幻想郷の少女を曇らせ隊 (ゆでたまごやき)
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霧雨魔理沙の場合
昼間にも関わらず光が殆ど差し込まない鬱蒼な森の中に古びた小屋が佇んでいた。外観は所々新しい修繕の跡が見えるので恐らく人が住んでいるのだろう。実際に、中から小さな物音が鳴り響き続けている。
この小屋は数年前までは空き家であったが、ある日を境に人が住み着いてしまった。元々、瘴気が辺り一帯に蔓延する魔法の森に好んで住み着く人間はおらず、その出来事自体知るものは殆ど居ない。
だからこそ、彼のことを知っているのはほんの一握りの人物だけだった。
音もなく古びた小屋の前に現れたのは、まさに魔女のような黒白の衣服に身を包んだ少女であった。月の光を溶かし込んだかのような鮮やかな金髪を風に靡かせ、ホウキにまたがって宙を駆ける姿は一筋の流れ星のようである。
「おーい、いるかー?」
少女は無遠慮に扉を叩いて声を上げると、間も無くして扉が開き中から出てきたのは青い着流しに身を包んだ薄い水色の髪をした青年だった。物腰柔らかな態度に、朗らかな表情を浮かべている。
「あぁ、魔理沙さんですか。 どうされましたか?」
特別驚いた様子もなく、落ち着いた口調で青年は魔理沙と呼んだ少女にそう言った。
「紅魔館で借りてきた本の内容で分からない所があってさ、聞きにきたんだけど今大丈夫か?」
「魔術なんて私には分かりませんよ?」
「分かってるって、私が聞きたいのは薬の方だから」
「そういうことなら良いですよ。 ちょうど、私も暇を持て余していましたから、どうぞ中に入ってください」
扉を大きく開けて、少女を中に招き入れる。内装は必要最低限の物だけ揃えたと見受けられるほど殺風景なものであったが、奥の部屋の中には沢山の種類の野草やキノコ、鉱石や液体、実験の為に器具が所狭しと並べられていて、薬品の独特な匂いが充満していた。
「おー、やっぱ凄いな、いつ見ても壮観だぜ」
「そう言われると何だか嬉しいですね」
奥の部屋に入った魔理沙は来るたびに感嘆の声を漏らす、一部は自分が渡した物もあるが、殆ど彼一人で集めてきた材料である。人間であるというのに、魔法の森で生活できているだけでなく活動もできているのだ、彼の能力が関係していると魔理沙は考えているが聞いたことはない。
彼女と彼の関係は数年前から始まった。魔理沙も最初は誰も住んでいなかった筈の小屋が修繕されているのを不審に思って突撃したのが始まりだった。どんな奴が居るかと思えば物腰丁寧な優男が中に住んでいた。それだけならこのような交流は生まれなかったのだが、彼が薬学に精通していることを知った魔理沙は薬の研究にも興味があった為にかなりの頻度で彼の元を訪れてはその知識を教授してもらっている。
「やはり魔理沙さんは飲み込みが早いですね、私としても先生冥利に尽きるというものです」
「そ、そうか? えへへ……」
褒められてか嬉しそうに魔理沙は頬を朱に染め、傍に置いてあった黒いとんがり帽子を抱いた。
「キリがいいですし、一度休憩しましょうか」
そう提案した青年は二人分の温かい緑茶を淹れて、魔理沙と共にほっと一息ついた。そうして二人の間に静寂が訪れるが、気まずいと言ったような雰囲気ではなくお互いに居心地の良さを感じていると、魔理沙が徐に隣に座る彼との距離を縮めその絹のように滑らかな金髪を湛えた頭を寄せた。
「ん……」
「魔理沙さん、あまりこういった事は宜しくないと思うのですが……」
彼女なりの撫でて欲しいという合図であるが、青年は躊躇う。毎度同じようなやり取りをしているのだが、そもそもの事の発端は青年が今と同じような流れで思わず彼女の頭を撫でてしまったことから始まった。魔理沙も撫でられることに耐性がなかった所為か、それ以降クセになってしまったようだった。
「いいから……」
「少しだけですよ?…………そういえば、髪型変えたんですね。似合ってますよ」
「ッ〜〜〜!!」
何気ない一言で先ほどよりも顔を赤く染め上げる魔理沙。普段の彼女の姿を知るものからすれば顎が外れるくらい驚いてしまうだろう。こんなにしおらしい彼女の姿は中々観れるものではない。
頭に乗せられた手の温もりと、自分とは違うゴツゴツした感触にどきまぎしながらも、撫でられ終わるまでじっと動かない魔理沙。
「魔術の研究は最近どうですか?」
「ちょっとずつ進んでるかも」
「そうですか、それは良かった。 頑張ってくださいね」
そういうと青年は優しげに微笑みながら、魔理沙の頭から手を離した。自分が止めなければ彼女がいつまで経っても為されるがままになるのは分かっていたので、ちゃんと弁えているつもりであった。
青年の手が頭から離れた事で名残惜しそうな顔をする魔理沙だが、質問はまだ終わっていない。初めは自分の知識欲を満たす為に彼の元に訪れていたのにいつのまにか彼に撫でられる事が目的の半分以上を占めていることに心の中で苦笑を漏らした。
初めはなんとも思っていなかったはずなのに、自分より歳上であるにも関わらず敬語で喋る律儀な奴だな、としか思っていなかったのに日を重ねるごとに彼の人となりを知ってしまってからは早かった。
彼は本当に優しすぎるのだ。普通の魔法使いとしての霧雨魔理沙ではなく、何の肩書きもないただ一人の女の子として見てくれていると分かってしまっては、もうダメだった。何の色眼鏡もなく、偏見もなく、自分の事を見てくれる人に出会ってしまったのだ。加えて話も合う上に、どんな些細な事でも嫌な顔一つせずに聞き手に徹してくれる。親しい友人である霊夢とはまた違うタイプの人間だった。
「なぁなぁ」
「どうしました?」
「何でそんなに薬に詳しいんだ?」
魔理沙の素朴な疑問に青年は少しの間、悩むそぶりを見せてから答えた。
「私も昔は魔理沙さんと同じように、色んな書物を読み漁っていましたからね。 薬についてはその過程で興味を持ったが故の知識ですよ」
「へぇー、そうなのか。 てっきり、元々そういう家系なんかと思ってたぜ」
薬について詳しい者はこの幻想郷では限られてくる。元々、薬売りを生業にしている家系なのかと魔理沙は思っていたが、そうではないらしい。だというのに、あらほどの知識を体得するのに一体どれだけの努力が必要だったのか考えるだけでも凄まじい物だと分かる。
「お前も頑張ってたんだな」
「…………そうですね。 頑張っていましたね」
一瞬だけ青年の顔に陰が差したような気がしたが、気のせいだと思った魔理沙は再び質問を始めるのだった。
そうして時間は過ぎていき、日が落ちるにつれてもともと暗かった部屋が更に闇に包まれたので、青年は蝋燭に火を灯し、光源を確保した。
「お前のお陰で分からないところが全部分かったから助かったぜ。 ありがとなセンセっ」
「いえいえ、私も楽しかったですよ」
にひひ、と八重歯を覗かせて笑った魔理沙に青年は微笑みを絶やさずそう返した。
「良い時間だから、今日はここらで帰るよ。 また来るから、そん時も宜しくだぜ? じゃあ、おやすみ」
「ええ、おやすみない魔理沙さん」
家の戸を開け、ホウキに跨った魔理沙はそのまま真っ暗な森の中を駆けた。
「…………」
青年は去って行く彼女の後ろ姿を見届けて、完全に姿が見えなくなったと同時に戸を閉めると……
──糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
先程まで浮かべていた笑みはそこにはなかった。あるのは苦悶に満ちた表情だけであり、激しい咳と共に少なくない量の血を吐き出し、痛みのあまり胸を押さえつけた。
しばらくして落ち着いた青年は額に脂汗を浮かべ、己の掌にべっとりと付着した血を見つめて、ギリっと歯を食いしばった。
「……私は」
無意識に呟かれた言葉と共に、青年は戸の鍵を固く閉めてから、おぼつかない足取りで寝室ではなく研究室に足を向けた。
ただただ悲痛に染まった表情だけが、そこにはあった。
■
また明日彼の家に行こうと思っていた魔理沙だったが、タイミングが良いのか悪いのか幻想郷で新たに異変が起こってしまった。
彼女は異変を解決する為に、心底めんどくさそうにしていた霊夢を叩き起こして共に幻想郷を駆け回り、情報を集め、弾幕ごっこで敵を沈め、彼女と共に異変を解決に導いた。
気が付けば一週間は経っていた。
これまで一週間以上も彼と会わなかった期間は無く、どこか焦った様子で彼の住処を訪れた彼女は何故か脳裏に過ぎる嫌な予感を振り払いつつ、空を駆けた。
いつものように、扉をノックしようと小屋に近付いた魔理沙だったが、コンコンという音が鳴る事は無かった。
血臭が漂っていたのだ。
魔理沙はその事実に目を見開き、戸の取手を引っ張ったが開く事はなかった。そもそも、開かないのはおかしいのだ。彼は戸に鍵をかける事はない。何度か注意したが、いつも戸は開きっぱなしである。
ただならぬ事態を感じ取った彼女は無理矢理戸を開けるべく魔法で戸を破壊した。
「おい! いるのか!? いたら返事を…………え」
家の中に入った魔理沙は目の前の光景に言葉を失った。信じられないものを見たかのように瞳は動揺し、顔は蒼くなっていく。
そこには所々赤黒く変色した布団で横たわる彼がいたのだ。
「どうしたんだ!? 何があったんだ!?」
布団に横たわる彼の元に駆け寄った魔理沙は取り乱しつつも、彼の容態を確認する。脈はあるが今にも止まってしまいそうなほど弱々しく、口元には乾き切っていない血が流れていた。
「……魔理沙さん?」
彼女の声に反応した青年は瞳をゆっくりと上げながら、彼女を視界に収めて……微笑んだ。
力のない笑い方だった。目元は憔悴しきり、生気はない。声もか細く、掠れている。一週間前まで普通だったのに、今にも死んでしまいそうな彼の姿に魔理沙は絶句した。
「ど、何処が悪いんだ!? 早く治さないと!!」
「……申し訳ありません、治すことは出来ないんです」
その言葉を素直には嚥下できなかった魔理沙はどういうことなのかと聞くと、青年はゆっくりと語り出した。
「……ずっと内緒にしてたのですが、私の身体に巣食うのは不治の病なんです。 ですから、もとより私に残された時間はあまりありませんでした。いつぞやの紫のドレスを着た女性が言うには私は外の人間だそうで……いつの間にかこの地に迷い込んでしまったらしいです」
「な、何がなんだか分からないけどその不治の病ってのを治せばいいんだな!?……ま、待ってくれ! 人里に医者がいるから呼んでくる!」
治せるかは分からないがやらないよりはマシだと思った魔理沙は急いで人里に行こうとしたが、青年が縋るような声で待ったをかける。
「……行かないで下さい」
そんな悲しそうな声色で紡がれた言葉に魔理沙は思わず足を止めた。やると決めたら止まらない彼女が足を止めて彼の下に駆け寄ると彼は小さな声で“ありがとうございます”と言い、そのまま言葉を続けた。
「私の病はどうやっても治せません……それに自分の死期は自分が一番良く分かっています……これが私の天命なんです」
「……なんで諦めてるんだ!? 治せるかもしれないならそれが一番良いに決まってるだろ!!」
青年は魔理沙の悲痛な叫びに首を横に振った。
「この病が進行すればどんな名医でもお手上げです。本当は数ヶ月も持たない命でした。 なのに、私は宣告された余命を超えて、もう何年も生き永らえたんです。 それだけ貴女と過ごした時間は、私にとっての希望であり幸せでした」
目の焦点が段々と合わなくなる青年の姿を間近で見ているからこそ魔理沙は本能で目の前の青年の命が数分もしないうちに尽きてしまうと感じ取った。
「ずっと、黙っていました。 貴女が知ってしまったら、この関係が崩れてしまうのではないかと恐れて……私は臆病者で頑固者だから、今の関係を維持したかったんです」
青年は言葉を紡ぐ。
「私が薬の知識を持っていたのは、同じ病に侵された母を救う為だったんです。 でも、私が医者になる前に母は旅立ってしまった……そして、私自身も同じ病に侵されていると分かって……打ちひしがれ、死に場所を探していたんです」
彼が膨大な薬の知識を持っていたのにはそんな理由があった。しかし、新薬を開発する前に彼の母は旅立ってしまい、追い討ちを掛けるように彼も同じ病に罹っていると診断されたのだ。既に手の施しようもないほど水面下で進行していた病を治すことは最早不可能であり、持って数ヶ月の命だと宣告された彼は絶望に打ちひしがれ、死に場所を求めて彷徨った。
気が付けば彼は幻想郷に迷い込んでしまっていた。
「もう残り少ない余生をこの地で過ごそうと、この小屋を見つけて思いました。 そして誰にも知られず朽ちていくのを受け入れた矢先に……貴女がやって来たんです」
青年の声がだんだんと小さくなっていく。しかし、動かされた手は愛おしげに魔理沙の頬に触れた。
「私がこんなに生きる事が出来たのは貴女のお陰なんです」
頬に添えられた手を魔理沙は両の手で包んだ。いつのまにか彼女の瞳からは滂沱の涙が溢れ出ていた。
「貴女が気に病む事はありません。 笑った貴女が好きなんです……魔理沙さん」
「……ばかやろう」
振り絞るような声にならない声でそう言った魔理沙に微笑みを浮かべる青年。
「一目惚れでした。 もうすぐ終わる命でありながら、私は貴女が訪ねてくるのを毎日楽しみにしていたんです」
「……なんで今言うんだよ……私だってお前のこと」
その言葉が続くことはなかった。その先は言わなくてもいいと言うように青年が首を横に振ったからだ。
「思えば……波乱の人生でした。 でも、こんなこともあるんですね」
魔理沙の頬に触れた手から力が徐々に失われていく。
「最後に貴女に逢えて本当に良かった」
「さいごとか言うなよ……」
尻すぼみになっていく魔理沙の声。青年の告白が最初で最後だと嫌でも理解しているからだ。
「……叶うなら、貴女ともっと一緒に過ごしたかった」
「そんなの私だって、私だって……」
「……申し訳ありません」
「あやまるな……」
ギュッと力の抜けた彼の手を抱き締める力が強くなる。
「………本当は死ぬ姿を誰にも見られたくなかったのですが……貴女に見届けられるなら……良かったと思えます」
「待って! やだっ、いくなっ……ずっと一緒にッ」
泣きじゃくり自分の腕に縋る彼女の顔を見て、青年はいつものように微笑んだ。視界がぼやけていくというのに、自分の死が間近に迫ってきているというのに、随分と穏やかな心持ちだった。
「……魔理沙さん、どうかお幸せに」
そう言い残して……青年は息を引き取った。
魔理沙の頬に触れていた手の力は完全に失われ、その鼓動は完全に止まり、呼吸は消える。段々と温もりが失われ、冷たくなっていく青年の身体を抱きしめながら魔理沙は泣いた。小さな童のように泣きじゃくった。
失って初めて魔理沙は自分の気持ちを理解する事ができた。だが、既に彼の命は両の手から零れ落ちた後だった。もう彼の声も、その優しさも、温もりも何もかもを失った後で漸く気が付いてしまった彼女は後悔の念と共に声と涙が枯れるまで泣き続けた。
これからも変わる事がないと思っていたのに、現実は無情でそれは一瞬のうちに泡沫へと帰した。
長い時間を過ごしたというのに彼が重大な病を抱えていたことに気が付かなかった自分を心の中で責め立てるが、そんな事をしても彼は帰ってこない。自身のこの感情が恋慕だと気が付いたとしても、もう彼と触れ合う事は出来ない。
彼の水色の髪を掻き分けて、安らかに眠っている顔を見れば見るほど辛くなってくる。
既に外は暗くなり、日は沈んだ。泣き止んだ魔理沙は一度彼の側を離れて、彼の研究室へと向かった。
「……これ」
作業台には何冊もの手記が重ねられており、明かりを灯して見てみるとそこには“魔理沙へ”と書かれてある紙の切れ端があった。
手記の中を見てみると、そこには自分も知らない薬の知識が丁寧な字で隙間なく書き記されており、魔理沙は驚いて手記を全て確認した。
「……なんでだよ……お前が直々に教えてくれるんじゃなかったのかよ……私はバカだからお前が教えてくれなきゃ分かんないのに」
そして最後の手記の最後のページにはただ一言“貴女をお慕いしておりました”と書かれてあり、それを見た魔理沙は枯れたはずの涙を再び流して青年の下に戻り、その手を握り………彼の耳元で囁いた。
その言葉は誰にも聞こえないほど小さなものだったが、青年だけには届いただろう。
ただ一言“私も愛してる”と囁いた少女はその端正な顔を悲哀に染めながら、彼の亡骸と共に夜を明かすのだった。
活発な女の子がしおらしくなるの可愛い、可愛くない?
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伊吹萃香の場合
生暖かい感触と共に、血飛沫が舞い散る。詰まったような呻き声を最後に、武者のような出立の男は絶命する。
腹突き刺さった細腕は如何にも童のようにか弱いものに見えるが、その正体を知るものは恐れ慄くだろう。
それは鬼。破壊を振りまく化身にして畏れの象徴。男の腹から手を引き抜いた伊吹萃香もまた鬼であり、その中でも四天王と呼ばれるほどの強き鬼であった。
たった今、鬼狩りの男を殴り殺したことで彼女の赤みがかった金髪が返り血で汚れているが、そんなことは気にも留めず男の死体を乱雑に放り投げた。
「……へぇ、あんたも同じ口かい?」
萃香は自分に近付く気配に気付き、獰猛な笑みを浮かべた。紛れもない強者の気配。先程の男も強い人間に値するが、鬼からすればどうってことはない。しかし、今から此方にやって来る人間はそれとは比べ物にならないほどの強さを持っているのは明らかだった。気配を感じた瞬間から鳥肌がまるで収まらない。
「……いや、某は鬼狩りではない。 強き鬼がいると聞いて己が腕を試しに来た、ただの
古びた鎧を身につけた男はそういうや否や刀を抜き、構えをとった。そこに一切の隙もありはしない。迂闊に踏み込めば最後、刹那のうちに身体を切り刻まれてしまうと本能が感じ取り、萃香はブルリと身体を震わせた。しかし、またとない強敵に彼女の笑みは深まるばかりだった。
「それはなんていうか剛気なやつだねぇ。 天下の鬼を組み手の相手にするっていうのかい……面白い奴だ」
「気に障ったのなら謝ろう。 しかし、私は本気だ……更なる高みへ登るために必要なこと」
「それなら死んでも文句は言わない事だね。 私も手加減するつもりはないからさ……どっからでもかかってきな」
くいくいと手招いてやれば、男は一呼吸置いて肉薄した。
鬼から見ても消えたように見えてしまうほどの速さ、萃香は目の前の男の評価を更に上げた。
「幾千の人間とやり合ってきたけどこんなに速い奴は初めてさっ!」
何処か興奮した様子で男の剣を捌いていくが、剣劇が増えるにつれて段々と萃香の皮膚に赤い筋が刻まれていく。彼女ほどの鬼が完全に捌き切れないほどの剣を振るう男は速さだけでなく、力も、技術も、もはや人の域には無かった。しかし、だからといって男が有利なわけではなく、彼もまた鎧の下に青痣を増やしていく。
一撃で岩をも砕く鬼の拳である。掠っただけでもひとたまりもないその暴力を、男は剣の腹で受け流したり紙一重で躱したりして難を逃れる。
「本当に強いね、あんた。 鬼とここまで戦える人間なんて殆どいないよ?」
「それは光栄だ。 主も私が戦ってきた中で一番強い」
「人間の尺度で言われても嬉しくないけど、あんたなら認めてあげる」
「そうか」
互いに満身創痍。軽口を交わしているように見えるが、どちらも消耗が激しい。故に、お互いに必殺の一撃を以て決着を付けようとしている。
「……参る」
「いいよ、かかってきな人間っ!」
それから、どれくらい時間が立ったのだろうか。山に静寂が訪れる。結果として萃香は空を見上げていた。勝負の軍配は男に上がったのだった。成す術なく男の必殺の剣に打ち破れた萃香。男の剣は見事だった、鮮やかだった、殺されても仕方がないとさえ思った……しかし、萃香は納得していなかった。それどころか、心の底から怒りが沸沸と湧いていた。
「……峰打ちなんて、バカにしてるのかい?」
男は最後の最後に峰打ちをした。その事実を鬼である萃香が許容できるはずもなかった。真剣勝負だと言うのに水を差された気分だった。
明らかに怒っている様子の萃香に男は“すまない”と一言返した後に、重そうな鎧を脱いでから動けない彼女の近くに腰を下ろした。声がくぐもっていて分からなかったが、年は若いようで、怜悧な視線と冷たい表情を貼り付けた能面の様な男だった。無愛想とも言うべきか、無表情とも言うべきか、鬼に勝ったと言うのにピクリとも顔を崩さない。
萃香の殺意混じりの視線をものともせず、男は抑揚のない声で彼女に語りかける。
「主を殺せば、二度と手合わせが出来なくなると思った……初めてなのだ、主ほどの強者に出会ったのは」
「……とんだ甘ちゃんだね。 殺しもすれば殺されもする世界だよ……すぐにでもこの鬼の首を切らなければ噛み付かれるかもしれないというのに、こんなに近くに来るかい普通?」
無論、不意打ちなどという卑怯な行為をするつもりはないが、相手を嵌めるのが当たり前な世界。いくら手負いで動けないとはいえ、鬼の近くに寄るものがいるかと内心叱責する。
「噛み付くのか……?」
「……いや、そんな事はしないよ」
「そうか、それは良かった」
「変な奴だね」
「よく言われる……」
男と話していると何だか調子が狂ってしまうような気がした萃香だが、悪い気はしなかった。初めて自分を打ち破った人間、最後の峰打ちに言いたい事は山ほどあるが、それでも自分を捻じ伏せた事には変わりない。
「……また、手合わせしてもらえるか?」
「勝者はあんただよ。 そう命令したら良いじゃないか」
「命令はしない。 主が嫌なら、私は二度と主の前に現れない」
命令という言葉に男の肩が一瞬震えた気がしたが、男は相変わらず感情の読み取れない顔でそう言った。あくまで決定権は萃香にあると、彼女の選択に任せると言っている。
萃香は少しの間逡巡したのち、言いたいことを全て呑み込んで、言葉を返した。
「……いいよ、また来な。 では勘違いしない事だね……次こそアンタを殺すよ」
「そうか……それは楽しみだ」
殺気を浴びせても男はピクリともしない。それどころか再戦を楽しみに微笑んでいるくらいだ。全く食えない男だと萃香は呆れたようにため息を吐くが、何処か新鮮な気持ちだった。
(……はじめて私を倒した人間か)
鬼が人間に負けるなど有り得ないと思っていた。それこそ、搦手でもなんでもなく真正面からの正々堂々とした戦いで負けてしまったのだ。認めざるを得なかった。
「また、来月。 月が満ちる夜に来る……」
「そうかい……なら、とっとと帰りな」
「ああ、そうする」
男はゆらりと幽鬼のように立ち上がり、暗闇の中に消えていった。萃香もまたその後ろ姿を見送ったあと、瓢箪に入った酒をぐいっと呷るのだった。
■
そして鬼と人間は月が満ちるたびに、死神ですら裸足で逃げ出してしまうほどの死闘を繰り広げ……そのたびに人間が勝った。
そして既に初めの戦いから数年経とうとしていたある日の事だった。男はいつものごとく月が満ちる夜に山の頂にやってきた。すると、何処からともなく酒精の匂いが鼻についた。おかしいと思い、視線を更に奥に遣ると小さな少女が覚束無い足取りで男の元にやって来たのだった。頬は上気し、ふにゃりと顔を崩している。
「お〜〜、来たかニンゲン〜。 ほらほらぁ、私と早く殺りあおうよぉ〜」
「……誰だお前は」
「私は鬼の四天王が一人、伊吹萃香だぞっ!」
ほんのりと顔が赤い萃香からは甘い酒の匂いが漂っている。男はその様子を見て彼女は酒に酔っているのだなと思うとともに、普段の凛々しい姿との落差に戸惑った。なかなかの堅物だったというのに、目の前の彼女はトロンとした瞳で酒を呷っている。酒くさい。
「……萃香、酔っているのか?」
「んーー? 酔ってない酔ってない、えへへー」
酔ってないと言いながら再び瓢箪を呷る萃香。これで酔っていないわけがない、タチの悪い親父と同じような酔い方だ。間違いなく完全に酔っている。
「……そんな状態では手合わせ出来ん」
「大丈夫だってー、私こっちの方が強いからさ」
流石に男は訝しげな目を向けた。酒で強くなるなど考えられなかったからだ。
「それじゃあ、早速ぶっ殺すよー? 歯ぁ食いしばれぇ!」
「ッ!!……ほう」
弾丸のような速度で肉薄した萃香。明らかに以前よりも速い速度に男は感嘆の声を上げる。そして、紙一重でその拳を避けた後、背後を振り返れば拳の余波で木々がへし曲がっていた。
「……本当に酒で強くなるのか」
「当たり前だろぉ? ほらほら、逃げてるだけじゃ挽肉になっちゃうぞ?」
萃香の拳や蹴りを避けながら男は分析を始める。確かに速さも力も以前より良くなっているが、技のキレが悪くなっている。タガが外れていると言えばいいのか、技の精度の代わりに身体能力が向上しているように見えた。
拳が擦れるだけで鎧ごと皮膚を抉り抜く出鱈目な力。しかし、その代わりに隙が大きくなったことで男は萃香に出来た大きな隙を見逃すことは無かった。故に以前よりも勝負が着くのも早かった。
「……ありゃ?」
「私の勝ちだ」
いつのまにか地面に組み伏せられており、顔の横に剣が突き刺さっている。少し酔いが醒めた萃香は真っ直ぐ自分を見つめている男を見て、周りの状況を確認して、再び負けたのだと理解するのに時間は要らなかった。
「また負けちゃったのか……う〜〜、勝てると思ったのにぃ」
「……確かに強かった。 だが、攻撃が単調だ。 以前の方がやりにくかったというものだ」
萃香から離れた男は傷口に生薬を塗り込みながらそう言った。彼も無傷では済まなかったが、酔った方が動きが単調で捉えやすかったので以前よりも戦いやすかったようだ。
「……殺さないの?」
「殺さん……何度も言っているだろう?」
「……抵抗しないよ? あんたが勝ったんだからあんたの好きにするといいのに」
「ふむ……ならば、そうだな……少し話に付き合ってくれ」
「甘ちゃんだねぇ」
男は木を背にして座り込み、自分の刀を手入れしながら語り出した。
「生まれてこのかた、私はずっと剣に魅せられた。 誰よりも剣を極めるために血反吐を吐くような鍛錬を続けてきた」
「なにそれ……つまんなそうだね」
「ふふ、そうだろうな」
負けた腹いせに嫌味っぽく言ったのに男は不愉快に思わないのか、出会って初めて笑った。小さな笑顔だったが、萃香にとってはそれが新鮮で、脳裏に印象深く刻まれた。同時に鬼に勝っても喜びもしない男が嫌味一つで笑うなんてどういうことなんだと思わずにはいられなかった。
「だが結局、剣しか能がない私だ。 行き着く先は、戦いのみ。 随分と……人を殺した」
「まあ、そりゃそうだろうね」
「だからこそ……最近、分からなくなってきたのだ」
男の言葉に萃香は“何が?”と聞き返すと、男は一呼吸置いた後に言葉を紡いだ。
「血に汚れた私が……幸せを感じても良いのかと」
「ん? 幸せなのか?」
「……まぁ、そうだな。 少し前に理解したのだ……己が幸せというものを」
男は萃香を一瞥して、ゆっくりと噛み締めるようにそう言った。
「……すまない、変な話だったろう?」
「うん」
「少しは否定してくれ」
「嫌だね。 鬼は嘘をつかない」
「そうか」
萃香がそう言うと、男は徐に立ち上がり彼女に背を向けた。
「また……次の満月に来る」
「そうかい……なら、私は待ってるとするよ」
男は彼女の返答に満足げに頷くと、夜の帳に消えていった。いつの間にか萃香の酔いは醒めていた。
それからも、満月が来るたびに鬼と人間は拳と剣を交わし合った。どちらも互角、それ以上の勝負を繰り広げると言うのに鬼に軍配が上がることはない。故に何十回と繰り返された戦いは未だに終わる気配がない。
だからこそ、今夜もまた。血湧き肉躍る戦いの為、満月の夜、萃香は男を待っていた。繰り返された戦い、永い年月を生きた鬼ではあるが、一つ一つ忘れることなく鮮明に思い出すことができる。それほど、脳裏に刻まれてしまった戦い。思い出すだけで塞がっている筈の傷が疼いてしまう。
だが、その夜……男が現れることは無かった。
今まで約束を違う事は一度もなかったというのに、男は現れなかった。今宵は間違いなく満月の夜。自分の身体に月の魔力が満ちていく感覚が嘘を付くはずかない。
「……破ったな…………私との約束を」
絞り出すような声で呟いた萃香。まさか、約束を破られるとは思っていなかった。口約束であれ、鬼との約束は絶対。それを破られる事は鬼に対する最大の侮辱であり、食われたとしても文句は言えない。
しかし、萃香が怒りに震えるということは無かった。いや、以前の萃香なら約束を破った人間を地獄の底まで追い詰めてから
既に月は沈み、日が上り始めた。夜が明けたことが意味するのは男が約束を違えたこと。
「……なんで来ないんだ」
何かあったのかと、萃香は思う。だが、自分を難なく御せる力を持つ男が自分以外にやられるなど考えられず、もやもやとした気持ちのまま男がいつもやってくる道の先をぼんやりと眺めていた。
特に代わり映えもしない風景。夜風に吹かれるのはただ一人。それが当たり前だというのに、自分一人だけがこの場にいることに漠然とした寂しさを感じてしまうのは何故だろうか。
それからどれだけ時間が経ったのだろうか。萃香が異変に気がついたのは、再び月が上り始めた頃だった。
風上から濃い血の匂いが漂う。嗅ぎ慣れた血の匂いに萃香は思わず顔を青褪めさせた。どきりと胸を打つ感覚を抑えながら、血の匂いが濃くなる方向へと萃香は足を進める。
一歩、また一歩、血の匂いは濃くなっていく。
そして、彼女は、目にした。
血みどろになりながらもゆっくりと一歩ずつ、此方に歩を進める男の姿を。
「……萃香、か?」
自分に気が付いた男は普段と変わらない抑揚のない声でそう尋ねた。だがしかし、余りにも弱々しい男の姿に居ても立っても居られず、萃香は側に駆け寄った。
「どうしたんだいその傷!? あんた程の人間がどうしてっ」
「……少し、な」
「少しなわけあるもんか! 背中なんて……酷い」
背中の刀傷は内臓が零れ落ちてもおかしくはないほどパックリと開かれ、夥しい程の赤黒い血が流れ出ていた。
男は萃香と出会ったことで一安心したのか、近くの木を背にして座り込んだ。
「すまない……約束に遅れてしまった」
「そんな事気にしなくて良い!! それより、傷を治さないと」
だが萃香には人の壊し方は分かっても人の治し方は分からない。さぁっ、と顔を青褪めさせる萃香。どうしようもない現実がそこまで迫って来ている。
萃香の慌てふためく様子を見てか男は彼女の手を引いて、首を横に振った。
「……傷のことは気にしないで欲しい。 それよりもお主と話がしたい」
言外に手遅れだと言われ、萃香は思わず息を呑んだ。そして、男の意思を尊重すべく、彼の隣に腰掛けた。萃香の指は震えていた。
「少し前に隣国との戦があった……私は何千もの敵を殺した。殺して、殺して、殺し尽くして……私の国は戦に勝った」
目の前の男なら、同然の如く一騎当千を実現するだろう。それだけ規格外の人間だった。
「だが、過ぎた力は見過ごされない……私を恐れた主人に毒を盛られ、刺客を送りこまれた挙句……このザマだ」
自重気味に笑う男。男はいつかこうなると分かっていた。戦果を上げるたびに化け物扱いされ、後ろ指を差される。敵からも味方からも恐れられ、戦だけが自分の居場所であった。
「なんだいそれ……ふざけるんじゃないよっ!! あんたは何も悪くないじゃないか! 戦果を上げ、国を勝利に導いたんだろ!? なのにっ、なんで……なんでこんな事になってんのさ」
萃香は男の腕を優しく掴み、表情を悲哀に染めた。
「人は安寧を求める。身近に危険を置きたがらないものだ……」
「……でも欲のためにあんたを戦に利用したんだろうっ、使うだけ使って用が済んだら捨てるなんて……許せない、あんたをそんな目に合わせた奴ら……全員殺してやる」
萃香の語気が強くなる。男を卑劣な手で傷つけた人間への怒りが湧き上がっている。しかし、男は嗜めるように萃香の頭に手のひらを置いた。
「気にしなくて良い。 それに、私は自分の主人の事を恨んではない。
男は幼い頃。今日食うものにも困っていたのだ。放っておけばどこかでのたれ死んでいた筈なのに今まで生きていたのは間違いなく男の主人のお陰である。
「それに、主人のお陰でお主とも出会えた」
男は萃香の頭を愛おしそうに撫でる。無表情だった顔には優しげな笑みが浮かんでいる。それが彼の本来の表情なのだと萃香には分かった。
「どういうこと……?」
「私はもっと遠くの場所で生まれ育ったのだが、数年前主人が此処まで連れてきてくれたんだ……だから、お主と出会う事ができた」
じっと見つめてくる萃香の頭を撫でながら男は言葉を紡ぐ。
「……本当にこの数年間、幸せだった。 萃香……お主と共に過ごす時間が私にとっての幸せだった」
男が度々言っていた幸せの意味。それを理解できない萃香ではない。
「初めは、単なる興味だったのだがな……互角に渡り合える好敵手だったのに……いつの間にか堪らなく愛おしい存在になっていた」
「ッ〜!?」
自分の瞳を一直線に見つめながら紡がれた告白に、萃香はびくりと身体を震わせた。生まれてこのかた、これ程までの純粋な愛を囁かれたことはない。
萃香もまた、己が胸に燻る気持ちに気付いていた。だから、何か言ってやろうと言葉を紡ごうとしたが、男の身体が倒れていくのが見えた。萃香は咄嗟に男の身体を支えて、彼の頭を自分の太腿に乗せた。
「……すまない、萃香」
「無理はするもんじゃないよ……大馬鹿者」
男の血に濡れた髪を梳かすように撫でていく。男が普段通りの口調で喋るせいで大丈夫そうに見えるが、男は致命傷を受けている。萃香に心配をかけまいと普段通りを装っていることは萃香にはお見通しであった。
「……大地を抉る蹴りを放つというのに……まるで女子のように柔らかいものだな」
「女子のようにって……失礼な奴だね。 私はれっきとした女子だよ? それに人間初の鬼の膝枕だというのにそんな感想しかでないのかい?」
「酒臭いな」
萃香は無言で男の額をパチンと弾いた。
「冗談だ」
「つまらない冗談だね」
「すまないな。 ちゃんと良い匂いがする……好きな香りだ」
「ッ〜〜!? な、なに言ってんのさぁ」
萃香は堪らず顔を朱に染める。だが、太腿を伝う生温い血の感触が近付きつつある男の死期を仄めかしていた。だんだんと冷たくなっていく男の体温を肌で感じていると、男が掠れた声で言葉を紡いだ。
「……良い夜だな」
「そうだね」
「少し欠けているが、綺麗な月だ……」
「……うん」
「……願わくば、次の満月も見たかったものだ」
「……いくらでも見させてやるさ」
「そうか……それは楽しみだな」
男は満足げに微笑む。そして最後の力を振り絞って、萃香の手を握った。
「……また……次の月が満ちる夜に……来る…………」
「……約束だぞ」
「ああ…………約束だ」
「……破ったら許さないぞ」
「破らないさ……」
叶うはずもない約束。だが、それでも萃香は良かった。男との繋がりを確かに感じられるから。
萃香の手を握る男に手から徐々に力が抜けていく。
「……萃香…………幸せにな」
そう言い残して男は静かに息を引き取った。それまで留めていた涙が溢れ出し、萃香は嗚咽を上げた。
「なんで……なんで死ぬんだよ馬鹿ぁ…………私を一人にしないでよ……」
男の亡骸を抱きしめた鬼の啜り泣く声が静かな森に木霊する。先程まで脈を打っていた男は血錆に濡れた鎧と同じように冷たくなっていく。手のひらから零れ落ちた命は二度と手のひらに収まることはない。それが当たり前で、覆ることはない。萃香が1番それを良く知っている。しっているからこそ、これが最後なんだと理解していた。
最後の最後で気付かされた、胸の内に燻るこの想いは恋慕に違いない。そうじゃないのなら、こんなに胸が痛くなることはない。少なくとも、今までの生の中で最も鋭い痛みが萃香を襲っていた。
「……かえってきてよ」
叶わぬ願いは誰にも聞き届けられないまま、掻き消えた。
日が登り、また沈み。幾度となく世界は回る。やがて、萃香は男の遺体を抱えて山を登る。互いが命を賭した、あの場所に帰るのだった。
そうして、それから満月の夜になるたび。山の頂の小さな墓標の側で酒を呷る小さな鬼の姿が見られたとか。
すいかわいい
萃香はお酒を飲んでないと堅物なので少し酔っているくらいが丁度いいですよね。
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