飛天の剣は鬼を狩る (あーくわん)
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第壱話 別れ

初投稿です、暖かく見守ってください


「飛天御剣流 龍翔閃(りゅうしょうせん)

 

「ぐはっ!!!」

 

「俺の勝ちだ、父上」

 

「あぁ・・・見事だ、啓」

 

 

俺の名前は如月 啓(きさらぎ けい)。山奥で父上と2人で暮らしている。

今は父上と剣の稽古をしていたところだ。

 

「お前に剣術を教え始めた時はここまで成長するとは思わなんだ・・・全く父親としても師匠としても鼻が高いもんだ。」

 

「俺なんてまだまださ。もっと強くならなければな。」

 

「ふむ、精進しな。」

 

家には代々受け継いでいる剣術がある。それが「飛天御剣流(ひてんみつるぎりゅう)

飛天御剣流の始まりは戦国時代。「時代の苦難から弱き人々を守る」というのが理らしい。

 

「そうだ父上。以前山を降りて街に行った時に『鬼』なるものの存在を耳にしたんだが何か知っているか?」

「鬼ぃ?迷信の類じゃねぇのか?」

 

「俺もそう思ったんだがな・・・人間を喰らう存在などにわかには信じられん。」

 

「全くだ。だがまあそんな人を脅かすようなもんが存在するとしたら、そんときは飛天御剣流の出番なんじゃねぇか?」

 

「弱き人々を守る・・・か。確かにそうだな。」

 

「もしそうなった時のためにしっかり鍛えとかねえとな。さて、夕飯の支度をするか。何が食いたい?」

 

「俺は肉が食いたい。」

 

「いつもじゃねぇか・・・」

 

何が食いたいと聞かれたから答えたのに呆れられた。解せぬ。

 

 

 

 

 

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「やはり父上の作る食事は上手いな。」

 

「へっ、お前が生まれた時から作ってるからそりゃあ腕前も上がるってもんよ。」

 

 

俺の母親は俺が産まれると同時に亡くなった。

命にかえても俺を産んでくれた母親、男手1つで俺を育ててくれた父親。感謝してもしきれない

 

「そうだ啓、今日麓の村の人に熊狩りを頼まれたんだが明日にでも頼まれちゃくれねえか?」

 

「熊?」

 

「おう。相当な大きさの熊らしくてな。村に被害が出る前に何とかして欲しいんだとよ。」

 

「仮に人食い熊だとまずいな。分かった、明日狩りにいこう。」

 

「頼むぜ。この家から北に下ったところにある川辺を住処にしてるらしい。」

 

「分かった。」

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「グオオオオオオオオオオオ!!!」

 

「む、確かに大きいな。こんな熊が人を襲っては大変だ。」

 

俺を視界に入れた瞬間、熊がその爪で切り裂かんとこちらに突っ込んでくる。

 

「飛天御剣流 龍巻閃 (りゅうかんせん)

 

突っ込んできた熊をいなすように身体を回し、そのまま両足を切り落とす。

両足を切り落とされた熊は当然その巨大な身体を立たせる術を失い地に伏せる

 

「悪く思うな・・・これも人のため。」

 

一瞬で両足を切り落とされ混乱している熊にトドメをさすため、首を切り落とす。せめて苦しまぬよう一瞬で

 

「さて、帰るとするか・・・」

 

 

戦闘自体はすぐ終わったのだが見つけるまでに時間がかかってしまい既に日が暮れている。ここから家に帰るとなると確実に夜中近くになってしまうだろうな・・・

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

2時間ほど歩いた。

ようやく我が家が見えてきた。父上はもう寝てしまっただろうか?

 

 

ここで異変に気が付く

 

 

 

 

 

 

「・・・血の匂い?」

 

先程熊を切り伏せた時と同じような血の匂いが鼻を突く。

刹那、ある思考が頭をよぎる

 

 

「父上!!!」

 

 

 

もちろんの事ながらこの家には俺と父上しか住んでいない。

ならこの血の匂いの正体は?

それを確かめるため駆け出す

 

「父う・・・」

 

玄関が視界に入った時だった。

玄関と同時に視界に入ってきたのは片腕を切り落とされ胸を貫かれ、血溜まりを作りながら地に倒れ伏している父上の姿だった

 

「なっ・・・何故・・・一体何が・・・・・・父上!!!」

 

「啓・・・・・・か・・・・・・??」

 

この傷は明らかに刀によるもの。あの父上が一体誰にやられたのだ?

父上は俺に剣術を教えてくれた。そんな父上が賊にでも遅れを取ったというのか?いいや、ありえない

そんな思考をしてるうちに父上が再び口を開いた

 

「鬼・・・だ・・・」

 

「鬼・・・??」

 

「あぁ・・・体格や着物は人間だったが・・・あれは違う・・・」

 

「何が、何が違うというのだ父上!!」

 

「六つの眼・・・そしてあの強さ・・・あれは人間のものじゃない・・・あれはそう・・・鬼だ・・・」

 

「六つの眼・・・?鬼・・・?そんなものがいるわけ・・・現に昨日父上も迷信の類と」

 

「もう死ぬって時に嘘をつくわけねぇだろ・・・ガハッ・・・」

 

口から吐き出されたのは血の塊。

原因は明らかに身体に受けた傷によるものだろう。

片腕の損失に胸の傷。そして出血

死を感じさせるには十分すぎるものだった。

 

「クソッ!とりあえず麓の村の医者に」

 

「よせ・・・もう俺は助からねえ・・・」

 

「何を言っている父上!!諦めるな!!」

 

「分かっちまうんだ・・・自分の終わりってのは。もう・・・俺は死ぬだろう・・・医者に見せてどうにかなるもんじゃ・・・ねぇよ・・・」

 

「・・・・・・ッッ!!」

 

素人目に見ても、もう父上は助からない。それが分かってしまう。

 

「啓・・・ごめんなぁ・・・お前を独りにしちまう・・・」

 

「嫌だ・・・俺を置いていかないでくれ父上・・・この先独りで生きていくなど俺には・・・!」

 

「啓・・・お前は強い・・・その力は・・・弱き人々のために使え・・・鬼から人々を守るため・・・お前のように、幼くして独りになる人間を無くすため・・・!」

 

「父上・・・」

 

「お前なら出来る・・・俺の自慢の息子だ・・・もっと、もっと強くなって人々を守るんだ・・・」

 

「分かった、分かったよ父上・・・安心してくれ、俺は必ず、人々を守る剣となるから・・・!」

 

「・・・・・・は、はは・・・立派に・・・なった・・・なぁ・・・今から俺もそっち・・・行くからな・・・・・・」

 

「父上・・・?父上、父上!!」

 

父上は動かない。

心臓が動いていない。息をしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」

 

夜が、明ける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【技解説】
「飛天御剣流 龍翔閃」
刀を握っていない方の手を峰に添え、下から跳ぶと同時に斬りあげる技。

「飛天御剣流 龍巻閃」
身体を回転させ相手の攻撃を避けると同時に背後に回り込み、遠心力を乗せて斬る技。返し技として威力を発揮する。



主人公について
名前︰如月 啓(きさらぎ けい)
年齢︰冨岡義勇と同じ歳(1894年生まれ)

山奥の一軒家にて幼い頃から父親と2人暮らしをしていた。
母親は啓が生まれてまもなく死去。
啓家では代々「飛天御剣流」と呼ばれる剣術を受け継いでおり、父親と日々鍛錬を重ね、物語開始時点で父親の実力を上回る。
飛天御剣流は身体に負担が大きい為、恵まれた体格でないと身体が壊れてしまう。しかし、甘露寺蜜璃と同じように筋肉の密度が非常に高いため、12歳のうちから飛天御剣流をフルパワーで扱うことが出来る。




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第弐話 旅立ち

目を覚ました時には日が昇っていた。

心地よい陽の光に包まれ、あのことは夢だったのではないのか。そう思えた。

 

 

 

 

 

しかし、現実は変わらぬものだった。

 

 

 

「父上・・・」

 

目線の先には赤に包まれた父上の姿があった。

もう、動くことも言葉を交わすことも出来ない。

 

 


 

 

三十分程かけ、父上を埋葬した。

その時に改めて認識したことがある。

父上は喰われて死んだのではなく、斬られ貫かれ死んだのである。

話に聞く「鬼」という存在は人の血肉を喰らう為に人を殺める存在だ。

しかしどうだろう、父上の遺体を見てみると片腕こそ落とされているものの、その片腕は地に落ちたままで喰われた様子はない。

しかも受けた傷は刀によるもの。

つまり父上は剣術を扱う鬼によって命を奪われたのである。

そして父上が死に際に残したその鬼と特徴である「六つの目」。

これは鬼の存在と同時に耳にしたことだが、どうやらその鬼を狩る人間が集まる組織があるらしい。

やるべき事は決まった。

その組織に入り、父上を殺めた六つの目をもつ剣士の鬼を殺す。弱き人々を守るため、悪鬼を滅ぼす。

それが俺のやるべき事だ。

 

そうと決まれば準備をしよう。

 

 


 

 

 

 

 

母上が生前良く身につけていた薄紅色の羽織とゆくゆくは俺に譲って貰える予定だった父上の刀。

そして麓の村の人々の助けになった時に貰い使うことなく溜まっていた金を手に旅立つ。

 

「さようなら、我が家よ・・・」

 

我が家に別れを告げる。

やるべき事を終えるまではこの家に帰ってくることもないだろう。

生まれた時から父上と二人で過ごしてきた家。愛着がないはずは無い。

ならば、必ず生きてここに帰ってこなければならない。

俺の足を引き止める思い出を振り払い、歩みを進める。

 

とりあえず麓の村に挨拶に行くとしよう。

 

 


 

村の人々に旅に出る旨を伝えた。

父上は賊に殺されたということで話をした。

鬼に殺されたなどと伝えても気が狂ったのかと思われるのが関の山だろうと思っての判断だ。

父上はかなり腕の経つ剣術家ということで有名だった為に、ただの賊に殺されてしまうとは。と言われたが誤魔化すしか無かった。

 

「啓君」

 

俺に話しかけてきたのはこの麓の村の村長。

時折山から降りてくる俺や父上にも優しくしてくださった恩人だ。

 

「話は聞いたよ、お父さんは残念だったね。」

 

「えぇ、本当に・・・」

 

「もう発つのかね?」

 

「えぇ、暫くは様々な村や街を巡ろうと思います。」

 

「そうかそうか・・・もし何かあったらこの村に戻ってくるといい。私たちはいつでも力になるからね。」

 

「ありがとうございます、村長。」

 

先程村長には優しくしてもらったと言ったが、正確にはこの村の人々全員に優しくしてもらった。

故郷と言っても過言ではないだろう。

 

 

 

 

「さぁ、行くか。」

 

俺は1歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第参話 邂逅

投稿初めて一日で1000UA、20お気に入り登録していただき嬉しさで震えております。
思いつきで書き始めた小説ですがどうぞお付き合いいただけると幸いでございます。


あれから二週間ほど経ち、五箇所ほどの村や街を転々とした。

鬼を狩る組織や鬼について得られた情報は何も無い。聞いたところで何を言っているんだこいつみたいな目線を向けられるだけである。解せぬ

 

「そろそろ日が沈むな・・・今日は野宿するとしよう。」

 

野宿することに決め、近くの森に入る。

少し歩くと川辺が見えてきた。ちょうどいいのでここで一晩を過ごすとしよう。

 

夕飯は昼間に薪割りの手伝いをした村の人から貰った握り飯だ。塩味が程よくとても美味い。

その村で聞いた話だがここのところ村の人が行方不明なることが相次いでるらしい。

共通点があるわけではないため村の人々も何が何だか分からず混乱しているようだ。

 

 

「ご馳走様でした。」

 

夕飯を終え、物の持ち運びのために背中に背負っていた袋を枕に寝転がる。

 

星が綺麗だ。あの家で過ごしていた時も時折こうして星を見ていた。

かつてのことを思い出し、帰りたい、戻りたいといった思いが頭をよぎるが時が戻ることは無い。

その思いを振り払おうと瞼を閉じ眠りにつこうとするがなかなか寝付けない。

一時間程経っても寝付けないので辺りを散歩することに決めた。

 


 

散歩をはじめて三十分程、静寂に包まれた森を悲鳴が襲った

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「!?」

 

ここからそう遠くない位置から女性の悲鳴が聞こえた。

野生動物や賊にでも襲われたのだろうか。

助けない訳にはいかない。

俺は駆け出した。

 

 

 

三十秒ほど全力疾走すると、何かから逃げている女性を発見した。

 

「どうしたんですか!」

 

「鬼がっ、鬼が私を!!!」

 

「鬼・・・!?」

 

この女性の口から「鬼」という単語が突如出てきたことにより少し硬直する。しかし直ぐに思考を切り替え女性に問う。

 

「その鬼はどんな見た目でしたか!目は六つでしたか!!刀は持っていましたか!?」

 

「目は二つでしたし刀なんて持っていません!角を生やしていました!!」

 

どうやら、仇の鬼ではないようだ。

 

「早く逃げないと鬼が来ちゃう!!貴方も早く逃げましょう!!」

 

「俺は大丈夫です。鬼を食い止めるのであなたは近くの村に助けを。」

 

女性は返事をすることなく走り去って行った。

あの怯え具合を見るとやはり喰われそうになったのだろう。

羽織の中に隠してあった父上の刀を腰に構え、遭遇に備える。

 

 

 

 

 

 

刹那、鬼が姿を現す。

 

 

 

 

 

話に聞いたように背丈やら衣服は人間と変わらぬものだった。

しかし、違うのだ。

血のように赤い瞳に、額に生やした角。口元に光る鋭い牙は、明らかに人間のものではなかった。

 

 

 

 

「あぁ?さっきの女じゃねぇな?誰だテメェ」

 

鬼が口を開く。言葉は通じるらしい。

 

「お前の探す女性なら既に逃げた。もうここにはいない。」

 

「けっ、逃げ足の早い女だ。」

 

「お前に問おう。六つの眼を持ち剣術を扱う鬼を知っているか。」

 

「知らねぇなそんな鬼は。テメェなにもんだ??刀刺してるようだが隊服は着てねぇよなぁ・・・鬼殺隊じゃねぇのか??」

 

聞き慣れぬ単語が鬼の口から零れた。

 

「鬼殺隊・・・?」

 

「その様子じゃやっぱ違ぇみてぇだなぁ?まぁここのところ何人も人喰ってんだ。ただの隊士にゃ負けねぇだろうがな。」

 

ゲヒャヒャ、と下品な笑い声を鬼があげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、此奴はなんと言った??

人を喰ったと、そう言ったのか??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「おい」

 

 

目の前の男が声を上げる。

先程とは目に見えて態度が違う。

 

「お前は何人喰ったんだ?」

 

男が俺に問いかける。

一日一人くらい喰って一週間ほど過ごしたからそうだなあ・・・

 

「七人、ってところだなあ。お前で八人目だなぁ??ゲヒャヒャヒャヒャ!!!」

 

 

刹那、龍が俺に牙を向いた。

 

 

 

 


 

 

此奴は今確かに言った。七人喰ったと。

七人の命を奪ったと。

これが鬼か。

人の命を何とも思わず平然と奪い去る。

もしかしたら鬼は人を喰らわなければ生きられない哀れな生き物なのかもしれない。と思っていた。

だがこの鬼は違う。哀れでもなんでもない・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺さねば

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

縮地 三歩手前(しゅくち さんぽてまえ)

 

 

 

 

神速の僅か先を行く速さで鬼畜生へと斬り掛かる。

まずは眼。横一文字に切り裂くことで視界を奪う。

次は腕。瞬時に刀を構え直し、振り下ろし、右腕を切り落とす。そのままV字に振り上げ、左腕も切り落とす。

 

 

この間僅か三秒程である。

 

 

「ギッ、ギャアアアアア!!!???」

 

光を失い、両腕を失った鬼が悲鳴をあげる。

 

 

 

喧しい。さっさと死ね。

 

 

 

 

 

そのままの速さで駆け回り、鬼の身体とすれ違う度に薙ぎ払うように切り裂く。

 

 

二十回ほど切り裂いただろうか。存在感のある背丈をしていた鬼はバラバラになり地に伏せ、別の意味で存在感を出している。

 

「何故だ・・・お前は鬼殺隊じゃないんじゃ・・・」

 

 

 

口に刀を突き立てる。

 

 

「まだ喋る余裕があったか。さっさと死ね。」

 

 

地面まで刀を貫通させるとそれを皮切りに鬼は喋らなくなった。

 

 

大したことはなかった。父上の方が何倍も強かった。

ということは父上を殺した鬼は鬼の中でも上位の部類に入るのだろう。今まで以上に強くならなければならない。

絶命した鬼に背を向け、刀から血を振り払い納刀する。

 

さ、先程の女性を追いかけるとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿だなあてめえは!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろから飛来した"何かを"間一髪で躱す。

 

 

 

 

 

「・・・何故生きている?」

 

 

 

そこには確実に仕留めたはずの鬼が立っていた。

 

 

「五体満足・・・一体何がどうなっている?」

 

「てめえ何も知らねえんだなぁ・・・ヒヒヒ・・・鬼はなあ!!ただ人間と同じように切り刻んでも死なねえんだよ馬鹿があ!!ギャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」

 

 

 

 

嘘だろ・・・?

 




【技解説】
「縮地」
超高速の移動術。いくつかの段階がある。
「三歩手前」で飛天御剣流の神速に匹敵し、「二歩手前」で上回る。「一歩手前」では早すぎて踏み込みにより地面が爆発してるように見え室内では天井を利用した上下の動きを可能とする。
完全な縮地は踏み込みすら見えない。

主人公が早速鬼と邂逅しました。
オリ主強め、とタグ付けしておきましたがかなり強めです。はい。
鬼の弱点を知らず普通に切り伏せましたが案の定鬼は死にません。しかま結構人間食ってるのですぐ再生しやがりました。
次回で決着です。お楽しみに。


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第肆話 鬼殺隊

確信した。

鬼は確実に人間の認識を超えた生物だ。

人間とかけ離れた容姿。人間を喰らい、あそこまで切り刻まれても再生する生命力。そして命への価値観。

 

全てが人間の外だ

 

「さぁて、どう喰ってやろうかあ?たっぷり仕返ししてから喰ってやるからなあ??ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」

 

不味い。どうすればいい。

普通に切り刻んでも死にはしない。だからといって鬼を絶命させる方法を俺は知らない。

どうしたものか・・・

 

「おらぁ!!!」

 

鬼が襲いかかってくる。

が、反応できない速さではない。

全然余裕で反応できる。

 

鬼の(一般人から見たら)目にも止まらぬ連撃を難なく躱す。

まさか躱されるとは思ってもいなかったようで素っ頓狂な目線をこちらに向ける。

 

「は・・・?なんで当たらねえ!!」

 

先程自分を切り裂いた時の俺の速さを忘れたのだろうか?

明らかにこちらの方が早かったのだからその程度の速さで俺を捉えられるはずがないだろうに。知性は人間に劣るのだろうか?

 

「その程度の速さで俺を捉えられるとでも??」

 

少し煽ってやると、鬼の中でもブチッと何かが切れたようだ。

白い肌を真っ赤にして怒鳴り散らしてくる。

 

「ぶっ殺してやるこのガキャャャャャャ!!!」

 

煽り耐性も人間より劣るようだ。

少し力をつけた程度の生き物は良く己の力に過信する。

その自分の力を馬鹿にされたことが悔しいのだろう。

 

「今度はこちらから行くぞ。飛天御剣流 龍巣閃(りゅうそうせん)

 

先程より速く、浅く切り裂き、鬼にダメージを与える。

 

「グギャァァ!痛てぇぇぇえ!!」

 

数え切れないほどの箇所を浅くとはいえ切り裂いたのだ。それは痛いだろう。

 

 

 

 

 

「この程度の傷なぁ・・・すぐ治んだよぉぉぉぉ!!」

 

 

 

鬼の傷が塞がる。嘘だろ勘弁してくれ。

まずいな。このまま決定打が得られないようならばこちらが一方的に消耗していつか押し負けるかもしれない。

俺はこんな所で死ぬ訳にはいかないのだ。逃げるが吉だろう。

 

 

 

だがここでこいつを放っておくとどうなる?

さらにあの村の人々が被害にあうだろう。

 

「・・・言語道断!!」

 

 

逃げるな。向き合え。守れ。

それが力を持ったものの責務。飛天御剣流の理だろう。

 

鬼といえど消耗しない訳では無いだろう。

人間を喰らうということはそこには栄養を摂取するなどの理由があるのだろう。

このまま消耗させ続ければいつか再生しなくなるかもしれない。そうすればこの鬼を殺せるかもしれない。

 

ならば、やるしかないだろう。

 

 

 

 

呼吸を整える。心を落ち着かせる。

 

 

 

 

さぁ向き合え、そして敵を切り伏せるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「炎の呼吸 壱の型 不知火(しらぬい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起こったのか分からなかった。

突如として現れた男が炎を纏った袈裟斬りで鬼の首を切り落としたのだ。

 

だがダメだ。ただ斬っただけでは・・・

 

 

 

 

 

「ただの刀で斬られただけでは鬼は死なない。この"日輪刀"をもって鬼の首を斬ることで鬼は死ぬのだ。」

 

 

 

日輪刀?なんだそれは、ただの刀とは違うのか?

そんな疑問が浮かぶと、鬼が絶叫する。

 

 

「ギャアアアアア!!!鬼殺隊ぃぃぃぃぃぃぃ!!クソクソクソクソ!!!身体が再生しねえええええ!!!!!」

 

 

 

どうやら、この男性の言うことは本当なようだ。

鬼の身体が崩れ去っていく。

 

あれほど斬撃を与えても死ななかった鬼が、たった一撃で塵へとなっているのだ。

 

 

 

 

 

「畜生・・・俺はまだ・・・強くなるんだ・・・」

 

 

「・・・次は良い人間に生まれ変われよ」

 

この鬼は哀れなどではない。そう思ったが、やはり哀れなのかもしれない。

この鬼が人間として生を受けていたら?人間として時を過ごしていたら?

こんな痛い思いをせず、平和に生きていくことが出来ていただろう。

では逆に俺が鬼として生まれていたら?

こうして身体を切り刻まれ、首を落とされ、死ぬ。

もしかしたらこの鬼は人として平和に過ごせたかもしれないし、俺は鬼として過ごしていたのかもしれない。

そう考えるとやはり鬼とは、哀れな生き物なのかもしれない。

 

 

「君・・・何故鬼を憐れむのだ?」

 

 

「何故・・・?哀れだから憐れむんです。この鬼はもしかしたら人間だったのかもしれない。」

 

 

「・・・鬼殺隊士でもなく、日輪刀も持たず。ただの刀で鬼と相対し、優勢を保つ。君は只者ではないようだな。」

 

「そちらこそ、先程の炎を纏った斬撃といい、その服装といい。只者では無いように思えます。」

 

「互いに質問しなければならなさそうだな。君の名前を教えてはくれないか?」

 

「啓。如月 啓と申します。」

 

「俺は鬼殺隊 炎柱 煉獄槇寿郎(れんごくしんじゅろう)。さぁ、話をしよう。」




【技解説】
「飛天御剣流 龍巣閃」
全身を目にも止まらぬ速さで切り刻む。

「炎の呼吸 壱の型 不知火」
力強い踏み込みから繰り出される袈裟斬り

啓が初めて出会う鬼殺隊士は煉獄槇寿郎さん。煉獄杏寿郎にお父さんですね。
この時はまだ炎柱として活動してる時です。
ここからどう啓が歩んでゆくのか。どうぞお楽しみに。


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第伍話 煉獄邸へ

「単刀直入に聞こう。啓君、君は何者なんだ?」

 

「何者か、と聞かれましても・・・家で代々受け継がれてる剣術を学んだ普通の男児としか答えられません。」

 

「むぅ・・・それにしたって君は強すぎる!鬼殺隊士のように呼吸を扱ってる様子もなかったし・・・うぅむ・・・」

 

目の前で考え込む燃え盛る炎のような髪の煉獄槇寿郎さん。

剣技を見た時も思ったがいざこうしてじっくり見てみるとかなりの使い手であることが伺える。きっと今の俺では本気で斬り合えば勝てないだろう。

 

ここで気になる事をこちらから聞いてみる。

 

「槇寿郎さん。呼吸とは何ですか?それに鬼殺隊、日輪刀などといったものに関しても知りたいです。」

 

「分かった。ひとつずつ答えるとしよう。」

 

分かったことはこうだ

 

①、鬼殺隊とは鬼を狩る人間が集まった組織のことである。

 

②、鬼殺隊に入隊するには鬼が閉じ込められた山で一週間生き延びる「最終選別」に合格する必要がある。

 

③、鬼殺隊士は「全集中の呼吸」という呼吸法により身体能力を強化し鬼と渡り合う。全集中の呼吸にも様々な流派があり、槇寿郎さんが扱うのは「炎の呼吸」

 

④、鬼は元々人間であり、鬼の始祖「鬼舞辻無惨」の血を体内に取り込むことで鬼となる。殺すには日輪刀と呼ばれる刀で首を撥ねるか日光に当てなければならない。

 

「なるほど、理解しました。」

 

「うむ。ではここで一つ君に頼もう。ぜひ鬼殺隊に入隊してはくれないか!君のような若くて強い子ならば必ず人々を守る隊士となるだろう!」

 

槇寿郎さんに頼まれずとも、俺の答えは既に決まっている。

 

「槇寿郎さん。俺は元より鬼殺隊の存在を耳にして情報を掴み入隊するために旅をしていた身です。むしろこちらから入隊させて欲しい所存です。」

 

「そうか!それは嬉しい限りだ!!では早速だが御館様に知らせるとしよう!」

 

御館様。鬼殺隊の当主、まとめ役のような人だそうだ。

 

「とりあえず啓君は家に滞在するといい。全集中の呼吸について教えられるだろうし何より君と手合わせしてみたい!君と歳の近い息子もいるのでな、仲良くしてやって欲しい!」

 

「ありがたい限りです。どうぞよろしくお願いします。」

 

 

なんやかんやあって鬼殺隊への道が見えてきた。

 

全集中の呼吸の習得はもちろんだがどの流派、呼吸を扱うかも決めなければならないな・・・

 

 

槇寿郎が御館様に知らせを飛ばすために鴉を使ってたけどなんか人間の言葉話してなかったか?何なんだあれは

 

 

 


 

 

ー煉獄邸ー

 

「瑠火!杏寿郎!帰ったぞ!」

 

「お邪魔します。」

 

「お帰りなさい父上!」

 

「お帰りなさいあなた。その子は?」

 

「今日からしばし家で預かることにした如月 啓君だ!杏寿郎!お前と一つ違いだから仲良くするように!」

 

「はい父上!よろしくな啓君!」

 

「よろしく、杏寿郎くん。」

 

玄関を入ると奥さんの瑠火さん。長男の杏寿郎君が出迎えてくれる。

瑠火さんのお腹を見るとどうやら身篭ってるようだ。もうそろそろと言ったところか。

煉獄邸に向かっている時に聞いた話によると杏寿郎君は俺の一歳年下らしい。ぜひ仲良くしたい。

 


煉獄邸についてすぐ、俺は槇寿郎さんに全集中の呼吸について教えてもらった。

 

 

どうやら基本の流派となるのは「炎の呼吸」「水の呼吸」「風の呼吸」「雷の呼吸」「岩の呼吸」の五つらしい。

 

炎の呼吸

脚を止め力強い踏み込みから、一気に強力な斬撃を仕掛けるのが特徴

 

水の呼吸

どんな形にも対応できるような水のような流派であり、炎の呼吸とは対になるように軽やかな足運びが特徴

 

風の呼吸

鎌鼬のように切り刻む荒々しい剣技が特徴

 

雷の呼吸

呼吸の力を足に集中させ雷のごとく居合を繰り出すのが特徴

 

岩の呼吸

岩のような頑丈な防御力、力押しが目立つのが特徴

 

 

ちなみに俺が扱う飛天御剣流は速さに重点を置いており、その奥義は抜刀術、つまるところの居合であるため雷の呼吸への適性が高いのかもしれない。

とはいえそれぞれの呼吸に確かな長所があるため一概にどれが強いとは言えないのが事実。

ならば各呼吸の長所を集めてみるのはどうだろうか?

そう思い聞いてみるとこう返された。

 

「確かに理論で考えるならばそれが出来たら間違いなく最強だろう。だが今に至るまでそんな呼吸は作られていない。人にはそれぞれの呼吸に適性があってだな、あらゆる呼吸に適性がある隊士は今までにいない。だがもしそんな隊士が現れたなら、そんなことも実現可能かもしれないな!」

 

あらゆる呼吸に適性、か。

今に至るまでそんな隊士がいないということはやはり難しいことなのだろう。

だが俺は分析しそれを自分の動きに組み込むのが得意だ。

父上との飛天御剣流の鍛錬もまずは父上の動きを見て、その後に模倣を一発で成功させてみせた。

もしかしたら俺にならば可能かもしれない。

 

「とりあえず啓君。俺と手合わせをしてみないか?実際に君とも打ち合ってみたいのだ!」

 

「鬼殺隊で最も高い位の剣士と打ち合うことになるとは・・・生きて帰れますかね。」

 

「そこまで本気ではやらないから大丈夫だろう!おそらく。」

 

「えっ?恐らく?」

 

 

不安だ。



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第陸話 炎柱との稽古

「啓君、準備はいいか?」

 

「ええ、いつでも・・・」

 

 

 

全集中の呼吸についての説明を受けた後、今は槇寿郎さんとの稽古に臨もうとしている。

こうして木刀を構え向き合うと父上との稽古を思い出す。

それにしてもこの佇まい、やはり只者では無い。

辺りに満ちる闘気。互いの実力を測る稽古といえど、本気で臨まねば・・・

 


 

任務中に出会ったこの少年、如月 啓。

なんと全集中の呼吸を扱う鬼殺隊士でもなく、日輪刀を持っている訳でもないのに鬼を相手していたのである。

実は女性を逃がしてるあたりから隠れて様子を伺っていたのだが・・・驚愕した。

本来、鬼は全集中の呼吸により身体能力を強化し相手するもの。しかし目の前の少年は呼吸法を扱っている様子などない。それにも関わらず、鬼が反応できない速さで鬼を切り刻んでいたのだ。

とどめを刺す術がないために横に割って入って俺がとどめを刺したが、仮にこの少年が鬼殺隊士なら、日輪刀を持っていれば?

間違いなく鬼を瞬殺していただろう。

この少年が全集中の呼吸を身に付け、鬼殺隊として刀を振るえば・・・

 


 

「いざ参る!!」

 

先に仕掛けたのは槇寿郎。

全力では無いものの素人では視認するのが難しいほどの速さで啓に斬り掛かる。

 

「・・・」

 

しかし、特に焦る様子もなく啓は応戦する。

右斜め上から迫る木刀を冷静に弾く。

 

「今度はこちらから・・・」

 

すぐさま体勢を立て直し、槇寿郎へ仕掛ける。

 

「縮地 三歩手前」

 

鬼を切り伏せた時同様、神速の僅か先をいく速さで槇寿郎を撹乱させんと駆け回る。

 

(速い!いざ対面すると三者視点から見てた時よりも速く感じる!だが・・・!)

 

先程とは対象に、左斜め下から振るわれる木刀。これを槇寿郎はしっかりといなす。

 

「やはり速い!が、反応できない速さではないな!」

 

「言ってくれますね・・・!ならば・・・」

 

 

「縮地 二歩手前」

 

 

(何!?)

 

先程よりも数段速さを増す。

槇寿郎は焦りを隠せない。

 

(動きを視認は出来る、だがしかし、身体が追いつかん!!)

 

その焦りを啓は見逃さない。

 

(取った!!)

 

 

しかし、槇寿郎は先程よりも速く木刀をいなす

 

 

(反応が速い!先程よりも確実に!)

 

 

耳を澄ますと、先程まで聞こえなかった「呼吸音」が聞こえる。

 

(この音は槇寿郎さんが鬼の首を撥ねた時と同じような音・・・息を吸っているのか?つまり呼吸、そうか、これが・・・!)

 

 

「これが全集中の呼吸だ。」

 

「そうですか、これが・・・」

 

啓は考え込む素振りを見せる。

それは明らかな「隙」

それを晒すことは命のやり取りをするにあたって自らの命を晒すのと同義。

それを咎めんと槇寿郎は木刀を振るう。

 

(もらった!!)

 

 

 

しかし

 

 

 

先程とは比較にならない鋭さで槇寿郎の刀を弾く

 

 

啓からは今槇寿郎から発せられていた音が聞こえる

 

 

それが示す事実はただ1つ

 

 

(習得したというのか・・・!?この瞬間に、全集中の呼吸を!!)

 

 

啓は構える。槇寿郎は再び驚愕する。

その構え、呼吸は、

自分が得意とするものだったから。

 

 

 

 

 

「炎の呼吸 壱の型 不知火」

 

 

 

炎が槇寿郎を襲う

 




というわけで啓が全集中の呼吸を習得しました。
といっても槇寿郎のものを見よう見まねで真似しただけなのでまだ完全ではありませんが
何より常中もありますしね

そして炎の呼吸の技を使わせてみました。
これは前話で言っていた父親の飛天御剣流を見て、次にそれを完璧に模倣した「観察力」からのものです。
ここからもっととんでもないことさせるつもりなのでどうぞお楽しみに。


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第漆話 御館様

「一太刀失礼しました、槇寿郎さん。」

 

 

 

飛天御剣流の稽古の時と同じように見たものを真似してみたが・・・上手くいったようだ。

槇寿郎さん同様炎が目に見えたということはそれなりの精度で模倣できたようだ。

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 

「・・・槇寿郎さん?」

 

 

 

「あぁ、すまない、驚愕してた・・・」

 

 

 

「驚愕?何にですか?」

 

 

 

「君が全集中の呼吸、炎の呼吸を平然と扱ったことにだ。まだ何も教えていないだろう・・・?」

 

 

 

「あー・・・俺他の人より観察力が高くてですね。飛天御剣流の稽古の時も父上の剣を見たその後一発で模倣してたりしてました。」

 

 

 

「・・・恐ろしいな。」

 

 

 

「常識から外れてるのは自覚してます・・・」

 

 

 

「いやあ私の完敗だ。やはり君は鬼殺隊にとって大きな戦力となるだろう!」

 

 

 

「恐縮です。」

 

 

 

「さて、君には今から俺が扱う炎の呼吸のすべての型を見せよう!また同じように模倣してみてくれないか??」

 

 

 

「願ったり叶ったりです。ぜひ。」

 

 

 

───────────────────

──────────

─────

 

 

結論から言おう。出来た。

あの時見た壱の型から奥義である玖の型まで、槇寿郎さんの太鼓判を貰う精度で模倣できた。

 

 

 

「いやはや驚いた。まさかすべての型を模倣してみせるとは・・・」

 

 

 

「ですがまだ槇寿郎さんの精度には劣ります・・・」

 

 

 

「最初から俺より高い精度だったら俺の立場が無くなるからやめてくれ!」

 

 

 

「・・・」

 

 

 

「無言で笑みを浮かべるのはやめてくれ啓君!!」

 

 

 

こんなやり取りを交わしていると、槇寿郎さんの喋る鴉が何かを伝えに道場に入ってくる。

 

 

 

「カァァァァァァ!!!御館様ヨリ連絡!!!槇寿郎、如月 啓を連レテ産屋敷邸マデ来ルベシ!!カァァァァァァ!!!」

 

 

 

「む、御館様から呼び出しか。」

 

 

 

(この鴉うるさい・・・・・・)

 

 

 

「啓君、急だが御館様からの呼び出しなら行かない訳にはいかない。準備してくれ!」

 

 

 

「了解です。」

 

 

 

鬼殺隊になったらあんな鴉がずっと俺の周り飛び回るのか・・・?

まあとりあえず準備をしよう。

 

 

 


 

ー産屋敷邸前ー

 

 

「ここが我々柱が会議をする際に集まる御館様の屋敷だ!」

 

 

 

「うわあ大きい・・・煉獄邸も相当だったが・・・」

 

 

小さな集落と同じくらい広いのではなかろうか。

御館様というより産屋敷家の財力を思い知らされる。

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました。御二方。」

 

 

 

「あまね様!」

 

 

 

急に槇寿郎さんが改まった態度になる。御館様の奥様だろうか。綺麗な方だ。

ふと目を向けてみると瑠火さん同様お腹が大きくなっている。

 

 

 

「お初にお目にかかります。如月 啓と申します。身重の体での御出迎え、感謝致します。」

 

 

 

「態々時間をかけて来ていただいたのです。この程度は当然のことです。当主の耀哉の元に案内します、どうぞこちらへ」

 

 

 

あまね様に先導され、御館様の元へと向かう。

鬼殺隊を束ねる当主。一体どんな方なのだろうか。

 

 

 

「煉獄槇寿郎様、如月 啓様をお連れしました。」

 

 

 

「ありがとう、あまね。二人共、入ってくれ。」

 

 

 

「失礼致します。」

 

 

 

槇寿郎さんが襖をあけ部屋に入る。後を追うように俺も部屋に入る。

 

 

 

「失礼致します。」

 

 

 

「よく来てくれた、槇寿郎。啓。どうぞ座ってくれ。」

 

 

 

「お心遣い痛み入ります。失礼致します。」

 

 

 

この方が産屋敷耀哉、御館様。

何故だろう、この方の声を聞いていると安心するような、ほわほわとした感覚に包まれる。不思議だ。

 

 

 

「改めて二人共よく来てくれたね。啓、初めまして。鬼殺隊当主を務めている産屋敷耀哉だ。よろしくね。」

 

 

 

「如月 啓と申します。どうぞよろしくお願い致します。」

 

 

 

「さて、二人を呼んだ理由なんだけど実はただ啓と話をしてみたかっただけでね。」

 

 

 

「む、でしたら御館様。私は下がっておりますゆえ。」

 

 

 

「大丈夫だよ槇寿郎。そのままにしていてくれ。」

 

 

 

「御意。」

 

 

 

「さて、啓。聞くところによると君は凄く強いようだね。その上で頼みがあるんだ。」

 

 

 

「俺にできることならば何でも。」

 

 

 

「ありがとう。啓。どうか鬼殺隊に入って君のその力を人々を守るために奮って欲しい。」

 

 

 

御館様が頭を下げる。

 

 

 

「顔をお上げください御館様!俺は元より鬼殺隊へ入るために旅立った身。こちらからお願いしたい程です!」

 

 

 

「そうか、ありがとう。啓。その次になんだけど啓が鬼殺隊を目指す理由を聞いてもいいかな?」

 

 

「分かりました。」

 

 

 

 

俺は御館様に鬼殺隊を目指す理由を話す。

弱き人々を守るという飛天御剣流の理のため、父上の仇を取るため、そして何より父上との約束を果たすため。

 

 

「そうか・・・たった一人の肉親を亡くして、辛かっただろうね。苦しかっただろうね。」

 

 

 

「・・・っ!」

 

 

過去は振り返らない、前を向いていく、そう決めたはずなのに、目頭が熱くなってくる。

 

 

 

「それでも啓は必死に頑張ろうとしている。強いね、啓は。偉いよ」

 

 

 

「・・・・・・・・・っ!!!お心遣い・・・痛みいります・・・!」

 

 

 

槇寿郎が御館様を慕う理由が分かった。

この方は命を賭して戦う俺たちに心から寄り添ってくださるんだ。

隊員の痛みも、悲しみも、全てに寄り添ってくれる。

 

 

「私に力になれることがあったら言うんだよ。力になるからね。」

 

 

 

「御館様!私の方から一つお願いをしてもよろしいでしょうか!」

 

 

「なんだい槇寿郎、いってごらん。」

 

 

「啓君を各呼吸の育手に会わせてやってはくれませぬか!先程手合わせをした際に、啓君は私がみせた炎の呼吸全ての型を模倣して見せました!」

 

 

 

御館様の顔に僅かな驚きが浮かぶ。

 

 

 

「鬼殺隊を目指す上で必要な全集中の呼吸。啓君にはそれを広い視野で見て習得して欲しいのです!どうか!」

 

 

 

「分かったよ槇寿郎。各呼吸の柱、育手、上位隊士に掛け合ってみよう。」

 

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

「日程等は決まり次第、鎹鴉を通して教えるからね。」

 

 

 

「お手数をお掛けします。ありがとうございます。」

 

 

 

いつまでも泣いている訳にはいかない。

涙を吹き御館様にお礼を言う。

 

 

 

「さて、話は以上だよ。今日は来てくれてありがとうね。槇寿郎、啓。」

 

 

 

「こちらこそお話出来て嬉しい限りです。次は鬼殺隊士としてお会いできるよう励みます。」

 

 

 

「うん、頑張ってね。」

 

 

 

「ではこれにて失礼致します。御館様。」

 

 

 

「気をつけて帰るんだよ。」

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

〜夜〜

 

「鬼舞辻無惨。どこかで君も同じ月を見ているのかな?」

 

 

耀哉は庭で一人で呟く。

 

 

「刃はやがて龍となり、その内君に牙を向くだろう。覚悟しておくことだ。」

 

 

耀哉は一人嗤う。やがて鬼を滅する龍に思いを馳せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




圧倒的な強さを持ち大人びている啓ですがまだ十二歳。
底なしの優しさに触れて泣きたくなる時だってあります。

次回から各呼吸の使い手の元に啓が行きます。
新たな出会いもあることでしょう。

自己満足から書き始めたこの小説ですが見てくださる皆様に楽しんで頂けるよう、励んでまいります。

応援、評価、感想のほどどうぞよろしくお願い致します。


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第捌話 岩の呼吸

「本日は貴重なお時間をありがとうございます。行冥さん。」

 

 

 

「他ならぬ御館様からの頼みだ・・・気にする事はない・・・」

 

 

 

今俺の目の前にいるのは悲鳴嶼 行冥(ひめじま ぎょうめい)さん。

現在「甲」の上位隊士だ。

全集中の呼吸の五大流派の一つ、「岩の呼吸」について学ぶために貴重な休息の時間を俺に使ってもらっている。ありがたい限りだ。

 

 

 

「さて、私が使用する岩の呼吸についてだが・・・まず一つ。私は一般的な隊士と違いこの鎖で繋がれた鉄球と手斧で戦っている。ゆえに君には岩の呼吸の原理等については教えられるが、実践で扱う参考になることは出来ないと思われる・・・それでも構わないだろうか?」

 

 

 

「ええ、大丈夫です。我流で刀で扱う形にしてみますので。」

 

 

 

「そうか・・・では早速岩の呼吸の特色について教えていこう。岩の呼吸とは岩の如く硬い防御を主とした呼吸だ。その技は力押しによるものが大半を占めるため単純故に弱点が少ない・・・」

 

 

 

力押しによるよるものが大半を占める、か。

行冥さんのような体格の良い隊士が扱う岩の呼吸はそれはそれは鬼にとって脅威そのものなのだろう・・・

ましてあの武器・・・相当な威力になるのだろうな。

 

 

 

「君は観察眼が優れているのだったな・・・ならば直接見てみる方が早いだろう。見ていてくれ・・・」

 

 

 

と言い、行冥さんが武器を構え呼吸に入る。

呼吸の音は炎の呼吸とはまた違ったもの。

 

 

 

「岩の呼吸 壱の型 蛇紋岩・双極(じゃもんがん そうきょく)

 

 

 

回転しながら鉄球と手斧が目の前の木々に放たれる。

 

 

二つが木々に触れた瞬間凄まじい音を伴いながら木々はなぎ倒される。

 

 

凄まじい破壊力だ。本当はこの人鬼なんじゃないか?

 

 

とまあそんな考えを頭から振り払い、他の型も見せてもらう。

やはりどの型も破壊力が凄まじい。

 

 

 

「・・・以上が岩の呼吸の全ての型だ。どうだ?模倣は出来そうか?」

 

 

 

「ええ、早速試して見てもよろしいでしょうか?」

 

 

 

「うむ。やってみるといい・・・」

 

 

 

木刀を構える。

 

 

 

先程見て聞いた通りにやってみせろ。

 

 

呼吸で空気をふんだんに取り込み、血の流れを加速させる。

 

 

そして頭に浮かべるのは壱の型。木刀を回転させるわけにはいかない。

 

 

ならどうやって回転による破壊力を乗せるか。

 

 

 

答えは簡単。俺が身体を捻ることにより力を乗せてやればいい。

 

 

 

地を蹴り身体を捻りつつ木に迫る。

 

 

間合いに入った瞬間、最大限の力で刀を振り下ろす。

 

 

 

人体における腹に当たる位置を右斜め上から左斜め下に両断する。

 

 

すぐさま刃を返し、先程とは反対に振り上げる。

 

 

 

今度は人体における首に当たる位置。すなわち鬼に止めさせる部位。

 

 

 

凄まじい音を立てながら三本に切り裂かれた木が倒れていく。

 

 

 

行冥さんから「おぉ・・・」という感嘆の声が漏れるのが聞こえる。

 

 

 

「間違いない・・・呼吸の仕方から剣筋まで、紛れもない岩の呼吸だ・・・嗚呼・・・神はとんでもない才覚の持ち主を生み出したのだな・・・」

 

 

 

「過大評価しすぎです・・・」

 

 

 

「そう謙遜するな・・・君の実力は本物だ・・・肩を並べ戦う日が楽しみだ・・・」

 

 

 

どうやら俺は柱だけでなく柱に最も近い剣士からもお墨付きを頂けたようだ。

 

 

 

「聞く話によると君は炎柱との稽古に打ち勝ったようだな・・・どうだろう、私ともやってみないか?何より君の家で受け継がれているという剣術も受けてみたいのだ・・・」

 

 

 

「こちらからお願いしたいほどです。どうぞよろしくお願いします。」

 

 

 


 

 

行冥さんと互いに武器を構える。

 

 

以前との槇寿老さんとの稽古の時とは違うところがある。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

木刀ではなく、鉄球・手斧と刀。

 

 

実戦に近い形式を採ることで互いに緊張感が増す。

 

 

「では行くぞ・・・」

 

 

 

行冥さんが鉄球を回転させていく。

 

 

空気を裂くような音は相対したものに確かな圧力を与える。

 

 

しかし真剣勝負の場で物怖じしたものに勝ち筋など見えてこない。

 

 

気を引き締める。

 

 

グオオン!!という音と共に鉄球が迫り来る。

 

 

正面から受けることは恐らく不可能。

 

 

ならば鉄球は回避に専念するべきだろう。

 

 

「縮地 三歩手前」

 

 

幾度となく使ってきた縮地により俺はその速さを増す。

 

 

 

 

 

しかし、移動した先には斧を構えた行冥さんが待ち構えていた。

 

 

 

(ッ!?)

 

 

行冥さんが鋭く斧を振り下ろす。

 

 

斧は十分に受けきれるため、鐔に近い部分で受ける。

 

 

「ほう・・・」

 

 

重い。この人寸止めとか無しで完全に斬るつもりだったのでは・・・?

 

 

「安心しろ・・・浅い刀傷に抑えよう・・・君も軽く斬るつもりでかかってくるといい・・・」

 

 

やっぱ殺る気だこの人。

 

 

「そうですか・・・なら容赦はしません・・・よ!!」

 

 

鐔に近い部分で受けた斧を剣先の方に流れるようにいなす。

 

 

跳ねるように後退し、技を出すのに十分な間合いを確保する。

 

 

全集中の呼吸で血の流れを、動きを加速させる。

 

 

これは炎の呼吸でもなく岩の呼吸でもない。俺が扱う剣をより強くするための全集中の呼吸だ。

 

 

(聞いたことの無い呼吸音・・・なんの呼吸だ・・・?)

 

 

「・・・飛天御剣流 土龍閃(どりゅうせん)

 

 

地面を叩きつけ土砂を巻き上げ攻撃する。

 

 

予想外の攻撃からか、行冥さんの反応が一瞬遅れる。

 

 

その隙を逃さない。

 

 

呼吸を切り替える。

 

 

間合いを詰め、相手の直前でしっかりと踏み込む。

 

 

「炎の呼吸 弐の型 昇り炎天(のぼりえんてん)

 

 

下から上へと斬りあげる。

 

 

(取った!)

 

 

が、行冥さんは余裕を持って回避する。

 

 

行冥さんは目が見えない。それゆえに音で相手の動きを感知しているらしい。

 

 

恐らく刀が空を切る音が聞こえたと同時に回避に移ったのだろう。

 

 

防御に長けた岩の呼吸に加え行冥さん自身の感知力。

 

 

崩すのは容易ではない・・・

 

 

「ふむ・・・炎柱の炎の呼吸にも引けを取らぬ一撃だったぞ・・・」

 

 

「確実に取ったと思ったんですがね・・・流石です。」

 

 

再び構え直す。

 

 

行冥さんから空気が出入りする音が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

来る

 

 

 

 

 

 

「岩の呼吸 肆の型 流紋岩・速征(りゅうもんがん そくせい)

 

 

 

鉄球と斧が入り乱れるように周囲一体を攻撃する。

 

 

範囲が広すぎる。恐らく完全な回避は不可能。

 

 

ならば、この技で受けるしかない。

 

 

再び呼吸を変える。

 

 

俺から発せられる音は行冥さんと同じもの。

 

 

「岩の呼吸 参の型 岩軀の膚(がんくのはだえ)

 

 

本来、手斧と鉄球を自身の周囲に振り回し攻撃から身を守る技。

 

 

しかし手に持つのは刀。

 

 

迫り来る膂力に負けぬよう最大限の力で迎え撃つ。

 

 

まずは斧。難なく弾く。

 

 

次は鉄球。あまりの重さに一瞬体勢を崩す。

 

 

そこを行冥さんが見逃さなかった。

 

 

斧の刃になっていない部分で足払いをするようにされ、転倒する。

 

 

刹那、俺のすぐ横に鉄球が降ってくる。

 

 

 

俺の負けだ。

 

 

俺が鬼だったら容赦なくこの巨大に首を潰され死んでいただろう。

 

 

「勝負ありだな。」

 

 

「ええ、参りました。」

 

 

「見事な炎の呼吸、岩の呼吸だったが私の方が実戦経験の面で勝っていたな・・・」

 

 

「やはり死線を潜り抜けてきた隊士にはまだ及ばないようです・・・まだまだ精進します。」

 

 

「うむ・・・今後に期待だ。」

 

 

 

 

 

 

 

去り際、行冥さんにいくつかの助言を貰った。

 

一つ、全集中・常中について

 

食事中も睡眠中も全集中の呼吸を維持することにより身体能力をさらに強化する方法だそうだ。

 

まずは呼吸器官を強化するところから初めるように、とのこと。

 

二つ、扱う呼吸について

 

今のところ、俺が扱うのは炎の呼吸、岩の呼吸、そして飛天御剣流の威力を上げる際に使用する呼吸。

 

五大流派について理解を深めた後、飛天御剣流の際の呼吸を昇華させていき自分自身の呼吸、型を作り上げてみては、と言われた。

 

確かに自分の理想を求めるのには自分で作り上げるのが一番かもしれない。

 

当面の目標は呼吸器官の強化と五大流派への理解を深めること。この2つだな。

 

 

 

 

 

 

「行冥さん、今日はありがとうございました。」

 

 

「うむ・・・これからも励むのだぞ・・・」




【技解説】

「岩の呼吸 壱の型 蛇紋岩・双極」
鉄球と手斧を錐揉み回転させ相手に放つ技

「岩の呼吸 参の型 岩軀の膚」
鉄球と手斧を自身の周囲に回転させ攻撃から身を守る技


「岩の呼吸 肆の型 流紋岩・速征」
鉄球と手斧を振り回し周囲一体を攻撃する技


「炎の呼吸 弐の型 昇り炎天」
闘気を纏わせての斬りあげ。炎の呼吸の中でも素早く放てる技

「飛天御剣流 土龍閃」
刀を地面に叩きつけ、巻き上げた土砂で相手を攻撃する技


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第玖話 風の呼吸

風の呼吸の育手としてオリキャラが出ます。
最後にアンケートぶら下げときますので協力お願い致します。


「こんにちは。御館様の紹介で参りました如月 啓です。」

 

 

俺は今、風の呼吸の育手の元を訪れている。

 

先日行冥さんの元で「岩の呼吸」について学び、今度は「風の呼吸」について学ぶために御館様にここに行くように、と言われたためだ。

 

 

「どなたかいらっしゃいませんか・・・?」

 

 

誰も居ないのだろうか・・・?

場所は間違っていないはずなのだが・・・

 

と、思っていると裏の方から人の声が聞こえる。二人だ。

 

 

「あと素振り千回!気を緩めるな!」

 

 

「おォ!!やってやんよォ!!」

 

 

どうやら稽古中だったようだ。

 

とりあえず挨拶しよう。

 

 

「お取り込み中失礼します。」

 

 

「むっ、御館様から頼まれた子は君か?」

 

 

「はい。如月 啓と申します。今回はよろしくお願い致します。」

 

 

「うむ、私は陣野 風磨(じんの ふうま)。風の呼吸の育手をしている。そしてあっちが・・・」

 

 

「二百六十九!!!二百七十!!!」

 

 

「今はそれどころじゃないようだな・・・暫し待ってくれ。」

 

 


 

 

「終わったぜ師匠ォ・・・!」

 

 

「うむ。紹介しよう。こいつは不死川 実弥(しなずがわ さねみ)。つい最近から私のもとで修行を詰んでる者だ。実弥、こっちは如月 啓。昨日話した子だ。お前と同じ歳だ、仲良くせい。」

 

 

「如月 啓だ。よろしく頼む。」

 

 

「おォ、俺は不死川 実弥。よろしくなァ」

 

 

挨拶とともに握手を交わす。

よく見てみると全身傷だらけだ。

 

 

「ん?あァ、この傷か?俺ァ稀血っつー特殊体質でなァ・・・」

 

 

【稀血】

他の人間よりも栄養価が高く、鬼が欲してやまない血。と煉獄家にあった鬼について記された本で読んだな・・・

 

 

「稀血の中でも随分特別な血らしくてなァ。俺の血を嗅いだだけで鬼共は酩酊すんだァ。」

 

 

「随分な特殊体質だな・・・」

 

 

「それで自傷して酩酊した鬼を日光で灼くなんて無茶な鬼狩りをしてたところをこいつの兄弟子にあたる人物に拾われ、俺の元に来た、というわけだ。」

 

 

「ケッ・・・皆まで言うなよ師匠ォ。」

 

 

「さて、与太話はここら辺にしておいて啓がここに来た本題に入るとしよう。風の呼吸について教えて欲しいとのことだったな?」

 

 

「えぇ。その通りです。」

 

 

「てことはなんだァ?啓もここで修行をするってことかァ?」

 

 

実弥に俺の能力について教える。

 

 

「・・・なんだそれェ・・・俺の体質なんかよりよっぽどすげェじゃねぇかァ。」

 

 

「お前のも大概だと思うがな・・・?」

 

 

「ふむ、ということはとりあえず風の呼吸の全ての型を見せるところから始めるとしようか。」

 

 

風磨さんがおもむろに立ち上がり、少し離れたところで刀を構える。

風の呼吸独特の呼吸音が耳に入ってくる。

 

 

「よく見ておくといい・・・風の呼吸 壱の型 塵旋風・削(じんせんぷう・そぎ)!」

 

 

風を纏いながら凄まじい勢いで木に突進していく。

通った後を見てみると地面が抉れている。

 

 

一通り型を見せてもらったあと、説明を受ける。

 

 

「風の呼吸ってのは他の呼吸と比べて荒々しさが目立つ呼吸でな。特に攻撃に向いているとされている。加えて炎の呼吸や水の呼吸では炎や水などはあくまでそれを彷彿とさせる剣筋から成る幻覚に過ぎないが、風の呼吸は実際に剣筋によって巻き起こった風が攻撃力を持つのだ。」

 

 

なるほど・・・風が攻撃力を持つのは使い道が広そうだ。

鎌鼬のように斬撃を飛ばすことも可能かもしれない。

 

 

「さて、一度しか見せていないが風の呼吸は再現出来るかな?」

 

 

「見物だなァ。」

 

 

木刀を手に前に出る。

 

 

呼吸法、構え、剣の振り方。全てにおいて俺は既に記憶している。

 

 

それをそのまま模倣してみればいい。

 

 

酸素を取り込む。風の呼吸独得の呼吸音が俺からすることに二人は動揺を隠せない。

 

 

ここからが本番だ。しかと見届けろ。

 

 

「風の呼吸 壱の型 塵旋風・削」

 

 

先程の風磨さんと同じように風を纏いながら突進する。

 

 

威力こそ劣るもののそれは紛れもない風の呼吸の壱の型だったのだろう。

 

 

実弥は目を見開き、風磨さんは感嘆の声を漏らす。

 

 

「ほう・・・見事だ。」

 

 

「こいつマジかァ・・・」

 

 

風磨さんは素直に感心してくれてるが実弥は若干引いてないか?

 

 

 

「話には聞いていたが本当にやってのけるとはな・・・驚きだ。」

 

 

「お褒めに預かり光栄ですよ。」

 

 

「啓、頼みがある。」

 

 

神妙な顔付きで実弥が言ってくる。

 

 

「なんだ?」

 

 

「俺と実戦形式で稽古してくれねェか?」

 

 

「俺は構わんが?」

 

 

チラリと風磨さんを見やる。

 

 

「ううむ・・・まあいいだろう。そろそろ実戦的な稽古を取り入れようと思っていたところだ。」

 

 

 

「決まりだなァ。」

 

 

「容赦はしないぞ。」

 

 

「望むところだァ。」

 

 

 


 

 

少しして実弥と啓が向き合う。

 

 

無音のまま少し時間が流れ、先に実弥が仕掛ける。

 

 

「オラァ!!」

 

 

現在実弥が出せる最大限のスピードで啓に斬り掛かる。

 

 

しかし、啓は特に焦る様子もなく冷静に木刀を捌いていく。

 

 

続けざまに実弥が斬り掛かる。

 

 

3回連続で木刀を振るうが啓に当たる様子はない。

 

 

「・・・今度はこちらから行くぞ。」

 

 

続いて啓が斬り掛かる。

 

 

一瞬で間合いを詰め右から左に一閃する。

 

 

実弥はギリギリのところで回避し、内心焦る。

 

 

(早えェ!思っていたより何倍も!しかもコイツはまだ全然本気じゃねェはず・・・)

 

 

「よく避けたな・・・だが油断しない事だ。」

 

 

すぐさま刀を頭上に構え直し、振り下ろす。

 

 

これも実弥は間一髪で避けるが、さらなる追撃が実弥を襲う。

 

 

再び木刀を構え直し、素早く突きを放つ。

 

 

胴体に二発、両足に一発ずつ、刀を持たない方の腕に一発の計五発が実弥に突き刺さる。

 

 

「がッ・・・!」

 

 

啓としてはそれなりの速さ、それなりの力で突きを放ったつもりだったが実弥はすぐさま持ち直す。

 

 

(痛みに慣れているな。度重なる自傷から得たものだろうか・・・?)

 

 

「今度はこっちから行くぞォ!」

 

 

体勢を立て直した実弥は力任せに啓に突っ込んでいく。

 

 

先程の啓の突きと同じような速さで斬り掛かる実弥だったが、啓は意に介することなく攻撃を捌いていく。

 

 

(畜生!届かねェ!)

 

 

(荒々しい太刀筋・・・単に荒削りなだけかもしれないがこれを磨けば風の呼吸に相応しい剣士になるだろうな。)

 

 

実弥が大きく木刀を振りかぶった所を、啓が素早く横に斬り払う。

 

 

確かな痛みに顔を歪める実弥だがそのまま木刀を振り下ろす。

 

 

しかしその木刀は啓を捉えること無く地面に叩きつけられる。

 

 

(クソが・・・こんなに遠いのかよォ・・・!)

 

 

実弥の一撃を回避した啓は、縮地 三歩手前であたりを駆け回る。

 

 

(クッソ!全く見えねェ・・・!早すぎる!)

 

 

地を蹴る音が止む。

 

 

自身を覆う影に気づき上を見ると高く跳ね上がった啓の姿。

 

 

(実弥、お前は必ず強くなる。そんなお前に敬意を評して全力の一撃でこの稽古を締めるとしよう。)

 

 

「飛天御剣流 龍槌閃(りゅうついせん)

 

 

自然落下を利用した重い一撃を実弥の頭に見舞う。

 

 

「が・・・はッ・・・!」

 

 

実弥はそのまま気を失う。

 

 

「見事な剣だ、啓。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

「・・・お前はやがて柱として鬼殺隊を支えることになるだろう。元柱の俺が言うんだ、間違いない。」

 

 

「風磨さん柱だったんですか・・・」

 

 

「あぁ。今はもう若者の育成に回るために引退したがな。」

 

 

「とりあえず実弥を中に運び込みましょうか。」

 

 

「あぁ、そうだな。」

 

 


 

 

「・・・ん・・・いってェ・・・」

 

 

「お、起きたか実弥。」

 

 

「師匠ォ。啓は?」

 

 

「もう帰ったぞ。お前に伝言を置いてな。」

 

 

「伝言?」

 

 

「あぁ、『 おまえと肩を並べて戦う日を楽しみにしている。』だとよ。」

 

 

「・・・へッ、そうかよォ・・・」

 

 

(待ってろよォ啓。俺もてめェみたいに強くなってみせるからなァ・・・!!)

 

 

 




【技解説】
「風の呼吸 壱の型 塵旋風・削」
風を纏い地面をえぐりながら相手に突進し切り刻む技。

「飛天御剣流 龍槌閃」
相手の頭上に飛び上がり、自由落下の勢いを乗せ放つ一撃。


恐らく原作ではまだ実弥は育手に師事する時期じゃないはずですが今のうちに啓と絡ませたかったので出動してもらいました。

そして風磨さん。風の呼吸の育手に関してなんも記述がなかったのでオリキャラとして出させてもらいました。

前書きの通りアンケート置いておきますのでご協力お願い致します。
評価、感想もお待ちしております。
では


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第拾話 雷の呼吸

投稿初めて約一週間で第拾話までやってまいりました。
10000UA150お気に入りを超えていて感謝しかありません。
これからもどうぞよろしくお願い致します。


「もうそろそろ着くだろうか。」

 

 

俺は今雷の呼吸の育手の元に向かっている。

 

 

今まで炎の呼吸、岩の呼吸、風の呼吸の三つを学び、段々と全集中の呼吸への理解が深まってきた。

 

 

そして、俺が目指す呼吸の理想像も固まりつつある。

 

 

そんなことを思いつつ少しばかり歩くと、一つの小屋が見えてくる。

 

 

「ここだろうか?」

 

 

御館様からの手紙によるとここに雷の呼吸の育手がいるらしい。

 

 

扉を軽く叩き声を上げる。

 

 

「すみません。御館様の紹介で参りました如月 啓です。」

 

 

すると扉が開き、中から青年が出てくる。

 

 

「如月・・・あんたが昨日師匠が言っていた人か。」

 

 

「師匠・・・?あぁ、雷の呼吸の育手の方か?」

 

 

「ああそうだ。俺は獪岳(かいがく)。師匠は今出かけているから中で待っていてくれ。」

 

 

「そうか、ではお邪魔する。」

 

 

どうやら育手の方は外出中らしい。

弟子に中に入れてもらう。

背丈から見て恐らく年齢は近いだろう。

 

 

「適当にかけていてくれ。とりあえず茶でも入れるか?」

 

 

「ありがたい。ぜひ頼む。」

 

 

「ん。」

 

 


 

獪岳とここに来た理由やらについて話をしていると、育手の方が帰ってくる。

 

 

「帰ったぞ獪岳よ。む?お前は・・・あぁ、御館様が言っていた者かのう?」

 

 

「お邪魔しています。如月 啓と申します。今回はよろしくお願い致します。」

 

 

「うむ。わしは桑島 慈悟郎(くわしま じごろう)。知っての通り雷の呼吸の育手をしているものじゃ。そしてこっちが獪岳。その様子じゃと自己紹介くらいは既に交わしたのかの?」

 

 

「ええ師匠。今啓がここに来た理由などについて聞いたいた所です。」

 

 

「そうかそうか・・・じゃあ早速本題に入るとするかのう?」

 

 

そう切り出し慈悟郎さんが雷の呼吸について話をしてくれる。

 

 

『雷の呼吸』

 

呼吸による力を脚に集中させ、神速の踏み込みから繰り出される斬撃は雷の如き速さをほこる。

 

 

「啓は実際に見た剣技をすぐさま模倣出来るらしいから実際に見せるのが早いんだろうが・・・師匠はご老体で無理は出来ないし俺はまだ日が浅いから型を使えるほどでは無いし・・・どうしたものか?」

 

 

「とりあえずこの雷の呼吸の指南書を読んでみて啓の解釈で刀を振ってみるといいじゃろう。正しいかどうかは見てわかるからの。」

 

 

「分かりました・・・では早速その指南書を・・・」

 

 


 

 

三十分程かけ指南書を読み込む。

 

 

実際に見るほど鮮明に想像出来る訳では無いがある程度は想像出来た。

 

 

外に出て試してみるとしよう。

 

 

「大体理解しました・・・とりあえず外に出てやってみます。」

 

 

「そうかそうか。なら行くとするかのう。」

 

 

外に出る。

 

 

俺は刀を構え、指南書で読んだ通りの呼吸を行う。

 

 

足だ。呼吸によって得られる力を足に集中させろ。

 

 

頭に浮かべるのは縮地の速さ。

 

 

速さこそ神速を目指すがあくまで想像するのは雷。

 

 

姿勢は低めに。

 

 

十分に力を溜めたら・・・それを一瞬で解き放つ。

 

 

「雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃(へきれきいっせん)

 

 

爆発的に加速した俺はそのままの勢いで刀を振り抜く。

 

 

あたりには雷が落ちたような轟音が鳴り響く。

 

 

「おお・・・見事な霹靂一閃じゃ。文句の付けようが無いわ!」

 

 

「・・・・・・すげぇ・・・!」

 

 

慈悟郎さんは俺の霹靂一閃を賞賛してくれ、獪岳は羨望の眼差しでこちらを見つめている。

 

 

先程の轟くような感覚。

 

 

間違いなく成功だろう。

 

 

「これが雷の呼吸・・・他の呼吸とは比べ物にならない圧倒的な速さ。」

 

 

「それが特徴だからのう。さてさて、他の型もやってみてくれんか?」

 

 

「ええ、もちろんです。」

 

 

 


 

 

その後、他の型もほぼ完璧な精度で繰り出すことが出来た。

 

 

これで四つ目。残るは水の呼吸。

 

 

俺の呼吸も確実に完成へと向かっている。

 

 

「見事じゃ啓。もう雷の呼吸の剣士としてやっていってはどうじゃ?」

 

 

「ありがたいお言葉ですが俺は既に目指すべきものを決めておりますので・・・」

 

 

「ふぉふぉふぉ・・・分かっておるよ。その自分が目指すものを大事にするとええ。頑張るんじゃぞ。」

 

 

「啓!」

 

 

突如獪岳に名前を呼ばれる。

 

 

「なんだ?」

 

 

「俺にも・・・俺にもなれるか!?お前みたいな剣士に!」

 

 

「あぁ、お前ならなれるさ。これからも真面目に慈悟郎さんの元で修行を積めばな。」

 

 

「そうか・・・俺でもなれるか・・・!」

 

 

獪岳に僅かな喜びを感じる。

 

 

不安なのだろう。慈悟郎さんの期待に添えるか。強くなれるかが。

 

 

「獪岳。」

 

 

「ん?」

 

 

「次会うときは互いに鬼殺隊士としてだ。その時まで挫けるな。上手くいかなくとも周りに認められずとも。俺はお前と肩を並べ戦える日を楽しみにしているからな。」

 

 

「あぁ!待ってろよ!」

 

 

実弥といい獪岳といい。共に鬼殺隊で戦うことになるであろう友人たちがこの短期間で増えた。

 

 

杏寿郎も槇寿郎さんの姿に憧れを抱いてるようだしいつか炎の呼吸の修行を始めるだろう。

 

 

恐らく俺は彼らより一足先に鬼殺隊士となるだろう。

 

 

鬼殺隊士になるということは苦しく辛い道を自ら歩むということ。

 

 

せっかく得た友人達だ。支え合っていきたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




【技解説】
「雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃」
神速の踏み込みから放たれる居合切り。


残すは水の呼吸となりました。
恐らく皆さんが想像してる人物が出てくるかと思います。

アンケートまだやりますのでぜひご協力お願い致します。
結果が出た後それに基づいて各話に修正を加えていくつもりですのでどうぞよろしくお願いします。

感想・評価のほどもよろしくお願いします。


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第拾壱話 水の呼吸

「ここが狭霧山か。」

 

 

慈悟郎さんと獪岳に別れを告げた後、俺は五大流派最後の一つである「水の呼吸」を学ぶためにここ「狭霧山」へと来ている。

 

 

ここに水の呼吸の育手の方がいるらしい。

 

 

山に少し入ったあたりで小屋が目に入る。

 

 

「あそこだろうか。」

 

 

その小屋に歩みを進め、戸の前に立ち扉を叩く。

 

 

「ごめんください。」

 

 

「む、来たか。」

 

 

声が聞こえて間もなく扉が開く。

 

 

扉が開くとそこには天狗の面を付けた老人がいた。

 

 

 

(・・・え???)

 

 

突然のことに困惑する。

 

 

水の呼吸の育手は妖怪だったのか?鬼がいるならいてもおかしくは無いのかもしれないが・・・え?本当に天狗なのか?人だよな?

 

 

「わしは鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)。水の呼吸を教えている。」

 

 

「あ、挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。如月 啓です。どうぞよろしくお願いします。」

 

 

左近次さんと言うらしい。どうやら天狗の面を付けただけの人間だ。少し安心した。

 

 

「遠路はるばる良く来たな。とりあえず中で話をしよう。」

 

 

「はい。お邪魔します。」

 

 

小屋の中に入れてもらい、左近次さんに水の呼吸について話を聞く。

 

 

『水の呼吸』

その名の通りどんな形にもなれる水のように変幻自在な歩法が特徴。

どんな状況にも対応出来る性質上他の呼吸より型が多いようだ。

 

 

「と、起源や原理についてはこんなところだ。なにか質問はあるか?」

 

 

「いえ、特には。」

 

 

「そうか。さてそろそろわしの弟子達が帰ってくる頃合いだが・・・」

 

 

左近次さんがそう言った直後、小屋の扉が開かれる。

 

 

「ただいま戻りました鱗滝さん!」

 

 

「おぉお前たち、戻ったか。」

 

 

(多いな。)

 

 

今まで風の呼吸と雷の呼吸を学びに尋ねたのは今回と同様育手の元だったが弟子はそれぞれ一人だったはず。

 

 

対して左近次さんは三人。全員歳も近いように思える。

 

 

「あれ、知らない人がいる。鱗滝さんが昨日言ってた人?」

 

 

「そうだ。如月 啓。お前達と歳は近いが客人であることに変わりはない。失礼のないように。」

 

 

「如月 啓だ。皆よろしくな。」

 

 

「俺は錆兎。よろしく頼む。」

 

 

「私は真菰。よろしくねー。」

 

 

「・・・冨岡義勇。よろしく。」

 

 

錆兎に真菰、義勇だな。よし覚えた。

 

 

「ねーねー。啓はなんでここに来たの?鱗滝さんの弟子に?」

 

 

「いや、そうではない。実は〜」

 

 

各呼吸について学ぶために様々な所に行ってきたことを三人に教える。

 

 

「ということは啓は様々な呼吸が使えるのか。凄いな・・・」

 

 

「俺達なんて水の呼吸だけで精一杯なのに・・・」

 

 

「いやまあ、それが普通だと思うぞ?うん。」

 

 

三者三様の目線を向けられる。

 

 

「では早速水の呼吸の型をお見せしよう。お前たち三人も復習を兼ねてよく見ておくといい。」

 

 

左近次さんに連れられ全員で外に出る。

 

 

「ではお見せしよう・・・」

 

 

左近次さんが刀を構え、呼吸を行う。

 

 

当たり前だがどの呼吸とも音が違う。

 

 

「水の呼吸 壱の型 水面斬り(みなもぎり)!」

 

 

流麗な足運びと剣筋に息を飲む。

 

 

踏み込んで重い一撃を放つ炎の呼吸とは名前も性質も真逆と言っていいだろう。

 

 

そのまま拾の型まで見せてもらう。

 

 

聞いたように様々な状況に応じた型があった。

 

 

取り入れるべきはこの流麗さだろう。

 

 

「と言った感じだ。分かっただろうか?」

 

 

「ええ。もう大丈夫です。」

 

 

「そうか。ならお手並み拝見といこう。やってみるといい。」

 

 

左近次さんと交代するように前に出て刀を構える。

 

 

想像するのは水。

 

 

流麗な足運びと剣筋。

 

 

呼吸をする。

 

 

その瞬間、俺の刀に水が宿る。

 

 

「水の呼吸 壱の型 水面斬り」

 

 

そのまま刀を振るう。

 

 

四人から賞賛とも驚愕とも取れる視線を受けながら続けざまに型を繰り出す。

 

 

 

 

 

「水の呼吸 拾の型 生々流転(せいせいるてん)

 

 

最後の拾の型まで出し終える。

 

 

「こんなところでしょうか。」

 

 

「うむ・・・見事だ、啓。」

 

 

左近次さんから文句無しの評価を頂く。

 

 

「啓すごーい!」

 

 

「まさかここまでとは・・・」

 

 

「・・・・・・凄い。」

 

 

弟子三人組からも賞賛の声を浴びせられる。

 

 

これで五大流派全てを理解した。

 

 

欠片は揃った。

 

 

「啓!」

 

 

そんなことを考えていると錆兎から声がかけられる。

 

 

「なんだ?錆兎。」

 

 

「俺と手合わせをして欲しい。」

 

 

実弥と同じような流れで頼まれた。

 

 

育手の弟子って皆血気盛んなのか・・・?

 

 

「錆兎だけずるい!私も!」

 

 

「・・・俺も」

 

 

まさかの三人全員から頼まれる。

 

 

誰がやるかで言い争っていると左近次さんが仲裁案を示してくる。

 

 

「なら三対一でやるといいだろう。」

 

 

おい待てなんて言ったこの人。

 

 

「来たる最終選別では複数で一体の鬼と戦うこともあるだろう。もちろん鬼殺隊になってからもだ。いい機会だから手練である啓を鬼と見てやってみるといい。」

 

 

とんでもないことを言いよったこの人。

 

 

「なに心配は要らん。啓は全集中・常中を身につけているようだし十分に対応出来るだろう。」

 

 

いやまあ確かにこの三人を同時に相手しても遅れを取らない自信がある。

 

 

しかし注意力が散漫になって力加減を間違えてしまうかもしれない。

 

 

実弥の時は痛みに耐性があるようだから本気で打ち込んだが・・・

 

 

・・・俺は考えるのをやめた。

 

 

「・・・分かりました、三人同時に相手しましょう・・・」

 

 

「ほう、強気だな啓。」

 

 

「もしかして私達なめられてる?」

 

 

「・・・勝つ。」

 

 

なんでこんなに殺気立ってるんだ・・・

 

 

「決まりだな。準備してきなさい。」

 

 


 

 

左近次さんから木刀を貸してもらい佇む。

 

 

目の前には意気揚々とこちらに構える三人。

 

 

「一撃入れられたものから脱落とする。それでは始め!!!」

 

 

左近次さんの合図で三人が襲いかかってくる。

 

 

先陣切るのは錆兎。その後ろには義勇が続き真菰は二人の後ろに隠れるように立っている。

 

 

「うおおおおお!!」

 

 

錆兎が勢い良く木刀を振り下ろしてくる。

 

 

特に危なげもなくいなすと、波のように義勇が仕掛けてくる。

 

 

「・・・ふんッ!」

 

 

死角をついたいい攻撃だ。並の剣士なら一発もらっていただろう。

 

 

生憎、俺は並の剣士の域を超えている自信がある。

 

 

素早い一撃で義勇の木刀を弾く。

 

 

「なッ・・・」

 

 

続けざまに背後から迫る木刀を弾く。

 

 

真菰だ。

 

 

錆兎と義勇の二人の後ろに隠れているのを見てその動きは読めていた。

 

 

息付く暇もなく、体勢を立て直した錆兎が仕掛けてくる。

 

 

連撃。おそらくこれは俺を留めておくため。

 

 

となれば・・・

 

 

予想通り左右から真菰と義勇が仕掛けてくる。

 

 

錆兎の連撃をいなしつつ真菰と義勇の攻撃に対応しなければならない。

 

 

となるとこの技が有効だろう。

 

 

呼吸を整える。

 

 

炎を宿す。

 

 

錆兎の攻撃を大きく弾き、小さく後ろに飛ぶ。

 

 

三人を前方向に捉えられる位置に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「炎の呼吸 肆の型 盛炎のうねり(せいえんのうねり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さく踏み込み、前方を薙ぎ払う。

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

全員が寸での所で後退する。

 

 

いい反応だ。

 

 

「油断するなよ・・・?」

 

 

次の構えに入る。狙いは真菰。

 

 

持ち前の速さで立て直そうとするが、それよりも早く斬り込む。

 

 

呼吸を切り替える。

 

 

「雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃」

 

 

雷の如き速さで真菰との間合いを詰める。

 

 

すれ違いざまに一閃する。

 

 

「きゃっ!」

 

 

可愛らしい声を上げ尻もちをつく。

 

 

迷ったが、とりあえず先端で当たったと認識する程度に掠らせるように留めることにする。

 

 

次の狙いは義勇だ。

 

 

再び呼吸を切り替える。

 

 

風を纏う。

 

 

「風の呼吸 壱の型 塵旋風・削ぎ」

 

 

地面を削りながら義勇に迫る。

 

 

(速い!)

 

 

間合いに入った瞬間刀を振るう。

 

 

が、義勇は案外冷静に攻撃を捌いている。

 

 

(ほう・・・)

 

 

鍛錬を積めば相手の攻撃を完全に捌き切る術を身につけたりするかもしれないな。

 

 

後ろに跳ね、一旦距離をとる。

 

 

すると錆兎が呼吸を使い仕掛けてくる。

 

 

「水の呼吸 漆の型 雫波紋突き(しずくはもんづき)!!!」

 

 

水の呼吸最速の技だ。

 

 

俺が立て直すまでの隙を狙ったのだろうがそうはいかない。

 

 

一瞬で体勢を立て直し錆兎の木刀の真ん中のあたりを弾く。

 

 

勢いがあっただけに少々大きめに体勢を崩す。

 

 

その隙を俺は逃さんと木刀を振りかぶる。

 

 

しかし背後から義勇が迫る。

 

 

義勇に気を取られた一瞬の隙で錆兎が立て直す。

 

 

防御に専念すべきか。

 

 

「岩の呼吸 参の型 岩軀の膚」

 

 

防御に長けた岩の呼吸の防御が目的とされた型で迎え撃つ。

 

 

義勇の攻撃を弾き、錆兎の攻撃を弾く。

 

 

(本当に五大流派全てを身につけているのか・・・!)

 

 

義勇と錆兎が距離を取る。

 

 

(さて・・・どちらから崩そうか・・・)

 

 

少しの間沈黙が続く。

 

 

先に仕掛けてきたのは義勇だった。

 

 

「水の呼吸 玖の型 水流飛沫・乱(すいりゅうしぶき らん)

 

 

義勇が水飛沫の如く駆け回り斬りかかってくる。その一太刀一太刀に冷静に対応する。

 

 

すると錆兎が飛んだ。

 

 

「水の呼吸 捌の型 滝壺(たきつぼ)!」

 

 

飛天御剣流 龍槌閃のように自由落下を威力に乗せた一撃を見舞ってくる。

 

 

錆兎と鍔迫り合いになる。

 

 

その隙を義勇が見逃してくれない。

 

 

背後から斬りかかってくる。

 

 

絶体絶命だろうか。

 

 

答えは否。この状況を凌ぐ術を俺は持ち合わせている。

 

 

「水の呼吸 弐の型 水車」

 

 

本来の水車とは違う「水平方向」に回転する水車だ。

 

 

(あれは横水車・・・わしが啓に見せたのは通常の水車だが・・・やりおる・・・)

 

 

錆兎の木刀を横に薙ぐようにいなし、そのままの勢いで義勇の木刀をはじき飛ばす。

 

 

 

木刀が手から離れた動揺か、はたまた取ったと思った所を反応された動揺か、義勇は一瞬硬直する。

 

 

 

そのまま回転を続ける。

 

 

呼吸は五大流派のどれでもない物へと切り替わる。

 

 

しかし繰り出す技は型ではない。

 

 

「飛天御剣流 龍巻閃 凩(りゅうかんせん こがらし)

 

 

本来返し技として威力を発揮する龍巻閃を攻撃用に派生させたものだ。

 

 

水車の回転の勢いのまま、しかも呼吸を乗せ打ち出された龍巻閃 凩は凄まじい速さで義勇を捉える。

 

 

「くっ・・・」

 

 

残るは錆兎だ。

 

 

「やはり強いな・・・啓は・・・」

 

 

「場数を踏んでいるからな。」

 

 

「だが、それでも諦めない!男ならば!!」

 

 

錆兎が吠える。

 

 

いい気迫だ。

 

 

ならば、それに答えるのが礼儀というものだろう。

 

 

刀を鞘に納めるような動作を木刀でとる。

 

 

(あれは・・・なんだ?)

 

 

啓は動かない。

 

 

「・・・来ないならこっちから行くぞ!!!」

 

 

錆兎が再び吠える。

 

 

「全集中 水の呼吸 漆の型 雫波紋突き!!!!」

 

 

先程と同じように雫波紋突きを放つ。

 

 

しかしこれは「全集中」。先程より多くの酸素を取り込み、より体温を高く、血の流れを早くしている。

その分負担も大きくはなるが。

 

 

事実、先程とは比べ物にならない速さだ。

 

 

しかし、俺は二十四時間常にそれを行っている。

 

 

見切れない速さではない。

 

 

呼吸を整える。

 

 

先程龍巻閃 凩を放った時と同じ呼吸で。

 

 

しかしこれは飛天御剣流ではない。

 

 

近いうちに完成させる()()()()()()の型の一つだ。

 

 

「・・・・・・・・・壱の型 龍閃」

 

 

迫り来る錆兎を迎え撃つように抜刀。同時に斬る。

 

 

木刀だから斬ったわけではないが。

 

 

「なっ・・・!?」

 

 

錆兎が戸惑っている。

 

 

見ていた左近次さんや義勇、真菰も同様に何が起こったのか分からないという顔だ。

 

 

「勝負あり、だな。」

 

 

錆兎は未だ呆気に取られている。

 

 

「錆兎。」

 

 

「・・・はっ。あぁ、うん。俺の負けだ。」

 

 

「私がやられた時より速かった・・・全く見えなかったよ・・・」

 

 

「俺もだ・・・何が何だかさっぱり・・・」

 

 

「安心しろ二人共。わしも見えんかった。」

 

 

「俺の全力の抜刀術だ。飛天御剣流の奥義ほどではないがかなりの速さであることは間違いないだろう。」

 

 

「奥義はこれより速いというのか・・・?」

 

 


 

 

手合わせが終わってから一息ついて、今はもう帰るところだ。

 

 

「左近次さん、今日はありがとうございました。錆兎に真菰、義勇もありがとう。いい経験になった。」

 

 

「うむ、これからも励むのだぞ。」

 

 

「まだまだということを痛感させられた・・・」

 

 

「ほんとにねー・・・」

 

 

「全くだ・・・」

 

 

「錆兎、義勇。」

 

 

二人がきょとんとした顔でこちらを見てくる。

 

 

「近々行われる最終選別。そこでまた俺らは会うことになるだろう。その時までにもっと強くなれ。お前たちならやれる。」

 

 

「・・・あぁ!必ず今より強くなって最終選別に行く!楽しみにしておいてくれ!」

 

 

「俺も・・・もっと強くなる。また会おう。」

 

 

「あぁ。真菰はもう二人より少し後に受けるんだろう?」

 

 

「うん!」

 

 

「そうか。それまでしっかり鍛錬を積むんだぞ。鬼殺隊士として真菰に会える日を楽しみにしている。」

 

 

「うん!絶対に会おうね!」

 

 

全員に言いたいことを言い、歩みを進める。

 

 

ここに来れてよかった。

 

 

五大流派の最後の一つ、水の呼吸を身につけることが出来たのはもちろん、一対多の戦いも経験できた。

 

 

何より俺自身が創り出す呼吸。

 

 

五大流派全てと飛天御剣流を基に型を作っていこう。

 

 

最終選別までまだ時間はある。

 

 

今一度俺の持てる技術を見直し、さらに磨いていこう・・・




【技解説】
「水の呼吸 壱の型 水面斬り」
剣先が後ろに向くように構えた刀を水平に振り抜く技。

「水の呼吸 拾の型 生々流転」
振れば振るほど威力を増す技。
水の呼吸の特徴である華麗な足さばきが扱えなくなるデメリットがある。

「炎の呼吸 肆の型 盛炎のうねり」
前方向広範囲を薙ぎ払う技。前方向に対するガード技としても使える。

「水の呼吸 漆の型 雫波紋突き」
水の呼吸最速を誇る突き技。主に牽制や迎撃に使われる。

「水の呼吸 玖の型 水流飛沫・乱」
縦横無尽に駆け回り斬り刻む技。

「水の呼吸 捌の型 滝壺」
上段から打ち下ろす技。水の呼吸の中でトップクラスの威力と範囲を誇る。

「水の呼吸 弐の型 水車」
垂直方向に身体を回転させ斬りつける技。
啓が使用したのは水平方向に回転する派生技「横水車」

「飛天御剣流 龍巻閃 凩」
本来返し技として威力を発揮する龍巻閃を攻撃用に派生させた技。

「?の呼吸 壱の型 龍閃」
啓が独自に創り出した呼吸の壱の型。
文中では抜刀術として使用したが水面斬りのように刀を構えた状態から放つことも可能。

今までで1番文字数が多くなってしまいました。
これにて五大流派全てを理解した啓は、自らの呼吸を創り出します。
型の数、名前については八割がた決まっております。

おそらく次回は最終選別かと思います。
そこでオリジナルの呼吸の名前をお披露目したいですね。

次回でアンケート締め切ります。ぜひご協力をお願いします。
それでは。


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第拾弍話 恩返し

秋風さん、覇道神さん。
誤字報告ありがとうございます!

さて、皆様アンケートにご協力頂きありがとうございました。
結果は原作の技も解説するように、とのことなので諸サイトを参考に軽くあとがきに書いていこうと思います。

では第拾弐話、どうぞ。


狭霧山を出発し、一夜が明けた。

 

 

今は煉獄邸へ帰っているところだ。

 

 

炎の呼吸以外の五大流派を学ぶために煉獄邸を出発してからは、野宿をしつつ各使い手の元を回っていたので実に二週間ほどぶりである。

 

 

野宿中に鬼と出会ったらどうしようか、とは思ったがそんなことは無かった。

 

 

最終選別まで後3週間程。

 

 

今日から最終選別に向け、各呼吸の精度を上げ、俺自身の呼吸を創り上げていく。

 

 

どんな型にするかは既にある程度決めてある。

 

 

あとはその理想像に沿って仕上げていくだけだ。

 

 

そんなことを考えながら歩いていると、煉獄邸が見えてくる、と同時にある人物がこちらに気付き駆け寄ってくる。

 

 

「啓!帰ったか!」

 

 

「あぁ。ただいま、杏寿郎。」

 

 

「その様子を見ると特に問題はなかったようだな!さあ早く家に入ろう!父上と母上も啓の帰りを心待ちにしていたからな!」

 

 

槇寿郎さんと瑠火さんにも挨拶しなければな。

 

 

「父上!母上!啓が戻りました!!」

 

 

杏寿郎が勢いよく扉を開ける。

 

 

もっと優しくしなさい。

 

 

「ただいま戻りました。」

 

 

二週間ぶりの煉獄家。

 

 

懐かしくも感じるな。

 

 

「む?父上も母上も奥にいるのだろうか?」

 

 

「行ってみるか。」

 

 

「うむ!!」

 

 

奥の居間に行く、するとそこにはぐったりとした様子の瑠火さんと心配そうに寄り添う槇寿郎さんの姿。

 

 

「帰ったか啓君。すまんな、出迎えが出来なくて。」

 

 

「ただいま戻りました。何かあったのですか?」

 

 

「啓君が出発してからは三日ほど経ってからのことだ。瑠火が体調を崩してしまってな・・・出産を控えてるゆえ気が気じゃないのだ・・・」

 

 

「ごめんなさいね啓君。見苦しい姿でお出迎えしちゃって・・・」

 

 

瑠火さんの顔は青白く、誰がどう見ても体調が優れないのだろうと分かる。

 

 

「気にしないでください。体に障るといけません、どうかお休みください。」

 

 

槇寿郎さんが瑠火さんを寝室に運ぶ。

 

 

「母上・・・大丈夫だろうか・・・」

 

 

瑠火さんが元々何かの病を患っていることは分かっていた。

 

 

だが医者の見立てだとそこまで負担をかけなければ悪化することはない、との事だったはず。

 

 

身篭ったことにより体調が不安定になっていったからなのだろうか・・・?

 

 

と、考えていると槇寿郎さんが出てくる。

 

 

「とりあえず瑠火は横にさせてきた。さあ啓君、この二週間の成果について聞かせてくれないか?」

 

 

「ええ、もちろんです。」

 

 

そう言葉を発する槇寿郎さんの目には、僅かばかりの不安が揺らいでいた。

 


 

 

 

三十分ほど話した。

 

 

各呼吸を身につけたこと、様々な出会いがあったこと、自分自身の呼吸を創り上げること。

 

 

それらの話を槇寿郎さんは嬉しそうに聞いてくれていた。

 

 

杏寿郎も横で一緒に。

 

 

「そうかそうか!ここからは最終選別に向けてしっかりと磨いていくのだぞ!!」

 

 

「もちろんです。ときに槇寿郎さん。瑠火さんについてですが・・・」

 

 

「あぁ。知っての通り瑠火は前々から何かしらの病を患っていた。出産が近づくに伴い悪化してきたため出産を乗り越えれば元に戻るだろう、というのが医者の見解だ。」

 

 

「その瑠火さんが患っていたという病の症状。聞かせていただいても?」

 

 

槇寿郎さんから説明を受ける。

 

 

この症状、俺の思い違いでなければ・・・

 

 

「・・俺の住んでいた山の麓の村で聞いたことです。同じような症状の病を患っていた女性が同じような状況で体調が悪化した、という話を聞いたことがありまして。」

 

 

「その女性は・・・」

 

 

「・・・亡くなりました。出産を終え数週間後に。」

 

 

槇寿郎さんの目から光が消える。

 

 

「・・・そんな・・・一体どうすればいいのだ・・・」

 

 

「同じような道を辿るとは限りません。ですが辿らないとも断言は出来かねます・・・」

 

 

「医者は・・・医者は、出産を終えたら元に戻ると・・・」

 

 

不安、焦燥。それらが槇寿郎さんを満たしている。

 

 

横で話を聞いていた杏寿郎も言葉を失っている。

 

 

だが、希望が無いわけではない。

 

 

「・・・これはあくまで仮定の話です。その麓の村の医者が原因の調査をした、との話を聞きました。腕の良い方です。俺も何度かお世話になりました。」

 

 

「本当か!?」

 

 

「えぇ。治療法を確立しているかどうかは分かりかねますが何かしらいい知恵を貸してくれるかもしれません。」

 

 

「・・・・・・・・・啓君、頼みが」

 

 

「言われずとも。その村はここからそう遠くありません。今から俺が行って掛け合ってみましょう。」

 

 

「すまない・・・これからまだやることがあるというのにこちらの勝手な都合で・・・」

 

 

「そんな事言わないでください。槇寿郎さんと出会ってからの数週間。俺は煉獄家の方々にとてもお世話になりました。これはその恩返し、とでも思ってください。」

 

 

「そうか・・・本当にありがとう・・・!」

 

 

さて、準備をしよう。

 


 

 

鍛錬を兼ねて呼吸と縮地の同時使用という荒業で村へ向かった。

 

 

肺が張り裂けそうとはこのことを言うのだろう。

 

 

だがその甲斐あってか、本来半日程はかかるであろう道のりをその半分ほどでたどり着くことが出来た。

 

 

村の入り口に差し掛かると、知った声が話しかけてくる。

 

 

「おぉ、啓君じゃないか。久しいのう。」

 

 

「村長、ご無沙汰しております。」

 

 

「今日は何用かな?その様子だと単なる帰省という訳ではないのだろう?」

 

 

「えぇ、紅葉(こうよう)さんにご相談があってきました。」

 

 

「ふむ。紅葉くんなら診療所にいるだろう。」

 

 

「分かりました、ありがとうございます。」

 

 

三分ほど歩き、診療所につく。

 

 

すると診療所の中から穏やかな顔つきの青年が出てくる。

 

 

「おや、啓君じゃないか。旅に出たと聞いたが戻ってきたのかい?」

 

 

「お久しぶりです、紅葉さん。」

 

 

新井 紅葉(あらい こうよう)さん。

凄腕の医者だ。

正確には薬剤師らしいのだが医療にも精通している方だ。

 

 

「実は相談がありまして・・・」

 

 

「聞こうじゃないか。さ、中へ入るといい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

診療所の中に入れてもらい、要件を話す。

 

 

「そうか・・・間違いないね、過去にあった病と同じものだろう。」

 

 

「そうですか・・・して紅葉さん。治療法については・・・」

 

 

「ああ、既に確立済みだよ。薬も完成している。」

 

 

「では・・・!」

 

 

「うん。とりあえず実際にその方の様子を見てみよう。」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「礼には及ばないよ、早速馬車で向かおう。」

 

 

この村馬車あったのか。

 

 


 

馬車の中、紅葉さんからの質問に答える。

 

 

「啓君、聞きたいんだがいいかい?君が旅に出た理由についてだ。」

 

 

「俺が旅に出た理由、ですか。」

 

 

「うん、無理には聞かないけどね。」

 

 

「・・・紅葉さんなら、構いませんよ。」

 

 

旅立つ際は言っても無駄だろうと思い村の人には言わなかった理由を、ありのままに話す。

 

 

「鬼・・・か。本当にいたんだね。」

 

 

「紅葉さん、鬼の存在を知っていたんですか?」

 

 

「うん。仕事柄都会に行くようなこともあってね、その時に聞いたんだ。人を喰らう鬼がいる、と。そしてその鬼を狩る鬼殺隊の存在も。」

 

 

なんてこった。

 

 

最初から紅葉さんに相談すれば良かったんじゃないかこれ。

 

 

まあ結果としてそれが槇寿郎さんとの出会いに繋がったわけだし構わないが。

 

 

「・・・実は都会からの帰り、鬼に遭遇してね。」

 

 

「!?」

 

 

驚愕の事実、発覚。

 

 

「その時に鬼殺隊の方に助けてもらったんだ。炎のような人だったなあ。実際に扱う剣技も見事なものでね、本当に炎を纏っているように見えたんだ。」

 

 

「炎・・・まさか。」

 

 

「ん?どうしたんだい?」

 

 

「紅葉さん、その人ってもしかして、炎みたいな髪型、羽織をしていませんでしたか?」

 

 

「おお、そうだよそうだよ。まさにそんな人だ。」

 

 

驚愕の事実、再び。

 

 

「・・・紅葉さん、あの・・・」

 

 

驚愕の事実について話す。

 

 

「・・・驚愕の事実、発覚って感じだね。」

 

 

あ、すいません紅葉さん。それもう俺が言いました。

 

 

「そっか、煉獄槇寿郎さんというのか・・・ちょうど恩返しになるかな。」

 

 

俺の恩返し兼紅葉さんの恩返しになるわけだ。

 

 

・・・偶然ってあるものなんだな。

 

 


 

 

日が沈んだ頃、再び煉獄邸にやってきた。

 

 

馬車の音に気づいてだろうか、槇寿郎さんが家から出てくる。

 

 

「戻りました槇寿郎さん。」

 

 

「早かったな啓君!してそちらの方が・・・」

 

 

「新井 紅葉と申します。槇寿郎さん、お久しぶりです。」

 

 

「・・・?はて、どこかで会ったことがあっただろうか?」

 

 

「槇寿郎さん、実はですね・・・」

 

 

訳を説明する。

 

 

「なんと!そんな偶然が!」

 

 

「ええ、本当に・・・」

 

 

「ありがたい限りだ!巡り合わせに感謝だな!」

 

 

「さて、では早速奥様の診察をさせていただきたいのですが・・・」

 

 

「うむ、と言いたいところなのだが、実はもう眠りについてしまってな。明日になってからお願い出来ないだろうか!治療期間中は我が家に宿を取ってもらって構わないゆえ!」

 

 

「そうですか、では五日ほどお世話になります。」

 

 


 

翌日、紅葉さんが瑠火さんの診察を行う。

 

 

「・・・うん。やはり間違いない。過去の病と同じものだ。」

 

 

「そうですか!ということは・・・?」

 

 

「ご安心ください。私はその病の治療法を確立しておりますので、心配いりませんよ。」

 

 

「本当ですかお医者様・・・!ありがとうございます・・・ありがとうございます・・・」

 

 

瑠火さんが涙を流しながら紅葉さんに感謝する。

 

 

それにつられてか安堵からか、槇寿郎さんも涙を流す。

 

 

杏寿郎も安心したのだろう、両親に挟まれ喜びを分かち合う。

 

 

ああ、良かった。この家族の笑顔を守ることが出来て。

 

 

こんな俺でも何かを守ることが出来たんだな。

 

 

 

 

 

父上、見ていますか?

 

 

俺は貴方の誇れる息子に一歩近づけたでしょうか?

 

 

 

 

当然、答えは返ってこない。

 

 

だがそれでいい。

 

 

いつかこの生を終えた時、父上とお話が出来ると信じて・・・

 




という訳で、この小説は瑠火さん生存ルートです。

これを実現させるために凄い医者のオリキャラを召喚しました。ご都合主義ですすいません。

槇寿郎さんは酒浸りになりません。幸せ煉獄家です。

瑠火さんだけでなく色んなキャラを救済していきます。


他の方と比べオリジナル要素が濃くなりそうな作品になるかと思いますがお付き合いいただけると嬉しいです。
次回、啓は最終選別に向かいます。
恐らく2話構成になるかなーと思います。


感想、評価などお待ちしております。


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第拾参話 最終選別

ようやく最終選別です。

前々からチラ見させてた啓のオリジナルの呼吸のお披露目になります。

それではどうぞ


紅葉さんが煉獄邸に泊まり込みで瑠火さんの病の治療を行ってから数週間。

 

 

最終選別を次の日に控え、最終調整を終えたところだ。

 

 

各呼吸の精度はさらに高く、自作の呼吸も完璧なものとなった。

 

 

片付けをしている所に、槇寿郎さんがやってくる。

 

 

「啓君、最終調整は終わりかね?」

 

 

「ええ、あまり熱を入れすぎて最終選別に影響が出ては行けませんから。」

 

 

「うむ。何しろ明日一日で終わりではなく一週間だからな!」

 

 

最終選別。

 

 

鬼殺隊になるための試験。藤襲山というところで行われている。

 

 

その山には人を二、三人喰った鬼が閉じ込められており、そこで一週間生き残るというのが試験内容だ。

 

 

鬼は藤の花の匂いを嫌うためそこから出れないようだ。

 

 

「それに際して君に渡すものがある!」

 

 

「渡すもの・・・ですか?」

 

 

「うむ、これを。」

 

 

槇寿郎さんが刀を差し出してくる。

 

 

「日輪刀だ。試作品のため呼吸の適正に応じて色が変わるわけではないが鬼の首を斬るのには十分だ!」

 

 

そうだ忘れていた。

 

 

父上の刀を持って行くところだった。

 

 

「ありがとうございます、槇寿郎さん。」

 

 

「さあ、夕飯にしよう!明日に向けて英気を養ってもらうため今日は豪華だぞ!」

 


 

 

日付が変わり、玄関にて出発の準備をする。

 

 

槇寿郎さん、瑠火さん、杏寿郎の煉獄家総出のお見送りで。

 

 

「啓君、必ず帰ってくるのですよ。お腹の子も待っていますから。」

 

 

「もちろんです瑠火さん。帰ってきた時には、お腹の子抱かせてもらいます。」

 

 

俺が最終選別に向かっているこの一週間で生まれるだろう、との事だ。

 

 

「啓!君は強い!心配は無用だろうが無事に帰ってくるのだぞ!」

 

 

「もちろんだ杏寿郎。待っててくれ。」

 

 

杏寿郎は笑みを浮かべながら頷く。

 

 

「啓君。」

 

 

槇寿郎さんが手を握ってくる。

 

 

「ここはもう君の家で、君は私達の家族だ。君には帰ってくるべき場所がある。その事を忘れるな。」

 

 

嗚呼、なんと大きく暖かい手なのだろう。

 

 

間違いない、槇寿郎さんは俺にとって第二の父上と言っても過言ではない。

 

 

「はい。必ず俺は戻ってきます。この家に、家族の元に。」

 

 

「うむ!しっかりな!」

 

 

熱い激励を受け、家を出る。

 

 

「行ってきます。」

 

 

一週間後、俺は必ず戻ってきてみせる。

 

 


 

 

数時間かかり、藤襲山の麓に辿り着く。

 

 

会場に向かうべく歩みを進める。

 

 

途中、藤に覆われた道を通る。

 

 

なるほど、鬼が出れないわけだ。

 

 

その道を通り抜け、会場に到着する。

 

 

もう大多数集まっているようだ。

 

 

さて、()()()()はいるだろうか?

 

 

と、考えていると知った声が話しかけてくる。

 

 

「啓!」

 

 

「もう来ていたか、錆兎、義勇。」

 

 

二人に目をやる。

 

 

あれからさらに鍛錬を積んだようだ。纏っている雰囲気が違う。

 

 

「左近次さんと真菰は息災か?」

 

 

「ああ、二人とも俺たちの帰りを待ってくれている。」

 

 

義勇が答える。

 

 

「そうか。なら、必ず帰らないとな。」

 

 

そんな話をしていると、一人の女性が姿を現す。

 

 

産屋敷 あまね様だ。

 

 

以前お会いした時よりもお腹が大きくなっている。

 

 

恐らく瑠火さん同様に出産が近いのだろう。

 

 

そのような身で足を運んでくださるとは・・・

 

 

「皆さま。今宵は最終選別にお集まりいただき、心より感謝致します。」

 

 

あまね様から最終選別について説明される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明が終わる。

 

 

「それでは皆様、また一週間後に。」

 

 

最終選別が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

俺と錆兎、義勇が先陣を切って突入していく。

 

 

すると、早速鬼が襲いかかってくる。

 

 

「人間だ!!食事だああああ!!」

 

 

「喰わせろおおおお!!」

 

 

「うおおおおおお!!」

 

 

鬼は三体だ。

 

 

二体が前に、一体が後ろに続く形だ。

 

 

二人と視線により意志を交わす。

 

 

刀に手をかける。

 

 

「水の呼吸 壱の型・・・」

 

 

「水の呼吸 壱の型・・・」

 

 

 

 

「「水面斬り!!」」

 

 

錆兎と義勇が同時に前二体の鬼の首を撥ねる。

 

 

その流麗さまさに水の如し。

 

 

やはり腕を上げたようだな。

 

 

空腹で同胞の死など目に入らぬようで、後ろにいた一体がこちらに飛びかかってくる。

 

 

 

 

 

 

さあ、お披露目といこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・龍の呼吸 壱の型」

 

 

 

体内に酸素を取り込む。

 

 

以前錆兎達との稽古の際に見せた呼吸を完成させたものだ。

 

 

想像するのは「龍」

 

 

飛天御剣流のそれぞれの技には「龍」とついている。

 

 

父上の、先代達の意志を紡ぐ為にこの呼吸を「龍の呼吸」と名付けた。

 

 

 

「龍閃」

 

 

すれ違いざまに抜刀。

 

 

その速さは神速。

 

 

 

 

 

 

 

首を斬られた三体の鬼は揃って何が起こったか分からないといった表情を浮かべている。

 

 

俺たちがその鬼の方を振り返ることは無い。

 

 

願わくば、次はしっかりと人間として生を全う出来ますよう・・・

 

 

 

 

俺たち三人はさらに深くへ駆けてゆく。

 

 

道中何体かの鬼を斬りつつ。

 

 

(ここまで来たが後続がどうなっているか心配だな・・・)

 

 

「啓!義勇!」

 

 

「どうした錆兎。」

 

 

「俺は別行動をとる!傲慢かも知れないが俺たちは参加者の中でも随一の強さだ!危ない者を守らなければならない!」

 

 

「同意見だ。義勇も構わないな?」

 

 

「ああ、問題ない。」

 

 

「決まりだな。」

 

 

錆兎が。

 

 

「死ぬなよ。」

 

 

義勇が。

 

 

「二人もな。」

 

 

そして俺が。

 

 

互いに再開の約束を交わし散り散りになる。

 

 

俺たちなら大丈夫だ。

 

 


 

 

俺は入り口付近の方に戻ってきた。

 

 

そうすると一人の参加者が鬼と対峙している。

 

 

その人が刀を弾かれる。

 

 

(まずい!)

 

 

その人を守るべく速さを上げる。

 

 

「縮地 三歩手前」

 

 

縮地を使い一瞬で間合いを詰める。

 

 

「龍の呼吸 弐の型 荒鉤爪(あらかぎつめ)

 

 

龍の爪で引き裂くような三連撃で下半身、上半身、頭の三つに斬り裂く。

 

 

「な・・・ッ!!??」

 

 

鬼は疑問の表情を浮かべたまま消滅していく。

 

 

「危なかったな。無事か?」

 

 

「ええ、ありがとう。助かったわ。」

 

 

「俺は如月 啓。君は?」

 

 

「私は胡蝶カナエ。よろしくね。」

 

 

「カナエか、よろしく。」

 

 

「本当に危ないところだったわ・・・本当にありがとう。」

 

 

「気にするな。俺はこれから他の鬼を斬る為に会場全体を駆け回るつもりだ。カナエはどうするつもりだ?」

 

 

「私は怪我を負った人の治療をしつつこの一週間をやり過ごすつもりよ。」

 

 

「そうか、ならあっちの方に行くといい。藤の花に近い上に昼間は僅かばかり日光が刺しそうな場所だ。」

 

 

「分かったわ。ありがとう。」

 

 

「移動してる最中に怪我を負った者を見つけたらそこに行くように促す。その時はよろしく頼む。」

 

 

「ええ、分かったわ。啓君も気をつけるのよ?」

 

 

「もちろんだ。ではまた。」

 

 

カナエに別れを告げ再び駆け出す。

 

 


 

開始から六日が経った。

 

 

今日を乗り切れば合格だ。

 

 

どうやら俺と錆兎、義勇以外の参加者の大半はカナエの指揮の元団体行動を取っているようだ。

 

 

聞く話によると錆兎と義勇も一度カナエの元を訪れたようだ。

 

 

三人で狩り過ぎたのか日に日に鬼が少なくなっているようだ。

 

 

だが何か嫌な予感がする。

 

 

何も無ければいいが・・・

 

 

 

 

 

 

すると

 

 

 

 

 

 

「うわあああああああああ!!!」

 

 

ここから少し遠いところで悲鳴が聞こえる。

 

 

悲鳴が一つであることからカナエ達の方からではないようだ。

 

 

手遅れになる前に向かう。

 

 


 

 

義勇と啓と別れて六日、今日を乗り切れば最終選別は終わりだ。

 

 

鬼の首を撥ね過ぎたのかあまり姿が見えない。

 

 

他の参加者の安全が確保されるわけだし良い事ではあるが。

 

 

「うわああああああああああ!!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

悲鳴が聞こえる。ここからそう遠くない。

 

 

参加者の大半は固まっているようだが全員ではない。

 

 

恐らくその参加者の悲鳴だろう。

 

 

急がねば!

 

 

と、そんなことを考えているうちに悲鳴の主がこちらに走ってくる。

 

 

「どうした!」

 

 

「異形の鬼だ!!ここには人を二、三人くらい喰った鬼ばかりって言っていたのに・・・!」

 

 

異形の鬼。

 

 

人を多く喰いその姿形を本来と大きくかけ離れたものに変化させた鬼だ。

 

 

その分普通の鬼よりも強いというわけだ。

 

 

「そうか、あっちの方向に向かえ。他の参加者が固まっている。治療もしてもらえるだろう。」

 

 

「分かった!だけどお前は・・・?」

 

 

「俺はその鬼を狩る。なに気にするな。俺は強いからな。」

 

 

「いくら君が強くても危険だ!異形の鬼だぞ!?」

 

 

「構わん!男ならやらなければならない!さあ行け!!」

 

 

「・・・・・・武運を!」

 

 

指示した方向に駆けて行った。

 

 

異形の鬼の特徴くらいは聞いておくべきだっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを思っていると"巨体"がその姿を覗かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ぃつけたぁ。」

 

 

(・・・大きい。)

 

 

今まで見てきたどの鬼よりも巨大な体に何本も太い腕が絡みついた鬼だ。

 

 

これが異形の鬼・・・

 

 

「んん・・・?その狐の面・・・そうかそうかぁ、やはり今年も来たかぁ!」

 

 

「・・・この面について何か知っているのか。」

 

 

この面は「厄除の面」

 

 

鱗滝さんが彫ってくれた狐の面だ。

 

 

「そのお面、鱗滝の弟子が着けているものだろう?イヒヒ、俺はなあ、鱗滝によってここに閉じ込められることになったんだあ・・・」

 

 

鱗滝さんを、知っているのか・・・?

 

 

待てよ。

 

 

 

なぜこの鬼はこのお面をつけているのが鱗滝の弟子だと知っている?

 

 

なぜ「今年も来た」と言った?

 

 

最悪の予想が頭をよぎる。

 

 

「なあお前、なんで自分の兄弟子姉弟子が帰ってこなかったか考えたことはあるかあ?」

 

 

やめろ

 

 

 

 

 

それを聞いてしまったら俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはなあ、俺が毎回全員喰っちまってるからさあ!イヒヒ、ヒヒヒヒヒ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かが切れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様ァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 

咆哮と共に駆け出す。

 

 

この鬼は、こいつだけは必ず殺さなければならない。

 

 

他の誰でもない、この俺が。

 

 

こいつは俺の兄弟子姉弟子を、鱗滝さんが送り出した弟子たちを喰ってきた、そう自分で言った。

 

 

 

 

 

 

許す訳にはいかない。

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおお!」

 

 

鬼との間合いを詰める。

 

 

「イヒヒ、怒ってる怒ってる。この話を聞いた鱗滝の弟子は例外なく怒り狂ってこう突撃してきたぞお・・・」

 

 

鬼から手が伸びる。

 

 

「フンっ!」

 

 

伸びてくる手を全て斬り落とす。

 

 

「ほお・・・いい反応だあ。」

 

 

鬼は腕を斬られたことを意に介することなくさらに腕を伸ばしてくる。

 

 

キリがない、ならば!

 

 

「水の呼吸 玖の型 水流飛沫・乱!!」

 

 

辺りを縦横無尽に駆け回る。

 

 

「何!速い!」

 

 

あの鬼は身体が大きい。

 

 

しかしその分鈍重だ。俺の速さにも対応出来ていない。

 

 

 

殺れる。

 

 

 

(もらった!!!)

 

 

鬼の背後に周り、その首を断ち切る為に斬り掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁんちゃってぇ。」

 

 

 

 

 

下から何かが襲ってくる。

 

 

腕だ。この鬼の腕が地中から襲ってきたのだ。

 

 

それに気付き回避を取ろうとするが、間に合わず横から打ち付けられる。

 

 

「がッ・・・」

 

 

そのまま地面に叩きつけられるように落下する。

 

 

(不味い・・・脇腹やその他諸々の骨が・・・)

 

 

嫌な音がした。その部位がズキズキと痛む。

 

 

刀は無事だが・・・

 

 

「イヒヒ!!だめじゃないか油断しちゃあ!!」

 

 

鬼がこちらに腕を伸ばしてくる

 

 

もう、ダメか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すまない、義勇、真菰、鱗滝さん、啓・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍の呼吸 陸の型 穿ち龍牙(うがちりゅうが)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迫り来る腕に横から何者かが刀を構えながら突進してくる。

 

 

すると刀に触れた辺りから腕が()()()()

 

 

この剣は・・・

 

 

 

 

 

「待たせたな、錆兎。」

 

 


 

 

悲鳴のした方に駆けてゆく。

 

 

すると異形の鬼と交戦する錆兎が目に入る。

 

 

首に刃を通さんとしたところに鬼の腕が襲いかかり、その衝撃で骨が折れたのだろうか地に伏せている。

 

 

そこに再び鬼の腕が襲いかかる。

 

 

 

 

 

 

死なせはしない。

 

 

 

 

「龍の呼吸 陸の型 穿ち龍牙」

 

 

神速の突進から放たれる神速の突き。

 

 

鬼の腕に触れると同時に、刀が触れたあたりから鬼の腕は吹き飛ぶ。

 

 

技の性質上鬼の首を撥ねる事は出来ないが、ダメージを与えるのには十分だ。

 

 

「なっ!?」

 

 

鬼から驚愕の声が漏れる。

 

 

「待たせたな、錆兎。」

 

 

「啓・・・すまん、助かった。」

 

 

「気にするな、立てるか?」

 

 

「脇腹やあばらはやられたが呼吸でなんとかなる範囲だ・・・!」

 

 

「そうか。」

 

 

息も絶え絶え、といった様子だが錆兎は立ち上がる。

 

 

「兄弟子姉弟子達の仇・・・必ずとる!」

 

 

なるほど。それが理由か。

 

 

「やるぞ、錆兎。」

 

 

「ああ!」

 

 

囮になるように先に俺が駆け出す。

 

 

迫り来る敵を捕らえんと腕が伸びてくる。

 

 

五本だ。

 

 

全然対応出来る速さだ。

 

 

全て斬り落とす。

 

 

「何!?」

 

 

「遅いな、その程度で俺を捉えれると思うな。」

 

 

「このガキがあ!!!」

 

 

感情を露わにして腕を伸ばしてくる。

 

 

この気配、下からも来るな。

 

 

刀を構え呼吸を整える。

 

 

「龍の呼吸 参の型 龍舞・風纏(りゅうまい・かぜまとい)

 

 

 

風の呼吸のように風を纏いつつ腕を躱す、同時に斬りつける。

 

 

この技は回避と攻撃を同時に行う技だ。

 

 

刀を振った後には纏った風による幾つもの小さな斬撃が後に続く。

 

 

再び全ての腕を斬り落とす。

 

 

「ぐっ・・・調子にのるな!!!」

 

 

さらに腕を増やし、伸ばしてくる。

 

 

どうやらこちらに夢中になって()()()()()()()()に気づいてないようだ。

 

 

 

 

 

やってやれ、錆兎。

 

 

 

「全集中 水の呼吸 壱の型 水面斬り!!!」

 

 

錆兎が鬼の首を取らんと斬り掛かる。

 

 

ガキィン!と音がなる。

 

 

どうやら骨が折れているせいで十分な威力が出せていないうえ、鬼の首は硬いようだ。

 

 

すると、そこに新たな影が現れる。

 

 

「全集中 水の呼吸 壱の型 水面斬り。」

 

 

義勇だ。

 

 

錆兎の刀を押し込むように義勇が上から水面斬りを重ねる。

 

 

二人の刀は鬼の首へと入っていき━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━その首を落とした。

 

 

「なぁっ・・・!」

 

 

ゴロンと鬼の首が地に落ちる。

 

 

いい所に来てくれたな、義勇。

 

 

鱗滝さんの弟子二人が、怨敵の首を撥ねた。

 

 

死んで行った他の弟子たちはこれで成仏出来るだろうか。

 

 

「兄・・・ちゃん・・・」

 

 

首を撥ねられた鬼が、悲しげな声で言葉を発する。

 

 

「どこだよ兄ちゃん・・・手を握ってくれよ・・・」

 

 

・・・・・・鬼は、やはり・・・

 

 

 

 

 

 

 

見ていられなくなり、斬り落とされた首に手を添える。

 

 

「大丈夫だ。必ずあえる。」

 

 

「ああ・・・兄ちゃん・・・あり・・・がとう・・・」

 

 

完全に鬼が消滅する。

 

 

さて、錆兎と義勇は・・・

 

 

「もう、大丈夫だ。」

 

 

「帰ろう、鱗滝さんの元へ。」

 

 

二人にしか見えない()()に語り掛けているところだった。

 

 

と、同時に日が登り始める。

 

 

それは朝の訪れと同時に最終選別の終わりを告げる朝日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【技解説】
「龍の呼吸」
五大流派全てを学んだ啓が己の理想を形にするために創り出した呼吸。

その名の通り龍を模したものであり、使用の際は炎の呼吸では炎の幻覚、水の呼吸では水の幻覚が見えるように啓が繰り出す技は「龍」が体現したように見える。

飛天御剣流を使用する際もこの呼吸を使うことで威力を上げることが出来る。


「龍の呼吸 壱の型 龍閃」
錆兎達との訓練で使用したものと同じ。

抜刀術としてもシンプルな一撃としても使用可能。

その足さばきは流麗かつ力強く、神速の速さを誇り、その太刀筋は荒々しくも鮮やかで強大である。

五大流派全てを理解していることを象徴するかのような技である。

「龍の呼吸 弐の型 荒鉤爪」
怒涛かつ力押しのの三連撃を繰り出す技。

下から上に、あるいは上から下に三回斬り裂く。

龍の爪で引き裂かれたような傷になる。

風の呼吸、岩の呼吸がベース


「龍の呼吸 参の型 龍舞・風纏」
攻撃と回避を同時に行う技。

名の通り風を纏っているため、刀による傷に鎌鼬のような傷がのる。

風の呼吸、炎の呼吸がベース。


「龍の呼吸 陸の型 穿ち龍牙」

神速の突き技。技の性質上鬼の首を撥ねる事は出来ないが大きなダメージを与えることが出来る。

水の呼吸、雷の呼吸がベース。


ちなみにるろうに剣心の牙突がモデルである。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
最終選別、いかがだったでしょうか?


龍の呼吸のお披露目と錆兎の救済がメインの話となりました。


次回は最終選別後の場面からとなります。


感想、評価のほどお願い致します。


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第拾肆話 新たな旅立ち

覇道神さん毎回誤字報告助かります!ありがとうございます!


最終選別が終わった。

どうやら死亡者は出なかったようだ。

 

 

俺たち三人が暴れすぎたのとその他の参加者が統率をとって行動していた故の結果だろう。

 

 

最終選別を終えて集められた先で、隊服の採寸や日輪刀を作るための材料を選ぶ。

 

 

そして・・・

 

 

「皆様に鎹鴉(かすがいがらす)をお付けします。」

 

 

俺の肩に鴉が止まる。

 

 

「私は弥生(やよい)。よろしく頼む。」

 

 

あれ?もしやうるさくない鴉か?

 

 

「俺は如月 啓。よろしくな。」

 

 

安心した。肩であのうるささで騒がれたら死んでしまうからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを終え、それぞれがそれぞれの帰るべき場所へ帰り始める。

 

 

「啓。」

 

 

「義勇、錆兎。お疲れ様。」

 

 

「ああ、啓も。」

 

 

「次会う時は鬼殺隊としてだな。」

 

 

「俺は今回は遅れを取ったが、次任務で一緒になる時までに見違えるほど強くなってみせる!!」

 

 

「俺もだ。待っていてくれ。」

 

 

錆兎と義勇が決意表明をする。

 

 

「いい心意気だ。俺も更に上を目指し鍛錬を積むとしよう。」

 

 

「ああ、ではまたな。」

 

 

「さらばだ。」

 

 

「ああ、また。」

 

 

怪我が痛むのか義勇に肩を貸して貰いながら二人が帰っていく。

 

 

さて、俺も帰るとするか。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煉獄邸が目に入る。

 

 

もう夜だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました。」

 

 

扉を開け、中に入る。

 

 

すると、杏寿郎が部屋から飛び出してくる。

 

 

「啓!無事か!!」

 

 

「ああ、何事もなく終わったぞ。」

 

 

「うむ!!さすが啓だ!!さあ、こっちへ!」

 

 

杏寿郎に連れられ居間へと行く。

 

 

するとそこには槇寿郎さんと瑠火さん、そして瑠火さんに抱かれた赤ん坊の姿が。

 

 

「啓君、無事だったか!」

 

 

「お帰りなさい、啓君。」

 

 

「はい。」

 

 

「さあ、抱いてあげてください。待っていたんですよ。」

 

 

瑠火さんに促され赤ん坊を抱き上げる。

 

 

「名前は千寿郎です。」

 

 

「そうか・・・千寿郎、良く生まれてくれたな。大きくなるんだぞ・・・」

 

 

「あう・・・」

 

 

名前を呼んで、指で頬を撫でると軽く指を握ってくる。

 

 

暖かい。だがまだ小さく、か弱い。

俺はそんな存在を守るために刃を振るい続けたい。

 

弱き人々を守るために。

 

 

「さあ!夕飯にしよう!」

 

 

「今日は豪華ですよ。」

 

 

「だそうだぞ啓!」

 

 

ああ、帰ってこれたのだ。

 

 

帰るべき家に、家族の元に。

 

 

 

 


 

 

最終選別から一週間程立った。

 

 

玄関先の掃除をしていると、こちらに向かってくるひょっとこ面の男性が見える。

 

 

俺の日輪刀を打ってくれた刀鍛冶の方だろう。

 

 

槇寿郎さんに特徴を教えてもらってなかったら不審者として組み伏せるところだった。

 

 

「もし、君が如月 啓君かな?」

 

 

「ええ。あなたは・・・」

 

 

「そうかそうか、私は君の日輪刀を打たせてもらった剛光(ごうこう)という。」

 

 

互いに自己紹介をすると中から槇寿郎さんが顔を出す。

 

 

「ご苦労だな啓君!お茶に・・・むっ?客人か?」

 

 

「はい。刀鍛冶の剛光さんです。」

 

 

「そうかそうか!とりあえず中に入るといい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、早速・・・これが啓君の日輪刀だ。」

 

 

剛光さんが袋に包まれた日輪刀を見せてくれる。

 

 

「これが日輪刀・・・色変わりの刀。」

 

 

「おや、日輪刀の性質についてはご存知のようだね。では早速握ってみるといい。」

 

 

言われるがままに刀を握る。

 

 

すると刀身が紅に染まる。

 

 

「おお・・・綺麗な紅だ。」

 

 

「うむ・・・炎の呼吸の適性を示す赤とはまた違うな。」

 

 

「五大流派全てを扱えるから何色になるか想像もつかなかったが・・・紅か。」

 

 

「ということは君が作り出した【龍の呼吸】が影響しているのだろうな。今まで赤は何度もあるが紅を見るのは初めてだ。」

 

 

「なるほど・・・」

 

 

おそらくその通りだろう。

俺の扱う龍の呼吸は過去に扱っていた人物はいない。なら変わる色も初めて確認されるものだろう。

 

 

「さて、君からの注文だが・・・()()()()()()()()()()()()()()()()だったね?」

 

 

「はい。これを。」

 

 

これは父上の刀の鍔だ。

日輪刀でない刀では鬼を殺すことは出来ない。

ならせめて鍔だけでも、ということだ。

 

 

「ふむ、貸してくれ。今付けよう。」

 

 

剛光さんが鍔を装着してくれる。

 

 

「さて、要は済んだし私は帰るとするよ。」

 

 

「剛光さん、ありがとうございます。」

 

 

「刃こぼれなど何かあれば連絡するといい。力になろう。」

 

 

「助かります。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剛光さんが帰り、しばらかして弥生がやってくる。

 

 

「啓、伝令だ。南東の方向に迎いそこに潜む鬼を斬れ。」

 

 

「どうやら、初任務のようだな。」

 

 

「ええ、そのようです。」

 

 

 

 

隊服に着替え、その上に母上の羽織を纏う。

 

 

出発に際し、また煉獄家総出で見送ってくれる。

 

 

「うむ、様になっているな。」

 

 

炎柱からのお墨付きだ。

 

 

「頑張ってこい啓君。君と共に任務にあたれる日を楽しみにしている!」

 

 

「啓!気をつけるんだぞ!」

 

 

「いつでも戻ってきていいんですよ。千寿郎も待ってますから。」

 

 

「あうー」

 

 

少し名残惜しくも感じるが、仕方の無いこと。

鬼殺隊を自ら志した以上当然のことだ。

 

 

「では・・・行ってきます。」

 

 

玄関をくぐり、出発する。

向かうは南東。

 

 

 

 

 

 




無事、最終選別終了まで書くことが出来ました。
ここからは鬼殺隊士としての啓を書いていきます。

ではまた。


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第拾伍話 初任務

煉獄邸を発ち、一日ほど経った。

ひたすら南東へ進み続け、おそらく鬼の被害にあったであろう集落に到着した。

 

 

まずは情報を集めねばな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し村を散策していると、おそらく鬼が関わっているであろう話を耳にする。

なんでも、一週間程前に夜に集落の外に出た人が帰ってきていないようだ。

そしてその人を捜索に行った人達も帰ってこない。

合わせて五人が消息を絶っているらしい。

 

 

その人が行ったという場所が分かれば話は早いのだが・・・

 

 

 

 

 

 

 

「女将さん、みたらし団子三串と茶をください。」

 

 

「あら、見ない顔だね。旅の方かい?」

 

 

「ええ。色んなところを巡っているのです。」

 

 

「そうかいそうかい・・・でも、ここから少し離れたところにある川には近づかないようにするんだよ。」

 

 

「川・・・ですか?何故です?」

 

 

「向かいの家の娘さんが一週間前の夜、川に行ったきり帰ってこなくてねえ・・・獣か賊かは分からないけど、たちの悪いのが出たことは間違いないよ。」

 

 

「そうですか・・・心配ですね。」

 

 

「本当にねえ・・・」

 

 

 

川、か。

おそらく間違いないだろう。

今はまだ夕方、もうしばらくしてから行ってみるとしよう。

 

 

「はい、みたらし団子とお茶ね。ごゆっくり。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

あっ、このみたらし団子美味いやばい・・・

お茶も良くあう。最高だ。

 

 

 


 

 

日が沈み、例の川へやってくる。

女将さんの心配を反故にするようで心苦しいが、仕事だから仕方ない。

 

 

しばらく歩いていると、何かに気づく。

ここに岩で蓋のようなものがしてあるのだ。

さては鬼が身を隠しているのだろうか?

 

 

などと考えていると、後ろから声が掛けられる。

 

「そこの方、ここで何をしていらっしゃるので?」

 

 

「!?」

 

 

「おっと、驚かせてしまいましたか。」

 

 

「貴方は?」

 

 

「私は鉄也(てつや)。この近くの集落の長を務めている者です。」

 

 

「そうでしたか・・・私は如月 啓と申します。」

 

 

「啓さん、ですね。それでここで何を?」

 

 

「集落で聞いた行方不明の方を探しに。こういったことは放っておけない性でして。」

 

 

「そうでしたか・・・私もいてもたってもいられなくてですね。良ければ協力させてはくれませんか?」

 

 

「ええ、もちろんです。」

 

 

二十代前半だろうか?

集落の長を務めるには随分若いように思える。

 

 

「・・・?私の顔に何か?」

 

 

「いえ。集落の長を務めてる方にしては若い方だな・・・と。」

 

 

「そういう事でしたか。私の一族が代々あの集落をまとめているのですが、つい先日私の父が亡くなりまして・・・未熟者ですが長に就任した次第です。」

 

 

「なるほど・・・」

 

 

「長としてもこの問題は放っておけるものではないので尚更・・・」

 

 

「・・・ご立派な方ですね。鉄也さんより若輩の俺が偉そうな口はたたけませんが。」

 

 

「そういう啓さんはいくつなんですか?」

 

 

「今年で十三ですね。」

 

 

「十三で旅、ですか。凄いですね。」

 

 

「そんなことはありませんよ・・・」

 

 

 

などと話を交わしていると、何かを感じ取る。

 

 

いるな。近くに。

 

 

「・・・鉄也さん。」

 

 

「はい?」

 

 

「俺が合図したらすぐ来た方向に引き返してください。」

 

 

「何故です?」

 

 

「・・・お願いします。」

 

 

神妙な顔で頼み込む。

 

 

「・・・分かりました。」

 

 

何が何だか分からない、という表情だが了承してもらえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・来る。

 

 

「鉄也さん!」

 

 

「はい!」

 

 

鉄也さんがすぐさま走り去っていく。

と、同時に物陰から何かが飛び出してくる。

 

 

「・・・鬼狩りか。」

 

 

「ああ。集落の人々を攫ったのはお前だな?」

 

 

「さあどうだろうか?確かめる術はあるまい。」

 

 

「あるさ。お前に聞けばいい。」

 

 

「ふん、童がほざきよる・・・参る。」

 

 

鬼が飛びかかってくる。

しかしそこまで早くはない。

相手を見てから冷静に避ける。

 

 

「む、早いな。童と少々侮ったが中々の手練のようだな。」

 

 

冷静な鬼のようだ。

初めて相対した鬼とは違うな。

 

 

「強者には礼儀を示さねばなるまい・・・」

 

 

そう言うと、鬼は何やら武術の構えを取る。

なんの流派か、なんてことは分からないが武術であることは見て取れる。

 

 

「我が名は(しゃち)。いざ参る!」

 

 

再びこちらに迫ってくる。

拳を引く動作。

 

迫り来る拳を軽く身をひねり避ける。

 

 

「噴ッ!!!」

 

 

刹那、脚を振り上げてくる。

早い、並大抵の鬼ではないな。

 

 

「むう・・・今のも避けるか。」

 

 

「やわな鍛え方はしていないのでな。」

 

 

今度はこちらから仕掛ける。

前触れ無く抜刀し鬼へと迫る。

 

腕を落とすため上から下に振り下ろすが、難なく防御される。

 

 

「勢いが足りん。その程度では我に傷を付けることなど叶わぬぞ?」

 

 

「小手調べだ。」

 

 

すぐさま後ろに軽く飛び、間合いを確保する。

呼吸を整え、刀を構える。

 

 

「飛天御剣流 龍巣閃(りゅうそうせん)

 

 

鯱の全身を神速で斬り刻む。

 

 

が、すぐさま鯱が後ろに跳ねる。

 

 

「やはり速い。よく練り上げられた武だ。我の目に狂いはなかったな。」

 

 

「それはどうも。」

 

 

そんな応答をしていると鯱が上に跳ね、縦に回転しながらこちらに飛び込んでくる。

おそらく受けきれない。

素直に回避する。

 

ギリギリまで引き付け回避すると、先程まで俺がいた場所に鯱の踵が突き刺さる。

 

辺りの地面にはヒビが入る。

相当な威力だ。

 

しかし、その威力を出したために随分大きな隙を晒している。

そこを逃す手はない。

 

 

呼吸を切り替え、すぐさま間合いを詰め技を放つ。

 

 

「雷の呼吸 弐の型 稲魂(いなだま)

 

 

一瞬のうちに五連撃を放つ。

その全てが鯱の身体へと刻まれる。

 

 

「先程よりも深い良き斬撃だ。」

 

 

どうやら攻撃の感想を述べるくらいには余裕があるようだ。

稲魂で与えた傷も既に再生が始まっている。

もしやかなり高位の鬼なのでは・・・?

 

「龍の呼吸 弐の型 荒鉤爪(あらかぎつめ)

 

 

更に三連撃を加えようとする。

が、一撃目から鯱の腕で防がれてしまう。

その腕はよく見ると黒く染まっている。

先程までは人肌に近い色だったはずだが・・・

 

 

「血鬼術 黒腕(こくわん)

 

 

血鬼術。

一部の鬼が扱う異能の力。

おそらく腕を黒く、硬くする単純なものだろう。

だがその腕から放たれる拳は先程までとは段違いの威力だろう。

まさかこの鬼が扱えるとは・・・

 

 

「少しでも発動が遅れていたら首が危なかったな。」

 

 

「・・・」

 

 

「今度は此方から行くぞ?」

 

 

鯱が迫ってくる。

攻撃を受けては駄目だ。

直接喰らったら間違いなく重症。刀で受けたら最悪折れるだろう。

となるとやはり回避に重点を置かねば・・・

 

 

「龍の呼吸 参の型 龍舞・風纏(りゅうまい・かぜまとい)

 

 

鯱の攻撃を避けながら斬撃を叩き込む。

しかし、それを意に介することなく鯱は連撃を放つ。

その全てを避けながら斬っていく。

 

 

十回ほど斬ったくらいに鯱が間合をあける。

 

 

「全て避けきられるとはな・・・」

 

 

鯱が自らの傷を見つめる。

すると先程とはまるで違う威圧感をこちらに放ってくる。

 

 

「血鬼術 黒鬼無双(こっきむそう)

 

 

そう鯱が呟くと同時に、鯱の全身が黒く染まる。

まさか全身に術を展開できるとは・・・不味いな。

首を撥ねるのが難しくなった。

 

 

「・・・この術を使わせたのはお前で二人目だ。」

 

 

「ほう・・・俺以外にお前を追い詰めた隊士がいたのか。」

 

 

「隊士ではない。」

 

 

「・・・?何者だ?」

 

 

「そこまで語ってやる筋合いはない。さあ行くぞ。」

 

 

先程とは段違いの速さで迫ってくる。

まさか硬化だけでなく身体能力の強化も・・・?

 

 

「疾ッ!!!」

 

 

風を切りながら手刀が振り落とされる。

すんでのところで回避する。

続けざまに回し蹴りを繰り出す鯱。

それを後ろに跳ねて避ける。

 

 

 

 

 

 

避けたはずだった。

その瞬間俺の腹部には刀で斬られたような傷が現れる。

 

鎌鼬のような部類だろう。

凄まじい速さで繰り出された鋭い蹴りが巻き起こした鎌鼬が腹を裂いた。

 

予想だにしなかった傷に顔が歪む。

 

 

そのまま拳による連撃を叩き込まんと鯱が迫る。

このままではまずい。

 

 

「縮地 二歩手前」

 

 

神速を僅かに上回る速さで退避する。

瞬時に呼吸を整えて傷を受けた血管を探し、止血を行う。

これは槇寿郎さんに教えてもらった全集中の呼吸の応用だ。

聞いておいて良かった。

 

 

「先程よりも速いな。どんな芸当か知らんが血も止まっている。」

 

 

「予想外の負傷だった・・・敵ながら見事。」

 

 

「ふん、殺し合いの最中に敵を褒めるとは随分余力があるようだな。」

 

 

「馬鹿を言え、随分キツい方だ。初任務でこんな鬼とやり合う事になるとは思わなかったぞ。」

 

 

「ほう、初めて相対した鬼がこの我とは。中々に運がないな。」

 

 

「は?」

 

 

「恥じることは無い。何故なら我は・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雲から月が顔を出し、月明かりがあたりを僅かに照らす。

初めてよく見る鯱の顔。

長髪に髭を生やしたかなり厳つい顔だ。

別にそこまで珍しい訳では無い。

鬼を斬り続けていれば似たような容姿の鬼とも会うだろう。

 

 

だが、明らかに他の鬼とは違うであろう点がある。

 

()()()

 

その眼には文字が刻まれている。

【下壱】の文字だ。

 

聞いたことがある。

鬼殺隊に柱がいるように、鬼の中でも特別強い鬼が存在する。

それが鬼舞辻無惨直属の鬼、「十二鬼月」

 

上弦と下弦の二つに分かれ、そこからさらに壱〜陸に分けられる。

つまり鯱は下弦の壱。

七番目に強い鬼ということになる。

 

 

道理で強いわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「下弦の壱、鯱。名を聞こう強き者よ。」

 

 

「・・・鬼殺隊、階級【癸】、如月 啓。」

 

 

「啓か。啓、貴様も鬼にはなるつもりは無いか?お前ならばより強い鬼へとなるだろう。」

 

 

「笑わせるな。俺はお前達鬼を斬るために鬼殺隊となったのだ。」

 

 

「残念だ。ならばせめて我と闘い、我の血肉となるが良い。」

 

 

鯱がさらに速さを増し、迫り来る。

さあ、ここからが正念場だ。




【解説】
「雷の呼吸 弐の型 稲魂」
一瞬のうちに5連撃を与える技





まさかの初任務で下弦の壱と遭遇する啓。
運がないですね。

モデルは東京喰種の鯱さんです。

おそらく次で決着です。




戦闘描写難しいなぁ・・・頑張ります。


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第拾陸話 十二鬼月

「飛天御剣流 龍槌閃(りゅうついせん)

 

 

高く飛んで落下の勢いを乗せて鯱に斬り掛かる。

しかし・・・

 

 

「軽いわァ!!」

 

 

黒腕をクロスさせ斬撃をしっかり受け止めた後、腕を振り払い弾き飛ばされてしまう。

 

龍槌閃は自由落下を利用している分かなり高威力の技。

それすらも軽々といなされるとは・・・

 

 

弾き飛ばされた勢いを利用し、回転の勢いで斬りつける。

 

 

「飛天御剣流 龍巻閃 凩(りゅうかんせん こがらし)!」

 

 

かなりの速さ、重さで斬りつけるも難なくいなされる。

 

 

「縮地 二歩手前」

 

 

縮地で鯱の周りを駆け回る。

そのまま不規則に斬撃を放つ。

 

 

「雷の呼吸 参の型 聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)

 

 

十数回程斬り掛かるも全て黒腕に防がれる。

一度息を整えるために鯱から距離を取る。

 

 

「どうした?息が上がっているぞ?」

 

 

「余計な世話だ・・・」

 

 

挑発的に鯱が言い放つ。

それはそうだ。

鯱が十二鬼月であることが分かってから約三十分もこうして決定打のないまま攻撃を避けて攻撃をしてを繰り返している。

日頃から鍛錬を積んでいるとは言えこれはきつい。

このまま時間が経てば確実に殺られるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手の好きにさせてはいけない。

 

 

呼吸を整えろ、身体を奮い立たせろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐッ・・・オオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

俺自身に発破をかけるかのように咆哮する。

 

 

「龍の呼吸 陸の型 穿ち龍牙・(つらなり)!!」

 

 

間合いを十分に確保し、神速の突進から連続で突きを放つ。

黒金の肉体に突き刺さる刀。

自由落下以上の勢いを乗せた突きはどうやら効いたようだ、そこまで深くはないが確かにその身体に受けた傷を見て鯱が驚愕の表情を浮かべる。

 

 

「ほう・・・!この状態の肉体に傷を付けるとは・・・」

 

 

しかしそれほどのダメージにはなっていないようだ。

次に備えるために間合いを確保する。

 

すると、先程の一撃が鯱にとってさらなる火種となったのか、先程よりも爆発的に加速して間合いを詰めてくる。

 

 

 

 

「勢ッ!!!!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

鯱が凄まじい速さの蹴りを放つ。

間一髪だった。

刹那でも反応が遅れていたら間違いなく無事ではすまなかっただろう。

 

 

まだ鯱の攻撃は続く。

正拳突き、回し蹴り、飛び蹴り、手刀。

様々な武が俺の命を刈り取らんと襲いかかってくる。

それら全てをギリギリのところで躱していく。

 

息も絶え絶えになってきた。もう長くは持たない。

 

 

「早く楽になればいいものを・・・」

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・お断りだ・・・!!」

 

 

「貴様には経験値が足りていない。確かに技量は持ち合わせているそれを実戦で振るった数が足りん。それが貴様の敗因だ。」

 

 

「もう勝ったつもりか・・・」

 

 

「違うか?貴様の攻撃は我には通じず、ただ消耗するばかり。対して我はまだまだ余力を残している。勝敗を判断するのには十分だろう。」

 

 

事実だ。

決定打を与えられない状態が続けば必ず俺は・・・

 

 

 

 

 

だが諦めてたまるか。

俺はこんな所で負けられない。

撃つべき仇が、再開すべき友が、帰るべき家族が、俺にはまだ残っている。

 

 

 

 

負けるな、挫けるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心を、燃やせ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「炎の呼吸 奥義 玖の型 煉獄(れんごく)

 

 

脚を止めた重い踏み込みから放つ炎の呼吸の奥義。

俺が学んだ五大流派の各呼吸の技の中で最も高い威力を誇る技。

炎を纏いながら突進と共に斬撃を繰り出す。

 

 

突進によって巻き起こった砂塵が落ち着くと、そこには頭の右半分から右腕にかけてを失った鯱の姿。

 

 

「ぬう・・・ここまでやるとは・・・」

 

 

流石に再生が追いついていないようだ。

畳み掛けるなら今しかない。

 

 

「水の呼吸 拾の型 生々流転(せいせいるてん)!」

 

 

一撃、二撃と威力を増していく。

鯱のその身体にはどんどん深い傷が増えていく。

 

 

「小癪ッ!!!!!」

 

 

鯱が吠え、脚を振り払う。

一度引くがまだ俺の攻撃は止まらない。

 

 

「岩の呼吸 壱の型 蛇紋岩・双極(じゃもんがん・そうきょく)!」

 

 

最大限の力を込めた二連撃。

一撃目で浅い傷を付け、二撃目で同じところに刀を押し付けるようにし深い傷を付ける。

 

 

「がッ・・・!」

 

 

鯱の顔に苦悶の表情が浮かぶ。

 

 

 

 

 

まだだ、まだ止めるな。

 

 

「雷の呼吸 伍の型 熱界雷(ねっかいらい)

 

 

下から上に登る雷の如く斬り上げる。

空中に打ち出される鯱。

 

 

「龍の呼吸 伍の型 飛龍(ひりゅう)!」

 

 

 

風の呼吸の応用で鎌鼬のような斬撃を飛ばす。

しかしそこまでダメージは入らない。

数秒間鯱の左脚を抉り続け、霧散する。

 

 

 

それなりのダメージになったのか着地してからよろけるような動作を見せる。

一連の攻撃で鯱の息も上がっている。

 

だがそれとは裏腹に先程抉りとった頭部と腕が段々と再生している。

 

再生している部分に気を取られていると、鯱が地を砕きながら迫ってくる。

 

 

「オオオオオオオオオ!!!!」

 

 

残されている左腕での正拳突き。

鯱の狙いが上手く定まっていなかったのもあって危なげなく避けられた。

いける、これならー

 

 

「甘いわァ!!」

 

 

 

 

 

正拳突きを放ってそのまま手刀で俺の脇腹を打ってくる。

咄嗟に放ったということもあり威力は本来より出ていないのだろうがそれでも人間の身体にダメージを与えるのには十分だった。

 

 

「カハッ・・・!」

 

 

あまりの痛みに灰の中の空気が全て外に出ていくのを感じる。

間違いなく脇腹の骨は折れただろう。

内臓へのダメージは逃れられたようだが・・・

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

 

互いに息を切らしながら睨み合う。

 

まだだ、ここで攻撃を止めてはいけない。

畳み掛けろ。

再生が追いつかないほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九つの首を持つ龍が鯱を喰らいつくす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛天御剣流 九頭龍閃(くずりゅうせん)!!!」

 

 

 

 

 

俺の出せる最速で突進し、九つの斬撃を繰り出す。

唐竹、袈裟斬り、右薙、右斬上、逆風、左斬上、左薙、逆袈裟、刺突。

その全てが一撃必殺級の威力で放たれる。

 

 

これにより鯱は上下左右かつ各斜め方向に大きく斬り裂かれ、胸には大きな穴が空く。

 

 

この戦闘で放ったあらゆる技を大きく超える威力だ。

無事で済むはずがない。

 

 

 

 

 

「な・・・にが・・・!?」

 

 

あまりの出来事に鯱は戸惑いを隠せていないようだ。

あと少し斬撃が深ければ自分の身体が八つに泣き別れする所だったのだ。

無理もないだろう。

 

 

その動揺を、隙を、俺は逃さない。

 

 

「終わりだ、鯱。」

 

 

 

 

 

 

 

 

息を整える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全集中」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刀を納める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛天御剣流」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全集中を乗せた極限の飛天御剣流。

 

 

 

 

 

「奥義」

 

 

 

 

 

 

その奥義が・・・

 

 

 

 

 

 

 

天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

何時だろうか、我が鬼になったのは。

 

確か今から数百年前だった・・・

 

ひたすらに家の道場で武術を磨いていた我は、ある日突然病で床に伏せることになった。

 

強くなることだけが生き甲斐だった我にとって、それは生き地獄以外の何者でもなかった。

 

拳を振るえぬのならこの世に存在する理由などない。

 

そう思い、我が命を絶たんとしたその時だった。

 

 

 

 

あの方と出会ったのは。

 

 

 

 

 

「病の所為で生に絶望する。私には分かるぞ、その気持ちが。」

 

 

「・・・何奴。邪魔をするな。」

 

 

「まあ待て。貴様、鬼になるつもりはないか?」

 

 

「・・・鬼?何を妄言を。」

 

 

「妄言などでは無い。私がそうなのだからな。」

 

 

「・・・」

 

 

「鬼となれば無限の時を生きられる。貴様が欲してたまらないものが手に入るのだ。」

 

 

その時の我には禁断な果実のように思えた。

 

それを手に取ればもう二度とまともなものには戻れない。

 

だがそれを掴みたいと思える魅力が、そこにはあったのだ。

 

 

 

そうして我は鬼になり、病を克服した。

 

歓喜に打ち震えた我は、人だった頃鎬を削った流派の者共を襲い、血肉へと変えた。

 

そうすることにより満たされていった我は、ある日強大な壁にぶち当たる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、殺し合おう鯱よ!」

 

 

上弦の参、猗窩座だ。

 

 

我と同じように鬼となり武を極めるため日々研鑽を積んでいる鬼だ。

 

上弦の参と下弦の壱。

 

そこには絶対的な差がある。

 

しかし我は無謀にも挑んだ。

 

 

結果は想像の通り惨敗だった。

 

あれだけ鍛えた拳が、脚が、何一つ奴には届かなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪くない武だったぞ、鯱。」

 

 

 

 

「だが俺とお前とでは積み上げてきたものが違う。」

 

 

 

 

 

「鬼として鍛錬をしてきた年季が違う。」

 

 

 

 

「俺が一の努力をするならば、お前は十の努力をすることだ。」

 

 

 

 

「そうしなければお前は俺には決して勝てない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生を受けて初めて味わった「圧倒的敗北」

 

 

二度と味わいたくない。

 

 

二度と負けたくない。

 

 

奴に勝ちたい。

 

 

その一心で更なる鍛錬を重ねてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それがどうだ?

 

 

人間の童に遅れをとるこの始末。

 

 

我は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

鯱の首が宙を舞う。

 

 

 

長きに渡る死闘が幕を閉じた。

 

 

 

俺の、勝ちだ。

 

 

 

 

肩で息をする。

 

 

もう立っているのも辛い。

 

 

だが、まだやらなければならないことがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・鯱。」

 

 

 

「・・・なんだ。」

 

 

 

胴体から首が離れ、塵へと変わっていく鯱に言葉をかける。

 

 

「お前は・・・強かった。今まで闘ってきた誰よりも。」

 

 

 

「・・・」

 

 

 

「・・・お前は、これからも俺の中で生き続ける。強者として。」

 

 

 

「・・・そうか。」

 

 

 

「次は、人として生を全うしろよ・・・」

 

 

 

「・・・ふん。貴様には言われるまでもないわ・・・」

 

 

 

 

沈黙が続く。

 

 

 

 

 

「・・・これからも励め。さらばだ。」

 

 

その言葉を皮切りに、鯱が消滅する。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・勝った、のか・・・」

 

 

もう意識を保っていられない。

 

だがまだ夜、鬼の活動時間だ。

 

 

こんな所で、寝ていては・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良く頑張ったな、啓君。」

 

 

 

 

 

 

 

「何故・・・ここに?」

 

 

 

 

 

「自分の任務をこなしてるうちに鴉の伝令を受けてな。来たというわけだ。」

 

 

 

 

 

「そうですか・・・・・・手間かけますが、あとはお願いします。槇寿郎さん。」

 

 

 

 

 

予想だにしなかった()の登場に安堵し、意識を手放す。

 

 

 




【解説】
「雷の呼吸 参の型 聚蚊成雷」
敵の周りを駆けながら斬り付ける技。

「炎の呼吸 奥義 玖の型 煉獄」
炎を纏いながら突進し斬撃を繰り出す技。
威力が高い炎の呼吸の中でも最も威力が高い。

「龍の呼吸 伍の型 飛龍」
斬撃を飛ばし攻撃する技。
風の呼吸がベース。

「飛天御剣流 九頭龍閃」
飛天御剣流の神速を最大限に活かし九方向から攻撃する技。
その一撃一撃が必殺級の威力である。

「飛天御剣流 奥義 天翔龍閃」
抜刀の際に刀を構えている方の脚を踏み込むことにより「神速」を超神速に昇華させる飛天御剣流の奥義。


下弦の壱、鯱。決着です。


初任務で下弦の壱と戦わされた啓でしたが、何とか生き残りました。
啓は描写外でも結構負傷してます。
死にかけです。


ここからどうなることやら・・・






日を重ねるごとにUAやお気に入り登録が増え、にやにやが止まりません。

よろしければこれからも作者の妄想の書きなぐりに付き合ってやってください。
では次をお楽しみに、さようなら。


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第拾漆話 蝶屋敷

目が覚めると、そこには知らない天井が広がっていた。

ここはどこだろうか・・・

 

身体を起こしてみる。

全身が痛い・・・

鯱との戦いで相当な自覚していたよりはるかな重症を負ったようだ。

まあ初任務で下弦の壱と遭遇して生き残れたこと自体が儲けものだろう。

贅沢は言えまい。

 

 

 

 

突然扉が開く。

扉の向こうからは少女が姿を現す。

蝶の髪飾りが良く似合う少女だ。

・・・はて、どこかで見たような・・・?

 

 

「起きましたか。意識が戻って何よりです。」

 

 

「・・・ここは?」

 

 

「ここは蝶屋敷です。鬼との戦闘後に気を失った貴方はここに運ばれてきたんですよ。」

 

 

「そうか・・・」

 

 

「とりあえず、姉を呼んできますので少々お待ちください。」

 

 

少女が再び部屋を出る。

姉・・・?

脳裏にある人物が浮かぶ。

さては・・・

 

 

「啓君!目が覚めたのね。」

 

 

「ああ、お蔭さまでな。カナエ。」

 

 

胡蝶カナエ。

最終選別の際一緒だった俗に言う「同期」だ。

医療の知識があるらしく、あの時は負傷者の手当をしてくれていた。

 

 

「良かった・・・もう二週間も寝ていたのよ?」

 

 

「二週間もか・・・」

 

 

「ええ。全身怪我だらけで大変だったんだから!」

 

 

「確かに全身がまだ痛むな・・・」

 

 

「とりあえず寝てるうちにやれるだけの処置はしておいたわ。」

 

 

「ああ、助かる。」

 

 

「どういたしまして!あ、お礼を言うならしのぶにもね?忙しい私に代わって付きっきりでお世話してくれてたのよ?」

 

 

「しのぶ・・・さっきの妹さんか?」

 

 

「ええ!私の自慢の妹よ!可愛いでしょう!」

 

 

「もう、姉さんたらまた・・・」

 

 

そんな話をしているとその妹さんがまた部屋に入ってくる。

 

 

「しのぶ・・・だったか。付きっきりで看病してくれたようだな。有難う。」

 

 

「それが仕事ですから、お気になさらず。貴方には姉に関する借りがありましたし。」

 

 

「姉?カナエが何か?」

 

 

「ほら、最終選別の時に私が危ないところを助けてくれたじゃない。その事をお礼をお礼をーってずーっと言ってたのよ?」

 

 

「余計なことは言わなくていいの!」

 

 

姉妹の微笑ましいやり取りが繰りひろげられる。

 

 

「全く・・・啓さん。」

 

 

「ん?」

 

 

「改めて、あの時姉を助けていただきありがとうございました。啓さんがいなければあの後姉と再会は出来なかったでしょう。」

 

 

「気にするな・・・。む?ということはあの場にいたのか、しのぶも。」

 

 

「ええ。人が多く開始間もなくはぐれてしまいましたが・・・」

 

 

「道理で。」

 

 

なんやかんやと話をしていると、部屋の外から声が聞こえる。

 

 

「もし!どなたかいらっしゃらないか!」

 

 

この声は・・・槇寿郎さんか?

 

 

「あら、炎柱様が到着したようね。」

 

 

「私がお連れするわ。」

 

 

 

少ししてしのぶに連れられ槇寿郎さんが部屋に入ってくる。

 

 

「啓君!目が覚めたか!」

 

 

「ええ、何とか。」

 

 

「しかし災難だったな。初任務で十二鬼月。しかも下弦の壱と遭遇するとは!」

 

 

カナエとしのぶの顔に驚きの色が浮かぶ。

 

 

「え!?啓君十二鬼月と戦ったの!?」

 

 

「しかも初任務で下弦の壱!?なんで生きてるんですか!?」

 

 

「何故生きているって・・・それは勝ったから、としか言えないな。」

 

 

「姉さんや私と同じ時期に入隊して間もないのに・・・何者ですか、啓さん。」

 

 

「力の差を思い知らされるわ・・・」

 

 

「あー。啓君が特殊すぎるだけだから気にする事はないぞ、胡蝶姉妹。」

 

 

僅かに落ち込む姉妹を槇寿郎さんが励ます。

確かな特殊である自覚はある。

が、そう面と向かって言われると少しばかり心にくるものがある。

 

 

「さて、そのことで御館様が話がある。どのことだが・・・」

 

 

「御館様が?」

 

 

「うむ。何でも、これからの啓君の身の振り方についてだとか。」

 

 

「あらあら。啓君たらもう出世しちゃうのかしら?」

 

 

「十二鬼月を倒した、となると十分有り得るわね・・・」

 

 

しのぶの言う通り、有り得ない話では無い。

本来十二鬼月の討伐というのは、()()()()()()()()()()()()()()なのである。

 

初任務でそれを達成した、となると階級が一気に上がってもおかしくない。

 

 

「柱は現在空席が目立つからな、一気に柱になってもおかしくは無い!」

 

 

「入隊して一ヶ月も経たないうちに柱の仲間入りはちょっと・・・」

 

 

 

 

 

 

そんな話をしていると、突然部屋の扉が開く。

 

 

「勝手にすまないね、お邪魔するよ。」

 

 

「御館様!?」

 

 

何と御館様がやってきたのだ。

傍にはあまね様も。

以前のようなお腹の膨らみがないことから出産を無事終えたのだろう。

 

 

「やあ、カナエ、しのぶ。この蝶屋敷を預けてしばらく、自らの任務だけじゃなくて隊員達の治療もこなしてくれてありがとうね。」

 

 

「それがお仕事ですので・・・」

 

 

「ええ、その通りです。」

 

 

「うん、これからもよろしくね。さて、啓。急に押しかけて悪かったね。槇寿郎から話は聞いているかい?」

 

 

 

「ええ、ある程度なら。」

 

 

「そうかい。では早速本題に入ろう。啓、君の階級についてだ。」

 

 

「と、言いますと・・・」

 

 

「本来、十二鬼月を倒すということは【柱】となる条件の一つなんだ。そして今現在、柱には空席が目立つ・・・」

 

 

先程槇寿郎さんが言っていたことと同じだ。

確か、槇寿郎さんと最近【岩柱】に昇格した行冥さんに加えて数名。本来九人いるはずの柱が現在約半分程しかいないと聞いた。

 

 

「けど、啓にはまだ経験が足りていない。柱になるもう一つの条件に階級が【甲】であること、というのもあるからね。」

 

 

これまた事実だ。

鬼殺隊としての経験が足りてないゆえに鯱との戦いでも遅れをとったともいえる。

 

 

「そこでね、こういう形にしようと思うんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日付けで啓は階級【甲】に昇進。なおかつ槇寿郎の【炎柱補佐】として働いてもらうよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんという出世・・・

歴代最速なのでは?

 

 

「ああ、もちろん槇寿郎の補佐として経験を積んだ暁には【柱】として働いてもらうよ。」

 

 

「鬼殺隊は現在猛烈な人材不足ですからな。柱となりえる人物が多いのはいいことだ!」

 

 

「あらあら、啓君たら本当に出世しちゃったわ。」

 

 

「同期が上司に・・・」

 

 

三者三様の反応をする。

1番驚いてるのは無論俺である。

昇格するとは思っていたが一気に【甲】。なおかつ柱になるために【柱補佐】として働くことになるとは・・・

 

 

「基本啓には啓の任務をこなしてもらった上で槇寿郎のサポートに回ってもらうよ。大変だろうけどよろしくね。」

 

 

「・・・結構辛いですね。」

 

 

「これも鬼殺隊の戦力をより向上させるため。負担をかけるけどすまないね。」

 

 

「御館様のご意向とあらば、従うまでです。」

 

 

「ありがとうね、啓。さて、用事も済んだからこれにて失礼しようかな。お大事にね。」

 

 

御館様が帰っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・とりあえず、退院すればいいのか?」

 

 

「まだダメよ?あと二週間は絶対安静よ。」

 

 

「全身大怪我なんです。大人しくしていてください。」

 

 

「こうまで言われてはどうしようもないな、啓君。」

 

 

「・・・・・・大人しくしてます。」

 

 

 

 

 

 

 

まずは怪我を完治することだな。

 

 

 

 

 

 

 

 




しのぶさん初登場です。
啓との絡み、是非とも多くしたいところ。


今この小説にヒロインという概念を作るか検討しております。
ご意見のほど聞かせていただけると助かります。


それではまた。


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第拾捌話 憧れ

蝶屋敷に運び込まれて三週間が経った。

二週間の絶対安静期間を終え、「機能回復訓練」をこなした俺は次の任務を待つ間、蝶屋敷の厄介になっている。

 

全集中・常中のおかげでそこまで身体機能の回復に時間がかからなかったのは嬉しい誤算だった。

やってて良かった全集中・常中。

 

さて、今は風呂に入る前に素振りをして軽く汗を流しているところだ。

 

 

五百回に差し掛かったあたりで、視線を感じたのでそちらに目をやるとこちらを見つめる人物がいた。

 

「精が出ますね、啓さん。」

 

 

「しのぶか。」

 

 

胡蝶しのぶ。

この蝶屋敷の主、胡蝶カナエの妹である。

当時は気づかなかったが、最終選別を共にしており、歳は違えど同期ということになる。

 

 

「そろそろお夕飯です。準備しておいて下さいね。」

 

 

「ああ、分かった。ありがとう。」

 

 

実は、ここのところ良くしのぶが俺の鍛錬しているところを見つめているのだ。

僅かばかりに羨ましさ、嫉妬、といった負の感情をその瞳に滲ませて。

 

おそらく、カナエから聞いたことが関係しているのだろう。

 

しのぶは鬼の首を落とせないらしい。

理由は簡単、その体躯である。

小柄ゆえの筋力不足。

そんな努力でどうにかなる範疇を超えた大きな悩みをあの小さな身体に抱えているのだ。

力になってやりたいものだが・・・

 

 


 

 

翌日の朝、全集中・常中と共に坐禅を組んでいると、カナエが話しかけてくる。

 

 

「啓君、しのぶどこにいるか知らないかしら?」

 

 

「すまん、分からんな。」

 

 

「うーん・・・なら部屋にいるのかしら・・・呼んできてくれないかしら?」

 

 

「俺がか?別に構わんが。」

 

 

「ありがとうね。治療の手が回らないからしのぶにも手伝ってもらいたいのよ。」

 

 

「そういう事か。少し待っててくれ。」

 

 

 

 

しのぶの部屋の前に立ち、扉を叩く。

 

 

「しのぶ、いるか?」

 

 

「・・・」

 

 

反応はない。

あのカナエの様子だと部屋以外は見たようだし・・・やはりここなのなのだろうか。

 

埒が明かない。

 

 

「失礼するぞ。」

 

 

戸を開け中に入る。

 

 

戸を開けるとそこには多くの資料や道具が散乱した机で寝ているしのぶの姿。

おそらく昨日の夜中に物音がしていたところを見ると、徹夜したのだろう。

なるべくゆっくりと休ませたいがそうもいかない。

起きてもらわねば・・・

 

 

「しのぶ。」

 

 

呼びかけながら身体を揺する。

すると案外すんなりと起きてくれる。

 

 

「んぅ・・・なんですか・・・?」

 

 

「カナエが呼んでいる。治療を手伝って欲しいとのことだ。」

 

 

「そうですか・・・分かりました。」

 

 

ゆっくりと起き上がる。

その際、資料が机から落ちる。

それを拾い上げる際、内容が目に入る。

 

「毒」

鬼を殺す毒をしのぶは作ろうとしているようだ。

 

 

「何してるんですか?早く出てください。」

 

 

「ああ、悪い。」

 

 

長居するのも不自然だから早急に部屋を出る。

資料を見た事はバレていないようだ。

 

 

毒・・・か。

考えもしなかったが確かに良い手だな。

突き技で刀を介して注入するのならばしのぶのような華奢な隊士でも可能だ。

だが資料を見る限り難航している模様。

薬学に精通している人間ならば何かいい知恵を持っているだろうか。

 

 


 

 

夜中、目が覚めてしまったので水を飲みに台所に行く。

部屋に帰り際、目に入るものがある。

庭で竹刀を素振りしているしのぶの姿だ。

 

昨日は研究、今日は鍛錬。

ひたむきな姿勢に尊敬すら感じる。

 

すると、こちらに気づいたしのぶが声をかけてくる。

 

 

「あら、啓さん。起こしてしまいましたか?」

 

 

「いや、水を飲みに来ただけだ。気にするな。」

 

 

「そうですか・・・」

 

 

短いやり取りを交わしてしのぶは再び素振りを再開する。

しばらくその様子を見ていると、再びこちらに声をかけてくる。

 

 

「あの・・・何か?」

 

 

「・・・握りが甘いな。そして振りに無駄な力が入っている。貸してみろ。」

 

 

「え・・・?あ、はい。」

 

 

予想だにしなかった行動からか、一瞬戸惑う様子を見せたがすんなりと竹刀を貸してくれる。

 

少しばかり手本を見せると、少々暗い様子で声を紡ぐ。

 

 

「・・・羨ましいです。」

 

 

「ん?」

 

 

「羨ましいんです、啓さんや姉さんが。」

 

 

「・・・何故だ?」

 

 

「私は見ての通り小柄です。力が足りなくて鬼の首を斬ることは出来ない、と育手の方に言われました。」

 

 

 

「それでも諦めたくなくて、鍛錬を積んで姉さんと一緒に最終選別に行き、何とか乗り越えました。姉さんのサポートに回って姉さんが首を落とす・・・と言った感じで、直接鬼を倒せた訳ではありませんが。」

 

 

「私だって自分の力だけで鬼を倒したいんです・・・周りのお荷物になるだけなんてとても私には耐えられません・・・!」

 

 

 

 

「何も出来ないのは嫌なんです!」

 

 

 

 

しのぶが悲痛なその想いを語る。

声も肩も震えている。

誰かにこうして吐き出すのは初めてなのだろう。

 

 

「・・・俺は、お前が欲してやまないものを持っている。だからしのぶの気持ちが分かる、なんて大層なことは言えない。」

 

 

「・・・」

 

 

「だがな、これだけは覚えておいてくれ。少なくとも俺とカナエはしのぶのことをお荷物だなんて思っていない。俺には出来ないことがお前にはできるし、カナエに出来ないことがお前にはできる。」

 

 

 

 

「お前はさっき俺やカナエが羨ましい、と言ったが俺だってお前が羨ましい。お前が鬼の首を斬れないように、俺は怪我をした仲間を治すなんてことはできない。」

 

 

 

 

「お前にはお前のやれることがある。だから自分は何も出来ないだなんて思うな。」

 

 

 

「啓さん・・・」

 

 

思うところがあったのだろうか。

先程より表情が軽いように思える。

 

 

「お前が必死に研究している"武器"だってある。それを完成させれば、お前は他には出来ないことがまた一つ出来るようになるじゃないか。」

 

 

「なんでその事を・・・?」

 

 

「今朝方しのぶを呼びに部屋に行った時、目に入ってしまってな。すまない。」

 

 

「そうでしたか・・・ですがあれはどうも行き詰まってしまいまして。」

 

 

「だが、諦めるつもりはないんだろう?」

 

 

「当たり前です!私は私のやれることをやってみせます!」

 

 

「その意気だ。頑張れよ。」

 

 

 

年頃の女子らしく可愛らしい笑顔を浮かべ意気込むしのぶ。

どうやら元気づけることには成功したようだ。

 

 

 

 


 

 

そのまた翌日、縁側でカナエと茶を共にする。

 

 

「啓君、ありがとうね。」

 

 

「ん?何が?」

 

 

「しのぶのことよ。実は夜中目が覚めちゃって一部始終見てたのよ。」

 

 

「そのことか・・・別に礼を言われるほどのことじゃない。ただ俺が伝えたいことを伝えたにすぎない。」

 

 

「そんなことないわ。しのぶ、目に見えるように活き活きしてるもの。他でもない啓くんのおかげよ?」

 

 

「力になれたようなら何よりだ。」

 

 

話をしていると、弥生がやってくる。

 

 

「伝令だ。煉獄槇寿郎と共に【八丈島】に向かえ。そこにいる人間を支配し生活している鬼を滅殺するのだ。」

 

 

「あらあら、お仕事のようね。」

 

 

「ああ・・・人間を支配している鬼、か・・・」

 

 

恐怖から逃れるためかはたまたそういう宗教の民族なのか・・・

疑問は残るが準備をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

準備を終え、出発するため玄関に立つ。

カナエとしのぶが見送りをしてくれる。

 

 

「いってらっしゃい、啓君。また怪我しないようにするのよ。」

 

 

「極力気をつけよう。」

 

 

「啓さん、お気をつけて。私も頑張りますから啓さんも・・・」

 

 

「もちろんだ。そういえばこれを。」

 

 

「これは?」

 

 

「俺の薬学に精通した知り合いのいる場所について書いてある。研究がどうにも行き詰まるようなら頼ってみるといい。確かな腕を持っている人だ。」

 

 

「そんなお知り合いが・・・ありがたいですが極力自分の力で頑張ってみます。それでもダメなら、ですかね。」

 

 

「それがいい。頑張れよ。」

 

 

「・・・はい!」

 

 

「さらばだ二人とも。また会う時を楽しみにしている。」

 

 

二人に手を振り、背を向け歩みを進める。

目的地に行くには船に乗る必要があるため然るべき場所へ向かう。

そこで槇寿郎さんと合流する手筈だ。

 

 

 

 


 

 

 

「行っちゃったわね、啓君。」

 

 

「・・・うん。」

 

 

そう返すしのぶの表情はどことなく暗かった。

寂しいのかしらね?

 

 

「・・・啓君ならちゃんとまた顔出してくれるわよ。それまで待ってましょ?」

 

 

「・・・」

 

 

そう声をかけても意識が別に向いている、そんな感じがする。

 

 

「あらあら、しのぶったら啓君がいなくなって寂しいのね?」

 

 

「・・・」

 

 

「・・・しのぶ??」

 

 

「・・・そんなことないわ。」

 

 

そう呟くしのぶの表情はどことなく朱色がかっていた。

これはもしや・・・・・・!

 

 

「しのぶ、啓君のこと好きになっちゃったのかしら?」

 

 

「!!??姉さん急に何を!?」

 

 

「あらあら、素直ねえしのぶは。可愛いわ!」

 

 

「姉さん!!!!」

 

 

しのぶが顔を真っ赤にして追いかけてくる。

全く可愛いんだから・・・

 

 

 

 




散々悩んだ結果、フラグスイッチオンすることにしました。
戦闘描写すらおぼつかないのに恋愛描写に手を出そうとしてるの無謀なのでは・・・?
偉大なる先人様方から学ぼうと思います。


次は槇寿郎と合流し、昇進後初の任務となります。
どうぞお楽しみに。


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第拾玖話 蛇

キーゼルさん誤字報告ありがとうございます!


蝶屋敷を発ち約半日。

槇寿郎さんと落ち合う予定の街に着いた。

ここから目的地である八丈島への船に乗る手筈だ。

 

すると、見覚えのある人がこちらに歩み寄ってくる。

 

 

「やあ啓君。怪我はもう大丈夫か?」

 

 

「ええ。お陰様で。」

 

 

「そうか!ならいい。」

 

 

「さて、早速向かいましょうか。」

 

 

「うむ、そうしよう。」

 

 

船が並ぶ港へ向かう。

槇寿郎さんが番頭さんを見つけて話しかける。

 

 

「突然失礼する!八丈島という所に行きたいのだが船を出したは貰えんだろうか?」

 

 

「八丈島ぁ?そんなとこに行って何するってんだ?」

 

 

「仕事でな!行かねばならないのだ。金ならここに!」

 

 

と、懐から金の入った袋を取り出す。

それは明らかに船で島に連れてってもらうには不相応な程の金額だった。

取り出した際にじゃらんという音がした。

相当な量が入っているのだろう、さすが柱。

 

 

「こんなにかい!?多すぎやしねえかい?」

 

 

番頭さんが驚きに顔を染める。

 

 

「それで何とかお願いできないだろうか?」

 

 

「そりゃあ貰った分の仕事はするけどよお・・・おすすめはしないぜ?」

 

 

「何故だ?」

 

 

「あの島には化け物が潜んでるって話だぜ?何人か行方不明にもなってるって話だ。」

 

 

化け物・・・

鬼だろうか?

やはり行かない訳にはいかないな。

 

 

「それを確かめるのが我々の仕事だ!どうかよろしく頼む!」

 

 

「そうかい・・・ただ条件がある。」

 

 

 

 

 

「夜に行くことだ。昼間のうちに行って住民と出会ったら面倒なことになりかねない。」

 

 

「夜だとなにか住民にあるのか?」

 

 

「ただ単純に出くわしたくないだけさ。以前行ったことがあるんだが住民に鬼の形相で追い返されてな。」

 

 

「なるほど。それで構わない。」

 

 

「そうかい、じゃあまた夜に来な。」

 

 

 

 

 

港から離れ、店が立ち並ぶ区域へ来る。

 

 

「そういえば啓君、昼食はすませたのかね?」

 

 

「いえ、まだです。」

 

 

「そうか!では今から向かおう!」

 

 

「いえ、俺は・・・」

 

 

と、言った瞬間に腹が鳴る。

とても恥ずかしい。

 

「行こうか!」

 

 

「・・・はい。」

 

 


 

 

日が沈み、夜が来た。

辺り一面は静寂に包まれている。

 

 

「おう、来たかい。」

 

 

「ではよろしく頼む!」

 

 

「よろしくお願いします。」

 

 

予定通り番頭さんに合流して八丈島へ連れてってもらう。

 

 

「さて、啓君。今回の一件君はどう思う?」

 

 

「鬼を崇拝する一族なのでは・・・と考えています。聞いた話だとよそ者を拒絶しているようですし。」

 

 

「うむ。俺も一緒だ。となると・・・」

 

 

「問題はどうやって接触するか。」

 

 

「その通り。恐らく夜でも安全圏から出てこないだろう・・・」

 

 

頭を悩ませていると八丈島へ到着する。

 

 

「着いたぜ。本当に帰っていいんだな?」

 

 

「うむ。帰りは迎えが来るのでな!」

 

 

「そうか、気をつけな。」

 

 

「ありがとうございました。」

 

 

番頭さんが帰っていく。

 

 

「さて、どうしたものか・・・」

 

 

「とりあえず隠密を保ちながら島を探索してみましょう。」

 

 

しばらく島を探索する。

すると、集落のようなものが見える。

恐らく人が集まっているはずだ。

 

と、するとあそこに鬼が・・・?

 

 

「槇寿郎さん。」

 

 

「うむ。」

 

 

短い言葉で意思疎通する。

俺たちの考えは一致しているようだ。

「直接乗り込む」

と言っても、見つからないように隠れながら行きはするが。

 

集落との距離を詰める。

あたりの様子を伺うと、人の気配はないようだ。

集落の周りを探り全体像をはっきりさせる。

どうやら中央にでかい屋敷があるようだ。

そこが怪しいのではないか、という意見で一致した。

 

 

「さて、ここからどうしましょうか。」

 

 

「あの屋敷を調べてみたいところだが・・・中には確実に人がいるだろう。」

 

 

「ですよね・・・鬼がひょっこり顔を出してくれれば楽なんですけど。」

 

 

などと会話を交わしていると、屋敷の中から一人の少年が飛び出すように駆けてくる。

何かから逃げているような、そんな様子だ。

 

 

「槇寿郎さん、あれ。」

 

 

「うむ、気になるな。」

 

 

「行きましょうか。」

 

 

その少年の元に向かう。

近くで見てみると背丈が近いことが分かる。おそらく同年代だろうか。

話を聞いてみる。

 

 

「君、何があったんだ?」

 

 

「誰だあなた達は。」

 

 

「俺は如月啓。」

 

 

「俺は煉獄槇寿郎。君は?」

 

 

「俺は・・・なんて言ってる場合じゃない!早く逃げないと!」

 

 

「逃げる・・・?何から?」

 

 

「怪物だよ!いつか食われるために俺は生まれた時から閉じ込められてたんだ!」

 

 

怪物。食われる。

やはり、読みは当たっていたようだ。

 

 

「安心しろ。その怪物を倒すのが俺たちの仕事だ。」

 

 

「うむ。君は下がっているといい。」

 

 

「・・・?あなた達は一体?」

 

 

「問題が解決したら改めて教えるとしよう。」

 

 

と、その瞬間。

屋敷の中から異形が姿を現す。

下半身が蛇のようになっている巨大な女の鬼だ。

最終選別の時のあの鬼(手鬼)のような異形の鬼とみて間違いないだろう。

 

 

「待てええぇぇえええ小芭内いいいいいいい!」

 

 

「来た!」

 

 

「ふむ、でかいな。」

 

 

「ええ、ですが図体が大きい分鈍いですね。」

 

 

「貴様ら・・・鬼狩りか!!」

 

 

「その通りだ。お前を斬りに来た。」

 

 

「ほざけえええええ!」

 

 

鬼が半狂乱になりながらこちらに襲いかかる。

振り下ろしてきた爪を即座に抜刀し受け止める。

それなりに力はあるようだ。

重い衝撃か降り掛かってくる。

だが、下弦の壱()の拳はこれよりずっと重かった。

 

「槇寿郎さん。ここは俺が。」

 

 

「うむ。お手並み拝見と行こう。」

 

 

槇寿郎さんが少年を連れ、更に距離をとる。

それを確認し、鬼の攻撃を振り払って間合いを確保する。

 

 

「さて、覚悟はいいか?」

 

 


 

 

啓が再び刀を納める。

そしてまた構え、呼吸によって血の流れを加速させる。

 

 

「飛天御剣流 龍巻閃・旋(りゅうかんせん・つむじ)

 

 

確保した間合いを爆発的な加速で詰める。

空中を飛ぶように錐揉み回転しつつ鬼に迫り、すれ違いざまに斬り刻む。

鮮血が飛び散る。

鬼の身体がでかい分、斬った回数も多い。

 

 

「があ・・・!おのれええええええ!!」

 

 

狂ったように尻尾を啓に叩きつけてくる。

大きく振りかぶっての一撃だったため相当の威力があったが、それを読んでいた啓は難なく上に飛んで回避する。

空中で構える啓。そこから繰り出されるのは「滝」だった。

 

 

「水の呼吸 捌の型 滝壺(たきつぼ)

 

流れ落ちる水とともに振るわれる刃。

鬼の身体より高い位置から振り下ろされた刃は、その尻尾を切断するのには十分な威力を誇っていた。

 

 

「遅い。その程度では俺は捉えられんぞ。」

 

 

「小癪なああああああ!!??」

 

 

(右爪、左爪、最後は噛み付き)

 

 

その図体からは想像できない速さで迫るも、尽く攻撃を読んでいた啓にはあっさりと避けられてしまう。

蛇の鬼は明らかに焦っていた。

 

 

(なんなんだこのガキ・・・!小芭内とそう変わらないはずなのに今まで相手した鬼狩りの中で1番強い!)

 

 

所詮まだ子供にすぎない、と最初は思っていた。

だがいざ相対してみるとどうだろうか。

成人しきった鬼狩りよりもだいぶ強いのだ。

舐めきっていた相手が本当は強かったことに上手く意識を切り替えられない。

 

 

(そして後ろの男。あれはまずい・・・!このガキよりも強い!纏っている気配でわかる!)

 

 

さらには後ろに控える槇寿郎。

見ているだけの槇寿郎かが放つその闘気は、離れている蛇の鬼が感じ取るにはあまりに大きすぎる物だった。

それも当然、槇寿郎は「炎柱」。鬼殺隊最高戦力の一人なのだから。

 

 

(どうするどうするどうする!ここでこいつらを始末しなければ築き上げた楽園が!かと言って私は勝てるのか!?こいつらに!!)

 

 

数秒間硬直した末、蛇の鬼がある啓に言葉を紡ぐ。

 

 

「なあお前・・・ここで暮らすつもりはないか?」

 

 

「は?」

 

 

「ここにはその小芭内を除いて女しかいない。いい思いが出来るぞ・・・?」

 

 

「・・・」

 

 

(悩んでいる・・・?くくく・・・所詮は旺盛なガキ。この手には弱いだろう・・・)

 

 

「さあ!こっちに来」

 

 

さらに言葉を紡ごうとした瞬間、雷が通り過ぎる。

 

 

 

 

 

 

気づいた時には、天地が反転していた。

比喩では無い。

蛇の鬼は首と身体の二つに分断され、その首は地面を転がっているのだ。

 

 

「雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃(へきれきいっせん)

 

 

それは目の前の少年によって起きた出来事であった。

自分が交渉をもちかけ、悩んでいる様子だったその少年である。

 

 

「ああああああ!!畜生おおおおお!!楽園があ!!私の楽園があああああ!!!!!」

 

 

「お前のような屑には地獄がお似合いだ。口を開くな気分が悪い。」

 

 

追い討ちのように口の当たりを斬り裂いて頭部をさらに二つに分ける。

もう蛇の鬼が言葉を発することはない。

 

 


 

 

蛇の鬼が消滅していく。

あんな手段に出るとは思わなかったな。

恐らく自身と相手の力の差を理解しての行動だったのだろう。

 

 

「見事な戦いっぷりだ啓君。お疲れ様。」

 

 

「ええ、後ろありがとうございました。」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「さて、まだお前の口から直接名前を聞いていなかったな。」

 

 

「・・・俺は伊黒小芭内(いぐろおばない)。」

 

 

「そうか。よろしくな、小芭内。」

 

 

手を差し出すと、小芭内はキョトンとした表情でこちらを見つめる。

生まれた時から閉じ込められていた、と言っていたか。

なら握手についても知らないか。

 

 

「ほら、友好の証だ。今日から友達になろう、小芭内。」

 

 

「友・・・達。」

 

 

「そうだ。ほら。」

 

 

弱々しくもしっかりと手を握ってくる。

 

 

「ちょっと!あなた達誰よ!」

 

 

すると、屋敷の中か人が出てくる。

女性しかいないようだ。

 

 

 

「俺は鬼殺隊 階級【甲】如月啓。鬼を斬りにきた。」

 

 

「鬼・・・?」

 

 

少し沈黙が流れ、その人が何かに気づいたのか焦り出す。

 

 

「ちょっと・・・あの方はどこよ!?」

 

 

あの方、おそらくあの鬼だろう。

やはり鬼を崇拝していたのだろうか?

 

 

「あの蛇の鬼なら、今しがた俺が殺したが?」

 

 

それを聞いた人々が顔面蒼白する。

 

 

「いやあああああああ!!」

 

 

「そんな、そんなあああああ!」

 

 

阿鼻叫喚、といった様子だ。

その様子を小芭内は槇寿郎さんの背に隠れるように見ている。

何かを後ろめたいような表情だ。

 

すると、小芭内に気づいた女性が詰め寄ってくる。

 

 

「あんたのせいよ小芭内!!あんたが逃げたせいで大勢死んだ!!そしてあの方もいなくなった!!!あの方のおかげで私たちは生活出来ていたのに!」

 

 

「え・・・」

 

 

「あんたのせいで皆死んだのよ!!どうしてくれるのよ!!!」

 

 

「そうよ!!あんたのせいだ!!」

 

 

「あんたが「黙れ!!!」

 

 

あまりの勝手な物言いに耐えられず怒鳴りつける。

 

 

「貴様らは自分が助かるために小芭内を犠牲にしようとしていた!!さらにはこうなったのも全て小芭内のせいだと?笑止!!!自分たちの保身の為に他者を盾にしようとしていた奴らに人を責める権利などない!!」

 

 

「ひっ・・・」

 

 

「恥を知れ!!!この愚か者が!!」

 

 

「・・・啓君。」

 

 

「行きましょう。こんなところにいたくありません。」

 

 

「・・・俺は。」

 

 

「俺らと一緒に来い、小芭内。こんなところにいちゃダメだ。」

 

 

「・・・分かった。」

 

 

小芭内を連れ、海岸へ向かう。

すると、そこには数人乗った舟が。

 

 

「お疲れ様でした。」

 

 

隠の人達だ。

槇寿郎さんが鴉で呼んでいてくれたのだろう。

 

 

「ありがとうございます。あちらまでお願いします。」

 

 

「はい。」

 

 

八丈島を後にする。

出会った少年を連れて。

 

 

 

 

 




伊黒さん登場です。
これで21歳組全員と邂逅を果たしました。

今回から戦闘描写を三人称視点にしてみました。場合によって変えようとは思いますが。
以前とどちらが見やすいか教えていただけると嬉しいです。


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第弐拾話 始まりの呼吸

八丈島での任務を終えて数日。

次の司令まで煉獄邸にて休息をとっていた。

八丈島から連れ帰った小芭内も現在煉獄邸に滞在している。

 

「小芭内!外に行こう!」

 

 

「分かった、杏寿郎。」

 

 

歳の近い杏寿郎と小芭内はあっさりと打ち解けて、今はこうして二人でよく遊んでいる。

俺はというと・・・

 

 

「よーし千寿郎いい子だぞー。」

 

 

「あうー。」

 

 

千寿郎と戯れている。

束の間の休息なのだからこれくらい許されるはずだ。

 

 

「啓君たら、すっかりもう一人のお兄さんね。」

 

 

「実際俺も弟のように想っていますから。」

 

 

瑠火さんと会話しながら千寿郎をあやしていると、奥の部屋から槇寿郎さんがやってくる。

 

 

「毎度千寿郎のことありがとうな啓君。」

 

 

「いいんですよ。俺も楽しいですし。」

 

 

「・・・ちょっと見せたいものがあるんだがいいか?」

 

 

「・・・?はい。構いませんよ。」

 

 

瑠火さんに千寿郎を預けて二人で奥の槇寿郎さんの部屋に行く。

槇寿郎さんが手に持っているのは何かが記されている書物。

 

 

「これは代々炎柱に受け継がれている【炎柱ノ書】。先程掃除をしていたら新たに見つけてな・・・」

 

 

「これが・・・どうしたんです?」

 

 

「読んでみてくれ。説明するよりそっちの方が早い。」

 

 

槇寿郎さんに促され書物に目を通す。

そこには「始まりの呼吸」について書いてあった。

 

全ての呼吸はこの「日の呼吸」の派生であること。

最も強い呼吸であること。

そして、かつてこの呼吸の使い手が鬼舞辻無惨を追い込んだこと。

 

だが肝心の技についての説明がなかった。

 

 

「これは・・・」

 

 

「凄まじいものだろう?まさかこんなものが存在するとは・・・」

 

 

「惜しむべくはこの呼吸の型や呼吸の仕方について書いてないことですね。」

 

 

「うむ。それがあれば恐らく啓君なら再現出来たのだろうが・・・」

 

 

「日の呼吸・・・か。御館様に聞けば何か分かりますかね?」

 

 

「どうだろうか・・・」

 

 

突如、頭痛に襲われる。

 

 

「がッ・・・!?」

 

 

「啓君!?」

 

 

 

 

 

ー日の呼吸はこうやるのだ、清十郎。

ーほう・・・だが俺の飛天御剣流の方が上だな。

 

 

 

ーさあかかってこい。

ーへっ、後悔すんじゃねぇぞ。

 

 

 

ー私は鬼から弱き人々を。

ー俺は時代の苦難から弱き人々を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な・・・んだ・・・これ・・・!?」

 

 

「啓君!どうした!大丈夫!!」

 

 

しばらくして、頭痛は止む。

 

 

「大丈夫です・・・もう、治まりました。」

 

 

「そうか・・・一体どうしたんだ?」

 

 

「覚えのない記憶が俺の頭の中に・・・二人いました。俺の先祖と、そしてもう1人は・・・日の呼吸の使い手です。」

 

 

「何!?」

 

 

槇寿郎さんが驚きの声を上げる。

それはそうだ。今まさに話をしていたものが出てきたのだから。

 

 

「にわかには信じ難いが・・・君が嘘をつくはずはないだろう。どんな記憶だったんだ?」

 

 

「二人が手合わせしている記憶、誓いを立てている記憶、そして・・・」

 

 

「そして?」

 

 

「日の呼吸を、俺の先祖に教えている記憶です。」

 

 

「・・・ということは。」

 

 

「いえ、残念ながら鮮明に思い出せません・・・」

 

 

「そうか・・・しかし、また何かの拍子に思い出すかもしれないな。」

 

 

「はい・・・」

 

 

日の呼吸の使い手と飛天御剣流の使い手。

過去に出会っていたのか・・・

そのうちまた記憶が流れ込んでくることを祈る。

 

 


 

 

「せい!」

 

 

「踏み込みが甘いぞ!杏寿郎!」

 

 

「はい!父上!」

 

 

翌日、煉獄邸の道場にて槇寿郎さんが杏寿郎に稽古をつけている。

なんでも、槇寿郎さんが家にいる時はこうして直接稽古をつけ、いない間は炎柱ノ書を読んでいるそうだ。

 

杏寿郎の才能もあってか既に炎の呼吸がずいぶん様になっている。

 

 

「啓、あれは・・・」

 

 

「ああ、あれはだな・・・」

 

 

隣で一緒に見ていた小芭内が全集中の呼吸について聞いてくる。

それに対して丁寧に教えてやる。

すると・・・

 

 

「それを身につければ、俺も・・・」

 

 

「お、興味があるのか?」

 

 

「俺も、啓や槇寿郎さんに守ってもらったように他の人を守ることが出来たら・・・なんてことを最近考えているんだ。」

 

 

「お前にその気があるなら、俺が可能な時に教えよう。まずは今の杏寿郎のように基礎作りからになるが。」

 

 

「本当か。」

 

 

小芭内が目を輝かせながらこちらを見てくる。

最初に会った時より随分表情が豊かになってきたな。

 

 

「小芭内!君も一緒にやるか!?」

 

 

「いやお前と一緒にはまだ早いんじゃ。」

 

 

「そう言うな啓君!さあ素振りからやってみよう小芭内君!」

 

 

小芭内がこくりと頷き竹刀を持つ。

そして杏寿郎の隣で素振りを始める。

ふむ、やっているところをじっくり見ていたからか案外形になっているな。

杏寿郎のような力強さこそないものの、杏寿郎にはない手首を始めとした筋肉のしなやかさが目立つ。

 

これは水の呼吸向きだろうか・・・?

 

 

「小芭内。もっと力を抜いて振ってみろ。」

 

 

「こうか?」

 

 

「そうだ。いい調子だ。」

 

 

これは・・・磨けば光るかもしれないな。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が沈み、月が浮かぶ夜。

静かな森の中にその鬼は鎮座していた。

 

目には【下陸】の文字。

 

 

「今日は良き夜だな。」

 

 

鬼は一人月を眺めていた。

その口元には血の跡が。

 

 

「全くだな、幻禍(げんか)よ。」

 

 

「鬼舞辻様。」

 

 

突如の主の訪問に驚くことも無く、その場に跪く。

 

 

「良い、楽にしろ。」

 

 

「はっ・・・して、何用でしょうか。」

 

 

「下弦の壱、鯱がやられた。」

 

 

「なっ・・・!?あの鯱がですか?」

 

 

「ああ。今日の下弦の鬼達は皆過去最高の強さを誇る者達だった。が、その下弦の鬼の中で最も序列が高い鯱がやられたのだ。」

 

 

「・・・柱にでも遭遇したのですか?」

 

 

「違う。鬼狩りになって間も無い小僧にやられたのだ。」

 

 

「なんと・・・」

 

 

「幻禍。貴様にはその鬼狩りの討伐を命ずる。達成した暁には私の血をふんだんに分けてやろう。」

 

 

「・・・必ずや。」

 

 

無惨の口からその鬼狩りの特徴が告げられる。

歳は十代前半程で薄紅色の羽織を身につけている。

そして特筆すべきは基本とされる呼吸全てに加え独作の呼吸、先祖から引き継いだ剣術を扱うこと。

 

 

「あの鯱を倒した鬼狩りだ。油断はせぬように。」

 

 

「はっ。」

 

 

琵琶の音が鳴り響き無惨はその場から消える。

そこには再び静寂が訪れた。

 

 

「あの鯱が新米の鬼狩りに・・・にわかには信じ難い。」

 

 

 

 

 

「待っていろ鬼狩りよ。」

 

 

鬼は嗤う。

 

 

 

 


 

 

 

杏寿郎と小芭内、瑠火さんに千寿郎が散歩に行っている間、槇寿郎さんと茶を交わしている。

すると、弥生がやってくる。

 

 

「啓、次の指令だ。直ぐに出発だ。南西の方向で鬼による被害が発生。大規模であるため現地にて他の隊士と合流し任務に当たるように。」

 

 

「了解だ弥生。ご苦労様。」

 

 

「新たな任務か。」

 

 

「ええ、他の隊士との合同任務だそうで。」

 

 

「大規模らしいな・・・気をつけていくように。」

 

 

「はい。みんなによろしく伝えておいてください。」

 

 

「任されよう。」

 

 

直ぐに準備を済ませ、玄関に立つ。

 

 

「では、行ってきます。槇寿郎さん。」

 

 

「うむ!頑張るんだぞ。」

 

 

目標は南西。

さあ行こう。




さらりとパワハラ系ラスボス初登場です。
と、同時にまた新しい鬼が出てきました。
さてどうなる事やら。


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第弍拾壱話 再開

「ここか。」

 

 

伝令にあった村へと到着する。

どうやらここで鬼の被害が続出しているらしい。

 

さて、今回合同で任務にあたるという隊士はどこだろうか?

辺りを見渡す限りそれらしき人物はいない。

 

合流するまで何もしないというのも時間の無駄だし聞き込みでもするとしよう。

 

村の中に入ると、何やら重苦しい空気を感じる。

聞いた話だと既に被害は十人を超えているらしい。

 

 

とりあえず何か聞かねば始まらない。

意を決して近くにいた男性に話しかける。

 

 

「すみません。少しよろしいですか?」

 

 

「何だ?旅の人か?」

 

 

「ええ、そうです。」

 

 

「そうか・・・悪いことは言わねえ。早いとこ立ち去りな。」

 

 

「・・・何故です?」

 

 

「ここ最近、この村で殺される人が続出しているんだ。」

 

 

「そうなんですか・・・参考までにその時の状況等聞いても?」

 

 

「構わねえよ。」

 

 

男性から聞き出せたことは

①いずれも夜に村の外に出た人であること。

②身体のどこかが喰い荒らされたような痕跡があること。

③その夜、何かが羽ばたくような音がしたこと。

 

 

夜に喰い荒らされたような跡の残る死体。

間違いなく鬼だろう。

そして何かが羽ばたくような音。

血鬼術で羽根を生やした鬼なのかはたまたそういう異形の鬼なのか。

こればっかりは実際に相対してみないと分からないな。

 

 

「分かりました。ありがとうございます。」

 

 

「おうよ。気をつけるんだぞ。」

 

 

さて、そろそろ例の隊士が来る頃だろうか?

と、思ったがまたそれらしき人物はは見当たらない。

 

仕方ない。先に昼食にするとしよう。

村の中の料亭に入る。

 

 

すると・・・

 

 

「はい、鮭大根定食お待ち。」

 

 

「わあ・・・」

 

 

「全く・・・今日の朝も食べたばかりだろう・・・」

 

 

「・・・」

 

 

そこには鮭大根に目を輝かせる義勇とそれを見て呆れた様子の錆兎がいた。

こいつらが例の隊士か・・・

 

 

「親父さん。俺にも同じものを。」

 

 

「はいよ。」

 

 

「む、啓じゃないか。」

 

 

「ふぃさひふりはな。」

 

 

「口に物を入れながら喋るな義勇。」

 

 

「久しぶりだな。」

 

 

「ああ、久しぶり。」

 

 

「もしや今回合同で任務にあたるというのは・・・」

 

 

「その通り。俺だ。」

 

 

昼食を食べながら雑談を交わす。

先程聞いたこと、互いの現状のこと、こなしてきた任務のこと。

 

 

「啓・・・お前いつの間にそんな。」

 

 

「また差が・・・」

 

 

「・・・俺もこんなことになるとは思ってなかった。」

 

 

「入隊して1ヶ月足らずで甲まで昇進とは・・・恐れ入る。」

 

 

「下弦の壱を倒したと言うなら・・・当然かもしれない。」

 

 

「流石に死んだかと思ったが、そんなことはなくこうして生きている。」

 

 

「・・・普通の隊士なら間違いなく死んでいたな。」

 

 

義勇と錆兎から明らかに人じゃないものを見るような目を向けられる。

解せぬ。

 

 

「とりあえず・・・夜まで待つしかないか?」

 

 

「そうだな。」

 

 

「ふぁんへいは。」

 

 

「だから口に物を入れながら喋るな義勇。」

 

 


 

 

日が沈み夜になった。

鬼の時間だ。

 

 

「さて・・・行くか。」

 

 

三人で村の外に出る。

とりあえず鬼殺隊ということがバレない装いをして歩き回る。

 

 

「こんなんで寄ってくるか?」

 

 

「俺の予測が正しければ今回の敵は空から襲ってくる。」

 

 

「空からならこちらの正確な姿を確認しにくい・・・というわけか。」

 

 

「そういう事だ。」

 

 

村から五分ほど歩いたところで、羽ばたくような音が聞こえてくる。

 

 

「・・・来るぞ。」

 

 

「ああ。」

 

 

「やるぞ・・・」

 

 

全員臨戦態勢に入る。

その瞬間、空から何かが舞い降りる。

と、同時にこちらに襲いかかってくる。

目標は錆兎のようだ。

 

 

「ふんッ!!」

 

 

瞬時に抜刀し、反応する。

血を撒き散らしながら俺たちの前に着地する。

 

 

「貴様らあ・・・鬼狩りか!」

 

 

「まんまとかかったな。」

 

 

「覚悟しろ。」

 

 

錆兎と義勇が構える。

ここである疑問が浮かぶ。

この程度の鬼一匹に三人も投入するか?

自分で言うのもなんだが俺はかなり高い戦力だ。

下弦の壱を相手にして勝つようなやつに加え二人の隊士。

あまりに過剰戦力ではないか・・・?

 

 

と、そんなことを考えていると鬼が咆哮する。

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

「何!?」

 

 

悪い予感が的中する。

地中から、奥から、また空中から。

続々と鬼が集まってくる。

 

その数「十匹」。

こういうことか・・・

 

 

「その薄紅色の羽織のガキは俺が喰う。」

 

 

「あ?俺のもんだ。」

 

 

「いや俺のだ。手出すんじゃねえ。」

 

 

集まった鬼同士で争いを始める。

ここまで鬼がいて被害にあった村人の死体が一部欠損しているとはいえ残っている理由。これではっきりした。

殺したあと誰が食うかこうして争っている間に日が登り始め、あえなく退散した。というわけだろう。

 

 

あまりの数に呆気に取られている義勇と錆兎。

ここは俺がしっかりせねば。

 

 

「義勇、錆兎。互いに背を守る形で構えろ。」

 

 

「了解。」

 

 

「分かった。」

 

 

互いに背中を合わせ、鬼と向き合う。

 

 

「無駄なことを・・・かかれえ!」

 

 

「おおおおおおお!!!」

 

 

さっきまで争っていたのはなんだったのか。

統率の取れた動きでこちらに襲いかかってくる。

さあ、やるか。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第弍拾弍話 背中

「いいか二人とも。相手の頭数が減るまでこちらからは極力仕掛けるな。待って相手が攻めてきたところを刺し返すんだ。」

 

 

「「了解。」」

 

 

啓が錆兎と義勇に指示を出す。

鬼がじりじりと詰め寄ってくる。

 

やがて・・・

 

 

「うらああああああ!!」

 

 

一匹の鬼が飛びかかってくる。

狙いは義勇。

 

それを確認した啓が義勇に囁く。

 

 

「俺が攻撃をいなす。その隙に首を。」

 

 

義勇がこくりと頷いて間もなく、鬼の腕が迫る。

それを啓が冷静に弾き、鬼がバランスを崩す。

 

そこを義勇は逃さない。

 

 

「ふッ!」

 

 

「ぐお!?」

 

 

一切の無駄な動き無しで鬼の首を撥ねる。

残り九体。

 

 

睨み合いが続く。

 

 

鬼は三人の周囲を回るように囲み、三人は背後を取られまいと背中合わせで鬼を見据える。

やがて、痺れを切らした二匹の鬼が啓に狙いを定め仕掛けてくる。

 

 

「死ねやあ!!」

 

 

「ひゃっはあああ!!!」

 

 

呼吸を整え、刀を構える。

その身に宿したのは「龍」

 

 

【龍の呼吸 壱の型 龍閃】

 

 

龍が二匹の鬼に喰いかかる。

一瞬のうちに一振りで二体の同胞が殺られたことで、他の鬼の注意が啓に向く。

しかしその瞬間、啓の背後から二つの影が飛び出し鬼に斬り掛かる。

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面斬り】

 

 

錆兎が無造作に繰り出した一撃はいとも簡単に鬼の首を落とした。

続けざまに義勇が錆兎の近くの鬼に仕掛ける。

 

 

【水の呼吸 肆の型 打ち潮】

 

 

流れるような動作で両腕を落としてから首を落とした。

残りは五体。

 

 

「何だこのガキども・・・強えぞ。」

 

 

「おい、どうする。」

 

 

「・・・」

 

 

鬼側で何か話している。

やがてその話を終え、啓達に仕掛けてくる。

入り乱れるように鬼が飛び回ることにより、啓達側が分断されてしまう。

 

啓の前には鬼が三体。義勇と錆兎の前にはそれぞれ一体ずつである。

 

 

(前半五体とは違うな・・・)

 

 

事実、その鬼たちは他の鬼よりも手練であった。

羽根生やした鬼といった異形の存在もある。

何よりこの鬼たちは統率が取れていた。

 

 

「全員冷静確実に殺せ。」

 

 

羽鬼が声を発する。

するとそれぞれがそれぞれに襲いかかる。

 

 


 

 

錆兎が一体の鬼と相対する。

2m程の大柄な鬼だ。

 

 

「小僧、準備はいいか。」

 

 

「貴様こそ。」

 

 

短い言葉を交わし、鬼が仕掛けてくる。

直線的かつそこまで速くはないため、錆兎は余裕を持って対応する。

鬼から拳が振り下ろされ、錆兎はそれを受ける。

その時、錆兎の余裕が消える。

 

 

(ぐッ・・・重い・・・ッ!!)

 

 

大柄な体躯から繰り出された拳は、並の鬼とは桁外れな威力を持っていた。

それを流すように拳をいなす。

その瞬間に後ろに跳ね、間合いを空ける。

 

 

(正面から受けるのは危険か?回避に専念すべきだな。)

 

 

「ちょこまかと・・・」

 

 

(あの鬼はそこまで速くはない・・・ならば!)

 

 

 

【水の呼吸 漆の型 雫波紋突き】

 

 

水の呼吸最速の技で突き刺しにかかる。

錆兎の予想通り鬼はその速さに対応出来ず、右目を貫かれる。

 

 

「ぐあッ!」

 

 

(よし!)

 

 

即座に刀を抜き向き直す。

右目の光を奪われた鬼はやり返さんと錆兎に迫る。

しかし右目が見えないせいか、上手く狙いが定まらずその拳は空を切る。

 

 

「どうした?俺はそこにいないぞ??」

 

 

「ちょこざいなァ・・・!!」

 

 

怒りを露わにして再び迫る。

連続で拳を振るうがその全てが錆兎にかすりもしない。

 

 

(取れる・・・!)

 

 

錆兎が決めにかかる。

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面斬り】

 

 

最も基本の型で首を狙う。

その刃は確実に首を捉えた。

と、思いきや腕に阻まれる。

その腕はあまりに硬く、刃が通らない。

 

 

(硬いッ!)

 

 

「効かぬッ!」

 

 

「くッ!」

 

 

(どうする・・・あの鬼の腕の硬さに対抗できる手段・・・!)

 

 

錆兎の中にある考えが浮かぶ。

 

 

(ある・・・あるぞ!あの腕も、首も落とせる技が!)

 

 

再び鬼に向き直る。

その目に衰えぬ闘志を宿したまま。

 

 

(無駄だ・・・このガキに俺の腕は落とせない。消耗させてからじわじわとなぶり殺しにしてやる・・・)

 

 

「鱗滝さん・・・俺に力を・・・!」

 

 

 

 

本来よりも多くの酸素を取り込み、爆発的に血流を加速させる。

それにより錆兎から放たれる闘気を感じとり、鬼は少々たじろいで見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

【全集中 水の呼吸 拾の型 生々流転】

 

 

 

 

 

 

 

一撃。

鬼の腕に再び阻まれる。

 

 

(虚仮威しか・・・!)

 

 

 

 

 

二撃。

再び腕に阻まれる。

しかし、先程よりもその威力は増している。

 

 

(先程よりも重い・・・!だがこの程度!)

 

 

 

 

三撃。

さらに威力を増した斬撃が鬼の腕を捉える。

先程まで傷が付かなかったその腕に、とうとう刃が通った。

 

 

(馬鹿な!さらに威力を増しただと!?)

 

 

(まだだ!まだ止めるな!)

 

 

 

 

四撃。

数秒拮抗した後、その刃はとうとう鬼の腕を落とした。

鬼は驚愕の表情を浮かべる。

 

 

(な・・・!?)

 

 

「う、おおおおおお!!!」

 

 

 

 

五撃。

もう片方の腕も落とす。

さらに威力を増しており、すんなりと斬り落とす。

 

 

(不味い!このままでは!!)

 

 

「もらったあああああああ!!」

 

 

 

 

 

六撃。

錆兎の刃はついに鬼の首を捉えた。

凄まじい威力で振るわれた刃は鬼の首をいとも簡単に落とす。

 

 

 

「馬鹿・・・な・・・」

 

 

「俺の・・・勝ちだ。」

 

 

 

首を落とされた鬼は塵となり始める。

 

 

「俺は・・・まだ強くならなければならない。」

 

 

錆兎は静かに決意する。

 

 

 

 


 

 

義勇が鬼と対峙する。

鋭く長い爪を持った鬼だ。

獲物を見定めるかのように舌なめずりをする。

 

 

「さあさあ・・・どう喰ってやろうか。」

 

 

「・・・」

 

 

義勇は冷静に相手の分析をしていた。

 

 

(主な攻撃手段はあの爪・・・恐らく折ってもまた生えて来るだろう。ならば攻撃をいなした上で首を落とすのが最善。)

 

 

義勇が構える。

 

 

「きええええええええ!!!」

 

 

奇声を上げながら鬼が飛びかかってくる。

その速さは義勇がギリギリ捉えられる程度であり、辛うじて回避する。

 

 

(速い。)

 

 

「避けるなよお・・・すぐ楽にしてやるからよおお!」

 

 

再び鬼が飛びかかってくる。

次はその速さに何とか追いつき、回避ではなく受け流しを選択する。

攻撃自体はそこまで重くなく、案外軽々と受け流すことが出来た。

 

 

(軽い。この鬼は速さに重点を置いているようだ。)

 

 

「生意気だなあお前え・・・」

 

 

「・・・今度はこちらから行くぞ。」

 

 

眼前の鬼の速さを上回るため、酸素を取り込み己の速さを極限まで高める。

 

 

 

【水の呼吸 玖の型 水流飛沫・乱】

 

 

 

 

 

(着地時間、面積を最小限に。縦横無尽に駆け回れ。)

 

 

 

凄まじい速さで義勇があたりを駆け回る。

突然の爆発的な加速に鬼は一瞬戸惑う、が・・・

 

 

「速さ勝負ってわけか・・・いいぜ乗ってやるよ!」

 

 

鬼も負けじと加速する。

義勇と鬼の速さはほぼ同じだった。

 

 

(・・・これ以上の加速は今はまだ出来ない。まして相手は鬼。体力では勝てない・・・)

 

 

(このガキは所詮人間。この状態が続けば俺が勝つ・・・!)

 

 

互いの予想通り、義勇はどんどん失速していく。

義勇は焦りつつも駆け回ることを止めない。

 

 

だが、その焦りから、義勇の動きが単調になってしまう。

そこに鬼がつけ込んでくる。

 

 

「そこだァ!!」

 

 

「!?」

 

 

鬼が突如何かを飛ばしてくる。

それは自身の()()()

鬼の力で放たれた鋭いそれは、人間に害を与えるのに十分だった。

義勇の太ももに深々と突き刺さり、義勇はその場に倒れ込む。

 

 

(盲点・・・!まさか爪を飛ばせるとは・・・)

 

 

「へへへ・・・さぁて、どう食ってやろうか??」

 

 

「くっ・・・おおおお・・・!」

 

 

義勇が刀を支えとして立ち上がる。

しかし立ち上がるのでやっと、といった様子だ。

 

 

(これは・・・先程のように動き回ることは不可能だな・・・)

 

 

「さあ!終わりだ小僧!!」

 

 

鬼が腕を大きく振りかぶる。

爪が短く再生していることから、再び爪を飛ばしてくるのだと予想できる。

だがそれをその足で回避する手段はない。

万事休す。と言ったところだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、その場を乗り越える術を義勇は持ち合わせていた。

 

 

(この足で回避は不可。ならば・・・回避せず攻撃をやり過ごせばいい。)

 

 

「くらえ!!!」

 

 

鬼が爪を放つ。

短い爪なら瞬時に生えてくるようでまるで豪雨のように対象を痛めつけんと迫る。

 

 

 

 

(この技は未完成だ・・・だがやらねば・・・!)

 

 

義勇が呼吸を整える。

 

 

(心を落ち着けろ・・・一切の波が立たない水面のように・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【水の呼吸 拾壱の型 凪】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迫り来る爪、義勇は避けようとしない。

鬼は勝ちを確信する。

 

 

(諦めたか!)

 

 

が、義勇の間合いに入った爪が瞬時に無へと帰る。

一見義勇は何もしてないように見えるが、実際のところは自らの間合いに入った物にたいして無数の斬撃を浴びせて無力化しているのである。

それを見切ることの出来なかった鬼は奇声をあげる。

 

 

「なあああああああ!?てめえ何しやがった!?」

 

 

「・・・答える義理はない。」

 

 

「チッ・・・!」

 

 

(落ち着け俺、やつは足を怪我していることに変わりない。ならば直接やるまで!)

 

 

動けない義勇の命を刈り取らんと迫る。

狙いは心臓。

 

 

「死いいいいいねええええええ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面斬り】

 

 

 

 

 

こちらに飛び込んでくる鬼に対して斬撃を重ね、その首を落とす。

 

 

「そちらから来てくれるならば・・・動く必要は無い。」

 

 

「な・・・んだと・・・・・・!?」

 

 

義勇はその場に崩れ落ちる。

 

 

(俺はあの背中に追いつかなければならないんだ・・・こんな所で負ける訳には行かない。)

 

 

心の中で呟く。

その眼は同期で上司で友である者の姿を捉えていた。

 

 

 

 

 

 




次回、啓の出番です。


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第弍拾三話 一難去ってまた一難

義勇と錆兎と離れ、三体の鬼と向き合う啓。

羽根を生やした鬼と特に何の変哲もない二体の鬼。

 

 

 

(あの羽の鬼・・・恐らく一番強いはず。他の二体はこれといって特筆するような能力は無さそうだ。)

 

 

そう考えているうちに鬼の方から仕掛けてくる。

 

 

「行け。」

 

 

「「おう。」」

 

 

普通の鬼二体が左右に散ったと思いきや、同時に連撃を仕掛けてくる。

互いに互いの邪魔をしないように最速で殴り掛かり蹴り掛かる鬼達だが、啓は余裕を持って全て回避する。

 

 

(随分息のあった連携だな・・・)

 

 

よく見てみるとその二体の鬼は似た容姿をしている。

違いといえば身にまとっている服が赤か青かくらいだろう。

 

 

「なんと、全て避けられてしまったぞ兄上。」

 

 

「何気にするな、小手調べだ弟よ。」

 

 

(・・・兄弟で鬼になったのか。)

 

 

道理で息のあった連携だ、と一人納得し意識を切り替える。

次に警戒すべきは羽鬼。

 

 

(兄弟が仕掛けてくる直前に羽音が聞こえた・・・ということは。)

 

 

後ろの空から迫り来る羽鬼。

羽鬼としては不意を突いたつもりだったようだが啓にとっては予想できていたこと。

難なく迫る足を受け止める。

 

 

「何ィ・・・?」

 

 

(そこまで重くも速くも無い攻撃だ。十分反応できる。)

 

 

羽鬼に気を取られてる隙を突かんと兄鬼が拳を振りかぶる。

それも読めていた啓は即座に羽鬼を振り払い、横に跳んで回避する。

しかしそれを待ち受けるかのように弟鬼が蹴りの構えに入っていた。

 

 

それを予想はしていなかったものの、しっかりと目で確認した啓はそのまま上に跳ねる。

 

 

「何!?」

 

 

予想外の反応に弟鬼が固まる。

そこを啓は逃さない。

 

 

 

 

【飛天御剣流 龍槌閃】

 

 

 

今までの戦いで幾度となく使用してきた龍槌閃。

その威力は確かなものであり、鬼を絶命させるのにも十分である。

しかし羽鬼が横から飛んできて突き飛ばすような形で弟鬼を庇う。

そのままの勢いで進んで行ったため羽鬼にも龍槌閃は当たらなかった。

 

 

(ほう・・・)

 

 

「感謝する。」

 

 

「気にすんな。」

 

 

弟鬼と羽鬼が短いやり取りを交わすと同時に兄鬼が仕掛けてくる。

空中に飛び、落下の勢いを乗せ拳を振り下ろす。

そこまでの速さではなかったため、余裕を持って反応する。

 

 

 

 

【炎の呼吸 弐の型 登り炎天】

 

 

 

炎を纏いながら下から上に刀を振り上げる。

上から迫る兄鬼に対しての迎撃のような形になり、空中での回避が取れなかった兄鬼は構えていた右腕を斬り落とされる。

 

 

「くッ・・・」

 

 

「兄上!」

 

 

兄鬼を庇うように弟鬼が前に出る。

蹴りによる連撃を浴びせてくるがその全てに啓は対応しきる。

 

 

 

 

【龍の呼吸 参の型 竜舞・風纏】

 

 

 

 

弟鬼が繰り出した蹴りは「八連撃」。

その全てを回避すると同時に斬り刻む。

仕掛けたはずの弟鬼の身体には八つの刀傷が浮かんだ。

 

 

「がッ・・・!」

 

 

猛烈な返しを貰った弟鬼は後ろに下がる。

兄鬼も一連の流れの隙に着地し下がっている。

斬り落とされた腕の再生は段々と始まっている。

 

 

「お前らは一旦下がってろ!」

 

 

傷を負った二体を下げ、羽鬼が飛び回る。

その速さは相当なものであるが、啓にはしっかりと見えていた。

 

 

(速い、が鯱程ではないな。)

 

 

縦横無尽に飛び回り、すれ違いざまに爪で引き裂こうとする羽鬼。

が、その一撃一撃をしっかりと避ける。

 

 

(何故当たらない!こいつはまだガキの隊士だというのに・・・!)

 

 

残念ながら啓は「甲」の剣士。

下弦の壱を単騎で撃破した実力を持ち合わせているがそれを知るよしはない。

 

 

羽鬼が着地する。

啓を囲むように兄鬼と弟鬼が陣取っている。

兄鬼の腕は既に4分の3ほど再生しており、弟鬼の傷はほぼほぼ塞がっている。

 

 

「同時に行くぞ!!」

 

 

羽鬼が声を上げると同時に三体で迫り来る。

 

 

 

 

 

【龍の呼吸 肆の型 龍の領域】

 

 

 

 

啓が身体の前で刀を両手で構える。

その様は義勇の「凪」と酷似していた。

 

 

(なんだ・・・?まるでそこに龍が鎮座しているかのような・・・)

 

 

一定の間合いに足をふみ入れた瞬間、三体は胸の辺りに大きな傷を受ける。

 

ほぼ同時に啓が斬ったのだ。

 

 

(速い!早すぎて見えなかった!)

 

 

(兄上と羽鬼も同じ傷を・・・)

 

 

(なんという速さ、本当に人間か・・・?)

 

 

三者三様に驚愕の表情を浮かべる。

 

 

 

「・・・なら、もっと早く同時に攻めるまで!!」

 

 

三体が同時に辺りを駆け回る。

全員が先程までとは比べ物にならない速さで駆け回り、啓を錯乱しようとする。

しかしそれでも、啓の目を欺くには届かなかった。

 

 

(恐らく、また同時に仕掛けてくるはず。そこを一気に斬り伏せる。)

 

 

啓がゆっくりと刀を鞘に納め始める。

それを確認した羽鬼が飛びかかる。

追従する形で兄弟も飛びかかる。

 

 

(諦めたか!!)

 

 

(貰った!!)

 

 

(これで・・・!!)

 

 

三体同時に拳を、脚を、爪を啓に向ける。

が、待っていたのは・・・

 

 

 

 

 

 

【龍の呼吸 玖の型 大龍巻(おおたつまき)

 

 

 

 

 

三体が迫るのを確認した啓は一瞬で納刀を終え、周囲全体を薙ぎ払うように抜刀術を放つ。

「龍の呼吸 伍の型 飛龍」のように風を纏ったその斬撃は辺りを渦巻くように残留する。

以前鯱に使用した「飛龍」は抜刀した状態で刀を薙ぎ放ったもの。

本来はこのように納刀した状態から放つものであり、その威力は天と地ほどの差がある。

 

生み出された「()」は周囲を巻き込みながら全てを薙ぎ払う。

 

 

暴風が止んだ時、そこには首がない三体の身体があった。

その身体の至る所に無数の切り傷がある。

 

しばらくして、上から三体の首が落ちてくる。

啓はそれを気に止めることなく納刀する。

 

 

「終わりだな。」

 

 

勝者は一目瞭然であった。

 

 


 

 

戦いを終え、錆兎と義勇の元に戻る。

確か義勇は結構な傷を負ったはずだが・・・

義勇と錆兎がこちらを見つめている。

 

 

「二人とも、お疲れ様。」

 

 

「・・・」

 

 

「・・・」

 

 

「・・・二人とも?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、二つの刃が俺に襲いかかった。

あまりに唐突のことに回避が出来なかった。

 

 

「な・・・!?」

 

 

俺は困惑した。

二人が急に襲いかかってきたことにもだが、それ以上に驚いたことが。

二人の刀は俺に突き刺さっているのにも関わらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

すると、二人が唐突に消える。

と、同時に倒れている二人が現れる。

 

どうなっている・・・?

 

 

「安心しろ、その二人は気絶しているだけだ。」

 

 

「・・・誰だ。」

 

 

刀に手をかけ声の方向に向き直る。

そこには一人の男が。

左目が前髪に隠れた長髪の男だ。

だが直ぐに人間ではないことに気づく。

肌の色が明らかに人ならざる物だったからだ。

と、すると答えは一つ。

 

 

「お前も鬼か。」

 

 

「ご名答。」

 

 

「何が目的だ。」

 

 

「お前の抹殺だ。」

 

 

抹殺・・・?

と、なると誰かに命じられてのことか?

 

 

「我が主はお前の死をお望みだ。死んでもらおう。」

 

 

主。

それが指す者はただ一人。

鬼の始祖、鬼舞辻無惨だろう。

だが何故だ?何故俺の抹殺を命じる必要がある。

 

 

「お前のような小僧に鯱が倒された・・・というのは些か信じ難いがあの方の仰ることなら事実なのだろう?」

 

 

「そういうことか。下弦の壱である鯱を鬼殺隊に入隊して間もない俺が撃破した。そのことを危険視した鬼舞辻がお前を俺に差し向けた。というわけだな?」

 

 

「さあどうだろうか?」

 

 

「まあいい・・・行くぞ。」

 

 

「まあそう焦るな・・・殺し合い前に互いに自己紹介でもどうだ?」

 

 

「・・・何を考えている?」

 

 

「別に大したことではない。命を奪い合う相手の名前くらい知っておきたいだけだ。」

 

 

嘘偽りはないようだ。

まあ、いいだろう。

 

 

「鬼殺隊 階級【甲】 如月 啓。」

 

 

「啓、か。覚えたぞ。」

 

 

その鬼が前髪をかきあげる。

露わになる左目。そこには【下陸】の文字。

 

 

「下弦の陸、幻禍。いざ参る。」

 

 

 

 

 

 

十二鬼月との死闘が再び幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この前ちらっと出した十二鬼月の登場です。
早ければ今日中に次話を投稿できるかと思います。


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第弐拾肆話 幻に包まれて

「・・・」

 

 

「どうした?来ないのか?」

 

 

下弦の陸、幻禍と向き合う啓。

相手の実力は完全に未知数である。

どんな戦闘スタイルなのかどんな血鬼術を使うのかも全てにおいてである。

ただ一つ確かなことは、幻禍は鬼の中でも上位に位置する実力を持つということ。

左目の数字がそれを証明している。

 

 

「それじゃ、こっちから行くぞ?」

 

 

幻禍が拳を振りかぶりながら啓に向かってくる。

先程のように鬼たちより明らかに速いが、鯱よりは遅い。

振るわれる拳を啓は刀で受ける。

 

 

(そこまで速くもなく重くもない。この程度なら問題は無い。)

 

 

 

刀を振り払い幻禍との距離を空ける。

 

 

「防ぐか。ならばこれはどうだ?」

 

 

続けざまに幻禍が蹴りかかってくる。

鬼の身体能力を活かした鋭い蹴りを放ってくる。

だが啓は難なくそれを受け止める。

同じように振り払って間合いを空けると・・・

 

 

「やはり格闘はあまり合わないな・・・鍛錬はしたんだが。」

 

 

幻禍がひとりでに呟く。

現に鯱のように格闘の嗜みは無さそうなため事実だろう。

すると、幻禍が手を前に開く。

 

 

 

 

「面白いものを見せてやろう。」

 

 

 

 

(何を・・・?)

 

 

 

 

 

 

 

【血鬼術 幻器創造(げんきそうぞう)

 

 

 

 

 

 

突如として幻禍の手の中に紅の槍が出現する。

 

 

 

 

 

(あれがやつの血鬼術・・・?)

 

 

そして・・・

 

 

 

 

【血鬼術 幻影顕現(げんえいけんげん)

 

 

 

と、幻禍が口にするが特に変わった様子はない。

当然の事ながら、啓はそれに疑問を抱く。

 

 

(何だ・・・?何が変わった・・・?)

 

 

そう思ってるうちに、幻禍が仕掛けてくる。

 

 

「ふッ!」

 

 

先程の拳とは段違いの速さの槍による刺突。

鯱の速さにも匹敵するだろう。

 

 

(速い・・・槍術の嗜みでもあるのか?)

 

 

啓と幻禍が互いに間合いを空けて構える。

啓が身に宿すのは「龍」

 

 

充分な溜めから幻禍が槍を放つ。

空気を裂きながら啓へと迫る。

 

 

そして啓も突き刺しにくる槍に対して刺突で対抗する。

 

 

 

 

【龍の呼吸 陸の型 穿ち龍牙】

 

 

 

槍先と剣先か触れ、数秒間拮抗する。

拮抗を破ったのは幻禍だった。

短く後ろに跳び、再び構える。

 

 

そのまま今度は連続で突き刺してくる。

それに合わせ啓も再び刺突を放つ。

 

 

 

 

 

【龍の呼吸 陸の型 穿ち龍牙・連】

 

 

 

先程と違わぬ威力で突きを放つ。

その全てがぶつかり合い、その度に甲高い音が鳴り響く。

 

 

 

「今のを全て防ぐか・・・やるな。」

 

 

「伊達に鍛えてはいないからな。」

 

 

「そうか。」

 

 

短い言葉の後に、幻禍が蹴りを入れてくる。

それを後ろに跳んで回避する啓。

さらに追い打ちをかけるように幻禍は槍を投擲する。

凄まじい速さで迫る槍を啓は真っ二つに叩き斬る。

すると、折れた槍は霧のように消えていく。

 

 

(消えた・・・何が何だか分からん。)

 

 

「次、行くぞ?」

 

 

 

 

【血鬼術 幻器創造】

【血鬼術 幻影顕現】

 

 

 

先程と同じように幻禍が血鬼術を発動すると、その手には棍が。

 

 

(棍術か・・・確か中華の武術だったか?)

 

 

再び幻禍が仕掛ける。

目にも止まらぬ高速連撃だ。

先程よりも早い。

啓も負けじと連撃を被せる。

 

 

 

【飛天御剣流 龍巣閃】

 

 

 

啓が一撃一撃に斬撃を合わせ防御する。

全て防ぎきられるとは思わなかったのだろう、幻禍が少し驚いたような表情を浮かべる。

が、直ぐに切り替え、今度は周りを駆け回る。

すれ違いざまに棍を叩き込む幻禍。

啓はそれに焦ることなく反応する。

 

 

「ふむ、見事見事。」

 

 

「随分余裕があるな?」

 

 

啓が短く言い放ち、今度はこちらからと言わんばかりに仕掛ける。

身に宿すは風。

 

 

「行くぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風(そうそう・しなとかぜ)

 

 

 

 

 

四つの斬撃が風を纏いながら振り下ろされる。

その全てを幻禍は棍で受ける。

その形が崩れ、再び同じように霧散する。

 

 

 

 

「いい太刀筋だ。本当に幾つもの呼吸を身につけているようだな。」

 

 

幻禍が啓に賞賛の言葉を送る。

それを意に介することなく啓が再び仕掛ける。

 

 

 

 

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃・嵐】

 

 

 

高く飛び、縦に回転しながら刀を振り下ろす。

幻禍はそれを後方に短く跳ねて回避する。

回転を利用することにより相当の威力を誇る技である。

地面に叩きつけられた刀は地面を割る。

 

 

 

「凄まじい威力だな。それがお前の家で受け継いでるという剣術か。」

 

 

確かめるように幻禍が問いかける。

それに啓は何も返さない。

 

 

「無視か・・・まあいい。少し飛ばすぞ?」

 

 

 

 

 

 

【血鬼術 幻器創造】

【血鬼術 幻影顕現】

 

 

 

 

先程と同じように血鬼術を発動する幻禍。

今回その手に握られたのは刀。

 

 

 

そして・・・

 

 

 

 

 

 

【血鬼術 自幻】

 

 

 

 

血鬼術を発動した瞬間、幻禍が二人に増えた。

唐突の光景に啓も困惑を隠せない。

 

 

(増えた・・・!?)

 

 

まだまだ止まらない。

また一人、さらに一人と幻禍が増えていく。

やがて増加が止まる。

その数「十人」。

全員が刀を握っている。

 

 

(・・・これはまずいな。)

 

 

「さあ、行くぞ?」

 

 

幻禍が次々と仕掛けてくる。

三人の幻禍が斬りかかってくる。

それを防御すべく啓が刀を振るう。

が、それは空を切る。

 

 

「何!?」

 

 

幻禍の身体をすり抜ける自分の刀。

すり抜けると同時にその幻禍は消えていく。

 

そうしてると、背中に痛みが走る。

斬られたのだ、幻禍に。

手に持つ刀には血が滴っている。

 

 

「油断大敵だぞ?」

 

 

幻禍が血を振り払う。

するとまた幻禍が血鬼術を発動し増えていく。

その数再び十人。

 

 

 

(どうすれば・・・)

 

 

襲いかかる刀を弾かんとする啓。

しかしまた同じように啓の刀はすり抜け、幻禍は消えていく。

そして再び傷を負う。

今度は脇腹を浅く斬られる。

 

 

(クソ・・・見て反応することは不可能、ならば・・・)

 

 

同じ流れで幻禍が仕掛ける。

啓は目を閉じる。

 

 

(何を・・・?)

 

 

幻禍は疑問を抱きながらも斬りかかる。

そして・・・

 

 

「ここだ!」

 

 

遂に啓の刀が幻禍の刀を捉える。

確かな感触に啓は僅かばかりに笑みを浮かべる。

 

 

(馬鹿な・・・!?)

 

 

(やはり予想通りだ。すり抜ける攻撃は()()()()()()が伴わない。ならば感覚を全て聴覚に集中させ、ここぞと言う時に反応すればいい。)

 

 

 

 

 

そして確かな傷を負いながらも、啓は幻禍の血鬼術を理解し始めていた。

 

 

(こいつの血鬼術は「幻覚」を操るものだ。武器の幻覚を作り出し、実体化したものがあの刀。自分の分身を実体化していないところを見るとおそらく生物は実体化出来ないようだ。それに加え作り出せる分身は本体を除いた九体。)

 

 

啓が幻禍を睨みつける。

 

 

(本体と分身の区別を付けることは不可能。よって攻撃の予測も出来ないがそれはさっきみたいに音によって識別出来る。)

 

 

啓の中には既に幻禍を攻略する方法が確立され始めていた。

 

 

そして・・・

 

 

「啓!」

 

 

義勇と錆兎が目を覚ましこちらにやってくる。

義勇は先程受けた傷があるが、完全に止血しているようだ。

 

 

「気をつけろ、奴は十二鬼月、下弦の陸だ。」

 

 

「こんな所に十二鬼月が・・・」

 

 

義勇が呟く。

が、その目には確かな闘志が宿っている。

 

 

「臆することは無い。行くぞ!!」

 

 

 

三人の剣士は強大な存在に立ち向かう。

流れは確実に啓達へと向き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第弐拾伍話 幻を滅する者

「行くぞ、錆兎、義勇。」

 

 

啓が二人に合図を出すと同時に、三人は駆け出す。

 

 

「視覚に頼るな!音を感じ取れ!」

 

 

三人が次々と幻禍の分身をかき消していく。

幻禍は確実に焦り始めていた。

 

 

(まずいな・・・相手の手数が増えたことでかなりの速さで本体が炙り出されてしまう。)

 

 

と、思考しているうちに錆兎が幻禍本体を捉える。

 

 

「ここだ!!!」

 

 

「くッ!!」

 

 

胸を大きく裂かれた幻禍は後退する。

幻禍の顔には誰が見てもわかるような焦りの表情が浮かぶ。

 

 

「ここまでやるとは・・・」

 

 

が、幻禍とて伊達に下弦の陸ではない。

更なる手をまだ幻禍は持ち合わせていたのだ。

 

(消耗が激しいからあまり使いたくなかったが・・・仕方ない。)

 

 

 

 

 

 

 

【血鬼術 自幻】

 

 

 

 

 

 

 

幻禍が血鬼術を発動すると、再び幻禍の分身が現れる。

その数なんと「五十」

自身の予測を超えてさらに増えた幻禍に啓は驚きを浮かべる。

 

(まだ増やせたのか・・・温存していただけか。しかし所詮は幻。同じように本体を見分ければいい。)

 

 

そう結論付け、再び斬り伏せようとする。

が、その瞬間・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【顕現】

 

 

 

 

 

 

そう呟くも、分身に何か変わった様子はない。

それに疑問を覚えた錆兎と義勇はその疑問を口に出す。

 

 

「・・・色が変わったか?」

 

 

「いや、特には・・・・・・」

 

 

そう思うのも無理はない。

事実変わったと判断できる部分は本当にないのだから。

だが、啓だけは何が起こったのか正確に把握していた。

 

 

「まさか・・・」

 

 

「どうした?」

 

 

その様子に疑問を抱いた錆兎が啓に訊ねる。

啓は重々しく口を開く。

 

 

「・・・実体化した。あの分身全て。」

 

 

「なっ!?」

 

 

「ご名答。」

 

 

幻禍本人が口を開く。

 

 

「こんなことも出来るぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【【【血鬼術 幻器創造】】】

【【【血鬼術 幻影顕現】】】

 

 

 

 

 

 

 

分身の一体一体が血鬼術を発動し、様々な武器を創り出す。

刀、槍、棍、斧、弓など、先程は見せなかったものも創り出している。

 

 

(一体一体が血鬼術を・・・!?)

 

 

更なる驚きに襲われるが、すぐさま切り替えて構える。

錆兎、義勇も同じように構え直す。

 

 

「数は多いが・・・やるしかない!」

 

 

「ああ・・・」

 

 

「なに、全部斬ればいいだけだ。」

 

 

「ふ・・・いつまでその威勢が続くかな?」

 

 

幻禍がそう言うと、全ての分身が一気に襲いかかる。

分身の中に埋もれていく三人を見て、幻禍は嗤う。

 

 

「ふん・・・分身の一体一体が私に近い強さであるうえそれが五十体だ。お前たちに乗り越えられるか?」

 

 

とはいえ、確実に分身は仕留められ僅かばかりに減っていく。

が、その度に離れたところでそれを見ている幻禍が継ぎ足していく。

そんな循環が完成し、一度啓達へ傾き始めた戦局は幻禍に再び傾き直る。

 

 

 

凄まじい数の暴力が入り乱れ、砂塵が巻き上がる。

辺りに満ちるのは砂煙と武器が打ち付けられる音、そして三人の雄叫び。

 

 

 

 

 

 

「私の勝ちだ、若き鬼狩り共よ。」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

凄まじい数の分身を相手する中、啓は今までで一番の焦りを覚えていた。

 

 

(不味いぞ・・・この分身全て幻禍本体と近い強さだ・・・この物量で攻め続けられたら流石に持たないぞ・・・!)

 

 

少し離れたところでは義勇と錆兎が背中を合わせながら分身を相手している。

その息は絶え絶えといった様子で、確実に限界が迫ってきていることが嫌でも分かる。

 

 

(義勇と錆兎ももはや限界に近い。俺が何とかするしか・・・)

 

 

事実、義勇と錆兎は自身の限界を感じ始めていた。

 

 

(このままでは・・・!)

 

 

(気を抜いたら殺られる・・・!)

 

 

その時、義勇が膝を付いてしまう。

かなりの傷を負った脚で無理をし続けた結果である。

 

 

「な・・・あ・・・!」

 

 

「義勇!!!」

 

 

(不味い!)

 

 

四つの刃が義勇の命を刈り取らんと迫り来る。

啓が全速力で迫ろうとするも目の前には五体ほどの分身が。

その動きは啓の動きを明らかに阻害するためのものだった。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 

錆兎が吠えながら義勇の前に躍り出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【全集中 水の呼吸 陸の型 ねじれ渦】

 

 

 

 

 

 

 

身体を大きく捻らせ、強い回転から繰り出される斬撃は迫る凶刃を全て弾いた。

 

 

 

 

「フーッ・・・フーッ・・・!!!」

 

 

 

消耗の激しい技を繰り出したせいでさらに限界が近づく。

おそらくもう呼吸による技は出せないだろう。

 

 

「錆兎・・・すまない。」

 

 

「気に・・・するな・・・」

 

 

しかし、さらに追い打ちをかけてくる分身。

二人にのその目に未だ闘志は宿るものの、身体を動かすことはもはや不可能だった。

二人は死を覚悟する。

 

 

(鱗滝さん・・・真菰・・・ごめん・・・)

 

 

(姉さん・・・今から行くから・・・)

 

 

なんの慈悲もなく振り下ろされる刃。

待っているのは確実な死。

せめて啓だけは、と祈りながら目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

が、刃が届くことは無かった。

 

 

 

「させるか!!!!」

 

 

啓が拘束を振り払い二人の元へと駆けつける。

その迫る刃を全て叩き折るように弾く。

 

 

「お前らは死なせない、絶対にだ。」

 

 

「啓・・・」

 

 

「だが・・・俺らはもう・・・せめて囮にしていけ・・・」

 

 

「絶対に見捨てない。何がなんでも。」

 

 

 

 

啓が分身達に向き直る。

 

 

 

 

(まずはこいつらの安全の確保からだ・・・)

 

 

辺りを見渡すと大きな岩がある。

その岩を背にすれば囲まれることは無いだろう。

 

 

「義勇、錆兎。俺が合図したらあの岩のところまで走れ。」

 

 

二人はよろめきながらも、刀を支えにして立ち上がる。

軽く頷いたのを確認し、啓が仕掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【全集中 龍の呼吸 伍の型 飛龍】

 

 

抜刀とともに放たれる斬撃。

その威力は相当なものであり、その斬撃に触れた分身は直ちに霧散する。

 

 

 

「行け!!!」

 

 

義勇と錆兎が力をふりしぼり駆ける。

岩まで後退したことを確認し、啓は納刀する。

 

 

(ここで仕留めきる・・・分身も本体も一瞬で。)

 

 

 

 

 

(ここで仕留められなかったら全員死ぬと思え。)

 

 

 

 

 

 

呼吸を整え、全身の力を抜き、真っ直ぐに構える。

通常よりも大きく呼吸をし、さらなる威力を求める。

全身全霊の攻撃が放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【全集中 龍の呼吸 玖の型 大龍巻】

 

 

 

 

 

 

 

 

以前三体の鬼に放ったそれとは比較にならない威力だった。

巨大な龍が対象を殲滅せんと駆け回る。

その技の範囲もかなりのものであり、義勇と錆兎にギリギリ届かないくらいに調整されたものだった。

龍の内側で啓再び納刀する。

呼吸を整え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

(この一太刀で終わりだ・・・!)

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

私の分身が鬼狩り共を囲み、しばらく経った。

もはや奴らの声は聞こえない。

分身と視覚共有を試みてみたがまだ出来なかった。

やはりまだ経験値が足りていないのだろう。

()()()()()()()()()()()()()()()

比較的早く十二鬼月入りを果たしたと聞いた。

その分他よりも経験値が足りないこともまた事実。

それは我が主にも指摘されたこと。

だが、あの鬼狩り達を仕留めるには十分だ。

 

あの鬼狩り、特に始末を命じられた薄紅色の鬼狩り。

今まで相手してきた中で一番の強さだった。

その上まだ若い。

これからまだまだ強くなるだろう。

だからこそ、ここで始末しなければならないだろう。

必ず鬼に甚大な被害を与えることになるだろう。

 

 

 

 

「さて、そろそろ終わっただろうか。」

 

 

すると、突如として()()()()()()()()()()

なんだこれは?

こんな幻を創り出した覚えは・・・

 

 

龍が散々暴れわった後、段々と霧散していく。

その瞬間、何かを感じ取る。

 

 

(来る!奴が!!)

 

 

その身に迫る危険を感じ取った私は術を展開する。

分身の創造は間に合わない。

空中に弓矢を創り出す。

その数百。

その全てを引き絞り、来たる何かに備える。

 

 

(いつだ・・・いつ来る・・・!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると、なんの前触れもなく雷が通り過ぎて行く。

気づいた時には、天地が反転していた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【全集中 雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃・神速】

 

 

 

 

 

 

 

速さに特化した雷の呼吸の中でさらに速さに特化した霹靂一閃。

その速さをさらに昇華させた霹靂一閃・神速。

全集中により放たれたそれは、縮地の全速力を僅かに上回る程であった。

その分脚に掛かる負担は多大な物だった。

今の身体なら打てて一回だろう。

しかし、その一回で啓は確実に仕留めにかかる。

 

幻禍はそれを迎え撃たんと備えていたが、それが機能することはなくその首を落とされる。

辺りに響く雷鳴。

その場にいた全員が雷が落ちたと錯覚するほどの爆音だった。

 

 

展開されていた血鬼術は消えていく。

と、同時に幻禍の身体も塵へと変わっていく。

 

 

「・・・負けたのか。」

 

 

「ああ、俺の勝ちだ。」

 

 

「・・・見事な技だった。」

 

 

「・・・そうか。」

 

 

 

それ以上は何も語らなかった。

刀を納め、義勇と錆兎の元に駆け寄る。

 

 

「二人共、無事か?」

 

 

「ああ、何とかな。」

 

 

「やったのか?」

 

 

「ああ、倒したぞ。」

 

 

「そうか・・・」

 

 

「すまない、足を引っ張ってしまった。」

 

 

「気にするな。さあ、隠の到着を待とう。」

 

 

 

 


 

 

 

 

「・・・幻禍が殺られたか。」

 

 

鬼舞辻無惨は自身の根城で一人呟く。

 

 

「忌々しい剣士め・・・時代を超えてまで私を苦しめるか。」

 

 

頭に浮かぶのは二人の剣士。

一人は始まりの呼吸の使い手。

そしてもう一人は飛天御剣流の使い手だった。

 

 

「まあいい・・・あのどうせあの男程の驚異にはなり得ない。」

 

 

今も尚頭に焼き付いて離れない始まりの呼吸の使い手。

飛天御剣流の使い手も相当な者だったが、始まりの呼吸の使い手程ではない。

 

 

「だが万が一がある。次は上弦に相手にさせねばな。これ以上下弦に空席が空くのも面倒だ。」

 

 

 

 

 


 

 

 

任務を終え、俺たちは蝶屋敷に運び込まれた

俺はそれほどだったが義勇と錆兎はかなり重症だった。

 

 

「今回も十二鬼月を相手したんですか?」

 

 

「ああ、下弦の陸だった。」

 

 

「今回は以前ほど傷は酷くないですね。」

 

 

「そうだな。前の方が強かったが楽な相手ではなかったな。」

 

 

しのぶと会話を交わす。

カナエは二人の治療にあたってくれている。

 

 

「そういえばしのぶ、研究の方はどうだ?」

 

 

「順調ですよ。あともう少して原型が完成しそうです。」

 

 

「そうか、それは何よりだ。」

 

 

「・・・啓さん。」

 

 

「どうした?」

 

 

「・・・いえ、やはりなんでもないです。」

 

 

「・・・?そうか。」

 

 

「では私は姉さんの補助に行きますので。傷は深くないですが安静にしていてくださいね?」

 

 

「ああ、分かった。」

 

 

しのぶが部屋から出ていく。

その顔は僅かに朱色に染まっていた。

・・・何故だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




下弦の陸、幻禍。決着です。
そろそろ大きく展開を動かしたいと思います。


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第弐拾陸話 登竜門

下弦の陸、幻禍との戦いからしばらく経った。

次の指令が来るまでの一週間を蝶屋敷にて過ごした。

義勇と錆兎はまだ療養に時間が掛かるとのことだったが、すぐに戦線復帰すると意気込んでいた。

安静を言い渡された身で素振りをしていたらしのぶに説教をもらっていたところはかなり面白かった。

やがて指令が届き、蝶屋敷を発った。

またしのぶが俯きながらこちらになにか言おうとしていたが結局誤魔化されてしまった。

 

 

そうして単独で、ある時は炎柱補佐として、ある時は他の隊士と合同で指令をこなし、二ヶ月程が経った。

 

 

ある日、任務完了の報告を弥生に頼んだら、御館様からの伝言を預かってきた。

 

 

「啓、明後日の昼に産屋敷邸へ向かうように。とのことだ。」

 

 

「御館様の元へか?明日の昼でも大丈夫だが・・・」

 

 

「ここのところ多忙だったからな。御館様の配慮だろう。」

 

 

「そうか・・・ではお言葉に甘えるとしよう。」

 

 

唐突の御館様からの呼び出し。

その内容に関して俺は予想がついていた。

 

 

 


 

ー産屋敷邸ー

 

 

産屋敷邸に到着した。

ここに来るのは最終選別より前、俺が槇寿郎さんと出会って間もない頃だろう。

あれから三ヶ月と少し。

あれだけのことがありながらまだこの程度しか時間が経っていないことに驚きを覚える。

多くの出会い、最終選別、下弦の壱・陸との戦い、多くの任務。

本当に色々なことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

「よくぞお越しくださいました。」

 

 

「あまね様。」

 

 

あまね様が出迎えてくださる。

その腕の中では赤子が。

 

 

「わざわざ御出迎えありがとうございます。」

 

 

「いえ、子を抱えたままで申し訳ありません。こちらへ。」

 

 

あまね様に連れられ庭の方へ行く。

すると、庭と隣接する形になっている部屋に御館様の姿があった。

 

 

「やあ、啓。急な呼び出しに応じてくれてありがとう。」

 

 

「お気になさらず。」

 

 

「とりあえずこっちにおいで。」

 

 

「失礼致します。」

 

 

御館様に促され部屋に立ち入る。

それを待って御館様が口を開く。

 

 

「さて、早速だけど本題に入ろうか。」

 

 

「はい。大体ですが・・・要件は分かっております。」

 

 

「そうか・・・では、単刀直入に言うね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「啓、君に【龍柱】として鬼殺に尽力してもらいたいんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・やはり、その事でしたか。」

 

 

「前、啓は経験が足りないから、という理由で柱就任を見送りにしたけれど、もう十分じゃないかと思ってね。」

 

 

俺はこの三ヶ月程で鬼を五十体は狩った。それに加え十二鬼月・・・下弦の壱と陸の討伐。

柱となるための条件は既に満たしているのだ。

 

 

「柱になればより忙しくなるだろう。それでも、お願いできないかな?この通り。」

 

 

御館様様が頭を下げてまで頼み込んでくる。

 

 

「御館様、お顔をおあげ下さい。俺はもとより、この話受けるつもりでしたから。」

 

 

「本当かい?さらに厳しい道を歩むことになるとしても、やってくれるかい?」

 

 

「勿論です。」

 

 

「そうか・・・ありがとう。」

 

 

御館様が笑みを浮かべる。

この方には笑っていていただきたいものだ・・・

 

 

「では改めて。啓、君を龍柱に任命する。これからもその力を貸してくれ。」

 

 

「御意。」

 

 

 

 

 

今、この瞬間に俺は鬼殺隊において最高の位へと辿り着いた。

これで終わりではない。ここからが始まりだ。

俺はこの刃を弱き人々を守るためこれからも振るい続ける。

見守っててくれよ、父上。




短いですが今回の話は以上です。

啓が柱に就任しました。
これからの話の展開を少し考えたいので少し投稿感覚が空くかもしれません。
構想が固まり次第投稿しますので気長に待っていただけると嬉しいです。
感想、評価のほどよろしくお願いいたします。


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第弐拾漆話 龍柱

新たな柱の誕生は、鎹鴉を通じ全隊士に伝えられた。

 

 

「カァー!新タナ柱誕生!【龍柱】如月 啓!新タナ柱!カァー!」

 

 

その知らせは鬼殺隊全体に衝撃を走らせた。

様々な呼吸を扱うこと。

入隊から約三ヶ月かつ十四歳ほどの少年であること。

癸から一気に甲に昇進し、今回柱に昇進したこと。

下弦の壱、陸を倒したこと。

 

 

【龍柱】の誕生に隊士達は各々の反応を見せる。

 

 


 

 

「とうとう登りつめたか、啓君。どう思う?悲鳴嶼。」

 

 

炎柱、煉獄槇寿郎は自分と関わりの深い少年が自分と同じ位になったことに感慨を覚える。

任務を共にし帰路についていた仲間に話を振る。

 

 

「嗚呼、あの少年ならば当然のこと・・・しかし彼はまだ若い。無理をしなければ良いのですが・・・」

 

 

「うむ、全くその通りだ。先輩である我々が導いてやらねばな。」

 

 

 

 


 

 

 

「あらあら。啓君が柱になっちゃったわ。」

 

 

「どこまで先に行くのかしらあの人は・・・」

 

 

胡蝶姉妹は自分たちの屋敷にて茶を飲みながら語る。

自分達と同じ時期に入隊した同期がもう最高位である柱になったことに尊敬と焦りを覚える。

 

 

「私達も頑張らないといけないわね。」

 

 

「ええ、追いつかなきゃ・・・」

 

 

「でも無理はダメよ?しのぶ。今日も徹夜していたでしょう?」

 

 

「うっ・・・」

 

 


 

 

「啓が柱に・・・」

 

 

「また遠いところに・・・」

 

 

「わあ、凄いね啓・・・」

 

 

義勇と錆兎は、鱗滝と真菰がいる狭霧山で一時の休息をとっていた。

 

 

「むう・・・しかし啓ならばやりかねないな。」

 

 

(あの少年ならば・・・何かを変えられるやもしれないな。)

 

 

鱗滝は一人思いを馳せていた。

自らが現役の頃に成しえなかった平和を、かの少年ならば実現できるかもしれないと。

 

 

「俺達も頑張らねばな、義勇。」

 

 

「そうだな。」

 

 

「私も忘れないでよ?」

 

 

「まず真菰は最終選別に合格することだろう。あと一年程だったか?」

 

 

「そうだよ。頑張って岩を斬れるようにならないとね。」

 

 

「(俺たちにできたのだから真菰にも)・・・出来るだろう。」

 

 

「もう、相変わらず義勇は言葉が足りないね?」

 

 

「あれほど直せと・・・」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柱となってから二年の歳月が流れた。

柱としてこなした仕事は一般隊士の頃とは比べ物にならないほど過酷なものだったが、何とかこうして上手くやれている。

この二年の内にまあ多くのことがあった。

仲間がさらに位を上げたり、待っていた人物達が鬼殺隊へと入隊したりなど様々だ。

 

今も俺は柱として任務にあたっている。

任務中の一般隊士達が十二鬼月と遭遇したというのだ。

上位隊士ならばまだしも、まだまだ階級の低い一般隊士。

十二鬼月には到底勝てないだろう。

その救援に向かうため道を急いでいる。

 

森を駆ける。

土を踏み、木々の間を潜り抜け、崖から飛び、全速力で目的地へと向かう。

しばらく進んだところで、鬼と交戦する隊士を発見する。

血を流し木に身体を預けている者、負傷しながらも鬼に懸命に立ち向かう者。

 

一人の隊士が鬼に首を掴まれ持ち上げられ、今まさにその命を奪われようとされている。

そんなことはさせない。

俺は、弱き人々を守ってみせる。

 

今までも。そしてこれからもーーーーーー

 

 

 

 

 


 

 

それは任務中のことだった。

鬼の被害に遭っている集落がある、とのことで向かうと、そこには十二鬼月がいた。

自分たちには荷が重い。そう思いながらも鬼へと立ち向かう。

それが自分がここにいる理由だから。

 

しかし、現実というのは残酷なものだった。

こちらは三人ほどだというのに、鬼へ一太刀を浴びせることすら叶わなかったのだ。

 

 

(これが十二鬼月・・・ダメだ、勝てるわけが・・・)

 

 

そう絶望しきると、鬼に首に掴まれる。

強く締め付けられ、呼吸ができない。酸素が取り込めない。

どんどんと死が近づいてくる。

脳裏に浮かぶのは家族のこと。

 

 

 

(俺、死ぬのかなあ・・・ごめんなみんな、生きて戻れないや・・・)

 

 

「ふん、口ほどにもない。これで終わりだ。」

 

 

鬼が対象の息の根を止めるために腕を振りかぶる。

隊士は死を覚悟する。

もはや抗うことすら出来なかった。

 

 

(ああ、死にたくないなあ・・・)

 

 

と、思いつつ目を閉じ、死を受け入れようとする。

空気を裂きながら迫る鬼の腕。

もう全てが終わりかと思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「諦めるな。」

 

 

声がした。

そう思った直後には自身の身体は鬼の腕による支配から逃れ、地に伏せていた。

 

 

(助かった・・・のか?)

 

 

唐突のことに動けない。

死を覚悟したと思ったら何故か助かったのだ。

 

 

自分を助けた正体を確認すべく顔を上げる。

するとそこには首から上がない鬼の身体と一人の剣士がいた。

 

 

薄紅色の羽織を纏った若い剣士だった。

ひょっとしたら自分よりも若いのかもしれない・・・などと考えた。

何より驚くべきは先程まで相対していたはずの鬼の首がないこと。

この一瞬で目の前の剣士が斬ったのだろう。

その手に持つ刀には血が滴る。

 

 

「あなたは・・・一体?」

 

 

剣士に訊ねる。

その剣士は刀に付着した血を振り払い、鞘に納めこちらに向き直る。

 

 

 

 

 

 

 

「俺は龍柱 如月 啓。俺が来るまでよく耐えてくれた。」

 

 

 

 

 

彼の名は如月 啓。

()()()()()()()()()()()()()()()が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一気に時間すっ飛ばしました。
だらだらとやってもなあ・・・と思いまして。
以上でこの話までを第一章として新たな展開を作っていきたいと思います。

その新たな展開を作っていく前に一つ書きたい話があるので外伝という形で執筆させていただきます。

これからもご愛読の程よろしくお願いいたします。


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第弐拾捌話 外伝 追う者の最終選別

覇道神さん、誤字報告ありがとうございます!


一年中藤の花が咲き誇る「藤襲山」

ここでは鬼殺隊を志す者達が避けては通れない「最終選別」が行われている。最終選別の内容とはこの山で一週間生き延びること。

生き延びるだけ、なら簡単だろう。

だが実際はそうではない。

この山には鬼が閉じ込められているのだ。

実戦経験のない若者に鬼が潜む暗い山の中で一週間生き残れ、というのは何とも酷な話であり、実際例年生き残るのは全体の参加者の一、二割程である。

 

そして今この時も最終選別は行われていた。

 

 

 

 

 

「うわあああああああ!!」

 

 

「まああてええ!!」

 

 

一人の少年が鬼に追われていた。

その顔には大きな恐怖を浮かべている。

 

 

(無理だ!実際目の当たりにしたら恐怖で刀を振るえない!)

 

 

少年とてなんの準備もせずにここに来た訳では無い。

育手の元で二年ほどの修行を積み、その育手からの許可を得てここにいる。

育手が行っても良い、と判断したということはそれなりの実力を持ち合わせているということ。

だがしかし、初めて見る鬼とは自分が思っていたよりも強大な存在であった。

人とは思えない肌の色、角、牙。

その全てが恐怖を駆り立てるには十分な物だった。

 

 

「あっ。」

 

 

少年が突如転倒する。

足元を見ると木の根のようなものにつま先が引っかかっている。

視界が暗い中、恐怖で満たされている以上足元など確認している余裕は無かったのだろう。

 

 

「追いついたあ。」

 

 

「あぁ・・・あああああ・・・」

 

 

少年は絶望する。

終わった、そう思った時だった。

 

 

 

 

 

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 

 

少年と鬼の間を雷が駆け巡った。

鬼の首は宙を舞う。

あまりに唐突な出来事に少年の反応が遅れる。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

そこには自分と同じくらいの歳であろう少年が立っていた。

黒の鱗模様の羽織を纏い、勾玉の首飾りを身につけている。

その手には刀が握られており、それで鬼の首を落としたのだと理解する。

 

 

「俺の名前は獪岳。よろしくな。」

 

 

「・・・俺は新太(あらた)。」

 

 

 


 

 

 

 

新太と獪岳は行動を共にする。

勿論鬼とも遭遇した。

先程は震えて逃亡を選んだ新太だったが、今度は逃げずに二人で戦った。

その中で少年は新太に問いかける。

 

 

「なあ、獪岳は鬼と戦うのは初めてだろ?」

 

 

「ああ初めてだ。」

 

 

「じゃあなんでそんなに強いんだ?」

 

 

獪岳が数秒顎に手を当て唸る。

 

 

「・・・友人に追いつくために努力したから、だな。」

 

 

「友人・・・?」

 

 

「ああ。あいつとあったのは俺が先生の元で修行を積み始めて間もない頃だった・・・」

 

 

獪岳はある少年について語り始める。

 

 

「あいつは凄いやつだった・・・そんなあいつに追いつくために俺はひたすらに努力してきたんだ。途中壁にぶつかることもあったが、あいつが俺に残してくれた言葉が俺の背中を押してくれたんだ。」

 

 

思い出されるのは修行の日々。

雷の呼吸を本格的に学び始めた時、ある問題が発生した。

最も基本である壱の型だけが上手く使えないのだ。

それ以外の型は完璧だった。

それでも壱の型だけは、どれほど修行したも使えなかったのだ。

絶望しきっていたその時、ある言葉を思い出す。

 

 

 

『次会うときは互いに鬼殺隊士としてだ。その時まで挫けるな。上手くいかなくとも周りに認められずとも。俺はお前と肩を並べ戦える日を楽しみにしているからな。』

 

 

(啓。お前は今どこで何をしている・・・?)

 

 

頭に浮かべるのはその言葉の主。

 

 

(・・・いや、どこで何をしてても関係ない。俺は必ず追いついてみせる。そしてお前と共に戦うぞ・・・)

 

 


 

 

最終選別も終わりを告げようとしていた。

この一日を乗り越えれば晴れて合格となる。

獪岳と新太は気を抜くことなく周囲を探索している。

 

すると・・・

 

 

「今の鬼は俺がトドメさしただろうがァ!?」

 

 

「そんなことは無い!!俺が最後の一太刀を浴びせた!!」

 

 

「いや私だよ?」

 

 

三人の少年少女がそこにはいた。

傍らには消えゆく鬼の身体。

 

 

「・・・何してんだ?」

 

 

「あァ?」

 

 

「むっ、選別の仲間か。」

 

 

「鬼かと思って斬るところだったよ。」

 

 

「やめてくれよ・・・」

 

 

少女が発した言葉に対し新太が青ざめる。

 

 

「・・・俺は獪岳。」

 

 

「俺は新太。斬らないでくれ。」

 

 

「俺は不死川実弥。よろしくなァ。」

 

 

「俺は煉獄杏寿郎!よろしく!」

 

 

「私は真菰。よろしくね。」

 

 

邂逅を果たした五人が自己紹介をする。

自己紹介を終え獪岳が問いかける。

 

 

「・・・で、お前らは何をしていたんだ?」

 

 

「俺が鬼の首を落としたのにこいつらが違う違うって煩くてよォ・・・」

 

 

「事実だろう!!」

 

 

「あァ?やんのかァ?」

 

 

「いやだから出しゃばらないでくれるかな二人とも?」

 

 

「何でもいいだろうが・・・」

 

 

ため息をつく獪岳。

 

 

(他の奴らは生きるか死ぬかの瀬戸際だというのにこいつらは・・・)

 

 

 

 

 

 

 

五人で道中の鬼を斬りながら探索していると、焦った様子でこちらに逃げてくる者と出会う。

 

 

「お前らも逃げろ!」

 

 

「なんかいたのかァ?」

 

 

「異形の鬼だ!!他の鬼より一回りも二回りも大きい鬼だ!」

 

 

「よもや!最終選別に異形の鬼とは!!」

 

 

「どうなっている・・・?」

 

 

「異形の鬼・・・?錆兎達が倒したはずじゃ・・・?」

 

 

「何か知っているのか?」

 

真菰の呟きに新太が問いをなげかける。

 

 

「うん。私の兄弟弟子が選別に行った時に異形の鬼は倒したって言ってたんだけど・・・新しい鬼かな?」

 

 

「兄弟弟子も随分強いんだな・・・」

 

 

「正確には兄弟弟子ともう一人の男の子が倒したんだよ。凄かったなあ。自分の剣術に加えて色んな呼吸使うんだもん・・・」

 

 

「俺の知り合いにもそんなやついるなァ。」

 

 

「奇遇だな、俺もだ。」

 

 

「よもやよもや、俺も同じだ。」

 

 

「本当に?啓って言うんだけど。」

 

 

「「「啓!?」」」

 

 

三人同時に驚きの声を上げる。

 

 

「まァ、あいつだろうなァ。」

 

 

「あんな才能の持ち主がが何人もいられてはたまらないからな。」

 

 

「当の本人は今はもう柱だ!流石だな!」

 

 

「・・・あいつマジかよォ・・・」

 

 

「規格外にも限度というものがあると思うが。」

 

 

「本当だよね。私も驚いて顎外れかけたもん。」

 

 

「・・・世界は広いなあ。」

 

 

などと一人の人物について話を弾ませていると、大きな足音が迫ってくる。

 

 

「あ、忘れてた。」

 

 

思い出したようにその方向に向き直る。

それを知らせた隊士はいつの間にか消えていた。

 

間もなく、その鬼が姿を現す。

その鬼は、成人男性四人分程の大きさだった。

もうひとつ特筆すべきは爪。

こちらは成人男性一人分程の長さ。

 

この選別で相対してきた鬼とは明らかに規格外の存在だった。

 

 

「でけえなァ・・・どうやって首落とすよ。」

 

 

「跳んだら回避が出来なくなるからな・・・」

 

 

「脚短くするしかないんじゃない?」

 

 

「簡単に言うなあ・・・」

 

 

「要はやるしかないだろう!!いくぞ!!」

 

 

杏寿郎の合図で全員が構える。

 

 

「威勢のいいガキが五匹・・・全員俺の養分になりにきたのか?」

 

 

「へッ、その前にテメェは死ぬぞォ?」

 

 

「その意気や良し。少しは楽しませてくれよ??」

 

 

鬼が腕を振りかぶる。

叩きつけるように爪を振り下ろしてくる。

 

 

全員が避ける。

爪が振り下ろされた地面は割れていた。

 

 

「凄まじい威力だな!受けるのは危険だろう!!」

 

 

「だったら尚更さっさと殺らねえとなァ。」

 

 

「そうだねえ・・・」

 

 

「やるしかないかあ・・・」

 

 

「・・・とりあえずこうしよう。」

 

 

獪岳が鬼に聞こえない程度の声で作戦を告げる。

 

 

「おォ、案外しっかりしてんじゃねぇかァ。」

 

 

「うむ!賛成だ!」

 

 

「私は構わないよ。」

 

 

「俺も。」

 

 

「そうか。じゃあやるぞ!」

 

 

獪岳の合図で真菰が駆け出す。

真菰の俊敏さはこの五人の中で飛び抜けたもの。

それを活かし鬼の動きを錯乱する。

 

 

「速いなあ・・・止まってもらわないと食えないじゃないか。」

 

 

「食われる気なんて毛頭ないよ。」

 

 

鬼の注意が散漫になった所を獪岳が見逃さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 

 

 

雷鳴の如く踏み込み、宙を舞う。

そのまま鬼の両目を斬り裂く。

 

真菰を捉えるのに手一杯だった鬼は獪岳の存在に気づくことはなく、両目から光を失う。

 

 

 

「ぐお・・・」

 

 

視界が不自由になった所で、杏寿郎と新太が追い打ちをかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

【【炎の呼吸 壱の型 不知火】】

 

 

 

 

 

 

二人同時に同じ型を放つ。

杏寿郎は左脚、新太は右脚だ。

膝のあたりから斬り裂かれ、膝をつく。

 

 

「やれ、実弥。」

 

 

そこを実弥がトドメを刺しにかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【風の呼吸 弐の型 爪々・科戸風】

 

 

 

 

 

四つの斬撃が鬼の首に降り注ぐ、が・・・

 

 

「硬ェ!」

 

 

僅かに肉を抉るも、首を落としきることは不可能だった。

 

 

「効かないなあ!?」

 

 

鬼が返しに爪で振り払う。

鬼の身体を足場にして再び跳躍したため、重症は免れた。

が、腕を浅く裂かれてしまう。

 

 

「不死川!!」

 

 

「問題ねェ!」

 

 

(誤算だった。鬼の首があそこまで硬いとは・・・どうする?)

 

 

獪岳が策を練る。

すると、実弥が獪岳の近くに着地する。

 

 

「そんな心配すんなァ・・・こっからだ。」

 

 

「何がだ?」

 

 

「まぁ見とけェ・・・オラァ!」

 

 

実弥が血の滴る腕を振り払う。

すると血が鬼の方へと飛び散る。

 

 

「何を・・・うっ・・・?」

 

 

鬼の様子がおかしい。

突如足元がおぼつかなくなった。

 

 

「効くだろォ?俺の()()はァ。」

 

 

稀血。

その血を持つ人間を一人食べれば、普通の人間五十〜百人を食ったのと同じ栄養価を持つという。

 

 

 

「俺の稀血はさらに特別。だいぶ酩酊してんじゃねぇかァ?」

 

 

「そんなものが・・・」

 

 

「さァ、畳み掛けんぞォ!」

 

 

そう言い実弥が斬り掛かる。

両脚を斬り落とそうとしたが、片脚は落とせず、傷を付けるだけに留まった。

 

 

「真菰ォ!」

 

 

「了解!」

 

 

声を上げるやいなや、真菰が素早く飛び出しその脚に斬り掛かる。傷に重ねるように刃を合わせ、斬り落とす。

両足を落とされた鬼は地に伏せる

 

 

「うおぉ・・・」

 

 

 

そこに獪岳が追い打ちをかける。

全体重を乗せて刀を振り下ろす。

 

 

「うおおおおおおおおお!!!」

 

 

しかし、鬼の首は変わらず硬い。

刃こそ通るもののゆっくりとしか進まない。

このままでは首を斬り落とす前に身体が再生するだろう。

 

 

「ぬん!!!」

 

 

杏寿郎がその上にさらに振り下ろす。

二人分の全力がその首を落とすために振るわれる。

が、首を落とすにはまだ足りない。

 

 

「う、おおおおおおおおお!!」

 

 

鬼が咆哮する。

その瞬間脚の再生が早まる。

しかし、それを見逃すはずがなく・・・

 

 

「往生しろやァ!!」

 

 

「無駄だよ!」

 

 

実弥と真菰の二人がさらに脚に斬撃を加える。

また再生せぬように今度は常に斬り刻み続ける。

そして・・・

 

 

「くらえええええええ!!」

 

 

新太がさらに首に追い打ちをかける。

三人の全力が躊躇なく一つの対象に集中する。

刀が一気に落とされ・・・

 

 

 

 

 

その首がとうとう落とされる。

 

 

「馬鹿なぁ・・・!?」

 

 

「へッ・・・とっとと失せろ鬼畜生がァ。」

 

 

「皆お疲れ様だ!」

 

 

「駆け回ったり斬り続けたりでへとへとだよお・・・」

 

 

「ふぅ・・・疲れたな。」

 

 

「やった・・・異形の鬼を倒したぞ・・・!」

 

 


 

 

異形の鬼を討伐して間もなく、最終選別が終了する。

生き残ったのはこの五人だけらしい。

例に漏れず隊服の支給などが行われた後、再び五人で言葉を交わす。

 

 

「まさか俺たちしか生き残らないとはな・・・」

 

 

「五人も残れば優秀な方らしいぞ!」

 

 

「私も鱗滝さんからそれ聞いてたけど本当にこんなものだとはね・・・」

 

 

「もしかしたら俺も・・・と思うと震えが止まらねえよ・・・」

 

 

「まァ・・・なんだ。お疲れさん。」

 

 

選別の感想を述べる四人に実弥が労いの言葉をかける。

 

 

「・・・不死川って顔によらず優しいとこあるよな。」

 

 

「あァ?新太テメェぶち殺すぞォ?」

 

 

「やめて勘弁してマジで。」

 

 

「仲睦まじきこと良きかな良きかな!」

 

 

「仲睦まじい・・・のか?」

 

 

「きっとそうだよ、うん。」

 

 

逃げる新太と追いかける実弥。

そのうち実弥が追いついて新太を締め上げる。

 


 

 

 

 

 

 

「じゃあなァ。」

 

 

「うむ!次は任務で会おう!」

 

 

「またね!」

 

 

「それまでに死なないように頑張るかあ・・・」

 

 

「またな、お前ら。」

 

 

五人の少年少女がそれぞれ帰路につく。

再会を再び願って・・・

 

 

 


 

 

 

 

 

「啓。今回の選別を生き残った者たちの一覧表だ。」

 

 

「ああ。ありがとう弥生。」

 

 

弥生から手紙を受け取り、最終選別通過者を確認する。

 

 

「・・・来たか、お前達。」

 

 

啓は一人笑みを浮かべる。

友人との再会を喜んでのものかなんなのか。

それは啓本人にしか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この新太って誰だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




外伝終了です。
また本編から逸れた内容として外伝を書くかもしれません。

次回からまた本編に戻ります。
次から新章開幕となるのでまた気分新たに書いていけたらな、と思います。

お楽しみにしていただけると嬉しいです。


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第弐拾玖話 新たな柱

一九一〇年 十一月

 

 

「話とはなんでしょうか、御館様。」

 

 

今俺は御館様に呼び出されて産屋敷邸へと来ている。

何やら話があるとのことだが・・・

 

 

「急に呼び立ててごめんね。実は次の柱任命について啓の意見を仰ぎたいんだ。」

 

 

「次の柱、ですか。」

 

 

今現在鬼殺隊に柱は六名いる。

炎柱、岩柱、音柱、鳴柱、風柱、そして俺龍柱だ。

本来であれば九名存在するはずのため、三名分空席、ということになる。

 

 

「うん。まず一人目は胡蝶カナエ。」

 

 

「カナエですか。申し分ない実力を持ち合わせていると俺も思います。」

 

 

「そうだね。文を送ったところ了承してくれたからカナエに関しては問題無いんだ。」

 

 

「と、言いますと二人目に問題が?」

 

 

「そうなんだ。二人目は水柱を選出しようと思うんだけど・・・義勇と錆兎。どちらに任命するか迷っていてね。」

 

 

「文の返事はどのように?」

 

 

「こんな感じだよ。」

 

見てみると二人とも同じ内容なことを書いていた。

自分よりあっちの方が柱に相応しい・・・といった内容だ。

 

 

「・・・これは。」

 

 

「困っちゃうよね。二人揃って自分じゃない方を推薦しているんだもの。」

 

御館様が困ったように笑みを浮かべる。

 

 

「それでね、このことに関して啓の意見を仰ぎたいんだけどなにか思うこと、考えることはあるかい・・・?」

 

 

「そうですね・・・こんなのはどうでしょう?」

 

御館様に提案する。

 

 

「なるほど、いい案だね。それでいこう。」

 

 

どうやら気に入ってもらえたようだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「準備はいいか?義勇。」

 

 

「いつでも構わない・・・錆兎。」

 

 

二人が向き合う。

その様子を俺と御館様が見守る。

俺が提案したのは単純なこと。

決闘を行いその勝者が水柱。敗者は水柱補佐にするというもの。

そのために御館様が二人を招集し、見届け役として俺と天元も呼ばれた。というわけだ。

 

 

「二人共、本気でやるようにね。」

 

 

「「御意。」」

 

 

「啓、いいよ。」

 

 

「では・・・始め!!」

 

 

「ふんッ!!」

 

 

「く・・・ッ!」

 

 

開始と同時に錆兎が仕掛ける。

両手持ちと助走から繰り出される重い一撃。

最後に見た時よりも練り上げられた太刀筋だ。

鍛錬を欠かさず行っていた証だろう。

が、義勇も負けていない。

一瞬反応が遅れたものの、しっかりと受けきった。

 

錆兎の攻撃を振りほどいた義勇が斬り込む。

下から上への斬り上げようとする。

錆兎は防御が間に合わないと判断し、回避を選択する。

 

 

「甘い。」

 

 

「何!?」

 

 

それを読んでいた義勇が回避先に斬撃を置いておく。

それに飛び込んでしまう形になった錆兎は焦って上に回避する。

 

 

(無防備・・ここだ。)

 

 

さらに義勇が刀を振るう。

錆兎を追いかけるように斬り上げる。

 

見ていた誰もが義勇の勝ちを確信した、が。

 

 

「させるか!!」

 

 

錆兎が空中に身を投げたまま防御する。

身を捻って迫り来る刀を弾く。

 

錆兎が着地し、再び二人は向き合う。

 

次にしかけたのは義勇。

一旦間合いを取ったと思われたその矢先、高く跳躍し垂直方向に回転する。この型は・・・

 

 

 

【水の呼吸 弐の型 水車】

 

 

 

 

回転の力を得た斬撃が錆兎に襲いかかる。

が、その瞬間錆兎がその場から消える。

 

 

 

【水の呼吸 玖の型 水流飛沫・乱】

 

 

着地時間を最小限にし駆け回る。

その様子はさながら雨に打ち付けられる水面のようだった。

 

何も無いところに刀を振り下ろした義勇。

その隙を錆兎が素早く狙う。

間一髪のところで義勇はそれから身を守る。

拮抗することなく錆兎が距離を置き、再び周りを駆ける。

それに対して義勇は、刀を構えたまま動かない。

 

 

錆兎が再び斬り掛かる。

かなりの速さだ。

義勇は反応出来ず、打ち伏せられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

【水の呼吸 拾壱の型 凪】

 

 

 

 

 

 

 

・・・と思いきや、錆兎の刀が突如として弾かれる。

理由は簡単、義勇が錆兎の刀を弾いたからだ。

錆兎は一瞬苦い顔をするが、すぐさま切り替え再び仕掛ける。

 

 

 

【水の呼吸 肆の型 打ち潮】

 

 

淀みない動きで放たれる連続攻撃。

水が流れるような流麗さだ。

だが義勇は間合いに入ったそれを全て薙ぐ。

 

数十秒続いた後、錆兎が型を再び切り替える。

 

 

【全集中 水の呼吸 拾の型 生生流転】

 

 

全集中を乗せた生々流転を放つ。

一撃、二撃、三撃と威力を増していく。

回数を重ねる度に義勇の技のキレが失われていく。

だが義勇も負けじと粘る。

 

 

【全集中 水の呼吸 拾壱の型 凪】

 

 

攻撃を捌いている状態のまま全集中を乗せる。

さらに重く、速くなる斬撃に対応するように義勇も重さ、速さを増す。

再び拮抗状態に入る。

 

 

状況が動いたのは錆兎が二十撃目を繰り出してから。

その一撃だけで地を割りそうな程な威力となった斬撃が振るわれる。

が、義勇はそれ以上の力で攻撃を薙ぐ。

 

 

「ぐぁッ・・・!」

 

 

あまりの重さに耐えられなくなったのか、錆兎の手から刀が離れ飛んでいく。

それを義勇は見逃さない。

 

 

【水の呼吸 漆の型 雫波紋突き】

 

 

水の呼吸最速の型を放つ義勇。

が、手に握るのは真剣。

そのまま錆兎を突き立てることはなく、寸前で突きを止める。

 

勝敗は決した。

 

 

「・・・参った。」

 

 

「そこまで。勝者、冨岡義勇。」

 

 

義勇の勝ちだ。

 

 

 


 

 

 

 

 

「胡蝶カナエ、君を花柱に任命する。蝶屋敷での治療活動と併せてよろしく頼むよ。」

 

 

「御意。」

 

 

後日、御館様に呼び出されたカナエ、義勇、錆兎。

柱、補佐としての任命をされているところだ。

 

 

「冨岡義勇、君を水柱に任命する。頼りにしているよ。」

 

 

「御意。」

 

 

「鱗滝錆兎、君を水柱補佐に任命する。自分の任務の傍ら義勇のサポート、お願いね。」

 

 

「御意。」

 

 

「さて、これで以上だよ。これからも皆よろしくね。」

 

 

御館様が締めくくり、その場は解散となる。

任命された三人とそれの見届けをした俺で集まり会話する。

 

 

「とうとう啓と同じ場所に立てたな・・・俺はあくまで補佐だが。」

 

 

「そう僻むな。補佐と言えども待遇は柱と同等だろう?」

 

 

「そうよ?自信もって錆兎君。」

 

 

「錆兎、お前の実力はよく分かっている・・・だからなんだ・・・よろしく頼む。」

 

 

義勇の一言に錆兎は目を見開く。

 

 

「・・・ああ、分かってるさ。任せておけ!」

 

 


 

 

柱になった時に御館様に頂いた屋敷に帰っている途中。

弥生では無い鴉がこちらに飛んでくる。

 

 

「カァー!!龍柱!龍柱!現在東ノ方向ニテ鳴柱、風柱、炎柱ガ上弦ノ壱ト交戦中!劣勢!直チニ救援二迎エ!!」

 

 

その指示を聞いた瞬間駆け出す。

俺の持てる全力で。

今はまだ昼だが東の方は雨が降っている。

雲に太陽が隠れているため鬼が活動できるのだろう。

 

 

上弦の壱。

それは鬼舞辻無惨を除いた時最も強い鬼のことを指す。

手練の柱三人といえど苦戦は必至だろう。

そこに俺が行ったところで何も変わらないかもしれない。

だが行かない訳には行かない。

 

槇寿郎さん、どうか無事で・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カナエと義勇が原作通り花柱と水柱に。
錆兎は水柱補佐に昇格しました。

そして急展開。
次回上弦の壱との交戦です。


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第参拾話 怨敵

前話で本来一九一〇年の所をとんでもない年代設定になっていることを多くの人に教えていただきとても助かりました。ありがとうございます!!

愈史郎さんに視覚操作されてたということで見逃してください・・・


三十分程全力疾走する。

すると、開けた草原のような場所に出る。

辺りには木が生えている訳ではなく、本当に一面草だけ、といった感じだ。

晴れている日なんかはここで寝転がると気持ちよさそうなものだが、そうは思えないほどに残酷な光景がそこには広がっていた。

 

地に伏せる二人の身体。

一人は鳴柱。

上半身と下半身に分断され、地面の緑を余すことなく赤に染めている。

 

もう一人は風柱。

四肢を斬り落とされ、首が胴から離れている。

 

そう、そこには鬼殺隊最高戦力である柱二人の亡骸が転がっていた。

 

 

少し離れたところを見ると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地面に膝をつく槇寿郎さん。

その左腕は()()()()()()()、右腕に握る刀は()()()()()()()()()()

 

 

そして、それを見下すような一人の人物。

いや、鬼だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【縮地】

 

 

抑えることの無い最速で迫り、首を撥ねんと刀を振るう。

が、その刀は首を捉えることはない。

 

 

「・・・新手か。」

 

 

鬼が口を開いた。

その鬼は、長い黒髪を後ろで縛り、炎のような痣があった。

 

 

 

 

特筆すべきは、別にある。

 

 

 

その顔には六つの目。

そして携えるは刀。

 

 

 

こいつだ。

こいつが父上を殺した鬼。

 

ふつふつと煮えたぎる憎悪に身体が支配されていくのを感じる。

今すぐにでも斬り掛かりたい。

その首を落としたい。

惨たらしく殺したい。

 

 

だが耐えろ。

感情に支配されては勝てるものも勝てない。

 

 

「・・・啓、君。」

 

 

「槇寿郎さん、下がってください。直に救援が来ます。この鬼は俺が。」

 

 

「気をつけろ・・・その鬼は我々と同じ全集中の呼吸を・・・!」

 

 

「分かりました、大丈夫です、俺なら。」

 

 

槇寿郎さんが止血をしつつ後ろに下がる。

今から始まる戦いに巻き込まれないであろう位置まで下がる。

 

 

「・・・お前は・・・どこかで見た覚えがあるな・・・」

 

 

「そうか・・・なら、この太刀筋でもって思い出させてやる。」

 

 

 


 

 

啓が抜刀し鬼に向かって駆け出す。

鬼は刀に手を掛けるのみ。

 

啓が鬼の間合いに入る直前で高く跳ねる。

落下の勢いを刀に乗せ、全力で振り下ろす。

 

 

 

【飛天御剣流 龍槌閃】

 

 

鬼が抜刀する。

即座に龍槌閃に対して防御の姿勢をとる。

刀と刀が触れた瞬間、それを振り払い両者向き合う。

 

 

「その太刀筋、剣術・・・思い出したぞ。お前、あの男の息子か・・」

 

 

鬼が口を開く。

 

 

「・・・小僧、名をなんという・・・?」

 

 

「・・・如月 啓。地獄に行っても忘れるなよ。」

 

 

「その意気や良し・・・かかってこい・・・」

 

 

啓が再び迫る。

今度は縮地を駆使して。

その速さは同じ柱である槇寿郎ですら見切ることは困難な物。

しかし、目の前の鬼は平然と対応する。

数回斬り掛かる啓。

その全てに余裕を持ち反応する。

 

 

(動きが見切られてる。これが上弦の壱・・・!)

 

 

「そういえば・・・こちらはまだ名乗っていなかったな。」

 

 

鬼が刀を納め、啓に向き直る。

その手は刀に添えられており、啓はその構えが何を意味するかよく知っている。

抜刀術。

啓が最も得意とする技だ。

 

 

「上弦の壱、黒死牟(こくしぼう)。いざ参る。」

 

 

その瞬間、空気が変わる。

その場に存在するだけで肌が焼けそうな程の闘気が辺りを包み込む。

そんな空気を裂きながら刃が啓に迫る。

抜刀術が来ると予測していた啓はその圧倒的速さにもしっかりと反応しきる。

 

黒死牟の攻撃を流すようにいなし、再び啓が仕掛ける。

が、そこに黒死牟が技を放つ。

 

 

 

 

月の呼吸 壱の型 闇月・宵の宮

 

 

横薙ぎに一閃。

単純な太刀筋だった。

しかし、放たれた斬撃は単純からはかけ離れたものだった。

剣閃の後には複数の月輪のような斬撃が残る。

それらは不規則に形を変え、触れたものを斬り刻むものだった。

 

啓は斬撃自体は避けるも、揺らぎながら迫る月輪に胸を浅く裂かれる。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

「まだまだいくぞ・・・」

 

 

 

 

月の呼吸 陸の型 常夜孤月・無間

 

 

縦横無尽に月輪と共に斬撃を放つ。

全力で振るわれたそれはかなりの速度で迫り来る。

啓はその大半を辛うじて避けることに成功するも、最後の一撃の月輪だけまたくらってしまう。

 

 

縮地で一瞬にして間合いを確保し、止血に入る。

柱となってからもこの技術を使う場面は多く、一瞬で止血を終えられる程に上達していた。

 

 

「ほう・・・この一瞬で止血を・・・大したものだ。」

 

 

(不味いぞ・・・正面からやり合って勝てる気がしない。あまりに強すぎる・・・)

 

 

啓は目の前の敵に僅かばかりの恐怖を抱いていた。

今まで相手してきた敵とは比べ物にならない。

黒死牟と比べてしまっては全てが赤子のようにさえ思えてきた。

 

 

(だが・・・幸いにしてもう直に雲が晴れる。それまで持ちこたえることが出来れば・・・!)

 

 

啓が再び黒死牟へと構える。

 

 

「今度はこちらから行くぞ。」

 

 

黒死牟へと迫る。

それを迎え撃つように技を展開する黒死牟。

 

 

月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り

 

 

横薙ぎに二連撃。

先程見せた壱の型を二回繰り出したようなものだ。

横に放たれた斬撃を飛び越え、宙に身を投げる。

斜め上から落ちるようにし、すれ違い様に斬り刻む。

その様はまるで流星群のようであった。

 

 

【龍の呼吸 漆の型 龍星群】

 

 

黒死牟は龍が天から迫るように見えた。

長年生きてきて初めてみるその呼吸に、身体を斬られながらも息を呑む。

 

 

「龍の呼吸・・・今まで多くの鬼狩りを相手したが・・・初めて見る呼吸だ。」

 

 

「当然だ。俺が創り出したのだからな。」

 

 

「道理で・・・見事な技だ・・・父にも引けを取らない。」

 

 

「黙れ・・・その口で父上を語るな。」

 

 

啓が黒死牟を黙らせんと斬り掛かる。

その身には龍ではなく風を宿して。

 

 

【風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐】

 

 

下から上へ巻き上げるように斬撃を放つ。

それによりさらに傷を増やす黒死牟。

だが、その負傷を気にとめる様子はない。

 

 

「ふむ・・・先程斬った風柱よりも仕上がっているな・・・」

 

 

その言葉を完全に流し、さらに追い打ちをかける。

見に宿すのは風から雷へ・・・

 

 

【雷の呼吸 弐ノ型 稲魂】

 

 

一瞬のうちに放たれる五連撃。

が、その五連撃は全て黒死牟に届くことは無い。

 

 

月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍

 

 

予備動作無しで放たれる無数の斬撃。

ほぼ密着状態だった啓はそれを回避するのは不可能と判断し、何とか無力化することを選んだ。

 

 

【風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹】

 

 

自身の周りを竜巻のように連続で斬り刻む。

それにより迫る斬撃の大半を無力化することに成功する。

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()である。

 

一つ。大きな斬撃を無力化することに失敗する。

その斬撃は胸を深く斬り裂く。

 

 

「が・・・ッ!!」

 

 

鮮血が飛び散る。

傷はかなり深く、血が溢れ出る。

 

が、先程と同じように止血に成功する。

しかし痛みはなお消えない。

 

 

「・・・もう限界なのではないか?」

 

 

「黙れ・・・余計な世話だ・・・!」

 

 

強がりながらも啓は刀を構える。

事実、既に啓の身体は限界を迎えようとしていた。

上弦の壱である黒死牟の攻撃は凄まじく速く、重いものだった。

その攻撃は回避するのにもかなりの体力を使う。

実際に傷を負ってしまえばさらに体力を消費する。

加えて自分の攻撃を行った。

この短時間で啓の身体にかけられた負荷はあまりにも大きかった。

 

 

「啓よ・・・お前も鬼になってはどうだ?柱であれば鬼になるのには時間かかかる・・・が、その分大きな戦力になり得る。あの方もお喜びになるだろう・・・」

 

 

黒死牟ば啓へと語りかける。

 

 

「断る・・・俺は人として生き人として死ぬことを選ぶ・・・!」

 

 

「・・・愚かなところも父親譲りか。」

 

 

「何・・・?」

 

 

「お前の父親も頑固なものだった・・・鬼になっていれば死なずに済んだものを・・・」

 

 

「お前が・・・お前が父上の生について語るんじゃない・・・!」

 

 

「事実だろう・・・?彼奴も素晴らしい力の持ち主だった。全集中の呼吸を用い、日輪刀を手にしていれば私でさえ危なかったであろうに・・・」

 

 

「黙れ・・・」

 

 

「鬼になることでその技を保存出来るのだ。素晴らしいことだとが「黙れと言っている」」

 

 

黒死牟の言葉を遮り啓が怒りを露わにする。

 

 

「お前に何が分かる?人としての短い生で積み上げてきた研鑽の素晴らしきことを、お前は理解しているのか?」

 

 

「分かるとも・・・分かるからこそこうして言っている。鬼となることでこの技術を未来へと残すことが出来るのだぞ?」

 

 

「知ったことか。こんな技術は未来に訪れる平和には不要。」

 

 

「平和など訪れぬ・・・鬼は不滅だ。」

 

 

「俺達が滅ぼしてみせる。絶対にだ。」

 

 

啓の纏う空気が変わる。

先程よりもさらに鋭い闘気が満ちる。

 

 

(・・・身体が熱い。斬られた痛みと呼吸によって加速させられた血流が身体を灼くようだ・・・)

 

さらに加速する心臓の鼓動。

その鼓動は既に人間のそれを大きく超える。

それに従い急激に上昇する体温。

じわじわと、啓の身体が燃えるような感覚に襲われる。

 

 

(前へ進め。守りたいのなら、勝ち取りたいのなら。)

 

 

さらに、上昇する体温。

数字にして三十九度。

 

 

人としての常識を超えた心拍数と体温。

その二つは()()が顕現するには十分なものだった。

 

 

啓の顔に()のようなものが浮かび上がる。

それは龍のような形をしており、見たもの全てに威圧感を与えるかのようだった。

 

それを見て、黒死牟は驚きを露わにする。

 

 

「・・・痣、だと・・・?」

 

 

「フーッ・・・フーッ・・・」

 

 

荒く呼吸する啓にその呟きは届かない。

 

 

「嘆かわしい・・・人としての短い生をより短くするとは・・・」

 

 

「何を・・・言っている・・・?」

 

 

黒死牟の言葉に気づいた啓が疑問を投げかける。

 

 

「・・・痣者は例外なく、二十五歳を迎える前に寿命を迎えるのだ・・・見たところお前は十六歳程・・・後十年も生きられまい。」

 

 

告げられる衝撃の事実。

が、啓はそこまで動揺する様子もない。

 

 

「二十五までに死ぬ、というならそれまでに鬼を滅するまで。何も嘆くことは無い。」

 

 

「・・・分からぬものだな・・・」

 

 

「お前の言葉など理解するに足らん・・・行くぞ。」

 

 

 

 

啓が刀に手をかける。

雲が晴れ、日が差すまであと僅か。

 

 

 

 

 

 

 




痣、発現です。
このままでは二十五歳までに死んでしまう啓、どうなることやら


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第参拾壱話 一時の決着

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

 

啓が雷の如く居合を繰り出す。

その速さは今までと比べ物にならない。

 

 

(速い!痣を発現したといえここまで変わるとは・・・!)

 

 

黒死牟は内心焦る。

先程までの啓の全速力は黒死牟にとって取るに足らない物だった。

が、今はどうだ?

速さに特化した呼吸とはいえ上弦の壱たる黒死牟でも焦りを覚える程の速さだった。

 

 

【水の呼吸 参ノ型 流々舞い】

 

 

息継ぐ間もなく流れるような剣技を放つ。

流麗かつ重い連撃が黒死牟に襲いかかる。

その全てを受け切ることは出来ず、身体の所々に傷を負う。

 

 

 

「ぬう・・・!」

 

 

黒死牟が唸る。

しかし、このままやられっぱなしではない。

状況を打破すべく技を放つ。

 

 

月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月

 

 

三連続の斬り上げるような斬撃。

月輪は啓を囲むように展開される。

 

が、啓はそれをものともせず振り払う。

 

 

 

【龍の呼吸 捌の型 逆鱗】

 

 

龍が暴れ狂うかのような荒々しい無数の斬撃を放つ。

取り囲む月輪は全て無へ帰る

 

 

「なんという・・・」

 

 

黒死牟と啓が向き合う。

 

 

(心臓の音が煩い・・・集中出来ん・・・黙れ・・・!)

 

 

啓は己の身体に命令する。

すると、段々と心拍数が弱まっていく。だが体温が下がることはない。

それは痣を保ったまま心拍数を下げていることを意味する。

 

(無駄を削ぎ落とせ・・・完成した物をさらに仕上げろ・・・)

 

 

やがて、心拍数は平常時と変わらぬものになる。

 

 

(聞いたことがある。人間は寿命のうちに刻む心拍数は決まっていると。)

 

 

(おそらく痣を発現するのに必要なのは()()。その体温を上げるために心拍数が増加する。)

 

 

(それで増加した心拍数は本来より早いペースで寿命のうちに刻む回数を重ねていく。)

 

 

(おそらくこれが痣者が早くして死ぬ原因。ならば心拍数さえ落としてしまえば・・・)

 

 

 

正しい呼吸、正しい動きにより極限まで高められた集中力。

それは血管の一本一本を意識するだけに留まらず、自らの血流、心拍数を自在に操るまでに及ぶ。

 

そうした無我の境地へと至った啓には、あるものが見え始める。

 

 

(なんだ・・・?奴の身体が透けて見える・・・筋肉に骨、血管の一本に至るまで。)

 

 

それは唐突に訪れたものだった。

啓は突然のことに少し戸惑うものの、思考を切り替える。

 

 

(構わない、使えるものは何でも使ってみせる。)

 

 

その啓の変化を、黒死牟も感じとっていた。

 

 

(なんだ・・・先程まで皮膚を灼くような闘気が満ちていたというのに今はどうだ・・・啓から感じ取れるものがなにもない。)

 

 

そのうち、黒死牟はある考えに辿り着く。

 

 

(まさか・・・至ったというのか?至高の領域、透き通る世界へ。)

 

 

黒死牟は焦る。

 

 

(なんという成長速度、適応能力。恐るべし・・・!)

 

 

黒死牟が一瞬で間合いを取り、技を放つ。

今まで放ったものよりもさらに強力なものを。

 

 

全集中 月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍

 

 

全集中により放たれる予備動作無しの広範囲攻撃。

速さも密度も段違いのものである。

が、啓はそれを最小限の動作で回避する。

 

 

(もう使いこなすに至ったというのか・・・!?)

 

 

黒死牟は驚愕することしか出来なかった。

先程まではこちらが圧倒的優位を保っていたのにも関わらず、今は寧ろ押されているのだから。

上弦の壱たる自分がたった一人の鬼狩りに後れを取る。

そんなことがあってはならないのだ。

 

 

(なんなんだ・・・なんなのだこいつは・・・!戦いの中で成長し、得たものを存分に活かす・・・その天賦の才能は、まるで・・・)

 

 

黒死牟の中に一人の人物が浮かぶ。

それは自分が嫉妬して、憎んで、恨んでやまない弟の姿だった、

 

 

(縁壱・・・ッ!!)

 

 

黒死牟が歯を食いしばる。

その顔を憤怒に歪んでいた。

 

「お前は危険だ・・・ここで、始末する・・・!」

 

 

「意気込むのは結構だが、上を向いてみてはどうだ?」

 

 

「・・・?」

 

 

黒死牟が上、空を見ると、そこには薄れゆく雲。

もう間もなく陽の光が差してくるだろう。

 

刀を納める黒死牟。

 

 

「どうした、来ないのか?」

 

 

「・・・挑発には乗らん。」

 

 

「・・・」

 

 

「・・・次に会う時、その時は全力で相手をしてやろう・・・」

 

 

「そうか。」

 

 

黒死牟はそう言い残し、一瞬で去っていく。

 

 

 

「・・・くッ・・・・・・」

 

 

その直後、啓は膝をつく。

黒死牟から受けた傷に全力で動き続けた反動。

更には初めて得た技術。

使いこなすことは出来たがあまり慣れず、集中力をすり減らすに至っていた。

 

(あのまま黒死牟が去らなければ・・・かなり危なかった。今こうして意識を保っているのもやっとだ。)

 

 

「啓!」

 

 

声がした方を見ると、音柱である宇髄天元(うずいてんげん)、水柱の義勇、その補佐の錆兎の姿がある。

 

 

「派手にやられたな・・・」

 

 

「啓、上弦の壱はどうした?」

 

 

「撤退した。もうそろそろ差してくる日光を恐れてだろう。」

 

 

「そうか・・・」

 

 

「そうだ・・・槇寿郎さんは!?」

 

 

「無事だ・・・腕はやられちまったがな。おそらく戦線復帰は・・・」

 

 

「命があるならそれでいい・・・うっ・・・」

 

 

「安心しろ、後始末は俺たちがやる。ゆっくり休め。」

 

 

「なら・・・お言葉に甘えよう。」

 

 

錆兎に促され意識を手放す啓。

 

 

(得られた物は多かった・・・次会うときは必ずお前の首を落としてみせるぞ、黒死牟・・・!)

 

 

 

 

 




黒死牟戦、決着(仮)です。
痣に加え透き通る世界も会得しました。
最もまだ完璧ではありませんが・・・

柱となってから黒死牟との邂逅はどこかのタイミングでさせようと思っていました。
今からどのように決着を付けるか考えているので、その時が来るのが待ち遠しいです。

そして痣について少々独自解釈を交えました。
お察しの通り啓は痣のデメリットを克服させようと思います。

次回は戦闘回では無いと思います。

追記
多くの評価ありがとうございます。
平均評価の色が赤に染まっていて興奮が隠せません。
これからも頑張りますのでどうか応援よろしくお願いします。


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第参拾弐話 得た物と失った物

「・・・ん・・・・・・」

 

 

目を覚ますとそこは知った天井だった。

蝶屋敷だろう。

俺が目を覚ましたことに気付いてかある人物が駆け寄ってくる。

 

 

「啓さん!」

 

 

「・・・しのぶ。」

 

 

「良かった・・・目を覚まさなかったらどうしようかと・・・」

 

「俺は・・・何日寝ていた?」

 

 

「一日程です。ですが身体の傷があまりに多くて不安になって・・・」

 

 

「そうか・・・俺は大丈夫だ。ありがとう、しのぶ。」

 

 

「そうだ、皆を呼んでこなきゃ・・・少し待っててくださいね。」

 

 

少しして複数人が部屋に入ってくる。

カナエと義勇に錆兎、天元に槇寿郎さんだ。

後ろにはしのぶもいる。

 

 

「啓!無事だったか!!」

 

 

「何よりだ・・・」

 

 

水柱組が無事を祝ってくれる。

 

 

「ああ、ありがとう。」

 

 

「それにしても派手にやられたなあ如月。」

 

 

「まあまあ・・・上弦の壱相手に生きて帰れたのだ、それだけで十分だろう。」

 

 

天元と槇寿郎さんが労ってくれる。

やはり槇寿郎さんの左腕は肘から先がない。

 

 

「槇寿郎さん・・・その・・・」

 

 

「ん?ああ、腕のことか?気に病むことは無いさ、さっきも言っただろう?生きて帰れただけで十分だと。」

 

 

「しかし・・・」

 

 

「なに、俺ももう歳だ。そろそろ引退して若手の育成に回ろうかとも考えていたからな、ちょうどいい機会だ。」

 

 

「・・・」

 

 

「啓君。君のおかげでこの命はある。ありがとう。」

 

 

「俺は・・・そんな・・・」

 

 

「俺のことは気にしてくれるな!もしどうしても気に病むというのなら俺の分も鬼を滅殺してくれ!」

 

 

槇寿郎さんが明るく言い放つ。

ここまで言ってくれてるのだ、こちらもいつまでも落ち込んでいる訳にはいくまい。

 

 

「・・・分かりました。あなたの意思は必ず俺が。」

 

 

「うむ、それでいい!」

 

 

「それにしても、今回の被害は甚大ね・・・」

 

 

カナエが深刻な表情を浮かべる。

柱二名が死亡、一名が引退。

二名の柱(義勇とカナエ)が増えた直後、三名の柱が欠ける、となると以前にも増して戦力不足が目立つようになる。

 

 

「ここからどう立て直すか、が課題だな・・・」

 

 


 

 

以前は絶対安静期間を含め三週間ほど蝶屋敷に世話になったが、今回は一週間ほどで済んだ。

ある程度傷が大丈夫なるまで二、三週間はかかるはずだったがその予想に反して早く回復したのだ。

 

 

今俺は産屋敷邸に向かっているところだ。

黒死牟との戦いで発現した「痣」と相手の体が透けて見える現象。この二つについて聞くために弥生を飛ばしたところ、すぐに返事が帰ってきた。

退院後すぐで構わない、とのことだったため蝶屋敷から直接向かうことにした。

 

 

例のごとくあまね様に出迎えていただき、御館様の元へ案内される。

 

 

「啓、いらっしゃい。」

 

 

「お時間を取っていただきありがとうございます。」

 

 

「さて、まずは痣について話そうか。」

 

 

【痣】

・身体能力が飛躍的に上昇

・受けたダメージが凄まじい速さで回復する

・鬼舞辻無惨をあと一歩の所まで追い詰めた始まりの呼吸の剣士達全員に常に痣を発現していた。

・発現した者は二十五歳を迎える前に全員寿命を迎えた。

 

 

大雑把にまとめるとこのような感じだ。

 

 

「・・・さて、もうひとつ。」

 

 

「・・・?」

 

 

「一人、痣を発現したら、呼応するかのように周りの人間にも痣が発現するんだ。」

 

 

「そんな・・・ということは義勇やカナエにも。」

 

 

「可能性は高いね。」

 

 

「・・・御館様、これは俺の推測なんですが・・・」

 

 

「なんだい?言ってごらん。」

 

 

「・・・まず痣の発現条件についてです。あの時、俺の心拍数は二百を超えていました。それによって体温も上昇し、おそらく三十九度を超えていたはずです。」

 

 

「・・・なるほど、心拍数二百に体温三十九度以上。これが条件とみて間違いなさそうだ。」

 

 

「心拍数の増加に伴い、死ぬまでに打つ心拍数を早い段階で消費してしまう。これが寿命が縮まる原因かと。」

 

 

「うん、そうだね。私もそう思うよ。」

 

 

「そして・・・俺は痣の発現中、意識的に心拍数を下げることに成功しました。」

 

 

 

思い出される戦いの記憶。

心臓の鼓動がうるさく、それを何とかするため呼吸で止血をする応用で心拍数を抑えたのだ。

 

 

「意識的に心拍数を・・・?」

 

 

「はい。これにより過剰に心拍を打つことはなく、寿命にはそう影響がないのでは・・・と。」

 

 

「なるほど・・・可能性は十分に、というより寿命が縮まる原因をさっき言ったものと仮定するのなら、確実にそうだと思う。」

 

 

「それともう一つ、俺の知り合いに腕利きの医師がいます。その人に心拍数を抑える薬を作れないか掛け合ってみます。」

 

 

「薬でそれが出来たらかなり大きいね。よろしく頼むよ。」

 

 

「御意。」

 

 

「痣に関してはこんなものかな。もう一つ、身体が透けて見える現象についてだけど・・・」

 

 

「何か分かりましたか?」

 

 

「ごめんね、それに関する書物は見つからなかったよ。」

 

 

「そうですか・・・」

 

 

「これは啓の話を聞いての推測なんだけれど、おそらく啓が極限まで集中して心拍数を落とした時に見えた、ということやはり意識が関係しているのではないか、と思うね。」

 

 

「同意です。」

 

 

「なんにせよ確実性には欠けるからね、これからも何か分かったら意見共有をしていこう。」

 

 

「御意。」

 

 

 


 

 

上弦の壱と交戦してから一週間ほど。

鬼狩りとなり一年ほどの杏寿郎と合同の任務に出掛けている。

炎柱が空席となったいま、杏寿郎が新たな炎柱候補として見られている。

それを見極めるため柱である俺と合同で任務にあたっているというわけだ。

 

 

「杏寿郎・・・槇寿郎さんのことだが。」

 

 

「謝罪は不要だぞ!!父上からも直接そう言われたのだろう?」

 

 

「・・・まあな。」

 

 

「ならばそれでいいではないか!俺は父上が生きているだけで十分だ!」

 

 

「そうか、ならいい。」

 

 

「それにしても今回の鬼・・・本当に十二鬼月なのだろうか?」

 

 

「分からん・・・仮にそうだしても俺がいる。安心しろ。」

 

 

「うむ!頼もしい限りだ!だがなるべく自分で頑張るとしよう!」

 

 

「その意気だ。」

 

 

しばらく歩くと、人ではない存在を確認する。

あれが今回の指令にあった鬼だろう。

 

 

「鬼狩りか!!」

 

 

「標的発見、だな。」

 

 

「うむ!悪鬼滅殺だ!!」

 

 

杏寿郎が構える。

さて、お手並み拝見といこう。

 

構えて直ぐに鬼へと駆け出す。

想像以上の速さだ。

 

「せいッ!!」

 

 

「ぎャッ!!!」

 

 

素早く鬼の腕を斬り落とす。

そのまま畳み掛ける杏寿郎。

 

 

【炎の呼吸 壱の型 不知火】

 

 

杏寿郎が横薙ぎに斬り払う。

が、それは鬼の首を撥ねるに至らず、目のあたりを斬り裂くに留まった。

 

 

「がァ・・・いてェ・・・!」

 

 

視界を失った鬼。

トドメをさすために再び杏寿郎が踏み込む。

 

 

「ふんッッッ!!!」

 

 

放たれた剛剣が鬼の首を胴体と強制的に別れさせる。

刀に付着した血を振り払い刀を納める。

 

 

「口ほどにも無かったな!!」

 

 

苦戦することなく勝利した杏寿郎が満足気にこちらに歩み寄ってくる。

その背後に・・・

 

 

「ガアアアアア!!!」

 

 

新たな鬼が飛びついてくる。

杏寿郎は突然のことに反応が遅れる。

 

間に合わないと判断した俺は素早く鬼と杏寿郎の間に割って入り、一瞬で鬼の首を撥ねる。

 

 

【龍の呼吸 壱の型 龍閃】

 

 

"不知火"と同じように横薙ぎに一閃する。

その様子を見た杏寿郎が感嘆の声を上げる。

 

 

「よもや!もう一体いたとは!流石見事な剣筋だ!」

 

 

「杏寿郎・・・最後まで油断はするな。何体鬼がいるか正確なことは誰も分からないんだ。」

 

 

「うむ!精進しよう!!」

 

 

とはいえ、杏寿郎は既に刀に手をかけていた。

おそらくギリギリではあるが回避し、一瞬で首を落としていただろう。

 

聞く話によると引退した槇寿郎さんが杏寿郎の指導をしているようだ。

これならば近日中に柱になってもおかしくはないだろう。

 

 

「まあいい・・・さ、帰るぞ。」

 

 

「うむ!」

 

 

近い将来が楽しみだな・・・

槇寿郎さんを守りきれなかった分、杏寿郎を見守ることで精算出来ればいいな、と心のうちで願う。

最も、本人達からすれば大きなお世話だろうが・・・

 

 

 

 




主に痣について御館様と情報を共有する回でした。
後一、二話ほど挟んでから原作に沿ってまた時間を進めていこうと思います。


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第参拾参話 華に紛れ

「先いくよーみんなー!」

 

 

「そんなにはしゃがないで真菰!!」

 

 

「あらあら、二人とも仲良しねえ。」

 

 

「・・・ああ。」

 

 

今回は俺、カナエ、しのぶ、真菰の四人で任務にあたっている。

ここ最近、この山奥の村で若い女性の被害が続出しているらしい。

それで今回は家族旅行という体を装ってここに来ている。

無論、俺とカナエが親でしのぶと真菰が子供という設定だ。

親というには俺ら二人は若すぎる気もするがそこは生命の神秘ということでなんとかするしかあるまい。

 

 

「さて、あそこが今回の任務にあった村ね。」

 

 

「わあ、山奥ーって感じだね。」

 

 

「どんな感じよ・・・?」

 

 

「こんな感じなんだろう・・・」

 

 

この村は観光所としても有名らしい。

なんでも良い温泉が湧いているから宿が盛んだとかなんとか。

俺たちも宿に泊まるらしい。

 

 

「さて、まずは各自情報収集かしら?」

 

 

「待った、観光できた人間達が一人一人で村で起きた事件を聞き込むというのはなかなか不自然じゃないか?」

 

 

「確かに・・・」

 

 

「一理あるね。」

 

 

「ならこちらから話を振るのではなく受け身の形で聞き出すのが一番かと思う。」

 

 

「そうねえ、それでいきましょうか。」

 

 

泊まる予定の宿に到着する。

すると、女将さんらしき方が出迎えてくれる。

 

 

「いらっしゃいませ、お泊まりでしょうか?」

 

 

「はい、四名です。」

 

 

「四名様ですね、随分若いご両親ですねえ。」

 

 

「ええ、まあ・・・鍛えてますから。」

 

 

「左様ですか・・・ではお部屋にご案内します、どうぞこちらへ。」

 

 

(えっそれで通るの?)

 

 

女性陣が疑問に満ちた目でこちらを見てくる。

結果良ければ全て良しだろう、うん。

 

部屋に案内される。

かなり綺麗で広い部屋だ。

 

 

「わあすごい!」

 

 

「本当に・・・」

 

 

「いい場所ねえ・・・」

 

 

思っていたよりもいい所だ。

温泉や夕食にも期待な・・・

 

 

「さて、ここからどうしたものか・・・」

 

 

「温泉!!!」

 

 

「まあ・・・いいんじゃないでしょうか。」

 

 

「そうねえ、私も早く温泉入りたいわ。」

 

 

女性陣は全員温泉希望のようだ。

まあ、俺も興味あるしいいだろう。

 

 

「では、また後ほどだな。」

 

 

「えー?混浴もあるらしいよ?」

 

 

「混・・・ッ!?」

 

 

「あらあら、みんなで仲良く入っちゃう?」

 

 

「色々駄目だろう・・・それは。」

 

 

「その通りよ!ふしだらだわ!」

 

 

「私は構わないのになー?」

 

 

「私もよ?」

 

 

「却下、ではな。」

 

 

危ないこと言い出す奴らだ本当に。

 

 


 

 

「おお・・・」

 

 

思わず声を漏らす。

かなり広い温泉だ。

宿の温泉に入るのは人生で初めてだな。

秘湯になら父上と二人で行ったものだが。

 

身体を洗い、早速湯船に浸かる。

 

 

「あぁ〜・・・」

 

 

思わず情けない声が溢れる。

激務続きの身体に染み渡る・・・

 

 

「兄ちゃん、見ない顔だな。旅行かい?」

 

 

「ええ、まあ。」

 

 

そこに居合わせた初老の男性が話しかけてくる。

 

 

「そうかそうか・・・随分若いな。」

 

 

「これでも二人の父親でして・・・」

 

 

「・・・嘘だろ?」

 

 

「マジです。」

 

 

「なんてこった・・・娘さんか?」

 

 

「ええ。」

 

 

「そうか、なら気をつけることだ。」

 

 

「なぜです?」

 

 

「俺はこの村に住んでるもんなんだがな・・・どうにも最近若い女が行方不明になる事案が続出してんだ。警察に捜索も頼んだんだが、こんな田舎だ。到着まで時間がかかるみたいでな・・・」

 

 

若い女性が行方不明・・・

やはり鬼の仕業と見て間違いないだろう。

 

 

「そうですか・・・その時の状況など分かりますか?」

 

 

「確か・・・夜寝ている時だったか。朝に家の者が気づいた時には・・・ってわけだ。」

 

 

「なるほど・・・ありがとうございます。」

 

 

「良いってことよ。俺はそろそろ上がるとする。この湯を是非堪能してってくれや。」

 

 

男性が温泉から上がる。

思わぬ所で情報を得られたな。

 

十分くらい浸かっていると、柵の向こうから声がする。

 

 

「わあすごい!広いよ!」

 

 

「真菰!はしゃぐと危ないわよ!」

 

 

「あらあら、期待以上ねえ。」

 

 

三人が入ってきたようだ。

柵を挟んでとは・・・覗きとか起こらないのだろうか。

 

 

「しのぶちゃん、以外とあるんだね?」

 

 

「ちょっ、やめ!」

 

 

「あらあら・・・」

 

 

これは聞いていてはいけない気がする。

俺も上がろう、そうしよう。

 

 


 

 

部屋に置いてあった浴衣に着替え、一息つく。

うん、この茶菓子美味いな。

茶の渋みによく合う甘さだ・・・

 

そんなこんなで時間を潰していると、女性陣が戻ってくる。

 

 

「あら、啓君もう戻ってたのね。」

 

 

「ああ・・・」

 

 

本当はもっと入っていたかったがお前らのせいで・・・などとは口が裂けても言えないだろう。

 

 

「先程温泉で一緒になった男性から鬼によるものと思われる話を聞いた。」

 

 

「啓は仕事が早いなあ・・・」

 

 

情報を共有する。

 

 

「寝てる間に女性を・・・卑劣な。」

 

 

「となるとお前ら三人が狙われる可能性が十二分にある。しっかり注意しよう。」

 

 

「そうだね・・・ところで・・・」

 

 

「どうした?」

 

 

「ご飯はまだかな??」

 

 

「・・・そろそろ来るだろう、多分、きっと、おそらく。」

 

 

そんな話をしていると、女将さんが入ってくる。

 

 

「失礼します・・・お夕飯の支度が出来ました。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

運ばれてくる夕食は随分豪華なものだった。

牛鍋に炊き込みご飯、天ぷらなどよりどりみどりだ・・・

 

 

「これは・・・」

 

 

「美味しそう・・・!」

 

 

「本当に・・・」

 

 

「早速いただきましょうか。」

 

 

「ああ、そうだな。」

 

 


 

 

夕飯を終え、雑談に花を咲かせる女性陣。

唯一の男性である啓は夜風に当たろうと外に出ていた。

 

 

「ねえねえしのぶちゃん。」

 

 

「何?」

 

 

「しのぶちゃんてさ、好きな人いるの?」

 

 

「好ッッ!?」

 

 

「あらあら、唐突にぶち込むわね真菰ちゃん。」

 

 

「だって気になるんだもーん。」

 

 

「い、いないわよそんな人・・・!」

 

 

「ほんとにー?じゃあさ、どんな人が好みなの?」

 

 

「好み・・・うーん。」

 

 

「私は男らしい人がいいなー。」

 

 

「錆兎君みたいな感じかしら?」

 

 

「あー、近いかも。カナエちゃんは?」

 

 

「そうねえ・・・私は辛い時でもそっと傍にいてくれる殿方かしら。」

 

 

「ふむふむ・・・で、しのぶちゃんはどうなの??」

 

 

「姉さんも聞きたいなあ。」

 

 

「私は・・・その・・・」

 

 

「その?その?」

 

 

「・・・強くて、頼りがいがあって、何より優しい人がいい・・・」

 

 

「なるほど・・・じゃあ啓みたいな感じだ。」

 

 

「啓さんは・・・そんな、その・・・」

 

 

そう言うしのぶの顔は紅潮していた。

それを見て真菰は何かを感じ取る。

 

 

「カナエちゃん、もしかしてこれは・・・」

 

 

「そうなのよ、しのぶは啓君のことが好きなのよ。」

 

 

「ちょっ、姉さん!?」

 

 

「あー、やっぱりねえ・・・」

 

 

「勝手に人の秘密を暴露しないで頂戴!!」

 

 

「でも、否定はしないのね?」

 

 

「あっ。」

 

 

「恐るべし、花柱。」

 

 

色恋話に盛り上がっているところに啓が帰ってくる。

 

 

「ただいま・・・何してたんだ?」

 

 

「なんでもないです!!」

 

 

「・・・しのぶ、何を不機嫌なんだ?」

 

 

「啓さんには関係ないです!ほっといてください!」

 

 

「ええ・・・」

 

 

「しのぶちゃんは可愛いねえ・・・」

 

 

「でしょう?」

 

 

「もう!!」

 

 


 

 

雑談から少し時間が経ち、私と姉さん、真菰で寝ている。

啓さんは女性ばかりの部屋で一緒に寝る訳にはいかない、とどこかへ行ってしまった。

 

全く、姉さんは人の気もしらずに・・・

どう仕返ししてやろうか、と考えていたら眠れなくなってしまい、布団の中で寝転がりながら起きている状態だ。

 

 

しばらくそうしていると、突如なんの前触れもなく目と口が塞がれる。

 

 

「んッ!?」

 

 

一体何が!?

目は布のようなもので塞がれ、口はゴツゴツした何かで塞がれている。

 

 

「ヒヒ・・・今日の女も上等だな・・・」

 

 

囁くように声がする。

もしかして鬼・・・?

まずい、このままでは・・・!

 

精一杯抵抗するが鬼の拘束を振り解けない。

声を出そうとしても口が塞がれていて上手く声をあげられない。

 

姉さん、真菰・・・!

 

 

「今回もたっぷりと楽しんでから喰ってやるからな・・・ヒヒヒヒ・・・」

 

 

嫌だ。

やめて、触らないで。

気色悪い、怖い。

 

必死に抵抗しても全然拘束を抜けられない。

このままじゃ本当に攫われてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【龍の呼吸 壱の型 龍閃】

 

 

 

突如、声がする。

聞きなれた声だ。

待っていた声で、とても安心するのを感じる。

 

その声がしたと思った瞬間、鬼の腕から解放され、別の何かに抱かれる。

 

 

「しのぶ、無事か?」

 

 

ああ、やっぱり助けに来てくれた。

あなたなら来てくれるって、何故か分かっていた。

 

目隠しを外してもらい、開放された視界。

そこには私が想いを寄せる、先程の声の主がいた。

 

 

「啓さん・・・怖かった・・・」

 

 

「すまない、直ぐに助けることが出来なかった。」

 

 

「いいんです、今、こうして助けてくれましたから・・・」

 

 

啓さんの腕に抱かれながら胸に顔を埋める。

心の底から安堵する。

 

 

「畜生、鬼狩りがいるなんて・・・!」

 

 

鬼が恨み言を残しながら消滅していく。

 

 

「さて、部屋に戻ろう。」

 

 

「はい・・・あの、啓さん。」

 

 

「なんだ?」

 

 

「ありがとうございます、助けてくれて。」

 

 

「いい、気にするな。俺はこれ以上にしのぶに恩があるからな。」

 

 

「・・・私だって、あなたには返しきれない程のものを貰っていますよ。」

 

 

聞こえないように小さく呟く。

思い出すあの日の記憶。

暗く落ち込んでいた私を明るい世界に再び引き上げてくれたあの言葉。

そこからだ、この人に想いを寄せるようになったのは。

 

 

「何か言ったか?」

 

 

「いいえ、なんでもないです。このことは姉さんと真菰には伏せておきましょう。余計な心配をかけたくないですから。」

 

 

「そうだな。俺が見回り中に一人でやったということにしておこう。」

 

 

「啓さん・・・あの・・・」

 

 

「どうした?まだ何かあるか?」

 

 

「手、繋いでもいいですか?まだちょっと・・・」

 

 

「・・・分かった、ほら。」

 

 

大きくて暖かい手だ。

この手で多くの人を救ってきたのだろう。

願わくば、この手を独占したい。

この啓さんの隣に、ずっといたい。

けれども啓さんを独り占めしてしまったら、この人が救うであろう多くの人に手を差し伸べることが出来なくなってしまう。

 

この想いは、胸に秘めたままでいい。

だから、今この瞬間だけはせめて・・・

 

 


 

 

「さて、帰るとしよう。」

 

 

夜が明け、予定通り鬼を斬ったため帰路につく。

 

 

「そうね。それにしても夜のうちに一人で鬼を倒しちゃうなんて、流石啓君だわ。」

 

 

「本当にねー。今回私たち何もしてないね。」

 

 

「なに、気に病むことは無い。」

 

 

カナエと真菰が賞賛の声を向けてくる。

事情を知っているしのぶは口を開かない。

 

・・・しのぶを見ていると、鬼を斬ったあと抱きしめていたあの温もりを思い出す。

何故だろうか・・・こんな気分は初めてだ。

 

守ってやりたい、そんな気分に陥る。

 

 

・・・俺は、多くの人を守らなければならない。一人を特別扱いすることなど、あってはならない。

だが、なんだ?この気分は・・・

 

気にしていても仕方ない。

心が乱れるのは未熟者の証だ。

まだまだ励まなければ、ということだな。

 

 




しのぶと真菰の絡みを書きたいなーと思っていたらいつの間にか恋愛描写書いてました。
難しいですね・・・


おそらく次もオリジナルストーリーになるかと思います。


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第参拾肆話 荒風

もう一話挟もうかとも思いましたが今回からまた原作に沿って行こうと思います



一九一一年 十一月

 

突如、弥生が手紙を持ってやってくる。

そこに書かれていた内容はこうだ。

①階級【甲】粂野匡近、不死川実弥が下弦の壱を討伐

②粂野匡近が殉職。不死川実弥は蝶屋敷にて療養中。

③今回の討伐を受けて不死川実弥を【風柱】へ昇任。

④近々、柱合会議を行う。

 

 

負傷した実弥の見舞いに蝶屋敷にやってきたところだ。

 

 

「お邪魔する。」

 

 

「あら、啓君。いらっしゃい。」

 

 

「突然すまないなカナエ、忙しかったか?」

 

 

「一段落着いたところよ。どうしたの?」

 

 

「ここに実弥が運び込まれたと聞いてな。たまの休暇だったし見舞いに来た。」

 

 

「そう、不死川君の・・・」

 

 

カナエが少し暗い表情を見せる。

 

 

「どうかしたか?」

 

 

「・・・不死川君、今すごく落ち込んでるの。なんでも一緒に任務にあたった兄弟子が亡くなったらしくて・・・」

 

 

「そうか・・・なら尚更様子を確認しておきたい。いいか?」

 

 

「ええ。こっちよ。」

 

 

蝶屋敷にあがり、カナエに実弥の元へと案内してもらう。

扉を開け部屋に入ると、実弥がベッドの上で上体を起こしていた。

その顔は暗い、なんてものではなかった。

 

 

「・・・実弥。」

 

 

「おォ・・・啓か・・・悪ィな、こんな風体で・・・」

 

 

「いい。・・・兄弟子の事は残念だった。」

 

 

「・・・ッ。」

 

 

「その・・・なんだ。胸中を吐露する相手くらいにはなるぞ。」

 

 

「・・・俺はよォ、匡近と出会って鬼殺隊を志すようになったんだ。」

 

 

語り始める実弥。

 

 

「あいつには沢山良くしてもらった・・・沢山の物を貰った・・・まだ、なんにも返せてねェのによォ・・・」

 

 

実弥は遠い目で虚空を見つめる。

深い哀しみと僅かな怒りを滲ませて。

 

 

「・・・なんで、なんでアイツが死ななきゃならなかったんだ・・・教えてくれよォ・・・畜生ォ・・・!!」

 

 

涙を流し、震えながら声を絞り出す。

一瞬、どう声を掛けるべきか迷う。

 

 

「・・・実弥。力が無い者はな、失いながら生きていくしか術がないんだ。」

 

 

「・・・」

 

 

「大切なものを失いたくないなら、守りたいなら。強くなるしかないんだ。」

 

 

「・・・俺が、弱いと、そう言いてェのか?」

 

 

「ああ。お前はまだまだ弱い。守りたいものを守れないほどにな。」

 

 

「・・・ッ。」

 

 

顔に悔しさを滲ませ、拳を握りしめる実弥。

本当は怒りで反論したいだろう、こっちに掴みかかりたいだろう。

だが、それをしない。

それは傷がまだ塞がっていないからといった理由ではない。

実弥もまた、自分自身で力不足を痛感しているのだ。

 

 

「強くなれ、【風柱】不死川実弥。今よりもっとだ。」

 

 

「・・・俺には、もう・・・」

 

 

「今一度確認しろ。お前にはまだその手に残っているものが、守りたいものがあるはずだろう?」

 

 

ハッ、とした表情をうかべる。

 

 

「・・・玄弥。」

 

 

実弥の口から度々聞いていた弟の名前だ。

離れ離れになった弟を実弥は想い続けているのだ。

 

 

「・・・見つけたようだな。」

 

 

「あァ・・・俺にはまだ守らねえといけないものがある。」

 

 

「なら、すべきことは一つだな。」

 

 

「おう・・・俺はもっと強くなる。守りてェもんを守るためになァ。」

 

 

実弥の瞳に光が宿る。

もう、大丈夫だろう。

 

 

「啓、もう一ついいかァ?」

 

 

「ああ。」

 

 

「御館様についてだ。」

 

 

「御館様・・・?」

 

 

「あァ。御館様はよォ・・・命を賭して闘う俺らの頭領に相応しい人間なのかァ?」

 

 

「そういうことか・・・」

 

 

実弥の疑問は最もなものだろう。

御館様をよく知っている人物で無ければ尚更だ。

 

 

「あの方は、俺達とは別の場所で戦っていらっしゃる。」

 

 

「別の場所ォ・・・?」

 

 

「そうだ。確かに御館様は前線に立ち、刀を振るわれることは無い。だがな、それは鬼舞辻の呪いによってお身体を蝕まれているからなんだ。」

 

 

「そんなことが・・・」

 

 

「だがな、御館様はそれで何もしていないという訳ではないんだ。あの方は当主になられてから亡くなった隊員の名前、生い立ちを全て記憶してらっしゃるんだ。」

 

 

「・・・!」

 

 

「それだけじゃない。亡くなった隊員の墓参りは毎日欠かさず、存命の隊員の心に寄り添ってくれる。俺もそうしてもらった身の人間だ。俺の悲しみをあの方は自分の事のように共有して下さった。そんな方なんだ、御館様は。」

 

 

「・・・信じて、いいんだなァ?」

 

 

「ああ。」

 

 

「啓が言うなら間違いねェだろ。信じるぜ、俺はァ。」

 

 

「・・・そうか。」

 

 

納得してくれたようで何よりだ。

話を終え、実弥が横になる。

 

 

「悪ィ。なんか眠くなってきちまった。」

 

 

「構わない。しっかり休んで傷を治せ。また次の柱合会議でな。」

 

 

「おォ、またなァ。」

 

 

実弥の病室を後にする。

外にはカナエが待機していた。

 

 

「啓君、ありがとうね。」

 

 

「?何が。」

 

 

「不死川君の話を聞いてくれて。すごい抱え込んでいるようだったけど絶対私には話してくれなかったから・・・」

 

 

「そういうことか・・・気にする事はない。」

 

 

「もう帰るのかしら?」

 

 

「用事は済んだからな。」

 

 

「そう、じゃあまた柱合会議でね。」

 

 

「ああ、また。」

 

 


 

 

一週間後

 

 

実弥が回復したタイミングで柱合会議が催される。

例のごとく定例会のようなものだが、今回は実弥との顔合わせも兼ねたものだろう。

 

 

「最後に・・・実弥、これを。」

 

 

「・・・?これは?」

 

 

「匡近の遺書だよ。これは君に渡すべきだと思ってね。」

 

 

「匡近の・・・!?」

 

 

実弥が御館様からそれを受け取り、その場で封を切る。

それを読み終えると同時に涙を流す実弥。

 

 

「匡近ァ・・・!」

 

 

「実弥、辛かっただろう?けどね、君に想いを託していった人がいることは忘れないでね。道を共にする仲間がいることも。当然、私もそのうちの一人だからね。」

 

 

「お心遣い、痛み入りまする・・・!」

 

 

震える声で礼を述べる実弥。

 

 

 

 

柱合会議を終え、それぞれがそれぞれの持ち場に戻る。

去り際、実弥が話しかけてくる。

 

 

「啓、俺は必ず強くなるからなァ。」

 

 

「そうか、いい心がけだ。」

 

 

「・・・いつの日か、お前と肩を並べてみせるからよォ。そんときまで首洗って待っとけやァ。」

 

 

「・・・楽しみにしているぞ。」

 

 

「おォ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実弥が風柱に昇任しました。
どんどん柱が原作の面々に近づいていきます。

次回もまた原作に沿った内容となります。
お楽しみに。


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第参拾伍話 霞のような少年

木村長門守重成さん誤字報告ありがとうございます!


柱合会議から一週間後。

御館様から突然手紙が届いた。

何でも、会ってみてほしい人間がいるとのこと。

御館様の願いとあらば無下にする訳には行かないだろう。

本日は休暇だったため、昼間に野暮用を済ませ、日が沈んだ頃に産屋敷邸へとやってきた。

 

 

部屋に通されると、御館様と少年がそこにいた。

 

 

「やあ啓、よく来てくれたね。」

 

 

「いえ・・・その少年は?」

 

 

「彼は時透無一郎。・・・始まりの呼吸の使い手の子孫だよ。」

 

 

「始まりの呼吸の・・・?」

 

 

「どうも。」

 

 

無一郎は軽く会釈を返してくれる。

その瞳は霞がかかっているようだった。

 

 

「無一郎はね、今記憶を無くしているんだ。少しでも刺激になれば、と思って啓を呼んだんだ。」

 

 

「なるほど・・・何か力になれるかは分かりませんが、出来る限りのことは。」

 

 

と言っても俺は記憶喪失を治すような腕を持つ医者ではない。

できるとすれば話し相手になることくらいだろうか。

 

 

「・・・無一郎は、記憶を取り戻したいとは思うのか?」

 

 

「記憶を・・・?」

 

 

「そうだ。今までお前が生きてきたことの記憶だ。」

 

 

「・・・正直どうでもいい。僕には才能があるらしいから。この才能で鬼を斬ることが出来れば。」

 

 

「・・・」

 

 

「・・・それに僕、すぐ忘れちゃうんだ。思い出そうと思っても、すぐ頭に霞がかかったようになって思い出せないんだ。」

 

 

無一郎が語る。

霞がかってると表した瞳が一瞬、儚げに、そして朧げに揺らいだように見えた。

 

 

「だから、どっちでもいいんだ。」

 

 

「・・・そうか。」

 

 

正直、どう声をかけるべきか分からない。

先程も言ったが俺は医者でもなんでもない。

ただ刀を振るうしか脳の無い一人の鬼狩りだ。

それでも、自分より若いこの少年の力になりたい、そう思えた。

 

 

「無一郎、記憶というものはな、お前が思っている以上に大切なものなんだ。」

 

 

「・・・?」

 

 

「人には必ず大切なものがある。今お前が忘れてしまっていても、必ずお前にもあるはずなんだ。」

 

 

「大切なもの・・・」

 

 

「そして人は、時にその大切なものを失ってしまうかもしれない。それはとても辛いし悲しいことだ。だがな、人はその大切なものを守るために無限に強くなれるんだ。」

 

 

「・・・無限に?」

 

 

「そうだ。お前は鬼狩りになるんだろう?今のままでもお前なら相当な強さを得ることが出来るだろう。しかし、いつか限界にぶち当たるかもしれない。そういう時に、大切なものがあるとその壁を乗り越えられるんだ。」

 

 

「大切なもの・・・僕に、あるのかな?あったのかな?」

 

 

「きっとあったさ。無かったとしても、これから見つければいいんだ。」

 

 

「そっか・・・ねえ、啓さん。」

 

 

「なんだ?」

 

 

「僕の記憶、戻るかな?」

 

 

無一郎が初めて疑問を投げかけてくる。

どこか期待しているような、そんな感じだ。

 

 

「心配いらない。お前が失った記憶は必ず戻るさ。」

 

 

「・・・!」

 

 

無一郎が唐突に驚きの表情を浮かべる。

表情が変わるのを初めて見た。

 

 

「・・・今の言葉、御館様と一緒だ。」

 

 

「御館様と?」

 

 

「うん。でも、そこじゃない。今御館様が前に僕に言ってくれた事を、思い出せたんだ。」

 

 

「そうか・・・なら、そのうち記憶も取り戻せるさ。」

 

 

「・・・うん、そうだね。」

 

 

無一郎の口がほころぶのが分かる。

 

 

「啓さん・・・これからもさ、僕と仲良くしてくれる?」

 

 

「ああ、勿論だ。記憶が戻るまでも、戻ってからもずっとな。」

 

 

「そっか・・・じゃあ、友達だね。」

 

 

「そうだな、友達だ。」

 

 

無一郎がはっきりと笑みを浮かべる。

それを見た御館様も笑う。

 

そんな時だった。

唐突に鴉が部屋に入ってくる。

 

 

 

 

 

 

「カァー!花柱 胡蝶カナエ!上弦ノ弐ト交戦!!救援要請!救援要請ィィ!!」

 

 

 

 

 

御館様と俺に大きな衝撃が走る。

無一郎は何が何だか分からないという表情だ。

 

 

「・・・御館様。」

 

 

「うん、お願いね。」

 

 

「御意・・・またな、無一郎。」

 

 

「あ・・・うん。またね。」

 

 

俺は産屋敷邸を飛び出た。

 

 

 


 

 

啓が出発してすぐ、無一郎は耀哉に尋ねる。

 

 

「御館様、啓はどこに行ったんですか?」

 

 

「啓はね、とても強い鬼から大切な仲間を守るために戦いに行ったんだよ。」

 

 

「大切・・・」

 

 

「啓は強いんだ。自分の大切な理念、大切な人達を守るためにずっと努力して、鬼殺隊で一番強くなったんだよ。」

 

 

「僕も、出来るかな?啓みたいに・・・」

 

 

「無一郎なら出来るよ。だから、今はゆっくりおやすみ。」

 

 

耀哉は自分の子を寝かしつけるように優しく語りかける。

事実、彼は全ての鬼殺隊員を自らの子のように思ってはいるが。

 

 

「さて、私もやるべきことをやらなくてはね。さらに援軍の派遣をしないと。・・・啓、頼んだよ。」

 

 

 

 


 

 

全速力で駆ける。

何故だ?何故俺の大切な人達は俺から遠い場所で失われようとするんだ?

俺はもう失いたくないんだ、その為に強くなったんだ。

まだ、まだ足りないというのならもっと強くなってみせる。

さっき自分で言っただろう、大切なもののため無限に強くなれると。

 

もう何も、奪われたくはないんだ。

 

 

「弥生!目的地はまだか!」

 

 

「あともう少しだ!急げ!」

 

 

全速力を超えて駆ける。

脚に痛みが走る。

関係ない。

急げ。

 

森を抜ける。

すると。視界に入るカナエと鬼。

向き合っているカナエの表情は必死そのもの。対して相対する鬼はまだまだ余力を残していそうだ。

一つ確かなことはカナエはまだ生きていること。

なら、十分だ。

 

しのぶ、お前の大切な姉は俺が守ってみせる。

 

 

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・神速】

 

 

 

絶対的な速さを誇る技で、カナエと鬼の間に割って入る。

両者何が起こったか分からないと言った表情だ。

 

 

「啓・・・君!?」

 

 

「んー?援軍かな?」

 

 

「待たせたな、カナエ。」

 

 

カナエの息はかなり荒い。

というよりどこかおかしい。

肺をやられているのか・・・?

 

 

「カナエ下がってろ。ここは俺が引き受ける。」

 

 

「駄目よ!相手は上弦の弐よ!?」

 

 

「お前、肺をやられているだろう?重症になったらしのぶにあわせる顔がない。だから下がっててくれ。」

 

 

「でも・・・!」

 

 

「心配するな。俺が強いのはよく知っているだろう?」

 

 

「・・・分かったわ。」

 

 

「ちょっとちょっと、俺を放置して話さないでほしいな?」

 

 

「お前のことなど知るか。」

 

 

「冷たいなあ・・・んん?君は・・・」

 

 

鬼がこちらをじっと見つめる。

 

 

「やっぱり!君、黒死牟殿が言っていた鬼狩りだろう?」

 

 

「黒死牟・・・上弦の壱か。」

 

 

やはり鬼の間で情報共有はされているようだ。

 

 

「あの黒死牟殿が認めた鬼狩り・・・いやあどれほどのものか楽しみだ。」

 

 

「そうか・・・では、楽しむ前にお前の首を落とすとしよう。」

 

 

「つれないなあ・・・さて、俺が君のことを一方的に知っているのも不平等だよね。」

 

 

鬼が手に持つ扇を口元に当てる。

その様子はまさに「妖艶」といった様だ。

 

 

「俺の名前は童磨(どうま)、上弦の弐だ。よろしくね、啓君?」

 

 

 




時透くんとの出会い、そしてカナエを救うべく童磨との戦いに挑みます。
柱になる前は下弦ラッシュでしたが柱になってからは上弦ラッシュな啓。
きっとなんとかなるでしょう、おそらく。


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第参拾陸話 嗤う鬼と猛る龍

メイン弓さん誤字報告ありがとうございます!


「さあ、行くよ?」

 

 

【血鬼術 粉凍り】

 

 

扇を振るい、凍らせた血を霧状にしたものを飛ばす童磨。

 

 

【炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり】

 

 

前方を渦巻く炎のように薙ぎ払い、迫り来るそれを無力化する啓。

 

 

「わあ、剣術で振り払うなんて器用だねえ!」

 

 

「・・・その氷だな?カナエの肺にダメージを与えたのは。」

 

 

「さあ?自分で吸って試してみては如何かな?」

 

 

返答は言葉ではなく斬撃により返された。

素早い踏み込みから右斜めに斬り上げる。

が、その答えは童磨に届かない。

後ろに半歩下がり回避する。

 

 

(早いな、やはり上弦の鬼か。)

 

 

(うーむ、思っていたよりも早い。これは黒死牟殿の評価も納得だ。)

 

 

二人はそのまま互いに技をぶつけ合う。

 

 

【飛天御剣流 龍巣閃】

 

 

【血鬼術 枯園垂り(かれそのしづり)

 

 

己が巣に入り込んだ外敵を斬りさかんとする龍の如く刀を振るう啓。

対して、万物を凍てつかせる冷気を纏い扇を振るう童磨。

その一撃一撃が重くぶつかり合う。

 

その拮抗を啓が崩す。

 

 

 

【花の呼吸 弐ノ型 徒の芍薬(あだのしゃくやく)

 

 

以前カナエと任務を共にした際、見て盗んだ花の呼吸による攻撃。

放たれる九連撃の内一撃が童磨の頬を掠める。

 

 

「本当に色んな呼吸を使うんだねえ。さっきの女の子に引けを取らない精度だったよ。」

 

 

「カナエには遠く及ばん。」

 

 

その光景を離れたところで見守るカナエは絶句する。

 

 

(凄い。一度しか見せていない筈なのにあんな完璧に・・・!)

 

 

「さあさ、今度はこちらから行くよ?」

 

 

【血鬼術 蓮葉氷(はすはごおり)

 

 

扇を振るい蓮の花を模した氷を創り出す。

その蓮の花はかなりの冷気を纏っている。

 

 

(凄まじい冷気、触れただけで凍りつきそうだ。)

 

 

【血鬼術 蔓蓮華(つるれんげ)

 

 

精製した蓮の花から氷の蔓を伸ばす。

それに触れてはまずい、と察知した啓がすぐさま駆け回る。

 

 

「待て待てー!」

 

 

犬を追いかける幼い子供のように啓を蔓で追尾する童磨。

数が多い上にかなり速いため、啓はかなり必死である。

 

迫る蔓を避けつつも童磨へと迫る啓。

冷気を吸わないように呼吸をし、仕掛ける。

 

 

【龍の呼吸 拾ノ型 画龍点睛(がりょうてんせい)

 

 

童磨が間合いに入る前に納刀し、身をひねる。

そしてすれ違いざまに身をひねった勢いで回転、同時に抜刀術を仕掛ける。

元々高い威力を誇る啓の抜刀術に回転の勢いを乗せた技である。

 

童磨は扇を重ねてそれを受け止める。

前の扇に刀が触れた瞬間、その扇は砕け散る。

後ろの扇は特にヒビ入るなどもなく刀を受け止める。

 

「うっそー?この扇高いんだよ?」

 

 

(首を守られた!が、あの扇を片方とはいえ破壊できたのは大きい!)

 

 

「しょうがないから血鬼術で代用品作ろっか。」

 

 

軽い様子で童磨が氷の扇を創り出す。

 

 

「もー、これ冷たいんだよ?」

 

 

(巫山戯やがって。)

 

 

啓は心の中で舌打ちする。

その直後、仕返しと言わんばかりに童磨が技を繰り出す。

 

 

【血鬼術 散り蓮華(ちりれんげ)

 

 

扇を振るうと共に細かく砕けた氷を放つ。

威力こそそこまでだが、かなり広範囲を攻撃してくる。

回避しようとする啓だが、すぐさま難しいと判断し防御の姿勢に入る。

 

 

【岩の呼吸 参ノ型 岩軀の膚】

 

 

自身の周囲で刀を振り回し、氷を砕く。

一つのうち漏らしもなく、完璧に防御しきる。

 

が、そこにさらに童磨が追い打ちをかける。

 

 

 

【血鬼術 冬ざれ氷柱(ふゆざれつらら)

 

 

啓の真上に大きな氷柱を生み出す。

生み出された氷柱は重力に従い下へと降り注ぐ。

が、啓にそれが当たることは無かった。

 

 

「わあ、よく避けたね。」

 

 

(かなりギリギリだ・・・このまま消耗戦に持ち込まれると分が悪いな。)

 

 

(この柱、本当に強いな・・・色々な技が使えるようだししっかりと出し切らせてから殺したいな。)

 

 

早急に仕留めたい啓と長引かせたい童磨。

対照的な胸の内の二人の闘いは膠着状態に陥る。

 


 

 

もう何時間戦っているか分からない。

奴はどうやら俺との戦いを長引かせようとしているようだ。

こっちは人間であっちは鬼。

長期戦は確実にあちらに分がある。

元に俺はかなり消耗しているが、あっちはまだまだ余力がありそうだ。

 

 

「うーん、もうちょっと遊んでいたいんだけどね。そろそろ刻限が近いんだよねえ。」

 

 

刻限・・・?

何のことかと思うが、答えはすぐに見つかる。

夜明けだ。

戦い始めてから今に至るまで、どれほど経ったのかは分からなかった。

が、どうやら夜明けが近くなる程度にはやり合っていたらしい。

体力こそ消耗しているが、ダメージはほぼ負っていない。

俺に採れる選択肢は二つ。

一つ、早急に童磨の首を落とす。

二つ、日が昇るまで戦い続ける。

 

どちらもかなり厳しいことに変わりはないが、やるしかない。

 

 

「まだまだ君の技を見たいんだけれど、俺も死にたくはないからさ?だから・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう終わりにしようか。」

 

 

 

 

 

【血鬼術 結晶ノ御子(けっしょうのみこ)

 

 

 

童磨が纏う雰囲気が変わる。

どうやらやる気になってしまったようだ。

上弦の壱と対峙した時と同じような感覚に見舞われる。

 

 

「これは俺と同じ強さを持つ人形でね?」

 

 

今なんて言った?

童磨本体と同じ強さと言ったのか?

 

 

「俺が全力でやっても何だかんだいい勝負になりそうだし、なんなら負けかねないからさ、物量で攻めることにするよ。」

 

 

と、口にしつつさらに人形を増やす。

計二体の人形を作り出す。

 

首領を除き、上から二番目の実力の鬼が三体いるようなものだ。

軽く絶望を覚える。

 

 

「ほら、君も全力で来ないと死んでしまうよ?」

 

 

「・・・仕方ないか。」

 

 

使うつもりはなかったが、この際そうも言ってはいられない。

やらねばやられるのだ。

なら、やるしかあるまい。

 

本来の全集中の呼吸以上に身体の中に酸素を取り込む。

驚いた心臓はその心拍数を上昇させる。

加速する血流。

それに従い俺が帯びる熱もさらにその熱さを増す。

 

 

「・・・それは。」

 

 

「待たせたな・・・これが俺の全力だ。」

 

 

"痣"を発現させる。

更なる高みへと俺は昇る。

 

 

(相変わらずうるさい鼓動だ・・・)

 

 

そして、以前したようにすぐさま心拍数のみを落ち着ける。

こうしなければ早死してしまうからな。

まぁ効果があるのかどうか実際のところは確証はないが・・・

 

これにより心拍数を平常に保ったまま体温を上昇させる。

湧いてくる力は止まらない。

痣を保ててる証拠だろう。

 

 

「これは・・・気を抜けないな。」

 

 

「気を抜いても構わないぞ?お前の首が胴体と泣き別れするだけだ。」

 

 

「それは困るなあ。」

 

 

纏う雰囲気を変えつつも変わらぬ笑みでこちらを見据える童磨。

ここからが正念場。

俺が童磨を首を落とすのが先か、日が昇るのが先か。はたまた俺が負けるか。

答えは分からない。

だが負けるつもりなど毛頭ない。

俺は勝ってみせる。




痣、再び発現です。
より見応えのある戦闘描写を書けるようになりたいものです・・・


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第参拾漆話 赫き龍

誤字報告ありがとうございます!


花柱 胡蝶カナエは戦慄していた。

一人の人間と一体の鬼に対してだ。

まずは鬼。

上弦の弐 童磨である。

驕りかもしれないが、自分は鬼殺隊の柱の中で上位の実力を誇る自信があった。

その自分が軽くあしらわれる、そんな鬼だった。

しかし、本気となった童磨は自分と戦っていた時とは段違いの強さを誇っていた。

その上、童磨自身と同じ強さの分身体を生み出したのだ。

これが上弦。これが最高位の鬼。

そう思い知らされた。

 

が、それ以上にカナエは味方である人間に戦慄していた。

旧知の仲である龍柱 如月啓である。

彼が強いことなど前々から知っていた。

最終選別の際も彼は頭ひとつ抜きん出ていたし、かつて任務を共にした際も嫌という程思い知らされた。

しかし彼といえども自分と同じ人間。

童磨と一対一では厳しいのでは、と思っていた。

が、実際はどうだろうか?

童磨が本気を出す前は大きな遅れをとることも無く渡り合っていた。

童磨が本気を出した後はむしろ啓が優勢のように思えた。

目の前で起こっている戦いは別次元のものだと、そう痛感させられる。

 

 

「啓君・・・頑張って・・・!」

 

 

カナエは一人願う。

その想いが届くか否かは誰にも分からない。

 

 


 

 

互いが本気を出してから三十分程が経った。

その何よりの証拠に、先程まで童磨の顔に浮かんでいた笑みは完全な消え去り、真剣そのものな顔つきになっている。

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃・凩】

 

 

回転をつけ、童磨の後ろに回り込むようにし背面に斬撃を叩きつける。

が、分身体がそれを庇う。

かなりの威力があったのだろう。それを証明するようにその分身体が砕け散る。

 

 

【血鬼術 寒烈の白姫(かんれつのしらひめ)

 

 

童磨が氷の巫女のようなものを創り出す。

創り出された巫女は口から絶対零度の吐息を吹き出す。

広い範囲を薙ぎ払うように放たれる。

 

が、それが啓にダメージを与えることは無い。

余裕で回避する。

 

 

【炎の呼吸 壱ノ型 不知火】

 

力強い踏み込みから左斜め下に斬り下ろす。

烈火の如き攻撃はもう一体の分身体を捉える。

攻撃を受けた分身体は、一撃で消え去る。

 

 

【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】

 

すぐさま刀を構え直し、水平に斬り払う。

その流麗さはまさに水。

流れるように放たれた斬撃は童磨の胸を斬り裂く。

 

 

【風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風】

 

まだ啓の追撃は止まらない。

荒々しい四つの斬撃が童磨に降り注ぐ。

が、それを間一髪で回避され、童磨が肩にかけていた衣服を掠めるに留まる。

 

 

(なんて高水準な攻撃・・・各呼吸を扱う柱に匹敵、もしくは上回る精度じゃないか。)

 

 

童磨は益々焦る。

最初は軽くあしらうつもりだった相手が自分を追い詰めているのだ。当然とも言える。

 

 

(間違いない、彼は俺が相手してきた中で一番強い鬼狩りだ。)

 

 

童磨が一度間合いをとる。

 

 

(なら、全身全霊で相手しなきゃね?)

 

 

【血鬼術 結晶ノ御子】

 

 

再び分身体を創り出す。

その数六体。

先程の三倍である。

それを見たカナエが絶望する。

 

 

(そんな・・・六体なんていくら啓君でも勝てっこない!)

 

 

童磨が啓に向かって扇を向けると、六体の分身体が一斉に襲いかかる。

 

 

【血鬼術 粉凍り】

 

 

【血鬼術 蔓蓮華】

 

 

【血鬼術 冬ざれ氷柱】

 

 

【血鬼術 寒烈の白姫】

 

 

【血鬼術 散り蓮華】

 

 

【血鬼術 凍て曇】

 

 

四方八方から血鬼術が叩きつけられる。

その全てが童磨本体と同じ威力を誇る。

童磨は己の勝ちを確信した。

が・・・

 

 

 

(借りるぞ、義勇。)

 

 

 

【全集中 水の呼吸 拾壱ノ型 凪】

 

 

啓の間合いに入った血鬼術全てが無に帰す。

一つのうち漏らしもなく、完璧に。

 

 

「・・・嘘でしょ?」

 

 

童磨が言葉を失う。

当然だ。

今まで結晶ノ御子を多くて三体だけで柱を多く葬ってきたのだ。

それを大きく超えた六体で畳み掛けたというのに、目の前の鬼狩りはそれをものともせず生きている。

 

 

「君、実は鬼だったりしない?」

 

 

「俺は人間だ。今までもこれからもな。」

 

 

思わず疑問を投げかける。

が、その言葉は一蹴される。

動揺を隠せない童磨に、啓が大技を仕掛ける。

 

 

 

【全集中 飛天御剣流 九頭龍閃】

 

神速の突進、神速の剣閃。

九つの頭を持つ龍が童磨を喰らい尽くす。

すれ違いざま九方向から同時に攻撃を浴びせる。

童磨はそれを回避することも防御することも叶わず、全てをその身で受ける。

 

 

「がはッ・・・!?」

 

 

初めて童磨の顔が苦痛に歪む。

 

 

(なんて速さだ・・・俺が全く反応できないなんて。)

 

 

心の中で焦り始める。

生まれて初めて感じる自身の危機。

が、その心とは対象的に受けた傷が塞がり始める。

 

 

(さすが上弦の回復力、といったところか。かなり深く斬りこんだのにもう傷が塞がり始めている。)

 

 

全力の一撃で与えた傷が既に回復し始めていることに啓も僅かに焦る。

が、それ以上に童磨の方が焦っていた。

 

 

(本当にまずいぞ。このままでは日が昇る。しかもかなり消費したせいで次攻撃を受けたら傷の再生は必ず遅くなる。)

 

 

策を練る童磨。

その答えは案外すぐ見つかる。

 

 

(そうだ。足りないなら喰えばいいじゃないか。)

 

 

【血鬼術 散り蓮華】

 

 

予備動作無しで細かい氷を啓に打ち付ける。

その隙に童磨は一瞬でカナエの元に移動する。

 

 

「な・・・ッ!?」

 

 

「本当はもっと味わって食べたかったけど・・・ごめんね?」

 

 

童磨が手を伸ばす。

そう、童磨は回復のためにカナエを捕食しようとしたのだ。

 

が、その手がカナエに届くことは無い。

 

 

「お前の相手は俺だろう。」

 

 

二人の間に一瞬で割って入った啓が童磨の腕を斬り落とす。

童磨は瞬時に後退する。

 

 

「あーあ、回復も出来なければ救済も出来なかったよ。」

 

 

「救済・・・?お前は何を言っている?」

 

 

「簡単なことだよ?俺にはね、その人が悩みを抱えているどうかが分かるんだ。そんな人を喰べてやることで俺の一部にする。そうしてその人は悩みから解放され、俺と共に永遠を生きていくのさ。」

 

 

カナエがゾッとする。

その顔色は良くはない。

 

 

「これを救済と言わずなんと言おうか?」

 

 

「・・・何が救済。お前の私欲を満たす愚行を正当化しているだけだろう。」

 

 

「えー?」

 

 

「お前がしていることは命への冒涜。救済でも何でもない・・・反吐が出る。」

 

 

啓の中で怒りが迸る。

飄々と命を軽んじる発言をする目の前の鬼が許せなかった。

怒りのあまり、顔には青筋が立つ。

自然と刀を持つ手に力が入る。

刀からはミシミシと音が鳴る。

 

その変化は突然訪れた。

啓の日輪刀が唐突に色変わりしたのだ。

「紅」から「赫」へ。

刀身全体が燃えるような赫へと変わる。

 

 

(何だ、この記憶。見覚えがないぞ・・・)

 

 

童磨は覚えのない記憶が突如浮かんでき、動揺する。

 

 

(違う、これは俺の記憶じゃない。無惨様の記憶だ。)

 

 

無惨がかつて対峙した鬼狩り。

その鬼狩りも同じように黒いその刀身を赫に染めていた。

 

啓も己の日輪刀の変化に気付くも、気に留める様子はない。

そのまま童磨へと斬りかかる。

 

 

【龍の呼吸 壱ノ型 龍閃】

 

 

振るわれる赫刀。

童磨の胸を袈裟斬りにする。

 

感じたことの無い痛みに童磨が思わず声をあげる。

 

 

「がッ・・・!なんだこれ・・・!?」

 

 

斬られたことによる痛みなど大して感じない。

だが、初めて味わう痛みがそこにあった。

紅蓮の炎で灼かれるような痛みだった。

すぐさま童磨は異変に気付く。

 

 

(嘘だろ・・・傷が再生しないぞ。)

 

 

元々消耗していたせいで治りが遅いのは覚悟していた。

が、これは遅いなんてものではない。

本当に再生しないのだ。

恐らく万全の状態なら本来より早くはないが傷は塞がっただろう。

 

己の"死"がそこまで迫ってる事を察し、すぐさま童磨は全身全霊全力の血鬼術を展開する。

 

 

 

【血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩(むひょう・すいれんぼさつ)

 

 

巨大な氷の仏像を創り出す。

その仏像の吐息は万物を凍りつかせ、振るわれる膂力は万物を薙ぎ払う。

・・・はずだった。

 

 

【龍の呼吸 捌ノ型 逆鱗】

 

 

生み出された仏像に向かって駆ける啓。

すれ違いざまに無数の斬撃を放つ。

斬撃に打ち伏せられた仏像は一瞬で砕け散る。

まるで怒り狂う龍が眼前の物を破壊し尽くしたようだった。

 

 

「嘘・・・」

 

 

童磨が絶句する。

自身の最強の技が一瞬で破られたのだ。

驚かないはずがない。

 

 

「終わりだ。」

 

 

啓が冷たい声で言い放つ。

と同時に唖然とする童磨に向かって駆け出す。

振るわれる刃。

 

 

 

 

 

 

 

«ベベン»

 

 

突如琵琶の音が鳴り響く。

が、それを意に介さず啓が童磨の首を落とそうとする。

だが振るわれた刀は童磨の首を捉えることはなかった。

捉えたのは刀。

その刀に啓は見覚えがあった。

 

 

 

 

 

 

「・・・こんな所で再開するとはな・・・上弦の壱・・・!!!」

 

 

「・・・」

 

 

上弦の壱、黒死牟がそこにはいた。

突如とした上から降ってくるように現れたのだ。

 

 

「情けないな、上弦の弐。」

 

 

そして啓が見覚えのない鬼がもう一体。

紅梅色の髪、全身に線状の文様が浮かんでいる。

 

 

「ははは・・・いやあかたじけない、猗窩座殿。それに黒死牟殿も。」

 

 

その鬼は猗窩座、と名前を呼ばれた。

その眼には【上弦】【参】の文字。

 

 

(・・・これは。)

 

 

今ここに、鬼の最高戦力が集結したのである。

その光景にカナエは言葉が出ない。

 

 

(嘘よ・・・上弦の壱、弐、参が同時に現れるなんて・・・!?)

 

 

黒死牟が受け止めた刀を振り払う。

啓が後退する。

 

 

「さあ、三人でやるとしようか?」

 

 

「馬鹿かお前?空を見てみろ。」

 

 

「む・・・?ああ、そういうことか。」

 

 

登りかけた朝日。

それは鬼の活動時間の終わりを告げる。

 

 

「・・・撤退するぞ。」

 

 

「待て・・・このまま逃がすとでも思うか?」

 

 

「勿論・・・我々三人を相手して無事では済むまい・・・そちらも、手負いの仲間がいるだろう・・・」

 

 

「・・・ここは互いに手を引こうと、そう言いたいわけか。」

 

 

「どう捉えるかはお前次第だ・・・」

 

 

啓が数秒思考する。

その後、刀を納める。

 

 

「・・・次会った時、確実にお前達を殺す。」

 

 

「ふ・・・人間がほざく・・・」

 

 

「続きは次のお楽しみだね。」

 

 

「・・・次は拳を交えたいものだ。」

 

 

再び琵琶の音が鳴り響き、三体の足元が開く。

落ちるようにしてその場から消える三体の鬼。

 

 

「消えた・・・!?」

 

 

「こんな血鬼術を使える鬼がいるのか。」

 

 

「とりあえず・・・助かったのかしら?」

 

 

「そのようだ。さすがにあの三体を同時に相手したら一瞬で負けていただろう。」

 

 

「そう、よね・・・」

 

 

「啓!!」

 

 

後方から実弥と悲鳴嶼がやってくる。

 

 

「啓、カナエ。上弦の弐は何処に・・・?」

 

 

「退却しました。すみません、仕留めきれませんでした。」

 

 

「気にすんなァ。持ちこたえただけで十分だろォ。」

 

 

「・・・カナエが肺をやられた。急いで蝶屋敷に向かおう。」

 

 

そう告げると同時に、啓の頬から痣が消え、日輪刀の色も元に戻る。

 

 

「なんだそりゃァ・・・後で説明してもらうぞ?」

 

 

「後でな。」

 

 

啓は心の中で呟く。

 

 

(次は必ず首を落とす。壱だろうが弐だろうが参だろうが。必ずだ・・・)

 

 

その形相はまさに修羅の如く。

龍であり修羅である青年は、一人静かにその牙を研ぎ澄ます。




童磨戦終了です。
上弦上位勢揃いとかいう絶望的状況でしたが運良く生き残れましたね。
普通にやり合ったら間違いなく啓は死んでますね。


今までで1番戦闘描写に力を入れてみましたがどうでしょうか?
感想を聞かせてもらえると今後の参考になりますのでぜひよろしくお願いいたします。
評価も頂けると嬉しいです。
ではまた。


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第参拾捌話 欠けた花弁

「姉さん!」

 

 

「しのぶ・・・」

 

 

カナエを連れ蝶屋敷に到着する。

俺も知らず知らずのうちに負傷を重ねていた為念の為実弥がついてきてくれた。

 

 

「さあ早くこっちで治療を!啓さんも!」

 

 

「ああ、すまないな。」

 

 

しのぶに急かされ蝶屋敷の中に入る。

すると、何人かの人物が駆け寄ってくる。

 

 

「カナエ様!龍柱様!」

 

 

神崎アオイ。

蝶屋敷に住み、カナエやしのぶを手伝っている子だ。

それぞれがそれぞれの過去を背負いここにいる。

 

 

「私は姉さんの手当に回るわ、アオイは啓さんをお願い!」

 

 

「分かりました!啓さん、こちらへ!」

 

 

「よろしく頼む。」

 

 


 

 

一通り治療が終わる。

俺は致命傷を負ったわけではなく、軽い傷が至る所に・・・と言った感じだったのでアオイの手際の良さもありすぐ手当てが終わった。

 

問題はカナエだった。

俺よりも深い傷があるものの、呼吸により止血をしっかりしていたため出血多量などの心配はなかった。

では何が問題なのか?というと肺である。

童磨の血鬼術を吸ってしまったせいで肺胞が壊死。

どうやら今後全集中の呼吸を全力で使うことは厳しいようだ。

それは柱としての激務を務めあげることが出来ないことを表していた。

 

 

「カナエ、入るぞ。」

 

 

「どうぞ。」

 

 

ベッドで上体を起こしていたカナエ。

容態に異常はないようだ。

 

 

「その様子だと、命に関わるほどではなかったようだな。」

 

 

「ええ、お陰様でね。」

 

 

「・・・肺のことを聞いた。」

 

 

「そう・・・これじゃ、柱は引退するしかなさそうよね・・・」

 

 

「・・・無念か?」

 

 

「いいえ、そうでもないわよ?柱を引退してもここで傷ついた人を治すことは出来るし、これから育つ若手の手助けも出来る。まだまだやれることはあるわ。それに・・・」

 

 

カナエが笑みをこぼす。

 

 

「私の想い、受け継いでくれるってしのぶが約束してくれたもの。あの子は強いわ。きっと近いうちに柱になることだって夢じゃないわ。」

 

 

「ああ。しのぶは強い。俺も保証しよう。」

 

 

実際、しのぶは強くなったのだ。

相変わらず鬼の首を落とすことは叶わないが、例の毒を自らの力で完成させて見せた。

それに加え首を落とすことが出来ない代わりにしのぶは突きを極めた。

女性特有のしなやかさとしのぶの小柄さから放たれる突きはかなりの威力、速さを誇る。

 

 

「・・・励まそうと思っていたが・・・その分では大丈夫そうだな。」

 

 

「ええ、後悔はないわよ!」

 

 


 

 

縁側でお茶を飲みくつろぐ。

すると・・・

 

 

「啓さん、隣良いですか?」

 

 

「しのぶか、どうぞ。」

 

 

隣にしのぶが腰掛けてくる。

 

 

「啓さん。」

 

 

「なんだ?」

 

 

「姉さんのこと、本当にありがとうございました。」

 

 

「・・・顔を上げてくれ。当然のことをしたまでだ。」

 

 

「貴方がいてくれなかったら、おそらく姉さんはこの場にはいなかったでしょう。ですから、ありがとうございます。」

 

 

「だから良いって・・・聞いたぞ。柱を目指すようだな。」

 

 

「はい・・・姉さんの意志を継ぎます。」

 

 

「そうか・・・しのぶ。」

 

 

「なんでしょうか?」

 

 

「・・・抱え込みすぎるなよ。いつでも俺はお前の力になるからな。」

 

 

しのぶが俯く。

 

 

「正直、不安です。私ごときで姉さんの背中に追いつけるのか・・・啓さんの背中にも。」

 

 

「・・・いいかしのぶ。俺やカナエを目指すこと、それを悪いというつもりは無い。だがな?自分らしさも大切にして欲しい。」

 

 

「自分らしさ・・・」

 

 

「そうだ、お前はお前一人しかいない。お前のやり方でお前のやりたいようにやればいいさ。」

 

 

「・・・私に、できるでしょうか。」

 

 

「出来る。しのぶは強い。自信を持て。」

 

 

しのぶの頭に手を添える。

するとみるみるうちにしのぶの顔が紅潮する。

 

 

「〜〜〜〜ッッッッ!!??」

 

 

顔を真っ赤にしこちらを見つめるしのぶ。

数秒それが続いたと思ったらまた俯く。

一体なんなんだ・・・

 

 

ゆっくりとしていると、弥生がやってくる。

 

 

「啓。一週間後に緊急の柱合会議だそうだ。」

 

 

「柱合会議・・・?分かった。ありがとう。」

 

 

 


 

 

 

 

啓が上弦の弐、童磨と交戦してから一週間。

産屋敷邸にて緊急の柱合会議が行われていた。

議題は二つ。

一つ、上弦の壱、弐、参についての情報共有。

二つ、啓が発現させた「痣」と「赫刀」について。

三つ、今後の鬼殺隊について。

 

今現在の柱とその補佐が全員出席している。

 

【岩柱】悲鳴嶼行冥

【音柱】宇髄天元

【花柱】胡蝶カナエ

【水柱】冨岡義勇

【水柱補佐】鱗滝錆兎

【風柱】不死川実弥

【龍柱】如月啓

 

以上七名である。

全員が集まった頃合いを見計らって耀哉が話を始める。

 

「皆、集まってくれてありがとう。これより緊急の柱合会議を始めるよ。今回の議題は三つ。最初の二つに関しては啓の方から話してもらうよ。」

 

 

「御意。まずは上弦の壱、弐、参の鬼達についてです。」

 

 

啓の口から上弦の鬼達についての情報が語られる。

 

 

「上弦の壱、黒死牟。鬼舞辻無惨を除いた中で最強の鬼です。見た目は長い髪に六つの目、刀を持っており、自らの血鬼術と全集中の呼吸を組み合わせた戦い方でした。」

 

 

「・・・ということは、そいつはかつて鬼殺隊だったってことか・・・?」

 

 

疑問を浮かべる宇髄。

それに同調するように他からも声が上がる。

 

 

「ええ、おそらく。扱う呼吸を【月の呼吸】と言いました。自身が刀を振るった後に触れたものを斬り裂く月輪のようなものが生成され、しばらく残り続けます。」

 

 

「随分派手な野郎だな・・・」

 

 

「続いて、上弦の弐、童磨。以前カナエと俺が相対した鬼です。見た目は頭から血を被ったような鬼で、やたらと屈託なく笑っています。武器は二つの扇。特筆すべきは血鬼術でしょう。」

 

 

「聞く話によるとカナエが肺をやられたらしいが・・・本当かァ?」

 

 

「事実です。奴は氷を扱う血鬼術を操り、扇を振るうことにより散布される氷を吸うと肺胞が壊死するようです・・・間違いないな?カナエ。」

 

 

「ええ、現に私がその血鬼術にやられ、五分と全力で打ち稽古を行うことも不可能でした。」

 

 

「ということは・・・」

 

 

「その話は後から。続いて上弦の参、猗窩座。紅梅色の髪に全身に線状の文様が浮かんでいました。こいつに関しては目にしただけであり、戦ったわけではないため戦闘スタイルなどは不明です。」

 

 

「だが、特徴を掴んだだけでもかなりの収穫であることには違いない・・・」

 

 

悲鳴嶼が呟く。

他の者も同意見なようで頷く。

 

 

「続いて、痣、赫刀について。痣とは発現することにより身体能力を飛躍的に上昇させるものです。発言条件はおそらく心拍数が二百以上かつ体温が三十九度以上。」

 

 

「そんなものが・・・」

 

 

錆兎が呟く。

 

 

「ですが、明確な欠点が存在します。それは寿命が短くなること。」

 

 

「!?」

 

 

一同に驚愕が走る。

 

 

「本来、人間が一生の内に打つ心拍数は決まっているようです。それを痣発現のために本来より早く消費してしまうことにより心筋が退化、寿命が短くなると考えられます。」

 

 

「それじゃあ、啓は・・・」

 

 

義勇が啓を見つめる。

他の柱達も視線を向ける。

 

 

「・・・対策はない訳では無いかもしれません。心拍数を消費してしまうというなら抑えれば済む話。現に私は全集中の呼吸の応用による止血法をさらに応用し心拍数を抑えることに成功しました。」

 

 

「でも、それじゃあ痣を保つことはできないんじゃ?」

 

 

カナエが問いをなげかける。

 

 

「その通り。先程挙げた条件ならば。ですので私はこう考えます。痣の発現自体には心拍数と体温が必要。痣を保つことには体温があればいい・・・と。」

 

 

「確かに、啓君は痣を保ったまま上弦の弐と戦闘していたわね・・・」

 

 

「ですが、これで欠点が克服できたという確証は未だ得られていません。ですので他の皆様におかれましては極力痣を発現する状態にならないで欲しく思います。」

 

 

「でも、それでは啓は・・・」

 

 

「・・・その時はその時。大人しく天命を受け入れましょう。ですが散るまでに鬼を滅ぼしてみせましょう。」

 

 

「こればかりは、現状どうしようもないからね。啓、次をお願いできるかな。」

 

 

「はい。続いて赫刀について、なのですが一つ補足を。痣を発現し、心拍数を抑えた時のことです。かなりの集中を要したのですがその際に相手の身体が透けるように見えまして・・・」

 

 

「身体が・・・?」

 

 

「はい。相手の骨、筋肉、血管の一本一本に至るまで鮮明に。集中力を高めた結果・・・というよりは無駄を削ぎ落とそうとして至ったものかもしれません。頭の片隅にでも置いておいてください。」

 

 

「相手が透けて見える・・・か。となると相手の動きの先読みなどができそうだな・・・」

 

 

悲鳴嶼が用途について想像する。

 

 

「実際に相手の動きの先読みに成功しました。間違ってはいないかと。最後に赫刀について。これは・・・痣と合わせて実際にご覧にいれましょう。」

 

 

 

啓が全員の前に立ち、刀を抜く。

数秒間無音が続く。

突如として啓が呼吸を行う。

本来よりもかなり大きく行われた呼吸だった。

少しすると、啓の頬に龍のような痣が浮び上がる。

 

 

「これが痣・・・そして。」

 

 

啓が全力で刀を握りしめる。

すると、たちまち紅が赫へと変わる。

 

 

「これが赫刀。どうやら鬼に本来以上のダメージを与えることが出来、再生を阻害する効果があるようです。」

 

 

「これだけの力があれば上弦にも・・・」

 

 

ふと誰かが呟く。

 

 

「その通りです。私はこれらは上弦と渡り合うのに必須だと考えます。ですが先程も申し上げた通り欠点が存在しますゆえ、せめて心拍数を抑える対策が完成するまでは極力控えていただきたく存じます。」

 

 

「と、いうわけだよ。ありがとう、啓。」

 

 

啓が一礼して元いた場所へ戻る。

 

 

「さて、最後に・・・鬼殺隊の今後について。以前の上弦の弐との戦いによってカナエは肺をやられてしまった。柱としての活動が困難になると判断された為カナエには治療面、若手の育成に尽力してもらおうと思う。構わないかな?カナエ。」

 

 

「はい。」

 

 

「ありがとう。今回でまた柱に空席が出来てしまった。まして元々空席があった状態だったからね。」

 

 

耀哉が語る。

その場にいた誰もがその深刻な状況を理解していた。

 

 

「近頃は上弦の鬼の活動も活発になっているようだ。早急に手をうたねばならないね・・・当面は戦力増強を目標としようと思う。柱のみんなにも苦労をかけると思う。よろしくね。」

 

 

「御意。」

 

 

「それでは今日はこれにて解散とするよ。みんなお疲れ様。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




しっかりとカナエも救済です。
しのぶとの距離もどんどん縮めていきます。

今回は主に確認回になりましたね。
独自解釈についても書いたのでぜひ今一度この小説での設定について理解を深めていただけると嬉しいです。


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第参拾玖話 龍と蛇と炎と

緊急の柱合会議から一週間後。

俺はある人物達と会う約束をしていた。

何でも稽古をつけて欲しいだとか。

 

 

「さて、準備はいいか?杏寿郎、小芭内。」

 

「うむ!」

 

 

「ああ。」

 

 

煉獄杏寿郎、伊黒小芭内の二人である。

二人とは旧知の仲であり、最近交流できてないためそれも兼ねて会うことにした。

だが、俺には他の目的があった。

二人の実力を見定めることだ。

以前、杏寿郎とは任務を共にしたが所詮ただの雑魚鬼。

柱となってから十二鬼月を相手にしてもやっていけるか・・・これを確認するには俺が直接相手をするに限るだろう。

そして小芭内。

八丈島から連れてきて煉獄邸でしばらく過ごしたあと、水の呼吸の育手の元に向かい鍛錬を積んだ。

そこで自身には「蛇の呼吸」の適性があることを知り、水の呼吸から蛇の呼吸の習得へと切り替え、最終選別を突破するに至ったようだ。

現在二人の階級は共に甲。

柱入りの条件を達成することはそう難しくはないが実際に実力を俺の目で見てみることに不都合はないだろう。

 

 

「個別に相手をしようとも思ったが・・・二人同時で構わない。」

 

 

「ほう、啓は俺達二人を相手にしても勝つ自信があるというのか。」

 

 

「さすがの自信だ!だがあまり舐めてもらっては困る!!」

 

 

「舐めてなどいない。俺は柱三人が必要とされる上弦を一人で相手にできたくらいの実力はある。」

 

 

「・・・まあいい、後悔しないことだ。行くぞ、杏寿郎。」

 

 

「うむ!我々の力を思い知らせてやろう!小芭内!」

 

 

二人が構える。

柱に次ぐ位なだけあってやはり経験値はかなり積んでいるのだろう。

肌で感じとれるくらいに空気が変わる。

これは楽しみだな。

 

 

「・・・来い。」

 

 

同時に二人が駆け出す。

速さは上々。

だが見切るのに苦労はない。

 

 

僅かばかりに小芭内の方が速いため先ずはこちらから対応しよう。

右から迫る木刀を一閃。

続けざまに杏寿郎が踏み込みから振り下ろした木刀を受け止め、流す。

力は杏寿郎の方が上か。

 

 

その隙を縫うように小芭内がさらに仕掛けてくる。

なるほど、話には聞いていたが確かに曲がる斬撃だな。

だがこの斬撃の真価は独特の形状の刀を持った時に活かされるものだろう。

今は木刀による稽古。

万が一熱が入りすぎて大怪我に至ったら世話ないからな。

 

計五発打ち込んでくる小芭内。

曲がりこそすれどその太刀筋は読めないものでは無い。

全てを受け切ろうかと思ったが空中に回避する。

 

そこに杏寿郎が畳み掛けてくる。

 

 

 

【炎の呼吸 弐ノ型 登り炎天】

 

 

予想通りだ。

空中で無防備になったと思ったら必ずこの型で仕掛けてくると確信していた。

そこに技を合わせる。

 

 

【飛天御剣流 龍槌閃】

 

 

天より降りる龍のように打ち付ける斬撃。

杏寿郎の炎をねじ伏せる。

 

 

「よもやッ!?」

 

 

着地際に小芭内が切り込む。

 

 

【蛇の呼吸 壱ノ型 委蛇斬り(いだぎり)

 

 

先程よりも曲がる斬撃。

軌道を読む難易度も引き上がる。

確かに軌道を読むのは難しい。

が、当たる瞬間には十分な威力を引き出すため素直な軌道になる。

なら、そこを突けばいい。

 

斬撃が触れる瞬間僅かばかりに身体を後退させ間合いを作る。

その間合いを利用し斬撃を重ねてやる。

 

 

「何・・・!?」

 

 

「まだまだ甘いな・・・」

 

 

小芭内がすぐさま後退する。

二人で俺を挟み込むような形だ。

 

前ぶれなく杏寿郎が駆け出す。

それに合わせる形で小芭内も駆け出す。

なるほど・・・そう来るか。

 

ほぼ同時に斬りかかってくる二人。

同時に反応することは不可能に近いだろう。

 

 

 

並の使い手ならばな。

 

 

「なっ!?」

 

 

杏寿郎が驚愕の声を上げる。

当然だ。

前と後ろから同時に仕掛けているのにも関わらず当の本人はその場から動くことなく自分達の攻撃をいなし続けているのだから。

 

とはいえかなりの精度の連携だ。

加えて個人の技量もかなり高い。

 

これならば柱に据えても問題は無いだろうな。

 

 

二人の木刀を大きく弾き、円を描くように木刀を振るう。

が、二人は案外冷静にそれを避けた。

 

 

「今のを避けるとは・・・なかなかやるな。」

 

 

「かなり危なかったがな。」

 

 

「うむ。ギリギリだ!」

 

 

「さて、そろそろ腹も減ったし終わらせにかかるぞ・・・?」

 

 

事実だ。

俺は空腹だ。

 

 

「そんな理由で・・・侮るなよ?」

 

 

「後悔するなよ!!」

 

 

二人が全力で仕掛けてくる。

段違いの速さだ。

 

 

【炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄】

 

 

杏寿郎が炎の呼吸最大の威力を誇る奥義で仕掛けてこようとする。

が、それは不発に終わる。

 

 

【龍の呼吸 陸ノ型 穿ち龍牙】

 

 

神速の突きで構えていたところを刺す。

力を溜めている段階で妨害したのだ。

 

 

「何ッ!?」

 

 

【蛇の呼吸 弐ノ型 狭頭の毒牙(きょうずのどくが)

 

 

その隙を仕留めんと死角から仕掛けてくる小芭内。

だが残念。

全て読めている。

 

 

【花の呼吸 陸ノ型 渦桃(うずもも)

 

 

空中に飛ぶことでその斬撃を回避する。

と、同時に身体を大きく捻ることで斬り裂く。

 

 

「馬鹿な・・・」

 

 

「勝負ありだな。」

 

 


 

 

稽古を終え、三人で近くの料亭に昼食をとりにいく。

 

 

「いやあさすが啓だ!為す術なくやられてしまった!」

 

 

「これが鬼殺隊最強というわけか・・・」

 

 

「そう悲観的になるな。二人共なかなかの仕上がり具合だったぞ。」

 

 

「いいやまだまだだ!鍛錬を積まねばな!!」

 

 

「杏寿郎・・・公共の場だ、少し声を小さくしろ。」

 

 

「む!すまない!」

 

 

「近いうちに、お前らなら柱になれると思う。待っている。」

 

 

「本当か!」

 

 

「ああ。何分柱には現在空席が目立ってな。」

 

 

「なるほどな・・・」

 

 

 

 

昼食を終え、それぞれが帰路につく。

 

 

「ではまたな、杏寿郎、小芭内。」

 

 

「うむ!また会おう!」

 

 

「ああ・・・さらばだ。」

 

 

別れを告げ、歩み出す。

いつか二人と肩を並べ戦う日が待ち遠しいな。

 

 

 

 

 

 

 




鬼狩りとなってからの伊黒さんと再開させてないなと唐突に思って書きました。
次回も柱候補についての話かなあ・・・と思います。


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第肆拾話 雷龍相見える

【龍の呼吸 壱の型 龍閃】

 

 

「ギャッ!」

 

 

「終わりか。」

 

 

俺の持ち場の見回り中に鬼と遭遇したため、軽く捻る。

捻り終え、刀を納めその場を去ろうとすると突如雷が落ちたような音がする。

なんだ・・・?雲一つない夜なんだが。

雷の呼吸の使い手が交戦してるのだろうか。

万が一があっては行けないから行ってみるとしよう。

 

 

 

 

しばらく走った。

ここまで離れててあんなに鮮明に聞こえたということはかなりの使い手なのではないだろうか?

鳴柱は現在空席だし俺の知っている隊士でそこまでの雷の呼吸の使い手はいなかったような・・・

やがて、一人の人間が目に入る。

黒い鱗模様の羽織だ。

誰だ・・・?

 

 

「そこの人。」

 

 

「ーーッ!?」

 

 

話し掛けると同時に斬りかかってくる。

唐突の攻撃に焦るが、すぐさま抜刀し受ける。

相手の顔を見る。

すると、先程とは打って変わって見覚えのある顔だった。

 

 

「・・・獪岳?」

 

 

「啓か・・・?」

 

 

かつて雷の呼吸について学びに行った時に出会った同じくらいの歳の青年がそこにはいた。

敵ではないことを確認して獪岳が刀を納める。

 

 

「すまない、連戦続きで殺気立っていた。」

 

 

「気にするな。気持ちは分かる。」

 

 

「なぜ啓はここに?・・・龍柱様と呼んだ方がいいか?」

 

 

「普通で構わない。ここは俺の担当地域でな。たまに見回りしてるんだ。」

 

 

「そういう事か・・・仕事奪ってしまったな。」

 

 

「楽できたからいい。」

 

 

「それでいいのか龍柱。」

 

 

「・・・たまには楽してもバチは当たらないだろう、多分。」

 

 

「どうだかな?」

 

 

そんな雑談を交わしながら帰路につく。

久々俺が隊士になる前に出会った連中とは結構再開していたが、獪岳は今回が初めてだな・・・

結構会話が弾む。

 

 

「そうだ啓、今度相手してもらえるか?」

 

 

「構わないぞ。俺もお前の実力を見てみたい。」

 

 

「決まりだな。追って連絡する。・・・俺はここで。」

 

 

「了解した。おやすみ。」

 

 

「ああ、おやすみ。」

 

 

別れを告げる。

おそらくかなりの使い手になっているはず。

楽しみだな・・・

 


 

 

「さあ、俺は準備できたぞ」

 

 

あの後直ぐに連絡が来て、日時が決まった。

三日後に、とのことなのでその日に指定された場所に赴く。

 

 

「俺も構わない。よろしく頼む。」

 

 

「ああ・・・来い。」

 

 

雷の如く踏み込みから振り下ろしてくる。

かなりの速さだな。

それでいて呼吸を使用していない。

あまりの速さに少々驚くがとりあえず刀で受ける。

 

 

「ふんッ!!」

 

 

「む・・・」

 

 

力強さも申し分ない。

先日相手した杏寿郎、小芭内よりも強いのでは・・・?

 

力推しが出来ないと判断した獪岳が後ろに跳ねる。

着地と同時に縦横無尽に駆け回る。

 

 

【縮地 二歩手前】

 

 

その速さに対応するように俺も素早く駆ける。

追いつかれると思わなかったのであろう、獪岳が驚きを浮かべる。

 

 

「何!?」

 

 

「侮ることなかれ、柱の実力を。」

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃 凩】

 

 

縮地の勢いのまま身をひねり回転。

そのまま回転の勢いを乗せ刀を叩きつける。

ちなみに今回使用しているのは刃がない訓練用の刀。

木刀よりも真剣に近い感覚で振るうことができる。

 

その一撃は確実に獪岳の背中を捉えた。

と、思われた。

 

すぐさま身をひねり防御される。

いい反応だ。

そのまま獪岳が刀を弾く。

これはまずいか・・・?

 

 

「貰った。」

 

 

横薙ぎに刀を振るう。

 

 

【縮地 一歩手前】

 

 

防御は不可能と判断し、縮地で回避する。

人相手に一歩手前まで使うのは初めてだな。

刀は弾かれたままなので、これを利用する。

刀を持つ方の手にもう片方の手を添え、握る。

そして踏み込む。

 

 

【炎の呼吸 壱ノ型 不知火】

 

 

大きく袈裟斬りを放つ。

回避を取ることなく防御する。

 

 

「ぐッ・・・!!」

 

 

「・・・ふんッ。」

 

 

さらに力を込める。

グッと刀が沈む。

獪岳の顔の近くに刀が迫る。

 

 

「ぐ・・・おおおおおお!!」

 

 

咆哮と共に追い返される。

俺が押し負けるとは・・・見事。

 

すぐさま距離を取る。

そこに一瞬で獪岳が斬りこんでくる。

 

 

【雷の呼吸 伍の型 熱界雷】

 

 

下から上に斬り上げてくる。

雷が登ってくるかのようだ。

かなりの精度だが難なく防御する。

 

 

「防ぐかッ・・・これを・・・!!」

 

 

「言っただろ・・・柱を侮るな・・・!」

 

 

振り払い再び構える。

そろそろ本気で相手してやろう・・・

 

 

【雷の呼吸 弐ノ型 稲魂】

 

 

獪岳が瞬く間に五連撃を仕掛けてくる。

かなりの速さ・・・が、無意味。

 

 

【雷の呼吸 弐ノ型 稲魂】

 

 

同じ技を重ねてやる。

最後の五撃目で大きく刀を弾く。

 

 

「な・・・!?」

 

 

「終わりだ。」

 

 

【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】

 

 

水の如き流麗さで刀を振るう。

その一撃は確実に獪岳を捉えた、と思われた。

すんでのところで獪岳が回避に成功する。

 

 

「諦めて・・・たまるか・・・・・・!!」

 

 

「・・・見事。」

 

 

肩で息をしながらもこちらに向き直る。

しっかりと刀を握り、眼に闘志を宿している。

確信した。

今の獪岳は杏寿郎や小芭内よりも強いだろう。

 

 

「もう長くは持たない・・・この一撃で決める。」

 

 

獪岳が刀を納め、構える。

なるほど。

確かにこの型ならば一撃決着に向いているだろう。

 

 

「・・・いいだろう。」

 

 

ならばこちらも同じく()()で相手をするとしよう。

居合・・・言い換えれば抜刀術。

俺の一番得意とする剣技だ。

 

 

「・・・行くぞ。」

 

 

 

 

 

 

雷が駆け巡る。

 

 

 

【全集中 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

 

間違いなく今日一番の一撃。

以前耳にしたように辺りに雷が落ちたような爆音が鳴り響く。

やはり、よく研ぎ澄まさている・・・いい一撃だ。

だからこそ、全力で答えるとしよう。

 

 

獪岳が刀を抜く。

雷光の如き抜刀。

が、その刃は俺には届かない。

獪岳以上の速さで抜刀し、獪岳の刀を弾く。

そして抜刀に使わなかった方の手で()()()()()()()

 

 

「ぐあッ・・・!」

 

 

【飛天御剣流 双龍閃】

飛天御剣流の抜刀術は全て隙のない二段構え。

一撃目でフェイントをかけ二撃目で相手を仕留める技だが今回はそれの応用。

一撃目で相手の攻撃をいなし、その隙に二撃目を叩き込む。

 

あくまで刀で一撃が条件なため、胸の辺りに刀を突きつける。

 

 

「俺の勝ちだ。」

 

 

「参った・・・」

 

 


 

 

「いい仕上がりだったぞ、獪岳。」

 

 

「ありがとう・・・だがまだまだ伸びしろがあるようだ。」

 

 

「ああ、まだまだお前は強くなるだろう。ところでなんだが、獪岳は今階級はどこなんだ?」

 

 

「俺は今甲だ。」

 

 

「そうか・・・お前なら、柱になってもおかしくないだろう。」

 

 

「・・・!本当か!?」

 

 

獪岳が肩を掴みながら揺さぶってくる。

 

 

「本当だから揺らすな・・・」

 

 

「あ、すまん。」

 

 

「柱だろうがなんだろうがお前が貴重な戦力になりうることは変わりない。これからも励めよ。」

 

 

「ああ、そのうち必ずお前を追い抜いてみせる。」

 

 

「いい心がけだ・・・楽しみにしている。」

 

 

次世代の柱・・・どうなるか楽しみだな。

 

 

 

 

 

 




やっと獪岳と会えた・・・
次回からまた原作沿いに話を進めていきます。
原作開始まで近いですね。


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第肆拾壱話 桜色の少女

「啓、御館様からだ。」

 

 

「ああ、ありがとう。」

 

 

弥生が御館様からの手紙を届けてくれる。

何についてだろうか?

 

手紙の封を切り、内容に目を通す。

すると、そこには新しい柱についてが書かれていた。

新しく柱に任命される者は二名だ。

 

まず一人目、【炎柱】煉獄杏寿郎。

元炎柱であり実父である槇寿郎さんの指導を受け急激に成長を果たしたようだ。

 

そして二人目、【蟲柱】胡蝶しのぶ。

こちらも元花柱であり姉であるカナエの教えにより実力を伸ばしたようだ。

極めつけは「毒」。

あれからも研究を続け、様々な鬼に対応出来るように毒を調合するようになったようだ。

 

 

今回任命には至らなかったが御館様が目をつけている隊士はいるようだ。

因みにだいたい予想はついている。

条件を満たせば近いうちに柱となるだろう。

 

 

そのうち二人に昇格祝いで飯でも奢ってやるか・・・

とりあえず手紙を読む前に取り組んでいた内職も終わったから甘味処にでも行くか・・・

 

 


 

行きつけの甘味処に到着する。

ここの春限定の桜餅が美味くてだな・・・

 

 

「おばさん、桜餅二つとお茶を。」

 

 

「はいよ!運がいいねえ、最後の二つだよ。」

 

 

「それは良かった・・・ん?随分早いんですね。」

 

 

「そうなのよ。可愛いお得意さんがものすごく食べてねえ。」

 

 

可愛い、というと女性だろうか。

おばさんの様子を見るにかなりの食べる人なのだろう。

 

しばらく待つと、注文したものがやってくる。

 

 

桜を連想させるほのかな桜色を帯びた餅。

その連想を補助する香りを放つ桜の葉。

極めつけは内に秘められたあんこ。

これらの三要素は俺の欲求を満たす上で大きく貢献する。

まるで「痣」「透き通る世界」「赫刀」が上弦討伐に必須なように、これらも俺の至福のために必須なのである。

嗚呼、なんと素晴らしき甘味だろうか。

俺は弱き人々を守ると同時にこれを味わう為に生まれてきたのだろう・・・

さあ早く味わおう・・・

 

と、口に運ぼうとしたその時。

 

 

「おばちゃん!桜餅頂戴!!」

 

 

「あら蜜璃ちゃん。ごめんなさいねえ、もう売り切れちゃったのよ。」

 

 

傍から見ていて明らかにショックを受けているのが分かるような表情を浮かべる少女。

歳は・・・近いだろうか。

 

 

「そ、そんなあ・・・」

 

 

「今お出ししちゃってねえ・・・」

 

 

「今・・・?」

 

 

おばさんと少女がこちらに目線を向ける。

少女の目には闘志が宿っている。

 

 

「・・・お一つどうぞ。」

 

 

「えっ!!いいんですか!!??」

 

 

目から闘志が消える。

溢れんばかりの笑顔で桜餅を受け取ってくる。

 

 

「あなたも桜餅お好きなんですか?」

 

 

「ええ。ここの桜餅は格別でしてね・・・」

 

 

「ですよね!私も大好きなんです!」

 

 

甘味についての話が弾む。

この人・・・かなり語れる人だ。

一時間くらい話し込んだのだろうか。

当然桜餅一個でその時間が持つはずはなく、追加でみたらし団子を注文した。

俺が五本に対し、なんとその女性は五十本注文していた。

しかも俺より平らげるのが早かった。

 

 

「あ、やだ私ったら・・・ついつい美味しくて食べすぎちゃったわ・・・」

 

 

「いえ。いいことだと思いますよ?沢山食べる女性も魅力的ですから。」

 

 

「魅力的ッ!?」

 

 

女性の顔がみるみるうちに紅潮する。

・・・惚れやすい性格なのだろうか?

 

 

「あの・・・つかぬ事を聞くんですけど、食欲やらこの髪色を見て何か思ったりはしないんですか?」

 

 

「そんな事思いませんよ。綺麗な髪じゃないですか。」

 

 

「綺麗!?そんなこと言われるの初めてだわ!」

 

 

またまた顔を紅潮させる女性。

凄まじいことになってるが大丈夫か・・・?

 

 

「あの、私甘露寺蜜璃(かんろじみつり)って言います。」

 

 

「そういえば名乗ってませんでしたね。俺は如月啓と申します。」

 

 

「啓さん・・・あの、またここでお話しませんか?」

 

 

「良いですよ。話をしながら食べる菓子もまた美味ですからね。」

 

 

「約束ですよ!・・・それと、敬語はなしでお願い出来ませんか?啓さんの方が歳上でしょうし・・・」

 

 

「それならそっちも敬語は無しで頼む。歳が近いことに変わりは無さそうだしな。」

 

 

成り行きで再開の約束をする。

まあ人と話しながら食べる方が美味いというのは本当だしいいだろう。

 

 

「あ、もうこんな時間。私行かなきゃ。」

 

 

「俺もそろそろお暇せねば・・・おばさん、まとめてお勘定お願いします。」

 

 

「ええ!?悪いよ私沢山食べてるのに。」

 

 

「よっ、啓君男前!」

 

 

「からかわんでください・・・」

 

 

支払いを済ませ外に出る。

 

 

「じゃあ啓さん、また今度!」

 

 

「ああ、また。」

 

 

蜜璃と別れる。

何故だろう、この甘味処だけでなく別のところで関わることになるような、そんな予感がするな・・・

あ、しのぶと杏寿郎に土産でも買ってこうかな。

 

 


 

 

ー蝶屋敷ー

 

 

「あら、啓君いらっしゃい。」

 

 

カナエが出迎えてくれる。

 

 

「お邪魔する。しのぶはいるか?」

 

 

「いるわよ、奥で研究してるみたい。それは?」

 

 

「昇任祝いがてら団子を買ってきた。」

 

 

「あらいいわねえ、みんなでお茶しましょうか。」

 

 

「ああ、そうしよう。」

 

 

実はさっきもしてきたが・・・まあいいか。

しのぶの部屋の前に立つ。

軽く扉を叩くとしのぶが顔を出す。

 

 

「啓さん。どうしたんですか?」

 

 

「しのぶの柱への昇任祝いに団子を買ってきてな、みんなでお茶しようとカナエが。」

 

 

「あら、ありがとうございます。今行きますので先にどうぞ。」

 

 

しのぶに促され茶の間に向かう。

そこには、カナエの他に数名の少女がいた。

 

 

「カナヲにアオイ、きよにすみになほ。元気か?」

 

 

「・・・」

黙ったまま頷くカナヲ。

最近引退したカナエから花の呼吸について教えてもらっているらしい。

 

 

「啓さん、ご無沙汰しております。」

礼儀よく挨拶を返してくれるアオイ。

以前まで「龍柱様」と固い呼び方だったが、最近名前で呼んでくれるよう頼んだら呼んでくれるようになった。

 

 

「啓さん!」

「お団子!」

「ありがとうございます!」

よく似た容姿のきよ、すみ、なほ。

似てはいるが姉妹ではない。

治療の手伝いなど幅広く働いてくれているようだ。

 

 

「みんなお待たせ。」

 

 

「さてさて、みんな揃ったことだしいただきましょうか。」

 

 

団子とお茶を片手に談笑に花を咲かせる。

聞いてて飽きない話ばかりだ。

 

いつの間にか時間が過ぎ、次に煉獄家にも行かねばならないので出発することにする。

・・・人数多いこと忘れてたから煉獄家分の団子も出してしまったが、まあいいか。

 

みんなが見送ってくれる。

ああ、そういえば・・・

 

 

「しのぶ。」

 

 

「なんです?」

 

 

「お前と同じ柱として肩を並べられること、嬉しく思う。これからもよろしく頼む。」

 

 

「随分急ですね・・・でも、ありがとうございます。私も啓さんと戦えることが嬉しいですよ。」

 

 

「そうか・・・ではまたな。」

 

 

短いやり取りを終え蝶屋敷を後にする。

 


 

 

日がだんだんと沈み始めた頃、煉獄邸に到着する。

すると・・・

 

 

「わっしょい!!わっしょい!!」

 

 

「・・・・・・?」

 

家の中から杏寿郎の声がする。

何を騒いでいるんだ・・・?

扉を叩き、声を上げると槇寿郎さんが出迎えてくれる。

 

 

「おお、啓君。どうしたんだ?」

 

 

「こんばんは。炎柱様の顔を拝みに来ました。」

 

「そうかそうか。今日は杏寿郎の昇任祝いで豪華な夕食だからな、啓君も食べていくといい。」

 

 

「ではありがたく・・・」

 

 

中に通され、茶の間へ案内される。

そこには丼片手に声を上げる杏寿郎の姿が。

 

 

「うまい!!うまい!!母上の作る食事はやはりうまい!!」

 

 

「・・・杏寿郎。」

 

 

「む!啓ではないか!」

 

 

「あら啓君、久しぶりね。」

 

 

「ご無沙汰しております、瑠火さん。」

 

 

「千寿郎!!啓が来たぞ!!」

 

 

杏寿郎が呼ぶと、千寿郎がこちらにやってくる。

 

 

「啓さん、こんばんは。」

 

 

「久しいな千寿郎。元気だったか?」

 

 

やはりこの一家の男性陣はみんなそっくりだな。

まだ六歳程だが兄と父によく似ている。

 

 

「それでどうしたんだ?なにか俺に用だろうか?」

 

 

「なに大したことではないんだ。ただ祝いの言葉をかけに来ただけだ。杏寿郎、柱就任おめでとう。」

 

 

「ありがとう!!ここまで来れたのは啓のおかげでもあるからな!!感謝だ!!」

 

 

真っ直ぐな視線をこちらに向けてくる。

やはり熱い男だ。

 

 

「さあ啓君も席に着きなさい。一緒に食べよう。」

 

 

槇寿郎さんに促され席に着く。

瑠火さんの料理を食べるのは随分久しぶりだな・・・

 

 

蝶屋敷同様、談笑を交わしている内に時間はすぎ、すっかり外は暗くなっている。

明日からまた任務もあるし帰らねば。

片付けの手伝いをし、出発する。

 

 

「ではまたな、啓君。」

 

 

「いつでも帰ってらっしゃい。」

 

 

「さようなら、啓さん。」

 

 

「啓!!今日はわざわざありがとう!!また現場で会おう!」

 

 

「ああ、またな。千寿郎に瑠火さん、槇寿郎さんも。」

 

 

()()に別れを告げ帰路に着く。

やはり暖かいな・・・この家は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




甘露寺さんとの邂逅、そして蝶屋敷と煉獄家にてゆったりと過ごした日常回でしたね。
次回も少し話が進むと思います。


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第肆拾弐話 始まり

一九一二年 十二月

 

 

新たな柱が誕生した。

一人目、【蛇柱】伊黒小芭内。

二人目、【鳴柱】桑島獪岳。

二人とも柱たりうる実力を持ち合わせていることは俺も分かっていたから納得だ。

しかし、錆兎の時もそうだが苗字が無い人間は育手から苗字を貰うのがしきたりだったりするのだろうか?

 

そうだ、錆兎で思い出した。

なにやら水柱組が俺に話があるらしい。

また稽古の申し出だろうか?

まあいい。とりあえず二人と真菰で住んでいるという場所に向かうとする。

 

 


 

 

「ごめんください。」

 

 

「あ、啓だ。いらっしゃい。」

 

 

「真菰か。義勇と錆兎は?」

 

 

「中で待ってるよー。さ、上がって上がって。」

 

 

真菰に促され、水柱邸へと足を踏み入れる。

客室のような場所に通されると、そこに二人はいた。

 

 

「啓、よく来てくれた。」

 

 

「すまないな、急に呼び出したりして。」

 

 

「構わない。早速だが話とはなんだ?わざわざ呼び出したあたり相応の内容なのだろう?」

 

 

「ああ・・・鬼殺隊の今後に関わるかもしれない、とても重要な話だ。」

 

 

鬼殺隊の今後に、か。

随分と大きく出たものだ・・・

 

 

「・・・内容を聞こう。」

 

 

「あれは先日、任務で雲取山という場所に行った時のことだ。」

 

 

「怪しい人物が目撃されたらしくてな。手と口に血が付着していたってものだから鬼かもしれないと近くにいた俺と義勇で向かったんだ。」

 

 

ここまでは別に驚くような内容ではないな。

ということはこの後だろう。

 

 

「そこでだな・・・()()()()()()()と出会ったんだ。」

 

 

「人を襲わない鬼・・・だと?」

 

 

唐突すぎる内容に一瞬頭が真っ白になる。

人を襲わない鬼。

そういう鬼がいなかった訳ではない。

例えば八丈島の蛇鬼。小芭内と出会った時だ。

あの鬼も生贄を捧げることにより一部の人間を襲わないことを約束していたな。

 

 

「・・・それは、鬼と人間の間で共存関係が結ばれていたとか、そんな案件か?」

 

 

「違う。その鬼は自らの兄を俺たちから庇うようにしたんだ。人間のな。」

 

 

「鬼が・・・人間の兄を・・・?」

 

 

聞いたことの無い事例だ。

 

 

「その鬼は鬼にされて間も無くといった様子だった。全身に負傷を負った状態だったな。だがそれでも自らの兄を守るために俺たち二人の前に立ち塞がったんだ。」

 

 

「それで・・・その鬼は?」

 

 

「・・・見逃した。」

 

 

なんだと・・・?

鬼を見逃すのは立派な隊律違反だ。

柱とその補佐たる二人が理解していないはずがないだろう。

ならば、この二人がそうするべきだと判断した要因があるはずだ。

 

 

「・・・理由を聞こう。」

 

 

「その鬼なら、その兄妹ならば。何かを変えられるかもしれないと、そう判断したからだ。」

 

 

「その兄には妹を連れて狭霧山に向かうように言った。・・・鱗滝さんには迷惑をかけてしまうがな。」

 

 

「なるほどな・・・それで、だ。お前たち二人はそれを何故俺に話したんだ?俺がそれを隊律違反として報告するとは考えなかったか?」

 

 

「勿論思うところが無かった訳では無い。だが、啓ならば、俺達と同じ行動を取ったのではないかと・・・そう思ったんだ。」

 

 

「・・・」

 

 

なるほどな。

概ね理解した。

確かに俺が二人と同じ状況なら同じことをしただろうな。

人間を庇う鬼。

もしかしたらその特異性から鬼舞辻無惨が目をつけるかもしれない。

そこを張っておけば鬼舞辻無惨の尻尾が掴めるかもしれない。

 

 

「確かにその通りだ。俺も同じようにしただろうな。」

 

 

「本当か。」

 

 

「ああ。鬼舞辻無惨を炙り出す何かになるかもしれないしな。このことを御館様には?」

 

 

「伝えてある。返事も来た。」

 

 

「・・・なんと?」

 

 

「『了解した。心配いらない。』との事だ。」

 

 

「そうか・・・ならいい。」

 

 

「おそらく、その兄は鬼殺隊を目指すだろう。そうすれば俺たちの監視下にも置きやすくなる。」

 

 

「そうだな。そいつの名前は?」

 

 

竈門炭治郎(かまどたんじろう)。妹の鬼を竈門禰豆子(かまどねずこ)と言った。」

 

 

「炭治郎に禰豆子か。覚えたぞ。」

 

 

「話はこんなところだ。」

 

 

「分かった。知らせてもらえて助かった。」

 

 

「礼を言うのはこちらの方だ。ありがとう。」

 

 

「気にするな・・・要件も済んだし俺はこれで失礼する。」

 

 

「そうか。またな。」

 

 

「じゃあな。」

 

 


 

 

鬼殺隊を目指す兄に鬼になった妹か・・・

これはそのうち一波乱ありそうだな。

 

 

「啓。」

 

 

後ろから突然声をかけられる。

振り向くとそこには獪岳がいた。

 

 

「おお、獪岳か。柱就任おめでとう。」

 

 

「ありがとう。お前のおかげだ。」

 

 

「・・・柱になった俺の知り合いは揃ってそう言うが俺は何もしていないぞ。」

 

 

「そんなことはないさ。お前と出会ったから今の俺がある。」

 

 

「そうか・・・まあいい。これからも励めよ。」

 

 

「ああ、ではな。」

 

 

順当に戦力が整っていくな。

御館様曰くまだ柱の席を増やすつもりのようだしこれからも戦力増強が望めるな。

 

・・・形的に後輩となる奴らに負けてはいられないな。

これからも励むとしよう。




ちょっと今回は短くなりましたね。
義勇と錆兎が竈門兄妹と出会いました。
原作開始ですね。
そして伊黒さんと獪岳が柱入りです。
伊黒さんは原作通りですが獪岳が柱入りはこの小説くらいじゃないでしょうか。
獪岳闇堕ち防止したり魔強化したらとなんやかんや獪岳優遇してますね。


そして次、オリジナルの話を一話挟みたいと思います。
どうぞお楽しみに。


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第肆拾参話 原点

指令を受けそこに向かうと、二体の鬼がいた。

 

 

 

「死ねええええ!!」

 

 

「食事だあああ!!」

 

【飛天御剣流 龍巻閃 凩】

【龍の呼吸 壱ノ型 龍閃】

 

 

身をひねり、回り込むようにして片方の首を落とす。

そのまま回転の勢いを乗せてもう片方の首も落とす。

普通の鬼にはやはり特に苦戦する要素もないな・・・

 

首を落とされた身体が消滅していく。

呆気なかったな。

 

 

 

五分程歩いた。

すると、少し離れたところに天元の姿がある。

抜刀してる様子を見るとあいつも任務中だろうか。

折角だし手伝ってやろう。

 

「天元、任務中かー」

 

言葉が出かかったところで、唐突に何かが天元に突っ込んでくる。

天元の方に目をやると・・・

 

 

 

 

刃が天元の肩を貫いていた。

 

 

 

 

「・・・!?」

 

 

すぐさま天元を助けるべく縮地で迫る。

すると対象がこちらに気づいてか後ろに引く。

 

 

「天元、何があった?」

 

 

「啓か、ちょうどいい・・・あいつは派手にやべえぞ。」

 

 

「あいつ・・・?」

 

 

天元の視線の先に目を向ける。

すると、そこには随分大柄な鬼がいた。

長い髪を結い、白外套を羽織った鬼だ。

その手には刀が。

 

問題はそこではない。

俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

探せ、頭の隅まで。

辿れ、記憶の端まで。

 

 

すると、突如頭痛が走り、知らない記憶が流れ込んでくる。

 

 

「が・・・ッ。」

 

 

「啓!?」

 

 

分かった。分かってしまった。

あれが誰なのか。

 

 

「何故・・・何故貴方がここに・・・!?」

 

 

思わず声を漏らすと、天元が尋ねてくる。

 

 

「啓、知ってるのか?」

 

 

「ああ・・・あいつは・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛天御剣流開祖・・・比古清十郎(ひこせいじゅうろう)!!」

 

 

 

 

 

 

「おい・・・飛天御剣流っつーとお前の・・・」

 

 

「そうだ・・・俺の一族が代々引き継ぐ剣術だ。」

 

 

「てことは・・・あれは。」

 

 

「ああ・・・飛天御剣流の原点にして、俺の祖先にあたる・・・!」

 

 

「マジかよ・・・なんで鬼になってんだよ・・・」

 

 

「・・・初代は突如として行方不明になったんだ。加えて始まりの呼吸の剣士と共に鬼舞辻無惨と戦った。おそらく、その後に・・・」

 

 

「そういうことかよ・・・けっ、随分苦戦を強いられそうだな・・・」

 

 

「・・・・・・・・・やっと、見つけたぞ。」

 

 

初代が口を開く。

 

 

「主に命じられてからしばらく探したんだぜ・・・?」

 

 

「主・・・鬼舞辻かよ。」

 

 

「ああそうだ・・・主はてめえの死をお望みだからな。ここで死んでもらうぜ。」

 

 

「・・・そう簡単にいくと思わないことだ。」

 

 

「ふん・・・やってみりゃあ分かるさ。」

 

 

初代が刀を構える。

凄まじい闘気・・・これが原点か。

だが、鬼となった以上慈悲をかけるつもりはない。

子孫として、先祖の不始末は俺がつける。

 

 

「・・・・・・参るッ!!」

 

 


 

 

咆哮と共に清十郎が啓に迫る。

打ち合う直前、啓が宇随に耳打ちする。

 

 

「すぐに止血と縫合。可能なら掩護を。」

 

 

「悪い・・・了解だ。」

 

 

少し下がって宇随が呼吸による止血を始める。

と、同時に啓が清十郎の刀を受け止める。

 

 

(重い・・・体格に恥じぬ膂力だ・・・!)

 

 

「ほう・・・いい粘りだ・・・」

 

 

数秒拮抗した後、清十郎が上に飛ぶ。

 

 

(これは・・・!)

 

 

何かを予知した啓は後ろに大きく跳ねる。

その瞬間、まるで隕石のように刀が振り下ろされた。

 

 

飛天御剣流 龍槌閃

 

 

それは紛れもなく啓が見知った技だった。

 

 

「・・・龍槌閃。やはり・・・」

 

 

「おん?知ってんのか?」

 

 

清十郎が疑問を浮かべる。

それを見てさらに啓は疑問を浮かべる。

 

 

(どういうことだ・・・?鬼舞辻から俺について知らされているのではないのか・・・?)

 

 

疑問は拭えぬまま、啓が仕掛ける。

一瞬で清十郎の懐に潜りこむ。

 

 

「速ー!?」

 

 

【飛天御剣流 龍翔閃】

 

 

峰に手を片手を添え、飛翔とともに斬り上げる。

その刃は清十郎の顔を捉える。

 

 

「飛天御剣流・・・なんでてめえが使える・・・?」

 

 

「答える義理はない。」

 

 

「はッ・・・人様から盗んだ技術振りかざしたァいい度胸だな・・・」

 

 

(言わせておけ・・・あいつがなんと言おうとこの剣は父上から引き継いだ物だ。)

 

 

清十郎が挑発気味に言い放つが、啓は聞き流す。

 

 

「・・・だんまりか。まあいい・・・」

 

 

返事は刃で、と言わんばかりに啓が踏み込む。

力強い踏み込みから放たれる斬撃は、炎を纏っているかのようだった。

 

 

【炎の呼吸 伍ノ型 炎虎()

 

 

烈火の猛虎の如き斬撃。

清十郎の刀を持っていない方の腕が落とされる。

 

 

「ほう・・・なかなかやるな。」

 

 

(随分冷静だな・・・厄介極まりない。)

 

 

「いやあ・・・にしても聴覚だけで戦うってのは随分大変なもんだな・・・」

 

 

「・・・は?」

 

 

そこで啓は初めて気づく。

清十郎が、()()()()()()()()()()

 

 

(クソ・・・何かがおかしいと思ってはいた。刀を振るってから当たる直前に少し動いてそれとなく急所を避けていたことに。)

 

 

「最近喰ってねえからこれ以上傷増やすと不味いかもしれねえな・・・っつーわけで・・・」

 

 

清十郎の目が見開かれる。

なんの変哲もない動作だった。

しかし、啓は驚きを隠せない。

その動作が、何故啓に動揺を誘ったのだろう。

答えは一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

その目には、【上弦】【零】と、そう刻まれていたのだ。

 

 

 

 

 

(馬鹿な・・・上弦は壱から陸までじゃないのか・・・?零など聞いたことが・・・)

 

 

「おい、何油断してんだ?」

 

 

「ーッ!?」

 

 

凄まじい速さで間合いを詰め、刀を振り下ろす清十郎。

が、その刀が啓を傷つけることはなかった。

 

 

「っぶねぇ・・・なッッ!!」

 

 

宇随だ。

止血と縫合を終えた宇随がすんでのところと啓と清十郎の間に割って入った。

そのまま弾き飛ばす。

 

 

「天元!」

 

 

「遅くなったな。さあ、反撃とい「おい、割り込むんじゃねえよ。」」

 

 

宇随が最後まで言葉を紡ぐことはなかった。

再び凄まじい速さで間合いを詰めた清十郎がそのままの勢いで蹴りを叩き込んだのだ。

10メートルほど飛ばされる宇随。

 

 

「な・・・ッ・・・天元ッ!!??」

 

 

「何、死んじゃいねえよ。邪魔だから眠ってもらっただけだ。」

 

 

飄々と言い放つ清十郎。

 

 

「・・・貴様ァ!!」

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃 凩】

 

 

まわりこむやうにして背中に一撃を叩きこむ。

が、清十郎は前を向いたまま、腕だけで防御する。

 

 

「てめえがどういう経緯でその技を身につけたのかは知らねえが・・・まだまだだな。」

 

 

(嘘だろ!?今のを防御するのか・・・!)

 

 

「その技はなあ・・・こうやんだよ。」

 

 

飛天御剣流 龍巻閃 凩

 

 

同じようにして技を放つ清十郎。

その速度に啓は追いつけない。

背中を大きく斬られてしまう。

 

 

「がぁッ!?」

 

 

あまりの痛みに声を上げる啓。

鬼殺隊として活動を始めてから最も大きなダメージとなるだろう。

 

 

(全く見えなかった・・・!)

 

 

すぐさま止血を試みる啓。

息が乱れていたものの、流石の精度で止血に成功する。

 

 

「ほう・・・この一瞬で止血するたあ、どんな芸当だ?」

 

 

「さあな・・・自分で実践してみたらどうだ・・・」

 

 

「生憎そいつあ出来ねえな。俺は鬼だからすぐ塞がっちまう。」

 

 

「・・・嫌味か。」

 

 

(非常に不味いぞ・・・天元の意識は戻らない。まして他の隊士の援軍も望めない。なによりこいつは強すぎる。上弦の壱に引けを取らない強さだ・・・!こうなったら痣を・・・)

 

 

「・・・お前、まだ全力じゃねえだろ。」

 

 

啓の様子を伺い、指摘する清十郎。

啓は唐突かつ正確な指摘に焦る。

 

 

(こいつ・・・なぜ分かる?)

 

 

「なんでわかった、みてえな顔してんな?そんなことはいいからとっとと本気出したらどうだ?今てめえの前にいるのはてめえが本気を出そうが手の届かない相手だぜ?ならせめて本気を出して散ったらどうだ?」

 

 

(・・・やるしかないか。)

 

 

啓が呼吸を整える。

心拍数の上昇と同時に体温が急上昇する。

程なくして、啓の左頬に痣が発現する。

 

 

「・・・体温が上がったな。心臓が活発になったと思ったらまた落ち着きやがった。どんな芸当だ?」

 

 

清十郎からは啓の痣が見えていない。

啓が横をむく形になっているためだ。

 

 

「おい、なんか答えてくれてもいいんじゃねえか?」

 

 

その言葉を皮切りに、啓が姿を消す。

痣を発現させた状態での全速力の縮地。

その速さは音すらも置き去りにする。

予想以上の能力向上に清十郎は初めて驚く。

 

 

「ほう・・・やりゃあそこそこ出来んじゃねぇか。」

 

 

清十郎に背中を向ける形で啓がその姿を現す。

握る刀は血で染まっている。

 

 

「あん・・・?」

 

 

その瞬間だった。

清十郎の全身に傷が浮かび始める。

顔、胴体、脚。至る所に。

 

 

「どうなってんだ・・・全て防いだはずだが。」

 

 

(・・・そうか、こいつ、首を狙う攻撃だけ遅くしたんだ。そうすることで緩急の差で俺は気づくことなく身体を斬り刻まれる。やるじゃねえか。)

 

 

 

清十郎が心の中で僅かばかりに感心していたところに、啓が予備動作無しで斬りかかる。

狙うのは首。

 

 

「おっと・・・首は取らせねえぞ。」

 

 

目が見えないにも関わらず清十郎が攻撃を防ぐ

拮抗することなく、啓が間合いを取る。

 

 

「全く・・・再生するから構わねえがぼんやりとしか見えねえじゃねえか・・・まあいい。あんま長引かせるわけにもいかねえし次で決める。構わねえな?」

 

 

「・・・どうでもいいが、俺が勝つぞ。」

 

 

「へっ、ほざきやがる・・・行くぞ。」

 

 

両者纏うものがガラリと変わる。

互いが互いを仕留めんと構える。

張り詰めた空気。

辺りに満ちる束の間の静寂。

その静寂を破るのは両者の踏み込みだった。

地を砕かんばかりの重い踏み込み。そこから放たれるのは九つの斬撃。

九頭龍が二匹、衝突する。

 

 

 

 

 

 

 

【飛天御剣流 九頭龍閃】

 

 

飛天御剣流 九頭龍閃

 

 

 

 

 

 

壱、弐、参、肆、伍、陸、漆、捌、玖。

全力を持って振るわれる。

互いが一発ずつくらい、最後の突きは正面から衝突する。

全身全霊で放たれ、ぶつかりあった突きは火花を散らす。

数秒の拮抗を破ったのは啓。

一瞬で刀を弾き、構え直す。

呼吸を再び整え、振るわれる刃。

 

 

【全集中 龍の呼吸 壱ノ型 龍閃】

 

 

その刃を清十郎は正面から受けることは不可能と判断し、回避を選択する。

再び向き直った両者。

そこで初めて清十郎は変貌を遂げた啓の姿を目にする。

 

 

「なんだ、その痣は。そいつはまるで・・・」

 

 

何かを言おうとしたところで、唐突に清十郎が頭を抱え始める。

あろうことか己の刀を地に落とし。

 

 

「なんだこれは・・・!?知らねえ、俺はこんな記憶・・・がぁぁぁぁぁ!!」

 

 

のたうち回る清十郎。

呆気に取られていた啓だが、気を取り直し清十郎にトドメをさそうと構え直す。

 

 

(よく分からんが構わない!これで終わりだ・・・!)

 

 

啓がトドメを刺そうとしたその瞬間、突如地面が開く。

啓はそれに見覚えがあった。

 

 

(これは、上弦の弐の時の・・・!)

 

 

一瞬追おうとした啓だが、すぐさま歩みを止める。

 

 

(あの先はおそらく鬼共の本拠地。十二鬼月の連中に加えおそらく鬼舞辻もいる・・・俺一人で乗り込んでも無駄死するだけだ。)

 

 

落ちていく清十郎。

悲鳴に近い呻き声を上げながら姿を消す。

何も無かったかのように訪れる静寂。

危機が去ったことに安堵した啓は刀を納める。

 

 

「啓・・・終わった・・・のか?」

 

 

後ろから目を覚ました宇随が歩み寄ってくる。

骨が折れているのであろう。蹴りをくらったあたりを抑えている。

 

 

「いや・・・逃げら・・・あれ、おかし・・・いな・・・?」

 

 

突如啓の視界が揺らぐ。

理由は明白。先程の撃ち合いでくらった傷だ。

衝突の衝撃で本来打ち込まれた場所からずれ、胸の辺りを大きく斜めに裂かれている。

啓は今に至るまでその傷に気づかなかった。

その間に流れた血は、啓が意識を失うのには十分だった。

 

 

「な・・・あ・・・?」

 

 

「おい啓!しっかりしろ!!おい!!!」

 

 

叫ぶ宇随。

しかしそれとは裏腹に啓は膝をつく。

そのまま意識を失い、倒れ込む。

 

 

(クソ・・・意識を保てない。血を流しすぎた・・・不味いな・・・これは。)

 

 

危機を覚えたものの、既に遅かった。

流れた血は戻らない。

最後に聞いたのは、宇随の悲痛な叫び声だった。




というわけでこの小説オリジナルの敵、上弦の零登場です。
啓が作中で言っていたように、始まりの呼吸の剣士と共に記憶に出てきた飛天御剣流の始祖です。
本来「比古清十郎」の名前は飛天御剣流を継承した者に受け継がれますがこの小説ではそのしきたりはなかったということでお願いします。

感想で頂いたるろうに剣心の登場人物、るろうに剣心の要素をここで出していこうと思います。
ここからさらに登場人物を増やすかは今のところ未定です。
希望が多ければ検討したいと思います。
ではまた。


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第肆拾肆話 清算されし過去

『縁壱よ・・・お前はどこへ向かう。』

 

 

『分からない・・・もはや鬼殺隊に私の居場所はない。鬼を斬りながら放浪でもしよう。』

 

 

『・・・お前が望むなら、俺らと・・・』

 

 

『・・・私にそんな資格はない。命果てるまで鬼を狩り続けるのが私の責務であり使命なのだ。』

 

 

『縁壱・・・』

 

 

『さらばだ清十郎。我が友よ。』

 

 

(なんだ・・・なんの記憶だこれは。)

 

 

 

啓は精神世界にて目を覚ます。

目の前に移るのは自分ではない誰かの記憶。

場面は転換する。

視点は襖の奥の何かに移る。

視線の先には布団に伏せる老人と傍によりそう男性。

 

 

『・・・はは、俺も歳には勝てねえか・・・』

 

 

『父上・・・』

 

 

『ふん、無様だな。飛天御剣流の剣士よ。』

 

 

『誰だお・・・がッ・・・』

 

 

突如現れた秀麗な男が老人の息子と思わしき男の胸を貫く。

 

 

『〜〜〜!!!貴様ァァァァァ!!!』

 

 

『老いても尚凄まじい闘気だな。やはり貴様は私の駒として働いともらおう。』

 

 

『ほざけえええええええ!!!』

 

 

『喧しい。』

 

 

『ごッ・・・!』

 

 

『鳴女。』

 

 

男が立ち上がった老人の首を掴み、虚空に向かって呟くと突如地が開き、落ちるように消えていく。

 

 

『父上・・・おじい様・・・?』

 

 

視点の主がか細く呟く。

 

 

(これは・・・祖先達の記憶なのか?とすると、連れてかれたのは清十郎、殺されたのは二代目、今のこの視点は三代目・・・?)

 

 

(以前にもあったな・・・おそらく、最初の人物は始まりの呼吸の剣士。話しかけられないのがもどかしいな・・・)

 

 

突如、世界が黒に覆われる。

先程まで見えていたものは何も見えなくなる。

直後、啓の意識も暗転した。

 

 


 

 

「う・・・・・・」

 

 

「む、目を覚ましたか。」

 

 

「・・・行冥、さん。」

 

 

目を覚ますとそこには行冥さんがいた。

 

 

「待っていろ、今カナエとしのぶを呼んでくる。」

 

 

少ししてカナエとしのぶが部屋に駆け込んでくる。

言葉を交わす前にしのぶに抱き締められる。

 

 

「良かった・・・本当に良かった・・・!」

 

 

「しのぶ・・・痛い。」

 

 

「あ、ごめんなさい・・・」

 

 

痛みを訴えるとすぐに離してくれる。

傷がどうこうではなく抱き「締め」られたことによる痛みである。

 

 

「啓君、今回ばかりは私も焦ったわよ。」

 

 

「迷惑をかけたな・・・それで、俺はどのくらい?」

 

 

「・・・1ヶ月。啓君が意識不明のまま運び込まれてから1ヶ月が経過したわ。」

 

 

「1ヶ月・・・だと・・・!?」

 

 

あまりの長さに驚愕する。

(下弦の壱)と対峙した時でさえ二週間だったはず。

確かに負った傷の度合いは明らかに違うが・・・ここまでとは。

 

 

「かなり出血が酷くてね・・・宇随さんの応急処置がなかったら確実に間に合わなかったわ。」

 

 

「そうか・・・天元にも礼を言わないとな。」

 

 

すると、唐突に部屋の扉が開かれる。

 

 

「啓!!」

 

 

部屋に入ってきたのは獪岳。

域を切らしているところをみるとかなり急いで来たようだ。

 

 

「目ぇ覚ましたんだな・・・良かった・・・」

 

 

「心配かけたな。」

 

 

「久しいな・・・獪岳。」

 

 

「・・・悲鳴嶼さん。」

 

 

「・・・もう先生とは呼んでくれないか。」

 

 

「俺には・・・そんな資格はありません。」

 

 

「・・・今は啓の意識が戻ったことを喜ぼう。」

 

 

「・・・はい。」

 

 

どうやら、二人は過去に一悶着あったようだ。

少し気がかりだな・・・

 

 

「・・・顔を見たら安心した、俺は戻る。」

 

 

獪岳が足早に去る。

後ろめたさ、だろうか。

何かを負い目のようなものを獪岳から感じる。

 

 

「とりあえず、御館様にも知らせなきゃね。一度お見舞いに来てくださったのよ?」

 

 

「そうか・・・色々な人に迷惑をかけてしまったな。報告もせねば。」

 

 

「事の粗方は宇随さんから聞いています。何でも、上弦の零が現れたとか。・・・しかも、その上弦の零は啓さんの祖先と。」

 

 

「・・・その通りだ。間違いなく俺の祖先・・・飛天御剣流の開祖だ。」

 

 

「そのような人物が鬼に・・・嗚呼、なんということだ・・・しかも啓の様子から察するに、相当の使い手なのだろう・・・」

 

 

「はい。歴代最強と言われていた初代が鬼の強さを手に入れた・・・その強さは上弦の壱に並ぶほどでした。」

 

 

「・・・柱が三、四人は必要になるかしら・・・」

 

 

各々が感想を告げる。

事実、初代の強さは凄まじい物だった。

痣を発現した状態でも互角・・・いや、劣勢だったな。

奴は間違いなく本気と言いつつ手を抜いていた。

互いに九頭龍閃を打ち込む際、一瞬闘気が和らいだのを感じたからな・・・

 

 

「かなり、不味いことになってきたかもしれないな・・・」

 

 


 

 

意識を失っている間、全集中・常中の維持が途切れていたようだ。

以前は維持出来ていたのだが・・・

それに伴い身体能力が随分退化してしまった。

維持を試みるも肺が悲鳴を上げ、身体は硬くなってしまった。

とはいえ、柱として練り上げてきた心·技·体はそれなりのものだったようで、上級隊士並まで落ちるに留まってくれた。

機能回復訓練と共に鍛錬を重ねていけば元に戻るのに苦労はしないだろう・・・

 

今は機能回復訓練を終えた帰りである。

しばし休息を取るため部屋に戻っているところだ。

 

扉に手を掛けたところで、部屋の中から声がすることに気付く。

獪岳と行冥さんだ。

俺の様子を見に来たところで互いに鉢合わせたのだろう。

 

 

「・・・聞かせてはくれないか。お前が唐突に姿を消した理由を。」

 

 

「・・・俺には、それを話す責任があります。ですがその前に・・・啓、分かっているから入ってきてくれ。」

 

 

獪岳に声をかけられる。

バレてたか・・・

 

 

「・・・すまないな、戻ってきたところで声がしたもので。」

 

 

「構わない、啓も聞いてくれ。」

 

 

「私も構わない・・・それで、何故唐突に寺を去ったのだ?」

 

 

「・・・俺は、悲鳴嶼さんの目が見えないのを良いことに寺の金を盗んでいたんです。当時の俺には別にそれで何をしようという意思があった訳ではありませんが。」

 

 

「・・・」

 

 

「それが他の奴らにバレて、詰め寄られました。当時の俺はそれに反発し、そのままの勢いで寺を飛び出しました。それが真相です。」

 

 

俺が口を挟むことは無い。

この二人の問題なのだ、黙って傍観していよう。

 

 

「・・・お前が出ていった後の話をしよう。その日の夜だった。私たちの寺を襲ったのだ・・・」

 

 

「・・・!?そんな・・・他の奴らは・・・他の奴らはどうなったんですか。」

 

 

「・・・沙代を残して、全員鬼に殺されてしまった。」

 

 

「・・・あ・・・ああ・・・」

 

 

獪岳の顔が真っ青になる。

口をぱくぱくと震わせる。

 

 

「そんな・・・嘘だ・・・」

 

 

「・・・本当だ。無我夢中で鬼を殴り続けていたら、いつしか鬼は消滅していた。・・・気が触れたのか、沙代は私を犯人とし、駆けつけた大人達に私は捕縛された。死刑囚として時間を過ごしていた中、御館様が私を救ってくださったのだ。そうして私は鬼殺隊になった。」

 

 

「・・・そんな・・・そんなのあんまりだ・・・」

 

 

「・・・獪岳。」

 

 

「はい・・・?」

 

 

行冥さんが獪岳の頭に手を乗せる。

獪岳は何がなんだか分からないという表情だ。

 

 

「・・・なんですか・・・この手は。」

 

 

「・・・お前のやった事は、簡単に許されることではない。だが・・・お前が無事で良かった・・・」

 

 

「・・・俺には、そんな言葉をかけられる資格は・・・」

 

 

「良いんだ。お前はひたむきに頑張ったのだろう?その証拠が今のお前だ。自分に負い目を感じるならその分人の役に立つといい。・・・子を許すのも親の務めだ。共にこれから頑張ろう・・・」

 

 

「・・・悲鳴嶼さん・・・・・・はい。必ず。」

 

 

「・・・一件落着、でいいんですかね?」

 

 

「ああ・・・見苦しいところを見せてしまったな、啓。」

 

 

「いえ、お気になさらず。」

 

 

もう心配はいらないだろう。

行冥さんの過去には驚いたが・・・

この組織は重い過去を背負った人物は少なくない。

そんな人間だからこそ、強くなれるのかもしれないな・・・

 

 


 

 

時は一ヶ月前に遡る。

鬼の根城にて、鬼舞辻無惨が一人の部下を見つめていた。

 

 

「まさか、記憶がもどりかけるとはな・・・危ないところだった。」

 

 

目線の先の部下は、意識を失っている。

 

 

「こいつを支配下に置いてから数百年・・・とうとうこいつを鬼にすることに成功したと思いきやだ。しかし、使いものになることは証明された。」

 

 

無惨が胸の辺りを抑える。

その顔は苦痛に歪んでいた。

 

 

「貴様らにつけられたこの傷・・・未だ癒えることはない。この傷の清算はこれからの働きによってつけてもらうぞ。比古清十郎・・・」

 

 

無惨は一人嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




色々と過去に関わる話でしたね。
ちょっと獪岳と悲鳴嶼さんのくだりあっさりとしすぎたかな・・・と後悔しています。
次回からさらに話を進めていきます。


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第肆拾伍話 世代

一九一四年 五月

 

 

上弦の零と遭遇してから一年と少しが経過した。

この一年の内にさらに鬼殺隊の戦力が整った。

新たに二名の柱が誕生したのだ。

【恋柱】甘露寺蜜璃と【霞柱】時透無一郎だ。

俺が1ヶ月程眠っている間、なんと蜜璃は鬼殺隊へ入隊しており、杏寿郎の継子となっていたのだ。

俺と杏寿郎に独自性があると見なされてからは自分で試行錯誤しながら鍛錬を重ね、ついに俺と同じように新たな呼吸を創り出した。それが【恋の呼吸】である。

そして無一郎。

無一郎の才能は凄まじいもので、なんと剣を握って二ヶ月で柱となったのだ。

何回か稽古をつける時があったのだが、その度に見違えるほど強くなっていて驚愕したものだ。

この二人の加入により、今代の鬼殺隊は過去最高の戦力となっただろう。

【炎柱】【水柱】【水柱補佐】【風柱】【鳴柱】【岩柱】【音柱】【蛇柱】【恋柱】【霞柱】【蟲柱】【龍柱】

 

最高位にあたる人物が十二人。

歴代の記録を見ても明らかだらう。

・・・俺たちの代で鬼との決着をつけられればいいのだが。

 

 

「啓さん。」

 

 

「ああ、すまないカナヲ。」

 

 

今はカナヲと稽古中なのだ。

来年に最終選別に望む予定らしい。

足繁く蝶屋敷に通っていたおかげか、最近しのぶ達と話す時と同じように接してくれるようになった。

まだ銅貨で物事を決める癖はあるようだが・・・

 

 

「さあ、打ち込んでこい。」

 

 

「はい。」

 

 

呼吸で身体能力を上げつつ打ち込んでくる。

かなりいい筋をしている。

型も一部扱えるようだしあと一年もあればなんの問題もない仕上がりになるだろう。

 

 

「踏み込みが浅い。あと力が入りすぎだ。」

 

 

「・・・はい!」

 

 

木刀をいなしながら指摘を投げかける。

するとすぐさま修正してくる。

 

 

「よし、今日はこんなものでいいだろう。お疲れ様。」

 

 

「ありがとう・・・ございました・・・」

 

 

息を切らしながらも礼を述べるカナヲ。

するとそこにカナエがやってくる。

 

 

「二人ともお疲れ様。お昼にしましょう?」

 

 

「ああ、分かった。」

 

 

「はい。」

 

 


 

 

昼食を済ませ、庭先で精神統一する。

全集中・常中の精度を極限まで高める。

限界の更にその先を目指して。

すると、段々と全てが透き通って見えてくる。

最近、痣を発現せずとも透き通る世界に至ることができるようになった。

やはり極限の集中が鍵となるのだろうか。

 

 

「・・・よし。」

 

 

全集中・常中を緩め、庭に出る。

庭の真ん中に立ち、刀を抜く。

大きく、さらに大きく呼吸を行い心拍を波打たせ、血流を加速させ、熱を増す。

身体が燃えるような感覚に包まれる。

それと同時に心拍を落ち着ける。

痣の発現から心拍数の安定まで、随分楽にこなせるようになった。

 

身体から沸き立つ力。

それをもってして刀を万力の握力で握る。

みるみるうちに赫に染る刀。

未だに痣を発現させなければ赫刀に出来ない。

こればかりは痣なしでは不可能かもしれないな。

 

そのままの状態で型を出す。

周りに被害を出すような型はさすがに出せないが・・・

 

 

 

 

そうして一時間程経ったところで切り上げる。

痣を消すべく呼吸を落ち着かせ、体温を下げる。

熱が抑えられるのを感じ、刀を納める。

水を飲むべく台所に向かう。

 

そこにはしのぶがいた。

 

 

「・・・あら?啓さん?・・・どうしたんです、その左頬。」

 

 

「・・・え?」

 

 

「その痣ですよ。いつもは痣を消しているはずですよね?」

 

 

「ああ・・・消したはずだが・・・」

 

 

「ちょっと待っててくださいね。」

 

 

しのぶが部屋から手鏡を持ってきてれる。

そこに写る俺の顔には、確かに痣が浮かんだままだった。

実際に見るのは始めてだ。

口元から耳の辺りに向かって炎とも龍ともとれる痣が浮かんでいる。

いや、今はそこじゃない。

 

 

「・・・何故だ。」

 

 

確かに体温は下げたはず。

・・・まさか、俺も始まりの呼吸の剣士とその仲間と同じ域に達したのか?

その人達は全員痣が常に発現していたようだ。

そして、始まりの呼吸の剣士を除いて全員二十五歳を迎える前に死んだ。

理由は定かではないが必ず痣の代償を抑える方法があるはず。

それが心拍の抑制だとは思うが・・・

 

 

「啓さん、一応御館様に知らせを飛ばしておきましょう。」

 

 

「そうだな・・・」

 

 

弥生に頼んで文を送る。

 

 

「とりあえず、試してみたいことがある。」

 

 

「なんですか?」

 

 

「この状態での身体能力だ。あの力が常に保たれるようなら全集中・常中の練度を上げていくようにさらに上を目指せるかもしれない。」

 

 

「・・・確かに。」

 

 

というわけで再び庭に出る。

同じように刀を抜き、握り締める。

すると先程同様、赫に染る。

 

 

「・・・やはり、あの力のままだ。」

 

 

「でも、大丈夫なんでしょうか・・・その、寿命に関して・・・」

 

 

「それに関してはなんの確証もない。だが確実になんとかする術はあるはずなんだ。俺がダメでも、他の奴の時はせめて・・・」

 

 

「・・・ダメですよ、そんなの。」

 

 

しのぶが声を震わせる。

 

 

「私は・・・啓さんにだって死んで欲しくないんです。」

 

 

俯きながら羽織を掴んでくるしのぶ。

僅かばかりに身体が震えているのを感じる。

 

 

「・・・すまない。不安にさせた。」

 

 

「・・・お願いですから、急に私たちの元からいなくならないでくださいね。約束ですよ?」

 

 

「ああ、約束する。」

 

 

「じゃあ、指切りしましょう。破っちゃダメですからね?」

 

 

「・・・ああ。」

 

 

悲しそうな表情から僅かに笑みを浮かべてくれる。

しのぶが悲しんでいるところは・・・見たくはないな。

 

 


 

 

翌日、町で偶然会った獪岳と昼食を共にする。

あの後痣は再び消えた。よく分からないな・・・

 

 

「聞いてくれよ啓、先生のところに新しい弟子が来たんだけどよ、そいつがとんでもないヘタレなんだ。」

 

 

「ヘタレ、というと?」

 

 

「そのままだ。泣いて弱音を吐いてばかりで録に鍛錬を積もうとしねえらしい。・・・先生に迷惑かけるんじゃねえよってな。」

 

 

どうやらなかなかの曲者らしい。

この話で思い出しだが、どうやら錆兎と最近義勇の継子になった真菰が例の鬼の妹を連れた兄に稽古をつけているようだ。

やはりというべきか鬼殺隊を目指しているらしい。

その鬼の妹はしばらく眠ったまま目を覚まさないらしい。

死んではいないようだが・・・

 

 

「まあ、兄弟子であるお前が道を示してやればいいんじゃないか?」

 

 

「・・・まあな。かつてお前にやってもらったように、不器用ながらやってみるさ・・・」

 

 

「それがいい。」

 

 

獪岳としても、別にそいつを見捨てるつもりはないらしい。

桑島さんのしごきならそのうち何とかなるだろう・・・多分。



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第肆拾陸話 日との出会い

ついにあのキャラと出会います。


一九一五年 二月

 

 

「カナヲが帰ってきました!!」

 

 

「おお、今行く。」

 

 

最終選別のために十日程前に蝶屋敷を発ったカナヲが帰ってきたようだ。

見送る時は多少心配になりはしたが必ず戻ってくるだろうという確証があった。

元柱一人と現柱二人による指導を受けたのだ、最終選別で戦うような鬼はもはや相手にならないだろう。

 

 

 

 

玄関で皆でカナヲを出迎える。

特に目立った傷は無さそうだ。

視界に入った瞬間、カナエがカナヲに抱きつく。

 

 

「よく頑張ったわねえ・・・偉いわカナヲ。」

 

 

それに同調して全員が労いの言葉をかける。

一通りもみくちゃにされた後、カナヲが言葉を紡ぐ。

 

 

「アオイ、きよ、すみ、なほ、カナエ姉さんにしのぶ姉さん、そして啓さん。・・・ただいま。」

 

 

カナヲが笑顔と共に帰還の言葉を述べる。

それを見たカナエはまた抱きつく。

 

 

「久しぶりのカナヲの笑顔!ああ可愛いわあ・・・!」

 

 

「姉さん!カナヲが白目剥いてるから!!離して!!」

 

 

「どれだけ強い力で抱き締めたんだか・・・」

 

 

「あら、ごめんなさいね?」

 

 

姉バカとはこの事か・・・

 

 


 

 

翌日、義勇と錆兎、獪岳と昼食を共にしている。

前々より自分達が面倒を見ていた子達の最終選別が終わった時にはこうして食事をしようと決めていたのだ。

仮に帰ってこないことがあったらこんなことしていられないだろうが、全員絶対に帰ってくるという確証があったのだ。

 

 

「いやあ、帰ってきた時はもうホッとしたぞ。」

 

 

「全くだ。あんなにヘタレだったあいつが立派になったもんだ・・・」

 

 

「なんだかんだ獪岳は心配していたもんな。」

 

 

「・・・」

 

 

四者四様の想いを述べる。

・・・いや、約一名鮭大根に没頭しているから三者三様か。

 

 

「義勇・・・お前はブレないな。」

 

 

「・・・炭治郎ならば、必ず帰ってくると信じていた。故にそこまでの感慨は湧かない。」

 

 

「よく言う・・・自分はあの時二人を傷つけてしまったから指導をする資格などないと決め込み、俺の話を聞くだけであれ以来会っていないにも関わらず不安でソワソワしていたのにな。」

 

 

おい待て二人とか言ったら・・・

獪岳には鬼の妹・・・禰豆子のことは聞かせていない。

知っているのは俺と水の呼吸一門、御館様のみだ。

 

 

「うっ・・・それを言うな、錆兎。」

 

 

「事実なのかよ・・・二人って?」

 

 

獪岳が失笑気味に呟く。

ほら疑問持たれたじゃないか・・・

 

 

「あー・・・義勇は炭治郎と出会った時、叱責と共に炭治郎を殴り飛ばしたんだよな。甘えるな!!!って感じで。それを見ていた妹も。」

 

 

悪いのは錆兎だが、連帯責任ということで少々話をねじ曲げて説明する。

この言い方では完全に義勇が悪者である。

許せ義勇・・・

 

 

「は・・・?義勇、お前・・・」

 

 

「・・・!?」

 

 

「んッ・・・その通りだ。全く義勇ときたら・・・」

 

 

錆兎が吹き出しかけながら同調する。

悪いやつだ。

 

 

「・・・・・・恨むぞ。」

 

 

義勇が憎しみを込めた目でこちらを見てくる。

仕方ないので耳打ちする。

 

 

「・・・鮭大根五食奢り。」

 

 

「ああ、全て事実だ。申し訳ないと思っている。」

 

 

買収成功である。

 

 

「んふッ・・・」

 

 

錆兎が耐えきれず吹き出す。

いや、俺もちょっと危なかった。

 

 

「・・・水の呼吸ってヤバいやつばっかなのか?」

 

 

「さあな・・・まあそんなことは置いといて、獪岳、お前のとこ・・・善逸といったか?確か壱ノ型しか使えなかったよな?」

 

 

「ああ、その通りだ。しかも何故か気絶した時やたら強くてな・・・稽古中に頭を強打した時に打ち込んできた霹靂一閃は凄まじいものだった。鍛錬を積みまくれば俺より速いかもな。」

 

 

「そんなにか・・・期待が高まるな。」

 

 

「ああ・・・で、啓。そっちはどうなんだ?」

 

 

「カナヲか。ひたすらに筋が良いぞ。引退したとはいえ軽い鍛錬は続けていたカナエが一本取られたくらいだ。」

 

 

「それはなかなかに・・・」

 

 

「今年の新人は有望だな。」

 

 

「・・・ああ。」

 

 

そんなこんなで会話しつつ飯を食べていたら結構な時間が経っていた。

あまり居座っても悪いし会計して出ることにする。

 

 

 

 

「・・・じゃあ、またな。」

 

 

「おう。」

 

 

「・・・さらばだ。」

 

 

「じゃあな。」

 

 

俺、獪岳、義勇と錆兎はそれぞれ別の方向に歩いていく。

さて、帰って内職するか・・・

 

 


 

 

三月下旬

 

 

「行冥さん、あれが?」

 

 

「そうだ・・・」

 

 

今は行冥さんの屋敷に来ている。

興味深い話を行冥さんから聞いたのだ。

 

 

「悲鳴嶼さん。終わりました。・・・その方は?」

 

 

「龍柱、如月啓だ。よろしく頼む。」

 

 

自己紹介すると、驚いたようにこちらを見てくる。

直ぐに改まって自己紹介を返してくれる。

 

 

「これは失礼しました。不死川玄弥と申します。よろしくお願い致します。」

 

 

不死川玄弥。

そう、実弥の弟だ。

なんでも、鬼喰い?とやらをしていて、危険と判断し行冥さんが弟子として迎え入れたらしい。

呼吸の適正は無いため継子ではなく弟子としてだ。

・・・不死川一族は特異体質の集まりなのか?

 

 

「それで、龍柱様は何故ここに?」

 

 

「ただ行冥さんと世間話をしに来ただけだ。邪魔してすまない。」

 

 

「いえそんな・・・」

 

 

「玄弥、次は走り込みに行ってきなさい。」

 

 

「分かりました、悲鳴嶼さん。」

 

 

玄弥が足早に屋敷を出る。

 

 

「・・・熱心ですね。」

 

 

「玄弥は・・・何故か昇進に拘っているのだ。理由は定かではないが・・・私は兄に、不死川に近づく為だと推測している。」

 

 

「なるほど・・・しかし、以前玄弥は呼吸が扱えないと・・・」

 

 

「その通りだ。それで尚更焦って鬼喰いをしていたのだろう・・・しのぶも危険と言っていた。少しでも基礎的なものを身につけさせてやれれば・・・と思ってな。」

 

 

「そうですか・・・何か俺に力になれることがあれば言ってください。協力は惜しみませんので。」

 

 

「ああ、ありがとう。」

 

 

呼吸の適正が無い鬼殺隊士。

苦難しかないだろうが頑張って欲しいものだ・・・

 

 


 

 

行冥さんの屋敷を訪ねて数日後、任務の途中で浅草に立ち寄った。

やはり都会と言うべきか、夜だというのに凄まじい人の数だ。

今日は昼食抜きで過ごしていたためかなり空腹だ。

どこか手頃なところはないものか、と探していると、喧騒から外れたところにうどんの屋台を発見する。

 

 

「すみません、山かけうどんを一つ。」

 

 

「あいよ!」

 

 

親父さんに注文をし、席に着く。

座るのも何時間ぶりだろうか・・・

いくら鍛えてるとはいえずっと歩き走り続けるのはなかなか疲れるものだ。

少し俯いていると、新たな声がする。

 

 

「すみません・・・山かけうどんください・・・」

 

 

随分疲れ果てた少年の声だ。

声の主を確認すべく顔を上げる。

するとあることに気づく。

その少年は鬼殺隊の隊服を着ているのだ。

別にそれは驚くべきところではない。

花札のような耳飾りをつけ、額には痣のような傷が。

そして、後ろには背丈の近い少女を連れている。

・・・間違いない。

 

 

「・・・すみません隣失礼しま・・・って!?」

 

 

「こんばんは。任務帰りか?」

 

 

「いえ、逆に任務でここに来ました。・・・あの、お隣失礼してもよろしいでしょうか?」

 

 

「ああ、構わない。」

 

 

「すみません、ありがとうございます。ほら、禰豆子も座るぞ。」

 

 

禰豆子・・・やはり・・・

 

 

「あの、俺は階級【癸】竈門炭治郎と言います!こっちは妹の禰豆子です!」

 

 

「炭治郎か。・・・話は義勇と錆兎から聞いている。」

 

 

「えっ・・・!?ということはつまり・・・」

 

 

「ああ、俺は如月啓。よろしくな。」

 

 

「え、えええええええ!?」

 

 

炭治郎が驚きの声を上げる。

まさか自分の事情について知っている人間とこんな所で会うことになるとは思ってもいなかっただろう。

俺も思ってなかった。

 

 

「えと、あの、ということは・・・」

 

 

「禰豆子のことだな?安心しろ、把握している。」

 

 

「そうですか・・・あの、なにか思うところがあったりはしないんですか・・・?」

 

 

不安そうに尋ねてくる。

まあ、そうだろうな・・・

 

 

「まあ、最初はな・・・だが、俺もお前たちに賭けてみたいと思っている。」

 

 

炭治郎が目を丸くしてこちらを見ている。

 

 

「・・・どうした?」

 

 

「あ、すみません・・・啓さんから嘘や偽りと言った匂いが全くしなかったのでつい・・・正直、この話を二つ返事で受け入れてくれるような人がいるとは思っていなかったので・・・」

 

 

「確かに、普通の隊士ではありえないだろうな。この組織は怨みや憎しみを胸に秘めている奴らが大半だ。俺もその内の一人だしな・・・だがな、それ以上に俺は極力争いたくなんてないんだ。俺の剣は弱き人々を守る為の物。一番良いのはこの剣を振るわなくて済むことなんだ。それが叶うかもしれないというならば・・・俺は信じてみたい。」

 

 

「啓さん・・・」

 

 

「お取り込み中申し訳ねえが、山かけうどん二人分、出来たぞ。」

 

 

「ああ、ありがとうございます。」

 

 

話をしている間にうどんが完成したようだ。

腹が減ってたまらないので掻き込むように食べる。

炭治郎はそこまで急ぐわけでもなくゆっくりと食べている。

 

 

俺が完食してから少しして、炭治郎も完食した。

親父さんに礼を告げ、出発しようとしたその時だった。

 

 

「・・・ッ!?」

 

 

突如、炭治郎の顔が青ざめる。

 

 

「・・・すみません、禰豆子をお願いしますッ!!」

 

 

炭治郎が日輪刀を片手に全力で駆け出していく。

 

 

「えっ、おい!!!」

 

 

あっという間に姿が見えなくなる。

追いたいところだが禰豆子を置いていく訳にもいかないしな・・・

大人しく待つことにする。

 

 

「すみません、少しここで待たせてもらっても?」

 

 

「今日はもう閉めるつもりだから構わねえよ。」

 

 

親父さんの善意で再び腰掛ける。

禰豆子は座りながら寝ているようだ。

・・・こうしてみると、人間と遜色ないな。

 

 

 

 

しばらくして、炭治郎が戻ってくる。

 

 

「おかえり。どうしたんだ?」

 

 

「・・・すみません、行かなければならない場所が出来ました。」

 

 

その顔はまだ少し青ざめている。

表情から察するに聞かれたくないのだろう。

 

 

「・・・まあいい、無理には聞かない。俺は適当な宿で一泊してから屋敷に戻る。またな。」

 

 

「はい!またどこかでお会いしましょう!」

 

 

別れの挨拶は元気に済ませてくれる。

また近いうちに会いそうだな・・・

 

 

 




というわけでようやく炭治郎と邂逅を果たしました。
本当はこのあとも行動を共にしようかと思ったんですがそうするとあの二体の鬼との戦いがベリーイージーモードになりそうだったので一旦お別れです。
またそう遠くない話で再開させますが。


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第肆拾漆話 朧月の下で

炭治郎と出会ってから数週間。

俺は浅草から戻り、再び任務に当たっていた。

何やら鬼が徒党を組んで集落を襲おうとしているとのこと。

後から援軍が来るそうだが俺一人で対処しても別に構わないだろう。

 

 

「八、九・・・十体か。鬼にしては随分群れているな。」

 

 

鬼は基本群れることはないはず。

今までもチラホラと遭遇はしてきたためいないわけではない、ということなんだろう。

 

さて、殲滅するとしよう。

道端に落ちていた小石を片手に息を潜める。

鬼達と背後を取り、最後列の鬼に狙いを定める。

手に持っていた小石をその鬼の背中目掛けて全力で投げつける。

 

 

「ッ!?なんだぁ・・・?」

 

 

鬼が自分の背中に当たったものの正体を確かめるため、後ろを振り向き身をかがめる。

それに対して、横から回り込むように駆ける。

ある程度の所まで近づいたら、空高く飛び上がる。

 

 

【飛天御剣流 龍槌閃】

 

 

落下の勢いを利用し無防備前かがみになっているになっている首を慈悲なく落とす。

一体目。

後ろからした物音に前にいた鬼達も後ろを向いてくる。

こちらの姿を確認し、声を荒らげてくる。

 

 

「なんだテメェは!!」

 

 

「不意打ちとはいい度胸じゃねぇか・・・!」

 

 

「言葉は要らない。覚悟しろ。」

 

 

「チッ・・・一匹でこの数を相手できると思うんじゃねぇぞォ!!」

 

 

その一言を皮切りに鬼が雪崩のように襲いかかってくる。

前に四体、後ろに五体。

普通の鬼など恐るるに足らないが、少しでも楽にするため視界を奪うとしよう。

刀を上に掲げ、地面に叩き付ける。

 

 

【飛天御剣流 土龍閃】

 

 

刀が叩きつけられた衝撃で巻き上がった土石が前の鬼達に襲いかかる。

全身に襲いかかる土石。

一部の鬼は目にそれを受ける。

()()()()()()

 

 

【飛天御剣流 双龍閃】

 

 

目を潰されたの鬼の首を二体分纏めて抜刀術で落とす。

二、三体目。

それを隙と見た鬼が爪を振るってくる。

が、左手で鞘を握り、鬼の頭に横から殴りつける。

双龍閃とはこのように、一撃と二撃を持って隙のない二段構えを実現したものである。

もっとも、飛天御剣流の抜刀術自体がそういうものだが。

脳震盪を起こしたのか、足元がおぼつかない鬼の首を右手に持つ刀で落とす。

四体目。

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃 凩】

 

 

そのままの勢いで身体を捻り、背中に回り込むようにして回転し首を落とす。

五体目。残り半分だ。

 

一瞬にして半数を失った鬼達は明らかに動揺しているが、すぐさま切りかえる。

俺を包囲するように陣取り、全員で同時に襲いかかってくる。

 

 

【龍の呼吸 参ノ型 龍舞・風纏】

 

 

同時に、とは言ったが全て同じタイミングではない。

全員が同じタイミングだったら味方同士で打ち合いかねないからな。

仮に全員同時でも対応する術はあるが、掻い潜る隙があるならそれを利用しない手はない。

刀に風を纏わせながら、回避と同時に斬りつける。

最初の四体は胴体やらを斬りつけるに留めたが最後の一体は首を斬り落とした。

六体目。

 

 

【龍の呼吸 弐ノ型 荒鉤爪】

 

 

一番近くにいた鬼に狙いをつける。

一瞬の内に三連撃を叩き込む。

最後の一撃で首を落とす。

七体目。

 

 

 

【飛天御剣流 龍槌翔閃】

 

 

そのまま間髪入れずに宙へ翔ぶ。

右斜め上から龍槌閃と同じ形で刀を振り下ろし左腕左脚を落とす。

一瞬の内に刃を返し、左斜め上に上昇と共に振り上げ、右腕右脚を落とす。

四肢を失った鬼はそのまま崩れ落ち、為す術がない。

 

 

【龍の呼吸 漆ノ型 龍星群】

 

 

垂直落下の龍槌閃とはまた違う形、斜めに相手に降って来るような形で落下とともに首を斬り裂く。

八体目。

何が起こったのか分からない。といった表情で惚けている鬼の首を落とす。

九体目。

そして最後に、先程四肢を落とした鬼の元へ行き・・・

 

 

「や、やめ」

 

 

首を斬る。

十体目。これで終わりだ。

五分もかからなかったな。

 

すると、こちらに目を向ける一人の人間に気づく。

 

 

「啓さん。こんばんは。」

 

 

「無一郎か。」

 

 

霞柱、時透無一郎がそこにはいた。

 

 

「援軍というのは無一郎のことだったのか。」

 

 

「うん。実は始まった頃からもう視界に入っていたんだけどどうせ啓さんなら大丈夫だと思って見てた。」

 

 

「信頼はありがたいが仕事はしような・・・?」

 

 

「でも、手助け必要なかったでしょ?」

 

 

「・・・まあな。」

 

 

「じゃあ、いいじゃない。」

 

 

「・・・いいか。」

 

 

「うん。」

 

 

さては俺言いくるめられているのか?

時透無一郎、恐るべしこの男。

 

 

「とりあえず、完了の知らせを飛ばすか・・・」

 

 

弥生に報告を頼む。

その場に残された俺と無一郎。

 

 

「・・・とりあえず帰るか。」

 

 

「待って。」

 

 

無一郎に呼び止められる。

 

 

「なんだ?」

 

 

「・・・僕に稽古つけてよ、今ここで。」

 

 

「随分急だな。」

 

 

「よくよく考えたら啓さんと実戦形式やったことないなって。寸止めでいいからさ。」

 

 

「いやまあ寸止めじゃないとまずダメだと思うが・・・まあいい、やるか。」

 

 

俺としても無一郎の腕に興味がある。

いや、強いのは知っているが実際に相対したらどのように見えるのか。

 

 

「決まりだね。」

 

 

無一郎が刀を構える。

隙の一切無い構え方だ。

それに答える形でこちらも刀に手を添える。

 

 

「じゃあ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くよ。」

 

 

一瞬で無一郎が間合いを詰めてくる。

速い。

しのぶの次くらいだろうか。

そのまま躊躇なく刀を振り下ろしてくるので、後ろに跳んで回避する。

 

 

「完全に虚を突いたつもりだったけど。流石だね。」

 

 

「伊達に鬼殺隊最強はやっていないからな。」

 

 

「そう。」

 

 

短い言葉で一蹴され、再び仕掛けてくる無一郎。

上から振り下ろして来たところを抜刀とともに防御する。

・・・思っていたよりも軽い。ということは・・・

 

 

「いいフェイントだ。」

 

 

「といいつつ受け止めるのやめてくれないかな。」

 

 

刀が弾きあったことにより働いた反発力をすぐさま殺し、左薙に振り払ってくる。

が、それも防御する。

 

 

 

「今度はこちらから行くぞ?」

 

 

やられっぱなしではいられない。

防御の姿勢をすぐさま攻撃の姿勢に切り替える。

 

 

 

【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】

 

 

クロスさせた状態の腕を振りほどくようにして刀を振るう。

そこに無一郎も技を合わせてくる。

 

 

【霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫(かさんのしぶき)

 

 

腕で大きな円を描き、こちらの攻撃を回転と共に弾く。

まるで霞を払うような動きだ。

攻撃を弾いた隙を逃さんと無一郎がさらに型を放つ。

 

 

【霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り(いりゅうぎり)

 

 

足元に滑るように潜り込んでくると同時に、斜めに斬り上げてくる。

間一髪で回避に成功する。

かなり危なかったな。

 

 

そのまま打ち合いに発展する。

時にはそのまま、時には型を。

十分程その状態が続く。

ここ最近対人稽古をしていなかったこともあるだろうが、やってきた中で一、二を争うほどに強いように思える。

 

このままでは拉致があかないな・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、()()()()では。

 

 

 

 

 

それとなく動きを合わせていたが、俺はまだまだ余力を残している。

無一郎も全力、という訳では無いが俺ほど余裕はないように感じる。

なら俺が本気を出せば、追いついてこれないのは簡単に予想できる。

 

 

「あまり長引かせるのは好きじゃない・・・一気に上げるぞ。」

 

 

「くっ・・・」

 

 

攻撃の重さも、速さも一層増す。

段々と無一郎はついて来れなくなる。

 

 

 

【龍の呼吸 陸ノ型 穿ち龍牙】

 

 

全力で放つ突き。

無一郎に触れる寸前で勢いを殺す。

風のみが無一郎に叩きつけられる。

その長い髪がなびくほどに。

 

 

「参ったなあ。最後は為す術なかったよ。」

 

 

「最後は、な。全体的に見てもいい動きだった。ここからさらに鍛錬を積めばまだまだ強くなるだろうさ。」

 

 

「・・・また稽古つけてくれる?」

 

 

「勿論。」

 

 

「そっか・・・ありがとう。」

 

 

「気にするな。さあ、明日は柱合会議だしそろそろ戻ろう。」

 

 

「そうだね。」

 

 

そこに、弥生が帰ってくる。

 

 

「啓、緊急の知らせだ。」

 

 

「何?上弦か?」

 

 

「いや、そうじゃない。明日についてだ。」

 

 

「明日がどうかしたの?」

 

 

無一郎が尋ねる。

 

 

「明日、柱合会議を行う前に緊急の【隊律違反裁判】が行われることになった。」

 

 

「隊律違反・・・?」

 

 

「ああ。隊律違反を侵した者は二名。一人目は階級【癸】竈門炭治郎。鬼を連れていたようだな。二人目は【水柱】富岡義勇。【蟲柱】胡蝶しのぶの鬼殺を妨害したためだ。」

 

 

「富岡さん・・・何やってんの?」

 

 

炭治郎に義勇・・・

恐らく、というか確実にこうだろう。

任務中に何らかのトラブルがあり、義勇としのぶが向かった。

そこでしのぶが禰豆子の存在に気づき、殺そうとしたところを義勇が妨害した。

遅かれ早かれ、存在が公になるとは思っていたがここまで早いとは・・・

 

 

「啓さん?どうしたの?」

 

 

「・・・ああ、何でもない。気にしないでくれ。」

 

 

「そう。とりあえず明日にならないとよく分からないね。帰ろ。」

 

 

無一郎が歩みを進める。

空には妖しげに朧と共に月が浮かび、淡く輝いていた。

 

 


 

 

少し時を遡り、那田蜘蛛山にて・・・

 

 

「ちょっと富岡さん・・・どういうつもりですか?」

 

 

「・・・」

 

 

「何か言ったらどうなの!?明らかな隊律違反ですからねこれは!!」

 

 

「あれは二年前・・・」

 

 

「嫌がらせなの・・・!?」

 

 

(こんな時、啓ならばどうするだろうか・・・)

 

 

(啓さんならこんな扱い絶対にしないわ・・・!)

 

 

朧月に照らされながら、二人の柱が珍妙なやり取りをしていたと、その後噂になったという。

 

 

 

 

 




投稿した直後、加筆したい内容が思い浮かんだので一度削除してしまいました。
疑問に思われた方がいらっしゃったら申し訳ないです。
カナエが健在なのでしのぶの性格はあまり変化していません。
それでも柱として、姉の代わりとして・・・という意識が僅かばかりにあるので多少は違いますが。

次回はあのシーンです。
もしかしたら今日中に投稿できるかもしれません。


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第肆拾捌話 裁判

ー産屋敷邸ー

 

 

「・・・鬼は俺の妹です。俺が家を留守にしている間に襲われて、帰ったらみんな死んでいて・・・。妹は、鬼になりました。だけど、人を食ったことはないんです。今までも・・・これからも、人を傷つけることは絶対にしません!」

 

 

柱に囲まれながら、自らが侵した隊律違反・・・鬼の妹を庇っていたことについて弁明する炭治郎。

 

 

「下らない妄言を吐き散らすな。そもそも身内なら庇って当たり前。言うこと全て信用できない、俺は信用しない。」

 

 

伊黒がネチネチと言い放つ。

 

 

「嗚呼・・・鬼に取り憑かれているのだ・・・早くこの哀れな子供を殺して解き放ってあげよう・・・」

 

 

それに同調するように悲鳴嶼が言葉を紡ぐ。

これが一般的な意見だろう。

鬼を連れた隊員を肯定することなど、本来は有り得ないことだ。

 

 

「・・・ッ聞いてください!俺は妹を・・・禰豆子を治すために剣士になったんです!禰豆子が鬼になったのは二年以上前のことで、その間禰豆子は人を食ったりしていないんです!」

 

 

反論、あるいは縋るように炭治郎が言葉を紡ぐ。

 

 

「話が地味にグルグル回っているぞ阿呆が。人を食ってないこと、これからも食わないこと。口先だけでなくド派手に証明して見せろ。」

 

 

「あの・・・でも疑問があるんですけど・・・お館様がこのことを把握していないとは思えないです。勝手に処分しちゃっていいんでしょうか?」

 

 

甘露寺が否定的な言葉を連ねるところに口を開く。

 

 

「いらっしゃるまでとりあえず待った方が・・・」

 

 

と、言った後に炭治郎が必死に言葉を絞り出す。

 

 

「妹は、妹は俺達と一緒に戦えます!!鬼殺隊として人を守るために戦えるんです!」

 

 

そう言い放ったところを見て、しのぶの胸中が僅かに揺らぐ。

そこに追い打ちをかけるかのように・・・

 

 

「・・・現時点では、それを証明する手立ても、俺たちが信頼出来るような証明もないことには変わりない。・・・だが、ここにいる全員に考えて見て欲しい。仮に鬼である人物が鬼殺隊として俺たちと肩を並べ戦うことが出来たら・・・戦力面だけの話ではない。鬼舞辻に関するなにかが見えてくるかもしれない・・・そうは思わないか?」

 

 

そう言い放つ啓。

 

 

「・・・竈門炭治郎。俺は君を信じたいと思っている。」

 

 

(啓さん・・・!)

 

 

「俺もだ。確かに、俺たちは鬼に奪われ、壊されてきた。だが、平和に繋がるやもしれぬなら・・・俺はそれに縋ってみたい。」

 

 

同調する錆兎。

この二人は前々から炭治郎のことを把握していた。

にも関わらずこうして知らなかった体を装いつつ庇うような言動をしているのには、義勇からの提案があったからだ。

それは二人が他の柱からの矛先を向けられないようにするためのもの。

最高位が三人も疑われてはキリがないから・・・とのことであった。

 

 

「だがな、啓、錆兎。それは人情的な事だろう。形はともあれ、こいつが隊律違反を犯したということには変わりないんだぞ?・・・義勇もだ。」

 

 

そう言葉を遮るのは獪岳。

彼が言うことはもっともである。

いくら期待していようとも、隊律違反を犯した。その事実は変わらない。

 

「何だか面白ェことになってるなァ?」

 

 

突如新たな声がした。

風柱、不死川実弥である。

その手には木箱・・・炭治郎の妹であり鬼である禰豆子が入った箱があった。

 

 

「鬼を連れた馬鹿隊員てのはそいつか?一体全体どういうつもりだァ?」

 

 

「困ります不死川様!どうか箱を手放して下さい!」

 

 

隠がそう言って実弥を呼び止める。

が、聞く耳は持たない。

それを見兼ねた啓が声をかける。

 

 

「実弥・・・勝手なことは控えろ。場が乱れる。」

 

 

「鬼が何だって坊主ゥ。鬼殺隊として人を守るために戦えるゥ?」

 

 

不穏な空気が流れ始めるのを誰もが肌で感じとった。

 

 

「そんなことはなァ・・・ありえねぇんだよ馬鹿がァ!!」

 

 

刀を抜き、木箱に突き立てようとする実弥。

が、それは叶わなかった。

 

 

「・・・なにしてんだァ・・・啓!!」

 

 

啓が素手のまま実弥の刀を握り締めていることによるものだった。

刃を握りしめたため、当然のように啓の手から血が滴る。

 

 

「啓さん!」

 

 

しのぶが声を上げる。

 

 

「実弥・・・何回も言わせるな・・・」

 

 

啓が俯きながら声を出す。

その声は普段より低く、並々ならぬ気配を漂わせている。

その場にいた全員が、それを感じていた。

 

 

「これ以上場を乱すな・・・さもなくば少々痛い目にあってもらう。」

 

 

「・・・ッ。」

 

 

啓が実弥を睨みつける。

尋常ではない殺気。

それは人に向けられていい物ではない。

 

 

「啓、何故そいつらに肩入れするんだァ?テメェのその行動は隊内の規律、雰囲気を乱すもんだって分かってんのかァ!?」

 

 

「お前が言えたことか。俺の声に耳を貸さないのは構わんがそれは御館様の意志だと、そう断言出来るか?」

 

 

「・・・チッ。分かったよォ・・・」

 

 

御館様を引き合いに出され、実弥は引き下がる。

 

 

「分かればいい・・・それをこっちに。」

 

 

「ほらよォ。」

 

 

啓が実弥から木箱を受け取る。

すると、炭治郎の方に歩み寄り、炭治郎の傍に木箱を置いてやる。

 

 

「大事な妹だろう。傍にいてやれ。」

 

 

「・・・ありがとうございます・・・!」

 

 

そのタイミングで、さらに新たな声がする。

 

 

 

 

「「御館様の御成です。」」

 

 

 

声の主は御館様・・・産屋敷耀哉の子どもたちである。

奥の襖が開き、耀哉が姿を現す。

 

 

「おはよう、みんな。今日はとてもいい天気だね・・・空は青いのかな?顔触れが変わらずに半年に一度の柱合会議を迎えられたこと、嬉しく思うよ。」

 

 

(なんだ・・・この人は・・・)

 

 

炭治郎が疑問を持ったところで、啓が囁きかける。

 

 

「・・・俺を真似るんだ。」

 

 

「・・・?」

 

 

そう声をかけられ、啓の方を見ると、耀哉に向かって膝をつき頭を垂れていた。

稽古だけでなく、柱は全員だ。

啓の言葉に従い、膝をつき頭を垂れる。

 

 

 

「御館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます。」

 

 

実弥が代表して述べる。

先程までの荒々しさは見る影もない。

 

 

「畏れながら柱合会議前に、この竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士についてご説明いただきたく存じますが・・・よろしいでしょうか?」

 

 

「そうだね・・・驚かせてすまなかった。炭治郎と禰豆子の事は私が容認していた。そして、皆にも認めて欲しいと思っている。」

 

 

全員に驚きが走る。

そして各々が不平不満を口にする。

それを遮るように耀哉が声を上げる。

 

 

「手紙を。」

 

 

そう言うと、隣の子どもが手紙を読み上げる。

それは水の呼吸の育手であり元柱である鱗滝左近次からの物だった。

炭治郎と禰豆子について書かれていたその手紙の結びには、こうあった。

 

 

『もしも、禰豆子が人に襲いかかった場合は、竈門炭治郎、及び、鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び申し上げます。』

 

 

赤の他人の不始末を、二人の人間が共に背負おうと言うのだ。

 

 

「御館様。よろしいでしょうか。」

 

 

「なんだい?啓。」

 

 

「私・・・如月啓も、万が一の際は切腹致します。禰豆子のことが一時的にでも認められるのならば・・・私も賭けましょう。」

 

 

「俺もです。兄弟弟子と先生の命がかかっているのならば、この命も預けましょうぞ。」

 

 

啓と錆兎が自らの命を連ねる。

唐突な二人の申し出に、動揺が走る。

 

 

「ですが御館様、それでは何の保証にもなりはしません。人を喰ってしまえば・・・喰われた人はもう戻りませぬ。」

 

 

「確かに、そうだね。」

 

 

耀哉はそれを肯定する。

 

 

 

「人を襲わないと言う保証ができない、証明ができない・・・ただ、人を襲うと言うこともまた、証明ができない。禰豆子が二年以上もの間人を喰わずにいるという事実があり、禰豆子のために五人の者の命が懸けられている。これを否定するためには、否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない・・・」

 

 

その言葉に反論する術はない。

 

 

「それに、炭治郎は鬼舞辻と遭遇している。」

 

 

再び全員に衝撃が走る。

こればかりは啓も驚きを隠せない。

 

 

(・・・あの時か。)

 

 

思い浮かべるのは浅草でのこと。

禰豆子を置いて唐突に去っていった時のことだ。

 

 

「鬼舞辻はね、二人に向けて追っ手を放ってるんだよ。その理由は、汐はともかく炭治郎の方は単なる口封じかも知れないが、私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない。恐らくは禰豆子にも、鬼舞辻にとって予想外の何かが起きているのだと思うんだ。わかってくれるかな?」

 

 

そう言葉を結ぶ耀哉。

そこに実弥が口を開く。

 

 

「分かりました・・・では、俺が見定めます。構いませぬか?」

 

 

「・・・分かった。」

 

 

何かを察した耀哉はそっと頷く。

 

 

「・・・啓も構わねェな?」

 

 

「・・・いいだろう。炭治郎、少しすまないが・・・」

 

 

「・・・あっ、はい・・・」

 

 

「・・・失礼仕る。」

 

 

禰豆子の入った箱を片手に、耀哉がいる方へ上がっていく。

すると、自らの刀で腕を斬り、血を滴らせる。

そのまま木箱を開け、禰豆子が外に出てくる。

禰豆子は息を荒げながら実弥と向き合う。

 

数秒、見つめあいが続くが、禰豆子はそっぽを向いてしまう。

 

 

「なッ・・・!?」

 

 

「これで、禰豆子が人を襲わないことの証明が出来たね。」

 

 

耀哉が言い放つ。

そこから、耀哉は炭治郎に、皆に認められるため十二鬼月を倒してくるように諭す。

炭治郎は決意を表す。

その後、炭治郎が蝶屋敷に運び込まれることが決まり、裁判は終わりとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、裁判でした。
啓の介入によりちょっと穏やかに進みましたね。
柱合会議に関しては特に原作と変化もないので省略です。

次の話をどうするか今考えています。
おそらく明日には投稿できるかと思います。


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第肆拾玖話 指導

裁判から数週間後。

任務が一段落したので暇潰しがてら蝶屋敷に顔を出す。

炭治郎と禰豆子の他に、二人の同期が運び込まれているようだ。

 

戸を開けるとそれに気づいてばたばたとアオイがやってくる。

 

 

「啓さん、こんにちは。どうなされました?」

 

 

「こんにちは。運び込まれた奴らの顔を見にきた。」

 

 

「そうでしたか。今彼らは庭の方で鍛錬していますのでそちらに。」

 

 

「分かった。ありがとう。」

 

 

炭治郎達の居場所を教えてもらい、そこへ向かう。

そこでそれぞれの形で鍛錬をしていた。

炭治郎の姿を確認し、声をかける。

 

 

「精が出るな、炭治郎。」

 

 

「ん?あ、啓さん!こんにちは!!」

 

 

炭治郎が声をあげるとそれに気づいて他の二人も寄ってくる。

黄色い頭の少年と猪の被り物をした少年・・・いや独特だな。

ん?確かこの黄色い少年は・・・

 

 

「炭治郎、この人は?」

 

 

「この人は?如月啓さん。しのぶさんと同じ柱だ!」

 

 

「柱・・・啓・・・あああああああ!!」

 

 

突如黄色い少年が声を荒らげる。

何かに気付いたようだ。

 

 

「兄貴の言っていた人だ!すっげえ強えって!」

 

 

「なんだあ?てめえ強えのか!?」

 

 

「こら伊之助!失礼だろう!!」

 

 

「・・・賑やかだな。」

 

 

「あの、俺は我妻善逸って言います。兄弟子がいつも世話になってます。」

 

 

「俺は嘴平伊之助様だ!!」

 

 

「善逸に伊之助か、覚えたぞ。まあ元々善逸は知っていたが。」

 

 

「んー・・・」

 

 

伊之助がこちらを見ながら唸る。

見定めるような目線を向けてくる。

 

 

「・・・どうした?」

 

 

「てめえからはあの半々羽織のやつみてえなもんを感じねえ!ほんとに強えのか??」

 

 

「伊之助ェ!!」

 

 

炭治郎が伊之助に対して声を荒らげる。

半々羽織・・・義勇か。

うむ・・・感じないと言ったのは気配、雰囲気といった類のものだろうか。

 

 

「まあ俺はそういったものは日頃から消して生活しているからな。」

 

 

「ほーん?本当はそんなこともないんじゃねぇか??」

 

 

「仕方ないな、なら・・・」

 

 

隠していたものを一気に放出する。

感覚に優れているものだったらすぐさまこれを感知してくるため、隠密性に欠けるということで日頃は隠しているが。

 

 

「・・・ッ!!??」

 

 

「ギャァァァァァァ!?何この音ォォォォォォ!?死ぬゥゥゥゥゥ!!」

 

 

「んだこれ・・・!?ヤベえ・・・!!」

 

 

伊之助は被り物をしているから分からないが、炭治郎と善逸は随分青ざめている。

炭治郎に至っては鬼舞辻を感知した時と同じくらいじゃないか・・・

 

 

「とまあ・・・こんな感じだが。」

 

 

「・・・やいてめえ!俺と勝負しろ!!」

 

 

「お前正気なの!?こんなヤバい音させてる人に勝てるわけないじゃん!?」

 

 

「でも・・・俺も手合わせしてみたい!!」

 

 

「炭治郎までぇぇぇぇぇ!?」

 

 

最近の若いやつらは血気盛んでいいじゃないか。

ここは一つ指導してやるのも先輩としての務めだな。

 

 

「いいだろう。道場を借りるとするか。」

 

 


 

 

しのぶに挨拶を済ませ、道場を借りる旨を話したら何故かついてきた。

そして気づいたらギャラリーが増えていた。

蝶屋敷の住人に加え、治療中の隊士達が続々と集まってくる。

真剣ではなく、模擬刀を用いる。

 

 

 

「ははは!!勝負勝負ゥ!!」

 

 

「ひぇぇ・・・死にたくないよぅ・・・」

 

 

「よろしくお願いします!!」

 

 

炭治郎と伊之助は完全にやる気だ。

善逸もへっぴり腰ながらなんだかんだこっちをしっかり向いている。

 

 

「では始めるか・・・かかってこい。」

 

 

「猪突猛進!!猪突猛進!!!」

 

 

獣のように突っ込んでくる伊之助。

獣のように、というかもはや獣だな。

猪の如く直線的な動き。

単調故に見切りやすい。

同時に振り下ろされた二刀を抜刀とともに弾く。

 

 

「うおッ!?」

 

 

その後に炭治郎と善逸が続く。

悪くない太刀筋だ。

だがまだ遅い。

余裕を持って後ろに避ける。

すると間髪入れずに炭治郎が構える。

この構えは・・・

 

 

【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】

 

 

早速型を使って仕掛けてくる。

だがなんだ、この違和感は。

合っていないものを無理やり使っているような感じがするな・・・

 

俺から見て右から迫る刃。

斬り上げる形で防ぐ。

 

 

「わっ・・・」

 

 

そこにさらに仕掛けてくる伊之助。

・・・?聞いた事のない呼吸音だな。

 

 

【獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂き(きりこまざき)

 

 

なかなかの速さの六連撃だ。

まあ全て受けきれるが。

 

 

「クソがッ!」

 

 

そして善逸が型を用いず背後から斬りかかってくる。

気配を隠しきれてないため普通に反応できる。

身体能力の面では中々だ。

全集中・常中を会得しているようだな。

よく稽古する柱の連中には全然届かないが、日が浅い隊士にしては上出来だろう。

今度はこちらから仕掛けるとしよう。

 

 

まずは炭治郎。

あらゆる方向から計十発叩き込む。

全力、という訳ではなく、辛うじて反応できるくらいの速さに留めてある。

予想通りぎりぎりで全てを捌き切る。

 

 

次は伊之助。

飛び込むようにして突きを放つ。

が、二刀を上手く使ってそれを流す。

ふむ、単純かつ単調な思考しか出来ないと思っていたが案外そうでも無いようだ。

野生の勘だろうか。

 

 

そして最後に善逸。

上から力強く刀を振り下ろす。

それをギリギリで受け止められる。

 

 

「ギャァァァァァァ!!!無理無理無理ィ!殺されるゥ!!!」

 

 

喧しいなおい。

こんなんでもかなり過酷だった任務から生還しているんだから実力はあるのだろう。

さらに押し込む力を強くすると・・・

 

 

「ギャァァァァァァ・・・あっ・・・」

 

 

突如善逸が気を失う。

え、何も当てていないんだが・・・

と、思っているとすぐさま善逸が起き上がる。

 

 

「シィィィィィィ・・・」

 

 

なんだ?先程までとは別人のようだ。

弱腰だったあの姿勢はどこにもなく、ただ真っ直ぐにこちらに向き直っている。

 

 

「・・・行きます。」

 

 

と言った瞬間、一瞬で間合いを詰めてくる。

速い。獪岳から話は聞いていたがここまでとは・・・!

 

 

先程俺が炭治郎に放ったように連撃を打ち込んでくる。

その全てを受け切るが、背後から迫る影があった。

 

 

「わははは!!!討ち取ったりィ!!」

 

 

伊之助だ。

俺を仕留めんと仕掛けてくる。

 

 

【獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂き】

 

 

二刀を十文字に斬りおろしてくる。

前の善逸、後ろの伊之助。

回避は困難。

ならば、回避せずに受けてしまえばいい。

 

 

【風の呼吸⠀参ノ型 晴嵐風樹(せいらんふうじゅ)

 

 

周囲を竜巻の如く斬りつけ防御する。

二人の攻撃が俺に届くことは無かった。

 

 

「チィッ!!」

 

 

「・・・」

 

 

「大丈夫か二人とも!!」

 

 

三人が横並びになる。

ふむ・・・ここからどうするか。

と、考えているうちに炭治郎と伊之助が仕掛けてくる。

 

 

「「うおおおおおおおおおお!!!」」

 

 

片方の攻撃に次々続くように攻撃を繋げてくる。

なるほど、こちらから仕掛ける余裕はないな・・・

数分間、その状態が続いた。

その拮抗を破るように伊之助が予想外の一手に出る。

 

 

「オラァ!!」

 

 

まさかの蹴り。

それを避けるために後ろに僅かに引く。

 

 

「そこだあああああ!!」

 

 

それを狙っていたかのように、炭治郎が刀を振るう。

が、俺の身体に刃は触れない。

狙いは俺の持つ刀だった。

大きく弾かれ、僅かに姿勢が崩れる。

その瞬間、二人が左右に跳んだ。

 

 

「善逸ッ!!」

 

 

「やっちまえ紋逸ゥ!!」

 

 

そうか、これが狙いか・・・!

善逸が刀を納め、姿勢を低くした状態で姿を見せる。

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

 

雷光の如き速さを誇る一閃。

その刃が俺の身体を捉える。

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

「ふんッ!!」

 

 

姿勢が崩れた状態から無理やり刀を振る。

それにより善逸の一撃は俺に届かない。

 

 

「・・・なっ・・・!?」

 

 

善逸だけでなく、その場にいた全員が驚愕を隠せない。

いや、しのぶとカナエは平常か。

二人は何とかなると思っていたのだろう。

現に何とかなったしな。

 

 

「いい連携だったぞお前達。」

 

 

三人に賞賛の言葉を送る。

事実見事な連携だった。

息の合わせ方だったら柱にも匹敵するな。

 

 

「それに敬意を評し、柱の・・・俺の本気で持って相手してやる。」

 

 

そう言い放ち、リズムを刻むように上下に軽く跳ねる。

トン、トンと、辺りに軽い音が響く。

前触れなく、全力で加速する。

全力の縮地だ。

しのぶ、カナエですら視認出来ているか・・・といったところだろう。

 

 

すれ違いざまに全員に一撃を浴びせる。

善逸、伊之助は一瞬のうちに打ち伏せる。

が、炭治郎だけはそれに反応してみせた。

はっきり言って予想外だ。

この速さに対応できるとは・・・

 

 

「は、あああああああ!?」

 

 

「・・・くっ・・・・・・」

 

 

善逸も伊之助も何が起こったか分からないという表情だ。

一太刀受けた二人は横に逸れる。

残るは炭治郎だ。

 

 

「今のに反応するとは、素晴らしいな。」

 

 

「・・・正直間に合うと思いませんでした。ほんの僅か、匂いがしたので。」

 

 

「匂い・・・そうか。俺としたことが気分が高揚して上手く隠せなかったか・・・」

 

 

まさかまさかだ。

柱であっても怪しいところを見事反応してみせた。

 

 

「・・・俺も、もう出し惜しみはしません。行きますよ・・・!」

 

 

炭治郎の呼吸が変わる。

水の呼吸ではないな。

これも聞いたことの無い呼吸音だ・・・

 

 

【ヒノカミ神楽 円舞】

 

 

円を描くように振るうように舞う炭治郎。

桁違いの威力、これが本来の・・・!

全ての攻撃がかなり重く速い。

その上見たことの無い技なため反応しにくい。

・・・仕方ないか。

受けている最中に、透き通る世界へと足を踏み入れる。

全てが透けて見える。

そこから次の動きを予測し、反応する。

 

 

「くッ・・・うああああああ!!!」

 

 

咆哮と共にさらに威力を増す。

こんな力を隠していたというのか・・・!!

状況を打破すべく、型を振るう。

 

 

【龍の呼吸 壱ノ型 龍閃】

 

 

全力に近い力で振るう。

刀がぶつかり合い、互いに大きく仰け反る。

 

 

【ヒノカミ神楽 炎舞】

 

 

先程と同じ名前だが、別の技を振るってくる。

全力で振り下ろしてきたところを防御する。

すると、下に流すようにし、同じ軌道を描くように振り上げてくる。

それにより大きく刀を弾かれ、無防備な状態となる。

不味い。

 

 

「うおおおおおおお!!!」

 

 

【ヒノカミ神楽 陽華突】

 

 

柄尻を左の掌で押すようにして勢い良く突いてくる。

刀を持ち直せない。

そのため、先程の伊之助以上の速さで鋭く蹴りを放つ。

それに気づいて炭治郎が勢いを殺し、後ろに大きく飛んで回避する。

ここだ。

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃 (つむじ)

 

 

錐揉み状に飛んで間合いを詰める。

すれ違いざまに斬りつける。

着地し、炭治郎の方に向き直る。

 

 

「一本。俺の勝ちだ。」

 

 

「・・・参りました・・・!」

 

 

直後、歓声が溢れかえる。

 

 

「惜しかったぞー!」

 

 

「よく柱にあそこまでやった!!」

 

 

「凄かったぞ!!黄色頭と猪頭もだ!!」

 

 

歓声を受け、三人はどこか照れている。

 

 

「炭治郎、善逸、伊之助。」

 

 

三人を呼ぶとこちらに集まってくる。

 

 

「いい腕だった、これからも励むように。お前たちなら次世代の柱になることも難しくないだろう。」

 

 

「わはは!当然だァ!俺は親分だからな!!」

 

 

「俺でも、柱に・・・」

 

 

「・・・あの、啓さん!」

 

 

善逸と伊之助が感傷に浸っているところで炭治郎が声を上げる。

 

 

「何だ?」

 

 

「この後、少しお時間よろしいですか!?」

 

 

「ああ、構わないぞ。」

 

 


 

 

他の人が居なくなった道場で炭治郎と二人話をする。

 

 

「それで、どうしたんだ?」

 

 

「俺の・・・ヒノカミ神楽の呼吸についてです。何かご存知ではないでしょうか?」

 

 

「すまないな、俺も先程初めて目にしたんだ。その質問には答えられそうにない。」

 

 

「そうですが・・・では、日の呼吸は・・・」

 

 

「日の呼吸・・・だと?」

 

 

「何か知っているんですか!?」

 

 

「・・・聞きたいのはこっちだ。なぜ炭治郎がそれを?」

 

 

「俺の父が、日の呼吸を使っていたんです。父は身体が弱い人でした。ですが、日の呼吸を用いることで毎年、ヒノカミ神楽を日通しで舞っていたんです。」

 

 

「そんなことが・・・」

 

 

「啓さんの知っていること、教えてはもらえませんか?」

 

 

「ああ、日の呼吸とは〜」

 

 

日の呼吸についての説明をする。

全ての呼吸の派生元であること、鬼舞辻をあと一歩まで追い詰めた呼吸であること、現存する全ての呼吸と比べ最強であること。

 

 

 

「俺の知っていることはこれくらいだ。」

 

 

「これが・・・日の呼吸。以前、しのぶさんにお聞きした時は何も知らないと言われたんです。それで、炎の呼吸の使い手である煉獄さんと、あらゆる呼吸を使える啓さんなら何か知っているかも・・・と言われまして。」

 

 

「なるほどな・・・」

 

 

あながち間違ってもいなかったな。

だが恐らく杏寿郎は知らないだろう。

知っているのは俺と槇寿郎さん、もしかしたら御館様もか。

普通なら知るはずはないだろう。

 

 

「じゃあ、その日の呼吸が使えれば鬼舞辻無惨を・・・!」

 

 

「残念ながら、それは不可能だ。日の呼吸の型に関する文献は何も残っていない。その上日の呼吸を扱える隊士は存在しないんだ。」

 

 

「そんな・・・」

 

 

「だから、今あるこの力で戦うしかないんだ。・・・守るためにな。」

 

 

「・・・そうですね。俺、もっと強くなります!そして必ず鬼舞辻無惨を倒してみせます!!」

 

 

「・・・いい心意気だ。何か力になれることがあったら言うといい。協力は惜しまないぞ。」

 

 

「ありがとうございます!啓さん!!」

 

 

会話を終え、道場を、蝶屋敷を後にする。

さて、一つ気がかりだ。

炭治郎が繰り出したヒノカミ神楽の呼吸の型。

どこかで見覚えがあるような気がするんだが・・・

 

分からないことを考えても仕方ないか。

さっき言った通り、自分の今持てる力で戦い抜くことをかんか

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、かまぼこ隊に稽古をつける回でした。
日の呼吸についての言及も少ししました。
現状啓や炭治郎の中では日の呼吸=ヒノカミ神楽 という認識ではありません。


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第伍拾話 休息

とうとう五十話到達です。
百・・・まで行くかは分かりませんが、これからものんびり書いていきますので応援よろしくお願いします。


一九一五年 七月

 

今日も何事もなく任務を終え、家の庭にて晩酌をしていた。

ほどよく酔いが回ってきたころ、突如鴉がやってくる。

その足には手紙が結ばれている。

 

 

「ん?なんだ?」

 

鴉から手紙を受け取る。

目を通すと、カナエから出されたものだということが分かった。

 

 

「カナエからか。さて内容は・・・」

 

 

『啓君へ

明日、休暇と聞きました。お手数お掛け致しますが蝶屋敷へと赴いてくださると幸いでございます。というか来てね。絶対よ。

胡蝶カナエ』

 

 

「お願いというかもはや強制じゃないか・・・」

 

 

何だこの手紙は・・・

まあいい。特に予定もないし行くとするか・・・

 

 


 

 

「あら啓君、来てくれたのね。」

 

 

「手紙から『来い』という並々ならぬ意志を感じたからな・・・これは土産だ。」

 

 

道中で適当に買ってきた菓子を手渡す。

 

 

「あらあら、お気遣いどうも。さ、上がって上がって?」

 

 

カナエに促され、蝶屋敷に上がる。

客室に通されるとそこにはアオイもいた。

 

 

「啓さん、こんにちは。」

 

 

「こんにちは。さて、要件を聞こう。」

 

 

「そうね・・・単刀直入に言うわね?」

 

 

「ああ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しのぶとお出かけして頂戴。」

 

 

 

 

「・・・は?」

 

 

素で疑問を浮かべてしまった。

どんな深刻な相談かと思ったら出かけろ、と。

 

 

「・・・理由を聞こう。」

 

 

「えっとね?ここの所しのぶ働きすぎで倒れそうなのよ。比喩とかじゃなくて本当に。ねぇアオイ?」

 

 

「はい。しのぶ様は本当にお仕事に対して熱心です。尊敬出来ますがどんどん元気を無くされる姿を見るのはとてもですが耐えられません・・・」

 

 

「確かに、しのぶなら有り得るな。」

 

 

「私たちの方からもしのぶ休んでーって言ったんだけれどね?これっぽっちも休んでくれないのよねえ。そこで啓君に連れ出してもらおうってわけ!」

 

 

「・・・俺が誘ったところで何か変わるだろうか。」

 

 

「それは変わるわよ!だって啓君からのお誘いよ?」

 

 

「分からん・・・まあいい、誘えばいいんだな?任せろ。」

 

 

「その意気よ啓君!しのぶは部屋にいるわ、よろしくね。」

 

 

「よろしくお願いします、啓さん。」

 

 

「ああ。」

 

 

・・・しのぶの部屋に向かうか。

 

 


 

 

啓が客室を去った後、カナエとアオイは笑みを浮かべる。

 

 

「・・・計画の第一段階は成功ですね。カナエ様。」

 

 

「ええ・・・これ以降は本人達次第だけどね。」

 

 

「そうですね、私たちには祈ることしか出来ません・・・」

 

 

「さあ、『しのぶを休ませる兼しのぶを啓君とくっつけちゃおう計画』のスタートよ・・・!」

 

 

色恋話が大好物な年頃の女子二人が怪しく嗤う。

 

 


 

 

しのぶの部屋の前に着く。

さて、どう声をかけようか・・・

まあ、率直に伝えればいいか。

 

扉を叩く。

 

 

「しのぶ。いるか?」

 

 

数秒して部屋の扉が開く。

中からはしのぶが出てくる。

無理が続いているのだろう、顔色は決して良いものでは無い。

 

 

「あら啓さん。どうしたんですか?」

 

 

「今日は休暇なのだろう?・・・今から出掛けないか。二人で。」

 

 

「・・・お出掛けですか、折角ですが遠慮し・・・え?二人?」

 

 

「ああ、二人で。」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・!?」

 

 

先程まで青白かったしのぶの顔が真っ赤になる。

凄いな、一瞬で変わったぞ。

 

 

「え、あの・・・私と啓さんの二人で、ですか?」

 

 

「・・・?それ以外何かあるのか?」

 

 

「〜〜〜ッ!!」

 

 

「・・・部屋の外で待っている。準備してくれ。」

 

 

「え、ちょっ、啓さん!?」

 

 

しのぶを強引に部屋の中に押し戻し扉を閉める。

このくらいしないと恐らく出掛けてくれないだろう。

 

 

数十分して、しのぶが部屋から出てくる。

いつも隊服姿しか見ていなかったから着物姿が随分新鮮に感じる。

 

 

「・・・どうですか?着物なんて久々に着たんですが・・・」

 

 

「綺麗だ。とても似合っている・・・さあ、行こう。」

 

 

「ッッ!!??」

 

 

しのぶが声にならない叫びをあげる。

・・・やはり、疲れているのだろうか。

挙動不審にも程がある。

 

玄関に立つと、カナエとアオイが見送りに来る。

 

 

「あらあら、楽しんできてねお二人さん。」

 

 

「留守中はお任せ下さい!」

 

 

茶化すように言うカナエと意気込むアオイ。

・・・どことなくニヤついていないか?この二人。

 

 

「ああ、行ってくる。」

 

 

「・・・行ってきます、姉さん、アオイ。」

 

 

蝶屋敷を出発する。

唐突過ぎて行先など考えていないが、まあ何とかなるだろう。

とりあえず街の方に向かうか・・・

 

 


 

 

近くの街にて、人混みを掻き分けながら歩む二人の男女の姿があった。

通り過ぎる人々の一人一人がその二人に目を奪われていた。

 

 

「見ろよあの人・・・すっげえ美人だぞ。」

 

 

「隣の男性も随分男前だな・・・」

 

 

「美男美女のお付き合いよ・・・」

 

 

その一言一言の全てが、二人の男女・・・啓としのぶの耳に入ってきていた。

 

 

「・・・啓さん、私たち周りに随分誤解されていませんか?」

 

 

「・・・かもしれないな。」

 

 

「どこに行くんです?」

 

 

「・・・着いてからのお楽しみだ。」

 

 

「ええ、いいじゃないですか。」

 

 

「まあそう言うな・・・」

 

 

歩みを進める二人。

二人の頬はどこか薄い朱色に染まっていた。

 

 


 

 

「わあ、綺麗ですねえ。」

 

 

街を外れ、しばらく歩くと広大な花畑が見えてくる。

啓は度々ここを訪れている。

 

 

「だろう?・・・しのぶが既に知っていたら、と心配だったが初見そうでなによりだ。」

 

 

「え?私来たことありますよ?」

 

 

「・・・!?」

 

 

「・・・冗談です。」

 

 

悪戯に笑うしのぶ。

 

 

「全く・・・心臓に悪いことを言ってくれるな。」

 

 

「すみません、啓さんをからかったらどんな反応するのかなって気になっちゃって。」

 

 

「・・・ッ?」

 

 

啓は突如謎の感情を覚える。

 

 

(なんだ・・・しのぶの顔を見れない。見ようとすると心拍が・・・)

 

 

「・・・啓さん?どうしたんですか?

(落ち着け、感情の制御が出来ないのは未熟者の証だ・・・)

 

 

「いや、何でもない。花を見ながら味わえる甘味処があるんだ、行かないか?」

 

 

「あら、いいですね・・・行きましょう。」

 

 

(これに似た感覚を、以前どこかで・・・)

 

 

疑問を持ちつつも歩みを進める。

 

 

 

五分ほど歩き、例の甘味処へと到着した二人。

席に通されると、ある人物達に気付く。

 

 

「・・・小芭内、蜜璃。奇遇だな。」

 

 

「あら!啓さんにしのぶちゃん!こんにちは!」

 

 

「こんにちは、甘露寺さんに伊黒さん。」

 

 

「啓・・・と胡蝶か。」

 

 

伊黒と甘露寺がそこにいた。

二人とも私服姿である。

 

 

(やだ!啓さんとしのぶちゃん、初々しいわ!尊いわぁ・・・!!)

 

 

心の内で甘露寺が呟く。

彼女もまた、そういう話が大好きな女性の一人である。

 

 

「二人共、今日はお出掛け?」

 

 

「ああ。偶然二人揃って休暇だったからな。少々付き合ってもらっている。」

 

 

「いいじゃない!私もね、今日は伊黒さんとたくさん美味しいもの食べにお出掛けしてるの!」

 

 

「それはいいですね。でもちょっと意外です。伊黒さんがそういう付き合いをするだなんて。」

 

 

「・・・何か問題でもあるか?」

 

 

「いえ、別に?」

 

 

「・・・さっさと注文したらどうだ。」

 

 

「それもそうだな・・・さて何にするか・・・」

 

 

啓としのぶが注文を済ませる。

四人が近況を語らっているうちに注文の品が到着する。

啓はカステラ。しのぶは啓に勧められたパンケーキである。

 

 

「このパンケーキふわふわで美味しいですね・・・!」

 

 

「そうだろう。俺が今まで食べてきた中で一番おすすめのパンケーキだ。」

 

 

「あら、啓さんって意外と食通なんですね?」

 

 

「そうよ?啓さんもたまに私達二人と食事に行ったりするもの!」

 

 

「そうなんですか。」

 

 

それを聞いて、しのぶの胸の中で不穏な空気が流れる。

 

 

(落ち着きなさい胡蝶しのぶ。三人でって言ってるじゃない。伊黒さんも一緒なのよ・・・何も啓さんと甘露寺さんが二人で出掛けていた訳じゃないわ・・・って何を嫉妬してるの?啓さんが誰と出かけようが私には関係ないじゃない。)

 

 

が、それを表情に出すことは無い。

 

 

「・・・啓さん、そのカステラ美味しそうですね。一切れくださいよ。」

 

 

「いいぞ、ほら。」

 

 

啓がフォークに突き刺してしのぶの口元に寄せる。

 

 

「え、自分で食べれますからいいですよ?」

 

 

「手間がかからなくて済むだろう?ほら、いらないのか?」

 

 

(きゃーーーー!!啓さん攻めるわね!!)

 

 

(胡蝶・・・お前も大変なんだな。)

 

 

知らず知らずのうちに同情を買うしのぶであった。

顔を真っ赤にしながらしばらく静止し、意を決して口を開ける。

 

 

「・・・」

 

 

「美味いだろう?」

 

 

「ええ、とても・・・」

 

 

そういうしのぶの顔色はまた真っ赤だったという。

 

 


 

 

その後甘味処を出て、再び花畑を散策した後、甘露寺と小芭内と別れ再び街の方に戻ってきた啓としのぶ。

段々と日が傾き始めた。

 

 

「すまないしのぶ。少し待っていてくれるか?」

 

 

「ええ、構いませんよ?」

 

 

「ありがとう。」

 

 

そういい啓が姿を消す。

数十分、備え付けられていた長椅子に座り啓を待つしのぶ。

 

 

(遅いですねえ・・・御手洗でしょうか?)

 

 

なんてことを考えていると、二人の男がしのぶによってくる。

 

 

「お嬢さん、綺麗だねえ。」

 

 

「そうですか?ありがとうございます。」

 

 

「そうだそうだ・・・」

 

 

(何でしょうこの方達。そういう手の者でしょうか・・・?)

 

 

「ねえお嬢さん、今暇でしょ?俺たちとお茶しようよ。」

 

 

「奢ってあげるからさ、ほらほら。」

 

 

しのぶの腕を掴む男達。

 

 

「ちょっと、やめてください!」

 

 

(困りましたね・・・この程度の輩振り払うのは簡単ですが、それを周りの方に見られては・・・)

 

 

「いいじゃねえか、ちょっとだけだからさあ?」

 

 

「そういうことそういうこと。」

 

 

無理やりしのぶを連れていこうとする二人。

しのぶが困り果てているところに・・・

 

 

「おい、お前達、何をしている?」

 

 

「ひっ!?」

 

「なんだぁ!?」

 

 

尋常ではない殺気を漂わせながら啓が戻ってきた。

しのぶですら少々焦りを覚える。

 

 

(凄まじい殺気・・・鬼に向けるような殺気じゃないですか、これ。)

 

 

「俺の連れに・・・何か用か?」

 

 

「いえ、あの・・・なんでもないです!」

 

 

「す、すいませんでしたあ!」

 

 

二人が恐怖に顔をゆがめながら走り去っていく。

と、同時に啓の殺気が収まる。

 

 

「もう、啓さん。どこに行ってたんです?」

 

 

「すまないな・・・少々立て込んでしまった。」

 

 

「まあいいです・・・さ、ここからどうします?」

 

 

「もう一箇所、行きたい場所がある。ここからそう遠くない。

いいか?」

 

 

「構いませんよ。さ、行きましょう。」

 

 


 

 

しのぶを連れ、街の外れの丘にやってくる。

さて、もうそろそろだな・・・

 

 

「啓さん、どこへ向かってるんです?」

 

 

「あともう少しだ。楽しみにしててくれ。」

 

 

しのぶに尋ねられるも軽く流す。許せ。

五分ほど歩き、目的地へと到着する。

 

 

「着いたぞ、しのぶ。見てくれ。」

 

 

「・・・わあ・・・・・・・・・」

 

 

しのぶが目を輝かせる。

目の前に広がるのは煌めく夕日に照らされる街。

なんとも美しい様である。

 

 

「いい景色だろう?何としてもこれを見せたかったんだ。」

 

 

「ええ、とても・・・」

 

 

街と同じように、夕日に照らされるしのぶの横顔。

 

 

「美しいな。」

 

 

「ええ、本当に美しい景色ですね・・・」

 

 

そうじゃあないんだがな・・・

まあいい、これを渡そう。

 

 

「しのぶ、これを。」

 

 

「あら、なんですか?」

 

 

「先程、これを買いに行っていたんだ。人に贈るのは初めてだから選ぶのに手間取ってしまってな。」

 

 

渡したのは手ぬぐい。

蝶と藤の花の刺繍が施されている。

 

 

「あらあら・・・ありがとうございます、大事にしますね?」

 

 

しのぶが懐に手ぬぐいをしまう。

気に入ってくれたようだ。

 

 

「・・・しのぶ、今日は付き合ってくれてありがとうな。」

 

 

「こちらこそ、連れ出して下さりありがとうございました。・・・楽しかったですよ、とても。」

 

 

薄く笑みを浮かべるしのぶ。

それを見てまた胸が締め付けられるような感覚を覚える。

この笑顔を、ずっと見ていたい。守りたい。

そんなことを思う。

・・・以前、温泉宿に任務で赴いた時も同じようなことを思ったな。

俺は、この感情の答えを見つけてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

俺は・・・しのぶのことが好きなんだな。

仲間としてでは無く、一人の女性として。

 

この想いはまだ胸に秘めておこう。

いつまで続くか分からないこの命。

全てが終わったら、この想いを告げよう。

どんな結果になってもいい。

必ず、伝えよう・・・

 

 

 

 

 

「さて。そろそろいい時間だ・・・帰るとするか。」

 

 

「そうですね、きっとアオイが夕飯を作って待ってくれてるはずです。」

 

 

「そうだな・・・」

 

 

「あの、啓さん。・・・手、繋いでもいいですか?」

 

 

「・・・ああ、いいぞ。」

 

 

高鳴る胸の鼓動。

収まることを知らない。

強く握ってしまったら壊れてしまいそうな小さな手を、そっと優しく包み込むように握る。

願わくば、この温もりを・・・

 

 

 

 

 


 

 

蝶屋敷で夕飯をご馳走になり、帰宅しても尚動悸が止まらない。

この胸の高鳴りを誤魔化すために、見回りへと向かう。

隊服に着替え、刀を差して。

 

 

かなり遠くまで来た。

俺の管轄を超えているだろう。

だが、今はひたすら夜風に当たっていたい気分だ。

道中鬼に出会うこともあったが、斬り伏せながらここまで来た。

ダメだ、やはり収まらないな・・・

 

 

と、そこに突如鴉がやってくる。

 

 

「カァァ!!!龍柱 如月 啓!!炎柱 煉獄 杏寿郎ガ上弦ノ参ト交戦!!!下級隊士ト一般人ヲ守リツツ戦ッテイル!!至急応援ヲ求ム!!」

 

 

血の気が引いていくのを感じる。

嗚呼、この世界はいつもこうだ。

当然のように大切なものを奪い去ろうとする・・・

 

 

だが、俺は守ってみせる。

奪われてたまるものか。

弱き人々も、大切なものも、全てがこの剣で守ってみせる。

 

 

鴉の導きに従い、全速力で駆け出す。

ここから一時間の位置だ。

間に合うだろうか。

いや、間に合わせてみせる。

待っていろ杏寿郎。

今助けに行くからな・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




啓がしのぶさんへの恋情を自覚する回でしたね。
この話の裏で、煉獄さん達は無限列車の任務に当たっていました。
そして現在、上弦の参との戦闘中です。
次回、戦闘描写になるかと思います。


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第伍拾壱話 炎は燃ゆる

脱線した列車。

そこで別次元の戦いが繰り広げられていた。

役者は二人。

一人は【炎柱】煉獄杏寿郎。

そしてもう一人は【上弦の参】猗窩座である。

互いが互いに所属する勢力の中で上位たる実力の持ち主である。

そしてその戦いを傍観する他ない者達がいた。

 

 

(煉獄さん・・・!)

 

 

少年、竈門炭治郎は心の底から杏寿郎を心配する。

 

(大丈夫だ、煉獄さんは柱なんだ、強いんだ。俺が心配しなくても・・・!)

 

 

「何故だろうな?同じく武の道を極める者として理解しかねる・・・選ばれた者しか鬼にはなれないというのに。」

 

 

猗窩座が杏寿郎へと語りかける。

先程からこのように猗窩座は杏寿郎を鬼へと勧誘している。

が、それに杏寿郎が頷くことは無い。

 

 

「素晴らしき才能を持つ者が衰えていく・・・俺はつらい、耐えられない。死んでくれ杏寿郎。若く強いまま!!!」

 

 

猗窩座が身勝手な方便を述べる。

それも杏寿郎は反応することなく聞き流す。

特にそれを意に介することもなく、猗窩座が空へと大きく飛び上がる。

 

 

破壊殺・空式

 

 

空中で放たれる剛拳。

その拳により叩きつけられた空気が弾丸の如く杏寿郎へと襲いかかる。

その危険を察知し、杏寿郎は身を守るため型を放つ。

 

 

【炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり】

 

 

前方広範囲を薙ぎ払い、迫り来る暴力を無力化する。

その直後、杏寿郎が猗窩座へと迫り、首へと刀を振るう。

その刃は猗窩座の拳によって阻まれる。

 

 

「この素晴らしい反応速度も、この素晴らしい剣技も、失われていくのだ杏寿郎!悲しくはないのか!」

 

 

「誰もがそうだ!人間ならば当然のことだ!」

 

 

戦いは鮮烈を極める。

見ている側は何が起こっているのか視認するのも困難だ。

だがそれでも、分かることがあった。

 

 

(煉獄さん・・・!)

 

 

杏寿郎の限界が、刻一刻と迫りつつあるのだ。

猗窩座は鬼。その体力は無尽蔵。

対して杏寿郎は人間なのだ。

高位の鬼となれば、消耗戦で勝てることはほぼない。

それを肌で感じ取っていた炭治郎は、杏寿郎へ助太刀するためにその身を奮い立たせる、が。

 

 

「動くな!!傷が開いたら致命傷になるぞ!待機命令!!」

 

 

杏寿郎の怒声によりそれは阻止される。

事実、傷が開けば出血により後々に響くだろう。

 

 

(助けに行けない自分が情けない!!頼む、間に合ってくれ、煉獄さんをどうか・・・!!)

 

 

「弱者に構うな杏寿郎!!全力を出せ!俺に集中しろ!!」

 

 

更に打ち込む猗窩座。

負けじとそれに反応する杏寿郎。

拳と刀が触れる度、轟音が鳴り響く。

 

 

(すげえ・・・)

 

 

伊之助はそれを見るだけで、身体を動かすことが出来ない。

怪我が、という訳ではなく、二人から放たれる闘気に身を打たれ、動けないのである。

 

 

(この前の薄紅羽織()が放ってたもんよりはマシかもしれねえ。けど俺じゃこれには勝てねえ・・・!)

 

 

状況が動く。

二人が構える。

 

 

 

【炎の呼吸 伍ノ型 炎虎】

 

 

破壊殺・乱式

 

 

 

二人の技がぶつかり合う。

あまりの威力に、衝撃波が巻き起こり辺りを襲う。

砂塵が巻き上がる。

 

数秒後に砂塵が晴れると、互いに傷を負った二人の姿が。

が、杏寿郎は片目が潰され、さらに至る所から出血している。

それに比べ猗窩座は、既に傷の再生が始まっている。

これが非情なまでの人間と鬼の差である。

 

 

「杏寿郎、死ぬな。」

 

 

猗窩座が声をかける。

その表情はどこか悲しそうだ。

先程動かないように言われたものの、炭治郎、伊之助はなんとか杏寿郎の力になろうとする。

が、やはり動けない。

 

 

(隙がねぇ、入れねぇ!、動きの速さについていけねぇ。あの二人の周囲は異次元だ・・・!)

 

 

(間合いに入れば“死”しかないのを匂いで感じる。助太刀に入ったところで足手まといにしかならないと分かるから動けない。煉獄さん・・・!!!)

 

 

二人は己の無力を痛感していた。

助けたい、力になりたい。なのにそれをすることが出来ない。

それが悔しくて堪らなかった。

 

 

 

「生身を削る思いで戦ったとしても全て無駄なんだよ、杏寿郎。お前が俺に喰らわせた素晴らしい斬撃も、既に完治してしまった。」

 

 

先程から再生が始まっていた傷は、猗窩座の言う通り過ぎる既に完治していた。

 

 

「だが、お前はどうだ?潰れた左目、砕けた肋骨、傷ついた内臓。もう取り返しがつかない。鬼であれば瞬きする間に治る。そんなもの鬼ならば掠り傷だ。どう足掻いても人間では鬼に勝てない・・・」

 

 

心の底から憂う猗窩座。

声には悲しみが宿っている。

が、杏寿郎はそれを感じさせない。

未だその眼には確かな闘志が宿っている。

 

 

「俺は俺の責務を全うする!ここにいるものは・・・誰も死なせない!!」

 

 

刀を構え直す。

両手で力強く握り締め、高く構える。

 

 

(俺はもう限界が近い。が、ここで倒れてしまっては、後ろの少年達や乗客達が危険に晒されてしまう!!)

 

 

 

 

(ならば!次の一撃で決着を付ける!!相手をよく見ろ、動きを読むんだ。こちらの攻撃を確実に与え、相手の攻撃は避けてみせろ!!)

 

 

 

 

(父上・・・母上・・・千寿郎・・・・・・啓!!俺に力を!!)

 

 

 

杏寿郎からさらに濃い闘気が放たれる。

それを猗窩座は感じ取り、喜びに顔を歪める。

 

 

 

「素晴らしい闘気だ・・・それ程の傷を負いながら、その気迫、その精神力、一部の隙もない構え。やはりお前は鬼になれ杏寿郎!俺と永遠に戦い続けよう!」

 

 

猗窩座も並々ならぬ闘気を漂わせる。

杏寿郎に礼儀を示すように己も全力を振るわんとする。

 

 

 

 

 

 

【炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄】

 

 

術式展開 破壊殺・滅式

 

 

 

 

放たれる炎の呼吸の奥義。

呼応し振るわれる圧倒的暴力。

先程の技のぶつかり合いとは比較にならない衝撃波と砂塵が辺りを襲う。

 

 

(凄まじい威力だ!・・・煉獄さんは!?)

 

 

段々と砂塵が消え、その中を覗かせる。

そこにあったのは・・・

 

 

(・・・す、凄い・・・!!)

 

 

そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()

 

 

「・・・ガハッ・・・!?」

 

 

(見えた、一瞬見えたぞ!!啓の言っていた・・・透き通る世界が!!)

 

 

「煉獄さん!!」

 

 

「無事だ!!待機し・・・なっ・・・!?」

 

 

突如杏寿郎が膝をつく。

限界が訪れたのだ。

 

 

「ふふ・・・ははは!!惜しい、惜しいぞ杏寿郎!!お前の奥義は見事俺の腕を斬り落とし、首を撥ねかけた!!だが・・・」

 

 

狂ったように笑いながら猗窩座が杏寿郎へと歩み寄る。

 

 

「それが人間の限界なんだ。さあ、鬼になろう。分かっただろう?人間では鬼には勝てない、人間では限界がある。さあ・・・」

 

 

杏寿郎が膝をつきながらも猗窩座を見上げるように睨みつける。

息も絶え絶えだ。

 

 

「・・・断るッ!!」

 

 

猗窩座がより一層悲しそうな顔をする。

が、残っている手が段々と拳を形作る。

首は再び治り始め、落とされた方の腕も再生してしている。

 

 

「残念だ・・・さらば、杏寿郎。己の愚かさを悔いるがいい・・・」

 

 

杏寿郎は猗窩座から目を逸らすことはなかった。

その心は、死が迫っても尚折れていなかった。

 

十分に力が込められた拳。

それが振り下ろされようとしている。

炭治郎と伊之助は駆け出す。

 

 

(間に合え、間に合ってくれッ!!)

 

 

(させるかよおおおおお!!!)

 

 

想いも虚しく、拳が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

突如猗窩座が後ろに飛ぶ。

 

 

「なッ・・・!?」

 

 

「ほう・・・」

 

 

杏寿郎の顔は驚きを浮かべ、猗窩座は喜びを浮かべる。

杏寿郎を庇うように立つ、一つの影。

その背中は、とても見覚えのあるものだった。

 

 

「待たせたな杏寿郎。後は任せろ。」

 

 

「来てくれたのか・・・啓!」

 

 

啓が刀に手を添える。

が、啓からは一切の闘気が放たれていない。

 

 

「先程察知した闘気は見る影もない。・・・そうか、お前はもう至っているのだな、至高の領域に・・・如月啓!!」

 

 

猗窩座の顔が狂喜に歪む。 

人の身でありながら自分が目指すものに至っている啓がとても輝いて見えていた。

 

 

(啓さん!?・・・そうか、間に合ったんだ!あの時飛ばした鴉が!!)

 

 

「さあ!!あの時戦えなかった分、存分に武を持って語り合おう!!俺を楽しませてくれ啓よ!!!」

 

 

傷が全て治った猗窩座は吠える。

今ここに修羅と龍の戦いが始まろうとしていた。

 



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第伍拾弐話 修羅と龍

もうどのくらい走ったか分からない。

今に至るまで全力で駆けてきた。

あともう少し、もう少しなんだ。

 

森を抜けた。線路が見えた。

その線路の傍らには脱線した列車が。

あそこで杏寿郎が戦っているはずだ。

 

 

 

突如、凄まじい衝撃波が襲ってくる。

何だ?何が起きた?

杏寿郎は無事なのか?

それを確かめるためにさらにその速さを増す。

列車を飛び越し、人影が目に入ってくる。

一般の乗客達、それに炭治郎と伊之助もいるな。

杏寿郎は・・・

 

 

「残念だ・・・さらば、杏寿郎。己の愚かさを悔いるがいい・・・」

 

 

見つけた。

杏寿郎は膝をつき上弦の参は拳を構えている。

もう大丈夫だ、よく耐えていてくれた・・・

 

普段隠している殺気を全開にする。

それにより上弦の参がこちらに気付く。

回避のために後ろに跳ぶ。

俺は杏寿郎の前へ庇うように立つ。

 

 

「なッ・・・!?」

 

 

「ほう・・・」

 

 

 

「待たせたな杏寿郎。後は任せろ。」

 

 

「来てくれたのか・・・啓!」

 

 

杏寿郎が安堵の表情を浮かべる。

そしてこちらに笑みを浮かべながら話しかけてくる上弦の参。

 

 

「先程察知した闘気は見る影もない。・・・そうか、お前はもう至っているのだな、至高の領域に・・・如月啓!!」

 

 

至高の領域・・・透き通る世界のことだろう。

それに返事することなく戦闘態勢に入る。

 

 

「さあ!!あの時戦えなかった分、存分に武を持って語り合おう!!俺を楽しませてくれ啓よ!!!」

 

 

猗窩座が吠える。

上弦を相手するのは何回目だろうか。

楽な戦いではないがやらなければな・・・

 

さあ、やるぞ。

 

 


 

 

 

睨み合う啓と猗窩座。

先に動いたのは猗窩座だった。

 

 

術式展開 破壊殺・羅針

 

 

構えを取り、足元に雪の結晶のような文様が浮かび上がる。

これこそが猗窩座の戦闘の基本スタイル。

この破壊殺・羅針を持って相手の闘気を感知、動きを予測して戦うのだ。

・・・が。

 

 

(やはりダメか。)

 

 

羅針は反応を示さない。

答えはただ一つ、()()()()()()()()()()()()()である。

至高の領域・・・透き通る世界へと至るためには、無駄なものを削ぎ落とし、無我の境地へと足を踏み入れなければならない。

その過程で闘気や殺気といったものま削ぎ落としているためである。

 

 

(ならば・・・)

 

 

破壊殺・乱式

 

 

拳による乱打を放つ。

動きこそただの乱打であるが、上弦の参たる猗窩座により放たれるそれは常識をはるかに超えた威力を誇る。

 

 

【風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹】

 

 

本来、自身の周囲を斬りつける技を前方にのみ放ち、防御する。

猗窩座の殴打を捌いた上でさらに斬りつけている。

乱打乱撃が止む頃には猗窩座の腕の至る所に傷がある。

その血を猗窩座を舐め取る。

 

 

「風の柱でないのにこの威力、この精度。やはりお前は強い!鬼となれば十二鬼月の頂に立つことも不可能では無いだろう。」

 

 

啓はその言葉に反応しない。

その代わりにと言わんばかりに刀を振るう。

 

 

【岩の呼吸 伍ノ型 瓦輪刑部(がりんきょうぶ)

 

 

宙に飛び猗窩座へと重い四連撃を放つ。

そのうち一撃が猗窩座の手首を捉え、斬り落とす。

そのまま着地すると、猗窩座が啓の周りを駆け回る。

再生までの時間稼ぎだろう。

 

 

【雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟】

 

 

周囲一帯に向けて雷のような無数の斬撃を放つ。

が、猗窩座はそれを受けることなく後退する。

啓が空いた間合いを速攻で詰め、さらに仕掛ける。

 

 

【飛天御剣流 龍翔閃】

 

 

峰に片手を添え押し上げるように斬り上げる。

顔を狙ったその斬撃を猗窩座は間一髪で避ける。

そのために大きく後ろに跳ねたが、空中に浮いた状態から啓が追撃を加える。

 

 

【龍の呼吸 漆ノ型 龍星群】

 

 

猗窩座に向かうように斜めに落ちると共に斬撃や突きを放つ。

一つの突きが猗窩座を捉える。

左目を貫かれた猗窩座、視界が不安定になる。

が、その顔から笑みが消えていない。

 

 

「素晴らしい・・・素晴らしいぞ啓!!さあもっと・・・もっと戦おう!!」

 

 

破壊殺・空式

 

 

空高く飛び拳を打ち出す猗窩座。

押し出された空気が砲弾のように啓に降り注ぐ。

 

 

【龍の呼吸 伍ノ型 飛龍・連】

 

 

対して啓も斬撃を飛ばし対応する。

一つ一つが激しくぶつかり合う。

啓が次の技を出す前に猗窩座が凄まじい速さで間合いを詰める。

 

 

破壊殺・砕式 万葉閃柳

 

 

啓の頭上から拳を叩きつける。

啓はそれを防御不可と判断する。

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃】

 

 

地を砕く猗窩座。

その背後に回り込むようにして回避し、そのまま回転の勢いをのせ猗窩座へ刃を振るう。

それを読んでいた猗窩座は啓を跳び越すようにして回避する。

そのまま拳、脚による連撃を与えてくる猗窩座。

全身を使って乱打している分、破壊殺・乱式よりも高密度になっている。

 

 

【飛天御剣流 龍巣閃】

 

 

啓も負けじと連撃を持って対応する。

一つ一つの攻撃が激しくぶつかり合い、甲高い音と共に衝撃波が巻き起こる。

やがて、啓の刀を猗窩座が大きく弾く。

 

 

「貰った!」

 

 

猗窩座が素早く回し蹴りを放つ。

そこで、啓が初めて負傷する。

咄嗟に後ろに回避するも避けきれず、凄まじい速さの蹴りによって左太ももを浅く抉られる。

 

 

「くッ・・・」

 

 

「ほう、完全にとはいかないが避けるか。」

 

 

(不味い・・・これでは重い踏み込みが出来ない・・・威力を保ったまま放てるのは数回だな。)

 

 

「その手負いの状態でどこまでやれるかな?」

 

 

猗窩座がさらに仕掛ける。

重い拳、鋭い蹴り。

その一撃一撃が確実に啓を追い込んでいく。

 

 

「どうした啓!!そんなものか!俺をもっと楽しませてみせろ!!」

 

 

猗窩座が啓を叱責する。

それはあまりに身勝手な物だった。

啓はそれを気にとめていなかったが、このままでは不味い、ということは感じていた。

 

 

(・・・温存している場合ではないな。相手は上弦の参。出し惜しみしていては殺られる。)

 

 

高鳴る鼓動、上昇する体温。

それが意味するのは痣の発現。

啓が本気になった証明である。

 

 

「・・・やっと出してきたか・・・いいぞ、さあ来い!啓!!」

 

 

啓が刀を全力で握り締める。

みるみるうちに赫に染る紅色の刀。

啓は持てる全てを今ここで出さんとしていた。

 

 

【雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷】

 

 

先程と比べ物にならない速さで間合いを詰める。

下から上に登る雷の如き斬り上げ。

これを猗窩座は見切ることが出来ず、まともに喰らう。

宙に打ち出された猗窩座。

そこに啓が追い打ちをかける。

 

 

 

【霞の呼吸⠀壱ノ型 垂天遠霞】

 

 

以前時透と稽古や任務を共にした際、見て盗んだ技を放つ。

自身と垂直になるよう放つ鋭い突き。

その一撃は猗窩座の腹部を貫通した。

 

 

「がッ・・・あああ!?」

 

 

猗窩座は異変を感じていた。

啓に今与えられた傷が灼けるように痛むのだ。

先程まではなかった痛みだ。

しかも再生が遅い。

味わったことの無い焦燥を猗窩座は覚える。

 

 

(なんだこれは・・・!しかも啓の速さが先程までとは段違いだ!)

 

 

突きを放ち身体を貫き、素早く猗窩座の身体から刀を戻す啓。

猗窩座はそのまま後ろに回転しながら着地する。

一瞬にして息が荒くなる。

 

 

【風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削】

 

 

風を纏いながら突進と共に猗窩座を斬り刻む。

当然のように先程と同じく痛みが猗窩座を襲う。

全身至る所を斬り裂かれ、凄まじい痛みとなる。

 

 

(不味いッ・・・!このまま流れを握らせてはならない!)

 

 

破壊殺・脚式 流閃群光

 

 

連続で蹴りを放つ。

啓はそのほとんどを捌いたが、最後の一発だけ胴体に喰らってしまう。

大きく後ろに飛ばされる啓。

が、啓は自らを襲う痛みを無視し、両足でしっかりと着地する。

 

 

(駄目だな、集中が途切れている。もっと感覚を研ぎ澄ませ、無駄を削ぎ落とせ。)

 

 

啓の集中力が再び極地に至る。

猗窩座の血管の一本に至るまでが見えるようになる。

猗窩座が爆発的に加速し迫る。

僅かな筋肉の動きから啓は次の猗窩座の行動を予測する。

 

 

(最初の右拳はフェイク。不意打ちの右裏拳、そこから上段蹴り。)

 

 

啓の予想通り猗窩座が拳を振るう。

啓は当然回避する。

猗窩座としても最初の一撃は囮、本命の裏拳を打ち込む。

が、啓はそれがわかっていたように回避する。

それすら避けられ動揺した猗窩座は、とりあえずで上段蹴りを放つ。

勿論、啓はそれも回避する。

 

 

(馬鹿な・・・!全てが見切られているだと!?破壊殺・羅針と同等、あるいはそれ以上の反応だ。)

 

 

猗窩座は焦りを覚える。

目の前の鬼狩りはあまりに強い。

認めたくはないが、おそらく自分よりもだ。

そんな相手にやけになった所で勝てるはずがない、と猗窩座は心を落ち着かせる。

荒かった息を整え、啓に向き直る。

猗窩座もまた、極限まで集中を高めていた。

そして、それは突然訪れた。

 

 

(何だこれは・・・啓の筋肉、骨、血管に至るまで全てが透けて見える。それらから次などんな挙動をするかが分かる。)

 

 

猗窩座は困惑する。

がその着後に理解する。

 

 

(そうか・・・これが至高の領域・・・!とうとうたどり着いたぞ・・・!)

 

 

その変化を啓は薄く感じ取っていた。

何かが猗窩座の中で変わった。

 

 

(何だ、先程まで満ちていた闘気が消えた。まさか・・・?)

 

 

「礼を言うぞ、啓よ。」

 

 

猗窩座が声をかける。

 

 

「圧倒的強者であるお前との戦いの中で、俺は更なる高みへと至ることが出来た。」

 

 

その一言で啓が確信する。

猗窩座もまた、この領域に達したのだと。

 

 

「なあ啓、既にお前は人間をやめたような強さを誇っている。それは認めよう。だがやはりお前も鬼になるべきだ。無限の時の中で、俺と鍛錬を重ねさらに高みを目指そう。お前にはその資格があるんだ。」

 

 

「知るか。俺は今までも、そしてこれからも人間だ。」

 

 

その一言で会話が途切れる。

互いにこれからの戦いがさらに激しくなることを感じていた。

が、刻一刻と夜明けが近づいてきていた。

太陽が顔を覗かせるまで一時間を切っただろう。

 

 

修羅はより戦いを楽しむため。

龍は敵を滅ぼすため。

さらにその速さを上げた。

 

 

それを離れたところで見守る杏寿郎、炭治郎、伊之助。

 

 

「凄い・・・全く見えない。」

 

 

「ああ・・・ありゃもう格が違う。首突っ込んだら死んじまう。」

 

 

(凄まじい・・・啓の動きも猗窩座の動きも見えなくなってきた。)

 

 

「竈門少年、嘴平少年。よく見ておけ、あれが鬼殺隊最強と上位の鬼との戦いだ。ここでの経験を次に活かすんだ。」

 

 

先輩として後輩たちへ語りかける。

が。その内心はどこか焦りに満ちていた。

 

 

(啓、頼む。どうかここで奴を仕留めきってくれ・・・!)

 

 

視認するのもやっとな次元の戦いを眺めながら心の中で祈る。

その祈りが届くかどうかは定かではない。

 

杏寿郎の胸中を比喩するかのように、戦いはさらに激しいものへと移っていく。

 

啓が勝つか、猗窩座が勝つか、はたまた刻限を迎えるか。それは誰にもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




啓との戦いの中で猗窩座が追い求めていた透き通る世界へと至りました。
こういったところで釣り合いを保っていきたいものです。
おそらく次で猗窩座戦、決着です。


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第伍拾参話 焔纏いて

縮地を用いて猗窩座の周りを駆け回る啓。

猗窩座はその速さについて行くのは困難と判断した上で対応する。

 

 

破壊殺・空式

 

 

猗窩座が宙に跳び、虚空に連打を放つ。

自身を囲うように空気の砲弾を押し出す。

啓は咄嗟に縮地を止め、一直線に猗窩座に向かっていく。

直線上にある空気の砲弾を全て叩き落としながら猗窩座に迫る。

 

 

「ほう・・・流石だ。」

 

 

賞賛の言葉と共に猗窩座が鋭い上段蹴りを繰り出す。

空気を裂きながら槍のように迫る蹴り。

 

 

【水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き・曲】

 

 

それに対し啓は刺突を繰り出す。

相手を殺傷するのではなく相手の攻撃の威力を殺すのを目的とした改式である。

反発し合うように猗窩座と啓が後退する。

直後、間合いを詰め、啓の後ろに回り込む猗窩座。

 

 

破壊殺・脚式 冠先割

 

 

鋭く脚を振り上げる。

啓は完全に回避することができず、背中を裂かれる。

猗窩座のつま先が触れただけだがこの威力である。

啓が羽織っていた薄紅色の羽織も裂かれ、啓の血で赤く染まる。

が、啓は先程と同じように痛みを気に留めることは無かった。

即座に刀を鞘に納め、構えを取る。

 

 

【龍の呼吸 玖ノ型 大龍巻】

 

 

回転しながら全力で抜刀術を放つ。

神速で放たれたそれは風を巻き込みながら渦巻くように残留する。

猗窩座はそれに反応することが出来なかった。

が、直接刀から傷を受けていないこと、鬼の身体の丈夫さが相まって胴を両断されたわけなどではなく、数箇所それなりに深く抉られるに留まった。

 

 

「ぐおォ・・・」

 

 

打たれ強い猗窩座が痛みに声を漏らす。

それほどまでに赫刀による攻撃はダメージを与えられるのだ。

猗窩座が歯を食いしばりながら反撃に出る。

飛び蹴りのような形で迫る。

それを啓は身を捻る形で回避する。

 

 

「やはり思った通りだ!お前との戦いは楽しいだけでなく無限に得るものがある!!」

 

 

猗窩座が連撃を放つ。

その速さは先程よりも増している。

啓もそれに喰らいつくかのように斬撃を重ね続ける。

 

 

「永遠に続けていたいものだな!!」

 

 

「俺はお断りだ。」

 

 

【龍の呼吸 壱ノ型 龍閃】

 

 

数秒続いた打ち合いを破るように啓が型を放つ。

猗窩座はそれを察知しており、回避する。

 

そこから、しばらくの間沈黙が続く。

 

 

「・・・」

 

 

「・・・」

 

 

その光景を見ている杏寿郎、炭治郎、伊之助は何が起こっているのかを僅かにではあるが理解していた。

 

 

「煉獄さん、あれは・・・」

 

 

「ああ・・・おそらく、互いに読み合いをしているのだろう。」

 

 

「・・・全く動かねえ。先に動いた方が必ず不利になる。」

 

 

伊之助はこの光景を山で見た事があった。

獣どうしが縄張り争いをしている際にだ。

互いが互いを睨み合い、観察し、辺りに静寂が満ちている状態。

出方を伺っている、というべきか。

 

 

(薄紅羽織も上弦の参も、野生のそれとは質が違ぇ・・・!)

 

 

(あれが鬼殺隊最強の剣士・・・あれが上弦の参・・・!)

 

 

(互いが相手の些細な動きを観察しあっている。果ては筋繊維一本一本の動きに至るまで!先程扱えるようになりここまで使いこなしている猗窩座もそうだが、何より啓だ。元々観察力に優れていたがよもやここまでとは・・・!)

 

 

数分間、沈黙が続く。

 

 

 

 

その沈黙を破ったのは猗窩座だった。

啓の顔めがけ真っ直ぐに拳を放つ。

それを首を傾げるようにして避ける。

そのまま手刀を作り、薙ぐ。

姿勢を低くして避ける。

姿勢を低くしたところに膝蹴りを打ち込む。

それを上に大きく飛んで避ける。

 

全てが緻密に組み立てられたカラクリのような動きであった。

まるで予め決められていた動作のような滑らかさだ。

 

 

【飛天御剣流 龍槌閃】

 

 

啓がそのまま落下の勢いを乗せて刀を振り下ろす。

猗窩座は斜め後ろに大きく飛び、回避と同時に攻撃の構えをとる。

 

 

破壊殺・空式

 

 

先程とは違い、全てが啓に向かって放たれた。

おびただしい数が啓を襲う。

 

 

【全集中 水の呼吸 拾壱ノ型 凪】

 

 

義勇が生み出した新たな型を啓が放つ。

間合いに入った攻撃は全てかき消される。

 

 

「これを凌ぐか!ならばこれはどうだ!?」

 

 

 

破壊殺・脚式 飛遊星千輪

 

 

素早く間合いを詰める猗窩座。

先程は背後から、今回は正面から上に蹴り上げてくる。

啓は素早く横に回避する。

 

 

【風の呼吸 捌ノ型 初烈風斬り】

 

 

そのまま猗窩座の方に踏み込み、すれ違いざまに猗窩座を渦のように囲う斬撃を繰り出す。

即座に猗窩座が回転蹴りでそれを払う。

 

 

そこで、猗窩座はあることに気付く。

 

 

(不味い、そろそろ夜が明ける。撤退する前に仕留めなければならない。)

 

 

それを確認し、猗窩座はさらに集中を高める。

啓はそれを感じ取っていた。

 

 

(おそらく、猗窩座はそろそろ決着をつけにくるだろう。夜が明けるからな。ならば選択肢は二つ。そこで猗窩座を仕留めるか、夜明けまでここに固定し、日光で焼き殺すか。)

 

 

啓が両手で刀を構える。

猗窩座と同じように、さらに集中を高めて。

 

 

(なんにせよ・・・逃がすつもりなどない。)

 

 

呼吸を大きく行い、血の巡りを加速させる。

力が溢れるような感覚を覚える。

 

 

(大きいのが来るな・・・)

 

 

猗窩座は危険を感じ取る。

目の前の男が自らの命を刈り取りかねない技を放とうとしていることを理解し、身構える。

 

 

 

 

 

が、僅かばかり気づくのに遅かった。

 

 

 

 

 

【全集中 飛天御剣流 九頭龍閃】

 

 

九方向から猗窩座に斬撃が襲い掛かる。

猗窩座だけでなく、それを見ていた全員に九つの首を持つ龍が見えた。

咄嗟に回避をとる猗窩座。

が、完全に避けきることが出来ず、三発ほど攻撃を受けてしまう。

最初の二発はそれぞれ身体を深く抉り、最後の一撃の突きは胸に大きな穴を開けた。

 

 

「がはァ!?」

 

 

口から血を吐き出す猗窩座。

痛みにもがくその隙を啓が仕留めにかかる。

が、啓が首を落とそうとしたその瞬間、猗窩座は口を歪める。

そのまま右脚で蹴りを放つ。

それを避けることに失敗した啓は脇腹を打ち付けられる。

骨を叩き折り、内臓にまでダメージを負ったのを啓は感じた。

 

 

「ぐッ・・・!」

 

 

先程までは痛みを無視していた啓だが、流石にこれは効いたようで、脇腹を抑えながら刀を杖のようにして何とか立ち上がる。

 

 

もはや、互いに満身創痍といった様子だった。

と、同時に・・・

 

 

(まずい・・・!!)

 

 

もう夜明けは間近に迫っていた。

猗窩座は逃走しようとしたが、それ不可能と判断した。

今負傷をさせたが、目の前の男はそれでも逃がしてくれないと感じたからだ。

 

 

(ならば・・・この技で。)

 

 

猗窩座は決意する。

次の技で決着をつけること。

構えをとる。

それを見て啓も次の技でケリをつけようとする。

 

 

(この技はまだ未完成だ・・・が、今放てる中で猗窩座が放とうとしている技に対抗できるとしたらもはやこれしかない。やるしかないだろう。)

 

 

啓が刀を構える。

お互いが戦いの終わりを感じていた。

それは見ている者達も同じである。

先に動いたのは啓、素早く間合いを詰めにかかった。

 

 

 

 

 

破壊殺・終式 青銀乱残光

 

 

 

迎え撃つ猗窩座。

全方向に百裂の乱れ打ちを放つ。

その速さは破壊殺・乱式とは比べ物にならない物だった。

 

 

(いくぞ・・・!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【⠀龍の呼吸 ()()()() 火之迦具土神(ひのかぐつち)

 

 

 

 

 

 

 

啓が焔を纏いながら猗窩座へと迫る。

啓は刀を両手で持ち、猗窩座へと振るう。

この技は全ての呼吸の利点を保ったまま、特に炎の呼吸の強みを引き出そうというものである。

重くしっかりとした踏み込みから放たれる斬撃。

猗窩座の一撃一撃を大きく弾く。

腕の付け根に向かい刀を振るい、一瞬で猗窩座の腕を落とす。

その後も胴体に一撃見舞った。

焦る猗窩座。

が、片腕を失おうとも技の速さが衰えることは無い。

顔には一切の余裕が無い。

そして、次は猗窩座のもう片腕を真ん中から大きく裂く。

本来なら再生するだろうが、赫刀の阻害効果により再生が非常に遅い。

 

 

「ぐ、おおおおおおお!!!」

 

 

両腕を失い、これ以上は無謀と察知した猗窩座は啓を大きく飛び越え、走りさろうとする。

その後ろを啓は追っていく。

段々とその距離が縮まっていく。

啓が今一度刀を握り締め、その首を捉えようとした。

その時、猗窩座が目にも止まらぬ速さで啓に蹴りを放つ。

胴体に正面からその蹴りをもらってしまい、大きく吹っ飛ぶ。

 

 

(クソッ!!首に気を取られ油断した・・・!)

 

 

呼吸を大きく乱すことになった啓は上手く立ち上がれない。

疲労、与えられた痛みがもはや啓に立つことを許してはくれない。

その様子を見ていた炭治郎が猗窩座の後を追うべく駆け出す。

 

 

「待て!!もういい!追うな!!」

 

 

啓が地に伏せながらも炭治郎に叫ぶように言い放つ。

 

 

「ですが啓さん!やつはもう!!」

 

 

「こちらも既に満身創痍だ・・・もはや誰も猗窩座を相手できる程の力は残っていない。そこであっちから去っていくというのなら好都合だ。今は、ここにいる戦力を失う訳にはいかないんだ・・・聞き入れろ・・・!」

 

 

啓が血を吐きながら炭治郎に語り掛ける。

猗窩座の姿はもう見えなくなった。

と、同時に朝日が顔を出す。

 

 

暖かな光に包まれた啓は、突如意識が朦朧とする。

 

 

「く・・・そッ・・・!?」

 

 

 

脇腹と胴に蹴り。全身裂傷。その他諸々の負傷。

啓の意識を刈り取るには十分なものだった。

 

 

「啓さん!しっかり!!」

 

 

(すまない炭治郎・・・後は・・・)

 

 

啓の意識が暗転する。

慌てふためく炭治郎の元に杏寿郎が駆け寄ってくる。

 

 

「竈門少年!啓は!」

 

 

「気を失ってしまいました!どうすれば・・・!?」

 

 

「・・・ふむ、意識がなくとも呼吸による止血はしっかり行われている。失血死の心配はないな。が、あまりに負傷が激しい。急いで蝶屋敷に運び込まねばならない!」

 

 

上弦の参、猗窩座との戦いは引き分けという形で幕を閉じた。

今回の任務において、下弦の壱、上弦の参が出現するも死者が出ることは無かった

 

 




猗窩座戦終了です。
原作通り杏寿郎が乗客や炭治郎達を守り、その杏寿郎は啓が助けた為死者は0ということになりました。
原作よりも強化された猗窩座との戦闘、いかがでしたか?
未だに読み応えのある戦闘描写を上手く書くことが出来なくて迷走中でございます。
「こうした方が良い」などあれば感想にて知らせて頂けると幸いです。


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第伍拾肆話 流れは変わる

「へっ、囲まれるたあツイてねえな。」

 

 

「この程度の鬼達ならば恐るるに足らないだろう・・・」

 

 

目を覚ますと、知らない記憶の中にいた。

二人の剣士が鬼に囲まれている。

俺は先に言葉を発した方の剣士の肉体に憑いている形・・・なのだろうか。

視界こそ共有されているが身体を動かすことは叶わない。

そして俺は、この二人の剣士に見覚えがある。

この肉体は飛天御剣流の開祖、比古清十郎。

そしてもう一人の方は始まりの呼吸の剣士、継国縁壱だ。

 

 

「そんじゃまあやるか・・・縁壱。」

 

 

「ああ・・・清十郎。」

 

 

二人が背中合わせに構える。

先に動いたのは清十郎の方だった。

 

 

「めんどくせえから纏めて斬るが・・・構わねえな?」

 

 

清十郎が高く飛ぶ。

刀を構え、呼吸を行う。

鬼と対峙している以上、呼吸も扱えるようだ。

 

 

 

【飛天御剣流 飛天無限斬】

 

 

刀を思い切り横に振るう。

その太刀の延長線上にいた鬼は全員粉々になる。

初めて見る技だ。

常識を超えた力で放たれた斬撃は離れた所までも届き、それに追従して空気の刃が対象をズタズタにした・・・のだろうか。

清十郎の極限まで磨きあげられた心·技·体。それに呼吸の力を乗せた賜物だろう。

おそらく、鬼狩りとしても活動していた清十郎だけが扱えた技なのだろう。

 

 

「へっ、一瞬で終わっちまった。さて縁壱は・・・」

 

 

刀を納め、縁壱の方に向き直る。

縁壱の剣技は一切の無駄がない美しいものだった。

技の一つ一つが芸術作品のような美しさを誇り、凄まじい力強さを感じさせる。

 

鬼の数が半分を切ったところで、縁壱はさらに力を振るう。

その場にいるもの全てが引き込まれるかのような呼吸。

 

 

【日の呼吸 壱ノ型 円舞】

 

 

舞うようにして鬼の首を落とす。

・・・俺は、この技を見たことがある。

炭治郎のヒノカミ神楽だ。

なぜ・・・なぜ日の呼吸とヒノカミ神楽で同じ技が存在するんだ?

呼吸も炭治郎のそれと同じものだ・・・

 

 

【日の呼吸 弐ノ型 碧羅の天】

 

 

これは見た事ない型だな・・・

その後も型を振るい、鬼を殲滅する縁壱。

ところどころが炭治郎に扱っていたものと同じだった。

 

 

「やはり見事な剣技だな。秀麗の一言に尽きる。」

 

 

「清十郎の剣技も素晴らしいものだ。」

 

 

鬼を全員殺し終わり、互いを賞賛する二人。

・・・俺の中で、一つの仮説が生まれた。

ヒノカミ神楽は・・・形を変え継承された日の呼吸なのではないか?

どのような経緯があってかは分からないが・・・

これを炭治郎に伝えねば・・・

と、思い始めたところで突然視界の端から端までが白くなっていく━━━━

 

 


 

 

「━━━はっ。」

 

 

目を覚まし、身体を起こす。

・・・誰もいないな。

とりあえず誰かを呼ばなければだろうか。

しっかりと床を踏みしめる。

 

 

扉を開け、部屋の外へ出る。

周りに人は見当たらないな。

診察室に行ってみるか。

 

 

 

トントン、と扉を叩く。

 

 

「どうぞ。」

 

 

中から声がする。

ガラリ、と扉を開け、中に入る。

 

 

「・・・啓、さん・・・?」

 

 

「しのぶ。おはよう。」

 

 

目を大きく見開き、こちらを凝視してくる。

信じられないものをみた、といった表情だ。

 

 

「いつ、いつ起きたんですか。」

 

 

「ついさっきだ。誰も周りにいなかったからとりあえずここに来た。」

 

 

「貴方って人は・・・いつも傷だらけで帰ってきて、いつも長い間寝てて、いつもふとした時に目を覚まして・・・もう。」

 

 

涙を滲ませながら、こちらに叱責のような言葉をかける。

が、その表情はとても柔らかく、優しいものだった。

 

 

「・・・心配をかけた。すまない。」

 

 

「いいですよ、こうして目を覚ましてくれたなら・・・とりあえず座ってください。」

 

 

促されるがままに椅子に腰を掛け、しのぶの話を聞く。

三ヶ月の間眠っていたこと。

受けた傷自体は早い段階で完治していたこと。

杏寿郎は片目を失明したものの、柱としての活動を続けていること。

 

 

 

「とりあえず、先程言ったように傷は完治しているので、退院していただいて構いません。しばらくしてから全集中・常中が再開されていたので以前ほど身体の衰えはないはずです。」

 

 

「ああ、世話になったな。」

 

 

とりあえず御館様に目を覚ましたことを知らせなければか。

 

 

 


 

意識が戻ってから一ヶ月が経過した。

あれから一週間ほどで任務に復帰し、今宵も任務を済ませ帰路につこうとしているところだ。

と、そこに報告を済ませた弥生かやってくる。

 

 

「啓、御館様から指令だ。」

 

 

「任務完了の直後・・・緊急とみた。」

 

 

「その通りだ。吉原遊郭に向かえ。そこにいる宇髄天元らと合流し上弦の陸を滅殺しろとのことだ。」

 

 

・・・上弦の陸?

ここ最近は随分上弦の動きが活発になってきているな・・・

天元の他に誰がいるのかは分からないが、柱一人で上弦を相手するのは厳しいかもしれない。

急ぎ向かわなければな。

 

 

「分かった。弥生は隠の手配を頼む。」

 

 

「了解。」

 

 

弥生が反対方向に飛び立つ。

吉原遊郭か・・・今まで縁のない場所だったがこういう形で赴くことになるとはな。

何はともあれ天元と他の隊士が心配だ。

先を急ぐとしよう。

 

 


 

 

三時間ほど走り続け、目的地に到着する。

吉原遊郭とは優雅な場所だと聞いていたが、何だ?この惨状は。

建物はところどころ崩れ、血が飛び散っている所もある。

鬼が暴れたのだろうか?

兎にも角にも、交戦中であろう天元達の元へと急がなければ。

・・・音はあっちからするな。

 

 

音の下方向に急ぐと、複数の人影が視界に入る。

すると・・・

 

 

「アアアアアア!!!」

 

 

「アアアアアア!!!」

 

 

「ガアアアアア!!!」

 

 

咆哮と共に刀を振るう三人。

炭治郎、善逸に伊之助だ。

天元の他の隊士とはこいつらの事だったか・・・

炭治郎は一人、善逸と伊之助は二人で鬼の首に刀を喰い込ませている。

鬼が二体・・・上弦の陸は二体いたのか?

 

 

「お兄ちゃん!何とかしてよ!お兄ちゃん!!!」

 

 

女の方の鬼が悲痛な声で叫ぶ。

が、その声も虚しく三人が首を斬り落とす。

・・・柱でもない隊士が、上弦の鬼を倒した。

この三人、それほどまでに・・・!

 

そうだ、天元はどこだ・・・と目をやると地に伏せていた。

片目と片腕を損失している。

あの怪我では、もう・・・

 

鬼の首が二つ、弧を描きながら宙を舞い地に落ちる。

向かい合う二つの首。

 

 

「斬った!?斬った!!斬った!!キャーーッ!!斬りましたよォ雛鶴さん。草葉の陰から見てください。」

 

 

「あんた意味分かって言ってんの!?馬鹿!!えっ?」

 

 

「なにか様子が変だわ。」

 

 

三人の女性が俺の隣でやり取りを交わすを

最後の女性の言う通り、なにか様子がおかしい。

炭治郎、どうしたんだ。

いくら消耗したと言えど呼吸がおかしい。それに顔色も良くない。

最も、顔色に関しては天元もだが。

 

・・・いや、待て。

そこじゃない。

あの鬼の身体、まだ何かある。

この気配・・・最後に何か仕掛けるな。

もはや炭治郎も天元も満身創痍。

俺が何とかしなければ。

 

 

 

「逃げろ━━ッ!!!」

 

 

天元が叫ぶと同時に、鬼の身体から血が吹き出し、渦を形作る。

その渦は周囲一帯をつもりだ。

そうはさせないが。

 

 

【雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷】

 

 

その鬼の身体を取り囲むように駆ける。

発生した血の渦を全て斬り伏せながら。

途轍もない破壊を行おうとしていたその渦は、何をするわけでもなくただの血となり地に零れ落ちる。

 

 

「啓か・・・!?」

 

 

「すまないな天元、遅くなった。」

 

 

「啓・・・さん・・・!?」

 

 

「炭治郎、見ていたぞ。良く、頑張ったな。」

 

 

炭治郎の頭を撫でてやる。

そこで、あることに気付く。

 

 

「・・・炭治郎、その痣は・・・!!」

 

 

不味い。

まさか炭治郎が発現するとは。

おそらく、この戦いの中で初めて発現させたはず。

ならまだ・・・!

 

 

「炭治郎、よく自分の心拍を聞け。呼吸で止血するように身体の中に意識を巡らせ、その心拍を落ちつけろ。」

 

 

「心、拍・・・?」

 

 

炭治郎が困惑した様子でこちらを見つめるが、息を整え言われた通りにし始める。

炭治郎の胸の辺りに手を添え、透き通る世界で様子を見る。

 

 

「・・・うん、そうだ。大きく息を吸って吐いて、安定させるんだ。」

 

 

「こう・・・ですか?」

 

 

「その調子だ、いいぞ・・・」

 

 

炭治郎の痣がうっすらと消えていく。

心拍の安定をさせると同時に体温が下がっていく。

本来の心拍のまま体温を高く保てる程の技術はまだないようだ。

 

 

「いいか炭治郎、今お前には痣が発現していた。」

 

 

「痣・・・?啓さんと、同じものですか?」

 

 

「ああ。心拍数二百、体温三十九を超えたら必ず心拍を落ち着けろ。寿命が縮むからな。」

 

 

「そん・・・な・・・じゃあ啓さんは。」

 

 

「俺はおそらく大丈夫だ。痣を発現させたその時に心拍を落ち着ける術を知ったからな。心配なのはお前だ炭治郎。痣は確かに鬼と渡り合うのに大きな力となる。心拍を落ち着けつつ体温を保つのはかなり難しいかもしれないが、それができるようになるまでは痣の発現は控えろ。いいな?」

 

 

「はい、分かりました・・・」

 

 

とりあえずは、大丈夫そうだ。

さて、事後処理に入らなければ。

 

 

「く・・・あぁ・・・!」

 

 

毒がかなり回ってしまっている。

このままではいけない。

だがどうする?俺はしのぶのように解毒できる術など・・・

 

 

「む!」

 

 

「・・・禰豆子?」

 

 

横から禰豆子が顔を出す。

小さく縮んでいる。

 

 

炭治郎の手を握ったと思ったら、突如炭治郎の身体が燃える。

 

 

「え・・・ちょ、え?おい禰豆子何してるんだ!?」

 

 

焦って禰豆子を引き剥がす。

数秒すると炎は消えた。

 

 

「・・・え?」

 

 

どういうことだ?

炭治郎は焼けた様子などは一切見られない。

それどころが顔色が良くなっていないか・・・?

 

 

「毒が、毒が消えた・・・?」

 

 

「・・・禰豆子の血鬼術か?」

 

 

なんとも不思議なこともあるものだ。

禰豆子が同じように天元、伊之助の解毒を行う。

善逸は毒は食らっていないようだが、両足の怪我が酷いな。

筋肉への負荷があまりに大きすぎる。

 

 

遊郭全体の見回りや隠への指示を済ませ戻ってくると・・・

 

 

「・・・は?おい、炭治郎!善逸!伊之助!!」

 

 

三人が倒れている。

意識がないようだ。

日が登ってきたため禰豆子は箱に隠れている。

 

 

「急いで蝶屋敷に!!」

 

 

「御意!!」

 

 

隠達が三人を運んでいってくれる。

その後ろを天元、天元の嫁三人でついて行く。

 

 

「派手にやられたな、天元。」

 

 

「ああ・・・こりゃ、柱は引退だな。御館様も許してくださるだろう。」

 

 

「そうだな・・・すまない、もっと早く来れていれば。」

 

 

「そんな地味なこと言うんじゃねえよ。俺は俺のやるべき事やってこうなったんだ。悔いはねえよ。」

 

 

「・・・そうか、すまない。」

 

 

やらなければならないことは山積みだな。

今回の炭治郎の痣発現を受けてさらに痣者が増えるかもしれない。

全員が心拍を下げつつ体温を高く保てればいいが・・・そうもいかないだろう。

鬼殺隊には鬼を殺すことに全力を注ぐあまり、その先のことを考えていない風潮がある。

俺はそれが嫌だ。鬼を滅ぼし平和を手に入れたなら、皆でその平和を享受したい。老人になるまで。

死ぬ覚悟で臨まなければならないのは事実だ。

だが、死んでいい理由にはならない。

そうならないようにも、俺が何とかしなければ。

 

 

とはいえ、長らく倒しえなかった上弦を今回討伐したのは、とても大きいことだ。

流れは確実に、俺たちに向き始めている。

鬼を滅ぼす為の大きな一歩だ。

この流れを途切れさせてはならないな。

 

 

 

 

 

 

 




啓を遊郭編に同行させるか迷ったのですが、かまぼこ隊にとって大きな成長に繋がるところに啓がいたら得るべきものを得られないのでは?と思いこのような形にしました。
その分刀鍛冶の里編やその先の話を充実したものにできるように励みます。


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第伍拾伍話 刀鍛冶の里

少し時間が空いてしまいました。
申し訳ありません。


「ぎゃあああ・・・」

 

 

「任務完了、だな。」

 

 

今日も今日とて任務を無事遂行した。

さあ帰路に着こう・・・と、いうところであることに気づく。

随分と刀が刃こぼれしているのだ。

ちなみにだが、剛光さんに初めて打ってもらった刀を今までずっと使っている。

毎日手入れを欠かさず行っていたが・・・そろそろお世話になるべきだろうか。

 

 

「弥生、刀の手入れを剛光さんに頼みたいのだが・・・どうすればいい?」

 

 

「それならばまずは御館様に伝えよう。御館様の許可が降り次第、刀鍛冶の里へ向かうことになる。」

 

 

刀鍛冶の里、話には聞いていた。

何でも、鬼の襲撃から逃れるために鬼殺隊員の間でさえ、その場所は秘匿にされているという。

目隠し、耳栓をして隠に背負っていってもらうらしいが・・・

 

 

「分かった。ではよろしく頼む。」

 

 

「心得た。」

 

 

弥生が御館様の元に向かう。

任務の報告もしてくれることだろう。

さて、俺は帰るとしよう。

 

 


 

 

「啓、昨日言っていた件の許可が降りたぞ。」

 

 

「そうか、ありがとう。それでどうすればいい?」

 

 

「直に迎えが来る手筈だ。」

 

 

とのことだ。

とりあえず準備だけ済ませておこう。

 

 

 

 

「龍柱様、お迎えに上がりました。」

 

 

「ああ、ご苦労様。」

 

 

隠が到着する。

 

 

「では、こちらの目隠しと耳栓をお願い致します。」

 

 

「了解。」

 

 

目隠しと耳栓を装着する。

・・・思ったのだが、透き通る世界で普通に見えるな。

まあそんなことはしないのだが・・・

 

 


 

 

突如、視界に光が差し込む。

と、同時に音が入り込んでくる。

 

 

「到着致しました。すぐそこが里の長の屋敷です、まずはそちらに。私はこれにて失礼致します。」

 

 

「ありがとう。」

 

 

ここが刀鍛冶の里、か。

まさに秘境と言った感じだな。

どうやら近くに温泉もありそうだ。

挨拶を済ませたら行ってみるか。

 

 

「貴方が龍柱様ですね?お話は伺っております、どうぞ中へ。」

 

 

屋敷の前に立っていた男性に、中に通してもらう。

やはり、ひょっとこの面を身につけている。

 

 

「ありがとうございます。お邪魔致します。」

 

 

中に上がると、里長らしき方がいた。

 

 

「どうもコンニチワ。ワシ、この里の長の鉄地河原(てっちかわはら) 鉄珍(てっちん)。どうぞヨロピク。」

 

 

「お初にお目にかかります。鬼殺隊【龍柱】如月 啓と申します。」

 

 

「柱の方ならそんな改まらんでや。かりんとういる?」

 

 

「いえ、結構です。」

 

 

「そか。さて・・・貴方の担当は剛光だったかえ?案内させるでな。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

「ええよええよ、ほないってらっさい。」

 

 

「こちらへ。」

 

 

別の男性に案内される。

鉄珍さん・・・なんというか、濃いな。

 

五分ほど歩くと、剛光さんの所に着く。

 

 

「やあ啓君、久しいな。」

 

 

「お久しぶりです、剛光さん。七、八年ぶりでしょうか。」

 

 

「そんなものだ、さて、早速刀を見よう。」

 

 

刀を剛光に手渡す。

しばしの間見つめ、声を漏らす。

 

 

「ほぉ・・・よくもまあここまで使い込んだね。使い手が良い証拠だ。」

 

 

「いえ・・・打った人の腕が良いのですよ。」

 

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。さて、しばらく二、三日ほど時間がかかるのは予め伝えられているね?」

 

 

「ええ、それまで里で羽を伸ばそうかと。」

 

 

「それがいい。寝食は里の方で用意されているはずだから、そこでね。」

 

 

「はい、ではお願いします。」

 

 

剛光さんに刀をお願いし、先程の温泉へと向かう。

さて、どんなものかな。

 

 


 

 

温泉に一時間ほど浸かった。

とてもいい湯だったな。

まさに秘湯だ。

夕食までまだしばらくあるから、適当に散策するとしよう。

すると・・・

 

 

「遅い!全然ダメ!!」

 

 

なんだ?

鈍器で人を打ち据えたような音と人の声がしたな。

 

 

「今日も飯抜きです!!」

 

 

「あああああ・・・」

 

 

「・・・何しているんだ?」

 

 

そこには、ひょっとこの面をつけた少年と、炭治郎がいた。

 

 

「啓さん!お久しぶりです!!来てたんですね!」

 

 

「ああ、久しいな。炭治郎が意識を失う前だから二ヶ月ぶりくらいか。」

 

 

「炭治郎さん、この方は?」

 

 

「自己紹介が遅れたな。【龍柱】如月 啓だ。よろしく。」

 

 

「龍柱・・・柱・・・・・・ええ!?」

 

 

少年が驚きの声を上げる。

 

 

「てことは、あの昆布髪糞野郎と同じ!?」

 

 

「昆布髪・・・糞野郎・・・?」

 

 

「小鉄君、気持ちはわかるけど仮にも最上位の人だから・・・」

 

 

「昆布髪で柱・・・ああ、無一郎か。」

 

 

柱であることを知らないわけではないだろう。

それで尚この態度ということは余程恨みが深いと見た。

 

 

「それで、何をしていたんだ?」

 

 

「この絡繰り人形で特訓していたんです!!凄いんですよこれ!」

 

 

視線の先には六本の腕の絡繰り人形。

・・・?あの顔、どこかで・・・

 

 

「この人形、始まりの呼吸の剣士の動きを再現したものなんです。なんでも、腕が六本ないと動きを再現できないとか・・・」

 

 

そうだ思い出した。

記憶の中で見た始まりの呼吸の剣士だ。

こんな所でお目にかかるとは。

 

 

「ほう・・・興味あるな。」

 

 

「啓さんもどうです?」

 

 

「いや、遠慮しよう。炭治郎が使っていたのだろう?その様子だと随分やり込んでいるようだ。ここで俺が割り込む訳にはいかない。」

 

 

「そうですか?俺は気にしませんが・・・」

 

 

「いい機会だ。しっかり励めよ。」

 

 

「はい!」

 

 

炭治郎に別れを告げ里の方に向かう。

 

 


 

 

刀鍛冶の里にやってきて二日が経った。

今日で刀の点検が終わるそうなので、出発の準備をして剛光さんの元に向かう。

 

 

「やあ、刀の手入れは済んだよ。」

 

 

刀を受け取り、鞘から抜く。

依然として紅色の輝きを放つ刀身だ。

刃こぼれなどは見る影もない。

 

 

「ありがとうございます、剛光さん。これでまた戦えます。」

 

 

「気にしないでくれ。もう発つのかい?」

 

 

「ええ、先程新たな任務の知らせが来ました。」

 

 

「そうかそうか、また何かあったらおいで。」

 

 

「はい、ではまた。」

 

 

刀鍛冶の里を出発する。

ここからそう離れていないところの鬼を狩るように、とのことだ。

早速試し斬りといこう。

 

 


 

 

目的の鬼を討伐し終えた。

面倒な血鬼術を扱ってきた為、なかなか時間がかかってしまった。

もう深夜である。

 

 

「カァァ!!刀鍛冶ノ里二、上弦ノ肆、上弦ノ伍ガ襲来!!現在【霞柱】時透 無一郎、竈門炭治郎、竈門禰豆子、不死川玄弥ガ対応中!!至急応援二迎エ!!」

 

 

「何だと・・・?」

 

 

突如やってきた鴉が、衝撃の知らせを告げる。

上弦の鬼が二体同時にとは・・・

しかも、以前よりも上の肆と伍。

加えて相手しているのは三人。

非常に不味い状況だ。

 

 

「すぐに向かう。」

 

 

来た道を思い出しながら刀鍛冶の里へと戻る。

上弦の肆と伍、仕留められるだろうか・・・

 




今回は短めです。
刀鍛冶の里の導入だけやっておきたかったので・・・

次回から戦闘回です。


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第伍拾陸話 襲来せし上弦達

鴉の知らせを受け、刀鍛冶の里へと急ぐ。

ここからそう遠く離れてはいない。

全速力で駆けていけばそれなりに早く着けるはずだ。

 

森に入った。

ここを進んでいけばもうすぐだ。

 

 

「あれ、啓さん?」

 

 

横から人が飛び出してきて、俺に並走してくる。

俺に追いついてくる身体能力、この声、態々顔を確認するまでもない。

 

 

「お前も来ていたか、蜜璃。」

 

 

甘露寺蜜璃。

柱の一人、【恋柱】である。

 

 

「啓さんも刀匠さん達の所に?」

 

 

「ああ。まさか上弦が二体もとはな・・・戦力を削ぐのが目的なんだろう。」

 

 

「刀匠さん達に何かあったら私たちの日輪刀がダメになっちゃうものね!急がなきゃ!」

 

 

蜜璃がスピードを上げる。

それに追従するように俺も加速する。

森を抜け、里が目に入る。

と、同時に金魚のような化け物の姿が確認できた。

 

 

「蜜璃。」

 

 

「ええ!」

 

 

二体いるうち、片方ずつにそれぞれ飛びかかる。

あの壺・・・狙ってくださいと言わんばかりだな。

一瞬で仕留め、すぐさま次の化け物へ仕掛ける。

 

 

「お待たせした。」

 

 

「遅れてごめんなさい!!みんなすぐ倒しますから!!」

 

 

「うおお!柱達が来たぞ!!」

 

 

「すげぇ!!」

 

 

「蜜璃、まず長の所へ行こう。」

 

 

「そうね!鉄珍様の屋敷はすぐそこよね!」

 

 

鉄珍さんの屋敷へ全速力で向かう。

そこには倒壊した屋敷と、化け物に握り潰されようとしている鉄珍さんの姿があった。

鉄珍さんを助けようとしている刀匠の前に二人で降り立つ。

 

 

「動かない方がいいですよ!多分あなたは内臓が傷ついているから!」

 

 

「甘露寺殿・・・如月殿・・・!」

 

 

蜜璃が庇うように刀を構える。

久々に見たが、やはり独特な刀だ。

鞭・・・とはまた違った形のしなり具合だ。

蜜璃の身体の柔らかさと組み合わさって、全方位を攻撃することが可能だという。

 

 

「啓さん、ここは私が。」

 

 

「お手並み拝見といこう。」

 

 

「モオオオオオオオオ!!!」

 

 

金魚の化け物が迫る。

対する蜜璃は、落ち着いて息を整え・・・

 

 

【恋の呼吸 壱ノ型 初恋のわななぎ】

 

 

炎の呼吸のような大きな踏み込みから爆発的に加速。

対象とすれ違いざまに連続で斬り刻む。

 

 

「私、いたずらに人を傷つける奴にはキュンとしないの。」

 

 

その言葉を皮切りに、金魚の化け物が細切れになる。

同じ刀を使えば再現可能・・・だろうか?

首を落とされた鬼のように消滅し始める化け物。

 

 

「鉄珍様!!」

 

 

落下する鉄珍さんを蜜璃が抱きとめる。

出血が酷い、大丈夫だろうか。

 

 

「鉄珍様!しっかり!!」

 

 

「若くて可愛い娘に抱きしめられて、なんだかんだ幸せ・・・」

 

 

「やだもう鉄珍様ったら!」

 

 

ああ、大丈夫だな、うん。

ここは蜜璃に任せてもいいだろう。

 

 

「蜜璃、俺は本体を探す。こっちは頼むぞ。」

 

 

「分かったわ!啓さんも気をつけて!」

 

 

外に飛び出て、すぐさま屋根の上に登る。

極限の集中(透き通る世界)をもって、辺りを見渡す。

うっすらとだが、あちらの方に闘気を感じた。

複数だな・・・この化け物達の本体では無いかもしれないが、とりあえずあちらに向かうとしよう。

 

 

「モオオオオオオオオ!!!」

 

 

「邪魔だ。」

 

 

道中の金魚の化け物を全員ねじ伏せる。

そこまで強くないな。

先を急ごう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

「!?」

 

 

斜め上から迫る危険を察知し、後ろに跳ねて回避する。

地面が抉れている・・・これは?

 

 

「よう、久しぶりだな。」

 

 

声の主が上から降ってくる。

まずいな、こいつまでいるとは・・・

 

 

「・・・上弦の零。」

 

 

「ふむふむ、あれからまた強くなったみてぇだな。」

 

 

こちらをジーッと見つめ、噛み締めるようにして評価してくる。

無言で刀に手を添える。

 

 

「へっ、もうやる気ってかい。」

 

 

「ここに来ているのはお前だけでは無いからな・・・お前一人に時間をかけてはいられない。」

 

 

「まぁ御託はいい。さぁ見せてみろよ、お前の成長をよ。」

 

 

上弦の鬼が三体、こちらの戦力は柱三人と隊士二人、そして禰豆子。

厳しいかもしれないな・・・

 

 


 

 

「玄弥!!北東に真っ直ぐだ!!五体目は低い位置に身を隠している!!向かってくれ、援護する!!」

 

 

(北東!!)

 

 

「禰豆子!!玄弥を助けろ!!鬼に玄弥の邪魔をさせるな!」

 

 

ほぼ同時刻、炭治郎、禰豆子、玄弥は上弦の肆「半天狗」と対峙していた。

この鬼が厄介なのである。

頚を斬られると分裂するのだ。

鬼食いを行い、身体を鬼に近付けた玄弥が本体を探す。

 

 

(あの童・・・さっきよりさらに速くなった。いや、会った時点であの方からの情報よりも。桁違いの反射、戦いへの適応、瀬戸際での爆発的な成長。)

 

 

分身のうち一体である、杖から電撃を繰り出す「積怒」が炭治郎の実力を分析する。

 

 

「ぐあッ・・・」

 

 

禰豆子が三叉槍を扱う「哀絶」を抱き着くように締め上げる。

と、同時に血鬼術により身体を炎に包む。

 

 

(不味い、可楽!!)

 

 

可楽と呼ばれた八つ手の葉の団扇を持つ分身が、起こした風で炭治郎を地に叩き付ける。

 

 

「ガハッ!!」

 

 

(よし、後は鉛玉を飛ばす童を・・・)

 

 

その瞬間、可楽の腕が二つに裂かれる。

やられ際に炭治郎が斬ったのだ。

 

 

(チッ、斬られていた・・・)

 

 

「このガキィ!!」

 

 

「玄弥!!右側だ、前に移動している!探してくれ!!」

 

 

怒号とともに可楽に蹴られながらも、炭治郎は玄弥に本体の位置を知らせる。

 

 

(探してんだよずっと!!また何かの術か!?何処だ!?長引けば長引くほどこっちが消耗しちまう・・・!)

 

 

「西だ!もっと右!!近くにいる、低い!」

 

 

(何処だ、どっ・・・)

 

 

その瞬間、玄弥は本体・・・であろう鬼を見つける。

だが、その鬼はあまりにも小さかったのだ。

 

 

「ヒィィィ!!!」

 

 

(ちっさ!!!!小さすぎだろ!?本体こいつか!?)

 

 

玄弥が鉛玉を放ち、刀を振るう。

そのどれもが半天狗を捉えられない。

 

 

(今まで鬼殺隊の人間がやられてきた構図が見えたぜ・・・ふざけんな小賢しい!!憤懣やる方ねぇ!!)

 

 

文句に近い怒りを浮かべながら玄弥が刀を再び振るう。

その刀はとうとう首を捉えた。

 

 

(よし行ける!勝った・・・!!)

 

 

が、損傷したのは半天狗の首ではなく、玄弥の刀であった。

 

 

(斬れねえ!!こんな指一本分位の太さの頸だぞ!?)

 

 

ならば、と銃の引き金を引く。

砂煙が晴れたそこには、何も変わった様子のない半天狗。

 

 

(効かねえ!!)

 

 

すると後ろから積怒がやってくる。

 

 

(しまった、もたつき過ぎた。避けられねえ、やられる、首は再生出来ねえ。)

 

 

玄弥は絶望する。

そこで思い浮かべる一人の人物。

 

 

(兄貴、俺は柱になって兄貴に認められたかった。そして"あの時"のことを謝りたかった・・・)

 

 

玄弥は過去のことを思い出す。

実弥や他の家族と暮らしていたこと。

母親が鬼になり、自分と実弥以外殺されたこと。

その母親を、実弥が殺したこと。

そして、その実弥を罵ってしまったこと。

 

 

『テメェみたいな愚図、俺の弟じゃねぇよ。さっさと鬼殺隊なんて辞めちまえ。』

 

 

(なんでだよ、俺は兄ちゃんの弟なのに!)

 

 

積怒の杖が玄弥の首を掠める。

玄弥の命を絡め取るには至らなかった。

 

 

「玄弥!諦めるな!!」

 

 

炭治郎が追いついてくる。

 

 

「柱になるんじゃないのか!!不死川玄弥!!」

 

 

さらにその後ろから哀絶が追いついてくる。

 

 

(しまった後ろ・・・!!)

 

 

激涙刺突

 

 

放たれる無数の突き。

その全てが炭治郎に襲いかかった。

 

 

(まずい喰らった・・・もろに・・・あれ?)

 

 

が、炭治郎は一切の傷を負っていない。

 

 

 

「行け・・・」

 

 

「玄弥!?」

 

 

炭治郎を無数の刺突から身体を張って守った玄弥。

その身体は穴だらけである。

 

 

「俺じゃ斬れない。お前が斬れ、今回だけはお前に譲る。」

 

 

すぐさま本体の元へ駆け出す炭治郎。

黒く煌めく刀を振るう。

 

 

「ギャアアアア!!!」

 

 

鼓膜を貫く悲鳴を上げる半天狗。

炭治郎は刀を握る手に力を込める。

 

 

(よし、いける!!)

 

 

その時だった。

炭治郎の後ろに何かが現れる。

 

 

(何だ!?この匂い、喜怒哀楽のどれとも違う!)

 

 

「炭治郎!!避けろ!!」

 

 

玄弥は銃を構えるも、そこから何も出来ない。

ここで撃ったら炭治郎にも当たるためだ。

鼓のような音が鳴ったと思った瞬間、地から木の龍が炭治郎に襲いかかる。

 

 

「禰豆子・・・!」

 

 

飲み込まる寸前で、禰豆子が脚を犠牲にしながらも炭治郎を救出する。

上弦にも匹敵する再生速度ですぐさま脚は生え治るが。

落ちるように着地する。

 

 

「禰豆子!大丈夫か!?」

 

 

「弱き者を痛ぶる鬼畜。」

 

 

「・・・ッ!?」

 

 

「不快、不愉快、極まれり。」

 

 

声の主、突如現れた鬼が炭治郎の方へ振り向く。

炭治郎達に近い、子供のような背丈だ。

 

 

「極悪人共めが。」

 

 

喜怒哀楽、全ての鬼が一つとなり新たな鬼が誕生した。

その名を「憎珀天」。

これが半天狗の血鬼術の真髄。

追い込まれる度に己の感情を具現化、分裂させ今までも勝ってきた。

追い込まれれば追い込まれるほど、強くなる鬼なのである。

怒りに似た憎しみを宿した鬼は、先程までのどの鬼よりも強いことを炭治郎達は理解していた。

 

 

「なぜ、俺達が悪人なんだ?」

 

 

「弱き者を痛ぶるからよ。先程貴様らは手の平に乗るような【小さく弱き者】を斬ろうとした。なんという極悪非道。これはもう鬼畜の所業だ。」

 

 

「小さく弱き者?誰が・・・誰がだ。お前たちのこの匂い、血の匂い!!喰った人間の数は百や二百じゃないだろう!!」

 

 

憎珀天の言葉に、激しい怒りを露わにする炭治郎。

 

 

「━━悪鬼め・・・!お前の首は、俺が斬る!!」

 

怒りに燃ゆる炭治郎。

戦いはさらに激しさを増そうとしていた。

 

 

 


 

 

「━━来てる。」

 

 

時は少し遡る。

小鉄、鉄穴森と合流した無一郎が敵の気配に気づく。

壺の中から姿を現す鬼。

様変わりな風体をしているが、【上弦】【伍】の文字が顔にある。

 

 

「よくぞ気づいたなあ、さては貴様柱ではないか。そんなにこのあばら家が大切かえ?コソコソと何をしているのだろうな?」

 

 

身構える無一郎。

その鬼は【玉壺】と名乗った。

するとその鬼は、作品と評して刀匠達を生け花のようにした物を見せてくる。

小鉄と鉄穴森は悲鳴をあげ、玉壺に飛びかかろうとする。

が、それよりも早く・・・

 

 

「おい、いい加減にしろよクソ野郎が。」

 

 

生理的嫌悪を覚えさせる玉壺の言葉を遮るように、無一郎が刀を抜く。

 

 

「まだ作品の説明は終わっていない!最後までちゃんと聞かれよ!!」

 

 

(壷から壷を移動できる・・・なるほど。)

 

 

こんな状況でも分析を欠かさない。

敵を正しく認識できてこその柱だろう。

屋根の上へ素早く飛び、壺を叩き斬る。

 

 

「よくも斬りましたねぇ私の壺を・・・芸術を!!審美眼のない猿めが!!」

 

 

(ここまで逃げるということは、さっきの分裂鬼と違ってこいつは首を斬れば死ぬんだ。)

 

 

再び距離を置いた玉壺は壺を構える。

そこから小さな金魚の化け物が放たれる。

 

 

血鬼術 千本針魚殺

 

 

金魚が無数の針を吐く。

それを無一郎は難なく避ける。

が、それを避ける術など持ち合わせているはずもない小鉄と鉄穴森のため、その小さな身体を盾にする。

 

 

「時透殿!!」

 

 

「邪魔だから隠れておいて。」

 

 

「ヒョヒョ、針だらけで随分滑稽な姿ですねえ。」

 

 

元凶が嘲笑う。

無一郎はどの口が、と思ったがそれを声に出すことは無い。

 

 

「どうです?毒で手足がじわじわと麻痺してきたのでは?本当に滑稽だ。つまらない命を救って、つまらない場所で命を落とす。」

 

 

(・・・?誰だ?思い出せない。昔同じことを言われた気がする。)

 

 

過去を思い出そうとする無一郎。

しかし、頭の中に霞がかかったようで思い出せない。

 

 

「ヒョヒョッ!これでも柱ですからねえ。どんな作品にしようか胸が躍る。」

 

 

「うるさい。つまらないのは君のお喋りだろ。」

 

 

間合いを詰める無一郎。

が、玉壺の壺から今度は水が溢れ出てくる。

その水は無一郎を包み込んでしまう。

 

 

血鬼術 水獄鉢

 

 

(駄目だ、斬れない。)

 

 

脱出を試みるも、その水は斬れず。

水の中に閉じ込められているせいで呼吸もできない。

 

 

「鬼狩りの最大の武器である呼吸を止めた。もがき苦しんで歪む顔を想像すると堪らない。」

 

 

絶体絶命の無一郎。

この頃丁度甘露寺と啓が里に到着する。

無一郎へ差し伸べられる助けの手はない。

 




原作通りの二体に加え、上弦の零が乱入です。
次回はあちこちで戦闘ですね。


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第伍拾漆話 激化

投稿の間隔が空いてしまい申し訳ありません。
構想自体はもう終盤の方まで固まっているのですがそれを文字にする時間が中々取れなく・・・

極力早い更新を心がけますのでご容赦を。


(視界が狭窄してきた。死ぬ・・・空気が尽きた。)

 

 

『自分の終わりを自分で決めたらダメだ。』

 

 

炭治郎の幻影が見える無一郎。

 

 

(君からそんなこと言われてないよ。)

 

 

炭治郎では無い別の誰かが言った言葉を炭治郎が言っていることに、無一郎は違和感しか覚えない。

 

 

『絶対どうにかなる、諦めるな。必ず誰かが助けてくれるから。』

 

 

(結局人任せなの?そんなの一番ダメだろう。)

 

 

『一人で出来ることなんかこれっぽっちだよ。だから人は力を合わせて頑張るんだ。』

 

 

(誰も僕を助けられない。みんな僕より弱いから。僕がもっとちゃんとしなきゃいけなかったのに判断を間違えた。自分の力を無意識に過大評価していたんだ。柱だからって。)

 

 

『無一郎は間違ってない。大丈夫だよ。』

 

 

(いくつも間違えたから僕は死ぬんだよ・・・)

 

 

水に包まれながら炭治郎の幻と押し問答を続ける無一郎。

その無一郎に助けの手を差し伸べようとしている者がいた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

(木の龍の頭は五本!伸びる範囲はおよそ66尺だ!!ひとつ分かったぞ!!)

 

 

【ヒノカミ神楽 碧羅の天】

 

技を放とうとした炭治郎だが、木の龍から超音波か放たれる妨害されてしまう。

 

 

「オエッ・・・」

 

 

(鼓膜が破れた、目が回る、立てないダメだ。早く立て!早く!!)

 

 

龍の咆哮と共に、突風が巻き起こる。

その突風は地面の形を変える。

咄嗟に前方に飛ぶ炭治郎。

が、僅かに避けきれず、片脚をやられてしまう。

 

 

「ぐああっ!!」

 

 

(喜怒哀楽の鬼の力を使える上に威力が上がっている。呼吸の暇がなくて回復できない!攻撃予知で攻撃が来るとわかっていても対処できなくなってきた、息が続かない・・・!)

 

 

一旦距離を取る炭治郎。

 

 

(66尺以上離れれば何とか、ここなら!)

 

 

が、龍の口から龍が次々と伸び、66尺以上の長さとなる。

為す術もなく呑み込まれる炭治郎。

中でミシミシと骨が軋むほど締め付けられる。

 

 

(駄目だ、押しつぶされ━━)

 

 

その瞬間、龍が一瞬で裂かれ、炭治郎が救出される。

憎珀天は何が起こったか、何によるものかをしっかり把握していた。

 

 

「━━柱か。」

 

 

「キャー!すごいお化け、なぁにあれ!」

 

 

「!?」

 

 

「大丈夫!?ごめんね遅れちゃって、ギリギリだったね!」

 

 

「かっ、甘露寺さん!」

 

 

「休んでていいよ!頑張ったぞ、偉いね!」

 

 

(鼓膜が破れてて何も聞こえない!!)

 

 

炭治郎の元を離れ、憎珀天と対峙する甘露寺。

 

 

「ちょっと君!おいたがすぎるわよ!!禰豆子ちゃんと玄弥君を返してもらうからね!」

 

 

「・・・黙れあばずれが。儂に命令して良いのはこの世で御一方のみぞ。」

 

 

(あばずれ!?私!?私の事!?)

 

 

自らの弟とそう変わらない背格好の鬼にそう言われ、動揺を隠せない。

恋柱が合流したことで、上弦の肆との戦いは流れが変わろうとしていた。

 

 


 

 

 

「ははっ、前よりも目に見えて成長してるじゃねぇか。感心感心。」

 

 

「と思うならさっさと死んで欲しいものだな。」

 

 

「そいつは出来ねえ相談だな。」

 

 

辺りの木々は薙ぎ払われ、地は裂かれている。

啓と清十郎が交戦を開始してから十分ほどが経っていた。

未だ互いに無傷。

鬼狩りと鬼。互いの勢力の最高峰の戦力による戦いは戦列を極めていた。

 

 

【飛天御剣流 龍槌閃】

 

 

飛天御剣流 龍翔閃

 

 

上から刀を振り降ろす啓と、下から刀を振り上げる清十郎。

互いの刀が火花を散らしながらぶつかり合う。

数秒の拮抗の後、啓が後ろに跳ねることで再び睨み合いが始まる。

 

 

(やはり強い。俺も強くなったがあっちも以前より力を増している。)

 

 

「相変わらず飛天御剣流を使ってやがるのか。全くどこから盗んだのやらな。」

 

 

「これは俺が正当に継承した物だ。お前にとやかく言われる筋合いはない。」

 

 

「そうかい。なら剣で語りな。」

 

 

それに返事するように啓が斬りかかる。

それを受け流す清十郎。

攻守が絶え間なく入れ替わりながら斬り合う二人。

 

 

(上弦がまだ二体もいる分、こいつ一体にあまり時間を割いていられない。早急に片付ける。)

 

 

【龍の呼吸 捌ノ型 逆鱗】

 

 

眼前の物全てを破壊する龍の姿がそこにあった。

無数の斬撃が清十郎に襲い掛かる。

致命傷になりうる斬撃はしっかり刀で受け、問題ない斬撃は受け入れる。

 

 

「速いな。」

 

 

(急所は守られた・・・)

 

 

「既にお前の独自の技は割れてんだよ。初見殺しは通じねえ。」

 

 

事実、鬼は無惨を介して対峙した鬼狩りの情報を共有している。

これまでに存在しなかった啓の龍の呼吸ですらも、既に鬼に対して筒抜けなのである。

 

 

(技に関して知られている・・・たが俺たちにとってもそれは同じ。少なくとも上弦の零から参までの戦い方は知っている。こいつで言えば飛天御剣流。ならばその技に対してどう反応するかが勝負の鍵。)

 

 

同じことを清十郎も考えていた。

いくら技の詳細を知っていようとも、それに対応出来なければ結局は死。

情報とはあくまで知識に過ぎないのである。

 

 

(だが、ここで俺が使ったことの無い技を使えば虚をつけるかもしれない。試してみるか。)

 

 

「・・・行くぞ。」

 

 

(雰囲気が変わった。これはなんか仕掛けてきやがるな。)

 

 

互いに構える。

先に動いたのは啓だ。

その啓の口から発せられる呼吸音を、清十郎はよく知っていた。

 

 

(こいつは・・・!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮(やみづき よいのみや)

 

 

横薙ぎに振るわれる刀。

その軌跡上には月輪が形成され、不規則に揺らめく。

予想だにしなかった展開に清十郎は対応出来ず、左腕を落とされる。

 

 

(こいつは黒死牟の技・・・まさか使えるとは。だが月輪の攻撃力が低いな。恐らくこれは刀を振るった際に巻き起こった風が刃となって残留しているもの。血鬼術により確かな形として存在しているものよりも殺傷力が低いのは当然か。)

 

 

(やはり上弦の壱には及ばないか・・・)

 

 

すぐさま腕を生やし、予備動作無しでその拳を振るう。

啓の頬を掠め、僅かに出血する。

 

 

「まさか月の呼吸を使うとは驚きだったぜ。だが所詮は紛い物、大したことは無いな。」

 

 

「・・・何とでも言うがいい。俺は使えるものは全て使う。」

 

 

と、言った瞬間啓の頬に痣が浮かび、刀は赫く染まる。

それは啓の全力を意味する。

 

 

(前とは威圧感が段違いだ・・・人間の身でここまでとは。)

 

 

「さあ、行くぞ?」

 

 

啓の姿が音もなく消える。

清十郎は啓や黒死牟と同じように、【透き通る世界】に至っている。

だが、姿を視認できなければなんの意味も持たない。

それでも攻撃を受ける寸前、清十郎は反応してみせる。

 

 

「ッ!」

 

 

背後から振るわれる刀。

身を捩り回避する。

すぐさま啓は清十郎を追い越すように飛び、再び斬りかかる。

 

 

飛天御剣流 龍巻閃

 

 

啓の攻撃を回転と共に避け、回り込むようにして刀を叩きつける。

 

 

【水の呼吸 弐ノ型 改 横水車】

 

 

横に回転するように刀を振るい、清十郎の刀を弾く。

弾かれた勢いのまま、刀を構え直し突き出す。

鋭く放たれた突きは啓の肩を貫く。

そのまま後ろに跳ねて刀から逃れる啓。

すぐさま呼吸により止血を行う。

 

 

【月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍(げっぱくさいが)

 

 

予備動作なしで無数の斬撃を啓が繰り出す。

動いていないように見えるが、あまりの速さで視認出来ていないだけである。

向かい合い、透き通る世界で啓の動きを探っていた清十郎だが、予備動作無しで繰り出された斬撃は予知できず、まともに喰らう。

生やしたばかりの左腕は再び斬られ、全身に刀による傷と月輪による傷が清十郎の身体に浮かぶ。

 

 

(さっきの攻撃とは重さも速さも段違い、あまり喰ってないせいで再生の限度が近え!!というよりもあの赫い刀のせいで再生しやがらねえ!)

 

 

 

この場をやりすごす策を練る清十郎、反対にこの場で清十郎を仕留める策を練る啓。

以前とは打って変わり、啓が優勢を保っていた。

 

 

(どうする。まだ俺には奥の手がある。だがここで使っては鬼舞辻や上弦の壱達と対峙した際に通じなくなるかもしれない。)

 

 

啓が残している奥の手は複数あった。

全て見せずとも、この情報が鬼へと知れ渡れば、この先の鬼との戦いは厳しくなるかもしれないと考えていた。

 

 

(かといってここでこいつを逃したくはない、ならば多少のリスクは背負っても構わない。)

 

 

啓はここで清十郎を仕留めることを優先する。

 

 

(また何か仕掛けてきやがるな・・・)

 

 

清十郎が身構える。

啓は呼吸を整え、技を繰り出そうとする。

が、それよりも早く清十郎が仕掛ける。

 

 

(何か仕掛けてくるなら、その前にやっちまえばいい。)

 

 

素早く斬りかかる清十郎。

だが啓は一瞬にして姿を消す。

 

 

「何・・・何処行きやがった。」

 

 

「こっちだ。」

 

 

啓は清十郎の背後に回り、大きく距離を取っていた。

清十郎が振り向いた瞬間、啓が突進してくる。

 

 

【龍の呼吸 ()()()()風神龍(ふうじんりゅう)

 

 

風を纏いつつ凄まじい勢いでの突進。

元となったのは風の呼吸。

風を纏いながらの突進、という面では『壱ノ型 塵旋風・削』と変わらないが、その威力は桁違いのものである。

辺りを残留する風で薙ぎ払う『龍の呼吸 玖ノ型 大龍巻』以上の威力を誇る。

なおかつ『龍の呼吸 伍ノ型 飛龍』のように斬撃を風、衝撃波と共に飛ばしてくる為、啓の持つ技の中でも最高峰の破壊力を誇る。

 

 

辺りの木々を薙ぎ払いながら清十郎へと襲い掛かる。

清十郎は片腕ながらも、必死に反応する。

密着する前に飛んできた斬撃が清十郎の全身を裂く。

そして直接斬りかかる。

全身に傷が増えていく清十郎だが、辛うじて首だけは守り続けた。

 

 

「グオオオオオオオオオ!!!」

 

 

斬られる度に灼かれるような痛みが襲う。

無数に襲いかかってくるそれは苦痛以外の何者でも無かった。

 

 

「ふんッ!!!」

 

 

清十郎が何とか反撃の袈裟斬りを繰り出すことで、啓の攻撃の手は止む。

全身に傷を負った清十郎の息は絶え絶えである。

しかも赫刀により、その傷の再生はかなり遅い。

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・ここは一旦引かせてもらう。」

 

 

「逃がすとでも?」

 

 

飛天御剣流 土龍閃

 

 

清十郎が全力で刀を地に叩きつける。

巻き起こった砂塵が啓を打ちつけ、そのうちいくつかが啓の視界を潰す。

 

 

(クソッ!砂塵が目に・・・!)

 

 

「鳴女ェ!!」

 

 

琵琶の音が響く。

と、同時に清十郎の気配が消えた。

 

 

数秒の後、啓の視界が回復すると同時に砂塵が晴れる。

そこには清十郎の姿は無かった。

 

 

「・・・逃したか。」

 

 

一人呟く啓、刀を納める。

 

 

(仕方ない、他の所の応援に向かわなければ。)

 

 

上弦の零を撃退した啓は、他の助けに入るために先を急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第伍拾捌話 更なる予感

お待たせしました。


『無一郎は間違っていない、大丈夫だよ。』

 

 

(いくつも間違えたから僕は死ぬんだよ。)

 

 

突如、水に刃物が突き立てられる。

刃物を握っているのは小鉄だ。

 

 

「死なせない!!時透さん頑張って!!くそォなんだこれ!ぐにぐにして気持ち悪い!」

 

 

(僕が斬れないのに君に斬れるはずがない。僕なんかよりも優先すべきことがあるだろう。里長を守れ、いや、そんな事君には無理か・・・せめて持てるだけ刀を持って逃げろ。)

 

 

「あっ、そうだ・・・」

 

 

 

何かを思いついた様子の小鉄。

背後に金魚の化け物が迫る。

 

 

(何してる後ろだ!気づけ後ろに・・・!)

 

 

化け物が小鉄に飛びかかり、ハサミのようなものを振るう。

それに気づくことのなかった小鉄から鮮血が飛び散る。

 

 

「痛ッ・・・!うわあ血だ!!」

 

 

(何してる!!早く逃げろ!!)

 

 

無一郎の思いも虚しく、ハサミのようなものの先端が小鉄の胴体を捉える。

 

 

(鳩尾、急所を刺された、死ぬ。君じゃダメなんだ、どうして分からない。傷口を抑えろ、早く逃げろ!僕のところに来るな!助けようとするな!君にできることはない!)

 

 

倒れ込むように水の塊に顔を寄せる小鉄。

直後、小鉄の口から空気が吹き込まれる。

 

 

 

 

『人のためにすることは巡り巡って自分の力になる。』

 

 

 

 

炭治郎の姿が変わる。

無一郎にとって見覚えのある姿だ。

 

 

 

『そして人は自分では無い誰かのために。』

 

 

 

無一郎が空気を肺に取り込む。

加速する血流。

 

 

 

『信じられないような力を出せる生き物なんだよ、無一郎。』

 

 

 

 

(うん、知ってる。)

 

 

 

【霞の呼吸 弐ノ型 八重霞】

 

 

 

小鉄が吹き込んだ空気で呼吸を行い、水の鉢から脱出する無一郎。

だがその息は絶え絶えである。

すぐさま小鉄の元に駆け寄る無一郎。

 

 

「時透さん・・・俺のことはいいから、鋼鐵塚さんを助けて・・・刀を守って・・・」

 

 

無一郎は無くした記憶を思い出していた。

両親のこと、双子の兄がいたこと、両親が亡くなってから兄と二人で暮らしていて、そこに産屋敷あまねがやってきて自分達は始まりの呼吸の剣士の子孫だと言われたこと。

 

 

そして、その双子の兄も鬼により殺されたこと。

 

 

『分かっていたんだ・・・本当は・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

『無一郎の無は・・・"無限"の"無"なんだ。』

 

 

 

 

 

目を見開く無一郎。

沸き立つ怒りは留まることを知らない。

波打つ心拍、上昇する体温。

 

 

 

━━お前は自分では無い誰かのために、無限の力を出せる選ばれた人間なんだ。

 

 

 

無一郎の額と両頬に浮かび上がる霞のような痣。

無一郎は己の変化を感じ取っていた。

 

 

(心臓の音がうるさいな、それに身体も熱い・・・)

 

 

思い出されるいつの日かの記憶。

啓に痣について教えて貰っている場面だ。

 

 

(ああ、そうか。これが痣の力なのか。じゃあ・・・)

 

 

呼吸に集中する無一郎。

かつて教えてもらったように、極限の集中を持って身体の内部を探る。

心臓に意識を巡らせ、暴れる心臓を落ち着かせる。

 

 

(落ち着いた心拍と高く保たれた体温。これでいい、これで力をを保ったまま戦える。)

 

 

━━人はその大切なものを守るために無限に強くなれるんだ。

 

 

思い出される啓の言葉。

 

 

(うん、その通りだったよ。兄さん、啓さん。俺は誰かのために、守るために、この土壇場で強くなったよ。)

 

 

刀を片手に駆け出す。

向かう先は鋼鐵塚がいる小屋。

 

中では先程から玉壺が暴虐の限りを尽くしている。

が、鋼鐵塚はそれを意に介さずに刀を研ぎ続けていた。

 

 

(これだけやってもまだ研ぐのをやめない!!片目を潰した時ですら声を出さず研ぎ続けるとは・・・!)

 

 

驚きを隠せない玉壺。

鬼狩りでも何でもない、ただの刀鍛冶に過ぎない人間がある程度加減しているとはいえ、上弦の伍たる自分の攻撃を耐え続けているのだ。

異常にも程があるだろう。

 

 

(そうだ、あいつを殺すといえば・・・)

 

 

外の方に目を向けたその時だった。

玉壺の背後から迫る殺気。

間一髪で壺に潜り回避する。

 

 

(水獄鉢を抜けている!!一体どうやって・・・間もなく死ぬと思った向こうには意識をやってなかった。)

 

 

無一郎と正面から向き合う玉壺。

無一郎に起こっていたその異変を玉壺は目にした。

 

 

(ん?待て待て待てなんだあの痣は。)

 

 

無一郎の顔に浮かぶ、先程までは無かったはずの痣。

玉壺は炭治郎にも同じような痣があったということを思い出す。

 

 

(何を涼しい顔をして出て来てるんだ。私の攻撃でお前は身体が麻痺しているはずだろうが。なぜさっきよりも尚早い動きで私に傷をつけた。)

 

 

血鬼術 蛸壺地獄

 

 

壺から蛸足が湧き出てくる。

小屋は破壊され、外に投げ出される鋼鐵塚。

が、その手は刀を研ぐことをやめない。

無一郎と鉄穴森は蛸足に囚われている。

 

 

「先程は少々手を抜きすぎた。今度は確実に潰して吸収するとしよう。」

 

 

が、その瞬間に蛸足が切り刻まれる。

着地する鉄穴森と無一郎。

無一郎の手には刀が握られている。

 

 

「俺のために刀を作ってくれてありがとう。鉄穴森さん。」

 

 

無一郎は最初に刀を打った鉄井戸という刀鍛冶のことを思い出していた。

周りに関心が無かったあの頃はなんとも思っていたなかったが、今になって思い返せば心配されていたんだな、と無一郎が心の中で感謝する。

 

 

 

【霞の呼吸 伍ノ型 霞雲の海(かうんのうみ)

 

 

辺り一面を大量の霞で覆うように斬り裂く。

迫る蛸足を捌いてみせた。

と同時に、玉壺の首を浅く裂く。

 

 

「次は斬るから。お前のくだらない壷遊びにいつまでも付き合ってられないし。」

 

 

「・・・舐めるなよ小僧。」

 

 

無一郎と玉壺が煽り合いを繰り広げる。

その煽り合いに終止符を打ったのは無一郎だった。

 

 

「なんなかその壺、形歪んでない?左右対称に見えないよ、へったくそだなあ。」

 

 

「それは貴様の目が腐ってるからだろうがアアアアアア!!!」

 

 

血鬼術 一万滑空粘魚

 

 

一万匹の魚が無一郎に襲いかかる。

 

 

【霞の呼吸 陸ノ型 月の霞消(つきのかしょう)

 

 

魚を覆うように斬り込む。

一万匹の魚を一切打ち漏らすことなく仕留めた。

斬られた魚は消滅する前に体液を撒き散らす。

実はこの体液は毒、それも皮膚から入り込む経皮毒である。

それを無一郎は知るよしもないため構わず技を放ち続ける、

 

 

【霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫(かさんのしぶき)

 

 

霞を払うように、あるいは円を描くように斬り払う。

魚の体液は全て払われる。

驚く玉壺。

が、すぐさま木の上に避難し次の一手を打つ。

 

 

「お前には私の真の姿を見せてやる。」

 

 

玉壺の身体の形がみるみるうちに変わる。

先程の姿よりは若干の人間に近くなった・・・上半身だけであるが。

下半身は魚の尾のようになっている。

 

 

「この完全なる美しき姿に平伏すがいい。」

 

 

無一郎に殴り掛かる。

危険を察知し無一郎は木の上に逃げる。

 

 

「木の上に逃げるなと己が言わなかったか?面倒な事だのう。」

 

 

玉壺の拳に触れた所が魚に変わる。

無一郎の隊服も一部変えられた。

 

 

(御館様と啓さんの言った通りだ。確固たる自分があれば両の足を力いっぱい踏ん張れる。)

 

 

玉壺へと斬り掛かる無一郎。

 

 

(あの煮え滾る怒りを思い出せ。)

 

 

思い出されるのは兄、有一郎が殺された時のこと。

有一郎の身体に蛆が湧き、腐っていくのを無一郎は見ていた。

その後運良くあまね達に救助されたものの、無一郎は記憶をなくした。

それでも尚己の中にあった怒りを鎮めるため、血反吐を吐くほどに鍛え上げた。

 

 

(鬼を滅ぼすため、根絶やしにするために!)

 

 

「私の華麗なる本気を見るがいい!」

 

 

血鬼術 陣殺魚鱗

 

 

四方八方に跳ねながら拳を振るう玉壺。

触れたものを魚に変えるその拳に当たったら、その瞬間に死だ。

 

 

(お終いだ!)

 

 

無一郎の背後を取り、トドメをさそうとする玉壺。

が、無一郎はそれを読んでいた。

 

 

【霞の呼吸 漆ノ型 朧】

 

 

亀のように遅く姿を現し、一瞬の間で姿を消す。

緩急自在の足運びにより玉壺は上手く無一郎を捉えられない。

 

 

(これはまるで、霞に巻かれてるような・・・)

 

 

無一郎を全く仕留められない玉壺は唖然とする。

無一郎の気配を感じ取り拳を振るうが、そこに無一郎はいない。

 

 

「君はさ、なんで自分だけが本気じゃないと思ったの?」

 

 

そう言い放つ無一郎。

玉壺とすれ違いざまにその頸に刀を振るう。

玉壺はそれに気づいてない。

 

 

「お終いだね、さようなら、お前はもう二度と生まれてこなくていいからね。」

 

 

無一郎が単騎で上弦の伍を撃破した。

手負いの状態でだ。

これは無一郎の能力の高さを表しているに他ならない。

喚く玉壺を斬り刻み、死を促す。

 

その後、身体に回っていた毒で泡を吹きながら倒れる無一郎。

 

 

『ほら全部上手くいった。』

 

 

家族の幻が見える。

父に母、兄もいる。

 

 

『頑張ったなあ。』

 

 

兄に労いの言葉をかけられ、意識を手放す無一郎。

その優しさに無一郎は涙を流す。

 

 

(兄さん・・・)

 

 

 

 


 

 

血鬼術 狂鳴雷殺

 

 

雷と超音波が同時に甘露寺へと襲い掛かる。

 

 

「甘露寺さん!!」

 

 

すぐさま切り替え、攻撃へ対処する。

高く跳ぶ甘露寺。

 

 

【恋の呼吸 参ノ型 恋猫しぐれ】

 

 

あらゆる方位の攻撃を斬る。

甘露寺独特の日輪刀あっての芸当だ。

 

 

「私怒ってるから!たとえ見た目が子供でも許さないわよ。」

 

 

(この娘、攻撃自体を斬りおった。)

 

 

次々と攻撃を仕掛ける憎珀天。

それを一つ残らず対処する甘露寺。

 

 

(この速さでもついてくるか、ならば術で埋め尽くす。)

 

 

【恋の呼吸 伍ノ型 揺らめく恋情・乱れ爪】

 

 

辺り一帯を木の龍で埋め尽くされる。

後方に宙返りしながらそれを斬り尽くす甘露寺。

そのまま甘露寺の刀が憎珀天の首を巻き付くように捉える。

 

 

「甘露寺さん!そいつは本体じゃない!頸を斬っても死なない!!」

 

 

(えっやだほんとに!?判断間違えちゃっ・・・)

 

 

血鬼術 狂圧鳴波

 

 

憎珀天の口から放たれる超音波が甘露寺を襲う。

本来ならば身体の形は保っていられないはずの威力。

だが甘露寺は直前で全身の筋肉を硬直させることで耐えて見せた。

甘露寺は筋肉の密度が常人の八倍なのである。

 

気を失った甘露寺にトドメを刺そうと拳を振るう憎珀天。

 

 

「させはしない。」

 

 

が、憎珀天と甘露寺の間に割ってはいる者がいた。

上弦の零、清十郎を撃退した啓である。

腕を斬り落とされた憎珀天は後ろに引く。

 

 

(啓さん!!来てくれたんだ!)

 

 

予想だにしなかった救援に炭治郎が歓喜する。

柱が二人、更に局面は炭治郎達に傾く。

気を失った甘露寺を介抱するため、炭治郎、玄弥、禰豆子は駆け寄る。

 

 

(こやつは龍柱・・・まさか清十郎が殺られたのか?まあいい、まずはあやつらからだ。)

 

 

背中の太鼓を叩き、雷を放つ。

啓はそれに反応することが出来なかった。

 

 

(しまった!先程の戦いの消耗が・・・!)

 

激しい痛みが啓を襲う。

が、その雷は啓ではなく、甘露寺達の方へ向かう。

 

 

 

「甘露寺さんを守るんだ!!甘露寺さんと啓さん、二人なら必ず鬼を倒してくれる!!」

 

 

三人が身を呈して甘露寺を庇おうとする。

走馬灯を見ていた甘露寺はすぐさま持ち直し、迫る攻撃に対処する。

 

 

「大丈夫!みんな私が守るから!!」

 

 

雷を薙ぎ払う。

再び迫る木の龍から炭治郎達を守るために駆ける。

 

 

「炭治郎君!ここは私たちが!!」

 

 

「お前たちは本体を探せ!頼んだぞ!!」

 

 

啓と甘露寺が憎珀天と対峙する。

その隙に炭治郎達は本体を仕留めにいく。

 

 

(もっと心拍数を上げなくちゃ、もっと血の巡りを早くしてもっと強く・・・!!)

 

 

(童共が・・・)

 

 

憎珀天の術の規模は巨大だ。

啓と甘露寺を相手しつつ炭治郎にも襲いかかることは容易である。

()()()()()()()()()()()()()

 

甘露寺と啓が素早くそれに反応することで、炭治郎達にそれが届くことは無い。

 

 

(この二人、先程よりも速い。一体何を・・・)

 

 

啓と甘露寺に目をやると、あることに気づく。

啓は両頬に。甘露寺は左鎖骨のあたりに先程までは無かった痣が発現しているのである。

啓は透き通る世界に入った状態で甘露寺に目を向ける。

 

 

(あの痣にこの心拍!間違いない、蜜璃もだ!)

 

 

「蜜璃!!体温を保ったまま心拍を落ち着けろ!!痣だ!痣が出ている!!」

 

 

(痣!?・・・そういえば何時もより心臓が激しく動いてるわ、まるで想い人と寄り添っている時のように・・・なんて言ってる場合じゃないわ!!??私二十五までに死にたくなんてないわよ!?)

 

 

啓が単身憎珀天の攻撃を捌く。

先程のように、既に大きく消耗しているためかなりギリキリである。

 

 

「落ち着いて身体の隅々にまで意識を渡らせるんだ!!必ず出来る!!」

 

 

攻撃を受けながらも甘露寺に助言を送る啓。

 

 

(私がもたもたしてるばかりに啓さんの負担が大きくなっちゃう!早く、早く落ち着いて・・・!!)

 

 

(この童、どこからこんなに力が・・・あちらの童共を仕留められん!!)

 

 

【龍の呼吸 捌の型 逆鱗】

 

 

無数の斬撃で木の龍を仕留める。

が、数体打ち漏らしてしまう。

それを甘露寺が討つ。

 

 

(心拍が落ち着いている。もう大丈夫そうだな。)

 

 

心拍を落ち着かせる事に成功した甘露寺。

その後も片方の失態をもう片方がカバーする形で憎珀天の攻撃を捌き続ける。

頸を落としても意味が無いため、ひたすらに受ける。

次第に日が登り始める。

憎珀天の顔には焦りの表情が。

 

 

(このままでは・・・だが本体は恐らく逃げ切れる。我がこの柱共を抑えておけば・・・)

 

 

啓と甘露寺の体力が限界に近づく。

もはや痣を維持する余裕もない。

 

 

「あっ・・・!」

 

 

糸が切れたようにその場に崩れ落ちる甘露寺。

 

 

「蜜璃!!」

 

 

甘露寺に襲いかかる木の龍。

啓は手を差し伸べようとするも、間に合いそうにない。

消耗があまりに大きすぎた。

 

 

(クソ!!動け!!動け!!!)

 

 

願いも虚しく、蜜璃が木の龍に囲まれる。

もうダメだ、そう思った時だった。

 

 

「なッ、馬鹿な・・・!?」

 

 

突如、憎珀天も崩れ落ちる。

と、同時に木の龍が霧散する。

甘露寺は無事だ。

 

 

(何が・・・?)

 

 

「がぁぁぁあ・・・」

 

 

憎珀天が消滅するしていく。

それが意味するのは一つだった。

 

 

「そうか、炭治郎達が・・・」

 

 

陽の光が射し込む。

とても暖かく、心地の良いものだった。

 

 

「蜜璃、無事か?」

 

 

「はい、何とか・・・お腹空いちゃったわ・・・」

 

 

「俺も疲れた・・・帰ったら存分に食べるといい。さあ、炭治郎達の元へ向かおう。」

 

 

甘露寺と共に炭治郎達の元へ向かう。

するとそこには、平然と太陽の元を歩く禰豆子の姿が。

 

 

「禰豆子・・・まさか太陽を?」

 

 

「そうなんです!克服したんです!!」

 

 

鬼の弱点である日光を克服した禰豆子。

 

 

(日光の克服・・・恐らく鬼舞辻が黙っていない。ただでさえ上弦を仕留めたんだ。近々何かが起こるだろうな・・・)

 

 

更なる戦いを予感する啓。

その場にいた全員が喜びを露わにしている中、一人どこか浮かない気分だった。

 

 

(来たる戦いに向けやらなければならないことは多い。気を引き締めねばな・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




刀鍛冶の里編完結です。
次回からも原作に沿って話を進めていくことになります。
が、色々この小説オリジナルの展開を追加していこうと思います。
以前話した通り構想は固まっていてもそれを文字にし投稿する暇がなかなかありません。
二日三日ほど空いての投稿になるかもしれませんがお待ちいただけると幸いです。


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第伍拾玖話 来る日に備え

刀鍛冶の里での騒動が終わり、御館様への報告を終え自分の家に戻ってきた。

と言っても、御館様には病状悪化のせいで直接謁見は出来なかったが・・・

何とか御館様に持ち直していただきたいが・・・

 

あれから無一郎、蜜璃、炭治郎の三名は目を覚まさない。

だがしのぶ曰く異常に回復が速いらしい。

痣によるものだろう。

痣が出ると周りも共鳴するように発現するという。

現在痣の者は俺を含め四人。

近々さらに増えるかもしれないな。

 

 

さて、ここ最近で分かったことがある。

()()()()()()についてだ。

まず最初に五大流派を会得し、その後龍の呼吸を作り出した。

霞の呼吸、花の呼吸といった派生はその後に身につけたな。

 

俺の日輪刀の色は"紅"

どの呼吸の適正の色でもないことから、龍の呼吸の適性を示すと分かる。

問題はそこなのだ。

他の呼吸についてだ。

どれだけ突き詰めても龍の呼吸や飛天御剣流程の威力が出ないのだ。

 

やはり適正の外だということだろうか。

となるとこれからの戦いに備えやるべき事は一つ。

龍の呼吸、さらに()()()()()()()()()()()()()()()以外の呼吸は切り捨て、この二つを極めることだ。

 

 

とりあえず、今日は疲れた。

御館様から一日休暇を頂いたことだし、ゆっくり休むとしよう・・・

 

 


 

 

三日が経った。

昨日蜜璃と無一郎が目を覚まし、今日で全快したようだ。

炭治郎はまだ目を覚まさない。

柱と一般隊士の差だろうか。

二人の回復を待っていたかのように、緊急の柱合会議の報せが来る。

大事を取って4日後である。

内容についてはおおよそ検討が付く。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

刀鍛冶の里の一件の後、鬼の情報が途絶えたのだ。

何か企んでいるのは間違えないだろう。

 

 

念の為見回りは欠かさないが、集中して業を磨ける時間が増えた。

と、考えていると玄関から戸を叩く音がする。

来客だろうか。

 

 

「はい、どなた様?」

 

 

「私だ。突然すまない。」

 

 

戸を開けるとそこには行冥さんがいた。

行冥さんの方から訪ねてくるとは珍しい。

 

 

「行冥さん、どうぞ中へ。」

 

 

「ああ、お邪魔する・・・」

 

 

中へ通し茶を点て、適当な菓子を用意する。

 

 

「それで、何用でしょうか。態々訪ねてきたところを見るとそれなりの内容とみえますが。」

 

 

「現在、鬼の出現が止まっていることを利用して一般隊士に稽古をつける機会を設けようと思ってな・・・柱同士の稽古を交えた中で痣の発現を目指せないだろうか。」

 

 

名付けて"柱稽古"と言ったところか。

一般隊士の質の向上、加えて柱にも利点がある。

やるべきだろう。

 

 

「なるほど、いいかも知れませんね。蜜璃と無一郎が発現した今、例の伝承通りになってもおかしくありませんし。」

 

 

「この件を四日後の柱合会議で提案してみようと思う。御館様の了承は既に・・・」

 

 

「俺も賛成ですよ。教えた方が見えてくるものもありますから。」

 

 

他に様々な話をし、一時間ほどして行冥さんが帰っていく。

さて、とりあえず四日後だな。

 

 


 

 

「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。此度、当主の耀哉の病状悪化につき私が代理を務めることをお許しくださいませ。」

 

 

やはり、と言うべきか御館様は出てこれないようだ。

柱合会議が進む。

内容はやはり鬼の出現が止まったことについて。

それに際して行冥さんが例のことを提言し、満場一致で採用となった。

現在は既に引退した天元にも協力してもらう手筈のようだ。

 

 

・・・今になって気づいたが、獪岳は何処だ?

普段から端の方にいるはずだが、今日はどこにも姿が見当たらない。

 

その疑問に答えるようにあまね様が口を開く。

 

 

「皆様には、もう一つお伝えしなければならないことがあります。」

 

 

予感、だろうか。

聞きたくにような事がその口から語られる、そんな気がした。

 

 

「既にお気づきのことかと思います、鳴柱である桑島獪岳様についてです。」

 

 

やはりか。

一体何があったのだろうか。

 

 

「桑島様は・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

「先日、上弦の壱と交戦。他の隊士を逃がすことに成功したものの、桑島様の行方は不明となっております。」

 

 

動揺が走る。

当然だ、俺もかなり驚いている。

上弦の壱が現れたこともそうだが、何より獪岳の行方が知れないこと。

隠によると、その場に獪岳の死の痕跡は見られなかったようだ。

と、なれば・・・

 

 

「連れ去られた、と見るのが妥当かと思います。」

 

 

「その場で殺す以外の選択肢を取った、ということは。」

 

 

「桑島様は、鬼にされたかもしれません。」

 

 

最悪の予想だ。

鬼舞辻の血を入れられたものは己の意志関係なしに鬼にされる。

柱とて例外ではないだろう。

 

 

「現状、どうすることも出来ません。悔しくはありますが・・・」

 

 

「もし、鬼となり我々の前に姿を現す時があれば・・・その時は、この手で。」

 

 

行冥さんが言葉を紡ぐ。

その声はどこか震えている。

 

 

「本日の柱合会議は以上です。皆様お疲れ様でした。」

 

 

その場は解散となる。

あまね様が退出され、部屋には柱のみとなる。

 

 

「獪岳の野郎、ヘマしやがってよォ・・・」

 

 

沈黙を破ったのは実弥。

悪態をついているようだが、声色から心配していることが伝わってくる。

 

 

「いざとなったら俺たちがやる他あるまい。柱が鬼化した、となれば一般隊士では対応できないだろうからな。」

 

 

錆兎が冷静に分析する。

 

 

「同胞を眠らせてやるのも務めだ!・・・できることなら、人間に戻してやりたいが・・・」

 

 

杏寿郎ですらも言葉を曇らせる。

やはり、皆心配であることには変わりない。

 

 

「とりあえず、獪岳の件については後回しだ。柱稽古について話をしておこう。」

 

 

キリがないので俺が話を変える。

内容が被ってしまっては意味が無いからな。

 

 

「その件ですが、私は辞退でお願いします。御館様より別件を承っておりますので。」

 

 

しのぶは不参加、とのことだ。

他の面々は問題ないようなので、その体で話を進める。

 

結論としてはこうなった。

最初から順番に

 

天元の基礎体力向上訓練。

無一郎の高速移動訓練。

蜜璃の柔軟訓練。

小芭内の太刀筋矯正訓練。

杏寿郎の体幹強化訓練。

実弥の打ち込み訓練。

義勇、錆兎の対多訓練。

行冥さんの筋肉強化訓練。

そして最後に俺の総仕上げ。

 

それぞれの呼吸に対応した訓練の後、それまでの訓練を最大限に活かして実戦形式で打ち合う。

順番的に最後だからどれだけ辿り着けるかは分からないが・・・

 

そして柱向けに痣、透き通る世界、赫刀についての訓練を行うつもりだ。

忙しくなりそうだな。

 

 

その場も解散となり、帰路につこうとした時だった。

 

 

「如月様、耀哉からです。」

 

 

手紙を手渡される。

中には、鬼舞辻の支配から逃れた医学に精通した鬼を招き、しのぶと人間を鬼に戻す薬などの開発を進めるという内容が書かれていた。

それに際し、俺が以前話した薬学の知識が深い人物・・・紅葉さんにも協力を仰いでもらえないか、とのこだった。

きっと了承してくれるはず、鴉を飛ばしてみよう。

 

 

 

確実に戦いは最終局面に向かっていることを感じる。

今まで以上に気を引き締めなければならないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は柱稽古についてになります。
杏寿郎生存+義勇と錆兎が参加+啓の存在
により原作より内容が盛られています。

最終局面に向けて、もっと読み応えのある作品を目指していきますので最後までお付き合いいただけると幸いです。


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第陸拾話 柱稽古

柱稽古が始まり数週間。

俺の稽古は一番最後であるため、未だに誰もやってきていない。

下手をすれば誰も辿り着かないかもしれないな。

 

俺はこの期間中、自分の業をひたすらに磨いていた。

時折やってくる柱と打ち稽古をすることもあった。

あれから痣を発現するに至った者は誰もいない。

心拍数と体温の上昇自体はしたものの、そこから痣までは・・・と言った様子だ。

 

ちなみに鬼を人間に戻す薬の開発の方は順調のようだ。

三人寄れば文殊の知恵、とはよく言ったもので、しのぶ、紅葉さん、そして例の鬼・・・珠世さんの三人が知識を出し合い、いい結果に向かっている。

 

 

「ごめんくださーい。」

 

 

玄関の方から声がする。

この声は・・・

 

 

「炭治郎か、それにお前達も。」

 

 

戸を開けると、そこには炭治郎、善逸、伊之助、カナヲ、玄弥の同期五人組がいた。

やはり、最初に来るのはこいつらだったか。

この五人の実力は、他の隊士よりも飛び抜けている。

階級ももう甲かそれに近いものなのではなかろうか。

 

 

「よく来たな、とりあえず上がるといい。」

 

 

「はい!お世話になります!!」

 

 

「ワハハ!!稽古稽古ォ!!」

 

 

「伊之助ェ!お前土足で上がるんじゃねぇ!!」

 

 

「啓さん、よろしくお願いします。」

 

 

「・・・」

 

 

善逸・・・やはり獪岳のことが心配なのだろうか。

獪岳の件については一般隊士には知らせていない。

無闇に不安要素を与える必要は無い。

が、俺の判断で弟弟子である善逸、育手である慈悟郎さんには伝えた。

この様子を見ると炭治郎達に相談などはしていないようだ。

・・・判断を間違えただろうか。

 

 

全員に茶を出し、話を切り出す。

 

 

「さて、ここでは呼吸に関しての訓練を行う。それぞれの呼吸に合わせた指導の後、今までの訓練で得たもの全てを活かして俺と実戦形式で稽古だ。」

 

 

「呼吸の稽古・・・俺はどうすれば。」

 

 

「安心しろ。何とかする・・・そっちの準備が出来次第始める。道場まで来てくれ。」

 

 

五人を部屋に残し、道場に移動する。

玄弥にも軽くでいいから全集中の呼吸を扱えるようにしてやりたいな・・・

玄弥の素の身体能力は常人の比では無い。

そこに僅かでも全集中の呼吸、さらに鬼喰いの力が乗れば・・・

鬼喰いに関しては不安要素あるためあまり使わせたくはないが・・・言ったところで無駄だろう。

 

 

「啓さん、準備出来ました!」

 

 

五人が移動してくる。

早速始めるとしよう。

 

 


 

 

呼吸の指導を終えた。

残念ながら、やはり玄弥に全集中の呼吸を扱うことは出来なかった。

せめて、と思い戦闘時の身体捌きについて教えておいた。

その他の四人に関しては、かなりいい仕上がりになった。

 

 

「続いて実戦形式に移る。少し感覚は変わるだろうが、この模擬刀を使うように。」

 

 

真剣で斬り合う訳にもいかないからな。

万が一があるといけない。

 

 

「さて、誰から行く?」

 

 

「俺だ俺だ!!伊之助様が先陣切ったらァ!」

 

 

「待て待て、全員で来い。お前らも分かってるだろうが、基本上弦の鬼に対しては複数人で対峙することになる。それに今回は俺の訓練も兼ねたい。どうか頼む。」

 

 

丁寧に頼み込むと伊之助も納得してくれる。

この五人を同時に相手するのは困難を極めるだろう。

下手をすれば上弦を相手するよりもキツイかもしれない。

ならばこそ、それを乗り越えてみせよう。

 

 

「さあ、俺はいつでもいいぞ・・・かかってこい。」

 

 

 

 


 

 

 

啓と炭治郎達が打ち合いを始め、三十分程が経った。

この稽古は一太刀浴びせたら終わり・・・ではなく、啓か自分がもう限界だ、と感じたら随時離脱する形式である。

離脱者は未だ出ていない。

全員が必死になり喰らい付いている。

それは啓も同じだった。

柱稽古を乗り越え、さらに強くなった炭治郎達五人を一人で相手するというのは、予想通り困難を極めていた。

 

 

(そろそろ使うか・・・)

 

 

啓が辺り一帯を薙ぎ払い、全員を退ける。

呼吸を整え、即座に痣を発現させる。

発せられる圧倒的威圧感。

全員がそれを感じ取っていた。

 

 

「・・・ここからは本気で行くぞ。お前達ももっと上げてみろ。」

 

 

身構える五人。

その中で唯一炭治郎は痣を発現させる。

 

 

(・・・心拍も落ちついている、完全に物にしたようで何よりだ。)

 

 

「来い。」

 

 

再び打ち合いが始まり、型が、刀が入り乱れる

が、先程よりも啓が押している様子である。

 

 

(これが啓さんの本気!!これが鬼殺隊最強!!強い・・・!)

 

 

負けじと応戦する炭治郎達。

痣者である炭治郎が頭一つ抜けて奮闘している。

それでも、啓との実力の差は小さくはなかった。

 

身体のあちこちに傷が浮かんでいく。

これが真剣だったのなら、既に死人が出ていただろう。

それは啓も同じこと。

捌ききれなかった攻撃は身体に突き刺さる。

 

 

(痣を発現しても手数が全てに対応しきるのは難しいか・・・!だが、これを凌げないようでは!!)

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃・凩】

 

 

本来、相手の背後に回り込むようにして放つ技だが、ここでは相手を自分から引き剥がすために使った。

が、すぐさま間合いを詰め仕掛けてくる。

 

 

【獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂き】

 

 

【花の呼吸 肆ノ型 紅花衣】

 

 

啓を囲むように前後から斬撃で取り囲む伊之助とカナヲ。

啓は上に飛んで回避する。

 

 

【ヒノカミ神楽 陽華突】

 

 

対空迎撃を放つ炭治郎。

上から叩き落とすようにして突きを防ぐ啓。

攻撃を掻い潜ったと思いきや、着地際に玄弥が待機している。

若干小ぶりな模擬刀をで斬りかかると同時に、蹴りを入れてくる。

それを後ろに飛んで回避する。

そこを善逸が狙うも、振りが遅れて届かない。

 

全員が息を切らし、膠着状態に陥る。

力の差に炭治郎達は軽く絶望を覚えていた。

 

 

(こんなに強い啓さんでも上弦の参以降とは引き分けてる・・・そんな相手に俺は勝てるのか、鬼舞辻無惨を倒せるのか!?)

 

 

(駄目だ・・・やらなくちゃいけないって分かってるのに、集中できない・・・俺はやっぱり獪岳みたいにはなれないのかな・・・)

 

 

(クソッ!!遠すぎる!全然勝てる気がしねえ・・・!)

 

 

(カナエ姉さんの代わりに私がしのぶ姉さんの助けにならなきゃいけないのに、こんなんじゃ・・・)

 

 

(これが柱、これが兄貴の次元なんだ・・・俺で並べるのか・・・?)

 

 

そんなマイナス思考に陥ってるのをを啓は感じ取る。

 

 

(不味いな・・・心で負けては何にも勝てない。ここは一つ、檄を飛ばすか。)

 

 

「・・・自分を見失うな。」

 

 

「・・・え?」

 

 

「確固たる自分を手放すな。相手がどれだけ強くても諦めるな、自分を卑下するな。自分に自信を持ち続けろ。」

 

 

啓が言葉を紡ぐ。

 

 

「お前達は自分の非力を嘆いて戦うことをやめるのか?それが願いなのか?違うだろう・・・?」

 

 

五人の目に光が戻る。

 

 

「お前達の目的は、願いは何だ?今ここで再確認してみろ。」

 

 

「・・・鬼舞辻無惨を倒し、禰豆子を人間に戻す!!!」

 

 

炭治郎が刀を握り締め、声高らかに宣言する。

それに他の四人も続く。

 

 

「もっと強くなって、獪岳の・・・兄貴の隣に並ぶ!爺ちゃんの期待を裏切らない!!」

 

 

「もっと鬼をぶっ殺して柱になる!!伊之助様はこんな所で止まらねえ!!」

 

 

「俺ももっと鬼を倒して柱になってみせる!兄ちゃんの助けになってみせる!!」

 

 

「カナエ姉さんの意志を継いで、しのぶ姉さんと一緒に戦う・・・!」

 

 

(良い目だ。やはりこいつらはやれば出来るやつらなんだ。)

 

 

「そうだ、それでいい。確かな意志の元に力は育つ。その心意気を決して忘れるな・・・さあ、来い!!!」

 

 

再び激しく斬り合う。

最高潮まで高まった闘気は、さらなる力を解放する。

先程よりも重く、速く啓へと襲いかかる。

それに呼応するように啓もさらに力を増す。

互いが互いに高め合う時間が続いた。

 

 


 

 

一時間ほど経った。

啓も炭治郎達も、全員刀を手放し床に倒れ伏している。

 

 

「かなり・・・キツイな・・・」

 

 

啓が息を切らしたまま身体を起こす。

もう既に日が沈みかけている。

 

 

「俺の稽古はこれでお終いだ・・・皆、最初と見違える程に強くなった。よく頑張ったな。」

 

 

「自分でも・・・そんな気がします・・・」

 

 

炭治郎が天井を見つめたまま賛同の意を示す。

やがて、息を切らしながら、足を震わせながら全員が立ち上がる。

 

 

「お疲れ様。さて、夕飯の準備をしておくから少し休んでおくといい。」

 

 

啓が道場を後にする。

取り残された五人は稽古を振り返る。

 

 

「凄かったな、啓さん。」

 

 

「うん。最初はとんでもなく強いから怖い人かと思ってたけど、優しいし・・・」

 

 

「薄紅羽織は本当に鬼殺隊最強だ、間違いねえ・・・」

 

 

「ここまで本気で稽古したのは初めて・・・疲れた。」

 

 

「しっかり、身につけねえとな・・・」

 

 


 

 

夕飯や風呂を終え、五人は死んだように眠りについてしまった。

かなり疲れたのだろうな・・・

炭治郎達はこれから、さらに強化したい分野の柱稽古を受け直すらしい。

熱心なことだ。

 

 

さて、先輩である俺も負けてはいられないな。

前々から計画していた痣などに関する柱向けの稽古についての報せを各柱に飛ばす。

弥生が出発したと同時に、違う鴉がやってくる。

 

 

「やあ啓、調子は如何かな?」

 

 

「・・・御館様の。」

 

 

「明日の昼、産屋敷邸まで来てくれ。話したいことがあるんだ。」

 

 

「御意。」

 

 

やってきたのは御館様の鴉だった。

話とはなんだろうか。

気にしたところで分かるわけでもないので考えるのは辞めよう。

明日御館様から直接話を聞けばいい。

 

・・・俺も今日は疲れた。

もう寝るとしよう。

 

 


 

 

夜が明け、炭治郎達を送り出し産屋敷邸へ向かう。

その道中だった。

 

 

「啓。」

 

 

「行冥さん。貴方も?」

 

 

「ああ・・・昨日の夜にな。」

 

 

どうなら行冥さんも呼ばれたようだ。

そして他の柱は呼ばれていない模様。

一体なんだろうか。

 

 

「如月様、悲鳴嶼様。どうぞこちらへ。」

 

 

あまね様に導かれ、御館様の元へ向かう。

 

 

「啓、行冥。よく来てくれたね。」

 

 

そこには、全身を呪いに蝕まれた御館様の姿があった。

寝ながらではあるがこちらに顔を向けている。

 

 

「御館様。体調の方は・・・」

 

 

「お世辞にも良いとは言えないね・・・自分でも、もう限界を感じているよ。さて、その事にも関連した本題に早速移るとしよう。」

 

 

俺と行冥さんはその場に正座する。

御館様の口から発せられたのは、あまりに唐突かつ衝撃的なことだった。

 

 

 

 

 

「単刀直入に言うと、今日から五日以内に鬼舞辻がここにやってくる・・・確実にね。」

 

 

「・・・鬼舞辻が。」

 

 

「そこで、だ。私はもう長くない。だから、私を囮にして鬼舞辻を滅殺して欲しいんだ。」

 

 

「・・・!?」

 

 

それ即ち、御館様がご自身の命を賭するということ。

悲願のための犠牲となろうと言うのだ。

 

 

「ですが、それでは・・・」

 

 

「心配することないよ。私の代わりはもう既にいる・・・思いは、意思はしっかりと受け継がれていく・・・鬼舞辻が来たら、私が鬼舞辻の注意を引きつける。その隙に屋敷ごと爆破させるんだ。そうしたら鬼舞辻は、傷の修復で手一杯となるはず。そこに珠世さんが薬を打ち込む予定だよ。」

 

 

代わりとは、恐らく輝利哉様のことだろう。

確かにあの方なら御館様の代わりも務められるだろう。

だが・・・

 

 

「さらにそこを、啓と行冥の二人で仕留めて欲しいんだ・・・どうか、頼まれてくれ。」

 

 

「御館様の意思とあらば・・・私は「お断り致します。」」

 

 

思わず、行冥さんの言葉を遮ってしまった。

だが、俺はこの方に死んで欲しくないのだ。

 

 

「我々が鬼舞辻を滅すれば、御館様の呪いも解けるはず・・・どうか、どうか生きてください。貴方様は、ここで死ぬべきではありません。鬼の居ない平和な世で、天寿を全うして頂きたいのです。」

 

 

「啓、気持ちは分かるが・・・」

 

 

「俺は嫌です、行冥さん。助けられる命を、死ぬ必要の無い命を。俺は見逃したくなどない。」

 

 

「啓・・・」

 

 

「後生でございます、御館様。生きてください。どうか、お願い致します・・・!」

 

 

その場で土下座する。

何としてでも、俺は死なせたくない。

 

 

「・・・私からも、お願い致します。他の隊士達も、皆同じ事を思う筈です。貴方は・・・もう十分過ぎるほど苦しんだはず。ならばこそ、平和を享受して頂きたい。」

 

 

行冥さんも後に続いて土下座してくれる。

やはり、誰でも同じなんだ。

御館様には死んでもらいたくない、幸せになってもらいたい。

 

 

「啓・・・行冥・・・」

 

 

「どうか・・・!」

 

 

「・・・・・・・・・分かった、分かったよ。そこまで頼み込まれたら、断る訳にはいかないじゃないか・・・私ごと鬼舞辻を爆破させるのはなしだ。代わりの作戦を、一緒に考えてくれ。」

 

 

「御館様・・・!」

 

 

「御意・・・!」

 

 

想いは届いたようだ。

何としてでも鬼舞辻を倒さなければならない理由がまた一つ出来た。

 

 

 

 

「それでは、このように頼むね。」

 

 

変更後の作戦はこうだ。

まず、最初と同じく御館様が囮となる。

そこだけは譲れないとこのことで、渋々了承した。

 

その後、俺が御館様をその場から離す。

そうしたら行冥さんが屋敷を爆発させる。

そこからは先程と同じだ。

 

 

「鬼舞辻が現れ次第、鴉を通して全柱に通達する。二人はすぐ来れるところで待機しておいてくれ。」

 

 

「「御意。」」

 

 

「啓、行冥・・・頼んだよ。私たちで、この悲しみの連鎖を終わらせよう。」

 

 

「ええ、必ずや。」

 

 

話を終え、俺と行冥さんは産屋敷邸を発つ。

帰り際、稽古について話をする。

 

 

「行冥さん、例の稽古は知らせた通りに行います。どうぞご参加を。」

 

 

「嗚呼、勿論だ・・・有意義なものにしよう。」

 

 

「はい。ではまた。」

 

 

行冥さんに別れを告げる。

例の稽古は明日から行う。

この稽古にはしのぶも時間を作って参加する手筈だ。

来る日に備えて、俺達柱が先頭に立たなければならない。

必ず鬼舞辻を倒してみせる。

俺達全員で。

 

 

 

 

 

 

 

 




啓の柱稽古と御館様との謁見でした。
この小説では御館様もしっかり救済します。
痣などの稽古に関しては特には詳しくは描写しません。
次回は軽い閑話を挟み、とうとう最終決戦へと向かっていきます。
もう既に最終話までの構想は完成しています。
それを読み応えのあるように書けるよう励みますのでどうかお付き合い願います。


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第陸拾壱話 切られた火蓋

稽古が終わった。

柱同士で行ったということもあり、かなり収穫があった。

中には痣を発現させた者もいた。

 

 

「啓さん、お疲れ様です。」

 

 

各々が稽古を終え、帰路に着く中でしのぶが話しかけてくる。

その顔にはやはりというべきか、疲労の色が見える。

 

 

「ああ、お疲れ。」

 

 

「総括としてはいかがです?」

 

 

「予想以上の収穫だったな。痣の発現まで至らずとも、かなり近い状態にまで近づけることが出来た上に、一部は発現に成功したからな。有意義な時間になった。」

 

 

既に発現している俺としても、色々得るものがあった。

ここ最近の研鑽の成果を確認出来たのが何よりだ。

 

 

「例の薬も完成しましたし、流れは確実に私達に向いてきていますね・・・」

 

 

「そうだな・・・」

 

 

「・・・ねえ、啓さん。」

 

 

「何だ?」

 

 

「啓さんは、鬼舞辻を・・・全ての鬼を滅ぼした後、何をするつもりなんですか?」

 

 

「随分唐突だな・・・そうだな、考えたこともなかった。」

 

 

実際そうだ。

鬼を滅ぼしたその先に、何があるのか。

そんなことを考える前に鬼を斬り続けた方が良い。そう思っていた。

 

 

「鬼を斬り、滅ぼし、平和な世が来たら・・・旅でもしてみようか。」

 

 

「旅、ですか。」

 

 

「ああ。鬼が居なくなろうとも平和を脅かす者が潰える訳では無い。そんなやつから弱き人々を守る、それが俺の・・・飛天御剣流の使命だ。」

 

 

「そうですか・・・啓さんらしいですね。」

 

 

「そういうしのぶはどうなんだ?」

 

 

「私は当然、蝶屋敷で皆と平和を謳歌しますよ。姉さんにカナヲ、アオイ、きよ、すみ、なほ。ふふ、想像しただけで楽しいです。」

 

 

「・・・そうか。」

 

 

「あとはそうですねえ・・・素敵な殿方と添い遂げたいですね。」

 

 

「・・・」

 

 

しのぶが幸せになるのはいいことなのに、その一言に妬ましさ・・・のような何かを感じる。

俺が幸せにしたい。

どうしようもない独占欲が渦巻く。

口から想いが溢れ出ようとする。

・・・駄目だ、決めたはずだ。全てが終わるまでは・・・

 

 

「・・・そうか、見つかるといいな・・・いや、しのぶなら見つかるさ。」

 

 

「・・・啓さんは、気になる女性とかいないんですか?」

 

 

「・・・いないな。」

 

 

「あ、そっぽむいた。本当はいるんですね?ねえねえ。」

 

 

しのぶにつつかれる。

地味に痛い。

 

 

「本当にいない・・・今はな。」

 

 

「そうですかあ・・・」

 

 

沈黙が続く。

月明かりが闇夜を照らす。

 

 

「私は、いますよ。好いている方が。」

 

 

「・・・え?」

 

 

独占欲が一転して、虚無感が背中を這う。

視界が真っ白になる。

 

 

「どんな男なんだ、そいつは。」

 

 

「そうですねえ・・・優しくて、強くて、かっこよくて・・・なにより、私を救ってくれた人です。」

 

 

「そうか・・・実るといいな、その恋が。」

 

 

「・・・ありがとうございます。そろそろ、お暇しますかね。」

 

 

「送っていこう。夜分に女性を一人で帰らせるなど出来ない。」

 

 

「あら、ありがとうございます。」

 

 


 

 

蝶屋敷前に到着する。

二人で歩いている時、上手く会話ができなかった。

何かが言葉を邪魔していた。

 

 

「着きましたね、ではありがとうございました、啓さん。」

 

 

「ああ・・・ではな。」

 

 

「・・・啓さん。」

 

 

背を向け引き返そうとしたその時、しのぶに呼び止められる。

 

 

「・・・何だ?」

 

 

「さっき言った殿方、誰のことだと思います?」

 

 

人の気も知らず、なかなか残酷なことを言ってくれる。

・・・よせ、しのぶに負の感情を向けたくなどない。

 

 

「さあ、分からないな。」

 

 

「そうですか・・・では教えてあげますよ。」

 

 

「・・・」

 

 

・・・そいつが、知っている人間だったらどうしよう。

俺はそいつと以前のような付き合いが出来なくなるのではなかろうか。

負の感情をぶつけ、関係が壊れてしまうかもしれない。

それほどまでに、しのぶへの想いは大きい自信がある。

 

 

「・・・あなたですよ、啓さん。」

 

 

「・・・は?」

 

 

「・・・二度も言わせるつもりですか?私が愛しているのは・・・あなたです。啓さん。」

 

 

「・・・え、は?待て待て・・・」

 

 

思考が追いつかない。

今なんと言った?好いている殿方は俺のことだと?

 

 

「では、おやすみなさい。また今度。」

 

 

「ちょ、しのぶ!」

 

 

そそくさと中に逃げられてしまう。

未だに頭の中がこんがらがっている。

先程までしのぶの意中は誰か・・・という怨毒はどこかへ行ってしまった。

変わりに胸中を満たすのは焦りと僅かな喜び。

 

 

「・・・帰ろう。」

 

 

とりあえず帰る。

寝て起きればこの感情に収拾がついているかもしれない。

今は、この気持ちに向き合うことは出来ない・・・

 

 


 

 

「あらあら、しのぶ。やるじゃない。」

 

 

「・・・ッ!!」

 

 

「顔真っ赤にしちゃって・・・可愛いわねえ。」

 

 

啓と別れてすぐ、逃げるように蝶屋敷の中に入ったしのぶ。

玄関ではカナエが待ち受けており、先程の会話も聞かれていた。

 

 

「言っちゃった・・・今はそんな余裕ないはずなのに、言っちゃった・・・」

 

 

カナエの胸に顔を埋めながらぼそぼそと呟くしのぶ。

 

 

(私の妹をこんなにするなんて、罪深い男ね、啓君は・・・)

 

 

「どうしよう姉さん、もう啓さんの顔まともに見れない・・・」

 

 

「そうねえ・・・蜜璃ちゃんにでも相談してみたら?ほら、恋柱だし。」

 

 

「適当じゃない!?」

 

 

「そんなことないわよ?恋の呼吸を扱うくらいなんだからきっと何とかしてくれるわよ、多分。」

 

 

「多分!?」

 

 

先程までの照れが消えたように、姉妹漫才を繰り広げる。

 

 

(でも本当にどうしよう・・・勢いで告白じみたことを言ってしまったけれど、啓さんは答えてくれるのかな・・・)

 

 

啓がどう思っているかは、しのぶには分からない。

啓は啓で、葛藤していることも、知る由もない。

 

 


 

 

今日が御館様が予言した五日間の最後の日だ。

本当に予言が当たっているのなら・・・おそらく、状況が大きく動く。

すなわち、鬼殺隊と鬼の最終決戦の始まりだ。

果たして、どうなるか・・・

 

 

月が綺麗な日だ。

辺りには静寂と月光が満ちている。

穏やかな時間、とも言うべきだろうか。

はたまた、嵐の前の静けさか。

 

 

「緊急招集!!産屋敷邸襲撃ィ!!鬼舞辻無惨出現!!」

 

 

「!?」

 

 

本当に来た。

鴉が報せとともに飛び回る。

急げ、全速力で駆け抜けろ。

 

 

おそらく行冥さんももう近くにいるはず。

他の柱も直に集まるだろう。

 

 

「啓!!」

 

 

「行冥さん!!急ぎましょう!!」

 

 

行冥さんと合流し、産屋敷邸へとさらに速度を上げる。

門を飛び越え、一旦行冥さんと離れる。

俺は御館様の救出、行冥さんは屋敷の爆破だ。

 

 

すぐさま、二つの人影が目に入る。

床に伏せる御館様と・・・鬼舞辻無惨。

あれが、鬼の始祖・・・!

 

 

「・・・む?」

 

 

鬼舞辻がこちらに気づき振り返る。

が、姿を捉えられるより早く、縮地の速さで鬼舞辻を飛び越える。

御館様のすぐ近くに着地。すぐさま抱えあげその場を離脱する。

 

 

「行冥さん!!!」

 

 

大声で行冥さんに合図を出す。

その瞬間、背後で大爆発が起きる。

その余波に飲み込まれることなく、門の外に出る。

そこには、あまね様と隠が待機していた。

 

 

「あまね様!御館様をお願い致します!」

 

 

「如月様・・・ありがとうございます。」

 

 

「啓・・・」

 

 

御館様が声を掛けてくる。

 

 

「はい、なんでしょうか。」

 

 

「頼んだよ・・・私たちの悲願、どうか果たしてくれ。そして・・・全員で帰ってきてくれ。」

 

 

「・・・御意。必ずや。」

 

 

「・・・いってらっしゃい。」

 

 

御館様の見送りを背に、再び鬼舞辻の元へと戻る。

今日で全てを終わらせる、必ずだ。

 

 


 

 

啓が耀哉を救出してまもなく、産屋敷邸を爆発が襲った。

屋敷を跡形もなく吹き飛ばすほどの威力。

無惨といえど、大きく身体を損傷させる。

そこに珠世が鬼を人間に戻す薬を投与する。

正確には、薬を潜めた拳を無惨に突き刺した。

それを吸収した無惨、当然、薬ごと吸収してしまう。

 

 

「悲鳴嶼さん!!如月さん!!お願いします!!」

 

 

「南無阿弥陀仏。」

 

 

「覚悟しろ・・・!」

 

 

「・・・!?」

 

 

悲鳴嶼の鉄球が、啓の赫刀が。無惨へと襲いかかる。

啓は再生しかけていた無惨の身体を再び切り刻み、悲鳴嶼の鉄球は無惨の首を粉砕する。

 

 

「ぐっ・・・!」

 

 

無惨を切り刻むと同時に、珠世の腕も斬り裂く啓。

無惨に吸収させる形で突き出したその腕は、自力では抜くことは出来なかった。

 

 

「珠世さん、あとは俺達に。」

 

 

「はい、お願いします・・・!」

 

 

後退する珠世。

近くには愈史郎が待機していた。

 

 

再び無惨に目線をやると、首が再生していた。

 

 

(やはり・・・)

 

 

(首を斬っても死なない・・・か。)

 

 

これも耀哉の予言通りだった。

つまり、無惨を倒すためには陽光の元に固定し、焼き殺さなければならないということ。

 

 

(なら、そうするのみ!)

 

 

が、それより早く無惨が仕掛ける。

 

 

黒血枳棘

 

 

有刺鉄線のような触手が行冥と啓に襲いかかる。

が、二人はそれを素早く防ぐ。

 

 

【岩の呼吸 参ノ型 岩軀の膚】

 

 

【龍の呼吸 捌の型 逆鱗】

 

 

触手は二人に届くことなく落とされる。

そこに、柱達と炭治郎が到着する。

 

 

「鬼舞辻無惨だ!!頸を切っても死なない!!」

 

 

「日の出までここに固定して焼き殺すぞ!!」

 

 

(あいつが!!)

 

 

(鬼舞辻・・・無惨!!)

 

 

【霞の呼吸】

 

 

【蟲の呼吸】

 

 

【蛇の呼吸】

 

 

【恋の呼吸】

 

 

【水の呼吸】

 

 

【水の呼吸】

 

 

【風の呼吸】

 

 

【炎の呼吸】

 

 

【ヒノカミ神楽】

 

 

【岩の呼吸】

 

 

【龍の呼吸】

 

 

無一郎、しのぶ、伊黒、甘露寺、義勇、錆兎、実弥、杏寿郎、炭治郎、悲鳴嶼、啓。

鬼殺隊最高戦力がここに集結、鬼の始祖を討たんとそれぞれの技を放とうとする、が・・・

 

 

琵琶の音と共に地面が開く。

この光景に啓は見覚えがあった。

 

 

(転移の血鬼術・・・!ということは!!)

 

 

「全員落下に備えろ!!この先は鬼の本拠地!!極力誰かと合流して行動しろ!!」

 

 

「ははは!!貴様らがこれから行くのは地獄!!今宵皆殺しにしてやろう!!」

 

 

「地獄に行くのはお前だ無惨!!絶対逃がさない、必ず倒す!!」

 

 

「やってみろ・・・竈門炭治郎!!」

 

 

その場にいた全員が鬼の根城、無限城へと落とされる。

ここにいない隊士達も、ほとんどが血鬼術により転送される。

無惨もまた、今日で決着をつけるつもりだったのだ。

 

 

戦いの火蓋は切られた。

最終決戦の始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 




無限城編、突入です。
ここからオリ展開かなり多めとなります。
この小説の最終章、読み応えのある作品に仕上げられるように頑張ります。

以前から言っているように、多忙の日々が続いております。
極力早いペースで投稿していくのでご容赦を。


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第陸拾弐話 各々の戦い

お待たせしました


(ここが鬼の本拠地・・・)

 

 

蟲柱、胡蝶しのぶは一人で無限城内をさまよっていた。

途中襲いかかってくる鬼は、彼女の毒の前に塵と化す。

 

 

(仮に上弦、鬼舞辻と遭遇しては私一人では分が悪い。何とか誰かと合流したいところではあるけれど・・・)

 

 

しのぶの思い虚しく、誰一人同胞の姿は見えない。

眼前に姿を現すのは異形の者のみ。

 

 

(ん・・・?ここは?)

 

 

しのぶはとある部屋に目をつける。

扉は開いており、姿を隠しながら中の様子を伺うことができる。

その部屋は、蓮葉の浮いた池に、橋がいくつもかかったような様子だ。

そして、しのぶの視界の先には大量の女性の死体に囲まれ佇む鬼の姿が。

 

 

「・・・ん?あれぇ、来たの?」

 

 

女性の腕を齧りながら振り向くその鬼は、瞳に虹を宿していた。

綺麗だ、と普通なら思うかもしれない。

が、しのぶにはそれとは真逆の・・・嫌悪感に近いものを抱かせた。

 

 

「若くて美味しそうだなあ、後で鳴女ちゃんにありがとうって言わなくちゃ。」

 

 

にこにこと屈託なく笑い、穏やかに、優しく喋る。

 

 

「やぁやぁ初めまして。俺の名前は童磨。いい夜だねぇ。」

 

 

瞳に刻まれた上弦、弐の文字。

しのぶの姉、カナエを引退へと追い込んだ原因の鬼である。

 

 

(こいつが・・・姉さんをやった鬼。)

 

 

「ん?おやおや、もしかしてその羽織・・・花の呼吸の子の物ではあるまいか?」

 

 

「・・・やはり、お前が私の姉さんを・・・!」

 

 

「そうかそうか、姉妹揃って鬼狩りとは・・・」

 

 

童磨が感銘深く頷くような動作を見せ、口を開く。

 

 

「邪魔が入ったせいで食べられなかったんだよなあ・・・いやあ、残念残念。」

 

 

(落ち着け・・・感情の制御ができない者は未熟者・・・)

 

 

己の中で沸き立つ怒りをしのぶは必死に抑える。

怒りのままに戦っても勝てないことを、しのぶは重々承知していた。

 

 

「た、助けて・・・」

 

 

「こらこら、今話の途中だろう?」

 

 

童磨の周りで横たわる女性の中で、生きていた者がしのぶに助けを求める。

それを制するように手を伸ばす童磨。

それよりも早くしのぶは女性を救出する。

が、しのぶの腕の中で女性はバラバラになり息絶える。

 

 

「そこに置いといていいよ、後でちゃんと"救済"してあげるから。」

 

 

「救済・・・?お前は何を言っている。」

 

 

「そのままの意味だよ。俺は万世極楽教の教祖として教祖の皆と幸せになるのが務め。ちゃんと食べて俺の一部にしてあげないと、ね。」

 

 

「頭おかしいんじゃないですか?気持ち悪い。」

 

 

「えー?そんな酷いこと言わないでよ、悲しくなるじゃないか・・・あ、そうそう。悲しいといえば君のお姉さん。彼女もどこか辛そうだったなあ・・・鬼と仲良くしたい。なんて言ってたから是非とも救済してあげたか・・・」

 

 

童磨の言葉は最後まで紡がれることは無い。

しのぶの突きが童磨の片目を抉る。

 

 

「おっと。」

 

 

【蟲の呼吸 蜂牙の舞 真靡き】

 

 

血鬼術 蓮葉氷

 

 

密着状態にあるしのぶを引き剥がすために血鬼術を発動する。

途轍もない冷気を纏った蓮葉の氷がしのぶを掠める。

 

 

(肺を裂くような冷たい空気・・・これが姉さんの肺胞を壊死させた要因。)

 

 

「酷いなあ急に。せっかくお姉さんのお話をしようと思ったのに。」

 

 

「黙れ。お前が姉さんを語るな。」

 

 

「つれないなあ・・・それにしても、随分速いね。今まで見た鬼狩りの中で一二を争うくらいかも。でもねえ・・・突きじゃ鬼は殺せないよ。首を狙わなきゃ。」

 

 

「そうですか・・・なら、毒ならどうです?」

 

 

そう言ってまもなく、童磨の様子がおかしくなる。

皮膚は変色し、血を吐き散らす。

 

 

「ガハッ・・・これは、累君の山で使った毒よりも強力だね・・・!」

 

 

が、少し苦しんだ後に・・・

 

 

「あれぇ?毒、分解出来ちゃったみたいだなあ。ごめんねえ?」

 

 

鬼の首を斬ることが出来ず、毒で鬼殺を行うしのぶにとってそれは重大すぎる出来事だった。

が、それにしのぶは動じることはなく、次なる一手を思考する。

 

 

「楽しいなあ!毒を食らうのって癖になりそう!さあさ、次の調合を試してご覧よ!」

 

 

「構いませんよ・・・ただし、泣いて懇願してもやめてやりませんから。覚悟することです。」

 

 

(私に力を・・・姉さん、啓さん・・・!)

 

 

上弦の弐、童磨と蟲柱、胡蝶しのぶの戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「うおお!」

 

 

「・・・」

 

 

炭治郎と義勇が次から次へ姿を現す鬼を滅殺する。

義勇は炭治郎の僅かな動作から出す技を予測、それに合わせる。

 

 

(凄い、義勇さん・・・!)

 

 

「先を急ぐぞ。」

 

 

「はい!」

 

 

さらに深くへと進んでいく二人。

その中である人影を発見する。

 

 

「富岡!竈門少年!!」

 

 

「煉獄さん!」

 

 

「無事か。」

 

 

炎柱、煉獄杏寿郎である。

先の上弦の参、猗窩座との戦闘で片目を失うも、研ぎ澄まされた感覚は鬼殺において十分すぎるほどに役に立っていた。

加えて柱稽古の中で完全に物にした「透き通る世界」

現時点、柱の中で透き通る世界に至っているのは啓と杏寿郎の二名のみである。

 

 

「他の者は無事だろうか・・・」

 

 

「大丈夫です、皆強いですから!」

 

 

「俺たちは俺たちの成すべきことを成そう。」

 

 

「・・・うむ、その通りだな!」

 

 

仲間の無事を信じさらに、またさらに奥へと進んでいく。

その時だった。

 

 

「・・・!竈門少年!富岡!後ろに退け!!」

 

 

木材を割りながら何かが迫る。

いち早く察知した杏寿郎が二人に退避命令を出す。

その音はどんどん近くなっていき、やがて天井を砕き、その原因が姿を現す。

 

 

「久しいな・・・杏寿郎。それに竈門炭治郎。」

 

 

「・・・猗窩座。」

 

 

己の片目を奪った鬼と再び相対する。

 

 

「・・・上弦の参か。」

 

 

「ふむ・・・そっちの見ない顔も柱か。その練り上げられた肉体、闘気。賞賛に値する。」

 

 

「猗窩座・・・!お前はここで倒す!!」

 

 

「ふん、お前のような弱者に出来るか?精々他二人の足でまといにならないように努めることだ。」

 

 

「竈門少年は弱くない、取り消してもらおうか。」

 

 

「それは戦いの中で見定めてやろう・・・さあ、あの日の続きを始めようか!!」

 

 

言い終わるや否や、一番近くにいた杏寿郎に拳を振るう猗窩座。

一瞬で抜刀、その拳を防ぐ。

 

 

【ヒノカミ神楽 火車】

 

 

【水の呼吸 弐ノ型 水車】

 

 

左右から同時に垂直方向への回転とともに刀を振るう義勇と炭治郎。

猗窩座は杏寿郎の刀を素早くいなし、双方向から迫る脅威を両裏拳で弾き飛ばす。

予想以上の威力に、猗窩座の拳には痺れが走る。

 

 

「ふ・・・ははは!!杏寿郎の言った通りだったな、竈門炭治郎。以前とは比べ物にならない程に心·技·体を練り上げたようだ・・・いいだろう。お前も俺の敵として認めてやろう・・・」

 

 

猗窩座が独特の構えを取る。

と、同時に、雪の結晶のような文様が、猗窩座を中心に展開される。

 

 

術式展開 破壊殺・羅針

 

 

「さあ・・・俺を楽しませろ。」

 

 

上弦の参、猗窩座と炎柱、煉獄杏寿郎。水柱、冨岡義勇。竈門炭治郎の因縁とも言うべき戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 


 

 

「・・・ここだ、ここからあいつの音が・・・」

 

 

我妻善逸は、一人無限城の中をさまよっていた。

その中で聞こえた、自分が探し続けていた音。

何故ここにいるのかは、考えればすぐ分かる事だった。

 

 

(大丈夫、俺が必ず助けるから・・・!)

 

 

「善逸。」

 

 

「・・・玄弥?それに、時透さん。」

 

 

「無事?」

 

 

「うん、途中鬼がいたけど怪我はしてないよ・・・それより、ここに。」

 

 

「・・・いるんだね、あの人が。」

 

 

善逸は無言で頷く。

善逸と無一郎のは同じ人物を連想していた。

 

 

「俺が、助けなきゃ。」

 

 

「大丈夫、僕達も手伝うから。」

 

 

「そうだぜ・・・まあ、俺はあまり力にはなれなさそうだけど。」

 

 

「二人とも・・・ありがとう。じゃあ、行こう。」

 

 

 

意を決した善逸は扉を開く。

中には一人の鬼がいた。

その後ろ姿に、善逸は見覚えがある。

 

 

「・・・兄貴。」

 

 

「誰だ、テメェ・・・」

 

 

先日、鬼に連れ去られた善逸の兄弟子・・・鳴柱、桑島獪岳がそこにはいた。

が、姿は人間のそれではない。

鬼へと変えられていたのだ。

 

 

(記憶が無いのか?鬼にされた時の影響・・・なのか?)

 

 

「本当に、覚えてない?」

 

 

「知らねえと言っている。」

 

 

僅かな苛立ちを見せながら、獪岳が刀を抜く。

と、同時に獪岳の周りを黒い雷が迸り始める。

 

 

「鬼狩り共、テメェらはこの俺・・・上弦の陸が皆殺しにしてやる。覚悟しろ。」

 

 

「・・・善逸は僕と。玄弥は後ろからサポートをお願い。」

 

 

「了解。」

 

 

「・・・行くぞ。」

 

 

先手を打ったのは獪岳。

凄まじい速さで迫り、無一郎に刀を振り下ろす。

 

 

「くっ・・・!」

 

 

(速い!元々雷の呼吸の使い手としてかなりの速さではあったけど、鬼の身体能力によりさらに速くなっている・・・!)

 

 

刀を受け止め、無一郎は冷静に分析する。

元々、獪岳の実力は柱の中でも上位に値する物だった。

それが鬼となり、刀を振るう。

十分すぎるほどの脅威だ。

 

 

「この速さに初見で難なく反応・・・お前、柱だろ。」

 

 

刀を打ち合わせたまま、獪岳は蹴りを無一郎の鳩尾に見舞う。

 

 

「ガハッ!?」

 

 

痛みに抗うことが出来ずその場に崩れ落ちる無一郎。

早くもトドメを刺そうとした獪岳を、善逸が止める。

 

 

「させない・・・!アンタを人殺しになんかさせない、絶対に!!」

 

 

「ふん・・・知ったことか。」

 

 

獪岳は狙いを善逸に定める。

雷が駆け巡るが如く、剣閃が入り乱れる。

善逸はギリギリのところで全てに反応する。

 

 

(このガキ・・・柱ではないようだがなかなかの実力。刀身を見るに、雷の呼吸の使い手か。)

 

 

そう思考しているうちに、獪岳の手首から先を何かが飛ばす。

 

 

「・・・あ?」

 

 

玄弥の銃弾である。

遠距離からの射撃で獪岳の右手・・・刀を握っている方の腕を損傷させた。

 

 

「チッ・・・小癪な。」

 

 

目の前の善逸に拳を叩き込む。

しっかり構えることも無く放たれたため、大した威力ではないが、頭にそれを喰らった善逸は脳震盪を起こしその場に崩れ落ちる。

 

 

「な・・・あ・・・!?」

 

 

「まずはお前からだ。」

 

 

「!?」

 

 

目にも止まらぬ速さで玄弥との間合いを詰める。

応戦しようとした玄弥だが、抵抗虚しく両腕両脚を斬られ、胴を分断される。

 

 

「な・・・」

 

 

「玄・・・弥・・・!!」

 

 

無一郎がよろけながら立ち上がる。

が、深く、鋭く急所へ蹴りが突き刺さったせいで未だ激痛に襲われている。

 

 

(呼吸で痛みを抑えつけろ、玄弥を助けなきゃ・・・!)

 

 

「時透・・・さん・・・」

 

 

「あ?まだ生きてるのか・・・どうなってるのかは知らねえが、首を斬れば死ぬか?」

 

 

無慈悲に刀は振るわれる。

無一郎も善逸も、それをさせまいと必死に動くがどうやっても間に合わない。

ダメだ、と思ったその時だった。

 

 

【風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐】

 

 

獪岳と玄弥の間に割り込むように砂嵐が巻き上がる。

砂嵐が収まり、姿を現したのは・・・

 

 

「兄貴・・・?」

 

 

「全く・・・テメェはどうしようもねえ弟だぜェ・・・」

 

 

「・・・お前も柱か。」

 

 

風柱、不死川実弥である。

 

 

「獪岳・・・やっぱ鬼にされちまったかァ・・・」

 

 

「・・・俺は元々鬼だ。」

 

 

「目ェ覚ませ。テメェは鳴柱・・・桑島獪岳だろうがよォ。」

 

 

「戯言を。俺の中にそんな記憶はない。俺の中にあるのはあのお方への忠誠心のみだ。」

 

 

(人間に戻す薬を俺は持ってねェ。持ってンのはあの二人だったか・・・)

 

 

「俺が獪岳を引き受ける。テメェらは回復を優先しろ。」

 

 

「はい、でも気をつけて・・・鬼となったことで桑島さんの実力は。」

 

 

「分かってらァ・・・さぁ、行くぞォ?」

 

 

「・・・来い。」

 

 

(恐らくこっちに来れるのは()()()。到着まで持ちこたえるしかねェ。)

 

 

【風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削】

 

 

獪岳を突進と同時に斬り刻む。

獪岳は僅かに傷を受けるが、致命傷になりうるものは全て弾く。

 

 

(予想通り、何もかもが以前とは比べ物にならない。)

 

 

「でもまァ・・・やるしかねえよなァ。」

 

 

上弦の陸、獪岳と風柱、不死川実弥。霞柱、時透無一郎。我妻善逸。不死川玄弥の戦闘は激化していく。

さらにそこに向かう影が一つ。

救う為の戦いが今ここに始まった。

 

 

 

 

 


 

 

「・・・」

 

 

啓は一人、無限城の奥深くへと進んでいた。

ただがむしゃらに進んでいるのではなく、ある気配を追って進んでいる。

 

 

(再会を望んでいるのは此方だけではない、というわけか。)

 

 

追っていた気配がさらに濃くなり、そんなことを考える。

それに呼応するかのように啓も自身から発せられる闘気を抑えることなく撒き散らす。

 

 

「ゲシャアアアア!!」

 

 

理性を失ったかのように襲いかかってくる鬼達を全て一太刀の元に斬り伏せる。

 

それがしばらく続き、ある扉の前に出る。

 

 

(この扉の向こうにいるな。確実に。)

 

 

━━━啓・・・お前は強い・・・その力は・・・弱き人々のために使え・・・鬼から人々を守るため・・・

 

 

━━━俺のことは気にしてくれるな!もしどうしても気に病むというのなら俺の分も鬼を滅殺してくれ!

 

 

━━━頼んだよ・・・私たちの悲願、どうか果たしてくれ。そして・・・全員で帰ってきてくれ。

 

 

(様々な人の想いを、俺は背負っている。必ず奴に、そして鬼舞辻に勝って帰るんだ。)

 

 

啓が扉を開く。

あちこちに柱のようなものが立っている部屋だ。

そこに佇むは上弦の壱、黒死牟。

 

 

「・・・来たか。」

 

 

「・・・ああ。」

 

 

しばしの間、静寂が続く。

その静寂を破るように、啓が口を開く。

 

 

「俺が鬼殺の道を歩むことになったのは、あの日・・・お前が俺の父を殺したことが原因だ。」

 

 

「・・・目覚めさせてはならない獣を・・・龍を目覚めさせてしまった、と思いつつも、お前のような剣士と出逢えたことを嬉しくも思う。」

 

 

「そうか・・・」

 

 

再び訪れる静寂。

 

 

「・・・もはや、言葉は不要。」

 

 

「そうだな・・・俺は鬼狩りでお前は鬼。戦う理由はそれだけで十二分だ。」

 

 

「うむ・・・」

 

 

双方が刀に手を添える。

 

 

「いざ・・・」

 

 

「尋常に・・・」

 

 

「「勝負。」」

 

 

 

 

【龍の呼吸 捌の型 逆鱗】

 

 

陸ノ型 常世孤月・無間

 

 

互いが全方位に無数の斬撃を放つ。

斬撃がぶつかり、或いは柱を斬り刻み。

数十秒の打ち合いが続き、それが収まった頃には、部屋は見るも無惨な有様となっていた。

一瞬のうちに啓が黒死牟へと飛び付き、刀を振るう。

黒死牟は難なくそれを防ぐ。

 

 

上弦の壱、黒死牟と龍柱、如月啓。

因縁の対決が今ここに始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




童磨 VS しのぶ
猗窩座 VS 炭治郎、義勇、杏寿郎
獪岳 VS 善逸、無一郎、実弥、玄弥
黒死牟 VS 啓

が今の状況となっております。
次回以降は一話ごとに一つの戦闘を描写していきます。


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第陸拾参話 蝶の意思

「ほらほら、どんどん打ち込んでおいでよ。」

 

 

(全く効く気配がない・・・それどころか、徐々に毒の分解が早くなっている。)

 

 

しのぶと童磨の戦いは、拮抗状態が続いていた。

いや、童磨の方が優勢と見れるだろう。

徐々に息を切らしていくしのぶに対し、余力しかないといった様子の童磨。

 

戦闘開始から十分程度しか経過していないにも関わらず、しのぶが息を切らしているのには訳があった。

童磨の血鬼術である。

自身の血を凍らせ、霧状に散布しているのだ。

それを吸い込むことは肺胞が壊死、すなわち、呼吸が武器となる鬼殺隊士にとっての致命傷を意味する。

 

啓やカナエからその情報を得ていたしのぶは、極力吸わないようにはしていたものの、呼吸を抑えて戦うことは予想以上の困難を極め、ついには僅かに血鬼術を吸ってしまった。

 

 

 

(不味い、このままでは肺が・・・幸いにしてまだ動きに支障が出るほどではないけれど、消耗戦では絶対に勝てない。)

 

 

「来ないならこっちから行くよ?」

 

 

血鬼術 蔓蓮華

 

 

蓮葉氷から蔓が伸び、しのぶへ襲いかかる。

僅かな呼吸で凄まじい速さを引き出し、回避する。

 

 

「やはり速いなあ、龍柱の彼よりも速いかも。」

 

 

「・・・そんなはずがない。啓さんは私なんかよりももっと速いし、もっと強い。」

 

 

「そうそう、啓君って言うんだったね。彼もここに来ているんだろう?また会いたいなあ。」

 

 

「お前如き、啓さんの手を煩わせるまでもない・・・!」

 

 

【蟲の呼吸 蜻蛉の舞 複眼六角】

 

 

先程よりもさらに速さを増し、すれ違いざまに六回突きを放つ。

再び毒の調合を変えた上での攻撃。

だが・・・

 

 

「うーん、やっぱりもう慣れてきちゃったかなあ・・・毒にも、速さにもね。」

 

 

「がっ・・・!?」

 

 

童磨もまた、すれ違いざまに攻撃を加えていた。

腹の辺りを浅く斬り裂かれる。

 

 

(打つ手が無くなってきた・・・このままじゃ・・・)

 

 

己の長所である速さと毒。

その両方に対応されては、為す術がないというもの。

 

 

「んー、まだ動けなくなるほどの傷は与えてないよ?ほら、立って立って。」

 

 

よろよろと立ち上がるしのぶ。

が、その闘志は未だ潰えてはいない。

力強く童磨を睨みつける。

 

 

「おお、やる気満々だねえ。さすが柱!」

 

 

(どうする・・・まだ動けはするものの対抗策がない・・・()()()を使おうにもあれは他に人がいなければ・・・)

 

 

「でもやっぱり辛そうだねえ。さあおいで?しのぶちゃんも俺が救済してあげるから。」

 

 

「ほざけ・・・!」

 

 

童磨の一言に対し、力強く拒絶の意を示すしのぶ。

 

 

「私は蟲柱、胡蝶しのぶ・・・こんなところで、お前なんかに屈したりはしない!!」

 

 

「強がらなくてもいいんだよ、さあお「よく言った!!」」

 

 

童磨の言葉を何者かが遮る。

と、同時に童磨に背後から二つの影が飛びかかる。

 

 

「おっと。」

 

 

降り立つ二つの影。

それはしのぶの見覚えがあるものだった。

 

 

「お待たせ、しのぶちゃん。」

 

 

「真菰・・・それに、錆兎さん!」

 

 

「すまない、遅くなった。」

 

 

水柱補佐と水柱の継子、錆兎と真菰である。

二人とも水柱である義勇と同格、あるいはそれに近い実力の持ち主だ。

 

 

「俺たちだけじゃないぞ。」

 

 

「え?」

 

 

さらに扉から二人入ってくる。

 

 

「しのぶ姉さん!」

 

 

「しのぶ!!」

 

 

「カナヲ、伊之助君も。」

 

 

「おや、随分賑やかになったね。」

 

 

先程まで明らかに劣勢だったしのぶに、四人の仲間が増えた。

鬼殺隊の中でも上位の実力を持つ者達だ。

 

 

「あれが、カナエ姉さんをやった・・・」

 

 

「そうよ、奴の血鬼術には注意して。吸い込んでしまったら肺胞が壊死するわ。」

 

 

「承知した。さあ、やるぞ!」

 

 

 




各戦いは二部編成にしていきます。
おそらく前半の方は短くなってしまいますが・・・
次はまた別の方を書いていきます。
今日のうちに投稿出来るかと思います。


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第陸拾肆話 修羅

「さあ、行くぞ?」

 

 

(来るッ!)

 

 

破壊殺・乱式

 

 

一番近くにいた義勇に対し、拳を打ち込みまくる猗窩座。

咄嗟の反応で技を繰り出す。

 

 

【水の呼吸 拾壱ノ型 凪】

 

 

義勇が創り出した型、【凪】

自身の間合いに入った攻撃を無にするという型なのだが・・・

 

 

(完全に掻き消せなかった。なんという威力と速さだ・・・)

 

 

義勇に当たることはなかったが、無にすることは出来ず、横へ後ろへと流す。

その影響で床や壁が砕ける。

 

 

【炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天】

 

 

素早くしっかりとした踏み込みから、真っ直ぐに刀を振り上げる杏寿郎。

猗窩座の左腕を切断することに成功する。

その隙を逃さんと炭治郎が仕掛ける。

 

 

(いける━━━━)

 

 

が、その一瞬のうちに猗窩座は左腕を再生、そのまま炭治郎へと殴打を放つ。

 

 

【水の呼吸 弐ノ型 水車】

 

 

素早く炭治郎と猗窩座の間に割って入り、再び猗窩座の腕を斬り落とす義勇。

炭治郎は一旦後ろへと退き、体勢を立て直す。

 

すぐさま猗窩座に向き直った義勇は素早く斬りかかる。

それに合わせるように杏寿郎も仕掛ける。

柱と柱の連携。

人間業とは思えぬそれに思わず炭治郎は息を呑む。

 

 

(煉獄さんも義勇さんも凄い・・・!これが柱、対して俺は・・・!)

 

 

と、思考していると、猗窩座が二人を弾き飛ばす。

 

 

(それでも、俺もやるしかない!!)

 

 

相手に息つく暇を与えぬように連続で仕掛ける炭治郎。

猗窩座もそれに対し迎撃する。

しばらく打ち合いが続き、やがて猗窩座が炭治郎に裏拳を放ち、その拳は炭治郎の顔面を捉える━━

 

 

【ヒノカミ神楽 幻日虹】

 

 

━━ことはなかった。

高速で身体を捻り、回転させることにより猗窩座の攻撃を回避。

すれ違いざまに顔面を浅く斬り付ける。

 

 

「ほう・・・」

 

 

(避けた!)

 

 

(竈門少年・・・今や君の実力は柱にも劣らないだろう。よくぞここまで・・・!)

 

 

猗窩座は炭治郎から受けた傷に対し、感嘆の声を漏らす。

そこに生じた僅かな隙を突くべく、義勇が一瞬の内に間合いを詰める。

 

 

「━━ッ!」

 

 

(この超反応・・・誘われたのか!?)

 

 

「はは、甘いな。」

 

 

流水が如き剣閃を猗窩座はものともしない。

首に刃が触れる前に猗窩座が身をひねり回避する。

形作られる拳。

それが何を目的としているかは明らかであった

 

拳が振るわれ、()()()()()()()

義勇は迫る拳を刀で受け止めていた。

 

 

(あと少しでも反応が遅れていれば・・・!)

 

 

「さすが柱、と言ったところか!!名を名乗れ!!覚えておきたい!!」

 

 

「鬼に名乗るような名は持ち合わせていない。俺は喋るのが嫌いだ、話しかけるな。」

 

 

「そうかお前は喋るのが嫌いなのか! 俺は喋るのが好きだ!何度でも聞くぞお前の名を!!」

 

 

もう喋るな、と言わんばかりに顔面に刃を振るう。

が、猗窩座は既にそこにはいない。

 

 

「後ろだ。」

 

 

破壊殺・脚式 流閃群光

 

 

目にも止まらぬ連続の蹴り。

義勇はそれを刀で受けるも、遥か彼方へと吹き飛ばされる。

 

 

「義勇さん!!」

 

 

「そうか、アイツは義勇という名なのか。」

 

 

【炎の呼吸 伍ノ型 炎虎】

 

 

炭治郎に迫る猗窩座を引き剥がすように技を放つ杏寿郎。

それを真正面から受ける訳にもいかず、猗窩座は退避する。

 

 

「気を抜くな竈門少年!!一人減ったということは自分へ攻撃が向きやすくなると心得ろ!!」

 

 

「━ッ、すみません、煉獄さん!!」

 

 

破壊殺・鬼芯八重芯

 

 

左右に四発ずつ、計八発の重い拳撃を放つ。

杏寿郎と炭治郎もまた、それを迎え撃つように技を放つ。

 

 

【炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり】

 

 

【ヒノカミ神楽 灼骨炎陽】

 

 

前方を広く、大きく薙ぎ払う。

刀を伝って腕へと衝撃が伝わり、痺れるような感覚に見舞われる。

 

 

(重い・・・!)

 

 

そんなことはお構い無しに、猗窩座の攻撃の手が緩められることは無い。

拳が、脚が、命を刈り取る為に襲いかかる。

杏寿郎と炭治郎は全てをギリギリのところで受けきる。

 

 

「ははは、見事見事。二人共あの夜とは比べ物にはならないな・・・生かしておいて正解だった。」

 

 

「生かしておいて、か。よく言ったものだ。お前は殺さなかったんじゃない。殺せなかったんだ。俺たちのことも啓のこともな。」

 

 

「言うじゃないか杏寿郎。だがこうは思わないか?俺が最初から、お前を鬼へと勧誘することなく、なんの躊躇いもなく戦っていたら・・・さて、お前たちは今この場に居るかな?」

 

 

「・・・確かに、その通りだ。だが、今は違う。俺たちは強くなった!弱き人々を守るために、鬼を滅ぼすために!!」

 

 

「分からんな・・・なぜ弱者を守ることに拘る?俺は弱者が嫌いだ。弱者を守るために自身が苦労するなど無駄だろう。」

 

 

舌戦を繰り広げる猗窩座と杏寿郎。

 

 

「弱者が淘汰されるのは当然の摂理だ。なぜ分からない?」

 

 

「お前の言ってることは全部間違ってる!」

 

 

猗窩座の言葉を聞いていられなくなった炭治郎が声を荒らげる。

 

 

「お前が今そこに居ることがその証明だよ・・・生まれた時は誰もが弱い赤子だ。誰かに助けてもらわなきゃ生きられない。」

 

 

「・・・」

 

 

猗窩座はそれを遮ることは無い。

炭治郎は言葉を紡ぎ続ける。

 

 

「お前もそうだよ猗窩座。記憶にはないのかもしれないけど、赤ん坊の時お前は、誰かに守られ助けられ今生きているんだ。」

 

 

「竈門少年の言う通りだ。強い者は弱い者を助け守る。そして弱い者は強くなり、また自分より弱い者を助け守る。」

 

 

杏寿郎が再び口を開く。

 

 

「猗窩座、俺は君の考えを許さない・・・これ以上、君の好きにはさせない。」

 

 

決意の杏寿郎。

その決意は糧となり、杏寿郎のさらなる扉を開く。

波打つ鼓動、早まる血流、高まる体温。

()()の顕現には、十分すぎるほどの要素が揃った。

 

 

「煉獄さん・・・それは・・・!」

 

 

杏寿郎の首筋から顔にかけた出現した炎のような痣。

さらなるステージへと杏寿郎は至った。

 

 

「鬼のような痣・・・そうか、お前も啓と同じ領域へと至ったのか・・・!」

 

 

(集中だ。暴れる心拍を落ち着けろ。それが出来なければ死と思え・・・!)

 

 

次第に杏寿郎の心臓を落ち着きを取り戻す。

依然として体温は高いまま。

それ即ち、痣の維持を意味する。

それでも尚、杏寿郎の集中力は高まり続ける。

次第に視界が透き通り始める。

 

 

「俺の持てる全力で君を討つ。覚悟しろ。」

 

 

「ふふ・・・はははははははは!!!素晴らしい、素晴らしいぞ杏寿郎ォ・・・!」

 

 

狂ったように笑う猗窩座。

興奮を抑えぬまま、杏寿郎へ語りかける。

 

 

「ならば、こちらも全力で相手するのが礼儀。」

 

 

目を閉じ、同じように集中力を高める猗窩座。

目を見開くと、視界は透き通っていた。

 

 

「さあ、死ぬまで打ち合おう。その命をもっと、もっともっと燃やしてみろ!!」

 

 

「死にはしない。俺は必ず待ってくれている人たちの元へと帰る。」

 




煉獄さん、痣発現です。
透き通る世界には無限列車編にて一度至っています。
啓との柱稽古を通して完璧にものにした、と言った感じです。

明日にでも次話を投稿できるかと思います。
次はVS獪岳側の描写になります。


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第陸拾伍話 黒雷

「らァ!!」

 

 

「ふんッ!!」

 

 

刀がぶつかり合い火花を散らす。

獪岳と実弥は既に、十分もの間こうして打ち合っている。

時には型を放つも、互いに決定打の無いままである。

 

 

(こっちの攻撃がまるで通らねェ!あっちの攻撃はかなりギリギリで受けきってるってのによォ・・・!)

 

 

「息が乱れているぞ?」

 

 

「余計な世話だァ!」

 

 

叫びとともに横一文字に刀を振るう実弥。

獪岳はそれを上空に跳ねる形で回避し・・・

 

 

「しまッ━━」

 

 

「貰った。」

 

 

落下と共に刀を振りかぶる。

落雷の如く振り下ろされたその刀は、実弥を真っ二つにする━━

 

 

 

 

「ぐぅ・・・・・・ッ!!」

 

 

━━はずだった。

間一髪のところで無一郎が間に割って入る。

鍔迫り合いは無意味、と判断した獪岳は軽く後ろに跳び、地に足をつける。

 

 

「お待たせしました、不死川さん。」

 

 

「おォ、助かったぜェ。」

 

 

「俺も・・・俺もやる。」

 

 

「我妻ァ・・・気持ちは分かるが焦ンな。悪ィがお前が俺たち柱の連携に追いつけるとは思えねェ。」

 

 

「それでも、やらなくちゃダメなんです・・・俺が、兄貴を助けなきゃ。」

 

 

「善逸・・・」

 

 

しばらく黙り込む実弥。

やがて口を開く。

 

 

「・・・邪魔だけにはなるなよォ。」

 

 

「・・・はい!」

 

 

「玄弥ァ!!お前も手ェ貸せェ!」

 

 

「兄貴・・・勿論、俺だってやるよ!」

 

 

玄弥の力強い頷きを見て、実弥はうっすらと笑顔を浮かべる。

僅かに緩んだ頬を引き締め、眼前の敵へ意識を切り替える。

 

 

「俺と時透が前衛。我妻は隙を見て斬り込め。玄弥は後方から支援だ・・・薬の到着まで極力弱らせる・・・行くぞォ!」

 

 

我先に、と駆け出す実弥。

素早い切り込みにも獪岳は動じず、真正面から受け止める。

刀が触れた瞬間、実弥が獪岳の刀を横に流すように払う。

その瞬間に屈む。

屈むと後ろには無一郎が待機しており、実弥の背中を足場に大きく跳ねる。

 

 

【霞の呼吸 陸ノ型 月の霞消】

 

 

上空に飛び、広範囲を斬り付ける。

大きく刀を払われ、無防備になっていた獪岳はその全てを身体に受ける。

そこにさらに善逸が仕掛ける。

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

 

刀を持っている方の腕を斬り落とす。

防御の手立てを失ったその隙に、玄弥が鉛玉を撃ち込む。が・・・

 

 

「・・・甘ェ!!」

 

 

宙に舞う自身の斬られた腕から、左腕で刀を回収し、そのまま鉛玉を斬り捨てる。

その瞬間に右腕も再生させる。

が、実弥達の攻撃は止まない。

左から実弥、右から無一郎が同時に斬り掛かる。

少しでも手元が狂えば互いを斬りかねないが、双方の刀が互いを捉えることは無い。

一糸乱れぬ連携。

手数の差から、獪岳は徐々に、徐々に押されていく。

 

 

(コイツら・・・斬ることに躊躇いがない。相手を信用していなければできない芸当だ。)

 

 

目の前の二人の連携に思わず息を呑む獪岳。

が、既にその意識は連携を崩すことに向いていた。

 

 

(このままでは俺が不利・・・ならば、まずは片方崩す。)

 

 

両方の刀を同時に弾けるタイミングを図り、薙ぎ払う。

その瞬間に後退し、精神を研ぎ澄ます。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

ふと、実弥達はあることに気づく。

先程よりも、獪岳の周りを迸る黒い雷の勢いが強くなっているのだ。

次第にそれは獪岳の全身に広がり、やがて刀を包み込む。

 

 

(あれはやべェな・・・恐らく血鬼術。ただの飾りってわけではねェはず・・・)

 

 

獪岳が大きく息を吸うと・・・

 

 

「参る。」

 

 

一瞬の内に姿を消す。

刹那、実弥の前に姿を現し、先程までとは比べ物にならない速さで斬り掛かる。

 

 

(速ェ!!さっきまでとは比べ物にならないくらいに!あの雷の影響か・・・?)

 

 

実弥は必死に喰らいつくも、段々と反応が遅れていく。

呼吸の暇もなく、息が上がり始める。

 

 

「クッ・・・ソがァァァァァァ!!」

 

 

雄叫びを上げながら刀を振るう。

反面、獪岳はさらにスピードを上げる。

当然、実弥はそれに追いつけず、やがて・・・

 

 

 

「なッ・・・!?」

 

 

振った拍子に刀が手から離れてしまう。

 

 

「まずは一人だ。」

 

 

「兄貴━━━」

 

 

「不死川さ━━━」

 

 

突如、轟音が部屋の中に鳴り響く。

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・神速】

 

 

と、同時に実弥と獪岳の間を雷が駆け抜ける。

獪岳はそれに気付き、回避する。

 

 

「させるかよ・・・!!」

 

 

善逸である。

己の持てる最速で二人の間に割って入った。

 

 

(すまねェ我妻・・・助かった!)

 

 

「兄貴ィ!」

 

 

玄弥が実弥に飛んで行った刀を投げ渡す。

それを受け取り、息を整える。

 

 

「善逸!僕達二人で暫く引き受けるよ!!」

 

 

「了解!!」

 

 

実弥に代わり、善逸が前陣へと出る。

無一郎と善逸の二人で獪岳に対応するが、それでも尚厳しい。

 

 

(俺は何やってんだァ・・・俺より歳下のヤツらが頑張ってんのに、息切らして醜態晒しちまった。)

 

 

「兄貴・・・大丈夫?」

 

 

玄弥が実弥に駆け寄る。

 

 

(歳下の柱、柱でもねェ隊士、そして呼吸を使うことも出来ねェ隊士・・・そんなヤツらの先頭に、俺が立てなくてどうすんだ。)

 

 

実弥は大きく息を吸う。

心臓を無理やり働かせ、身体を奮い立たせる。

 

 

(やってやる・・・持ってるモン全部出してでも。)

 

 

実弥の頬に、風車のような緑色の痣が浮かび上がる。

先の柱稽古で、完全に実弥は痣を物にしていた。

心拍を落ち着けるのもお手のものである。

 

 

(獪岳・・・テメェは、必ず俺らが助ける。)

 

 

「玄弥・・・こっからはさっきよりももっと速くなる。下手打つなよォ。」

 

 

「う、うん・・・」

 

 

そう言い終えると、実弥は姿を消す。

先程の獪岳に近い速さである。

目の前では善逸と無一郎が押されている。

 

 

「我妻ァ!交代だァ!!」

 

 

「はいッ!!」

 

 

無一郎が鍔迫り合いに持ち込み、交代の時間を稼ぐ。

 

 

「よくやったァ、後は任せとけェ。」

 

 

すれ違いざまに呟く。

 

 

無一郎が鍔迫り合いに押し負け、獪岳に斬られかけたところに実弥が割り込む。

そのまま一対一の斬り合いに持ち込む。

 

 

(不死川さん・・・痣を!)

 

 

一瞬であったが、実弥の頬に痣が浮かんでいるのを視認した無一郎。

ならば、己がやることも決まっていた。

 

 

一瞬の内に痣を発現し、心拍を安定させる。

本来の状態と大きくかけ離れた体温は、本来以上の力を引き出す。

 

 

「不死川さん!!」

 

 

「おォ!!」

 

 

再び二人で獪岳に対応する。

獪岳は当然、二人の変化に気づく。

 

 

(先程までとは動きが別人・・・本領発揮か、ならば・・・)

 

 

獪岳の身体を迸る雷がさらに強くなる。

血から産み出された雷は、獪岳の細胞を、神経系を刺激する。

脳からの命令伝達が圧倒的に速くなった獪岳は、凄まじい速さで身体を動かすことが可能となる。

高温を伴う雷が身体を巡ることにより、必然的に体温が上昇。

加えてここまでの戦闘にて心拍数が上昇。

これらの条件が揃ったことにより、鬼の身でありながらも獪岳は()を発現させる。

元々両頬に三本ずつ浮かんでいた雷のような文様が、さらに色濃く、大きくなる。

 

そんな獪岳の変化を、四人は眼でも肌でも感じ取っていた。

 

 

「そっちも本領発揮ッてかァ!?とことんやってやんよォ!!」

 

 

獪岳が、実弥が、無一郎が。

もはや別次元の速さで斬り合う。

 

 

(凄い・・・あんなのに追いつけない。)

 

 

(あれが兄貴達の・・・柱の全力!)

 

 

自分達では足を引っ張るのみと判断した二人は後ろから戦いを見守る。

剣閃はさらに速度を上げる。

 

 

(クソがァ!!こっちは全力だってのにまだまだ上げてきやがる!!)

 

 

(まずい・・・このままじゃ消耗の差で負ける!)

 

 

まだ余裕はあるが、二人は自分達が未だ不利であることには変わりないことを案ずる。

 

 

「何を油断している?」

 

 

獪岳がとうとう実弥の身体を捉える。

胸の辺りを斬り裂かれる実弥。

尋常ではない痛みに悶えそうになる。

 

 

(なんだこれ・・・斬られただけの痛みじゃねェ!)

 

 

鮮血が飛び散る中、己の胸に視線をやると、あることに気づく。

 

 

(内側からひび割れるような傷が・・・チッ、血鬼術かァ!このまま傷の進行が進めばろくな事にはならねェ。呼吸で少しでも進行を遅らせる!!)

 

 

とうとう深手を負ってしまった鬼殺隊側であるが、それによりある事が起きる。

 

 

「・・・ッ?なんだ・・・」

 

 

(効いてきやがったか・・・俺の血が。)

 

 

実弥の稀血である。

鬼を酩酊させるほどのその稀血は、鬼狩りにおいて絶大なアドバンテージとなる。

鬼になって間もない獪岳は当然その感覚は初めてである。

 

 

(こっちも傷を負ったがこれで五分みてェなもんだ。あとは・・・)

 

 

「くッ・・・この程度ォ・・・!」

 

 

獪岳が刀を構え、再び襲いかかる。

稀血の影響で先程までの速さはなく、僅かながらの余裕が生まれる。

 

 

(それでもまだ速い!一瞬でも気を抜いたらこっちがやられる!!)

 

 

無一郎は油断することなく獪岳の攻撃に対応する。

 

 

そのまま先程のような斬り合いに発展する。

獪岳は依然として稀血の影響を受けたまま。

実弥の傷も広がりつつある。

 

 

(このままでは決め手に欠ける・・・!不死川さんの治療を急がなきゃいけないのに!せめて、あと一手でも増えれば・・・かといって、善逸と玄弥では・・・)

 

 

その時、突如として天井が砕ける。

轟音とともに降ってくる一つの人影。

その正体は、無一郎達に見覚えのあるものだった。

 

 

「済まない、遅くなった。」

 

 

「悲鳴嶼さん!!」

 

 

「・・・新手か。」

 

 

悲鳴嶼は獪岳に視線を向ける。

 

 

「獪岳・・・待っていろ、今から助けてやる。」

 

 

「助ける?何を言っている。お前らは俺に殺されるだけだ・・・」

 

 

「・・・不死川。一旦下がって傷を縫え。刀傷では無いものに関しては極力進行を遅らせろ。それまでは私と時透が引き受ける。」

 

 

「はい、お願いします。」

 

 

実弥は後方に下がり、傷の縫合を始める。

 

 

(・・・恐らく、鬼となった獪岳はかなりの強さ。痣を発現させてなおこの二人が押されていた程だ・・・ならば、最初から全力で行かねば。)

 

 

両腕に岩がひび割れたような痣を浮かべる悲鳴嶼。

実弥と同じく、柱稽古で会得した物だ。

 

 

「時透。極力獪岳を弱らせることを意識してくれ。そうすれば、この薬で・・・」

 

 

「・・・!分かりました。」

 

 

近くにいる無一郎にのみ聞こえる声で指示を出す。

悲鳴嶼が薬を持っていることを予め知っていた実弥も悲鳴嶼の意向を察する。

 

 

「さぁ・・・行くぞ。」

 

 




童磨、猗窩座よりも明らかに長くなってしまいました。
後半は全て同じくらいの長さで描写出来るように心掛けます。
次は童磨戦の後半です。
流れからして次は啓VS黒死牟の方かと思っていた人も多いかと思いますが、他の描写を済ませてから書こうと思います。


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第陸拾陸話 毒牙

「いっぱい増えたねえ・・・みんな仲良く俺が救済してあげよう。」

 

 

「ふん・・・鬼からの情けなんて無用。お前はここで斬首する。」

 

 

「怖いなあ・・・まあいいよ、おいで?」

 

 

【水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱】

 

 

先手を打ったのは錆兎。

縦横無尽に駆け回り、不規則なタイミングで斬り掛かる。

予想以上の斬撃の重さに僅かに童磨は驚く。

 

 

(この男・・・強いな。柱か?あるいはそれに限りなく近いだけか・・・)

 

 

【水の呼吸 弐ノ型 水車】

 

 

数秒の間の睨み合いの後、錆兎が僅かに後ろに下がり、回転を乗せて斬り付ける。

その瞬間、背後から飛び出した真菰が童磨の目を抉るように斬り裂く。

すぐさま後退、次は背後からカナヲと伊之助が迫る。

 

 

「ばあ。」

 

 

「「!?」」

 

 

二人の接近に気付いていた童磨はすぐさま振り向く。

先程真菰に斬られたばかりの両目は既に再生し、依然として虹色の上に【上弦】【弐】の文字が浮かんでいる。

 

臆することなく二人は刀を振るうも、あっさりと受け流されてしまう。

 

 

【虫の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き】

 

 

背後から童磨の胸の辺りを貫くしのぶ。

じわじわと毒が広がるも、また同じように分解されてしまう。

 

 

「また新しい毒だねぇ、効かないけれど。」

 

 

(やはり胡蝶の毒が効かない・・・となれば、通常通り首を落とすしかあるまい。)

 

 

「真菰!合わせてくれ!!」

 

 

「了解!!」

 

 

流れる水のような連携が童磨を襲う。

修行時代から同じ師の元で育ってきた二人は、互いのことをよく知っていた。それは義勇も同じである。

相手がどこを狙うのか、自分はどこを狙うべきか。それを全て理解した上での連携。

 

 

(ううむ、見事な連携。まるで黒死牟殿の連撃を受けているかのようだ。)

 

 

「オオオオオオ!!」

 

 

甲高い音が響く。

童磨の背後から伊之助が首を狙わんと襲いかかる。

が、その首はあまりに硬く、刃が通らない。

 

 

「かっっっっってえええええ!?」

 

 

「ははは、見た目通り愉快な子だなあ。」

 

 

「うるせえ!!なんかお前ムカつくからさっさと殺られろ!!」

 

 

「うーん、とりあえず人に頼み事をする前には被り物を取っては如何かな?失礼だよ。」

 

 

童磨が一瞬の内に伊之助の被り物を奪い、離れたところに立つ。

 

 

(速い、反応できなかった・・・)

 

 

目の前にいた錆兎と真菰ですら、見えてはいたものの身体が追いつかなかった。

 

 

「あれえ?君の瞳・・・何処かで見たことがあるなあ。」

 

 

「知るかボケェ!返せ!!」

 

 

猪のように突っ込んで刀を振るう伊之助。

が、童磨は涼しい顔でそれを避け、おもむろに自身の頭に爪を突き刺す。

 

 

「待ってね、今思い出すから。」

 

 

(自分の脳ミソグリグリしてやがる!!気持ち悪ッ!!てか返せよ!)

 

 

数秒の後に・・・

 

 

「あー!思い出した。これ君のお母さんでしょ。君と同じ顔だもん。」

 

 

「・・・俺に母親なんていねぇ!俺は猪に育てられたんだ!」

 

 

「いやいや、君は人間なんだから、人間のお母さんがいて当然だろう?まあまあ昔話を聞いておくれよ・・・」

 

 

童磨は語り始める。

ある日、小さな赤ん坊を抱えた女性が助けを求めに、自分の教団へやってきたこと。

その女性はとても美しく、子供と共に寿命まで手元に置いておくつもりだったこと。

そして、結果的にその女性は自身の手で殺めたこと。

その女性が、死に際に赤ん坊を川に落とし逃がしたこと。

 

途中、伊之助が幾度も斬り掛かるも、言葉を止めることは無かった。

 

 

『伊之助は暖かいねえ。私の宝物。一緒にいられて幸せだねえ・・・』

 

 

微かな記憶が蓋開き、脳裏に響く母親の声。浮かぶ母親の顔。思い出される母親の暖かさ。

その全てが、伊之助の気持ちを揺るがすのに十分なものだった。

 

 

「ッ・・・・・・・・・らあああああ!!!」

 

 

「怒りに任せても当たらないよ?」

 

 

童磨は回避と同時に、伊之助を斬りつける。

胸の辺りを十字に裂かれてしまう。

その拍子に水の中に膝を着く。

 

 

「嘴平!!落ち着け!!」

 

 

錆兎が伊之助の前に躍り出る。

 

 

「アイツは適当言ってるだけだ・・・耳を貸すな!」

 

 

「・・・」

 

 

「本当だよ?もっと話してあげようか?思い出すかもよ?」

 

 

「・・・ッ、いい加減にしろ、この下衆が!!」

 

 

伊之助の心情を案じ、これ以上童磨に喋らせないように怒鳴り散らす。

と、同時に斬り掛かる。

それに合わせ錆兎、真菰も童磨に向かっていく。

 

 

「伊之助君・・・」

 

 

「・・・・・・本当に奇跡だぜ、この巡り合わせは。」

 

 

立ち上がる伊之助。

その顔には最大限の怒りが表れている。

 

 

「俺の母親を殺したやつが、目の前にいるなんてなァァァ・・・!!」

 

 

刀を握り、童磨へ向き直る。

 

 

「ただ頸を斬るだけじゃ足りねェ!!テメェには地獄を見せてやる!!」

 

 

伊之助が駆け出す。

怒りに満ちた獣は、己の力を最大限発揮する。

 

 

(さっきよりも剣閃が速い。太刀筋は単純だけど。)

 

 

伊之助だけでは無い。

錆兎が、真菰が、しのぶが、カナヲが。

五人が全力で童磨を狩るべく刀を振るう。

 

 

(毒を分解して刀を捌いて。まだまだ余力はあるけど面倒だなあ・・・よし。)

 

 

血鬼術 結晶ノ御子

 

 

童磨が小ぶりな分身を二体作り出す。

 

 

「そいつらはそれぞれ俺と同じく強さを誇ってる。簡単には倒せないぜ?」

 

 

一体は真菰と伊之助の方に。

もう一体はしのぶとカナヲの方に向かう。

 

 

「君は俺が相手してあげるよ。さあおいで?」

 

 

「・・・侮るなよ。」

 

 

童磨本人は錆兎の相手をする。

二人は睨み合い、しばしの間動かない。

 

 

(相手は上弦の弐だ。ここまでやりあって分かる通り、並大抵では太刀打ち出来ない。)

 

 

冷静に相手の分析をする錆兎。

序列二位の鬼は伊達ではないと、認めざるを得なかった。

 

 

(今ここで、俺の・・・いや、俺たちの持てる全てでコイツを狩る。他の奴らだってそれぞれ頑張ってるんだ・・・やるしかないッ!!)

 

 

強者と同じステージに昇るべく、錆兎は更なる力へ手を伸ばす。

 

 

(心拍は二百、体温は三十九度をそれぞれ上回る。)

 

 

普段以上の大きな呼吸により、心臓が驚く。

次第にその音を大きくしつつ、凄まじい速さで血を巡らせる。

じわじわと身体が熱くなる。

 

 

(もっと、もっとだ。これじゃ足りない・・・)

 

 

心拍数の増加、体温の上昇はそれぞれ止まることを知らない。

その時だった。

錆兎の頬に、岸に打ち付ける荒々しい波のような痣が浮かぶ。

 

 

(おやおや、これは・・・)

 

 

童磨はそれに見覚えがあった。

かつて相対した柱も同じような痣を浮かべていた。

そこから導き出されるこの後の展開は、想像に難くなかった。

 

 

「行くぞ。」

 

 

先程まで煩かった心臓を無理矢理落ち着かせ、凄まじい速さで飛び出す錆兎。

その勢いのままに斬り付ける。

足を止めることなく、流麗な脚さばきと荒波の如き剣閃で童磨を追い詰めていく。

 

 

(やはり先程とは比較にならないな・・・俺も気を引き締めねば。)

 

 

血鬼術 寒烈の白姫

 

 

二体の女の像を創り出す。

その像は凍てつく吐息を錆兎に吹き付ける。

 

 

(義勇、借りるぞ。)

 

 

【水の呼吸 拾壱ノ型 凪】

 

 

研ぎ澄まされた感覚の元、今まで完璧に扱うことは出来なかった兄弟弟子の技を見事再現する。

錆兎の間合いに入った血鬼術全てが無へと還る。

 

 

「わあ、凄い技だねえ。俺もそろそろ本気でやらねば。もうこっちも後がないのでね。」

 

 

(後がない・・・ということは、誰かが上弦の鬼を狩ったのか?)

 

 

考える間もなく、童磨が一瞬の内に間合いを詰めてくる。

 

 

「さあ、行くよ?」

 

 

上弦の弐たる童磨の本気が遺憾無く発揮される。

錆兎も己の限界を超えた力を引き出していく。

 

 


 

 

双方本気でぶつかり始め数十分、状況は動かずにいた。

手数を増やそうとさらに分身を生み出そうとする童磨を錆兎が妨害したり、分身に深手を負わされそうになったところをもう片方がカバーしていた。

 

 

(結晶の御子を創り出せれば流れは確実にこっちに傾くのだけれど・・・彼がそうさせてはくれない。困ったなあ。このままでは怒られてしまう。)

 

 

(全開の戦闘でもう体力が切れかかっている。他の奴らも限界が近い・・・一気に決めねばならない。)

 

 

五人は固まり、その周りを童磨と分身が囲うような形で向き合っていた。

 

 

「このままでいいから、聞いてください。」

 

 

しのぶが童磨に聞こえない程度の声で全員に語りかける。

 

 

「このままでは埒が明きません・・・私が、とっておきの毒で奴を弱らせてみせます。その隙に何とか首を落としてください。」

 

 

「・・・やれるのか、胡蝶。」

 

 

「正直、確証はありません。ですが、やらずに後悔するくらいなら・・・私はやれる限りのことをやりたいです。」

 

 

「・・・分かった。」

 

 

少しの間、錆兎が考え込む。

 

 

「俺と真菰であの分身を抑え込む。胡蝶と嘴平、栗花落はその隙に本体を頼む。」

 

 

「了解。」

 

 

「おうよ。」

 

 

「はい。」

 

 

深呼吸の後に・・・

 

 

「・・・行くぞ!!」

 

 

錆兎と真菰が駆け出す。

分身を上手く誘導し、二対二の状況を創り出す。

 

 

「伊之助君、カナヲ。調合を済ませるまで奴の注意を惹き付けて。」

 

 

返事を返さず、すぐさまカナヲと伊之助が駆け出す。

 

 

「そう言えばさっき地獄を見せてやる、だなんて言っていたけれど。」

 

 

「アァ!?」

 

 

「この世に地獄なんて存在しないよ。」

 

 

「うるせえ!だったら、俺が創ってやらァ!!」

 

 

尽きかけた体力を振り絞り、童磨に喰らいつく伊之助とカナヲ。

その隙にしのぶは毒の調合を行う。

 

 

(使うのは三種類・・・一つは私の作った毒の中で最も威力が高いもの。二つ目は珠世さんがくれた老化の薬。そして最後はあの人・・・紅葉さんが作ってくれた()()()()()()()()()()()()この三つを掛け合わせる・・・!)

 

 

本来なら無惨に使うはずだったその調合。

ここで出し惜しみしている場合ではないと判断した。

 

 

(急げ!急がなきゃ二人がやられる!二人がやられればあっちの二人もやられる!!)

 

 

全速力で調合を行うしのぶ。

焦りと緊張から汗が吹き出る。

 

 

(やる、やるのよ。私は蟲柱 胡蝶しのぶ。ここでやらなきゃどこでやるの!!)

 

 

しばらくして、調合が終了する。

後はそれを童磨に打ち込むのみ。

 

 

(毒は完成した。後は・・・これを頸に打ち込む。弱点である頸なら、少しでも分解が遅れるかもしれない・・・試せることは全て試す。悪い結果にはならないはず。)

 

 

刀を構える。

切っ先の辺りに片手を添え、全身の脱力を効かせる。

 

 

『完全な脱力からの全力の踏み込み。単純ながらこの方法が最も最速を出しやすい。』

 

 

以前の柱稽古の中で、啓から授かった知識、業を思い出す。

全身の脱力を効かせ、精神を研ぎ澄ます。

 

 

(啓さん・・・私に力を貸してください!!!)

 

 

「カナヲ!!伊之助君!!下がって!!!」

 

 

声を張り上げるしのぶ。

その言葉を聞いた瞬間、二人は後退する。

二人の行動を待たずに踏み込んだしのぶは、音すらも置き去りにして駆け出す。

 

 

(速━━)

 

 

自身の長所である速さを遺憾無く発揮し、全力で突き出す。

その速さは啓の全速力すらも上回る。

 

 

【蟲の呼吸 ()()()() 蟲龍牙突(ちゅうりゅうがとつ)

 

 

しのぶは小柄である。

小柄である故に出せる力は他の柱に遠く及ばなかった。

が、その他の柱全てを大きく上回る速さを乗せて放たれた突きは、誰のどんな攻撃よりも大きな威力を誇っていた。

童磨の首元に突き刺さると同時に、しのぶは刀を離してしまう。

が、その勢いは止まらない。

しのぶの手から離れた刀は、童磨を連れて飛び続ける。

数メートル飛んだ後、壁に突き刺さる。

 

 

「ガハッ━━!?」

 

 

その直後、童磨は凄まじい痛みに襲われる。

今まで味わってきた毒の中でも最も威力の高い毒。

それに加え初めて喰らった謎の薬。

痛みに耐えながらの分解は困難を極めると察した。

 

 

「二人共!!」

 

 

絶大な威力と引き換えに、全身を襲う痛みに崩れ落ちたしのぶはカナヲと伊之助に指示を出す。

刀が突き刺さった所を中心に、童磨の皮膚は毒々しい色に染まっている。

今ならば刀が通ると、確信した。

 

 

(させ・・・るか!!!)

 

 

血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩

 

 

童磨はギリギリのところで巨大な氷の菩薩像を創り出す。

が、本来のものよりも小さい。

それでも、二人の足止めをするのには十分なものだった。

 

 

(これじゃ頸を落とせねえ!!)

 

 

目の前の像を破壊せねば童磨には届かない。

そう判断し斬り掛かろうとしたその時。

 

 

「真菰!!」

 

 

「うん!!」

 

 

【【全集中 水の呼吸 参ノ型 流流舞い】】

 

 

背後から錆兎と真菰が飛び出てきて、菩薩像を破壊する。

しのぶの一撃で冷静さを欠いた状態で自身の最高の血鬼術を発動したその反動で、創り出していた分身が崩れてしまっていたことに童磨は気づいていなかった。

その隙に錆兎と真菰はこちらに向かい、道を切り開いた。

 

 

「行けェ!!」

 

 

「お願い!!」

 

 

「いけぇぇえええ!!」

 

 

三人の先輩の声を背にカナヲと伊之助は駆ける。

崩れゆく菩薩像の影に、未だ毒を分解できずにいる童磨を見つけ・・・

 

 

「「あああああぁぁぁ!!!!」」

 

 

二人で刃を突き立てる。

 

 

(不味い!!頸が━━━━)

 

 

無情にも、二人の刀は童磨の頸に吸い込まれるかのように沈んでいく。

刀を振り抜くと同時に、童磨の頸が宙を舞う。

 

 

((殺った!!!))

 

 

「馬鹿・・・な・・・!?」

 

 

童磨の頸が地に落ちる。

と、同時に消滅が始まる。

しのぶは身体を引き摺りながら確認に向かう。

 

 

「負けちゃったあ・・・ねえ、しのぶちゃん。最後のはなんだったの?」

 

 

「お前に教える義理なんてない・・・」

 

 

「ええ・・・いいじゃない教えてくれても。なんなら一緒に地獄まで行かないかい?」

 

 

そう言う童磨の頭にしのぶは脚を乗せ・・・

 

 

 

 

 

「とっととくたばれ、クソ野郎。」

 

 

 

 

最大限の笑みを浮かべそう吐き捨てる。

 

 

「・・・フラれちゃった。」

 

 

その言葉を皮切りに童磨は完全に消滅する。

 

 

「━ッ!」

 

 

その場にしのぶは崩れ落ちる。

 

 

「しのぶ姉さん!!」

 

 

カナヲがすぐさま駆け寄る。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

「ええ、ちょっと反動が来ただけ・・・大事には至りません。」

 

 

「やったな・・・大金星だ。」

 

 

錆兎がそう呟く。

この五人の中で最も消耗しているのは錆兎だ。

痣の発現に加え童磨と長時間の一対一。

負担が大きくないはずがなかった。

 

 

「ですが、まだ鬼舞辻は死んでいません。奴を殺るまで私達に安息などありません。」

 

 

「そうだな・・・まずは傷の簡単な治療をしよう。それくらいはしても問題は無いはずだ。」

 

 

「ええ。次の戦いに支障が出ては行けませんからね・・・」

 

 

全員が治療を始める。

しのぶ達が童磨を倒した報せは鴉を通じて指揮を取る輝利哉始め、全隊士へと知れ渡る。

 

 

(姉さん、啓さん。私やったよ・・・)

 

 

この場にいない二人を想う。

 

 

(啓さん、貴方は今何処で戦っていますか?どうか、無事でありますよう・・・)

 

 

 

 

 

 




童磨戦終了です。
勝負の決め手となるあの一手はずっと前から考えていました。

次回はまた別の場面です。


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第陸拾漆話 回帰

痣を発現し、透き通る世界へと至った杏寿郎。

同じく、透き通る世界へ足を踏み入れた猗窩座。

両者向き合い、静止している。

 

 

(強き者と出逢えて俺の心は昂っている。なのになんだ?この感情は。)

 

 

どこか味わったことの無い感情に戸惑う。

 

 

(先程コイツらの言葉を聞いてからだ。不快感、苛立ち、嫌悪感。それに近い何かだ。)

 

 

『何をするにも初めは皆赤ん坊だ。周りから手助けされて覚えていくものだ。』

 

 

猗窩座は無意識のうちに何かを振り払う。

そこには何も、誰もいない。

ただ、何処かで聞いたような声がした。

己の行動に僅かに驚くも、再び意識を杏寿郎へと向ける。

 

そして無言のままに駆ける。

一瞬にして間合いを詰め、その拳を振るう。

 

 

破壊殺・砕式 万葉閃柳

 

 

振るわれた拳は地を砕く。

杏寿郎は分かっていたかのように回避する。

 

 

【炎の呼吸 壱ノ型 不知火】

 

 

回避と同時に踏み込み、猗窩座に袈裟斬りを見舞う。

が、猗窩座も先程の杏寿郎と同じように回避する。

互いが互いの体の部位の動きを察知し、そこからどのような攻撃が繰り出されるかを完璧に把握している。

 

 

破壊殺・脚式 飛遊星千輪

 

 

【炎の呼吸 伍ノ型 炎虎】

 

 

一歩も譲らぬ技の応酬。

二人と同じ領域に辿り着いていない炭治郎は、それを眺めることしか出来なかった。

 

 

(凄い・・・この二人は何が見えているんだ?)

 

 

辟易とする炭治郎。

読み合いに次ぐ読み合い。

その果てに先に辿り着いた方が攻撃を通す。

刹那の内に繰り広げりる読み合いを先に制したのは猗窩座だった。

杏寿郎の刀を真剣白刃取りの形で受け止める。

猗窩座の顔が狂喜に歪む。

 

 

(不味い、このままでは刀が!)

 

 

必死に抵抗する杏寿郎。

猗窩座がその手を離すことはない。

完全に刀を折ろうとした、その時だった。

二人の間に割り込む一つの影。

その正体を目にした炭治郎は歓喜の声を上げる。

 

 

「・・・ッ、義勇さん!!」

 

 

冨岡義勇である。

先程猗窩座の技を受け、遠くまで飛ばされた義勇であったが、途中数体鬼を斬りながら戻ってきた。

 

 

「・・・俺は頭にきてる。猛烈に背中が痛いからだ。よくも遠くまで飛ばしてくれたな、上弦の参。」

 

 

そのまま猗窩座に斬り掛かる義勇。

水が人体を包み込むように、全身を斬り刻む。

 

 

(本当は極力刀を抜きたくない。誰かれ構わず手合わせするのも好きではない、けれど今は、己を圧倒する強者と久々に出会い、この短時間で感覚が鋭く練磨されているのがわかった。)

 

 

共鳴する。

猗窩座の、杏寿郎の、炭治郎の。その場にいる全員の闘志に。

 

 

(閉じていた感覚が叩き起こされ、引きずられる。強者の立つ場所へ。)

 

 

無意識の内に、多量の酸素を体内に取り込んでいた。

心臓が暴れ、常軌を逸した熱を発生させる。

 

 

(ぎりぎりの命の奪り合いというものが、どれ程の人の実力を伸ばすのか・・・理解した。)

 

 

義勇の頬には流水の様な痣。

開かれた感覚の扉。

義勇は更なる領域へと至る。

 

 

『錆兎が荒々しい波だとしたら、義勇は一切の波風が立たない水面・・・"凪"そのものだな。』

 

 

かつて、友に言われたことを思い出す。

この一言から己自身の型を生み出したのがつい昨日のように思える。

次第に、心臓も落ち着きを取り戻す。

 

 

「・・・行くぞ。」

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

目にも止まらぬ速さで刀を振るう。

が、それを視認していた猗窩座は当然のように回避する。

すぐさま杏寿郎も仕掛ける。

 

 

(猗窩座と煉獄さんは互いの動きが読めている。義勇さんはどうやらそうでは無い、だが猗窩座は義勇さんの攻撃も読めている。何だ?何が違う?)

 

 

観察を続ける炭治郎。

ふと、あることを思い出す。

蝶屋敷での療養中の時のことだ。

 

 

『特に殺気を込めて見てくるやつは一発でわかる。自分に害があるもんはやべえからな。殺気って、身体の皮にグサグサ刺さってくるんだぜ。』

 

 

伊之助が言っていたことだ。

どうにも伊之助は、己に向けられている視線を感じ取ることが出来るらしい。

どうにか猗窩座の"羅針盤"を狂わせる方法はないか、と錯誤しながら隙を狙って斬り掛かる。

が、やはりと言うべきか、察知されていたようで簡単に受け止められてしまう。

 

 

「胴ががら空きだぞ。」

 

 

裏拳を放つ猗窩座。

それを察知し、炭治郎は回避する。

そして、炭治郎はさらに思い出す。

自身の父親が言っていたこと・・・【透き通る世界】のことを。

 

 

(多分あの一撃は俺の命を奪うものだった。お二人と代わる代わるに技を出して、一瞬の休息を確保。致命傷になるような一撃からは庇ってもらっていたけれど、あの時は、俺自身で何とかできた。無理かもしれないとは、あの時なぜだか思わなかった。)

 

 

(一瞬だけ感じた、一瞬だけ入れた。回避にだけ集中して、他の感覚は全て閉じていた。未だかつて無い程に身体が早く動いた。きっと猗窩座と煉獄さんが見えているのはこれなんだ。)

 

 

(お二人が対応しているうちに俺もこれを使いこなして、猗窩座に勝つ!!)

 

 

一方、今も尚激戦を繰り広げている三人は・・・

 

 

(あの日、啓との戦いの中で至高の領域に目覚めてから、さらに鍛錬を重ねた。だが、それでも。この身を削るような激戦の中では維持が難しい・・・!)

 

 

(痣の発現に加え、この透き通る世界・・・思っていた以上に消耗が激しい。このままではこちらが押し負ける!)

 

 

(恐らく、この二人には啓が柱稽古で言っていた世界が見えているのだろう。だが、俺には見えない。こちらの動きは読まれ、あちらの動きは依然鋭いまま。これが上弦の参・・・まるで修羅だ。)

 

 

「もう十分だ、杏寿郎、義勇。終わりにしよう!!」

 

 

猗窩座が一際深く構える。

そこに二人が斬り掛かると・・・

 

 

()ッッ!!!」

 

 

双方の刀の側面を殴り、刀を叩き折る。

 

 

「なッ━━」

 

 

「しまッ━━」

 

 

「去らば。」

 

 

右腕で義勇の、左腕で杏寿郎の鳩尾を貫こうとした。

が、どちらの腕も届いてない。

それどころか、斬り落とされている。

それをやってのけたのは炭治郎。

先程よりも、大きく痣が広がっている。

そして、透き通る世界が炭治郎にも見えている。

 

 

(コイツは危険だ。身体中の細胞が産毛に至るまでコイツを殺せと言っている。)

 

 

突然の炭治郎の覚醒に、流石の猗窩座も戸惑いを隠せない。

眼前の障害を全て破壊すべく、拳を振るう。

 

 

破壊殺・終式 青銀残乱光

 

 

あらゆる方向にほぼ同時に数百発の乱れ打ちを放つ。

先程刀が折れた際の動揺で透き通る世界の維持が切れてしまった杏寿郎と義勇は、何とか致命傷になりうる攻撃だけを捌く。

それ以外の攻撃は喰らってしまい、至る所から血を流す。

が、炭治郎は違う。

全てが視える炭治郎は、己に迫る拳を全て回避する。

そしてそのまま猗窩座の背後に回り込む。

 

 

やがて攻撃が止むと、猗窩座は完全に義勇と杏寿郎しか視界に入っていない。

この二人に大きく劣るであろう炭治郎は、先程の攻撃で死んだと思い込む。

己の全身全霊の技を放った影響で、既に透き通る世界からは脱している。

加えて、羅針も殺気を放たない炭治郎には反応しない。

 

 

「炭治郎のように死ぬことは無い。お前達二人も鬼になるんだ。」

 

 

(気づいていない━━!?)

 

 

(いけ、竈門少年。今のうちだ・・・!)

 

 

「猗窩座!!今からお前の頸を切る!!!」

 

 

馬鹿正直に猗窩座の名前を呼ぶ炭治郎。

当然それに猗窩座は反応し、動揺するも拳を振るう。

が、その動きを読んでいた炭治郎は飛んで拳を回避し・・・

 

 

【ヒノカミ神楽 斜陽転身】

 

 

炭治郎の刀は猗窩座の頸を捉える。

それは鬼にとっての絶対的な死を意味した。

 

 

(な・・・!?炭治郎が、俺の頸を斬ったのか!?羅針が反応していなかった。どういうことだ?この短期間でお前も至高の領域へ至ったとでも言うのか!?)

 

 

勝利を確信した炭治郎。

が、猗窩座は己の頸を押さえ付ける。

 

 

(まだだ!まだ戦える!俺はまだ強くなる!!)

 

 

(頸を・・・!させるか・・・!!!)

 

 

義勇が折れた刀を猗窩座に投擲する。

その弾みに、頭は地へと堕ちる・・・

 

 

(終われない。)

 

 

(まだ、終われない。)

 

 

(強く、強くならなければ・・・)

 

 

猗窩座の頭が崩れ去る。

今度こそ、と勝利を確信する。

緊張の糸が切れ、身体の限界が襲いかかる。

その場に崩れ落ちる炭治郎━━

 

 

 

 

━━が。

 

 

猗窩座の肉体は崩壊しない。

頸の断面が閉じている。

佇む身体は再び構え、陣を展開する。

すぐさま近くにいた炭治郎に蹴りかかる。

炭治郎はそれに反応出来ず、蹴りをもろに喰らい気絶する。

トドメを刺すため炭治郎に近づく猗窩座の前に、折れた刀を構える杏寿郎と炭治郎の刀を構える義勇が立ちはだかる。

 

 

「炭治郎を殺したければ、まず俺たちを倒せ!!」

 

 

(目障りだ。)

 

 

立ち塞がる義勇と杏寿郎に攻撃する猗窩座。

立ちはだかりはしたものの、二人は既に戦える体力が残っていない。

それでも、炭治郎を守るべく身体を奮い立たせる。

まずは二人にトドメを刺すべく迫る猗窩座。

が、不意にその脚を止める。

唐突に、腕を引かれ歩みを妨げられたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『狛治さん、もうやめて。』

 

 

その瞬間、猗窩座の失われた記憶が蘇る。

病弱な父親を助けるため盗みを繰り返したこと。

その父親は負い目を感じ、自ら命を絶ったこと。

荒れに荒れていた所に手を差し伸べてくれた自らの師のこと。

一生をかけて守ると誓ったその師の娘のこと。

悪意の元に命を失ったその二人のこと。

そして、鬼へとなったこと。

 

 

頭が再生しかけた頃に、猗窩座は自我を取り戻した。

そして、大切な記憶を思い出させてくれた炭治郎に感謝の笑みを向け・・・

 

 

 

 

 

【破壊殺・滅式】

 

 

己の身体に致命の一撃を放った。

記憶を取り戻した猗窩座━━狛治は、大切な人達の元へ回帰することを選んだ。

 

 

『お前がどんなことになろうとも、俺はお前を見捨てない。』

 

 

『お帰りなさい、あなた・・・』

 

 

それでも尚しがみつく、無惨の呪いを振りほどき、猗窩座の身体は消滅していく。

 

 

「あ・・・」

 

 

灰となり消滅していくその様は、風に吹かれる雪のように。

悲劇の末に修羅と化した一人の男の魂は回帰していく。

 

 

 

 

 

 

 




VS猗窩座、終了です。
次回は獪岳との決戦になります。


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第陸拾捌話 兄弟

(眼で見えずとも肌で感じる・・・今の獪岳は以前と比較にならない。)

 

 

盲目である悲鳴嶼は、獪岳の恐ろしさを己の肌で感じ取っていた。

鬼となる前でも、獪岳はかなりの強さを誇っている。

雷が通り過ぎるが如くの剣閃で幾多もの鬼を葬ってきた獪岳が鬼となったら。

そして柱の中でも上位の実力の実弥と無一郎が押されていた。

この事実だけでも十分すぎるほどを思い知らされる。

 

 

(・・・やるしかあるまい。獪岳を元に戻し、他と合流した上で鬼舞辻を倒す。我らが悲願は必ず果たす。)

 

 

鉄球を振り回し、戦闘態勢に入る。

風を切る音が辺りに響く。

 

 

(・・・吸い寄せられるようだ。この男・・・加えてあの風の柱と霞の柱。間違いなく鬼狩りの中でも中核を担う者達だ。ならば、ここで潰す。)

 

 

予備動作無しで間合いを詰め、刀を振るう獪岳。

瞬時に悲鳴嶼は反応し、手斧で刀を弾く。

そのまま腕を落とすべく悲鳴嶼は攻撃を仕掛けるも、一瞬のうちに獪岳は間合いの外側へ出る。が・・・

 

 

(・・・なるほど。)

 

 

間合いが空いたところでどうした、と言わんばかりに鉄球を投擲する。

圧倒的膂力の前に獪岳は回避を選択するも、その先には無一郎。

元の場所に戻る形で回避したが、まだ追撃は止まない。

 

 

【岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き】

 

 

手斧と鉄球を繋ぐ鎖を踏みつけ、鉄球を獪岳の頭上に落とす。

間一髪で回避するが、次は鎖による締め付けが獪岳を襲う。

それは回避せず、斬り落とそうとするが━━

 

 

(この鎖、斬れねぇ!)

 

 

刀が触れた瞬間にそう察し、上空に飛んで回避する。

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

 

そこを善逸が突く。

空中では無防備と判断しての追撃だったが、それをあっさりと受け止められてしまう。

 

 

「遅せェ。雷の呼吸が聞いて呆れる。」

 

 

(通じないッ・・・!!)

 

 

そのまま蹴りを善逸の腹に突き刺す。

受け止められたことにより勢いを失った善逸は、そのまま地に落ちて悶える。

 

 

「目障りだ。お前から死ね。」

 

 

落下に身を任せ、刀を突き立てようとする獪岳。

が、それをさせまいと()が割り込む。

 

 

【風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐】

 

 

上から迫る獪岳に対し、下から上へと巻き上げるように刀を振る実弥。

受けた傷の縫合が終わり、間一髪のところで善逸を助ける。

 

 

「不死川!!」

 

 

「下がってろ、我妻。」

 

 

獪岳の着地際に追撃を加える。

 

 

【風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削】

 

 

無数の傷を加えるも、圧倒的再生力ですぐさま塞がってしまう。

それでもお構い無しに攻撃を加え続ける実弥。

 

 

(薬を使うには弱らせる必要がある。なら斬って再生させてを繰り返させて消耗させるしかねェ。しかもあんな身体能力に発破かけてんなら普段より消耗も早ェはずだ。)

 

 

実弥に無一郎、悲鳴嶼が攻撃を加え続ける。

攻撃に転じるタイミングをことごとく潰される獪岳は防戦一方の中、あることに気付く。

 

 

(コイツら、頸を狙ってこない・・・何故だ?何の目的で・・・?)

 

 

疑問に思うも答えは見えない。

相手にその気がなくとも、自分は相手を殺す気であることには変わりない。

獪岳は無理やりに攻撃に転じる。

攻撃を弾いたその瞬間、間合いを確保し構える。

 

 

雷の呼吸 弐ノ型 稲魂

 

 

一番近くにいた悲鳴嶼へ五連撃を放つ。

 

 

【岩の呼吸 参ノ型 岩軀の膚】

 

 

得物を振り回し、己に迫る危険から身を守る。

それを意に介さず、さらに技を繰り出す。

 

 

雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷

 

 

次の標的は無一郎。

納刀したとほぼ同時に間合いを詰め、下から上に抜刀する。

反応し後ろに避けるも、浅く斬られてしまう。

 

 

「ぐッ・・・!」

 

 

(喰らってしまった・・・!予想以上の痛みだ、呼吸で進行を抑えるのも簡単じゃない・・・!)

 

 

「時透ォ!!」

 

 

(不味い・・・あの速さで何度も仕掛けられては全てを回避仕切るのは極めて困難。早々に弱らせねェと・・・!)

 

 

と、そこに。

どこからともなく唐突に猫が現れ、その背中に背負った鞄から何かが放られる。

その場にいた獪岳意外の全員にその何か━━()()()が刺さる。

と、同時に中の薬が注入される。

すると、実弥と無一郎の傷の進行が止まる。

 

 

「なんだこれ・・・?」

 

 

戸惑いを隠せない一同。

その猫は気づいた時には姿を消していた。

 

 

(傷の進行が止まった・・・なンの薬だ?)

 

 

(恐らく、しのぶと一緒に薬を作っていた鬼によるもの・・・私達にも投与された、ということは予防効果があるのかもしれない。)

 

 

「まァ、何はともあれ・・・これで血鬼術に対して心配はしなくて済むなァ?」

 

 

「小癪な・・・なら直接斬り刻んでやる。」

 

 

雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷

 

 

実弥の周りを回転しながら波状攻撃を仕掛ける。

先程悲鳴嶼が考えたことと同じようなことを考えた実弥は、敢えて一撃だけ喰らう。

勿論、軽傷で済む攻撃だ。

新たに実弥の傷から血が溢れると・・・

 

 

「オイオイ、俺の血の事を忘れちゃいねェか?」

 

 

(しまった・・・!)

 

 

再び稀血の酔うような感覚に襲われる獪岳。

それを好機と取り、無一郎と実弥が仕掛ける。

 

 

【風の呼吸 捌ノ型 初烈風斬り】

 

 

【霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り】

 

 

すれ違いざまに斬り裂く。

無一郎が獪岳の左肘から先を切断するも、すぐさま再生する。

 

 

(畳み掛ける━━!!)

 

 

すぐさま間合いを詰め、追撃を加える悲鳴嶼。

獪岳は抵抗しようとするも、上手く狙いが定まらない。

 

 

一方、善逸は・・・

 

 

(蹴られた辺りがまだ痛い・・・絶対骨折れてるよこれ・・・)

 

 

玄弥に寄り添われながら、呼吸で何とか痛みを緩和しようと試みる。

が、痛みによる動揺で上手く出来ないまま、結局自然に痛みが引くのを待っている。

 

 

「善逸・・・大丈夫か?」

 

 

「うん。なんとか・・・早く、戻らないと・・・」

 

 

「無理するな。柱が三人もいるんだ・・・きっと鳴柱様を助けられる。」

 

 

実際、先程の薬で獪岳の血鬼術が効果を失ってからは完全に鬼殺隊側のペースだ。

進行の阻害に意識を割く必要も、痛みに耐える必要もなくなった。

加えて稀血による酩酊が獪岳を襲う。

他の鬼となってからの歴が長い上弦ならば、ここまでは苦しまなかったかもしれない。

だが、獪岳は鬼になって一ヶ月も経過していない。

言うなれば、他と比べ圧倒的に経験が足りないのだ。

 

 

(クソ・・・このままじゃ・・・!!)

 

 

一方的に攻撃を受ける獪岳。

このまま傷の再生は可能だが、その度に消耗してしまう。

それでも相手は攻撃の手を緩めてはくれない。

しかも頸は狙わず、執拗に他の部位を。

 

 

(何とか・・・しなければ・・・!)

 

 

どことなく覚束無い足取りのまま、構えに入る。

 

 

(来るッ!)

 

 

雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟

 

 

辺り一体を雷を纏った斬撃で辺り一体を斬り刻む。

攻撃範囲にいる実弥、無一郎、悲鳴嶼の三名は、全ての斬撃を受け止める。

 

 

(大技を繰り出した反動で疲労を隠せていない、今なら・・・!)

 

 

「不死川!!私が抑える!薬を頼む!!」

 

 

「はい!!」

 

 

実弥に薬を投げ渡す悲鳴嶼。

すぐさま鉄球を投擲獪岳に向かって投擲する。

獪岳はそれを回避しようとするも、鉄球は獪岳を避けるようにして進む。

不自然に思うあまり、獪岳はある事に気づかなかった。

鉄球と手斧を繋ぐ鎖が、先程のように自身を締め付けようとしているのだ。

反応が遅れ、鎖に囚われる。

獪岳を拘束した悲鳴嶼はさらに力を加える。

 

 

「今だ!!」

 

 

そして獪岳はさらにあることに気づく。

こちらに迫る実弥が握っているのは刀ではなく注射器。

その中に何かしらの薬が入っているのは想像に難くなかった。

抵抗虚しく、首筋に薬を打ち込まれる。

その瞬間、悲鳴嶼と実弥は離れる。

突如として脱力感が獪岳を襲う。

 

 

「何を・・・何をしやがったァァ・・・!!」

 

 

「心配いらない。目覚めた時には元通りだ。」

 

 

「ッたく、手間ァかけさせやがって。」

 

 

「ぐ、あァ・・・・・・」

 

 

その場に崩れ落ち、次第に動かなくなる。

 

 

「一件落着、ですね。」

 

 

無一郎がそう言い、実弥と悲鳴嶼が獪岳に背を向けた。その時だった。

 

 

「まだ・・・負けてねェ・・・!」

 

 

なんと、獪岳が刀を手にし立ち上がったのだ。

それすらもやっと、と言った感じであるが、こちらに背を向けている悲鳴嶼と実弥に襲いかかろうとする。

 

 

「兄貴!!悲鳴嶼さん!!」

 

 

それを離れたところで見ていた玄弥は思わず声を荒らげる。

その瞬間━━

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・神速】

 

 

玄弥の傍にいた善逸が、突如として型を放つ。

狙いは獪岳の刀である。

玄弥の声で後ろを振り向いた実弥と悲鳴嶼、二人が影となり獪岳を視認出来なかった無一郎は、善逸が獪岳の刀を折る所だけを視認する。

 

 

「な・・・速・・・!?」

 

 

「とっとと戻ってこいよ、兄貴・・・!」

 

 

刀を折られた弾みに、獪岳は完全に気を失う。

次第に肌の色が人のものへと戻っていき、顔に浮かんでいた文様も消えていく。

 

 

「油断した・・・済まない善逸。助かった。」

 

 

「いえ。ここからどうするんですか?」

 

 

「ここに来る途中で鴉や一般隊士の姿を見た。恐らくこのことも輝利哉様に報されているはず。獪岳を回収に隊士を寄越してくださる筈だ。」

 

 

「俺たちは鬼舞辻を殺りにいく。お前ら二人は到着まで獪岳の傍についてくれや。」

 

 

「分かりました・・・」

 

 

「兄貴、悲鳴嶼さん、時透さん・・・気をつけて。」

 

 

「うん。玄弥と善逸も気をつけて。雑魚とはいえ鬼がうろちょろしているから。」

 

 

柱三人組は簡単に傷の手当を済ませ、その場を後にする。

善逸は人間に戻り、眠りにつく獪岳を見て安堵する。

 

 

 

 


 

 

 

 

「不死川様と時透様、悲鳴嶼様達が桑島様の治療に成功しました。今から隊士を向かわせます。」

 

 

「分かった。」

 

 

(上弦の弐はしのぶ達が。上弦の参は炭治郎達が。そして獪岳は行冥達が元に戻してくれた。そして現在は蜜璃と小芭内が上弦の肆と交戦中。そして・・・)

 

 

輝利哉はある階層を凝視する。

そこに映るのは啓と上弦の壱、黒死牟の死闘の様子。

 

 

『俺は、単身で上弦の壱を相手します。』

 

 

『・・・いくら啓とはいえ、危険じゃないのかい?』

 

 

『それでも、俺は奴との決着を付けなければならないんです。そうすれば、他の上弦に対応する隊士を増やせます。どうか、お願い致します・・・』

 

 

『分かったよ。啓を信じよう。』

 

 

思い出される数日前のやり取り。

父である耀哉から指揮権を託されていた輝利哉は、前もって啓と話をしていた。

 

 

(啓、頼んだよ。まだ鬼舞辻に加え上弦の零が存命だ。その両名を倒すには君の力が必要不可欠。必ず勝ってくれ・・・)

 

 

 

 




獪岳戦終了、次からとうとう啓と黒死牟の決戦です。
過去にも一度戦っているこの二人ですが、その因縁も今回の戦いで決着ですね。

上弦の鬼を討伐した順番についてなんですが

猗窩座→童磨→獪岳

の順になっています。
ほぼ原作通りですかね・・・?


次回は早くて明日には投稿できるかと思います。
作者自身も書くのを楽しみにしていたこの対面。
読み応えのある物に仕上げるよう頑張ります。



追記

この作品を書き終えた後に執筆したいと思っている作品の第一話を投稿しました。
興味のある方はぜひぜひ。


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第陸拾玖話 龍と月

月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃・凩】

 

 

無限城の奥深くにて、対峙する鬼殺隊最強と十二鬼月最強。戦闘開始してからすでに10分あまりが経過しているが、互いに被弾は無し。完全な拮抗状態であった。

 

 

 

(・・・鍛え上げられた肉体、練り上げられた業。間違えない。この男は私が見てきた剣士の中で二番目だ。)

 

 

 

上弦の壱、黒死牟は自身が今刃を交えている龍柱、如月啓をそう評する。が、あくまで二番目。どれだけ強い者と出会ったとしても一番目は揺るがないだろう。彼はそれほどまでに一番目━━実弟である継国縁壱の事が脳に刻み着いて離れようとしない。

 

 

 

(痣に透き通る世界、果てには赫き刀・・・日の呼吸の使い手でもないのにだ。嫌でもその姿が重なる。)

 

 

 

黒死牟は啓と縁壱を重ねていた。黒死牟の知るところの如月啓という人物は、天賦の才に恵まれた強き者といったところだ。鬼狩りの道に身を投じて間もなく、下弦の壱を討ち取り、その後下弦の陸を撃破。柱となってからは、己を含めた上弦の鬼を何度も相手取り、常に生還してみせた。

 

 

 

(だが、それでもお前は世の理の内側の存在に過ぎない。縁壱が存在した限り、万物が有象無象に過ぎん。)

 

 

 

それほどまでに、縁壱という男は規格外なのだ。嫌でも思い出されるその姿に、腸が煮えくり返るのを感じる。不快、不愉快極まれりと言ったところか。怨毒、嫌悪感、殺意。負の感情を全て凝縮したようなモノが黒死牟の中に渦巻く。

 

 

 

月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月

 

 

【龍の呼吸 肆ノ型 龍の領域】

 

 

 

斬りあげるような三本の斬撃と、無数の月輪が啓を取り囲む。すると啓は、目にも止まらぬ剣閃で自身の周りを斬り刻む。黒死牟の揺らめく斬撃は無へと還る。

 

 

 

【飛天御剣流 龍翔閃】

 

 

 

峰に片手を添え、力を加えることで刀の振り上げの威力を底上げする。黒死牟の胸を浅く裂きつつ、啓はそのまま宙へと飛び上がる。

 

 

 

(自ら安定の欠く空中に躍り出るか・・・)

 

 

 

刀を突き上げる黒死牟。その手を休める理由などない。

 

 

 

(かかったな。)

 

 

 

それを確認した啓はすぐさま天井に脚を着き、爆発音のような踏み込みで()()()。刀は鞘にしまってあることから、啓が何をしようとしているかが分かる。

 

 

 

(━━抜刀術。)

 

 

 

が、すぐさま黒死牟はあることに気付く。透き通る世界へと至ってのことだ。

 

 

 

(いや違う。これはただの抜刀術では━━)

 

 

 

【龍の呼吸 拾ノ型 画竜点睛・墜】

 

 

 

繰り出したのは確かに抜刀術だった。何が黒死牟の動揺を誘ったかと言うと、()()()()()である。本来、抜刀術とは、重くしっかりとした踏み込みから放たれる高威力の一撃。しかし、先程の啓は空中で抜刀術を放った。

つまり、踏み込む地面が無かったのである。故に威力は大したものでは無い、と視覚のみで判断したのが黒死牟の過ちだった。啓は黒死牟がそう判断するように誘ったのである。警戒が薄れたところをに、身の捻り、遠心力を存分に乗せて抜刀術を放つ。

 

 

 

(ようやくまともな一撃が入った。)

 

 

 

すれ違いざまに黒死牟の胸の辺り━━先程龍翔閃で僅かに傷を与えた辺りを深く斬り裂いた。赫刀から放たれるその一撃は、再生を阻害し、炎で灼かれたような痛みを伴う。鬼にとって最悪の一撃とも言えるだろう。

 

 

 

「ぬゥ・・・!!」

 

 

 

(してやられた・・・!この男、私の思考を逆手に取って・・・見事。)

 

 

 

目の前の敵に、一人の剣士として賞賛の意を向ける。

 

 

 

(あの刀で与えられた傷は再生が遅い・・・全くしないという訳では無いが、この勝負の場においてはかなりの痛手。ともすれば、先ず狙うべきは━━)

 

 

 

黒死牟は痛みを無視し、すぐさま刀を持ち直し駆ける。すぐさま間合いを詰め、啓に刀を振り下ろす。回避は不可能と判断し、啓はそれを受け止めようとする。が、黒死牟はすぐさま刀を引き戻す。

 

 

 

(な━━!?)

 

 

 

(狙うは武器破壊。刀を側面から叩けばすぐ折れる。)

 

 

 

啓の刀の側面を捉える。そのまま力を入れ、刀を折ろうとするが・・・

 

 

 

(させるか!!)

 

 

 

すぐさま刀の向きを変え、刃の部分を当てる。そのまま流すようにして弾き、間合いを確保する。

 

 

 

「この一瞬でよく反応したものだ。」

 

 

 

「其方こそ・・・先程の抜刀術、頸を狙ったのにも関わらず、捉えたのは胸・・・最初こそ引っかかったものの、しっかりと対応してきたな。」

 

 

 

「実際、危なかったぞ?仮に他の鬼ならば・・・既に決着は着いていたかもしれん。」

 

 

 

「上弦の壱たる所以、と言ったところか。」

 

 

 

「好きに捉えるがいい。」

 

 

 

しばしの沈黙の後、無言のまま再び剣を交える。片方が振るい、片方が受ける。片方が薙ぎ、片方が避ける。

 

 

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃・嵐】

 

 

 

縦に回転しながら黒死牟へと飛びかかる。刀を振るうその一瞬に刀を合わせ、弾く。

 

 

 

月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮

 

 

瞬時に身をひねり防御。技の発生前に刀を抑えた。転倒するように着地した啓はすぐさま黒死牟へ視線を向ける。既に目の前まで黒死牟は迫っていた。

 

 

 

(横薙ぎに一撃。見えた。)

 

 

 

月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り

 

 

【龍の呼吸 壱ノ型 龍閃】

 

 

 

黒死牟の筋肉の動きを観察し、次に繰り出す一撃を予測しそれに沿った型を放ち相殺を試みる。実際、相殺には成功した。

 

 

 

 

 

一撃のみ。

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

厭忌月・銷りは、横払いに()()()を放つ技。それを一撃と勘違いしてしまったのか。啓は思考を巡らせるが、すぐさま意識を切り替える。上弦との戦いにおいて攻撃を受けた際はすぐさま止血を試みるのが鉄板。そうしなければ次第に動けなくなり、確実に動けなくなるからだ。黒死牟との間合いを開けつつ止血を行う。

 

 

 

(幸い、二撃目を確認してすぐ身を引いたおかげでそこまで傷自体は深くない。まだまだやれる。問題はそこじゃない。透き通る世界で奴の動きを予測していたのにも関わらず、その予測とは違う動きをしてきた。何故だ・・・)

 

 

 

案外、答えはすぐ浮かんできた。簡単な事だった。先程自分もやった"フェイント"だ。

 

 

 

(筋肉の動きを偽った、と言ったところか。)

 

 

 

(やられたことをやり返しただけだが案外上手くいくものだ。とはいえ、奴ならば次は騙されぬだろう・・・)

 

 

 

再び斬り合いへと発展する。何度も何度も刀を振るい、身を守り。互いに攻撃を当てることが出来ても軽傷で。完全な膠着状態に陥っていた。

 

 

 

『・・・黒死牟。』

 

 

 

『無惨様。』

 

 

 

『柱は何人倒した。』

 

 

 

『現在、啓と交戦中でございます・・・』

 

 

 

『良い。早急に片付けて他の柱を殺して回れ。まだ此方には来させるな。』

 

 

 

『御意に。』

 

 

 

脳内に直接語りかけた無惨に応対し、再び啓に向き直る。

 

 

 

(あまり、時間をかけてはいられぬ・・・)

 

 

 

一方、啓も同じことを考えていた。

 

 

 

(此奴一人に時間をかけるわけにはいかない。早急に片付けて他の上弦を・・・鬼舞辻を倒さなければ。)

 

 

 

互いに纏う雰囲気が変わる。禍々しいまでの闘気に満ち、空気が歪んでいるようにすら思える。

 

 

 

「・・・考えていることは、同じか。」

 

 

 

「そのようだ・・・」

 

 

 

そう言葉を交わすと、黒死牟は己の上半身の着物を投げ捨てる。既に啓との交戦の中でボロボロであり、邪魔でしかないようだ。その後、刀を横に構えると、明らかな変化が訪れる。その刀身は黒死牟の身長を上回り、枝分かれしたような歪な形へと姿を変える。

 

 

 

(本領発揮、と言ったところか・・・)

 

 

 

啓は瞼を閉じ、精神を研ぎ澄ます。脳裏に大切な人達を思い浮かべる。

 

 

 

(俺に、戦う力をくれ・・・この強大な敵を滅ぼし、守るための力を・・・)

 

 

 

一瞬、啓の頬に浮かぶ痣が消える。が、すぐにまた痣が浮かんでくる。しかし、その形は先程とは大きく異なるもの。うなじの辺りからそれは広がり始める。うなじから半周するように喉仏のあたりに、そこから左頬へと流れるように浮かぶ。元々龍のような形をしていた啓の痣だったが、それを更に巨大化したような形をしている。

 

 

 

(人の想いは永遠、不滅だ。その想いは無限の力を生み出す。)

 

 

 

先程以上の力が身体に巡るのを感じる。痣発現直後の心拍は、本来必要な心拍数を。また、現在の体温は痣の維持に必要な数字を大きく超えている。

 

 

 

(━━━━━守るぞ、俺は。大切なもの全て。)

 

 

 

 

「・・・仕切り直しとしよう。」

 

 

 

「ああ・・・」

 

 

 

両名構える。

 

 

 

張り詰めた空気が雷のように肌を刺激する。

 

 

 

「いざ、尋常に・・・・・・ッッ!!!」

 

 

 

月の呼吸 漆ノ型 厄鏡・月映え

 

 

 

10m程離れているのにも関わらず、黒死牟の斬撃は地を裂きながら、先程以上の威力で迫ってくる。啓は、柄が折れんばかりに刀を握りしめ、横に一閃する。

 

 

 

【全集中 龍の呼吸 伍ノ型 飛龍】

 

 

 

放たれた斬撃は刀を離れ、黒死牟の斬撃と甲高い音を轟かせながらぶつかり合い、消滅する。

 

 

 

(━━心を、燃やせ。)

 

 

 

戦いは更に激化する。

 

 




黒死牟戦、前半終了です。
少々描写を変えてみたのですがどうでしょうか?
戦闘に臨場感を待たせることが出来ていたら幸いです。


次回、黒死牟戦決戦です。
どうぞお楽しみに。


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第漆拾話 人として

月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾

 

 

倍以上の刀身となった己の刀を横薙ぎに振る黒死牟。月輪を伴った斬撃が龍の尾のように放たれる。

 

 

 

【龍の呼吸 漆の型 龍星群】

 

 

 

迫り来る斬撃を飛んで回避。そのまま空より降る龍のように黒死牟へと飛びかかる。すれ違いざまに刺突と斬撃を見舞う。本来、あの長さの刀身ならば、刀を振る速さは多少なり遅くなるはずだが、その常識を超えるのがこの黒死牟である。先程と同じ速さ、いや、それ以上の速さで刀を振るっている。

 

襲いかかる攻撃全てを弾き、己の身を守る。黒死牟を通り過ぎるように着地した啓はすぐさま身を反転。自分の持てる最速の技で追撃を加える。地面が砕けるほどの踏み込みから━━

 

 

 

【龍の呼吸 陸ノ型 穿ち龍牙】

 

 

 

━━神速の突きは黒死牟の顔面を捉えたかのように思えた。が、黒死牟は首を捻りそれを回避する。刃の部分を黒死牟の頸に向けるように突きを放っていた啓は、すぐさま刀を振るうも、黒死牟は後ろに跳ねるようにして距離を取る。

 

 

 

月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面

 

 

 

【龍の呼吸 参ノ型 龍舞・風纏】

 

 

 

間合いを確保した黒死牟は、降り注ぐような斬撃を放つ。啓はそれを回避と攻撃を同時に行える型で避ける。龍が舞うような軽やかな足運びで斬撃を回避し、時には弾き。それを数十回繰り返したところで黒死牟との間合いは再び縮まる。

 

 

 

【飛天御剣流 龍翔槌閃】

 

 

 

添えた左手で峰を押し上げ、斬りあげる。そのままの勢いで上空に身を投げ出したかと思えば、すぐさま姿勢を変え、落下とともに斬りおろす。黒死牟は一撃目を刀で受けるが、あまりの威力に大きく弾かれる。続く二撃目は防御不可、と判断し、回避を選択する。巻き上がった砂塵が啓を包み込む。が、黒死牟には透き通る世界で啓の姿が見えている。よって、次に啓が何を仕掛けているか把握出来ていた。

 

 

 

【龍の呼吸 玖ノ型 画竜点睛】

 

 

 

砂塵の中から飛び出した啓は、鞘に納められた刀に手を添えている。啓が繰り出すのは回転を伴った抜刀術。迫り来る圧倒的破壊力を黒死牟は後ろに避けたつもりが、胸の辺りを浅く斬り裂かれる。

 

 

 

(透き通る世界で見えたとしても、反応が間に合わないほどの技・・・!が、これほどまでの大技、放った後の隙は計り知れまい。)

 

 

 

好機と見て最速で斬り掛かる。黒死牟の予想通り、啓は完全に回避しきることは出来ず、背中を裂かれる。すかさず黒死牟は追撃を加えるが、それはさせまいと啓がすぐさま防御に転じる。互いに刀を打ち付け合い、幾度となく火花が散る。

 

 

 

(速く、もっと速く。相手が鬼だろがなんだろうが関係ない、それを超えていけ。)

 

 

 

五回、十回、二十回と、何度も何度も刀がぶつかり合う。振るう度に啓の剣閃はその速さを増し、負けじと黒死牟も速さを増す。

 

 

 

【全集中 龍の呼吸 捌ノ型 逆鱗】

 

 

 

全集中 月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間

 

 

 

刀の打ち合いは、次第に型の打ち合いへと昇華する。放たれる無数の斬撃が周囲一体をさらに斬り刻む。壁、床を裂く斬撃もあれば、ぶつかり合う斬撃も、互いの身体を捉える斬撃もあった。斬撃が止んだ頃には、双方至る所に刀傷を負っていた。

 

 

 

(傷を負いすぎた・・・止血を急がなければ。)

 

 

 

(やはり再生がほぼ進まん・・・痣が変化してからの赫き刀の威力が妙に高い。)

 

 

 

互いに傷だらけになりながらも、相手へ迫る脚と刀を振るう腕を止めようとはしない。いや、止めることは許されないとも言うべきだろうか。一瞬でも手を緩めれば死に直結するのは明白。ならば止める理由はないだろう。互いが互いの目的のため、生命を削りながら戦う。

 

 

 

【飛天御剣流 土龍閃】

 

 

 

刀を地面に叩き付けると、先程の時以上の砂塵が巻き上がる。一瞬黒死牟から姿を隠した啓は、すぐさま納刀。流れるような動きで抜刀する。その際、自身の周り一帯を薙ぎ払うように回転する。

 

 

 

【龍の呼吸 玖ノ型 大龍巻】

 

 

 

砂塵を巻き込みながら、風を伴う渦巻くような斬撃が啓を中心に展開される。斬撃が主の元を離れて残留するその様は、奇しくも月の呼吸の剣技に通ずるものがあった。

 

 

 

月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月

 

 

 

回転する斬撃を複数放つと、啓が放った斬撃とぶつかり合う。一つ一つの斬撃が触れる度、甲高い音と火花と共に発生する衝撃波が、肌に叩き付けられる。

 

しばらくして斬撃が霧散すると、すぐさま次の技を繰り出す。

 

 

 

月の呼吸 拾陸ノ型 月虹・片割れ月

 

 

 

上から突き刺すような斬撃を複数放つ。避けたその先にまた別の斬撃が突き刺さる。紙一重で回避し、ジリジリと黒死牟との距離を詰める啓。やがて間合いの内側に入り込み、刀を振るうも黒死牟はそれを真正面から受け止める。数秒の鍔迫り合いの後、状況は大きく変わることになる。

 

 

 

(━━貰った。)

 

 

 

(不味━━)

 

 

 

啓は黒死牟が何をしようとしているかを察知し、回避を取る。が、黒死牟が仕掛ける方が速かった。刀を離し、啓が間合いを取ろうとしたその瞬間、黒死牟の全身から刃が突き出す。と同時に、その刃全てから斬撃が放たれる。回避しながら啓は一部の斬撃を叩き落とすが、全てを防御することは出来ず、かなり深い傷を数箇所に負ってしまう。

 

 

 

「がッ━━!!」

 

 

 

(やられた・・・!おそらく血鬼術。刀を創り出したのもこれによるものだろう・・・)

 

 

 

血を滴らせながら啓は冷静に分析を重ねる。呼吸による止血を行い、再び黒死牟と向き合った時、()()()()()()()()()()

 

 

 

(━━━あれ?)

 

 

 

突如意識が朦朧とし、刀を支えにし膝を着く。

 

 

 

(これは・・・血を流しすぎた。不味い。)

 

 

 

それにより集中が途切れ、全身の力が抜ける。それを見兼ねた黒死牟は、ゆっくりと啓へと歩み寄る。

 

 

 

「血を流しすぎたのだろう・・・無理もない。人間ならば既に動けなくなっていてもおかしくない程の出血だ。」

 

 

 

黒死牟は、啓の前に立つ。

 

 

 

「もう良い、お前はよくやった・・・生命を賭して戦ったお前に敬意を表し、鬼になれとは言わん。」

 

 

 

黒死牟は、刀を構える。

 

 

 

「お前のような強き者と戦えたことを、私は忘れない・・・さらばだ、如月啓・・・」

 

 

 

(・・・身体が、動かない。立てない、刀を握る手に力を込められない。)

 

 

 

啓は、朦朧とする意識の中で己の失敗を悔いる。早々に決着を付けられなかったこと。傷を負いすぎたこと。輝利哉の期待に添えなかったこと。

 

 

 

(すまない皆・・・後は・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

『諦めるな。』

 

 

 

突如、脳内に声が響く。

 

 

 

『立て。』

 

 

 

(この声は・・・父上。何故・・・)

 

 

 

『お前がくたばりそうだからわざわざ発破かけに来てやったんだよ・・・なあ啓、お前こんな所で死んでもいいのかよ?』

 

 

啓の父が、啓へと問いかける。

 

 

 

『お前には守りたいものがあるんだろう?弱き人々を守ると決めたんだろう?それともそれは全て嘘だったのか?お前のその飛天の剣は、何のためにあるんだ?』

 

 

 

思い浮かぶのは自分の大切な人達。今も別の場所で戦っている人、無事を願い帰還を待ってくれている人。次々と脳裏に浮かんでは消えていく。

 

 

 

(・・・違う。)

 

 

 

『じゃあ、どうするんだよ。』

 

 

 

 

(決まっている。)

 

 

 

 

啓は意識をはっきりと取り戻し、全身へと力を巡らせる。

 

 

 

『それでいい・・・行け、啓。お前のその飛天の剣は━━』

 

 

 

 

 

 

やがて立ち上がり、再び黒死牟と対峙する。黒死牟は有り得ないものを見ているような目で啓を見つめる。

 

 

 

(━━俺のこの飛天の剣は・・・鬼を狩るために、人々を守るために!!!)

 

 

 

一度は赫を失った啓の日輪刀が、再び煌々たる赫に染まる。想いが力に変わり、身体に迸る。

 

 

 

「・・・信じられん。何がお前をそこまで突き動かすのだ。」

 

 

 

「・・・お前には到底分かるまいよ。人であることを捨てたお前には、な。」

 

 

 

「・・・鬼であることを蔑むが、お前は惜しくは無いのか。己が練り上げた技が失われることは。」

 

 

 

黒死牟は啓へと問いかける。そこには自身が鬼へとなった背景が垣間見えていた。縁壱の扱う日の呼吸を目指したものの、結局自身が扱うのはその派生たる月の呼吸。それでも黒死牟・・・継国巌勝は、己の技を磨き続けた。

 

ある日、己の技が失われることを嘆いた巌勝は縁壱に問いかけた。惜しくは無いのかと。それに対して縁壱は、『自分達など大した者ではない。自分達の才覚を凌ぐものがどこかに生まれている。自分達は安心して人生の幕を引けばいいと。』

 

巌勝にはそれが理解出来なかった。結果、己の技を残すため、己の技を磨き上げるため。無限の時を生きられる鬼になることを選んだのだ。

 

 

 

「こんな戦うための技、存在しない方がいいんだ。守るため、戦うための技がないこと。それ即ち、平和であるということ。それでいいんだ。俺達が掴み取る平和な世には、必要のないものだ。」

 

 

 

「・・・分からぬな。我々の武に終わりなどない。私は無限の時の中で技を磨き続けることを選ぶ。」

 

 

 

「もう、いいだろう。お前の技は十分に素晴らしいものだ。これ以上何を求める?何を望む?」

 

 

 

「先程の言葉を返そう。お前には分かるまい。どれだけ極めようとも、所詮全ては日の呼吸の紛い物なのだ。あれを超えて漸く私は技を極め抜けたと言えるのだ。」

 

 

 

「紛い物・・・か。確かにそうだな。お前の月の呼吸も、俺の龍の呼吸も。所詮日の呼吸・・・継国縁壱の紛い物に過ぎない。」

 

 

 

黒死牟は目を見開く。目の前の男の口から出た弟の名前に対してだ。

 

 

 

「・・・なぜ、その名を。」

 

 

 

「記憶だ。お前も知っているだろう。上弦の零・・・清十郎は俺の祖先。奴が継国縁壱と一緒にいた時の記憶・・・それが今代の俺にまで引き継がれている。」

 

 

 

「ならば分かるだろう・・・日の呼吸の、縁壱の凄まじさが。あれから派生したその全てが、模倣に、紛い物に過ぎないのだ。」

 

 

 

「そう悲観する必要はないだろう。人は皆、先人に倣って生きていく・・・お前の理論に基づけば、生きとし生けるもの全てが紛い物に過ぎないということになる。」

 

 

 

啓が刀を真っ直ぐに構える。

 

 

 

「しかと目に焼き付けろ。」

 

 

 

啓が黒死牟との間合いを詰める。口から発せられる呼吸音は、先程までの物とは違っていた。そしてそれは、黒死牟の中に渦巻く怨毒に火をつけることになる。

 

 

 

()()()() ()()()() ()()()

 

 

 

円を描くように刀を振るう。それを黒死牟は受け止めるが・・・

 

 

 

「・・・巫山戯るな・・・!!何故お前が、それを扱える・・・!!」

 

 

 

「・・・俺の日の呼吸はどうだ。言ってみろ。」

 

 

 

啓は黒死牟へと問いかける。すると黒死牟は啓へとすかさず返答する。

 

 

 

「縁壱の足元にも及ばぬ。己に合わぬ技を使ったところで、それを十分に引き出せるはずがなかろう。」

 

 

 

「・・・今、自分で認めたな?」

 

 

 

「・・・何?」

 

 

 

「お前は確かに言った。自分に合わない技の良さを引き出せるはずはないと。その通りだ。俺には日の呼吸の真髄など引き出せはしない。引き出せるはずがない。俺の技は龍の呼吸・・・飛天御剣流なのだから。」

 

 

 

「・・・」

 

 

 

「人は先人を、或いは偉大な物を真似て、模倣して、己を生きていく。紛い物だろうが何だろうが、磨いたそれは自分だけのものなんだ。俺の飛天御剣流は俺の。先祖の飛天御剣流は先祖のものだ。お前は自分の技を磨きたいんじゃない・・・継国縁壱になりたいだけだ。己を保てないものに、俺は負けない。」

 

 

 

「・・・知った口を聞くな。」

 

 

 

黒死牟の放つ威圧感がより一層濃いものになる。その場の緊張感も高まる。

 

 

 

「見せてやる・・・模倣のその先に得た、俺だけの剣を。」

 

 

 

両者構える。先程終わりかけた戦いの幕が再び上がる。

 

 

 

「・・・参る。」

 

 

 

啓が唐突に姿を消した。と、思ったらすぐさま黒死牟の前には姿を現し刀を振り下ろす。

 

 

 

 

(速さも重さも先程より・・・!この男、にわかには信じ難し・・・!)

 

 

 

黒死牟は驚愕する。満身創痍のさらに向こうにいるような目の前の敵は、先程より速く、強くなっているのだから。黒死牟は啓の攻撃を捌きながら考える。

 

 

 

(ああ、

 

 

その通りだ啓。私は生き延びたかったわけでもなんでもない。縁壱になりたかったのだ。)

 

 

 

己の胸中を吐露する。

 

 

 

(だがそれの何が悪い?憧れて何が悪い?煌めく太陽に手を伸ばすことは・・・悪いことなのか?)

 

 

 

やり場のないその気持ちを刀に乗せる。それを受けながら啓も、別のことを考えていた。

 

 

 

(こいつにはただ勝つんじゃ駄目だ。俺が教えてやらなければならない。人の生き方を、己の間違いを。そのためには()()()を持ってこの戦いを終わりにする。)

 

 

 

月の呼吸 漆ノ型 厄鏡・月映え

 

 

 

地を裂きながら迫る斬撃を交わし、黒死牟へと迫る。

 

 

 

(日の呼吸から五大流派が派生し、呼吸は広められていった。なぜ日の呼吸は広まらなかったのか。答えは一つ。あまりに扱うには難しいからだ。そこで日の呼吸を細分化し、五つに分けたものを一般的に扱うことになった・・・言わば、五大流派の良い点を集め、それを昇華させれば日の呼吸に近づける。)

 

 

 

月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月

 

 

 

黒死牟を中心に、無数の斬撃が展開される。そこには最早間合いという概念は無く、その空間全てに余すことなく斬撃を放つ。当然斬撃の密度も段違いであり、啓は回避に全力を注ぎつつ、黒死牟の元へ進み続ける。

 

 

 

(五大流派を履修し、俺が作り出した龍の呼吸・・・日の呼吸に最も近いと言っても過言ではない。だが、威力はやはり日の呼吸に遠く及ばない。記憶を辿れ、記憶を模倣しろ。俺の龍の呼吸に沿った形に最適化することで、日の呼吸により近く、強いものに変えていく。)

 

 

 

「━━ッ!!」

 

 

 

月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾

 

 

 

斬撃の嵐をくぐり抜け、啓と黒死牟は互いが視界に入る。先程の技を無傷で掻い潜り、こちらに迫る啓に迎撃の技を放つ。啓はそれを飛んで回避する。とうとう間合いの内側に入った啓は大きく呼吸を行い━━

 

 

 

(決めるッッ!!!)

 

 

 

(不味い!!!)

 

 

 

【龍の呼吸 日ノ秘剣 天照ノ龍神(てんしょうのたつがみ)

 

 

 

(固きこと岩が如く。)

 

 

 

迫る啓に向かって刀を振るう黒死牟。が、啓はこれまでにない重い一撃で黒死牟の刀を叩き折り、そのまま身体に斬り掛かる。

 

 

 

(流れること水が如く。)

 

 

 

軽やかな脚さばきで、黒死牟の周りを囲むように波状攻撃を仕掛ける。みるみるうちに黒死牟の身体には傷が増えていく。

 

 

 

(荒々しきこと風が如く。)

 

 

 

全身を斬り刻んだ後、黒死牟の正面に躍り出て斬り刻む。先程よりも浅いが、やがて傷の上に傷が重なりそれを深いものへと変えていく。

 

 

 

(力強きこと炎が如く。)

 

 

 

無数の傷をを身に受けながらも、刀を再生させた黒死牟は攻撃を遮るべく振りかぶる。が、力強い踏み込みから放たれた斬り上げにより、刀を持っている方の腕を切断される。

 

 

 

(轟くこと雷が如く。)

 

 

 

腕を落とした瞬間、力を脚に集中させて一気に解放する。落雷のような轟音が響くと共に爆発的な加速を得た啓は、すれ違いざまに黒死牟を斬り裂く。

 

 

 

(なんという秀美な剣技・・・!神々しさすら感じる、まるで━━━)

 

 

 

(全て合わさりて、高みへ至るその様━━━)

 

 

 

 

 

━━日が如く━━

 

 

 

 

 

すぐさま啓は黒死牟へと向き直る。と、同時に横一文字に刀を薙ぐ。そこにあったのは黒死牟の頸。

 

 

 

(殺った。)

 

 

 

鮮血と共に黒死牟の頭が宙を舞う。啓が目にした黒死牟の表情は、何処か儚げなものだった。

 

 

 

(私の・・・負けだ。)

 

 

 

頭部と分かたれた黒死牟の胴体は、膝から崩れ落ちる。地に伏せると同時に、消滅が始まる。黒死牟に歩み寄る啓。

 

 

 

「私は・・・結局何も残せなかった。何者にも成ることは出来なかった・・・」

 

 

 

「お前の強さは、剣技は俺の心に残り続ける・・・お前は、強い侍だった。」

 

 

 

刀を納め、消えゆく黒死牟の傍に膝を着く。

 

 

 

「これが人としての道。・・・次は、道を踏み外すなよ。」

 

 

 

「・・・私のような愚か者には、次はないだろう。だが・・・心に刻んでおく。」

 

 

 

「ああ・・・願わくは、次は一人の友として。」

 

 

 

黒死牟はもう何も喋らない。ただただ虚空を見つめ、やがて完全に消滅する。

 

 

 


 

 

 

「・・・ここは。」

 

 

 

目を覚ますと、何やら暗い場所にいた。私は啓との戦いに負け、消滅したはず・・・

 

 

 

「兄上。」

 

 

 

「な━━ッ、縁壱・・・!?」

 

 

 

そこには、いるはずのない我が弟がいた。思わぬ再会に胸に刺されたような感覚が走る。

 

 

 

「縁壱、私は━━」

 

 

 

「良いのです、兄上。もう過ぎたことですから。」

 

 

 

口を開こうとした瞬間、縁壱に遮られる。

 

 

 

「私は兄上と共には行けませぬ・・・ですが、次また生を受けた時は、きっと兄上の弟に生まれます。その時は、隣を歩んで頂けますか?」

 

 

 

「・・・・・・ああ、きっと。次は間違えない。」

 

 

 

それを聞いて、縁壱は僅かに微笑む。かつて気味が悪いと感じたその笑みも、不思議と悪く感じない。

 

 

 

「では兄上・・・また。」

 

 

 

「ああ・・・また。」

 

 

 

互いに背を向け、反対方向に進んでいく。私のような愚か者でも、次があるのかは分からない。だがそれでも、来世へと想いを馳せる。

 

 

 


 

 

 

「・・・逝ったか。」

 

 

 

黒死牟の最後を見届けると同時に、激しい目眩に見舞われる。無理をした代償だろう。このままでは不味いな・・・

 

 

 

「龍柱様!」

 

 

 

気を失いかけたその時、一般隊士達が運良く来てくれた。輸血袋も持ってきてくれたようだ。おそらく、鴉を通じての輝利哉様の指示だろう。有難い。

 

 

 

「すまない、助かる・・・状況を聞いてもいいか?」

 

 

 

そう尋ねると、懇切丁寧に説明してくれた。まず炭治郎、義勇、杏寿郎が上弦の参を撃破。その後にしのぶ、錆兎、真菰、カナヲ、伊之助が上弦の弐。善逸、実弥、無一郎、行冥さん、玄弥が上弦の陸・・・獪岳を元に戻した。そのいずれにおいても死者は無し。そして・・・

 

 

 


 

 

 

「見つけた!これだ!」

 

 

 

遡ること僅か、一般隊士達が無惨が回復していると思われる"肉の繭"を発見する。

 

 

 

「でも、輝利哉様が待機命令と━━」

 

 

 

「何言っているんだ!待機なんてしている場合じゃないだろ!柱が来る前に何か役に━━」

 

 

 

その時だった。肉の繭を突き破り中から何かか出てくる。その"何か"はその場にいた隊士を全て斬り刻む。正体は勿論無惨である。白く靡く髪に、血のように変色した皮膚に浮かぶおぞましい口。異形のそれへと姿を変えた無惨は、今しがた惨殺した隊士達を捕食する。

 

 

 

「私のためにわざわざ食糧を運んできたこと褒めてやろう、産屋敷・・・清十郎、来い。」

 

 

 

そう言うと、何処からともなく上弦の零・・・飛天御剣流の始祖かつ、啓の祖先である比古清十郎が姿を現す。

 

 

 

「・・・ここに。」

 

 

 

「後ろに控えている者共を殲滅する。ついてこい。」

 

 

 

その後間もなく、第二陣が壊滅。無惨は回復しきってしまう。鴉を通じてその惨状を見ていた輝利哉は絶望しかけるも、何とか持ち直して指示を出す。

 

 

 

 


 

 

 

「・・・成程。鬼舞辻は既に・・・」

 

 

 

「はい・・・現在、各戦力が鬼舞辻を追っていますが、未だに。」

 

 

 

と、隊士が呟いた瞬間に琵琶の音が鳴り響く。しばらくすると、鴉がやってきてあることを報せる。

 

 

 

「竈門炭治郎、冨岡義勇、煉獄杏寿郎ガ鬼舞辻無惨ト接触!!柱ハ至急増援二!!」

 

 

 

「・・・始まったか。お前達は輝利哉様の指示に従って動いてくれ。俺は鬼舞辻を殺りにいく。」

 

 

 

「はい。龍柱様、ご武運を・・・」

 

 

 

鴉の後に続き、鬼舞辻の元へと向かう。その途中で、突如大きな揺れに襲われる。凄まじい轟音が響いたと思ったら、上の方に僅かに夜空が見える。何らかの手段でこの鬼の根城を地上に引きずり出したのだろう。

 

 

 

「今行くぞ・・・!」

 

 

 

意を決し、上へと向かう。勝利は目前と信じて━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




黒死牟戦、決着です。
いよいよこの小説もラストスパート。
次回から無惨、清十郎戦の描写です。


第漆拾話という大台に乗り、終局を迎えたところで一つお話を。
久しぶりに小説情報に目を通したら以前とは比べ物にならないほどのUA、お気に入り登録をして頂いており、とても喜んでおります。
感想や誤字報告も度々頂いており、感謝してもしきれないです。
残り僅かなこの小説、「飛天の剣は鬼を狩る」にどうか最後までお付き合い頂けると幸いです。


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第漆拾壱話 集結

お待たせしました。


「他の者共は役には立たなかった・・・清十郎、鳴女。お前達は精々失望させてくれるな。」

 

 

 

「御意に。」

 

 

 

無惨の言葉に反応するかのように、琵琶の音が数度鳴り響く。すると瞬く間に無惨と清十郎の見る景色が変わる。それが鳴り止んだ時、二人の前にある人物が姿を現す。

 

 

 

「鬼舞辻無惨・・・!」

 

 

 

「上弦の零・・・こいつが。」

 

 

 

竈門炭治郎、冨岡義勇、煉獄杏寿郎の三名である。唐突の邂逅に動揺を隠せないものの、諸悪の根源を前にした三人は怒りを露わにする。

 

 

 

「しつこい。」

 

 

 

「・・・は?」

 

 

 

 

「お前たちは本当にしつこい飽き飽きする・・・心底うんざりした。」

 

 

 

「口を開けば親の仇、子の仇、兄弟の仇と馬鹿の一つ覚え。」

 

 

 

「お前たちは生き残ったのだからそれで充分だろう?」

 

 

 

 

「私に殺されることは大災に遭ったのと同じだと思え。」

 

 

 

無惨から放たれたその一言は、溜まりに溜まった怒りを爆発させるには十分だった。湧き出す怒りはその表情を無に近いものへと変える。そして炭治郎が口を開く。

 

 

 

「無惨・・・お前は存在してはいけない生き物だ。」

 

 

 

その一言を皮切りに戦闘が始まる。鴉によって柱全員に交戦開始の報せが行き渡る。無惨と戦うにあたって留意すべきは「頸を切っても死なない点」。よって、目指すは総力を上げての夜明けまでの持久戦。そのためには他の戦力が集結するまでに自分たちが持ち堪えることが肝となる。

 

 

 

「清十郎。お前は炎の柱を相手にしろ。水の柱と竈門炭治郎は私がやる。」

 

 

 

その言葉に頷くより速く、清十郎が杏寿郎へと斬りかかる。

 

 

 

「ぬぅ・・・!」

 

 

 

「お前が炎の柱・・・精々持ち堪えてみせろよ?」

 

 

 

「煉獄さん!!」

 

 

 

「炭治郎!こちらに集中しろ!!相手は鬼舞辻だぞ!」

 

 

 

その一言で意識を目の前の無惨へと切り替えた炭治郎は身構える。

その瞬間放たれた無惨による薙ぎ払い。刃物のような切れ味と伸縮性を併せ持ち、異常な間合いを異常な速さで攻撃する。

 

 

 

【水の呼吸 拾壱ノ型 凪】

 

 

 

義勇は型を用いて攻撃を防ぐも、炭治郎は己の感覚を信じて回避を取ることしかできない。その中でも何とか攻撃を掻い潜り無惨との間合いを詰めていく。捉えた、と思ったその時。

 

 

 

(━━━あれ?)

 

 

 

足を踏み外し、転倒する炭治郎。間一髪のところで義勇が炭治郎を救い出し、距離を置く。

 

 

 

「無惨の力は上弦の比ではない!無理に間合いを詰めるな!」

 

 

 

(竈門少年・・・!)

 

 

 

「おい、余所見する余裕があるのか?」

 

 

 

炭治郎の方に一瞬目を向けるも、目の前の清十郎によってそれを阻まれる。

 

 

 

(この鬼、剣の腕が半端ではない・・・!救いを言えば、今まで啓の飛天御剣流を見てきたおかげで技の対処はある程度出来るところだろうか!)

 

 

 

容赦なく振るわれる刃をいなしながら考える杏寿郎。互いに攻撃を仕掛け続けるも、未だ被弾は無し。他の柱の到着を待てば、と思ったその矢先━━

 

 

 

「よし、少し上げるとしよう。」

 

 

 

(な━━!?一気に速くなった、まだ上があるのか!?)

 

 

 

段々と杏寿郎が追い込まれていく中、炭治郎、義勇がの方では動きがあった。

 

 

 

「時間稼ぎを狙っているようだが・・・まずは縞の羽織りの柱と女の柱はすでに、私の部下が殺したようだぞ?」

 

 

 

(伊黒と甘露寺か━━!?)

 

 

 

「そしてあの炎の柱も長くは持つまい。大人しく諦めてはどうだ?」

 

 

 

視線の先には劣勢の杏寿郎。一瞬迷いが生じるも、無惨が待ってくれるわけでもなく、容赦なく攻撃が振るわれる。再び炭治郎と義勇は別々に攻撃をやり過ごそうとする。

 

 

 

(攻撃が速い・・・!匂いを嗅ぐ暇も、息を継ぐ暇もない、このままじゃ・・・!)

 

 

 

 

炭治郎に迫る無惨の腕。回避も不可能、防御も不可能、義勇は遠くて助けに入れない。絶体絶命に思われたその時だった。

 

 

 

「やめなさいよ!!」

 

 

 

【恋の呼吸 陸ノ型 猫足恋風】

 

 

 

壁を突き破りながら甘露寺が無惨を攻撃する。その一瞬の隙を突き、伊黒が炭治郎を救出する。

 

 

 

「伊黒さん、甘露寺さん!!」

 

 

 

予想だにしなかった救いの手に炭治郎は歓喜の声を漏らす。義勇も同じく、やられたと思われた二人の登場に驚くが、一番の反応を見せたのは無惨だった。

 

 

 

「━━何をしている、鳴女!!!!」

 

 

 

その鳴女は、珠世の側近である愈史郎の術に掛けられていた。視界を支配され、なす術がない。

 

 

 

「鬼舞辻無惨、お前は終わりだ・・・地上に叩き出してやる!!」

 

 

 

無限城を操る鳴女を操り、その鬼の根城を地の底から引きずり出そうと試みる。当然にそれに抵抗する無惨。が、目の前の柱達がそれを妨害する。無理やりに動かされた城は、激しく揺れ、そのために足場が安定しない。

 

 

 

「鳴女の奴・・・何やってんだ?」

 

 

 

(ぬう・・・足下が覚束無いこのままでは・・・)

 

 

 

重い踏み込みから技を放つことを重点に置いた炎の呼吸を扱う杏寿郎にとって、今の状況は戦いにくさを極めていた。加えて清十郎の剣閃を掻い潜る必要がある。と、その時━━

 

 

 

「な━━ッ!!」

 

 

 

足を踏み外してしまう。当然清十郎はそれを見逃す訳もなく、刀を振り下ろす。

 

 

 

「させるか!」

 

 

 

「・・・・・・新手か。」

 

 

 

清十郎と杏寿郎の間に割って入る者がいた。流れるような動作で潜り込み、清十郎を弾き飛ばす。

 

 

 

「━━錆兎!!」

 

 

 

「無事か、煉獄。」

 

 

 

「錆兎だけじゃないよ。」

 

 

 

声の方向をに目を向けると、水柱の継子である真菰がいた。加えて━━

 

 

 

【蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ】

 

 

 

背後から清十郎を突き刺したのはしのぶ。童磨を撃破した後、カナヲと伊之助を一般隊士の元に向かわせ、無限城内をさまよっていた三人は、鴉の案内を受けてここへやってきたのだ。

 

 

 

「━ッ、これが毒ってやつか・・・・・・!」

 

 

 

しのぶが突き刺したのは心臓の辺り。そこを中心にじわじわと毒が広がっていくも━━

 

 

 

「まあ、分解出来ないことはねえ。面倒だが・・・」

 

 

 

(やはり、上弦ともなるとどいつもこいつも毒を分解してくる・・・)

 

 

 

その後、各方向で戦闘が激化する。清十郎は杏寿郎、錆兎、真菰、しのぶを。無惨は炭治郎、義勇、杏寿郎、伊黒、甘露寺を相手しつつ愈史郎を。

 

 

 

(もう殺しにかかってきた・・・不味い、城が崩壊する!)

 

 

 

愈史郎に無限城の操作をさせまいと、無惨は鳴女を抹殺する。残り少ない時間で、中にいる者を死なせぬように奮闘する愈史郎。鳴女を殺したことにより、目の前の敵への対応に専念できるようになった無惨は、その力を容赦なく振るう。

 

 

 

「どうした?四人がかりでその程度か?」

 

 

 

(飛天御剣流は一対多を得意とする剣術・・・!鬼の身体能力と相まって凶悪極まりない!)

 

 

 

その一方で、清十郎を相手している者達も苦戦を強いられていた。無惨同様、自分達側の手数が増えたところで攻撃の手が緩まるわけでもなく、むしろ相手の得意な盤面に切り替わったことにより、自分達が劣勢まである。

 

 

 

飛天御剣流 龍巻閃・凩

 

 

 

その場で身の回転と共に刀を大きく振るい、自身を囲う敵全てを薙ぎ払う清十郎。その威力は凄まじく、正面から受け止めようものならば大きく弾き飛ばされる。刀が折れないようにするのがやっとである。

 

 

 

(先の戦闘で既に余力が無い。誰でもいい、あと一人でも来てくれれば・・・!)

 

 

 

その中で、一際大きな揺れが全員を襲う。下から突き上げるような衝撃と共に、身が宙に投げ出される。と、同時に天井が砕け、その隙間から夜空が垣間見える。

 

 

 

(地上だ・・・!)

 

 

 

愈史郎がギリギリのところで、無限城を地上に引き上げることに成功する。全員が地上に叩き上げられるも、大きな負傷はない。姿は見えないものの、敵がこの程度で動けなくなるとは微塵も思わない一同は改めて身構える。

 

 

 

「━━来る。」

 

 

 

杏寿郎がそう言うと、瓦礫が弾け飛ぶ。その中から姿を現したのはやはり無惨と清十郎。無惨はその背中に触手を生やし、顔を憤怒に歪めている。

 

 

 

「目障りな鬼狩り共めが・・・!」

 

 

 

「時間も無い・・・さっさと終わらせるとしよう。」

 

 

 

再び戦いが始まる。触手によって、先程よりも高密度な攻撃が炭治郎達を襲う。相変わらず炭治郎は回避に専念しているが、柱達は一糸乱れぬ連携で無惨に攻撃を加える。

 

 

 

【蛇の呼吸 参ノ型 塒締め】

 

 

 

【恋の呼吸 弐ノ型 懊悩巡る恋】

 

 

 

【水の呼吸 捌ノ型 滝壺】

 

 

 

攻撃が入り乱れる中、伊黒が無惨に刀を滑り込ませるように振るう。

 

 

 

(頸を斬っても死なないが攻撃は有効。身体をバラバラにして少しでも弱体化させれば・・・)

 

 

 

が、その思い虚しく。無惨の頸は斬られたその瞬間から再生し、刀がすり抜けているだけのように見える。そして、その策は裏目に出ることになる。少しでもダメージを与える為、無惨の間合いの内側に入り込んだことにより、攻撃後の隙をまんまと晒してしまう。当然、そこを無惨は鋭く刺す。が━━━

 

 

 

「柱を守る肉の壁になれ!無惨と戦える剣士を残すんだ!!」

 

 

 

一般隊士が無惨の攻撃から柱達を守るべく、己の身を呈する。今この瞬間まで生きていた対処達は、瞬く間に骸へと変わっていく。そして更に━━

 

 

 

「ガハッ━━!?」

 

 

 

突如として、炭治郎が吐血しながら倒れ込んでしまう。それに対して、無惨が口を開く。

 

 

 

「私は攻撃に私自身の血を混ぜる。鬼にはしない程度の大量の血だ。猛毒と同じ、細胞を破壊して死に至らしめる」

 

 

 

それを聞いた全員に戦慄が走る。それが意味することはただ一つ。

 

 

「竈門炭治郎は死んだ。」

 

 

 

その一言を皮切りに、炭治郎は動かなくなる。意識を失っただけなのか、死んでしまったのか。誰にもそれを確認する術はない。動揺が義勇、甘露寺、伊黒の三名を襲う。一度でも攻撃を喰らったらお終い。その現実に嫌でも身が引き締まる。

 

 

 

「ぐッ・・・!」

 

 

 

「キャッ・・・!」

 

 

 

「ッ・・・!」

 

 

 

とうとう無惨の攻撃を喰らってしまう三人。すぐさま呼吸により、毒の進行を遅らせるも着々と身を蝕まれるのが感じられる。

 

 

 

(不味い、早くあちらの助太刀をしないと・・・でも、上弦の零も倒さなくては・・・!)

 

 

 

しのぶは炭治郎達の方を危惧しながらも、清十郎へと仕掛ける。無数の突きは清十郎を捉え、そこから注入される毒は清十郎を蝕むも、そう時間がかからぬ内に分解されてしまう。そこに杏寿郎、錆兎、真菰の三人が仕掛けるが、難なく捌かれてしまう。今まで無惨の攻撃を何とか回避してきた義勇達とは裏腹に、しのぶ達はじわじわと清十郎の攻撃を受けてしまっていた。その身には斬り傷がいくつも浮かび、決して少なくはない量の血を既に流している。

 

 

 

(このままでは・・・!)

 

 

 

消耗戦で鬼に勝てないことは明白。残り一時間と少しこの場に縛り付けておけばいいものの、それすらも現状厳しいのが分かる。

 

 

 

やがて、先程受けた無惨の毒により動きが鈍ってしまった甘露寺に、無惨の攻撃が迫る。

 

 

 

「甘露寺!!」

 

 

 

「自分のことだけ守って!!」

 

 

 

助けに向かおうとする伊黒を制する甘露寺。迫り来る魔の手に思わず目を瞑るも、いつまで経っても痛みの類のものは襲ってこない。恐る恐る目を開けると、そこには大きな背中があった。

 

 

 

「遅れて済まない。」

 

 

 

(獪岳をやった鬼狩り・・・)

 

 

 

そこにいたのは岩柱・悲鳴嶼行冥。自身の武器で無惨の攻撃を無力化する。助太刀の登場に気が緩みかけるが、意識を持ち直す。そこに、新たな仲間が現れる。

 

 

 

「オラァッ!!!」

 

 

 

「ふッッ!!」

 

 

 

無惨を縦に裂く風柱・不死川実弥と、横に割る霞柱・時透無一郎。もちろん、受けた傷は瞬時に再生する無惨だが、その瞬間、無惨を炎が包み込む。実弥が投下した油によるものだ。

 

 

 

「「ブチ殺して(ぶっ殺して)やる この塵屑野郎。」」

 

 

 

新たに柱が三名。義勇達にとってはとても心強く、無惨にとってはとても目障りなものだった。僅かな安堵から、周りの様子を伺った義勇はある人物に気付く。

 

 

 

「村田!炭治郎が動けない!安全なところで手当を頼む!!」

 

 

 

同期である村田に炭治郎の救助を要請する義勇。村田はその言葉に従い、炭治郎を連れて下がる。運ばれる炭治郎は、僅かばかりに意識が残っていたが、やがて意識は暗闇へと落ちていく。

 

 

 

(悲鳴嶼に不死川、時透も!!出来ればこっちにも来てもらいたかったが・・・鬼舞辻の相手が最優先だ、致し方あるまい!)

 

 

 

【炎の呼吸 弐ノ型 登り炎天】

 

 

 

あちら側の援軍に目をやりながらも、自分が相対する敵へと攻撃を仕掛ける杏寿郎。清十郎はさも当然かのようにそれを受け流す。

 

 

 

「あっちの人間が随分増えてきたな・・・奴の姿はねえが。」

 

 

 

そう呟く清十郎に、杏寿郎達は容赦なく攻撃を仕掛ける。が━━

 

 

 

「モタモタしていられん。お前達を早急に殺し、あっちに向かうとしよう。」

 

 

 

そういうと、清十郎は一瞬で姿を消す。

 

 

 

(何処だ━━!?)

 

 

 

突如消えた敵の姿を探すも、本能的に危機を感じ取り、身を引く。が、間に合わず、全員深い傷を負ってしまう。

 

 

 

「まずはお前からだ。」

 

 

 

(不味い!!)

 

 

 

清十郎が狙いを定めたのはしのぶ。先程の攻撃により、その場に崩れ落ちてしまっていた。当然抗う術は無い。杏寿郎達が声を上げるが、もはやしのぶには聞こえていない。脳裏に浮かぶのは、自身の想い人だった。

 

 

 

(啓さん━━━)

 

 

 

振るわれる凶刃。それは確実にしのぶの生命を刈り取る━━

 

 

 

 

 

━━はずだった。

 

 

 

【全集中 龍の呼吸 壱ノ型 龍閃】

 

 

 

甲高い音が響き、しのぶに迫る刀は弾かれる。それをやってのけた正体は、しのぶが脳裏に浮かべた者と同じだった。

 

 

 

「━━あ。」

 

 

 

「待たせた。」

 

 

 

「啓!!!」

 

 

 

龍柱・如月啓がそこにいた。

 

 

 

「お出ましか。」

 

 

 

「・・・お前との決着も、今ここでつける。」

 

 

 

「啓さん━━」

 

 

 

「しのぶ、杏寿郎、錆兎、真菰。よく耐え抜いてくれた。ここは俺に任せろ。下がって傷の治療をしてくれ。」

 

 

 

しのぶを立ち上がらせると同時に、全員を下がらせる。一対一で啓と清十郎は向き合う。

 

 

 

「お前ばかりに時間を掛けてはいられない。早急に片付けさせてもらう。」

 

 

 

「言うじゃねぇか、小僧。」

 

 

 

そう言うと、二人同時に駆け出す。清十郎が先に宙に跳び、啓も続くように跳ぶ。

 

 

 

飛天御剣流 龍槌閃

 

 

 

【飛天御剣流 龍翔閃】

 

 

 

上から下へ振り下ろす清十郎と、下から上へ振り上げる啓。両者数秒の拮抗の後、地に降り立つ。

 

 

 

(戦力的には余裕があると言えなくもないが、なるべく早く助太刀に向かわなければ・・・無理やりに鬼にされてまで、お前は生きたくはなかった筈。俺が、眠らせてやる。)

 

 

 

黒死牟を倒した時と同じ痣を発現させる。想いは再び力へ変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 




無惨、清十郎戦開始です。
次回一話全てを使って清十郎戦決着まで持っていければいいな・・・と思います。


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第漆拾弐話 継ぎし者

柱達が無惨を相手している中、少し離れたところで単身上弦の零・清十郎を相手している啓。互いに一歩も引かず、刀を交える度に火花が激しく舞い散る。

 

 

 

(以前、刀鍛冶の里で戦った時よりも速く重い。油断は禁物だ。)

 

 

 

(こいつ、前より・・・へっ、やりがいがあるってもんだ。)

 

 

 

互いに似たようなことを思いながらも、剣閃は止むことなく入り乱れる。

 

 

 

【飛天御剣流 土龍閃】

 

 

 

啓が刀を叩き付け、巻き上げた砂塵を清十郎へと差し向ける。清十郎が横に刀を薙ぎ払い、砂塵を晴らした先には、既に啓が迫っていた。

 

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃・旋】

 

 

 

錐揉み状に回転しつつ、清十郎との間合いを詰め、すれ違うその瞬間に抜刀、大きく斬り刻む。痣の発現に伴い赫く染まったその刀は、以前清十郎が目にした時よりも深く、燃えるような赫だった。

 

 

 

(傷がほぼほぼ再生しやがらねぇ。おちおち攻撃を喰らってもいられねえな。)

 

 

 

通り過ぎた後に着地し、再び向き直った啓に対し、今度は清十郎が仕掛ける。左から右へ大きく振ると、啓はそれを引いて回避する。そこに鋭く蹴りを突き刺すも、今度は跳んで回避。が、そこまでが清十郎の狙った展開だった。空中に身を投げ出し無防備になった啓に対し、容赦無くその刀を振るう。

 

 

 

(もらった。)

 

 

 

が、啓は空中で無理やり体勢を立て直し、清十郎の攻撃をやり過ごす。地に脚を着けた瞬間、凄まじい速さの踏み込みで清十郎の肩を突き刺す。灼けるような、焦がされるような痛みが清十郎を襲う。が、すぐさま後ろに跳んで刀を抜くと同時に間合いを取る。

 

 

 

「へっ・・・小僧が立派になったもんだ。」

 

 

 

「そっちこそ・・・以前とは随分違うようだ。」

 

 

 

そんなやり取りを交わすと、おもむろに清十郎が刀を納める。

 

 

 

(あの構え・・・)

 

 

 

「さあ構えろ、行くぞ?」

 

 

 

その瞬間、地を砕く程の踏み込みから抜刀術が放たれる。迫る刀を抑え込む。が、空気を裂きながら別の何かが啓へと迫る。

 

 

 

(━━読めている。)

 

 

 

啓は鞘でその迫る何かを受け止める。それの正体もまた鞘。それが示すのは一つの事実。

 

 

 

「・・・飛天御剣流、双龍閃。」

 

 

 

先に振るった刀は囮、本命は後から振るう鞘での一撃である技だ。飛天御剣流を知り尽くした啓だからこそ、反応できた。

 

 

 

「やはり止めるか・・・」

 

 

 

「知り尽くした技だからな。」

 

 

 

「・・・一つ聞こう。」

 

 

 

「何だ?」

 

 

 

「お前は・・・俺の血縁で間違いねえな?」

 

 

 

突然の質問に僅かばかり驚きを隠せない啓だが、特に隠すことも無く答える。

 

 

 

「・・・ああ。まさか、記憶が戻ったとでも言うのか?」

 

 

 

「さあな。何となく言っただけだ。だがまあ・・・この俺の子孫ってなら、そんだけ強いのも納得だな。」

 

 

 

「・・・傲慢なことだ。」

 

 

 

「事実だからな。」

 

 

 

再び刀を構え、向き合う二人。睨み合いが続くだけで、ぶつかり合うことは無い。

 

 

 

「・・・それが分かったなら、お前が元は人間であったことも理解しているはず。俺と戦う理由は無いはずだ。」

 

 

 

「残念。俺の頭の中にはお前を殺す以外の選択肢は無い。俺は元々、

その為に目覚めさせられたからな。」

 

 

 

(嗚呼、そういえば言っていたな。)

 

 

 

最初に清十郎と遭遇した時のことだ。清十郎はハッキリと「お前を探していた」と言っていた。

 

 

 

(死ぬ間際に鬼舞辻に連れ去られ、何らかの手段で長期間眠らされ、そして俺を倒す為だけに目覚めさせられた。不本意だろうに・・・尚更、俺がここで終わらせてやらなければ。)

 

 

 

「・・・行くぞ。」

 

 

 

「来い。」

 

 

 

先に駆け出したのは啓。一瞬の加速から素早く左上にかけて刀を振るう。対する清十郎は僅かに身を引き回避、それを予知していた啓はすぐさま刃を返し再び振り下ろす。二撃目は刀で受け止めた清十郎は、刀を合わせたまま駆け出す。啓もそれに合わせて駆け、10mほど進んだ所で刀を弾き間合いを確保、そのまま更に仕掛ける。

 

 

 

【龍の呼吸 弐ノ型 荒鉤爪】

 

 

 

ほぼ同時に放たれた三本の斬撃。それに対して清十郎は啓の背後に回り込むようにし、刀を打ちつけんとする。

 

 

 

飛天御剣流 龍巻閃

 

 

 

【龍の呼吸 玖ノ型 大龍巻】

 

 

 

自身の攻撃を躱すと同時に仕掛けてきた攻撃から身を守るため、本来の形とは異なる()()()()から身をひねり回転を加えた一撃を放つ。風を巻き込みながら残留するその斬撃は、清十郎を浅く裂くも、そこまでのダメージを与えることなく無へと還る。と、同時に啓は上に跳び、清十郎へと飛びかかる。

 

 

 

【龍の呼吸 拾ノ型 画竜点睛・墜】

 

 

 

落下と共に再び身をひねり、回転の勢いを乗せて抜刀術を放つ。その重く速い一撃を清十郎は受け止めるも、あまりの威力に後ずさりする。激しく散る火花が消える頃には、啓は地に足を着け、鍔迫り合い状態へと陥っていた。

 

 

 

(攻撃がほぼほぼ通らない━━)

 

 

 

(━━ならば。)

 

 

 

刀を握る力がより一層強くなる。柄はミシミシという音を立て、刃は再び火花を散らす。

 

 

 

(もっと上げるしか━━)

 

 

 

(━━ねぇよな!!)

 

 

 

一際大きい火花が散り、二人は離れ再び間合いを取る。刹那、再び駆け出した二人はその姿を消す。あちらこちらへと駆け回り、刀が重なり合う度に衝撃波と火花が発生する。

 

 

 

【龍の呼吸 風ノ秘剣 風神龍】

 

 

 

風を纏いながらの突進。風と衝撃を伴った斬撃が飛び交い、辺りを破壊し尽くす。清十郎を間合いの内側に捉えた瞬間、猛々しく連撃を加える。対する清十郎は━━

 

 

 

飛天御剣流 龍巣閃

 

 

 

超高密度の斬撃を目の前に放ち、迫るもの全てを無力化する。その様は何処か、水の呼吸 拾壱ノ型 凪に通じるものがある。

 

 

 

(まだだ、もっと速くッ!!!)

 

 

 

(その技は既に知れてんだ、同じ手を喰らってたまるかよッ!!)

 

 

 

暴風が止んだ頃には、辺り一体台風が通り過ぎたかのような有様となっていた。が、その中心にいた啓と清十郎は全くの無傷。

 

 

 

(やはり、一度見せた技は通用しない。どうする、どう攻めてればいい?)

 

 

 

技を出し終えてから再び始まった斬り合いの中で啓は思考する。目の前の敵を上回るには、倒すにはどうすればいいのか。自身の持てる技はもはや出尽くした。例え清十郎に見せていなくとも他の鬼との情報共有で知れているだろう。が、そこで啓はある考えが浮かぶ。

 

 

 

(━━あれなら、いけるかもしれない。先程黒死牟に見せたあの一手なら。威力が足りず、現物に及ばずとも、閉ざされた記憶の蓋に手をかけることが、一瞬の虚を突くことが出来るかもしれない。)

 

 

 

啓が思い浮かべるのは始まりの剣士、継国縁壱。遺伝の片隅に在るその記憶を辿り、全ての始まりたるその御業を少しでも己が物にせんとする。

 

 

 

(俺では、彼の足元にも及ばない。だがそれでもいい。この一瞬、力を貸してくれ━━!)

 

 

 

ふと、背中を押されたような感覚があった。それに従い、清十郎との間合いを詰め、形はどうあれ、確かに自分が受け継いだ技を放つ。

 

 

 

【日の呼吸 壱ノ型 円舞】

 

 

 

円を描くように刀を振るう。その際、刀の赫は一際強く煌めき、神々しい炎を纏っているように見えた。清十郎はそれを難なく防御するが━━

 

 

 

(━━これは。)

 

 

 

何処かで見た、そんな気がした。だがその答えは見つからず、すぐさま思考を切り替え目の前の敵に集中する。

 

 

 

【日の呼吸 弐ノ型 碧羅の天】

 

 

 

身体を捻り、空に円を描くように振るう。垂直方向に振り下ろされたその斬撃は、清十郎の肩を僅かに抉る。

 

 

 

(━━俺は、この技を何処かで。)

 

 

 

(記憶が鮮明になりつつある。これなら━━)

 

 

 

【日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡】

 

 

 

刀を両腕で握り、自身の左右へ素早く二連撃を振るう。その片方が清十郎を裂く。

 

 

 

『日の呼吸は、壱ノ型から拾弐ノ型を繋ぎ、拾参ノ型へと昇華させる。』

 

 

 

(呼吸を、型を繋げ。)

 

 

 

やがて、啓に目に見えるほどの変化が訪れる。左頬に浮かぶ龍の痣。それに加えて右額の辺りに浮かぶ()()()()。その痣は継国縁壱と酷似したものである。それが示すのはただ一つの事実。如月啓はこの瞬間、龍の呼吸と日の呼吸。二つの呼吸への適正を得たということ。先祖から引き継いできた飛天御剣流を活かす為に編み出した龍の呼吸。そして始まりの剣士から引き継いだ日の呼吸。様々な物をその身に継いだ啓は、さらなる力を得る。

 

 

 

(日の呼吸━━)

 

 

 

その瞬間、先程とは桁違いの威力の日の呼吸の御業が清十郎を襲う。壱から順に型を繋ぎ、拾弐ノ型まで振るう頃には、清十郎は痛々しい姿へと変貌していた。

 

 

 

(この、呼吸は━━いや、何も思い出せない。)

 

 

 

夥しい量の血を流しながら清十郎は考えるも、やはり答えは見つからない。完全に閉ざされた記憶の蓋をこじ開けることは、不可能と知った。

 

 

 

(それでも、俺の中にあるのはこいつと倒すことだけ。ならその為だけに刀を振るうしかねえだろ。)

 

 

 

やられるがままだった清十郎は遂に反撃に出る。

 

 

 

(この男━━ここまで追い込まれながらも尚その速さを増すだと!?)

 

 

 

まだ余力を残していた事に驚きつつも、清十郎を迎え撃つ。再生しようにも再生しない、痛々しい傷を浮かべながらも清十郎は更に強く、速くなる。

 

 

 

飛天御剣流 龍槌翔閃

 

 

 

振り下ろした刀は地を砕き、振り上げた刀は空を裂く。その両方が啓を捉え、この戦いの中で啓は初めて重い一撃を喰らう。意識が飛びかける程の痛みが襲うが、歯を食いしばりそれを耐える。

 

 

 

「啓!!」

 

 

 

「いい!あっちを頼む!!」

 

 

治療を終えた杏寿郎達が啓の助太刀に入ろうとするが、啓はそれを制する。

 

 

 

「胡蝶!気持ちは分かるが啓の意思を尊重しよう!」

 

 

 

(でも、でも━━━!!)

 

 

 

「頼むしのぶ!!こっちは俺が何とかするから!」

 

 

 

「━━ッ、必ずですよ!」

 

 

 

ボロボロの啓を見てしまったしのぶは、その足取りを止めるも、啓本人からの叱咤を受けて再び足を進める。

 

 

 

(あちらに援軍が向かっても、やはり長くは持たない。それ程までに全員消耗している━━!夜明けまでの時間を稼ぐ為、一人一人の負担を減らす為にも、一刻も早く向かわなければならない!)

 

 

 

すれ違いざまに互いに斬り合う二人。その刃は互いを捉え、胸から血が溢れ出る。滴る血を、襲い来る激痛を無視し、互いに斬って斬って斬りまくる。剣閃の嵐が止んだ頃には、全身を血に濡らした両者が向き合っていた。

 

 

 

(もはや互いに満身創痍━━)

 

 

 

(━━絶対的な技を持って捻り潰す!!)

 

 

 

互いに息を切らしながらも向き合う。一瞬の静寂の後、清十郎が口を開く。

 

 

 

「考えることは一緒か・・・」

 

 

 

「ああ・・・もう互いに時間が無い。なら、互いの全力を持って決めるとしよう。」

 

 

 

「悪くねえ。」

 

 

 

啓は血を払い、刀を鞘に納める。対する清十郎は、おもむろに刀を振るうと、その風圧で地を砕く。それを数回繰り返した後、両手で刀を握り、啓へと真っ直ぐに構える。

 

 

 

(あの構えは恐らく九頭龍閃。連撃技では腕力、突進技では重量がものを言うが、奴はその両方を兼ね備えている。そんな奴が全力であの技を放てば・・・どれほどの威力になるのかは想像に難くない。)

 

 

 

(構えから察するに、奴が放つのは飛天御剣流奥義・天翔龍閃。絶対的威力を誇る九頭龍閃を打ち破る為にはうってつけの技だが、この極限状態においてお前は迷わずその技を振れるか?)

 

 

 

天翔龍閃は、刀側の足を前に出した状態で抜刀攻撃。身体のバランスを崩したと同時に自分の足を斬る恐れがある。生死をわける極限状態での左足の踏み込みには確固たる信念が必要不可欠な為、微塵でも後ろ向きな気持ちがあれば成功しないと言える。

 

 

 

「この技を打ち破ることが出来れば、お前の勝ち。その逆もまた然りだ。」

 

 

 

「ああ。俺はお前を倒し、あちらへ向かう。」

 

 

 

「面白い・・・やってみろ。」

 

 

 

清十郎から桁違いの威圧感が放たれる。目の前に存在する物全てを震え上がらせるようなその圧は、大地を揺らす。対する啓も、段違いの闘気を放つ。感じた物全てが身震いするかのようなその闘気は、肌を突き刺すが如く刺激する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・行くぞッッ!!!」

 

 

 

飛天御剣流 九頭龍閃・極

 

 

 

清十郎が地を砕きながら、空気を裂きながら啓へと迫る。放たれる剣気は、獰猛な九匹の龍を形作る。これが飛天御剣流開祖、上弦の零である比古清十郎の本気の技。一撃貰っただけで間違いなく死が待ち受けている。だがそれでも啓は臆することなく、迫り来る清十郎へと真っ直ぐ構え、精神を研ぎ澄ます。

 

 

 

(しくじれば死ぬ。あっちで戦ってる奴らも、その後危険に晒されることになるだろう。なら、ここで勝つ以外に選択肢など無いだろう。)

 

 

 

さらに迫る清十郎。回避は不可能。この状況を打破するためには、真正面から清十郎の九頭龍閃を打ち破る他にない。

 

 

 

(━━━俺に、力を。)

 

 

 

 

 

 

 

 

【飛天御剣流 奥義 天翔龍閃】

 

 

 

自身の周囲の地面全体にヒビが入る程の重い踏み込みと共に、完全な脱力から最大限の力を込めた刀を真っ直ぐに振り抜く。当然それに対して清十郎は、刀の来る方向が最も早く振るわれるように技を放っていたが、そう上手くは行かなかった。受け止めた刀を砕きながら啓の刀は進み、やがて━━

 

 

 

 

(━━あ。)

 

 

 

血を撒き散らしながら、清十郎の頸が宙を舞う。頭部を失った清十郎の身体は、啓から大きく外れたところに倒れ込む。

 

 

 

(終わった━━)

 

 

 

手に残る確かな感触。これにて上弦の鬼、ひいては十二鬼月は壊滅。もはや残るのは鬼舞辻無惨ただ一人。

 

 

 

「へっ、負けちまったか・・・」

 

 

 

「ああ、俺の勝ちだ。」

 

 

 

既に切り離された頭部と身体は消滅が始まっている。間もなく喋れなくなるだろう。啓は清十郎に背を向けて戦いの中で負った傷の治療を始める。

 

 

 

「━━なあ。」

 

 

 

「何だ?」

 

 

 

「俺と縁壱の想い・・・預けたぞ。ちゃんと繋いでくれよ?」

 

 

 

「記憶が━━」

 

 

 

啓が振り返った頃には、もうそこに清十郎はいなかった。あるのは清十郎の折れた刀に引っかかり、風になびく白外套のみ。

 

 

 

「・・・確かに。俺がしっかりと継ごう。」

 

 

 

啓は怪我の簡単な治療を終え、次なる戦いの場へと赴く。想いを継ぎ、悲しみの連鎖を終わらせるべく。

 

 

 

 



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第漆拾参話 最終局面

増援が駆けつけてから少し経過した。鬼殺隊側の手数が増えたことには変わりないが、それでも尚無惨の攻撃への対応は困難を極める。規格外の攻撃範囲、速度、威力、極めつけには混ぜられた無惨の血。既に駆けつけた柱達も攻撃を喰らい、じわじわと身体を蝕まれていく。

 

 

 

(攻撃が速すぎて防御で手一杯だ、私より速く無惨と対峙していた者達は体力的にももはや限界、何か、何か手はないか・・・!?)

 

 

 

現在無惨と対峙している中で、最も高い実力を誇る悲鳴嶼でさえも、無惨の攻撃に苦しまされていた。が、それ以上に危険なのは義勇、甘露寺、伊黒といった、地上に移る前から無惨と戦っていた柱達だ。同じく戦っていた炭治郎がダウンしたものの、ここまで戦い続けられていたのは柱として鍛えられた肉体あってこそのもの。最早その肉体が限界を迎えつつある。

 

 

 

(斬りかかるよりも、間合いを詰めて羽交い締めした方がもしかしたら。)

 

 

 

先程から無惨の攻撃が見えず、勘に頼って攻撃を回避している甘露寺は、そのようなことを企てていた。が、無惨と密着することは「死」を意味すると言っても過言ではない。だが、毒が回っているせいで生存は絶望的とまで判断している本人からすれば、現在それが最も有効な手段と考えられる。

 

 

 

(考えてる暇なんてないわ、少しでも皆の役に立たないと━━)

 

 

 

甘露寺が作戦を実行に移そうとした、その時だった。突如何かに吸い寄せられ、脚が縺れてしまう。そのまま体勢を崩すと、迫り来る無惨の攻撃を回避することが出来ず、深く、重い一撃を喰らってしまう。

 

 

 

「うッ━━!?」

 

 

 

「甘露寺ッッ!!!」

 

 

 

(何が起こった!?甘露寺は確かに攻撃を回避したはず━━)

 

 

 

疑問を感じつつも、悲鳴嶼、実弥、義勇、無一郎が何とか隙を作り出す。そこを見逃さず、伊黒が甘露寺を連れて離脱する。傷は想像以上に深く、顔、左肩、左腹にかけて抉られている。

 

 

 

「甘露寺、もういい、十分やった。」

 

 

 

「駄目よ、全然役に立ってない。このままじゃ死ねない!」

 

 

 

甘露寺の悲痛な叫びが伊黒に突き刺さる。が、伊黒は近くまでやってきた隊士に甘露寺を預け、撤退を指示する。

 

 

 

(鬼なんてものがこの世に存在しなければ、一体どれほどの人が死なずにすんだだろうか。)

 

 

 

甘露寺の静止を背に、振り返ることなく伊黒は戦場へ舞い戻る。胸に抱くのは悲痛な恋情。自身の生い立ちを卑下し、その感情は露わにされることはない。駆ける伊黒の口元の包帯ははだけ、やがてその痛々しい口元が晒される。

 

 

 

(まず一度死んでから、汚い血が流れる肉体ごと取り替えなければ、君の傍らにいることすら憚られる。)

 

 

 

思い出される自身の幼少期。心做しか口元の古傷が痛むかのよう。

 

 

 

(鬼のいない平和な世界で、もう一度人間に生まれ変われたら・・・今度は必ず、君に好きだと伝える)

 

 

 

再び、戦場へと足を踏み入れる伊黒。来世への誓いを胸に、己が怨敵を滅さんと刀を握る手に力が入る。無惨の腕に刀を潜り込ませ、切断と同時にその腕を蹴りあげることにより即再生を阻む。が、それは無惨にとって瞬き程度の時間稼ぎでしかない。

 

 

 

(甘露寺さんをやったあの攻撃、恐らく腕についている口による吸息だ。)

 

 

 

血を流しながらも無一郎は、無惨の脅威を冷静に分析する。他の柱達もそれを把握しており、警戒の色が強まる。無惨からすれば、ただ腕を振るい息をしているだけ。それだけで人間には驚異になりうる。

 

 

 

「━━ッ!?」

 

 

 

義勇が無惨の腕に刀を振るうと、大きく弾かれた弾みに刀を手放してしまう。直ぐに他の柱が無惨の攻撃を引き付け、実弥によって亡くなった隊士の刀が投げ渡される。

 

 

 

「ボケっとしてんじゃねェ!!ぶち殺すぞォ!!」

 

 

 

すぐさま投げ渡された刀を持ち、迫る攻撃へと対処する。

 

 

 

(まだやれる!!しっかりしろ!!最期まで水柱として恥じぬ戦いを!!)

 

 

 

(予想以上に粘っているが、もう間もなく全員が潰れる。)

 

 

 

夜明けまで残り一時間十四分。無惨を地上に叩き出してからまだ十五分程である。自身の血毒で細胞が破壊され、死に至るまで五分と掛からないと無惨は推測する。

 

 

 

(不味い、夜明けまで持たない・・・)

 

 

 

(首だけになっても喰らいつく━━!!)

 

 

 

(体が小さい分、僕や伊黒さんは毒の周りが早い・・・クソッ!!)

 

 

 

身体を侵す毒により吐血、自由が効かなくなっているのを感じる。限界だと思われたその時、獪岳と対峙した際に姿を現した猫が再び現れる。珠世と愈史郎の使い、茶々丸である。

 

 

 

(━━あれはッ!!)

 

 

 

(獪岳の血鬼術を抑えた猫か!)

 

 

 

背負う箱から注射器が放たれる。その場にいた無惨以外の全員に突き刺さると、みるみるうちに毒が消えていく。当然、無惨はそれを見逃さず、茶々丸をバラバラにする。

 

 

 

(またあの女の差し金か━━!!)

 

 

 

怒りを覚えた無惨は、さらにその攻撃の威力を上げる。簡単に地に穴を開けていることから、その恐ろしさが見て取れる。

 

 

 

(俺が一番、戦果を上げていない。)

 

 

伊黒は無惨の攻撃を躱しながら、何か有効打はないかと模索する。

 

 

 

(そうだ、啓が言っていたあの赫い刀なら━━!!)

 

 

 

伊黒が思い出したのは「赫刀」の存在。最終決戦を前にして行った柱稽古の中で、啓が詳しく全員と情報を共有したものだ。

 

 

 

(他の者共が引き付けているこの間に、何としてでも発現させろ!それが出来なければ全員死ぬと思え!!)

 

 

 

深く呼吸を行う伊黒。余裕が無い状態でのこの時間が、より焦りを感じさせる。

 

 

 

(死んでいった隊員達の死を無駄にするな!!今、ここで鬼舞辻を殺す!!)

 

 

 

極限状態に陥った伊黒の心臓は、急激にその鼓動を加速させる。体温が高まると同時に、身体に掛かる負担が増すのを感じる。その一切を無視し、心臓に更なる負荷を与える。

 

 

 

『鬼を滅する上で、死ぬことを躊躇うのは確かに有るまじき行為だ。だがな、俺達は死ぬ為に命を掛けるのではなく、生きる為に命を掛けるんだよ。』

 

 

 

(嗚呼、そうだったな。死ぬことばかり考えたところで、引き出せる力はたかが知れている。生きなければ。訂正するよ甘露寺。俺は来世では無く・・・今生で君に想いを伝えよう。)

 

 

 

決意は今を生き延びたその先でのものへと変わる。抗う生者は更なる力をその身に宿す。目には見えないが、伊黒の身体には蛇のような痣が浮かぶ。高鳴る鼓動と体温、溢れる力からそれを感じ取った伊黒は速やかに心臓を落ち着ける。心拍が静まって間もなく、刀を握る手に全力を込める。すると、みるみるうちに刀が赫に染まり上がる。

 

 

 

(あの男・・・何をしている?)

 

 

 

伊黒に気が付いた無惨が、他の柱を無視し伊黒へ腕を振るう。

 

 

 

(不味い、握力に意識を集中させすぎて酸欠に━━)

 

 

 

「伊黒ッ!!」

 

 

 

義勇が伊黒を助けるべく全速力で駆け出すが、それより速く無惨の攻撃が伊黒を捉えた。と、思いきや。伊黒は何故か遥か上空におり、無惨の追撃を空中で回避する。

 

 

 

(なんだ!?何かに引っ張られるように━━)

 

 

 

と、同時に無惨の腕が斬り落とされる。その様子に無惨は疑問を覚え、結論に至る。

 

 

 

(三人いるな。)

 

 

 

虚空に向かって腕を振ると、紙を裂いたような感覚があった。さると、何も無いところから三人現れる。

 

 

 

「いだァァァ!!」

 

 

 

「くっ・・・!」

 

 

 

「痛え!!この糞虫がァァァ!!」

 

 

 

「お前達!!」

 

 

 

善逸、カナヲ、伊之助の三名である。身につけていたのは愈史郎の呪符。それを大量に持っていた伊之助は、全てをその場にばら撒く。乱入者を排除すべく攻撃を仕掛けようとした無惨に、伊黒が鋭く斬り込む。他の鬼達程ではないが、確かに赫刀の効果があるのが伺える。

 

 

 

「遅い!!あの赫い刃なら無惨ですら再生が遅くなる!!」

 

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

 

 

【花の呼吸 肆ノ型 紅花衣】

 

 

 

再び姿を消した善逸とカナヲが無惨に攻撃を仕掛ける。赫刀でないため大したダメージにはならないが、無惨の精神的余裕に確実に牙を立てる。

 

 

 

「つまらぬ小細工ばかりするな!蝿共が!!」

 

 

 

「あら、その蝿共に今から嬲り殺されるのはどこのどなたでしょうね?」

 

 

 

唐突に無惨の額に何か刺さる感触があった。そこから何かが流れ込んでくるのを無惨は感じる。

 

 

 

(これは毒!!ということはあの柱の・・・)

 

 

 

そこから、ある一つのことに気が付く。

 

 

 

(しくじったか・・・清十郎!!)

 

 

 

「胡蝶!無事だったか!!」

 

 

 

「私だけではありませんよ。」

 

 

 

【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】

 

 

 

【水の呼吸 捌ノ型 滝壺】

 

 

 

【炎の呼吸 伍ノ型 炎虎】

 

 

 

続々と無惨に浴びせられる技の応酬。鬼殺隊側にとって、それは心強い以外の何者でもなかった。

 

 

 

「待たせたな!!」

 

 

 

「煉獄!錆兎に真菰も!」

 

 

 

続々と集まる敵達に、苛立ちを覚える無惨。

 

 

 

(清十郎!何をしている!!)

 

 

 

残っていた最後の上弦、清十郎の視界を覗き見ると、目の前にはただ一人、如月啓のみがいる。そこから、啓によってこの柱達がこちらに来る余裕が出来たのだと察する。

 

 

 

【蛇の呼吸 参ノ型 塒締め】

 

 

 

その思考の隙を伊黒は見逃さない。先程よりも深く、多くの箇所を斬り刻む。

 

 

 

(伊黒の赫刀に続き、人数が増えたのが有難い!!今ならアレをやる余裕がある!)

 

 

 

すると、悲鳴嶼は力強く自身の持つ斧と鉄球をぶつけ合わせる。みるみるうちに赫に染る斧と鉄球。これは、無惨が産屋敷邸を襲撃する直前に啓と二人で編み出した方法。元来の方法では酸欠になってしまうと分かった悲鳴嶼は、啓の助言の元この方法を編み出した。

 

 

 

(本来より威力は落ちるが十分!後は他の者が続いてくれれば━━)

 

 

 

(なるほどなァ、あんな裏技があったのかよォ!)

 

 

 

「冨岡ァァァ!受けろォォォ!!」

 

 

 

「━━ッ!?」

 

 

 

唐突にこちらに斬り掛かって来る実弥に焦るも、正面から刀を受け止める。すると、自分では成すことの出来なかった赫刀の顕現に成功する。それに続き、他の柱達も続々と刀を赫く染める。

 

 

 

「夜明ケマデ一時間三分!!!」

 

 

 

「余裕余裕!!糞味噌にしてやらァァァ!!」

 

 

 

【風の呼吸 漆ノ型 勁風・天狗風】

 

 

 

(これだけ余裕があれば、今一度あの透き通る世界に至れる!!)

 

 

 

杏寿郎が無惨の身体を凝視すると、次第に透けて見えてくる。そこで明らかになったのは、無惨が複数心臓と脳を持っていること。

 

 

 

(これが頸を斬っても死なない理由!!これを同時に攻めることが出来れば!!!)

 

 

 

「悲鳴嶼!!小芭内!!誰でもいい!!身体を注視してくれ!!何かが見えては来ないか!?」

 

 

 

(━━そうか!!透き通る世界!!今なら、何か見えるかもしれない!!)

 

 

 

悲鳴嶼と伊黒がその声に従い、無惨の身体を注視すると、一瞬だけ視界が透き通って見える。

 

 

 

(今一瞬━━)

 

 

 

(━━何かが透けて)

 

 

 

その時だった。乾いた音ともに振動が空気を叩く。隠れてその様子を伺っていた隠が、再びそこに目をやると━━

 

 

 

 

 

 

 

そこには絶望があった。

 

 

目の前に横たわる、左脚が断裂した岩柱。

奥で瓦礫の中に横たわる、右腕が断裂した水柱。

気絶した女性隊士と、それを庇うように覆い被さる、左腕が断裂した水柱補佐。

同じく、左腕が断裂した霞柱。

建物の二階にまで吹き飛ばされた風柱と炎柱。

力無く横たわる蛇柱、黄色い隊士と猪頭の隊士。

全員が、大量出血と共に気を失っている。

 

 

 

(━━━━━速すぎる。)

 

 

 

同じく血を流してはいるものの、気を失わずにいたのはカナヲとしのぶのみ。二人に無惨が歩みよる。

 

 

 

(まずい、動け、立って、脚━━)

 

 

 

立ち上がれないカナヲの前に、しのぶが躍り出る。無惨を睨みながら、庇うように立ちはだかる。

 

 

 

(姉、さん。)

 

 

 

(させない、カナヲは、妹は殺させない。)

 

 

 

しのぶとカナヲを纏めて薙ぎ払うべく、無惨が腕を振り上げる。それを見ていた隠が何とか庇おうとするが、あまりに遠く間に合わない。

 

 

 

(ここまでか━━)

 

 

 

 

 

 

 

【ヒノカミ神楽 輝輝恩光】

 

 

 

【龍の呼吸 捌ノ型 逆鱗】

 

 

 

振るわれた無惨の腕は、しのぶとカナヲを捉えることは無い。突如割って入った二つの人影が、その攻撃を遮った。無惨から少し離れた所に、その人影が降り立つ。

 

 

 

「しのぶ。」

 

 

 

「また、助けられてしまいました・・・」

 

 

 

「いい、気にするな。」

 

 

 

「炭治郎・・・」

 

 

 

「カナヲ、遅くなってごめん。」

 

 

 

しのぶが隠と共にカナヲを連れて下がる。その場に残ったのは先程の二人━━啓と炭治郎だ。

 

 

 

「・・・つくづく、貴様らには虫酸が走る。」

 

 

 

目の前の二人が、かつて自分を追い込んだ者の姿に重なって見えてならない。

 

 

 

「終わりにしよう、無惨。」

 

 

 

「もう、お前の好きにはさせない。」

 

 

 

太陽の意志を継ぎし二人の剣士が、巨悪の前に立ちはだかる。舞台は最終局面を迎える。




本当の本当に最終局面へと差し掛かってまいりました。
それぞれ別の形で縁壱の意志を受け継いだ二人がとうとう無惨との最終決戦に望みます。

残り五話程・・・になる予定です。
どうか最後までお付き合い下さい。


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第漆拾肆話 繋ぐ

「行くぞ、炭治郎。俺たち二人ならやれる。」

 

 

 

「はい、啓さん!」

 

 

 

(繋ぐんだ、縁壱さんの想い、皆の想いを!!)

 

 

 

先に動いたのは無惨。二人纏めて仕留めるべく大ぶりの攻撃を放つ。が、狙いを定めたそこには既に二人の姿は無い。一瞬にして間合いを詰め、零距離へと迫る。本来無謀としか思えないその行為は、無惨をこの場に抑えておくために必要不可欠なものであった。

 

 

 

(心を燃やせ━━)

 

 

 

次々と攻撃を加える炭治郎。怨敵、継国縁壱の姿が重なり、無惨の苛立ちが更に掻き立てられる。更に、啓が日の呼吸で追撃を加える。滅ぼしたはずのその呼吸を扱う者が二人もここに存在していることに、無惨の苛立ちは限界を突破する。

 

 

 

(━━亡霊が!!)

 

 

 

先程、柱全員をダウンさせた攻撃を再度放つ。が、極限の集中を持って無惨の攻撃を読んでいた啓と炭治郎は、完全に避けきることは出来なかったものの、比較的軽傷で済ませることが出来た。

 

 

 

(そうか、皆がやられた理由。背中の九本の管と両腕━━)

 

 

 

(━━それを上回る速度の管を、八本両腿から出して攻撃している。)

 

 

 

無惨の動きに最大限警戒しつつ、啓が斬り込んでいく。繋がれる日の呼吸の型。炭治郎も無惨も、鮮明に縁壱の姿が脳裏に浮かび上がる。

 

 

 

(啓さん、一体どこで日の呼吸を・・・いや、今は何でもいい。俺は縁壱さんや啓さんみたいに凄くもなんともない。それでも、何かしらの役に立つんだ。)

 

 

 

啓の動きをしっかりと観察し、炭治郎はより完璧なイメージへと近づく。記憶の中で縁壱から、実際に啓から学ぶことで、理解度が格段に向上する。啓と交代し、次は炭治郎が無惨へと仕掛ける。

 

 

 

(死の淵を垣間見た生き物はより強靭になると、私は知っている。現にこの炭治郎は、妹の力に頼らず刀身を赫くした。他の柱達も各々のやり方で赫くした。しかしそれでも、お前たちでは()()()に遠く及ばない。)

 

 

 

啓に倣い、型を繋げる炭治郎。攻撃をいなし、時にその身に受けながらも、無惨は縁壱と炭治郎らを比べ、大したことは無いと一蹴する。

 

 

 

(━━━━だが!)

 

 

 

炭治郎が型を六つまで繋いだところで、啓と交代する。ここまでの戦いの中での消耗はやはり大きく、常にギリギリの綱渡りをしているような状態である。それを考慮し、啓は炭治郎と交代しつつ無惨と対峙することで、互いの体力を少しでも補い合う形を取った。

 

 

再び啓が型を繋ぎ、無惨を斬り刻む。当然無惨もやられっぱなしではない。反撃に転じこそすれど、啓は全て避けるか迎え撃つかで自身の負傷を回避する。

 

 

 

(如月啓、貴様は別だ。日の呼吸を含めたあらゆる呼吸を扱い、痣を発現させ、刀を誰よりも赫く染めた。その威力も他とは比較にならん。)

 

 

 

目の前の人間を、この場における最大の脅威と無惨は認識する。

 

 

 

(貴様は、あの男に最も近い剣士だ。だがあくまで近いだけ。それでもなお、あの男には遠く及ばんのだ━━!)

 

 

 

(炭治郎と交代しながら戦ってはいるが、やはり体力的に辛い。心臓、血管が破裂しそうだし、筋肉も千切れそうだ。夜明けまであと一時間。辛くても、今この場に無惨を縛り付ける!!)

 

 

 

息を切らしながらも、無惨へと向かい続ける啓。微々たるものではあるが、段々と技の精度が、威力が落ちつつある。所詮人間、と高を括るも、無惨はあることを疑問に思う。

 

 

 

(━━何故、私はこんな手負いの人間二匹にトドメを刺せない?)

 

 

 

無惨は鬼、人間を超越した生物の頂点である。当然、自身からみたら雑種に過ぎない生物を死に至らしめることなど簡単なはず。それでも、無惨は目の前の二人を未だに倒せていない。

 

 

 

(違う、私も遅くなっているのだ。そうでなければここまで時間はかからない、トドメを刺し損ねない。原因はあの女(珠世)に違いない。だが、どんな薬を使ったのかの正解が見えない。)

 

 

 

産屋敷邸襲撃の際、珠世を吸収しようとしたが、すんでのところで啓に邪魔され、失敗した。それに成功していれば、取り込んだ珠世の細胞から記憶を読み取り、薬の正体を知ることも出来たが、それはないものねだりに過ぎなかった。

 

 

 

(私の変化に何か手掛かりがある筈、考えろ・・・)

 

 

 

啓と炭治郎を交互に相手しつつ、無惨は考える。そして正解へと辿り着く。

 

 

 

(そうだ、老化だ!!能力の低下、そしてこの頭髪の色。何時間経った?何年分老いた?)

 

 

 

老化の薬が使われたことは分かった。が、それがどの程度作用しているのか詳細に把握することは叶わない。

 

 

 

「夜明ケマデ五十九分!!」

 

 

 

「!!」

 

 

 

(一時間を切った!!)

 

 

 

動揺する無惨に、容赦なく日の呼吸の型を叩き込む啓。正確に心臓と脳を狙うも、極限の負荷の中でそれを完璧にこなすことは不可能に近い。炭治郎も透き通る世界に至り、啓と同じことをしようとするが━━

 

 

 

(見えない、酸欠・・・・・・!!)

 

 

 

脳に酸素が行き渡らず、視界が暗転しかける。当然そこに無惨が攻撃を加える。啓は予想外の事態に反応が遅れる。無惨の凶刃が炭治郎を捉えた━━

 

 

 

「━━貴様ァ!!」

 

 

 

━━かのように思われた。突如として炭治郎と無惨の間に、轟音と共に割って入る影があった。

 

 

 

(視界が戻る、この柄・・・善逸?いや、違う。これは━━)

 

 

 

炭治郎の同期、善逸が身に纏う鱗模様の羽織とよく似た羽織が目に入る。が、その色が違かった。善逸の羽織は黄色、目の前のその羽織は黒色。

 

 

 

「━━━獪岳!!」

 

 

 

啓は、鬼とされた友人の復活に歓喜の声を上げる。それとは裏腹に、獪岳の顔は憤怒に染まっている。

 

 

 

「よくも・・・よくも俺に仲間を、友人を、恩人を、弟を傷付けさせやがったな━━━!!」

 

 

 

直後、獪岳の両頬に雷のような痣が浮かぶ。

 

 

 

【雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟】

 

 

 

無惨との間合いを一瞬にして詰め、無数の斬撃を辺りに放つ。啓は獪岳の唐突な痣の発現に戸惑うも、透き通る世界に写るその心臓は過度な働きをしておらず、安心する。そこに、更なる手が差し伸べられる。

 

 

 

【蛇の呼吸 壱ノ型 委蛇斬り】

 

 

 

赫に染まった刃が、曲がり、うねりながら無惨へ吸い込まれるように振るわれる。

 

 

 

「小芭内!!」

 

 

 

無惨により気絶されられた後、愈史郎らの救助によりいち早く意識を取り戻した伊黒が再び無惨と対峙する。

 

 

 

(次から次へと・・・だが、全員満身創痍なことには変わりあるまい。)

 

 

 

一気に相手する数が倍へと増えた無惨は、僅かな怒りを覚えるも依然としてその腕を振るい続ける。建物を砕き、空を裂くも一人もトドメをさせていない。

 

 

 

(老化薬の影響・・・まだ分解できないのか。そちらの修復に体力を奪われる!)

 

 

 

一気に余裕が出来た啓達は、互いを補い合いながら無惨を追い詰める。

 

 

 

(これだけ手数が増えれば、日の呼吸に固執して無惨を押さえつける必要も無い!攻撃の択を散らすことでより無惨の反応の虚をつける!)

 

 

 

【龍の呼吸 漆ノ型 龍星群】

 

 

 

赫き流星のように攻撃が無惨へと降り注ぐ。なんの前触れもなく切り替えられた攻撃に、無惨は反応が遅れ、傷を増やす。

 

 

 

(日の呼吸でなくともやはりこの男の攻撃は危険だ!ただでさえ薬の分解に奪われる体力が傷の修復にもより割かれることになる!)

 

 

 

啓の攻撃に警戒するも、全てを回避しきることは到底叶わない。余力が無くなり刀から赫が失われた伊黒と炭治郎、元々赫刀の発現が見られない獪岳の攻撃はさほど驚異ではない。が、啓だけは依然としてその刀を煌々たる赫に染め、無惨へと斬りかかってくる。自分たちの攻撃は最早無惨にとってほぼ無意味と察した三人は、啓の攻撃が通りやすいように立ち回る。

 

 

 

(なんだ、あれ?)

 

 

 

炭治郎が無惨の変化に気づく。先程まではなかった傷・・・正確には古傷が無惨の身体に浮かび上がってくる。

 

 

 

(そうか、あれば縁壱さんが付けた傷だ。何百年もの間、無惨の細胞を灼き続けた。)

 

 

 

(傷を隠せていない、無惨は確実に弱っている。)

 

 

 

「夜明ケマデ四十分!!」

 

 

 

鴉により夜明けまでの時間が告げられると、無惨は一瞬でその姿を消す。

 

 

 

「━━逃げた!!」

 

 

 

(あの野郎!!)

 

 

 

無惨は誇りを持った侍でも、感情で動く人間でも無い。生きることだけに固執した生命体なのだ。夜明けが近づき、命が脅かされようものなら、逃亡に対して一切の抵抗はない。

 

 

 

当然、それを啓は逃がさない。呼吸により得られる力を脚に集中させ、無惨との距離を詰める。その後ろに獪岳、そのまた後ろに伊黒と炭治郎が続く。

 

 

 

「逃がすか!!」

 

 

 

啓が無惨の前に躍り出て、逃亡を阻む。当然無惨は抵抗するが、啓は迫る攻撃全てを叩き落とす。無惨も啓の攻撃を身体で受けぬように防御する。後ろから三人が追いついてくると、無惨は再び両腿から凄まじい速さの攻撃を放つ。啓は最も近くにいた伊黒の前に立ち、攻撃を逸らそうとするが完全には逸らしきれない。

 

 

 

「ぐッ・・・・・・」

 

 

 

深くはないが、確実なダメージを負ってしまう。その際、伊黒は片目を損傷する。

 

 

 

(片目が・・・弱視であった方とは言え、視界には悪影響でしかない!)

 

 

 

(伊黒さんの目が・・・!どうすれば・・・・・・!?)

 

 

 

鏑丸の助けがあるとはいえ、一気に防御に安定性が欠けた伊黒を庇うように啓達は無惨を相手する。容赦なく振るわれる猛攻。自身に迫るものに加え、他人に迫るものも考慮しなければならないその状況は困難を極める。

 

 

 

(不味い、このままでは他の者達の負担に・・・!)

 

 

 

すると、炭治郎が突如声を上げる。

 

 

 

「伊黒さん!鏑丸!これを!!」

 

 

 

炭治郎が何かを投げる。それを鏑丸が咥え、片方を伊黒の額に貼り付ける。

 

 

 

(これは、鏑丸の視点か!?見え方は人間のそれとは異なるが、片目が欠けた状態より格段に戦いやすい!)

 

 

 

「炭治郎、感謝する。」

 

 

 

形はどうあれ、視界の回復を果たした伊黒は再び無惨へと斬りかかる。庇う必要が無くなった三人も、より攻撃、防御に集中できる。

 

 

 

「常に四人で挟むように立ち回れ!!俺達なら出来る、絶対に逃がすな!!」

 

 

 

伊黒の荒らげた声に従い、全員で挟むように無惨を相手どる。

 

 

 

(いつまでもしつこい!私の道を塞ぐな!)

 

 

 

無惨は息を切らしながら、目の前の敵に対して怒りを募らせる。

 

 

 

(息切れ!体力の限界が近づいている、この私の肉体に・・・!)

 

 

 

そんなことはお構い無しに、四人は無惨に刀を振るい続ける。龍が、蛇が、雷が、日が。宿敵を討ち果たさんと牙を剥く。

 

 

 

(命の気配がする。戻ってくる。トドメを刺しきれていない柱共が!!)

 

 

 

「夜明ケマデ三十五分!!」

 

 

 

(戦いは終わりだ、これ以上危険を冒す必要は無い。)

 

 

 

肉体を分裂させ、その場から無理やりにでも逃亡を謀る。膨張する肉体。それを見て啓と炭治郎は共通の認識を抱く。

 

 

 

(身体を分裂させて逃げるつもりか!!)

 

 

 

「無惨が分裂する!!一欠片も取り逃すな!!」

 

 

 

が、その警戒とは裏腹に無惨には何の変化も訪れない。

 

 

 

(分裂出来ない・・・!あの女ァ・・・・・・!!)

 

 

 

珠世への怒りが爆発しかけたその瞬間、無惨は突如血を吐く。

 

 

 

(吐血した!?)

 

 

 

(まさか・・・まだあるというのか、私に作用させた薬は!?)

 

 

 

何かを察した無惨は突如その動きを止める。それは珠世の薬によるものだと判断し、好機と見た四人は一斉に無惨に斬りかかる。

 

 

 

 

 

 

 

が。

 

 

 

「━━!!??」

 

 

 

突如無惨から、衝撃波のようなものが放たれる。全員例外なくそれに身体を貫かれる。特に身体の欠損などは見られないが、全身を痙攣が襲い、身体を動かすことがままならない。無惨の狙いはそれであり、今度こそ確実に逃走する。

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

「逃がすか・・・!!」

 

 

 

背後から殺気を感じ、回避する。そこには立っているはずのない剣士が・・・如月啓が立っていた。

 

 

 

(馬鹿な・・・!?この男はなぜ動ける!?)

 

 

 

(危なかった。身体が動かなくなるほどの何かに侵されかけたが、直前で舌を噛み、耐えられた。)

 

 

 

啓の口元には血が滴る。激痛により痙攣、気絶を防いだのだ。他の三人は回避できず、地に伏しているがそれを助ける暇はない。

 

 

 

「いい加減に諦めたらどうだ・・・しつこいぞ。」

 

 

 

「お前こそ・・・俺は、俺達はここで必ずお前を仕留める。逃げられると思うなよ。」

 

 

 

啓は一人無惨と対峙する。ここまで無惨を抑えられていたのは、仲間の存在があってこそのことであり、一人でそれを成し遂げるのは困難極まりないと容易に想像出来る。

 

 

 

(だがそれでも、やるしかないんだ。俺は、必ず無惨を倒すと━━)

 

 

 

「━━誓ったッッ!!」

 

 

 

無惨へと迫り、刀を振るう啓。その眼には依然として闘志が宿る。ここで悲しみの連鎖を断ち切ることを望む人間と、己の生存を、不変を望む鬼。曲げられぬ信念を抱いた両者が、互いをねじ伏せんと戦い続ける。

 

 

夜明けは、すぐそこに迫っている。




次回、無惨戦決着です。
もしかしたら今日中に投稿できるかもしれません。


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第漆拾伍話 夜明け

【飛天御剣流 龍槌閃】

 

 

 

「ぐゥ・・・!」

 

 

 

(しつこい、本当にしつこい!貴様ももう地面に這いつくばっていろ!!)

 

 

 

無惨が振るった腕は啓を掠め、その先端を血に濡らす。炭治郎達が無惨の術に倒れてからまだ二分ほどしか経ってないが、既に両者先程以上に負傷している。啓も無惨も既に限界が近づきつつあり、息を切らしながら戦い続ける。

 

 

 

(いくら無惨に薬が効いているとはいえ、このまま消耗していったら確実に俺が負ける。)

 

 

 

と、そこに新たな刺客が。啓からは無惨が壁になって見えなかったが、無惨の背後から現れたそれは、無惨を斬り裂いて啓の近くに降り立つ。

 

 

 

「よくも、やってくれたなぁ・・・許さねぇ。」

 

 

 

「伊之助!」

 

 

 

覚束無い足取りで無惨へと向き直る。身体中から出血しており、気絶から目覚めたもののやはり満身創痍であることが伺える。また増えて湧いた敵を殲滅すべく、先程と同じように術を放とうとする無惨。

 

 

 

「まず━━」

 

 

 

が、その術は不発に終わる。僅かに地を裂く程度で、啓と伊之助には特にダメージを与えることは無い。

 

 

 

(術が出せない・・・疲労か・・・!)

 

 

 

「俺達を庇って、強え連中の腕が、脚が千切れた。あっちこっちに転がっている死体は一緒に飯を食った仲間だ。」

 

 

 

(伊之助・・・)

 

 

 

「手も足も全部返せ。それが出来ないなら・・・・・・百万回死んで償え!!」

 

 

息を切らしながら、そして涙を流しながら伊之助は無惨へと怒鳴る。不愉快、と言わんばかりに無惨が仕掛けるが、迫る攻撃を啓が全て捌く。啓と伊之助は散り、無惨に攻撃を加え続けるが、伊之助が無惨の腕に捉えられてしまう。

 

 

 

「━━ッ!」

 

 

 

(まずい!!)

 

 

 

が、啓が動くより早く、伊之助を救出する者がいた。

 

 

 

「伊之助踏ん張れ!!炭治郎はまだ生きてる、啓さんと一緒に無惨を倒すんだ!」

 

 

 

(善逸!)

 

 

 

「炭治郎、生きることだけ考えろ!お前は死なない、絶対に死なない!!」

 

 

 

善逸が炭治郎に語り掛ける。だが、無惨の攻撃に追いつくことができず、伊之助共々建物の壁に叩きつけられる。

 

 

 

(他人を庇う余裕も無くなってきた・・・柱である俺が、しっかりしなければならないのに・・・!)

 

 

 

後輩達を目の前で気づけた無惨、それを阻止できなかった自分自身に怒りを滲ませる啓は、刀を握る手に更に力を加える。より赫く染まる刃は、無惨をさらに追い込む。

 

 

 

(この男、まだ余力が・・・!)

 

 

 

無惨の焦りは最高潮を迎える。次々と立ち上がる害虫(鬼狩り)達に、血を流し、息を切らしながらも更に力を引き出す目の前の敵に。

 

 

 

(潰しても潰しても死なない。湧いて湧いて何度でも立ち上がる。夜明けまで、私の息の根を止める瞬間まで!)

 

 

 

【獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂き】

 

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・神速】

 

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃・嵐】

 

 

 

(体力が持たない、足が片方潰れた!次のが威力を保って出せる最後の一撃だ!)

 

 

 

【雷の呼吸 漆ノ型 炎雷神】

 

 

 

善逸が意を決して自信の持てる最強の技を放つも浅く、赫刀でないため損傷もさほど深くはない。無防備になる善逸に対し、無惨が殺しにかかるも、啓と伊之助が割って入る。あまり動けない善逸に代わり、二人で無惨に仕掛けるも、再び無惨は衝撃波を放つ。

 

 

 

「がッ━━!!!」

 

 

 

(直撃した!まずい!)

 

 

 

その場に硬直し、迫り来る無惨の攻撃に対応できない啓と伊之助。善逸が割って入ろうとするも確実に間に合わないことを察する。

 

 

 

(こんな、ところで━━━)

 

 

 

【日の呼吸 灼骨炎陽】

 

 

 

回復した炭治郎が二人の前に躍り出て、攻撃を防ぐ。そして再び日の呼吸の型を繋ぐ。

 

 

 

(炭治郎!助かった!)

 

 

 

その隙に啓が持ち直し、伊之助を少し離れたところに避難させる。

 

 

 

(衝撃波の攻撃、無惨は連続して出せなくなっている。)

 

 

 

(腕と触手の攻撃速度も落ちている。)

 

 

 

二人で交互に日の呼吸の型を繋ぐ啓と炭治郎。その途中で炭治郎が血を吐き、崩れかけるが啓がすかさず庇いに入る。次第に伊之助も持ち直し、果敢に無惨へと襲いかかる。

 

 

 

(立て!どんな一撃でもいいから放て、無惨を削れ!頼む動いてくれ俺の身体!!)

 

 

 

善逸が何とか立ち上がり、納められた刀に手をかける。

 

 

 

(じいちゃん!俺の背中を蹴っ飛ばしてくれ!!)

 

 

 

限界を超えた身体を奮い立たせ、霹靂一閃を放つか、速度も威力も出ず、無惨を消耗させることは出来ない。すぐさま無惨を取り囲む啓と炭治郎、伊之助。すぐさま無惨は伊之助を弾き飛ばす。

 

 

 

(伊之助!ダメだ止めるな、型を繋げ!)

 

 

 

目の前の敵を優先し、刀を振るい続ける。が、限界をとうに超えている身体は悲鳴をあげ、膝から崩れ落ちてしまう。すぐさま啓が前に出て無惨に対応する。

 

 

 

(もう炭治郎も善逸も伊之助も限界だ!後は俺がやるしかない!!)

 

 

 

単身日の呼吸を放ち続ける啓、後ろにいる炭治郎達に危害が及ばぬように無惨の攻撃を捌きつつ、自身の攻撃を無惨に浴びせ続ける。先程の衝撃波の攻撃で、赫刀の顕現に必要な力を引き出すことが出来ず、与えるダメージは著しく低下しているが、それでも構わないと言った様子で無惨を追い詰めていく。

 

 

 

「啓さん!!」

 

 

 

僅かに生まれた時間で僅かに回復した炭治郎が、再び戦線に復帰する。先程よりも威力は落ちているが、必死に日の呼吸の型を繋ぐ。変わる変わる無惨に攻撃を与えていたが、遂に啓が無惨の一撃を喰らって吹き飛ばされる。

 

 

 

(しまった━━━━)

 

 

 

大きく飛ばされた啓に変わり、炭治郎が無惨と一人対峙する。息を切らしながら、身体に攻撃を受けながらも必死に型を繋ぐ。やがて無惨を壁際に追い詰めると━━

 

 

 

【日の呼吸 陽華突】

 

 

 

刀を突き立て、無惨を壁に縫い付ける。もう技を放てないと判断しての行動だ。だがそれは、無惨と密着状態に陥るということ。放たれる無惨の攻撃を回避する術も防御する術もない。当然無惨は炭治郎を殺さんと触手による攻撃を放つ。

 

 

 

「もういい加減にしてよ!!」

 

 

 

早い段階で戦線離脱した甘露寺が、刀を使わず、無惨の腕を引きちぎる。予想外の行動に無惨は一瞬固まるが、標的を甘露寺に定めて触手を振るう。

 

 

 

【炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天】

 

 

 

迫る触手を、炎を纏った刀が斬り捨てる。同じく復活してきた杏寿郎によるものだ。が、二人は纏めて別の触手に弾き飛ばされる。

 

 

 

(甘露寺さん、煉獄さん!!)

 

 

 

再び炭治郎を仕留めようとする無惨、だが再びそれを妨害するものが現れる。

 

 

 

「おおおおお!!」

 

 

 

「オラァッ!!」

 

 

 

左腕が断裂した無一郎と、血だらけの実弥が、炭治郎に向けられた無惨の腕を斬り、壁に押さえ付ける。次は顔の真ん中から裂け、大きく開いた口で炭治郎を喰らおうとする無惨。今度はそれを伊黒が刀を突き立てて妨害する。

 

 

 

「夜明けだ!!このまま踏ん張れェ!!」

 

 

 

太陽がその顔を僅かに覗かせる。炭治郎達にとっては希望の光、無惨にとっては絶望の闇にすら思える。何としてでもその場から離れるべく、無惨は衝撃波を放ち、全員吹き飛ばす。

 

 

 

(しまった!手を離してしまった━━━!)

 

 

 

刀は無惨に刺さったまま。再びそれを握るべく立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。すぐさま逃亡を図る無惨だが、それは叶わなかった。

 

 

 

【飛天御剣流 九頭龍閃】

 

 

 

八つの斬撃と一つの突きが無惨に襲いかかり、再び壁へと押さえつける。

 

 

 

「━━━ッ、啓さん!!!」

 

 

 

「ぐうぅぅ・・・おおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

咆哮と共に刀を握る力に更に力を込める。

 

 

 

(頼む!赫く染まってくれ!!)

 

 

 

すると横から二人が啓の刀を握り締める。炭治郎と義勇だ。もうないに等しい自身の余力を全て絞り出し、刀を握る手へと込める。すると刀は赫く染まり、再び無惨を灼く。

 

 

 

(いける!!!)

 

 

 

日光が遂に差し込み、無惨の肌を焦がす。

 

 

 

(身体を縮めれば一瞬で灼き尽くされる。肉体を守れ、肉の鎧を━━)

 

 

 

膨れ上がる無惨の身体。啓と炭治郎は一瞬分裂に警戒するが、すぐにその警戒は霧散する。その身体は弾けることなく膨張し続け、やがて赤子のような姿を形作る。

 

 

 

(不味い!)

 

 

 

(このままでは━━!)

 

 

 

不意に、衝撃と共に二人が弾き飛ばされる。残った一人を無惨は体内に取り込み、煩く叫びながら日陰を目指す。

 

 

 

『日陰に入らせるな!!落とせ!!』

 

 

 

遠方からの輝利哉の指示を受けて、一般隊士達が建物の中から本棚やら何やらを無惨に向かって落とす。そして次から次へと無惨の動きを止めるべく手を尽くす。隠が自動車を無惨にぶつけ、路面列車を押し付ける。

 

 

 

「退がるなぁぁ!抑え続けろぉぉぉ!」

 

 

 

隠に混ざって列車を押す玄弥が叫ぶ。

 

 

 

「怖くない!!みんな一緒だ!!」

 

 

 

『死ぬな一旦退がれ!!次の一手は僕が考えるから!!』

 

 

 

輝利哉の想い虚しく無惨の拳が隠達に叩きつけられる。が、その寸前で実弥が割って入る。

 

 

 

【風の呼吸 玖ノ型 韋駄天台風】

 

 

 

「しぶてェんだよ糞がァァ!!」

 

 

 

腕を斬られた無惨は、叩くのではなく列車に乗っかり、押し潰そうとする。

 

 

 

「うわぁぁ!乗っかってきた!!」

 

 

 

さらにそれを阻む者が。片脚を失いつつも、獪岳に、隠に支えられながら悲鳴嶼と甘露寺が鎖を無惨の首に巻き付け、必死に引っ張る。

 

 

 

「オオオオオオオ!!!」

 

 

 

無惨は後ろに転がる。無防備に日光に晒され、表面から塵になっていく。

 

 

 

「━━土に!!攻撃して無惨の体力を削れ!!」

 

 

 

【水の呼吸 拾ノ型 生々流転】

 

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 

【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

 

 

義勇が、錆兎が、真菰が。流れるように無惨に攻撃を仕掛ける。

 

 

 

【風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪】

 

 

 

【霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り】

 

 

 

実弥が上から降らせるように浴びせ、無一郎が潜り込むように斬る。

 

 

 

【蛇の呼吸 肆ノ型 頸蛇双生】

 

 

 

【炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄】

 

 

 

(もう全員が限界だ、頼む死んでくれ早く。)

 

 

 

悲鳴嶼の想い虚しく、無惨を締め付ける鎖が音を立てて千切れる。無惨はすぐさま地面を掘り、日光からその身を隠そうとするが、唐突に顔面から血が吹き出し、醜く泣き叫びながら日光を全身に受ける。

 

 

 

「ギャァァァァァア!!!」

 

 

 

その場にいた全員の耳を劈くような悲鳴が辺りを襲う。降り注ぐ光は容赦なく無惨の身体を灼き、そして━━━━

 

 

 

「━━━勝った。」

 

 

 

無惨の身体が完全に消失する。歓喜の声が辺りに満ちる。喜び、泣きながら宿敵の死を、自分たちの勝利を噛み締める。

 

 

 

「終わった、か。」

 

 

 

悲鳴嶼が安堵と共に、その場に崩れ落ちる。

 

 

 

「悲鳴嶼さぁぁん!獪岳くぅぅん!私たちとうとうやったよおおお!」

 

 

 

「甘露寺、痛え。」

 

 

 

悲鳴嶼と獪岳の首に手を回し泣きながら喜ぶ甘露寺。

 

 

 

「まだ終わりじゃない!!怪我人の救護だ!!」

 

 

 

即座に怪我人の手当に回る隊士達。

 

 

 

「兄ちゃん!時透さん!」

 

 

 

「やっと、やっと終わりだ・・・!」

 

 

 

「あァ、俺達の勝ちだァ。」

 

 

 

手当を受けながら勝利を分かち合う不死川兄弟と無一郎。

 

 

 

「杏寿郎、無事か?」

 

 

 

「うむ!何とかな!」

 

 

 

と言いつつ、よろける杏寿郎。それを肩で支え、手当を受けるべく隊士達の元へと向かう伊黒。

 

 

 

「鱗滝さん、俺達やりましたよ・・・!」

 

 

 

「もう動けないよ・・・」

 

 

 

遠方の師に想いを馳せる錆兎と真菰。

 

 

 


 

 

 

「父上!私は、私は・・・・・・!」

 

 

 

「よくやったね、輝利哉。君と子ども達が頑張ってくれたお陰だ。」

 

 

 

顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、泣きついてくる息子を優しく受け止める耀哉。無惨が死んだと同時に、己を蝕む病魔が消えたのを確信している。

 

 

 

(本当に、よくやってくれた・・・)

 

 

 

「へっ、あいつら、派手にやってくれたなあ・・・」

 

 

 

「うむ、悲願は果たされたな。」

 

 

 

(錆兎、真菰、義勇、炭治郎・・・頑張ったな。)

 

 

 

最前線を退き、産屋敷家の警護に当たっていた宇随と杏寿郎の父、槇寿郎、鱗滝が静かに喜びを分かち合う。

 

 

 


 

 

 

(いない、何処だ?何処にいる?)

 

 

 

「冨岡さん!手当をしますのでこちらに!!」

 

 

 

「炭治郎は、啓は何処にいるんだ!?」

 

 

 

隠に止められながらも、姿が見えない二人を探して歩き続ける。

 

 

 

「二人は、無事なのか!?」

 

 

 

「義勇さん!!」

 

 

 

すると、義勇の元に炭治郎が走ってやってくる。炭治郎もまた、隠の静止を振り払いながら。

 

 

 

「やい炭治郎!!お前も重傷なんだから大人しく手当されろ!!」

 

 

 

「義勇さん、無事ですか?」

 

 

 

「こいつ聞いてねえええ!!」

 

 

 

「ああ。腕が千切れたがそれ以外はどうということは無い。」

 

 

 

隠・・・後藤の言葉を無視しながらやり取りを交わす炭治郎と義勇。次第に炭治郎にもある疑問が浮かぶ。

 

 

 

「・・・あれ、啓さんは、啓さんはどこなんです?他の人達は皆あっちで手当を受けてたんですけど・・・」

 

 

 

義勇と炭治郎は、二人で啓を探しながら歩く。少し歩き回っていると、数人で何かを囲むように座り込み、或いは立ち呆ける隠、一般隊士達を発見する。

 

 

 

「おい、どうし━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━た。」

 

 

 

「あ・・・う、そだ━━━!」

 

 

 

直後、義勇と炭治郎は言葉を失う。そこにあったのは━━

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 

膝を付き、俯きながら動かない啓の姿。それだけならいい。ただ寝ているだけかもしれないから。が、二人をそう思わせなかったのは、その周りを囲んでいた者達の涙。

 

 

 

「龍柱様・・・・・・!」

 

 

 

龍柱、如月啓の心臓は止まっていた。

 

 

 

「啓・・・起きろ、無惨を倒したぞ。目を、目を開けろ。」

 

 

 

「義勇さん。」

 

 

 

「何で、何で目を覚まさない?さあ、帰ろう。皆で━━」

 

 

 

「━━義勇さん!」

 

 

 

炭治郎の一喝で正気を取り戻す義勇。

 

 

 

「啓さんから、匂いがしません・・・あの強くて優しい匂いが、もう、全くしないんです・・・・・・!」

 

 

 

炭治郎が涙を流しながら義勇の肩に手をかける。その手は小刻みに震えている。

 

 

 

「━━守れなかった。いつもこうだ。お前は、人を守るだけ守って、自分は守られようとしない。」

 

 

 

啓の前に膝を付き、頭を合わせる。

 

 

 

「どうして、お前はそうなんだ・・・啓・・・!」

 

 

 

義勇が涙を流す。啓は、もう何も言葉を発さない。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

(私にはいつも死の影がぴたりと張り付いていた。私の心臓は母親の中で何度も止まった。)

 

 

 

鬼舞辻無惨は、死の間際に思いを巡らす。

 

 

 

(殺した人間など誰一人覚えていない。肉体は死ねば終わり。だがどうだ。想いは決して滅びず、この私すらも打ち負かした。)

 

 

 

無惨は怨敵・・・産屋敷耀哉の言葉を脳裏に浮かべる。

 

 

 

(私は、その事実を目の当たりにし、感動して震えた。私の肉体は日光を前にし、まもなく滅びるだろう。)

 

 

 

もはや己に迫る死から目を逸らそうとはしなかった。

 

 

 

(だが、私の想いもまた不滅、永遠なのだ。私はこの男に想いの全てを託すことにする。)

 

 

 

無惨が手を伸ばした先にあったのは、姿を変える際に取り込んだ啓の姿。

 

 

 

(呼吸も心臓も停止しているが、細胞の全ては死滅しておらず生きている。まだ間に合う。私の血も力も全て注ぎ込もう。もしも即死を免れたら、如月啓。お前は陽の光をも克服し、最強の鬼の王となるだろう。)

 

 

 

啓に自身の血を全て注ぎ込む。

 

 

 

(なぜなら、お前はあの化け物共と同じ技を扱い、最もそれに近づいた男。お前は死なない。私は信じる。私の夢を叶えてくれ啓、お前が━━)

 

 

 

 

 

 

 

━━━滅ぼせ、私の代わりに。

 

 

 

━━━鬼狩りを。




無惨戦決着です。
さて、ここからどうなる事やら・・・?


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第漆拾陸話 絶望の中で

たくさんの感想、誤字報告、評価ありがとうございます。
最後まで突っ走ります。


「啓・・・!」

 

 

 

啓の死を前に、悲しみにくれる義勇達。その中で、炭治郎がある異変に気付く。

 

 

 

(・・・!?なんだ、この匂い。まるで━━)

 

 

 

「義勇さん!!離れて!!」

 

 

 

「!?」

 

 

突然の炭治郎からの警告に、訳が分からないと言った様子で呆ける義勇。無防備な義勇に対して伸ばされる手があった。その手が義勇を捉えるより早く、近くまで来ていた獪岳が義勇に飛びつくようにして距離を開ける。

 

 

 

「獪岳!?何を━━」

 

 

 

「・・・・・・どうなってる。」

 

 

 

義勇が、獪岳の見ている方向に視点を合わせる。そこにあったのは、紛れもない絶望。

 

 

 

「━━━啓?」

 

 

 

心臓が止まり、死んだはずの啓がそこに立っていた。が、明らかに先程とは様子が違う。人間のそれとはかけ離れた鋭い爪、口元に覗かせる牙。極めつけは血走ったその眼。異変を感じさせるには十分すぎるほどの要素が揃っていた。

 

 

 

「━━━━━オオオオオオオ!!!」

 

 

 

猛々しい咆哮を上げる啓。その様はまるで━━

 

 

 

「━━鬼みたいじゃないか。」

 

 

 

義勇がそう口走る。飢えた獣のような目付きで義勇達を凝視する啓。誰よりも速く獪岳が動く。啓に刀を突き刺し、陽光の元に固定する。すると、啓は皮膚の表面から灼けていく。その事実が、啓が鬼になったという現実を非情に突き付ける。

 

 

 

「動ける者!!武器を持って集まれ!!」

 

 

 

啓の動きを抑えながら声を荒げる獪岳。

 

 

 

「啓が鬼にされた!太陽の下に固定して灼き殺す!人を殺す前に・・・啓を殺せ!」

 

 

 

そう叫ぶ獪岳の表情は悲痛に歪んでいた。柱たる自分がしっかりしなければ、という自覚はあるものの、鬼殺隊となる前からの仲である啓をその手にかけることに、抵抗が無いはずがなかった。その声を受けて、義勇も失われた利き手に変わり、左手で刀を構える。同じく炭治郎も構える。

 

 

 

(頼む、啓のまま死んでくれ・・・!)

 

 

 

刀を握る手に力を込める獪岳。悲鳴のような唸り声を上げながら、啓は日光に照らされもがき苦しむ。顔の半分が黒焦げになったであろう、その時だった。啓の陽光灼けが突如として止まり、みるみるうちに焦げた部分が再生していく。

 

 

 

(日光を━━━)

 

 

 

その瞬間、獪岳は大きく弾き飛ばされる。背中から壁に叩きつけられ、その衝撃で灰の中の空気が一気に吐き出される。

 

 

 

「がッ・・・・・・」

 

 

 

「獪岳!!」

 

 

 

義勇が獪岳の方に視線を移す、が。その視線はすぐさま引き戻されることになる。飛びかかってきた啓がそのままの勢いで腕を振り下ろす。義勇は間一髪のところで回避するが、先程まで義勇がいた地面は見るも無惨な姿に変貌する。

 

 

 

(なんという威力・・・鬼となって間もなくというのに。)

 

 

 

鬼となった啓の脅威を再認識しつつ、義勇はすぐさま臨戦態勢に移る。周りの一般隊士、隠を避難させ、啓と対峙する。

 

 

 

「炭治郎!!お前は援軍を呼んできてくれ!」

 

 

 

「分かりました、でも、どうするんですか!?」

 

 

 

数秒の沈黙の後に・・・

 

 

 

「━━いまこの場で、啓の頸を落とす。」

 

 

 

「━━━━━ッッ。」

 

 

 

炭治郎はどうしようもない絶望感に襲われながらも、自分と義勇二人ではどうにもならないと判断し、言われるがままに援軍を呼びに行く。義勇は一人啓と向き合う。

 

 

 

【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

 

 

流れるような動作で啓に斬り掛かる。途中で啓が拳を振るうも、全て避けた上で自身の攻撃のみ叩き込む。

 

 

 

(反応速度は本来のそれより大きく落ちている。これならば━━)

 

 

 

と、思ったその瞬間である。先程与えた傷は瞬きの内に再生する。まるで最初から攻撃を受けた事実などなかったかのように。

 

 

 

(━━そんな。)

 

 

 

油断している所に啓の拳が迫る。何の品もなく、ただただ獣のように無茶苦茶に振るわれたその拳を、義勇は避けようとはしなかった。否、避けることが出来なかった。

 

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

 

 

拳が叩き込まれようとしたその瞬間、獪岳が二人の間に割って入る。本来のそれより威力は劣るものの、義勇に迫る脅威を取り除くには十分なものだった。振るわれた右拳、もとい右腕を肩のあたりから斬り落とす。

 

 

 

「冨岡!!しっかりしろ!!」

 

 

 

「━━ッ、すまない!」

 

 

 

啓と間合いを開ける二人。啓は呆けたように自身の右腕を見つめている。義勇と獪岳が身構えると同時に、啓の腕が一瞬で再生する。

 

 

 

「日光も効かない、再生力も鬼舞辻に劣らない。どうする、この状況。」

 

 

 

「・・・・・・とにかく、他の柱達が到着するまで持ちこたえるしかないだろう。」

 

 

 

一呼吸置いて、義勇と獪岳は一糸乱れぬ連携で啓の動きを制限する。やがて、炭治郎からの報せを受けた者達が到着する。

 

 

 

「啓━━!?」

 

 

 

杏寿郎が絶句する。共に来た伊黒も言葉を失う。後から追いついた実弥も、啓の有様を見て絶望する。

 

 

 

「鬼舞辻ィ・・・・・・・・・!!」

 

 

 

実弥が憤怒に満ちた声で、既に滅んだはずの怨敵の名を呟く。啓は咆哮と共に、真っ先に実弥へと襲いかかる。当然大人しく襲われる訳もなく、真正面から攻撃を受け止める。

 

 

 

「散れェ!!取り囲んで啓を抑え込む!!」

 

 

 

実弥の叫び声を受けて、杏寿郎、伊黒も刀を抜いて啓を囲む。遅れてやってきた炭治郎も加わり、元々居た義勇、獪岳含めた六人で啓と相対する。

 

 

 

「炭治郎!」

 

 

 

「義勇さん、一度離脱して治療を受けてください!!」

 

 

 

「そうもいかない、啓の鬼としての素質は恐ろしいほどに高い。一人でも多いほうが良いだろう。」

 

 

 

「来るぞォ!!」

 

 

 

再び啓が襲いかかる。標的は炭治郎。鋭い拳、蹴りを標的を仕留めるために放つ。炭治郎は嗅覚で気配を感じ取り、全てを間一髪で回避する。

 

 

 

【蛇の呼吸 弐ノ型 狭頭の毒牙】

 

 

 

啓の死角から伊黒が攻撃を見舞う。が、どうやって感じ取ったのか。伊黒の攻撃を流れるように回避してしまう。

 

 

 

(反応速度が先程とは桁違いだ、この僅かな時間で鬼舞辻の細胞が定着しつつあるのか!?)

 

 

 

どうにかしなければ、と思いつつも有効策は一向に思いつかない。確実に鬼としての力が馴染みつつある啓に対し、焦りが湧いて止まらない。不意に、あることが義勇の頭を過ぎる。

 

 

 

(━━そうだ、人間に戻す薬!!)

 

 

 

「少し離れる!!」

 

 

 

「おい、冨岡ァ!?」

 

 

 

実弥が呼び止めるも、義勇は止まることなくその場を後にする。

 

 

 

(冨岡のやつ、何してンだァ!?とにかく、啓を何とかしねえと!)

 

 

 

【風の呼吸 玖ノ型 韋駄天台風】

 

 

 

宙に跳び、大小様々な攻撃を空中より浴びせる。そのうち幾つかが啓に当たるも、すぐさま傷は再生する。全員が代わる代わる攻撃を仕掛けるも、その全てが啓には通用しない。

 

 

 

(どうする、どうする━━!?)

 

 

 

答えは浮かばない。募るのは焦りばかり。既に限界を一つ二つ超えている中で、さらに疲労が蓄積していく。そんな中、さらに実弥達を追い込む出来事が。

 

 

 

「━━ァ?」

 

 

 

自身に襲いかかる技を避けているうちに、啓は足元に何かあることに気付き、拾い上げる。

 

 

 

(あれは━━)

 

 

 

それは啓の日輪刀。数秒見つめた後に、何も納められていないにも関わらず、自身の腰に携えられていた鞘に妙に慣れた手つきで納刀する。そのまま刀に手を添え、()()()

 

 

 

(━━━━まさか)

 

 

 

最悪の予想が頭を過ぎった瞬間、実弥は自身の持てる最速で身体を後退させる。すると、先程まで自分がいた所には啓が立っており、振り抜かれたその手には刀が握られている。

 

 

 

「冗談じゃねェぞ、オイ。」

 

 

 

鬼の首領から受け継いだ力と、人間として身につけた神業とも言うべき剣技。その二つを携えた存在が目の前にいることに、乾いた笑みすら零れる。先程までの獰猛極まりない立ち振る舞いから一転、啓は落ち着きを取り戻したように実弥達を見つめる。

 

 

 

「これは・・・不味いな。」

 

 

 

誰かがそう呟く。啓から放たれる圧倒的な威圧感。戦いは鮮烈を極めることは想像に難くない。その場にいた全員が、全身に悪寒が走るのを感じた。

 

 

 


 

 

 

「胡蝶━━━!!」

 

 

 

「冨岡さん?そんなに息を切らしてどうしたんです?」

 

 

 

一方、戦線から離脱した義勇は、隊員の治療に当たっていたしのぶを見つけ出す。

 

 

 

「薬、鬼を人間に戻す薬はまだあるか!?」

 

 

 

「ええ、ありますけど・・・」

 

 

 

義勇が安堵の息を漏らす。その様子を見てしのぶは一層首を傾げる。

 

 

 

「禰豆子さんには既に投与し、鬼舞辻も倒しました。何故、今この薬が必要なのですか?」

 

 

 

疑問を確かめる為、義勇に問いをなげかけるしのぶ。それに対して、義勇は隠す様子もなくありのままを伝える。

 

 

 

「━━━啓が、鬼にされた。今、動ける者達で対応している。」

 

 

 

「え━━━━?」

 

 

 

動揺から来る脱力感で、抱えていた治療器具を地面に落としてしまう。その衝撃で、注射器は音を立てて、粉々に砕け散る。

 

 

 

「何で・・・?もう全部、終わりでいいじゃないですか。」

 

 

 

しのぶは膝から崩れ落ち、絶望が口から声として溢れ出る。怨敵が残したあまりに大きすぎる爪痕、それは愛しき人を人ならざるものへと変えてしまった。安堵で一杯だったその心に突きつけられたその事実は、あまりに残酷なものだった。

 

 

 

「胡蝶、薬を。俺が啓を人間に戻してみせる。」

 

 

 

しのぶは数秒黙り込んだ後、静かに立ちあがる。

 

 

 

「━━いいえ、私がやります。冨岡さんにお任せしたら落としちゃいそうですし。」

 

 

 

義勇は「心外!」といった表情で、無言のまましのぶに抗議する。

 

 

 

「冨岡さんは治療を受けてくださいね。片腕失ってるのに動き回ってるなんて馬鹿なんですか?他の方を見習ってください。」

 

 

 

「・・・・・・そんな事を言える程度には、余裕があるようで安心した。」

 

 

 

「ええ、まあ。」

 

 

 

その言葉を皮切りに、しのぶはその場を離れ啓の元へと向かう。愛しき人を、取り戻すために。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

龍の呼吸 捌ノ型 逆鱗

 

 

 

啓が放った無数の斬撃が杏寿郎に襲いかかる。間一髪のところで回避する。凄まじい密度の斬撃で、背にしていた建物が粉々になった。

 

 

 

「む・・・?」

 

 

 

(何だ、何かが引っかかる。)

 

 

 

横から見ていた伊黒が、何か異変のようなものを感じ取る。その迷いを感じ取ったかのように、啓は伊黒に襲いかかる。

 

 

 

飛天御剣流 龍巻閃・旋

 

 

 

納刀し、錐揉み回転しつつ伊黒に迫る。すれ違いざまに抜刀するも、伊黒の羽織を僅かに掠るのみ。その攻撃から、伊黒の感じていた異変は確信に変わる。

 

 

 

(理解した。啓の身体能力は、鬼となったことで桁違いに飛躍した。が、それにも関わらずだ。技の速さ、威力は人間であった頃と大差ない。おかしい。本来なら威力も比例して強くなるはず。)

 

 

 

すぐさま切り返し、仕掛けてくる啓を捌きながら思考する。

 

 

 

(刀を握った時からか。何か、意図的なものを感じる。)

 

 

 

炭治郎に斬り掛かる啓を見て、再び疑問は確信に。

 

 

 

(お前も抗っているのか、啓。)

 

 

 

伊黒は再び気を引き締める。友を取り戻すために。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ここは何処だ?

俺は何をしている?

無惨は死んだのか、皆無事なのか?

 

 

 

「━━━━はっ。」

 

 

 

ふとした瞬間に意識を取り戻す。身体を起こそうとしたが、ビクともしてくれない。

 

 

 

「ここは━━」

 

 

 

辛うじて首だけを動かし、周囲を見渡す。すると、自分が得体の知れない、肉のような不気味な何かに包まれていることが分かった。再度、身体を動かそうとしたが、やはり微塵も動かない。どうしたものか、と目を閉じると、突如として景色と声が脳内に流れ込む。

 

 

 

━━━動ける者!!武器を持って集まれ!!

 

 

 

獪岳?どうしたんだそんなに声を荒らげて。

 

 

 

━━━啓が鬼にされた!

 

 

 

「━━━は?」

 

 

 

どういうことだ。一体何が起こっている。俺が、鬼にされた?意味が分からない。状況が飲み込めずにいると、獪岳が俺・・・?に蹴り飛ばされ、かなりの距離を吹き飛ばされるのが見える。

 

 

 

━━━炭治郎!!お前は援軍を呼んできてくれ!!

 

 

 

━━━分かりました。でも、どうするんですか!?

 

 

 

━━━今この場で、啓の頸を落とす。

 

 

 

ああ、本当に俺は鬼になってしまったんだな。恐らく、無惨を壁に押さえつけたいた時、炭治郎と義勇を逃がし、肥大化した無惨に取り込まれた時だろうか。俺に残っている最後の記憶はあそこだ。あのタイミングで、無惨の血を注ぎ込まれて鬼にされた。とみて間違いなさそうだ。

 

 

 

━━━啓!?

 

 

 

杏寿郎、小芭内に実弥。怪我をしているのは分かるが致命傷ではなかったようだ。既に限界を一つや二つ超えているというのに、俺が情けないばかりに・・・

 

 

 

いや、後悔などしても遅い。今こうして意識が鮮明になった以上、何か出来ることがあるはずだ。抗い続けろ。奴の好きにはさせない。

 

 

 

━━━少し離れる!!

 

 

 

義勇、何処へ?いやいい、とにかくこの肉の塊から抜け出さなければ。依然としてビクともしてくれないが。

 

 

 

何とか抜け出そうとあれこれしていると、手首から先が肉の塊の外に抜け出し、ふと、親しい感触が手に握られるのを感じる。これは━━━

 

 

 

「ふッ!!!」

 

 

 

手首の可動域を最大限に活かし、俺を押さえつける肉の塊に()()()()()を突き刺す。すると肉の塊の拘束力が弱まる。そこにつけ入り、拘束を無理やりに剥がす。立ち上がると、そこは真っ暗な場所だった。

 

 

 

脳内には依然として、恐らく外の、俺の身体が見ている景色が流れ込んでくる。刀を手に仲間達に襲いかかってる光景だ。鬼の力で振るわれるそれは、あまりに脅威。

 

 

 

肉の塊による拘束を外した今なら、身体に干渉することが可能かもしれない。目を閉じ、集中すると、身体が動いてるのを感じ取れる。その感触を少しでも抑えることが出来れば。

 

 

 

━━━む・・・?

 

 

 

成功したようだ。先程よりも技の威力が落ちている。続けざまに振るわれる小芭内への攻撃も、無理やりに威力を減衰させる。

 

 

 

「━━━ッ!?」

 

 

 

ふと、危険が迫るのを感じて回避をとる。俺の意識の中の世界でこんなことが・・・?いや、待てよ。一つ心当たりがある。先程まで俺が立っていた場所を見ると、触手のような何かが伸びている。

 

 

 

「・・・・・・・・・やはり、干渉してきたか。」

 

 

 

目の前にいたのは、滅んだはずの鬼舞辻無惨。最後に見た菅田と同じように、全身を異形に歪ませた姿だ。

 

 

 

「大人しくしていてもらおう。お前には私の願いを、想いを継いでもらうのだからな。」

 

 

 

「丁重にお断りする・・・一つ聞こう。」

 

 

 

「言ってみろ。」

 

 

 

「俺をこんなことにした主犯であるお前を、この俺の意識の世界とも言うべき場所で抑えることが出来れば、俺の身体の自由は戻る、と捉えても良いな?」

 

 

 

「さあどうだろうか。試してみてはどうだ?」

 

 

 

無惨が全身から触手を、管を出してくる。あれだけ消耗させたというのに、ここではそんなのお構い無しといった様子だ。

 

 

 

「そうしよう。ここでお前を倒し、俺は皆の元に戻る。」

 

 

 

 

 

「出来るといいな?」

 

 

 

刀を構え、痣を、赫刀を、透き通る世界を発現させる。俺の消耗もここでは関係ない。存分にやれる。

 

 

 

「覚悟しろ。」

 

 

 

俺も闘う。必ず戻る。だからそれまで、耐えてくれ、皆。

 

 

 

 

 


 

 

 

しのぶが啓の元に到着すると、腕などを失い治療していた柱達も啓と対峙していた。が、その場にいた全員がやはりと言うべきか、動かないはずの身体を無理やり動かして戦っているような状態だった。

 

 

 

「皆さん!啓さんを極力弱らせてください!ここに、私が作った鬼を人間に戻す薬があります!」

 

 

 

「本当か!!」

 

 

 

その場にいた全員に希望の光が射す。悲鳴をあげる身体を奮い立たせ、今一度啓に向き直る。

 

 

 

(啓さん。次は、私達が貴方を助ける番です。必ず、元に戻してみせますから。)

 

 

 

新しくその場に現れたしのぶに狙いを定め、遠距離から一気に間合いを詰め、突きを放つ啓。しのぶは余裕を持ってそれを回避、すれ違いざまに数度毒を見舞う。が、一瞬のうちに毒は分解され、刺傷も再生する。

 

 

 

「再生が遅くなる程度まで追い詰めてください!そこに私が薬を!!」

 

 

 

「了解ィ!!行くぞォ!!」

 

 

 

実弥が先陣切って斬り掛かる。啓はそれを刀で受け止める。その隙に杏寿郎と無一郎が攻撃を加える。

 

 

 

「時透!無理はするな!」

 

 

 

「無理してでも、助ける!!」

 

 

 

義勇同様、右腕が失われた無一郎だが、そんなのお構い無しに啓に仕掛ける。恩人が、仲間は必ず戻ってくると信じて。

 

 

 

「四肢が欠損している者は無理をするな!啓の攻撃を確実に回避、防御出来るタイミングで仕掛けろ!」

 

 

 

片脚を欠損したも、愈史郎が拵えた義足もどきで立ち上がった悲鳴嶼が全体に指示を出す。全員の意識が一つになる。大切な仲間を、取り戻すために。意識の内と外で、それぞれが奮闘する。




啓 VS 鬼殺隊

無惨 VS 啓

という対面ですね。
意識の中でとはいえ、再び無惨と一対一となった啓。そしてしのぶの持つ薬を使うため、啓を弱らせようとする鬼殺隊。正真正銘これが最後の闘いですね。


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第漆拾漆話 声

鬼にされた啓が、鬼殺隊の面々と戦っている。啓が身体が地に落ちていた刀を拾い上げたことで、鬼の細胞に支配されかけていた啓の意識が僅かに揺らぐ。束縛から解放された啓の意識は、自身を鬼へと変えた無惨の意識と対峙していた。

 

 

 

(ここで無惨に負ければ、身体の自由は永遠に戻らないだろう。何としてでも勝つ!)

 

 

 

啓が無惨に鋭く切り込む。一瞬で姿を消し、一瞬で無惨との間合いを詰める。無惨はそれを大人しく受け入れるわけもなく、身体中から生やした触手で対応する。避けて守ってを繰り返しているうちに、啓はあることに気が付く。

 

 

 

(無惨の攻撃、先程戦っていた時より段違いに速く重い。もう薬の影響が全く無いのか──!?)

 

 

 

透き通る世界を持って、全ての攻撃を捌き切る啓。だが、明らかに消耗していた。

 

 

 

(現実の方で受けた傷による影響は、確かに俺にもない。だが、能力そのものは現実のまま。どうしても無惨に劣ってしまう。)

 

 

 

体力切れという概念が無いに等しい鬼と人間とでは、やはりというべきか、能力そのものに大きな差が出る。いくら業を磨こうとも、その差を埋めるのは不可能に近い。

 

 

 

(だがそれでも、やるしかない!)

 

 

 

【龍の呼吸 陸ノ型 穿ち龍牙】

 

 

 

攻撃の隙間を通り抜け、神速の突き技を無惨に見舞う。刃は無惨の肩を貫き、そのまま上に振り上げて傷を大きくする。赫刀が再生に影響を与え、一瞬で再生とはいかず、徐々に傷が塞がっていく。

 

 

 

「チッ・・・!」

 

 

 

(赫刀による攻撃は有効。そして今の一連の攻撃で分かった。)

 

 

 

啓は身体に意識を集中させる。すると、こことは違うどこかで動いている自分の身体が、少し制御出来たような気がした。

 

 

 

(ここで与えた傷が、身体の支配に直結している。やはり、ここで無惨を倒しきれば──)

 

 

 

次々と無惨に攻撃を浴びせる。飛天御剣流、龍の呼吸、日の呼吸。持てる全ての力を無惨にぶつける。

 

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃・嵐】

 

 

 

【龍の呼吸 弍ノ型 荒鉤爪】

 

 

 

【日の呼吸 拾ノ型 火車】

 

 

 

「調子に・・・乗るなァ!!」

 

 

 

無惨が一際強く腕を振るう。回避の為に一旦無惨との間合いを開け、一旦冷静になる。

 

 

 

(よし、身体の自由がだいぶ取り戻せている。無惨が冷静さを失いつつある今が、畳み掛ける好機!)

 

 

 

強く刀を握り締め、無惨へと振るう。振るわれるその刀身は、先程よりも深い赫に染まる。

 

 

 

(──心を燃やせ。)

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「囲め!交代しつつ啓をの動きを制限するんだ!」

 

 

 

悲鳴嶼がそう言いつつ先頭に立つ。柱総出で啓を囲む。

 

 

 

(弱らせる目安は再生力が落ちる程度、型を使わず攻撃してそれを測る!)

 

 

 

悲鳴嶼が啓へと狭り、手斧を振りかぶる。啓の胸をそれなりに深く抉るが、瞬く間に再生しきる。

 

 

 

「今の啓の再生力は上弦と同等だ!!とにかく攻撃を浴びせて消耗させろ!」

 

 

 

その一言で、杏寿郎と実弥が真っ先に仕掛ける。

 

 

 

「煉獄!合わせる!」

 

 

 

「承知した!!」

 

 

 

【炎の呼吸 伍ノ型 炎虎】

 

 

 

【風の呼吸 漆ノ型 勁風・天狗風】

 

 

 

高威力を誇る杏寿郎の炎の呼吸の型に、実弥が風を纏わせることで威力の底上げをする。放たれた風に煽られ勢いを増した炎は、啓を包み込み、全身を焼き尽くす。鮮血が舞い、啓は呻くが、やはり直ぐに再生する。

 

 

 

「まだまだ畳み掛けろォ!!」

 

 

 

「義勇!!」

 

 

 

「了解!!」

 

 

 

【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 

流れるような足運びで啓を取り囲み、すれ違いざまに何度も何度も斬りつける。

 

 

 

「ガァァ!!!」

 

 

 

「──ッ。」

 

 

 

啓の絶叫に義勇が顔を歪める。痛みに、苦しみに悶えているようにみえてならない。親友が苦しむ姿を見て、平気でいられるはずがなかった。他の者達も同様である。と、その時である。

 

 

 

「──義勇ッ!」

 

 

 

義勇がもう一度啓を斬ろうとした瞬間、啓が超反応で攻撃を刀で受け、弾く。大きな隙を晒した義勇の胴体を大きく薙ぐ。

 

 

 

「ぐッ──!」

 

 

 

「冨岡さん!下がって!!」

 

 

 

啓と義勇の間に時透が割って入り、迫る凶刃を防ぐ。その隙に義勇が離脱し、すぐさま止血を試みる。鬼殺隊側の勢いが止まったその一瞬の隙に、啓が付け入る。

 

 

 

龍の呼吸 参ノ型 龍舞・風纏

 

 

 

本来、相手の攻撃を回避すると同時に攻撃をする型で、目の前の敵達に襲いかかる。淀みない足運びで自身を取り囲む者を手当たり次第に斬り伏せる。決して軽くはない傷が、最前線で啓を囲んでいた悲鳴嶼、錆兎、杏寿郎、実弥、無一郎に浮かび上がる。

 

 

 

「下がれ!交代する!」

 

 

 

後方に控えていた伊黒が啓に斬り掛かる。僅かに回復した体力を握力に集中させ、赫刀を顕現させる。

 

 

 

【蛇の呼吸 肆ノ型 頸蛇双生】

 

 

 

啓を挟み込むようにして斬撃を放つ。赫に染まった刃が与える傷はやはり格別のものであり、啓が一層苦しそうな声を漏らす。

 

 

 

(迷うな!助けたいのなら!!)

 

 

 

僅かな迷いを振り払い、次々と啓に攻撃を加える。啓も抵抗すべく刀を振るうが、間一髪で伊黒は回避する。攻撃の後隙に再び攻撃する。

 

 

 

「伊黒さん!下がって!」

 

 

 

突如投げかけられた声に従い、伊黒は後退する。その瞬間、上から斬撃が降り注ぐ。甘露寺が跳躍と共に、その特殊な刀を啓に向かって振るう。伊黒が赫刀で与えた傷は未だ修復中だが、甘露寺の攻撃はすぐさま再生しきる。

 

 

 

「甘露寺!赫刀だ!刀を強く握り締めてみてくれ!」

 

 

 

伊黒の言葉を受け、刀を思い切り握り締める。すると、みるみるうちに刀が赫に染まる。

 

 

 

(一瞬で赫く、流石だ甘露寺!)

 

 

 

【恋の呼吸 参ノ型 恋猫しぐれ】

 

 

 

再び啓に攻撃を浴びせる甘露寺。瞬く間に啓の身体に傷が浮かび、欠損させる。

 

 

 

(このまま一気に!!)

 

 

 

とめどなく仕掛ける甘露寺だったが、唐突にその手を止める。いや、()()()()()。伸びた刀身を啓がそのまま掴み、離さない。甘露寺が全力で引っ張るも、ビクともしない。そしてそのまま啓の力負けし──

 

 

 

「キャッ!?」

 

 

 

刀に引っ張られるようにして啓に引き寄せられる。そのまま啓が攻撃を浴びせるのかと思いきや、そうではなく、後ろの壁に叩きつけられる。

 

 

 

「甘露寺ッ!!」

 

 

 

すぐさま甘露寺の元に駆け寄ろうとする伊黒だが、横から衝撃に襲われる。啓が飛び蹴りを伊黒に浴びせたのだった。甘露寺とは逆の方へ吹き飛ばされる。二人はそのまま動かない。

 

 

 

(不味いッ!)

 

 

 

獪岳としのぶが前に躍り出る。他の柱達は現在身動きが取れない今、この二人で啓を抑えなければならない。と、その時、思わぬ救いの手が差し伸べられる。

 

 

 

「獪岳さん!しのぶさん!」

 

 

 

「炭治郎君!」

 

 

 

炭治郎の後ろにはカナヲ、善逸、伊之助といった同期組もいる。

 

 

 

「兄貴!大丈夫!?」

 

 

 

「お前こそ。動けるのかよ?」

 

 

 

「本当は休んでたいけど・・・そうもいかないでしょ。」

 

 

 

「しのぶ姉さん。」

 

 

 

「カナヲ、みんな。力を貸して頂戴。啓さんを人間に戻す為に。」

 

 

 

「当たり前よォ!!」

 

 

 

再び啓を取り囲む。一度は戦線離脱した者も、また立ち上がる。全ては仲間を助ける為に。

 

 

 

「善逸!続け!」

 

 

 

「おう!」

 

 

 

獪岳と善逸が雷の如く斬り込む。善逸が浅く斬ったところを獪岳が深く抉る。兄弟弟子の連携が啓を追い込んでいく。

 

 

 

「ガァ!!」

 

 

 

啓が横薙ぎに一閃。後ろに跳んで回避するとカナヲと伊之助が入れ替わって前に出る。やや食い気味な伊之助の攻撃に上手くカナヲが合わせ、啓に反撃の隙を与えぬように攻め立てる。防戦一方だった啓は、存在しない隙に無理やり付け込み、二人を引き剥がす。すると、すぐさま炭治郎が啓に斬り掛かる。

 

 

 

【日の呼吸 壱ノ型 円舞】

 

 

 

日の呼吸の型を繋ぎ、単身啓をその場に縛り付ける。型が一巡したあたりで、僅かにしか余裕がなかった身体が悲鳴をあげ、身体が強ばる。そこに振るわれた刀を、横から杏寿郎が割り込んで受け止める。

 

 

 

「竈門少年!無理をするな!」

 

 

 

 

【炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり】

 

 

 

前方を大きく薙ぎ払い、啓を後退させる。その隙に炭治郎が持ち直し、杏寿郎と二人で再び攻め立てる。二人で攻めることにより、僅かばかりに余裕を持てる。

 

 

 

「隙を作ってくれ!!一気に削る!」

 

 

 

杏寿郎の言葉に従い、炭治郎が啓に仕掛ける。そこで敢えて隙を晒し、啓の攻撃を誘う。

 

 

 

【日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹】

 

 

 

高速の捻りと回転により、啓の攻撃を回避。残像により、啓は撹乱される。その隙に杏寿郎が一気に仕掛ける。

 

 

 

【炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄】

 

 

 

十分な溜めからしっかりとした踏み込み、そこから爆発的な加速。啓に突進と共に斬り掛かる。が、啓は杏寿郎の動きをしっかりと目で追っている。刀を構え、迎撃するかと思いきや───

 

 

 

「──ァ。」

 

 

 

間の抜けた声と共に、動きが固まる。その瞬間、杏寿郎が啓を左肩から左脇腹に掛けて大きく抉る。

 

 

 

「グゥ──!?」

 

 

 

流石に堪えたらしく、啓が苦悶の声を漏らす。損傷箇所を再生させたが、僅かにその速度が落ちている。

 

 

 

(今のは──)

 

 

 

「再生速度が僅かに落ちている!全員畳み掛けろ!」

 

 

 

(──啓も、鬼舞辻の思惑通りには動くまいと抗っている。ならば、その隙に!!)

 

 

 

友の想いを無駄にしないよう、先陣切って杏寿郎が切り込んでいく。が、その時だった。

 

 

 

「ガァァァァァァァァァァ!!!」

 

 

 

啓が猛々しく雄叫びを上げる。その瞬間、隊服を突き破って背中から十本程度の触手が生えてくる。

 

 

 

「な────!?」

 

 

 

杏寿郎が驚いて脚を止めた瞬間、唐突に生やしたその触手を振るう。間一髪のところで義勇が間に割って入る。

 

 

 

【水の呼吸 拾壱ノ型 凪】

 

 

 

(やはり、片腕では──)

 

 

 

凪で捌こうとするも、片腕ではやはり限度があり、義勇の身体を僅かに掠める。

 

 

 

「冨岡!!」

 

 

 

「一旦下がれ!!」

 

 

 

大人しく啓との間合いを開け、突如として変貌した啓の姿を観察する。

 

 

 

(もう薬を打ち込むしかない。幸いにして先程の煉獄さんの攻撃で消耗させられた。これ以上は鬼の細胞が今より定着して薬すら克服する可能性がある。)

 

 

 

「皆さん、聞い「負けるな!!啓!!」

 

 

 

しのぶが声を上げたその瞬間、杏寿郎がその何倍もの大きさで啓に突如声を掛ける。

 

 

 

「煉獄さん、何を?」

 

 

 

「先程、俺が攻撃を仕掛けようとした瞬間、一瞬啓が迎撃を躊躇った。恐らく、啓の意識は完全には失われていないのだろう。ならば、内側から干渉することだって不可能ではないかもしれない!」

 

 

 

「煉獄の言う通りだ。」

 

 

 

後ろから蹴られた脇腹を抑えながら伊黒が賛同する。

 

 

 

「刀を握って間もなく、意識的に攻撃の手を緩めていた。そう見て間違いないだろう。」

 

 

 

「グゥゥゥ・・・!」

 

 

 

啓が刀を握り、背中の触手をしならせながらこちら側を見つめる。

 

 

 

「・・・皆さん、聞いてください。今から私が啓さんにこの薬を投与します。これ以上は危険です。だから、何とかして隙を作ってください。可能ならば、もう少しだけでも消耗を。」

 

 

 

その場にいた全員が頷く。刀を握り締め、今一度啓に向き直る。啓が駆け出し、命を刈り取るべく暴力の嵐を吹かせる。が、誰もそれを大人しく受け入れはしない。正真正銘最後の戦いを切り抜けるために、全員が抗う。

 

 

 

(───今、助けますから!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 

啓が雄叫びと共に無惨へ斬り掛かる。無惨の腕を捉え、斬り落とす。そのまま何度も、何度も無惨を斬り刻む。

 

 

 

「蛆虫がァ!!」

 

 

 

無惨が腕、触手を最高速で啓に振るう。避けて、守って、近づいて斬って。この繰り返しである。

 

 

 

(いける、このまま押し切るんだ!)

 

 

 

 

【日の呼吸 拾参ノ型───】

 

 

 

日の呼吸の型を繋ぎ、無惨を追い詰める啓。赫の刃が次々と飛び交う。無惨の身体を何度も何度も裂き、身体の支配権を無理やりに奪い取る。

 

 

 

(まだだ、まだ手を止めるな!)

 

 

 

すぐさま呼吸を切り替え、攻撃の手を休めずに無惨へ斬り掛かる。

 

 

 

【龍の呼吸 日ノ秘剣 天照ノ龍神】

 

 

 

日の呼吸の型を自分が扱うのに最適化した技に切り替える。炎、水、風、雷、岩の如く刀を振るう。無惨の全身を斬り刻み続けると、身体の自由が半分程戻ってきたのを感じる。 一際鋭い攻撃を見舞うと、無惨は項垂れて動かなくなる。

 

 

 

(これで決める────)

 

 

 

これを好機とみた啓が、無惨の頸に向かって刀を振るう。無惨は微動だにせず、迫る啓の刀を拒もうとしない。そのまま刀は無惨の頸を撥ねる。

 

 

 

 

 

 

 

「───そう易々といくと思ったか。」

 

 

 

ことは無かった。無惨の全身から、内側を食い破るようにして触手が生える。そのまま啓の全身を穿つ。

 

 

 

「ガッ───!?」

 

 

 

腹の辺りを貫かれ、そのまま地面に固定される。四肢を触手に拘束され、動けない。そして、先程まで傷だらけだった無惨の身体は、傷一つない状態に一瞬で変わる。

 

 

 

「倒せると思ったか?勝てると思ったか?仲間の元に戻れると思ったか?」

 

 

 

地に伏せる啓に無惨が問いかける。その声にはどこか愉悦が滲み出ている。

 

 

 

「残念だったな。」

 

 

 

無惨が啓の顔を覗き込み、顎に手を添える。

 

 

 

「貴様には散々苦しめられた。同等の苦しみを与えてから、共に消えるとしよう。」

 

 

 

無惨は既に、啓の中から消える覚悟が出来ていた。細胞が完全に定着すれば、啓は完全な鬼の王として殺戮の限りを尽くすと確信していた。中から己と持ち主が消え、気の赴くままに破壊と殺戮を繰り返すことを無惨は熱望していた。

 

 

 

「さあ、大切な仲間を自分の手にかけるところをじっくりと眺めているがいい。」

 

 

 

(身体が動かせない・・・意識は保っていられるが、もはやこれまでか・・・)

 

 

 

脳裏には、身体を異形に歪ませ仲間達に襲いかかろうとしている自分の姿。

 

 

 

(すまない、すまない皆────)

 

 

 

抗いようのない虚無感が啓を襲い、一気に意識が混濁する。そのまま意識を手放しかけたが、不意に声が響く。

 

 

 

『負けるな!!啓!!』

 

 

 

(────杏寿郎。)

 

 

 

親友、煉獄杏寿郎の声だった。外から自分に向かって声を投げかけているのだと理解出来た。その後まもなく、身体は杏寿郎達に向かって飛びかかる。仲間達は自分の攻撃を捌きながら、次々と声を投げかける。

 

 

 

『啓!!戻ってこい!!』

 

 

 

『また、美味しいもの食べましょう!!』

 

 

 

(小芭内、蜜璃。)

 

 

 

動かない身体に力を込める。

 

 

 

『啓さん!!』

 

 

 

『啓!!諦めるな!』

 

 

 

(無一郎、行冥さん。)

 

 

 

さらに力を込める。骨がミシミシと音を鳴らす。

 

 

 

『啓、お前なら出来る!!』

 

 

 

『男なら抗ってみせろ!!』

 

 

 

(義勇、錆兎。)

 

 

 

「ふん、無駄なことを。」

 

 

 

どうやら啓が見ている景色、聞こえている声は無惨にも聞こえているらしく、その全てを無駄と一蹴する。啓はそれを気に止めることなく、抗い続ける。

 

 

 

『啓ィ!!さっさと戻って来いやァ!!』

 

 

 

『啓!!お前は凄いやつだ!!きっとやれる!!』

 

 

 

(実弥、獪岳。)

 

 

 

力を込めるも拘束は外れる気配がない。それでも、諦めることは無い。

 

 

 

『啓さん!!』

 

 

 

(しのぶ。)

 

 

 

次に響いてきたのは、愛する人の声。

 

 

 

『皆待ってます!私だって!!だから・・・戻ってきてください!!』

 

 

 

その一言を皮切りに、啓はさらに力を込める。その想いに呼応するかのように、先程とは比較にならない程の力が湧き、拘束を打ち破る。

 

 

 

「─────馬鹿な。」

 

 

 

「無惨、お前も先程目にしたばかりの筈だ。」

 

 

 

刀を拾い上げ、無惨に突きつける。

 

 

 

「これが、人の想いの力だ。俺たちはお前なんかに負けはしない。絶対にだ。」

 

 

 

「────が。」

 

 

 

無惨がボソリと呟く。と、同時に再び全身から触手が生えてくる。

 

 

 

「・・・・・・雑種共がァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

怒りとともに無惨は咆哮。辺りを滅茶苦茶に薙ぎ払う。が、一つとして啓には当たらない。

 

 

 

「終わりにしよう、無惨。俺は・・・俺たちは、必ず勝つ。」

 

 

 

「ほざけェェェェェェェェェェ!!!」

 

 

 

怒り狂った無惨は、先程とは比較にならない程の重さ、速さで攻撃を仕掛ける。啓はその全てを捌く。

 

 

 

(───行くぞ、皆。)

 

 

 

 

 

 

 




次回、堂々決着です。
もしかすると今日中に投稿出来るかもしれません。


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第漆拾捌話 ただいま

「おおおおおおお!!」

 

 

 

無惨へと一直線に突っ込む。荒ぶる触手の妨害を全て叩き落とし、無惨本体へと刀を振りかぶる。もう少しで捉える、というところで触手に邪魔され、それは叶わない。すぐさま体勢を立て直す。

 

 

 

「大人しくしていろ!!」

 

 

 

今度は無惨が仕掛けてくる。腕が、触手がこちらに向かってくる。身体中に浮かぶ口の吸引による引き寄せにより、足元を掬われそうになるも、力の限り踏ん張って耐える。迫る脅威は全て斬り刻む。

 

 

 

【龍の呼吸 壱ノ型 龍閃】

 

 

 

一瞬の不意をつき、無惨を袈裟斬りにするも斬った瞬間から再生し、こちらを睨みつける。その瞬間、無惨から衝撃波が放たれ、至近距離でそれを喰らった俺の身体は大きく吹き飛ぶ。

 

 

 

「ぐッ・・・」

 

 

 

痛くないはずがない。だがそれでも俺は止まらない。止まれない。止まるわけにはいかない。こんな痛みがなんだ・・・黙って耐えてみせろ。

 

 

 

吹き飛ばされた先ですぐさま身体を起こすと、無惨の攻撃が至近距離にまで迫っていた。

 

 

 

【龍の呼吸 参ノ型 龍舞・風纏】

 

 

 

風を纏いつつ、回避と共に無惨を斬りつける。依然として斬ってはすぐ再生するが、それでも攻撃の手を止めない。

 

 

 

【龍の呼吸 弐ノ型 荒鉤爪】

 

 

 

三本の爪のような斬撃で無惨の胸を抉る。お構い無しに無惨がこちらに腕を伸ばすが、その腕に捉えられることなく後退する。すると、獣のように無惨がこちらに迫ってくる。刀を納め、少し距離を開けたところで腰を落とし構える。

 

 

 

【龍の呼吸 肆ノ型 龍の領域】

 

 

 

目には見えない自身の領域を想像し、そこに脚を踏み入れた無惨を一刀両断する。抜刀術により無惨の上半身と下半身を分断するが、一瞬のうちに再生する。すると、唐突に肩の辺りを貫かれる。

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

自身を囮にした攻撃か。幸いにして貫かれたのは左肩。利き腕じゃなければさほど支障はない。

 

 

 

「なっ、離せッ!!」

 

 

 

「離すか。」

 

 

 

すぐさま触手を肩から抜き、左手で掴む。そのまま引き寄せると同時に、こちらからも無惨に向かって駆ける。刀を握った右腕は、弓を引くように大きく後ろに引き、溜めた力を至近距離まで近づいた瞬間に放出する。

 

 

 

【龍の呼吸 陸ノ型 穿ち龍牙】

 

 

 

無惨の胸を貫く。最も心臓があるわけでもないからさほど効きはしないだろうが。だがこの場においては傷を与えることに意味がある。身体の支配権を奪い、奪われの繰り返しだ。

 

 

 

無惨の身体に脚を突き立て、蹴りと同時に刀を抜き、間合いを開ける。ある程度の間合いを確保したら直ぐに次の攻撃を仕掛ける。

 

 

 

【龍の呼吸 伍ノ型 飛龍】

 

 

 

斬撃を衝撃波と共に飛ばす。放たれたそれは、無惨の腕を肩のあたりから斬り落とす。当然のようにすぐさま再生するが、心做しか速度が落ちたように思えた。

 

 

 

流れは俺にある。

 

 

 

【龍の呼吸 漆ノ型 龍星群】

 

 

 

高く飛び、流星のように無惨に降り注ぐ。すれ違いざまに放たれた無数の斬撃、突きは確実に無惨を削る。無惨は一瞬顔を歪めるも、すぐさま触手でこちらに攻撃してくる。

 

 

 

【龍の呼吸 捌ノ型 逆鱗】

 

 

 

高密度の斬撃で迎え撃つ。斬撃に触れた瞬間、無惨の触手は霧散。そのまま身体まで斬り刻む。全身に浮かんだ傷は、やはり再生する。確実にその速度を落として。

 

 

 

「調子に乗るなよ──!」

 

 

 

次の攻撃に移行しようとしたその瞬間、無惨がこちらに蹴りを見舞う。それをモロに腹に受けてしまい、胃液が逆流してくるのを感じる。それを抑え込み、無惨に再び刀を振るう。無惨はそれを腕で受け止め、刀ではないが鍔迫り合いのような形になる。

 

 

 

「ぐ・・・・・・・・・ッ!!」

 

 

 

「う、おおおおおおおおおお!!」

 

 

 

咆哮と共に刀に力を込める。無惨の腕に少しずつくい込み、血を滲ませる。その瞬間、無惨の胸が真ん中から裂け、大きな口のようになり俺を取り込もうとする。すぐさま刀を無惨の腕をから離し、身体の横で構える。

 

 

 

【龍の呼吸 玖ノ型 大龍巻】

 

 

 

身体の捻りを効かせ、回転と共に刀を振るう。勢いよく放たれた斬撃は、風を巻き込みながら渦巻く。広がり、残留する斬撃は無惨を削り続ける。すぐさま無惨は後ろに跳ぶ。

 

 

 

【龍の呼吸 拾ノ型 画龍点睛】

 

 

 

刀を納め、抜刀術の構えをとる。僅かに上半身を捻ったその構えのまま、呼吸により得られる力を脚に集中させ、一気に解放する。爆発的な加速と共に、残留する斬撃を突き抜け、一瞬で無惨の前に踏み込む。そのまま身体を回転させ、勢いのままに刀を振り抜く。

 

 

 

「ぐァ・・・!」

 

 

 

鮮血が舞う。無惨は息を切らしながらも傷を修復する。そしてここまで動いた反動が俺にも襲いかかる。身体を酷使したことによる痛みに見舞われる。

 

 

 

「貴様は・・・なぜ動ける。私から受けた傷も浅くはない筈。なぜだ?」

 

 

 

「愚問だな。俺には待っている人達がいるからだ。」

 

 

 

「分からんな。それだけの理由でここまで動けるはずがない。独りで戦えるはずがない。」

 

 

 

「俺は一人ではない。俺は常に仲間と、想いと共にある。決して潰えはしない。」

 

 

 

「・・・・・・・・・そうか。」

 

 

 

不意に、無惨から敵意が消える。何だ?何のつもりだ?

 

 

 

そんな疑問は、すぐに晴れることになる。

 

 

 

「───ッ!?」

 

 

 

突如、脚に何かが絡まる。無惨の触手だ。何も無いところから唐突に伸びてきた。そのまま俺の身体を無惨の前まで引きずっていく。無防備な俺を前にした無惨は、首の辺りをを掴み、無理やりに立ち上がらせる。

 

 

 

「では試してみよう、想いとやらの力を。」

 

 

 

無惨の腕が俺の身体を貫く。夥しい量の血が流れ、耐え難い激痛が全身を襲う。そのまま殴り、蹴り、身体は地に伏せる。

 

 

 

「がッ・・・」

 

 

 

「所詮その程度なのだ、人間の強さなど。絶対的存在を前には何も出来ない。そうして淘汰されていくのだ。」

 

 

 

無惨が俺の身体を足蹴に呟く。

 

 

 

「もう貴様はお終いだ。このまま何も出来ずに消えていく。外の仲間達もお前に殺される。無力な己を恨むことだ。」

 

 

 

高笑いする無惨。身体は重く、もはや立ち上がれる気はしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、それでも。俺は絶望していない。負けていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガフッ!?」

 

 

 

突如として吐血する無惨。もがき苦しむその様は、どこか人間味を感じさせる。

 

 

 

「何・・・が・・・!?」

 

 

 

「言ったはずだ。俺は一人ではない。」

 

 

 

震える身体を奮い立たせ、無惨を見据える。

 

 

 

「何を・・・何をしたァ!!」

 

 

 

「さあ、外でも見てみたらどうだ?」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「行けェ!!畳み掛けるぞォ!!」

 

 

 

啓に声を掛けながら、何とか隙を作り出そうと奮闘する鬼殺隊の面々。元々負傷が深い者もいれば、啓により大きな怪我をした者もいる。だがそれでも彼らは刀を振る腕を、前に進む脚を止めない。

 

 

 

「啓!!戻ってこい!!」

 

 

 

「また、美味しいもの食べましょう!!」

 

 

 

伊黒が曲がる太刀筋で啓の身体を掠める。その隙にを逃そうとしない触手を甘露寺が叩き斬る。

 

 

 

「啓さん!!」

 

 

 

「啓!!諦めるな!」

 

 

 

無一郎が小さな身体で攻撃をすり抜け、啓に刃を突き立てる。その後ろに悲鳴嶼が追従し、身体を抉る。

 

 

 

「啓、お前なら出来る!!」

 

 

 

「男なら抗ってみせろ!!」

 

 

 

義勇と錆兎が、互いを補い合いながら啓に仕掛ける。触手を斬り落とし、その隙に次の者が懐に入る。

 

 

 

「啓ィ!!さっさと戻って来いやァ!!」

 

 

 

「啓!!お前は凄いやつだ!!きっとやれる!!」

 

 

 

実弥と獪岳が啓を斬り刻む。想いを刀に込める。遠慮することなく斬って斬って斬りまくる。

 

 

 

「啓さん!!」

 

 

 

しのぶが声を上げる。

 

 

 

「皆待ってます!私だって!!だから・・・戻ってきてください!!」

 

 

 

愛する人へ想いを叫ぶ。薬を打ち込む機会を探る。が、それらしい隙は未だ見えてこない。

 

 

 

「まだまだァ!!」

 

 

 

全員が一丸となって啓に攻撃を仕掛け続ける。途中、身体に傷が浮かぼうが血が滲もうがその動きを止めることは無い。すると、徐々に啓の動きが鈍ってくる。

 

 

 

(今だ───!!)

 

 

 

「皆さん下がって!!」

 

 

 

しのぶの声に応じ、全員が下がる。注射器を取り出し、いざ打ち込まんとしたところで、突如悪寒が走る。

 

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

啓が一際大きく咆哮すると同時に、衝撃波が巻き起こる。それが止む頃には、しのぶは既に駆け出していた。

 

 

 

「胡蝶!!危険だ!!」

 

 

 

(今しかない、今手を伸ばさなければ、一生啓さんは戻ってこない!!)

 

 

 

迫るしのぶに対して啓は触手を伸ばす。鋭く突き刺すがしのぶは全てを間一髪で全て避け、啓に手を伸ばす。

 

 

 

(────啓さん。)

 

 

 

啓との距離が零になった瞬間、そのまま抱き着く。そして、首筋に注射器を刺す。

 

 

 

「戻ってきてください、啓さん・・・」

 

 

 

しのぶが涙を流しながら啓に語りかけ、薬を打ち込む。すると、背中の触手が霧散し、刀を手放す。しのぶが離れると、啓は膝を着き、項垂れる。

 

 

 

(神様、どうか、どうか啓さんを助けてください・・・!)

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「──人間戻りの薬かァ・・・!!」

 

 

 

しのぶが俺に薬を打ち込んでくれた。それにより、無惨の動きが、鬼の細胞が強く抑えつけられる。

 

 

 

(決着をつける・・・!!)

 

 

 

再び刀を拾い上げ、無惨に構える。

 

 

 

「小賢しい蠅共がァァァ!!」

 

 

 

「いくぞォォォ!!」

 

 

 

呼吸を整え、無惨との距離を詰める。刀を握り締め、技へと移行する。

 

 

 

【飛天御剣流 龍槌翔閃】

 

 

 

無惨から僅かに距離が開いているところで跳躍、落下の勢いと共に深く抉る。着地と同時に跳躍、斬り上げる。鮮血と共に宙に舞い、再び着地したらすぐさま次の技を仕掛ける。

 

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃・凩】

 

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃・旋】

 

 

 

【飛天御剣流 龍巻閃・嵐】

 

 

 

回転とともに刀を振るい、激しく無惨を斬りつける。怒涛の三連撃を無惨に叩き込み、さらに次の攻撃に移行する。

 

 

 

【飛天御剣流 九頭龍閃】

 

 

 

突進とともに放たれる九方向からの同時攻撃。全てが一撃必殺級の威力で放たれている。それが九つともなれば、かなり大きな傷となるのは必至である。

 

 

 

「ぐぉぉぉ・・・!!」

 

 

 

(一気に決める。)

 

 

 

刀を納め、息を整える。極限までに集中を研ぎ澄ます。

 

 

 

「させるかァァァァァァ!!」

 

 

 

このまま終わる訳もなく、無惨が攻撃を仕掛ける。迫る攻撃を全て回避し、無惨を見据える。

 

 

 

(俺に、力を貸してくれ───)

 

 

 

啓の姿が消える。一瞬にして無惨の目の前に踏み込む。

 

 

 

(──終わりだ。)

 

 

 

【飛天御剣流 奥義 天翔龍閃】

 

 

 

放つのは飛天御剣流の奥義。神速を超える超神速の抜刀術。絶対的な速さ、威力を持って敵を討つ。

 

 

 

「馬鹿・・・な・・・!?」

 

 

 

無惨の頸が胴体と離れる。そのまま崩れ落ちる。こびり付いた血を振り払い、刀を納める。

 

 

 

「終わりだ。」

 

 

 

身体の自由が一気に自分のモノになるのを感じる。瞳を閉じると、外で自分を待っている仲間達の声が響いてくる。

 

 

 

(今、戻るぞ。)

 

 

 

真っ黒な空間に、突如光り輝く場所が現れる。暖かい光だ。そこにいけば、皆の元に戻れるという確信があった。

 

 

 

光に向かって歩み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が。

 

 

 

「待てェェェェェェェェェェ!!」

 

 

 

突如として身体が何かに引き止められる。無惨の触手だ。全身に絡みついて離そうとしない。

 

 

 

「─────執拗い!!」

 

 

 

「私を置いていくな!お前には、私の想いを継いで貰わなければ困るのだ!」

 

 

 

「知ったことか・・・!」

 

 

 

クソ。なんて力だ。振り解ける気がしない。あと、もう少しだと言うのに────

 

 

 

 

 

 

 

 

【飛天御剣流 飛天無限斬】

 

 

 

【日の呼吸 拾参ノ型──】

 

 

 

───突如として拘束が解け、身体が前に仰け反る。あまりに唐突のことに後ろを振り向くと、そこには二つの人影が。

 

 

 

「お前も随分執拗いな、鬼舞辻よォ。」

 

 

 

「・・・・・・比古、清十郎!?」

 

 

 

「よぉ、さっきぶりか?」

 

 

 

比古清十郎、その人だった。そしてもう一人の方は───

 

 

 

「鬼舞辻、私がお前を取り逃した所為で多くの命が奪われてしまった。その責任を今果たそう。」

 

 

 

「継国、縁壱・・・?」

 

 

 

始まりの呼吸の剣士、継国縁壱だった。なぜ、この二人がここに。

 

 

 

「啓。お前はもう十分に戦った。後は私と清十郎に任せるといい。」

 

 

 

「そういうこった、早く行け。」

 

 

 

「だが────」

 

 

 

その瞬間、二人に背中を押される。

 

 

 

「俺たち二人の想い───」

 

 

 

「───よく繋いでくれた。ありがとう。」

 

 

 

その言葉を皮切りに、二人は無惨に向かっていった。

 

 

 

「啓!!行くな!!頼む!!」

 

 

 

無惨の断末魔を無視し、光に手を伸ばす。全身が暖かな光に包まれる。ふと、こちらに伸びる手を掴むと、一気に引き上げられ───

 

 

 

 


 

 

 

「───ん。」

 

 

 

「啓さん、啓さん!!」

 

 

 

意識がある目覚めると、そこには、見慣れた仲間達の顔があった。

 

 

 

「───戻って、これたんだな。」

 

 

 

「はい・・・皆、心配したんですからね・・・!」

 

 

 

涙を流しながらこちらを覗き込むしのぶ。頬に手を添え、涙を拭う。

 

 

 

「───ただいま。」

 

 

 

ああ、終わったんだな。漸く。

 

 

 

欲して止まなかった平和な世が、漸く訪れる。

 

 

 

想いは数百年の年月を経て、今果たされた。




決着です。
戦闘描写はこれで最後でしょうかね


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第漆拾玖話 共に

「──随分、久々に感じるな。」

 

 

 

戦いが終わり、蝶屋敷での治療を終えて久々に自分の家に帰ってきた。実際数週間経過してはいるのだが。

 

 

 

 

「まずは掃除でもするか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

掃除を終え、茶を入れて一息つく。陽の光が身体を照らし、暖める。以前ならばこんなことをしている余裕もほぼほぼなかった。戦いが終わったのだな、とつくづく感じさせられる。さて、何をしようか。最後の柱合会議は数日後だし、特にすることもない。

 

 

 

「──そうだ。」

 

 

 

ある事が頭によぎる。すぐそれを実行に移すため、支度をして家を出る。

 

 

 


 

 

 

「ただいま、父上。」

 

 

 

やってきたのは俺の生家。父上が殺されるあの日まで、細々と暮らしていたあの家である。ここから全てが始まった。父上が殺され、旅立ち、槇寿郎さんと出会った。そして鬼殺隊に入隊し、その前も含めて様々な出会いがあった。そして柱となり、戦い、遂には父上の仇を取り、祖先を打ち破り、元凶を倒した。

 

 

 

募る想いを眼前の墓石に報告する。黒死牟との戦いの中、背中を押してくれたこと。忘れてはいない。

 

 

 

『よく頑張ったな。』

 

 

 

「───え?」

 

 

 

声を掛けられた気がして後ろを振り返ったが、そこには誰もいない。

 

 

 

「父上───?」

 

 

 

呼ぶ声に答える声はない。当然か・・・まあいい。

 

 

 

「また来る。」

 

 

 

柱合会議を終え、鬼殺隊は解散となるだろう。そうなった時、俺はどういう身の振り方をしていこうか何も考えていない。だが、今の俺にはそんな事よりも大きな懸念事項がある。

 

 

 

───私が愛しているのは・・・あなたです。啓さん。

 

 

 

あの時は、向けられた想いに答えることは出来なかった。答えるべき場面ではないと思った。最終決戦を超えた後、どちらかが欠けていたのではあまりに酷だと思っていたから。全てが終わった今なら、それに答えてもいいだろうか。

 

 

 

「なあ、しのぶ───」

 

 

 


 

 

 

「啓!待っていたぞ!」

 

 

 

「杏寿郎。」

 

 

 

家に帰ると、杏寿郎が玄関で待ち構えていた。

 

 

 

「怪我の具合はどうだ。」

 

 

 

「もう完治に近い、胡蝶には安静にと言われたがな!」

 

 

 

「それはそうだ。」

 

 

 

あの場にいた全員、決して軽い怪我では無いのだ。当然のことだろう。

 

 

 

「ところで、何か用か?」

 

 

 

「うむ!俺の家族が皆啓の顔を見たいと言って仕方なくてな!夕食を共にいかがかな!」

 

 

 

「それはいい、是非行こう。」

 

 

 

煉獄家に顔を出すのも随分久しぶりだな。きちんと顔を出しておくべきだろう。

 

 

 

「決まりだな!行こう!」

 

 

 

杏寿郎と二人で煉獄邸に向かう。俺の家からはそう遠くはない。

 

 

 

「ところで杏寿郎、お前は鬼殺隊が解散した後はどうするんだ?何か考えてはいるか?」

 

 

 

「考えてはいるがまだ定まってはいないな。貯めておいた給金を元に剣術道場でも開こうか、警官でも目指そうか。いざこうしてみると、平和な世でどう生きていこうか、考えたこともなかったな!」

 

 

 

「俺も同じだ。どうしたものか・・・」

 

 

 

数秒唸った後、杏寿郎が案を捻り出す。

 

 

 

「教師なんてどうだろうか!!勿論、それに沿ったところで学ぶ必要はあるが、啓は頭も要領も良いし面倒見が良い、うってつけではないか?」

 

 

 

「教師か・・・」

 

 

 

若者を教え導く仕事、教師。確かに柱として後輩を指南する場面は多かったし、物覚えもいい方だ。存外向いているかもしれない。

 

 

 

「考えてみよう。ありがとう。」

 

 

 

「うむ!さ、着いたぞ!」

 

 

 

到着と同時に杏寿郎が戸を勢いよく開け、声を張り上げる。すると家の中から三人出てくる。

 

 

 

「ただいま!!」

 

 

 

「お帰りなさい、兄上。啓さん。」

 

 

 

「久しいな啓君、息災か?」

 

 

 

「槇寿郎さん、お陰様で。千寿郎も久しぶりだな。」

 

 

 

「さあお上がりなさい。食事の準備は整っていますよ。」

 

 

 

「はい、瑠火さん。お邪魔します。」

 

 

 

促されるまま煉獄邸に足を踏み入れ、茶の間に通される。すると随分豪華な料理が並んでいる。そのまま席につくと、槇寿郎さんが口を開く。

 

 

 

「えー、鬼舞辻を倒し、戦いが終わったということで、今までの苦労を労う意味合いを込めての夕食にしたいと思う。」

 

 

 

そういう意図もあったのか。

 

 

 

「長ったらしい口上はやめだ!乾杯!」

 

 

 

「締まらないですよ貴方。」

 

 

 

「はっはっは!!良いでは無いですか母上!充分過ぎるほどのお気持ちですとも!」

 

 

 

 

 

 

そのまま話が弾み、時間が経つ。

 

 

 

「啓君、俺達が出会った時のことを覚えているか?」

 

 

 

「ええ、勿論です。」

 

 

 

「俺が現役で、君がまだ十三の頃だったか・・・」

 

 

 

今思い返すと、随分若い頃から旅立ったな。まあそれは、炭治郎にも言えることだろうが。

 

 

 

「俺はな、君と出会った時に確かに感じたんだ。この少年ならば何か成し遂げてくれると。やはり俺の予想は当たったようで、君が鬼殺隊として成し遂げたことはとても多く、その一つ一つが大きなことだった。」

 

 

 

「よしてください、俺だけでなく、皆の力あってこそのことですから。」

 

 

 

「それでもだ。柱となり、十二鬼月と幾度となく遭遇し、誰よりも強くなり、周囲も君に引っ張られて強くなっていった。一般隊士の命を軽んじる訳では無いが、今回の戦いで柱が負傷こそすれど、一人として欠けなかったのは君の力によるところだろう。」

 

 

 

「その通りだ。俺達他の柱も、啓に影響されて強くなっていったからな。誰もが同じ想いだろうな!」

 

 

 

そう面と向かって言われると何処と無く照れてしまうな。俺は、俺がやるべきことをやっただけだというのに。

 

 

 

「今までよく頑張ったな、啓君。以前も言ったが、俺にとって君は息子も同然だ。俺は君を誇りに思う。」

 

 

 

「・・・・・・槇寿郎さん、俺こそ貴方と、皆と出会えて良かった。俺がここまでやってこれたのも、槇寿郎さんが、煉獄家の皆がいたからです。俺にとって、第二の家族と言っても過言ではありません。」

 

 

 

「うむ。」

 

 

 

「ありがとうございました。この御恩、忘れはしません。」

 

 

 

本当に、色んな人に俺は支えてもらった。その恩返しが、何処かで出来ることを祈るばかり───

 

 

 

 


 

 

 

「啓、準備は出来ているか?」

 

 

 

「ああ、勿論だ。」

 

 

 

俺の鎹鴉である弥生に確認をされるが、問題ない。今日は最後の柱合会議。これを持って鬼殺隊は解散となるだろう。

 

 

 

「さあ、行こう。」

 

 

 

 

 

産屋敷邸に赴くと、あまね様がいつも通り迎えてくださる。通された先にはすっかり回復した御館様。

 

 

 

「やあ啓、一番乗りだね。皆が来るまでもう少し待ってておくれ。」

 

 

 

「はい、御館様。」

 

 

 

しばらくすると、続々と柱達がやってくる。腕を、脚を失ったものが多いが、体調は回復したらしい。

 

 

 

「では、最後の柱合会議を始めよう。」

 

 

 

全員が揃ったタイミングで御館様が口を開く。

 

 

 

「私たちは今に至るまで、多くの犠牲を払ってきた。しかし、とうとう私たちは鬼舞辻を倒し、鬼を滅ぼすことが出来た。」

 

 

 

優しい笑みを浮かびながら御館様が言葉を紡ぐ。

 

 

 

「杏寿郎、義勇、錆兎、実弥、獪岳、行冥、小芭内、蜜璃、無一郎、啓。これは君達柱の尽力があっての事だ。ありがとう。」

 

 

 

そしてとうとう、御館様がその宣言を口にする。

 

 

 

「鬼殺隊は、今日で解散する。」

 

 

 

「御意。」

 

 

 

「長きにわたり、身命を賭して世の為人の為、戦って戴き、尽くして戴いたこと。産屋敷一族を代表して、心より感謝申し上げます。」

 

 

 

御館様が頭を下げる、すぐさま俺たちは口を開く。

 

 

 

「頭を上げてくださいませ!!」

 

 

 

「礼など必要ございません!」

 

 

 

「鬼殺隊が鬼殺隊であれたのは、産屋敷家の尽力が第一。感謝を申し上げるべきは私達の方です。」

 

 

 

「御館様、ありがとうございました。」

 

 

 

俺が頭を下げると、それに続いて他の面々も頭を下げる。

 

 

 

「・・・・・・ありがとう、みんな。」

 

 

 

御館様を涙を流しながら口を開く。

 

 

 

「以上で柱合会議を終わりとする。と、その前に。最後に皆に提案があるんだ。」

 

 

 


 

 

 

『皆で宴会でもどうかな?私としては、この先も皆で時たま顔を合わせたい。けれど、毎度毎度皆で集まれるとは限らない。だから確実に一度、皆で楽しい時間を過ごしたいんだ。勿論、他の子供達も呼んでね。』

 

 

 

という御館様の提案を柱合会議で受けて、産屋敷家主催で宴会をすることになった。隊士及びその関係者なら全員参加可能ということで、かなりの大規模になりそうだ。

 

 

 

ちなみにその宴会は今日だ。産屋敷家が食事、酒などは用意してくださるようだが、持ち寄りは自由とのことなので、行きつけの店の甘味を持っていく。

 

 

 

「よォ、啓じゃねェか。」

 

 

 

「実弥、それに玄弥も。」

 

 

 

「ご無沙汰してます、啓さん。」

 

 

 

「その荷物はなんだァ?」

 

 

 

「甘味だ。・・・おはぎもあるぞ。」

 

 

 

「・・・いいねェ。」

 

 

 

実弥、おはぎに目がないからな・・・

 

 

 

「ま、行こうや。他の連中はもう集まってそうだしなァ。」

 

 

 

「ああ、そうしよう。」

 

 

 

産屋敷邸に到着する。門をくぐると、満開の桜に覆われた庭が広がっている。宴会の準備は既に整っており、他の面々も既に到着している。

 

 

 

「よお啓に不死川兄弟、遅かったじゃねぇか。」

 

 

 

「久しいなァ宇髄。」

 

 

 

「揃ったようだね。」

 

 

 

俺達の到着と同時に、屋敷の中から御館様が顔を覗かせる。

 

 

 

「さて、早速乾杯の音頭と行こうか。私がやってもいいんだけど、そうだねえ・・・啓、頼めるかい?」

 

 

 

「御意。」

 

 

 

「やれやれ、もう鬼殺隊は解散、私達もあくまで知り合いという関係に落ち着いたのだから改まるのは無しだと言っただろう?」

 

 

 

「・・・善処します。」

 

 

 

御館様に苦言を呈されながらも、皆の前に立つ。

 

 

 

「・・・長きにわたる戦いが終わり、平和な世が訪れた。多くの犠牲を払ったが、彼らと今ここにいる俺達の力で勝ち取った平和だ。各々語りたいことがあることだろう。それをこの場で存分に共有してもらえばと思う。」

 

 

 

「それでは・・・乾杯!」

 

 

 

「「「乾杯!」」」

 

 

 

乾杯の音頭を終えると、全員が何かしらを片手に和気あいあいと語り始める。さて、俺も行くか。

 

 

 


 

 

 

「はいはーい!皆さん注目!!」

 

 

 

「お、おい甘露寺・・・」

 

 

 

数時間経った所で、唐突に蜜璃が大声を上げる。随分と酒が入っているようだ。

 

 

 

「私、甘露寺蜜璃と伊黒小芭内は、結婚します!!」

 

 

 

「!!??」

 

 

 

唐突の宣言。いや、確かに蜜璃も小芭内も互いに想い合っていたし、分からなくはないが・・・あまりに唐突だな。

 

 

 

「ほーう、派手派手じゃねぇか。」

 

 

 

「あらあら、おめでたいわねえ。」

 

 

 

各々が祝いの言葉を口にする。

 

 

 

「小芭内、蜜璃。おめでとう。」

 

 

 

「はあ・・・ありがとう啓。」

 

 

 

「その様子だと、もう少し伏せておくつもりだったようだな。」

 

 

 

「ああ。甘露寺がどうしても、と聞かなくてな・・・祝言を挙げる時は呼ぶ。」

 

 

 

「そうしてくれ。」

 

 

 

小芭内とそんな会話を交わしていると、蜜璃がこちらに走ってきて、声をかけてくる。

 

 

 

「啓さんも、早くしなきゃダメよ?」

 

 

 

「・・・なんの事だ。」

 

 

 

「しのぶちゃんのことよ!聞いてるわよ?戦いの前にしのぶちゃんが告白したこと!」

 

 

 

「そういうことか。」

 

 

 

「あまり、待たせちゃダメよ?」

 

 

 

「・・・今日のうちに、決着をつけるさ。」

 

 

 

「キャッ!素敵!!」

 

 

 

蜜璃が顔を赤く染めて声を上げる。小芭内は無言で肩を叩いてくる。何も言ってはいないが、「頑張れよ」と心の内で言ってくれているが分かる。

 

 

 


 

 

 

「──それで不死川のやつよ、甘味処で俺と眼が合った瞬間にすげえ勢いで顔伏せてんの。」

 

 

「おいコラ宇髄ィ。言わなくても良いことってのがあるんだぜェ?」

 

 

 

「あ、やっべ。」

 

 

 

実弥の黒歴史を暴露している所を本人に聞かれ、天元と実弥が彼方へと走っていく。騒がしい限りだ・・・

 

 

 

「啓さん、隣良いですか?」

 

 

 

「しのぶか。構わないぞ。」

 

 

 

「どうも。」

 

 

 

しのぶが隣に腰掛ける。いけないな・・・顔を直視できない。先の柱合会議でもだ。あのことを意識し始めた途端に、どうも恥ずかしくて仕方ない。

 

 

 

「ようやく、こうして平和な時間を過ごせますね。」

 

 

 

「ああ。しのぶ達が作ってくれたあの薬のお陰だな。」

 

 

 

「私達だけの力じゃありません、皆で力を合わせたからこそですよ・・・啓さんは、この後どうするんですか?因みに私は、蝶屋敷を診療所として開くつもりです。」

 

 

概ね予想通りだ。きっとしのぶは医者として歩んでいくだろうな、思っていた。

 

 

 

「俺は、教師を目指そうと思う。杏寿郎に勧められてな。」

 

 

 

「あら、良いですね。啓さんならきっと素晴らしい先生になりますよ。」

 

 

 

暫しの間無言が続く。その沈黙に耐えかねたのか、しのぶが立ち上がる。

 

 

 

「この先、会うことはもうないかもしれません。最後にお話出来て良かったです・・・では。」

 

 

 

この場を立ち去ろうとするしのぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、すぐさま立ち上がり、立ち去るしのぶの腕を掴み引き止める。

 

 

 

「・・・え?」

 

 

 

「・・・まだ、俺の話は済んでいない。」

 

 

 

しのぶはこちらに向き直り、見つめてくる。

 

 

 

「何ですか?もしかして、寂しくなっちゃったり?」

 

 

 

「ああそうだ、お前と別れるのは寂しい。」

 

 

 

「へ?」

 

 

 

秘め続けてきた想いが口から零れ、もはや止まることを知らない。

 

 

 

「何時からだろうか、お前のことをこんなにも想うようになったのは。血の色と匂いに彩られた日常の中で、心の中ではいつもお前が光輝いていた。」

 

 

 

「ちょ、ちょっと待っ──」

 

 

 

「この想いを伝えたくて仕方なかった。全てが終わるまではとずっと我慢してきた。今はもう、我慢したくない。」

 

 

 

「啓さ──」

 

 

 

「愛している、しのぶ。どうか、この先の生を俺と共に歩んで欲しい。」

 

 

 

数秒の沈黙。そして、それを破るようにしのぶが抱きついてくる。

 

 

 

「ずっと、ずっと待ってたんですよ・・・私は!」

 

 

 

「・・・うん。」

 

 

 

「私だって、何時も貴方のことを想っていました!貴方のことが、好きで好きで仕方ありませんでした!」

 

 

 

「・・・そうか。」

 

 

 

俺の胸に顔を埋めながら、胸の内を吐露するしのぶ。その顔は涙で濡れ、紅に染まっている。高鳴る心音は俺のものか、はたまたしのぶのものか。

 

 

 

「好きです、啓さん。一生離さないでください・・・」

 

 

 

「ああ・・・勿論だ。」

 

 

 

しのぶを抱きしめる腕に力を込める。ようやく、この想いを告げることが出来た。

 

 

 

「一生かけて幸せにする。約束する・・・」

 

 

 

「当たり前です・・・絶対ですよ。」

 

 

 

「おっ?お二人さんお熱いねえ派手だねえ!!」

 

 

 

「しのぶちゃん、おめでとう!!」

 

 

 

「啓・・・幸せになれよ。」

 

 

 

宴会会場ということを忘れて抱き合っていたら、他の面々にがやがやとはやし立てられる。しのぶも、きっと俺も顔が真っ赤だが、隠すことなく周りに顔を向ける。

 

 

 

「ああ、ありがとう。」

 

 

 

俺は幸せ者だ。いい仲間に恵まれ、悲願を成し遂げ、遂には想い人と添い遂げることが出来る。ここまで、頑張ってきて良かった。戦ってきて良かった。願わくは、この幸せが永遠に続きますよう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、最終話です。
後日譚のような形になりますね。
明日の十八時にに予約投稿しようと思います。

約三ヶ月執筆してきたこの小説も遂に完結、と考えるとやり遂げた気持ちとあぁ、終わりなのか・・・という気持ちが同時に押し寄せてきますね。
拙い文章からちょっとマシな文章に成長出来ていることを祈るばかりです。

次回作の構想も既に練りつつあります。
こちらを完結させ次第、執筆に取り掛かりたいですね。


では。


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最終話 明日へ

「──さん、啓さん。起きてください。」

 

 

 

「───おはよう、しのぶ。」

 

 

 

陽光が優しく部屋の中を照らす。心地よい暖かさに包まれながら、愛する人に揺すられ目を覚ます。

 

 

 

「今日はお出かけする予定でしょう?早く準備しましょう。」

 

 

 

「ああ、そうだな。」

 

 

 

布団から起き上がり、洗面所に向かい顔を洗う。冷たい水が顔に掛かると、先程まで自分を支配していた眠気が一気に晴らされるのを感じる。

 

 

 

「あら啓君、おはよう。」

 

 

 

「カナエ、おはよう。今日は何処へ?」

 

 

 

「今日は不死川君の所よ。いや、今日"も"って言った方がいいかしら?」

 

 

 

カナエと実弥はここの所親密な関係になりつつあるらしい。いつからか、なのかは分からないがそれを聞くのは野暮というものだろう。まあ、以前実弥と会った時は「カナエがグイグイ来て怖ェ。」なんて言っていたが、ちゃっかり名前で呼ぶようになっている辺り悪く思ってもいないのだろう。

 

 

 

因みに、実弥は玄弥、無一郎と一緒に暮らしているらしい。独りで暮らそうとしていた無一郎に玄弥が声を掛け、片腕では不便だろうからと実弥も歓迎したらしい。

 

 

 

「そうか、気をつけて。」

 

 

 

「ええ。啓君も、ね?」

 

 

 

「勿論。」

 

 

 

と、会話を終えるとカナエは出発する。とりあえず朝食を食べるべく茶の間に向かうと、既に俺以外全員揃っていた。

 

 

 

「啓さん、遅いですよ。」

 

 

 

「すまない。カナエと少し話していてな。」

 

 

 

「まあいいです。さ、いただきましょう。」

 

 

 

因みにだが、俺は診療所兼胡蝶家となった蝶屋敷に住まわせて貰っている。最初は生家に戻る予定だったが、しのぶに一緒にいたいと言われた瞬間その予定は消えてなくなった。勿論、時折父さんの墓参りには行くつもりだ。

 

 

 

「皆さん、今日はお出かけなんですよね?」

 

 

 

きよが口を開く。俺としのぶは出掛ける予定でいたが、この言い方だとカナヲ達も出掛けるのだろうか。

 

 

 

「うん。私とアオイは炭治郎達の家に遊びに行くよ。」

 

 

 

炭治郎は、人間に戻った禰豆子、善逸、伊之助と共に生まれ育った家に戻り、再び炭焼きに戻ったらしい。四人で仲睦まじく過ごしているようで何よりだ。そしてカナヲとアオイ。カナヲは炭治郎、アオイは伊之助に好意を向けているようで、頻繁に出入りしている。因みに、善逸と禰豆子も両想いの関係らしい。炭治郎としては、どんな心情なんだろうか・・・

 

 

 

「じゃあ、私達三人でお留守番ですね!」

 

 

 

「大丈夫だとは思うけど、気をつけるようにね!」

 

 

 

留守番に意気込む三人娘にアオイが念押しする。そんなこんなで朝食を終え、準備をすませる。

 

 

 

「啓さん、準備出来ましたか?」

 

 

 

着飾ったしのぶが顔を出す。

 

 

 

「──綺麗だ。」

 

 

 

「〜〜〜ッ!?急すぎるんですよ、啓さんは!!」

 

 

 

「思ったことを言っただけだ。」

 

 

 

顔を真っ赤にしたしのぶと共に、蝶屋敷を後にする。外に出ると、陽光が身体を突き射す。

 

 

 

「今日はいい天気ですねえ。お出かけ日和です。」

 

 

 

「ああ・・・さあ、行こうか。」

 

 

 

そっとしのぶの手を取る。最初の頃は触れる度に心臓が高鳴ったものだが、数を重ねれば段々と平常を保てるようになってきた。最も、しのぶはそうではなく、今も心臓が破裂するのではと心配になるくらいに高鳴らせている。そのあまりに可愛らしい様子を見て、俺の心臓は高鳴りを覚える。

 

 

 


 

 

 

「──やはり、ここは綺麗ですねえ・・・」

 

 

 

初めてしのぶと二人で出掛けた時にやってきた花畑にやってきた。以前と変わらず、辺り一面に美しい花が咲き誇り、幻想的な風景を作り出している。

 

 

 

「懐かしいな。しのぶと二人で来た時を思い出す。」

 

 

 

「私もです。確か、花畑が一望できる甘味処で甘露寺さんと伊黒さんと会ったんですよね。」

 

 

 

「そうだな、まさか出くわすとは思ってもいなかったな。」

 

 

 

「ええ、ほんとに・・・そうだ!後でお二人の定食屋さんに行きませんか?そう遠くもないですし。」

 

 

 

「いいな、そうしよう。」

 

 

 

近くの椅子に腰掛けながら、会話に花を咲かせる。暫くして、花畑を一周するべく歩き始める。すると、唐突にしのぶが走り出す。

 

 

 

「ふふ、捕まえてみてください。」

 

 

 

と、言うと更に速度を上げる。着物だから動きにくいはずだが、やたらと速い。さては呼吸を使っているな?戦いが終わり、一年ほど経過したが、柱として最前線で培ってきたものはそう簡単には抜けないようだ。まあ、それは俺とて同じこと。何だかんだで常中も続けているし、時折運動と称して木刀で稽古しているからさほど衰えてはいない。

 

 

 

と、どんどん先へと進んでいくしのぶの背中を追いかける。風を切って駆けていく。人がいないから良かったが、仮にいたら仰天物だろうな。人間離れした速さで追いかけっこしているようなものだからな。

 

 

 

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ〜」

 

 

 

「鬼はもう滅んだだろう・・・!」

 

 

 

「あっ・・・」

 

 

 

挑発するしのぶとの距離を一瞬で詰め、無防備に伸ばされた手を掴み抱き寄せる。その弾みにバランスを崩してしまい、近くの芝生に倒れ込む。抱き合う形で転がり、超至近距離で顔を突き合わせる。

 

 

 

「──近いですよ、啓さん。」

 

 

 

「そういうしのぶも、顔が真っ赤だぞ。」

 

 

 

「放っといてください!!」

 

 

 

あまりの可愛らしさに歯止めが効かなくなる。頬に手を添え、不意打ち気味に口付けする。数秒の後、更に顔を真っ赤にしたしのぶを眺めながらその余韻に浸る。

 

 

 

「白昼堂々と、なんて事するんですか!?」

 

 

 

「と、言う割には満更でも無さそうだが。」

 

 

 

「うぅ・・・啓さんの馬鹿・・・」

 

 

 

恥ずかしさのあまりか、胸に顔を埋めてくる。一層強く抱き締め、数分の間ずっとそうしていた。春の陽射しと花の香りが眠気を誘い、意識を手放しかけるがギリギリのところで持ち堪える。

 

 

 

「さて、そろそろ行くか。走り回ってちょうど腹も空いたところだしな。」

 

 

 

「ええ、そうしましょう。」

 

 

 

先に立ち上がり、しのぶの手を引いて起き上がらせる。再び手を繋ぎ、次なる目的地へと歩んでいく。

 

 

 


 

 

 

「ここが蜜璃と小芭内の店だな。」

 

 

 

数十分歩いて、目的地に到着する。早速中に入るべく、戸に手を掛けると、ある声に気付く。

 

 

 

「美味い!!」

 

 

 

「・・・・・・聞き覚えのある声ですね。」

 

 

 

「・・・・・・そうだな。」

 

 

 

声の主を確かめる意味合いも込めて戸を開け、中に入る。中にいたのは見覚えのある派手な髪色の青年・・・杏寿郎である。どうやら休憩中らしく、蜜璃と小芭内も座っていた。

 

 

 

「啓に胡蝶じゃないか!久しいな!!」

 

 

 

「あら!しのぶちゃんに啓さん!いらっしゃい!」

 

 

 

「お前達が来るのは初めてか?」

 

 

 

「ああ。花畑に行った時に、二人と会ったことを思い出してな。折角だから顔を出してみようと思って。」

 

 

 

「懐かしいわねえ・・・さ!お席へどうぞ!」

 

 

 

「はい!さて、何にしましょうか・・・」

 

 

 

「甘露寺と伊黒の作る料理はどれも最高だぞ!俺は既に百回程通いつめている!」

 

 

 

結構な頻度だな・・・確か定食屋を開いたのが5ヶ月ほど前だから三日に二回来てるくらいか。相当だな。

 

 

 

 

 

暫くすると、頼んだ料理が運ばれてくる。俺は唐揚げ定食、しのぶは鯖の塩焼き定食だ。と、ここでしのぶが一言・・・

 

 

 

「・・・多いですね、とても。」

 

 

 

「この定食屋の売りだからな。」

 

 

 

得意げに言いながら小芭内が再び席に着く。蜜璃も続いて席に着く。そのまま話が弾む。

 

 

 

「ところで杏寿郎、警官の勉強は上手く言っているのか?」

 

 

 

「それがなかなか不調でな!身体能力には自信があるのだが、どうにも学力の面を問われる際が不安だな!」

 

 

 

「なら俺と一緒にどうだ?俺も教師を目指す上で学力を身につけなければならないからな。教えることの練習にもなるだろうし。」

 

 

 

「よもや!こんな所に助け舟があるとは!是非頼む!」

 

 

 

杏寿郎は考えるのは苦手ではないはずだが、こういった面はどうにもな・・・まあ、二人で頑張っていくとしよう。と、話をしていると、急に戸が開かれる。外から顔を現したのは──

 

 

 

「──義勇じゃないか。」

 

 

 

「邪魔する。」

 

 

 

すると、後ろから続々と人が入ってくる。錆兎に真菰、左近次さんだ。

 

 

 

「久しいな。左近次さんも。」

 

 

 

「うむ、久しぶりだな。」

 

 

 

「やっほー蜜璃ちゃん!」

 

 

 

「真菰ちゃん!お久しぶりね!」

 

 

 

「息災か、皆。」

 

 

 

義勇、錆兎、真菰ら水柱組は、左近次さんと共にこちらの方に住み始めたらしい。昔の修行時代のように、仲睦まじく平和に過ごしているようで何よりだ。

 

 

 

「今日は知った顔が多いな・・・」

 

 

 

「うむ!いいことじゃないか!」

 

 

 

四人は席につき、先程の俺達と同じように注文をとる。因みに杏寿郎は、俺たちが来る前から今に至るまでずっと食べ続けている。何処に入っているんだか。俺はというと、しのぶが限界を迎えたので残した分を食べている。うむ、美味い。

 

 

 

左近次さんから聞く話によると、時々慈悟郎さんが獪岳とやってきて世間話などしているようだ。善逸は炭治郎達と暮らし始めたが、獪岳はやはり慈悟郎さんと共に暮らしているらしい。

 

 

 

「さて、近況報告も食事も終わったし、俺達はお暇しようかな。」

 

 

 

「そうですね、まだ行きたい場所もありますし。」

 

 

 

「あら、もう行っちゃうの?気をつけてね!」

 

 

 

「啓。」

 

 

 

小芭内に手招きされ、耳元で訊ねられる。

 

 

 

「式はいつ挙げるんだ?」

 

 

 

「来月のつもりだ。追って連絡する。」

 

 

 

「分かった。」

 

 

 

小芭内との会話も終え、店の外に出る。皆で見送ってくれる。

 

 

 

「ではな、皆。」

 

 

 

蜜璃と小芭内の店を後にし、次なる目的地へ向かう。

 

 

 


 

 

 

しばらく歩くと、目的地が見えてくる。と、同時に目的の人物も見えてくる。

 

 

 

「お久しぶりです、行冥さん。」

 

 

 

「む・・・啓にしのぶか。久しいな。」

 

 

 

やってきたのは寺。行冥さんはあの後、再び僧の道を歩むことにしたそうだ。この寺は、前の僧が亡くなり、扱いに困っていたところを行冥さんが引き取ったそうだ。

 

 

 

「立ち話もなんだ、中に入るといい。」

 

 

 

行冥さんに促され中に入る。茶と茶菓子を出してもらい、話を切り出す。

 

 

 

「今日はですね・・・一つお願いがありまして。」

 

 

 

「ほう・・・」

 

 

 

「俺達、結婚することになりました。つきましては、仏前式を行冥さんの寺でお願いできないか、と思いまして。」

 

 

 

「そうか・・・めでたいな。おめでとう、啓、しのぶ。」

 

 

 

しのぶと恋仲となり、一年が経過していた。色々あってなかなか挙式の機会が掴めずにいなかったが、ようやく落ち着いてきたので早いうちに挙げてしまおう、ということで先程小芭内に言ったように、来月挙げることにした。

 

 

 

「それで、挙式の事だが・・・勿論、私が引き受けよう。」

 

 

 

しのぶの顔に笑顔が満ちる。

 

 

 

「ありがとうございます、悲鳴嶼さん!」

 

 

 

その後、式の段取りを決め、雑談を交わす。

 

 

 

「それにしても・・・皆この平和な世で、それぞれの幸せを見つけることが出来て何よりだ。」

 

 

 

「ええ、本当に。」

 

 

 

「啓、しのぶ。お前達も必ず今より幸せになるように。ずっと頑張ってきたのだ、バチは当たるまい。」

 

 

 

「もちろんですよ。」

 

 

 

俺が口を開くより早く、しのぶが言葉を発する。

 

 

 

「これから一生かけて幸せにしてもらうって約束しましたから・・・ね?旦那様。」

 

 

 

しのぶが腕を組み、囁いてくる。

 

 

 

「勿論だ。俺は嘘はつかない。」

 

 

 

「嗚呼、仲睦まじきこと美しきかな・・・」

 

 

 

その後もしばらく世間話を交わし、話題が尽きたところで行冥さんの元を後にする。

 

 

 

「ではまたな、二人共。」

 

 

 

「はい、また。」

 

 

 

再びしのぶの手を取り、歩み始める。寺を出る頃には、既に夕方。日が沈み始めていた。

 

 

 

 

 

「そうだ啓さん、私、あの丘に行きたいです。」

 

 

 

「分かった。」

 

 

 

しのぶと二人で出掛けた時に夕日に照らされる街を見下ろしたあの丘のことだろう。ここから蝶屋敷に戻るまでの道中にあるし、丁度いいな。

 

 

 

というわけで、数分歩いて目的地に到着する。相も変わらず、沈みゆく夕日が煌々と街を照らす。照らされた街は夕日色に光り輝き、美しいの一言に尽きる。

 

 

 

「ねえ啓さん。」

 

 

 

「なんだ?」

 

 

 

俺より前に出て、俺に背中を向けながらしのぶが訊ねてくる。

 

 

 

「啓さんは今、幸せですか?」

 

 

 

「ああ、勿論だ。・・・しのぶは?」

 

 

 

「当然、私もですよ。平和な世で、大切な人、愛する人と生活を共にできて・・・幸せじゃない筈ないですよ。」

 

 

 

後ろで手を組みながらこちらに顔だけ向けるしのぶ。夕日に照らされたその様子は、御伽噺に出てくる精霊といっても差し支えない美しさだった。

 

 

 

「でも、まだまだ私は幸せになりたいです。啓さんと夫婦になって、子どもを授かって、共に育てて、子どもが巣立ちした後もおばあさんになるまでずーっと、貴方と一緒にいたいです。」

 

 

 

「・・・俺もだよ。」

 

 

 

「約束ですからね?私と、ずっとずーっと一緒にいてください。」

 

 

 

「当然だ。」

 

 

 

と言うと、しのぶが飛びついてくる。花畑では横並びになる形だったが、ここではしのぶが上になる形で倒れ込む。

 

 

 

「愛してます・・・啓さん。」

 

 

 

「俺も。愛してるよ、しのぶ。」

 

 

 

再び口付けを交わす。先程よりも熱く、深く。互いの愛を確かめ合うように。

 

 

 

「さ、帰りましょうか。きっと皆待ってますから。」

 

 

 

「ああ、帰ろう・・・家に。」

 

 

 

しのぶと手を繋ぎ、蝶屋敷への道を歩き始める。背中に突き刺さる夕日の光が、二人の道を祝福しているかのようだった。

 

 

 

きっと、これから楽なことばかりではないだろう。辛いこともあるだろうし、悲しいこともある。けれど、その度に二人で乗り越えて行こう。俺達なら大丈夫だ。

 

 

 

 

 

───共に、明日へ。

 

 

 

 

 




ここまで当小説、「飛天の剣は鬼を狩る」にお付き合いいただき、ありがとうございました。
以上で当小説は完結となります。
小説執筆は初めての経験だったので、書き始めた頃はどう描写すべきか分からないことばかりでしたが、書いていく内に段々と良い形にすることが出来たような気がして満足です。



さて、この話で最終話、とは言いましたが、外伝を何話か書いてみようかな、と思います。
つきましてはリクエストのようなものを後ほど投稿する活動報告まで寄せて頂けると幸いです。


また、同じく鬼滅の刃を原作とした東京喰種とのクロスオーバー小説をこれから執筆していくつもりですので、興味のある方はぜひそちらにもお付き合い頂けると嬉しいです。



改めまして、当小説にお付き合い頂き、ありがとうございました!


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外伝
その後 ①


鬼殺隊が解散してからはや一ヶ月程。しのぶとの式を控えた間近に控えた俺は、招待状を自分の足で配って回っていた。今回やってきたのは炭治郎達が暮らす雲取山。さて、炭治郎達はいるだろうか・・・

 

 

 

「ぐわははは!!猪突猛進!!猪突猛進!!」

 

 

「あーもう!止まれってのこのバカ猪!!」

 

 

 

炭治郎達が暮らしているであろう家が目に入ったところで、後ろから賑やかな声がする。伊之助と善逸だ。

 

 

 

「久しいな、二人共。」

 

 

 

「てめえは薄紅羽織!何しに来やがった!」

 

 

 

「黙ってろバカ!!敬語を使え敬語を!!」

 

 

 

玄関前で二人がいがみ合っていると、その騒がしい声に気付いてか家の中から一人の人物が顔を出す。

 

 

 

「善逸!伊之助!喧嘩は・・・あれ、啓さん?」

 

 

 

「炭治郎。」

 

 

 

「お久しぶりですね!どうしたんですか?」

 

 

 

「久しいな炭治郎・・・これを渡しに来たんだ。」

 

 

 

と言って、炭治郎に招待状を差し出す。

 

 

 

「これは・・・」

 

 

 

最初はなんだこれ、という訝しげな目線を向けていた炭治郎だが、その中身を確かめると、溢れんばかりの笑顔をこちらに向けてくる。

 

 

 

「ようやく式を挙げるんですね!おめでとうございます!!」

 

 

 

「なになに?」

 

 

 

善逸と伊之助が寄ってきて招待状に目を向ける。すると、それぞれ反応を示す。

 

 

 

「あ、ようやくくっつくんですね、おめでとうございます。」

 

 

 

恐らく前までの善逸ならこれを聞いた瞬間発狂していただろう。今そうしないのはまあ確実に禰豆子の影響だな。

 

 

 

「なんだ!結婚するのか薄紅羽織!」

 

 

 

「ああ。」

 

 

 

伊之助はしばらく考え込むと、神妙な顔つきで俺の両肩に力強く両手をかける。

 

 

 

「お前・・・ちゃんとしのぶのこと幸せにしろよ。じゃなかったらぶん殴るからな。」

 

 

 

「当然だ。」

 

 

 

何に替えてもしのぶを幸せにする、と決めているからな。今更言われるまでもない。

 

 

 

「さ、とりあえず中にどうぞ!禰豆子にも会ってやってください!」

 

 

 

「お邪魔する。」

 

 

 

炭治郎に手招きされ、遠慮なく家に上がらせてもらう。中に入ると禰豆子が夕食の仕込みをしており、こちらに気付くと寄ってきて挨拶をしてくれる。

 

 

 

「啓さん!お久しぶりです!」

 

 

 

「ああ、息災なようで何よりだ。」

 

 

 

一旦家事を切り上げて、皆で談笑を交わす。善逸、伊之助の手伝いもあってか炭焼きの仕事は上手くいっているようだ。四人ともまだ若いが、特に不自由なく過ごせているようでなによりである。

 

 

 

「そっかあ・・・啓さん結婚するんですねえ・・・」

 

 

 

「漸く、と言ったところか。何分色々と忙しくてな・・・」

 

 

 

「啓さん、教師を目指しているんでしたよね。」

 

 

 

「そうだな。ある程度の教養を身につけた上で然るべき場所に行かなければならない。その為に日々励んでいる。」

 

 

 

「啓さんならきっと立派な教師になれますよ!だって啓さんですから!」

 

 

 

「随分斬新な褒め方だな・・・?」

 

 

 

確実に褒めてはいるのだろうがイマイチ本人からするとピンと来ない褒め方だな。炭治郎らしい。

 

 

 

「必ず式には行きますからね!全員で!」

 

 

 

「ありがとう。・・・俺も、お前達が何時か結婚する時は精一杯祝わせてもらおう。」

 

 

 

と、言った途端に炭治郎の顔が真っ赤になる。禰豆子と善逸は顔を見合わせて固まっている。伊之助は被り物のせいで分からん。

 

 

 

「・・・さて、まだ招待状を届けなければだからこの辺りで失礼するとしよう。」

 

 

 

「あ、もう行っちゃうんですね・・・お見送りします。」

 

 

 

と、玄関に向かうと四人とも見送ってくれる。

 

 

 

「ではな。何かあったらすぐ連絡を寄越すんだぞ。必ず力になろう。」

 

 

 

「はい!啓さんも頑張ってくださいね!」

 

 

 

「また結婚式で!!」

 

 

 

「俺の結婚式にも呼びますからね!ね、禰豆子ちゃん!」

 

 

 

「もう!善逸さんたら!」

 

 

 

「今度あったら勝負しろ!薄紅羽織!」

 

 

 

「・・・頼むから式とは別の日で頼む。」

 

 

 

と、竈門家を後にする。相も変わらず賑やかで良かった。まだまだ若い彼らも、長らく幸せに過ごして欲しいものだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「・・・さて、この辺りだった筈だが。」

 

 

 

「だぁから!!無理するなって言ってるでしょうが!?」

 

 

 

次なる目的地に近づくと、唐突に怒号が耳を突き刺す。この声は玄弥だな。そう、俺がやってきたのは実弥、玄弥、無一郎の三人が暮らす不死川邸。

 

 

 

「アンタ片腕ないの忘れてるんじゃないでしょうね!?」

 

 

 

「大袈裟だなあ玄弥は・・・」

 

 

 

「その辺にしとけェ。ご近所さんに迷惑だろうがァ。」

 

 

 

「元気なようで何よりだ・・・邪魔するぞ。」

 

 

 

「おォ?啓じゃねェか。」

 

 

 

「あ、啓さんだ。」

 

 

 

「お久しぶりっす。」

 

 

 

声がした庭の方に向かうと、三人揃っていた。

 

 

 

「先程怒鳴り声が聞こえたが・・・何かあったのか?」

 

 

 

「そうなんすよ!今掃除してたんですけど、時透さんと来たら片腕で戸外そうとしてたんですよ。危ないことは無理しないで任せろって言ったのに!」

 

 

 

「だっていけそうだと思ったんだもん・・・」

 

 

 

「・・・啓、審判はァ?」

 

 

 

「玄弥の勝ち。」

 

 

 

「そんなあ。」

 

 

 

いくら柱として鍛えていたからといって、片腕ではやれることに限りがある。それを無理してやろうとするのは些か見逃せないだろう・・・玄弥が正しいな、これは。

 

 

 

「で、何の用だァ?」

 

 

 

「ああ・・・これを。」

 

 

 

といって、招待状を手渡す。実弥が封を切っているところを玄弥と無一郎が覗き込む。

 

 

 

「へェ。ま、カナエから聞いてはいたけどよ。」

 

 

 

「実弥も上手くいっているようだな・・・どうだ、予定はあるのか?」

 

 

 

「まだ先の話だなァ・・・手に職つけねェと。」

 

 

 

実弥は警察官を目指すらしい。杏寿郎とまた同僚になるかもしれないな。それはそれで面白いので見てみたい。

 

 

 

「遅かったね。」

 

 

 

なんだと・・・?恐るべし、霞柱の観察眼。

 

 

 

「そっかあ・・・おめでとうございます。幸せになってくださいね。」

 

 

 

「ありがとう、玄弥。ところで、玄弥と無一郎はどうなんだ?何か目指してる事とかないのか?」

 

 

 

「そうだなあ・・・僕はこんなんだから、無理のない範囲でやれる仕事を見つけたいな。」

 

 

 

「俺は特に考えてないなあ・・・時透さんに着いていくのもありかも。・・・そのうち兄貴は結婚するだろうし。」

 

 

 

「まあまだ時間はある。ゆっくりと考えて決めていけばいいさ。」

 

 

 

と、雑談に華を咲かせていると、不死川邸の戸を叩く者がいた。

 

 

 

「不死川、いるか?」

 

 

 

「おォ、入れェ。」

 

 

 

「邪魔するぞ。」

 

 

 

「獪岳じゃないか。」

 

 

 

やってきたのは獪岳だった。ちょうどいい、招待状を渡しに行く手間が省けた。

 

 

 

「啓か。一ヶ月振りか?」

 

 

 

「ああ。それにしても丁度いいところで来てくれた。これを。」

 

 

 

「これは・・・そうか。結婚するのか。めでたいな、必ず式には顔を出そう。」

 

 

 

「さァて、早速だがおっ始めるかァ。」

 

 

 

「何をするつもりだ?」

 

 

 

「運動だ運動。たまに柱呼んで手合わせしてんだよ。いい運動になるからなァ。」

 

 

 

「ああ・・・そうだ、ちょうど啓もいる事だし、どうだ?二対一で。」

 

 

 

「待て・・・一つ聞くが一の方は。」

 

 

 

「当然啓だ。」

 

 

 

だろうと思った。俺といえど、実弥と獪岳を同時に相手するのはかなりキツイのだが・・・

 

 

 

「え?じゃあ僕もやるよ。それでちょうどじゃない。」

 

 

 

「時透さァん??」

 

 

 

「・・・まあいいんじゃないか?そんなに本気ではやらないし。一本入ったら抜けるってことで。」

 

 

 

「そうだな・・・俺が極力助太刀に入ろう。」

 

 

 

「決まりだなァ。」

 

 

 

というわけで、俺と無一郎対実弥と獪岳の稽古・・・?をすることになった。鍛えてはいたが、実戦形式は随分久しぶりだな感覚が鈍っていなければいいが。

 

 

 

「さァて・・・行くぞォ!!」

 

 

 

実弥が先陣切って突っ込んでくる。無一郎が正面から実弥を受け止め、そのまま打ち合いに発展する。何だ、案外無一郎動けてるじゃないか。

 

 

 

「俺を忘れるなよ?」

 

 

 

実弥と無一郎の様子を観察していると、上から獪岳が仕掛けてくる。お手並み拝見と行こうか。まずはこちらから攻めず、獪岳に打ち込ませる。それを全ていなしていく。

 

 

 

「やはり、鈍ってはいないようだな!」

 

 

 

「お前もな。」

 

 

 

一方的に打ち込まれる攻撃をやり過ごしていると、実弥が横槍を入れてくる。双方向からの同時攻撃。捌くのは困難だが、片方は身をひねり回避、もう片方は側面に木刀を叩きつけてやり過ごす。すると後ろから迫る無一郎が獪岳に木刀を振り下ろす。いち早くそれに気づいた実弥が無一郎の攻撃を遮る。

 

 

 

「取ったと思ったんだけどなあ。」

 

 

 

「二対二の醍醐味ってやつだァ。」

 

 

 

場は再び俺対獪岳、無一郎対実弥へ。

 

 

 

「次は俺から行くぞ?」

 

 

 

獪岳が仕掛けるより早く、俺が仕掛ける。斜め上からの斬り下し。獪岳はそれを後ろに跳ねて回避するが本命はその次だ。すぐさま刀を持ち替えての突き。もう少しで獪岳の肌に触れるところだったが、間一髪で防がれてしまう。

 

 

 

「一筋縄ではいかないか。」

 

 

 

「当然だ。」

 

 

 

そのまま互いに駆け出す。脚を止めずに何度も、何度も打ち合うが互いの身体を捉えることは無い。そうしていると、獪岳が唐突に脚を止め、こちらに刀を振り下ろす。それを回避すると、無理やり獪岳は身体を捻って打ち込んでくる。無茶な打ち方をしたせいか、木刀が手から離れ明後日の方向へ飛んでいく。

 

 

 

「もらった。」

 

 

 

「これが狙いだ。」

 

 

 

刀を手放したものの、こちらが振るう攻撃を回避してみせる獪岳。と、同時に獪岳の言葉に引っ掛かりを覚えた俺は、木刀の行方に目を向ける。木刀の行先はもう一つの戦場・・・実弥と無一郎の元だった。飛んで行った木刀は、無一郎の脚を打ち、無一郎は転倒する。そこに実弥が木刀を突きつけ──

 

 

 

「一本。」

 

 

 

「それは読めなかったなあ・・・参りました。」

 

 

 

不味い、二対一になってしまった。とにかく獪岳にトドメを─と思ったが、既に獪岳は実弥の元まで移動し、手放した木刀を再びその手に納める。

 

 

 

「良い判断だったぜェ獪岳よォ。」

 

 

 

「あの一瞬で俺の意志を汲むとは、流石だ。」

 

 

 

「啓さーんがんばれー。」

 

 

 

「他人事だと思って・・・!」

 

 

 

獰猛な笑みを浮かべながらこちらに詰め寄る実弥と獪岳。さて、どうしたものか。

 

 

 

とりあえず、こちらから攻めるか。

 

 

 

「ふッ!!」

 

 

 

真っ先に駆け出し、実弥に向かって木刀を振るう。それを実弥は受け止め、獪岳は回り込んで一撃見舞おうとするが、それより早く動いて避ける。一旦間合いを開けるも、すぐさま二人で詰めてくる。既に大分時が流れて尚、乱れぬ連携でこちらに襲いかかってくる。何とかやり過ごすと、実弥が唐突に口を開く。

 

 

 

「さすがに粘りやがる・・・じゃあ、もっと上げてくかァ?」

 

 

 

「そうだな。そうしよう。」

 

 

 

と言うと、二人から独特な音が聞こえる。呼吸だ。こいつら、本気でやるつもりだ。

 

 

 

「・・・いいだろう、そっちがその気なら乗ってやる。」

 

 

 

こちらも呼吸を使用し、身体能力に発破をかける。常中により高い水準を維持してきた能力が、さらにその段階を上げる。身体に力が満ちるのを感じる。

 

 

 

「──行くぞ。」

 

 

 

先程とは比べ物にならない速さで二人が飛びかかってくる。凄まじい速度での同時攻撃、ならば!

 

 

 

【龍の呼吸 参ノ型 龍舞・風纏】

 

 

 

軽やかな脚捌きで攻撃を回避、そのまま流れるように攻撃を仕掛ける。が、振るった攻撃は全て防がれてしまう。

 

 

 

【雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷】

 

 

 

獪岳が俺の周りを囲うように走り出し、波状攻撃を仕掛けてくる。これだけなら防ぎきれるが、恐らく──

 

 

 

【風の呼吸 玖ノ型 韋駄天台風】

 

 

 

空中から実弥が大小様々な攻撃を飛ばしてくる。開学の攻撃の実弥の攻撃を同時に捌くのは至難を極める。ならば、無理やりに突破しよう。

 

 

 

【龍の呼吸 捌ノ型 逆鱗】

 

 

 

一瞬で高密度の攻撃を繰り出し、二人を引き剥がす。残念ながら一発も二人を掠めることは無かったが。さて、あまり長引かせるのも面倒だしそろそろ決めに行くとしようか。

 

 

 

「不死川、俺が仕掛ける。後を狩ってくれ。」

 

 

 

「おうよ。」

 

 

 

獪岳が、無いはずの鞘をあるものと見立て、納刀のような動きをする。腰の辺りに木刀を添え、腰を落とし、一気に集中の質を上げてくる。間違いなく、あの技だろう。ならば俺もそれに応じよう。同じように刀を腰の辺りに添え、構えを摂る。そう、抜刀術の構えだ。

 

 

 

 

「──来い。」

 

 

 

【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】

 

 

 

雷の如き速さで加速、恐るべき速さで間合いを詰めてくる。獪岳が抜刀するよりも速く、俺が踏み込み超神速の抜刀術を放つ。

 

 

 

【飛天御剣流 奥義 天翔龍閃】

 

 

 

獪岳が焦って抜刀した所をすかさず打つ。超神速で打たれた獪岳の木刀は再びその手を離れて宙を舞う。そのまま身をひねり、もう一撃繰り出して獪岳から一本取る。

 

 

 

「オオオオオオ!!!」

 

 

 

そして背後から雄叫びを上げて迫る実弥。技の後隙を確実に仕留めようと考えての行動だろうが、そうはいかない。すぐさま体勢を立て直し、弓を引くような形で腕を引く。そしてそのまま木刀を突き出す。

 

 

 

【龍の呼吸 陸ノ型 穿ち龍牙】

 

 

 

突き出された木刀が実弥の肩に触れる。実弥は軽く仰け反り、両手を上げる。

 

 

 

「参った。降参だァ。」

 

 

 

「勝負あり、だな。」

 

 

 

「流石の強さだな・・・」

 

 

 

「そう簡単に衰えはしないさ。」

 

 

 

俺の勝ちでこの勝負は終わりだ。いい刺激になった・・・

 

 

 

「さて、そろそろ俺はお暇するとしよう。」

 

 

 

「そォか。気をつけて帰れよォ。」

 

 

 

「またね啓さん。」

 

 

 

「また式で!」

 

 

 

「お幸せにな。」

 

 

 

いい時間になったので、そのまま不死川邸を後にする。本来の目的も果たせたしいい運動も出来たしで万々歳だな。

 

 

 


 

 

 

「──ただいま。」

 

 

 

「お帰りなさい、啓さん。」

 

 

 

蝶屋敷に到着すると、しのぶが出迎えてくれる。

 

 

 

「ちゃんと招待状は渡せましたか?」

 

 

 

「勿論だ。問題ない。」

 

 

 

「それは何よりです。さ、もうすぐ夕飯ですから手を洗ってきてくださいね。」

 

 

 

「分かった。」

 

 

 

愛する人に出迎えられることがここまで幸せだとは、前までの俺は知らなかった。この幸せを一生噛み締めていきたいものだ・・・

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

「啓!!行くなァァァァァァァァァァ!!」

 

 

 

惨めに叫び声を響かせるのは鬼の首領、鬼舞辻無惨。ここは啓の精神世界。死の間際に己の血を注ぎ込み、啓を鬼にすることに成功した無惨は、己の悲願を遂げられることに歓喜していた。が、ここで予想だにしなかったことが重なる。

 

 

 

一つ、身体の主である啓の意識が引き戻され、己に楯突いてきたこと。

 

 

 

二つ、その啓に遅れを取ったこと。

 

 

 

この二つだけならばまだ良かった。啓にねじ伏せられた後も脅威の執念で啓をこの場に繋ぎ止めようとした。事実、啓はそれに抗う手段は無かった。啓の意識が戻ることは無く、再び鬼として啓の身体は殺戮の限りを尽くす──

 

 

 

 

──筈だった。

 

 

 

それを邪魔するものがこの精神世界に二人。数百年も前に己を追い詰めた二人の剣士・・・継国縁壱と比古清十郎である。既に死んだはずの二人が啓の精神世界に姿を現し、あまつさえ己の邪魔をしてきた。それにより啓は再びその拘束を逃れ、光へ、仲間の元へと帰ろうとしている。

 

 

 

「私の悲願を果たせるのはお前しかいないのだ!!頼む!!」

 

 

 

「いい加減執拗い。」

 

 

 

見かねた清十郎が無惨を斬り刻む。首だけとなった無惨は、涙を流しながら悔やむ。

 

 

 

(私は、死ぬのか。こんな、こんな所で。)

 

 

 

すぐ近くに感じる己の死。このままでは間違いなく意識が消滅し、完全に無惨はこの世から消えてなくなるだろう。

 

 

 

「安心しろ、俺も一緒に地獄に行ってやるからよ。」

 

 

 

「・・・清十郎。」

 

 

 

「そんな顔するんじゃねぇよ縁壱。・・・俺は、俺の意識のないところでとはいえ、人を手にかけちまった。地獄への片道切符には、その事実だけで十二分だろうよ。」

 

 

 

「お前の道を私に決める権利は無い・・・私はお前の意思を尊重する。」

 

 

 

「ありがとよ・・・じゃあな、我が友よ。」

 

 

 

「ああ・・・さらばだ、友よ。」

 

 

 

清十郎が無惨の首を掴み、歩み出す。縁壱に背を向け歩み出す。縁壱も清十郎と反対方向に進む。それぞれの先にあるのは天と地へ続く門。地獄の業火が燃え盛るその門を、清十郎は無惨と共に潜る。

 

 

 

「なあ、鬼舞辻よお。お前、次があったら真っ当に生きてみろよ?」

 

 

 

「・・・次などないだろう。あるのは絶対的な死のみだ。私の存在は跡形もなく消えてなくなる。それだけだ。」

 

 

 

「さあな、案外優しい閻魔様が次の機会をくれるかもな。」

 

 

 

「・・・」

 

 

 

無惨はもう何も語らない。清十郎も何も語らない。

 

 

 

(子孫よ・・・精々長生きしろよ。お前の行く末に、幸多きことを。)

 

 

 

二人は炎に包まれ消えていく。地獄が下す審判は、誰にも分からない。

 




触れただけで描かれなかった者達のその後を、来たる啓としのぶの結婚式に関連付けて登場させてみました。
そして無惨、縁壱、清十郎のその後。
無惨みたいなドがつくほどのクズでも、別の世界に転生したりとかするんですかね・・・例えば、どこかの学園にまつわる世界とか。


次は啓としのぶの結婚式になるかと思います。乞うご期待を。


まだまだ外伝のリクエスト受け付けております。可能な限り拾っていくので是非。


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その後 ②

お待たせしました


「おっ、派手に似合ってんじゃねぇか。」

 

 

 

「着るのは初めてだが…違和感はなさそうで何よりだ。」

 

 

 

黒の羽織袴に身を包み、動きを確認していると天元が部屋の中に入ってきて茶化してくる。ここは行冥さんの寺の一室。そして俺が着用しているこの羽織袴。そう、今日は俺としのぶの仏前式…所謂、結婚式だ。

 

 

 

「しっかし、やっとお前らがくっつくと考えると…涙が出てくるねえ。」

 

 

 

「お前は俺としのぶの親か…」

 

 

 

「少なくとも、柱の連中は皆同じような感想だと思うぜ?お前はともかく、胡蝶なんて態度が派手に露骨だったからなあ。」

 

 

 

「…今思い返すと、俺もそう思う。」

 

 

 

「最強の柱は、殺意には鋭くても恋情には鈍いってか?」

 

 

 

ケラケラと笑う天元。こう茶化されても、悪い気はしないな。それほどまでに今の俺は満たされている、ということだろう。俺がしのぶへの想いに気付き、想い続けてからの時間はそう長くもない。だが、自身が愛した者と一緒になるということが喜ばしいことには変わりはない。

 

 

 

「さて、準備も出来たようだし…そろそろ行くか、新郎さんよ。」

 

 

 

「そうだな。」

 

 

 

戸を開け、廊下に出る。太陽が凛々と辺りを照らし、春の暖かな匂いが満ちる。

 

 

 

「今日は、いい天気だな…」

 

 

 

「雲ひとつない快晴だ…派手でいいじゃねぇか。」

 

 

 

しばらく歩いていくと、行冥さんの姿が見える。

 

 

 

「準備は出来たようだな…外でしのぶが待っている。行こう。」

 

 

 

「ありがとうございます、行冥さん。」

 

 

 

「んじゃ、後でな…啓。」

 

 

 

「ああ。」

 

 

 

裏口から表に出る。一度寺の外に出て、僧に連れられ新婦…しのぶと共に寺の中に入場する。「参進」と呼ばれる花嫁行列だ。本来ならば後ろに親族が続くのだが…俺達は形式を変え、二人で歩くことにした。

 

 

 

「しのぶ。」

 

 

 

「啓さん。」

 

 

 

閉まった寺の門の前に着くと、花嫁衣裳に身を包んだしのぶが目に入る。純白の衣装に身を包んだその様子は、いつもよりなお一層──

 

 

 

「──綺麗だ。」

 

 

 

「やめてくださいよ、もう…啓さんだって、素敵です。」

 

 

 

思ったことを直球に告げると、しのぶは顔を真っ赤にしてしまう。反応すらも愛らしい。

 

 

 

「さて…行くとしよう。準備はいいか?」

 

 

 

「はい。問題ありません。」

 

 

 

「ええ…大丈夫です。」

 

 

 

「そうか…では。」

 

 

 

行冥さんの確認に答えると、門が開かれる。ゆっくり、ゆっくりと開いていき、開ききった頃には中から拍手が波のように押し寄せる。そう、本来ならば親族のみで行うはずだが、俺達は世話になった関係者全員呼ぶことにした。やるなら賑やかな方が良いからな。

 

 

 

「では二人共、私についてくるように。」

 

 

 

行冥さんに先導され、寺の中への一本道をしのぶと歩いていく。一歩一歩、確実に踏みしめて。親しい人達からの祝福の拍手を背に、寺の中へ足を踏み入れる。仏壇の前まで辿り着くと、行冥に促されその場に腰を下ろす。参列者は全員外から中を見ている。

 

 

 

「これより、如月啓と胡蝶しのぶの仏前式を執り行う…」

 

 

 

そうして、式が始まった。まずは行冥さんが、俺達二人の身の穢れを祓う。

 

 

 

「仏よ、この二人の歩む未来に祝福を、永遠の幸せをお見守り下さい…」

 

 

 

続いて、仏様に結婚の報告をし、永遠の幸せを願う。静かに紡がれるその言葉が心に染み入る。

 

 

 

「では続いて、三々九度の盃を。」

 

 

 

そういうと、俺としのぶの前にそれぞれ大中小の盃に入った神酒を用意される。この神酒を持ってして、夫婦の永遠の契りを交わす。飲まない理由がある筈もなく、俺もしのぶも全て飲み干す。

 

 

 

「続いて、新郎新婦の誓いの言葉を。」

 

 

 

こういった式では定番であろう誓いの言葉だ。特に順番は決まっていないが、さて…

 

 

 

「では、私から先に。」

 

 

 

「分かった。」

 

 

 

そう言って、しのぶが前に出る。懐から紙を取り出し、そこに書いた内容を読み上げる。

 

 

 

「──私は、こうして愛する人と一緒になれる日が来るとは、思ってもいませんでした。」

 

 

 

「両親を鬼に殺され、姉さんと二人で鬼殺の道を歩み始めたその時に、女性としての幸せを手に入れることは考えないようにしようと決めました。その程度の気持ちでは、何も変えることは出来ない、そう思って。」

 

 

 

「ですが、私は道の半ばで啓さんと出会い、想いを寄せるようになりました。何時しか、鬼のいない平和な世で、この人と共に生きていけたらどれ程幸せだろうか…そう考えない日は、殆ど無かったと思います。」

 

 

 

「今はこうして、刀を握る必要も、戦う必要も無くなりました。願いに願った時が、漸く訪れました。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、啓さんと共に歩んでいくことをここに誓います。健やかなる時も病める時も、ずっと、二人で助け合って行くことを誓います。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言い切ると、しのぶがこちらに戻ってきて再び腰を下ろす。やりきった、と言った表情でこちらを見てくる。

 

 

 

「さ、次は啓さんですよ。」

 

 

 

前に出て、真っ直ぐに前を見つめる。しのぶ同様に、懐から紙を取り出し、広げる。

 

 

 

「…」

 

 

 

深く息を吸って、心を落ち着ける。こんなにも緊張することになるとは、思ってもいなかった。落ち着かぬ心のまま、言葉を紡ぐ。

 

 

 

「しのぶと初めて出会ったのは、俺が怪我をして運び込まれた時でした。あの頃の彼女は、何処か焦っているようで…放っておけなくて声を掛けたのが、始まりでした。」

 

 

 

「会う回数を重ねる度に、しのぶに心惹かれていくのを、確かに感じました。ですが、当時の俺にはそれに向き合う度胸はありませんでした。鬼を斬り、人を守る。それ以外のことは考えるべきではないと。そう高を括っていました。」

 

 

 

「ですが、俺達は遂に悲願を成し遂げ、人並みの幸せを享受することを許されました。今なら、胸を張ってこの想いと向き合えます。」

 

 

 

 

 

 

 

「一生を掛けて愛することをここに誓います。今生のみならず、願わくば来世でも。」

 

 

 

 

 

言葉に出す前まではあんなに暴れていた心臓も、終わる頃には既に落ち着き払っていた。穏やかな気持ちで、しのぶの隣に腰を下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これにて、仏前式を終わりとします。」

 

 

 

その後、暫くして式が終わる。もうそこからは宴である。用意されていた食事や飲み物がすぐさま広げられ、寺の中は瞬時に宴会会場に早変わりだ。

 

 

 

「派手に飲め飲め野郎共!!仲間の新たな門出の祝いだ!」

 

 

 

「待て宇髄──」

 

 

 

天元が騒ぎながら周囲に酒を勧めまくる。まず餌食になったのは槇寿郎さんである。一時期この二人が柱として肩を並べていた時期もあってかそれなりに仲がいいらしい。

 

 

 

「啓。」

 

 

 

「御館様、ご参列ありがとうございます。」

 

 

 

御館様に酒瓶を差し出され、意図を汲んで盃を差し出す。同じように御館様に酒を注ぎ、乾杯を交わして一口付ける。

 

 

 

「私の愛する子供たちが無事結ばれて、何よりだよ。これ以上に喜ばしいことがあるだろうか…」

 

 

 

「御館様にも随分と気を使わせてしまったようで…聞きました。何時ぞやのしのぶとの任務。御館様の配慮だと。」

 

 

 

脳裏に浮かぶのは俺としのぶ、そして真菰とカナエで赴いた任務のこと。カナエからの提案だったようだ。

 

 

 

「あのことか…懐かしいね。確かに二人の背中を後押しするために計画したよ。」

 

 

 

「あの頃の俺はまだしのぶへの想いに気付いていませんでしたが…あの任務を通してからですね、自分の気持ちの揺れに気づいたのは。」

 

 

 

「そうか…結果としてこうして二人の晴れ姿を見ることが出来て、私は本当に幸せだよ。」

 

 

 

「あらあら、二人で何をお話しているのかしら。」

 

 

 

声の方へ目線をやると、カナエがいた。

 

 

 

「ちょうどカナエの話をしていたんだ。ほら、あの時の──」

 

 

 

「ああ、あの時の…懐かしいわねえ。結局鬼も啓君が一人で斬っちゃったから、私と真菰ちゃんは旅行に行っただけみたいだったわ。」

 

 

 

「あながち間違いでも無いかもしれないな。」

 

 

 

「そうねえ…啓君。」

 

 

 

「どうした?」

 

 

 

「私の可愛い妹、ちゃんと幸せにしてあげてね?」

 

 

 

「当然だ…義姉さん。」

 

 

 

「啓君に姉呼びされる日が来るなんて…良いわねえ。」

 

 

 

「カナエ、ずっとそう言っていたからね。」

 

 

 

三人での会話が終わり、色々な人と会話を交わす。相変わらずそれぞれ楽しくやっているようで何よりだ。

 

 

 

 

 

 

そうして、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。気づけば既にお開きとなり、各々が帰路に着いた。俺としのぶもその例外では無い。

 

 

 

帰宅し、風呂などを済ませ、布団に身を沈める。

 

 

 

「……疲れた。」

 

 

 

「そうですねえ…」

 

 

 

思わず漏らしてしまった声にしのぶが賛同する。髪を下ろしたその姿はいつもと違ってまた良い。

 

 

 

「ねえ啓さん、信じられます?私たちとうとう夫婦になってしまいましたよ?」

 

 

 

「正直、まだこれは現実なのか信じ難い。本当はまだ鬼がいて、俺は今夢を見ているだけなのではないか、と時折思うよ。」

 

 

 

「私もですよ。でも──」

 

 

 

しのぶがこちらにやってきて、手を握る。

 

 

 

「──この温もりが夢だと、私は思えません。幸せは、今確かに私たちの手の中にありますよ。」

 

 

 

「……そうだな。」

 

 

 

そのまましのぶがこちらに倒れ込んできて、押し倒される形で布団に寝転がる。

 

 

 

「この心音も何もかも。決して嘘なんかじゃありません…ずっと、一緒にいましょうね。」

 

 

 

「ああ…勿論だ。」

 

 

 

灯りを消し、布団に入るとしのぶも潜り込んでくる。肌を介して温かさが伝わってくる。背後に手を回し、抱き締め、口付けする。

 

 

 

「──愛している、しのぶ。」

 

 

 

「私も、愛してます…啓さん。」

 

 

 

幸せを確かめるように、互いに求め合う。甘く、濃密なその時間を噛み締める。決して、離さない──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ん、───さん。─きて。」

 

 

 

「んん…」

 

 

 

「お父さん、起きて!」

 

 

 

呼び掛けと共に身体を揺すられ、目を覚ます。布団を剥がされ、身体を起こし目を開けると、そこには俺を起こした正体…俺の愛娘がいた。

 

 

 

「──おはよう、(ゆい)

 

 

 

「おはよう、お父さん。お仕事あるんだから、早く起きないとお母さんに怒られちゃうよ。」

 

 

 

「ああ、そうだな…」

 

 

 

立ち上がり、部屋を出て顔を洗い、茶の間に行くと、愛息子としのぶ、そして娘が食卓を囲んでいた。

 

 

 

「お父さん!!おはよう!」

 

 

 

「おはよう(そう)。しのぶも。」

 

 

 

「おはようございます。今ご飯準備しますね。」

 

 

 

しのぶが用意してくれた朝食を食べながら、家族団欒を交わす。

 

 

 

「啓さん、今日は帰りが遅いんでしょう?」

 

 

 

「ああ。杏寿郎と実弥と飲みに行くから、夕飯は大丈夫だ。」

 

 

 

「えー、お父さん帰り遅いの?」

 

 

 

「一緒に寝たかったのにー。」

 

 

 

「ごめんな、友達との約束だからちゃんと守らないと。」

 

 

 

「そうですよ、お父さんのことも考えてあげなきゃダメよ?」

 

 

 

「「はーい。」」

 

 

 

俺としのぶに諭され、渋々と言った様子で納得する想と結。

 

 

 

「その代わり、明後日の休みはお出かけしよう。お父さんとお母さんの思い出の場所に連れて行ってあげよう。」

 

 

 

「あの花畑ですか、懐かしいですねえ。」

 

 

 

「花畑!行く行く!」

 

 

 

「お出かけ楽しみ!」

 

 

 

微笑ましいやり取りを交わし、仕事に行く準備をする。あれから俺は勉強を重ね、遂に教職に就くことが出来た。想と結が通う学校とは別の学校の教師を務めている。しのぶはと言うと、基本家で家事をしてくれているが時たまカナエの仕事を手伝っているようだ。…ちなみに、カナエは実弥と入籍し、一人の子どもと三人で暮らしている。

 

 

 

「今日はいい天気だな。」

 

 

 

「ええ、雲ひとつない快晴ですよ。」

 

 

 

「…式の時を思い出すな。」

 

 

 

今でも昨日の事のように思い出せる。いや、思い出せないはずがない。

 

 

 

「さて、そろそろ行くとするか…行ってきます。」

 

 

 

「行ってらっしゃい、あなた。」

 

 

 

「お父さん行ってらっしゃーい!」

 

 

 

「飲みすぎちゃダメだよー。」

 

 

 

家族に見送られ、家を後にする。

 

 

 

幸せ者だな、俺は。家族に見送られて仕事に行き、時たま友人と酒を酌み交わし、家族の待つ家に帰ってくる。こんな幸せがいつまでも、いつまでも続けばいいと願うばかりだ。

 

 

 

「さあ、行くか。」

 

 

 

 

 

 

 




結婚式と暫く経った後のお話でした。


更新に間が空いてしまって申し訳ないです。次はキメ学編を書いていこうと思います。
どのくらいの長さになるかは未定です。他作品の執筆も進めたいので…



外伝のリクエストまだ受け付けております。全て拾いきれるかは分かりませんが、是非是非。


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キメツ学園編 第1話

キメツ学園編でございます


「おはよー。」

 

 

 

「お前、服装が乱れているぞ。」

 

 

 

ここは中高一貫校、キメツ学園。個性豊かな生徒と教師が揃っている。スパルタ体育教師、ド派手な美術教師。通称:スマッシュブラザーズ事件を引き起こした数学教師。バイクで登校する男子生徒、狐のお面を持ち歩く女子生徒。何ともまあ色濃い学校だ。

 

 

 

「おはようございます、冨岡先生。」

 

 

 

「おはよう、胡蝶。」

 

 

 

私は、この学校の高等部二年、胡蝶しのぶ。薬学研究部とフェンシング部を兼部しており、学業成績も悪くない。言わば、ちょっとした優等生だ。そして私は今、ある悩みを抱えている。

 

 

 

「お、生徒会長だ。」

 

 

 

その声を聞き、反射的に振り向く。視線の先には一人の男子生徒。

 

 

 

「おはようございます。」

 

 

 

「おはよう、如月。」

 

 

 

彼は如月 啓。私と同じ高等部二年で、先の生徒会選挙にて生徒会長に抜擢された人である。部活は剣道部で、成績は私と並ぶ程度。ちょっとしたライバル意識を持ってたりする。

 

 

 

と、目線に気づいたのか啓さんがこちらに歩いてくる。

 

 

 

「おはよう、しのぶ。」

 

 

 

「おはようございます、啓さん。」

 

 

 

実は私と啓さんは小学生からの仲である。小学生の頃は同じクラスというのもあり、よく一緒に遊んでいた。だが、キメツ学園に入学してからは別クラスになってしまい、高等部二年でクラス替えは最後だったので、遂に同じクラスになることは願わなかった。今ではこうしてすれ違う時に挨拶を交わす程度の仲になってしまった。

 

 

 

「啓君おはよー。」

 

 

 

「ああ、おはよう。」

 

 

 

因みに言うと、この方かなり女性人気が強いのである。顔も良いし身長も並より高い。それでいて勉強も出来て運動も出来るのだから人気じゃないはずがない。

 

 

 

そして、私の悩みの種もこの人である。私は啓さんのことが好きだ。ずっと。だがその想いを伝える機会はなく、今の今まで引きずってしまっている。

 

 

 

「はあ・・・」

 

 

 

「どうした、深刻そうな顔をして。悩みがあるなら聞くぞ。」

 

 

 

「何でもありません、ご心配どうも。」

 

 

 

すぐさま笑顔を作り応答する。言えるわけが無い、貴方の事が好きで悩んでいますだなんて。

 

 

 

「そうか・・・ならいい。」

 

 

 

無言のまま昇降口に入り、クラスが別なので靴を履き替える際に別れてしまう。ああ、本当はもっとお話したいのに・・・

 

 

 

「おはよーしのぶちゃん、どうしたの?元気ないね。」

 

 

 

「おはようございます真菰さん・・・少し、思い詰めてしまいまして。」

 

 

 

この方は真菰さん。私と同じクラスの女子で、かなり仲がいい方だ。放課後、遊びに行ったりもする。

 

 

 

「大丈夫?私で良ければ話聞くよ?」

 

 

 

「・・・それでは、お弁当の時に聞いていただいても?」

 

 

 

「うん、いいよ。」

 

 

 

真菰さんは、啓さんと同じく剣道部の錆兎さんと交際している。もしかしたら何か良い意見が仰げるかもしれない。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「そっかあ、如月君の事が・・・」

 

 

 

「そうなんです・・・」

 

 

 

屋上でお弁当をつつきながら真菰さんに相談する。一通り私の話を聞いてくれた後、真菰さんが口を開く。

 

 

 

「手っ取り早くさ、率直に想いを伝えてみたら?恥ずかしいのは分かるけどさ、如月君結構モテるよ?」

 

 

 

「ですよねえ・・・そうなんですよね・・・はあ。」

 

 

 

「ちょ、しのぶちゃん?元気だして?ほら、卵焼きあげるから。」

 

 

 

そう言って差し出された真菰さんの卵焼きを頂く。

 

 

 

「あ、美味しい・・・」

 

 

 

「ふふん、今日のは自信作なんだ。それで、話を戻すけれど──」

 

 

 

真菰さんが再び口を開こうとしたその時、屋上の扉が開く。中から出てきたのは・・・

 

 

 

「それでなあ、そん時梅が・・・」

 

 

 

「妓夫太郎、今は啓の相談を聞くんだろう・・・?」

 

 

 

「場を和ませようとしたんだけどなあ。」

 

 

 

「構わないさ。」

 

 

 

「あ、ご本人。」

 

 

 

啓さんとお友達だった。確か・・・学園一の不良と名高い謝花妓夫太郎さん、中等部三年の女子と付き合っている素山狛治さん。だったか。啓さんと御二方は、同じクラスで一緒にいる印象が強い。

 

 

 

「中行こっか、しのぶちゃん。」

 

 

 

「ええ・・・そうですね。」

 

 

 

お弁当をしまい、中へ戻る。さすがに本人を前にこの話をする度胸は私にはない。

 

 

 

 

 


 

 

 

「───であるからして、こうなる!」

 

 

 

困った。完全に意識が授業に向かない。ずっと心のモヤモヤが晴れず、内容が頭に入ってこない。

 

 

 

『───二人で遊びに誘ってみよう!』

 

 

 

昼休みが終わる頃、真菰さんが出した結論だ。誘えなかったら何があるわけではないが、距離を詰めて置かなければ他の女子に取られるかもしれない、と念押しされ危機感を覚えてしまった。

 

 

 

と、考え事をしているうちに終業のチャイムが鳴る。

 

 

 

「今日の授業はここまで!」

 

 

 

「起立。」

 

 

 

学級委員長の号令で授業が終わる。教室内は再びガヤガヤとし始めた中、学級担任・・・不死川実弥先生が教室に入ってくる。

 

 

 

「ホームルームすんぞォ、席つけェ。」

 

 

 

不死川先生の声に従い、全員が席に着く。そのまま連絡を終え、帰りの挨拶を持って放課後を迎える。

 

 

 

「胡蝶ォ、ちょっと来い。」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

不死川先生に呼ばれ、教卓へ向かう。

 

 

 

「来週だったかに部活の予算・・・だったかァ?について生徒会の奴が聞きに来るらしいから、その用紙だァ。」

 

 

 

「ああ、ありがとうございます。」

 

 

 

生徒会・・・誰が来るのだろうか。啓さんだろうか?いや、会長は忙しいだろうし、別の人だろうか・・・まあ、何でもいい。本音を言うと啓さんが良いけれど。フェンシング部は良いとして、薬学研究部は部員が私1人で自動的に私が部長だから、考える必要がある。まあ特に不便もしていないし、その旨をそのまま伝えればいいだろう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

今日が生徒会の人が来る日だったか。顧問の先生も今日は来れないと言っていたし、完全に私一人で応対することになる。まあ構わないけれど。と、そんな事を考えていると扉がノックされる。

 

 

 

「どうぞ。」

 

 

 

入室を促すと、扉が開き、外から一人の生徒が、入ってくる。とても見覚えのある顔だ。

 

 

 

「失礼します、生徒会の者です。予算のヒアリングに来ました。」

 

 

 

「──啓さん。」

 

 

 

まさかの啓さんだった。いや、嬉しいのだけれども。部屋に二人きりとなると意識せざるをえなく、胸が高鳴るのを感じる。

 

 

 

「部活中にすまないな。少し時間をくれ。」

 

 

 

「ええ、構いませんよ。」

 

 

 

 

 

 

 

啓さんに座るよう促し、話を始める。話す内容を予め決めてあったのもあり、終始スムーズに進んだ。

 

 

 

「すっかり生徒会長の仕事が板につきましたね、啓さん。」

 

 

 

「元々、こういったことは得意だからな。」

 

 

 

本題自体は早々に方が着き、世間話に切り替わった。特にこの後急ぎの用はないということで、本来必要ないであろうこの時間に付き合ってくれている。

 

 

 

「啓さんは進路どうするんです?もう二年の後半ですから、何かお考えはあるのでしょう?」

 

 

 

「そうだな・・・大雑把に進学、とは決めてある。どの学校どの学科とかはまだだが。しのぶは?」

 

 

 

「私は医学を学べる所ですかねえ。薬学との二択で迷っていたんですが、薬剤師よりは医師として医療に携わりたいな、と。」

 

 

 

「医師か・・・いいじゃないか。相応の苦労となるだろうが、しのぶならやれる。頑張れよ。」

 

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

 

それを皮切りに、話が止まってしまう。それを見計らってか啓さんが席を立つ。

 

 

 

「さて、そろそろお暇しよう。邪魔したな。」

 

 

 

「あっ──」

 

 

 

啓さんが背を向け部屋を出ようとしたその瞬間、反射的にその腕を掴み、引き止めてしまう。そんなことするつもりはなかったのに。

 

 

 

「・・・しのぶ?」

 

 

 

「──あの、えっと・・・」

 

 

 

啓さんが疑問に満ちた目でこちらを見てくる。当然だ。

 

 

 

「その・・・」

 

 

 

ここまで来たら、言ってやる。この部屋には私と啓さんの二人きり、いい機会じゃない。

 

 

 

「─────今度の週末、お出かけしませんか?二人で。」

 

 

 

心臓が破裂するんじゃないかというくらいに暴れている。今までこんなに緊張したことはなかった。恐らく私の顔は真っ赤で、見るに堪えない様子だろう。

 

 

 

「週末、か。」

 

 

 

「駄目・・・ですか?」

 

 

 

恐る恐る聞き返す。

 

 

 

「日曜なら構わない。土曜は合同練習があってな。朝から夕方まで通しで部活になるから。」

 

 

 

「本当ですか?」

 

 

 

「嘘をつく理由なんてないだろう。」

 

 

 

啓さんが微笑みながら肯定する。

 

 

 

「今週の日曜だな、スケジュールはLINEで話そうか。」

 

 

 

と、言って啓さんがスマホを出してくる。それに応じて私もスマホを出し、LINEを交換する。

 

 

 

「では、またな。」

 

 

 

「はい、また。」

 

 

 

啓さんが部屋を出る、と同時にその場にへたり込む。

 

 

 

どうしよう、本当に二人で出掛けることになるなんて──

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

生徒会室の扉を開け、中に入る。

 

 

 

「戻ったか、啓。」

 

 

 

「ああ。」

 

 

 

出迎えたのは鬼辻 月彦(きつじ つきひこ)。生徒会副会長だ。

 

 

 

「どうした?いつになく上機嫌だな?」

 

 

 

「まあな。」

 

 

 

「で、ヒアリングの結果は。回収してきたんだろうな?」

 

 

 

「当然、後は任せたぞ・・・と言いたいところだが、今日は会計は休みか。」

 

 

 

「そうだな。特にすることもないし私は帰るが、啓はどうする?」

 

 

 

「俺は部活に行くとしよう。錆兎の相手は後輩には荷が重い。」

 

 

 

「そうか。」

 

 

 

 

 

生徒会室の鍵を閉め、月彦と別れる。鍵はその都度生徒会顧問の手元に返さなければならないため、職員室に向かう。

 

 

 

「失礼します。」

 

 

 

名前と目的を告げ入室する。

 

 

 

「比古先生。鍵の返却に来ました。」

 

 

 

「おう、お疲れさん。」

 

 

 

比古清十郎先生。国語教師で生徒会顧問でもある。

 

 

 

「ヒアリングの進捗は?」

 

 

 

「順調です。予定通り終えられるかと。」

 

 

 

「そうかい、なら問題ねえな。」

 

 

 

「はい、では失礼します。」

 

 

 

要件も住んだし足早に職員室を出る。そのまま部活に参加するために剣道場に向かう。

 

 

 

「遅い!!もっと速く、重く打ち込んでこい!!」

 

 

 

道場の中から声がする。錆兎だな。横の部室で着替えた後、道場に脚を踏み入れる。

 

 

 

「来たか、啓。」

 

 

 

「啓先輩!」

 

 

 

錆兎と練習していた後輩が嬉々とした表情をこちらに向けてくる。・・・余程キツかったんだろうな。

 

 

 

「お疲れ様。俺が代わるから他の一年に交じっていいぞ。」

 

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

「俺の相手、そんなに辛いのだろうか・・・」

 

 

 

「錆兎に受けてもらう分には良いだろうが、錆兎を受けるのには荷が重いんじゃないか?常に上位大会に行くような実力者の相手、なかなか務まるものじゃないだろう。」

 

 

 

「そうか・・・まあいい、土曜の合同練習に向けて実戦形式を詰めておきたい。良いか?」

 

 

 

「軽くアップした後な。」

 

 

 

準備運動を済ませ、錆兎を相手に軽い基礎練をした後、試合形式の練習に入る。一時間程部活に打ち込むと、部活終了を知らせるチャイムがなる。

 

 

 

と、唐突に道場の扉が開かれる。

 

 

 

「礼!」

 

 

 

「良い、片付けに入れ。」

 

 

 

剣道部顧問、冨岡先生だ。どうにも言葉足らずで、指導の際もイマイチ掴めない時があるが、腕は確かである。

 

 

 

片付けを終え、整列する。

 

 

 

「分かっているとは思うが、今週の土曜は他校との合同練習だ。県大会を控えた啓と錆兎が中心となるが、一年生もしっかりと望むように。以上。」

 

 

 

終了の挨拶を終え、部室に戻る。一年生達が帰った後、錆兎が唐突に話を切り出してくる。

 

 

 

「今日はいつになく太刀筋が鋭かったな。何かあったのか?」

 

 

 

「ああ。」

 

 

 

「ほう・・・さては、胡蝶の件か?」

 

 

 

「・・・さて、何のことだかな?」

 

 

 

「惚けやがって。」

 

 

 

錆兎が揶揄うような笑みを浮かべる。錆兎には、以前からある相談をしている。それは、幼い時からの仲であるしのぶについて。中高と距離が空いてしまったその距離を何とか縮めたい。そんな想いを抱きながらここの所生活していた。そして、そんな中でつい先程のことが。

 

 

 

 

『────今度の週末、お出かけしませんか?二人で。』

 

 

 

 

まさかのしのぶからのお誘い。唐突のことに固まってしまったが、しっかりと了承の旨を伝えた。

 

 

 

「良かったじゃないか、大方遊びに誘われたとか、そんな辺りだろう?」

 

 

 

「・・・敵わないな、錆兎には。」

 

 

 

「ふっ、見ているからな。」

 

 

 

さすが彼女持ち、と言ったところか。さて、妓夫太郎と狛治にも報告しておかなければ・・・

 

 

 

 

日曜日が楽しみだ。




多分この話含めて五話くらいはキメツ学園編を執筆するかと思います。別作品と並行になりますが。


キメツ学園編を書き終わったあとはまた鬼殺隊としての外伝を何話か書き、完全に完結ですかね。


外伝のリクエスト、拾えるだけ拾っていきますので是非。


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キメツ学園編 第2話

間隔が空いた中でも数多くの閲覧や誤字報告、ありがとうございます。
久々の投稿となります、どうぞ。


「──ふぅ。」

 

 

 鏡の前の自分と睨めっこを終え、リビングで一息つく。

 今朝は随分早く起きたから、少し瞼が重くも感じる。待ちに待ったこの日がやって来たんだもの。早く起きずにはいられなかった。

 

 

「あらしのぶ、準備は良いのかしら?」

「ええ姉さん。・・・何かおかしいところはない?大丈夫?」

「大丈夫よ?しのぶは今日も可愛いわ。」

 

 

 もう、姉さんはすぐ茶化してくるんだから・・・

 姉さんがニコニコと笑みを浮かべながら対面に座ってきて、こちらをまじまじと見つめてくる。

 あまりに視線を集中させるものだから、口を開かざるを得なかった。

 

 

「・・・何?姉さん。」

「うふふ、何でもないのよ。ただ・・・しのぶも乙女だなあって。」

 

 

 急に何を言い出すのだろう、この姉は。

 

 

「大方、如月君とのデートってところでしょう?」

「な───ッ。」

「姉さん分かるのよ?今日のしのぶはこう、なんというか・・・ね?」

「もう、何なのよ・・・」

 

 

 姉さんのペースに呑まれかけたところで、我を保つ。

 全く、姉さんと話しているといつもこうだ。いつも唐突で、それでいてやけに心を見透かされているような。

 タチが悪いことこの上ないわ・・・

 

 

「あ、私もそろそろ行かなくちゃ・・・しのぶ、何処まで行くの?」

「とりあえず、集合は駅の方よ。」

「あら、方向は同じね。車に乗せてってあげるわよ?」

 

 

 ということで、姉さんの車で送って行って貰うことになった。

 ・・・車の中でもちょっかい掛けてくるんだろうなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあねしのぶ。頑張るのよー。」

「もう、余計なお世話よ・・・」

 

 案の定、だった。

 車の中でも啓さんの話題ばっか振ってきて、私の反応を見て楽しんでた様子。

 絶対そのうち仕返しするんだから・・・

 

 さて、姉さんの出発に合わせた弊害で少し早く着いてしまった。とりあえず集合場所に行くだけ行ってみよう。

 

 

「あれ、しのぶちゃんだ。」

「──真菰さん。と・・・」

「──錆兎だ、よろしく。」

 

 

 真菰さんカップルと鉢合わせる。確か、彼氏さんの方は啓さんと同じ部活の…

 

 

「あ、そっか。今日だったね。」

「・・・そういえば言っていたな。」

「あ、錆兎も知ってるんだ。」

「あの・・・どういうことです?」

 

 

 何故錆兎さんがその事を知っているのだろう。疑問に思わずにはいられなかったので問い掛ける。

 

 

「まあまあ。じゃ、俺達はこれで・・・」

「あ、ちょっと・・・」

「頑張ってねーしのぶちゃん。」

 

 

 ひらひらと手を振りながら二人は去っていく。真菰さんはともかく、なぜ錆兎さんが・・・まさか、啓さんが?

 疑問は晴れないまま、集合場所の近くまでやってくる。すると、既に啓さんがそこにいた。嘘、まだ30分位早いのに・・・

 そのままにしておく理由もなく、近付いて話し掛ける。

 

 

「──啓さん。」

「しのぶ。早いな。」

「啓さんこそ・・・何分前からいたんですか?」

「なに、ちょうど来たばかりだ。早速行こうか。」

「あっ、はい・・・」

 

 

 本で読んだ。集合した時のちょうど来たばかりは何分も前からいた証拠だと。

 私のただの思い違いかもしれないが、もしお出かけを楽しみにして早く来てくれてたのなら・・・と想像すると胸の内が熱くなってくる。

 まさか啓さんの前で顔を赤くする訳にもいかないので心を落ち着かせる、感情の制御ができない者は未熟者・・・

 

 

「さて、まずは映画館だったか?」

「ええ。私の見たい映画をチョイスしちゃいましたけど、啓さんは大丈夫なんですか?」

「ああ、ちょうど俺も興味があったからな。いい機会だ。」

「そうですか、それなら良かったです。」

 

 

 他愛もない世間話をしながら映画館へと向かっていく。

 

 

「そういえば、今日は髪を下ろしているんだな。」

「えっ、あ、はい。休日くらい気分転換を、と思いまして。」

「そうか・・・良いじゃないか。良く似合っている。」

「──ッ!?そうですか、なら、良かったです・・・」

 

 

 この人は唐突に・・・!

 想いを寄せている人から変化を褒められて、嬉しくないはずがない。

 不味い、顔が紅潮していくのを自分でも感じる。落ち着け、落ち着くのよ・・・

 

 

「啓さんの私服姿を見るのは初めてですね。」

「確かにそうだな。友人と遊びに行くことも少ないし、滅多に人前に晒す機会はないな・・・どうだ?何か変なところがあったりは。」

「そんなことありませんよ。良くお似合いです。」

「なら良かった。」

 

 

 と言って、微笑みを向けてくる。

 滅多に向けられることの無いそれに、私の心臓はさらに高鳴る。

 

 

「さ、もう映画館に着くな。席は既に取ってあるぞ。」

 

 

 と言ってチケットを差し出してくる。準備が良すぎる・・・

 お金を返そうとするが、どうしても受け取ってくれない。誘ったのは私の方なのに・・・

 

 

「気にするな。さっきも言ったが外出する機会が余りなくて金が有り余っているんでな。こういうことぐらいカッコつけて使わせてくれ。」

 

 

 そんなことを言うものだから、私としても無理に押し付けられなくなってしまった。

 ずるい、反則だ・・・

 

 

「すまない、少し御手洗に。」

「ええ、どうぞ。」

 

 

 せめてもの抵抗だ。啓さんが席を外している内にポップコーンを買っておこう。

 いくらあんなこと言われても、お金を出させるばかりなのは良くないだろう。

 

 

 

 

「待たせた・・・これは?」

「ポップコーンです。私の顔を立てると思って、この位は出させてくださいね?」

「敵わないな・・・ありがとう。」

「そろそろ始まりますね、スクリーンに入っておきましょう。」

 

 

 というわけで席に着く。もちろん隣は啓さんだ。

 今日見る映画は「魔滅の銃 〜Infinity Train〜」という映画だ。

 私が好んでみているアニメの劇場版で、つい先日、興行収入第一位を獲得した大人気の映画だ。

 本当に私の趣味なのだが、啓さんを付き合わせていないかが心配だ。さっきああ言ってはくれたけど・・・

 

 

 

 

「凄かったですねえ。流石大人気作品です。」

「ああ・・・特にレンゴークがザーアカに向かって最終奥義を放つシーンの作画は凄まじかったな。」

「ええ、レンゴークが死に際にタンジェロやズェンイツ、イーノケスに語り掛けるシーンはもう涙無しには見られませんでしたね。」

「そうだな。アニメで涙腺が崩壊の危機を迎える日が来るとは。」

 

 

 啓さんが泣きかけていたとは、少し意外だった。

 確かに少し目が潤っているように見える。私は泣いたが。

 

 

「さ、お昼にしましょう・・・何処か行きたいところはありますか?」

「しのぶの希望がなければ、少し行ってみたい場所がある。」

「私は特にありませんよ。そこに行ってみましょう。」

 

 

 

 

 啓さんに導かれ、洒落たカフェにやってきた。

 

 

「ここのフレンチトーストが絶品と聞いてな。興味があったんだ。」

「フレンチトーストですか、いいですね。珈琲も美味しそうです。」

 

 

 扉を開けると、付けられていたベルが心地よい音を奏でた。

 

 

「いらっしゃいませ・・・二名様でよろしいでしょうか?」

「はい。」

「カウンター席が埋まっていますので、空いてるテーブル席へどうぞ。」

 

 

 席に座り、メニューに目を通す。かなりの種類だ。

 啓さんの目的のフレンチトーストは看板メニューらしく、一面にでかでかと載っている。

 私は・・・無難にサンドイッチにしよう。

 

 

「内装もオシャレですねえ。よくこういうお店には来るんですか?」

「たまにだな。予定がなくて尚且つ友人からの誘いもない時には一人で巡ったりするんだ。」

「確か啓さんは甘党でしたものね。」

 

 

 滅多に聞くことの無い啓さんのプライベートの話を聞いていると、注文の品が運ばれてくる。

 啓さんが頼んだフレンチトースト、まさかここまで美味しそうだとは・・・視線を送らずにはいられない。

 

 

「これは・・・!」

「どうしたました?」

「絶品、その一言以外では形容できない。奥までしっかりと染み込んでいるというのがナイフを通しただけで伝わっている。いざ口に運ぶと解けるような食感と共に甘さが───」

 

 

 あんまり饒舌に語るものだから、笑わずにはいられなかった。

 こんな啓さん、初めて見た。これだけでも今日誘って良かったと思える。

 

 

 

 

 

「───はっ、すまない。少し熱が篭もりすぎた。」

「大丈夫ですよ。どれだけ美味しいのかがこれでもかというほど伝わってきました。」

「そうか・・・一口、どうだ?」

 

 

 突然の提案に思考がフリーズする。

 啓さんが口をつけたものを私が・・・?無理、そんなの意識するなという方が無理だ。

 脳内であたふたしていると、啓さんが食べやすい形に切ったトーストをフォークに刺し、口元に差し出してくる。

 

 

「はい、どうぞ。」

「──────!!」

 

 

 差し出された好意を無下にする訳にも行かず、言葉に甘えてトーストを頂く。

 確かに美味しい。が、それどころでは無い。

 きっと今の私は、顔を真っ赤にして情けない様を晒していることだろう。

 

 

「どうだ?」

「美味しい、です・・・」

「だろう?」

 

 

 満足気に啓さんはそのままトーストを頬張る。今私に使わせたフォークで。

 関節キスの二乗と言ったところか。うん、自分でも何言ってるか分からない。それ程までに混乱している。

 

 

「コーヒーとの相性も良い・・・コーヒーも試してみるか?」

「い、いえ。大丈夫です・・・」

「そうか。」

 

 

 と言って啓さんはコーヒーを啜る。こっちの気も知らずに・・・!

 そこに、急に店員さんがやってくる。

 

 

「失礼します。」

「あの・・・注文した覚えが無いのですが。」

 

 

 店員さんがテーブルにクッキーやビスケットといった菓子を並べる。

 当然、私たちは注文していないのでそれを疑問に思った啓さんが店員さんに尋ねる。

 

 

「・・・こちら、店長からのサービスとなっています。カップルのお客様に向けて。」

「カッ──!?」

 

 

 啓さんが驚いた様子でカウンターの方に目を向けると、初老の男性がこちらにサムズアップを向けている。

 店内にいる他の人達からの目線もこちらに突き刺さる。

 

 

「あの、俺達はそんなんじゃ・・・」

「そ、そうです。ただの友人同士で・・・」

「店長のお節介ですので、食べきれない際はお持ち帰りいただいても結構です。それでは。」

 

 

 店員さんは撤回することなく去ってしまう。

 恐る恐る啓さんの方に目線を向けると、啓さんも少し顔を赤くしている。

 私達二人の間には、洒落たジャズ調の音楽のみが流れる。

 

 

 

 

 

 

 

「──災難、でしたね。」

「・・・そうだな。」

 

 

 頂いた菓子は全て平らげ、会計をして店を後にする。

 会計時にも店長はサムズアップを送ってきた。とんでもない人だ・・・

 

 

「さ、気を取り直してまた何処かに行こう。」

「そ、そうですね・・・あ、ショッピングモールに行きませんか?あそこなら色々ありますし。」

「そうだな、そうしよう。」

 

 

 次の目的地へと向かう。

 頭の中では、先程向けられた目線がへばりついて離れてくれない。他の人達から見たら、私達は恋人同士だった。その事実がどこか嬉しくも、恥ずかしくもある。

 啓さんはどうなのだろうか。その場では少し取り乱していたが、今ではいつもの凛とした顔つきに戻っている。

 

 意識しているのは、私だけなのだろうか・・・

 

 

 

 

 何処と無く浮かぬ気持ちのまま時間だけが過ぎていく。

 途中、啓さんが何度も話し掛けてくれたが少し適当な返事ばかりしてしまった。

 本当はこんなはずじゃないのに。

 

 

「すまない、少し席を外す。ここで待っていてくれないか?」

「あ、はい。分かりました。」

 

 

 と言って啓さんは行ってしまう。

 また御手洗だろうか。何にせよ、いいタイミングだ。ここでしっかりと切り替えて、残りの時間をいいものにする。絶対に。

 

 待っている間、することがないのでスマホに目を通すと、ある通知に目がいく。

 真菰さんからだ。上手くやれているか、大丈夫か。といった心配してくれているような内容だった。

「大丈夫ですよ。」と当たり障りのない返信をすると、すぐまた返信が来た。

 

 

『啓君は不器用だから、上手くリードしてあげてって錆兎が。』

『応援してるからね、また学校で話聞かせて。』

 

 

 といった内容だ。

 不器用、か。もしかしたらあれも、何とか平静を装ってただけだったのだろうか。それとも、本当に私は眼中に無いだけなのだろうか。

 分からない。こんな気持ちになるのは初めてだ。

 他人から好意を向けられたことはあれど、私から好意を向けるなんてことは生まれてから他に一度も無かった。

 だからこそ、不安で仕方ない。あの人に私はどう思われているのか。私には女としての魅力があるのか。全てが不安だ。

 

 ・・・ダメだな、私。

 折角のお出かけで勝手に塞ぎ込んで。さっきから啓さんにも申し訳ないことをした。

 

 

「あれぇ、可愛い子はっけーん。」

「・・・ッ!?」

 

 

 思い詰めていると突如、ベンチに座っていた私を3人の男が取り囲む。

 チャラチャラとしたその様子に良い印象は抱けない。

 

 

「・・・何ですか?」

「君1人?俺達と遊ぼうよ。男3人じゃむさ苦しくてさぁ。なあ?」

 

 

 一人が私の隣に腰掛け、馴れ馴れしく肩に腕を回してくる。

 こんな輩、本当に存在していたのかと驚いている。気持ちが悪い、不愉快だ。けれど、震えが止まらない。

 大の男3人に囲まれて、私1人ではどうすることも出来ない。

 

 

「なあ、良いだろう?行こうよ。」

 

 

 嫌がる私にしつこく付きまとう。どうしよう。このままじゃ無理矢理にでも連れていかれてしまうかもしれない。

 助けて、啓さん───

 

 

「さ、行こ?ね?」

「おい、何してる。」

 

 

 声が差す。聞き覚えがあって、とても落ち着く声。

 

 

「何だお前?野郎に興味はないんだ、行った行った。」

「・・・俺の女に、手を出すな。」

 

 

 戻ってきた啓さんが、そう男達に告げる。ハッキリと、堂々と。

 私のことを自分の女であると照れることも恥じることも無く、突きつけるように告げた。

 

 

「チッ、男いたのかよ・・・行くぞ。」

 

 

 バツが悪そうに男達は去っていく。

 その瞬間、啓さんが私に対して口を開く。

 

 

「すまない。」

「・・・え?何がですか。」

「まず、俺が席を外したばかりに変な輩に絡まれてしまったこと。次に、しのぶのことを自分の彼女と偽ったこと。それと、"俺の女"だなんてしのぶを物みたいに扱ったことだ。」

 

 

 予想の斜め上の謝罪に、少し戸惑う。

 最初はともかく・・・いや、別に最初も啓さんが悪いことでは無い。

 2つ目だって、私を助けるために考えてくれたこと。3つ目なんて、別にその表現に怒りなんて覚える筈がない。

 

 

「そんな、謝ることじゃないですよ・・・むしろ、助けてくれてありがとうございます。・・・少し怖かったですけど。」

「・・・すまない。」

「だから、謝らなくて良いんですってば。」

 

 

 是が非でも謝ろうとしてくる啓さんに、自然と笑みが溢れてしまう。

 確かに怖かったが、啓さんが私のことを彼女として扱った事実を思い出すと先程のように顔が熱くなってくる。安堵から来るものではなく、間違いなく羞恥から来るものだろう。

 

 

「さ、行こうか。」

「ええ。」

 

 

 自然と、先程まで暗く落ち込んでいた私の気分は晴れ晴れとしていた。

 先程よりも、胸の奥は熱く、鼓動は早くなっていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 時間は流れ、茜色の夕日が薄明るく辺りを照らしていた。

 何処と無くロマンチックさを感じさせる光景の中、想い人と並んで歩くというそのシチュエーションに僅かばかりに心が躍る。

 

 

「今日はありがとうございました。急に誘ったのに付き合っていただいて。」

「礼を言うのはこちらの方だ。楽しかったよ・・・とても。」

 

 

 そこからまた二人の間には沈黙が流れる。

 言葉を紡ごうにも、喉で詰まり、終いには言葉が浮かんですら来なくなってしまう。

 それでも、この一分一秒を良き物にする為に必死に言葉を探す。

 

 

「最近、疲れてたんだ。やれ生徒会だ、やれ部活だと。」

「生徒会長ですからね。啓さんが頑張っているのは皆知っています。」

 

 

 不意に零した静かな悲鳴。言葉の通り、その声は何処か疲れを孕んでいる。

 こんな事しか言えない自分に少し嫌気が差す。

 

 

「そんな中でしのぶが連れ出してくれて嬉しかった。本当にありがとう。」

「・・・いい気分転換になったなら、私としても嬉しいです。」

 

 

 ふと歩みを止め、向かい合う。この僅かな時間に、夕日は更に隠してしまった。

 家宅に僅かな光も遮られてしまい、辺りの色は何処か薄暗い。

 

 

「ここが?」

「そうです、私の家です。送ってくれてありがとうございます。」

 

 

 二人の時間は終わりを告げようとしている。それは当然のことだ。どんなに楽しい時間にも、必ず終わりはやってくるものだから。

 けれど、惜しむだけ惜しんで、それを手放すだけなのは馬鹿がすることだと思う。

 

 

 

 ──だから俺は、手を伸ばす。

 

 

「しのぶ。」

「はい?」

 

 

 懐から丁寧に包装された物を取り出して、しのぶに差し出す。

 不思議そうにそれを見つめるしのぶに言葉を投げかける。

 

 

「今日のお礼、とでも思ってくれ。ショッピングモールでこれを選んでいて、戻るのが遅くなってしまった。」

「・・・開けてもいいですか?」

「ああ。」

 

 

 しのぶが包装を剥がしていく。

 中から顔を出したのは蝶と藤の花の刺繍が施されたハンカチ。

 それを見てしのぶがどんな表情を浮かべているのか分からないのは、薄暗さのせいか、それとも、俺がまともに目線を向けられないからか。

 

 

「蝶と、藤の刺繍ですね。蝶は分かるんですが・・・何故藤なのか、理由を聞いても?」

 

 

 しのぶがそう問いかけてくる。

 ・・・実の所、理由なんてない。見た瞬間に何処と無くしのぶに合いそうだな、と思っただけだ。

 

 

「直感、だな。」

「そうですか・・・ねえ啓さん、藤の花言葉、ご存知ですか?」

「・・・いや、知らないな。」

 

 

 花言葉、というものに普段から興味を向けたことはない。

 まずもって縁が無かったからな。人に花を送る習慣があった訳でも無かった。

 

 

「藤の花言葉にはですね・・・"決して離れない"という意味があるんですよ。」

「"決して離れない"か・・・何か恥ずかしいな。」

 

 

 "なんか恥ずかしい"なんて簡単な言葉で今の俺の胸中が表せようはずもない。

 破裂するんじゃないかってくらい心臓が暴れている。生徒会選挙のスピーチの時でもこんなに胸が騒いだことはない。

 知らず知らずのうちにそんな愛の告白じみた物を選び、それを想い人に渡してしまうとは。

 動揺するなという方が無理というもの。今こうして表情に出ていないのが奇跡である。

 

 

「あれ、啓さん。何を恥ずかしがっているんです?」

「──!?」

「嘘です。少しからかってみただけですよ。」

 

 

 悪戯にしのぶが微笑む。

 本当にからかっただけなのか、それとも俺の顔に出ていたのか。真実は定かではない。

 

 

「ハンカチ、ありがとうございます。大事にしますね?」

「ああ、使ってくれると嬉しい。」

 

 

 何度目だろう。沈黙が間に流れる。

 伝えたい言葉があるのに、その言葉が飛び出すことを拒否しているように感じる。開こうとした口は異常なまでに重い。

 

 

「それじゃ、私は失礼しますね・・・お気を付けて。」

「・・・また、明日。」

「ええ、また明日。」

 

 

 そういってしのぶは家の中に姿を消す。

 ・・・本当は、胸の内を今日伝えるはずだった。好きだ、一緒にいてくれと。

 だが、そう思うばかりで俺はしのぶに手を伸ばすことが出来なかった。

 

 俺は、馬鹿だったようだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 何時ものように夕飯を食べ、お風呂に入り、自室に戻る。先程までの非日常が嘘のように、日常が流れた。

 ベッドに顔を埋め、今日のことを振り返る。

 ・・・私は馬鹿だ。今日、啓さんに想いを伝えようと決めていたのに。

 啓さんからハンカチを受け取り、藤の花言葉を自分で口にし、勝手に照れてしまい、逃げるように家の中に入ってしまった。

 

 貰ったハンカチを見つめると、不意に口元が緩んでしまう。

 きっと、受け取った時もこんな顔をしていたのだろうと思う。こんな所を啓さんの前に晒したくなかったのだ。

 

 

「・・・はあ。」

 

 

 つくづく自分が嫌になる。

 啓さんに対して失礼なことをしてしまったし、自分が決めたことすら出来なかった。

 きっと、明日啓さんと学校で顔を合わせたら、またいつも通りだろう。今日私に見せてくれた、いつもとは違う顔を見せてくれることは無いだろうし、おそらく話す機会すらあまりない。

 また明日から、いつも通りの日常に戻るんだ。

 

 

「ん?」

 

 

 静かな部屋の中に電子音が軽快に響く。

 LINEの通知音だろう。この時間に返信してくるのは・・・真菰さんだろうか。そうだ、あったことを話さなければ。

 

 が、私の目に飛び込んできたのは、真菰さんからのメッセージでは無かった。

 

 

『今日はありがとう。』

 

 

 そんな短い言葉に思わず心を揺さぶられるのは・・・この送り主が今まさに想っていた人だからだろうか。

 私の中の想いは膨らみに膨らんで、大人しくしてくれない。帰ってきてからずっとあの人のことを考えている。

 

 

「・・・好きです、啓さん。」

 

 

 誰も、何もいない虚空に向かってそう呟く。

 直接そう言えたら、どれほど良いだろう。何時しか、この想いを伝えられる日が来るだろうか。

 

 

 もう、私の心はあの人に奪われてしまっている。

 




恋愛描写はやはり難しいですね。


さて、投稿の間隔が空いてしまい申し訳ありません。
リアルが立て込んでいたというのと、他作品の執筆に力を入れ過ぎていたこと、そして他の方の作品を読むのに夢中だったのが原因です。

他の方の作品を読んでみて、少し書き方を変えてみました。
前と比べてどのように感じたか教えていただけると幸いです。

改めて、本編が完結した当作品ですが、まだまだ外伝の方執筆していくつもりですのでどうかお付き合い下さい。
他作品との並行で投稿がまばらになるかとも思います。ご了承ませ。
それではまた。


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