魔法少女マギカ☆クロス (ろっひー)
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プロローグ
プロローグ前編


「 一、二の三!」

 

救急車から降りてきた三人の緊急隊員が一人の傷だらけの男の子を担架に乗せる。

 

その内、二人が担架に乗せた男の子を救急車に運び込み、一人は運転席へと急ぐ。

 

「出して良いぞ! この近くだと見滝原総合病院が一番近い」

 

「了解!」

 

運転者である緊急隊員がPレンジからDレンジにギアを入れ発進する。

 

運転中、担架で救急車に運んだ一人の緊急隊員がその男の子の服を脱がせ、心電図を測るために電極を取り付ける。

 

「どうだ彼の様態は?」

 

「若干低下はしていますが、緊急に処置が必要な数値ではありません」

 

そうか……と安堵の溜息を吐く緊急隊員。彼の言動から察するに、電極を取り付けた緊急隊員は残りの二人の上長にあたる隊員なのであろう。

見滝原市の都市部で血だらけな状態で倒れ込んだ男の子がいるという通報があってから、もしかしたらもう間に合わないかもしれないと悟っていた上司の緊急隊員も一先ずは額の汗を拭えそうだ。

 

「しかし……一体なんでまたあんな見滝原市の中心部でいきなり倒れこんだりしたんだ……しかも、こんな傷だらけで」

 

「通報者の連絡によると、彼が倒れ込む瞬間を誰も見ていないそうです」

 

「馬鹿な! あんな人の行き来が多い場所で何故誰も気づかなかったんだ!?」

 

「……分かりません」

 

中学生くらいの男の子が突然、見滝原市の駅近くで倒れ込んだという通報があったのは今から数十分前の一般男性からの通報。ちょうどお昼頃ということもありオフィスから出社して、ランチタイムにサラリーマンが出歩く矢先の出来事であった。

幸い総合病院からもこの距離であれば、渋滞をしていても、すぐに病院に運んであげることができる。彼の現在の様態もそこまで悪いものでもない。

 

だが、通報内容には不可解な点があった。

誰も彼が倒れ込む瞬間を見ていないと言うのだ。こんな時間に中学生の男の子が学校も行かずに一人で出歩いているとはとても考え難い。彼の身分を証明するような雄一の持ち物、スマートフォンは画面がひび割れて作動だにしない。

 

「……一先ずこのまま、病院に運んであげよう。おい、人工呼吸器! それから、ガーゼ!」

 

「はい!」

 

グレーが少し入った彼の髪をかき上げて口元に呼吸器がつけようとする。その時、緊急の要請でもあったので、気が付かなかったが、彼の右目には黒の眼帯に上司が気づく。

 

「ん? この子右目を怪我しているのか? 眼帯があるが……とは言え、倒れた原因はこの目の怪我とは関係なさそうだな……」

 

髪をオールバックに纏め、人工呼吸器がつけられる。

 

「病院まであとどれくらいだ?」

 

「後十五分ってところです。」

 

二人の緊急隊員がちょうど運転席の隊員の方に目を向けた瞬間、僅かにその男の子の重い瞼がかすかに広がっていく。

 

(……何処だここ……? なんで救急車に運ばれているんだ……)

 

人工呼吸器をつけられたせいか、上手く口が広がらない。突然倒れた、意識を失くした、救急車に運ばれている……いくつものプロセスが頭の中をぐるぐる回っているせいか、頭が上手く働かない。いや、それ以上に致命的な問題が今、自分の中で発生している。

 

(……俺は、一体誰なんだ……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

豪華なシングルベッドから目を覚ます。ここは病院でも、救急車の中でもない。

 

「う……うぅん……」

 

重い身体を起こし、ベッドから抜け落ちる。膝から床に座り込んだような状態になりながらも、かすかに意識だけは徐々に今の現実を解釈していく。

 

「また、あの夢か……」

 

あの突然、都市部で倒れ込んだ時から数ヶ月も経過している。それでも尚、まだあの時の夢を見てしまうなど……

 

ふと立てかけてい掛け時計に目を向ける。時間は八時半を回っている。少し寝すぎてしまったようだ。今の時刻、通い始めた見滝原中学校のSHR(ショートホームルーム)にも始まってしまっている。だが、彼は慌てることもなく、見滝原の制服に着替え始める。

何故なら、今日は通院日だ。元々、担任の早乙女先生には昼休みくらいから、通学するというのは伝えている。

 

身体の方は、病院の処置も適切であり、輸血と傷の消毒、包帯を巻くだけでなんとかなった。今も生々しい傷跡が残ってはいるが、日常生活に支障をきたすような後遺症は残らなかった。

だが、病院の診察を受けて分かった自分の記憶が失くなってしまっていることは別問題だ。

 

クローゼットの鏡で制服に着替え終えた彼は襟を正し、ふとポケットに入ってあるスマホの膨らみに気が付き、電源をつける。

 

壊れたスマホの修理は不可能であったが、幸いデータ自体は生きていたため、データだけ、新しいスマホでバックアップを復元することができた。

 

いくつかの電話番号やメールアドレスは登録されていたのだが、それらは全て「現在使われておりません」か、「不正なメールアドレスです」とレスポンスを返すばかり。

 

新しく登録した個人情報は見滝原中学校での友人ばかり。後は、身寄りの分からない自分に衣食住を提供してくれた入院時に知り合った女の子のものだけ。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺って、本当に何者なんだろうな……」

 

 

彼の恐らく名前であろう、"鳴海(なるみ)速人(はやと)"と指し示す個人情報のみであった。

 

 

 

 




どうも初めまして。

昔何処かで二次創作とか好きで書いていた者です。


一時期、二次創作には社会人になってから遠のいていましたが、実際に二次創作を書かれている人達と仕事をするようになり、再び熱が上がったと言いますか、自分でもできる事あるんじゃないかと思い執筆することとしました。

皆様の楽しみに一つになれば幸いですし、まどかマギカのキャラクター、世界観を壊さないように丁寧に原作のキャラと漫才をしていきながら、書いていく所存です。

よろしくお願いします。


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プロローグ後編

「……」

 

見滝原中学校のHRが始まる時刻、転校生の暁美ほむらは、担任の早乙女先生に呼ばれて、担当のクラスに入る。

 

いつもの光景、いつものクラスメイト、幾度となく繰り返してきた時間軸によって感覚も麻痺してくる転校の時のシチュエーション。

 

早乙女先生の紹介で電子黒板に自分の名前を書いてお辞儀する。

 

身体を起こし、ふと目に止まる桃色の髪の少女、鹿目まどか、突然睨まれたせいもあってか、まどかはあたふたしながら目を背ける。

 

(……まどか……今度こそ、あなたを救ってみせる……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後のクラスメイト達の注目は暁美ほむら……彼女で持ち切りであった。

数学の授業では、証明問題をつまずくこともなく、矛盾なくスラスラと解いてみたり、体育の授業では、走り高跳びで県内記録を出す勢いの実力の持ち主であったり……

 

良い意味で印象に残り、何処かミステリアスな雰囲気を醸し出す、暁美ほむらの話題は昼休みになっても、彼女の周りには女子のクラスメイトがつきっきりであった。

 

「いやー人気者だねー転校生」

 

「本当に。それに不思議な雰囲気の人ですよね。暁美さん」

 

そんな暁美ほむらの人気を遠目で観察している、鹿目まどかの親友、美樹さやかと志筑仁美も彼女の人気に圧倒されている。昼休みも始まった直後もつきっきりで昼食を食べられないのは可哀想であるが。

 

「ごめんなさい……ちょっと気分が……保健室に行かせてもらえるかしら?」

 

クラスメイトに付きっ切りな状態からようやく解放された、ほむらはまどかの方へと向かっていく。

 

まどかはHRに睨まれたこともあり、ほむらに対して少し引きつった笑顔を見せる。

 

「鹿目まどかさん……あなたがこのクラスの保健係よね?連れてってもらえる?保健室」

 

「えっ……えっと……」

 

あたふたするまどかに、さやかが助け舟を出す。

 

「あー! まどか。それなら時間的にも来る頃だし、あいつにも一緒に付き添って貰えば?」

 

「あ、そ、そうだね。」

 

(……?)

 

さやかとまどかが電子黒板の頭上の電子時計を見ながらそう答える。

 

 

なんだろう……? こんな事今までの時間軸ではなかった事だ。

誰かを待っている……? 誰を……?

 

私が知らない誰か……?

 

 

その時、

 

 

「おはようございまーす」

 

誰かが教室に入ってきた。もう朝の授業も一通り終わった、昼過ぎに出席した人物に、さやかが手を振りながらその者に近づいていく。

 

「おっはよー速人! ってもうおはようの時間じゃないでしょー」

 

「いつもの絡みありがとうございます。さやかさん」

 

はぁーと深い溜息を付きながら、速人と呼ばれた人物は、自分の机に向かって、椅子にドガッと大きな音を立てながら座り込む。

 

「おはようございます。鳴海さん、お身体の具合はいかがでした?」

 

「以前と変わらずっすよ志筑さん。だからこその、こんな溜息ですよもう……」

 

深々と椅子に腰掛け、突飛したフックに持ってきた鞄を引っ掛けながら、愚痴の一つをこぼす。が、周囲の空気が少し重苦しくなったのを感じたのか、速人と呼ばれた人物は、二人に苦笑いをし、鞄の中をごそごそと探し出す。

 

「……すみません、ちょっと変な夢見てブルーになっていただけなんで。まぁ、こういう栄養のあるものを取れば、いつかは元に戻ると思うんで」

 

彼がそう言って、鞄から取り出したのは紙パックのトマトジュースであった。ストローを差込口に差し、静かに飲みこんだ途端、彼の顔が徐々に苦々しくなっていく。

 

「うぇー……まっず……」

 

「あんた、トマト嫌いなのに何で飲むのよ?」

 

「これも健康のための試練ですよ」

 

「嫌いなトマトジュースを健康のためと言いつつ、そんなおじいちゃんみたいな顔して飲む中学生、世界中であんただけよ!」

 

さやかと速人の漫才が始まる。あははとクラスメイトも笑い、教室の少し重苦しかった空気が徐々に明るくなった。

まどかも小さく笑いながら、暁美ほむらの手を取り、彼の元へと迫っていく。

 

「ッ……まどか?」

 

思わず手を取られたことに一瞬、保っていた自我が崩れそうになったが、なんとかほむらは持ちこたえることができた。まどかのことを名前で読んだのも、声のボリュームを大分絞れたので、彼女には気づかれていない様子だ。

 

「おはよう速人くん」

 

「ん? あぁ……おはようございます。まどかさん」

 

「そのトマトジュース飲み終えたら、ちょっと保健室に一緒に付き添いしてくれるかな? ちょっと体調崩しちゃった子がいてね。一緒に来てくれると嬉しいな」

 

「んー?」

 

紙パックのトマトジュースを未だに苦々しい顔で、だが徐々に中の容量が空に近づき始めた安堵感からか、少し余裕を取り戻した速人が顔だけ、まどかとほむらの方に方向を向ける。

 

「「……えっ?」」

 

速人と呼ばれた男の子はまどかの手を握りしめている一人の女の子の顔を見て、絶句している。

 

暁美ほむらも紙パックのトマトジュースを右手で抱えながら、口にストローを咥える彼の右目の眼帯を見て、絶句している。

 

 

(この人……どこかで……)

 

(右目が……ない……?)

 

 

この出会いが……後に、彼(彼女)らの運命を大きく変える最初のピースとなった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




すみません、ちょっと時間的に昼休みにほむらが保健室に行くように誘導してしまいました。



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交わるながれ
第一話前編「俺も何処かで遭った気がする」


「……」

 

ストローを口に咥えながら、表情が固まる速人。トマトジュースの青臭さや苦手な味でしかめっ面になっていた表情も暁美ほむら、ただ一人の少女を一線で見つめるようになっている。

 

「……えっと、速人……どしたの?」

 

「えっ? あ、はい?」

 

沈黙が続く中さやかが、彼の顔の前で手をブラブラさせながら、速人の意識を回復させる。

 

「はい、じゃないでしょ。転校生が気分悪いからって、保健室行きたいんだってさ。アンタも保健委員なんだから、まどかと一緒に付き添ってあげれば?」

 

「あぁ……そうなんすか? 分かりました。俺も付き添いますよ、まどかさん」

 

「う、うん……ありがとう」

 

勢いよくトマトジュースを全て飲み干し、教室のゴミ箱に空の紙パックを捨て、まどかと速人はようやく、ほむらを保健室に連れていくために教室を出た。

 

(……この男も保健委員? いや、その前に……こんな男、私知らない……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……)

 

その後の光景はまさに異様であった。ほむら、まどか、速人の三人が廊下を歩けば、食事を終え、廊下で他愛もない会話で友人同士仲良く屯している生徒達が、ほむらの美貌に思わず振り返るように視線を送ってくる。

 

(……なんか、俺浮いちゃってるかも……)

 

ほむらが自分から保健室に連れて行ってほしいと言った筈なのだが、何故か彼女が一番前を歩き、まどかはその後ろにつき、最後に速人がその二人についていく。

 

途中、まどかが「私の事保健委員ってどうして知ったの?」の質問には愛想なく答える彼女であったし、まどかが「保健室はこの角を曲がった……」と言いきる前に、まるで保健室への道が分かっているかのように、軽い足さばきでほむらは先陣を切って、保健室へと向かう。

 

(……場所知っているなら、まどかさんと俺、ついていく意味あんのかなぁ?)

 

「あー、暁美さん……?」

 

「ほむらで良いわ」

 

「えっと……じゃあほむらちゃん……?」

 

周りの歓喜あふれる声や視線の最中、当の本人達はどこか重苦しい空気を感じている、まどかがほむらの名前カッコいいとか褒め称えたりしている。正直、この空気に耐えられなかった速人も、まどかのこのきっかけ作りの会話に心の中で安堵の溜息をつく。

 

「っ……鹿目まどか」

 

突然、ほむらがまどかの方へ踵を返す。最初に聞こえた舌打ちに近い声にならない声、奥歯でも噛み締めていたのか。

 

「貴方は自分の人生が尊いと思う?家族や友達を大切にしている?」

 

「え、えっと……大切だよ。家族も友達のみんなも。大好きでとっても大事な人達だよ」

 

「……本当に?」

 

「本当だよ! 嘘なわけないよ」

 

「……そう。もし、それが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて思わないことね。さもないと全てを失うことになる。

貴方は『鹿目まどか』のままでいい。今までも、これからも……」

 

「……ほむらちゃん……?」

 

何の突拍子もなく、まどかとほむらの重い会話が続く。会話を行うプロトコルとして、二人の間でそんな人生論を問われる会話をするようなコンテクストがあったとも到底思えない。ましてや暁美ほむらは今日、転校してきたと言うのに。

 

(……)

 

そんな会話を他人の振りして聞いていた速人は、二人の会話の途中で顔を地面に向けていた。彼女達の会話が一通り終わり、沈黙が続いた数秒の後、二人の会話が終わったかと安堵しふと、顔を上げる。そこには暁美ほむらがこちらを睨んでいる視線が思わず入ってしまった。

 

「んっ……」

 

その視線に思わず、目を背けてしまった彼は次の言葉を脳裏から深堀りする。

この重苦しい空気から一向に逃げ出したい気分になっていた速人は、それらしい言い訳を探り当てる。

 

「……なんか、俺……お邪魔みたいですね……まどかさん、ここまで来といて申し訳ないんですが、保健室はやっぱ二人で行ってもらえますか? 俺は一足先に教室戻ります」

 

「えっ? あっちょっと待って速人くん!」

 

「待ちなさい。鳴海速人……」

 

深堀りをした結論、この空気から思わず逃げようとして踵を返した速人だったが、その行動にほむらの『待った』の声がかかる。

 

「……なんすか? 暁美さん」

 

「……貴方、何者なの?」

 

ほむらの次の会話の標的は、まどかから速人にチェンジしていた。相変わらず、初めて会った人間との会話のプロトコルとしては非常に成り立っていない印象を受けるような第一の質問であった。どう答えるのが正解か、などと速人は考えてもいるがこの場合、どう答えても遺恨を残しそうである。

 

「何者って……暁美さんは俺の事なんか知っているんですか?」

 

「質問しているのは私よ。答えなさい」

 

(そう言われても……)

 

一糸置いて、探りを入れた逆質問で返してみたがやはり、彼女を納得させられそうにない。だが、彼女のどこか敵意を向けているような鋭い視線には速人自身、どこかで見た覚えがある……彼女が答えを待っている数秒の間で頭をフル回転させ思い出そうとするが、脳が上手く機能してくれない。ほんの少しの脳への負荷が彼の頭に痛みを発生させる。

 

「うっ……」

 

「速人くん! 大丈夫!? 頭、痛いの……?」

 

「いや……大丈夫ですよ……」

 

頭痛を抑えるために額に手をあて、痛みが静まるまで待つ。痛覚で歪んだ顔に、まどかが優しくも声をかけ癒やされる。痛みが静まるまで、ちゃんとした会話はできそうにないだろう。そう悟ったまどかが踵を返して、彼の代わりに助け舟を出す。

 

「速人くんね、自分の名前以外の記憶ないらしんだ」

 

「記憶が……ない?」

 

「うん。見滝原の駅で大怪我して倒れていたんだって。幸い、治療自体は上手くいったんだけど、自分が何処で生まれたのかとか、家族のことも、ここに転校しに来るまでどこで過ごしていたのかとか何をしていたのかとか全部の記憶なくなっていて……唯一、自分の名前だけはスマホに残っていたらしいんだけども」

 

畳み込みかけるように自分の出生を代わりに話してくれたまどかの気持ちに応えるように、残りの会話は速人が受ける。頭痛はまだ収まってはいないが、徐々に沈静化していっているようだ。また、重苦しい空気を変えようと少し笑いながら、自分のことを話す。

 

「記憶はないので、暁美さんの質問へのちゃんとした答えないんですけども……今はこうして俺以外の誰かが怪我したら、助けられるようにって事で保健委員になった訳なんですよ。まぁ、これもまどかさんの誘いですけども。だから、まどかさんや親友のさやかさんや志筑さんには頭上がんなくて」

 

「や、やーだ。速人くんったら、もう……」

 

「いや、本当ですって。そうじゃなかったら、俺ずっと浮いていましたもん。右目もないし不気味ですし」

 

ティヒヒと変わった笑い声を上げて、顔を赤くし、ポカポカと速人を叩くまどか。彼女なりの照れ隠しなのであろう。重苦しい空気が少しだけ柔らかくなる。が、ここからまたほむらの質問は続く。

 

「……その右目も? その時の怪我でなったの?」

 

「いや、これは元かららしいんですよ。俺が入院していたの数ヶ月くらい前なんですが、その時の担当の先生からは救急車に運ばれた時からこれ付けていたって」

 

そう言って、彼は右目の眼帯にサラリと触れる。目に少しかかっている前髪を少しかきあげると、眼帯がしっかりと顔にかかっているのが分かる。

 

(……数ヶ月前って事は、どうやら私の時間遡行に巻き込まれたって訳でもなさそうね)

 

彼女の中で何かしらの結論が出た模様、既にほむらは彼に対して興味が失せてしまっているようだ。

 

「そう……色々と、無粋な事聞いたわね。ごめんなさい、鳴海速人」

 

「いえ……大丈夫すよ(フルネームで謝られると何か調子狂うなぁ……)」

 

ほむらが頭を下げて、まどかと速人の方へ振り向いていた踵を再び返す。

 

「行きましょう。保健室」

 

「あっ……はい」

 

彼女の質問に対して納得できるような答えを見いだせたか分からないが、ほむらなりに納得したのだろうか、今までの質問がまるでなかったかのように、元々の保健室へ行くそもそもの目的を遂行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……)

 

天井を見上げながら、今日一日の学校の振り返りを行っている速人。一番気になるのはやはり暁美ほむらの事であろう。

 

(……あの視線、何処かで見たことある気がするんだけど……何処だ? 何処で見たんだ俺?)

 

 

「……っと! 速人ってば!」

 

「えっ?」

 

ふと彼を呼ぶ声に、上の空で朦朧としていた意識が回復する。彼を呼ぶ声の主は、彼の向かいに座っているさやかであった。

 

「えっ? じゃないでしょ。いくら女の子の会話に入りにくいと言えど、ボーとしちゃって。アンタ、今日ずっと変よ」

 

「鳴海さん、暁美さんとお会いしてからそんな感じですわね」

 

「あぁ、すみません」

 

さやか、仁美、まどかの三人で持ち切りだった転校生、暁美ほむらの話をずっと上の空だった彼。学校の授業も終わり放課後の時間デパートのテナントの一つである、ハンバーガー屋で屯していた。因みに、速人は極力ジャンクフードは食べないようにしているので、彼のトレイにはサラダと野菜ジュースしか置いていない。また、トマトジュースを飲むのも良かったが、嫌いなトマトを1日に大量に摂取する気もなかったので、トマトが入っていないサラダとジュースを敢えて選んだようだ。

 

「それで、なんの話でしたっけ?」

 

「あ、やっぱり聞いてなかったなー」

 

人差し指をぐるぐる回して、速人を茶化すさやか。一つ溜息を吐くと、もう一度彼にここまでのガールズトークを一から説明する。溜息は恐らく、同じことを説明するのに気だるさがあったのだろうか。

 

「転校生の事よ。まどかが、転校生と夢の中で逢ったって言うのよ。それで私と仁美で大笑いしていたのに、アンタだけ上の空だったからさ。全く……女の子の会話はちゃんと聞いておかないと駄目だよー」

 

「そうだったんすか。それはすみません」

 

軽く会釈をしてさやかに謝罪する速人。朦朧とした直後の意識でさやかのマシンガントークに若干、たじろぐ彼だが頭の中でさやかの話を整理しどうしても引っかかる事がある……ふと彼の隣に座っているまどかに訪ねる。

 

「本当なんですか、まどかさん。その、夢の中で遭ったって言うのは?」

 

「う、うん……すごく変な夢だったんだけど。でも、ほむらちゃんにそこで遭ったって感じがしたんだ。よく思い出せないから、もしかしたら私の勘違いかもしれないけど」

 

夢の話を、再度一から説明するのもまどかには気恥ずかしかったのだろう。彼女の夢の説明がちぐはぐな感じがしたのは。だが、速人の一点を見据えた視線だけは真面目に聞いているようだ。

 

「……あながち、間違いじゃないかもしれないですよそれ」

 

「「「えっ……」」」

 

意外な返答に女の子三人の反応も目を丸くしている。野菜ジュースを少し飲み、彼女達にこの変な違和感を言うか言うまいか迷っている彼だったが、沈黙が続く空気を変えようと決心したのかボソリと呟く。

 

「……俺も、何処かであの人に遭った気がするんですよ。だけど、それが何処で遭ったのか全然思い出せなくて……」

 

彼女の、暁美ほむらのあの視線.……記憶はないが、脳裏に烙印のように焼き付いているような印象を受ける。思い出そうとしても、頭が熱を帯びる感覚に耐えられなくなったのか、少し色っぽくも聞こえる溜息を吐きながら、店の椅子に大っぴらに身体を寝込ませる。

 

「駄目だー……思い出せない」

 

「ふーん? まどかに続いて、速人も? でも、アンタの場合は、現実の話なんだよね?」

 

「多分……そうだと思います。記憶、曖昧なので、思いますとしか言えないですけども」

 

記憶を取り戻すためのピース自体は増えているが、それを上手く嵌め込むことができない……抽象的な表現だが、今の彼のステートを一言で表すのであれば、表現としてはそれが正しいのであろう。

 

「鳴海さん、野暮なことをお伺いしますが、お医者さんからは記憶の事なんて言われていますの?」

 

「……」

 

仁美の質問は意外と彼の心情に堪える。だが、自分からほむらに遭った事があるかもと伝えた手前、ここ最近の通院の診断結果は伝えなければならないだろう。そんな義務感に苛まれたのか、深く座り込ませた身体を元に戻して、答える。

 

「なにか……きっかけがあれば良いとは言われたんですよ。例えば俺が、記憶無くす前によく行っていた場所とか、何をしていたとか、よく遭っていた親友とか……そういうのが分かれば、そこから記憶回復の見込みはありそうとは言われて」

 

「なるほど……そうすると、鳴海さんにとって、暁美さんはその記憶を取り戻す鍵になるかもしれませんね」

 

「そういう事になるかもしれませんね……でも、なんか彼女と相性悪いと言うか、俺とはあんまり会話したくないって思われているかもしれませんね」

 

「速人くん、それって、今日の保健室の付き添いの事言ってる?」

 

ずっと聞き役に徹していたまどかがふと訪ねる。付き添いの事は一応、さやかと仁美にも伝えてはいるが、あの時のほむらの速人に対しての異物を見るような疑心暗鬼と言うか、それは上手く二人に伝えられそうになかったので、まどかも敢えて話さなかったようだ。

 

彼女の返答に静かにうなずく。

 

「あの時、俺は彼女と遭った事あるって感覚はあったのに、暁美さんの方にはそういうの全くなかったですからね……色々変な事、俺も聞かれましたけどそれに答えたら、もう俺には興味が失せた感じがして……俺から彼女に話しかけるのは、無理かもしれませんねー」

 

色々と複雑な心情が絡み合う。みんな、速人とほむらが会話を行うコンテクストを生成するにも難易度が高いものだということだけは理解したようだ。ただ一人、頭を抱えるさやかを除いて。

 

「なんか、全然分かんないわよ。速人、アンタそんな小難しいこと考えずに、もっと転校生と話をしてみたらどう? ひょっとしたら、アンタ転校生に昔どこかで遭って、そこからずっと一目惚れしていたってこともあるかもしれないでしょ」

 

「えっ!?」

 

さやかが出した結論と創造の話に流石に困惑する速人。これまでの彼の話と考えを聞いて、彼女がどうしてそんな結論になるのか理解できない。何段階かプロセスをすっ飛ばしているような気がする。

 

たどたどしくなった速人はお茶を濁そうとする。

 

「そ、そんな事あり得ますかねー?」

 

「もしかしたらの話よ。それだったら、ちょっと面白いし」

 

さやかのさり気なく本音が出た。自分の恋愛事情さえ良くも悪くもという感じなのに、何故他人の恋愛事情にも片足突っ込もうとしているのかは謎だが。

 

「なるほど。それは確かに気にはなりますね」

 

クスッと笑みを浮かべる仁美。彼の味方がまた一人減ってしまった。

 

「……志筑さんまで」

 

「速人、アンタ実際、転校生みたいな子タイプ?」

 

(これは、まさか……)

 

トントン拍子に話が進んでいく恋愛事情。標的になってしまった速人が、このガールズトークから抜け出せそうにない。ここは嘘ついても、二人は納得してくれなさそうだ。

 

「……俺のタイプですよね? 俺のタイプは……」

 

横で気恥ずかしそうに恋愛話に捕まってしまった速人の話をジュースを飲みながら、聞こえないふりをしている、まどかにふと目をやってしまう。

 

「へっ……? わ、私!?」

 

「あらー。そうだったんですの?」

 

「なーにー!? アンタ、私の嫁を取る気!?」

 

「違っ! いや、まどかさん、違わないかもしれないんですけど」

 

「速人くん……本当なのそれ?」

 

「って言うかアンタ、トマト食べられないでしょうが!? まどかのパパの栽培している野菜食べずに、まどかを狙うつもり!?」

 

「さやかさん、ちょっと声が大きいですよ!」

 

「いや、俺トマト嫌いって言っても、何も下処理していない生のままのトマトの青臭さと種の食感が駄目なだけであって。ピザに乗っているトマトやケチャップとか好きですし……って俺、何言っているんだろ。あーもうすみません、もう訳分かんないっす……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こほん……今日はちょっと色々と濃厚な時間を過ごさせていただきましたね。鳴海さん、生のトマトもちゃんと食べられるようになってて下さいね。ではまた」

 

「お疲れさまです(まだ引きずられているよ……)」

 

「ばいばーい」

 

「じゃあーね」

 

あの後、公共の場ということを忘れて恋愛トークに華を咲かせすぎた、一同は周りの視線が気になってしまい、顔を真赤にしながら店から飛び出していた。時間的にも濃密な時間を過ごしていたこともあり、仁美は用事で一足先に抜け出したが、最後に速人を弄るのは忘れていなかったようだ。

 

「いやーでも、まさか、速人のタイプがまどかだったとは……これは良いもん聞けたわ」

 

「さやかちゃん、あんまり連呼しないで……」

 

例の一線のお陰で、速人とまどかの顔が正しくトマトのように紅潮してしまっている。まどかの実際の心情はどうかは定かではないが、速人の方はふとまどかを見てしまったことで、たまさかそうなっただけで実際の所は分からないと言うのが適切であろう。そもそも、記憶もなくなっているため、誰かを好きになる感性も変わってしまっているかもしれない。

 

一旦、先程の恋愛事情は勢いのところもあるしあまり深く考えないようにする。

 

「CD屋寄るんでしょ? 上条さんに合うような曲選んであげますから、とりあえず行きましょうよ」

 

「にひひー。照れるな照れるなー。まぁ、私も人の事あんまり言えないけどねー」

 

お茶を濁し、その足取りで三人は今度はCD屋に向かう。




因みに、恋愛の話を進めていくかどうかは未定です。
ヒロインとかもあんまり考えてはいない感覚です。


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第一話中編「俺も何処かで遭った気がする」

「いらっしゃいませー」

 

仁美と別れた、三人は近くのCD屋へと入っていく。用事はさやかの幼馴染であり、またさやかの想い人でもある、上条恭介の趣味に合いそうなCDを探すためである。将来有望なヴァイオリニストでもあり、一目置かれている存在でもある彼が不幸なことに、事故で大怪我をして入院中という事になっている。

 

「いやーごめんね。二人とも付き合わせちゃって。とりあえず、CD自体は私が選ぶからさ。買い終わったら声かけるから、それまで自由時間ってことで!」

 

「オッケー」

 

「俺も、上条さんに合うようなCD選びますよ」

 

「おっ、さっすが速人。気が利くー」

 

まどかは付き添いの傍ら、視聴ブースに設置されているヘッドフォンを装着して、自分の世界に入り込む傍ら、速人とさやかは上条に合いそうなCDのジャンルコーナーへと向かう。

 

因みに、速人は上条とそれほど会話をするような仲でもなかったのだが、大怪我をしたという変なよしみや、頭が上がらないさやかの頼みということもあり、嫌な顔せず付き添っているという訳だ。

 

「さてと……今日はどんなCDが良いかなー?」

 

「上条さん、やっぱクラシックが良いんですか? 俺、クラシック分かんないからなー」

 

「てへへ。実は、私も分かんないけども、そこはフィーリングみたいなところもあるから……因みに、アンタはどういう音楽が好きなの?」

 

「俺は……」

 

クラシックコーナーのCDを一つずつ、ジャケットも確認しつつ難しい顔している速人。さやかにそう尋ねられても、今の彼の感性も変わってきているかもという不安定さに悩まされつつも、隣のロックジャンルのコーナーのCDに目を向ける。

 

「……分かんないですけども、やっぱバンド系の音楽じゃないですか? 例えばこれとか……」

 

「うーん? どれどれー?」

 

ロックジャンルのコーナーの中からCDを一枚掘り当てて、さやかに見せる。そのCDのアーティストの名前を見て、とても一般的な中学生の嗜好に合ったようなものではなかったため、さやかは思わず変な笑いが出てしまった。

 

「あ、アンタ。しっぶい趣味してるなー。私も何曲か有名な曲知っているけど、これ私らの親世代の趣味よ?」

 

「いやー……なんか、分かんないですけども歌詞に惚れると言うか……記憶喪失のせいか、好みも変わったんですかねー。これ、俺買いますよ」

 

(……え?)

 

彼の返答に思わず困惑するさやか。気づけば、彼はそのCDを持ってレジのコーナーへと向かう。意外とCDを買うのも中学生には痛い出費である。

 

「ありがとうございましたー」

 

(……ん?)

 

お金を払い終え、店員から袋に入れられたCDとお釣りを受け取った瞬間、突如、速人の頭に違和感が襲う。さやかの方を見て、その違和感に気づく。

 

「……これ、俺の好み買っていますよね? 確実に」

 

「アンタ、買ってからそんな事気が付かないでよ! 私も何処で突っ込もうか迷ったわ!」

 

「すみません……つい」

 

彼の天然に半ば呆れるさやか。

 

「全く。アンタも転校生と同じく良い性格しているわ。ねぇまどか……ってアレ?」

 

笑いながら、さやかが視聴コーナーにいたはずのまどかの方に顔を向ける。だが、そこには彼女の姿がなかった。

 

「……まどかは?」

 

「えっ? あ、あれ」

 

体勢を変え360度見回し、まどかを探す速人。気づけば、彼女の後ろ姿が店の入口の自動ドアに存在し、そのまま何かに導かれるように彼女は店を後にしていた。

 

「まどかさん……? どうしたんですかね?」

 

「私らも行ってみよう。何かあったのかもしれないし」

 

二人もその後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まどかさん、ここに入っていったんですか?」

 

「多分」

 

まどかのたどたどしい後ろ姿を追いかけ着いた場所は、どんよりとした雰囲気を醸し出す薄暗いショッピングモールであった。ショッピングモール自体は改装中でほんの少しの月明かりに似た、灯がついているだけ、その先に繋がる非常口への扉は固く閉じられ、そもそも『関係者以外立ち入り禁止』の立て札が置かれている。とても、まどかが何か用事があってこんな所に進入したとは思えない。

 

「だって、この子私を呼んでいた! 助けてって!」

 

「!? 今の聞こえた?」

 

「えぇ……」

 

扉一つ越しにフィルタリングされてしまっているが、中からまどかの大声が聞こえた。自分たち以外誰も寄り付かない場所のせいか、その声は籠もっていたとしても確実に二人の耳に届いていた。発言から察するに、彼女が何か危険なことに巻き込まれている可能性が高い。

 

「行ってみよ!」

 

もう、立ち入り禁止などの事項に構っている暇はない。非常口の重い扉を静かに開ける。

 

「んっ……」

 

改装工事のせいか鉄くずの粉塵の香りが鼻につく。また、中は改装途中の現場のためか、鉄筋やビニールシート等、改装に必要そうな資材が放置されている。その奥には二つの人影が見えるのが分かる、一つはおそらくまどかであろう。

 

「まどかさん……それに、暁美さん……?」

 

速人はさやかを置いて、二つの人影に導かれるように近づいていく。もう一つの人影の人物が誰なのか、今はっきりと分かる。今日、見滝原中学校に転校してきた暁美ほむらその人であった。

 

「……何しているんですか? 暁美さん……それに、その格好……その手に持っているのって……!?」

 

学校の指定の制服とは違ったほむらの姿、そして彼女の利き手に持っているものは確実に銃であった。転校生の思いもよらない姿に流石に思考が追いつかない。

 

「……それ、本物ですか?」

 

「鳴海速人……」

 

明らか似つかわしくないものを持っている彼女がまどかに近づいている、ほむらはまどかを殺そうとでもしているのか、そんな馬鹿な、今日はじめて遭った人に対してどうしてそんな殺意を持っているのか、そんな非常識な予想を頭の中で立てつつも、まどかに危険が迫っているのは確かなようだ。これは本人に直接問いただして、確かめずにもいられない。

 

「今、何をしようとしていたんですか?」

 

「貴方には、関係ないわ」

 

「関係ないって……まどかさん怯えているじゃないですか!? とりあえず、その銃を下ろしてくださいよ!」

 

「速人くん……」

 

まどかの制服が若干、赤く汚れている。彼女の声は弱々しくもあるが、怪我をして鮮明に話すことができないという訳でもなさそうだ。まどかも困惑しているのであろう。よく見ると、まどかが胸の辺りで腕を抱えている。何かを背負っている? 左目の視力はそれほど悪くもないし、まどかに近づいているのに、それがはっきりと見えない。まどかの胸部分だけが何か白いものでモザイクがかかっているような感じだ。彼女の制服の汚れは、その白いものが出した鮮血なのであろうか。

 

「まどかさん、その白いの、何ですか? そこに何かあるんですか?」

 

「!? 貴方……見えているの?」

 

「えっ? 見えているって……?」

 

とっさに漏れてしまった声に驚愕したほむらが、今度は速人の方へ近づいて手を伸ばしてくる。

 

「速人くん!」

 

(……なんだ? 俺、この感覚どこかで……)

 

まどかの叫びも虚しく、彼の足はほむらを避けようとしていない。ほむらに殺られると思った恐怖心よりも異なる感情が速人を襲う。まどかもその、恐怖心から思わず目を瞑り背けてしまう。

 

「速人ー! まどかー!」

 

その瞬間、白い蒸気のようなものがほむらの姿を隠す。声の主はさやかであった。倉庫の非常口付近に設置してあった、消火器を外しほむらに勢いよく吹きかけた。突然のさやかの奇策にほむらも、視界を奪われ二人の姿を数秒見失ってしまう。

 

「さやかさん!」

 

「さやかちゃん!」

 

「大丈夫!? さぁこっち!」

 

さやかの声にまどかと速人はとりあえずここから逃げることを決め、さやかの後ろへと回る。消火器から未だに噴出される蒸気が全てなくなり、残り滓となってしまった消火器をほむら目掛けて投げつける。全てのカードを出し尽くした三人は勢い良く走り出す。

 

(……)

 

蒸気が消えかかり三人の姿を見失ってしまったほむらは三人を追いかけようとするが突如、今まで静寂を貫き通していた空間が奇妙なものへと変化していく。

 

「こんな時に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体、何なのよアイツ! 今度はコスプレで通り魔かよ!」

 

ほむらからようやく逃げ出せた三人は、非常口へと向かう。さやかが先導を切り、後ろについてくるまどかと速人に振り返りながら、息を切らす。

 

「っていうか、なにそれ? ぬいぐるみじゃないよね? 生き物?」

 

「分かんない! わかんないけど、この子を助けなくちゃ!」

 

まどかの腕に抱えられている生き物を見つめるさやかに必死に叫ぶまどか。二人の発言が上手く自分の頭に入ってこない。必死になって出口へ向かっているのは同じだが、速人はそれよりも、まどかが抱えている白いものをずっと凝視している。あいも変わらず、モザイクが掛かっているようにはっきりと見えないが何かがいることは間違いない。頭の中でモザイクのイメージを何となくで構築しようとすると、彼の頭を酷くハンマーで打ち付けるような感覚に悩まされる。

 

(……なんでだ? 俺、これ見た事がある……?)

 

「あれ、非常口は!? どこよ、ここ!?」

 

非常口があったはずの場所へとたどり着くが、三人は非常口の存在を認識できないでいる。気づけば、周りの空間も異常である。現実ではあり得ないような常軌を逸脱した空間に変化していく。

 

その異常な光景にまどかとさやかの二人は速人の後ろに思わず回る。

 

「やだ、なにこれ……? さやかちゃん、何かいる!?」

 

まどかがそう叫ぶと、確かに周りには立派な髭を生やした丸いものが出現している。甲高い何語か分からない叫び声でその丸いものが三人を取り囲むように迫ってくる。

 

「じょ、冗談だよね……!? 私達、悪い夢見ているんだよね!? まどか、速人!」

 

さやかとまどかは怯えたように目を瞑る。だが、速人は二人の存在自体認識できないでいる。

 

(何が……何が起こっている? 暁美さんに、まどかさんが抱えている白い生き物……?)

 

終始頭を抱えている速人、立っているのもやっとの思いであろう。三人それぞれの思いが交差する中、突然三人の足元から円陣が現れ、光が溢れ出す。その強力でありながらも優しい光に包まれた三人は、急死に一生を得たようだ。

 

「あ、あれ……?」

 

「こ、これは……?」

 

「危なかったわね。でも、もう大丈夫」

 

突然背後から、聞こえた声に振り返るまどかとさやか、そしてそれに遅れるようにして頭を抱える速人。

その人は、見滝原中学校の制服を着ており、髪を縦ロールに編んだ黄色の髪、目のやり場に困るグラマラスな体型、そして黄色の卵に似たような宝石を握りしめている少女の姿であった。

 

「あら? キュゥべえを助けてくれたのね? ありがとう。その子は私の大切な友達なの」

 

「私、呼ばれたんです。頭の中に直接この子の声が」

 

その少女の質問にまどかははっきりと答える。キュゥべえ……それがまどかが抱えている白い生き物の名前だろうか? まどかの返答に何かを悟ったのか、しかし優しくも「なるほどね……」と答える少女。

 

「見た所、あなたたちも見滝原の生徒みたいね? 二年生?」

 

「あ、あなたは……?」

 

「そうそう。自己紹介しないとね……でも、その前に!」

 

少女の声に周りの空間がジャラジャラと鎖のような金属音を奏でながら反応する。それに応えるかのように黄色の髪をした少女は足で円陣を生成し、卵型の宝石を手にかざす。

 

「ちょっと、一仕事片付けちゃっていいかしら?」

 

そう言うと、少女の姿が変わる。黄色の光に包み込まれたと思うと、黄色のスカートに洒落たブラウスにも似たような衣装。さらには羽飾りと先程の宝石がついたベレー帽が頭に現れる。

 

その姿になった少女は「ハッ!」と高らかに跳躍したかと思うと、気づけば少女の周りには無数のマスケット銃が出現する。その銃から発射される弾丸が速人達を襲っていた丸いものへ向かい、爆発を発生させる。

 

無数に湧き出た丸いものは爆発と共に一瞬にしてその身体を引き裂かれてしまったようだ。

 

「す、すごい……!」

 

まどかがその姿に感銘を受けた声を上げると、例の奇妙な空間も徐々に回復していく。

 

「も、元に戻った!」

 

再び静寂が包み込む空間に戻る。その中でマスケット銃を扱っていた少女は誰かが現れたことに気がつく。まどか、さやか、速人を追いかけてきた暁美ほむらの姿だった。

さやかとまどかは思わず、未だに頭を抱えている速人の後ろに回り込む。先程の彼女とのやり取りで未だに恐怖心が拭えていないのであろう。

 

「魔女は逃げたわ。仕留めたいならすぐ追いかけなさい。今回はあなたに譲ってあげる」

 

「私が用があるのは……」

 

「飲み込みが悪いのね。見逃してあげるって言っているの。お互い余計なトラブルは無縁でいたいと思わない?」

 

「……」

 

二人の敵意をあからさまに発生させている会話にまどかとさやかの二人も身を引き締めている。その視線を無視して、白い生き物には憎悪の感情を露わにしつつ、ほむらは速人の方もにらみつける。

 

(……偶然……よね? でも、彼がインキュベーターを見えていたことは……)

 

摩訶不思議な自問自答が彼女の頭の中で巡りまわるが、これ以上の結論は出せそうにないだろう。悔しそうに目を瞑りながら、ほむらは踵を返して三人と一匹から姿を消す。ようやく一通りの悪夢が終わったかとさやかとまどかは安堵の溜息をつきながら、笑顔で向かいあう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。マミ、助かったよ」

 

ほむらが立ち去った後、まどかは少女に白い生き物を手渡す。マミと呼ばれた少女はその白い生き物に手を翳す。すると、その白い生き物の傷がみるみる回復していく。クスッと笑いながら、マミと呼ばれた少女は「お礼なら、この娘達に、私は通りかかっただけだから」と二人にお礼を言うように諭す。

 

「どうもありがとう。ぼくの名前はキュゥべえ」

 

「貴方が、私を呼んだの?」

 

「そうだよ。鹿目まどか、それと美樹さやか」

 

「な、なんで私達の名前を……? って言うかアンタを助けてくれた奴、もう一人いるわよ……ってアレ? 速人?」

 

キュゥべえと自分の名前を紹介した白い生き物はまどかとさやかにお礼を言う。自分達の名前を知っている白い生き物に困惑するさやかだが、キュゥべえを助けてくれたもう一人の人物を紹介しようと速人にもお礼を言いなさいと諭す。

 

「……」

 

「は、速人?」

 

「速人くん……?」

 

さやかに紹介された速人は、先程までの常軌を逸した空間から抜け出したにも関わらず、未だに虚ろな目で白い生き物を見つめている。明らかに狼狽している速人の視線にさやかもまどかも怖がっている。だが、マミやキュゥべえは驚いたような声で速人を見つめている。

 

「あ、あなた……キュゥべえが見えているの?」

 

「君は……一体?」

 

マミとキュゥべえの質問にも答えられない。様子がおかしい。息切れを起こし、速人は何かを思い出すようにそのキュゥべえを見つめている。

 

(……今、はっきりと見える。だけど、こいつは……)

 

モザイクが掛かっていたような白い生き物の存在がようやくクリアになっていく。耳の長い猫のような生き物。耳には不思議なリング状の輪っかをつけているキュゥべえの姿がはっきりと見えた瞬間から、彼の頭がフラッシュバックする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー速人ーー

 

(誰……?)

 

ーーお前はここで見たことを忘れろ。そうすれば、明日からもいつもどおり普段の生活ができるようになるーー

 

(誰だよ……何言ってんだ?)

 

ーーお願い、速人! アイツを……助けてあげて! こうなってしまった以上、もう頼れるのはアンタしかいないんだ!ーー

 

(また……今度は誰だ? いや、でもこの声ってまさか……)

 

ーー貴方……自分の立場が分かっていないようね。貴方は崇高なる権力者にただの人間が無謀にも噛みつこうとしているだけなのよ? 対抗できる力を手に入れたからって調子に乗るんじゃないわよーー

 

(この声も……)

 

ーーまさか、君がこんなことを思いつくなんて想像もしていなかったよ。つくづく、人間には驚かされるーー

 

(こいつも……)

 

ーーさぁ受け取るがいい、鳴海速人。これぞ君の生き様そのものであり、君の創意工夫全てが考慮され設計された最高傑作ーー

 

(やめろ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー????・???だ!ーー

 

「やめろぉぉぉぉぉぉ!」

 

「「「「!?」」」」

 

突然、彼の叫び声がショッピングモール内にこだまする。三人の少女とキュゥべえがその声に驚いた矢先、速人は突然、頭の負荷が臨界点を超えてしまったのか、吹っ切れたように顔から地べたに倒れ込んでしまう。

 

「速人!」

 

「速人くん!」

 

倒れ込んだ速人にさやかとまどかは泣き顔で、速人の方へと向かう。先程の叫び声にしどろもどろしていたマミと呼ばれた少女も二人に遅れながら、速人の元へと向かう。

 

「速人! しっかりして! 大丈夫!?」

 

「速人くん! どうしちゃったの!? 返事をして!」

 

頭から、コンクリートに打ち付けた彼の身体を呼び起こそうとするが、気だるさか朦朧としているせいか、さやかとまどかの声に反応しない。幸い呼吸は弱々しくあるが、出来ているようだ。心配する二人を横目にマミが速人の体勢を仰向けにしつつ、彼の額に手を翳す。

 

「……凄い熱! 二人とも、色々と聞きたい事があるでしょうけども、とりあえずここから出て私の家に行きましょう! 彼も休ませてあげないといけないし」

 

「「は、はい!」」

 

「よいしょっと……意外と重いわね」

 

熱のせいで倦怠感がある人間一人を背中で抱えるマミ。こうして、四人と一匹はショッピングモールを後にすることとなった。

 

 

 



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第一話後編「俺も何処かで遭った気がする」

「……」

 

マミは、木枠のソファに寝かしつけた速人の前髪を左手でオールバックになるように抑え、右手は詠唱を行うが如く、手を翳して彼の発熱を何とか冷まそうと集中している。原理的には、ショッピングモールの一件で大怪我をしたキュゥべえの傷を癒やす事と同じなのだろう。不安そうに見つめる、さやかとまどか。二人の期待を裏切らないように仕事をやり終え、「ふぅ……」と安堵の溜息を吐くマミ。

 

「これで一先ずは安心ね」

 

「本当ですか!? 良かったぁー速人くん」

 

「全くもう、心配させないでよ……」

 

ショッピングモールでのいざこざから抜け出した速人、さやか、まどか、マミ、キュゥべえの四人と一匹はマミの指示通り、彼女のマンションを訪れた。と言っても速人は終始、魔法の力で肉体強化されたマミにおんぶされていただけなのだが。

 

「すみません……みなさん……なんか、色々と迷惑かけちゃって」

 

熱が下がり、倦怠感からようやく開放された速人はマミにお礼を言い、身体を起こそうとするがそれをマミに止められてしまう。

 

「いいのよ。それより、熱が下がったとは言えまだ安静にしていなきゃ駄目よ? 少し、休んでいきなさい。きっと疲れていたんだと思うから」

 

「すみません……じゃあお言葉に甘えて少し眠ります」

 

身体を再び仰向けにする速人。

 

「良かったら毛布使う?」

 

「すみません。何から何まで、じゃあ毛布も……」

 

「はいっちょっと待っててね」

 

そう言って、マミは寝台室へと向かい、クローゼットから一枚、花の刺繍が強調されたライトグリーン色の毛布を取り出し、速人に優しくかけてあげる。

 

「にっひっひー、速人。なんかアンタちっちゃい子みたいねー」

 

満面の笑顔で、ソファの肩掛けに両手で頬杖をつくさやか。

 

「病人に対して言う台詞っすかそれ……」

 

「でも、良かったぁ。もう、速人くん今度からはちゃんと体調悪くなったら言わなきゃ駄目だよー」

 

「まどかさん、すみません……」

 

まどかも、頬杖をつくさやかの背後から顔だけ速人の方へ出現させ、安堵の笑顔を見せる。その三人のやり取りを見てクスッと笑みを浮かべるマミ。

 

「あらあら。随分とモテモテね。さぁゆっくりとお休みなさい。後で貴方にも聞きたい事があるから」

 

「はい……」

 

さやかとまどかのやり取りで少々崩れてしまった毛布を再び掛け直し、寝床につく速人。数分後、彼は寝息を立ててしまっていた。待ってましたと言わんばかりに、マミはソファの近くにあるこれまた珍しい、三角形の机を少しずらす。三人と一匹の話が可能な限り、彼の睡眠の邪魔にならないようにしている模様だ。

 

「さて、彼には悪いけども一先ず、私達は私達で話をしましょうか。貴方達もキュゥべえに選ばれた以上、他人事じゃないものね。ある程度の説明は必要かと思って」

 

「うんうん、何でも聞いてくれたまえ」

 

「さやかちゃん、それ逆……」

 

三人の冗談めいたやり取りから、ようやく魔法少女と魔女についての話が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからは、淡々と話が進んでいった。マミが用意してくれた紅茶とケーキを片手間に、マミの魔法少女としての使命が説明される。魔法少女になるプロセスとしてはこうだ。キュゥべえと呼ばれる白い生き物がまず素質のある少女に対して、願いを一つ叶える。その代償として生成されるのがソウルジェムと呼ばれる卵に似た宝石を願いを叶えてもらった少女は授かる。ソウルジェムを受け取った少女は『魔法少女』として、『魔女』と闘う使命を課せられる。

 

魔女と呼ばれるものは正しく魔法少女の対となる存在のようだ。魔法少女が願いから生まれるのに対して、魔女は呪いから生まれる存在。魔女の放つ呪いは、世間で言う所の理由のはっきりしない自殺や殺人事件を齎すと言われている。そんな大事が世間で注目されないのは、魔女自体がそもそも結界の奥深くに潜み、人前には決して姿を表さない模様だ。速人達がショッピングモールで巻き込まれたのも結界の類であった。

 

速人達も結界に巻き込まれた所を、マミに助けられたのは正に急死に一生といえるであろう。

 

また、ショッピングモールで暁美ほむらは、まどかではなくキュゥべえを狙っていた模様だ。ここからは、マミとキュゥべえの推察となるが、魔女を倒す見返りのためにまどかやさやかが魔法少女になることを阻止しようと試みたのであろうと言うこと。

同族嫌悪という訳ではないのだろうが、魔法少女同士とは言え協力して闘うとは限らない模様だ。

 

そんな、生々しい魔法少女同士の小競り合いや魔女との死闘という理想と現実のギャップを打ち砕くが如く、説明し終えるとマミは二人に『魔法少女体験コース』という名目で本当に叶えたい願いを叶えてもらってまで闘う意思があるかどうか、判断しようとのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大分、長々と話してしまったわね……」

 

マミのマシンガントークが終わり、喉を潤すために紅茶を一口。一通りの説明を終えると、今度はソファで寝ている速人を横目にさやかとまどかに尋ねる。

 

「鹿目さん、美樹さん。私も少し聞きたい事があるのだけど……彼、名前は?」

 

「速人です。鳴海速人」

 

マミの質問にさやかも紅茶を啜り答える。

 

「……見た所、彼は貴方達と一緒に行動していた所、魔女の結界に巻き込まれたってことでいいのかしら?」

 

「そう言うことに……なりますね」

 

「なるほど……」

 

ティーカップをコトンとソーサーに置き、何か悩ましそうに深く考えているマミ。数秒の沈黙が三人を包み込むと、再びマミは速人の方へ向き、覚悟を決めたように二人に結論を出す。

 

「彼……明日から金輪際、貴方達に遭わないほうが良いかもしれないわね」

 

「「えっ!?」」

 

マミの覚悟を聞き、まどかとさやかは目を見開き顔を見合わせる。一糸置き、声を切り開いたのはさやかの方だった。

 

「どうしてそんな……遭わない方が良いなんて」

 

「さっきの魔法少女と魔女の話に関係するけども......キュゥべえに選ばれた貴方達と行動を今後も共に良くしていくのであれば、彼は間違いなく魔女の標的になってしまうわ。だけど、彼は貴方達と違って契約はできないし、魔女と闘う術も持っていない。闘う術を持っていないのは貴方達もそうだけど、それはあくまで今だけの話ってことでもあるわ。キュゥべえに素質があると認めてもらっている以上、私も貴方達を守る。だけど、彼は違う。わざわざ二人と遭って危険な目に合わせるのは酷だと思わない?」

 

「……」

 

魔法少女としてこれまでいくつもの死闘を繰り返してきたマミが言うのであるのだから、恐らく彼女の考え方は正論なのであろう。理屈自体も通っている気はするし聞こえもいい。しかし、それは言い返せば、自分達が違う世界に行くから、速人とはここでお別れと言う事にならないだろうか。そんな悲哀な気持ちに苛まれたのか、まどかが口を開く。

 

「あ、あの……どうしても遭っちゃ駄目ですか?速人くん記憶がなくなって最初は確かにちょっと怖いなって思う事あったけど、ようやく明るく私達と接することができるようになって……そんな時に私達の方から離れてしまうと、速人くんまた一人ぼっちになってしまう……!」

 

自分で速人の生い立ちを説明していくに連れて、まどかの頭の中で速人とほむらが縦鏡一枚を間に置いて、背中合わせになっているのを想像してしまう。

 

(……ほむらちゃんも?)

 

「記憶がないって……それ、本当? 鹿目さん」

 

マミの返答に沈黙するまどか。まだ、彼女の中でほむらと速人の背中合わせのイメージが拭いきれていない。返答に詰まったのかと悟った、さやかがそこに助け舟を出す。

 

「そ、そうなんです。こいつ、数ヶ月前に転校してきたんですけど。最初の方とか特に酷くて、私なんて『こんな奴と口も聞くかー!』とか思っていたんですけど、心優しいまどかが声かけてあげてからは丸くなったみたいで、まぁまどかがちゃんと接しているならって事で、今は私も普通に接しているんですけどもってアレ……?」

 

さやかもまどかと同じくほむらと速人の背中合わせのイメージを持つ。

 

(転校生も……そうなのかな?)

 

(……? 二人ともどうしたのかしら?)

 

言葉に詰まった二人を見て、次の言葉を考えている様子のマミ。

 

(……一人ぼっちか……)

 

「う……う、ん」

 

少し会話のボリュームを上げすぎてしまったようだ。速人が虚ろに目を開けている。寝起きのせいかまだ意識は朦朧としていそうだ。マミは「ふぅ……」と溜息を一つつくと、二人の方に向き自分なりの結論を出す。

 

「分かったわ。とりあえず今後の事については、貴方達に任せるわ。それより私も、少し彼と話をさせてもらってもいい?(ちょっと気になることもあるし)」

 

「はい」

 

「分かりました」

 

ニコッと笑い返すまどかとさやか。マミは二人に笑い返し、速人が寝ているソファの方へと向かう。

 

「おはよ。よく眠れた?」

 

「えぇ……」

 

毛布を少しはだけさせて、上半身だけ起こす速人。スッキリとしたと言う訳でもなさそうだが、倦怠感はもうなくなっているので会話はできそうである。

 

「自己紹介が遅れたわね。私は巴マミ。貴方と同じく見滝原中学校の三年生よ。君は、鳴海速人くんで良かったかしら?」

 

「そうです。巴先輩……」

 

速人に、先輩と呼ばれたことにマミは少しドキッとしてしまう。だが、そんな彼女の心情は包み隠し、現状確認のための質問を行う。

 

「鳴海くん、寝起きでまだハッキリしていないかもしれないけども、思い出せそうなら答えて。貴方、倒れるまでの間の事どこまで覚えている?」

 

(……)

 

ショッピングモールで奇声を上げたこともハッキリ覚えている。あの時、走馬灯のように色々な人の声が自分の頭の中で巡りまわっていたことも……だが、今思いだそうとしてもアレがなんだったのか、各々誰の声だったのかよく思い出せない。仕方なしにまどかを追ってショッピングモールでほむらに出くわした時からの経緯を、速人は朧げながら話すことにした。

 

「たしか……ショッピングモールでまどかさんと暁美さんに出くわして……暁美さんに何かされそうになった所を、さやかさんに助けてもらって……そこからは、まどかさんが抱えている白い変なものと暁美さんのことでずっと頭がガンガン痛くなる感じになっていって……それで……」

 

「白い変なものって……それって」

 

「それってボクのことかい?」

 

ちょこんと三角形の台の机に座る白い変なもの……キュゥべえがようやく彼の前に姿を表す。道中モザイクが掛かっていたようにぼやけていたが、今は狼狽していた時と同じくクリアにその物体が見える。

 

「……一体、何なんですかそれ?」

 

「貴方、やっぱりキュゥべえが見えていたのね……でも、どうして?」

 

「……」

 

キュゥべえは速人を凝視している。と言っても、目の瞬き以外特に変化がないため、本当に凝視しているかどうかは定かではないが、キュゥべえなりに何かを調べようと速人の身体を上から下まで目の動きだけ変えていく。

そして、一通り調べ終えると「ふぅ……」と溜息を吐く。調べ終えた事を理解したのかマミがキュゥべえに対して尋ねる。

 

「どう、キュゥべえ。何か分かった?」

 

「……僅かだけど、魔法少女の魔力を彼から感じる。彼が僕の存在を認識できているのもそのせいだ。正直、この程度の魔力では戦力にはならないし、その事にマミが気づけなかったのは、その力があまりにも小さすぎるせいだろう」

 

「そんな事あり得るの?」

 

「可能性として無いわけじゃないよ。例えば、彼が魔法少女から力を授かり、その力が無意識に働いているということもあり得るね。でも……」

 

(……?)

 

何を言っているのか分からない。淡々と進んでいくマミとキュゥべえの会話。何か変な診断をされているようで少し気分が悪くなってくる。

 

「何だろこれ。君の魔力……まるで、何かから君を守っているようだ」

 

「何か……って?」

 

「分からない……特にその眼帯から強い何かを感じるんだけども……」

 

何かを考えついたようにキュゥべえは速人に懇願する。

 

「鳴海速人……その眼帯、できれば外してくれないかい?」

 

「……」

 

凍りついたような冷たい風が彼を襲う。キュゥべえの思いのままに外すことなど出来ないと速人は、首を静かに横に振る。

 

「それは、勘弁してくれないか。察しの通り、右目は本当に潰れていてな。女の子三人もいるこの状況で外した姿なんて見せたら、多分全員嘔吐すると思うぞ」

 

「あ、あはは……寒い……」

 

さやか、まどか、マミも彼の冷静な判断と右目のイメージに身体を強張らせてクロスした腕を肩に持つ。

 

「そうかい……まぁ、無理強いはできないね」

 

「……ねぇ鳴海くん。貴方の魔力の事についてなんだけども」

 

「ちょっと待ってください……さっきから何の話をしているんですか?」

 

「そうよね……実は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と言う訳なのよ」

 

「信じ難い話ですけど……あの時の変な空間に巻き込まれたって事は……やっぱ現実なんですよね」

 

マミから事の経緯を全て共有してもらった速人。そして先程の会話から本来男の自分ではあり得ない、『魔法少女』の魔力を自分が宿しているという事実。それらが複雑に自分の身体を蜘蛛の糸のように無数に絡みついているような印象を受ける。一体、記憶を無くす前の自分は何をしていたのだろうか。その魔力を誰かから、授かったとして何故自分なのか? 自分は一体何をしでかしたのだろうか? そんな自問自答が彼の頭を巡回する。せっかく、マミの部屋で休ませてもらって徐々に回復していったのに、これでは本末転倒で心の拠り所もない。

 

「……鳴海くん」

 

「……はい?」

 

そんな速人を哀れに思ったのか、マミが続けて彼に尋ねる。

 

「貴方、自分の記憶を取り戻したいと思う?」

 

「そりゃあ……まぁ……」

 

「そう……」

 

彼の返答にマミは深く考え込み、ずっと傍観者であったまどかとさやかに踵を返し、一つの提案を出す。

 

「鹿目さん、美樹さん。さっきの魔法少女体験コースの話なんだけど……少し追加事項を加えてもいいかしら?」

 

「追加事項……ですか?」

 

「えぇ。一つは貴方達に対しての魔法少女体験コース。これは変わらずね。そしてもう一つは……」

 

その時、マミが速人の肩を取り彼の目を見つめ、もう一つの追加事項を話す。

 

「彼の……鳴海くんの記憶を取り戻すお手伝いって事項を加えない?」

 

「……どういうことですか?」

 

「鳴海くん、よく聞いて。貴方が体内に魔法少女の魔力を宿している事は事実。そして、どういう訳か貴方はそうなった経緯を全て忘れてしまっている。恐らく、魔法少女と魔女の闘いに貴方が、何かしらの理由で巻き込まれた可能性が高いわ。という事は今後、魔法少女と魔女の闘いを直に見ることができれば貴方の記憶が取り戻せるかもしれないでしょ?」

 

つまりは、魔法少女と魔女の死闘に彼も加入させるという事だ。上手くいけば、速人の記憶が取り戻せる『きっかけ』になるかもしれないが……

 

「……危険過ぎませんかそれ? 第一、まどかさんやさやかさんの了承もなしにそんな事俺は……」

 

「わ、私! 速人くんの記憶を取り戻せるお手伝いが出来るんだったら良いですよ!」

 

速人が断ろうとした矢先、まどかが飛び上がり反論する。それに上乗りするようにさやかも飛び上がり、「私も!」と乗っかる。

 

「まどかさん……さやかさんまで」

 

「アンタ、自分で言っていたんじゃない。医者から何か記憶を取り戻すきっかけがあれば良いって。このチャンス逃す手はないでしょ?」

 

「そりゃ確かに言いましたけども……」

 

「速人くん……今は明るく接しているけど、本当は記憶なくてすっごく辛いと思うんだ。だから……」

 

「……」

 

今にも泣きそうな顔をしているまどかの表情に、思わず目を背けてしまう速人。寝ている間にとんでもない事に巻き込まれてしまっている。だが、二人の言っている事が全て正論、的を得ているものだから、彼も危険を承知な上でYESと言うしかないのであろう。

 

「……分かりました。俺も、参加させてください」

 

「分かったわ。勿論、提案したのは私だから、命に代えても貴方もお守りするわ」

 

「「やったー!」」

 

さやかとまどかがハイタッチをして、喜び合う。

 

(やれやれ……なんか面倒な事になってはいるけども、まぁ、さやかとまどかの二人を魔法少女にできる可能性は残っているから良しとするか)

 

キュゥべえの黒い思惑もいざ知らず、これまでの光景をガラス越しに見ていたものが一つ……去り際に残した軽い足音の歪が、窓ガラスを軽く叩く。その微妙な音は、キュゥべえの耳には入ってしまったようだ。

 

(……ん?)

 

窓の方を振り返るが、そこには何かが小さく揺れた余韻だけが残り、その姿は既に消え失せてしまっている。

 

(……気のせいか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……)

 

速人はあの後、マミのマンションでケーキと紅茶をご馳走になりつつ、彼の家までの帰路につく。帰ってきた時には、既に太陽も下がり、夕焼けも黒色に染まりつつあった。テレビをつけながら、他愛もないバラエティを見ながら今日の事を振り返っている。振り返ることが多すぎて、テレビの音なぞ有象無象なものとしか認識できない。マミの提案に勢いで乗ってしまった所もあるが、本当にこれで良かったのだろうか。結局、テレビも消してしまう、夕食もマミのケーキを入れてしまったせいか、摂取する気も起きない。

 

キッチンにふと目をやると、冷蔵庫に張ってある付箋に目がつく。

 

(困ったことがあったらここに連絡してね)

 

明らか女性の文字で書かれたきれいな文字。末尾にはハートマークと電話番号。身寄りのない速人に衣食住を提供してくれた、彼のスポンサーとも言えるべき存在。見滝原駅で大怪我して救急車に運ばれ、同じ病室になったよしみで仲良くなった女の子。付箋には困った時と書いているが、お世話になっていることもあり、毎日とは言わないが、彼なりにルーティンを決めて今日何があったか電話で応対はしている。

マミからとりあえず、魔女の闘いの準備ができるようにとの言いつけもあったので、正に今が事実困ったことであろう。

 

本当はいつもであれば早い時間に電話するのだが、今日は仕方ない。今からでもとりあえず電話をしようとスマホを立ち上げて、彼はその付箋に書かれた電話番号をダイヤルする。

 

「もしもし? 俺です。速人です。すみません、こんな時間に……ちょっと色々と面倒な事になりまして……はい」

 

 

 

 

 

 




うーむ。
ここの話の繋ぎ合わせはかなり難しかったです。
一応、プロットがあるので不自然な形で進まないよう気をつけはしましたが……

途中、ほむらを出汁にしてしまっている所があったので、そこは反省ですね。
後はどうしてもここの部分、会話が多すぎた。

一先ず、これで長くなりましたが第一話は終了です。

因みに、オリ主が見滝原に転校してきて、今日までの数ヶ月分の中身は何処かで書こうかと思います。
また、今更ですが記憶がないオリ主はちょっとオドオドしたかっこ悪い感じに書こうとしています。

次回から完全オリジナル展開です。


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第二話前編「変わる運命の引き金」

(……)

 

夕暮れの冷たい風が、暁美ほむらの長く、鴉のように黒い髪をなびかせる。まどか、さやか、マミ、速人、キュゥべえの魔法少女と魔女についての談話も終わり、紅茶とケーキのお茶会をしている最中、ほむらはマミの住むマンションの正面入口に立っていた。

 

後悔……彼女の今の心情を一言で表すなら、それであろう。まどかとさやかがキュゥべえに接触する前にキュゥべえを始末できなかった事、マミの救出劇から二人が魔法少女になる事の始まりの鐘を鳴らすことを止められなかった事、結局、計画していた事は全て水の泡となってしまった。

 

(焦っちゃ駄目……まだ、まどかが魔法少女になると決まった訳じゃない)

 

そう自分に言い聞かせるが内心、不安で仕方ない。それも、今回初めての異なる事情が起きてしまった事が原因であろう。

 

(鳴海速人……あの男は一体……ん?)

 

そんな彼女の静かな心情を、マミの部屋のベランダから飛び降り、柱のつてから針葉樹の一本の木の先端、そしてコンクリートに最後に飛び降りた一つの足音が打ち消す。

 

(あいつ!性懲りもなくまた!)

 

それは、ほむらが憎むべき相手キュゥべえの姿であった。幸か不幸か彼が着地した場所はほむらが立っている正面入口から数十メートル離れた先であり、キュゥべえはほむらに気づいていない様子だ。

 

「……」

 

だが、キュゥべえの様子がおかしい。無表情なのは変わらずだが、着地した余韻に浸っている訳でもなくただ空を見上げて、目を瞑っている。

 

(……? どうしたのかしら……?)

 

ほむらはここで、ショッピングモールでの一戦の続きをしようかとソウルジェムを取り出そうとするが、彼のまるで、感傷に浸っているような挙動に不信感を抱く。感情のないキュゥべえがそんなことをすると思えない。だがその直後、彼女の中で蛆のように沸くとんでもない違和感に思わず驚愕の表情を隠せない。

 

(……えっ!? 嘘……)

 

キュゥべえの取った行動があり得ない。冷静沈着に装っている自分が思わず声を上げてしまいそうになったほどだ。キュゥべえの行動に驚く彼女は、思わず近くにあった針葉樹を盾に姿をくらます。

 

キュゥべえの瞳から流れていたのは、涙であった。小雨でも降ってきたのかと一瞬思ったが、コンクリートは濡れてもいないし、雨の降り初めに鼻につくコンクリートの嫌な臭いもしていない。確実に濡れていたのは、キュゥべえの紅い瞳の直下だけであった。これは見間違いではないだろう。

 

「ん……?」

 

涙を流したキュゥべえが思わず咄嗟に隠れてしまったほむらの足音に気づき、マンションの正面玄関の方を振り返るが、生憎彼女の身体は針葉樹が隠してくれている。少し不思議な感覚をしていたが、何かを悟ったように今度は周りをキョロキョロと伺い導かれるように時折、彼から発する金属同士が叩く音をさせながら何処かへ向かっていく。

 

(……どうしてあいつ、涙なんか……感情なかったんじゃないの?)

 

キュゥべえの後ろ姿を針葉樹から顔だけ出し、凝視するほむら。トコトコと歩いていくキュゥべえは完全にこちらには気づいていない模様だ。

 

(……気になるわね。追いかけてみるか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこまで、追いかけていっただろう。時間にして四十分程度、キュゥべえを尾けていっただろうか。もうマミのマンションからも遠く離れてしまっている。キュゥべえに見つからないように、距離を置いて追いかける。マンション団地からオフィス街、気づけば人気のない廃墟に来ていた。キュゥべえはその内、もう使われていない大きなマンションに入っていく。ほむらも続けて追いかけていく。

マンションの正面入口に入ったのはいいが、暗かったせいかキュゥべえの白い後ろ姿を見失ってしまった。周りを見渡そうとする直後、正面入口からすぐの大きな扉がガコンと開いたような音がしたのをきっかけに、ほむらも遅れてその扉を開ける。

 

(……随分と広いところに出たわね)

 

そこは、また外であった。マンションの中にある広場と言えばいいのだろうか。正面だけに気を取られていたが、随分な大規模のマンションのようだ。広場の中心から見渡すと、全てマンションで道を覆い塞がれている。しかし、今はそんなことよりもキュゥべえである。肝心の彼の姿がない。

 

(……見失うような場所でもないんだけど……)

 

魔力で回復したほむらの視力でも、彼の白い目立つ色を見つけられない。完全に撒かれたと思ったほむらは心の中で、自分の評価を下げる溜息をつく。

 

(……何をしているのかしら、私……)

 

元々ここに来たきっかけを思い出す。あの時の涙を流したキュゥべえに気を取られて気づけばこんな所まで来てしまった。だが、そもそもあの淫獣如きが涙を流したからと言って何だと言うのだろうか。確かに感情がないという割に、あの時の彼の表情は確実に感情があったものだったのが気にはなったが、だからと言って自分の目的が変わる訳でもない。

 

(馬鹿馬鹿しい。帰りましょう)

 

自分に呆れて踵を返し数歩、歩いたその直後一瞬自分の視界の入ったものに、目を見開きまた振り返る。キュゥべえに気を取られすぎて気づかなかったが、そこには自分が見慣れた嫌なものがそこにはあった。

 

(……?……! グリーフシード!? しかも孵化しかかっている!)

 

彼女が気づいた時にはもう遅い。グリーフシードが孵化しそこから結界が発生し、魔女が生まれてしまった。周りの結界は今の時代にはあまり馴染みのない羽ペンのようなものが紙に何かを書いているのを強調している。

ほむらが見上げた先にあったのは巨大なインク入れであった。それが上空に浮かび上がり、逆さになったと思うとそこから、滝のようにインクが垂れ流される。溜まったインクが何かの形に変化していく。

 

(今まで、見たことのない魔女! まさか、インキュベーターの奴、私が尾けているのを知っててグリーフシードを!?……いや、そんなわざわざ回りくどいこと、あいつがするとも思えない……)

 

考える余地もなく、インクは大人びた女性の裸体に変わっていく。魔女が完全体になったと言う所だろうか。ほむらも仕留めるしかないと悟り、ソウルジェムを取り出し魔法少女の姿に変身する。

 

(やるしかないようね……)

 

「……」

 

女性の裸体は確かに人間の姿・形をしているが、足はインクが地面から生えだし粘液のようにへばりついている。魔女らしき女性はふと、自分の親指を口元に持っていくと勢いよく親指を噛み砕き、親指を自分の歯の力で詰める。その姿に思わず目をそらしてしまうほむら。

 

なくなった親指から、大量の血が流れだすように、黒のインクが流れ出している。流れ出たインクがきれいな円を地面に描くと、そこから、黒い親指をなくした手が無数に生えてくる、使い魔の一種であろうか。

 

(悪趣味な魔女……)

 

裸体の魔女は身動き一つせずに、ある程度の無数の手がほむらの方へと向かってくる。使い魔だけに攻撃を任せ、自分は傍観者を気取っているのだろうか。

 

ほむらは盾からサブマシンガンを取り出す。魔女の性質が未だに分からないが、大量の使い魔を相手にするのであれば、高速で連射に適しているサブマシンガンが適切であろう。猪突猛進で向かってくる使い魔とほむらの追いかけっこが始まる。

 

(まずは、距離を置いて……一気に叩く!)

 

時止めを時折駆使し、自分の走る脚力と使い魔の追いかけっこできれいな円を地面に描く。時折、結界の壁を利用して壁蹴りで距離を稼ぐ。いいタイミングであらかたの距離を稼げた隙に、ほむらは踵を返しマシンガンを使い魔目掛けて打ち放つ。

 

使い魔は奇声を上げつつ、無数の手が撃たれたと同時に倒れ込んでいく。あらかた片を付けたほむらは、結界の中心で傍観者気取っている魔女らしき女性の裸体目掛けて、バズーカに武器を切り替えて照準を合わせる。

 

(喰らいなさい!)

 

放たれたバズーカの砲弾が女性の裸体を包み込み、轟音を唸らせながら、火薬の粉塵が結界の中心部で発生する。モクモクと煙が薄くなっていくと、女性の腹部にぽっかり大穴が空いているのが認識できる。女性も奇声を上げて苦しんでいる。

 

(後、一押しね)

 

バズーカの威力が半減しない程度の適正な距離を保ちつつ、地面に着地しようと、直前まで使用していた使い捨てバズーカを遠くに放り投げ盾から次のバズーカを取り出そうとした。

 

その直後

 

「……! なっ!?」

 

地面に足が着いた途端、ほむらの足元から、インクの手が彼女の足を捕まえる。ほむらが着地した場所には何と、大きな円状のインクが垂れ流された後があったのだ。自分が使い魔にマシンガンを連射していた隙に、魔女が設置した、罠

 

「くっ!?」

 

自分の足を捕まえた手を振り払おうと、もがき苦しむほむらだがその手は中心で苦しんでいる魔女と同じく粘液のように変化していき、彼女の腹部を締め上げ、足は完全にインクで埋もれてしまう。ほむらの背中には覆いかぶさるように黒いインクが壁のように固定され生成されていく。恐らくこの壁はほむらの身動きを完全に止めるためのビス止めの役割を果たしているのだろう。

 

(こ、これじゃあ……時間停止も……!)

 

時間停止を使って回避しようにも、ほむらの身体が何かに接触している場合は、その対象物も時間停止の影響を受けない。つまり、今の状態では例えこの罠が身動き封じのための秘策であり、攻撃の術を持たないとしても、意味がない。

 

直後、女性の裸体の腹部がまた黒く塞がっていく。上からはインク入れがインクを女性の裸体にかけているようだ。あの女性の裸体が見る限り回復している模様だ。

 

「そ、そんな……!」

 

(……)

 

穴が塞がった女性の裸体は表情こそ見えないが、怒りで憎悪しているようだ。ほむらの方を睨みつけると、今度は親指を詰めた手とは逆の手を噛み千切り、両手を差し出し、また使い魔を呼び出す。両手で召喚しているせいか、今度は先程よりも使い魔の数が多い。使い魔たちは生成されたと同時にほむらに猪突猛進で襲いかかってくる。

 

(こ、こんな……こんな所で……!)

 

振りほどこうと魔力で肉体を更に強化するが、使い魔の猛スピードと比較しても間に合いそうにない。わらわらと襲いかかってくる使い魔にいつもの冷静さも次第に失われていく。

 

(い、嫌……! わ、私は、まどかを助けるために、やり直してきたのに、こ、こんな所で……)

 

使い魔程度の猛攻では、死には至らないかもしれないが如何せん数が多すぎる。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

使い魔たちは、ほむらに襲い……かかれなかった。

 

紫の光線がほむらの真横から、発生し直線上に撃たれた。その光線の範囲にちょうど不幸にもいた使い魔たちは、跡形もなく焼け焦げたように煙だけが、残っている。

 

「!? きゃっ!……」

 

使い魔達の残り火と自分を縛っていた壁が壊れて、封じ込みが解放されて思わず二重の意味で驚いた声を上げてしまう。

 

思わず、地面に手を着き何が起こったのか確認する。使い魔たちは焼け焦がれ撃たれた光線は結界を貫通し、結界もモクモクと煙を上げている。結界の中心部にいた女性の裸体も何が起こったのか驚いた様子で光線が撃たれた方向へ顔だけ変える。

 

ほむらもそれにつられるかのように、光線が撃たれた方を見る。

 

「な、何……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コツッ……コツッと地面を深く叩くような黒いブーツの音。

 

踵から少し離れた程度まで覆っている紫のローブ……身体の真ん中は丸い大きな白色のボタンで止めてあり、その者はまた一歩こちらに近づいてくる。

 

腕からは紫のローブをたなびかせながら白いグローブを翳し、手のひらには穴のようなものが空いており、そこから煙が出ている……先程の光線は手から撃ったのであろうか、その者はまた一歩こちらに近づいてくる。

 

そして……顔は銀色の西洋風の兜を被り、ちょうど二つの目の部分だけのぞき穴としての二つの線が入っており、兜の両端は後ろに少し伸びた角とまでは言わないが、逆方向に尖らせたようなものが二本生えている。

 

肌感なんて一切感じない。紫のローブ、黒のブーツに白いグローブ、そして銀の兜で覆われた魔法少女……いや、もはや女性かすら分からない。

 

その者が……現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 




オリ魔女と謎のローブの人のデザイン考えるの難しい。

先に、自分の中でこういうの!って書いたほうが良さそう。

オリ魔女は、まどかの世界観にはあんまりなさそうな感じですが、一旦これで。


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第二話後編「変わる運命の引き金」

(な、何なの?……アレ……)

 

急死に一生を得たほむらは、地べたに立て膝になりながら、ローブを身に着けた者を見つめる。常識的に考えれば、恐らく自分を助けてくれたのであろうから、敵ではないとは思うが......自分が知っている、魔法少女の中でも異形な容姿をしているその者はとても魔法少女と呼ぶのに値するのであろうか。

 

そんな、ほむらの思いも束の間、ほむらを襲っていた女性の裸体もそのローブの者に気が付き再び使い魔を呼び出す。無数の親指をなくした手の使い魔が今度はローブの者に襲いかかる。

 

「駄目! 逃げなさい!」

 

「……」

 

ローブの者に声をかけるが、全く反応しない。それどころか、使い魔が向かってきているのにも関わらずローブの者は使い魔など、まるで相手にしていないように使い魔目指して歩いてくる。ローブの者と使い魔の距離が段々と縮まっていく。無数の使い魔がローブの者に飛びかかり、その異形な姿を覆い隠す。

 

使い魔がローブの者を喰らっているかのように、覆い隠した数秒後、突如ローブの者が自分にまとわりつく使い魔を振り払う。それは身体に少し力を入れ全身から流れ出る魔力を瞬時に解き放っただけで覆い尽くされた使い魔が全て、ローブの者から剥がれ落ちる。

 

あまりの衝撃だったのか、使い魔たちはピクピクと痙攣を引き起こし、地面に倒れ込む。

 

「す、すごい……」

 

正に、圧倒という言葉が正しいのであろう。ローブの者はふと上空に存在するインク入れを見つめると、突如人差し指で魔法陣を描くと、そこから恐らく魔法で生成したのであろう、先端が異様に尖り、手に持つ方は丸まった杖を取り出し、前かがみに女性の裸体へと全力疾走していく。

 

「!?……」

 

女性の裸体は新たに使い魔を作り出そうと待ち構えるが、ローブの者が女性の裸体に到着するまで後、数十メートルと言った所で手に持っていた杖を勢いよくコンクリートに突き刺す。

そして、その反動を利用し、棒高跳びの原理で上空へ飛び上がる。その跳躍力はインク入れの頭上を遥かに超えてしまっている。

 

そして、ローブの者が空中で前転をしながら、インク入れに踵落としを喰らわす。インク入れが女性の裸体を回復させるために底を頭にしていたこともあり、踵落としは底の真ん中から少しずれた部分に力強く当たる。

 

ブーツの硬い部分とインク入れの底が全力のキスをしたところに、インク入れの底がビシッと嫌な音をさせ、割れ目が作られる。ローブの者は、踵落としを食らわしたその反動でバック転をし、体勢を整えると地面に力強く着地する。あまりの反動であったのであろうか、最後手を着いてしまっている。

 

「……」

 

ビシッ……と踵落としを食らわせた割れ目部分から、インク入れのガラスが剥がれ落ちる。その部分が地面で勢いよくパリンと割れる。……その直後、堰を切ったようにインク入れの残りの部分にも割れ目が入っていく。ビシッビシッとまたインク入れの一部が剥がれおち、インクがドバドバと滝のように流れ出ていく。

インク入れの中身が全て流れ落ちてしまうと、力を失ったのかインク入れは生命の糸が切れてしまい、等々全てのインクの容器が地面に落ちていく。

 

大きさのこともあり、非常に迷惑な騒音をその場で叩き出してしまう。この場に他の人間がいなくてよかった、とほむらは耳を塞ぎながら安堵する。

 

ここでほむらはようやく真実に気づく。あの、魔女だったと思っていた、女性の裸体はアレもただの使い魔の一部だったのだ。本当はインク入れのほうが魔女……灯台もと暗しとはまさにこのことである。

 

気づけば、女性の裸体も苦しい表情をし絶命の顔をしたかと思えば、自身のインクが固まっていく。絶命の顔を保ったまま女性の裸体はボロボロと固形物のように剥がれ落ち、完全にその姿を喪失してしまう。

 

「……」

 

ローブの者は全ての仕事を終わらせて、表情こそ分からないが踵を返してその場から立ち去ろうとする。

 

「ま、待ちなさい!」

 

終始圧倒されていたほむらだったが、ローブの者がここから出ようとする行動にハッとし盾からハンドガンを取り出し、遠くからローブの者向けて銃口を突き出す。

 

「あ、貴方……何者なの!? わ、私は貴方みたいな魔法少女知らない! いや……そもそも貴方、魔法少女なの!?」

 

「……」

 

ローブの者は何一つ答えようとしない。ほむらの叫びに一瞬足を止めたがまた歩こうとしたので、続けてほむらが尋ねる。

 

「動かないで!……貴方……まさか、鳴海速人なの!? 答えなさい!」

 

再び銃口を勢いよく突き出す。だが、その手はプルプルと震えている。彼女も今まで見たことのないこの光景にいつもの冷静さを失ってしまっている。

 

「……」

 

だが、それでもローブの者は答えようとしない。時折、頬を人差し指で掻く行為、どうやってここから逃げだそうかと考えているのであろうか。

そして、何か覚悟を決めたように頬を書いていた手の方をパーの形にして地面に向け微動だにしない。

 

その直後、手の平が光りだしたかと思うと使い魔を粉砕した光線が手から放出されると、その威力で地面のコンクリートが破壊されていく。

 

「なっ!?」

 

ほむらがその行為に目を見開いた時には、コンクリートの欠片や土埃が、ローブの者にまとわりつくように彼の姿を覆い隠してくれている。

 

「しまった!……」

 

ほむらの魔法で時間停止を行い、ハンドガンから数発、粉塵の方に向かい打ち込まれる。打ち込まれた弾丸はその後、時間停止の影響を受けてしまい静止してしまったので、彼女は時間停止の魔法を解除する。

弾丸が粉塵の中に入り込んでいくが、粉塵からは、誰かの叫び声も何かに当たった音もさせずに虚しく空を切ってしまった。

 

粉塵が空気の流れで徐々に消え去っていくと、そこにはローブの者の姿はなかった。

 

「逃げ足の早い……」

 

魔法少女の姿を解除し、ふとインク入れが割れた部分に目をやるとそこにはグリーフシードがポツンと眠るように落ちていただけだ。ほむらはそれを拾う。

 

「……一体、何が起こっているの? この時間軸で……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間にして夜の二十時を回る。ここは見滝原とは違う。巷では実業家やセレブがて住むと言われるまさに高級住宅街。そんな高級住宅街の一つの一軒家はそんな環境には相応しくないような料理をする音と換気の音をさせている。とは言え、こんな場所に住んでいるのだから、彼女もそれなりのお金持ちの人なのであろう。その家のキッチンの裏口がガチャリと開く。

 

「ただいまー」

 

「おかえりー」

 

「アレ? 料理しているのかい? 珍しいね?」

 

「まぁねー」

 

裏口から入った者は、料理をしている女の子に目がいく。ボーイッシュな長さのきれいな金髪を持つ女の子。フンフーンと鼻歌なんか唄いながらフライパンをリズムよく振っている。オリーブオイルと卵が混ざりあい、円形になった卵にケチャップライスが注がれていく。今日の夕食はオムライスだろうか。

 

「……もしかして、速人から電話があったのかい?」

 

「あはっ。分かるー? そうなのよ! あの子、久々に業務報告以外で連絡くれたからー今日のご飯は私が作るわよーん」

 

「やれやれ……随分とご機嫌なのはそれが原因かい」

 

ふぅと溜息をつくと、裏口から入った者はトコトコと歩き、テーブルの椅子に座る。

 

「そう言えば、今日久々に見滝原に行ってきたよ。魔女とも闘った。ちょっと色々と面倒な事に巻き込まれそうだったけども」

 

「へー。アンタって意外と良い勘しているのね。久々に行ってきた見滝原で魔女と出くわすなんて」

 

フライパンをテンポよく小刻みに振り卵を固め、丸めていく。

 

「ローブに残っていた彼の魔力が反応していたんだ。恐らくアイツから剥がれた魔女だろう。今回見つけられたのはそれのお陰だ」

 

「……」

 

その回答を聞くと、彼女はピクリと止まり、火も止めてしまい裏口から入ってきた者に振り返る。

 

「じゃあ、やっぱり私達が考えていた仮定って……」

 

「間違いないだろうね。全く……彼も、本当に恐ろしい勘しているよ」

 

「実は、さっき速人から電話があったのって、魔女のことだと思うの。何か危険なことに巻き込まれそうって」

 

「そうかい……ボクも彼がマミ達と話をしているのを見ていたよ。もうちょっとでバレそうで危なかったけども」

 

その女の子は話を片手間に、作った二人分のオムライスを皿に載せていく、ブロッコリーとトマトの少々の野菜を盛り付け、冷蔵庫からケチャップとソースを取り出す。

 

「いよいよね……」

 

「いよいよだね……」

 

「とりあえず、ご飯食べ終えたら、速人の家に行ってそれ渡してきてくれる?」

 

「なんだいコレ?」

 

彼女が指差したのは机に載っている長方形の小包だった。まだテープ留めをしていなかったので、中身が何なのか確認できそうだ。ふと裏口から入ってきた者はその小包を開ける。

 

中身はまた、新聞紙で覆い隠されたものであった。その新聞紙を剥がすと、そこに入っていたものに思わず目を見開く。

 

「これって……」

 

「さっき、言ったでしょ? 速人が魔法少女と魔女の闘いに巻き込まれそうって。だから、これはその武器になれば良いって言う私からの選別よ」

 

「こ、これを速人に渡すのかい!? それになんでボクが」

 

「分かってないわねー。私がそれを直接渡したら、危ない人だと思われるじゃない! それに、こんな時間に隠れて渡せるのアンタだけなんだから渡してきて! 手渡しが無理なら、ポストに投函でも大丈夫だから!」

 

「わ、分かったよ……(君の頼みで渡しにいくんだからどの道、危ない人と思われそうだけどなぁ?)」

 

「じゃあさっさと食べよ! いただきまーす!」

 

「……いただきます」

 

 

 




これにて、第一章「交わるながれ」は終了です。

色々と伏線張り巡らせている感はありまして、読者の皆様にはご苦労させてしまっているかと思われます。

しかし、どれだけ筆者の独自解釈・独自設定・オリキャラを入れようとも、魔法少女まどか☆マギカの世界観・キャラクター達の心情・魅力を壊すような設定を入れない事はここでお約束します。

また、今更ですが叛逆の物語の続編になれるような小説を目指しているので、今後ともよろしくお願いします。


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記憶復活への旅立ち
第三話前編「俺って本当に魔法少女と魔女に関わったことあるの?」


(……?)

 

夢を見ていた。そこは、人里離れ高層ビルを高く見下ろせるほどの野ばら。落ちたらひとたまりもないく、上から見下ろすと吸い込まれそうな程の高低差がある。真夜中で誰も近づきたがらない場所で、一段と目立つパラソル。二つある椅子に丸い机、その内の一つの椅子に一人の女の子が座っている。

 

誰かを待っている訳でもなさそうなその少女はティーカップに注がれたお茶を飲みながら、屯している。そこに、この場にはとても相応しくない異様な雰囲気の者が近づいてくる。

 

(何だ……この夢?)

 

その女性に近づく者がふと足を止め、誰かにささやく。

 

ーー ?????。ありがとう。お前のやったことには反吐が出るわムカつくことばかりだったし、今でも俺はお前のこと大嫌いだけど……ここまで来れたのはお前のお陰だ。これで、あの人との約束も守れそうだ。だから……ありがとう ーー

 

(……)

 

ーー なんだかんだ言って、これが今の俺の『生き甲斐(がい)』みたいなもんだから ーー

 

(生き……甲斐?)

 

ーー さて、行くか! ーー

 

(ま、待て!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手を差し伸べようとしても目が覚めてしまい、その者の背中を掴むことが出来なかった。ベッドから上半身だけ起こした速人の手は空気の塊を掴んでいただけだった。

 

(……なんだって言うんだ? 最近、俺やっぱりおかしい……)

 

時間は七時。昨日のマミの魔女との闘いから一夜明けての初めての朝。今日は、学校が終わったら魔女退治に参加する事になっている。そのための準備として、速人のスポンサーにも電話をかけたのだった。そのことを思い出しながら、ベッドから抜け出し玄関を出て、集合ポストの方へ向かう。ポストの鍵を開けて、中を見ると、ポストのサイズぎりぎりまで敷き詰めてある小包があった。

 

「……? なんだこれ?」

 

その小包を取り出し、宛名を確認するが、緑の付箋に何か書いてあるだけで誰からの贈り物か分からなかった。だが、その付箋に書いてあった文字を読むとその正体もハッキリした。

 

(私からの選別! 危ないから取り扱いには注意してね!)

 

筆跡からして、冷蔵庫に張ってある付箋の者と同一人物だろう。昨日、電話をかけて半日くらいしか経っていないのに、自分が危険な事に巻き込まれそうと連絡しただけで、何か役に立つものを送ってくれたのだろうか。その小包をリビングに持っていき、机に置く。

 

目張りされているガムテープを剥がし開けると、中身はまた新聞紙で丸められている。その新聞紙を開けていき、速人はその中身の正体が分かった瞬間、思わず目を見開く。

 

「こ、これは……あの人、そっち系の人なのかな? それだと俺、付き合い辞めたほうが良いのかな? いや、でも……ここまでお世話になっているし……」

 

引きつった笑いしか出ない。真夜中に必死になって、眠る速人に気付かれないように、小包を渡しに来てくれた者の嫌な予感はどうやら当たってしまった模様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見滝原中学校までの道のりを歩いていく速人。今日は通院日でもないから、他の学生達に混じって登校している。通院日でないこと以外は普段と変わらない登校。その筈なのだが……

 

(……こんなもん、持っていることがバレたら俺、やっぱり逮捕されんのかなぁ?)

 

今日は堂々と歩けそうにもない。それも、今自分が持っているものが明らかに危ない物でしかないからだ。本当だったら人目も気にせず、道路の真ん中を歩いているはずなのに、今日は自分の気配を消すために必死だ。極力、道の端を歩いて誰にも気付かれないようにコソコソと歩いていく。今はまだ、友人に遭っていないから大丈夫だが……

 

(まずいぞ……こんなもん持っていることがもし、まどかさん達にバレでもしたら)

 

(えっ……速人くん、やっぱりそっち系の人だったの……?)

 

(あ、アンタ。まぁ、私もアンタならそういうの一つや二つ持っていそうとは思っていたけども……)

 

(鳴海さん……流石にそれは軽蔑しますわ……)

 

(鳴海くん……確かに私も闘いの準備はしておいてねとは言ったけども……)

 

頭の中でまどか、さやか、仁美、そして新たに出逢ったマミの自分を軽蔑する目が映る。とは言えいくら考えてもどの道、今日魔女との闘いに付きそう限り、遅かれ早かれ仁美以外の者にはそういう評価をされそうである。

 

「おっはよー! 速人!」

 

「うひゃぁ!」

 

そして今の自分の罪悪感がめぐる頭がまだ整理されていない状態で、誰かに背中をポンッと押され、思わず奇声を上げてしまう。背中を押したものも予想外の反応に思わず、手を引っ込めてしまう。背中を押された方に目を向けると、そこにいたのはさやかと仁美であった。自分の背中を押したのはさやかの方だ。

 

「そ、そんなに驚かなくてもいいじゃない」

 

「あっ、さやかさん、志筑さんも……すみません、おはようございます」

 

「おはようございます。鳴海さん、どうしたんですか? いつもの鳴海さんらしくもない」

 

「いえっ、まぁ色々ありまして……」

 

「ふーむ。速人、もうちょいシャキッとしなさい! アンタ丸くなってから、ちょっとオドオドしていてダッサいわよ。せっかくの美形が台無しだよそれじゃ」

 

「す、すみません……」

 

「それよそれ。全くもう……まぁ、良いや! 一緒に行こう」

 

さやかもちょっと速人をいじめ過ぎたことに罪悪感を感じたのか、これ以上は何も言わなくなった。

三人は再び通学路を歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー」

 

「おはよーまどか……ってうぇ……」

 

通学途中で、今度はまどかの声が後ろからしてくる。三人は振り返り、まどかに返事をしたさやかが彼女の肩に乗っかっているものを見て思わず言葉を詰まらせる。彼女の肩に乗っかっていたのはキュゥべえの姿であった。彼は魔法少女としての素質があるまどか、さやか、そして魔法少女の力を何故か宿している速人にしか見えていないため、仁美だけがさやかとまどかの内緒話に入ってこれない。

 

(……内緒話なら、むしろこっちのほうが良いかな? 速人くんも聞こえる?)

 

(!……これは……)

 

(キュゥべえが中継して二人にテレパシーを送ってくれているみたい。速人くんもやっぱり聞こえているみたいだね)

 

(……)

 

確かに内緒話としては便利なのであろうが、今の速人にとってこの感覚は結構キツい。自分の記憶がないことでキュゥべえに頭の中を探られているような気分に陥る。流石に便利な物とは言え、自分の事が分からないのに誰かに頭の中を探られる権利はない。そんな考えになった速人は一つの結論を出す。

 

(すまんキュゥべえ。俺のテレパシーだけ切断とか出来ないのか?)

 

(勿論、可能だけど……良いのかい?)

 

(あぁ。少なくとも、俺は契約できないんだから必要ないよ。気を利かせてくれたのかもしれないけども)

 

(そうかい。分かったよ)

 

(ちょっと待った。お前、俺の頭の中身、探っていたりしないだろうな? なんか、俺のことで分かった事とかあるか?)

 

(安心しなよ。あくまで中継役としてボクが介入しているだけだから、君の頭の中身は見ちゃいないよ。最も、断片的な記憶しかない状態で、君の記憶を完全に結合することはボクには不可能だけども)

 

(そうか。ならいい……)

 

フッと頭の中で一本の線が切れるような感覚に陥る。テレパシーの中継が切断されたようだ。

 

「すみません。二人とも。これだけはやっぱり譲れなくて……」

 

「う、ううん。ごめんね。私も速人くんの気持ち考えずに」

 

「まぁ、便利なだけが全てじゃないってことかぁ」

 

さやかもまどかも、テレパシーによる頭の探りに速人が嫌悪感を示したことを察知したのか、それなりのフォローを出す。三人とも互いを尊重し合いながら、再び通学路を歩く。その時、これまでの異形な三人の様子を一部始終見ていた仁美が流石におかしいと思ったのか三人に声をかける。

 

「お三方、いつの間にそんなに仲良くなったのですか? まるで阿吽の呼吸のように、お互いを分かり合っているかのような……ハッまさか!」

 

驚いた様子で鞄を落とす仁美。

 

「まさかまどかさん、さやかさん、鳴海さんを取り合う仲になったとか! い、いけませんわ! 確かに一夫多妻制という言葉はありますが、それはこの国では認められていませんのよ!」

 

「「「えっ!?」」」

 

「認められていない……認められていませんのよー!」

 

有無も言わさず、仁美が落とした鞄も忘れて学校へと颯爽と走っていく。さやかは想い人の恭介がいるから「あはは……」と笑い、気にもしていない様子だが、まどかは昨日のハンバーガー屋での一件もあり、顔を紅潮させている。二人の顔なんてとても見られない。

 

「……なんか、すみません……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、まどかはなんか願い事考えた?」

 

「ううん、さやかちゃんは?」

 

「私も全然」

 

「……」

 

学校も昼休みに入って、まどか、さやか、速人の三人は屋上で弁当を食べている。速人の今日の食事は購買で買ったパンいくつかにトマトジュース、紙パックのトマトジュースを飲みながら二人の魔法少女になる代わりの願い事の内容を横目に聞いている。キュゥべえも二人の合間に入り、まどかの弁当のおかずを分けてもらっているようだ。

 

「そういや、速人はなんか願い事考えた?」

 

「……俺っすか? でも、俺は契約できないはずじゃ」

 

「参考までに聞きたいから。多分私達、命をかけたい程の願い事がないから、何も思いつかないと思うんだ。そうじゃなきゃ……この話に乗らない人はいないと思うから」

 

さやかの真剣な眼差し、彼女のバックには恐らく入院中の上条恭介の事が思い浮かんでいるのだろうか。彼自体には叶えてほしい願い事があるのに、チャンスは回ってこず、自分たちに白羽の矢がたったものだから、さやかも真剣に悩んでいるのであろう。紙パックのトマトジュースを置いて、両腕を組み考えるポーズで願い事をとりあえず考えてみる。

 

「願い事、願い事……うーん……」

 

((……? 何を悩んでいるんだろう?))

 

かなり長考してしまっている速人。その仕草に思わず顔を見合わすまどかとさやか。今の速人の身体を考えれば、明らか、命に代えても叶えたい願い事はありそうな気がするのだが......唸る声もなくなり、顔を上げて速人は結論を出す。

 

「……願い事……ないかもしれませんね」

 

「えっ!? あ、アンタ、それは嘘でしょ!? ほら、記憶を取り戻したいとか、右目を治したいとか一杯あるでしょうが!?」

 

「さ、さやかちゃん。あんまり言い過ぎちゃ駄目だよー」

 

まどかが注意すると、さやかがハッと口を抑える。しまったと思いこむさやかだが、速人は全然気にしていない様子であった。沈黙が流れる中、その空気を切り裂いたのはキュゥべえだった。

 

「ボクもちょっと意外な返答だと思うね。正直、君の身体のことを考えると、叶えたい願い事はあると思うのに、何故願い事がないと言い切れるんだい?」

 

「あぁ、それでか? いや、実は最近ちょっと自分で思っている事があってさ。って言うのも」

 

「お取り込み中、失礼するわ」

 

速人の返答を誰かの声が遮る。屋上の入り口から出てきたのは、風で髪を靡かせながら、颯爽とこちらに向かってくる暁美ほむらの姿であった。まどかはキュゥべえを抱きかかえ、さやかも速人とまどかの方に集まる。ふとさやかとまどかの方を見てみると、横の方を見ている。

 

(……? あ、アレって……)

 

速人もその視線を辿っていくと、巴マミが何が起こっても大丈夫なように監視しているようだ。恐らく、二人がマミの視線に気がついたのはテレパシーで彼女の声が届いたからであろう。ほむらも、マミの監視を横目に三人に近づいてくる。

 

「そいつが鹿目まどかに接触する前に、決着をつけたかったけど、今更それも手遅れだしね……で、どうするの? 鹿目まどか、貴方も魔法少女になるの?」

 

「わ、私は……」

 

「あ、アンタにとやかく言われる筋合いはないだろ!」

 

ほむらの質問に困っているまどかに、さやかが少し威圧的な態度で助け舟を出す。さやかの反応に少し嫌悪感を示しながらも、まどかに続けて発言する。

 

「昨日の忠告、忘れていないのであれば、忠告が無駄にならないように祈るわ」

 

「う、うん……」

 

「……」

 

一通りの用件が終わったからなのであろうか、ほむらは今度は速人の方に目を向けている。まどかに対しての異常な程の気を遣う所は一先ず、置いておいて彼に対しては今度は何やら、不思議なものを見るような目で彼を睨みつける。

 

「……鳴海速人」

 

「は、はい……」

 

「貴方……昨日は何処で何をしていたの?」

 

「……昨日ですか? 昨日は、俺も巴先輩の家から出て真っ直ぐ家に帰りましたよ?」

 

「そう……」

 

ほむらの質問に正直に答えるその摂生とした速人の態度。嘘は言っていなさそうな感じではあるが……

 

(あのローブの人物が彼だと言う証拠はないけど、統計だけで言えばその可能性は高い筈……なんだけども)

 

息が詰まりそうな沈黙の長考が流れて思わず速人はほむらの冷たい視線に目を反らしてしまう。昨日の廃墟のようなマンションで魔女を圧倒したローブの者と今のオドオドとした雰囲気を出す速人……どうしてもほむらの中で、二人の人物が同一人物だと結びつかない。

 

(……まだ敵とも味方とも決まったわけじゃない今の状況では……一先ず放っておくのが、良いかもしれないわね)

 

そんな結論を付け、ほむらは踵を返し立ち去ろうと最後の一言で締める。

 

「まぁ良いわ。鳴海速人。貴方も命が惜しかったらあまり、危険なことには首を突っ込まないほうが良いわ」

 

「……」

 

ほむらが屋上から立ち去り、息が詰まりそうな空間からようやく解放され、三人は同時に息を吐く。

 

「一体何だって言うのよ……」

 

「忠告はしてくれてたから……多分、悪い人では無いと思うんですけども」

 

「って言うか、アンタもアイツに命狙われそうになったのに、よく怒んないわね?」

 

「……」

 

さやかの疑問に、速人も頭の後ろに手を掻いて、苦虫を潰したような顔をしてその元凶となっている自分の感情を自白する。

 

「まぁ、俺は前科ありますからね。ここに転校してきた当初、本当に俺酷かったですから……」

 

「あー……」

 

さやかも速人が言うその当時のことを思い出して、確かに……というように、返事をする。

 

「きっと、暁美さんも今はお二人を守るために、強く当たっているだけだと思いますよ?」

 

「さやかちゃん、私もそんな感じがする……」

 

「うーん……それ考えると、ちょっと私もアイツに強く当たりすぎた感があるかなー」

 

三人の中でどうすれば、上手くいくのか考えてみる。だが、彼女が何故そこまで……特に、まどかを魔法少女にしたくないが為に、キュゥべえを傷つけたり、マミと敵対したりとものすごく攻撃的な犯行に及ぶのか分からない以上、三人もどうすれば良いのか上手い策を練られそうにない。

うーんと三人が唸るがそれ以上の結論も出せない。

 

「……分かった。ここは二人に免じて私も、転校生にそんなに強く当たらないようにするよ。そこからどうなるかは……アイツの判断に任せよう」

 

「はい」

 

「さやかちゃん、ありがとう!」

 

どうしたら良いものか……さやかがここで一つの譲歩を出してくれる。一旦は良い方向に向かっていそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まぁ俺の場合、その前科が今日もう一つ増えそうなんだけども……)

 




なんか、自分で書いていてニャンダー仮面を思い出した。


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第三話後編「俺って本当に魔法少女と魔女に関わったことあるの?」

……放課後、仁美に外せない用事があると別れを告げたまどか、さやか、速人の三人は、マミと一緒に、近くのハンバーガーショップに同行する。キュゥべえはまどかに抱え込まれ、速人はマミの隣の席に座る。いよいよ、今日は彼ら三人にとっての魔女退治の初日である。頼んだジュースを少し飲み、マミが胸で腕を組み、三人に満面の笑顔で応える。

 

「さて、それじゃ魔法少女体験コース兼、鳴海君の記憶を取り戻すお手伝い第一弾いってみましょうか。三人とも、準備はいい?」

 

「はいはーい。準備と言えるか分からないけど、とりあえず私はコレ! 持ってきました!」

 

そう言いながら、さやかは覆い隠された布を取り剥がし、その物品を勢いよく取り出す。それは見滝原中学校のバットであった。学校の備品を勝手に持ってきたのであろうか。

 

「まぁ、そういう覚悟でいてくれるのは助かるわ……鹿目さんは?」

 

「えっ!? えっ、えーと……私は」

 

そう言いながら、まどかは鞄からゴソゴソと一冊のノートを取り出す。ノートの真ん中くらいのページを開くとそこに書かれていたのは、左半分がマミとほむらを意識して書いたのだろうか、魔法少女のサンプル絵、更に右半分は自身が魔法少女になったことを想定しつつの衣装のサンプル絵だろうか。フラットな絵で書かれたその絵の可愛さは彼女の愛くるしさを正に象徴しているとも言える。

 

「と、とりあえず衣装だけでも考えておこうかと思って……」

 

「うーわー……あはは! まどかには参ったわー」

 

「うん、意気込みとしては十分ね」

 

「あはは……(俺、この後に出すのか……)」

 

速人の思惑も無視し、さやかとマミはその絵を見て、大笑いする反応にまどかも顔をピンク色に染めていく。

 

「さて、速人は何、持ってきたの?」

 

「お、俺ですか……?」

 

来た……いよいよ自分の番が来てしまった。一応、関係者以外には何を持ってきたかバレずに済みそうだが、自分が持ってきた物をこの三人に見せるのはやっぱり気が引ける……とは言え、自分だけ見せずに終わるわけにもいかない……諦めたように鞄をガサゴソと探しながら手に持ったものを三人に見えないように後ろに隠す。

 

「……えっと……今から、見せるんですけどその……引かないでもらえますか?」

 

そう言いつつ、彼は手にとったものをテーブルの真ん中に静かに置き、その手を自分の身体へと引き戻していく。

 

「……何……コレ?」

 

先程のさやかとマミの大笑いも一転……引きつった笑いになっていく。まどかも少し怯えている。なんとかこの空気を変えようと、速人が小さな声で、さやかの質問に答える。

 

「……ナイフです」

 

それはアメリカの有名なナイフメーカーから販売されているシース(※鞘のこと)ナイフであった。その重さといい、鞘の質といい、かなりの上物のナイフであった。えっ……と速人以外の三人はお互いに顔を見合わす。

 

「コレ……アンタの私物?」

 

「ち、違いますよ! 命がけの闘いになりそうだからってお世話になっている人から借りただけですよ!」

 

そんな言い訳をするが、流石に三人の笑いも何処へやら……乾き切った空気にマミが一石投じる。

 

「な、鳴海くん……確かに危険な闘いになるとは言ったから、意気込みとしては充分すぎるけども……」

 

「分かってますよ! だけど、選別品らしいんで持ってこない訳にはいかないでしょ!」

 

「うわー……私、折りたたみじゃない本物のナイフ初めて見たかも……」

 

「さ、さやかちゃん、ここで出しちゃ危ないよ!」

 

さやかは鞘から出さないように、ナイフを恐る恐る手に取る。手にはずっしりとはいかないまでも、カッターやはさみと言った、備品とは違い変な重さがある。

 

「うん……この生々しい重さ……多分、本物だね。アンタ……やっぱり、そっち系の人と関わりあるの……?」

 

「無いですって! やっぱりって何ですか! 俺だって、出したくなかったですよ!」

 

「な、鳴海くん落ち着いて。分かった! 貴方の意気込みは充分理解したから! 美樹さんそろそろ、それ鳴海くんに返してあげて」

 

「は、はい」

 

さやかが慌てて速人に返し、それをいつでも取り出せるように懐にしまう。一通りの三人の予想通りの反応を見た所で、彼は目も合わせずに席から立ち上がる。

 

「さ、さぁ。そろそろ魔女退治に出かけましょうよ! ね、巴先輩」

 

「そ、そうね……じゃあ二人も出ましょうか」

 

「「は、はい!」」

 

三人はトレイを返しにいき、ゴミを分別してハンバーガーショップを後にしようとする。三人の焦る顔がどうしても忘れられない。特に、まどかに対してはこういうことには絶対、耐性がなさそうである。何としてでも、彼女の誤解だけは解かねばならなさそうだ。

 

「あ、あの……まどかさん……」

 

「な、何?」

 

速人に呼び止められ、まどかも恐る恐る振り返る。明らかに顔が引きつっている。速人を怖い人だと認識していそうだ。

 

「いやその……確かに俺、前科ありますけど……犯罪に手を染める程、落ちぶれちゃいないと言うか何と言うか……」

 

「だ、大丈夫だよ。速人くん、そういう人じゃないって理解しているから。お世話になっている人から借りただけなんだよね。う、うん、理解しているよ」

 

そう言いつつ、声の抑揚は安定していない。駄目だ……完全に怖い人だと、まどかが改めて認識していそうだ。これは、魔女退治が終わったら、このナイフを選別したスポンサーに文句の一つでも言わないと駄目であろう……そう心に決めた速人であった。

 

(くっ……恨みますよ……美玲(みれい)さん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハンバーガーショップを出て、マミ達は以前の魔女が出現したショッピングモールに来ていた。そこから、魔女が残したであろう魔力の痕跡がマミのソウルジェムに反応している。基本的に魔女探索は足頼みだそうだ。ソウルジェムの光を参考に、三人と一匹は、光が強くなるまでその足跡を辿っていく。次第にマミの持つソウルジェムの光が強くなっていく。

たどり着いたのは、廃墟になったビルの一棟であった。魔女の呪いで影響が多いのは、原因不明な交通事故や傷害事件が多発する歓楽街や大きな道路、自殺の名所、病院などが多いそうだ。そういう意味では、正にこの場所に魔女が隠れていることも確かなようだ。

 

「ここね……光がとても強い」

 

「マ、マミさんあれ!」

 

さやかが指差した上空にはOL風の女性が靴を脱ぎ飛び降りた瞬間であった。まどかやさやかが叫び声を上げて目を瞑った瞬間、マミが颯爽と魔法少女に変身する。彼女が発動したリボンのが女性の身体に蜘蛛の糸のように纏わりつき、飛び降りた衝撃を和らげる。

 

「大丈夫……気を失っているだけだから」

 

マミが、彼女の首元を確認すると、そこには蝶の痣が付けられている。

 

「魔女の口づけ……やはりね」

 

「なんですか? 魔女の口づけって?」

 

三人も飛び降りた女性を心配しつつ、マミの言った不可解な言葉に速人が尋ねる。

 

「魔女のターゲットとなった人に現れる刻印みたいなものね。これによって、この人は身体の自由を奪われ、さっきみたいに理由もなく自殺を選んでしまうようになるのよ」

 

「なるほど……」

 

「これを解除するためには、元凶となった魔女を倒せば解決するわ……」

 

そう言いながら、マミは女性を抱きかかえながら、速人に気付かれないように彼を凝視する。

 

(……そう言えば、鳴海くん、魔女の影響全く受けていないわね……これも、彼に力を分け与えたって言う、魔法少女のお陰……? いや、でもそれなら別に彼を自分から遠ざければ済む話じゃ……)

 

理屈だけで言えば、魔法少女としての素質があるまどか、さやかは勿論のこと、魔法少女から恐らく力を授かった速人が魔女の口づけの影響を受けないのは分かる。だが、速人の場合、間接的な力のお陰で影響を受けていないにせよ、何故そんなまどろっこしい方法を取っているのか分からない。

 

(まだ、彼には謎めいた所があるけども……今はとりあえず、魔女退治を優先した方が良いわね)

 

「彼女は大丈夫だから、このままにしてあげましょう。魔女は……この先よ」

 

 

 

 

ビルの入口へと足を踏み込むと、マミの髪飾りが光ったかと思うと、奥に幻想的な空間のようなものが出現する。それに気づいた瞬間、マミがさやかの持ってきたバットに手を触れると、バットが彼女の魔法でお菓子のようなデコレーションをされていく。

 

「わ、わわっ」

 

「すごーい」

 

「気休め程度だけども、これで身を守れる力になるわ。三人とも絶対私のそばを離れないでね」

 

そう言いながら、四人は結界の内部へと入っていく。

 

 

淡々と結界の内部を進んでいく。時折、魔女に従える使い魔と呼ばれる者を相手にしつつ、最深部へと向かう。最深部ではいくつもの扉が一つ、また一つとスピード感を増していきながら全開されていく。気づけば、広いホールのような場所の真ん中に魔女と思われるものがいた。魔女という名称が果たして正しいのだろうか、、、その姿は蝶の羽がつき、顔はドロドロに溶けたような状態になっており、その顔にはまるで目玉が無数あるかのように薔薇が生えている。

 

「うっ……グロい」

 

「あんなのと……闘うんですか?」

 

「大丈夫。負けるもんですか」

 

そう言いながらマミは、さやかが持ってきたバットを床に突き刺すと、そこから結界のようなものが生まれる。恐らく三人を守るための防御陣のような役割があるのであろう。

 

「三人とも。そこから動かないでね」

 

マミは、ホールに飛び降りスカートをたくし上げると、そこから銃が二丁生成される。魔女はマミの姿に気づくと、座っていた大きな椅子を彼女目掛けてぶん投げる。それを紙一重でかわしつつ、生成された銃を椅子目掛けて撃ち込む。奇襲に失敗した魔女は背中の蝶の羽を広げ、ホールを円状に飛び回っていく。対して、マミもベレー帽を脱帽し、彼女の目の前で孤を描く。すると、そこから無数のマスケット銃が生成される。生成された銃を一発、また一発と魔女目掛けて撃ち込む。彼女の細長いマスケット銃は使い捨てのようである。一発撃ち込めば、次の銃へと交換しそれを繰り返す。魔女もこれを紙一重で回避する。

 

「うっ……あ、あぁ……」

 

突然、マミが変な声をあげたかと思うと、彼女の足元には羽がついた妖精とは似ても似つかない髭の生えた使い魔らしきものが纏わりついている。それに気づいたマミは振り払おうとするが、使い魔が徐々にロープの形に変化し、マミを吊るし上げる。マミもおもむろに銃を乱射していくが、その銃痕は魔女ではなく、ホールの床を傷つけている。

 

ロープで縛り上げられたマミの身体は壁に叩きつけられ、その衝撃で彼女は苦しい声を上げる。さやか達も心配の声を上げる。

 

「……大丈夫。未来ある後輩に、格好悪いところは見せられないものね」

 

そう言うと、彼女が乱射した銃痕で傷つけられた床から何やら光が発せられていく。その光は床に生えている薔薇を真っ二つに切り裂きながら、天井目掛けて伸びていく。魔女もその異変に気づいたのかその光の元へと近づくと、光が魔女の身体を縛り上げていく。

 

「惜しかったわね」

 

形勢逆転……という事であろうか。マミが胸元のリボンを解くと、そのリボンは彼女の身体の自由を奪っていたロープを切り裂くと、彼女は体勢を戻しつつ、そのリボンを自分の手元に持っていく。すると、そのリボンが使い捨てのマスケット銃とは違い大きな大砲のように大きな銃口を持つ銃を生成していく。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

彼女がそう叫ぶと、その銃からレーザー光線のようなものが銃口から放出されていく。その威力は見た目からして、かなりの威力があるのであろう。彼女が仕掛けたトラップで縛り上げられた魔女がリボンを振りほどこうとするがそれも間に合わない。魔女の身体を貫通し、魔女は消滅した。

 

「一件落着ね」

 

どこからか取り出したのか紅茶を啜りながらマミは、まどか達へと満面の笑顔を向ける。

 

「す、すごい……」

 

これが魔女と魔法少女の闘いの一部始終であった。まどかの単純な感想が正に的を得ていると言えるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

魔女が倒され、結界が崩れていくとマミも普段の制服姿に戻り、魔女が消滅したと思われる場所に行き、何かを拾う。

 

「これがグリーフシード。魔女の卵よ。運が良ければ魔女が時々落とすことがあるの」

 

「た、卵……」

 

「大丈夫。その状態ではグリーフシードはむしろ役に立つものだよ」

 

さやかの一歩引いた感情もおもむろに、キュゥべえがそう言うと、マミは自分のソウルジェムを取り出し、グリーフシードに近づけていく。すると、ソウルジェムの汚れがグリーフシードに吸収されていく。

 

「これで消耗した私の魔力も、元通り。あと一度くらいは使えるはずよ? 貴方にあげるわ」

 

そう言うと、マミは扉の方にグリーフシードを投げ込む。それを手に取ったのは、暁美ほむらの姿であった。暗闇からその身体を出現させる。

 

「貴方の獲物よ。貴方だけのものにすればいい」

 

そう言うと、ほむらはグリーフシードをマミに投げ返す。それを睨みながら、受け取る。

 

「そう……それが貴方の答えなのね」

 

幻滅した……という感じなのであろうか。二人の一触即発な空気に押し殺されそうになっているが、ほむらは速人の方に目を向ける。その視線に気がついたのか、思わず速人も彼女の姿を凝視する。

 

(……?)

 

(……魔女の影響を受けていない……本当に何者なの? 貴方……)

 

何も分からない状態が続くが、諦めたように踵を返し再びほむらの姿が暗闇へと消えていく。

 

「仲良く……できないんですかね?」

 

「うーん、なんか転校生がもうちょっと柔らかくなれば、仲良くはなれそうな気がするんだけどなぁ……」

 

「そうね……それが出来れば、私も仲良くするのは賛成なんだけども……」

 

まどかの提案にも、さやかはそれなりのフォローを入れるが、今の時点ではマミの言う通り、ほむらの威圧感を交えた状態ではこのままギスギスした関係が続くだけなのであろう。

 

「これが魔法少女と魔女の闘い、一連の流れね。それで鳴海くん」

 

「はい」

 

「どう? 何か思い出した?」

 

そうであった。元々、まどかとさやかの魔法少女体験コースと速人の記憶取り戻すお手伝いの目的も含まれていたのであった。壮絶な闘いに終始圧倒されていたが、その光景は終わった今も目に焼き付いている。しかし……

 

 

「うーん……巴先輩」

 

「なに?」

 

「……俺って、本当に魔法少女と魔女に関わったことあるんですかね……?」

 

「どういうこと?」

 

「いや……なんか、確かに巴先輩と魔女の闘いは凄いとは思いましたけども……感想としてはそれだけで全然何も思い出さないと言うか……どっかで見たことある光景だって全然思えなくて……」

 

後ろに手をやり、自分の心情を正直に吐露する。マミもそれを聞いて、どう答えれば良いのか流石に分からなくなってくる。

 

「うーん、まぁ今日初めての魔女と魔法少女との闘いを見たわけだしね……いきなり、全部思い出せないのは無理ないかもしれないわね」

 

「……そう、なんですかね……」

 

「まぁ、これからゆっくりと思い出していければいいと思うわ」

 

「そうだよー速人、私達もちゃんとアンタの記憶取り戻す手伝いするからさー」

 

今回の闘いが無駄にならないように、マミがそれなりのフォローを入れる。さやかのその言葉にも大分助かっている。だが、彼の心情的には大部分で決まっている事がある。

 

(……いや、暁美さんやキュゥべえを見た時には確かに、何処かで遭ったことあるって感覚はあったんだ。でも、今回に限ってはそんな感覚は全然なかった……本当に俺って魔法少女と魔女に関わったことあんのかなぁ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく! 冗談じゃないですよ! あんなもん寄こすなんて!」

 

「あっはっはー。ごめんごめん。でも、貴方が危険な事に巻き込まれそうって言うから、それなりのモン送ってあげたのよん」

 

魔女との闘いも終わり、マミ達に別れを告げた後、家に帰ってきた速人はすぐさま、ある人物に電話をかける。それは今日の魔女退治の選別として、彼にナイフを送りつけた彼のスポンサーとも言えるべき人……登張 美玲(とばり みれい)であった。電話内容は勿論、あのナイフについてのクレームであった。笑いながら、饒舌に話している所を考えると、あまり悪気はなさそうである。

 

「まぁ、確かにそう言いましたけど……でも、まさかあんなモノ借りるとは思わなかったので……因みに、美玲さんまさかそっち系の人じゃないですよね?」

 

「なっ!? 失礼な子ね。貴方の事、誰よりも思っているって言う私からの愛の印よ。そんな事言うんだったら、もう貸さないわよ?」

 

「いや、確かにそれは嬉しいんですけども、でも、限度があるっていうか……」

 

「……ねぇ速人」

 

速人の言い方にちょっと機嫌を悪くしてしまったのか、電話越しに美玲の声が段々と小さくなっていく。怒らせてしまったかと思ったが、その返答は意外なものであった。

 

「貴方……危険な事しているって自覚はある?」

 

「えっ?」

 

「貴方がどんな事に巻き込まれているのかは詳しくは聞かない。それが貴方の記憶を取り戻すきっかけになるのであれば、それはそれで良いことなのかもしれない。でも一歩間違えれば、一つしかない命を、むざむざ落とすことになりかねないかもしれないの。それだけは覚えておいて」

 

「……美玲さん」

 

「まっ、自分で決めたことだから、途中で降りるわけにもいかないってのも聞こえはカッコいいかもしれないわね。でも、降りるって選択肢もあるってことを忘れないで。途中で降りたからって、誰も貴方を責めないと思うから」

 

「……」

 

今回の件で言えば、魔女退治に関わる速人のメリットが確かに薄まりつつあることは事実である。ここで降りるという選択肢はアリだとも自覚している。だが、それであればまどか達が危険な目に遭っているのを自覚しつつも無視する訳にもいかない。自分の中で板挟みになりつつある、この心情……美玲にも全てを見透かされているような気分である。

 

「……すみません、美玲さん。美玲さんが俺のためにやってくれた事なのに、こんな悪意あること言ってしまって……気をつけます」

 

「うん。まぁ、そこが分かれば上出来! じゃあね速人。また、何か困ったことがあれば連絡してね」

 

「はい、お休みなさい」

 

電話を終えると、美玲はピッとスマホの通話終了のボタンを押し、安堵の溜息をつく。その電話の会話を一部始終聞き耳を立てていた者が一人……美玲が独り言のように呟くその声は、その者の耳にも届く。

 

「やっぱり、速人これからも魔女退治に付き添うのかな?」

 

「多分、そうだろうね。本人も……()()()()()魔女退治は一度も経験した事がないって事には薄々気づいていても、それを認めたくないのかもしれないね。それに、マミ達のことも心配なんじゃないかな」

 

「……全く、ライバルが多くて困るわ」

 

ティーカップに注いだコーヒーを飲みつつ、美玲は天井を見上げる。速人の一見、矛盾した行動に呆れつつも彼のやることに対して、多分そうするだろうという、心の何処かで予測を立てていたからかもしれない。彼女の心情は怒りというよりも、本当に心配なだけなのであろう。

 

「……それでアンタの話っていうのは?」

 

「そろそろ、ボクも見滝原に常駐しようと思うんだ」

 

「……正気? まだ時期尚早じゃないの? それにアンタ、アイツとかち合う事になるんじゃないの?」

 

「そこは姿を隠せば何とかなるよ。それよりも、速人の魔女の関わり具合から察するに、思ったよりも彼が巻き込まれるスピードが早い。今のタイミングでもむしろ遅いほうだと思うよ」

 

「そっか……分かった。じゃあ、アンタに速人のお守りを任せるわ。分かっていると思うけども、アンタも死んじゃ駄目よ?」

 

「分かっているよ。彼を守れるのは……ボクだけだからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話「巻き込まれるだけなのと出汁に使われるのと」

「中沢くん」

 

「はい」

 

「鳴海くん」

 

まどか達の教室では、担任の早乙女先生の声だけが広がっていく。朝のHRが始まり、出席を確認している模様だ。名字の頭文字順にクラスメイトの中沢の次は、鳴海の名字である速人の名前が呼ばれる。だが、早乙女先生の声に反応する速人の姿はなかった。返事が返ってこないことに頭に疑問符が流れる早乙女先生は、出席簿から顔を出す。

 

「……あれー? 鳴海くんいないの? 変ねー今日は通院日じゃなかったはずなんだけど……いないなら、仕方ないわね」

 

彼の席はもぬけの殻……見た限り、昨日使われた形跡はあるものの机が綺麗に整理されているのを見た所、今日はまだ来ていないようだ。その彼の机を見てまどかとさやかもテレパシーで会話を行う。

 

(速人くん、どうしちゃったんだろう?)

 

(さぁ……最近魔女の闘いに付き添い続けていたわけだし、疲れて寝坊とかじゃない?)

 

二人の心配も束の間……出席点呼も終わり、間もなく一限目が始まろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなが授業を受けている時間、外では今日も冷たい風がなびいている。ゆったりとした風が吹いたかと思うと、今度は突風が速人の髪をなびかせる。

 

「んっ……」

 

少し、眠りに入ってしまっていたようだ。突風の音にその眠りから覚める。速人は学校には来ていた。だが、どうしてもここしばらくの魔女の闘いからずっと考えている事もあり、真面目に授業を受ける気になれないでいた。本当は昨日も寝ずにこれからどうするか考えてはいたのだが、結論がまだ出ないままでいる。そんな自分の心情を落ち着かせるために、屋上のフェンスに身体を預けて考え事をしてしまったのが裏目に出てしまったようだ。寝不足から解放されただるい身体を起こし、スッキリした頭でまた考え事をする。

 

(降りるって選択肢もあるってことを忘れないで。途中で降りたからって誰も貴方を責める訳じゃないと思うから)

 

美玲の電話の話し声が頭に未だに過る。最初にマミ達と同行した時の彼女と魔女との闘い……確かにあの闘いは凄いという感想しかなかった。だが、あの時の感想は本当に今でもそれだけである。

あれからしばらく魔女退治にも付き合った。マミに教えてもらった、ソウルジェムの光を目印に探し出す魔女の見つけ方、魔女の標的となってしまった人間に刻まれる魔女の口づけ、そして魔女の手下とでも言うべき魔女の使い魔……奴らは単独で行動することもあり、ある程度の人間を喰らうと元来の魔女と同じ力を持つほどの魔女に進化してしまう……基本的な魔女退治のプロセスはノートに纏めたり、自分なりに考察したことを書いたりして頭が嫌になるほど覚えてしまった。

 

だが、どれだけ魔女退治のことを纏めてもこれが初めての経験だと言う事はどうしても拭いきれない。最初の方はまだ、自分が魔女退治に慣れていないせいだろうと思っていた。だが、徐々にこの魔女退治のプロセスに慣れてきてしまった今の速人にとって、最初のマミの提案であった、『魔女退治に関われば記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない』というコンテクストは破綻しかかっているのだ……そして、そのことをまだマミ達に伝えていない。

 

(……)

 

勿論、仮にこの付き添いが結局無駄足だったという事になるのは別に構わないし、途中で降りるって選択は恐らくマミ達も納得はしてくれるだろう。しかし……仮にも、女の子三人が危険な目に遭っているのは事実だ。それを知った上で、自分だけ降りるのは……いささか、後味が悪い。

 

そんな速人の心情を癒やしてくれそうなのは、この場に似ても似つかない、美玲から借りたシースナイフだけであった。魔女退治の付き添いでは、結局使う機会はなかったのだが何かしらのお守り代わりとして今も肌見放さず鞄にしまっている。

 

「……俺にも、闘える力があれば、こんな思いしないで済むのかな……?」

 

そのナイフを取り出し、シースから抜き鮮明な輝きを持つナイフを太陽の光に照らす。授業中の時間だからこそ出来る賜物だ。と、その時

 

「あら? 随分と物騒なモノ持っているのね?」

 

「!?」

 

授業中だと言うのに、誰の声だ。その声に思わずナイフを背中に隠し、声のした方を見ると、そこには暁美ほむらの姿があった。

 

「あ、暁美さん! 授業はどうしたんですか!?」

 

「その言葉、そっくりそのまま貴方に返すわ……授業サボって、犯罪のマネごと?」

 

「は、犯罪って……(銃を持っていた暁美さんだけには言われたくないなそれ……)」

 

ほむらが速人に近づいてくる。テレパシーを自分から切ってしまった事に合意した挙げ句、マミ達も彼の危機に気づく手段を失ってしまっている。そもそも授業中に、都合をつけて出ていく訳にもいかないであろう。ここは、自分で対処しなければならない問題である。

 

「安心して。別に貴方を襲おうなんて気はないから……ちょっと貴方と話をしてみたかっただけ。ここに来たのは保健室行くついでに貴方を探していただけよ」

 

「あ、そうなんですか?」

 

「隣、いい?」

 

「は、はい」

 

恐らく保健室は嘘であり、本当に速人が一人になった所を見計らって会話をすることが目的であろう。彼女は速人の隣に座る。

 

「それで……話って何ですか?」

 

「……鳴海速人」

 

「は、はい」

 

「……」

 

自分の名前を呼ばれたがほむらはそれだけを伝えてしばらく黙り込む。そして意を決したかのように、彼女の独り言のような長話が始まる。

 

「数ヶ月前に、見滝原中学校に転校してきた二年生。見滝原総合病院で入院していた素性の分からない貴方は、本来であればそのまま児童養護施設に入居する予定だった。だけど、偶然にも貴方を引き取っても良いという人に出逢って、そのまま見滝原市の学校に転校という形で学生生活を送る事になった」

 

「……えっ?」

 

「転校先は早乙女先生のクラス。転校してきた数日後に、ある男生徒と啀み合いになり暴力事件を起こす。その傷はかなり大きくて、他のクラスメイトも貴方のことを怖がっていた。他にも教室のガラスを素手で割ったり滅茶苦茶だったらしいわね。だけど、数週間後に鹿目まどかとどういう訳か仲良くなった。その後は、徐々に美樹さやかや志筑仁美とも仲良くなり、今は丸くなった貴方を怖がる人そんなにいないとは聞く……そして、鹿目まどかの誘いで保健委員になった……概ねこんな所だったかしら?」

 

「……何処でそれを?」

 

「貴方のこと、調べさせてもらったのよ。どうして、男の貴方が魔女の影響を受けないのか気になってね。最も……調べたと言っても貴方がここに転校することになったきっかけや、鹿目まどか達と付き添っている理由だけ、だけども」

 

「……そうですか」

 

ほむらがどうやって、またどのタイミングでそれを調べたのかは分からないが、きっと自分が魔女退治に付き合っているのが面白くないのであろう。美玲に言われた危険な事しているという言葉が頭の片隅に残っている速人には、そのコンテクストは理解できる。こちらとしても自分のことをコソコソと調べた行為自体は面白くないものではあるが。

 

「それ、調べていたって事は、魔女退治に関係する事で俺に何か言うつもりですか?」

 

速人の質問に、ほむらは静かにうなずく。

 

「危険なことをしているって自覚はありそうだから、貴方の為に言うわ。もう魔女退治に関わるのは辞めなさい。第一、巴マミが魔女の影響を受けないとは言え、どうして契約できない貴方まで巻き込んでいるのか……正直、理解できないわ」

 

「……」

 

ほむらの正論には恐らく頷くしかないのであろう。だけど……本当に手を引いてしまっていいものだろうか。いや、それよりもこのまま、マミとほむらの啀み合いが続けば悪い方にしか向かないのは明白でありそうだ。ここで何とか全てを話さないと、恐らくほむらがどういう手段に出るかは分からない。意を決し、速人は事の全てを話す。

 

「……巴先輩は、もしかしたら俺の記憶が失くなったのは魔女退治に関係する事じゃないかって言う事で、この魔女退治に俺を付き添わせてくれました。だから、多分辞めるにしても、巴先輩を納得させるような話をしないといけないと思うんです」

 

「それは……あの人の単なる推測じゃないの?」

 

「そうかもしれません。現に俺はしばらく魔女退治に付き合っていますが、一向に何かを思い出す気配がないんです……だけど、それ以上にまどかさん達が危険なことをしているって事、自分で分かってしまっている以上、俺だけ抜けるってのも……ズルいような気がして」

 

「そう……」

 

沈黙の時間が流れる。二人の合間に流れる冷たい風は正しく速人の板挟みな状況を象徴しているかのようだ。

 

(……これは、チャンスかもしれないわね。彼の口実を使って上手くいけば、巴マミの付き添いにまどかも外すことができるかもしれない)

 

キーンコーン……カーンコーン……

 

授業の終わりのチャイムが鳴る。もうすぐ昼休みだ。ここにも、食事のために生徒達が来るかもしれない。ふぅ……と溜息をつくとほむらは立ち上がり、その場を後にする。

 

「鳴海速人。貴方が今後魔女退治に付き合うのは自己責任だから、どうでもいいけど。貴方も自分の理由のためだけに、まどかを魔女退治に付き合わせるような事は辞めなさい。もしその約束ができないのであれば……貴方も許さないわ」

 

「……」

 

何も言えない。自分がキュゥべえと契約できないステートで言われた彼女の言葉は、ほぼ正論でしかなかった。口元を手で抑え表情を隠しつつ、ほむらの後ろ姿をただ凝視する。ふと突然、彼女が踵を返して何かを思い出したかのような不思議な目でこちらを睨みつける。

 

「そうだ。貴方、魔女退治に付き合っている最中、変なローブを着た人に出逢わなかった?」

 

「? いえ、そんな奴には出逢いませんでしたけど?」

 

「そう……なら、いいわ(……まぁ、姿を隠しているのであれば、彼も正体は自分だとは言わないわね)」

 

あれから、あのローブの姿をほむらも結局、見せていない。アレが一体何だっのか気になる所である。彼女についても、まだ疑問が残ることばかりである。

ほむらの姿が完全に屋上から消え失せてしまう。背中に隠したナイフを再び、見つめる。

 

(俺に闘う力があれば……)

 

板挟みの状況を解決できるような一つの策。そう言えば、マミは自分の魔力で肉体強化をしている事実もある。自分の体内に宿している僅かながらの魔力を使えば、自分もそれなりの闘いが出来るのであろうか。

 

(……)

 

ふと、速人は立ち上がり、自分の中に宿している魔力を何とか使おうと試行錯誤する。とは言っても、どうやってその魔力を自在に扱うことが出来るのか分からない以上、自分の頭のイメージだけで魔力を扱うように管理しなければならない。

深呼吸をして、一つのイメージを頭に作り上げる。重みのない服を着ているような感じ、終始ぬるま湯に自分の身体を浸すようなイメージ……思いつきのイメージであるが、恐らく肉体強化と言うのであれば、全身を魔力で包み込むようなイメージであろう。今度は、その魔力をどうやって放出して、全身を包み込めば良いのかどうかだが……

 

(……待てよ)

 

ほむらの先ほどの会話を思い出す。見滝原中学校の教室の象徴とも言える、ガラスを()()()()()()話……厚さがどれくらいあるか調べたことないガラスだが、防犯の役割も備えているあのガラスを素手で割ったというのは、かなりの筋力がないと無理なのではないだろうか。華奢な身体の速人ではヒビを入れることさえ不可能そうだ、もしかしてもう自分の魔力は必然と自分の肉体を強化するために知らず知らずの内に使っているのではないだろうか。

 

そんな仮定を入れて、ごく自然な形でナイフを片手に空を突き刺す。

 

「……」

 

その勢いが強まったかどうかは……気持ち程度の問題であろう。突き刺したナイフは虚しく空を切る音。速人の蟠りを和らげるものにもならなかった。そもそも、僅かながらの肉体強化が出来ると仮定しても、使い魔や魔女に対抗する武器になるものがナイフだけだと正直、心もとない。

 

「くそっ!」

 

やり場のない怒りでフェンスをナイフを持っていない拳で叩きつける。フェンスはガシャンと大きな音をさせて、鉄線がグニャと折れ曲がっている。一先ずは、これから遅い出席をして早乙女先生にも謝りにいかなければならないであろう。

怒りを沈めて、彼は屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜中、マミはソウルジェムの光に導かれるように噴水広場に向かう。下り階段をコツ……コツ……と歩き、ちょうどソウルジェムの放つ光が安定した所で周りを見渡す。誰もいない噴水広場……街灯には蛾が集まり余計の夜の広場の不気味さを際立たせている。

 

「分かっているの? 貴方は無関係な一般人を危険な目に合わせている事に……」

 

声のする方を振り返ると、そこにいたのは暁美ほむらの姿であった。啀み合う二人。畳み掛けられる前にマミが先に口を開く。

 

「あの二人は、キュゥべえに選ばれたのよ。だからもう無関係って事は無いわ」

 

「じゃあ……鳴海速人はどうなの?」

 

「あの子も同じよ。彼の記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないのであれば、それに付き合わせるのはごく自然なことだと思うけど?」

 

「彼が自分から、付き添いたいって言ったの? 貴方が強引に彼を引き込んだだけじゃないの?」

 

「ご心配なく。彼の合意も取ってあるし、二人も彼の記憶を取り戻すお手伝いには喜んで賛成してくれたわ」

 

のらりくらりと反論をかわされる。だが、ほむらにはマミの理責めを覆す一つの切り札がある。それを出すしかないだろう。

 

「鳴海速人が……魔女退治に関わり続けていても、記憶を一向に取り戻す気配がないって話は知っているの?」

 

「えっ?」

 

「それを知りながらも、魔女退治に付き合わせるのであれば、貴方は本当に無関係な一般人を危険な目に合わせているって事になるわ……そこには、罪悪感は無いのかしら?」

 

「……」

 

マミの理責めが止まってしまう。そのことを早くマミに伝えていなかったのは勿論、速人のミスである。完璧に見えた理責めのベルリンの壁にヒビが入ったような感覚である。だが、マミのプライドが邪魔したのか、ここでほむらに壁を崩されるように事になっては元も子もない。邪念を振り払うように、マミは続けて返答する。

 

「……仮にそうだったとしても、彼の口から降りるって話がない限りは変わることはないわ。私から提案したのは事実だけど、それ以降は彼の問題だから」

 

「……」

 

それは、初めてマミの心の中に小さな穴が開いたような掠れた言葉であった。

 

「……もう、良いかしら? どちらにしても、又聞きの話じゃ信用ならないし、貴方に止める権利は無いんじゃないかしら? 話し合いはここまでね。正直、もう貴方と逢いたくないのよ。次会う時は……話し合いじゃ済まなくなるかもしれないわね」

 

「……貴方」

 

ギリッと唇を噛みしめるほむらの歪んだ顔……逃げるようにマミもそこから離れていく。このままいけば本当に魔法少女同士の闘いになりそうだったので、ほむらも追いかけるような真似をしなかった。

 

「本当に……どこまで愚かなの……」

 

ほむらの怒りの心情を後に、マミの心情にも少しの不安が過る。

 

(……鳴海くん……本当なの? じゃあ貴方は一体どうして、魔法少女の力を授かったりしたの……?)

 

 




いやーやっぱり、一人入ったくらいじゃこうなる感じですよね。

そろそろ、お菓子の魔女との闘いですね。

勿論、マミさんは助けます。

その代償はちょっと大きいですが。

因みに、ここの話のボツ案として、オリ主がナイフを振りかざしている所に、まどかとさやかが入ってきてしまうシーンでした。そこから、さやかに警察に通報されそうになるオリ主ですが、流石にそれ以降も仲良くやっていけるとは到底思えなかったのでボツにしました。


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第五話前編「それは俺の生き甲斐」

昼休み……食事も終わって、午後の授業が始まるまで後十五分と言った所だろうか。速人は学校の廊下の真ん中を堂々と歩いている。だが、その廊下は、自分のクラスがある階ではなかった。向かっているのは……巴マミがいるクラスの教室であった。

 

(……)

 

ガラス張りになっている教室から、巴マミの姿が見える。彼女ももう食事を取り終えたのであろう。ふと、何やら自分を見つめる変な視線に気づいたのか、速人とガラス越しで目が合ってしまう。

 

「……鳴海くん……?」

 

教室に入る引き戸へと足を進める速人の姿に、マミも自分のデスクから立ち上がり、彼と鉢合わせになる。

 

「鳴海くん、どうしたの?」

 

「巴先輩……えっと、その……」

 

言葉が詰まり、思わず顔を伏せてしまった速人……意を決して、彼女の視線を見つめ直すと、昨日まで、寝ずに考えていた口説き文句を告げる。

 

「ちょっと大事な話がありまして……放課後二人っきりでどこかでお話しませんか?」

 

「……えっ?」

 

その言葉に、思わず意表を突かれてしまった。思わず胸の奥が熱くなるのを抑えて、苦笑のような笑みを浮かべてマミは速人に聞き返す。

 

「……それって、デートのお誘い?」

 

「ま、まぁそういう事になりますね……あ、あはは……」

 

マミの視線も合わせず、照れながら後ろ髪を掻く。恐らく、昨日のほむらとの一件がなければ、マミの返し方も照れ隠しの一つであったのだろう。だが、今は違う。マミは既に事実を知ってしまっているのだ。正直な気持ちでは恐らくマミも速人の話を聞きたくない所ではあったが、そうも言ってもいられない。そんな自分の気持ちを押し殺し、マミは再び笑い返す。

 

「良いわよ」

 

「えっ!? ホントですか!? じゃあ、放課後どっか喫茶店でお茶でもしましょう! 俺、校門前で待っているんで!」

 

「はいはい。鳴海くんもちゃんとエスコートしてね?」

 

「は、はい! じゃあまた放課後!」

 

昼休みの終わり時刻ギリギリに言ったせいか、はたまた照れ隠しのせいか速人はその場を逃げるように自分の教室へと戻ろうと足を進める。途中、遠目でこちらを見つめてくるマミに手を振り返す。流石に、こんな昼休みの最中他の生徒達も見ている気恥ずかしさもあり、マミも顔を紅潮させながら、静かにその手を合図に振り返す。彼の姿が見えなくなった途端、安堵の溜息だけがマミの気持ちを癒やしてくれた。

 

「……鳴海くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日、一日の授業全てが終わり二人は約束通り、校門前で待ち合わせた後、とあるビルのテナントとして入っている喫茶店に入る。カランカランと客が来た鈴の音を合図にウェイトレスが二人を綺麗に整列された針葉樹が見える、車の行き来が激しい中央分離帯に生え広がっている緑、お世辞にもいい景色とは言えないが、都会ならではの哀愁漂う光景が良く見える窓際のテーブルへと二人をもてなす。

 

二人は座り込むと早速、速人がメニューを開いて、大げさな口調で一品を薦める。

 

「この喫茶店、紅茶が凄く美味しいらしいんですよ。巴先輩は紅茶で良いですよね?」

 

「え、えぇ……」

 

「じゃあ、このおすすめの紅茶二つで」

 

「かしこまりました」

 

ウェイトレスはメニューを取り下げ、二人の元から離れる。数分後、綺麗な花柄のティーカップに紅茶が注がれる。紅茶はアールグレイだろうか。それっぽい色をしている……紅茶のことなんか何一つ分からない速人がそんな他愛もない話でマミとコミュニケーションを必死に取ろうとしている。

 

注ぎ終えた紅茶を一口……味の感想は、二人とも美味しいであった。

 

「やっぱり、お店の紅茶は一味違うわね」

 

「いやいやー巴先輩の紅茶も美味しかったですよ?」

 

「あら? ありがとう。でもね、鳴海くん?」

 

紅茶を静かに啜る速人に対して、マミは一口飲むと、ティーカップをソーサーに置き、静かにその事実を伝える。

 

「普段、野菜しか食べない貴方には紅茶はどれも美味しいんじゃないかしら?」

 

「ん……ど、どうしてその事を……?」

 

紅茶を吹きこぼしそうになったが、慌てて口の中を空にして、速人もティーカップをソーサーに置く。その光景が可笑しかったのかマミはクスリと笑いながら、その事実を伝える。

 

「鹿目さんと美樹さんから聞いたのよ。貴方、健康のためと言って野菜を食べている所以外、ほとんど見たことないって。しかも嫌いなトマトは、本当に嫌そうな顔で無理して食べているって……貴方が、最初に私の家に来た時のケーキと紅茶……ケーキも本当に久々だったのかしら?」

 

「あ、あの二人……そんな事言わなくてもいいのに……」

 

「まぁでも、その摂生は本当に感心するわ。中々出来ることじゃないと思うし」

 

「は、はぁ……ありがとうございます」

 

照れ隠しながら、顔を紅潮させている速人。普段の自分の行いを褒められるなんて恐らく彼にとって、初めての経験であろう。そんな彼の照れの感情が沈黙で沈んだ矢先、彼は静かに本音を告げる。

 

「巴先輩……俺、実は魔女退治に付き合うの辞めようかと思っているんです」

 

「……」

 

マミの心が少し揺らいだ。事前にほむらから聞いていたせいもあり、その振り幅は決して大きなものではなかったが、とは言え本人の口から告げられるとやはり、動揺してしまうのが道理であろう。そんな彼女の心を覆い隠すようにマミは両手を自分の顎に杖のように置く。

 

「あの、暁美ほむらって子に……何か言われたからって訳じゃないわよね?」

 

「……」

 

マミの口から、彼女の名前が出るとは思っていなかった。恐らく、昨日の一件から今日までの間に接触したのだろうか、速人の中では彼女のことも悪い人だと思っていない節があったため、マミの質問に首を横に振りながら目も合わせず答える。

 

「暁美さんは……関係ありません。俺の問題です……しばらく、巴先輩やまどかさん、さやかさんと一緒にこれまで魔女退治に付き合っていたんですけども……何一つ、俺の記憶が戻るような事今日まで起きなかった事が原因です。すみません、せっかく巴先輩が提案してくれた話なのに……でも、まだ迷っているんです」

 

「迷っている?」

 

「実はある人から、『危険な事している自覚ある?』って言われた事があるんです。それ聞いたら、お三方が危険な事しているのに、俺だけ抜けるのって凄くズルいことじゃないか、とか思って……闘う術何一つ持っていない奴がこんな事言うのも失笑モノなんですけどね」

 

「そう……」

 

普段は頼りない感じを見せるけども、根は凄く優しい子……マミの彼の感想は正にその一言であった。こんな子を無理に魔女退治に突き合わせていたのには自責の念がある。マミの中でも更にキュゥべえに選ばれたとは言え、まどかやさやかの二人を無理に巻き込んだ責任を感じるきっかけになりつつある。そんな彼女は彼に謝罪するしかなかった。

 

「鳴海くん……ごめんなさい。私も軽率だったわ。貴方を結局、嫌な気持ちにさせただけだったのかもしれないわね……」

 

「そんな……巴先輩のせいじゃないですよ。俺の問題です。それでこれからなんですけども、どうしたら良いものかってまだ迷っていて……」

 

「正直、無関係な貴方をこれ以上巻き込む訳にもいかないってこともあるけど、貴方の私達を思う気持ちも分からないでもないわね……そうね……」

 

マミもどうしようかと一緒に考えてくれている。マミの頭に思い浮かぶのはやはり、まどかとさやかの事であった。

 

「なら、こうしない? その話、あの二人にもしてみたらどう? それで二人も納得してくれれば、鳴海くんも自分の気持ちには踏ん切りがつくんじゃないかしら?」

 

「それが……良いかもしれないですね」

 

「貴方がどうして、魔力を宿しているのかは結局分からずじまいだけども……それは私の方で手がかりになりそうな事、探してみるわ」

 

「すみません、ありがとうございます」

 

マミの優しさに思わず目頭が熱くなる。それを隠すように、深々と頭を下げる速人であった。一先ずは、これでなんとかなったような気がする。そんな安堵感にようやく解放されたかのような清々しい顔をする速人はふと窓の風景を見つめると、中央分離帯にある歩道橋にやけに目立つピンク色の髪の少女が必死に走っている姿が見てとれた。

 

「……まどかさん?」

 

その言葉にマミも窓の方を見ると、それは間違いなくまどかの姿であった。窓越しの速人の声が届いているわけもない。恐らく、マミがテレパシーでまどかに呼びかけた事が原因であろう。まどかが喫茶店に入ってきたと思うと、二人が座っているテーブル席に息を切らしながら向かってくる。

 

「ま、マミさん……速人くんも……良かったぁ」

 

「か、鹿目さんどうしたの?」

 

切らした息を落ち着かせようと、膝小僧に手を付けて体力を回復させようとするまどか。ある程度、息が落ち着いたら二人に顔だけ向けて事の本末を伝える。

 

「そ、それが見滝原総合病院で孵化しかかっているグリーフシードを見つけて……それでさやかちゃんとキュゥべえが、放っておけないって結界の奥に入っちゃって……」

 

「なんですって!?」

 

「さやかさんも入っていったんですか!?」

 

マミと速人の驚きの声が店に広がる。ウェイトレスもこちらを驚いた目で見るがすぐさまマミは鞄を持ち、まどかの手を取り、店の入口へと走っていく。

 

「鳴海くん、ごめんなさい! あと、よろしく!」

 

「は、はい」

 

カランカランと勢い良く鈴の音が鳴り二人の姿が忽然と消えてしまったような感覚に陥ってしまっている。速人は立ち往生して見ているしかなかった。

 

(……俺が行っても……)

 

残った紅茶を啜りながら、気を落ち着かせようとする……だが、その手はプルプルと震えている。この感情は一体なんだろう。怒り? 後悔? 決定した事項から一転、さやかが正しく危険な目にあっている事を理解してしまっているその心情……そんな速人の感情にティーカップの持つ手は危うく、そのカップを握りつぶそうとする寸前であった。店の備品である事に気がついたその一瞬の冷静さの判断でやるせないこの気持ちに舌打ちをしながら、速人も鞄を背負いながら、店の会計を済ませて二人を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ……速人。美玲から危ないことするなって、念を押されていたのに」

 

そんな彼の心境を見透かしたかのように遠くの喫茶店の向かい側にあるビルの屋上から、速人の走る姿を見つめる者が一人……溜息を吐きながらも、その者は屋上から飛び降り、彼を追いかける。

 

「大丈夫だよ……君は、ボクが守るから」

 

 

 



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第五話中編「それは俺の生き甲斐」

日は沈み始め、空は夕暮れのオレンジ色に染まりつつあった。早急に喫茶店から飛び出したマミとまどかがやっとの思いで到着した見滝原総合病院の駐輪場。壁にへばりつくように張り付いているグリーフシードを見つけたマミは、平常時の指輪の形と化しているソウルジェムを翳す。それに反応するかのように、また彼女達を導くかのように結界への扉が開かれる。

 

「さぁ。鹿目さん、行きましょう」

 

「はい!」

 

二人が結界の中へと入っていく……

 

 

 

二人が魔女の結界に入り込み、その入口が閉じられた直後、遅れて速人がようやく病院の駐輪場に到着する。二人に気付かれないように、尾行していたのが裏目に出てしまった。二人の姿は、姿を消している。だが、二人が確実に駐輪場の近くにいたという片鱗はそこに残っていた。

 

(これ……まどかさんの鞄……それにさやかさんのも)

 

辺りを大げさに見渡すが、そこは何もないかのように人影も消えてしまっている。視界が駄目なら今度は聴覚だ。耳を済まして何かを探るように音を手がかりにする。その行動が、速人を救ってくれたかのように聞こえたのはコツッ……コツッ……と硬い靴の足音であった。

 

(誰かくる……?)

 

思わず、駐輪場のスペースに入りその姿を見ようと顔だけ出して、速人はその様子を伺う。

 

(暁美さん……?)

 

その足跡の人物は正しく、ほむらであった。ほむらは、速人に見られているともいざ知らず壁に手を翳すと、マミの時と同じように結界への入り口が開く。ゆっくりと余裕を持ったような振る舞いでほむらもまたその結界へと入り込んでいく。

 

(……あそこが結界の入り口)

 

今、すぐに入ってしまうと高い確率で、ほむらと鉢合わせになるであろう。ちょうど良いタイミングで入らなければならない。結界の入り口の場所さえ分かれば、魔法少女でもない速人であっても、その中に入れる。その時が来るまで彼は固唾を飲みこむ……

 

 

 

 

 

 

「全く、美樹さんも無茶しすぎ……と言いたい所だけど、今回は冴えた手だわ。これなら魔女を取り逃がす心配も……」

 

まどかの手を繋いで、彼女の方に思わず振り返ったマミが、もう一人誰かが魔女の結界に入ってきた事に気づいた。ほむらだ。その姿を見るや、マミも少し睨んだ表情になる。

 

「言った筈よ? もう逢いたくないって」

 

「……鳴海速人は……連れてきていないのね」

 

「えぇ。これで貴方の心配事もなくなったから、大丈夫でしょ? 後は美樹さんと鹿目さんの問題よ」

 

「勘違いしないで。元々、私の目的はその二人が魔法少女になることを止めることよ」

 

ほむらとマミの平行線に挟まれるまどかが怯えている。それは決して恐怖だけではない。二人の間に板挟みのようになっている速人に対しての心配でもあった。だが、ほむらの目的は、速人のことではない。元々、彼を出汁に使っていただけなのだから。そんな、彼女は顔色一つ変えずに本当の目的を告げる。

 

「今回の魔女に関しては手を引いて。今回は私がやる」

 

「そうもいかないわ。美樹さんとキュゥべえを迎えにいかなきゃ」

 

「その二人の安全は保証するわ」

 

「信用すると思って?」

 

その直後、マミが翳した手から発せられたリボンが、ほむらの身体に纏わりつく。ほむらも身を後退させるが間に合わない。あっけなく、彼女の身体は胸の辺りに鍵のついたリボンで締め上げられてしまう。

 

「ば、馬鹿……こんな事している場合じゃ……」

 

「大人しくしていれば、帰りに解放してあげるわ。行きましょ、鹿目さん」

 

「えっ……」

 

マミが踵を返して、結界の奥へと進む。どうしようかと迷うまどかだが、寸志ほむらの姿を悲しそうな目で見つめながらもマミについていく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

マミとまどかは、時折使い魔が巡回しているのに気づき、結界の中にある障害物で身体を覆い隠しながら気付かれないように結界の奥へと進んでいく。結界のなかの一つの扉を開ける。まだ、最深部ではないようだが一本道の静かな場所であった。ここであれば、二人もようやく声を出して会話ができそうだ。そんな安堵感に包まれたように、まどかから言葉を放つ。

 

「マミさん……速人くんと何か遭ったんですか……?」

 

「……どうしてそう思うの、鹿目さん……?」

 

「い、いえ。ただ何となく……ほむらちゃんとの会話でそうなのかなって思って……」

 

「……」

 

足を止めてふぅ……と軽い溜息を吐くマミ。

 

「隠し事は……やはりするものじゃないわね……」

 

もう隠せないと逃げのような判断をしたマミ……彼女はただただ、懺悔する。

 

「鹿目さん。私ね……貴方達を魔女退治に巻き込んでしまった事……後悔しているかもしれない」

 

「ど、どうしてですか?」

 

「さっきの喫茶店で、鳴海くんと話していたの。彼の記憶を取り戻す手伝いって事で彼を参加させた訳なんだけど……実は、彼もしかしたら魔法少女と魔女に関わっていないかもしれないのよ」

 

「えっ?」

 

何を馬鹿な……と思わず驚くまどか。マミは続けて今日まであった事をまどかに淡々とした口調で伝える。マミはまどかの方を向いてはくれなかった。その話す顔を見られたくなかったのだろう。

 

「私がそれを最初に聞いたのは、あの暁美ほむらって子からだった。そして今日、彼も魔女退治を降りたいって話をしだしたのよ……その理由は……さっき言った通りね。でもね……鳴海くん、それでも私達がどうしても心配でしょうがなくて、そんな中自分だけ降りるのは……ズルいんじゃないかって思っているらしいのよ」

 

「速人くんが……そんなことを……」

 

「私……それを聞いたら、彼や貴方達をどうして、こんな危険な目に遭わせてしまっているんだろうって……自分で自分が許せなくなってきているのよ……」

 

怒りでマミの手がプルプルと震え出す。まどかもそれを見て思わず、息を飲み込んでしまう。

 

「貴方達が私の家に最初に来た時、言っていたわよね? ここで鳴海くんから離れてしまうと、彼また一人ぼっちになってしまうって……そんな彼に同情して魔女退治に付き合わせたんだけど……結局、それは私も一人ぼっちが嫌だったから、そんな提案をしてしまっただけなのよ……そして、今……それが彼の重荷になってしまっているなんて……先輩……失格ね」

 

「ま、マミさん!」

 

失格の言葉に思わず、まどかはマミの手を握り、彼女の悲しみに似た怒りの感情を和らげるようにその手を包み込む。

 

「ま、マミさんのせいなんかじゃありません! 私だって、速人くんの気持ちも考えずに軽い気持ちで言っていただけなのかもしれません……」

 

「鹿目さん……」

 

まどかの体温をその手から感じる。彼女の博愛にも似たその優しさが、胸を締め付ける。だが、まどかのフォローは決して、マミを励ますことだけが理由ではなかった。

 

「……実は、私もそうなんです」

 

「えっ?」

 

「実は、私も昔の事よく思い出せないんです。私、見滝原に生まれてずっと、この街に住んでいた筈なのに……仁美ちゃんやさやかちゃんともよく遊んでいたはずなのに、よく思い出せなくなることがあるんです。そんな時に、速人くんが転校してきて速人くんの境遇を知って、それで、仲良くなりだした経緯があるんです。最初は速人くん、記憶ない事と右目の事もあって、他の男の子と喧嘩していたりして怖かったんですけど……だから、魔女退治の時に速人くんの記憶が取り戻せるお手伝いできることが……嬉しいと思った私がいたんです。だから、マミさんのせいじゃなくて、私のせいなんです」

 

「鹿目さん……」

 

「だ、だから、マミさんが責任を負うことなんてないと思います! それに速人くんもマミさんも一人ぼっちになんかさせません! 私にできることがあるんだったら! 魔女退治だって、私が魔法少女になればマミさんと一緒に闘うことだって出来ます!」

 

「……」

 

複雑な状況が絡み合う……まどかの言っている事は理屈に通っているような通っていないような……そんな印象を受けてしまう。だが、彼女の優しさに、思わずマミの目に浮かぶ雫が垂れ落ちる。それをゴシゴシと手で拭いながら、マミはまどかの方に踵を返す。

 

「鹿目さん……あんまり大きな声出しちゃだめよ? 結界の中って事忘れないで」

 

「あ、ご、ごめんなさい」

 

思わず口を塞いだまどかの表情にマミもクスリと静かな笑みを浮かべる。そして静かにまどかの手を握り、マミは覚悟を決める。

 

「ありがとう、鹿目さん……大丈夫。貴方達の気持ちだけで私……胸が一杯よ。だから、無理して闘おうとは思わないで。本当に叶えたい願いがあった時まで……それはお預けにしましょ? 勿論……美樹さんもね」

 

「マミさん……」

 

「さぁ、行きましょう。グズグズしていられないわ」

 

「はい!」

 

(……大丈夫。例え、私一人だけが闘う事になったとしても……私はそれを受け入れられる。だから、鳴海くん……貴方が、魔女退治を降りたとしても構わない。それで自分を責めたりしないで。だってもう、私は……一人なんかじゃない!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マミとまどかが結界の奥へと入り込んでいくその時の狭間……速人はようやく重い腰を上げて、結界の中へと入っていく。中は本当に静かであった。使い魔が多数出没していたら厄介であったが、今は片手で数えられる程の使い魔がウロウロしているだけであった。これなら、姿を隠しつつ、前に進むことができる。

 

(……? なんだあれ?)

 

結界をしばらく進むと、何か黒い影のようなものが赤く染まった紐か何かで縛られているのが見て取れる。その姿を、調べようと結界の障害物で姿を隠しつつ近づく。それはマミのリボンで縛り上げられたほむらの姿であった。

 

「あ、暁美さん……」

 

「鳴海……速人……」

 

縛り上げられているせいか、顔だけ声のする方に目を向けたほむらは、声をかけられた人物の姿に、思わず生返事をしてしまう。

 

「ち、ちょっと待ってて下さいね」

 

速人はそう言うと、懐にしまっていたシースナイフを取り出し、彼女を縛り上げているリボンを切ろうとする。と言っても、空中に浮いているほむらを縛り上げているリボンは地面から生えているものしか手に届かない。しかも、そのリボンは魔法少女であるマミが生成したものだ……ただのナイフで切ろうとするのは難易度の高い仕事である。だが、それでも懸命にそのリボンを切ろうと力任せにナイフの刃を当てている彼の姿に、ほむらも疑問を感じずにいられない。

 

「……貴方、どうして私を……」

 

「……ただの人間の俺ができることなんて……これくらいですから」

 

そう言うと、ようやく切り刻んだ箇所の傷が大きくなり始める。切り刻んだリボンは避けた後が出来始める。強度が劣化したせいか、ほむらの身体を支える力が弱くなり、ほむらの身体と地面との距離が少し低くなる。あともう少しで完全にほむらの自由を縛っているリボンから解放されるであろう……だが、やはり時間がかかり過ぎている。こんなグズグズしている暇は……ほむらにはない。幸いか不幸かこの距離感であれば、彼の手もほむらの手にギリギリ届くであろう。

 

「……」

 

彼の必死になるその姿に、少し心を打たれてしまったほむらは、意を決したように顔を伏せその事実を伝える。

 

「……鳴海速人。貴方でそのリボンを切るのには時間がかかり過ぎるわ。だから、そのナイフ……私に貸して」

 

「で、でも……」

 

「貸しなさい」

 

「わ、分かりました」

 

彼が少しジャンプをしてほむらの背中越しに縛り上げられている両手にそのナイフを置く。安堵の溜息を吐くほむら。この後の話を本当にしてもいいものかどうか……彼を信用している訳じゃない。だが、今の所マミ達に追いつける可能性があるのは彼だけだ。そして……あのローブの者の正体が本当に彼だとしたら、この後の惨劇を止められるのは彼しかいない。

 

「鳴海速人……よく聞きなさい。今回の魔女で、巴マミは……魔女に殺されてしまう」

 

「えっ?」

 

「だけど……貴方なら、その惨劇を止められるかもしれない……あのローブの力を使えば」

 

「ロ、ローブ……? い、一体何の話を……」

 

未だに彼が自分の正体を隠そうとしているのだろうか。細々とする速人に若干の苛々を抑えながらも、顔を伏せその怒りにも似た、またこれから起こる惨劇を早く止めてと懇願するような複雑な表情を隠しつつ、ほむらは最後の言葉を告げる。

 

「お願い……鳴海速人……巴マミを……助けてあげて」

 

「……」

 

弱々しくも、力の籠もったそのほむらの声を聞き、何が何だか分からないまま……彼は頷くしかなかった。

 

「わ、分かりました」

 

速人はそれだけ告げて、マミたちを追いかける。彼の後ろ姿を見ながら、ほむらは彼に渡されたナイフを背中越しに手を縛り上げているリボンを切ろうと器用に力を入れていく。一先ずは両手の自由を縛っているリボンさえ何とかすれば、後は時間をかけてこの束縛から解放されそうだ。

 

「頼んだわよ……鳴海速人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結界の奥へと走っていく。もうコソコソと隠れながら尾行する暇なんてない。先程のほむらの言葉……未だに頭に過る。表情こそ分からなかったが、あの悲しいようなもどかしいような不安定な声質……まともじゃなかった。

 

(一体なんだってんだ……ローブって……暁美さん、何か知っているのか?)

 

最深部の奥へとたどり着いたのだろうか、一つの扉が見えてきた。このまま行っても、マミ達の邪魔になるだけであることは分かっている……分かっているはずなのに……ほむらの言葉が未だに引っかかっている。そんな彼の喉仏に突き刺さったような骨のような不快感や疑問に応えるかのように誰かの声が彼の脳裏に囁く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー速人ーー

 

(えっ……?)

 

頭の中に不可解な風景が現れる。フェンス越しの太陽の光が眩しく、その逆光がコンクリートを照らしているどこかの屋上……そして、聞こえてくる声は何処かで聞き覚えのある声であった。

 

ーーこれ、アンタにあげるーー

 

脳裏に焼き付く、腕だけの存在。その手の平にあるものは速人が良く見覚えのあるもの……いや、それどころか彼が()()身につけているものであった。

 

ーー私の願いは……ある人の怪我を治すことだった……だから、傷の回復には自信があるんだーー

 

(いや……ちょっと待ってくれよ……まさか、この声って……)

 

ーーアンタのその右目に入っているものまで消しさる事が出来るか分からないけども……私も、もう後悔したくないんだ……私が、一生懸命になってできる事をしたいんだ。だから……これアンタにあげるーー

 

(俺の右目に……入っているもの……?)

 

ーーだから、お願い! 速人。アイツを……助けてあげて!ーー

 

(ま、待ってくれ……!)

 

まただ。肝心な時に速人を呼ぶ声は彼の脳裏から消えてしまう。今度は気絶することなかっただけ幸いであった。だが、今度の声は色々と不可解なものがあった。その聞き覚えのある声は……いつも、明るく接してくれている()()()……出逢った当初は自分の悪態で嫌悪感を示していたが今は時折、冗談交じりな漫才みたいな事しながら接してくれているあの人……そしてその人が自分のために作ってくれたであろう、その()()……扉に手をやりながら、速人は……その眼帯を()()()()()()……魔女がいる最深部へと進入していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、速人……?」

 

扉が静かに開き、彼を出迎えてくれた一声を放ったのは……美樹さやかであった。まどかやキュゥべえも近くにいる。最深部の真ん中では、マミがこの結界を生成した張本人であろう……ぬいぐるみのような魔女に大型の砲台の必殺技を放つ寸前であった。

本来であれば、三人はマミの華麗なる闘いを絶賛する筈であったのだろう。それも扉を開けてしまった速人によった相殺されてしまった。だが……まどか、さやか、キュゥべえが驚いたのはそれだけではなかった。そして、彼の異様な姿に真っ先に異議を唱えたのは……魔法少女のマスコットキャラの代名詞とも言えるキュゥべえであった。

 

「鳴海速人……君……まさか……()()()()()()()()()()()()()()……」

 

「……」

 

キュゥべえの言葉も無視し、速人はのらりくらいと静かに一歩……また一歩とマミの方へと向かっていく。まどかもさやかも()()()姿()()()()()()()()その右目が放つ異形なものが、こちらに近づくにつれ、ただ視線を反らさずに後退させていく。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

その時、マミがリボンで縛り上げ、高く空へと舞い上がらせたぬいぐるみのような魔女へと必殺技を放つ。砲台から放たれた弾丸は確実にぬいぐるみの胸を貫通した。その穴から鮮血のように流れ出るような紐がぬいぐるみを縛り上げたかと思うと、口から何かが吐き出される。

 

「えっ……?」

 

マミが絶句したような声を出した時には既に遅し。口から吐き出された頭に赤と青の羽根を付けた別の魔女が生成され、その顔はマミの目前へと大きく口を開けて現れる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ!……が、があぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

その直前、速人が声を上げたかと思うと、お菓子で覆い尽くされたその結界が……()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「「!?」」」」

 

マミは……助かっていた。大きく口を開けられた時には一つ汗が流れたが、その魔女の捕食行為が止まった……いや、それどころかその魔女は、にわかに信じられないことが起こっていると結界の壁に当たり散らしながら全速力で駆け巡る。魔女がこんなに狼狽すること自体信じられない……それも、その筈……自分自身の力で作り上げた筈の結界が……速人の右目から出す何かに作り変えられようとしたからだ。

 

「な、鳴海くん!?」

 

自分が殺されそうになったことなんて……そんなマミの死を連想しかけた感情なんか一瞬で吹き飛んでしまった。彼女は、まどか達から離れた場所で猛然としている速人の姿に驚愕する。彼がどうして、ここにいるのかなんて今はどうでもいい。彼の身体は……確かに、鳴海速人の姿そのものであった。だが、彼の右目から発せられている人間程度の大きさながらのそれは……今まで()()()()()()()()()()()()()()()()……そして、それまでお菓子が集まった異形な場所でありながらも何処かメルヘンチックな雰囲気を醸し出していたその光景から、黒一色の光景に変異したそれは勿論……今まで()()()()()()()()()()()()()()()()……

 

その、嘔吐したくなるようなあり得ない事実にマミもキュゥべえも大声を上げる。

 

「な、鳴海速人……君は一体どうして……いや……そもそもどうやって……」

 

「な、鳴海くん……貴方、どうして……いえ……そもそもどうやって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔女を従えている(んだい!?)(の!?)」




すみません。大分複雑な設定になりましたが……一応、予定通りのプロットです。
ちょっと皆の心理描写を書くのに結構苦労しましたが。


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第五話後編「それは俺の生き甲斐」

「がっ……が、がぁぁぁぁぁ……」

 

「な……鳴海くん……貴方、一体どうして……」

 

膝から崩れ落ちながらも、速人はまだ一本の意識の線はまだ保っているようだ。猛然としながらも、言葉にならない声を上げ続けながらも、まだ倒れていない。だが、まともな精神状態ではないことは明らかであろう。顔を両手で抑えるその姿、速人の右目から出てきた魔女らしきその物体を無意識に右目へと戻すようにでもしているようだ。速人から出てきた魔女も、彼の精神力と闘っているのであろうか、それとも彼の身体から抜け出そうとしているのであろうか……魔女も、もがき苦しんでいる。

 

「は、速人くん!」

 

そんな彼の姿に唖然としつつも、まどかが彼の元へ行こうとする。しかし、その行動をキュゥべえが大声を上げて止める。

 

「駄目だ! まどか! それはもう鳴海速人じゃない! 間違いなく魔女だ! 今の彼に近づくのは危険だ!」

 

「で、でも……」

 

キュゥべえは決してまどかの命を心配している訳じゃない。せっかく手に入りそうだった魔法少女になる候補をこんな所で失うわけにもいかないのであろう。だが、そんな彼の心情は兎も角としても今の速人に近づくのは自殺行為でしかない。そんなキュゥべえの警告も無視し、意を決してまどかは速人の元に向かう。

 

「ま、まどか!」

 

「は、速人くん……大丈夫?」

 

速人に恐る恐る近づき、彼の肩に手をやろうとする。が、彼女も流石に今の速人の状態を見ると、とてもその応対で彼が振り返った時にどんな目にあわされるか……想像しただけでもゾッとする。その恐怖心がまどかの手を引っ込めてしまった。その合間にも、奇声を上げ続ける速人にそれに悶え苦しむ速人の魔女。危険な事とは言え、このままにしておく訳にもいかない……そんな彼女は今度は彼の前に回り込む。

そして、最悪のタイミングで今度はお菓子の魔女が自分の結界を塗り替えた張本人に気づいてしまう。

 

「キシャァァァァァ!」

 

お菓子の魔女が怒りにも似た業火の叫び声を上げ、速人とまどかに襲いかかる。このまま行けば間違いなく魔女は二人を捕食するであろう。

 

「ま、まどか! 速人! に、逃げてぇぇぇ!」

 

もう躊躇している場合じゃなかった。さやかも勇気を振り絞って、まどかと速人の元へと走り込む。その姿にマミもハッと意識を取り戻し、お菓子の魔女に対して砲台を向ける……しかし

 

(だ、ダメ……! この状態だと三人を巻き込んでしまう……!)

 

マミがお菓子の魔女に標準を合わせるが、魔女を例え銃撃によって貫けたとしても、速人の周りに集中した三人もその火の車となってしまうのは目に見えていた。

 

「鳴海くん! 鹿目さん! 美樹さぁぁぁん!」

 

銃を投げ捨てたマミも三人を必死に助けるように物理的に届かないと分かっているにも関わらず手を差し伸べる。

 

「が、がぁぁ!」

 

「は、速人くん!?」

 

そのマミの声が届いたのか分からないが、速人は無我夢中に彼の目前に立っているまどかの後頭部に手をやり、彼女を守るかのように自分の身体を盾にまどかを伏せさせる。

 

「キシャァァァァ!」

 

お菓子の魔女の捕食行為が速人とまどか、そしてそれに近づこうと走り出してきたさやか三人を巻き込む……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

その違和感に最初に気づいたのはまどかであった。確実に食べられると思ったが身体は何の痛みも発していない。いや、それどころか先程まで自分たちを捕食しようとしていた魔女の奇声がどこか悶え苦しむような声に変わっていた。恐怖で瞑っていた目を恐る恐る開け、顔だけお菓子の魔女の方へと振り返る。

 

「グ……グェェェ……」

 

そこにいたのは、ほむらが出逢ったあのローブの人物であった。彼の右腕は……お菓子の魔女に喰われていた。にも関わらずそのローブの者は何一つ痛みを感じないかのようである。むしろそれを感じていたのは()()()()()()()()であった。自分の力では到底噛み切れない程の嫌な物に歯を当てているかのような……歯から感じる神経痛がお菓子の魔女の顔を歪ませる。

 

「な……何……?」

 

「何だい……アレ……?」

 

遠くから見ていたマミもキュゥべえも驚きを隠せない。あのローブの者は本当に人間なのだろうか。顔は鉄仮面で表情すら分からないが、苦痛すら感じていないような余韻すら感じる。

 

「……!」

 

その時、そのローブの者が勢いよく喰われている右腕を引っこ抜く。すると、お菓子の魔女は激痛に悶え死ぬかのような声にならない声を上げる……

 

ピッ……

 

そのローブの者に振り返ったまどかや速人の顔に何か変な液体が降りかかる。ヒッ……と驚嘆するまどかが恐る恐る自分の顔にかかった液体を人差し指で拭い取る……赤いドロッとした液体……間違いなくこれは……血……

 

ボトッ……

 

今度はまどかの横からなにか白い先端が尖ったものが落ちる……尖っていない方が赤く染まっている……あれも間違いなく……血……まどかは何が落ちてきたのかようやく理解した。

 

それは……お菓子の魔女の歯だ……声にならない声の時点で気づくべきだった。ローブの者が右腕の自由から解放されようと力を入れすぎたため、彼の右腕を噛んでいた歯ごと、根こそぎ持ってきたのだ……

お菓子の魔女の口から吐き出される噴水のように流れる大量の血……

 

それを意識した瞬間……まどかは初めて……魔女退治が本当に恐ろしいモノだと、皮肉にも認識してしまった。そして、彼女はそのまま……気絶してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

ローブの者が大量出血で苦しむお菓子の魔女に間髪入れずに今度は、軽く飛んだかと思うと魔女の右頬に対して膝蹴りを喰らわす。ドスン……ドスンと一撃、一撃がまるでビルの解体工事でもやっているかのようなその重い膝蹴り。連続して膝蹴りを食らわし、魔女の右頬が凹んでいく。調子づくなと魔女が怒りの表情でローブの者を睨みつけたのも束の間……空中で孤を描くように逆上がりをしたかと思うと、先端の黒いブーツの部分が魔女の顎にクリーンヒットしてしまう。痙攣を起こしながらも、首の皮一枚で繋いでいた身体の感覚がとうとうプツンと切れてしまった。お菓子の魔女はその威力に圧倒され、魔女の結界の壁に激突してしまう。地面は魔女の身体が滑り込んだ大きな身体の跡が生々しく残る……

 

「……あ、貴方……一体……?」

 

「……」

 

遠目で見ていたマミもその歴然とした力の差に圧倒されるが、ローブの者は何も答えようとしない。だが、ふとそのローブの者がマミに一瞥くれたかと思うと、今度は速人の方にクイッと顔だけ動かしお菓子の魔女が倒れた方へと歩いていく。

今の合図は「この間に助けてやれ」ということだろうか。淡々としたその振る舞いに、マミもこの場はローブの者に任せるしかなかった。そして、お菓子の魔女とローブの者の闘いのゴングが鳴った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これは……一体……」

 

ローブの者がお菓子の魔女を蹴り飛ばした直後、マミのリボンからようやく解放されたほむらはお菓子の崖からローブの者とお菓子の魔女の闘いを、一部始終を見ていた。結界は速人が発した魔女によって塗り替えられているが、固形物はまだ残り滓のように一部、存在していた。

やはりあのローブの者の強さ……尋常じゃない。だが、今の問題はそれじゃない。あのローブの正体は最初から自分は分かっていた……つもりだった……その筈なのに。

 

(鳴海速人は……あそこにいる……じゃあ誰なの!? 一体アレは……何者なの!?)

 

ほむらの推察は単なる勘じゃない。これまで何度も繰り返してきた時間遡行による統計だ。その当てが外れるとは流石に彼女も驚きを隠せない。だが、一先ずここで躊躇している訳にもいかない。ほむらもお菓子の崖から飛び降りてその姿を現す。彼女の姿を最初に発見したのは……マミであった。

 

「あ、貴方……一体どうやって私のリボンから!?」

 

「そんなことより、巴マミ……今はまどか達を助けないと……今、あのローブの人に魔女も精一杯のようだから」

 

「……分かったわ」

 

ふとお菓子の魔女とローブの者を見る二人。魔女の不足した歯で行う捕食行為。周りは抜き取られた歯の歯肉から鮮血が飛び散りながらもその痛みを我慢してローブの者に喰らいつこうとする。だが、見ているだけでかなりの激痛なのであろう。徐々に捕食行為のスピードが落ちていく。そんな攻撃を、ローブの者は余裕を感じさせながら回避している。時には、飛沫する出血さえも交わしながらの余裕っぷりだ。恐らく、ローブの者がお菓子の魔女に喰われる事はないだろう。二人は一旦、速人の方に駆け寄る事にした。

 

「ま、マミさん! そ、それに……転校生!」

 

「……!? こ、これって……!」

 

さやかの声にも何も返事を返さず、ほむらはまどかを力づくで抱きしめる速人の姿に驚愕する。彼の右目に入っている人型の魔女は落ち着きを取り戻したかのように、安泰している。そして、今の速人の表情……青白くなったその顔は生気を抜き取られたかのようだ。ほむらもマミも彼のその姿を見て確信する。

 

「な、鳴海速人……貴方どうやって……魔女を従えているの……?」

 

「……」

 

ほむらの質問にも答えられない。まどかの顔をふと見ると、魔女の血で赤く汚れているが、彼女自身が怪我をした訳ではなさそうだ。だからと言って、このままの状態にしておくわけにもいかない。

 

「ま、マミさん……転校生……速人……一体どうしたら助かるの……?」

 

泣きそうな顔をしながら、さやかが二人に訴える。分からない……こんなケースは二人にとっても初めてであろう。ふとその時、速人が最後の力を振り絞るかのように口をパクパクさせる。

 

「……眼帯……眼帯を……」

 

「が、眼帯……?」

 

さやかは彼の声を聞きふと足元を見渡すと、彼が毎日身に着けている眼帯があった。

 

「こ、これを着ければ、速人、元に戻るの……?」

 

「……」

 

さやかの問いに答えられなくなってきている。彼も限界が来ているのだろうか。さやかは意を決して彼の声に誘われるかのようにそれを拾い、彼の顔に近づく。

 

「マミさん、まどかをお願いします……」

 

「……分かったわ」

 

気絶したまどかを彼の手から振りほどき、その身体をマミに預ける。

 

彼女がこれからする行為に思わずマミも、ほむらも息を飲む。彼女がやろうとしている行為が正解かどうかも分からない。下手したら、速人に返り討ちにあって殺されかねないのだ。

 

「速人……眼帯着けるね……?」

 

「……」

 

さやかの声が速人に届いたのかどうか分からない。まどかを抱きしめていた彼の両腕は力をなくし、だらりと両腕を下げ戦意喪失したかのような状態になる。彼の顔が今はっきりと見える。彼の顔は青白くはなってはいるが、()()()()はいつもの彼の顔だ。右目から発せられる邪気にも似た黒い何か……一本の線のように生えでたそれが、魔女の足にもなっているかのように魔女と結合している。信じたくなかったが、やはり彼が魔女をその身体に宿している事は確実であった。その邪念を振り払うかのように、さやかは彼の後頭部に手をやり眼帯の紐を後ろに着ける。極力、自分の身体が魔女には触れないようにしている。そして眼を覆い隠す方を、速人の顔に持ってくる。その眼帯と魔女をつなぐ線が触れるまで後……三センチ……二センチ……一センチ……ゆっくりとした動作であるが、さやかはゆっくりとその眼帯を彼の眼を覆い隠せるくらいまでに持ってくる。深呼吸をして、いよいよ眼帯と魔女をつなぐ線が物理的に触れる。

 

「……!」

 

速人から出てきた魔女が何か嫌なものに触れたかのように、顔が一瞬歪んだかと思うと、その魔女は段々と縮小していく……そうなると、周りの結界も徐々に黒い色が晴れだしていく。

 

「……!!!!!!」

 

もがき苦しむ魔女が彼の目のサイズくらいの小さなものになっていき、また速人に吸い込まれるように右目へと戻っていく……このサイズと距離感であれば、眼帯で多い隠せるくらいになりだした。それを確信したさやかは……最後に、目を覆い隠す部分を……優しく速人に着けてあげる。

 

「……は、速人……大丈夫……?」

 

「……」

 

黒一色の結界が完全に晴れだした。速人から出てきた魔女も今はその余韻すら感じずに、まるで何事もなかったかのように本来あるべき姿……いつもの彼の眼帯をつけた姿に戻っていた。だが、まだ速人の意識は朦朧としていそうだ。

 

「美樹さん。一旦、キュゥべえの所まで引きましょう。いつまでもここにいちゃ危ないわ」

 

「わ、分かりました。速人は私が引いていきます」

 

「待って……美樹さやか。私も……手伝うわ」

 

「転校生……ありがとう」

 

「慌てずに……ゆっくりね」

 

ほむらの意外な返答に若干たじろいださやか。ほむらも自分がこんな事を提案するとは自分でも信じられないくらいだ。それほど衝撃的な事が起こりすぎている。さやかとほむらは、速人の両腕を互いに持ち、キュゥべえの所まで一歩……また一歩と近づいていく。本来、ほむらとキュゥべえは敵対同士だが、そうも言っていられない状況であった。そんなキュゥべえもただただ……彼女たちやローブの者と魔女の闘いの動向を見つめるしかなかった。

 

「あ、アレ!」

 

その時、闘いを見ていたキュゥべえだけがお菓子の魔女とローブの者の決着に声を上げる。ふと、マミとほむらがそれを振り返ると、空中で闘っていたローブの者が右腕の穴の空いた手の平から光線のような物を放出し、お菓子の魔女の身体を貫く。おびただしい紫の閃光が魔女を包み込む。轟音とした爆発音と共に煙が上がると、ローブの者もその足を地面に着ける。

 

「やっ……やったの……?」

 

「……いいえ、まだよ。あの魔女は脱皮をしてすぐ元の状態に戻ってしまうの。だから、外からいくら攻撃を加えても無駄なの……」

 

「貴方……だから、今回の魔女は手を引いてって……」

 

マミの安堵もやはり束の間であった。黒焦げになったお菓子の魔女はほむらの指摘通り、その口から身体の皮がめくれるように綺麗な魔女の姿へと戻っていく。それだけではなかった。流石に二度もやられたせいか、その鋭い目つきはローブの者を視線だけで殺すかのように睨みつけている。かなりの鬱憤が魔女に溜まっていそうだ。

 

「……」

 

だが、そんな状態でも、右手の人差し指で右頬を掻くローブの者……かなりの余裕を見せている。まるでまだ全力じゃないと言った所なのであろうか。だが、このまま脱皮を続けるのであれば勿論、ジリ貧でしかない。

 

「……」

 

ふと何かを思いついたかのようにローブの者は右頬を書いていた手を首の横に持ってくる。そして何か光が発したかと思うと、ローブの者の右首の付け根あたりから、何かが生えだす。

 

(……? 何アレ? レバースイッチ?)

 

ローブの者がその首から生えたレバースイッチを上から下に下げると、今後は左腕を自分の顔に近づけて、左の二の腕を右手で掴んだかと思うと、また光が発生する。

 

(今度は何……?)

 

ほむらの疑問も束の間……ローブの者の前面にはディスプレイのようなものが複数出現する。この距離からじゃ良く分からないが、ディスプレイは六〜七枚くらい仮想的に出現しており、各ディスプレイには真ん中に大きく、数字のようなものが記されている。ローブの者はその内の一つをクリックすると、左の二の腕から今度は、バイクのグリップのような物が出現する。ローブの者はそれを右手で持ち、そのグリップを左の手の平まで一気に押し出す。

 

ギュイン! ギュイン!

 

二回程、グリップを押しては引いて押しては引く……その動作を繰り返すと、ローブの者の左手が一段と光を放ったかと思うと、バイクのエンジン音に似た音と振動を、その左手から発生させる。

 

(……やっぱり……どう考えても、魔法少女って感じじゃ……ないわよね。でも一体……何をするつもり?)

 

ほむらはここで確信した。あまりにも機械的なその動き、魔法少女という割には魔法じみたことを右手から放出した光線や魔力で生成した物体のような機能以外殆どしていないその力……

あのローブの者が何者か分からないが、彼あるいは彼女はキュゥべえから生まれた魔法少女ではない事は確かであろう。

 

そんなローブの者のこれまでの一連のプロセスに苛立ちでも感じたのかお菓子の魔女が再び、彼に対して捕食行為を行うと襲いかかる。それを今度は紙一重で回避したローブの者は高く飛び上がり、魔女の頭上へと着地する……その光を放った左腕が魔女に触れた瞬間……

 

「「「なっ……!?」」」

 

ほむら、マミ、キュゥべえはその光景に更に驚く。そのローブの者の左の手の平と魔女の身体が密着した瞬間、魔女の身体が段々と小さくなっていく……? いや、というよりもこれは……

 

(ま、魔女を……吸い込んでいる……!?)

 

まるで埃を吸い取る掃除機の如く、ローブの者の左手……よく見るとこちらも穴のような物が空いている……そこからお菓子の魔女が徐々に吸い込まれていく……その苦痛と言うのであろうか、痛みがある攻撃なのか分からないそのローブの者が行った行為によって、完全にお菓子の魔女はローブの者に取り込まれてしまった。

 

「……」

 

吸い込み終えたローブの者は左手の穴に右手を突っ込んだかと思うと、何かを探り当てるかのように掴んだ物を、ほむら達の方へと投げる。

 

「……グリーフシード」

 

まるで魔女から不純物を取り出したかのようなその行為……思えば、ほむらが最初に出逢った時もそうであった。ローブの者には、グリーフシードは不要なものなのだろうか。だが、これでようやくお菓子の魔女の結界が晴れた。気づけば、全員病院の駐輪場に放り出されていた。

 

「……」

 

終始、複雑であり不明な部分が多すぎるローブの者とお菓子の魔女との闘いであった。だが、ローブの者は彼女達に一瞥もくれずにその姿のまま、何処かへ行こうとする。

 

「ま、待ちなさい!」

 

「ちょ、ちょっと転校生!」

 

ローブの者を呼び止めたのはほむらであった。いきなり、速人を放り出したせいか彼の身体を支える力が不安定になったのを、さやかが両手で抑えてあげる。

 

「今日こそ逃さないわ。貴方……一体何者なの……?」

 

「……」

 

日はまだ全部沈んでいない。こんな所でひと悶着起こせば、誰かに見つかってしまう。だが、そんなほむらの勢いも誰も止められそうになかった。マミもさやかもキュゥべえも確かに、その正体が気になる所である。その時

 

「……おい」

 

小さくその声を上げたのは速人であった。その声に皆が速人の方へと振り返る。ローブの者にもその声は聞こえたのか、しかし、何故か速人の声だけには異常な反応を見せて速人の方へとその視線をやる。

 

「お前……何者だ」

 

「は、速人……?」

 

「なんでお前がそれを持っているんだ……?」

 

「な、鳴海くん……?」

 

「それは……俺の物だ……」

 

「な、鳴海速人……?」

 

さやかも、マミも、キュゥべえもその不可解な彼の言動に思わずたじろぐ。先程の戦意喪失していた彼の顔面蒼白な表情から一転……顔を真っ赤に怒りの炎を燃やす彼の表情……そしてそれ以上に全てを知っているかのような彼の言動……それが何を意味しているのか良く分からない。痺れを切らしたかのように速人が一気に畳み掛ける。

 

「それは! 俺の生き様そのものであり、俺の創意工夫、全てが考慮された! 俺と()()()で創り上げた! 俺の生き甲斐!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ス……ローブ」

 

最初の方は全員よく聞き取れなかった。事切れたかのようにまた速人の身体は重力を失ったかのように前のめりに倒れ込もうとするのをさやかが受け止める。ほむらもその彼の声を聞き取ろうとしたのが仇になった。ローブの者が速人が何も言えなくなったのを確認すると踵を返してどこかに行こうとするのを、今度はほむらが警告しようとする……が

 

「ま、待ちなさい! ……えっ?」

 

ほむらが呆気に取られたのはローブの者が踵を返す前に一瞬目頭を抑えたのを見て、ある事情に気づく。

 

(な、泣いている……?)

 

正体不明なローブの者の鉄仮面から本当に流れ出たのか分からないが、自分の涙を拭い取るようなその行為……飛び上がり、病院の屋上へと向かったそのローブの者を追いかける者は……ここには誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? 速人、助けられたのは良かったんだけど、速人にローブ勝手に使っちゃったの、怒られちゃったからそんなに大泣きしていたって訳?」

 

「……うん、多分記憶が戻った訳じゃなくて、勢いで言ったような感じだったけども」

 

お菓子の魔女との一戦後……登張美玲の家では、彼女が帰ってきた矢先、美玲は電気も付けずにただリビングでCDプレーヤーの音楽を流しながら涙を溜めていたものに対して慰めながら、その者の今日起こった出来事を聞いている。居候のこの者の話を聞いていた美玲はため息を吐き続けるだけだった。それもそうだろう。何故、居候の失敗談に付き合わされなければならないのだろうか。こっちは衣食住を提供しているスポンサーだと言うのに。

 

「アンタ、()()()()になってからやけに女々しくなったわね。しっかりしなさい! 男の子でしょ!」

 

「仕方ないだろ? 今のボクにとって速人はそれこそ、ボクの生き甲斐なんだから……」

 

「い、生き甲斐って……(マッド・サイエンティストもここまでくれば大したもんねー)」

 

思わず、その者が放った一言に変な笑いが出てしまった美玲。速人もこんな奴の生き甲斐に勝手にされて迷惑極まりないだろう。沈黙が流れる中二人の合間に流れたある楽曲のサビ前のBメロ。

その曲を美玲が帰ってくるまで、その者はエンドレスで流していたようだ。

 

ーー アリガトウ アナタと逢えて 僕は変われた ーー

 

「懐かしいわね、この曲」

 

「知っているのかい? 速人の好きな曲の一つなんだけど」

 

「知っているわよ。それよりもそろそろ、ご飯にしましょ」

 

美玲も流石に飽きたのだろうか、キッチンに向かおうとする。

 

「……美玲」

 

「今度は何?」

 

「速人の中に、魔女が入っている事がバレた」

 

それを呼び止められた、美玲は少し苛々しながら返事をしたが、彼が口にしたその一言でキッチンへ向かおうとする足が止まり、彼の方へ勢いよく振り返る。

 

「えっ!? あの眼帯じゃ防ぎきれなかったの!?」

 

「いや、速人の感情がどれだけ不安定に陥ったとしても、あの眼帯と彼の魔力で充分、魔女の暴走を防げていたんだ。だけど、速人……どういう訳か魔女の結界の中で、あの眼帯を外してしまったんだ。そしてその直後……マミが魔女に喰われそうになる所を速人は直に見てしまった。恐らく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その死の感情を(はず)みとして……魔女が速人の中から出てしまったんだ。その後は、何とかまた封じ込めに成功したんだけどもね」

 

彼のその予測に、美玲はただただ狼狽えるしかなかった。速人に危険が迫っている。あの眼帯の力を過信しすぎた自分の落ち度やタイミングが悪すぎる事が重なってしまった事による焦りや怒りにも似たその感情、普段おちゃらけた彼女からは信じられないようなものであった。

 

「そ、そんな……アンタ、なんでそんな落ち着いていられるのよ!」

 

「美玲……」

 

「こうしちゃいられない! 今すぐ、速人を私の家に引き取るようにするわ! それなら、速人の命を狙う人なんて!」

 

「美玲!」

 

そんな彼女の行動を、その者は一喝して鎮める。こいつに怒られる事なんて……初めての行為であった。その者は続けて自分の冷静さの元凶を話す。

 

「『終わり良ければ全て良しなんて言葉はあり得ない』……『展開を急ぎすぎたアウトプットは必ずどこかで歪みが出る……求める結果を得るためには、生きとし生けるもの全てに納得して貰えるような”コンテクスト”と”プロセス”がどうしても必要になってくる』」

 

「……」

 

「君と最初に遭った時の言葉……覚えているだろ? ボクはそれを、速人から教えてもらった。美玲……君が今しようとしている事は、展開を急ぎすぎたアウトプットじゃないかい?」

 

「……アンタの言っている事、分からないでもないけど……でも、速人に危険が迫っている事も事実なのよ?」

 

「まだ、彼が殺されると決まった訳じゃない。幸いにも、速人の周りには相談できる人間が何人もいる……動くのはその動向を探ってからでも、遅くはないはずだ」

 

「……分かった。でも、本当に危なくなったら、速人は何が何でも、私が助けるからね」

 

「それで良いよ。ボクも……彼を殺させる訳にはいかないのは同じだからね」

 

 

 

 




これにて第二章『記憶復活への旅立ち』は終了です。

いやぁ……最初の話でオリ主が魔女退治に付き合うきっかけが破綻してしまったので、この章タイトルどうかなと思ったのですが。

因みに、今回の話で使った楽曲はどちらかと言うと、アニメまどマギのリスペクトと言うかオマージュと言うか。所々の話でその物語を強調するようにED曲が変わっていたので、それをこの小説でもやってみたくて出してみました。

本当は筆者が作曲活動とか出来たら、良いんですがそこはまぁ勉強中という事で……


そして、実はここからが本題ですが、この後のさやかが魔法少女になるまでの話……大分オリジナル展開が続きます。それが表題としての大きさになるくらいまで。

なので、まだ杏子はしばらく出ない可能性があります。

杏子ファンの皆様にはここでお詫びしておきます。

ですが、この後の展開に必要な話でもあると思うので、是非皆様を退屈させるような話にしないことはここでお約束します。

それでは。




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歴代最弱の魔法少女
第六話「上手くいっているはずなのに」


「……う、うぅん……」

 

様々な感情が巡り巡る最中、しばしの沈黙の時間を突き破ったのはまどかの吐息であった。自身の腕を枕にしてあげていたマミがまどかが目を開けた事に最初に気づく。

 

「……鹿目さん。大丈夫?」

 

「……マミさん? 私……一体どうして……ヒッ!」

 

朦朧とする意識を回復させたのは、お菓子の魔女の惨劇を目の当たりにし、また自分に掛かった血を拭い取った瞬間の光景であった。彼女の頭の中でその光景が再現され悪寒が走った瞬間、まどかはマミの腕枕から勢いよく離れその場に座り込んでしまう。

 

「ま、まどか!」

 

「ほ、ほむらちゃん……わ、私……あの時……」

 

「落ち着いて鹿目さん! もう……大丈夫だから」

 

マミがまどかの背中に手をやり、彼女を宥める。ほむらも彼女の引きつった表情から思わず彼女に近づく。

 

「ごめんなさい、私のせいだわ。貴方をこんな怖い目にあわせてしまうなんて……それに、鳴海くんも……」

 

「そ、そうだ! 速人くんはどうしたんですか!?」

 

「大丈夫だよまどか。ほら、ここに……」

 

そう言って、さやかも自分が抱えている速人を差し出すかのように、まどかに彼の姿を露わにさせる。彼の姿を見た瞬間、まどかの中に流れる大量の安堵の感情が正しく彼女の目から流れる大量の涙の結晶と化しながら、彼の元へ走り出す。

 

「ま、まど……」

 

「待って。暁美さん……ここは、少し様子を見ましょう」

 

「巴……マミ」

 

彼の中に魔女が入っていると認識している二人の魔法少女は、彼に近づくのは危険と、判断してしまっている。特に、ほむらに関してはその判断は行動として、顕著に出てしまった。その最中、まどかを止めようとしたほむらの行動を、腕で通行止めにしたマミの冷静さが、ほむらの行為を逆に静止させた。ほむらも、まだどうしていいのか分からない以上、マミと犬猿の仲ではあるものの今回は助かったような気がする。

 

二人がまどかと速人の動向を監視する最中、まどかはさやかの腕に抱かれている速人に大粒の涙を流しながら、飛び込む。

彼女の音泣きが聞こえたかと思うと、さやかもそれを落ち着かせるかのように、二人をその場に座らせようと包み込んだ腕を枕にさせ、自身共々その身体を地面に沈み込ませる。

 

「よ、良かったぁ……速人くん……本当に……死ななくて良かったぁ……」

 

「馬鹿。それはアンタも同じだよ、まどか。でも……本当に良かった……」

 

「……まどか……さん……さやかさん……」

 

さやかの腕枕で速人の耳に聞こえる二人の嗚咽に近いような泣き声。二人の心配の声に速人の心打たれ、流石に涙を隠しきれないでいる。さやかが自分を抱きかかえてくれて助かった。女の子の前で泣き出す男の顔は……あまり見られたくなかった。マミもほむらも、三人に一応怪我なくこの場を迎えられた事には安堵感を隠せない。

……だが、問題はここからだ。速人の身体に魔女が入ってしまっている事実はここにいる全員がそれを認識してしまっている。今は、自我を保っていられるが何時までもここにいては、もしかしたら誰かを殺してしまうのではないかという最悪の事態が速人の頭に過る。とは言え、自ら命を絶つような勇気も……彼にはない。

ある程度の妥協点を決めた速人は静かに目に溜め込んだ涙を服で拭い取り、さやかの腕枕から静かに離れる。

 

「速人?」

 

「速人くん……?」

 

「……巴先輩」

 

立ち上がった彼は、その場から少し距離を置いて傍観しているマミを見つめる。そのどこか全部を諦めたような視線……マミはこれから恐らく決意する彼のその言葉を若干想定しつつも、それを聞くのが少し怖かった。

 

「……何?」

 

「すみません。覚悟決めました……俺、今日をもって魔女退治から降ります」

 

「……分かったわ。私もそのつもりだったし。美樹さん、鹿目さん……貴方達もこれからの魔女退治には参加させないわ。二人もそれでいいかしら?」

 

「「……分かりました」」

 

「先輩。ありがとうございます」

 

深々と頭を下げる速人。マミもやっぱり……と言わんばかりに、二人に了承を取りつつも有無を言わさないその毅然とした彼女・彼の姿勢に、さやかもまどかも何処かで決めていた覚悟であった。元々の目的が二人を魔法少女にしないこと……そのために、魔女退治に付き合わせない事を第一の小目的としていたほむらにとっては、嬉しいことではあった……しかし、それがこんな状態で叶ってしまうとは……ほむらも予想だにしていなかったため、マミに確認を取るしかなかった。

 

「巴マミ……いいの?」

 

「えぇ。元々貴方の目的は二人を危険な事に巻き込みたくないんでしょ? 私も今日で痛感したわ。だから……これで良いのよ。キュゥべえには悪いけどもね」

 

「……まぁ、仕方ないね」

 

マミのその忖度ない返答に、淡々と二人を魔法少女にすることが難しくなったキュゥべえには痛手ではあるが、ここで何か突っ込もうとすると余計に火の車になるだけだろう。そう判断したキュゥべえも傍観者気取って何も言えなくなっていた。

 

「暁美さん……私からもちょっといい?」

 

「……何?」

 

「……今まで、色々とごめんなさい。最初から貴方の言う通りにしておけば良かったわ……だから……ごめんなさい」

 

「巴……マミ……」

 

まさかのマミからの深々とした謝罪……ほむらも思わずたじろぐ。次の言葉が上手く見つからない。だけど、自分も高圧的な態度を取っていたという自責の念が少しあった彼女も、マミと仲直りということでもないが、謝罪するしかなかった。

 

「……良いのよ。私も……威圧的な事ばかり言っていたのが元凶なんだから……だから……ごめんなさい」

 

「ほむらちゃん……」

 

「転校生……」

 

二人の合間に流れる沈黙の時間……その狭間にいるさやかもまどかも、ほむらに対して謝るしかなかった。

 

「ほむらちゃん、ごめんね。私達、危険な事しているって自覚もなかった……」

 

「私もそうだよ。だから、ごめん……」

 

「……二人とも」

 

「……」

 

女性陣の中で修復されつつある関係をただただ見つめていた速人は、今後は恐らくマミとほむらが協力しあって、魔女退治を行うだろうという予測を立てつつ、その事を確認できただけでも良かった。これで、さやかもまどかも危険な目にあわなくて済む……その安心感と自分が危険な媒体である事を改めて認識し彼は踵を返し、そこから逃げ出すように家路についていった。

 

四人が彼の姿がその場から消えてしまった事に気づいた時には……日は既に沈んでしまっていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……)

 

ほむらが自分のマンションの家路に着いたのはそれからしばらくしてからであった。あの後、姿が見えなくなった速人を皆が心配しつつも、マミの「今日はもうお開きにしましょう」という提案から各自、家路についた。ほむらもようやく一人きりになることができ、改めて今日のことを振り返る時間を作れるようになった。自分が立てた当初の計画からは大幅に変更が加えられたが、元々の『ワルプルギスの夜を倒す』ことと、『まどかを魔法少女にしない』ことの内、まどかが魔法少女になる可能性は少しでも低くなった。だから、本当は今の時は喜ばしい事のはずである……なのに……

 

(上手くいっている……上手くいっているはずなのに……)

 

ほむらの心のなかで、やるせなさにも似た不快感が襲う。どうしてだろう。何故、素直に今の状況を喜べないのであろうか。自分が望んだ結果になりつつあるのに何処かで、こんなの求めていたことじゃないという感情が襲う。そんな邪念を振り払うかのようにほむらは、首を大げさに横に振る。

 

(何考えているの私……事実、結果は上手くいっているじゃない。これで、まどかが魔法少女になる可能性が完全になくなった訳じゃないけど、低くなったんだから……)

 

自分に言い聞かせるが、そんな彼女を襲うのはどうにもしっくりこないでいる今の状況と、もう一つの感情……

 

(……あれ?)

 

その信じたくもない感情に思わず額に手をやってしまう。

 

(……そう言えば私なんで、まどかを魔法少女にしたくないんだっけ……?)

 

良く思い出せない。直近まで時間遡行を繰り返していたはずなのに……そこで、自分が知っている魔法少女の惨劇が目に焼き付いているはずなのに……良く思い出せない。何故……? 記憶喪失の速人に毒されてしまったのだろうか。まるで風邪のウイルスが拡散したかのように。

 

(……何を馬鹿な。私の目的は……ワルプルギスの夜を倒すことと、まどかを魔法少女にしないこと……ただ、それだけよ)

 

不安定な自分の記憶を安定させるために、心のなかで宣言することは当初の目的を固定させること。そうだ。まどかを魔法少女にしないだけで終わりじゃない。一ヶ月後にくる歴代最強最悪の魔女……『ワルプルギスの夜』を倒すこともその目的に含まれている。それには、戦力の強化がどうしても必要になってくる。

 

そして、その彼女の戦力候補として挙がったのは……これまでの魔女をその圧倒的な力で粉砕してきたあのローブを着た誰か……その正体が今回の一件で鳴海速人ではないことは確信した。だが、彼の言動から察するに全く無関係という訳でもないのであろう。

 

(……やっぱりもう一度、彼に接触するしかないようね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー速人……お前に分かるか? 私が最も愛した女が……????であったこと。そして、????の最後を看取るのが…… ????などというふざけたシステムによって、調停されてしまうことを……私が、一番愛した女を誰にも奪う権利など、ないんだよーー

 

「……んっ」

 

朝露の一滴が垂れ落ちると同時に、速人も眠りから目を覚ます。重苦しい身体を起こし、その感覚を安定させる。重苦しいのは彼の身体に魔女が入っている事を認識しただけじゃない。実は、お菓子の魔女の一戦から三日も経過している。自分の身体に入っている魔女は今は酷く安定しており、自分を蝕むようなことはしていない。初日は、睡眠に落ちるのでさえ怖かった。自分の身体を操作することも叶わない夢の狭間にいる状態で、魔女が待ってたと言わんばかりに自分を操ろうとするんじゃないかと思った程だ。そのため、しばらくは寝床についても眠らないようにしていたつもりだったが、それでも身体の疲れが彼を襲う。

 

一夜明けた時は、本当に安心できた。陽の光をもう一度浴びることが出来た時は思わず、恐怖から解放されたような気分であった。しかしだからと言って、このまま普段の学生生活を送れるとは到底思えなかった。そんな彼は、今日に至るまで登校を拒否し、無断欠席を三日連続で続けていた。

 

「……まどかさん達、大丈夫かな?」

 

心配になるのはやはり、関わった魔法少女達の事であった。自分からその関係を拒んだ挙句、心配になるなんて言語道断のような気もするが、時間も経過して何か良い変化があればとか、気になるのも道理である。そういう意味では、今日は良い都合が出来上がっているような気もする。

 

「……何時までも、腐っている訳にもいかないか」

 

今日は見滝原総合病院の通院日だ。その通院後に登校するきっかけとしては、今の所これくらいしかないが苦肉の策である。

速人はそう心に決め、家を出た……

 

 




はい。と言うわけ前述の宣言通り、ここから大分オリジナル展開が始まります。

伏線がどんどん増えすぎている感は否めないですが、自分も良く考えたらかなり複雑なプロットでもあるので、小出ししていかないと多分ついていけないような気がします。

とは言え、キャラクターの動き方はHunter☓Hunter,幽☆遊☆白書を世に出した漫画家、冨樫義博先生の漫才で検証を繰り返して動かすというのをリスペクトしてやっているので、動きが結構鈍足になるかもしれません。


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第七話前編「崩壊していく魔法少女達」

「……」

 

見滝原総合病院で医師の診断も終わった早朝と昼間の狭間の時間……速人は待合室でただじっと座っている。垂れ流される朝のニュース番組もあまり脳に響いてこない。それも、担当の心療内科の医師とのコミュニケーションに疲弊してしまったせいなのだろうか。

 

「鳴海くん、もしかして今日までの間に何かあったのかい?」

 

あの時の先生の一言が速人の胸を貫く。勿論、その質問に答えられる程、充分過ぎることが起こった。起こりすぎていた……だが、こんな話とても信用してもらえそうにない。魔女退治の事、自分の身体に魔女を宿していること……複雑な心境が彼を襲う。心を落ち着かせようと、近くにあったウォーターサーバに近づき、排出される水を紙コップに並々と注ぐ。これを一杯飲んだら、一先ず学校へ通学しよう。彼が踵を返し先程まで座っていた待合室のソファをふと見渡すと、そこにはそれまで存在していなかった速人が良く知っている人物に出くわす。

 

「……暁美さん」

 

「……」

 

ほむらは、何も言わずにソファに座り込んだまま、彼を凝視する。まるで彼を待ち構えていたかのようだ。その視線が意味するものが良く分からないが、速人はその視線に惹かれるようにほむらの隣に座る。

 

「どうしてここへ?学校はどうしたんですか?」

 

「……また貴方と話したいことがあったから。学校はそれが終わったら行くわ」

 

「……」

 

彼女の冷たい言動を癒やすかのように、水を口に含みながら、彼女の言葉を待つ。

 

「身体の方は……大丈夫?」

 

「……まぁ……なんとか」

 

そう答えるが、内心本当はビクビクしている。自分の中に入っている魔女の事……それを魔法少女である暁美ほむらからは、どういう目で彼を見ているか分からないからだ。心の中でも読めればこんな苦労しないのに。

 

「……鳴海速人……」

 

「……はい」

 

そんな彼の心情もいざ知らず、ほむらが続けて言葉を放つ。

 

「……私の目的の一部として、数週間後に見滝原にくる、ある大型の魔女を倒すことも含まれている。その魔女が出す被害はとてつもなく大きくてとてもじゃないけど、並の魔法少女じゃとても太刀打ちなんかできない」

 

「……」

 

「だから、どうしても対抗するための戦力が必要になってくるの。ここまで言えば……分かるわよね?」

 

ほむらの言葉が上手く頭に入ってこない。何故そんなことが分かるのか不思議だ。魔法で予知能力でも身につけているのだろうか。しかし、それ以前にほむらがこの先、言おうとしている言葉を何となく察することが出来ている自分がいることが……怖かった。いつの間にこんな大きな話になっていってしまったのであろうか……最初はただの記憶喪失のための手がかりを見つけるための魔女退治の付き添いだったのに。

 

「……あのローブを着た奴が、俺の関係者じゃないかって睨んでいるって訳ですよね?」

 

彼の言動にほむらは静かに頷く。

 

「……以前、貴方のことを調べていたって言ったわよね? だけど、あの時は貴方がどうして魔女の影響を受けないのか調べていただけだし、見滝原中学校に転校することになったきっかけしか分からなかった。だから……もう一度聞くわ」

 

「貴方、本当に何者なの? 詳しく……聞かせてくれる?」

 

「……」

 

まどかと一緒に、ほむらを保健室に付き添いした時と同じ言質……あの時よりかはいいくらか、和らいだ表現になっているような気がする。だけど、それでも自分が何者なのか知りたいのはむしろこちらの方である。自分が知っていて、ほむらが知らない情報と言えば、入院することになったきっかけくらいである。逃げられない……そんな感情に苛まれつつも、その事を速人は静かに伝える。

 

「……最初は見滝原駅で俺が倒れていた事から始まりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「速人!……速人!」

 

うっすらと誰かが自分を呼ぶ声に目を開ける。自分の身体が横たわっている。コンクリートの床に垂れ流れ出す鮮血の池……これは自分から流れ出た血だろうか……周りではスマホで何かを話しているサラリーマン風の男性が数人……そして、自分を呼ぶ何か……だけど、虚ろとなっている目ではそれが何なのか上手く認識できない。その者は自分の目が開いたことに気づいたのか、安堵の息を吐きながら自分に尋ねる。

 

「大丈夫かい? この()()()が一体何時なのかまだ分からない。とりあえず、もうすぐ救急車がくる」

 

「……? 何……言っているんだ?」

 

「な、何って……君こそ何言っているんだよ。君とボクは巻き込まれちゃったんだよ。とりあえず、()()()()()()()もここにはいない。だから、一先ず安心していいよ」

 

「……?」

 

自分の言葉に反応する誰か……いや、人なのかどうかすら分からない。その者が上手く見えない……モザイクがかかったようにぼやけているが人にしては明らかに小さい。ペットと言うのが最適なのだろうか。何も分からない。何も理解できない。その悔しさにも似た感情がコンクリートを爪で引っ掻く。爪に入り込んだ土と血の汚れが生々しく残る。痛みを感じながらも彼はその心境をその者に伝える。

 

「だから……何言っているんだよ……って言うか、お前誰だよ……?」

 

「なっ……ま、まさか君……ボクのこと……」

 

「来た! おーいこっちだ!」

 

その者の言葉を遮るかのようにサラリーマン風の男が、サイレンを鳴らしながら来る救急車を駅の方に呼び寄せる。救急車から出てきた隊員の内のリーダーらしき人が彼に呼びかける。

 

「君、大丈夫かい!?」

 

「……俺、なんでこんな所で倒れ込んでいるんですか?」

 

「意識はしっかりしていそうだが……ひどい怪我だ。とりあえず、担架に運ぼう」

 

リーダーはそう言いつつ、彼を担架に乗せ、救急車に運び込む。仰向けになる彼の耳にはまだ正体不明の声が恐怖に怯えるようにつんざく。

 

「ま、待って! 速人! 君がいないとボクは……ボクは……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

その誰かが自分を呼ぶ声が遠のいたかと思うと、今の自分の意識がハッキリしてくる。横たわる重い身体を起こそうにも身体中ズキズキと痛みを発生させている。それに、口に着けられているのは人工呼吸器。上手く、自分の身体が起こせそうにない。ふと、横を見ると誰かが自分を凝視している。男女のカップルだろうか。二人はパイプ椅子に座りながら、速人の意識が戻った事を確認する。

 

「……あ、目が覚めたみたいだよ」

 

「……」

 

二人の内の女性が声を放つが、もう一人の男性の方は声を発しようともしない。オールバックに髪を纏めたその者はただ、何故か、目に涙を溜め込みながら速人を見つめている。

 

「……貴方達は?」

 

「紹介が遅れたわね。私、戸張美玲。んで、こっちは……えっと……」

 

「……?」

 

美玲と名乗った女性が男性の方を紹介するが、思わず声を止めてしまう。何故、名前を紹介するのに、名前を止めたのか不明だが。

 

久保田凛(くぼたりん)って言うの。まぁ、私の家に済んでいる居候みたいなもん」

 

「……凛だよ」

 

美玲に紹介された凛と呼ばれた男性はただ単に頷いているだけである。何故だろう、美玲と自己紹介した女性の方はともかく、凛と呼ばれた男性の方は自分と遭ったのは初めてのはずなのに、まるで自分の息子の意識が戻った事を安堵する里親のような視線をしている。沈黙が流れる中、美玲が続けて事の要件を伝える。

 

「速人」

 

「……はいって言うか……速人って俺の事ですか?」

 

「えぇ。貴方……やっぱり記憶を失っているのね」

 

「……」

 

誰かから、自分の病状について聞いたのだろうか。自分が誰なのか、どうして真っ昼間の駅に倒れていたのか自分でも分からない……自分が記憶をなくしている自覚自体はあった。だが、この二人はそれをどこで感づいたのだろうか。病院の関係者がそんな素性の分からない人間にそこまで口を軽くするとも思えない。

 

「本来なら、素性の分からない貴方はそのまま児童養護施設に入る予定なんだけども……同じ、病室になったよしみもあるしね。貴方の事、私が引き取ろうと思うの」

 

「……えっ?」

 

ふと目線だけ前の方にやると、目の前にあるもう一つの病室のベッド。そこはシーツが少しシワを寄せている。明らかついさっきまで誰かがそこで寝床についていたのは確かだ。入院しているのは美玲のほうだろうか。気づかなかったが、美玲もピンク色の入院着を着ていた。

 

分からない。何故、素性の分からない人間に対してここまで出来るのだろうか。不安にも似た感情が速人を襲う。

 

「……どうしてそこまでしてくれるんですか?」

 

「んー? そうねー……貴方に興味を持ったから……かな?」

 

「……俺に?」

 

おちゃらけた彼女のその言葉……嘘は言っていなさそうだ。目を見て判断しただけだが。隣にいた凛は顔を下に向けたまま、速人の顔を見ようとしない。表情は分からないが、何故だろう。泣いているような気がした……

 

「まぁ、勿論貴方さえ良ければって話なんだけども」

 

「……」

 

いい話過ぎるような気もする。うまい話にはそれこそ何か裏があるのは付き物だと、先前の偉い人達が言っていたような気がする。だからと言って、この話を断ったとしても待っているのは、施設暮らし。施設に入るのが嫌って訳じゃない。だけど、そこに行ったとしても、上手く生活できる保証なんて何一つない。そういう意味では、この人の好意に甘えることは……悪いことじゃない……そんな気がした。

 

「……答えは?」

 

「……ありがとうございます。これから……よろしくお願いします」

 

「うん! そうこなくっちゃ!」

 

美玲の満面の笑顔。隣で未だに顔を伏せている凛の顔……ふと笑みが浮かんだような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その後は……美玲さんが俺より先に退院した後に……俺の退院日も決まりました。美玲さん、どうやら俺の退院日に合わせて住む家だったり、学校への転校申請だったり、色々準備していてくれてたみたいです。その後の話は……定期的に美玲さんと連絡取り合っているくらいで特に変わらずです。勿論、美玲さんには魔法少女やら魔女の話は一切していません」

 

「……」

 

速人のこれまでの経緯を静かに聞いていたほむら。気づけば朝のニュースも終わって、バラエティ番組に切り替わっており、料理のコーナーが放映されていた。朧気に跡切れ跡切れの話になりつつも、結構な時間話していた模様だ。魔法少女の話は他人にしていないという速人の言質は取れた……だが、お菓子の魔女との一線の時の彼の言動とあの視線……とても彼とローブの者が初対面とは思えなかった。

 

「……それでも、あの時の貴方の言動……あのローブを着た人の正体の可能性が高いのは、その二人のどちらかということになるんだけども」

 

「あり得ないと思います。美玲さんも、凛さんも普通の人間っぽいですし……第一、俺にコソコソ隠れてそんな事するような人達には思えなくて……まぁ、凛さんに関しては引っ越しの手伝いしてもらって以降はお逢いしていないんですけども」

 

「……」

 

速人の考察にも、それは違うと否定したくなるのをグッと心に抑える。ほむらはほぼ確信しているのだ。あのローブの人物がその二人のどちらかということ。最初は、鳴海速人だと考えていたが、それはあくまで彼の人物関係が上手く自分の中で描画できていなかったからだ。だが、それをここで失言した所で悪い方向に向かうだけであろう。

 

それにもう一つ……気になるのは、鳴海速人が倒れ込んだときに正体不明の誰かが放った『時間軸』という言葉……それは、ほむらの専売特許のようなものだ。それが彼にも関係しているのだろうか。可能性として高いのは自分の時間遡行に巻き込まれた事。だが、それだと辻褄が合わない。自分の時間遡行は砂時計の砂が落ちきる前に、時計をひっくり返すことによって時間を巻き戻せる。それによって戻せる時間はせいぜい一ヶ月が限度。ましてや自分の時間遡行に巻き込まれたのだとしたら、ほむら自身がそのことに気が付かない訳がない。

 

(考えられるとしたら、私以外にも時間を操れる魔法少女がいるって事だけども……それなら、何故姿を見せないの?)

 

彼の口から、彼の事を聞けたはずなのに、再び深い疑問が襲う。この苛々にも似た疑問への回答の糸口を辿っていくためには、やはり彼の関係者に接触するしかないであろう。

 

「鳴海速人……私を、その二人に遭わせてくれない?」

 

「……」

 

ほむらの頼みに、彼は沈黙を保ちながら立ち上がる。彼の中にも確信があった訳じゃない。だけど、これ以上首を突っ込んだ事をしたら……更に悪い事になりそうな気がした。悪いことは続くと先前の人は良く言ったものだ。そんな感情が彼を襲ったのだろうか。とは言え、このままほむらを納得させられるような話もこれ以上出来そうにない。新たな妥協案を出そうと、彼は彼女に背を向けたまま初めて反論する。

 

「暁美さん。魔法少女でもない俺がこんな事言うのもアレなんですけども……正直、戦力が欲しいんだったら、あんな何処の馬の骨か分からない奴に頼るよりも、巴先輩に頼んだ方が良いんじゃないですか?」

 

「……」

 

その言葉を聞き、ほむらも唇を噛みしめる。何も知らない癖に……彼に対してそれまでなかった怒りの感情が芽生えてしまいそうになるのを我慢して抑え込む。この段階でもう、ほむらも彼から間接的に情報を聞き出すのは無理と判断したのだろうか、彼女も立ち上がり踵を返して病院の入り口へ向かおうとする。そして、去り際の一言が速人の胸に突き刺さる。

 

「……貴方に言われなくたって、それが出来るならそうしているわよ……この時間軸の巴マミも、もう……戦力にならないわよ」

 

「えっ?」

 

彼の反応にも一瞥をくれずにほむらは、病院から立ち去っていった。

 

(……なんだ? 巴先輩……何かあったのか?)

 

思わず口を塞ぐ速人。あのお菓子の魔女との闘いから三日も経過している。そうだ……よく考えたら、あれ以降マミとほむらが共闘を組む約束の一つでもしているのであれば、そもそもほむらが自分に遭ったりしないはずだ。だとすると、マミが闘えない事情が出来たと考えるのが道理だ。

 

やるせない不安が彼を襲う。もう躊躇している場合じゃなかった。彼もソファに置いた鞄を取り、急いで病院から立ち去っていく。

 

(巴先輩……一体何が……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第七話後編「崩壊していく魔法少女達」

「……」

 

風一つも吹かない、この屋上の状態がどれほど重苦しい事だろうか。昼休みも半ばに入り、そろそろ教室に戻って午後の授業の準備をしなければならない。お菓子の魔女の一戦から三日……まどかもさやかも、何かの抜け殻のような状態になりながら途方に暮れている。そんな二人をただただ傍観しているのはキュゥべえのみであった。

 

「……キュゥべえ」

 

「何だい?」

 

無の状態が続くことにいささかマンネリを感じたのか、さやかがようやく口を開いてキュゥべえに尋ねる。

 

「マミさん……アレからまだ体調悪いの?」

 

「身体自体は特に何ともないんだけど、通学するのを拒んでいるみたいなんだ。恐らく、君達と顔を合わせたくないんじゃないかな。アレから魔女退治も一切行わなくなったしね」

 

「そう……」

 

忖度なく回答するキュゥべえに何かを察したかのようなさやか。まどかも顔を伏せながら、マミの心境を考えている。

お菓子の魔女からの一戦後、マミは速人と同じく二人の前に姿を見せないでいた。見滝原に出現した魔女を退治するのはマミの役目であった。その当の本人が、魔女退治をしないでいるという事は、見滝原に降りかかる危険を防ぐ手段を失くしてしまったということだ。

 

今すぐにでも、他の魔法少女達が見滝原をテリトリーにしようと目論む所だが、そこに『待った』の声がかかったのは、暁美ほむらの声だ。

 

「私が巴マミに代わって見滝原の魔女は退治するわ。だから、貴方達は魔法少女になっちゃ駄目よ」

 

マミが姿を見せなくなってから、二人の間に割り込んで入ってきた彼女の言葉。お菓子の魔女との一件以来、仲違いも解消された二人もほむらの提案には承諾した。あの時、まどかもさやかも下手したら命を落とすことになりかねかった事を考慮すると、魔法少女になろうなんてモチベーションはゼロになりつつある。

 

だが、二人が魔法少女になりたくない理由は決して自分達が死ぬのが怖いからという恐怖心だけではなかった。

 

「……魔法少女の目には、速人ってどう写っているんだろうね?」

 

「……さやかちゃん」

 

「……」

 

さやかのその言葉に、まどかも速人の事を想像してしまう。速人自身がどう考えているかは分からないが、彼が今日までの間、通学を拒否している時点で極力、危険な目に合わないようにしているのだろうと何となく感じてしまう。だが、事情を知らない魔法少女達が彼の中に魔女が入っているのを認識してしまったら、彼を殺してしまうのだろうか。そして、自分達が魔法少女になった場合、彼を同じく殺す対象として見なさなければならないのだろうか。そんな疑心暗鬼の不安定な感情の状態で……とても、願いを叶えてもらって魔法少女になろうなんて気が起きなかった。

 

「キュゥべえ。速人のように、普通の人間が魔女を宿しているなんてことあり得るの?」

 

「……いや、あんなケースは初めてだ。鳴海速人が確かに、自分の身体に魔女を宿している事は事実なんだけど、普通は魔女の強力な呪いによって、自我を失ってまともな精神状態ではないはずなんだ。そもそも魔女に操られている状態で生きていられる訳がない。これも、彼が魔力を宿している体質でそうなった特異な者という事だったら、一応の説明はつくんだけども……」

 

「……仮に、仮にだよ? もし、その事情を知らない魔法少女が速人を見つけたら……速人もしかしてこ……」

 

「やめて、さやかちゃん!」

 

さやかが言いそうになった最悪の事態を認めたくないまどかが思わず大声を上げて耳を塞ぐ。さやかも言い過ぎた感があったのか、まどかの方を見つめる。

 

「嫌だよ……そんな事考えるの嫌だよ……それが事実だったとしても……速人くん、私を助けてくれた……そんな人を殺そうとするなんて……想像もしたくないよ……」

 

「まどか……ごめん」

 

まどかの後頭部に手をやり、自分の身体に引き寄せて彼女を慰める。勿論、彼を殺させる訳にはいかないのはさやかも同じだ。そして何よりも、自分達が彼を殺す姿なんて……とても想像もしたくなかった。

 

「……いずれにしても、魔法少女の心境は魔法少女にしか分からない。だから、例え事情を知っていても、この街の危険の芽を摘むためには……仕方のない行動かもしれないね」

 

「キュゥべえ……」

 

キュゥべえの言う事も正論のような気もする。水掛け論にしかならない議論だが、どちらにせよ彼の友達である二人が魔法少女にしようとする彼の試みも、不可能に近くなってきた。それを察知したキュゥべえは彼女たちに踵を返して屋上から立ち去ろうとする。

 

「まぁ君達が、態々魔法少女になって鳴海速人を殺す事はないのかもしれない。仮に、他の魔法少女が鳴海速人の真実を知ったとしても、彼を殺すと決まった訳でもないしね。それに、この街は暁美ほむらが守ってくれるんだろ? だったら、ボクは君達を魔法少女になって欲しいと無理強いはできないよ」

 

「短い間だったけど、ありがとう。一緒にいて楽しかったよ。まどか、さやか」

 

「……」

 

淡々と結論を出し、屋上から飛び去っていく彼の後ろ姿を見つめながらも……まどか、さやかは何も言えない状態になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

屋上から飛び去ったキュゥべえはトコトコとグラウンドのフェンスの柱を歩きつつ、考え込む。感情のない彼が考え込むのは、やはり速人のことであった。

 

(……ただの魔力がある男の子だと思っていたんだけど、あんな事実があると確かにやりにくいなぁ……)

 

思春期の少女達を魔法少女にすることが彼の目的……だけど、そのコンテクストが崩壊しつつある。最初は少しイレギュラーな子が出現したくらいの想定で、彼にそれ以外の興味を示していなかった。だけど、速人が魔女を宿している事がもし、魔法少女にでも同じことが出来てしまったら……呪いの元凶である魔女を制御できるような事が出来たら、彼の計画は正に水の泡になってしまう。彼を始末しなければ……だが彼の特異な体質で、もし二体目の魔女も取り込めるとしたら、魔女をけしかけた所で意味がない。彼方を立てれば此方が立たずとは良く言ったものだ。

 

(……ここはやはり、魔法少女に彼を始末させるしかないか……上手くいけば、マミのエネルギーも回収できるかもしれない)

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、速人はようやく見滝原中学校への出席を行う。昼休みも、もうすぐ終わりに近い。病院でほむらとの会話に花を咲かせすぎた。その重い足取りで向かうのは、自分の教室ではなかった。階の違うマミの教室だ。食事を終えたマミのクラスメイト達は大体、教室で次の授業の準備をしていた。だが、そこにはマミの姿がなかった。

 

「すみません……ちょっと良いですか?」

 

「ん? 何か用?」

 

「あの……巴先輩は? いらっしゃらないんですか?」

 

速人はその中で教室の扉付近で会話をしていた女生徒達の輪に入り込んで、マミの事を尋ねる。

 

「あー? 巴さん? 実は、ずっと欠席しているのよ。もう三日になるかな?」

 

輪の中の一人の生徒が、彼の質問に答える。自分と同じく、マミも欠席とは……彼女の心境にも何か悪い変化があったのだろうか。マミに直接会って確かめたい所だが、それも今は無理そうだ。

 

「そう……ですか」

 

「貴方、巴さんの知り合い?」

 

「……まぁ、そんな所ですね」

 

「なら良かった。ちょっと待ってて」

 

「……?」

 

そんな女生徒が自分の机に向かいつつ、何かを取り出し、速人に渡す。

 

「……なんですか、これ?」

 

「巴さんに渡さなきゃいけないプリント。受験も近いから、色々と溜まっちゃっていて……知り合いに渡してもらえるならちょうど良いわ」

 

「は、はぁ」

 

三日分も溜まっていたのだろう。ずっしりと紙袋に入っていたのは、プリント以外にも進学校のパンフレットやら推薦受験の概要説明の書類やらでいっぱいだ。ちょっと確認したかっただけなのに、変な仕事を押し付けられた気がする。とは言えマミのマンションに向かう良い用事が出来上がったような気もする。

 

「分かりました。これは、俺が巴先輩に今日渡してきます」

 

「うん、頼んだわ」

 

マミの教室を後にして、両手で彼女に渡す書類を眺めながら、自分の教室へと戻っていく。時間的に午後の授業に間に合うように出席したかったが、少し遅れてしまいそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……鳴海くん?」

 

自分の教室へ戻った速人は、扉を開けた瞬間早乙女先生と出くわす。タイミングが良いのか悪いのか、午後の授業の始まりは英語だった。英語授業の担当でもある早乙女先生と出くわしてしまうとは……これだと放課後、早乙女先生に呼び出されるのは確定だろうか。ほむらはそんな彼に一瞥もくれずに、ただまどかとさやかは、驚いた表情で彼を見つめる。

 

「先生……すみません。今まで無断欠席しちゃって」

 

「……何かあったの? それにその荷物……積もる話だったら、放課後出来れば職員室に来てほしんだけど」

 

「……」

 

こうなることはある程度、想定済みだ。だからと言って、早乙女先生を納得させられるような話があるわけでもない。それにマミの事も心配だ。ここは深々と頭を下げて詫びるしかなかった。

 

「すみません……お説教なら、後日聞きます。けど、今日は勘弁してもらえませんか? 大切な用事があるんです」

 

「……分かった。まぁ、鳴海くんがそこまで言うなら、私も鳴海くんを信じるわ。後日、時間を取ってゆっくり話をしましょう」

 

「先生、ありがとうございます」

 

「うん。じゃあ座って!」

 

「はい」

 

ニッコリと普段の笑顔を彼に見せる早乙女先生。こんな時の大人の笑顔だけが、唯一……この空間を癒やしてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、みんな明日も元気に通学するのよ! せっかく鳴海くんが出席するようになったんだから!」

 

「せ、先生……」

 

「じゃあさようならー」

 

午後の授業も全て終わり、HRも終わったと同時に、颯爽と職員室へと向かう早乙女先生。もしかして、彼女も何か用事があったのだろうか。きっとまた、お見合い話の何かだろうとか魔法少女に関係しない生徒達が噂している。そんな生徒達も颯爽と家路を急ぐ者もいれば、部活動の準備をしにいく者もいる。ポツンと教室の空間に残されたのは、まどか、さやか、仁美、ほむら、速人の五人であった。ほむらも最近、付き合いが悪いとみんな判断してしまったのか、他の生徒達は、自分達から誘うのを止めようとしているみたいだ。

 

「鹿目さん、美樹さん、私達も帰りましょうか」

 

「あぁー、ひ、仁美。ごめん、今日、私達も用事あって……」

 

仁美とさやかの会話に思わず聞き耳を立ててしまう。さやかの用事というのは嘘だ。もう魔女退治に付き添っていない二人は、仁美としばらく一緒に帰っていた。だが、今日は速人が出席している。二人も速人の心境がどうしても気になっているのだ。中休みにでも聞ければよかったのだが、二人とも、彼と会話する上手い口実が見つからなかった。

 

「あら、そうなんですか? せっかく、鳴海さんが出席したから、全員で久々に帰れると思ったのに仕方ないですわね。鳴海さんも今日は大切な用事があるんですよね?」

 

「……えぇ。志筑さん、すみません。また今度誘って下さい」

 

「仕方ないですわね。それでは、鳴海さん、美樹さん、鹿目さん、暁美さん、ごきげんよう」

 

「……」

 

仁美が教室から出た瞬間、重苦しい空気が漂う。全てを見透かしたかのように察しているこの四人……そんな沈黙の空気を切り裂いたのは、この後、マミのマンションに向かう速人の行動だけであった。

 

彼が教室から出てしばらくすると、勢いよく走る足音とそれにつられてついてくる足音が二つ。

 

「ま、待って速人くん!」

 

「……」

 

その足音の主はまどかであった。彼を追いかけようとまどかとさやかが彼が教室から出た瞬間、決意したかのように彼を呼び止める。だが、速人は二人の方を振り向くことはしなかった。

 

「……あの、その……ごめんね。今まで何の返事もしなくて……」

 

「……別に……良いですよ。俺自身どうしたら良いのか分からない状況なんですから」

 

「……速人、マミさんの所行くの?」

 

「えぇ」

 

「だったら、私らも行くよ。私らもマミさんの事心配だから……」

 

「……」

 

お菓子の魔女との一件以来久々に聞いた二人の声に暖かみを感じてしまう。一歩踏み出せなかったのは皆同じ……と言った所なのだろうか。それに、マミの心境がどうなっているか分からない以上、彼一人を行かせる訳にもいかなかったのだろう。そんな二人の優しさに助けてもらっている。だけど、それはマミだって同じだ。マミを本当の意味で助けたい。これは自分の本心だ。意を決したように二人の方へ振り返ると、速人は覚悟を決めたようにその言葉を放つ。

 

「二人とも……ごめんなさい。一緒に……来てくれますか?」

 

「「……うん!」」

 

三人にようやく笑顔の表情が回復する。そんな三人を教室から盗み聞きしながら聞いていたほむらの心情もいざ知らず。

 

(……ここは、監視するしかないわね……最悪の場合は……彼を)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

三人が彼女のマンションに向かっている事もいざ知らず、マミは起きてから軽い食事を摂取して、制服に着替えたまでは良いが、ずっとソファに座り込んで壁の一点を見つめている。何もすることがないと壁のシミを数えたくなるくらいやるせない気持ちになっている。お菓子の魔女の一件以来、状況が大きく変化したのは彼女も同じだ。

 

闘うのが怖い……だけど、それはお菓子の魔女の一戦で殺されかけたことだけがきっかけじゃない。

 

(魔女を倒すのが魔法少女の役目……じゃあ……鳴海くんはどうなるの……?)

 

それまで、一人で魔女と闘ってきた。命がけな闘いになるのは自分でも分かっていた。だからこそ、お菓子の魔女に殺されかけたのが引き金になって、精神が不安定になっている訳じゃない。

元々、自分は魔法少女になりたくてなった訳じゃない。両親の交通事故に巻き込まれた彼女はただただ『生きたい』とキュゥべえに願った事。瀕死の彼女を命を繋ぎ止めた願いはそのまま、『繋ぎ止める力』として自分の魔力として表現されている。そこから始まった過酷な魔女退治に継続できたのは、再び取り戻した生の喜びの支えを正に表現しているとも言える。だが、それは魔女を完全に悪いものとして見ていた場合の勧善懲悪だと自分の中で思っていたから……そう、思いたかったからだ。

 

だけど、鳴海速人の場合はどうだろうか。その理屈で言えば、彼も殺さなければならないのだろうか。そうすると、今まで自分がやってきた魔女退治も本当に勧善懲悪だったのか疑心暗鬼している。彼の今までの姿も本当は、偽りの姿だったのだろうか。複雑な心情が彼女を襲う。その心情は指輪と化したソウルジェムを少し濁らせてしまう。

 

「……」

 

ソウルジェムにお菓子の魔女と闘った時に分け合ったグリーフシードを重ね合わせてその濁りを取り除く。こういう時くらいしか安堵の息をつけそうにもない。

 

(鳴海くん……私、どうしたら)

 

ピンポーン

 

その時、鳴った呼び鈴の音は彼女の心臓が飛び上がるような爆音をさせるら。思わず慌てふためくマミだが、心を落ち着かせ、インターホンに出現する人物の姿に思わず声が漏れる。

 

「……鳴海くん……」

 

彼以外にもさやか、まどかの姿が見える。三人とも自ら来た筈なのにその顔はどんよりと濁っている。マミのマンションに近づくにつれ、どんな顔でマミに会えば良いのか分からないでいた。静かにマミがボタンを押して、彼の名前を読み上げる。

 

「鳴海くん……?」

 

「巴先輩。良かった。いらっしゃったんですね」

 

「……何しに来たの?」

 

彼を拒否するかのようなマミの返答。思わずその返答にさやかもまどかもインターホン越しにいるマミの視線を避けようと思わず目を反らしてしまう。彼女もこんな敵対視するような返答をしたかった訳じゃない。だけど、上手い言葉が見つからないのだ。それは、速人も覚悟の上だ。顔を伏せたまま、速人は答える。

 

「……巴先輩。もし、俺が魔法少女の敵として見なされるのであれば、俺はそれでも構いません」

 

「えっ?」

 

「ちょ、ちょっと速人! 何言って……」

 

「だけど、巴先輩が俺の記憶を取り戻すために俺を魔女退治に付き添わせてくれたことについては、感謝しきれないんです。だから……今度は俺が巴先輩の助けになりたいんです」

 

「……」

 

「……開けてもらえませんか?」

 

その彼の言葉に、さやかも反論しようとしたが、黙ったままだ。沈黙が続く中、扉越しにマミの足音が近づいてくる。チェーンを取り外すような音と、中の鍵をガチャりと開けようやくマミの顔が見れる。

 

「……どうぞ」

 

「お邪魔します」

 

マミに誘われ、速人とさやかが後に続く。だが、まどかは額に手をやり、彼女のマンションに入ろうとしない。

 

「まどか……どうしたの?」

 

「う、うぅん。なんでもないよ」

 

さやかの言葉に慌てふためきながら、彼女もマミのマンションに入っていく。

 

(俺が魔法少女の敵として見なされるのであれば、俺はそれでも構いません)

 

(……なんだろ。この言葉……似たような言葉を誰かから聞いたような……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

久々のマミが出してくれた紅茶とケーキ。紅茶の香ばしい香りとケーキの甘い匂いが食欲をそそらせてくれるが、中々今日は食べる気がおきない。とは言え、出されたものだ口をつけずに出るのも失礼な気がしたのが、とりあえず三人は紅茶を啜りながら、マミの少しやつれた表情を見つめたが、彼女に気付かれないように視線を外す。

 

「マミさん。今、見滝原の魔女退治は、ほむらがやってくれているみたいです」

 

「そう……暁美さんが。なら、一先ずは安心ね」

 

さやかの返答に思わず、安堵の息を隠せない。さやかもいつの間にか、ほむらの呼び方が変わっていた。あの一件以来何かが吹っ切れたのか、彼女を完全に敵対視していないようだ。

 

「俺からはこれです。巴先輩。今日、先輩のクラスメイトさんから渡されました」

 

「鳴海くん……ありがとう」

 

紙袋詰めにした資料類を彼女に渡す速人。一通りの用事が終わってしまった。だけど、マミの心境を察するに、気になるのは速人の事だろうか。マミは先程まで深く考え込んでいた疑問を彼に投げかけるしかなかった。

 

「鳴海くん……貴方、本当に何者なの……?」

 

「……」

 

沈黙が三人を襲う。特異体質な彼の事情は誰にも分からない。今日二度目の質問をされるまで整理してみたが、どう考えても、結論が出せそうにない。キュゥべえからも速人が異常な体質の持ち主という事以外は本当に分からない。誰も……その答えを持っていない。唯一、その答えを持っていそうなのは……本当は認めたくなかったが、彼のスポンサーであるあの二人の人物だけだ。ほむらに問いかけられた時は、これ以上、首を突っ込みたくないという防止策から、間違いと指摘したが……改めて考えると、可能性として残っているのは、戸張美玲と久保田凛の二人の人物だけだ。

 

「……それ、今日、暁美さんからも同じ質問投げかけられました……でも、分からないんです。だけど……その答えを知っていそうな人を……俺はもしかしたら知っているかもしれません」

 

「誰?」

 

「俺が見滝原駅で大怪我していた時に、同じ病室仲間でもあった……俺のスポンサーでもある、戸張美玲さんと久保田凛さんって人です……その二人に聞けば……何か分かるかもしれません」

 

追い詰められたかのように正直な気持ちを吐露する速人。毎日のように自分にポジティブに接してくれている美玲に、あんまり感情を表に出さないし、最近遭っていないけど冷静沈着に礼儀正しく接してくれている凛が魔法少女と魔女に関係するとは……あんまり信じたくなかった。だけど、一向に前に進めない状況になるのも嫌だった、速人は意を決したように、自分のスマホを取り出し、何処かに電話をかける。

 

「美玲さん、今、大学生らしくて今の時間出てくれるか分かんないですけど……」

 

「もしもーし! 速人ー? どうしたのー?」

 

とか言っている内に、美玲が彼の電話に出た。スピーカーの音を大きくしていたせいか、彼女の声はマミの部屋に反響していた。と言うか、電話するのは良かったが、何から説明すれば良いのか分からなかった。もし美玲が魔法少女と魔女に無関係だとしたら、彼女は自分の話を信じてくれるだろうか。あたふたする速人だが、とりあえず今の状況を伝える。

 

「あ、あの……美玲さん。お疲れさまです。別になんか用があった訳じゃないんですが、あのその……なんて説明したら良いのか……」

 

「んー?」

 

「と、とりあえずちょっと、今友達の所に来ているんですけどもはい……」

 

速人がベランダの方に向かって、二人きりで何かを話している。と言っても、要領の得ないつたない会話だ。美玲がそこから分かったのは、女友達の家に来ていることと、お見舞いのためにさやかとまどかのクラスメイトと来ている事と、マミが自分の事について知りたがっていることの三つだ。

 

「速人……まさか、その人貴方の彼女じゃないでしょうね? 私という者がいながら、貴方浮気する気!?」

 

「い、いや。そんなんじゃないですよ。その先輩というかなんと言うか……とにかく俺も上手く説明できないんです。美玲さんの方から、何で俺を引き取ったのか教えてもらう事って可能ですか?」

 

「……」

 

電話越しに少し冗談交じりな会話をするが、美玲は薄々、魔法少女の家に速人が来ている事を確信している。マミがどういう心情で彼を見ているか分からないが、ここは言葉を慎重に選ばなければならない。

 

「……はい。はい……えっ? 分かりました……」

 

ピッと自分からかけた電話を切り踵を返して、三人の方に振り返る。

 

「テレビ電話の方が顔を見えて、話しやすいだろうから美玲さん折り返してくれるそうです。ちょっと待っててもらえますか?」

 

速人の頼みに三人は静かにうなずく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせー。速人ー 元気してるー?」

 

「美玲さん。お疲れさまです」

 

テレビ電話でまどか、さやか、マミの三人も美玲の表情が見て取れる。ボーイッシュな金髪の頭に赤いリボンを着けた彼女の顔は、大学生という割には少し子供っぽい顔に少し怪訝な表情を見せている。

 

「それで何が聞きたいの?」

 

「「「「……」」」」

 

誰が口を開くべきなのだろうか。と言うか、魔法少女と魔女の事を隠しつつ、美玲との会話を形成すなんて高等技術が出来るのだろうか。だからと言って、先陣を切って美玲と対等に話できそうなのと言えば……速人は、コミュニケーションは大丈夫そうだが、自分の正体を聞きたいのはむしろこちらの方だし、そこから話の切り口を作るのは難しい。まどかとさやかは魔法少女じゃないので論外。そうすると、白羽の矢が立つのはマミであろうか。それをある程度、悟ったマミが口火を開く。

 

「私が話すわ……戸張……美玲さんですよね? 私は、巴マミって言います」

 

「はぁー。貴方が……ふーん」

 

「……?」

 

速人が美玲にマミの全身が映るようにスマホを向ける。まるで何かをじっくり観察するように見つめる美玲だが、彼女は思わず胸の一点に見とれてしまい、ふと自分の貧相な胸に手を当ててしまう。

 

「……これは、結構強敵ね」

 

「……は?」

 

嫉妬のような舌打ちが聞こえたのは気のせいだろうか。

 

「うぅん。なんでもない。巴さんね。私は戸張でも、美玲でもどっちでも良いわ。それで話って?」

 

「戸張さん……実は私、ある仕事をしているんです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふーん。それでもしかしたら元々、速人の記憶を取り戻すきっかけで付き添っていた貴方の仕事の手伝いって言うのが、私と凛の二人も関係しているんじゃないかって事で電話してきたって訳?」

 

「……そういうことになりますね」

 

冷静沈着なマミがここにいてくれて助かった。魔法少女と魔女の事に対しては()()()()()()()仕事をしている程度で抑えられた気がする。元々、速人自体が魔女退治に付き添う時にナイフを借りた時も大分ボカして言っていた事もあり、美玲もそれで納得してくれているような気がする。とは言えその仕事の中身自体もボカしている。彼女にしらばっくれられたら終わりだ。

 

だが、それは美玲の方も隠し通す事ができないのは同じであった。彼女に見えないように利き手を画面に映らないようにして、ノートにボールペンを走らせ、書いた言葉を向かい側に座っている人物に見せる。

 

(ここいらが多分潮時かも)

 

彼女のサラサラと書いた、だけど線が細い筆圧越しに彼女の心境を感じ取ったその人物は紙の横に置いたペンを取り、ノート下半分に何かを書き、それを彼女に見せる。

 

(分かった。速人を殺させるわけにはいかないから、マミと二人っきりで話せる所まで持っていって、釘を刺して置いてくれないかい?)

 

その人物の返答を見て、美玲は静かに気付かれないように頷く。

 

「巴さん。ちょっと二人っきりで話せる?」

 

「……分かりました。鳴海くん、スマホ貸してくれる?」

 

「……はい」

 

速人から、スマホを取りマミはマンションの玄関の方へ向かい、外に出る。扉を閉める音が美玲の耳にも聞こえたのであろう。周りを確認しつつ、マミの疑問に答える。

 

「周りには……誰もいない?」

 

「……えぇ」

 

「ここいらでそろそろ、隠し事は辞めにしましょうか。貴方……魔法少女ね?」

 

「……はい……もしかして貴方も?」

 

マミも何処かでその事を聞かれると思っていたのだろうか。美玲に負けじと彼女の事を聞き返す。

 

「えぇ。そして、速人の中に入っているのが魔女だと分かってしまって、どうしようかって所で電話してきたって所かしら?」

 

「……やっぱり知っていたんですね」

 

「……とりあえず、速人の事は私に任せてくれない? 事情は貴方と直接会ってから話すわ。だから、今は速人から手を引いてくれない?」

 

「手を引くって……別に私は鳴海くんを殺そうなんて思って……」

 

「巴さん……貴方、今後も戦える?」

 

「えっ?」

 

美玲の意外な返答に思わず素っ頓狂な声をあげてしまうマミ。

 

「あの速人を見て、今でも魔女を敵と見なして戦えるかって話よ。まぁ、初対面の人間にこんな事言われる筋合いもないとは思うんだけども」

 

「……」

 

「これだけは伝えておくわ。貴方があの子の真実を見てしまった以上もうその事実が覆る事はない。だけど……私はどうしても、あの子を殺させる訳にはいかないのよ……だから、あの子には手を出さないで。それが無理なら、私は貴方と戦わなければならないかもしれない」

 

「戸張さん……」

 

「勿論、そうならないように祈っているわ……じゃあね」

 

スマホの電源をピッと切り、マミの返答を許さなかった美玲は大きなため息を吐く。彼女の心境を察しながらもちょっとマズい事を言ったような気がすると判断している……向かい側に座っている人物……久保田凛は頬杖をつきながら彼女に尋ねる。

 

「良いのかい? あんな事言ってしまって」

 

「ああでも言わなきゃ、巴さんの速人に対しての疑問やら、魔女退治に関する葛藤を払拭出来ないでしょ? だから、ああするしかなかったのよ。()()()()()()()()()()()()()を今話したとしても……嘘をついていると思われたらおしまいだしね」

 

「いや、そうじゃなくて君がマミと一戦交えるかもって言った話だよ。マミは強いよ。だけど()()()()……」

 

「アンタこそ忘れていない? 私、歴代最弱の魔法少女だけど、()()()()()()()()()()()()()()()……大丈夫。何とかなるわ」

 

「……分かったよ。君に危険が迫った時は最終手段(ラスト・リゾート)としてボクも協力するよ」

 

「うん、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マミのマンションから帰路につく速人、まどか、さやかを玄関で見送った後……マミはベランダに出てただ一点夕日を見つめる。三人には。「美玲さん、関係ないみたい」と嘘をついてとりあえず納得してもらった。だけど、マミの不安な感情はまだ拭いきれていない。

 

(……)

 

あの時のスマホ越しの美玲の電話超えが未だに頭に過る。

 

(あの子には手を出さないで。それが無理なら、私は貴方と戦わなければならないかもしれない)

 

正に釘を刺されたような気分だ。晴れそうになった心がまた曇りそうになる。

 

(私、どうしたら良いの……?)

 

「マミ」

 

そんな彼女の不安定な心境を駆るようにベランダの柵に着地したのはキュゥべえだった。これまで、彼女の不安定な感情を察知し、もう魔女と闘う事が出来ないと感じ取ったキュゥべえがまたここに来るなんて……

 

「……キュゥべえ」

 

「何か考え事かい?」

 

「……まぁね」

 

マミはキュゥべえの姿を見た途端、踵を返してベランダからリビングへと足を戻す。本来なら、彼女と過ごした時間で一番長いのはキュゥべえなのだが、今の彼の言葉も深く心に入ってこなさそうだ。

 

そんな彼女の指を一つ押しただけで壊れてしまいそうな不安定な感情は、彼の放つ言葉にまた自分に課せられた使命から逃れられない事を認識してしまう。

 

「マミ……」

 

……何?

 

「鳴海速人の事……君どう思っている?」

 

……どうって?

 

「彼に入っているのは間違いなく魔女だ。そして魔法少女は願いを叶えてもらう代償として魔女と闘う使命を課せられる」

 

……何が言いたいの?

 

「彼が例え、どんな姿・形をしていたとしても彼が魔女だという事は変わりない。もしかしたら、彼自身君を油断させるために、人間の姿をしているのかもしれない」

 

……キュゥべえ、貴方まさか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼を討伐(ハント)しよう。それが……魔法少女の本来の使命だ」

 




良く、マミさんで凄く線が細い……メンタルが弱いと言われますがボクはそんな事ないと思います。
だから、この小説ではマミさんに対する誤解を払拭したい思いもあります。

とは言え、この小説でもマミさんにとって衝撃的な事ありすぎたんですよね……と言うか、まどマギに出てくるキャラは基本みんな良い子達ばっかりだと思っています。

キャラクターの心情を壊してしまう魔法少女という衝撃的なシステムが大きすぎて皆背負いきれなくなっちゃったというだけだと思っています。
だから、意外と皆の心理描写を書くのは大変でありながらも結構楽しかったりします。


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第八話前編「Hightension Wire」

「……」

 

キュゥべえの提案に、踵も返さずにマミはリビングの方に歩いていく。そんな彼女の後ろ姿を負い目にキュゥべえが続けて返答を待つ。

 

「マミ……迷っているのかい?」

 

「……暁美さんか佐倉(さくら)さんに頼めば良いじゃない」

 

「マミ……暁美ほむらはどういう訳か分からないけども、ボクのことを嫌っている。ボクの頼みなんか聞きやしないだろう。佐倉杏子(さくらきょうこ)だって、君と仲違いして見滝原を離れたんだろう? だったら今、見滝原を領域(テリトリー)としてかつ、彼を討伐(ハント)できる魔法少女は……君しかいないはずだ」

 

「……」

 

キュゥべえが立てた白羽の矢はあながち間違っていない。魔女を退治するのは魔法少女、本来の役目……そして、見滝原に存在する魔法少女でキュゥべえの言う事を聞く魔法少女はマミしかいない……だけど

 

「……無理よ。鳴海くんを殺そうとするなんて……そんな事出来る訳が」

 

「マミ」

 

マミの頭の中では、天秤のように魔女の疑惑がある鳴海速人を殺すか殺さないかの二択で揺れている。畳み掛けるならキュゥべえの匠な口弁が重要になってくる。

 

「恩着せがましいかもしれないけれど、君は魔法少女になった事でもう一度、『生きる』という道を選べた筈だ。ここで日和ってしまっては、君のその生きる支えを失くしてしまうことに等しいんじゃないのかい?」

 

「……」

 

キュゥべえの正論にも何も反論できなくなってくる。夕暮れの美玲の電話越しの『彼には手を出さないで』という言葉が過りつつも、彼女の不安定な心情は悪い方向に天秤の測りがズッシリと重くのしかかる。

 

「……答えは?」

 

「……明日、鳴海くんに遭ったら伝えてくれる? 『最初に魔女退治に付き添った廃墟ビルで待っている』って。それと、キュゥべえ……貴方はついてきちゃ駄目よ? 最後は私が決めるわ」

 

「……分かった」

 

キュゥべえの方にも振り返らずに、彼女が決断した選択は……冷静さを保ちつつも、彼女のソウルジェムを少し濁らせる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

「いただきます」

 

マミのマンションから帰った翌日の昼休み。午前の授業終わった直ぐ後に速人は、早乙女先生に個室に呼び出された。

緑茶を啜りふと中を覗き込むと、茶柱が立っているのを見つけた。こんな状況でなければラッキーだったのだが、早乙女先生のお説教が怖い状況ではあんまり良い気分になれない。

 

「鳴海くん……早速聞かせてくれる? 無断欠席していた理由」

 

「……」

 

どう答えたらいいのだろうか。担当医の時もそうだったが、上手く誤魔化す事ができない。正直に伝えようにも誰も信じてくれない話だ。とりあえず、今飲んでいる物の通り……また、お茶を濁すしかなさそうである。

 

「……ちょっと自分の身体の事で、休んでいました。詳しくは言えないんですが……」

 

「……それって鳴海くんの記憶の事だけじゃないわよね?」

 

「……はい」

 

「……まぁ、身体的なことならデリケートに扱いたいって気持ちも分かるから、私も詳しくは聞かないけども……今は大丈夫なの?」

 

「……それが自分でも良く分からないんです。確かに、今は何ともないんですけど……正直、何時爆発するか分からない爆弾抱えているような状態で……」

 

「……」

 

速人のその言葉を聞いて、早乙女先生の眼鏡越しに見える瞳から何かが零れ落ちそうになるのを見つけたような気がする。一般人に魔女の事を言わないで伝える方法としては充分過ぎるような会話である。だけど、早乙女先生もまさか、速人の年齢でそんな重い病気らしきものにかかっているとは到底思えなかったのだろう。それを信じたくないのか、零れ落ちそうになる涙をグッと抑える。教師として、教え子を救う前に涙を流しては、説得力ある言葉を言える立場ではなくなるのだろう……そんな、聖職者としての職務を全うするためというだけに早乙女先生はそこにいた。

 

「鳴海くん、貴方が私のクラスに転校してきた時にした大喧嘩の事、覚えている?」

 

「……はい」

 

「あの時も貴方に怒っちゃったけど……あの時の、貴方の何かに怒りをぶつけたくなる気持ちも分かるし、今でもそんなに重い病気を抱えてどうしたら良いのか分からなくなっている葛藤も分かるわ。だから……これからも無理しない程度に通学できるような通学してみて」

 

「先生……」

 

「ごめんなさい。鳴海くん、貴方に言いたい事が一杯あった筈なのに……貴方の今の気持ち考えると、何も言えなくなっちゃった……」

 

「先生……ありがとうございます」

 

「今日はもう良いわ。教室戻っていいわよ」

 

「……分かりました」

 

お茶を飲み干して、速人は個室から出ていく。扉を開け、深々と頭を下げた時に気がついた、早乙女先生の伏せた顔……とてもその表情を見る気にもなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「速人……先生との話は終わったの?」

 

「……えぇ」

 

扉を閉め、速人が出てくるのを待っていたまどかとさやか。こんな状況でなければ、早乙女先生のお説教を喰らった速人を茶化しても良かったのだが、早乙女先生の意外な面影を見て、思わず面食らったような顔をしている速人を見て、とてもそんな気が起きなかった。

 

「ご飯でも食べに行きますか。売店今から行って良いものあるか分かんな……」

 

「鳴海速人」

 

足を売店のある場所へ方向を向かおうとした瞬間、それを呼び止めた者が一匹……彼を呼び止めたのはキュゥべえだ。

 

「キュゥべえ……何か用か?」

 

「マミから伝言を頼まれた。『放課後、君達と一緒に魔女退治に付き添った廃ビルで君を待っている』って」

 

「……俺を? 一体何の用だよ?」

 

「ボクは伝言を頼まれただけだからね。詳しくはマミに直接会って聞くといい。じゃあ、確かに伝えたからね」

 

「……」

 

踵を返して速人達から去るキュゥべえの後ろ姿。マミと速人を直接遭うように間接的とは言え仕向けた筈なのに何も答えないキュゥべえに不信感を抱く。だけど、今はキュゥべえの事を気にかけている場合でもない。マミのマンションに行って彼女のお見舞いには行ったが、マミはまだ通学していない状況でもある。やはり、まだ何か吹っ切れていない状態なのだろうか。

 

「……速人……行くの?」

 

二人の会話を合間に聞いていたさやかが横槍を入れる。彼女も何か嫌な予感を感じ取ったのか、まどかもさやかも顔が曇っている。

 

「……とりあえず、売店行ってご飯食ってから考えます。何れにせよ放課後までまだ時間はありますし」

 

そう言い切った筈の、彼の顔は……何か悪いことが起こる予兆を感じ取ったように濁っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の授業も全て終わり、校門前まで速人、さやか、まどかが到着したと同時にさやかが口火を開く。

 

「それで、どうするの? 速人」

 

「……勿論、行きますよ。巴先輩の頼みですし」

 

「……速人くん、私達も一緒に行っちゃ駄目かな?」

 

「……」

 

まどかもさやかも、昨日の屋上でキュゥべえと会話していた事を思い出しているのであろう。あまり想定したくない事だが、仮にマミが速人を敵として見なしているのであれば、二人っきりにさせるのはあまりにも危険過ぎる。まどかの提案にはさやかも恐らく、合意なのであろう。彼女も静かに頷く。

 

「巴先輩は……一人で来いとは言わなかったですからね。大丈夫だと思いますよ。でも……」

 

その言葉を言いそうになったのを速人は口を止める。本当はこの言葉を口にしたくない。マミが今どういう心情なのか分からないが、もしマミが自分を殺そうとしているのであれば、二人を巻き添えにするかもしれない。それを考えると、決断がしにくい。

 

「それなら、私が二人に代わって一緒に貴方について行くって言うのはどう?」

 

そんな彼の悩みに救いの手を差し伸べたのは三人の後ろから唐突に声をかけた……暁美ほむらであった。

 

「暁美さん……」

 

「鳴海速人……貴方も分かっているんでしょう? 今の巴マミの心境を考えたら、貴方を殺すかもしれないって事。貴方の身体の事を知った上で、巴マミに対抗できる人間は私くらいしかいないはずだけど?」

 

「……」

 

ほむらは速人の言いにくい心情を淡々と伝えてくる。分かっている……全て自分の身体の事で皆が巻き添えになってしまっている事は。だけど……

 

「それには及ばないですよ」

 

「えっ?」

 

「巴先輩と戦わないようにすれば良いんでしょ? なら……暁美さんはついてこなくて大丈夫ですよ」

 

彼女を突き放すようなその一言で三人唖然としてしまった。踵を返して、廃ビルへと向かうその足取り……まどかもさやかもどうすれば良いのか分からない状況になっているが……ひとまず、ほむらを置いて速人についていくことにした。

一人取り残されたほむらは……ただただ、狼狽する表情を隠しつつ、何を言われたのか分からない状況で校門前に立ちふさがるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「速人……なんであんな事言ったの?」

 

「……」

 

廃ビルに向かう頃には日も暮れ始めてきた。黙々とただ廃ビルまでの経路を歩く三人。痺れを切らしたのはさやかだった。これまでずっと、ほむらと仲違いしないようにある種、バランサーのような立ち位置に立っていた速人が……ほむらを拒絶するような事を言った事に、未だに信じられない様子だったのだ。正直、今までほむらに威圧的な態度を取ってしまっていたさやかがこんな事言うのは筋違いなのかもしれない。だが、それはまどかも同じ気持ちだ。

 

「速人くん……ほむらちゃんと喧嘩でもしたの?」

 

「いや、そんなんじゃないですよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「昨日、病院行った時に暁美さんに会ったんですよ。その時の暁美さんの言葉が……なんか、気に食わなくて」

 

速人は立ち止まり、まどかとさやかの質問に答える。後ろめいた彼の表情は分からないが、彼の怒声にも似た彼の低い声に若干二人はたじろぐ。

 

「暁美さん、詳しくはわからないんですが、魔女と闘う戦力が欲しいみたいなんですよ。その時、俺が『巴先輩に頼めばいいんじゃないですか?』って言ったら……『巴先輩はもう戦力にならない』って発言したのが……無性にやるせなくて……許せなかったんです」

 

「許せない?」

 

「俺は魔法少女じゃないから、魔法少女になる苦しみは分かりません。だけど、巴先輩だって休みたい時もある筈なのに、実際休んだからって、巴先輩を突き放すような言葉を発言したあの人に……ちょっと頭にきちゃったんですよ」

 

「「……」」

 

「まぁ、暁美さんの正論も確かに正しいのかもしれませんが……俺がそうならないようにしてみせます」

 

「速人……でももし、マミさんが本当にほむらが言ったようになったらどうするの?」

 

「その時は……」

 

さやかのあまり信じたくない想定に、速人は踵を返して答える。その決断は、自分で言っておきながら未だにまだ何とかなるという想定で放った危機感のない言葉だったのかもしれない。

 

「二人は俺を置いて逃げて下さい」

 

「「……!」」

 

淡々と放つ彼の言葉に何も言えなくなったまどかとさやかはただ単に狼狽えるしかなかった。沈黙が続く中、速人は再び廃ビルへと足を向けていく。

 

(なんでだろうな……いつの間に、暁美さんをこんなに毛嫌いしちゃったんだろうな……ひょっとして……最初からか?)

 

その時、彼が頭の中で巡る悩みの種は……非常に意味深なものでありながら、その場所に後悔と昔の記憶の傍らの余韻を残した。

 

ーー 単刀直入に言います。俺に……????の力を譲っていただけませんか? 壊れた力は、今一度……元に戻さないといけません ーー

 

 

 

 

「……」

 

魔法少女体験コース……この提案から、さほど日数が経過していない筈なのに、今は遠い昔の話に聞こえてしまう。マミは魔法少女の衣装に姿を変えながら、仁王立ちのような振る舞いで廃ビルの中で待っていた。屋根の一部が剥がれ落ち、夕焼けの陽だけが彼女をまるでスポットライトのように照らし出してくれている。埃の臭いが嫌になるようなこの状況の沈黙を破ったのは、こちらに近づいてくる足音……数からして、一人だけの足音ではなさそうだ。

その者の姿が見えた瞬間、マミは顔を上げその者達を迎える。

 

「巴先輩……」

 

「鳴海くん……美樹さんも鹿目さんも来ちゃったのね……」

 

「「……」」

 

彼女のその何処か何かを諦めたようなその表情……さやかもまどかもこんな先輩の姿を見られなくなったのか、思わず目を反らしてしまう。

 

「こんな所に呼び出して……何の用ですか?」

 

「あら? それは貴方自身が既に分かっていると思っていたんだけど……」

 

「……」

 

彼女の敵意を少しむき出したような視線……分かっている。自分の身体に宿している魔女の事……そして、それをマミが討伐しようとしているかもしれないという事。

 

「鳴海くん……()()にもう一度だけ聞かせて。貴方……本当に何者なの? どうして、貴方はそんな身体で平気でいられるの?」

 

「……」

 

彼女の最後の質問……本当はここから逃げ出したい。だけど、それは現実が許してくれない。自分は関わり過ぎてしまったのだろうか。自分でも良く分からないのにマミを説得できるような言葉は見つからない。だから……速人も覚悟を決めた。

 

「巴先輩……俺は巴先輩の質問に対しての答えを今日まで見つける事が出来ませんでした。だから……例え、それが本当に最後の質問だとしても、俺の答えは……『分からない』としか言いようがありません」

 

「……」

 

「だけど……俺も覚悟を決めました」

 

「覚悟?」

 

そう言いつつ、速人は自分の胸を抑える。その仕草は、マミの魔力で生成したマスケット銃で『ここを狙え』という支持だろうか。

 

「巴先輩がこれからも魔女退治を安定して行うために、俺が邪魔なんだとしたら……俺は、この命……先輩に捧げます」

 

「……!」

 

「は、速人!」

 

「速人くん!」

 

その言葉を聞き、マミも何かを悟ったようにマスケット銃を生成し、両手で抱え速人が指す場所を捉える。

 

「そう……貴方の覚悟……確かに、受け止めるわ」

 

「「……!」」

 

さやかもまどかも、そうは言いつつも心の何処かでマミと速人の対立を解消できると思っていた。だけど、その時のマミの冷酷な声に、もう引き返せない状況に来ていたのを感じ取ってしまった。それを見据えて二人は速人の前に立ち塞がる。

 

「お願い! マミさん! 速人くんを……殺さないで!」

 

「ま、マミさん。私達ここで見たことを忘れますから、ここで速人を殺しちゃうともう……マミさん後戻りできなくなっちゃいます!」

 

「二人とも……」

 

「……」

 

マミはそんな二人を無視し、マスケット銃を取り出し二人の前に更に突き出す。

 

「二人とも、どいて……そこにいるのは……魔女なのよ!」

 

「どきません! マミさん! 私達の知っている……尊敬するマミさんはそんな事しません!」

 

「……!」

 

マスケット銃を持つマミの手がプルプルと震える。まどかのその言葉に少しの冷静さを取り戻したのか彼女の中で葛藤が芽生える。

 

(……何をしているの私……)

 

姿・形が人間とは言え、魔女退治をするのは魔法少女の本来の役目……キュゥべえにただ単に言われたからだけでここに居る訳じゃない。だけど……

 

(……本当に、これでいいの……?)

 

ここで魔女退治を辞めてしまうと、生きる支えを失ってしまう。それも、キュゥべえに言われた言葉……確かにその通りだ。でも……

 

(もし彼が本当に人間だったら……私は……人殺しになるの……?)

 

彼女の問いには誰も答えられない。ならば一体どうするのが良いのだろうか? こんな緊迫にも似た現状を打ち消す最適な解が見つけられない。

マミが引き金につけていた指は、脳裏の良心という線一本で引かないようにしていた。その不安定な一本の線が……そんな不安定な感情で力が抜け、不意に切れてしまった。

 

「……!」

 

マスケット銃から放たれた一つの弾丸は一直線に、速人達を襲う。

 

「鳴海くん!」

 

マスケット銃を捨て、彼に放った弾丸を手で掴もうと虚しく空を切るが高速に流れ出た弾丸は速人達を襲いかかる。

 

 

 

 

 

 

 

だが、その弾丸は速人達を襲う前に、突如上空斜めから何かが飛んできた物と接触し、速人達の前で残った火薬が粉塵と反応、爆風を起こす。

 

「……!」

 

発生する粉塵の爆風は三人の目に流れこもうとしてくる。それを三人は目を反らして防ぐ。

 

「な、何……?」

 

マミは何が飛んできたのか分からず、粉塵が空気の流れで薄れていくと同時に弾丸と接触した物を目で追いかける。

 

マミのマスケット銃から放たれた弾丸と接触した、それは……弾丸を二つに切り裂いて、コンクリートの床に突き刺さっていた。

 

「あーあ……やっぱり、こうなっちゃったか」

 

速人の後ろから聞こえてくる女性の声、全身、白色の装衣を着込み、頭はフードで深々と被りその顔は良く見えない状態になっていた。だけど、速人は……その女性の声に聞き覚えがあった。

 

「その声……まさか」

 

「……」

 

速人の真横まで来たその者は、彼を守るために投げつけコンクリートの床に突き刺さった()()()()()()を力強く引き抜く。

 

「速人……今まで、黙っててごめんね」

 

その者は、フードを脱ぎマミの前に立ち塞がる。それは速人のよく知る……彼のスポンサーでもあり、彼と同じ病室になったよしみで仲良くなっただけの存在だと思っていた……その人そのもの。

 

「巴マミさんですよね? 改めて、初めまして。私……戸張美玲って言います。速人を殺させる訳にはいかないから、私……貴方を止めます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美玲が唖然としているマミの前に突き出す、その弱々しい白色のソウルジェムは……彼女を自称・歴代最弱の魔法少女と象徴したものであった。

 

 




『人殺しをしてしまうと、それ以降どれだけ善行を積もうと主人公側に立つことはできない』
僕もこの意見に凄く同意見です。
だから、本当はマミさんに人殺しなんて、して欲しくありませんでした。
ということで弾みとしての思わず引き金を引いてしまったって言う状況になった訳ですが、これがどう受け止められるかはちょっと置いておいて。

因みに、この話の題名ですが、あるゲームの戦闘曲の名前になります。
本当は、これ以外に疾走感あるけど、何処か哀愁漂う戦闘曲あったのですが、名前が付いておらずこの、オリジナル魔法少女の性格に合ったような戦闘曲を探していて、このタイトルになりました。

そろそろ、曲作りをちゃんとしないといけないですね。


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第八話後編「Hightension Wire」

「貴方……」

 

弱々しく薄白く光るソウルジェムをまるでマミに差し入れるかのように突き出す彼女……戸張美玲のその姿は、白のフード付きのローブを着こなし胸元には、双子座のシンボルでもあるジェミニが掘られたペンダントを付けている。一見、修道士にも似たその姿は正に魔法少女と言えるものであろう。

 

「美玲さん……どうして……」

 

そんな彼女を信じられないような顔で凝視する速人。漏れた小さな声に少し躊躇いがちになる彼女だが、マミの方へ改めて向き直すと、再度彼女に問う。

 

「巴さん。本当は、何も聞かれずに黙ってこの場を見過ごして欲しかったけども……そうも言っていられない状況になっちゃったわね」

 

「……」

 

マミの心が揺らぐ。速人が魔女だと知りながらもその事を隠し通し、魔法少女としての使命も全うしていなさそうな彼女を見て、あの時の美玲の『一戦交えることになるかもしれない』と放った言葉を思い出す。

 

(……この人、一体何なの?)

 

ただ、グリーフシードの奪い合いをして他の魔法少女と対立している訳でもない。しかし、速人の身体に魔女が入っている事を知っていて、危険媒体を放置した彼女の挙動はマミの不信感へと徐々に変わっていく。

 

「……それは、彼が何者なのか貴方が教えてくれたら済む話なんじゃないの?」

 

「……」

 

その言葉を聞き、美玲は唇を噛みしめる。彼女の葛藤にも似たその表情が何を意味するのか分からない。ただ、覚悟を決めたようにシースナイフを両手で構え、長い大剣のような持ち方をする。

 

「……話し合いでは、解決しそうにないわね」

 

マミがふと手を翳した瞬間、速人達の足元からリボンが生えだしてくる。そこから生成された複数のリボンは巻き付きながら、速人、まどか、さやかの三人を半円形に包み込み、鉄檻のように彼らが巻き添えを喰わないように三人を閉じ込めてしまう。

 

「み、美玲さん! 巴先輩!」

 

「大丈夫よ。殺しはしないわ。ただ、今は黙ってそこで見ていて」

 

リボンで生成されたとは思えないほど、強力な堅牢性を持っており中学生の腕力ではとても千切れるような状態ではない。そんな彼女の強さをそこから判断した美玲も、ただ、速人を見つめるだけである。

 

「美玲さん……」

 

「……大丈夫。速人。貴方の事は私が守るわ」

 

それだけを言い残し、美玲は再びマミの方へと踵を返すと、突然腰の部分から何かを彼女目掛けて放出させる。

 

「……!」

 

マミは思わず手に持っていたマスケット銃を鞭のように振り回し、降りかかる火の粉を薙ぎ払う。マミが飛んできた何かを防ごうとしている最中、美玲が彼女の目前へと颯爽と走り出し、少し飛び上がったかと思うと空中で一回転をし、ナイフで切りつけようとしたのをマスケット銃の柄の部分で防ぐ。生々しい金属音を発生させながら、飛びかかった彼女の底力を両足で踏ん張り押し殺す。

 

(これは! ただのナイフじゃないわね……)

 

ギリギリと競り合いの音をさせ、美玲が切りつけるナイフは柄の部分と刃の部分が同じくらいの長さだと思っていた。だけど、彼女が両手で持つそのナイフは刃の部分が明らかにナイフの長さを遥かに超えるものとなっている。良く見ると、刃の部分が緑の何かに包み込まれ、ナイフと言うより、むしろサーベルと言った方が正しいくらい刃の長さが伸長されている。

 

「くっ!」

 

一撃で決める予定だったのか、舌打ちにも近いような音が聞こえたかと思うと、美玲はマスケット銃を足蹴りし、元の定位置に逆一回転をしながら戻っていく。戻っていく最中、また彼女の腰から何かが放出され、マミに襲いかかる。

 

「二番煎じは通用しないわよ」

 

目が慣れてきたのか、マスケット銃でそれを軽く振り払っかたと思うと、空中で身動きが取れない美玲に対して新たに生成したマスケット銃から一発を打ち込む。

 

「!」

 

マスケット銃から放たれた銃弾が今度は美玲を襲う。

 

「美玲さん!」

 

速人の大声に反応したかのように、美玲は手に持っていたナイフを横に持ち帰ると、空中で屯する彼女の下半身から水たまりのようなものが出来上がり、斜め下にウォータースライダーのように高速に滑り込む。

 

間一髪で銃弾は美玲の頭上をかすめただけになり、再び接近してきた彼女をナイフの切りつけを撃ち終わったマスケット銃を鞭のように振り回し、回避する。

 

(……接近戦だと私のほうが不利……ならば!)

 

美玲のナイフ捌きに圧倒される振りをして、地面に手をつき後ずさりをするマミ。マミが手をついた部分に美玲がふと足をつけた瞬間、リボンが彼女の足首に巻き付き、彼女の身体を逆さに吊り上げる。天井から伸びたリボンがまるでブービートラップのようだ。

 

「わ! わわっ」

 

「今よ!」

 

遠く後ろにジャンプし、撃ち終わったマスケット銃を捨て去り、距離を保ち多数の新たなマスケット銃を生成する。まるで従えているかのようなマスケット銃の軍団から放たれる、多数の銃弾が美玲に再び襲いかかる。

 

(今度は、防ぎきれないでしょ……!?)

 

そう確信したマミだったが、美玲は片手に持つナイフを逆さの状態から、もがくように勢いをつけリボンの付け根に向かって身体を引き起こした。その反動と一緒にナイフを振り上げる。明らかナイフの刃の部分だけでは、一振りでリボンを切断出来なさそうであったのに、ナイフの刃から炎が発生しその炎がまたナイフの刃を包み込むように刃の長さを伸長させている。そして、炎の熱で焼き切られたリボンは彼女の身体を支える力を失くしてしまい、重力で落ちる彼女の身体をまたもや銃弾の嵐から救い出す。

 

「とっ! とっと……」

 

美玲が地面に手を付き、その身体を地に安定させる。彼女を吊るしていたリボンの先端は生々しく(すす)の焦げ跡を地面に落としながら消失していく。一度ならず二度までもマミの銃弾を回避してしまった。だが、そのネタもほぼ理解しきったマミは半ば、勝ちを確信したかのように心のなかでほくそ笑む。

 

「なるほどね……ナイフだけで魔女に立ち向かうなんて心許ないとは思っていたけども、今みたいに刃に魔力を込めれば色々な事が出来るって訳ね……その応用力も大したものだわ」

 

「お褒めの言葉どうも。でも、貴方のその予測だと私を拘束して狙うのも困難よね?」

 

マミのベテランにも似たその解説は、一体どちらが年上だったのか忘れてしまう程だ。負けじと反論する美玲も、ここまで自分のカードを見せたかった訳じゃない。なまじ短期決戦を臨むようにマミを挑発する。まるでその言葉はさっさと切り札を出せと言っているようだ。そう判断できるのは、最初にマミに向かって投げつけた何か……コンクリートにばら撒かれている投げナイフによる威嚇からの一撃必殺の闘いの手順が良い証拠だ。

 

「……だったらこれはどう!?」

 

その挑発に乗ったかどうかは定かではないが、胸元のリボンを解きマミは最後の手段と言わんばかりに、大きな砲台の銃を生成し、美玲に向けて突き出す。その大きさは美玲の身体全身を銃口が覆うかの如く……それを見た美玲も確信する。

 

(大きいわね……流石に私のナイフじゃ無理か……)

 

ナイフで銃弾を真っ二つにすることも勿論、回避するのも難しいであろう。それを悟った美玲はナイフを腰の鞘に戻す。

 

(……だったら……)

 

そして、美玲は両手を自分の顔面近くに持ってきて、足に力を入れて防御の姿勢を取る。

 

(……まさか、受け止める気?)

 

マミの一撃必殺技でもある『ティロ・フィナーレ』に真っ向勝負で挑むつもりなのだろうか。下手したら、美玲の身体は跡形もなくなると言うのに。

 

「舐められたものね。後悔するわよ」

 

「……試してみればいいじゃない」

 

彼女を軽く挑発する美玲だが、その言葉は決して売り言葉に買い言葉という訳でもなさそうだ。プルプルと怒りにも似た挙動で震える手を引き金に彼女目掛けて撃ち込む。

 

「……ティロ……フィナーレ!」

 

大きな砲台から発せられたレーザー光線のような弾丸が美玲へと襲いかかる。

 

(……まさか、本気じゃない……わよね?)

 

死ぬ直前に時間がゆっくり進む感覚のようにマミの思想と調整するように、弾丸が美玲へと接近していく。弾丸と美玲の距離が近づきすぎて、もうこの状態では物理的に回避する手段は皆無に等しい。だが、それでも美玲はまだ防御の姿勢を崩さない。

 

(まさか……ここまで……)

 

マミの思想がようやく彼女が弾丸を受け止めると確信した瞬間、ドゴォと轟音に近い音をさせながらも美玲は弾丸を大きく掴む。額は火傷で赤く染め上がり溶け始めている。その直後、彼女の受け止める力が失ったかのように弾丸に彼女の身体が飲み込まれていってしまう。

 

「なっ……ま、まさか本当に……」

 

マミが彼女の死を意識した瞬間に、爆風と同じくコンクリートの破片がマミに向かって飛び散っていく。彼女は思わずそれを目をつむり、目に入らないように回避する。

 

モクモクと爆風の煙が空気の流れで薄くなっていくと床には、黒焦げたコンクリートのみだけが表現されており、美玲の身体がそこにあったかどうかも定かではない。

 

「あ、あ、あぁ……わ、私……」

 

マミは確信した。彼女を殺してしまったことに……その不安定な彼女の心情は速人達を隔離していたリボンの檻の拘束力が思わず緩んでしまい、彼らの自由が解放されていく。

 

「ま、マミさん……」

 

ただただ狼狽する四人に膝から崩れ落ちるマミ。その心情は彼女のソウルジェムが徐々に黒くなっていく……このままいってしまうとマミは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「銃……納めてくれる?」

 

「!」

 

マミの後ろ首筋に冷たい刃の金属の感触を感じ取る。その声の主……美玲の安定した声を聞き、その事を判断する。無傷であの状態から脱出した事を……あり得ない。あまり、見ていられる状態ではなかったが、確実に火傷の跡が顔面には残っているはずなのに、痛みを感じることなく、更にはいつの間に自分の背後を取ったのか……思考が追いつかない。

 

ただ、マミは……この時、完全に敗北を感じ取ってしまい、手に持っていたマスケット銃をリボンの状態に戻すことしか出来なかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんなんだよ……これ)

 

美玲の姿がなくなった途端、思考が追いつかなくなっていたのは速人も同じであった。今まで、ただのスポンサーだと思っていた美玲が魔法少女であった事、そしてそれを自分に隠し通していた事……同じ魔法少女であるにも関わらずマミと一戦交えている事、そして……その彼女の姿がマミの必殺技で焼け焦げた状態になった事。

 

時を遡り、全てを整理しようにも何も分からない。自分の事だけでも精一杯なのに、いつの間にこんな事になってしまったのだろうか。

……もしかして、こうなったのは全て自分のせい? 自分の体内に魔女を宿している事で……いや、自分が記憶を失くしてしまった事からこんなに、周りの人間関係がこじれてしまったのだろうか。

 

(やめろ……やめろよ……)

 

どんどんとネガティブになっていく彼の思考。美玲は助かっているのに、それを上手く認識出来ないでいる。なんでなんでなんで……こんな事になっているんだろう。

 

「ぐっ! が、がぁぁぁぁ!」

 

「は、速人! 大丈夫!?」

 

「速人くん!?」

 

「「!?」」

 

狼狽し、膝から崩れ落ちる彼の右目から眼帯が浮き出たように黒い何かが漏れ出している。その事を心配したまどかもさやかも彼の背中を擦ってあげるが、速人の中にいる魔女への対応策はまだ見つけられていない。

 

「は、速人!」

 

そ、そんな中、美玲がマミの首筋に突きつけていたナイフを鞘に戻し、勢いよく速人の方へ向かう。

 

「ごめん! ちょっとどいて!」

 

美玲がまどかとさやかを遠ざけ、彼が顔を両手で抑えるその姿を凝視する。

 

(……まずいわね。やっぱ一度出たせいか、速人の感情が悪い方向に向かい過ぎている……)

 

このままでは、眼帯を着けた状態でも魔女が速人の中から、再び出てしまう……そんな事を予測したのか、唇を噛み締めながら、腰部分から折りたたみナイフを片手に持ち、覚悟を決める。

 

「速人! ごめん!」

 

ザシュ……

 

「ぐっ!?……」

 

「「「!?」」」

 

まどか、さやか、マミも彼女がした行動が乱心したかと一瞬思った。速人の右肩に折りたたみナイフを思いっきり突き刺し、激痛が走り出す。痛覚によって、速人の感情が何も考えずにいられなくなったのを感じ取ったのか、美玲は彼を静かに抱きしめて、耳元で囁く。

 

「大丈夫。落ち着いて……ごめんね、喧嘩して……もう喧嘩しないから」

 

「……美玲さん」

 

美玲の温かい体温を感じながら、彼の感情が徐々に鎮静化していく。右肩に刺さったナイフが制服を貫いて黒い血が流れ出してくるのが伝わってくる。だけど……物理的な痛みにより、脳が刺激されたことによって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……激痛よりもマシなんじゃないかと自分で認識してしまっている自分がいることが……怖かった。

 

「……」

 

その事を認識した途端、こみ上げてきた感情が爆発し、存在しない右目からも涙が流れ出しそうになってくる……

 

「……何なんだよ……俺って一体……何なんだよ!!」

 

「「「「……」」」」

 

激昂に似た彼の言葉に誰も答えてくれない。ただ、美玲は彼を落ち着かせようとしてしばらく彼を抱きしめ続ける。しばらくして、美玲はマミの方へ踵を返して、ある頼み事をする。

 

「巴さん……速人の怪我……治してくれない?」

 

「……えっ?」

 

「……お願いします」

 

深々と頭を下げる美玲に、思わずたじろいだマミ。今まで対立していたと関係だと思っていたのに速人の事になると、しおらしくなったと言うか何と言うか……初めて美玲の本質みたいなものが見えたような気がする。そんな彼女に若干勢いで押されつつも、痛みや複雑な感情が交差し狼狽する速人を心配するのは彼女も同じ気持ちだ。

 

「……分かったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「速人……こんな事言うのも、無理な話かもしれないけど……あんまり背負いすぎちゃ駄目よ?」

 

「……」

 

その後、マミの治癒魔法で右肩の怪我を治してもらった速人は、あらかじめ美玲が呼んでいたタクシーに後部座席に座らせ、彼を家路へと急かせる。いつの間にか夕日も暮れて、外は暗くなり始めている。ましてやここは廃ビルの真っ只中だ。幽霊の類が出そうなこの場所は、街頭の一つもなく、ただタクシーのライトだけが彼女達を照らし出してくれている。

 

「速人……貴方の事については、明日詳しく話すわ……だから、今日はゆっくり休んで」

 

「……」

 

美玲の話が頭には入ってきているのだが、口元は反応できない。二人のやり取りをただただ見つめているだけだったまどか、さやかも何も言葉を口にすることが出来なかった。

 

「……あの、戸張さん……鳴海くん、このまま一人にしちゃって良いんですか?」

 

「……」

 

美玲と一戦交えていたマミも、流石に今は速人の事を心配している。その言葉を聞き何か考え込む美玲。速人は結構メンタル強い方だと信じ込みたかったが、マミにそう言われると確かにこのまま一人にさせるのは心配の色が過る。

 

「……」

 

ふぅ……と美玲はため息をつくと、懐から自分のスマホを取り出し何処かに電話をかける。

 

「あぁ……もしもし? 悪いんだけど、今から言う場所に来てくれない? ……うん、そう速人の事で……」

 

速人にも聞こえないように皆から離れて小さな声で話していく。一通りの会話が終わった途端今度は運転席の方に向かって、パワーウィンドウを開けてもらう。

 

「すみません。もう一人一緒に乗せてもらってもいいですか? すぐ来ると思うんで」

 

「はぁ……分かりました」

 

ここ最近は、中々タクシーを使う客が減っているのか久々にワンメーター以外のお客を乗せられると期待していた運転手だったが、ここで立ち往生させられるのはため息の一つもつきたくなってしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美玲……来たよ」

 

美玲がドライバーを待たせてから、十分くらい経過しただろうか……暗闇の中から、男性の低い声だけが漏れ出してきた。美玲はその男性らしき人物となにかを小声で話しだすと、後ろドアから静かにその顔を出す。

 

「速人……大丈夫かい?」

 

「……凛さん」

 

引っ越しの手伝い以来だろうか……この人に遭うのは。何時も髪をオールバックにして、着慣れていない白いカッターシャツにジーンズと普段何の仕事をやっているのか定かではなさそうな服装で、凛は心配そうに速人を見つめる。

 

「こいつ覚えているわよね? 私のところの居候。こいつも今日、貴方の家に一緒について行ってくれるってさ」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は、流れに流れるままであった。速人と凛を乗せたタクシーは余韻を残したようにエンジンを吹かせて廃ビルが走り去っていく。そんなタクシーの後ろ姿を負い目に、美玲は残されたマミ、まどか、さやかに踵を返す。

 

「……まぁ、あっちはあっちで何とかなるでしょ。それよりも、そろそろ貴方達にも速人の事話した方が良さそうね? これからついてきてくれる? そこで隠れてみていた貴方も含めて……ね」

 

「……」

 

美玲の仁王立ちのように腕組みをして放つ言葉に、暗闇の中から姿を現したのは、ほむらの姿であった。

 

「ほむらちゃん……」

 

「ほむら……」

 

「暁美さん……」

 

「……何時から、気が付いていたの?」

 

「うーん。まぁ……何となく。あんな状態の速人を見たら、魔法少女だったら放っておかないとは思っていたから……とりあえず、ファミレスで良いかな? 行きましょうか」

 

美玲のその言葉に、不信感が過ぎった訳ではないが未だに実態の掴めない四人は彼女につられて廃ビルを後にした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

速人達を乗せたタクシーでは、重苦しい空気が流れる。お客と与太話をすることもなく、凛と速人はただ一点を見つめたように後部座席に深く座り込んでいる。こんな光景……ドライバーも仕事とは言え災難であろう。

 

「……速人」

 

「……はい」

 

「色々と聞きたい事があると思うけども……とりあえず、今日はもう休んだ方が良い。明日……美玲が君の事、話してくれるよ」

 

「……」

 

……分かっている。美玲が魔法少女であった事を今日知った以上、同日に速人と接触を試みたこの人も、魔法少女と魔女に何か関係していると予想出来るという事。だけど、そんな事を今尋ねる余力ももう残っていない。意識が切れたように、速人は泣き顔にも近い表情で寝息を立て始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦闘描写難しい。



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第九話「魔女の怨念」

「……」

 

身体の自由を奪っていた眠気から完全に解放された。タクシーの後部座席で思わず眠りについてから、かなりの時間が経過……いや、それどころか日付自体変わってしまっているようだ。カーテン越しから反射する緩やかな陽の残光がリビングの床を軽く照らしてくれている。

 

「ん……」

 

目覚まし代わりに使っているスマホを手だけ弄りながら探し当て、枕元近くにあったスマホを探し当てる。時間を確認すると、もうすぐ通学しないと朝のSHRに間に合わなくなる時間だ。そして、もう一つ……プライベートなメッセージのやり取りが行えるアプリから、美玲のハンドルネームらしき者のメッセージ通知が一件流れていた。寝起きのだるい身体でその通知をクリックし、中身を開封する。

 

「おはよ。よく眠れた? 今日、貴方の通っている中学に行くからその時に詳しい事話すわ」

 

「……えっ?」

 

一瞬見間違いかと思ったが、そこに書かれていた内容は端的に簡素なものであった。大学生の美玲がどうやって、中学校に侵入すると言うのだろうか。とは言え、彼女も魔法少女であれば何か魔法を使って侵入するのも容易いのであろうか。

 

「……まさか、本当に……?」

 

何れにせよ、今の時点で明確な答えも出そうにない。既読の通知が美玲の方にも伝わっただろうが、速人は何も連絡せずにただ、通学の準備に勤しんでいた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「屋上で待っているから」

 

午前の四限目が終わりに差し迫る時、速人のスマホから再び美玲の通知が流れてきた。その余韻のせいか、終わりかけの授業の担任の話はあまり耳に入ってこなかった。四限目終わりのチャイムが鳴り、昼休みが始まるのと同時に屋上へ向かう彼。その足取りは特に急ぐわけでもなく重くゆったりとした足腰。

重い扉の前に立ち塞がる。この先に何が待っていると言うのだろうか。深呼吸をしながら、分厚い扉を静かに開けていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー。鹿目さんのお弁当美味しそう! 特にこの卵焼きとか! これもお父さんが作ってるの?」

 

「は、はい……」

 

「美樹さんのも美味しそう! 何て言うか、おふくろの味みたいなお弁当で!」

 

「は、はぁ……」

 

「巴さんのはサンドイッチの詰め合わせとか中々シャレているわね。これぞ何かベテランのお弁当って感じ!」

 

「ど、どうも……(これ、褒められているのかしら……?)」

 

「……」

 

屋上に広げられる光景は……何と言うか異形な光景だった。自分がより早く屋上に到着したと思ったのに、いつの間にかまどか、さやか、マミの三人も彼より前に到着していた。制服姿が眩しい三人の輪に横入りしている美玲が彼女達のお弁当を褒め称える。お弁当の品評会でもやっているのだろうか。と言うか、いつの間に四人が仲良くなったのだろうか。

 

(……この人、何やってんだ?)

 

「ん? あー速人! おっそい! ほら、そんなとこ突っ立ってないで、早くこっちいらっしゃい」

 

「は、はぁ……」

 

抱え膝で座り込む美玲が顔だけこちらに向けて彼を誘い出す。今の彼女の姿……紺のショートパンツに、上は血痕のようなコーディングがされたパーカーとあからさま、不審者丸出し感のその姿に思わずたじろぐも彼女の前へと速人は立ち塞がる。

 

「……何しているんですか?」

 

「何って、見りゃ分かるでしょ。今時の中学生がどんなお弁当食べているのか気になって、見せてもらっているのよ。いやーみんな、本当にしっかりしているわ」

 

そう言いながら美玲はマミ、まどか、さやかを自分の貧相な身体で力一杯両腕を延ばしながら抱きしめる。

 

「ふふっ。本当に三人共すっごく可愛くて。三人共だーいすき」

 

「……」

 

三人は彼女の目一杯の愛情表現に赤面している。なんだろ……凄く胡散臭いのは。特に、マミに関して言えば彼女と一戦確かに交えたはずなのに、昨日あった事なんてとうの昔に忘れたような美玲の行動に困惑しているのだろうか。とは言え、敵意を露わにしないようであれば、マミ達もこちらから、何か悪いアクションを起こす訳ではないし、これはこれで良い……のだろうか。

 

「……美玲さん、そろそろ教えてくれませんか? 美玲さん、俺の中に入っている魔女の事知っているんでしょ?」

 

「……」

 

だけど、そんな彼女の本音が見えない仕草にスポンサーであることも忘れて、少し苛ついてしまった速人は早速、本題に入る。彼女なりの本題に入る前の軽いジョークのつもりだったが、やはり流石に今の状況には堪えそうにもなかったか。彼女も真剣な眼差しで三人に向き直す。

 

「三人とも……ちょっと、席外してくれる?」

 

「「「……はい」」」

 

マミ達は美玲に唆されながら屋上を後にする。屋上に残った美玲と速人。ベンチで人一人分の距離を保ちながら、美玲と速人はベンチに座り込み、互いに見つめ合う。

 

「貴方とこうやって話すの。病院以来かしら?」

 

「……そうかもしれませんね」

 

「速人、あの三人と暁美さんだっけ……? 四人には、昨日貴方の事予め伝えているわ。速人……貴方の中に入っているのは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子の中に入っているのは……間違いなく魔女よ」

 

「「「「……」」」」

 

……昨夜、速人と凛を乗せたタクシーを見送り、美玲、まどか、さやか、マミ、そしてほむらの五人は美玲に連れられ、ファミレスのテーブル席に座りながら彼女の話に耳を傾ける。確信はしていたが……彼の事をよく知る人物からその事実を断言されると、堪えるものがあった。

 

「私があの子を、見つけたのは……ちょうどあの子が入院する事になった日だった。私、見滝原の人間じゃないんだけど、ちょうど見滝原で怪我しちゃってね。そのまま私も見滝原総合病院に入院することになったのよ。その時、偶然……あの子と同室になった。最初は信じられなかったわ。魔女を宿していながら、無事でいられるなんて……とは言え、あの状態のまま放っておく訳にもいかなかったし、魔法少女の私が常に監視している訳にもいかなかったのよ……中身は普通の人間だから、そんな事したら何かあるって速人に、勘ぐられちゃうと思ったから。そういうジレンマがあって、敢えて私が魔法少女である事はあの子には隠して、あの子が普段通り生活が出来るんだったら、それで良いって事で……あの子のスポンサーを買ったって所なのよ……だけど、それも無駄な足掻きだったわね」

 

「……」

 

淡々と進む美玲の話に押し黙る四人。彼女も闘っていたと言えば聞こえは良いのだろう。だけど、何処か穴がボコボコの理論のような気もする。そんな事を感じ取ったのか、我先に尋ねたのは、ほむらであった。彼女は、マミ、まどか、さやかと違い至って冷静にその事を尋ねていた。まるで何か心そのものを押し殺したかのように。

 

「どうして……鳴海速人は、あんな状態なのに、人間として無事でいられているの?」

 

「それは、あの眼帯の力のお陰」

 

「眼帯?」

 

「速人がつけている眼帯よ。あの子入院した時から、あの眼帯着けていたんだけども……アレどうやら、魔法少女が作ったものみたいなのよ。そしてその効力は……あの子の体内から魔女が出てこないように防ぐ力を持っていると言う事……あの状態であれば、普段の速人は魔女に寄生されているなんて事、恐らく思いもしなかったでしょうね。魔女退治に付き添うまでは」

 

「……」

 

淡々と進む美玲とほむらの会話……そこに浮き出てきた彼女達が彼の体内に魔女が入っていると言うことを確信したお菓子の魔女との一戦……その提案をした張本人であるマミの背中に自責の念が重く伸し掛る。

 

「……貴方の話を整理すると、鳴海速人が魔女に寄生されても無事でいられるのはその眼帯のお陰で、それを作った魔法少女は他にいる。そして貴方は偶然、鳴海速人と同じ病室になってその事に気づいたけども、眼帯を外さなければ普段通りの生活が出来るからって、鳴海速人を狩らずに放置していたってことなの?」

 

「な、何か私が悪人みたいな言い方辞めてよ。しょうがないでしょ。誰だって人殺しなんてしたくないんだから……」

 

「……」

 

黙り込むほむらだが、理屈自体は一応通っているような気もする……穴がボコボコな話なのは一先ず置いておいて。ほむらも魔法少女の真実を知っている以上、敢えてあまり突っ込めない立場なのだろう。ここで納得するしかなかった。

 

「まぁ、それであれば鳴海速人を殺す事は私はしないわ。私の邪魔さえしなければね」

 

「……」

 

ほむらが出されたコーヒーに手をやり、静かに口に含みその事だけを伝える。三人がそれで納得したかどうかを確認する術はないし、念の為の一押しをしたかった訳でもない。隠したい事項があるのはこちらも一緒だから、あまり深堀りしないようにしたかっただけだ。

そのほむらの心情が三人に伝わったかどうかは分からないが、三人はとりあえず速人を殺さないで済むことにただ安堵のため息をついた……



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも……まさか、速人にこんな美人の彼女さんがいたとは思わなかったですねー」

 

気づけば、大分長話をしてしまい、中学生が徘徊して良い時間でも無くなってしまった。それに気づき、美玲の鶴の一声でファミレスを後にした五人の中、真っ先に口火を開いたのはさやかであった。今日まで大分鬱憤が溜まっていたのであろう。その口調は普段の元気で明るい彼女の姿に戻りつつあった。

 

「んー? あー、私と速人そんな関係じゃないから。まぁ、あの子がどうしても私と結婚したいって言うんだったら、してあげないこともないけども」

 

「えっ、そうなんですか? でも、当の本人はもしかしたらかもですよー?」

 

「……」

 

さやかのジョークにも一瞥もくれず立ち止まる美玲、何か自分が怒らせるような事を言ってしまったのだろうかと感じ取ったのかさやかも少したじろぐ。だけど、その返答はさやかの冗談交じりの話を横耳にしていた四人を動揺させる意外なものであった。

 

「私もあの速人見て一回、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからね……それ考えると、普段そういう事言っているけど、本当に言われた時はそんな事思った人間を好きでいてくれるのかなとか……思っていたりするのよ」

 

「「「「……えっ?」」」」

 

四人の声がハモり、顔を見合わせる。この人が速人を殺そうとしていた……? 先程まで殺せないと言っていたのに……? 彼女の言っている事がよく分からなくなってきた。自分の矛盾に気づいていないのだろうか。

 

「……どうして、鳴海速人を殺さなかったの?」

 

「今のあの子を殺しちゃうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、太刀打ち出来なくなる可能性の方が高いから」

 

「「「「……?」」」」

 

四人が再び顔を見合わせる。駄目だ、やっぱり段々理解出来なくなってくる。何故そんな事が分かるのだろうか。痺れを切らしたかのように、沈黙を続けていたマミがようやく口火を切り、尋ねる。

 

「あの……何で、鳴海くんを殺してしまうと強い魔女が生まれてしまうんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔女に寄生された人間って言うのは……」

 

「……ん?」

 

それはある夕暮れの美玲の家。この後、速人を守るためにどうしたら良いのかを大学から帰ってきて、考えている。テーブルに向かい合って、人差し指で落ち着かないようにテーブルをトントン叩く美玲にまるで独り言のように聞かせる凛の声。

 

「その命を失くしてしまった時、魔女も一緒に消失してしまうとは限らない。それどころか、寄生された人間の死を仲介して、魔女が更に強くなってしまう恐れがある。魔女が呪いという()()()()()()()()から生まれるのであれば、死に対する感情と言うのは、魔女を極限まで強くしてしまうエネルギー源として最高級のものなんだ」

 

「……あの子の死の感情一つで、そんなに魔女って強くなるの?」

 

美玲の疑問に、凛は一瞥もくれずに頷く。

 

「『人の死』というのも色々種類があってね。特に、()()()()()()()()()()()()()()()()の『まだ死にたくない、もっと生きたい』と言う感情は、時に憎悪・妬み・恨みと様々な感情へと変化し、魔女をより強くしてしまう。美玲……それほど、無念な死を遂げた死者の『生に対する願望』と言う感情は、恐ろしく強いものなんだ……()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、それを……『魔女の怨念』って呼んでいる」

 

「魔女の……怨念……?」

 

聞き慣れないその言葉。ほむらが一度も耳にした事のない用語であった。理屈としては、通っているような気もするのだが、そんな事あり得るのだろうか。

 

「……まぁ、魔女に寄生されている人間の感情を仲介して強くなるって言う話だから、魔女の怨念って言葉も全然正しくないんだけどね」

 

美玲が出すフォローにもあまり納得していないほむら、そんな彼女を横目に顎に手を当て何か考え込んでいるマミがどうしても気になった。

 

「……あの、戸張さん」

 

「んー?」

 

「……実は私、一回魔女に殺されかけた事があるんです。その時、鳴海くんの中から魔女が出てきて……それで……」

 

「……! と、巴マミ! それは……」

 

その後の事をあまり口にしたくなかった。本当はあの時の事をあまり思い出したくないからだ。だけどあの時、美玲のその言葉を聞いてもしかしてと勘付いてしまったマミはその事を彼女に尋ねる。ほむらはマミが言い出した事を横で聞いて何故か慌てて、その時の事を考え込まないようにさせようとしたがその行動も虚しく、美玲は腕組みをしながら静かに頷く。

 

「……速人。貴方よりも先に、貴方の死を連想しちゃったのね。その死の感情が決め手になって……速人の体内から魔女が出ちゃったのね。でも……貴方のせいじゃないわ。他にも色々な要因があったみたいだし」

 

「……」

 

「……ま、そのお陰で貴方は助かったんだから良いんじゃない?」

 

「戸張……さん」

 

彼女の優しさに、マミの思わず我慢していた何かが吹っ切れたような気がした。それは彼女の瞳から流れる大粒の涙と化し、思わずその場に抱え膝になりながら、泣き出してしまう。

 

「ま、マミさん大丈夫ですか!?」

 

「鹿目さん……大丈夫、大丈夫よ。ちょっと色々あったけども……大丈夫」

 

まどかが思わずマミの背中をさすりながらも、嗚咽に近いような泣き声を上げるマミ。我慢していたもの・溜まっていたものが爆発したと言う感じだ。美玲もマミの顔をあまり見ないようにしながらも彼女と同じ姿勢になり、彼女を慰める。

 

「なるほどね。大体の筋は確かに通っているような気はするね」

 

 

 

 

 

 

そんな彼女達の雰囲気を空気も読まずに壊しにやってきた白い淫獣一匹……キュゥべえの姿であった。

 

「キュゥべえ……」

 

「戸張美玲。君は一体、それを何処で知ったんだい?」

 

「……どういう事?」

 

「そのままの意味だよ。鳴海速人のようなケースは極めて稀な……いや、初めてのケースと言っても過言じゃないだろう。そんな彼を見て、とてもそこまで詳しい事が分かるとは到底思えないんだけどもね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

「……」

 

彼女を挑発するような、その口調。泣きじゃくるマミの慰めをまどかとさやかに任せ、彼女はそれに乗っかったかのように、立膝をつきながら、キュゥべえを見下ろす。

 

「……何言っているのよ。私は魔法少女なんだから、アンタと契約したに決まっているでしょ? それに私が言っているのはあくまで仮定の話よ。常に最悪の想定を考えてそういう事もあり得るかもって事で、そういう話をした訳よ」

 

「ん? と言うことは嘘かもしれないって事かい?」

 

「だから、仮定の話だってば。それとも……

 

 

 

 

 

 

 

 

アンタ、私の意見に反論できる何か違う答えを持っている訳?」

 

「!?」

 

ほむらはその事を聞き、思わずソウルジェムに手をやるが、それを美玲のテレパシーで止められる。

 

(待って。ここは私に任せて……)

 

(戸張……美玲)

 

この人……本当に、何者なのだろうか。何も言わずに、まるでほむらがしでかそうとする事が分かっているかのように。そんな彼女に押し殺されたのは、ほむらだけではなさそうだ。キュゥべえの顔が曇った……訳ではないが、余計な事を言ってここにいる魔法少女の候補であるまどか、さやかを失ってしまうのは惜しい。美玲の言っている事は理屈で言えば恐らく通っている。そういう意味では、妥協した方が良さそうだ。そんな事を思ったか定かではないが、キュゥべえはお茶を濁すように、棒読みな言い方で謝罪する。

 

「ごめんよ。ボクが悪かった。そうだね。確かにそういう仮定もあるかもしれないね」

 

「うん。分かればOK」

 

不敵に笑う彼女……何故だろう。自分の事言えた義理じゃないが、彼女が凄く怖い。キュゥべえがただの魔法少女に押されている、こんな光景、()()()()()見た。キュゥべえに感情さえあれば、悔し涙の一つや怒りに業火を燃やすのであろうが、顔色一つ変えないキュゥべえには、その感情を表現することも出来ない。

 

そして、彼女に対するほむらの評価……それは、ほむらを縛り上げていた彼女がこれまで何度となく繰り返してきた時間遡行で魔法少女達のシビアな光景……それが三つ子の魂百までという諺の通り、彼女の他人に対する信頼が皆無になってしまった程の経験……そんな絶望の池から掬い出すかのように、ほむらの美玲に対する評価は明るいものへと変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……この人なら、もしかしたら……)

 




【独自設定】

魔女の怨念

魔女に寄生された人間は、自分が納得する以外の方法で(例: 寿命で亡くなる、安楽死等)、死んでしまうと『もっと生きたかった、まだ死にたくない』という感情が強く残ってしまう。そして、その感情を餌に人間に寄生している魔女がより強くなってしまう恐れがある。それは並の魔法少女では太刀打ち出来ないほどに……それほど、心意気半ばで無念に亡くなった死者の生に対する願望はより強く残ってしまう。

つまりは、Hunter☓Hunterの死者の念のオマージュです。

で、因みになんですがこれ嘘の設定です。まぁ、正論・理責めでバッドエンドになるに決まっていると言いますが、別に全部正論・理責めにする必要もないと思っています。むしろ、正論だけで動くと悪い方向に向かう事もありますしであれば、嘘も方便ということで(昨今のコロナウイルスでも、正論だけで人がいい方向に動くとは限らないって言うのは立証されてしまいましたからね……)、それっぽい大義名分があれば良いわけで。



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第十話「助けてくれてありがとう」

「だから、貴方を……殺す訳にはいかなくなっちゃったのよ」

 

「……」

 

美玲の昨日までの経緯、自分に寄生している魔女の事、そしてその事を知っていたとしても自分を殺せない理由全部共有してもらった。穴がボコボコの理論なのはこの際、置いておくべきなのだろうか。

 

「凛さんは何か、魔法少女に関係しているんですか?」

 

「あぁ。アイツは、私と一緒にいるから偶々そういう事を知っているだけ。だからあいつは、魔法少女に関係しているって訳でもないわ」

 

「……そうですか」

 

端的に凛との関係性を述べる美玲に……だけど、全てを納得した訳じゃなかった。昨日、凛とタクシーの中で話した……他愛もないがまるで全てを理解しているかのような淡々としたあの会話。美玲一人の魔法少女に関わっただけであんな隅々な会話が出来るとは到底、思えなかった。だけど、命あっての物種こそ、これ以上片足突っ込んではいけないような……そんな勘が過ぎったのも事実であった。

 

「まぁ、そういう訳だから、速人。私は貴方を守るため専用の魔法少女としてこれから闘うわ。魔女を殺さなければいけない魔法少女の使命って言うのは分かるけども……貴方だって、まだ死にたくないんでしょ?」

 

「……えぇ」

 

「だったら、今後は魔女退治には付き合わないようにして。そうすれば、他の魔法少女と接触するいくらかは、可能性は低くなるから」

 

「……」

 

何処か引っかかるような違和感。まるで何かに操作されているようなこの状況。顎に手を当てて考えるが、この自分で決められない選択にもどかしさを感じつつも、自ら何かを提案する事も出来ない……何とも歯痒い。

 

「……魔女退治以外は、普通に接して良いんですよね?」

 

「うん。そこは任せる」

 

「……分かりました」

 

速人のその返答を聞き静かに、こちらに笑みを浮かべた美玲は踵を返して屋上を後にした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戸張さん……もう良いんですか?」

 

「えぇ。食事中だったのに、なんか邪魔してごめんね」

 

屋上の扉を開けると、姿を現したのはマミ達であった。美玲が凝視するのは、キュゥべえに魔法少女候補として挙がっているまどかとさやか。キュゥべえがいつか、二人を魔法少女にする事を諦め、彼女たちの前から立ち去った事を知らない美玲は、まだ二人が魔法少女になるんじゃないかと疑問視しているのだ。

 

「……二人は、魔法少女になるの?」

 

「「……」」

 

ほむらにも問われたその言葉。今は前とは状況も違う。黙り込む二人を心配したのか、マミはフォローに回ろうとする。

 

「鹿目さん、美樹さん……」

 

だけど、マミが提案したのは意外なものであった。

 

「二人を巻き込んだ私がこんな事言うのも矛盾しているんだけど……貴方達は魔法少女になっちゃ駄目よ?」

 

「「!」」

 

マミのその提案……そして、彼女の顔が曇りつつも何処か何かを悟ったようなその表情……二人も決して、これまでの状況で魔法少女になるモチベーションがあった訳ではなかったが、マミの言ったことが俄に信じがたい事であった。

 

「あ、あの……マミさん突然どうして……?」

 

「ごめんなさい。まだ、私も上手く言えないの。でも、貴方達はとりあえず魔法少女になるべきではないわ。見滝原の魔女は私が退治するから安心して」

 

「……」

 

マミのその提案や、発案となったコンテクストは二人には分からない。ただ、同じ魔法少女である美玲だけが何かを感じ取り、その提案に驚く事もなく三人をただ見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……皆さん、どうしたんですか?」

 

四人の沈黙を切り裂いたのは、美玲を追いかけるように来た速人の姿であった。授業が終わり直様、屋上に来たことを思い出し、昼食の買い出しに行こうとした最中、微妙な空気の中五人が鉢合わせになる。

 

「……何でもないわ。さぁ、私達は昼食を取りましょうか」

 

速人の疑問に有無を言わせないように、マミ、まどか、さやかは再び屋上の扉を開けて青空の中、昼食を取りに向かう。

まどか、さやかが一足先にマミに急かされるように、屋上に向かった時、ただマミは速人の方に踵を返して彼を見つめる。

 

「そうだ……鳴海くん、そう言えばまだ言えてなかったわね」

 

「……はい?」

 

マミのその言葉……それは、マミがまだ彼に言えていなかった言葉……色々と複雑な事が起こりすぎて自分に降り掛かった現実を忘れかけていたが、昨日の美玲との話で確信をした……だから、彼女はその言葉を改めて彼に向けて口にした。

 

「鳴海くん。あの時、助けてくれてありがとう」

 

「……」

 

何て返して言いのか分からない。そもそも、マミの命を助けたのは自分かと言われると微妙な話だ。魔女が自分の体内から飛び出して偶々、間接的にマミの命を救っただけに過ぎない。それ自体、彼は予想だにしていなかったのだから。だけど、その言葉は、速人とマミの二人を深い池の中から掬いだしてくれたかのような温かい言葉であった。

 

「この言葉……貴方に、伝える事が出来て良かった。私、これからも魔法少女として闘えるわ。貴方のような人を……もう出させない為にも」

 

「……」

 

そう伝えると、マミも屋上の方へと急ぐ。彼女の本心から出た言葉……いつの間にか、自分の状況が、マミが魔法少女として魔女退治を行うきっかけになっている……その事は、速人の心に重く伸し掛る。

 

「美玲さん」

 

「何?」

 

「魔法少女を辞める事って出来ないんですか?」

 

「……誰かが魔女を退治しないと、この街で起こる不可解な事件の犠牲者が出るのを止められないのは事実だしね……私や巴さんが辞めたとしても、誰かが魔女退治をする事は避けられないわ」

 

「……」

 

突き刺さる現実が、彼をまた責め立てる。マミや美玲がこれからも危険な目にあっても、自分は指を咥えて見ているだけ。無関係な状態を築き上げられていたら、どれ程良かった事か。だけど、彼女達の為に何かしてあげたい。そんな悩みに苛まれたのか、彼はふと一つの決心をする。

 

「……美玲さん。上手く言えないですが、魔女退治以外の事で何か出来る事……俺なりに探してみます」

 

「……」

 

その言葉を、ただ黙って聞いていた美玲の表情はどうだったかは分からない。ただ、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……その時、決心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……時間は流れ、学校の授業も全て終わった放課後。今日は何もなく、家路に辿り着けそうだ……本当は、今までもゆっくり休む時間はあった。だけど、色々な事がありすぎて、休む暇があってもそんな気になれなかった。だから、今日は()()()()()()ゆっくり休めそうだ。そんな事を思った速人は久々に一人で帰る事にした。

 

まどかもさやかも魔法少女になるのをマミから反対された以上、普段の生活に戻りつつあるだろう。マミは……これからも魔法少女を行うとは言え、あの時の彼女の澄み切った視線を思い出すと、前よりも良い状況に落ち着いているような気がした。

 

(……)

 

そんな皆の心情を自分の中で考えながら周りを見渡すと、見滝原病院の近くに辿り着いていた。

 

(……そういや、今度の通院まだ、予約していなかったな)

 

本当は、以前の通院の時に次回の予約を取るつもりだったが、ほむらとの会話でマミを心配した速人は、そのまま予約もせずに病院を出てしまった事を思い出した。彼は、病院の中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……速人」

 

「……さやかさん」

 

正面入口を入り、受付の方へ行こうとした矢先、鉢合わせになった速人とさやか。そう言えば、最近さやかともちゃんとした会話をしていなかったような気もする。そのせいか、二人ともぎこちなくどう会話をしようか言葉を選んでいる。先に声を発したのは速人の方だった。

 

「上条さんのお見舞いですか?」

 

「……うん。速人は?」

 

「俺は……通院の予約です」

 

そう言いながら、さやかを横目に受付で次の通院の予約を行う。意外にも予約は早くに終わり、さやかもそれほど待たせる事もなかった。と言うが、別に待っててくれと言った訳じゃなかった。でも、さやかの何か、鉢合わせになった時に見えたどんよりと暗い表情がちょっと気になってしまった。さやかも、何か彼に悩みを打ち明けたかったのか、約束した訳ではなかったが、彼の予約が終わるまで彼を待っていた。

 

予約が終わり、さやかの方へ踵を返し彼の方から口を告げる。

 

「……何か悩み事ですか?」

 

「あ、あはは。分かる……?」

 

「……まぁ、さやかさんがそんな表情するの珍しいですからね……屋上でも行きますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうですか。上条さんが」

 

「……うん」

 

屋上で夕焼けの光景を眺めながらさやかの話を共有してもらった。事故で見滝原病院に入院していた恭介のために、お菓子の魔女との一戦後、彼女なりにお見舞いを続けていたらしい。だが、そこでクラシックCDを聴かせてしまったのが仇となったのか恭介が自暴自棄になってしまった事、そして事故の影響により指が動かなくなり、医者からも回復の見込みがないとさじを投げられてしまった事。彼にとって、音楽、ヴァイオリンこそ正に彼の生き甲斐だったのに、それを奪われた気分になってしまっているのであろう。自棄になった彼が、CDに腕を叩きつけるのを止めるのも大変だったらしい。

 

そして、深く絶望に陥った彼が放った「奇跡や魔法でもない限り、もう腕が治る事は無理」と発言した時に、さやかも勢いで救いの言葉を彼に投げつけた。「奇跡も魔法もあるんだよ!」と……

 

これが速人が出席できなかった初日に起こった出来事。だけど、その後も魔法少女になる勇気がなかった。その原因は……魔女に寄生された速人を見たからであった。

 

彼に寄生された魔女の事実は、昨日の出来事で美玲から共有してもらったから、それ自体は解決している。だけど……それでも彼女が踏ん切りがつかなかったのは……

 

 

 

 

「速人から魔女を取り除く方法ってないんですか?」

 

「一番てっとり早いのは、願い事で解除してもらう方法だけど……できればそれは避けたいわね」

 

それはさやかが、ファミレスで美玲に尋ねたキュゥべえの願い事で、魔女を彼から取り除く方法。だけど、それには美玲があんまり賛成できなかった。

 

「……どうしてですか?」

 

「……それで解除出来たとしても、その願いを叶えた魔法少女は魔女退治に闘う運命から逃れなくなってしまう。あの子は魔法少女のシステムをもう知っちゃた身分だから、突然、記憶が戻ったり右目が治ったら、当然願い事で治してもらった事には気づくはず。だから、それが叶ったとしても……速人は、喜ばないような気がしてね」

 

「……」

 

正に今のさやかがやろうとしている事と同じく……結末がどうなるか分からない、不明瞭な事が多い似たような境遇であった。それを美玲から言われた瞬間、例え速人の事が解決したとしても踏ん切りがつかないでいた。

 

「ねぇ、速人」

 

「……はい」

 

「私が、アンタに願い事決まった?って尋ねた時の事、覚えている?」

 

「……えぇ」

 

良く覚えている。そして、その答えをハッキリとさやかとまどかの二人に告げた事も。

 

「あの時……何で、アンタ願い事ないって言ったの? まどかの前だからカッコつけたかったって訳じゃ……ないよね?」

 

「……」

 

……それは、自分の体内に魔女が入っていると知る前から思っていた事。実は、マミと一緒に魔女退治に付き添った時からそんな予兆がしていた。

 

「俺……例え、記憶や右目が願い事で戻ったとしても……なんか、上手く分かんないんですけど……もう元の生活には戻れないような気がしたんです」

 

「……」

 

「俺は、確かに記憶が回復すればとか、右目が治ったらとか思う事は何度もありました。でも、今の生活に満足していないかと言うと……そんな事全然ないんです。そんな状況で、願い事で元に戻したら……どんな事になるかって、考えてたりしてたら……むしろ思っても、叶えない方が良いかもって思ったんです」

 

「そう……なんだ」

 

「……」

 

本当は、もっと早くに伝えるべきだったのかもしれない。速人の脳裏にかすむ記憶の断片は恐らく魔法少女に関わる事だった。だけど、それに関わり過ぎるとどんな目に遭うかもう自分の手に負えない所まできてしまったような気がしたのだ。自分の矛盾に気づいていても、気づかない振りをするのが精一杯だ。そうやって、自分の本音を認めたくない振りが出来るのも……ここまでであろう。

 

「……まぁ、だけど上条さんが羨ましいですね。さやかさんに、こんなに思われているなんて」

 

「あ、あはは……何それ? アンタだって、そのオドオドした性格直せば、あたしら以外からもモテモテの人生送れるんじゃないの?」

 

「……そうかもしれませんね」

 

顔を思わず伏せたさやか、赤面していたのは夕焼けだけのせいじゃないだろう。恭介への恋心を速人に茶化されたのが気恥ずかしかったのだ。そんなさやかを負い目に、速人は話を続ける。

 

「さやかさん……もし、魔法少女になったとしても、俺は皆の為に何かしてあげたいと思っています。何だかんだ言って、ここまで生きてこれたのは皆のお陰だと思っているんで。だから、さやかさんも周りがどう思うかじゃなくて、自分がどうしたいかで考えるのが一番良いような気がするんですよ」

 

「……私が、どうしたいか……」

 

「まぁ、友人が魔法少女になって欲しいとは、俺はやっぱり言えないですけどね」

 

上手く伝わったのかどうか分からない。自分でも上手く整理出来ていない。ただ、さやかの役に立ちたいと思っただけ。それだけだ。

 

「……へへっ」

 

「……?」

 

「いやー。アンタにそんな事言われるとは思わなかったわ! そうだよね! 結局は私がどうしたいかだよね! 私もヤキが回っちゃったなー」

 

「な、何ですか、それ……人がせっかく……」

 

「……速人……ありがとう……」

 

「……!」

 

さやかのそのお礼の言葉が何か引っかかる。胸がドキドキするだけじゃない。何か……以前にも、さやかの悩み相談を受けていたような……そんな気が……

 

「よーし! じゃあ、今日は私の悩みに付き合ってくれたアンタにこのさやかちゃんがハンバーガー奢っちゃる!」

 

「えっ!? あっイヤ、俺ハンバーガーはちょっと……」

 

「なーにー!? 私のハンバーガーが食べられないって言うの!? それに、野菜ばっかりの食生活だからそんなもやしっ子になるんだよ! 偶にはジャンクフードを食べなさい! ジャンクフードを!」

 

「は、はぁ……さ、さやかさん。あんまり肩叩かないで」

 

さやかが速人の肩をバンバンと叩きながら、病院の屋上を後にする二人。その時、ふと漏れたさやかの笑顔は、全てを決断したような清々しい顔であった……

 

 

 

 

 




まどマギの二次創作って日数とか考えると、かなり難しくなる傾向にあるので、ワルプルギスの夜がくるまで残り何日とかはあんまり考えないようにしています。

勿論、なぜここまでゆったり出来るのかって言うのもちゃんと理由付けしますが。


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第十一話前編「繋がる一本の線」

オレンジ色に染まりつつある外の景色を背景にしつつ、カップに注がれているほろ苦いコーヒーを口に注いでいく。熱く……喉を滾らせるような苦味は美玲の、今自分が立たされている状況を苦味だとしても癒やしてくれているようだ。

 

「やっぱ、コーヒーは美味いわね……」

 

独り言のようにつぶやく美玲の声は向かいのテーブルに座っている者の耳にも確実に届いている筈なのだが、その者は何も言わず、ただ美玲と同じようにコーヒーを飲む行動だけ取る。終始、冷静沈着で何を考えている分からない……この人物が自分よりも()()とは到底思えないのが美玲の第一印象だ。

 

「……それで、何の話?……暁美さん……だっけ?」

 

「……」

 

それは昨日、自分が見滝原中学校に出向いて用事も全て終わり、帰路に立とうとした矢先……美玲を呼び止めたのは屋上の話の輪に入ってこなかったたった一人の人物……暁美ほむらであった。彼女は美玲に頼み込んだ。

 

「話があるから今日の放課後、二人っきりで話せない?」

 

彼女の用件にたじろいだのは昼も今も同じである。今だって、ただ美玲と同じ行動をしてコーヒーを飲む姿を見て美玲は何処か萎縮してしまっている。

 

「……あの時」

 

「ん?」

 

ほむらがコーヒーを口に含み終え、カップをテーブルに置いたと同時にほむらがようやく口を開く。

 

「あの時、貴方が言った事……本当なの?」

 

「……何の話?」

 

ほむらの質問が何を指しているかは彼女に確認しなくても大体理解している。だけど、萎縮した美玲は気を落ち着かせようと苛立たせるかもしれないのを覚悟の上、ほむらに尋ね返す。その返答に、ほむらがどこかため息をついたような気がした。

 

「……鳴海速人が魔女に寄生されていても、殺してはいけない理由の話よ……魔女の怨念って言ったかしら?」

 

「えぇ……」

 

「……戸張美玲。キュゥべえにもあの時、尋ねられたけど……貴方それを本当に何処で知ったの?」

 

「それは、だから常に最悪のケースを考えて、あくまで仮定としてそういう事もあるかもしれないからって話よ……それじゃあ貴方は納得しないって言うの?」

 

「……えぇ。なんと言うか、話が上手すぎるような気がするのよ」

 

放課後のディナーを頼むにはまだ早い時間に二人っきりで話せるのは案外助かったかもしれない。二人が来訪したファミレスはお昼時も終わり、客も一人でテーブル席を優雅に使えるようなくらい空いている状況だ。そんな中でお通夜のような二人の会話はとても他人に聞かせられるようなものではなかった。

 

そんな通夜状態の沈黙の空気が先に嫌になったのは美玲の方だった。後頭部を掻き、諦めがついたかのようにため息を吐きながら真実を告げる。

 

「……まぁ本当の所言うと……アレ、嘘よ」

 

「……」

 

「まぁ嘘でも本当でも、私には検証のしようが無いと言うか……とりあえず、速人を殺させないような大義名分があればどっちでも良いと言うか。それで、もしかしたら魔女が呪いから生まれるのであれば、そういう事もあり得るかもって言うので、ああいう仮定を作った訳よ」

 

「……」

 

その話を聞いてほむらは確信した。この人は、戸張美玲は決して、魔女の正体、魔法少女の真実に気づいてはいないという事。呪いと言う抽象的な表現で騙されているのは恐らく、彼女も同様なのであろう。しかしその真実を知らないまま、こんな高度な嘘をつけるものだろうか。彼女に対して更に疑問を投げつけるしかなかった。

 

「……どうしてそこまでして、あの子の事を……? ただの他人なんでしょ?」

 

そう尋ねるほむらの言葉はそっくりそのまま、自分の胸に突き刺さったのを彼女は認識出来ていない。ほむらがまどかを魔法少女にしたくない、守りたい理由も本当は……美玲と同じはずなのに。

その矢が突き刺さったまま気づかないほむらは目も合わせず彼女の質問に答え始める美玲の声だけに耳を傾ける。

 

「うーん。まぁ私って、親がお金持ちで毎日贅沢させてもらっている身分だったんだ。だから、自分から何かしたいって思えるような事一つもやった事なくてねー。そんな時、偶々病院であの子と同じ病室になって、何かあの子に興味持っちゃったのよねー……初めて他人のために何かしてあげたいって活力が湧いたと言うか……速人を助けたかったのはそれが原因かな」

 

「……」

 

美玲のつたない自分語り……その言葉でようやくほむらも意識し始めた。この人が鳴海速人を助けたいと思った事と自分がまどかを助けたいと思った境遇が……物凄く似ているという事に。だけど、その感傷に浸っている余裕もない。ほむらの……彼女に対しての評価は警戒心と言うよりも、むしろ心配性のようなものであった。ほむらが彼女に興味を持ったのは、決して速人の事だけではなかった。

 

「……貴方、キュゥべえの前でその話して大丈夫だったの? キュゥべえからすれば、魔女への敵対心は……相当なものだと思うんだけども」

 

「……」

 

ほむらが心配しているのは……あの時、美玲がキュゥべえが聞き耳を立てていた事で隠し通せなかった事を全部キュゥべえにその秘密を平らげてしまった事。彼女がキュゥべえの正体を知っている唯一無二の魔法少女だからこそ、こんな質問ができる。言わば、ほむらの専売特許のようなものだ。勿論、美玲がキュゥべえに、本当に速人の秘密を隠し通したかったかどうかは定かではない。美玲は黙り込んで後ろ髪を引かれるような思いで昨日の話を懺悔する。

 

「……まぁ、確かにキュゥべえにあの話するつもり、なかったのは事実だけど……何れはキュゥべえも気になってしょうがないとは思っていたから、話さなきゃならないとは何処かで思っていたしね……それに……」

 

「それに?」

 

「タイミング自体は合わなかったけど、一応キュゥべえ含めてあの話を皆の前で出来たのは後々、メリットに働くから……まぁ願掛けって言う意味を込めて……上々かなって所ね」

 

「……? どういう事?」

 

ほむらが尋ね返すと美玲は大げさに周りをキョロキョロと見渡す。ほむらだけに伝えるためにトップシークレットな話にしたかったのだろう。

 

「それはね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って言うわけよ」

 

「……」

 

「……まぁ、そんな全部上手くいくとは思えないし、下手すれば最悪の展開になるかもしれないしねー……何とも言えないわね」

 

美玲の作戦のようなもの……でも、上手くいくと決まっている訳ではない、だけど……これまで、自分の話を誰も信用してくれなかった事から自暴自棄に陥ったような感覚になっているほむらからすれば、深い暗闇の中から小さな光が照らし出してくれたような美玲の考えに……ほむらの彼女に対する評価は最高級のものへと鰻登りになっていく。

 

(この人……やっぱりすごい……)

 

ほむらの顔からふと笑みのようなものが初めて溢れたような気がする。そして、ほむらは決断する。

 

「戸張美玲。今の貴方の話で、私決めたわ」

 

「き、決めたって……な、何を?」

 

「私は数週間後に来る『ワルプルギスの夜』を倒さなくちゃいけない……その為には、どうしても戦力強化が必要になってくる。戸張美玲……一緒に闘ってくれない?」

 

「……!」

 

美玲の表情が驚愕に変わる。淡々と述べるほむらの口から放たれたワルプルギスの夜……確かにその魔女の事は美玲も良く知っている。それが何時来るか確定しているかのように話す()()()()()に……だけど、彼女から共闘しようなんて提案されるとは予想外の事であったのであろう。人差し指で自分の顔を指して美玲は大袈裟に尋ね返す。

 

「ど、どうして……わ、私?」

 

「そうね。上手くいえないけど、総合的評価と言った所かしら。貴方の魔法少女としての実力と頭の回転の速さね。その他諸々評価して、貴方を戦力として迎え入れるのが一番適切だと思った……って所ね」

 

聞き方によっては、かなり失礼な事を言っている気がするがほむらの美玲に対するその評価。一応、彼女なりに美玲を最大限に褒めているつもりなのだろう。何時もの美玲だったらちょっと怒る所であったが、自分から尋ねた筈なのにまるで聞こえなかったような振りをして、自分を卑下する。

 

「……過大評価じゃない? 私、戦力にならないと思うわよ。自分で分かるのよ……私、『歴代最弱の魔法少女』だって……」

 

「それは、謙遜で言っているの? あの時、巴マミに貴方勝ったじゃない。正直に言って、巴マミの強さは本物よ。その彼女に勝ったんだから。貴方の実力だって、折り紙付きよ」

 

「い、いやだってアレはその……た……ん……だったから、私勝てたと言うか何と言うか……」

 

美玲の声がやけに小さくなって、彼女が何と言ったのか良く聞き取れなかった。今すぐここから逃げ出したい。冷や汗が顔から流れ出したのと同時に、横に置いていた美玲のスマホが鳴り出す。

 

「あ、あぁごめん。ちょっと出るね。はい……もしもし。あー速人ーどうしたのー?」

 

この呪縛から抜け出された開放感で安堵のため息を吐きながら、美玲は自分のスマホに出る。コーヒーの続きを嗜むほむらを横目に速人からの会話で口を手で覆い隠しながら、小声になっていく。

 

「うん……うん? えっ!? 二人共大丈夫なの!?」

 

「……?」

 

だけど、直ぐに美玲の話し声が大きくなる。顔は少し青ざめたようになりつつあり、周りを気にしだす。他の客が少ないとは言えお店の中だ。直ぐに大きくなった声のボリュームを下げていく。

 

「……分かった。暁美さん、今一緒にいるから二人でそこに行くわ。だから、速人。無茶な事はしないでね」

 

それを告げると、美玲はスマホの通話ボタンを切り、ほむらの方へと振り返る。

 

「速人と鹿目さん……友達の首に魔女の口づけの刻印があるのを見つけて……今、追いかけているって」

 

「なっ……!?」

 

「場所はここからそんなに遠くないわ。貴方も来てくれる?」

 

「……分かったわ」

 

美玲の電話の主の用件に、二人はファミレスを後にする。まどかにも危機が迫っている。戦力強化に必須とは言え、彼女との会話に感けていた自分を恨む。美玲の本心はまだ分からない。だけど、今はそんな事気にしている場合じゃない。

 

そんなほむらの焦りの気持ちと美玲の何処か、お茶を濁せて助かったような気楽な顔をしている二人は、何も言わずにただただ速人達がいる場所へと向かった......

 

 

 

 

 

 



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