんだし無理にしなくても……ほ、ほら慧明日からまた仕事でしょ? あんまり遅くなるのは……」

 

 「残念ながら明日は元々オフでね。楽羽は確か振替休日、だったよね? 」

 

 あわわわわ、えーと、えーと……あれ? 別にわざわざ拒絶する必要も無いのでは? いやでもなぁ……もう少しロマンチックなシーンでっていう欲が無いわけでも……

 

 「ああ、勿論ちゃんと()()はするから大丈夫だよ? 」

 

 そう言って慧が取りだしたのは……まぁ、その大人の風船だった。

 

 「な、なんでそんなものを……」

 

 「お菓子とか買いに行った時にな一応ついでに買った」

 

 「き、期待しすぎじゃない……? 普段の私ならありえないでしょ」

 

 「いいだろ別に。今こうして必要になったんだから。ほら、楽羽。嫌なら嫌って言ってくれればやめるぞ? 言わないならするけど。もう我慢の限界も近いし」

 

 「わ、わー! 分かった、分かったから! そ、その……優しくしてね……? 」

 

 「善処はしよう」

 

 ううう、まさかこんなことになるなんて……というか慧に攻められるとか考えてなかったんですけどーっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……とりあえず体力つけようって思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まさかこんな長くなるとは思ってなかったためちょっと恥ずい。割と冗長になってるandキャラ崩壊酷いかも。


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酒池……肉林……?

三人称をちょっと練習したくてやりました。後悔しかしてません。


 「うえっへっへっへ、ほらぁ〜けーいー、飲めーもっと飲めー! えへへへへへ!! 」

 

 「はぁもう……」

 

 「どうしてこうなったんだ!! 」

 

 

 

 

 遡ること数時間前

 

 

 暖かな秋の日の午後。日頃の疲れを癒さんとソファでうたた寝をする魚臣慧の元へ台風がやってきた。

 

 「やっほー、慧。遊びに来たよー」

 

 陽務楽羽、その人である。以前の慧の誕生日から魚臣宅の心地良さに気づき入り浸っている彼女は、今日も今日とて彼氏の家に遊びに来ていた。

 

 「楽羽……別に来るのは構わないから連絡してからって言ってるじゃん」

 

 「えー……別にいーじゃん。暇してたんでしょ? 」

 

 「いや、まあそうだけどね……」

 

 眠りを邪魔されたにもかかわらず、柔らかな笑みを浮かべて対応する慧。

 

 「ま、いいや。今日は何するの? 格ゲー? それ以外? 」

 

 「私が言えたことじゃないけど彼氏の家に遊びに来た彼女にその二択ってどうなのー? 」

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべながら慧をからかう楽羽。それに応じて慧もまた軽口で返す。

 

 「それ正しくおまいう案件でしょ。それともまさかそれ以外の何かを用意してあるの? 」

 

 「ふっふっふ、そのまさかですよ。てなわけで今日はこれを見よーずぇ」

 

 そう言ってごそごそとカバンを漁り何かを取り出す楽羽。

 

 「んー? なにこれDVD? 」

 

 「そそそ、ちょっと古めのホラー映画。クソゲーの棚漁ってたらなんか紛れ込んでたみたいでさー。戻そうとしたんだけど地味に面白そうだったし丁度いいかなって」

 

 「ふーん……楽羽ってホラー映画とかって好きだったっけ」

 

 「いやー、別にそういう訳じゃないんだけどさー」

 

 あーっとー、えーっとー、等と普段のズケズケ言う態度からは考えられないような態度で言い籠もる楽羽。

 

 「……なんか企んでない? 」

 

 その怪しさに慧も目を細め追求する。

 

 後ずさる楽羽。

 

 距離を縮める慧。

 

 

 (ループ中)

 

 

 「わ、分かった! 言う! 言うから離れろ近い! 」

 

 1人用にしては広いとはいえ、そこまで大きいという訳でもないリビングでは捕まるのも時間の問題であった。壁際に追い込まれた楽羽と追い込んだ慧。構図だけ見れば壁ドンにも見えなくはないが……

 

 「いやー、慧ってホラー見ると女子っぽい反応するんでしょ? それが見たくって」

 

 女側がこれである。ロマンスなど起こるわけもなかったのだ。

 

 「全く……そんなことだろうとは思ったけどさ。あんなのテレビ用だよ。そんなビビるわきゃあないでしょ」

 

 「あっ、フラグ……」

 

 「その納得したような顔ムカつくなぁ……」

 

 「くふふ、いいじゃんいいじゃん。ほら、早速見ようよ。電気消して、カーテン閉めて。ポップコーンは買ってきたよ」

 

 「あー、コーラとかあったっけな……」

 

 そう言いながら台所へ向かう慧。その間に映画の準備をする楽羽。こういうところだけを切り取ると仲の良い夫婦にしか見えないのだが。

 

 「ごめん、楽羽。楽羽が飲めそうなのエナドリかりんごジュースしかない」

 

 「りんごっ……ジュースっ……」

 

 「おいコラ、何がそんなに面白いんだ。りんごジュースは徹夜明けの身体を程よく癒してくれるんだぞ。エナドリ漬けの楽羽にもぴったりじゃん」

 

 「いやいや、別にぃー? ふふっ……子供舌の慧きゅんにはお似合いだなって! 」

 

 流れるように煽りあいをするあたり変わらない二人であった。

 

 

 

 

 「さて準備万端! レッツ視聴! 」

 

 「ちょいちょいちょい楽羽さん、近くない? 」

 

 ポップコーンとりんごジュースを用意し、テレビの前に陣取る二人。その距離はほぼゼロである。

 

 「……? 」

 

 「いや、? じゃないから。こんなくっつかなくてもいいでしょ」

 

 「……いーじゃん別に。細かいこと気にしてるとモテないよ」

 

 「えぇ……まぁ楽羽が良いならいいけどさ」

 

 「でしょ? ほら、見よ? 」

 

 部屋は暗く、互いの顔も見えない状況だった。だからだろう。顔を赤く染めつつ不機嫌そうにクッションに顔を埋める楽羽に慧が気づかなかったのは。

 

 

 

 

 

 

〜映画鑑賞中〜

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 映画が終わり、二人は一言も発することも無く手を繋いだまま部屋の電気をつけに行く。苦言を呈していた慧も楽羽にピッタリとくっつき離れる気配がない。と言っても楽羽の方からもくっついているので離れようとしても離れられないだろうが。

 

 

 「「こ……」」

 

 「「怖かったぁああああああああああ!!! 」」

 

 「何あれ何あれ何あれぇ! 全然B級じゃないじゃん! めっちゃガチガチのホラーじゃん! 」

 

 「いやいやいや、こっちのセリフだよ! めっちゃヤバいやつじゃん! 超ビビったわ!! 」

 

 詳しい内容は伏せるが魚臣慧、陽務楽羽ともに渾身のガチビビりである。

 

 「ね、ねぇ慧」

 

 「う、うんどうしたの楽羽」

 

 「そ、その今日泊まってっていい? あと一緒の布団で寝ていい? 」

 

 「……こっちから頼もうと思ってた。よろしく頼むね」

 

 「と、トイレ行く時は着いてきてね? 一人で行ったら明日ぶっ飛ばすからね? 」

 

 「むしろ積極的に起こしてよ。夜起きた時に隣に楽羽が居なかったらビビり散らかす」

 

 甘々なカップルの会話に見えるが2人ともガチビビりのせいで気づいていない。ある意味シラフじゃない状態の方が関係が進むあたり恋愛偏差値の低さが伺えるというものである。

 

 「やー、びびった……適当にご飯作るから手伝って楽羽」

 

 「はいはーい……今は1人で待ってるのさえ怖いわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん、こんなもんかな。楽羽、冷蔵庫から適当に飲み物持ってきてくれない? 」

 

 「りょーかいっと……んー、あれ? 慧、これお酒? 」

 

 「んー? ああ、そうそう。何、気になるの?」

 

 「まー、ちょっと飲んでみたい気はするかも」

 

 「いーんじゃない、別に。家で軽く飲むくらいなら大丈夫でしょ。まぁ、楽羽さんがお酒によわよわな可能性はあるけどねぇー? 」

 

 「お? 喧嘩売ってんの? りんごジュース(笑)さんが飲んでるお酒とか余裕なんだけど? 」

 

 一緒に料理をしている間に落ち着いたのか、甘い雰囲気はどこかに消え去り何時もの二人である。

 

 「ほーん? じゃあ飲んでみなよ、ちなみに俺はそれを1ダース一晩で開けたことがあるよ」

 

 

 嘘である。

 

 

 「いやいやー? 私だって正月に親戚と飲み比べして勝ったことあるしぃー? 」

 

 

 当然のように嘘である。

 

 

 「「………………」」

 

 

 

 「「勝負じゃオラァ!! 」」

 

 

 

 

 

 

 

 そして話は冒頭に繋がる。そこまで強くないとはいえ自分の限界量を知っている慧と、元から酒には弱いくせに調子に乗ってがぶ飲みした楽羽。勝負の結果は明白であり……生まれる状況もまた明白であった。

 

 

 「んだよー、けーいー。さぁっきからぜぇーんぜんのんでないじゃーん! なんだぁ? わらしのしゃけがのめないゆーんかぁ? あーん? 」

 

 「いや、もう楽羽その辺にしときなよ……べろべろじゃん。飲み屋のおっさんとかわらないよ」

 

 「んだとぉー! こんなうら若い乙女をつかまえてぇ、おっさんだとぉー! けいはそんなんだから乙女心がわからんいわれるんだー!! 」

 

 「きょうだってぇ、いい雰囲気になりぇるとおもってホラー持ってきたのにきづいてくんないしぃー」

 

 「くっつきたかったのにないがしろにしゅるし!! 」

 

 「ばかぁ! けいのばかー! 」

 

 人は酔うと様々な反応を示すが───陽務楽羽という少女はいわゆる本音を言いまくるタイプであった。そしてそういうタイプの人間は往々にして……

 

 「いや、ちょ楽羽さーん……あのごめん。謝るからその辺にして。双方ともに恥ずかしさで死ぬ」

 

 「うるさぁーい! だいたい私はけいのことこぉーんなにすきなのに! けいは全然言ってくれないし!! ばかぁー……すー」

 

 

 言いたいことを言うだけ言って寝る。残された側の心情はそれはもう大変なことになるのだ。だが、

 

 「そんなに言ってないつもりは無かったんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 「……好きだよ」

 

 「楽羽、大好き。愛してる。めっちゃ好き」

 

 魚臣慧もまた同じタイプの人間であった。机に倒れ込んだ楽羽の頭を優しく撫でながら愛を囁く姿はなんとも絵になっている上に据え膳と言えなくもないのだが……

 

 「……うえっ、やばいちょっと吐きそう。調子に乗って飲みすぎた……」

 

 そこで襲えないからこその魚臣慧、総受け鰹なのである。とはいえ楽羽をベッドに運んでからトイレへと行くあたり男らしいとも言えるが。

 

 

 

 

 

 

 翌朝

 

 

 「……楽羽さーん」

 

 「おーい、楽羽さーん」

 

 「布団にくるまってアルマジロみたいになってる楽羽さーん」

 

 酒の席での失態は覚えている人間とそうでない人がいる。そして楽羽はどちらかと言うと前者であった。

 

 「…………慧」

 

 「はい、なーに」

 

 「昨日のことは忘れて。あと私の顔を見ないようにトイレまで連れてって。あと3秒で吐く」

 

 「ちょ!? そういうことはもっと早く言えって! あああ、もう顔見ないでってどうやんのさ! 」

 

 「あ、ちょ、変なとこ触んないで。マジで吐いちゃう」

 

 「だあぁ、もう! しょうがないなぁ!! 」

 

 青ざめながらも昨日の失態を思い出しているのか赤面し顔が紫色になっている楽羽と、もう死体を運ぶ要領で運ぼうかなどと考えている慧ではあるが

 

 ───二人ともどこか幸せそうな雰囲気であった。




私、こういう普段は本音を言えないけどお酒の力で素直になる系のシチュ大好き!


※この世界線では家飲みに限り合法だけど、現実では未成年飲酒は違法だからね!


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愛を願う夢、愛を満たす現

キャラ崩壊注意だオラァ!


 「おーい、()()! 」

 

 ふと気がつくと見知らぬ場所に居て、サンラクくんが私の名前を呼びかけてきていて。その時点でこれが夢だと気づく。

 

 「やぁ、サンラクくん……どしたの? 」

 

 偽装でもなんでもない、心の底から出てくるような冷たい笑みを浮かべ疑問をぶつける。

 

 「どしたの? ってデートの予定だろ? だって今日はお前の誕生日なんだから」

 

 ああ、そういうこと。

 

 この夢のコンセプトを理解すると共に己の脳みそを引きずり出してぐちゃぐちゃにしたいような感覚に襲われる。

 

 

 イラつく。人並みに誕生日を祝って欲しいなどと思っている自分がいることに。

 

 ムカつく。それを夢という形でしか実現できない己に。

 

 

 腹立つ。()()()()はいつも己の予想を超えるところにいるというのに、自分の欲望が生み出した程度のサンラクで満足できると思ったことが。

 

 

 ここが現実ならば頭を掻きむしり、物にあたり、爪を噛み……とにかく癇癪を起こしていただろう。だけれども夢の私は動かない。冷たい笑みを浮かべ、凍りついたかのように。私が動こうと思わない限り動かないということだろうか。

 

 

 

 ああ、もういいか。どうせすぐには目覚めないだろうしそれまでこの泡沫の夢を楽しむのも悪くない。その後に感じるであろう諸々は未来の自分に放り投げよう。サンラクくんもそんなこと言いそうだし。

 

 「あははぁ、ごめんねぇ……? ついつい浮かれて忘れちゃったよぉ……」

 

 「んだよ、それ。ま、行こうぜ」

 

 「おやおやぁ、こんな昼間からどこに連れ込まれちゃうのかなぁ? 若い獣欲、ぶつけられちゃうのかなぁ!? 」

 

 「公衆の面前で痴態を晒すな! 普通にデートだっての」

 

 「私は公開プレイも悪くないけどねぇ……ま、それは別に機会にしようかなぁ? 」

 

 「するか! ったく……」

 

 うーん、認めたくはないけど私の脳が生み出しただけあってすごい再現度だなぁ。でもこれは所詮夢。VRと似たようなものとはいっても現実でこんな事が起きる訳もなく。

 

 ……あー、ムカつく。

 

 

 

 

 ◆

 

 「やー、色々したな。どうだ、()()。楽しかったか? 」 

 

 「んー、まぁねぇ……ただちょーっと疲れちゃったかなぁ」

 

 ふと気づくとシーンが飛んでいた。まあ夢だしこういうこともあるのだろう。何となく楽しかったという気持ちだけが残っていてなんともまぁ気持ち悪い。

 

 「そっか……あー、そのさ」

 

 「……? 」

 

 というかさっきから感じるこの違和感というか苛立ちは何だろうか。夢であることは別にどうでもいいし……

 

 「うん……これ、プレゼント。()()が好きだって言ってたヤツ」

 

 「…………ああ、そっか」

 

 チッ……違和感の正体はそういうこと。何ともまぁ私らしくエゴに満ち溢れた答えね。

 

 私が好きなのはサンラクくん。私が愛して欲しい()は今の彬茅紗音()では無い、はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でもこの夢のサンラクくん(私の欲望)(彬茅紗音)を見ている。私を愛してくれている。

 

 

 

 それはつまり私は私が嫌いな私を彼に見て欲しいと願っているということ。いや、それに留まらずどこかでこうも願っているのだろう。私の全てを受け入れて欲しいと。

 

 

 

 

 

 同情なんてクソ喰らえ。

 

 

 憐れみなんか消えてしまえ。

 

 

 そんなものを向けられても私は怒り狂うだけ。

 

 

 

 

 でも誰よりも真っ直ぐに私のことを見てくれる彼にそれを向けて欲しいと願う自分がいる。この夢はそれを見せつけてくるようで。

 

 

 

 

 

 

 「………………最悪」

 

 

 

 表情を取り繕うことも出来ず苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。

 

 

 ああ、最悪。本当に最悪。さっさとこんな夢覚めろ。最悪の誕生日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 「………………チッ」

 

 ベッドから身体を起こすと共に舌打ちをする。

 

 詳しい内容は覚えていない。いないが……とてつもなく不快な夢を見たということだけはわかる。

 

 「…………サンラクくん」

 

 最近会えてない。新大陸にいるというのは知ってるけど。……探しに行ってみよう。何となく今はそうしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「……チッ」

 

 何回目かも分からない無作為な転移。MP的な問題は無い。かかった時間だってスペクリの後に彼を探していた期間を考えるととても短い。でも何故だかとても不快だ。

 

 「はぁ……【座標移動門(テレポート)】……ほら、次」

 

 「ひょっ……【乱数転移(シャッフル)】」

 

 NPCもチョロいもんだわ。適当に囁いてやれば簡単に言うことを聞く。

 

 「……ここは…………ッ!? 」

 

 しまった、油断した。乱数転移はあくまでもセーブポイントの近くに飛ばされるだけ。つまり転移先でモンスターに襲われることは十分にあるわけで。

 

 「…………はぁ」

 

 

 ダルいな……やっぱり最悪のたんじょ……

 

 

 「ぉぉぉぉぉぉぉぉおらあああぁぁぁぁぁ!!」

 

 ……何かがとんでもない速度でカッ飛んできたかと思えばモンスターごと吹っ飛んでった。

 

 「……くふ」

 

 自然と口から喜悦の感情が零れる。私は知っている。あの星の輝きを。龍災の夜に見たあの五芒星の輝きを……!!

 

 「ったく、着地地点にいるんじゃねぇよ……おーい、そこのプレイヤー! 大丈夫かー……あ? 」

 

 「うえへへへ、サンラクくぅん!! これはもう運命ということで宜しいかなぁ!? 」

 

 「げっ、ディプスロ……てめぇなんでこんなとこにいるんだ、ああ"? 」

 

 「いいじゃなぁい、そんなことぉー……それよりさぁ、私実は今日誕生日でしてぇ……え? 」

 

 自分で言いかけた言葉に驚く。……私は何を言ってるんだ。彼にこんなことを言ってもどうせ何時もの憎まれ口が飛んでくるだけ。さっき見た夢のせいかどうも思考が纏まらない……ムカつく。

 

 「あ、いやなんでもな」

 

 「あー、誕生日ぃ? あのなお前……」

 

 ……はぁ、聞かれてたのか。さっさとどっかに跳ぼうか。ホント最悪の誕生日だ 「そういうことは早く言えよ。プレゼントとかなんも用意してねぇぞ」

 

 …………えぇ?

 

 「え、今なんて……? 」

 

 「あ? だから誕生日とかいきなり言われてもなんも用意してねぇって。あれか? プレゼントはサンラクくんが良いとか言うのか? 悪いが非売品だぞ」

 

 え、え?

 

 「え、あの、祝って……くれるの? 」

 

 「……あのなぁ、確かにお前は絡まれるとうざいしスペクリの時のことは未だに許してねぇし下ネタ大魔神だけどな」

 

 

 そんな前置きの後に彼はいつもの調子で、いつものように私の予想を上回る言葉を投げてくれた。

 

 

 「それでも誕生日祝わねぇほど冷たく思ってもねぇよ」

 

 

 

 きゅっと胸の前で手を握りしめる。

 

 ときめくとか、胸が踊るとか、私とは無縁の概念だと思ってたし、そんなこと言ってる奴は嫌いだった。でもそれがどうだ。好きと言われた訳でもない。キスやら性行為に走った訳でもない。ただ冷たく思ってないと言われただけで

 

 

 

 

 

 

 ───こんなにも胸の高鳴りが抑えられないなんて……

 

 

 「……おい、なんか言えや。柄にもなく黙りこくって。そんなに誕生日用意されてなかったのが悲しいのか? 」

 

 「うぅ……違うよ、ばかぁ……」

 

 「……へっ!? 」

 

 ううう、涙が、感情が抑えられない。私が私じゃないみたい。だって何時もだったらこんな姿、誰にも見せたくないのに今だけは彼に居て欲しいと願ってる。しかも心のどこかでとかじゃない。全身全霊で願ってる。

 

 「……サンラクくん」

 

 「はっ、はい、おう、ど、どどどした? 」

 

 「……ふはっ」

 

 今度は可笑しい。すごくテンパってるサンラクくん。こんなの初めて見たし、こんな素直に笑えたのなんていつぶりだろう。

 

 「えとね、誕生日プレゼントなんだけど」

 

 「お、おう……てかお前ホントにディプスロか? なんか変なもんでも食った? 」

 

 「失礼な、私は今日なんにも食べてないよ。ってそうじゃなくて……」

 

 なんか……こうして素で喋ってるとすごい違和感。あの猫なで声が慣れてるのもあるけど、人前で(彬茅紗音)を晒すのに抵抗が薄いのが1番の違和感だ。でもきっとそれだけサンラクくんのことを自分で思っていた以上に好きということなのだろう。

 

 「誕生日プレゼントとして……その、えっと……デート、して欲しいです……」

 

 「……なんの隠語だ? 」

 

 「違うよ! あー、普通に……普通にデート、です。シャンフロ内で」

 

 今の私の顔はきっと髪の色と同じかそれ以上に赤い。でも、一度あの胸の高鳴りを……恋を知ってしまったから。きっともう今までには戻れない。それならば行き着く所まで行ってしまおう。

 

 「……変なことをしない、変なことを吹聴しないなら許す」

 

 「…………ホント? 」

 

 「ここで嘘つくほど俺は外道に魂を売り渡してねんだわ」

 

 ……今までの私ならきっとここで軽口を叩いてた。でも……

 

 「……ありがと、嬉しい」

 

 心からの笑顔で、心からの感謝を伝えよう。今の私ならそれが出来る気がした。

 

 

 まだ自分のことは嫌いだ。10年以上に及ぶコンプレックス、そう簡単に消えはしない。でも、それでも思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───今日は最高の誕生日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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譲れない‘好き’

特濃光属性いっちょお待ちぃ!!


 〈隠岐 紅音〉

 

 <楽郎さん! 今度一緒にご飯食べに行きませんか?

 

 おー、いいぞ。どこか行きたいところでもあるのか? >

 

 <はい! この前家族で行ったラーメン屋さんがすごく美味しくて 、是非楽郎さんにも食べて欲しいなって!

 

 なるほどなるほど。じゃあ○月✕日の△時に駅前でどうだ? >

 

 < はいっ!楽しみにしてます!

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「んー、ちょっと早く着きすぎたか……」

 

 現在時刻は待ち合わせ時間の30分前。ゲーム内では会っていたとはいえリアルでは久しぶりに紅音に会うからなぁ、少し張り切りすぎたか。

 

 「あっ、楽郎さん! 」

 

 おおう……思考が被ってるな。

 

 「おう、久しぶりだな紅音。俺が言えたことじゃないけど随分早い到着だな」

 

 「えへへ、楽郎さんに会えるのが楽しみだったので! それに加えて今日はわんたんめんも私を待ってますし!! 」

 

 なんかいつもに増してキラキラしてるな今日の紅音は。

 

 「なぁ、なんか今日はやたらと機嫌よくないか? 普段のデートの時よりも」

 

 「え? ……んー、今日は好きな人と好きな物を食べに行く日ですから。好きがいっぱいで嬉しいんだと思います! 」

 

 はぁ? 可愛いかよ。いや、マジでやばい。クソゲーライフで歪んだ心が癒されていく。むしろ癒されていくを通り越して浄化されていく……

 

 「ら、楽郎さん!? どうしたんですか、そんな悟りを開いたような顔して! 」

 

 「はは、私のことは気にしなくていいのですよ紅音さん。さぁ行きましょうか」

 

 「口調までおかしい!? ら、楽郎さーん!! 」

 

 今日は良い日だなぁ、ははははは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「全く……ようやく元に戻りましたか。どうしちゃったんですか一体? 」

 

 「いや、俺にもわからん。きっとこう紅音が可愛いという感情が振り切れたことによるあれこれだ」

 

 ……すっげー恥ずい。何やってるんだ俺。何キャラだよ、あれ。せっかくのデートだと言うのに……

 

 「そっ、そうですか……それならいいんですけど……」

 

 ええい、いつまでも気にしていても仕方がない。……む?

 

 「なぁ、紅音。紅音が言ってたのってアレじゃないか? 」

 

 「へ? あっ、そうですそうです! ささ、行きましょう! 」

 

 「っとと、そんな引っ張るなって。ちゃんと一緒に居るって」

 

 「う……ごめんなさい、つい我慢できなくて」

 

 んー、別に怒ってはないんだが……さっきときめかされたし少しやり返すか……

 

 「おいおい紅音。そんなしょぼくれた顔してんなよ。これからうまいもん食いに行くんだろ? 好きな女がそんな顔してたら心配で味が分からなくなっちまうぞ? 」

 

 「へっ!? ……あっ、あー、はい、ありがとござましゅ……」

 

 なんか気恥ずかしくなってきた。

 

 「あー、ほら行こうぜ紅音。まだ昼前とはいえそろそろ混み始める頃だろ」

 

 「そ、そうですね! 行きましょう! 」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「ほー、なかなかいい雰囲気の店じゃないか」

 

 良いじゃないか、こういう少しレトロな感じの雰囲気は好物だ。

 

 「ふふふ、それくらいで驚いてちゃわんたんめんを食べた時にひっくり返っちゃいますよ? 」

 

 「へぇ、そりゃ楽しみだな。早速頼むとしようじゃないか」

 

 「はいっ、すみませーん! 注文お願いします! 」

 

 

 

 「お待たせしました、ご注文承ります」

 

 「わんたんめんを2つ、お願いします! 」

 

 「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」

 

 

 

 

 「……しかしちょっと意外だったなぁ」

 

 「……? 何がですか? 」

 

 「いや、紅音ってラーメンとかあんまり食べないようなタイプだと思ってたからさ。わんたんめんが好きってのがちょっと意外ってこと。わんたんめんのどの辺が好きなんだ? 」

 

 その時の紅音の様子を端的に表すとしたら、キュピーン! だろう。キラキラキラ……でもいい。とにかくその時の紅音の様子はまんま好きなジャンルの話を語る直前の人間の顔をしていた、ということだ。

 

 「はいっ、それはですねぇ! 」

 

 

 

 

 「……ここが素晴らしくて……」

 

 

 

 

 「……でもそれだけじゃなくて……」

 

 

 

 「……こういう所も……」

 

 

 

 

 「……あっ、やっぱりあれも……」

 

 

 

 

 「わんたんめん2つお待たせしましたー」

 

 「あっ、置いておいてください」

 

 

 

 

 「……さらにですね! 」

 

 「ちょ、ストップ! ストォーップ!! 」

 

 「はっ!? 」

 

 長かった……とても長かった……不用意に人の好きに踏み込んでは行けないということを知ったよ……

 

 「ごっ、ごめんなさいっ!! 私好きな物のことになるとつい我を忘れちゃって……」

 

 「いやー、紅音のわんたんめん愛は十分に伝わってきたぞ。向こう数十年はもう聞かなくていいくらいには」

 

 「うう……らくろうさんのいじわる」

 

 「ははっ、まぁとにかく食おうぜ。冷めちまう」

 

 「そうですね……じゃあ」

 

 「「いただきます」」

 

 

 ……む、これは

 

 「……美味いな」

 

 「ですよね! 」

 

 いや、これホントに美味いぞ。食レポなんてもんは出来ないがいくらでも食べ進められる。ワンタンも自家製らしいがジューシーかつアツアツでこれ単体で食べたいくらいだ。

 

 

 

 

 

 

 「……美味かった! ご馳走様でした! 」

 

 「ご馳走様でした! 美味しかったでしょ? 楽郎さん! 」

 

 「いやー、予想を遥かにいい方に超えてきた。これかなり隠れた名店なんじゃないか? 」

 

 「私もお父さんに連れてきてもらったので詳しくは知らないんですが……知る人ぞ知るって感じですね! 」

 

 「ふぅ……で、このあとどうする? 少し腹ごなしに散歩でもするか? 」

 

 「良いですね! 私も楽郎さんともう少し長く居たいですし! 」

 

 ……慣れろ、俺。紅音はこういうことは普通に言ってくる。天然で。

 

 「……ああ、そうだな。じゃあ適当にぶらつくか! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 陽務です。突然ですが俺は今下半身の危機にあります。

 

 

 ……というのもトイレに行きたい。ラーメン屋で済ましておけばよかった。

 

 「あー、悪い紅音。ちょっとそこの交番でトイレ借りてくる」

 

 「あっ、はい。大丈夫ですか? 」

 

 「だいじょぶだいじょぶ。悪いがちょっと待っててくれ」

 

 「はーい! 」

 

 まぁ、この辺は治安もそう悪くないし大丈夫だろう。そう思ってた時期が俺にもありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……だから! 楽郎さんは凄い人なんです! あなた達にバカにされる謂れはありません!! 」

 

 紅音を取り囲むいかにもチャラそうな男たちとそれを遠巻きに眺める民衆。そして男たちに何故か俺の褒め言葉を延々と語る紅音。

 

 ……ナニコレ?

 

 

 

 

 

 

 ◆ 

 

 「はーい! 」

 

 楽郎さん、大丈夫でしょうか。わんたんめんのせいでお腹を壊したとかだったらもう二度と一緒に行ってくれないかも……うーん、心配です。うーん……

 

 「ねぇねぇ、お嬢ちゃーん。そんなに悩んじゃってどうしたの? 」

 

 「え? あー、大丈夫です。ありがとうございます」

 

 いきなり声をかけて来たのは20代くらいでしょうか? の男の人数人。もちろん全然知らない人たちです。

 

 「ねーねー、暇なら俺たちと遊ぼーよー。楽しませてあげるよ? 」

 

 ……ああ、これがナンパというやつですか。あまりいい気分では無いですね。そもそも私には楽郎さんがいるのに。

 

 「あー、ごめんなさい。連れがいるので」

 

 こう言えば大丈夫でしょう。そう思ってたのですが……

 

 「えー、連れってあのつまんなさそうな男でしょー? あいつより絶対俺らと一緒の方が楽しいって! 」

 

 いらっ。楽郎さんのことをろくに知らない癖に何言ってんでしょうかこの人。

 

 「私にとってはあなた達より彼と一緒にいる方が良いので。もう良いですか? 」

 

 いい加減我慢の限界なんですけど。楽郎さんとの楽しい時間が台無しになっちゃいます。

 

 「えー、俺の事をもっと知ったらそんなこと言えなくなるって! ね、いいでしょ?」

 

 ぷちっ。

 

 「あなた達だって楽郎さんのことをなんにも知らないくせにつまらないとか適当なこと言ってたじゃないですか! それなのに自分が言われるのは嫌とか子供ですか!? 」

 

 あー、もう無理です、止まれません。楽郎さんに見られたら引かれるかもしれないけど、何よりもまず楽郎さんをバカにしたこいつが許せません……!

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「えぇ……」

 

 いや、困惑してる場合じゃない。

 

 「あーかーねっ! ほら、落ち着け」

 

 「だいたい楽郎さんは貴方よりもよっぽどカッコよくて……あ、楽郎さん……」

 

 「何となく事情は分かったけど落ち着けって。警察居るし」

 

 交番でトイレ借りてて良かったわ。自然と警察呼べた。

 

 「……その、ごめんなさい……」

 

 「ん? なんで紅音が謝るんだよ。アイツらに絡まれたんだろ? 」

 

 紅音を選んだのは見る目があるがそれ以外はダメだな。人の彼女に手ぇ出すんじゃねぇよ。

 

 「……でも私ついついカッとなっちゃって。楽郎さんと久しぶりのデートだったのに……ぐすっ……」

 

 「え、あー……泣くなってほら。なんか酷いことでも言われたんだろ? 別にそんなんで紅音のことをすぐキレるやつだとか思わねぇよ」

 

 「……違うんです。楽郎さんのことをバカにされて。それで私……」

 

 あー……それでか。んー、でもそれってさっきの紅音の話を鑑みるに。

 

 「なぁ、紅音。俺の事を悪く言われて、それでつい我を忘れたのか? 」

 

 「……はい」

 

 「それってさ、それだけ俺の事を大切だ、好きだって思ってくれてるってことだろ? さっきそう言ってたじゃんか。好きな物のことになると我を忘れちゃうって」

 

 「あ……で、でも! 」

 

 「デモもストもねーよ。俺からしたら今回のことは紅音が無事でよかったの一言に尽きる。それに加えて紅音が俺のために怒ってくれたって言うんだからそんなんもう彼氏冥利に尽きるさ。紅音が自分を責めることなんて何にもねーよ」

 

 「……りゃぐりょうじゃーぁん!! うわぁああぁん!! 」

 

 ぐふっ……地味に痛い。頭が鳩尾に突き刺さってる……耐えろ俺。我慢だ俺。大丈夫お前ならできる……

 

 「どうしたどうした。そんなに不安だったのか?

 

 「ううぅ……らぐろうじゃんに嫌われるんじゃないかってぇ……」

 

 「はぁ……アホか。そんな簡単に嫌いになるわけねぇだろが。俺は紅音とずっと一緒に居るつもりだぞ? 」

 

 「……うえええぇん……」

 

 ……そろそろ周りの人の目が痛い。責めるような視線ならまだいいんだが生暖かい視線がキツイ……紅音は全然気づいてないのか気にしてないのか……

 

 

 

 

 ───ずっと一緒に居るとは言ったが少し離れて欲しいかなぁ……

 

 

 

 

 

 



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比翼連理〜戦〜

こっちの方から先に読んでね


 

 ヴー ヴー ヴー

 

 

 「……んん、電話? 誰から……って夏蓮……」

 

 

 ……やば、寝過ごした。

 

 「も、もしもーし……」

 

 

 「……葉、遅い」

 

 ご立腹でいらっしゃる……

 

 「ご、ごめんごめん。ちょっと昨日遅くまで起きてて……ネフホロね。すぐ行くよ」

 

 「ん、分かってるならいい。待ってる」

 

 

 

 

 「……ふう」

 

 夏蓮との電話を切って軽く息を着く。今日十月一日は僕の幼なじみ、佐備夏蓮の18歳の誕生日だ。プレゼントは普通に用意したけど僕が悩んでいたことはそれではない。僕は……

 

 「……ってまずいまずい、早く入らないともっと機嫌が悪くなっちゃう」

 

 今考えてもどうしようもないことだしね。

 

 

 

 

 

 

 

 「……ごめん、ルスト! 遅れた! 」

 

 「……まぁ、許そう。今日の私は機嫌がいい」

 

 ん? 別に夏蓮は誕生日ではしゃぐようなタイプじゃないよね?

 

 「何かいいことでもあったの? 」

 

 「……ネフホロ2が発表され、最後のイベントが来た今もう新しい要素が無印に追加されることは無いと思っていた」

 

 「……? うん」

 

 「これを見よ! 」

 

 「ん? 何これタッグマッチ……? 」

 

 「そう! 今までオペレーターこそ居れど基本的に一体一での戦いがほとんどだったネフホロにタッグマッチが試験的に追加されたということはこれはネフホロ2ではタッグマッチが正式に追加されてリリースされるということではないだろうか、それはとても楽しみ! 」

 

 ああ、また病気が……でもタッグマッチか。何ともまたタイムリーというかなんと言うか……

 

 「てことは今日はこれをするの? 」

 

 「いえす! もう対戦相手も見つけてきた。モルドと一緒に戦うのなんて久しぶりすぎるけど楽しみ」

 

 「あはは……まぁ頑張ろう」

 

 「ああ、そうだルスト。話したいことがあるんだ。何戦かした後でいいから1回落ちてくれない? 」

 

 「……? ……ああ、誕生日? 分かった、でも手短にね」

 

 それだけじゃないけど……まあ今訂正する必要も無いだろう。

 

 「早速戦う! モルド、機体の準備は出来てる? 」

 

 機体……機体ね。色々と趣味で作ったやつだったり色んなコンセプトで作ったりしたやつはある。だけどルストと一緒に戦うってなると……

 

 「うん、大丈夫。遠距離メインだから前線は頼むね」

 

 「当然……! 」

 

 口の端を釣りあげてルストが笑う。ごくたまにうかべる笑顔とも、ネフホロ2が発表された時の笑顔とも違う心躍る戦いに身を投げる時の戦士の顔。そんな顔も愛おしくてたまらない。

 

 

 ああ、いけない。昨日の夜の思考の影響がまだ残ってる。切り替えないと……

 

 

 

 

 

 そして試合が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《BATTLE START》

 

 

 

 戦いの場はシンプルな荒野ステージだった。程よく遮蔽物があるため遠距離狙撃が少ししづらいかな……

 

 今回選んだこの機体は二つの形態を持つ。一つは最初の姿。黒に染め上げられた重装甲に遠距離特化型の装備。遠距離メインとは言ったがこの形態では近距離戦はほぼできない。……ルストがいることを前提としたカスタムだ。

 

 スコープの中でルストが舞うように激しく戦っている。そんな彼女を支援しながらも思考は深く暗い所へと沈んでいく。

 

 

 

 僕は今日ルストに……夏蓮に告白する。結婚を前提としたお付き合いを申し込む。

 

 

 今日のこの日を迎えるにあたって僕たちの関係について色々と考えた。相棒、親友、恋仲、家族……色々な関係が当てはまりそうで当てはまらない。

 

 

 そして思考は1つの問いへとたどり着いた。

 

 

 そう、僕に彼女の隣に立つ資格はあるのだろうか、と。

 

 

 

 いつかどこかで誰かが僕たちのことを比翼連理の関係だと言った。確かに間違っていないかもしれない。その当時はそう思った。でも違うと。そうでは無いと気づいたのはいつのことであっただろうか。

 

 

 比翼とは片翼しか持たない鳥。2人揃わなければ飛ぶことは出来ない鳥。ああ、確かにこれ以上ないくらいに仲睦まじいことを示す言葉であろう。だが僕たちの関係を表す言葉としては足りないんだ。だって………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………ルストは一人で飛べる。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 誰よりも紅く速い機体が縦横無尽に駆け巡る。並の相手であればその姿を捉えることも出来ず撃墜されるだろうが、相対するのはネフィリムホロウという世界に魅せられた操縦者(ランカー)。援護狙撃こそあれど実質2対1ということもあり、ルストは少しずつ追い詰められていった。

 

 (……チッ、コイツらかなり出来る)

 

 「……モルド、援護」

 

 「…………分かってる」

 

 或いは彼女の相方が普段通りであればもっと早くにこの戦いは終わっていたのかもしれない。

 

 だがそれは単なる仮定に過ぎず、現在の彼は己の資格を問うている。支えるものとしての資格はあっても、共に並び立つ存在としての資格は無いのではないかと。

 

 

 

 

 

 そしてその迷いは伝播する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「───ッ、しまっ……!! 」

 

 極限の戦闘空間の中、ルストの一瞬の虚をついて行われた自爆に近い特攻。いや、爆弾を持って突っ込む時点で近いどころか単なる自爆である。

 

 だがそれは普段の戦いでは到底取れない戦法。タッグマッチという己が死んでも残りの1人が立っていれば勝ちであるからこそ取れる戦法。そして今まで1人で戦い抜いてきたからそこ彼女の反応は遅れ、爆発をもろにくらってしまう。

 

 「貰った!! 」

 

 昏く淀んだ装甲を持つ機械獣(ネフィリム)が朱き鳥を落とさんと襲いかかる。天を覆う黒雲が如く。空の果てへと至らんとする鳥を阻むが如く。爆発に巻き込まれ機動力を著しく失った彼女に避ける術はない。

 

 だがその目は戦意を失ってはいない。その口は言葉を紡ぐ。

 

 

 傍から見れば諦めの言葉に見えるだろう。はたまた負けることに対しての悪態であろうか。

 

 

 その真偽を知るのはこの世界にただ2人。言葉を放った張本人と…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───求められた者だけだ。

 

 

 

 

 ◇

 

 「自爆特攻……!? まずいっ……! 」

 

 

 思考の海から一気に意識が引き戻される。

 

 ……精彩を欠いていた自覚はあった。ルストのことを考えていた……? そんなことは言い訳にもなりやしない。今日は一年で一日しかない大切な人の大切な日。そんな日に僕のせいで黒星を贈ることになるなんて。

 

 「……ルスト、ごめん」

 

 手はまだある。だがもう心が折れてしまった。一度負のスパイラルに巻き込まれた心はそう簡単に戻っては……

 

 

 

 

 「…………モルド」

 

 

 声が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 「……………………助けて」

 

 

 

 今にも消えてしまいそうなそんな声が耳に入った瞬間、心のどこか奥底深くで()()()が熱く燃え上がる。

 

 

 

 

 僕は……僕は何をしているんだ! 彼女の横に並び立つ資格がない!? そんなものは僕が決めることじゃない、ルストが……夏蓮が! 今この時僕の助けを待っているというのなら!!

 

 

 「───飛べ、双宿蒼緋!」

 

 それに応えることに迷いなんてあるはずがない!!

 

 

 他の機体とは違う。この機体は僕の心だ。心の奥底に宿したルストと並び、戦いたいという想い。そんな想いを幾重にも覆った建前で隠した逃げの機体。

 

 

 でももう迷わない、隠さない。普段どんなに僕に頼っても弱音だけは吐かなかった彼女が、僕へと素直な気持ちを見せてくれた。だったら僕だって───! !

 

 

 

 

 「ルストは墜とさせない! 彼女は───僕が護る!!! 」

 

 

 

 

 

  

 

 

 ◆

 

 その時、その瞬間、ネフィリムホロウという世界に存在する人達は見た。

 

 

 黒き無骨な機構の獣がその動きを止め、刹那の後に───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───蒼き流星が黒を貫き頂点(ソラ)へと翔ける姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして蒼い星と紅い鳥は機構の世界に伝説を刻む。

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

《WINNER》

《緋翼連理&双宿蒼緋》

 

 

 

 

 




双宿双飛……
 夫婦の仲がよく、常に離れることがないこと。▽「双」はつがいのこと。「宿」は住むこと。つがいが一緒に住み、一緒に飛ぶという意。雄と雌が寝るときも起きているときも、いつも寄り添って一緒にいること。

 彼女は一人でも飛べる。だからこそ彼は共に飛ぶものとしてこの名を刻んだ。ユメとネガイを託して……


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比翼連理〜恋〜

〜戦〜の方から読んでね


 ◇

 

 「……葉、来た」

 

 「あー、あー、うん。いらっしゃい、夏蓮」

 

 

 

 「「…………」」

 

 ……むぅ、何となく気まずい。原因は間違いなくさっきの試合。あの後モルドがそそくさとログアウトしてしまったため結局あの一戦しかできてないし……

 

 

 でも別に怒ってない。むしろ嬉しかった。

 

 

 …………こほん。

 

 

 「……呼んだのは葉のほう。早く要件を言うべし」

 

 「あー、うんそうだね。とりあえず立ち話もなんだから入ってよ」

 

 なんか様子が変だ。そもそも葉が寝坊するのもおかしいし……何か悩みでもあるのだろうか。うーむ。

 

 

 

 

 「……それで葉、話とは」

 

 「あ、あー……えーっとねぇ……」

 

 「葉がまだ言えないのなら私が別の話をする」

 

 「あっ、うん! お願い! 何の話? 」

 

 ええい、急に生き生きしおって。まぁいい。この微妙に残るもやもやを全部ぶつけてやる。

 

 「……さっきの試合の件。敵の爆発を食らって動けなくなって、私は正直あの時負けを認めていた。私の慢心が負けを招いたと。でも葉は違った。諦めないで私を助けてくれた、守ると言ってくれた」

 

 「……すごく嬉しかった。ありがと……」

 

 ……おかしい。もやもやを晴らすために言ったのにもっともやもやする。というか恥ずかしい。おい、黙るななんか言え。この空気に耐えられないから。

 

 「……違うよ、夏蓮」

 

 「僕もあの時諦めていた。僕が自分のくだらない悩みに振り回されていたせいで負けるんだと。でも助けてって願われた。その言葉が僕に立ち上がる力をくれたんだ。だからむしろ僕の方こそ感謝したい。ありがとう、夏蓮」

 

 …………うぅ、普段はぼんやりしてるのにこんな時だけ真剣な目をするのは反則だ。というかやっぱり悩んでたんだ。

 

 「……何を悩んでたの? 」

 

 「あー……その、僕にルストと一緒にいる資格はあるのかっていう悩み」

 

 「……はぁ? 」

 

 「でももう解決したから……って夏蓮? どしたの? 」

 

 「どしたの? じゃない! 」

 

 今更……今さら私と一緒にいる資格がどうのこうのだとぉ!? なんか、なんかすごくムカつく!

 

 「葉、誰かと一緒にいるのに資格なんていらない。一緒にいたいっていう気持ちだけで十分。相手が嫌がってるのに無理やりって言うのはダメだけど……私は気にしない。葉とずっと一緒にいたい。だからそんなことでもう悩むな」

 

 ……そうだ。なぜムカつくのか分かった。葉が私と一緒にいるのに資格が必要だと思うということは、私の葉を受け入れようとする気持ちが伝わっていないということ。だからムカつくんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───ムカつくし、悲しいんだ。

 

 

 

 「……うん、ありがとう夏蓮。おかげで覚悟が決まった」

 

 

 

 「夏蓮……いや、佐備夏蓮さん。僕と結婚を前提に付き合ってください」

 

 

 

 「……へ?」

 

 

 けっこんをぜんていにつきあってください……?

 

 

 

 

 結婚を前提に付き合ってください?

 

 

 

 

 

 結婚を前提に付き合ってください!?!?!?

 

 

 

 

 「えっ、え、あのえと……よ、よう? それはどういう……」

 

 「どういうも何もそのままの意味だよ……」

 

 だってだって……葉は私の事が好きってこと? いや、私も葉のことは好きだけど……

 

 

 あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!

 

 

 

 さっきの比じゃないくらい顔が熱い。パタパタと手を振り回しても全然冷めないどころかむしろさらに火照りを増していく。

 

 

 「えと、夏蓮。そんなにすぐに返事が欲しいってわけじゃないしゆっくり考えてくれても……」

 

 「……まって、ちょっとまって。落ち着いて考えるから……」

 

 よし落ち着け私、びーくーるびーくーる。

 

 

 ……ふぅ。ちょっと落ち着いた。さて、最初から考えよう。

 

 

 まず私が葉のことを好きかどうか。これは考えるまでもない。恋愛的にかどうかはともかく葉のことは大好きだ。それこそ葉がいなければ生きては行けない。……二重の意味で。

 

 

 

 じゃあ次。葉と一生を添いとげる気があるのか。これもまたイエス。そもそも今まで漠然とだけどずっと一緒にいるものだと考えていた。それがより明確に一緒に居れるようになったというだけだろう。

 

 

 じゃあ葉の恋人になりたいのか。

 

 

 

 

 

 ……これか。即答できなかった理由は。

 

 

 私だって年頃の女の子。多少は恋というものに憧れたことがない訳では無い。でも相手が葉となると話は違う。だって私は……

 

 

 

 「葉」

 

 「うん。なんだい、夏蓮」

 

 「まず1つ。葉の気持ちはとても嬉しい。私も……その、葉の事が……す、すきだし」

 

 「……そっか、良かった。それで? 」

 

 「恋人になりたいかと言われると分からない。それは私が今の葉との関係をどうしようもなく好んでいるから。恋人になることでそれが壊れるのが怖い」

 

 「だから教えて、葉。恋人になっても、何になっても私たちの今の関係は壊れることは無いの? 」

 

 

 

 「……僕もさ、考えたんだよ。今のこの関係を崩すくらいなら告白なんてしない方がいいんじゃないかって」

 

 「……うん」

 

 

 「ねぇ、夏蓮。比翼連理って知ってる? 」

 

 「男女の仲が良いことを表す言葉。……前に私たちがそう呼ばれた」

 

 

 

 「そうだね。……でも僕は違うと思う。僕達は一緒にいないと飛べない鳥じゃない。僕はそうでも夏蓮は飛べる」

 

 「っ……違っ! 」

 

 

 「ごめん夏蓮。とりあえず今は最後まで聞いて欲しい。……続けるね」

 

 

 「それはさっきの資格云々の話にも繋がってくるんだけど……結局僕は怖いんだ。夏蓮がいつか飛んでいってしまうのではないかって。支えることしか出来ない僕から離れて」

 

 

 

 

 

 「───だから1歩踏み出そうと思った。今までの夏蓮が飛び、僕が支える関係じゃない。一緒に飛べる関係になりたくて。その決意の形が双宿蒼緋で決意の言葉がさっきの告白だ」

 

 

 

 「……葉の気持ちはよく分かった」

 

 

 

 「言いたいことはいっぱいある。葉も1人で飛べるとか色々」

 

 

 

 「でもそれを言うのはまた今度。今伝えたいのは2つ」

 

 

 

 

 

 「1つ。私が1人で飛べるって言ってたけど私が飛ぶのは葉のいる空。貴方がいない空を飛んでも意味が無い」

 

 

 

 

 

 「そしてもう1つ」

 

 

 

 

 「私は最初にネフホロの世界に降り立った時からずっと、ずっと…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「───葉と一緒にあの広い(セカイ)を飛びたかったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後もうちょい足そうかとも思ったけどこの終わり方の方が良くない?


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Rabbits fantasy

ちかくてさんのアンソロで書いてたやつ。一応あげとくね。


 「……は?」

 

 いつものようにラビッツで目覚めるはずの俺を待っていたのは一面の花畑だった。いやいやいや、どういうことだ。バグ?バグなのか?ついにシャンフロにもクソゲニウムが侵食してきたのか?……ええい、何だこのウィンドウさっきから邪魔くさ……

 

 『ユニークシナリオ「致命兎幻想譚(Rabbits fantasy)」が進行中です』

 

 「はぁ?」

 

 そういえば意識が完全に戻る前になにか言われたような……いやにしても唐突すぎるだろ。まずクリア条件はなんだ、クリア条件は。目標が明示されてないクエストはクソゲー化の第1歩だぞ?

 

 「………………びえええぇぇ……!」

 

 今のは……泣き声か?こんな所で?……いいや、今は少しでもヒントが欲しい。たとえ罠だったとしても行ってやろう!

 

 

 

 

 

 「この辺か……?」

 

 どうもさっきから泣き声が止まっている。やはり罠だったか?それとも時間制限系?

 

 「おーい、泣き声の人ー、どこだー」

 

 なんて、返ってくるわけねぇか……

 

 「あ、あの…………」

 

 ……っ!?どこから……え?

 

 「え、レイ氏?その姿は一体?」

 

 俺のズボンをくいくいと引っ張ってきたのは幼女化したレイ氏だった。何言ってるんだって?俺にも分からん。

 

 「えっと、泣いてたのはレイ氏でいいのか?」

 

 「わ、わたしないてないもん!」

 

 「えぇ……」

 

 ホントかよ、いや絶対嘘でしょ。ていうかレイ氏、精神年齢も幼児化してるの?記憶とかある?

 

 「えっと、俺の事分かる?」

 

 「わかりゃないでしゅ……で、でもあったの初めてじゃない気がします!こ、こうやってぎゅってするとおちつきます……」

 

 そう言って俺の足にしがみついてくるレイ氏(仮)。うーん、記憶は部分的に残ってるってことか?というか子供の相手かぁ……そんなに得意じゃないんだが。

 

 「うーん、とりあえずレイ氏。一緒にこの辺歩こっか」

 

 「あ、あにょ!」

 

 「あにょ?」

 

 「うぅ……れ、れいしじゃないです。ちゃんとれいって呼んでください」

 

 「えぇ……(2回目)」

 

 いや確かにレイ氏(幼)からしたら名前呼び捨ては普通かもしれないけど……よし、この子はレイ氏とは別物として扱おう。それが一番いい。

 

 「よぅし分かった。じゃあレイちゃんでいいかな?」

 

 「はいっ、はいっ!」

 

 下を向いてもじもじしてたのが一気に満面の笑みになったな。どうやら正解の選択肢を引けたみたいだ。

 

 「にしてもこっからどこ行きゃいいんだ?レイs……レイちゃん、俺以外に誰か見なかった?」

 

 「えっと……あっちのほうから泣いてる声がきこえました!」

 

 「そっか、ありがと。じゃあそっち行ってみるかな」

 

 レイちゃんが指す方向に歩き出し……足を引っ張られ顔面から地面に突き刺さりかけた。

 

 「ちょ、レイちゃん何すんの。あっち行くよ?」

 

 「えと……その……な、なでなでしてください……」

 

 「へぁ?」

 

 「あぅ……やっぱりいいでしゅ……」

 

 いやいや待て待て、考える。幼児が頭を撫でてもらいたがるシチュエーション……ああ、褒めて欲しい時か。なるほどなるほど。レイちゃんも可愛いところがあるじゃないか。

 

 「ほーれほーれ、これでいいか?」

 

 「はぅっ…………びゃ、びゃいじょぶれしゅ」

 

 あ、バグった。この辺はレイ氏と変わらんのな。なんか微笑ましい気持ちになってくるな。

 

 「じゃあ行こっかレイちゃん」

 

 「はいっ!いきましょう、らくろうくん!」

 

 さて、何が待ってるかね。出来れば少しでもヒントになるものがあればいいが……?

 

 

 

 

 

 

 「うぇぇ……おかあさーん、おとうさーん……」

 

 「………………」

 

 レイちゃんの指さす方向に進んできたらまた幼女がいた。なんなんだマジで。どういう空間なんだここは。俺はサバイバアルじゃねーんだぞ?

 

 「あー、大丈夫か?」

 

 「ひゃっ!?……らくろうおにいちゃん?」

 

 妹は瑠美以外にいた記憶はねぇなぁ……というかその狐面、お前秋津茜か?

 

 「ね、ねぇひょっとしてあかねちゃん?」

 

 「え?う、うん……あ、もしかしてれいちゃん?」

 

 「うん!」

 

 レイちゃんコミュ力高ない?いや、これコミュ力高いと言うよりかは知り合いだった?ほんとにこの世界の世界観どうなってるんだ?

 

 「ねぇねぇらくろうおにいちゃん!」

 

 「お、おう。どうした秋津茜」

 

 「むぅー、あきつあかねじゃない!ちゃんとあかねって呼んで!」

 

 お前もか秋津茜ぇ……

 

 「あー、あかねちゃんどうしたの」

 

 「えへへぇ……あ、そうだ!あそこにね!うさぎさんがいるの!」

 

 「兎?」

 

 あかねちゃんが顔を向けている方向を見れば服を着た二足歩行の兎が……あ、逃げた!これ確実にクエストフラグだな?メンバー全員が集まるのが条件って感じか?

 

 「あーっ、にげた!追いかけっこだね!らくろうおにいちゃん、れいちゃん!行こう!!」

 

 そう言って駆け出すあかねちゃん……いや、はえぇな!?速さが普段の秋津茜と変わらないから幼女の見た目だと違和感しかねぇ!

 

 「ら、らくろうくん!いこう?」

 

 「……ああ、行くかレイちゃん!」

 

 待ってろ謎兎!情報をよこせぇ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 兎は速かった。いや、兎なんだから当然といえば当然なんだが。とはいえその鬼ごっこもつい先程終了した。どう考えてもお前サイズ的に入れねぇだろと言った感じの木のウロに兎がとびこんだからなんだが……これあれだろ。金髪の幼女がトランプ人間とか笑う猫とか卵妖怪とかと戯れる話がモチーフだろ。

 

 「こ、ここにはいるんですか?」

 

 「ああ、多分そうだな……とりあえず俺が先に入るから……」

 

 「いっちばーん!」

 

 「あ、おい!」

 

 止める間もなく飛び込みやがった……ええい、何があるかもわかってないんだぞ!?これはお叱り案件だな。

 

 「レイちゃん、行こう!」

 

 さすがに戦闘力なんてないであろうあかねちゃんを放置しておくのはまずいだろう。レイちゃんには悪いが引っ掴んでダイブだ……!

 

 「ひゃっ……!?ち、ちか……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 木の中の穴を滑り降りてきた先には上と同じような花畑が広がっていた。

 

 「あはははっ!おもしろかったー!」

 

 「あー、コラ!」

 

 「ひぇっ!ら、らくろうおにいちゃん……?」

 

 うぐっ……涙目で見上げられるとざ、罪悪感が。いやいやダメだ。危険な行動をしたんだからちゃんと叱っておかないと教育に悪い……いやなんで教育に悪いとか考えてるんだよ、相手秋津茜だぞ?

 

 「あー、その、な?何があるか分からないんだから今みたいに突っ走っちゃダメだ。あかねちゃんに何かあったら困るからな」

 

 「……らくろうおにいちゃん、あかねのことしんぱいしてくれるの?」

 

 「当たり前だろ?」

 

 「分かった!ごめんなさい!」

 

 「よしよし、良い子だ。次からは気をつけてな」

 

 「うんっ!」

 

 うむうむ、聞き分けのいい子供は嫌いじゃない。子供の何が一番苦手かってこちらの言うことを欠片も聞かず暴れ回るところだからな……

 

 「悪いなレイちゃん、待たせ……」

 

 「ふにゃあぁ……」

 

 「れ、レイちゃぁーん!?」

 

 抱えたままだったレイちゃんを離してみれば顔を真っ赤にしてそのまま倒れてしまった。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 ようやく復活したレイちゃんを連れ兎を追う。なんかアイツあれだろ、こっちの速度に合わせて速度変わるタイプのやつだろ。絶対に追いつけないように設定されてるやつ。

 

 「……ん?なんだあれ、看板?」

 

 兎が消えたかと思えば急に進行方向に看板が現れた。

 

 「うにゅ……見えないです」

 

 「みえなーい……らくろうおにいちゃん、なんて書いてあるの?」

 

 ……はっ!?2人が背伸びしてぷるぷるしてるのをついついニコニコしながら眺めてしまった……俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない……

 

 「えっとちょっと待ってな……なになに?」

 

 『ここは理想の世界。普段言えないあんなことやこんなことを言ってみよう!』

 

 「……はぁ?」

 

 この2人に普段言えないようなこと……?なんかあるかな、玲さんなんでそんな頻繁にバグるの?とかか?

 

 「らくろうおにいちゃん、らくろうおにいちゃん!」

 

 「ん?どうしたあかねちゃん」

 

 「わたし、らくろうおにいちゃんのことだいすき!!」

 

 「おぉん……」

 

 これはあれだよな?家族的な好きということでOK?というかそうじゃないともれなくロリコンのレッテルを貼られる。

 

 「えぇっ!?……わ、わらひもりゃ、りゃくりょうくんにょことが……だ、だだ、だだだ……でゃいしゅきでしゅぅ!!」

 

 「んぐぅ……」

 

 れぇいちゃーん……おまえもかぁ……

 

 「あー、うん……2人とも大好きだよー」

 

 「えへへぇ……」

 

 「ふにゃっ!?……ぷしゅう」

 

 まさかこんな感じのが続くんじゃなかろうな。俺のメンタルが死ぬのが先か、兎に追いつくのが先か……わーい、もうどうにでもなれー

 

 ◆

 

 「っはああぁ……追い詰めたぞ、クソ兎ぃ!」

 

 長々と続いた鬼ごっこもゴールが近いらしく、俺たちはようやく兎を追い詰めていた。ようやくだ、ようやくあいつに報復できる。いや、別に時間はそこまでかかってない、かかってないが……詳しく言うと俺が社会的に死にかねん状況が続いたため精神面での疲労が素晴らしいことになっている。だがそれもここで終わりだ……!

 

 「オラァ、覚悟しろや兎野郎がァ!!」

 

 スキルが使えないからってステータスまで下がったわけじゃねぇんだよ……!喰らえ、正義の拳!

 

 「はっ……!?」

 

 なっ……消えた、消えやがったあいつ!しかもなんか最後に笑いながら!ああ、クソがぁ!!この!苛立ちを!どこにぶつければいいんだ!!ええい、とりあえずログアウトしたらカッツォのやつに最新の魔境のURLを送り付けてやろう。最近のトレンドは筆記用具×学生服魚臣だとか……いや、詳しくを思い出すのはやめよう。

 

 「あ……、ら、らくろうくん!」

 

 「ん?どうしたレイちゃん」

 

 「あの、あそこにはこがでてきました!」

 

 「箱?」

 

 あ、ホントだ。いかにもクリア報酬ですよと言わんばかりの宝箱が。いやいや、このクエストの悪辣さを考えるとあれも罠という可能性が……

 

 「らくろうおにいちゃん!あけていい?」

 

 「いーや、ダメだ。危ないから俺の後ろから見ときなさい」

 

 「むぅー……はーい」

 

 でもステータスは変わってないからなぁ……安全を取るならレイちゃんに空けさせるのが一番いいのだがさすがに幼女にそんな危険な真似をさせられない。

 

 「ええい、南無三!……なんだこれ、本?」

 

 そこそこ大きい箱の底にはやや小ぶりの本しか入ってなかった。

 

 「うーん……あ、これ違うな漫画か」

 

 「らくろうおにいちゃん!見せて見せて!!」

 

 「あ、こら引っ張るな……うぉわ!」

 

 「へ?きゃあああ!!」

 

 「わあああああ!!」

 

 ばさりと音を立てて地面に落ちた漫画。偶然開かれたページから光が迸り俺たちを包み込む。最後に見えた文字は…………

 

 

 

 

 

  『コミック版シャングリラ・フロンティア』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あっ、おはようですわサンラクサン!」

 

 「あー……?エムル?」

 

 意識が戻るとそこはいつものラビッツのベッドの上だった。転がっていたはずの漫画もなければレイちゃんとあかねちゃんもいない。

 

 「んふふー、その様子だとちゃーんと夢は楽しんできてくれたみたいですわ!」

 

 「夢?どういうことだ?」

 

 「今日はラビッツのお祭りなんですわ!だから開拓者さん達には特別な夢を見てもらうんですわーっ!」

 

 はぁなるほど?……え、なになに?望んだ内容が見れる?ははーん、するってーとエムルさん、あなたひょっとして俺がロリコンだって言いたいのかい?

 

 「うがーっ!!なんだそれぇぇ!」

 

 「うにゃーっ!?サンラクサンが怒ってるですわーっ!?」

 

 

 

 

 

 なお後ほど2人に聞いたら覚えていないとの事。そこだけは不幸中の幸いだったな……

 

 

 ◆

 

 「あの……サイガ-0さん……その、覚えてますよね?」

 

 「…………はぃ……秋津茜さんも、ですか?」

 

 「はい……サンラクさんの前ではああ言いましたけど……」

 

 「私……明日以降顔を合わせられる気がしません……」

 

 「そんなの私もですよ……」

 

 「「はあああぁぁぁ…………」」

 

 

 

 

 

 




今読み返すと……うん。 ってなる


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紅い鳥、赤い蜻蛉

両手いっぱいにかかえたルストニウムとアカネニウムを鍋に叩き込んで性癖という名の調味料で煮込んだ作品。


 「と言うわけでよろしくお願いします、ルストさん!! 」

 

 「……うむ、何がと言うわけでなのかは知らないけどその意気や良し。存分に私がネフホロの楽しさを教えてあげる」

 

 秋津茜……隠岐紅音にネフホロを教えて欲しいと頼まれたのはつい昨日の事だった。突然の事だったとはいえネフホロをプレイする人が増えるのはいい事だと思い、今日教えることとなった。

 

 「えっと紅音……じゃないストリカザー……? 」

 

 「はい! 確かロシア語? でトンボのことらしいですよ」

 

 ああ、なるほど。サンラクの影響か。サンラクと秋津茜が付き合っているという話はもはや旅狼の中では常識みたいな感じになっているが、当然その話が出た時にはみんな驚いていた。……私はその話が出るより前に紅音から相談を受けていたので驚きはなかったけど。

 

 「なるほど、いい名前。じゃあチュートリアルは終わっているとの事なのでまず1回戦ってみてどれくらいスドリカザーが動けるのか試してみる。……OK? 」

 

 「はいっ! わかりましたルストさん……いやっ、ルスト()()!! 」

 

 むっ

 

 「あか……もといスドリカザー、今なんて? 」

 

 「えっ? 師匠って言いました……えと、ダメでしたか? 」

 

 「そんなことない、べりーぐっど。これからは是非そう呼んで欲しい」

 

 「はいっ! よろしくお願いします、師匠! 」

 

 ふふふ、師匠。良い響き。これは指導にも身が入るというもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「……ううう、ぎもぢわるい……」

 

 「……だ、大丈夫? 」

 

 ……ちょっと張り切りすぎてしまった。紅音が思った以上に着いてくるのが楽しくて本気を出してしまった。反省……

 

 「ちょっと休憩。その状態でやっても大した上昇は見込めない」

 

 「うう……ありがとうございます」

 

 そこら辺に備え付けられていたベンチに寄り添い座る私たち。……そういえば紅音のアバターは割とリアルに近い見た目だ。ベルセルクパッションオンラインなるゲームでは筋骨隆々の男アバターを使ってるって聞いたけど……どういう心境の変化なのだろうか。

 

 「……ねぇ、スドリカザー。何でそのアバター(女アバター)にしたのか聞いてもいい? 」

 

 「へっ? あ、あー……えーっとぉ……」

 

 ??? そんなに言い難い理由でもあるのだろうか。

 

 「あ、別にちょっと気になっただけだから言いにくいなら言わなくてもいい」

 

 「い、いえいえ! そういう訳じゃないんです! ……そ、そのサンラクさんと一緒に遊ぶことがあるならこの見た目の方がいいかなーって……そ、それだけです」

 

 ……そっか、この子はサンラクとプレイするためにネフホロを遊んでいる。もちろんネフホロをやること自体素晴らしいしその動機はなんでもいいけど……ちょっともやもやする。ネフホロプレイヤーたるルストはその理由を納得してるけど、

 

 ……隠岐紅音の友人の佐備夏蓮としての私がその理由に納得できない。ワガママな考えだけど友達と一緒に遊ぶこの時間だけは私のことを考えていて欲しい……

 

 「……なるほど、相変わらずラブラブ。でもこの世界のサンラクはやかん頭だから隣に並ぶと違和感しかない」

 

 「や、やかん頭……あはは、サンラクさんらしいですね! 」

 

 「ホントに。普通の頭でゲーム出来ないのか」

 

 でもこれでいいんだ。紅音が1番輝くのは、笑っているのはサンラクの話をしている時。だったら私のわがままでその笑顔を曇らせるようなことをしちゃダメだ。

 

 「よしっ! 気分も直ったので指導お願いします! 」

 

 「ん、良いやる気。存分にかかってくるといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「ふぅ、結構やりましたねぇ」

 

 「うむ、最後の方はかなりいい動きをできてた」

 

 「ホントですか!? ありがとうございます! 」

 

 ほんとにほんとだ。初心者とは思えない。やっぱり好きな人のためならここまでの力が出せるのだろうか。

 

 「……」

 

 「……? どうしたんですか、ルストさん」

 

 「……ねぇ、紅音。サンラクと一緒にいる時間は楽しい? 」

 

 「へ? どうしたんですか、いきなり」

 

 「いいから。答えて欲しい」

 

 「……そうですね。楽しいです。今までの人生のどの瞬間よりも。私は彼と一緒にいる時間が1番幸せです」

 

 ちょっと照れくさいですけどね、と言いながらはにかむ紅音。……うん、これは無理だな。紅音の心に私が入り込む隙間はない。

 

 「……ん、その気持ちが1番大事。ゲームをするならやってて楽しい相手とするのが1番。一緒にいてそう思える相手とのゲームの時間は大切なものになるから。……これが師匠としての私からの最後の教え」

 

 ……別に絶交したとかそういう訳でもない。紅音は普通に接してくれる。でも、それでも……

 

 

 

 

 

 

 ……紅音がネフホロをやりたいと言ってくれた時嬉しかった。紅音がサンラクと付き合うことになってもちろん祝福したけど……寂しかったから。だからネフホロで遊べるってなって嬉しかったのに……

 

 「……じゃあ今日のこの時間は私にとって、とっても大切な時間ですね! 」 

 

 「……え? 」

 

 「私は今日ルストさんと一緒にネフホロで遊べて楽しかったです。だって途中からサンラクさんのことも忘れてルストさんと戦ってましたし! 」

 

 「それに、ルストさん……夏蓮さんは私にとって一番大切な友人ですよ? そんな相手と一緒に過ごす時間が大切じゃないわけないじゃないですか! 」

 

 「……あかねぇ……」

 

 ……やばい、普通に泣きそう。嬉しいし、ちょっと自己嫌悪だしで……もう無理。

 

 「わわっ!? ……もう、急に抱きついてきてどうしたんですか? 私も抱き締め返しちゃいます! 」

 

 うう……あったかい……

 

 「……ねぇ、紅音」

 

 「はい、何ですか夏蓮さん」

 

 

 「……これからも私と一緒に遊んでくれる? 」

 

 返事はなかった。けれども私の体に回された腕がさっきよりも強く、優しく抱きしめてくれて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───赤い夕焼けの中、2人の少女はいつまでも抱きしめあっていた。1人は友人へ自分の愛を伝えるように、1人は友人からの愛を存分に感じられるように。赤い(紅い)2人の少女はいつまでも、いつまでも抱きしめあっていた。

 



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恋のカタチ

普通に救いがない上失恋物なので無理な人は見ないように!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、紅音は好きな人とかいるの? 」

 

 「へっ!? いないいない! 全然いないよ! 」

 

 「まぁ、そりゃそっかぁ。お見舞いに来てる男の子とかいないしねぇ」

 

 「うん……あ、でもね」

 

 「でも? 」

 

 「キラキラしててふわふわするような、そんなこいがしてみたいなぁ……」

 

 「……そっか、うん。紅音ならできるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「……ん、ゆめ……? 」

 

 随分と懐かしい夢だった。あれはだいたい小学生高学年くらいの頃のこと。よく私の病室にお見舞いに来てくれた少し年上の名前も知らない友達との会話。

 

 数年たった今でもまだ恋はしたことは無い。でもきっと恋というのは夢みたいに綺麗で美しくて素晴らしいものなのだと。ずっとそう信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ───これから先も信じられる、はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「おはようございます、楽郎さん! 」

 

 「ん、おはよう紅音。今日も瑠美のお迎えか。毎日悪いなー」

 

 「いえ、私が好きでやっていることなので! 」

 

 「そっか、おーい瑠美ー!! 紅音が来てるぞー! 」

 

 

 そう、私が好きでやっていること。瑠美ちゃんと毎朝一緒に学校に行くため。それと……楽郎さんと会うため。

 

 別に彼が好きとかそういう訳じゃない。でも楽郎さんと会うと心がぽかぽかする。もっとおしゃべりしたいなって思う。だから今日も私はここ(陽務家)に来る。

 

 「ごめん、紅音ちゃん! お待たせ! 」

 

 「ううん、大丈夫。全然待ってないよ」

 

 「そかそか、じゃあお兄ちゃん行ってきます! 」

 

 「おー、気をつけてけよ。紅音もな、行ってらっしゃい」

 

 「はいっ! 行ってきます!! 」

 

 ほんの僅かな些細なやり取り。他の人とのそれだったら忘れてしまいそうなそんなものでも私にとっては大切なこと。でも、きっと彼に抱いてるこの感情は友愛とか、憧憬とかそういったものなのだろう。

 

 

 

 

 だってこの程度の感情が恋であるはずがない。恋っていうのはもっと大きくて、ずっとその人のことを考えているような、そういうもののはずだから。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「んー、毎朝紅音ちゃんに来てもらうのも悪いしなぁ……たまには私が紅音ちゃんの家に行こうか? 」

 

 「えっ?…… い、いやいや大丈夫だよ。瑠美ちゃんの家まで軽く走ってくのとかいい運動になるし! 」

 

 「そう? そうならいいんだけど、なんかやたらとムキになって否定するねぇ。……ひょっとしてお兄ちゃんのことが好きとか? 」

 

 「……え、あ……え」

 

 「え? ……あ、ごめん本当だったの? 」

 

 「ち、違うから! 全然そんなことないから! ホントだよ!! 」

 

 「あ、うん。わかったわかった。分かったから少し落ち着きなよ」

 

 「あ、ごめん……」

 

 ……なんで、なんですぐに否定できなかったんだろう。なんで最初はあんなにムキになって否定したんだろう。

 

 

 

 

 

 …………なんで楽郎さんのことが好きなのかどうか真剣に考えようとするとこんなにも胸がザワつくんだろう。

 

 

 

 

 

 

 ………………分からないよ

 

 

 

 

 ◆

 

 そんな状態で数ヶ月がたった。私の気持ちには依然として整理は着いていない。むしろより心はかき乱されている。

 

 病院で出会った年上の友達。彼女が男に騙されて捨てられたらしい。詳しくは聞けなかった。聞けるはずがない。

 

 

 

 ……私の信じていた恋は素晴らしいものでは無いのだろうか。本当はもっとドロドロしていて、物語で語られるようなハッピーエンドはこの世界には存在しないのだろうか。

 

 

 

 ───私は楽郎さんのことが……好き、なんだろうか。この気持ちが恋なのかなんて分からない。恋が何なのかさえわかっていないのに。

 

 

 

 だから私は逃げた。逃げてしまった。気持ちを伝えることも、気持ちに向き合うこともせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 ───逃げたところで何にもならないことはもう知っていたはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「ねぇ、紅音ちゃん。お兄ちゃんに彼女が出来たのって知ってた? 」

 

 「ぇ…………」

 

 ……ナニを言っているのだろう。

 

 「やっぱり驚くよね! 私も初めに聞いた時はもうめちゃくちゃびっくりしたよー」

 

 ……瑠美ちゃんのお兄ちゃんは楽郎さんで、お兄ちゃんが付き合うことになったってことは楽郎さんが誰かと付き合うことになったということで。

 

 「まさかお兄ちゃんがあんな綺麗な女の人と付き合うことになるとはなー……」

 

 ……その相手はもう想像は着いている。

 

 「確か相手の名前は……そうそう、斎賀玲さん! 」

 

 ……もう聞きたくない。

 

 「ごめん、瑠美ちゃん。私帰る」

 

 「えっ? あっ、ちょ、紅音ちゃん!? 」

 

 後ろを振り返らずにその場から走り去る。もうこれ以上人の目のある場所にいたくない。

 

 

 

 ……帰ろう。帰って……帰って

 

 

 

 ダメだ。まだ泣いちゃダメだ。だってまだ人の目がある。ほら、前から歩いてくる女の人に変な目で見られてる……

 

 

 

 

 

 

 

 「……あの、大丈夫ですか? ……あれ? 」

 

 

 その声は今最も聞きたくない声で、

 

 

 「隠岐……さん? 」

 

 

 斎賀玲、その人の声だった。

 

 「だ、大丈夫ですか!? どこかケガでも? あ、それとも何か悲しいことが!? えと、えっと……」

 

 ……最初にあった時から思ってたけれどすごく優しい人だ。楽郎さんが惹かれるのもわかる気がする。でもその優しさは今の私にとって毒でしかない……

 

 「……なんでもないです」

 

 「え、でも……」

 

 「なんでもないです!! 貴女には絶対にわからないです!!! 」

 

 そのまま斎賀さんの手を振り払い走り出す。

 

 

 

 ……ああ、我ながら思う。私はなんて最低な人間なんだろうか。自分の気持ちに向き合わないで、先を越されたからって逆恨みして。こんな人間に恋がふさわしいわけなかったんだ……

 

 

 

 

 無我夢中に走り続けて、気づけばいつもランニングに使っている土手に来ていた。何となく家に帰る気にもなれなくてそのままへたり込む。

 

 

 

 恋ってもっと綺麗なものだと思ってた。

 

 

 愛ってもっと美しいものだと思ってた。

 

 

 

 

 「こんなっ……! 」

 

 

 こんな悲しいものだなんて思ってなかった。

 

 

 私が今まで見てきたのは実った恋。

 

 

 

 ───恋は実らなければ意味が無いんだ。

 

 

 「……うぁ……っ……! 」

 

 

 止めようとしても後から後から涙が零れてくる。

 

 

 涙とともに今までの楽郎さんとの記憶が溢れてきて、心がいっぱいになる。

 

 

 ……こんなにも心を埋め尽くすくらいに覚えているのに、こんなにも涙が流れるくらい忘れられないのに。

 

 

 

 ───なんで好きだっていう自分の心に素直になれなかったんだろう。

 

 

 

 「……そっかぁ」

 

 今更気づいてもどうしようもないことに気づく。

 

 会えなくなる訳でもないし、きっと楽郎さんの態度は変わらない。その事がわかっていても、こんなにも辛いのは

 

 

 

 

 

 

 ───私が彼に恋をしていたからなんだ。

 

 




なんか上手く書けなかった。難しいね、失恋物って。


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笑う鉛筆、想う少女

真っ当なハロウィン話だよ。


 

 1人は獸性を宿す機械仕掛けの偶像(アイドル)

 

 1人は魔を操る者の装束を身につけし蛇娘(ユニークモンスター)

 

 2人は口を開き、俺へと言葉を投げかける……!

 

 

 

 「が、がおー、いたずらしちゃうぞ……」

 

 

 「……ってちがうわよ!! 」

 

 「何この状況」

 

 ……何この状況(カオス)

 

 「私たちの格好を見て分かりませんか、契約者(マスター)?」

 

 「ふふっ、はろうぃんもしらないなんておくれてるわね! 」

 

 「……おい、サイナ。なんでこいつこんなイキってんの。普段見せないウザさが溢れ出てるんだけど」

 

 「ああ、きっとこの前私がマウントを取ったことを気にしてたんでしょう。全く、執念深いですね」

 

 「いやお前も何をしてるんだ」

 

 ええい、なんなんだこの混沌とした状況は。何やら最近単独行動が多かったサイナにいきなり呼び出されたかと思えばコレだ。しかもハロウィン? シャンフロにはそういう季節イベントはなかったはずだが?

 

 「ハロウィンは知ってるけどなんでお前らがその格好してるんだよ。始めから説明しろ、始めから」

 

 「ふっ、しょうがないわね。あれはそう、わたしがあたらしいりょうりのけんきゅうをしているときのこと……」

 

 「あ、ウインプに説明任せると絶対長いからサイナ頼むわ」

 

 「イエス、契約者」

 

 「なんでよっ!?」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「()()()()()? なによそれ」

 

 「嘆息:ハロウィンも知らないとは……ユニークモンスターなのに遅れてると言わざるを得ませんね」

 

 「いきなりのばとう!? なんなのよいったい! 」

 

 

 

(……説明中……)

 

 「ふぅん……はろうぃんがなんなのかはわかったけどそれがどうしたの? 」

 

 「説明:リリエル-217型の契約者がハロウィンパーティーなるものを主催するとのことだそうです。私たちには契約者を連れてくる役目と仮装の役割が与えられました」

 

 「えぇ……かそうとかいいわよ、べつに。ていうかわたしもんすたーなんだけど……」

 

 「……契約者の周りでそんなことを気にする人は今更いない気もしますが……それと」

 

 「それとなによ」

 

 「個体名:ウインプが仮装をしないというなら私が1人で仮装をします。その場合契約者の寵愛は私1人が受けることになりますが? 」

 

 「……! 」

 

 「ちなみに契約者用の仮装は渡されているので仮装をしないのは貴女だけということになりますね」

 

 「……!! 」

 

 

 「……どうしますか? 」

 

 「……ふ、ふんっ! そこまでいうならやってあげないこともないわ! わたしはかんだいだから、かんだいだから!! 」

 

 「了承(ちょっろ):ではリリエル-217の契約者と合流して仮装の準備を致しましょう」

 

 「ちょ! いまなんかふくみがあった!」

 

 「……気の所為では? 」

 

 「なによ、その()はぁ! そくとうしなさいよぉ!! 」

 

 

 

 

 ◇

 

 「……ちょっと待て」

 

 え、なに。リリエル-217の契約者って鉛筆だよな? あいつが主催したハロウィンパーティー?

 

 

 ……不穏な気配しかない。

 

 

 「なぁ、俺欠席していいか? ちょっと急用が生えてきたわ」

 

 「制止(んなわけあるか):そんなバレバレの嘘ついてないで行きますよ、契約者」

 

 「そうよそうよ、いまさらやすまれたらつくったりょうりがもったいないでしょ」

 

 ウインプ……お前、仮にもユニークモンスターが飯が余る心配するとか……せめて私が全部喰らい尽くしてやるわ! とか言えよ……

 

 「まぁいいや……んで? 続きはあるのか? 」

 

 「勿論です」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「やーやー、2人が快諾してくれて嬉しいよ! よろしくネ、サイナちゃんにウインプちゃん」

 

 「こちらこそよろしくお願いします」

 

 「……よ、よろしく」

 

 (ね、ねぇ、ほんとにこいつだいじょうぶなの? すごくうさんくさいんだけど……)

 

 (契約者の友人ですよ……? 流石に大丈夫でしょう……流石に)

 

 「いやー、2人にどんな仮装をさせようかなって悩んで色んな人の意見を聞いたら思った以上に選択肢が増えてねぇ! 好きなのを選んでいいよ? ニーナちゃん、衣装出してー」

 

 「ペンシルちゃん、征服人形使いあーらーいー! 」

 

 「嘲笑(ふっ):相変わらず契約者にいいように扱われているようですね、リリエル-217。それに引替え私と私の契約者は強い絆で結ばれていますから」

 

 「はー? ペンシルちゃんと私は互いに利用し合う関係ですー! エルマ-317の方こそ思いっきり単独行動してるじゃん! どこが絆で繋がれてるのよ! 」

 

 「んなっ! これは互いを信用しているからこその単独行動です! 」

 

 「むー……」

 

 「むむむ……」

 

 「はいはい、2人ともその辺で。衣装は沢山あるんだから早く選び始めないと時間なくなるよ、サイナちゃん。ウインプちゃんもさっきから黙ってるけど好きに選んでいいんだよ? 」

 

 「わ、わたし!? わたしはてきとうでいいわよ……」

 

 「え? 適当でいいなら無償の善意で提供されたマイクロビキニとかにする? 」

 

 「ばかじゃないの!?!? なんでこのさむいのにそんなかっこうしなくちゃいけないのよ! ていうかあたたかくてもきないわよ!! 」

 

 「じゃあほら自分で決めなきゃ、ね? 」

 

 「うう……はですぎないのはどのへん? 」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 なんかだいぶ話が大掛かりになってないか? せいぜいが旅狼メンバーでのパーティーだと思ってたが……その無償の善意って着せ替え隊だろ。

 

 「あー、まぁでも何となく経緯は把握したわ。それでその格好って訳か」

 

 サイナは狼男……狼女だろう。()()()やたらと動きまくるけもみみにちょっと触ってみたい肉球のついた手袋……手袋?

 

 服もいつものアイドルのような服ではなく村娘の着るような服にミニスカートを着ているからだいぶ印象が違うな。

 

 ウインプは定番の魔女コスだろうか。剣と魔法の世界観で魔女も何もあったもんじゃないと思うがきっとプレイヤーメイドだと思う。露出の少ない古き良き魔女服って感じだが所々に蛇の飾りが着いてるのは製作者のこだわりを感じるな。

 

 そして忘れてはいけないのがサミーちゃんさんだ。おそらくウインプのものと同じデザインの色違いと思われる魔女帽にオレンジ色のリボンを首に巻いているだけだが素晴らしいな。製作者には満点をやろう。彼女も心做しかいつもより機嫌が良さそうだ。いや、ヘビの機嫌の善し悪しとか知らんが。

 

 「契約者、そろそろ着きますよ。というか着きました」

 

 「ん、意外と近いな……っていうかなんだ。蛇の林檎か」

 

 ま、確かにここくらいしかないか。サミーちゃんさんも入れるってなるとな。

 

 「んじゃま、入るか」

 

 扉を開けばそこにはいるわいるわ。見知った顔からおそらく着せ替え隊か何かと思われる知らんやつまで。そしてその中でも特に仮装が引くレベルで似合ってる女と無駄にあざとい仮装をした(カッツォ)が話しかけてきた。

 

 「おっ、やぁっときた! 遅いぞー、サンラクくん! 」

 

 「気の早いやつはもう飯食い始めてるぞ……ってかサンラク仮装してないじゃん。ペンシルゴンが渡したんじゃなかったっけ? 」

 

 「あ? んだそれ、聞いてねぇぞんぶっ」

 

 な、なんだ!? 後ろから頭になにか被せられ……

 

 『道化の笑南瓜(ラフィング・ジャック)を装備しました』

 

 何故か装備判定が下ったらしく急に視界がクリアになる。

 

 「んふっ……ふふっ、かん……んん"ふっ……カンペキじゃん、サンラクくん……ふふっ」

 

 「はははっ! お似合いお似合い! 超ピッタリだよ、サンラク」

 

 ふむ、ぺたぺたと頭に被せられてるものを触り、性能を見て……へぇ、こんな機能が。

 

 (無言で光り出すカボチャヘッドの半裸)

 

 「んぶふっ! 」

 

 「……っッ! 」

 

 まぁ、悪くない反応だな。

 

 「というかサイナ。こんなものがあるなら前から渡しとけよ」

 

 半裸でも十分インパクトがあるが、なんかあった衣装用意した方が面白いだろ。

 

 「当日渡した方がサプライズ感があると思い……ダメでしたか? 」

 

 「いや、別にだめってこたないけどさ……ってうお、どうしたウインプ」

 

 「な、なんかなにもしないでただみてくるだけのしゅうだんがいるんだけど! こわいんだけど! 」

 

 ああ……とりあえずサバイバアルのやつは後でシメとこう。

 

 「ていうかペンシルゴン。なんでこんなハロウィンパーティーなんか企画したんだ? 」

 

 「んー? 楽しいじゃん、こういう季節物のイベントとかって。公式でない分私たちプレイヤーがやらなきゃ」

 

 「お前がそんな殊勝な理由で動くわけねぇだろ。絶対他に理由がある」

 

 「……2つ目の理由は何故か私のところにサイナちゃんとかウインプちゃんとかサンラコちゃんに着せて欲しいっていう服が沢山届くからだよ! 別に私マネージャーでもなんでもないんだけど!! なんでプレゼント受取係やらなきゃ行けないのさ!! 」

 

 それに関してはマジで申し訳ないと思ってる。

 

 「いや、まぁそれはすまん……てか本当にそれだけか? 」

 

 それなら疑って悪かった……とはならんけど。でもペンシルゴンにしてはやっぱ理由が弱くないか? そんなに着せ替え隊の圧が……?

 

 「んー……3つ目の理由はねぇ……ほら、アレみなよ」

 

 「んぁ? 」

 

 ってもペンシルゴンの指す方にはサイナとウインプしか居ないんだが?

 

 「あ、あの契約者」

 

 「ちょ、ちょっと……」

 

 「どうした、サイナ、ウインプ。楽にしてていいんだぞ? 」

 

 「あ、いえそうではなくてですね。その……」

 

 「うう……えっとぉ……」

 

 ? どうしたというのか。というかウインプも同じような反応してるんだがいったい?

 

 「んふふ、2人はねぇ、サンラクくんから仮装の感想が欲しいんだよ」

 

 「感想ー? ……ああ、そういやなんも言ってなかったか」

 

 なんか照れてるな……とはいえ好感度管理のためにもそういうのは大事か。うん、普通に似合ってると思うし別に褒めるのはやぶさかではない。

 

 「あー、2人とも」

 

 似合ってるし可愛いぞ。

 

 そう続けようとしたんだが……

 

 

 「ひゅーひゅー、サンラクくーん! ほら、可愛いって言ってあげてー!! 」

 

 「よっ、モテる男はつらいねぇ!! 」

 

 んぐっ……こいつら、ここぞとばかりに煽りやがって……! くっ、なんか妙に照れるぞ。別にNPCに服の感想を言うくらい普通だろ。ていうかサイナもウインプもさっきまで照れてたくせになに平然と感想まだ? みたいな顔してるんだ!

 

 ええい! 男は度胸! この程度の恥、ピザの恐怖に比べればなんということは無い!!

 

 「……2人とも、似合ってるし……その、可愛いと思うぞ」

 

 「……ま、まぁ? 当機の魅力を考慮すれば当然の感想ですね。ええ」

 

 「そんなこと言ってぇー、エルマ-317ってば顔真っ赤じゃーん! 」

 

 「沈黙(ぶっ殺す):リリエル-217……覚悟はいいですね? 」

 

 

 「かっ、かわいいって……べつにほめてもなにもでないわよ……」

 

 「「「赤面してるウインプちゃんもかわいいよぉぉぉぉ!!!」」」

 

 「にゃぁぁぁぁあああ!?!? 」

 

 

 「んふふー、シンプルに褒めたねぇ、サンラクくん? 」

 

 「いやいや、あれがサンラク流よ。こういう時にふざけられないから好感度が上がるんだろうねぇ!」

 

 「てめぇ、ペンシルゴンこれが目的かっ……!!」

 

 ちくしょう、やってられるか。こうなったら宴会中はひたすら光り輝いてやる……!!

 

 「契約者、契約者」

 

 「えっと、そのね? 」

 

 「……ん?どうした2人とも」

 

 

 「……貴方のためを思って選んだ服が褒められて嬉しかったですよ、契約者」

 

 「……たまにはこういうのもわるくないわ。……べつにかんしゃしてるとかじゃないからねっ! 」

 

 ……はぁ、2人に免じて光り続けるのだけは勘弁してやるか……




当初の予定ではサンサイでした。


……あんな重い本編受けてウインプを入れないわけないだろぉ!?


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立体感情クロススタイル

この小説は毎週日曜朝に放映されているアニメ「マジカル☆アカネ」の二次創作です! (嘘)
それはそれとして独自解釈のオンパレードなので苦手な人は読まない方がいいですよー


 ◆

 学校帰り、玲さんと一緒に帰っていた俺は道中で買った新聞を一緒に広げていた。

 

 「『謎の電脳怪物の出現増加! 頑張れ、魔法少女』ねぇ……玲さん、最近物騒みたいだし気をつけてね」

 

 っても玲さんなら心配はない気がするが……とはいえ相手はよく分からん怪物。流石の斎賀流も通じないかもしれないからな。

 

 「あ、ありがとうございます。その、楽郎くんも気をつけてください、ね」

 

 「はは、ありがと。まぁ、被害が収まるまではこうやって複数人で登下校した方がいいのかねぇ……」

 

 俺があの格好にさえなれば玲さんを守ることも可能なのだが……いやあの力はそう簡単に振るえるようなものではない。そもそもあれは魔法少女と外道衆、そのどちらもを裏切るような闇の力。もう二度と使わないと心に決めたのだから……

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 「そ、そうですね! 一緒に、ええ、一緒に! 」

 

 ら、楽郎くんと一緒に登下校……! いや、今までもしていたのですがこれは実質楽郎くんから誘っていただいたようなものでは無いでしょうか、ええ。

 

 「お、おう……とりあえずまた明日」

 

 「は、はい! また明日! 」

 

 楽郎くんが手を振りながら帰っていくのを見送り一息。

 

 「……サイガーゼロ様、そろそろ会議の時間でございます」

 

 「ええ、分かっています。直ぐに向かいましょう」

 

 ……被害をいたずらに増やすことはあまり好ましくは無いのですが、楽郎くんとの登下校(デート)のためなら仕方がありません。ええ、仕方がないです。

 

 「……後の懸念事項は彼女ですね」

 

 クソゲーを買いに行くといい、電子の海へと消えた彼女……暗黒魔法少女サンラク。戦う時の笑顔が何故か楽郎くんに似ていて戦いづらいですが、敵として立つなら……

 

 「容赦は、しません」

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 「本当ですか、ノワリン!?」

 

 「ああ、間違いない。ついに外道衆の頭目、サイガーゼロの本拠地を見つけ出した。直ぐに殲滅に向かうぞ!! 」

 

 「ついに、この時が……! サイガーゼロ、貴女の野望は私たちが打ち砕きます!! 」

 

 ついに悪の集団、外道衆の本拠地を見つけ出したリミテッドアカネ! ノワリンの力によってマジカル☆変身した彼女は電脳世界を駆け抜け、ついに本拠地へとたどり着く!!

 

 

 「ここが外道衆の本拠地! 流石に広いですね!! 」

 

 『落ち着け! ……来るぞ』

 

 

 「……っ! 貴方たちはっ!! 」

 

 どこからともなく流れてきた煙の中から現れる2つの影!

 

 「……キメラヘッド・サンラクが消えてから俺たち外道衆三幹部は弱体化を免れなかった」

 

 

 「それでも私たちは今ここに立つ。彼がもう帰ってこないと知っていても」

 

 

 「「そう、リミテッドアカネ! お前を倒すために!! 」」

 

 

 「外道衆の幹部A、B……!! 」

 

 『アカネ! ここで消耗するのはマズイぞ! どうする……!? 』

 

 「そんなの決まっています! 私は、貴方たちを倒して先へと向かいます!! 」

 

 「ふっ、敵ながらその覚悟、素晴らしい……」

 

 「だけど私たちにだって後は無い。全力で行くよ!! 」

 

 ついに激突するリミテッドアカネと幹部A、B! キメラヘッド・サンラクを失った悲しみに燃える幹部達へとアカネのマジカル☆Sorryが突き刺さる!!

 

 

 

 

 

 

 「……なかなかの強敵でした! ですが……この程度では今の私は止められません!! 」

 

 「くっ、無念……! 」

 

 「ごめんね、キメラヘッドくん……」

 

 「だけど俺たちだってただでやられたわけじゃあない……! 時間は十分に稼いだ、ですよねボス! 」

 

 「っ!! まさか……! 」

 

 「……ええ、よくやりました幹部A、B……おかげで準備は整いました」

 

 「このプレッシャー……貴女がっ! ……サイガーゼロ!! 」

 

 幹部A、Bとリミテッドアカネの間の空間が歪みそこから現れる美しい怪人、サイガーゼロ!! 彼女が身に宿す黒白の力は全てを飲み込み無に返す究極の力……! 果たしてアカネはどうするのか!!

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 「……っ! この感じ……アイツらがやられたのか……」

 

 ……そうか。アイツらがやられる時が来るとは。おそらく、というよりほぼ確実にリミテッドアカネによるものとみて間違いはないだろう。だが、それでも……

 

 「……アイツらの仇を討つことは出来ない……俺には守りたい人が、玲さんがいるんだ……」

 

 あの時クソゲーを買いに行った時に出会った少女、斎賀玲。同じ学校に通う彼女に俺はどんどん惹かれていった。彼女の方もそんな俺を悪くは思っていないらしく、俺たちの仲はどんどん進展していた。もう、昔の俺に戻ることは出来ないんだ……

 

 「すまない、幹部A、B……墓には女装写真を供えてやろ……っ!? 」

 

 この気配、ボスのものか!! しかも今までのそれとは段違いだ。だがそれは問題ではない。問題なのはそれを感じる方向が斎賀家の方だということ……

 

 「……前言、撤回だ……!! 」

 

 

 

 

 「クソゲーよ、ライオットブラッドよ、俺に力を!!変★身!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 「……かはっ!! 」

 

 『損傷度60%を越えた!! これ以上はマズいぞ! どうする、アカネ! 』

 

 「……憐れですね……いくら魔法少女だなんだと持て囃されても私が少し本気を出せばこの程度……弱者を嬲る趣味はありません。一瞬で終わらせて差し上げます」

 

 「くっ……!! こうなったら自爆覚悟で必殺技を……」

 

 「無駄です」

 

 

 最後の足掻きで必殺技を放たうとするリミテッドアカネ! しかしサイガーゼロの力は彼女の力を大きく上回っていた!! アカネの必殺技を飲み込み、破壊がアカネへと迫る!!

 

 「させるかぁっ!! クソゲーマジック☆存在しない当たり判定(すごくムカつく)!! 」

 

 

 着弾。

 

 

 

 触れたものを削り取る純然たる破壊の力が猛威を振るった後には何も残らないはずであった。

 

 

 

 しかしそこには破壊の力の影響など一切受けてないかのように見える少女たちの姿が!!

 

 「貴方はっ……!! 」

 

 「やはり来ましたかっ……!!」

 

 

 「「暗黒魔法少女サンラク!!! 」」

 

 

 「今だけは加勢してやるぜ、リミテッドアカネ! さぁ、サイガーゼロ! クソゲーの始まりだぜ!! 」

 

 「ありがとうございますっ! 一緒に彼女を倒して世界を平和にっ!! 」

 

 「させませんっ!! 何人たりとも私の邪魔をできるとは思わないことです!! 」

 

 

 そして魔法少女達の最後の決戦が始まる……!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆◆◇

 

 

 「くっ、強い……!! 」

 

 「ちっ! どんだけ強化重ねてるんだサイガーゼロ!!

 

 「はぁっ、はぁっ……ふふ、いくら2人が協力したとしても私の領域には到達できなかったようですね。次で、終わりです!! 」

 

 くっ!マズイ……あの一撃を2人で食らう訳にはいかない……どうすれば、どうすればいいんだ!?

 

 

 よく考えろ、俺にとっての最善は何だ。サイガーゼロに勝つこと? 世界を守ること? 違うはずだ。そう、俺がここに来た目的は……

 

 

 「おい、リミテッドアカネ」

 

 「何でしょうかっ! なにか手が!? 」

 

 「……お前だけが希望だ。世界を……玲さんを守ってくれ」

 

 「え……? 」

 

 

 「話は終わりです!! 終焉の海に沈みなさい!! 」

 

 

 「俺はもう外道衆のキメラヘッド・サンラクじゃない! 守るべき人を見つけた暗黒魔法少女サンラクだ! 燃え上がれライオットブラッド!! エナドリマジック☆暴徒の血よ、永遠に(ライオットブラッド・フォーエバー)ッッッ!!!」

 

 

 「サンラクさぁぁぁぁぁぁん!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……がはっ」

 

 「……っ!! そんなっ! サンラクさん、しっかりしてください!! 」

 

 「……ふっ、無事みてぇだなリミテッドアカネ……最後に1つ、頼みてぇことがある」

 

 「……何でしょうかっ……! 何でも聞きますからっ、だから死なないでくださいっ!! 」

 

 「……げほっ……頼むことは1つ、玲さん……斎賀玲って人を守ってやってくれ……ごふっ……」

 

 

 「……ぇ……? 」

 

 

 

 

 「斎賀玲、さんですか……? 」

 

 「……あ"あ……そうだ……俺の……大切な人……強い人だけど……心の中では誰かに助けを求めてる……俺が、まもってやりたかっ……がはっ! げほっ、げほっ……」

 

 「もういいです! もういいですから!! サンラクさん!! 」

 

 「……いや、聞いてくれ……もう、じかんがないから……おまえなら……かのじょを、……まもれるはずだから……おれは、ひづとめ、らくろう……後は、頼んだ……ぞ……」

 

 「そ……そんな、サンラクさん!! サンラクさっ」

 

 「どいてくださいっ!! ……楽郎くん!! 楽郎くん!目を開けてください! 楽郎ぐん"っ!!! 」

 

 ……ああ、玲さん……なんでこんなとこに……いや、そんなことどうでもいいか。泣いてる? のか……

 

 「れいざん……げほっ……なかないで……くれ……おれは、……わらってるきみが……すき……だ……から……」

 

 ああ、もう心残りはない……いや、さすがにそれは嘘だ。未練たらったらだ。でも大丈夫だろう。戦ったからこそ分かる。リミテッドアカネならきっと玲さんを守ってくれる。……もうアイツらのところに行く時間だな。

 

 

 

 じゃあな、玲さん。無事に生きてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆◇

 

 「サンラクさん! 目を開けてください、サンラクさん!! 」

 

 「……そんな、うそ……なんで……じゃあ、わたしのやってきたことは……ああ……あああああああ!! 」

 

 大切な人を己の手によって失い、自暴自棄となりかけるサイガーゼロ。そんな彼女にリミテッドアカネの光が突き刺さる……!

 

 「……サイガーゼロさん、サンラクさんは貴女にとって大切な人なんですか? 」

 

 「っ! 当たり前です!! だって私は、私はっ!! 」

 

 「じゃあいつまでもべそべそと泣かないでください!! 貴女は世界を征服できるくらいの力を持っているんだから!! 大切な人のひとりやふたり、甦らせるくらい出来なくてどうするんですか!! 」

 

 それは暴論。紛うことなき暴論。世界を征服できたとしてもできないことはある。だが、それでもリミテッドアカネは諦めようとはしない。

 

 「私は絶対に諦めません! 魔法少女になる時に誓ったんです! 絶対にどんな命も救うことを諦めないって!! だから私は諦めません! サンラクさんを救うことも! 貴女の心を救うことも!! 」

 

 「……わたしの、こころ……? 」

 

 「はい! 貴女は今心が死にかけています。大切な人を自分のせいで失ったのだからそうなるのも無理はないでしょう。でも! 貴女は救う手を持っている! 救える可能性を持っている!! だったら私は皆を救える未来を選ぶために貴女の心も救います!! 」

 

 

 外道衆の頭目、闇の魔法少女サイガーゼロ。彼女を救えるのは彼女(リミテッドアカネ)のような……真っ直ぐな光だったのかもしれない。

 

 「……分かりました。出来るかどうかは分からないけど、楽郎くんを取り戻すため! やってみます……!!」

 

 世界征服のために集めた黒と白……光と闇の力。相反するふたつの力が楽郎の体に注ぎ込まれていく。普通ならその力の奔流に耐えられることなく肉体は消し飛ぶが、リミテッドアカネの補助に加え元々光と闇の力を持っていた楽郎の体はその力を受け入れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ここは? ……俺は」

 

 そうか、俺は死んだのか。ふむ、ここが三途の川と言うやつだろうか。……今思いっきり鮭が泳いでいた気がするんだが……気のせいだろう。そういうことにしておこう。

 

 「あれ、サンラクじゃん。こんなとこでなにしてんの」

 

 「っ! お前は幹部A! 」

 

 「私もいるよー」

 

 「幹部Bも! 生きていたのか……いや、死んでるからここにいるのか。済まないな、幹部A。墓前にお前の女装写真を置けなくて」

 

 「そんなこと考えてたの!? 死者に対する礼儀はどうした!」

 

 「くくっ、いやいやサンラクくん。そこはもうお葬式に使う写真から女装写真にすべきでしょ」

 

 「それだ」

 

 「それだじゃないわ、この外道共め! 」

 

 「「お前もだろが」」

 

 「……確かに」

 

 ……なんかこういうの懐かしいな。いや、俺が暗黒魔法少女になったせいなんだが。

 

 「というかサンラクいつまでここにいるのさ」

 

 「は? どういうことだそりゃ」

 

 「相変わらずにっぶいなぁ、サンラクくんは……君を呼んでる人がいるんだからさっさと起きなよってことだよ」

 

 「俺を呼んでる人? そんなのいるわけが……」

 

 

 「サンラクさん!!」

 

 「楽郎くん!!」

 

 

 

 「……っ!? なん、だ……」

 

 「ほらほら、色男。さっさと起きなよ、女の子たちがお待ちだぜ」

 

 「まー、あんなにかっこよく啖呵切って戻るってなって恥ずかしいのは分かるけどねぇ? 」

 

 「…………わーったよ」

 

 ……最初から分かっていたのだろう。ただこいつらと離れたくなかった、それだけだ。

 

 「じゃあな、お前ら。お別れだ」

 

 「はいはい、じゃあな」

 

 「ばいばーい」

 

 ……はぁ。

 

 「…………その、な」

 

 

 

 

 「……前は勝手にどっか行って悪かったな。これでサヨナラだ」

 

 そしてその一言を言った瞬間、俺の意識は闇に溶けていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ???

 

 

 「……はぁ、今更かよ。って言うか良かったの、行かせて」

 

 「……しょうがないでしょ、あんだけ求めてて、求められてる人を私のわがままで引き止めらんないし」

 

 「……そういう強がりはせめて涙隠しながら言ったら? 」

 

 「……泣いてないし。ていうか君も泣いてるじゃん」

 

 「……これはやっとせいせいしたっていう涙だよ」

 

 「……じゃあ私もそれだし」

 

 

 

 

 

 

 

 ☆◆◇

 

 「……っ!! 」

 

 ……ここ、は。

 

 「楽郎くんっ!! 」

 

 「わぶっ……玲、さん」

 

 「よかった、よかったよぉ……」

 

 これはいったい……というか、

 

 「玲さん、その格好は……」

 

 「……あ」

 

 そう、意識を失う直前は気づかなかったが、今の玲さんの格好はサイガーゼロの格好そのものだったのだ。……正直、少しそんな気はしていた。だって顔の雰囲気とかそっくりだし……名前割りとそのままだし……

 

 「あの! えと、これは、その……」

 

 「……いいよ、玲さん。分かってるから」

 

 「え……それは、その……」

 

 「俺だって玲さんに魔法少女だってこと黙ってたんだ。おあいこだよ」

 

 「……らぐろうぐん……」

 

 「玲さん……苦しい……」

 

 「あっ、ごめんなさっ……」

 

 「いいよ、このままで……こうしてたい」

 

 玲さんを強く抱きしめる。玲さんの温かさが伝わってきて、生を実感する。

 

 「玲さん、このままでいいから聞いて欲しい。今後のことなんだけど……」

 

 「……世界征服はやめます。迷惑をかけた所にもちゃんとアフターケアをして。それで、全部の罪を清算し終えたら……」

 

 

 

 

 「……私と結婚してください」

 

 

 

 

 ……それは違うというものだろう。

 

 「それじゃダメだよ、玲さん」

 

 「……ぇ、あ、ごめっ……」

 

 「罪の清算をしなきゃいけないのは俺も同じだ。だから、一緒に歩んでいこう。そしていつの日か結婚しよう」

 

 

 「……はいっ! 」

 

 空の雲が晴れ、柔らかな光が俺たちを照らす。その光は俺たちの新しい門出を祝福しているようで……

 

 

 「……あのー、私の事忘れてません?」

 

 

 ……すんませんでした。

 

 

 

 




外道衆、ほかの2人名前でてないよね……? 出てたらごめん。


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千々に別れし世界線

タイトルを考えたのは1週間前。本文を書き始めたのは11月20日の20:30過ぎです。何が言いたいかって?


……誤字脱字あったらごめんね。


 〈楽紅の場合(楽郎大学生時空)〉

 

 「と、言うわけで楽郎さん! お誕生日おめでとうございます!! 」

 

 「お、おう。何がという訳なのかは知らんけどありがとな」

 

 本日11月21日は俺の誕生日。とはいえ正直なところ大学生にもなれば誕生日なんて大したイベントではないと思っていたのだが……

 

 「えへへー、今日は楽郎さんのために色々と考えて用意してきましたので! 存分に楽しんでください! 」 

 

 うん、こうも熱心かつ純粋に祝ってくれる人がいるってなると誕生日も捨てたもんじゃないな。

 

 「んで今日はどこ行くんだ? 結局デートするってことしか聞いてないんだが」

 

 「ふふふ、今日の私は抜かりありません。ちゃーんと予定を立ててきてますので! 行きましょう、楽郎さん! 」

 

 紅音と付き合ってからそれなりに経つが……こういう無邪気なところは変わらんなぁ……まぁ、そこがいい所なんだが。

 

 うん、でもそうだな、1年に1度しかない誕生日なんだ。今日くらいはなんも考えずに紅音に付き合うとしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 ……と、思ったことを正直少し後悔した。そのくらいには今日という一日は怒涛の一日だった。

 

 何て言えば良いのだろうか。デートコース10選!! とかに選ばれそうな定番どころへ行ったかと思えば俺たちの共通の趣味であるゲーム関係の店を巡ったり、はたまた単なる散歩をしたりとそれはもうやりたい放題だった。

 

 「……楽郎さん、楽郎さん」

 

 「んー……? どうした? 」

 

 「その、今日は楽しかったですか……? 」

 

 と、そう言う紅音の目は少し不安げに揺れていて……あー、そっか、そうだよな。今までのデートやら誕生日の時やらは俺が基本的に計画を立ててた。というか鉛筆とか瑠美とかに半分くらい頼ってた。それを今回1人で初めて立てたんだ。そりゃ不安のひとつにもなるか。

 

 「んー、正直言うとちょっと、いやそれなりには疲れたけど」

 

 「うっ……」

 

 「でもなぁ、紅音が俺の誕生日を祝うために一生懸命考えてくれたんだなって考えるとやっぱ嬉しいわ、うん」

 

 「……その、なんて言うかありがとな。おかげで忘れられない誕生日になったよ」

 

 ……いつまで経っても素直に自分に気持ちを伝える瞬間ってのは照れるな。NPC相手じゃあ一生感じることはないであろう気持ちだが、少し心地よい気もする。

 

 「そっか……そっかぁ……えへへ、私も楽郎さんが喜んでくれて嬉しいです! 」

 

 相も変わらず太陽みたいな笑顔だ。こうも純粋に好意を向けてくれる相手。大事にしないとなぁ。照れ隠しにわしゃわしゃと紅音の頭を撫でつつそんなことを思う。

 

 

 

 「えと、それでですね楽郎さん」

 

 「ん? まだ何かあるのか? 」

 

 夕焼けにも紫が混じり始めそろそろ夜が訪れを感じられる時間になり、帰路についていたのだが……?

 

 「た、誕生日プレゼントのこと、なんですけど……」

 

 「……ああ、別に気にしなくていいぞ? 今日のデート自体誕生日プレゼントみたいなもんだろ」

 

 というかそう思ってた。

 

 「ダメですよ、今日のデートは私も楽しんでたんですから。誕生日プレゼントにはなりません」

 

 「そうかぁ? まあそう言うならいいんだけど」

 

 「えと、それでですね。あげるものなんですけど、そのー」

 

 ? 紅音にしちゃ珍しく歯切れが悪いな。いいものが見つからんかったとかか?

 

 「で、デートコースを考えるのに夢中でいいものを探せなかったんです! すみません! 」

 

 「え、あ、あー、別に気にしなくていいって。気になるんなら後日くれるとかでも別に構わないし」

 

 「いや、えと違くて、その見つからなかったのでペンシルゴンさんに相談したんですよ」

 

 ……なんか話の流れが不穏になってきたな。いやでもアイツ紅音には甘いからな……

 

 「そしたらその……えっと……」

 

 

 「ら、楽郎さんのして欲しいこと、何でもひとつ叶えてあげますって言えばいいって……」

 

 ……理解したくないけど理解した。紅音の様子が変だったのはプレゼントが決まってないことへの罪悪感でもなんでもなく、これを言うことへの羞恥だったということだろう。つーか鉛筆の野郎! やりやがったなアイツ! こんなん実際に言われて好き放題言える奴いるか!!

 

 「あ、あーうん。そうだな、じゃあ今度なんかクソゲーでも一緒にやってもらおうかな、うん」

 

 俺の中では満点とは行かなくてもそこそこの正答例だと思ったのだが、どうやら彼女様は納得しなかったらしい。

 

 「わ、私ももう子供じゃないんですよ。そ、その……ら、楽郎さんが言うなら……え、えっちなことも……

 

 と、そこまで言って顔を覆う紅音。羞恥の限界だったのだろう。だが俺もまた限界である。自制心とか理性とかが。

 

 「あ、紅音っ! 」

 

 「ひゃっ」

 

 ついつい抱きしめてしまったこの状況をどうしよう。さすがにこの場で致すのはマズイ。多分何かしらの法に引っかかる。

 

 「あー……紅音、顔上げて」

 

 「は、はいんむっ!? 」

 

 ……今はこれで我慢しよう。ああ、本当に忘れられない一日になったもんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 〈楽永の場合(鉛筆片思い時空)〉

 

 「「「楽郎(お兄ちゃん)、誕生日おめでとう!! 」」」

 

 「やー、おめでとう楽郎くん! よっ、主人公! 」

 

 「ほら、見てみろ楽郎。父さんが今日のために釣ってきた金目鯛だぞー」

 

 「母さんの厳選に厳選を重ねた虫料理もちゃんと食べてね? 」

 

 「お兄ちゃん、誕生日プレゼントとして私が直々にコーディネートした洋服を用意したからね。後で着てみてよ」

 

 「あ、楽郎くん。これ私がツテで買ってきたケーキね。ここのケーキ差し入れの時にも評判いいし美味しいから納得して貰えると思うよ」

 

 「ちょっと待てぇぇぇぇ!!! 」

 

 「ん? どしたの楽郎くん。いきなり大声出して。更年期? 」

 

 「いや、お前のせいだわ! なぜサラッといる! なんで誰も突っ込まねぇんだよ!! 」

 

 意味分かんねぇ、意味分かんねぇ! なんでどこぞの外道鉛筆が紛れ込んでるんだ。SEC〇Mはどうした。仕事しろ。

 

 「お兄ちゃん……トワ様がサプライズで祝ってくれてるんだよ? 大人しく感謝に震えながら崇拝すべきじゃないかな」

 

 「狂信者には聞いてないんだよなぁ!! 」

 

 「はい、父さん! 何故コイツを上げることを許したんだ!? 」

 

 「いや、実は父さん天音永遠のファンなんだよな、ははは。服とか参考にしたら釣り仲間に最近カッコよくなったとか言われてなぁ」

 

 おい、父ィィィィィ!!! ダメだ、いつの間にか信者が増えてる!

 

 「母さん! 母さんなんで許したんだ!? 」

 

 「え、だって楽郎のお友達だって言うじゃない。楽郎ってばゲームにハマってから全然お友達を家に連れてこないし心配してたのよ? 」

 

 それに関しては本当にすみませんでした!!

 

 「くそっ……味方がいねぇ……」

 

 「まぁまぁ、私に祝ってもらえて嬉しいのは分かるけどエキサイティンしすぎだぜ? 」

 

 ぶっ飛ばしてやろうか、こいつ。

 

 「なにそのぶっ飛ばしてやろうかみたいな目。楽郎くんは天音永遠に誕生日を祝われるっていうことの価値を分かってないよ、全く」

 

 「代われるならお前のファンたちに代わっとるわ」

 

 「まあまあ楽郎。良いじゃないか、カリスマモデルに誕生日を祝われるなんて一生物の体験だぞ? むしろ父さんお前の人脈が分からなすぎてちょっと引く」

 

 父よ、貴方は狂信者だとわかったのでちょっと黙ってて欲しい。後何引いてんだよ。風雲斎賀城のラスボスと知り合いな父さんに言われたくねぇわ。

 

 「あの楽郎にこんな親しげに話せる友人がいたなんてねぇ……母さん泣いちゃいそう。天音永遠さんでしたっけ? 楽郎をよろしくね」

 

 「ええ、任されましたお義母さん」

 

 親しげ……? そしてお前は何を任されたんだ、便秘でのサンドバッグか?

 

 「お兄ちゃん、いい加減に諦めて大人しく祝われなよ。折檻は後でするから今は気にしなくていいよ」

 

 待てや、狂信者。何故折檻が前提なのか。呼び込んだ張本人が折檻するとかもはや詐欺でしかねぇよ。

 

 

 「……ねぇねぇ、楽郎くん」

 

 「んだよ……いまお前のせいで俺の明日以降の人生が保証されなくなってるんだが」

 

 「あはは、ごめんごめん。いやね、楽郎くんとこの家族は暖かくていいなって」

 

 「あー? 」

 

 そういやこいつの弟はオルスロット君だっけか。うーん、確かにあんなのがいたらギスりそうではあるが半分くらいはこいつのせいな気もするしなぁ。

 

 「それと、今日はホントに素直に君の誕生日を祝いに来ただけだよ。誕生日くらい盛り上がろうぜ? 」

 

 ……ったく。何だかんだこいつがいることで楽しんでる自分がいる。そう思った時点で俺の負けか。

 

 「わーった、わーった! 今日はとことん騒ぐぞ!! 」

 

 「にひひ、おっけーおっけー! 盛り上がろうずぇーっ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……お兄ちゃん……なんでそんなトワ様と親しげなの……? 」

 

 ひょえっ

 

 

 

 〈楽慧の場合(この前のカッツォ誕時空)〉

 

 「よっす、サンラク。元気してる? なんか顔色悪いけどまた徹夜でもしたのか? 」

 

 「……朝から魚類を見ると人間はこうなるんだ。知らなかったのか」

 

 「ははは、ぶっ飛ばす。とまぁそれはそれとして今日お前誕生日なんだって? ペンシルゴンから聞いたよ」

 

 「なんか最近お前らの間でプライバシーの概念どこ行っちゃったの? 日本国ではまだプライバシーの自由は保護されてるんだぞ」

 

 というかこの両性魚類め、いくら誕生日だからといって朝からアポなしで訪ねてくるやつがあるか。クソ寝みぃ。

 

 「ふっ、いつまでそんな口聞けるかな? 」

 

 「ああ"? …… ちょ、おま、それ、まじ? 」

 

 いつの間にやらカッツォが取り出していたのは、簡単に言ってしまえばプレミアが付くレベルのクソ格ゲー。コントローラーでやるとはいえネフホロの操作を数倍難しくしたとかいうレベルの操作感であり、マトモにプレイさせる気がないんじゃないかとかまで言われてる伝説のクソゲーである。

 

 「マジもマジ、大マジよ。流石に借りてくることしか出来なかったんだけど……プレイ、してみたいだろ? 」

 

 「いやー、流石っすわカッツォさん! よっ、プロゲーマー!! あっ、なんなら肩でも揉みましょうか! 」

 

 「プライド捨ててんねぇ……まぁ、この前の俺の誕生日の時は何だかんだ言って色々用意してくれたからね。年上として、何より友人として返さないとか無いでしょ」

 

 別にんなこた気にしなくていいしあれは偶然、運が良かったみたいなもんなんだが……勘違いしてるならいいや、勘違いさせとこう。

 

 「そういうことなら存分に楽しませてもらうわ。ちょっと待っとけ、準備してくる」

 

 「あいあい、行ってらー」

 

 

 

 

 

 

 「おおおお、なんだこれゲロムズい。そもそも説明書の字が細すぎる」

 

 「いやー……ボタンを押す強さで操作する部位が変わんのはマジで頭がオカシイ。出る技が変わるとかならまだわかるけどさぁ……」

 

 「おっ、隙あり……あれ、必殺技ってボタンなんだっけ。丸ボタン押しても出ねぇんだけど」

 

 「ちょっと待って、1回ストップ……あー、そのキャラは丸ボタンを中くらい押しと同時にR3を押して必殺技を出したい方向に十字キー入力だってさ」

 

 「……これ、今日中にまともな試合できるのか? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「しゃオラァ! やってやったわ! 」

 

 「だぁー、くそっ! もう1回……ってもうこんな時間か。サンラクそろそろ帰る時間だっけか」

 

 「ん……あー、そうだな。これ以上はちょっと厳しい」

 

 「はー、勝ち逃げされるのか……ま、誕生日の時くらい勝ちを譲ってやるよ」

 

 「なんかそう言われると勝った気がしねーな……」

 

 「ははっ。……サンラク、改めて誕生日おめでとう」

 

 「んー? ま、どういたしましてだな」

 

 「……」

 

 

 「……」

 

 なんだこの沈黙。ちょっと気まずいだろうが。

 

 「……サンラク」

 

 「んだよ」

 

 「今日は一時的に勝ちを譲ってやっただけだからな。また今度勝負しようぜ」

 

 そう言ってこちらに拳を向けてくるカッツォ。……はっ、それ言うための沈黙か?

 

 ……いいね、そういうの嫌いじゃねぇぜ。

 

 「ああ、もちろんだ。存分に決着つけてやるよ」

 

 コツリ、と拳と拳がぶつかる。見えたカッツォの目はギラついた闘う者(プレイヤー)の目で。きっと恐らく俺も同じ目をしているのだろう……

 

 

 

 

 〈楽瑠の場合(よく分からん時空)〉

 

 

 

 「へい、おにーちゃん。今日は何日ですか? 」

 

 「11月の21だな」

 

 「そうだね、お兄ちゃんの誕生日です」

 

 「そうだな、誕生日だな」

 

 「もう分かってるよね? 」

 

 「ああ……」

 

 

 「「陽務家ゲーム大会ぃー!!! 」」

 

 なお毎年こんな感じである。我が家の誕生日の祝い方はその相手の趣味に合わせた祝い方をするが俺の誕生日の時、毎年瑠美は一日ゲームの相手をしてくれる。最初はちょっと躊躇したけど本人も楽しそうなので考えることをやめた。

 

 「今年は結構練習したからねー、誕生日に悪いけど敗北をプレゼントするよ」

 

 「はっ、言うじゃねーか。勝利の美酒を樽で飲んでやるわ」

 

 

 (以下抜粋)

 

 「あっ、わっ、ちょおっ!! 甲羅を、甲羅を投げるなぁーっ!! 」

 

 「ふはははは!! 勝てばよかろうなのだよ、瑠美くん!

……あっ、待って青い甲羅はあかんて。落ち着け、おちつっ……ちょ、まぁああああ!!? 」

 

 「因果応報って知ってますかー!? あ、他の人がゴールしてる……」

 

 「「次でぶっ飛ばす!! 」」

 

 

 

 

 

 

 「……PK禁止ルールつけていいかな」

 

 「こいつからPKとったら帽子とバットとヨーヨーしか残らんだろ」

 

 「いや、だって……あっ、やめて! せめて地上で戦わせて! 」

 

 

 「……重量級使うのやめれば……? 」

 

 

 

 

 

 

 「勝った、圧勝ー!! お兄ちゃん、マジでトランプ系めちゃ弱いねぇ!! 」

 

 「くそっ、テーブルゲームになった瞬間イキリやがって……こうなったらルドーを」

 

 「やめよう、それは誰も幸せにならないから」

 

 「……そうだな」

 

 

 

 

 

 

 「いやー、遊んだ遊んだ! しっかしお兄ちゃんは相変わらず強いねー」

 

 「ははは、伊達にゲームやり続けてるわけじゃねーからな」

 

 

 「ただいまー……おっ、2人ともやってるな? 父さんも混ぜてくれ」

 

 「楽郎、ケーキ買ってきたわよー。あ、お母さんも混ぜて混ぜて」

 

 

 「あ、おとーさん、おかーさんおかえりー」

 

 「おかえりー。ほれ、コントローラー」

 

 「ふっ、釣りで鍛えた父さんの手首さばきを見せてやろう我が息子よ」

 

 「あら、母さんだって負けないわよ。昔はよく楽郎の相手してボコボコにしてたんだから」

 

 

 「よーっし! 今日は皆でゲームだーっ! 」

 

 

 「「「いぇー!! 」」」

 

 と、まぁこれが毎年の我が家の風景である。だいたいこの後酒が入った父さんがやたらと強くなって無双する。

 

 

 

 「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

 

 「ん、どうした瑠美」

 

 疲れたのかなんなのかぐでーっと俺の膝の上に転がってくる瑠美。少々コントローラーが握りにくい。

 

 「これからもずっとこうやってみんなで遊ぼーね」

 

 「そうだなぁ、そう出来たらいいな」

 

 ぽすぽすと瑠美の頭を撫でながらそう呟く。陽務家の夜は長い……

 

 

 

 

 




主人公だからね。こういう欲張りセットもアリでしょう。


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秘める想い、祝い心

楽郎誕、追加エピソードというかなんというか。


 「はぁ……渡せなかったなぁ……」

 

 机に突っ伏しながらうじうじと独り言をつぶやく玲。目を横に向ければそこにあるのは丁寧に包装した想い人への高級和菓子(誕生日プレゼント)

 

 決してチャンスがなかった訳では無い。むしろ誰よりも渡すチャンス自体はあったと言えよう。ではなぜ渡せなかったのか?

 

 「……いきなり誕生日プレゼント渡すなんてハードルが高いです……それに気に入ってもらえるかも分からないし……」

 

 なんてことは無い。いつものようにただヘタレたと言うだけのことである。

 

 11月21日当日の朝、いつものように一緒に登校していたというのに、眠そうだから……だの朝から渡したら置き場所に困るから……などと理由をつけて渡せず。

 

 学校の中にいる時は隣のクラスの楽郎に話しかけに行けるだけの度胸は無く。

 

 帰り道、楽郎の荷物が増えていることに言及し誕生日の話題に持っていくことが出来たにもかかわらず私からも……という流れに持っていけずそのまま帰宅。

 

 

 

 紛うことなきヘタレである。

 

 

 

 ヴー ヴー

 

 

 そして今回もまたヘタレを救う女神からの福音が鳴り響く。

 

 「岩巻さんから……? なんでしょうか」

 

 「もしもし? 」

 

 『あ、もしもし玲ちゃん? 突然で悪いんだけど今日この後お店に来られるかしら』

 

 「え? ええ、まあ可能ですが……」

 

 『そっかそっか、良かった。じゃあまた後で! あ、それと……』

 

 非常に短い会話の後電話が切れ、残された玲は首を捻る。

 

 「……なんで誕生日プレゼントをもってこい、なんて言うんでしょうか? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こんにちはー、岩巻さんいますか? 」

 

 「あ、玲ちゃんいらっしゃい! ごめんねー、突然呼び出しちゃって」

 

 「いえ、それは別にいいんですが……その、なぜ呼び出されたんでしょうか。それに誕生日プレゼントも」

 

 「ああ……もう少しでわかるんじゃないかなー」

 

 「……? 」

 

 と、そこに扉が開く音とともに何者かが店内に入ってくる。

 

 「岩巻さん、頼んでたアレが入荷したってマジ……ってあれ? 玲さんじゃん。奇遇だね」

 

 「へぁっ!? ら、楽郎君!? なんでここに……」

 

 「え? あー、岩巻さんに取り寄せ頼んでたクソゲーが届いたよって連絡が来てさ、すぐに駆けつけてきたって訳よ。それで岩巻さん、例のブツをはようください」

 

 「ハイハイ、これね。お代は1000円でいいよ」

 

 「え? これって元値けっこうしますよね。いくら中古とはいえ安すぎませんか? 」

 

 「まぁそうなんだけどね。楽郎くん、君昨日誕生日だったんでしょ? 私からの誕生日プレゼントみたいなものだよ」

 

 と、そこで先程から話に入れず所在なさげに佇んでいた玲へと岩巻からアイコンタクトが送られる。ヘタレとはいえ才女は才女。すぐさまその意図に気づいた玲であったが……

 

 「あー、なるほど。それならありがたく頂きますね」

 

 「はい、1000円確かに受け取りましたっと。じゃあこれ商品ね」

 

 「ありがとうございます! よし、今日は徹夜だな……」

 

 「じゃあ岩巻さん、さようなら。玲さんもまた今度学校で」

 

 なおヘタレている、というか一歩を踏み出す勇気が出ない玲であった。岩巻も流石にそこまで口出しをする気は無いのかただ黙って玲を見つめている。そして楽郎がドアの前に立ち、ドアが開き……

 

 「りゃ、楽郎君! 」

 

 開いたところでようやく玲は一歩を踏み出した。

 

 「ん? どしたの、玲さん」

 

 「あ、あの、えっと、その……」

 

 「ん? 」

 

 「あぅ……」

 

 顔を真っ赤にし、頭から湯気を吹き出す玲。だが数秒後には覚悟を決めたのか赤みの残る顔で叫ぶ。

 

 「こ、これ、た、たた誕生日のっ! プッ、プレゼントっ、ですっ!! 」

 

 後ろ手に持っていたプレゼントを楽郎の胸に押しつけ、その勢いのまま店を出ようとする玲。

 

 「あ、待って玲さん」

 

 「はひゃいっ! な、なななんでしょうかっ」

 

 「ありがとう。玲さんから貰えて嬉しいよ」

 

 「ふびゃっ」

 

 元々限界に近かった玲。そんな彼女に想い人の少し照れの混じる笑顔を与えたらどうなるか? 答えは明白である。

 

 「玲さん!? 」

 

 「ちょ、玲ちゃん大丈夫!? 」

 

 なんとも幸せそうな顔をしながらぶっ倒れる玲であった。




この後ロックロールのバックヤードで起きた玲さんは横で控えてた楽郎くんに寝ぼけて擦り寄り正気に戻ってもう1回倒れます。


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貴方の幸せを願っています

らくれの皮を被った失恋物ではこれ


 ◇

 「あー、ごめんね陽務。突然呼び出しちゃって」

 

 「いや、それは別にいいんだけど話ってなんだ? 」

 

 「んーっとねぇ……」

 

 私は今日、目の前の男……陽務楽郎に告白する。結果は分かりきっているけれど。

 

 「その、さ。陽務って付き合ってる人とか居ないよね? 」

 

 「え? まぁそりゃいないけど。なんで今そんな話を……」

 

 ……これ以上引き伸ばしてもしょうがない。女は度胸っ!

 

 「……私、陽務のことが好き」

 

 「…………へ? 」

 

 「だから、陽務楽郎さん。あなたの事が異性として好きです。良ければ私と付き合ってくださいっ! 」

 

 ◆

 クラスの友人の女に呼び出されてきてみればいきなり告白を受けてしまった。正直な気持ちをいうのなら戸惑いこそあるが嬉しい、だろうか。そもそも自分で言うのもなんだがこんなゲーム中毒者のことを好きになってくれる人なんてそう居ないだろう。コイツとは何だかんだ話も合うし付き合えば楽しいのかもしれない。だが、だが何故だろうか。

 

 告白を受けて真っ先に頭に浮かんだのが玲さんの事だったのは。

 

 

 ◇

 驚き、喜び、そして罪悪感、だろうか。告白をしたあとの陽務の表情の変化は。自分では気づいていないのかもしれないがこいつは意外と顔に出る。それくらいには一緒にいた。そしてきっとその罪悪感は私の告白を断ることに対してのものなのだろう。

 

 「ねぇ、陽務? 聞こえてた? 」

 

 でも私はわがままでいじわるだから。そんなことを言って返事を催促する。

 

 「あ、ああ……いや、もちろん聞こえてたぞ。ただ少し驚いてな、うん」

 

 そう言った陽務の顔はまだどこか迷ってるようで、だから私は背中を押す。

 

 「陽務さぁ……付き合ってる人はいないって言ってたけど好きな人は居るんじゃない? 」

 

 「それは……」

 

 

 分かっていた。自分が振られることくらい。だって彼女といる時の陽務は私と一緒にいる時よりもずっと楽しそうで、煌めいてて、勝ち目がないことなんてすぐにわかった。だから私はこの役目を負う。陽務の背中を押すこの役目を。私は自分の気持ちを伝えられてスッキリできる。陽務と彼女……斎賀玲さんは両思い同士付き合える。誰も損しない……ハッピーエンドだ。

 

 

 ◆

 

 俺に好きな人がいる……? 考えたこともなかった。誰かを好きになるよりはゲームを好きになり、誰かを喜ばせることを考えるよりNPCの好感度を考える。そんな俺が誰かを好きになることなんてあるのだろうか。

 

 

 ……いや、1人だけいたか。玲さん。彼女の存在は間違いなく俺の中で非常に大きなものになっている。少なくとも彼女と一緒に登下校しないだけで違和感を感じるくらいには。まだ自覚は薄いが……これが人を好きになる、いやなっていたということなのだろうか。それを友人だと思っていたやつに告白されて気づくとは……我ながらなんとも酷い男だ。

 

 だが、気づいてしまったからにはもう無視することは出来ない。目の前のこいつには悪いがこの告白は断らなければならないだろう。例え玲さんが俺に好意を持っていなくても、この気持ちを抱えたまま誰かと付き合うなんて器用なことは俺にはできない。

 

 「○○。お前の気持ちは嬉しいよ。だけど……お前の言う通り俺には好きな人がいるみたいだ。だからお前の気持ちに答えることは出来ない。……すまない」

 

 「……いやいや、いーっていーって! 他に好きな人がいるならしょうがないし。まぁ、これからは今までとおなじ友達ってことで、よろしくねっ……ほらほら、そうと決まったらもう行っていいよ? 斎賀さん、だっけ? またせてるんじゃないかな? 」

 

 「あ、ああ。そうだな。じゃあまた明日」

 

 「うん、また明日ー」

 

 にこやかに手を振ってくれるが……辛くないはずがない。俺はその優しさに甘えたってわけか……

 

 

 ◇

 

 「〜〜〜〜っ!! 」

 

 走っていく陽務を笑顔で見送って……そこでもう限界だった。後から後から涙が零れてくる。これはきっと私の本気の証。この涙を流しきった後にはきっとまたいつもみたいに彼に接することが出来る。でも今だけは、今だけは隠すことも出来ない。

 

 ハッピーエンドだ、なんてそんなわけが無いのに。誰だって自分の気持ちを伝えたからには叶って欲しいって願ってる。どんなに言い訳を重ねても、どんなに相手のことを思っていても、叶わない恋ほど辛いものは無い。ああ、だからね陽務。

 

 「……きみには、そんなおもいはして欲しくないんだ…… 」

 

 だから私はこれでいいんだ。

 

 

 

 翌朝、陽務が感謝の言葉と共に斎賀さんと付き合うことになったということを話してくれた。少し胸は痛んだけれど、そう話す彼の笑顔は私が1番見たかった笑顔だったから。私も笑ってこう言うんだ。

 

 「おめでとう! 」

 




モブ子ちゃんの名前は無いです。


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雪月花よりも何よりも

クリスマスが近いのでカウントダウン投稿。今日は楽紅。


 はーって吐き出した息が真っ白です。今日は雪が降るのかな。もしそうなったら、ホワイトクリスマス。彼氏……楽郎さんとの初めてのクリスマスがホワイトクリスマスっていうのは、うん。とても素敵だと思います。

 

 「楽郎さん、まだかな〜……ひゃっ!? 」

 

 頬に何か暖かいものが触れる感触。びっくりして後ろを振り返ると、

 

 「よ、紅音。寒い中待たせちゃって悪かったな」

 

 「ら、楽郎さん! 驚かせないでくださいよ、もう……」

 

 「はは、悪い悪い」

 

 そう言って優しく笑う楽郎さん。そういう顔をされると許したくなっちゃいます。

 

 

 

 私が楽郎さんと付き合うことになったのは、私が初めて彼にあった日のことでした。一目見た瞬間、胸が一気に高鳴って、それまでに感じたことの無いような大きな、でも決して不快じゃない気持ちが胸の中に溢れてきて。その気持ちをそのままぶつけてようとして、自分が言った言葉を聞いて初めて気づきました。私が楽郎さんに恋をしたって言うことを。

 

 その後に楽郎さんがサンラクさんであるって知って2度驚いてさらに好きになったのも今ではいい思い出です。

 

 そして今日は私たちが付き合い始めてから初めてのクリスマス。イルミネーションを見に行きたい、というかクリスマスデートをしたいという私のワガママに快く付き合ってくれた楽郎さんと今一緒に歩いています。

 

 「にしてもさ、何で外で待ち合わせにしたんだ? 寒いんだしもっとほかの場所で待ち合わせでも良かったんだぞ? 」

 

 ああ、確かに待ってる時間はちょっと寒かったですね。でも、

 

 「何となくデートの待ち合わせって外の方がいいかなーって思ったので! 」

 

 「はは、確かになぁ」

 

 「それに……」

 

 「ん? 他にも何かあるのか」

 

 「えと、すっごく楽しみで頭がぽかぽかしてたので冷やしたいなって、えへへ……」

 

 「ッ……そ、そっか。うん、あー、俺も楽しみだったよ」

 

 思ってることを伝えるのなんて今まではなんとも思わなかったのに、それが楽郎さんに伝えるってだけでこんなに恥ずかしいなんて……いや、でもこういう気持ちはどんどん伝えた方がいいってお母さんが言ってました。……よし!

 

 「ら、楽郎さん! 」

 

 「おっ、おう。どうした? 」

 

 「えと、その手を……あ」

 

 「お、降ってきたか。天気予報で雪の予報だったしなー」

 

 ロマンチックだなって思ってたホワイトクリスマス。それが叶ったのは嬉しいです。嬉しいですけど! もう少し降らすタイミングを考えて欲しかったですね!!

 

 「にしても雪に月、か。これで花があったら完璧だったな」

 

 それは……雪月花でしたっけ。この前授業でやった気がします。

 

 「雪月花、でしたっけ。確かに雪も月も本当に綺麗でさね……」

 

 「ああ、元々は四季の綺麗なもの、みたいな意味らしいけど……あ"ー……」

 

 「? 楽郎さん、どうしたんですか? 」

 

 何か今いきなり唸ってたような?

 

 「いや、なんでも。全然そんな大したことじゃねぇから。気にしないで。ホント」

 

 「そこまで言われると逆に気になりますよ!? 」

 

 「あー、いや、ホントどうでもいいっていうか気持ち悪いっていうか。……聞いても後悔しないか? 」

 

 「大丈夫です! ドンと来い、です! 」

 

 「……俺にとっちゃ紅音が花だなって。そんだけだよ」

 

 

 …………えと、つまりそれは……? ……んー……

 

 「……ッ!? え、あ、楽郎さん、それはその、えと」

 

 ……私のことを雪や月と同じくらい綺麗だって言ってくれてるんでしょうか……?

 

 「〜〜〜〜〜〜ッ!! あー、もうこの話は終わり! ほら行くぞ!! 」

 

 「あっ、手……」

 

 強引に手を引かれ、少しよろめきながら見えた楽郎さんの顔はすごく真っ赤で、私まで真っ赤になりそうです……

 

 

 

 うん、でも……とっても嬉しい、です。

 

 「楽郎さん、楽郎さん」

 

 「……何だよ。さっきの事はなかったことにしてくれ」

 

 「なかったことになんてできませんよ。とっても嬉しかったですし」

 

 「お前なぁ……」

 

 「それで、伝えたいことがあるんです」

 

 「楽郎さんが私のことを花だって言ってくれるなら、私にとっての楽郎さんは星です」

 

 「星ィ……? 」

 

 雪が降る中で、月が照らす中で、私は初めて出会った時と同じように心の赴くままに言葉を重ねます。

 

 「はい! 月より明るく私の行く先を照らしてくれて、雪よりも優しく私を包み込んでくれる。楽郎さん、あなたは私にとって雪月花よりも何よりも、綺麗で大切な人です! 」

 

 「……そんなに褒められるようなことはしてねえんだけどなぁ」

 

 「楽郎さんにとってはちっちゃなことでも私にとっては大切なことなんですよ? 」

 

 「あー……そっかぁ。さっき俺が言ったことも紅音にとっちゃ大事なこと、ってことか? 」

 

 「はいっ!! 」

 

 「そうかよ……紅音、1回しか言わんからよく聞いとけ」

 

 「俺にとってお前は花よりも綺麗で可愛くて、大切な存在だよ。お前が俺に対して思ってるのと同じかそれ以上にな」

 

 へ……

 

 「うぅ……楽郎さんっ!! 」

 

 「わ、ちょお前くっつくな、抱きつくな。人目があるから! ……あれ、あ、紅音さーん!? 聞こえてますかぁ!? 」

 

 わがままばっかりでちょっと申し訳ないですけど……それでも今はこの手を離したくないです。だって今顔を上げたら……大好きが溢れて溢れて、どうしようもなくなっちゃいますから。




明日は楽永を投げるはず。多分。


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貴方色に染まって

クリスマス楽永。


 陽務楽郎はプロゲーマーである。当然その仕事の性質上サラリーマンなどとは違い休みは不規則となる。それは分かっている。

 天音永遠とてファッションモデル、それもメディア露出なども多いトップ層にいるのだから、いかにこの手の職業で狙った日に休みを取るのが難しいかも分かっている。

 

 でも、それでも……

 

 「こーんな日(クリスマス)くらいは彼女()と一緒に居てくれてもいいのになぁ……」

 

 天音永遠は腐っていた。それはもう不貞腐れていた。炬燵に半身をつっこみ、何時ぞやのクリスマスに楽郎がプレゼントしてくれたハシビロコウのぬいぐるみを手で弄びながら。

 

 

 そも、事の発端は昨日の夜まで遡る。と言ってもそう複雑な理由がある訳でもない。ただクリパだひゃっほいと2人で準備を進めていたところに楽郎の仕事が入った。ただそれだけの事である。

 

 これが特に何も無い日であればいい彼女たれと自分に言い聞かせている永遠は煽りのひとつでも入れながら素直に楽郎を送り出しただろう。だが現実はそうはいかなかった。

 

 クリスマスパーティー。クリスマスに限らずパーティーと名のつくものは刹那主義たる永遠にとっては欠かせない行事であり、愛する人とのそれを行えなくなったと分かった永遠の荒れようもまたかなりのものであった。そしてその膨れっ面は今日になっても続き、今に至る。

 

 

 「だいたいお仕事がそんなに大事かぁー!? クリスマスくらい彼女を優先してくれたって良いじゃん! 私なら……私なら……いや、私でも仕事優先するかも。なんてこった、楽郎くんのことを悪く言えないぞ……」

 

 ぷくぷくと膨れ、ハシビロコウへと向かって愚痴を吐きまくる永遠。これで素面である。

 

 「はぁー……こーんなセンスないプレゼントしかくれないけどさぁ、それでも毎年楽しみにしてるのになぁ……」

 

 2人が現在住んでいる部屋。それは元々は永遠の家であり、当然家具やら小物やらを選んでいるのも永遠自身である。未だに頭にクソゲーカセットが突き刺さってる男のセンスなど信用出来たものでは無い。

 

 「それでも結構君色に染まってきてるんだけどねぇ……この部屋も、私も」

 

 部屋を見渡せば落ち着いた色合いと雰囲気で纏まった家具の合間合間に点在する蠍やらハシビロコウやらバドゥガモスやら……

 

 「待ってなんか変なのいる!? 」

 

 よく分からない人形を手に取りしげしげと見つめ……

 

 「……あははっ」

 

 昨日の夜からなかった自然な笑みが零れる。

 

 

 「全く、楽郎くんには叶わないなぁ……私が君のことをこんなに大好きなのも伝わってないんじゃないのかなぁ、なんて」

 

 と、冗談めかして言ってみたもののそれを言う永遠の顔は寂寥感に満ちていて、それは彼にとっては見過ごせるものではなかった。

 

 「急いで仕事終わらせて帰ってきてみたら……なーに、馬鹿なこと言ってんだお前は」

 

 「ひゃわっ!? ら、楽郎くん!? 」

 

 「おー、そうだよ。お前の愛しい愛しい彼氏の陽務楽郎さんだよ」

 

 バドゥガモス人形を見つめ、柔らかな寂しさに浸っていた永遠には楽郎の帰宅も接近も気づけなかった。

 

 「んな、い、いつからお帰りで……? 」

 

 「そうだな、確か『こーんなセンスないプレゼント』辺りのところだったな」

 

 「めっちゃ前じゃん!! 帰っきてたなら声かけてよ!! うわ、恥っず! 恥っずぅ!! 」

 

 青くなったり赤くなったりで大忙しの永遠の顔を見ながらイタズラに成功した悪ガキそのものの顔で笑う楽郎。

 

 「はっ、人がいないと思ってセンスないとか言った罰だと思え……ほらよ」

 

 「わっ……とと。ん? これは? 」

 

 「お前がセンスないとかのたまうプレゼントだよ。開けてみろ」

 

 言われるがままさほど大きくはない包みを開け、そしてそのまま絶句する永遠。

 

 「……」

 

 「限定版天音永遠ぬいぐるみだ」

 

 「……知ってるよ!! 何かわからなくて絶句してるんじゃないんだよ!! あああ……楽郎くんには知られたくなかったのに……」

 

 「何でだよ、手触りにこだわった限定版だぞ」

 

 「いや、自分のぬいぐるみとか恥ずいし……それに私の方が可愛いし」

 

 想い人に自分を模したぬいぐるみを贈られるという状況。照れ隠しにそんな軽口を叩く。

 

 「知ってる。それはハシビロコウと一緒にしとけばいいだろ。ほら、チキン食うぞケーキ食うぞ。俺は腹が減ってるんだ」

 

 「〜~~〜~~~ッ! あー、もう!! しょうがないなぁ! 」

 

 

 その程度の肯定で、まるで恋を知らない生娘のように胸が高鳴る自分のちょろさに閉口しつつも楽郎を追いかける永遠。

 

 「夜遅くの飲食は美容の敵なんだけど〜? 」

 

 「じゃあ俺が食ってるのを黙って見てるか? 」

 

 「まっさか、そんなわけないでしょ? 」

 

 

 「……ねぇ、楽郎くん」

 

 「んー? 」

 

 「私、楽郎くんのこと大好きだよ」

 

 「知ってるよ。俺は永遠のことを愛してるけどな」

 

 きっとこれが私たちの関係だ。軽口を叩き合い、笑い合い、煽りあい、そして愛を伝え合う。

 

 ああ、何とも昔の私から変わったものだ。でもこれはとても心地よい変化。貴方色に染まって生きていけるのだから。




クリスマスまで残り4時間……果たして楽玲は書き終わるのか。


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初めての……

絶対晴れ着が似合う女ァッ……秋津茜ェェエェェ!!!


 「……やっぱり人気なだけあって結構人来てるな。もう夜も遅いってのに」

 

 「そりゃあこの辺で初詣ならここって感じの神社だし? お兄ちゃんみたいに合格祈願って感じの人も多いんじゃないかな」

 

 本日12月31日。俺たち陽務家一行は少々遠出して有名な神社に初詣をしに来ていた。再来年に大学受験を控えている俺を始め、何となく縁起物が好きな我が家ならではと言える。

 

 「いやー、しかしこれだけ混んでると知り合いのひとりでも居てもおかしくないかもなぁ」

 

 「っても父さん、ここ普通に県またいでるんだぞ? 知り合いなんてそうそういるわけ……っとと」

 「あっ! すみませんでした!! ちゃんと見てなかったです! 」

 

 「ああ、いやいや。こちらこそ話してて気づかなかったので……んん? 」

 

 横を見ながら喋っていた俺にぶつかってきた中学生くらいだろうか? の少女。普通なら互いに謝ってそこで終わりとなるのだろうが……んんんん?

 

 「あ、あの……? 」

 

 「ああ、いや……なんて言うかどこかで君、俺と会ったことあるっけ? 」

 

 ……言ってから思ったがなんかこれナンパしてるみたいじゃないか? でもなぁ、なんか既視感があるというかなんというか……

 

 「え? ……そう言われればどこかで見たことがあるような……? んー? 」

 

 と、見知らぬ晴れ着の少女と顔を突き合わせていたところに、

 

 「え、お兄ちゃん何してんの? ナンパ? 」 

 

 「紅音! ダメだよ、紅音は可愛いんだからナンパとかには気をつけないと」

 

 余計な横槍'sが入ってきた。確かにナンパと言われて否定しきれない部分はあるが。というか今なんてった?

 

 「紅音? ……秋津茜か? 」

 

「え、なんでそれを……ひょっとしてサンラクさん? それともオイカッツォさんですか? 」

 確定かよ……にしてもなんか外道衆にリアルで呼ばれるのともまた違う変な感覚だな。ほとんど知らない相手にリアバレしているからか知らんがなんかぞわぞわする。

 

 「あー……サンラクです、はい」 

 

 「ホントですかっ!? こんなところで会うなんて奇遇ですね! サンラクさんはこの辺に住んでるんですか? 」

 

 あ、間違いなくこれは秋津茜だ。VRでもないのに振り回される尻尾が見える見える。

 

 「あー、秋津茜ステイなステイ。俺が言うのもなんだがとりあえずゲーム外でPN呼ぶのはマナー違反だ」

 

 「あ、そうなんですね……えっと」

 

 「ああ、俺は陽務楽郎だ。改めてよろしくな」

 

 「陽務……楽郎……さん ……楽郎さん……よし。えと、私は隠岐紅音です! よろしくお願いします、楽郎さん!! 」

 

 そう言ってこちらに手を出してくる秋津茜……もとい隠岐紅音。その差し出された手の感触はゲーム内のそれとほとんど変わりがないものだった。

 

 「ところで楽郎さん。これ、どうでしょうか? 」

 

 突然手を離したかと思えば両手を広げくるくるとその場で回りながらこちらに問いを投げかけてくる隠岐紅音……

 

 「ん? これってその晴れ着のことか? 」

 

 「はいっ! 」

 

 いや、どうって言われてもな。晴れ着ですね、とか正月っぽいな、とかしか思いつかないんだが。まさか初対面の男に似合ってるかなんて聞いてる訳じゃあないだろうし……

 

 「……よく分からんがいいんじゃないか?」

 

 と、正解が分からないので適当にお茶を濁すような返事をしたのだが、

 

 「えへへっ、ありがとうございます! 」

 

 どうやら正解だったらしく隠岐紅音の顔が満面の笑みで彩られる。何だろう、見てるとすごく癒される感がある。小動物とかに抱く癒しを感じる。もう少し見ていたい気も……

 

 瞬間、何者かに両肩を掴まれる。

 

 

 「ねぇ、お兄ちゃん? なんか急に親しげに話し出したから声掛けられなかったけど……家族で来てるってこと忘れてない? 」

 

 「あなた……紅音に手ぇ出そうとか考えてないですよね? もしそうなら……」

 

 ひえっ



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素直になれる魔法の日

 「……ん、用意完了」

 

 今日は2月14日。巷はバレンタインで盛り上がっているが私と葉の間には特に変わったことは無い。一応日頃の感謝といった感じで市販のチョコを用意するくらいだ。

 

 「あ、でも……」

 

 思い出した。今日は葉は日直だからとかで早く行くって言ってたな。……1人で学校に行くのも久しぶりだ。あれ、道大丈夫だろうか……

 

 まぁ、道は大丈夫だろう、多分。チョコもどうせ渡す機会は沢山ある。というか別に明日でいい。ホワイトデーだって大体だし。

 

 「……いってきまーす」

 

 

 

 ……だからきっとこの微かに感じるナニカは、寂しさなんかじゃない。せいぜいが変なのに絡まれないかという不安だろう。

 

 

 

 

 

 

 ◆  昼休み

 

 「……むう」

 

 おかしい。何故か今日に限って全然葉に会えない。というか葉も葉だ。少しくらい私のことを気にかけてくれてもいいと思うのだが。

 

 今だってクラスの女の子と何か喋ってる。ひょっとしてチョコでも受け取っているのだろうか。

 

 「……むう」

 

 

 ……何でだろう、気に入らないな。

 

 

 

 

 ◆ 放課後

 

 「…………」

 

 いつもは2人で帰る通学路。それを私は今1人で歩いている。

 

 私は今すごく機嫌が悪い。とても。それはもうイラついている。

 

 原因は当然どこぞの葉のせいである。

 

 まあ、日直なのだから一緒に帰れないのは分かる。今までも何回かそういうことはあった。でもその時はちゃんと待ってたし。今日は機嫌が悪いので置いてきたけど。それは大した問題じゃない。

 

 気に入らないのは今日1回も葉と話せていないことだ。

 

 ……別に毎日話す義務がある訳でもないし葉は私以外の友人だっている。だから別にそんな気にすることでもない。良くあることのはずなのに……なんでこんなにモヤモヤするんだ。

 

 

 

 ……今日が、バレンタインだからだろうか。好きな人に想いを伝える日。世間一般のバレンタインで伝える好きとは違うが、私は間違いなく葉のことが好きだ。

 

 

 だから、葉が今日という日に私のところに来てくれないのが気に入らないのだろうか。私が一方的に思っているだけで、葉は私のことを好きとは思っていないから。だから話しかけても来てくれないのだろうか。

 

 

 

 「…………っ」

 

 

 

 ……そうだとしたら、それはとても悲しいな。

 

 

 

 

 「……夏蓮っ! 」

 

 

 ……あ。

 

 

 「……葉」

 

 「やっと追いついた……普段待っててくれるのにどうしたの? 何か用事でもあった? 」

 

 

 「…………」

 

 何も言えない。さっきまで考えてたことが恥ずかしいのと、葉を置いてきたことからくる気まずさ、今日1日で溜まった苛立ちなんかが混じって何を言っていいのかわからなくなる。

 

 「んー……夏蓮、怒ってるよね? 僕何かしたっけ?

 

 別に葉は悪くない。わたしが勝手に考えすぎて、行動しなくてイラついているだけ。

 

 ……でも素直にそれを言うことはできない。

 

 「……今日、全然話しかけてくれなかった」

 

 「え!? あ、あー……確かに。えっと、ごめん。課題の提出やら日直の仕事やらが重なってて」

 

 「……じゃあ、昼休みは? 葉、昼休みにクラスの女の子と喋ってたよね。そんな時間があったなら私に話しかけてくれても……」

 

 良かったのに。

 

 とは言えなかった。だってそんなのあまりに自分勝手すぎる。話したいなら私から話しかければ良かったんだから。

 

 「あー、あれは同じ委員会の人だよ。……って夏蓮も知ってたよね」

 

 ……そうだったのか。すぐ目を逸らしたせいで気づかなかった。

 

 「…………」

 

 ……何も、言えない。葉は何も悪くなかった。私が勝手に癇癪を起こしただけ。普段なら軽く謝って、冗談交じりで葉にも責任があるとか軽口を叩いて、それで元通りで、それで、それで……

 

 「…………ぅぅ」

 

 「……ぅえ!? か、夏蓮!? 大丈夫!? 」

 

 「大丈夫じゃないぃ……ばかぁ、ようのばかぁ……」

 

 溢れて、溢れて、止まらない。

 

 私を見て。

 

 私に構って。

 

 

 私と一緒に居て。

 

 

 そんな想いが嗚咽混じりに溢れ出る。

 

 

 

 

 葉は、受け入れてくれた。ちょっとヘタレながらも私が落ち着くまで優しく撫でながら抱きしめてくれた。

 

 すごく恥ずかしい。きっと明日は今日とは違う意味で葉の顔が見れない。

 

 

 でも、今日はバレンタイン。好きな人に想いを伝える日。そんな日ならまぁ───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 素直になってもいいかな。

 




何度か貰う機会はあったけど「あー、ごめん。最初に貰うのは夏蓮からがいいんだ」的な感じでチョコを断る葉君を入れたかった。入れるところがなかった。


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恋初めは桜花の盛りにて

なんか……よく分からん話になったよ。


 「……はっ……はっ……」

 

 3月。まだ大気には寒気が残るけれども確かに春の訪れを感じられる季節。この季節になると毎年思い出すことがある。

 

 

 早咲きの桜並木を駆け抜けながら思考は昔の記憶へと溶けていく。幼き日に抱いた、確かな名前も分からない感情の答えを求めて。

 

 

 

 

 

 昔、虚弱体質だった頃の私は地元の冬の寒さに耐えられず毎年のように祖母の家で療養していた。そんなある日の事だった。

 

 その日のことは今でもよく覚えている。寒かった日々の中で一日だけあった暖かな日。珍しく体調の落ち着いていた私は外への憧憬を抱きながら縁側に腰かけていた。あの生垣の先には何があるのか。私が見ることの出来ない世界はどれほど美しいのだろうか。そんなことばかり考えていた。

 

 だからだろうか。"彼"が現れた時、私の中に去来した思いは誰かを呼ばなきゃという防衛本能でも、追い払わなくてはという攻撃本能でもない。まだ見ぬ外の世界を教えてくれるはずだ、とそんな根拠もない直感だった。

 

 初めは互いにぎこちない言の葉の掛け合いだった。私は家族以外の人とはろくに喋ったことはなく、彼もまた私のことを怖がっていたのか何なのか、積極的に話しかけてくることは無かった。

 

 だが、いつしか私たちは親密な関係になっていた。それは私が彼に慣れたからなのか、或いは彼が私に慣れたからなのか、はたまた他の何かがあったのか。それは今となっては知る由もないことだけれども。ただひとつ確かに言えること。

 

 それは彼の話す外の世界の話は、小さな自分の世界しか知らない私にとってどんな物語よりも強く心を打つものだったということだ。

 

 

 

 だけど、私は何も彼に伝えることなく別れてしまった。彼と過ごす時間はとても楽しくて、幸せで、喜びに満ちていて。だから私はそこにずっといる訳では無いことを言い出すことは出来なかった。いずれ会えなくなることを、長い別れが来ることを、彼に話すことが出来なかった。感謝も、憧れも、彼に貰った何もかもを伝えることすら出来ずに私は彼の元を離れ……そして二度と戻ることは無かった。

 

 

 

 春になる度に想い返す。

 

 

 

 あの時に抱いた無数の感情。恋なのかすらも分からない未分化の感情。顕れることも無く泡となって溶けていった言葉の数々。

 

 

 

 

 けれど

 

 

 

 ───春になる度想い直す。

 

 

 

 もし、貴方と出会うことが出来るのなら。

 

 もし、貴方に伝えることが出来るのなら。

 

 

 その時にはきっと言えるはずだ。

 

 

 

 

 ───桜花に包まれ溶けていった初めての恋のお話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




桜花、盛ってない説。


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燦然と輝く貴女へ捧ぐ

3行目に3月25日って書いてるのに3月24日に投稿しようとしたアホの書いた作品です。


 「「「秋津茜(さん)、お誕生日おめでとう!!!」」

 

 「へっ!? ……あ、ありがとうございますっ!! 」

 

 3月25日は旅狼が誇る光属性オブ光属性こと秋津茜の誕生日である、という情報をどこからか仕入れてきたペンシルゴンの先導により俺達はサプライズパーティーを仕掛けることとなった。

 

 ゲーム内でわざわざリアルの誕生日を祝う必要があるか? 的な意見も出てきてはいたのだが……どうやら光属性の前では全ては浄化されるらしい。

 

 「ほら、茜ちゃん。これはお姉さんからだよー」

 

 「秋津茜……あげる」

 

 「わわっ、見たことないものばかりです! ありがとうございます!!」

 

 何を貰っても煌めくような笑顔を返す秋津茜に吸い寄せられるように集まった旅狼メンバーはどんどん餌付けしていく。

 

 「ほら、秋津茜。俺からは蠍素材のみを使って作ったミニスケールサソリフィギュアを進呈しよう」

 

 「うわぁ、可愛いっ……サンラクさん、ありがとうございます!! 」

 

 おお、心が浄化されていく……人のことを煽るなんてやはり良くないことなんだ。これからは改心しよ……

 

 「うわぁ、サンラクくん……女の子へのプレゼントにサソリフィギュアとか……」

 

 「そんなんだから女心が分からないとか言われるんだよ、サンラク」

 

 「は? リアルハーレム築いてる魚類に女心が分からないとか言われたくないんだが? 」

 

 夏目氏のことを少しは考えてやれよ。俺とペンシルゴンの間では夏目氏がポテト狂の理由は食生活もアメリカ人に寄せようとしてるから説が濃厚になってるんだぞ。

 

 「あのね、君達……今日は秋津茜さんの誕生日なんだよ? 少しは自重しようとか思わないのかい? 」

 

 自重? 自重ねぇ……

 

 「おいおい聞いたかい、カッツォにペンシルゴン。1番お誕生会に渋っていた方が何? 自重? 」

 

 「聞いたともサンラク。ただ何を言ってるかはちょっとよく分からなかったかなぁ? 」

 

 「いやいや、2人とも。京極ちゃんてば1番に茜ちゃんの笑顔に篭絡されて今まで餌付けしてたんだよ? そりゃあ私たちに大人しくするように呼びかけたくなるってものさ」

 

 「なるほどなるほど」

 

 「「「いやー、すんませんっした! 京極さん!!」」」

 

 「君達、ホントに人を煽る時だけやたら仲が良くなるねぇ!? 」

 

 当然だろう。旅狼のコミュニケーションは煽り煽られでできている。今さら煽りあいをやめようとか言い出す奴がいるはずもない。

 

 「ふふっ……あはははっ!! 」

 

 「ん? 」

 

 「え? 」

 

 「あー」

 

 急に笑いだした秋津茜に対して三者三様の反応をする俺たち。そのままひとしきり笑ってた秋津茜は息を整えた後に口を開く。

 

 「私……シャンフロを始めて、皆さんに会えてよかったです!! これからもよろしくお願いします!! 」

 

 溢れ出る圧倒的光属性オーラッ……!!

 

 何となく顔を見合わせる俺たち。

 

 「あー……そうだな。何だかんだ今まで秋津茜が居ないとやばいシーンは結構あったしな。うん、感謝してるしこれからもよろしくな」

 

 「そうだね……ジークヴルムの時なんかは大活躍だったし。ウチには欠かせない存在だよ」

 

 「茜ちゃんはとても良い子だからねぇ。悪い子達の相手してるお姉さんからしたら大助かりだよ。これからもよろしくネ? 」

 

 「秋津茜……ジークヴルムの時は楽しかった。……また一緒に戦お? 」

 

 「秋津茜さんにはルストも懐いてるし、僕も一緒にいて楽しいからね。これからもよろしく」

 

 「いやほんとサンラク達と接してると君が1番の良心だなって実感するよ。これからもよろしくね! 」

 

 

 全員が全員思い思いの言葉をかける。我ら旅狼の基本は煽りあいではあるが……こういう日くらいは素直になることもあるのだ。

 

 「……皆さんっ、本当にありがとうございますっ! 大好きです!!! 」



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4月のバカ

エイプリルフールは4月2日です(大嘘)


 「なぁ、葉。お前いつも佐備さんと一緒にいるけどホントに付き合ってないのか? 」

 

 休み時間の雑談で男子の中では1番の友人がそんな質問をなげかけてきた。

 

 「この質問何回目……? 僕と夏蓮はそんな関係じゃないってば」

 

 「……葉、俺はな? お前のことを心配しているんだ」

 

 心配……?

 

 「どういうこと? 」

 

 「いいか? 佐備さんは基本無表情とはいえ顔はかなり整っている。そんな女性がいつも傍にいるとなると周りの女性はお前に気軽に声がかけられなくなる。つまり……」

 

 「……つまり? 」

 

 「このままではお前に彼女が出来ることはないってことだよ!!! 」

 

 「……ッ!!! …………? 」

 ついつい話の流れ的に驚いちゃったけど、そんなに大問題かな? 別に彼女がいなくて困ったことは無いし、むしろ彼女がいたらネフホロをやる時間が無くなる気がする。

 

 「……別に僕はそれでも問題ないのだけれど」

 

 「葉……お前それでも思春期真っ盛りの男子高校生なのか? 思考形態が完全に枯れきったおじいちゃんのそれだぞ? 」

 

 「そんな事言われても……」

 

 「よし、じゃあこうしよう。葉、明日から佐備さんと距離をおけ」

 

 「夏蓮と距離を置く……? 」

 

 ……いや、無理じゃないかな。そんなこと言い出した日にはものすごく不貞腐れそうだ。

 

 「なぁに、明日はエイプリルフール。嘘でしたということにすれば誰も傷つかない」

 

 「そんな上手くいくかなぁ……というかやることは確定なの? 」

 

 「鹿尾谷ァァァ!!!!」

 

「うぇっ!? い、いきなり大声出さないでよ」

 

 「お前って奴は何にも分かっちゃいない! 1度距離を置くことは佐備さんにとっても意味のあることなんだぞ! 」

 

 「夏蓮にとっても……? 」

 

 「ああそうだ! どうにもお前達は依存し合ってる感があるんだよな。葉はそれでも俺みたいな友人がいるが、佐備さんがお前抜きで誰かと喋ってるところとか見たことないし……」

 

 それは確かに……夏蓮の友人の少なさは僕も常々心配してるけど。

 

 「そこでお前が一旦距離を置くことで嫌でも佐備さんは他人と会話せざるを得なくなる。人間としてより成長できるって寸法よ。お前だっていつまでも一緒にいられるとは考えてないだろう? 」

 

  ……なんか上手く乗せられてる感が凄くあるけど。うーむ。

 

 「……分かった。そこまで言うなら少しやってみるよ」

 

 「おっ、ホントか!? よしよし、ちゃんと結果報告しろよ! 」

 

 あれ、これやっぱり興味本位だったのでは?

 

 

 

 ◆ 翌日 朝

 

 「……葉、さっきぶり」

 

 「あ、うん。おはよう夏蓮」

 

 ……さて、いつ切り出すか。出来れば学校に着く前には言っておきたいけど。

 

 「……葉」

 「…………」

 

 「…………葉」

 「…………」

 

 「…………葉! 」

 

 「え……あ、ごめん夏蓮。どうしたの? 」

 

 「……どうしたもこうしたも、さっきから変。何悩んでるの? 」

 

 「あ、あーえっと……」

 

 これは……チャンスだろうか。よし、言うぞ……

 

 「か、夏蓮! 」

 「……何? 」

 

 「そ、その……」

 「……さっさと言う」

 

 「あ、ハイ……えっと、僕達1回距離を置くべきだと思うんだ」

 

 すっと夏蓮の表情から色が抜け落ちる。そんな今まで見た事がない……いや、向けられたことの無いような表情を見て思わず動きが止まる。そしてその隙に、

 

 「………………そ」

 

 

 「あ…………」

 

 ぽつりと一言零し、夏蓮はそのままスタスタと歩き去ってしまう。その時点で気づいた。僕はかなり大きな地雷を踏み抜いたのだと。

 

 ……ほんの一瞬見えた夏蓮の顔は幼い頃によく見た、涙を堪えようとするものだった。

 

 

 ◆

 

 それから数日がたった。幾度となく夏蓮に話しかけようとはしているが、その度に顔を背け逃げられてしまう。……ネフホロにも夏蓮はログインしてないみたいだ。それだけ衝撃的だった、ということだろう。自分の短絡さに嫌気がさす。

 

「……葉、大丈夫か? 」

 

 ついでにこの友人にも。

 

 「……大丈夫に見えるの? 」

 

 「いや、見えないな。……すまんな、俺が適当なこと言ったせいだな」

 

 「……それに乗った僕も僕だから。全部が全部君のせいってわけじゃないよ」

 

 「……こうなったらもう全部素直にぶちまけるしかないだろう」

 

 ……またこいつの言うことを素直に聞いて良いのだろうか。

 

 「まずは謝罪。そしてお前の素直な気持ちをそのままぶつける。許してもらおうとか余計なことを考えないで何故この行動に至ったのか。それを素直に伝えるんだ」

 

 ……僕がなぜ夏蓮に距離を置こうと言い出した、か。……色々理由はあるかもしれないけど1番はやっぱり、

 

 「……夏蓮が少しでも自立できるようにするため」

 

 「だろう? つまり佐備さんのためだということだ。それを素直に言ってくればいい」

 

 「……分かった。やってみるよ」

 

 

 ◆

 

 「……夏蓮、来てくれてありがとう」

 「…………」

 

 放課後、空き教室に夏蓮を呼び出す。自分から迎えに行くのが道理かもしれないけれど、今近づいたら逃げられてしまうから。さて……

 

 「夏蓮……ごめんなさい!! 」

 

 「………………何が? 」

 

 「……それは、夏蓮の気も考えないで一方的に距離を置こうとか言い出したりしたこと……です」

 

 「…………確かにそれはそう」

 

 「……えと、それで「………………でもそれだけじゃない」……え? 」

 

 それだけじゃない? 他に何が……

 

 「………………葉は? 」

 「……僕? 」

 

 「…………葉は、辛くなかったのっ!? 」

 

 「……え」

 

 

 「私はっ! 葉にあんなこと言われて辛かった! 嫌だった! 葉は違うの!? 」

 

 

 

 

 「……葉は、私と距離を置いても平気でいられるの……? 」

 

 ……何も言えなかった。これほどまでに夏蓮が感情をあらわにしたことがあっただろうかという驚き、そして夏蓮にここまで言わせるほど追い詰めてしまった自分への悪感情が溢れてきて。

 

 でも、言わなきゃいけない。伝えなきゃいけない。

 

 「そんなことない」

 

 「そんなことないよ、夏蓮……! 僕だって、僕だって……」

 

 夏蓮の居ないこの数日は、今までの十何年の人生の中でもとても辛かった……!

 

 「…………じゃあなんであんなこと言ったの」

 「それは……」

 

 僕は語った。全て話すと長いのでかいつまみながら。それでも大事な部分は漏らさないように。

 

 「…………なるほど、理解した」

 「……夏蓮」

 

 「…………そのうえでひとつ言わせてもらう」

 「……うん。いいよ」

 

 どんな罵倒でも悪態でも受け入れる準備は出来ていた。それだけの事をしたんだから。当然であると。でも、それでも、

 

「……私のことを想ってならっ……二度とこんなことするなバカ葉っ……!! 」

 

 ぽろぽろと流れる涙と共に放たれたその言葉は、僕もまた涙無しでは受け入れることは出来なかった。

 

 

 

 ◆

 

 「……で、そうなったってか」

 

 夏蓮と仲直りをしてから数日が経ったが、夏蓮はいつもに増して引っ付いている。今までは学校の中ではそこまで身体的な接触は無かったのだが、最近は常に張り付いていると言っても過言ではない。

 

 「なんてーかあれだな。2人は今のままが1番良かったってことだな。うん。じゃあそういうことで」

 「…………逃げるな」

 

 「うっ……」

 

 なお、友人は夏蓮によるネフホロの布教を受け続けるという罰を与えられたことをここに記しておく。

 

 

 「……葉、葉」

 

 「ん? どうしたの夏蓮」

 

 「……これからもずっと一緒。嘘つかないで、約束」

 

 「……ああ、そうだね。約束だ」



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いい事は悪い事とだいたいセットでやってくるけど悪いことは割と単品で来がち

髪を下ろした隠岐紅音という概念から湧き出した怪文書。


 今日はきっと何かいいことがあるだろう。毎朝のように考えているそんな願望を今日も考えながら家を出る。

 

 ぼんやりと歩いていると近くにある公園を通りがかった。ん……あの子可愛いな。ベンチに座っている子を見ながらそんな感想を抱く。あ、目が合った……やばいかな。……あれ、なんか近づいてきてない?

 

 「あのー、MOB君ですよね? 」

 「すっ、すみません! 直ぐにどっか行きま……え? 」

 「わー、奇遇ですね! こんなところでどうしたんですか? 」

 「え、え? あ、ちょっと漫画買いに行くついでに散歩を……はい」

 

 何だこの状況……なんでこの子はこんなに親しげなんだ? 名前も何故か知られてるし……んん?

 

 「あ、えっとひょっとして隠岐、さん? 」

 「? はい、そうですよ? え、あれ? クラスメイトのMOB君ですよね? ひょ、ひょっとして人違いでした!? 」

 

 あわわわわ、すみませんすみませんと言い出す隠岐さん。可愛い。……じゃなくて。

 

 「あ、いや。人違いじゃない、ですよ? 」

 「あ、ですよね! 良かったぁー……」

 

 隠岐紅音。俺たちのクラスの、というか学年の人気者。その可愛さと天真爛漫さ、割と誰にでも優しい性格も相まって非常に高い人気を誇っているが、女子たちによるブロックと男子の間で交わされている秘密条約の影響で彼氏はいないらしい。ちなみにこの状況は割とマズイ。条約第5条に反する可能性がある。

 

 「あー、その隠岐さんが髪下ろしてるの珍しい、よね? うん。そのせいで気づかなかったかな……」

 「あ、これですか。これはさっき髪ゴムが切れちゃって……変じゃないですよね? 」

 「えっ!? あ、いや。全然変じゃないよ! む、むしろその、より好みというか可愛いというか……はい……」

 

 あああ、何言ってるんだ……こんなこと言ったら普通引かれるだろ! ええい、これだからコミュ力よわよわなのは嫌なんだ……ほら、隠岐さんも俯いちゃってるし……

 

 「……ふふっ、ありがとうございます! 男の人にそんなこと言われたの初めてだったのでびっくりしちゃいました! 」

 

 あ、違った。ただの天使だった。笑ってるだけでした。最高。こちらこそありがとうございます。条約なんてもう知らない。俺はこのまま話を続けるんだぁ……

 

 「い、いやいやそんな、こちらこそこんな休日に隠岐さんと会えるとかラッキーだし、全然プラマイゼロっていうか、あは、あはは……」

 

 無理だぁ……話を続けるとか無理だぁ……くそぅ、つい頭をかいてしまうこの手が恨めしい……ん?

 

 「そ、そういえば隠岐さん、髪ゴムが切れちゃったって言ってたけどこ、これとか代用にならないかな? 男子のつけてたものなんて嫌かもしれないけど……」

 

 と言って差し出したのはなんとなく付けていたゴムリストバンド。姉貴が作るのにハマったとかで試作品を大量に押し付けられたんだがこんなところで役に立つとは。

 

 「そんなことは無いですけど……悪いですよ。大切なものじゃないんですか? 」 

 

 「い、いやいや。姉貴が押し付けてきたやつだし家にまだ沢山あるから! ここで隠岐さんの役に立った方がこいつも本望だろうし! 」

 

 「んむむむむ、分かりました! じゃあありがたく使わせていただきますね! それじゃあ私ランニングに戻るのでそろそろ失礼します! 」

 

 「あっ、うん! が、頑張ってね? 」

 

「はいっ! また学校で! 」

 

 さよーならー! と手を振りながら走り去ってく隠岐さん……可愛いなぁ。しかし、学校で! かぁ……わし、殺られるのでは?

 

 

 

ねくすとまんでー

 

 

 「あっ、MOB君! おはようございます! 」

 

 あっ、やばい。

 

 「あっ……お、おはようございます」

 

 「? あっ、先日はありがとうございます! えと、こちら借りたゴムとお礼です! 良かったら受け取ってください! 」

 

 あっ、終わった。

 

 「あっ、あっ……わ、わざわざご丁寧にありがとう……うん」

 

 「それじゃあ失礼します! 良かったらまたお話しましょうね! 」

 

 「……う、うん。出来たらいいね……」

 

 いやほんと、次があるとイイデスネー……人生に。 

 

 「MーOーBーくぅーん? 」

 

 死刑宣告ですねありがとうございました。

 

 「ナンデショカ」

 「屋上な」

 「戦略的撤退ィ!! 」

 「逃がすな! 囲めェ!!」

 

 ちくしょう、こうなるだろうとは思ったよ!!! でも髪下ろしてる隠岐さん見たの俺だけなんでぇ! お前らとはもう生物としての格が違うんでぇー!!! あっ、やべっ!

 

 「うわぁぁぁぁあああ………………」

 

 

 




MOB君は星となりました。ほうら、あれがMOBSTARだよ……


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泡沫の世界達

Twitterに投げてきた短編集みたいなの。


 

 『二律背反のアダルティ』

 

 「ん? 玲さんの実家からかこれ。玲さん、なんか心当たりある? 」

 

 「いえ……なにか届くというのは聞いてませんね。何でしょうか? 」

 

 ある日の午後、特にすることも無く穏やかな時間を過ごしていた我が家に爆弾が叩き込まれた。

 

 「こ、これは……」

 

 そこに入っていたのは……まあ、いわゆるオトナの玩具と言われる品々の数々だった。ていうかこれ斎賀家というより仙義姉さんからだろ……。というか玲さんの反応がないんだが久しぶりにフリーズしてるのか?

 

 「あー……玲さん、これどうしようか」

 

 「あの……楽郎さん、これなんでしょうか? 」

 

 ……そっちかぁー。知らないが故の沈黙だったかぁー……

 

 そうなると俺には今ふたつの選択肢がある。1つは何も説明せずに封印すること。もう1つは包み隠さずに説明すること。

前者は彼女にアダルトグッズの説明をするという羞恥プレイを避けられるが仙義姉さんにバレた時に俺が殺される。後者は純粋に恥ずかしい。

 

 ……俺はっ……どうすれば……!

 

 「……あの、楽郎さん」

 

 ん?

 

 「私に……その、使い方教えてくださいっ……! 」

 

 ん"っ!

 

 ヤバい。理性に対する破壊力がヤバい。俺が知ってて自分が知らないという状況が少し恥ずかしいのかなんなのか。若干頬を赤くして上目遣いでこちらを見てくる玲さんは俺の理性を完全に打ち砕くには十分過ぎるほど魅力的で。しかもその上、手にはアダルトグッズを持っている。

 

 

 

 ……その先はまぁ、言わずもがなと言うやつである。

 

 

 

 

 

 『愛しきアナタの贈り物』

 

 「ただいまー」

 

 「お帰りなさい、楽郎さん! お仕事お疲れ様でした! 」

 

 「ん、ありがとな。流石に嫁の誕生日に仕事サボって定時で上がれない、なんてヘマはしねーよ」

 

 そう、本日は隠岐紅音、もとい我が妻陽務紅音の誕生日である。

 

 「えと、それで楽郎さん……」

 

 「心配しなくても……ほら、ちゃんと買ってきてあるぞ」

 

 「わぁぁぁぁ……! 」

 

 ホント、うちの嫁はいつも可愛いな……! 昔から紅音はイチゴのショートケーキが大好きでこうして記念日に買ってきてやるとそれはもう目を輝かせる。本人は子供っぽいですかねぇ……とか言ってたが別に気にしすぎではなかろうか。

 

 「さ、早速食べましょう! さぁさぁ!」

 

 「だーめーだ。先にご飯食べないとお前ケーキだけで腹いっぱいにするだろ」

 

 「うっ……そ、そんなことは……ない、とも言いきれませんが」

 

 「ほらほら、紅音の飯楽しみに仕事終わらせたんだ。冷めないうちに食おうぜ」

 

 本人の誕生日の料理を本人が作るというのもおかしい気もするが本人が作りたいと言っているのだからしょうがない。なんでも1年の成長を見てほしいんだとさ。

 

 

 

 

 「美味かった! ご馳走様でした! 」

 

 「はい、ありがとうございます! さぁ、食べましょう! 」

 

 「早いな!? ……ホント紅音はイチゴのケーキ好きだなぁ……」

 

 「んー、確かにイチゴのケーキは好きですけど……」

 

 「好きですけど? 」

 

 「……楽郎さんが私のために買ってきてくれたものですから。その気持ちが1番嬉しいんですよ」

 

 ……おかしいな。まだケーキ食べてないのにコーヒーが欲しくなってきた。

 

 「……」

 

 「……な、なんか言ってくださいよ、恥ずかしいじゃないですか……」

 

 「……ははっ、なんだそれ。自分から言ったのに? 」

 

 「うう……楽郎さんのいじわる……もうケーキ食べちゃいますから」

 

 やれやれ……これだからウチの嫁は……

 

 「紅音」

 「……? 」

 

 

 「誕生日おめでとう……大好きだよ」

 

 「んぐっ……あ、ありがとございます……」

 

 

 

 これだからウチの嫁は、どうしようもなく愛おしいのだ。

 

 

 

 

 

 

 『恋に効かせよ、百薬の長』

 

 つい数時間前には普通に俺は大学生活を満喫していた。それなのに、本当になんでこんなことになったのか……

 

 「らくろうくん! きいてるんですかぁ!? 」

 

 「聞いてる聞いてる、聞いてるから少し落ち着こうか玲さん」

 

 大学のサークルの飲み会の後、玲さんに2人きりの二次会に誘われたのはいいのだが……

 

 「わたしはらくろうくんのことがらいしゅきなのにぃ! らくろうくんはじぇんじぇんなんもいってくれにゃいじゃにゃいでしゅかぁ!! 」

 

 なんでこんな熱烈な告白を受けてるんだろうか……というかマジで言っているんだろうか。確かに何となく好意を感じるシーンはいくつかあったがこれほどまでに思われていたとは。うーん、あまりの衝撃展開に逆に落ち着いている自分がいる。

 

 「……らくろうくんはぁ……わたひのこと、きらいなんれすか……? 」

 

 さっきまでキレッキレだったのに急にしおらしくなってしがみついてきた。何だこの生き物可愛いな。───い、俺も割と酔ってるなぁ。

 

 「いや、嫌いってことは無いけどね? ほら、こんな酔った状態での告白は双方に強いダメージを与えるというか」

 

 「……すき、なんれすか? 」

 

 「いや、その……」

 

 「わたしはすきです。らくろうくんはどうおもってるんれすか」

 

 もう俺玲さんの情緒が理解できないよ……何この人、なんでこんなにコロコロ性格変わるんだ。酒に弱いと言っても限度がないだろうか。いや、でも1次会ではカパカパと酒を飲んでたような……? うーん、ウワバミなのかそうでないのか……

 

 「どうおもってるんれすかぁ!! 」

 

 「ひょえっ……あー、いやほらこういうのはちゃんとした精神状態で言うのがいいと言いますかねほら」

 

 「……わたしはよわいから」

 

 「へ? 」

 

 玲さんが弱いとかなんの冗談だろうか。

 

 「わたしはこころがよわいから、らくろうくんのしゅきをしれにゃいとふあんなんれす。……わたしのきもちにはこたえてくれないんれすか? 」

 

 ……酒に酔っていても、前後不覚でも、玲さんは玲さんということなのだろう。いや、何よりもこんなにも不安そうに揺れる瞳を見て、それを蔑ろにするなんてことが出来るほど俺は玲さんのことを嫌っちゃいない。

 

 「……玲さん、俺も君のことが好きだよ。俺の横で笑ってくれてる君が大好きだ」

 

 「………………」

 

 ……どうだ? 少し言いすぎた気もするが紛れもない俺の本心。玲さんは俯いてて表情はよく分からないが……?

 

 「…………zzz」

 

 んんんんん?

 

 「…………すやぁ」

 

 この人寝てらっしゃるねぇ! なんだそれ、俺の振り絞った勇気を返して欲しい、ちくしょう!

 

 と、そんなぶつけようのない感情を酒と一緒に飲み込もうとしたその時、ぽつりと囁くように零れた言葉が俺の耳朶を打つ。

 

 「……えへへぇ……らくろうくぅん……だいすきぃ……」

 

 

 ……それは反則じゃないだろうか。 

 

 

 

 

 

 

 『朱色』

 

 ある日のデートの帰り道の事だった。それなりに混み始める時間帯、電車に乗り込んだ2人はあることに気づく。

 

 「……あ、席1つしか空いてないですね」

 

 「んー? ああ、紅音座っていいぞ。疲れたろ」

 

 「いえ! 楽郎さんの方こそ座ってください! 私はこれくらい歩くのは慣れてるので! 」

 

 「いやいや、女の子立たせて自分一人だけ座るとか無いだろ……」

 

 「むぅ……しょうがないですね」

 

 と、そんな2人を見兼ねてか空席の隣に座っていた老婆が立ち、席を譲ろうとしてくる。

 

 「宜しければここの席、使ってくださいな」

 

 「へ!? ……いやいや、ありがたいですけどできませんよそんなの」

 

 「あらそう? でも彼女さんと一緒に座りたいんじゃないかしら? 」

 

 「う……それはまぁ。いやでも、彼女の前くらいは格好つけさせてくださいということでここは1つ」

 

 「……あらあら、お邪魔だったかしらねぇ」 

 

 2人の会話の最中は黙っていた紅音が会話が終わったと見るや楽郎の服の裾をちょいちょいと引っ張り自己主張を始める。

 

 「んん? どうした、紅音。 何かあったか?

 

 「えっと、ちょっと言いたいことがありまして……」

 

 「言いたいこと……? 」

 

 と、そんな前置きの後にやや頬を染めつつもいたずらっ子のような笑顔を浮かべた紅音は囁く。

 

 「…………無理に格好つけなくても楽郎さんがかっこいいってことは、私ちゃんと知ってますよ……」

 

 「んぐっ……お、おお……そう、か」

 

 夕日が差し込む電車の中で、2人の顔は赤く染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 『インテリジェンスな贈答品(ラブコール)

 

 3月17日。すなわちサイナの日。

 

 「というわけでサイナ。お前、何か欲しいものあったりするか? 」

 

 「疑問:いったいどの辺に『というわけで』要素があったのでしょうか」

 

 「今日は3月17日。すなわち語呂合わせによってサイナの日、ということだ。分かっただろう? 」

 

 「忠言:契約者、インテリジェンスの深刻な欠乏が見られます。早急にインテリジェンスを補給すべきかと」

 

 うるせー、日本人はなんでも記念日にしたがるんだよ。

 

 「それじゃあ特に欲しいものは無いということで……」

 

 「契約者、契約者。こちらのメモをどうぞ」

 

 「あ? ……何だこれ、素材リストか? 」

 

 「肯定:化粧箱の強化を初めとした当機の能力を向上させるのに必要な素材です」

 

 「…………欲しいってか」

 

 「別に無理にとは言いません。その場合当機のデータベースに契約者はケチという情報が加わるだけなので」

 

 正直その情報が加わったところでだからなんだという話なのだが……1度言ったことを覆すというのも面白くはない。俺はあの外道共とは違い約束は守るタイプの人間なのだ。

 

 「おいおい、俺を舐めるなよサイナ。こんな素材程度余裕で集めきってやるよ」

 

 「声援(ひゅーひゅー):さすがは契約者。では期待しています」

 

 ……とは言ったものの知らん素材も結構あるな。何だこのルピナスって。花か……?

 

 

 

 〜数時間後〜

 

 「はっ……ははははっ!! 集めきってやったぞ、見たかサイナァ!! 」

 

 「お疲れ様です、契約者」 

 

 くそっ、なに優雅にコーヒー(のような何か)を飲んでるんだ。どちらが主か分かったもんじゃないな。

 

 「……確認:全部揃っているようですね。流石は契約者。感謝します」

 

 「あ? あー、気にすんな気にすんな。記念日ってのはそういうもんだろ」

 

 「それでも感謝を。ありがとうございます、契約者。……では私は装備の強化に移るので。失礼します」 

 

 早口でそう言い切った後、どこかへ飛んでいってしまった。……そんなに強くなりたかったのだろうか。戦力が増える分には歓迎だがな……

 

 

 

 ◆     ???

 ルピナス:チョウに似た小花が咲き上がる様子がフジを逆さまにしたようで、「ノボリフジ(昇り藤)」とも呼ばれる。花言葉は想像力、いつも幸せ、貴方は私の安らぎなど。また、3月17日の誕生花でもある。

 

 

 

 「……ふふ、大切にしますね。契約者」

 

 



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薄紅色、夢世界

学パロ注意ですわー


 それはある日のシャンフロ内での出来事だった。

 「おや? どうしたのですか契約者。戦闘中でも無いのにここ(インベントリア)に入ってくるとは珍しいですね」

 

 「あー、ペンシルゴンとカッツォがいくら無限とはいえ素材放り込み過ぎだ! 的な抗議をしてきてな……片付けだ片付け。お前も手伝え、サイナ」

 

 「ふむ、なるほど。これは当機のインテリジェンスな掃除能力が火を噴く任務(オペレーション)と推測。さぁ、指示を。契約者。どんな頑固な汚れでもたちどころに落としてみせましょう」

 

 いやだから掃除じゃ無くて片付け……まあ、どっちでもいいか。サイナがやる気であるほど俺の仕事は少なくなるしな。

 

 「よし、サイナ! 第1任務(ファースト・オペレーション)を発令する! この積み上がったサソリ素材の整頓だ!! 」

 

 「忌避(うわ、めんどくせぇ):契約者、何故日頃から片付けておかないのですか。インテリジェンスが足りていないのでは? 」

 

 「うるせー、世話焼きの母ちゃんかお前は。おら、さっさと片付けるぞ」

 

 

 

 …………

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 「……ふぅ、残すところあと少しってとこか」

 

 当初は不安こそあったが、機械なだけあってかサイナの片付け能力は中々に目を見張るものがあった。これは何かしらの礼をするべきかもしれんな。だが、それも目の前のこれらを片付けたあとのこと。

 

 「そう、この何に使うのかすら分からないアイテム達の整理を終わらせてから、だな」

 

 「契約者……せめて鑑定の類は済ませてから収納すべきでは? 」

 

 うぐ……サイナのジト目が正論と共に突き刺さる。しょうがないだろ、探索中にいちいち鑑定なんかしてられないからな。

 

 「考慮(ふむ):契約者、契約者。試しにこの辺りの薬をグイッといってみては? 」

 

 「おいコラ、なにマスターに漢探知させようとしてんだポンコツ! 」

 

 「大丈夫です、契約者ならいけますよ。ささ、グイッと」

 

 「なに酒でも進めるかのごとく距離詰めてきてんだ……ちょ、おい! やめ……やめろや! 」

 

 「推奨:契約者、暴れると薬が…………あっ」

 

 「あっ!? 」

 

 

 無理やり薬を飲ませようとしてくるサイナの手から薬が零れ落ちる。拾おうと手を伸ばすも間に合わず、薬は地面に叩きつけられ……

 

 …………

 

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 

 「…………さい」

 

 

 …………なんだ?

 

 

 「…………てください」

 

 

 …………サイナ、なのか?

 

 

 

 

 「起きてください、バカ楽郎! 」

 

 「ぐはぁっ!? 」

 

 な、なんだ!? 何が起こった? 分かるのは気持ちよく眠っていた俺の腹に何かが突き刺さったということだけ……む?

 

 「……サイナ、なのか? 」

 

 「何を寝ぼけてるんですか、寝起きとはいえインテリジェンスが足りてないのでは無いですか? 」

 

 ああ、間違いない。これはサイナだ。言動の端々から漏れるウザさが物語っている。いやしかし、これは一体どういうことだ?

 

 「サイナ、なんだお前その格好。いつものアイドルみたいな服はどうしたよ」

 

 そう、今俺の目の前にいるサイナは何故か俺の学校の制服を身に纏っている。それだけでは無い。あの特徴的な球体関節が無くなっている。まるで普通の人間みたいに……

 

 「……楽郎、確かにアレを着るのは2人きりの時とは言いましたが学校がある日の朝にまで着はしませんよ……? ホントに大丈夫ですか? 熱でもあるのでは? 」

 

 「ちょ、サイナ……近い近い。なんだその距離感は」

 

 「今更何言ってるんですか。恋人同士で距離感も何も無いでしょう」

 

 は? え、今何つった?

 

 「え? 恋人? 誰と誰が」

 

 「私と楽郎とがです。他に誰がいるんですか、全くもう……」

 

 と、ここまで来て気づく。あ、これ夢だと。そうか、夢なら納得出来る。いや、夢でサイナのことを恋人にしてるってなんか微妙な気恥ずかしさがあるが。

 

 「……あー、そっかそっか、そうだよな! うっかりしてたわ! 」

 

 「やっと起きたみたいですね。さっさと着替えてください。ご飯さめちゃいますよ」

 

 そう言って部屋を出ていくサイナ。……え、何同棲でもしてるの? 高校生なのに?

 

 

 

 

 「ふぅ……ご馳走様でした」

 

 「はい、お粗末さまでした。じゃあ食器洗うんで拭くの手伝ってくださいね」

 

 「あ、はーい」

 

 ……朝食をとる間にある程度この夢の設定が分かった。サイナ……この世界では彩菜らしいが……は寝起きに言っていたように俺の彼女である。そして昔からの幼馴染である彼女は、寝る時以外はほとんど俺の家で家事を手伝ったり寛いだりしている……という、何世代前のラブコメだ? と言わんばかりのコテコテの世界観であるようだ。

 

 夢とは本人の記憶や欲望が映し出されると聞いたことはあるが……まさかラブクロックか? このサイナもピザの呪いにかけられているというのだろうか。聞いてみたい。だが、もしこれでサイナが留学なんてことになったら取り返しがつかない。夢にはセーブ&ロードは存在しないのだ。

 

 「さてと、それじゃあ学校に行きましょうか」

 

 「あ、ああ。そうだな」

 

 このままでいいのかという疑問はあるが、これが夢である以上いつかは覚めるだろう。であるならばこの非日常を体験するというのも悪くない、のかもしれない。そんなことを思いながら玄関の扉をくぐり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ただいまです」

 

 「えっ? 」

 

 お、おかしい。俺は今確かに家の中から扉をくぐったはず。それなのに何故外から扉をくぐったんだ? それに辺りは夕日に包まれている。まさか時間が飛んだのか? ……うーむ、夢とはいえ何たる適当展開。頑張れ、俺の脳。

 

 「玄関先でぼーっとして、どうしたんですか、楽郎? 」

 

 「あ、ああいや何でもないぞサイナ。ちょっと相対性理論について考えてただけだ」

 

 「……ああ、そういえば忘れてましたね」

 

 え? 何をだ? 相対性理論をか? ……ぬおっ!?

 

 「……ふふっ、おかえりなさいのちゅーです」

 

 「………………ぉう」

 

 何ということでしょう。この世界の俺たちの関係はそこまで進んでいたらしい。ネクタイを引き寄せてやることか? とか、一緒に帰ってきておかえりなさいも何も無くないか? という疑問が浮かぶが……現実逃避である。夢の中で現実逃避というのもおかしな話だが、それほど唇に触れたサイナの唇の感触はリアルなものだった……

 

 「さぁ、楽郎! 早く宿題を終わらせてゲームを……楽郎?

 

 ……視界が薄れる。世界がボヤける。立っている状態を保てず、その場にへたり込む。

 

 「楽郎!? どうしたんですか、どこか調子が悪いんじゃ……!! 」

 

 何となく夢の終りが近いのだとわかる。キスで終わりとは……何ともロマンチックな世界な事だ。自分の夢とは思えない程に。

 

 「だ、ダメです! 楽郎! しっかりして……ぁ……」

 

 揺れる、揺れる。世界が、全てがぼやけていく中でサイナだけはしっかりと視界に写っている。いや、そのサイナさえもぼやけて……俺のよく知るサイナへと戻っていく。

 

 「…………ター」

 

 「……お別れの時だな」

 

 「……はい、契約者。いずれまた夢の先で」

 

 

 その言葉を境に世界の崩壊が加速する。家が、道が、よく知る世界がほどけ、散り、粉々になっていく。そして俺の意識もまた闇に溶けていく。確かにその手に離すべからずものを握って……

 

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 

 

 「契約者、起きてください」

 

 

 ……むぅ?

 

 

 「警告:一定時間内に意識の覚醒が見られない場合、実力行使にて意識の覚醒を行います」

 

 ……何かいま、不穏な発言が聞こえたような。

 

 「3、2、1……」

 

 「……おい、サイナ。寝てる人間に鉛玉をプレゼントした場合そいつは意識の覚醒ではなく永遠の眠りを手に入れるんだ、覚えておけ」

 

 「了解:当機のインテリジェンスレベルがまたひとつ上昇してしまいましたね。パーフェクトインテリジェンスの称号を得る日もそう遠くは無いでしょう」

 

 何その称号。金称号に見せかけた銅称号みたいなしょぼさがあるな。

 

 「……つぁっ、あったま痛てぇ……」

 

 「推測:床に頭から倒れていたせいかと」

 

 「いや、なんか外傷だけじゃなくて……寝すぎた時みたいな頭痛」

 

 「……そうですか」

 

 「でも不思議と気分は悪くないんだよな……すげえ変な感覚だ」

 

 「……契約者が寝こけている間にインベントリア内の整頓は済ませておきました。用が済んだのならさっさと当機のプライベートエリアから退出してください」

 

 なにぃ? こいつちゃっかりインベントリア生活を満喫してやがるな? 道理でインベントリア内の物の配置に詳しいと思ったんだ。

 

 「へーへー、ありがとうございやす。んじゃ用があったら呼ぶからな。ダラケすぎていざ戦えないとかになるなよ」

 

 「契約者では無いのですから心配いりません」

 

 「さいですか。んじゃな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ その後 インベントリア内

 

 サイナ……征服人形は夢を見ない。だが、何事にも例外はある。ブラックボックス的アイテムがあれば、擬似的な夢を見ることはある。

 

 ところで、シャンフロ内にはこんなアイテムがあるという噂がある。

 

 それが成すのは妄想の具体化。現実では出来ないことを夢の中で可能にする、言わば見たい夢を見れるアイテム。

 

 あくまでも、噂である。

 

 

 

 

 

 「……く、くくくく口に接吻、ですか……な、なるほど? 契約者も意外に大胆なんですね、ええ! わ、当機で無ければあそこで拒否していたでしょうね! ふ、ふふ、そう考えると契約者には感謝してほしいくらいですね……! あはは、はは、は…………」

 

 

 

 

 

 展開される夢は最後にアイテムに触れていた対象の夢であるらしいが……あくまでも、噂である。

 

 

 

 

 

 複数人を巻き込めたり、多少夢の中の動きがリアルに反映されることもあるらしいが…………やはりあくまでも噂である。

 

 




噂だよ、噂


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歌姫×人形

シャングリラ・フロンティア4周年おめでとう!!!(遅い)

ifififみたいなお話。別にノーダークではあるけど嫌いな人はブラバしてね!


 「……ここは? 」

 

 何も無い白い空間で、アイドル衣装を纏った征服人形……サイナは目を覚ます。

 

 「確認:当機は確かに契約者のインベントリア内にて休息をとっていました。それで……気がついたらここに……? 」

 

 通常ありえない不可思議な現象。サイナは心の中では狼狽しながらも、現状の把握を図るべく周囲の探索を始める。

 

 「声の反響がないことからかなりの広さの空間であると推察……銃の一つでも撃ってみましょうか…………む? 」

 

 

 

 「……え? ここは? 私家に帰ってる途中じゃ……って、ええ!? わ、私がもう1人!? 」

 「! 貴女は……」

 

 突如サイナの目の前に現れたのはサイナと瓜二つの女性。しかし、その身体は球体関節と人造の肌ではなくれっきとした肉と骨で構成されている。

 

 「エルマ・サキシマ……! 」

 「何で私の名前知って……あ、もしかして私のファンでしょうか? 私のコスプレをしているとか! でしたら納得ですね」

 「困惑(はぁ? ):この緊急事態にそんな呑気な思考ができるとは……オリジナルと言えど、当機と同レベルのインテリジェンスは有していないということですか」

 「何ですかあなた、喧嘩売ってるんですか? 物静かな私でも怒る時は怒りますよ? 」

 「あ゛? 」

 「あ゛ぁ? 」

 

 

 オリジナルとコピー。それも片方は作られた人格を持つ人形。本来なら出会ったところでメンチを切り合うような事態にはならない。だが、とある半裸の影響のせいか強気にして煽り体質となったサイナはエルマを煽り、結果として文字通りのミラーマッチが勃発した。

 

 

 

 

 

 

 

 「痛ひです……。何で出来てるの? 仮にも女の子なんでしょ? そんなに柔らかみの無い身体で良いの? 」

 「浅慮(ふっ):生憎ながら当機のボディーは1部を除いて人間と同じ柔らかさを保っていますので。貴女のアドバンテージは無いに等しいということですね」

 「……落ち着け私。ここで殴りかかっても私が痛い目にあうだけよ……!! 」 

 

 殴り合い、という名の一方的な蹂躙は終わり、一応ふたりは認識のすり合わせを図り始める。

 

 「ふむ、つまり貴女もまた気がついたらこの空間にいた、という認識でよろしいですか? 」

 「ええ、そうよ。というかあなた私のファンじゃないんでしょう? だったらなんでそんな格好してるのよ」

 「……その辺りのことを語ると長くなるのですが」

 「いいわよ、別に。どうせいつ帰れるかも分からないんだから。少しは面白い話が聞きたいわ」

 「了解:では聞かせてあげましょう。当機と契約者の冒険譚を! 」

 

 そしてサイナは語り始める。半裸の鳥頭の契約者(マスター)のこと、幼き少女の見た目をした7つの最強種(ユニークモンスター)のこと、そして()()で行われた互いの存在証明を賭けた歌合戦のことを。

 

 

 そしてそれらを全てを聞き終えたエルマはしばらく閉じていた口を開き、言葉を発する。

 

 

 

 

 

 「…………何と言うかあなた、無茶苦茶やってるわね」

 「否定:無茶苦茶をしているのは当機ではなく契約者です。あくまで当機は契約したからそれに付き合っているだけですので」

 「いや、それにしたって大概でしょう……ほんと、私のコピーだなんて信じられないくらいにはね」

 「疑問:それは一体? 」

 「ああ、私のことを知ってるって言ってもそこまでは知らないのね。そうね、じゃあ今度は私のことを話そうかしら」

 

 そうして今度はエルマ・サキシマが語り始める。サイナの語る冒険譚と比べると盛り上がりに欠ける人生談だが、己の元となっているエルマの話はサイナにとっては無数の物語に優る話であった。

 

 

 

 

 

 「納得:エルマ・サキシマ。貴女の話はとても興味深いものでした。語り聞かせていただき感謝します」

 「あら、素直。リリエルもそれくらい素直だったら良いのに……って伝わらないかしら」

 「リリエル……リリエル型のオリジナルですか。正直、好印象ではありませんね」

 

 どこぞの外道のもとにいる毒々ジャムパン(リリエル=217)を思い浮かべたのか、サイナが苦々しい表情をうかべる。

 

 「ふふっ、その辺は同じなのね。まぁ、あの子は悪い子じゃあなかったわよ? 素直でないだけで」

 「そういうものでしょうか、あれは……? 」

 「そういうものなのよ、人間って。それより私、あなたのマスターについて聞きたいわ! 実際のところ、どう思ってるの? 」

 

 「ど、どうと言われましても……ただの契約関係です。ま、まあ多少感謝はしてますが」

 「えー、本当にー? だってその、オルケストラ? と戦った時に私の曲にアレンジ加えてマスターさんに送る曲にしたんでしょう? アイドルがたった1人に向けて思いを込めた曲を送るなんて余程の思いがないとできないことよ? 」

 「……混乱(えぅあー……):も、勿論嫌いということはなく、慕っているかと言われればそうなのですが……だ、だからといってどうこうというわけでも無くてですね、ええ」

 

 先程までとは別人のようにキラキラした……いや、むしろギラギラした目でサイナを質問攻めにするエルマ。それに目を逸らし、頬をやや染め、だらだらと汗を流しながらも答えるサイナ。そんな2人の姿は長年の友人のようであり、仲の良い姉妹のようであった。そして会話はどんどん広がり、終わることを忘れていく。

 

 「そ、そういうエルマはどうなのですか。慕っている人間などはいないのですか」

 「え、私? 私はだってアイドルだもの。1人を愛することなんて出来ないわ? だからこそ私のコピーだっていうサイナの話が気になるのよー」

 「う、うう……き、救援:契約者、助けてください……」

 

 

 

 だが、奇跡の時間は必ず終わる。本来有り得ない邂逅、有り得ない会話。奇跡であり、記念であるこれは終わらなくてはならないのだから。

 

 

 「……あら? サイナ、あなたちょっと透けてきてない? 」

 「異常:エルマ、貴女も同様に透けていますが」

 「うーん、もうこの空間に居れないってことなのかしらね……ねぇ、サイナ」

 「疑問:何でしょうか」

 

 

 「あなたって多分凄く、すごーく先の未来から来たのよね? 」

 「ええ、そうですね。私の時代では、その、エルマはもう……」

 「ふふ、別に遠慮しなくていいわよ。私のコピーなんてものがある時点でわかってた事だし。でもね、サイナ。私あなたと会えて良かったわ? この出会いが何によってもたらされて、何で起こったのかも分からないけど、こんな素敵な友人が出来たんだもの。最高よ! 」

 

 「わ、当機もです! 当機も、貴女と出会えて、話せて良かったです、エルマ……当機の友人」

 

 

 2人の少女はどちらからともなく笑いだし、そして、奇跡は終わる。光が散り、空間が解ける。だが、笑顔だけは。二度と会えないであろう友人を想って浮かべた笑顔だけは消えることなく彼女たちに残り続けた。

 

 



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蒼き月の下で

ちょっとえっちかもしれない。某氏が読みたいって言ってたから書いたんや! 違ったらごめんね!!


 カタリ、と微かな物音が聞こえ心地の良い微睡みから意識が現実へと引き戻される。隣に寝ているはずの愛しい人を求め伸ばした手はベッドの上を空しく掻く。

 

 「……らくろうくん? 」

 

 時計を見れば午前3時。早く目覚めたというにはやや早すぎる時間だ。トイレにでも行ったのだろうか。そう思い、数分ほど彼の匂いの残る布団にくるまりながら帰還を待つ。

 

 「……帰って、きませんね」

 

 少し不安になってくる。結婚してからは楽郎は深夜に1人でゲームをするようなことはなくなった。平日は仕事に備え早く寝ているし、休日は一緒に夜更かししている。だからこそ、この状況は玲にとっては容易に不安を感じうるものであった。

 

 「楽郎くん……? どこですかー……? 」

 

 寝室……いない。トイレ……いない。風呂場……いない。外に出ていったのかと思い、玄関に向かうも靴が無くなっている様子もない。

 

 「あと探していない場所……あ、もしかして」

 

 玲が向かう先は2階。寝室の対面の部屋。特に使い道が思いつかなかったため、ゲーム関連の倉庫と化しているが……ここには広い窓とベランダがある。眠れなくて夜風でも浴びようとしているのかもしれない。そう思い、微かに笑みを浮かべながら扉を開いた玲は言葉を失う。

 

 確かに楽郎はそこにいた。広い窓を埋め尽くすほどの満月が楽郎を照らしている。残酷なまでに美しく、鋭利で青白い月の光を見る楽郎の顔は、決して玲が見ることはない鋭さに彩られている。まるで月の狂気をその瞳に宿すがごとく。

 

 「楽郎、くん……? 」

 

 声をかけてはいけないと思った。声をかけるべきだと思った。相反する感情が玲の中で沸き起こり、しかし彼女は声をかけることを選んだ。

 

 そして、殺戮者の目が玲を貫く。人を見る目ではない。獲物を見る目。どのように仕留め、どのようにバラし、どのように終わらせるか。それだけを考えているかのような暗く底冷えた鋭い眼差し。そんな視線を浴びた玲は少しばかりの硬直を得、そして喜びに身体を震わせた。

 

 なぜならそれは今までに見た事のない楽郎の姿だったから。愛しい人のままでは見ることの出来ない姿だったから。故にこそ玲は歓喜した。知り尽くしていると思っていた相手の新たな一面。自分以外の誰かに向けられていたであろうそれを今は自分だけが独占している。そんな独占欲ともなんとも言えぬ感情が玲の心を震わせる。

 

 1歩、また1歩。楽郎が徐々に徐々に、距離を詰める。その歩みはまるで餌を確信した肉食獣のようであり、怯える獣のようでもある。そして、玲もまた距離を詰め始める。ひたり、ひたり。音すらも消え果てさせるような月光の中、2人の足音だけが響きあい、絡み合い、溶け合っていく。

 

 「……ああ、玲さん。今夜の君はとても魅力的だね」

 

 ゼロ距離でそう囁く楽郎。それはそこだけを見れば愛しき妻へと捧げる甘い睦言のようである。しかし、ケモノは違う。孤島の女神は、殺戮の幼女は、殺す相手にこそ魅力を感じるのだ。

 

 

 きらり、きらりと光が瞬く。それはあるいは鋭く尖った犬歯の光。それはあるいは首筋より流れ落ちる闇よりもなお紅い鮮血の光。

 

 

 痛みは麻薬となって心を溶かす。血は記憶を呼び起こし、こころを揺るがす。

 

 

 甘く、激しく、愛しく、強く、溶かして、啜って、交わり、溢れて……!!!

 

 

 

 やがて月は沈み陽は昇る。青白い光は暖かな光へ。獣は人へ。

 

 「ふふ……楽郎くん、愛していますよ」

 「ああ……玲さん、俺も愛しているよ」

 

 血液と体液が混じり合い、複雑な模様を描く床の上でふたりは笑い合い愛を誓い合う。

 

 「……玲さん、やっといてなんだけど首大丈夫? 」

 「大丈夫ですよ、そんな大した傷じゃないですし」

 

 柔らかく笑い、首筋を抑える玲。そこから流れ落ち、垂れた1滴に微かに残った蒼き月の光が反射して、きらきら、きらきら煌めいていた。



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紫煙くゆらせ、冬溶けて

シガーキス×楽玲=なぜこうなった
⚠喫煙描写有り


 するり、するり。

 

 立ち昇る紫煙が、ゆらゆら揺らいで消えていく。

 

 彼にとって、紫煙を通して見る世界はいつだって、鉄と錆に彩られている。

 

 

 

 

 

 開け放っていた窓から漂ってくる特有の匂いに気づき、玲は読んでいた本から顔を上げる。独特な葉巻の香り。彼……楽郎が煙草を吸っているのだと気づく。

 

 楽郎は普段煙草を吸うことは無い。本人がそこまで好まないと笑いながら零していたし、何より2人とも長く添い遂げるために健康に気を使っているからだ。

 

 そんな彼が煙草を吸う時。それは決まって彼の気分に何らかの振れがあった時である。あるいはゲームの大会で優勝した日の夜。あるいは鬱屈とした気分に襲われる日の昼下がり。彼はそういった時に煙草を吸う。さながら気持ちを落ち着けるルーティーンであるかのように。

 

 玲は煙草を吸っている時の楽郎には近づかない。愛する人のものとはいえ煙をあまり吸い込みたくはないし、楽郎自身がそういう時の自分を見られたくないと思っている素振りを見せるからだ。

 

 だが、その日は何故か足が動き彼のもとを目指した。徐々に強まる匂いを追いかけ、彼の居るベランダへとたどり着く。

 

 果たして彼はそこに居た。紫煙をくゆらせ、椅子に深く腰掛け、揺らぐ煙の向こうにある何かを見ていた。

 

 楽郎の目は冬のようだった。世界が凍りつく前の実りへと思い馳せる。触れるもの皆傷つける鋭利さと、溶けることの無い郷愁を宿す目。

 

 声をかけるべきか否か。そんな逡巡が玲の動きを縫い止める。この時間を壊してしまえば、この時間が壊れてしまえば、楽郎すらも壊れてしまう。そんな危うさがそこにはあった。

 

 

 そんな玲の葛藤を見抜いたか、はたまた人の気配に気づいたのか。楽郎がゆるりと振り向き、玲を瞳で射抜く。

 

 「───珍しいね、玲さん」

 

 ふにゃりとほどける楽郎の目。玲はそこに春を見た。雪が溶け、水へと変わり流れるように。絡みついていた重く苦しい思い出が解けていく様を幻視した。

 

 そして同時に気づく。楽郎にとって煙草を吸うという行為は、本能的な救いを求める行為であるということに。聖職者が十字を切るように、仏僧が経を唱えるように。彼は煙草を吸って死者を慈しみ、祈り、そして己の無聊を慰める。

 

 それは玲の知らない彼の世界より続く癖であり、呪いであるのだ。二度と戻ることは出来ない世界の、二度と味わうことの出来ない救いを求めて彼は今日も紫煙をくゆらせている。

 

 故に、

 

 「楽郎くん───私も1本、いいですか? 」

 

 玲は、独占欲が強い方である。外では仮面を被っているが、楽郎が知らない女性と喋っていると露骨に不機嫌になる。そんな彼女が、楽郎が自分ではなく過去の想い出に癒しを、救いを求めていると知ればどのような行動をとるか?

 

 

 きょとんとする楽郎の胸ポケットから葉巻を抜き取り、未だチロチロと楽郎の咥えている葉巻の先を舐める火へと己の咥えた葉巻を押し付ける。

 

 

 玲が取ったのは上書き。楽郎を癒すのは、楽郎を救うのは過去の亡霊ではない。今、横にいる私なのだというマウントにも似た宣戦布告。

 

 「え、えっと……玲さん? 」

 「楽郎くん」

 「ハイナンデショカ」

 

 「わたしは楽郎くんが昔どんなだったかは知りません。無理に聞き出す気もありません。でも、今隣にいるのは私です」

 

 煙とともに言葉を吐き出し、そしてさらに告げる。

 

 

 「──もっと、私に頼ってください」

 

 

 

 冬は、春が来ることを前提とした堅忍の季節。いつまでも来ない春を待ち続ければ、いずれ全ては緩やかな終わりを迎えてしまう。

 

 

 「……なぁ、玲さん」

 

 

 雪は溶けた。

 

 

 「はい、何ですか? 」

 

 

 春風は吹いた。

 

 

 「……俺、煙草は止めることにするよ」

 

 

 冬が終われば、

 

 

 

 「俺には玲さんがいるもんな」

 

 

 

 

 新しい芽吹きの季節が待っている。

 

 

 

 

 

 

 するり、するり。しゅるり、しゅるり。

 

 立ち昇る二筋の紫煙が、ゆらゆら揺らいで溶け合っていく。

 

 彼にとって、紫煙を通して見る世界はいつだって、鉄と錆に彩られていた。




尚その後。

 「げほっ、げほっ!! 」
 「ちょ、玲さん!? ああもう……慣れてないのにそんなに勢いよく吸うから……」
 「うう……」

 (……は、恥ずかしい、です……!! )

 


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太陽に最も近い少女

楽羽さん、今日誕生日じゃないですか。これ実質瑠美ちゃんのお話なんですよ。びっくりだね


 私は私の姉があまり好きではない。別に仲が悪いとか言う訳ではなく、気が合わない、趣味が合わないという訳でもない。服のセンスは完全に死にきっているが、それを除けば別に悪い姉では無いと思う。

 

 ではなぜ好きでは無いのか。答えは簡単、私の姉が()()だからだ。

 

 ……

 

 

 …………

 

 

 ………………

 

 

 「ほらほら、美香ちゃん。急がないと次の授業遅れちゃうよー」

 「あ、待ってよ瑠美ちゃん! 」

 

 高校生活にも慣れてきたある日の休み時間、私と友人は3年生の教室がある階の廊下を小走りで駆けていた。ひとえに担任が多少面倒な作業を押し付けてきたからなんだけど……それを言ってもしょうがないと急いでいるわけだ。

 

 「うーん、これホントに間に合うのかなぁ……」

 「間に合わなくても急いだっていう事実があれば何とかなるんだよ美香ちゃん」

 「瑠美ちゃん、時々黒いこと言うよね……あ」

 「あ……? …………ああ」

 

 廊下の奥から歩いてきたのは3年生の集団。その中央付近にいる制服のスカートにジャージとかいう激ヤバまじありえないファッションの女。私の姉、陽務楽羽である。

 

 向こうも私に気づいたようだが何も言わずにそのまま歩いていく。私も当然何も言わない。私が、姉と同じ高校に入ることが決まった時、学校では緊急時の時以外は話しかけないでと突っぱねたからだ。

 

 「ね、ねぇねぇ瑠美ちゃん。あの真ん中の方にいた女の先輩って瑠美ちゃんのお姉さん、だよね? 」

 

 またか。最初に湧き出てきたのはそれだった。

 

 

 ついでどんどん湧き上がってくる暗い気持ちの数々。

 

 げんなりする。嫌になる。不快になる。

 

 そんな感情が顔に出てたのか、はたまた無意識的に感じとったのか。美香ちゃんはそれ以上何か言うことはなく、私を急かしながら教室へと走っていった。

 

 

 小走りで彼女の後を追いかけながら、頭の中では姉のことを考える。

 

 私が姉を好きでいられなくなったのはお姉ちゃんが中3の時、私が中1の時だ。入学してから半年ほどが過ぎた時、私は自分で言うのもなんだがクラスの人気者であった。友達は多く、常に誰かと一緒にいて、遊び相手には困らない。そんな充実した学生生活だった。

 

 それが壊れたのはもう少し先のこと、恵の季節が終わり、冷たく閉ざされた季節が始まる。そんな頃の事だった。

 

 

 お姉ちゃんがなにか特別なことをしたという訳では無い。お姉ちゃんは変わらずお姉ちゃんのままだった。ものぐさで、ゲーム廃人で、髪の手入れもろくにしない。でも、何故か人を惹きつける。本人が望めば多くの人間がついて来るだろう。でもお姉ちゃんはそれをしない。そして、だからこそ人がついてくる。

 

 そんなお姉ちゃんが学校行事か何かで私のクラスの人達の前に現れた。

 

 

 その後に待っていたのは、

 

 

 

 

 ───地獄だった。

 

 

 私の周りにいた人たちは、私と仲良くしていたはずの人たちは、私と遊んでくれていた人たちは。

 

 

 

 みんな、みーんな、お姉ちゃんの虜になった。

 

 「瑠美ちゃんのお姉さんってステキな人だね! 」

 「私もっと会ってみたい……ねぇ、瑠美ちゃん。今度お家に遊びに行っていい? 」

 「なあ、陽務。お前の姉さん紹介してくれよ! 」

 「いいなぁ、あんな素敵なお姉さんがいるなんて。瑠美ちゃんは幸せだね」

 

 

 

 

 瑠美ちゃんのお姉さん、

 瑠美ちゃんの姉さん、

  瑠美ちゃんの姉、

   陽務さん、

    楽羽さん楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽楽羽───!!!!

 

 私を見ていてくれたはずの人は! 私を好きでいてくれたはずの人は!! 私の友達だったはずの人は!!!

 

 全部もっていかれた。あの日、あの時に。

 

 

 姉は悪くない。クラスメイトも悪くない。誰も、誰も悪くない。

 

 でも私は姉のことをもう好きにはなれない。嫌いだとは思いたくない。私だって姉に惹かれている。だけど、無理なのだ。彼女は太陽。否応なしに全てを惹き付ける絶対のカリスマ。

 

 そんな彼女に1番近い私は───

 

 

 

 

 

 

 

 ─────全てを灼かれる(妬く)しかないのだから。



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Surprise!

 その日、天音永遠は酷く機嫌が悪かった。6月13日は天音永遠の誕生日。とはいえ、20代も半ばに差し掛かってくれば誕生日もそこまでレアリティの高い行事ではなくなってくる。それに永遠はどちらかと言うと人の誕生日をサプライズで祝う方が好きであった。

 

 故に、永遠の機嫌が悪いのは誕生日に仕事がガッツリ重なった上に長引いたから───では無い。

 

 今年の誕生日が今までのそれとは別物……陽務楽郎と結婚してから初の誕生日であったが故にである。つまりある意味では誕生日に仕事が長引いてイラついているとも言える。こうなったらもう、せめて夫にとことんまで愚痴り倒しながらいちゃつこう……などと疲れきった脳内で考えながら、永遠はマイホームの玄関を開いた。

 

 「ほらー! らーくろーうくーん!! 最高可愛いカリスマお嫁さんのお帰りだよーー!! 」

 

 最高可愛いカリスマお嫁さん、ご乱心である。普段であればここまではっちゃけることは(後々煽られることを考えて)控えているのだが、ストレスやらなんやらが溜まっている今の永遠はある意味無敵である。甘え倒すことに関して、何の躊躇も抱きはしない。楽郎もこれには何らかの反応を返すはず。そんな思惑とは裏腹に、

 

 「……んー? 楽郎くん? 居ないの? お風呂入ってる? 」

 

 家の中からは何の返事も帰っては来ない。見る限り廊下には明かりがついていなく人の気配もない。じんわりと心の深いところから湧き上がってくるもやもやと苛立ちに身を任せ、永遠は強めの足音を立てながら廊下を進む。

 

 「ちょっとー! 楽郎くん!? 今日が何の日か忘れたとは言わせないよー!? 」

 

 だが、それでも返事はない。風呂場を確認してみても人のいた痕跡は見当たらない。永遠の心に徐々に不安が芽生えてきた。彼に限って有り得ないだろうが浮気でもしてるのではないか、あるいは自分の誕生日など忘れてどこかへ遊びに行ってしまったか。はたまた、いつまでも帰ってこない自分に嫌気がさしてもう寝てしまったのか。そんな悲しい想像が頭をよぎっては消えていく。

 

 「……ねぇー、らくろうくーん……ホントに居ないのー……? 遅くなったのは謝るからさぁー……」

 

 いつしか呼びかける声からも力が失われていく。それでも、ひょっとしたら、ひょっとしたらこれはサプライズ好きの自分のために用意された演出で。楽郎や友人達が未だ捜索していないリビングで待っていてくれているのではないか。そんな淡い期待を残し、リビングへと続くドアを開ける。

 

 

 

 深い闇、人の気配のしない冷えきった部屋、少しの音すらも飲み込むような、底冷えするような空間がそこには広がっていた。

 

 ぷつりと何かが永遠の中で切れた。それは心を繋いでいた最後の砦であり、吐き出すまいと抑えていた感情の防波堤の最後のひとつであった。

 

 永遠の化粧が崩れる。どんな時も完璧であるはずのカリスマモデルの完璧が崩れる。その一瞬前、

 

 「ハッピーバースデー、永遠!!」

 「ハッピーバースデー、永遠さん!!」

 「ハッピーバースデー、鉛筆!!」

 

 重なる声と共に響き渡るクラッカーの音。音が重なり、闇が掻き消え、光が空間を満たした。

 

 「…………へ? 」

 

 ぽかんと呆気に取られる永遠。それもそのはず。そこに居たのは探し求めていた自分の夫だけではなかった。自分と夫の悪友、素直な後輩、恋敵、他にも電脳の世界(シャンフロ)で縁を紡いだ友人達が勢揃いしていたのだ。

 

 「どうだ、驚いたか? 永遠」

 「楽……郎くん」

 

 声を掛けられ目を向ければ、最愛の人が笑って立っている。

 

 「やー、お前が遅くなるって連絡が来たからさ。瑠美とか紅音とかの学生組は帰っていいって言ったんだが、絶対に祝うって聞かなくてな……まあ、でもその顔を見るに成功か? 」

 

 言っていたことの半分以上は頭に入らなかった。私の誕生日は忘れられていなかった。その事への嬉しさと、少しでも夫を疑ってしまった自分への罪悪感、そして未だ多少残る夫への不満が全て零れ落ちる。

 

 「ぅえっ!? ちょ、永遠!? え、だ、大丈夫か? 」

 「やーい、楽郎が鉛筆泣かしたー。女泣かしー」

 「ええい、黙ってろ女たらし魚類め!! 」

 

 「と、永遠さん? 大丈夫ですか? 」

 「……ん、これで拭くといい」

 

 その場にいる全員が心配して駆け寄ってくる。1部野次を飛ばしている奴もいるが、何だかんだで不安げな表情で永遠の様子を伺っている。その温かさがますますもって永遠の心を溶かし、流れ出させる。

 

 「あー……永遠」

 「……ぐずっ、なに、らくろうくん」

 「その、何だ。不安にさせて悪かったな。ちゃんとプレゼントも用意してあるし料理もあるぞ。ケーキだってある。だから、な? 泣き止んでくれないか……? 」

 

 そのあまりにも必死な様子と少しズレた心配がおかしくて、永遠はようやく笑顔を見せる。普段の完璧な笑顔ではないが、心の底から出た柔らかな笑顔を。

 

 「全く……楽郎くんはしょうがないなぁ……」

 

 もうこうなったら仕方がない。とことんまで彼の用意したパーティーを楽しんでやろうという気分に頭を切り替える。

 

 「いいかい、楽郎くん! この借りは大きいよ? 分かったら私を存分に楽しませなさーい!!! 」

 

 そう言って楽郎に飛びつく永遠。そして、一行は飲めや騒げやの大宴会を繰り広げるのであった。めでたしめでたし。

 



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茜色の時間

長かった、長かったよ……


 

 それは一通のメッセージから始まった。紅音ちゃんが旅狼のグループへと送ったあるお誘いのメッセージ。そう、それ即ち……

 

 『皆さん! 一緒に海に行きませんか!? 』

 

 

 ───オフ会イベントの始まりである。

 

 

 

 

 『いやー、流石紅音ちゃん。行動が意外性の塊だねぇ』

 『言ってる場合じゃないでしょ、永遠……どうすんの、これ』

 『いやいや、私は断然乗り気だよ? 楽羽ちゃんこそ行きたくないの? 』

 

 「……んむむむむむ」

 

 私は紅音ちゃんから来たメッセージを見た瞬間、永遠に連絡をとっていた。理由は分からない。が、何となく断れる理由を探すためな気もする。紅音ちゃんのお誘いを断るのは気が引けるが、私は純然たるゲーマーであり、オフ会はあまり気が進まない。それは例え半分以上がリアルバレしている旅狼であってもだし、場所が海というのもいただけない。

 

 分かっていただけるだろうか。ルストはともかく、永遠は胸はそこまでとはいえアレだし、紅音ちゃんも意外とスタイルが良い。京極は知らんけど、玲ちゃんとかマジやばい。そんな3人の前で水着姿を晒せるほど、私は自分が良い体つきをしているとは思っていない。いくら恋愛事には興味が無いとはいえ、私も女子の端くれ。その辺を気にする程度の感覚は残っている。

 

 とはいえこんなこと永遠に言ったら煽られまくるに決まってるし……

 

 『あ、茜ちゃーん! お姉さんは超乗り気だぜ! 』

 

 げっ……

 

 『他のみんなは? カッツォくんとかどう? 』

 『別に問題ないよ? 予定はある程度合わせてもらうことにはなるけど』

 『よしよし、流石カッツォくん! 話が分かるね!! 』

 『ペンシルゴンが乗り気の時は面白い時かヤバい時の2択だけど今はそんなヤバくなさそうだからね』

 『ようし、カッツォくんにはお姉さんが特別に水着をプロデュースしてあげよう! 女物ね!! 』

 

 まずい、これはまずい。着実に外堀が埋められてきている気がする。

 

 『ルストちゃんとかどう? 』

 『……大丈夫。夏休みはネフホロ以外の予定は無い』

 『たまには外出た方が良いよ、ルスト……あ、僕も着いてくよ。ルスト1人だと心配だからね』

 『はい、2名様ご案内! いやー、良かったね茜ちゃん! どんどん仲間が増えてくよ! 』

 『はいっ! 皆さんありがとうございます! 』

 

 どうしようかな……もう、逃げてしまおうか。……にげられるのかなぁ。

 

 『玲ちゃんとか京極ちゃんとかは? 行けそう? 』

 『そ、その非常に申し訳ないのですが……』

 『夏休みには実家に……っていうか本家に集まらないといけないんだよねー』

 『そ、そうなんです。非常に口惜しいのですが……口惜しいのですが! 』

 『お、おお……まあ、そういうことなら仕方ないね。後で写真とか送ってあげるよ』

 

 ここだ! この流れならイける! 大事なのは流れに逆らわないこと。流れに身を任せ、一体感を忘れずに。さながら工場で働くおばちゃんのように……!

 

 『あ、わた』

 『サンラクさんはどうですか!? 来れますか!? 』

 『あっ、えっとねぇ……』

 

 んあああああ、言えんわ!! こんなにも文字情報からキラメキが伝わってきたのは初めてだよちくしょうめ!

 

 この流れでごっめ〜ん! 私行けなぁーい! とか言えるやついるの!?

 

 『ああ、ごめんね茜ちゃん。言ってなかったけどサンラクちゃんは来られないんだよー』

 『えっ、さ、サンラクさん……こられないんですか? 』

 『えっ、何言ってんのペンシルゴン!? 大丈夫だよ、私行けるから! 』

 『そっ、そうですよね! やったぁ!! 』

 

 ……

 

 …………

 

 ………………あ、永遠から。

 

 『おやおやぁ? 楽羽ちゃん、行きたくないんじゃなかったのかい? んん? 』

 

 うっぜぇー……

 

 『別に行きたくないなんてひっとことも言ってませんけどぉー??? どうしたの? 幻覚でも見えてた? 年かな? 』

 『次言ったら潰すからね』

 『アッ、ハイ』

 

 

 ……うん、よし! 悩んでてもしょうがねぇ! 割り切って楽しもうか!!

 

 

 

 

 

 《前日》

 

 朝っぱらから家のチャイムが鳴りまくっている。ええい、しつこい奴め。他の誰か出てよ……と思ったが皆仕事やら趣味やらのために外出中。むぐぐぐぐ……

 

 「……ぁい、どちらさま……って永遠か。なにしにきたの……」

 「うわぁ……え、ひどっ……うわ、楽羽ちゃん……えぇ……」

 「んだこいつ、朝っぱらから他人の家来たかと思えば引き散らかしてやがる」

 「楽羽ちゃん楽羽ちゃん本音出ちゃってるから」

 

 おっといけない。

 

 「んで? ほんとに何しに来たの? 」 

 「いやね? 嫌な予感がしたから来てみたんだけど……的中したなぁ、これ」

 「あ? 」

 「楽羽ちゃん、明日行く場所は? 」

 「海でしょ? 」

 「当然水着は用意してあるよね? 」

 

 ああ、なんだ。私が水着の準備を忘れてるんじゃないかとか思ってたのか。杞憂だよ杞憂。そんな初歩的なこと忘れるはずがなかろーて。

 

 「あったりまえじゃん。永遠、いくらなんでも私を舐めすぎだよ」

 「ほうほう、で? その準備した水着ってどんなの? 」

 

 どんなのかって? そんなの決まってるじゃないか。

 

 「ちょっと待ってて」

 

 (タタタタタッ)(ゴソゴソ)(タタタタタッ)(スッ)

 

 「どやぁ……」

 「うわぁ……」

 

 おいこら、何度その反応は。水着と言ったらこれでしょ。由緒正しき1品ですよ。

 

 「楽羽ちゃん、外出の準備して」

 「え? 」

 「Hurry up!! 」

 「い、いえっさー! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いや、マジで! 有り得ないから! 何スクール水着って!! ナメてんの!? それとも特殊な需要でも狙ってんの、このゲーム脳は!? 」

 「そ、そこまで言うこたぁないんじゃ……」

 「あるんだよ、バカもんが!! 」

 「ひえっ……」

 

 ガチギレしてる永遠に連れられ、やって来ました水着ショップ。何だよ、スクール水着の何がいけないんだよ。いまだ学校で使うことがあるんだぞ。

 

 「いやー、ほんと良かったよ見に来といて。楽羽ちゃんは私に感謝して欲しいね」

 「ぶー……別に水着なんて大体でいいでしょ」

 「ダメだ、この子頭が完全にクソゲーに侵食されてる……」

 

 「ああ、もう! とりあえず楽羽ちゃんは長い買い物嫌いだろうから事前に似合いそうなのを選んでおきました! さぁ、着替えてこい! 」

 「うわっ……とっと、乱暴だな」

 

 とりあえず永遠に渡された水着を見てみる。何だろう、一言で表すならお腹の部分を切り取ったワンピース、だろうか。色も黒をメインにしたシンプルな感じだし、これならまぁ着てもいいか。……うーん、別にこれならスクール水着でもいいと思うんだけどなぁ。

 

 「ほら、着てみたよ」

 「んー、どれどれー? ……おお、やっぱ似合ってるね! いやー、良かった。ホントーに確認しに来て良かった」

 「そこまで言うほどかー? 」

 「そこまで言うほどなんだよ、楽羽ちゃん……まあ、これに後はラッシュガードでも羽織らせとけば大丈夫かな」

 

 

 けっきょくこの後色んなところ回ったりして時間は潰された。ちくせう。

 

 

 

 

 

 《当日》

 

 現地集合は方向音痴には辛い。古いことわざの一つである。別に私は方向音痴では無いけれども。

 

 「あっ、おはようございます! 楽羽さん!! 」

 「おー、おはよう紅音ちゃん。今日も朝から元気だねぇ」

 「はいっ、今日が楽しみすぎて早起きしちゃいました! 」

 

 おーう、しっぽが、見えないしっぽが見える。可愛いなぁー、撫でちゃろ。うりうり。

 

 「えへへぇ……」

 

 ふふふ、愛いやつめ。そんなに撫でられたいのか? んん?

 

 「……紅音、私たちと会った時とは随分反応が違う」

 「ちょ、こら! 夏蓮、ステイ! そっとしといてあげようよ! 」

 

 「……すみません」

 「……いたんだ、2人」

 

 全然気づかなかった、すまねぇ。

 

 

 

 「皆ごめんねー! ちょっと遅れちゃった……あれ、どしたの? 何か変な空気じゃん? 」

 「そうなんだよ、俺もさっき来たんだけど……何かあったの? 」

 「……ナンデモナイデス」

 

 気にするな、2人とも。

 

 

 

 

 

 

 

 「さて皆、お着替えの時間だよ! 」

 

 やたらとテンションが高い永遠に連れられ更衣室へとぞろぞろ入る私たち一行。なんとここの更衣室は完全個室制なんだとか。うーむ、実に進歩を感じる。最後に海で水着で遊んだのなんかいつだったっけなぁ……

 

 なお、海自体にはもっと行っている。魚釣りとか、魚釣りとか、魚に釣られたりとか。

 

 などと益体のないことを考えながらも着替え終了。これは出てっていいのか?

 

 「皆着替え終わったねー? では集合! 」

 

 ガチャガチャと扉が開き、よく見なれたメンバーが、見慣れない姿で登場する。

 

 まずは永遠。私の水着と同じくあまり露出が少ないタイプだけど、より体のラインが分かるワンピースタイプと言えば伝わるだろうか。白く形の良い肩や脚が凄い。こういうのを見ると流石モデルと思ってしまう。不覚である。

 

 次に夏蓮。これはフリルのついたビキニ、でいいのだろうか。やや明るめの紫は普段の夏蓮っぽいけれど、水着のせいか妙に可愛らしく見える。

 

 

 そして、最後は紅音ちゃんなんだけど……

 

 「な、何ですか……いくら何でもそんなに見られると恥ずかしいんですが……」

 

 「……いやー、凄いね。予想以上だわー……」

 「……紅音、せくしー」

 

 紅音ちゃんが着ているのはシンプルなリボンの着いたビキニ。白を基調としてリボン部分や上半身の部分に青が入ってるそれは、紅音ちゃんのスポーティなイメージによく似合う可愛らしいものなんだけど。

 

 「めっっっちゃ可愛い! そしてえっち!! 」

 「楽羽さん!? ……うう、おかしいですかね? 」

 「そんなことないよ! 凄く可愛い! 似合ってる! 自信もって! 」

 

 ああ、語彙力がない。えーっと、えーっと、あー、うー……

 

 何とか紅音ちゃんの可愛さを言い表そうと唸っていた私を見て紅音ちゃんが微笑む。

 

 「ふふっ、ありがとうございますっ! 楽羽さんも凄くよくお似合いです!! 」

 「そ、そう……かなぁ? 自分じゃよくわかんないんだけど……」

 「似合ってますよ! 可愛いし、かっこいいし、えっとえっと後は……」

 

 うんうん唸ってる紅音ちゃん。可愛い。というか、さっきの私こんなだったのかな。

 

 「ほらほら、ご両人ー? 仲が良いのは大変よろしいけどカッツォくん達待たせてるからねー? 」

 「……イチャつくのは後にして」

 

 「イチャっ……!? も、もう夏蓮さん、からかわないでくださいっ! 」

 「イチャついてないからー……カッツォは別に待たせても問題ないでしょ。きっとパラソルとか立ててくれてるよ、うん」

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、やっと来た。あまりに来ないから先にパラソル立てたりシート引いたりしちゃったよ」

 

 まさか本当にやってるとは思わんかった。これが紳士力……? ハッ……笑える。

 

 「おー、お疲れカッツォくん。大儀であった。褒めて遣わすよ」

 「うーん、圧倒的上から目線。感謝が足りてないんじゃない? 」

 「ハイハイ、ありがとごじゃっしゃっしゃー」

 「夜のコンビニ店員じゃん……」

 

 コントしてる外道組を尻目に紅音ちゃんが拳を突き上げて号令を放つ。

 

 「それじゃあ皆さん! 今日はいっぱい遊びましょう!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「〜〜〜っ……ふぁー……」

 

 時は流れて、現在夕方。私たちは今帰りの電車に揺られている。今起きてるのは私と紅音ちゃんだけ。他は寄り添って寝ていたり、邪魔し合いながら寝ていたりと様々である。

 

 いや、今日はとにかく遊びまくった。簡単に振り返ると……

 

 

 ・水のかけあいっこ

 

 シンプルにして定番。しかして王道。だけれどもかけ合う水の中に砂を混ぜるのは、雪合戦で石入りの球を投げるのと同罪だと思いました。最終的に水より砂を投げた回数の方が多かった気がするなぁ……

 

 

 ・スイカ割り

 

 モルドの指示が的確過ぎてゲームバランスが崩壊してた。特に勝敗を競ってたわけじゃないけど、夏蓮がやると百発百中でした。スイカ割りがクソゲー化することとか有り得なくない? って言ったら、クソゲーの神様にでも憑かれてるんじゃない? って返された。おのれ、カッツォ。

 

 ・砂遊び

 

 ただの砂遊びと侮るなかれ。大人が本気でやる砂遊びはもはや芸術であった……違う意味で。芸術方面に強い人間が居ないことが唯一にして最大の敗因だった。違うんだよ、私たちが作りたかったのは砂のお城であって、ティラノサウルスじゃないんだよ。キッズどもに大人気でした、まる。

 

 ・浮き輪

 

 浮き輪と言っても1人用のやつじゃなくて複数人乗れるやつ。2人ずつにわかれて、私は紅音ちゃんとお喋りしてました。1番穏やかな時間だったね。やたらと紅音ちゃんのスキンシップが激しかったので地味にドキドキしたのは秘密。

 

 ・お昼ご飯

 

 まさか紅音ちゃんとカッツォ、そしてモルドが弁当を作ってきてくれていたとは誰が予想出来ただろうか……現地で買えばいいでしょ! って思っていた女子達はいっせいに視線を逸らした。嗚呼、女子力とは……

 

 ・花火

 

 永遠がテンションが高かった理由の半分近くがここにあった気がする。花火禁止じゃないとはいえそんな大量に持ってくるバカがどこにいるんだよってくらい持ってきてた。線香花火を眺めてる紅音ちゃんは、とっても絵になる美しさだったと言うことは是非後世に残したいです。

 

 

 「楽羽さん」

 

 「ひょわっ! あっ、はい、なんでしょか」

 「ふふっ、何で敬語なんですか? 」

 「いきなりだったからね。ちょっと驚いて……それでどしたの? 」

 「はい、その……」

 

 ? どうしたんだろうか、やけに言いにくそうにしてるけど。

 

 「きょ、今日は楽しかったですか!? 」

 

 ぽかーん。

 

 「あ、いや、えっとですね。その、楽羽さんに関しては無理やり誘っちゃったみたいな感じになっちゃって……だから、嫌じゃなかったかなー、とか楽しんでくれたかなー、とか色々考えちゃって……すみません」

 

 ……そっかぁ、気にしちゃってたかぁ。

 

 「んっとね、紅音ちゃん」

 「っ、はい! 」

 「結論から言おうか。超楽しかったよ」

 「ほっ、ホントですかっ!? 」

 「マジマジ。いや、リアル遊びでこんな楽しいのは久しぶりってくらいには凄く楽しかったです。うん」 

 「そっか、そっかぁ……良かったぁ……」

 

 ん、良かったのはこっちだよ。力が抜けたのかこちらへと寄っかかってくる紅音ちゃん。紅音ちゃんの香りと潮の香りがふんわりと私を包み込む。

 

 「楽羽さん」

 「ん、なーに? 」

 

 「私、ホントは楽羽さんと二人で来たかったんです」

 「……んぇ? 」

 

 「でも誘う勇気が出なくて、だから皆さんを誘ったんです」

 「お、おう……そーなのかぁ」

 

 「でも、私今日すっごく楽しかったです。皆さんを誘って良かった……」

 「う、うん。それなら良かったんじゃないかな。うん」

 

 

 「……だから、次は……私と、ふた……り……で……すぅ」

 「っ……あ、あれ? 」

 

 するり、と体に手が回され思わずびくりとする。……したのに! 紅音ちゃーん!?!?!? ここで!? ここで寝落ち!? き、気になる。起こして色々聞きたい。

 

 ……でもなぁ、お弁当朝早起きして作ったって言ってたし。寝かせてあげようかな。そうしようか。

 

 「……おやすみ、紅音ちゃん。……ありがとう」

 

 戯れに頭を撫でながら呟く。私も寝よう。隣からダイレクトに伝わってくる暖かさを感じながら、私も眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 ???

 

 夕陽が差し込む電車の中は朱色に染まっていく。

 

 

 電車が奏でる一定のリズムはまるで私の心臓の鼓動のようで。

 

 朱に染まる電車の中は私の顔か、心のようで。

 

 

 

 昼と夜の境の時間。一日のうちでわずかな時間。

 

 

 だからどうか、今だけは。

 

 

 貴女の傍に寄り添わせてください。

 

 

 

 

 

 ……寝たフリしちゃっても、許されますよね?

 





大変だったよ。


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聖女の微睡

1話の聖女ちゃん二次の前日譚みたいなやつ。


 むかしむかし、という程には昔ではありませんが。あるところに1人の女の子がいました。

 

 女の子は精神(こころ)は普通の女の子。けれど、容れ物(からだ)は普通ではありませんでした。

 

 本来あるべきもの(封臓)が女の子には無かったのです。

 

 この世界(シャングリラ・フロンティア)で封臓が無いということは己の思うままに世界が変わるということ。

 

 おとぎ話みたいな夢のチカラ? 寝物語みたいな運命?

 

 

 それでしたらどれほど良かったことでしょうか。

 

 

 ただ言えるのは、彼女にとっては夢とは見たくもないものであり、運命とは常に自分を縛り付けるものであった、ということだけなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 夢を見るのは嫌いだ。目が覚めた時に世界が眠る前と同じとは限らないから。だから、薬でも魔法でも何でも使って深い眠りに落ちる。決して、夢なんて見ないように。

 

 人と過度に関わるのは嫌いだ。深く知ってしまって、その人のことを嫌ってしまったら、私は何をしてしまうか分からない。何でもできる力なんてモノは実際にあったら何も出来ない。出来すぎてしまうから。

 

 

 でも、孤独になるのはもっと嫌いだ。孤独になってしまえば、全てが終わってしまうから。けれど、永遠に在り続けよと決められた兎に出会い、縁を持たず世界を拓く人達に出会い、私の孤独は無くなっていった。

 

 

 今日も昨日と変わらない日が始まる。聖女なんて言っても実質的な待遇は軟禁と変わらない。私の仕事は人寄せ。教会の象徴としてそこにいる事が求められる。そこに居ることだけが。私に付き従ってくれているジョゼット達には悪いとは思う。代わり映えない日々を送るなんて、開拓者にとっては拷問にも等しいのではないか。けれど、それを聞く勇気は無い。二度と愛を失いたくないから、孤独になりたくないから。

 

 

 そんな日々の中で夢想するのは、有り得ざる世界のお話。私を縛る檻はなくて、私にもみんなと同じように封臓があって、聖女としての力も運命も持たないで、普通の女の子として過ごし、育ち、そして恋をする。そんな普通のお話を夢に見ないように夢に見る。

 

 

 何ともままならないものである。自分から入ることを望んだ檻を離れることを考え、自分には決して手に入ることの無いものを思い描き、形となる前に思考から消し去る。具体的な形をもってしまえばどうしようもなくなってしまうから。だからジョゼット。貴女とのお話は楽しいのだけれど、その、色々な恋愛の形を詳しく語ろうとするのはやめて欲しいわ。ええ、本当に。自分でもしたくなってしまうから。

 

 

 

 

 そんなふざけたことをした罰か、あるいは良いことは重なるとでも言うべきか。私は見てしまった、知ってしまった。そして、気づいてしまった。煌めく命の輝きを、星を拓く輝きを。己の内に確かに有る熱き慕いの感情を。

 

 

 ……そこからはもう止まれなかった。

 

 

 

 たった一つのわがままを通すために色々と小細工を重ね、世界に形として出力される瞬間をギリギリまで根性で押さえつけ、知れば知るほど魅力が増える太陽みたいな彼の足跡を追いかけた。

 

 そう、太陽なのだ。檻に籠ることを選び、けれども檻の外へと憧れを捨てきれなかった私に射し込んだ光。こちらの決意も、思いも、何もかもを焼き払って否応なしに惹き付ける太陽なのだ。

 

 けれど、不思議と悪い気はしない。生まれて初めて思いっきりやりたいことをやるために動くからだろうか。1度きりのデートになっても、叶わない想いであるとわかっていても。彼との逢瀬を考えると胸が弾む。彼が夢に出てくるのではと考えると、夢を見ることが嫌ではなくなった。

 

 

 「……ジョゼット、私のわがまま聞いてくれますか?」

 

 

 これから始めるのは1度きりの世界への反逆。憧れの先輩に玉砕覚悟で告白するような気分でそれを行う。

 

 

 何せ、恋する女の子はいつだって無敵なのだから。

 

 「でしょう、ジョゼット? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ただただクソ可愛ええだけのルストが書きたいという欲のもとで書かれた話

なんか途中から方向性バグりまくった


 

 最近、夏蓮の機嫌が非常によろしい。

 

 ここだけを見れば、とてもいい事であると思う。年中無表情で、興奮を示すのは新しいネフィリムの組み合わせを見つけた時や、コンボを見つけた時。こんな状態は流石に年頃の女性としてはマズイのではないだろうかと思い始めていたため、今の状態は概ね問題は無いと思う。

 

 ……その原因が、ある一人の男だと言うことを除けば。

 

 

 

 

 

 「……ほら、葉。さっさと帰って今日もネフホロ」

 「あー、ごめん。ちょっと待ってて。日誌出してこないと」

 「む、葉は分かっていない。今この間にもサンラクが新しい対策を生み出しているのかもしれないというのに」

 

 ……まただ。最近の夏蓮はいつもこんな感じ。口を開けばサンラクの対策を、サンラクに勝てる構築を、サンラク、サンラク……

 

 率直に言うとすごくやな感じだ。夏蓮がサンラクさんに対して特別な感情を抱いているわけでないというのは分かってる。そもそも僕が夏蓮が思うことに対してどうこう思うこと自体が間違っている。

 

 けれどそんな理屈で納得できない部分が僕の中で声を上げている。

 

 「……葉? 聞いてる? 」

 「……聞いてるよ、そんなに早くやりたいなら先に帰ってやってればいいだろ」

 「……え? 」

 

 あ。

 

 「い、いや。今のは、その」

 

 何か言わなければ、と理性が訴えかけてくる。けれど口は動かない。それは心のどこかで今の言葉を放ったことは正しいと認めているから。そして、その逡巡がもたらした時間は夏蓮にある決断をさせるには十分過ぎた。

 

 「……もういい」

 

 荷物をひっつかみ、教室を飛び出して行く。

 

 

 今追えばきっと追いつける。普段は2人ともあまり運動はしないけれど、足は僕の方が早い。今追いかければ、追いついて、謝って、仲直りして、夏蓮に蹴られながら帰って、いつもみたいにネフホロをして、そして、そして……

 

 

 …………また、ルストがサンラクとの戦いに魅入られる。

 

 

 

 

 

 

 ………………足は、動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもは2人で通る帰り道を今日は1人で歩く。たったひとつ、いつもの日常からピースが欠けるだけで、そこにある全てが台無しになったかのようにも感じる。まるでジグソーパズルのようだと独りごちた。

 

 どんなにそれ以外が綺麗に嵌っていても、ひとつ欠けているものがあれば不完全になる。夕陽が伸ばす影も、腕に伝わる荷物の重みも、早く早くと叱咤する声も、何もかもが足りない帰り道だった。

 

 

 

 

 足が止まる。家の前で止まる。佐備、と書かれた家の前で。

 

 指が伸びる。呼び鈴へと伸びる。もう何回目かの挑戦だ。

 

 普段上がり慣れた短い階段が、押し慣れたインターホンが、難攻不落の城塞が突きつけてくる防衛設備に見えて仕方がない。

 

 それからも何度か指を近づけては戻しを繰り返し、息を整える。いざ、指を伸ばして――――――

 

 「あら? 葉君、うちの前で何してるの? 」

 

 指はインターホンを逸れ、横の壁へと突き刺さった。家から出てきたのは夏蓮のお母さん。

 

 「……お、おばさん……こんにちは……」

 「はい、こんにちは。それでどうしたの? 夏蓮とは一緒じゃないの? 」

 

 ……痛いところを突いてくる。

 

 「あはは……まあ、色々ありまして……」

 「ふぅん? ……まあいいわ。ほら、上がって上がって」

 「え!? いや、ちょ、まだ心の準備が……」

 「なーに言ってるの! もう何回も入ってるでしょ! 」

 

 おばさんには一生勝てないだろう、きっと。そんな確信を抱きながら僕は夏蓮の家へと連行されていった。

 

 

 

 

 

 

 「それで? 夏蓮と何があったの? 喧嘩しちゃった? それとも無理やり襲っちゃったとか? 」

 「襲っ……そ、そんな事するわけないじゃないですか! 」

 「そうよねえ、ってことは喧嘩? 」

 「うっ……え、ええまぁ」

 

 実は僕は夏蓮のお母さんがあまり得意ではない。何というか凄く理解されているんだ。見透かされているとも言う。この人の前で隠し事ができた試しがない。

 

 「そうなの……うちの娘がごめんなさいね」

 「えっ、いや! 夏蓮は悪くない、というか僕が一方的に怒っちゃっただけで、そんな……」

 「でもあれだけ娘の面倒を見てくれてる葉君が怒るってことはよっぽどでしょう? あのネフィリム・ホロウとかいうゲームが関係してるんじゃない? 」

 

 何だこの人……本当に心が読めてるんじゃないだろうか。

 

 「……実は」

 

 

 

 

 

 

 

 「……なるほどねぇ、そんな事が……」

 「……謝らなくちゃいけないっていうのは分かってるんです。でも……」

 「夏蓮の気持ちがまだ自分に向いているか分からないから。サンラクさん? との戦いの方が楽しくて、自分とあそぶゲームは楽しくないんじゃないか。……こんなところかしら? 」

 

 「……はい」

 

 そう、その通りだ。僕は怖い。夏蓮が、ルストが、僕と一緒にサンラクさんと戦うことより、1人で、でもいいからサンラクさんとの戦いをすることを優先する。そんなことを考えているんじゃないかという恐れが常にある。

 

 だから、僕の用事よりサンラクさんとの戦いを大事に思っているような夏蓮の態度に苛立ちを覚えた。

 

 だから、謝らなくてはいけないとおもっているのに体は動かず、言葉も見当たらない。

 

 

 「そうねぇ、私にはゲームのことはよく分からないけど……難しく考えすぎてるんじゃないかしら、葉君は」

 「考え、すぎ? 」

 「ええ、そう。だってあの子、興味がなくなったら何でも直ぐにポイだもの」

 「へ……? 」

 「夏蓮がまだ待っている。ゲームもしないで部屋にこもってる。動く理由なんてこれで十分でしょう? 」

 

 あの夏蓮が、家に帰ったにもかかわらずネフホロをしてない? ……そんな事有り得るのかな。でも腹は決まった。伝わらなくても、伝えれなくても、伝えようとしなければ何も始まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 「……夏蓮、聞こえる? 」

 

 返事はない。けれど軽い何かが扉にぶつかる音がした。多分夏蓮は今そこによりかかってる。そう信じて言葉を紡ぐ。

 

 「その、さっきはごめん。あんな突き放すようなこと言って」

 

 「……僕は不安だったんだ」

 

 

 「夏蓮はサンラクさんとの戦いをするようになってから凄く輝いてた。あんなに輝いてる夏蓮は今まで見たことがなかった」

 

 

 「……そうだ、無かったんだよ。僕と一緒にネフホロに出会って、のめり込んで、何度も対戦して、頂点をとって……その中でこんなに輝いてる夏蓮は見たことがなかった」

 

 

 「だから、こう思ってしまったんだ」

 

 

 

 

 

 「……夏蓮にとっては僕と一緒にいるよりサンラクさんと戦ってる方が楽しいんじゃないかって」

 

 

 「……ねぇ、教えてよ夏蓮」

 

 

 

 

 「……僕は、夏蓮の相手には足らないのかな……? 」

 

 

 

 

 静かに、静かにドアが開いた。そこに立っていた夏蓮はまだ制服のままで、目は赤く滲んでいて、きゅっと結ばれた口は今にも泣き出しそうに震えていて。

 

 けれど、眼光だけは。瞳の光だけは変わらずそこにあった。いつもの強い光が。

 

 

 

 

 「……葉は、前提」

 

 

 「……」

 

 

 「居ると楽しいとか居ないと楽しくないとかそういう次元の話じゃないの」

 

 

 

 「私が、私であるためには葉の存在は必要不可欠……! 替えがきくような存在じゃないっ! こんなことも言われないと分からないのか、バカ葉っ……!! 」

 

 見開かれた目にはまだ液体が残っていて、それは今も増え続けていて。何か、何か彼女が求めている言葉をかけてあげないと今にも決壊しそうだった。

 

 「……ごめん」

 「……謝罪なんていらない」

 

 分かってる。でも言わないと僕が納得できない。

 

 「……葉はホントにバカ。うじうじとして、余計なことばっかり考えて。ホントにどうしようもない」

 「……返す言葉もございません……」

 

 全くもってその通りだ。でも言い訳させてもらうなら僕にも独占欲の一つや二つあるというか。

 

 「……だいたい思ってることがあるなら直接言えばいい。なのにあんな態度とってっ……! 」

 「あ、ちょ夏蓮、痛いから。痛いから! 」

 「うるさいっ……甘んじて受ける! 」

 

 げしげしと僕の脛を蹴り続ける夏蓮。ちょっと……いや、かなり痛い。

 

 それにしても、思ってることがあるなら言え、か……思い返してみれば、確かに今回のことは僕が悪いけど夏蓮に全く非がないかと言われればそんな気もしない。

 

 だからちょっとした意趣返しのつもりだった。いつも夏蓮にやられっぱなしだから、ちょっと驚かせるくらいのつもりで。

 

 「……夏蓮! 」

 「な、何……」

 

 僕らの間にあった距離を詰め、夏蓮の両肩に手を置いて顔を近づける。……ちょっと恥ずかしいけど、我慢しよう。これからもっと恥ずかしいことを言うのだから。

 

 「僕は、この先もずっと夏蓮といたい。夏蓮の隣で一緒に戦って、夏蓮と助け合って。夏蓮の意識の中でずっと一番の存在でいたいんだ。……これが僕の思ってることだよ」

 「……ひぇ? ぇ? 」

 

 ……言ってやった、言ってやったぞ! 正直テンパってて何を言ったかあまり覚えてないけど、それでも夏蓮の様子を見るに反撃は成功したと言っても…………あれ?

 

 「か、夏蓮? 大丈夫? 」

 「…………ぅぅぅぅぅ」

 「か、夏蓮!? なんかもう色々と凄いことになってない!? 」

 「…………ぅぅぅぅぅぁああ!! う、うるさいっ! さっさと帰れぇっ!! 」

 「わ、ちょ、夏蓮!? 」

 

 無理やり廊下に蹴り飛ばされ、思いっきり扉を閉められてしまった。や、やりすぎちゃったかな。いくら何でも引かれてしまっただろうか……うーん、謝りに来たのに余計こじらせてしまったような……

 

 その後はさすがに夏蓮に声を掛けるのも難しく、おばさんに挨拶をしてそそくさと家へ帰った。一応ネフホロにログインこそしてみたものの、夏蓮はログインしてなく不安な気持ちを抱えたままで眠りについた。

 

 

 そして翌日。

 

 あんなことがあった次の日なので、夏蓮を迎えに行く足も鈍りを見せている。のろのろと歩き、夏蓮の家に近づく。

 

 「……あれ? 」

 「……む、葉。遅い」

 「ご、ごめん。って、じゃなくて! 」

 「……とりあえずさっさと行く。このままだと遅刻」

 「あ、うん。そうだね」

 

 何故か夏蓮が家の前に立っていた。どういう風の吹き回しだろうか。何とか表情を伺おうにも、前をスタスタと歩く夏蓮の顔はここからではよく見えない。

 

 結局、昨日のことは無かったかのように夏蓮は振る舞っていた。僕としては仲直り出来たことは喜ばしいのだが、微妙なしこりの残る出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ side夏蓮 葉帰宅後のお話

 

 「~~~~~~~~~っ!!! 」

 

 布団にくるまり、枕を顔へ押し付け、全力で声にならない悲鳴を出し続ける。顔どころか全身が暑く火照っている。まるで鼓膜から全身へと血液を送り出しているのではないかと思うほどに鼓動がうるさい。

 

 原因は決まっている。何処ぞの幼馴染が投げつけてきた爆弾のような言葉。

 

 ずっと一緒にいたい……一番の存在でいたい……そんな言葉が脳内でリフレインし、その度に口から悲鳴が漏れる。

 

 「……反則、あんなの反則っ……! 」

 

 葉から拒絶されて、何も考えられないままに家に帰ってきて。ネフホロをやる気も起きず縮こまっていたら、葉が謝ってきたから怒りをぶつけて。普段の諍い程度ならそれで終わるはずだった。葉がぺこぺこと謝るのを私が怒りながらも許す。

 

 それなのに、それなのに……!

 

 「ぅぅううぅぅ……!! 」

 

 反則だ。ズルだ。あんなの、あんなの意識せざるを得なくなる。

 

 ……明日会う時までに何とか平静を保てるようにしよう。

 

 

  




当初の予定ではイタズラっぽく笑いながら前提のところ言わせる予定だったんですけど? (威圧)(逆ギレ)


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春風と共に

楽紅交際時空。どっちも大学生くらい?


 「……あ」

 「ん? 何かあったか? 」

 「あっ、はい! あそこに桜が……」

 

 紅音が指を指す方に目を向けてみれば、まだ咲き始めといった風情の桜の花がゆらゆらと暖かな春風に揺られていた。

 

 「桜か……どうしても桜を見ると色々思い出すな」

 「そうですね、楽郎さんと初めて出会ったのも春の日だったし……その、告白されたのも……ですね、うん」

 

 付き合い始めてからもう数年近くが経たんとしているというのに、未だに恥じらってくれるのは嬉しいやらこちらも恥ずかしくなるやらで妙な気分になるんだが?

 

 瞬間、一際強い風が遊歩道を吹き抜け、花びらと共に俺たちの間を通り過ぎていく。何となく視線を向ければ横でも同じように紅音がそちらに顔を向けており、2人で顔を合わせ笑う。

 

 

 俺が紅音とリアルで初めて出会ったのも、今日のような桜が咲きはじめる時期だった。

 

 春風が俺たちを導いてくれた、なんてロマンチックなことを言う気は無いが、それでもあの時の出会いは運命的なものであったとそう思える。

 

 ひらひらと淡雪のように舞い落ちる桜吹雪の中で彼女に出会い、そして恋に落ちた。

 

 今思い返すと、当時感じた雷光のような衝撃は単にゲーム内で酷く見慣れた顔をリアルで見たことによる混乱が多分に含まれていた気もするが……それでもあの時に見た紅音はとても可憐で儚くて、とにかく見る者の心を惹きつけて離さないような、そんな魅力を持っていた。

 

 

 

 

 

 「……さん……楽郎さん」

 

 「楽郎さんってば!! 」

 「……あ、ああ。ごめん、ぼんやりしてた」

 「もー、大丈夫ですか? またちゃんと寝てないんじゃ……」

 「大丈夫大丈夫、1徹は徹夜のうちに入らないから」

 

 そんなふうにおどけて返せば、目を釣りあげながらもー! と怒る紅音。可愛い。

 

 「冗談だよ、さすがに大事な彼女とのデートの前日に徹夜するほど女心が分からないわけじゃない」

 「だ、大事な……というか女心云々でもないですし……」

 「んー? 急に下向いてどうしたんですかぁ? 」

 「かっ、からかってますね!? 最近わかるようになってきましたから! 今の声は完全にからかってる時の楽郎さんでした!! 」

 「ははは」

 

 ははは。

 

 

 

 

 

 「紅音、俺は君の事を異性として意識している……というか正直に言って大好きだ、愛している」

 

 というのは俺が告白する時に言おうと思っていたセリフである。実際は告白しようとした時には既に告白されていた。

 

 恋愛暴走ドラッグカーこと隠岐紅音さんの前では心の準備なんてものはさせて貰えなかった。良い雰囲気を作ろうとか考えていた俺が悪かったのだ、現実の恋愛はラブクロックより非情……!

 

 

 

 

 

 

 「……やっぱり嬉しい思い出とか楽しい思い出ってどれだけ時間が経っても忘れられないですね」

 

 桜を見上げながらぼんやりと思い出に浸っていた意識を紅音の声が引き戻す。

 

 「……きっと同じ時のことを考えてるさ」

 「え? 」

 「え? 」

 

 ちょっと待て、何だそのキョトンとした顔は。え? 違うの? 初めて出会った時の事とか告白合戦した時の事とか考えてない?

 

 「え、えーっと紅音さんや? ちなみにどんなことを考えていたか聞いてもよろしゅうございまして? 」

 

 「えっ、えっと中学の卒業式の後にお友達とお花見に行ったこと、ですけど……」

 

 

 

 ……アナガアッタラハイリタイデス

 

 

 

 

 「あっ、あっ、アレですよね! あのっ、楽郎さんに告白された時のお話ですよね! もちろんその時のことも考えてましたからっ! ねっ、ねっ!? 」

 

 ああ、その優しさが身に染みる……そして心に刺さる。

 

 「あー……いいんだいいんだ、良いよな友達との花見。うん。大事大事」

 

 あー、思い上がっていた自分が恥ずかしい!!

 

 「ら、楽郎さん! 」

 「はいっ!? 」

 

 火照った顔を冷ますように、手で仰ぎながら少し前を早歩きで歩いていたらいきなり後ろから呼び止められる。

 

 振り返れば、いつかと同じように桜の花びらの中で紅音が真剣な顔をしていて。でもその姿は俺の思い出の中にあるどの姿よりも綺麗だった。

 

 「違うんです。 私、楽郎さんと見たこととか感じたことは過去の思い出にしたくないんです」

 

 

 声が聞こえる。

 

 あの時、あの瞬間の彼女の声が今目の前にいる彼女の声と重なる。

 

 

 「私、楽郎さんのことが大好きです」

 『私っ、楽郎さんのことが……大好きなんです! 』

 

 

 

 「だから、貴方と一緒にいられる時間を一瞬だって離したくないんです」

 『貴方とずっと一緒に過ごして、同じ時間を共有して、そんな未来を過ごしたいんです! 』

 

 

 

 

 「『……だからっ!! 』」

 

 

 

 

 「……あ」

 

 

 俺の体は自然と動き、紅音を胸の中に抱き寄せていた。ぎゅっと深く抱きすくめ、耳元で囁くように思いを漏らす。

 

 「俺だってそうだよ、ずっと紅音と一緒に居たい。出会った時の衝撃も告白された時の喜びも、全部鮮明に残していきたいんだ」

 「楽郎、さん……」

 

 おずおずと回された紅音の腕が、俺の背中に組み合わされた状態で触れる。

 

 きっとこれからも俺たちはこの春風の中で色んなことを体験していくのだろう。そんな根拠の無い確信が胸の中に去来する。けれど、どんなことであっても彼女と一緒にできるように。そんな思いを込めて紅音を抱きしめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 




数分後にめっちゃ赤くなった紅音ちゃんが「……あのぅ、人が……見てます……」って言って離れるんだきっと。


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秋津茜メイド概念ッ!!

某サボテンVTuberの方の概念にございます。何故か本家本元作者様が補強した概念です。何でぇ?


 

 少し早めの校外学習が無事に終わり、生徒たちの間に仄かな高揚感が漂う初夏。

 

 うちのクラスでは、とある会議が紛糾していた。

 

「絶対に! お化け屋敷だろ!! 」

「いやいや、メイド喫茶でしょ!! こればっかりは譲れないから!! 」

「お前ら、落ち着けよ! ここは穏便に演劇にしよう! 」

「あえての女性執事喫茶!! 執事しか勝たん!!! 」

 

 青春の1ページを飾る重要行事、文化祭の出し物決めの会議である。生徒の自主性を慮るこの学校、どこのクラスも出し物決めは毎年白熱しているのだが……このクラスは少しばかり理由が違う。

 

 無論、僕もその理由が違う連中の気持ちはよーくわかる。先程の会話に、副音声をつけてみよう。

 

 

「絶対に! (隠岐さんのお化けコスが見れる)お化け屋敷だろ!! (あわよくば驚く隠岐さんが見たい……!! )」

 

「いやいや、メイド喫茶でしょ!! これ(紅音ちゃんのメイド姿)ばっかりは譲れないから!! 」

 

「お前ら、落ち着けよ! ここは穏便に演劇にしよう(隠岐にドレスを着せよう)! 」

 

「あえての女性執事喫茶!! (紅音さんの)執事しか勝たん!!! 」

 

 

 細かいところは分からないが、大凡の所はこんなもんだろう。自分で言うのもなんだが、欲望の坩堝である。ちなみに僕はメイド喫茶派。いいよね、アレ。特に和ロリが好みです。

 

 当の本人は何も気づいておらずに、楽しそうに出し物を考えているのがまた、教室のカオスを加速させている。

 

「はいはい、皆が色んなことやりたいのは、よーく分かった! だから1回落ち着けっ! 」

 

 結局、混沌は委員長の雷が落ちるまで続き、出し物は無難に多数決で決められた。……多数決で決められたのだ。

 

 クラスの全員が、あるひとりの動向を伺いながら決議に参加し、そのひとりが手を挙げた瞬間、全員が同調したとしても、それは民主主義の表れたる多数決で決められたものなのだ。

 

 

 その結果、決まった出し物はメイド喫茶。余りにも僕に得すぎる結果になったため、夢を疑ったがどうやら現実らしい。演劇派の友人が、執拗に肩パンしてくるこの痛みは間違いなく現実のものだ。隠岐さんのメイド姿が見れる喜びで誤魔化してるが、そろそろ肩が痛いんだけど。

 

 

 

 と、そんな一悶着があったりもしたが、メイド喫茶をやると決まってからの団結力は、流石の一言だった。各々が自分の持てる技術を、人脈を、ありとあらゆる経験を惜しみなく注ぎ込み、隠岐さんのメイド服を拝むための舞台作りに邁進する。

 

 

 当然、準備の過程では幾度となくクラスメイト間での衝突があった。第一次フード戦争、第二次ドリンク戦争、第三次デザート戦争からなる大規模メニュー戦争を皮切りに、クラシカルウォー、ケモ耳大反乱、果てにはミニスカ、バニーのサブカル連合が引き起こした文化闘争は、恐らく今後長らく語り継がれることとなるだろう。……悪い意味で。反面教師的に。

 

 

 しかし、それらの戦いを全て叩き潰してきた最強の集団がいる。それこそが、委員長率いる和メイド軍団である。ちなみに僕は一番隊隊長だ。日頃鍛えたプレゼン力がこんなところで役に立つとは、人生何があるか分からないものだ。

 

 

 結果として、うちの文化祭は和メイド喫茶に決定した。メニューや内装も和風で統一され、衣装もかなり気合いの入った物が用意された。惜しむらくは和ロリオンリーではなく、着物バージョンもある事だ。着物バージョンも可愛いけど、ちょっと違うんだよ。伝われこの微細な違い。

 

「ちょっと、一番隊隊長〜? 何ひとりで百面相してんのよ? 」

「あ、いいんちょ……ぅひゃぁ」

「何その反応……不安になるんだけど」

 

 今日は、文化祭前日。故にリハーサルという形で、接客担当の女子生徒はメイド姿を初お披露目してくれる。和メイド軍団総司令官こと委員長も、接客担当のため着替えに行っていたのだが……

 

 

 あえて言おう。最高だ。本人は少し前まで「私、背も高いし隠岐さんみたいな可愛げもないから、着るとしても着物の方かな〜」なんて言っていたのに、まさかの和ロリ! ちょっと照れながらも不安げにしてる姿最高ですありがとうございました!!!

 

「委員長、マジやばい。超最高。女神はここにあらせられたのか……」

「ちょ、やめてよ! 照れる! てか、拝むなっ!! 誰が女神よっ!? 」

 

 着替えを終えた女子生徒……いいや、メイドさんたちがぞろぞろと教室に入ってくる。それを見た男子たちも粛々と祈りを捧げ始める。教室はまるで新興宗教の会議場だ。

 

 教室のあちこちでメイドに魅了された男子たちが、ともすれば告白とも取られかねないセリフを素面で叫び、女子達も満更では無い様子で受け入れる。そんな空間が展開されていたのだが。

 

 

 その空間が維持されたのも、()()が教室に入ってくるまでだった。

 

 

 普段の明るく天真爛漫な雰囲気は少しその勢いを収めている。だが、それ以上に彼女の全身から発散される魅力は僕たちを捉えて離さない。

 

 学校の制服よりは少し短いスカートが気恥しいのか、少し頬を染め、それでも可愛らしい服に身を包むことが嬉しいのか、顔には喜色が滲んでいる。

 

 普段は邪魔にならないように後ろでくくっている長い髪も、今は楚々たる雰囲気に花を刺すように、いわゆるおさげの形で両肩に垂らしている。

 

 

 和ロリに身を包んだ隠岐紅音さんは、一言で言えば理想の体現であり、天使だった。

 

 

 

 バタバタと何かが倒れる音が聞こえ、鋼の精神で視線を横にずらせば、もはや教室内で意識を保てているのは僕と委員長だけ。委員長は何度か見慣れているのだろう、うんうんと頷きながら満面の笑みを浮かべる余裕を見せているが、僕はヤバい。委員長の和ロリ姿で少しだけ抗体ができたのが幸いして、少しは耐えられているがもう限界だ。さよなら、僕の意識。幸せな夢を見せてくれ。

 

「あのー、皆さん。どうでしょうか……ってあれ!? だ、大丈夫ですか!? 」

 

 最後に聞こえたのは、隠岐さんのそんな叫び声だった。

 

 

 

 

 

 数分後、意識を取り戻したクラスメイト達からベタ褒めされ、顔を真っ赤にした隠岐さんが出来上がったり、文化祭が始まる前だと言うのにクラスのあちこちで恋の蕾が芽生えていたりしたが、それらは割愛する。……ぺっ、青春しやがってっ!! そんななまっちょろいヤツはうちの隊には要らねぇんだよぉ!

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、文化祭は無事に始まった。

 

「すみませーん、現在2-Aの和風メイド喫茶満員でーす!! 」

「店内の旦那様、お嬢様方は利用時間の厳守をお願い致しまーす!! 」

「いいんちょ〜……お客様の列がそろそろやばい事になってるよぉ〜」

「ああもうしょうがないわね! はいこれ、整理券! 今並んでる人に配ってきて! 」

 

 ……無事に始まった。うん。従業員の体力は無事では無いが。

 

 

 1日目が始まり、既に数時間が経過したが、今なお客足は衰えるどころか、増加の一途をたどっている。

 

「はい、委員長! 3宅のオーダー上がったよ! 」

「ありがと! お待たせいたしました、旦那様♡ 」

 

 当然、僕もキッチン担当として大忙しだ。一番隊隊長に休みは許されない。ちくしょう……

 

 キッチンは基本的に出来合いのものを盛り付けるだけとはいえ、オーダー数が馬鹿にならない。……3卓の客、ちょっと距離が近すぎやしませんかね。少しでもお触りの気配見せたら即出禁にしてやる。隊長権限だ、職権乱用など知ったことかっ!

 

 

 ……それはともかく。

 

 うちの店がこんなにも大反響なのは当然彼女……隠岐さんのおかげであろう。そもそも前日の時点で彼女を見に来るギャラリーが絶えなかったのだ。ある程度の忙しさは予測できた。予測できたのだが……

 

「アレは余りにも宣伝効果として強すぎたな……」

 

 思い返すのは昼前の事。シフト交代やら何やらのために少しだけ、お客様の入りをストップさせた時の事だった。

 

 

 

 

 

 

「やー、開店直後担当の子達ありがとね! 存分に休むなり遊ぶなりしてこい! 」

「委員長もお疲れー……ってまだ働くんだっけか。偉いねぇ、拝んじゃお。ははーっ」

「だから何で皆、私の事拝むのよ……誰のせいかしら」

 

 ぎくり。委員長の無言の圧力が突き刺さる。

 

「……委員長のカリスマのおかげだよ!! ヒューッ!! 」

「嘘くさっ!! 」

「相変わらず仲良いねぇ、おふたりさん」

 

 などと、談笑をする余裕もあった。この時までは。

 

 問題が起こったのは、次の時間帯のシフトの人が来て、席の清掃を始めた時だった。

 

「あれ、忘れ物……って委員長っ!! これヤバイかも! 」

「どうしたの……ってうわぁ……金品、貴重品諸々入ったカバン丸ごと……なんでこんなもん忘れんのよっ!! 」

「スマホで決済できるのがアダになったなぁ……」

 

 ある客の忘れもの。これが普通の飲食店なら預かっておけたが、ここは学校で今は文化祭。どうしたものか。

 

「委員長、どうしよう……」

「んー……とりあえず本部に連絡して校内放送してもらおう。後は、総合センター……という名の職員室に届けるくらいしか出来ないかな……」

 

 委員長が妥当な解決策を挙げ、皆がそれに取り掛かろうとしたその瞬間、事件は起こった。

 

「これって5卓の人の忘れ物ですよね。私、その人の顔とか格好覚えてるので追いかけてきます!! 」

「え、ちょ紅音ちゃん!? ……って早ぁ!? 」 

「ちょっ、紅音ぇ〜! スカートで全力疾走は乙女としてダメぇ〜!! 」

「確かに5卓は隠岐さんが担当してたけど……大丈夫か? 」

 

 キラッキラした笑顔でカバンを引っつかむと、隠岐さんは猛ダッシュで視界から消えていった。それはもう綺麗なフォームで。メイド服なのにあんなにも走るのが早いのは、もう陸上部だからとかそういう理由で済ませてはダメな気がする。

 

「─────だぁ──いじょぉ──ぶぅ──……!!! 」

 

 あ、なんか遠くで聞こえてきた。隠岐さんの友達が手を伸ばしたままへたりこんで悲嘆に暮れている……演劇部だったね、この人。

 

 

 

 結果から言えば、無事にカバンは持ち主の元へと帰った。だが、その代償として、学校中に爆走和ロリ美少女メイドがあそこのクラスにいるらしいという噂が広まってしまった。

 

 

 そしてその結果が、この大盛況である。企画側としては嬉しいが、働く側としてはただの地獄である。なお、当の本人はお食事休憩中だ。シフト通りとはいえ、中々の精神力じゃないかな。

 

 

「ありがとうございましたぁーっ! 」

 

 ああ、もう委員長がちょっとおかしくなってきてる。メイド喫茶というか居酒屋店員みたいなテンションだ。

 

 ……こんなんで今日明日を乗り切れるのかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 後日談

 

「そういえば紅音ちゃん、やたらとメイド服での走り姿が様になってたけど、理由とか聞いてもいい? 」

「あ、それ私も思ってた〜」

「そんなに大した理由は無いですよ? 普通に知り合いの男性の方にメイド服の走り方を教わったことがあるだけですから! 」

「そ、そうなの……」

 

 メイド服の走り方を教えてくる男性って何!? って叫びたくなったとは、後の本人談である。

 

 




和ロリは私の趣味です。


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