蒼の彼方のフォーリズム ~nova~ (ハルノト)
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第一話 空なんて嫌いだ
あれから十年後


 十年前、一人の選手が空の世界を変えた。わざと制御装置を外し、楽しげに空を駆けるその姿はまるで鳥のようで綺麗だった。

 その現場を直接目撃した俺は、あんな風に飛んでみたいと心の中で決めた。

 

 いざグラシュを買い、空を飛ぶが中々上手くいかない。

 ――最初はこんなものだろう。

 そう思っていたが、同年代は皆綺麗に飛んでおり、心の中で悔しさを覚えた。

 

 初めての大会。俺はそれからも飛ぶことが出来ず、同い年の女の子に惨敗。周囲からは笑われ者にされる日々を送り、全てが黒になる。

 

 憧れのあの人やあの空には手が届くどころか、俺に姿を見せもしない。

 俺には才能がなかった。ただそれだけの話なんだ。

 

 あの時、グラシュを海に捨てて、一日中泣いた事をよく覚えている。そんな無力な自分が嫌になり、何もかもを諦めた。

 

 FCをすることも、あの人に出会うことも......蒼の彼方を駆けることも。

 

 □

 

「......村......雪村君! 起きなよ!」

 

 教室で寝ていた俺を呼ぶ声が聞こえる。

 そっか。どうりで悪夢を見るかと思ったら、隣のこいつがうるさいのか。

 俺は時計を確認し、下校時間であることを確認して、鞄を持つ。

 

「どこ行くの! 今日は日直だよ......って、大丈夫?」

 

 俺の隣の席、委員長の青柳(あおやぎ)愛海(まなみ)は俺を呼び止めるが、顔色が悪いのを察したのか、心配そうにこちらを見つめる。

 これ以上、青柳に迷惑をかけたくはないので、そっと保健室へと向かう。

 

 グラウンドからは金属バットがボールを当てる音が聞こえてくる。今はもう懐かしの久奈浜FC部は姿がない。どうやら、この十年の間に衰退してしまったとのことだ。

 

 ......小さい頃はここに入学するのも憧れていたのにな。

 

 この高校はあの各務葵さんや倉科明日香選手、そして、十年に一人の天才と言われた日向晶也さんも在籍していた。そんなことを語っても過去は過去だ。この弱小校の現状が覆るわけではない。

 

 保健室に到着するが、先生の姿が見当たらない。しかし、その代わりに一人の女子生徒の姿がそこにはあった。

 

 白に近い赤色の長髪に、引きずり込まれそうな赤い目。空いている窓から吹く風のお陰で、より一層美しさが増し、まるで別世界の人間のように思えた。

 

「あの......そんなに見つめて、何か用かな?」

 

 □

 

「晶也さんー! 待ってくださいー!」

 

「ごめん、明日香。久しぶりだからテンションが上がってな」

 

「私もですよ! みさきちゃんや真白ちゃんに莉佳ちゃんも元気ですかね!」

 

 

 

 

 

 



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天才スカイウォーカー

「あの、何かありましたか?」

 

「え、えっと、保健室の先生はどこかな?」

 

「先生なら、ここで......君なんだね!」

 

「は?」

 

「もう、とぼけないでよ! あなたが私と一緒にFC部を復活させてくれるんだよね?」

 

 女の子は訳の分からないことを言い出す。だって、飛べない奴に「FCやりませんか!」と言っているのだぞ。

 俺は丁重にお断りしようとしたが、女の子は俺の腕を引っ張り、話も聞かず、職員室に向かう。

 

 職員室に到着すると、女の子は大きな声で入室する。見た目と反して元気な子だな。

 俺は事情を説明しようとするが、女の子は耳も傾けずに先生と相談している。

 

「もうすぐ顧問の先生が来るらしいんだ! しかも、あの......」

 

「失礼します」

 

 女の子が言い終える前に、向こうの扉から人がやってくる。

 中々の長身に、緑の瞳、茶色の短髪......いや、説明する必要なんてない。

 その人は俺の憧れの人だ。十年前に突如として復活し、その一年後には世界大会の優勝をもかっさらって言ったあの超大物有名人、日向晶也さんだ。

 

「神田さんに東雲君だね?」

 

「いや......俺は雪村なんですが」

 

「え!? 東雲君って君じゃないの!

 

「何度も説明しようとしたが、聞いてくれなかっただろ!」

 

「まあまあ。雪村君も何かの縁だし、ちょっと飛んでみないかい?」

 

 俺達は校庭に到着すると、神田は自前のグラシュを起動させる。確か......グリザイアのゲイボルグだったかな?

 

 グリザイアは近年になって、出てきたメーカーだ。主にオールラウンダーのシューズを開発しているが、神田が履いているのはファイター用だ。

 そう考えるとドッグファイトが好きなのか。これも見た目に似合わないな。

 

「じゃあ、雪村君には俺のグラシュを貸すよ」

 

「えー! ズルいですよ! 私も履きたいです!」

 

「靴のサイズが合わないじゃないか。途中で脱げて、落下するぞ」

 

 ......憧れの人のグラシュだ。小さい頃は軽かったものが、今となっては砲丸のように重たい。

 ずいぶん前のモデルで、側面には何かの文字が書かれているが、掠れていて読めなくなっていた。

 

「じゃあ、飛べるかな?」

 

 あれから十年、一度も飛んではいない。急に足が重くなり、震えているのがが分かった。

 そうか。俺は空が怖いんだ。でも、不思議と飛べるような気がする。

 

 日向さんのグラシュを借りて、あの蒼の彼方を再び飛べるんだから。

 俺は懐かしの言葉を呟く。

 

「Fly! ってうわぁぁぁぁぁぁぁー!」

 

「ごめん! バランサーを切ったままだった!」

 

 その後、バランサーをONにしても生まれたての羊のような飛び方だった。

 

 

 

 



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覚悟を決めた

「二人ともお疲れ様。雪村君も、中々いい飛び方だったよ」

 

「いや......俺はFCは向いてないんですよ」

 

 日向さんはそうやって誉めてはくれるが、あの後もろくに飛べず、3メートル位の高さをゆっくりと飛ぶだけだった。

 

 やっぱりここは断ろう。俺はそう言おうとすると、横から腹が鳴る音が聞こえ、視線を向けると音の主は神田だった。

 

「あはは......飛んでたらお腹空いちゃった!」

 

「神田さんはあいつみたいだな。よし、今日は俺が夜ご飯を奢るよ。二人とも、ましろうどんは知ってるよな?」

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 日向さんに連れてこられたのは久奈島の真ん中に位置するうどん屋だ。

 

 扉を開けると、そこには十代後半か、二十代前半のお姉さんが立っていた。

 

「いらっしゃいませー。あら、日向君ーいらっしゃい」

 

「こんばんは、牡丹さん。真白居ますか?」

 

「ごめんなさいね。真白、明日香ちゃんと買い物に出掛けちゃって......あら? そっちの可愛いお客さんは?」

 

「実は久奈浜のコーチをすることになって、二人は部員です」

 

 やっぱりそう紹介するんですよね......けど、今断ったら気まずいし、明日でいいか。

 

 というか、牡丹さんってお母さんなのか。

 

 

「冷めないうちに食べてねー」

 

「わーい! いただきますー!」

 

 神田はとても嬉しそうに食べて、牡丹さんはそれを見てニコニコと笑みを浮かべ、大将が照れ臭そうにしている。

 

 そんな神田をよそに、日向さんは俺に話しかける。

 

「雪村君。君は部活に入りたくないんだよね」

 

「......やっぱり日向さんにはお見通しなんですね。俺、才能がなくて......結局努力しても」

 

「努力はさ、楽しいものなんだ。努力すればするほど楽しくなって、夢中になれるんだ。俺の後輩の言葉なんだけどな」

 

 ......その人はきっと努力が実ったのだろう。でも、俺は周りよりスタートダッシュが遅れて、今でも走らずに突っ立っている。

 

 努力は楽しいか......俺はそう考えながら、うどんを啜った。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

「東雲君は親の都合で部活に参加できないみたいだ」

 

「それは残念だなーって、雪村君は?」

 

「今はそっとしておこう。それに部員も集めないといけないし」

 

 ......

 

 

 学校の帰り道から見える海はとても綺麗だ。

 

 透き通るように美しくて、観光名所のひとつでもある。

 

 でも、その上にある蒼い空はもっと綺麗だ。空に手を伸ばしても、俺の手からはこぼれ落ちる。

 

 才能がないのは分かっている......でも、飛びたい。あの蒼の彼方を自由に飛んでみたい。

 

 あの人と出会ってそう思った。日向さんは初心者の俺を見捨てず、あの空へ連れていこうとしている。

 

 なら、俺がやるべきことは一つだ。

 

 俺は学校へ急いで戻り、グラウンドへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 






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もう一度届くために

「日向さん! って、あれ? 神田だけか」

 

「ゆ、雪村君......助けて......」

 

「そんなんじゃ胸筋どころか、上腕二頭筋も鍛えられないぞ! 気合いだ! 気合いだ!」

 

 グラウンドに向かうと、神田は腕立て伏せをしており、その横に筋肉が凄い男性が立っていた。

 

 男性は俺に気づくと、ものすごい勢いでこちらに駆け寄り、ポージングをとる。

 

「君が日向の言っていた雪村か! 俺は青柳紫苑! 同じスピーダー同士、頑張ろう!」

 

「いや、俺オールラウンダーなんですけど......」

 

「な、何!?」

 

 青柳さんは肩を落として、あからさまに落ち込んでいる。

 

 しかし、青柳......何か知り合いにいたような? 恐らく気のせいだろう。

 

「青柳さん、日向さんがどこにいるか分かりますか?」

 

「日向なら、屋上で君を待ってるらしいぞ? 何でも飛べない理由が分かったとか」

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 屋上はあまり好きではない。昔の挫折からか、高いところが苦手になってしまったようだ。イロンモールの展望台もろくに上がれなくなってしまい、原因不明な何かは俺を空から引き離すばかりだ。

 

 屋上に到着すると、日向さんはグラシュを履いて、飛んでいた。見てるだけでも、不安に刈られる。

 

「待ってたよ、雪村君。よくここまで来れたね」

 

「ここまでって......ただの屋上ですよね」

 

「いや、君はここに来るまで大変だった。それは目を見ていたら分かるよ。怖いんだろ、高いところが」

 

 日向さんの回答に俺は否定しようとした。しかし、現に俺の足は震えて、日向さんのところに近づけない。

 

「高いところが苦手だからって飛べないのとなんの」

 

「関係あるから言っているんだ。雪村君は空を飛ぶときに目をつぶっている。話をお母さんに聞いたけど、年々酷くなっているらしい。第三者から見てもそう見られてるんだ」

 

 その言葉が俺の心を突き刺す。......自分でも本当は分かっていたのかもしれない。初めて飛んだとき、足が震えていたことを。その光景をあまり覚えていないことを。

 

 高いところが苦手な理由をFCに繋げて、才能がないのを理由にして、勝手に恥を隠していたんだ。

 

 鼓動は徐々に早くなり、過呼吸になっていく。視界もぼやけて、日向さんの顔が見えなくなっていく。

 

 やっぱり俺は飛べないんだ。最初から空が苦手で、無意識のうちに逃げだして、周りを羨んで、言い訳をして......

 

「......お前はそこでいいのか! 雪村!」

 

 突如、日向さんは大声を上げて、俺の名前を呼ぶ。

 

 その眼差しは鋭く、プレッシャーをかけているようにも見えたが、同時に真剣に俺を見てくれている。

 

「怖いのを言い訳にして、空を嫌いになってもいいのか! 覚悟を決めて戻ってきたんだろ!」

 

 ......そうだ。俺は覚悟を決めたんだ。もう逃げたくないから、この蒼い空を俺のものにしたいから。

 

 俺は柵に向かって走りだし、柵を飛び越え、空中へ飛び出す。

 

「......FlY!」

 

 

「よく飛べたな」

 

 目を開けると、目の前には蒼い空が広がっていた。まだそこまで飛べていないが。目の前の光景に果てしなく続く、蒼色。

 

 ......ようやく飛べたんだ。

 

「泣くのもいいけど、君の決意を聞きたいな。......悠馬。君は何をしたい」

 

 俺は涙を拭い、日向さんに近づいていく。正直、まだ綺麗に飛べたわけではないし、克服したわけでもない。

 

 でも、ようやく一歩を踏み出せたんだ。

 

「晶也さん、俺にフライングサーカスを教えて下さい」

 

「何だか懐かしい気もするけど......分かった。よろしく頼む、悠馬」

 

「はい!」

 

 




作者のハルノトです。

今回で第一話は完結となります。
第一話は主人公の悠馬と晶也を中心とした話になりましたが、穂希やその他のヒロインの出番、掘り下げ等も二話以降から行っていこうと思います。
第二話以降もどうぞよろしくお願いします。


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キャラクター紹介①

登場人物

雪村(ゆきむら) 悠馬(ゆうま)

高所恐怖症。再起者。普通。

身長 170cm

年齢 17歳

好きなもの 休日/空/FC観戦

嫌いなもの 高いところ

 

主人公。FCの才能がなく、長年引退していたが、原因が自身の高所恐怖症ということが分かり、晶也と共に再び空を駆けることを決める。

基本的にはおとなしいためクラスでは特定のグループに属さず、青柳愛海と話すことが多い。

飛行スタイルはオールラウンダー。

グラシュはMIZUKIの白燕(はくえん)

 

神田(かんだ) 穂希(ほまれ)

天然。猪突猛進。努力家。

身長 162cm

年齢 17歳

好きなもの FC/食べ物/グラシュいじり

嫌いなもの 勉強

3サイズ B80/W57/H77

 

保健室で悠馬と出会った少女。前々からFC部再建を考えていたが、晶也が顧問となったことによって、FC部の復活に成功。立場上は部長に当たる。

天然で、人の話をよく聞かないことが多々あるため、悠馬を他の生徒と勘違いした。

グラシュいじりが好きなため、ガチガチのファイターよりに設定している。

飛行スタイルはファイター。

グラシュはグリザイアのゲイボルグ。

 

日向(ひなた) 晶也(まさや)

 

年齢 27歳

 

十年前に突如として復活した天才スカイウォーカー。復活後は各大会の優勝を総なめしており、日本代表の声も掛かっていたが、恩師の依頼で久奈浜学院のFC部顧問を受け持つ。

コーチとしての実力もあるため、知人四人の練習も主に担当している。

 

倉科(くらしな) 明日香(あすか)

 

年齢 27歳

 

十年前にFC界を変えたスカイウォーカー。晶也と共に四島に帰還し、現在は長期休暇中。

 

青柳(あおやぎ)紫苑(しおん)

 

年齢 28歳

 

十年前の久奈浜FC部部長。現在は四島にてグラシュの専門店を営んでいるが、暇があれば、日向に筋肉を見せに来る。

FC界では音速のスカイウォーカーとして一部で有名。

 

青柳(あおやぎ) 愛海(まなみ)

 

年齢 17歳

悠馬のクラスの学級委員長。紫苑の娘。

 

有坂(ありさか) 牡丹(ぼたん)

 

年齢 ??

ましろうどんの経営者。晶也いわく、十年前から容姿はあまり変わっておらず、綺麗らしい。

家では夫に優しく、娘に優しくが基本。

心の中で晶也がましろうどんを引き継いでくれないかと考えている。

 

グラシュメーカー

 

グリザイア

近年、徐々に存在を現したメーカー。主にファイターとスピーダーのグラシュを開発している。

穂希のゲイボルグはグリザイアでもトップクラスのファイター寄りのグラシュ

 

 




次回予告

ようやく復活した久奈浜FC部! と言っても部員は私と悠馬君だけ...

でも、悠馬君の飛んでる姿に釣られて誰かが入部するかも!

次回、蒼の彼方のフォーリズム ~nova~ 第二話。

「少女たちとの出会い」

蒼の彼方に、何かが見える!


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第二話 少女たちとの出会い
世界を変えた少女


 5月もいよいよ下旬へと移り、俺たち久奈浜FC同好会も活動を続けている。

 

「てやー!」

 

「しまった......」

 

 神田とのドッグファイト中に背中を許してしまい、ポイントを取られる。これで15対0だ。

 

 晶也さんのホイッスルが海岸に鳴り響き、試合の終わりを告げる。

 

 またしても、完敗だ。復帰してから数十回。いままで神田に勝てた試しもなければ、ギリギリの試合を繰り広げた覚えもない。

 

 神田をチラリと見てみるが、疲れた様子もなく、スポーツドリンクをグイグイと飲み干している。

 

「二人ともお疲れ。今日はここまでにしようか」

 

「えー! 私まだ飛びたいですー!」

 

「俺もですよ! まだまだ上手く飛べないのに!」

 

「飛びたい気持ちも分かるけど、これ以上はオーバーワークで体を壊すかもしれないからダメだ」

 

 ......ぐうの音も出ない。確かに今日は十本以上の模擬試合を行っている。神田も思ったより、消耗しているはずだ。

 

「......分かりました。でも、後で飛び方について聞いておきたいので、少し時間いいですか?」

 

「もちろんだ。何でも聞いてくれよ」

 

「じゃあ! 私はここで! 悠馬君、晶也コーチ! さよならー!」

 

 神田は時間を確認すると共に、素早く着替えて海岸を後にした。しかし、神田の家は新市街地の方のはずだか、学校の裏山の方へ飛んでいった。

 

「晶也さん。神田って何か隠してるんですか。少し慌ててるようにも見えましたけど......」

 

「気になるなら追ってみたらどうだ? というか、まだ名前呼びはしないのか?」

 

「いや......何かその......恥ずかしいじゃないですか」

 

「もうすぐ一ヶ月なんだぞ? そろそろ呼んであげたらどうだ?」

 

「何でそんな付き合って一ヶ月みたいな言い方するんですか!」

 

 反論すると、晶也さんはきょとんとした顔でこちらを見てきて、何となく恋愛関連に疎いのを感じることができた。

 

 まぁ、名前呼びは同好会でも決まったことだし、そろそろ慣れないとな。

 

 俺たちは神田の後を追うようにグラシュを起動させた。(晶也さんにペアリングしてもらいながら)

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 裏山に到着すると、バチッ! っと衝撃音が聞こえてくる。この音は選手同士がぶつかった場合に発生する反重力の音だ。

 

 木の後ろから恐る恐る覗いてみると、神田とピンクの髪色をした女性を発見した。

 

「あれってもしかして......明日香ー!」

 

「あ! 晶也さん!」

 

 俺は女性がこちらを向いたときに見えた顔を見て、理解した。晶也さんと親しげに話し、MIZUKIの飛燕四型の改良版を履いている選手は世界でもこの人しかいない。

 

「まさか穂希と練習してるのが明日香とは思わなかったよ。悠馬、紹介するよこの子は」

 

「はい! 倉科明日香です! よろしくお願いします!」

 

 

 



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変わるために

「やっぱりましろうどんは世界一です!」

 

「ありがとうー明日香ちゃん。世界一の選手が言うんだから間違いないわね、あなた」

 

 大将は厨房から親指を立てて、応答している。大将って案外シャイなんだな。

 

 しかし、そんな事よりも近くに世界レベルの選手が二人もいるなんて......感激だ。

 

 倉科明日香さん。十年前にFC界を変えた革命児。それからも世界大会に出ては、晶也さんとの激しい戦いを繰り広げては世界中のスカイウォーカーが注目するほどの凄い選手だ。

 

 俺も小さい頃はグラシュも二人と同じ物を選んだが、高所恐怖症の俺には宝の持ち腐れだった。

 

 しかし、神田と倉科さんが一緒にいるなんて......一体どういった関係なんだろうか。

 

 俺は神田に耳打ちをして、質問する。

 

「倉科さんと神田ってどういう関係なんだ?」

 

「明日香さんは私のいとこだよ」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁー!?」

 

「うわぁ! びっくりしました......」

 

 晶也さん達は驚いた様子でこちらに注目するが、驚きたいのはこっちの方だ。

 

 あの倉科明日香のいとこっということは十分に実力もあるはずだ。それなのにメディアが黙っているわけがない。

 

「神田! それって」

 

「ちょっと悠馬君と外で話してきていいですか?」

 

「別に良いけど、俺たちがいる場所じゃまずいのか?」

 

「何だか怪しい感じがしますね~」

 

「全然怪しくないよ! いこう! 悠馬君!」

 

 神田は俺の手を引っ張って、ましろうどんの外へと飛び出す。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 俺の飛行で手間が掛かり、十分。俺たちは前のFC部の部室だったというバスにやって来た。

 

 久奈浜FC部という看板は少し汚れているが、バスに関しては誰かが掃除をしているのだろうか。綺麗な状態で保たれている。

 

「悠馬君、何で私が倉科明日香のいとこって事を隠してるか分かる?」

 

「......いや、分からない。倉科明日香のいとこってだけでどこの場所からも推薦だったり、来るだろ?」

 

「私はそれが嫌なんだよ」

 

 神田は一冊の雑誌の中に記入されているページを見せつける。

 

「無念、神田穂希。倉科明日香の面汚し」っと大きなタイトルと共にページを埋め尽くしていた。

 

 ......忘れていた。俺はこの雑誌を見たことがある。倉科明日香の面汚しという感じの悪い記事が載っていて、そのページだけはスルーしたのだ。

 

 話しによればこの出版社は後に炎上して、倒産したはずだ。

 

 だけど、一度世に出ればそれを変えることはできない。神田はこのレッテルに苦しんでいるんだ。

 

「悠馬君、私は倉科明日香のいとこじゃなくて、神田穂希として見てほしいんだ。別にそんな事なんて言われるかもしれない。でも、私が私に変わるためにはそうするしかないんだよ」

 

「......悪い。俺、何も知らなくて」

 

「いいんだよ。分かってくれたなら......そうだ! 明日、悠馬君のグラシュでも買いに行こうか!」

 

「急に元気になったな。ったく、穂希はマイペースって事か」

 

「......今、やっと名前で呼んでくれた! わーい!」

 

「ちょっと! 抱きつくな!」

 

 



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昔馴染みの後輩

「今日も新入部員ゼロか~FCってみんな好きじゃないのかな?」

 

「いや、俺たち久奈浜はここ数年実績を全くあげてないんだ。それに部活もなくなってたから、現役の奴等はみんな他の高校に行くんだよ」

 

 あの日向晶也の世代は終わったんだ。その後、残された後輩の人も準優勝の実績は残したものの、それからは音沙汰なんて聞いてない。

 

 だからこそ、俺たちで作っていくんだ。このFC界を変えるような歴史を。

 

「失礼しまーす! FC部ってここで......ゲッ、雪村先輩だ......」

 

「ゲッってなんだよ。こっちの方がゲッだ」

 

「二人とも知り合いなの?」

 

「穂希、紹介するよ。このちんちくりんで胸がペッタンコだが、FCの方は中々出来る白野(しろの)桜花(おうか)だ」

 

「何で余計な言葉を付け加えるんですか! 本当に昔からイライラします!」

 

「お前だって、昔は可愛げがあったのにな」

 

 桜花は煙でも出ているかのように怒っているが、これももう慣れてきた。

 

 桜花は俺の隣に住んでいる幼なじみとも言える。

 

 昔は小動物のように可愛かったが、今はよく噛むチワワだ。

 

 今もグルルルルっと喉を鳴らしている。

 

「白野さんはもしかして......入部希望者!?」

 

「桜花で大丈夫ですよ。その通りです! 私、白野桜花はFC部に入部します! 何と言っても......日向晶也さん! もう体中を舐めたいほどいとおしいですよねー!」

 

「......え?」

 

「悪い。こいつ、晶也さんの事を小さいときから尊敬してて、これまでの大会やイベントなんかも全て通ってるんだよ」

 

 桜花の変態行動に穂希は引きぎみであったが、これで部員は三人。確か、四人居れば部として成立されるらしいが......どこかにいないものか。

 

「雪村君! ノート出せって何度言ったら......」

 

「青柳、今日からお前はFC部だ。じゃあな」

 

「......ちょい待てー! 何で勝手に入部届けにサインしてんの!」

 

 こうして、久奈浜FC同好会は部として昇格し、ようやく新たな一歩を踏み出せたのだ。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

「はぁ~日向さんに会えなかったー! もうー!」

 

「仕方ないだろ。晶也さんは今日は本州の方の会議で出張なんだから」

 

「それと! 晶也さんって気軽に呼ばないでください! 晶也様なら半歩譲って許す」

 

「たった半歩かよ。っか、親御さんは今も海外か?」

 

「雪村先輩には関係のないことですー」

 

「なら、家で飯でも食っていくか? 母さんが桜花にも会いたがってたし」

 

「......ま、まぁ、雪夏さんにもお世話になってるし、行きますよ」

 

 



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どちらとも言えない生徒会長

「おはようございます......って、晶也さん凄い量の手紙と......何で婚姻届」

 

「悠馬か。実はこういう手紙とかもらう機会があるんだよ。婚姻届は止めてくれっていってるのに......」

 

「晶也さんにはぴったりな人がいますよね」

 

「? 誰のことだ?」

 

 え? この人、めちゃくちゃ鈍感過ぎないか? 噂では明日香さんだったり、その友人の人たちとの色恋沙汰が絶えないって......モテる人って大変なんだな。

 

 しかし、婚姻届の中に白野桜花と書かれていたものはスルーしよう。

 

「俺がいない間に部まで昇格したんだな」

 

「まぁ、一人は強引にですけどね。青柳には悪いことをしましたよ」

 

「......青柳? それって、青柳愛海のことか?」

 

「そうですけど......それがどうか?」

 

 晶也さんの顔は徐々に青ざめていき、頭を抱えている。晶也さんに聞いた話によると、青柳は紫苑さんの娘で、晶也さんも何度かあったことがあるらしいが、あまり好かれていないそうだ。

 

「雪村くーん......日向先生、失礼しました」

 

「何で俺の顔を見て帰るんだよ!」

 

「日向先生ー! あ、雪村先輩。失礼しました」

 

「桜花も何で直ぐに帰ろうとするんだ」

 

 桜花はどこかぎこちない感じで椅子に座ると、スマホのカメラを起動して、シャッターを連写する。

 

 これをみた晶也さんも流石に引いているようだ。

 

 青柳は睨んでいるのか、見つめているのか分からない目付きで、晶也さんを見ている。

 

 何か魅力っていうものが晶也さんには備わっているのかもしれない。

 

 後に合流した穂希を交えて、俺たちはミーティングを開始した。

 

「来週のGWに高藤学園との合同合宿を行う予定だから、皆準備しておくようにな」

 

「早いですね? 私達、まだ部として設立したばかりなのに」

 

「向こうの顧問がどうしてもってことでな。俺たちの時も合宿はやってたんだ」

 

「日向先生と一緒に外泊! 私、イケない壁を越えるかもしれないです!」

 

「......何か桜花は真白みたいだな」

 

「真白? 誰のことですか」

 

「いや、何でもない。とりあえず、今日は悠馬と桜花のグラシュを買い......」

 

 晶也さんが言い切ろうとした寸前で、勢いよく部室兼バスの扉が開き、アニメみたいな学ランを肩にのせた女子生徒がゆっくりと入ってくる。

 

「君たち......部室以外の場所でミーティングしたらいけないよ」

 

「うわぁ、生徒会長ですよ。めんどくさくて、ちっちゃくて、ボクっ娘でアホの荒蒔(あらまき) 鈴音(すずね)先輩ですよ」

 

「お前、半分ブーメランって事に気づいてないのか」

 

「うるさいです! ともかく、生徒会長が何のようですか?」

 

「フフフ......君たちが廃バスを部室にしていると聞いてね......校則違反だぞ!」

 

「荒蒔さん。ごめん、俺の方から校長先生に相談してたけど、聞いてなかったかな?」

 

「......ボクもそう言おうとしてたところだよ!」

 

 うわぁ......っとここにいる全員が同時に思ったことだろう。

 

 何か汗ダラダラと流し始めたし、恐らく直感で判断したんだろう。

 

 荒蒔は咳払いをして、腕を組み直し、大きな声で話し始めた。

 

「実は用件は他にもあるんだよ......ここのFC部にボクも入れてほしいんだ」

 

「別に良いが、なんの部活か分かってるのか?」

 

「当然FCというのだからサッカーだろ?」

 

 ......こいつ、本当に生徒会長か?

 

 

 

 



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何となく感じる

「部長ー約束通り来ましたよー」

 

「おう! 日向! それに......うわぁぁぁ! 久奈浜FC部が復活するときが来たとは!」

 

 紫苑さんが号泣し出すと、女子部員が全員引いていた。特に青柳に関してはやめてあげろと言いたくなるくらいのゴミを見る目だ。

 

「お父さん。みなもさんは?」

 

「みなもちゃんならそこにいるぞ?」

 

「ひぇ! ......お久しぶりです......晶也さん」

 

「こんにちは、みなもちゃん。元気だった?」

 

 白瀬みなもさん。高校時代に活躍していた白瀬隼人さんの妹。特に選手としては活躍してなかったらしいが、同級生の覆面選手は謎だらけらしい。

 

 みなもさんは華奢で、大人しそうで、背は小さいだが......何とは言わないがデカイ。

 

「悠馬君、視すぎはいけないよ?」

 

「べ、別に見てないし! でも......仕方なくないか?」

 

「......少し羨ましいかも」

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 俺は店内でグラシュ探しをしていると、向こうの方から騒ぎ声がしてくる。

 

「目が回るのだー!」

 

「鈴音先輩! 手を広げてください!」

 

「やっぱり初心者にバランサーオフは難しかったか」

 

 この店、初心者にバランサーオフとか危なすぎないか?

 

「......いいの......決まった?」

 

「うわぁ! ってみなもさんでしたか。いえ、まだ特には......」

 

「じゃあ......これならどう?」

 

 みなもさんは俺に近づくと、棚の後ろにある箱を取り出す。

 

 ......胸が当たってるのが恥ずかしいが。

 

 箱の中にはMIZUKIの白いグラシュが入っていた。

 それは俺が小さい頃に履いていたもののマイナーチェンジだ。

 

白燕(はくえん)は......晶也さんも一時期使っていて......使いやすいと言っていたから......オススメです」

 

 晶也さんも使っていたグラシュ......それにデザインや機能性も中々いいかもしれない。

 

「よし。これにします」

 

「まいど......ありです!」

 

 ......凄く可愛いまいどありだな。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

「ボクはこれにするのだ! なんとカッコいいデザインなのだ!」

 

 鈴音が選んだのはスモールグルーヴのサザンカ。カッコいいというより可愛いよりなのだが、個人の感覚だし、スルーしよう。

 

「私は断然これですね! 日向先生が使っている......えへへへへへ」

 

 少し気持ち悪い桜花が選んだのはMIZUKIの飛燕七型。こちらは飛燕シリーズの正当進化系だ。経験者も使いやすいのが、MIZUKIのいいところだ。

 

「よし、明日から本格的な練習だ。今日はゆっくりと休むように」

 

『はーい』

 



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キャラクター紹介②

 白野(しろの) 桜花(おうか)

 後輩。幼なじみ。日向好き。

 身長 160cm

 年齢 16歳

 好きなもの 晶也

 嫌いなもの 悠馬

 3サイズ B73 W52 H75

 

 悠馬の後輩兼幼なじみ。幼い頃は良好だった悠馬との仲はある日の出来事から突然破綻する。

 それ以来、うっぷん晴らしのためにFCをやっていたが、数年のうちに中々の実力がついてしまった。

 晶也の事を尊敬しており、一度は婚姻届を送ったことがある。

 飛行スタイルはオールラウンダー。

 グラシュはMIZUKIの飛燕七型。

 

 荒蒔(あらまき) 鈴音(すずね)

 アホ。自信家。生徒会長。

 身長 155cm

 年齢 17歳

 好きなもの 学校 生徒会

 嫌いなもの 勉強

 3サイズ B75 W50 H71

 

 久奈浜学院の生徒会長。生徒会長だが、勉強はそこそこらしく、よく考えのない発言をしてバカ呼ばわりされるが、周りからの信頼は厚く、歴代生徒会長で最高峰の手腕で学園をまとめあげている。

 FCの知識についてはからっきしで、最初はサッカーの派生スポーツだと思っていた。

 飛行スタイルはスピーダー。

 グラシュはスモールグルーヴのサザンカ。

 

 白瀬みなも

 

 年齢26歳

 3サイズ B83 W57 H74

 

 白瀬隼人の妹。現在は実家のスポーツ用品店は休業しており、紫苑の店で働かせてもらっている。

 成長期なのか胸の発育が始まり、友人であるましろうどんの一人娘からは胸を睨み付けられるらしい。

 昔に比べ、人見知りはなくなってきたが、晶也の前では店裏に隠れてしまい、赤面する。

 晶也に好意寄せている。

 

 雪村 悠馬

 

 主人公。

 

 神田 穂希

 

 倉科明日香のいとこであり、それをコンプレックスだと感じている。明日香を越えるために日々の特訓は忘れない。

 

 日向 晶也

 

 久奈浜FC部の顧問。現役復活後はファンレターとラブレターの山に悩まされ、更には婚姻届をも渡されることが多くなった。

 本人は恋愛に関しては超がつくほどの鈍感で、周りにいる女の子四人からの好意を一切感じていない。

 

 青柳 愛海

 

 悠馬のクラスメイト兼FC部マネージャー。

 半ば強制的にFC部へと入部させられたが、あまり不満に思っていない。

 晶也の事は恥ずかしさから素っ気ない態度をとってしまうことが多い。

 父に関しては本物の素っ気なさがよく目立つ。

 

 倉科明日香

 

 世界で活躍するトップスカイウォーカー。十年前に自分にFCを教えてくれた晶也に好意を寄せているが、全て空回りしていることが多く、よく顔を膨らましては晶也を困らしている。

 神田穂希のいとこで久奈浜にいる際はよく一緒に特訓している。

 

 

 




作者のハルノトです。
今回は新ヒロイン二人が登場(愛海はヒロインではないです)しましたが、これからどんどん掘り下げていく予定です。
次回からいよいよ強豪高藤学園との合同合宿!
新ヒロインに初めての練習試合。
果たして、悠馬たちはどうなるのか...

次回予告

ようやく発足したFC部! あの日向様が顧問だなんて信じられない!

高藤での合同合宿が行われるらしいけどどんな練習メニューを組んでくれるんだろう!

次回、蒼の彼方のフォーリズム ~nova~ 。第三話

少しの成長。

蒼の彼方に、何かが見える!


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第三話 少しの成長
名門高藤学園


「だーかーら! 私は日向先生の指示しか受けない!」

 

「お前がオールラウンダーなのにバチバチのファイター系だからだ! それならファイターに転向しろよ!」

 

 翌日。俺は早速問題に直面した。

 

 桜花は晶也さんのプレイスタイルを真似したいと言い出したのだ。

 

 晶也さんのプレイスタイルを目標にするのに文句はない。しかし、こいつはどちらかと言うとバチバチのファイターだったのだ。

 

 俺が近付けば直ぐに攻撃を仕掛け、追撃も惜しまない。

 

 この戦い方はどちらかと言えば、あの人のプレイスタイルだ。

 

「もういい! 悠馬にぃなんてけちょんけちょんにしてやるんだから!」

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

「くっ! だから! もうちょっとオールラウンダーとして」

 

「聞こえませーん! もう一点もらいます!」

 

 試合を始めるも、またしても桜花はファイタースタイルを貫き通している。

 

 才能はあるが、何かが違う。

 

 俺は猪突猛進してくる桜花を見て勘づく。

 

 少し横に避けると、桜花は止まることがないまま、海に大きな音を立てて墜落していった。

 

 なるほどな。こいつの欠点が何となく分かった。

 

「桜花、あのな」

 

「説教はいいよ! もう帰る!」

 

「おい! まだ部活始まってすら......明日から合同合宿だって言うのに」

 

 

 

「なるほどな。それで桜花がいないわけか」

 

「あいつ、晶也さんの真似どころかドッグファイトばかりに力を入れていて......どうすればいいのか」

 

 部活終了後、晶也さんに相談をしてみると、渋い顔になりながら、携帯を取り出して、電話をする。

 

「俺だよ。明後日、高藤学園まで来れるか? え? 分かったよ。うどんの一杯や二杯奢ってやるよ。悪いけど、頼む」

 

「誰と話してたんですか?」

 

「俺の同級生でトップクラスのファイターだよ。気まぐれ屋だから、来るか分からないけど」

 

 ......本当に大丈夫かな。

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 GWに差し掛かり、俺達久奈浜FC部は高藤学園へ向かってる最中だった。

 

 依然として、俺と桜花の関係は修復に至っておらず、ギクシャクとした雰囲気に包まれていた。

 

「悠馬ーおやつにバナナは持ってきたかい?」

 

「荒蒔か。一応いっとくが、遊びに行くわけじゃないからな」

 

「それくらい分かってるよ。......桜花君と何かあったのかい?」

 

 ......こいつ、変なところは分かってるよな。バカなのは間違いないが、こういう風に周りをよく見て変化に気がつくのは流石は生徒会長だな。

 

 荒蒔はポケットから飴を取り出して、こちらに頬り投げる。

 

「ボクはキミ達の事情もよく知らないし、考えるのは難しいよ。でも、これでも生徒会長だからね。生徒の問題は何とかしたいんだよ」

 

「......ありがとうな、鈴音」

 

「やっと名前で呼んでくれたね。ところで、今からどこに行くんだい?」

 

 前言撤回。この生徒会長、本当に大丈夫か。

 

 

「というか、よく名門高藤と合宿なんて組めましたね」

 

「それ私も思ってました。晶也コーチって高藤とどういう関係が?」

 

「向こうに知り合いがいて、あのときみたいにって誘われたんだ。っと、そろそろ着くぞ」

 

 数年前から再び増築が始まっており、福留島の四割が敷地という大規模な学校だ。

 

 高藤福留分校。エリートスカイウォーカー達が集まる名門校だ。

 

「そう言えば、穂希は何で久奈浜を選んだんだ?」

 

「明日香さんに「高藤は広いから」って言われたので......」

 

「やっぱりいとこなんだな......悠馬は何となく分かるし、鈴音は......うん。愛海も何となく」

 

 二人は驚いた顔をして、ブーブーと言っているが、鈴音は勉強面、愛海は晶也さんに同級生が昔「マジ☆メインヒロイン!」と言っていたから、愛海からもそんな雰囲気が感じると言っていた。

 

「お待ちしておりましたわ! 久奈浜FC部の皆さん!」

 

「何かお嬢様気質な人が出てきましたよ。会長」

 

「うん。多分、そういう人だからそっとしておこうか」

 

「言っとくが、ブーメラン発言だぞ。お前ら」

 

 現れたのは金髪系統の縦ロールにお嬢様のようなしゃべり方をする女子生徒だった。その後ろには大勢の部員が立っていたため、恐らくこの人が部長で間違いないのだろう。

 

「わたくし、高藤学園FC部、副部長の佐藤院(さとういん) 麗華(れいか)と申します!」

 

 あ、部長じゃないんだ。てっきりそういうテンプレな展開かなと思ってました。

 

「そちらの部長さんはいらっしゃいますか?」

 

「穂希。お前のことだろ?」

 

「え!? 私部長なんか無理だよ! 悠馬君行ってきて!」

 

「おい! 話が違うだろ!」

 

 穂希は俺の背中を強く押して、大衆の前に引き出す。

 

 注目は俺に集まっており、何か立派なことを言わなければならないと思い始めた。

 

「えっと......久奈浜FC部部長の雪村悠馬です。今日から二泊三日よろしくお願いします」

 

「ご丁寧にどうも。今、部長と顧問は席を外しておりますので、そちらの自己紹介でも」

 

「えっと! 神田穂希です! ファイターです! よろしくお願いします!」

 

「ボクは荒蒔鈴音です。スピーダーとして精一杯頑張ります。よろしくお願いします」

 

 あ、あの鈴音が礼儀正しく自己紹介をしているだと......まぁ、一応生徒会長だし、納得はいくな。

 

「私は青柳愛海でーす! 気軽に」

 

「顧問の日向晶也です。どうぞよろしく」

 

「先生! 割り込まないでよ!」

 

 愛海をよそに、高藤の男子部員はざわつき、女子部員からは黄色い声援を浴びている。流石は日向晶也だ。

 

「それではお着替えの方に参りましょうか」

 

 

 俺が案内された男子更衣室は無人で全員が着替え終わった後だと感じる。隣の女子更衣室からは話し声が聞こえてきて、楽しそうだ。

 

 着替えていると、更衣室の扉が開き、人が入ってきた。

 

「佐藤院さん、ごめんね......」

 

「......」

 

 何と更衣室に入ってきたのは女性だった。しかも、俺はほとんど半裸の状態で、下手すれば変態扱いだ。

 

「きっ......」

 

「う......」

 

「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!?」

「うわああああぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい! 少し急いでて、まさか男子更衣室に入っちゃうなんて......」

 

「いえ、大丈夫ですよ。もしかして、FC部の顧問の方ですか?」

 

「そうですけど......」

 

 顧問の先生は紫髪の短髪で白い髪飾りに、中々いいプロポーションだった。けど、何処かで見たような......。

 

「悠馬? 遅いけどどうしたんだ......莉佳じゃないか!」

 

「晶也さん! お久しぶりですね」

 

「莉佳......もしかして」

 

「はい。高藤学園FC部顧問の市ノ瀬莉佳です。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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絶対王者

「それでは。まず、三グループに分けて練習を行います」

 

 市ノ瀬さんの指示の元、オールラウンダー、ファイター、スピーダーの三グループに分かれる。

 

 オールラウンダーは晶也さんの担当で、まずは二人一組の柔軟体操から始まる。

 

「悠馬と穂希は一緒になるなよ。いい機会だから、共通の友人でも作っておいて損はないぞ」

 

「分かりました!」

 

 穂希は乗り気だったが、俺はあまり初対面と話すことは苦手でこういったグループ作りも得意ではない。

 

 周囲を見渡すがオールラウンダーは女子の比率が多く、少数の男子部員も既にグループが出来上がってしまっている。どうしたものか......

 

「よかったら一緒にやらないかい?」

 

 後ろから声をかけられ、振り向くと長身の男性が立っていた。

 

 年齢は晶也さん位で、髪の毛は紫色......何処かで見たことあるような。

 

「あれ? 真藤さん」

 

「あ! 日向くーん。君が来てると聞いたから、来ちゃったよ」

 

「それはありがたいですけど、真藤さんはスピーダーですよね」

 

「スピーダーの方は佐藤君の娘さんがやってくれてるよ。それに彼には興味があるんだ」

 

 真藤さんの顔つきが変わる。ニコニコと温厚な雰囲気は鳴りを潜め、何かを見定めるような......どうにも怪しい。

 

 ところで、向こうの方から「佐藤院ですわー!」と聞こえてくるが、何かあったのだろうか。

 

 

 

 

「真藤さんはFCをよくやっているんですか」

 

「今は少し休暇を貰ってるのさ。まぁ、もう六年も経ってるんだけどね。でも、日向君がせっかく復帰したのに、いつまでも休んでるわけにはいかないんだ」

 

 真藤さんは俺の背中を押しながら、会話を続ける。俺はFCから少し離れていたため、真藤さんの活躍をあまり知らない。

 

 あの絶対王者と名前が一致しているのはただの偶然だろう。

 

「日向さんってやっぱり凄いんですね」

 

「そうだよ。もう十数年前かな? 誰もが日向晶也というスカイウォーカーに憧れた。キミと同じようにね」

 

 確かに俺は晶也さんに憧れている。でも、どうすれば晶也さんのようになれるかはわからない。

 

 今でもローヨーヨーやシザーズも出来ない。そんな俺が本当に晶也さんのようになれるのか。

 

「俺は晶也さんがよく分からないです」

 

「それは僕もわからない。彼と僕とでは見ている先が一歩違う。追い付いたと思えば、直ぐに先にいく。彼はそれほど凄いプレイヤーだ」

 

「......俺はそんな風になれますかね」

 

「いや、絶対になれない。僕は君の飛び方を見たことはないけど、日向君とは決定的に違うよ。でも、君は君の飛び方を目指せばいい」

 

 真藤さんが言ってきた言葉は意外にも前向きなことだった。

 

「でも......これだけは言わせてほしい」

 

「な、何ですか......」

 

「日向君はよく色んな選手の試合を見てるし、君も参考にした方がいいよ。後、日向君はグラシュのメンテナンスもしてるからね。それも参考にした方がいいよ。それと」

 

 真藤さんはあれやこれやと晶也さんに関しての情報を自身の引き出しから出してくる。

 

 ......うん。絶対王者の真藤一成さんとは別人だな。きっと。

 

 

 

 

 



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四島の夜空

 一日目の練習が終わり、男子部屋である道場に案内されると、真藤さんと晶也さんの間に挟まれており、ものすごく気まずい。

 

「こうしていると十年前が懐かしいよ。あの日向君が隣にいて、僕は興奮して眠れなかった」

 

「悠馬。間に挟んで申し訳ないが、頼む」

 

 ......真藤さんはソッチ系の人なのだろうか。

 

「でも、十年って早いですね。あのときはこんな風にもう一度来れるとは思ってなかったですよ」

 

「それは僕も同じさ。FCを続けているからこそ、実現できたことだよ」

 

 二人は十年前の事を懐かしそうに話し合っていた。二人の思い出話の邪魔にならないように、俺は道場を出ていく。

 

 

 

 

 海岸に出ると、綺麗な夜空が広がっている。この夜空は四島の名物であり、一年中見られるとの話だ。

 

 俺はグラシュを起動させ、ゆっくりと空に近づいていく。まだグラグラと揺れていて安定はしてないが、ゆっくり進む分には問題はない。

 

 

 その時、向こうから降りてくる人影に気づかずに、バチッと反発する音が響く。

 

「ご、ごめんなさい! だ、大丈夫ですか?」

 

「いえ、こちらこそすいません」

 

 人影の正体は女の子だった。それもオールラウンダーの中でもピカイチの実力を見せつけていた高藤のエースと言われていた。名前が浮かんでこないため、愛想笑いで乗り切ろうとすると、向こうも可愛げな笑顔を見せ、少し赤面する。

 

「えっと、雪村悠馬さんでしたよね? 今日はどうもありがとうございます」

 

「こちらこそありがとうございます。えっと......すいません。名前を覚えるのが苦手で」

 

「気にしないでください。こっちは自己紹介をしていないので、はじめまして高藤学園二年の一木(いつき) 美空(みそら)です」

 

 一木美空。名前を聞いて思い出す。この前の月刊スカイウォーカー特集にて四島で十本指に入ると恐れられている選手だ。

 

 一木さんは照れくさそうにしながら、自己紹介を終える。恐らく、人前に立つのは苦手なタイプだろう。

 

「雪村さんはどうしてここに?」

 

「真藤さんと晶也さんが思い出に浸ってるのを邪魔するのは悪いと思って」

 

 一木さんはふむふむと頷くと、こちらに近づき、じっと見つめる。

 

 瞳は夜空によってキラキラと照らされて、その綺麗な顔立ちと共に眩しすぎて、目をそらす。

 

「ご、ごめんなさい。ちょっと知り合いに似ていたもので」

 

「いや、大丈夫だよ。俺はそろそろ戻るよ。おやすみ、一木さん」

 

「うん。おやすみ、雪村さん」

 

 一木さんは再び星を見上げ、俺は邪魔をしないようにそっと道場へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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バチバチやろうよ!

 合宿二日目。

 

 今日はオールラウンダーはドッグファイト中の立ち回りについての練習を行っているが、桜花はどこか物足りなさを感じているようだ。やはりドッグファイトでの駆け引きを楽しみたいのだろう。

 

 一方、一木さんは高藤全員の注目を集めながら、プロ顔負けのテクニックを披露する。晶也さんもどうやら気になってはいるようだ。すると、一木さんはこちらに気がついたのか、手をフリフリと振っている。

 少し照れくさいが、こちらも手を小さく振っていると、こちらを睨んでいる男子部員がいるのを見つける。どうやら俺が一木さんに関わるのをあまり良く思っていないみたいだ。

 

「おや? どうかしたかい?」

 

「真藤さん。いえ、一木さんの飛び方が綺麗なので見とれていて......」

 

「確かに彼女の飛び方は綺麗だ。でも、欠点があるとすれば「完璧な飛び方」しかできないと言うことだ」

 

 真藤さんは再び鋭い目付きで一木さんを睨み付ける。やっぱり、この人は真藤一成なんだ。その証拠に出会って二日しか経ってない選手を見極めることができるからだ。

 

 でも、俺は真藤さんが言っていることがよく分からない。完璧な飛び方が悪いとは思えないし、それが欠点と言うのが理解できない。

 

「とにかく彼女はすごくいい選手だ。今の君じゃどうにかできる相手じゃない」

 

「......そうですね。ありがとうございます」

 

「別にいいよ。この後も練習頑張ってね」

 

 真藤は笑顔を取り戻して、スピーダーの練習へ戻っていった。

 

 □ □ □

 

 俺の飛行は悪い意味で注目を集め、悲惨な結果となってしまった。ちょうどオールラウンダーの練習が終わり、道場に戻ろうとすると、向こうの木影で帽子を被った一人の女性がちょいちょいと手招きをしている。

 周囲を見渡すが、どうやら俺をお誘いのようで恐る恐る近づいていく。

 

「さっきの飛び方凄かったねー自己流?」

 

「ただ飛ぶのが下手なだけですよ。それだけですか?」

 

「ちょっと後輩に似ててね。ちょっと構ってあげたくなったから、バチバチしない?」

 

「構ってほしいの間違いじゃないんですか? 確か午後は何もないので大丈夫ですけど」

 

「それはよかったにゃー。じゃあ、三時に仲浜海水浴場に来てね」

 

 そういって女性は練習場を去っていく。しかし、どこかで見たことあるファッションの人だったな。

 

「......雪村先輩、何してるんですか」

 

「桜花か。悪い、ちょっとある女の人に誘われて仲浜の方に行くから、何かあったら頼む」

 

「女性......海岸......私も行きます」

 

「いや、せっかくの午後の休みを」

 

「私が行くって言ってるんだから行くんです!」

 

 はぁ~......やっぱり小さい頃からワガママなのは変わらないな。

 

 

 

 



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思わぬ覚醒

 仲浜の海岸にやって来た俺達は先程の女性を見つけると、向こうも気がついたのか、こちらに近づいてくる。

 しかし、何故か頭には白い覆面を被っており、一度会っていなければ誰かとまでは分からないだろう。

 

「あれ? そっちの子は彼女さん? 随分と可愛いねー」

 

「か、彼女じゃありません! 私はただの......なんですか?」

 

「そこで俺にふるなよ。......憎たらしくて、可愛げのない後輩です」

 

「あちゃーここは晶也の影響でも受けちゃったのかにゃー」

 

 桜花は俺の足を力強く蹴ってくるが、これから試合のため、止めてほしい。

 女性は空に浮かんでいるファーストブイの方に向かっていくと、俺は桜花に通信機を渡して、ファーストブイに飛んで行く。

 

 

「分かってるよ! そんなに厳しくはいかない」

 

 女性は通信機を通じて誰かと話しているが、海岸には俺達以外の人影はなかったため、近くの公園からでも見守っているのだろう。

 桜花が上がってくると、俺達にスタートラインに立つように指示をする。

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしくね。出来れば、お手柔らかに頼みたいな」

 

 そう言っているものの、この人の目はセカンドラインに目が向いており、俺の動きを想定している。恐らく、この人はファイターなのだろう。

 体を良く見れば、どの箇所もほどよく鍛えられており、重すぎず、軽すぎずを維持しているようだ。

 

「あのーそんなに見られると恥ずかしいんだけどな」

 

「セクハラで通報でも構いませんか?」

 

「すみません......」

 

 そんな雑談を終えると、俺達は桜花の掛け声と共に、セットする。

 辺りは静寂に包まれ、波の音と心地よい風が体に当たる。

 

 

 そして、ホイッスルと共に試合が始まる。

 

 女性はセカンドラインにショートカットすると、円を書くようにして、回っている。

 

『多分ドッグファイトを仕掛ける気ですよ。気をつけて下さい』

 

「分かってるよ。多分、俺は負けると思うけど、サポート頼むよ」

 

『当然です。セコンドは選手のサポートは基本中の基本です』

 

 ファーストブイにタッチして1-0。俺はドッグファイトが苦手だ。だから、桜花みたいなバチバチに持ち込まれたら俺に勝機はないし、そもそも俺はろくに飛べない。

 

 だからこそ、無理にでも振りきるしかない。

 

 バランスを崩さないようにゆっくりと進んでいくと、遠くで回っていたはずの女性の姿はなく、辺りを見渡してもどこにも姿がない。

 

『先輩! 上です!』

 

「はーい1ポイント目」

 

 背中をタッチされ、1-1。気づかなかった。

 この人、ファイターなのにものすごく速い! スピーダーよりに調整してるのか? 俺は逃げようとするが、初心者がこうなってしまえば、格好の餌だ。

 

 またしてもポイントを取られてしまい、1-2。その衝撃で上へ飛ばされ、俺は女性の上を取る。こちらが状況を確認していると、女性はこちらをじっと見つめて、何も仕掛けてこない。

 

 このままこうしていても、何も得られない。だったら、こっちがお返ししてやる。

 上から接近すると、女性はくるりと背中を海に向けて、そのまま飛行する。

 

 まさか、背面飛行!? 世界でも会得できている人なんて数人しかいないはずなのに! この人、何者なんだ?

 

 そう考えていると、手や足を俺に当てるように出してきて、バチッと音が鳴ると共に、背中を向けてしまい、二点連続取られてしまい、1-4。

 

「もう一本もらうよー!」

 

 体が思うように動かず、そのまま背中に手が伸びてくる。俺は何とかして、避けようとするが、何も案が出てこない。

 このまま何も得られずに負けてしまうのか。何も変わることは出来ないのか。

 そう思った時、俺の脳内で何かが切れる音がして、何も考えられなくなる。

 

 すると、いつの間にか女性の背後を取っており、桜花達は俺の行動に驚愕する。

 しかし、ここで試合終了のホイッスルが鳴り響き、1-4で俺の惨敗となってしまった。

 

 

 

 

 

「いやー! いい試合だった! ありがとね」

 

「いえ、こちらこそありがとう。もしかしてですけど......鳶沢みさきさんですよね?」

 

「おっと、バレちゃったか。そうだよー私こそが鳶沢みさきちゃんだよー」

 

 女性は帽子を取ると、押し込んでいた長髪が一気に下ろされ、綺麗な黒髪がより一層鳶沢さんを美しくした。

 

 鳶沢みさき。十年前に準決勝にて背面飛行を完成させ、明日香さんと共に注目を集めた選手だ。現在は国内リーグを転々としており、そのどれもが優勝という実績を残している。インタビューによれば、海外は遠くて嫌だから行きたくないらしい。

 桜花は直ぐに鳶沢さんの手を握ると、吐息をこれでもかと吐いている。

 

「と、鳶沢様! ずっと活躍は見てました!」

 

「うわ~晶也が言っていることが何となく分かったよーこれは真白とは仲がいいかもね。でも、今日は桜花ちゃんに用事があるんだよ?」

 

「わ、私ですか! 何ですか! 靴をなめるんですか? それとも踏みつけられるんですか!」

 

 鳶沢さんは分かりやすく引いている。まさか本当に目をハートにする人が目の前に現れるとは思わなかったのだろう。しかし、鳶沢さんのファイターの技術を教えてもらえば、桜花は何か変わるのかもしれない。

 

「じゃあ、早速バチバチいこうか」

 

「はい! どこまでも着いていきます!」

 

 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

「悪いな。休暇中に呼び出して」

 

「別に暇してたから大丈夫だよ。それより! 真白うどんの大盛り特上うどん奢ってくれるんだよね!」

 

「合宿が終わったらな。それより、桜花はどうだった?」

 

「いい感じのファイターだね。でも、頑なにオールラウンダーは辞めたくないみたい。これも晶也さんの魅力なのかにゃー」

 

 みさきは呑気にあくびをしていたが、桜花の飛行スタイルはオールラウンダーとは矛盾している。ファイター寄りの調整を拒み、何故かそれをやめようとしない。

 本当に俺に憧れているという理由はあっているのか?

 

 

 

 



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変わらない関係

「晶也さーん。そろそろ風呂空きますよ?」

 

「悪い、悠馬。ちょっと風に当たってくる」

 

 晶也さんは何かを隠しながら、小走りで道場を出ていき、海岸の方へ向かっていった。確か、昨日は一木さんとその場所で出会ったが、晶也さんも挨拶でもしに行くのかな?

 

「いや、これは恋の予感だ!」

 

「うわぁ! って、鳶沢さんですか。大きな声出さないで下さいよ!」

 

「ごめんごめん。あと、みさきでいいよ。晶也はさっき、市ノ瀬ちゃんと話していたのを見たんだよ。それってつまり......海岸で二人は待ち合わせているということに違いないよ!」

 

 ......みさきさんって賢いけど何か想像力が豊か過ぎてついていけないな......でも、それではみさきさんにとっては都合が悪いことなのではないのだろうか?

 

「阻止とかしなくていいんですか? もしかしたら、晶也さんが取られちゃいますよ?」

 

「そこに関しちゃ平等なんだから、仕方ないよ。これで晶也が落ちたら、二人は幸せのイチャイチャで次の日には「......出来ちゃった」とか市ノ瀬ちゃんが言っちゃうかもねー」

 

 想いを告げた直後にそういうことは考えにくいだろう。ましては常識的な二人だ。そんなことするわけ......何故か知らないが別の世界ではあり得そうで怖い話だ。俺とみさきさんは晶也さんの後をついていくようにして、歩きだした。

 

 

 

 

 海岸では春だということもあり、まだまだ冷たい風が吹いている。海岸を一望できる茂みに身を潜め、晶也さんと市ノ瀬さんの姿を確認する。

 

「これ。この前の試合で買ってきたお肉。莉佳、このお肉気になるって言ってただろう?」

 

「わー! ありがとうございます! は~もうお肉の焼ける音が聞こえてきます......」

 

 市ノ瀬さんの周囲が何かの力により、光だし嬉しそうな感じが伝わってくる。晶也さんは何かと世界を歩いているため、現地のことには詳しいはずだ。流石はできる人だな。

 みさきさんは機嫌を悪くして、ため息を吐いている。

 あ、多分晶也さんから何も貰ってない感じだ。渡す機会がなかったとはいえ、みさきさんは凄く不機嫌だ。

 

「ここで俺達、謝りあっていたよな」

 

「そうですね。......その後晶也さんは私のズボンを脱がして、パンツを見ましたけどね」

 

「あれは不可抗力だ! 俺だって見たくて見たわけじゃない!」

 

 みさきさんは横で転がりながら笑っている。まさか、晶也さんがそんなラッキースケベな体質を持っていたなんて......つつけばまだ出てくるな。

 そして、二人は夜空を見上げ、練習の日々や懐かしい思い出を語り合っている。その話に入れないみさきさんはウズウズしている。

 

 すると、市ノ瀬さんは晶也さんの手の上に手を置くと、晶也さんの顔をじっと見つめる。晶也さんは予測できていなかったのか、驚きを隠せていない。

 

「晶也さん......あの......その」

 

「いけー市ノ瀬ちゃーん」

 

 みさきさんも元気を取り戻し、この告白シーンから目を話せなかった。すると、市ノ瀬さんは覚悟を決めたのか、立ち上がるが、その場で体制を崩し、晶也さんはズボンを掴む。

 すると、ズルっと市ノ瀬さんのズボンが脱げてしまい、緑色の可愛らしい下着がお披露目となる。

 

「いやーーーーーーーー!」

 

「わ、悪い! 助けようと思ったら!」

 

「いやー、やっぱり晶也は期待を裏切らないにゃー」

 

 こうして、市ノ瀬さんの覚悟の告白は儚く失敗に終わったのだった。

 



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昔の出会い

 みさきさんは二人の様子を見ると、満足したのか、部屋に戻っていった。俺はふと、空を確認すると、先ほどから俺達のことを見ている人物がいる。

 

「おーい。ちょっとこっちに来ませんか?」

 

 一木さんは俺のことを手招きしている。誰かに見られてたら、面倒などで辺りを念入りに確認し、グラシュを起動させる。

 

「こんばんは、一木さん。覗き見とは趣味が悪いですよ」

 

「それはそっちにも言えたことですよ?」

 

 ......何も言い返せない。しかも、顧問同士の将来に関しての会話だったのだ。趣味が悪いのは間違いないだろう。まぁ、別に罪悪感とかはあまりないけど。

 一木さんもその様子を見てたらしく、面白かったと言っている。

 

「市ノ瀬先生はガードが固いから、あれだけ距離を詰めれる先生はいないんですよ。個人的には私は市ノ瀬先生には幸せになって欲しいですね」

 

 一木さんは純粋に市ノ瀬さんの幸せを願っている。恐らく先程も真剣に市ノ瀬さんが成功することを願っていたのだ。

 それほどまでに一木さんは市ノ瀬さんのことを慕っているのだろう。

 

「好きなんだね、市ノ瀬さんのこと」

 

「はい。先生は私の目標で始まりでもあるんです」

 

「もしかして、十年前の大会のこと?」

 

 十年前の秋の大会二回戦。市ノ瀬莉佳はラフプレイで有名だった選手を相手に何事もなく勝利し、一つの高校の状況を変えたのだ。そして、晶也さんとの息の合った連携も当時は話題になっていたのだ。

 一木さんは悩んでいるが、困った顔で首を傾げる。

 

「それもあるんですけど、少し違います。私がまだ小さい頃の話で、私が飛んでいる最中に誤って、解除コードを言ってしまって......四十メートルの高さから落下しそうになったときに先生に助けてもらったんです」

 

 一木さんはその光景を鮮明に思い出すかのように目を閉じる。そのまましばらく動かなくなったと思うと、じっと俺のことを見つめる。

 そのままこちらに近づいてくるため、こちらも反発しないように少し下がる。

 

「な、何かな?」

 

「いや、先生と同じ目の色をしているなと思って。羨ましいです」

 

「別に目の色とか関係ないよ。俺は一木さんの緑色の目は好きですよ」

 

 そう言うと、一木さんの顔は赤くなり、必死に俺の発言を否定する。別に嘘は言っていない。俺は市ノ瀬さんのように青い目だけど、一木さんは晶也さんのように綺麗な緑色の目をしている。俺がこんな綺麗な子と話せること事態、奇跡のようなものだ。

 

「もうこんな時間ですね。では、また明日の試合で」

 

「あの......何というか、その敬語止めてくれないかな? せっかくこうして仲良くなれたのに」

 

「うーん......そうだね。じゃあ、またね悠馬君」

 

「......おやすみ、一木」

 

 そこまで自然に名前呼びするとは思っていなかったため、少し驚いてしまった。

 

 

 



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新たなる道 桜花VS佐藤院

 合宿三日目。

 

 今日は恒例行事と言われている久奈浜対高藤の練習試合が行われる。

 海岸にて準備運動をしていると、桜花はグラシュのメンテナンスを行っているようだ。

 何やら設定をいじりすぎて混乱をしている。

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫です! ちょっと気分を変えたいと思ったんです!」

 

 桜花は人に触られるのは気にくわないのか、俺にグラシュを触らせようとはしなかった。しかし、このままほっておけば、調整不足で困るだろうし、晶也さんは市ノ瀬さんとの打ち合わせでいない。

 木の近くで見ているみさきさんも「頑張れー」と口パクで表現していた。

 

「桜花......俺はお前とみさきさんの戦いを見て思ったんだ。あんなバチバチのドッグファイトを見られて、俺は感動した。無理にとは言わないけど......この試合でファイターとしての桜花を見てみたい」

 

「......ふーん。悠馬にぃはやっぱり好き勝手だね。じゃあ、お願いがあるんだけど」

 

 

 

「よろしくお願いしますわ」

 

「よろしくお願いします」

 

 二人がファーストブイに並んだことを確認して、穂希がこちらに近づいてくる。どうやら、穂希は気づいたみたいだ。

 

「桜花ちゃんのグラシュってレーヴァテインだったっけ?」

 

「ちょっとな。ある人から借りたんだ」

 

 先程履いたばかりのグラシュで桜花がどこまで戦えるかが心配だ。しかし、セコンドには晶也さんがついてくれている。余程のことがない限り、問題はない。

 

 

 ブザー音が鳴り響き、試合が始まる。桜花はショートカットを行い、セカンドラインで旋回している。佐藤院さんがブイをタッチして0対1。

 桜花は慣れないグラシュを履いているためか、少し左右にぐらついている。

 

『桜花。そのままドッグファイトに持ち込めるか?』

 

「大丈夫です、日向先生! 見てて下さいね! 私のドッグファイトを!」

 

「遅いわ!」

 

 しかし、桜花の意気込みはむなしく、そのままシザーズで横を通り抜けられてしまい、セカンドブイをタッチ、0対2。

 そして、何を思ったのかサードラインへショートカットしようとしたのだ。

 

『桜花! 相手はスピーダーだ! 間に合わない!』

 

「は、はい! えっと......ファーストラインだ!」

 

 どうしたんだ。桜花のやつ。いつもだったら、自分のペースに持ち込んで、ドッグファイトに持ち込むはずなのに。何かを気にしている......まさか!

 

「晶也さん! 桜花の試合を見たことありますか!」

 

「いや......今日が始めてだけど......」

 

 やっぱりか......俺は晶也さんに頼み、セコンドの通信機を渡してもらった。

 

『桜花。お前は晶也さんに見て欲しいんだろ』

 

「雪村先輩!? 何言ってるんですか!」

 

『晶也さんが見てくれれば、何かが変わるかもしれない。でもな、お前がやろうとしてるのは綺麗なFCなんだ。お前はお前らしく、バチバチのドロドロのドッグファイトを見せてやれ!』

 

「......分かりました! 分かりましたよ! じゃあ、見てて下さい! 私の汚いドッグファイトを!」

 

 桜花が何かを吹っ切れたのと同時に佐藤院さんはフォースブイとファーストブイに触れ、0対4。

 ファーストラインには既に桜花が待ち伏せをしている。

 

「そこを退いてくれないかし」

 

 佐藤院さんが何かをいい終える前に、桜花は佐藤院さんに触れて、ドッグファイトを始める。そして、桜花は背中にタッチして1対4。

 

「なかなかやりますね。でも、遅いわよ!」

 

「そんなに逃げて楽しいですかー?」

 

「もう! 調子が狂いますわ!」

 

 二人の黄色と青のコントレイルが綺麗に交差しており、バチバチと音を立てながら、激しいドッグファイトが行われる。そこで晶也さんは俺に横から指示を出し、俺が桜花に伝える。

 

『桜花! 後一分だ! 勝てなくてもいい! 全力を出しきれ!』

 

「分かってますよ! 私は......いつだって全力です!」

 

 攻防の中で、佐藤院さんの背中をようやくタッチして、2対4。

 そして、体制を崩した佐藤院さんを逃さず、そのまま三点目、3対4。

 しかし、三回目のタッチの際に、佐藤院さんは反動を利用して、セカンドブイに加速する。

 

「五点目、いただきますわ!」

 

「いえ、私が四点目を取ります!」

 

 桜花はその場で一回転をすると、両足を壁に蹴るかのようにして、足に反重力を溜めている。

 まさか......エアキックターン!? 桜花が出来るなんて!

 

 そのまま勢いよく飛び出た桜花は佐藤院さんの背中に近づいていき、背中にタッチをしようとする。

 

 そこでブザー音が鳴り、試合終了。

 3対4で佐藤院さんの勝利となった。

 

 

 

「はぁ~! 悔しいです! 悔しいです!」

 

「桜花ちゃーん! 凄かったよ! まさかエアキックターンを出せるなんて!」

 

「桜花。よく頑張ったな」

 

 晶也さんが誉めると、桜花は有頂天になり、見えないはずの天使のようなものが見える気がした。まぁ、負けたけど、桜花には何かが掴めたのかもしれない。

 それだけでも、大きな収穫だ。

 

 

 

 

 

 



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進化の兆し

 穂希対一木の試合は両者譲らない接戦を繰り広げ、3対3の引き分けという結果で終了し、鈴音はトイレに籠っているという事で俺の番がやって来た。

 

「あなたは......雪村さんでしたわね。対戦相手は私が」

 

「佐藤院。俺がやってもいい?」

 

「あら、高山君。立候補なんて珍しいわね」

 

 俺の前に現れたのはオールラウンダーで一緒だった高山と名乗る男子生徒。俺が一木と一緒だったところを見ており、それを根に持っているようだ。

 しかし、見た目はフレンドリーな感じなので、先日のことは俺の見間違いだろう。

 俺が握手をしようとした途端に、高山は俺の横を耳打ちをしながら通り抜ける。

 

(いい気になるなよ。初心者が)

 

 高山は直ぐにファーストブイに向かっていき、準備をしている。嫌な感じは同じなのか、佐藤院さんが声をかけてくる。

 

「高山君は気に入らない相手なら、徹底的に潰してきますわ。どうか気をつけて」

 

「それを対戦相手に教えてもいいんですか?」

 

「怪我をされては困るからよ」

 

 高飛車かと思いきや意外と相手を気遣うことができるのか......人は見かけによらないな。

 セコンドは晶也さんが担当してくれるため、安心できる。

 自分のできる限りのことをやろう。

 

 

 

 

「あの......俺は別に一木とは何もないよ」

 

「それがどうしたんだ? ほら、試合に集中しよう」

 

 審判を務める真藤さんがブザーを鳴らすと共に試合が始まった。

 俺のグラシュ設定はスピーダー寄りのオールラウンダーだ。高山に比べて、スピードは少し早い。

 高山はファーストブイを譲ると、セカンドラインにショートカットし、旋回を始める。

 少しよれよれの飛行でも何とかファーストブイをタッチして1対0。

 

 セカンドラインに差し掛かると、何故か高山の姿が聞こえない。すると、俺がつけている通信機から晶也さんの大きな声が聞こえてくる。

 

『悠馬上だ!』

 

「死ねぇぇ!」

 

 咄嗟に上を向いて、攻撃を防ぐが水面に叩きつけられる。

 スイシーダ。まさか佐藤院さんの言葉通りだとはな。

 俺は体制を立て直すが、直ぐに高山は二発目のスイシーダを繰り出す。

 高藤の方からは批判の声が聞こえてくるが、高山はそんなことを気にもしない。三発、四発とスイシーダを繰り出し、精神的に俺を攻撃しようとしている。

 

『大丈夫か!? 怪我は!?』

 

「だ、大丈夫です。でも、俺の技術じゃ抵抗が出来ない」

 

 この状況を打開できるとすれば、バランサーオフだ。今のグラシュにはスイッチを押すだけで、バランサーの切り替えができるようになっている。しかし、俺が使用すれば制御できず、自滅するのがオチだ。

 前を見ると、高山はセコンドと揉めているのか、大きな声を出している。

 

「こんな弱小高校の相手をするだけでありがたいと思ってほしいな! こいつの他も大したことがないのに楽しく飛んでてイライラするんだよ!」

 

 その言葉を聞いて、俺の中で何かが切れる。あの時と同じだ。晶也さんは様子がおかしいと思ったのか、通信機から声が聞こえてくるが、俺には届かない。

 体制を立て直したことに気づいた高山が五発目のスイシーダを繰り出そうとする直前で俺は「スイッチ」を切り替える。

 

 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

『なめるなよ。穂希達を』

 

 通信機からは悠馬の声が聞こえてくる。あの状況から直ぐに相手の背後を取り、背中をタッチ。2対0。

 

「悠馬! どうしたんだ!」

 

『三点目。もらうぞ』

 

 高山君は危機感を感じたのか、セカンドブイに向かっていく。

 

 すると、悠馬はその場で一回転をすると、足元に反重力を溜める。そう、エアキックターンだ。

 初心者でまともに飛べない悠馬が出すのは不可能に近い技だ。

 悠馬は普通に飛んでいる。しかし、どこかに恐怖が潜んでいる。それはみさきも気がついているのだろう。

 穂希達はそれに気づかずに大声援を悠馬にかける。

 

 悠馬のエアキックターンは高山君の背中に触れ、3対0。

 もはやどちらが初心者か見分けがつかない。高山君は危機を感じたのか、逃げるように飛んでいく。

 

『......悠馬! 聞こえるか!』

 

 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 晶也さんの声で、俺は目を覚ます。直ぐにその場に停止して、晶也さんの指示を聞く。

 

『悠馬! 残り一分だ。お前らしいFCを俺に見せてくれ!』

 

 俺は先ほどの三分間の攻防を覚えていない。モニターを見れば、3対0とこちらが優勢だった。

 俺らしいFC......それってなんのことだ。

 

「なに止まってるんだよ!」

 

 高山はこちらに接近してくる。

 

 どうすれば相手と渡り合えるか考えるだ!

 

 俺はドッグファイトを仕掛けようとした時に、体制を崩してしまい、背中を向けてしまう。

 その時、片足のグラシュが反重力の反発をお越し、エアキックターンを起こしたのだ。

 

「何!? 片足のエアキックターンだと!」

 

 その時にブザーが鳴り響き、試合が終了。

 俺の初めての練習試合は白星という結果に終わった。

 

 

 

 

 

 



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合宿を経て

「何も覚えてないのか?」

 

「はい.......高山に穂希達を侮辱されたときに何かが切れて......そこからは覚えてないです」

 

 俺は試合中の事を全く覚えていなかった。高山に話しかけようとしたが、何故か避けられるし、高藤の部員からは称賛の声をあげられた。

 晶也さんは何かに気がついたのかネットであることを調べる。

 

「もしかして、一種のゾーンじゃないのか?」

 

 晶也さんは驚きの答えを出してきた。

 ゾーンとは集中力が極限まで達した際に発動する。他の思考や音が聞こえない上に、ボールや人がゆっくり動いているらしい。

 その際に完成した片足のエアキックターンも今では難なく使うことができる。

 

「まさしく......ダブルバレットだね!」

 

「愛海か。もう準備し終わったのか」

 

「技名はスルーなんだね!? 結構いいと思ったんだけどなー」

 

 愛海は自分が考えた技名を没にされたのをガッカリしていたが、別に否定する気もなく、ちょうど名前もほしかったので愛海の案を採用させてもらおう。

 

 しかし、この合宿で一番の成果は桜花が「ファイターをやりたい」と言ったことだろう。恐らく、みさきさんに影響されたのも大きいが、自分で実行するには勇気が必要なことだ。

 みさきさんにもお礼を言おうとしたが、気力が尽きたらしく、そのまま自宅に帰ったらしい。

 気まぐれな人だけど、心強い人だ。

 

「悠馬君ー! ちょっといいかな?」

 

 俺を大きな声で呼んでいるのは一木だった。何やら自身の携帯を持ちながら、こちらに手を振っている。

 メールと電話番号の交換なら、昨日の夜にしたはずだが、何かあるのだろうか。

 

「部長が話したいって来たんだ」

 

 高藤学園FC部の部長。佐藤院さんによれば、現在は春の大会で得た全国大会の期間で合宿には参加できなかったらしい。

 そんな人に電話が来るなんて恐ろしいことだが、俺は恐る恐ると携帯を耳に当てる。

 

『やあ、君が雪村君だね。一木さんから話は聞いてるよ。僕は二階堂(にかいどう) 菖蒲(あやめ)。試合の映像を見ていて、君に伝えたいことがあるんだ』

 

 どうやら昨日の試合は高藤のマネージャーによって二階堂さんに送られたようだ。二階堂さんの方からはカチャカチャとパソコンを打つ音が聞こえ、エンターキーを押されると同時に告げられる。

 

『ゾーンの使い方には気を付けた方がいい。僕もたまにスイッチが入るんだが、危険なものだ。特にFCにはね』

 

 そこで通話が終了し、俺には疑問しか残らなかった。

 その場にいた俺と理解していない一木に一瞬の静寂が訪れたが、携帯を返し、俺は皆のところに戻った。

 

 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 ......ゾーンの使い方には気を付けろ、か。調べた限りだとゾーンは毎回出せるものではないため、今後もこんな事態が起こるとは限らないが、片隅に入れておこう。

 

「何マヌケな顔してるんですか?」

 

「うわあ! ぶつかってくるなよ!」

 

 飛行中の衝突を行ってきたのは桜花だった。今日の試合には負けてしまったが、どこか上機嫌であった。

 この状況下を利用して、俺はあの事を聞こうと思う。

 オールラウンダーからファイターに転向してくれと。

 

「あのな、桜花」

 

「いいですよ。考えたんですけど、ファイターの方が向いてると思ったんですよ」

 

「そんな簡単に決めていいのかよ!?」

 

「いいんです! 違う形で日向先生に追い付いて、やがて......グフフフフフ」

 

 気持ちの悪い欲望の詰まった決意だったが、桜花が決めたことなら文句はない。

 こうして、波乱のあった高藤合同合宿は幕を閉じたのだった。

 

 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

「イリーナ見つけたよ。二階堂から送られてきた」

 

「彼は日向さんの教え子なんですネ。まさに運命のイタズラ? なのでしょうか?」

 

「あの子と同じ体質なのかな」

 

「恐らくそうでショウ。沙希、私達も四島に向かいましょう」

 

「うん。イリーナ」

 



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キャラクター紹介③

 一木(いつき) 美空(みそら)

 元気。エース。仲良し。

 身長 165cm

 年齢 17歳

 好きなもの 星空/海/高藤学園FC部

 嫌いなもの 人を傷つける人

 3サイズ B88/W57/H90

 

 高藤学園FC部に所属する二年生。FCの腕前は中々で高藤を担うエースと言われている。容姿端麗で心優しく、周りからの信頼が厚い。しかし、寄ってくる男子生徒はどれも問題あり。

 星空が好きで、よく夜中には満点の星空の下で飛んでいる。

 実は悠馬とは同じ住宅街に住んでいるが、お互い知らない。

 飛行スタイルはオールラウンダー。

 グラシュはフェアリスのイナセ。

 

 佐藤院(さとういん) 麗華(れいか)

 

 高藤学園FC部に所属する二年の副部長。大手建設企業の佐藤院グループの孫。

 試合中は高飛車だが、日常生活では他人を気遣い、副部長としての役割を果たしている。

 飛行スタイルはスピーダー。

 

 高山(たかやま)

 

 高藤学園FC部に所属する二年。美空の事を狙っていたが、接近してきた悠馬が気に食わず、試合を申し込むが、大敗。

 現在は暴力的なプレイを問題視され、菖蒲に謹慎処分を受けている。

 

 鳶沢(とびさわ) みさき

 

 年齢 27歳

 

 元久奈浜学院FC部所属。現在は日本で開催されているリーグを総なめしており、長期休暇中に晶也に桜花の練習のため帰省する。

 十年の間にその美貌は進化し、交際を申し込まれることも多いが、興味がないため、スルーしている。

 晶也とは高校時代からの腐れ縁で仲がいい。

 高校二年の時に、自分を再び飛び立たせてくれた晶也に好意を寄せている。

 

 市ノ瀬(いちのせ) 莉佳(りか)

 

 年齢 26歳

 

 元高藤学園FC部所属。現在は選手を引退しており、母校のFC部の顧問として働いている。

 十年の間に体の急成長が発生し、親友であるうどん屋の娘からはたまに揉まれている。

 晶也との事故は今でも継続的に発生している。

 小さい頃の友人と仲直りを行った際に、付きっきりで練習に付き合ってくれた晶也に好意を寄せている。

 

 真藤(しんどう) 一成(かずなり)

 

 年齢 28歳

 

 十年前の四島の覇者にして当代最強のスカイウォーカーと言われた人物。

 五年前に選手業を休業し、静かに暮らしていたが、帰国した晶也の情報を聞き、閑東(かんとう)からグラシュを飛ばして帰省する。

 晶也を憧れの存在として崇めており、友情以上の好意を抱いている。

 

 二階堂(にかいどう) 菖蒲(あやめ)

 

 年齢 18歳

 

 高藤学園FC部部長。現在は全国大会のため、不在。悠馬と同じ「ゾーン」に入ることがあるが、悠馬に不審な忠告を行う。

 

 

 雪村 悠馬

 

 主人公。久奈浜学院FC部部長。

 高山との試合中に「ゾーン」のコツを掴み、その後、片方のグラシュのみエアキックターンを発動できる「ダブルバレット」を習得する。

 

 白野 桜花

 

 悠馬の後輩。晶也に憧れ以上の好意を寄せており、オールラウンダーとして活躍していたが、みさきと悠馬との練習により、ファイターに転職。

 グラシュはみさきの予備であるインベイドのレーヴァテインを貰った。

 

 日向晶也

 

 久奈浜FC部顧問。悠馬のゾーンに関しては不審に思っている。

 

 倉科明日香

 

 うどん屋の娘と約束していたショッピングに行っていた

 

 グラシュメーカー

 

 フェアリス

 

 普段はグラシュ開発を行っていないが、いつの間にか発売されていることが多い。

 最近になって社長が性別を偽っていたことがわかった。

 

 

 

 




作者のハルノトです。

結構時間が掛かってしまった第三話でした。
悠馬のゾーンの採用に関しては少し悩みましたが、この後の展開のために導入しました。
そして新ヒロインの美空は今後どう関わってくるのか。
そして、歴代のスカイウォーカーが三人も登場する豪華回となりました。
次回は生徒会長の鈴音の回になります。

次回予告

高藤との合同合宿も疲れたなー

悠馬や穂希君たちも頑張ってるし、僕も邪魔だけはしないでおこう。

次回、蒼の彼方のフォーリズム ~nova~  第四話。

二人だけの秘密。

蒼の彼方に、何かが見える。


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第四話 二人だけの秘密
隠された事実


 高藤との合同合宿も無事終了した6月中旬。しかし、何か足りないことに気づいたのか、穂希はあることを呟く。

 

「最近、鈴音ちゃん来ないね。何かあったのかな?」

 

「補習ですよ。多分、あの人バカだから」

 

 桜花はそういうが、一応先輩だぞ。躊躇が無さすぎる。

 

「先輩に対して失礼なことを言うな。鈴音は今生徒会の業務であまり来れないんだ。ちゃんと連絡だってもらっている」

 

「へーあの人が業務ですか......学校終わりませんかね?」

 

「......確かにな」

 

 失礼だとはいったが、カリフラワーをブロッコリーと言っている学力だ。晶也さん曰く、「いつ廃校になるか分からない」と教師の間ではもっぱらの噂らしい。

 部活が終わった後にでも、覗きに行くか。

 

 

 

 

「会長なら今日は来てませんよ?」

 

 一年の書記担当の女子生徒に聞いてみれば、驚きの答えが帰って来た。中を覗くが、男子生徒が二人と女子生徒が二人。鈴音の姿などどこにもなかった。

 他の役員たちにも話を聞くが、誰も行き先を聞かされてないらしい。

 バカだけど、一応生徒会長だ。ズル休みなんかするはずがない。

 俺は携帯で鈴音の電話にかけてみると、電話に出たのは男性だった。

 

「もしもし? どなたかな?」

 

「久奈浜学院FC部二年の雪村って言います。荒蒔さんの携帯で間違いないですよね? 荒蒔さんが生徒会室に居なかったので、お電話をさせていただきました」

 

「もしかして何も聞かされてないのかな?」

 

「何のことですか?」

 

「......鈴音ちゃんから許可が出たよ。この後、島の総合病院まで来れるかな」

 

 

 

 

 

 受付の女性に事情を説明すると、内科を担当している部屋に案内される。ノックをして中に入ると、白衣を着た男性が座っている。

 近くには鈴音の姿もあった。

 

「おー! 悠馬、部活休んじゃってごめんねー」

 

「どう言うことだよ。生徒会が忙しいから休むって言ってたのに」

 

「余計な心配かけたくないからね。これは僕の体の問題だから」

 

 鈴音はニコニコと笑っているが、先生であろう男性はあまりいい表情をしていない。それどころかため息もつく始末だ。

 手に持っていた鈴音の診断書を机に置き、鈴音の頬を強く引っ張る。

 

「痛い痛い! 何するんすか!」

 

「それはこっちの台詞だよ。スポーツは控えるようにと何度も言ってるのに」

 

「あの......鈴音はどこが悪いんですか? 頭ならもう治りませんよ」

 

「それは僕も重々承知だよ。大したことじゃないけど、鈴音ちゃんは体が弱くてね。スポーツをすると、健康状態が悪化するんだよ」

 

「僕が頭悪いってことは誰も否定してくれないんですね」

 

 ......そうか。高藤との合同合宿の時にトイレに籠っていたのはそれが理由か。

 恐らく、移動と練習の負担が最終日にやって来たのだろう。

 そうとは知らずに、かなりの練習をやらせてしまった......部長として当たり前の事を見落としていた。

 

「ごめん鈴音! 俺が無理をさせた!」

 

「いいよいいよ。日向先生にも言ってなかったし、自業自得ってやつ」

 

「いや、疲れのせいでお前自業自得なんて言葉を使ってるぞ!」

 

「そこまで僕をバカにしないでほしいな」

 

 

 

 内科専門の部屋を出ていくと、鈴音は入り口と逆方向に向かっていく。

 

「出口はあっちだぞ?」

 

「あー......僕これから眼科の方にも行かないと駄目なんだ。先に帰ってくれていいよ。あと、皆には内緒でね」

 

 シーと人差し指を立てながら、鈴音は眼科の

 担当の部屋に入っていく。そういえば、ミーティング中は眼鏡を掛けてることがあったな。

 

 

 

 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

「鈴音ちゃん、前より視力が落ちてるよ」

 

「やっぱり? 練習中にブイにぶつかったから、まさかとは思ってたけどね」

 

「白内障は手術をすれば治る病気だ。だから」

 

「先生も知ってるよね? 最初に手術をした先生がヤブ医者のせいで失敗したから、治す方法がなくなったって」

 

「......そうだったね。これ、今月の薬だよ。毎日欠かさず飲んでね」

 

「はーい。じゃあ、またね。先生」

 



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違和感

「そうなのか。でも、俺に教えても良かったのか?」

 

「鈴音には内緒って言われたんですけど、やっぱり顧問には伝えた方がいいと思って」

 

「......でも、俺も違和感があったんだ。鈴音は時々ブイタッチをする時にギリギリでタッチをする癖があるんだ」

 

 晶也さんが言うにはギリギリでのブイタッチは次のラインに移動する際に出遅れるため、あまりよくはないらしい。

 だが、鈴音も初心者だ。晶也さんの言っていることは経験者から見ての判断だ。

 

「多分、癖がついてるんですよ」

 

「そうだといいけどな......俺もなるべく気を付けるよ」

 

 

 

 

 いつも通り練習が始まると、晶也さんが珍しく模擬戦を提案してきた。一ヶ月経った頃合いを見計らって以前から考えていたらしい。

 くじ引きの結果、穂希と桜花、鈴音と俺の組み合わせになった。

 穂希と鈴音の試合は明日香さんの血を引いているということもあり、桜花は穂希のペースに飲み込まれてしまい、6対1という結果になってしまった。

 

「穂希先輩はやっぱり強いです! もうちょっと手加減してください!」

 

「私だって楽しく本気で飛びたいから。そこは許してね」

 

 桜花は負けるとブーブーと愚痴をこぼしていたが、穂希は気にせずに桜花の飛び方についてアドバイスをしている。流石は先輩だ。

 

「鈴音、大丈夫か?」

 

「平気さ。今すぐ飛びたくてウズウズするね、でも、お手柔らかにね。悠馬」

 

「......分かったよ」

 

 一瞬だけだったので、確信を持てなかったが、鈴音は目を凝らすようにしてこちらを見ていた。気のせいだったのかもしれない。でも、晶也さんの言っていることが本当だとしたら......

 

 

 

「セット!」

 

 晶也さんがホイッスルを鳴らし、鈴音が勢いよく飛び出る。

 スモールグルーヴのサザンカ。可愛い見た目をしており、女性のスカイウォーカーからは高い人気を誇っているが、見た目に似合わず、性能はピーキーでドッグファイトにはまるで向いてないグラシュだ。

 

 俺は迷わずショートカットを行い、鈴音が来るのを待っていると、晶也さんの言うとおりだ。鈴音はブイのスレスレでタッチを行っている。

 だが、不自然な点はどこにもないはずだ。

 でも、何だこの違和感は? 鈴音は普通に飛んでいるはずだ。なのにどこかおかしい。

 

「ぼーっとしてると抜いてくよ!」

 

「させるか!」

 

 鈴音が横を通りすぎる直前に足に触れて、ドッグファイトに持ち込む。

 しかし、鈴音は海の方に勢いよく降下していく。

 何かの作戦なのか? 高藤での合同合宿で鈴音は何を学んできたのだろうか。

 

 しかし、今日は快晴だ。春だというのに雲が一つもなく、太陽が照りつけている。

 雲が一つもなく、快晴......ここで俺の違和感は確信に変わってしまった。

 晶也さんと話してる際に、ふと晶也さんはあることを呟いていた。

 ―――もしかしたら、色覚が衰えてるかもしれない。

 例え話だったため、軽く聞き流してしまったが、もしそうだとしたら......空と海を間違えているのか?

 セコンドもいないため、誰も鈴音を止めることはできない。

 

「止まれ! 鈴音!」

 

「嫌だよー! ほら、捕まえてごらん!」

 

 駄目だ! あいつ、俺がドッグファイトを仕掛けると思っている!

 もうすぐ水面にぶつかる。俺は目を閉じるが、一向に水しぶきの大きな音は聞こえてこない。

 その代わりにメンブレン同士がぶつかる音が聞こえてきた。

 

 目を開けると、晶也さんが鈴音の背中にタッチして、何とか落下を防いでいた。

 

「間一髪だったな。大丈夫か? 鈴音」

 

「は、はい。あれ? 僕、海に向かってましたか?」

 

「そうだぞ。もう少しで大怪我もあり得ていた。この後、ちゃんと話してもらうぞ。とにかく無事でよかった」

 

 流石は晶也さんだ。誰かを助け、叱る。そんな人だから、俺はこの人に憧れたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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自分を好きになれるように

 その日、晶也さんは鈴音と一緒に総合病院に向かい、鈴音の目の事について話し合ったらしい。このままFCを続けるのか、それともやめてしまうのか。

 俺は出会って一ヶ月しかない鈴音の心境が分からない。

 あいつが白内障にどう向き合っているのか、どんな思いで日々を過ごしているのか。

 

 翌日、鈴音は検査入院という形で学校には来なかった。晶也さんからは「鈴音は来ないでほしいと言っている」と言われたが、どうしても心配になった俺は体調不良という体で学校を早退し、総合病院に向かった。

 

 中に入ると、ちょうど昼食を取っていた鈴音の担当医師、森永(もりなが)誠也(せいや)先生は俺に気がつくと、口にあんパンを押し込み、こちらに近づいてくる。

 

「こんな時間に来るとは、君は不良少年か?」

 

「部活仲間が心配なんで早退したんですよ。まあ、嘘はついてますけどね」

 

「でも、鈴音ちゃんはちょっとデリケートな感じだよ。もしかしたら、出禁を食らうかもしれないけど、いいのかい?」

 

 俺は頷くと、森永先生はエレベーターへと案内してくれ、八階の端の病室に到着した。名前のところには鈴音のものしかなく、個室だということが確認できた。

 森永先生は診察があるということなので「頑張りなよ」と言って、その場を去っていった。

 

 俺が軽くノックをすると「どうぞー!」と明るい声が返ってきてので、ドアを開ける。

 鈴音と目が合うと、森永先生と思っていたのか、俺が現れると少しため息をついた。

 

「悠馬は日本語が理解できないのかな?」

 

「晶也さんに言われたけど、やっぱり心配で......」

 

「僕は来るなって言ったのに悠馬は自分勝手だな」

 

 鈴音はわざとなのか、圧力をかけるような声で遠回しに帰れと告げている。でも、ここで帰っても何も変わらない。

 俺はベッドの近くのパイプイスに腰をかけて、鈴音に話を聞く。

 

「あのさ、こんなこと聞くのはデリカシーにかけるのかもしれないけど......何で白内障に?」

 

「本当にデリカシーがないなー! でも、簡単に話すね」

 

「僕の両親は十年前に交通事故で亡くなったんだ。あれは寒い冬の日に、家族三人でドライブをしていたら、横から衝突してきた車のせいで車は横転。お父さんとお母さんは衝撃で頭を打って、僕はガラスの破片で目を切ったんだ」

 

 鈴音はどこか軽く話しているが内容はそんな軽々しいものではない。森永先生によると、鈴音の白内障は外傷によるもので、その時の事故が原因らしい。

 鈴音はこちらをちらりと見ると、話を続ける。

 

「その後、僕は病院に運ばれて手術を受けたんだけど、どうもその医者がヤブだったせいで、完全に治らなくて、今の状態になったんだ。お父さんとお母さんは間に合わなくて、亡くなったんだ」

 

「......悪い。変なことを聞いたな」

 

「自分から聞いておいて今さら怖いの? じゃあ、聞かないでほしいよ」

 

 冷たい声と視線が俺の言葉を詰まらせる。鈴音はこの十年間、一人で悩んできたんだ。

 他人には話せない。例えそれが担当の森永先生であっても。

 だから、俺はこいつの力になってやりたい。辛い思いをさせてしまった、鈴音の為に。

 

「あのさ......俺は目がちゃんと見える」

 

「何? 僕への自慢?」

 

「最後まで聞いてくれよ。だから、お前の力になりたい。お前がしたいこと、何でも手伝ってやる」

 

「そんな事言っていいの? 僕がしたいことって山ほどあるよ?」

 

「分かってるさ。だから手伝って、目が見えにくくても、自分が好きになれるようになってほしいんだ」

 

 鈴音はくすりと笑うと、俺の鼻を力強くねじ曲げる。

 

「いつ僕が僕の事を嫌いって言ったかなー? 当たってるけどね。それに勝手に手伝うって言われても困るし......でも、悪くはないかな」

 

 その後、鈴音は普段の調子を取り戻し、バカな発言を繰り返した。その内容は頭が痛くなるものだったが、元気そうな姿が見れて何よりだ。

 早退の嘘がバレた俺は母と先生に怒られ、反省文を書かされることになってしまった。

 

 

 

 

 



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オーバーフロー

 日曜日。今日は部活が休みということで、名物ましろうどんを昼食に取ることにした。牡丹さんも気軽に来てくれと誘われていたのでお言葉に甘えることにする。

 俺が停留所に到着すると、うどん屋の前で見覚えのある少女が歩いていた。

 

「奇遇だな穂希」

 

「こんにちは、悠馬君! 悠馬君もましろうどん食べに来たの?」

 

「ちょうど昼時だし、牡丹さんのお言葉に甘えようと思ってな」

 

「じゃあ、一緒に座ろうよ。ちょっと気になる飛び方を研究したいんだ」

 俺達はうどん屋の扉を開け、中に入ると牡丹さんに似た女性がこちらにやってくる。

 

「いらっしゃいませー! 二名様ですか?」

 

「あ、はい。えっと......有坂真白さんですよね?」

 

「? どこかでお会いしましたか?」

 

「晶也さんの話によく出てくるので。頑張り屋で負けず嫌いな人だって」

 

 有坂真白。俺自身は晶也さんから聞いたため、あまり知らない。でも、十年前の地区予選では見事ベスト4の成績を残していたと晶也さんから聞いた。牡丹さんに似て綺麗な人だけど......何か足りないな。

 真白さんはきょとんとしているが、これを言ってしまうと失礼なため、心の中に閉まっておこう。

 

 席に案内されると、穂希は早速スマホを取り出し昔の四島の地区予選の映像を流す。そこにはあの真藤さんと銀髪に近い髪色をした少女が映し出される。

 少女は常に真藤さんの上を取り、まるで鳥籠に閉じ込められるような戦法を繰り広げていた。今で

 はあまり見ないため、穂希も興味があるのだろう。

 

「バードケージって言うんだって! この圧倒的な戦法であの真藤さんに手出しをさせないって凄いよね!」

 

「あ、ああ。確かにな」

 

 穂希は目を輝かせていたが、俺は恐怖を感じた。こんな飛ぶ自由を奪うような飛び方に対して笑っている穂希を「化け物」のように見えてしまった。

 

 しかし、この選手の話題は今は聞かないため、バードケージという飛び方も過去の遺産となったのだろう。

 真白さんは俺達が頼んだうどんを持ってくると、すぐに奥のテーブルにたくさんのうどんを運んでいく。

 見た感じは人気はあまりないが、フードファイターでもいるのだろうか?

 

「沙希。この激辛麻婆豆腐うどんは辛くないデスか?」

 

「大丈夫。ここのうどんはどれも美味しいから」

 

「あらー嬉しいわ。天ぷらサービスしちゃうわ」

 

「アリガトウございますー」

 

 ちらりとカウンター席を覗くと、華奢な二人組の女性が十、二十とうどんを素早く平らげている。

 一人は緑色の髪に所々が片言の日本語が混ざっていたため、外国人と分かったが、もう一人の女性は銀髪に緑の綺麗な瞳とどちらとも取れる容姿をしていた。

 

「......悠馬君、なに見とれてるの」

 

「別に見とれてない! あの銀髪の人、どこかで見たことある気がしてさ」

 

「あ! あの人、さっきの動画の人だよ!」

 

 俺達は動画を見直すと昔から変わらずその容姿を保っており、まるで画面から出てきたような姿のままうどんを食べている光景に戸惑いを隠せなかった。

 すると、こちらに気がつき首をかしげる。

 

「何か用?」

 

「いや! この動画の選手に似てるなーって思いましてー! ねー悠馬くん!」

 

「だから、俺にふるな!」

 

「あらあら。これは一種のクロレキシ? というものを見られてしまいましたね」

 

 緑色の髪の女性はうどんをすすりながら、困っていたが、麺が消えるかのようにうどんを食べていたため、話が全く入ってこない。

 ようやく机に置いてあったうどんを平らげると、こちらに近づきお辞儀をする。

 

「こんにちは。私はイリーナ・アヴァロンと言います。そして彼女が」

 

「......乾沙希」

 

「まさかこんなところで日向さんの教え子に出会えるとは......雪村悠馬さんに神田穂希さんですよね?」

 

「私たちの事、知ってるんですか?」

 

「ええ。日向さんからは「久奈浜期待のスカイウォーカーがいるんだ」っておっしゃってたので」

 

「期待のエースだなんて......えへへ」

 

 穂希は誉められて嬉しそうにしていたが、このイリーナさんという女性は何だか怪しい。

 見た目はのほほんとしているが、一瞬だけ鋭い目付きで俺たちを定めるような仕草をしていた。

 

 穂希は手洗いに行くと言って席を外すとイリーナさんはどうぞと自分の隣に座らせる。

 

「......晶也さんが言ってたって言いましたけど嘘ですよね」

 

「少し盛りましたが本当ですよ? 穂希さんや桜花さんの活躍を聞く限り興味が湧いてきます。でも、今回私たちがこの島にやって来た理由は......アナタですよ」

 

 またしてもイリーナさんは鋭い目付きでこちらを見ている。この人はこちらを飲み込むような目で見てくるため、少し席を離してしまう。

 イリーナさんはノートPCを取り出すと、俺と高山の試合を一通り見せた後に、ある選手の練習風景を映し出す。

 

 その様子はまるで地獄絵図だ。五十人近くのスカイウォーカーが一人の少女に襲いかかるも少女は「未来を見ているかのように」スカイウォーカー達の背後を取り応戦する。

 それから少女は五十人に一度も触れられる事なくブイに触れる所で動画が終わった。

 

「極秘裏に入手した選手の練習です。どう思いますか?」

 

「どう思うかって......こんなのFCじゃないですよ。俺に見せて何の意味があるんですか」

 

「意味があるから見せたんですよ」

 

 イリーナさんは俺と先程の選手を照らし合わせると、動きが似ている......いや、一致している。

 俺は打ち合わせもしていなければこの選手に会ったことすらない。

 

「雪村さんはゾーンという言葉を知っていますよね? 極限まで集中力が高まった状態の事を言うんですが、最近の研究ではそのゾーンの中でも特異的な体質を持った人もいるらしいです」

 

「それが......彼女ですか?」

 

「そうです。あなたのはまだ確証がありませんが、彼女のあの未来が見えているような集中力を私は「オーバーフロー」と呼んでいます」

 

 オーバーフロー......フローは調べた限りではゾーンの別名らしく、それを越えた集中力。何とも普通の名前なのだろう。

 だからこそ、恐ろしい。そんな安直な名前でもこの脅威はFC界、いや、科学をも破壊してしまうほどの力を持っている。

 

「まあ、こんな感じですね! それではまた学校で」

 

「待ってください! 俺は聞きたいことが」

 

「大丈夫。明日また話せるから」

 

「ごちそうさまデシター」

 

 二人は呑気に出ていったが、俺はその場で立ち尽くす。

 ......俺もあんな風になってしまうのか?

 



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ありがとう

久しぶりの投稿ですみません。



 鈴音が入院してから二週間が経過し、鈴音の退院日がやって来た。

 

 FC部の方では鈴音の退院を記念して「お帰り! あんたが生徒会長だよ!」と書いてある横断幕が吊るされており、

 二人なりのお祝いなのだろうが使いどころを間違えてると思う。

 

「凄く豪華な横断幕デスねー」

 

「......明日また話せるってのは嘘だったんですか」

 

「ニッポンの学校の手続きは難しいですね。少し潜入が遅れてしまいました」

 

 潜入って。あんたはどこぞのスパイか。

 

 うどん屋の一件から二週間後。

 

 イリーナさんと乾さんはFCの特別講師として久奈浜FC部のコーチとしてやって来た。

 

 これで男二人だけの苦しい活動が更に息苦しくなってしまった。

 

「それよりそろそろ鈴音さんが退院する時間では? お話はまた後日で大丈夫デスカ?」

 

 イリーナさんの話を聞きたいのはもちろんだが、今は一刻も早く鈴音を迎えにいかなければ、駄々をこねるだろう。

 

 □

 

「説明は以上だけど大丈夫かい?」

 

「少し不機嫌な鈴音を見ましたけど大丈夫です」

 

「君が30分も遅刻したからだよ。彼氏は彼女をエスコートしなくちゃね」

 

「別に彼氏じゃないですよ」

 

「そうなの? 二週間も毎日見舞いに来てたのに?」

 

 森永先生は俺をからかい、俺は鈴音が待っているエントランスまで向かった。

 

「遅いなー僕を待たせるなんて一万と二千年早いよー」

 

「何で一万と二千年なんだ?」

 

「わからないならいいよ。それよりも少し付き合ってよ」

 

「何だよ。お前が誘うなんて珍しいな」

 

 鈴音は少し暗い顔をして、俺に地図を見せる。

 

 目的地はここからすぐの墓地だった。

 

「明後日、命日なんだ。お父さんたちの」

 

 □

 

 俺たちは一度花屋に向かったあと墓地へと足を運んだ。

 

 一通りの清掃を終え、花と線香を供える。

 

「衝突した運転手は心臓マヒだったらしいんだ。たとえそれが家族を奪った原因だったとしても誰も悪くない。仕方がなかったんだ」

 

「......どうしたんだ急に」

 

「多分言い訳でも探してるんだよ。僕だけが生きてしまったことへの謝罪の言い訳を」

 

「やっぱりお前ってバカだよな」

 

「どういうことだい?」

 

「言い訳とか理由とか探す必要なんかない。たまたま偶然生き残った。衝突の際に親父さんが守ってくれたかも知れないし、車の当たりどころがよかっただけだ。今お前が生きてる意味なんて簡単なものなんだ」

 

「簡単に言うんだね。バカな僕でも分かりやすいよ」

 

「こう見えても冷たい人間だからな。自分のことしか考えることが出来ないんだ」

 

「なら僕たちはお似合いだね」

 

 鈴音がニヤリと笑い、俺は手を合わせて墓を去っていく。

 

「ありがとう。悠馬」

 

 背後から鈴音の感謝の言葉が聞こえてきた。

 

 さっきの回答は正解ではないのかもしれない。恐らくこれからの人生を経験していくことで見つかるかもしれない。

 

 今言えることは晶也さんや穂希や桜花に出会えたこと。

 

 鈴音が生きていてくれて良かったということだ。

 

 

 

 

 

 

 



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キャラクター紹介④

森永(もりなが)誠也(せいや)

 

年齢 28

身長 183

好きなもの 笑顔/暇な時間

嫌いなもの 手術時間

 

鈴音の担当医師。高身長のイケメンで患者や看護師に人気があるが本人は一人が好きなので交際経験はない。

患者の笑顔が好きで患者が元気な暇な時間も彼にとっては至福の時間。

手術時間は患者の命が隣り合わせであり苦手。

鈴音を笑顔にする悠馬を信頼している。

 

(いぬい)沙希(さき)

 

年齢 27

 

かつてFCの常識を破壊する戦法「バードケージ」を使用したスカイウォーカーだが、現在は子供たちに楽しい飛び方を教えている。

十年前の久奈浜FC部のメンバーとは良好な関係を築いており、下の名前で呼びあう仲。

以前は寡黙な少女だったが笑顔を見せるようになり、晶也も不意の笑顔に赤面する。

久奈浜学院に特別講師としてやって来た。

イリーナを魅了する晶也に興味を持つ。

 

イリーナ・アヴァロン 

 

年齢 27

 

日本アヴァロン社の社長。

十年前にFC界に革命をもたらそうとしたが明日香と沙希の試合を観て改心し、現在は姉とも和解し、スカイウォーカーたちのサポートを行っている。

オーバーフロー研究者でもあり、悠馬に興味を持つ。

沙希と共に久奈浜学院に特別講師としてやってきた。

晶也と沙希が結婚して出来た子供の想像をして降り、晶也と沙希をくっつけようとする。

 

有坂(ありさか)真白(ましろ)

 

年齢 26

 

ましろうどんの一人娘。 

FCを引退しており、両親の経営するましろうどんをお手伝いしている。

容姿は母に似てきたが、成長は止まったようで小さい。

努力の楽しさと自分を見捨てなかった晶也に好意を寄せている。

 

 

雪村悠馬

 

主人公。

オーバーフローの才能を持つ。

鈴音の視覚障がいを患っていることに気がつき、サポートする。

 

荒蒔鈴音

 

ヒロイン。

視覚障がいを患っており、色覚が衰えている。

体も弱く、長時間の飛行やドッグファイトを苦手とする。

二週間毎日見舞いに来た悠馬に信頼を置いている。

現在はマネージゃーとして部をサポートする。

 

神田穂希

 

ヒロイン。

バードケージの戦法に感心しており、明日香同様FCの化け物の素質を持つ。

 

白野桜花

 

ヒロイン。

穂希にドッグファイトでいじめられる。

 

日向晶也

 

突然やって来た沙希とイリーナに対して困惑している。

 

映像の少女

 

イリーナが所持していた映像に映っていたスカイウォーカー。

オーバーフロー所持者であり一人で多数のスカイウォーカーを相手にする謎の少女。

使用グラシュのメーカーなどは不明。




作者のハルノトです。
更新が一年後になってしまい申し訳ありませんでした。
これからは更新頻度をどんどんあげていきたいと思います。

次回予告

突如として佐藤院さんが同窓会に招待してくれた。

俺は別に問題ないんだけど......え!? 一泊二日の宿泊同窓会!?

次回、蒼の彼方のフォーリズム ~nova~  第4.5話。

十年の歳月。

蒼の彼方に、何かが見える。


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第4.5話 十年の歳月
宿泊同窓会


補足

世界観はグランドルートをメインとしてます。

その中に4ルート+EXTRA1+アニメの設定を取り入れています。




 夏の大会が迫る7月。

 

「再会を祝しての飲み会?」

 

「ああ。来週佐藤君が久しぶりに麗華君の顔を見に来るそうだよ。そのついでに久奈浜と高藤の当時のメンバーが揃ってるから飲み会でもどうかと」 

 

 佐藤院さんが飲み会と言う表現を使うかは微妙だがそういった同窓会は大歓迎だ。

 

「それならイリーナたちも呼んで大丈夫ですか?」

 

「もちろんだよ。僕も乾さんにはリベンジしたいからね」

 

 ......FC大会とかにならないよな。

 

 □

 

 同窓会当日。

 

 俺は一足早く目的地に到着していた。

 

 指定された場所は高藤学園の正門。

 

 夏が近づく中で日差しは強く俺は日陰で休んでいると紫髪の見覚えのある少女が近づいてくる。

 

「合宿以来ですね、晶也さん」

 

「早いな莉佳。流石は高藤の名顧問だな」

 

「私なんて全然ですよ。この前も部費の管理を見落として皆に迷惑をかけたので......」

 

「莉佳は高藤の顧問として一生懸命頑張ってるよ。俺なんかよりはしっかりしてて立派だと思う」

 

「そ、そうですか! ......えへへ」

 

 嬉しそうに笑う莉佳を見て俺も微笑んでいると俺たち以外のメンバーも到着した。

 

「どうだ! 真藤! この十年の月日で鍛えられた......って無視は酷いだろー!?」

 

「日向くーん! 」

 

 この光景を見ているとあの十年前に戻ったような気分になった。

 

 俺がもしFCを辞めたままだったらこんなこともなかったんだろう。

 

「晶也さん? 皆さんもう集まりましたよ!」

 

「ごめん、明日香。ちょっと考え事をな」

 

 俺は明日香に手を引かれながらみんなの場所に向かう。

 

 □

 

「って、この島を佐藤院さんが買い取ったんですか!?」

 

 明日香は驚きの声をあげるが俺からしたら現副社長の佐藤院さんもこの島に何らかの価値があることに気がついたのだろう。

 

 高藤学園から飛行して30分。

 

 俺たちがやって来たのはいわゆる無人島と言うものだ。

 

 佐藤院グループ......というか佐藤院さんが今日のために購入したプライベートアイランドだ。

 

 いや、プライベートアイランドなんて言葉はないか。

 

「流石は佐藤君だね。その行動力を僕も見習うよ」

 

「お褒めいただきありがとうございますわ。あと、佐藤院ですわ」

 

 ......やっぱり十年経っても頑なに言わないよな。

 

 本来ならみなもちゃんや虎魚(恐らく我如古さんもついてくる)や黒渕を連れてきたかったが全員予定が合わなかったらしい。

 

 今日の参加メンバーは十年前の久奈浜FC部と高藤のレギュラー三人にイリーナと乾だ。

 

「それでは一泊二日の同窓会のスタートですわ!」

 

「......はぁ!?」

 

 

 

 



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呼び方

『規格外の同窓会ですね』

 

 俺は佐藤院グループが全勢力で作り上げた別荘の個室にやって来た。

 

 この現状を伝える為に俺は悠馬に電話をかけることにした。

 

「せっかくの休みなのに電話して悪いな。期末ももうすぐなのに」

 

『俺の方は大丈夫ですけど鈴音と桜花がマズイですね。こっちは何とかしますから楽しんできてください』

 

 通話を終了し俺はベッドに倒れ込む。

 

 衣類などを取りに帰ろうとしたら佐藤院さんがありとあらゆる服と下着を用意しており断ることもできず、渋々借りることにした。

 

 昼からは皆で泳ぐと言っていたしここで一眠りしようと思ったがドアをノックする音が聞こえ、俺は入室を許可すると意外な来訪者だった。

 

「どうしたんだ乾? 何かあったのか?」

 

「日向晶也。教えてほしい飛び方があるの」

 

「俺でよければ別にいいけど......フランス代表とイギリス代表の交流試合か。イギリスの二番手が綺麗な姿勢で飛んでるのが印象的だな」

 

「でも、私はフランスの三番手の選手がドッグファイトの仕掛け方が上手だと思う」

 

 乾との交流はこちらも学ばせてもらう点が多く、とても有意義な時間になった。

 

 次の試合を観ていると乾は俺の服を引っ張り何かを伝えようとしている。

 

「どうしたんだ? どこか気になることでもあったか?」

 

「......日向晶也は何で私のことは下の名前で呼ばないの?」

 

 随分と対応に困る質問をされてしまったな。

 

 確かに俺は部長を除くメンバーの事を名前で呼んでいたな。

 

 イリーナの場合はファミリーネームよりもファーストネームの方が一般的な呼び方だ。実際に高校の時もイリーナと呼んでいた。

 

 考えてみれば少し失礼なのかもしれないな。

 

「じゃあ俺は沙希って呼ぶから気軽に晶也って呼んでくれ」

 

「......まさ......心の準備をしてからでいい?」   

 

 少し可愛いと思ってしまった。

 

 10も歳をとったのにその恥じらいは今でも男子の心を擽る。

 

 そんな沙希の隣で俺は少し横になり頭の整理をしようとしたが睡魔が襲ってきてしまい、俺は闇へと誘われた。

 

 □

 

「......晶也、お昼だよ」

 

「うーん......って何で隣で寝てるんだよ!」

 

「ごめん、男の人の寝顔ってあんまり見たことないから」

 

「それでも女の子が男の隣で寝るのは駄目だ!」

 

 沙希は首を傾げてキョトンとしていたが後でイリーナを通じて教えてあげなければ。

 

 話が終わり時計を手に取ると時刻は11時前。

 

 集合時間ギリギリで起きてしまった為、急いで支度をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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水中ドッグファイト

 俺は水着に着替えて砂浜に向かうと既に全員集まっていた。

 

「晶也さん? 遅かったですけど何かあったんですか?」

 

「......いや大丈夫」

 

「? どうして目を逸らすんですか?」

 

 明日香は俺の腕を掴み、心配しているが水着という格好に露出された胸部が腕に当たっているので気恥ずかしい。

 

 みさきは遠くの方でニヤリと笑っているが変なことをされないように気を付けよう。

 

「日向! 早速トレーニングだ! まずは俺に続いて腕立て伏せ200回だ!」

 

「部長はボディービルダーでも目指す気ですか! みんな引いてますよ!」

 

 部長の筋トレには流石の明日香も着いていけないらしい。こんなときに白瀬さんが居てくれたら.....あの人は女子に危害を与えそうだからなやっぱりナシだな。

 

「晶也が遅れてきたからみさきちゃんも心配したよー?」

 

 し、しまった! 僅かな隙を突かれた!

 

 みさきは胸を押し当てるように俺に近づき、背中に柔らかさと温もりを感じる。

 

 俺が困っているのを見かねたのか、佐籐院さんがみさきを引き剥がし、ごほんと咳き込む。

 

「全員揃ったことですし、皆さんにはある勝負をしてもらいますわ! その名も.....水中ドッグファイト!」

 

 佐藤院さんの後ろには黒服の女性達が現れ小型の酸素ボンベとシュノーケルを人数分用意し終えると近くの森の中へ隠れていった。

 

 俺も葵さんのトレーニングでやったことはあるので知っているがルールは簡単。制限時間内に水中で相手の背中にタッチした回数が多い方が勝ちといったミニゲームのようなものだ。

 

 しかし、ここで問題点が浮上した。

 

 本日参加しているメンバーは男3人に女子が8人の構成だった。

 

 ということは男一人は女子の相手をしなければならないと言うことだ。

 

「ワタシは観戦でもしておきマスね。運動の方はからっきしなので」

 

「部長、真藤さん。どうするべきか分かってますよね」

 

「......青柳君、僕とペアを組まないかい?」

 

「お! 部長対決か。望むところだ!」

 

 ......この人たちに公平な話し合いを求めるのは無理だったか。

 

 こうして男一人余った俺は渋々くじを引き、莉佳と対決することになった。

 

 この水中ドッグファイトにはセコンドが存在しないため、自身の判断力を向上させるといった面でも役立つ。

 

 明日香と沙希、みさきと佐藤院さん、窓果と真白、真藤さんと部長の戦いが終わり、俺と莉佳の番だった。

 

「負けませんよ、晶也さん」

 

「悪いが俺も手加減する気はないぞ」

 

 俺たちは海に潜り、陸にいた佐藤院さんのホイッスルと共にゲームが開始する。

 

 俺は慎重に莉佳に近づき、背後に回り込もうとするが慣れない環境のため背中を取ることは出来なかった。

 

 逆に莉佳は俺の攻撃を水中の中で綺麗に避け、こちらの様子を伺う。

 

 しばらくの間、硬直状態が続き、残り一分を知らせるホイッスルが陸から聞こえてくる。

 

 俺は勝負を決めるために莉佳に急接近し、左手を伸ばそうとするが莉佳は体を横に向ける。

 

 しかし、俺はその隙を見逃さず、右手を莉佳の背中に伸ばす。

 

 すると、ひらひらと動いていた水色の紐を引いてしまい、

 莉佳の胸を隠していた水着が海に流されていく。

 

 俺は急いで浮上して流された水着を探すがどこにも見当たらず、莉佳の方へ近づくと力強く腕を掴まれて体を密着させられる。

 

「ま、晶也さんのバカ!」

 

「本当にすみませんごめんなさい」

 

 莉佳は涙目になり、胸を隠すように俺の背中に回るが何か普段とは違うものが当たっているが意識したら莉佳に悪い。

 

 陸にいたメンバーは唖然としており、こちらの救助にやって来たのは数分後のことだった。

 

 結局、水中ドッグファイトは一回戦で終了となり、俺はみさきから「水着剥ぎ取り男」といじられた。

 

 

 



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露天風呂

「日向ーもう少し左だー」

 

 

「10年前にも言いましたけど部長の筋肉が動くから洗いにくいです」

 

 

「そうかー? これも鍛え上げた体の代償か」

 

 

 代償とは言っているものの部長はポージングを取りながら筋肉について語っている。

 

 

 俺は話を流しながら背中を拭いていると真藤さんが隣に腰を下ろし、腰に巻いていたタオルを取る。

 

 

「日向君がよかったら僕の背中も洗ってくれないかな? 憧れの君に流してもらえたら僕は感涙の極みだよ」 

 

 

「えっと......遠慮しておきます」

 

 

「......それなら仕方ないね......はあ~」

 

 

 そんなに俺が背中を洗わないだけでテンションが低くなるんですか。

 

 

 しかし、日頃お世話になっていることもあるのであしらうのも申し訳ない。

 

 

「じゃあ背中だけでも流させてもらってもいいですか?」

 

 

「ああ! あの日向君に背中を流してもらえるなんて......興奮するよ」

 

 

 ......やっぱり言わなければよかったな。

 

 

 部長と真藤さんの背中を流し、俺たちは湯船に浸かり、満天の星空を眺めながら疲れを癒す。

 

 

 すると真藤さんはあることを思い出した。

 

 

「確か女湯を覗くみたいな話もしたよね」

 

 

「ありましたね。真藤さんから言い出した時には耳を疑いましたよ」

 

 

「まあほとんど冗談みたいなものだったからな。真藤なりのジョークだったんだろ」

 

 

 部長はそう言っているがあのときの真藤さんは覚悟を決めた目だったことは言わないでおこう。

 

 

 湯船に浸かって感じたことはこうして三人で入るといったことは初めてだった。

 

 

 合宿の時は俺は練習メニューを考えることで皆と入る時間が少しズレがあり一人で大浴場に入っていた。

 

 

 そう考えるとある意味この時間は貴重だと言える。

 

 

「そういえば日向。世界のスカイウォーカーたちはどうだった?」

 

 

「やっぱりレベルが高いですよ。復帰した俺に高い壁が立ちはだかりましたね」

 

 

「それでも君は復帰後の初めての大会で優勝をかっさらったじゃないか。流石は日向君だね」

 

 

 真藤さんはそう誉めてくれるがあの時の試合はギリギリの接戦だった。

 

 

 あのままじゃこの先の試合では勝つことは難しいだろう。

 

 

 湯船に浸かって数十分。俺は少しのんびりしていると真藤さんと部長が同時に立ち上がり湯船から上がる。

 

 

「僕は先に上がるよ。この後知り合いに連絡しないといけないんだ」

 

 

「俺も在庫の最終確認があってな」

 

 

「分かりました。俺も晩御飯までには上がります」

 

 

 部長たちが出ていくのを見送り、俺は女風呂との敷居である竹の柵にもたれかかかる。

 

 

 俺もそろそろ上がろうとしていると敷居の向こうから扉を開ける音が聞こえ、俺は再び腰をおろす。

 

 

「わあー! 星が綺麗ですー! 沙希ちゃん早く早く!」 

 

「うん。すぐ行くよ」

 

 

「私、露天風呂といったものはハジメテです」

 

 

 部長たちと入れ違えで入ってきたのは女子グループだった。

 

 

 明日香と沙希が先陣を切り、他の女子もそれに続くように中へ入った来た。

 

 

「明日香、胸大きくなった?」

 

 

「ふぇえ!? みさきちゃん、えっちですよ」

 

 

「......皆さんはどんどん大きくなるのに私だけ止まりましたからね」

 

 

 真白が全てを諦めたかのように自身の成長の停止を告げる。

 

 

 まあ牡丹さんが高校の時は大きかったから個人差というものなのだろう。

 

 

 しかし、マズイことになってしまった。

 

 

 俺が今、音を立ててしまったら会話を聞かれてしまった明日香や真白が俺に抗議に来るかもしれない。

 

 

 俺は音を立てないように肩まで湯船に浸かった。

 

 

「ましろっち! まだ希望はあるよ!」

 

 

「窓果センパイ......流石は「お嫁さんにしたいランキング」31位です!」

 

 

「久奈浜にもあったんだね! そして、微妙な順位!」

 

 

「安心してください。学年の順位ですから」

 

 

 学年の方が数が絞られるから順位的には低いくらいだと思うぞ。

 

 

 窓果の悲痛な叫びが聞こえてくるがそれをよそにイリーナがある議題を提出する。

 

 

「ところで日向さんにフィアンセはいらっしゃるのでしょうカ?」

 

 

「晶也に婚約者かー各務先生とか?」

 

 

「晶也さんと各務先生ですか......大人の恋ですね」

 

 

「多分それはない。晶也は各務さんのことを一人の先生として見てる」

 

 

 ......沙希の言っていることは正しい。

 

 

 俺と葵さんが最後に会ったのは九年前。

 

 

 葵さんが海外リーグの真っ只中に四島に帰ってきたところだ。

 

 

 小さい頃に抱いた恋心を俺はあの日に大切にしまった。

 

 

 それから10年。恋愛もせず告白されても避けるように断ってきた

 

 

 それにこんなもうすぐ30のおやじを好きになる人もいないだろう。

 

 

「あれ? 沙希って晶也のこと名前で呼んでたっけ?」

 

 

「晶也が呼んでくれって言ってたから......」

 

 

 ちょっと待て! そんな言い方したら変な誤解が生まれる!

 

 

 しかしこういったことには敏感なみさきは聞き逃さず叫ぶ。

 

 

「えー! あの晶也が女の子に名前で呼んで欲しいだってー! 窓果さんどう思います!?」

 

 

「コーチのスキャンダルだね! これはマスコミが黙ってないよ!」

 

 

「それは部活での決まりごとだろ!」

 

 

 俺は黙っていることが出来ず、みさきたちに向かって叫んでしまい、辺りは静寂に包まれる。

 

 

 俺は逃げるようにして男湯から去っていった。

 

 

 □

 

 

「まさか晶也が盗み聞きしてたとはね......まあ今回ばかりはこっちが悪いかもね」

 

 

「そうだね。周りを注意してなかった私たちも悪いしね」

 

「それでは話も一段落したことですし、この佐藤院麗子がお背中をお流ししますわ! 乾さん、イリーナさん、こちらへどうぞ!」

 

「うん......あれ? みんな何で出ていくんだろう?」

 

「沙希、せっかくのお誘いですし頼みましょうか」

 

 その日、二人の叫び声が別荘に響き渡った。



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苦手

「それでは再会を祝しまして......乾杯ですわ!」

 

 全員のグラスがぶつかり、カコンと気持ちのよい音がなる。

 

 なぜかげんなりしている沙希とイリーナだったが先程の悲鳴と何かあるのだろうか。

 

 俺はお茶を口に含み、佐藤院さんが用意した最高級食材に手をつける。

 

「よう日向ー! 俺はお前という後輩を持ったことを誇りに思うぞー!」

 

「部長もう酔ってるんですか? ちゃんと水も飲まないと駄目ですよ」

 

 俺は絡んできた部長を席に戻し、席に戻ろうとするとみさきが透明な液体を用意している現場を発見する。

 

「晶也の為に度数が98のお酒を用意したよ!」

 

「用意したよ! じゃない! 俺はお酒が飲めないんだよ」

 

「そうなんだ? でもベロベロに酔った晶也も気になるなー」

 

 俺は酒を端に寄せて食事を再開する。

 

 先程からみさきと明日香が内緒話をしているがろくなことになりかねないので注意しなければ。

 

(ねえ、明日香。晶也って酔ったらどうなるの?)

 

(それが私も見たことないんです。でも無理に勧めるのも悪い気がして)

 

(それもそうか。貴重な晶也が見れなくて残念だなー)

 

 一通りの食事を終えると佐藤院はデザート類を用意し俺は手前の包みのチョコレートを口に放り込む。

 

 そして、机に強打して俺の意識はなくなった。

 

 □

 

「ま、晶也さん!? 大丈夫ですか?」

 

「恐らくこのチョコレートを食べたからだね。市ノ瀬君、このチョコレートにお酒は入っているかい?」

 

「えっと......10度のお酒です」

 

 晶也さんが本当にお酒に弱いとは思わなかったです。

 

 しばらくすると、晶也さんが顔を上げるが顔全体がとび子さんみたいに真っ赤で酔っぱらっているのが分かった。

 

「明日香ーちょっと来てくれー」

 

「はい? どうしたんですか......ふぇ!?」

 

 私が近づくと晶也さんが力強く私を抱き締めて子供ぽく笑っている。

 

「明日香は本当に可愛いなー楽しそうに空を飛んでいる時やご飯を食べてるときも全部可愛いぞー」

 

「は、恥ずかしいですー! でも......嬉しいです」

 

 晶也さんに誉めてもらえるだけで心がポカポカします。

 

 隣にいて笑ってくれるだけで晶也さんが笑顔でいるだけで幸せです。

 

「晶也さん大好きです」

 

「俺も大好きだぞー......みんな好きなんだ」

 

 晶也さんは笑いながら涙を流していた。

 

「みさきや真白に莉佳......部長や窓果に佐藤院さんに真藤さんもみんなが好きだ。こんな俺と仲良くしてくれるみんなが大好きだ......」

 

「......みんな晶也さんのことがだーい好きですよ! だから泣かないで下さい」

 

 私が背中をさすると晶也さんは立ち上がり、みさきちゃんの方へ抱きつく。

 

「ち、ちょ、晶也!?」

 

「みさきも可愛いな。おばあちゃんが大好きで時々押しに弱い姿を見ると少しいじめたくなる程可愛いぞー」

 

 みさきちゃんは晶也さんに誉められなれてないのか顔を真っ赤にして晶也さんを振りほどこうとしたが晶也さんの力強さに勝つことができず、されるがままの状態だった。

 

 みさきちゃんから離れると次は真白ちゃんの方へ向かう。

 

「真白も可愛いなー猫の真似をするところとかましろうどんをお手伝いするときのエプロン姿とか努力する真白はまさしく天使だな」

 

「て、天使だなんて......えへへ」

 

 真白ちゃんもデレデレになりながら晶也さんに抱きつかれている。

 

「莉佳は笑顔が素敵で少し抜けているところが可愛いなー着替え姿とか見ちゃって本当にごめん」

 

「晶也さん! 着替えのことは言わないでください!」

 

「イリーナや沙希も笑顔が可愛くて、佐藤院さんも面倒見のいいところが可愛くて、窓果は......面白い」

 

「ちょっと! 何で私だけ一言なの!」

 

「日向君! 僕は!? 僕のことはどう思ってるんだい!?」

 

 晶也さんは呟こうとした瞬間に床に倒れてしまい、可愛い寝顔で眠ってしまった。

 

「日向君? 日向くーん!」

 

 真藤さんの悲痛な叫びがリビングにこだましました。

 

 □

 

 近くで声が聞こえる。

 

 どうやら俺はベッドに運ばれており、明日香たちがそばで俺のことについて話している。

 

「センパイの寝顔って可愛いですね。子供みたい」

 

「そろそろ戻りましょうか。あれ? みさきちゃん、どうしたんですか?」

 

「もう少し様子見ておくよ。三人は先に戻ってて」

 

 明日香が了承し、三人が出ていく音がした。

 

「......一番付き合いが長かったのにみんなと同じになっちゃったな」

 

 みさきが寂しそうに呟くと布団の中に入ってきた。

 

 みさきの温もりが腕から伝わってきて俺は意識をしないように眠りにつこうとすると唇に柔らかいものが接触し、俺は目を覚ます。

 

「......晶也起きてたの?」

 

「......今起きたところだ」

 

「今のはどこが当たったと思う? 唇かな胸かな?」

 

「......もう寝る」

 

 俺は恥ずかしさのあまり布団を被り、眠りについた。



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憧れ

「日向君、起きてくれるかい」

 

 耳元で囁かれる声で目を覚ます。

 

「うーん......真藤さん? こんな早朝にどうしたんですか?」

 

 俺は近くに充電していた携帯で時刻を確認すると朝の4時頃。人間のほとんどが眠っている時間だ。

 

「競技用のグラシュを履いて浜辺まで来てくれないかい」

 

 □

 

 俺は海岸にやって来ると真藤さんが既に準備体操を終え、俺の方をじっと見ていた。

 

 10年前にも真藤さんには勝負を申し込まれたがあのときはまだFCに戻るというのに怖さを感じて断ってしまった。

 

 だけど、今は違う。

 

 俺はあの絶対王者の真藤一成と戦いたいと心から思っているのだ。

 

 準備体操を終えた俺は一足先にブイに移動して空を見上げる。

 

 まだまだ太陽は昇ってないのに目の前に広がる空は青く、美しく、どこまでも広がっている。

 

「空を見ろ、空を見続けろ、答えはそこにある......」

 

「お待たせ、日向君。よろしく頼むよ」

 

「こちらこそお願いします」

 

 会話はその一言だけだった。

 

 恐らく、真藤さんも言葉は要らないと思ったのだろう。

 

 少しの静寂が辺りを包み、聞こえてくるのは優しい波の音だけだった。

 

 ブイにあらかじめセットしておいたブザーが鳴り、真藤さんは一目散にセカンドブイへ向かう。

 

 俺はショートカットをして、真藤さんがやって来るのを待機する。

 

 真藤さんはセカンドブイをタッチすると徐々に減速して、俺の前で停止する。

 

「この日をずっと待ちわびたよ。憧れの存在がまさか僕とFCをしてくれるなんてね......だけど、僕はここで憧れを越える」

 

「悪いですけど、俺もすんなりやられる訳にはいかないんですよ!」

 

 俺は真藤さんにぶつかり、俺たちは強く弾かれる。

 

 そして、真藤さんの背中はがら空きだ。

 

 俺は弾かれた衝撃を利用して回転を行い、空を強く蹴る。

 

 エアキックターン。俺が初めて葵さんから習った技だ。

 

 勢いよく飛び出した俺は真藤さんの背中にタッチ。1対1。

 

 真藤さんが弾かれたのを確認した俺はサードブイにタッチしてそのままフォースブイに向かおうとしたら背後からの気配を察知して体を上に向ける。

 

 上から奇襲になんとか対応するがそのまま海に叩きつけられた。

 

「流石は日向君だ。的確に状況を判断して確実に相手を自分のペースに持ち込む......だけど、僕はそれを見たい訳じゃないんだ」

 

「見たいものが違う......?」

 

「ああ。君がしているのは決まったFCなんだ。僕が見たいのは日向晶也にしかできないフライングサーカスなんだ!」

 

 ......そうか。言われてみれば真藤さんの言っている意味を理解した。

 

 

 俺は足元のグラシュを設定して、バランサーをオフにする。

 

「やっぱりバランサーはオフにしてたんだね。なら、僕も君に合わせるよ」

 

 真藤さんもバランサーをオフにして、俺たちは互いを見つめる。

 

 俺はその場で回転し、垂直にエアキックターンを繰り出す。

 

 真藤さん目掛けて飛んでいくが、真藤さんはそれを避け、俺の背中に回り込む。

 

「もらった!」

 

「いや、それはどうかな!」

 

 俺はエアキックターンを繰り出し真藤さんからのタッチを防ぐ。

 

「くっ!」

 

「まだだ!」

 

 真藤さんが弾かれたのを確認した俺は直ぐに接近し、背中にタッチする。1対3。

 

「流石は日向君だ......僕も負けるわけにはいかない!」

 

「俺もです、絶対に負けません」

 

 □

 

 試合の結果は4対6で俺の勝ちだった。

 

「あはは、流石は日向君だよ。やっぱり、憧れは憧れだね」 

 

「真藤さんも凄いですよ。ペンタグラムフォースからのスイシーダは予想できませんでした」

 

 俺たちは浜辺に寝転びながら話していると別荘の方からみんなが歩いてきており、全員がグラシュを履いている。

 

「真藤! 俺と戦わずして日向と戦うとは許せん! 俺が敵を取ってやる!」

 

「兄ちゃん、日向君が勝ったの見てなかったの?」

 

「晶也さん! 次は私とです!」

 

 その後、全員で久しぶりのエキシビションマッチを行い、一泊二日の同窓会が終了した。

 



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相談

 同窓会も終わり、俺たちは普段の日常へと戻る。

 

 しかし、みさきとの一件から俺は練習にも集中できず、俺は近くにいた悠馬に声をかけられた。

 

「大丈夫ですか? 具合でも悪いんじゃ......」

 

「いや! 大丈夫......ちょっと相談に乗ってもらっていいか?」

 

 □

 

「それは絶対に唇だと思いますよ。一木もそう思うよな?」

 

「......珍しく呼ばれたと思ったらまさかの日向先生と鳶沢選手のスキャンダルだったんだね」

 

「スキャンダルって言うのは止めてほしい」

 

 悠馬と一木さんをましろうどんに連れてきた俺は先日の相談に乗ってもらった。

 

 ズルズルと麺をすする二人はみさきについて話している。

 

「日向先生は鳶沢選手のことをどう思ってるんですか?」

 

「どう思ってるって言われても......親友で可愛くて......よくわからん」

 

「晶也さんって本当は気がついてるんじゃ?」

 

「何が気がついてるんだ?」

 

 悠馬と一木さんは二人で顔を合わせて溜め息をつき、こちらをじっと見ている。何かは知らないが恐らく失望されているのには間違いない。

 

 すると、悠馬は携帯を手に取り、誰かに連絡しようとしていた。

 

「仕方ないですね......もしもし? 盗聴器とか用意できますか? バスの中に沢山です。お願いします」

 

「誰に電話したの?」

 

「お金があって権力もある緑の悪魔」

 

「何で連絡先持ってるんだよ」

 

「生徒としては当然ですよ」

 

 □

 

 俺達は久奈浜FC部の部室の近くの茂みから盗聴器で中の会話を盗み聞きすることになった。

 

 緑の悪......イリーナが数十個の盗聴器を部室内にセットして先日の件をみさきから聞き出すと言う作戦だ。

 

 しかし、この作戦は俺の知っているものとは予想外のものとなった。

 

「あのさ......何で明日香たちも中に入っていくんだ?」

 

「分からないですよ。イリーナさんに何か考えがあるんじゃないですか?」

 

『ミナサンお集まりいただきありがとうございます』

 

 盗聴器から聞こえてきたのはイリーナの声だ。

 

 俺は一木と悠馬に挟まれながらも俺は会話に耳を傾ける。

 

『イリーナさんが晶也さんのことで呼ぶなんて珍しいですね』

 

『みさきちゃんはちょっと分からないかなー?』

 

『センパイ......私は』

 

『どうしたの真白? 顔色悪いよ?』

 

 四人はザワザワと今回の議題について考えており、俺達は更に盗聴器に近づくと目の前に人影が現れる。

 

「.......何してるの?」

 

「い、乾先生!? これには深いわけが.......」

 

「そこにいる子は誰?」

 

「え、えっと! 私は一木美空って言います! 今は皆さんの作戦会議を盗聴してるんです!」

 

「盗聴してるって言ったら駄目だよ!」

 

 沙希は怪訝そうな顔をしているが納得したのか校舎の方へ戻っていった。

 

 俺達は安堵して盗聴を再開する。

 

『ミナサンは日向さんの事がお好きなのですか?』

 

 俺はその場で顔を打ち付け、質問の理解を行おうとする。

 

 あまりにもド直球すぎる質問に俺は赤面し、うずくまる。

 

『私は晶也さんの事が大好きです! も、もちろん男の人って意味ですよ!? 晶也さんはこんな私に一から空を飛ぶことを教えてくれた上に皆さんと出会うキッカケにもなりました』

 

『明日香大胆だね。あ、私も晶也のことは好きだよ。面白いし、かっこいいし......私をもう一度、空に連れていってくれたし』

 

『センパイは私に努力をする楽しさや私を見捨てないでくれました。本当に感謝してて......好きです』

 

『無理を言ってまで私にFCを教えてくれて、泣いているときも傍に居てくれた晶也さんが好きです』

 

 俺はみんなからの意外な回答に驚く。

 

 こんな何もない男のことを好きだと言ってくれて......感謝の気持ちしかない。

 

「? 何だか音が大きくなってませんか?」

 

『だそうですよ。盗聴魔の日向サン?』

 

「悠馬! ここは任せたぞ!」

 

「え!? 晶也さん!?」

 

 

 

 

 

 



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決闘

「どうして私を誘ってくれたの?」

 

「一木ならこの事は口外しないと思ったからだな。穂希は口を滑らせると思うし、桜花は発狂するし、鈴音はバカだから理解しないと思う」

 

「あはは......大変なんだね」

 

 俺達は晶也さんが逃亡したあと、二人で商店街の方まで買い物に来ていた。

 

 紫苑さんのスポーツショップにやって来ると見覚えのある男がみなもさんに対してナンパを仕掛けていたがその隣で紫苑さんが筋肉について叫んでいる奇妙な光景だった。

 

「お姉さん! 俺と付き合いませんか!」

 

「こ、困ります......」

 

「そこのフラれた君! 筋肉だぁ! 筋肉をつけるんだぁー!」

 

 俺はみなもさんを握っていた男の腕を振りほどくと男は俺を見て大声をあげる。

 

「お前は! 雪村悠馬!」

 

「お前は......小山!」

 

「高山だよ! 高山(たかやま)圭二(けいじ)だよ!」

 

 高山は自身の名前を訂正し、俺が掴んでいた部分を払うようにして汚れを落とす。

 

 高山は俺が高藤合宿の際に試合を行い、オーバーフローを発現させた相手だ。

 

「雪村悠馬! お前に決闘を申し込む!」

 

「みなもさん、大丈夫ですか?」

 

「うん......ありがとう」

 

「無視するな! そして、白瀬さんの手を掴むなー!」

 

 合宿の時にはクールな奴だと思っていたが案外ツッコミとかするタイプのやつなんだな。

 

 どうやら高山は俺のリベンジすべく、俺の事を探し回っていたのだが、みなもさんをナンパする暇があるということはそこまで真剣に探してはないのだろう。

 

 高山は俺に指を差し、高らかに宣言する。

 

「雪村! 俺はお前に三点差をつけて勝利してやる!」

 

「その前に飯でもどうだ? ましろうどんとかどうだ?」

 

「なるほどな。あの美人店主を口説き落とした方が勝ちと言いたいんだな」

 

 ......こいつ、バカなのか。

 

 □

 

「何で包丁が飛んでくるんだ! あの店!?」

 

「それはそうだよ。奥さんを口説き落とそうとするからだよ」

 

 高山は一木から渡された絆創膏を頬に貼っている。

 

 ましろうどんでの出来事は恐ろしかった。

 

 高山は真白さんにナンパを仕掛けるのかと思ったが人妻である牡丹さんに口説こうとしていた。

 

 それが大将の逆鱗に触れたのか、大将は包丁を研ぎ始め、高山目掛けて包丁を投げ飛ばしたのだ。

 

 ちなみに本日ましろうどんに二回目の来店だったが一木は軽々と4杯ぐらい完食していた。案外大食間なんだな。

 

「それよりも......雪村! 俺と勝負しろ!」

 

「別にいいけど、俺は前みたいに戦えないと思うぞ?」

 

「それでもだ! この俺のマイグラシュの「ブレイズ」で叩き潰し手やる!」

 

 □

 

「えっと、6対2で悠馬君の勝ちだね」

 

「くそー! 二回も敗北するなんて! もう一回だ!」

 

 決闘の結果、俺は高山に再び勝利し、高山の宣言以上の結果を残した。

 

 しかし、この戦いの中で俺は感じたことがあった。

 

 こいつは純粋にFCが好きなんだ。

 

 口や素行が少し悪いが、こいつは目の前の勝負に対して手を抜かず、敗北後もめげない。

 

「それよりも高山君は悠馬君に謝ることがあるんじゃないの? 試合中に久奈浜FC部の人たちを侮辱することを言ったんだから」

 

「......悪かった。あの時は俺も熱くなってて......本当にすいませんした!」

 

「誰にでも熱くなることはあるし、暴言の一つや二つ仕方ないと思うぞ。幸いにも本人たちには聞かれてないし」

 

 高山は照れくさそうに頭をかきながら、俺に指差す。

 

「今日は俺の敗けだ! だけど、次は夏の大会でお前をボコボコにしてやる!」

 

「ああ。楽しみにしてるよ、圭二」

 

「下の名前で呼ぶな! 気持ち悪い!」

 

「ところで、何で俺のことを睨んでたんだ? 面識とかなかっただろ?」

 

「俺はハーレム野郎が嫌いなんだよ」

 

 ハーレム野郎ってことは俺とは違うやつを見てたのか。

 

 

 

 



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決意。そして、告白

 俺は部室から逃亡し、海岸の砂浜に座り込む。

 

「......どうしたらいいんだよ」

 

 四人は俺のことを好きと言ってくれた。

 

 しかし、四人の内の一人と付き合って、他の三人の心を折るくらいなら誰とも付き合えない。

 

 卑怯だと言われてもいい。俺は......誰かを傷つけたくない。

 

「そうやってまた逃げるのか?」

 

 後ろから聞き覚えのある声がした。

 

 黒のドクロTシャツにショートパンツ。髪は以前よりも少し延びており学生時代の姿を彷彿させる。

 

 葵さんは俺の考えを見透かすようにそう答えた。

 

「葵さん......戻ってきたんですね」

 

「ああ。世界一にもなってきたし、少しばかり休養をな。それで誰を選ぶんだ?」

 

 葵さんは俺の隣に腰を下ろし、俺の頭撫でる。

 

 小さい頃、葵さんは俺が大会で優勝するとよく頭を撫でてくれた。

 

 当時の俺にはそれが嬉しくて、大会を優勝したら直ぐに葵さんのところに走っていった。

 

「こんなガキがいつの間にかハーレムとはな」

 

「ガキって言わないで下さいよ! もうすぐ30ですよ!」

 

「だったら、早く付き合って結婚しろ。隼人でさえ、私が世界へ連れ出したのに私が良いと言ってくれたぞ?」

 

 葵さんは八年前の大会直後に白瀬さんと結婚した。

 

 結婚式に関しては執り行わず、今までと変わらない選手生活を続けていた。

 

「晶也、私は無理にとは言わない。だが、お前の気持ちに嘘をついて苦しいのはお前だぞ」

 

「だけど俺なんかでいいんですか......」

 

「あいつらがお前を好きだと言ってくれたんだ。それに答えるのがお前の役目だ」

 

 心の中で曇っていた空が一瞬にして蒼空へと変わる。

 

 ああ。俺は本当にこの人に出会い、好きになってよかった。

 

 俺はもう自分の想いから逃げたりはしない。

 

「さてと、私は少しそこらを散歩するよ。夜になったら部室に来ておいてくれ」

 

 葵さんはその場から立ち去り、俺は電話をかける。

 

「もしもし? いまから会えないか?」

 

 □

 

「晶也さん? 何処ですか?」

 

「こっちだよ。明日香」

 

 俺は明日香を学校の屋上に呼び出した。

 

 この場所は俺がイリーナからの誘いを受けた時に明日香が俺を助けてくれた場所だ。

 

「あのさ、明日香。世界を回ってからどれくらい経った?」

 

「確か5年くらいです! 色んな人たちが居て楽しかったです!」

 

「明日香にナンパをする奴やセクハラまがいの事をしようとしたやつも居たけどな」

 

「でも晶也さんはいつでも助けてくれました。どんなに怖い人がいてもすぐに駆けつけてくれて私の手をぎゅって握ってくれた時は安心しました」

 

 明日香は笑顔で俺の方を見る。

 

 出会った当初は大声を出して鍵を探してる変な子だと思っていた。だけど、あの時に明日香と出会っていなかったら俺はここにいない。

 

 明日香がいたから今がある。明日香がいるからFCを続けられる。

 

「明日香」

 

「どうしたんですか?」

 

「俺は......明日香が好きだ」

 

 明日香はきょとんとしていたが次第に涙が流れ、ニコリと笑う。

 

 俺はこの子の隣で一緒に笑顔でいたい。そばにいて守ってあげたい。

 

「......10年も待たせてごめん。俺、明日香が支えてくれたからここにいる」

 

「......嬉しいです。晶也さんが私のことを好きだといってくれて......こうして手を握ってくれて」

 

「もう離さない。今度は明日香が辛くなったら俺が支える。ずっと一緒にいる」

 

「晶也さん......もう一度言ってくれませんか?」

 

「欲しがりだな......倉科明日香さん、俺とずっと一緒居てください」

 

「.......はい!」

 

「じゃあさ、目を閉じてくれないか?」

 

「こうですか......!」

 

 俺は明日香と口を重ねて、抱き合う。

 

 初めてのキスだと言うのに少し絡み合うような感じが恥ずかしかった。

 

「晶也さん......大好きです」

 

 空は俺たちを祝福するかのように蒼の彼方が広がっていた。

 

 □

 

「で? キスはどのくらい続いたんだ?」

 

「人のキス事情とか聞かないでくださいよ! それで用件って?」

 

「来週からの一週間。閑東で交流合宿があるんだが久奈浜からも二名だけ連れていけることになったんだが......雪村を連れてきてくれないか?」

 

「悠馬ですか? もしかして......オーバーフローと関係が?」

 

「今度の合宿、イリーナからの情報によるとオーバーフロー潜在者が来る。名前は......不知火(しらぬい)琥珀(こはく)

 

 

 

 



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キャラクター紹介⑤

高山 圭二

 

年齢 17

 

高藤学園のFC部所属。

クールな見た目に反してツッコミが得意であり、女性とナンパをこよなく愛する。

悠馬をライバル視しており、目が合えば決闘を申し込む。

FCにかける情熱は本物でその想いはどのスカイウォーカーにも負けない。

 

日向 晶也

 

久奈浜学院FC部顧問。

自身の気持ちに嘘をつこうとしたところを葵に指摘され、葛藤の結果、想い人の明日香にプロポーズし、交際を始める。

 

倉科 明日香

 

神田穂希のいとこ。

長年、好意を抱いていた晶也からのプロポーズを承諾し、交際を始める。

 

鳶沢 みさき

 

全国を転々としているスカイウォーカー。

同窓会の際に晶也にキスをしようとしたが直前で止まり、シトー君を押し付けた。

 

有坂 真白

 

うどん屋の娘。

自身の胸が成長しないことに悩んでいる。

 

市ノ瀬 莉佳

 

高藤学園FC部顧問。

圭二の努力を評価しており、レギュラー入りも検討している。

 

青柳 窓果

 

紫苑の妹。

兄が結婚できて自分ができないことに苦悩しており、花嫁修行を続けている。

 

佐藤院 麗子

 

佐藤院グループの副社長。

麗華は姉の子供であり、自身の影響で高飛車になっていることに気が付いていない。

 

青柳 紫苑

 

筋肉をこよなく愛する男。

妻のことを筋肉よりも愛しており、娘の愛海を大切にしているが煙たがられている。

 

乾 沙希

 

久奈浜学院FC部のコーチ。

麗子の背中流しがトラウマになっている。

 

イリーナ・アヴァロン

 

久奈浜学院FC部の特別講師。

密かに葵と連絡をとっており、不知火琥珀の情報を提供する。

 

真藤 一成

 

プロのスカイウォーカー。

葵とは頻繁に連絡をとっており、今回の葵の期間も彼によるもの。

 

各務 葵

 

FC界のレジェンドスカイウォーカー。

既に世界の頂点を制覇しており、現在は休養。

8年前に白瀬隼人と結婚しており、順風満帆な生活を送っている。

 

雪村 悠馬

 

主人公。

飛行能力も成長し、他校の選手とも渡り合えるようになる。

晶也の恋路を応援しており、相談にも乗っている。

 

一木 美空

 

ヒロイン。

晶也の恋愛相談に連れてこられた。

かなりの大食漢であり、一日にうどん五杯を食べられる。

 

不知火 琥珀

 

謎のスカイウォーカーであり、オーバーフロー潜在者。

葵とイリーナ、一成が調べた情報でも名前と容姿しか判明できなかった。

真っ赤に燃えるような髪に大きめな胸にスレンダーな体型。

一度に大勢のスカイウォーカーを圧倒的な力とオーバーフローを使用して完膚なきまで叩きのめすことがイリーナ映像で判明している。

次回の合同合宿で姿を現すようだが......




作者のハルノトです。

今回は晶也たちレジェンド組に焦点を当てました。
次回からは悠馬を主軸に物語を再び展開していきます。

次回予告 

もうすぐ始まる夏の大会。その前に高藤は棟京に交流合宿に呼ばれたんだけど......部長、どれくらい強くなってるのかな?

次回、蒼の彼方のフォーリズム ~nova~  第五話。

それはまるで終末のよう。

蒼の彼方に、何かが見える!


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第五話 それはまるで終末のよう
閑東へ


「わあー! 凄いよ! 大きいビルや猫ちゃんもいる!」

 

 フェリーと新幹線に乗り、数時間。

 

 俺と穂希、そして晶也さんと明日香さんは日本の首都である棟京(とうきょう)にやって来た。

 

 今回の目的は各学校での交流合宿。

 

 長年廃部となっていた久奈浜も晶也さんがいることに注目したのか、今年は召集がかけられたのだ。

 

 しかし、各校ごとに代表生徒は二名までとなっており、鈴音は軽く承諾してくれたが、桜花は駄々を捏ねていたが最終的には納得してくれた。

 

 穂希は閑東での初めての光景に興奮しており、目を輝かせていたが観光が目的ではない。忠犬わんころの石像前にいた穂希を連れ戻し、四人でホテルへ向かう準備をしていた。

 

「晶也さん、私の鍵見ませんでした?」

 

「これだろ? さっき落としてたよ」

 

「ありがとうございます! 晶也さんはやっぱり優しいです!」

 

「明日香......」

 

「晶也さん......」 

 

 また二人の世界に入り込んでしまった......

 

 先日、ようやく晶也さんは明日香さんに告白し、交際にまで発展した。それを知った桜花は灰のようになっていたが。

 

 それからというもの晶也さんと明日香さんは時折、目を合わせてはお互いに名前を呼び合う等といった展開に移行する。

 

「あれって何かのトレーニングかな? 私たちもやってみる?」

 

「いや、トレーニングじゃないだろ。晶也さん、先にホテルに向かいましょう」

 

「ほ、ホテルですか!? き、緊張します!」

 

 何と言うか......来年くらいには子供とか見れそうだな。

 

 □

 

「部屋割りだけど俺と悠馬が205で穂希と明日香が206で大丈夫か?」

 

「晶也先生たちは一緒じゃなくていいんですか?」

 

「穂希。俺とお前が一緒になったら、隣からベッドが揺れる音がするぞ」

 

「そんなことするわけないだろ! なあ、明日香」

 

「え、えっと......晶也さんがしたいなら......いいですよ」

 

 ......人の彼女なのに不覚にときめいてしまった。

 

 しかし、流石に年頃の男女を同じ部屋にするわけにはいかないと言うことで俺と晶也さんは205へと向かった。

 

 

「悠馬、オーバーフローで何か困っていることはないか?」

 

「そうですね......この前、高藤の高山圭二に決闘を申し込まれましたけど特に何もありませんでしたよ?」

 

「そうか。ならいいんだ」

 

 晶也さんは持ってきたノートパソコンで作業を始め、俺は少しの間だけ睡眠を取ることにした。

 

 キーボードが響く室内の中でも気にせず、俺は眠りにつく。

 

 

 



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お姉さま

「か、各務様~! もっとイジメて下さい!」

 

「コラコラ桜花君。各務さんが困ってるぞ?」

 

 ああー! まさか日向先生が交流合宿に向かってもこんなご褒美が待ってるなんて!

 

 私と鈴音先輩と愛海先輩は残された後、5日間だけ各務さんが久奈浜FC部の指導に来てくれた。

 

 交流合宿の最終日には閑東に戻らないといけないらしいがそれでも私にとってはご褒美だ。

 

「今日はこのくらいにしておこう。明日の九時にここに集合だ」

 

「はい! 分かりました!」

 

 各務さんは部室を去ったあと、私は更衣を行おうとしていると鈴音先輩に肩を叩かれる。

 

「どうしました?」

 

「このあと僕たちは青柳さんのスカイスポーツに向かう予定なんだ。桜花君もどうだい?」

 

「いいですね。私もお邪魔させてもらいます」

 

「よし! 桜花ちゃんが着替えたら行こうか!」

 

 □

 

「そういえば、私たちって一緒に出掛けるのって初めてですね」

 

「そうだね。だったら、雪村君たちがいない間に羨ましがることでもする?」

 

「なら、各務さんの言ってた「地獄のデスコース」という練習を僕たちだけでやろうか」

 

 この人は各務さんの恐ろしさをまだわかっていないようだ。

 

 30秒以内にブイをフィールドを一周出来なかったら永遠と続けさせられるメニューを楽しいと思うのだろうか?

 

 けど、各務さんにイジメられるなら光栄かもー!

 

 私たちがスカイスポーツに到着するとみなもさんがオレンジ髪の人物にナンパされていた。

 

 前に悠馬先輩がみなもさんがナンパされたのは聞いたけどやっぱりモテるんだな。

 

 オレンジ髪の人は私たちに気づくとこちらに歩み寄ってきた。

 

 後ろ姿だけでは気がつかなかったが顔立ちや胸の大きさから女性だと認識した。

 

「こんなところに迷える子羊が三人もいるとは......特に真ん中の白鳥のように美しい白髪の君.......私のものにならなきかい?」

 

 女性は私のアゴをくいっと上げる。

 

 ま、まさかこれが太古に伝わりし、アゴクイというやつですかー!? こんなのゆう......日向先生にされたら......

 

「だ、大丈夫かい? 何だか顔が溶けてるけど」

 

「あ、その子はこういう体質なんで気にしなくて大丈夫ですよ!」

 

「......君はもしや、四島水産の御剣(みつるぎ)杏奈(あんな)君だね」

 

「おや、私のことを知っているのか。流石は人名暗記が得意な久奈浜の生徒会長だね。改めて自己紹介をさせてもらうよ。私は御剣杏奈。四島水産FC部のキャプテンで部員からはお姉さまと呼ばれているよ」

 

 自分で自分のことをお姉さまと呼ばれているって紹介するのはこの人だけだろう。

 

 御剣さんは高笑いをしていると後ろから淡緑の髪色の女性が店に入ってきた。

 

「杏奈。こんなところにいたのね」

 

「我如古先生、少し時間をかけすぎました」

 

「いいのよ。あなたの好きなようにお買い物をしたらいいわ」

 

 我如古先生と名乗る方は御剣さんをアゴクイすると凄く色っぽく笑い、こちらはそんな雰囲気に飲み込まれそうになった。

 

 しかし、御剣さんは我如古先生の手を外させ、口元に指を当てる。

 

「先生。続きは虎魚さんと一緒に......」

 

「......そうね。それではお邪魔しました」

 

 ......私たちは何を見せられたんだろう。

 

 



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空を目指した話

「みなもさんはお兄さんがいらっしゃるんですよね?」

 

「は、はい......白野さんは?」

 

「私は一人っ子ですよ。まあ、近くにお兄ちゃんみたいな人はいるんですけどね」

 

「......雪村さんのことですか」

 

 みなもさんの指摘に私は動揺し、持っていたサンプルのグラシュを落としてしまった。

 

「だ、大丈夫......ですか?」

 

 声をかけられるが私は近くのイスに座り込み、溜め息をつく。

 

 また変なこと思い出しちゃった......

 

 みなもさんも私の隣に座り、心配そうな顔でこちらを気にしてくれるみなもさんに申し訳ないと思い、決意した。

 

「昔話を聞いてもらえますか? 私がFCを始めた理由の話」

 

 □

 

「ふらいんぐさーかす?」

 

「ああ! 昨日の試合とか凄かったんだぜ! まさかバランサーを外して空を飛ぶなんて凄いだろ!」

 

 私は悠馬にぃが言っていることが分からなかった。

 

 もうすぐ七歳の私はまだ単独飛行が出来ないから、グラシュを履いたことがない。

 

 お父さんやお母さんも海外出張でいないから、悠馬にぃ達が私の面倒を見てくれている。

 

 でも、つまんなかった。みんなが一人で空を飛んでるのに私だけが一人だけ下から見てるなんて面白くない。

 

 だから、私は悠馬にぃが買ってもらった新品のグラシュを勝手に借りて、空を飛んでみた。

 

 そしたら、制御不能になって森の中に墜落してしまった。

 

 グラシュも壊して、傷だらけのまま一人で泣いていると悠馬にぃが迎えに来てくれた。

 

 私は不思議でたまらなかった。

 

 どうして怒らないの? どうして私の場所が分かったの?

 

 そしたら、悠馬にぃは笑顔で答えてくれた。

 

「俺は桜花のお兄ちゃんだからな」 

 

 私はそんな悠馬にぃが好きになったんだ。

 

 雪夏さんは私たちのボロボロの姿を見て、とても心配していたが私が理由を説明するとおやつを一週間抜きにされてしまった。

 

 それから私が七歳になり、悠馬にぃは私に飛び方を教えてくれた。

 

 一人で飛べるようになったときは悠馬にぃも喜んでくれて嬉しかった。

 

「私も悠馬にぃと一緒にフライングサーカスやる!」

 

「おう! 俺も待ってるからな! もっと飛べるようになれよ!」

 

 それから一年後。私がFCを始めた頃には悠馬にぃは空を飛ぶのを辞めていた。

 

 私が何度理由を聞いても悠馬にぃは答えてくれず、それから疎遠になってしまった。

 

 私は今でも悠馬にぃがあのときにFCを辞めた理由が分からない。

 

 でも、FCに戻ってきてくれたときは本当に嬉しかったし、一緒にまた空を飛べることがとても嬉しかった。

 

 □

 

「すみません。長々と」

 

「い、いえ......雪村さんは......昔から白野さんのことを大切に思ってたんですね」

 

「本当にカッコいいですよ。今でもずっと......好き」

 

「......何か言いましたか?」

 

「何もないですよ!」



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私はいつまでFCを続けられるかな

「桜花ちゃん、買い物は終わった?」

 

「はい! じゃあ、帰りましょうか」

 

「......ちょっと、待ってくれないかな。桜花君、僕と試合してくれないかい?」

 

 私は鈴音先輩の申し出にビックリしてしまった。

 

 鈴音先輩は現在はマネージャーとして活動している。

 

 今の状態で飛んでしまえば直ぐに体力がなくなってしまい、視覚や体調にまで影響を与える可能性があると日向先生が言っていた。

 

「それは出来ないです。FCは今は禁止なんですよ」

 

「誰もFCとは言ってないじゃないか。あれだよ!」

 

 鈴音先輩が指差したのは最新機のクイズゲームだ。

 

「あの......無謀って言葉知ってますか」

 

「僕をなめてもらったら困るよ。生徒会長だよ? いざ尋常に勝負だ!」

 

 言われるがままに私は筐体の前に連れていかれてゲームが開始される。

 

 液晶に表示された問題文を愛海先輩が読み上げる。

 

「問題! 本能寺の変で死亡した武将といえば?」

 

 オダノノブナガ。日本の武将なのにこの人だけカタカナ表記の日本人のため覚えられないと言う人はいないだろう。

 

 私はパネルに答えを入力し、答えを提出すると鈴音先輩も自信満々に答えを提出する。

 

「えっと、桜花ちゃんがオダノノブナガで鈴音ちゃんが......スズキタカノブ?」

 

「僕はこの武将が大好きでね。僕はこの人の生きざまに惚れたんだ」

 

「......語るのは名前を覚えてからにしてください!」

 

 □

 

 結局ゲームの結果は私の圧勝で鈴音先輩は肩を落としていた。

 

「何が間違ってたんだ?」

 

「それに気づかないのが鈴音ちゃんのヤバいところだね。じゃあ、私はここで帰るね!」

 

 愛海先輩が停留所に降りていくと鈴音先輩は急停止してしまい、私がぶつかり、反発する。

 

「突然止まらないでくださいよ!」

 

「......今日の21時に海岸にフライングスーツで来てくれないかい?」

 

「駄目だって言ってるじゃないですか! 過度な運動は控えるようにお医者さんにも言われたんじゃないんですか!? FCも一生出来なくなるかもしれないですよ!」

 

「......じゃあ質問するよ......私はいつまでFCを続けられるかな?」

 

 鈴音先輩の顔つきが変化し、何かに絶望したような暗い顔になる。  

 

 一人称も僕から私へと変わっている。

 

「私は確かに体が弱いよ。FCは向いてないかもしれない......だからこそ私は一分一秒を全力で自分と戦うんだよ! 例え明日死んでも、悔いはない今日を過ごすために!」

 

「......分かりました。でも、手は抜きません。全力で先輩に勝ちます!」

 

 

 

 

 



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光速

 私は一足先に海岸に到着し、フィールドフライで体を暖めていると物凄い速さの物体がこちらに衝突してきた。

 

 物体が見知った顔だと認識するのに時間はかからなかった。

 

「鈴音先輩! そのグラシュは......」

 

「これはインベイドのバルムンクを元に青柳さんとみなもさんに最高のスピーダー調整をしてもらったグラシュだよ。名付けるなら......S(スピン)バルムンクだね」

 

「スピン......紡ぐって意味ですか。それでも何かが変わるって言うんですか?」

 

「それは勝負をしたら分かるよ。みなもさんには審判を頼んでいるんだ」

 

 鈴音先輩の後ろにはみなもさんがホイッスルを首から下げており、ファーストブイの近くでこちらの準備が完了するまで待機している。

 

 私たちはファーストブイにセットして目先のセカンドブイに狙いを定める。

 

 みなもさんのホイッスルと共に試合が始まる。

 

 その瞬間だった。横にいたはずの鈴音先輩は既にファーストラインの半分にまで到達していた。

 

「な!?」

 

「ぽ、ポイント荒蒔さん! 1対0」

 

「流石はバルムンクだね! 二点目もらうよ!」

 

 2ポイントを取られた時点で私はフォースラインにショートカットする。

 

 既に鈴音先輩はサードラインの半分に到達しており、私はサードラインで待ち構える。

 

 鈴音先輩は私とは違い、試合経験も少なく、FCを始めて四ヶ月だ。ドッグファイトで点数を稼ぐ!

 

 しかし、鈴音先輩は予想外の行動に移る。

 

 突然として、水面に近づくと蛇のような構えでこちらを狙っている。

 

「じゃあ、お目当てのドッグファイトだね! 行くよ!」

 

「うわぁ!?」

 

 鈴音先輩は私に衝突し、私は背中を晒しながら弾かれてしまった。

 

 衝撃の最中で私は鈴音先輩が繰り出した技を思い出した。

 

 コブラ、水面からの上昇に蛇のような構えで相手に衝突する技だ。

 

 晒された背中を狙うかのようにして鈴音先輩は私の背中にタッチする。

 

 4対0の差をつけられてしまい、更にタッチ後に鈴音先輩はファーストブイをタッチして5対0に広げられる。

 

「どうしてそんなに!? 先輩はFCを始めて4ヶ月ですよね!」

 

「言ってなかったっけ? 僕は人の名前を覚えるのは得意だし、好きなことを覚えるのも得意だよ」

 

 私は先輩のことを下に見ていた。

 

 病弱で視覚障がいを患っているから負けるはずがないと思っていた。

 

 でも、違った。あの人はいつか奪われるかもしれない時間で努力してきたんだ。

 

 それなのに私は何も知らなかった。

 

「そんなにFCが好きなんですね。だとしてもFC好きとしては負けられません!」

 

 セカンドラインで円を描くように旋回し、セカンドブイをタッチした先輩を待ち構える。

 

「バルムンクを止めることは出来ないよ!」

 

「いや、止めてみせます!」

 

 確かにスピーダーは最高速は速く、どのタイプでも追いつけない。

 

 でも、動きを殺してしまえばこちらのものだ!

 

 私は先輩に強くぶつかると、背後に回り、すかさずタッチを行う。これで6対1だ。

 

 先輩はサードブイに逃げようとするが私はそれを追いかける。

 

「ここで沈んで下さい!」

 

「うわあ!?」

 

 がら空きの背中に強くタッチし、スイシーダを行う。

 

 下方へ落ちていく先輩を確認すると私はサードブイをタッチ。6対3。フォースブイに逃げる。

 

 しかし、鈴音先輩は既にフォースラインで円を描いており、私は一度停止する。

 

 ここで逃げようとしても追い付かれてしまうのがオチだ。

 

 ......なら、あの方法でいくか。

 

 私はフォースブイを強く蹴り、反発を利用して加速する。

 

「! まさか、キリモミをしながらの回転飛行!?」

 

 キリモミとはドッグファイトの際に回転することで相手のタッチを防ぐ技だ。

 

 それを飛行中にやることで相手は反発を恐れながら突撃しなければならない。

 

「でも、正面ががら空きだよ!」

 

「確かにそうです! でもここからエアキックターンをしたらどうなると思います?」

 

 私は回転して足を蹴るようにして突撃する。

 

 エアキックターンの威力を利用しながら、反発し、鈴音先輩の背中を二連続でタッチする。

 

 6対4。すると、みなもさんがホイッスルを鳴らし、試合の終わりを告げた。

 

 □

 

「負けました! 悔しいです! まさか鈴音先輩の暗記能力がここまでとは! もっと勉強に使ってください!」

 

「それを言われたらぐうの音も出ないね。僕は自分の生きたいように生きてるだけ......だよ」

 

 鈴音先輩は咳き込み、顔色が青くなっていた。

 

 近くにいたみなもさんが水を差し出すが先輩は断った。

 

「大丈夫だよ。けど、今年は大会には出れないな。でも、僕は来年までに体力をつけて、誰にも負けないスカイウォーカーになるよ」

 

「......それはこちらの台詞です! 私は二年連続で誰にも負けないスカイウォーカーになります!」

 

「なら、来年にその席を頂くよ。楽しみにしておくんだね、桜花君」

 

「......青春......ですね」

 

 私たちは夜空の下で高らかに笑った。

 

 

 

 



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蒼の占領者

 ホテルでの仮眠を終えた俺たちは棟京から少し離れた場所にある海岸にやって来た。

 

 交流合宿の会場はこのFC専用の海岸となっており、フィールドフライを行っている選手たちが多くいた。

 

 俺と穂希がフライングスーツに着替えてる間に晶也さんと明日香さんの周りには人だかりが出来ており、俺たちは遠くで眺めていると肩を叩かれ、振り返ろうとすると頬を突かれた。

 

「引っ掛かったね。悠馬君」

 

「一木か! 交流合宿に来てたんだな」

 

「私だけじゃないよ。部長と彼も」

 

「おい! 一木さんとイチャイチャするな!」

 

 向こうの方から俺に怒りを向けたのは圭二だった。確か各地区の前年優勝校は三人まで連れてこれると説明書には書いてあったな。

 

 圭二は俺に指を差し、以前と同じように高らかに宣言する。

 

「雪村! 今日の試合、三点差でお前に勝利してやる!」

 

「やる気なところ悪いが今日はタイプごとに別れるからお前とは戦わないぞ」

 

 俺はオールラウンダーで圭二はファイター。今日はタイプごとの顔合わせもあり、俺と圭二が一緒に試合をすることはない。

 

「じゃあ、高山さんは私と一緒だね。頑張ろう!」

 

「フッ、神田さんに頼まれちゃしょうがないな。雪村! 最終日は空けておけよ!」

 

 圭二と穂希を見送りながら俺はオールラウンダーの練習場に一木と向かおうとする。

 

「君が雪村悠馬君か」

 

 聞き覚えのある声の方を振り返るとそこには俺よりも長身な女性が立っていた。

 

 一木は女性の存在に気づくと深く頭を下げており、俺はその正体に気がついた。

 

「二階堂菖蒲さんですね......高藤学園FC部部長の」

 

「僕のこと覚えてくれてたんだね。一木さんも元気そうで何よりだよ」

 

「二階堂部長も長期に渡る遠征お疲れ様です!」

 

 二階堂菖蒲。四島で彼女に敵う選手はおらず、去年の夏と秋の大会も大差をつけての勝利。全国大会も優勝を飾っており、ついた異名が蒼の占領者だ。

 

 俺にゾーンもといオーバーフローについての忠告をした人物でもある。

 

「この後の予定ではオールラウンダーは軽いミニゲームをやるみたいなんだ。雪村君、僕の相手をしてくれないかい?」

 

 ......え?

 

 □

 

「悠馬、俺も二階堂さんの試合は見たことはあるが必ず勝機はある」

 

 今回のミニゲームではセコンドはいない。晶也さんは試合前に俺に大まかな作戦内容と相手の対処法を伝えて、俺はファーストブイに向かう。

 

 オールラウンダー陣は最強のスカイウォーカーと無名の日向晶也の教え子という組み合わせに注目していた。

 

「よろしくお願いします」

 

「胸を貸す気でいくから覚悟しておいてね」

 

 圧倒的な余裕を見せる二階堂さんに俺は恐怖を感じながらもセットする。

 

 少しの静寂の後、ブザーが鳴り、俺と二階堂さんは同時に

 スタートする。

 

 しかし、向こうはバランサーオフ状態。いくらスピーダー寄りの調整をしていても敵わない。

 

 俺はショートカットを行い、セカンドラインで二階堂さんを待ち伏せる。

 

 ブイの反発を利用した二階堂さんの動きを見極めようとするが、シザーズ、デルタフォース、垂直エアキックターンを繰り出された俺は何もできず、5対0に差を広げられてしまった。

 

 どうにかして一点を取らないと......晶也さんの為にも!

 

 俺は二階堂さんを獲物を狙う猛獣のように睨み付ける。

 

 二階堂さんだけに集中して他の声援や風の音も一切聞こえない。

 

 俺はグラシュのスイッチを切り替えて、バランサーを解除する。

 

「それが君のゾーン......いや、オーバーフローか」

 

 ファーストラインの中央で待ち構える二階堂さんに俺はファーストブイの反発を使いながら近づいていく。

 

 二階堂さんがドッグファイトを仕掛けようとした瞬間に片足だけに力を集中して。片足だけのエアキックターンからのもう片方の足でのエアキックターンであるダブルバレットを発動する。

 

 確実に背後を取り、手を伸ばした瞬間に二階堂さんはキリモミを行い、反発が発生する。

 

 それと同時にブザーが鳴り、ミニゲームが終了した。

 

 □

 

「流石は蒼の占領者ですね。完敗です」

 

「いや、君の動きもよかったよ。片足のエアキックターンはどこを探しても君にしかできない......それに彼女と同じオーバーフローを持ってるしね」

 

 二階堂さんは更衣室に戻っていき、俺は自身の手のひらをじっと見つめる。

 

 確かに届いたはずの手を払い除けられた俺はFCの深さをまた学んだ。

 



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無数の火影

 交流合宿二日目。

 

 今日は全タイプでのフィールドフライとミニゲームというものだった。

 

 まあ、交流合宿というんだからお互い手の内を晒すなどはしたくないのだろう。

 

 俺がセカンドブイに向かってゆっくりと飛行していると背中に誰かの手が当たり、ポイントフィールドが展開される。

 

「うわあ!?」

 

「ご、ごめんなさい! ぶつかってしまいました!」

 

「いや、大丈夫ですよ。こういうことはたまにありますから」

 

「本当にすみません! 私は不知火(しらぬい)琥珀(こはく)といいます! これからよろしくお願いします!」

 

 不知火さんはペコペコと頭を下げている。カツアゲとかされたら直ぐにお金出しそうなタイプだな。

 

 けど......どこかで見たことあるような。

 

 話を聞こうとしたが近くにいた他校の先生に前進するように言われてしまい、不知火さんとは離れてしまった。

 

「悠馬君の知り合い? けど、私も見たことある気がする」

 

「穂希も見たことあるのか」

 

 ......何だろう。不知火さんから感じる少しながらの恐怖は。

 

 俺はそれに怯えながらフィールドフライを続けた。

 

 □

 

「いただきまーす! お腹空いたー!」

 

「神田さん、ゆっくり食べないと駄目だよ」

 

「よく食べる女の子って奴は可愛いよな」

 

「なら、よく食べない女の子は可愛くないってことか?」

 

「おい、ぶん殴るぞ」

 

 圭二にフォークを向けられながらも俺たちは食堂で食事を取る。

 

 俺たちは昼食時間ギリギリで食堂にやって来たため、俺たち以外の選手は数人程度しかいなかった。

 

「圭二はどう思った? 不知火さんのこと」

 

「可愛らしい女の子じゃないか。気の弱そうなところとか更にプラスだな」

 

「オーケーお前に聞いた俺がバカだった」

 

 しかし、一木や穂希に聞いても「可愛い女の子」という感想しか出てこなかった。やっぱり俺の勘違いだろうか?

 

 食器を片付けて俺たちは海岸へ戻ろうとすると入り口の方で何やら揉め事が発生していた。

 

「ちょっと! どうしてくれるのよ!」

 

「ご、ごめんなさい......私のせいで」

 

「もういい。そのかわり、午後のミニゲームでボコボコにさせてもらうわ」

 

 どうやら不知火が飲み物を相手のフライングスーツにかけてしまったそうだ。

 

 別にそこまで支障はないんだが、余程気に入らなかったのだろう。

 

「午後のミニゲーム......雪村! 俺と勝負しろ!」

 

「今日は俺にミニゲームの予定はない」

 

 □

 

「はぁはぁ......何なんだよ!」

 

「待ってくださいー!」

 

 ......なんだよこれ。

 

 午後のミニゲームの最終試合。

 

 不知火さんと奏奈川(かながわ)の選手の試合が始まった。

 

 スピーダーの不知火さんが圧倒的なスピードで試合を支配するかと思いきや、彼女はドッグファイトを仕掛けた。

 

 しかも、相手はファイターだ。

 

 

 それなのに不知火さんは楽しそうにおもちゃを壊すようにして相手選手を追いかけている。

 

 スコアはこの時点で35対0。

 

 俺が見ているのは......FCなのか。

 

 そして、俺は試合終了のホーンと同時に彼女の正体を思い出す。

 

 俺がましろうどんでイリーナさんに見せてもらった映像の選手と不知火さんの動きは驚くほどに一致していた。

 

 あれがオーバーフロー......不知火琥珀。

 

 

 

 

 

 

 



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決闘、そして。

 交流合宿最終日......なのだが、俺はグラシュで海岸まで全速力で飛ばしている。

 

 ホテルに忘れ物をしてしまい、探してるうちに集合時間ギリギリとなってしまった。

 

 海岸が見え、俺は急いで降りようとするあまり、着地に失敗してしまい、コンクリートに激突してしまう。

 

 何かが割れる音が聞こえたが身体には以上はなく、確認を終えて、砂浜に向かう。

 

「悠馬......何でそんなボロボロなんだ?」

 

「ちょっと不手際で。それよりも今日の試合は?」

 

「わ、私としませんか?」

 

 俺の背後からおどおどした声が聞こえたが正体は誰なのか分かっていた。

 

 不知火琥珀。先日のミニゲームにて圧倒的な実力でここにいる全員を恐怖で飲み込んだ少女だ。

 

 話を聞くと晶也さんは断っている最中だとのことだ。

 

 でも、俺は試してみたい。極限まで集中を高めた相手に俺がどこまで戦えるのか。

 

「晶也さん、俺からもお願いします!」

 

「......分かった。不知火さん、30分後に開始で大丈夫かな」

 

「はい! よ、よろしくお願いします!」

 

 不知火さんは笑顔で俺たちから離れていったが晶也さんは俺のおでこにチョップをする。

 

「な、何するんですか!」

 

「前の試合を見ただろう! 不知火琥珀は異常だ! 葵さんからの情報によるとオーバーフロー潜在者だって」

 

「知ってますよ。けど、経験を積むのだって大事じゃないですか! もういいですよ! セコンドは穂希にお願いします」

 

「おい! 悠馬!」

 

 晶也さんは俺を呼び止めようとするが俺は穂希にセコンドをするように頼みにいく。

 

 そして、試合の時間が近づき、俺はフィールドフライを始めようとすると背中をタッチされ、俺は海の方に飛ばされる。

 

「顧問の言うことは聞いておいた方がいいぞ」

 

「各務葵さん......そっか、晶也さんの言ってた葵さんってあなたでしたか」

 

「どうして不知火琥珀と戦いたいんだ?」

 

「......あいつは俺を呼んでいる。そんな気がするんです」

 

「そうか。なら、私は忠告はしない。けどな、お前は何かを失うかも知れないぞ」

 

 ......失うものなんか俺にあるんだろうか。

 

 何だか今日は変だ。

 

 俺が俺じゃないみたいだ。本当なら晶也さんにセコンドをしてほしいのに何故か目先の相手に集中してしまう。

 

 各務さんの言っていることさえ雑音にさえ感じてしまった。

 

 俺は各務さんから離れるようにファーストブイへ向かう。

 

「悠馬君、聞こえてる? あれ? 悠馬君?」

 

 イヤホンから誰かの声が聞こえてくるが俺は気にしなかった。

 

 ホーンが鳴り、試合が始まる。

 

 俺は目の前のブイ目掛けて飛んでいく。タイプなんかは気にしない。

 

 ただ横にいる相手に圧倒的な差で勝利したかった。

 

「楽しいね! もっと飛ぼうよ!」

 

「直ぐに終わらせてやる」

 

 俺はあいつのドッグファイトの誘いに乗せられて背中の奪い合いを始める。

 

 点を取り、取られてを繰り返し、横目にスコアを確認すると6対7でリードされていた。

 

 もっと早く、強く、徹底的に......壊す壊す壊す壊す壊す壊す。

 

 

 

 

「悠馬君! 話を聞いてよ!」

 

「......え? 俺って確かホテルから飛んでる途中じゃ......」

 

「覚えてないの? 悠馬君が不知火さんに試合を申し込んだんだよ?」

 

 俺は何で不知火さんと戦っているんだ?

 

 状況を整理しようとしてると不知火さんがこちらに近づき、声を掛けてくる。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「えっと......はい」

 

「悠馬君、晶也先生が降りてきてほしいだって」

 

「分かった。すぐに」

 

 俺が砂浜に向かおうとしたときだった。

 

 履いていた白燕の羽が消え、俺は海へと落ちていく。

 

「悠馬君!」

 

 イヤホンから穂希の声が聞こえたと同時に俺は海へと落下し、意識を失った。

 

 □

 

「お父さん行かないでよ!」

 

「離せ! もうお前は息子じゃないんだ!」

 

 俺は小さい頃、家を出ていった父の事を思い出した。

 

 飛び立った直後に俺は父にしがみつき、必死になって父を止めようとした。

 

 そしたら、父は俺を無理矢理引き剥がし、俺は海に落下。

 

 フラッシュバックというものはこういうことなのだろうか。

 

 そして、俺の視界を徐々に闇が覆っていき、司会が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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キャラクター紹介⑥

二階堂 菖蒲

 

年齢18

 

高藤学園の部長にして当代最強のスカイウォーカー。

飛行スタイルはスピーダー寄りのオールラウンダー。

悠馬との試合でその実力を遺憾なく発揮し、勝利する。

グラシュはインベイドのミョルニル。

 

不知火 琥珀

 

年齢17

 

オーバーフロー潜在者のスピーダー。

普段は気弱な性格をしているが試合になるとオーバーフローを発動し、対戦相手を完膚なきまで痛め付ける。

悠馬との試合中に普段の状態に戻っていることからオーバーフローを制御できる模様。

グラシュはアヴァロンのデストロイ。

 

御劔 杏奈

 

年齢 17

 

四島水産FC部の部長であり部員たちのお姉さま。

飛行スタイルはガチガチのファイターであり、前年度の大会で二階堂を本気にさせた唯一の人物。

顧問の我如古とコーチの虎魚とはただならぬ関係...ではなく、よくFCについての討論会を行う。

グラシュはインベイドのオペラ。

 

雪村 悠馬

 

主人公。オーバーフロー潜在者。

海岸道中のことは一切覚えておらず、不知火とのFCに挑む。

試合終了後に海岸着陸後に破損した白燕が故障し、高所から海に落下し、意識不明。

 

神田 穂希

 

悠馬と共に交流合宿に参加。 

最終日に悠馬の異変に気付き、呼び掛けることによって正気を取り戻させた。

 

一木 美空

  

高藤学園代表として合宿に参加。

二階堂の更なる進化に圧巻される。

 

荒蒔 鈴音

 

マネージャーとして活躍していたが桜花に決闘を申し込む。

その際にはグラシュを紫苑とみなもが限界までスピーダー用に調節したSバルムンクにチェンジする。

今年の大会参加を諦めており、来年までに復帰すると誓う。

 

白野 桜花

 

鈴音との決闘の際に鈴音の覚悟を知り、全力を出し尽くしたが敗北。

 

青柳 愛海

 

久奈浜FC部のマネージャー。

遠征中は仕事も少なくなり、桜花たちを気分転換に遊びに誘ったりしている。

 

高山 圭二 

 

高藤学園代表として合宿に参加。

悠馬をライバル視するが雑な扱いをされる。

悠馬が海へ落下した際にはいち早く、悠馬の元に向かった。

 

日向 晶也

 

悠馬と穂希をサポートするが悠馬の異変に気付けず、試合をさせてしまった。

葵から不知火の情報を聞いており、警戒心が強くなっている。

 

倉科 明日香  

 

最終日は家の都合で一足先に四島に戻り、晶也たちの帰りを待っている。

 

各務 葵

 

世界チャンピオン。

顧問となった晶也を見守っており、背中を押したりもする。

悠馬に警告を促すが試合前の悠馬には届いていなかった。

不知火については以前から真藤とイリーナと調査しており、晶也にも連絡していた。

 

 

 

 

 

 

 

 




作者のハルノトです。

蒼の彼方のフォーリズム ~Sileo~は次回で最終章となります。

急なお知らせではありますが最後までお付き合いの方よろしくお願いします。

悠馬の過去、不知火との決着などはしっかりと書ききるつもりです。

今後ともよろしくお願いします。

次回予告

......飛びたいと思っても飛べない。

体が飛ぶことを拒否している。

なのに、何でみんな俺を助けようとしてくれるんだ。

俺は......もう飛べないのに。

蒼の彼方のフォーリズム ~nova~ 第六話

「彼方の向こうへ」



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第六話 彼方の向こうへ
折れた翼


「よし! 今日はここまで!」

 

「晶也先生、悠馬君は?」

 

「まだ目覚めない。この後、病院に行くんだけど穂希も来るか?」

 

「はい」

 

 □

 

 ......誰かがそこで眠っている。

 

 俺の手を力強く握ってくれていて、目から涙が流れている。

 

「......お......うか......?」

 

「......ゆ、悠馬にぃ! だ、誰か! 誰かー!」

 

 桜花は俺の手をそっと置き、病室を飛び出していった。それと入れ違いに晶也さんと穂希が病室にやって来た。

 

 穂希は俺の顔を見るや否や俺の体に飛び付き、泣き始めるが寝起きの人間に乗るのはやめてほしい。

 

 晶也さんは笑顔で俺が目覚めたのを喜んでくれたが、俺は晶也さんの顔を見ることができなかった。

 

 目覚めたときに海岸での晶也さんとのやり取りを思いだし、俺は晶也さんに反論したことに後ろめたさが残っている。

 

「......すいません。俺、晶也さんが止めてくれたのに自分勝手なことを」

 

「いや、あそこで不知火やグラシュの整備ミスをした俺の責任だ。ごめん」

 

 ......そんな顔をさせたくなかった。

 

 俺はこの人に笑顔でいてほしかったのに俺の身勝手な行動で笑顔を奪ってしまった。

 

「やあやあ雪村君。君が寝ている3ヶ月のことは聞いたかな?」

 

「森永先生......って3ヶ月!?」

 

 晶也さんは俺が眠っている間のことを順に説明してくれた。

 

 俺が海に落ちたあと、圭二が浜辺まで俺のことを運んでくれたとのことだ。

 

 全身打撲以外の大きな外傷は見られず、大きな手術もしなかったことが奇跡とのことだ。

 

 夏の大会は二階堂さん、秋の大会は初参加の不知火が優勝を果たし、俺が眠っている間は久奈浜FC部は大会などにも参加しなかったそうだ。

 

「悠馬君、また一緒に飛べるね! 退院したらドッグファイトに付き合ってもらうよ!」

 

「......ああ」

 

 □

 

 一週間後、俺は軽いリハビリを終えて学校に通えるようになった。

 

 クラスの友人たちも俺の退院を祝ってくれた。愛海が退院祝いのパーティーを計画してくれたことでその日の授業は一日中パーティーとなったが大丈夫なのだろうか?

 

 そして、放課後。

 

「悠馬ー! お帰りー!」

 

「まさか、鈴音に祝われるなんて......頭でも打ったのか?」

 

「そろそろぶつよ?」

 

 けど、俺の為に祝ってくれるのは嬉しい......こんなに迷惑をかけたのにな。

 

 晶也さんがやって来て、今後の方針について決めていた。

 

 来年の夏の大会に向けてのスケジュールがびっしりと記載されており穂希たちは不満を漏らしていたが俺からしたら大歓迎だ。

 

 早速、海岸に向かい、グラシュに履き替える。

 

 俺の白燕は不知火との試合で破損してしまい、しばらくの間は倉庫で眠っていた凡庸のグラシュを使用する。

 

「悠馬君! 最初はセカンドラインでのドッグファイ卜だよ!」

 

 穂希がセカンドラインから叫ぶ声に反応するように手を上げて、俺は飛び立とうとする。

 

 しかし、俺はFLYと叫ぶことができない......それどころか踵を上げることさえ出来なかった。

 

 俺は地面に膝をつき、みんなが俺の周りに集まる。

 

「悠馬......飛べないのか?」

 

「と、飛べますよ。」

 

 でも、体は震え、俺は何も叫べない。

 

 俺はこの日、飛ぶための羽を失ってしまった。

 

 



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蒼の彼方にさよなら

 辺りは一段と寒くなる11月。

 

 俺はいまだに飛ぶことができなかった。

 

「おはよー悠馬君! 今日は提出物出してよね!」

 

「......悪い、まだ出来てないんだ」

 

「もう! 二学期の成績も危ないんだから気を付けないよ!」

 

 愛海は俺のことを心配して言ってくれてるんだろうが今の俺は空を再び飛ぶことしか考えられない。

 

 授業にも手がつかずこの前の小テストも赤点ギリギリだった。

 

 自分の机に到着し、俺は灰色雲が浮かぶ空を見上げた。

 

 そういえば、今日は雨が降るそうだな。

 

 □

 

 放課後になり、俺は森永先生の元へ向かう。

 

 リハビリも担当していることを考えるとこの先生は何でもできる医者なんだな。

 

「よし。特に不自由なことはないね。リハビリは今日で終わりだよ」

 

「ありがとうございました。それじゃあ」

 

「......まだFCを続けるのかい?」

 

 森永先生の問いかけに俺は答えることができなかった。

 

 病院を後にした俺は海岸の方で赤色のコントレイルがブイの周りを飛んでいる。

 

 今日は部活は休みだと言っていたので恐らく穂希が自主練習でもしているのだろう。

 

 俺は穂希にリハビリ終了の報告をするために海岸へと向かうことにした。

 

 □

 

「あれ? 悠馬君! 今日は休みだよ?」

 

「いや、リハビリが今日で終わってな。その報告だよ」

 

「良かったね! じゃあ、明日からまたFCの練習だね!」

 

 ......やめろ。そんな笑顔で見ないでくれ。

 

 穂希は笑顔で俺を歓迎してくれたが今の俺にそんな顔で話しかけないでくれ。

 

 森永先生の問いかけに今なら答えられる。

 

 今の俺はFCどころか空を飛ぶことさえできない。

 

 昔、海に落下したことで俺は一度空を飛べなくなってしまった。

 

 そして、不知火との試合で二度目。予想以上のトラウマが俺にこびりついてしまったのだろう。

 

「悠馬君? どうしたの?」

 

「......俺、FCを辞めようと思うんだ」

 

「ど、どうして! 晶也先生のようになりたいって言ってくれたよね! 一緒にあんな風に飛べるスカイウォーカーを目指そうよ!」

 

「もう嫌なんだよ! そうやって何も知らないのに簡単には飛べるとか言うなよ! 怖いんだよ! また不知火のような奴と試合するのが......」

 

「なら私が全力でサポートするよ! 悠馬君が飛べるようになるまで!」

 

 ありがとう。俺のためにそういう風に言ってくれて。

 

 でも、もう無理なんだ。何を言われても空を飛びたいと思わない。

 

 やがて雨が降り始め、青い空は灰色に覆われ、見えなくなってしまった。

 

「じゃあな。晶也さんによろしく言っておいてくれ」

 

「悠馬君! ......私、ずっと待ってるよ! 悠馬君がまた空を飛ぶの!」

 

 穂希の叫びが海岸中に響く中、俺は海岸を去った。



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FCを辞めた理由

 

「雪夏さん、悠馬にぃはいますか?」

 

 

 

「ごめんね、桜花ちゃん。悠馬は今は誰とも会いたくないって言ってて......」

 

 

 

「そうですか......あれ、あなたは......」

 

 

 

 □

 

 

 

 目の前に映るのは自室の少し汚れた白い天井。

 

 

 

 窓の外には青い空が見えるが俺の伸ばした手はもう届かない。

 

 

 

 穂希を罵倒し、FCが怖くなった俺は学校にも行けなくなり、部屋に閉じ籠るようになった。母さん以外と最後に話したのは一週間前のことだ。

 

 

 

 ボロボロになった白燕を押し入れにしまい、FCに関係するものは全て部屋の隅に封じ込めた。

 

 窓の外を覗くと桜花が俺の部屋を見上げ、自宅へ帰ろうとする姿を見送る。

 

 

 

 すると、太陽を遮るような黒い影が視界に入り、俺は視線を向けると女の子が部屋の窓に突撃しようとしていた。

 

 

 

 俺は急いで窓から離れると同時にガラスが勢いよく割れ、一人の少女が俺の部屋に侵入してきた。

 

 

 

「久しぶりだね、悠馬君。神田さんや白野さんに聞いて飛んできたよ」

 

 

 

「その前に人んちの窓ガラス割るのを謝ってくれ」

 

 

 

「お母さんからは許可も取ってるし、大丈夫だよ」

 

 

 

 おい、母親そこは止めろよ。

 

 

 

 しかし、それほどまでに母さんに心配をかけてるのかもしれない。

 

 

 

 部屋の掃除を行い、俺は一木をクッションの上に座らせる。

 

 

 

 何気に女子を部屋にあげるのは初めてだが、そんなトキメキも今の俺には何の意味もない。

 

 

 

 一木は辺りを見回し、何かを見つけたのか地べたに落ちていた一つの雑誌を手に取る。

 

 

 

「これって日向先生のインタビュー本?」

 

 

 

「FCを始めた頃に買ってもらったもの。晶也さんは俺の憧れだったから」

 

 

 

 この頃に晶也さんは休止していたはずのFCに復帰し、各大会の優勝をかっさらったのを見て、俺はこの人のように飛びたいと思った。

 

 

 

 その矢先に父さんは家を出ていき、俺は海に落とされた。

 

 

 

 それから高所恐怖症になり、俺はFCを辞めた。

 

 

 

「悠馬君はどうしてFCを一回辞めたの?」

 

 

 

「同い年の女の子にボコボコにされたからだよ。確か11対0だった気がするよ。まあ、それは高所恐怖症のせいもあるし、相手は悪くないよ」

 

 

 

「......それって四島FCジュニアのビギナークラスの大会で対戦相手の女の子は私と同じ髪色だった?」

 

 

 

「......やっぱりか。薄々気がついてたよ。一木だったんだな」

 

 

 

 一木美空。どこかで聞いたことがあると思ったが俺の初めて大会の対戦相手だ。

 

 

 

 綺麗な飛び方で綺麗な技を繰り出して負けたのを今も覚えている。

 

 

 

 実際に合宿の時にも一木は俺を誰かに似ていると発言していたことから辻褄も合う。

 

 

 

「......ごめん。私、とんでもないことをした」

 

 

 

「一木は悪くないよ。俺のメンタルが弱かっただけだ」

 

 

 

 そうだ。一木はなにも悪くない。

 

 

 

 俺がただ目の前の結果を受け入れたくなくて空から背を向けただけだ。

 

 

 

「その責任を取りたい。だから、もう一度飛んでほしい」

 

 

 

「......俺はもう空から逃げた。空はもう俺を受け入れてくれないよ」

 

 

 

「だったら私が受け入れる。今すぐじゃなくていい」

 

 

 

 一木は手を差し伸べてくれるが俺はそれをつかむ勇気がなかった。

 

 

 

「......明日、よかったら高藤の練習に来てくれないかな? 市ノ瀬先生には話つけておくよ」

 

 

 

 一木は窓から飛び立ち、俺はその姿を見送ることしか出来なかった。



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好敵手として

「雪村君、待ってたよ。晶也さんや一木さんから話は聞いてるよ」

 

「すみません、ご迷惑をおかけして......」

 

「大丈夫。私も昔は久奈浜の皆さんにはお世話になったからね。お互い様だよ」

 

 翌日、俺は一木に言われた通りに高藤学園に足を運んでいた。

 

 グラシュが使えないから久奈島からフェリーで移動してきたため、少し疲れたが仕方ない。

 

 時刻は11時。久奈浜なら練習を切り上げる時間帯に入るが流石は高藤学園。二部構成で練習に励んでいる姿が校門からも伺える。

 

 市ノ瀬さんは俺を海岸へと案内するが俺が今日来た理由は二つある。

 

 一つ目は一木の誘いを無下にも出来ず、時間も空いていたからだ。

 

 所謂、社交辞令というものに近い。

 

 二つ目の理由は俺がもっとも重要としていることだ。

 

 穂希の成長を見たくないからだ。

 

 俺は穂希との一件で空を飛ぶことが余計に怖くなってしまった。

 

 穂希はましろうどんでバードケージを使った試合を見たときに俺には理解できない何かを感じていた。

 

 あの日、穂希の動きを遠くで観察してみるとバードケージの動きとほとんど一致していた。

 

 バードケージは乾さんが穂希に教えていないのにアイツは見ただけでほぼ会得したのだ。

 

 そんなアイツを見ているだけで怖い。

 

 もしも一木が「久奈浜で練習しよう!」なんて言っていたら俺は絶対断っていた。

 

 今の穂希は俺にとっては悪魔のようにしか見えなかった。

 

「雪村! 高藤に殴り込みとはいい度胸だな! よし、勝負だ!」

 

 ......高藤で一番会いたくないやつに出会ってしまった。

 

 圭二は上空から俺を指差し、先程から何か叫んでいるが俺は気にせず砂浜に向かった。

 

 圭二は下降してきて俺たちに近づく。

 

「おい!? いつもなら軽く流してるだろ!」

 

「俺はほとんど部外者だからな」

 

「高山君......雪村君は......」

 

「大丈夫ですよ、市ノ瀬さん。俺が言います。俺、FC辞めたんだよ」

 

 圭二の顔は徐々に変化していき、眉間に少しシワが寄っていた。

 

「何でだ」

 

「......怖いからだよ。不知火とのFCで俺は空が怖くなってしまったんだ。限界なんだよ」

 

 その瞬間、圭二は俺の頬を力強く殴った。

 

 砂浜に倒れ込んだ俺を圭二は馬乗りになりながら、胸ぐらを掴む。

 

「お前はそんなことでFCを辞めるのか」

 

「そんなことって......十分な理由だろ」

 

「一度怖くなったくらいで見ないのかよ。一度諦めたくらいで見えなくなるのかよ。なら、俺の後ろにある景色はなんなんだよ!」

 

 俺は視線を圭二の背後に向け、蒼く、どこまでも広がる空を眺める。

 

「......殴って悪かった。だが、俺はお前を......」

 

 圭二は何かを言おうとしたが口を閉じ、練習に戻っていった。

 

 ......殴られるってこんなにも痛いんだな。

 

 

 

 



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伸ばされた手

 二学期も終わり、季節は冬へと移り変わる。

 

 この時期はFCはオフシーズンであり、どの学園も毎日練習と言うわけでもなく、その証拠にいつもの海岸には久奈浜FC部の姿は見当たらない。

 

 圭二との一件から俺はFCに触れることはなく、脱け殻のような学園生活を送っていた。

 

 誰にも話しかけられることはなく、虚無と化した日常に退屈を感じた俺は何を血迷ったのか海岸へと足を運んでいた。

 

 潮風が冷たくはあるがそれが気持ちいいとも言える。

 

 海の波打つ音が聴きながら、空に浮かぶ反重力の物体を眺める。

 

 以前は確かに触れられていたもの。手を伸ばせば反発によって少し弾かれたが今の俺が手を伸ばしても空を切った。

 

 ――飛びたいな。

 

 偶然にも履いている靴はグラシュの機能が備わっており、まるで今すぐに飛べと言わんばかりのシチュエーションであった。

 

 俺は小さく起動コードを呟き、目眩と吐き気に襲われながらも懐かしの景色へと近づく。

 

 フィールドに到着すると視界は先ほどよりも歪み、セカンドブイが三日月のような形をしているように見えた。

 

 ヨロヨロと立つことを覚えた赤子のようにセカンドブイへと飛行する。

 

 しかし、そこで視界はぐにゃりと歪み、俺は青い海へと墜落する。

 

 大きな音を立てて、水しぶきが上がる。光に照らされた水面に浮かぶ異物は全く海には似合わないだろう。

 

 仰向けになり、海に浮かびながら蒼の彼方を見つめる。

 

 先程通った後なのか、飛行機雲は鮮明に残っており飛行機雲を指でなぞるようにして航路を予想する。

 

 終わりない彼方を飛行する乗り物。FCを始める前に俺はそれに憧れた。

 

 蒼の彼方の我が物に飛行するその物体はまさに人々にとって夢であり希望だった。

 

 バチャ! 腕を下ろすと水が大きな音を立てる。下ろした腕は重りがついたように重くなり再び上がることはないだろう。

 

 そろそろ陸に戻ろうとしたとき、眩い光を遮断するかのように太陽から降りてくる人影に注目する。

 

 逆光となっているせいで接近する者の正体を認識できず、身構えながらも俺はそれを待つ。

 

 しかし、おかしい。既にそれは目の前に居るはずなのに視界はぼやけ、正体をつかめない。しかし、認識できない理由はすぐに理解した。

 

 ――嗚呼。俺、泣いてるんだ。

 

 差し伸ばされた手は華奢であり掴んだら折れてしまいそうなほど細かった。そんな腕が今はどんなものよりも心強かった。

 

 俺は手を掴むと頭の中が逆再生されるかのように記憶が遡っていく。

 

 

 

 

 海に落ちた。

 

 水面に打ち付けたせいか全身に打撲を負ったように身体が動かない。

 

 父さん………だった人が一瞬、俺と目を合わせ、空港の方へと飛び去った。

 

 助けに来てくれるのではないかと思ったがその期待はしなかった。あの人が戻ってくることはなく俺は負傷しながら海に浮かぶ。

 

 目を閉じ、死という恐怖に怯えていると何処からか声が聞こえてくる。

 

 目を開けるとそこにいたのは女の子だった。長い赤髪に赤い双眸はこの辺りでは見かけなかったため、少し魅了された。

 

 少女は笑顔で俺に手を差し出す。

 

 伸ばされた腕を手に取り俺は海を抜け出すと彼女はこういった。

 

『こんなところで寝てたら風邪引くよ?』

 

 

 

「悠馬君? どうしたの?」

 

 すっとんきょうな声音に赤い髪。赤き双眸。

 

 あの時、保健室で彼女に魅了された理由が氷解した。

 

 神田穂希。俺はまたしても彼女に助けられてしまったのだ。

 

「……また、お前に助けられたな」

 

「? 何のこと?」

 

「いや、何でもない。ただ、お前がいなかったら俺はFCを始めていなかったしここにもいなかった。本当にありがとうな」

 

 穂希は首をかしげる。FCを辞めたやつに変なお礼をされたのだ無理もないだろう。

 

 砂浜に戻り、穂希とペアリングを解除する。

 

「悠馬君……私と勝負しよ? 試合時間は5分。私が勝ったら部活に戻ってきて。負けたら私はこれ以上何も言わない」

 

 ……断る理由はなかった。だって、俺もそうしようと思ったからだ。

 

「もちろん。だが、負けてももう一回なんてなしだぞ?」

 

「分かってるよ。だって、今の私は負ける気がしないもん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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