GANTZ:S (かいな)
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一番
ある事故


 ──さて。このノートを見ているという事は、君には死んだ記憶が有る筈だ。

 ──馬鹿らしいとか、ふざけるな家に帰せ! とかとか。もしかしたら君は思うかもしれない。

 ──けど一度だけ。そう、一度だけで良いからこのノートの事を信じて欲しいんだ。

 ──君が生きて帰る為に。

 

「……」

 

 ぺらり、ぺらりと、誰かが残したノートをめくる。

 

 ──さて。もし君がこの部屋に来た最後の人間なら、音楽が流れてくる。

 ──違うのであれば……ともかく、しばらくしたら音楽が流れる筈だ。

 ──可能であれば、すぐにでも『ガンツ』から出てきたスーツに着替えて欲しい。

 ──『ガンツ』というのはその部屋の中央にあるブラックボールの事さ。そこからあだ名が書かれたスーツケースが出てくる。

 ──思い当たる節があるあだ名が書かれてるから、それに着替えてね。

 

『あーたーらしーいあーさがきた』

 

「……」

 

 ぺらりぺらりと、ノートをめくる。

 ノートの通りに『ガンツ』から音楽が流れてきたと言うのに、男は一切気にも留めずにページをめくる。

 

 ──そうそう! とても大事な事なんだけど、これから『ガンツ』に化け物みたいな奴が映し出されると思う。

 ──君はこれからそいつを殺しに行く。

 

こいつをたおしにいってくだ

 

 ──凄く危険だけど、そいつを殺せばここに戻って来られる。家に帰れる。

 

「……」

 

 ぺらりぺらりとページをめくりながら、黒々とした『ガンツ』の表面に映し出された写真を一瞥し、男は立ち上がる。

 

かいぶつ星人

特徴

つよい

好きなもの

ひと

 

 ──そうだ。もう着替えられたかな? そろそろ転送が始まる。

 ──もし着替えられなかったら、最悪スーツを持って向こうに行って向こうで着替えるんだ。

 ──そして『ガンツ』からおもちゃみたいな武器が出てくるから、それをできる限り持ってほしい。

 ──余裕があれば……そうだな。奥の方に部屋が有るだろ? そこにデカい銃が置いてあれば、それも是非持って行って欲しい。とても役に立つから。

 

 そして奥の部屋に消えたかと思うと、片手に巨大な銃を持ち、太股のホルスターに剣の柄のようなモノを差し込んで出てきた。

 そして『ガンツ』から出てきた武器の中からアサルトライフルの様な銃を手に、銃口が三つに分かれたハンドガンの様な銃を空いている方のホルスターに差し込み、座り込む。

 

 ──もし景色が変わっても絶対に帰ってはいけない。今度こそ本当に死んでしまうから。

 ──帰る方法はただ一つ。スーツの腕に付いてあるコントロールの赤い点を全部消すんだ。

 ──勘のいい君はもう気付いてるね。その赤い点がさっきの化物だ。

 

「……」

 

 そうしてまた、ぺらりぺらりと、自分の命の恩人の言葉を噛み締める様にノートをめくった。

 

 ──さて。取り敢えず現場に着いたら、銃を色々と弄って見よう! 

 ──でも絶対に『仲間』には向けちゃいけないからね。

 

 ジジジ……という音が響く。男の頭から細い線が伸び、頭が徐々に消えていった。まるでこの世のものとは思えない様な光景……しかし男は気にも留めずノートの一ページ目まで戻った。

 

 ──では……グッドラック! 

 

 一ページ目が、そこで終わった。

 

 ◇

 

「なんで……何でノイズが!?」

 

 私はみっともなく喘ぎながら街中を駆けていた。

 

『──』

 

 鳴き声の様な物を発しながら私の背中を追いかけてくるのは、ノイズと呼ばれる化物。

 彼らに触れられただけで……私達人間は一瞬の内に炭にされ殺されてしまう。

 

「お姉ちゃん……」

 

「はっ、はっ……! 大丈夫だからね、お姉ちゃんが付いてるから……!」

 

 ノイズが現れる確率は、一生の内に通り魔に襲われる確率と同じか……それよりも低いとされている。

 つまり日常生活においてほぼほぼノイズの事など考えなくてもいい……筈なのに。

 

「なんで……なんでぇ……!?」

 

 私が人の残滓を見つけたのは、もう日が暮れようという時間帯のコンビニ。

 聞こえてきた悲鳴を辿ると、そこには迷子の少女が居た。

 だから……女の子と一緒に、シェルターに逃げる筈だったのに。

 ──ノイズに見つかってしまった。

 

「……あぁ」

 

 逃げる。逃げ続ける。振り返れば……あくまでも無機質に私を追いかけるノイズの姿。

 脳裏に浮かんだのは強烈な死のイメージ。

 死んじゃう。死ぬ。

 

 そして私は──。

 

「……へ?」

 

 どことも知れない部屋にたどりついていた。

 

 ◇

 

「……何……ここ……どこ……? って、あの子は!?」

 

 何が起こったのか分からない。けれど、どこかのマンションの一室を見渡して見ても、あの子が見つかる事は無かった。

 

「ど、どうしよう……もしかしてあの子、ノイズに……!?」

 

 混乱する頭でどうにか状況を把握しようとするけれど、それが実を結ぶことは無かった。

 ……いや、そもそも私……。

 

「……うっ」

 

 ノイズに殺されかけた瞬間を思い出し、少し吐きそうになった。

 どうにか堪えつつ、取り敢えず辺りを見渡す。

 

「……何、あの黒い玉?」

 

 そして部屋を見渡してみると……部屋の奥の方に黒い球が、これ見よがしに鎮座していた。

 

「……」

 

 取り敢えずその黒いたまに近寄って調べようとしてみたものの、黒い玉には繋ぎ目一つ無く、触って見てもひんやりとするだけだった。

 

「……? ノート……?」

 

 と、黒い玉を見ていたら、その裏の方に使い古されたノートが転がっていた。

 

「えーっと……『ブラック──』……うんー?」

 

 何かの手掛かりになるかもと思いノートを手に取って見た。けれど表紙は霞んでいてよく見えない。

 中を開いて見てみようと思った。

 その時だった。

 

「──え? えぇ!? 何!? ビ、ビーム!?」

 

 あれ程沈黙していた黒い玉から、謎の細い光が放たれた。

 ジジジ、という異音と共に放たれた光は、私のお腹の辺りにあたる。

 

「ひぃ!?」

 

 私は手にもっていたノートを放り出し、その光から逃げた。

 細長い光は……何かを映し出していた。

 

「……え?」

 

 最初は、X線検査とかで見れる人の断面図みたいで、それが徐々に上から下に伸びていった。

 光は誰かを生み出していた。

 

「な、何!? 誰!?」

 

 どう言う事? もう何が何やら分からない。

 光が生み出した謎の男の人は私の声にびくりとしたかと思うと、こちらに振り返った。

 

「……誰お前。……え? 新人……?」

 

「……ひっ」

 

 私は、普通に喋りだした男の人の異様な迫力に気圧されて……小さく悲鳴を上げる事しか出来なかった。

 男の人はとてもラフな格好をしていた。上にパーカー、下にジャージを着て、その下に黒いインナーが見える。ともすればどこにでもいそうな青年だった。

 けれどとても、とても冷たい目をしていた。今まで生きてきて、こんなに冷たい目を見た事は無いくらいに。

 殺されてしまう。本能がそう直感した。

 

 男の人は私を一瞥したかと思うと、小さく舌打ちしてこちらに詰め寄った──。

 

「ひっ、や、やめっ」

 

「おいガンツ! どう言う事だッ!? 今までずっと俺一人だッただろッ! 今更いらねーッつの!」

 

「ぇ……?」

 

 ──かと思ったら、私ではなく黒い玉の方を怒鳴りつけていた。

 当然というか、あの黒い玉は何の反応もしなかった。

 

「……おい…………マジか……。本当に来るンだな……新人ッて……」

 

「……」

 

「あー……クソッ、これも……俺がやンのか? めんどくせ……」

 

 そしてまた私をちらりと見たかと思うと、深くため息を吐いて面倒臭そうに息をついた。

 今までのどこか超常めいた存在感は消え、至って普通のお兄さんの様になっていた。

 

「あ、あの──」

 

 だから私は、勇気を振り絞って声を掛けようとして。

 

「……そうだな。お前、取り敢えず服脱げ」

 

「──へ?」

 

 お兄さんからかけられた言葉に深く絶望した。

 

 ◇

 

「何? 聞こえなかったか? 服を脱げッて言ッてンの」

 

「え、あの……」

 

 少女……立花響の表情は凍り付いた。

 自身が今、置かれた状況を彼女なりに理解したからだ。

 

「……ぬ、脱がなきゃ……ど、どうなるんですか?」

 

「さあ。俺が知った事じゃないが……ま、碌な事にはならないだろうな」

 

「っ……」

 

 青年……と言った程の年の男が、努めて平静な態度な事も相まって、彼女の恐怖も更に加速していった。

 そして、彼女の不安を煽るように……黒い玉から音が流れてきた。

 

『あーたーらしーいあーさがきた』

 

「ひっ」

 

 状況に似つかない明るい曲に、彼女の混乱は加速していく。

 

「……なに? 俺の言う事聞けないの?」

 

「え、ち、違います!? ちょ、ちょっとまって──」

 

「あー、じゃあ良いよ」

 

 そう言って男は、どこからともなく取り出した棒を、彼女に向けた。

 そして風が凪いだかと思うと……ぱらぱらと立花の髪が落ちていった。何が起こったのか理解できない立花の頬に、じんわりとした温かさが広がっていく。

 それは徐々に痛みとなり、彼女の血がダラダラと頬から首に滴り落ちていった。

 

 ようやく、彼女は自分の頬がぱっくりと斬り裂かれたことを理解した。

 そして……目の前の男の危険性も。

 

「脱げ」

 

「……はぃ」

 

 小さく、消え入りそうな声で彼女は返事をして、服を脱ぎ始めた。

 

「はぁ……ガンツ。今日は何狩るんだ」

 

 立花が服を脱ぎ始めたことで何かを満足したのか、男は立花から目を離し、黒い玉の方を向いた。

 黒い玉……男がガンツと呼んでいるそれは、男の呼びかけに答えるかのように音声を発した。

 

お前たちの命はなくりました

 

それどう使おうと私の勝手

 

という屈なけだ

 

「ガンツ。その件いらねぇって言わなかったか? 端折れやボケ」

 

 ガンツに文句を垂れながら、足でげしげしと蹴りつけ、唾を吐きつける男。

 その後ろで、立花はびくびくしながら服を脱ぎ終わった。

 

「あの……脱ぎ……まし、た……」

 

「あっそ。服そこに置いとけ」

 

「……はい」

 

 男は裸になった立花を一瞥すると、興味なさげにガンツの方に向き直った。

 

「おい、早く教えろガンツ。今日は何だ」

 

 男がせかすように言うと、ガンツがそれに倣う様に何かを表示し始めた。

 

こいつをたおしにいってくだ

 

ノイズ

特徴

道具

好きなもの

ない

 

「おい……またノイズミッションかよ……昨日もだぞ……最近多すぎだッつの」

 

「……ノイズ?」

 

 男が面倒臭そうに呟いた言葉は、立花にとって見過ごせる言葉では無かった。

 

「ノイズって……あのノイズですか!?」

 

「お前……急に大声出すなよ。うるせぇ」

 

「あ……す、すいません……」

 

 若干キレ気味に返され、立花は怯え切った様子でおずおずと黙り込んだ。

 けれど立花は勇気を出し、自身の体を腕で隠しつつ男に尋ねる。

 

「あの……それで、私はどうすれば……」

 

「ああ。そろそろ武器が出てくる」

 

「ぶ、武器……?」

 

 男の物騒な言葉に呼応するかのように、ガンツが()()()

 

「わあっ!?」

 

 先程まで繋ぎ目一つ無いまん丸の黒い玉が開き、中からおもちゃのような銃が出てきた。

 男は立花の声には一切反応せず、淡々とガンツから武器を取り出していった。

 

「こいつで良いか。後はスーツ……」

 

「……」

 

 今までの傾向から黙って男の行動を見ていた立花であったが、いきなり男が銃を投げ渡してきた。

 

「わ、わぁっ!? な、何ですか!?」

 

「そいつはYガン。初心者なら取り敢えずそんなもんだろ。後──」

 

 立花が渡された物を見てる間に、男はガンツの裏に回り込むとそこから何かスーツケースの様な物を取り出した。

 そこそこ大きいサイズのそれを抱えながら、ずんずんと裸の立花に近づいていった。

 

「っ……」

 

 当然立花は身体をよじり、色んな所を隠そうとする。

 現状から考えて、どう見ても裸にされた立花のその行動はあまり意味のない、ささやかな抵抗だった。

 

「これを着ろ」

 

「へ……?」

 

 しかし男は立花の裸を見ても眉一つ変える事なく、触れる事もなく。淡々と彼女に持っていたスーツケースを渡した。

 当然困惑したのは立花だった。

 

(……ひ、酷い事しないの……? いや、これを着ろって事は……も、もしかしてそう言う趣味!?)

 

 中に一体どのような服が入っているのか知る由もないが、しかし碌なものでは無いと、立花は直感した。

 

「良いか。それを着たら──」

 

 状況の変化に追いつけないままでいると、またジジジ、という音が聞こえてきた。

 それも自身の頭の上から。

 

「──!? おいガンツ! てめぇ早いっつの! おい!」

 

「へ? あの……え?」

 

「クソ……おい新人! ()()()についても帰ろうとかすんじゃねぇぞ! 死にたくなけりゃその場を動くんじゃねぇ!」

 

 訳の分からぬまま、立花の頭のてっぺんが風を感じ取る。

 そしてそのまま──。

 

「え、ええええ!?」

 

 立花は裸のまま、先程まで居た筈のコンビニのすぐ近くに()()された。

 

 ◇

 

「こ、ここって……」

 

 訳も判らぬままあの人の言う事を聞いていたら、何故かコンビニのすぐそばにいた。

 な、何を言っているのか分からない。自分でも全然わからない! 

 

「って、や、やばい……! 私今、はだか!」

 

 思わずコンビニの脇の路地裏に体を滑り込ませ、座り込む。

 そして、手を着いた先で何かに触れた。

 

「……これっ、て……」

 

 それは黒い炭。中途半端に人の形を残していたそれを見て、その炭の正体に気付いてしまう。

 

「……うっ」

 

 気付けば、私はお腹の中身を吐き出していた。

 

「う、うぅっ……」

 

 胃液を拭いながら、涙がぽろぽろ目からあふれ出る。

 もう、本当に何が起こってるの? 

 訳が分からない。もう家に帰りたい。

 

「……未来」

 

 胃液と一緒に零れ出てきたのは一番の親友の名前。

 未来、どうしてるかな……ちゃんとシェルターに逃げれてるかな……。

 

「……」

 

 未来の事を考えていたら、どんどん心配事が増えていく。

 私が手を引いていた女の子は大丈夫かな。ちゃんと逃げれたかな。

 あの男の人にまた捕まったらどうなっちゃうの。

 ノイズが近くに居るかもしれない。

 

 などなど。幾つもの不安が脳裏をよぎり、それは一つの結論に至った。

 

「……逃げなきゃ」

 

 少なくともここから離れなきゃダメだ。

 その為にも……。

 

「着なきゃ、だよね」

 

 私は脇に置いておいたスーツケースを見た。

 あの男の人に渡された時は気が動転してよく見ていなかったけど、よくよく見てみるとこのスーツケース、何か書かれている。

 

『ビッキー(笑)』

 

「……」

 

 これは……私の事? 

 小馬鹿にされてる感が凄い。

 釈然としない思いを抱きつつも、スーツケースの蓋を開ける。

 

「……うわ」

 

 中にあったのはどこかラバー風のタイトな黒いスーツ。一気に気持ちの悪さが増してきた。

 あの男の人……こ、こんな物私に着せようと!? 

 

「うぅ……」

 

 でもしょうがないからこれを着るしかない。

 他に着れそうな物は無いのだから。でもこれ未来には絶対に見せられない格好だ……。

 

「うわ……なんでサイズぴったりなの」

 

 着てみると、そのスーツはビックリするほど私にぴったりだった。

 オーダーメイドで作られたのかと言うほどに。腰回りとかはむしろ少しキツイくらい。

 あれ? と言うか……胸とかも……あの男の人が測ったの? 

 

「〜〜!!」

 

 そう言う事は今は考えない方が良いかもしれない。

 ともかく、これで移動できる。

 

「……よし! 人はいない──」

 

「わぁぁァあぁぁあああ!!」

 

「!?」

 

 悲鳴!? 思わず声が聞こえてきた方向に目を向けると……そこにノイズの姿を見た。

 

「ひっ」

 

 反射的に体を路地裏に隠し、覗き見る様にノイズの動向を見る。

 その動きは意思のないノイズにしてはどこか意図的で……先の悲鳴と併せて、ノイズが何を意味しているのか、私は分かってしまった。

 

「……誰か……追われてる!?」

 

 真っ先に思い浮かんだのは私と一緒に逃げていた少女の顔。

 

「……」

 

 もしかしたらあの子がまだこの辺りに居るのかもしれない。

 だとしたら助けないと! 

 

「……大丈夫……大丈夫……」

 

 自分に言い聞かせる様に言葉を発し、大通りへと姿を晒す。

 一応、あの男の人に渡された……おもちゃみたいな武器? も持って走り出す。

 

「はっ、はっ……あれっ!?」

 

 走り出して直ぐに違和感に気付く。

 異様に走る速度が速い。さっきまでノイズから逃げる為に走っていたから、余計にその差を感じる。

 速い。速い。速すぎる。一瞬でノイズの後ろ姿に追いついた。

 と言うか、これは──。

 

「と、止まれないぃ──!?」

 

 ノイズに衝突する! 死んじゃう!? 

 そうして緊急回避の為に横に跳ねると、今度はそれも異常な跳躍力を生み出しそして──。

 

「ぐげっ!」

 

 カエルが潰れた様な声と共に電柱に激突した。

 

「いたた……あれ? 痛くない……?」

 

『──』

 

「っ、ノイズ! あの、速く逃げて!」

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

 言うが速いか、ノイズに追われていた壮年の男性は情けない声を上げながら逃げ出して行った。

 あの女の子じゃなかった。けどあの人が死ななくてよかっ──。

 

『──』

 

「っ──」

 

 と、安心してもいられない。

 ノイズは標的をあの男の人から私へと移し替えたみたいだ。

 

 ……思ったけど、これって非常にまずい状況だ。

 

「……私、呪われてるかも」

 

 でも愚痴ってばかりもいられない。

 とにかく、このノイズを人気のない場所まで。

 今私ができる事を考えていた、その時だった。

 

「──え?」

 

 ババンッと言う破裂音と共に……ノイズが破裂し消滅した。

 

 ◇

 

 立花を囲うように展開していたノイズであったが、その最後は無残な物だった。

 そのあまりに唐突な展開に立花も呆けていた。

 

「スーツを着ているとはいえ……ノイズの群れに臆せず突ッ込むとはな」

 

「っ、ひっ!?」

 

「んなビビんなよ鬱陶しい。肝の太いやつだと思ったらこれだもんな。訳わかんねぇ」

 

 その立花の背後に、いつのまにか部屋の男が姿を現していた。

 手には立花に渡した武器とはまた別の武器が握られている。

 

「おいガキ」

 

「……っ」

 

 そしてまた、立花に冷たい視線を向けたかと思うと彼女の手を取った。

 何をと思う立花だったが、男は彼女の視線を気にもせずに手首をじろじろと見たかと思うと、ふんと息を吐いた。

 

「……? あの、何を──」

 

「……何か臭いぞお前」

 

「……へ?」

 

 予想外の言葉に立花は思考を停止させた。青年が持った方の手はさっき口を拭った方の手。

 立花は瞬時に先程自分が何をしていたのか思い出し、空いてるほうの手で口をふさぐ。

 

 立花の顔はそれはもう真っ赤だった。男は立花のそんな姿を見て、何かを察したのか舌打ちを打つ。

 

「……チッ。行くぞ」

 

 かと思えば、無理矢理立花の手を引いて歩き出した。

 

「えっ、ちょっ!?」

 

 顔を赤くして騒ぐ立花を無視して、男は手元の機械を見て唸る。

 

「くそ……もう誰か戦ってやがるな……」

 

 どこか茫然とその姿を見ていた立花だったが、ハッとして声を上げる。

 

「……た、戦ってる? ……ノイズと……?」

 

「……」

 

 男はようやく立花に興味を示したとばかりに彼女に目を向け、また小さく唸る。

 

「……お前あの部屋で何か、ノートとか……見たか?」

 

「……い、いえ……見れてないです……」

 

「……チッ」

 

 立花の返事に露骨に機嫌を悪くした男は、しかし態度とは裏腹に言葉を重ねた。

 

「……俺たちは一度死んだんだよ。俺は転落死。お前も何か心当たりあんだろ?」

 

「……死ん……え?」

 

 ──その言葉に、立花の思考に空隙が生まれる。

 

「お前がさっきまでいたあの部屋は……事故か何かで一度死んだ人間を集め、化け物と殺し合いをさせる。あの黒い玉も見ただろ? あいつが死者を蘇らせ、部屋に集める」

 

「……殺し……合い?」

 

 いきなり物騒な言葉ばかりが並んで気が引けたが、しかし立花は素直に耳を傾ける。

 何故なら死んだ記憶について、立花にも確かに覚えがあったからだ。

 

 部屋に来る直前の記憶。すなわちノイズに触れられそうになった時の記憶。

 お前はあの時死んだのだ。そう言われれば納得してしまう様な状況だ。

 

「そして黒い玉が標的を示し、ミッションを行う」

 

「……ミッション……」

 

「そうだ。今回の標的はノイズだが……ま、そう言った化物を殺すのがミッションだと思えばいい」

 

「っ……」

 

 殺し合い。

 何時もであれば眉を顰めるような言葉。日常とはかけ離れた言葉。

 しかし、この非日常の現状が、その言葉にリアリティを与えてくる。

 

「……何で、殺し合いをさせるんですか」

 

「あん?」

 

「わ、私を家に帰してください! こ、殺し合いなんて……嫌です!」

 

「……」

 

 立花は青年に詰め寄って訴える。この青年が殺し合いを強制しているのなら、それを止めて欲しいと。

 そう思っての嘆願だった。

 

 一瞬立花の言葉に青年の歩みが止まりかけたが、今度は振り返ることすらなく、話を続けた。

 

「さっき銃を渡しただろ。とにかく、お前は今回ノイズに向かってその銃をぶっ放してればいい」

 

「……あの!」

 

「そのスーツはノイズの炭化を防ぐ。耐久に制限があるがな。ま、精々死なないようにしろよ」

 

「えっ?」

 

 何を言ってるんだ? とばかりに青年を見上げた立花だったが、青年は何でもない風な表情で歩みを止めた。

 何故? そう思う立花の耳に……ノイズが聞こえた。

 

『──』

 

「っ、ノ、ノイズ!?」

 

 大、中、小。全てのサイズのノイズが道路にぎっしりと敷き詰められていた。

 

「よし……まだ風鳴翼は来てないな」

 

「……え? 風鳴翼……? って、何してるんですか!? は、早く逃げないと──」

 

 思いもしない人物の名前が出てきて一瞬思考が停止した立花だったが、ノイズの鳴き声でハッとする。

 彼女は反射的に青年を連れて逃げようとしたが……青年の腕を引こうともビクともしなかった。

 

「構えろ新人」

 

「えっ」

 

 どころか、捕まえていた筈の青年の姿が一瞬にして消え去った。

 

「っ、きゃあっ」

 

 それと同時に幾多のノイズが破裂し消滅する。

 

(なっ、なにっ……がっ!?)

 

 ドギャッ。ガガガッ。バギャン。ドゴン。

 映画でしか聞いた事がない様な音と共にノイズが消滅してく。

 立花の脳が状況を判断するよりも速くノイズの数は加速度的に減っていき、遂には大型を残すのみとなる。

 感情がないとされるノイズも何故同類が消えていっているのか理解できず、混乱している様にも見える。

 

『──!!』

 

「っ、ひっ!?」

 

 故にだろうか。残った大型ノイズは、目に見える標的を狙うことに決めた様だ。

 大きく振りかぶった大型ノイズは、立花の脳天目掛けて無情に腕を振り下ろす。

 

「がっ……!?」

 

 グシャ、と。炭化と言うよりも物理的に殺されそうな程の圧力で叩きつけられた立花は……しかし無傷だった。

 

「……あれ……生き……てる?」

 

 思わず両手を見て自分が炭化していない事を確認してしまうが、確かに立花は生きていた。

 

『──!!』

 

「っ、がっ、げぅ!?」

 

 呆けている立花にもお構いなしに攻撃を続ける大型ノイズ。

 蹲った体勢で身動きが取れず、立花はノイズに嬲られていた。

 

「……いい加減に」

 

『──』

 

「して!!」

 

 そんな状況で……殆ど反射の域で、立花は拳を振るった。

 それはまるで駄々をこねる子供の様に。一見、ただの悪あがきの様にしか見えない行動だ。

 だが。

 

『──!!!?』

 

「……ふぇ?」

 

 パガッ、と言う異音が大型ノイズの腕を捉え、ノイズの腕を吹き飛ばした。

 

(え、ええええ!? な、なに今の!? わ、私にこんな秘めた力が……!?)

 

 思えば先程も異常な身体能力を見せていた立花。

 彼女が自身に秘められた力に慄いていると、倒したノイズがまた立ち上がろうとしていた。

 

(どどどうしよう……!? ノイズってどうやって倒すの……!?)

 

 立花が迷っている間にもノイズは立ち上がろうとしている。

 

(~! ええいままよ!)

 

 我武者羅に渡された銃を構えた立花は、そのトリガーを引いた。

 青年がYガンと呼称したその銃は、名前の通りに銃口がYの字に分かれそこからアンカーの様なものが射出された。

 そのアンカーは目標物であるノイズに向かって飛び、ぐるぐると絡み付いてノイズを拘束した。

 

『──!!?』

 

 そしてノイズに絡み付いたアンカーは地面に着弾し、ただでさえ動けないでいたノイズを更に拘束する。

 

「す……凄い……」

 

 立花は知っていた。ノイズという化け物がどれほど危険で対処が難しいものなのか。

 だからこそ、ノイズをここまで簡単に無力化した事が信じられなかった。

 

「……」

 

 思わず自身の持つ銃に目を向け、思案する。

 

(もしかしてこれも……翼さんとかと同じ……)

 

「遅えよ、新人」

 

「うぇっ!?」

 

「あんな雑魚一匹にどンだけ時間かけるつもりだ」

 

 青年がまた唐突に立花の隣へ現れた。

 若干キレ気味な青年にびくびくしつつも、立花は周囲が静かになっていることに気付く。

 

「えっ……あれ? そう言えば他のノイズは……」

 

「見りゃ分かんだろ。そいつで最後だッつの」

 

 辺りを見渡してみれば、他の大型ノイズも全て消滅している。残すは立花が捕獲したノイズのみ。

 

(……もしかして……お兄さんが……全部やっつけたの?)

 

 先ほどもノイズを一瞬で倒してたし、もしかしたらこの人凄く強い人なんじゃ。

 立花はそこまで考えて、ハッとした。

 

「……ご、ごめんなさい……」

 

「チッ」

 

「……」

 

 立花は機嫌の悪そうな青年に気付きとっさに謝ったが、彼の機嫌は直ることはなかった。

 青年はまた冷たい目で立花を見つめ、彼女の手を取った。

 

「……」

 

「あ、あの……?」

 

 そして手首のあたりを妙にマジマジと見たかと思うと、興味をなくした様に手を離した。

 

「新人。その銃をノイズに向けろ」

 

「……え、あっ……はい」

 

 言われるがままにノイズへと銃を向ける。

 

「そのままもう一度トリガーを引け」

 

「……はい」

 

 意味がよく分からない立花だったが、取り敢えず青年の言う通りにトリガーを引いた。

 するとノイズの頭のてっぺんからレーザーの様な細い光が伸びた。

 

「えっ……? な、何ですかこれ……?」

 

 そして身動きの取れないノイズは、その光に吸い込まれるように消えていく。

 困惑する立花に、青年は淡々と説明を始めた。

 

「Yガンは捕獲用の銃だ。ああやってアンカーで捕獲した星人を"上"に送る事が出来る」

 

「う、上……? 上って」

 

「さぁ……」

 

「……さぁって……」

 

 立花の言葉を聞き流すように、青年はまた手元の機械を弄りだした。

 

「……妙だな。風鳴翼の奴、まだノイズを殲滅してないのか……」

 

「……あの、風鳴翼って……」

 

 立花は先程から気になっていた事を尋ねてみた。

 風鳴翼。日本でも有数の現役女子高生ミュージシャンの名前だ。

 かく言う立花も風鳴翼のファンであった。彼女のCDを買いに来たところをノイズに殺されたのだが。

 

「お前が想像している風鳴翼だよ……あの硬派なアイドルの……。何故か毎度毎度、ノイズの現場に現れてノイズを掻っ攫って行くんだよ」

 

「……」

 

「アイドルの割に妙に強いんだが……今日は調子が悪いのか?」

 

 アイドルの風鳴翼がノイズを倒す。先ほどから彼の青年が言っている事は全て、一笑に付す様な世迷言ばかりだ。

 だがその世迷言を立花響は信じた。

 

「あ、あのっ!」

 

「ああん?」

 

「その……た、助けに行った方が……」

 

 青年に風鳴翼を助けに行こうと促した瞬間、手元の機械から目を上げて壮絶な目つきで立花を睨み付けてきた。

 

「何お前……俺に指図すんの?」

 



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一歩遅く

「──ち、違いますっ!?」

 

 それはもう、怖かった。

 本当の本当に怖かった。

 一瞬で目に涙が溜まって、鼻声になる。

 

「……チッ」

 

 お兄さんはそんな私を見て、やっぱり舌打ちをしながら言葉をつづけた。

 

「お前さ……自分の立場分かってんの?」

 

「……す、すみません! ごめんなさい! 許してください……」

 

 私はしどろもどろになりながら謝罪の言葉を続ける。

 

「チッ……」

 

「ひっ」

 

 しかしその言葉が通じたのか通じなかったのか。

 

「お前に言われるまでもなく向かうつもりだッつの」

 

「は、はぃ……」

 

 お兄さんは舌打ちを打ちながら、今度は私の手を引くことはなくずんずんと歩き始めた。

 

「……」

 

「……」

 

 私も遅れまいとついていくけど、互いに無言のまま気まずい空気になる。

 けど、ようやく現状のことを考えられるようになった。

 

 ……ちらりとお兄さんの方を見る。

 さっきの話……本当なんだろうか。あの黒い球が死んだ人を生き返らせて殺し合いをさせるっていう話は……。お兄さんのウソ……なのかな。でもそうとも思えない。今のところお兄さんはウソを言っていないし。

 このスーツは本当にノイズの炭化を防いでいるし、お兄さんが渡してきた武器は本当にノイズに有効だった。

 それに、あの状況だったら死んでいても全くおかしくはないし……。

 

「……あっ」

 

「……?」

 

 なんて、そんな事を考えていたら、急にお兄さんが足を止めた。

 お兄さんはしきりに手元の機械を見ながら私の前を先行して歩いていたけど何かあったのだろうか。

 

「クッソ……間に合わなかったか……」

 

「? あの……」

 

 不可解な言葉を続けるお兄さんだったけど、何が起こったのかをお兄さんに聞くよりも早く、またジジジ、という電子音が聞こえてきた。

 

「あっ」

 

「……あーあ……転送も始まっちまったな……」

 

「て、転送って……うぇ!?」

 

 そしてすぐに視界が切り替わって、さっきまで私が居たあの部屋に戻ってきた。

 

「な、なにこれ!? って、私浮いてる……!?」

 

 部屋から外に出た時はあまり余裕がなかったので気付かなかったけど、なんか私の首から下がない! 

 どういう事!? 私の首から下は何処!? 

 

「……あっ……出てきた……」

 

 一瞬焦ったものの、暫くしたら首から下が出てきた。

 そしてまた暫く待つと、全身が出てくる。

 

「……これが、転送……?」

 

 お兄さんが言っていた言葉。意味的には、さっきまでいた場所からこの部屋に送られてきたって事だろうけど……。

 

「……ど、どういう理屈……?」

 

 いつの間に人類はこんな事を出来るように!? 

 これって瞬間移動だよね!? 

 

「……あっ」

 

 人類の進歩に戦々恐々していた私だったけど、また暫くしたら黒い玉から光が放たれた。

 

「……」

 

「……」

 

 そしてそれはお兄さんの像を描いて、私のように頭から下まで体を送られてきた。

 

「……あ、あのぉ~」

 

「ガンツ。採点始めろ」

 

「ぁ、はい……無視ですよねやっぱり……」

 

 私を無視して、お兄さんは黒い玉に話しかける。ちょっとムッとするけど、だからと言ってそれを言えるほどの勇気は私にはなかった。

 

 そしてお兄さんの言葉に呼応するように、黒い玉から鈴の音が鳴った。

 

 いてんをはじ

 

「……採点?」

 

 誤字だらけの文字が表示されたかと思うと、黒い玉の表面が切り替わる。

 

ビッキー(笑)

2てん

げろげろはきすぎ

ぱんツはかづにうろつきすぎ

 

「……なにこれ」

 

「ガンツの採点だ。点数以外の事は気にするな」

 

「……」

 

 お兄さんがそう言うと、黒い玉の表示が切り替わった。

 

ひーろー

23てん

つばさちゃんみれなくてざんねんだったね(笑)

total 90てん

あと10てんでおわり

 

「……」

 

「つば……え?」

 

「……点数以外気にすんなって言わなかったか?」

 

「あ……はい……」

 

 黒い球にひーろー? と呼ばれたお兄さんは、どこか気まずそうに顔を背ける。

 私も何か触れちゃいけない気がしたので、とりあえずは黙っておくことにした。

 少し微妙な空気が流れるも、お兄さんの採点……も終わったのか黒い玉の表示も消えた。

 

「……」

 

「……」

 

 暫くは沈黙が場を支配していたけど、私は勇気を振り絞ってお兄さんに喋りかけた。

 

「……あのっ!」

 

「……」

 

「教えて……くれませんか? 今までの……事とか……色々……」

 

「……」

 

 お兄さんは私の方を一瞥して、ふんと鼻を鳴らす。

 

「……俺の知っている事なら……なんなりと」

 

 さっきまでの態度とは打って変わって、お兄さんはすんなりと応じてくれた。

 

「あの……じゃあ、さっきのは何なんですか?」

 

 黒い玉によっかかりながら私を見ていたお兄さんは、少し怪訝な顔で返答した。

 

「さっきの? 転送の事か?」

 

「あ、はい」

 

「いや、転送は転送だが……」

 

「えっと……その、どうやってやってるのかなぁって……」

 

「いや……知らんが」

 

「え、えぇ? お兄さんが動かしてるんですよね!?」

 

 お兄さんは一瞬返答に詰まったが、しかしすぐに答えた。

 

「じゃあ聞くが、お前は携帯や精密機器がどーやって動いてるのか知ってるのか? 知らねーだろ。誰だってそーだ。それと同じだ」

 

「……」

 

 凄い身も蓋もない事を言い出すお兄さん。

 いや、そりゃまあそうだけど……。

 どこか煙に巻かれたような返答に困惑する。

 

「じゃあ、その……私は生きてるんですか?」

 

 多分これ以上聞いても答えてくれそうには無かったので、質問を変えることにした。

 ミッション? の時に少しだけ聞いたけど、あの黒い玉……お兄さんはガンツって呼んでるけど……が、事故か何かで死んだ人間を、生き返らせて化物と殺し合いをさせる。

 私には死んだときの記憶が有る。……正直あまり死んだ自覚は無いけど。

 あの時はサラッと流したけど、今の私がどういう状態なのか凄く気になる。

 

「ああ。生きてる」

 

「……」

 

 意外な事に、お兄さんは私の疑問に即答した。

 

「だが……正確に言えば完全に生き返った訳じゃない」

 

「……え?」

 

「おいガンツ、百点メニューだ。メニュー見せろ!」

 

 お兄さんはいきなり叫びながら、ガンツに腕を突っ込んで何かぐりぐりと弄りだした。

 

「あ、あの……?」

 

「おいガンツ! 無視すんじゃねぇっつの!」

 

「……」

 

 お兄さんは私の事を無視しながら、ガンツに向かって叫ぶ。

 

「あっ」

 

 暫くするとガンツの表面に文字が映し出された。

 

1.記憶をけされて解放される

2.より強力な武器を与えられる

3.MEMORYの中から人間を再生する

 

「これが……百点メニュー……?」

 

「そうだ。百点を貯めるとこの中から一つ選ぶことが出来る。一番を選べば晴れて完全に解放……生き返ることが出来る、という訳だ」

 

 百点を取れば……解放……。

 

「……あの、じゃあ百点を取らなかったら……どうなるんですか?」

 

「……解放されるまで延々と……ガンツにこの部屋に呼ばれることになるな」

 

「……延々と……」

 

 ……確か私は……さっき二点取ったから……後九十八点……必要って事? 

 

「ノイズを倒しても……二点しか貰えないん……ですか?」

 

「まぁ……雑魚だしなあいつら」

 

「雑魚?」

 

 お兄さんは信じられないことを何でもないように宣った。

 だって……ノイズだよ? あんなに人に……被害を出してるノイズを、雑魚って……。

 

「で? 聞きたい事ってそれだけか?」

 

「え、あ……ま、まだあります!」

 

 お兄さんに声を掛けられるまで呆然と考えていたが、ハッとして声を上げた。

 

「……お兄さんは何者なんですか?」

 

「…………俺?」

 

「お兄さんが、今までの事を全部……やったんですか?」

 

 それは、ずっと感じていた疑問。

 お兄さんは最初から服の下に黒いスーツを着ていたし、お兄さんの言葉にガンツは反応するし……とにかく怪しい雰囲気がぷんぷんする。

 

「……」

 

 お兄さんは私を一瞥して、サラッととんでもない事を言い出した。

 

「……俺は……宇宙人だ」

 

「え!?」

 

 う、宇宙人!? 

 それは流石に予想外と、思わず後退る私を見て、お兄さんは面白そうに鼻で笑った。

 

「嘘だ……。人間だよ……普通の……」

 

「え、ぇぇ……」

 

 困惑する私を見て、お兄さんは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「俺は……普通の、普通の大学生だ」

 

「……大学生……」

 

 お兄さんはどこか昔を懐かしむかのように遠くを見つめながら、語りだす。

 

「ただ……ここに来たのは……七年前だ」

 

「……七、年……?」

 

 七年。予想外に大きな数字に困惑する。

 もし、お兄さんの言葉が正しければ……七年間も、お兄さんはノイズと戦ってるって事? 

 

「ミッションなんかは全部ガンツがやってる事だ。人を集めるのもガンツが勝手に、死んだ奴を集めてる……」

 

「……」

 

「だからお前が来るまではずッと……俺一人でミッションをやっていた」

 

「……え? 一人で、ですか……?」

 

「そうだ。その間一度だって……ミッションに関する俺の意思がガンツに通ったことはない」

 

「……」

 

 私は絶句してしまった。もし、お兄さんの語る所が本当であるのなら……お兄さんは一体、どれだけの……。

 

「……んだよお前……その目……同情でもしてんのか?」

 

「あ、す、すみません……」

 

 なんてお兄さんを見ていたら、若干キレ気味に言われてしまった。

 

「……チッ。でッ? もう質問は終わりか?」

 

「あ、はい……差し当たっては……」

 

「あっそ。じゃあ俺はもう帰るわ」

 

「……あの、私も帰れるんですか?」

 

「あ? ……ああ。そうだな、ガンツの採点が終わったらもう帰れる」

 

 言い忘れてたわ、といった感じで付け加えたお兄さんは、後ろのドアを指さした。

 

「それで……また暫くしたらガンツから召集がかかる。精々スーツ忘れない様に気を付けろよ」

 

「あ……はい」

 

 そう言ってお兄さんはまたガンツの中に腕を突っ込んだ。

 

「ガンツ……俺の部屋に転送しろ」

 

「……?」

 

 何を? そう思ってたら、お兄さんの頭が上からどんどん消えていく。

 

「えっ!? な、何を!?」

 

「あ、言い忘れてたがこの部屋に関する事を他の人間に言うなよ」

 

「え、なん──」

 

「頭が破裂して死ぬ」

 

「──」

 

 それだけ言って、お兄さんの頭が完全に消えて、徐々に体も消えていった。

 

「……じょ、冗談……だよ、ね……」

 

 なんて自分で言いながら、頭をペタペタと触ってみる。

 正直あり得ない事ばかりで、そう言う事が当然の様に起こりうる気がして本気で怖かった。

 

「……だ、誰にも言わないでおこ……」

 

 誰かに言っても頭がおかしくなったと思われそうではあるけど。

 そんなことを考えつつ、制服に着替えて部屋を出た。

 

 部屋を出て建物の外まで出てみると、外は意外なほどに普通のマンションだった。

 というか、ここ何処なんだろう。お兄さんに聞いとけばよかった。

 携帯で住所を確認してみると、ここからリディアンの寮まで大体三十分ほどだった。

 

「……」

 

 近くにバス停もないし……歩くしかないかぁ……。

 

 ◇

 

「あっ」

 

 しばらく歩き始めた所で、一つの事に気付いた。

 

「スーツ……持ってきちゃったけど、大丈夫だよね?」

 

 何となく持ってきちゃったけど……だ、大丈夫だよね? 頭破裂しない? 

 いや、でも……なんならお兄さん、着たまま帰ってた? し。

 きっと大丈夫……なはず。

 

「……」

 

 ふと、頭に浮かんだお兄さんの顔を思い出して、ぶるりと震える。

 色々と教えてくれたりはしたけど、やっぱり苦手意識は消えない。初対面で服を脱がされたのは初めて……って。

 

「そ、そうだ! ほっぺ! ……て、あれ?」

 

 今の今まで完全に忘れていたけど、そういえば私お兄さんにほっぺ斬られてた! 

 このまま帰ったら未来に何て言われるか分からない! 

 

「……傷が……ない……?」

 

 そう思ってほっぺに手を伸ばしてみたものの、そこに傷はなかった。

 というか服を着替える時も全然痛くなかった。

 

 携帯を取り出してほっぺを確認してみるも、何処にも傷は無かった。

 どういう事……? 

 

「うーん……ガンツ? が治してくれたのかな……」

 

 お兄さんによるとガンツは死んだ人を生き返らせることが出来るらしいし……。

 傷を治すことも出来るのかな。

 

「……」

 

 しかし実際のところどうなのかは分からない。

 また今度、お兄さんに聞いてみるしか……。

 

「あっ」

 

 と、ようやく見慣れた所まで帰ってくることが出来た。

 な、長かった……。

 あの部屋から寮まで思っていたよりも距離があった。何故か携帯の電話が上手く繋がらなかったから、未来に連絡も出来なかったし……。

 

「思ったより遅くなっちゃったし……未来、心配して──」

 

 ようやく見えてきたリディアンの寮へと足早に駆け寄ろうとした、その時だった。

 

「ああ~疲れたぁ~……未来、怒ってるだろうなぁ〜」

 

 私よりも先に、寮へと駆けていく少女の姿が見えた。

 

「……え?」

 

 その少女は疲れた表情を隠そうともせずに、しかし足早に寮の中へと入っていった。

 思わず足が止まり、彼女の姿を凝視する。

 

「……なんっ……えっ?」

 

 しどろもどろになりながら……しかし、彼女の姿はとても見覚えのあるもので──。

 

「わた……し?」

 

 寮へと入っていった彼女は……私だった。



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偽物の思い

 ジジジ……という音とともに、部屋に青年が転送されてきた。

 

「……」

 

 昨日とは違ってスーツだけで転送されてきた青年はじろりと辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると軽く息を吐く。

 

「チッ……三日連続だぞ……何なんだ……マジで…………おかしな事ばッか…………」

 

 虚空に向かって悪態を吐きながら、ガンツの黒々とした表面に触れる。

 

「…………何か…………起こり始めてる………………迫ッて……いるのか…………Apocalypse…………」

 

 ガンツは何も答えない。だが青年は何らかの答えを得たのか、ガンツから手を離し、部屋の壁に腕を組んで寄りかかった。

 

「……」

 

 暫く待っていると、ガンツが駆動し誰かが転送されてくる。

 

「……あっ」

 

「……」

 

 体育座りで現れた少女……立花響は、青年の姿を見てどこか安心したような表情を浮かべた。

 意外な反応に怪訝な顔をする青年だったが、すぐにまた無表情に戻す。

 

「あ、あの、お兄さ……」

 

『あーたーらしーいあーさがきた』

 

「ぁ……」

 

 歌に邪魔されて立花の声が掻き消えてしまう。

 

「……あの……」

 

「ガンツ! 今日の標的は何だ!」

 

 立花の縋るような声を無視して青年はガンツに命令し、それに呼応するようにガンツが標的を示す。

 

こいつをたおしにいってくだ

 

ノイズ

特徴

 ・道具

好きなもの

 ・ない

 

「……やっぱ……ノイズか……」

 

「……」

 

 青年はめんどくさそうな顔でガンツの表示を見つつ、ちらりと立花に視線を向ける。

 

「……」

 

「……」

 

 何故か酷く落ち込んでいるように見える。

 まぁあれほど殺し合いを拒否していた少女が二日と経たずにこの部屋に呼び出されたのだ。

 落ち込みの一つや二つするだろう。

 そんな風に考えてつつも、特に声を掛けてあげる訳でもなく。

 

 そうして暫く部屋には沈黙が生まれたが、その沈黙を破るようにガンツが開いた。

 

「……」

 

 青年は自分用の銃を二丁ホルスターに詰め込み、ガンツの中にある銃の中で一番巨大な銃を二丁手に構えた。

 

「……」

 

 そこまで準備をしていても、一切動かずにいる立花を見て流石に怪訝に思った。

 

「……おい、新人」

 

「……」

 

「……チッ。無視かよ」

 

 自分の事を棚に上げる姿はまさしく最低なクズ男まんまだが、青年はその事に気付かずに立花に詰め寄った。

 

「……えっ? ちょっ、な、何を……!?」

 

 異様な雰囲気を察して逃げようとする立花だったが、それを押さえつけるように青年は彼女の胸倉を掴み上げた。

 スーツの力で強化された腕力で立花を無理やり吊り上げる。

 

「ひっ……!?」

 

「お前……死にたいのか? 自分の事くらい自分でやれッつの……ほんと、こー言う奴から先に死んでく──」

 

 と。青年はここでようやく一つの事に気づいた。

 掴み上げた胸倉の下に何かの手術跡が見える。しかし今重要なのは手術跡の方ではない。彼女の肌が見えているという事が重要だ。

 

「……お前……スーツ…………」

 

「……」

 

 彼女は転送される直前になってもスーツを着ていない。

 ……いや。どころか、身の着のままで何も持っていないように見える。

 

「……まさか……忘れたのか?」

 

「……」

 

「……チッ」

 

 何も言わずに黙る少女を見て思わず舌打ちを打った青年は、立花を放り捨ててガンツに向かって命令するように叫んだ。

 

「ガンツ! Zガンを二丁だ。すぐに用意しろ!」

 

「……」

 

 立花にはZガンが何なのかは分からなかったが、青年が心底嫌そうな顔をしているのを見るにあまり使いたくないものだと思われる。

 そしてその嫌そうな顔のまま立花に目を向ける。

 

「心底呆れたわ。なんなのお前。死にたいのか?」

 

「……」

 

「あーあ。ほんとマジで……信じらんね……」

 

「ごめん……なさい……」

 

「は? いまさら何──」

 

「……ごめん……なさい……」

 

 青年が苛立ちを隠さずに怒鳴ろうとした、その時。

 今まで黙り込んでいた立花が目から涙を溢れさせながら謝り始めた。

 

「……ごめん……なさい……ごめんっ……なさい……っ」

 

「……」

 

 ここで漸く、青年は立花が普通の女の子であることを思い出した。

 

 しかし残念なことに、青年はこのような状況で普通の女の子にどう接すればいいのかを知らない。

 

「……チッ。こいつ持ッとけ」

 

 故に。彼に出来たのは、自分が持っていた銃を立花に渡すことだけだった。

 

「っ……うっ……ぅぅっ……ふぐっ……」

 

「……」

 

 青年は立花の涙から逃げるように、ガンツの奥にある扉を開けて中に入っていった。

 

「……うっ……ううっ」

 

 暫くの間、部屋には立花の泣く音だけが響き……次第にその音も消えていった。

 

 ◇

 

 昨日、家に帰ろうとした時。もう一人の私が居た。

 その時は得体の知れない不気味さからもう一人の私に声を掛けることは出来なかった。

 

 結局、一夜を近くの公園で過ごすことになった。

 

 そして朝。

 

「あっ! お姉ちゃん!」

 

「うぇっ!?」

 

 いきなり後ろから声を掛けられビクッとする。

 

「お姉ちゃん! 昨日はありがとう!」

 

「え……ああ! 昨日の子!?」

 

 振り返ってみれば……昨日、ノイズから逃げていた時に連れていた少女の姿が有った。

 

「だ、大丈夫だった!?」

 

「うん! お姉ちゃんに助けてもらっ……あ、言っちゃいけないんだった……」

 

「……え?」

 

「うん……これ言っちゃうと私、せいじはんになっちゃうんだって……」

 

「政治犯……」

 

 ……何を言ってるのだろう。

 

「……」

 

 ……良く分からないけれど……この子が無事で良かった……。

 

「……でも、昨日のお姉ちゃん凄くカッコよかった!」

 

「……え?」

 

「ノイズをぎったんばったん倒していって、私を助けてくれたんだもん!」

 

「……え? あ、う、うん!?」

 

「ねね! 昨日のお歌また聞かせて!」

 

「……」

 

 昨日の……歌? 

 私にはこの子が何を言っているのかが分からなかった。

 だって、昨日はノイズに追われるばかりで、歌なんて歌う余裕はなかったはずだし……。

 

「ご、ごめんね? ちょっとお姉ちゃん、言ってる意味が……」

 

「……あれ?」

 

「え?」

 

「なんでお姉ちゃんが……もう一人いるの?」

 

「──え?」

 

 バッと振り返ると、そこには寮から出て学校に通うもう一人の私と……。

 

「未来……」

 

 もう一人の私と一緒に歩く、私の一番の友達の姿が有った。

 

「……なん……で……」

 

 未来。私の一番の友達で、私の陽だまり。

 未来が『私』に向かって浮かべる笑顔は、いつもの……私に向かって向かべる笑顔と何も変わっていない。

 なんとも言えない喪失感を感じ、同時にじわじわと怒りが湧いてくる。

 

 なんで。気付いてよ未来。私はここに──。

 

「な、なんで……? お姉ちゃんの偽物……?」

 

「──」

 

 今まで憧れの目で見てきた女の子が、打って変わって不気味な物でも見るように私を見てきた。

 

 偽物……私が……にせもの……。

 

 その残酷な言葉はどこまでも私の心に突き刺さり……じわじわと嫌な確信が広がっていく。

 

 ……もしかしたら。

 

 もしかしたら、本当は私はあの時死んでいなかったのではないだろうか。

 どうにかノイズを潜り抜けて、この子を守り通したんじゃないだろうか。

 

 でもガンツはノイズに迫られた『私』を死んだものだと勘違いして……私を蘇らせた。

 

 だから、私が二人いる。

 事実……この子は生きているし、もう一人の『私』も普通に生活を続けている。

 

 もし、この推測が……当たっていたのなら……。

 間違っているのは未来じゃなくて──。

 

「私……が……偽……物……?」

 

 気付けば、『私』から逃げるように走り出していた。

 

 どこに向かうでもなく走り続けて……唐突にあのお兄さんの顔が浮かんできた。

 

 何となく、お兄さんなら私の事について何か知っているかもしれない、と。

 何の根拠もなく考えて、あのマンションまで戻ってきていた。

 

 でも。

 

「……開けて! 開けてください! お兄さん!? 居るんですか!? お願いです! 開けて──」

 

 玄関には鍵が掛かっていて開けられず、呼び鈴を鳴らしてもドアを叩いても何の反応も返ってくることはなかった。

 

「……なんっ、でぇ……開けて……ください……お願いします……お願い……」

 

 どれだけ懇願しようとドアが開くことはなく。

 けれどドアが開くことを期待して、ずっとずっと……待っていた。

 そうしてドアの横に座ってたまに呼び鈴を鳴らして待っていたら、ついに夜になってしまった。

 

「……」

 

 流石にもう帰るべきかな。

 

「帰る?」

 

 ……どこに……帰ればいいの? 今家に帰っても……その陽だまりにはもう、『私』が居る。

 

「……っうぅぅっぅぅぅ」

 

 涙がぽろぽろと溢れて止まらない。

 そうして一頻り泣いていると、急に首筋にゾクゾクと寒気が走った。

 

「……? え、なっ、なに!?」

 

 最初は何かの勘違いかと思っていたが、暫くしたら身体が金縛りにあったかの様に動かなくなった。

 訳もわからないままで居ると、どこか聞き覚えのある電子音と共に視界が変わっていく。

 

「……あっ」

 

「……」

 

 あの部屋に転送されていた。

 そして何より、今回は最初からお兄さんがいた。

 

 一瞬安堵してお兄さんに話しかけて……。

 

「ガンツ! 今日の標的は何だ!」

 

 その直後に私を無視し続けるお兄さんに絶望した。

 まるでいないものかの様に扱われて、心が張り裂けそうになる。

 

 そして──。

 

『お前……死にたいのか? 自分の事くらい自分でやれッつの』

 

『心底呆れたわ。なんなのお前。死にたいのか?』

 

『あーあ。ほんとマジで……信じらんね……』

 

 お兄さんにスーツを忘れた事を指摘されて、ぼろぼろに貶されて。

 もう、全部が限界だった。

 

「……ごめん……なさい……ごめんっ……なさい……っ」

 

 お兄さんに銃を渡された後も、ただただ泣いて……。

 

 景色が変わり、どこかの路地裏に放り出された後も渡された銃を抱えて座り込んでいた。

 ここに来た時から断続的に鳴り響く破壊音は途切れることなく鳴り響き続ける。でも私はその破壊音から逃げ出すわけでもなく、ただジッと……しくしくと泣きながら膝を抱えていた。

 

 ◇

 

 私の人生って何なんだろう。

 

 二年前、ツヴァイウィングのライブで、その大事件は起こった。

 ライブ会場でのノイズの大量発生。十万人以上いた観客たちがその被害に遭って……一万人もの人が亡くなった。

 私も、そのライブを観に行ってて……ノイズに襲われた。

 

 でも、助けてもらったんだ。あの人に……ツヴァイウィングの天羽奏さんに。

 

 奏さんは同じツヴァイウィングの翼さんと一緒にノイズと戦っていた。

 

 その時の戦いの衝撃で私は大けがをしちゃって……。

 でも手術をして、その後のリハビリも頑張って、家族の皆に元気な姿を見せられるように頑張った。

 

 けど、結果としてその頑張りは……家族の皆が不幸になる結果に繋がった。

 

 ノイズの被害に遭うと、政府から補助金が支給される。

 それは炭にならずに生き残って、元気な私にも支給された。

 

 世間はそんな私を卑怯者と貶して……私は学校で虐められた。

 知らない人から石を投げられたり、暴言を書かれた紙を家に張り付けられたり。

 

 そうしてる内にお父さんは失踪してしまった。

 

 私のせいで……私のせいで家族はボロボロになってしまって。

 

 ……いや。そもそも私は……その『立花響』ですら……。

 

「……」

 

 私の人生ってなんだろう。

 

『──』

 

 気付けば……私はまたノイズに囲まれていた。

 

「……」

 

 けどもうどうでもよかった。

 泣いてる間に、ずっと考えていた。

 

 陽だまりから外れた私に意味なんて無い。

 

 きっと私は偽物なんだ。

 

『──』

 

「……」

 

 ノイズが腕を振り上げる。

 ああ……私は……。

 

『生きるのを諦めるなッ!』

 

「……っ」

 

 直後、脳裏に響いたのは……命を賭して私の事を助けてくれた恩人の……奏さんの言葉。

 なんで。何でこんな時に……そんなことを──。

 

 しかしもうノイズの攻撃は避けられない。

 ノイズは無機質に腕を振りかぶって──。

 

『──!?』

 

 バンッ、という破裂音が鳴り響いた。

 

「……ぇ?」

 

 それは全てのノイズを同時に捉え、ノイズの機能を停止させていく。

 ノイズの残滓が煙と舞う中……煙を越えてその人は現れた。

 

「……」

 

「……お兄……さん……」

 



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いい加減な性格

 煙の向こうから現れたお兄さんは小さい銃を降ろして、ホルスターに差し込む。

 冷たい目で私を見つめていたお兄さんは、無言のまま近づいて膝を付き、視線を合わせてくる。

 

「……おい……」

 

「……」

 

「……行くぞ」

 

 お兄さんは膝を抱えて俯いていた私の手を取って、無理やり立ち上がらせる。

 

「……あっ」

 

 そして私の手を引いて歩き出したお兄さんは、私に怒るでもなく、意外なほど静かだった。

 手を引かれながら私が転送された路地裏から出ると、そこは地獄の様相を呈していた。

 

「な…んですか……これ……」

 

 地面に円形の陥没が大量に有る。ノイズの残滓が空に舞い、ついさっきまでここで戦いが有ったことが窺えた。

 

「……こいつで……押しつぶした」

 

 私の独り言にお兄さんは反応して、道路に放り捨てられてあった巨大な銃を拾って、私に見せてきた。

 

「……押し潰し……」

 

「……そーいう武器なの。今は気にすんな。それより行くぞ」

 

「えっ?」

 

 お兄さんはまた私の手を引いて歩き出した。

 

「……あ、あの……どこへ……」

 

「点数を取りに行く」

 

 端的にそれだけ言うと、お兄さんは私を連れて足早に歩いていった。

 

 

「よし、間に合ったな」

 

 暫く道路を歩いて行くと、ノイズの群れが遠目に確認できた。

 ノイズは何故か動かずジッとしている。

 

「おい新人。こいつ持て」

 

「え? あ、はい……」

 

 お兄さんは持っていた巨大な銃を私に持たせた。

 訳も分からず言う通りにその銃を受け取る。 

 

「お、重っ!?」

 

「……そのままノイズに向けろ」

 

 何これ凄い重い。

 さっき部屋で渡された銃よりもずっと重い。

 こ、これをノイズに向けるの!?

 

「っ、ふっんんんっっ!」

 

 頑張ってノイズに向けようとするも、腕がプルプルして安定しない。

 というかそもそも持ってられな──。

 

「えっ、あ……ありがとうございます……」

 

 なんて思ってたら、お兄さんが巨大な銃を下から支えてくれた。

 

「……いいか? そのままスコープを覗け」

 

「あ、はい……」

 

 また私に指示を出してくる。

 一応言われた通りに、巨大銃に付いているスコープを覗く。

 

「上のトリガーを引いてノイズの上に赤い円が重なるようにしろ」

 

「……か、重なりました」

 

 上のトリガーを引いたら、お兄さんの言う通りに赤い円がノイズに重なった。

 

「よし。上のトリガーと下のトリガーを同時に引け」

 

 言われるがままに従って、巨大銃に付いてある上下のトリガーを同時に引く──。

 

『──!?』

 

「えっ?」

 

 ドンッ、という破壊音と共に地面が円形に陥没し、ノイズが地面と同じように押しつぶされた。

 

「えっ? なっ、なん」

 

「よし……後のノイズは…………いや、今回は……」

 

 お兄さんは手元の機械を見ながらぶつぶつと呟くと、軽く息を吐いた。

 でも私はそれを聞いてる余裕はなかった。

 あのノイズを拘束したYガンよりもずっと破壊に特化した銃。あれ程いたノイズを一瞬で全滅させてしまった暴力が今、私の手の中にあるという事実に慄く。

 

「……おい」

 

「……」

 

「……おいっ」

 

「うぇっ!? あ、す、すみません!」

 

 しまった!? ぼーっとしてしまっていた!

 反射的に謝るも、しかし何故か、お兄さんはバツの悪そうな顔をするだけだった。

 

「……別に、怒ってねーッつの。一々謝んじゃねぇよ鬱陶しい」

 

「ご、ごめんなさい……あ」

 

 し……しまった! 謝るなと言われながら謝ってしまった。

 びくびくしながらお兄さんの顔を窺うと、お兄さんは軽くため息を吐くだけで何も言わなかった。

 

「それ、返せ」

 

「あ、はい……」

 

 呆れた様子のお兄さんに言われて、巨大銃を渡す。

 

「お前……」

 

「……」

 

「……」

 

「? あの、何か……」

 

 銃を受け取ったお兄さんは私に声を掛けた……のかな?

 話しかけてる途中で何故か黙ってしまったので良く分からない。

 

 何かを言おうとしてまたやめて。それを何度か繰り返して、漸くお兄さんは口を開いた。

 

「……別に怒って…ねぇから……今度から…スーツ……忘れんなよ……」

 

「……ぇ?」

 

「…………悪かったよ……怒鳴ったりして……」

 

 小さくそれだけ言って……お兄さんはそっぽを向いてしまった。

 ……もしかして、気を……使ってくれてる? 

 

 ……あ、もしかして……わ、私が泣いてたから?

 

 気まずそうに言いながら、どこかこちらを伺うような姿勢のお兄さんは……確かに、泣いてる子供をあやす親の様で。

 そう思うと一気に恥ずかしくなってきた。

 

「……あ、あの! 私もうっ、気にしてないですからっ!」

 

「……」

 

「私の方こそ、助けて……くれて……」

 

 そこまで言って、ぽろぽろと涙が溢れてきた。

 

「っ!? な、なんだ!」

 

 お兄さんは今までにないくらいに焦った表情をして私に迫る。

 

「あ、ち、違くて……ちょっと安心して……すみません……」

 

 今の今まで生きることを諦めていたというのにこれだ。

 あんなに惨めな思いをしていたというのに……もう帰る場所もないと言うのに、みっともなく生にしがみついている。

 

「……そうか」

 

 とめどなく溢れる涙を止めることは出来なかった。

 お兄さんはどこか気まずそうにしながら、けれど何も言わずに傍にいてくれた。

 

 暫くの間、私とお兄さんの間に静謐な空気が流れる。

 

 けれどその空気は一人の来訪者によって切り裂かれた。

 

「……なに……これ……」

 

「え?」

 

 私たちの背後から、どこか聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「……翼……さん?」

 

 声の出どころを見てみれば、そこには翼さんが呆然とノイズが居た場所を見ていた。

 

「なんでまた…………誰が……これを……」

 

「……あ! あの! これはですね!?」

 

 とっさに言い訳をしなくちゃ、と思ってしどろもどろに話しかけてみるも、何故か翼さんは私達には目もくれず、すたすたとノイズの残骸へと歩みを進めていってしまった。

 

「あ、あのぉ……翼さん?」

 

「……無駄だ。ミッション中は外部の人間に俺達の姿は見えない」

 

「へ?」

 

「ガンツがそーやって隠蔽してんだよ。しかし……意外と遅い到着だったな……」

 

 さっきまでのよそよそしさは何処へやら。お兄さんは調子を取り戻したように翼さんを観察し始めた。

 しかし暫くしたら興味を失ったように翼さんから視線を外した。

 

「ま、風鳴が来たって事は他の所も終わったって事だろ。ガンツ! 転送を始めろ!」

 

 そしてその声に呼応するように、私の頭から電子音が聞こえてきた。

 

「……あのっ!」

 

「あ?」

 

「……聞きたいことが……有るんです」

 

「……ああ。知ってる事なら話してやるよ」

 

 そして徐々に視界が消えていき──。

 

「翼さん! ノイズはどうなりましたか!?」

 

 最後に、どこか聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

「……は? なんで新人がもう一人……」

 

 立花が転送された後、残された青年は巨大銃……Zガンを携えながら呟いた。

 

 視線の先、先ほどまで自身の近くにいた少女に瓜二つの存在を見て、思わずZガンを構える。

 

「……なんだ………漫画……アニメ? ……のコスプレ…か……」

 

 しかも何か妙な格好をしている。

 全体的に肌が出ているというか……何というか……。

 

「……風鳴翼……の……あの変なカッコの奴……か……」

 

 しかし青年にはどこか覚えがあった。風鳴翼が、何時もノイズと戦う時も同じ……際どい変な格好をしていた。

 それと同じか?

 少なくともその格好で街中をうろついてたら後ろ指を差されるような格好だ。

 

「……星人? 星人か?」

 

 何であれあの新人と寸分違わない顔で妙な格好をしているというのは怪しい事この上ない。

 

 自身の格好を棚に上げつつ、Zガンのトリガーに指を掛ける。

 そして手元のコンソールをいじり、マップを表示させる。

 しかし。

 

「……いや、信号は……出てないか……」

 

 ホルスターに差し込んである小さい銃を取り出し、今度はそれをもう一人の立花へと向ける。

 小さい銃に付けられたモニターには、まるでレントゲンを撮った時のように立花の骨だけが表示されていた。

 

「……!? んだこれ……」

 

 小さい銃を構えていた青年は、立花の胸……心臓の辺りを巣食うように広がる謎の影を見て疑心が強まる。

 

「……なんだ……やっぱ……擬態するタイプか……?」

 

 答えは出ないままガンツの転送が始まってしまう。

 いつ襲い掛かられても良いように銃を構えつつ……何も起こることはなく視界が完全に切り替わった。

 

「……」

 

 部屋に戻った青年は険しい表情のまま、“こちら”の立花に語り掛ける。

 

「……あ、あの……何か…あったんですか?」

 

「……お前……双子の姉妹とか……居るか……?」

 

「えっ?」

 

 いきなり妙な事を聞かれた立花は一瞬、質問の意図を掴めないでいた。

 しかし転送の直前に聞こえてきた声を思い出し、質問の意味に気が付く。

 

「……もし…かして……会った……んですか…『私』……もう一人の私に……」

 

「……姉妹とかじゃ、無いんだな」

 

 青年は神妙な表情のまま呟くと、軽く息を吐いて眉間を揉んだ。

 

「……ガンツ。採点始めてくれ」

 

「……あ、あの……」

 

「……採点が終わったら……話す」

 

 眉間に皺を寄せ、苦々しい表情で青年はそう言った。

 

「……ガンツ……早くしろ……」

 

 いてんをはじ

 

「……」

 

ひーろー

31てん

つぁんでれおつ(笑)

total 121てん

百点めにゅ~からえらんでください

 

「あ、百点……」

 

 百点。

 青年の言う所によると、この部屋から解放される点数だ。

 自然顔が青くなる立花だったが、青年は迷いなくガンツに告げた。

 

「二番だ。すぐに用意しろ」

 

「……二番?」

 

 え? という顔で青年を見ていた立花だったが、彼が足元から消えていくのに更に驚いた表情を浮かべた。

 

「お、お兄さん!?」

 

「気にすんな。すぐ終わる」

 

 彼の言葉通り一度足元から消えていった青年はまたすぐに出てきた。

 

「あっ……」

 

「……よし。ガンツ、採点続けろ」

 

 異様な光景に眉一つ変えることなく、青年はガンツに命令する。

 

ビッキー(笑)

13てん

total 15てん

 

「13点……」

 

 ガンツの採点……前回立花が獲得したものよりもずっと多い点数だ。

 あの押しつぶす銃で倒したノイズの分だろう。

 

「ま、こんなもんか」

 

 青年の方はというと、特に意外な表情を浮かべるでもなく。予想通りといった感じだった。

 

「……さ、て……」

 

 そしてガンツに向けていた目を立花に向けて、ジッと見つめてくる。

 

「一応聞くが……さっき言ってた聞きたい事ってのは──」

 

「……はい。もう一人の……『私』について……」

 

「もう一人の……私……ね……」

 

 ふん、と息を吐いた青年は立花に小さい銃を向けた。

 

「え、ちょっ、何を!?」

 

「ふ、む……?」

 

 何を!? と思った立花だったが、青年もどこかびっくりしたような表情を浮かべて、すぐに銃を取り下げて何か考え事をし始めた。

 かと思えばまた顔を上げ、立花に話しかけてくる。

 

「お前……心臓に何か……あるのか?」

 

「え? あ、はい。二年前に事故で……」

 

 二年前に事故……青年はまた眉を揉み、小さく呟く。

 

「…………じゃあ擬態って線はない……か?」

 

「えっ? 擬態?」

 

「擬態するタイプの星人……の可能性が低いってんなら後は……」

 

 どこか不穏な言葉に戦々恐々とする立花だったが、構わずに考えを続け。

 

「……あっ」

 

 そして暫く考えこんでいた青年は、漸く何か一つの答えに辿り着いた様に顔を上げる。

 

「…………いや…まさか……起こりうるのか……本当に……」

 

「あ、あの……?」

 

 口元を押さえながらしきりにぶつぶつと呟いたかと思うと──。

 

「……クソがッ」

 

 ガンツを思いっきり叩いた。

 

「ひっ!?」

 

「そういう事か…………舐めた真似しやがって……クソッ!」

 

 いきなり怒り出した青年は、しかし怯える立花を見てハッとする。

 

「……チッ……これも……俺が言うのか……あぁ……くそ……」

 

 青年は片手を額に押し当てながら、心底嫌そうな顔で唸る。

 

「……お前……生きたいか?」

 

「……え?」

 

「自殺願望とか……無いよな」

 

「えっと……どういう」

 

「重要な事だ。答えろ」

 

 何が何なのか良く分からない立花だったが……しかし、青年がふざけている様には見えなかった。

 

「言ってる事……全然わかりません」

 

「……」

 

「でも……私は……」

 

 立花の脳裏によぎるのは……自身の事を命を賭して助けてくれた恩人の言葉。

 

 『生きるのを諦めるな』

 

 ノイズに抗おうともせずに自分の命を諦めて。でも死ぬ寸前になって、彼女の言葉が脳裏によぎって……漸く気付けたことが有る。

 

「私……生きたいです……自分が……どういう存在でも」

 

 死にたくない。生きていたい。

 どれだけ惨めでも情けなくても貶されても。

 

「私は生きて……生きて生きて、足掻いて、それでも死んでしまうその時まで……生き延びたい……です」

 

 それが立花響の出した一つの答えであった。

 

「それが……お前の答えか」

 

 青年も、今までのどこか嫌そうな表情は鳴りを潜め……覚悟を決めた表情を浮かべていた。

 

「前に、ガンツが事故で死んだ人間を生き返らせている、と言ったな」

 

「……はい」

 

「実際の所、それは正しくはない」

 

「え……」

 

「正しくは……死んだ人間(オリジナル)を、ガンツが()()()()()ここに再生している」

 

 コピー。

 自身の仮説を裏付けるかのような言葉に、立花は嫌な汗が滴る。

 

「言うなれば俺達は……FAXで送られてきた書類のよーなもんだ」

 

「……FAX……」

 

「それで……ガンツは相当いい加減な性格でな。こいつは……」

 

 青年はガンツに手を突きながら、一瞬言葉を詰まらせるも、そのまま続けた。

 

「前……ずっと前にこの部屋に来たそいつは、オリジナルになった奴が死んでいなくて……」

 

「……同じ人が二人になった……って事ですか?」

 

「……そうだ」

 

 それはどこか確信していた答えであったが、残酷な真実でもある。

 自身が思い描いていた最悪の予測が完璧に当たっていたという事だ。

 

「そっ…か……」

 

「……」

 

「私……偽物……なんっ……だ……」

 

 分かっていた事でも、明言されると中々に来るものがあった。

 立花の目には自然と涙が溢れてくる。

 

 ただ純然とした事実を目の前に突きつけられた喪失感だけが……立花の中に有った。

 

「お前……」

 

 そんな喪失感に苛まれていた立花の頭に……青年はチョップを繰り出す。

 

「え? ──い、痛ぅっ!?」

 

 何で!? いきなりの攻撃にビビった立花だったが、しかし青年はチョップを止めない。

 

「いたっ、いたいっ!? あ、あのっ」

 

「お前俺を馬鹿にしてんのか?」

 

「え?」

 

「お前が偽物って事は同じコピーの俺も偽物って事になるだろーが」

 

「あっ……」

 

 た、確かに……。

 

 青年に指摘されてハッとなった立花は、同時に肝が冷えた。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 しどろもどろになる立花を見て、青年は漸く手を止めて……言葉を続ける。

 

「命は命だ」

 

「え?」

 

「偽物だとか……本物がどーとか……関係ない……今、生きて……ここにいる……」

 

「……」

 

「もしも……もう一人お前が居たとして……どっちも変わらない……同じ……命だ」

 

 

 びっくりした。まさかお兄さんにそんな事を言われるとは思わなかったから。

 でも……。

 

「……ありがとう……ございます」

 

 そうだ。私は……生きている。

 偽物とか、本物とか……関係ない。

 

 私は生きて、ここにいる。

 

「はっ。分かッたんなら、もう二度とそんな下らない事言うなよ」

 

 そう言ってぶっきらぼうに語るお兄さんの表情は、まるで本当のお兄ちゃんの様な表情で。どこか暖かさすら感じられた。

 

 服を脱がしたりしてきたけど。

 会うたびに口は悪いし酷いこと言ったりするけど。

 ……でも。

 

「……」

 

 よくよく思い返してみれば……お兄さんは……ずっと私の事を……。

 

「じゃ、俺は帰るわ」

 

「……え?」

 

 ん? あれ……。

 暖かい気持ちに水を差すようにお兄さんは撤収しようとしている。

 

 お兄さんは前みたいにガンツの中に腕を突っ込んで、何かぐりぐりと操作しだした。

 

「あ、あのっ!?」

 

「話はもう終わっただろ。それとも……まだなんか聞きたい事があんのか?」

 

 ガンツに腕を突っ込みながら、お兄さんは面倒くさそうな顔でこちらを見てくる。

 

「えっ……と……」

 

 いや、その……聞きたい事……というか……何というか……。

 

「私……どうすればいいんですか?」

 

「……どう、とは」

 

「だって私……もう一人いますし……そのぉ……帰る場所……とか……」

 

「……」

 

 ……そこまで言うと、お兄さんはぴたりと固まってしまった。

 

 ……え? もしかして……お兄さん、本気で気にしてなかった……?

 

「……前の人って、どうしてたんですか?」

 

「……この部屋を使ってたらしいな」

 

 この部屋……。

 殺風景な部屋でガンツが邪魔だけど、確かに暮らせそうではある……。

 水道とか通ってるのかな。

 

「だが正直……ここで暮らすのは……あまり……」

 

「え? ど、どういう事ですか」

 

「俺も前に、ここで暮らした事あるんだが……まぁ不便でな」

 

 え? お兄さんも使った事あるのこの部屋。

 

「一度部屋を完全に出ちまうと締め出されるし……コンビニ遠いし……」

 

 予想外の使用感レビューは意外と所帯じみたもの──。

 

「何より襲撃が有る可能性も有る」

 

「え? 襲撃?」

 

 なんて思ってたら途端に物騒になった。

 

「前に住んでた時……オフだってのに……星人に襲撃受けて……まあ皆殺しにしたが……ありゃ点数がもったいなかった」

 

「……」

 

 皆殺し……って。

 

「あの時の星人どもは巣ごと潰したはずだが……生き残りが居る可能性も有る。そういった意味でもここは過ごすのに適さないな」

 

「……そう……ですか」

 

「……しかし……そうか…暮らす場所……」

 

 お兄さんは思いもしなかったと言わんばかりに考え始めた。

 

「……あの」

 

「あ?」

 

「お、襲われる可能性とか……有るんですか……」

 

「まぁ……そうだな。最近ノイズとか妙に多いし……組織立って行動する星人もいたりする……」

 

「あの、その『せいじん』って何ですか……」

 

 さっきからお兄さんがちょくちょく言っている言葉だけど、何なのだろうか。

 そんな襲われることのある存在なの。

 

「……そういや、お前はまだ見た事ないのか」

 

「……」

 

「星人ってのは……本来ガンツがミッションの標的としている相手の事だ。一言でいえば化け物だな」

 

「……そ、その星人が襲ってくる……?」

 

「知能が高い奴とかは、まぁそれなりに」

 

 それなりに……。

 ノイズを雑魚と言い切れるほど強いお兄さんが……化け物と呼ぶ『せいじん』。

 そんなのが、それなりに襲ってくるの?

 なんでお兄さんはそんな平気そうにしてるの? 考え方が紛争地帯だよ。

 

「……」

 

 だんだん自分が生き抜くことに不安を覚えてくる。

 このままでは……普通に生活することすら……。

 

「あ」

 

 しかし一つの答えを思いついた。

 ……けど、これは……いや、結局動かなきゃ『せいじん』に殺されちゃうかもしれないし。

 

 ……よし。

 

「……あの」

 

「なんだ?」

 

 私は意を決して、お兄さんに頭を下げる。

 

「私を……お兄さんの家に住まわせてください!」

 

「………………………は?」



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帰宅

「……」

 

 青年は一人、ベッドに座りドキドキしていた。

 

「………………………………」

 

 シャワーの音が聞こえてくる。

 しかもシャワーを使っているのは別に彼女とか友達ではない。

 

 そもそも彼に彼女も友達もいない。

 彼は童貞だ。

 

「……」

 

 そわそわそわそわと、青年はミッションでも見せたことのない緊張した面持ちで虚空を見つめている。

 

 彼女をシャワーにぶち込んだその瞬間まで、彼は何も思ってなどいなかった。

 だが……。

 

「……んだよ……マジで……おかしー……ッつの」

 

 徐々に今の状況というものを理解していった。

 

 これは……完全にヤる流れ……。

 

 童貞の彼でもそれは分かっていた。

 

「……」

 

 そしてついにシャワーを終えたのか、件の人物がシャワールームから出てきた。

 

「シャワーありがとうございます、お兄さん!」

 

「……ああ……」

 

「? どうしたんですか……?」

 

 立花響、十五歳。

 一応は現役の女子高生である彼女は……割と可愛かった。

 いまだ幼さを感じさせつつ、しかし濡れた髪は何処か色気を感じさせる。

 

「……チッ」

 

「うぇっ!? な、何で!?」

 

 いきなり舌打ちを打たれた側である響きとしては堪ったものではないだろうが、しかし青年からしてもこの状況はヤバかった。

 

 何故こんなことに。

 

 時間はおよそ三十分ほど前に遡る。

 

 

「私を……お兄さんの家に住まわせてください!」

 

「………………………は?」

 

 お兄さんは何言ってんのお前? と言わんばかりの表情を浮かべている。

 

「お兄さんは……一人暮らしですか」

 

「……お前……いや……そうだが……」

 

「なら……お願いします!」

 

 再三頭を下げてお兄さんにお願いしてみる。

 でもやっぱり……お兄さんの反応が悪い。

 

「……」

 

「……わ、私……家事とか……やりますから……」

 

「……」

 

 お兄さんはガンツに腕を突っ込んだ態勢で固まってしまった。

 

 や、やっぱり……ダメ……なのかな……。

 

「……チッ。お前何できんの」

 

「え?」

 

「家事だよ家事。ほんとに全部やるんだな」

 

「……は、はい! やります!」

 

 お兄さんの言葉に全力全開で頷くと、お兄さんはガンツに突っ込んでいない方の手をこちらに差し出してきた。

 

「……こっちに来い。家まで転送する」

 

「……! す、住まわせてくれるんですか……!?」

 

「……お前、勘違いすんなよ…………少しでも働かなかったらソッコーで追い出すからな」

 

 そう言ってお兄さんは顔を逸らすけど、でも私に差し伸べた手を逸らしたりはしなかった。

 

「はい! 頑張ります!」

 

 私は、お兄さんの手を取った。

 

 

 前々から思っていたけど……ガンツって操作出来るんだ。

 お兄さんがぐりぐりとガンツに腕を突っ込むと、ジジジ……と転送が始まる。

 

 視界が切り替わり、どこかの部屋の玄関に転送された。

 

「……こ、ここがお兄さんの……お家……」

 

 なんて呟いて……よくよく考えたら私、男の人の家に一人で尋ねたのは初めてだ。

 

「……」

 

 そう思うと途端にドキドキしてくる。

 でももう後戻りも出来ないしする気もなかった。

 靴を脱いで、小さくお邪魔しますと言ってから入っていく。

 

「……お、おぉ……」

 

 ここが男の人の……部屋……!

 ベッドに小さなテーブル、そして結構大きなテレビと、至って普通の部屋だ。

 思っていたよりも全然片付いている。

 

 これが……男の人の部屋……!?

 

 ……ん?

 

 ちょっとした感動を覚えていると、テーブルの上に乱雑に置かれた、どこか見覚えがあるCDが目に付く。

 これは……。

 

「何やってんのお前」

 

「うひゃっ!?」

 

 ビクッと変な声が出てしまった。

 振り返ればお兄さんがシラーっとした目でこちらを見つめていた。

 まだ首から上しか出てきてないお兄さんは、そのままこちらに近づいてくる。

 結構ホラーな光景。

 

 そんなホラーな光景にビビってる私を無視して、お兄さんは玄関から入ってすぐの台所の前に立った。

 

「……?」

 

 何を……? なんて思っていると、お兄さんが胸のあたりまで転送されていき、宙に浮いたまま冷蔵庫の中を漁りだした。

 

「なんか飲むか」

 

「え? あ、はい」

 

「そうか。ほら」

 

「うわっ、わ」

 

 お兄さんは冷蔵庫からお茶のボトルを取り出して放り投げてきた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ひらひらと手を振って答えたお兄さんは、お茶のボトルを開けながらまた玄関に戻っていった。

 そしてお兄さんが完全に転送されると、スーツの靴を脱いでまた部屋に入ってきた。

 

「で……どうしたもんか」

 

 そして私をジッと見つめてきたお兄さんは、口元を覆って考え出した。

 多分、私にやらせる家事の事とか考えてるんだろう。

 ちょっと居心地の悪さを感じつつも、何も言わずにもじもじとお兄さんの指示を待っていると……。

 

「……そういやお前……スーツどうしたんだ?」

 

 あっ、という何か思い出した表情を浮かべて言葉を続ける。

 

「えっ……と……あの部屋の玄関の前に……バッグごと……置いてきちゃいました」

 

「成程な」

 

 スーツの件でビクッとするけど、お兄さんは特に何も言わずにこめかみの辺りを人差し指で押える。

 

「あの……?」

 

 やっぱりというか、基本的にお兄さんは何も説明せずに話を進めようとする。

 今もお兄さんが何をやろうとしているのかさっぱりわからなかった。

 

「……これか。よし……転送するぞ」

 

「て、転送? ……あっ!?」

 

 お兄さんの言葉と共に転送音が聞こえてくる。音の出どころは部屋の小さなテーブルの上。

 徐々に姿を現して転送されてきたのは、私が置いてきてしまったバッグだった。

 

「……こいつか? お前のバッグってのは」

 

「は、はい! ありがとうございます……」

 

 一応中身を確認してみたところ、特に何もとられてはいなかった。

 スーツもYガンも財布とかも全部そのままだ。

 

 ……というかガンツが無くても転送って出来るんだ。

 

「……特に問題ないか?」

 

「……? 大丈夫みたいですけど……」

 

 お兄さんは変なことを聞きつつも、何かを確認するように私のバッグをじろじろと見ている。

 ……どうしたんだろう?

 

「……ん?」

 

「?」

 

 と、上から確認するように見ていたお兄さんが何かに気付いたかのように声を上げた。

 え? な、何か問題とかあっ──。

 

「……お前、なんか汗臭いぞ」

 

「……え?」

 

 

 実は昨日からお風呂に入れていないという事を聞いた青年は、一も二もなく立花に風呂にぶち込んだ。

 

 そうして少女をシャワーに押し込んだ後、男は気づいた。

 十五歳の少女を自宅に招き……あまつさえお風呂に入れさせているというこの状況のヤバさが。

 

 彼は童貞だ。

 

 七年前ガンツによってあの部屋に呼び出された日からずっと……青春を戦いに費やしていた。

 結果として友達も……彼女も出来なかったが、彼は特別それを気にしたことはなかった。

 

 しかし。

 

 今。

 

 彼は人生でも初の佳境に立たされていた。

 

「いやぁ……私も、男の人の部屋で泊まるの初めてで……ちょっと緊張しちゃいますね!」

 

 青年の隣に座りながら……立花は恥ずかしげにそんな事を宣う。

 

「……」

 

 彼も女の子を家に上げたのは初めてだ。

 立花よりもずっと緊張しているのは青年の方だ。

 

「……お兄さん?」

 

 わざとやっていらっしゃる?

 と言わんばかりに色気を出しながら語り掛けられ、青年は更に硬直してしまう。

 

 立花は今、替えの服がないために青年の高校の時のジャージを着ている。

 

「……」

 

 高校の時の同級生には何も感じなかったというのに……何故だ……。

 脳裏でそんな事を考えつつも、青年は頑張って表情には出さなかった。

 

「……お前……」

 

「?」

 

「その……お兄さんって……呼ぶの……やめろ」

 

 そして気力を振り絞り、前々から気になっていた事を話す。

 呼び方の問題だ。

 

 未成年からのお兄さん呼びは犯罪臭がすごい。

 

「……じゃあ、何て呼べば……あっ! ガンツの呼び方とか──」

 

「何でお前に『ひーろー』って呼ばれないといけないんだよ」

 

「あ、はい……」

 

 ガンツの呼び方の話を出した途端急に機嫌が悪くなった。

 付き合いは短いながらも、既に青年の機嫌の推移について理解が深まっていた立花は、その空気を感じ取ってサッと身を引いた。

 

 そしてまた暫く居心地の悪い空気が流れるが、またすぐに青年が口を開いた。

 

「……ヒイロだ」

 

「?」

 

「名前だ。俺の……名前」

 

 このままではこの空気を拭いされない。そう感じ取ってか、彼は不承不承ながらに自身の名前を口にした。

 

「……ヒイロ……さん……」

 

 オブラートよりも薄い人間関係しか経験してこなかったヒイロにとって自分の名前を言われるというのは非常に貴重な事で。

 

 ……名前を言われたのはとても久しぶりの事だった。

 

「……」

 

 あまりに久しぶり過ぎてどういう反応をするべきか、彼には分らなかった。

 

「……」

 

「……」

 

 結局また沈黙が場を支配する。

 ……だが、今度は立花がそれを引き裂いた。

 

「……その!」

 

「あん?」

 

「私も……新人、とかじゃなくて……名前で呼んでほしいです!」

 

「……名前……」

 

 そういや名前知らなかったな。

 ヒイロはそんな事を考えつつ、彼女がガンツになんて呼ばれていたかを思い出し……。

 

「……ビッキー(笑)だったか?」

 

「違いますよ!?」

 

 ガンツのあだ名はやっぱり駄目だな。

 そんな事を考えていたヒイロだったが、そんな彼に立花はずいっと身を寄せた。

 

「私、立花響です!」

 

「……立花……」

 

「できれば……響で!」

 

「……」

 

 控えめに言ってコミュ障なヒイロに、女の子をいきなり名前呼びというのは非常にレベルが高かった。

 

「……ま、兎も角だ立花。飯食うぞ」

 

「……」

 

 普通に無視して立ち上がり、逃げるように台所へと向かった。

 

 

 時間が時間だったために食事はカップ麺だけで終わらせ、二人はさっさと寝ることにした。

 

「……」

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 だがヒイロは……眠れなかった。

 

「っかしいだろ……」

 

 この部屋には……ベッドが一つしかない。

 ヒイロは床かどこか、適当なところで寝るつもりだったのだが、そんな彼に立花は爆弾を投下した。

 

『布団……とかって……やっぱ、ないです……よね……』

 

『まァ……そりゃ……』

 

『……じゃあ……一緒のベッドで寝て……良いですか……?』

 

 そして今、ヒイロのすぐ隣で……すーすーと呑気に寝息を立てながら寝ているのが立花である。

 ヒイロには到底信じられない状況だった。

 

 じゃあ一緒のベッドで寝て良いですかって、おかしいだろ。

 じゃあってなんだよ。

 じゃあって。

 

「……」

 

 そんな疑問で一杯になっていたヒイロだが、立花の勢いに流されてそのまま同じベッドで寝ることになった。けれど悲しいことに勢いで寝ることはできない。

 

「……うぅ……ん……」

 

 寝息が艶めかしい……眠れない……。

 

「……未来……未来……」

 

 誰だよ……未来って……めっちゃ気になる……。

 

「……うぅ……」

 

「……」

 

 遂には泣き出してしまった立花に、ヒイロはどうしたらいいのか分からなかった。

 というか色々気になって眠れない。

 

 もうベッドは立花にあげて床で寝よう。

 最初からそうすればよかったんだ。

 

 そう考えて立花を起こさないようにベッドをするりと出る。

 

 ヒイロは床に寝そべって暫くごろごろと寝ようとしてみるが、完全に目が覚めてしまって眠れない。

 

 もういっそコンビニでも行って何か買うか……? そう考えて、ふと思い出したことがあった。

 

「……そうだ……ヤンジャン……」

 

 今週の分のヤンジャンを買ってなかった。確か今週は『いぬやしき:E』が載ってる週だったはず。

 そんな事を考えながら、ヒイロはしくしくと泣きながら寝ている立花に目を向ける。

 

「……」

 

 彼女はガンツによって生み出された……言うなればクローン。

 非常に微妙な立場に置かれている。

 住むべき場所も、友達も……立花にしてみれば、それら全てを一瞬にして失ってしまった。

 泣きたい事だって有るだろう。

 

 しかし、ヒイロにその状況を如何にかしてやることはできなかった。

 

 そもそもヒイロにだってそんな余裕は無い。

 

 スーツのステルス機能を起動し、立花を起こさない様に玄関のドアを小さく開けて、その隙間からスルリと身体を外に滑り込ます。

 そうして彼は、泣いている立花から逃げる様に、夜の街へと消えていった。

 



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ハンバーグ

「は? 大学についていきたい?」

 

 朝、ヒイロは呆れたような表情で言葉を返す。

 

「は……はい……」

 

「いや……なんで……」

 

「一人だと……こ、怖いから……です……」

 

「……」

 

 響を部屋に連れ込んでから数日が経とうとしてた。

 その間布団を買ったり色々家の中で生活するのに必要なものを揃えたり色々と騒がしかった。

 何故か響は一緒のベッドで寝たほうが落ち着くという謎理論を展開しだしたが、普通に一蹴して布団を購入したヒイロはそこを拠点にしている。なんでも響としては、ずっと親友と一緒に寝ていたからそのほうが落ち着くらしい。

 マジかよ……とちょっと引いたのはヒイロの談である。

 

 そうした日常生活の傍ら、当たり前のようにミッションが起こりつつも、なんやかんやで響は家事を覚え、仕事をこなせる様になってきた。

 そうした矢先だった。いつもは寝覚めが悪くヒイロより遅く起きる立花が、なぜか彼よりも早く起きて正座をしていた。

 

「……」

 

 異様な光景に若干面食らい、更に飛んできた要望にはてなマークを頭上に浮かべていたヒイロであったが、続く言葉で彼女の意図を察しとった。

 

 要は、彼女は星人が怖いのだ。

 

 よくよく見てみれば彼女の表情はどこか青い。

 恐らく今までのあらゆる意味で忙しくなった生活で忘れていたことを、余裕ができたことで思い出してしまったのだろう。

 殺されかけたこと、自身が偽物であるということ、今後の人生のこと、星人のこと。

 それらが彼女の心を押しつぶそうとしている。

 精神的な疾患。PTSDと呼ばれるものが、彼女の心に負荷をかけている。

 

 それにこの部屋には電話がない。ヒイロは固定電話を契約していないのだ。

 つまりヒイロが大学に出かけた後、響は完全なる孤独となる。

 

「……」

 

 そこまで察して、あれだけ響に暴言を吐き続けたヒイロも流石に口を噤む。

 

「……じゃ、邪魔はしませんから……」

 

「……」

 

 ヒイロの表情をうかがいながら言葉を続ける響は、しかしジッと自身のことを見つめ続ける彼の考えがわからないでいた。

 

「……はぁ」

 

 すると、ため息をつきながら布団から抜け出たヒイロは、頭を掻きながら台所に向かう。

 そこで顔を洗いながら、響を無視して出かける準備を進める。

 そのことに何も言えないまま、更に顔を青くした立花であったが、出かける準備を続けたままヒイロは響に声をかけた。

 

「お前、服どーすんだよ」

 

「えっ?」

 

「服だよ服。大学に高校の制服で来るつもりか?」

 

「ジャ」

 

「ジャージはだめだぞ」

 

「ぅっ……」

 

 言われてみて、確かにまともな服を持っていないことに気付いた響であった。

 アッとした感じの表情を浮かべる響を見て嘆息したヒイロは、しかしこう言葉をつづけた。

 

「……今日は午後から授業だ」

 

「……え?」

 

 ヒイロはようやく響のほうを向いた。どこか試すような目で響を見つめたヒイロは、暫くの沈黙の後口を開く。

 

「晩飯をハンバーグにするってんなら服を買ってやるよ」

 

「……えっ、ハンバーグ……? ……ハンバーグ……???」

 

 いろんな情報が一気に入ってきて混乱した響だったが、徐々にヒイロの言葉の意味に気付いていった。

 つまりヒイロは、言外に大学に連れて行ってやると言っているのだ。

 

 なんでハンバーグなのかは分からないけど。

 

「わ、分かりました! 晩御飯、頑張ります!」

 

 心の中はまだそんな疑問でいっぱいだったが、とにかく返事をした響。

 その返事に軽く息を吐いたヒイロは背後の台所を親指で指した。

 

「じゃ、朝飯食べたら服買いに行くぞ」

 

「はい!」

 

 ◇

 

 移動方法がまさかの転送だった。

 ヒイロさんと服を買いに出かけて、最初に抱いた感想がそれだった。

 転送。転送って……。

 

「あの、なんで転送を……」

 

「そっちのが楽だし星人に家が見つからないからな」

 

「は、はぁ……」

 

 そういえば今までもずっと、ヒイロさんは出かけるときに転送を使っていた。

 たまに普通に玄関から出るときもあるけど……それも今のところ一回しか見たことがない。

 

「あの……ここって」

 

「デパートの男子トイレ」

 

「男子トッ!?」

 

 思わず大声を出しそうになったけど、ヒイロさんの手によってふさがれた。

 

「おいっ、見つかったらどーすんだよッ!」

 

 た、確かに……この状況で見つかったら色々誤解されかねない……。

 もっともな言い分に口をつぐ……あれ? なんかおかしくない? 

 

「いいか? ステルスで俺の後をついてこい」

 

 ステルス。スーツについてあるコントローラーの機能で、自分の周波数を変えることで姿を隠すことができる。

 私は今まで使ったことないんだけど、初使用が男子トイレって……。

 

 でもここでそのまま出て行っても問題があるし……って。

 

「あの、私を女子トイレの方に送ればいいんじゃ……?」

 

 思わず疑問が口をついて出たが、しかしヒイロさんはそっけなく答えた。

 

「転送先を見ないと転送はできない。生憎と女子トイレの個室は見た事がないんで不可能だ」

 

「トイレである必要は……」

 

「誰にも見つからないように転送するためだ。我慢しろ」

 

 ……誰かに転送されているところを見られたら、それでも頭は破裂するのかな? 

 ヒイロさんが気を使っているということはそう言う事なのかもしれない。

 ……でも。

 

「あの、多目的トイレとかでよかったんじゃ……」

 

 パッと思い浮かんだ場所を言ってみる。

 

「……」

 

「……」

 

 その言葉に数瞬空を見たかと思うと、ヒイロさんはそのまま私の方を見た。

 互いの視線がぶつかる。

 

 そしてヒイロさんは、私の顔をじっと見たかと思うと──。

 

「あっ」

 

 私の転送が始まって、どこかの多目的トイレに飛ばされた。

 

「……」

 

 ……ヒイロさん……思いつかなかったんだ……。

 やっぱりヒイロさん……どこか抜けてるんじゃ……。ミッションの時の冷たい感じから想像もつかない姿だ。

 

 多目的トイレに転送された後、トイレを出るとすぐそこにヒイロさんがばつの悪そうな顔で立っていた。

 ちょっと気まずい空気を感じながらも、二人で服を買いに向かう。

 

「あの、これとかどうですか?」

 

「いや……知らんが」

 

「じゃ、じゃあこれは……」

 

 ヒイロさんは服には無頓着の様で、選ぶ時も基本的に何も言っては来なかった。

 ただどれを着て見せてもどうでも良さそうに見られるのは少し乙女的には悲しい。

 

 ……けど。ちょっとパンク系の服を着てみると、ヒイロさんはようやく反応を見せた。

 

「……あー……すげぇ似合ってる……」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 思わず試着室からでて詰め寄る。ヒイロさんはもう一度私の全身を見たかと思うと、胡乱気に頷きながら言葉を紡いだ。

 

「本当本当……マジでかわいい………………マネキンよりは似合ッてる」

 

「……」

 

 比べる対象マネキンかい!? 

 

 思わず突っ込みを入れてしまいそうになったけど、でもヒイロさんが初めて反応をしてくれのは乙女的には勝利です! 

 

 意外なヒイロさんの趣味が分かったところで、着た服をそのまま買ってもらう。

 その後はレストランでお昼を食べてから大学に向かう事になった。

 

「ヒイロさんって大学で何を学んでいるんですか?」

 

「あー……何だったかな……」

 

「えっ」

 

「確かマスコミとか……そんな感じ……だった気がする」

 

「え、えぇ……」

 

 大学に向かうバスの中。そういえば何を勉強しているのか全く聞いていなかったと思い聞いてみたんだけど……。

 なんかすごいふわっとしている。

 

 大学ってそういう感じなの……? 

 なんというか……大学生ってもっとこう、すごい勉強している人たちみたいに勝手に思ってたけど……実際は違うのだろうか。

 そんなことを考えつつも、ふと疑問が湧いてくる。

 

「というか、大学まではバスなんですね」

 

「あん?」

 

「その……星人とかに襲われないように大学に直接転送とかは……」

 

 家を出るときはあれほど星人の襲撃を警戒していたというのに、デパートから大学へ向かうのは普通のバスだ。今までのヒイロさんなら、バスでは襲われる可能性がある! とか言いそうなものなのに。

 

 私がヒイロさんの返事を待っていると、ヒイロさんは小さく言葉をこぼした。

 

「住処が特定さえされなければどうとでもなる」

 

 直後──ヒイロさんの雰囲気が初めて会った時のような……冷たい感じになった。

 

「へ、へぇ……」

 

「外であればステルスでどうとでも対応できる。もし今襲撃されても何ら問題はない。……が、真昼間から活動できるような星人ってのはそれだけ人間に近い見た目をしているか、擬態している」

 

「……」

 

「星人の見た目と強さは比例しない。パッと見ではただの人間でも、周回クリアの猛者をなんでもないように殺す厄介な奴もいる。ともかく奴らを生活圏に踏み入れさせないことが重要だ」

 

「……」

 

 いきなり……すごい喋りだした……!? 

 あまりの変わりように口を半開きにしてヒイロさんを見てしまう。

 

 さっきまでは自分が勉強していることすらも理解していないちゃらんぽらんな大学生だったのに! 

 自分の学部すらあやふやだった人と同一人物だとは思えない変わりようだ。

 

「……」

 

 と、そんな話をしていると大学の最寄りのバス停が近づいてきた。ヒイロさんはそれを確認すると私に小さく声をかけてきた。

 

「……今日は出席とか取らない授業だが、大学じゃあまり目立つなよ」

 

「は、はい!」

 

 ……大学。少し前まではあまり縁がなかった場所だけど……。

 ヒイロさんは私に気を利かせてくれたのか、授業を一緒に受けるかと言ってくれた。

 勝手に授業受けて良いのかなと思ったけど、その教授は出席なんて確認していないから気づかれやしないと、ヒイロさんは何でもないようにそう言った。

 少し気は引けるけど、でもあれだけ強いヒイロさんの傍に居れるなら安心だ。

 

 思いもしない大学デビューに少し緊張しながらも……けど、久しぶりに授業を受けれるのは少しだけうれしかった。

 

 ◇

 

「……ヒ、ヒイロさん……!」

 

 私たちが座ったのは、大きな教室の後方で、それも端の席だった。

 はっきり言ってあまり黒板の内容は見えない。

 しかも……。

 

「……」

 

 視線をすぐ横に向けると、机に顔を突っ伏して死んだように微動だにしないヒイロさんがいた。

 

 ね……寝てる……!? 

 先生……教授が喋っている間、ヒイロさんはそれもう見事なくらいに寝ていた。

 授業なんてこれっぽっちも聞いてなさそうだ。

 

「あ、あの~ヒイロさん……」

 

「……」

 

 最初の方は何度か起こしてみたけど、しかしヒイロさんは寝てばかり。

 これじゃ自分が何を学んでいるのか分からないわけだ。何せ何も聞いていないのだから。

 意外だったのは、ほかの生徒も寝ている人が多いのに教授が何も言ってこないことだった。リディアンだったらもう何度頭を叩かれているだろうか。

 

「……立花」

 

「!? は、はいっ?」

 

 と、考えに耽っていると、ヒイロさんが机に突っ伏したまま声をかけてきた。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……あ、あのぉ……?」

 

 しかし後に続く言葉はなく、少しの間沈黙が流れる。

 と、ヒイロさんがごそごそと何かを差し出してきた。

 

 差し出されたものを見てみると、それは何かのメモ帳のようだった。

 恐る恐る受け取ってみたそれは、使い古されたメモ帳だった。表紙には何も書かれていない。

 

「暇なら読め」

 

「……は、はい」

 

 意図がつかめないままメモ帳を開くと、そこには見覚えのある絵が描かれていた。

 これは……ガンツ? 

 ガンツが開いた時の絵が描かれたそれには、何かの接続方法とかが描かれている。

 

 よくわからないでいると、ヒイロさんは突っ伏したままボソボソと言葉をつづけた。

 

「俺が纏めたガンツの武器やその他の使い方だ。それ見て時間潰しとけ」

 

「!?」

 

 言われてほかのページを見てみると、確かにYガンとか、スーツや巨大銃の事とかヒイロさんに渡された小さな銃の事が描かれていた。

 今の今までよく知らないでいた情報。生き残るには値千金ともいえる情報。

 なぜヒイロさんがいきなりこんな重要なものを渡してきたのか。意図が掴めないでいた。

 

「あ、あの……」

 

「俺は寝る。起こすのは授業終わったらにしてくれ」

 

「……」

 

 けどヒイロさんはそれから何も言う事はなく、頭を突っ伏したままでいた。

 そんな態度のヒイロさんを見て、思わずこんな考えが頭をよぎる。

 

 ……もしかして、起こそうとする私を黙らせるために……? 

 

 あまりにも有り得ない考えだけど、勉強に対してここまで不真面目なヒイロさんなら可笑しくもないのでは? と思ってしまった。

 

「……」

 

 ……私より授業で不真面目な人、初めて見たかも。

 思わず苦笑いをして、メモ帳を開いた。

 

 



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孤独の恐怖

「ヒイロさん、ヒイロさん!」

 

「……」

 

「ヒイロさん! 授業終わりましたよ」

 

「……おう」

 

 結局ヒイロさんはずっと寝たまま、そのまま授業が終わってしまった。

 先生も授業が終わったらさっさと帰ってしまい、それに倣うように授業を受けていた人たちもさっさと帰り支度を始めている。

 にわかに騒がしくなる教室の中で、それでも顔を突っ伏したままのヒイロさんに何回か声をかける。ようやく目を覚ましたヒイロさんは、未だに眠そうな目でぎろりとこちらを睨みつけた。

 寝起きのヒイロさんは中々機嫌が悪そうな眼付きで……以前までだったら少し怖かったかもしれないけれど、あれだけぐっすり眠られてた後だとその怖さも半減だ。

 ヒイロさんっていつも私より早く起きるから、寝起きの顔を見れたのは今日が初だ。だからあまり寝起きの顔とか見た事はないんだけど、多分いつもこんな感じなんだろうなと感じる。

 

「帰るか」

 

 そして起きてからのヒイロさんは素早かった。

 義務的に出していた教科書をバックに放り込み、パパパッと筆記用具なんかを突っ込んだらもう帰る準備は万端だ。

 

「あの、これ……」

 

 あまりにも早い帰り支度にちょっと引きながら、ヒイロさんに渡されたメモ帳を返そうとする。

 

 ……正直に言って、これを全部読むことはできなかった。

 別に字が汚いとか、見づらいからとかじゃない。

 ただただ、物凄い情報量だったからだ。この授業の時間をすべて使っても読み切れないほどに。

 

 あれほど授業に不真面目なヒイロさんの作ったメモとは思えない。

 至極真面目……というか、熱意というかなんというか……若干の狂気すら感じるほどの書き込みだった。

 

「……」

 

 メモ帳を受け取ったヒイロさんは、暫くそれを見つめたかと思うと、おもむろに私に差し出してきた。

 

「こいつはやる。俺にはもういらん」

 

「え? わわっ!?」

 

 ほれっと無造作に投げられたメモ帳を慌てて受け取る。

 

「……あ、ありがとうございます」

 

「気にすんな。それよりさっさと行くぞ」

 

 ヒイロさんはしかし、もうメモ帳には興味がないとばかりに私をせかす。

 と、もう随分と周りが静かになっていることに気づく。あたりを見渡してみると、もう教室には誰も残ってはいなかった。

 その景色はどこか今日という日の終わりを物語っているようで、少し寂しい気持ちになる。

 

「……」

 

 今日は……楽しかったな。

 思わずそんな事を考えてしまう。

 

 別に家事をするのが嫌だという訳じゃない。ただ、あんなことがあって、暫くはただ大変で忙しい日々を送って。

 けど、そう……昨日だ。ようやく家事をするのにも慣れて、誰もいない部屋で一息ついて……ふと思ってしまった。

 ……もう一人の私のことを。

 

 その瞬間から唐突に、異様な程の恐怖が私を襲った。

 最近はしっかりと眠れた日なんてなかったけど、昨日はもっとひどかった。ただただ怖くて寝れなかった。

 朝になっても恐怖感が薄れることはなく、どころかヒイロさんが家を出てしまう時が近づくにつれて余計に恐怖が募っていった。

 

 ……だから、ヒイロさんが私のお願いを聞いてくれたのは凄く……すごく、うれしかった。久しぶりの外も、今までとはまるで別世界のようで……。

 

 本当に、今日は──。

 

「おい立花、置いてくぞ」

 

 何て周りを見ていたら、既にヒイロさんは教室を出ようとしていた。

 

「あっ、す、すみませんっ!」

 

「チッ……今日はまだ寄る場所がある。早くしろッての……」

 

「……」

 

 うぅ……だったら最初から言ってくれればいいのに……。

 ヒイロさんはたまに予定とかそういうのを教えてくれない時がある。

 ちょっと理不尽に感じつつも、好意でここまで連れ来てもらってる以上何も言い返せなかった。

 

「……」

 

 小走りでヒイロさんの後を追って教室を出た。

 

 大学を出た後、私たちはバスに乗って街の方に出た。

 ヒイロさんは用があると言っていたけど、その用事というのは分からない。

 参考書とかをヒイロさんが買いに来るとは思えないし……。

 あ、もしかしてハンバーグの材料かな。確かにひき肉がなかった気がする。

 

 ともかく黙ってヒイロさんについていくと、家電量販店に来ていた。

 

「ここだ」

 

「……あの、何か買うんですか?」

 

 本当に分からなくなってきた。

 恐る恐るヒイロさんに聞いてみると、意外なことにヒイロさんは普通に答えてくれた。

 

「買い物じゃない……お前、確か携帯は持ってたよな」

 

「え、あ、はい……その、電話は出来ないんですけど持ってます……」

 

「電源入ればそれでいい」

 

 ガンツに呼び出されてから電話が使えなくなってはいたけど、一応電源は入るので持ってきてある。

 ポケットから出してヒイロさんに見せる。

 

 でもなんでいきなり携帯──。

 

「あっ」

 

 一瞬疑問が頭をもたげたけど、すぐにどういうことか分かった。

 

「あの──」

 

「通話できりゃ転送できるからな。それでもう大学についてこなくてもいいだろ」

 

 そういってヒイロさんはさっさと店に入って行ってしまった。

 

「……」

 

 どこか突き放されたような気分になる。

 でも、そりゃそうだよね。今日だって随分と無理を聞いてもらっているんだから。それに本当なら、私はこの時間家事をしてなくちゃいけない時間だ。

 

 私は今、これ以上ないほどにヒイロさんから色んなものを与えてもらっている。

 だからこれ以上我儘は──。

 

「……」

 

 でも、それでも足取りは重く。

 とぼとぼと、ヒイロさんの後をついていった。

 

 ◇

 

「……」

 

「……」

 

 ハンバーグの材料を買うためにスーパーへと向かう途中。

 ヒイロと響は無言だった。

 

「……」

 

 ヒイロは凄く気まずかった。

 何せ、なぜこの少女がこんなに気落ちしているのかが分からなかったからだ。

 

 ヒイロは孤立した状態で星人に襲われる恐怖については理解している。

 だからこそ彼女が不安がるというのは理解できたし、いの一番に彼女の不安を解決できる連絡手段も確保したというのに……。

 

「……」

 

 この始末だ。

 何が不足だったのか分からない。

 

 ……別にヒイロとしては響がこのままでも敵わない。だが、あれほど楽しそうにしていた少女がここまで気落ちする理由というのも気になった。

 だから──。

 

「……チッ。立花……何が気に食わないんだ?」

 

 彼は、直球に突っ込んだ。

 

「え?」

 

「お前の要望通り大学には連れて行った。緊急時の連絡手段も用意した。何が気に食わないんだ?」

 

 歯に衣着せぬ物言いに思わず響の表情は凍り付き、歩みも止まる。

 

「……そ、れ……は……」

 

「……」

 

 そうして口を開こうとする響の目には涙が浮かび、顔は青ざめている。

 ヒイロが自身の態度に怒っていると思ったのだろう。

 

「……」

 

 別に全然怒ってないしただ理由が分からないから聞いてみただけのヒイロからしてみれば急に泣き出した響に内心非常に焦っていたのだが。

 

「……チッ。だから、怒ってねーっつの。一々泣くんじゃねーっつの……めんどくせぇ」

 

「……」

 

 頭を掻きながら、流石に自身の発言に何か問題があるのではないかと思い始める。

 

 思えば彼女が引き攣ったような表情になるのはいつも自身が口を開いた時だ。何度も彼女を追い詰めているであろう自身の発言を顧みてみる。

 そうして思い出されるのは、やはり罵詈雑言としか思えないものばかり。

 ……やはり何か言い方に問題があるのか……? 仕事以外で誰かと喋ること自体久々でどうも勝手がつかめない。

 

「……本当に怒ってないから…………単に……あれだ……同居人がそんな調子だと気が狂うッつーか……なんつうか……」

 

 これでも可能な限り柔らかくしたほうなのだが、それでもどこか棘があるように思える。

 しかしここまでやったことで、響にもヒイロが特別怒りを抱いている訳ではないことは感じ取れたのか、意を決したようにぽつりぽつりと言葉をこぼした。

 

「……今日……凄く……楽しかったです」

 

「……?」

 

「……いつも一人で……寂しくて……不安で、怖くて……。でも今日、一日ヒイロさんと居れて楽しかったんです……。だから、明日からはまた一人だと思うと……辛くて……」

 

「……」

 

「……ごめんなさい我儘ばかり言って。もう沢山……我儘を叶えてもらってるのに」

 

「……」

 

「……でももう大丈夫です! 明日からは、きちんと頑張りますから!」

 

 そう言って空元気を見せる少女の姿は、とても痛ましいものだった。

 そしてヒイロは自身の勘違いを理解した。

 

 彼女が怖いのは……星人ではない。

 

 彼女が怖かったのは、孤独。

 

 響の恐怖を理解した瞬間全てが繋がった。

 初めてヒイロの家に来た日。あの時ヒイロとの同衾を求めたのは一人が怖かったから。

 そしてその後もそれを求めたのも……。

 

「……はぁ」

 

 思わず息をつく。

 

「……」

 

 ヒイロには余裕がない。彼には彼なりに戦う理由がある。どうしても譲れないものがある。

 だから、本来であれば響には本当の意味で家を貸すだけのつもりだったし、今日はそのための準備のつもりだった。

 

 しかし。

 

「……」

 

 この少女は孤独だ。誰にも頼ることもできず……たった一人で社会からあぶれてしまった……そして唯一頼れるヒイロも頼れない状況に追い込まれてしまった。

 

 それがどれだけの恐怖だろうか。どれだけ心細いのだろうか。

 

 ヒイロにはその気持ちを真の意味で理解することはかなわない。

 

 けれどヒイロは……その孤独を常に慮ってきた。

 だからこそ──。

 

「え?」

 

 ヒイロは響の頭に手をのせた。

 

「あ、あの……」

 

 唐突すぎるヒイロの行動に、当然響も困惑の声をこぼす。

 しかし困惑する響の声を背後に、優しく頭を撫で始めた。

 

「ヒ、ヒイロさん……?」

 

 予想外の行動に思わず声を上げる。

 その、何時もの粗暴さを感じさせるヒイロとは真逆の……まるで優しい兄のような行動は少し気恥しく……けれど、ささくれ立った響の心を鎮めていく。

 

「……」

 

「……」

 

 暫くの間、また沈黙が下る。

 しかし先ほどのような嫌な沈黙ではない。

 

 そして暫く経って、ヒイロが口を開いた。

 

「……俺の好物はハンバーグだ」

 

「え?」

 

「……母さんが何時も作ってくれたそれが……好きだった」

 

 意図をつかめずにいる響を置いて、ヒイロは語り続ける。

 

「……だから立花。今日以外にも……ハンバーグを作ってくれ」

 

「……」

 

「そしたら……そん時はまた、大学くらい連れてってやるよ」

 

「……え?」

 

 それだけ言うと、ヒイロは気恥ずかしそうに響の頭から手をどかしてそっぽを向いた。

 

「……それだけだ! 分かったか?」

 

 色々と頭の処理が追い付かなくなった響だったが……徐々にヒイロの言葉の意味に気付いていった。

 

「…………は……い!」

 

 そして響は、少し涙ぐみつつも……先ほどの空元気の笑顔とは違った、本当の笑みを浮かべていた。

 

「ハンバーグ、頑張ります!」

 



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転調

 朝、朝食のいい匂いが部屋に充満する。

 その匂いに誘われる様に……立花は目を覚ました。

 

「……うぅん……」

 

「おい、さっさと起きろ」

 

「……あと5分……」

 

「おいコラ!」

 

「うひゃっ!?」

 

 何時も通り早く起きてしまったヒイロは、朝ご飯を作ったり身支度を整えたりなどなど……ヒイロが朝やるべき事を殆ど終えた所でようやく、何で家事を俺がしているんだ? と気が付いた。

 

 あんまりにも気持ちよさそうに眠っているものだからと起こさないでいたが、よくよく考えてみれば家事はコイツの仕事じゃねーか。

 

 そうして立花を叩き起こした次第だった。

 

「お前……もうちょっと早く起きる努力しろよ……」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 しょんぼりする立花をみて軽く息を吐き、作った朝ご飯をテーブルに置く。

 

「さっさと飯食えよ」

 

「ありがとうございます……」

 

 もそもそとご飯を食べ始めた立花を横目に、ヒイロは大学へ行く準備を始めた。

 

 ヒイロがつけたテレビには朝のニュースが流れていた。

 内容は言うまでもなく、ノイズの事。

 

「……やっぱり、最近ノイズひどいですよね」

 

「……まぁな」

 

 響の言葉に適当に相槌を打ったヒイロは、ボスッと布団に座り込み響と同じようにニュースを見る。

 どこか気の抜けた表情を浮かべているヒイロを横目で眺めていた響は、ポツリとつぶやく。

 

「ヒイロさんは……」

 

「あん?」

 

「ヒイロさんは、何か事情を知ってるんですか?」

 

 それは言うまでもなく現在のノイズの大量発生の事だろう。

 問われたヒイロは軽く息を吐いて答える。

 

「知らん」

 

「……」

 

「俺が知ってるのは一般的な知識だけだ。なぜ東京近辺にここまで大量発生するのかも分からないし……風鳴翼が何故ノイズと戦っているのかも謎だ。……いくら調べても何の情報も出てこない」

 

 そういってヒイロは自分が作った朝ご飯を食べ始める。

 その姿はどこか悔しそうでもあり、本当にヒイロもノイズの事については知らないのだと思われる。

 それを見て、響は質問を続ける。

 

「……ツヴァイウィングって、知っていますか?」

 

「……」

 

 ピタリとヒイロの手が止まる。

 

「そりゃ知ってる。風鳴翼と天羽奏のユニットだろ」

 

「……じゃあ、その……奏さんも、戦っていたんですよね?」

 

 それは何か、確信でもあるかのような問口だった。

 ヒイロは少し疑問に思いつつも、響の質問に答える。

 

「……ああ。俺の知る限りでは」

 

「そう……ですか」

 

 天羽奏。

 彼女と風鳴翼のユニットはツヴァイウィングと呼ばれ、その確かな実力と麗しの美貌に魅了された人は多く、彼女たちのライブは常に人で埋まるほど人気であった。

 しかし二年前。ライブ会場で起きたノイズの大量発生の際に……大量の死者行方不明者とともに天羽奏は死亡してしまった。

 そこから風鳴翼はソロでの活動を始めて今に至るのだが……。

 

「何で急にそんな事聞くんだ? ……つか、そういやお前風鳴翼があのヘンテコスーツ着て暴れててもあんまし驚いちゃいなかったよな。なんか知ってんのか?」

 

 確かにツヴァイウィングは人気もあったグループだが、それももう二年も前の話だ。しかも既に故人。

 それはふとした疑問。それを受けて、今度は響の食事の手が止まった。

 

「……私、あの時会場に……いたんです」

 

「……」

 

 それはヒイロとしても聞き逃すことのできない話だった。

 

「……お前……あの会場にいたのか……」

 

「……やっぱり、ヒイロさんも戦ってたんですね」

 

「……」

 

 ヒイロも覚えていた。

 何せあそこまで多くの人が被害に遭ったノイズ事件というのは過去に類を見ない事態で、あれほどの規模のノイズと初めて戦ったミッションでもあった。

 

「私……あの時、奏さんに助けられたんです。……でも、ずっとその時の事は夢だと思っていて……」

 

「……」

 

「やっぱり、奏さんはノイズと戦っていたんですね。少しだけ、スッキリしました」

 

 そういって悲しそうに笑う響の表情は、それでもどこか決別がついたような表情であった。

 

「……」

 

「……」

 

 テレビでは未だにノイズのニュースが流れている。二人の食卓が少しだけ暗くなる。

 

「……」 

 

 響に問われてヒイロもあの事件の事を思い出していた。とはいっても、ヒイロとしてもあの事件はあまりいい思い出ではない。

 転送された時には既に地獄絵図。状況は終盤に差し掛かった辺りで、ヒイロができることは少なかった。

 

 だが響が何故風鳴翼が戦っているところを見ても驚いたりしないのかは理解できた。

 確かにあの時ツヴァイウィングが戦っているところを見ているのなら衝撃は少ないだろう。

 

「……ん?」

 

 ……と、響の翼に対しての動向を思い出しているとふと疑問が浮かぶ。以前からちょくちょく感じていた違和感だ。

 

「……そういやお前、なんで風鳴翼とかを翼さんって呼んでんだよ」

 

「えっ?」

 

 あまりに急な話題転換。思わず変な声を上げてしまった響であった。

 

 それは呼び方。助けてもらった、とはいってもあくまでもそれだけの関係。にしては、まるで知り合いかのような言い方だ。

 響の方は少し言いづらそうな表情を一瞬浮かべて、軽く苦笑いしながら話し出した。

 

「あ~っとですね……実は私、前までリディアンの生徒でして……」

 

「リディアン? 風鳴翼がいる?」

 

「はい! そのリディアン音楽院です!」

 

 ああ、それで。

 思っていたよりもつまらない理由だった。

 風鳴翼は現在高校三年生。響が一年生であることを考えると、彼女たちは先輩後輩の間柄という訳である。

 同じ学校でもあるし、やはり面識があるのだろうか。

 なるほどと納得したところで、もう一度響の顔を見る。

 

「?」

 

「ふーん…………リディアンね……そうは見えねぇー……」

 

「ちょっ、どういう意味ですか!?」

 

 実態は違うのだと理解していたのだが、なんとなくお嬢様高校だと思っていたヒイロにはどうも目の前にいる女子がリディアンの生徒だとは思えなかった。

 

 風鳴マジックが壊れた瞬間でもある。

 

「……」

 

「……」

 

 ぷくっと頬を膨らませた響であったが、次第にそんな自分が馬鹿に見えたのか、プッと笑みをこぼす。

 それにつられてヒイロも小さく口角を上げていた。

 

 そのどこか茶化した空気はさっきまでの暗い空気を押し出していく。

 

 二人の生活が始まって早一か月。

 まだ慣れない所はありつつも、しかし響もヒイロも、互いを理解しながら……この生活に慣れ始めていた。

 

 ◇

 

 洗濯物を干しながら、ベランダに差し込んできた陽光に目がくらむ。

 

「うーん……いい天気だなぁ」

 

 そんな事を呟きつつも、お兄さんが使っている布団をベランダに掛ける。

 

 この生活にも随分と慣れてきた。まだまだ完璧に仕事はできないけど、でもヒイロさんに怒られることは減ってきた。

 それにヒイロさんは最初こそ追い出すと言っていたけど、この一か月の間私を一度だって追い出したりはしなかった。

 どころか、常に私のことを気遣ってくれた。

 

 ……そうしてヒイロさんと暮らしてきた一か月、色々な事があった。

 

 ヒイロさんの好きな食べ物とか、ヒイロさんの舌打ちが実はただの癖だったとか、ヒイロさんはボクサー派だったとか、とかとか。

 

 この一か月で、ヒイロさんは普通の……本当に、普通の人だってことに気付けた。

 

 けど……。

 

「……」

 

 洗濯物を干し終えたので部屋に戻り、テーブルの上に無造作に置いてあるXガンを見つめる。

 けど、ヒイロさんはガンツが絡むと途端に怖くなる人だって事も……分かった。

 

 このXガンは、万が一星人の襲撃を受けたときに時間稼ぎをするために部屋に置いてある武器だ。

 このXガンだけじゃない。あの押しつぶす武器……Zガンとか、Yガンも押し入れに入っている。

 私にも、お風呂以外は常にスーツを着ておけ、って口を酸っぱくして言ってくる。実際ヒイロさんは、寝る時だってスーツを脱がない。

 

 過剰が過ぎるとさえ感じる防備は、狂気すら彷彿とさせた。

 

「今日も……ミッション、なのかな」

 

 明るい日差しは、今も世界を照らしている。

 けれどその光が届かなくなったその時。

 私と、ヒイロさんの戦いが始まる。

 

「……今日もノイズ……これで何度目だ……」

 

「……」

 

 最近は毎日ガンツに呼び出されるということは無くなったけれど、いまだに何日かに一回はガンツに呼ばれている。

 それも全部、星人と呼ばれる化け物を倒すミッションじゃなくて……ノイズしか出てこないノイズミッションだ。

 これだけでも異常事態らしいけど、ヒイロさんが言うには今のミッションの頻度も異常なのだという。

 私は普段のガンツの様子を知らないからよくわからないけど……でも呼び出されるたびにヒイロさんの表情が険しくなっていくのを見ていると、私もどこか不安になってくる。

 

 ……それに。

 

「……」

 

「またあいつらか。最近よく見かけるな」

 

 ヒイロさんの視線の先。そこには二人の女の子がいた。

 

 二年前と同じような格好をしている翼さん。

 そして……それと同じような格好をしている私。

 

「……」

 

 私と全く同じ顔をした少女が、私と同じ声で歌いながら戦っている。

 何度見てもその光景に慣れない。

 胸のあたりがざわざわとして、妙な気味の悪さを覚える。

 だというのになぜか、思わず立ち止まって私の戦いを見てしまう。

 

「……立花」

 

 と、一人立ち呆けていた私の肩が叩かれた。

 振り返ると、ヒイロさんがどこか呆れた表情でこちらを見ていた。

 

「お前、またアイツ見てたのか?」

 

「……す、すみませんっ」

 

「……別に怒ってねーッつの……」

 

 反射的に謝ってしまって、思わずアッとなる。しかしその気付きはもう遅く、ヒイロさんはちょっとだけ落ちこんだ声色で言葉をこぼした。

 

「アイツのことが気になるのは分かるが……今はミッションに集中しろ」

 

 でも、ヒイロさんは真剣な表情で、しっかりとそう言った。

 それは私に対しての忠告だった。

 

「……はい」

 

 ヒイロさんは私の返事に納得したのか、軽く息を吐いてコントローラーに目を向けた。

 

「こっちの方のノイズはアイツらに任せて反対方向のノイズをやる」

 

 私もヒイロさんを追うようにコントローラーを取り出し、マップを表示させる。

 ヒイロさんの言う通り、もう一人の私と翼さんが今いる場所の反対側にも結構な数のノイズがいる。

 

 何度もミッションをこなしてきたけど、やっぱり戦う前というのは緊張する。

 ごくりとつばを飲み込み、思わずヒイロさんを見る。

 

 そんな私の視線に気づいたヒイロさんは、何時もと変わらない不敵な笑みを浮かべながら私の肩を軽く叩いた。

 

「点数を譲る気はねぇから安心しろよ」

 

 ……やっぱり、ヒイロさんはお兄ちゃんみたいだ。

 不思議な感覚だけど、嫌な気はしなかった。抱いていた不安な気持ちが薄れていく。

 

「……私も、譲る気はありませんから!」

 

 武器を構えて、私とヒイロさんは今日もノイズを狩りに行く。

 

 ◇

 

ビッキー(笑)

9てん

total 61てん

 

「随分と溜まってきたな」

 

「……」

 

 ノイズを全部倒して部屋に帰ってくると、すぐに採点が始まる。

 

 今回は9点。二回目のミッションほどじゃないけれど、結構多い点が取れた。

 

 これは三回目のノイズミッションで知ったことだけど、毎回必ずあの二人が来る前に転送されるとは限らないらしい。それはヒイロさんがノイズミッションを嫌いな理由の一つで、とれる点数がすごい不安定だという。

 酷いときなんかは転送されてノイズを一体倒したらまたすぐ部屋に戻される時だってあるし。というか三回目がまさにそれだった。

 

 それでも……61点。この一か月だけでここまで点数を得ることができた。

 でも、仮に百点を取ったとして何に使えばいいんだろう……。

 一番の解放を選んだとして、既に私はいるのだから私が二人になっておかしなことになってしまうし。

 

ひーろー

7てん

total 54てん

 

「……まだまだ、か」

 

 私がそんな事を考えているうちにも採点は進み、ヒイロさんの点数が表示された。

 その点数は私よりも低いもの。

 けれど本当ならヒイロさんの点数はこんなものじゃなかった。

 

 今回のミッション……いや、最初のミッションからずっと、ヒイロさんは私の事を庇いながら戦ってくれていた。

 ヒイロさんはきっと、自分の点数に専念したいはずなのに。

 

「……ごめんなさい」

 

「あ? 何謝ってんの?」

 

「……でも……」

 

「理由もなく謝られても気持ち悪りぃからやめろ」

 

「……」

 

 ……何故かはわからないけれど、ヒイロさんは何時も焦ったようにミッションに臨んでいる。

 それは私から見てもわかるほどだ。

 毎回、低い点数だとヒイロさんは気落ちしたような、焦燥に駆られた表情を浮かべる。

 

 そんなヒイロさんの姿をもう何度も見ている。

 何がそこまでヒイロさんを駆り立てているのかは分からない。聞いても答えてはくれなかった。

 そんなヒイロさんの姿を見るたびに、胸の奥がずきりと痛む。自分が重しになっているのではないかと不安で一杯になる。

 

「……はぁ」

 

 と、ヒイロさんは軽くため息をついて私の頭にチョップを入れた。

 

「!? な、なにをっ!?」

 

「何を、じゃねぇよ。点数の競い合いで俺が負けたってだけの話だろ。なんで勝ったてめぇが落ち込んでんだよ」

 

「……でも、今回は本当なら……」

 

「……はぁ」

 

 ヒイロさんはもう一度ため息をついて──。

 

「ぐむっ!?」

 

 私の両ほっぺを片手でグイッと掴みこんだ。

 

「ぬ、ぬぁにを……!?」

 

「俺は、気にしてねぇ。勝手に人の気持ちを想像すんなよアホ」

 

「……!?」

 

 どこか強い口調でそう言われて思わずハッとなる。

 

「いいか、もう一度言うぞ。俺は、気にしてない。そんな暗い顔されてッとこっちも気分が悪くなる」

 

「……」

 

 そこまで言って、ヒイロさんは私から手を離した。

 

「……っし、帰るか」

 

 小さく笑った表情は先ほどまでの気落ちしていた事など微塵も感じさせない物で──。

 

「っ──」

 

 思わず、胸のあたりが熱く疼く。

 

「……」

 

 ……この一ヶ月。私はずっと、ヒイロさんに助けてもらってばかり。

 だから、この『想い』の始まりが何時だったのかはわからない。

 

 ……でも。今、私の胸には確かにこの『想い』が燻っている。

 

「? どうした立花」

 

 急に黙った私を見て心配そうに声をかけてくれるヒイロさんに、私は笑顔を向ける。

 

「……いえ! 何でもないです!」

 

「お、おう……急に元気になったな……」

 

「ヒイロさんにそこまで言われちゃ、暗い顔なんて出来ませんから!」

 

 そう言うと、ヒイロさんはどこか安心したような表情で、何時もの様に私に手を差し伸べる。

 

 私もそれに応えるように、ヒイロさんの手にちょこんと自分の手を乗せる。

 

 ……私が……。

 

「……」

 

 私が偽物でも、クローンでも……本当の立花響じゃなかったとしても──。

 

 この想いだけは、本物だ。

 

 ◇

 

 それはノイズミッションの次の日。

 私がヒイロさんの好きなハンバーグを作っている時だった。

 

「?」

 

 ヒイロさんの携帯が震えた。料理の手を止めて携帯を見てみると、どこかの病院からの電話だった。

 

「ヒイロさーん、なんか病院から電話です!」

 

 ちょうどヒイロさんはお風呂に入っていたので声をかけると、シャワーの音に紛れて返事が返ってくる。

 すぐにバスタオルを下半身に巻いたヒイロさんが出てきて携帯を渡した。

 

「……はい、暁です」

 

 ヒイロさんは濡れた髪のまま電話に出て、暫く相槌を打つように応答する。

 短い会話だった。なのに、ヒイロさんの表情はどんどん暗くなっていき……。

 

「……はい……」

 

 静かに、電話を切った。

 

「……ヒイロさん?」

 

 その姿に異様な雰囲気を感じたので声を掛けてみても、茫然と立ち尽くしたヒイロさんは、とぼとぼとお風呂の方に戻っていった。

 

「……」

 

 何か、酷く嫌な予感がした。

 

「少し出る。暫く帰らない」

 

「……え?」

 

 お風呂場から出てきたヒイロさんは、すぐに外用の服に着替えてどこかへ出かける準備を始めた。

 最後にテーブルの上に一万円を置いたかと思うと、私の方を振り返ることもなく玄関に向かった。

 

「金は置いていくから、最悪それで何か買え」

 

 ヒイロさんは──()()()()()()()、どこかに転送を始めた。

 

「ちょ、ヒイロさん!?」

 

 思わずヒイロさんは呼び止めるも、スーツを渡す間もなくヒイロさんは消えて行ってしまった。

 

 何時ものヒイロさんなら絶対にあり得ない事だ。

 

 とても……とても嫌な予感がした。

 

 ──そして。

 その予感が的中するかのように、ヒイロさんは次の日も、そのまた次の日も……帰ってこなかった。

 



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曲がってるよ

「……どこ行っちゃったんだろう……ヒイロさん……」

 

 今日も、ヒイロさんは帰ってこなかった。今までこんなに長い期間家を空けた事なんてなかったのに。

 ……それに。

 

「……スーツ」

 

 ヒイロさんが置いていったスーツ。どんな時だって必ず着ていたのに。

 その日も結局、ヒイロさんは帰っては来なかった。

 

 ……胸中は嫌な予感で一杯だった。

 もう、ヒイロさんとは会えないんじゃないか……そんな予感までし始めた頃だった。

 

「……! 転送!」

 

 首筋に変な感じがした。それはガンツからの招集の合図。

 暫くすると今度は金縛りにあったかのように体が動かなくなってしまう。

 

「……よし!」

 

 ヒイロさんの言いつけ通り、私は常にガンツスーツを着ている。

 なので家に置いてある武器を搔き集めて……。

 

「……」

 

 後は、ヒイロさんのスーツを両手に抱えて、転送を待った。ヒイロさんは忘れて行ってしまったけどノイズとの戦いにスーツは必須だ。

 何時もであれば、戦いの前には緊張しかなかった。けれど今は逸る気持ちを抑えられない。

 だって、きっとあの部屋でならヒイロさんに会えるから。

 

 胸中に不安を抱えながら……ガンツの部屋へと転送されていった。

 

 

「……」

 

 転送されてきた響はいの一番にヒイロの姿を探した。

 部屋に変わりはなく、しかしどこにもヒイロの姿は見えない。

 

(……ヒイロさん……)

 

 そのことに少し寂しさを覚えつつも、響は持っていた武器を床において……けれど、スーツだけは抱えながらヒイロを待った。

 

「!」

 

 そしてそんな響の思いに応えるかのようにガンツが駆動して、誰かが転送されてきた。

 転送されてきた彼は覚えのない真っ黒な……まるで喪服の様な服を着ていた。

 

 ……けれど確かに、響が待っていたヒイロその人だった。

 

「っヒイロさん! なんで連絡しても返事くれなかったんですか!? スーツも着ないで……私、すごい心配して──!?」

 

 転送されてきたヒイロに駆け寄るように声を掛けた響は、彼の変わりように声が止まってしまった。

 その表情は死んでいた。この世界を見ているようで、どこか別のところを見ているような……そんな目をしていた。

 

「……ヒイロ、さん?」

 

「……」

 

 異様なヒイロの姿に響は声を掛けるが、ヒイロは響の声に応えずにふらふらと壁に寄り掛かるように座り込んでしまった。

 

「な……何があったんですか!?」

 

「……」

 

 明らかに家を出た後に何かがあった。そうとしか思えない姿に困惑する。

 少なくとも、家を出たときはまだ元気だった。

 

「……ヒイロさん!」

 

 響は懸命にヒイロの肩をゆすって声を掛ける。しかしヒイロは一切の反応を示さない。

 

『あーたーらしーいあーさがきた』

 

「!? ヒイロさん、スーツっ……スーツを着てください!」

 

「……」

 

 そして響の気持ちを焦らせる様に、ガンツから歌が鳴り響く。

 それはタイムリミットを告げる歌だ。

 

「ッ、ヒイロさんッ!」

 

こいつをたおしにいってくだ

 

「……」

 

「ヒイロさ──」

 

おかめん星人

特徴

走り方がキモい

好きなもの

和食 曲がったもの

口ぐせ

あんた曲がってるよ?

 

「──え?」

 

 ガンツに表示された絵にはノイズではない……気味の悪い能面が描かれている。

 響の嫌な予感を叶えるかのように……当たり前の日常を壊すように、ガンツは当たり前を変えてきた。

 

(ノイズ……じゃ、ない……!?)

 

 響にしてみれば何もかもが異常事態。

 声が引き攣りそうになるのを抑えて、響はヒイロの胸倉をつかみ上げる。

 

「ヒイロさん! お願いです! スーツを着てください! 着て!」

 

「……」

 

「っ、着てよぉ……お願い……っ!」

 

 まるで何時かの時の再現であった。

 しかし、その立場はまるで逆。何度揺すろうと反応することもないヒイロを傍目に、とうとう転送が始まってしまった。

 

 それも──スーツを着ていないヒイロから。

 

「嘘ッ!? ガンツ! ガンツやめて! まだヒイロさんは……!」

 

 どれだけガンツに語り掛けようとガンツは転送を止めない。

 そんな事は響にもわかっているが、それでもガンツを殴って止めようとする。

 

「……っああ、もうっ!」

 

 言う事を一切聞かないガンツに業を煮やした響は、地団駄を踏みながらも今の状況でするべきことについて考え始めていた。

 

「今やるべきこと今やるべきこと……っ!」

 

 一か月前の響ではここで立ち止まってしまっていただろう。

 今思考を停止しないでいられるのは、偏にヒイロが大切だから、好きだから。ヒイロを思う気持ちが、響を突き動かしていく。

 

「……」

 

 転送されていくヒイロを一度見てから、覚悟を決めたようにミッションのための準備を始める。

 ガンツの武器、その中で一人が持っていける最大戦力の組み合わせ。その中で必要なものを取捨選択して……行動を開始する。

 

「よしっ!」

 

 急いでガンツの奥にある扉を開き、中にある棒のようなもの……ガンツソードを二本とると、ホルスターの中に放り込むように入れる。

 

 この部屋はガンツが標的を示した後に解放される部屋で、この中には幾つかの武器が置いてある。

 響が取ったガンツソード以外にもバイクが置いてあるのだが、響には運転できないので今回は無視する。

 急いで元の部屋に戻ると、既にヒイロは完全に転送されてしまっていた。

 

「っ……」

 

 持ってきていたZガンとYガン……Xガンは要らないので放り投げて、Xショットガンを手に取る。

 武器を両の手で抱えて、最後にヒイロのガンツスーツを忘れずに持つ。

 

 そして……あとは転送されるのを待つ。

 

「……」

 

 一拍、無音の状態が続く。

 さっきまではあれ程止まって欲しかった転送が、今では待ち遠しい。

 

 早く……早く! 

 心の中で叫びながら、祈るように目をつぶる。

 

「……お願い、無事でいて……」

 

 ようやく響の頭上から電子音が聞こえてきて、視界が切り替わった。

 

 

 視界が変わると、そこは何処かの駅のロータリーだった。

 現在時刻はすでに零時を回っており、人は居らず店の電気も消えている。

 

「ここは……」

 

 あたりを見渡しても、近くにヒイロさんの姿は見えなかった。

 けれど今いる場所は後ろを振り返るとすぐに分かった。

 

「は、八王子……?」

 

 電気の消えた駅には八王子と書かれており、自分が今八王子にいることがわかる。

 今まで東京の中心部ばかりであったことを考えると、正直なんで八王子? という疑問が湧くけれど……しかしそんな些細なことに首をかしげている時間はない。

 

「……」

 

 取り敢えず抱えていた武器の中からZガンとヒイロさんのスーツだけ持って……後は腿のホルスターに詰めておいたガンツソードとYガンを入れ替えておく。

 他の武器は今は持っていけないから、ロータリーの中に置いたままにしておく。

 

 コントローラーをスーツの腕部から取り出して、マップを確認する。

 

「……」

 

 マップには今回の標的を示す赤い点が表示されている。

 

 ……今まではこの赤い点がノイズだったけど……今回はおかめん星人……って事だよね。

 ノイズミッションじゃない普通のミッションだと、翼さんと……もう1人の私っていう援軍も頼れない。

 私とヒイロさんで、制限時間内に全ての星人を倒さないといけない。

 

「……まずはヒイロさんを見つけないと……」

 

 ともかく今ヒイロさんはスーツを着ていない。

 ヒイロさんが危険視していた星人がいる事を考えると、すぐに合流しないと危険だ。

 

 いや、そうでなくてもさっきのヒイロさんはおかしかった。

 ……無気力というか……茫然としていた。凄く危険な感じがした。大学の時のやる気ない感じとは何か違う感じで……目を離したら、その隙に死んでしまうのではないかと思ってしまうような……。

 

「っ……」

 

 ……もう考えるのは止めよう。

 

 取り敢えず最初は西の方から探しに行こう。

 手掛かりなんてないから方角は完全に勘!

 一旦の方針を立てて、マップの西の方へと走り出す。

 

「ヒイロさん! ヒイロさーん! 返事をしてください!」

 

 マップを見ながら走り出し、出来る限りの大声でヒイロさんを探す。

 

 けれどどんなに声を張り上げてもヒイロさんから返事は返ってこない。

 夜の八王子に私の声だけが響いて……自然と焦りが募る。

 

 空気を吸いすぎて肺が痛くなり、目には涙が浮かんでくる。

 

「はっ、はっ……お願い……お願いです……神様っ」

 

 けれどそんな事が気にならないくらいに、胸が張り裂けそうな程不安が溢れてくる。

 そして──。

 

「返事をしてください! ヒイロさ──!?」

 

 何かの視線を感じて、足を止めてしまった。

 

「……」

 

 感じた視線の先。ノイズとは全く違った異形の生物が、そこにいた。

 

 その姿は、不気味なお面を被った……毛の無い猿のような見た目をしていて、身体の前面、胸からお腹の部分には皮がなく、ピンク色の筋肉が脈動しているのが見える。

 

 その生物は、頭をありえない角度に曲げながら……無機質な瞳で此方を見ていた。

 

『……』

 

「……」

 

 コレ、が……。

 

「星、人……!?」

 

 戸惑いつつも咄嗟にZガンを構える。

 まだおかめん星人と私との間には距離がある。

 

 ……この距離なら、Zガンで一気に倒せる。Zガンのトリガーに指を乗せる。まだ星人は首を傾げたまま此方を窺っている。

 

 倒せる。今ならすぐに……。

 

「……っ」

 

 ノイズの時には簡単に引けたトリガーが、比じゃ無いくらいに重く感じる。

 

 何度もトリガーを引こうとして、それを私の中の感情が止めようとしてくる。

 

 ヒイロさんは星人との戦いを殺し合いと言った。基本的に向こうも同じように思っているとも。

 ……だから理屈では分かっている。ここで倒す……殺さないと、逆に私たちが殺されてしまうということは。

 

 それに星人を倒しきれないで部屋に戻ると、ペナルティとして点数を没収されて、次回のミッションのクリアに条件が追加されてしまう。

 だから今ここで殺さなくても、後々必ず殺さないといけない。

 

 ……でも。

 わかっていても、トリガーを引けなかった。

 

 そうして硬直していると、今度は星人の方から動きがあった。

 

「!? 何をっ……!」

 

 異様に曲がっていた首を垂直に戻し、お面の部分が異常な振動を始めた。Zガンを構えて警戒しつつ、向こうの出方を待つ。

 その行為の意味を最初は分からないでいたけど、次第にその振動音は規則性を持ち始め、確かな言葉となっていった。

 

『あんた曲がってるよ?』

 

「!? に、日本語!?」

 

 彼? が最初に発した言葉は、まさかの日本語だった。

 あんた曲がってるよ? ど、どういう意味?

 

『あんた曲がってるよ!』

 

「あ、あの……?」

 

『あんた曲がってるよ……?』

 

「……言葉……わかるの?」

 

 私の言葉の意味を分かっているのかいないのか。

 今度はまるで笑い声の様にカタカタとお面を震わせ始めた。

 

『あんた曲がってるよ! あんた曲がってるよ!』

 

「……っ」

 

 そして、カタカタとお面を揺らしながら、どうやってか音もなくこちらへと近づいてくる。

 

『あんた曲が』

 

「ち、近づかないで!」

 

 Zガンを構え直し、脅すように声を張り上げる。

 

「……それ以上近づかないで」

 

『……』

 

「……言葉が通じてるなら……お願い。どこか違うところに……」

 

「あんた曲がってるよ……』

 

「……戦いたく……ない」

 

『あんた曲がってるよ! あんた曲がってるよ!! あんた曲がってるよ!!!』

 

 ひたり、と。ひと際大きく声を上げながら……私をあざ笑うかのように星人は一歩、また一歩と歩みを進める。

 

「……やめて」

 

『あんた曲がってるよ……!』

 

「やめて……!」

 

『あんた曲がってるよ!』

 

「……っ、やめてっ!」

 

『あんた曲がってぇぅ──』

 

 カンッ、という軽い音が響き……直後、何かを叩きつけるような音が鳴り響いた。

 



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生まれた意味を知る

「っう」

 

 血だまりの前にうずくまって、胃の中のものをまき散らす。

 濃厚な血の匂いが鼻を抜け、口の方で胃液の匂いと混ざり合う。

 

「ふっ、うっ……おぇ……」

 

 何も考えられず、物言わぬ血だまりの前で胃液をまき散らす。

 

 殺した。

 私が……殺した……。

 

「……うっ」

 

 また胃液がこみ上げて、道路を汚す。口内に気持ち悪い感触が広がる。

 先ほどまで命だったものを私が殺した。その事実を受け入れる事が出来ずにいる。

 

「っ……はッ、はぁっ……行かなきゃ……」

 

 しかし吐いてばかりではいられない。

 

 間違えてはいけない。今私がするべきことはここで蹲っている事じゃないのだから。

 

 優先順位を……選択を……間違えては、いけない。

 

「……無事でいてください……」

 

 口元を拭って立ち上がり、ヒイロさんを探すべく走り出す。

 この辺りのおかめん星人はさっきの一体だけだったようで、西の方にはもういない。

 

 Zガンとヒイロさんのスーツを携えて、もう一度走り出す。

 

 ……どれだけ走っただろうか。

 スーツを着ている今、マップの範囲なんてすぐに駆け付けられる距離でしかないというのに。

 私はもう何時間も走ったかのようにも思える。心がはやり、そんな錯覚まで引き起こす。

 

 そして、もう見つからないと思った、その時だった。

 

「っ、ヒイロさん!?」

 

 幸か不幸か──西のマップの端で、ヒイロさんを見つけることが出来た。

 

「ヒイロさん! ヒイロさん!?」

 

「……」

 

 壁に背を預けながら、項垂れるように座っていたヒイロさんは、私の呼びかけに応えることはなかった。

 けどその姿に傷は見当たらず、外傷はないように見える。

 

「……っ、よかったぁ……」

 

 無事でいたヒイロを見て、思わずヒイロを抱きしめる。

 ヒイロさんの存在を確認するようにヒイロさんの胸に自分の頭を擦り付ける。確かにヒイロさんの匂いがして、心細かった思いが少しだけ回復する。

 

「……」

 

 と、どこか頭に視線を感じる。胸に顔を突っ伏したまま、目だけをヒイロさんに向ける。

 ヒイロさんは口を開いて……暫くの間躊躇う様に口を閉じたけれど、ようやく言葉を発した。

 

「くせぇ」

 

「……」

 

 そして開口一番、非常に失礼な言葉が飛び出した。

 あんまりな言いざまにピクリと動きを止める。

 

「……」

 

「……」

 

 思わず顔を上にあげてヒイロさんを見る。見下すように私を見ていたヒイロさんとしばし見つめ合い、両者の視線が絡み合う。

 

「……」

 

 思い出されるのはさっきのゲロ。盛大に吐いた思い出。

 サッと身を引いて、少し顔を赤くしながらコホンと咳払いをしてから、ヒイロさんに語り掛けた。

 

「……色々とありますけど……まずは、無事でよかったです。ヒイロさん」

 

「……」

 

「……すごく、心配でした。本当に……」

 

 ヒイロさんは、部屋にいた時よりもずっと意識がはっきりしている。

 その事に少し安心して──。

 

「……」

 

「っ……よかったぁ……ヒイロさん……っ」

 

 頭の片隅で描かれていた最悪の結末だけは回避されたことが嬉しかった。

 

「っ、うぅ……心配ッ……しました……本当に……っ」

 

 ヒイロさんと視線を合わせながら、自身の心情を吐露する。

 ……語っているうちに自然と涙が溢れてくる。

 

「うううぅぅっ……っふぐっ……っ」

 

 誰かに見せる事なんてできないほどに顔中が涙やらなんやらでぐちゃぐちゃになる。

 でも、今ここにはヒイロさんと私しかいない。

 だから隠すことなく泣き続けた。

 

「……」

 

 一しきり泣いて、ようやく心も落ち着いてきたころ。

 ……今まで、無視無言無反応を貫き通してきたヒイロさんは、どこかバツが悪そうな表情を浮かべていた。

 それはようやく見せてくれた表情の変化。私は顔をぬぐいながら、ヒイロさんに縋る様に問い詰める。

 

「……何が、あったんですか?」

 

「……」

 

 それは、部屋の中でも聞いたこと。

 あの時はついぞ教えてくれなかったけれど……ヒイロさんは、遂に口を開いた。

 

「死んだ」

 

「え?」

 

 それは深い、絶望の感情が込められていた。

 そんな感情がヒイロさんから発せられたことにまず驚いて、次いでその内容に驚いた。

 

 死んだって……誰が──。

 

「……死んだんだ……母さんが……俺の……母さん……」

 

「……お母、さん……?」

 

 その、深い絶望に沈んだ声色で語られる告白はどこかしどろもどろで……未だにヒイロさんも受け入れられていないような、そんな語り口だった。

 

「あと少しだッた……あと一回クリアすれば……助けられたんだ……」

 

「……」

 

 ……そして思いもしない言葉に衝撃を受ける。

 

 死んだ。ヒイロさんのお母さんが。でも本当ならば助けられた? 今一内容に理解が及ばない。

 しかし。

 

「なんッ……で……母さん……あと少しだッたのに……本当に……あと少しで……百点だッたのに……なんで……なんで……」

 

 堰を切ったように語りだしたヒイロさんは、まるで子供のようで……その姿に少なくない衝撃を受けた。

 それでも、ヒイロさんの語ることの意味を噛み砕いて、どうにか理解しようとして……次第に、胸の内に広がっていくのは、ある疑念。

 

「……私の、せいですか?」

 

「……」

 

 ヒイロさんの語った……もう少しで助けられた、という言葉。

 どうやってかは知らないけれど……少なくともヒイロさんには、百点を取りさえすればヒイロさんのお母さんを助ける算段が有った、という事だ。

 

 その言葉と現在のヒイロの点数と、自身が獲得した点数を重ね合わせ……。

 私は理解してしまった。

 

 ──それは私が一番恐れていたこと。

 

「……わたっ……私が……私の……せい、でっ……私が……ヒイロさんの邪魔っ……を?」

 

 心拍のドクドクという音がやけに鳴り響く。

 視界の端が暗くなり、呼吸数が異常に跳ね上がる。

 それに比例して急速に進んでいく理解は、私が犯した罪を浮き彫りにしていく。

 

「ヒっ、ヒイロさんのっ……お母さんっ、を……」

 

 感情のまま、言葉が口をついて出る。

 

「私、私がっ殺──っんむ!?」

 

 それは、異常な速度だった。まるで私の口から、その先を言わせないとばかりに伸びた手刀が、何時かの様に私の口を覆った。

 

「黙れ」

 

 ただ一言。ヒイロさんはそう言った。

 ……そして深い絶望を宿した瞳で、私に語った。

 

「お前じゃない……俺だ……俺は……」

 

「……」

 

「俺は、優先すべき事を……選択を間違えた」

 

 ヒイロさんの間違いを。

 

 ◇

 

 それは今から五年前の事。

 ヒイロは……母との二人暮らしだった。

 

 当時二回目のクリアを果たしたヒイロは、実の父が逃げ出すほどに危険な風体をしていた。

 

 思春期と反抗期を歪んだ環境で過ごした事の弊害は確かにヒイロの人格の形成に影響を及ぼしていた。

 常に何かに当たり散らして、咄嗟に暴力を振るってしまう様は誰から見ても異常だった。

 

 気付けば父は蒸発して、ヒイロに残された家族は母のみとなった。

 

 ……血の繋がった父親に自身が捨てられたことは、ヒイロの心に深い傷を刻み込んだ。

 そして何より、家族が散り散りになったという事実がヒイロの心に深い影を差した。

 

 しかしそれでも、ヒイロは戦うことを止めなかった。

 

 何度も何度も……ミッションを死に物狂いでクリアして、星人を殺して回った。

 

 そしてクリア回数が三回目を超え、確かな実力の向上を実感するようになり……ガンツのミッションが無気力な日々の癒しに思えるようになった頃。

 ヒイロは強烈な出会いを果たす事となる。

 

 それは神との対峙に近かった。

 

 その星人は無敵にして苛烈。

 どのような攻撃も効かず、ヒイロが二年間で培った技術は何一つ役に立たなかった。

 

 戦いの中、ヒイロは両手を失いながらも……命からがらにその星人から逃げ出し、初めてミッションを失敗した。

 そして初めて恐怖した。あれ程死の恐怖に怯えた事はなかった。

 

 ヒイロが家に帰った後もその恐怖は薄れず……何日も外に出ることなど出来ないほどだった。

 

 ……恐らく本来であれば、ヒイロはここで終わっていたのだろう。

 けれど……実の父にすら捨てられたヒイロを、献身的に支えてくれた存在が一人だけいた。

 

 それがヒイロの母だった。

 

 彼女とヒイロは血の繋がりのない義理の親子で、ヒイロもどこか気まずくてしっかりと向き合えないでいた女性だったが……。

 彼女はヒイロを本当の息子の様に思い、献身的にヒイロの世話をした。

 

 残された母との繋がりは、傷だらけのヒイロの心を確かに癒し、立ち直させた。

 故に。ヒイロがトラウマから立ち直って学校に通えるようになったのは、正しく母のおかげだ。

 

 ……ヒイロと母はこの時。血の繋がりを超えて真の意味で家族になった。

 

 ◇

 

「……俺が家に帰ると……母さんは血まみれで倒れていた……」

 

「……」

 

「笑ッちまうな……星人野郎が……俺の事を探してたんだ……俺を殺すために……それで俺が居ない間に家に入り込まれて……母さんは大ケガを……」

 

「……」

 

「植物状態ッてやつだ……母さんの体の機能はドンドン衰えていって……でもまだ……まだ時間はあったはずだッた……けど母さんは……死んだ……」

 

 ヒイロさんはニヒルな笑顔を浮かべながら……項垂れるように呟いた。

 

「俺は……俺はあの時、もッと考えるべきだった……殺せなかった星人が……どういう事をしてくるか……」

 

「……」

 

「俺には……俺の存在には……意味が有ると、思ッていた……ガンツに選ばれた意味が………………けどそんなものは無かッた……」

 

「ヒイロ、さん……」

 

「……もう……無理だ……疲れた……もう……疲れた……」

 

 心情をそのまま吐露しているかのように、ヒイロさんは本当に疲れた表情で俯いた。

 

「……」

 

 私にはその姿が、どこか見覚えがあった。

 ……ああ、そうだ。

 あの時の私と……ライブ会場で生き残ってしまった私と、今のヒイロさんは一緒なんだ。

 

 ライブ会場から生きて帰ってしまったこと、それそのものが間違いだったかのようで。

 生きていることが辛くて、苦しくて……。

 

 あの時私は……未来がいたからこそ、立ち直れた。

 

 でもヒイロさんは……。

 

「……っ」

 

 最後に残された希望すら……奪われて──。

 

「立花……」

 

「……はい」

 

「……俺に…構うな……俺はもう…………もう……死にたい……」

 

 今のヒイロさんには、ただ先の見えない絶望しか……ないんだ。

 



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彼我の戦力差

 そんな事を言わないで。

 なんて、簡単には言えなかった。だって……ヒイロさんは違うと言ってくれたけど、ヒイロさんのお母さんが死んでしまったのは……私のせいなのだから。

 私が居なければ。私がもっと、ちゃんとしていれば……ヒイロさんが点数を取り損ねるなんて事はなくて……きっと、間に合っていた筈なのだから。

 

「……ヒイロさん……」

 

 けれど、やっぱり私は……わがままだ。

 私は……。

 

「………………私は、ヒイロさんに……生きていて欲しいです」

 

 私は、辛そうにしているヒイロさんに……それでも、生きていて欲しい。

 

「……勘弁してくれ。……家なら好きに使っていい……だからもう──」

 

「違うんです。私が、ヒイロさんに生きていて欲しい、のは……」

 

 ヒイロさんの手に自身の手を重ねて、絶望しきったヒイロさんの目を見つめ返す。

 

「……」

 

 でも、言葉が続かない。

 自分が言おうとしていることに頬は熱くなり……口がパクパクと空を切って、言いたいことが……伝えたいことを、伝えられなかった。

 

「……」

 

 ……けれど、覚悟を決めてしっかりと告げる。

 

「……私……ヒイロ……さんの事が……好き……なんです」

 

 ◇

 

「……」

 

 少女の告白は、場に沈黙を生み出した。

 ヒイロは思いもしなかった言葉に、思わず目を見開く。

 

「……は? 何それ……好き……って……そんなの……嘘だろ」

 

「……ウソじゃないです……」

 

「いや嘘だね。お前のそれは……単なる依存だ」

 

「……」

 

「お前……お前は……俺以外に頼ることが出来る相手がいないから……それで……勘違いしてんだよ……自分の思いを……」

 

 ヒイロはバッサリと、少女の思いを切って捨てる。

 けれど響も、その言葉になんら動じることなく応じる。

 

「……確かに、最初は依存だったかもしれないです。でも……本当に、好きなんです。……生きていて欲しいんです」

 

「……」

 

 あまりに堂々と自身に依存していることを語られて、ヒイロはちょっと引いた。

 響も、自分が今凄いことを言っているという事は理解していた。だから先程からずっと、響の表情は赤く火照っている。

 

「……ごめんなさい。そんな事……私が、言うべき事じゃ……無い、ですよね」

 

「……」

 

 そして……響は表情を赤くしながらも立ち上がる。

 

「……私が、星人を全部倒します」

 

「……」

 

「私が……星人を全部倒せたら……その時は、死なないでください」

 

 それは、一方的な約束だった。

 ヒイロの死と、星人の全滅。いったい何がどうなったらそれが繋がるというのだ。

 

「は? 何勝手なこと……」

 

 当然理解できないとばかりに響に言葉を返そうとするヒイロだったが、続く響の言葉で沈黙させられた。

 

「ヒイロさんは……本当は死にたくないんじゃないですか?」

 

「……は?」

 

 それは、話を聞いていて感じた違和感であった。

 

 ヒイロは死にたいとばかり言うが……その割には自殺しようとはしない。けれど、訪れる死には抗わないと言わんばかりの無気力感。

 自分で死ぬのが怖い……なんて事は無いだろう。ヒイロは今までもやるべき事は徹底的にやる男で、死ぬと決めているのならすっぱり自殺しているだろう。

 

 そんなヒイロが……あくまでも自然に死ぬのを待つかのように茫然としているだけ。

 何か……不自然さを覚える。

 

 そして響には、その不自然さこそがヒイロを説得できる突破口だと直感的に感じた。

 

「まだヒイロさんには……何か……何か、そう……目的があるんじゃないですか?」

 

「……」

 

「やり残した事が有るから、まだ自分で死ぬ踏ん切りがつかないから……星人に殺されるのを待っていたんじゃないんですか?」

 

 響には語ったことへの確証などなかった。

 ただ残された希望に縋っただけの、それこそ勝手な推測。

 けれど、ヒイロの表情はみるみるうちに固まっていく。その図星を突かれたような表情が、響の推測が的中している事を言外に表していた。

 

「……なら、星人にヒイロさんを……殺させたりなんて、させませんから」

 

「……」

 

「それに、今ここでヒイロさんが死ななかったとしたら……ヒイロさんの人生には、まだ意味が有るって事じゃないですか」

 

 その言葉に、ヒイロの表情はぐしゃりと醜く歪む。

 

「……そんなもの……ない」

 

「あります。絶対に」

 

「っ……」

 

 ヒイロには、ただただ分からなかった。

 彼の五年間の孤独は、少女の想いを理解できず、受け入れる事を拒む。

 何故それほどまでに自分に尽くすのか。ヒイロと響は家族でも無いし、友人でもない。

 

 幾度か手を差し伸べただけの……それだけの関係。

 

 何がそこまで響を動かしている。

 何故──。

 

「……んだよ……なんで……俺にそこまで……」

 

 絶望と困惑と……そして、ほんの少しばかりの希望。

 その声色には、そんな様々な感情がないまぜになっていた。

 

「私が、ヒイロさんに救われたから」

 

 その、ヒイロへの返答はとても簡易的で、けれど万感の思いが詰まっていた。

 

「……」

 

「私が……ガンツに生み出されて、ヒイロさんに助けてもらった時から──」

 

 響は、重ねていた手を取って……誓う様に語る。

 

「ヒイロさんは私の、ヒーローだから」

 

 ◇

 

 コントローラーを確認しながら、マップを駆け巡る。

 目標は当然、星人だ。

 

「助ける……絶対に……ヒイロさんを……!」

 

 ステルスを起動し、マップに示された星人のもとへとたどり着く。

 

bikkykawaii!

 

karadanoraingakirei

 

wakaru

 

 彼らは仮面を震わせながら……なにか先程語っていた日本語ではない、別の言語を発していた。

 その光景に、一瞬だけ意志が鈍る。

 ……けど、これは勝負だ。ヒイロさんと私の勝負。

 星人に殺されたいヒイロさんと、星人を全部倒してヒイロさんと生きて帰りたい私の勝負。

 

 だから、ごめんなさい。

 

 カンッ、という軽い音の数瞬後、何かを叩きつけるかのような爆音が鳴り響き……巨大な血だまりが生まれる。

 

「……」

 

 制限時間が迫る。足早にその場を駆け抜けて次の場所へと駆ける。

 もう躊躇はしない。

 全部の星人を……殺す。

 

 そこから先は、一方的な殺戮。

 不可視の状態で星人を殺して、すぐに移動してまた殺して。

 

 殺して。

 

 また殺して。

 

 ……そして、想像よりもずっと早く……最後の一体を殺した。

 

「……終わ、り……?」

 

 あっけない終わりだった。

 

 ステルスを解除して、辺りを見渡す。特に何かが出てくるという訳でもない。

 

「……」

 

 未だに実感が湧かない。

 ただ……静寂な夜の空気が、もう終わりであるという事を告げているようだった。

 

「……」

 

 マップを見ても、もう星人の反応は無い。

 

 しかし。

 

「……転送が始まらない……?」

 

 何時までたっても転送が始まらない。

 おかしい、何時もなら最後の一体を倒したら転送が……。

 

『おおお……わが同胞……何故(なぜ)……何故(なにゆえ)……』

 

「!?」

 

 背後から、しわがれた声が聞こえてきた。

 瞬時にステルスを発動して距離を取ろうとする。

 

 ……けど。

 

『……貴殿か……貴様か……』

 

「あっう……!?」

 

 ばつんっ、という異音がコントローラーを握っていた手から鳴り、その衝撃でバランスを崩して倒れてしまう。

 

「っ痛……え?」

 

 コントローラーが……左手首から先が千切れていた。

 

「あ、え? 腕……」

 

『これか……貴殿らの武器か……』

 

 滲む視界の先で、ガンツに示された不気味な能面を被った異形が……私の左手を持っていた。

 なんで? スーツの防御を貫通した? 様々な疑問が脳裏を駆ける。しかし、そんな疑問を吹き飛ばす様に痛みが湧いてくる。

 

「っ、あぁあああ……痛っぅぅ……」

 

 腕をなくしたと認識した瞬間、痛みが一気に脳裏を駆け巡る。

 思わずZガンを手放して、無くなった左手を押さえる。

 血がとめどなく溢れて、初めての痛みに吐き気を覚える。

 

『貴殿か……貴様が……』

 

「っ!?」

 

 その星人の見た目は他のおかめん星人とは全く違って見える。

 時代劇か何かの様に着物を着て、顔の能面は老人のような表情をしていて……でも仮面ではなかった。能面そのものが顔になっている。

 腰には日本刀を差しており、柄には既に手が添えられている。

 

 ……こいつが、ボス!? 

 でもなんで……星人の反応はさっきので最後だったはずなのに……! 

 

 分からない。

 けど、こいつを倒さないとミッションは終わらない! 

 

 蹲った状態ではZガンを拾っている暇はない。

 腿のホルスターからガンツソード取り出して振るう。

 ガンツソードは収縮自在の剣。それをスーツの強化を受けた腕力で振るう。

 

 抜刀と同時に剣を伸ばして──!? 

 

『ほう……』

 

「ッ!?」

 

 おかめん星人はガンツソードの斬撃を軽く身を捩るだけで躱した。

 

『妖術……忍術か……』

 

 そして興味深そうな声をあげたかと思うと……直後風が起きた。

 

「っあぅっ!?」

 

 何が起こったのか分からないまま、顔の右側に強烈な痛みが走る。

 あまりの痛みに顔を地面に向けて……何が起こったのかを理解した。

 

「!?」

 

 ボトリと、自分の耳が落ちていた。

 思わず血の気が引く。

 

 この星人は遊んでいる。言外に何時でも首を落とせるぞと、そう言ってる……! 

 

 ガンツソードじゃダメだ……! 刀を一振りしただけで彼我の実力差を理解した。

 このままガンツソードを使っていたら百年たっても倒せない。

 

 銃じゃないと……この星人には勝てない! 

 

 ソードを手放してスーツに力を籠める。また興味深そうにこちらを見ているおかめん星人を傍目に、跳ねるようにZガンに向かって飛び出す。

 

「……!」

 

 転がる様にZガンを取り、荒く息を吐きながら構える。

 けれど何故か……おかめん星人はまるで試すかのように傍観し、立ち尽くしていた。

 

『まてまて……聞きたいことがある……貴殿に……』

 

「……なに……を……?」

 

 そして、私が構え終わるのを待っていたとでもいう様に、おかめん星人は刀の柄から手を放して両手を上げる。

 何を……と困惑する私を尻目に、おかめん星人は、ぽつりぽつりと語りだした。

 

何故(なぜ)殺す……何故(なにゆえ)殺す……誰に頼まれた……』

 

「……」

 

『わが同胞……われらは……静かに生きていた……何故(なぜ)……何故(なにゆえ)……』

 

 その言葉には、どこか悲しみの感情すら混じっているように思えた。

 そんな姿を見て湧いてくるのは……一つの疑問。

 

 ……星人にも感情はある……? 

 

 星人。どういう存在なのかはヒイロさんにすら分かっていない。

 けれど、ノイズと違って星人には感情が有る様にも見える。

 

 彼らは……彼らは一体……。

 

「……貴方達は……なんなんですか……なんで……私たちと戦っているの……」

 

『……貴殿がそれを……問うのか……』

 

 私が言った瞬間、答えを期待していたおかめん星人は呆れたように口を開く。

 

「……分からない……私達は……誰に命令されてるのかも……」

 

 でも私たちも分からない。自分たちが何者で、何故戦わせられているのかなんて。

 

『……』

 

 ……やはり私の言葉は期待外れだったのか……おかめん星人は刀を構え直す。

 

『最期の言葉を聞こうか』

 

 直後、全身の毛が逆立つ程の威圧感が発せられた。

 

「っ……」

 

 指が震える。あまりの迫力に痛みすらも忘れて震えが止まらなくなる。

 

 怖い。死んじゃう。

 恐怖がこみ上げて止まらない。

 

「ヒイロ……さん……」

 

 けど。

 

「ヒイロさん……!」

 

 けど、脳裏にヒイロさんの姿が浮かんだ瞬間。

 

「……」

 

 覚悟が決ま──。

 

『まて……まて……』

 

「……!?」

 

 どこかから……何かの声が聞こえる。

 

『此奴はいたぶろう……散々いたぶろう……』

 

『む……?』

 

 今いるおかめん星人のさらに奥から、彼らは音もなく現れた。

 ……その星人たちはそれぞれ違う能面の顔をしており、しかし全員が私をあざ笑うかのような目でこちらを見ていた。

 

『それがいい……同胞の仇……』

 

『なるほど確かに……』

 

『いたぶろう……そうしよう……』

 

『首は最後……まずは指から……』

 

 そして彼らは、能面の顔を歪めながら刀に手を置く。

 

「……そん、な……」

 

 戦意が揺れる。

 一体ですら、勝てる気がしなかったのに──。

 

『同胞の仇……』

 

『うむ……』

 

 覚悟が打ち壊される。

 新たに現れた四体の星人は、こちらに指を立てて宣言した。

 

『まずは指一本!』

 

 ヒイロ、さん──。

 

 

 



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傷心性健忘症

 それは、忘れていた過去の話。

 

「Hey! ひーろー! 何落ち込んでるデス!」

 

「……」

 

 母さんはいつも通り、無駄にテンション高めで俺に抱きついてくる。

 どこかエセ外国人っぽい喋り方が余計にそう感じさせる。

 しかし母さんのそんなノリに付き合う気力は湧かない。

 やはりまだ、恐怖がある。それを感じ取ってか、母さんは怪訝な声色で語りかけてくる。

 

「およ〜? ほんとーに元気ないデースねー?」

 

「いや……まだ少し……外が怖い……」

 

「Oh……それは大変デース!?」

 

「!?」

 

 大仰に、しかし本当に心配している表情を浮かべた母さんは、しかしまた屈託のない笑顔で俺に寄りかかってくる。

 俺ももう十五歳だ。こんなにべたつかれたら小恥ずかしい。

 

 そんな俺の思いを知ってか知らずか、母さんは楽しげに歌を歌い始める。

 

「ガッカリして〜メソメソして〜どうしたんデース?」

 

「……」

 

「たいよーみたいに笑う〜ひーろーはどこデース!?」

 

「……」

 

 ウォウウォウと返せば良いのか?

 ギャグなのか本気なのか掴めかねる語り口に、少し毒気が抜かれてため息が出る。

 

「どこデース?」

 

 しかし頭上から妙な圧……実際に胸を頭に押し付けてきている……を感じて、答えなきゃ解放されないと言うことを察して、さらにため息をつく。

 

「……ウォウウォウ」

 

「おー! これで元気100%デース!」

 

 そこは勇気だろ……。ほんとそろそろ三十代も見えてきているのに落ち着かない人だ。

 ……そんな彼女との突っ込みどころ満載な会話は、まるで本当の家族のようで。

 しかしその実、俺と彼女がこんな風に話をするようになったのはほんの……数日前の事だ。

 

 『ももたろう』。

 ガンツがそう呼んだ星人に殺されかけて、おめおめと逃げ帰って……本気で恐怖した。

 もう戦いたくないと思うほどに。

 

「……ヒイロ?」

 

「……ああ、うん。何でもないよ」

 

 嫌な思い出がフラッシュバックして、胃が掻き混ぜられたかのような気分になる。

 母さんは本気で心配した表情で声を掛けてくるけど、大丈夫だと返す。

 

「……もし何か困った事あったら、母さんに教えてね?」

 

「……分かった」

 

「──ならOK! ひーろーはやっぱりひーろーデス!」

 

 ニュアンス的に、やっぱり男の子だね! 的なことを言いたいのだろう。

 しかしどうも疑問が湧く。

 

「なあ母さん。何でいつも、俺の事を──」

 

 

 ヒーロー。

 嫌な言葉だ。聞くたびに、母さんとの思い出をほじくり返される気分だ。

 

 何がヒーローだ。俺が何をした。

 

 俺に救われている? 俺が母さんに何をした。

 何もしなかった。母さんが星人に襲われても、何も出来なかった。

 

 俺が出来たのは、全部が終わった後あの糞星人を『上』に送ってやることくらいだった。

 

 何がヒーローだ。

 

 何が救われただ。

 

 何が。

 

 何が……。

 

「ヒイロ……」

 

「……っ、母さん!?」

 

 血塗れの母さんの顔。俺はその時の母さんの表情を何度も見てきた。

 ミッションで何度も見てきた、死ぬ間際の表情だった。

 

「ヒイ、ロ……」

 

「すぐ、すぐに病院に……!」

 

「私は……もう……良いから……はやく逃げ…て……」

 

「っ……! 何言ってんだよ! 母さんも……っちゃんと助けるから!」

 

 母さんはほんの少しだけ目を見開き、苦しそうに眼を閉じる。

 そして──。

 

「……何で……ヒイロしか……いないの……」

 

 それは、何時もの母さんとは違う……どこか突き放すような言い方だった。

 

「……え?」

 

 その時母さんは……それが最期とばかりに血をこぼしながら言葉を続けた。

 

「……私……お父さんの事が……好き……私にとって……ヒーロー……だった……」

 

「……」

 

 最初は、何を言っているのか分からなかった。

 親父? ヒーロー? 何を言っている。

 

「でも……私のヒーローは……消えちゃった……」

 

 親父……母さんと俺を置いて蒸発した。

 それが何故今出てくる──。

 

「……重ねて、た……ヒイロと……」

 

「……何、を……」

 

 ……酷く、嫌な予感がした。そこから先は聞きたくないと、そう思うほどの嫌な予感が。

 今までの母さんとは違うような……何か、そんな雰囲気を感じた。

 これ以上先を聞いてはならないと直感がそう叫ぶ。

 

 けれど俺が耳を塞ぐよりも早く……母さんは……血を吐きながら、血にまみれながら……頬を熱くして熱っぽく、呟いた。

 

「……ヒイロ……好き……」

 

「──」

 

 その、血塗れの告白は……ただの一言で、俺と母さんの『家族』を引き裂くようで。

 

 何もかもが唐突で、脳が理解を拒む。

 

 血塗れの手を俺に伸ばした母さんは、いつくしむように俺の頬に手を当てて……そのままゆっくりと目を閉じて行った。

 

 数瞬の沈黙。そして次第に、理解していく。

 母さんにとっての俺の『意味』を。

 

「……は、はは……」

 

 俺の……何が、ヒーローだ。

 

 何が……。

 

「……私……ヒイロ……さんの事が……好き……なんです」

 

「私が、ヒイロさんに救われたから」

 

「私が……ガンツに生み出されて、ヒイロさんに助けてもらった時から──」

 

「ヒイロさんは私の、ヒーローだから」

 

 何ッ、が……。

 

「……」

 

 俺は、助けたかった。母さんを、最後まで。

 そして確かめたかった。あの時俺に手を差し伸べてくれたのは、俺と親父を重ねていたからだけなのか。本当にそれだけの事だったのか。

 俺と母さんは……家族になれたのか、どうなのか。

 

 それが……確かめたかった。

 

「……は」

 

 けれど間に合わなかった。

 母さんは死んだ。

 

 立花……。あいつは、俺に生きろと言った。

 だが俺は何をすればいい。もう、何もかもが手遅れだ。

 俺は家族を取り戻したかった。ただそれだけが、戦う理由だったのに。

 

 母さんは母さんである前に……男を求める女だった。

 親父は親父である前に……自分のガキに怯える人間だった。

 

 俺は……。

 

『ヒイロ! 一緒に遊ぶデス!』

 

 また間に合わなかった。

 

『……ヒイロ……好き……』

 

 もう、俺には……何も──。

 

「まだヒイロさんには……何か……何か、そう……目的があるんじゃないですか?」

 

 何もない、筈なのに。

 

「やり残した事が有るから、まだ自分で死ぬ踏ん切りがつかないから……星人に殺されるのを待っていたんじゃないんですか?」

 

 その筈の俺の脳裏には、何故かあの少女の顔がちらついてばかり。

 

 目的? そんなもの……もうない。

 無い……筈、なのに。

 

 何故、俺はあいつを助けた?

 分からない……そもそも俺はあの女の事をどう思っているんだ。

 何故、俺はあいつに……手を差し伸べた。何の関わりもない、一か月前に生まれたあの少女を……。

 

 何故……母さんよりも、立花を優先したんだ──。

 

 

『なんで、ヒイロをひーろーって呼ぶのか……デスか?』

 

 ──それは忘れていた過去。

 

 ……何で俺をひーろーなんて呼ぶのか、という何でもない……ちょっとした疑問の答えだった。

 ほんの日常の小話で、取るに足らないちっぽけな会話。

 

『だって、ヒイロは何時も……私を助けてくれているデス』

 

『俺が?』

 

『そうデース!』

 

 そうだ……思い出した。

 

 ……母さんは、この後こう言うんだ。

 

『──私の事を、お母さんって……呼んでくれて。それがすごく嬉しくて……救われてるデス。だからひーろーデス!』

 

 そうやって、本当に嬉しそうに笑う母さんは……母親の顔をしている。

 何故、忘れていた。

 母さんのその答えは……母さんがずっと、俺の事を息子だと思ってくれていたことの証左だった。

 何故、忘れて──。

 

『だから、もう私は十分救われてるデース! ヒイロは、もっと他の人を助けてほしいデス!』

 

「──」

 

 その言葉は、確かに覚えている。

 ああ、そうか。何で忘れていたのかが、分かった。

 

 ……いや、本当は忘れてすらいなかった。ただ、母さんの願いが……受け入れられなかった。

 

『もしもの時は、ヒイロがしっぽ切りしやすいように私が熱烈な演技でヒイロに嫌われてやるデスよ!』

 

 あんな、臭い演技を本気で信じて。

 確かめる必要がないものを確かめるために、母さんの思いを無視して戦って。

 

 ()()()()()()()()()()()()()一方的に願って……自分の記憶すら見て見ぬふりをする。

 

 ああ。そうか。

 母さんにしがみついていたのは──。

 

「……俺、か」

 

 母さんの願いを、俺は知っていた。

 それなのにそれを無視して、気付かないふりをして母さんを助けようとしていた。

 でも心の奥底では気付いていた。

 

 だから俺は……立花に手を伸ばした。

 だから俺は、母さんが死んでも……後を追うことが出来なかった。

 

 だから俺は、あんな、中途半端な真似を……。

 

「……立花」

 

 こんな俺の事を好きだと言ってくれて……ヒーローだとも言ってくれた少女。

 彼女は今、俺のために戦っている。俺は……何をしていた。

 ここでぼーっと座って、自分で忘れていた事をどうにか思い出して。

 

「……ああっ……情けねぇ……マジで…………」

 

 自己嫌悪でどうにかなりそうだった。

 

「……」

 

 目の前にあるスーツを取る。

 

 今更、遅いかもしれない。

 ……だが。やるべき事ははっきりと見えていた。

 

 

『ほれほれ!』

 

「ぐっあっ!?」

 

 残っていた右腕が切り飛ばされ、また同じように耳が吹き飛ぶ。

 痛みが飽和して、もう訳が分からなくなる。

 

『いいぞいいぞ!』

 

『次は足にしよう』

 

『よいよい!』

 

 どうにか動かせていた足に攻撃が集中しだして……遂には、両足を切り落とされる。

 

「がッはッ!?」

 

 体を支えられなくなり、地面に叩きつけられ、肺に詰まった空気が押し出される。

 息が出来ずにもがいていると、私の首の横に刀が差しだされた。

 

『どうする? 斬るか?』

 

『まだまだ……』

 

『足の先から切り落とそう……』

 

『そうしよう……』

 

『どこで死ぬか……ふふふ』

 

 ……ああ、もう駄目だな、と理解した。

 

 どこか諦観の念すら浮かぶ。私が出来た精々の抵抗は、激痛に悲鳴を上げない事。それだけだった。

 

 ごめんなさいヒイロさん。

 私……ヒイロさんの事、助けられなかった。

 

「ごめん……なさ──」

 

 ……遠のく意識の中。最期の言葉は──。

 

『……む? なにやぁぁぁ──』

 

 おかめん星人の断末魔で上書きされた。

 

「──え?」

 

 ぐらりと、誰かに抱きかかえられた。

 掠れた視界の先。

 

 彼が、私を見ていた。

 

「すまん……遅くなった」

 



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ヒーローへのラストピース

「……」

 

 ……酷い怪我だ。

 左手首から先は引きちぎれ、右腕は肩から切り落とされている。

 両足も乱雑に途切れている。この傷ではもう……長くは無いだろう。

 

「……ヒイロ……さん」

 

「……立花…………俺は……」

 

「やっぱり、来てくれた」

 

「……」

 

 しかしそれでも、立花は優しく俺に微笑みかける。

 

「……私の……ヒーロー……」

 

 その言葉は、深く……俺の心に突き刺さっていく。

 

『おおお……我が……我が同胞……』

 

『何奴……貴様……』

 

 背後から星人どもの声が聞こえ、喚きたてる。

 ここじゃアイツらが邪魔だ。

 

「……チッ」

 

 スーツに渾身の力を籠め、アスファルトを砕きながら跳躍する。

 立花を抱え風切り音と共に空を駆け、幾らか離れた場所へと降り立つ。

 スーツが着地を緩和するように空気を排出し……立花に衝撃を与えないようにスーツが殺しきれなかった衝撃を受け止める。

 

 着陸したのは目に付いた中で一番高層のビル。あの人型星人ではここまで来れない。

 そのビルの屋上に立花を寝かす。

 

「おい立花」

 

「っ……はっ、はっ……」

 

「……」

 

 出血が酷い。体中に酸素が運ばれなくなり、それを補う様に呼吸が異常になっている。

 ……持って、五分か。

 

 傷の部分をきつく結んで、申し訳程度の応急処置をしながら立花に語り掛ける。

 

「……立花。辛くても返事をしろ」

 

「はっ、はっ……は、い……」

 

 顔色がドンドン悪くなる立花に、矢継ぎ早に声を掛け続ける。

 

「まだ、俺をヒーローと呼ぶんなら……死ぬな。何が有っても目を閉じるな。生きることを……諦めるな」

 

「……はっ、い……」

 

 数分前の自分の痴態を棚に上げて、立花にそんな事を告げる。どの口が死ぬなと、この少女に願っている。

 けれど立花は何の疑いもなく頷く。

 

「……」

 

 本当、何で俺なんか好きになっちまったんだろうな。

 汗で額に張り付いた立花の髪を分けて整えて、頬を撫でる。

 

 助けてみせる。今度こそ……間に合わせてみせる。

 

 ゆらりと立ち上がり、眼下に広がる街を見下ろす。

 三分だ。

 

 三分で全てを片付ける。軽く振り返り、立花に語り掛ける。

 

「──そこで見とけ。()()()ヒーローは強いって事をな」

 

「! ……っはい」

 

 ◇

 

 彼の人生を一言で語るのなら……『迷走』だろう。

 母の思いを自己解釈し、本来の目的を忘れてひたすらに戦い続けた。

 

 果たしてそんな彼の人生に意味はあったのだろうか。

 そんなものは無い。

 

 ヒイロ自身が言う通り、迷走し続けた彼の人生に意味なんてなかった。

 

 ──しかし。

 

『! 貴様……どこに消えておった……』

 

 彼は生きる意味に出会った。

 

 欠けていた歯車を埋めるように、ヒーローへのラストピースは埋められた。

 

「全員同時に来い。まとめて相手してやる」

 

『……』

 

『仇……』

 

『同胞の仇……』

 

『天誅……必罰……』

 

 煽るように手招くと、星人たちは先ほどまでの動揺が嘘の様に消え、純粋な殺意をヒイロへとぶつける。

 

「……」

 

 そしてヒイロは、足元に落ちている響が使っていたガンツソードに一瞬目をやり──。

 

『きィぇぇぇぇァ!!』

 

 その瞬間を狙う様に般若の能面が飛び掛かる。

 ガンツソードを蹴り上げて手に取ると、そのままスウェーで般若の斬撃を避ける。

 

『仇ィ!』

 

 しかし間髪入れずに女系の能面が飛び掛かり、般若と共に切りかかる。

 

「……」

 

 そんな、危機的状況にもかかわらず……ヒイロは落ち着いていた。

 最小限の体の動きで能面の達人級の攻撃をいなし続ける。

 

 その間も視線は、未だに動かずにいる二体の能面に向けられた。

 

『きぇぇッ』

 

『アアッ!』

 

 腕を組み、傍目には嬲られているとも見えるヒイロを面を歪ませながら見ている鬼のような能面。

 そして、現れた時から最も威圧感を放っていた翁。

 

 彼らは攻撃には加担せず、傍観を決めていた。

 

「ふっ」

 

 故に。

 

 あくまでも様子見をしていた翁とは違い、完全に油断しきっていた鬼に向けて──。

 どこか片手間に、致死の一閃を浴びせた。

 

『ぁえ?』

 

 その一撃は完全に虚を突き、鬼は何も理解できないまま、断面から血を噴き出して倒れ伏した。

 唐突に死んだ同胞。その事実を受け入れるため、ヒイロに攻撃を仕掛けていた二体の能面は動きを止めた。

 

『なっ……』

 

『きさ──』

 

 当然そんな隙を逃すはずもなく……一瞬でガンツソードを縮め、返す刀を二体に浴びせ──。

 

『……』

 

「むっ」

 

 る事は叶わなかった。

 鬼が殺された直後、誰よりも俊敏に動いた翁だった。彼は全身の筋肉を隆起させながら……怒りに全身を震わせながら。

 あの時、響を殺そうとした瞬間よりも……更に強力な殺意を発していた。

 

『貴殿ら……逃げろ……』

 

『むぅ……! 何を……!?』

 

『行け……大阪へ……』

 

『ばかな……仇を……』

 

『いけぇい!』

 

 ギリギリとヒイロとの鍔迫り合いを演じつつも、二人となってしまった能面たちに決死の勢いで……逃げろ、と。

 

「……」

 

 能面二人は翁の異様な迫力に飲まれたように息をのむと、不承不承ながらに駆けていく。

 そして──。

 

『おぉおおぉぉおおおお!!』

 

 異様の面を怒りと悲しみに歪めながら……渾身の力を込めてヒイロを刀ごと引き裂こうとする。

 

「……ふん」

 

 けれど、そんなものに構っている暇が有るかと……ヒイロは刀を翻して鍔迫り合いから抜け出し、ハイキックを翁の顔面へと叩き込む。

 速度は十分。しかし翁は……それを刀の柄で受け止める。

 

「むっ」

 

 数瞬、両者の間に風が流れる。

 

『がアアッ』

 

「ふっ──」

 

 互いに不意を突くようにもう一撃を放つと、夜の八王子に火花が散る。

 

『アァッ』

 

 翁はさらに速度を上げていく。それはすでに音速の域を超え、目で終える速度の限界に迫ろうとしていた。そんな速度で、ヒイロの前面三百六十度全てから斬撃が飛んでくるとでも言わんばかりの連撃は、ヒイロをしてなお完全には捌ききれずにスーツに切れ込みが入っていく。

 

『キィェェッ』

 

「……ふむ」

 

 互いに火花を散らしながら、しかし形勢はヒイロが徐々に押される形となっていく。

 けれどヒイロは、頬を裂かれながらも冷や汗の一つも流さず。

 無表情を貫き通して軽く息を吐き──。

 

「なるほど……分かった。分かった」

 

 ヒイロは刀の打ち合いの中、ハンズアップした。

 

『……ッ!?』

 

 諦めとも取れるその行動……しかし翁は動きを止めた。

 あれはカウンターを狙ったモノ。今手を出していればやられて──。

 

「止めだ。お前は時間がかかる」

 

『……何を──』

 

 まるで参ったとでもいう様に軽く手をあげると、ヒイロは軽く後ろに飛ぶ。

 まさか、本当にあきらめた……? 

 翁はその行動の真意を理解できず警戒していたが、ヒイロの方は翁のことなど気にも留めないとばかりにコントローラーを取り出し、軽く見つめる。

 

 そして──。

 

「そこに居ろよ」

 

 響を連れ去った時の様に跳躍すると、ヒイロは翁の前から姿を消した。

 

『……』

 

 まさかの逃亡。確かに劣勢ではあったが、あそこまで潔く逃げられるものか……? 

 幾ばくかの疑念を抱きながらも、能面の翁は一人仲間の死体が転がる広場に残される。

 

『……』

 

 ……誰もいなくなって、彼はようやく安心した。

 

 あの男は強かった。もう一人の女は武器にかまけただけの初心者にしか思えなかったが……だが女だけは殺す事が叶った。あの出血ではもう生きてはいまい。

 

『……すまぬ……同胞よ……すまぬ……』

 

 翁は自身のすぐ横で死んでいった鬼に向けてぽつりぽつりと謝罪を零していく。

 

 翁は情に厚い男だった。仲間を思い、仲間に思われ。おかめん星人の中でもトップクラスの実力にふさわしい人格と長の能力を兼ね備えていた。

 

 そんな彼をしても、ハンターからは逃げる事が叶わなかった。

 能面の連中は強いが、それ以外の者たちは戦いに向いているとは言えなかった。だからこそ細々と暮らしていたが……標的に選ばれてしまった。

 

 同胞の多くは死に、能面すら殺された。しかし二人は生きる。彼らは大阪に向かった。あそこの頭領であれば二人を受け入れてくれるはずだ。

 

『……』

 

 ……いや、私もすぐに彼らを追いかけよう。きっとすぐに会える。

 

 翁は一人、刀をしまい……死んでいった仲間に祈りを──。

 

 直後、爆音が鳴り響く。

 

『!? な……何が……!?』

 

 ドギャッ。ガガガッ。バギャン。ドゴン。

 映画でしか聞かないような異様な音は大きく移動しながら鳴り響き、ズンッ!! という何かを叩きつけるような爆音で地面が揺れる。

 

 そして──。

 

『何ッ……』

 

 ズズンッ、と。

 困惑する翁の背後に……何かが着地した。

 

『……』

 

「よう」

 

 それは逃げた筈の男。

 

 何を……。

 困惑しつつも、咄嗟に男を観察した翁は……気付いた。

 

『……っお』

 

 彼は両手に、何かを持っていた。

 

『おおッ』

 

 それは無機質な……。

 

『おお……おおおおォォォォ!!』

 

()()()()()

 

 それを認識した瞬間、翁は一人、怒りのままに飛び掛かる。

 

 ──そしてそれは、翁が見せた最も大きな隙。

 

「──」

 

 ヒイロは能面の首を捨て、飛び掛かる翁にYガンを浴びせかける。

 

『!?』

 

 初見の武器に対応が遅れた翁は、避けられない空中でYガンのワイヤーに全身を絡めとられ、そのまま飛び掛かった勢いのまま地面を転がる。

 

 暫く呻いていた翁は、血走った目で彼らの言葉を口走る。

 

『……kono……mazakonngaa! 

 

「……」

 

hahaoyadenuitakotoarisou! kokuhakutoraumaninattesou! 

 

 それは、聞くに堪えない罵倒の言葉なのだろう。

 もはや彼しか使う事のない言葉を喚き散らすのを見ながら、ヒイロは冷めた目でYガンのトリガーを押す。

 

onnnanokonikabawaretehazukasikuna──!』

 

 最期まで怨嗟の声を発しながら……翁は『上』へと送られていった。

 

「……二分と五十一秒……大丈夫だ……きっと……間に合っててくれ」

 

 誰もいなくなった広場でヒイロは呟く。

 

 ……転送が始まった。

 

 ◇

 

「……あれ?」

 

 ん、んん? 

 

「……へ、部屋……?」

 

 な、なに──っ!? 

 こ、これは……!? 今まで戦っていたおかめん星人は!? 

 

 ……え。あれ? 

 本当に何してたんだ、私……。

 

「何一つ覚えてない……っ、て、そうだ! ヒイロさん!」

 

 部屋を見渡してもヒイロさんの姿は確認できない。

 

「っ、ヒイロさん! どこにいるのヒイロさん!? ガンツ! 早くヒイロさん転送して! しろぉ!!」

 

 何度呼んでもヒイロさんの声は帰ってこなく、ガンツの黒々としたボディを叩いてみるも、ウンともスンともしない。

 

「……嘘……ヒイロさん……」

 

 もしかして、私……賭けに、負けて……。

 

「ヒイロ……さん……っ」

 

 ガンツに縋りついて大粒の涙を流す……負けちゃった……ヒイロさん……ヒイロさ──。

 

「え?」

 

 と、ジジジ……という電子音が鳴り響き、細い光が何時かの様に私に当たる。

 

 これっは……! 

 

「……先に転送されてたか、立──!」

 

「ヒイロさん!」

 

「!? おい離れろ!」

 

 転送されてきたヒイロさんに抱きつく。

 ヒイロさんは困惑した表情で私を離そうとするけれど、諦めた様にため息を吐いた。

 

 よかった。ヒイロさん、生きてた……。

 

「よかった……私、ちゃんと星人を倒せたんですね……」

 

「……」

 

「……あれ? でもなんで……ヒイロさんがスーツを着てるんですか?」

 

 徐々に転送されてきたヒイロさんを見て違和感に気づく。

 何故かヒイロさんがスーツを着ていた。おかしい、ヒイロさんは喪服しか着てなかったはずなのに……。

 

「ああ。それは……」

 

「……?」

 

「ちょっと、な」

 

 ヒイロさんは少し言いよどみ、私の目を見つめ返した。

 

「……」

 

「……?」

 

 暫く口をパクパクとさせたかと思うと、ヒイロさんはようやく話し出した。

 

「賭けは無くなった」

 

「え?」

 

 そして、語られた内容は驚愕の話だった。

 

「……じゃ、あ……賭けは私の、負け……」

 

 私は星人に殺されかけていたそうだ。

 それをヒイロさんに助けてもらって……大けがを負った状態でガンツに部屋に戻されると、怪我をする前の状態の記憶になる。確かにヒイロさんのメモ帳にはそんな事が書かれていた気がするけど……まさか本当に……。

 

「ヒ、ヒイロさん……」

 

 いや、記憶がない云々は大した話じゃなくて、問題はヒイロさんが──。

 

「言っただろ。賭けは無くなった」

 

「え?」

 

「……俺も少し、生きてみたいって……思ったんだよ」

 

 ヒイロさんは、そっぽを向きながらそんな風に言った。

 夜が明け、俄かに明るくなってきた空がヒイロさんの顔を照らして……少し赤く見える。

 

「それっ、て……」

 

「……」

 

「私の告白は……オッケーって事ですよね!?」

 

「え?」

 

 間の抜けた声を漏らしたヒイロさんは、予想外だと言わんばかりに目を見開いてこっちを見ていた。

 

「だ、だって……話の流れ的に……私が告白したから……生きていたいって思ったんじゃ……」

 

 言ってて恥ずかしくなるけど、もじもじと頬を隠しながらヒイロさんに尋ねる。

 ヒイロさんは暫く何も答えなかったけど、今まで見たことないほどに焦りながら言葉を連ねた。

 

「お前……もしかして何か覚えてるのか……?」

 

「!? な、何か私が忘れている、忘れている何かが有ったんですか!?」

 

「はぁっ!? ち、違うッつの!」

 

 も、もしかしてAぐらいならやってる可能性──。

 

「勘違いするなよ! 俺が生きたいって思ったのはお前の告白じゃねぇ! ……ただ──」

 

 ヒイロさんはそこで何か言い淀んで、今度は私の方を見て……太陽の光じゃなくて、本当に顔を赤くしながら、ぽつりと零した。

 

「お前の作る飯が……また、食べたかった」

 

「……」

 

「生きる意味が……出来たんだ」

 

 ガンツは、空気を察しているかのように沈黙している。

 それが今は凄く有難かった。

 

 ……今のこの瞬間が、とても幸せで。ずっとずっと続いて欲しいと思うくらい、ヒイロさんの言葉は……嬉しかった。

 

「……じゃあ、生きなきゃですね!」

 

「……おう」

 

「もう朝になっちゃいましたけど、帰ったらハンバーグ、用意してありますから!」

 

「……そうか。なら……」

 

 帰ろう。一緒に。

 ヒイロさんは、憑き物が落ちたようにそう言った。

 

 



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基礎トレーニング

 あの時のミッションの結果。私は23点を獲得して合計84点。

 そしてあの能面たちを倒してヒイロさんは……なんと100点を獲得していた。

 

 ヒイロさんは迷う事なく二番を選んで、前の時のように一度どこかに転送? されてからまたすぐに姿を現した。

 

 結局、ヒイロさんのその行動が何だったのかはよく分からなかったけれど……でも、そうして私たちは日常に──。

 

「立花」

 

「? なんですか、ヒイロさん」

 

 それはヒイロさんの大学が休みの日のこと。朝ごはんを食べた後、洗い物をしているとヒイロさんから声をかけられた。

 

「俺は考えた……今のお前に必要なものは何か、を……」

 

「?」

 

 神妙な表情で私を見つめたヒイロさんは、がっしりと……まるで逃げるのは許さないとばかりに私の肩を掴む。

 

「すなわち力」

 

「え」

 

「星人との戦闘に耐えうる程度の力が必要だ」

 

「は、はぁ……」

 

「立花」

 

 ぎゅっと私の肩を掴む手に力が込められた。

 

「お前に戦い方を教える」

 

 ◇

 

「はっ、はっ……はぁっ!」

 

「遅いぞ立花ッ! もッと速く走れ!」

 

「でもっ、もうっ、十キロッはッ、走ってますッ!」

 

「まだまだッ、後三十キロはやる!」

 

「さささ、三十!?」

 

 それは、昼下がりの郊外でのフルマラソン。

 

「お、ぉぉえええええ……」

 

 何度も何度も足を止めそうになった立花のケツを叩きながら進み。

 何度吐いてもマラソンは完走させ。

 

「ふんっんんんぬぅっ!?」

 

「……二十五……次は三十を十回だ」

 

「さささ、三十!?」

 

 市営のジムに赴いてはペンチプレスをさせ。

 

「ぜぇっ……はっ……またッ……ランニングッ……!?」

 

「頑張れ」

 

「なんッでッ……!? ヒイロさんはッ……! 平気そうなッ……感じッ……なんッですかッ!」

 

「伊達に七年続けてない」

 

「……」

 

 立花はドン引きした表情を走り続けていたが、十分ほど走らせたところでとうとうリタイアした。

 

「……うッ、おええぇええ」

 

 昼飯を吐いた立花を今度はジムに併設されてるプールに連れていき。

 

「立花……十キロは泳いでもらう」

 

「──」

 

 絶望の表情を浮かべる立花の隣で声を掛け続け……とうとう十キロの水泳を達成した。

 

 ジムでの運動を終え、一日中運動を続けた立花にシェイカーを差し出す。

 

「プロテインだ。飲め」

 

「のめません……」

 

「飲め」

 

「またすぐ吐いちゃいますッて!?」

 

「吐いた分を補給する」

 

 いやいやという立花の口を掴んで無理矢理にプロテインを流し込む。

 

「飲め」

 

「ごぼぼぼ!?」

 

 全てのプロテインを飲み切った立花は、それはもう苦しそうにしていたが、それでも吐き出しはしなかった。

 よかった。流石にもう一度アイツの口に流し込むのは気が引けるからな。

 

 そして──。

 

「ぐぅぅ……むにゃ……」

 

 家に帰って飯を食べてシャワーを浴びた立花は、そのままぐっすりと寝てしまった。

 まだ洗物やらなんやらが残っているが……まぁ、今回ばかりは俺が代わりにやってやる。

 いきなりハードな鍛錬を強要したのに特に文句も言わずについてきたんだ。それぐらいならやってやるさ。

 

「……ヒイロさん……」

 

「なんだ、立花」

 

 そうして洗物をしていると立花から声を掛けられた。

 起きたのかと思い振り返っても、立花はどこか幸せそうな表情で寝ているばかりだ。

 

「……ん……むにゃ」

 

「……チッ……寝言かよ……」

 

 どんな夢なら寝言が俺の名前になるのか。気になるところではあるが、寝ている立花を起こしてまで聞きたいとも思えない。

 

「……チッ。寝相悪ぃな」

 

 と、寝ている立花の掛布団がはだけている事に気づく。

 軽く溜め息を吐いて、洗物の手を止めてベッドに近寄る。

 

「うへへ……」

 

「……」

 

 きも……。

 なんかすげぇにやけてるんだが……。

 ちょっと引きつつもはだけている布団をかけ直してやる。

 

「……」

 

 幸せそうに眠る立花は、何も知らないように眠っている。

 

「……」

 

 しかし、その存在には何か……作為のようなものを感じざるを得ない。

 生きてる人間。それも、あの風鳴翼と同じようにスーツを纏わずにノイズと戦闘を行える立花だ。

 あのコスプレが何なのかは……何年調べても分からなかったが、それはつまりそこまでして隠したい物事であるとも言える。

 そんな秘匿情報の塊である立花がバグで部屋に喚ばれた? そんな都合のいいことが有るか? 

 

「……ふん」

 

 お前には何かが有る。強大な何かが。

 もしそれが立花の命を脅かすような何かだった場合、俺が全ての脅威から守り切れるとも言い切れない。

 そのためにも……ある程度の自衛の手段くらいは持っていても損はない。

 

 今日の基礎トレーニングは此奴の限界を見図るためのモノ。

 思いのほか肉体的な素質が有りそうなのは今のところ一番の収穫だ。

 

「……Apocalypseまでには、お前に全てを教える」

 

 幸せそうに眠る立花の髪を撫でてから、洗物を続けた。

 

 ◇

 

「昨日はご苦労」

 

「は、はい」

 

「警戒すんな。昨日のはお前の基礎体力を図るためのもんだ」

 

 ほ、本当? また四十キロ走らせたり、三十キロのペンチプレスをやらせたり、水泳で十キロ泳がせたりしない? プロテイン流し込まない? 

 

 あの部屋から戻ってから、ヒイロさんは急に私を鍛えると言い始めた。

 私としても戦い方を教われるのはいいなと思っていたんだけど、まさかのトライアスロンで戦々恐々としている。

 

 一番怖いのは、ずっと私に付いてきていたはずのヒイロさんが全く疲れている様子がないというところ。それに、ヒイロさんは私の分のスーツや武器が入ったバッグを担ぎながら私に付いてきていた。

 ヒイロさんも生身だって言うのに……全然汗すらかいていなかった。

 

 予想はしていたけど、もしかしてヒイロさんって生身でも十分強いんじゃ……? 

 そんな風に考えていると、ヒイロさんが何かの冊子を差し出してきた。

 

「こ、これは……」

 

 ヒイロさんが差し出してきた冊子の表紙には、白い道着を着た男の人が中腰で拳を突き出している写真が描かれている。

 タイトルは……『灘神影流空手術』……? 

 

「通信教育空手だ」

 

「つ、通信教育……」

 

 え、えぇっ……。なんかもっと他になかったのかな、と疑問が湧くけれど、それはともかくまた一つ疑問が有る。

 

「あの、灘神影流? って何ですか?」

 

 空手の流派? なのだろうか。

 そういうのは疎いから分からない……

 

「単に通信教育のシリーズの名前だ」

 

「え? シ、シリーズ?」

 

 なんて、有名な空手の流派だと勝手に思い込んでいたからまさか事実だった。

 

 シリーズ!? 灘神影流って名前の!? 

 

「そうだ。他にも『灘神影流柔術』、『灘神影流ムエタイ』、『灘神影流プロレス』などが有る」

 

「……」

 

 なんとなくヒイロさんの言いたいことは分かった。けれど今一、灘神影流が何なのかが分からない。

 凄い日本の武術っぽい名前なのにムエタイとかプロレスが有るの……? なんで……? 

 灘神影流とはいったい……。

 

「ともかく、コレを見ながら戦い方を覚えていけ。細かい所なんかは俺が見る」

 

「は、はい!」

 

「灘神影流が基本を支え、細かい部分は俺が支える……ある意味“最強”だ」

 

「は、はぁ……?」

 

 ど、どういう意味? やけにいい顔で呟いているから突っ込もうにも突っ込めない。

 

「……」

 

 なんか最近のヒイロさんのテンションがおかしい気がする。

 憑き物が落ちたような、何というか。今までの、どこか追い詰められた表情が嘘のようだった。

 

「よし、やってみろ立花!」

 

「……はい!」

 

 ともかく、今はヒイロさんの言葉に従って……戦い方を学ぼう。

 少しでも、ヒイロさんの今の表情が続くように。

 

 ──その後。空手の型を幾らか私に教えたヒイロさんは、私にスーツを着せてどこかの採掘場? のような場所に転送した。

 そこには誰も居らず、ヒイロさんに聞くと今は使われていない場所だという。

 

「これからは実践編だ。さっき教えた動きを可能な限り活かして……俺に一撃入れてみろ」

 

 同じようにスーツを着たヒイロさんは、自身の顔を親指で指をさしながらそう言う。

 ……しかし。

 

「……ヒイロさんに?」

 

 正直できる気がしなかった。

 一撃与えるより先に日が暮れてしま──。

 

「ああ。それが出来たら……そうだな。何でも言う事を聞いてやる」

 

「!? なんでも!?」

 

 その条件を思わず聞き返す。

 

「ああ。俺が出来る事ならな」

 

「そっ、それってつまり……何でも良いってことですよね!?」

 

「ああ」

 

 ヒイロさんは何でもないように頷くけど、これは凄いことだ。

 だって何でも。何でもだよ!? それってつまり何でもって事で──。

 

「家事を代わりにやるくらいなら全然やってやるよ」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 あれ? 

 

「なんでも、ですよね……?」

 

「ああ」

 

「家事を代わりに……?」

 

「ああ。なんだ? なんか他に俺にやって貰いたいもんでもあんのか?」

 

 ヒイロさんは心底不思議そうにそう尋ねてくる。

 

「い、いえいえ! 何でもないですよ! 何でも……!」

 

 その純粋な疑問をぶつけられて、思わずしどろもどろになる。

 そうなんだ。ヒイロさん的には、何でもの範囲って家事を代わるとか……そういう感じ。

 いや、だって普通……何でもって……もっとこう……。

 いやいやちょっと待て! これじゃまるで私が変な事ばかり考えてる変態……。

 

「そうか。じゃあ……来い、立花」

 

「……はい」

 

 でも、露骨にやる気が削がれたような気がする。

 勝てる気のしない戦いに、私は付け焼き刃の空手で赴いた。

 

 ◇

 

「ぜっはっ……」

 

「ふん……結局一発も当てられずじまいか」

 

 何時間やっただろうか。

 結局ヒイロさんに私の拳は届かなかった。

 

 というかもう、本気で疲れた。

 凄い疲れた。

 腕上がらない……! 

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 汗だくで地面に転がり、もがくように息をする。

 

「……」

 

「はぁっ……はぁ……ヒイロさん……?」

 

 と、そうして転がり込んでいるとどこか視線を感じる。

 視線の方向に目を向けると、やはりヒイロさんがこちらをジッと見ていた。

 

「立花」

 

「はっ……はいっ?」

 

「お前、昨日と今日を通して……何か思ったことはあるか?」

 

「はっはっ……え?」

 

 ヒイロさんは何か、決まっている答えを求めるように私に尋ねてくる。

 

「俺たちは今後……まずミッションにおける戦いの殆どの場合において、スーツを着て戦う」

 

「は、はい」

 

「では、ミッションでの戦闘に際して、一番に求められるのは何だと思う? 昨日と今日を通して思ったことでいい。言ってみろ」

 

 いきなりの問いかけ。

 ミッションでの戦いで必要なもの……? 

 

「ぎ、技術……?」

 

 ヒイロさんの卓越した戦闘能力を思い出して、咄嗟に出てきたのがそれだった。

 しかし、ヒイロさんの表情は暗い。

 

「……立花。確かに技術は重要だ。……だが、究極的にはミッションにおいて技術は要らん」

 

「え?」

 

 そしてヒイロさんはバッサリと、ガンツの戦いに技術は一番ではないと切って捨てた。

 え? そうなのと疑問符で頭がいっぱいになったけれど、続くヒイロさんの言葉で納得がいく。

 

「そもそもお前、戦いの技術なんてなくてもノイズやおかめん星人を殺せていただろ」

 

「え? あ……」

 

 確かに、私は今まで戦いなんて知らないで生きてきた。

 でも、それでもある程度は戦えている。

 

「そもそもガンツの武器は強力な物ばかりだ。大抵一撃を与えれば勝てるし、殆どのものにロックオン機能が付いている。スーツすら着ていない、武器を持ったばかりの初心者でも戦いになる程度にはガンツの武器は強い」

 

「……」

 

「つまりミッションに一番に必要なのは技術ではない」

 

 ヒイロさんはそこで区切ると、スーツを指さししてもう一度語りだす。

 

「スーツは身体能力を向上させ、限界は有るが外からの衝撃やダメージを無効化できる」

 

「……」

 

「だがそんなスーツの強化から外れる箇所というのは存在する」

 

 それは──と、ヒイロさんは自身の胸を指で指す。

 

「内臓だ。スーツを着ていようとマップを駆けまわり、息を大量に吸えば肺は痛くなり呼吸はしづらくなる。心臓は早鐘を打ちコンディションは悪くなる」

 

「……」

 

「ミッションにおいて最も重要なのは……ガンツによる補強が利かない部分をどう強化するか」

 

「補強……」

 

「それをするだけで継戦能力が飛躍的に上がる。スーツを着た時のパフォーマンスもな。個人のセンスによる戦闘技能を伸ばすよりも、確実に結果に期待できる」

 

 ヒイロさんは、倒れている私に手を伸ばす。

 

「今までのトレーニングで大体お前が今いる強さは分かった。暫くの間は基礎トレーニング、次いで戦闘トレーニングだ。いけるか?」

 

「……」

 

 思い出されるのは、あの地獄のような基礎トレーニング。

 また暫く、あれの繰り返し……。それはきっと、とても辛いトレーニングとなるだろう。

 

 けど。

 

 差し伸べられた手をすぐに掴み取る。

 

「当然、です!」

 

 ヒイロさんの重しには、なりたくないから。



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トリセツ

 それは朝日が差し始めた明朝のこと。

 

「……」

 

「ふっ、ふっ、ふっ」

 

 それは昼下がりのジムでの事。

 

「三十一……! 三十二……!」

 

「……」

 

 夕方、日も落ちはじめたプールでの事。

 

「……っ……!」

 

「……」

 

 そしてそれは、完全に日が暮れたミッションでの事。

 

「せいっ!」

 

「……」

 

 彼女の繰り出した一撃はノイズの脳天を捉え、そのまま破壊する。

 

 ……そして、彼女は遂に……一度も息を切らす事なく、一日を終えた。

 

「……」

 

 あれほどの短期間で立花響は……当初ヒイロが目指していた目標を完全に超えてきた。

 それも一週間と経たずに。肉体的な面では最低限のラインは超えているだろう。

 

 そして──。

 

ビッキー(笑)

19てん

total 103てん

百点めにゅ~からえらんでください

 

「あっ……」

 

 遂には、部屋に呼ばれて一か月程度で……百点クリアを果たした。

 ガンツの表示が切り替わり、百点メニューが表示され、三つの選択肢が示された。

 

「百点……」

 

 響は呆然とそれを見ていたが、ヒイロは全くの無感動の様子でそれを見ている。

 何故ならばそれは分かり切っていた事だから。

 今の響であればノイズミッションでない通常のミッションでも悠々とクリアできていただろう。

 

(戦いを教えたばかりでこれか……センスの塊だな)

 

 前回の能面レベルの相手との直接戦闘はまだ無理だろうが、それでも前回ほど後れを取ることはないだろう。

 

「ヒ、ヒイロさん……」

 

 と。ヒイロがどこか冷静にそんな事を考えていると、少しばかりドギマギした様子の響が声を掛けてきた。

 

「どうした?」

 

「その……二番、で……良いんですよね?」

 

「……」

 

 その声には、ほんの少しばかりの……動揺の様な、そんな色が含まれていた。

 そんな響の姿に、在りし日の事を思い出す。

 

「解放されたいか?」

 

「えっ?」

 

 ヒイロが響にそう問いかけると、彼女は本当に間の抜けたような声で返した。

 そんな響の様子に気づいていないヒイロは、すらすらと言葉を重ねる。

 

「それもいい。今からもう一人のお前を殺してすり替わることだって……実際は可能な訳だからな」

 

「え? いや、違くて……」

 

「まぁ……解放の選択肢を突き付けられて覚悟が鈍るってのはよくある話だ。お前が望むなら、もう一人の──」

 

「違います!!」

 

 ヒイロにその先は言わせないとばかりに、響はどこか怒りの表情を浮かべて大声を発した。

 

「……そんな事、私は望んでませんから」

 

 響がヒイロに対してここまでの怒りの感情を見せたことは初めての事だった。

 ヒイロにしてみても響の反応は予想外だったのか、暫く驚いたように目を剥いて、伏せる。

 

「……そうか」

 

「……」

 

 暫く気まずい沈黙が場に降りるが……そんな空気を切り裂くように響が声をあげた。

 

「あのっ! ……二番って、具体的にどうなるんですか?」

 

「……どうなる、とは?」

 

「正直強力な武器ってのが何なのか……よくわからなくて」

 

「……ああ、そういう……」

 

 ヒイロは響の言っている意味がよく分からなかったが、続く言葉でようやく理解した。

 

「……まず、一回目のクリアで手に入るのが……Zガンだ」

 

「え? Zガン?」

 

「そうだ。……俺が居る状況だとあまり意味はないかもしれんが……二番を選ぶか?」

 

「……? あまり意味がない?」

 

「そいつは後で説明する。ともかく、どうする?」

 

 試すような問いかけに、しかし響は力強く頷いた。

 

「そんなの、決まってます……!」

 

 響は、望む百点メニューを指で示した。

 

「ガンツ、二番で!」

 

 ……暫くの沈黙の後、ガンツのもう一つの部屋から何かが落ちる音がした。

 

「……」

 

「……」

 

「あれ、もう終わり……?」

 

「ああ」

 

 意気揚々と選択した割には凄い薄味な展開に、少しガックシとくる響だったが……そんな響を無視してガンツの採点は続く。

 

ひーろー

0てん

ひーろーというよりほごしゃ、兄だな

しかしなぜ零てんを……? 

total 54てん

 

「え? 0?」

 

「……ま、そんな日もある」

 

 今までどんな時だって一点は取っていたヒイロだというのに、今日は打って変わって0点。

 何か作為を感じざるを得なかった。

 

 ──まぁ、単に響の調子を確認するために補佐に回っていただけなのだが。

 

 けれどそんな事はおくびにも出さず、意外そうな表情を浮かべていた響を無視してヒイロはガンツのすぐ横に歩いていく。

 

「?」

 

「お前にまだ、二番の報酬について詳しく言っていなかったな」

 

 そして、そこに放り投げられている古びたノートを取り出した。

 

「こいつ、見た事あるか?」

 

「……? ……あっ!」

 

 それは、初めてこの部屋に来た時の事。訳も分からず手に取って、結局読めず仕舞いで終わってしまったノートだ。

 怒涛の展開の連続で響が今の今まで忘れていたそのノートを、ヒイロは手渡した。

 

「見てみろ」

 

「……はい」

 

 渡されたノートは古びており……表紙は霞んでいる。

 

「うーん……『ブラック……』」

 

 今もそのノート……何かの冊子の表紙は読み取れない。

 しかし。

 

「そいつは『ブラックボール取扱説明書』だ」

 

「……え?」

 

 読めないでいた響に助けを出す様に、ヒイロは表紙を読み上げた。

 とはいえ……その内容は響の脳を混乱させるモノでしかなかったが。

 

「ブ、ブラックボール取扱説明書……?」

 

「そうだ。要はこの……ガンツの取説だな」

 

「え、えぇ!?」

 

 とんでもない内容に中身を確認してみると、ガンツの……ブラックボールが分解された様子の図面だとか、使用上の注意とか、故障かな? と思った時のQ&Aのページまで有る。

 

 と、最後の方のページで思わず手が止まる。

 

「ほ、保証書……」

 

 響は思わず半笑いになってしまった。ご丁寧に保証書まで付いている。

 会社名は……。

 

「マ……マイ……」

 

「マイエルバッハ。ガンツを製造したドイツの会社だな」

 

「……」

 

「ハインツ・ベルンシュタインを旗下にここ数十年で一気に大企業となった世界有数の会社だ」

 

「……」

 

「つっても、多分知らないよな。何せ、具体的に何をしている会社なのかよく分かっていないんだからな。皆良く分からないまま……金融とか……エネルギー系とか……環境系の会社だッて、世間的には言われてる」

 

「……」

 

 情報の洪水に飲まれ、頭が混乱している響を見て、どこか遠い昔の事を思い出すかのように……ヒイロは語り続ける。

 

「マイエルバッハは世界各国の企業にガンツを売りさばいて、ブラックボールを世界中に置いている」

 

 その言葉に、ようやく響が反応を示した。

 

「……じゃ、じゃあっ……こ、この人たちが……くっ、黒幕っ……?」

 

「違う。マイエルバッハは単に利用されているだけだ」

 

 バッサリと、響の答えを切り捨てる。

 

「……利用……」

 

「そうだ。あそこは何も知らなかった。ある日いきなり、ガンツを作れるだけの技術力が何処からともなくポンッて湧いて出たんだよ」

 

「そんな事が……」

 

「そうとしか言えない。幾ら調べても……マイエルバッハの技術の元は分からなかった……」

 

「……」

 

 響は絶句して、手に抱えていた取説を落としそうになる。

 しかし落としかけた取説をキャッチしたヒイロは、取説をペラペラとめくる。

 

「……立花。マイエルバッハについては後でもっと詳しく教えてやる。今は……」

 

 そして、あるページで手を止めたかと思うと……それを響に見せた。

 

「ガンツの百点武器についてだ」

 

 ◇

 

「一回目クリア報酬……Zガン」

 

 それは、説明書とは別に……人の手で書かれた記載だった。

 最初に見たときは気付かなかったけれど、取扱説明書の余白などに所狭しと書かれている。

 

「こいつは前に部屋に居た奴が残した『ブラックボール取扱説明書』だ。こいつには……この取説に書かれていない事、実体験なんかや実際のクリア報酬なんかが書かれている」

 

「……前……」

 

 前、とは恐らく……ヒイロさんが言っていた、私みたいに元となった人間が生きているのにこの部屋に呼ばれてしまった人……なのだろうか。

 

 最初のページの方に行くと、何か……この部屋に来た人への警告? のようなものが書かれている。

 ペラペラと、最初に見たときは良く見えていなかった部分を確認するように見ていく。

 

「二回目クリア……飛行ユニット……」

 

「……」

 

「三回目クリア……ハードスーツ(頭)?」

 

「ああ。そいつは……今着ているスーツより強力なスーツだ」

 

「ハードスーツ……頭って事は……他の部位もあるってことですか?」

 

「ああ。六回目のクリアで全部の部位がそろう」

 

「そろうと?」

 

「そこそこ頑丈なスーツの出来上がりだ」

 

「……」

 

 なんかほねほねザウルスのシークレットみたいだ……。

 妙な感想を抱きつつ読み進めていくと、中には凄い武器の羅列が有って……その中でもとんでもないクリア報酬が有った。

 

「……十回クリア……ブラックボールの使用権限……」

 

 かっこ書きで取説、と書いてあるのを見るに……この取説そのものが十回クリアの報酬? 

 

「これって……ガンツの能力を、使えるようになる……?」

 

「そうだ。そして……俺が十回目のクリアをしてから、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

 一瞬、ヒイロさんが何を言っているのか分からなかった。

 というか、今も分からなかった。

 

 ガンツの中に……人!? 

 

「見てみろ」

 

「は、はい……!」

 

 採点が終わった後、ガンツは開きっぱなしになる。

 何度かチラ見したことはあったけど、人なんて見たことない。

 

「……」

 

 案の定、ガンツの中には誰も入っていなかった。

 ……けれど、言われてみれば確かに……人が入れそうな感じは……する。でも今開いてるガンツが閉じたら凄いことにならない? 

 

「ま、信じられないよな。だが実際……俺が来た時には、ガンツ(こいつ)の中に人間が入っていた」

 

「……」

 

「……それが、ガンツの使用権限ゲットの後に居なくなる……恐らくガンツの使用権限ってのは、此奴の中に入る権利でもある……んだと思う」

 

「……中に入る?」

 

 ……ヒイロさんは、あくまでも未確認の情報を教えるかのようにそう言った。

 

「……こ、この中に入ったら……どうなるんですか?」

 

 何故か、酷く怖くなって……ガンツの中の事について聞いてみる。

 

「分かんねぇ。……ただ何となく……後任者……次の奴が来ない限りずっと……こいつの中だろうな」

 

「──」

 

 あやふやな、けれどどこか確信を持ったいい方に肝が冷えた。

 それは権限を持つ人にだけ分かる感覚なんだと思う。急にヒイロさんが遠くに行ってしまいそうで、とても怖くなった。

 

「あ、あのっ! ヒイロさんはガンツにならないで下さいね!」

 

「あん? いや、別に入らなくてもガンツの操作は出来るし……それに恐らく、本人が望まない限りはガンツの部品になんてなれねぇ」

 

「っ……」

 

「安心しろ。お前がいる限りはんな事するつもりはねぇ」

 

 ……まぁ、ならいいけど。

 ジトッと、脅すようなことを言ってきたヒイロさんに視線を向けるけれど、ヒイロさんは大して気にした様子もなく、先を読めと顎でしゃくった。

 ヒイロさんの私に対する態度が最近本当にひどい! ほんの少し怒りながら読み進めると、また凄い文面が飛んでくる。

 

「……十一回クリア……既存武器の……無制限使用権!?」

 

「ああ……そいつのおかげで俺は武器に困らなくなった。……お前がさっき手に入れたZガンも出せる」

 

「え?」

 

 とんだ死体蹴りが入った。

 百点武器もいけるの!? 私のZガンは……!? 

 

「ハードスーツもロボも無論いける」

 

「じゃ、じゃあこの……XガンとかYガンの接続ユニット? 的な奴も……」

 

「当然いける」

 

 ……嘘……私の百点の意味……。

 

「まぁ気にすんな。とりあえず、何となく百点武器の事については分かっただろ?」

 

「……ええまぁ」

 

 少しぶーたれた様に答えると、ヒイロさんは子供でもあやす様に話し始めた。

 

「不貞腐れんな。百点武器ってのは基本積み重ねだ。だからお前には……当然十回クリア以上を目指してもらう」

 

「……じゅ、十回クリア……」

 

「ガンツを動かせる奴は多いほうがいいだろ。トレーニングも当然今よりキツイものにしていく」

 

「え!? あれ以上にキツイトレーニングを!?」

 

 え? そんな車の免許持ちは二人いたほうがいいよねくらいのノリで!? 

 十回クリアを!? 

 現状で既にトライアスロン並みだよ!? 

 なんて叫びたくなるような私に、ヒイロさんは追い打ちをかけるようにこう言った。

 

「当然だ。最終的には……俺以上に強くなってもらう」

 

「──」

 

 ドン引きしかなかった。

 ヒイロさんより強く……? 無理無理、絶対に無理! 

 

「へこたれるな立花、頑張れ」

 

「無理ですってぇ!」

 

 絶句している私を見て何を思ったのか、ヒイロさんは喝を入れるように叫ぶ。

 

「飯食って通信教育して寝る! 男の鍛錬はそれで十分だ!」

 

「私、女です!!」

 

「じゃあ女もそれで十分!」

 

「雑!?」

 

 悲鳴を上げるようにヒイロさんに抗議しても、ヒイロさんは全く取り合ってもらえなかった。

 

「うぇぇ……無理だってぇ……」

 

 そう言いながらも、この取説に書かれていた……十回から上の百点武器。

 つまりは……()()()()()()()()()

 

 思わず目に留まるのは……ヒイロさんが欲してやまなかった力。

 そして恐らく、ヒイロさんが手に入れた力。

 

 十七回クリア──ミッション外での回復能力使用権限。

 

「……」

 

 私が届く……レベルなの──? 

 



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絶句

 昨日、二番について衝撃の事実が発覚したのも久しく、また日常というか、何時もの日常に戻っていった。

 

「立花、今日は大学どうする」

 

「! 行きたいです!」

 

「そうか、なら準備しろ」

 

「はい!」

 

 今日はヒイロさんが大学に行く日だそうだ。

 なんでも、そこそこ成績に関わる授業だそうだけど出席はゆるゆるらしい。

 本当にそんなんで成績つけられるの……? と疑問になるが、その恩恵にあずかっている身としては何も言わないでおこう。

 

 ぱぱっと下にスーツを着て、その上からヒイロさんに買ってもらった服を着る。

 

 後は暇つぶしのためにバッグに通信教育の本(灘神影流柔術)とかを入れて、最後にYガンとガンツソードを忍ばせる。

 

「……うん、大丈夫」

 

 出掛けるのに物騒な物を持ち歩く必要があると言うのは未だに慣れないけれど、ともかくこれで準備は完了! 

 

「ヒイロさん! 準備できました!」

 

「おう。なら向こうに転送する」

 

 お願いします! 

 そう答えると、ヒイロさんはこめかみの辺りを押さえ……私の頭上からジジジ……という電子音が聞こえてきた。

 

 ◇

 

「……」

 

「……」

 

「……ほへぇ……」

 

「……なんだよ立花」

 

 響は驚いたような表情で声を漏らす。今日は珍しく、ヒイロは授業中に眠ることはなかった。

 どころかノートパソコンを開いて懸命に何かを打ち込んでいる。見ようによっては一般的な大学生の授業風景の様に取れるだろう。

 

「……凄い……大学生みたい……」

 

「みたいも何も……大学生だが……」

 

 酷い言いようにちょっとムッと来たヒイロだったが、思えば授業中に寝てばかりだった自分の姿を思い出して口を噤む。

 しょうがないので、その行き場のない思いはノートパソコンにぶつけていく。

 

 その様を見て響はヒイロに尋ねた。

 

「何か調べてるんですか?」

 

「ああ、まぁ……」

 

「へぇ……タイピング凄い速いですね!」

 

「……」

 

 ピタリ、と……。ヒイロの指の動きが止まった。

 

「……? どうしたんですか、ヒイロさん」

 

「……」

 

 女の子に言われて嬉しくない誉め言葉ベスト10が有るのなら……その中に確実に食い込んでくるであろう誉め言葉。

 タイピングめっちゃ早いね、を食らったヒイロは一瞬思考が止まりかけるが、どうにか再起動を果たし……そのもやもやした思いをノートパソコンにぶつけていく。

 

「何を調べてるんですか?」

 

「……部屋の事だよ」

 

「……部屋?」

 

 引越しでもするのかな? なんて、響は最初ヒイロの言葉の意味に気づけなかったが、徐々にその意味を理解していく。

 

「あ、もしかして……」

 

「そうだ。それについて今……調べてる」

 

 最早授業を受けていない状態がデフォルトの様に……当然のように授業中に別の事をしていた。

 けれど響はその事に対して突っ込むことはなく、むしろ興味あり気にヒイロのノートパソコンに身を寄せていく。

 

「っ!? お、おい……!」

 

 その響の行為にドギマギするヒイロだったが、響は何を勘違いしたかヒイロに対してニヤニヤと笑いかける。

 

「いいじゃないですか~……あ! もしかして……本当はちょっとエッチな事でも調べてましたぁ~?」

 

「流石にそれはねぇだろ……お前何時もそんな事考えてんの……引くわ……」

 

「あ、はい……」

 

 しかしまさかの塩対応。割とガチ目の引き様。

 出鼻をくじかれたような……何だか損した気分な響は、シュンとして元の位置まで戻る。

 

「……」

 

「……」

 

「別に大したことは調べてねーよ」

 

「!」

 

 暫く互いに沈黙が続くが、ちょっと落ち込んでいる響を見たヒイロは、折れたようにノートパソコンを響の方に向けた。

 出会った当初からその兆候は見えていたが、もはや完全に響に絆されているヒイロであった。

 

「えっと……『ブラックボール情報交換板』……え? ……掲示板? なんで?」

 

 ヒイロに見せてもらった画面を見ていた響は、そこに表示されていたのが某ネット掲示板である事が分かった。

 今まで全く関わりがないモノだったが、流石に名前程度は知っているほどには有名な掲示板の名前である。

 

 そしてこれは……当然ではあるが、不特定多数の人間に見られる可能性のある場でもある。

 

「あの……これ……」

 

 響はすぐに、この掲示板はまずいのでは無いかと察する。

 思い出されるのは、初めて部屋に訪れた時にヒイロからの警告。部屋の内容を口外すると頭が破裂する、と言うものだ。

 

 この掲示板はそれに抵触するのでは? と思った響だったが、すぐにヒイロからそれに対する答えが示される。

 

「こいつはブラックボールを設置した奴らが運営している掲示板だ」

 

「……え?」

 

「まぁ、設置云々はただの推測でしかないが……幾つかのブラックボールを制御しているのは確かだ」

 

「……え?」

 

 何を言っているのか理解できない。

 ブラックボールを設置した存在が運営している……掲示板? 

 

「それって……どう言う……?」

 

「……」

 

 困惑している響を見て、ヒイロは辺りを見渡したかと思うと、少し声を落として話を続ける。

 

「コイツを見てみろ」

 

 そう言ってヒイロが指を差したのは、スレッドを立てた存在の名前だった。

 名前の欄には、『管理人』と書かれている。

 

「こいつはそのまんま管理人。こいつが初めてこのスレを立てたのが大体三十年前の話で……そこから細々と、当時の部屋の連中が話し合いをしていた」

 

「……で、でもっそんな事したら頭が……」

 

 何せガンツの情報は門外不出。決して漏らしてはいけない。響にとって初めて部屋に来た時のヒイロからの警告は、まだ記憶の中に残っている。

 

 だがヒイロは特に気にした様子もなく、なんでも無いようにとんでもない話を進めた。

 

「しない。どうやってかは知らないが、どうもこのスレに関して言えば……完全に情報が秘匿されているみたいでな。ここへの書き込みは絶対に特定されない」

 

「……」

 

「実際何回か……いや、もっとか。数えるのも億劫になる程にハッキングを受けたんだろうが、それでも書き込んだ人間の身元まで突破されたことは一度もない」

 

「……」

 

 凄いんだか凄くないんだか良く分からない話だ。

 

 そもそも何でハッキングされるリスクや話題になるリスクを負ってまでこんな大衆の目につく場所で掲示板を運営しているんだ? 

 意図がつかめない響は余計に混乱を深めたが、そんな事織り込み済みとばかりにヒイロは言葉を続ける。

 

「なんでもこの掲示板を一般に公開しているのは、部屋の住人が気軽に利用できるようにしているから……なんて管理人はほざいている」

 

「え?」

 

「つまりは狩った星人の情報共有、武器の使い方からミッションでの戦い方までを部屋を越えて共有し……来たばかりの新人が生き残れる可能性を増やすための、そんなスレッドだと言いたいらしい」

 

「それってつまり……」

 

「そう、こいつは新人の育成のために管理者が用意したスレッドって訳だ」

 

「……そんな、親切心みたいなものが……ガンツに?」

 

 基本的にガンツに良い思いを抱いていない響からすれば信じられない話だった。

 いきなり呼び出しておいて、説明もなく殺し合いをさせる癖に……そんな親切心からの行動を起こすのか? 

 

 そんな響の疑問はヒイロにも理解できるものだった。それについて補足するように、言葉を重ねる。

 

「まっ、どう考えても建前だろうな……なら、管理人の目的は別にあると考えるのが筋ってもんだ……」

 

 ヒイロはそう言ってカタカタと、響に褒められたタイピング力を駆使して別のモノを検索する。

 いきなり何を? という響の疑問に答えるように、ヒイロは見せてきたパソコンの画面を見せる。

 

「あの、これは……」

 

「昔、そこそこ話題になった事件だ。覚えてるか?」

 

 その画面には何かのニュース記事が表示されていた。

 題名は……。

 

「『黒玉事件』……」

 

 なんとも捻りのないその事件名は、確かに聞いた事が有るものだった。

 

 そう。

 それこそネット掲示板で噂になっていた話で……実際にニュースにもなった程だ。

 とは言えすぐにニュースでは取り扱われなくなったし、結局怖い都市伝説レベルの話でしかなかったはずのもの。

 

 その都市伝説の内容を思い出す様に、響はムムムと頭をひねる。

 

「えっ……と。確か、掲示板に書き込みをした人ばかりが失踪しているって……」

 

「そうだな。その話で間違いはない」

 

 確認するように尋ねると、ヒイロは頷きながら話を進める。

 

「ある時期から掲示板で変な書き込みをする奴が増えたんだよ。『ブラックボールスレには書き込むな。殺し合いをさせられる』っていう書き込みが」

 

「……」

 

 ……響は、そのヒイロの語り口にほんのりと嫌な予感がした。

 

「最初はただの荒らしだと思われてたんだがな。掲示板を越えて色んなスレッドで、しかも全員別人なのに同じ様な内容の書き込みを繰り返し始めた。『ブラックボールスレは危険だ』『ブラックボールに殺された』『化け物と殺し合いをさせられている』」

 

「……それっ、て」

 

「そうだ。こいつらは皆……ブラックボールに招集された奴らだ」

 

 招集。つまりは一度死んでガンツに呼ばれたという事になるが……。

 

「……」

 

「そしてこの別人達の奇妙な一致に目を付けた記者が、一人の書き込みを行った男に取材をしたんだが……取材の最中にそいつが死んじまったらしい」

 

「……え?」

 

「要はブラックボールの決まりを破ったんだろうな。そして──」

 

 ヒイロさんはそこで話を区切り、ノートパソコンのページを下にスクロールする。

 暫く下に動かすと、一人の男性の顔の写真が表示された。

 

「この人は……」

 

「その取材をした記者だ」

 

 その記者は、響にはどこにでも居そうな普通の人に見える。

 

 この人が一体どうしたと──。

 

「重要なのはこの記者の方も、取材の後謎の失踪を遂げてるって所だ」

 

「え?」

 

 疑問を抱いた響に応えるように、ヒイロは答えた。その答えに響は思わず汗がにじみ出る。

 取材中の死と、取材後の記者の失踪。

 二つの事件に何かの作為を感じざるを得なかった。

 

「こいつが書き残していた記事やこの記者の謎の失踪を同僚たちが纏めて発表したんだが、騒いだのは陰謀論を唱える様なオカルト好きの奴らばかりで、何故か世間ではそこまで話題にはならなかった」

 

「……」

 

「次第に注意喚起を行う書き込みは減っていって、完全に騒ぎは収束してしまった」

 

「……」

 

「で、後に残ったのは……『ブラックボールスレ』って言葉だけ」

 

「……」

 

「作為を感じざるを得ない流れだ」

 

 思わせぶりにそんな事を言うヒイロは、こう言葉を続けた。

 

「真相は簡単だ。このスレッドに書き込みを行ったやつはブラックボールに目を付けられる」

 

「……」

 

「目を付けられた奴は一週間後か三日後か。時期を見計らって──」

 

「……」

 

 ヒイロは努めて平静に語るが……その先の言葉を予測した響の心臓がドクンと跳ねる。

 

「殺される」

 

 ◇

 

 殺す……? 

 

 ガンツが? 

 

「俺がスレに居た頃、丁度書き込みをして部屋に招かれた奴が居てな。そいつは書き込みを行って三日後に部屋に呼び出されたらしい」

 

「ガ、ガンツが……」

 

「ああ、そいつは一回目のミッションは生き残れたみたいなんだが……それ以降そいつが書き込みをする事は無くなった」

 

「……」

 

「ミッションをクリアできなかったんだろうな」

 

 ヒイロさんはまるで何でもないように語るけれど、とても恐ろしいことだった。

 思い出されるのは星人との初めての戦い。能面みたいなやつと戦わせられて、殺される。

 

「一時期のブラックボールスレにはそんなのが沢山いた」

 

「……」

 

 そんな理不尽が有るのか? 

 

 ヒイロさんの話を聞いて最初に抱いたのはそんな思いだった。

 

 書き込みをしただけで? 何で、そんな事を……。

 

「人材不足だろうな一番は。あいつ等は使える人間を……戦力をかき集めている」

 

「人材不足……」

 

「そう。そういう意味では最初に言った新人の為ってのも間違いではない」

 

「……」

 

 人材不足。確かに、ヒイロさんは私が来る前は一人でミッションを行っていた位には人材が足りていない。

 けれど、掲示板の話の割には私が来るまでの間一度だって補充されないのはおかしな話だ。

 

 というかガンツの動きが何もかもおかしい。何か作為というか、違和感を覚える行動で……。

 ちぐはぐで釣り合いが取れていないような──。

 

「ま、お前の疑問は最もだ」

 

「え?」

 

 と、ヒイロさんは私の考えを予測していたとばかりに話しかけてきた。

 

「管理者の行動は正直訳が分からん……俺は便利だったから使っていたが、不気味な所もある」

 

「……」

 

「もしかしたら、単にそうした方が面白いからとか言う適当な理由かもしれない」

 

 面白い……? 人の命を弄ぶのが……? 

 命への愚弄だ。そんな事をする人たちがガンツを操っているの……? 

 

「……」

 

 表情から感情が抜け落ちていくのが分かる。しかし腹の底からは大きな、大きな怒りが湧いてくる。

 

「……ま、そしてその他諸々の理由で最近は使ってなかったんだが……やっぱ大した情報は無かッた」

 

 そんな私の感情を悟ったかのように、ヒイロさんはノートパソコンを閉じて大きくため息を吐いた。

 よっぽど何も得られなかったのか、完全にやる気を無くしてしまっている様に見せている。

 

「……ヒイロさん」

 

 ……私は気になった。

 今ヒイロさんがパソコンを止めたのは、私の怒りを察して、もう見せない為にそういう演技をしてくれているのだろう。

 

 ……けど、見てみたかった。

 

 ヒイロさんは、誰かが全国にガンツを置いたと……そう教えてくれた。

 だからきっと、日本中に部屋に呼び出された人たちが居るのだろう。

 

「……掲示板だとどう言う事を話してるんですか?」

 

 知りたかった。

 その人たちは私達と同じ境遇の人。

 きっと私とヒイロさんの仲間になってくれるし、私も辛い境遇な人たちの支えになりたい。

 

「……ここに常駐している暇人は、皆周回クリアの猛者どもだ。皆癖が強い」

 

 ヒイロさんは直接的に私の質問に答えず……けれどもう一度、私の意志に応えてくれるかのように、ノートパソコンの画面を私に見せてくれた。

 

「……それ以外何も、答えるつもりは無いからな」

 

「え?」

 

「……」

 

 ヒイロさんはそういって、完全に私にノートパソコンを受け渡した。

 自分で見ろ、という事なんだろう。何かヒイロさんの言葉に違和感を覚えつつも……曰くつきの掲示板に目を通す。

 

 そして──。

 

「……ふむふむ──え?」

 

 ……そして、そこに書かれていた物に……思わず絶句した。

 

「……」

 

「……」

 

 暫く沈黙が降り、教授の話がBGMの様に聞こえてくる。

 そして内容を理解してく度、掲示板の名前を確認したり書いてある内容を何度も何度も確認して、書き込みが正しいことを理解した。

 

 ……何とか声を振り絞って、ヒイロさんに問いただす。

 

「あの、ヒイロさん……これ……」

 

「……」

 

 ──書き込んだ人がガンツに呼ばれる曰く付きの掲示板。

 

 そこの周回クリアの住人たちは皆何故か……。

 

「何で……何で、皆──」

 

「……」

 

「皆、プリキュアの話しかしていないんですか……?」

 

 日曜朝の女児アニメの話しかしていなかった。

 




次回掲示板回となります
掲示板形式の小説が苦手な方はご容赦ください


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ブラックボール情報交換スレ11510

1:管理人

■このスレはブラックボール利用者の情報交換スレです。

 

◆このスレはブラックボールに監視されています。

 

◆また私達は常に新たなる住人を募集しております。部屋への招待をご希望の方は是非御書き込みのほどよろしくお願いいたします。

 

◆このスレへの通信は全て完璧に暗号化され、皆様の匿名性は保持されます。ご安心して書き込みください。

 

◆Apocalypseに備え、皆様ご自愛のほどお祈り申し上げます。

 

前スレ

ブラックボール情報交換スレ11509

 

 

2:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

うんち

 

3:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMoboo1

盾乙なんだよね

 

4:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMoboo2

しゃあっ新スレ!

 

5:ブラックボール監視中。。。 ID:samuraiJ

おはござ

 

6:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMob009

>>1000なら灘神影流が大流行

 

7:ブラックボール監視中。。。 ID:aSe1Aki

あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!

 

8:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMob004

しゃあっ新スレ!

 

9:ブラックボール監視中。。。 ID:aSe1Aki

あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!

 

10:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMoboo1

荒らしは部屋に招かれる運命なんだ。悔しいだろうが仕方ないんだ

 

11:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

荒らしに反応とか荒らしか?

 

12:ブラックボール監視中。。。 ID:ri^bok^

彼はすでに部屋に招かれてます定期

 

13:ブラックボール監視中。。。 ID:aSe1Aki

あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!

 

14:ブラックボール監視中。。。 ID:aSe1Aki

あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!

 

15:ブラックボール監視中。。。 ID:aSe1Aki

あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!あせあき至強!

 

16:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMoboo1

怖いのはものは何もなかった……怖いのは荒らしだけだ

 

17:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

専ブラ知らないんかこの情弱

 

18:ブラックボール監視中。。。 ID:ri^bok^

NGを活用できない人では難しい

 

19:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMoboo3

許せなかった……専ブラの使い方を知らないだなんて

 

 

21:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMoboo1

許せなかった……黒部屋スレを荒らすだなんて……

 

22:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

おまえらも大概荒らし定期

 

25:ブラックボール監視中。。。 ID:ri^bok^

"本能型"の荒らしと"知略型"の荒らし

その二つを兼ね備えた異種混合スレ

 

27:ブラックボール監視中。。。 ID:ri^bok^

今日この一日をかけ荒らしをNGし、返す刀で情報共有です!

 

28:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

せやな

じゃあ今日のぷいきゅあ見たやつおる?

   

32:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

は?

 

33:ブラックボール監視中。。。 ID:ri^bok^

時代遅れも甚だしい。

今は女の子同士の友情、そしてアイドルの異種混合アニメであるプリパラの時代です

 

34:ブラックボール監視中。。。 ID:samuraiJ

その二つの要素は言うほど異種混合で御座るか?

そもそもそれを言うならアイカツ!で御座ろう

 

35:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

いやそこはファントミやろ

というかぷいきゅあの話しようや

 

36:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMoboo7

初代は抜けないんだ。けどHUGっとは抜ける

凄くない?

 

37:ブラックボール監視中。。。 ID:o333jyoS3ama

kitanai

 

40:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

いやブラックボールの話しろよ

  

43:ブラックボール監視中。。。 ID:samuraiJ

拙者先日ブラックで抜き申した

快活な子はエロいで御座るなぁ

 

46:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

ブラックじゃなくてブラックボールの話しろよ

 

47:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

せやなぁ

じゃあプリキュアで一番おもろいのはどれやと思う?

ちなワイは初代

 

 

.

.

.

.

 

524:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

初代や。初代が一番や!

 

538:ブラックボール監視中。。。 ID:ri^bok^

ふざけないで貰いたいですね

二人しかいないってのにどうやって推すとでも?

 

552:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

なんや初代二人が推せへんとでも言うんか?

最強の二人やったやん!

それに全身筋肉の鎧やで?

肉弾戦最強やで?

 

554:ブラックボール監視中。。。 ID:samuraiJ

スイートでござる

拙者先日主人公で抜き申した。エロさでは誰もスイートには勝てぬ!

 

561:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMoboo7

魔法使い

殴ることしかできないプリキュアじゃ勝てないんだよね

 

569:ブラックボール監視中。。。 ID:samuraiJ

拙者は各シリーズの主人公を見て決めておる!スイートでござる!

 

570:ブラックボール監視中。。。 ID:lpi7gqN5c

初代や!

 

577:ブラックボール監視中。。。 ID:samuraiJ

スイートでござる!

 

583:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMoboo7

魔法使いなんだよね

 

589:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

HUGっとは?母親だろ

 

591:ブラックボール監視中。。。 ID:ri^bok^

まぁ……確かにHUGっとは強いですが

 

612:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

こんな分かり切った下らないことに何で500レスも消費してんだよ。もっとブラックボールの話をしろ

お前ら最近おかしくないか?異常なまでにノイズと戦わせられてる

 

613:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

急に罵倒されたかと思ったわ

なんやミッションか?

 

614:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

そうだ。何日も連続してミッションが有る。しかも殆どがノイズミッションだ

 

617:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

こっちはそんな事無いで

 

624:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

は?じゃあこっちだけって事か?

 

628:ブラックボール監視中。。。 ID:ri^bok^

そうですね。ニュースを見る限り東京近郊でのことでしょうし

Apocalypseでは無いと思いますよ

 

641:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

東京だけなのか……

 

642:ブラックボール監視中。。。 ID:ri^bok^

そもそも私は今まで一度もノイズと戦った事が有りませんし

Apocalypse等ではなく、何か狭い範囲での……東京という土地か何かの問題では?

 

644:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

東京の問題か……

 

646:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

せや!変わった事と言えばまた百点の奴と戦ったで~

 

654:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

は?何でんな重要な事よりプリキュアの話してんだよ

 

664:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

は?プリキュアは重要やろ!!!!

 

670:ブラックボール監視中。。。 ID:ri^bok^

当然です。最もプリパラには劣りますが

明るい……あまりにも

 

671:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

どんな奴だった?

 

680:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

普通にぬらりひょんとかいう奴やったで

 

686:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

やっぱ……星人はついていないか

 

687:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

せやな

 

692:ブラックボール監視中。。。 ID:ri^bok^

ふむ。ではやはり、百点の星人がでるミッションに星人の記載は無いという事なのでしょう

 

705:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

ああ。これで確定的か

 

715:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

いやつってもそんなやったで?

皆で囲んで一斉に押しつぶしたらフツーに死んだわ

 

722:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

攻略法が有るタイプか?

 

725:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMoboo7

百点の星人……"星人を超えた星人"

 

730:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

まぁビームは強かったで

無敵とは思わへんかったけど

 

737:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

じゃあ攻略法が有る系か

 

742:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMoboo7

百点星人の事を"星人を超えた星人"と呼ぶ奴がいるが……

百点星人の背中にベッタリ張り付いていたのはいつだって"神"だったぜ

 

752:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

神か……

最初にブラックボールを作った罪づくりな男や

 

766:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

まぁ攻略法が有る奴ならそんな気にしなくていいだろ

 

780:ブラックボール監視中。。。 ID:samuraiJ

拙者死にかけたで御座るが

 

781:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

でも女の子に介護されてて嬉しかったやろ

 

784:ブラックボール監視中。。。 ID:samuraiJ

──!

拙者に赤子の真似をしろと申すか!

 

791:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

じゃあしないんか?

 

794:ブラックボール監視中。。。 ID:samuraiJ

そうは言っておらぬ

有難く赤子になる

 

797:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

何きしょいこと言ってんだよ

 

798:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

なんや羨ましくて嫉妬か?ひーろー?

 

807:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

は?違うが。何時までも乳離れできなくて情けねーって思っただけだ

つーか赤子のマネして赤の他人に介護してもらって何が良いってんだよ恥ずかしくないのか?

そもそも俺が嫉妬した証拠だよ。言っとくけど俺は羨ましいとか思ってないからな

あんまりしつこいとバラバラに引き裂くぞ

 

810:ブラックボール監視中。。。 ID:ri^bok^

効いてて草

 

821:ブラックボール監視中。。。 ID:samuraiJ

顔真っ赤にして候

 

829:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

赤子になりたかったんやろなぁ

 

836:ブラックボール監視中。。。 ID:KIMo9gAsa

やめんか。それには訳が有るんじゃ

 

842:ブラックボール監視中。。。 ID:Nyan2oo1J

ひーろー君!ワイも女の子にめちゃくちゃ介護してもらいたいで!

 

843:ブラックボール監視中。。。 ID:88SMRi88

やめたれ!w

 

847:ブラックボール監視中。。。 ID:MNMoboo5

マザコンって言葉はひーろーのためにある

 

856:ブラックボール監視中。。。 ID:o333jyoS3ama

kawaisou

 

861:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

何で俺の話でこんなに加速すんだよ。星人の話をしろっつーの

 

914:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

おい。なんかおかしいぞ

 

981:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

プリキュア系列の単語とマザコンをNGに登録したら全員消えたぞ

 

986:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

おいお前ら

 

999:ブラックボール監視中。。。 ID:H-EroMom

どういうことだ!おい!

 

1001:管理人

このスレッドは1000を超えました。

新しいスレッドを立ててください。

 

1002:管理人

ブラックボールスレの運営は住人の皆さまの活動によって支えられています。

運営にご協力お願いします。

 

───────────────────

《十回クリアの主な特典》

★ ブラックボールの個人利用

★ ブラックボールの過去ログを取得

★ Apocalypseの予測データ提供

───────────────────

 

ブラックボールの利用に技術は一切必要ありません。

以降、二番選択ごとに利用可能な機能が追加されていきます。

 

 



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友達より始めよ

「……」

 

「……」

 

 両者の間に気まずい空気が流れる。

 

「……聞くなって、言わなかったか?」

 

「いや、でも……」

 

「……」

 

 どう考えてもおかしい。

 この掲示板はブラックボールの情報交換のためのモノだ。

 

 なのになぜ。

 どうして。

 どういった理由で。

 

「おかしいじゃないですか、プリキュアの話しかしてないんですよ!?」

 

「……」

 

「何で……?」

 

 話に聞いてた恐ろしい掲示板とは思えない書き込みばかりで、かつその内容も掲示板の目的とは全く関係のないモノばかり。

 溢れる疑問を抑えられずにいる響は……最大の疑問をヒイロにぶつけた。

 

「しかも……このIDのH-EroMomって人……ヒイロさんじゃないですか?」

 

「……」

 

「普通に会話に参加してましたよね?」

 

「……」

 

「『HUGっと』って何ですか……?」

 

 ヒイロのバレバレなIDと身覚えのある語り口調から、書き込んだのが誰か簡単に特定できてしまった。

 響には、ヒイロがこんな実のない便所の落書きのような雑談に参加していたことが信じられず、抱いた疑問をぐさぐさと投げかけていく。

 

「もしかして授業中にずっとこれを……?」

 

「……」

 

「ガンツの情報収集じゃなくてプリキュアの話を……?」

 

「……」

 

「それに一体どんな意味が有るんですか……?」

 

 ……響の疑問は、ぐさりと……ヒイロの心に深く深く突き刺さった。

 響があまりにも純粋な表情で聞いて来たのも余計にそのダメージを加速させている。

 

 しかし響のその疑問は、ある種ヒイロに抱いていた憧れからくるギャップの様なものだった。

 あの日出会った時から、響はずっとヒイロに助けられ、また救われてきた。

 

 ある時はノイズに襲われて瀕死の瞬間を。ある時は帰るための家を貰って。またある時は、心が荒んでいた時に気にかけてくれた。

 ──そして、自身が死にたいと思うほどの絶望の中でも……最終的には自分を助けてくれたことが、彼への思いや理想をより強めていく。

 

 自分を救い、また導いてくれたヒイロを見てきた響は、彼の事をたまにドジをしたりする事はあっても完全に無意味な事はしないと思い込んでいた。

 

 彼の全てが完璧とは思わないまでも……こんな生産性のない無意味な事をするとは思えなかった。

 

 そんな響だからこそ抱いた疑問。

 しかし怒涛の勢いで投げかけられた言葉はヒイロの心を的確にえぐっていく。

 

「……」

 

 言い訳をする様だが、意味ならあった。

 

 このスレッドが立ち上げられたのはおよそ三十年前。

 立ち上げ当初からいた者は……今はスレから去ったが……それでも尚十数年スレッドに通う者もいた。

 

 彼等は一見ふざけているように見えるが(まあその実ふざけているが)しかし多くの戦場を生き抜いてきた猛者たちで生粋の実力者。

 

 ヒイロが彼らと議論を交わした夜は千日を超えているだろう。

 

 時に有益な、時に的外れな、そして時に……先達としてヒイロを応援する言葉をかけてくれた。

 

 そんな住人たちの姿は正しく、響の語った助け合いの姿。

 

 ヒイロと各地の部屋の住人は、そうやって互いに言葉を掛け合い、助け合い……。

 何時の日か気づいた。

 

 もう特に語る事ねぇ、と。

 

 そう、語るべき事が無くなってしまった。

 

 武器についての使い方はその殆どが解明済みであり、調べる箇所がとうとう武器の内部に至り、分解して破壊した者までいた。

 

 ブラックボールに対しては色んなことをした。

 中身を弄繰り回したり、中の人間をぶん殴ってみたり、話しかけてみたり、色々な単語を問いかけてみたり。

 けれどそれらの常識的な検証では何も起こらず、発想を変えて常識に囚われない様々方法を試し、自由な発想で検証を行ったりもした。

 熱湯をぶっ掛けたりブリで叩いたり謎の(?)呪文を投げかけたり罵倒したり中身の人間の呼吸をしている部分に胡椒を振りかけたり。

 

 掲示板で管理人に怒られた事以外は大した動きは見れなかった。

 

 そうして暇を持て余した彼らは、自身が戦っている相手を知ろうとした。

 ……のだが、これに関しては答えを知る者が居たのであまり調べる必要がなかった。

 

 というのも、ある地方の部屋の一つが寄生型の星人に占拠されたのだ。

 

 彼らの名前は吸血鬼。世界の各地に生息する星人だ。

 彼等は当初、ハンター……黒い部屋の住人の巣を滅ぼす! と意気揚々と部屋に乗り込んだのだが、何故かブラックボールに住人判定を受けてしまい、部屋に捕らわれてしまった。

 しかも総大将までもが一緒に乗り込んだので逃げるに逃げれず、しょうがないから生き残るために情報収集するためにブラックボール掲示板に現れ、そこで情報を交換した。

 

 結果住人が得た情報は──嘘か誠か星人の正体。

 

 彼等は太古の昔に地上に降り立った──()()()()()()()()()であるという。

 

 当然何を言っているのか分からなかった住人たちは……最初はそんな事は嘘であると皆思った。

 第一その情報を書き込んでいるのは普通に人間で、ただの荒らしじゃないか?

 そんな疑念が沸き上がる。そもそもがネット掲示板。自身で試す、という段階を踏まなければ信用できる情報など無いに等しい。

 

 第一その話が仮に本当だとして、それが分かったから何だってんだ。

 結局戦うしかねーじゃん。

 

 皆、そんな風に思った。そして気付いてしまったのだ。

 

 正体が判明しようと結局は殺すしかない相手の事を知ってどーすんだ、と。

 

 そこからだろう、何かの歯車が狂い始めたのは。

 暇を持て余した彼らは語ることもなく、しかし新情報が出る可能性もあるためにスレッドに張り付き続ける。

 

 そんな時──誰かが、プリキュア尊いと言った。

 続くように或る者はセラムンこそ至高と言った。

 そしてまた或る者はジョンウィックが熱いと言った。

 また或る者は──仕事で昇進したと言った。

 

 こうしてブラックボール掲示板は良く分からない方向に舵が切られていく。

 

 チェンソーマンは最高。お前もチェンソーマン最高と言いなさい。

 ファイアパンチだろ。こいつのケツにファイアパンチだ。

 分からねぇ。それは面白いのか。

 最高だよ。読めばたちまちタツキの事しか考えられなくなる。

 

 仕事鬱だ……死のう。

 おい死ぬな!

 あ、まて! 死んだからここにいるんだった!(笑)。

 いや笑いごとかーい(笑)。

 

 昨日公開の映画見た?

 タイトル言えやカス。

 あれ凄い面白かった~。

 だからタイトル言えやカス!

 主人公がさ、死ぬんだよ! 

 ネタばれすんな糞ボケカス。お前絶対許さないからな。

 

 この様な漫画の感想、仕事の愚痴、映画のネタバレ等から……どんどんスレの話題は切り替わっていく。

 漫画、アニメ、映画、ドラマ、面白いバラエティ番組の話から仕事の愚痴、政治がどうとか官僚がどうとか。

 

 今までのどこかアングラ臭があった空気が薄れていき──そんな空気のまま新参が参入してきた。

 そして残念なことに彼らもまた癖が強かった。

 

 【朗報】ワオ、クリア回数が五回に迫る【六回クリア待ったなし】

 そうか良かったな。で、それが何の役に立つ?

 それは言わない約束や涙。

 つか頭と胴体だけで何しろって言うんや涙。

 唯一武器として使える腕を六回目に配置する糞采配。

 

 【朗報】プリパラの視聴率、上がる【更なる高みへ】

 プリパラの未来は明るい……あまりにも。

 よかったな。

 

 ワイセフレ出来たで~。

 なにっ。

 なんだぁっ。

 

 灘神影流流行る。

 灘神影流ってなんだよ。

 

 通信教育買っちゃったよ。

 マジで買う奴おるんか……。

 普通にうれしいんだ。

 内容は割と良かったがその謎の口調を即刻止めろ。

 日本語のルールは無視する。ただ、購入者のレビューを守らない奴は確実に殺される。

 それを止めろっつってんの。

 

 最早止められないスレの流れ。

 とは言え一応新情報が出れば皆異常な速度で食いつき情報を食い荒らしていくのだが、確実にスレの空気は変わってしまった。

 

 故にスレを去る古参の住人達もいた。

 

「……」

 

 言い訳をする様だが……この様な流れにも意味は、あった。

 

 新規……つまり一般人からの書き込みは確実に抑制されていった。

 何せスレの内容としては謎の方言が飛び交い荒らしが無秩序に暴れている糞みたいなスレでしかないのだから。

 

「……」

 

 ヒイロは響に何も言い返せなかった。

 一応新規の情報がないか探ってはいたが、結局出てきたのは……まぁゴミみたいな内容だったのだから。

 

 

「……」

 

「……」

 

 ヒイロさん……。

 あのままヒイロさんは、どこか呆然とした表情で授業を受けていた。

 

 どう見ても私の質問の後から様子が変だ。

 

 ……そんなに変な事聞いたかな。

 

「……」

 

 家に帰ってもどこか上の空。

 ボーっと、普段は見ないバラエティ番組を見ていた。

 

 ……そ、そんなに変な事聞いたかな!?

 流石に気になって声を掛ける。

 

「あの、ヒイロさん?」

 

「……なんだ立花。もう掲示板は見ないから勘弁してくれ……」

 

「え? あ、はい……」

 

 掲示板……やっぱり、それなのかな?

 

「あの……何か、変な事聞いちゃいましたか?」

 

「……」

 

 あの掲示板の事を聞いてから余計にヒイロさんの態度がおかしい気がする。

 普通に気になったから聞いてみただけなんだけどな……。

 

 と、そんな風に思っていたら……ヒイロさんは意外な事を言い出した。

 

「……違う。お前、どうせ俺に幻滅しただろ?」

 

「……え?」

 

 ……幻滅? 私がヒイロさんを……?

 え、どのタイミングで? 疑問符が頭の上を飛び交っている私を見て、どこか自嘲するように語りだした。

 

「俺は……人付き合いをしなさすぎた……何故こんな簡単な事を気付かなかった……普通に考えて……おかしーだろ……女の子にあんな糞みたいな掲示板見せるとか……」

 

 ヒイロさんは、まるで罪の告白でもしているかのように……語った。

 そんなヒイロさんの姿は初めて見るもので、特に……。

 

「……え?」

 

 ──その、ヒイロさんの言葉は……私に多大なる衝撃をもたらした。

 

「……お、女の子……?」

 

「……?」

 

「そ、その女の子って、私の事ですか……?」

 

「いや……他に誰が居んの……?」

 

「……お、女の子……」 

 

 え?

 ヒイロさん、私の事女の子ってちゃんと思ってたの!?

 

 まずそれが今日一番の衝撃だった。掲示板とかガンツを置いた誰それとか全て吹き飛んだ。

 

 だって、何時も全然そんな素振りを見せてはこなかった!

 ランニング中とか凄い勢いでお尻を叩いてくるんだよ!?

 しかも至極真剣な表情で! ギャグとかでもなく!

 性別とかそういうのを超越した弟子か何かだと思われてる……って少し絶望してたのに!

 

 お、女の子……?

 ヒイロさんにとって私は女の子……女の子……なんだ。

 

「……」

 

 そういえばヒイロさん、私の告白の返事……していない。

 ……もしかして私の記憶が無い時にしていたのかもしれないけど、それにしたって全くの無反応というか……。

 

 あ、でもOKしていたから幻滅って言葉が?

 いやでも……なんか違う気が……うーん……。

 

「……」

 

 今まであやふやにしていたけど、この際だから聞いてみよう。

 

「あの、ヒイロさん」

 

「……なんだ立花」

 

「私、ヒイロさんに幻滅なんてしていません!」

 

「……」

 

「だから、答えてくれませんか? 私の告白の……答え」

 

 ──一瞬、ヒイロさんは完全に思考を停止していたように思える。

 口を半開きにしていて、それは何か……忘れていたものを不意に突き付けられた時の表情に似ている。

 

「……」

 

「……」

 

 もしかして、忘れてたなコイツ?

 

「ヒイロさん……?」

 

「……」

 

「忘れてたんですか……?」

 

「……」

 

「私の告白を……?」

 

「……」

 

 じゃあさっきの幻滅云々は何にかかってるんだ、という疑問がふと湧いたが、今はそれよりも重要な事が有る!

 

「お、乙女の告白を~! 忘れるなんて酷いじゃないですか!?」

 

「……すまん」

 

 なんて詰め寄ってみると、ヒイロさんは私から距離を置くように顔を背けた。

 更に、どこか申し訳ないと言わんばかりの表情を浮かべている。

 ……そんな顔に、どこか嫌な予感を覚える。

 

「っ、い、いや……聞き返さなかった私も私ですけど──」

 

「付き合うのは無理だ」

 

「──って、え?」

 

 バッサリと、いっそ清々しいほど……フラれてしまった。

 

 

「俺……誰かとそーゆーの……ないから……なんッつーか」

 

 俺は、こいつを知らない。

 

 思えば……俺はこの少女の、立花響の何を知っている?

 

 彼女はよく笑う。

 俺みたいに根暗な奴相手でも調子を崩さずに、明るく振舞ってくれる。

 

 彼女は可憐だ。

 風呂上りは特に危険だ。何時も意識しないよう、無意識に気を付けていた。

 

 彼女は強い。

 俺は誰かに何かを教えたことなんて数えるほどしかない。そんな俺の無茶な訓練にも必ず付いてきて、結果を出す。一か月でミッションを一回クリアするほどの実力を身に着けている。

 

 彼女の作る料理は旨い。

 彼女は俺に合わせて何時も料理を作ってくれて、それは毎日の楽しみとなりつつある。

 ……特にハンバーグは格別で……俺の好物だ。

 

 ──そして何より、彼女は……俺をヒーローと呼ぶ。

 常識ってものを理解していない俺を見ても幻滅しないで、変わらずにいてくれる。

 

「……」

 

 俺は、この少女の事を……立花響の事をこれだけ知っている。

 

 しかしたったのこれだけしか知っていない。

 

 俺が知っている彼女は全て、ガンツに生み出されてから……この部屋に呼び出されてからの事だけだ。

 

 彼女の過去を、俺は何も知らない。

 

「……」

 

 それでいいのか?

 

 俺は……知りたい。立花のことを、今まで何があったのか、どんな事をしていたのか。

 立花の事をもっと……知ってから──。

 

「……立花」

 

「……は、い……」

 

「俺は、誰かと付き合ったりするのは……その、なんつーか……」

 

「……?」

 

「あの、あれだ」

 

 言いたいことがまとまらず、しどろもどろになる。

 言いたいことは簡単な事だ。

 

 簡単な……。

 

「……えっと、ヒイロさん?」

 

 どこか落ち込んだ表情を浮かべていた立花は、徐々にその表情に疑問を浮かべていく。

 そんな顔を見て、意を決して言葉を紡ぐ。

 

「友達から」

 

「……え?」

 

「あっと……友達からじゃ、ダメか?」

 

 数瞬、場に沈黙が生まれる。

 心拍数が止まらねぇ。何でただ返事するだけで……くそッ。

 ミッションよりもよっぽど緊張する……ッ。

 

「……」

 

「……えっ……と、それって……その、つまり……」

 

「……」

 

 立花は何処かしどろもどろながらに、言葉を重ねる。

 

「ま、まだ可能性はあると……?」

 

「……まぁ」

 

「……」

 

「……友達から、な……」

 



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命の存在意義

 友達。

 その言葉を聞いて、真っ先に思い浮かんだのは一番の親友の顔。

 私の陽だまり。

 

「……」

 

 ──深夜。闇は深く、ヒイロさんは私の横の布団ですーすーと息を立てて寝ている。

 むくりと起き上がって、ジッとヒイロさんを見つめる。

 

「……」

 

 友達……だもんね。

 すすす、とベッドを抜け出して、ヒイロさんのすぐ横に横たわる。

 

「……」

 

 と。私が布団に入ったその時。

 ちょうどヒイロさんが寝返って、その寝顔が私のすぐ目の前に広がる。

 

「……」

 

 眠っているヒイロさんはまるで子供みたいで……何時もの怖い顔の影も見えない。

 そう、何時もヒイロさんの表情には影が差している。

 

 眉間に皺を寄せた表情は視線だけで人を殺してしまいそうな程。

 

 以前……私がこの部屋に来たときよりもずっと、その眉間の皺は無くなっているけど、それでもまだ険しい表情は崩れない。

 

「……っ……」

 

 だから、ヒイロさんがこんなに安らかな表情を浮かべているのをこんな至近距離で見たのは初めてだった。

 近い。そう、すごく近かった。

 近い……ヒ、ヒイロさんの息遣いが……ち、近くに……。

 

「ぉ……おお……」

 

 心拍数が果てしなく上がっていく。

 顔は火照って火を噴きそうな程で、自分の鼓動の音がヒイロさんにまで届いてしまいそうな程。

 

「……」

 

 未来と一緒に寝ていたときは、こんな風にはならなかった。

 それでも、友達。私とヒイロさんは友達なんだ。

 

 ──友達なら、一緒の布団で寝るくらい普通だよね。

 

 ◇

 

「……」

 

 朝目が覚めると、ヒイロの眼前には響のぐーすか眠っている表情が広がっていた。

 

 ん? おかしいな。コイツはベッドで寝ているはずだが……? 

 

「……夢かこれは?」

 

 突拍子もない状況を理解できずにいると、響はううん……と、どこか艶めかしく寝返りを打った。

 それもヒイロの方に。

 

 ボスっと響の後頭部がヒイロの顔に激突する。

 ヒイロが使っているシャンプーと同じはずだというのに、ふわりと良い匂いがする。

 数瞬の間、呑気にその状況を堪能していたが……匂いをきちんと理解できているということに違和感を覚え──。

 

 次第に寝惚けていた頭が覚醒していく。なぜならこれは夢では無く……現実であるということが判明したのだから。

 

「……んあ?」

 

「……」

 

 そんなヒイロとは対比的に、響は寝惚けた声を上げてまたぐーすかと眠り始めた。

 

「……」

 

「ぐぅ……」

 

 ヒイロは立ち上がり、眼下に広がる現状を認識する。

 どこか乱れた掛け布団。寝転がり落ちたというには綺麗なベッド。そして幸せそうにしている響の表情。

 

 ……まさかこいつ……。

 

 響きの表情を見て、ヒイロは状況を急速に理解していく。

 

「……」

 

 ヒイロはすぅっと息を吸うと、その勢いのまま──。

 

「立花ァ!!!」

 

「うひゃあっ!?」

 

 響を叩き起した。

 

「うぅ……何もそんなに怒鳴らなくても……」

 

「……もう少し危機感というものを持てと言ってるんだ」

 

「こんなの、友達にしかしませんって!」

 

「友達の布団には潜り込むのか……」

 

 響を叩き起した後、ヒイロは何時ものように朝ご飯を作っていた。

 その横では響がヒイロの手伝いをしている。

 

「そうですって! 友達ならこれくらい普通です!!」

 

「……」

 

 朝ご飯を作っているヒイロは絶賛ドン引き中であった。

 昨日、響をもっと知ってから付き合いたいと、彼女の告白を蹴って友達となったヒイロであったが……しかし響の行動は早かった。

 

 早速友達としての権利を行使し始めたのだ。

 それも恋愛的な積極性を保つために。

 まさか昨日の今日で布団に潜り込んでくるとは思いもしなかったヒイロはドン引きを隠せないでいる。

 

「……むぅ。私がそんな尻軽に見えます?」

 

「いや……なんつーか……」

 

 あまりの態度に思わず口を尖らせてヒイロに尋ねてみるも、ヒイロはどこか歯切れが悪そうに口を濁した。

 

「めっちゃ尻軽そう」

 

「えぇっ!?」

 

 と思ったら即効で酷い事を言い出した。

 

「な、なんでっ!?」

 

「いや普通見知らぬ男の部屋に住むってなったらもっと拒否感が有るはずだろ? お前にはそれが見えない」

 

「いやいや! すごい緊張してたんですからねっ!?」

 

 そうは言っても、響が部屋に来たときの事を思い出したヒイロにはそんな風には思えなかった。

 確かに緊張は見えたが至極普通だったように思える。

 

 ──真実を話せば、当時の響は自身よりも強いヒイロの庇護下に入ることが何よりも重要だったため、緊張よりも安堵感の方が強かっただけなのだが。

 

「大体私! 彼氏いない歴=年齢ですから! 尻軽とかじゃ無いですから!」

 

「……? 嘘だろ?」

 

「なぜナチュラルに嘘判定!?」

 

「いや普通に……お前割とかわいいし……」

 

「え、かわいい……?」

 

 ヒイロの言葉に一瞬ドキッとした響だったが、続く言葉に表情が曇る。

 

「中学の時とかに告白されたことくらい有るだろ?」

 

「……中学、ですか……」

 

 話の途中でいきなり曇られて、料理をしていたヒイロの手が止まる。

 

「……私、中学の頃……いじめられてたんです」

 

「……」

 

 それはヒイロにしてみても予想外の言葉だった。

 

 いじめ。明るく優しい彼女はそんな言葉とは無縁そうに思えたが、しかし彼女はぽつりぽつりと……当時のことを語り始める。

 

「ライブ会場で……ノイズに襲われたとき、大怪我をして……何とかリハビリを頑張って日常生活を送れるくらいにはなったんですけど……」

 

「……」

 

「クラスの皆から、国から補助金を貰うために嘘の怪我をしたって言われて」

 

「それは……」

 

 恐らく、響の怪我は本当のことだ。

 思い出されるのは響の二回目のミッションの時。ヒイロは響の胸に巨大な傷跡を見ているし、またXガンでスキャンした際に心臓のあたりの巨大な影を確認している。

 術後もそんな跡が残るほどの大怪我だ。リハビリというのも相当頑張った結果今の状態まで回復しているのだろう。

 

 もっともそんな努力他人が分かるわけが無いのだが。

 

 クラスメイトにしてみれば、ノイズに襲われて幾らか休んだ後、何時も通り学校に来る響は補助金目当てに仮病をしたようにしか見えなかったのだろう。

 

 だからこそ、響は謂れ無いいじめを受けたのだ。

 

「……」

 

 暫く目玉焼きが焼ける音だけが鳴り響き……どこか重苦しい空気が流れる。

 

「……あはは……ま、そんな感じで! 中学の頃は色々人間関係が酷かったんですよ~」

 

 響としてはここまで重苦しい空気になるとは思わなかったのか、どこか茶化すように話を締めくくった。

 

「あの……ヒイロさん? 目玉焼き焦げちゃいますよ?」

 

「……ああ」

 

 言われて、ヒイロは目玉焼きをひっくり返す。

 

「……」

 

「……」

 

「立花」

 

「えっ、はい」

 

「実を言うと、俺もいじめられてた」

 

 淡々と、何でも無いように語ったが、その言葉に響は少なくない衝撃を受ける。

 

「まぁ、とは言ってもお前みたいな事故みたいなものじゃ無い。どーも、俺が根暗で何考えているのかわからないッて言う奴が大勢居てな。陰で動物か何かを殺してるんじゃ無いかッて言われてた」

 

「……それは」

 

「まぁ星人ぶっ殺してたし半分くらい事実なんだが」

 

「えぇ……」

 

 いやまぁ確かに当たってはいるけど、それを本人が認めて良いのだろうか。

 しかしなぜ急にそんな事を? 

 

 疑問が浮かんだ響だったが、今までの言葉へ付け加えるようにヒイロは語り出す。

 

「俺は……お前のことを知りたい」

 

「え?」

 

「お前の過去や、家族とかどういう風に生きてきたのか……とか。俺、何も知らねーし」

 

「……」

 

 それは正しく、ヒイロの本心。ヒイロは天真爛漫な彼女に確かに惹かれて、少なくない意識を響に向けていた。

 彼女のことを、まず知りたかった。

 

 ──そして。

 それに、と続けた言葉もまた、彼の本心であった。

 

「……お前にも……俺のことを知って貰いたかった。お前の……ヒーローじゃない、俺も」

 

「……」

 

 その語り口にはどこか恐れのようなモノがある。

 自身の、ヒーローではない一面。それはヒイロの歪んだ経歴から来る恐怖。

 

 響は、その語り様を見て……ヒイロが自身に向けている思いに気がついた。

 

 つまりは──。

 

「それを見て、まだ俺と付き合いたいなんて言えるなら──」

 

 彼は、響に気を遣っていたのだ。

 

 自身の持つ駄目な部分を見て、響がヒイロに幻滅したとき……少しでも彼女が傷つかないように。

 

 だからこそ、彼女の告白を断った。

 

 ──もっとも。

 

「言えます」

 

「……」

 

「嫌いになんて、なりません」

 

 ヒイロの過去程度で彼を嫌いになるような立花響では無いのだが。

 

「……そう、か」

 

「はい! だから、朝ご飯でも食べながら教えてください! ヒイロさんの事」

 

「……」

 

 話しているうちに出来上がったご飯を持ってテーブルにいく。

 と。ご飯を並べながらあっ、と声を上げた響は、ヒイロの方へ振り返ってドヤ顔を浮かべながら語り出す。

 

「もちろん、私のことも教えちゃいます! 流石に体重は……もっと仲良くなったときじゃないと教えられませんけど!」

 

「……」

 

 そんな響をどこか呆気にとられたように見ていたヒイロは、毒気を抜かれたように笑って、響の前に座った。

 

 ◇

 

 それは、ある朝の食事の時のこと。

 

「……立花」

 

「友達なんですから、響って呼んでください!」

 

「……それは少し……」

 

「良いじゃないですか! 友達ならそれくらい普通ですって!」

 

「……」

 

 そしてそれは、休日の買い物でのこと。

 

「ヒイロさん、手、繋ぎませんか!」

 

「えっ?」

 

「友達ならそれくらい普通です!」

 

「……お、おう……」

 

「ふふふ……買い物が終わるまでは離しませんから!」

 

 そしてそれは、大学の授業が無い平日の昼間のこと。

 

「ヒイロさん! デートしましょ!」

 

「なにっ?」

 

「友達ならそれくらい普通です!」

 

「……そういうもんか?」

 

「はい!」

 

 そしてそれは、晩ご飯を食べているときのこと。

 

「そういえばヒイロさんって、誰かと付き合った事って有るんですか?」

 

「無いな」

 

「ほっ……で、ですよね──」

 

「だが告白されたことはある」

 

「なんですとぉっ!? 相手は!?」

 

「中学の時の同級生で……なんか、ラブレター的な? 手紙貰って……」

 

「そそそ、それでどうしたんですか!?」

 

「いや、俺が転校したから、何も無いまま自然消滅したが」

 

「……ヒイロさんはその告白、どう思ったんですか!?」

 

「告白は普通に嬉しかったな」

 

「な、なるほど……手紙が有効と……」

 

「?」

 

 そしてそれは、ある日のニュースのこと。

 

「翼さんが復帰ライブ!?」

 

「!? マジか!?」

 

「見に行きたいなぁ……」

 

「無理だろうな……風鳴翼が出るってなったら……ソッコーでチケットは売りきれる……」

 

「……ん? あれ? ヒイロさん、なんでそんな事知ってるんですか……?」

 

「知らなかったのか? 俺は風鳴翼の正当なファンだ」

 

「!?」

 

 そして、それは──。

 

「……」

 

「……」

 

 ある日の、夜のこと。

 

 彼らは同じ布団で眠っていた。

 

 響が友達なら普通に同じ布団で寝るという、ホラとしか思えない事を言い出したのが全ての始まり。

 その前の布団潜り込み事件とは違って事前の告知が有ったため、彼らは何時も通り眠る……。

 

(ね、眠れねぇ!!)

 

(ね、眠れないー!!)

 

 事が出来るわけが無かった。

 最近、彼らの距離はどんどん近くなっていっている。

 

 ……そして互いのこともまた……前よりもずっと分かり合っている。

 

 ヒイロの言う付き合う条件は果たしていると言えるだろう。

 

 しかし、互いに動きなし。

 けれど距離だけは近づいているためこのようなことになっていた。

 

「……響、起きてるか?」

 

「……はい」

 

「……少し話そうか」

 

「……?」

 

「三番についてだ」

 

「!?」

 

 それは眠れないのを誤魔化す為のモノ。

 けれど、近づく二人の距離は、何かあればすぐにでも互いを結びつけるだろう。

 だから何時か、話さないといけない事でもあった。

 

「三番……って、ガンツの……」

 

「そう、ガンツの。メモリーから一人再生できるって奴だ」

 

「……あの、つまりその……死んだ人を、生き返らせることが出来るんですよね?」

 

「……ああ」

 

 そのどこか歯切れの悪い返答に少しだけ違和感を覚える響。

 しかしヒイロはそのまま言葉を続ける。

 

「……もし、俺が死んでも──再生だけはするな」

 

「……え?」

 

 死。

 およそその存在と程遠いヒイロからその言葉が出てくるとは思えず、響は呆けた声を上げてしまう。

 

「な、なんで──」

 

「……俺の死生観……ッて言うのか。まぁ、そういうこだわりって言うか……」

 

「……」

 

 その歯切れの悪さを抱えたまま……しかしこれだけははっきりと言い切った。

 

「俺は……『暁陽色』本人じゃない」

 

「……え?」

 

 いきなり何を──と思った響だったが、その響の内心を知ってか知らずかヒイロは言葉を続けた。

 

「『暁陽色』ッて言う人間は七年前に本当に死んでいて……今ここに居るヒイロッて男は、七年前にガンツに生み出された命だって……そう、思っている」

 

「……ガンツに……」

 

 ヒイロは、勝手な妄想だけどな、と言い訳するように言いつつも、しかし語るのを止めることは無かった。

 

「そう。一つの命。『暁陽色』とはまた違う……別の命」

 

「……」

 

「では三番で俺を選んだ場合……再生されるのは何だ?」

 

「……あっ」

 

 ──そこまで語って、響はヒイロの言わんとする事に気づく。

 

「そうだ。また別の『俺』が生み出されるだけ」

 

「……」

 

「俺は……いや、きっと生み出された俺も……そんなのごめんだね」

 

 ◇

 

 ヒイロさんの考えは、随分と煮詰まったモノのように思えた。

 

 ……いや、実際ずっと……考え続けて得た答えなのだろう。

 だからヒイロさんは……陽色さんのお母さんを、死んでしまうよりも前に助けたかった。

 

「……響。だから俺を……再生するのだけはしないでくれ」

 

「……はい」

 

 ヒイロさんは、それだけだ、と言って締めくくった。

 

「……」

 

 生まれた意味を知りたい。

 

 ふと、ヒイロさんが言っていた言葉を思い出し……それがどういう事だったのか、今ようやく理解できた。

 

 ヒイロさんは……ずっと、悩んでいた。何故自分という存在が生まれたのか。ガンツに選ばれたのか。

 

 ……私には、その悩みの理由が分かる。

 戦いの中か、ふとした生活の中でか……今までの陽色さんと今のヒイロさんとの乖離が気になってしまう。

 暁陽色っていう人は、こんな残虐なことをするのか? 

 

 ──なんて、考えてしまう。

 

 だから考えて、考えて……自分は元となった人とは違う人間なんだって、考えるようになった。

 ガンツに生み出された命だと。

 

 そう思うようになった。

 

「……同じです」

 

「……え?」

 

「私も、ヒイロさんと同じです」

 

 立花響。

 きっと──元の私と今の私は、もう全く違う存在だ。

 

 でも。

 

「私は……私は生きて……生きて生きて、足掻いて、それでも死んでしまうその時まで……生きたい。生き延びたい。ヒイロさんと一緒に」

 

「……」

 

「だから──私も、ヒイロさんと……同じです」

 

 もしも……もう一人私が居たとして。

 どっちも変わらない、同じ命。

 

 だから生きたい。

 生き延びたい。

 

 だって偽物も本物も変わらない。

 死んでしまったらそれで終わりの──。

 

 たった一つしかない、命なのだから。

 



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昼間の異変

「おはようございます! ヒイロさんっ!」

 

「……」

 

 朝は、まずは目の前に居るヒイロさんを起こすところから始まる。

 最近はぐっすりと眠れるというのも有って、きちんと朝起きることが出来るようになってきた。

 今まではずっとヒイロさんに叩き起されてばかりだったので、これは凄い進歩だと私は思ってる。

 

「……おう」

 

「えへへ……」

 

 ぱちりと目を覚ましたヒイロさんは、一瞬私に気圧されたような表情を浮かべるもすぐに何時も通りのぶっきらぼうな返事を返して体を起こす。

 

「飯、作るぞ」

 

「はい!」

 

 起きてすぐ、ヒイロさんは朝ご飯を作り始める。

 私はそのすぐ横でヒイロさんのお手伝いをする。

 本来なら私がするべき事なんだけど──。

 

「今日はエッグベネディクトだ……」

 

「おぉ……シャレオツですね!」

 

「ふっ……だろ?」

 

 そう言って朝ご飯を作っているヒイロさんはとても楽しそうで、それを手伝っている内にいつの間にか朝ご飯はヒイロさんが作るのが定着してしまった。

 

 ……そして朝ご飯を作ったら、ご飯を食べている間に今度は今日の予定の確認。

 

「今日は大学は無い」

 

「あの……大学がない日……多くないですか?」

 

「ふっ……一週間の内全休日が三日も有るからな……」

 

「えぇ……」

 

 とは言っても、ヒイロさんの大学は無い日の方が多いというか、何というか……。

 多分自主休講にしてるだけなんじゃ無いかと踏んでいる。

 

 ヒイロさん、大丈夫なのか? 

 たまにレポートを書いていたり提出したりしているけど……前にその内容を見たときは、それはもう酷かった。

 

 なにせ板書の丸コピペなんだもの。

 良いのそれで? 

 

「……」

 

「……な、なんだよ……」

 

「何でもありませーん。勉強はちゃんとやらないと駄目だって思っただけでーす!」

 

「……」

 

 こうやって意地悪なことを言うと、ヒイロさんは目に見えて落ち込む。

 普通の生活だとこんな調子なのに、ミッションではあり得ないほどストイックになるのだから信じられない。

 

 そんなことを考えながらも、ヒイロさんに助け船を出すように語りかける。

 

「……でも! 元々休みなら問題無いですよね!」

 

「! そ、そうだな……」

 

 ──けれどその実、手を差し伸べるのは私の希望を押し通すためのモノ。

 少しホッとした様子のヒイロさんの隙を穿つように畳みかける! 

 

「……そう、問題無い」

 

「……?」

 

「休みなら……私とデートしても、問題は無い! ですよね!!」

 

「え?」

 

 ◇

 

「東京スカイタワー……」

 

 その巨大な塔を仰ぎ、ヒイロは思わずため息をつく。

 

「ヒイロさーん! 早く行きましょうよー!」

 

「……はいはい」

 

 デートコースとしてベタすぎて手垢が付きまくりな東京スカイタワー。また日本で一番高いタワーとして観光名所でもあるタワーだ。最もヒイロは来たことが無かったのだが。

 

 まさかこんな所に女の子と来ることになるなんて。

 一年前の自分では考えられない状況だ。

 

「……」

 

 ジトッとした目線を、お土産コーナーで目を輝かせている響へと向ける。

 

「お前……さすがに食い気が逸りすぎだろ」

 

「ええっ!? ち、違いますって!」

 

 美味しそうなモノでも見るようにお土産のクッキーを眺めておいてよく言うよ。

 そんなことを考えながらも、ヒイロは響の手を握る。

 

「あっ……」

 

「ほら、いくぞ」

 

「は、はい……」

 

 こうやって彼らが手を握るのも、もう何度目だろう。

 少なくとも、出会った時とは手を引く意味が違うだろう。

 

「私って……高校生料金で良いんでしょうか……?」

 

「どうなんだ……学生証持ってればいけんじゃね?」

 

 料金表の前に立ってあーだこーだと話し合いながらも、ヒイロは二人分のチケットを買い東京スカイタワーの最上階まで上っていく。

 そのエレベーターには当然ヒイロたち以外の客が居るためそこまで大きい声では騒げないが、しかしコソコソと内緒話でもするように二人は会話を続ける。

 

「私……実はここに上るの初めてなんです」

 

「あー……お前も? 俺もだわ」

 

「何でしょうかね? 近いと何となくいかなくなるって言うか……」

 

「分かる……今行かなくても良いかって思ッちまうわ」

 

 ……最も、その会話の内容はどうでも良いものなのだが。

 だが二人はそんな二人の秘密の会話を楽しむように語り合い、そうしていく内にもエレベーターはどんどん最上階に近づいていく。

 

 そして──。

 

「おおっ! 高ーい!」

 

「……」

 

 エレベーターから降りた響は、一目散に展望台まで駆けて東京の町を一望する。

 そのはしゃぎようはどこか年相応に思えて、ヒイロは彼女がまだ十五歳の少女であることを思い出す。

 

「ヒイロさーん!」

 

「はいはい……んな騒ぐなって」

 

 どこか……昔を懐かしむような表情を浮かべながら──ヒイロは響の下へと歩いて行った。

 

 ◇

 

「……ん?」

 

「? どうしたんですか? ヒイロさん」

 

「……」

 

 違和感を覚えたのは……響と同じように町を見下ろせる展望台に来たときだ。

 何かが……東京の空に見えた。

 

「……」

 

「あの……?」

 

「響、あれ……見えるか?」

 

「?」

 

 酷く嫌な予感を覚えながら、隣の響にも聞いてみる。

 俺が指を指した方向には、飛行機と言うにはあまりにも低空な位置を飛行している物体。

 

 はっきり言って、見たことは無い。

 ただ……あのサイケデリックな見た目と、どこか感じさせる無機質さには覚えがあった。

 

「……あの」

 

「……ああ」

 

「……あれ……ノイズ、ですよね……?」

 

「……」

 

 ……二人共目を合わせ、もう一度確認するようにその飛行物体に目を向ける。

 

「……ノイズだな」

 

「……ノイズ、ですね」

 

「……何でだろうな」

 

「……何でですかね」

 

「……」

 

「……」

 

 俺は展望台の周囲に視線を向ける。ノイズってのは基本群れで来る。単体で来るって事は基本的に無く……。

 

「……彼奴以外にも三体ほど居るな」

 

「……っ」

 

 当然の権利のように、あの巨大ノイズは四体同時に、しかも四方から囲むようにこちらに向かってきていた。

 逃がさないって感じか。厄介だな。

 

「……?」

 

 俺がそうしてノイズについて分析していると、ふと響が俺の手を強く握ってきた。

 

 響は軽く視線を周囲に巡らせ……まだノイズに気付いていない一般人を見ている。

 家族連れ、カップル、修学旅行生のような奴ら、などなど。

 未だ多くの人が巨大ノイズには気付いていないようだ。

 

「……」

 

 この閉鎖空間の中でのノイズの襲撃。

 ここに居る人間が気付いたら……パニックが起こる。

 恐らくは人死にが出るレベルのパニックだ。そしてそれは、響にとっちゃ……トラウマみたいなもんで──。

 

「……はぁ」

 

 何で、今来るんだろうな。

 こっちはオフだっつーのに。

 

 まぁ……やるしかねーよな。

 

「響」

 

「っ、え? あ、はい!」

 

 虚を突かれたように声を上げる響に、袖を捲ってその下に着ているスーツを見せる。

 

「やるか? 響」

 

「!」 

 

 一瞬目を見開いた響だったが、すぐに表情を嬉しそうなモノに変えると──。

 

「……はい、ヒイロさん!」

 

 一も二もなく頷いた。

 

 ◇

 

「……ヒ、ヒイロさん……?」

 

「何だ?」

 

「ほ、本気でここで戦うんですか……?」

 

 ノイズと戦う。ヒイロさんからの申し出に一も二もなく頷いたは良いんだけど……。

 

「こここ、ここ地上何メートルだと!?」

 

「記録じゃ634メートルだった筈だが……」

 

「そんな細かい値を聞いてるんじゃ無いんですぅ!」

 

 ミッション外のため普通に人に見られる可能性があるから、常にステルスで戦うって事になった。

 見つからないようにステルスの後に転送して貰ったんだけど──。

 

 なんと転送場所は東京スカイタワーの外! 展望台の上のスペースで、一応安定感はあるけれど……。

 

「うわっ……風強い!」

 

 風が強くて何度も吹き飛ばされそうになる。

 怖い! リアルの恐怖! 仮に落ちたらスーツが死んじゃいそうだよ! 

 

「うわわっ……っと?」

 

 と、本当にこけそうになった所を、ヒイロさんが支えてくれた。

 

「あ、ありがとうございま──」

 

「気をつけろ。ここから落ちたらさすがにスーツでもダメージを軽減しきれないからな」

 

「す……」

 

 あ、本当に駄目なんだ。

 一気に血の気が引く思いだけど……。

 

「いよいよおいでなすったな」

 

「……!」

 

 とうとうその姿の全貌を確認できるほど距離まで、ノイズたちが近づいてきていた。

 

「恐らく風鳴翼が駆けつけはするだろうが……彼奴らの武器じゃこの高度の敵を倒すのは難しいと思われる」

 

「……」

 

 ヒイロさんは至極落ち着いた表情のまま四体のノイズを指で差しながら説明を続ける。

 

「──だから俺らが上から徹底的に叩く。スカイタワーの人間も目に見えるノイズがいなくなりゃ落ち着くだろうしな」

 

「……はい!」

 

「つまり作戦はこうだ。各自飛行ユニットで時計回り、反時計回りでノイズ共を叩いていく。あのタイプのノイズが何をしてくるかは分からないから、Xショットガンの射程ギリギリを意識しながら戦えよ」

 

「はい!」

 

「よし。飛行ユニットを出す」

 

 ヒイロさんはそう言うと、こめかみの部分に指を当てて二つの飛行ユニットと、XショットガンとXガンを何丁か出した。

 

「……」

 

 飛行ユニットには銃を納めるためのホルダーがあるので、そこに出された銃を納めていく。 

 

 これで準備は完了だろう。後はステルス……。

 

「あ、そう言えば!」

 

「なんだ?」

 

「あの、ステルス中って互いに見えないじゃ無いですか。どうやってお互いを確認しますか?」

 

「……」

 

 そう、ステルスを起動中は自身の姿を消すことが出来るけど、消えている相手のことを認識できるわけでは無い。

 つまり連携とかには不利なのがステルスなんだけど、倒した後どうやって合流しよう……? 

 

「お前……俺を馬鹿にしてんの?」

 

「えっ?」

 

「とっくにガンツの機能でステルス中だよ俺らは」

 

「えっ!?」

 

「お前さっき確認しただろ……」

 

 思わず手を確認してみるも何時もと何ら変わらないように見える。

 え? 本当にステルス中? 

 よく分からずにいると、ヒイロさんは軽く息を吐いてから説明をしてくれた。

 

「……ミッションの時、ガンツが俺達と星人のことを隠してるだろ? その機能を使っただけだよ」

 

「あ、そういうことか!」

 

 と、一瞬混乱したモノのすぐにヒイロさんから答えを教えて貰った。

 そうか、ガンツの能力が使えるんならそう言う事も出来るよね。

 

「これで納得したか? さっさと行くぞ」

 

「……はい!」

 

 ともかく、それなら何の問題も無い。

 

 飛行ユニットに乗って、起動する。

 前に何度か、ヒイロさんとの訓練の時に使い方を教えて貰ったので普通に動かすことは出来る。

 

「……」

 

 ノイズを、倒す。

 

 ミッションでも何でも無く……ただ、奏さんや翼さんのように……ノイズと、戦う。

 

 それはまるで……まるで──。

 

「……緊張してるのか? 響」

 

「……いいえ。ただ──」

 

 少しだけ、もう一人の私と、近づけたような気がしたのだ。

 

 ◇

 

 ──戦いの結末について言うのなら、一方的、という言葉がふさわしかった。

 そもそも“上”を取られた状態ではノイズに出来ることなど殆ど無く、またそれが透明人間による攻撃であるため、一切の反撃も許さず、Xショットガンによって解体されていった。

 

 一つ、ヒイロと響に例外があったとするなら──。

 

「!? ミサイルだとッ!?」

 

 ヒイロが担当したノイズの二体目を撃破しようとした瞬間、下方から大量のミサイルが飛んできた。

 そんなものがノイズに効くわけが無い、というのは小学生だろうと知っている事実。

 

 すわ自身を狙った攻撃かとすら思ったヒイロだったが、意外な事にそのミサイルはノイズに()()した。

 

「!? ノイズに攻撃を!? どういう事だ……!」

 

 特異災害『ノイズ』。

 そう呼称される彼らは物理的な干渉を許さず、一方的に人間のみを炭と化す。

 彼らに唯一攻撃を通す事が出来るのは、ガンツの武器と、もう一つ。

 

 それは、風鳴翼ともう一人の立花響が身に纏う武装。

 通称『アニメのコスプレ』。

 その武装の正式名称を知らないヒイロは、彼女たちの武装にそんな不名誉なあだ名を名付けていた。

 

「……」

 

 何かは分からんが、ノイズに有効な武器というのは気になる。

 流石にミサイルならまともな武装だろ、という安易な発想から、 ヒイロは飛行ユニットを繰り出して地上に迫る。

 

 そして目を凝らし、そのミサイルの発射元を……ヒイロは発見した。

 

「……! あれっはっ……!?」

 

 そこには──。

 

「……赤い……痴女……」

 

 大胆な格好をした、白髪の痴女の姿を確認した。

 

 またもやコスプレイヤーが増えた。

 

 どういう事だ。

 

 おかしーだろ。

 

 武闘派コスプレイヤー多すぎるだろ……。

 

「おーい! ヒイロさーん!」

 

 少しがっかりしていると、頭上から響の声が聞こえてくる。

 

「こっちは倒しきりました──って、どうしたんですか?」

 

 どうやら向こうも全てのノイズを倒したのか、飛行ユニットで滑空しながらこちらに向かってくる。

 そしてヒイロが視線を向けていた存在に気付いたのか、その大胆な格好をした少女に目を向ける。

 

「……」

 

 暫くその少女の事を観察した響は、シラーッとした目でヒイロを見つめた。

 

「ヒイロさん……もしかして──」

 

「違うぞ」

 

「……」

 

「違うからな」

 

 全力の否定。

 しかし響のその軽蔑したような視線がそれる事は無く……ヒイロは話を切り替えるように、すすすっと飛行ユニットの高度を上げた。

 

「……どうも、まだ地上にノイズが居るらしい。そいつらを狩ろう」

 

「……」

 

「……違うからな? 俺は単に、ノイズを倒した武器が気になっただけで……」

 

「……」

 

「……何でずっとうす目してるんだ?」

 

「にらんでるんですけど?」

 

 そう返した後、響は息を吐いて口を尖らせる。

 

「まぁ良いですけど? 別に、私よりもよっぽど綺麗な人ですもんね」

 

 つーん、と。響はいつになく怒ったような様子で言葉を返す。

 

「……悪かった。頼むから機嫌を──」

 

 そして、ヒイロが降参だと言わんばかりにペコペコし始めた、その時だった。

 

「!?」

 

「えっ!?」

 

 ──首筋にぞわりと寒気が走った。

 

「えっ、なんっ……ガンツ……?」

 

「……」

 

 現在時刻は未だ昼。

 ガンツのミッションが起こる時間とは程遠い。

 今までとは全く違う状況を理解出来ずに混乱する響。

 だが響とは対照的に、ヒイロは至極落ち着いた表情のまま響に指示を出す。

 

「響!」

 

「え、あ、はい!?」

 

「どっか安全な場所まで移動する! 付いてこい!」

 

「! はい!」

 

 そう言ってヒイロは辺りを見渡し、この飛行ユニットを乗り捨てられる場所を探す。

 

「あのビルだ! あそこの屋上で転送を待つ!」

 

「っ、はい! 分かりました!」

 

 ノイズが居るわけでも無く、また人の気配も無いビルを見つけ、そこに飛行ユニットを走らせる。

 

 そして飛行ユニットを置き、一拍おいた次の瞬間。

 

「あっ」

 

 転送が始まった。

 

 



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母なる大地

 ガンツに呼び出された二人は、まず黒い球体に詰め寄った。

 

「ガンツ! おいガンツ! 答えろ!」

 

「ガンツ!」

 

 ヒイロ達はガンツに大声で声をかけてみたが、それも芳しくなく。

 

「……」

 

 ヒイロは次に、ガンツの表面に触れて目を閉じる。

 暫くの沈黙の後、響は不安そうな表情でヒイロに尋ねた。

 

「……何で……まだ、昼間ですよ?」

 

「……」

 

「ミッションって、普通は──」

 

「どう見ても昼にしか見えないが、冗談でも何でもなさそうだな……」

 

 そう言ってヒイロはガンツの表面に触れていたが、諦めたように手を離す。

 

「どーやらコイツは、本気でこれからミッションをやれと言っているみたいだ」

 

「えっ」

 

「俺の操作を受け付けない……ミッション直前の時と同じ状態だ」

 

「……」

 

 とは言え武器を出したりは出来るので、ミッションを受ける事自体は問題では無いのだが……。

 

「あの、ヒイロさん……」

 

「……」

 

 不安気な表情を浮かべてヒイロに声をかける響だったが……ヒイロもまた余裕は……いや、七年間戦い続けたヒイロだからこそ、余裕など無かった。

 

「……」

 

 胸中に渦巻くのは、ただひたすらに不吉な予感。

 戦い続けた七年の中でも前代未聞の昼間の召集。

 

 自分だけならまだしも、まだ発展途上の響が居る状況でこんな例外のミッションを相手にさせられるなど……。

 

「……ガンツ。今日の標的は……」

 

 しかしそれを考えた所で、何かが変わるというわけでも無い。

 未だガンツに囚われているヒイロには、ミッションを蹴ることなど出来やしないのだから。

 

 故に、ヒイロの心に浮かんだ想いは一つ。

 

 どんな例外が起ころうと、どんな相手と戦おうと。

 戦って生き残る。

 響と共に。

 

『あーたーらしーいあーさがきた』

 

 響を──。

 

この方をたおしにいってくだ

 

くろのす

特徴

かみ つおい じかんたんとう

好きなもの

かぞく

 

 守──。

 

「──」

 

「……くろのす?」

 

 ()()を知っているヒイロは、息を呑み。

 それを知らない響は、ただぽつりと……その神の名を口にした。

 

 ◇

 

 思い出したのは、あの日のこと。

 

『ガンツ、今日は何だ』

 

この方をたおしにいってくだ

 

ももたろう

特徴

かみのこ つおい

好きなもの

たたかい

 

 ガンツに種族名ではなく個人名で指名されたそいつは、今までの強力な星人など比では無い強さを誇り……無敵としか思えない強靱さで俺を圧倒した。

 

「……」

 

『くろのす』

 こいつもまた、その類の──。

 

「ッ」

 

 体が硬直し、トラウマが蘇る。

 

「ヒ、ヒイロさん!?」

 

 急に息を荒げた俺を見てか、響が心配したように声をかけてくる。

 ──その声で、体を包んでいた震えが治まっていく。

 

 そうだ。今、俺は何をすべきだ。

 

「……ヒイロさん?」

 

 響だ。

 響を守る。それが俺のするべき事で……俺がしたい事。

 

「……」

 

 響の心配したような表情に目を向ける。

 ──ただ、それだけで胸の内から力が沸いてくる。

 

「何でもねぇ。それよりもすぐに準備だ」

 

「! はい!」

 

「ガンツ!」

 

 俺の呼びかけに答えるようにガンツが開く。

 

「ガンツ! 武器をありったけだ! 全て用意しろ!」

 

「えっ!?」

 

「……響!」

 

 驚いたような表情を浮かべる響の肩をつかみ、足早に語る。

 

「いいか? この星人は恐らく……今まで戦った相手の中でも一番に強い」

 

「……!」

 

「向こうに着いたらすぐに俺と合流だ。絶対に一人で行動するな。分かったな?」

 

「っ、はい!」

 

 俺の表情から、事態が緊迫していることを察したのか、響は真剣な表情で頷く。

 

「よし……」 

 

 響の肩から手を離し、互いにミッションの準備をする。

 ソード、Yガン、Zガン、ありったけの百点武器たち。

 

 ──全てを用意してから、ガンツに振り向く。

 

「ガンツ! 俺から転送しろ!」

 

 頭上から電子音が聞こえ……何処かへと転送されていく。

 

「響、向こうに着いたら──」

 

「合流、ですよね!」

 

 そして最後に、響と会話をして……何処かに転送された。

 

 ◇

 

「ここは……」

 

 転送された先は……何かの通路のような場所だった。

 基本的に東京周辺がミッションの範囲となっているが……。

 

「……」

 

 周囲を見渡しても石畳と見たことも無い素材で作られた壁ばかり。

 

「……なんかの……遺跡か?」

 

 ヒイロは持ってきていたハードスーツを放り投げ、こめかみの辺りを押さえる。

 

「……」

 

 それは、十六回クリアで手に入れたガンツの通信機能の使用。

 これにより日常生活やミッション中でもガンツの機能を一部使用することが可能となる。

 

 ……が。

 

「……ガンツ。おい、ガンツ! 響をどこに転送した! おい!」

 

 いくらガンツを操作しようとしても全く何も受け付けない。

 ……いや、受け付けないというよりも、これは……。

 

「……んだ、これ…………そもそもガンツと……」

 

 ガンツとの間で通信が行えていない。

 そして……ガンツのとの通信が行えないと言うことは、武器の補給もままならないということでもある。

 

「……」

 

 異常事態故、現着してすぐ戦えるよう持ってこれる武器については全て持ってきたが……まさかそれが本当に有効になってしまうとは思いもしなかった。

 

「くそっ……じゃあ転送も……使えねぇ……」

 

 何もかもが今までと違う。

 更に言えば、恐らく自身が相対した敵の中でもトップクラスの相手と、今回は戦わなければならない。

 

 状況は最悪。

 しかしそんな状況でもヒイロの思考は回転を続ける。

 

(既に響はこっちに転送されているはずだ。『くろのす』とかいう化け物が居るのが確定的である以上さっさとあいつと合流を──)

 

「……」

 

 思考を中断し、Zガンを構える。

 何かが居る。ヒイロは即座にコントローラーを取り出し、マップを確認する。

 

「……嫌になってきた……」

 

 先ほどまで何も表示されていなかったはずのそこには、大量の赤い点がポツポツと生み出されていった。

 

「……無事で居てくれよ……響!」

 

 現れたのはY字型のドローン。

 そいつに向けて……ヒイロはZガンをぶっ放した。

 

 

 

「響ーッ!」

 

 ドローンを瞬殺したヒイロは、響と合流すべく駆けだした。

 

 彼奴らが雑魚で助かった。そんな風に思いながらも、しかし前進しない状況にやきもきとする。

 

「クソッ! マップが広すぎるッつーのッ!」

 

 ヒイロを苦しめたのは何よりそのマップの広大さである。

 彼の記憶にもここまで広大なマップは無かった。

 しかも巨大な上に迷路のように入り組んでいる上、定期的にあの雑魚ドローンが沸いてくる。

 

 思うように進めねぇ! つーか邪魔! ハードスーツ! 

 ハードスーツは機動力が損なわれるため着ないまま引きずっていたが、それにしたってデカすぎて邪魔であった。

 

 しかし武器の補給が出来ない現状、コイツを捨て置くわけにもいかず。文句を言いつつも地面を削りながら持ち運んでいた。

 

「響ーッ! どこだーッ!」

 

 迷路のような建物を駆ける。

 

 しかし響は見つからない。

 

 遺跡のような建物を駆ける。

 

 駆けて……走り続け……ドローンを蹴散らしながら走り続け──。

 

「……ここは……」

 

 とうとう、開けた場所に出た。

 そこは今までの通路とは違う何かの部屋のような場所で、明りが灯っていた。

 今までの古代遺跡然としていた風貌から一転変わり、近未来的な機械がそこかしこに散らばっている。

 

 更に、その近未来感をより強調させているのが眼前の巨大な機械の塊。

 コードに繋がれたそれは静かに稼働している。

 

「……」

 

 そして。

 眼前に置かれている何かの機械のよりも……特に目を引いたのは……天井。

 そこには──。

 

「……おい……嘘だろ……」

 

 星空が広がっていた。今時こんなに綺麗な星空なんてそうそう見られないって程に綺麗な青空。

 未だ昼間だというのに何故こんなに綺麗な星空が見える? だとか、東京でこんな空はあり得ない、だとか。

 

 そういった細々とした疑問が浮かんでは……一つの事実の前に吹き飛ばされた。

 

 ……その空に、本来であれば見ることも叶わないモノが浮かんでいたのだ。

 

 ──その惑星は青い星。

 

 太陽の光を反射したその青は綺麗に輝き……宇宙飛行士がこぞって美しいというのも頷ける程……正しくこの世で最も綺麗なモノ。

 

「……何……だ…………ここ……」

 

 その惑星の名は──()()

 

「何処なんだよ……ここは……!」

 

 ヒイロたちが生まれた母なる大地の姿であった。



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神速

「……」

 

 天井を見上げ、その光景に息を呑む。

 

「……チッ」

 

 ヒイロは苦し紛れに舌打ちをして、邪気を払うように頭をふるって考え始める。

 

(……まあ、ここが何処かなんて……どーでもいい。今は──)

 

 視線を正面に向け、そこに鎮座する謎の機械を見つめる。

 

「……」

 

 今までの通路にあったものとはまるで違う雰囲気を放っており……言いようのない威圧感を感じる。

 

「……コイツ……コイツが……『くろのす』……?」

 

 ガンツに表示された画像には、人の……女性のようなモノが表示されていたはずだが。

 腕を振るってコントローラーを取り出し、目の前の存在が星人であるかどうかの確認を行う。

 

「……」

 

 だが、マップが言うにはコイツも星人らしい。

 あのドローンの親戚か何かか?

 

 全く動きが無いため警戒しつつも……対応を考える。

 

 デカすぎてYガンじゃとても捕まえられそうに無い。

 かといってXガンじゃ火力不足……。

 

 そこまで考えて……ヒイロは巨大な機械の塊に向けてZガンを構える。

 

「……」

 

 そしてカンッ、と引き金を引いた。

 Zガンの押し潰しは機械の頭上に向けて放たれ……ヒイロの望み通りに押し潰した。

 

「……」

 

 一瞬の沈黙。

 けれどヒイロは油断なくZガンを構え、更に二度引き金を引く。

 ドドン、ドンッという断続的に続く破壊音はしっかりと謎の機械をスクラップへと変えていく。

 

 しかし。

 

「……通路?」

 

 何かの機械を押しつぶした先に、また更に何かの通路のようなモノがある。

 

「……」

 

 警戒しながらも進むと……その先は何かの牢屋のような場所。

 

 ……そこに、先ほどの機械より更に更に巨大なポッドが鎮座していた。

 

「……ラスボス……か」

 

 そのポッドの中は何かの液体のようなモノで満たされており、妖しく光を放っている。

 その中部。

 そこには──正しくガンツが標的とした女の裸体が浮かんでいた。

 

『──』

 

 『くろのす』。

 その目覚めは、まるでハンターの到来を予期していたかのようで。

 けれどどこか今目覚めたばかりと言わんばかりに、目をパチパチと瞬かせ──。

 

……kokoha……

 

「……」

 

 彼女は液体の中で、ぼんやりとした表情を浮かべたまま自身の姿を確認し、ヒイロに視線を移したかと思うと──。

 

omae,ninngennka?』

 

「……」

 

naze……kokohaoamenoyouna……a……

 

 何か合点がいったのか捲し立てるように言葉を発し始めた。

 

souka! omaeorewotasukenikitanoka! narahayakukokokaradasitekure!

 

「……」

 

orehaminnnawo……kazokuwotasuketainnda!』

 

 ポッドの中に詰められているというのに、その言葉は妙に綺麗に響く。

 けれどヒイロは彼女の言葉の意味を理解することは出来なかった。

 その言語は全く聞いたことが無いような……いや、聞いたそばから記憶から抜け落ちていくような……そんな奇妙な言葉だった。

 

「……何言ってんのかわかんねーが……」

 

……?』

 

「死んでくれ」

 

 しかしヒイロは聞く耳持たずと言わんばかりにZガンをもう一度構え、そして躊躇無くトリガーを引く。

 

 ドドンッ、という爆発音は巨大ポッドを捉え磨りつぶ──。

 

「……」

 

tennme-……nanisiyagaru!』

 

 す事は無く、彼女の頭の上の部分まで破壊した所で衝撃が停止した。

 結局Zガンの押し潰しの衝撃が破壊したのは……ポッドの上部のみであった。

 標的である『くろのす』は一切の無傷。

 

「……」

 

 あまりに異質な光景と、当たり前のようにZガンを無効化してくる『くろのす』。

 しかしそんな彼女を前にしても、ヒイロはどこかすました表情を浮かべて彼女を見つめていた。

 

 そんなヒイロとは対照的に、『くろのす』は少し表情をムッとさせながらも、開けた頭上を見てはふわりと飛んで……そのままポッドの中から抜け出した。

 ふわりと地面に降り立った彼女は、いまだ不機嫌そうな表情でこちらを見ている。

 

 ヒイロは『くろのす』の姿を一瞥したかと思うと、もう一度Zガンを構え……連続して彼女を打つ。

 しかし。

 

「……なるほど」

 

sakkikarasa……nanisore

 

 全ての衝撃が、『くろのす』に届く瞬間──()()()()()()()()()()

 

uzaikarakowasuzo

 

 それだけで無く、衝撃が天へと戻っていったかと思うと──。

 

「ッ!」

 

 ヒイロが構えていたZガンが破壊された。

 流石に武器が破壊されると思わなかったのか、ヒイロは『くろのす』を前にして初めて驚愕の感情をあらわにした。

 

omaefukeinayatudana.maaoreyasasi-karayurusukedo

 

「……そうか。そう言う事ね……」

 

 ぺらぺらと謎言語を語り続ける『くろのす』を無視して、ヒイロは眼前の彼女について……考察を進めていた。

 

 そして、()()

 彼女の能力の一端……それを把握しつつあった。

 

 

 俺が百点の奴と戦ったのは、今回を入れて……三回。

 

 一回目は『ももたろう』という、正真正銘の無敵。

 ……まぁ、あのときは武装が乏しかったから……そうだな、八回目か十五回目の武器でもあれば突破できたのかもしれないが……まぁ、それはいい。

 

 ともかく奴に攻撃は全く効かない。どころか『ももたろう』の攻撃は全てスーツを貫通してくる。飛び道具が無いだけましって奴だった。

 初めて会ったときは正に……勝ち目がある相手だとは思いもしなかった。

 ただ『ももたろう』にも……()()()()()()()()

 

 彼奴は……初見の攻撃は必ず一度は食らう。余裕から来るモノかただの馬鹿なのかは分からないが、どんなカスみたいなモノだろうとZガンの銃撃だろうと……一度は、必ずその身に攻撃を受ける。

 だから、Yガンという捕獲用の銃にはめっぽう弱かった。何せ一度でも捕まったらもう終わりだからな。

 

 そして二回目。

 彼奴は何だっけな。確か『セブンソード剣・ゴッド神』だったか。

 訳が分からない奴だったが……彼奴も攻撃を全て受け付けない上に、町を覆うほどの規模の攻撃をしてくるっていうふざけた奴だった。

 

 だがまぁ、そいつに関しても明確な弱点があった。剣による攻撃は通じるのだ。

 ソードで削っていったら普通に死んだのはビビった。

 

 ──と、まあこのように。

 百点の奴というのは大概が明確な弱点……もしくは弱点では無く攻略法というのが存在する。

 

 そして。

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 例えば『セブンソード剣・ゴッド神』と『ももたろう』が戦ったら、当たり前のように『ももたろう』が勝つだろう。

 その程度には、百点の奴にも格差が存在する。

 

 弱点を持つモノと、決まった攻略法でしか倒せないモノの差というのが。

 

kedoma,oriwokowasitekuretearigatoutohaitteokou!』

 

 目の前に居る真っ裸の女に目を向ける。

 『くろのす』。

 コイツに向けてZガンを放ったときの挙動は明らかに異常だった。

 恐らく、真っ当には倒すことが出来ないだろう。

 

 どっちだ。

 今まで戦ってきた百点の奴の中でコイツは……。

 今もドヤ顔で何かを口走っているコイツは……。

 

「……っ!」

 

 コイツは、恐らく後者……!

 

 Xガンを乱射し、『くろのす』の周囲を爆ぜさせて目くらましをする。

 

 これからする攻撃は……恐らく有効打にはならないだろう。

 何となくではあるが……コイツの無敵の仕組みについては分かってきた。

 だからこそ確証がほしい。

 

mu?』

 

 瞬時に担いできたハードスーツを着込み──。

 

mumumu?』

 

 無防備な『くろのす』へと右ストレートをぶち込む。

 

 ──だが。

 

「……」

 

 『くろのす』の体に当たる直前。

 右腕が途端に重くなった。

 いや、これは重いと言うよりも──。

 

nannda asondehosiinoka?』

 

 ()()()()()()()()()……!?

 

「……」

 

 即座に右腕のスイッチを押し、ハードスーツの掌からビームを撃ち出す。

 

mabusi!』

 

「……!」

 

 しかし。光そのものであるビームですら停滞し、どころかハードスーツに逆流してきた。

 

「くっ……!」

 

 ハードスーツの右腕が破砕し、吹き飛ばされる。

 

omaeomosiroinajyaatugihaorekara──!』

 

「……!」

 

 そして『くろのす』が迫り、蹴りを繰り出してくる。

 

 そのカスみたいなフォームから繰り出された蹴りの速度は──。

 

「ッ──!?」

 

 俺の人生で見た何よりも早く、擦っただけでハードスーツの表面をそのまま削り取った。

「!」

 

horehore!』

 

 そして有り得ない速度を維持したまま、世界最速の蹴りを繰り出し続ける。

 コイツもやっぱスーツ無視攻撃できるのかよ……!

 

 為す術も無くハードスーツを抉られていき、『くろのす』が大きく踵をあげてドヤ顔を浮かべた。

 

oraitta!』

 

 

 瞬間、ハードスーツから白煙が吐き出される。

 

o,kowaretaka!?』

 

 一瞬ひるんだ『くろのす』は、けれど無情なまでに一途に、踵落としをヒイロへと叩きつける。

 

 爆音と共に赤い液体が飛び散り、ハードスーツの残骸が舞う。

 既に致命傷だろう。しかし『くろのす』は──何度も何度も……自身の真っ白な踵を叩きつけ続ける。

 

oi! omaeomosiroiyatudana! kiniitta! kyoukaraoretoomaeha──!?』

 

 だが。

 

……a?』

 

 唐突に、彼女の動きが止まった。

 

 いや……止まらざるを得なかった。

 

ga……goo?』

 

 『くろのす』の真っ白な首元に──漆黒の刀が生えていた。

 久方ぶりの激痛に、『くろのす』の動きが硬直する。

 

oma……!?』

 

「……」

 

 そして──。

 

「おォおォォォォッ!!」

 

 一閃。

 『くろのす』の首を、断ち切った。

 

nann……na……

 

「……」

 

 生首の状態のまま幾ばくか言葉をこぼし……『くろのす』の体は生命活動を完全に停止した。

 

「……」

 

 ──その『くろのす』の死体を一瞥したヒイロは軽く息を吐いて……自身の推測が正しかった事を理解する。

 

「やっぱ……時間の操作……反転……ッて所か……」



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人類の母計画

「ヒイロさーん! ヒイロさーん!?」

 

 私の叫び声は無情なまでに空虚に響き、少しの返事も帰ってくることは無い。

 

「……ここどこぉ……? ヒイロさん……」

 

 見渡しても見渡しても通路ばかり。たまに部屋のような場所に出たと思えばドローンの巣窟だったりするだけで、何一つ進展が無い。

 マップを見てもただ絶望が増すだけだった。

 

「広すぎるよぉ……ヒイロさーん!」

 

 とてつもなく広い。それに伴ってか敵の数が……多い、異常なまでに。

 ──何より……。

 

「……なんか……制限時間バグってるし……」

 

 コントローラーの機能の一つである制限時間の表示。

 あまりに巨大なマップと膨大な量の敵故、直ぐに確認したんだけど……。

 

 何故か表示がバグっている。文字化けしているというか、掠れているというか。

 さっきまでは普通だったんだけど……。

 

「……」

 

 ヒイロさんですら初めての状況だという今回の緊急ミッション。

 

 胸がざわつく。心臓が締め付けられるような錯覚まで起こっている。

 

 ただひたすらに……嫌な予感がした。

 

「……ん?」

 

 と、また開けた場所に出て……初めて、この通路以外の外の景色を見ることが出来た。

 

「え……嘘……」

 

 ……そこは宇宙空間。どこか神秘的にも思える漆黒の空間には幾多もの光が散らばっていて……その中央に、青い星が鎮座している。

 

 その星は正しく地球であった。

 

「……」

 

 ……思わず絶句してしまった。そしてすぐ、自分たちが今居る場所について察しが付いてしまう。

 というか地球との距離感的に……他に、私たちが居られそうな場所が思いつかなかった。

 

 ここってまさか……月? 

 

「……は……はは……」

 

 乾いた笑いがこぼれ落ちる。

 月に居ると言うことも信じられないけど……月って言う世界有数の未開の地に明らかに人の手というか、何者かの手が介入しているという事実もまた信じられなかった。

 

 もしかしてここって……アメリカとかの秘密基地? 

 もしくは宇宙人の秘密基地だったり。

 

 チラリと思い浮かんだのはおかめん星人。

 まさか星人って……本当に異星人……? 

 

「……いやいや! そんなこと……というか、今そんなの関係ないし……」

 

 頭を振って変な考えを頭から追い払う。

 今、こんなこと考えていても仕方が無い! あのドローンが私でも倒せるくらい弱いからって、ヒイロさんが警戒している強い星人が居るのは確かなんだし。

 今はヒイロさんと合流を……。

 

「ん?」

 

 思わず天井の窓を見つめる。

 

 何だろう。

 

 今……何かがチカッて──。

 

 ◇

 

 眼下に広がる惨状を冷たい目で見下ろす男が一人。

 

「……」

 

 ヒイロは──『くろのす』の死体を前にして──警戒を一時も解かなかった。

 殺したはずの相手に対して異常なまでの警戒心。

 

 それはどこか異常な光景に思えた。

 なぜならヒイロは、既に彼女の不可思議な能力。反転の力。

 それを完璧なまでに攻略し、『くろのす』を撃破しているのだから。

 

 攻略法としては単純だ。

 要は力が押し戻される境目……反転の境目で刀を逆方向に引けば……その力が反転され、正しい方向に攻撃が出来るというモノ。

 ハードスーツの攻撃によりその境目を目視し、本命の奇襲で自身の攻略法が正しいモノであると理解した。

 

(……何かの漫画で見た反転の攻略法そのままだったが……割といい感じに行けた……)

 

 そんな感想を抱きつつも……実情で言えば、それは完膚なきまでの勝利。

 何も疑うモノは無い筈。

 

 しかし。

 

「……」

 

 ヒイロは警戒を解かなかった。

 静寂な空気が漂う中、全神経を集中させ続け。

 

 そして。

 

『おまえ、ふけいなやつだな!』

 

 ヒイロのその警戒は当たってしまった。

 

「……」

 

『おまえだおまえ……そこのおまえだ!』

 

 ブゥンッ、というモニターか何かの起動音と共に……先ほど殺したはずの全裸の彼女、『くろのす』の姿が空中に映し出された。

 

『おまえ! いきなりころすのは駄目だぞ!』

 

「……んだ……これ……」

 

『おれはやさしーから無罪放免だがなーっ! つぎはねーぞっ!』

 

 彼女は白く美しい肌を惜しげも無く晒し、そのどこか幼さすら感じさせる顔をぷんすこと怒りに歪ませている。

 あまりにも状況に不釣り合いな態度な彼女は、しかしまたドヤ顔を浮かべ……()()()で語り出す。

 

『ふん……見ろ! おまえにあわせて言語をチューニングしてやったぞ!』

 

「……」

 

『これで会話できるな』

 

 訳が分からないと混乱しているヒイロに対し……『くろのす』はまた捲し立てるように、どこか片言な日本語で語り続ける。

 

『人間……おまえなぜおれころした』

 

「……」

 

『だれの命令だエンキかそれとも』

 

 一方的に捲し立てるように語り続ける『くろのす』だが、ヒイロは聞く耳もたんとばかりにXガンを構え、映し出されている彼女を撃った。

 しかし。

 

『むっ!』

 

「……」

 

『なんかうしろばくはつ!?』

 

「……チッ。やっぱ効かねぇか……」

 

 どういう存在なのか、目の前の『くろのす』はXガンによって攻撃が通らない。

 また別の種類で無敵になりやがったのか? と警戒するヒイロは、何故か言語が通じるようになった『くろのす』に対して声をかける。

 

「お前、確かに殺したはずだが」

 

『はん! あぶなかったぜぎりぎり意識を遺跡のいちぶにうつせた……』

 

 所々日本語がおかしいが、どうも死ぬ直前に意識をこの……遺跡に移したから助かったらしい。

 一体何をどうしたらそんなことになるのか分からないが、しかしそれは厄介だとヒイロは唸る。

 

「……どー言う理屈だ……今度はマップを破壊しろッてか……」

 

『それはやめたほうがいいとおもう……んんっ』

 

「……」

 

『つーかエンキの奴つつぅつ……いせき1%つかただけでバグあつかいはひどどどどお』

 

「……」

 

 なんか急にバグりだした。

 もしかしてこのまま死ぬのでは? そう思いつつも、警戒の態勢は解かないでおくヒイロだったが、急に目の前の投影が乱れ始めた。

 

『あ、ちょっ……ま!?』

 

 もはや何が起ころうと突っ込む気にもなれなかったが……とうとう『くろのす』の投影が完全に掻き消えた。

 

「……何なんだ一体……」

 

 とりあえず死体を破壊しておこうかとXガンを彼女の死体に向け、躊躇無くXガンをぶっ放す。

 

「……」

 

 あまり気分のいいものでは無いが念には念をいれ……それはもう念入りに破壊し、最後にはYガンで肉片を捕獲して"上"に送ってやった。

 

 ──だが。

 

「っ、なにっ──!?」

 

 送ったはずの光が逆流し、『くろのす』の死体の肉片を逆流させた。

 ……どころか肉片そのものが元の形へと巻き戻っていく。

 

「っ……!」

 

 もう一度『くろのす』の死体を撃つも、破壊が間に合わず再生し……どころか視界に映る全てが、この遺跡全てが巻き戻っていく。

 

 まるでビデオの逆再生のように……この部屋の惨状全てが巻き戻って。

 そして──。

 

「……」

 

 初めてこの部屋に来たときと同じ状態に戻っていた。

 

 唯一違うのは──。

 

『彼奴酷くない? 俺何も悪い事していないのに』

 

「……」

 

『うーん……でもお前の武器……エンキじゃつくれねーだろーしな』

 

『くろのす』の肉体は目を覚まさず、一機のドローンがヒイロに流暢に語りかけていると言うことだった。

 

「……」

 

 瞬間、あらゆる攻撃手段が浮かんだモノの……しかしそれが有効打になるとも思えず。

 今までの百点の奴とはまた違った不死身さに身構えるほか無い。

 

 気付けばぽつりと、言葉が口からこぼれていた。

 

「……話がしたい……何なんだ……お前は」

 

 言葉以上の意味がこもった質問に、『くろのす』は待ってましたとばかりに語り始めた。

 

『我が名はクロノス! アヌンナキが一柱、この星に時間という存在を作ったモノだ!』

 

「……」

 

 その単語の羅列の意味は分からなかったが、しかしどう見ても尋常なモノでは無い遺跡に、封じられるように眠っていた『くろのす』という存在故……全くの嘘であるとも思えなかった。

 ……先ほど行使して見せた『巻き戻し』という超常の技も、その感情を後押ししている。

 

 そんなヒイロの内心を知ってか知らずか、『くろのす』は語り続ける。

 

『誇っていいぞ……お前……お前は正真正銘の神殺しを成し遂げようとしていたのだ……アレはマジで……死ぬかと思った……本気で……すげぇビビった……マジで……お前やめろよな……マジで……』

 

「……」

 

 正真正銘予想外だったとばかりに意気消沈と語り始めたドローンは、一瞬にして先ほどの超常感を打ち砕いた。

 

 ……なんか次殺したら死にそうだなコイツ。

 そんな感想を抱いたヒイロに対して、落ち込んでいたドローンは急に生き生きと語り出す。

 

『だがだからこそ、お前が欲しい』

 

「あ?」

 

 唐突な宣言の後、堰を切ったように『くろのす』は語り始める。

 

『俺の計画には……お前のような男が必須! お前さえいれば、『家族』を救える……! 俺の夢が叶う……!』

 

「……家族、だと?」

 

『ああ!』

 

 ヒイロは……その一つの単語にピクリと反応する。

 家族を救う。その言葉に、一瞬彼女の境遇と自身を重ねてしまう。

 

 ヒイロからの反応があったのがそこまで嬉しかったのか、ドローンは全身を跳ねさせながら高らかに語った。

 

 

『世界を巻き戻し! 人類誕生に介入して俺が人類の『母』になる!』

 

 

 ヒイロは後悔した。

 

 一瞬でもこの頭のおかしい存在と自分とを重ねて見てしまったことを。

 

 彼女の語る言葉の内容が理解できない。

 

 人類の母になる……? 何がどうしたらそうなった。

 

 そんな疑問への答えをするかのように、そのドローンはヒイロに語り続ける。

 

『そうすれば人類皆俺の家族! 人類は神の血が混ざり『完全』へと近づく! 皆も救える! 俺も満足! 最強の計画だ……!』

 

 ──当然ながら何一つ理解できなかった。

 神の理想というのは得てして人類には理解できないモノなのだろうか。

 

 故にそんな話、ヒイロは『人類の母』の部分からまともに聞いてなどいなかった。

 既に攻撃への布石は完了している。ヒイロは後ろ手に隠したXガンの引き金を引いた。

 

『この完璧で最強の計画をさぁ、彼奴ら邪魔しやが──!?』

 

 足下の爆発。

 一瞬、ドローンが気を取られた、その時。

 

「シッ──」

 

 ソードを振るい、ドローンを破壊した。

 

「……ふん。訳の分からねぇ奴だ」

 

 ドローンを破壊し、ジロリと『くろのす』本体へと視線を向ける。

 すると、初めて会ったときの再現のように……『くろのす』がパチリと目を開いた。

 

『……話の途中なんだが……』

 

「……やっぱ……本体やらねぇと駄目か」

 

 軽くため息をついて、ヒイロはガンツソードを構えた。

 

『お前……まだ俺と戦う気か? 何故だ。お前も俺の最強の計画を』

 

「何が最強の計画だ。頭おかしーのか?」

 

『むぅ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぞわりと、怖気が走る。

 

 こいつ、本気で言ってやがる。

 本気で……気の狂った計画を至上のモノとして信じて疑っていない。

 その真剣な表情を見て……ヒイロはこの瞬間、初めて『くろのす』を心から恐怖した。

 

「死ね」

 

 そして心からの拒否と共に、ガンツソードを構えた。

 

『……ふん。流石にもうやられる気は無いぞ。なにせ──』

 

 ちょっと哀しそうな表情を浮かべた『くろのす』は、そう言ってまるで指揮者のように手を振るった。

 

『マルドゥークの1%程度ではあるが……掌握できたからなッ!』

 

 彼女の手と連動するように……部屋に大量のドローンと、部屋に入る際に破壊した巨大な機械……丸みを帯びたロボが部屋に突入してきた。

 

『ここで絶望の追加情報だッ! そいつらは『力』の出力機能を持つ!』

 

『くろのす』の雄叫びと共に……ドローンは今までの数百倍ほどの速さで動き、攻撃を行う。

 

『つまりそいつら全部! 俺と同じって事だッ!』

 

「……!」

 

 超高速のドローン達はほぼ同時にビームを放ち、ヒイロへと突貫していく。

 

『遊びは終わりだぜッ!』

 

 その、刹那。

 

「──ふん」

 

 ガンツソードを二本構えたヒイロは、向かってきたビームを軽く体を捻る事でよけ──返し様に腕を跳ねさせる。

 

()()は『くろのす』のドローンよりも遅く──けれどそれらのどの攻撃よりも速く。

 ヒイロの一閃はドローンへと届き、破壊した。

 

『──なっ!?』

 

「馬鹿め。お前と同じって事は──」

 

『くろのす』の言葉を信じるのであれば──彼女と同じように、ドローンにも時間操作・反転の『力』が作用している。

 しかし既に。ヒイロはその防御の突破方法を習得していた。

 

 故に。

 

「雑魚ッて事だろ」

 

 刀を伸ばし、一見無造作に見える一撃を繰り出す。

 だがその一撃は無敵の力を持つはずのドローンを破壊、駆逐し──『くろのす』への道を空ける。

 

 そして。

 

『おまっ』

 

「死ね」

 

 ヒイロの刀。

 その切っ先が『くろのす』のポッドを割り。

 見たことも無い焦燥の表情を浮かべた彼女の鼻先まで切っ先が届いた……その時。

 

「っ!?」

 

 ヒイロが何かに気付いた瞬間。

 

 埒外な閃光が瞬き──全てを飲み込んだ。

 



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「……ッ!?」

 

 目がパチリと開き、思わず跳ね起きる。

 

 もうもうと立ちこめる煙が次第に晴れていき……現状の惨状を正しく知ることが出来た。

 部屋中罅だらけのガタガタで、瓦礫や破片がパラパラと部屋中に降り注いでいる。

 

 思わず自身の体を確認するも意外なことに特に大きな怪我は無く、スーツも無事だ。

 

 ……そして最後に、天を仰ぐように謎の光が放たれた地球に目を向け──。

 

「……なに……これ……」

 

 天井に浮かんでいた巨大な岩の塊に絶句する。

 

 月……の破片?

 そうとしか言えない巨大な岩がふよふよと宙を舞っている。

 

「……」

 

 さっきの光で破壊された……?

 そうとしか考えられないけれど……月をこんなに出来るような武器が地球にあるなんて……。

 

「……! ヒイロさんは……!」

 

 と、そこまで考えて今の今まで合流できないでいるヒイロさんの顔が浮かぶ。

 恐ろしい攻撃だった。衝撃が大きすぎてどこら辺に攻撃が当たったのかは分からないけど、今の攻撃は流石のヒイロさんでも当たったら危ないんじゃ無いか?

 

「……ッ!」

 

 私は直ぐに、瓦礫に埋まっていたZガンを拾ってさっきまでのように走り始める。

 さっきの攻撃。そう何度も来ないとは思いたい……けど、もしかしたらまたすぐ次の瞬間にでも来るかもしれない。

 

 ……だから、すぐにここを脱出しないと危ない!

 

「どこ……ヒイロさん!?」

 

 それに、もしさっきの最悪の予想が当たってしまっていたら……。

 次の攻撃がどうとかそんな悠長なこと考えていられない。

 

 一刻も早くヒイロさんを見つけるか、『くろのす』を倒して部屋に帰還する。

 

「っ……」

 

 ずきりと、胸が軋む。

 

 時間がたって、冷静に頭が動き始めてはまた、ずきりと軋む。

 胸中に浮かんでは蓄積してヘドロのようにへばり付くのは一つの恐怖。

 

 ──それは、先ほどの埒外な攻撃への恐怖?

 

 違う。

 

 ではそれは、未だ影も見えない『くろのす』への恐怖?

 

 それも違う。

 

 ただひたすらに沸いてくるのは最悪の未来。

 

 ヒイロさんの死。

 

 ヒイロさん。

 私を助けてくれた。手を差し伸べてくれた。私と一緒に生きてくれた。

 私の大切な人。

 私のヒーロー。

 

 私は……何より、ヒイロさんに置いてかれるのが怖い。

 駄目なんだ。私には……ヒイロさんが居ないと──。

 

 ……ヒイロさん。

 ヒイロさん……!

 

「……ッ」

 

 通路を駆ける。私の描いた最悪の未来のように、私の目の前に広がる通路は進めば進むほど……ひび割れて壊れている。

 

「……ヒイロさッ……!?」

 

 そして、今までの部屋で最も損傷が激しく、その部屋にはまるで何かが通過したような跡が残っていた。

 そしてその部屋には……何か嫌な臭いが充満していた。

 何かが焼き焦げたような……そんな臭いが。

 

 その部屋に入って……ついに見つけた。

 

 最悪の未来を。

 

 

 その閃光は部屋を直撃したわけでは無い。

 ただ擦っただけである。

 だと言うのに──。

 

「ッ!?」

 

 光に焼かれた。

 右腕……いや、右上半身の殆どを焼かれた。

 

 光の後に訪れた莫大な衝撃波によって地面に叩きつけられ、血反吐をぶちまける。

 

「……がっ……ぁあああっ!?」

 

 視界の右半分が真っ暗だ。

 何より右手の……いや、腰から上の右半身の感覚が全くない。

 

「ッ……」

 

 すぐに激痛に顔を歪めながらも体を捻り、右側を探る。

 すると。

 

「……」

 

 ボロリと、体の右側が焼き焦げているのが目に映った。

 右腕は肩口から先が焼き焦げた崩れていた。いや、右腕どころか……右上半身の殆どが焼き焦げ、今にも崩れそうになっている。

 自分の顔がどうなっているかは分からないが、体の状態だけでどういう風になっているのか見当は付く。 

 

「……ああッ!」

 

 しかし幸いなことに体の中身まで光に焼かれたわけでは無い様で、まだ体は動かせる。

 それに……まだスーツは死んでいない。戦える条件はそろっていた。

 

 体を何とか起こし、残った左腕で地面に転がっているガンツソードを拾い、構える。

 

「……」

 

 視界の先。

 そこには幻想的な光景が広がっていた。

 壊れていた全てが巻き戻っていき、何かが通って抉れたような跡すら綺麗に巻き戻っていく。

 

 その景色は、『くろのす』が未だ生きていることの証左。

 

「……」

 

 けれどヒイロは動かない。

 この段階で攻撃しても再生は攻撃を上回る事を知っている。

 

 そして遂に再生(それ)の影響はポッドにおよび……その中身までに及び始めた。

 

 ぎゅるんぎゅるんと景色が巻き戻り、『くろのす』が完全に再生された瞬間。

 その幻想的な再生すらも停止した。

 

「……」

 

 復活した『くろのす』は液体で満たされたポッドの中だというのに、器用にも全身に脂汗を流しながらぷるぷると震えていた。

 

『さ……さすがの俺も今のは死ぬかと思った……』

 

「……そのまま死んでおけばいいものを」

 

 未だに余裕がありそうな『くろのす』の様子を見せられ、思わずため息をつく。

 

 こっちはミディアム・レアにされて満身創痍も良い所だってのに。

 マジで……百点の奴ってのはほんと……嫌になる。

 

 糞。今になって体の痛みが出てきやがった。

 最悪だ。腕が取れるくらいの火傷になるとこんな痛みなんだな。

 また一つ人生に必要ない知識が増えちまったぜ糞が。

 

 ああ、痛ぇ。痛くて痛くてたまらない。

 

 だけど。

 

「……」

 

 だけど今は、この痛みがありがたい。

 

 脳に血が回っていないのか、視界が揺れ始める。今にも気絶してしまいそうな状況の中。

 痛みだけが俺の意識を現世に繋いでくれている。

 

「……」

 

 蹈鞴を踏みそうになるのを堪えてソードを構える。

 

『……』

 

「……」

 

 コイツが化け物だってんなら……余計に負けられねぇ。

 

 絶対に……響がここに来る前に。

 仕留める。

 

 『くろのす』は今までの饒舌っぷりは何処へやら。

 先ほどと同じように……指揮者のように構えた。

 

「ッ、あああァァッ!!」

 

『──』

 

 響。

 

 俺の……好きな人。

 俺に生きる意味を……与えてくれた人。

 

 アイツを助けて、一緒に帰る。

 死ねない。

 

 アイツには……俺が必要だ。

 

 ……俺にも──。

 

「ガッ、ああああ!!」

 

『……』

 

 『くろのす』が大きく腕を振るい、また大量のドローンが突貫してくる。

 もはや俺にそれを避ける体力も力も無い。

 最小限、最低限、そして最短でドローンを掻い潜り……『くろのす』に迫る。

 

 しかし。

 

「っ、ッッッ!?」

 

 前後左右三百六十度全てのドローンがその砲門をこちらへ向け、同時に発射する。

 体を捻り、躱そうとするも──少なくないビームが俺の脇腹を撃ち抜き……そのまま地面に叩きつけられる。

 

『もう諦めろ。人間。お前はよくやったよ』

 

「……」

 

『だがな? 俺達は人類を創ったから分かる。それは致命傷だ。それ以上はお前が死んでしまう』

 

 『くろのす』が何か知ったような口で言っている。

 

 諦めろだと? 

 その言葉を鼻で笑い、両足に力を込める。

 

 スーツの脚部が膨らみ、その力を溜めていく。

 

『お前──』

 

 ──響。

 

 俺にも……。

 

 俺にも、お前がいないと駄目だ。

 

 そう思うようになったのは何時からだ?

 

 ……確か、そうだ。

 語るまでも無いような、どうでも良い日常で。

 ただ隣で、同じ飯を食べて、同じ映画を見て、同じテレビを見て。

 

 そうだ。本当にそんな、どうでも良い日々で……そう……ふと、思ったんだ──。

 

 

 

「……え?」

 

 ようやくの再会は、最悪の形となった。

 

 地面に叩きつけられたヒイロさんは、まるで死んでしまったように動かず……血だまりを作っている。

 

「……ひっヒイロさっ…………ヒイロさん!」

 

「……」

 

 響の声に、ヒイロは応えない。

 否、答えることが出来なかった。

 

 ヒイロのそばに駆けつけた響は、変わり果てたヒイロの姿に涙を流す。

 

「ヒイロさん……なんッ……でッ……」

 

「……」

 

 周囲のドローンは殆ど破壊されており……何かのポッドも真っ二つに分断されている。

 これを……ヒイロさんが……?

 

 ヒイロさんの右腕は肩口から先が焼き焦げた崩れていた。

 いや、右腕どころか……右上半身が焼き焦げ、今にも崩れそうになっている。顔は半分までオーブンで焼かれたように爛れて、元の顔が見る影も無い様になっていた。

 

「っ……ふっぅ……うぅぅうううううっ」

 

 溢れた涙は頬を伝い、止めどない。

 焼き焦げたヒイロさんの胸に顔を埋めるようにした響は、気付いてしまった。

 

 彼の心臓が、既に動きを止めていることに。

 

「ああっ……何ッで……神様ッ……」

 

 その現実に気付いた私は……抑えきれない悲しみの咆哮止めることは出来なかった。

 

「……ふっ……ァ……あああァッ……ああああ!! ヒイロさっ…ヒイロさん…………ッ……」

 

 心臓が早鐘を打ち、どうしようも無く高まった感情が……涙ではない別のナニカで表されようとした……その時だった。

 

「……あ……れ?」

 

 小さな違和感を覚え、ヒイロさんの胸にもう一度顔を近づける。

 

「……」

 

 最初は、微かな音だった。

 しかし、次第に音は力強いモノへと変わっていき……そして。

 

「……ッ! がぁッ、はッ……! ……ゲホッゴッ……っ」

 

「ッ、ヒイロさん!?」

 

「……」

 

 ヒューヒューとか細い息を吐きながら、ズタボロになったヒイロさんが息を吹き返す。

 

「……ヒイロさん……」

 

「……ぁ……ひ……び、き?」

 

「っ、はいっ、私です! 響です!」

 

 ヒイロさんは残った目を薄く開き……力の限り見開いた。

 

「……にげろ」

 

「え?」

 

「まだっ……糞ッ、ああッ逃げろッ……響ッ……!」

 

 尋常では無い表情で、ヒイロさんは私に警戒を投げてくる。

 ──それがどういう意味か理解できないほど、私は鈍くなかった。

 

……aaaa……

 

 背後から、声が聞こえた。

 振り返るまでも無く、私は全力で跳ねる。

 

 直後後方から悍ましい雄叫びが聞こえてくる。

 

『また……korosita……お前…………omaeeeee……nanndo……watasiwokorositaaaaaaa!!!!!』

 

「っ……!?」

 

 それは、異形。人と機械の融合。

 上半身はヌメヌメとした液体とロボットに覆われ異常なほどに肥大化し、下半身は蛇のように数多の機械が無理矢理に繋がれ蛇の様相を呈していた。

 それだけじゃ無い。首はドローンの集合体と化して異様な長さを持ち……その綺麗な顔と体を繋げている。

 

 コイツが……『くろのす』……!?

 

sasuganigekiokoooooo!!!』

 

「ッ……ヒイロさんッ!」

 

 叫びながら、ヒイロさんを抱えて推定『くろのす』の攻撃を避ける。

 

「っ、一旦退避ッ!!」

 

 そして、そのままもう一度大きく飛んで──部屋から脱出した。

 

 

「……ヒイロさん。ヒイロさん!」

 

「……ガッ……ぁっ……はっ……ッ」

 

「……」

 

 部屋から脱出し、暫く歩いた通路のほとり。

 そこにヒイロさんを寝かせて、改めて全身の怪我を見る。

 

 酷い怪我だった。

 私は怪我にはあまり詳しくないから分からないけれど……これは……。

 

「……っ、響……」

 

「ヒ、ヒイロさん!?」

 

 と、嫌な予想を遮るように、息も絶え絶えにヒイロさんが口を開いた。

 

「……逃げろ」

 

「……え?」

 

「制限時間を……狙え……ペナルティは……受け入れッ……」

 

「ヒイロさん!?」

 

 口から血を吐き出したヒイロさんは、それでも言葉を続けた。

 

「アイツ……アイツは……無理だ……くっそ……あの変なのがッ……無ければ……ァッ!?」

 

 痛みを堪えるように喋り続けるヒイロさんはとても苦しげで……けれど、その苦しみを私はどうにも出来なかった。

 

 だから、私に出来ることは決まっていた。

 

「……ヒイロさん」

 

「はっ、はっ……ああ?」

 

「……私、やってみます」

 

「……は?」

 

 ヒイロさんは一瞬、何を言っているんだと言わんばかりの表情でこちらを見た。

 

「『くろのす』と……闘ってみます」

 

「……何を言ってる? 時間切れを──」

 

 ヒイロさんに、コントローラーの制限時間を見せる。

 

「……は?」

 

 制限時間は未だにバグったまま。最初に確認したときから……いや、そもそもこのミッションが始まってから相当時間がたっているのに……まだ終わりが来ない。

 

 ……つまり。

 

「……多分、あの『くろのす』を倒さないと……ガンツは帰してくれない……んだと思います」

 

「……」

 

 何となくではあったけど、私にはこれが正解だという確信のようなモノがあった。

 そもそも……ガンツは色んなイレギュラーを起こして、どこか無理矢理このミッションを起こしたように思える。

 そうまでしてヒイロさんや私に倒させようとした相手だ。倒さないまま帰すなんて、ガンツがさせてくれるとは思えなかった。

 

 私の言わんとする事が分かったのか、ヒイロさんは軽く目を見開いた。

 そして暫く呆然と何処か遠い所を見たかと思うと……何かを理解したように目を瞑った。

 

「……そうか。そう言う……事か……ああ……糞……」

 

「……? ヒイロさん? 何か──」

 

 分かったんですか。

 そう言おうとした瞬間。

 

「あーあ……俺死ぬのか……」

 

「え?」

 

 それは今までのヒイロさんからは考えられないような、軽い言葉だった。

 

「あーくっそ……マジか……制限時間……ああっ……最悪だ……」

 

「あの──」

 

「今回で最期……そうだな、これが最期か……」

 

「……」

 

 前半は本当に軽い調子で、しかし後半は今までのヒイロさんの様な口振りで語った。

 そして暫く言葉を探すように口をパクパクとさせたかと思うと、また軽い口調で口を開いた。

 

「こんなんで終わりかよ……あーあ……なら……犯っときゃよかった」

 

「……え?」

 

「わかんない? お前だよお前……あーあ馬鹿した。俺ん家に呼んだときにさぁ、無理矢理にでも犯っときゃよかった。後悔先に立たずッてか」

 

「……」

 

 ヒイロさんが言いそうに無いことを、ヒイロさんじゃ無いように語り出し、そして。

 

「……はぁ。こんな事なら──」

 

 そして、その口調のまま、ヒイロさんは──。

 

「お前じゃなくて母さんを……選べばよかった」

 

 無気力にそう言った。



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戦姫絶唱

 響はヒイロの言葉に数瞬沈黙し……躊躇うように口元を歪め……けれど覚悟を決めた表情で口を開いた。

 

「ごめんなさい」

 

 ただ一言、沈痛な面持ちで──それだけをヒイロに伝えた。

 

「……はっ……思ってもねーこと言いやがって…………キモいんだよ」

 

「……」

 

 しかしヒイロは、聞く耳持たないとばかりに言葉を捲し立てる。

 

「何時も何時も……薄ら寒い笑顔で俺のこと見やがって……どうせだから言っておいてやる」

 

「……」

 

「お前が作る料理さ、大っ嫌いだった」

 

「……」

 

「味付けは大雑把で見た目は茶色ばっか。素人のくせにいっちょ前にアレンジ加えてさぁ……毎回毎回お好み焼きでも作ってんの? ってくらいソースぶちまけやがって」

 

「……」

 

「極めつけはハンバーグだ。俺が好きな料理って言っただけだってのに毎度毎度……三日も連続で出しやがって。それも形はボロボロ大きさバラバラ。肉汁は全部流れてパッサパサ。付け合わせもなし。俺を栄養失調で死なせたいのか?」

 

「……」

 

「……毎日毎日……ほんと……よくもまぁ作りやがった」

 

 ヒイロは一息にそこまで言って、大きく息を吸って──。

 

「ほんと、大っ嫌いだ……」

 

 突き放すように、そう告げた。

 

 

「もうどっか行けよ。最期の時くらい……一人にしてくれ」

 

 俺は響から目をそらし、呟く。

 

 ……ガンツ。

 これでいいんだろ?

 

 胸中の呟きは誰に届く訳もなく。しかし返事は無くとも確信はあった。

 

 お前は……お前は、()()『くろのす』を殺せと、そう言いたいんだろ?

 

 ──思い出されるのは、何度も何度も殺した果ての『くろのす』の姿。

 

 アイツの再生に何が消費されているのかは分からんが……だがアイツの『力』にも上限というモノがあるように見えた。

 つまりアイツは……()()()()()()()()()()ではないというわけだ。

 

 そう。気力を振り絞っての戦闘の中。アイツの再生も徐々に陰りが見えていた。

 そして最終的にはあの色んなモノが混ざった中途半端な姿になってしまった所を見るに……俺の推測は全くの間違いでは無いと推測できた。

 

 つまり時間さえかければ、俺程度の実力者であれば『くろのす』の単独撃破は可能なのだ。

 

 だからガンツ。

 あの制限時間のバグは……俺への気遣いなんだろ?

 

 俺なら……時間制限さえ無ければ『くろのす』を倒せると判断したから……時間制限を無くして見せた。

 

 ……なら……。

 

「……」

 

 頼む、ガンツ。

 

 俺が最期にもう一度戦ったら、結果がどうあれ──響だけは部屋に帰してやってくれ。

 

 俺が死んだらコイツだけは……帰してやってくれ。

 

 だから。

 

()()

 

「……」

 

「俺を一人にしてくれ……頼むよ……さっさと消えてくれ」

 

 彼女を突き放す言葉はまた、俺の心にも深く突き刺さっていく。

 

 響。頼む。

 俺のことなんて放って……どっか遠い所で──。

 

「……ヒイロさんって、演技が下手ですね」

 

「……あ?」

 

 響は、どこか確信を持った風に語り出した。

 

「あ、でも! ご飯に関しては……本気の可能性が……!? だとしたらすみません! 次からは……もっとちゃんとしたモノ作りますから!」

 

 響は、嫌に明るい様子で語り出した。

 演技が下手? おいまさか──。

 

「……何を言っている? お前自意識過剰が過ぎるぞ。ご飯に関しては? 違う……! 全部だ。全部……本気だ……!」

 

 語気を強め、響に言葉を返す。

 しかし。

 

「あはは……かもですね」

 

 あっさりと、俺の言葉を認めた。

 

「……もしかしたら……ヒイロさんは本気で私のことを嫌いになって……本当に、私を選んだことを後悔しているのかもしれません」

 

 そうして語り出した響は、やはり、少しつらい表情を浮かべていて。

 その言葉は、自分自身に突き刺さる。

 

 だがそれでも、俺は言わなければならない。

 

「……ああそうだ。分かったならさっさと──」

 

 どれだけ紆余曲折を経ようと構わない。俺は響が無事で居てくれれば……それで──ッ。

 

「でも私……どれだけ嫌われても……ヒイロさんのこと諦められません」

 

「……ッ」

 

 なのに響は、俺の意思なんて無視して……一直線に言葉をぶつけた。

 響の目はまっすぐ──俺の揺れる目を捉えている。

 

「……」

 

「……だからごめんなさい。多分、私はヒイロさんの考えには従えません」

 

「……やめろ」

 

「……ごめんなさい」

 

「ッ……」

 

 何を言っているんだ響。

 

 頼む響。アイツは強い。お前じゃ殺されてしまう。

 

 頼む響。逃げてくれ。

 

 俺はお前に……!

 

「帰ったら」

 

「あ……?」

 

 そうして今を諦めていた俺に……響は、明日を示した。

 

「帰ったら……コレの続きをしませんか? ……嫌なら、避けてください」

 

「──」

 

 そして響は──。

 

 何時もよりもずっと顔を赤くした彼女は、焼けただれた俺の唇に、自身の唇を……重ねた。

 

「……」

 

「……」

 

 それを避けること何て出来なかった。

 

 互いに交わったその時間は数時間のようにも。ほんの数瞬の出来事のようにも思えた。

 血の味と痛みしかないキス。だけどほんのりと響の匂いが舞い、痛みの中に少しの優しさを感じた。

 

 二人は暫くそのままでいて、けれど息継ぎをするように唇を離す。

 

「……」

 

「……」

 

 響は少し息切れしたように息を吐いて、また吸って。

 そしてまた俺に口づけをした。

 

 ああ……。

 顔を赤くしながらも……覚悟を決めた表情で離れていく響の姿を見て、思う。

 

「……帰ったら、続きをしましょう」

 

 最悪だ。

 俺は演技すら……最期まで貫き通すことが出来ない。

 

 何が……糞ッ……頼む……。

 

「……響…………頼む……行くな……頼む……」

 

「……ごめんなさい。ヒイロさん」

 

「ッ……」

 

 響は。

 響は……沈痛な面持ちで、また謝った。

 

 響は最初から気付いていた。俺の下手な演技を。

 

 だから謝った。アイツの謝罪は……俺の演技に気付いて、それでも……俺の言うことを聞かないことに対しての……謝罪だった。

 

 覚悟を決めて立ち上がった響は、俺を一瞥して……軽く会釈をして走って行く。

 

「ッ……! やめろッ! 響ッ! 頼む、戻れ……戻れッ!!」

 

 最早演技を捨て去った俺の叫びは……ただ虚しく空を打った。

 

「ガッ、あああああァァッ!!」

 

 動けっ、動ッ、動けッ……!

 体に鞭を打ち、無理矢理に立ち上がる。

 

 しかし。

 

「ッ……くそっ…たれが……」

 

 焼け焦げた部位が崩れ落ちる。

 膝が折れ、力が入らない。意識が遠くなり……地面に倒れ伏す。

 歪む視界の中、遠ざかる響の背中の記憶を最期に。

 

 意識が──。

 

 

 

 

 

 初めてだった……。

 キスなんてしかたも分からないし、正直な話もう少しロマンチックにしたかった!

 

 ……でも!

 

「……」

 

 ヒイロさんは避けなかった。

 

 それだけで、嬉しかった。

 それだけで、胸の内のヒイロさんが好きだって想いがどんどん大きくなっていく。

 

「……はっはっ!」

 

 胸が熱い。

 心臓が早鐘を打って、力が沸いてくる。

 

 正直、ヒイロさんがあんなになってしまう相手に……確かな勝算なんて無かった。

 ──でも。

 

 部屋に……決戦の場にたどり着く。

 

uuaa……n?』

 

 そこでは、さっき見た異形が……蹲るように血を垂らしていた。

 あまりの凄惨な状況に息を呑む。

 

 ──でも。

 

 やらなければいけない。 

 ヒイロさんと二人で……一緒に帰るには。

 

……

 

「……」

 

 互いに睨み合う。

 『くろのす』はどこか、忌々しいモノでも見るように私を見つめている。

 

omae……watasino"papa"wodokoni

 

「……何言ってるのか、全然分かりません」

 

dokoniiii!!!』

 

「だから──ごめんなさい」

 

 そして私に向かって飛びかかった『くろのす』はその異形の体を大きく振りかぶった。

 

 けれど私は……目を閉じる。

 時間がスッと遅くなるように感じた。

 

 勝算は無い。

 けど──私は、私を信じる。

 

 ヒイロさんとの訓練の日々を。闘ってきた日々を。

 そして私が……『立花響』であることを。

 

「そうだ……私だッて…立花響だ!」

 

 目を開ける。

 『くろのす』が迫る。

 

 ずっと感じていた違和感があった。

 胸の中にある何かが、ずっと私に……何かを伝えようとしていた。

 

 それは……もう一人の『私』を見るたびに感じる違和感で。

 感じていたモヤモヤは、何かもっと……精神的なことだと思っていた。

 けど。

 

 ヒイロさんとキスをして、胸の中の想いとか好きって気持ちが押さえつけられなくなって。

 

 とうとう、掴めた気がした。

 

 彼女が歌っていた意味が、理由が。

 

「──だから聞いてください! 私の、歌をッ──!」

 

 胸の熱が形を帯びる。

 歌が浮かんで、我が名を叫べと轟いて。

 

 そして。

 

「Balwisyall nescell gungnir tron……!」

 

 炸裂した。

 

「ッ、ああアアぁァあああッッ!!」

 

oma……!?』

 

 その衝撃を例えるなら、爆発だ。

 纏うガンツスーツと混ざり合い、肌に重なるように纏われたその鎧は……漆黒と黄の融合。

 反発し、反応し、溶け合い、膨張し、そして──。

 

「ッ、ゥゥウアアッッ!!」

 

 感情が爆発する。

 高ぶりを抑えることが出来ない。

 抑えられないその想いは、ただ一つ。

 

「──!」

 

 それを自覚した瞬間──膨れ上がった鎧が形態を変える。

 

 それは、黒衣を下地にした鎧。

 端々に淡く『黒』が舞い、黄色と黒を基調とした鎧が体を覆う。

 

nanisore……!?』

 

「……」

 

 困惑した様子でこちらを伺っている『くろのす』を前に……拳を向ける。

 

 この鎧がなんなのかは分からない。

 

 ──けど。

 

 もう一人の私に出来て──私に出来ないなんて道理はッ……無いッ!

 

「──行きます!」

 

 拳を携え、展開される曲に合わせ……歌を、歌う。

 

 

 

 

「一番槍のコブシ! 一直線のコブシッ! GanGan進めッ! GanGan歌えッ! 撃槍ジャスティス──!」

 

omasore……yabaiyatu!?』

 

 ──少女の歌には、血が流れている。

 

「私が選ぶ正義……固め掴んだ正義! 離さないこと……ここに誓う!」

 

GAaaxtu!?』

 

 脈々と受け継がれた人類の呪い、哲学の兵装。

 まるで血脈のように受け継がれたその『力』は、正に神を討つ。

 

 そのコブシには──人類の血が流れていた。

 

nanikusoooo

 

「ッ突っ走れ──! 例え声が枯れても……ッ!?」

 

 爆発的な再生、全てが巻き戻り──()()穿()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは射線上に居た響を飲み込み月を抉る。

 

 人がまともに食らっては生きてはいられないような一撃。

 だが。

 

「──突っ走れ……この胸の歌だけは絶対絶やさない」

 

usoooo!?』

 

 それは高まり続けるエネルギーの余剰排出が形となったバリアフィールド。

 月を穿った閃光すらも弾いて見せたそれは、完全にスペックをオーバーしている。

 

 しかし事実として起こっている以上、何かが作用している事は確か。

 

 ──それを可能としているのは、響の特性。

 二年前の事故により聖遺物との融合。更には()()()()()()()()()による暴走すら捻じ伏せ制御する事によって可能としている。

 

iii!! orehaaaaa

 

「っ!?」

 

 ──『くろのす』もまた、それに対抗するように……残りの力を開放する。

 それは先程響へと放った閃光……それを何発も何百も束ね……同じ光を一つの極光とする矛盾の極致。

 未だ射線上の響は、しかし──。

 

「一撃必愛──ぶん守れ──愛は負けない!」

 

 ──避けることなどできなかった。

 これほどの光の一撃を避けたとして……その余波で遺跡がどうなるか。

 

 拳を構え、迎え撃つ。

 

「全力ぐっと全開ぐっと……ッ! 踏ん張れぇぇぇ鼓動おおおおお!」

 

 直後、光と黒がぶつかり合った。

 

「ぐっああああッ」

 

sineeee!』

 

 巨大な光と黒の競り合いは、光が確かに押していた。

 何度も何度も力の限り閃光を再生し続け──火力が高まり続ける。

 響の上昇していくエネルギーですら……その光を抑えることは不可能だった。

 

koredeeewatasinooo……』

 

「──Gatarndis babel ziggurat edenal──」

 

e,soreha……!?』

 

 だが。

 彼女は……戦い方を知っている。

 命を賭して、誰かを守りたい……そんな瞬間の為の、戦い方を。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl……」

 

 そして、少女の想いに呼応するように……爆発的に……『くろのす』の放った極光を超えて、黒が増していく。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 それは……立花響を救ってくれた少女の、最期の歌。

 『絶唱』と呼ばれるその歌は、極光を押しのける。

 

「Emustolronzen fine el zizzl──」

 

naze……!? touitugenngowofukamonaku──』

 

「ッ、ああアアああッ!!!!」

 

omae……soukaomaetatiha……』

 

 そしてその拳は『くろのす』を──。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ?」

 

 目が覚める。

 そこは遺跡などでは無く……何時もの、見慣れた部屋だった。

 

「……んだ……あれ……俺……何を……」

 

 困惑が抑えきれず、キョロキョロと周りを見渡してみても……周りには俺しかいない。

 響は──。

 

 そんな俺の思考を遮るように──鈴の音が鳴り響く。

 

 いてんをはじ

 

「……は?」



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1番の選択

「……おい、どういう事だ」

 

 たった一人、ヒイロの声は部屋に響く。

 辺りをいくら見渡そうと、そこには誰の姿も見受けられない。

 

「……ガンツ……おい……冗談はやめろ」

 

 状況を理解していく程に心臓は早鐘を打ち、脳が理解を拒んでいく。

 ただ……ガンツはあくまでも無情に仕事を進めていった。

 

 そして──。

 

ひーろー

100てん

total 154てん

 

「……は?」

 

 そこに示されていた点数に、ヒイロは困惑の念を示す。

 

「……あのドローン……1点かそこらだろ? ……『くろのす』に再生された奴も点数に……? いやそれは無い筈…………そんなに倒してたか……?」

 

 以前、星人を生み出す星人と戦った際、点数を大量獲得しようとして失敗したことを思い出す。

 

「……いや、待て。違う。そんなことは今どうでも良い……」

 

 ヒイロは自身の疑問を捨て置いて、部屋を探索する。

 

 だが。

 

「……響」

 

 どこを探そうと。

 

「……頼む……神様……」

 

 響の姿は見当たらない。

 

 そして。

 

「……」

 

 遂に、最後の部屋となる。

 ヒイロは息を呑み、その部屋を開けた。

 そこには──。

 

「ひびっ──!?」

 

「あ、ヒイロさん! 見つかっちゃいました?」

 

「ッ──!?」

 

 そこには……。

 

「……」

 

 何も無かった。

 

 今聞こえた響の声も、響の姿も。

 

 全てヒイロが作り出した……妄想に過ぎなかった。

 

「……」

 

 バイクとガンツソードが無造作に置かれた部屋はあまりにも無機質で、誰かが居た形跡なんて一つも見受けられなかった。

 

「……あ」

 

 呆けたように声を溢したヒイロは、ガンツがある部屋まで戻り……そこの窓から、崩れた月を見つけた。

 

 そう……響が居るとしたら、それは──。

 

「……」

 

 全てを理解して……ガンツの前に戻った。

 

 ──そもそも、ヒイロが響の気配に気づけないはずが無いのだ。

 彼女とヒイロの力量には圧倒的に差が存在し、例え隠れていようとすぐに気づくことが出来るだろう。

 いや……そもそも響が姿を隠す意味なんて無い。

 

 今までの響を探す行動は、単なる現実からの逃避でしか無かった。

 それを理解していたのに……ヒイロは──。

 

「あ、ああ……」

 

 ガンツの前で溢した声を……嗚咽へと変えていき。

 

「……ああッ……何ッ…で……ッ!」

 

 死んでしまった最愛の人を想い、声を枯らして……泣いた。

 

 

「……」

 

 Xガン。

 それを自身に向けて構え、迷うこと無く撃ち込む。

 

 ギョーン、という小馬鹿にした音が鳴り響き、スーツが悲鳴を上げる。

 

「……ああ」

 

 そうだ。スーツがあるから……。

 

 それを理解した俺は、もう何発かXガンのトリガーを引き、スーツを完全に破壊する。

 

『……て』

 

「ッ……」

 

 脳が痛みを発する。

 それと同時にスーツが破壊され……どろりとした液体がスーツ同士を繋いでいる接続部分から流れ出す。

 

『……きて』

 

「ぅッ」

 

 脳が痛烈な痛みを発する。

 あまりの痛みに耐えられず、Xガンを取り落として頭を抱える。

 

 ……もう少しだ。

 もう少しなんだ。

 

 もう、良いだろ?

 

 もう、俺を……死なせてくれ。

 

 自分に言い聞かせるように呟いて、今の自分に酔いしれて。

 Xガンを持ち直し、もう一度自身に向けて構え──。

 

『私は、ヒイロさんに生きていて欲しいです』

 

「……」

 

 果てしなく続く痛みが、俺を現実に引き留める。

 

 それは彼女が、俺を好きだと言ってくれた時のこと。

 

 生きてと、彼女は俺に言った。

 

『私は……私は生きて……生きて生きて、足掻いて、それでも死んでしまうその時まで……生きたい。生き延びたい』

 

「……」

 

『ヒイロさんと一緒に』

 

 その言葉はそのままに、今の自分の姿に突き刺さる。

 自分自身で命を絶とうとしている、俺の姿に。

 

『だから──私も、ヒイロさんと……同じです』

 

 俺は──。

 

「……ああ……」

 

 俺も、同じだ。

 

 響……俺もお前と……同じだった……。

 生きたかった。死にたくなんて無かった。

 生きて生きて……死んでしまうその時まで、お前と一緒に……生き延びたかッた……。

 

 Xガンを取りこぼし、その場に蹲る。

 

 お前は……お前は……俺に、生きろッて……言うのか……?

 俺はまだ……生きたいなんて思ッているのか……?

 

「……はは……」

 

 何が何だか分からない。

 

 もう嫌だ。

 俺は……俺は……ッ。

 

「ッああっ……あァあアアあッアアああ!」

 

 いっそ何も気付かずに死ねていれば楽だった。

 

 でももう……頭も心も何もかもが無茶苦茶だ。

 

 ただ蹲ったまま、ガキのように泣きわめくことしか出来なかった。

 

 ──そして。

 

「ッ、そうッ……だ……」

 

 俺はようやく、ガンツのことを思い出した。

 

「ガンっツッ……ッ」

 

 点数を示して動きを止めていたガンツは……俺に()()()()()()()()()()

 

 それは──。

 

1.記憶をけされて解放される

2.より強力な武器を与えられる

3.MEMORYの中から人間を再生する

 

 最悪の選択肢ばかりだ。

 

「……」

 

 視線が向かうのは、一番下の選択肢。

 だがそれは……。

 

「……」

 

 何が……何がメモリーだ。

 

 そんな事をして何になる……何に……。

 

 

『今日……凄く……楽しかったです』

 

 それで生み出されるのは……。

 

『…………は……い! ハンバーグ、頑張ります!』

 

 アイツと同じ顔と記憶を持った……。

 

『……私……ヒイロ……さんの事が……好き……なんです』

 

 新しい命でしか……。

 

『……私の……ヒーロー……』

 

 ……。

 いや、そうだ。

 

『ヒイロさん、手、繋ぎませんか!』

 

 そうだ。アイツが3番で再生した時にどうなるかなんて知っているわけが無い。

 

『ヒイロさん! デートしましょ!』

 

 そうだ。そうだ……俺が上手く誤魔化せば──。

 

『そうですって! 友達ならこれくらい普通です!!』

 

 アイツとまた、暮らすことが──!

 

 

『……そんな事、私は望んでませんから』

 

「ッ……」

 

 ……何を考えた?

 俺は一体何を…………。

 

「……ガンツ……」

 

 ……視線を一つあげ、そこにある二つの選択肢を見る。

 

 ()()()()()()()()()がある。

 

 天国か地獄か……それとも……。

 

「……」

 

 ガンツの中は未だ空洞で、そこには何者も存在していない。

 

 俺が望めば……きっと、ガンツは受け入れる。

 そう、望みさえすれば──。

 

『あ、あのっ! ヒイロさんはガンツにならないで下さいね!』

 

 ……でも。

 

 でも響は、それを望んだりは……しないんだろうな。

 

「……響……俺さ……もう……疲れた……」

 

 だから、選ぶとしたら、そう──。

 

「ガンツ…………1番……」

 

 

 視界が揺れ、世界があやふやになっていく。

 

 ……響……。

 ごめんな。

 

 俺はもう……。

 

 そしてブツッと、意識が途切

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んあ?」

 

 目が覚めると、見慣れぬ天井が視界いっぱいに広がる。

 訳も分からず視線を下の方に下ろすと、当然のように見たことも無い部屋だった。

 

「……?」

 

 困惑が隠せずに頭をぼすっと戻すと……ふと、良い匂いを感じる。

 自分が今居る場所を確認すると、どうも誰かのベッドのようで……俺のモノでは無いように思える。

 

「……」

 

 訳が分からぬままベッドから体を起こし……ぽわぽわとした頭で考える。

 

「……寝て……た…のか? 俺……」

 

 寝ていたにしては……何か違和感を覚える。

 体を触ると特に違和感というか……なんか、筋肉が凄いって言うか……。

 

「……」

 

 目の前にあるテレビのリモコンが目に映り、取りあえずつけてみる。

 

「!?」

 

 そして、映ったテレビの内容は驚愕のモノだった。

 

『ご覧ください! 月が……! 私たちの月が……壊れていきます……ッ!』

 

「え、え?」

 

『あ、ああっ! な、何でしょうか!? 壊れた月の破片が……! 更に粉々になっていきます!!』

 

「え、え~!? ちょちょっ!?」

 

 思わず立ち上がって、部屋のベランダに向かう。

 

「……? 背、高くね?」

 

 立ち上がった瞬間、自身の視線の違和感を感じつつ……しかし特に気にせずベランダに向かう。

 

「……うわ……すっげ……」

 

 そして見上げた空には……ニュースでやっていた欠けた月と……流れ星が在った。

 幻想的な光景で、思わず見上げてしまう。

 

「……は~……あっ」

 

 と、そこで思い出した。

 

「おーい! 父さーん!? 空、空凄いことになってる!」

 

 この光景を、家族と共有したかった。

 けれど……。

 

「? あれ? 父さんいないの? 父さーん? 外! 外すごいんだって! 父さーん!?」

 

 幾ら声をかけようと返事は返ってこず、首を傾げる。

 

 そして首を傾げていると、ポロリと顔から何かがこぼれ落ちる。

 

「……え? なんで……? あれ……?」

 

 それは涙。

 なぜか溢れてくる涙は、月を見るたび止まらない。

 

「……なんだよ…コレ……おーい!? 父さーん!? ねぇっ、誰かいないの!? おーい!?」

 

 涙で震えた声は、誰も居ない部屋に空虚に響き──俺は一人、月を見続けた。

 



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プロローグ

 うお~~っすっげ~~~っこんなんどこに生息してるんだよ。

 いねーぞこんなのうちの大学に。

 

 キオスクで思わず手に取ってしまった雑誌だが、コレがなかなかになかなかだ。

 こんな彼女……欲しいなァ~~。

 

『気鋭の歌姫! マリア・カデンツァヴナ・イヴ!』という見出しと共に、ミステリアスな表情を浮かべた女性が挑発するようにこちらを見ている。

 

 ……しかし良い……んーこの歌姫たまんねぇ~。

 

「……」

 

 思わず無言で次のページを開き、『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』のグラビアを下から覘くように見てしまう。

 

 俺の名前は暁陽色。

 今大学……あれ、二年生だっけ? らしい。

 

 らしい……というのは、別に俺が大学生として不真面目だからとかそう言う訳じゃ無い。

 どうも俺は……記憶喪失なのだ。

 

 具体的に何年何月の何日から記憶が無いのかもあやふやだけど……大体七年前辺りからだ。

 そっからの記憶が殆ど無いのだ。

 

 医者が言うには突発的に治る可能性もあるとかないとかで……ともかく俺はビビッときたモノは掴んで離さないようにしている。

 

「……」

 

 つまりこの雑誌のマリアグラビアも今の俺には非常に重要って事! 

 隅々まで見たら何か思い出すかもだしな! なにせ俺が『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』と関わりがあった可能性だってゼロじゃ無い。

 

 過去の俺に期待だ。

 

「……」

 

 と、何てことを思っていると……背後から視線というか、気配のようなモノを感じる。

 チラリと視線を後ろに向けると、あたふたとしているバアさんがこちらをチラチラと見ていた。

 

 直後、良い思いが台無しになる。

 

 アレは俺に何か聞きたいって顔だ。

 何を聞きたいのか分からないがどーせ大したことじゃ無い。

 精々どこどこに行くには何線に乗ればいーんですかッて無いようだろうな。

 

 ほら、こっち見て歩き出した。

 ほら、今に聞きに来る。

 

「あ、あの……お伺いしたいんですが……」

 

 ほれ見ろほら来た。

 

「日出台に行くのはここで良いんですか……?」

 

「……」

 

 ほら見たことか、やっぱ大したことねー話だ。

 思わずため息が出てしまう。

 

 そんくら自分で調べろッつの。バアさんでもそんくらい出来るだろ今時さ。

 

「……あ~ここじゃ無いっすね~」

 

「あ、そうなんですか……ありがとうございます」

 

「あ~いえいえ……」

 

 そう言って適当に流しながら、マリアのグラビアを見つめ続ける。

 

 俺はなァ……間抜けな事をしているよーに見えるが、その実真剣にマリアを見てるンだよ

 

 ここまでビビッと来たのは久々だからな~。

 

「……あの、すみません……」

 

「……」

 

 と、そんな俺の真剣な観察を遮るように、またバアさんが話しかけてくる。

 

「その……どちらの線に乗れば良いんでしょうか……」

 

 あまりのどうでも良さに思わず顔を上げる。

 

「あのさァ、バアさんさァ──」

 

 

 

 

 

「ごめんねぇ……ありがとうねぇ……」

 

「いーっていーって……別に……」

 

「これ……良ければ食べて」

 

「ああ……ども……」

 

 そう言ってバアさんは飴を渡してきた。

 

「……」

 

 うげっ。黒飴じゃん……ビミョーすぎる……。

 俺が少しいやぁ~な顔を浮かべていると、案内してやった先の路線に来た電車にバアさんは乗ってった。

 しかもご丁寧に電車が発車するまでペコペコするもんだから、妙にその場を離れづらくてなっちまった。

 

 結局、バアさんの目的の電車が発車するまで拘束されてしまった。

 

「……」

 

 ……ま、電車一本くらいならいーか。

 そうやって自分に言い訳しながら、貰った飴を口に放り込む。

 

「……」

 

 絶妙な味わいのする飴をなめながら、元いたホームまで戻る。

 

 あ~あ。何やってんだろ俺……。

 そんなことを思いながら、もう一度マリアのグラビアを見ようと雑誌を開いて──。

 

「?」

 

 ふと、視界の端で誰かが駅の線路の中に落ちていった。

 次いでドサッという音が鳴り、落ちていった件の人物が悲鳴を上げた。

 

「う~~~~~痛てて……」

 

 あぁ……酔っ払ってんなおっさん。

 

「なんだなんだ? あのオッサンどーしたんだ?」

 

「フラフラって、勝手に自分で落ちたんだよ」

 

 落ちていったおっさんが気になるのか、ホームに居た人間が皆線路まで集まってきた。

 

 はーん……駅員早く来ねーかな。

 

 ちらりと見上げた視線の先には、次に来る電車の時刻を示す電光掲示板がぶら下がっている。

 

 まァ大体三分くらいで来るな。

 

「……」

 

 ……もしかしたら……。

 このままいくと人がバラバラになるとこ見れるぞ。映画とか漫画とかでしか見たことないし。

 

 ……誰か下いって助けねーかな。

 ……居ないかそんな奴。あんなおっさんの為になんて。

 

 居なくなっても誰も……気に何てしない奴だ。

 そうだ。

 

 誰も助けに何ていくわけが無い。

 

「えーマジ?」

 

 そう、誰も。

 

「おいオッサン!!」

 

 誰も気にとめてない、道端の小石みたいなもんだ。

 

「……」

 

 在っても無くても何も変わらない、ちっぽけな命だ。

 

「…………」

 

 あと少しで電車が来る。

 

「………………」

 

 本当に誰も助けないのか? 

 

「……………………」

 

 ……。

 

「…………………………」

 

 荷物をその場に置いて、線路内に飛び込む。

 

「おっ誰か行った」

 

「おい何やってんだ死ぬぞ」

 

「危ねーぞ、おい上がれすぐ」

 

 見物人達が思い思いに好き勝手言いやがる。

 

 畜生が。

 俺だってしたかねーよこんな事! 

 畜生……何で俺、こんな事してんだよ……糞が。

 

 そんな事を思いながら、線路でお昼寝しているおっさんの胸ぐらを掴みあげる。

 

「おい! 起きろおっさん!」

 

「んかあっ」

 

「……」

 

 駄目だコイツ。完全に寝てる。

 真っ昼間から泥酔とは良いご身分だなおい。

 

「マジでッくっせぇしよぉ……さっきから何なんだ……最悪の日だ全く……」

 

 愚痴りながらも、そのまま胸ぐらを掴んで駅のホームまで進み──。

 

「ぅおらッ!」

 

 そのままホームへと放り投げる。

 

「うおっ!?」

 

「いてっ!?」

 

 そして、放り投げた瞬間電光掲示板の表示が切り替わり、電車が来るまであと一分と表示される。

 

「おいっ! そのオッサン退けてくれ!」

 

「あ、ああ……」

 

 見物人達に丁度目の前に放り投げたおっさんを引っ張って退けて貰う。

 そうしている間にも、線路が振動を始め電車の到来を教えてくる。

 

 しかもこの電車、殺意が高いことに通過列車だ。

 

 もし俺が上手いことホームに戻れなきゃ死んでるだろう。

 

「……」

 

 マジで、なんでこんな命の危険を冒してるんだろう。

 

 そんなこと思いながら、七年前よりも無駄に強くなっている脚力でホームへと戻った。

 

 ◇

 

「ありがとうございます……ただその……次は駅員をまず呼んでください」

 

「あ……はい……すんません……」

 

「いえいえそんな! こちらこそ対応が遅れて申し訳ありません」

 

「……あの、もう帰っても良いっすかね?」

 

「あ、その……」

 

「……」

 

「こちらの書類にお名前と住所の方をお願いしてもよろしいでしょうか……」

 

 結局、あのおっさんを助けて良い事なんて一つも無かった。

 

 本当はホームに入って救助とか、しちゃ駄目だっつって……なんか変な書類書かせられるしさ。

 いや分かるよ。素人が救助に入っておっさん共々死んでちゃ意味ねーしさ。

 

「……」

 

 そうして。ようやく解放された頃には……大学の授業がもう少しで始まってしまうような時間だった。

 

「……ああ……マジ……最悪だ……」

 

 肩を落としながら……萎えに萎えて見る気にも起きなくなった雑誌をゴミ箱にぽいっと捨て、ホームへと戻る。

 

「……」

 

 そしてようやく乗るべき電車に乗れた俺は……ボーッとしながら考える。

 

(……俺、どんな奴だったんだろうな……)

 

 こんなに無駄に鍛えてさ。そのくせ特にサークルにも入ってねーみたいだし。

 高校の時も……部活には入ってなさそうだ。

 唯一見つかった鍛えていた痕跡がよー分からん通信教育だけだ。

 

「……」

 

 謎すぎる。

 バアさんの頼みをわざわざ聞いたのも謎だし、あのおっさんをわざわざ助けに行ったのも……謎だ。

 自分の意思と行動が乖離している……のか? 

 

 それすらわかんねー。

 

「……はぁ」

 

 思わずため息が出てしまう。

 

 目が覚めたら家庭は崩壊してるしさ。

 

 何だよマジで……。

 

「……」

 

 本当、どんな奴だったんだろう。

 マリア……みたいなのが好みだったのか……? 俺はもっとこう……。

 

「……」

 

 もっと……こう……。

 

 あれ……? 俺……どんなのが好きだったっけ。

 ……思い出せねぇ。

 

「……」

 

 いや、居ないはずは無い。

 ……居たはずだ。

 

 好みっていうか……こう……好きな……好きな人……ッ。

 

「ッ……」

 

 それを考えた瞬間、痛烈な頭痛が起こる。

 思わず呻き声を上げてしまう。

 

 いってぇ……。

 最悪だ。マジでッ……痛ぅっ……。

 

 何ッだ……っ……。

 

「……っぅ……おぇッ……」

 

 あまりの痛みに吐き気までこみ上げてきて、たまらず途中下車する。

 

 ベンチに倒れるようにもたれかかり、息を整えていく。

 

「はっ……あ……はっ……は……」

 

 暫く息を整えて……ようやく動けそうになる。

 

「……何処ここ……?」

 

 そして視線をあげれば、そこは無人の駅。

 駅名も、聞いたことはあるが何時も通り過ぎるだけの駅でしか無いためあまり覚えが無い。

 

「……」

 

 未だに鈍い痛みを発する頭を押さえつつ立ち上がり、時刻を確認する。

 あまりに多くの障害物に阻まれて、どうあがいても遅刻確定である。

 

 ……しかも今日は全体の半分くらいの成績をつけるって言う重要なテストな為……単位を落とすことまで確定である。

 

「……」

 

 先生に泣きついても……駄目か。つか、前に診断書持って行ったときも特別扱いはしねーって言い切られたし。

 

「……あーあ」

 

 まぁ、良いんだけど。

 どうせ……大学の勉強なんてわかんねーし。

 

「……最悪だ……」

 

 ため息をつきながら、ベンチに座る。もういいや。家帰ろう。帰って寝よう。

 

 それで今日はおしまいだ。

 

 肩を落として項垂れながら、帰りの電車を待つ。

 

「それで? クリスがどうかしたの?」

 

「それがね未来? クリスちゃん師匠と一緒にデートしたって噂を聞いたから、それの真相を確かめたらね?」

 

「うんうん」

 

「なんと! 仏壇を買いに行ったんだって!」

 

「ぶ、仏壇!?」

 

 ……と、どこからかとんでもない話が聞こえてきた。

 

 すんげぇ気になる話してるな。

 そのクリスチャン何者だよ……。

 

 思わずチラリと後ろを振り返って、階段を降りてきた女子高生達を見──。

 

「……」

 

 思わず、立ち上がった。

 

 そこには二人の女子高校生が居て……。

 片方の少女に、目を奪われる。

 

 少し癖のある茶髪の髪をショートカットにしている、活発そうな少女。

 

 その少女に、酷い既視感を覚える。

 何だ……この感覚。

 

 彼女達は急に立ち上がった俺に一瞬だけ怪訝な表情を向けたが、すぐに二人同士で会話を再開する。

 その反応はどこまでも俺と彼女の関係を表していて……軽く絶望を覚える。

 

 ……知り合いじゃ、ない……? 

 

 いや、そんなわけが無い。

 

 会ったことが……在るはずだ。

 

 バアさんとおっさんに、ホームにいた奴や駅員……そしてマリアよりも。

 こんなに心が揺れるような事は無かった。

 

 彼女達は俺のすぐ目の前を何でも無いように通り過ぎていこうとする。

 

「っ……あのッ!」

 

 思わず、声をかけてしまった。

 ここでチャンスを逃せば、もう出会うことはないと……そう直感的に感じた。

 

「……? あ、あの……私達、ですか?」

 

 声をかけると、黒髪の少女の方が反応してしまった。

 

 思わず声に詰まる。そうだ、何て言えば良いんだろう。言葉が出てこない。

 しかしもう少ししたら電車が来てしまう。

 覚悟を決めて口を開く。

 

「……えっ……と……その……君じゃ無くて……そっちの、茶髪の子に……話って言うか……」

 

「えっ? 私ですか!?」

 

 しどろもどろになりながら……顔が羞恥でどんどん赤くなっていくのを感じる。

 

「あのっ……俺達、どこかで会ったこと……無いかな……?」

 

「……え?」

 

「……」

 

 一瞬怪訝な表情を浮かべた茶髪の少女は、俺の言葉の意味を理解していくと、どこか照れたような表情を浮かべていく。

 

「そ、それって……もしかしてアレですか!? ナンパ的な!」

 

 ナンパ。

 言われてみて、俺の語り口調がどう見てもナンパであることに気付く。

 思わず赤くなった顔を更に赤くさせる。

 

「あっ……そ、そうじゃなくて……いや……あの、本当に俺達……会ったこと無い?」

 

 その問いかけに俺が真剣に質問をしていることを分かってくれたのか、茶髪の少女は軽く頭を捻って思い出すように考えてくれた。

 

 しかし。

 

「……ごめんなさい! 覚えてないです!」

 

 彼女はどうしても思い出せないと、顔の前に両手を合わせて謝った。

 

「……そう……か……」

 

「あっ、でももしかしたら、私が忘れちゃってるのかもしれないだけで……!」

 

「……いや、すんません……」

 

 何故か彼女の言葉に涙が溢れる。

 ハッとして目を覆うも、彼女たちにはそれを見られてしまった。

 

「えっ、ええ!? だ、大丈夫ですか!?」

 

「あ、いやっ、ほんと……大丈夫なんで! すんません」

 

 マジかよ。

 最悪も最悪だ。

 女の子に泣き顔見られるとか。

 しかも結構ガチな涙。これじゃナンパ失敗して泣いてるみたいじゃないか。

 

「あ、あの……」

 

 心配そうにこちらを伺ってくる少女は、本気で心配した様な表情で俺を見ていた。

 

 ……本当に……本当に知らないのか? 彼女は……俺のこと……。

 

「……俺、記憶喪失なんです」

 

「え……」

 

「本当に……些細なことで良いんで…………」

 

 しかしそれでも少女は微妙な表情を浮かべるばかりで。

 それは、彼女と俺との間には出会いなど無かったと言う何よりの証明であった。

 

 その事実は、深い衝撃と大きな壁を感じた。

 

 じゃあ、俺は彼女と何の関わりも無いのに……話しかけて……。

 

 つまり俺は……単に──。

 

「……すいません」

 

「え?」

 

「…………ナンパ…………でした」

 

「え、えぇ!?」

 

 ただ、話がしたかったから声をかけただけなの……か?

 訳分からねぇ……自分が分からねぇ。

 俺は何をしているんだ……?

 

 もう、これ以上彼女たちの時間を奪うのは申し訳なかった。

 

 さっさと話を打ち切ろう。

 

 それで彼女と俺は終わりだ。

 

「つまんない嘘ついてすんません。じゃあ、これで……」

 

 そうして足早に話を打ち切って、そそくさと彼女たちが降りてきた階段の方に──。

 

「待ってください!」

 

「えっ?」

 

 向かおうとした所で、後ろから手を引かれる。

 振り返れば、彼女が俺の手を握っていた。

 

「あの! 記憶喪失の話って……本当ですよね!?」

 

「え、いや、その……」

 

「私には、嘘を吐いているようには見えませんでした」

 

 真っ直ぐに俺の目を見つめながら、彼女は本気も本気といった風にそう言った。

 

「私、立花響って言いますッ! 聞き覚え、在りますか!?」

 

「っ……」

 

 その名前に、脳が軽く衝撃を受ける。

 そしてその衝撃は痛みとなって、先ほどの頭痛のように脳を駆け巡る。

 

「!? 大丈夫ですかお兄さん!?」

 

「あ、ああ……」

 

 空いてる方の手で顔を押さえていると……立花響さんは心配したようにこちらに顔を近づけてくる。

 

「ッ!?」

 

 その行為に思わず心臓が跳ね上がり、顔が火照るのを感じる。

 

「あ、す、すみません……」

 

「……いえ……」

 

 立花さんの方も俺の反応に若干顔を赤くしながら……それでも、俺を見ていた。

 

「……」

 

 俺は……。

 俺は、覚えている。

 

 この手のぬくもりも……彼女のその表情も──。

 

「響! 電車来ちゃうよ!」

 

「……あっ!?」

 

 と、彼女は俺から急いで視線を外し、黒髪の少女の方を振り向いた。

 

「……すみません! これ、私の電話番号です!」

 

「え?」

 

 そう言って彼女は、バッグから取り出したメモ帳にペンで何かを書き込んだかと思うと、それをちぎって渡してきた。

 そこには数字の羅列と、彼女の名前が書かれていた。

 

「これから用事があって……! もし、何かあったら電話してください!」

 

 そう言って急いで黒髪の少女の方に行ったかと思うと、また振り返ってこちらに手を振ってくる。

 

 俺は──。

 

「──立花さんッ、俺……」

 

 彼女の優しさに答えるように、声を荒げた。

 

「俺……暁陽色ッて言います!」

 

「! ヒイロさんですね!」

 

「……ッ!」

 

「また電話! してください!」

 

 彼女は電車に乗って、俺が向かおうとしていた方向へと向かっていった。

 

「……」

 

 駅のホームで一人。

 俺は渡されたメモを見ていた。

 

 そこには彼女の名前と、ほんのわずかな繋がりが記されている。

 

 だが、今の俺には……それすら嬉しかった。

 

「……立花響……か……」

 

 彼女の名前の響きは、無い筈の記憶を揺さぶる。

 そうして一つ、昔の俺について分かったことがある。

 

 俺と彼女は、会ったことは無いのだろう。

 

 でも。

 きっと俺は──。

 

 立花さんみたいな人が……好きだった。

 

 



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二番
距離感


「はぁ……頑張ってんな……マリア……」

 

 手に持った雑誌を見ると、そこには『アイドル大統領! 風鳴翼とまたまたコラボ!』という見出しと共に、ドヤ顔を浮かべたマリアと澄まし顔の風鳴翼というアイドルが並び立っている。

 

 彼女の名前はマリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 

 この一年の間で激動の経歴を作り上げた唯一無二のアイドルだ。

 

 それは、今から丁度一年ほど前の話。

 

 その時も今のように風鳴翼とコラボしてライブを行った。

 そして、そのライブを乗っ取って自身が武装組織『フィーネ』であると世界に宣言し、そのまま全世界に対して交渉を開始した。

 

 その後は何やらゴタゴタがあったらしいが、最終的に落下する月を止めるために全世界に語りかけ……そして世界を救ってみせた。

 

 そしてその後、続々とマリア・カデンツァヴナ・イヴという人に対しての情報が出てくる。

 

 実は武装組織の調査のために組織内に侵入した国連所属のエージェントであると言うこと。

 アイドルはその任務の一環だったと言うこと。

 けれど任務が終わった今でも全世界でチャリティーライブを起こっていること。

 

 まぁそんな奴、人気が出ないわけが無く。

 今では世界中で大人気の超スーパーアイドルって所だ。

 

「……アイドル大統領って言った方が良いのか……」

 

 そんな世界的に大人気なアイドル大統領が、また風鳴翼とコラボライブを行うのだという。

 

 そう、一年前と同じように……。

 

「……」

 

 一年前の、雑誌に載っていたマリア・カデンツァヴナ・イヴと、今のマリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 見た目はちょっと丸くなったくらいしか変わらないというのに……たった一年で見た目以外で彼女は大きく変わったと言って良いだろう。

 

 思わず、そんな彼女と自身を比べてしまい、酷い自己嫌悪に襲われる。

 

「……はぁ」

 

 一年。

 

 それだけの時間が有っても、俺は……。

 

「……」

 

 俺は未だに前に進めず。

 どころか過去と向き合えてすらいないのだから。

 

 ◇

 

「陽色さん!」

 

 背後から声をかけられた陽色が振り返ると、そこには一人の少女が朗らかな笑顔を浮かべながらこちらに向かって走ってきていた。

 

「すみませんッ! 遅れちゃって……!」

 

「ああ、大丈夫……俺も今来た所だから」

 

 そうは言いつつも、実の所陽色は十分ほど前から来ていた。

 その雰囲気を察してか、彼女は申し訳なさそうな顔で両手を合わせて謝っている。

 

 そんなに謝らなくても良いのに……と思いつつ、陽色は彼女に話しかける。

 

「ともかく、今日はどうしようか」

 

「あ! そうですね~……じゃあ東京スカイタワーとかどうですか?」

 

「……スカイタワー……」

 

「記憶喪失って、似たような状況になると思い出すらしいですし……その点、スカイタワーは結構印象深い場所だと思うんです!」

 

「……なるほど……」

 

 そう言って陽色は、目の前の少女と背後にそそり立つ東京スカイタワーを交互に見て記憶を探る。

 

 すると──。

 

「……ッ……!?」

 

「ひ、陽色さん!?」

 

 異常な頭痛。

 溜らず膝を折って蹲りそうになるも、陽色は根性で堪えてみせる。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

「……大ッ……丈夫……多分……スカイタワーはいい線……行ってると思う」

 

 そう言って陽色はふらふらとスカイタワーを見上げる。

 

 頭の痛み。

 それは彼の過去の記憶に近づいたときに起こる現象である。

 

 一年間自身の記憶を探り続けた陽色が掴んだ手掛かりの一つでもある。

 

「……本当に大丈夫ですか? きついなら──」

 

「大丈夫。今日だって立花さんに無理言って付き合って貰ってるんだ。俺のことは気にしないで」

 

「……別に、私の事とか気にしないで良いですからね! 辛くなったら言ってください!」

 

 陽色は少女に、小さくありがとうと伝え……頭を振るう。

 頭の痛みは随分と治まってきた。

 

「よし! 行こう!」

 

「はい!」

 

 そう言って、また朗らかに笑う少女の笑顔は……陽色が失った記憶の誰かの笑顔ととても似ていて……また彼の脳に痛みを与える。

 

「……」

 

 彼女の名前は、立花響。

 

 記憶を全く思い出せないでいる陽色が、唯一記憶を揺さぶられる少女。

 陽色の失った七年間の記憶を思い出す手がかりとなる少女である。

 

 ──しかし残念な事に、とうの立花響本人は陽色の事など全く知らなかったため……恐らくは『立花響』によく似た誰かが、陽色と深い関係にあったのだと思われるのだが。

 

 ──故に、本来なら立花響は陽色と全く関係ない存在なのだが──。

 

「おおー高いですね陽色さん!」

 

「……あっ……ああ……ッ」

 

 彼女は、陽色の記憶探しに手伝ってくれている。

 それは偏に彼女の優しさ故。

 

 ──そんな彼らの出会いは……駅での一コマ。

 ナンパのように話し掛けた陽色に、立花響が連絡先を教えたのが始まりだった。

 

 その様な出会いであったが、思いのほか彼らの関係は長い間続いていた。

 

 というのも、彼女に勇気を出して電話をかけた陽色は……見事彼女に協力を取り付けることに成功したのだ。

 そうして彼女の都合の合うときに時間を作って貰い、街を散策したり、行ったことがありそうな場所を共に巡ってみたり。

 この記憶巡りは大体一ヶ月に一度程度の間隔で行われ、今もそれは続いている。

 

 最も、その結果は芳しくなく……基本的に立花響の顔を見て、陽色の頭痛が引き起こされるだけに留まるのだが。

 

 ただ、たまーに尋常では無い痛みが起こる時があるので、全くの無意味というわけでは無い。

 

 そして現在。

 陽色は見事なほどに頭痛に苛まれていた。

 

 異様なまでの既視感に吐き気まで覚える。

 

「……」

 

 けれどその痛みこそが記憶への手掛かり。

 恐らく、陽色はこの東京スカイタワーに……『誰か』と来たことがあるのだろう。

 なので痛みを堪えつつ、彼女と共に再建された東京スカイタワーを歩く。

 

「けど……あんな事件の後一年で一般公開までいくなんて……現代の建築力って凄いですね……」

 

 そうして歩いていると、街を見下ろしていた立花響がふと溢すようにそう言った。

 事件という物騒なワードに陽色は頭を捻って、当時の記憶を探る。

 そしてスカイタワーで起こったことを思い出す。

 

「……事件……? ああ、そう言えばあの『マリア』が潜入してた武装組織がノイズテロを起こしたんだっけ」

 

「……あ。そ、そうなんですよねぇ~! いやぁ~やっぱり駄目ですよねノイズなんて!」

 

 確かニュースでは武装組織のテロか何かだと言っていた気がする。酷いことをするモノだ。

 

 そうして、やけにしどろもどろになった立花響に気付かぬまま……陽色は言葉を続ける。

 

「まぁ常識的に考えてノイズをテロに使うとか、倫理的にも道徳的に不味いよ。常識を疑う」

 

「あ、あはは……ですよねぇー!」

 

「ノイズを操れるだけならまだしも……それを人に向けるとかちょっとね。趣味が悪いよ」

 

「あ、あはは……」

 

「……?」

 

 嫌に微妙そうな表情を浮かべている立花響に怪訝な思いを抱くが、まあノイズ事件の話とか気分がいい話でも無いしなと勝手に納得して、話を切り替えていく。

 

「そう言えば、今日は小日向さんは……」

 

「未来ですか? 今日は友達と一緒に遊びに行ってるみたいですけど……」

 

「え!?」

 

 それを聞いて、陽色はばつが悪そうな顔になる。

 

「もしかして……俺のせいで立花さんが友達と遊べなかったとか……」

 

「あっ、そう言うのじゃ無いんです! 本当、大丈夫ですから!」

 

 けれど陽色は申し訳ない気持ちで一杯になる。

 そして……立花響と出会う前に抱いた焦燥感もその気持ちを加速させていく。

 

 一年。

 一年間、陽色は立花響に手を貸して貰い続け、様々な場所を回った。

 

 しかし。

 そのどれもが良い結果を生み出したわけでは無く。

 頭痛という手掛かりを見つけても──それが有効に働いたわけでも無く。

 

 そうして、少し気まずい空気になりながらも東京スカイタワーでの記憶巡りは進んでいき、青かった空は次第に赤い色を帯びていく。

 

「今日はありがとう、立花さん」

 

「いやー! 私こそ、ご飯奢って貰っちゃいましたし……」

 

「ああ、それくらい良いよ、気にしなくて」

 

 気にしないでとは言いつつも、ハンバーガーショップでの事を思い出し苦笑する。

 

 ハンバーガーとポテトだけをよくアレだけ食べれるな……とは少し思う陽色である。

 

「まぁ、健康的で良いと思うよ」

 

「え? 何がですか?」

 

 遠回しに食べすぎだよと言うも、それに気付かない立花響はぽけっとした顔をする。

 また小さく苦笑した陽色は、携帯の画面を見て、既に本来の予定より相当時間がたっていることに気付く。

 

「じゃあ、駅まで送るよ」

 

「あ、これはまたどうも……」

 

 街灯が灯り始めた街を立花響と共に歩き……ふと、コンビニに張られたポスターに目を奪われる。

 

「……マリア……頑張ってんなァ……」

 

 そのポスターには、風鳴翼とマリアのコラボライブが近日中に行われるという事が書かれていた。

 

「本当、ですね……」

 

「立花さんは、マリアが好きなんだっけ?」

 

「えっ!? そ、そうですね~好きですよ、当然!」

 

「風鳴翼も凄いよなァ……"あの"マリアとライブだもんな」

 

「あ、あはは……」

 

「あ~あ……俺もあの時テレビつけとけば良かった」

 

「……」

 

 そう言って悔しそうに呟く陽色は、当時の自分を恨む。

 

 というのも一年前。

 丁度その時陽色は、自身が()()()()()という探偵に記憶を失う前の自身の話を聞きに行っていたのだ。

 

 アレが無ければ世界中の皆に助けを呼びかけているマリアの姿が見られたのに……と、過去の自分を恨むほか無かった。

 ネットにあげられていた映像も、陽色が見るよりも先に全世界から消されてしまい、最早絶対に見られないというのだからその恨みは深い。

 

 そうして一年前のことを思い出していたからか、横に居る立花響の気まずそうにしている表情に陽色は気付なかった。

 

「……ま、過ぎたことを何時までも悔やんでもね」

 

「そ、そうですよ! そう言えば陽色さん、喉渇きませんか!?」

 

「えっ?」

 

「私、飲み物買ってきます!」

 

「あ、ちょっ」

 

 だからか、陽色は急に焦りだした立花響を見て困惑するしかなかった。

 止める間もなくコンビニの中に入って行ってしまった少女を見て、陽色はまた苦笑を浮かべる。

 

「……」

 

 もう行ってしまったモノを止めるのも申し訳ないので、陽色は彼女を待つことにした。

 コンビニの入り口から逸れて……ふと、空を見上げる。

 そこには、東京の空だというのに綺麗な星々が浮かんでいる。

 

 陽色は……思わず言葉を溢した。

 

「俺……何やってるんだろ」

 

 進歩の無い日々を送るたび、胸が締め付けられる。

 立花響と共に歩くたび、脳が悲鳴を上げる。

 

 彼の現状を一言で表すのなら──『迷走』だろう。

 

 進むべき道も、進んではいけない道も……彼には何一つ見えてこなかった。

 

(……俺は……何をすれば──)

 

「……!?」

 

 と。

 陽色は自身の間抜けに気付いた。

 

「ッ──」

 

 空に、月が浮かんでいた。

 その崩れた月が、彼の心を不快に揺さぶっていく。

 

「あ……が……ッ……はっ……はっ……」

 

 彼は──暁陽色は、『心的外傷後ストレス障害』……いわゆるPTSDを患っている。

 

 気付けば、『あの時』……目覚めた時のように、涙が溢れてくる。

 心臓が張り裂けそうな程に脈動し、息苦しくなるほど締め付けられる。

 また頭痛も併発するため、まともに立っていられなくなり……膝をつく。

 

 これが、()()()()()()()()()()ため、まともに夜道も歩けない。

 

「……はっ……はっ……マジで……最悪だ……」

 

 しかしこの姿を立花響に見せれば、また心配をさせてしまう。

 

「……ッ」

 

 気合いで立ち上がり、どうにか見てくれだけは普通を装う。

 そしてタイミングが良いのか悪いのか……立花響がジュースを二本もってコンビニから出てきた。

 

「陽色さーん!」

 

「……」

 

 声は出さず、軽く手を挙げて答える。

 

「? なんか、目が赤くないですか……?」

 

 と。案の定立花響は様子がおかしい陽色を見て心配したように尋ねてくる。

 

「……ッ、ああ……大丈夫……ちょっと思い出し笑いを……」

 

「え? そんな泣くほどですか!?」

 

 しかし、どうにか荒ぶる心を落ち着かせた陽色は、軽く笑みを浮かべながら言葉を返す。

 

「そうそう……面白すぎて泣いちゃうくらいの奴……」

 

「え、そんなにですか……き、気になる……」

 

 そわそわと目を輝かせる立花響だったが……陽色は、軽く手を振って彼女の言葉を否定する。

 

「いや……俺以外には面白い話じゃ無いから……それよりさ、ジュース貰って良い?」

 

「あ……はい!」

 

 完全にジュースのことを忘れていた彼女は、慌てて少し彼女の体温でぬるくなったジュースを差し出す。

 

 どこかはぐらかされた気がしないでも無いが、特に追求するようなことでもないし気にしなくても良いか。

 

 そんな風に思いながら……彼女はジュースの蓋を開けた。

 

 

 ◇

 

 

 ──二人は、共に大きな隠し事をしている。

 

 一人は、国が揺るぐほどの大きな秘密を。

 

 一人は──ここに書くには大きすぎる秘密を。

 

 だからこそ、そんな二人の距離は……月と地球ほどに離れている。

 

 



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新情報

「ふむ……」

 

「……」

 

 陽色の目の前の男性は、難しい表情で唸る。

 

「陽色くん。ここ七年間の君の調査だが──」

 

「……」

 

「まぁ、ビックリするくらい地味だね! 何にも、見つけられなかった!」

 

 はっはっはっと笑いながら、彼は手元の資料を見せてきた。

 

「……」

 

 そこに纏められていた内容に関しては、確かに目の前の男性が言う通り何も変な所など見受けられない。

 黙々と資料を見ていた陽色だったがその内容は非常に薄く、すぐに読み終わってしまう。

 

「あの……本当にこんな情報しか?」

 

「うん。それはもう、異常なくらいに情報が見つけられなかった」

 

「……」

 

 男性は悔しそうにうねりながら……ただ、と言葉を続ける。

 

「……君のお母さんが押し入り強盗に襲われてから、君が家を出る姿をあまり見ない……というのは少し気になるね」

 

「……はぁ」

 

「というのも、強盗(それ)がトラウマになって家に引きこもった……なら話は分かるんだが……別にそう言う訳ではなく、君は普通に生活を続けていたみたいで」

 

「……」

 

「つまり君は、五年間ほど誰にも見つからずに家を出入りしていたというわけだ」

 

 それが何か? と首をかしげた陽色に、男性は言葉を続ける。

 

「まぁ、それがどうした……って言いたい君の気持ちも分かる」

 

「……」

 

「実際その通りで、だからどうしたって話なんだけどね」

 

「えぇ……」

 

 あまりにあんまりな言い草に思わず声が漏れる。

 

 そんな陽色の姿が面白かったのか……目の前の男性はまた快活に笑ったかと思うと、真剣な表情に戻る。

 

「……これは僕の個人的な解釈というか……まぁ、こんな不確定な推理──妄想を君に言うのも申し訳ないんだけど」

 

「……」

 

「近隣の住民の誰からも見られないという異様さ……けれどその異様さと相反するように、至って普通の生活を送っていた」

 

「……」

 

「昔の君は、周囲の目を異様に気にしていたと言うのに普通にはこだわる。僕は思うに──」

 

 そしてそこまで語って、彼は言いづらそうに口を噤み……しかし、そのまま語った。

 

「君は、何かの事件に巻き込まれていたんじゃ無いかな?」

 

「……事件」

 

「ああ。少なくとも周りに気付かれたくは無い類の、ね」

 

 そう言って彼は、また資料を見せてくる。

 

「……」

 

 そこには、陽色が暮らしている街……東京で相次いで起こるノイズ災害の写真と、謎のミステリーサークルの画像。

 

「これは大体……七年ほど前のあるミステリーサークルの写真だ」

 

「……ミステリーサークル……」

 

「そう。そしてこれは大体五年前のノイズ災害でのミステリーサークル」

 

 そう言って次々と差し出した資料にも、一般的な住宅地に発生したミステリーサークルや……ノイズ災害の被災地とそこに現れた大量のミステリーサークルについて書かれている。

 

 そして……。

 

「……これは……」

 

「そう、三年前のライブ会場の惨劇。君もここ一年で聞いたことはあるだろう?」

 

「……」

 

 ライブ会場の惨劇。

 ツヴァイウィングのライブでノイズが大量に発生し……10254人とツヴァイウィングの天羽奏が犠牲になった最悪のノイズ災害だ。

 

 陽色でも聞いたことのある、現状でも最大規模のノイズ災害だという。

 

 男が見せてきたそれには、華やかなライブ会場とボロボロの会場の写真が載せられていた。

 そしてそこにも……当然のようにミステリーサークルが刻まれている。

 

「そして実はこのノイズ災害を最後に、東京で起こっていた殆どのミステリーサークルは一時姿を消す」

 

「え?」

 

「ただ、ここ最近もう一度だけ現れてね……一年前のノイズ災害の時の写真だ」

 

 受け取った写真の日付には確かに一年前の日付と、ミステリーサークルが街に刻まれていた。

 

 ノイズ災害とミステリーサークル。そこに何か関連性があることは見受けられたが……果たして、それが一体どうしたというのだ。

 

 陽色のその疑問に答えるように、男は口を開く。

 

「陽色くん。君はこの()()が起こった場所とミステリーサークルを見ても、何か思い出さないかい?」

 

「……え?」

 

 その言い草はまるで、陽色がそのノイズ災害と何か関連があるかのような言い方で。

 

「……僕はね、陽色くん。君とノイズ災害に何か関連があるんだと考えている」

 

 それは、あまりに突拍子も無い推理だった。

 

 

 彼の名前はセバスチャン。金色の髪をショートカットにしているアメリカ人……のようにしか見えないが、どうも違うらしい。

 生粋の日本人で、日本語しか話せないのだとか。

 その雰囲気は優しげだが、妙に怪しさを覚えるというか何というか……その柔和な笑顔と大げさな素振りが余計にその怪しさを際立たせている。

 

 そんな、怪しさ満点の彼だが……どうも、彼は前までの俺からの依頼を受けていた……『探偵』なのだという。

 

「……いや、訳わかんないっすよ……だって、ノイズですよね?」

 

 そんな彼が、またも訳の分からないことを言い出した。

 何せ相手はノイズだ。人が触れれば一瞬で死んでしまうような、そんな相手。

 それと俺とが同関係するってんだ。

 

「うん。君の言いたいことは分かる。だが、聞いて欲しい」

 

「……」

 

 今までの茶化した雰囲気では無く、あくまでも真剣な表情で訴えかけてくるためどうも強くでられない。

 セバスチャンは自身の推理を朗々と語り出す。

 

「これは、君の記憶の連続性が途切れた七年前辺りから起こっている事象だ。それ以前からではどんなノイズ災害でも発生はしていない」

 

「……そうっすね」

 

「うん。そして今、一年前のあのミステリーサークルを最後に……どんなノイズ災害でもミステリーサークルは発生していないんだ」

 

「……」

 

「そして()が目を覚ましたのは……一年前。何か関連性があるとは思えないかい?」

 

 ノイズ災害。

 伝説上の怪物などの……大本になったとされる存在。

 

 およそ十四年ほど前に国連総会で災害として任命されたそれは、本来であれば非常に小さい確率で発生する災害なのだという。

 

 しかし。

 ここ数年間の東京でのノイズの発生率は異常で、非常に短い期間でノイズが発生し、それに付随して発生するミステリーサークル。

 ……その期間と俺の記憶が無い期間の一致。

 

 そう言われれば、関連性があるようにも思える。

 

 しかし。

 

「だけどこじつけが過ぎませんか?」

 

 そう、それは証拠も何も無い、それこそ推理の……妄想の域を出ない程度の話でしか無いのだ。

 それはセバスチャンも分かっていたらしく、申し訳なさそうに頭を掻き始めた。

 

 仕事を依頼して分かったことだが、前までの俺が受け取っていた資料を見るに、セバスチャンは結構ちゃんと調べ物をしてくれる。

 小まめに連絡もよこすし、無駄なことはせずに依頼を遂行してくれる。

 

 だから何故いきなりこんなただの推理を……。

 

「……あ」

 

 いや、まて……もしかして──。

 

「いや~本当、ただの僕の妄想って言うか……営業の話って言うか……」

 

「……営業?」

 

「──そう! 僕は今後、調べていく方針をそっちの方に向けていきたいなと思っていてね!」

 

「……」

 

 なんて思っていたら、やっぱりそう言う話か。

 

「……」

 

「あ、あはは! でも、もっと深く調べていったら、凄いことが分かりそうだって……そうは思わない?」

 

「……」

 

 思わずシラッとした目で見てしまう。

 コイツ、人が真剣に依頼してるってのに遊んでいるのか……?

 

 そうして見つめ続けていると、セバスチャンの引きつった笑い声も次第にトーンが落ちていき、ついには無くなる。

 

「……」

 

「……」

 

 俺たちの間には気まずい空気が流れる。

 その空気に負けた様に……セバスチャンはどこか悔しそうに語り出した。

 

「……正直に言おう。僕にはこれ以上、君のことを調べるのは不可能だ」

 

「……何だって?」

 

「人間関係、家族関係、学校、私生活からバイト先まで。君の七年間を僕が調べられる範囲は全て調べた。その結果が、あのたった二ページしかない資料だった」

 

「……」

 

 思わず絶句する。え? 本気で言ってる?

 またセバスチャンのジョークだろと思っていたが、そう言うわけでもなさそうで。

 

「……本気で……?」

 

「本気も本気だよ」

 

 思わず聞き返してみれば、至極真面目な表情で俺の薄っぺらい七年間について肯定された。

 

 そんな……嘘だろ?

 だって七年間だぞ?

 もう少し……こんな……A4の紙二枚に収まってしまうような、本当にそんな程度の内容しかないっていうのか?

 

 軽い絶望を覚えている俺を見てか、セバスチャンはどこまでも申し訳なさそうに言葉を続けた。

 

「……だから君に提案したいんだ。別の方向からの調査を」

 

「……」

 

「あまりに異常なんだよ……君の経歴は。痕跡がなさ過ぎる」

 

 そんな本職の探偵に疑われるほど……何もないのか?

 何もなかった、のか……?

 

 

 陽色は、どこか呆然とその後の話をセバスチャンとしていた。

 

 それほどには……ショックだった。

 少しは知れると思っていた知らない自分が、文字通りほんの少ししか知ることが出来なかったのだから。

 

 そして何より、自分の青春が特に語るようなこともない七年間だったということが。

 

「……取りあえず、前までの君から受けていた依頼はそのまま。今の君からの依頼は……さっき僕が提案した方向で調査を進めるという形で」

 

「……はい。それでお願いします……」

 

「……」

 

 目が覚め、訳もわからず一ヶ月間を過ごし……藁にも縋る思いで頼った探偵の結果も芳しくなく。

 どころか考え得る限り最悪の結果しか得られなかった。

 

「……陽色くん。僕が提案した調査内容については……お金は気にしないで。サービスしとくよ」

 

「……ああ、ありがとうございます」

 

 あまりに酷い顔をしていたのか、セバスチャンは元気づけるようにそう言った。

 最も真相としては、あまりに調べることがなさ過ぎて依頼料と仕事の量が見合わなかった故の埋め合わせの様なモノなのだが。

 

 どこか気まずい空気が流れる中……陽色はもそもそと帰る準備を始める。

 

 セバスチャンは忙しいらしく、この後も仕事が入っているためもう帰らなければならないのだ。

 

(結局今日は、気落ちするだけだったな……)

 

 少し期待していた部分があったからこそ肩を落とす。

 そうして肩を落としている陽色に、セバスチャンは声をかけた。

 

「陽色くん!」

 

「……なんすか?」

 

「……これは、君の知らない陽色くんを見た感想だけど……」

 

「……」

 

「彼は何かを恐れていた……様に見えたね」

 

「……」

 

「少なくとも、出会ったばかりの頃には既にそうだった」

 

 恐怖。

 先ほどのセバスチャンの話と照らし合わせると……どうも、陽色の知らない()はあまり良い環境に居たとは言えないようだった。

 

「……だから、気をつけてくれ。今の君にすり寄ってくる存在が全て信じられるモノとは限らない、と。これは個人的な忠告だ」

 

 それは大人が子供へと向ける心配の意でもあり、陽色を調べたが故に生まれた不信感から来る本気の忠告であった。

 

「……ありがとうございます」

 

 そのセバスチャンの思いは真っ直ぐに陽色へと伝わる。

 

「じゃあ、また」

 

「うん! ……グッドラック! 陽色くん!」

 

 そして陽色は……胡散臭いが、屈託のない笑顔を浮かべたセバスチャンに見送られ、探偵事務所を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ。マジか……俺……彼女どころか友達すら居ないのか……」

 

 帰り道に一人。

 陽色は空を見上げる。

 

「……ん?」

 

 そこには、何か金色の粒子の様なものが待っており……現実離れした光景が空を覆っている。

 

(なんか空に光が舞ってるんだけど……)

 

 幻想的な光景だが、どこか……世界から切り離されたような疎外感も覚える。

 

 怪訝な表情を浮かべていると、ふと後ろから声をかけられた。

 

「おーい!」

 

「……」

 

 大きめの声に一瞬ビクッとする。

 チラリと周囲を見渡すも、辺りには誰も居ない。

 しかし陽色を呼びかける声は続く。

 

「おーい! ヒイロくーん!」

 

「……俺?」

 

 そして……とうとう名前まで呼ばれ、振り返る。

 

「って……」

 

 そこに居たのは。

 

「セバスチャン……? どうしたんすか?」

 

「あ~……ちょっと、言い忘れていたことがあって」

 

 さっき別れたときの格好そのままのセバスが居た。

 胡散臭い、屈託のない笑顔を浮かべたセバスは頬を掻いていた。

 

「言い忘れたこと……? でも次の仕事は──」

 

「ああ、うん、そう……本当に……とても重要な情報で、すぐに伝えなきゃいけないことなんだ。次の仕事は少しくらいなら遅れても良いんだ」

 

「はぁ……」

 

 どこか挙動不審なセバスを怪訝に思いながらも……陽色は彼の言葉を待つ。

 

 ──しかし。

 

「僕は……僕は、ね。君と七年もの付き合いがある。だからこれを伝えるのは本当に、本当に迷ったんだけど……」

 

「……」

 

「でもねヒイロくん。コレこそが君の生きる道になってくれればとも、思う訳なんだ」

 

「……?」

 

 しかし、妙に引っ張る。

 余程言うべきか迷っているのか、うーんだとかむむむだとか頭を捻っていたが……遂にセバスは口を開く。

 

「実はね──」

 

 時間にしておよそ数秒。

 しかしその言葉は確実に陽色の意識を奪った。

 

「……え?」

 

 一瞬……陽色はセバスが何を言っているのか分からなかった。

 何せそれはあまりに唐突で、その上とても重要な事だったから。

 

「それって──」

 

「それだけだよ! では──グッドラック! ヒイロくん!」

 

「あ、ちょっ!?」

 

 そして、追求は許さないとばかりに超人的なスピードで駆けていったセバスは一瞬にして陽色の目の前から消えてしまった。

 

「え、えぇ……?」

 

 色んな事が一斉に起こりすぎて何から言えば分からなかった。

 陽色はセバスが言っていたことを、もう一度噛み締める様に思い出す。

 

 そう、セバスは──。

 

『行方不明になっていた妹が日本に居る』

 

「……ッ」

 

 その言葉の意味を理解しようとした瞬間、陽色の脳裏に痛みが走る。

 

 妹。

 

 そう、陽色には妹が居た。

 

 義母の連れ子で、彼と彼女は……最初はあまり良い関係じゃ無かった。

 

 でも段々と彼女は陽色に心を開いてくれて、それで……。

 

 それで……? 

 

「あれ……?」

 

 そういえばなんで今、アイツがいな──。

 

「……ァッああっ……!!」

 

 そこまで考えた所で、陽色の脳裏に痛みが走り、警鐘を鳴らす。

 

 その永遠に続くようにも思える痛みはまるで、今の自己を否定するようなモノで。

 

 世界が光で覆われる幻想的な光景の下。

 

 彼は一人、声にならない悲鳴を上げ続けた。

 

 

「……」

 

 ふと目が覚める。

 全身から汗が噴き出て、寝間着をしっとりと濡らしていた。

 

「……」

 

 今のは、夢……か……?

 

「……いや、違う……思い出した……そうだ、マリアの……マリアが大統領してたときだ……」

 

 丁度そのタイミングで、マリアが全世界に向けて生放送していた。

 

「……」

 

 あれからも何度かセバスチャンと会ったが、どうも()()情報が降って湧いたらしく、俺の妹が日本に居るのは確定的らしい。

 

「……」

 

 俺は目が覚めて知ったが、アイツは俺の記憶が無くなる前後あたりで失踪したのだという。

 

 『俺』も母さんも父さんも……随分探すのに手を尽くしたらしいが……ハッキリ言って諦めていた様だった。

 

 しかし唐突に妹が生きていることと、現在居る場所についてが大まかでは有るが分かってきた。

 

 ああ、そうか。

 

 明日……セバスチャンにそのことについて聞きに行くから、今……こんな夢を……。

 

「……」

 

 妹……。

 

 妹、か。

 

 また、会えるのだろうか。

 

「……キリカ……」

 

 



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一歩前へ

 家に転がっている本を見て、その表紙を読み上げる。

 

「灘神影流剣術……」

 

 当時の俺は何を思ってこんなの定期購読してたんだ……。

 しかも教材の萎びれ具合を見るにだいぶ使い込まれたモノの様に見える。

 

「……剣道とか……そう言う系の奴だよな……」

 

 丁度家を出ようとした時だった。服を漁っていたら、タンスの底の方にこの本が埋まっていたのだ。

 このシリーズの本は俺の部屋から大量に見つかったが、ここまで読み込まれてるモノは珍しい。

 前までの『俺』の形跡に気付いてしまい、パラパラと中身を確認してみる。

 

「……まぁ、普通の教本だな」

 

 とはいえその内容は至って普通のもので、特に書き込みがあるとかそう言うわけではない。

 目次を見るに、この本はいくつかの章に分かれているようだった。

 

『僕は痛いのとか苦しいのとか嫌いなんです。それでも剣術は出来ますか? 編』

『僕は模擬刀も木刀も持ってないし、竹刀を振ったこともありません。それでも剣術が出来るようになりますか? 編』

『あなたよりも強くなれますか? 編』

『え? 今日から練習を始めたい? 編』

 

 などなど。

 このようにいくつかの章に分かれていて、内容的には初心者から中級者向けの教本のようである。

 

 ……と言うか。

 

「……家に竹刀とかも無いし……何使って教本こんなにするまで練習したんだよ……」

 

 それは前から思っていた疑問だった。

 それに……ここに書かれてること、この部屋じゃ出来そうにないんだが。以前の俺は一体何処でこの教本を使ってたんだよ。

 

 まさか外で大っぴらに竹刀とか振り回してたのか……? いや流石にそんなこと……ないよな。

 

 ただ、一つの疑念というか、当時の俺の想いというか……執念が伝わってくる。

 この教本の読み込み具合は相当で、そこまで勉強とか本を読む人間ではなかった筈の俺がこんな使い込むなんて、相当必死だったと思える。

 

 しかもこの本だけじゃなくてシリーズで定期購読とか。

 

「……なんかの事件に巻き込まれて、か……」

 

 思い出されるのはセバスチャンの言葉。

 少なくとも日常生活はおくれていたようだが、周りにバレたくない類の事件に巻き込まれていた可能性があるとか無いとか。

 

「……」

 

 そんなヤバい事件に巻き込まれていたら……こんなに必死になって読み込む……か? 

 もし本当に命に関わる事だったら本気でやるかも知れない。

 

 そこまで考えて、首筋がぞわりとする。

 今の今まで特に考えていなかったけど……そんな事件に関わっていた可能性がある俺が記憶喪失になってるって……ヤバくないか? 

 

「……」

 

 急に不安になって辺りを見渡すも、当然ながら何の問題も無い至って何時も通りの我が部屋である。

 

 どうも昨日見た夢のせいで変に不安を感じてしまう。

 

「……時間まで、少し読んでおこうかな……」

 

 昔の俺と今の俺を重ねるように、教本を開いた。

 

 ◇

 

「……リディアンね」

 

 そう言って陽色は手元にある紙に目を通す。

 それは先日……剣術指南書を見つけたあの日、セバスチャンに妹が居る場所を聞きに行った際に受け取った現時点で判明している情報である。

 

 そこには、現在陽色の妹が通っている学校についての情報などが書かれていた。

 それ以外の情報はハッキリ言って皆無に等しいモノで、妹の現在の写真すら載せられていなかった。

 

 とは言え、妹が通う学校だけでも判明したのは僥倖だ。

 陽色はすぐにでもリディアン音楽院に電話をかけて妹について訪ねたのだが……。

 

「んで電話じゃ対応してくんねーんだっつの……」

 

 当然というか何というか。

 駄目ですの一言しか帰ってこなかった。

 

「……はぁ」

 

 そう愚痴りつつも、まぁ自称在校生の兄貴じゃ電話で対応は無理だよな……と理解はしていた陽色は、大人しくリディアン音楽院に足を向けた。

 というのも、セバスチャンに協力を仰いで、取りあえず教師とでも対談を出来るように取り付けたのだ。

 

「……」

 

 現在の陽色の格好は黒いスーツを着ている。

 恐らくは成人式の時にでも使ったであろうその格好にしては妙に黒が目立つが……セバスチャンに確認して貰った所、フォーマルな格好をしていることが重要と教わった。

 

 そう言った理由で陽色はこのスーツを着ているのだが……どうも服に着られているような気がして少し恥ずかしい想いを抱いていた。

 

「……」

 

 そうして黒スーツを着てリディアンへと歩いて行く途中、陽色は気付く。

 

(……本当に……女子高生しかいねぇ……)

 

 街の女子高生率の高さに。

 

 分かっていたことだが、緊張に体を硬直させる。

 そもそもこのリディアン訪問に陽色は非常に緊張している。

 

 なにせ陽色の主観(中学二年生相当)からすれば、リディアンというのは年上の女性しかいない女子校である。そこに足を踏み入れるというのは非常に勇気がいるモノだった。

 

 とは言えなるべく早く妹と再会したかった為、リディアン音楽院について分かった瞬間即、リディアン音楽院との面会を取り付けたのだが……1番早くリディアンに行ける日はセバスチャンの予定が詰まっていたため共に行くことは出来なかった。

 

 つまりセバスチャンの同行よりも速度を選んだ結果、このような事態となったのだが……。

 

(……やべぇ……今更帰りたくなってきた……)

 

 リディアンに近づくたびその想いは大きくなっていく。

 しかし、陽色は……。

 

「……いや、行くしかねぇ……よな」

 

 嫌だなぁ……という顔をしながらも。

 覚悟を決めたように歩みを続ける。

 

(……そうだ。こんな事で逃げ出して……過去に向き合う事なんて無理だ。何より……俺はキリカに会いたい)

 

 ふとそう思った瞬間……胸の縁からどんどんとその思いが溢れてくる。

 

(……そうだ。訳も分からないまま家族はバラバラで……だからようやく見つけられた繋がりを、離したくない)

 

 その思いが陽色の足を前に進ませる。

 

「……?」

 

 そして、足を前に進ませるたび……何かがおかしくなっていく。

 

 ──人が居ないのだ。

 

 あれほど活気だって居たはずの街に……ヒトの気配が無くなっていく。

 

「……」

 

 思わず背負っていたバッグの紐を握りしめる。

 そのバッグの中には……木刀が入っていた。

 

 これは護身用……というよりも、()()()使()()()に持ち運んでいるモノだ。

 

 ……というのも、陽色はあの日……『灘神影流剣術』を読んだその時より。

 

 ──剣術にドハマリしてしまったのだ。

 その日、セバスチャンに話を聞きに行った帰りに練習で使う為の木刀を買いに行ってしまうほどには。

 

「……」

 

 今日その木刀を持ち運んでいたのは、リディアンとの話し合いが上手くいかなかった時に暴れるため……な訳がなく、上手くいったいかないに関わらず、帰り際に一般開放されている道場に寄って練習するためである。

 というのも、今の陽色の身体能力は記憶に有るモノとは大きく異なり……どれだけ運動しても殆ど息が上がることが無いのである。

 つまり陽色はいくらでも練習に打ち込める。また、動いている間は現状……前に進めずに悶々とする自分のことを考えずに済む為気晴らしに丁度良く……また自衛の手段が増えるのは安心感が増す。

 

 そうした複合的な理由から、リディアン訪問にまで木刀を持ち出していたのだが……。

 

 そう、本来であれば……練習に使う為のモノ……なのだが。

 

「……」

 

 歩みを進めるたび……嫌な臭いがする。

 それは物理的に香るモノでは無く……陽色の直感が告げるモノだった。

 

 自ずとバッグを握る手に力が入り。

 

 そして──とうとう決定的なモノが見えてくる。

 

「……人……倒れてんだけど…………ん?」

 

 何人、どころでは無い。

 十人を超えるほどの人が倒れていて……その中央で、異様な雰囲気を放っている少女が見える。

 その少女は青を基調とした服を着ており、一見通常の存在のように見える。

 

 だが。

 

「ッ!?」

 

 その少女が視界に入った瞬間、陽色の体がとっさに動き──道の外れの路地へと逃げる。

 

「……なんっ……何ッ……だッ……!?」

 

 心臓が早鐘を打ち、無意識下で脳が警鐘を鳴らし続ける。

 

 逃げろ、と。

 

 陽色の全身に脂汗が浮かび、その少女の佇まいからは信じられない存在感を全身に受ける。

 

「……何……何だ……アイツ……」

 

 陽色には初めての経験だった。

 その衝撃はすさまじく、もう一度その少女の姿を路地裏から見る。

 

「……」

 

 彼女は相も変わらず何かを待つかのようにその場に立ち続け、足下に倒れた人間達など歯牙にもかけずにいた。

 そして何より……こちらには気付いていなかった。

 

 今なら間に合う。回れ右をすれば何の問題も起こらずに障害を回避できる。

 

(……いや、それよりも救急車……? でもそれって被害者増やすだけじゃ……)

 

 駆けつけてきた救急隊員達が蹴散らされる姿は驚くほど鮮明に予想できた。

 つまり、()()()()()出来ることなど何も無い……ということだ。

 

「……」

 

 それを即座に理解した陽色は、倒れている人たちに何もしてあげられないことに罪悪感を覚えつつも……その場を離れようと歩もうとした。

 

 その時だった。

 

「……え?」

 

 リディアンの制服を着た数人の女子生徒達が、こちらに向かって歩いているのが見えてしまった。

 

 そして、その女子生徒の中に……。

 

「……立花……さん……?」

 

 彼の知る、少女が居た。

 

 ◇

 

 心臓が跳ね上がる。

 ともすればそれは、あの謎の少女を見た時以上の衝撃で……俺を惑わす。

 

 俺は無意識に持って来ていたバッグを開き、そこから──。

 

「……」

 

 待て。

 俺は今……何を考えた? 

 

 ()()()()()()()()()()()() 

 ()()()()()()

 

 思わず乾いた笑いを浮かべる。

 

 あの倒れている人達は見捨てようとしたのに? 

 

「……」

 

 そう、見捨てる。

 そりゃそうだ……あの倒れている奴等はもう助からない。

 生きている気配が無い。

 

 既に死んでいる人間を助ける方法なんて、無い。

 

「ッ……」

 

 ズグリと鈍い痛みが脳裏に走り、蹈鞴を踏む。

 

 そうだ。助ける方法は無い……だが。

 

 だがまだ生きているのなら、助けることが出来る。

 

「……立花……さん……それに小日向さんって事は……他の三人はお友達か……?」

 

 遠目でも恐怖した様子が見て取れる彼女たちは、しかし確実に……生きていた。

 既に死体として謎の少女の足下に転がっている奴等とは違って、まだ。

 

 そう、『まだ生きている』だけだ。

 あの謎の少女が少しでも殺そうと思えば即死んでしまう様な、危うい状況に置かれているのが……立花さん達だ。

 

「……」

 

 手元に目を落とし……半分まで引き抜いた木刀を見やる。

 

 冗談が過ぎる。

 こんなのでどう立ち向かうってんだ。

 

 精々やれて時間稼ぎ程度……。

 

「……ああ、糞……」

 

 時間稼ぎ程度なら……出来る……のか……? 

 半端に自信がある。出来る気が半端にする。

 最悪だ。

 

 頭痛は止まらず、思考を歪め続ける。

 

 糞……命をかけて全力で行けば……時間稼ぎなら出来──。

 

 いや、まて、早まるな。

 変な方向に向かい始めた思考を戻すように、自身に語りかける。

 

 そもそも俺は何故ここにまだ残っている? 

 さっさと離脱してリディアンに向かうべきだ。妹に会えなくなるんだぞ。

 

 立花さん。彼女は良い子だ。けれど……あくまでも俺の手伝いをしてくれているだけの()()で、()()()()()()()()()少女でしかない。

 

 一際大きく痛み、声が漏れる。

 

「……ゥッ!?」

 

 それに、俺にはキリカが居る。

 

 俺がここで死ねば……アイツの家族はもう、誰一人だって居なくなってしまう。

 俺は死ねないんだ。

 

 妹との再会か、見知らぬ他人とそのお友達か。

 

「……」

 

 そんなの、どっちを取るかなんて決まっている。

 

「……ごめん。立花さん」

 

 歩みを翻し、影が差す路地裏へと歩みを進め──。

 

 

 

 

 

 

 

「……あっ、これ夢か」

 

 ふと、そんなことを考えた。

 

「……そうか。いやおかしいと思ってたんだ。いきなりキリカがリディアンに居るなんて分かるわけ無いよな」

 

 そうだ。最初からおかしいと思ってた。

 そんな、今まで分からなかったことがいきなり分かるようになるなんて、有り得ないよ。

 

「……あっ……じゃああの謎女も俺の趣味って事……? はははっ……俺マリアみたいなのが好みだと思ってたのに……意外だわ……」

 

 昔の俺がどーだったかは知らんが、今の俺の推しはマリア。

 

「……そうだなぁ……どうせ夢ならマリアが出てこいよな。謎教本とセバスチャンしか登場人物ないとか、夢の材料がおかしーって」

 

 そうそう。折角好きに出来る夢なんだぜ? 

 マリアが出て来てくれたら最高だったのに。

 

「そう……夢」

 

 思わず、路地裏へと向かっていた歩みが止まり……明るい、表の道へと視線を向ける。

 

「夢なら……夢なら、助けに行っても良いよなぁ……」

 

 そう、夢ならそういう事も可能。

 死ぬようなことでも出来る。

 

「……そう、夢なら……ああッ……これは、夢……」

 

 夢。

 

 夢。

 

 夢だコレは。

 

「……ああッ、クソッ……夢だぞコレは…………頼む夢であってくれ……」

 

 歩みが反転し、歩を進める。

 しかし。

 

「……」

 

 路地裏から出る直前、自身に掛けた暗示が解けるかのような感覚に陥る。

 

 もしかしたらこれは現実なのでは? と。

 

「………………………………」

 

 大きく息を吸い、そして吐く。

 

 あと一歩。

 あと一歩進めば、もう後には引けない。

 

「……関係ねぇ……夢でも現実でも……俺は………………」

 

 天を仰ぎ、目を瞑る。

 

 ああ、くそ。

 

「………………よし」

 

 やるか。

 

 一歩、光へと踏み出した。

 

 

 



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夢か

 立花響。

 彼女はおよそ一年前に、ノイズの炭素転換を受け付けない『シンフォギア』と言う力を手にした。

 

 では『シンフォギア』とは何か。

 それは特異災害対策機動部二課所属の櫻井了子の提唱する「櫻井理論」に基づき、聖遺物(所謂世界各地の神話や伝承に登場する超常の性能を秘めた武具)から作られたFG式回天特機装束の名称である。

 この特殊武装は先述の通りノイズの持つ人間に対しての特攻を打ち消す効果を持つが、それ以上にも圧倒的な戦闘力を誇り……現行の日本国憲法においてその扱いは非常に危ういモノとなる。

 

 その様な力を手にした少女は、今日に至るまで様々な事件に巻き込まれてきた。

 

 それは一年前、フィーネと呼ばれる先史文明期の巫女が引き起こした、月の破壊を目的とした"ルナアタック"。

 それは数ヶ月前、米国連邦聖遺物研究機関、通称F.I.S.が月の落下を阻止するために引き起こした"フロンティア事変"。

 

 立花響はこれらの事件を、多くの協力の下解決していった。

 

 そして、今……。

 

 彼女はまたしても、ある事件に巻き込まれようとしていた。

 

 ──新たなる敵。

 それは錬金術師キャロル・マールス・ディーンハイム。

 

 彼女は、世界を壊すと宣言し……同時多発的にシンフォギア装者を襲撃する。

 

 彼女は何を思い、何を為すのか──! 

 

 ◇

 

「嫌だよ……私、戦いたくなんて──!」

 

「……チッ」

 

 立花響は、戦うことを否定する。

 その言葉は、彼女の前に立つ青いメイド服の様な衣装を纏った存在……ガリィ・トゥーマーンを苛立たせる。

 彼女は気怠げに腕を振るい……地面に何かを放り投げた。

 それは中央に赤い光が宿った結晶のようなモノ。

 地面に衝突したそれらは某かの紋章を描き、怪しく光る。

 

 ──そして。

 

「あんたみたいに面倒くさいのを戦わせる方法はよーく知ってるの」

 

 ノイズが、姿を現す。

 

 それらはただのノイズでは無い。アルカノイズと呼ばれるそれは、ノイズのレシピを基に、錬金術の技術を用いて作られた分解能力を強化したノイズである。

 世界を解剖する目的の下究明され続けた錬金術の技術をふんだんに盛り込まれたノイズは、通常よりも攻撃に特化した性能をしており……ノイズの炭素転換を無効化できるシンフォギアですら、たちまちに分解されてしまうほどである。

 

 事実……立花響以外のシンフォギア装者、風鳴翼と雪音クリスのシンフォギアは、アルカノイズとの戦闘の際に破壊されてしまった。

 

 そのアルカノイズ達を前にして、立花響は戦闘を行う以外の選択肢を失ってしまう。

 何せ彼女の背後には一般人である友人達が居るのだ。

 戦わなければ彼女たちに危険が及んでしまう。それを理解してのアルカノイズの使用は、ガリィという存在の性格の悪さがにじみ出ていた。

 

「……っ」

 

「こいつッ、性格悪っ!」

 

「私達の状況も良くないって……!」

 

 口々に騒ぐほか無い彼女たちの前に立った立花響は、シンフォギアを取り出し起動を試みる。

 

 シンフォギアの起動。

 それに必要となるのは、胸に浮かぶ歌詞を歌うことである。

 

 通常であれば、シンフォギアを使いたいという強い想いに応えるように起動するのだが──。

 

「……嘘……歌が……ッ!?」

 

「……あん?」

 

 立花響は、迷っていた。拳を振るう意味に。

 そしてその迷いは正しくシンフォギアへと伝わり……第三号聖遺物「ガングニール」は、彼女を拒否した。

 

 何時までも浮かぶことの無い歌に焦燥感を露わにする立花響だったが……。

 それはガリィにとっても想定外のことだったのか、眉をひそめて怪訝な顔をする。

 

「あぁん? 何? 纏えないのか? シンフォギアを」

 

「っ……」

 

「はぁ~……萎えるんだよねぇ~そう言う事されるとさあ~……」

 

 だがそんな事情など知ったことかと、彼女は手を振るう。

 アルカノイズ達はガリィの指示に従うよう、動き始める。

 

「その頭の中のお花畑、踏みにじってあげる」

 

 今、ガリィは浮ついていた。

 彼女には計画があった。しかしそれは、立花響がガングニールを纏わなければ始まらない。

 ……故に、否が応でもシンフォギアを起動させる必要があった。

 

 故にこそ、彼女は立花響の友人を巻き込んだ。

 しかしその効果もあまり得られず──今、彼女の心には僅かないらだちがある。

 

 そして──。

 

(……ギアを纏えないコイツと戦った所でたいした意味は無い……ここは試しに──)

 

 一閃が彼女の脊椎を強襲した。

 

 ◇

 

 飛びかかるように斬りかかり、全体重を掛けた一撃は……間違いなくこの化け物の後頭部から首に掛けてを叩きつけた。

 ノイズまで召喚し始めて、とうとう本格的に化け物である事を証明したこの謎少女。

 見た目は人のように見える存在をぶん殴るという事に少なからず動揺があったが、しかし寸分違わず狙った場所を叩っ切った筈だ。

 

 だが。

 

「えっ!?」

 

 目の前から見知った少女の驚愕したような声が聞こえる。

 しかしそれに構っている隙は無い。

 

 ヤバい。

 なんだコイツ。

 背中に小ジャンでも仕込んでいるのか!? 

 

 異様な堅さに逆に自身の手の方に衝撃が走り、木刀を手から溢しそうになる。

 何より……攻撃されたというのに痛む仕草もせず、首だけぐるりとこちらに向けた『化け物』に少なくない衝撃を受ける。

 

「っふ──」

 

 即座にスライディングするように彼女の股下をくぐり、狙い澄ました一撃を両足の脛を打ち払い、バランスを崩す彼女に追撃はせず──立花さんの下へと向かう。

 

「逃げろッ! 立花さん!」

 

「っ、陽色さん!?」

 

 しかし、彼女の下に向かうよりも早く……ノイズ達に包囲される。

 視線を感じ振り返ると、急所を突いたはずなのに平然と立ち上がった『化け物』がこちらを見ていた。

 

「なーにすんのよ……つか誰?」

 

「……」

 

「だんまりかよ……ああ、もしかしてあれ? コイツらの中に知り合いがいるとか?」

 

「……逃げろ……早く……」

 

「ああ、やっぱそういう……はぁ~熱いねぇ~…………」

 

『化け物』は予想通りに化け物だった。

 不気味に笑みを浮かべた彼女は、悪魔的に腕を振るう。

 

「私──そーいうの踏みにじるの……だぁい好き!」

 

 ああ、くそ。

 夢だわこれ……。

 だって相手ノイズだもん。銃持ってる自衛隊ですらどーしようも無い相手だもん。

 木刀でどうしろって言うんだ……。

 

 ある種諦観のような感情が渦巻き、死が迫る。

 

 ちらりと視線をずらすと、そこには絶望の表情を浮かべた立花さんが居る。

 頼む……こいつらが俺に向かっている内に逃げてくれ。

 

 そう言ってあげられる程の余裕も無く。

 ノイズの触手のような腕が迫り──。

 

「ふっ──」

 

 それを回避する。

 

「おぉ~! なにぃ~踊ってくれるってぇ~!?」

 

 しかしノイズは一体だけでは無い。

 数多の触手が迫り、更に死が近づく。

 

 あ、もうこれは夢だ。

 

 現実味ってモノが無い。

 

 ああ、ここで死んだら夢から覚めるかな……。

 

「──」

 

 そして迫る数多の触手を地面を滑るように回避し──。

 

 腕を伸ばしきったノイズへと近づく。

 ああ、ノイズって近くで見るとこういう感じなんだな……。

 そんなことを思いながら、反射的に腕を振るい。

 

 一閃。

 

 ノイズの伸ばしてきた腕を振り上げるような一撃で払い、叩っ切る。

 

「──ん?」

 

 何か違和感を覚えつつも、返す刀で腕を失い困惑しているノイズの脳天をかち割り──ノイズを塵へと帰す。

 

「……」

 

 一体のノイズが消失し──周囲から音が消える。

 それは困惑にも、驚愕にも思える。

 

「……」

 

 何より、俺がいの1番に驚いていた。

 

 ……あれ? 

 

 なんかノイズ倒してね? 俺……。

 

「……」

 

 なんか……思ったより夢だな……これ……。

 

 

 ◇

 

 呆然と立っていた陽色は、背後に向かって声をあげる。

 

「……逃げろって……言ったはずだ」

 

「えっ、あっ……」

 

「早く逃げて助けを呼んでくれ」

 

「で、でもっ……」

 

「いいから行けッ」

 

「っ……」

 

 陽色が何時になく声を荒げ、少女を守るように木刀を構える。

 

(……思ったより攻撃が通じる……どういう事だ? ノイズに通常攻撃は……)

 

 そして脳裏に様々な思考を走らせつつ、放心したように立ち呆けているアルカノイズへと向け、一歩を踏み出す。

 

「……チッ!」

 

 そしてこの場で1番に動揺していたガリィもまた、気を取り直したように舌打ちを打って腕を振るう。

 

 しかし。

 

「……」

 

 迫る触手達を、陽色は全て紙一重で回避していく。

 

「チッ、畳みかけろッ!」

 

 いらだちを隠せぬ様子のガリィの指示に従うように──アルカノイズ達は息を合わせ、触手を全くの同タイミングで抜き放つ。

 

 それは正しく即死の一撃、その連打。

 確実な死が陽色へと迫り……死へと近づくたび、陽色の心に何か冷たい感情が、興奮が湧き上がる。

 

「──」

 

 笑みすら浮かべた陽色は、即座に現状の攻略法を導き出す。

 折り重なるような攻撃には、僅かに存在する生存可能領域を見抜き──そこに体を滑り込ませ、腕を伸ばしきって棒立ちのノイズに容赦なく攻撃を抜き放つ。

 

『──』

 

 連携が崩れ、飽和するノイズ達の攻撃。

 目の前に居る彼らは、攻撃を集中させるためなのか集まった状態で腕を伸ばしきっている。

 

 それを認識した瞬間、陽色は渾身の力を足へと込める。

 

 そして──。

 

「ふっ──」

 

 正しく一息に、アルカノイズを両断した。

 

「……」

 

「……」

 

 アルカノイズ。

 通常のノイズと違い、攻撃に特化した性能で作られた彼らは……ある一つの欠陥を抱えていた。

 それは位相差障壁に用いられていたエネルギーを分解能力の向上にあてているというアルカノイズの構造上……攻撃時には、通常物理法則からのエネルギーの減衰率が低下してしまうのである。

 防御を犠牲にして破壊力を突き詰めた結果、物理に弱くなってしまったのである。

 

「……てめぇ……本当に人間か……?」

 

 ──だが。

 だからといってただの人間にやられるほどアルカノイズは柔では無い。

 このような事態になることなど想定もして居なかったと言わんばかりに……ガリィは言葉を溢す。

 

「……もう、逃げてくれたみたいだな……」

 

 そんなガリィの言葉には応えず、周囲を見渡して立花響達が退避している事を確認する。

 そんな陽色の態度にあからさまに機嫌を悪くしたガリィは、いらだちを隠さずに……バレエでも踊るように構える。

 

「てめぇ……無視すんじゃねーよ」

 

「……」

 

 一切口を開かずに、陽色はあくまでも無表情で──ぽつりと呟いた。

 

「お前、人間か……?」

 

「あ?」

 

「……いや人間な訳がねぇ……じゃあなんだ……お前は……」

 

 ◇

 

「私が誰とか……そーんなに気になる?」

 

 化け物は何か楽しそうに嗜虐的な笑顔を浮かべ、クツクツと笑う。

 

 初めてだ、化け物を見たのは。なのに何だ……この既視感は。

 前にこんな感じに……命のやり取りを……殺し合いをしていた気がする。

 

 コイツが直接動いた所を見たことは無い。

 だが分かる。

 コイツは糞速ぇ。きっと動いた瞬間に俺はコイツを見失ってしまう。

 

 ほら、動くぞ。

 ほら……もう少し……。

 

「ッ──!」

 

 ほら来たッ! 

 視界から化け物が消えた瞬間──背後に風が舞う。

 即座に膝をつき、回避する。

 

「ああ゛!?」

 

 驚愕の声を上げた化け物は、腕を伸ばしきった状態でいる。

 そのノーガードの顔面に木刀を突き立てる。

 

「ぶっ!?」

 

「──チッ!」

 

 しかし化け物の面の皮に──木刀では歯が立たなかった。

 真ん中でへし折れた木刀に舌打ちを打ちつつ──折れた木刀を放って化け物の腕へ絡みつく。

 

「っ、てめ」

 

 腕を取った状態のまま足を払って化け物を転ばし、体全体で絡みつく。

 そして即座に腕の関節を決める。

 

「っ、この──」

 

 殴った感触的にどうあがいても殴り合いでコイツの体に傷はつけられない。

 ならコイツの体でコイツを壊す……! 

 虚を突いた状態だからこそ決められた腕ひしぎ。だからこそ渾身の力を込めて──。

 

「ッ、ルアアあああッ!!」

 

「──あ」

 

 べきッという妙に軽い音が鳴り響き……腕をもぎ取った。

 

 そして、もぎ取ったその腕を見て驚愕する。

 まるで人形の球体関節の様な残骸が引っ付いたそれは思っていたモノと違っていた。

 

 こいつ、何で出来て──。

 

「……許さない」

 

「ッ!」

 

 即座に腕を放り捨て、バク転の要領で──発生した氷柱から身をそらす。

 喪服のようなスーツをはためかせて、化け物から距離を取る。

 

「……」

 

「いいわ。そーんなに死にたいのなら──」

 

 先ほどの氷柱がなんなのか。

 その推察を終わらせるより先に──魔方陣が浮かび、氷の礫が大量にそこから現れ出る。

 

「ぶっ殺してやるよォッ!」

 

「ッ──!」

 

 射出されたそれは躱せた。

 だが、その先が続かない。

 気付けば目の前に──化け物が居た。

 

「がっッ!?」

 

 即座にガードするも、ガードに使った両腕が砕ける音が聞こえ……そのガードを超えて腹に化け物の腕が突き刺さる。

 

 瞬間、とんでもない衝撃が全身に駆け巡り、そのまま吹き飛ばされる。

 何メートル吹き飛ばされたのか。

 気絶しかけた朧気な思考では数を数えることも出来ず──しかしこのまま受け身を取れずに地面に激突したら死ぬことだけは理解した。

 

「……」

 

 死。

 それが迫っているのが理解できた。

 

 そして、人生でたった一度しか訪れないであろう死の経験に……唐突なデジャブが浮かぶ。

 

 そうだ。

 

 思い出した。

 

 俺は確か、前にもこんな風に地面に──。

 

 そして長い滞空をへて……ぼふっと、何か柔らかいモノに受け止められた。

 

「……?」

 

 思わず視線を上げると、そこには……。

 

「……マ……リア……?」

 

 何故か変なコスプレをしたマリアがいた。

 え? 

 何で? 

 

「よく持ちこたえたわね」

 

 既に思考は途切れ途切れ。

 しかしそんな頭の中にはいろいろな感情が吹き乱れる。そして考えれば考えるほど、一つの結論が見えてくる。

 

「……」

 

 ああ、やっぱりこれ……。

 

「……ありがとう。私が来たからには死なせないわ」

 

 夢だった──。

 



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再会

 目が覚める。

 最初に目に入ってきたのは……知らない天井だった。

 

「……」

 

 この展開二度目だな。

 そんなことを思いながら視線を横にずらすと、そこには医療ドラマとかでよく見る機械が置かれている。

 

 おぼろげな記憶を思い出しつつ……霞がかかった頭でどうにか考え出し。

 ああ、と察した。

 

 ここは病院で、どうやらあの化け物との出会いは……やはり現実のことだったということに。

 

「……」

 

 いや、でも最後のマリアに関しては俺の夢だろ。

 

 夢と言うよりも走馬灯か。しかし、死を覚悟したときに出てくるのがプリキュアみたいなコスプレしたマリアとか……俺の願望歪みすぎでは……? 

 

 自身の走馬灯が家族との思い出とかではなくコスプレマリアであったことに多少のショックを受けつつも、モゾモゾと体を動かして情報を収集する。

 どうやら俺は色んな管に繋がれているようで、両腕に至っては包帯で厳重に固められている。しかもついでとばかりに両腕まで覆うように包帯が巻かれていて、満足に手を動かすことも出来ない。

 この手でどうやってトイレすれば良いんだ……。

 

 軽い絶望を覚えつつも、自身の両腕から視線をあげて、再度詳しく病室を見て回る。

 至って普通の病院のようだ。この部屋に同居人はいないようで、完全に個室である。しかも割と……というか、俺が見てきた病室でも最上位にでかい。

 

「……ん?」

 

 ずいぶん良い待遇だな……と思いながら部屋を見渡していると、ドアの前に人の気配を感じる。

 

 いつの間に人の気配とかわかるようになったんだ……? 

 なんて首をかしげていると、自身の感覚が正しかったことの証明のようにドアが叩かれた。

 ここで黙っていてもしょうがないのでどうぞと答えると……赤髪の、筋骨隆々の男性が入ってきた。

 

「失礼する」

 

「……ッ!?」

 

 瞬間、全身の筋肉が硬直する。

 一見場に変化は見受けられない。そりゃそうだ。この男……非常に巧妙にその力を隠している。

 

 だが、その実圧倒的な実力を持っている。

 

 相当な実力者であり、また自身よりも遙かに“上”の領域の存在の登場に……自然緊張がほとばしる。

 

「……あなたは……」

 

「俺は国連のS.O.N.G.司令、風鳴弦十郎だ」

 

「は、はぁ……」

 

 国連というワードの強さは半端じゃない。そっちに釣られ過ぎてどっかの司令の風鳴さんであることしか分からなかった。

 というか、警戒に意識のリソースを割きすぎてそれ以外のことを考えられない。

 俺は何をここまで警戒して……。

 

「……な、何か怖がらせてしまったかな?」

 

「あ、いえ……」

 

 と。その長い肩書きからは信じられないほど柔和な笑顔を浮かべた風鳴さんは、俺の警戒が解けたのを見てホッとしたように胸をなで下ろす。

 風鳴さんはちらりとベッドの横の椅子を見て、座ってもいいかなと尋ねてきた。

 先ほどは異様な程に警戒をしてしまったが……よくよく見てみれば、何を怖がっていたのか分からないほど優しげな人だった。なのでそれを特に断る必要は無く……どうぞと促した。

 

「失礼する」

 

 風鳴さんはその巨体には似合わない小さな椅子に腰掛けて、ぽりぽりと頭を掻いてから話を始めた。

 

「もう一度自己紹介をしよう! 俺は風鳴弦十郎。さっき言ったSONGってのは……超常災害対策本部……まあつまり、変な事件が起こったときに、それを解決するための部署で、俺はそこの司令をしている」

 

「はぁ」

 

「今回俺がここに来たのは……アレと戦った君なら分かるかな?」

 

「……」

 

 風鳴さんが言わんとする事は理解できた。

 しかし。

 

「……まさか、怪物と戦う組織があるなんて知りませんでした」

 

 そんなアニメみたいな組織が国連にあったなんて知らなかった。

 

「はっはっは! 怪物と戦うのは自衛隊だけの特権では無いと言うわけだ!」

 

 風鳴さんは俺の言葉に快活に笑うと、そのまま真剣な顔つきになった。

 急に変わった雰囲気にドギマギしていると、風鳴さんは口を開く。

 

「俺がここに来たのには二つ理由がある。一つは、今回の事件の事後処理についての説明。そしてもう一つは……俺が直接、君への感謝を伝えたかった」

 

「え?」

 

「君の協力に感謝を。君のおかげで被害は最小限に抑えられた」

 

 そう言って風鳴さんは頭を深々と下げてきた。

 

「ちょっ……そ、そんな感謝されるようなことしてませんッて……頭を上げてください!」

 

「いや……君は確かに、あの場に居た五人の命を救った」

 

「……」

 

 五人の命。

 つまりは立花さんと小日向さん。そして残りの三人は立花さんのお友達か。

 

「……倒れていた人達は……」

 

「……」

 

 沈黙は、俺の問いへの答えを示していた。

 

 ……俺が救ったという人数は、あそこで倒れていた人の数よりもずっと少ないモノ。

 つまりまぁ、そう言う事だろう。

 

 あの時倒れていた人は、既に死んでいた。

 結局助けることは叶わなかった、と言うことだ。

 

「……やっぱり、顔を上げてください。俺……そんな褒められるような事して無いっす。それに──」

 

 それは、言うべきか迷った事だった。

 しかし……これを言わねば風鳴さんは顔を上げてはくれないだろうとも。思う。

 

「俺……あの時、本当なら逃げようとしていたんです」

 

「……逃げようと……」

 

「……はい……」

 

 そも、俺は本当なら逃げようとしていた。

 それを無理矢理な理屈をつけて割り込んで……。

 

 ……ああ、そうだ。

 

「俺は……俺はあの時……逃げるだけの勇気も無くて……なのに、聖人君子気取って割り込んで……」

 

 俺はあの時、逃げる勇気すらなかった。

 過去に後ろ髪を引かれて、無理矢理に体を動かしていただけだ。

 

 だから戦った。だから守れた。

 俺の行動は決して褒められるようなモノでは無い。

 

「……そうか」

 

 そこまで言ってようやく風鳴さんは顔を上げてくれた。

 その表情にはどこか……同情というか、憐憫の色がはらんでいた。

 

 そして。

 

「逃げる勇気、か」

 

「……え?」

 

「確かに、時には重要だ。だがな……本当に勇気が無い奴が、アレに立ち向かえるとは俺は思えないな」

 

「……」

 

「暁君。そんなに自分を嫌ってやるな。君と会ったのは初めてだが、流石に痛々しくて見てられん」

 

「……」

 

 諭すような優しい言い方で、風鳴さんは俺を叱った。

 その優しい雰囲気は……どこか懐かしくて……。

 

「……」

 

 ……懐かしい、感覚だ。

 こんな風に誰かに労って貰ったのは。

 

 どこか気まずい空気が流れるも、その空気を打ち払うように風鳴さんに尋ねる。

 

「あの……それで、事件の後処理って……」

 

「……ああ! そうそう。実は今回の事件に当たってだね……幾つか説明しなければいけない事や……君に記名して貰いたい書類があるんだ」

 

「は、はぁ……」

 

 説明というのは、この病院の入院費についてとか、事務的な話と、あの場の大まかな顛末について。

 そして記名して貰いたい書類というのは──。

 

「……これなんだが」

 

 そう言って風鳴さんが差し出してきた書類には、でかでかと誓約書と書かれていて……内容を要約すると『この事件で見たモノを口外したら政治犯として扱うよ!』という内容のモノだった。

 小難しい言い回しをしていたため内容を理解するのに三回くらい読み返したが、多分そう言う内容だ。

 

 ……って。

 

「え、政治犯……?」

 

 日常生活を送る上で一切出てこないであろう単語の登場にギョッとする。

 

「……非常に申し訳ない。だが、君が相手取った存在が外……まぁ、外国などにバレるとなかなか厄介でね……」

 

「……」

 

「この宣誓書は君を守るためのモノでもあるんだ」

 

 協力して貰った相手にこのような対応しか出来なくて申し訳ない。

 そう言って風鳴さんは、感謝では無く謝罪の意を込めて頭を下げた。

 

 ……そこに悪意は無く、善意のみが感じられる。

 それほど俺が手を出した相手はデリケートな存在だと言うことなのだろう。

 

 まぁ、手前勝手の結果が無罪放免な訳……ないよな。

 

「……分かりました。それ位書きますよ。手が使えないんで、時間は多少貰いますけど」

 

「……すまない」

 

 そうして俺は誓約書を何とか……こう、両の手の包帯で挟みながら書いて、風鳴さんに渡した。

 

「ああ、では確かに受け取った……では──」

 

「あの、一つ聞いていいですか?」

 

「ん?」

 

 書類を受け取った風鳴さんに、一つ気になったことを聞いてみる。

 風鳴さんは大まかな事件の流れについては教えてくれたが……そこに、彼女の名前は無かった。

 

 俺はもっと詳しい事件の顛末を知りたかった。

 

 ……いやもっと言えば──。

 

「あの……俺、あの時……マリアがコスプレしている夢を見たんです」

 

「……ほ、ほう?」

 

「すんません。変なこと聞いてるってのは分かってます。ただ……アレが夢だったのか、どうなのか……知りたいんです」

 

「……な、なる程?」

 

 俺は、あのマリアが本当の事だったのか……知りたかった。

 

 何せあのマリアが。

 

 あの、マリアが……だ! 

 

「……それもあの時の……一年前の、潜入捜査してたときのコスプレで夢に出て来て……!」

 

「……」

 

「あれって、本当に起こった事だったんですか!?」

 

「……う、うぅむ……」

 

 ネット上では気が触れたのか? と言われまくった、あのライブ襲撃の時の……女児アニメの変身ヒロインみたいな格好で現れたのだ。

 今ではその時の情報が殆ど消去され、見ることも叶わない姿で……現れたのだ。

 

「あ、あれが……俺の願望だったのか……死の間際に……マリアに抱かれて死にたかったのか……そ、それだけが気になるんです!」

 

「……そう、だな……」

 

「教えてください! 風鳴さん!」

 

 そうして気付けば、今までの会話の中でも最も語気を強めて聞いていた。

 それだけ重要な話だった。

 真マリアなのか、偽マリアだったのか。あの感触は地面との衝突を勘違いしただけだったのか。

 とても大事な事だ。

 

 俺の熱意に負けたのか、風鳴さんは語り出した。

 

「……そうだな。確かに、あの場の解決を行ったのは、マリア君だ」

 

「!」

 

 やはり俺の見たマリアは真マリアだったのか……!? 

 俺の願望が生み出した偽マリアでないことにホッとして、心のダメージが薄れていく。

 

 そんな俺を傍目に、口元を覆って何かを考えていた風鳴さんだったが、妙に真剣な表情で尋ねてきた。

 

「……時に、君はマリア君が戦っている所は……」

 

「ああ、見れてないですね。その前に気絶しちゃって……でも夢……走馬灯じゃ無いなら……良かった……」

 

「そ、そうか。なんだか分からないが、役に立てたなら良かった」

 

 マリアが戦ってる所か。

 ちょっと見たかった気はするが……まぁ、あのレアな格好をしたマリア見れただけよしとするか。

 

 そうしている間にも、風鳴さんは帰る準備を始めていた。

 

「ともかく、俺はこれで失礼する。もし何かあれば……この番号まで連絡をくれ」

 

「? どうも……」

 

 そう言って差し出してきたのは、誰かの電話番号。

 話の流れ的に……風鳴さんのか? 

 

「もし、警察じゃ解決出来なそうな事件が起こったら連絡してくれ。俺達が全力で解決する!」

 

 そう言って筋肉隆々な腕を叩きながら爽やかに笑った風鳴さんは……『俺』が目覚めてから出会ってきた人の中で……初めてセバスチャン以外に信用できると思った大人だった。

 

 ◇

 

 暁陽色。

 彼の両腕は真っ二つに折れてしまった。現時点では、およそ一ヶ月後に退院が決まっている。

 

「……」

 

 彼のする事と言えば、つい昨日全ての管が体から外されたのを良いことに、有り余る体力を消費することだ。

 

 つまる所散歩である。

 

「……」

 

 季節は夏。

 包帯が蒸れて気持ち悪いが、ジッとしているよりはマシだった。

 

 幾らか歩いた所で、ベンチに腰を掛ける。

 

「ふぅ……」

 

 空を見上げれば、夏特有の晴天が広がっている。

 引き込まれてしまいそうな空は、彼の過去に居ていた。

 

「……」

 

 向き合えば向き合うほど底が知れない。

 なにか、得体の知れない何かに引き込まれそうで……その恐怖は、ガリィとの戦いからどんどん増していった。

 

「……」

 

 基本的に暇な時間が多い病院生活故、自身について考える時間が増えた事も要因だろう。

 

 そう、彼は……怖くなっていった。

 自身が化け物と認めたガリィの片腕を、僅か一分も経たない内にもぎり取ってしまったことが。

 

 異様なほどの戦闘力と、その背景。

 

 それが足踏みを続ける現状と相まって……彼の考えを改めさせていく。

 

 ──と。

 

「あれ? 陽色さーん!」

 

 ぼーっと空を眺めていた陽色に、声を掛けてくる少女が一人。

 振り返れば、陽色と同じように病院服を身に纏った立花響が居た。

 

「え? 立花さん?」

 

 思いもしない再会に素っ頓狂な声がでてしまう。

 彼女は手を振りながら近づいてくる。

 

「どーもどーも! いやー私もここに入院していまして……」

 

「えっ!? な、なんで……」

 

「えーっと……検査入院……って言うかなんて言うか……」

 

「えぇ……怪我とかでは無いの?」

 

「あ、それはもう! 私は元気も元気です!」

 

 立花響。彼女と会うのはそこまで久しぶりというわけでも無い。

 というのも、彼女は幾度か友人と共に陽色のお見舞いに来ていたのだ。

 

「へへへ……ペアルックですね!」

 

「それを言ったら入院している人皆ペアルックだよ」

 

「! おお、そうでした!」

 

 そう言って快活に笑う彼女は何時もと変わらず、元気そのものと言った様子だ。

 

「……」

 

 しかし。

 何時もと変わらないはずの彼女に、陽色はどこか違和感を覚える。

 

「あの立花さん?」

 

「? はい?」

 

 その違いなど、それこそ親友以上の存在で無ければ気付けないような、そんな変化。

 

「なんか……あった?」

 

 しかし陽色は、何時もと変わらないはずの立花響の表情に、ほんの少しばかりの陰りを見た。

 



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普通な毎日を

「……何か、ですか?」

 

 その、彼女の言葉はいつもの優しげなモノではなく……どこか仄暗い影を感じる。

 しかしすぐに笑顔を浮かべた彼女は、何時もの明るい彼女に戻っていた。

 

「別に何もないですよ。……あ! もしかして私が本当は怪我しているとか思ってます? ふふふ……本当にただの検査入院だから大丈夫ですよ~! 第一、私は何が起こっても、へいきへっちゃら、ですから!」

 

「……」

 

 けれど……続く彼女の言葉は、俺の抱いた疑心を深めていく。

 確かに、彼女は笑顔を浮かべている。

 

 なのに……何だろう、この違和感は。

 

「……」

 

「……」

 

 季節は夏。蝉がそこら中で自らの命を証明するように鳴いている。その大合唱は、静まりかえった俺と立花さんの間に響き渡る。

 その間もニコニコとした笑顔を崩さずにいる立花さんを見て……思わず息を吐いて頭をかく。

 

「何もない、か」

 

「……はい! そりゃもう何も……」

 

 立花さんはあくまでも何もないと言い切るが、その言葉を一息に両断する。

 

「嘘でしょ、それ」

 

「……え?」

 

 ピシリと笑顔が凍り付いた立花さんに言葉を投げかける。

 

「立花さん、あまり嘘ついたこと無いよね。なれない嘘なんてしない方が良いよ」

 

「……」

 

「そう言うの、聞かされる人間は心配になるだけだから」

 

 あまりそう言う類の嘘を吐かれたことなど無い筈なのに……立花さんに向けて語った言葉は、俺の本心をそのままに表していた。

 

「……分かっちゃいます?」

 

「何でかな。……何故かは分からないけれど……分かるよ」

 

 目を覚ましてから今に至るまで、こんな事が頻発してばかりだ。

 昔の俺じゃ絶対に分からないこと、出来ないことが出来るようになっている。

 

 それらの事が出来るようになるまでの痕跡のようなモノは見つけられるのだが、どれも俺には唐突な事ばかりだ。

 

 だからもしかしたら……前の『俺』は、立花さんに似た人にそういう嘘をつかれてばかりだったのかもしれない。

 

 ……その真偽は俺には分からないけれど。

 

「……」

 

 少なくとも、目の前の少女がへいきでもへっちゃらでも無いと言うことだけは、確かに理解できた。

 

「……あの」

 

 だから。

 

「少し、聞いて貰っても……良いですか?」

 

 立花さんのその言葉に、一も二も無く頷いた。

 

 ◇

 

 少女は、ぽつりぽつりと語り出した。

 それは、少女の父のこと。

 

「お父さんと……会ったんです」

 

「……お父さん」

 

 彼女の父、立花洸は……少女を、家族を捨てた。

 

 およそ三年前の出来事である。

 

 三年前のとある日、ライブ会場に数多のノイズが押し寄せるという最悪の災害が起こった。

 死者はおよそ一万人。歴史上でも最大規模のノイズ災害である『ライブ会場の惨劇』だが……その実、実際にノイズに殺害されたのはその三分の一程度であった。

 残りの被害者は逃走中の将棋倒しによる圧死や、避難路の確保を争った末の暴行による傷害致死などである。

 その事実が解明して行くにつれ、世論は生き残った人達を糾弾していく。

 

 結果。

 このノイズ災害は当時大きな波紋を呼び……それは生き残った少女に押し寄せた。

 

 ──当時の死者に、立花響の通う学校の生徒がいた。

 彼はサッカー部のキャプテンであり、将来を嘱望されていた。

 学校でも人気者で、学校中から愛されていた。

 

 しかし彼は死に、実際に生き残ったのは……何の取り柄も無く、特別取り柄も無い立花響。

 

 その事実に、少年のファンを名乗る少女が声を荒げて立花響を攻撃した。

 それは瞬く間にクラス、そして学校中に広まり……酷いいじめを受けることとなる。

 

 だが……重要なのはそれだけでは無い。

 彼の父、立花洸もまた……娘が生き残れたことの弊害を受けた。

 

 当時の取引先の社長の娘が、災害当時にライブ会場に居たのだ。

 そして死んだ。

 

 それを知らずに、周囲に娘が生き残った事を喜び勇んで喧伝していた洸であったが……その話が社長の耳に入ってしまう。

 結果としてその取引先との契約は白紙となり、洸はプロジェクトから外されることとなる。

 

 以降、洸は社内で持て余すような扱いを受け……家内での酒の量も増えていき、家庭内でも大きな声や手をあげるようになっていく。

 ──そして遂に、彼は家族の前から姿を消してしまった。

 

「……」

 

「……昔は、格好良かったんですけどね……」

 

 あはは……と力なく笑って、少女は続ける。

 

「いきなり私の前から居なくなっちゃって、ずっと私達のこと放っておいたのに、またいきなり現れて……」

 

「……」

 

「自分のしたことが分かってなくてっ、無責任で格好悪くてッ」

 

 そこまで言って気持ちが高ぶったのか、そこで一旦言葉を句切る。

 キッとした表情を浮かべた彼女はしかし、肩を落としながら続けた。

 

「こんな気持ちになるくらいなら、会いたくなんて無かった……」

 

「……」

 

 彼女は何時も前向きで、弱音を吐いている所なんて見たことが無かった。

 

 しかし今、彼女は先ほどまでの笑顔が嘘のように表情を曇らせている。

 きっと、先ほど語った言葉の数々は、彼女の本心なのだろう。

 

 陽色には痛いほどそれが理解できて……。

 

「……」

 

 その言葉は重く……陽色の心に深く刺さっていく。

 

 まず、覚えたのは衝撃だった。

 立花響が弱音を吐いている……からでは無い。

 何時だって優しく、怒った姿など見たことが無い彼女が……怒りや恨みなどの様々な負の感情を、父親に向けているという事実に。

 

「……」

 

 それに何よりも衝撃を受け……次に悲しみを抱いた。

 

 次いで、自身に向けての怒りを。

 

「……」

 

 ──そして、一つの決心をするに至った。

 

「……ごめんなさい。つまらない話しちゃって」

 

 立花響は急に俯いて黙り込んだ陽色を見て、自身の話で気を害したと思い込んだ。

 

 だが違う。

 

 彼女の言葉は、正しく陽色の背を押した。

 

「立花さん。まずは……話してくれてありがとう」

 

「え?」

 

「辛い話だろうに……無理に聞いてゴメン」

 

「……あっ! そ、そう言う訳じゃ……!?」

 

 立花響は、今までの一連の流れを受けて……陽色のことを信頼していた。

 誰かの危機に真っ先に駆けつけられる人格者。自身の師匠に向ける信頼のようなモノが芽生え始めていた。

 だからこそ……自身の暗い話を、陽色が無理に話させたという事を気にしているのだと思った。

 

 そうしてドギマギとしている立花響を置いて、ようやく顔をあげた陽色は……哀しい顔をしていた。

 

「……陽色さん……?」

 

 急に雰囲気を変えた陽色を見て、心配したような声を上げる立花だったが……陽色にはその心遣いが苦しかった。

 何せ陽色は、彼女とは全く逆の思いを抱いていたから。

 

「……立花さん。俺は……」

 

「……?」

 

 陽色は言うべきか言わぬべきか迷ったように幾度か口を開ける。

 だがようやく言う気になったのか、陽色はとうとう言葉を発した。

 

「…………俺は…………君のお父さんの気持ちが…………分かる」

 

「え?」

 

 そして。

 放った言葉は、少女の心を揺さぶるには十分すぎるほどだった。

 

「分かるって……どういう事ですか」

 

 反射的に返した返事は、何時もの彼女からは信じられないようなキツい物言いであった。

 しかしそれも当然であろう。今の彼女にとって父親を理解できるとはつまり、自分と家族を見捨てることを是とする意味でも有るのだから。

 

「そのままの意味だよ」

 

「……」

 

 陽色もそれを分かっている。

 故にこそ心苦しく……だからこそ、自身の思いを立花響に伝えねばならぬと思った。

 

「……立花さん。君はお父さんにきっと、とても……期待していたんだね」

 

「……」

 

「だから、それを裏切られてショックを受けている」

 

 陽色に信頼すら寄せていた少女を裏切るように、陽色はあくまでも淡々と語る。

 

「何が分かるんですか? 陽色さんに、お父さんの何が……!」

 

「……」

 

「お父さんが……お父さんは、私達が大変な時期に勝手に居なくなって。なのに最近ようやく会えたと思ったら……やり直そうとか……自分でお母さんと話そうともしないで……っ! 自分がしたことを理解しようともしないでッ!」

 

 だからか、その語気に込められる力も自然と強くなっていくように思えた。

 

 ……陽色は、そんな立花響を哀しい目で見つめた。

 そして。

 

「……立花さんは、一つ勘違いをしている」

 

「何がですか? お父さんがしたことは間違いなく──」

 

「……人間だ」

 

「え?」

 

「君がどれだけ父親をヒーローだと思っていても……人間なんだ」

 

 たった一言。

 残酷な真実を示すかのように……彼女に突きつけた。

 

「きっと、君の目の前ではずっと明るくて優しい人だったんだろう。きっと何があっても大丈夫だと言い続けたんだろう」

 

「……」

 

「どんな辛いことが起きてもへいきだと言って振る舞って。どれだけ苦しくても、周りにはへっちゃらだと誤魔化して」

 

「……」

 

「何も言わなかった筈だ。辛いこと哀しいこと、苦しいモノは何一つ胸の内に秘めて隠して……君を心配させないように、明るい笑顔で居続けた筈だ」

 

 ──それは。

 正しく、当時の立花洸の姿であった。

 

「……何……が……分かるんですか」

 

「……」

 

「陽色さんに……お父さんの何が……ッ!」

 

 だからこそ……彼女は声を荒げた。会ったことも無いと言うのに、まるで知っている風に喋る陽色を言い咎めるように。

 

「そうだね。俺は君の父親を知らないよ」

 

「……」

 

 陽色は、立場響の言い分を意外なほどに素直に受け入れた。

 しかし、彼はでも……と言葉を続ける。

 

「俺がさっき語った人物に、似ている人を知っている」

 

「……似ている……人……?」

 

「それは君も知っている人だ」

 

 立花は陽色の言葉に、幾つかの人物を浮かべた。

 しかしどれも父親の姿には似ても似つかない。

 

 そうして陽色が語った人物像が分からずに居る彼女に、彼は指を突きつけた。

 

「君だ」

 

「え?」

 

「立花さん。君と同じだ」

 

「……同……じ?」

 

 そう、陽色が語った人物像とは正に……立花響の事でもある。

 

「一年。君と一緒に出掛けたりした俺でも分かるくらい……君は我慢する人だ。辛いことがあっても笑顔で居られる人だ」

 

「……」

 

「でも人間である以上、限界というのは存在する。我慢し続けた先で、ぽっきりと折れてしまう事だってある」

 

 その言葉は、立花響の心を大きく揺さぶった。

 何せ彼女もまた、数多の困難の末、心が折れそうになったことなど幾多もあるのだから。

 そしてそのたび、友達や周りの人に支えられて、『へいきへっちゃら』と自身に言い聞かせて立ち直ってきた。

 

 そう。その姿は正しく、当時の父親のように──。

 

「……お父……さん……」

 

 当時、父には誰も居なかった。

 入り婿と言うこともあり、父は家で酒を飲むたびに居心地が悪かった。

 どこにも心が落ち着く場所など無かった。

 

 もし……その状態が行き着いた果てがアレなのだとしたら──。

 

「……折れる……お父さんは……じゃあ……家を出たのは……」

 

 彼女はそこまで考えて、焦燥感と困惑が一緒くたになった顔で呆然と呟いた。

 

「……それは、俺には分からない」

 

 答えを求めるような彼女の言葉に、しかし陽色は応えない。

 いや、違う。

 

「……立花さん。時に第三者の言葉が必要になる時はあっても……家族の問題ってのは結局、最後には当人同士で話し合うしか無い」

 

 その問に答えるのは……他の誰でも無く──。

 

「……」

 

「……辛くても、ちゃんと聞いてあげて欲しい。お父さんの話を」

 

 彼女の父親であるべきなのだから。

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が場を支配する。

 

 陽色は、重苦しく項垂れた。

 

「……」

 

 この助言が、どれだけ効果があるのかは分からない。

 実際に話し合って、解決を図るのは彼女たちの話だから。

 

 

 

 しかし。先ほどの立花響の話は、陽色にとっても全くの無関係というわけでは無かった。

 どころか、陽色は深く感情移入していた。

 

()()()()()()()

 

「……」

 

 呆然としている立花響を横目に……陽色の胸中では感情が吹き荒れていた。

 

(……分かっていた。置いてかれた人が、繋いでいた手を離された人がどう思うのかなんて。分かっていた筈だ)

 

 それは絶望であり、恐怖であり、後悔であり、無念であった。

 

(……なのになんで……今の俺で会いに行こうとした)

 

 正しく、都合の良い楽観視であったと言える。

 

 陽色は今までの自分の考え足らずを、立花響を通して……完全に理解できた。

 

 彼は、先ほどの話における立花響の父、洸の立ち位置に置かれている。

 だから痛感した。突きつけられた。

 

 現実というモノを。

 

 ◇

 

 

 

 キリカは今、楽しく学園生活を送っているという。

 

 それをセバスチャンから聞いたとき、心底ホッとしたのを覚えている。

 そしてすぐにでも会いたいとも思った。

 

 自分の問題に解決もしないで……今楽しく生きているキリカの日常を侵そうとしたのだ。

 

「……はっ……」

 

 あの時の化け物女は神からの使いか何かだったのかもしれない。

 あの奇跡的なタイミングで俺の前に現れ、俺に教えた。

 

『俺』という人間がどういう奴だったのかを。

 

 俺は一人、病室で立ち尽くしながら化け物女の顔を思い出す。

 

「……」

 

 あの後立花さんと別れた俺は……病室に戻った。

 

 立花さんには考える時間が必要だと思ったのもあるし……気まずかったというのもある。

 

「……いや、考える時間は……俺も、か」

 

 呟きながら、包帯でぐるぐる巻きの両腕を見つめた。

 もう随分前に手首から先のギブスは取れていたので、大分生活はしやすくなった。

 ただ、今の俺には両の手を拘束して貰っていた方が嬉しかった。

 

「……」

 

 自身の両腕に力を込める。

 ぎりぎりと骨が軋む様な音がして……バキッという音が病室に響いた。

 

「……」

 

 割れたのは、ギブスの方だった。

 ギブスの下からは真っ白な両腕が見える。

 

 まだ鈍い痛みはあるが、それでも大分力を込められる様になった。

 

「……こんな格闘漫画みたいなこと……本当に出来るんだな」

 

 そう、()()()()だ。

 思い出されるのは、あの化け物女の腕をもぎった瞬間。

 アレを人に向けて使ったらどうなる。

 

 そこまで考えて、血の気が引くのを感じる。

 

 暫く掌を開いたり閉じたりしながら、自分がきちんと力を制御できているかどうかを確認する。

 

「……」

 

 俺は『俺』の事をキチンと理解していなかった。

 

 過去にどんな事件に巻き込まれたのかもしれない状態でキリカに会おうとした。

 

 今、幸せな、キリカに。

 

 俺など居なくても何ら問題なく生きていけている、キリカに。

 問題しか無い俺が……会おうとした。

 

「……」

 

 正直言って、怖じ気づいた。

 

 全てが怖くなった。

 

 人の形をした奴を躊躇無く殺しに行ける自分が。

 

 何か恐ろしい事件に巻き込まれている可能性がある自分が。

 

 何より、キリカを傷つけてしまうことが。

 

 ……そして。

 

「……」

 

 ……キリカに否定されることが。

 

 それが、何より……何より……怖かった。

 

 あの化け物女と戦って。立花さんと話して……ようやく、この考えに至れた。

 

「……俺は……」

 

 俺は……まだ、キリカには会えない。

 キチンと自分の問題に区切りをつけて、その上で……キリカにはこれ以上迷惑をかけない。

 そこまでしてようやく、キリカに会える。今会うことはきっと、互いに幸せにつながり得ない。

 

 だから、俺は……。

 

「……」

 

 キリカの普通な毎日を。

 今はただ、願っている。

 

 ◇

 

「……んだ……あれ……」

 

 立花さんと話をしてから数日が経った日……退院前日。

 

 地上四方に向かって、謎の光の壁が走っていた。

 

「……」

 

 幻想的で神々しい光景。

 だと言うのに、見ているだけで鳥肌が立つ。

 

 最早逃げる気にもなれず、その場で立ち尽くす。

 そして。

 

「……おいおいおい」

 

 光の壁が消えたと思ったら、今度は光の球体が空に昇っていく。

 そして──。

 

「ッ──!?」

 

 嫌な空気を感じ、即座に窓から離れベッドを盾にする。

 直後……離れているはずのこちらまで、爆音が届く。

 

 まずは衝撃。ガラスが破裂するように割れ、散弾銃のようにそこら中に突き刺さる。

 次いで起こるのは全身を叩くような爆音。

 

「な、何が……何が起きて……!?」

 

 目が眩むような強烈な爆音の正体を確認するため顔を上げると……その惨状に血の気が引く。

 

「……マジ……かよ……これ……」

 

 割れた窓の先。

 高層階の病室から見下ろすように外界を見渡すと……。

 

「……は、はは……」

 

 東京が……抉れていた。

 

 

 

 

 

 

 結局……その時は何も分からず終いで、看護師さん達の誘導に従って避難することしか出来なかった。

 

 ……いや、その時だけでは無い。

 

 その後も……何も分かりはしなかった。

 

 その後、連日に渡るニュースでも爆発の正体についてはいまいち分からず。

 

 そして──一ヶ月が過ぎた。

 



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追憶のノスタルジー

 一ヶ月が経った。

 

 その間……俺は停滞している現状を打ち破るため……金集めに奔走していた。

 

 ……まぁ、奔走、というかコレはあれだけど。

 

 それはそこそこ話題のクレープ屋。

 色んな……本当に色んな種類のクレープを販売していて、そのあまりの奇抜さでテレビで取材を受けたこともある。

 

 まぁ、実際この店で1番売れ筋なのは、奇抜なクレープよりも女子高生をターゲットにした流行のドリンク系なんだけど。

 

 そんな哀しい現実を受け入れ、それでも奇抜さに命をかけていくその店は、しかし見てくれはそこまで奇抜では無い。

 店の外観は至って普通で、ワイシャツに黒のズボン、それにバンダナを頭に巻き付けてエプロンを着ければそのクレープ屋の制服となる。

 

 俺が着ているのは正しくその制服であり……レジの前に立つ白髪の少女に声を掛けた。

 

「いらっしゃいませ……どちらにします?」

 

 見覚えのある制服に身を包んでいる彼女は、その綺麗な白髪も相まって何処かのどこぞの令嬢のような清楚さを醸し出している。

 

 彼女は思案する様にメニューとにらめっこしているが、その視線はふらふらとあっちへ行ったりこっちへ行ったり。

 今は他に客もいないし別に良いけど、どれだけ悩んでも結局こういう系の女子が頼むのは大抵ドリンクだ。

 

 作るのが楽だから良いんだけど、そんなに良いかね。

 何て思いながら注文を待っていると、少女はアッとした表情を浮かべ……メニューの中でも一際端にあるソレを指さした。

 

「えーっと……この……チョコ……明太子味? クレープを……三つください」

 

「……チョコ明太子味?」

 

「チョコ明太子味」

 

「……」

 

「……」

 

 俺の聞き間違いかな? と、思わず目の前の少女と見つめ合う。

 

「……な、何だよ──あ、その、何……ですか?」

 

 彼女は急に黙ってしまった俺に困惑した声を上げている。

 

 ハッとなって、もう一度確認をした。

 

「あの、その……チョコ明太子味を、三つで?」

 

「あ、ああ……チョコ明太子味を三つで」

 

「……お間違いありませんか? チョコ明太子味三つで?」

 

「……三つで」

 

「……かしこまりました」

 

 二回も聞き返してしまった。

 しかし何度確認しても、チョコ明太子味を三つ。

 

 本当に良いの? そんな変な挑戦しないで無難にチョコバナナかドリンクで手を打たない? 

 

 そんな失礼なことを心の内で考えながらも、レジを打ち込んでいく。

 

「……」

 

 だが……失礼だとは思うが、許して欲しい。

 

 だって、チョコバナナとか他に普通の選択肢があるのにチョコ明太子味を選ぶなんて相当なことじゃないですか。

 それも三つ。

 

 しかも店長が謎のこだわりを見せて、明太子は本場・博多よりお取り寄せした名店の明太子を使用しているこだわりっぷり。

 そしてそのこだわりに比例して、お値段の方も相当なものだ。

 

 少なくとも、学生が遊びで買うには躊躇うような値段である。

 

 レジにそこそこする金額を入力し、結構な合計額を彼女に伝える。

 

「はい」

 

 しかし彼女は特に何も気にしていない様子で財布からお金を出してきた。

 ……やっぱりどっかの令嬢? リディアンってやっぱお嬢様高校なんかな……。

 

 おつりを返し、クレープを作りながら目の前の少女の制服をチラリと見る。

 

 彼女の制服は……キリカも通っているというリディアン音楽院の制服だった。

 

「すみません、お待たせしました」

 

 うーん……仮にお嬢様高校だったら何故キリカがそんな所に居るのか。

 余計に分からねー……。

 

 そんな感じで余計なことを考えつつも、手早く作ったクレープ三つを目の前の少女に渡す。

 

「おう、あんがとな!」

 

 最後に、令嬢とは思えないような言葉遣いでクレープを受け取った彼女は、この広場に設置されている椅子に走っていった。

 

『ほら! 先輩の奢りだぜ!』

 

『おお! これが噂のチョコ明太子味クレープデスか!』

 

『切ちゃん……これ、本気で……?』

 

 かしましい会話がこちらまで聞こえてくる。案の定引いている声も聞こえているが……まぁ、折角なら美味しく食べて貰いたいモノだ。

 

「……ふぅ」

 

 俺は店の奥に引っ込んで、頭に巻いていたバンダナを取る。

 

 朝から働いて、なんやかんやでもう退勤時刻だ。 

 特に肉体的に疲れると言うことは無いが、接客ってのは心が疲れる。

 

 そんな風に思いながら、バックヤードに入って、これから入りの同僚に挨拶をする。

 今日の人の混み具合はどうだったとか、そんなどうでも良いことを話しながら着替えていき、タイムカードを押して颯爽と退勤する。

 

 一ヶ月。

 俺は……セバスチャンに仕事を依頼するための軍資金を稼いでいた。

 

 ◇

 

 時は退院直後まで巻き戻る。

 あの時の俺は……金欠だった。

 

 入院費は国からの補償だ何だで殆どかからなかったんだけど……。

 

 その直後になかなかの出費が重なった。

 

「いやー! ごめんね陽色君! 僕も商売だから!」

 

「……いえまぁ。良いんすけどね」

 

「ははは! これ今月の領収書ね」

 

「……」

 

 笑って誤魔化しながら、あまり笑えない額の領収書を出してくるセバスチャン。

 

 いきなり来てくれ、何て言うからどんな事が分かったんだよと思って来たのにコレだ。

 

 セバスチャンを睨み付けていると、徐々に彼の笑顔が引きつっていく。

 

 そう、セバスチャンの依頼の維持がとても痛い出費となっている。

 正直これ以上の出費は不味いが……しかし現状最も俺の過去に迫っているであろう人物がセバスチャンだし……何より、キリカに繋がる情報源を持っているのもセバスチャンだ。

 

 ここで彼への依頼を切りたくは無かった、というのもある。

 

 だから毎月余裕も無いのに契約を続け……とうとう今月で本格的に懐具合が不味くなってきたと言うわけだ。

 

 セバスチャンに向けていた視線を落とし……領収書を見やる。

 

 俺はそこに記された金額を見て……金を稼ぐことを決意したのだった。

 

 と言うわけで、だ。

 バイトを再開することにした。

 

 再開……というのも、どうも前の『俺』もバイトをしていたらしい。

 当時の俺は、義母さんが事件に巻き込まれた際に下りた保険による貯蓄で学費を捻出していたようだが……どうも、それ以外の生活費やその他雑費はバイトや奨学金から捻出していたようだ。

 

 そして今の俺は一年間バタバタしっぱなしで特にバイトもせず。

 今まで奨学金と貯蓄だけで生活していたのだが……それも心許なくなってきた。

 

 なので──。

 

『いやー! 暁君に復帰して貰って助かるよー』

 

『はぁ……ども……』

 

『君……記憶喪失なんだってね! 大変だろうけど、これからよろしくね!』

 

『……ども』

 

 俺はクレープ屋で働くことになった。

 人手不足なのか何なのか……その店はすぐに俺の復帰を認めてくれた。

 

 そうして俺はクレープ屋で働くことになっていったのだが……。

 

 ……どうも、俺が働いていたのはそのクレープ屋だけでは無いようで。

 

『あ、もうバイト戻れそう? なら明後日から来て貰える?』

 

『暁君、明日からは入れる?』

 

『暁君、今から──』

 

 本屋、カフェ、靴屋。

 

 セバスチャンに調べて貰った店に訪れて事情を説明すると、それらの店でもすぐに復帰してくれと言われた。

 どんだけ人手不足だったんだよと突っ込みを入れたくなったが、しかしできるだけ金が欲しいかったので一も二も無くそれらの店で働くことにした。

 

 結果として……これがなかなか楽しかった。

 接客はどうにも慣れないけれど、仕事をしている間は自分がキチンと前に進んでいる感じがした。

 

 仕事の合間には同僚達に当時の俺の話を聞くことも出来たし、何よりセバスチャン以外で俺のことを知っている人と会話出来るのは貴重だった。

 実際に得られた情報は既にセバスチャンから聞いているようなモノばかりだったが……それでも、楽しかった。

 

 そうして働いた一ヶ月は、ただあたふたとしている一年よりもずっと実りのある時間だと言える。

 

 ……まぁ、こう思うのはバイトが思いのほか楽しかったから、だけでも無いか。

 

 それは、それこそつい一ヶ月前、セバスチャンに領収書を渡されたときに聞いた話だ。

 

「……ブラックボール情報交換スレ?」

 

「そう。所謂ネット掲示板の中でも都市伝説があるスレなんだけどね」

 

「はぁ……」

 

『ブラックボール情報交換スレ』。

 セバスチャンが言うには、もう随分前からあるという曰く付きのそれに度々出てくる『武器』の特徴が、ノイズ災害に現れるミステリーサークルに関連している可能性があるという。

 

「……押しつぶす武器……」

 

「そう。名称は特に決まっているわけじゃ無いらしいんだけど、コイツを使うと地面に円形状の破壊痕が残るらしくてね」

 

 正直、最初聞いたときは何かのゲームか何かのスレッドだと思った。だって武器なんて言葉が出てくるなんて普通の会話じゃ有り得ないし。

 

 そう思って、セバスチャンに見せられたスレッドの内容を見たときは驚いた。

 

 アニメか漫画、野球実況、急に真面目に幾つかの有名企業について語ったと思ったら、いきなりどうでも良いくだらない雑談をしだしたり……。

 意味不明で支離滅裂。

 ここは何を語る所だと思ったが、時折思い出したようにセバスチャンが言う所の『武器』の話だったり、『星人』という存在について語っていた。

 

 まぁ、確かにこのZガンだかハードガンだかタフ・ガンだかが何かを押しつぶす武器であると言うことは分かった。

 ──だが、一つ言わせて貰いたい。

 

「あの……こんな便所の落書き以下の情報をマジにしてるんですか?」

 

 コイツ(セバスチャン)、ネットの情報を鵜呑みにしているのか? 

 マジで? あの領収書の果てがコレなのか? 

 

「ふっ……酷い言いようだな。まぁ事実だから仕方ないけど」

 

「事実かよ……」

 

 しかも本人も便所の落書き以下であると言うことは認めているし。

 正直切れそう。

 

 切れてる。

 

「……」

 

 思わず睨み付けていると、セバスチャンは薄ら笑いを引きつらせながら、情報を纏めた紙を捲って見せてきた。

 

「コレ……この掲示板の中でも1番活発に情報交換をして居る奴なんだがね」

 

「……」

 

 それは特定の書き込みを纏めた一覧だった。

 どうもこのID『H-EroMom』とか言う奴の書き込みのようだ。

 

「……なんすかコレ」

 

「このIDの彼はね、東京に居るんだよ」

 

「……東京?」

 

 と言うことは、この街の何処かにID『H-EroMom』が居るって事か? 

 俺はコイツと何か関係があるって事なのだろうか。

 

 答えを聞きたいとセバスチャンを睨み付けると、セバスチャンはまた紙を渡してきた。

 

 受け取ると、そこには……ブラックボールという存在について調べた情報が載っていた。

 

 内容を纏めるとこうだ。

 

 数十年前に全国のとある部屋にブラックボールという超常的な物体が急に現れた。

 ブラックボールは何故か死者を集め始め、その集めた死者に幾つかの武器を与えて怪物を殺し合わせるという。

 その戦いは今に至るまで連綿と続いているという。

 

「……この、東京部屋の住人がコイツってこと?」

 

「うん。彼のレス……発言だけど、ノイズについての発言が多くないかい?」

 

「……」

 

 そう言われてもう一度先ほどの一覧を見てみると、確かにノイズがどうたらこうたらとよく発言している。

 

『またノイズと戦わせられた』

 

『ノイズミッションの時に何故か毎回風鳴翼が居るんだけど皆はどう?』

 

『マジであの格好なんだよ。ノイズの攻撃受け付けないとか』

 

『風鳴翼はあんな格好しない。天羽奏もあんな格好しない。俺が見たのは幻覚』

 

『ま、Zガン有ればマジで楽勝だなノイズ』

 

『Zガン使いすぎてやべぇ。ミッション中に変な男につけ回された』

 

『何だよアイツマジで。んで見えてない筈の俺追えるんだよ』

 

『もうノイズミッションでZガン使わない』

 

 などなど。

 後半は愚痴のようなモノが多いが、確かに数年間で随分とノイズについて語っている。

 

「これらの発言はね。それはもう、東京のノイズ災害の期間とぴったり当てはまるんだよ」

 

「……」

 

「前に僕が言ったことは覚えているかな。君が事件に巻き込まれている可能性がある、と」

 

 そりゃ、覚えている。

 セバスチャンにそう言われたから、俺はキリカに会うのを断念したのだから。

 今の今までの話の流れ的に、セバスチャンが言いたいことは何となく見えてきた。

 

「……じゃあ、なんすか。俺が巻き込まれた事件ってのは──」

 

「うん。もっと言えば……僕は、この『H-EroMom』こそが君だと思うわけだよ」

 

 ◇

 

 暑い。

 日差しが肌を刺すように降り注ぐ。

 

「……」

 

 思わず空を見上げ、さんさんと照っている太陽を睨み付ける。

 

 最近外に出るのは夜中に木刀を振りに行くかバイト行くかのどちらかなので、こういう帰り道での日差しが痛くて敵わない。

 それに、外に出ないときはずっとパソコンの前に籠もりっぱなしだ。

 

「……」

 

 そう。

 この一ヶ月……俺は『ブラックボール情報交換スレ』に入り浸っては『H-EroMom』の発言を調べている。

 

 この『ブラックボール情報交換スレ』というのは割と有名らしく、随分と纏めているサイトがあった。

 だから最初はそこで情報を収集していたが……次第にもっと調べてみたくなり、本のスレッドに足を運ぶようになった。

 

 最初こそ、セバスチャンの言っていることなど馬鹿だと思っていた俺だったが……その実そこでの会話は何故か俺を引きつけた。

 そして……セバスチャンが言うには記憶を失う前の『俺』だという『H-EroMom』の発言もまた。

 だから最近は寝不足だが……しかし充実していた。

 

 本当に少しだけど、前に進んでいるような気がしたからだ。

 

 太陽から目を下ろし、歩き始める。

 

「……はっ」

 

 ……進んだ、か。

 

 思わず自身の考えを自嘲する。

 

 きっと、本当は前に進んでいない可能性の方が高い。

 いや、実際そっちの可能性の方が高いだろう。

 

 あの便所の落書き以下の情報で、ほんの少し前に進んだ気がしているだけなのかもしれない。

 

「……」

 

 ──でも。

 でも、だからって歩むことだけは止めてはいけない。

 

 俺がキリカと()()()()会うにも、歩むことだけは──。

 

「あれ? 陽色さん?」

 

 と、帰り道。

 店の前のベンチに座っていた少女に声を掛けられた。

 

「……立花さん?」

 

「……お、お久しぶりです!」

 

 立花さんだった。

 彼女は溶けかけたアイスクリームを手に持ちながら、ドギマギとした様子でこちらに声を掛けてきた。

 

「……」

 

 そう言えば……彼女が退院するときに少し挨拶をしただけで、それから会っていなかった。

 少し気まずかったが、彼女の声に手を振って答える。

 

「……久しぶり」

 

「……はい! お久しぶりです!」

 

 彼女は──。

 

 彼女は、前に会話をした時が嘘のように笑っていた。

 

「……」

 

 それを見て安心する。

 

 どうやら、お父さんとは話が付いたようだ。

 ちらりと視線を横にずらすと……小日向さんもいた。

 

「……」

 

「……」

 

 正直あまり会話をしたことが無いので少し気まずいが、軽く会釈をすると彼女も応じるように返してくれる。

 彼女とは俺の見舞いに来てくれた時が最後に会った時だった筈だ。

 

 こんなに暑いというのに、彼女たちは肩を寄せながら座っていた。

 暑そうだな……。

 

「陽色さん! ここ座りませんか?」

 

 そんな事を考えていると、立花さんから思いもしない提案がされた。

 

「良いの? 俺は別に……この後予定無いから良いけど……邪魔じゃない?」

 

 正直友達と居るのを邪魔するのも悪いかなと思い小日向さんに目を向けるが──。

 

「……あ! 私は大丈夫ですよ」

 

 どうやら大丈夫みたいだ。

 ちょっと顔を赤くしながら手を振っていたが、何故顔を赤くするんだ……? 

 

 まぁ、誘われて断るってのも悪いし彼女達の前に座る。

 

「陽色さんはここに何か用が?」

 

「用っていうか……バイト? 俺あそこのクレープ屋でバイトしてんの」

 

「え? そうだったんですか!?」

 

 そういってクレープ屋を指さす。

 

「えー!? あ、じゃあ、さっきクリスちゃんの注文とか聞いてました!?」

 

「クリスチャン?」

 

 そういわれて思い出されるのは、彼女と初めて会った時に彼女達がしていた仏壇を買ったクリスチャンの会話だった。

 

「はい! あそこにいる白髪の女の子なんですけど……」

 

 そういって彼女が指さした先には……確かに俺が注文を聞いた白髪の少女が居る。

 彼女は黒髪と金髪の少女と共にクレープを──。

 

「さっきチョコ明太子味のクレープを買ってて……」

 

「……」

 

「……陽色さん?」

 

 思わず立ち上がっていた。

 

 その()()が視界に入った瞬間、全ての音が遠くなる。

 

「──?」

 

 何処かで俺を呼ぶ声がするが、最早それも気にならなかった。

 思わず足が動く。

 

 やけに安定しない足取りでふらふらと……その()()の下へと向かう。

 

「……? 私に何か用デスか?」

 

 聞こえているのは彼女の声だけではないだろうに……その声だけが鮮明に聞こえ、胸を締め付けられる。

 

「……な」

 

「……?」

 

 声が震える。

 もしかしたら俺の勘違いなのかもしれない。

 

 ──いや、見間違う事が有るか。

 

 彼女は……俺の知る姿よりも成長しているが、それでも俺の知っている表情で、首を傾げている。

 

「……何で……おまっ……あれ?」

 

「……? な、何デス? 具合が悪いデスか?」

 

 彼女は……。

 

 いや……()()()は──。

 

「…………キリ……カ…………?」

 

 



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遠回りの想起

「え? あの……どちらさまデス?」

 

「……」

 

 キリカはあくまでも知らぬ存ぜぬを貫いて、困惑した表情を浮かべている。

 だが……『俺』が見間違えるモノか。

 

 一体何年、探し続けた。

 家族を取り戻すために、どれだけ……どれだけの……。

 

「ッ……!?」

 

 痛烈な頭痛が走り、頭を振るう。

 しかし今は頭痛のことなどどうでも良かった。

 思わずキリカの両肩を鷲づかみ、ジッとキリカの目を見つめる。

 

「……キリカ……キリカだよな!?」

 

 彼女は正しくキリカだ。

 その金髪も()()()にそっくりで、緑がかった綺麗な碧眼も昔のまんまだ。

 思わず手に力が入る。もう離さないと言わんばかりに。

 

「え、ええっ!? ちょ、い、痛いデスよ?!」

 

 彼女は困惑と共に恐怖の表情すら浮かべている。

 

「あ、あの! 本当に覚えが無いんデスが! どちら様でしょうか!?」

 

 何を言っているんだ。

 本当に覚えていないのか? 

 

「俺だ……陽色だ! お兄ちゃんだよ!」

 

「え、ええ? お兄ちゃん……?」

 

 俺は何一つ隠すこと無く真っ直ぐに伝えた。

 だのにキリカの反応は芳しくなく……あくまでも困惑を貫くキリカに違和感を覚える。

 

 そう。俺をどこか怯えた表情で見つめているその姿は、まるで本当に……俺のことなど知らない様に見えた。

 

「……本当に……覚えてない……のか……?」

 

 肩を掴んでいる手がわなわなと震える。

 何故……七年って時間はそんなに、忘れてしまうくらい長いのか──。

 

「おい、それ位にしろよ」

 

 と、まるで俺を現実に引き戻すかのように肩に手が置かれ……キリカから引き離すように強い力で引かれた。

 

 今まで消えていた音が世界に戻り、視界が広がっていく。

 

「……」

 

 振り返ると……そこには、先ほどの白髪の少女……恐らく立花さんが言っていたクリスちゃんが警戒したような表情でこちらを睨み付けていた。

 

「てめぇ……さっきのクレープ屋だな。お前……『錬金術師』のお仲間か?」

 

 彼女は首にかかっていたペンダントを手に持って、ちらりとそれを見せつけてくる。

 その姿はまるで、西部劇のガンマンが威嚇のために銃をちらつかせる姿の様だった。

 

「……」

 

 しかし、さっきから頭痛が酷く、頭が働かない。

 物事を上手く考えられない。

 

『錬金術師』って何? どういう事? 

 

 というかそれよりもキリカを──。

 

「……離してくれ。『錬金術師』だかなんだか知らねーが……あんた達に危害を加えるつもりは無い」

 

 彼女の手を払おうとするも、何故か彼女は俺の肩を掴む力をより加えていく。

 

「そーかよ。その割りにゃあんた随分……()()()()がするが」

 

「……」

 

「……」

 

 何を言っているんだコイツは。

 思わず睨み付けると、彼女も返すようにこちらを鋭い目つきで睨み付けてくる。

 

 錬金術師がなんなのかは知らないが、彼女は異様な程俺を警戒している。

 

 そうして沈黙が場に下りたかと思えば、こちらに駆けてくる音が聞こえてくる。

 

「ちょ、クリスちゃん!? 陽色さんも! どうしたんですか!?」

 

「ああん? コイツお前の知り合いか?」

 

「そうだよクリスちゃん! 陽色さんも、どうしたんですかいきなり!」

 

「……」

 

 立花さんだった。

 彼女の声に毒気を抜かれ、互いに警戒が解けていく。

 

「別に……お前の知り合いがいきなりこっちに来てコイツに迫ってきたから止めただけだ」

 

 どこかバツが悪そうにそう言う彼女は、肩から手を退ける。

 今までの臨戦態勢は何処へやらと言わんばかりの変わりようだったが……それはこちらも同じか。

 

 息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。

 

「……ッ」

 

「陽色さん!?」

 

 と。途端に頭痛が強くなっていく。

 立花さんが心配したように声を掛けてくるが、大丈夫だと手で制して頭を振るう。

 

「……あの、陽色さんも……どうしていきなり……」

 

 俺が落ち着いたのを見てか、彼女は先ほどの行動について問いかけてきた。

 

「妹……」

 

「え?」

 

「その子が……八年前に居なくなった妹に似ているんだ」

 

「……え?」

 

 キリカ。

 八年前、俺の記憶が無くなった辺りから居なくなってしまった、俺の妹。

 

 記憶が無くなった瞬間。

 そう。『俺』はあの時、手を繋いでいた筈なんだ。

 

「……頼む……本当に……似ているんだ……妹に……」

 

 手を繋いで……そう、確かキリカの誕生日祝いだった。

 親父と母さんと、『俺』とキリカで……家族みんなで遊びに行っていた。

 

「……陽色さん? あの、凄い顔色が──」

 

 そう……4月のあの日。

 

 俺は手を──。

 

「その子の名前……名前を……教え」

 

「え?」

 

 直後、頭が割れんばかりの痛みが走り、意識が──。

 

 ◇

 

「……」

 

 陽色が目を覚ますと……目の前に携帯を持った美少女がいた。

 

「あ……陽色さん!」

 

「……小日向さん?」

 

 彼女の名前は小日向未来。

 立花響の友人である。

 

「あの後いきなり倒れちゃって……気分は大丈夫ですか?」

 

「え? あ、ああ……」

 

 さっきまであれほど痛かったというのに、今ではもう痛みは無かった。

 陽色が体を起こして辺りを見渡すと、どうもそこはバイト先のクレープ屋に見える。

 目を下に向けると、何時も休憩室に置いてあるソファーがある。

 

 確実に陽色のバイト先のクレープ屋の休憩室だ。

 

「……?」

 

 陽色が混乱した様子で首を傾げていると、小日向が説明を始める。

 

 どうもあの騒ぎをクレープ屋の店員が近くで見ていたらしく、倒れた陽色を冷房の効いている店の中まで連れて行ってくれたらしい。

 

「あの、水飲みますか?」

 

「え、あ、ああ……」

 

 小日向は何処までも心配した様子で水を差しだしてきた。

 未だに理解が追いつかないモノの、取りあえず渡された水を飲んで、体を起こす。

 

「あ、そんないきなり動いちゃ……!」

 

「いや、大丈夫です。熱中症とかでも無いみたいだし」

 

「でも……」

 

「あの、本当大丈夫です。だから救急車はちょっと……」

 

 彼女の手に握られた携帯電話には119が表示され、ワンプッシュで電話を掛けられる状態になっている。

 恐らく陽色が目を覚ましたのはここに運び込まれてすぐだったのだろう。

 だが、このタイミングで目を覚ませたのは僥倖と言えよう。

 

「でも、いきなり倒れるなんてどこか悪いんじゃ……」

 

「あの……本当、大丈夫ッす」

 

「……」

 

「……大丈夫ッす……」

 

 ジトッとした目で見つめられたじろぎそうになるが、それでも陽色は引くわけにはいかなかった。

 

 なぜなら。

 

「……俺、金欠なんです……」

 

「えぇ……」

 

 ちょっと引いた様子の小日向さんは見下すような目で陽色を見つめていた。

 

「……」

 

 しかしそんな目で見られてもない物は無いのだ。

 

 陽色に怖いものは無かった。

 怖いのは貧困だけ。

 今の陽色はそれ位にはお金が無かった。救急外来などに行った日には財布が軽くなること間違いなしだ。

 

「本当、あれッす。多分大丈夫なんで」

 

「……」

 

「……ここで病院行ったらそれこそ俺、死にます……餓死します……」

 

「……」

 

「……はぁ。分かりました」

 

 あまりに情けない懇願にとうとう折れたのか、小日向は携帯のコールマークから手を離し──。

 

「! ありがとうございま」

 

「ただし!」

 

 しかし携帯は離さずに、まるで説教でもするように語り出す。

 

「ちゃんとお水飲んで、これ脇に挟んで寝ててくださいね!」

 

「えっ?」

 

「熱中症を甘く見ては駄目ですから!」

 

 そう言って差し出されたのは、氷が詰まった袋だった。

 

「言うこと聞かないなら、今度こそ救急車呼びますから」

 

 そう言って彼女は、笑顔で119と打ち込まれている携帯の画面を見せつけてきた。

 

「……っす……」

 

 陽色は従う他なかった。

 

(話したことあまりなかったけど……なんか怖いな、小日向さん)

 

 流れるような脅しに内心ちょっとビビりながら、陽色は彼女の言うことを聞いて大人しく寝かされていたソファーに寝っ転がる。

 

 そうして、度々休憩室にやってきたバイト仲間に小日向が彼女かどうかとからかわれながらも……時間が過ぎる。

 

「……聞かないんですか?」

 

「え?」

 

 今まで、陽色のバイト仲間にからかわれても迫力ある笑顔を浮かべるだけで終始無言だった小日向が話しかけてきた。

 

「……皆が居ないこと、聞かないんですか?」

 

「……」

 

 小日向の言うとおり、今ここに居るのは陽色と小日向の二人だけだ。

 それ以外の人間は、偶に来る陽色のバイト仲間くらいのものだ。

 立花響達は皆ここには居ない。

 

「私、最初にそれを聞かれるモノだと思って色々と考えていたんですよ?」

 

「……」

 

 小日向は軽く苦笑してそう言うが……その笑みには何かを心配したような色が含まれている。

 

 それは先ほどのように陽色が豹変することを恐れてのモノ……。

 

「……立花さんが心配、ですか?」

 

 では無い。

 陽色は直感的に、その感情が遠くの誰かを思ってのモノだと感じる。

 

「……え?」

 

 思いもしない指摘に気の抜けた声を上げる小日向を見て、陽色は自身の直感が正しかったと理解する。

 

「さっきからずっと携帯を見てますよね。目の動きが多いことから恐らくネットニュースか何か。その動きが119するためとも思えないし……もしかして、外で何か事件でも起きてるんですか?」

 

「……」

 

 小日向は目を丸くして、こちらを見ていた。

 

「……凄い。よく分かりますね」

 

 陽色も目を丸くした。

 

「……当たった……」

 

 まさか推理部分まで当たるなんて思ってもみなかったからだ。

 

「……ええ……?」

 

 ちょっと引いた様子の小日向だったが、溜め息を吐いて気を取り直したように話し始めた。

 

「今、外でノイズが出てるみたいなんです」

 

「えっ? ノイズ?」

 

「この近くって訳では無いんですけど……遠くって訳でもなくて」

 

「……」

 

 小日向は携帯の画面を見せる。

 確かにそこには、緊急速報として東京湾沿岸部の避難勧告やその他の被害の場所について事細かに載っている。

 

 確かに相当な事が外では起こっているが、しかし──。

 

「……それが、立花さん達が居ないことと関係が?」

 

 正直陽色には、このノイズ災害と今立花響達が居ないことが何か関係するとは思え無かった。

 発生地点も、近くも無く遠くも無いと言った場所だ。まず被災することなど有り得ない。

 

 そんな陽色の疑問に、息を吐いた小日向は意を決したように返す。

 

「……今、ですね。そのノイズ災害の場所の近くに……響達が向かってるんです」

 

「……」

 

 そしてその内容は、寝ていた陽色の体を起こすのには十分すぎるほど衝撃的だった。

 

「……え? な、なんで……?」

 

 何せノイズが出ている場所に態々出向くなんて自殺行為以外の何物でも無いのだから。

 

 あの立花さんが野次馬根性で向かうわけも無いだろうし、だとしても皆で行くか普通? 

 

 色んな考えが浮かんでは消えていく。

 当然陽色のツッコミも想定していたのか。小日向は少しどもりながらも説明した。

 

「……あ、あの、私達……避難誘導の……ボランティア、してるんです」

 

「ボ、ボランティア?」

 

「そう、そうなんです! 私達の学校で災害の時にボランティアをする企画があって……私達、それに参加してて……でも、一人は陽色さんの介抱しないといけないから、私だけ残ってたんです!」

 

「……」

 

 ボランティアなんかで命をかける奴がいるか? 

 そんな馬鹿な奴が……。

 

 陽色はそう思って首を傾げるが、立花響の顔が浮かぶとその言葉に真実味が湧いてしまう。

 

(……確かに、立花さんだったらそう言う事しそうだな……)

 

 そう、彼女ならする。

 そもそも、見ず知らずの記憶喪失の大学生の記憶を取り戻すために、休日を使って付き合ってくれる様な少女だ。

 多くの人が危険に陥ったと知ったのなら、動かずには居られないだろう。

 そう思うと、もうそれが正しいとしか思えなかった。

 

「……陽色さん?」

 

「……まぁ、分かりました」

 

 だから、ひとまず小日向の言葉を信じることにした。

 だがそうすると気になってくるモノがある。

 

「……それって、どれだけ危険なんですか?」

 

「え?」

 

 そう、ボランティアの危険性だ。

 ソレの実態がどのようなモノかは陽色には分からないが、ノイズが沢山居る場所に向かっていく行為が危険じゃ無いわけが無い。

 

 小日向が携帯をずっと見て心配そうにしているのも相まって、不安が高まる。

 

「……」

 

 陽色のそうした質問に小日向は一瞬言葉を詰まらせたと思うと……しかし、覚悟を決めたような表情で語り出した。

 

「……凄く、危険です」

 

「……」

 

「でも、響なら大丈夫って、私信じてますから」

 

 それは、立花響への全幅の信頼から来る言葉だった。

 

「だから……陽色さんも、信じてあげてください」

 

 陽色は思わず押し黙る。

 小日向はその瞳に涙を浮かべて……笑っていた。

 

 それは、どこか壮絶な戦いに向かう戦士を待つ家族のようで。

 

「……」

 

 ──陽色は、忘れていたモノを思い出す。

 

 記憶の中の、どこかの映像。

 場所は夜。血ぬれの誰かを抱えて、空を駆けていた。

 

 彼女をどこかのビルの屋上におろし、応急処置を施しながら……何かを口にする。

 

 ぼやけた映像が徐々に鮮明になり──とうとう、陽色が誰を抱えていたのかが分かった。

 

 ()()()、立花響と瓜二つだった。

 

 彼女が浮かべている笑みは、小日向のソレとそっくりで。

 

 その小日向の表情と血塗れの響の表情とが──重なった。

 



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神の存在

 今、俺達は向かいあって座っていた。

 もう随分落ち着いたから大丈夫だと、そう再三伝えたことでようやく納得して貰えた。

 

 ともかく、これでまともに会話が出来る。

 寝っ転がったままじゃどうも、これからする話は気まずかった。

 

「……それで、話って言うのは……」

 

「……まぁ、さっき……あの金髪の子に迫っちゃったじゃないっすか、俺」

 

 そこまで言うと、小日向さんは俺の言わんとする事が分かったのか……キチンとこちらを見て話を聞く態勢に入ってくれた。

 

「さっき言っていた、妹って言うのは……」

 

 どうやら小日向さんは俺が錯乱していたときの言葉を聞いていたらしい。

 少し恥ずかしさを覚えるも、話しはじめる。

 

「……なんつーか……似てたって言うか……何て言うか……」

 

「似ていた? あのそれって……」

 

「はい。暁キリカ……俺の妹……に、似てたんです……あの子が……本当に……」

 

 ぽつりぽつりと小日向さんに説明する。

 先ほどの蛮行に及んだ理由を。

 

「……切歌ちゃんの……お兄ちゃん……」

 

「……まぁ、キリカと俺は血は繋がってないんすけどね」

 

「……」

 

「キリカは()()()の連れ子で……義妹なんすよ」

 

 思い返されるのは、初めて会った日のこと。

 

 そう。あの時のキリカは……。

 

「……初めて会った時はずっと……母さんの後ろに隠れてばっかで。俺のことすげー警戒してたんですよね」

 

「……」

 

「……それでも……話したり遊んだりして……食卓を囲って。ちょっとずつ家族に……」

 

 何故か、もう頭は痛くなかった。

 当時のことを思い出しても。

 

「でも……そう。キリカは()()()()()()

 

「え……連れ去られた?」

 

「ええ。黒い服を着た連中に」

 

「ぇ……」

 

 小日向さんは目を見開いて、口元を覆っている。

 

 しかしあくまでも淡々と話を進める。

 これは……俺の()()()()()でも有るのだから。

 

「……その日はキリカの誕生日でした。4月の13日……遊びに行った帰りに、展望台に二人で行ったんです」

 

「……」

 

「その時……そう、あの時は後ろからいきなり襲われて、俺は手を……キリカの手を離して……」

 

 そう。あの時俺は手を離した。

 離すべきでは無い手を……。

 

 ……そうだ、俺は何故手を離した? 手を離さなければ……いや、違う。

 

 あの時俺は、()()()()()()()()()()()()()手を離した。

 

「ッゥ……!?」

 

 何故か、()()()()を思い出すのだけは頭痛がした。

 

 だが、そうだ。

 思い出した。

 

 黒服の奴等にいきなり襲われて、この後俺は──。

 

「陽色さん」

 

「っ…………なんすか?」

 

 思わず肩が跳ねる。

 小日向さんの方を向くと、至極真剣な表情でこちらを見ていた。

 

「さっき、名前を知りたがってましたよね?」

 

「……ええ。俺のこと、全く覚えてないみたいだったし……だからあの子は似ているだけの別人の可能性も──」

 

「いいえ違います。確かに、あの子は暁切歌という名前の少女です」

 

「……」

 

 そして小日向さんは、俺の言葉を遮って断言した。

 暁キリカ。

 正しく、俺の妹の名前。なかなか無い名字と名前だ、他人と言うことは無いだろう。

 

 ……つまり。

 

「……そう……か……本当に……本当にっ……無事に生きてっ……」

 

 セバスチャンから、今幸せに生きていると言うことは聞いていた。

 それでも。

 

 実際にこの目で、キリカが目立った傷も無く、健やかに育っていた事を確認できたのが……何よりも安心した。

 

「……」

 

 だが一つ疑問が有る。

 あの子がキリカ本人だとして、何故俺の名前……いや、俺そのものを忘れて? 

 

 そんな俺の疑問を見抜いていたのか、小日向さんは言葉を続けた。

 

「私も、詳しいことは分かりません。けどあの子は……いえ、()()()()、過去の記憶を無くしてるんです」

 

「……過去の……記憶を……?」

 

 じゃあ、あの反応は単に見知らぬ他人だからと言うわけでは無く──。

 

「……一体……何が……」

 

 記憶をなくすほどの何かが、キリカの身に降り注いだと言う訳か? 

 思わず拳を握る力に力がこもる。

 

 一体何が…………いや。

 思い出した自身の最期の記憶と併せて、あの時の黒服達がまともな連中では無いと言う事は分かる。

 彼奴らが。

 

 彼奴らが……! 

 

 怒りのあまり、込められた拳に血が滲み……血が滴り落ちる。

 

「っ……陽色さん、手が……っ!?」

 

「……ああ、大丈夫です」

 

 小日向さんに声を掛けられて、握りしめる力を緩める。

 

「……」

 

「……」

 

 暫く、気まずい空気が流れる。

 しかし、意を決したように小日向さんが話し出した。

 

「……私が、話し合いの席を設けます」

 

「え?」

 

 そして、その内容は意外なモノだった。

 

「多分……私が想像も付かないような複雑な事情があるんだと思います」

 

「……」

 

「だから……少しでも話し合ってください。切歌ちゃんには私から話を通しておきますから」

 

 ……その申し出は、正直ありがたかった。

 出来ることなら小日向さんにお願いしたかった。

 だが。

 

「……いえ。大丈夫ッす」

 

「え?」

 

 会いたくて会いたくてたまらなかった。

 なのに、思い出せば思い出すほど……俺の過去が立ちはだかる。

 

「小日向さん。俺……俺は──」

 

 思い返せば思い返すほど、訳が分からない。

 

 キリカとの最後の想い出。

 

 あの時、黒服の奴等に背を押されて、俺は……展望台から()()()()

 

 そしてそのまま地面に叩きつけられて──俺は、死んだ筈なんだ。 

 

 ◇

 

 小日向さんには悪いことをしてしまった。

 死んだ記憶があるなんて、訳の分からないことを言う勇気が無かったから、言葉を濁して話を終わりにしてしまった。

 

「……」

 

 そうして小日向さんと別れた俺は……一人帰路についていた。

 

 その間、脳裏をよぎるのは死の記憶と…………立花さんとしか思えない少女の顔。

 

 あのデジャブのような映像。

 正直、アレもなんなのかは分からなかった。

 

 何故立花さんが血まみれだったのか。

 あの夜のビルは何なのか。

 と言うかそもそも、俺はこのつい最近立花さんと初めて会った筈だ。何故無くした記憶の中に立花さんが居るんだ。

 似ている別人……と言うわけでも無い。

 何せ記憶の中の彼女は、似ているとかいうレベルでは無く……立花さんだった。

 

 そう言った諸々の疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消え。

 

「……」

 

 頭を掻いて、溜め息を吐く。

 

 1番嫌なのが……この訳の分からない記憶について、ある程度の説明がついてしまうと言うことだ。

 

 ──つまり……ブラックボールに呼ばれた、と言うことだ。

 

「……」

 

 俺が異様な程に鍛えていたのも、『星人』という化け物と戦うためのモノ。

 死んだ記憶があるのに、今生きているのは……死の直後にブラックボールに呼ばれたから。

 そして俺の七年間の記憶が無いのは……『星人』と戦った報酬としてブラックボールが与える三つの選択肢の一つ。『記憶を消して解放』される、を選んだから。

 

 全て説明がついてしまう。

 

「……くそ……」

 

 嫌なことに、俺はあの掲示板を信じ始めている。

 

 あの……ID『H-EroMom』が当時の俺であるという確信が生まれ始めていると言うこと。

 

 それが何より嫌だった。

 だってそうだろ? 七年間……『星人』を殺しまくって何をしていたんだぞ俺は。

 

 訳が分からない。意味不明だ。そもそも生き物を殺すなんて信じられない。

 

 それに……戦う力があったのなら、何故義母さんを強盗から守らなかった。

 何故キリカを助けに行こうともせずに戦い続けた。

 

 意味不明だ。

 七年間、無意味に殺し続けただけじゃ無いか。

 

「……」

 

 当時の俺に怒りが湧いてくる。

 

 空を見上げ、息を吐く。

 

 けれど……そうして愚痴ってばかりも居られない。

 ようやく見えてきた確実な過去の手掛かりだ。

 

 離すわけには──。

 

「おーい!」

 

「……」

 

「おーい! ヒイロくーん!」

 

「……セバスチャン……?」

 

 振り返ると、何時かのように……セバスチャンが手を振っていた。

 

 ◇

 

 彼らは場所を移し、公園のベンチに座っていた。

 

「飲む?」

 

「ああ、ども」

 

 そう言ってセバスが差し出してきた飲み物を、ヒイロは軽く会釈して受け取る。

 

「いや~なんか世界中ヤバいことになってるね~!」

 

「はぁ」

 

 態々声を掛けてきたんだから、何か用があるのだろうと思っていたが……セバスは頭を掻きながら世間話を始めた。

 

「うん。やっぱり初動はアメリカかな。日本も、もうそろそろ本格的に動き出さないと不味いだろうね」

 

「……? 何の話っすか?」

 

「うん? もちろんブラックボールの話だよ」

 

「……」

 

 いきなり変なことを言い出した。

 

 初動……? どういう事だ……? 

 

 思わず首を傾げた陽色に、セバスは説明を始めた。

 

「いや、実はね? ブラックボール情報交換スレ的なモノって世界中のネット掲示板にあるんだよね」

 

「……はぁ? 世界中?」

 

「そう。あ、もしかしてそこまでは調べてなかった?」

 

「いや……調べてはいましたけど……基本調べたのは俺……ID『H-EroMom』の発言だけッすよ」

 

「ああ~! そう言う事!」

 

 納得したような表情を浮かべたセバスは、陽色に説明を始める。

 

 ブラックボールを製造しているのがマイエルバッハという会社である事。

 マイエルバッハが世界中の()()()()()に向けて、商品(ブラックボール)を売りさばいていると言うこと。

 

 ──そして今、世界各地のブラックボールで一斉に……最大規模のミッションが動き始めているという。

 

 それは……。

 

「……神を殺す?」

 

「そう。今世界中のブラックボールが……先史文明の時代に地上に降り立った神々を標的にし始めている」

 

「……はぁ?」

 

 神々を標的に? 何を言っているんだ? 

 

 分かりやすく疑問符を浮かべている陽色を見たセバスは、薄ら笑いを浮かべながら星人の正体について話し始めた。

 

 要約すると、ブラックボールが標的としている星人とは先史文明期に地球に降り立った宇宙の難民達であり、その各種族達の先導者達を総称して『神』と呼んでいるという。

 

 要約しようとよく分からない話で、急にSFな事を言い出したセバスに困惑しか無かった陽色だったが……セバスは意に介さずに話を続けた。

 

「ま、世界中のブラックボール情報交換掲示板でそう言う話をしているって事」

 

「はぁ……」

 

「日本ももうそろそろかなぁ~」

 

 セバスはどこか楽しそうにそんな事を言い出したが……陽色には困惑しか無かった。

 

「……いきなりどうしたんすか? 変な話しだして」

 

「ふふふ……進捗を報告したんだよ。またの名を世間話というが」

 

「えぇ……」

 

 困惑一色の陽色の顔を見て、セバスはまた大きく笑った。

 

(セバスチャン……俺の過去調べるのが何で世界中のブラックボールに繋がるんだよ……)

 

 調べている所もよく分からないし、どうしたんだ今日のセバスは。

 進捗報告で余計に心配になっちゃったんだけど。

 

 そんな風に思っていると、笑いを止めたセバスが真剣な表情を浮かべて語りかけてきた。

 

「いやね。君が少し……落ち込んでいるように見えたから」

 

「いや……進捗聞いて余計に気が落ち込みましたよ」

 

「ははは! それはすまない!」

 

 笑い事じゃねーよ。

 そう睨み付けると、しかしセバスは笑みを浮かべたまま話を続けた。

 

「──昔の君が、嫌いかな?」

 

「……」

 

 そして優しい笑みを浮かべたまま……陽色の心の核心を突いてきた。

 ……恐らくは先日の話を受けて陽色が気落ちしていると推測したのだろう。

 

 その推理は当たっていた。

 

「……嫌いですよ。もし俺が本当にブラックボールの部屋に居たんだとしたら……その意図が掴めないし、意味不明だ」

 

「……」

 

「それに……何も残さずに終わらせた。そりゃ、嫌いになります」

 

 陽色は……口をとがらせて拗ねるようにそう言った。

 今、セバスに語った言葉は正しく……本心だった。

 

 何時になくキツい口調が、それを如実に表している。

 

「……うん。そうか」

 

 それをセバスも感じ取ったのか、茶化すこと無く受け止め……語り出した。

 

「確かに、昔の君を端的に知ったのなら、そうなるかもね」

 

「……」

 

「……ただ、君は昔……『ひーろー』で、『ヒーロー』だったよ」

 

「……は?」

 

 思わず陽色はセバスを見やる。

 

「……それ、何が違うんすか?」

 

「ふふふ……コレが実は、大きく違うんだよ」

 

 そう言ってニヒルな笑顔を浮かべたセバスは……言葉を続ける。

 

「君は、何時だって()()のヒーローだった。誰かを助けていた」

 

「……」

 

「僕もね、そう言う君が好きだったよ。だから……あまり卑下しないでやってくれ」

 

 最後の言葉を、セバスは何処までも真剣な顔で言った。

 その迫力は何時ものセバスチャンのモノでは無く、陽色も言葉を失う。

 

「……ぅす」

 

「うんうん。分かってくれれば良い!」

 

 未だ拗ねた様子で言葉を返すと、セバスは一転……大きく口を開けて笑いながら陽色の背を叩いた。

 バンバンと結構な力で叩かれて、以外と痛い。

 

「……」

 

「ははは……」

 

 セバスは暫く笑い続けたと思うと、徐々にその声を落としていく。

 

「そう。最後に一つ……聞いても良いかな?」

 

「はぁ……なんすか?」

 

 そして今度はキリッとした表情で、言葉を続けた。

 

「ヒイロくん。君は……神の存在……を……感じたことはあるか?」

 

「……さっきの宇宙難民の先導者って意味ッすか?」

 

「いや、もっとこう……スピリチュアルな感じの」

 

 思わず陽色は顔をしかめる。

 

「はぁ……? なんすか? 宗教の勧誘ッすか?」

 

 まさかさっきまでのちょっと感動する流れ、全部コレのためだったのか? 

 心底見損なったと言わんばかりに見下した表情を浮かべた陽色に、セバスはたじたじと手を振る。

 

「あ、いや……その……意識調査的な……」

 

 神の存在を信じることの調査が何に繋がるんだよ……。

 

 そうは思いつつも、陽色は溜め息を吐いて適当に答えを返す。

 

「……そんなこと、考えたことも無いっすよ」

 

「……」

 

「ただ……神よりは悪魔の実在の方が信じられる」

 

「ほう。それは何故?」

 

「なんせ、神が居たらこんな状況になっていない。居るとしたら……もっと悪趣味な奴ですよ」

 

「ふふふ……確かにそうかもね。そう言う存在が居たら、悪魔と呼んだ方が良いかもね」

 

 そう言ってセバスは不気味に笑ったかと思うと──。

 

「僕はね。神の存在を感じたことがあるよ」

 

 彼の持論を語り出した。

 

「いや、それは神と言うよりはもっとこう……無機質だ。『運命』と言った方が伝わるかな。言いたいこと分かる?」

 

「……まぁ、何となく」

 

「そう、運命……誰も逃れることが出来ない……誰にでも平等で、無慈悲な世界の濁流だ」

 

「……」

 

「僕はね、それこそを神だと思っているんだ」

 

 運命こそが神。

 意外とロマンチックなことを言い出したセバスだったが、陽色にもその言わんとする事は理解できた。

 

 しかし言葉はロマンチックでも、その意味はどこまでも残酷だ。

 

 つまりセバスが言っているのは……残酷な結果が起こりうるのは幻想的な悪魔の存在でも無く、ましてや神々しい存在が戯れているわけでも無く。

 無機質で、誰にでも平等に降り注ぐ残酷な『運命』がこの世には有るだけという意味なのだから。

 

「……ただね」

 

「はい?」

 

「僕は……運命は超えられるモノと信じている」

 

 そして。

 

 その言葉は、セバスの言う所の神への反逆とも取れた。

 

「……どうしたんすか、本当に。さっきからずっと訳が分からないこと──」

 

「ヒイロくん」

 

 雰囲気を変えたセバスに、陽色は息を呑む。

 

「僕はね。人類こそが……それを可能にすると、信じている」

 



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一転直下の合流

 国連直轄の超常災害対策機動部、S.O.N.G.。

 その司令部にて、司令官である風鳴弦十郎は腕を組みながら報告を聞いていた。

 

「それで……切歌くんの御家族について、何か分かったか?」

 

「はい。ですが少々厄介な状況な様で……」

 

「厄介?」

 

 彼に調査結果を報告するのは、S.O.N.G.調査部所属のエージェント、緒川慎次。

 飛騨出身の隠忍の末裔である彼の調査能力は、海にバラバラにばらまかれた一枚の書類を復元、またその一見ポエムにしか見えない文章を解読、解析する程で有る。

 

 その情報収集力を遺憾なく発揮した資料を弦十郎に渡した。

 

「……ふむ」

 

 そこには、切歌が五歳の時に母親が再婚し、義兄弟が出来たという事が書かれている。

 読み進めていくと、その義兄弟の名前が目に入る。

 

「……」

 

 そして、風鳴弦十郎はその見覚えの有る名前に目がとまった。

 

「……この切歌君の義兄の陽色君とは……()()?」

 

「はい。先日の魔法少女事変におけるオートスコアラーによる襲撃の際、響さん達の離脱までの時間を稼いだ……()()、陽色さんです」

 

 それを聞いて、弦十郎は目を丸くする。

 

「……彼が……切歌君の家族……だったのか……」

 

「……はい。当時の調査部が調べたのは彼の直近の近辺調査だけででしたので……」

 

「……そうか」

 

 弦十郎は緒川の報告に息を吐く。

 

 それは当時の自身の選択の甘さを呪ったモノだった。

 あの時、もう少し陽色の調査をしていれば、今頃は……と。

 

 そう言ったたらればに意味は無いと知りつつも、自身の行動を悔やむ。

 

 しかし悔やんでばかりも居られない。

 弦十郎は気を取り直したように、話を促す。

 

「……それで? 厄介な状況というのは……」

 

「はい。と言うのも……彼は13歳から20歳までの記憶を無くしてしまっている様でして……」

 

「……記憶喪失、だと?」

 

「はい。ただ、不幸中の幸いか日常生活には支障は無く、切歌さんの事も覚えている様です」

 

「……」

 

 想像よりも遥かに重い状況に言葉を失う。

 そして、弦十郎はあの時抱いた青年のチグハグな印象についてようやく納得がいった。

 

 当時、陽色と初めて会った弦十郎はまず……その鍛え上げられた肉体に感嘆を覚えた。

 だが、その割にはいきなり現れた自身を警戒するような……どこか幼さを感じさせる素振り。

 

 しかしそれは当然だった。

 彼は精神年齢にしてみればまだ子供だったのだから。

 

 弦十郎は思わず目元を押える。

 

「そうか……だが、切歌君のことは覚えているのなら、すぐにでも会わせてあげなければ──」

 

「そこなんです、司令。厄介な状況というのは」

 

 そうしてすぐにでも再会の場を設けようとするが、それを緒川が止める。

 

「……何?」

 

 怪訝な表情で緒川を見つめる弦十郎に、緒川も気まずそうに言葉を続けた。

 

「彼は以前、リディアンを通して切歌さんとの面会を望んでいました。しかし、あのオートスコアラーの事件を機にそれを撤回しています」

 

「何? 何故……」

 

「リディアンには、自身の身元が不明なままでは会えないと、そう伝えていたようです」

 

「……それは、つまり……」

 

「はい。彼はどうやら……化け物を退ける自身が何者なのかが分からず、そんな自分自身の経歴を恐れているようです」

 

「む、むぅ……」

 

 確かにそれは厄介な状況で、他人では手を出せない話だった。

 弦十郎は陽色の経歴を纏めた紙をペラペラと捲って見るも……内容を詰めればA4二枚で纏められそうなくらい普通の経歴だった。

 

「……彼の経歴は、これだけしか?」

 

「……はい。調査部を総動員しても、コレしか……」

 

 ──ヒイロには友達が居なかった。部活にも入っていなかった。サークルにも入ってない。

 他人と関わっていたのも精々四つのバイト先くらいのものだ。

 そして、トップクラスの調査能力を持つS.O.N.G.の調査部を持ってしても……()()()()()()()()()()

 

「……確かに、不自然だ。何もしていなかったと言うのにアレだけ実戦的な動きをつけられるモノか……?」

 

 そう。オートスコアラーによる襲撃の際、遠隔で現場を見ていた弦十郎はその戦いを見ていた。

 あの、弦十郎をして鍛え上げられていると感じ取れた身のこなしが……何の経験もなしに手に入るモノだとは思えない。

 資料には陽色が通信教育にハマっていると言うことが書かれていたが、それにしたって異常だ。

 

 陽色の経歴と釣り合わない実力は、確かに不信感を覚えても仕方がないだろう。

 

「はい。恐らく本人もそこを気にして……」

 

「……」

 

 弦十郎は息を吐く。

 

「……分かった。では切歌君達には……」

 

「はい。僕の方から伝えておきます」

 

「頼む」

 

 息を吐いて、弦十郎は自身に支給された端末に目を向ける。

 

「彼とは今後も何度か連絡を取った方が良いだろうな」

 

「そうですね。記憶喪失が何時回復するかは分かりませんし」

 

「では彼との連絡の間には……一度会っている俺が立とう。その方が彼も分かりやすいだろう」

 

「分かりました。では切歌さんにはその様に……」

 

「ああ、頼んだ」

 

 そうして緒川は切歌へ決まった対応について伝えるべく動き出した。

 

「……」

 

 現在、司令室には弦十郎一人だけであった。

 錬金術師の暗躍が見られる昨今、司令官たる弦十郎がこの場を離れるわけにもいかない。

 

「……全く、問題が山積みだな」

 

 司令室で一人愚痴りながら、残っている事務作業でもやろうとする。

 

 ──しかし。

 

「司令! 大変です!」

 

 それは、先ほど出て行ったはずの緒川が司令室に駆け込んできた事で後回しとなる。

 

 ◇

 

「……」

 

 家への帰り道、俺はセバスチャンのことを考えていた。先ほどの彼の態度は何処かおかしかった。急に神がどうとか言い出すし。

 

 そのくせ、何時もよりもずっと真剣に話しているのだからたまったもんじゃない。

 俺の調査報告の時もアレだけ真剣にやってほしいモノだ。

 

「神……か」

 

 思わず空を見上げ、神という言葉の意味について考える。

 あの時セバスチャンに言った言葉は、真剣に考えたわけではなかった。

 たが嘘と言う訳でもない。

 俺は神の存在よりもずっと、悪魔の存在を信じていた。

 

 何せ本当に神がいるのなら……何故俺の家族はバラバラになってる。何故義母さんは襲われて、何故キリカは攫われた。何故父さんは逃げ出した。

 そして何故……俺だけがのうのうと生き残っている。

 

 本当に神がいるのなら……こんな状況にはなっていない筈だ。

 

「……運命、ね」

 

 ふとセバスチャンの言葉が頭に浮かんだ。

 

 誰しもが運命に縛られている。

 たが、人類こそがそのくびきを超える事が出来ると。

 

「……」

 

 希望に溢れた言葉だが……俺には、人類がそんな事ができるとは思えなかった。

 

 もしそんなことが出来るのなら……俺はきっと、ここには居ない。

 

「……」

 

 と、辛気くさい考えを頭をふるって追い出し、気合いを入れ直す。

 

 ともかく、今日は帰ったらあの思い出した映像について調べる! 

 死の記憶以外の手掛かりだ。どうにかしてモノにしなければ。

 まずはあのビルを探す所から──。

 

「あ、居たデスよ!」

 

「……ん?」

 

 どこか聞き覚えが有る声が聞こえてくる。

 

 そして俺が振り返るよりも早く、ドタドタと駆けてきた()()()は、俺に飛びかかってきた。

 

「おっにいっちゃーん!」

 

「っ!?」

 

 そして──。

 

「ちょっ!? なんっ、重っ──」

 

「へ?」

 

 金髪の女の子の全体重を不意打ち気味に食らい……。

 

「があああああッ!?」

 

「いいいいいいっ!?」

 

 共々に後ろに倒れ伏した。

 

 ◇

 

「……」

 

「……」

 

 場所は移ってファミレス。

 金髪の少女と、黒髪の青年は気まずそうに向かい合って座っていた。

 

 席に案内されてからと言うモノの、互いに居心地が悪そうにあっちをみたりこっちをみたりと落ち着かない様子だったが……遂に少女の方から動き出した。

 

「……あ、あの……」

 

「あ、え、あ……おう……」

 

 青年はしどろもどろになりながら、少女……暁切歌の言葉を待つ。

 

「さ、さっきはごめんなさいデス。まさか倒れるとは思わなくて……」

 

「お、おう……いや、大丈夫! 俺、こう見えてタフだから……怪我ないし……その、ちょっとビックリしたって言うか、何て言うか……その……」

 

「……」

 

「……」

 

 青年……暁陽色は何時になくどもりながら言葉を発するが、言葉が続かない。

 誰と話すよりも、生き別れの妹との会話は緊張していた。

 

 切歌の方もそうなのか、顔を赤くしながら上目遣いで尋ねてくる。

 

「…………お、重かったデスか?」

 

「えっ!?」

 

「あ、あの時……お……お兄ちゃん……重いって……」

 

 と思ったが違ったようだ。

 彼女はどうも、陽色に抱きついたときに言われたことが気になっているようである。

 彼女自身、最近自覚があるため余計に気になるのだろう。

 

「……あ」

 

 言われてその時のことを思い出し、当時の自分の口を呪った。

 

「あ、あ~その! いや、その……重いって言うのはその……衝撃が重かった、って意味! キリカは全然軽かったほんと、うん!」

 

「……」

 

「……」

 

 そしてまた、沈黙が下りる。

 

((き、気まずい……!))

 

 片や家族との記憶を全て無くしてしまった少女。

 片や一定の期間の記憶を無くし、その間に事件に巻き込まれた可能性がある男。

 

 どちらも大手を振って再会できるような状態では無かったため、両者にはただただ気まずさがあった。

 

「……っし」

 

 しかし。

 

「……なぁ、キリカ」

 

「は、はいデス!?」

 

 覚悟を決めた陽色は、沈黙を切り裂いて声を掛けた。

 

「……ボランティア行ってたんだろ? 大丈夫だったか」

 

「……え? ボランティア?」

 

「? 小日向さんが、お前達はノイズ災害のボランティアに行ってるって……」

 

 あの時、小日向の言うボランティアにはあそこに居た小日向以外の全員が向かっていた。

 恐らく切歌も行っていたはずだが。

 

 そう思っての問いかけだったが、切歌はビックリするぐらいアホ面でポケーッと何かを考えたかと思うと……ハッとした表情に変わってぶんぶんと誤魔化すように手を振り出した。

 

「あ、ああ~! そうデスそうデス! いやー何の問題もなかったデスよ~」

 

「お、おう……」

 

「本当! 全く何も無いデスよ! 錬金術師とか何も関係ないデスから!」

 

 その素振りは端から見ても怪しいモノでしか無かった。

 普通であれば、『錬金術師って何?』と問い詰める所だろう。

 

 だが。

 

「そっか。怪我が無いなら良かった」

 

 陽色は身内にはダダ甘なので、切歌が無事である事が分かればそれ以上は突っ込んで効くつもりは無かった。

 

(……錬金術師って何だよ……)

 

 心の内では大分怪しんでいたが、本人が何も関係ないと言っているのだから、そうだねとしか言えない陽色だった。

 

「あはは!」

 

「はは」

 

 大分欺瞞に溢れた笑いだが、先ほどの沈黙よりは随分と空気が弛緩し始めた。

 

「……」

 

 陽色は笑い声を徐々に落としていき、真剣な表情を浮かべる。

 そして、今も脂汗を浮かべながら笑っている切歌に向けて尋ねる。

 

「なぁ、キリカ」

 

「は、はい?」

 

「……何で、会いに来てくれたんだ?」

 

「え?」

 

 内容は、そう。

 切歌が陽色を訪ねてきた理由について。

 

「……小日向さんが気を利かせて伝えてくれたんだと思うんだけど……でも……」

 

「小日向さんデスか……?」

 

「うん。聞いてない? 俺が何言っていたとか……」

 

 恐らくは小日向が陽色のことについての話を通しておいてくれたのだろう。

 先ほどはうやむやに断ったままの筈なので、恐らくはそのはず──。

 

「ん~? 特に何も聞いてないデスよ?」

 

「え?」

 

 えっ。

 

 思わず素の声が出た陽色に追い打ちを掛けるように、切歌は言葉を続けた。

 

「私が、その……お、お兄ちゃんと、ちゃんと話をしてみたくなったから、会いに来ただけデス!」

 

「……」

 

 それは思いもしない言い分だった。

 

 あまりにも無策。そして無謀。

 

 切歌は何も考えていなかった。

 

「私、気になるんデス。私の過去が……お、お兄ちゃんのことも、気になるデス」

 

「……」

 

「だから……お、お兄ちゃんに教えて欲しいんです!」

 

 しかしその考えなしの行動は、陽色の胸に突き刺さっていく。

 

「……キリカ」

 

「は、はいデス!」

 

「お前は……変わらないな、キリカ」

 

「……え?」

 

 その考えなしの行動に、陽色は何時も振り回されていた。

 でも、そうやって切歌に振り回されていた時間は不快でも何でも無く……陽色にとってはむしろ楽しい時間でもあった。

 

「……本当、昔のまんま……」

 

 目頭が熱くなり、目を押える。

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

「……大丈夫だ。ただ、分かった」

 

 少し涙声になりながらも……陽色は話しはじめる。

 

「そう、お前は……」

 

 切歌との想い出を。

 

 



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スナック感覚

 随分と語らった。

 今までの失った時間を埋めるように……話し続けた。

 

 ──そして、分かってしまった。

 

 キリカが本当に、何もかもを忘れてしまっていると言うことを。

 

「私のママさんが……強盗に襲われて……?」

 

「……うん。俺の記憶が無い時の事だからあまり確実なことは言えないけど……キリカの母さんは……もう……」

 

「……」

 

 もし。

 もし、今のキリカが昔の記憶を持っていたのなら……きっとキリカは泣いていた筈だ。

 昔のキリカは、義母さんの事が大好きだったのだから。

 

 だが、今のキリカは違った。

 

「……そう……なん……デスね」

 

 ただ呆然と……よく分かっていないようにぽつりと呟いただけだった。

 

「……」

 

「……なんだか不思議な感じデス。私の……ママさんが……もう居ない……って……なんか、実感が無いデス」

 

「……」

 

「あはは……なんか、おかしな感じデス……涙って意外と……出ないもんデスね……」

 

「ッ……」

 

 その言葉に、思わず拳を握りしめる。

 昼の両の手の傷が開き、血が両手から溢れる。

 

 昔のキリカを知っているからこそ、分かった。

 

 記憶の有るキリカなら……きっと泣いていた。

 だが今のキリカは泣くことも出来ない。

 そうして何も分からないまま……一方的に、最愛の母を奪われた。

 

「……」

 

 怒りが込み上げる。

 奥歯が割れんばかりに食いしばっていた。

 

 この怒りは誰へのモノだ。

 キリカの記憶を奪ったあの黒服の奴等か? 

 

 ……いや、それだけじゃ無い。

 この腹の底から込み上がる怒りの矛先は……何より俺へと向いていた。

 

「お兄ちゃん?」

 

「……ごめんな、キリカ……」

 

「え? ど、どうしたデスかいきなり!?」

 

「ごめん……ごめんな……」

 

「え、ちょっ、お、お兄ちゃん!?」

 

 セバスチャン……。

 お前は、昔の俺はヒーローだと言ったな。

 

 涙を抑えながら、心配したようにこちらを見ているキリカに目を向ける。

 

「……」

 

 この子を見ても、そう言えるのか? 

 

 俺の……。

 

 俺の何が……ヒーローだ。

 

「……」

 

 怒りと失意に飲まれ、項垂れる。

 

「だ、大丈夫デスか? お兄ちゃん……」

 

 そんな俺を見てか、キリカは心配そうに語りかけてくる。

 ……その言葉にびくりと肩が跳ねる。

 

「……お兄ちゃん……か……」

 

「へ?」

 

 きっと、俺が兄だからそう言う呼び方をしていたのだろう。

 だが、その呼び方は昔と違う。

 込み上げる想いをどうにかとどめ、もう一度彼女の目を見て話を続けた。

 

「……キリカは何時も……俺のことを『陽色』って呼んでたよ」

 

「……え、そうなんデスか?」

 

「……俺的にはお兄ちゃんって呼ばれたかったけど……どうも……お前はお気に召さなかったみたいで」

 

「お、おお……なる程……!」

 

 それは呼び方についてだ。

 キリカは昔、頑なに俺のことを『お兄ちゃん』とは呼んでくれ無かった。

 だからか、キリカからの『お兄ちゃん』呼びは嬉しい想いが有る反面、どこか違和感もあった。

 

「……お兄ちゃん……陽色…………」

 

「……」

 

 もう随分と語らった。

 日は既に沈んでおり……ファミレスの外は暗くなっている。

 

 もうそろそろキリカを帰さないといけないだろう。

 この話し合いも、もうそろそろお開きにしなければならない。

 

「……陽色……ひいろ……ひーろ…………」 

 

「……」

 

 何かブツブツと呟いている切歌を見て、陽色は思う。

 

 キリカは記憶を失っただけで……その本質は何も変わっては居ない。

 変わったのはキリカを取り巻く環境だ。

 

「おお! 確かに、そっちの方がなんだがしっくりくるデスよ!」

 

「……」

 

 だから今度こそ……絶対に。

 絶対に守らなければいけない。

 

「どうデス? ()()()()!」

 

 キリカを……家族を。

 

「──ああ。昔のまんまだ」

 

「えへへ! じゃあ今度からそう呼ぶデスよ!」

 

 守ってみせる。

 その、眩いばかりの笑顔を──。

 

 ◇

 

「駅まで送るよ」

 

 彼らはファミレスを出た後、陽色は切歌に語りかける。

 

「?」

 

「……帰り道、リディアンの寮だろ? 多分この先の駅使うと思うんだけど……」

 

「……?」

 

 しかし……何故か切歌は首を傾げるばかりで答えない。

 どうしたんだ? もしかして何か問題でも。

 

 そう思っていると、切歌はとんでもないことを口にした。

 

「何言ってるデス? 今日は完全にお泊まりの気分デしたけど」

 

「……お泊まり?」

 

「そうデース! ひーろーの家にぃ……お泊まりデース!」

 

「えっ」

 

 本気で困惑した様子の陽色の腕に、切歌は自身の腕を絡みつける。

 

「我ら兄妹……一度相まみえれば、もう離れないのデース!」

 

「えっ、えっ?」

 

「デデデース!」

 

 デデンッと空を指さし何処かに宣言した切歌だったが……陽色は混乱の極地に居た。

 

「え、あの……マジで? 俺家くるの?」

 

 完全に想定外の行動に陽色は思わず少し引いた声で切歌に問いかける。

 流石の切歌もノリと勢いだけでは無理かと理解していたのか、気まずそうな表情を浮かべていた。

 

「うっ……やっぱり駄目デスか……?」

 

「いや……悪くは無いけど……いきなりでビックリしただけだから……でも良いのか? ほら……色々あるだろ……」

 

 陽色は現在切歌がどこに住んでいるかを知らない。

 恐らくはリディアンの寮だと思っていたが、だとしたら門限が有るはずだ。

 切歌の突発的な行動から鑑みるに一日外出の届け出なども出していないだろうし、帰らないのは問題が──。

 

「大丈夫デス! むしろ事情を話した友達からは背中を押されたデス!」

 

「……」

 

「だから大丈夫デース!」

 

「……そう、か。良い友達が……居るんだな」

 

 陽色は、どこか優しげな表情を浮かべて息をついた。

 どうやら、陽色が考えていたことは杞憂だったようだった。

 

「と言うか泊めてくれなきゃ私、野宿しなくちゃいけなくなるデス」

 

「えっ」

 

「その子から今日は帰るなって言われたデス。今帰っても家に入れてくれないデス。家なき子な私デス……」

 

「……す、凄い友達だな……」

 

 調は両極端デス……。

 そう言って息を吐いている切歌は、やれやれと言った様子で首を振っていたが、その実楽しそうでもあった。

 

「……」

 

 切歌は本当に……今を幸せに生きているんだな。

 陽色にはそれが深く感じ取れた。

 

「……なら、良いよ。俺ん家、すぐそこだから」

 

「やった!」

 

 切歌は腕を絡みつけたまま跳ねたかと思うと、陽色の腕をちょいちょいと引いた。

 

「じゃあ、夜中に食べるお菓子買いに行くデス! 今日は寝かさないデスよぉ~」

 

「はいはい。あんまりお金無いから……少しな」

 

 そう言って息を吐いた陽色は、やれやれと言った様子で切歌に付き合う。

 

「こう見えて、お金を稼いでる私デース!」

 

「いや……流石に奢らせねーよ」

 

「むっ! じゃあとんでもないモノ奢って貰うデース!!」

 

「いや……ちょっとは手加減を……」

 

 暫く鍔迫り合いのように見つめ合い、そんな自分たちがどこかおかしくて、二人一緒に笑った。

 

 彼らの間に血の繋がりは無い。

 けれど。血の繋がりが無くとも……彼らは正しく兄妹だった。

 

 ◇

 

「おお! コレがひーろーのお家デスか!」

 

「切歌、ちゃんと帰ったら手を洗えよ」

 

「およー……なんだか質素な部屋です」

 

「おい!」

 

 家に着くなり、キリカは部屋のあちこちを見て回っていた。

 思わず声を上げるも、キリカは気にせず部屋を舐めるように見回す。

 

「あれ? ベッドがあるのに布団も置いて有るデスよ?」

 

 と、キリカは不思議そうにベッドの横に置いてある布団を眺めていた。

 

「ああ、それ。多分前の『俺』が使ってた奴」

 

「……前の俺って……記憶喪失になる前のって事デスか?」

 

「ああ……」

 

 そう答えると、キリカはどこか寂しそうにその布団を見つめていた。

 まぁ……記憶喪失の話なんてあまり気分の良い話じゃ無い。

 さっさと話を進める。

 

「どっち使いたい? どっちでも良いぞ」

 

「……じゃあ、折角だから私は上のベッドを選ぶデスよ!」

 

「おう。じゃあ手、洗えよ」

 

「ダーイブ!」

 

「おい!」

 

 キリカは俺の制止も聞かずにベッドに飛び乗る。

 はよ手を洗えやと思うが……もういいや。

 好きにしてくれ。

 

 キリカを放って買ってきた荷物を置き、手を洗い始める。

 

「……ん~?」

 

 すると、後ろからキリカの怪訝な声が聞こえてきた。

 

「どうしたー?」

 

「いや……何というか……嗅いだことがある臭いが……」

 

「何でも良いけど早く手を洗え」

 

「ちょっと待つデス! これは……」

 

 濡れた手をタオルで拭きながら、ベッドに顔を埋めてスンスンと鼻を動かすキリカに近づく。

 何してるんだ……? 

 

「! ……分かったデス! この臭いは……!」

 

「はいはい。分かったから」

 

「がぼっ!?」

 

 いきり立つキリカの頭にタオルを被せる。

 若干もがいていたキリカだったが、それを無視してテレビをつける。

 

「おっ! マリアじゃん!」

 

 すると何と言うことだろう。

 丁度()()マリアの特集コーナーをやっている所だった。

 

「なにっ、独占取材映像!?」

 

 しかもまさかのマリアの独占取材と、更に新規MVを先行公開だという。

 急いでリモコンを駆使して録画がされているかどうかを確認するも……俺としたことが番組表から見落としていた様だった。

 

「むぅ……妹を放ってマリアデスか。久々の妹に何という酷い仕打ちデス」

 

 リモコンを駆使して今からでも録画を……! 

 そうやってテレビ相手に格闘していると、後ろからジトッとした目線が向けられる。

 

「うっ……いや……だってマリアならしょうが無いだろ」

 

 だって世界の歌姫マリアだぞ。

 なかなか日本じゃ活動しない世界の人気者だぞ!

 しかも新作MVに独占取材なんだぞ!?

 

 見ないわけにはいかないだろ!!

 

「……」

 

 そんな俺をキリカは冷たい目で見たと思えば……ツーンとした様子で聞いてきた。

 

「ひーろーはマリアが好きなんデス?」

 

「まぁ……デビューの時から好きだし……」

 

 当時のマリアは色々とあったが……だが、あの時期に心の支えとなったのは正にマリアの歌だ。

 それにどうも、あの化け物女の時にも助けてくれたみたいだし。

 

 ああ……もう一回だけで良いから生のマリアと会いてぇな……。

 

「……むぅ!」

 

 と、キリカは急に洗面台まで行ったかと思うと、キチンと手を洗い、買ってきたお菓子を俺の前にぶちまける。

 

「……どうしたキリカ。なんか怒ってない?」

 

「そりゃ怒りますとも! だからそのお返しに……」

 

 そしてその中の一つを取り出したかと思うと、俺に突きつける。

 

「これから、今までのひーろーのこと……一杯教えてくださいね! 質問に次ぐ質問で寝かさないデス!」

 

「お、おう……」

 

 キリカはそのスナック菓子をマイクのように扱い、自分に向けたかと思うと、まるで司会のように語り始めた。

 

「ずばり……あのベッドは誰が使ってたデス!?」

 

「え?」

 

「というか、ひーろーは誰と一緒に暮らしてたデス?」

 

 そして言葉通り、ズバリと直球一直線に聞いてきた。

 

「……俺が誰かと暮らしてたって……分かる?」

 

「そりゃ分かりますとも。ベッドと布団が二つ、歯ブラシも二つ、コップも二つずつ! 大分怪しいのデス!」

 

 ああ、確かに。

 意外と目ざといキリカに驚きながらも、部屋を見渡す。

 

「……」

 

 この部屋は、俺が目覚めてから殆ど手を加えていなかった。

 それをする気になれなかった……と言うのも有るが、ともかくそのままにしてある。

 

「誰か……ね」

 

「……」

 

 答えろと言われても、その()()が分からないから……俺も色々大変なんだがな。

 しかしふんふんと鼻息荒く聞いてきたキリカは、確かに答えなきゃ納得してくれそうに無かった。

 息を吐いて、現時点で分かっている事を話す。

 

「正直、誰かまでは分からない」

 

「……」

 

「ただ……恐らくは女性だ」

 

「……つまり?」

 

 そして何故か、キリカはその先の答えを求めてきた。

 いや、つまりとか言われてもだな……。

 

「あーっと……その……」

 

「……」

 

「……まぁ、多分……同棲……してたんだと……思う……」

 

 その問い詰めるような睨みに負け、現時点で1番最有力候補を語った。

 

 同棲。

 まあつまり、恋人の関係……だった。と思う。

 というかそうじゃなきゃおかしーって。

 恋人関係でも無い女性と一緒に暮らすって、どういう事情があったらそうなるんだ。

 

 そう言う訳もあって、恐らくは一緒に暮らしていた女性は恋人関係だと推測している。

 

「……ひーろーには……恋人が……居たんデスか……」

 

 と、キリカは妙に声色を落としてぼやいた。

 

「え? ああ、そう考えるのが妥当って言うか……友達は居ないが……」

 

 スナック菓子を突きつけながら俯いていたキリカは、急に顔を上げたかと思うと……うがーっと言う擬音付きで怒りだした。

 

「むうう! 妹を放置して何楽しんでるんデスか!」

 

「──はうっ」

 

 俺も気にしていたことを当の本人から言われた。

 その破壊力は計り知れず……俺の心が揺れ動く。

 

「むううう!」

 

 キリカは持っていたスナック菓子を開けたかと思うと、ガツガツと食らいつき、食べ尽くす。

 そしてまたすぐお菓子を取り出すと、俺に突きつけてきた。

 

「じゃあ次の質問! ひーろーはどんな女の子が好みデス! この際教えるデス!」

 

「えっ」

 

「ほらほら……答えるデース……」

 

 どういった意図の質問か掴めないが、これもまた答えないといけないのだろうか。

 

「……」

 

「……」

 

 答えないといけないんだろうな……。

 じりじりと迫ってくるキリカの迫力はなかなかのモノで、拒むことは出来そうに無い。

 

 ……というか、これお菓子が無くなるまで続くのか……? 

 

 戦々恐々とした予想だったが、コレは正に的中し……。

 

 結局、朝日を見るまでこの質問タイムは続いた。

 



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置き土産

「……ふぁぁ……」

 

 朝、目が覚めると見慣れぬ天井。

 朝食の良い匂いで目を覚ます。

 

「……? 何処デス……ここ……」

 

 ふと辺りに目を回してみれば……台所の方で、誰かの背中が見える。

 

「……」

 

 その背中に、強い既視感を覚えた。

 

(……ヒイロ?)

 

「ん? 起きたか、キリカ」

 

「……」

 

「……寝惚けてる?」

 

 ひーろーは、フライパンを持ちながら……呆れたようにこちらを見ていた。

 

「……」

 

 何故か、動悸が激しい。

 何故だろう。

 

 ひーろーと初めて会ったときはそうでもなかったのに……何故か今、胸が痛いくらいに鼓動している。

 

 それを誤魔化すように携帯を見ると……その鼓動が一気に高まる。

 

「……ゲゲェ! もうこんな時間デスよぉ!?」

 

 やばいデス! 今日は色々とやらなきゃいけない事が……!

 

「? もしかして授業か……? 今日休日だけど……」

 

「……うっ」

 

 ひーろーはちらりと振り返りながらこちらを見ている。

 その表情はどこか怪訝な感じデス。

 

 うっ……そうデス、今日は祝日……学校でもないのにこんな朝早くから用事があるって……ど、どう言い訳すれば……。

 

「ああ、リディアンって休日も授業有るの?」

 

 と思っていたらひーろーの方から助け船が。

 そうデス!

 と一も二もなく返事をしそうになったデスが、よくよく考えてみたらこの嘘すぐにバレるデス!

 大体それにしたってまだ早い時刻。

 

 うう……どうすれば……はっ!

 

「……違うデス! 授業とかじゃ無くて……そう! 早朝ボランティアがあるんデス!」

 

「……またボランティア? 随分と幅広くやってるんだな……リディアン」

 

 なんだか随分と社会奉仕活動に余念が無い学校になってしまったけど、もうこれでいいデス。

 体の良い良いわけをありがとうデス、未来さん!

 

「って言うか、今日あんまり寝てないだろ……? 大丈夫か……?」

 

「えっ!? だ、大丈夫デスって!」

 

 あはあはと笑いながら手を振って誤魔化すと、ひーろーは怪訝な表情で何か考え始めた。

 

「つか……昨日も危険なボランティアやって今日も早朝からボランティアすんのか……随分ハードだな……」

 

「……」

 

 ……言われてみれば確かに。

 

 世間的には良いことだろうけどノイズ災害の避難呼びかけのボランティアは流石にやり過ぎでは……?

 普通に危ないデスし、昨日の今日でまた普通に活動とか……良いんデスかね? 

 

「まぁ……あんまり根を詰め過ぎんなよ」

 

 ひーろーも心配したのか、労るようにそういった。

 

「ほれ。食い切れなかったら持って帰って良いから」

 

 そしてひーろーは、そう言いながら朝食を差し出してきた。

 そのベーコンと卵が挟まったサンドイッチはとてもおいしそうだった。

 

「おお! 美味しそうデス!」

 

 私は思わずそう言ってサンドイッチに齧りつく。

 

「……? どうしたデス? ひーろー」

 

「……いや、何でも」

 

「……?」

 

 呆れたような……けれどどこか楽しそうなその表情に首をかしげる。

 

 何か良いことでもあったデスかね……?

 

 よく分からなかったけれど、ともかくサンドイッチを可能な限り急いで食べて立ち上がる。

 

「ふぇふぁふぃっふぇふふっふぇす」

 

「……なんて?」

 

 ひーろーは困惑したように苦笑して首をかしげる。

 今度はちゃんとサンドイッチを食べきり、飲み込んでからひーろーに敬礼する。

 

「──では、行ってくるデス!」

 

「……ああ、行ってらっしゃい」

 

 ……な、なんだか『行ってらっしゃい』がむず痒い!

 

「……また来るデース!」

 

 そうした気恥ずかしさを隠すようにひーろーを指差すと、最後にそう宣言してから家を出る。

 

「……」

 

 一人朝の町をかけ、暫く行ったところでその歩を緩める。

 

「……まだ……こんな……なんか変デス」

 

 そうして胸に手を当て、その高まる鼓動の違和感に疑問を呈する。

 

 未だに、朝起きた時のまま……心臓の鼓動は高まった。

 何時もの……遅刻を仕掛けたときや、戦いの中に感じるドキドキでもない。

 

 何時もと違う感覚に頬が赤くなるのを感じる。

 

「切歌さん。こちらに居ましたか」

 

「うぇッへぇえ!?」

 

「え?」

 

 と、後ろからいきなり声をかけられ気の抜けた声が出てしまう。

 

 思わず振り返ると、何というか予想通りというか……緒川さんデス。

 

「い、いきなり話しかけないで欲しいのデス! 心臓止まるかと思ったデス!!」

 

「えっ、あ……す、すみません……」

 

 この人……緒川さんは、たまーに気配を感じさせないまま後ろを取る事があるので、本当に心臓に悪いデス!

 緒川さんは申し訳なさそうに頭を掻きながら、その背後の広場に用意してあるモノを見せてくる。

 

 それは国連が保有する、高級車よりも高そうなゴツいヘリコプターだった。

 

「皆さん、すでに深淵の竜宮跡地に向かわれてます」

 

「うっ、やっぱり遅刻デスか……」

 

「そんな気になさらなくても大丈夫ですよ。さぁ、こちらに」

 

 そうして導かれるまま、そのヘリコプターの中に足を踏み入れた。

 

 

「……嵐みたいだったな」

 

 キリカが家を出て行った後、一人でサンドイッチを頬張りながら一気に静かになった部屋を見まわす。

 

「……」

 

 マジで朝日が昇るまで質問攻めしてきやがったからな。

 食べたお菓子も相応に散らばっていた。

 

「……ま、これ片すところら始めるか」

 

 そうして食べ終わった朝食の片付けを終えると、今度は部屋の片付けを始める。

 

 そして片付けをしながら、今日の予定を立てていく。

 とは言っても、今日は特別バイトもないしな……どうしようか。

 外に出かける気にもなれないし……というか出掛けても金ねーし俺。

 

「……」

 

 あのビル……行ってみるか? 

 思い返されるのは記憶の中に出てきた謎のビル。

 あそこに行けば何か思い出すかも知れない。

 

「……とは言っても、何処だろうなアレ」

 

 そう、俺はあのビルが何処にあるのか分からない。

 ネットのマップでも見ながら探すか……? そんな非効率的なことしか出来ないのか?

 

 そんなことを思いながら、とっちらかった寝間着を洗濯物に放り込む。

 キリカは着替えを下着しか持ってかないという蛮行に走ったため、俺の高校の時の? ジャージを寝間着にした。

 

「……」

 

 と、思わずその高校のジャージを手に取って眺める。

 何処の学校なのかは検索して調べたりはしたが、それでもビックリする位馴染みがない名前だ。

 

「……高校ね……」

 

 覚えてもいない高校の時の記憶について慮っていると……ふと悔しさというか、寂しさのようなモノが溢れてくる。

 

 出来ることなら行ってみたかった。

 

 いや、この体は行ってたはずだけども。俺の実感的には青春の何もかもすっ飛ばされた気分だ。

 

 こういう過ごしていない期間の思い出の品を見せられると、そういう悲しみのようなモノが溢れそうになる。

 

「……ま、良いか」

 

 今そんなこと思ってもどうしようもないし。

 取りあえず片付け片付け……。

 

 着替えを全て洗濯機に放り投げ、ゴミを集めて纏める。

 

「……よし、大体片付いたか……」

 

 部屋が以前までの姿を取り戻していく。

 言いようのない充足感を覚えながら、布団を畳んで端に寄せ、キリカが使ったベッドを整える。

 

 そして、それを終えると本格的に何もすることがなくなった。

 

「……」

 

 時計を見ても、十分ほどしか経っていない。

 マジかよ。

 どうすんだよ今日。

 

 本気でマップ見ながら記憶のビルを探すか……?

 ブラックボールスレでも覗くか……?

 

 駄目だクソみたいな選択肢しかねぇ。

 

 頭を抱えたくなった。そういえば最近ずっとバイトばかりでこういう休日は久しぶりだ。

 どうしよう。

 何しよう。

 

 俺は熟考に熟考を重ね……一つの選択肢を思いついた。

 

「……よし」

 

 体を動かそう。 

 それが一番だ。

 

「よし、折角だから新しい系統のモノでも……」

 

 今まではやってきたのは灘神影流剣術に連なる基本のシリーズ。

 柔術と剣術、そして空手をやってきた。

 

 今回は趣を変えて日本の外の……格闘技をやってみよう。

 取りあえず押入れを開き、そこに置いてある本入れを取り出す。

 

「灘神影流ムエタイ……灘神影流ボクシング……灘神影流グレイシー柔術……灘神影流……ん?」

 

 と、押入れから外国の格闘技の通信教育を出していると、本がコツンと押し入れの壁に当たる。

 その響くような音に……何か違和感を覚える。

 

「……?」

 

 違和感、というか何というか。

 何だろうこれは。

 

「……こっちには何の部屋もない……よな」

 

 ここは角部屋だ。

 そしてこの押し入れは外側に存在している。

 鉄筋の壁を叩いてこんな響いたような音がするわけが……。

 

 もう一度押し入れの壁を叩くと、やはり何か響く。

 いや、響く場所と響かない場所がある。

 

 ……何かが詰まっているのか……?

 

「……」

 

 思わず心臓の鼓動が早くなる。

 何せ……俺の予想が正しいのなら──。

 

「……何か……空間が有る……?」

 

 思わず押し入れに入れてあったモノを全て取り出し、まっさらな状態にする。

 

「……」

 

 だがおかしい。

 前にも押し入れの中身を確認した時がある。

 

 でもその時は確か何も見つかって……。

 

「……あ」

 

 ふと、思い出した。

 当時の俺は……そのままにすることばかり気にして……!

 

 くそったれ。俺はなんて馬鹿なことを……!

 

 そうだ。

 あの時の俺は……()()()()()()()()ばかりに目を向けていた。

 

 押入れそのものなんて特別気にしちゃいなかった!

 

「……」

 

 今度こそ、押入れそのものを何度も確認する。

 

 すると角の一辺に、小さな取っ手の様なへこみが地味に存在していた。

 

 それだけを見たら、ただ傷がついているように見えただろう。

 

 というか、一年前の俺はこれをただの傷だと思ってた。

 

「……まて、まて……………」

 

 俺はその傷……取っ手に手をかけ、引っ張ってみる。

 

 結構な力で引っ張ってもなかなか外れず、少し怖くなる。

 

「……」

 

 もしかしたら普通に押し入れの壁を張り替えただけなのでは? という思いも湧いてくる。

 大体、仮に『俺』がこの壁を作ったとして、一体何を思って作ったんだ? という思いも湧いてくる。

 

「……」

 

 正直ちょっとやめようかな……と怖じ気づこうとした、その直前だった。

 がこっ、という音と共に押入れの壁が……外れた。

 

「え? あ………」

 

 一瞬、やっちまった……と思ったが、しかしそんな小市民な考えはそこに鎮座してあるモノを見た瞬間に吹き飛んだ。

 

「……んだ……これ……」

 

 ──そこには幾つかのモノが置いてあった。

 

 黒く、巨大な二つの銃口の様な物が付いたデカい物体。

 黒く、銃口が三つに分かれた小さな銃。

 

 そして──。

 

「……これ、は……」

 

 まるで導かれるように、その冊子を手に取った。

 

「……ブラックボール……取扱……説明書……?」



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最悪の想起

「ただいまデース!」

 

「……」

 

 夜。切歌は当たり前のように……陽色の家に帰ってきた。

 

「……およ? 何で電気つけてないデス?」

 

 そうして呟いた切歌は、真っ暗な部屋の中央に座り込んでいた陽色を見やる。

 彼は、どこか呆然と天井を見上げていた。

 

 そうして暫くボーッとしていた陽色は……ふと何かに気付いたように切歌の方を向いた。

 

「キリ………カ……」

 

「……? ひーろー──」

 

 ──そして、血相を変えたように立ち上がると……何故か切歌を抱きしめた。

 

「っ!? えっ、ええっ!? ど、どうしたデス!?」

 

「……」

 

「ちょっ、そ、そんないきなり……! わ、私たち兄妹で…………え?」

 

 切歌は顔を真っ赤にしながら手をわちゃわちゃさせているが、そのいきなりの行動を拒んだりはせず。

 

「……ひーろー?」

 

 次第に、陽色の様子がどこかおかしいと言うことに気付いた。

 

「ど……どうしたデス? な、何か嫌なことでも……」

 

「っ、違うんだ……違う……ただ……ただ……っ」

 

 陽色の声が徐々に震えていく。

 

 何かがあったとしか思えない。

 しかし部屋に何も異常は無く……しかも、朝出て行った時は特に普通にしていたはずだ。

 

「……」

 

 だから、切歌には分からなかった。

 いや、分かるはずがない。

 

 何せ彼女と今の陽色には……大きな……大きな意識の差があるのだから。

 

「本当だった……」

 

「え?」

 

「俺は……俺は本当に……」

 

 彼は……突きつけられた。

 

 何もかもを放って戦い続けた……七年間を──。

 

 

「……」

 

「……」

 

 す、すごい気まずいデス……!

 

「あ、あはは……! そ、そう! 実は今日、凄い事が有ったんデス! しれ…………が、学校の先生がデスね、なんとミサイルを素手で………」

 

「……」

 

「……あ、あははは……は……」

 

 得意の面白超人の話をしようにも、どうにもそういう雰囲気にはならないし。

 

 ど、どうすればいいんデスか……!?

 

 しどろもどろになってあたふたとしていると、今度はひーろーの方から話しかけてきた。

 

「……俺」

 

「あ、はいデス!?」

 

 今まで黙ってばかりだったひーろーが漸く反応してくれて、思わず前のめりになって話を聞こうとする。

 ひーろーは一瞬勢いに押されて体を引くも、しかし詰め寄った私の目をちゃんと見て話し出す。

 

「……俺の過去、が………分かったんだ………」

 

「……え?」

 

 そして、その言葉に硬直する。

 だってそれってつまり……。

 

「おもい……出したデス? 記憶を……」

 

 ……私のママさんが死んでしまったときの記憶を……。

 

「……()()。思い出せて何て無い。……俺は……」

 

「……?」

 

 私は、ひーろーが記憶を思い出したモノだと思っていた。

 でも、どうやらそれは違うようで……ひーろーは力強く否定する。

 

「……上手く言えない……っていうか……本当は、俺……」

 

「……ひーろー?」

 

「っ俺……本当は俺……俺ッはッ……!」

 

 そして途端に取り乱したように頭をぐしゃぐしゃと引掻いたかと思うと、その手を握りしめる。

 あまりに異様な姿に思わず凍り付く。

 

「……」

 

 ひーろーは口を開いては閉じて、何かを言おうとする。

 けれどその表情はとても辛そうで、私にそれを伝えることを拒んでいるように思えた。

 

「俺ッ……は………………」

 

「……それは……言いたく、無いことデスか……?」

 

「ッ……」

 

「……なら、言わなくても良いデス」

 

「キリッ──」

 

 ひーろーにその先を言わせないように、私は彼の頭を抱きしめる。

 彼は辛そうで、苦しそうで、鳴きそうで……私には、一体何があったのかは分からないデス。

 

「……」

 

 でも。

 苦しいなら……助けてあげたい。

 助けになってあげたい。

 

 この胸のドキドキが、そうしてあげたいと私を突き動かす。

 

「…………違う……言えないのは……俺……俺……」

 

「……良いんデスよ。私は大丈夫デス」

 

 鼓動は何時になく高まり、胸元が苦しくなる。

 

「……巻き込めない……お前を……」

 

 ……この鼓動が、()に伝わっているのかと思うと……顔が赤くなってしまう。

 

「……もう、俺に会わない方が良い」

 

「……」

 

「俺が巻き込まれていたことは……俺が思っていたよりもずっと……ずっと危険な──」

 

 でも、それでも……彼の言葉を遮るように抱きしめる力をギュッと強め、彼を離さないようにする。

 

「ね、ヒイロ」

 

「……」

 

「私は……大丈夫デス」

 

「……」

 

「大丈夫デスから……」

 

 彼の頭を撫でて、耳元でそうささやく。

 

「……俺……俺……」

 

 それでも。

 未だに呆然としているひーろーの姿は痛ましく、そんな姿を見るたび、まるで自分のことのように胸が痛む。

 

 彼の助けになってあげたいと言う想いが……心の底から湧き上がる。

 

「……」

 

 おかしいデス。

 調や……仲間のみんなに感じるのとはまた違った感覚デス。

 

「……」

 

 今も……胸の高鳴りは鳴り止まない。

 

 ……何故?

 私とヒイロは兄妹なのに……。

 

「……」

 

 何でこんなに……胸が苦しいデス。

 

「ねぇ、ヒイロ」

 

「……」

 

 だから、それを確かめたかった。

 

「……明日……デート……しないデスか?」

 

「……え?」

 

 私の胸を焦がす、この想い。

 その正体を。

 

 

 俺は……何故思い出せない。

 

 何故、何も思い出せない。

 決定的な証拠まで出されたってのに……何故それを否定しようとする。

 

「……」

 

 ……何故。

 

「ひーろーっ! こっちの乗り物とかドーデース!」

 

「……ああ……」

 

 もう、会うべきでないキリカと……未だに会っている。

 

「……」

 

 あの日、俺は決定的な証拠を手に入れた。

 それは二つの武器と、一つの本。

 

 ZガンとYガン。

 ブラックボールスレで『俺』がそう呼称していた二つの武器と、押入れにあった二つの武器の形状が一致していた。

 でかい方がZガンで、三つの銃口が付いた小さい方がYガン。

 

 ……そのうちYガンについては、家の中で一回使ってみた。

 すると、掲示板で『俺』が纏めていた情報の通りに作動し、確かに……空き缶を"上"と呼ばれるどこかに飛ばしていった。

 Zガンはその能力的においそれと使えないが……しかし二つのうち片方が正しく作用した以上、偽物である可能性は低いだろう。

 

 ……そして、ブラックボールの取説も。

 あの殆ど読まれた形跡のない()()の本の内容は、その名の通りブラックボールの使い方。

 それは、掲示板で『俺』が言及していたブラックボールの使い方そのものだった。

 

 もしこれを誰かに見られたら……俺は言い逃れが出来ないだろう。

 

 そう、そろうモノは全てそろっている。

 ここまで、状況はそろっているのに。

 

「……」

 

 何故俺は……今に至るまで、全くといって良いほど何も思い出すことが出来ない。

 何も実感が湧かない。

 

 何故だ。

 まだ、何かが足らないとでも──。

 

「へい! ひーろー! 何してるデース!?」

 

「ごっ……!?」

 

 と、そんなことを考えていると後ろから思いっきり体重をかけられる。

 

「およ~? 本当にどうしたデース?」

 

「ぐっ……ぐおおっ!?」

 

「お、およ……よ?」

 

 体の上から感じる圧力に負けじと……俺は折れた腰を立て直す。

 

「……な、なんだ……キリカ……」

 

「いや~何してるのかな……って気になって~」

 

「あ、ああ……ちょっと考え事を……」

 

「む? むふふ……また何か、辛いことでも思い出したデス?」

 

「……」

 

「私は大丈夫デスから。また私にどーんと相談してくださいデス!」

 

「……ああ」

 

 キリカそう言って、胸を張りながらどんと胸元を叩いた。

 そんな姿に、どこか罪悪感のようなモノが芽生える。

 

「じゃあ、今度はアレ乗るデス!」

 

「……ああ」

 

 今、俺たちは……キリカが黒服たちにさらわれた時に訪れていた遊園地に遊びに来ていた。

 

 ……これはキリカからの申し出だった。

 昔の記憶を思い出したい。だから、思い出の地を巡りたい、と。

 

 ……断るべきだった。

 未だに俺の中では自身に対する不信感が燻り、キリカの傍に居るべきではないと叫んでいる。

 

 ──しかし。

 

「ほら、いくデース!」

 

 俺の手を引き、顔をほんのり赤らめながら楽しそうに笑うキリカのその表情が、過去の……あの日と重なる。

 

「……」

 

 キリカの傍に居るべきではない。

 その想いに相反するように……()()()()()()、という想いもまた湧いてくる。

 たとえ俺が……ブラックボールに生み出された『暁陽色』のコピーなのだとしても。

 

 ()()()()兄として、その笑顔を守れと。

 

「……」

 

 ……どうすれば……いいんだ。 

 俺は……どうすれば……。

 

 時間が流れる。

 そのキリカの思い出巡りは遊園地から場所を変え……()()()()へと移る。

 

「……ここで、私が……?」

 

「……ああ。そうだ」

 

 キリカが黒服たちにさらわれ……俺が転落死したあの展望台へと。

 

「……」

 

 キリカは無言だった。

 すでに時刻は夜へと変わりつつあった。

 

「……どうだ、キリカ。何か……」

 

 そうキリカに尋ねて見るも、キリカは静かに頭を振るだけだった。

 

「……」

 

 何か、思うことがあるのだろう。

 俺とはまた違う記憶の無くしかたをしているのだ。

 暫く一人に……。

 

「……? キリカ?」

 

 ふと、キリカが俺の手を引いた。

 表情は俯いたままなので……よく見えなかった。

 

「……ここに居て」

 

 そしてぽつりと、ただそれだけを俺に言った。

 

「……ああ」

 

 軽く頷いて、キリカの傍に立つ。そのまま暫く……時間が流れた。

 

 

「……ねぇ。ヒイロ?」

 

 静謐な沈黙を破るようにキリカが声を発し──。

 

「……私、思い出せなかったデス」

 

 事実だけをぽつりと、呟いた。

 

「……そう、か」

 

 一瞬押し黙り……しかしキリカに不安な様子など見せないよう、あくまでも淡々と頷いた。

 

 そしてキリカは心の内を告白するように言葉を続けた。

 

「……何時も、『かぞく』って言葉で……風邪の時の鼻詰まりみたいな感じを覚えてたデス」

 

 それは恐らく、キリカが感じていた孤独。

 俺には……どうしようも出来なかった孤独だ。

 

「……今も思い出せないで……ほんと、何でだろうって思うデス」

 

「……」

 

「……なのに……一つだけ……思い出せたこと、あるデス」

 

「え」

 

 キリカはそう言ったかと思うと、俺の手をギュッと握りしめた。

 

 ──何故かふと……酷く嫌な予感がした。

 

「……私にとっての……ヒーローは……思い出せた」

 

「……」

 

 おかしい。

 この光景に……既視感を覚える。

 

 過去に……こんな光景を見たことがあるような──。

 

「思い出せたんデス。どうしようもないくらい、好きなことを」

 

「……え?」

 

 キリカに思いっきり手を引かれる。

 何を。

 

 そう思うよりも早く……キリカは俺の手を自身の胸元に引き寄せ、押しつけた。

 

「おまっ、何っを……!?」

 

「大丈夫デス」

 

「いや、ちょっ」

 

「大丈夫……デスから……」

 

 手に柔らかな感触が伝わってくる。 

 そして何より、キリカの胸の異様なまでの高鳴りも。

 

「何を……キリカ……?」

 

「おかしい、デスよね。兄妹なのに……こんな……ドキドキしてる……」

 

「……」

 

 手を払うことなど簡単だ。

 しかしそれは許されないことのように思えた。

 

「……」

 

 何時もの……昔のお気楽な表情とは違った、何よりも真剣な表情を浮かべたキリカ。

 熱っぽく息を吐き、頬を赤くしている。

 その、『誰か』を思い出すような表情が……手を払うことを躊躇わさせた。

 

「……実を言うと、デスね? 最初に……調……友達が会いに行けって言ってくれた訳じゃ、無いんデス」

 

「……え?」

 

「ただ……あの時は……何でかすごく、お昼に会ったお兄さんに会いたくて会いたくて……会いたくて仕方がなくって、友達に無理言ったんデス」

 

 おかげで、もう家に入れないよって言われちゃいましたけど。

 

 キリカはそう、小さく呟いた。

 

「……なんで……」

 

 心臓の鼓動が激しい。

 

 まるでフラッシュバックのように『何時か』が俺の脳裏を駆け巡る。

 どれだけブラックボールの情報を集めようと蘇らなかった記憶が溢れてくる。

 

「……ぁ」

 

 キリカの熱っぽい表情と、血塗れの表情が重なる。

 

 それは……ただのくさい演技だった。

 なのに、今のキリカは、至極真面目な顔をしている。

 

「ヒイロ……」

 

 駄目だ。止めてくれ。

 その先は──。

 

「好き」

 

 たった一言。

 それだけで……『家族』が、引き裂かれた。

 



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手紙

 最初に会ったときの事を……思い出した。

 

 確かあの時私は……誰かの後ろに隠れていた筈だ。

 上手く思い出せないけれど、その時は酷く不安で寂しかったことは覚えている。

 

『君がキリカちゃん? 俺は『陽色』!』

 

 それにあの時はまだ、上手く日本語を聞き取れなかったから……その言葉の意味は分からなかった。

 でも……。

 

『これからよろしく。キリカちゃん』

 

 誰かの後ろで隠れていた私に手を差し伸べてくれた彼の笑顔は……とても暖かくて。

 まるで明るい日差しの様に、私の心を暖めてくれた。

 

 それから幾ばくかの時間が流れる。

 幾つもの記憶の断片が見える。

 

 そこに映っている彼は……何時も私を引っ張ってくれた。

 学校に行くときも、遊びに行くときも、何時も私の前に立って……足踏みする私を前に進ませてくれた。

 彼と一緒なら、不安な気持ちが拭われていった。

 友達はあまり作れはしなかったけれど……前までの寂しさは感じなかった。

 

 当時、気になって彼に聞いてみたことがある。

 何でそんなに私に構ってくれるの? と。

 

 彼は意外そうな顔をして、しかし優しく微笑みながらこう答えた。

 

『そりゃ……俺はキリカの兄貴だしな。……それに、俺は……』

 

 彼は私の頭を撫でながら、こう続けた。

 

『キリカが何時も……寂しそうだったから。一緒に居てあげたいって、そう思った』

 

 ……きっと私のこの『想い』が始まったのは、この時だ。

 

『それに俺さ! 父さんみたいな格好いい大人になりたいんだ。誰かを助けられる……そんなヒーローに!』

 

 彼は私の義兄で、彼も私を妹としか見ていなかったけれど。

 でも……私にとって彼はヒーローで。

 

 そんな彼に、私は恋をした。

 

「……思い出せた、デス。この『想い』……それだけは……思い出せたデス」

 

「……」

 

「ずっとずっと……好きだったデス」

 

 今も心臓の高鳴りは止まらない。

 彼に触れられているというだけで、頬が赤らんでしまう。

 

「……お」

 

 彼は暫く呆然とこちらを見ていた。

 そしてぽつりと声を漏らしたかと思うと……もう片方の手で顔を覆った。

 

「おれ、を……? キリカが……? なんっ……で……」

 

「ヒイロが……私のヒーローだったから」

 

「……」

 

「私がヒイロに、何時も救われていたから」

 

「違う……俺は……何も……!」

 

「違わないデス」

 

「ッ……」

 

「私があの日、ヒイロと出会って、同じ時間を過ごして……ヒイロに助けてもらった、その時から──」

 

 ヒイロは私の……ヒーローだから。

 

 ◇

 

「……」

 

 俺は一人、展望台のベンチに座り項垂れていた。

 

 ただ一人になりたかった。考える時間が欲しかった。

 そうキリカに伝えると、彼女は何時でも答えを待っていると言って……顔を赤らめながら去って行った。

 

「……」

 

 俺は、一人になった。

 俺が死んだ展望台で、一人……考えに考えた。

 

 けど、いくら考えても……訳が分からなかった。

 

 キリカが俺のことを好き? 

 

 だって、俺とキリカは……兄妹で……家族じゃないか。

 そんな……おかっしーだろ……好き……だなんて……。

 

 でも……キリカは嘘を吐いているようにも、冗談を言っているようにも……見えなかった。

 

 だったら、キリカは本気で……本当に、俺の……事、を……。

 

「……ぁ……」

 

 あの上気したように赤くなって見えた頬。そして熱っぽい息遣い。そして何より、あの悦んだ様な表情。

 全てが兄に向けるモノでは無く、誰にでも見せるモノでも無い。

 

 状況が、行動が、記憶が。全てがキリカの想いが事実であると肯定している。

 

 何で……何、で……俺なんだ。

 じゃあ、キリカのことを家族だッて……思ッてたの、は……俺だけ……っ

 

「ぁあ……」

 

 何で……何で、こうなる。

 

 俺は……俺はただ。

 家族を……取り戻したかった、だけなのに。

 

 ただそれだけのために戦い続けていたのに。

 

 何故。

 

 何で……。

 

「ああ……ぁああぁああっ!」

 

 止められない感情の咆哮が嗚咽となってあふれ出る。

 

 そうだ。

 

 思い出した。

 俺が死んだあの日のことを──。

 

『どこ、だ……ここ』

 

 あの日。

 黒服に展望台から落とされて、俺は死んだ。確実に……死んだはずだ。

 死んだ瞬間の、頭蓋が割れて脳髄が溢れた感触まで覚えている。

 

 なのに目が覚めれば……どこかの部屋の一室。

 

『んだ……これ……』

 

 その部屋の中央に鎮座した黒い球体。

 そしてその前に置かれた、古びたノート。

 

『……ブラックボール……取扱……説明書?』

 

 俺がそれを手に取り、最初のページを見終わった瞬間、黒い球体……ガンツが開いた。

 

 訳も分からずに俺は、そのノートの指示通りに行動した。

 スーツを着て、ガンツから出て来た武器を出来る限り持って、奥の部屋にあるZガンやソードも持って行った。

 

 最初のミッションは楽勝だった。

 星人の攻撃はスーツが全て守ってくれたし、こちらの攻撃は面白いように通った。

 俺は一人でミッションを完遂し、そしてガンツの武器の数々に……魅了された。

 

 この力があれば、あの黒服達からキリカを取り戻せる。

 きっと俺がこの部屋に呼ばれたのは運命なんだ。

 兄として、俺がキリカを……取り戻してみせる、と。

 

 ガキながらにそう決意した。

 

 だが、その決意があったからこそ、折れること無く戦えた。

 

 例え四肢をもがれても、例えどんな痛みを覚えようとも、例え……。

 

 例え親父が、俺にビビって逃げ出しても……俺のヒーローがただのちっぽけな人間だったと突きつけられても。

 それでも、折れることだけは──。

 

『弱き者。人類よ。我等は穏やかに生きてきた。我等は静かに暮らしていた』

 

『何故奪う。何故戦う。何故殺した。母君を。(ともがら)を』

 

 折れる、ことだけは……。

 

『許さぬ……許さぬ……』

 

 ポッキリと、心が折れる音がした。

 その星人は圧倒的で、どこか神々しさすら感じられた。

 

 絶対に勝てない相手。

 何をしても攻撃をはじかれ、対処され。

 片手間に両腕を切り落とされ、朦朧とする意識。

 血を失いながら走って、走って走り続けて逃げ続け。

 それでも聞こえてくる、地の底から響くような怨嗟の声。

 

 生物として、戦士として圧倒的なその存在に、心が押しつぶされた。

 

 部屋に逃げ帰って、ベッドの上でガタガタと震えて。

 眠ることも出来ず、外に出ることも出来ず。

 もう、あの部屋に呼ばれたくないとすら思った。

 

 ──でも。

 

『……へーい! ひーろー! なんだか最近暗いデースねー』

 

『辛いことが有ったら、おかーさんにちゃんと言うデースよ?』

 

 親父が逃げ出して、何の繋がりも無いはずの義母さんが……俺に手を、差し伸べてくれた。

 

『およ~! やんちゃさんデースね!』

 

 余裕が無くて、強く当たってしまった俺に何度も何度も、手を差し伸べてくれた。

 

『……私は、ちゃんと居るデスから。消えたり何てしないデスから。……甘えてくれてオーケーデース!』

 

『ちょーっと頼りないのはご愛嬌デース!』

 

 母さんに救われて、家族って繋がりが俺を救ってくれた。

 

 俺は……家族に救われた。

 

 だから……。

 

『これがお主の母か』

 

 だから……俺は……。

 

『殺しはせぬ。生きて地獄を見て貰う。自死をも選べぬ……地獄を』

 

 どんな絶望を……前にしても。

 

『……ヒイロ……好き……』

 

 家族を取り戻すために戦い続けて……続け……て……。

 

「……」

 

 家族は、もう……。

 

 完全に……壊れてしまった。

 

 ◇

 

「……」

 

 ヒイロは呆然と、展望台から見える景色を見ていた。

 それは何時か見た光景で、人生最後の景色。

 

「……」

 

 ヒイロは、思い出した。

 記憶の殆どを。

 

 彼が昔、スーパースーツを着て……東京の街を駆けた記憶を! 戦いを! 悲劇を! 

 

 所々歯抜けがあるモノの……しかし、確かに実感のある経験として彼の脳裏をよぎっていた。

 

「……」

 

 ──彼は、今にも死にそうな顔で……展望台から地上を見下ろしている。

 そう。ほんの少しでもその背を押せば、倒れていきそうな程……彼の背中は弱って見えた。

 

 だが、それもしょうが無いことだ。

 彼の行ってきた七年間が、最初から全て無意味であった事に……ようやく気付いたのだから。

 

 私は……そんな彼に酷く同情を覚えた。

 運命は常に、彼に過酷な選択を強いてきた。

 そして、苦渋にまみれながらも選んだ結果が……これだ。

 

 彼の大切なモノは何もかも消失し、ただ呆然と黄昏れるしか無いという……現状なのだ。

 

「おーい! ヒイロくーん!」

 

 ──その黄昏れる彼を呼ぶ声が、後方から聞こえてきた。

 それはヒイロの耳にも届いたのか、彼は覇気の無い瞳でこちらを睥睨する。

 

「……セバスチャン……?」

 

「やぁ」

 

 セバスはニヒルな笑顔を浮かべ、彼の横に立った。

 

「どうしたヒイロくん。酷く落ち込んでいるように見えるが」

 

「……」

 

 セバスの軽い口調の問いかけに、ヒイロは口を閉ざす。

 

「……」

 

「……」

 

 しばしの間沈黙が降り、風が凪ぐ音が響く。

 セバスは空を見上げ……目を細めながら夜空を眺める。

 空には一部が欠けた月が浮かび……こちらを見下ろすように月光を放っていた。

 

「……記憶」

 

「ん?」

 

「記憶を……思い出しました」

 

 ──と、セバスが月を眺めていると、ヒイロがようやく口を開く。

 内容は、そう。

 

 記憶について。

 

「そう。君は……ブラックボールの部屋の住人だったかい?」

 

「……はい」

 

 セバスは余計なことは何も聞かず、ただ一言……核心のみを尋ねる。

 ヒイロもそれに答えるように、小さく頷いた。

 

「そうか。どんな形であれ、記憶を思い出せたのは良いことだよ」

 

「……」

 

「でも……何故君はそんなに哀しい顔をしているんだい? 嫌な過去だった?」

 

「……ええ、それなりに……」

 

「そう。でも思い出したのなら……受けいれなければ」

 

「……」

 

 セバスは諭すようにそうヒイロに伝える。

 しかしそれでもヒイロは俯いたまま、受け入れられないとばかりに呆然としている。

 

「……」

 

 セバスは軽く息を吐いたかと思うと、彼と同じように下を向いた。

 

「ここから落ちたのか、君は」

 

「……え?」

 

「高いねぇ……迫力満点だ。僕は自殺未遂だったから、どうも勝手が違う」

 

「……セバスチャン?」

 

「ん? 言ってなかったかな? 僕も昔……()()()()()()()()()()()()()()

 

「……は?」

 

 その唐突な告白にヒイロはようやくこちらを向いた。

 

 それは純粋な驚愕とも、疑念とも取れる。

 

「……お前……本当に……セバスチャンか?」

 

「……」

 

 彼はジリジリと警戒したように私から距離を取り始めた。

 その姿があまりにも面白くて笑みが溢れる。

 

「……お前……」

 

「くっ……ふふ……嘘だよ嘘」

 

「……あ?」

 

 ヒイロは分かりやすく動揺し、先ほどの弱々しさが嘘のように鋭い視線でこちらを睨み付ける。

 どうも勝手が掴めてきたようである。

 

 セバスはニヒルに笑い、言葉を続ける。

 

「それがねぇ……当時の僕ってばオタクが祟ってアイドルに貢ぎまくったんだよねぇ……で、消費者金融に手を出してまで推してた子が電撃結婚! からの引退って言うダブルパンチ食らっちゃって……」

 

「……えぇ?」

 

 ヒイロはドン引きしたようにこちらを見た。

 

「馬鹿にしないで欲しいね……あの時はマジだった……ま、生き残ったんだけど……」

 

「……」

 

「で、まぁ……僕はあの部屋に呼び出されたわけだけど……」

 

「……おい、さっきと言ってる事違うぞ」

 

「……」

 

 チラリとヒイロへと視線を向けたセバスだったが、しかしヒイロからの反応は芳しくない。

 

「……思い出さないねぇ……ヒイロ……」

 

 これだけ情報を与えても何も思い出さない。

 

 その上、どうも……先ほどのアレを引きずっているようだ。

 思わず溜め息を吐き、セバスは額を押え──ヒイロを睨み付ける。

 

「そんなに気に食わないか? 妹からの告白が」

 

「あ?」

 

 瞬間、夏だというのに周囲の気温が幾らか下がったように感じた。

 それほど冷たい殺気に、しかしセバスは飄々と続ける。

 

「何が駄目なんだ? 彼女は本気で君のことを愛している。良いじゃないか……受け入れば」

 

「てめぇ……見てたのか?」

 

「それとも、何か受け入れられない理由があるのか? 血の繋がりは無いのだから、生物学上受け入れない理由は無いだろう」

 

「ああっ!?」

 

「最初はその事に違和感を覚えるかもしれない。だがそう言った感情は時間が解決する。何が問題だ?」

 

「お前……フザけてんのか? 俺を馬鹿にしてるのか?」

 

「だがそうだろう? 問題など書類上にしか存在しない。家族が壊れたというのなら、五年後か十年後かに彼女と結婚して、新たに築いていけば良いだろう」

 

「……は?」

 

「家族とは元来……他人同士のコミュニティ。家族とは築くモノ。君と君の母は後からでも家族になれたはずだ。なのに何故、妹とはもう家族になれないと諦める?」

 

「……」

 

「何故だ? 何が気に食わない? 何が──」

 

 ガンッ、という音が鳴り響く。

 怒りの形相のヒイロが、展望台の柵を叩きへこませていた。

 

「……ふむ?」

 

 怒気を孕んだヒイロの表情を見て、セバスは確信する。

 

 彼の本心を。

 

「ああ……それとも……君はアレか? まだ……()()を諦められないか」

 

「……は? 彼女……?」

 

「ああ……本当に思い出せないか? 君が……愛した女性のことを」

 

「……愛、した……」

 

 セバスの言葉に、ヒイロは本気で惚けたように呟く。

 

「……思い出さない、か……」

 

 しかし完全に心当たりが無いと言うわけではなさそうだ。

 

「……おい、セバスチャン……愛した女性……あの、俺の部屋に居た……人って、事か……?」

 

「……」

 

 頭を押えながら、時折走る激痛を堪えるようにヒイロはセバスを睨み付ける。

 

「……答えろ……知ってるんだろ……セバスチャン!」

 

「……ふむ」

 

 もう少し衝撃を与えれば思い出すかもしれない。

 セバスは頭に手を当てながら……言葉を紡ぐ。

 

「……ヒイロ。君には三つの……選択肢があった」

 

「……あ?」

 

 そして、空いている方の手で指を三本見せつける。

 

()()。このまま妹を受け入れる。そしてそのまま……これ以上思い出さずに普通に暮らしていくという、選択肢」

 

「……」

 

()()。全てを思い出すという選択肢」

 

「……すべ……て……」

 

「……そして()()。僕の仲間になるか」

 

「……仲間?」

 

 セバスは、ヒイロへと手を伸ばす。

 

「そう。まぁ個人的には一つ目の選択を選んで欲しいけど……どうする?」

 

「……」

 

 ヒイロは……セバスが差し伸べたその手を見つめ……。

 パンッ、と叩いた。

 

「……二番だ。すぐに教えろ」

 

「……」

 

 ……その選択に、セバスはほんの少しだけ……哀しそうな顔を浮かべた。

 

 ◇

 

「……」

 

 家に向かって走り、家に駆け込む。

 電気をつける。

 

『君の愛した女性。それが誰とかって言うのを僕が言うのも野暮だし……その痕跡について教えよう』

 

 あのセバスチャンの様な誰かの正体がなんなのかは、もうどうでも良かった。

 ただ……『その人』が生きた証が……まだ有るというのなら、俺はそれを見たかった。

 

『君の部屋にある郵便受け。実は底が二重になっているんだ。よく確認してみなさい』

 

 そしてそのまま、ドアに付いて有る郵便受けの底の方をよくさらってみる。

 

「……!」

 

 すると確かに……底の部分が浮いた。

 心臓がバクバクと脈打っていた。

 

 そして底に敷いてあった板を外し……中を覘いてみる。

 

「……これ、は……」

 

 そこには、まるでラブレターのような可愛らしい飾りがつけられた手紙が……置いてあった。

 



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再来の黒スーツ

 その手紙の内容は、何処までもありふれた内容だった。

 

 普通の少女が、好きな人へ向けて作った手紙。

 本当に、普通の……ラブレターだ。

 

「……ぁ……ぁああ……」

 

 それが、俺には……痛いほど突き刺さる。

 

「……なんっ……でっ……」

 

 ()()()()()

 この、想いが……一体誰に向けられていたモノなのかを。

 

『……私……ヒイロ……さんの事が……好き……なんです』

 

 それはある夜のこと。

 俺が……深い絶望にあった日のこと。

 

『……私の……ヒーロー……』

 

 彼女が、俺を立ち直らせてくれた。

 血塗れの笑顔で……俺をヒーローと、呼んでくれた。

 

『ヒイロさん、手、繋ぎませんか!』

 

 何時も、俺に手を差し伸べてくれた。

 

『私は……私は生きて……生きて生きて、足掻いて、それでも死んでしまうその時まで……生きたい。生き延びたい。……ヒイロさんと、一緒に』

 

 一緒に生きたいと、言ってくれた……俺が、救えなかった少女。

 俺が愛した人。

 

 その名前を……思い……出した。

 

「……ひび…き…」

 

 零れ落ちるように彼女の名前を呟き、俺が忘れたモノの……失ったモノの大きさを理解する。 

 そして同時に、ガンツに居たときの記憶を取り戻しても、何故あれほどの虚無感があったのかを……理解した。

 

 あんなモノ、俺にとってはちっぽけなモノでしか無い。

 

 俺には……。

 俺には、()()()()()()()()()

 

 俺はその全てを……全部……全部……忘れて……。

 

「ッ……ああぁあああァッ!」

 

 抑えきれぬ慟哭が喉を突き破り、みっともなく泣き喚く。

 

 ──その慟哭は……夜が明けるまで続いていった。

 

 

「……ふぁーい」

 

 朝の7時頃、ヒイロはセバスチャンの探偵事務所を訪ねていた。

 呼び鈴を鳴らして待っていると、セバスチャンが眠そうに出て来た。

 そしてヒイロの顔を見ると、怪訝な表情を浮かべながら頭を掻いた。

 

「え? 陽色君? ()()()()

 

「……」

 

「……どしたのこんな朝早くから」

 

 セバスチャンは首を傾げながら、訝しむようにヒイロを見やる。

 

「……あんたは……」

 

「ん?」

 

「あんたは……セバスチャン……だよな」

 

「え? ど、どういう意味……?」

 

 次いで飛んできた謎の質問で、更にその首を傾げていく。

 

「……いや、僕は普通に僕だけど……」

 

「……そっすか」

 

 セバスチャンは一応その質問に答えるも、ヒイロの反応は芳しくない。

 

「じゃあ大丈夫です。朝早くからすんません」

 

「は……はぁ……」

 

 そして終始訳が分からないまま、ヒイロは足早に何処かに向かって歩き出す。

 

「……あぁ、そうだ」

 

 ……と、途中で何かを思い出したような声を上げたかと思うと……ヒイロは立ち止まり、振り返った。

 

「思い出しました、記憶」

 

「え?」

 

 セバスチャンはその予想外の言葉に驚き、ヒイロのその表情に息を呑む。

 

「……」

 

 まるで、何か憑き物が取れたような表情を浮かべていた。

 その表情に、ヒイロの言葉が嘘で無いことを察する。

 

「……そうかい。どうだった? 自分の記憶は」

 

「……最悪でしたよ。最悪も最悪で……」

 

「……」

 

「……でも、大事な想い出……でした」

 

 セバスチャンは、その言葉に……優しく微笑む。

 

 一年……彼の依頼を受け続け、彼を傍で見守ってきた。

 失ったモノを探し続け苦悩するばかりだった彼が、どんな形であれ『答え』を得られた。

 

 感慨深い思いもあった。

 しかしそれに浸るよりも先に……伝えねばならぬ事がある。

 

「……おめでとう陽色君。君は何より辛く、険しい道のりを走りきった」

 

「……」

 

 セバスチャンはヒイロへと近づき、抱きしめる。

 

「これからの君に……祝福がありますように」

 

 それは祝辞であり、これからの彼への祝福だった。

 

 ヒイロはその抱擁を受け入れ、恥ずかしげに笑みを浮かべる。

 

「……酒臭いっすね」

 

「ははは! そいつはすまない! 実を言うと朝まで飲んでたんだ!」

 

 セバスチャンはそう言って背中をポンポンと叩きながら抱擁を解く。

 

「……ありがとうございました」

 

「良いさ、気にしなくても」

 

「……それでも、ありがとう。今の俺が居るのは……あんたが居たからだ。だから、ありがとう」

 

「はっは! 随分と大げさだね」

 

 そうしてジッとヒイロの瞳を見つめたセバスチャンは、ヨシっと肩を叩いてヒイロを送り出す。

 

「この後……何か用事があるんだろう? 行ってきなさい。何かは分からないけど……僕はそれを応援するよ」

 

 セバスチャンはこれまで多くの人間を見てきた。だからこそ分かる。

 ヒイロのその瞳の奥に、何か大きな覚悟が有ると言うことを。

 

 セバスチャンにはそれが何に対するモノなのかは分からない。

 けれど──セバスチャンは、覚悟を決めたヒイロを送り出した。

 

 

 ヒイロは一人、展望台にて待つ。

 沈みかかった太陽が、赤く輝いて街を照らしている。

 その陽光に照らされた陽色の顔には、覚悟を決めた表情を浮かんでいた。

 

 ──と。

 

「……お、お待たせしたデス!」

 

「いや……俺も今来た所だ」

 

 後方から、切歌が駆けてくる。

 互いに様々な考えがあるのだろう。

 覚悟を決めた表情のヒイロと、どこか緊張の面持ちのキリカ。

 

 しばし、沈黙が場に下りる。

 

「……」

 

「……」

 

 学校帰りであろう制服を着た切歌は、モジモジと太股を擦らせながらチラリチラリとヒイロを盗み見ていた。

 求めているのだ。

 

 先日の告白の……答えを。

 

 ヒイロは佇まいを直し、切歌に向き合う。

 

「……キリカ」

 

「っ……はい」

 

 びくりと切歌の肩が跳ねる。

 頬は陽光に照らされていても赤くなっているのが分かるほど火照っている。

 じんわりと全身に汗が滲み、ぎゅっと手を握りしめている。

 

「……」

 

 ヒイロは……口を開──。

 

()()()()()()()

 

 こうとした瞬間、二人しか居なかった筈の空間に声が鳴り響いた。

 

「……え?」

 

 切歌が思わず振り返ると……そこには、()()()()()を着て、無機質な面のようなモノを被った数人の男達が、こちらに向かって歩いていた。

 

「対象を確認。処理に移ります。許可を」

 

 彼らの先頭に立っていた男は、仮面越しに何やら携帯で話していた。

 

「……はい。はい…目撃者が居ますが…はい、リディアンの制服を着た……はい。ええ」

 

 その異様な雰囲気の男達に、切歌は怯んだように後ずさる。

 

「……え? 彼女も……? ……出来れば? ……ええはい。分かりました。ではそのように……」

 

 そして携帯を耳から離し、先頭に立っていた男はこちらを睨み付けた。

 

「……だ、誰デス──」

 

 切歌の口を押えるように、ヒイロが切歌の前に出た。

 

「っ、ひーろー!?」

 

「……何者だ……あんたら」

 

 そしてそのまま、切歌の前に立ちながら会話を続けた。

 

「私達は……『管理人』。君を、招待しに来た」

 

「……『管理人』……だと」

 

「……?」

 

 切歌には何のことか分からなかったが、ヒイロには何か心当たりが有るかのようで。

 冷たい目で黒いスーツの男達を睥睨した。

 

「『Apocalypse』の時が近い。より戦力が必要になった……」

 

「……」

 

「そう言えば分かるかね。暁ヒイロ君」

 

「……」

 

 瞬間、両者の間の温度が数度下がったように思えた。

 殺気と殺気のぶつかり合い。

 

 それは切歌にも感じ取れるほどのモノで、彼女はヒイロを見上げた。

 

「……ひ、ひーろー……?」

 

 自身の知る男とは全く違う表情を見せられ、彼がどこか遠くに行ってしまうのでは、という焦燥に駆られる。

 彼女が思わずその手を握りしめると、ヒイロ一瞬驚いたように手を震わせたが……しかしすぐにその手を握り返す。

 

 そのことに切歌が多少の安堵を覚える間もなく、ヒイロは黒スーツ達に話しかけた。

 

「……俺に、部屋に行けと?」

 

「ああ……そう言う事だ。部屋はそのままにしてあるので安心したまえ」

 

「はん! 自分たちでいじれねぇだけだろーが」

 

「……」

 

 内容はよく分からないが、彼らの間では通じ合っているのか……黒スーツは黙り込んだ。

 その姿をヒイロは煽るように鼻で笑うと、チラリと切歌を見やる。

 

「……で? コイツも……連れてけと?」

 

()()()()()()()()()。現時点では……君が最重要だ」

 

「……」

 

「君と我等で、交渉の余地はあると思うがね」

 

 そしてまた睨み合いが起こる。

 

 先頭の男は面倒くさそうに溜め息を吐いたかと思うと、太股に差してあった銃のようなモノに手を伸ばし──。

 

 ──瞬間、ヒイロは瞬時に切歌を抱き上げ、駆けだした。

 

「! ひーろー!?」

 

「黙ってろ! 舌噛むぞ!」

 

 そして、展望台から身を乗り出すと──。

 

「えっ?」

 

 そのまま重力に従い──地上へと落下していった。

 

「ええぇぇェェェ!?」

 

 切歌の悲鳴が空に響き、胸元にあるペンダントに手を伸ばそうとする。

 しかし。

 

「はあっ!」

 

 掛け声一閃。

 ヒイロは堅いコンクリートへと踵落としを繰り出し──コンクリートを粉砕して、落下の衝撃を緩和させた。

 

「っデデッ!?」

 

「ちぃっ!」

 

 ヒイロは一瞬苦しそうな表情を浮かべるも、しかしすぐに態勢を立て直すと切歌を抱えたまま走り去る。

 

「……」

 

 展望台の上。

 そこでは、先ほどの黒いスーツの男達が下を眺めていた。

 

「……えぇ……」

 

 そして皆、口々にドン引きの意を示していた。

 

「……リーダー。女の子要ります? アイツだけで良いんじゃ?」

 

「……うむ……」

 

 少しその威勢が削がれつつも、しかしリーダーと呼ばれた男は手元のコントロールを弄り、ヒイロたちの足跡を追跡する。

 

「……だからこそ……彼だけは確実に、部屋にお戻り願おうか」

 

 そして、リーダーは携帯をもう一度取り出すと、何処かに電話を掛ける。

 

「すみません、はい……転送をお願いします。はい、そうです。座標は標的の近くで……はい……はい…よろしくお願いします」

 

 電話の直後……彼らの転送が始まった。

 

 

 暫く走っていると、ポツポツと人の姿が増えてくる。

 すると当然、お姫様抱っこをしながら猛烈な速度で走って行くヒイロたちの姿は注目を集めていた。

 

「──お、下ろしてくださいデス!」

 

「……」

 

 だからか、切歌は顔を赤らめながらそう懇願した。

 ヒイロは辺りを見渡したかと思うと、裏道の方に入ってから切歌を下ろした。

 

「……な、何デスか……さっきの人達!?」

 

「……」

 

「し、知り合いデスか!?」

 

 ──そして、地面に下りた切歌は、開口一番にヒイロに詰め寄った。

 しかしヒイロはその問いかけを無視するように周囲を警戒していた。

 

「ヒイロ!」

 

「……」

 

 切歌は怒鳴るようにヒイロに語りかける。

 するとヒイロはようやく周囲では無く切歌を見やる。

 

「……まずは、すまん」

 

「……え?」

 

 そして開口一番に、ヒイロは切歌に謝罪した。

 

「巻き込んでしまったこと。怖い思いをさせたこと。申し訳ないと思ッてる」

 

「……」

 

「質問に答えよう。知り合いかどうか、だったな。一言で言うなら……あんな奴等知らん」

 

 そして、次いで続けた答えに切歌は少なからず安堵の表情を浮かべた。

 

 あの男達からは何か危険な……自身の知る悪い大人の雰囲気を感じ取ったから。

 そんな奴等とヒイロが知り合いだなどと……考えたくなかったから。

 

 だからこその安堵だったが、しかしそれはその安堵をぶった切るようにヒイロはこう続けた。

 

「……だが、心当たりはある。とは言っても……()()()()()なんか居ないはずだが…」

 

「え?」

 

「だが……クソ。殺しに来るってそう言う……本当に直接殺しに来るのかよ……」

 

 ヒイロはブツブツと愚痴るように物騒なことを言い出した。

 

「……相手は、誰デス?」

 

「……」

 

 ヒイロは一瞬、切歌の目を見つめた。

 しかしすぐに視線を切ると、無視するように語り出す。

 

「ともかく一旦家に帰る。それから──」

 

「……それよりもどこかに逃げるデス」

 

「逃げる? 警察じゃ無理だぞ、彼奴らは……」

 

「……良い場所を知ってるデス! そこに逃げられれば──!?」

 

 瞬間、ヒイロが切歌の口を塞いだ。

 

「んむ!?」

 

「シッ」

 

 そして口の前に人差し指を立てながら、物陰に隠れるように切歌を抱き寄せる。

 

「!?」

 

 直後、ヒイロ達のすぐ傍に光の線が立ち上った。

 ジジジッ、という電子音が鳴り響き──そこから黒いスーツが映し出されていく。

 

 それを転移と呼ばずになんと呼ぶだろう。

 彼女の知る転移とはまた違う手法のそれに思わず目を見開く。

 

 ──そんな切歌を置いて、ヒイロは出て来た黒スーツに痛烈な蹴りを繰り出す。

 

「ッらぁ!」

 

「──!?」

 

 映し出されていく男の腰がくの字に折れ、壁へと叩きつける。

 

 直後、周囲の黒スーツ達も警戒するように腿のホルスターから武器を取るも……しかし壁に叩きつけられた男から即座に武器を回収していたヒイロは、既にその場を消えていた。

 

「なっ何デスかアレ!?」

 

「……」

 

「っ、ひーろー!? 何か知ってるんデスか!?」

 

 切歌の手を引くヒイロは、しかし答えなかった。

 ……いや、答えたくなかったのだろう。

 

 苦虫をかみつぶしたような表情を切歌に見せないように俯いたヒイロは、一転足を止めて切歌に話しかけた。

 

「キリカ。その逃げる場所って……何処だ?」

 

「え? あ、その……わ、私の知り合いの……」

 

 一瞬、切歌は戸惑ったように誤魔化した。

 ──だが、それは悪手であった。

 

「……そうか」

 

 ヒイロは自身の携帯を取り出すと、幾ばくかの逡巡の後にある番号に電話を掛ける。

 

「……()()()()。俺です。暁です──」

 

 

 様子がおかしかった。

 今日は会ったときからずっと……何時ものヒイロとは違って、どこか冷たい表情をしていた。

 

 ──それが、あの『管理人』とか言うのが出て来てから……より冷たくなってしまった。

 

「……はい。よろしくお願いします」

 

 そして今も、何故か()()への電話番号を持ってるし。

 

「切歌。今国連の……災害……特異災害? ……アレだ。偉い人に電話した」

 

「……」

 

「すぐに迎えの人を出してくれるって。その人の所に行けば取りあえず安心だ」

 

 そう言って私の頭を撫でたヒイロは、何時もの優しいヒーローの顔で。

 

 なのにそれが、無性に怖かった。

 

 ヒイロが何処かに消えてしまうような、そんな気がして。

 そしてその嫌な予感を叶えるように、ヒイロはこう続けた。

 

「彼奴らは俺が押える。だからこの住所に向かってくれ」

 

「……何で……ヒイロが……」

 

「彼奴らは……多分、俺を捕まえようとしている。俺が囮になればお前の方には行かないはずだ」

 

「……」

 

 ヒイロはとても……とても申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 

「すまん。関係ないのに……巻き込んで」

 

 ──私は、その言葉が……無性に哀しかった。

 

「……ある」

 

「え?」

 

「関係……あるデス!」

 

「……」

 

「なんで……なんでそんな事言うデス! 私を……私をもっと頼って欲しいのデス!」

 

 ヒイロは驚いたような、呆然としたような表情でこちらを見ていた。

 

「っ、頼りないかもだけど……でも……! 私だって、戦う力くらい──」

 

 胸のペンダントを取り出そうとする。

 けど、それを止めるようにヒイロは……私の頭に手を置いた。

 

「……逃げてくれ。キリカ」

 

「……なんっ、で……私が……そんなに信じられないデスか?」

 

 私の言葉にヒイロは少し困ったような表情を浮かべて、まるでいつかの再現のように優しく微笑んだ。

 

「……違うさ。俺がキリカの兄貴だから、守るんだ……それに俺は……」

 

 ……彼は、私の頭を撫でながら、こう続けた。

 

()()()()、今度こそお前を守りたいんだ」

 

「──」

 

「だから……頼む。俺にお前を……守らせてくれ」

 

 ──それは優しい言葉で……しかし、決定的に私を突き放した。

 

「……行け、キリカ」

 

「……」

 

 二つの想いがせめぎ合っていた。

 

 ヒイロが好きだって想い。

 お兄ちゃんが好きだって想い。

 

 ヒイロが好きで好きでたまらないから、戦えという想いがあった。

 お兄ちゃんを頼りたい、お兄ちゃんの願いを果たしたい。そう言う想いもあった。

 

 ──だから。

 

 シンフォギアは……輝かなかった。



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ヒーロー新生

 黒スーツを纏った仮面の男が、こちらを無機質な仮面で見つめている。

 しかしその不気味な様相とは相反して、男は実に人間的に驚きながら首を傾げた。

 

「ふむ? 逃げないのか……?」

 

 ……それは、逃げていた筈の俺が……逆に向かうように歩いてきた事への疑問だろう。

 

 どうせ逃げた所で転送して追ってくるだけだろうに。

 そのすっとぼけたような態度に苛立ちが生まれ、軽く舌打ちを打つ。

 

「……チッ。別に……交渉がしたいってだけだよ」

 

「ほう?」

 

「その交渉次第じゃ……部屋に戻っても良い」

 

 そう言って奪い取ったXガンを手から離し、足下に転がす。

 先ほど先頭のリーダーらしき男が言っていた、交渉の余地という言葉。

 これを此奴らがどこまで本気で言っていたのか……ここで見極める。

 

 銃は手元に無く、どころかハンズアップしているこの状態。

 一見無防備な状態だが……。

 

「……」

 

 さて、どうで──。

 

「良いとも。では、君の要求を聞かせてもらおうか」

 

 男はそう言って、手に持っていたXガンをホルスターに戻した。

 その男の行動を追うように他の黒スーツ達も武器を収めていく。

 

「……」

 

 その、彼らの行動に静かに目を見張る。

 想像よりもはるかに物分かりが良い。

 

 ……では、あの交渉の余地……ってのは……まさか本気で?

 

「……」

 

 だが……思えば此奴ら、戦術の定石である不意打ちをしてはこなかった。

 

 態々姿を晒して話かけ、常に此方の出方を伺い機嫌を損ねない様な対応を心掛けている様に見える。

 ……此奴らにとって、俺はそこまで重要な戦力なのか……?

 

 恐らく此奴らはブラックボールを全国に設置し、あのブラックボール掲示板を設立した……所謂運営側の人間。

 それも、訓練を積んだ動きをして居る。

 

 つまりは『企業』連中の実行部隊……って所か?

 そんな奴等がスーツだけでなく()()()()()も着ている辺り、引き込みへの本気度が窺える。

 

 ……だが、だからこそ……そこに全てを掛ける。

 

「まず一つ。あの女は見逃せ。それが絶対的な条件だ」

 

「……」

 

「……聞こえてるか? おい」

 

「ああ、了承した。あの少女は……今回の標的から外させて貰おう」

 

「……」

 

 そうして、仮面の男はどこからか携帯を取りだしたかと思うと……どこかに電話を掛けた。

 

「もしもし……はい、はい……ええ、対象との交渉で……あの金髪の少女を対象から外せと。……はい、はい……」

 

 ……そして、そこから随分と仮面の男は電話の向こうの相手と話していた。

 時間にして五分以上。

 

「……」

 

「ええ、はい。分かりました。ではその様に」

 

 暫くの間仮面の男は携帯に向かって話しかけていたかと思うと、ようやく話が付いたのか携帯を仮面から離し、こちらを見やる。

 

「許可が降りた。君の要望通り、あの少女は見逃そう」

 

「……そうか」

 

 この男の言う見逃すが、実際にどこまで本気なのかは分からなかった。

 

 ──だが正直な所、それはそこまで重要視していない。

 

 今、重要なのは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 風鳴さんはいきなり電話を掛けたというのにすぐさま対応してくれて、大体五分ほどで迎えに行くと知ってくれた。

 既に時間は十分。キリカは保護されていることだろう。

 風鳴さんは信用できる人だ。

 実力的にも……あの人ならばキリカを任せられる。

 

 なにせ──此奴らが束になっても、風鳴さんには敵わない。

 よく鍛えられてはいるが、真の意味での実力者には届くとは思えない。

 それはガンツの武器があろうと変わらない。

 

 圧倒的な戦士との差が武器の性能の違いで埋まることが無いのは……俺が痛いほど理解している。

 

「……」

 

 尚且つ、『Apocalypse』を警戒している奴等が今から無駄な戦いを仕掛けてまでキリカを得ようとする理由は無い。

 つまり、これでキリカが此奴らに襲われる可能性は……ほぼゼロになった、と言うことだ。

 

「……」 

 

 ……だからもう、安心だ。

 

「では……こちらの要望も聞いて貰おう」

 

 俺が安心したのも束の間。

 仮面の男は冷たい声でこちらに語りかける。

 

「……俺を殺すか?」

 

 俺の言葉に軽く笑ったかと思うと、男は何かをこちらに向けた。

 

「なんの。君はVIPだからね。それはもう、丁重に……送らせて貰おう」

 

 それは、Xガンだった。

 

「──では。良き終末の日を」

 

 ギョーン、という軽い音が路地裏に響く。

 それが最早取り返しの付かないモノであると言うことは、よく知っている。

 

「……」

 

 逃げるつもりは無かった。

 もし、今ここで俺が逃げたのなら……此奴らはキリカを人質にでもするだろう。

 此奴らが大人しいのは、俺が素直に部屋に戻る意思が有るからこそだ。

 

 だから、俺という人間は……ここで死ななければ、ならない。

 ……だが、悔いなど無い。

 

 だって俺は……前の俺が成し遂げられなかった事をようやく、成し遂げられた。

 

 キリカを守って……死ねたのだから。

 

 ──肉体が弾け、視界が宙に舞う。

 

 アカツキヒイロ。

 

 これから生まれる……新たな俺。

 もし、この世界に生まれたのなら……絶対に絶望するな。

 

 ──視界が地面に衝突し、ゴロゴロと転がる。

 

 生きて……生きて生きて、生き延びて……最期に死んでしまうその時まで、生きろ。

 だって、偽物も本物も……何も変わらない。

 死んでしまったらそれで終わりの──たった一つしかない、命なのだから。

 

 ──そして。沈み行く太陽と、星空に浮かぶ綺麗な月が……最期に見えた。

 

 ……ああ。

 

 だが……願うなら……。

 

「……ひ……び………き」

 

 響。

 

 最期にもう一度……会いたかっ──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚める。

 弾けたはずの体は見事なまでに無事で……()()()()()()()()きちんと有った。

 

「……」

 

 無言のまま目を上げると、そこは何の変哲も無い何処かのマンションの一室のように見える。

 そこに生活感は感じられず……ただ一つ、部屋の中央に異質なモノが鎮座している。

 

 それは黒い球体。

 

 俺はこの球体の名前を知っている。

 此奴の名は──『GANTZ』。

 

 ──ガンツは、俺の存在を認めたかと思うと……まるで俺を祝うかのように、歌を……流し始めた。

 

『あーたーらしーいあーさがきた』

 

『きーぼーうのあーさーだ』

 

 無感動に歌を聴いていると、ブォンとガンツが駆動して何かを表示し始めた。

 

こいつをたおしにいってくだ

 

アダム・ヴァイスハウプト

特徴

ごみ さんぱい そこそこつおい

好きなもの

かんぺき かんぜん

 

「……アダム……」

 

 ジロリとガンツの表面に映し出された美形のイケメンを睨み付けると、ガンツが()()()

 

「……」

 

 そこにはガンツの武器などが詰まっており、これから行われるミッションを行うに当たっては最重要なモノとなる。

 

 本来で有れば、すぐにでもその武器達を用意するべきなのだが……。

 

「……ガンツ、少し……時間をくれ」

 

 少しだけ、考えたかった。

 今の俺の事。前までの俺の事。……残してきたキリカのこと。

 

 色々な考えが浮かんでは消え、浮かんでは消え。

 

 そんな中。ふと……彼女の顔が浮かんだ。

 

 響。『俺』が……愛した人。

 ……俺も、愛している人。

 

「……くっ…くく……」

 

 自身の想いを自覚した瞬間、笑いが零れる。

 

「……ふっ……くく……ほ、本当俺も……随分……一途だ」

 

 こんな状況下になっても、未だに薄れないこの想いに思わず笑ってしまう。

 

「くくっ、はっははは……!」

 

 そして一頻り笑った後、俺は理解した。

 

 俺はキチンと……『暁陽色』で、『暁ヒイロ』で……そして全く新しい『アカツキヒイロ』であると言うことが。

 

 そして何より。

 

 彼女への想いは……死をも超えると言うことを。

 

「……ガンツ」

 

 『ヒイロ』。

 お前は俺に言ったな。俺に……絶望するなと。

 

「武器を()()用意しろ。すぐにだ」

 

 絶望なんてするわけが無い。してたまるか。

 

 彼女が教えてくれた事なんだ。

 

 俺が何度目の俺だろうと。

 その想いだけは……本物だと言うことを。

 

「……」

 

 そして俺は今……初めての感覚に襲われている。

 感情の整理が追いつかない。

 

 ──でも。

 不思議と()()は……ぽつりと零れ落ちていた。

 

「……生きたい。……死にたく……ない……」

 

 誰かのためなんかじゃない。

 初めて純粋に……自分の為だけにそう思った。

 

「そうだ……死にたくねぇ……死にたく…ねぇ! ……俺はッ!」

 

 ガンツに表示されている標的を目に焼き付ける。

 

 アダム。

 その名前の表記と……あの仮面共があんな強攻策を取ってまで俺を呼び寄せたという状況から考えるに……此奴は相当の強敵だ。

 

 ややもすれば、此奴との戦いこそが『Apocalypse』なのかもしれない。

 

 だが。

 例えどれだけの強敵だろうと……関係ない。

 

「……生きる……俺は…生き残る……」

 

 そうだ。

 俺は生きる。

 

 だって俺は、この想いをもう……失いたくないから。

 

 諦めねぇ。俺は生きる。

 最後の最後の……。

 

 ……最後の!

 最後まで!

 

「生きて……俺はッ……!」

 

 俺は! 生きる!!

 

 この想いは、今度こそ……!

 

「──守るッ!」

 



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大戦争勃発

「……」

 

 転送が始まり、何処かの……森の中へと転送された。

 すぐにコントローラーを確認して、星人の位置を把握しようとする。

 

 ……そうしてマップを確認していると……幾つかの異常が見つかった。

 

「……」

 

 まずは、マップ。

 マップそのものは問題なく機能しているように思えた。

 

 問題なのは──。

 

「デカ過ぎんだろ……」

 

 東京都を完全に覆うサイズのエリアだという事だ。

 しかも問題はそれだけで無い。

 

「んだこれ……」

 

 最初は巨大な一つの点のように思えた。

 だが違う。

 大量の星人が集まり、それが重なって巨大な一つの点に見えているのだ。

 

 明らかに異常な数。

 ……しかもそれらが、恐ろしい速度で──()()()()()()()()

 巨大な一つの点が、端の方から徐々に崩壊して行っている。

 

 一瞬、バグか何かが起こったのだと思った。

 何故か制限時間も消えているし……俺が部屋に居た頃と違うことが幾つも起こっている。

 

「……ともかく、行くか」

 

 復帰戦でこれとか……勘弁して欲しい。

 

 手元にZガンを携えながら、用意しておいた飛行ユニットで星人達が消えていった地点を目指す。

 

「……」

 

 飛行中、ステルスを起動しながら東京の空を駆ける。

 やはりここからじゃ地上で何が起こってるのかはよく見えない。

 

 ……だが、そのマップの一点以外は特に何も問題は──。

 

「っ!?」

 

 ビュンッ、という風が巻き起こる。

 思わず態勢を崩し掛けたが、すぐに立ち直る。

 

 すぐに風の発生源を探ってみると、それは思いのほかすぐに見つかる。

 ……というか爆音を鳴らしているのですぐに気付く。

 

 ヘリだ。

 ヘリがこちらに向かってすさまじい速度で空を駆けている。

 

「……チッ!」

 

 何でこんな所にヘリ飛ばしてるんだよ。

 少し距離を離す様に飛行ユニットを操る。

 

 何かの取材か何かか……?

 ったくどこのテレビ局──。

 

「っ!? 今度は何だ!?」

 

 何て思っていると……今度は東京中から光の柱が立ち上り始めた。

 思わず後方を確認すると、俺が先ほどまで居た場所の辺りで一つだけ色がおかしい光の柱が発生している。

 

「……おい……マジで何が起こって……っ」

 

 呆気にとられていると、先ほどのヘリとすれ違った。

 爆音と空気の圧が俺に襲いかかるも、ヘリの全容は確認できた。

 

 そのヘリには……S.O.N.G.のロゴが記されていた。

 

「……風鳴さん……?」

 

 ……何か……有るのか……?

 飛行ユニットを空中に停止させ、後方へと目を向ける。

 

「……依然コントローラーには反応なし……か」

 

 だが、星人の反応は見られない。

 あちらに星人は居ない……筈だ。

 

「……」

 

 で、あるのならば俺が行くべきは星人の方だろう。

 S.O.N.G.のヘリって事は風鳴さんがあの謎の光に対応してるって事だろうし……なら問題は無いはずだ。

 

 飛行ユニットを操り……当初の目標で有る星人達の密集地へと向かった。

 

 

 そこは、東京でも屈指の広さを持つ新宿御苑。

 常で有れば都民の憩いの地であるその場所は、今では悲惨な戦いの場と変わっている。

 

「……」

 

 ステルスを解き、歩を進めていく。

 コントローラーの言うとおりであれば、もうそろそろ星人に合流する筈──。

 

「──ん? なんやねんお前」

 

「……は? 誰お前」

 

 ──と。

 一人歩いていると、目の前に()()()()()()()が現れた。

 その中でも一際目立つ金髪の外国人が怪訝な表情でこちらに話しかけてくる。

 

「はぁ~ん? 質問に質問を返すなやッボケッ!」

 

「……」

 

「……アレ? ちょい待ち……そいやお前……どっかで見た気が……」

 

 そしてその外国人の見た目に反して、随分ペラペラと日本語……それも関西弁を語っている。

 チグハグな見た目と語り草に一瞬衝撃を受けるが、その衝撃で思い出した。

 

 彼の事を。

 

「……お前、Jか?」

 

 そう言うと、目の前の端正な顔立ちをした外国人……実際は日本生まれの日本育ちの生粋の日本人である……大阪部屋のリーダーは、目を丸くしてこちらを見つめ返した。

 

「……! もしかしてお前……『ひーろー』!?」

 

「……そうだ。お前も変わってねーな……和井」

 

 ……おかしい。

 割と付き合いは長いはずだったが、それでも随分と思い出すのに時間がかかってしまった。

 死んだ弊害か……?

 

「おおおお! なんや久しぶりやな! お前も来とったんか!」

 

 何てことを考えていると、和井はこちらに歩いてきたと思うと、肩を組んできた。

 

「おい……!」

 

「『ひーろー』お前随分背ぇ伸びたなぁ! 全然スレ来ーへんから心配しとったで!」

 

「……チッ」

 

 俺が苛立つように舌打ちを打つと、和井は端正なイケメン面をニカッと変えながら肩をバシバシ叩いてくる。

 そうして居ると、ぼそぼそと耳打ちをするように話しかけてきた。

 

「ワイらさっき転送されてきたんや。今どうなっとるか知っとる?」

 

「……俺も同じだ。随分遠くに転送されて……飛行ユニットでこっちまで来た」

 

「なんやなんも知らんのかい。はぁ~つっかえ……」

 

「……」

 

 そして俺が何の情報も持っていないと分かると即座に離れて行く。

 青筋がビキッと浮かびそうになるも、それを抑えてこちらも質問を返す。

 

「……そっちはどうだ?」

 

「言ったやろ? こっちも転送されたと思ったらいきなり東京や。なーんも分からんから今一人偵察行かせとる」

 

「はッ! そっちも何も知らんのか……雑魚……」

 

「は??????」

 

 煽り返すようにそう言うと、和井は恐ろしいほどの速度で反応する。

 

「……」

 

「……」

 

 瞬間睨み合いが起こり、しばし睨み合う。

 すると和井は、いきなりニンマリとして語り出す。

 

「そう言えば『ひーろー』は何回クリアやったけ? ちなワイ七回クリアの男」

 

 いきなり口を開いたと思ったらクリア回数自慢。

 こいつ……変わってねぇ。

 

「……どの世界にも通じることだが……中身の無い奴が数を誇る」

 

「は?」

 

「クリア回数なんて強さの基準にはならないって散々言われてたのに……成長の無い奴め」

 

 和井を窘めるようにそう言ってやると、ビキッと和井の額に青筋が立つ。

 そんなを和井を見て、俺は軽く嘲笑ってからヤレヤレと大げさな仕草で首を振ってやる。

 

「まぁ……俺は十七回クリアだが」

 

「は??」

 

 一応マウントも取りながらドヤってみせると、和井は分かりやすくむぎぎィと歯を食いしばった。

 

 ──と。

 

「……あの、ワイさん」

 

「ん?」

 

 後方から、青髪の少女が呆れた表情で和井の奴に話しかけてきた。

 

「拙者さん、戻ってきましたよ」

 

「え? あ……」

 

 そして彼女が指さす方向に目を向けると、確かに誰かがこちらに歩いて来ていた。

 

 某球団の帽子を目深く被り、スーツの上から浴衣のような服を着た男。

 

 あの和装の男が偵察……? 

 

「むっ、Jか…」

 

 和装の男がこちらを見つけると、すすっと軽い身のこなしでこちらにすり寄ってくる。

 そして和井の奴と奇妙なやり取りを始めた。

 

「……」

 

「ほうほう……強そうなのが大量に居たと?」

 

「……」

 

「ふむ……他の部屋の住人っぽいのも居たと……」

 

「……」

 

 和装の男、終始無言。

 いや、ボソボソと小さく聞こえてくることから喋っては居るのだろう。

 しかし大阪部屋にこんな奴が居たのか?

 

 あの身のこなし的に大分部屋に居る歴は長いと思うんだが……。

 

「なぁ和井。誰だコイツ」

 

「? お前会ったこと無かったんか?」

 

 和井の奴にそう問いかけると、怪訝な表情をしながら体を退かす。

 

「こいつは『拙者ざむらい』や。会ったこと有るやろ』

 

「……」

 

 そう言って和井が親指で『拙者ざむらい』を指さすと、当の本人はぺこりとこちらにお辞儀をしてくる。

 

 ……拙者……拙者……。

 ヤバい。

 いくら記憶を巡っても全く思い出せない。 

 

「え? マジで忘れとる?」

 

「……」

 

 それで暫く沈黙していると、和井は少し驚いたようにこちらを見てきた。

 『拙者ざむらい』の方も少し哀しそうに落ち込んでいる。

 

 ……此奴らの反応的に、俺はコイツと会ったことが有るらしい。

 しかしビックリするほど記憶に引っかからない。

 

 なら、言うべきだろうか。俺の記憶について。

 幾ばくかの逡巡は有った。

 

「……すまん。実を言うと……つい最近まで……記憶喪失だった」

 

 しかし思いのほかすんなりと……俺は記憶のことについて話していた。

 

「え?」

 

 一瞬和井は驚いたような顔を浮かべ、すぐに何時になく真剣な表情でこちらを見た。

 どうやらもう、俺の言葉がどういう事なのかに気付いた様だった。

 

「……マジかいな……お前が……?」

 

「……」

 

「……なんや、どーりで反応が鈍い訳や……」

 

 そうして和井は気を遣うように俺の肩を叩く。

 

 暫く気まずい空気が流れるも、しかし和井はニカッと笑うと、俺を煽るように語りかけてくる。

 

「……ま! なら復帰戦って事やろ。ワイらが全部片付けたるから今日は休んどき」

 

「……はん! お前に気を遣われるほどじゃねぇ」

 

「ほーん、なら点数で勝負や! ちなワイ最高得点85や。どやビビったやろ?」

 

「それジョークか? 面白い事を言うなぁこの蛆虫は」

 

「は?」

 

「ちなみに一回で187取ったこと有る」

 

「は???」

 

 先ほどの様にマウントも取りながらドヤってみせると、和井は分かりやすく歯を食いしばって悔しがる。

 

「はーん!?? じゃあ容赦せーへんからなッ!」

 

 そうして和井がプンプンと顔を赤くしながらそう宣言すると、振り返って部屋の住人達に声を掛けた。

 

「行くで皆!」

 

「……」

 

「……はぁ……うるさいですね……」

 

 住人達は呆れたような表情を浮かべながらも、星人達が居る方へと進み出した和井を追うように歩き出した。

 

「……」

 

 必然、俺は一人となり……軽く息を吐く。

 

 久しぶりにあんな風に喋った気がする。だからかドッと疲れた様な気持ちになる。

 

 記憶通り騒がしい奴だった。

 だが、アレで大阪部屋を何年も纏めてきたリーダでも有る。

 

 実力も人望も有る……それこそ、クリア回数じゃ測れない類の力を持つ男だ。

 

「……チーム……ね」

 

 その言葉に一抹の寂しさを覚える。

 

 ……だが、気を取り直す様に頬を叩いてから……和井達が向かった道を辿るように歩み始めた。

 

 

 そこは地獄絵図だった。

 

「っ、コイツ! 速いぞ!」

 

「足ッ、足ねらえッ!」

 

「そうか! 足を狙えば良いのか!」

 

 数多の黒スーツが皆それぞれの武器を持ち……巨人や妖怪、怪物等と戦っていた。

 

ketunobikky!』

 

oppainokurisu!』

 

sakimori,tubasa!』

 

「なんだコイツ!? すげェ! かてェ!」

 

 何故か農民のような格好をした奴が巨人のような星人に飛びかかりソードで攻撃するも、ソイツが着ている鎧のようなモノに阻まれて刃が通らない。

 それどころか、ソードを摘ままれ持ち上げられる。

 

「ヒィィィ!」

 

 即座にソードから手を離した男は逃げようとするも、鎧を着た巨人達に囲まれてしまう。

 

hitorinakamahazureoruyona

 

yametare!』

 

 日本語以外の様々な言語が飛び交い、巨人はあざ笑うように何かを言ったかと思うと……バンッ! と農民の格好をした住人を足で踏み潰した。

 

「……」

 

 そんな地獄絵図に、ヒイロは居た。

 一瞬その光景に呆気にとられるも、しかしすぐに気を取り直したように辺りを見渡す。

 

「……和井の奴は……」

 

 ヒイロの探し人はすぐに見つかった。

 

『ぐええええ! やられたンゴおおお!?』

 

『ぐええ! 死んだンゴおおお!?』

 

「……大丈夫そうだな」

 

 恵まれたビジュアルから繰り出されるクソみたいな悲鳴を上げている和井を見て、ヒイロは軽く息を吐く。

 

「……さて。どこから行くか……」

 

 ともかく旧友が元気そうにしている事が確認できたので、安心して戦いに赴こうとするヒイロ。

 

 ──しかし。

 

「おーい!」

 

「……」

 

「おーい! ヒイロくーん!」

 

 後方からヒイロの名が呼ばれた。

 一瞬その声に肩を揺らしたヒイロだったが、すぐにその動揺を抑えて無言のまま振り返る。

 ヒイロの視線の先。

 

 そこには──。

 

「……セバス」

 

「や! 久しぶり!」

 

 セバスが、何時もの格好で立っていた。

 



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神殺し

「……はっ。何が久しぶりだ。……()()ぶりだろ」

 

 俺の言葉に、セバスは何処かニヒルに笑う。

 

「そうかな? 僕からしてみれば……()と会うのは本当に……久しぶりだよ」

 

「……」

 

 その回りくどい言い方は確かにセバスチャンと同じだ。

 いや、言い方だけでない。

 顔も、服装も、ちょっとした癖ですらも……全てが同じ。

 

 しかし……違う。巧妙に隠してはいるが……彼とセバスチャンの纏う()()はまるで違う。

 

 何より。

 この地獄においても平常心でいられるのは……彼にとって、この地獄こそが日常であったという証左。

 

 だから彼は、セバスチャンではない。

 そう、彼は──。

 

「──うん! やっぱり……()()()()()()()()()よりもずっと、いい顔をしている」

 

「……」

 

 彼こそが先代の住人にして歴代東京部屋でも最高峰の実力の達人。

 

 更にその元となったオリジナルは未だに生きているという……全てが規格外の存在。

 

「……」

 

 二十回クリアの男……セバスチャン。

 

 ◇

 

「……セバス」

 

「ん? なんだい?」

 

 俺は……楽しそうに眼前に広がる地獄を眺めていたセバスに声を掛ける。

 聞きたいことが一杯あったからだ。

 

 何故、記憶を無くした俺の前に姿を現した。何故俺が現役のころには接触しに来なかった。

 何故、()()()()()()()()()()()()

 

 何故──。

 

 幾つもの聞きたいことが浮かんでは消え、浮かんでは消え。

 暫く口をパクパクとさせるだけで、どうにも言いたいことが纏まらない。

 

 ……けれど、ようやく言葉が形になった。

 

 それは……。

 

「ありがとう」

 

「……」

 

 それは、感謝。

 気付けば俺は……深く頭を下げていた。

 

「……あんたには、助けてもらってばかりだッた。あんたが残してくれたモノが無ければ……俺は……」

 

「……」

 

「……ありがとう………………ありがとう……」

 

 俺が部屋に呼ばれた時に置いてあった取説のお蔭で……俺は生き残れた。

 Zガンを最初から使えたから助かった場面が幾つもあった。

 

 ……俺を部屋に呼んでくれたから。

 俺は今、ここに居るのだから。

 

「……感謝されるような事じゃない」

 

「……」

 

「顔を上げてくれ。僕と君の仲だろう?」

 

 セバスに諭すようにそう言われれば、従わざるを得ない。

 顔を上げ、セバスと見つめ合う。

 

 セバスは暫く気恥ずかしそうにしていたが、真剣な表情を浮かべて語りだした。

 

「……僕が今日、ここに来たのは……君に幾つか言わなければいけないことが有るからだ」

 

「……言わなければならない事?」

 

 そう聞き返すと、セバスは軽く頷いて……チラリと星人と黒スーツ達の戦いを見た。

 

「その前に……少し世間話をしないか?」

 

「……ここでか? 危険だと思うが」

 

 俺もセバスを習う様に星人たちの戦いを見るも、その先頭の規模はどれも巨大で……また全てが致死性のモノ。

 ここも何時、戦いに巻き込まれるか──。

 

「大丈夫だとも」

 

「え?」

 

「今から丁度5分と24秒間……ここにはどの様な被害も及ばない」

 

「……」

 

 ──と。

 何故かセバスは……まるで確定事項を語るかのように語った。

 

 何故分かる? そう問いかけようとするも……それに被せる様にセバスが語りだした。

 

「君は、選択した。普通の暮らしよりも……全てを思い出すという……選択を」

 

「……」

 

「彼女を諦められないという……選択を」

 

 セバスはどこか悲しそうに語り、こう……続けた。

 

「だから……()()()()()()()()()()()。『Apocalypse』の到来……そして君の情報を」

 

「……え?」

 

「おかしいと思わなかったかい? あのタイミングで現れたことを。あまりにタイミングが良すぎると」

 

「……」

 

 ……確かに、それは疑問だった。

 何故あのタイミングだったのか……そもそも『管理人』側は『Apocalypse』のタイミングを予知できていたのか……と。

 

「……あいつ等はお前の差し金だったのか」

 

「……」

 

 思わず怒気を孕ませながらセバスに問いかける。

 ……俺を殺した事……じゃない。

 

 キリカを巻き込んだ事だ。

 

「何故──」

 

「……切歌くんを巻き込んでしまったのは……申し訳ないと思っているとも」

 

「!」

 

「だが必要な事だッた。君が……()()を助けるためにも……」

 

 セバスは俺が言いたいことが分かっていたかのようにそう言った。

 

「……は? 彼女……? ……それって──」

 

「……その話の前に……僕が前に君に言ったことを覚えているかね?」

 

「……」

 

 どこかはぐらかす様な話運びに少なからずムッとなるが……答えなければ話が進まないとも感じ、記憶を探る。

 セバスの言っているのは恐らくは、そう……。

 

「……アレか? 神がどうとかって……」

 

「そう。神の存在について、だ」

 

 セバスは至極無機質な表情で、目の前に広がるハンターと星人たちの殺し合いを眺めて、呟いた。

 

「哀れだと思わないか?」

 

「は?」

 

「アレらは皆……母星を失い帰る場所もない難民たちだ。行き場所を失い……どうにか地球に流れ着き、星の環境を整え地上に降り立った」

 

「……」

 

「そうして、彼らは何時の間にか『神』だなどと言われるようになった。皮肉なものだ……運命に翻弄され……故郷を失った者たちが……『神』などと呼ばれ崇め讃えられた……」

 

「……セバス……?」

 

 セバスは何処までも無機質に……そして淡々と言葉を重ねる。

 

「確かに力はあッた。『神』と呼ばれるほどの力は……」

 

「……」

 

「……しかしその『神』ですらも……運命に翻弄されるしかない……」

 

 そしてセバスは、彼等の戦いを指で指す。

 

「自らを『完璧』と傲り……成長を無くした者達の末路。()はそれが……堪らなく嫌だッた……」

 

「……」

 

「……見ろ。完璧が負ける姿を。運命に敗北する姿を」

 

 そしてその指の先。

 和井がソードを携えながら駆けていく姿が見えた。

 

『ンゴオオオオオオ!!』

 

 糞みたいな掛け声と共に和井が駆けていく先には──人の身長の二倍はあるであろう巨人。

 二つの顔が対になる様に頭に引っ付いており、その二対四本の腕にはそれぞれ刀と弓が握られている。

 

 その存在を認識した瞬間──血の気が引く。

 

「っ、アイツ! 馬鹿ッ止めろッ!」

 

 即座に見抜いた。

 あの星人の強さは……まず間違いなく──! 

 

「そいつはっ! 百点の──」

 

 バッ、という空気を切り裂く音が鳴り響き、和井の両手足がバラバラに引き裂かれた。

 

『グエーやられたンゴォ!!??』

 

「あいつっ……くそっ」

 

 和井は最期まで間抜けな悲鳴を上げながら地面に衝突した。

 思わず和井の元まで駆けだそうとするも──セバスにそれを止められた。

 

「おい! 早くしないと──」

 

「まぁ待ちなよ。──『神殺し』が動き始めるから」

 

「……は?」

 

 そのセバスの声に応じる様に……ぞわっと空気が変わった。

 

 ◇

 

「うぅ……体がイタイイタイなのだった……」

 

 和井をバラバラにした星人……『神』と呼ばれ崇め讃えられていた彼は、しかし自身が致命傷に追いやった男には目もくれず……その先の青髪の少女を睨みつけていた。

 

『……!?』

 

 しかし。

 一瞬の後……その少女の姿は掻き消え、また目の前の男も消えていた。

 

 どこだ。

 どこに消え──。

 

「チ、チノちゃん! 超能力激しく使わないで!」

 

「うるさいですね……」

 

 居た。

 自身の後方で、青髪の少女が男の前に屈んで座っていた。

 いつの間に男を連れ去った? いや、それよりもなんだあの速度は。

 人間の動きを見切れなかっただと──? 

 

「あ、あ~!!?」

 

「はい、応急処置は終わり。お疲れさまでした」

 

「うぅ……あ、ありがとうございました……」

 

『──』

 

 今、何をした? 

 

『神』は目を丸くし、その奇跡を目の当たりにする。

 

 青髪の少女は……手を使わずして男の千切れた四肢の先を締め付け、止血した。

 

『貴様……何をした……それは……なんだ……』

 

『神』は思わずその少女に問いかけた。

 自身も知らぬ謎の力に慄く様に……武具を構える。

 

 しかし。

 

「……うるさいですね……」

 

『ッ!? 何ぉおォオオオ!?』

 

 まず、手の先の武具が拉げた。

 次いで四本の腕が捻じ曲がり、それは徐々に体全体へと伝播していく。

 

 そして──。

 

『アアアアアアアア……ァ』

 

「ふぅ……こんなものですかね」

 

『──』

 

『神』と呼ばれた存在は……全てが拉げ、捻じ曲がり……遂にはビー玉ほどのサイズまで押しつぶされてしまった。

 

「……」

 

「ほら、死んだ」

 

 それを見せられていたヒイロは、思わず目を見開く。

 何せ、百点の星人……『神』をあれほどあっけなくぶっ殺したのだから。

 

「……何をしたんだ、あいつ」

 

「超能力だよ」

 

「は?」

 

 堪らずといった様子でセバスに答えを求めたヒイロだったが、返ってきた言葉で余計に混乱した。

 

「知らない? 手を使わずにモノを浮かせたり……」

 

「いや! それは知ってるッつーの! あの女が何をしたかッて聞いてるんだよ!」

 

「だから、超能力だよ。今彼女は規格外の超能力であの『神』を殺した」

 

「……マジで言ってる?」

 

「マジもマジだよ」

 

 軽い口調だが、決して嘘を吐いているわけではないと気付いたヒイロは、思わず唾を飲み込む。

 

「……あり得るのか……そんなこと……」

 

「あり得るさ。現にこうして実在している」

 

「……」

 

「さあ……他の『神殺し』達も動くみたいだぞ」

 

 セバスはそう言って続けざまに指を指した。

 

「あの長髪の巨人……彼奴は『軍神』と呼ばれた男だ」

 

「……」

 

 その指の先。

 そこには……大暴れしている巨人達の中でも唯一ヘルメットをしていない巨人が、恐ろしい速度で誰かと戦っていた。

 

「思い出せないかい? 『軍神』と戦っている男は、君も知っている男だよ」

 

「……え?」

 

 そう言ってもう一度戦っている男を見るも、ヒイロどうも思い出せなかった。

 

 そこでヒイロはふと、先ほども同じようなことがあったことに気付く。

 

「ふむ……どうやらまだ少し……記憶が戻りきっていないようだね」

 

「……」

 

「なら、僕の方から解説しよう。それで思い出すはずさ。何せ君の……()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

 セバスはそう言って、語り始めた。

 

「──彼の名前は茂部真似人。通称『マネモブ』」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「ふーん……なかなか強そうやんケ。喧嘩しよーやッ!」

 

 そう言って飛びかかってきた男を、当初『軍神』は特に気にもとめていなかった。

 

「ぐっ! 砂かけとかズルいやんケ」

 

 ごちゃごちゃと言いながらそれでも掛かってくる相手。

 次第に面倒くさく感じてきたが、しかし次の瞬間。

 

「ふーん……『バーリトゥード』*1って訳ね」

 

 ……男の空気が変わったことを理解した。

 

 そして、次いで起こった事象に目を丸くする。

 

「しゃあっ! タフ・ガン*2!」

 

 ──背後から、前に居る男と全く同じ声が聞こえてきたのだから。

 頭上から嫌な気配を感じ、即座にその場から離れる。

 

 直後、自身が先ほどまで居た場所が大きく陥没した。

 

『!』

 

 振り返り、自身を何者が攻撃したのかを把握する。

 ──そしてそこで恐ろしいモノを目にした。

 

「コイツなかなか動けるやんケ」

 

「これでワイらの『灘神影流』の株がまた上がるな!」

 

「気ィ引き締めぇや! 見えんのか? "星人を超えた星人"の……残気が!!」

 

「カモがネギしょってやてきたぜェグヘヘヘ」

 

「ムフフフ。営業は夜の8時まで。それ以降はハンターに変身するの」

 

「ホッホッホア────ッ!」

 

「よう、戦友!」

 

「んかあっ!」

 

「百点ボスだあっ!」

 

『──』

 

 同じ顔の……同じ人間にしか見えない。

 それも皆同じ武器を構え、まるで御来光でも拝むようにゾロゾロとこちらに走って向かってきていた。

 

 その異様な光景に、『軍神』の足が止まる。

 

「しゃあっ!」

 

『ッ!?』

 

 そして目の前に居た最初の『マネモブ』が刀を振るう。

 

「しゃあっ、タフ・ソード!」

 

『ぐっ──』

 

「しゃあっ、タフ・ガン!」

 

「禁断のタフ・ガン二度打ち!」

 

『おま──』

 

「しゃあっ」

 

 ドドン、ドン! という痛烈な破壊音が鳴り響く。

 その破壊の嵐の中を『軍神』は圧倒的速度で攻撃を受け流していく。

 

 ──しかし。

 

「まあ速さは認めるけど"強さ"とは何の関係もあらへんからな」

 

『ッ!?』

 

「しゃあっ」

 

「しゃあっ」

 

「よっしゃの……しゃあっ!」

 

「ホッホッホアァアァ──ッ!」

 

『──』

 

 彼らは数だけではなかった。質も十分に備わっている。

 ──何せ、格闘においてはヒイロを超える実力の保持者なのだから。

 

 そんな彼らが一糸乱れぬ連携で『軍神』を追い込み、そして──。

 

「ッし!」

 

『ぐっ──』

 

 一人の『マネモブ』が大きくタフ・ソードを切り上げ、『軍神』の持つトンファーの様な武器を手ごと切り落とした。

 すかさず『軍神』も残った手で『マネモブ』を切り裂こうとする。

 

 だが。

 

「灘神影流──"弾丸滑り"!」

 

『は?』

 

『軍神』の攻撃を……『マネモブ』はまるで滑る様につるんと受け流した。

 思わずあっけにとられる『軍神』。

 

 そしてその隙を逃すほど──『マネモブ』は甘くない。

 

「──しゃあっ、コブラ・ソード」

 

 それはカウンターに合わせて相手の意識を下に向けさせ……死角から入る様に上から攻撃する技。

 本来であれば蹴り技だが──これはタフ・ソードを用いて行う変則的な技。

 

 その一撃は──『軍神』の体を両断した。

 

 ◇

 

「……」

 

 ……そうだ。

 

 思い出した。

 

 あいつ等は……。

 

「思い出したかね? 彼らは……いや、彼は自身を()()()()()()()()。奇人『マネモブ』」

 

「……覚えているとも。くそっ……しかも十四回って……()()()()()……」

 

 俺が覚えている時は確か九回再生だったはずだが。

 ……また増やしたのかアイツ。

 

「くくくっ……いやぁ……あぁ言うのが突発的に生まれてくるんだ……人類の可能性ってのは良いねぇ……」

 

「……それは突っ込み待ちか?」

 

 あれを断じて人類の可能性と呼んでほしくないんだが。

 

「……」

 

 だが……そうだ。

 完全に思い出した。

 

 マネモブ。

 あいつは……一度二番を選んでZガンを手に入れてから、それ以降の武器を増やすよりもZガンを持った自分を増やしたほうが戦力の強化になる……なんて馬鹿な事を考えた男で。

 そして実行した男だ。

 

 スレに増えていくマネモブたち。同じ人間が別の言葉を喋りまくる姿。

 それだけで大分心にダメージを負ったが、徐々に書き込みに個性の様なものが生えていった所でさらに追い打ちを受けた。

 

 ──しかも、あいつ等の中での最古参は……()()()()()()()()()()()()だ。

 もう最初のマネモブはこの世にいない。

 

「……」

 

 今思い出しても気持ちが悪い。

 アイツの褒められるところは通信教育のレベルが高いと言う所ぐらいだ。

 

「ふむ……」

 

 なんて吐き気を催していると、セバスが何かつぶやいた。

 

「……なんだよ。つか、マネモブの奴『神殺し』なんて大層な名前つけられていたのか?」

 

「いや? 彼は今日……その称号を手に入れることになっていた」

 

「……は?」

 

「ほら──あそこの『お嬢様』も……もうそろそろ……」

 

 ──奇妙な事を言ったセバスは……また別の場所を指さす。

 

 そこでは、黒髪の美女が髪をはためかせながら炎の塊のような奴と戦っていた。

 

「……誰だ?」

 

「三千三百三十三平等院天上天下唯我独子くん……彼女もまたスレの住人──」

 

「待てよ。何処からが名前で何処までが苗字だ?」

 

 あんな美女居たか? 

 そんな感じの気軽な疑問だったが、返ってきたとんでもない名前に恐れ慄く。

 

「三千三百三十三平等院までが苗字だけど、この情報居る?」

 

「……何故その苗字でその名前にした……天上天下唯我独子の親……」

 

 苗字と名前で矛盾が生じているぞ。

 

「糞……頭痛くなってきた。……もういいよ話を先に進めてくれ……」

 

 本気で痛くなってきた頭を押さえながらそう言うと、セバスは何故か笑い出した。

 

「はっはっは! じゃあ最後にあと一人……()だけでも覚えていてくれ」

 

「は? まだ居んの?」

 

「うん。彼は……日本の戦力でも最強の……男だ」

 

「……最強?」

 

「ああ……今も何処かに居る。姿を隠して潜んでいる……」

 

 そういうと、セバスは何処か遠くを眺めだした。

 

 ……そして、まるで旧友を偲ぶように……セバスは語った。

 

「七柱殺し……岡八郎……」

 

*1
何でもありの意

*2
Zガンの意



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とっておきのラスト

「七柱殺しの男……岡……八郎…………」

 

 七柱殺し。

 つまり……『ももたろう』や『くろのす』クラスの敵を七体葬ったって事か? 

 ……出来るのか? そんなことが……人間に……。

 

「君は彼を知らないだろう。なにせ彼は、スレには殆ど顔を出さない最古参も最古参。三十年間……ひたむきに戦い続けた、最強の男だ」

 

「……三…………十年……」

 

 その莫大な年月に愕然とする。

 セバスは俺のその反応が面白いのか、くっくと笑いながらこう続けた。

 

「彼は今日、一夜にして七体の神を葬り去る」

 

「……」

 

「結局『神いづる門』も開かなかった。最早この戦いは……()()()()()()()()()()()()()()()はおしまいさ」

 

 ふと、前にセバスが言っていたことを思い出した。

 世界中のブラックボールが、先史文明の時代に地上に降り立った神々を標的にし始めている。

 

 この戦いはその大詰め……と言うことなのだろう。

 

「……セバス。何が言いたい? お前は俺に……何を伝えたいんだ」

 

 戦いの構図は見えてきた。

 しかしセバスの意図は見えてこない。

 態々俺にその情報を伝えたと言うことは何かがあるはずだ。

 しかし星人の情報ならまだしも……『神殺し』達の情報が一体何の役に──。

 

「何って……人は遂に、『神殺し』に至ったって言う……世間話だよ」

 

「……だからそれが──」

 

「何より……()()()()()()()()の戦力を知るのは無駄じゃ無いだろ?」

 

「……は?」

 

 何を──。

 俺が疑問を発するよりも先に、セバスはどこか仰々しく……口を開いた。

 

「……さて。ではこれより……『Apocalypse』を……開始する」

 

 ◇

 

 事の始まり。

 それはおよそ三十年前……月遺跡にて、ふと目覚めた一柱の神がある未来を算出した事に端を発する。

 

 それは一柱の女神が眠りより目覚め……『人類』の星たる地球を、最悪の手段でもって支配するという……未来。

 女神の名はシェム・ハ。

 シェム・ハは遠くない未来に復活し、地球を支配するに至る。

 

 その様な未来を算出してしまった神は……酷く落胆した。

 

 なぜなら彼の見た未来とは……逃れることの敵わない確定事項なのだから。

 

 その神について語ることは少ない。

 何せ彼が人類に対して行ったことは何一つ無いのだから。人類と関わらなかった為にどのような文献にも残されていないのだから。

 だが。

 彼は神々の中でも最も情報収集能力に優れており、また演算能力にも長けていた。

 

 その演算能力と情報収集能力は脅威的で、彼がこの世に生まれた瞬間に世界の終わりを予期したほどである。 

 

 そう。彼はこの世のおよそ全てを知るが故に、未来を完璧に予知することが可能なのである。

 

 つまり彼にとって世界とは、既に終わりの見えたモノでしか無かった。

 

 ──彼にはそれが……許せなかった。

 

 だから、あらゆる手段を用いた。

 だから、あらゆる演算を用いた。

 だからあらゆる手を……尽くした。

 

 既に決まった運命を遠ざけるように。

『最後』を知るまでの永遠を……抗い抜いた。

 

 だが、彼には抜け出せなかった。

 

 それは彼が何処までも完璧だから。

 完璧故、全てが予定調和。全てが『運命』の掌の上。

 

 そして今。

 自身が手がけた人類も……運命に飲み込まれようとしている。

 

 ──深く。深く落胆し……気付く。

 

 自身の予知が変わっていることを。

 そう。本来であればシェム・ハは以後ずっと眠り続ける運命にあった。

 

 なのに、その運命が変わり……新たな未来が生まれていた。

 

 何度計算し、何度算出しても……過去と現在では未来に大きな乖離が発生していた。

 

 ──それを自覚したとき。

 彼の胸に、生まれて初めて……喜びの感情が浮かんできた。

 

 自身が手掛けた人類は……運命を変えうる可能性があるのだと。

 運命とは乗り越えられるモノなのだと言う……希望が生まれた。

 

 しかしその人類は今、絶望の危機に瀕していた。

 

 なればこそ。彼はすぐに行動に移す。

 

 地球上で自身の求める条件に合う存在を検索し、見つけた。

 そうして見つけたハインツ・ベルンシュタインの娘に、少しばかりの戦う手段の情報を送った。

 

 本来であれば完璧である自身が人類に接触することは控えたかった。だが、このまま放置を続けてシェム・ハと言う完全が人類を支配してしまうことだけは見逃せない。

 

 彼は、その少しばかりの戦う力に……人類の持つ可能性に賭けた。

 

「……そうして生まれたのが、ガンツ」

 

「……」

 

「そして今、ガンツを用い……各国の企業達が……蜂起の準備を始めている」

 

「……蜂起?」

 

 セバスはヒイロの言葉に頷くと、こう続けた。

 

「つまりは革命。今ある社会を破壊し、自身が王になると暗躍している」

 

「……」

 

 ヒイロはあまりに突拍子も無い話に呆れたように口を開く。

 

()も驚いた……まさか人類の脅威を目の前にして内輪揉めを始めるとは……面白い……」

 

「……面白くねーんだが……」

 

「おっとすまない。……それで、日本もその例に漏れずその準備を進めている」

 

 そしてセバスは、企業達が行おうとしている計画について話しはじめる。

 

「とは言っても……その計画とは単純だよ。単純にして明快……ある()()()()を討伐する事を最終目標としている」

 

「……は? 革命しようってのに……最終目標がたった一人の討伐……?」

 

 思わず首を傾げたヒイロだったが、その疑問も尤もだろう。

 何せブラックボールの武器というのは、その殆どが人間には過剰火力で、スーツの性能は銃弾ですら弾くほど。

 

 その装備で全身を固めているだけで無く……星人達との戦いで経験を積んだ猛者を集めてする事が……たった一人の人間の討伐? 

 

 明らかに過剰としか思えない。

 

 だが、セバスは至極真面目に語り出す。

 

「彼は……護国の鬼。企業達もその影響力の強さ故、手を出しあぐねていた目の上のたんこぶ」

 

「……」

 

「風鳴訃堂……彼を殺すことが最終目標だ」

 

「……風鳴……」

 

「ま、これは君にとってはあまり関係ないか」

 

 セバスはどうでも良いようにそう言いながら、重要なのはこちらだと言わんばかりに話を続けた。

 

「重要なのは……現在の社会を守護する存在は、企業達にとって敵と言うこと」

 

「……」

 

「つまり国連所属のS.O.N.G.は目下の敵と言うことになる」

 

 S.O.N.G.

 ヒイロにとっては大恩ある風鳴弦十郎が所属する組織だ。

 

「……確かにそりゃ……風鳴さんとは戦い辛いが……でも、そこまで俺と何か関係することがあるのか?」

 

 しかし、それでも関係がそこまであるかと言われれば首を捻らざるを得ない。

 と言うかそもそも、風鳴弦十郎に手助けが居るとも──。

 

「知らなかったのかい? 君の妹は……S.O.N.G.に所属している」

 

「……は?」

 

 瞬間。

 ヒイロは凍り付いた。

 

「……何を冗談を──」

 

「今の私は真剣そのものだ。嘘では無い」

 

「……」

 

 冗談か何かだと思いたかった。

 だが、セバスのその表情から嘘でも何でも無いことをヒイロは感じ取る。

 

「……でも、彼奴らがガンツを管理してる限りは──」

 

「ああ。それなら安心していい。東京部屋のガンツは今……()()()()()()()()。彼等が今後東京のガンツを操作する時は来ないと考えて貰っていい」

 

「……」

 

 そして全てが繋がったように思えた。

 あの『管理人』達の行動も。先ほどの神殺しの説明も。

 

 全ては──。

 

「……俺に……キリカを……守れと?」

 

 この為──。

 

「いや、違うけど」

 

「え?」

 

 しれっと、何でも無いようにセバスはそう言った。

 ヒイロは思わずガクッとずっこける。

 

「だって君キリカくん捨てたじゃん」

 

「いや……言い方……つか捨てたって……」

 

「女の子としては捨てたようなもんでしょ……はーあ、すっごいカワイソ……彼女今も引きずってるよ」

 

「……」

 

「彼女が君と会う前に何度も髪型をチェックした時間も、慣れないメイクを試みた時間も、全て無駄になっちゃいました。あーあ」

 

「……」

 

 超常的な存在による保証付きの切歌の秘密。

 それはヒイロの心を確かに抉っていた。

 

「……」

 

 そんなヒイロを見て、セバスは軽く微笑んだ。

 

「……()はね。君に幸せになって貰いたかった。だから……キリカくんこそが生きる糧になってくれればと……そう思っていた」

 

 そして彼は、今までの言葉と違い……()()()()()()で語り出した。

 

「普通の……普通の毎日を……願っていた。でも君はその選択を捨て、()()との想い出を選んだ」

 

「……」

 

「その選択の先にあるのは地獄だ。苦しく辛い……地獄」

 

 でも、と。

 セバスは言葉を句切り、続けた。

 

「でも。それでも僕は……君に幸せになって貰いたい」

 

「……」

 

「だからこれは……()から君への『Apocalypse(黙示録)』」

 

 セバスは、大仰に手を広げ……月を仰ぐ。

 

「思い出せ、アカツキヒイロ。あの時……月で起こった事象を」

 

「……月……」

 

「そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()? 戦うことを選び続け、如何に戦い続けるかを常に考ていた君が……体が炭化した程度で、()()()()()()()()()()()()()()? 違うだろう」

 

「……」

 

 その言葉に、ヒイロの脳に痛みが生じる。

 

「思い出せ、あの戦いの最後を。思い出せ……とっておきの、ラストを」

 



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どんでん返しの結末

 それは、月面にて行われたミッション。

 その最終局面。

 

「ッ、ああアアああッ!!!!」

 

omae……soukaomaetatiha……』

 

 絶唱と呼ばれる歌により、極光を撥ね除けた響の拳。

 ──それは、『くろのす』を正しく貫いた。

 

 しかし。

 

「ッ!?」

 

『つかまえた』

 

 異形と成り果てた『くろのす』は──自身を貫いた響の拳を体ごと受け止めた。

 

「っ、このっ──」

 

『良い身体だ……おまえはきっといい母になる……ぎょうこうだぜ……』

 

「!?」

 

『おれの身体は……死ぬ……だからお前には……おれのゆめを、意思を……受け継いでほしい……おれを倒したお前なら……きっとできる』

 

「何を言って──」

 

 直後、響の拳から先の感覚が消え何かに塗りつぶされるような感覚に襲われる。

 

「ッ? ぐうっ……あああ!?」

 

 身体の自由が奪われ、力が抜けていく。

 それだけじゃない。放った拳から徐々に……『くろのす』へと引き込まれていった。

 

『一つになろう……あの男と一緒にじんるいをつくるんだぁ……』

 

 ──それは、今の『くろのす』の異形を形作った不完全な巻き戻しによる……吸収である。

 本来想定する『力』の使い方でも無く……ヒイロとの戦いで見つけた新たなる『力』の使い方。

 

 土壇場での覚醒により、『くろのす』は確実に響を蝕んでいく。

 単なる攻撃であれば……彼女の纏うガングニールの防御機構は機能しただろう。

 

 ──しかし。

 『くろのす』の巻き戻しは攻撃では無かった。

 

『あ? わたし……は……? おれ……あ……あぁ……?』

 

 例えるならそれは、響という小さな布を穴の開いた服のパッチ(あて布)にする様な行為。

 再生に伴う部品とさせられているのである。

 

 ……ともすればそれは……『くろのす』が真っ先に吸収した響のアームドギアの特性も影響していたのかもしれない。

 『くろのす』と響は深く……深く、結びついていく。

 

 ──だから、君は選択を迫られた。

 

「っ……響……ッ!」

 

『え……?』

 

 最早身体の半分まで吸収が進んでしまったその時……君は響の前に現れた。

 

「っ、おま……」

 

『ひ、ひひ……ヒイロ……さん……』

 

「ッ……」

 

 右半身は炭化し……既に動ける状態では無い。

 だが、それでも君は……響のためにと死力を尽くし、Zガンを携えてその場に現れた。

 

 君は、どれだけの苦痛を覚えようと、どれだけ意識が遠のこうと……響の為を思った君は、足を止めることは無かった。

 

 けれど、『くろのす』の声とダブって聞こえてくる響の言葉に、君は足を止めそうになった。

 

『そうか……お前はヒイロと言うのか……』

 

「……おま…え……」

 

 異形の『くろのす』は徐々にその形を変えていき……元来の人型へと姿を戻していく。

 

 そして。

 

『……お願い……ヒイロさん……お願い……私を……』

 

 残った響の身体から、朦朧とした声が聞こえてくる。

 

『殺して……駄目殺さないで……私……おれ……あれ? おれは……』

 

「っ、響ッ! 今助け──」

 

「ああ……ヒイロ……ああそうか……それがお前の……」

 

「ッ!?」

 

 そして……『くろのす』から、響の声が聞こえてきた。

 

「──ヒイロ……」

 

 響の声に『くろのす』の喋り方。

 未だに不完全で、未完成なその悍ましい姿で、『くろのす』は……。

 

「好き」

 

 君に愛を、囁いた。

 

「ッ……ああああああッ!!!」

 

 君は選択を迫られた。

 苦渋にまみれた選択だ。

 

 撃つか、撃たないか。

 

 君は──。

 

 

「……」

 

「思い出したかい? 事の顛末を……」

 

 セバスは、何処までもすました表情で語った。

 

 クソみたいな……俺の過去を。

 

 ──思い出した。

 俺があの時……どんな選択をしたのか。

 

 セバスはチラリと俺の顔を見たかと思うと、軽く息を吐いて話を続ける。

 

「なら、あの時の君がどうしたのかなんて、語るまでも無いことだろう」

 

「……」

 

「だからこれ以上は言わない。重要なのは……」

 

「──待てよ」

 

 だが。

 俺は……どうしても一つ、確認したいことがあった。

 

 ──それは。

 

「……ちゃんと、最後まで教えろ。……確認したいんだ」

 

「……」

 

「……俺は……あの時……」

 

 思い出した。

 

 あのクソ色ボケ子作り女のクソみたいな告白も。

 

 響が吸収されていく光景も。

 

 ──そして。

 

「Xガンを使って……()()()()()()()()()()!」

 

 俺が『くろのす』身体を破壊し尽くし……響を助け出した光景を。

 

「……」

 

 その問いかけに、セバスは……黙り込んだ。

 

 思わずセバスの胸ぐらを掴みあげ問い詰める。

 

「どうなんだ……セバス! 何故、響は……!」

 

 しかしセバスは……何処までも無表情でこちらを見るばかり。

 

「答えろッ! セバス──」

 

「君は響くんを助けてなどいない」

 

「……は?」

 

「アレは最早……響くんでは無かった」

 

 ようやく口を開いたかと思えば、訳の分からないことを言い出した。

 

「何を──」

 

「ガンツが死者と生者を見分けている仕組みを知っているか?」

 

「……は? んなの……」

 

「答えは……()()

 

「……魂……?」

 

 俺の間の抜けた言葉にセバスは頷いて、説明を始める。

 

「人……いや……生物は死ぬと、『魂』と呼ばれる21gの情報が肉体から分離し……異次元へと移動する」

 

「……」

 

「肉体に魂が宿っているか、居ないか。ガンツが生と死を判別するのはその一点のみ」

 

「……そう……だった……のか」

 

 俺は……その説明にある程度納得がいった。

 何故なら……もう死んでいるとしか言えないような人間でも、ガンツは部屋に戻してくれる。

 

 一見ガバガバにしか思えなかったガンツの生死の判別は常々議論される題目だ。

 しかし、何時も答えが出ないで居る分野でもある。

 

 ……だが、魂の有無。

 そこに焦点を絞っているからこそ……心臓が止まろうと脳が停止しようと……医学的には死んでいる状態でさえも、ガンツは部屋に転送する。

 

 魂の存在とか、色々と飲み込めない部分はあるが……。

 そこで判断して居るのなら、俺らには分からないはずだ。

 

 何せ俺達には見えない魂が残ってさえいれば、生きていると判断するのだから。

 

 だが、それならば……。

 

「……じゃあ、あの時……響の魂は……」

 

「……そう。ガンツは……響の魂が無くなったと……判断した」

 

「……待てよ。でも、あの時アイツの心臓はまだ……動いていたはずだ! なら──」

 

 そう。身体が死んでいないと言うことは、響の魂が異次元やらに移動する理由は──。

 

「あの時、彼女の身体には()()()()()()()()()()宿()()()()()

 

「……は?」

 

「『くろのす』の魂。つまりは『神』の魂。ソレは人のモノよりもずっと巨大だ……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

 思わず、心臓が跳ねる。

 

 だって、セバスの言っていることが……真実だとしたら。

 

()()は現在、月に居る」

 

「──」

 

「そして今、その肉体は……『くろのす』の支配下にある」

 

 セバスは、大仰に手を広げ……こう宣言した。

 

「──だが、断言しよう。彼女を救う手立てはあると」

 

 そして、彼は俺に……一つの宣託を与えた。

 

「それは──」

 

 ……それは荒唐無稽な話のようにも……不可能な話のようにも思えた。

 

 だが。

 

「……」

 

 俺の心は……何時になく、滾っていた。

 

 セバスの言葉を一言一句、違わずに聞き届け──セバスはこう締めくくる。

 

「──これをもッて…『Apocalypse(黙示録)』の時とする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、地獄だった。

 

『うわあああああ! この星人クソ強ェ!』

 

saierobank,kirika!』

 

『ひいいいい! こんなの勝てるわけ無いぃぃぃ!』

 

saiero,sirabe!』

 

『やめてよぉ! 下半身返してよぉ!』

 

tadanoyarasiimaria!』

 

 多くの黒スーツ達が逃げ惑い……そして殺されていく。

 そんな地獄だ。

 

『クソォ! あのお方がこられたら……! お前たちなどひとひねりだ!』

 

『そうだ! 瞬殺してくださる!』

 

kabe,tubasa!』

 

『皆! あのお方を呼んできたよ!』

 

『でかした!』

 

hitorinakamahazureoruyona?』

 

daretohaiwannga

 

 ソレを背後に、俺はセバスに背を向けた。

 

「行くのかい?」

 

「ああ。俺の標的は……あっちなんだろ?」

 

 俺が指を差した先。

 そこは……俺が最初に転送された山。

 

 どうやら、そこにアダム何ちゃらが居るらしい。

 

「アダム。彼について一言で言えば……失敗作の産廃だ。だけど気をつけて戦ってくれ」

 

 何故かセバスは、身も蓋もない言い方でアダムをこき下ろした。

 

「……なんか、アダムとか言うのに当たり強くね?」

 

「ははは! 彼はヒトのプロトタイプのくせに、所謂『完璧』という奴だからね……」

 

「え? プロトタイプ?」

 

 とんでもない事を軽く流すように語ったセバスは、そのまま背後の喧騒に目を向けた。

 

『……ほう……吸血鬼をこうも容易く……良き…強さ……』

 

『剣神さま……なんて……なんて神々しいんだ……』

 

『ならば此方も抜かねば…無作法というもの…』

 

『しかもよく見ろ! あの刀! 強いだけじゃ無ェ!』

 

『すげェ! なげェ!』

 

 俺も追従するように背後の戦いに目を向ける。

 そこでは……何故かスーツを半分脱いだ色白の男が巨人の残党達と戦っていた。

 

「彼の振るソード……アレは()()()()()()()()()だね……」

 

「……まぁ、そうだけど……あんな産廃使う奴居たのか……」

 

 しかも、使っている武器は産廃クリア報酬と名高い()()()()()()()()()だ。

 

 通常のソードはその刀身を幾らでも伸ばせるが、改造型は伸ばした刀身から更に刀身を生やせる。

 

 ぶっちゃけ、十五回クリアの特典群の中でもトップクラスにゴミだ。

 

 俺のその白けた目線を察知したのか、セバスはまるで慰めるように語り出す。

 

「そう言ってあげるなよ。アレも使い方次第では強いよ」

 

「……」

 

 セバスがそう言うとそうなのかも……と一瞬思いかけるが、どうにも信用ならない。

 

 ──十五回クリア特典。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()の使用権限。

 

 これはマジでクリア特典の中でもトップクラスで不遇だ。

 ラインナップとしては、Zガンの改造型、ハードスーツの改造型、そしてソードの改造型となる。

 

 だが……これらは大抵、改造の結果使いづらい仕様となっている。

 

 改造Zガンには謎に球数制限があるし、改造ソードに関しては刀身から刀身出て来る必要ある? という、そもそものコンセプトからして意味不明である。

 

 まぁ改造ハードスーツの防御力と火力だけは褒められる所はある。

 ただ、それも取り回しがクソだからと皆使ってない。

 

 言っちゃ悪いが……産廃を超えた産廃の武器達だ。

 

 ──しかし。

 

「あの方より賜りし有り難き刀…一振りたりとて外すこと罷り成らぬ」

 

 色白の男の攻撃は、枝のように伸ばした刀も相まってあまりにも大雑把な斬撃に思えた。

 だが。

 

yametare──』

 

 その一振りで……巨人の群れを一息に両断した。

 

「ほら、言ったろ? 振るうための腕力が足りていれば……的が大きい敵には有効な武器だよ」

 

「……いや──」

 

「的が大きい敵には他の武器でも有効だろって突っ込みはなしね」

 

「えぇ……」

 

 俺の言いたいことはセバスにも分かっていたのか……ソレを先回りして潰される。

 いやでも……どう考えてもXガンでやった方がいいでしょ。

 

 他に優秀な武器が沢山有る中であの武器を敢えて選ぶ選択肢は無い。

 

 俺の言いたいことが分かるのか、セバスは軽く汗を流しながらあせあせと続ける。

 

「ともかく、産廃だって油断するのは駄目だって事だよ。アダムのこともね」

 

「……」

 

 まぁ、要は警戒するなと、そう言いたいのだろう。

 

「……はッ! 馬鹿にすんなよ。ミッションで気を抜いたことは無い」

 

「はっはっは! なら良いさ」

 

 セバスはまた何時ものように笑った。

 ……その姿に、先程までの超常的な印象は受けられない。

 

 俺は……以前から聞いてみたかったことを、聞いてみた。

 

「……なぁ、セバス。二つ聞きたいことがある」

 

「ん? なんだい」

 

「一つ。()()()()()()()()()()()()?」

 

 セバスの残した取扱説明書。

 そこに具体的なモノが記されていたのは……十九回クリアまで。

 

 二十回クリアは……枠は用意されていたモノの、肝心の内容は白紙となっていた。

 

「……」

 

 セバスは俺の質問に暫くの間沈黙し、しかしすぐに答える。

 

「……()()()()

 

「……全て……?」

 

「そうとしか言えない……ただ……おすすめはしないと、言っておこう」

 

「……」

 

 それだけ言って、これ以上は答えるつもりはないと口を噤んだ。

 

「……そうかよ」

 

 ……ただ、何となく察しは付いてしまった。

 だから、敢えてそれ以上聞くことも無く……また別の質問を投げかける。

 

「……じゃあ、最後にもう一つ。あんたは──」

 

 

 

 

 空を駆ける。

 空を駆けて……もう一つの戦いへと向かう。

 

 その間浮かぶのは……セバスに聞いた最後の質問の……答え。

 

『何故君を助けるか、かい?』

 

 常に感じていた疑問。

 セバスが何故……俺に気をかけてくれるのか。

 

 ずっと……ずっと疑問だった。

 

 でも、その疑問の答えは……至極単純なモノ。

 

『……僕はね──』

 

 セバスは……。

 

『僕は……生まれた意味を知りたかった』

 

 セバスは俺と……同じだった。

 

『もう一人のセバスチャンとは違う僕は……生まれたことに何か……意味が有るのだと……思っていた』

 

 俺と同じように悩み、苦しみ。

 

『……でも、違ッた……僕に……()()()()()()()……』

 

 ただ、生まれた意味を知りたかッた。

 

『……そうして絶望の淵に居たときに、君が来た』

 

 だから、痕跡を残した。

 自分はちゃんとここに居たという痕跡を。

 

『最初は、すぐに死んでしまうだろうと……そう思っていた。でも君は……生き残った。僕の残した手掛かりを手にして』

 

 そして、俺はそれに救われた。

 

『……何故か……ソレが溜らなく……嬉しかッた……』

 

 ……でも、セバスも俺に……救われていた。

 

『僕はね……人は、何か意味を持ッて……生まれてくるンだと……思ってる』

 

 俺が生き残り続けることが……セバスの助けになっていた。

 

『……だからきっと……僕の生まれた意味が有るとしたら──』

 

 俺にとっての響が──セバスにとっては俺だった。

 

『君が生きてくれることだ』

 

 セバスは、最後にそう締めくくった。

 

「……チッ」

 

 思い出しては、その気恥ずかしさを誤魔化すために舌打ちを打つ。

 

「……」

 

 ああ、良いさ。

 生き残ってやる。言われなくても……生きて生きて……生き延びて。

 最後の最後まで……諦めて溜るかよ。

 

 生き残る。

 

 ──今度こそ……響と一緒に!

 



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参戦

 サンジェルマン。

 彼女の人生を語る上で……『支配』という言葉は欠かせないだろう。

 

 そう。

 彼女の人生とは正に『支配』の連続だった。

 奴隷の母の元に生まれた彼女は……いわれなき数々の暴力と辱めを受けてきた。

 

 今日の食事すら満足に用意できないような生活は、当時の彼女には普通のことであった。

 

 何時からだろう。

 『支配』を打ち破ろうと思ったのは。

 何時からだろう。

 その様な世界が異常であると思い始めたのは。

 

 少なくとも、彼女にとって大きな転換点となったのは……彼女の母の死である事に違いは無い。

 

 そんな彼女が、死に物狂いで抗い続けた数千年の時の果て。

 

 彼女は遂に、人類を支配する『呪い』を打破する手段を手に入れようとしていた。

 

 ──しかし。

 

 その最終段階に置いて……彼女は立花響の言葉に揺らいでいた。

 

 それは、神の力をアン・ティキ・ティラへと注ぎ込む際に行われた戦い。

 

 立花響と暁切歌の両名との戦いの中……彼女は圧倒され、また諭された。

 

 神の作り出した『支配』に対抗するために必要なのが……本当に『神の力』なのか?

 人は人のまま……変わらなければならない、と。

 

 それは酷く、彼女の心を揺らがせた。

 

 何故なら。

 彼女がこれまで戦い続けて来られた力こそ。

 人の持つ……不撓不屈の思いだったのだから。

 

 だからこそ。

 

「──教えてください統制局長! 本当に……本当に『神の力』でッ! 人類は支配の軛から解き放たれるのですかッ!?」

 

 彼女は今、目の前で行われている儀式の意味を──問わなければいけなかった。

 

 アダム・ヴァイスハウプト。

 未だ彼の描く絵図が見えてこない。

 本当に……本当に支配の軛から人類を解放するだけなのか?

 何か……何か他の目的が──。

 

「出来る……んじゃ無いかな。ただ……僕にはそうする気が無いのさ……最初からね」

 

 そして。

 案の定、彼はサンジェルマンが数千年望み続けた理想を……あっさりと否定した。

 

「ッ!? 謀ったのか……? 革命の礎となった……全ての命をッ!」

 

「……用済みだな、君も」

 

 アダムは面倒くさそうにそう言って、背後に浮かぶ機械仕掛けの少女に合図を投げかける。

 

 『神の力』を解放せよ、と。

 

 直後、圧倒的な力がサンジェルマン達へと放たれる。

 

「っ……」

 

 瞬間、暁切歌は大量のLiNKERを用い、絶唱を行おうとするも──。

 

「──え?」

 

 その直前。

 紫電が舞い……何かが目の前に立ちはだかるのが見えて、思わず手を止めた。

 

 

 何これ。どういう状況?

 アダムが浮いてる……のは良いとして……。

 立花……さんのコスプレもまぁ……良いとしてさ。

 

 何でキリカがあの変な格好してんの?

 え? S.O.N.G.ってそう言う組織なの?

 

 それに誰だよあのコスプレお姉さん。

 

 どういう状況だよ。

 

 あの光の柱の女の子は何だよ。

 

「……」

 

 幾多もの疑問が脳裏を過ったが……しかしあーだこーだ言ってられる状況でもなさそうだ。

 あの女の子の見た目した星人の攻撃。どう考えてもヤバい感じがビンビンする。

 

 ああ、全く。

 ()()()()()()()()()()()()()()()ってもんだ。

 

 ここには、転送の際に可能な限りの武装を置いてある。

 それは勿論、ハードスーツからロボットまで。

 

 即座にハードスーツを着込み、ステルスで隠しておいたロボットを駆使し──ギリギリでキリカ達の前に割り込めた。

 ──直後。

 

「!? なんだこの火力!」

 

 ロボットの状態が一気に危険領域にまで追い込まれ、爆音が辺りから鳴り響く。

 このっ火力……!

 

 アイツ……百点か!?

 

「くっ……!」

 

 即座にロボットを脱出し、飛行ユニットで宙を駆る。

 

「ッ!? 何だ!? あのデカ物は……!」

 

 ステルスすら維持できなくなったガンツロボが急に現れて動揺したのか、無駄に良い声でアダムは周囲を探っている。

 

「……」

 

 まさか一発でロボがやられるとは思わなかったが……まあ良い。

 Zガンを構え、アダムを狙撃する。

 

「避けてぇ! アダムゥ!!」

 

 ──しかし。

 

「!?」

 

「チッ」

 

 百点の奴がステルスを普通に貫通して来やがった。

 舌打ちを打ちつつ即座に引き金を引き、Zガンを連発する。

 

「ぬぅぅっ!?」

 

「……」

 

 だが……あまり効果は無い。

 何やら紋章のようなモノがアダムの頭上に浮かび上がり……Zガンによる攻撃を全て弾いた。

 

 クソ。やっぱ上位の星人ってのは大概クソ防御力ばっか──。

 

「ティキ!」

 

「!?」

 

 しかも、即座に俺を視認できる百点の奴に指示を出したかと思うと──俺に向かって砲撃を抜き放った。

 コイツ……防御力だけじゃ無く頭も良い……!

 

「ぐうっ──」

 

 ギリギリで回避するも……その光線の余波が擦るだけで飛行ユニットが溶け始めた。

 

 即座に飛行ユニットから飛び降り──地上へと着地する。

 

 ──幸か不幸か……三人のコスプレイヤーのすぐ傍へと。

 

「っ」

 

「デデデ!?」

 

「な、何……!?」

 

「……」

 

 砂塵を舞い上げながらも地面に着地し……すぐに構える。

 何故なら。

 

「……何者だ……君は」

 

「……」

 

 ──既に、臨戦態勢のアダムが目の前に降り立っていたから。

 クソ……まさか余波だけでステルス剥がされるとはな。

 

「……てめぇがアダム……アダム……ヴァイ……」

 

「……馬鹿にしているのかい? 僕を……アダム・ヴァイスハウプトをッ!」

 

 ふむ……言葉が通じるって事はやっぱ知能も相当高いな。

 

 それにあの百点の奴……俺が戦ってきた相手の中でも1番の火力持ちだ。

 

「……ふん。もう一度問う……何者だ……君は……」

 

「……」

 

「無いか……答える気は」

 

 黙りこくって此奴らの攻略法を考えていた俺の前に、アダムが躍り出る。

 

「──ならば!」

 

 恐ろしい速度だ。

 一体どういう運動神経してるんだと、人類のプロトタイプさんにツッコミを入れたくなる。

 

 ──しかし。

 

「排除させて貰おう……不確定要素はッ!」

 

 確かに頭も良いし防御力もすさまじい……だが残念ながら攻撃は杜撰も良い所。

 その動きはまるで素人同然。

 

 故に……見切れる。 

 軽いスウェーでアダムの杜撰な突きを避けつつ──俺は何時になく戦いを楽しんでいることを理解した。

 

 そうだ。

 楽しい。

 

 死んだように戦うのでは無く……生きるために戦うことが。

 

 響と共に……東京の夜を駆け巡った記憶が! あの時の……人生で最も楽しかった日々が、蘇ってくる。

 

 だからこそ……使わせて貰おう。

 

「はああああ……!」

 

 ハードスーツの持つ、最大の強みを利用した……()()()()()()()

 

 つまり、極端にデカい両腕を利用した──。

 

「……しゃあっ! ハードスーツ・キック!」

 

 訳でもない普通の蹴りッ!

 

「ガッ!?」

 

 その蹴りは間違いなく油断していたアダムの横隔膜に突き刺さり……蹴り飛ばした。

 

 だが……。

 

「き、貴様ァ!」

 

 普通にピンピンしてやがる。血反吐すら吐いていない。

 ふん……響に『いや、腕使わないんかい!』とツッコミを入れられた技だが……これでなかなか破壊力はある筈だ。

 

 何せ完全なる不意打ちで重要器官が詰まっているであろう胴体をぶっ飛ばすのだから。

 星人とて生き物。ならば弱点も生き物と似通ってくる……筈なのだ。

 

「……」

 

 なのに……コイツ本当に生き物か……?

 外皮がある……って訳でもなさそうだし……骨らしきものは避けて蹴った筈だ。

 その割に蹴った感触も何か妙だったし……何か変──。

 

「いや、腕使わないんかい!」

 

「え?」

 

「あ、つい突っ込みが……って、違います! あの、貴方は──」

 

 と。

 思いもしない言葉が背後から投げかけられる。

 

 それは……黄色の鎧を纏った……立花さんだった。

 

 瞬間、隙が生まれた。

 

「っおおおおお」

 

 そして当然のように、その隙を狙ってアダムが突貫してきた。

 

「チッ」

 

 即座にハードスーツの腕部分から光線を放ち、突っ込んできたアダムを迎え撃つ。

 パアッ、パアッ、という独特な発射音と破壊音は断続的に鳴り響き──しかし、土煙が払われる。

 

 ──それは、先ほども放たれた致死の光線。

 

「っ、避けろ──!」

 

 即座にその場を回避するも……爆風に煽られ吹き飛ばされる。

 

 何度かバウンドしつつも姿を隠すように森の中に逃げ込み、座り込む。

 

「チィッ! めんどくせぇ……!」

 

 あのアダム……普通に堅い上に素の能力が高い。とは言え特別無敵というわけでも無い。

 普通に削っていけば順当に倒せる相手……そんな印象だ。

 

 問題なのはあの後ろの推定"百の奴"の火力だ。

 ロボすら跡形も無く吹き飛ばすのは流石に見たことが無い。

 連発できるモノではなさそうだが、アイツが後ろを押えている限り安心は出来ない。

 

 故に……倒すべき順序は見えた。

 

 だから、今問題なのは──。

 

「貴様……何者だ」

 

「ちょ、サンジェルマンさん!?」

 

「……」

 

 三人のコスプレイヤーに……俺の姿が見られている、と言うことだ。

 しかも、そのうちの……1番よく分からないお姉さんに銃を突きつけられている。

 

 誰なんだよこの人は。

 サンジェルマンって誰だよ。

 

 つか頭の爆弾はどうなってる。

 

 数多の疑問は湧きつつも、ハードスーツ(頭)に備えられた機能を起動する。

 

『……なぁ。俺の姿……見えてるのか?』

 

「……何を言っている?」

 

『……マジで見えてるし聞こえてンのか……』

 

 溜め息を吐きつつ、コントローラーを取り出す。

 

 その内容に若干安堵する。

 彼女達が標的というわけでもなさそうだ。

 

 ……ただ、そうなると分からない。

 頭の爆弾はどうした? 何故作動しない。

 

『……』

 

 いや、今は……そんなことよりも……。

 

『おい、その銃どかしてくれ』

 

「……説明する気は無いのか?」

 

 チャキッと、わざとらしく音を鳴らしながらお姉さんがこちらに銃を突きつけてくる。

 どうしろってんだよ。

 

 溜め息を吐きつつ、手元のコントローラーに目を落とす。

 

『無い。つか……ここは危ないから、さっさとどっかに隠れててくれ』

 

「……」

 

 しかし、お姉さんは全く銃を退かそうともせず……依然警戒した様子でこちらを睨め付けてくる。

 

 チラリと、ハードスーツの奥で視線を動かしてキリカと立花さんを見る。

 

『……』

 

 いっそのこと……顔を見せて色々とバラすか……?

 

 ……いや、ソレは出来る限りしたくない。

 キリカに……戦っている俺を見せたくない。

 

 ……どうすれば。

 

「……あ、あの!」

 

 と。

 この気まずい空気の中……立花……さんがこちらに話しかけてきた。

 

「……一つだけ、教えてください」

 

『……』

 

「お兄さんは……私達の、敵……ですか?」

 

『……敵、ね』

 

 そう言われるとどうにも判別に困る。

 何せ大手を振って味方ですと言える様な関係では無いのだから。

 

 だから、確かに言えるのはこれだけだ。

 

『……今の俺の敵は……あのアダム・ヴァイス……ヴァイス……』

 

「……アダム・ヴァイスハウプトだ」

 

『……まぁ俺の敵は今のところ……ソイツだけだ』

 

 お姉さんに訂正を受けながらもそう返すと、立花さんは少し嬉しそうに笑った。

 

「なら、私達協力できます!」

 

『え?』

 

 そして、何故か急に理論が飛躍する。

 何でそうなるの? 早く逃げてくれない?

 

「……立花響! それは……」

 

 お姉さんは至極嫌そうに立花さんに言葉を投げかけるが、しかし立花さんは気にした様子も無く、こちらに手を伸ばした。

 

「狙う相手が同じなら……きっと協力できます」

 

『……いや……逃げてくれない?』

 

「私、これでも結構戦えますから! 一緒に戦いませんか?」

 

『……』

 

 俺の言葉を真っ向から切り伏せて、立花さんはこちらに伸ばした手を引っ込めることは無かった。

 

『……はぁ』

 

 ……もう、逃げて欲しいんだけど……とは、言え無かった。

 何せ()()がこうなったら頑固だって事を……俺も良く知っているから。

 

『分かった。良いだろう』

 

「……! ありがとうござ──」

 

『だが勘違いするなよ。アダムはあくまでも俺の標的なんだからな』

 

「あ、はい……」

 

 ともかく、なんやかんやで話は纏まった。

 さっさとアダムを倒してミッションを終わらそう。

 

 さっと立ち上がり……コントローラーを仕舞──。

 

「おい、そこのお前! ちょっと待つデス!」

 

『……』

 

「む、無視するなデス!」

 

 おうとした時。

 

 横から……変な格好をした妹がこちらに話しかけてきた。

 

『……』

 

 ああ……遂に来てしまった。

 小さく天を仰ぎ……何故この瞬間に一般人から隠すためのステルスが解けたのかを呪う。

 

 クソ……可能な限りこの状況で関わりたくなかったから意図的に無視してたのに……。

 

 ……なのに。何故かキリカのその目には……大分疑心が宿っていて……何処か殺意すら感じる。

 

「お前……お前、さっきの連中のお仲間デスか?」

 

『……』

 

「答えるデス!」

 

 やはりというか何というか……キリカは俺の格好を見て、俺を『管理者』の仲間だと思っているようだ。

 

『さぁ……誰の仲間だって?』

 

「ッ! だからッ、『管理人』とか言う奴等の仲間かって聞いてるんデス!」

 

「ちょ、切歌ちゃん!?」

 

「答えろォッ!」

 

 はぐらかすように言ってみれば、面白いくらいキレられた。

 

『……』

 

 それに酷く哀しい気分になる。

 何せ客観的に見たら凄い状態だ。

 

 本気でキレた妹はコスプレ。

 キレられてる俺もまたコスプレ。

 

 俺は何故コスプレをした妹に全身ハードスーツ状態でキレられてるんだ……?

 

 ……と言うかキリカがこんなにキレてる所を初めて見た。

 

「『ひーろー』を……お兄ちゃんを返すデスッ!」

 

『……』

 

 これどーすれば良いんだよ。



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神の誕生

『……』

 

 黙りこくりながら、考える。

 ──そして、一つの結論にたどり着いた。

 

『あーん? 『ひーろー』って誰だよ』

 

「っ……惚ける気デスかッ!」

 

『はっ……『管理人』だかなんだか知らんが……今はそんなこと言っている場合じゃねぇ』

 

 惚け続けることに決めた。

 もうキリカに疑われても良いからさっさとミッションを終わらせる。

 

 ……というか、これ以上星人達に時間を与えたくねぇ。

 

「……ああ。『神の力』の完成も近づいている……早く手を打たなければ」

 

 お姉さんも俺と同意見なのか……木の陰からアダム達の方を睨み付け、既に臨戦態勢に移っていた。

 それも何処か焦った様子で機をうかがっている。

 

『……『神の力』……ね』

 

 また新しい言葉が出て来たんだが。

 ……まぁ言葉の意味的に、なんとなく察しは付く。

 

 どうせ時間経過でクソ強い不死身になるんだろ。

 

『……どんくらいでそれは完成するんだ?』

 

「……およそ……五分ほど」

 

 お姉さんが言い辛そうに語った時間は、確かに短い。

 五分。長いようで短い猶予だ。

 

 ……なら。

 

『……もう話し合いは良いだろ。俺は出る』

 

「え? ちょっ──」

 

『あんたらが出るまでも無く……そっこーでカタをつけてやるよ』

 

 なら、俺の予定は変わらねぇ。

 

 先に狩るのは……あの百点の奴だッ。

 

 俺は一人森から抜け出し……光の柱へと駆け抜ける。

 背後から立花さんの止めるような声が聞こえてくるが、ソレはガン無視する。

 

 第一協力だ何だって言ってたが……そもそも練習もなしに良い連携が取れるわけも無い。

 なら互いに邪魔しないように戦うのが一番ってもんだろッ!

 

「ッ!? 現れたか……とうとう!」

 

『──』

 

 全力で駆ける。

 やはりというか……アダムは百点の奴を守るように立ちはだかった。

 

「はあっ!」

 

 幾つもの紋章が空に浮かび……先ほどのお返しと言わんばかりに天変地異が巻き起こる。

 

『チッ──』

 

 掌を前に構え、パアッパアッという独特な発射音とその熱量を一点に集中させる。

 そして開いた空隙に身を滑り込ませ、そのまま突破する。

 

「ッ! させはしない……好きにッ!」

 

 ──天変地異を突破した先。

 アダムが帽子を武器のように構えて肉弾戦を仕掛けてきた。

 

「人形の見る夢にこそッ、『神の力』がッ!」

 

『……』

 

 ソレはまるで子供が暴れているような稚拙な攻撃。

 しかしその身体能力はどう見ても異常である。

 

「分かるまい君たちには……僕の苦悩が……神への怒りがッ」

 

 アダムの全身が淡く光り、何故か節々から煙が吹き出している。

 何か異常な力がアダムの身体に作用していることは明白である。

 

 しかし。

 

『あー何言ってんのか分かんねーよッ』

 

「ぐぅっ!?」

 

 大ぶりの攻撃を最小の動きで躱し、ババンッと踵でアダムの足を踏みつける。

 

 そして足を踏み砕いた状態で……渾身の右ストレートを顔面にぶち込むッ。

 

「ぶっ──!?」

 

 アダムの身体が吹き飛び、地面を転がる。

 そして間髪入れずに光線を抜き放つ。

 

「がああっ!!?」

 

 ──普通の星人ならこれで致命傷……いや倒せている……筈だ。

 

 だが。

 

「ぐっ……ぅ……」

 

 アダムは全身埃だらけの傷だらけ。

 動けそうには無いが……それでも、まだ生きている。

 

 どういう事だ。

 流石にタフすぎる。

 

『……チッ』

 

 舌打ちを打ちつつも……アダムの強さについて上方修正していく。

 

 思っていたよりも行動不能にするのに時間を要してしまった。

 

『…………そうかよ。ならお前の相手は……後でしてやる』

 

「……ぐうっ……何を……!」

 

 そうしてハードスーツを繰り、全力駆動で……()()()

 

『おおおおッ!』

 

 当初の予定通り……動けねぇアダムは放置で、破壊力があるあっちの百の奴から狩るッ!

 空を駆け、百点の奴へとハードスーツの拳を構え──

 

「っ、やめろおおおおおおおッ!」

 

『!? 何ッ──』

 

 るよりも早く。

 傷だらけのアダムが紋章から現れる。

 

 転送!?

 いや、これは転送よりもずっと速い。

 まだこんなの隠し持ってやがったのか!?

 

 異常なしぶとさと隠し球で俺の前に立ちはだかったアダムが……またもや魔方陣を描く。

 

 ──直後風が起こり、鎌鼬のように俺に襲いかかる。

 

『ぐっ……』

 

 ハードスーツ故ダメージは無い。

 しかし、その風に押し戻される。

 

 クソッ、邪魔すんなッ!

 

「っ……僕だけだ……触れて良いのはッ! ティキのあちこちにッ!」

 

『っ、おおおおッ』

 

 即座にハードスーツの腕部分を起動する。

 肘の部分に組み込まれているジェットが起動し……無理矢理にその勢いを増す。

 

 そして。

 

「ガッ!?」

 

 すれ違い様にアダムの身体を切りつけ、そのままの勢いで百点の奴を──。

 

『……アダムを……傷つけるなァァッ!!』

 

『なっ──』

 

 

「……凄い……」

 

 一人駆け出したヒイロの後方で……立花響は呟いた。

 それは……手を貸すまでも無くあのアダムを圧倒している実力に感嘆しているから。

 

「ああ……だが……ッ」

 

 しかし。サンジェルマンは苦渋の表情を浮かべ……光の柱へと目を向けた。

 

「え……?」

 

「……何故……? まだ猶予はあったはずッ……なのに……なのにもう……ッ!」

 

 ──そこに……行き場を失った『神々の力』が流れ込んでいく。

 それは、計画を立てたサンジェルマンの予測よりも遙かに多い……莫大な力だった。

 

 これはサンジェルマンや立花響達には与り知らぬ事だが……現在、新宿御苑にて一つの戦いが終わった。

 

 日本において最上位の神々が……死んだ。

 

 彼等は皆、その力を天のレイラインより得ていた。

 そのレイラインの占有量は現在アン・ティキ・ティラに使われているモノのおよそ1()0()0()()

 

 つまり。

 

『あ……ああっ…アダム……アダッ……』

 

 ()()()1()0()0()()()()()で『神の力』が注ぎ込まれたアン・ティキ・ティラは、既に臨界点を迎えようとしていた。

 

 アン・ティキ・ティラを覆っていた光の柱は姿を消し……代わりに彼女を纏うように巨大な鎧が出現した。

 

 そう。

 天のレイラインは完全に開かれた。

 

 ──新たなる神の誕生である。

 

『……アダムを……傷つけるなァァッ!!』

 

『なっ──』

 

 『神』と化したアン・ティキ・ティラの咆哮は、彼女を中心に衝撃波と広がり……山を削る。

 

『ぶっ──?!』

 

 当然それに巻き込まれたヒイロは全身にその衝撃を受け、吹き飛ばされる。

 即座に受け身を取って地面を転がるも──そこを狙うように致死の光線が放たれる。

 

『おいおいまだ時間は──!』

 

 ハードスーツを繰りながらどうにかソレを避けるが……先ほどまでと違い即座に連射が来る。

 爆撃の連打に、その余波だけでハードスーツがひしゃげていく。

 

 ──そして。

 

『──』

 

 バシュンッという音と共に何かが破裂して──人間と神との戦いが……終わった。

 

「……お兄……さん……?」

 

「くっ……何てデタラメな……!」

 

「……」

 

 あまりにもあっけない乱入者の最後に、装者と錬金術師達は唇を噛む。

 

「……なん……と……」

 

 そして彼女達と同じように、自分を圧倒した男の末路を腰を抜かして見ていたアダム・ヴァイスハウプトは……驚嘆の声を漏らす。

 

「…………素晴らしい……これが……これが完成された……『神の力』──」

 

 ヒイロに右腕を切り落とされたことなど……最早彼にとっては些事でしか無い。

 全ての事象は『神の力』完成の前にはちっぽけなことでしか無い。

 

 彼は落とされた腕を持ちながら、ふわりと浮いてアン・ティキ・ティラのすぐ横へとたどり着く。

 

『ア……アダム……アダムゥ……』

 

「ティキ……よくやった。……とは言え……持ち帰るだけのつもりだったんだけどね、今回は」

 

『ご、ごめんね……つい……』

 

「良いとも……僕としても下ったよ……溜飲は。だから許そう、ティキ。君をね」

 

『う、うぅ……』

 

 そしてアダムは……地上にて天を仰ぐサンジェルマン達を睨み付けた。

 

「ついでだ。知らしめようか、折角だから……君の力を──」

 

 そして。

 アン・ティキ・ティラの頭上。

 

 そこに……何かが展開された。

 

「ディバインウェポンの……力をッ!」

 

 ──それは、兵器と完成したアン・ティキ・ティラの力の一つ。

 並行世界のひとつを生贄と焼却し、得られたエネルギーを嵐と撃ち放つデタラメな砲撃。

 それを……辺り一面にばらまいた。

 

「!? 避けろっ、立花響──ッ」

 

「がっ……!?」

 

 その余波は地上に居た彼女達を満遍なく圧迫し、地面に叩きつける。

 

『ア、アダム……これ、これで……良いの……?』

 

「くっ、はははッ! 勿論だよ……ティキ……」

 

 ディバインウェポンの破壊力。

 その様を見て、思わずアダムは高らかに笑った。

 

「凄まじい……! これならば……忌々しいアヌンナキを……復活の前に吹き飛ばせるッ! ははっ、はははははッ!」

 

 ──そうして一頻り笑った彼は……地面に倒れ伏した装者と錬金術師達に、とても楽しそうに語りかけた。

 

「サンジェルマン。君は言い続けたね、何度も僕を。人でなしと」

 

「っく……」

 

「そうとも。人でなしさ……僕は。()()()()()()()()()()()

 

「っ……アダム・ヴァイスハウプト……貴様は一体!」

 

 勝ちを確信したアダムは……煽るように地上に舞い降りた。

 

「僕は作られた。彼等の代行者として」

 

「……彼、等?」

 

「だけど廃棄されたのさ……完全すぎるという理不尽極まる理由を付けられて」

 

 彼は、ヒイロにつけられた右腕の傷を見せつけながら……何処までも独りよがりに語り出す。

 ……その傷跡からは、()()()()()()()()()()()()が覘いていた。

 

 人でなしという言葉。

 そして、機械の身体。

 それが何処までも……彼というモノを表していた。

 

「……立花響。動けるか?」

 

「……はい」

 

「そこのお前は……どうだ?」

 

「……大丈夫デス」

 

 そうして語るアダムを無視して、倒れ伏したまま彼女達は会話をする。

 

「私が先陣を切る……一斉に攻撃を仕掛けるぞ!」

 

「っ……分かりました!」

 

「……デース!」

 

 そうして立ち上がったサンジェルマンは、銃を抜き放つ。

 

「ほう、立ち上がるかっ……未だに!」

 

「はあああっ!」

 

 サンジェルマンの乱れ撃ちは強力無比。当たれば『神の力』であろうとただではすまないだろう。

 だが。

 

「はははッ、ぬるいよ……やはり君はッ!」

 

「ぐっ!」

 

 だからこそ、アダムはその銃弾を華麗に避けてみせ……銃弾を全身に受けたはずのアン・ティキ・ティラは、その身が持つ防御機構を十全に発揮させた。

 彼女の姿がブレ……直後に傷が消えたティキとなって舞い戻る。

 

「チッ……!」

 

 曰く、受けたダメージを並行世界に存在する同一別個体に肩代わりさせる絶対的防御。

 その力が尽きるまで……彼女は並行世界を犠牲に戦い続けることが可能である。

 

「デース!」

 

「はああっ!」

 

 直後、立花響とキリカが代わる代わるに攻撃を放つ。

 

 ──しかし。

 

「ふん! 言わなかったかい、ぬるいと……! ティキ!」

 

 アダムの言葉に応えるように、アン・ティキ・ティラはその力を──。

 

「……なっ!?」

 

 解放する直前、その身体が破裂した。

 

 ──直後、虚空から何かが飛び出し、ティキへと絡みつく。

 

「っ、ティキ!?」

 

 それでもなおギョーン、ギョーン、という妙な音が鳴り響き続け、伴ってティキが破裂し、再生し続ける。

 

『……アダム……人類のプロトタイプ……廃棄……』

 

 そして……虚空から『誰か』の声が鳴り響いた。

 

「おまっ──」

 

 動揺するアダムを捨て置いて、『誰か』は語り続けた。

 

『……なーんで『イヴ』にあたる奴がいねーんだって思ってたけど……ふうんそう言う事か』

 

「……! お、お前はッ!」

 

 煙が晴れ……そこに立つ人物を見て、キリカはやはりか、と言うように苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。

 ──そこには、彼女の兄を連れ去った者達と()()姿()をした男が……立っていた。

 

『……アダム……そうか……ああ……』

 

「貴様……生きていたのか、あの砲撃の中をッ!」

 

『お前さ』

 

「ッ!」

 

 そして、混乱するアダムに……彼は話しかけた。

 

『お前……『くろのす』……って名前……知ってるだろ』

 

「……は?」

 

 そして、彼は語りかけながら……後ろ手に隠したYガンのトリガーを……さりげなく引いた。

 

 

 ──あの砲撃をやり過ごした後。

 ……ステルスで潜みながら……俺は一つの()()()をガンツに転送して貰った。

 ハードスーツではない。アレをもう一度転送するには時間が掛かりすぎる。

 

 俺が選んだのは……産廃の中でもまだ使えるハードスーツ改造型。

 

 『ゼロスーツ』とも、『デオキシス』とも呼ばれるコイツの見た目について、一言で語るのであれば……()()()()()だろう。

 

 より具体的に言えば、ハードスーツ(頭)から全てのコードを外し、面の部分に付いていたセンサーを何故か巨大な一つに集約させるというよく分からない変更が行われたハードスーツ(頭)である。

 ……まぁ、『管理人』達が装備していたのが……これだ。

 

 コイツの性能についてまぁ分かりやすく一点特化型である。

 

 ()()()ヘルメット型は防御力に特化している状態だ。

 

 ……ただし。

 コイツのクソポイントは防御が発動してくれる境目が謎であると言うことだ。

 

 コイツは何故かノーマルスーツで防げるレベルの攻撃だと起動してくれないのだ。

 だから、これを装備していた『管理人』達に俺の蹴りは普通に通ったのだ。

 

 ただソレを超える威力の攻撃にはしっかりと反応してくれるので、顔を隠したい現状と過剰火力が飛び交うこの現場には最適と言える。

 

 ──そして。

 ステルスを見破れる百点の奴の視界に入らないよう、影からロックオンをし続けていた……その時。

 

 勝ち誇ったアダムが何やら身の上話をしだした。

 

 ……俺は、その話がみょーに……引ッかかった。

 

 というか……ずっと気になってた。

 

 『アダム』が居るのなら、何故『イヴ』にあたる存在が居ないんだ? と。

 

 そもそもセバスが言うように人のプロトタイプとして作られたのなら、何故男しか居ないんだ……?

 アダムの傍に居るそれらしき奴はあの異形だけだ。

 

 何故……?

 ……あ。

 

 そんな一抹の疑問だったが、しかしそれはあの()()()()の顔が脳裏を過ったことで……結ばれてしまった。

 

 それを問いかけてみると、アダムは面白いほど動揺した表情を浮かべた。

 

「……貴様……何故……何故ッ! その名前を……ッ!」

 

『お前か……そうか……お前じゃ……満足しなかったんだな……あのクソ色ボケ子作り女は……』

 

 ああ、と溜め息が零れて……ふつふつと怒りが湧いてきた。

 この怒りは無意味なモノだとは分かっている。

 

 ただ……考えてしまうのだ。

 

 アダムがもうちょい頑張っていれば。

 アダムがもうちょっといい男だったら。

 俺はもしかしたら……あのクソ色ボケ子作り女に目をつけられることは無かったのでは? と。

 

 アダムはもうちょっと頑張れや、と。

 そう思ってしまう。

 

「何故……まさか……知っているのか!? あの女をッ!?」

 

 先ほどまでの勝ち誇った表情は何処へ行ったのだろう。

 完全に動揺しきった表情を浮かべたアダムは、分かりやすく狼狽えている。

 

 だから、気付かない。

 

『あれ……? アダム? あれ……?』

 

 背後で起こっている異常に。

 

『まあ良い……いや良くないが……』

 

 俺の疑問も解消した所で……アダムの背後で百の奴が"上"に送られて行く所をもう一度確認する。

 

『……』

 

 そう……コイツは……。

 コイツは再生中は動けないという……ビックリするほど分かりやすい弱点を抱えている。



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リミテッドモデル

『ア、アダムぅ!?』

 

「……!? ティキ!?」

 

 俺が()()()()()()()()に全身を破裂させながら、頭の部分までを"上"に送られたところで、漸く百点の奴が焦った様子でアダムに向かって叫ぶ。

 ハッと我に返ったアダムが振り返り……さらにその混乱を加速させた。

 

 そして。

 

「なっ……何──がッ!?」

 

 当然のようにその隙を狙ってソードを振るい……あれほど頑丈だったアダムの体を、()()()()()()で真っ二つにたたっ切る。

 

『……ふん……』

 

 やっぱ……斬撃だったか……。

 

 思い出されるのは……先ほどのハードスーツによる攻撃。

 あの打ち合いの中、唯一コイツの体に傷をつけられたのが肘関節から伸びるソードによるモノ。

 

 そう言った俺の予想はピッタリと当たっていたようで……アダムの下半身と上半身は泣き別れとなった。

 

 だが。

 上半身だけとなったアダムは、しかしそれでも百の奴へと手を伸ばす。

 

 脅威的なしぶとさだ。

 

「ティ、ティキガボッオ!??」

 

 そんなことを考えながら、伸ばした手とアダムの首にソードを突き刺し、地面へと拘束する。

 その状態のまま……まるで魚を捌くように、アダムの身体をXガンでバラバラに解体していく。

 

『ッ、ア、アダムッ!?』

 

「ティッ、ティキ!? ブフぅっ、こっちぶばっ……こっちに!?」

 

『っ、アダムー!』

 

 ──そして。

 アダムの声に応えるように……百の奴はいじらしくも、身体の胸部の部分を切り離して……人形が詰まったコアのようなモノをこちらに射出した。 

 直後、今までYガンで拘束していた身体が光の粒子となって消え失せる。

 

 ソレを見て……あの百点の奴の本体があのコアであると言うことに気付く。

 

 故に。

 

『ま、またッ!? なにこれ!?』

 

 即座にコアへとYガンを放って百の奴を拘束し──。

 

『あっ、あうっ!?』

 

 ゴロゴロと転がるソレを……"上"へと送る。

 

『あっ!? あっ……あああっ!? アダム!? お願い! 助けてっ、助けて!』

 

「ぐふっ、ティぶぶっ、キィッ!」

 

『アダ──』

 

 先ほどまでと違い小柄なソレは……幾ばくの時間も与えず空へと消えていき。

 

「が──」

 

 次いで、Xガンの乱射を受けたアダムも……その身体を完全に破壊された。

 

 ◇

 

「……」

 

「……」

 

 破壊の限りが尽くされた現場には……重い沈黙が降りていた。

 

 立花響は……そのあまりにもあんまりな戦いの結末に絶句し。

 サンジェルマンは……自身の所属する秘密結社のトップをこうも手玉に取る目の前の男に畏怖を覚え。

 

 そして、彼女は──。

 

「あああっ!」

 

『……』

 

 抑えに抑えていた怒りを……爆発させていた。

 

「お前……お前ッ! やっぱり……お前はッ!」

 

『……』

 

「返せ……ひーろーを返せッ!」

 

 直後、彼女は想い人を守る際には使えなかった技を……彼へと放つ。

 

「ああああッ!!」

 

 『切・呪りeッTぉ』。

 それは彼女の持つイガリマの刃が分裂し、ブーメランのように放たれる技。

 弾丸の速度で『敵』へと迫るその刃を、しかし彼は難なく避けてみせる。

 

「っ、ああっ!」

 

『……』

 

 駄々をこねる子供のような大ぶりの連発。

 それを最小限のステップでいなしつつ……彼は考えていた。

 

 どうしよう、と。

 

「このっ……」

 

『……ふん』

 

 一歩、前に進み……彼は切歌の手を抑える。

 

「っ、このっ……! 離せッ!」

 

『離したら……どうするつもりだ?』

 

「……お前を動けないようにして……()()()()()()ひーろーの場所を吐かせるデス」

 

『……ふっ……怖いねぇ……』

 

 彼は嘘偽り無く自身の胸中を吐露した。

 

『おいアンタ。この子の仲間……なんだろ?』

 

「えっ!? あ……あ、はい……」

 

『ならどーにかしてくれよ。堪ったもんじゃ無い』

 

 そうして立花響と会話して気付く。

 彼女から向けられる視線に……どこか距離を感じた。

 

『……』

 

 彼は軽くショックを受けた。

 あの心優しい立花響からそんな態度を取られるとは思いもしなかったから。

 

「切歌ちゃん? 少し……落ち着いて……」

 

「これがッ! 落ち着いていられるデスかっ! 絶対に吐かせる……吐かせるデス!」

 

 場は混沌とし、秩序を失っていく。

 

『……あーもう無茶苦茶だ……』

 

 軽く息を吐いたヒイロは、虚空に向かって語りかけた。

 

『おい!! ガンツ速く転送を……』

 

 しかし、ガンツにいくら語りかけようと反応が無い。

 

『……』

 

「……」

 

 直後。

 その『力』のスペシャリストであるサンジェルマンと、非常に嫌な予感を感じ取ったヒイロは、同期するように固まった。

 

「ガンツ? 何デスかそれは──」

 

 ──そして。

 

『チィ──!』

 

「避けろ──ッ!」

 

「……え?」

 

 切歌と立花響の呆ける声と同時に──()()が錬成された。

 

 ◇

 

「──げほっ、げほっ……! な、何が……!?」

 

 激しい爆発。

 目を覚ますと……自身を守るように誰かが覆い被さっていたのが分かる。

 

「! お、お前……! ……え?」

 

 そして、その彼の身体の惨状に気がついた。

 

 所々が欠けた……罅の入った仮面。

 そして何より──彼の右半身が……焼き爛れていた。

 

「ぐっ……おい……また右腕かよ……」

 

「お、おい! だ、大丈夫デスか!?」

 

「『ゼロスーツ』……お前マジで……コイツ……普通に突破されてんじゃねーかクソ……」

 

「……」

 

 優しい切歌は一瞬本気で心配したものの……意外と大丈夫そうな態度の男に顔を嫌悪に歪ませる。

 

「……おい! 大丈夫ならさっさと退くデス!」

 

「ああっ……言われなくても……」

 

 切歌の言葉に軽く応じた男は、怪我も何のそのと立ち上がり……現状を確認する。

 

「……」

 

「……」

 

 そこには……何も、無かった。

 あれほど激しかった戦いの跡も、何もかもが吹き飛んでいた。

 

「ぐっ……!?」

 

「うっ……」

 

「!? おい! あんたら!」

 

「あ、おい!」

 

 そして、ヒイロは後方で立花響を庇うように倒れているサンジェルマンを発見した。

 

「……あれ……?」

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「え、あ……はい……って……え? 何……これ……」

 

 駆け寄ったヒイロは、立花響が比較的無傷なのに対して……サンジェルマンが全身に大火傷を負っていることを確認した。

 

「!? サ、サンジェルマンさん!?」

 

「ぐっ……う……」

 

 そして。

 立花響の呼びかけに対して呻くようにしか答えられなかったことから、意識が朦朧としていると言う事もまた……確認した。

 

「……不味いな……コイツは早く病院送ってやらねーと不味いぞ」

 

「……! お兄さんも大怪我してるじゃ無いですか!?」

 

「俺は良い。気にすんな」

 

 そう言いながらも、何かデジャブを覚えるような怪我の仕方にモヤッとした思いが募る。

 

「……」

 

 しかも、『ゼロスーツ』の機能が故障していることも見つけ、よりイラッとする。

 

 だが、一度軽く息を吐いて気持ちを落ち着かせたヒイロは……先ほどから感じる異様な圧力を探し……天を仰ぐようにソレを確認した。

 

 ──そこには。

 

「……え?」

 

「……う、嘘……」

 

「……」

 

 そこには……頭に角を敷いた黒山羊を思わせる醜悪な化け物が居た。

 

『嫌だった……こんな姿になるのも』

 

「……そん、な……」

 

『屈辱だった……この身に『神の力』を宿すのも』

 

 悪魔のようにも思えるその姿と、至る所に散りばめられた神々しい黄金の融合。

 

『許せなかった……ヒトとして……神を超えたいと夢想した果てがッ……! この結末だとッ!』

 

 ──相反する二つの属性は、新生した『神』の異形さを際立たせる。

 

「っ、どうやって……!?」

 

『触媒とした……砕けた僕の身体を。移したのさ……神の力を』

 

「……アダム……ヴァイスハウプト」

 

「ッ、サンジェルマンさん!?」

 

 その神へと辿り着いた異形を前に。

 全身を爛れさせながらも目を覚ましたサンジェルマンは……立花響に肩を貸されながら、錬金術師として、その目で何が起こったのかを分析する。

 

「……『神の力』……それを……散らばった身体に宿して……『力』の宿った身体を触媒としッ、『黄金錬成』を経て……肉体と纏めたッ!」

 

『……全く君は──』

 

 その推理は……正しく的中していた。

 アダムは忌々しそうに唸り、サンジェルマンを天より睥睨した。

 

 ──そう。

 これは正しく……人形の見た夢の果て。

 

 彼が幾星霜と計画に費やし、夢想してきた計画の……醜い結末。

 

 散っていった彼の夢と、莫大な時間……そして、何より自尊心。

 そのアダム・ヴァイスハウプトの燃えさかる怒りが、最後の足掻きとして見せた結果にして、結晶。

 

 つまり、『Limited Model_AdamKadmon Gold.』。

 

 彼は至った。

 

 彼にとって最低の不完全にして……彼にとって最悪に完璧なる……『アダムカドモン』へと。

 

『──そうとも。当然だろう』

 

 そして。

 神人へと至ったアダムは……異形の手を天に突き出すと、その莫大な力を黄金錬成と放出させる。

 

 そう。

 なぜなら彼は、パヴァリア光明結社統制局長……アダム・ヴァイスハウプト。

 

 現行最強にして至強の──。

 

『錬金術師だからね……僕はッ!』

 

 そして、夜の街に──太陽が生まれた。



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全否定

 夜の街に太陽が生まれ、その巨大な絶望を前に皆が口を閉じていた。

 

「……はっ」

 

 一人の仮面の男を除いて。

 

「黄金錬成だかなんだか知らんが……よーは──」

 

 彼は何処までも嘲るような語り口で、満足に動かぬ腕を揺らしながら……しかし、背後の少女達を守るように神人へと立ち塞がる。

 

 そして、太陽を掲げるアダムへと──刀を突きつけた。

 

「……手前ェが死ぬまで……何度でも殺せば良いッてだけの話だろ?」

 

 そのあまりにも無謀な宣言を、アダムは鼻で笑って踏みにじる。

 

『まだほざくか、戯言を……ならば教えるしかあるまい、"差"と言うモノをッ!』

 

 ──そして。

 

 太陽が……放たれる。

 

 その正体は『黄金』を錬成する文字通りの黄金錬成……の際に発生するツングースカ級のエネルギーを放つ、彼がヒトであった頃からのキメ技である。

 いかなる存在であろうと焼き尽くすその一撃を前に、しかしヒイロは毅然と立ち尽くす。

 

 そして、コントローラーが付いている腕を口元に近づけ──ぽつりと呟いた。

 

「……ガンツ……『()()()()()』」

 

 ヒイロが今身につけている『ゼロスーツ』。

 現在のヘルメット型のそれは所謂『防御特化型』。

 ソレに搭載されたジェネレーターは、巨大で強固な防御フィールドを展開する事が可能である。

 

 ただ、先ほどの黄金錬成の際にジェネレーターは死に、それどころか変声機能などの幾つもの機能が吹き飛んだのだが。

 

 防御特化が出てそうそう防御力で負けるとかどうなんだよとヒイロは憤ったが、ツングースカ級のエネルギーを至近距離から受けてもジェネレーターが死ぬだけだったのは褒めても良いことだろう。

 

 そう。

 死んだのはジェネレーターのみ。()()()()()()、まだ死んではいない。

 

 ゼロスーツにはまだ……先がある。

 

 ヒイロの呟いた『アドベント』とは、それらの機能の解放を意味する言葉(パスワード)

 

 その声に応えるように、彼が身につけていた『ゼロスーツ』がその姿を変えていく。

 

 後頭部から幾多ものコードが伸び、唯一動かせる腕へと纏わり付き、巨大な三連の腕へと変貌。動かぬ腕の周りにはコードが鞭のように垂れ下がる。

 ヘルメットの形状は痩せこけた様に削れ、何処か髑髏を彷彿とさせる相貌へと変化。

 そして、残りのコードが背筋を沿うように身体に巻き付き──肘関節と背中から異形の棘を生やしていく。

 

 その異形、正しく悪魔。

 完全なる悪魔へと変貌を遂げたヒイロは、迫る太陽へと手をかざし……更に

 

「ガンツ……」

 

 言葉(パスワード)を重ねる。

 その意味は──。

 

「──『デッドエンド』ッ!」

 

 『全弾斉射』である。

 

 直後、爆発するような反動がヒイロを襲い、勢いを抑えきれずに背後に倒れ込みかける。

 

「っ、ぐぅッ!」

 

 しかし背中の棘と肘から伸びた異形の棘が地面に突き刺さり、身体を無理矢理に固定する。

 

「ッ、がアアああアアアッ!!」

 

 極光と太陽が衝突し──僅かな拮抗も無く太陽の方が吹き飛ばされる。

 

『ッ!? 馬鹿なッ!? 黄金錬成を上回るッ!?』

 

 即座に黄金錬成をばら撒くが、そのどれもが大した拮抗も無く散っていく。

 

『何だソレはッ! 神の端末でしか無いサルが手にして良い力では無いッ! それは神の領域の──ッ!?』

 

 ──そして、その極光は容易くアダムを飲み込んだ。

 

 

 

 

 ──僕は……幸せに包まれながら生まれてきた。

 この世界に生まれた瞬間、それを理解した。

 

『素晴らしい……『完璧』なヒトの誕生だ』

 

『……これが……ヒト……』

 

『そうとも。見ろエンキ。全ての値が上限値にして最高値。これならあの左巻きもきっと悦ぶだろうよ』

 

『……』

 

 生まれながらにして感じる万能感は、僕に全てを教えてくれた。

 

 目の前にいる彼等が……僕の父であり母であり……神であると言うことも。

 この叡智も、溢れんばかりの力も、彼等が僕にそうアレと生んでくれたのだと言うことも。

 

『……そうだな。どれ、名前をつけてやろう』

 

『……もう名付けるのか?』

 

『ああ。そうだな……お前は──』

 

 僕は全てを与えられた。

 知恵も力も身体も……そして、名前も。

 

 だから僕は幸せで、僕は……紛れもなくヒトだった。

 

 ──でも。

 僕がヒトで居られた時間は、とても少なかった。

 

 僕はすぐに……ある女と出会わされた。

 ソイツは何でも、僕と共に人類を作り出したい女らしく、僕の誕生はその女の強い要望もあったという。

 

 なのに。

 その女は……!

 

『……え? これが……俺の……?』

 

『そうだ。見ろ、正に完璧な──』

 

『いや……無理』

 

 完璧と作られた僕を、真っ向から否定した。

 

『無理無理無理ッ! おいシェム・ハ! お前馬鹿か? どう見もサイズが合わねーだろっ!?』

 

『ふむ? そうか』

 

『いや無理だって! 俺を何だと思ってんだよッ! 入らねーし入れたくねーよッ』

 

 僕の身体を否定して。

 

『第一見た目がさ、キモいんだよ』

 

 僕の見た目を否定して。

 

『では……お前の意見を聞きたい』

 

 次いで顔の無い巨大なヒトガタが……感情を感じさせない声でこう言った。

 

『駄目だ』

 

『そうか。なら廃棄としよう』

 

 僕は。

 

 僕は生まれたその日に……生まれてきた事を否定された。

 

『……』

 

 不可解な夢。走馬灯。

 何故こんなモノを見せる。何故こんな事を思い出させる。

 

『……許さない……絶対に……』

 

「……おいおい、まだ生きてんのかよ」

 

 地面に叩きつけられ、『神の力』を消費させられ。

 それでもなお身体の内から溢れる怒りが、僕を突き動かす。

 

『僕は……負けるわけにはいかないッ! 否定させない、僕をッ! 誰にだってッ!』

 

 全身を駆動させ、ボロボロの鎧を身に纏うポッと出の男へと迫る。

 

『僕はッ! 僕は望まれていたッ!』

 

「……」

 

『人類としてッ、ヒトとしてッ、神と並び立つ存在としてッ!』

 

 神速の連打をたたき込む。こんなちっぽけな存在、当たれば一撃で倒せるッ。

 

 なのに、コイツは……!

 

『ああああッ!!』

 

 意にも介さずに、全ての攻撃を避けていく。

 

「……ふむ」

 

 しかも、余裕だと言わんばかりにチラリと視線を後方に移す。

 

『っ、舐めるなぁッ!』

 

 エネルギーを溜め、全身からレーザーを放つ。

 

 だが。

 よそ見をしていたと言うのに……この男は身を捻って避けていく。

 

 ……いや、避けるだけでは無い。

 

『ッ!? おま──』

 

 天上より光の線が男へと舞い降り──壊れかけていたあのヘルメットを再生していく。

 

『ッッ! 何故……何故お前ばかりッ』

 

 男は僕の大ぶりな一撃を軽く捻って避けたかと思うと、距離を取るように跳ねる。

 そして空中で何やらボソボソと呟き、直後にまた姿を変えていく。

 

『やらせるかあッ!!』

 

 あの一撃をもう一度放たれるわけにはいかない。

 この距離で黄金錬成をすれば僕とてただではすまない。

 だが多少の犠牲は覚悟の上。

 

 お前を葬り去る事さえ出来れば──ッ!?

 

『っ、何だこれは!? この光はッ!? っ、手が……崩れてッ!?』

 

 不可解な現象。

 しかし覚えがある。この光には。

 

 ギロリと視線を移すと……そこには死んだはずの二人の錬金術師が立っていた。

 

 

 プレラーティとカリオストロ。

 

 彼女……達は、サンジェルマンの仲間である。

 

 ──そして、先の作戦で命を落としたと思われていた二人でもある。

 

 神の力を求めたパヴァリア光明結社とそれを阻止するために動いたS.O.N.G.との対立。

 

 二つの組織の対立の中、カリオストロは統制局長であるアダムに対して疑念を抱いていた。

 

 つまり、元より自分たちの命を捨て駒としか扱っていないのでは無いか、と。

 

 事実アダムは、『神の力』を降臨させる祭壇設置の贄に、プレラーティかカリオストロを使えとサンジェルマンに示唆していたのだ。

 その場面を目撃した瞬間から……カリオストロの暗躍が始まる。

 

 自身はS.O.N.G.との戦闘の際に死んだふりという搦め手で雲隠れし、同じくS.O.N.G.との戦闘で死にかけたプレラーティを回収して、計画の推移とアダムの行動を監視した。

 

 当然ながら、アダムへの疑念が勘違いであればまた作戦に参加するつもりだった。

 

 ──だが、疑念は真実へと変わってしまった。

 

 アダムの理想とは……サンジェルマン達が抱いていたモノとは違い、アダムは彼女達を利用していたに過ぎなかったのだ。

 

 故に、彼女達は協力した。

 謎の黒服の男に。

 

『──ねぇ? 聞こえているかしら? そこのあ、な、た?』

 

『!? 何だこの声!?』

 

『ちょっと私と、お、は、な、し、しない?』

 

『……おいカリオストロ。何をしてるワケだ』

 

『あらぁ? こう言うのって最初が肝心って言わない? わ、た、し! そういうの大事にするタイプ~』

 

『幻聴じゃ……ない? 何だこのオッサンの声?』

 

『アアッ!? んだとゴラアッ!?』

 

 彼女達は、『ゼロスーツ』の力を使い果たしさて次はどうするかと考えていたヒイロへと……語りかけた。

 

 ファーストインプレッションはまぁまぁであったが、ともかく彼女達は話を始めた。

 

『今お前の脳内に直接話しかけているワケだ。時間が無いから原理について聞き返すなよ』

 

『……ファミチキ?』

 

『は?』

 

 極低音の声が脳内に鳴り響き、幻聴にしては随分受け答えが出来るなと戦々恐々とする。

 出来が良いことに軽く溜め息を吐いたその幻聴は、ヒイロへと語りかけてくる。

 

『……お前、さっきのあの攻撃……もう一度使えるか?』

 

 プレラーティのその問いかけに、ヒイロは未だ幻聴を疑いつつも一応返す。

 

『まあ出来るが。十五秒ほど時間があればの話だ』

 

『……本当に? 凄まじいワケだ』

 

 正直アレをもう一度使えるとは思ってみなかったプレラーティは素直に驚きつつ、すぐに気を取り直して話を続ける。

 

『なら……私達がその時間と、アダムの隙を作る。お前はソレを狙うワケだ』

 

『……幻聴の可能性を考慮して話半分に聞いてやるよ』

 

 一応そうは言いつつも、立ち上がりつつある目の前のアダムに気を引き締める。

 プレラーティ達もそれを理解しているのか、足早に説明を始めた。

 

『アダムのあの不死身状態……アレは神の力によって引き起こされてるワケだ』

 

『一見弱点がないように見えるけど、それがビックリ、本当に弱点が無いのよねぇ~』

 

『……』

 

 ヒイロは脳裏に響くネガティブな話と怒り心頭と言わんばかりのアダムの怒鳴り声を聞いて若干ウンザリしつつも……放たれるアダムの攻撃を避けていく。

 

『だが弱点が無いなら……作れば良いワケだ』

 

『そ。私達の錬金術で……ほんの少しの時間だけ、不死身を溶かすことが出来る。貴方にはその隙を狙って欲しいの』

 

『……出来るのか? そんなことが』

 

『出来るから貴方に話しかけたのよ』

 

『……』

 

 それはどこか自信に溢れた言葉にも、縋るような言葉にも思えた。

 

『……それで? あんたらは何の得があってそんなことをする?』

 

 自身の知らないことをペラペラと話すことから、これが幻聴ではないと信じ始めつつも……しかしヒイロは話の内容そのものまでは信じていなかった。

 何せ……理由が分からなかったから。

 

 一体何の得があって自身に利するんだ? と。

 

 それは彼女達も理解していたのか、すぐに答えが返ってくる。

 

『単純に復讐……って、訳でもないのよねぇ』

 

『……?』

 

『……今、そこのサンジェルマンが大怪我をしている。早く戦闘を終わらせて治療をしたい。それをするのにお前に頼むのが1番早いと思ったから……頼んでるワケだ』

 

「……ふむ」

 

 チラリと後方……全身に火傷を負い、苦しそうに倒れているサンジェルマンを見る。

 立花響と切歌が介抱してるモノの、あの状態では長くないだろう。

 

『……頼むワケだ』

 

『……お願い』

 

『……』

 

 それを理解した上で、もう一度二人の錬金術師達は懇願してくる。

 

 ──ヒイロは……。

 

『……』

 

 ヒイロは、話の殆どを理解できなかった。

 

 錬金術って何だよ。土地を転がすのか? と思うくらいには。

 

 正直何が何だか分からない。

 

 ──だが。

 

『……チッ。じゃあすぐに取りかかるぞ』

 

 彼女達が、真摯にサンジェルマンを心配していると言うことだけは……分かった。

 

『あら~! 話が分かるぅ~!』

 

『ならタイミングはそちらに任せるワケだ。こちらが合わせる』

 

 その言葉を最後に、脳裏に響いていた声が急に静かになった。

 

「……」

 

(何だったんだよ……アレ……くっそ怪しい)

 

 一人? になったヒイロは、目の前で乱雑な攻撃を繰り返すアダムを睥睨する。

 

(……まぁ……罠なら罠で、次の手もある)

 

 胸中で次の次の手まで考えながら──ヒイロは、ガンツに新しい『ゼロスーツ』の転送を指示した。

 

 

 ──身体が崩れる。

 

 これは……。

 

『ラピス・フィロソフィカスだとッ!? 今更ッ!?』

 

 それは、病を初めとするあらゆる不浄を焼き尽くすとも言われる『賢者の石』。

 ラピス・フィロソフィカス。

 

 視線の先。そこには……死んだはずの二人の錬金術師の姿が見える。

 

『プレラーティ!? カリオストロまでッ!? 何故今更邪魔をするッ、死者の分際でッ』

 

 分からない。

 何故今更ラピス・フィロソフィカス程度で僕の身体が分解を──。

 

 ……あ。

 

 一つ、思いついてしまった。

 

『……まさか……『神の力』にとって……()()()()()()()()()()とでも……?』

 

 それは正に……神から告げられた僕に対する完全否定。

 

 巨大な絶望感と共に、ラピス・フィロソフィカスの輝きが加速する。

 

『──何故……何故だああああッ!! 何故僕をッ、僕を否定するッ! 受け入れろッ完全なる僕をッ、貴方達の……子供をッ!』

 

 僕の声は無情に鳴り響き……分解は止まらない。

 

『何故……何故……なぜ……僕を……』

 

 気付けば、目の前にあの謎の男が……先ほどの砲撃の姿となって立っていた。

 

『……あ』

 

 首を掴まれ──空へと放り投げられる。

 

 直後、閃光がほとばしる。

 

『あ、あああ……』

 

 身体が溶ける。

 僕という形を失っていく。

 

 朧気になっていく感覚。

 

 そして思い出されるのは……否定の歴史。

 

「いや……無理」

 

「第一見た目がさ、キモいんだよ」

 

 身体を否定され。

 

「駄目だ」

 

「なら廃棄としよう」

 

 生まれたことを否定され。

 

「……」

 

 誰も来ない檻。ずさんな管理。

 受けてきた……逃げようと思えば逃げ出せるような……ぞんざいな扱いを。

 

「……フィーネ」

 

「……エンキ様……」

 

 逃げ出した先で見てきた……自分より後に出来た後継種と神が愛し合っている姿を。

 

「人でなしめ」

 

「この人でなし」

 

 そして呼ばれ続けた……人でなしと。

 

「ティキ! アダムの子供がたくさんほしーな!」

 

 相互理解できぬモノだけが……唯一の希望だった。

 でも、ソレを使えば並び立てると……思ってた。

 

 なのに、ソレすら砕かれて。

 

 ヒトである事を捨ててまで……『神の力』を得たというのに。

 

 なのに。

 

『……何故……捨てるのですか……』

 

 『神の力』すら……僕を否定する。

 

 何故……何故なのです。

 

 神よ。

 父よ。

 母よ。

 

 聞きたかった……一言だけでも。

 

『……すてるなら……どうしてぼくを……うみだしたのです……』

 

 ──それは誰にも聞こえることは無く。

 

 一人、アダムは光へと飲み込まれていった。

 



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何度でも2番を

 人形の見た夢。

 その最後は……あっけないモノだった。

 彼が数千と重ねてきた計画は、ポッと出の謎の男と自身が捨てた二人の錬金術師によって全てを潰された。

 

 彼は結局、何を為すことも答えを得ることも出来ず……ヒト未満の『アダム』として、死んだのだ。

 

 ──そして。

 

 そこは新宿の地。

 数分前に念願の星人討伐を果たした全国の部屋の住人たちだったが、なんか転送始まらなくね? という懸念の声が有り、しかも謎の爆発が遠くの山で沢山起こり始めたのにマップをいくら確認しても星人の反応は見つからず、住人たちは何だかピリピリしていて雰囲気が最悪最低なのだった。

 

「……? おっ? おおおおっ!?」

 

「……ん?」

 

 ──そんな状況で、四肢を捥がれたイケメン外国人が何やら嬉しそうに喚き始める。

 

「転送やんッ! やった──ぁぁぁああああ!? チ、チノちゃんッ!? 止血強くしないでッ」

 

「うるさいですね……」

 

 彼の隣では、なかなか始まらない転送にドギマギしていた少女が、ようやく始まった転送を見て嬉しそう超能力を締め付ける。

 

「グエエエエッ! 死ぬンゴッ!?」

 

「うるさいですね……」

 

 ちょっとしたコントの様な様相を呈しながらも、しかし転送は各地の部屋の住人で起こり始める。

 

「トホホ……じゃあ先に失礼するね」

 

「はい、お疲れさまでした」

 

 運がいいことに少女……に見えるが成人済み……の目の前にいる重傷の和井から転送が始まった。

 

 粋がって戦いに行ってたのに速攻でやられるとか恥ずかしくないの? と後ほどヒイロに愚弄される運命にある彼だが、悪運はあるようだった。

 

「……」

 

 そして……残された彼女は、ある一点を見つめる。

 それは爆発があった場所……ではない。

 

 この場においての最後の戦いを行った、()()()()()を見ていた。

 

「……」

 

 そして、()を見ていたのは彼女だけではない。

 

「ふぅん……やっぱやるやんケ。岡のオッサン」

 

「あの強さに一番戸惑ってるのは僕なんだよね」

 

「七対一で勝つとか凄くない? "神殺し"の力だ」

 

「"神殺しを超えた神殺し"と呼ばれた男だぜ」

 

 何故か上半身裸で各々ファイティングポーズを取ったり腕を組んだり、血塗れの手を目の前にかざしたりと。

 なんやかんやで楽しそうに戦い、遊んでいた同じ顔の男たちだったが……その男に対しては素直に畏怖の念を覚え、部屋へと転送されていった。

 

 ──しかし。

 "奇人"マネモブ達がそれ程感動した男の戦いを見学していようとも、あくまでもマイペースを貫くモノもいた。

 

 彼女もその一人。

 

「──オッ…オギャーッッ!? ケツがッ、ケツが焼ける様に熱いッ!? あ、やべ。おケツに火が付いた!? ですわよッ!?」

 

「いや、ケツ焼けてますよ」

 

「ちょっと!! ケツだなんてお下品な言葉はやめてくださるッッッ!!!」

 

「でもケツまる見えですよ」

 

「えっ!?」

 

 取って付けたようなお嬢様言葉でケツを押えた黒髪の美女は、しかしその見た目からは考えられないような行動と言動で目の前に居る青年に詰め寄る。

 

「ちょっと! 早く教えなさいなッ! 全く……箱入り娘の私に!!」

 

「日本語の多様性には目を見張るばかりですね。アラサーゲーミングニート女のことをそんな都合良く解釈できる言葉があるのだから」

 

「──」

 

 三千三百三十三平等院天上天下唯我独子こと、アラサーゲーミングニート女は……その言葉を一瞬真摯に受け止めたかと思うと、カッと目を見開いた。

 

「一点の曇りも無いド正論ですわね、ぐうの音も出ませんわ」

 

「……」

 

「夜道には気をつけなさい何処までも追いかけて殺──」

 

 最後にとんでもない呪詛を残した彼女は、ケツを押えながら部屋へと転送されてき……残された彼も、彼女を追うように至極面倒くさそうな顔で転送されていった。

 

 ──そして、既に殆どの人間が戦闘を終えて部屋へと戻っていく中。

 

 ()()()()()()()()()()()部屋の住人達が現れた。

 

「さあ皆さん! 私が到着しましたよ!!」

 

 彼は……いや、彼達は中国地方部屋の住人である。

 

「っし」

 

「ふー」

 

「……」

 

 ゴキゴキ。

 

「……リーボック様」

 

「……」

 

(この戦い。私が来たからにはもう勝ったも同然……)

 

「……ん?」

 

 何てことを考えていた彼は、現場の状態を見て怪訝な声を浮かべた。

 

 ……彼は、何故かまだ戦場に出ていない星人達が居て、こちらを挟撃しようとしていると思い込み……マップに散った星人達を殺しまくるという奇策に出てていたのだが。

 

「……!!」

 

 ものの見事に当てが外れ、戦いが終わった後にノコノコと戦場に出て来ただけだった。

 結果として点数を全く稼げないままミッションが終わってしまった。

 

「っし……」

 

「ふー……」

 

「……」

 

 ゴキゴキ。

 

「……リーボック」

 

 彼を信じて付いてきていた住人達は、何処か怒りの表情を浮かべてリーボックを睨み付けていた。

 

「……見落として……! 一つ……一つだけッ!」

 

 言うほど一つだけか? と言わんばかりの冷たい視線を部屋の住人達から投げかけられたリーボックは、冷や汗を垂らしながら転送されていった。

 

『……』

 

 最後に一瞬騒がしくなったが、それもようやく落ち着き……男は一人ロボットの上から一点を見つめていた。

 

『……』

 

 それは、あの爆発が発生した……もう一つの戦場である。

 ()()()()その戦いを監視していた彼は……小さく呟いた。

 

『……始まった……か……『Apocalypse』………』

 

 その言葉だけを残して……岡八郎もまた、部屋へと戻されていった。

 

 

「サンジェルマンッ!」

 

「サンジェルマーン!!」

 

 閃光がアダムを消し飛ばした直後。

 既に消滅したアダムの事など忘れた二人の錬金術師は、怪我を負ったサンジェルマンへと駆け寄っていく。

 

「ッ……プレラーティ……? カリオストロ……?」

 

「口を閉じてるワケだッ! すぐに処置を始めるっ」

 

 そして、プレラーティは倒れているサンジェルマンへと手をかざした。

 その手には紋章が宿り、淡い光と共にサンジェルマンを癒していく。

 

『……え? 何それ……救急車呼んでやれよ……』

 

 その背後で、ヒイロは唐突に現れた少女が怪我人の前で妙なマジックをやり始めたことにドン引きする。

 

「あ゛? 何ジロジロ見てるワケだこの変態ッ! 今私は集中してるんだから黙ってろ」

 

『……』

 

 親切心で忠告したらとんでもない罵倒が返ってきた。

 見てるだけで変態は酷くないか……?

 

 思わず軽く肩を落としかけたが、そのヒイロに声をかけてくる声が聞こえてくる。

 

「おいおま──」

 

 切歌──。

 

「あら~! さっきぶり!」

 

 を押しのけるように、カリオストロが焼けただれたヒイロの腕に組み付いた。

 

『!? 痛ーよ!? 何すんだアンタッ』

 

「あらやだごめんなさーい☆」

 

「……」

 

 切歌の目の前で、見た目は魅惑のお姉さんであるカリオストロがヒイロにスリスリと頬をこすりつけていた。

 

「ちょっ──」

 

「本当ありがとね~! 私もう、感激も感激~って感じッ!」

 

『……おい、まさかアンタ……あのオッサン声の──』

 

「あ?」

 

『……女だったのか……』

 

「それって喧嘩売ってる~?」

 

「……」

 

 今まで戦ってきた敵であったカリオストロと、仮面をつけた怪しい男が至近距離でただ会話をしているだけ。

 

 なのに何だろうか。

 このモヤッと感は。

 

 切歌は妙なフラストレーションを溜めながら、それでも果敢に会話に割り込もうとする。

 

「いい加減に──」

 

「……ねぇ、仮面の貴方。協力してくれたこと、本当に感謝してるわ。あそこのあの子も……今は必死だから気が立ってるだけで、ああ見えて貴方に感謝してるから」

 

『……』

 

「今はちょーっと時間がなさそうだから、それだけは私から伝えてお、く、わ!」

 

 最後にカリオストロは仮面へと口づけすると、バイバイと手を振って離れて行き、プレラーティの治療の加勢に行った。

 

『……』

 

「……」

 

 沈黙が場に降りる。

 

 ただ、一つの真実がそこにあった。

 

 声が男っぽいとか、未だに誰なのか良く分かっていないとか。

 そんな事はどうでもいいことだ。

 

 何故なら。

 

 正直ちょっとまんざらでも無──。

 

「ン゛ん゛ッ!」

 

 ガンッ、という音が鳴り響く。

 ……ヒイロが背後を振り返ると、そこでは肩を怒らせた切歌が巨大な鎌を叩きつけていた。

 

『……何だ?』

 

 まだ何か聞きたいことでも? と言わんばかりに言葉を投げかけると、切歌は何故か虚ろな目でヒイロを見つめ返した。

 

「随分と"あの"錬金術師達と仲が良いんデスね」

 

『……勘違いするなよ。彼奴らは仲間じゃ無い』

 

「仲間じゃ無いのにあの距離感?」

 

『……何が言いたいんだ?』

 

 本気で聞いてる意味が分からずにそう聞き返すと、ハッと我に返った切歌は頭を振るって考えを整理する。

 ──そして、当初聞きたかったことを……鎌を突き付け、脅す様に尋ねた。

 

「……さっきの声……」

 

『……』

 

「さっきの声……が……私の……私のお兄ちゃんの声だったデス」

 

 ……その鎌は小さく震えており、どこか恐怖しているようにも思えた。

 

 何故、目の前の人物が兄に似た声で話すのか。

 何故、兄をさらった奴らが……兄の声で話しているのか。

 

 幾つもの嫌な予感が駆け巡り、それが彼女の構える得物の震えとなって表れている。

 

「……答えるデス」

 

『……』

 

「……答えろッ」

 

 しかし……男は答えない。

 ──彼は逡巡していた。

 

 彼女のこれからに最も良い選択と……自身の使命を果たすために最も良い選択。

 どちらに重きを置くか、と。

 

 幾ばくかの思考の果て、彼は一つの結論に至る。

 

『……お前の言う『お兄ちゃん』ってのは……』

 

 彼はそう言いながら、変声機能を弄る様なそぶりを見せ、そのまま変声機能を切る。

 

「この声の持ち主の事か?」

 

「……え?」

 

 そして、どこか含みを持たせた語りに……切歌は固まった。

 

「……なに……言ってるデス?」

 

「そうか。コイツの声がお前の──」

 

「っ、何言ってるデスかッ!!」

 

 切歌は動揺のままに鎌を叩きつけ、脅しをかける。

 

「……」

 

 そんな切歌の姿にヒイロは心を痛めながら、しかし他人の演技を続ける。

 

「何を言ってるも何も……この声は『企業』の連中が作った()()()()だが」

 

「『企業』……? ……作っ…た……? 新……しい……声……?」

 

「そ。変声機の調子がくるって最新の『声』が設定されちまった」

 

 動揺を隠せないでいる切歌の表情には絶望が浮かび、彼女の中での『最悪』が加速していくのが見て取れる。

 

 その異様な空気に、サンジェルマンの治療を見守っていた立花響もまた切歌達の方へと目を向けていく。

 

「そう。作られたんだよ、つい最近。それも()()──」

 

「……やめて……」

 

 仮面の男として、ヒイロはあくまでも嫌な予感を煽る様に……兄の声で語り続ける。

 

「おいおい、聞きたくない? あいつ等に捕まった奴がどーいう扱いを受けるとか──」

 

「やめてッ!」

 

 そして。

 その演技は……見事に切歌の心に刺さっていった。

 

「……あいつ何やってるワケだ?」

 

 ヒイロの背後で、治療が一段落した二人の錬金術師たちがひそひそと語らっていた。

 彼女たちはヒイロと脳内で会話をしている。

 当然ながら……ヒイロの本来の声を知っているわけである。

 

 それを知っているプレラーティからすれば、今のヒイロのやっていることは茶番にしか見えなかった。

 

「ん~良く分からないけど、彼ふざけてるわけでもなさそうだし~黙っててあげれば?」

 

「それもそうか」

 

 そう言って彼女は懐から何かの小瓶の様なものを取り出し、自分たちの足元に放り投げた。

 すると応急処置が済んで眠っているサンジェルマンの下に紋章が描かれる。

 

「では私たちはこれでおさらばと言う訳だ」

 

 ヒイロと切歌のやり取りに気を取られた響は、背後で起こった事象に反応が遅れる。

 

「……え? ちょ──!」

 

「じゃーね~! S.O.N.Gの方には今度こっちから顔出すから~」

 

 手を伸ばすよりも先に彼女たちの姿は掻き消え……とうとう場にはヒイロとS.O.N.Gの二人だけが残される。

 

 重い沈黙が降りるが……しかし、立花響は意を決したように仮面の男へと語り掛けた。

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「……なんで、嘘を吐いたんですか?」

 

 それは、サンジェルマンもした問いかけ。

 

 あの時ははぐらかされたが……その時に零した言葉と今の会話に整合性が取れなかった。

 

「あの時……貴方は『管理人』……って人たちの事、知らないって言ったじゃないですか」

 

「……」

 

「でも、今は知った風を装って……『企業』って……なんなんですか?」

 

「……ふむ」

 

 その突っ込みを待ってましたと言わんばかりに、ヒイロは会話を自身が望む方向へと切り替えていく。

 

「……ふん。俺は『管理人』なんて知らないね。俺が知ってるのは……『企業』の連中だけだ」

 

「……『企業』?」

 

「この武装の数々を全国にばら撒いてる……文字通り大企業様達だよ」

 

 そして、語りだす。

 『企業』が抱えた夢を、野望を。

 

「アイツ等はクーデターを目論んでいる」

 

「……クーデター?」

 

「そうだ。その為に……戦士を集めている」

 

 そして、多くは語らず……どこか誤解を招くような言い回しで、切歌たちを誘導していく。

 

「俺は良く知らんが……思うに、『管理人』ってのは『企業』の中でも戦士を集めるって役目を担ってたんじゃないか?」

 

「……」

 

「『管理人』が動く基準は分からんが……ともかく、あんたの兄貴は選ばれた。だからあんたの兄貴は狙われて、攫われた」

 

 そして──と言葉を紡ぎ、切歌に希望を与える様にこう続けた。

 

「……だから、あんたの兄貴はまだ……生きてる……筈だ」

 

「……え?」

 

「だってそうだろ? 自分の兵隊を態々殺すような奴があるかよ」

 

 直後、ヒイロはびくりと転送の予兆を感じ……ジジジッ、という電子音が鳴り響いてヒイロは部屋に転送されていく。

 

「えっ!?」

 

「……チッ、もうかよ」

 

 ヒイロの目に分かりやすく狼狽える立花響の姿が映る。

 時間が無い事を悟り……足早に語るべき事を語っていく。

 

「だから……調べるなら『企業』の連中の動向……それと──」

 

 そして最後に、彼女たちが調べやすいよう……一つのキーワードを残した。

 

「──『ブラックボール』。あいつ等が持つ……最大の──武器だ」

 

 そして、ヒイロの視界は切り替わり……何時もの部屋へと、戻ってきた。

 

 

「……」

 

 部屋に戻ってきた。

 

 身体が足の先まで部屋に出て来て、チーンと言う音が鳴り響く。

 

 即座に『ゼロスーツ』を脱ぎ捨て、ガンツに詰め寄る。

 

「おいッ! どー言う事だッ! 何で俺の姿が彼奴らに見えてんだよッ!」

 

 ガンツの表面を叩きつけながら問いかけるが、ガンツは何も答えない。

 

「……」

 

 部屋に戻ってきた直後でこれだ。

 

 戦闘中は忙しかったため色々と後回しにしたが、ようやく今回のイレギュラーについて考えられる。

 

 クソ。

 大分状況が変わっている。

 前までの『俺』がスレで調べた情報的に……地方部屋の直前のミッションでは何もおかしいことは無かったらしいが。

 

 ならば前回と今回の間で何かが起こったのか……それとも、今回で何かが起こったのか。

 だが、今回で起こったことなど──。

 

 そう思い、今回のミッションでの事を振り返り……セバスの言葉を思い出した。

 

「……『Apocalypse』……なのか? ……これが……もしかして……」

 

 思考を巡らし、現状一番あり得るのが……『Apocalypse』の影響だ。

 

 『Apocalypse』。まあつまり黙示録……とか、()()()()()()()()()……だが。

 

「……隠されたモノ……え?」

 

 ……まさか、そう言う事……なのか?

 

「……いや、流石にそれは……」

 

 ……そう言う事なのか? 『Apocalypse』ってのは単に……俺達の姿がミッション外の人間に見られるようになる現象のことなのか……?

 

 ……そうなのか?

 『Apocalypse』ってのはもっと……こう……何か巨大なミッションのことだと思ってた。

 

 ……『Apocalypse』って言葉が全世界で認識されている以上……もっとこう……世界規模のミッション的な何かだと……。

 

「……」

 

 『企業』の連中があれほど警戒していたからそう言うもんだと思ってたが、まさか本当に……?

 

 俺が一人で考察を続けている間にも、ガンツは何一つ答えることは無く……黙々と採点を続けた。

 

 いてんをはじ

 

「……」

 

ひーろー

101てん

おかえり

total 101てん

 

「……101?」

 

 え? 彼奴ら百点じゃないの?

 

 今回は二百行くと思ってたんだが……。

 

「……どういう事だ? ……何かバグが起こってる……?」

 

 じゃあさっきの姿が見えたのも単にバグ的な……?

 思いもしない伏兵に気を取られつつ、ああッ、と頭を掻く。

 

 そうして頭を掻いていると、ガンツの表示が切り替わり……俺に三つの選択を提示した。

 

1.記憶をけされて解放される

2.より強力な武器を与えられる

3.MEMORYの中から人間を再生する

 

「……チッ……ああ、もう……訳分かんねぇ」

 

 頭を掻いて、舌打ちを打って。

 訳も分からずに選択を強いられる。

 

 最悪も最悪だ。

 

「……」

 

 けれどなんだか……懐かしさを覚えていた。

 ガンツに初めて呼ばれたときのような……そんな感じを思い出す。

 

 訳も分からず地面に叩きつけられて、訳も分からず変な部屋に呼び出されて……訳も分からずに化け物と戦わせられて。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()……あの時のことを。

 

「……」

 

 ──なら、俺の選択は……一つしか無い。

 

 ガンツの黒々とした画面に触れ、息を吐く。

 

 あの時の俺には……武器が必要だった。

 

 キリカを取り戻すための……あの黒スーツ達から助け出す為の武器が……必要だった。

 

 だから戦い続けた。

 戦い続けた結果……戦うための意味が増えていって……大きくなっていった。

 

 ()()()の俺は……その重さに耐えきれなかった。

 もう、戦い続けることが……出来なくなってしまった。

 

 でも俺は帰ってきた。

 

 戦う理由を背負って、帰ってきた。

 

「……ガンツ……」

 

 だから俺はあの時のように、宣言する。

 

「2番だ」

 

 何度でも……何度でも。

 

 選び続けるさ。

 

 ──響を、助けるその日まで。

 



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ある部屋

「うぅむ……」

 

 S.O.N.G.司令風鳴弦十郎は、渡された資料に目を通しては浮かない顔をする。

 

「緒川……これは……」

 

「はい。先日の戦闘に現れた謎の男。彼が残した情報を元に……調べた結果です」

 

「……むぅ……」

 

 彼が唸りながら目を落とした先には……大量のブラックボールが作られている画像が載っていた。

 

「これは『マイエルバッハ』の工場の写真です。恐ろしく警備が堅く……今はこの程度の情報しか集めることは出来ませんでした」

 

「……交渉はどうだった?」

 

「門前払いでしたよ」

 

 そう言って苦笑した緒川は、弦十郎が見ている画像に映っている黒い球体を指さす。

 

「恐らくこれが、彼が言っていた『ブラックボール』だと考えられます」

 

「……」

 

 もう一度『ブラックボール』を注視して見るも、これと言って武器のような見た目をしていない。

 と言うか、閉じた状態だとただの黒いオブジェクトのようだ。

 

「……」

 

 しかし。

 

 風鳴弦十郎は考える。

 もし、このブラックボールが……本当に兵器であると言うのなら。

 あの『アダム』の火力を上回ったあの武装が、ブラックボールの力の一端だと言うのなら。

 

 そんな強力な兵器を製造、販売している『マイエルバッハ』と……日本の大企業が本当に取引をしているのなら……。

 

「このブラックボールを製造しているのはドイツの『マイエルバッハ』。そして……彼等の取引先のリストには世界各地の企業……そして、日本の大企業の名前もありました」

 

「……そう、か」

 

 両者の関係は、男が最後に残した言葉が真実味を帯びてくる。

 

「『クーデター』……か」

 

「……はい」

 

 弦十郎の確認するような言葉に、緒川は重苦しく頷いた。

 

「……『アダム』の火力を上回る兵器を量産可能……そして彼の言葉を信じるなら……それを全国にばら撒いている……と」

 

「……」

 

「こりゃ、週末の映画鑑賞は暫く中止だな」

 

 そう言って軽く伸びをした弦十郎は、ボキボキと背骨を鳴らしながら用意しておいた書類を緒川に渡す。

 

「緒川。お前はコレ……どう思う?」

 

「?」

 

 最初はよく分からないと言った様子で書類を見つめていた緒川だったが……しかし読み続けるにつれて表情を驚愕へと変えていく。

 

「司令……コレは……!」

 

「ああ。()()()()()()()()()の……指揮系統の草案だ」

 

 

「お誕生日──」

 

「おめでとう──!!」

 

「デース!」

 

 パンっ、というクラッカーの音が鳴り響き、立花響の誕生日を祝福する。

 

「17歳、お誕生日おめでとう。響」

 

「ありがと! いやー! 皆のおかげで、こうして無事誕生日を迎えられました!」

 

 どこか畏まった様子でそう言うと、切歌がニコニコと『明るい笑顔』で立花響の背を押す。

 

「まーまー! 畏まったのはなしデスよ! 主役はこちらにデース!」

 

「おおっ!」

 

 案内された先のテーブルには幾つもの美味しそうな料理が並べられ、随分と手間が掛かっていることがうかがえた。

 

「ええ~皆が用意してくれたの!」

 

「皆……というよりは、調が頑張ってくれたわ」

 

 そう言ってマリアは月読調の肩に手を乗せ、今回の立役者を立花響に紹介する。

 

「が、頑張ったって言うか……松代で出会ったおばあちゃんから……野菜を沢山貰っちゃって……」

 

 恥ずかしそうに語る調だったが、この頑張りは相当な頑張りである。

 その姿に心打たれたのか、翼は胸を張りながら握りこぶしを掲げる。

 

「月読が作り、立花が食らうというのなら……私は片付けに専念させていただこうッ!」

 

「いやー先輩、出来もしないこと胸張って言うと後で泣き見ますって」

 

 小馬鹿にしたように翼に忠告するクリスは、ぷくくと抑えられない笑いを堪えるように手で口元を隠している。

 

「雪音ッ!? 私を見くびるかッ!?」

 

「はいはい、喧嘩しないの」

 

 思いもしなかった愚弄に顔を真っ赤にして食いつくが、しかしその口に調が作った料理を突っ込まれる。

 

「っ、何コレ美味しい! うまーい!?」

 

 美味しさのあまり芸人のように叫び、食レポを始めた。

 

「こ、これ本当にトマトなの!? あまーい!? 信州は全国でもトマトの栽培に最適な土地。そこで育てられた栄養満点のトマトを、敢えて苦しい環境で育てる事により旨味を凝縮! 丸々と肉厚でジューシー、それでいてフルーティーな甘さもしっかりあるわ! 長野トマトって美味しい!」

 

「く、詳しいのね翼……」

 

 怒濤の解説に少し引きながらも、それを聞いていた少女達はこぞって例のトマトに手を伸ばしていく。

 これを皮切りに……立花響の誕生日パーティーは始まった。

 

 それは楽しい時間でもあり……彼女達にとって守ってきた時間でもある。

 

 その青春の時間を楽しみながら……時間はあっという間に過ぎていく。

 

 少し浮かれた熱を冷まそうと、立花響はベランダへと足を向ける。

 

 ……そこには、先客がいた。

 

「……切歌ちゃん?」

 

「……あ。響さん」

 

 そう言えば、いつの間にか姿が見えなかった。

 彼女は先ほどの明るい笑顔とは打って変わって、沈痛な面持ちで空を眺めていた。

 

「……もしかして、考え事?」

 

「……そう、デスね」

 

「……」

 

 考え事。

 あの場で切歌と一緒に話を聞いていた立花響には……それが何なのかが分かる。

 

「……お兄さんの……事だよね」

 

「……」

 

 ……彼女の兄、暁陽色の事である。

 彼はつい数日前……謎の黒スーツの男達にさらわれて以降、足取りを掴めていなかった。

 

「……だ、大丈夫だよ! 緒川さん達が調べてくれているし……」

 

 そうは言いつつも、アレほど何かを探すことが上手な緒川でさえ、未だに足取りすら掴めていないという事実は……暗い先行きを暗示しているようにも思える。

 でも、それでも立花響は切歌を励ますように言葉を重ねる。

 

「……それに! 陽色さんって本当は凄く強くて──」

 

 すると、唐突に切歌が振り返った。

 

「そんなこと、私が一番知ってるッ!」

 

「え……」

 

「私がッ……一番……知ってる……のに……」

 

 ──彼女の目には、涙が浮かんでいた。

 怒鳴るような声には怒りと絶望が色濃く表れ、彼女の心境を如実に表していた。

 

「お兄ちゃんは……ひーろー、は……ああ言う時に私を守ってくれるって……知ってたのに……」

 

「……切歌ちゃん……」

 

 先ほどまでの笑顔は……虚勢だったのだろう。

 誕生日だからと無理矢理に笑顔を浮かべて、その心の闇を……隠していた。

 

「……」

 

 ──その辛さを真の意味で理解することは……立花響には出来ない。

 だから彼女に出来るのは……泣いてしまった少女を、抱きしめることだけだった。

 

「きっと大丈夫。陽色さんは、切歌ちゃんを傷付けるような事はしないから」

 

「……何で、そんなことが分かるデス?」

 

「だって、陽色さんは切歌ちゃんの……『ヒーロー』なんでしょ?」

 

「……」

 

「だったら、絶対帰ってくる。だからお兄ちゃんを……『ヒーロー』を信じてあげて」

 

 切歌は──。

 

「……っ」

 

 切歌は、今まで隠してきた思いを明かすように。

 

「ぁあ……ああああァァッ!」

 

 彼女の胸の中で……最初で最後の大泣きをした。

 

 もう、泣かないように。

 笑顔で……帰ってきた陽色を迎えるために。

 

 今まで隠してきた涙を、慟哭を……最後まで叫んだ。

 

 

 

 

「……ごめんなさいデス……」

 

「いいよ! 気にしないで、切歌ちゃん!」

 

「でも、ありがとうデス。……なんだか、久々に落ち着けたデスから」

 

 そうして一頻り泣ききった彼女は、恥ずかしそうに頬を赤くしながら頭を下げる。

 しかし立花響は何でも無い風な笑顔を浮かべた。

 

「……」

 

「? どうしたの?」

 

 その眩しい笑顔の立花響をジッと見つめた切歌は、両者の距離をグッと縮める。

 

「!? えぇっ!? ちょ、き、切歌ちゃん!?」

 

 そして立花響の首元まで顔を近づけたかと思うと、クンクンと鼻を動かした。

 

「え、えぇ!? ど、どうしたの……? もも、もしかしてなんか臭う……?」

 

「あ、ち……違うデス! 響さんはそれはもう良い匂いデス!」

 

「あ、そう?」

 

 唐突な行動に、立花響は内心『抱きしめたときに何かやらかしたか!?』と焦ったが……どうやらそう言う訳では無いようだった。

 では何故? と首を傾げていると、切歌は気合いを入れるようにヨシッと意気込むと、彼女に尋ねた。

 

「……あの、響さんは本当の本当に……ひーろーとは何も無かった……んデスか?」

 

「えっ!??」

 

 ──そして、思いもしない質問に立花響はギョッとしたような声をあげる。

 

「!? やっぱり何かあったんデスねッ!?」

 

「ち、違うよッ!? 陽色さんにも聞かれたけど、本当に何もなかった筈だって!」

 

「……」

 

「……切歌ちゃん?」

 

 ジトッとした目で彼女を見つめた切歌は、暫く顎に手を当てながらブツブツと呟き始める。

 

「……いや……でも……やっぱりあのベッドの臭いは……でも違う……」

 

「切歌ちゃーん?」

 

 先ほどの陰鬱とした所から立ち直ってくれたのは良かったが、何か別のスイッチが入ってしまったようだった。

 そう戦々恐々としていた立花響だったが、何やら結論を出した切歌はビシッと指を突きつけた。

 

「──惚けても無駄デース! ひーろーのベッドには響さんの臭いが染みついてたデース!」

 

「え?」

 

 何の話? と首を傾げていると、切歌は説明を始めた。

 

「前にひーろーの家にお邪魔した時ッ、ベッドから響さんの臭いがしたデスッ」

 

「え? 何で……?」

 

「洗っても取れないほど……それはもう染みついてたデス! 響さんの臭いがッ!」

 

「……」

 

 そんなに強調するほど臭い染みついてるの? と言いたくなったが、言葉を返すよりも先に切歌は何やら一人で盛り上がっていた。

 

「うおおお! 例え相手が響さんでも諦めないデス! そうデスッ! 諦めないデス! 私はッ、ひーろーをッ!」

 

 ビシッと月に指を突きつけ……宣言した。

 

「絶対に……諦めないデスッ!」

 

 ……色々と吹っ切れてテンションが迷子になった切歌を見て、彼女は戸惑った。

 正直ベッドの件とか色々と聞いてみたいことはあるモノの……けれど、切歌が元気を取り戻したと言うことが分かって……微笑んだ。

 

「じゃあ、頑張らなきゃだね。切歌ちゃん」

 

「オウよ! デス!」

 

 ──そして、彼女達の誕生日は……騒がしく過ぎていき。

 

 彼女達が預かり知らぬ場所にて──地獄が始まろうとしていた。

 

 

 人は死んだ後、何処に行くと思う?

 

 天国か地獄か……それとも神の下か。

 魂の結末というのはいくつか存在する。

 

 きっとこれも、その一つ。

 

 ──それは、東京のとあるマンションの一室。

 

 その部屋には……黒い球が置かれている。

 

「……」

 

 黒い球の目前にて、男が一人……何かを見ていた。

 

 ──さて。このノートを見ているという事は、君には死んだ記憶が有る筈だ。

 ──馬鹿らしいとか、ふざけるな家に帰せ! とかとか。もしかしたら君は思うかもしれない。

 ──けど一度だけ。そう、一度だけで良いからこのノートの事を信じて欲しいんだ。

 ──君が生きて帰る為に。

 

「……」

 

 ぺらり、ぺらりと、誰かが残したノートをめくる。

 

 ──さて。もし君がこの部屋に来た最後の人間なら、音楽が流れてくる。

 ──違うのであれば……ともかく、しばらくしたら音楽が流れる筈だ。

 ──可能であれば、すぐにでも『ガンツ』から出てきたスーツに着替えて欲しい。

 ──『ガンツ』というのはその部屋の中央にあるブラックボールの事さ。そこからあだ名が書かれたスーツケースが出てくる。

 ──思い当たる節があるあだ名が書かれてるから、それに着替えてね。

 

『あーたーらしーいあーさがきた』

 

「……」

 

 ぺらりぺらりと、ノートをめくる。

 ノートの通りに『ガンツ』から音楽が流れてきたと言うのに、男は一切気にも留めずにページをめくる。

 

 ──そうそう! とても大事な事なんだけど、これから『ガンツ』に化け物みたいな奴が映し出されると思う。

 ──君はこれからそいつを殺しに行く。

 

こいつをたおしにいってくだ

 

 ──凄く危険だけど、そいつを殺せばここに戻って来られる。家に帰れる。

 

「……」

 

 ぺらりぺらりとページをめくりながら、黒々とした『ガンツ』の表面に映し出された写真を一瞥し、男は立ち上がる。

 

かいぶつ星人

特徴

つよい

好きなもの

ひと

 

 ──そうだ。もう着替えられたかな? そろそろ転送が始まる。

 ──もし着替えられなかったら、最悪スーツを持って向こうに行って向こうで着替えるんだ。

 ──そして『ガンツ』からおもちゃみたいな武器が出てくるから、それをできる限り持ってほしい。

 ──余裕があれば……そうだな。奥の方に部屋が有るだろ? そこにデカい銃が置いてあれば、それも是非持って行って欲しい。とても役に立つから。

 

 そして奥の部屋に消えたかと思うと、片手に巨大な銃を持ち、太股のホルスターに剣の柄のようなモノを差し込んで出てきた。

 そして『ガンツ』から出てきた武器の中からアサルトライフルの様な銃を手に、銃口が三つに分かれたハンドガンの様な銃を空いている方のホルスターに差し込み、座り込む。

 

 ──もし景色が変わっても絶対に帰ってはいけない。今度こそ本当に死んでしまうから。

 ──帰る方法はただ一つ。スーツの腕に付いてあるコントロールの赤い点を全部消すんだ。

 ──勘のいい君はもう気付いてるね。その赤い点がさっきの化物だ。

 

「……」

 

 そうしてまた、ぺらりぺらりと、自分の命の恩人の言葉を噛み締める様にノートをめくった。

 

 ──さて。取り敢えず現場に着いたら、銃を色々と弄って見よう! 

 ──でも絶対に『仲間』には向けちゃいけないからね。

 

 ジジジ……という音が響く。男の頭から細い線が伸び、頭が徐々に消えていった。まるでこの世のものとは思えない様な光景……しかし男は気にも留めずノートの一ページ目まで戻った。

 

 ──では……グッドラック! 

 

 一ページ目が、そこで終わった。

 

 そして。

 視界が変わった先。

 そこは何処かの島の砂浜。背後の建物の雰囲気から……この場所が日本では無いと言うことが分かる。

 

「……」

 

 男は武器を構える。幾多も重ねた『選択』の末手に入れた……地獄を切り抜けるための武器を。

 

「……」

 

 チラリと視線を前に向ける。

 

 ──彼が進もうとする道の先には、幾多もの死骸が転がっていた。

 

 そのどれもが男と同じスーツを着ており……皆苦痛と恐怖に顔を歪めながら死んでいた。

 ……その姿は、まるで男の未来の様にも思える。

 

 しかし。

 

「……行くか」

 

 男はそれでも……臆すること無く、前に進む。

 

 宿命でも無く、運命でも無く。

 ただ自分の叶えたい未来のために。

 

 自らの足で……地獄へと踏み込んだ。

 



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三番
人類史の此方より


 ある喫茶店にて、金髪の男がつまんなそうに本を閉じ、店の外を眺めていた。

 

「はぁ……おもろいこと起こらへんかなぁ……」

 

 最近見た漫画に影響される事で有名な彼は、正にその影響下にあった。

 そんな彼を冷ややかな目で見ていた青髪の少女は、息を吐きながら悪態を吐く。

 

「うるさいですね……暇なら洗い物してくださいよ」

 

「え? なんか洗うモンあった?」

 

「……じゃあ、仕入れとか……」

 

「終わってるで」

 

「バーの準備──」

 

「まだ早いと思うで」

 

「……チラシくば」

 

「それ朝一で終わらせたで」

 

「……じゃあコーヒーの勉強でも──」

 

「今勉強が終わって暇してた所や」

 

 金髪の男は手元の本をぶらぶらと見せたかと思うと、軽くあくびをして暇そうに外を眺めていた。

 

「……」

 

 その姿に彼女は黙ってみていることしか出来なかった。

 何せ既にやるべき事は終わらせている上、店内には誰もおらず暇を持て余しているのだから。

 

「あ~あ……なんでこの店は客が来ないんやろなぁ」

 

 そう言って手元のコーヒーを口元に運び、その味を確かめる。

 

「インスタントよりはいけるのになぁ」

 

「……」

 

 青髪の少女のこめかみの辺りがひくついた。

 

「値段も個人店にしては頑張ってる筈や。まぁチェーン店だったら同じ値段で流行のジュース飲めるけど。うーんこれは……なんでやろなぁ」

 

「……」

 

 彼女のこめかみが更にひくついた。

 

「まぁ、常に人が居らん喫茶店に誰が来るんかってぇぇぇえあああああ!? チ、チノちゃん!? 首をねじらないでッ!?」

 

「うるさいですね……」

 

「あああああああ!?」

 

 言葉遣いこそ丁寧そのものだが、しかしブチ切れた青髪の少女は容赦なく『力』を使っていく。

 

 傍目から見ればそれは不思議な光景だろう。

 青髪の少女は男に向かって手を翳してるようにしか見えず、手を向けられている男が自分から首を曲げて痛がっているようにしか見えないのだから。

 

 その折檻は暫く続き、五分ほど首を捻られながらもようやく男は『力』から解放された。

 

「はい、お仕置き終了です。お仕事戻ってください」

 

「うぅ……首がイタイイタイなのだった……」

 

 首をなでなでした男は、恨めしげな表情で少女を見つめ返す。

 

「でも何をしろって言うんや? 正直本気でする事無いやろ」

 

「良いからバーの用意をしておいてください」

 

「はいはい……」

 

 この喫茶店の営業は夜の八時まで。

 それ以降はお酒が飲めるバーへと変わるのだ。

 

 今は丁度七時半ほど。

 まだ営業まで三十分ほど時間を残しており……また既にバーを営業する準備を終えているため、後は精々照明を変えてグラスを出すだけでこの喫茶店はバーへと変身する。

 なので、正直今急いで用意する必要は無いのだ。

 

 とは言え店主に言われちゃ仕方が無い。

 そう思い……男は首をさすりながら準備に取りかかった。

 

 

 そして同時刻。

 中国地方のある繁華街の靴屋にて、長髪を後ろに束ねた店長の男がドヤ顔で手を前に出す。

 

「本社の私に対する態度が最近本当に酷い!」

 

 店長は、目の前の本社の男と何やら言い争いをしていた。

 

「見通しが出来ないとか客層理解してないとか仕入れがおかしいとか」

 

「ですがね? 貴方が仕入れているのは何時も同じブランドの靴ばかり。客層も流行も何一つ取り入れない。何故他の靴を仕入れないんですか? ここは専門店では無いんですよ?」

 

「……分かっていない」

 

「え?」

 

「……貴方は()()()()()()()()()()()()は分かっていないという事です」

 

 そう言って店長は本社の人間にどれだけそのブランドが素晴らしいかを語り出す。

 ──しかし。

 

「いや、だからってなんで店の8割の商品を同じブランドの靴にする必要があるんですか?」

 

「……」

 

「残りの2割がうちのオリジナルブランドしか無いって……仕入れするときにおかしいと思わなかったんですか? ん?」

 

「……」

 

「別にそのブランドの商品が悪いというわけではありません。他のブランドの商品も仕入れて、その上で貴方の好きなブランドを店の特徴と推していけばそれで十分じゃ無いですか?」

 

 あまりにも正論。

 あまりにも強い言葉。

 

 店長は本社の人間の言葉を俯いて聞きながら、こう思った。

 

「……」

 

 暗い……あまりにも…。

 

「……何か言いましたか?」

 

「……いえ」

 

「なら、早く『正規の』仕入れをしてください。頼みますよ」

 

「……」

 

「もし次このようなことがあれば、貴方の評価を見直す必要があります。気をつけてくださいね」

 

 それだけ言い残した本社の人間は、足早に彼の店を出て行った。

 

「……」

 

 一人残された店長は……どこか背中に哀愁を漂わせながら椅子に座りこけていた。

 と、そんな店長の背中に影が掛かる。

 

「……店長」

 

「……ああ、すみません。何か用事ですか?」

 

 彼女はバイトリーダー。

 店長の右腕的存在である。

 

「……何か、あったんですか?」

 

「……いえ、何もありませんよ」

 

 ただ……と言葉を続けた店長は、自身の夢が破れたことを自覚し……俯いた。

 

「ちょっと、疲れましたね」

 

「っ……店長っ!」

 

 『推しのブランドだけの店』を作るなんて荒唐無稽な夢を正論で破られただけで、何故こんなに悲壮感を出せるのだろうか。

 

 非常に謎だが、店長とその右腕たるバイトリーダーにとってはそれはとても重要な事だったのか、何故か事務所には重苦しい雰囲気が漂っていた。

 

 

「フッ、フッ」

 

「……」

 

「ほっほっ」

 

 何処かの港の倉庫にて、奇妙な光景が繰り広げられていた。

 

 一人の男が恐ろしい速度でサンドバッグを叩き続け、その緻密な打撃音が途切れなく鳴り響いている。

 

 ──そして、その隣では()()()()()()()がウェイトトレーニングをひたすらに行っており、更にその隣でも同じ顔の男がランニングマシンを最高速で走り続けていた。

 

「今回はシステマで行こうと思う」

 

「ワシは南京町のブタマンと同じくらいシステマが好きやねんで。おいしいてハッピーハッピーやんケ」

 

「せやけど実際ヤッたことあるか? システマ」

 

「ワシはある。アイツは武闘家やった」

 

「じゃあ今回はマネヒト12号が監修と言うことで」

 

「決定やな」

 

 そして更に異常なのが……全く同じ顔をした男達が、倉庫の中央で鍋を食べながら会話をしている姿だった。

 

 全く同じ姿の同じ人間。

 双子や三つ子などのレベルを遙かに超えており、彼等は総勢()()()いた。

 

「つーか、そろそろ警備の仕事行かな」

 

「どれだけ副業で稼ごうと会社には行かなければならない。人生の悲哀を感じますね」

 

「今日は十一号が当番やったな」

 

「じゃあワシらは執筆で」

 

「ワシらはチャンネルの更新やな」

 

「ワシッ、らはッ! このッ、ままッ! トレーニングッ、やッ!」

 

 しかし彼等は……まるで同じ人間とでも言わんばかりの意思疎通で会話を成立させ、今日彼等がすべきことを確認していき──。

 

「散れっ」

 

 誰かが発したその言葉で、何故か皆急いで散っていった。

 

 

 薄暗い部屋。

 散乱した下着、脱ぎっぱなしの衣服に、魔剤と呼ばれる飲み物達の空き缶が大量に転がっているその部屋は……正に汚部屋と言っても良いだろう。

 

 その汚く暗い部屋で、唯一明りを放つモノがあった。

 

 それは……モニター。

 そこでは白い道着を来た男と、プロレスラーのような格好をした巨大な男が闘っていた。

 

 ──そして。

 

「……!!!!」

 

 ソレをかじりつくように睨み付けている黒髪の美女が……手元で何かをゴチャゴチャと動かしている。

 

「こんッッッのクソッタレ野郎おふざけが過ぎましてよッッ! そんなにお下品なリバサ擦りがお好きなら一生マスでも擦ってやがれですわッッッ!!!」

 

「お、お、おぎゃーッッ! コイツ知能が著しく低いッ! もう少し詫び寂びを嗜んでから……アッテメッ!? このクソ……クソわよッッ」

 

「ああああああッ。よし落ち着いた……もうこんな台風みたいな攻撃掠りもああああああああッッッ!!????」

 

 彼女は、大和撫子の様な見た目から考えられない猿の様な絶叫を叫びながら指をアケコンへと叩き込んでいく。

 

 そんな彼女の部屋のドアが叩かれた。

 

「──お嬢様」

 

「ウッキーーーーーッッッ!!」

 

「ゲームは一日一時間と条例で決められております」

 

「あってめっ! 何煽ってやがるんですのッッ!?」

 

「……お嬢様……」

 

 ガン無視を決め込んでゲームの世界に入り込んでいる自身の雇い主の姿を見て、初老の男性は思わずため息を吐く。

 初老の男性が呆れたよう部屋に入ると、彼女の部屋から漂う何とも言えない臭いに顔をしかめる。

 

「お嬢様。シャワー位浴びられたらどうですか」

 

「入りましたー! ワタクシ入りましたー三日前にーッ!」

 

「ええ。覚えてますとも。三日前にシャワーを浴びてからずっと、部屋から一歩も出ずにゲームをなされているのですから」

 

 初老の男性の愚痴るような語りを無視しながらアケコンを叩き続ける彼女は、どうやら丁度相手に勝てたようだった。

 

「はーんッ! はい私の勝ちーッ! 何で負けたか明日までに考えといてくださるーッ! うっ」

 

 そして急に立ち上がった彼女は、いきなりビュッと鼻血を出したかと思うと……後ろにぶっ倒れた。

 

「お嬢様ッ!?」

 

 叫びつつも、三日も風呂に入らないでいた彼女に触れたくなかった初老の男性は、倒れるお嬢様をサッと避ける。

 当然ぶっ倒れたお嬢様だったが、初老の男性は何でもない風に彼女を見下ろした。

 

「……お嬢様、お休みください。流石にそろそろ死にますよ? 休みなしでゲームをなされては」

 

「ひ、羊……」

 

「はい?」

 

「お、お前……受け止めろよ……はうっ」

 

 そして彼女は、気絶するように眠っていった。

 

「……」

 

 羊と呼ばれた男は、それを確認すると……。

 

「……」

 

 特にベッドに運んであげるとかそういう事はせず、普通に放置して汚部屋から出ていった。

 

 

「……」

 

 初老にさしかかった程に見える浅黒の男は、その支店に置ける最高責任者のみが座ることを許される椅子に座り……代わる代わる訪れる部下達の報告を聞いていた。

 

「支店長。この件ですが」

 

「支店長、これは──」

 

「支店長」

 

「支店長」

 

 何処か冷たさを感じさせる鋭い目をして居る彼だが、しかし彼の部下は皆物怖じすること無く話しかけてくる。

 渡された書類に視線を向け、目を動かしていく初老にさしかかった浅黒の男は、しかし小さく部下達に許可を与え、時には助言を与えていく。

 

 部下に支店長と呼ばれた彼は……部下の皆に好かれていた。

 初見では何処か冷たさを感じさせる見た目をしている男だが、話してみれば意外と明るい男で、ギャグも言う。

 彼と同じ名前の芸人のギャグは勿論持ちネタで、数十年間彼の十八番ギャグである。

 

 とまあ、中々愛されキャラである彼だが……。

 

 そんな彼に、客が尋ねてきた。

 支店長と言うこともあるだろうが、彼には客が絶えない。

 

「支店長。お客様がお見えです」

 

 しかもその相手は、大抵が日本でも大企業と呼ばれる会社の役員クラスばかり。

 部下達は何故一地方の銀行の支店長がそんなコネを持ってるのだろう? と疑問に思っていたが、本人が言うには()()で関わりがあるのだという。

 

 そして、支店長とお偉いさんの話し合いが始まった。

 

 

 彼ら彼女らには、一見何の繋がりなど無い様に見える。

 住んでいる場所、仕事に趣味、どれもが違い、本来であれば関わることなど無い人物たち。

 

 しかし。

 

「!」

 

 彼ら彼女らは、()()()()()()()()()で──ピクリと体を止めた。

 

「チノちゃん。今日はもう店仕舞いやな」

 

「ええ。分かってますよ」

 

 大阪では、『なんJ』と『チノちゃん』がテキパキと店じまいを始め。

 

「──階根さん」

 

「? どうしたんですか……?」

 

「少し……用事が出来ました。暫く店を開けます」

 

「え?」

 

 中国地方鳥取県に住まう『リーボック』は、いきなりバイトリーダーに店を任せるという凶行に出て。

 

「──む。ミッ・ションか?」

 

「戻れっ」

 

 兵庫県神戸市では、一度散っていった『マネモブ』達がまたぞろぞろと戻ってきた。

 

「……」

 

 そして、香川県に住まう『お嬢様』はむくりと起き上がると、自分の着ている三日目のシャツに血濡れの鼻を近づけた。

 

「……シャワー間に合うかしら」

 

 羊に酷いことを言われた彼女だが……これでも乙女。

 最近気になる年下の男の子が出来た彼女は、部屋を駆けだしてシャワールームに飛び込んだ。

 

 ──そして。

 

「支店長? 話し合いは終わりましたか?」

 

「支店長ー? あれ……?」

 

 何時もよりもずっと長い時間話し合ったと思えば……何時の間にか支店長室には、()()()()()()()()()()

 

 

 彼等は一見すれば、何のかかわりもなく……何の繋がりも関連もしない人物たち。

 皆本来であれば別々の人生、()()()()()を辿っていた人物たち。

 

 彼らに共通する点があるとするなら、それは──。

 

「お、『拙者ぜむらい』も来たか。定期試験どうやった?」

 

「……」

 

「おお、ええやん! なんや心配して損したわ~」

 

「うるさいですね……」

 

 彼等は一度死に、黒い球が置かれた部屋に集められた。

 

「さあ皆さん! 私が来ましたよ!」

 

「っし」

 

「ふー」

 

「……」

 

 ゴキゴキ。

 

「……リーボック」

 

 そしてその部屋で幾多モノ戦いを切り抜けてきた。

 

『オソカッタナ』

 

「……ほんまにまだ居るんやな……こいつ……」

 

「つーか前から気になってたがなんでコイツ呼ばれたん? 機械に死とか無いやろ」

 

「貴様ーっ、いぬやしきさんを愚弄するかぁっ」

 

「コイツはまだ良いんだけどドラゴン君がでかすぎるんだよね」

 

「GK~ドラゴンを継ぐ物~」

 

 ──()()()()、日本の企業達の……最高戦力たち。

 

「きゃー! 玄野さんのエッチー!」

 

「え? 何で裸なんすか?」

 

「玄野……今更コイツにツッコミいれても遅いよ……」

 

「なんか臭くね?」

 

 そして──。

 

『……』

 

 彼は真っ暗な部屋で一人、黒い球の前に座っている。

 ハードスーツを着込み……その素顔は見えないでいる。

 

 彼が顔を上げ、ブラックボールに視線を合わせると……彼の意思に従う様に目の前のブラックボールが駆動し、標的を表示させた。

 

しぇむはのひつぎ

特徴

ひつぎ つよい かたい つめたい

好きなもの

なし

 

『……』

 

 彼は何を見ても動じることなく。

 またブラックボールに視線を合わせ、駆動させる。

 

 ──そして、彼はどの部屋よりも早く……対象が居る『南極』へと転送されていく。

 

 それは、彼がブラックボールを()()()()()出来ているからこそ可能な力技。

 

 そう。彼こそが日本最強の男。

 

 企業達に属さず、あくまでもビジネスパートナーとして彼等のために戦い、そして確実に勝利する銀行員。

 

 七柱殺しの男……岡八郎。

 

 



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噛ませ犬

「えぇ……」

 

 転送されてきた黒スーツの男達は……目の前で行われている戦闘を目の当たりにしてドン引きした様子で呟いた。

 ……いや、ソレは最早戦闘では無かった。

 

 一方的な蹂躙、と言った方が正確だろう。

 

「……あれ……本当にワイが持ってるロボと同じ奴か……?」

 

 彼等の目の前では……鈍重な動きしか出来ず、小さい相手を蹴散らすのが最適解と言うのが専らの評価であったロボが……超高速で標的のデカ物を一方的に嬲っていた。

 

『ッ──!?』

 

 そして、当のデカ物こと『棺』は焦っていた。

 自身の攻撃が何一つ当たらず……さりとて逃げ出すことすら不可能なのだから。

 

『ッ! ──!』

 

 数多のドローンを排出し、敵の撃墜を試みる。

 しかし。

 

『!?』

 

 ドローンを出した瞬間──不可視の衝撃が寸分違わずにドローンを撃ち抜いていく。

 そして……その不可解な攻撃に気を取られた瞬間。

 

『──』

 

 ロボの右ストレートが『棺』の胸を撃ち抜いた。

 轟音が鳴り響き──空気が揺れる。

 

 それは所謂、空手の正拳突き。何処までも基本の型であり……言ってしまえば普通の一撃でしかない。

 

 だが破壊力は何処までも非常識の領域にある。

 機械の拳は音を超えて『棺』に届き、十トンを超える重量が『棺』の表皮を抉り取った。

 

 そしてその衝撃は『棺』を押し倒し、ここぞとばかりにロボが『棺』に馬乗りして一方的に殴り始める。

 

「……いや、アレは何かヤッとる……ワイの知らん……何かを……」

 

「……」

 

 呆然とその『狩り』を見ていたのは、大阪チームのリーダーと、大阪部屋最強の少女。

 

「……」

 

 彼等が転送されて始めてからの数分間。

 その戦いは、彼等が全員転送されるよりも早く……終了してしまった。

 

 ──そして、この戦いを見ていたのは大阪チームだけでは無い。

 

「……何……だと……」

 

 S.O.N.G.司令、風鳴弦十郎は……S.O.N.G.仮説本部である次世代型潜水艦にて、その戦いを眺めていた。

 

「……師匠……あのやられているのって……」

 

「……恐らくは、タレコミにあった神々の『棺』……だろうな」

 

「……」

 

 目の前に映し出される映像では、恐ろしく強いと事前の情報にあった『棺』が……あっという間に解体されていく姿が映っていた。

 

「……反応途絶。『棺』、沈黙しました」

 

「……」

 

 オペレーターである藤尭は重苦しく呟き、残った方のロボの観測に力を注ぐ。

 しかし。

 

「……! ロボがッ……!」

 

「……消えて……行く……」

 

 藤尭が『棺』の反応の途絶を確認した途端……用は済んだとばかりに謎のロボも頭から徐々に消えていく。

 

 彼等の戦闘の観測を開始しておよそ数分。

 最早そこには……細かく砕かれた『棺』の破片しか残されていなかった。

 

 

「……司令」

 

「……ああ、後手に回されたな」

 

 S.O.N.G.は現着後すぐに辺り一帯の調査を行った。

 しかし予想通りというか何というか……全くと言って良いほど証拠らしきモノは残されていない。

 

 精々遠巻きに戦いを見ていた様な足跡が……複数箇所に渡って存在していた程度である。

 それすら、既に吹雪で消えてしまっている。

 

 彼等の言うとおり、後手に回されていた。

 何せS.O.N.G.が南極に来て得られた情報は、先程の戦いの映像……つまり『企業』の持つ戦力の一部程度しか無いのだから。

 

 しかも、その情報すら既に開示されているモノに過ぎない。

 

 弦十郎と緒川は映し出された映像に目を向ける。

 

 ──そこでは、黒いスーツの集団が多種多様な化け物と戦闘を行っている映像が流れている。

 

「……全世界で行われている戦闘。映像が公開され始めたのと同時に……既に幾つかの国では宣言が為されている」

 

「……」

 

 彼等が見ている視線の先には、幾つもの国のニュースが映されていた。

 

 その内容は奇妙なことに全て同じ内容であった。

 それは。

 

「新たなる国家の誕生。……つまりは()()()()()()()()()()が」

 

 噛み締めるように……弦十郎は呟いた。

 それはクーデターが成功してしまったこと……だけでは無い。

 

「……現在、日本で承認されていない国家の数が……千を超えました」

 

 国が……複数に分割されてしまったことだ。

 その中には国連の常任理事国の名前もある。

 今まで世界を支えていた大国が墜ちたという情報は世界中に回り、混乱が加速していく。

 

「……」

 

 欧州の胎動……所では無い。

 

 全世界の裏で……何かが生まれていた。

 

 一つの企業から生まれた黒い球。

 それは世界中の『企業』へと渡り、その絶大な力で新たなる国家の誕生の基盤となった。

 

 誰にも気付かれること無く。

 誰にも悟られること無く。

 

 毒のように社会に潜り込み……今ある世界の秩序を殺していく。

 

「……クッ」

 

 弦十郎は拳を固く握りしめ、その隣に立つ緒川は自身の力の至らなさに歯がみする。

 

 あまりにも準備が出来すぎている。

 

 仮面の男からの情報を得てからおよそ三ヶ月。

 それだけの時間では……ほんの少しの抵抗も出来なかった。

 

「……司令、この後の行動は?」

 

 気まずい空気が流れる中、それでも友里は司令に指示を仰ぐ。

 

「……ああ。日本ではまだ何も起こってはいないが……一度八紘の兄貴と合流したい。調査が終わり次第日本に戻る」

 

「分かりました」

 

 友里はすぐに手元のコンソールを弄り、帰りの航路の算出を始めた。

 

「……」

 

 それ以外にも……藤尭も現在外で作業をして居る装者達の補佐と変わりつつある世界の情勢を集めている。

 錬金術師であるエルフナインも、ちょろまかした『棺』のサンプルの研究解析を行っている。

 

 立花響達もまた、『棺』とロボの戦いで生まれた瓦礫の撤去や、要救助者の救出を行ったりと、出来ることを最大限に行っていた。

 

 だからこそ。

 出来ることを最大限に行った結果が……今も流れるニュースだと言うのなら。

 

「……」

 

 弦十郎は息を吐き……目元を軽くもむ。

 

 あまりにも規模がデカすぎる。

 人手も情報も何もかも足りていない。

 

「司令、米国空母がこちらに到着したとの連絡が」

 

 と。進退窮まった状況からの次なる一手を考えていた弦十郎に、緒川が報告をよこす。

 

「……米国、か。こちらに空母まで寄越すとは。余裕があるのか……それとも……」

 

 米国。

 混乱する世界情勢の中、全く動きが見られない国家である。

 それどころか……南極で起こった事件に即座に反応し、何も触れるなと空母まで寄越してみせる。

 

「……余程重要なモノ、か」

 

 そう言って目を向けた先。

 そこには、バラバラに破壊された棺から出て来た……何者かの遺体の写真があった。

 

 タレコミの情報が正しければ、それは正しく……。

 

「アヌンナキの死骸、か」

 

 肉体は腐り果てようとも……それでも、その聖骸が身につけた腕輪は鈍ること無く輝いていた。

 

「……」

 

 米国が求める聖骸。

 それに一体どれほどの意味が有るのか。

 

 S.O.N.G.司令室では皆口にはしないモノの……何かほの暗いモノを感じていた。

 

 ──と。

 

「……ん?」

 

 最初に気付いたのは友里だった。

 仮説本部である潜水艦の周囲に、何者かの反応が急に生まれた。

 

「どうした友里」

 

「いえ……何かの反応が……ッ!? こ、これは!」

 

 一瞬誤作動を疑った友里だったが、その反応が先程のロボと同じモノである事を確認し……即座に指を動かす。

 

「映像回しますッ!」

 

 コンソールを操り、潜水艦に備えられたカメラを切り替え外の映像を確認する。

 

 そこには……。

 

『おーい』

 

「……彼は……」

 

『おーい! おーい!』

 

 『アダム』討伐の際に現れた……あの仮面の男が居た。

 

 

『ふぅ……南極ってこんなに寒いんだな』

 

「……」

 

 自宅の椅子で寛ぐように、男は司令室の椅子に座り込んだ。

 

「……あの……」

 

『あん?』

 

「暖かいモノ、どうぞ」

 

 何も出さないのは失礼だろうとコーヒーを用意した友里は、仮面を付けた男に暖かい飲み物を出した。

 

『……ど、どうも……』

 

 当然コレを飲むのには仮面を外さねばならず、いや飲めねぇんだけど……と困惑した男だったが、それでも飲み物を受け取った。

 

『……』

 

 飲み物を受け取り、どうしたモノかと飲み物を見ていた男だったが、そんな彼に白髪の少女が話しかけてきた。

 

「それで? アンタは何が目的で態々南極まで来てウチらに絡んできたんだ? あん?」

 

 彼女の名前は雪音クリス。

 先程まで瓦礫除去の任務に居た彼女だったが、一応の警戒として呼び戻していた。

 装者達の中で最も血気盛んな少女は、その気質を遺憾なく発揮して直球で仮面の男に絡んでいく。

 

『……それより、前の時に居た女の子達はどうした。姿が見えねぇが』

 

「あ? んだテメェ……南極までストーカーか?」

 

 しかし男はソレを無視して姿の見えない二人の少女について尋ねてくる。

 即座に食いついたクリスだったが、男は動じずに話を続けた。

 

『んな訳ねぇだろ。単に…………アレだ。息災かどうか……聞きてぇだけだ』

 

「……は?」

 

 意図の読めない言葉に、クリスは気の抜けた声を漏らす。

 そんなやり取りを後ろで見ていた弦十郎は、彼女を抑えて前に出た。

 

「彼女達は現在、別の任務に移っている」

 

「!? おいオッサン!」

 

「安心しろ。彼からは殺気も悪意も感じない」

 

 悪意って……と信じられないような目で弦十郎を見つめるクリスだったが……。

 

「……」

 

 彼女もまた、男から一切殺気を感じない事に違和感を覚えていた。

 

『……ふん………そう…か』

 

 それを後押しするように、何処か安心した様子で男は頷いた。

 

「……んだよ……それ……」

 

 当然男のそんな反応に困惑したクリスだったが……男はソレを無視するように会話を続ける。

 

『……俺の目的を聞きたい……だったか』

 

「ああ。君が何者で……なぜ此方に情報を流したのか……」

 

『……』

 

「何故……装者を守ったのか。……君は……『企業』に所属していると言うよりは……何処か……」

 

 ──S.O.N.G.司令、風鳴弦十郎が何故こうも簡単に司令室まで男を案内したのか。

 仮面の男一人であれば簡単に制圧できるから……という自信によるモノでは無い。

 

 それは彼とS.O.N.G.が初めて相対したときの事。

 『企業』に所属しているのであれば、ギリギリまで隠しておかなければならない情報。

 

 それを彼は、あっさりとS.O.N.G.へと流した。

 

 その何処か矛盾を感じさせる行動が……弦十郎には常に引っかかっていた。

 

『……ふん。なんだ……察しは付いてるみたいだな』

 

 話が早くて助かるね、と小さく呟いた男は、軽く息を吐いて立ち上がる。

 

 そして、弦十郎と真っ正面から向かい合い……語り出した。

 

『俺はブラックボールを一つ……完全に掌握している』

 

「……!」

 

『だから『企業』の縛りから抜けて独立出来た……フリーになったって事だ』

 

「……」

 

 彼から語られた言葉は衝撃的なモノばかりで。

 

『──あんたらと()で……同盟を結びたい』

 

「……同盟……だと……」

 

『ああ。その為に遠路はるばる……地球の裏側まで来たんだからな』

 

 伸ばしたその手は、あまりにも魅力に溢れている。

 

 情報。人手。武力。

 仮面の男は……S.O.N.G.が望む全てをひっさげて、飛び込み営業を仕掛けてきた。

 

 

 南極から遠く離れた風鳴本邸にて……今、ハンターによる襲撃が行われようとしていた。

 

 ──だが。

 

「……馬鹿ッな……!?」

 

 異様な刀を構えた何故か上半身裸の男は……地面に転がる大量の死体と、自身に刻まれた致命傷に驚きの声を上げる。

 

「果敢無き哉……醜怪な化け物風情が……儂に勝てるとでも思うたか」

 

 対する風鳴訃堂は一切の無傷。

 刀に付いた血を払い、空いた手で胸元をまさぐる。

 

「……馬鹿な……我が数百年の研鑽を……人間が……」

 

 胴が泣き別れ……自身が死ぬという事実が受け入れられずにいる吸血鬼の男は……呆然と呟いた。

 

「無益なモノよ。才能無き貧者がどれだけ研鑽を積もうと……所詮はその程度と言うこと」

 

「……」

 

 訃堂が懐から取り出したのはモーゼルC96。

 自身の愛刀を振るうのも億劫だと感じた相手に使用する銃である。

 

「……貴様は……」

 

「む……?」

 

「……貴様は……確かに強い……だが『あの御方』には……及ばない……」

 

 吸血鬼の男は、苦し紛れとばかりに語り出した。

 

「『あの御方』の強さは……正に無敵……人を超越した強さを……持っておられる……」

 

「……」

 

「日光をも克服した……吸血鬼の頂点に立たれる『あの御方』に……勝てる者など……居ない……」

 

 何か有益な事でも言うかと思えばと放置していた訃堂だったが、思いのほか要らぬ情報に苛立ちを隠せない。

 

「『あの御方』は幻想のような強度の肉体を持ち……弾丸の速度で敵を抹殺する……『あの御方』が本気になれば貴様など……」

 

「そうか。ならば死ね」

 

 利用価値がなくなったと判断した彼は……死にそうな吸血鬼の男の頭に数発弾丸をぶち込んで確実に殺した。

 

 ──と。

 

 訃堂は某かが近寄る気配を察知する。

 

「不届き者めが……まだ居たか」

 

 ──姿を現した彼こそが『あの御方』。

 

 圧倒的な強さを持って吸血鬼達を支配し──また十五回クリアを達成した()()()()()()()

 

 今、人間と吸血鬼……種族の頂点に立つ者同士による最後の戦いが始まった──!



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同盟締結

「いや~疲れた~」

 

「デデデース……」

 

 瓦礫を撤去するというなかなかの重労働を終えた彼女達は、至極疲れたという顔でS.O.N.G.本部へと戻っていく。

 

「しかし、雪音だけ先に帰還させられた意味とは何だったのだろうか」

 

「ぅぅ! 一人だけ楽そうな仕事でうらやまデース!」

 

「うんうん。今度ジュース奢って貰わないと」

 

 彼女達の専らの話題は急に艦内へと戻らされたクリスのことだ。

 もしや一人だけ楽してんじゃ? と言う酷い誤解を受けていたが、事実クリスが何か仕事をすることは無かった。

 

 何故なら。

 

「師匠ー! 戻りま──」

 

「す……凄いッ! これを本当に……純粋な科学力だけで作り上げたんですかッ!?」

 

『あ、ああ……そうらしいが……』

 

「聖遺物を用いずに……いえ、これは最早一つの完全聖遺物? しかも材質的につい最近作られたモノ? 先程の現象……埒外物理学を完全に掌握しているとしか……!!!」

 

『そうだね』

 

「……した?」

 

 戻ってきた装者達の視線の先。

 そこには……まるで最初から居ましたよ? と言わんばかりに馴染んでいる仮面の男が、目を輝かせたエルフナインに付き合わされていた。

 

 ──そう、一応の護衛として呼び戻されたクリスがその仕事を果たすことは無くなった。

 

 何故なら。

 仮面の男は……それはもう大人しく、暴れることもアルカノイズをばら撒くこともせず。

 

 何なら、手土産にと小ぶりの銃をエルフナインにプレゼントしたかと思えば……まるで妹の買い物に付き合わされている兄のような態度でエルフナインの質問攻めを受け流していたのだから。

 

「え? 誰……?」

 

「……何奴」

 

「お、おまっ!?」

 

 装者達の反応は三者三様。

 しかし彼女らに共通していることが一つある。

 

「……仮面の……お兄さん……?」

 

 普通に司令室に居る仮面の男に……皆、盛大に困惑していた。

 

 ◇

 

 時は戻って仮面の男が弦十郎に手を差し出した場面。

 

「同盟、か」

 

 その差し伸べられた手を前に、弦十郎は考える。

 

「……非常に魅力的だが……君は我々に何を求める? 君は我々に何をしてくれる? 何にせよ……それ次第と言うことになる」

 

 そう。

 同盟とは互いと互いで助け合う関係。

 

 仮面の男がS.O.N.G.に協力すると言うのであれば、また同じようにS.O.N.G.も男に協力しなければならない。

 

 それがS.O.N.G.にとって許容できるモノかどうか。

 まずソレを聞かぬ事には手は取り合えない。

 

 それは男も分かっていたのか、さらさらと語り出す。

 

『俺があんたらに要求したいことは……三つ』

 

「……」

 

『一つ。……確か、ここには何とかナインって……錬金術師? だか研究者がいるだろ? ソイツと話し合いの席を設けて欲しい。出来れば一対一でな』

 

「……テメェ……アイツに何の用だ?」

 

『それは言えない。会話の内容については、その彼女にも守秘義務を敷かせて欲しい』

 

「……」

 

 そして、初っぱなから怪しさ満点の条件を出してきた。

 

 ──エルフナイン。

 彼女の経歴について語れば長くなるが、一言で言えば錬金術師の少女だ。

 そして、彼女には特別戦闘力があるわけでは無い。

 

 そんな戦えない彼女と怪しい仮面の男を密室で対談させろ、というのはクリスからしてみれば容易く許容できるようなことでは無かった。

 

「……」

 

 当然ソレは弦十郎にとっても同じであり、腕を組んで難色を示す。

 

『……ま、コレについては全部聞いてから詰めてこう』

 

 仮面の男はこの反応も予期していたのか、特別慌てた様子も無く話を続ける。

 

『二つ目。S.O.N.G.職員にブラックボールの武器を使用して貰いたい』

 

「……武器……?」

 

『ああ。と言ってもコレは……俺が指定した職員以外は希望者だけ使ってくれれば良い』

 

 その妙な言い回しにクリスの訝しみは加速していく。

 

「……指定した職員……というのは?」

 

『現状では……()()()()()()()()()()()()()()だ。この二人には確実に使って貰いたい』

 

「……」

 

 その黒スーツの男……というのは、恐らく緒川の事だろう。

 弦十郎と緒川。この組織を支える二人であり……装者以外での戦闘要員でもある。

 

 何故その二人をピンポイントで選ぶのか。

 何故それ以外の職員には強制しないのか。

 

 幾つか疑問が浮かぶが、仮面の男は最後にこう続けた。

 

『最後に……俺が協力を求めた際には、()()()戦力を寄越して欲しい』

 

「……」

 

『以上三つが、俺がS.O.N.G.に要求するモノだ』

 

 話が終わり、沈黙が場に降りる。

 

「……」

 

 弦十郎は腕を組んだまま……彼が要求してきたモノについて考察していく。

 

「……むぅ……」

 

 一つ。

 エルフナインとの対談。

 

 三つの要求の中で一番異質な内容だ。何故彼女との確実な対談を求める? 

 錬金術師であるエルフナインに聞かなければならない事……? しかし仮面の男は他の、しかもエルフナインに勝るとも劣らない三人の錬金術師と面識がある筈だ。

 

 で、有るならば……エルフナインという存在に聞かねばならない事……なのだろう。

 一番目にその要求を出してきた事から考えると、やもすれば彼にとっては最も重要な要求なのかも知れない。

 

 そして二つ目。

 S.O.N.G.職員の武装。

 

 これはまだ理解が出来る。

 この艦内には非戦闘員の職員もいる。彼等にも自衛用の手段を用意はしてあるが、ソレが超常現象を相手に何処まで有効かなど考えるまでも無い。

 

「……」

 

 だが……何故俺と緒川には確実に武装しろと? 

 

 弦十郎は考える。

 多少戦いの心得がある自分と、飛騨忍群の流れを継いでいる緒川。

 彼の()()()()()()からして、装者達以外にも動ける奴を増やしたいと言う意図は伝わるが……。

 

 ……そう、三つ目の要求。つまりは戦力の打診。

 

 これに関しては特別言うことは無い……普通の要求だ。

 

「……では、君は我々に……何をしてくれる?」

 

 ……幾つか疑問はある。

 しかし、だからと断るのは早計だ。

 

 重要なのは……彼が此方に与えるモノ──。

 

『全てだ』

 

 男は……即座に答えた。

 逡巡することも無く、躊躇うことも無く。

 

 全て……と。

 

『あんたらが求める情報、戦力、俺の出来る範囲でなら……可能な限り応じよう』

 

「……」

 

 それは……あまりにも破格の条件だった。

 胡散臭さに顔を歪めたクリスは……問い詰めるように話かけた。

 

「おいおいアンタよ。じゃあその仮面脱いで正体を明かせって言ったら……明かすって言う──」

 

『良いとも』

 

「のか……よ……」

 

 だが、そのあまりの即答っぷりにさしものクリスも言葉の勢いが失われていく。

 

『……だが、ソレを教えるとしたら……そこの司令一人だけだ』

 

「……は?」

 

『こう見えてまだ……日常に未練があるんでね。正体を明かす人数は絞りたい』

 

「……」

 

 そして、その切実な語り口にクリスは完全に黙り込んでしまった。

 

「……」

 

 どんな裏がある? 

 弦十郎は、あまりにも此方に有利な条件に疑いを加速させていく。

 

 しかし、今のところどれも確実に裏があるとも言えない。

 

「君の要求は、分かった。だが……どれも俺一人で決められるようなことでは無い」

 

『ま、そうなるわな……』

 

「なので……此方から二つ、条件がある」

 

『あん?』

 

「一つは、エルフナイン君との対談について。彼女はS.O.N.G.に所属しているとは言え……あくまでも()()()()()()()()()()にすぎない。故にそれを超える命令を、俺が下すことは出来ない」

 

『……つまり?』

 

「一つ目の要求については、彼女に直接交渉して欲しい、と言うことだ」

 

『……なる程ね』

 

 まずはエルフナインとの対談の件について。

 コレに関しては弦十郎が命令を出せる様なモノでは無い。

 故に弦十郎に出来るのは仮面の男とエルフナインを取り持つ事くらいだ。

 

『まあ分かったよ。それで? 次はなんだ?』

 

 男は納得したのか、弦十郎に先を促す。

 

「……ああ。二つ目は……」

 

 それは、弦十郎が抱いた違和感について。

 

『アダム』戦での戦いを見ていたときから気付いた違和感。

 何故か都合良く陽色君の声に変わった変声機能。

 

 弦十郎は目を細める。

 

 そう……彼とはどこかで……。

 

 ……いや、やもすれば彼は──。

 

「──君の正体を、教えて欲しい」

 

『……』

 

 男は、一瞬沈黙したかと思うと……。

 

『分かった』

 

 即座に頷いた。

 

 ◇

 

 ──そして、時は現在に至る。

 

「ちょっ! ちょっと! どうしてコイツがここに……!」

 

「ああ。彼が我々S.O.N.G.と同盟を結びたいと言ってくれてね」

 

「ど、同盟!?」

 

 何故それでエルフナインに質問攻めを食らうことになっているのか。

 皆目見当が付かないと困惑していた装者達だったが、それも弦十郎から説明が入った。

 

「彼が手土産にと持ってきてくれた武器をエルフナイン君に見せたら、ソレはもう食いついてね!」

 

「き、危険デスよ!?」

 

「大丈夫。()()()()()()()()。俺が保証する」

 

「……え?」

 

 ──そして、何故か弦十郎が語気を強めてそう言った。

 

「……何で……そんなことが言い切れるデスか」

 

「……すまない切歌君。それは言えない」

 

「……」

 

「だが……俺を信じて欲しい。彼は()()()()だ」

 

「……え?」

 

 何処か意味深な言い回しに切歌が首を傾げたかと思うと、エルフナインの小難しい言葉の羅列を聞いていた仮面の男がバッと振り返った。

 

「……あ。あはは! すまないすまない!」

 

『……』

 

 ギロッと睨み付けられた弦十郎はタジタジと汗を浮かべると……シュンとなって口を噤んだ。

 その妙な様子に

 

「……ともかく。我々S.O.N.G.は……()()()()()()()()()()()()()

 

 そして真面目な表情に戻ったかと思うと……装者達にとんでもない報告を始めた。

 

「……ほ、本当におっしゃってるのですか? 叔父さま……!」

 

「ああ。現状を打破するにはある程度奇策も必要と言うことだ」

 

「で、ですが……」

 

「先程も言った通り、彼の身元については俺が保証する」

 

「……」

 

 いの一番に突っかかった翼だったが……しかし弦十郎が再三にわたって仮面の男は安全だと力説する。

 その様子に翼は違和感を覚えるも、信頼する叔父の言葉を疑うことも出来ず。

 不承不承ながらに沈黙した。

 

 他の装者達も何か色々と言いたいことがありそうだったが、あの弦十郎がここまで言うのなら……と翼と同じように口出ししなかった。

 

 そんな彼女達を見渡した弦十郎は、今もエルフナインに付き合っている男に話しかける。

 

「……で、だ。まずは互いに自己紹介でも……」

 

 それは、未だに棘を感じさせる両者の間を取り持とうという、弦十郎なりのお節介だったのだが……。

 

『要らないッすよ』

 

 男は、驚くほど淡泊にそう断言した。

 

「……だが……」

 

『司令さんよ。俺は遊びに来たわけじゃねーんだ』

 

「……むぅ」

 

 そう言って立ち上がった男は、ギロリと弦十郎を見据える。

 

『つか、俺にとって重要なのはシンフォなんちゃらよりも──』

 

 そして男は……視界に入ってきた装者達を見て、ピタリと動きを止めた。

 

「……? どうし──」

 

『……マリア……?』

 

「え?」

 

 視線の先。

 そこには……世界の歌姫、マリア・カデンツァヴナ・イヴが、え? 私? といった風な顔で突っ立っていた。

 

『マ、マ……マリアじゃん……!?』

 

「え、ええ……マリアだけど?」

 

『え? 嘘? マジ?』

 

 男は一頻りあわあわしたかと思うと、ササッとマリアの前に立ち、しれっと手を出した。

 

『あ、あの……CD全部買ってます……新しいMV最高でした……』

 

「ど、どうも……」

 

『あ、あの……握手して……ください……』

 

「え、ええ……良いけど……」

 

 あまりに態度が急変した男を見て、司令を含むこの場に居た皆が驚愕していた。

 当の男もまた驚愕していた。

 

 ブラックボールの武器に夢中になっていたエルフナインを除く全ての人間が驚愕していた。

 

『お、おお……あ、ありがとうございます……』

 

「……どういたしまして……?」

 

 そこそこの時間握手したかと思うと、男はマリアの手を離す。

 

『うわーマジか……マリア……マリアと握手しちゃったよ……うわー……』

 

「……」

 

 あまりの変わりっぷりに沈黙していた装者達だったが……ようやく男がただの『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』のファンなのだと理解した。

 

「……仮面のお兄さんって……」

 

「な、なんだか思っていたよりも庶民的……?」

 

 立花響と月読調は仮面の男から受けた印象を一転させ。

 

「……何ふざけてるデス? アイツ……。というかさっさとお兄ちゃんのことを教えて欲しいデス」

 

 暁切歌は、男に対してイライラとしたような、モヤモヤとした様な感情を覚え。

 

「……」

 

 ここで一人……風鳴翼が疑問を覚えた。

 

 マリアのファン……であるならば、当然コラボする事も多い私の事も知っているはず。

 なのに目の前の仮面の男はマリアしか見ていない。

 

 ちょっと立ち位置を変えて見るも、男からは全く動き無し。

 絶対視界に入ってるはずなのに。

 動きなし。

 

「……」

 

 ……あれ? 

 

 私は……? 

 

 ◇

 

「……」

 

 弦十郎は俄に騒ぎ始めた青年と少女達を見て、いつの間にか笑みを浮かべていた。

 

 先程までの冷たい態度とは打って変わって、年齢相応の青年らしい態度を見てホッとした、と言うのもあるだろう。

 それは、仮面の男の正体を知ったからこそ感じる想いでもあった。

 

 

 ──先刻の同盟締結の際、仮面の男にその正体を明かすことを要求した。

 

 元より正体を明かすことに抵抗が見られなかった男だったが、しかし弦十郎以外にその正体が知られることを酷く嫌っていた。

 

 二人は潜水艦を下り、極寒の南極の大地を歩いていた。

 

 S.O.N.G.本部より遠く離れた氷の大地。

 しかも潜水艦のカメラの影になるような岩場まで移動して、そこでようやく男は足を止めた。

 

「……こんな所まで来る必要があったのか? 人払いなら……」

 

『……言った……じゃ無いっすか。俺は……まだ日常に未練がある……んですよ』

 

「……」

 

 先程までの上から目線の語り口調が、崩れていく。

 

『……アンタは……』

 

「……」

 

『アンタは、一度しか会ってない俺の頼みを……聞いてくれた人だ』

 

「……」

 

『……嬉しかった……()()()、いきなり電話をしても……二つ返事で助けを寄越してくれたことが……』

 

「……やはり、君は……」

 

 思わず呟いた弦十郎の言葉に、男はピクリと動きを止めるも……無言のまま手元のコントローラーを弄くった。

 

「……風鳴さんなら、俺のことを知っても……悪いようにはしないと……そう思うから明かすんです」

 

 変声機能が切れ、目の前の男の声が弦十郎も知る青年の声へと変わっていき……。

 

 彼は躊躇うことも無く仮面を脱ぎ捨てた。

 

「……そうか。君だったのか」

 

 弦十郎の目の前には。

 

 数ヶ月前より失踪していた筈の切歌の兄。

 

 暁陽色が立っていた。

 

「……コレで良いですか?」

 

「………………ああ」

 

 そう答えると、ヒイロは軽く苦笑した。

 

「……あんま驚かないんすね」

 

「……安心してくれ。君が……仮面の男だと予測していたのは……俺だけだ」

 

「……そうっすか」

 

 ヒイロが小さく呟き、暫く沈黙が場に降りる。

 

「……何故」

 

「……」

 

 しかし、弦十郎はその沈黙を破ってヒイロに問いかけた。

 

「何故、切歌君の前から消えたんだ?」

 

「……」

 

「彼女は……! 君が居なくなってしまったことで酷く傷ついていたッ」

 

 それは切歌の前から消えた空白の三ヶ月間について。

 

 ──今、目の前に居る青年は間違いなく暁陽色……に、見える。

 なのに、前までの陽色では無い様にも見える。 

 

 何があった。何が君を……そんな風にした。

 

 万感の思いが詰まったその問いかけは、次第に熱を帯びていく。

 

「君に一体ッ……何がッ!?」

 

「……」

 

 その問に答えることは無く、表情を変えることも無く。

 淡々と話を進める。

 

「……貴方には……色々と伝えておかなければならない」

 

「……」

 

「ブラックボールについて」

 

 そしてヒイロは語り出した。

 

「……俺の、目的について」

 

『彼』の全てを。



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残された謎

『……じゃあ、話を始めるぞ』

 

 予想外のマリアに動揺を隠せないで居たヒイロだったが……ようやく落ち着きを取り戻し、話を進められる様になった。

 

『と言っても……もう司令さんには話してんだけど……』

 

「聞いただけの俺が話すよりも、君が言ってくれた方が誤解が少ないだろ?」

 

『……はいはい』

 

 信用の無いヒイロよりも司令が話せば良いんじゃ? と暗に言ってみたが、速攻正論で返される。

 少し面倒臭そうに肩を落としたヒイロだが……しかしすぐに話を始めた。

 

『……じゃあ最初から話すぞ。あんたら、ブラックボールについてはどんだけ知ってる?』

 

「どれだけ……と言われても、私達の知識は司令と同じくらいしか無いわよ」

 

『あっ……あ、はい……そ、そうっすか……』

 

「……」

 

 マリアに話しかけられたヒイロは露骨に動揺したかと思うと、しかし気を取り直して語り始める。

 

『……じゃあ、ブラックボールの起源についてから……話を始めよう』

 

 ヒイロは語る。

 未来を予期した神の存在。

 その神が人類に与えた武器の設計図。

 

 そして……作り出した武器が世界中の企業に散らばり、多くの国でクーデターが起こっていること。

 

 大雑把ではあるが、今世界で起こっている混乱についての説明をした。

 

『で、重要なのはこっからだ。そのクーデターが今……日本でも起ころうとしている』

 

「……やはり、日本でも同様のことが……」

 

『ああそうだな』

 

「……」

 

 翼がヒイロに語りかけてみると、マリアの時の狼狽えは何処へやら。

 

 平常心も平常心。

 

 なんなら、ハンバーグの付け合わせに付いてくるミックスベジタブル並みの興味しか持たれていない。

 

 翼は人知れず傷ついた。

 

「……あの」

 

 そんな翼の心の傷など知らないように……話は進められる。

 

「クーデターって事は……決起のタイミングが有るって事……ですよね? ソレがいつかとかは……」

 

『ああ。実を言うと……()()()()()()()()

 

「えッ!?」

 

 そんな話の中。

 ふと気になって尋ねてみた調だったが、ヒイロから帰ってきたのはトンでもない内容だった。

 

「う、嘘だろ!? なら早く日本に戻らねぇと!」

 

『まあ落ち着けよ』

 

「てめぇっ、コレが落ち着いていられるかって──」

 

『ここで焦って何になるって? 今は落ち着いて状況を理解するのが先じゃないか?』

 

「っ……」

 

『話を続けるぞ』

 

 思わず焦れたように立ち上がったクリスだったが……ヒイロのどうしようも無い正論に黙らされ、苛立ちを隠せぬまま椅子に座る。とは言えそれ以上何かするでも無く、静かに陽色の話を待った。

 

『……はぁ……』

 

 そんなクリスを見て軽く息を吐いたヒイロは……『だから司令さんから言えば良かったのに』、と内心愚痴りつつ口を開いた。

 

『……決行は昨日。首謀者は静岡部屋を掌握している『企業』だ』

 

「……? 静岡……?」

 

 その妙な言い方に首を傾げた装者達だったが、軽く頷いたヒイロが話を続ける。

 

『日本の都道府県につき一つブラックボールは配置されているが……それらを一つの企業が掌握しているわけでは無い』

 

「……え? そうだったんですか?」

 

『そうだ。例えば東京の部屋は東京の企業が掌握していたし、他の県の部屋は他の県の企業が個別に掌握している』

 

「……な、なる程……?」

 

 意外な管理体制に首を傾げながらも納得した立花達だったが……その中で一人だけ、その表情を険しく変化させる。

 

「……東京の……企業……」

 

 切歌である。

 予想外の所で兄へと繋がりそうな情報を手に入れる事が出来た。

 

 まぁ、そんな情報に意味は無いのだが。

 

『ともかく、その部屋ごとに管理している企業が存在する。これは全世界でも大体同じ要領で部屋が管理されている』

 

「……! ではまさか……!」

 

『そう。ブラックボールの『管理人』ってのは一枚岩って訳じゃ無い……ブラックボールを握る企業の数だけ思惑が有る。だから世界は幾つもに割れていった』

 

「……」

 

 先程まで……ニュースで数百と分かれていった国々を見てきたからだろうか。

 日本の今後を案じるように走者達の表情は暗い。

 

『まぁ、日本もバラバラな思惑が交差してったわけだが……』

 

「……?」

 

『……一応……無秩序は不味いからって……最低限の協定だけ結んで好き勝手やってた……んだが』

 

 と。

 走者達は急に歯切れが悪くなったヒイロに疑問符を浮かべる。

 

 当のヒイロはと言うと……何処か呆れたように言葉を濁す。

 

「ああ。そう言う事」

 

 と。今までの話の流れからマリアが察した。

 

「つまり、静岡の企業がその『最低限の協定』すら破って……先走ってクーデターを起こしてしまった。そう言う事で良いのかしら」

 

『あ……は、はい……そうです……』

 

「……な、なんだか調子が狂うわね」

 

 言おうとしていた言葉を先取りされたヒイロだったが、何故かちょっと嬉しそうに挙動不審になった。

 

 一瞬空気が弛緩したが、すぐに気を取り直したヒイロは咳払いと共に話を進める。

 

『……で。その『最低限の協定』ってのが……風鳴訃堂を討伐するまでは協力する……って内容だった』

 

「!? お、お爺様の……討伐!?」

 

 今度はクリスでは無く翼が立ち上がる。

 

 しかしそれもそうだろう。

 風鳴訃堂とは、名前通り風鳴翼の血縁者なのだから。

 

『……お爺様? かどうかは知らんが……何か偉いし凄い強いから袋叩きにするんだと』

 

 とは言えそんな事情を知る由も無いヒイロは、あくまでも適当に話を流していく。

 

 だが当事者の孫娘である翼にしてみればとんでもない話だ。

 

「……」

 

 え?

 そんな小学生の抱く総理大臣みたいなイメージで討伐されようとしているの?

 お爺様が?

 えぇ?

 

「……」

 

 色々と歪んだ関係で有る祖父だが……防人として尊敬する所も有ると思っていた。

 そんな祖父が無茶苦茶な理屈で袋叩きに遭おうとしていると言うのは……流石に見過ごせない。

 

 ……というか、話を聞いた限り……既に襲撃を受けていたと言うこと?

 

 そんな思いからか、翼はヒイロに尋ねてみる。

 

「……その静岡部屋……と言うのは……」

 

『日本の部屋の中で唯一、住人の全てが星人……人外で構成された、特異性と凶暴性の高い部屋だ』

 

「っ……」

 

 そして、想像を遙かに超えて凶悪な襲撃者に翼は小さく震えて身構える。

 

『──そいつらが、昨日の深夜に風鳴訃堂の寝込みを襲って……』

 

「……」

 

『……それはもう、恐ろしいことが起こった』

 

 

 

 

『──『()()()()』。吸血鬼共にそう呼ばれている、吸血鬼最強の男もまた……そのミッションに加わっていた』

 

「……『あの御方』……」

 

 翼は息を飲み……ヒイロの言葉を待つ。

 

『その存在が最初に確認されたのは紀元前とも言われていて、あまりにも古い記録な為正確な記録は存在しないらしい。……だが、『()()()()()()()』なんて大仰な名前で呼ばれるくらいだ。全てが全て嘘だとも思えない……』

 

「……き……紀元前……」

 

『その拳は音を超え、確実に一撃で相手を殺す事から『一撃絶命』の異名を轟かせ……今に至るまで殺した人類の数は七桁に至るという。その凶暴さ故に時の王は常にその存在を忌み嫌っていたとも』

 

「……七桁……!?」

 

『"明けの明星"、"終わりを終わらせる者"、"吸血鬼最高指導者"。『あの御方』という存在を表す異名は幾つもあるが……その正体は常に歴史の裏に隠れていた。……ただ、それでもその恐ろしさから……世界各地の鬼の伝説や流行病の伝承の正体は『あの御方』なのでは無いか……なんて言われている』

 

「……ッ!!」

 

 あまりにも大物過ぎる説明に、翼はバラエティで培ったリアクション芸をこれでもかと発揮して驚いていた。

 

 そこまでは行かなくとも、装者の皆は大抵その恐ろしさに多少なりとも衝撃を覚えている。

 何せ紀元前から生きてる可能性もあって、『始まりの吸血鬼』で、一撃絶命で、凄い異名が沢山付いている。

 大物の大安売りにも程がある。

 

「……」

 

 そうして装者達が盛大に目を剥いている中。

 唯一クリスだけが、ジトッとした目でその話を聞いていた。

 

 ……そして、聞いてたときから覚えていた疑問を問いただす。

 

「……なぁ? 思ったんだが、なんでそんな大物が日本の静岡に居るんだ? もっとこう……他にあっただろ。居るべき場所が」

 

 そう。

 そんな大物な『あの御方』が……一体何故日本の。

 それも静岡なんかに居るんだ? という至極真っ当な疑問。

 

「もしかしてアンタあたしらおちょくってるんじゃ無いか?」

 

 誇張が混じっているとも感じられたヒイロの語り草から、自分たちが馬鹿にされていると思った彼女は……直球で問いただす。

 

 しかし。

 

『いや、別に馬鹿にはしてないが。『あの御方』が静岡に居たのは、どうも闘いたい相手が居たらしいぞ』

 

「静岡にんな大物が闘いたい奴がいんのかよ……」

 

『らしいが』

 

「……」

 

 あまりに投げやりな言い方にげんなりとしたクリスだが……そう言う化け物を超えた化け物と言っても過言では無い人間がいることを、クリスはよく知っていた。

 

「……」

 

 ……もしかしたらオッサンみたいな奴が静岡に……?

 

 彼女はもう一人の司令が野に放たれている姿を想像し、あまりの恐ろしさに身震いする。

 

 司令にばら撒いたミサイルを掴まれたのは今でも彼女の軽いトラウマである。

 

「……ま、まあ……そう言う事なら……あり得る……のか?」

 

『え。それで納得できるの?』

 

 そうして一人納得してしまったクリスに、逆に困惑したヒイロ。

 

「……あの……」

 

 そんな二人を眺めていた翼は……焦れるようにヒイロに話しかける。

 正直もう、気になって気になって仕方が無かった。

 

 それは──。

 

「……で、では昨日起こった恐ろしいこと……と言うのは……」

 

 そう。

 それはヒイロをして恐ろしいと言わしめる様な事態。

 

 翼は結末が気になって気になって仕方が無い。

 

 『あの御方』とは?

 お爺様はどうなったの?

 一体……日本でどんな事が!?

 

「……」

 

 そして翼と同じように、他の走者達もまた同じだった。

 正直凄い気になっている。

 

 どんなことが日本で起こったのか。

 どんな戦いが起こり、闘った者達は何を思い……何を為したのか。

 

 『あの御方』とは……一体!?

 

『──ああ』

 

 彼女達の期待を背に、遂に……ヒイロは口を開く。

 

『恐ろしい事に……謎に包まれた『あの御方』が──』

 

「……!」

 

『謎に包まれたまま、訃堂に瞬殺された』

 

「は?」

 



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紙とペンと鮮血

 目の前に広がる惨状に思わず言葉が零れる。

 

「……何だ……これは……」

 

 彼の名は風鳴八紘。

 風鳴翼の父にして、弦十郎の兄。内閣情報官として、日本の安全保障を影から支える政府要人でもある。

 またその影響力は国内だけで無く国外にまで及ぶことから、彼の政治的手腕がうかがえる。

 

 ──そして。

 そんな彼が頭が上がらない……というか逆らえない人物に呼び出され、朝一で指定の場所まで来たのだが。

 

「ようやく来おったか、八紘」

 

「……お父様……」

 

 風鳴本邸の縁側に座った風鳴訃堂は、自身が築き上げた吸血鬼達の死体の山を一瞥したかと思うと……それを鼻で笑った。

 

「何やら良からぬ事を考えるネズミ共が入り込んでおったわ」

 

「……」

 

「だが、重要なのは此奴らネズミでは無い。此奴らの──武具よ」

 

 そう言って訃堂は、死体の山から眼前に並べられた大量の武具達に視線を移す。

 そこには、一般吸血鬼が使っていたブラックボールの武器。

 

 そして、『あの御方』が使った十五回クリアの武器なども並べられていた。

 

「……これは……」

 

「中々に強力なモノばかり……儂には通用しないとは言え、このようなモノを反逆者共が利用している等到底見逃せることでは無い」

 

「……」

 

「八紘よ。早急にこの武器の出所、そしてこの者達の所属を探れ」

 

「……分かりました」

 

 そして、八紘は自身が呼ばれた理由に察しが付いた。

 

 風鳴訃堂。

 彼は表向き、不祥事の責任を取って既に引退していると思われており、権力をその手に掴んでいるわけでは無い。

 

 だが。

 彼は国土防衛を常に想い、そして血を流し倒れていった先達に報いるためにその一生を戦いへと費やしてきた防人の中の防人である。

 

 そんな彼が多少の不祥事で国土防衛の手綱をその手から離すわけも無く。

 影響力も武力も、未だ彼の手にあった。

 

 ──そんな彼だからこそ……クーデターを試みた企業達は彼こそを最大の敵と認め、後に敵となる相手とも手を組んで袋叩きにするつもり……だったのだが。

 

「……お父様は、この後どうなさるおつもりで?」

 

「当然……良からぬ事を考える輩が我が国の内部にいるというのなら……」

 

 所詮付け焼き刃の協定であった。

 

「我等も……手に入れねばなるまい」

 

「……」

 

 そう言って目の間に置かれた武具を見つめつつ……訃堂は視線を上げ、砕かれた月へと視線を移す。

 

「埒外の力……と言うモノをな」

 

『あの御方』の力を過信した静岡の失態は大きく。

 彼等は準備も出来ぬうちに……虎の尾を踏み抜いてしまった。

 

 ◇

 

「……それで、報告では風鳴訃堂……さんは無傷らしい」

 

 マリアは渡された報告書を読み上げ、その内容に引いたような表情を浮かべる。

 

「……本当に瞬殺されたのかよ……『あの御方』」

 

「『あの御方』とは一体何だったのか」

 

 マリアの読み上げを聞いていたクリスと翼は、あまりにもあんまりな結果に溜め息を漏らす。

 

「……じゃあアイツ、嘘は言ってなかったって……事か……」

 

 そして、クリスは難しい顔を浮かべて俯く。

 

「……なら……『あの御方』が瞬殺された話なんかよりも、もっと大変なことが起こってる筈だぞ」

 

「……アメリカ……デスか」

 

 切歌はヒイロが語った国家の名前を返す。

 

「……そう……だな。目下の仮想敵となりうるのは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アメリカとなるだろう」

 

「……」

 

 そして翼の重苦しい語り口調に、廊下でたむろっていた装者達は先程のヒイロの話を思い出す。

 

『……なんか話がズレたな。今最も重要なのは、だ。日本でもクーデターが始まろうとしている……のに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『つまり、『アメリカ』は今まで通り大国としての力を持ちつつ……ブラックボールの武器を使用できる上、『神の力』を手に入れようとしている』

 

『これがどう言う事か分かるか? 『アメリカ』が真の意味で地球の覇者になる可能性が……非常に高いって事だ』

 

 何故か『あの御方』の話題で盛り上がってしまったが……彼にとって本当に伝えたかったことはソレだったのだろう。

 

 クーデターでの話の時とは違い、どこか真剣な声色でそう語った。

 

「……米国か。確かに今まで細かな横やりを入れることはあれど……大きな動きを見せることは無かったが……」

 

「力さえ有れば何時でも動くっていう前振りかよ」

 

 そう言って、クリスは気合いを入れるようにパシッと拳を掌に叩きつけた。

 

「……あの~」

 

「ん? どうした立花」

 

 ……と。

 難しい顔で小難しいことを廊下で語り合っていた装者達を見て、通りかかった立花響が疑問符を浮かべながら話しかけた。

 

「なんで皆……エルフナインちゃんの部屋の前で待機してるの?」

 

「……」

 

 ──そう。

 彼女達は皆……エルフナインの研究部屋の前でたむろって居た。

 そこまで広いとも言えない通路に女の子が何人もすし詰めになっている状況は中々に異常である。

 

 皆は一瞬、そんな立花の疑問にぽかんとしたが……その中でも一人、いの一番に答えた少女がいた。

 

「──そんなの決まってるデス! あんな如何にもな怪しい奴が大人しくしてるとは思えないデス! アイツがエルフナインに何かしたらすぐ動けるように待機してるのデス!」

 

「あ、ああ……そういう……」

 

 切歌である。

 どう見ても個人的な偏見にまみれ、しかも彼女の気合い入りまくりなその表情に一瞬気圧された立花だったが……すぐに切り返す。

 

「でも、師匠は大丈夫って──」

 

「認識が甘いぞ立花。ああ言う手合いは心を許した瞬間が最も危険だ」

 

「そうだ。第一顔隠してる奴なんてな、大抵何か後ろめたいことが有るってモンだ」

 

 ドヤ顔で推理を披露するクリスを見た装者達は、おおっ! という表情で頷く。

 

「流石クリスだ。昔同じ様な格好していた故か……言葉に重みが有る」

 

「当事者だからこそ分かるモノもあるのね」

 

「流石クリス先輩」

 

「そうデスそうデス! 流石クリスセンパイデース! 初代覆面キャラは言うことが違うデス!!」

 

「ああ゛!?」

 

「ひいっ!? 何で私だけ!?」

 

「あ、あはは……」

 

 オモシロ漫才の様なノリで一人だけ怒られた切歌を見て、立花響は苦笑いを浮かべた。

 

「ったく。大体、エルフナインの奴もあっさり応じすぎだっつの」

 

「確かにアレはチョロかったわね。二つ返事だったもの」

 

「全くそうデスよ! あまりにもチョロすぎるデス! あんな奴と密室で何て……!」

 

「……なんで切ちゃん、そんなに怒ってるの……?」

 

「心配してるだけデス!」

 

 何故か一人だけ怒りマークを浮かべてる切歌を心配した調は話しかけてみるも、切歌は変わらずプンスコと怒りマークを浮かべるばかり。

 

「……」

 

 そんな様子を見ていた立花響は、どうも切歌はあの仮面のお兄さんに敵意というか……複雑な感情を抱いていると言うことが理解できた。

 

「……でも、エルフナインちゃんが良いって言った以上、今は見守ってあげないと……」

 

「……むぅ。ともかく今は待機デス。悲鳴の一つでも聞こえてきたら即突入するデス」

 

 苛立った彼女を抑えるように言うと、ようやく切歌は落ち着いていった。

 それでもジッと部屋への扉を見ている辺り、仮面の男に与えられた印象は相当強い様である。

 

 そして、暫くの間静かな時間が流れ──。

 

「……しかし、あの男がエルフナインに聞きたいこととは──」

 

『ッ、きゃあああああ!?』

 

「ッ、悲鳴!?」

 

 唐突に、エルフナインの廊下に聞こえるほどの悲鳴が……聞こえてきた。

 

「っ……やっぱりアイツ!」

 

「あ、切歌ちゃん!?」

 

 即座に対応したのは、一番ヒイロのことを怪しみ恨んでいた切歌だった。

 手元にシンフォギアを用意し、すぐにでも展開できる用意をして──部屋に突入した。

 

「おい!! てめぇやっぱ……り…………ぇ?」

 

 ──そこには。

 

「あ、あああ……」

 

 部屋に散らばる赤い血液。

 ヒイロが手に持った黒い日本刀からもその血は滴り落ち……その凶器が使われたことをこれでもかと見せつける。

 

「……な、何やってる……デス……」

 

 何より。

 最も重要なのは……その血の出所。

 

 エルフナインには外傷が見られない。

 

 ──と言うことはつまり。

 その血の出所とは……。

 

「お前……! 何やってるデス!?」

 

 ヒイロの()()()()()()()右腕だった。

 

 ◇

 

 時は遡り……状況説明が終わった直後まで戻る。

 

『……良いのか? こんなあっさり招き入れて』

 

 ヒイロは、エルフナインに差し出された椅子に座りながら心配するように語りかける。

 

「はい! こんな素晴らしいモノを頂いておいて、何もしないなんて出来ませんから!」

 

『……』

 

 ──それは、目の前の女の子があまりにもチョロすぎるが故。

 

 頼んでおきながら……まさかこんな簡単に二人きりになれる等思ってもみなかったからである。

 この子はコレで今後大丈夫なのか? と心配になりつつあるヒイロであった。

 

「それで……僕に何か聞きたいことがある……んですよね?」

 

『ああ。君なら……俺の納得できる答えを持っている……って、聞いた』

 

「?」

 

 何処か妙な言い回しに疑問符を浮かべるエルフナインだったが……言わないと言うことは言いたくないこと。

 言及するのも悪いだろうと、特に気にせず話を続ける。

 

「……では……一体どんなことを聞きたいのですか?」

 

『……魂について……聞きたい』

 

「……魂……ですか」

 

 ──そして。

 卓越した科学技術にその身を包んでいるとは思えない質問の内容に、エルフナインは一瞬気圧される。

 

 しかしすぐに気を取り直したエルフナインは、口元に手を置いて記憶を探り始める。

 

「……魂……と言うのは……広く一般的な意味での『魂』……で、よろしいのでしょうか」

 

『……そう……だな』

 

「分かりました」

 

 そうして、ヒイロの目の前に座ったエルフナインは、何やらゴソゴソと机の上を探り始める。

 何を探していかと思えば、彼女の手に握られていたのはただの紙とペンである

 

「仮に肉体を紙とするのなら。魂と言うのは……ペンのことを差します」

 

『……』

 

「するとこのように、肉体という名の紙は本来、何も無いただの空白の状態ですが……」

 

 そうして彼女は、カリカリと紙に何かを書き出した。

 内容はまるでとりとめの無いモノで、流しそうめんをしたいとかなんとかかんとか。

 色々と書かれている。

 

「魂という名のペンを使うことにより、この空白に幾つもの感情や記録を書き込むことが可能となります」

 

『……』

 

「……そして……このペンは自分が書き込んだことをキチンと覚えています。仮に肉体に書き込んだ記述が消えようと……魂にだけは残り続けます」

 

 自分の持つペンを指さしながら、何処か寂しげな表情を浮かべながらそう説明した。

 だが、エルフナインはすぐに気を取り直したように説明を続けた。

 

「ちなみにこれは現在の僕の魂の再現で、今僕がしたい事の羅列です」

 

『……流しそうめん……したいんだ』

 

「はい! 流しそうめんをしたいんです!」

 

『そっか』

 

 可愛らしい要望に思わず和んだヒイロだったが、ハッとしたように顔を上げ、気を緩めずに質問を続ける。

 

『……それで、その魂……つまりペンは、一つの肉体……紙に一つ以上存在することは可能か?』

 

「……? はい、可能かと」

 

 あっさりと頷いた彼女は、ただ……と言葉を付け加える。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なので魂が二つあっても、表に出てこれる人格は一つだけになると……思います」

 

 これは彼女自身も自信があるわけでも無いのか、初めて断言せずに語った。

 まぁそうそうある状況では無いだろう。一つの肉体に魂が二つもある事など。

 

『……じゃあ、それが……神の魂だったとしても……人の魂との両立は可能か?』

 

「……」

 

 エルフナインは、ヒイロの妙な質問に口に手を当てて俯くも……しかしすぐに顔を上げる。

 

「……僕は神様の魂について詳しくは知りませんが……一つの肉体に神様と人の魂が存在することは可能だと思われます」

 

『……』

 

「ただ、神様の魂は……『神の力』という絶大なモノを扱うために、肉体だけで無く魂も人のモノよりもずっと強大で強固な形をしている筈です」

 

『……ほう』

 

「あくまでも僕のイメージですが……人の身体がティッシュだとしたら、神様の身体は大体段ボールくらいで、人の魂がボールペンなら、神様の魂はモップみたいなデカい筆……って感じです!」

 

『……神の魂デカくね?』

 

 言われてヒイロが想像したのは、テレビなどでやっている巨大な筆を使って綺麗な字を書くパフォーマンスである。

 

 人の魂をボールペンに例えた場合、神の魂がソレになるってんなら……。

 

「そうです。あまりにも巨大で……それだけで人の魂を押しのけてしまうと思われます」

 

『……』

 

「例え人の魂が神の魂を押しのけられて紙に情報を書き込めたとして、神様の魂と比べて書き込めるのはほんの少しです。つまり──」

 

『身体は神に乗っ取られたようなモノだと』

 

「……そうなります」

 

『……なるほどね』

 

 魂についての話を終え、ヒイロは黙り込む。

 

「……」

 

 自分の説明は分かりづらいとか、小難しいことしか言わないとか、専門用語に専門用語重ねないでとか、散々言われ続けたエルフナイン。

 

 キチンと自分が説明できていたか少し不安になった。

 

「……あの、この説明で大丈夫だったでしょうか……」

 

『ああ。なんとなく……分かった。……どう言う状況なのかってな……』

 

「! なら良かったです!」

 

 しかし、どうやら今回は美味く説明できたようである。

 ヒイロの言葉に、気分がるんるんになったエルフナイン。

 

 そうしてほわほわとして居た彼女に、ヒイロは次の質問を投げかけた。

 

『……なぁ、まだ聞いて良いか?』

 

「! はい! 何でも! 聞いてください!!」

 

『お、おう……えっと……』

 

 その圧に押されかけたヒイロだったがk、すぐに気を取り直して話を続ける。

 

『……元から有る人の肉体と魂に、後から神の魂が宿ったとして』

 

「……はい」

 

『……元の肉体を……上書きするとどうなる?』

 

「……?」

 

 ──その問に、エルフナインは疑問符を浮かべた。

 ヒイロの言っている意味が分からなかったのだろう。

 

「う、上書き……? ソレはどう言う……?」

 

『……あー……言い方が悪かったか? ……いや、そうだな。ちょっと見せる』

 

「え?」

 

 いきなり立ち上がったヒイロは、いつの間にか手に握っていた柄のようなモノを右腕にあてがう。

 

「あの、何を──」

 

 そして、次の瞬間には……ぼとりと、ヒイロの右腕が落ちていた。

 

「え? あ…………え?」

 

 鮮血が舞い、ぴちゃりとエルフナインの頬に返り血が付く。

 

『おっと……悪い、血が──』

 

「え? え? …………あ…………え?」

 

 頬に付いた生暖かい血に触れこれが紛れもなく現実であると言うことを理解させられる。

 

 現実を次第に受け入れていくエルフナインの表情はどんどん青ざめていき──決壊した。

 

「ッ、きゃあああああ!?」

 



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名は

「お、お前……な、何やってるデス!?」

 

 ヒイロの目の前で、切歌がドン引きした表情を浮かべつつ、顔を青くさせて口元を覆っている。

 

『え? おい、入ってくんなよ』

 

「んなこと言ってる場合デスか!? は、早く止血を……!」

 

 そう言って焦りながら部屋に入ってきた切歌に続き、装者達も部屋に足を踏み入れてくる。

 

「っ……!?」

 

「な、何をしている!?」

 

「……ぅっ!?」

 

 ──そして。

 辺り一面に広がる血を見せつけられ……皆思い思いに愕然とする。

 

 ……だと言うのに。

 

『いや、だからなんで普通に入ってきてんの?』

 

 ヒイロは……右腕が千切れているというのに。

 何処までも平坦な声色で、二人きりの話し合いに踏み込んできた装者達を窘める。

 

「お、お前変なクスリでもやってんのかよ!? なんで平然としてやがる!? 痛くねぇのか!?」

 

『クソ痛いが……』

 

「馬鹿か!?」

 

 あまりにもミスマッチな彼の態度に、装者達は皆その混乱を深めていく。

 

「立花ッ! こういうときはどうすれば良い!?」

 

「え、ええ!? わ、私!?」

 

「腕が取れた経験がある者などお前しかいないんだぞッ!」

 

「あ、そっかぁ……え?」

 

 彼女達は皆面食らったようにヒイロの周りに群がり、右往左往として血を止めようとする。

 そして、いの一番に部屋に突入してきた切歌はヒイロの千切れた腕の断面を抑え止血を試みる。

 

 だが。

 

「なんか……あれ!? 血が止まらないデス!? 止まらないぃ~!?」

 

「す、凄い……全然止まらない……!?」

 

『……』

 

 装者達が面白いほどに動揺している姿を見て……ヒイロは思った。

 もう良いから話進めよう、と。

 

『……もう良い。どうせだ、アンタ達も見てけよ』

 

 説明するの放棄したヒイロは、シレッとエルフナインに見えるように千切れた腕を見せつけながら……残った手でこめかみの辺りを仮面越しに抑える。

 

『……ほら……見ろ……こうだ……』

 

 そして、丁度切歌が押さえ付けていたヒイロの腕の断面に、か細い光の柱が立つ。

 ──次の瞬間。

 

「あっ、なっ……!? う、腕が生えてくるデスゥ~!?」

 

 ジジジ、という電子音が鳴り響き……か細い光の柱がヒイロの腕をスーツごと再生していく。

 

「……なに……これ……」

 

『実際に見るのは当然初めてだろうが、これがブラックボールの再生能力だ』

 

「……これが……」

 

 ソレはまるで何かのビデオの逆再生のようで。

 キレていたはずの断面からにょきにょきと腕が生えてくる光景に装者達は思わず息を呑む。

 

「……」

 

 報告で聞いてはいたが……確かにこんな事が出来るのなら、死者を蘇らせることも……。

 

 今の今まで半信半疑で報告を聞いていた装者達だったが、目の前で見せられた超常現象を前にソレは確信へと変わっていく。

 

「……」

 

『なぁ、おい。もう離してくれて良いが』

 

「……え? あ、ああ……わ、分かった……デス……」

 

 ──そんな中。

 止血のためとヒイロの腕を握っていた彼女は、何故か再生が終わっても彼の手を握りしめていた。

 

 ヒイロに言われてようやく気付いたと言わんばかりに手を離した彼女は、何故か何度か自身の手とヒイロの手を見比べている。

 

『……』

 

 それを無言で見つめていたヒイロだったが……軽く息を吐き、未だに呆けた表情をしているエルフナインへと視線を向ける。

 

『……エルフナイン。ちゃんと見てたか……?』

 

「え?」

 

『元の肉体を上書きする……ってのは、つまりコイツを応用するって事だ』

 

「……」

 

『……』

 

 ヒイロはエルフナインにそう問いかけて見るも、しかし反応が悪い。

 

『よく見えなかったってんならもう一回やるが』

 

 そう言ってソードの柄を構えたヒイロを見て……エルフナインはハッと顔を上げ、全力で両手を振る。

 

「大丈夫ッ……! 大丈夫ですッ! 分かりましたから……!」

 

『なら良いが』

 

「……」

 

 エルフナインはヒイロが刀の柄を外したのを見て……ようやくホッと安心した表情を浮かべた。

 

「……元の肉体を……上書き……うーん…………」

 

『……』

 

「……恐らく……ですが、ソレをした場合の条件によると思われます」

 

『……条件……』

 

 未だに顔を青くしながらも説明を始めたエルフナインは、しかし今出ている情報では判別不可能と断言した。

 そんな彼女の言葉に肩を揺らしたヒイロは、そのままの勢いで質問を続ける。

 

『……じゃあ……元の肉体に神の身体が混ざってたとしたら……って場合だと……どうなる?』

 

 そうして付けた条件を聞いたエルフナインは、幾ばくか逡巡するように俯くも、すぐに返事を返して来る。

 

「元来、肉体と魂は密接な関わりがあります。ソレこそ、死という肉体の終わりが訪れない限りその関係が絶たれることはありません」

 

『……』

 

「──それは逆もまたしかりです。何の関わりも無い肉体と魂は結びつくことはありません」

 

 つまり、とエルフナインは言葉を続ける。

 

「であれば……再生の後、確実に神の魂は肉体から弾かれます」

 

 

「……なぁ、結局アイツ……何を求めてたんだ…………」

 

「──クリス。他言無用の話に早とちりで割って入ったのは我々だ。そこで聞いてしまった話は、墓場まで持って行くのが礼儀というモノ」

 

「……うす」

 

 エルフナインとヒイロの話し合いが終わり……その顛末を流れで聞いてしまった彼女達は、どこか気まずそうに廊下にたむろっていた。

 だが、皆考えることは同じだ。

 

 ──つまり、あの仮面の男が聞いていた事は何だったのか……と。

 

「……」

 

 しかし話の内容を内密にするというのは、ヒイロが示した条件の一つ。

 

 幸い、先程のエルフナインとの話し合いを聞いてしまったことは不問としてくれたが……。

 だが、それならそうで聞いてしまった話については何も考えないというのが礼儀というモノ。

 

 翼にそう指摘されたクリスもそれは理解していたのか、特に反発するでも無く……それこそ気まずそうに俯いていた。

 

 ただ。

 そんな装者達の中で、一際口をへの字に曲げている少女がいる。

 

「…………なんで……あんな……」

 

「……切ちゃん?」

 

「…………何でも無いデス」

 

「……」

 

 切歌だった。

 彼女は……自身のすぐ傍で、件の男がエルフナインの話を聞いていたのを見ていた。

 

 そしてふと……彼の手を握って……何か違和感を覚えたというか、何というか。

 

 ──思えばそれは、以前から抱いていた違和感。

 

(……なんで、あんな……似ても似つかない……筈なのに……)

 

 仮面の男。

 その無機質な仮面の向こうに……何処か、懐かしいモノを感じていた。

 

 ──と。

 唐突に彼女達がたむろしていた通路のドアが開く。

 

『……? 何でアンタらまだいんだよ』

 

「……いや、エルフナインの部屋の片付けに待機してたんだよ」

 

『片付け?』

 

「お、お前……! 自分が散らかしたことを忘れたのか!?」

 

 思わずクリスは突っ込んでしまった。

 

 ……そう。

 彼女達は血塗れとなってしまったエルフナインの部屋の片付けを行うために、追い出された後も部屋の前で待機していた。

 相当スプラッターな研究室となってしまったのは彼女達の記憶に新しい。

 

 それを理解したのか、ヒイロはああと頷いた。

 

『それならもう終わらせたぞ』

 

 そして、彼女達の思いやりを一瞬で無碍にする言葉を吐き捨てた。

 

「え?」

 

『見てみろよ』

 

 ヒイロが部屋の入り口から退き、そこには惨状が──。

 

「……血が……無い……」

 

 無かった。

 返り血で汚れた壁も、落とされた後は雑に放置されていた腕も、血だまりも。

 何もかもが無くなっていて、元通りのエルフナインの部屋へと戻っていた。

 

 色々と嫌な思いをする片付けになるだろう……と変に覚悟まで決めていたクリス達からしてみれば、酷い肩透かしを食らった気分である。

 そんな彼女達の思いを知ってか知らずか、ヒイロは平然と語り出す。

 

『ブラックボールには戦闘の隠蔽を行う為の機能が各種配備されている。多少の汚れはすぐに綺麗に出来るとも』

 

「……んな事出来るんなら早く言えよ……」

 

『そりゃ悪かった』

 

 本気で悪いと思ってるのか? と疑いたくなるほど軽い態度だったが、もうそこに突っ込む気力も無く。

 肩を落としたクリスを横に、ヒイロはエルフナインへと声をかけた。

 

『色々とありがとう。悪かったな……いきなり驚かせて』

 

「あ、あはは……アレは驚かされるとか言うレベルを超えてましたけど……」

 

『ははっ。次はちゃんと最初に伝えとくよ』

 

「え? 次?」

 

 今の笑い所何処? コイツやっぱ何処かおかしいんじゃ無いか?

 そう思い始めたクリス達だったが、そんな事はお構いなしにヒイロはこめかみの辺りに指を当てる。

 

『──さて。聞きたいことも聞けたし……今日の所は帰らさせて貰う』

 

「え? ちょっ待ッ──」

 

 まだ色々と聞きたいことがあるんだけど!? と装者達がヒイロを止めようとするも、転送は無慈悲に始まった。

 

『じゃあ、またなんかあれば連絡に──』

 

「──名前ッ!」

 

『え?』

 

 最後に事務報告だけすまそうとしたヒイロに横やりを入れるように、切歌が呼びかける。

 

「……お、お前の名前……私達お前を何て言えば良いのか分からないデス!」

 

 そう、それは名前について。

 色々と語り合いたいことはあったが……思えば、切歌達は仮面の男の名前を知らなかった。

 

 ──それは、今後の関係を築いていく上で問題になる事だろう。

 

『………………ああ……』

 

 そう言われて、ヒイロもようやく思い出したと言わんばかりに頷き……仮の名前を考え始める。

 

『──』

 

 正直、何か命名にするのには軽いトラウマがあるのであまりしたくなかったが……。

 

『……そうだな』

 

 しかし……だ。

 

『……俺の名は……』

 

 仮に()()()()に名前を付けるとしたら、それは──。

 

『GANTZ』

 

 それだけを言い残し、ヒイロは虚空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、襲撃があった次の日のこと。

 

 真夜中の風鳴本邸に……謎の太鼓の音が鳴り響き……益荒男達の怒鳴り声が鳴り響く。

 

『誰が至強かッ!?』

 

 ドドンドドンドン!!

 

『誰が至強かッ!!??』

 

 ドドンドドンドン!!!!

 

『誰がッ!!! 至強かッ!!!!!????』

 

 ドドンドドンドン!!!!!!

 

「なんだッ! 夜中にどんどんどんどん……」

 

『その息吹で巨石が砕けッ! その一振りで山は大地に沈むッ!』

 

「……」

 

『天下最強! 漢の中の漢!』

 

 ドドンドドンドン!!

 

『それは誰かッ!』

 

「汗明!」

 

 ──真夜中に叩き起された訃堂の目の前には。

 

 昨日襲撃に来た吸血鬼達と全く同じ格好をした者共が、大量に風鳴本邸を埋め尽くしていた。

 

「──アンタが今回の標的か」

 

「……二日続けてか……何とも……呆れ果てた……」

 

 心底呆れた風に呟いた訃堂だったが、目の前の漢は気にせずに話を進めていく。

 

「俺の名は汗野明。ミッション前に受けた説明では……アンタは最強だと聞いている」

 

「……」

 

「だが──奇遇だな。俺も中国地方最強の自負がある」

 

 最強の自負の範囲ちっせぇな。

 

 そんな突っ込みを入れる気力も削がれた訃堂は、眠りについた直後に叩き起されたこの機嫌の悪さを直すため……刀を構える。

 

「──ならば決めねばなるまい。中国地方の注目する今この地で、どちらが本当の最強かを」

 

 まさかの二夜連続。

 

 今、中国地方の注目する……最強を決める最後の戦いが始まった──!

 



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交錯する思惑

「……」

 

 男が一人、黒い球体の前に座り……その黒々とした表面に手を触れていた。

 彼のその表情は呆れたようにも、何処か焦ったようにも見える。

 

「……死んだか……あの荒し野郎……」

 

 そう言って彼は、特別親しいわけでもなく、付き合いが長いだけで迷惑しかかけられてこなかった相手という……微妙な距離感の漢へと追悼の意を込め、黙祷した。

 

 そしてしばし沈黙した男は、頭を抱えるように項垂れ……現状を把握していく。

 

「……既に二つの部屋が沈黙……訃堂に武器の存在を知られた企業連中は……」

 

 ブツブツと、まるで外から情報を流し込まれているようなその光景は異様に見える。

 そして、事実彼は目の前の球体……ガンツから幾つもの情報を取得していた。

 

 今、彼は『企業』の動きを……ブラックボールを介して入手している。

 

「……そうか……次善の策に……移ったか……」

 

 彼が得た情報の中には、今日風鳴本邸に放たれる部屋の住人達の写真も有る。

 

「嫌がらせを繰り返して油断させた後……『神殺し』達を集結させ、一気に叩く……」

 

 それは、次善の策ではあるモノの……当初予定していた襲撃のプランとは全く違う形での再現となった。

 

 そう。

 本来であれば、こんなピンポンダッシュレベルの嫌がらせで兵力を落とすなんて馬鹿な事をしなくても済んだはずだった。

 

 最大戦力を不意打ちでぶつける……というシンプルにして強力な一撃が企業達にはあった……筈なのに。

 

 現状は出来る最大限のことがピンポンダッシュ。

 

「……」

 

 何でこうなった? 失策も良い所だ。

 

 思わず押し黙った男は……思いっきり息を吐いた。

 

「……セバスの予言した未来と……現状が……まるで違う……」

 

 そう。

 それは彼にとっての頼みの綱であり、アドバンテージでもあった協力者からの助言。

 

 詰まる所の未来予知。

 

 ──それが、既に崩れ始めているのだ。

 

「……」

 

 男……いや、ヒイロは……呆れたような、焦ったような表情で……舌打ちを打つ。

 

「……チッ」

 

 舌打ちを打った彼は、こめかみの辺りを抑え──何処かに消えていった。

 

 

 音楽が流れていく。

 そのリズムに合わせ軽やかに舞っていく姿はまるで鳥のようで。

 重力を感じさせない自然な身体運びは彼女が修める武術によるモノだろうか。

 

「……」

 

 しかし、その舞には何処か違和感を覚える。

 何故なら、彼女のソレは……舞というよりは武。

 彼女の真剣な表情も相まって……何か見えぬ脅威へと対抗するための練習、演武のようにも思える。

 

 そんな様子の彼女を見て、それを後方から見ていた二人は息を吐く。

 

「何かに心を奪われているようですね」

 

「……そうね。凱旋ライブの本番は三日後だというのに」

 

 黒スーツの男の名は緒川。

 凱旋ライブを三日後に控え、その為の練習を行っていた少女……風鳴翼のマネージャーである。

 その隣に立つ女性は世界の歌姫と名高いマリア。

 アイドルでありながら国連所属のエージェントでも有る彼女は、その任務の合間に翼の陣中見舞いに来ていた。

 何故か黒スーツにグラサン姿である。

 

「お疲れ様でした、翼さん」

 

「……いえ」

 

 緒川が練習を終えた翼にねぎらいの声をかけると、翼は何処か不機嫌そうな表情で呟く。

 そんな二人のやり取りを見ていたマリアは、即座に翼の心境を見抜いた。

 

「……世界に再び脅威が迫り、気を張るのは分かるけれど。ステージの上だって貴方の戦う場所でしょ」

 

「それはそうだが……南極からの帰還途中、あんなことがあったのに……」

 

 神妙な表情の翼の脳裏には……先日発生した事件が浮かんでいた。

 

 それは南極からの帰還途中に発生した……パヴァリア光明結社の()()()による襲撃である。

 

 それはアルカノイズを伴って発生した事件……であったが。

 

「……米国のあの()()()()。アレはやはり……」

 

「まず間違いなく、()の言っていたブラックボールの軍団でしょう」

 

「……」

 

 ──その事件は、アルカノイズによる攻撃をモノともしない米国軍によって解決された。

 

「あの襲撃者も可哀想だったわね。後半は一方的に嬲られてばかりで……」

 

「……あの謎の少女か……確かにアレには少し、思う所もあった」

 

 犬耳のような少女が、軍服の男達に嬲られ半殺しの目に遭わされ、血まみれの涙目でどうにかこうにか撤退していった姿は記憶に新しい。

 

 ──と、何処かしんみりとした様に語るマリアと翼を見ていた緒川は、アッと思い出したように口を開く。

 

「実はつい先程、()()からの返答が返ってきまして……彼女達の正体が分かりました」

 

「え?」

 

 当然ぽかんとした顔を浮かべた翼とマリアだったが……後でまた詳しく報告する、と前置きを入れた緒川は語り続ける。

 

「彼女はパヴァリア光明結社の離反者であり……恐らくは三人組で行動しているモノと思われます」

 

「……それは()()()()()()()()()()かしら」

 

 マリアは何処か渋い表情を浮かべてそう尋ねる。

 

 ──パヴァリア光明結社。

 既にその創設者であり統制局長でもあるアダム・ヴァイスハウプトは討伐されており、本来であればそのまま解体されていく筈であった……が。

 多くの錬金術師達の受け皿でもある結社をいきなり解体、解散する訳にも行かず。

 

 現在は残った三人の最高幹部達が切り盛りしている。

 

「……」

 

 正直、つい最近まで敵であった存在に頼ると言うことに嫌な思いはあった。

 

 マリアのそんな思いは翼にも有ったのか、若干微妙な表情を浮かべている。

 

 ──だが。

 

「はい。何故『神の力』を求めているかは依然として不明ですが……詳細なプロフィールは入手することが出来ました」

 

「……」

 

 マリアの問いかけにあっさりと答えた緒川は、チラリと手元の書類をちらつかせる。

 

 ……ただ、緒川はそんなこと微塵も気にせずと言った雰囲気で現体制のパヴァリア光明結社との協力関係を築き上げ、それはもうこれでもかと利用していた。

 

「……」

 

 軽く息を吐いたマリアは、それで一旦パヴァリアへの悪感情を捨て去り……まっさらな心でパヴァリアの現況について考える。

 

「しかし離反者ね……パヴァリアの運営はあまり上手くいっていないのかしら」

 

 自身もまたとある組織の離反者でもあったマリアにとって、どうも親近感を覚える境遇である。

 

「忌憚のない言い方をすればそうなります。今まではアダムのその強大な力により無理矢理服従させられていた錬金術師達も居たらしいので」

 

「……なる程ね」

 

 あの馬鹿火力を持っていたアダムの影響力は絶大なモノだったらしく、彼がいなくなった結社は大分ガタが来ているようだ。

 既にパヴァリア光明結社から離反しているモノも多いらしい。

 

「……次の敵は米国か……パヴァリアの離反者か……どちらか」

 

「……どちらにせよ、今の私達に出来るのは戦いじゃ無くて……コレじゃない、翼」

 

「え?」

 

 そう言ってマリアが差し出したのは、スポーツドリンクだった。

 

「現状を理解した所で……敵は遠く、手の届かない場所に居る。なら私達に出来るのは……常に最高のコンディションを保って、戦いに備える事よ」

 

「確かにそうだが……ならばステージよりも……!」

 

「──翼。ステージ()、貴方の戦う場所でしょ?」

 

「……っ」

 

 それは、再三にわたるマリアからの警告だった。

 

 そう。

 風鳴翼にとって、ステージの上もまた……戦場。戦いの場。

 なのに彼女は今、それを放棄しようとしていた。

 

「……」

 

 自分を見失うなという意図の言葉に気付いた翼は押し黙り、唇を噛む。

 

「……不承不承ながらに了承しよう。だが、ソレには一つ条件がある」

 

「え?」

 

 しかし、次の瞬間には常の彼女と戻っていた。

 そしてマリアが付けていたサングラスを外し……翼は不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 S.O.N.G.本部にて、プロジェクターに映し出された風鳴訃堂は最高に不機嫌な様子で語り出した。

 

『報告書には目を通した。政治介入があったとは言え……先史文明の貴重なサンプルを米国に掠め取られるなど、なんたる無様ッ!』

 

「……今日までの騒乱に様々な横やりを入れてきた米国に対し……一層の注意を払うべきでした」

 

 寝不足なのだろうか、何処か顔色が悪いようにも見えるが……ソレもしょうが無いだろう。

 何せ彼は、現時点で既に()()()()を超えようとしている。

 

 昼間は護国のためにと身を粉にして働き続け、動き続け。

 夜間は毎日のように襲撃を仕掛けてくるそこそこ強い黒スーツ共を蹴散らし続け、連戦に次ぐ連戦。

 

 そうして一睡も取らない様な日々が、既に二十日を超えようとしていた。

 

 その違和感に気付いた弦十郎は、訃堂に心配したように問いかける。

 

「……少し休まれた方が……」

 

『たわけがッ! お前には米国が何をしようとしているのか分からぬのかッ!? 今この瞬間、我が国土に侵入してきてもおかしくはないのだぞッ』

 

 目をカッと開いた訃堂の迫力に弦十郎は気圧される。

 

 ──そう、米国だ。

 混迷とする世界の中、唯一不動の位置に居り、また国連の中でもその影響力を増してきた目下の脅威。

 

 それを現在最も警戒し、対策に腐心していたのは他でもない訃堂である。

 

 当然、弦十郎もそのことは知っている。

 だが……全盛期の訃堂を知っている弦十郎だからこそ、今の彼の姿はどうにも──。

 

「……ですが! 流石に少しばかり顔色が……!」

 

『ならばッ! 貴様ももっと必死になれと言っているッ! 何故パヴァリアの離反者程度に時間を費やして居るのだッ!?』

 

「……そ、それは目下対応にあたって……」

 

 訃堂は、自身の息子から返ってきた言葉に目を更に見開く。

 

『お前にも流れる防人の血を辱めるな』

 

 ──それは、呆れから来るモノだったのだろうか。

 ただ最後にそれだけ残し、鎌倉との連絡が途絶えた。

 

「……」

 

 息を吐いた弦十郎は、司令室にてネクタイを緩める。

 そんな彼の背後から、訃堂からのお叱りが終わるのを待っていたと言わんばかりに友里がコーヒーを差し出す。

 

「温かいモノ、どうぞ」

 

「ああ……温かいものどうも」

 

 何処か緊張が抜けた面持ちでそのコーヒーを受け取った弦十郎に、藤尭が声をかける。

 

「鎌倉からのお叱り、以前までは殆ど無かったのに……随分と頻度が増えましたね」

 

「……ああ。そうだな」

 

 藤尭のその言葉に、弦十郎はコーヒーを眺めながら返事を返す。

 

「……」

 

 米国の軍事力。

 パヴァリアの離反者。

 そして……日本の企業達。

 

 幾多もの脅威が重なり、何時になく状況は混迷としている。

 だと、言うのに。

 

「……」

 

 弦十郎には、風鳴訃堂に何かほの暗い計画が有ると言う……直感があった。

 

 当然護国のための計画だろう。

 ただ、訃堂には──国を守るという過程で、どれだけ国民が死のうと構わないと言う思想が存在する。

 

 彼にとって重要なのは、民ではなく国家基盤そのもの。

 

「……」

 

 ──そして。

 

 弦十郎の嫌な予感を叶えるように……翼達のライブが始まろうとしていた。

 



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怒り

 ──さて。

 ヒイロは切歌の前から行方不明となったこの数ヶ月間……遊んでいたわけでは無い。

 

 彼は、ただひたすらに働いていた。

 

 今までのようなアルバイトでは無い。

 何せ彼は既に独立し……フリーランスとして世界を駆け回っているのだから。

 

 部屋に転送されてきたヒイロは、至極疲れた表情を浮かべて息を吐く。

 

「……ったく、人使いが荒いッつの……」

 

 首をゴキゴキと鳴らしながらブラックボールの前に座り込んだヒイロは、何時ものようにブラックボールに触れる。

 すると……その黒々とした表面に何かの言語で書かれた文字が浮かび上がってきた。

 

「……」

 

 ソレを見て暫く沈黙していたヒイロは、ポリポリと頭を掻いて……気まずそうな表情でガンツに語りかける。

 

「……ガンツ。インターネットの翻訳サイトで訳してくれ」

 

 ヒイロの命令通りにガンツは翻訳を始め、すぐに訳された文章が浮かび上がってきた。

 

『ありがとうございます。あなたの活躍で私達は神を倒すことが出来ました。契約の通り、百万ドルの報酬と、即座に私達はアメリカへの攻撃を仕掛けます。日時は──』

 

 長々と書かれた文章を下の方までスクロールして読み込んでいき、全文を読み終えたヒイロは次いで仕事用に作っておいた銀行の口座を確認する。

 

 そこには、確かに百万ドルが振り込まれていた。

 ソレを確認したヒイロは、すぐにガンツへと語りかける。

 

「……よし。ガンツ、今海外で余裕のある企業か……フリーの奴をリストアップしてくれ」

 

 ガンツは静かに駆動し、ヒイロの前に幾つもの企業、個人名がリストアップされていく。

 彼等の名前の言語に統一性は無く、正に世界各地から選ばれた選りすぐり達なのだろう。

 

「……よし」

 

 ソレを見たヒイロは、ピポパポとスマホを弄って誰かに電話をかける。

 

「もしもし……ああ、俺……暁。……うん……またちょっと……依頼書作って欲しくて……ああ……うん……翻訳……」

 

 そう言いながら、ガンツを使って電話先の彼女の元へリストを送る。

 

「内容は……アメリカが日本に手を出せない様……陽動を仕掛けて欲しい……と。報酬はこっちで調整する」

 

 少々の時間の後、電話の向こうから聞こえてくる少女のような甲高い声は、呆れたような語り口調でヒイロを罵倒した。

 

 こんな事S.O.N.G.に頼めば良いのに、馬鹿かお前? と。

 

「いや……国連組織の人達に()()()()()の依頼書の代筆頼むのは駄目でしょ……」

 

 確かに内容を要約すれば、アメリカを攻撃して気を引いてくれと言うモノだ。

 

 国連組織にこんなモノの代筆を頼むというのは……まぁ、ちょっと問題があるだろう。

 

 ヒイロの理屈に一瞬沈黙した電話相手の少女だったが、イライラとした様子を隠さずに口を開いた。

 

 ……今私は忙しいワケだが、お前は私に何をしてくれるワケ? 

 

「今度何か手伝うよ」

 

 あまりにふわっとした内容だったが、電話の相手は息を吐いて嫌そうに依頼を了承した。

 

 幾ばくか沈黙が流れる。

 ──そしてヒイロは、やめとけば良いのに世間話を始めた。

 

「ああ、ありがとう。やっぱ、こういうのは元役人の奴が居ると速いな」

 

 ……は?

 

 何処かほの暗い声が電話口から聞こえてくる。

 

 ヒイロの言葉は電話の相手の琴線に触れたのか、不機嫌の絶頂と言わんばかりのドスが効いた声が聞こえてくる。

 

 ──何でそんなこと知ってるワケ? お前は私のストーカーか?

 

「ああ、いや……何というか……」

 

 それに気付いたのか気付いていないのか、わざとなのか天然なのか。

 ヒイロは言葉を畳みかける。

 

「いや、前にアンタの名前をウィキで調べてみたらさ……内容は有ってないようなモンだったが……アンタが昔どっかの国で──」

 

 ──そして、直後にその電話はガチャッ! という叩きつけるような音と共に切られてしまった。

 

「……?」

 

 向こうで何かあったか? と思いもう一度電話をかけ直すが、それでも繋がらず。

 

 首を傾げていたヒイロの前に、唐突に何かの紋章が浮かび上がる。

 

「!? お、おいッ!?」

 

 ──その紋章から現れたのは、錬金術師プレラーティ。

 

「どうしたいきなり──」

 

「死ねッ!!」

 

「!?」

 

 肩を怒らせた彼女は……惚けたような表情を浮かべるヒイロの前に紙をばら撒いた。

 

 ──それは、ヒイロが彼女に依頼した……各言語で書かれた各地の企業、フリーの戦士達への依頼書である。

 

「! 仕事が早いな……」

 

「……」

 

 何故か罵倒されたことを即座に水に流したヒイロは、その圧倒的な速度の仕事に舌を巻く。

 ──と言うか速すぎる。

 

 この速度で終わらせるのは、錬金術を駆使してもヒイロに頼まれた瞬間から始めないと間に合わないレベルである。

 

 錬金術師ってのはそう言うモンかと納得したヒイロは……未だに怒りに顔を歪ませているプレラーティを見上げる。

 

「……なんか怒ってる?」

 

「怒ってないが?」

 

「……」

 

 ヒイロは気付かないだろう。

 元より彼女は、先日のサンジェルマン救出の一件でヒイロに恩義を感じている。

 故に、この程度の依頼であれば報酬など無くともやってやろうと……最初から善意だけで依頼書を作成してくれていた。

 

 そして案の定そんな彼女の思いの裏をヒイロは察せなかった。

 しかも要らぬ世間話で、彼女にとって一番触れられたくない地雷を踏みつけて……今に至る。

 

「……おう。まぁ、ありがとう。てか、さっき何があったんだ? でかい音が聞こえたが……」

 

「何も無いが?」

 

「そうか。アンタには何も無かったか。何も無いのは良いことだ」

 

「……」

 

 一言二言言葉を交わすたび、ヒイロは彼女の地雷を踏みつけにしていく。

 プレラーティの額はピクピクと歪んでいき……そして。

 

「死ねッ!! このクソストーカー野郎ッ!!」

 

「え?」

 

 彼女は最後に、とんでもない罵倒を吐き捨てて、また紋章の中へと帰って行った。

 

「……え?」

 

 そして……残されたヒイロは、訳が分からないと言う表情を浮かべながら……散らばった依頼書を見つめた。

 

「……」

 

 自分が何故彼女を怒らせたのか分からなかったヒイロだったが……それでも黙々と散らばった依頼書を集め、ガンツで世界各地に送っていく。

 

「……」

 

 強い星人が現れるミッションの請負。

 あらゆる言語を使わざるを得ない取引先。

 そしてギスギスした人間関係。

 

 ヒイロは今……フリーの世知辛さを体感していた。

 

「……コレが終わったら、後は……」

 

 即座にガンツに記録してた今後の予定を確認する。

 今の所、こういった予定管理も全てヒイロが行わなければならない。

 今送った依頼書への返答が送られてきたらソレに対する時間も確保しないと──。

 

「次は……1時間後にインドのミッションに参加して……その次はまたギリシャ………………またギリシャか……ギリシャやべーだろ……」

 

 そして確認した所……一息付ける時間は、今からインドミッションまでの1時間しか無い。

 その次のギリシャは休憩なしの連戦である。

 

「……」

 

 休憩がなさ過ぎる。

 そんな哀しい事実を深く受け止めたヒイロは……あーあと息を吐いて横に倒れる。

 

 呆然と天上を見上げたヒイロは……自分の意識がうつらうつらとし始めたことに気付く。

 

「……」

 

 ああ、コレは寝るやつだ。

 アルバイト初日を思い出し、自分が相当疲れていることを理解した。

 

「……寝るか……」

 

 故にヒイロは、ガンツでタイマーをセットし……最後に手元のスマホを軽く弄ってから仮眠を取ろうとした。

 

「……あん?」

 

 ──だが。

 

 最後に見たニュースで……彼は叩き起される羽目になる。

 

 

 翼の凱旋ライブ。

 

 そこにマリアが緊急参戦したと言うニュースは即座に世界中を駆け巡り──そのライブの行方を、全世界が注目していた。

 

 彼女達の歌。

 ソレは混迷とする世界情勢の中……それでも日々を必死に生きる人々に、大きな勇気を与えていく。

 

 マリアというとびっきりの乱入者もあってか、今ライブ会場はボルテージは最高潮に達していた。

 

 ──だが。

 

「……何だ……あれ……」

 

 ライブ会場の空の上。

 そこに大量の紋章が浮かび上がり──アルカノイズが空から溢れ出す。

 

「ッ!? やめろ──ッ!」

 

 翼はその光景に酷いデジャブを覚え──『最悪の過去』を思い出す。

 故に……意味が無いと分かっていても、叫ぶのを止めることは出来なかった。

 

「ッ、Imyuteus amenohabakiri tron──」

 

 ──そして、その叫びは直後に歌へと変わり……彼女の纏うドレスは鎧へと切り替わる。

 

「っ、はああっ!」

 

 ステージから戦場へと飛び降りた彼女は、即座に目の前のアルカノイズ達を一振りごとに蹴散らしていく。

 

「っ、翼ッ!? 先走らないでッ!」

 

「これがッ、先走らずに居られようかッ!?」

 

 ──だが。

 彼女がアルカノイズを破壊するよりも早く、アルカノイズは人間を分解していく。

 

 その事実は翼が一番理解していた。

 故にこそ──彼女は一時も早く、一瞬でも早く……! と。

 アルカノイズを殲滅せんと戦場を一人駆け巡る。

 

 そんな彼女に、無線で声が聞こえてきた。

 

『翼さん! 今から僕も参戦を──』

 

「何を言ってるの!? 緒川さんは避難者の誘導に専念を──」

 

 緒川の言葉は翼に取って信じられない話だった。

 何せ彼はシンフォギアも何も纏っていないはず。

 

 故に、それに気を取られた瞬間。

 

「はーはっは! 恐れよッ、うちが来たッ!」

 

「!?」

 

 上空より、何者かの声が聞こえた。

 直後……翼へとその声の主が襲いかかる。

 

「っ、貴様……!」

 

「うちの標的はお前だぜ……! 風鳴翼!」

 

 翼の目の前。

 

 そこには……背中にコウモリのような羽を生やした、異形の少女が立っていた。

 

 アルカノイズを用い、そして緒川の報告書にあった報告から照らし合わせ……その存在に目星を付ける。

 

「……パヴァリアの離反者か……!」

 

 そして──。

 

「歌を血で……汚すなッ!」

 

 彼女はその表情を怒りに歪めながら飛びかかる。

 だが、異形の少女は背中の羽を腕に纏い、異形の腕で翼の攻撃を受け止める。

 

 翼は……。

 

「おおっ、怖い怖いッ! 風鳴翼……! そこら辺の雑魚みたいに、大人しく躙らせて貰うと助かるぜッ!」

 

「ッ……戯れるなッ!」

 

 異形の少女の煽るような言葉に乗せられてしまった。

 だが翼の重ねてきた鍛練の日々、切り抜けてきた修羅場の数々は甘くない。

 

 例え乗せられていようと──その一撃の重さは陰り無く。

 

「ッ、ぐぇッ!?」

 

 その一撃を両腕で受け止めた異形の少女を軽々と吹き飛ばした。

 異形の少女が吹き飛ばされた先の瓦礫が崩れ、砂塵が舞う。

 

 視界が悪くなり、不意打ちの可能性が出てくる。

 それでも翼は……迷い無く土煙ごと少女を叩っ切──。

 

「!?」

 

 直前、翼は斬りかかる動きを止めた。

 何故なら。

 

「あ、ああ……」

 

「……な、何……!?」

 

 翼の目の前には……一般の少女が立たせられていた。

 

「おお……やってくれるぜ、風鳴翼……」

 

「お、お前……ッ!」

 

 異形の少女。

 彼女は……何処か不敵な笑みすら浮かべて、人質を翼に見せつける。

 

「はは、私は不完全で弱いから……こう言う卑怯な手を取れてしまうんだぜ」

 

「……弱い……?」

 

 それは……異形の少女にとって重要な事なのだろう。

 理解できない翼とは違い、少女は何処か遠くを見つめるような目でそう語り……直後、その表情を怪しく歪める。

 

「そう。私達は……弱いんだ。だから──」

 

 語りで翼の気を引きつつ、少女が影になって見えない位置で腕を引き絞る。

 

「こーんな卑怯なことしても……恥ずかしくないんだぜッ!」

 

 ──そして鮮血が舞った

 

 

 

 ……翼の頬に血液が飛び散る。

 

「……え?」

 

 呆然とした声を上げたのは……()()()()()()()()

 

「……お、お前は……!?」

 

 既に翼の視線は、目の前の異形の少女では無く……唐突に現れた彼へと向かっている。

 

 ──彼は……黒いスーツを身に纏い、感情の見えない仮面を被っていた。

 

『……』

 

「……え? あ、あなたは……?」

 

 少女のその問には答えず、彼は抱きかかえた少女をそっと地面に下ろし……異形の存在へと目を向けた。

 

「……て、てめぇ……何モンだッ!?」

 

 腕を切り取られた異形の少女は、しかしそれでも怒りに顔を歪めながら、仮面の男を睨み付ける。

 

『……俺か?』

 

 ──彼女に問われた男はどこか不機嫌で……まるで寝ようとしていた所、『風鳴翼凱旋ライブにマリア参戦!』というニュースを見つけ、わくわくしてライブ鑑賞していたのに、謎の乱入者のおかげでパーになってしまったことでキレている……そんな様に見えた。

 

『俺は……風鳴翼の正当なるファン』

 

「え?」

 

 そして、返ってきた返答を聞いた少女は……何を言ってるんだコイツ? と言わんばかりに疑問符を浮かべる。

 それは彼を見ていた翼も同じである。

 

 だが……そう。

 

 仮面の男……ヒイロは、翼のファンでもある。

 

 いや……最初はツヴァイウィングの奏のファンで、正直翼のことなどそこまで興味は無かった。

 

 ──だが。

 色々とあってもめげずに歌い続け、戦い続けるその姿を……すぐ近くで見てきた。

 

 そうしていく内、気付けばヒイロは翼の歌が好きになっていた。

 彼女の歌を聴いているだけで……勇気が湧くのだ。

 

 だから。

 

『俺はな……すげぇ……忙しいんだよ……色々と……』

 

 彼はどんなに忙しくても……彼女の新曲を買い続けた。

 

「……は? 何言ってんだお前……」

 

『それでも。数少ねぇ休憩時間削ってでも……俺は、風鳴翼とマリアのライブが見たかった……』

 

 彼はどんなに忙しくても……彼女のライブは見続けた。

 

「……お、お前何言ってんの?」

 

『俺にはなぁ……! 時間が無かったってのに……!』

 

 そして、今の彼には時間が無い。

 

 具体的には1時間くらいしか無い休憩時間の殆どをライブに当てていた。

 

 でもきっと、この襲撃が無ければ最高の気分で仕事に行けてたのに。

 

『……』

 

 なのにこの始末。

 

 ──今、ヒイロは相当お冠に来ていた。

 

『お前にゃ分かんねぇか? ならわかりやすく言ってやる……俺はてめぇの敵だッ!』

 

 次のミッションまでおよそ三分。

 

『覚悟しろよ……一分で解体してやる……!』

 

 だが、その戦意は何時になく──滾っていた。



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ハイライト

 ──戦闘開始より十秒経過。

 

「い、いきなり現れて何言ってるんだお前!?」

 

 目の前の異形の少女は唐突に現れ、自身の腕を切り落とし。

 よく分からない理屈で敵対し始めた目の前の男に、異形の少女は明らかに動揺し……恐れていた。

 

『……風鳴翼!』

 

「!? わ、私っ!?」

 

『この子、守ってろよ』

 

 ヒイロはそれだけ翼に伝えたかと思うと……その姿をかき消した。

 

「!? き、消え……」

 

 ──だが。

 これはスーツのステルスでは無い。

 

「ッ!? な、何だ!? アルカノイズが──!?」

 

 何かを破壊するような音が断続的に鳴り響く。

 それは異形の少女が認識できる速度を遙かに超えており──彼女が瞬きをする間にノイズの姿が消えていく。

 

「ど、どうなってやが──」

 

 ──二十秒経過。

 

『翼さん! 南の出口に防衛線を張っています!』

 

「!? 緒川さん!?」

 

『其方の少女を……!』

 

 そして、彼女達の混乱が治まるよりも速く……緒川の報告が届いた。

 翼は人質となった少女に駆け寄り、彼女の手を取りながら緒川の姿を探す。

 

 ──すると、見つけたのは……仮面の男がエルフナインに渡していた銃を持った緒川の姿があった。

 

 ギョーン、ギョーンという特徴的な銃声は鳴り続け、アルカノイズを砕き続ける。

 更には実弾による『影縫い』を交えた早技の連携により……彼より後ろにアルカノイズを一切近づけさせない。

 

 その姿を見ていた観客は、焦りと動揺はあれど、多少落ち着きを持って避難を行うことが出来ていた。

 

『後方の出口より避難を!』

 

「わ、分かりました!」

 

 ──翼は思い出す。

 仮面の男との同盟……その条件を。

 

 ──三十秒経過。

 

「!? ちょ、ちょっと待──」

 

 腕をどうにかくっつけた異形の少女は、自身に背を向けて人質を安全地帯へと運び始めた翼を止めようとする。

 

 しかし。

 

『待たせたな』

 

「ッ!?」

 

 背後から……死神の声が聞こえてくる。

 

 ──四十秒。

 

「……何なんだお前……」

 

『あ?』

 

「い、いきなり現れて……全部メチャクチャにしやがってッ! 計画がパーだッ!」

 

『……』

 

 彼女は怯えながらも、しかし気丈に戦う意思を見せる。

 

「本当に……何なんだお前はッ!?」

 

 少女は腕を異形の形へと変え、ヒイロへと迫る。

 

『……もう一度言ってやる。俺はこう見えて……』

 

 だが。

 

『学生時代から……風鳴翼の…………』

 

「なっ!? 片手でッ──」

 

 彼女の一撃は、軽く片手で受け止められ。

 その衝撃を流し、利用し、加えた回し蹴りを……。

 

『ファンなんだよッ!!』

 

 異形の少女の腹へと打ち込んだ。

 

「──ぶぐッ!?」

 

 その一撃は芯を捉え、空に漂う爆撃型アルカノイズへと吹き飛ばす。

 

 ──五十秒。

 

 ヒイロは素早く手元のコントローラーを弄り、ゼロスーツの形態を移行。

 そして……叫んだ。

 

 全弾斉射の最終奥義を。

 

『デッドエンドォッ!』

 

 その言葉に反応し、ゼロスーツから閃光がほとばしり……圧倒的な圧力がヒイロを襲う。

 

 だが、雲を裂く一撃は正に最終奥義。

 空を埋め尽くさんばかりのアルカノイズと共に、異形の少女が掻き消えた。

 

 ──そして。

 

『ジャスト一分だ』

 

 裂けた雲から溢れる月光を浴びながら……ヒイロは空を見上げて呟いた。

 

 

 戦闘を終えたヒイロは、()()()()()()()()()ジッと空を見つめたかと思うと……溜め息を息を吐いてゼロスーツの形態を元に戻す。

 

「……」

 

 ……と、そんな彼の耳に足音が聞こえてくる。

 

『……風鳴翼か』

 

「っ……」

 

 振り返ると、気まずそうにヒイロを見つめる翼が居た。

 

『あの子はどうなった?』

 

「……少女は、既に避難させた」

 

『そうか。なら良かった』

 

「……」

 

 未だに避難は続いているが、それでもその速度は速く……半分以上は避難を終了させている。

 ここに来て、()()の教訓が生きてくる。

 

「……何故」

 

『あん?』

 

 ……と。

 そんな風に避難をしている人を眺めていたヒイロに……翼が語りかけた。

 

「……」

 

 そうして語りかけた彼女は、しかし黙り込む。

 気まずそうに口を開いては閉じ、何を聞くべきか迷った風な表情で固まってしまう。

 

 ……それでも、どうにか絞り出した翼は、口を開いた。

 

「…………何故……要請も無いのに助けに来てくれた」

 

『……』

 

「──なにが目的なんだ!? 我々に何を求めて……!」

 

 どうにか絞り出した翼の問いかけ。それは今だ得体の知れない仮面の男(ヒイロ)への不信感から来るモノだった。

 

 そんな翼の問いかけに……当のヒイロははてなマークを浮かべた。

 

『いや、それくらい同盟相手だし当然だろ?』

 

「……」

 

 何言ってんだコイツばりの言い草に、翼は黙り込んでしまう。

 

 しかし。

 

『──だが……まぁ……求めるモノ……ね』

 

「……え?」

 

 その言葉に……ヒイロはポリポリと頬をかきながら翼に伝えた。

 

『個人的にもさ、アンタのライブに襲撃とか……色々思う所があったと言うか…………俺、アンタのファンだし……』

 

「……」

 

 そうしてヒイロはアルカノイズが暴れた跡を見る。

 

 思い出されるのは、もう四年も前になる……ツヴァイウィングのライブ会場の惨劇。

 当時、ヒイロもまた……その現場で人知れず戦っていた。

 

 だが結果は今と同じ。

 ……ヒイロの参戦があっても、散っていった命は多数存在する。

 

『……』

 

 ──そして。

 片翼を捥がれた彼女は、苦しげに……それでも人々のためにと……歌い続けた。

 それをヒイロは知っているし、そんな彼女に……勇気を貰っていた。

 

 だから、この願いを……また翼にするのは酷だという事は分かってた。

 でも。

 

『……色々……大変だろーけど…………また、ライブやってくれよ』

 

「え?」

 

風鳴翼(アイドル)に求めるのなんて……それ位だ』

 

「ッ……」

 

 ヒイロはファンの一人として、翼にそう願わずには居られなかった。

 

『む?』

 

 直後、首筋にぞわりと寒気が走る。

 丁度時間切れになったようだ。

 

『じゃ、俺はこれで』

 

「え?」

 

『予定が詰まっててな。今回の件についての連絡はまた後日』

 

「ちょ、ちょっと待──!?」

 

 翼の呼び止める声を無視して……ヒイロはまた一人、戦いへと赴いた。

 

「……」

 

 残された翼は……シンフォギアの変身を解き、ヒイロの言葉を噛み締める。

 

「……ああ」

 

 シンフォギアという鎧を脱ぎ、ドレス姿となった彼女は……その胸に手を当てる。

 そして。

 

「了承した……GANTZ殿」

 

 風鳴翼はアイドルとして、ファンからの願いを……受け取った。

 

 

 それは緊急脱出のためのテレポートジェムの輝き。

 以前の空母襲撃の傷を癒やすため待機していた犬耳の少女……エルザは、その輝きに驚愕の声を漏らす。

 

「ミラアルク!?」

 

 直後。

 全身を黒く焦がしながらも、羽を犠牲にギリギリの所で逃げることが出来た異形の少女……ミラアルクが転移してきた。

 

「ぐっ……!? 何なんだ……何なんだアイツはッ!?」

 

「だ、大丈夫でありますか!?」

 

「あ、ああ……いや、本当は凄く……く、苦しい……ぜ……」

 

「す、すぐに治療を……!」

 

「た、頼む……うっ」

 

 転移の直後、崩れ落ちるように地面に蹲ったミラアルクは……込み上げてきた吐き気に従い、大量の血を口から吹き出す。

 

「ミラアルクッ!?」

 

「腹……お腹が……」

 

「ちょ、す、すぐ服を脱ぐであります!」

 

 仰向けに寝かし、腹の部分の服を裂く。

 

 ──そこには。

 

「ッ……」

 

 腹部全体に青い痣が出来ていた。

 

「ゴボッ…ガッ……」

 

「ち、血が……!?」

 

 ゴボゴボと口から血を吐き出し続けるミラアルク。

 仰向けに寝かしているからか、彼女の口一杯に血が溜ってしまった。

 

 即座にミラアルクの身体を横に倒し、血で窒息しないようにするも、ミラアルクはゲロゲロと血を吐き続けた。

 その血の中には肉片も混じっており、彼女の体内でどのようなことが起こっているのか容易に想起できた。

 

 ──これはヒイロの放った蹴りの作用である。

 その一撃は内臓に的確に浸透し……破壊する。

 

 そして、この破壊が衝撃を与えてから五分経ってから始まるという性質から……この技は通称『五分殺し』と呼ばれている。

 

「……ど、どうすれば……」

 

 顔を青くしたエルザは、あたふたとどのような対応が最適か考える。

 だが、どう考えてもこのアジトにこのレベルの重傷を治療できる機能は無い。

 

 つまり……このままでは確実にミラアルクは死んでしまうと言うことになる。

 

 その事実に、エルザは涙を目に浮かべ……脳が的確な判断を下せなくなっていく。

 

 ──しかし。

 

「落ち着いてエルザちゃん」

 

「ッ、ヴァネッサ!?」

 

「ミラアルクちゃんは吸血鬼。血を与えてその力を強くさせれば……治療可能なレベルまでは治せるはずよ」

 

「! そ、そうであります!」

 

 エルザに優しく声をかけた女性……ヴァネッサの一声で、エルザは落ち着きを取り戻していく。

 

「で、でも……ヴァネッサがどうしてここに?」

 

 テキパキとミラアルクへの稀血の輸血を始めながら……冷静になった頭で浮かんだ疑問を問いかける。

 

「……少し不安になって、ミラアルクちゃんのライブ襲撃を監視してたの」

 

「……」

 

「そしてらまさかの不安的中。急遽アジトまで戻ってきたって訳。全く、嫌になっちゃうわ? あの黒スーツ達」

 

 ヴァネッサはそう説明しつつ……本気で忌々しそうにそう呟いた。

 

「……だ、大丈夫でありますでしょうか……ヴァネッサが侵入しないといけないのは──」

 

 ヴァネッサの言葉を聞いて、急に不安になったエルザは……これから最難関のミッションが控えている彼女に、心配そうに問いかける。

 

「……」

 

 正直に言えば……彼女も不安で不安で仕方が無かった。

 だが、それでも彼女は行かねばならない。

 

 ソレこそが彼女達の生きる道で、その道を行くことが希望に繋がるのだから。

 

 だから彼女は……エルザを安心させるように、小さく笑った。

 

「だいじょーぶ! お姉さんにまっかせなさい!」

 

「……」

 

「私はきっと帰ってくるから。だから……エルザちゃんはミラアルクちゃんをよろしくね?」

 

 ──彼女がこれから侵入し、奪取しなければならないのは……アメリカが手にした神の力。

 ソレが有るのは、ブラックボールの武器で警備を固めたアメリカの研究所である。

 

 ロスアラモス研究所。

 ニューメキシコ州、ロスアラモスに存在しているアメリカ国立の研究所であり……異端技術の研究拠点でもある。

 現在この場所の警戒態勢は最大であり、警備のためだけにブラックボールを三つ稼働してある。

 

「……」 

 

 一度奪取しようとして半殺しの目に遭ったエルザは……当然その怖さを理解している。

 だからこそ、ヴァネッサの覚悟が分かる。

 

「……分かったであります。絶対に……帰ってきてください」

 

「……任せて、エルザちゃん」

 

 彼女達には後が無い。

 ただ前に進み続けることが唯一の道であり、最善の手なのだ。

 

 彼女達の支援者、風鳴訃堂も頑張って岡山県最強の男と戦っている。

 

 故に、彼女達もまた……止まることは許されない。

 

「私達は誇り高き深紅の絆で……家族よりも深い絆で繋がっている」

 

 そう。

 彼女達の紅の絆は破れない。

 

「私達は……卑しき錆色(ノーブルレッド)だもの」

 

 彼女達ノーブルレッドは、なんぴとに否定されようと……己が目的に止まること無く突き進んでいく。

 

 これは、怪物の怪物による怪物のための……戦いである。



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企業の願い

「うん、そうだよ! 私は大丈夫!」

 

 響は寮の自室の窓際で、ニュースを見て慌てて電話をかけてきた父親に安心させるように語りかける。

 

「……おじさんとおばさん、まだ一緒に暮らしてないの?」

 

「時々一緒、大体別々……って、感じかな」

 

「……」

 

 空元気の笑顔を浮かべてそう語る響を見て……未来は敢えてなにも言わず、目を伏せた。

 

「……そ、そう言えばニュース! 昨日のニュースって今どんな感じ!?」

 

 ……と。

 少し気まずい空気になってしまったのを誤魔化すように、響は未来の見ていたニュースに目を向ける。

 

『──ステージに突如として現れた武装集団により、死傷者、行方不明者は千人に上り……』

 

「……」

 

 ……そこで報じられていたのは、先日の風鳴翼凱旋ライブ襲撃事件の内容。

 

 その犠牲者の数について語るのであれば……似たような条件で起こった『ライブ会場の惨劇』を下回る数である。

 これを見た専門家達は、ライブ運営の教訓が生きた結果であると主張し、今回の件における対策は十全に働いていたという意見すらある。

 事実ライブ運営側のそう言った対策で助かった人々も多く居る。

 

 ──だが。

 相対的に見て数が少ない……とは言っても、一千人の犠牲者と言うのは軽くない。

 今、ニュースでは現場での判断を批判するような声が上げられていた。

 

「……色々な人が、頑張ってくれたんだけどな……」

 

 テレビから目を離した響は……哀しそうにそう言った。

 

「……お互い、上手く伝えられない事が……あるんだね」

 

「……うん」

 

 現場で戦った人達はその場における最善を尽くした。

 でも犠牲になった人の家族にしてみれば、そんなことは関係ない。

 

「……」

 

 響は……一人の男の姿を思い浮かべる。

 仮面の男、GANTZ。

 

 まるでアニメのヒーローの様にライブ会場での戦いを沈めてくれた彼は……今、何処で何を──。

 

 

 S.O.N.G.司令室に呼び出された響は、医務室でベッドに座っていた二人の女性を見て、嬉しそうに声を上げた。

 

「マリアさん! 翼さん! もう大丈夫なんですね!」

 

 その声にびくりと肩を揺らした二人は、あははと笑って頭を掻く。

 

「正直私は殆ど戦ってないし……検査入院みたいなもんよ」

 

「ああ。私もな。心配をかけた」

 

「それでも、良かったです!」

 

 嬉しそうに二人と語っていた響だったが、その背後から何故か緒川の声が聞こえてくる。

 

「お疲れ様です響さん」

 

「うぇ!?」

 

 肩を跳ねさせた響は、あの日戦ってたはずの緒川が何故か普通にスーツを着て仕事をして居るのを見た。

 え? 何で普通に仕事してるの……?

 

「……あの? 緒川さんはなにか検査とか……」

 

「検査?」

 

「えっと……その、戦ってたじゃ無いですか? なにか怪我とか……」

 

「あはは、僕は慣れてますから」

 

 そう笑顔で語る緒川を見て、響は思わず引いた。

 

 慣れてる? なに?

 襲撃事件的な奴に、ってこと?

 

 響に引かれてると気付かない緒川は、手元にある資料をタブレット端末を駆使して読み込んでいく。

 ……そこには、先日のライブ襲撃の犯人。ノーブルレッドの詳細なプロフィールが記されていた。

 

「……しかし、やはり妙ですね。彼女達は錬金術師……とは言っても、その地位は相応に低いはず」

 

「……地位が低い?」

 

「ええ……あの数のアルカノイズを用意するなど……到底出来るとは……」

 

 地位が低い、という言葉には敢えて深く答えることなく、緒川は口元に手を当てながら思考を走らせる。

 

「……裏がある……んでしょうか」

 

「ええ。恐らくこの犯行は彼女達単独で行われているモノでは無い。確実に支援者がいるはずです」

 

 その緒川の推測に、ベッドに座っていた翼は声を落として自身の推理を語る。

 

「……パヴァリアが手を引いていると言うことは……」

 

「それは無いと思いますよ」

 

「え?」

 

 ──しかし、その推理はあっけなく響に否定されてしまった。

 ガクッと肩を落とした翼だったが、すぐに気を取り直したように響に問い詰める。

 

「何故違うと言い切れる」

 

「だって、サンジェルマンさん達がなにかしようとしてるなら、自分達ですれば良いじゃ無いですか?」

 

「……」

 

「そうした方が確実だし……サンジェルマンさんの性格的にも、そういうのは自分でしたいと思うんです」

 

「……確かに、そうだな」

 

 そして、あっけなく論破されてしまった。

 そう。確かにパヴァリア光明結社が裏で動いているのなら、そもそも最高幹部達が直接動くのが一番だし、そうで無くても他の錬金術師で良いはずだ。

 

 ノーブルレッドという、言ってしまえば失敗作に何かを任せなきゃいけないほどパヴァリア光明結社は人手不足では無い。

 

「……であれば、あれ程のアルカノイズを用意することが出来るほどの機関が……ノーブルレッドの背後に付いていると」

 

「……なんだか、怪しい奴等が一杯居るデース」

 

 そうは言いながらも、()()()()()にある程度焦点を絞ってそうな切歌。

 その言葉に、クリスは思い出したように語る。

 

「……つか、『企業』様はまーだピンポンダッシュなんてだせぇ攻撃シコシコ続けてるのか?」

 

「い、言い方が酷い……」

 

「いえ! 全くその通りデス! ピンポンダッシュとかダサい事この上ないデス! デデス!」

 

「切ちゃん……」

 

 クリスの直球の何も隠さない酷い言い様に便乗してこれでもかと乗ってくる切歌。

 あまりの言い草に少し引いた調だったが、彼女達に補足するように緒川が話を始めた。

 

「いえ、それがどうやら……最終決戦の日が決まったようです」

 

「えっ!?」

 

「……アイツ、マジで何でも情報仕入れてくるな」

 

「どうも彼が言うには……『ブラックボールのセキュリティがアマアマだぜ』。らしいです」

 

「良いのか企業」

 

 完全に情報盗まれてるんだが?

 そうしてクリスが日本の企業の明日を憂いて居ると、緒川が何やらポッケから小さな黒い球体を取りだした。

 

「? 何デスかそれ」

 

「こちら、ヒ…………ゴホンッ! GANTZさんに頂いたブラックボールの通信機器です」

 

 その言葉に皆が目を丸くし、緒川の手元に集まってくる。

 

「こ、これでアイツと通信を……?」

 

「はい。携帯電話程度のことなら大抵はこなせます」

 

「へ、へぇ~……」

 

 切歌は興味津々と言った様子でそれを眺める。

 

「それで、此方が先日届いたメールです」

 

 緒川は球体をぐにぐにと弄り、その小さな黒い球体の表面に文字列を表示させる。

 

『企業が訃堂排除作戦の最終段階に移ろうとしています。日時は本日より一週間後の一月二十八日です。企業の戦力は──』

 

 

「──我々は現在、多くの戦力を失いました。ですが、作戦は現時点では成功を収めていると言って良いでしょう」

 

 何処かのビルの会議室。

 ホワイトボードには日本の地図が張られており、その横に立つ壮年の男は無表情のまま語った。

 

「予定では、当日残ってるのは何処になるんだっけ?」

 

「はい。予定では当日参加する部屋の数は十四となります」

 

「あらら……相当減っちゃうのね」

 

 その壮年の男に対して語りかけたのは皺が刻まれた老年の男性。

 彼の纏うスーツは高級感に溢れており、この場に置いても相当な立場にあると言うことが伺えた。

 

 ……いや。それはここに居る者達、全員に当てはまるだろう。

 

 そんな彼の残念そうな語りかけに、壮年の男は動じること無く話を続けた。

 

「しかし此方には……特記すべき戦力。『神殺し』達が居ます」

 

 壮年の男は背後の日本の地図の表示を変え、幾つかの県に色が付く。

 

「大阪部屋。彼等は全体的なレベルが非常に高く、また『神殺し』である最強の超能力者も所属しています」

 

「兵庫部屋。彼等……いえ、彼の()()()()はどの部屋の住人にも負けません。また武術の達人でもあり……そして『神殺し』でもあります。その実力は十二分かと」

 

「そして香川部屋の『神殺し』……三千三百三十三平等院天上天下唯我独子嬢。そしてまたの名を『全一』。彼女のステータスは全て高水準で纏まっており、何より戦闘における"最適解"を選び続ける能力は正に全国一位と言えるでしょう」

 

 そして──と壮年の男は更に背後の地図の表示を切り替え、浅黒い肌をした一人の男の写真を映し出す。

 

「……そして、彼こそが我等の切り札であり……最大の取引相手。『七柱殺し』の岡八郎」

 

 彼の写真が表示されると、あからさまにその場に居たお偉い人の態度が変わった。

 

「──おさらいをしておきましょう。彼はブラックボールの全てを掌握しており、またそこから先の領域……全知の『神』との接続も果たしたとされています」

 

「……神との接続……」

 

「……その全知の神ってのはアレかね? マイエルバッハにブラックボールの作り方を教えたって言う……」

 

 髪をオールバックにした男にそう尋ねられた彼は軽く頷くと、詳細な説明を始めた。

 

「はい。最終クリア特典……つまり二十回クリア特典とは、()()()()()()()()()そのものです」

 

「……前にも聞いたけどさ、最後のクリア報酬ってよく分からないんだよね。最強の武器が情報?」

 

 そう言って問うた男に同調するように、幾らかの老年の男達が頷いていく。

 彼等は時代の流れを読み、情報を読み解き……自社を大きくしていった。当然情報の持つ力というのは知っている。

 

 ──だが。

 

 その強さとは当然、物理的に強い……という訳では無い。

 

「だって人の身体は一つだよ? 出来ることも限られている。全てを知っているって事は最強に繋がるのかい?」

 

 その問いかけを聞いた壮年の男は……しばし沈黙したかと思うと。

 

「はい。正に最強と言って良いでしょう」

 

 力強く頷いた。

 

「──全てを知ると言うことはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ふぅん」

 

「つまり、彼等接続者は限定的に『神』と同一の存在となります」

 

 男がそう言いきると……会議室に沈黙が降り立つ。

 しかし。

 

「それは中々……強そうだねぇ~」

 

 一人、とても楽しそうに笑った。

 

「うん、確かにソレは中々良い駒じゃない?」

 

 すると、口々に周りの商売敵達と楽しそうに語り始めた。

 

 それは何処までも人の事を無機質に捉え……駒としか見ていない、不気味な語り口。

 

「確かに! じゃあ増やせばもっと最強だと思うんだけど」

 

 それは、経営者としては正しい姿なのかも知れない。

 

「君、まだその岡八郎くんをクローンとして量産できないのか?」

 

 何処までも効率化を求め……最高の結果と、自社の成長、そして自身の利益こそが最大の目的であり結果。

 全てはそれをするための手段に過ぎない。

 

 新たなる国の設立もまた、その為の手段に過ぎない。

 

 そう。

 全ては『法律に縛られない世界』に……()()()()()()()を見いだしたから。

 

 そこに今までに無い金の臭いを嗅ぎつけたからこその……反逆。

 

「申し訳ありません。ブラックボールは依然として外からの操作を受け続けず……やはり正規ルートでしか」

 

「ああ……やっぱり星人と殺し合ってポイント稼がないと駄目なのねぇ~残念」

 

「岡君は自分を増やそうとか考えないのかね?」

 

「流石に自分を増やすのは嫌でしょ~」

 

「あぁ、確かに」

 

 ──コレこそが、国家転覆を狙う企業の真の姿であり。

 

「じゃあ、協定通り……この戦いで生き残ったモノが日本を取ると言うことで」

 

「しょうがないね。流石に、今から戦争してる場合じゃ無いモノ」

 

「ま! 最悪アメリカに泣きつけば良いさ」

 

 語り合う彼等の目には、何処までも自身の利益しか見えていない。

 

 そう。

 彼等が何処までも彼等であるからこそ……自らの利益の敵となる風鳴訃堂とは……決して、相容れぬのだ。

 

 

 ──そして。

 ノーブルレッドのアジトにて……満身創痍の女性が身体を軋ませながら転移してきた。

 

「……ヴァネッサ!?」

 

 全身をズタボロにさせながら、それでも手元に抱えたアタッシュケースは決して離さず……身体を引きずってテーブルに向かう。

 

 当然、その異様な姿に目を白黒させたエルザだったが……彼女を押しのけて椅子に座り、備え付けの機器を起動させる。

 

「ち、治療を……!」

 

「っ、は、早く……報告を……」

 

「ヴァネッサ!?」

 

 ワンコールで繋がった風鳴訃堂は、常の堂々たる態度を崩さないまま……しかし、その顔色を確実に悪くさせていた。

 

 確実にオーバーワークだった。

 

『遅い……遅すぎるわッ! 貴様等は何故報告すら出来ぬ。先のアメリカ空母の襲撃失敗は良いだろう。だが、ライブ襲撃の失敗はどう言う事だッ!』

 

 そして、開口一番に彼女達の失敗をなじった。

 

「も、申し訳ありませ」

 

 今にも崩れ落ちそうな身体を何とか維持し、どうにか頭を下げるヴァネッサ。

 だが。

 

『もう遅いわッ! 貴様の下らぬ言い訳など聞きたくも無いッ』

 

「っ……」

 

 訃堂は、その血走った目を見開き……モニター越しだというのに恐ろしい怒気をヴァネッサへと向ける。

 

 そして訃堂は、ほとほと呆れたと言わんばかりの表情を浮かべたかと思うと……彼女達にとって最も恐ろしい事を言い放った。

 

『もう良い、貴様等への支援は全て打ち切りだ』

 

「!? お、お待ちくださいッ」

 

 しかし訃堂は時間が惜しいとばかりに通信を切ろうとする。

 ──直後、ヴァネッサは持っていたケースを開いて見せた。

 

「こ、此方にっ!」

 

『……む?』

 

「アメリカの研究所ッ……より……奪取したッ……ご所望のモノを……」

 

『……ほう』

 

「……シェム…………ハの……腕…………」

 

 それだけ言い終えたヴァネッサは……力尽きたと言わんばかりに顔を机へと落とす。

 

「ヴァ、ヴァネッサ!?」

 

『……ほう。あの警戒態勢の中から……盗み出したか……』

 

「ヴァネッサ……ヴァネッサ……っ!?」

 

『……』

 

 エルザは即座に残りの稀血……Rhソイル式の血液をヴァネッサへと投与する。

 自身の身を蝕む死毒。そして純粋なる身体の破壊により死にかけていた彼女の身体は……どうにか延命することが出来た。

 

 ──しかし。

 

「お、お願いするでありますッ! も、もう血が……血が全て……!」

 

 もう、死にかけの彼女達に投与することが出来る血が無くなってしまった。

 このままでは緩やかに死んでいくのみ。

 

『……』

 

「お、お願い……お願い…………します……」

 

 彼女は、慣れぬ言い回しをしながらも……最大限の礼節を持ってモニターに映る支援者に頼み込む。

 暫く沈黙が続き、エルザは生きた心地がしない時間を過ごす。

 

 ……と。

 

『神の力』

 

「……え?」

 

『それすなわち……神州日本に報いる力』

 

「……」

 

 語りながら……訃堂の目に力が宿っていくのが分かった。

 既に肉体的には過労がたたり始めた頃合い。

 

 ──だが。

 精神的には最高潮を迎えようとしていた。

 

『あい分かった。その活躍に免じて……支援は継続としておこう』

 

「!」

 

 それはエルザにとって……いや、ノーブルレッドにとって値千金の言葉。

 

 そうだ。

 彼女達は勝ち取った。

 

 明日を……未来を。

 

「あ、ありがとうございます……ありがとうございます……」

 

『……』

 

 ──生きるという絶望を。



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「ありがとう、エルザちゃん」

 

「いえ! 私もずっと看病して貰ったので、そのお返しであります」

 

 そう言ってエルザは、バラバラになりかけているヴァネッサの身体を換装パーツのモノへと変えていく。

 

「……」

 

 当然、ヴァネッサの身体の破壊痕を間近で見ることとなった彼女だが……その凄惨な傷跡に顔を歪ませる。

 

「……一体……何があったのですか?」

 

 鋭利な刃物で切り裂かれた様な痕もあれば、押しつぶされたような所もある。更には何故か内部から破壊されたような傷もある。

 見たことも無い傷の数々に、エルザは思わず訪ねた。

 

「……そう、ね」

 

 最初は黙り込んでいたヴァネッサだったが、思い出すように目を伏せた彼女は、最悪の記憶に顔を青くさせながら語り出す。

 

「あのお爺ちゃんの情報の通りだとするなら、研究所の警備は相当なモノとなっている筈。なので私は、当初の研究所を破壊する陽動作戦は止めて……ステルス機能を駆使して研究所に侵入することにしたの」

 

 ステルス機能……とは言っても、精々レーダーに反応しなくなる程度の機能だ。

 だから、人の目による監視からは逃れられない。

 彼女は疲れた様な表情で、潜入の苦労を語る。

 

「もー本当に大変! 多分人生で一番緊張したわ! 無くなったはずの心臓が破裂しそうだったモノ!」

 

「あ、あはは……」

 

 彼女なりのジョークを軽く流したエルザだったが、当のヴァネッサは反応が芳しくないのを少し残念そうにしつつ……話を続ける。

 

「……最初は上手くいった。時折見かける屈強な男達が皆、情報にあった黒スーツを着ていたのは少し怖かったけれど……それでも、どうにか三分の一程までは進めることが出来た」

 

 ただ、と彼女は言葉を付け加える。

 

「──問題だったのはここから。突如、目の前に黒スーツ達が現れた。彼等は人種も言葉もバラバラ。なのに何故か、皆同じようにアメリカの研究所を破壊し始めたの」

 

 そして、予想外の乱入者について語った。

 

「言葉は聞こえてきただけでロシア語、ヒンディー語、英語、アラビア語、ポルトガル語……上げればきりが無い。しかもみーんな強いの! 出会い頭に私ぶっとばされちゃった」

 

「……」

 

「……でね? 当然彼等に対抗するように警備していた黒スーツ達も戦いを始めるのだけれど、それがもう、嫌になるくらいの激戦でね?」

 

 心底嫌そうな表情のヴァネッサは、遠い目をして呟いた。

 

 私、それに巻き込まれちゃったの、と。

 

「何度も押しつぶされたし、何度も謎の圧力を加えられて破壊されたし、何度も飛んできた剣に切り刻まれたし。どうにかこうにか応戦しても普通に対応するとか。嫌になっちゃうわ、本当に」

 

 エルザを破壊しうる攻撃? 

 内部からの破壊……という言葉的にも、アメリカ空母で見たアルカノイズに使っていた銃……の事だろうか。

 

 彼等はあくまでもそれを上空のノイズにしか使っておらず、甲板に絶対に当たらないようにしていた。

 ……つまり、当たれば普通に甲板を破壊できるのだろう。

 その上、ヴァネッサの装甲すら簡単に……。

 

「……」

 

 ……もし、あれが自分に向けられたりしていれば……きっと嬲られるまでも無く一撃で死んでいた。

 

 そんな事を考えエルザは身体をぶるりと震わせる。

 

「……で。研究所が更地になる程の激戦の混乱の中……どさくさに紛れてシェム・ハの腕輪を奪取。機能停止寸前のボロボロの身体を引きずって即帰還、今に至る……と言うわけね」

 

 ちゃんちゃん! とバイオレンスな話の内容を楽しそうに纏めた彼女は……小さく溜め息を吐いた。

 

「……」

 

 ……だから、エルザは気付いた。

 

 この話の内容。それは少し……優しい表現で包んだ報告だったのでは無いだろうか。

 それでも隠しきれないバイオレンスの香りと、そもそも堅いことが売りなヴァネッサの機械部が全てお釈迦になる時点で現場がどういった地獄だったのか……容易に想像が付いた。

 

 ──と。

 

「……はい! ありがとうエルザちゃん! 右腕が治ればこっちのモノ!」

 

「え?」

 

 唐突に、ヴァネッサが明るい声で腕を振り上げた。

 その行動に目を丸くしていたエルザに、当のヴァネッサは優しく語りかける。

 

「私は大丈夫だから、エルザちゃんはミラアルクちゃんの看病をしてあげて?」

 

「っ……」

 

 直後、エルザはヴァネッサの意図に気がついた。

 

「……ミラアルクちゃん、何処か悪いんでしょ?」

 

「……でも、ヴァネッサ……! ヴァネッサも大怪我を……!」

 

「……優しい子ね。エルザちゃんは」

 

 ヴァネッサは、動かせるようになった右腕をグーパーと開いて見せて……その手をエルザの頭に乗せる。

 

「……片腕だけでもあれば、私は自分の身体を治せるわ。だから私より……ミラアルクちゃんの所に居てあげて?」

 

「……」

 

 ヴァネッサの姉のような優しさに、エルザは言葉が詰まる。

 そうして彼女達は暫く見つめあい……折れたようにエルザがコクンと頷く。

 

「……分かったであります。では、ミラアルクの看病をするであります」

 

「……お願いね、エルザちゃん」

 

「はい……であります」

 

 そう言って駆けていったエルザを見たヴァネッサは……次第にその表情を苦しげなモノに変えていく。

 

「ふっ……ふっ」

 

 右腕だけでもあれば大丈夫? 

 確かに、崩れた身体を換装するのであればそれだけでも事足りるだろう。

 

「……ッ……ッぐぅ」

 

 しかし……彼女にも痛覚というモノは残っている。

 身体の感覚は大分希薄になっているが、身体の殆どを砕かれる痛みがどれほどだろうか。

 それが機械の身体にとって、一体どれだけ嫌悪感のあるモノなのだろうか。

 

「……」

 

 エルザの手前、リーダーとしてその痛みを堪え何でも無い風に装っていたが、一人となってはもう取り繕うともせず。

 

 自身の心に深く刻まれた恐怖に、涙を止めることは出来なかった。

 

 ◇

 

「ミラアルクー? どうして部屋を暗くしてるでありますかー?」

 

 ミラアルクの部屋に訪れたエルザは……部屋に入った直後、違和感を覚える。

 部屋が暗いこと……では無い。

 

「エルザ……?」

 

「……」

 

 何故か……目の前のミラアルクより、饐えたような、腐りかけの死体のような臭いを感じ取ったからだ。

 

 何か嫌な予感を覚えるエルザだったが、その予感を叶えるようにミラアルクが悶えだした。

 

「ッまた!? お腹……お腹がぁッ!?」

 

「だ、大丈夫でありますかミラアルク!?」

 

 ベッドの上で、ミラアルクは目を血走らせながら悶えていた。

 その苦しみ方は尋常では無く……その事に更に違和感を加速させる。

 

「血、血を……! お願い……エルザァッ!?」

 

 そして耐えられないと言わんばかりに、ミラアルクは口から胃液を垂らしてエルザにすがりつく。

 

「……」

 

 ……だが。

 ミラアルクの痴態を目の当たりにしようと、彼女は表情を苦しげに歪める事しか出来なかった。

 

 何故なら。

 

「……で、でもミラアルク……血清はもう……」

 

 彼女達の生きる手段は、既に無くなってしまっている。

 風鳴訃堂に血清剤を受け取るのはまた数日先の話である。

 

「……うそ……」

 

 その言葉を聞いたミラアルクは、絶望したような表情を浮かべて、直後また苦痛に顔を歪める。

 

「……ふっ、ふっ……ぐうっ」

 

「……」

 

 ミラアルクの姿はとても嘘を吐いているようには見えない。

 それはもう、本気で苦しんでいる。

 

 故に、そんな彼女を見ていたエルザは……何処か言いずらそうにミラアルクに伝える。

 

「……ミラアルク……あの……お腹の傷はもう癒えてる筈であります」

 

 そう、どう診断しても彼女の傷は既に癒えている。

 戦いを行えばまた話は別だろうが……しかし、安静にしていればもう何の問題も無いはず。

 

 ……なのに、ミラアルクは今も腹を押え、苦しげに悶え続ける。

 

「違うんだぜッ! な、何か分からないけど……お、お腹の中が変なんだぜ!」

 

「へ、変?」

 

「お腹が段々と腐っていくような……う、蛆が湧いて内臓を食らっているような……そ、そんな感覚が常にしてるッ」

 

「……」

 

「今日もまた夢に見た……蛆が腹を突き破ってくる夢……あの日から全然眠れないんだ……」

 

「……」

 

「絶対にッ、まだ治ってなんかないぜッ! だから頼むエルザッ! 血清を……! 血を……!」

 

 ──ミラアルクのその推測は正しく的中している。

 彼女の腹部は未だに全治などしておらず……今もまだ『五分殺し』のダメージが内臓を蝕みつつある。

 

 これはヒイロも技の制作者であるマネモブも知らなかった事なのだが、『五分殺し』には技を当ててから五分後に破壊が始まる……という効果以外にももう一つの作用が存在した。

 

 それは、仮に『五分殺し』による内臓の破壊を免れようとも小さな衝撃は残り続け、徐々に対象の身体を弱らせていき、最終的には五年ほどで死に至らしめてしまうと言う恐ろしい効能。

 

 五分後に破壊が始まり、死に至らしめる。

 仮にソレから逃げおおせようと、()()()()を以て対象を死に至らしめる。

 

 正に『五分殺し』と言う名に恥じぬ蹴り技であった。

 

「……」

 

 しかし、そんなことは誰も知らなかった。

 

 何故なら、『五分殺し』を使った相手は確実に殺してきたヒイロとマネモブ達である。

 故に彼等も『五分殺し』については半分程度の意味しか理解していないのだ。

 

 故にこの状態に陥った技の被験者はミラアルクこそが初であり、彼女の苦痛を分かち合うことが出来るモノなどこの世には存在しない。

 

 誰も彼も、ミラアルクの言葉など信じないだろう。

 

 ──だが。

 

「頼むっ、頼むエルッ……ウゥッ!?」

 

 エルザの目の前で、突然ミラアルクは口を押えてトイレに駆け込む。

 

「ミ、ミラアルク……?」

 

『オェッ、ぐぅっ……』

 

 心配して彼女の後を追ったエルザは、ドアの向こうでミラアルクが苦しむ様な声を聞く。

 

「……」

 

 ……だが彼女は信じた。

 ミラアルクの苦しみを、痛みを、辛さを。

 

「──分かったであります、ミラアルク」

 

『……』

 

「今からあの方に連絡して……今ある血清剤だけでも貰ってくるであります」

 

『……エル、ザ……』

 

「だから、少しだけ……待ってて欲しいのであります」

 

『……ごめん……ごめん……』

 

 だからこそ、彼女はすぐに行動に移す。

 即座に風鳴訃堂に連絡を入れ、血清剤を要求する。

 

 正直あまり上手くいくとは思ってはおらず、最悪病院を襲おうかとも考えて居たエルザであったが……。

 

『良かろう。すぐに持たせる』

 

「……え?」

 

 運が良いのか、()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼は何時になく怪しげな笑みを浮かべていたが……通話を終了した直後に、何時も通り受け取りの連絡も飛んできた。

 

「……」

 

 正直訝しんだ所もあったが、だからと言って断るわけにも行かず。

 一も二も無く出発の準備をする。

 

 ……と。

 涙を拭き、身体を修理していたヴァネッサが心配そうにエルザに語りかけてくる。

 

「……エルザちゃん、行くの?」

 

「はいであります。ヴァネッサは全身傷だらけで動けない。ミラアルクも同じ。であれば……唯一動ける私が行くのは当然であります」

 

 自身もまたアメリカ空母襲撃時の傷が完全には癒えていないと言うのに、彼女は気丈にそう語る。

 ヴァネッサはその姿を眩しそうに眺めたかと思うと、言葉を続けた。

 

「……気をつけてね」

 

「はい!」

 

 そして彼女は、スーツケース型のマニピュレーターデバイス、『テールアタッチメント』を片手に……アジトを飛び出した。

 

(待ってて……ミラアルク!)

 

 彼女達は深い絆で繋がっていた。

 

 だって、彼女達はたった三人だけの家族で……その関係だけは、何者にだって破れない。家族の絆は、永遠なのだから。

 

 ──彼女達は卑しき錆色(ノーブルレッド)

 

 彼女達こそ……パヴァリア光明結社が正式に認める失敗作であり、高潔なるパヴァリアの裏切り者。

 

 故に彼女達はもう、止まることは出来ない。

 前に進み続けることしか許されない。

 

 ──そして。

 

「はい、確かに受け取ったであります。受領のサインは必要ですか?」

 

 進み続けた道には、終着点というモノが存在する。

 

「では、私はここで……はい? 何かまだ……」

 

 そう彼女は……エルザ・ベートは辿り着いた。

 

「えあっ」

 

 故に。

 

 もう二度と、家族が待つアジトに帰ってくることは……無かった。



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怒髪天を衝く

「……え?」

 

 ヴァネッサは……アジトに訪れた訃堂の言葉に声を失う。

 

「ああ……あの娘は殺された……」

 

「……」

 

 何処までも無感情の訃堂の言葉を、彼女たちは受け入れることが出来ないでいた。

 

「受け取りの後に、儂の部下が場に残されたコレを発見した」

 

「っ……」

 

 そうして差し出されるのは……大量の血が付着したスーツケース。

 彼女の持つスーツケース型のマニピュレーターデバイス、『テールアタッチメント』である。

 

 未だ痛む体でどうにかそのスーツケースを受け取ったミラアルクは……付着してる血が正しくエルザのモノであると理解できた。

 

「あっ……ああ……」

 

「……嘘……どう……して……」

 

「あああああッ、ああああ……」

 

 ミラアルクは崩れ落ち、ヴァネッサは……ただ呆然と遺品を見つめることしか出来なかった。

 ……だが、ヴァネッサはどうにか言葉を紡ぎ……訃堂に尋ねた。

 

「……エルザちゃん……エルザちゃんの身体は……」

 

「既に荼毘に付した。身体は所定の場所に置いておる。遺体の写真なら用意があるが」

 

 ほれ、と軽く放り投げられた写真には、血とバラバラになった身体が写っている。

 

「ッ──」

 

 ──そして、ノーブルレッドの二人は……()()()()()()()と目が合った。

 その写真に写っていた血の海は、正しく二人の知るエルザの物であると……確信する。

 

「……」

 

 場に沈黙がおりる。

 だが、次第に彼女達は現実を理解していき……わなわなと震え始めた。

 

「……なんで……なんでッ!? あの子があんな目に……なんっ……でッ……!」

 

「わ、私のせいだ……私がエルザに……」

 

「……」

 

 ……訃堂は、何処までも無表情のまま、取り乱した様子の彼女達を見つめる。

 だが。

 

「……」

 

 彼女達に見えぬよう、怪しく笑ったかと思うと……唐突に口を開く。

 

「……知りたいか?」

 

「……え?」

 

「その者を殺した犯人を……知りたいか?」

 

「……」

 

 その問いかけに、彼女達は静かに頷いた。

 

 ◇

 

「あぁー……しんど」

 

 部屋に戻ってきたヒイロは、今回のミッションで戦った相手について考える。

 

「あのビリビリじじい強すぎるだろ……あぁー……疲れた……」

 

 ギリシャとインド。

 星人の中でも高位の存在達がそこらに居る魔境である。

 

 日本における最後のミッションは、全国から集まった星人の生き残りと最高位の神々との戦い。

 正に最終局面と言っても良い戦力のぶつかり合いだったが……。

 

 恐ろしい事に、ギリシャやインドなどでは毎回のミッションがソレと同等クラス。

 

 だからこそ世界中から生き残った星人達が集まる最後の砦となり……何時まで経ってもインドとギリシャはミッションに囚われ続ける羽目になっていた。

 

「……」

 

 では、ミッションに囚われているとはどう言う事か。

 

 実は、ミッションというのはブラックボールがデフォルトで設定しているモノであり、人類はコレを外から解除することが出来ないのである。

 また、ミッション中はブラックボールの機能が大幅に制限されることとなり……その性能は著しく下がる。

 

 これは逆に言えば、ミッションを全て終わらせられれば……つまり、その地域に住まう星人達を殲滅できれば、ブラックボールの全ての機能が解放されることとなる。

 

 この機能全解放の事を『Apocalypse』と呼び、全世界の各企業は『Apocalypse』を迎えることで、ブラックボールを自由に使えるようになる。

 

「……眠い……」

 

 ──ただ。

 

 前述の通り、インドとギリシャは全世界から凄い数の星人が集まりっている故か……殺しても殺しても星人が尽きることは無く。

 そう言った国々の企業は……自力では最早どうにも出来ず、()()()()()を頼ることしか出来なかった。

 

「……また後1時間後に……インド……」

 

 思わず横に倒れ込んだヒイロは、ブツブツと予定を語る。

 彼の次の仕事は……()()()()()()()()()である。

 

「……」

 

 ──そう。

 インドとギリシャにとって朗報だったのが、『ミッション』は他国の部屋と協力することも可能であると言う点だ。

 

 そこに商機を見いだした者達が、報酬を受け取って戦力を売る仕事を始めていた。

 

 ヒイロもまたその一人である。

 

「……金……溜ったから……また……プレラーティに頼んで依頼書を……」

 

 そうして真の意味でのフリーランスとなったヒイロは、現在その二国の中では人気者だ。

 

 コンスタントに仕事を受けてくれるし、基本的に失敗はせずに殲滅してくれる。

 

 ヒイロは金を稼げて、インドやギリシャは完全解放に一歩近づく。

 

 彼等はWinWinの関係にあった。

 

 ただ一つ問題を挙げるとすれば……毎度毎度戦う相手が強すぎるという上に、数が多すぎると言う点。 

 

「……」

 

 連戦に次ぐ連戦により……流石のヒイロも疲れを隠せなくなってきた。

 

 だが、それでもヒイロは働き続ける。

 ガンツにフリーの企業のリストを作って貰い、それをプレラーティに送って各言語の依頼書を作って貰う。

 コレもまた彼にとって必要なこと。

 アメリカの目を日本以外に向けさえる為の重要な仕事である。

 

 戦って、依頼して、戦って、プレラーティに罵倒されて、戦って。

 

「……あ、そうだ……今日は日曜日か……」

 

 ヒイロは……そんな毎日を送っていた。

 当然キツいし、もう止めたいと思ったときは何度もあった。

 

 ──だが、そんな毎日でも……小さな楽しみと癒やしが、彼を支えていた。

 

「ほら、持ってきてやったワケだ」

 

「どうも……」

 

 ヒイロの後方からまた転送の紋章か光り、得意げな顔で依頼書をちらつかせたプレラーティが現れる。

 ヒイロはすぐにそれを受け取ったかと思うと、さっとまたガンツの前に座り込む。

 

「……」

 

 その行動に、プレラーティはふと違和感を覚えた。

 

 何時もであればもっと嬉しそうに受け取るヒイロが、何時にも増して素っ気ない。

 

 その背中から何処か妙な雰囲気を感じたプレラーティは……ちらっと彼が何をやってるのか確認した。

 

「いっ!?」

 

 そこで……プレラーティは恐ろしいモノを見た。

 見たことも無いような半笑いで……ガンツの表面を眺める陽色がいた。

 

「……」

 

 一旦その様子がおかしいヒイロから視線をずらしたプレラーティは、ガンツの表面に写ってるモノを見て……更に表情を引きつらせる。

 

「……お、お前……何やってるワケだ?」

 

 そう。

 

 そこには──。

 

「プリキュア……見てた」

 

 画面一杯にプリキュアの放送が映されていた。

 現時刻、朝の八時三十分。

 

「お、お前……」

 

「あ。もしかして遊んでるって思ってる?」

 

「……」

 

「ふっコレが実は重要な事なんだ」

 

 訝しげなプレラーティの表情を見てか、ヒイロは明るい表情で弁明を始める。

 だが。

 

「俺さ、気付いちゃって……プリキュアを見てれば()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

 ヒイロが何か語るたび、プレラーティの表情は青くなっていく。

 まるで何か別の生き物でも見るような目で……ヒイロを見つめていく。

 

「つまりだ。一週間後、またプリキュアを見れば更に一週間働ける……プリキュアが終わるまで動き続けられる……コレはもうノーベル賞並の発見だ」

 

「……」

 

 彼の語る内容は何一つ理解できず、何も弁明になっていない。

 どころか、ただただプレラーティのドン引きを加速させるだけに留まった。

 

「あ、一緒に見る? 詰めれば座るけど……」

 

「……」

 

 そして。

 何時になく楽しそうに語るヒイロを見て……プレラーティは──。

 

「……お前……」

 

 彼女は。

 

「……寝た方が良いよ……」

 

 本気で……彼の事を心配した。

 

 ◇

 

「──これがカラオケッ! 凄く楽しいですッ!」

 

 カラオケの個室にて、エルフナインは初めての楽しさに目をカッと開いた。

 

「あ、朝から元気だねエルフナインちゃん……」

 

「はい!」

 

 現時刻、朝の八時半。

 立花響、風鳴翼、未来、そしてエルフナイン。

 彼女達四名は……朝っぱらからカラオケを楽しんでいた。

 

 何故彼女達がその様な事をして居るのか。

 それは急な休日……と言う名の謹慎……が始まってしまったから。

 

「しかし、S.O.N.G.に強制査察とは……」

 

「うーん。私達に掛けられた疑い……錬金術師との裏取引って何だったんですかね?」

 

「考えられるのは、あのパヴァリアの離反者との繋がりを疑われたか……もしくはパヴァリアそのものとの関係か……」

 

 そう。

 彼女達のS.O.N.G.本部に、いきなり日本政府からの査察が始まってしまった。

 

 確かに、S.O.N.G.はその成り立ちと立場から、作戦行動について逐一日本政府に開示、報告しなければ活動もままならない。

 今回はその報告が不足してるという理由から査察が起こったのだが……。

 

「……錬金術師……」

 

「錬金術師……」

 

 彼女達には全く以て身に覚えが無かった。

 

「うーん、錬金術師、って事は緒川さんが何か……?」

 

「確かに、今は緒川さんが最もパヴァリアと関わりが深いが……あの人はその様なミスはしない」

 

「そうなんですよね……あの緒川さんがそんなミスするとは思えない……」

 

「ああ……仮にやるとしたら誰にもバレずにするだろう」

 

「ええ…………え?」

 

 正直困惑しか無かった彼女達だったが、査察官の異様な圧力と身に覚えの無い証拠を提示され、S.O.N.G.本部から叩き出されてしまった。

 

 そんなこんなで生まれた休日。

 何もしないというのも何なので、彼女達は久しぶりにカラオケに来ることにした。

 

「よし、では久方ぶりに私も……」

 

 意外だったのは、翼が思いのほかノリノリだったと言うことだ。

 

「……そう言えば翼さん……またライブするんですよね」

 

「ああ。その為にも、こういった場所でも練習だ」

 

 翼は、何処か吹っ切れたような表情でそう言って、歌を歌い始める。

 楽しそうに、生き生きと。守るためでは無く……楽しむため、楽しませるために彼女は歌っていた。

 

「……翼さん」

 

 それは、彼女がアイドルとして立ち直りつつあるという事の証左でもある。

 立花響は、それが無性に嬉しかった。

 

「──よし! じゃあ未来、私達も歌おう!」

 

「うん!」

 

 彼女達は久方ぶりの休日を遊び尽くそうとして──。

 

「はい、もしもし?」

 

 そんな楽しい時間は、携帯のコールであっという間に終わってしまった。

 

『──響ちゃん!? アルカノイズが付近に発生! ノーブルレッドが出ましたッ!』

 

 電話から聞こえてきたのは、戦闘管制の友里の声。

 だが、それはおかしい。

 

 何故ならまだ──。

 

「……さ、査察の方は……?」

 

『司令達の早い対応のおかげでもう終わってます! 急いで現場に……!」

 

「あ、は、はい!」

 

 やはり無理がある査察だったのか、速攻で片付けられてしまった査察。

 しかしそのおかげで、随分と早い対応が可能となった。

 

 だからだろう。

 

『避難は此方で任せて! ()()()()()()()()()()()()()使()()()警戒を呼びかけてます!』

 

 ──友里は、響達を安心させるように……最後にそう付け加えた。

 

 ◇

 

「いやだッ!」

 

「だから、寝るワケだッ!」

 

「俺はッ、この時間が一番の楽しみなんだぞッ!」

 

 ヒイロとプレラーティは、何故かプリキュアを見る見ないでガチの喧嘩をしていた。

 彼等が知り合って数ヶ月。始めての喧嘩がコレである。

 

「楽しいだけ、気持ちいいだけじゃ駄目なワケだっ! 私もソレで痛い目を見たッ」

 

「プリキュアは全てに置いて優先されるッ! 当然睡眠よりも……!」

 

「この分からず屋めっ」

 

 ギャーギャーと言い合いながらも、ヒイロはしっかりとプリキュアは見続ける。

 

「お前……」

 

 心底呆れたと言わんばかりの目でヒイロを見つめたプレラーティだったが、次第に怒りが湧いてくる。

 

「人と話すときは人の目を見ろと、ママから教わらなかったワケか? あーん?」

 

「!? てめぇ! 今は母さんの話は関係ないだろッッ!」

 

「ふっ……図星なワケだ」

 

「~~!!!」

 

 互いに怒りの地雷を踏みつけながら、その睨み合いは加速する。

 

「俺はなぁ……! アンタらパヴァリアのせいでなァッ! 風鳴翼とマリアのライブが見れなかったんだぞッ」

 

「はぁ? 私達のせい……? ……まさかノーブルレッド?」

 

「そうだよッ! あんたらのおかげでライブ会場で千人以上も人が死んだんだぞッ」

 

「……」

 

 一瞬怪訝そうな顔を浮かべたプレラーティは、何か手元で紋章を操作する。

 

「……おかしい。アイツらにそんな大層なこと出来るワケ……」

 

「実際出来てるんだよッ! クソッ……パヴァリアは風鳴翼とマリアのライブだけでなく……俺からプリキュアすら奪おうってかッ!?」

 

「……」

 

「もしプリキュアすら奪われたらなァ、俺は暴れるぞッ!」

 

 そのヒイロの言い草に一瞬言葉が詰まったプレラーティだが、しかしすぐに言い返す。

 

「……大体、録画で見れば良いワケだ」

 

「………………」

 

 そしてその真っ当な言葉にヒイロもまた言葉に詰まる。

 

「……録画は…! 録画は嫌だろッ!」

 

「はぁ? ワケが分からないワケだ」

 

「……」

 

「馬鹿な事言ってないで、さっさと寝ろ」

 

 キツい言葉でヒイロを一刀両断したプレラーティは、手元に浮かべた紋章を操作する。

 

「……チッ。やっぱりアルカノイズの数が合わない」

 

「え?」

 

「今見てるのはアルカノイズの在庫なワケだが……どうもここ数日、その動きが変なワケだ」

 

 そうしてプレラーティは、次第に紋章を操作するのに躍起になっていく。

 

「最後に倉庫を出たのは……コイツか? いや、コイツは最近何処にも出てない……なら……」

 

「……」

 

「あっ! コイツだな……! 最近妙に金回りが良いと思ったらそう言う……!」

 

「……」

 

「よし、サンジェルマン達に連絡して……」

 

 完全に仕事モードに移り、ヒイロのことなど忘れて同僚達に連絡を入れ始める。

 

 ──当然、ヒイロはその隙にガンツの前に戻って、プリキュアを見る。

 

「……」

 

 何故、彼はプレラーティと喧嘩をしてまでプリキュアを見るのか。

 それは、彼にとって今一番の癒やしだから。

 

 プリキュアを見ている間は、嫌なことは忘れられるから。

 

「……」

 

 仕事のこととか、アメリカのこととか、切歌に告白されたこととか、『くろのす』のこととか。

 そういったこと全部忘れて、幻想の世界を楽しめるのだから──。

 

「あっ」

 

 ──なのに。

 

『緊急速報です。ただいま、都心にて災害が発生しました。近隣にお住まいの皆様は避難を──』

 

「……」

 

 急に画面が切り替わり、彼の幻想が終わる。

 

 そこに映るリポーターは、真剣な表情を浮かべて居るも……何処か焦ったような表情を浮かべていた。

 

「……」

 

 無言となったヒイロの背後で、プレラーティが一仕事を終えようとしていた。

 

「……で、このアルカノイズが今……あれ? 東京に居る?」

 

「……そうか」

 

 そして、彼女の言葉でヒイロは察した。

 

「……? お前何を──」

 

「許さねぇ……」

 

「え?」

 

「一度ならず二度までも……! 絶対に許さねえ……ノーブルレッドォッ!」

 

 プレラーティは。

 

「っ」

 

 プレラーティは……初めて見たヒイロのガチギレ顔に、少し怯んだ。

 そして……。

 

「良いだろう……速攻で片付けてやる……」

 

「ちょっ!? 待て──」

 

 プレラーティの制止も聞かず。

 ヒイロは戦場に飛び出した。

 



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ラスト・オブ・ヴァンパイア

『ほう……これで起動は完了となるか』

 

 ヴァネッサは、思い出していた。

 

『……神の力……さてどのように使うか』

 

 それはアジトで行われた腕輪の起動実験。

 それは見事に成功した。

 

 しかしそんなこと、ヴァネッサにはもう関係なかった。

 彼女……いや、彼女達の目的はただ一つ。

 

 訃堂との最後の仕事を完遂し……エルザを殺した犯人の情報を得る。

 

 彼女達にとって、それが最も重要なことで、他のことは些事でしか無い。

 だからか……彼の問いかけの真意には気付けなかった。

 

『……そう。神の力を注ぐ器……時に、これはどのようなモノであれば可能となる?』

 

 神の力を注ぐに値する……。

 そう問われて即座に浮かぶのは……オートスコアラー等の人形、もしくは無機物などの──。

 

 言いかけた所で、訃堂がその言葉を遮る。

 

『……ほう。では何故、()()()()その力をその身に宿せぬ』

 

 ……何故?

 それは、人類に掛けられた原罪が為だ。

 

『……原罪』

 

 そう。

 つまりはバラルの呪詛の作用に他ならない。

 

『……人類……では報告にあった通り……』

 

 訃堂はその答えに納得したのか、何処か呆けたようにブツブツと呟くと……最後の問いかけをした。

 

『では……仮に……人の胎より生み出されたのではなく……()()()()()()()()()()()()()に……原罪は宿るか?』

 

 その問いかけの意図を、ヴァネッサは掴めなかった。

 ただ、ヴァネッサは訃堂の言うソレをホムンクルスと解釈し……彼女なりの答えを返す。

 

 それを聞いた訃堂は……一際その怪しい笑みを深め、そして。

 

『あい分かった。では……』

 

 彼は……エルザを殺した犯人。

 つまりは、シンフォギアの居場所を彼女達に教えた。

 

「……」

 

 何故、今ソレを思い出すのか。

 ヴァネッサは、視界の下で暴れ回るアルカノイズを見ながら考える。

 

「……何でかな。何でだろう」

 

 ──それは、彼女の『人』として残っていた部分が見せた記憶。

 

 残された理性が……あまりにも不自然に舗装された復讐への道に違和感を覚える。

 

「……でも。……もう何も見たくない」

 

 だが。

 

「もう何も……考えたくない……ッ」

 

 喪失の悲しみ、そして怒り。

 その感情の渦が……彼女達の目を曇らせ、その思考を鈍らせていく。

 

「仇を……エルザちゃんの仇を取るッ」

 

 怒りが、憎悪が。

 彼女達を突き動かす。

 

「──早く来いッ、シンフォギアァァァァッッ!!」

 

 全武装を解放し、放ちながら……彼女はたった一人、天に向かって叫んだ。

 

 

「これはっ!?」

 

 現着した立花響達装者は……そのあまりの破壊痕に目を見張り……すぐに上空に浮かぶ褐色の美女の姿に気付く。

 

「──来たわね、シンフォギア」

 

「ッ!? ノーブルレッドかっ! ……!?」

 

 既にシンフォギアを装着した翼が叫び剣を構え……ヴァネッサの異常に気付く。

 

 身体の殆どが、ボロボロで……全身から煙を放っている。

 どう見ても全力とは程遠いであろう状態だというのに、その目に映る闘志は異様な程鋭かった。

 

「ああ、これ? 実はまだアメリカの研究所に潜入した傷が癒えて無くて……」

 

「……」

 

 彼女はご丁寧にも、ボロボロの躯体の説明を始める。

 その動きは何処かぎこちなく、彼女の言葉が真実である事を窺い知れた。

 

 それでも。

 

「でも安心して。ちゃんと貴方達を……殺してあげるからッ!」

 

 彼女は引くこともせず、一直線に立花響達へと向かっていく。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくださいッ! 貴方達は何で……!」

 

「何で……? ……貴方がそれを言うの?」

 

 ヴァネッサは全身を異形と変形させながら、全身の武装を駆動させる。

 

「──お前がソレを言うのか……お前が……お前がァァァァッ!」

 

「くっ……!」

 

 後のことなど何も考えない全弾斉射。

 近寄る者全てを破壊するその姿は……正に破壊の化身。

 

「ッ! 手を……手を取り合いましょう! まだ私達には……!」

 

「手を取る!? どうやってッ! 私のこの手をッ、握ってくれた人をッ! 殺したのはッ! お前だァァァァッ!」

 

「……え?」

 

「ああああああッッ!!!」

 

「!? がうっッ」

 

 ヴァネッサ。

 彼女の精神は既に……化け物の領域にある。

 

「ぐうッ、ああああああ!」

 

「お前、身体がっ──」

 

 故に、彼女は止まらない。

 止まれない。

 

 例え無理な駆動により……身体が破壊されようとも。

 

「止まって……止まってください! ヴァネッサさんッ!」

 

「うるさいうるさいうるさいうるさいッ! 黙れえええええ!」

 

 彼女()は、止まれない。

 

 

「……」

 

 ミラアルクは一人、地上を見下ろす。

 無言で、ただ一言も発せず……自身のしてしまった過ちを悔いていた。

 

「……」

 

 あの時、私がエルザに血清剤を求めていなければ。

 そうで無くても……皆と一緒に受け取りに行っていれば……また、何か違ったはずなのに。

 

 なのに……私は……!

 

「……」

 

 だからこれは、エルザに向けてのせめてもの償い。

 

「……来たか。シンフォギア」

 

 彼女の視線の先。

 普通であれば、皆アルカノイズから逃げるように走るはずである。

 

 だと言うのに……此方に向かって駆けてくる幾人かの少女の姿が見えた。

 

「……ヴァネッサ。そっちは思う存分……暴れてていいぜ」

 

 今、彼女より後方にて……ヴァネッサが先行したシンフォギア達と戦っている。

 

 作戦など無い。

 もとより化け物は作戦など要しない。

 

 暴れたいように暴れ、向かう欲求のまま目的を果たす。

 ただ、人としての理性を失ったときに……誤って家族を傷付けないための別行動。

 

「……エルザ。行くぜ」

 

 彼女は目を見開き……エルザが受け取り、最期に届けようとした稀血を、最後の晩餐とばかりに飲む。

 

「っ……」

 

 ──さて。

 突然ではあるが、彼女達ノーブルレッドが如何にしてその力を使い、自身の身体と向き合っているかについて語ろう。

 

 彼女達ノーブルレッドの身体には、ヒトとヒト以外の部分を繋ぐパナケイア流体と言う物が流れている。

 このパナケイア流体があるからこそ、彼女達の怪物の身体とヒトの身体は拒否反応を起こさずに力と利用できている。

 それだけで聞くと万能な力にも思えるが……そんな美味い話はない。

 

 むしろ、このパナケイア流体こそがノーブルレッドを卑しき錆色(ノーブルレッド)たらしめている。

 

 このパナケイア流体……実は使用すれば使用するほど、血中のパナケイア流体が徐々に濁っていってしまう。その結果……力の源であったパナケイア流体は、転じて死毒となってしまうのだ。

 故に定期的な人工透析が必要となり……またパナケイア流体が機能するには140万人に一人の稀血が必要となるのだ。

 

 このようなあからさまな欠点を持ち、兵器と扱うにはあまりにも不安定。

 

 故に彼女達は、完全を求める錬金術師から忌み嫌われ、非道の扱いを受けてきた。

 

「……っ……っ」

 

 そして今。

 そんなノーブルレッドの一人であるミラアルクは……エルザの残した稀血を大量に経口摂取……つまり飲んでいる。

 

 では一体……この行動は何なのか。

 稀血を人工透析として使うでもなく、無造作に飲み込むという行為。

 そもそも、現時点でパナケイア流体は濁り淀んでなどいない。

 

 では……一体どのような意味が有るのか。

 

「……ぅううっ……アアッ!」

 

 全ての稀血を飲み終えたミラアルクは……胸の内より溢れる力に目を見開く。

 

 ──そう。

 その行動は、彼女の身体に刻まれた化け物の力に起因する。

 

 ミラアルクの元となった化け物。

 それは……()()()

 

 しかし改造の果て、彼女は()()()()()()()()()には到底及ばず……失敗作の烙印を押されていた。

 

 だが、それは本来の吸血鬼の力の使い方ではない。

 

 彼女は血を吸収しない段階での能力を見て……失敗作と嘲られたのだ。

 

 ──もう分かるだろう。

 

 彼女の行為の……真意が!

 

『──力が欲しいか』

 

「!?」

 

 不意に、彼女の脳裏に声が響いた。

 その声は嗄れた爺の声にも、今だ幼き少女の声にも、優しい女性の声にも、厳格な男性の声にも聞こえる。

 

「あ、アンタは……い、いやあなた様は……ま、まさか……ッ!」

 

 彼女に刻まれた吸血鬼の血が疼く。

 瞬間、彼女は頭ではなく……魂で理解した。

 

 そう、この声は──!

 

『──最後の吸血鬼よ。力が欲しいのなら……くれてやる!』

 

 その拳は音を超え、『一撃絶命』の異名を世界に轟かせ。

 しかし、()を表すにはその一言では足りず……幾つもの名が生まれた。

 

 彼は宿敵である太陽を退け陽光と共に現れることから……"明けの明星"。

 

 ()()()の名を持つ先史文明期の亡霊を幾度も退けたことから……"終わりを終わらせる者"。

 

 そして。世界中に散る吸血鬼達全ての王であることから……"吸血鬼最高指導者"。

 

「……」

 

 彼こそが『始まりの吸血鬼』。

 

 そして彼こそが……ミラアルクの血の奥底に眠っていた、吸血鬼の本能!

 

 その本能が、稀血によって励起し……彼女に埒外の力を与える。

 

「……身体が……軽い」

 

 今まで体験したことが無いほどに……全身から力が溢れてくる。

 

「こんなの……初めてだ」

 

 その力は彼女を蝕んでいた『五分殺し』を打ち払い……彼女の身体を全盛期と押し上げる。

 

「……もう、何も怖くないぜ」

 

 そして彼女は。

 エルザの届けてくれた稀血が、回り回って自身の身体を治してくれた事が……とても嬉しかった。

 

「……」

 

 彼女は小さく拳を握りしめる。

 

 既にその身体は完全なる化け物と変異してしまった。

 だが不思議と……不快な気持ちはなかった。

 

 だって、復讐を決めたその時から。

 彼女はとうに……ヒトを捨てていたのだから。

 

 ミラアルクは拳を構え、向かってくるシンフォギア達を睨む。

 

「来い、シンフォギアッ! ウチが……ぶちのめしてやるッ」

 

 今、最後の吸血鬼とシンフォギアによる……最後の戦いが始まろうと──。

 

 

 

『おい……このアルカノイズはてめぇがやったって認識で……良いんだよな?』

 

「──え?」

 

 する前に。

 彼女の背後から……死神の声が聞こえてきた。

 

 即座に振り返り、その声の出所を探す。

 しかし、そんなことしなくてもすぐに見つかった。

 

 何せ、もう既に彼女と同じビルの屋上に居たのだから。

 

『やっぱり生き残ってやがったな……』

 

「え?」

 

 彼は、何処か面倒臭そうに、しかし両の手をボキボキと鳴らしながら此方に近づいてくる。

 

『良いぜ。アイツに言われた手前死なねぇようにはしてやるが……』

 

「……え?」

 

 そして、両の手を重ねてミラアルクに向けた。

 

『折角だ……禁断の技を見せてやる』

 

「え……?」

 

 今、『最後の吸血鬼』ミラアルクの……最後の戦いが始まった。



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禁断の技

 転送された俺は、即座に高所のビルから地上を見下ろし……Xショットガンを使い、街に散らばったアルカノイズ達を一気に破壊していく。

 

 そして、あらかた片付けた所で視線を辺りに向ける。

 

『それで、コイツをばら撒いてるクソ野郎は……』

 

 ガンツのレーダーは事前に登録した相手にしか反応しない。

 故に、レーダーに頼らず目視でノーブルレッドを探さなければならない。

 

『……! 爆発……!』

 

 ──と。

 そうしてアルカノイズをばら撒いた存在を探していたヒイロだったが……不意に後方で爆発音が聞こえてくる。

 

『そこか……ノーブルレッドッ!』

 

 ヒイロは即座にXショットガンを構えるが……しかし射程距離から微妙に外れている。

 

『……ガンツ、転送始めろ』

 

 故に、ヒイロはガンツに命じた。

 直後転送されてきたのは……何かの接続パーツのようなモノ。

 

 それを取ったヒイロは、Xガンのケツにそのパーツを付け……Xショットガンの銃口と連結させる。

 

 ──それは、八回クリアで手に入る……XガンとXショットガンの『連結パーツ』。

 そしてこの『連結パーツ』とXガン、Xショットガンを組み合わせることで……新たなる一つの武器が完成する。

 

 その力は単純にXガンとXショットガンの破壊力を足しただけではない。

 かけ算のように二つの力が掛け合って……威力と射程距離は数倍となる。

 

 この銃の名は……『XXガン』。

 またの名を『戦隊モノで番組後半に使う合体武器』とも。

 

 そうして『戦隊モノで番組後半に使う合体武器』を構えたヒイロは、爆発音の源で暴れる褐色の美女の姿を捉えると……そのまま嵐のように弾丸をばら撒いているヴァネッサへと照準を合わせる。

 

『……死ね』

 

 即座にロックオンを済ませたヒイロは、一瞬の迷いもなくトリガーを──。

 

「待つワケだッ、ヒイロ!」

 

『!? おい、外で名前で呼ぶなよっ!』

 

 ──引くよりも一瞬早く。

 後方から、プレラーティに声を掛けられた。

 

「ノーブルレッドを殺すな、ヒイロ!」

 

『俺の話聞いてる?』

 

「ヒイロが銃を捨てるまで呼び続けるワケだヒイロ!」

 

『……』

 

「ヒ──」

 

『分かった! 分かったから止めろッ!』

 

 完全に尻に敷かれてしまったヒイロは、大人しく『戦隊モノで番組後半に使う合体武器』を手放した。

 

「……ふぅ。間に合ったわけだ」

 

 そうしてノーブルレッド達の死が遠ざかった所で、プレラーティは安心したように息を吐いた。

 

 そんな姿に疑問を抱いたヒイロは、彼女に問いかける。

 

『……何だよ。アイツらに死なれちゃ困るとでも?』

 

「ああ。脱走者をみすみす見逃し続けただけでなく……協力者の手を焼かせたなんて、統制局長的には不味いらしいワケだ」

 

『……』

 

 しかし帰ってきたのは何処か芝居がかったような、嘘くさい台詞である。

 ヒイロは仮面の奥で顔をしかめた。

 

 当のプレラーティも自身の演技が棒であると言うことは理解してたのか……すぐに真実を語った。

 

「──なんて、今に至るまで相当手を焼かせ続けている以上、こんなのただの言い訳なワケだ」

 

『……言い訳ね』

 

 言い訳。

 そんな言い訳を用意してまで、現場に最高幹部を送る。

 ではそうまでしてしたいこととは。

 

『……まさか……ノーブルレッドを保護するための……建前か?』

 

 一瞬過ったその答えに、ヒイロは頭を振る。

 

 大体、だとしたら何故今の今まで放置をしてたんだ……? 

 

「ああ、よく分かったな」

 

『え? マジなの……?』

 

「ああ。と言っても……現在パヴァリア光明結社は組織の体裁を保つだけで大忙し。今の今までS.O.N.G.に任せっきりだったってワケ」

 

『……』

 

 がっつり手、焼かせてるじゃん。

 

 意外と面の皮が厚いんだな……サンジェルマンって。

 

 そんなヒイロの考えは彼女も分かるのか、呆れたように息を溢した。

 

「……正直私にはあんなのどうでも良いワケだが……ま、今の統制局長は優しいワケだ」

 

『……』

 

 そこで言葉を句切ったプレラーティは、ヒイロに目を向ける。

 

「だから、お前にも手伝って貰いたいワケだ。ノーブルレッド捕獲作戦をね」

 

 プレラーティがそう言い切った所で……沈黙が生まれる。

 

 だが。

 ヒイロはその沈黙を破って、嫌そうに語り出した。

 

『何で俺が手伝わなきゃ行けないんだよ』

 

「……手伝ってくれないと?」

 

『ああ。つか、そう言う話なら……俺がノーブルレッド殺さないで何もしないってだけ手伝ってるようなモンじゃねぇか。俺は未だに怒ってるぞ』

 

「……」

 

『なら俺がもうここに居る意味は無い。次の依頼もあるし……もうアルカノイズは仕留めたしな』

 

 ──プレラーティは、思わず呆れてしまった。

 

 お前そんなにプリキュアの邪魔されたのに怒ってたのかよ、と。

 

 そうして絶句していたプレラーティだったが……次いでとんできた言葉にその表情を凍り付かせた。

 

『と言うわけで、俺は帰って劇場版プリキュアでも見てるわ』

 

「は?」

 

 劇場版プリキュア。

 

「劇場版……プリキュア?」

 

『ああ。レンタルしてある』

 

「……」

 

 は? ……え? 何ソレ? 

 ……今私のお願いよりもそっちを取ったの? 

 

 は? 

 

『じゃ』

 

 目を白黒とさせたプレラーティだったが、ヒイロはそんな彼女を一切無視して帰ろうとする。

 そこでようやくプレラーティはヒイロが本気でそんな馬鹿な事を言っているのだと気がついた。

 

 ──そして。

 

「……」

 

 プレラーティは本気で帰ろうとするヒイロを見て……キレた。

 表情にピキピキと怒りの筋を浮かべながら……しかしそんな自分に全く気付くこともないヒイロに……彼女はキレた。

 

 そして何より。

 プリキュアと自分のお願いを比べた結果。ヒイロは普通にプリキュアを取ったと言う事実に。

 

 彼女は盛大にキレた。

 

「……」

 

 さっきもプリキュア。今度もプリキュア。行動理由がプリキュア。

 プリキュアプリキュアプリキュア。

 コイツ頭おかしいんじゃねーか? 

 

「……」

 

 ──そうして考えが進んでいく内……彼女の心境に変化が現れ始める。

 

 いや待てよ? 前まではこんな奴じゃなかった。

 普通に私の手伝いとかしてくれたし……。

 

「……」

 

 アレ? 

 こいつ本気でもう、何かそういう……心の病気なんじゃないか? 

 

 果てしない怒りが湧き上がってきたが……しかしそれは一周回ってヒイロを慮るモノになっていった。

 

「……」

 

 怒りと心配の感情がない交ぜになり、彼女の浮かべる表情はドンドン混沌になっていく。

 そうして口の端をヒクヒクとさせていたプレラーティだったが……聡明な彼女の頭脳は、一つの妙案を思いつく。

 

 彼女が思いついてからは早かった。

 その表情を一転させ、あからさまに疲れた表情を浮かべる。

 

「あー……なんだか疲れがぁ……身体が動かしづらいワケだー…………これはヒイロのせいだなー」

 

『え?』

 

「私が忙しい中時間を作って、幾つもの言語で依頼書を作ってやった時の疲れがぁ……今になってやってきたワケだぁー」

 

『……』

 

「ううっ。こんな時手伝ってくれる奴が居ればなぁ~?」

 

 チラリと、ヒイロに視線を向ける。

 

「そう言えば一人ぃ……依頼書のお返しにぃー、何か手伝うって言った奴が居たのを思い出したワケだがぁ?」

 

 チラチラとあからさまにヒイロに視線を向け、およよと分かりやすい演技でヒイロの関心を誘う。

 

「居たワケだが? が? ヒイロ? ん?」

 

『……』

 

 ──その効果は抜群だった。ヒイロは分かりやすく固まり、所在なさげに立っていた。

 

 ……そして。

 

『…………手伝います』

 

「ッし」

 

 プレラーティはヒイロからその一言を奪い取り、小さくガッツポーズを浮かべた。

 ソレには当然仕事が楽になったという意味合いも込められていたが……それ以外にも彼女には思惑があった。

 

(こういうのは初期の段階で依存するモノから引き離してやるのが良いワケだし……それにちょっと動けば、コイツでも流石に寝ようと思うワケだ)

 

 彼女は、未だに所在なさげにしているヒイロを見ながら……依頼云々よりも、そんなことを考えて居た。

 

 ◇

 

 そして、彼女達の作戦会議が始まった。

 と言っても、大した作戦でもない。

 

 二手に分かれたノーブルレッド同様二手に分かれ……各自彼女達を確保するというモノ。

 自身とヒイロの戦闘力を考慮して、これが一番早い選択であると判断した。

 

 そんな作戦会議も早々に、彼女は手元にスペルキャスターを構えた。

 

 だが、ふと不安になった彼女は……最後にもう一度確認をする。

 

「ではお願いするワケだが……良いか? 決してアイツらを殺すなよ?」

 

『ったく……分かったよ』

 

「お前なら武器なんか無くてもアイツら程度制圧できるワケだ。武器は使うなよ」

 

『はいはい』

 

 再三の確認。流石にこれ以上はヒイロの機嫌が損なわれると感じ取ったプレラーティは、スペルキャスターを起動させようと──。

 

『あ、一つ良いか?』

 

 した所を、ヒイロに遮られる。

 

「……あん? まだ何か?」

 

『いやさ。武器が駄目でも……武術なら良いだろ?』

 

「……武術?」

 

 何を言ってるんだ? と思ったプレラーティは……『ああ良いよ』と適当に返そうとする。

 だが。彼女はすんでの所でハッとする。

 

 思い出したのだ。

 彼女の長い人生の中……意外と武闘派の人間がどれだけ厄介で、強力なのか。

 その力の一端を知ってはいたプレラーティは……一応ヒイロに尋ねてみる。

 

「……聞くが、どんな技を使うつもりだったんだ?」

 

『禁断の絶版技が一つ……炸裂燃掌爆(クラスターナパームボム)

 

「……ふむ。炸裂燃掌爆(クラスターナパームボム)

 

『ああ。炸裂燃掌爆(クラスターナパームボム)

 

「ふむ……」

 

 瞬間、沈黙が場に降りる。

 だが……その間、プレラーティは作り手として、錬金術師として……感嘆していた。

 

 この技を作った人間の命名は分かりやすくて良い。

 その技を使うと何が起こるか、容易に想像できるワケだ。

 

 彼女の脳裏では、掌底を食らったミラアルクが粉々に吹き飛ばされてる映像が流れていた。

 

「──うん。絶対に使うなよ」

 

 ビシッと、プレラーティはヒイロに指を突きつけた。

 

『えぁ……まあ……分かったよ』

 

 一瞬断られるのでは? と危惧したプレラーティだったが、思いのほかヒイロの物わかりは良かった。

 

 プリキュアが絡まないだけでこんなに普通の奴になるんだから、本気で病気の可能性を危惧し始めたプレラーティである。

 

『しょうがねぇ……なら、"禁断の魔胎掌二度打ち"でアイツの身動きを取れないようにしてやる』

 

「え? 禁断の? 何?」

 

『行くぞ……プレラーティ!』

 

 言うが早いか、ヒイロはミラアルクの待つビルへと駆ける。

 そんな彼の背後に……遅いとは分かっていても止めざるを得なかった。

 

「……いや! 待つワケだ! 何でっ!」

 

 そして……彼女は叫んだ。

 

「何でッ、禁断の技ばかりッ使うワケだっ!?」

 

 ちゃんと生きた状態で捕獲しろよ!? 

 

 彼女の叫びには……そんな心配が多分に含まれていた。

 

 ◇

 

 そして、時は今に至る。

 

「お、おまっ……おおおっ、お前っ……!?」

 

『ふん。答える気は無い……か』

 

 一応、アルカノイズが別件である……という小さな可能性を鑑みて尋ねてみたモノの……ミラアルクは何も答えることはなかった。

 しかし、それでもヒイロは……目の前の異形の少女が、先日あった時と何処か雰囲気が違うことに気がつく。

 

『……お前、何か様子が違うな……』

 

「! そ、そうだぜ! 私はもう……完全なる吸血鬼へと至ったんだぜッ! そうだ、お前なんか怖くないんだぜッ!」

 

『……ほう』

 

 完全な吸血鬼。

 その言葉に……ヒイロは何処か懐かしい感傷に駆られた。

 

『吸血鬼か……なら……狩るのは何年ぶりになるかな?』

 

「え?」

 

 数年前。

 ヒイロが一人で活動していた際、一般人のような見た目の星人に襲われた事がある。

 その時のヒイロは母の件もあったため、速攻でその襲ってきた奴らを始末した。

 

 だが、その結果ヒイロとその星人……東京を根城としていた『吸血鬼』達は全面戦争となってしまう。

 

 一時ガンツが置かれた部屋にまで乗り込まれたこともあったが……それでもヒイロは、一ヶ月ほど掛けて吸血鬼共を殲滅し尽くした。

 

『そうか。完全に吸血鬼になったか。そうか、そうか……』

 

「……な、何だよ……」

 

『なら気兼ねなく……行動不能に出来るな』

 

 直後。

 ヒイロはステルスを発動し……彼女の視界から一瞬にして姿を消す。

 

「え? ちょ、おまっ──」

 

 ミラアルクは即座に辺りを見渡してヒイロを探そうとするも──見つからない。

 いや、そもそもヒイロは回り込んだり何てことして居ない。

 彼は音を殺しながら、ミラアルクの眼前へと迫る。

 

「ど、何処に……!?」

 

『──』

 

 さて。

 ヒイロの言う禁断の絶版技というのはその名の通り……あまりのえげつなさ故『灘神影流通信教育』の第二版からその存在を消された技達である。

 

 そして『魔胎掌』もまた、()()の技である。

 

 この技は一度その身に受けただけでは何の変哲も無い掌底でしかない。

 この技が禁断たる所以は……同じ箇所に()()()()()()()を受けた瞬間から始まる。

 

 ──魔胎掌。

 その一撃には魔が胎んでおり……掌底を受けた箇所には『魔』が宿る。

 本来であれば何も悪さなどしないソレは……もう一度『魔胎掌』を食らうことで産声を上げる。

 

 産声を上げた『魔』は、正に極悪。

 その掌底を受けた箇所はまるで妊婦のように膨れ上がり……その瘤からは大きな苦痛が常に生じる。

 

 故に……魔を胎ます掌底と書いて……魔胎掌。

 

 最悪にして悪趣味。

 外道を超えた外道の技。

 

 故にこの技は……一部で燃えた。

 

 技が成立した瞬間のビジュアルが最悪すぎるという苦情が沢山送られ……廃刊の話すら上がったほど。

 

 当時は第二版から差し替えでどうにか対応したが、マネモブとしては早く忘れたい悪夢を作った……元凶の技。

 

 故に、"禁断の魔胎掌二度打ち"。

 

『……』

 

 ヒイロは、ミラアルクの眼前にて立ち止まる。

 すぐ目の前に居るというのに……彼女はヒイロの姿に全く気付くことはない。

 

 ヒイロは、それが当然であるとばかりに……両の手を構える。

 

 ──さて。

 魔胎掌とは本来片手でも使える技である。

 

 であれば……ヒイロの構えは何なのか。

 

 答えは一つである。

 

 先程の絶版技。『魔胎掌』以外にも、様々な理由で絶版へと追いやった技が存在するが……。

 

 ここで一人、定期購読故にそう言った禁断の技達を全て知っている男がいる。

 そう、ヒイロである。

 

 故に当然魔胎掌の事も知っているし……襲いかかってきた吸血鬼を良く技の実験台にしていた。

 

 そうして魔胎掌を使っていたヒイロは、ある時ふと思った。

 何故掌底を態々二回に分ける必要がある? と。

 

 二撃を与えることで必殺となる技ならば……一回の攻撃に二撃を纏めれば良いんじゃないか? と。

 

 そうした発想の元、実験台にされた幾多もの吸血鬼を犠牲に作り上げたのが……この技である。

 

『……』

 

 両の手を重ね、右手と左手でほんの少し時間をずらして『魔胎掌』を放つ一撃。

 二撃を一撃と纏め……"禁断の魔胎掌二度打ち"を技と昇華させる。

 

 その、技の名は。

 

『──魔胎複印掌!』

 

「──ぷぐっ!?」

 

 ヒイロの一撃は……正しくミラアルクの腹を撃ち抜いた。

 



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救所

「お、あ……」

 

『……』

 

 ライブ会場においてはスピードで彼女の前から消え、彼女の背後から現れ。

 今回はステルスにより姿を消し、彼女の正面から現れる。

 

 その真反対の行動は見事に彼女の意識の裏を突き……彼女の意識の外側からの攻撃を可能としていた。

 故に。

 

「──うっ!? がっ……あァ!?」

 

 攻撃を受け入れる準備も何もしていないミラアルクに突き刺さった両の掌は……彼女の腹へと多大な衝撃とダメージを送り込む。

 

(な、何だぜこれ……痛……い? いや違う。く、苦しい!?)

 

 その痛みと苦しみがない交ぜになった彼女は膝をつく。

 

『──"禁断の魔胎掌二度打ち"だ。どうだ? 食らった気分は』

 

「……ふ、ふんっ! こ、こんなモノ……!」

 

 しかし完全なる吸血鬼として完成した肉体故か、痛みは以前食らった蹴り……『五分殺し』よりかは耐えられた。

 

 だが。

 彼女が果敢に立ち上がってヒイロへと攻撃を加えようとし……膝をついた状態から足を前にした、その時だった。

 

 彼女の膝に何かが当たる。

 

「あ? 何だ……あ……え?」

 

 そこには……急激に膨らみ始めた腹があった。

 

「え? ……え? なんで……お腹……ッ!」

 

 それを認識した瞬間、ミラアルクは身体から力が抜けるような感覚に襲われる。

 ガクッと前のめりに倒れそうになり、それを腕で支えるもその力すら吸い取られるような感覚に陥る。

 

「──あっ! なんっ、え? お腹にっ……おっ……ううっ!?」

 

 そう。

 まだ膨らもうとする腹に……彼女は全身のエネルギーを吸い取られていく。

 ギリギリと腹の皮が伸びる音が聞こえ、全身の皮が引っ張られる痛みに顔が歪み、膨らんでいく腹に内臓が圧迫されていく。

 

『……始まったか。気分はどうだ? 吸血鬼』

 

 そんなミラアルクの反応を、まるで当たり前のことのように見つめていたヒイロは……ぽつりと呟いた。

 

「……おっ! おまっ、お前っ!? うっ、わ、私の身体にっ、何を……ぁあ!?」

 

 そして。

 とうとう妊婦の腹のように膨らんだ腹により、彼女は動きを止めざるを得なかった。

 

「……」

 

 胃が押しつぶされ、肋骨が軋み、内臓全体が身体の中で異様な音を立てている。

 ──しかも。

 

 膨らんだ腹そのモノに……先程の比では無い痛みを感じた。

 腹の内から内臓を蹴り上げるように、縦横無尽の痛みが途切れることなく続いていく。

 

 ミラアルクは最早何も言うことも出来ず……膨らみきった腹の嫌悪感と、何より痛みと苦しみで……顔を青くして項垂れる。

 

『何をしたか、か。言っただろ? "禁断の魔胎掌二度打ち"だと』

 

「……」

 

『つってももう喋れねぇか。肺も潰されてるからな』

 

 そう言ってヒイロは、まるで知っていると言わんばかりに彼女の状態を判断する。

 それは正に的中していた。

 

 彼女は現在、急に訪れた酸欠により意識を失おうとしている。

 

『さて……』

 

 そんなミラアルクを見ていたヒイロだったが……また手を『魔胎複印掌』の形に構えて、ミラアルクに近づく。

 

『もう二、三発関節に打ち込んで……完全に動けなくしてやるよ』

 

 そう。

 

 "禁断の魔胎掌二度打ち"……つまり『魔胎複印掌』の真意とはその妊婦の腹のような瘤にある。

 この瘤は相手に苦痛を与え、気力と体力を奪うと共に……その巨大さ故動きを阻害でき、更にはその瘤そのモノを急所となすことが可能となる。

 

 そういった特色から分かるように……この技のコンセプトとは相手の行動の阻害等のデバフにある。

 故に魔胎掌を使う際にはヒイロの言った腕や足等の関節、喉、腹などが狙い目だ。

 

『……』

 

 そうしてヒイロはコツコツと膝をついて項垂れているミラアルクに近づいていく。

 消えかけつつある意識の中……ミラアルクの恐怖は極限に達していた。

 

 内臓は潰れかけ、骨は軋み、肺はその機能を十全と果たせていない。

 

 苦痛と酸欠と恐怖にまみれた彼女は──。

 

「……ああっ」

 

『あん?』

 

 それでも果敢に立ち上がり、ヒイロに飛びかかった。

 

「お前……お前達がッ! エルザを殺したッ!」

 

 そう言いながら放たれた彼女の蹴りをヒイロは悠々と避け──カウンターのジャブを顔面に放つ。

 

「ブッ!?」

 

『何言ってんだお前』

 

 ヒイロは自身の認知しない殺人罪をふっかけられ、流石に眉をひそめる。

 だが。ヒイロの言葉に更に怒りを燃やしたのは……鼻血を流したミラアルクだった。

 

「──お前もッ! お前もシンフォギアと一緒になって……殺したんだろうがッ!」

 

『……』

 

 それは単なるミラアルクの推測による決めつけ。

 しかし、酸欠と苦痛によって脳が働かなくなっていく彼女は……既にまともな思考を出来なくしていた。

 

 ヒイロは、そんなミラアルクを見て疑問を抱いていた。

 どう考えても動けない筈の体で、それでもなお気力だけで動き続ける。

 

 一体何が彼女をそこまでさせるのか。

 

 そんな風に考えて居たヒイロに、ミラアルクはたどたどしくも一撃を放つ。

 

「許さない……絶対に! ウチの家族を殺した仇を取るッ!」

 

『……あ?』

 

 ミラアルクの言葉に急に動きを止めたヒイロは……とうとうミラアルクの拳を食らってしまう。

 

「! 当たった……!?」

 

 パンッ! 

 そんな音と共に……ミラアルクの拳に殴った感触が──。

 

「な、なに!? 殴った感触がまるでないぜ!?」

 

 伝わらない。

 

 まるで空気か何かを殴ったとでも言うように……まるで殴った反動がミラアルクに伝わってこない。

 

『……家族を……殺された……?』

 

「!?」

 

 そして。

 殴れたヒイロ本人も痛がる様子もなく、殴ってきたミラアルクを見下ろしている。

 

「っ、そうだ! お前達が殺したんだぜッ! だからウチたちは復讐を──」

 

『それで? お前はそれを俺に伝えて……何が言いたいんだ?』

 

「……え?」

 

 ──直後。

 ヒイロはミラアルクの喉に突きを放つ。

 

「ウッ!?!?」

 

 突きを打ち込んだ後、即座に手の形を変え……喉の急所である喉頭隆起を握りしめる。

 

「ッうぇ!?」

 

 ギリィという人体から出るとは思えない音がヒイロの手元から鳴り響き、ミラアルクは完全に生殺与奪を奪われた。

 

「……ぁ……」

 

 ヒイロは……右手の先から伝わる彼女の喉仏をコロコロと触りながら……仮面の奥で、彼女を見下したように見つめる。

 

『……お前さ。巫山戯てるだろ? 復讐したいってんなら……もっと形振り構わずに戦える筈だ』

 

「……」

 

 ──それは、ヒイロの実体験故だろうか。

 実感の伴った言葉を、既に死に体のミラアルクへと投げかけていく。

 

『しかも家族の敵討ちだ。もっと残酷に……もっと冷淡に戦えたはずだ。何故……それをしない』

 

「……ッ」

 

 込み上げる言葉と共にギュッと右手の握力を強める。

 その言葉にはふがいないミラアルクへの怒りすら感じられた。

 

『その挙げ句……負けそうになったら自分語りで同情誘って…敵に情けを貰おうとでも?』

 

「……ぅ」

 

『そんなこと言う体力があるんならッ……まだ幾らでも戦えるッ! 何故戦わないッ、吸血鬼ッ!』

 

 彼はまるで、過去の情けない自分を見るかのように……ミラアルクを叱咤する。

 

『何故言い訳を言う口で噛みつかないッ! 何故殴るときに爪を突き立てなかったッ! 復讐だってんなら……常に戦う事に意識を割けッ! 敵を殺すことだけを考えろッ』

 

「ッ……」

 

 そのヒイロの言葉に、意識を失いかけていたミラアルクは目を見開く。

 

『──だがまぁ……家族のために戦った結果がこの痴態だってんなら……お前の家族への想いはその程度って』

 

 そして。

 次いで飛んできた嘲るようなヒイロの言葉に、ミラアルクの怒りはあらゆる苦痛を凌駕した。

 

「ッ、ガアアアアアッ!!」

 

 叫び声と共に、ブチッという嫌な音と感触がヒイロの右手から伝わる。

 直後彼女の首元から大量の血が吹き出る。

 

 しかし。

 先程よりも満身創痍な筈の彼女のその目には……今までに無く、闘志に溢れていた。

 

「──ごろ゛ず」

 

 ──そう。ミラアルクは無理矢理首元を引き裂いて逃げ出した。

 首から大量の血が流れ、急所を抉られたが故に彼女の足下は既にふらふら。

 紡がれる彼女の声も、先程までの美しい音色とはまるで違う汚いダミ声で。

 

 けれど、彼女の血と怒りにまみれた声は……。

 

「アアアアアッッ!」

 

 ヒイロの心を揺さぶった。

 

『……』

 

 だが。

 既に幾つものデバフを駆けられたミラアルクの動きは鈍重。

 故にその攻撃を簡単に見切ったヒイロは……先程のジャブよりもずっと鋭い一撃を、彼女のこめかみに打ち放つ。

 

 ──それすなわち麻酔の衝撃。

 その一撃を食らった者は、まるで深い酔いに陥ったように意識を失う。

 故に名を『酩酊拳』。

 

「ガア゛……ぁ……」

 

 一瞬で意識を遠い世界へと飛ばされたミラアルクは、前のめりに倒れそうになる。

 

 ヒイロは、倒れかかるミラアルクの膨らんだ腹へと両手を重ねる。

 

『──』

 

 本来のヒイロの予定としては……彼女の四肢と腹に魔胎複印掌を放ち、全身を拘束した後にプレラーティに渡す……というものであった。

 

 しかしヒイロは必死の形相で戦うミラアルクを見て、思う所があった。

 故にこその『酩酊拳』。痛みを与えぬ優しき技。

 

 さて。

 急所。つまり人体の弱点となる箇所は、ヒトの身体に幾つも存在する。

 そして『魔胎複印掌』とは……その様な弱点を()()()()()()()技でもある。

 

 だが、この急所は時に転じて救所となる。

 特にこの『魔胎複印掌』において、それは顕著に表れる。

 

『……『魔胎複印掌』』

 

 もう一度、急所と化したミラアルクの腹へと……『魔胎複印掌』を放つ。

 当然腹部にはもう一つ『魔』が生まれるが、そこには既に『魔』が存在する。

 

 ──だが。『魔』と『魔』は本来相容れぬ存在。

 双子の『魔』は互いに食らい合い、傷付け合い、殺し合い……遂には消滅する。

 

「……」

 

 そして、徐々にミラアルクの腹は萎んでいき……遂には、彼女の腹は元通りになった。

 

 禁断の魔胎複印掌二度打ち。

 それは急所を救所と為す……つまり、敵を癒すという禁断の技である。

 

『……ま、これで依頼完了って事で』

 

 ヒイロは地面に転がるミラアルクを見て、ふんっと息を吐く。

 

 正直彼女に対しては、風鳴翼のライブ襲撃や強の襲撃など色々とキレていた部分があったヒイロだった。

 だが、それでも彼女が見せた最後の執念には……思う所がある。

 

『……応急手当ぐらいはしてやるか』

 

 故にヒイロは、自身と同じように戦った少女に対して……まるで照れ隠しでもするように治療を始めた。

 

 ◇

 

 ヒイロがミラアルクを制圧した直後。

 

 その後方で……少女()がその戦いを見ていた。

 

「……」

 

 そう、シンフォギア装者達である。

 彼女達はヒイロが『魔胎複印掌』を放った辺りからずっとその戦いを見ていた。

 

 何故参戦しなかったか。

 

 ……その理由はただ一つ。

 

「……うわぁ……」

 

 ヒイロの放ったクソみたいな技にドン引きしてたからである。

 

「……なんだよ……あの技……」

 

「……デ、デデデース……」

 

「……さ、流石に敵ながら……同情するというか……」

 

 雪音、切歌、調の三人は……同調したように引いていた。

 ちなみにマリアは立花響達の応援へと向かっている。

 

「……戦闘、終わったな」

 

「……デスね」

 

「……誰が行く?」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 加勢しようしようとは思っていた三人だったが……一方的な戦い故、入るタイミングを損なっていた。

 辺りのアルカノイズは既に全滅していたし……どうしようかと困惑していた三人である。

 

 ──そして、視点を変えた所でもう一人……その戦いを見ていた少女……少女? が居る。

 

「……何やってるワケだ……アイツ……」

 

 そう、ヒイロに捕獲を依頼したプレラーティその人である。

 

「……」

 

 現在ファウストローブに身を包んだ彼女は、しかし何処か肌寒さを感じざるを得なかった。

 

 プレラーティは思った。

 正直ヒイロに近寄りたくない……と。

 でも、既にあちらのヴァネッサの戦いの方はなんやかんやでケリが付いた以上、ヒイロと話をしなければならない。

 

「……」

 

 故に彼女は、嫌な思いを振り切って……ヒイロの元へとジャンプする。

 

『……む? プレラーティか? もうそっちは終わっ──』

 

「ちょっとまて。それ以上此方に近付かないで欲しいワケだ」

 

『……え?』

 

 そして。

 ヒイロは背後に現れた気配に振り返ろうとするが……何故か、そう何故か近寄ることを拒否られてしまった。

 

『……』

 

 振り返ってプレラーティの姿を目にしたヒイロは……色々と思う所はあれど、まず浮かんだ疑問に次いで尋ねた。

 

『……あの、何その格好?』

 

「コイツはファウストローブなワケだ。断じてコスプレではないワケだ。近寄るなよ」

 

『……』

 

 ファウストローブとは……? という疑問で一杯だったが、今度は再三に渡る近付くなという警告が気になってくる。

 

『なぁ……俺何かした?』

 

「いや……お前はナニをしたワケだろこの変態。近付くなよ」

 

『え?』

 

 別に微塵も近付いていないのに、異様なまでの警戒に流石に傷つき始めるヒイロ。

 

 何故手伝ってあげたのにこんな扱いを受けなきゃならないんだ……? 

 

 そう首を捻るヒイロの背後に、更に何かの着地音がする。

 

 振り返ると……三人の少女が、シンフォギアを纏って着地した。

 

『! お前等か。随分と遅かった──』

 

「あ、ちょっとGANTZさんは距離置いて貰って良いっすか」

 

『え?』

 

 ──そして。

 彼は雪音クリスから、ビシッと近付くなと釘を刺された。

 

「いや、別にお前が嫌いとかそう言う訳じゃないんデスよ。……ただね……その、ね? 色々ある訳デスよ」

 

 今まで『GANTZ』としての自身を嫌っていた妹からは……何処か距離を置くような慰めの言葉を投げかけられ、距離を取られ。

 

「……」

 

 妹の友達だという月読調からは……なんとも言えない、こう……冷たい目で見られた。

 

『……』

 

 彼は……何故か、そう本当に何故か……シンフォギア装者からも接近を拒否された。

 

 ヒイロは静かに、仮面の下で泣いた。

 

 ただ真剣に戦っていただけなのに……一体何故、急に彼女達から距離を取られるようになってしまったんだ? 

 

 なんで……どうして……。

 

 幾度も重ねた戦いの疲れ、仕事の圧力、未来への不安。

 その中での少しばかりの癒やしすら取られ……結果、色々なヒトから距離を置かれるという始末。

 

 ──彼は思った。

 

『……はい。帰ります……』

 

 もう部屋に帰って寝よう、と。

 

 ◇

 

「……じゃあ、アイツはアンタに言われて戦ってたって訳か?」

 

「……ああ。そう言うワケだ。なんか……よく分からん拳法使うとかなんとか言ってて……まさか()()が……?」

 

 ヒイロが消えた場にて、プレラーティとシンフォギア装者達は会話をしている。

 一応、装者達は無線でプレラーティが参戦するという話は聞いてたし……その参戦故、ヴァネッサを拘束できたと聞いている。

 

「……現代拳法デスか……お、恐ろしものデス」

 

「あれは恐ろしい通り越して悍ましいだけどな」

 

「確かに」

 

 それで、彼女達の足下ですやすやと眠っている少女……ミラアルクを挟んで、打ち合わせをしていた。

 

「……そいつ、大丈夫なのか?」

 

「ああ。見たところ応急処置は済んでいるワケだ」

 

 それを聞いた装者達は皆、あのGANTZがそんな優しいことするなんて……! とでも言いたそうな顔を浮かべ、しかしすぐに質問を続ける。

 

「……お、お腹は?」

 

「……後で精密検査する」

 

「……」

 

 当然気になる疑問だったが、それはプレラーティにも分からないそうで、彼女達は皆何処かモヤッとした気分になる。

 

「……じゃ、ともかく私はコレで失礼するワケだ。また追って連絡をする」

 

「あ、ああ……分かった」

 

 とは言え、ここで黙って突っ立っているわけにも行かず。

 彼女達はおのおのするべき事を果たす。

 

 プレラーティはミラアルクをかつぎ、転移結晶を構える。

 

 その間、彼女の脳裏には幾つもの思いが巡っている。

 

 それはヒイロのこと。

 

 流石に言い過ぎたな、とか。

 アレはどう言う技だったのか? とか。

 絶対に私に使うなよ? とか。

 それはともかくとして寝かせねーとな、とかとか。

 

 図らずも彼女のおかげでヒイロはミッションまでふて寝して、その後も寝続けることとなったのだが……当然そんなことは知らない彼女は、自分が言いすぎたことを気にしていた。

 

「……あ」

 

 そうして考えを巡らせていた彼女は、ふと何かを思い出した。

 

「……そうだ。折角来たんだ……()()()の錬金術師に、少し話があると言っておいて欲しいワケだ」

 

「え? ……エルフナインか?」

 

「ああ」

 

 彼女は自身の持つスペルキャスターを見つめ……統制局長が草案した計画について思いをはせる。

 

「……どうも、今の統制局長は過保護なワケだ」

 



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革命の時

 睡眠を終え、インドでの死闘を乗り越えたヒイロの心は癒えることはなく。

 一人帰ってきたヒイロは、何をするでもなく。

 

 悲しみを抱えたまま、もう一度寝た。

 

 そして。

 

「……おーい。ヒイロー……?」

 

 時刻が深夜にさしかかろうという時分に、何処か気まずそうな声色のプレラーティが部屋に現れた。

 そんなプレラーティの問いかけには何も返ってこず、怪訝な表情を浮かべた彼女は辺りを見渡す。

 

 すると彼女はガンツの後ろに何かを見つける。

 部屋が暗くなっていたために気が付かなかったが……ヒイロがそこに横たわっているのを見つけた。

 

 未だにヒイロとミラアルクの戦いの記憶は新しく……忍び足でヒイロの近くに近付いていく。

 

「……寝てるワケか?」

 

「起きてるが?」

 

「うえっ」

 

 だが。

 独り言に返事が返され、そのことに驚いた彼女は……ずざざっとヒイロから距離を取る。

 

「お、おう……起きていたワケか……」

 

「……」

 

 気まずさを爆発させたプレラーティの言葉に、ヒイロもまた無言で立ち上がる。

 

 無言の時が流れ、互いに視線が絡み合う。

 

「……」

 

「……」

 

 プレラーティはまるで後ろめたいことが有るかのような目で、ヒイロは何処か気恥ずかしそうな目で、互いを見る。

 そうしてしばし無言で見つめあった両者だったが……その沈黙に折れたのはプレラーティだった。

 

「……さっきは済まなかったワケだ」

 

「え?」

 

 ヒイロは投げかけられた言葉の真意をよく汲み取れず、抜けたような声を返してしまう。

 そんなヒイロの姿に拍子抜けしたプレラーティだったが、それでも言葉を続ける。

 

「……いや、手伝って貰ったのに色々と……アレな事言ってしまったワケだし……」

 

「……ああ」

 

 基本的に謝るという行為に慣れていない彼女の言葉は何処かたどたどしく。

 だがそれでも、その真意は伝わってくる。

 

 だからだろう。ヒイロは……気恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「まぁ、それに関してはちょっと……やり過ぎたなって。今思えば寝不足で頭おかしくなってた」

 

「……ヒイロ……」

 

「寝て頭冷やして……少し落ち着けたよ。こっちこそ、色々と気回してくれてありがとな」

 

「……」

 

 ミラアルク半殺しにすることが"ちょっと"って認識なのか? 

 という引っかかりはありつつも……結果的に、ミラアルクという尊い犠牲の元……彼女とヒイロはキチンと仲直りが出来た。

 

 故に。

 

「……まぁそれはそれとして……あの技は絶対私には使わないで欲しいワケだ」

 

「まだ言う? 俺がそんなことする奴だと思う?」

 

 ヒイロとプレラーティは何時ものように軽口を投げ掛け合い。

 

「時と場合によってはやりそうなワケだ」

 

「は? 何だてめぇ……炸裂燃掌爆(クラスターナパームボム)喰らいてぇか?」

 

「ほらな」

 

「~~ッ!!」

 

 彼等は、また以前のように互いを煽り合った。

 

 ◇

 

 さて……暫しの間罵り合ったヒイロとプレラーティだったが、落ち着いた所で情報交換を始める。

 ヒイロはミラアルクとの戦闘での詳細を語り、プレラーティはミラアルクの容体についてヒイロに伝える。

 

 それによると、どうやらミラアルクの容態は安定しているらしい。

 

「……そうか。まぁ死なないよう加減したし、生きてて貰わないと困る」

 

「……」

 

 そんな情報交換の中溢した言葉にプレラーティは突っ込みたい思いで一杯になったが、それをおさえて言葉を続ける。

 

「……そうそう。実は耳寄りな最新情報が有るワケだ」

 

「え? 何それ」

 

 それは、このまま手ぶらで来るのもアレかな? と思ったプレラーティが手土産に持ってきた情報である。

 

 すなわち、ヴァネッサとの戦闘の行く末や……ノーブルレッドの背後についていた組織について。

 

 S.O.N.G.にて行われたヴァネッサの尋問に参加していた彼女は、一連の事件の真実を知っていたのである。

 

 故にプレラーティは得意げに語り出す。

 

「……訃堂がノーブルレッドを?」

 

「ああ。ヴァネッサがあっさりと情報を吐いてくれたワケだ」

 

 そうして語られたのは、予想外の黒幕。

 なんと! ノーブルレッドは風鳴訃堂が裏で糸を引いていたのだ! 

 驚愕の真実が明かされたが、伴って湧いて出た違和感をヒイロはプレラーティへと尋ねる。

 

「ヴァネッサってもう一人のノーブルレッドだろ? 何か仲間殺されたとか色々と訳ありっぽかったけど……随分あっさり情報吐きやがったな」

 

「ああ。それに関しては色々と悶着があったワケで……それはもう、感動的な話があったワケだ」

 

「へぇ……」

 

 至極興味がなさそうなヒイロの声と共に、プレラーティは語り出す。

 

 それはプレラーティが参戦する直前のこと。

 身体に仕込まれた全ての弾丸を悉く防がれたヴァネッサは……自身に搭載された最後の兵器を開帳しようとしていた。

 

 さて。

 ノーブルレッド最年長であり、リーダーでもある彼女の身体について一言で言うのなら……『歩く高純度のエネルギー』だ。

 

 彼女の身体は、首から下が義体(シルエット)という人工的な身体となっている。

 この義体(シルエット)は『常時あり続けられる』という特性を持ち、高密度エネルギーからの固着というファウストローブやシンフォギアに見られるプロセスを省く事が出来る。

 しかしその特性故か、出力はファウストローブやシンフォギアほどではなく、結果的に兵器としての採用を見送られた過去がある。

 

 だが、ほんの一瞬であるが……義体(シルエット)の出力がそのどちらよりも上回る瞬間というモノが存在する。

『常時あり続けられる』という不変を崩し、その不変エネルギーを絶大な破壊力と転化する決死の一撃。

 

 それすなわち『自爆』。

 

 彼女は、例え死んでも……エルザを殺した復讐を果たそうとした。

 

 だが。

 死んで全てを終わらせようとした彼女を留まらせた者が居た。

 それが立花響。彼女は、例えヴァネッサにどれだけ攻撃されようとも……戦おうとせず、あくまでも話し合おうとした。

 手を伸ばし続けた。

 ヴァネッサが自爆する……その瞬間まで。

 

 だからだろう、化生と成った彼女の心に……一片の疑問が生まれた。

 本当に……この優しい少女がエルザを殺したのか? と。

 

 しかしその疑問ももう遅く、次の瞬間には自爆が始まろうとして──。

 

「それを止めたのが私というワケだ」

 

「へぇ……」

 

 最後まで語り終えたプレラーティは……ドヤ顔で自身の功績を語る。

 ──けれどそれを聞いていたヒイロは、それはもう興味なさげな顔で頷くだけだった。

 

「反応雑じゃない?」

 

「いや、仮にどう言う反応したら正解なんだよ」

 

 なにせヒイロの関心は既に、ヴァネッサとの戦いの顛末なんかよりも……プレラーティが最初に言ってた話の方に移っていたのだから。

 

「いや、んな事よりもさ。黒幕の訃堂とか、結局誰がエルザを殺したのかが気になるんだが」

 

 自身の活躍を一切無視したヒイロの質問に若干機嫌を悪くしたプレラーティだったが、しかしそれでも質問には答える。

 

「……黒幕の訃堂はそのまんま、一連の事件の裏で全ての糸を引き……ノーブルレッドに指示を出していたのが風鳴訃堂だったってワケだ」

 

「えぇ? じゃああのライブ襲撃も訃堂の指示ってか?」

 

 プレラーティはこくんと頷き、静かにそうで有るとヒイロに伝える。

 

「……えぇ……」

 

 ……ヒイロは、何とも言えない気分になった。

 想像よりもずっと全ての黒幕であった訃堂である。

 一体何を思ってライブ会場の襲撃なんてしたのだろう。

 

 最早……怒りよりも困惑の方が先に感情と表れ出る。

 なので一旦、黒幕の訃堂の話は置いておく事にして……プレラーティに言葉を投げかける。

 

「……じゃあ、誰がエルザを殺したんだ?」

 

「エルザ殺しの犯人?」

 

 そう、エルザ殺しの犯人。

 どうもミラアルクへと感情移入してしまったヒイロには……そっちの方も気になっていた。

 

 というのも、今のところの犯人筆頭が妹とそのお友達になるのだから。

 

「ああ……ミラアルクが言うにはS.O.N.G.が殺ったらしいが……んな訳無いよな?」

 

「いや、アイツらヤる時はヤる奴等なワケだが」

 

「え?」

 

 立花響は置いておいて、それ以外の人員は割と敵に容赦がない。

 そんな風に語るプレラーティの言葉には何処か実感が宿っている。

 

 そうして実際に殺されかけた事もあるプレラーティは……嫌なことでも思い出したかのように顔を歪めた。

 

 ──そして。

 当然そんなことを言われれば不安になるのが人間というモノ。

 ヒイロは分かりやすく動揺し始める。

 

「……え? じゃ、じゃあマジでS.O.N.G.がエルザを殺したのか? ……き、切歌が殺ったって訳じゃないよな!?」

 

「!? お、おい!?」

 

 プレラーティの肩を握りしめたヒイロは、ガクガクと彼女を揺らして答えを求める。

 

「おい! 止めろ! 話すから手を離せッ!」

 

「あ、ああ……」

 

「ったく……で、一応装者達全員のアリバイを調べさせて貰ったワケだが……エルザが殺害された時刻は皆アリバイがあったワケだ」

 

 あわや妹が人殺しになる所だったヒイロは、あからさまにホッと息を吐く。

 

「……じゃあ、そのエルザを殺したのはまだ分からねぇって?」

 

 だが……それでも、今だ重要な所は分からない。

 そんなヒイロの問いかけに、プレラーティはフンスと息を吐いた。

 

「──言ったワケだ。()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

「……は?」

 

 瞬間、周囲の温度が幾ばくか下がるように感じた。

 プレラーティの語る言葉を幾ばくか反芻し……そして理解していくたび、ヒイロの雰囲気が変わる。

 

「おい……じゃあまさか……」

 

「そのまさかなワケだ」

 

「……」

 

 ヒイロはそのやり取りで察して……思わず押し黙る。

 

 そして、脳裏で点々としていた情報達が一気に一つの形と為していく。

 

「……」

 

 ──ヒイロが仕入れた企業の情報では、風鳴訃堂は政治的な問題により私兵を持たないという。

 だからこそ彼は……常に自由に動かせる駒を欲していたはずだ。

 

 そんな訃堂と、生きるために稀血が必要となるノーブルレッドは正に蜜月の関係となり得る。

 

 そうして彼等は互いに利用しあっていた……が。

 恐らく何処かのタイミングで、訃堂は彼女達を切り捨てることに決めた。

 

 それが政治的な問題で、日本で暴れる彼女達との関連性を疑われたからなのか。

 それとも……もっと別の理由による物なのかは分からない。

 

 だが、訃堂は彼女達を切り捨てることに決め……そして、()()()()()()()()()()()()()()で彼女達を突き動かして見せた。

 

 浮かび上がってきた一連の事件の真相。

 

 これが真実なのかはまだ分からないが……仮に本当だとしたらとんでもないことだ。

 

 ヒイロは胸の内に込み上げる訃堂への嫌悪感を吐き捨てる。

 

「……訃堂ってのは随分と鬼畜だな。……本当に企業から守るべきなのか?」

 

 ヒイロの語る言葉の意味。それは現状、S.O.N.G.が掲げる作戦目標。

 

 つまる所、『企業』により()()()()()()()()()である。

 

 仮に『企業』が風鳴訃堂を討伐すれば……即座に国の要所をおさえて建国に走るだろう。

 故にそれを阻止するために立てていた作戦であったのだが……。

 

 まさか守ろうとしていた存在が、こんな事を裏でして居るとは思ってもみなかった。

 

「ま、私はそこまで関与してないからよく分からないワケだが……コレがお前が寝てる間に分かった最新情報なワケだ」

 

「……そうか。サンキュープレラーティ」

 

「ふっ……もっと言っても良いワケだ」

 

 実際このことを知らなかったらヒイロはさっさと別の仕事を受けていただろう。

 

 早期に知れたのは僥倖だ。

 その感謝の言葉は軽い口調ながら、ヒイロは本気で感謝していた。

 それはそれとして、ヒイロはドヤるプレラーティを放置し思考を走らせる。

 

「……」

 

 すぐにヒイロはガンツの黒々とした表面に触れ……緒川と連絡を取る。

 今後の事を語るためにも、ヒイロは一度緒川か弦十郎と合流しなければならない。

 

 だが。

 

「……なんだ? 連絡が……」

 

 何かガンツの反応がおかしい。

 いや、具体的にはガンツの接続先に違和感を覚えた、と言った方が正しいだろう。

 

「どうしたワケだ?」

 

「……いや、何だ……これは…………」

 

「?」

 

 すぐに両の手をガンツに触れ、より深く違和感の正体を探っていく。

 傍目から見たら何をしているのかさっぱりなヒイロの行動に、プレラーティは首を傾げる。

 

 そして。

 

「……あ…………あぁ!?」

 

「!? ちょ、ど、どうしたワケだ!?」

 

 ──即座に違和感の正体を探ったヒイロは……悲鳴のような驚き声を上げる。

 

「な、何故……何故だ!?」

 

「だ、だから一体何が」

 

「何故……()()()()()()()()()()()()()()()している!?」

 

「……?」

 

 唐突に訳の分からないことを言い出したヒイロを見て、プレラーティは困惑し続け。

 

 そんな彼女を置いて、ヒイロの焦りは一人加速する。

 

「待て……おい、クソ……」

 

「……」

 

 顔色を変えたヒイロは、困惑するプレラーティを放置して、顔中に汗を滲ませながら全力でブラックボールを操作する。

 

 ──そして、一つの答えに辿り着く。

 

「……クソ! やられたッ!」

 

「うおっ!?」

 

「……標的は『風鳴訃堂』……間違いなくもう始まろうとしている……クソッ! アイツらダミーの情報を流してたのかッ!?」

 

 そう。その答えとは……。

 

「……お、おい!? なんか動いてるワケだが!?」

 

「……」

 

 ガンツから、明るい歌が流れた。

 

『あーたーらしーいあーさがきた』

 

 これは、現在日本に設置されてある全てのブラックボールに配信された討伐のミッション。

 

こいつをたおしにいってくだ

 

ふどう

特徴

つよい さいきょう ごこくのおに

好きなもの

くに

 

 つまる所……企業にとっての最終決戦。

 

 どちらが勝とうが負けようが、これが『日本』という国で行われる──ラストミッション(最後の戦い)である。

 



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三者三様

「……か、風鳴訃堂……?」

 

 沈黙したヒイロの隣で……プレラーティが困惑したように、そのガンツに映し出された人物の名前を語る。

 

「……そうか……アイツら……ブラックボールを殆ど掌握できてねぇくせに随分と小細工を……」

 

 とうとう口を開いたヒイロは……ブラックボールの掌握というアドバンテージを覆された事に、真摯に驚愕した。

 

「……なぁ? これはどう言う事なワケだ?」

 

 ようやく質問が出来たと言わんばかりに、プレラーティは少しばかり機嫌が悪そうに尋ねる。

 ヒイロは一瞬の沈黙の後……口を開く。

 

「……コイツが……所謂ブラックボールのミッションだ。今……確認のために流してる……」

 

「……これが……」

 

 一応報告書で読んだ程度の知識はあったプレラーティだったが……実際に目の当たりにすると妙な不気味さを感じる。

 

「クソ……アイツら、今日で全てを終わらせる気か……」

 

 言いながらもヒイロは……ガンツを操作してS.O.N.G.との連絡をとる。

 

『はい、緒川です。どうなされましたか?』

 

 ワンコールで繋がった先から緒川の声が聞こえてくる。

 

「緒川さん! 不味いことが起こった! 早く司令に伝えてくれッ!」

 

『え?』

 

「『企業』の奴等俺等を謀りやがった! もうすぐにでも、『企業』と訃堂の戦闘が始まっちまう!」

 

『ッ!? それは本当ですか!?』

 

「ああっ!」

 

 急な連絡だというのに、緒川は即座に状況を理解し言葉を連ねる。

 

『──分かりました。司令には此方から伝えますッ!』

 

「……助かる」

 

 返しつつ、ヒイロはガンツを操作してマップの確認。

 そこに表示される黒スーツ達の戦況を把握し……やるべき事の取捨選択を始める。

 

 まず最初に止めるべきは……大阪部屋からか? まだ顔馴染みだし説得はしやすい。

 ……いや待て。マネモブの連携もまた大きな脅威だし、アイツの格闘術はどれも俺が使うモノよりも遙かにえげつない。

 だが相対した相手に対するえげつなさではお嬢様もやべぇし……クソッ!

 

 全員やべぇ奴しか居ねぇッ!?

 どうする……『神殺し』連中全員S.O.N.G.とは……()()()()戦わせたくないぞッ!

 

「……」

 

 幾つものパターンを鑑みて、それらの内どれが一番()()()()()()()()なモノになるかを考える。

 

 幾ばくかの沈黙の後、一つの選択を選んだヒイロは……ガンツを通じて緒川へと語りかける。

 

「……俺もこれから戦場に出る。……どれだけ持つかは知らんが……」

 

 風鳴本邸に集結しつつある黒スーツと違う動きをして居る存在を見つける。

 

「……最強(岡八郎)を足止めする」

 

 日本最強の男、七柱殺しの岡八郎。

 彼はまるで誰かを待つように……一人、戦場の端に立っていた。

 

 

 それはヴァネッサに対しての尋問が終わり、一段落が付いた司令室でのこと。

 S.O.N.G.の今後の方針についての作戦会議が行われていた。

 

 これはその一幕。

 

「──では、お爺様はやはり……」

 

「……ああ、既に裏も取れている。故に、かねてより準備を整えていた風鳴宗家への強制捜査、及びに逮捕。『企業』からの襲撃の前に、これもどうにかしなければな……」

 

 S.O.N.G.達は既に、訃堂を公的に追い詰める手札を揃えつつあった。

 ──そして、弦十郎は口には出さないモノの……八紘の取った手段の皮肉さに、空寒さを感じざるを得なかった。

 

「……」

 

 すなわち、護国災害派遣法の適用。

 

 風鳴訃堂が施行を急がせたこの法律は、正に国を守るための法律。

 その内容について語るのなら、特異災害発生時において即座に、またどのような事態が起ころうと柔軟に対応できる、と言うモノである。

 一見、『護国のために』を貫き通した良き法律のようにも思える護災法だが、その実態は中々に非道である。

 

 仮に、だ。

 特異災害が発生した現場に避難に遅れた人が居たとしよう。

 本来であれば助けるべき命であるが……護災法が適用された場合、その要救命者達ごと爆撃し、特異災害を解決することが可能となってしまう。

 

 このようなことが可能となってしまう護災法。

 それ即ち防人の法理であり、風鳴訃堂そのものと言っても過言ではない。

 

 ──だが、その法理こそが風鳴訃堂に牙を剥く。

 何故なら、今回の風鳴訃堂の一件はこの護災法の適用範囲内。

 

 この法律が有ったからこそ、風鳴八紘の手回しの元……S.O.N.G.は訃堂の喉元へと食らいつくことが可能となる。

 

 ……国を守ろうと施行を急がせた法律に、自身の首を絞められるのはどの様な思いなのだろうか。

 

「……」

 

 自身の()を害した意趣返しとも思えるその一手は何処までも恐ろしく。

 弦十郎はやはり、八紘の兄貴にこそ逆らってはいけないな……と深く心の中に刻み込んだ。

 

「……なぁオッサン。一つ良いか」

 

 と。

 そんな風に弦十郎が遠い目をしていると、横からクリスが話しかけてきた。

 

「どうしたクリスくん?」

 

「……いや、思ったんだけどよ……その風鳴訃堂を逮捕やらなんちゃらするよりもよ、『企業』様の方がやべぇんじゃねぇか? 何時まで野放しにしておくつもりだよ」

 

 それは常々感じていた疑問だったのだろう。

 彼女は至極不服そうに問いかける。

 

 それは……未だに好き勝手に暴れる『企業』に対しての対応である。

 ヒイロからの情報提供という形でしかその実態を知れていないが、しかしこのまま放置すれば何が起こるのかは……火を見るよりも明らかだ。

 

 ……だが。

 

「それもまた準備を進めているが……だが、あまりにも関係する人物も多く……またそれらが全て()()()()()()()()()()()ばかりだ。……彼等に対しては、何をするにも相応の時間を要する」

 

「……そうかよ」

 

 彼等の厄介さとは、ブラックボールという武器のみに非ず。

 大企業という組織形態も……日本における彼等の存在価値も。

 様々な要因が重なり複雑化し、彼等を逮捕することが難しくなっていると言うのが現状だ。

 

 故にこそ、S.O.N.G.にとって今は風鳴訃堂を逮捕することが優先であるのだが──。

 

「──司令! ヒ……GANTZさんから急報です!」

 

 そんなS.O.N.G.に、急報が走る。

 

「! 何かあったのか」

 

 何時になく焦った様子の緒川を見て、司令室に居た皆は何処か嫌な予感を覚える。

 ──そして。

 

「『企業』が……既に風鳴宗家への攻撃を開始してしまいましたッ!」

 

「なっ……!?」

 

 その予感は正しく的中し……S.O.N.G.は即座の対応を強制された。

 

 

 

 

 それは、一人の女の恐怖。

 死と隣り合わせの日常を送ってきた"私"という女の、最愛の人へ向けた……大きな恐怖。

 

「チノちゃん! 注文入ったで~」

 

 それは何時もの、日常の光景。

 貴方が注文を受けて、私が作る……何てことはない、普通の日々。

 

 私にとって大切なモノ、守りたいモノ。

 

「今回も楽しみや。配点高いとええんやけどなぁ」

 

「……」

 

 なのに貴方は毎日のように……ミッションを楽しみにしている。

 何故貴方は何時も……非日常を求めるの?

 

「……うーん。やっぱ点数伸びんなぁ」

 

「……」

 

「ま、次のミッションに期待や!」

 

 何故貴方は何時も……私と居られる日常を軽んじるの?

 

「……お。百点か……一番、どうや?」

 

 なのに……何故貴方は、私に"一番"を選ばせようとするの?

 

 私の問いかけに、貴方は何時も優しく笑うだけ。

 絶対に答えてはくれない。

 

 ()()()()()()()()()()二人なら、きっとこれ以上のやり取りは必要ないのかも知れない。

 

 でも、私にそれは無理だから。

 ……私は、貴方の子供を作れないから。

 

 だからずっと不安になる。

 私をもう……要らないと。

 ふとした時にそう言われてしまうのではないか、と。

 

 何時か貴方が私を……捨ててしまうのではないかと。

 愛し合った証が作れない私には……それが不安で不安で仕方が無かった。

 

「……あーあ。なんかおもろいこと、起こらへんかなぁ~」

 

 そうして貴方は、何時もの定位置で、何時ものように、けれど前までとは違って、私のお店の服を着て座っている。

 私はそんな貴方に小言を言って、働かせている。

 

 そう言う大切で……守りたかった日常。

 何時か……必ず壊れてしまう生活。

 

「……」

 

 だから安心したかった。

 答えが欲しかった。

 

 教えて。

 

 私を愛していると、教えて。

 貴方の本心を、教えて。

 

「! チノちゃん……今日は店仕舞いやな」

 

「……ええ。分かってますよ」

 

 ……教えて。

 どうして、一歩間違えば死んでしまうような戦いに呼ばれているって言うのに……。

 

「よーし! 今日もやったるで! バンバン二番をとるんや!」

 

「……」

 

 なんでそんなに楽しそうなの。嬉しそうなの。

 

 どうして……。

 

「よっしゃ! チノちゃん、行くで!」

 

 答えてはくれないのに……何時も私の手を引いてくれるの。

 どうして私を、何時も守ってくれるの。

 

「ふーん。なんや人間っぽいな今回は」

 

 どうして……。

 

「おっ、なんやワイが最初やんけ」

 

 どうして貴方は……。

 

「……ワイさんが居ない?」

 

 私と一緒に……戦おうとしてくれないの?

 

 

 

 

 

 

 

「……また来たか」

 

 場所は風鳴本邸。

 その場にて風鳴訃堂は、最早呆れるでもなく、疲れ果てたという様子でもなく。

 

 ただ粛々と襲撃を仕掛けてきた相手を受け入れる。

 

 無言で戦いの場となる庭へと足を向け……彼の目の前に黒いスーツの男達が現れる。

 

「……」

 

 そして訃堂は即座に感じた違和感に気付く。

 肌に感じる殺気。その数が……今までの比では無いと言うことに。

 

 ──更には、その殺気の中に……幾つか鋭いモノが存在することに。

 

「お。丁度良いくらいの標的が居るじゃねぇか。こんな爺の星人なら俺でもやれるぜ」

 

 目の前でペラペラと喋る黒スーツの男を無視して、訃堂は一瞬にしてその警戒度を跳ね上げる。

 こちらに集まりつつある幾多もの鋭い殺気。それと……もう一つ遠方にて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「他の奴等は引っ込んでな。俺は安全に百点が取りたいんだよ」

 

「なんやお前? 何仕切ってるん。あのな、今回は明らかにおかしーから、どんな奴が相手でも連携して─」

 

「百点を取りゃ、ブラックボールから支給される武器も強力になるからな」

 

「ワイの話聞いとる?」

 

 そして今。

 目の前にて……訃堂の敵となる国賊達が、何か言い争いをしている。

 まぁ言い争いと言っても、大量に集まった黒スーツ達の中で先走ろうとする男を関西弁の外国人がいさめているだけなのだが。

 

「俺の部屋は殆ど全滅状態だが、取りあえず俺はそこそこの星人一匹倒してミッション終了までステルスするぜ」

 

 そして。

 

「!?」

 

 おかっぱ頭の黒スーツは何処までも一人きりで戦い──サイコロステーキのように切り分けられた。

 

「うわ……つっよ、あのじいちゃん」

 

 ──最早戦いですら無かったその戦闘は、黒スーツ達はを黙らせるのにはうってつけだった。

 

 だが。

 それを見ていた黒スーツ達は……恐怖など無いように、皆目の色を変えて武器を構える。

 

「ならなおさら……チノちゃんとは戦わせられないやん」

 

「……」

 

 ──そして、黒スーツ達の中でも先頭に立つ大阪部屋の和井は……刀を構える。

 

 彼は、()()()()()()()()()()()()()()転送され最前線に送られた。

 

「おあああああっ!!」

 

 ──そして。

 

 三者三様の思惑が渦巻く中、神殺しが居ない戦場にて……虐殺が始まった。

 

 



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予定の通り

 男は一人、風鳴本邸を眺めていた。

 

『……』

 

 彼は知っている。

 今はまだ平和なその屋敷が……ほんの数分後には屠殺場と化すと言うことを。

 

 だが、それでも男は動かない。

 ジッと……何かを待つように、男は……ロボの上から世界を眺めていた。

 

 ……と。

 男が何かに気付いたように身体を震わせ、即座にロボから舞い降りる。

 彼が地上に着地した瞬間……目の前に、誰かが転送されてきた。

 

『……来たか』

 

 彼の名はヒイロ。彼は男とは違い、身軽さを追求したような装備……『ゼロスーツ』とソード、次いでZガンのみである。太腿のホルダーには申し訳程度にYガンとXガンが差さっていた。

 

 もし、ヒイロを知らぬ者が彼の装備を見たのなら……一笑に付す事だろう。

 基本武装とZガン一丁……それに産廃武器だけで何をするつもりだ? と。

 

 だが違う。

 男には……彼の纏う装備が、幾多もの戦いの後洗練されたモノであることが理解できる。

 

 一人で戦ってきたからこそ、ヒイロは全てを一人でこなす必要があった。

 常に多対一であるからこそ、ヒイロはどのような敵、状況に対応する必要があった。

 そう言った素早い対応を求められ続けたからこその身軽い武装。

 

 それを理解せず舐めて掛かれば……一笑に付す事も出来ずに殺されるだろう。

 

『……』

 

 そんなヒイロと相反する男……『岡八郎』は、装備すらも彼とは真反対。

 全身をハードスーツという究極の黒衣に包まれ、鈍重と言われるロボに乗り……それ以外の武装はZガンとソードのみという潔さ。

 

 そう、彼はヒイロとは全く違う戦い方をする。

 彼の戦術とは……ロボを利用して敵を蹂躙し、ハードスーツのスペックで敵を嬲り……Zガンを用いて面による制圧を果たす。

 言ってしまえば、その戦い方は雑と言えるだろう。

 

 だが、実際の所はそうでは無い。

 

 岡八郎という男は基本的に臆病な男だ。

 だからこそ周囲に気を配り、情報を常に探っている。

 その結果得た情報は即座にその戦術に組み込まれ、大雑把な戦い方からは考えられないような繊細な戦闘技術を持ってして……相手を追い詰める。

 

 そう。

 彼は無茶苦茶な戦い方を、真に戦術と昇華しているのだ。 

 

『……アンタが……岡八郎さんか』

 

 ──そんな彼が、戦うまでもなくロボから降りた。

 

 それに一体どのような意味が有るのか。

 

『……』

 

 それはきっと彼にしか分からない。

 だが。

 

 彼が常に、自分の欲望のために戦ってきたと言うことは……確かだった。

 

 

「おわああっ!?」

 

 和井は情けない声を上げ、腰を抜かしたように尻餅をつく。

 ──直後、彼の頭上に何か異様な衝撃波が通った。

 

「ああああ!?」

 

「おげッ」

 

「ブッ」

 

 ババッ、という破壊音が彼の背後で巻き起こり……幾人もの断末魔が鳴り響く。

 

「うひぃ!? なんやあのじいちゃん!?」

 

 和井のビックリしたような声が響く中……幾人もの黒スーツ達は果敢に訃堂へと飛びかかる。

 だが。

 

「──果敢無き哉」

 

 意に介した様子もなく。

 訃堂はまるで、自分より後ろには行かさぬとばかりに徹底的な殺戮を繰り返す。

 

 だがそれでも途絶えない黒スーツ達の勢いに……訃堂は堪忍袋の緒が切れたとでも言うように、空気が震えるほどの怒声を投げかける。

 

「……同じ手しか取れぬ猿めが……その様な稚拙な戦法で、儂の首を取れると思うてくれるなッ!」

 

 ──その怒号の効果は抜群で、黒スーツ達の勢いが瞬時に止まる。

 

 しかし。

 

『──』

 

 それでも止まらぬ()も居た。

 ソレは人間の限界を超えた速度で風鳴本邸の外から現れた。

 

「ぬっ?」

 

「な、なんやぁ!?」

 

 そして。

 その場に居た皆が……その登場に目の色を変えた。

 

 ソレは、米軍の最新最高テクノロジーをもって開発した軍事ロボット……その人型プロトタイプ。

 "人間のような機械"と呼ばれる彼の名は……"トダー"。

 

「……絡繰りかッ!」

 

 今までとは毛色の違う敵の登場に軽く驚嘆した訃堂は、それでも反射的に刀を振るう。

 その刀の速度は音を超え……剣圧となって宙に浮くトダーへと襲いかかる。

 

「むっ」

 

 だが、トダーは放たれた剣圧を身を捻ることで避け──そのまま、不意を打つように足を伸ばす。

 

「な、なんやアイツ……強い!」

 

『キュウエンニキタ』

 

「え!? 喋るの!?」

 

 その痛烈な登場と攻撃に、黒スーツ達は皆目を輝かせる。

 

 当然である。

 彼には……戦うための各種機能が取りそろえられてある。

 

 彼の手足は全長の三倍まで伸ばすことが可能!

 ……また、彼の蹴りの破壊力は3トンを超える。

 更に彼の持つ絶大なるバランス能力により、空中であろうとも凄まじい威力の蹴りを対象に確実に当てることが可能となるッ!

 

「……」

 

 仮にいかなる軍隊を連れてこようと……トダーは数分と掛からず殲滅する。

 

 そのトダーの渾身の蹴りが……無防備な訃堂の顔面へと迫る。

 

 しかし。

 

「ふんっ、温いわッ!」

 

『──!?」

 

 訃堂はトダーの3トンの蹴りを……裏拳で足事吹き飛ばし──。

 

「はあっ!」

 

 最早逃げることすら敵わぬ密度の剣圧と圧倒的な速度で、トダーの身体をバラバラに吹き飛ばした。

 

「……」

 

 そのあまりの一幕に、黒スーツ達は声を失っていた。

 何故なら、彼等は訃堂の最後の一振りを目で追うことすら敵わなかったのだ。

 

 いまだにそこの見えぬ訃堂の力。

 幾度もの戦いを乗り越えてきた猛者達も……その戦意を確かに失いつつあった。

 

 それは当然、その場に居る彼も。

 

「……」

 

 大阪部屋のリーダー、和井・ナンディーノJr.もまた……戦う意思を失いかけていた。

 

(……む、無理や……ワ、ワイじゃこのじいちゃんに勝てへん……に、逃げな……)

 

 それは死の恐怖故か……はたまた絶対的な存在に相対してしまったが故か。

 彼の心は完全に折れていた。

 

 ずざざっと情けなく身体を動かし、どうにか訃堂から距離を取ろうとする。

 

 ……だが。

 

(そ、そうや……逃げて……逃げて……逃げ……)

 

 『逃げる』、という言葉に彼は……後ずさるような動きを止める。

 

(……逃げて……ワイが逃げて……そしたらどうなる)

 

 それは彼のリーダーとしての矜持故か。

 それとも……別の理由があってか。

 

 どちらにせよ、彼の心にはまた闘志が戻りつつあった。

 

(……でもどうすれば。ワイが戦った所で、結局あのじいちゃんには──)

 

 だが、いくら闘志があろうと……その実力差は埋められるモノではない。

 そのどうしようもない現実に、またも心が折れそうになる。

 しかし。

 

(諦めないで!)

 

(!? こ、この声は……!?)

 

 ──彼の心に、少女の声が流れる。

 

(キュアブラック!? で、でも……あのじいちゃんクソ強いんや……到底勝てるわけが……)

 

(そんなのワイ君が考える事じゃないよ! ワイ君! 君の使命はなに!?)

 

 それは、彼の好きなアニメの主人公。

 彼女が……いや、彼女の姿を借りた彼の本心が、和井に発破をかける。

 

(……ワイの……使命…………そんなの、チノちゃん助けたいだけや)

 

(分かってるじゃん! ならここで逃げてどうなるの!? ここでワイ君が逃げたら……次に戦うのはチノちゃんだよ!?)

 

(……)

 

(あれ以上"あの力"を使っちゃったら……チノちゃん本当に死んじゃうかも知れないんだよ!?)

 

 和井の本心。

 それは何処までも彼に対して冷酷に、何処まで真摯に言葉を連ねる。

 

(私達には……例え無理だと分かっていても、やらなければいけないときがある! そうでしょ!?)

 

(……ワイは……ワイは……!)

 

 だからこそ、彼は立ち上がる。

 

「……ほう。存外のこと……腰抜けばかりではなかったか」

 

 先程の一幕からその威勢をなくした黒スーツ達を見ていた訃堂は、その中で唯一立ち上がった和井を見て……意外とばかりに言葉を溢す。

 それを受け取った和井は嬉しくないとばかりにうげっとした表情を浮かべ……即座に顔を引き締める。

 

 そして。

 

「ふんっ! ワイだけやない……お前等ッ! 何しょげてんねん!」

 

 戦意を失った黒スーツ達へと発破をかける。

 

「お前等なぁ! 最近のミッションしたことあるなら分かるやろッ! このじいちゃん殺さな家帰れへんって!」

 

「……」

 

「ならなぁ! もっと必死になれやッ! ワイはやるッ! やったるッ! 絶対に……家に帰るッ!」

 

 ──それは和井の必死さに感化されたのか、それとも自身に課せられたミッションを思い出したのか。

 彼に煽られた黒スーツ達は……いまだに深い絶望に有りつつも、武器をそれぞれ構える。

 

「……そうだ。俺も家に帰りたい」

 

「……やる……俺はやる!」

 

「そや……! ワイは死なん! 生きて……生きてあの子と……!」

 

 きっと彼等にも……死んでいった者達にも。帰りを待つ者やすべきことが有ったのだろう。

 

「……」

 

 そんな光景を訃堂は……何処か見飽きたように眺めていた。

 

 ──そう、彼は見飽きている。

 何せもう二十回以上見せられていたのだから。

 

「果敢無き哉」

 

 だからこそ、そんな彼等を馬鹿者と切って捨てることに……何の躊躇もためらいもない。

 

 数分後。

 

「……え?」

 

「……なんやねん……コレ……」

 

「……うそ……」

 

 神殺し達が訃堂の元に辿り着いた時には。

 

「ふん……まだおったか……国賊……どもめが」

 

 そこに立っている人間はもう……風鳴訃堂のみとなっていた。

 

 

 男達は二人、静かな広場にて佇む。

 

 幾ばくか睨み合いになったが、最初に動いたのは岡八郎だった。

 彼はハードスーツの頭部に触れ、何か操作した。

 

「──キミがヒイロか」

 

『! 俺の名前……知ってるのか』

 

 直後、岡の肉声らしきものがハードスーツから発せられる。

 老練の落ち着きが感じられるが……同時にナイフのような鋭さを持ち合わせた声。

 

 ヒイロは自然、意図の見えない岡の発言に身体を強ばらせる。

 

「当然やろ。キミ、割と有名人やで」

 

『……』

 

「せやな。少し……世間話しよか」

 

 そして、岡はヒイロと戦うでも何をするでもなく。

 何故か世間話をしようと語りかけてくる。

 

『……何が目的だ』

 

 当然岡の意図が掴めないヒイロは……即座に彼へと尋ねてみる。

 意外なことに、岡は特に隠すことなく口を開いた。

 

「そんなん、キミの足止めや」

 

『……は?』

 

 彼から飛び出てきた言葉に、ヒイロの思考に空白が生まれる。

 

「君は俺の足止めをしたかったようやが……奇遇なことに、俺も君を足止めしたかッた」

 

『……何言ッてんだ……アンタ……』

 

「ああ、あと言うとくが……転送しても無駄やで」

 

『……』

 

 その、まるで未来でも予知するかの様な物言いは……何処か()を思い出させる。

 ……いや、事実岡は彼と同じ領域に居るのだが。

 

 『企業』から盗んだ情報に書かれていたことを思い出し、ヒイロは仮面の奥でやりづらいとばかりに顔を歪める。

 そしてヒイロは無言のまま痛感し、再確認する。

 

『……』

 

 自分と岡。

 十九回クリア者と二十回クリア者の間には……やはり大きな格差が存在していると言うことを。

 

「俺はな……強い奴と戦いたい」

 

『……』

 

「だから……今キミに()()()()()()()()困るんや」

 

 それは実力以上に厄介な差で……実力以上に簡単に埋められる差でもある。

 

『……』

 

 ヒイロは無言のままガンツを駆動させ──。

 

「──一応言うとくけど、二十回クリアはオススメせぇへんで。セバスが言うとったの忘れたんか?」

 

『……』

 

 それを……岡に止められる。

 それも、ヒイロとセバスとの間で行われていた会話すら読み取るという形で。

 

「……ま。ぼちぼち行こうや」

 

『……』

 

 その岡の行動は、何処までも予定調和のように思える。

 ──いや、違う。

 

 事実として……ここまでの流れは彼にとって予定調和でしかないのだ。

 

 ヒイロはようやく理解した。

 マップ上でのあの不可解な行動も、どれもこれも全て。

 

 自分をここに呼び込むための──。

 

「せや。言うたろ? キミに向こう行かれるんは困るって」

 

「……何が」

 

「言うたやろ? 強い奴と戦いたいって」

 

「……」

 

「言うた筈やで……転送しても意味ないってな」

 

「……」

 

 どのような行動も思考も先読みされ……仮に自身から仕掛けたとして、すぐに鎮圧されてしまうとヒイロは肌で理解する。

 

 故にこそヒイロは動けない。

 

 故にこそ……。

 

「言うたやろ。ぼちぼち行こうや。ぼちぼち……な」

 

 岡は自身の元を離れない。

 

『……』

 

 ヒイロはガンツを駆動させ……現在GANTZの前で待機しているプレラーティへと連絡を送った。

 

 予定通り、と。

 



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奇跡の力

 彼女が始めて覚えた言葉は……母親の嘆くような『どうして』だった。

 

 先天性の全身麻痺。

 当時、自身の真上で何度も飛び交ったその言葉の意味を彼女は理解できなかったが……その言葉が"良くないモノ"である事はなんとなく理解していた。

 

 彼女が本当の意味でソレを理解する様になったのは……時が流れ、彼女が外に出られるようになった頃からだった。

 

 そう。

 幾つもの初めてを知ったその日の事を彼女は忘れない。

 

 ある日の……よく晴れた日。

 病院を移動するときに使われていた何かに乗ったまま、彼女は何処かに連れて行かれた。

 

 思えば、それはきっと退院の日だったのだろう。

 

 生まれてから言葉を習うまでの間を病院のベッドで過ごしてきた彼女にとって、外の世界というのは全てが刺激的だった。

 

 窓の中からしか見れなかった……青い空も。

 白い服じゃない、色々な種類の服を着ている人達も。

 常に鳴り響く何かの音楽も。

 

 どれもコレもが魅力的で、そんな世界に彼女が魅了されるたび、違和感を覚える様になった。

 

 自分は何時も何かに乗せられているのに……他の人達は皆そんなモノに乗ってなんかいない。

 

 何故? どうして? 

 彼女がそう母親に問いかけても……母親は泣き崩れるばかり。

 

 彼女は最初、何故泣いているのか分からなくて困惑して……けれど、凄く悲しい気持ちが湧き上がった。

 そんな初めて味わう不思議な気持ちを感じながら、彼女は何処かの店に連れてかれる。

 

 彼女が初めて訪れた病院以外の建物は、家だった。

 

 ◇

 

「……和井……さん……」

 

 ()()は、呆然と目の前の光景を見て呟く。

 幾多もの死体が積み上げられたその中に……彼女のよく知る、片腕を失った最愛の人の姿があった。

 

「……」

 

 また、そこに知り合いの姿はなくとも……ここまでの死体の山を見せつけられた『神殺し』達は、その異様さに絶句する。

 幾多もの地獄を乗り越えた彼等であるが、流石にここまでの数の人の死体を見たのは初めてであった。

 

「……果敢無き哉……この中に知り合いでもおったか……国賊……共が」

 

 そして。

 死体の山の前にて無傷のまま立つ彼こそ、護国の鬼たる風鳴訃堂。

 

 その威風堂々たる姿は正に護国の鬼。

 既に齢100を遙かに超えてなお……その心に一遍の陰り無し。

 

 ──だが。

 

「……」

 

 彼の身体は、連日の戦いと護国のためと奔走し続けた事により……流石に限界を迎えようとしていた。

 

 この状況。

 まさに『企業』の戦略通りである。

 

 連日の夜襲に加え、日夜を問わずに偽の米国からの攻撃情報を流し続け……しかしその中に幾ばくか真実の情報を交え実際に襲撃を行う事により、訃堂の警戒態勢を一切解かせなかった。

 

 そして、最後の仕上げとばかりに残存する雑兵達を一斉にぶつけ。

 疲弊しきった所に……切り札(神殺し)をぶつける。

 

 色々あったせいで予定通りとは行かなかったが、それでも戦略通りに物事は進んでいた。

 

「……許さない……」

 

「……む?」

 

 それは……彼女の覚醒すらも。

 

「私の……ああッ……」

 

「……ん? あれ? え?」

 

 ()()は、普段の落ち着いた雰囲気からは考えられない怒りの籠もった言葉を発する。

 

「絶対に……許すもんかよ……このクソ爺ッ!」

 

「……あ、あの……? 貴方すこし浮いてませんこと?」

 

 和井から『チノちゃん』と呼ばれていた青髪の彼女は、幼く見える可愛い顔を怒りと歪めながら……何か見えない力を世界に溢し始める。

 すぐ隣であまりの惨状に圧倒されていた『お嬢様』はしかし、同じ神殺しの少女の異様な雰囲気に心配したように語りかける。

 

「ほう……神通力を用いるか。貴様のような餓鬼がここまでの出力を行使するとは……」

 

「殺す……殺すッ!」

 

 訃堂が何かを語るたび、彼女の周囲に亀裂が走り続ける。

 大地が割れ、世界が軋むような音が鳴り響く。

 

「……」

 

 訃堂はその長い人生の中で、幾度か相まみえたことのある超能力者使い達を思い浮かべる。

 だが、彼女の()()はそのどれよりも強大で強固。

 この天変地異の前触れのような現象は、それこそ彼女の力の予兆でしかないのだ。

 

 その出力は既に人間が一生のうちに生み出すエネルギー量を遙かに超えており……その異常さは、訃堂をしてこう表現せざるを得なかった。

 

「……奇跡か」

 

 彼女は、訃堂の言葉にピクリと反応する。

 

「……奇跡だと……?」

 

 思わずこぼれで他と言わんばかりのその言葉には、彼女の万感の思いが詰められていた。

 

 怒り。悲しみ。苦しみ。嫌悪。

 人間の持つありとあらゆる悪感情を含んだ言葉は、当の本人ですら驚愕した。

 

 自分が、これほど人を嫌悪することが出来るという事に。

 

「……奇跡なモノか、この力がっ!」

 

「……」

 

「私にあらゆる未来を与えた……この力をッ!」

 

 両の手を前に差し出し──天変地異の力を訃堂へと差し向ける。

 

「奇跡などとッ! 呼ばせてたまるかぁぁぁッ!」

 

「──」

 

 直後。

『神殺し』と訃堂の戦いが勃発する。

 

 ◇

 

 奇跡。

 私はその言葉が嫌いだ。

 

 何が……生まれてきてくれたことが素晴らしい奇跡だから、それに見合うよう必死に生きろ……だッ! 

 もし私が生まれてきたことが奇跡ならッ! 

 

 どうして……私の父と母は自殺したッ。どうして私を産んだことを後悔しながら死んでいったッ! 

 奇跡があるのなら……どうして、ほんの少しでも早く、『あの人』と出会えなかったッ。

 

『あの人』がくれたこの力で、全身を動かして見せたときもそうだ。

 

『そんなことが……奇跡だ』

 

『凄い……! お父さんとお母さんが貴方に奇跡を与えてくれたのよ!』

 

 医者も、会う人来る人誰も彼も皆ッ、奇跡奇跡奇跡奇跡奇跡ッ! 

 

「アアアアアアアッ!!」

 

 目の前でクソ爺の首をへし折ろうとしているこの力は、奇跡なんてモノじゃない。

 

 あくまでも人の身体の一器官がもたらす作用でしかないッ。

 使えば使うほど内臓を酷使して壊死させていく一過性の力でしかないッ。

 

 ギュッと力を込め、目の前のクソ爺の首をへし折りに掛か。

 直後その代償とばかりに鼻血が吹き出るが、そんなこと気にせずに力を込め続ける。

 

 しかし。

 

「はあああっ!」

 

「──!? 気合いだけでッ!?」

 

 力を跳ね返され……瞬間的に無防備になる。

 

「ハアッ!」

 

 そして、その隙を穿つような鋭い突きが私へと迫り──。

 

「おいおい強い相手には連携でしょうが!」

 

「ちょっ!? あ、あの! 連携を取りませんこと!?」

 

 その突きを、同じ顔をした男達と……黒髪ロングの女が止めた。

 その光景に一瞬目を丸くし……その衝撃で衝動的な怒りが収まっていく。

 

 ……ああ、確かに。

 

「うるさいですね…………分かりましたよ」

 

 このままじゃ、このクソ爺を殺せないですもんね。

 冷静になった頭で、冷静にクソ爺を観察し、冷静に力を込めて縊り殺す。

 

 今度は……クソ爺の脳の血管。

 内臓がひしゃげるような痛みが走り──直後に力が現象となって現れる。

 

 ──しかし。

 

「くっ……こしゃくなァッ!」

 

「な…なにっ!? まるで抑えが効かない」

 

 今度も、その力を察知されたように……クソ爺にかけていた力がするりと逃げる。

 

「──ああ、そう言う」

 

 だが、冷静になった私の頭は……瞬時に理解した。

 

 このクソ爺もまた……私と同じ種類の力を持っていると。

 

「小娘がッ! 神通力に通ずるわ自身のみと思うなッ! 出力ばかりにかまけて手先が疎かになっておるわッ!」

 

「……」

 

 私よりも出力そのものは小さいけれど……でも、その小さな力で私の力に対応する。

 一体どう言う理屈か。

 

 目の前で、最優先目標だと言わんばかりにクソ爺が此方に迫るが……それでも冷静に思考を走らせる。

 そして。

 

「──!?」

 

 今度はクソ爺本体ではなく……クソ爺の踏み込んだ地面の方を抉らせる。

 それでも即座に対応して体勢を立て直してくる辺り、正に脅威と癒える。

 

「──貰ったッ!」

 

 けれど、黒髪女の隙を穿つ一撃が……一瞬の隙をさらしたクソ爺の脇腹へと突き刺さる。

 

「ぐっ!?」

 

 直後……同じ顔をした男達もまたそれに続く。

 

「しゃあっ! 灘神影流『五分殺し』ッ」

 

「しゃあっ! コブラ・ソードッ!」

 

「しゃあ! しゃあ! しゅわー!」

 

「しゃあっ! 灘神影流『鼓爆破心掌』ッ!」

 

「しゃあっ! 灘神影流『輪転血掌』ッ」

 

「ぐうううっ!?」

 

 同じ顔、同じ声で同じ様なことを言っているため声が反射して聞こえる。

 

「……うるさいですね」

 

 非常にうるさいし聞いてて訳が分からなくなってくる。

 

 ……けど、非常に有効だ。

 あのクソ爺の動きはとても俊敏で捉えがたいモノだけれど……三百六十度全てから放たれた技には流石に対応し切れていない。

 

 ──そして。

 

「……」

 

 その攻撃の全てがクソ爺にとって致命的な一撃となっている。

『あの人』から貰った力は……私の目に透視能力をももたらしてくれた。

 

 だから、私の目には見える。あのクソ爺の体内の様子が。

 

「ぐっおおおっ!?」

 

 内臓の動きが変調し、鼓膜を破る一撃の衝撃で心臓にすら負担をかけ、どう言う理屈か血管内に幾つも血の結晶が生まれている。

 更には衝撃によって血流が促進した結果、上記全ての効果が()()()現れている。

 

 ……本当にどう言う理屈? 

 

「っ、あああああッ!!」

 

「っ!? まだ動けるんか!?」

 

 そんな攻撃を全身に食らったというのに……それでもクソ爺は、身体中から血を垂れ流しながらも雄叫びを上げる。

 

 けど。

 

「──うるさいですね」

 

「むぐ──!?」

 

 全身を雁字搦めにするように、超能力でクソ爺の身体を拘束する。

 即座にクソ爺も力で対抗してくるも……それは既に対策済みである。

 

「ふぅ……こんなモノですかね。……クソ爺の言う()()()()使()()()って言うのは」

 

「ぐっ! き、貴様ッ」

 

「あれ、まだ喋れたんですね。もっと苦しんで貰えるように頑張らないと」

 

 何処までも見下したように、意趣返しの様に……クソ爺に言葉を投げかける。

 次いで力の出力を高めながらも、このクソ爺の力を受け流すのも忘れない。

 

 あの時、クソ爺の使った技術を私なりに応用して使ってみたけれど……確かに対超能力者には良いのかも知れない。

 

 ──この技術について端的に言うのであれば……受け流しだ。

 基本的に超能力者の力というのは直線的なモノ。これを真正面から受ける場合、その力と同程度の力で対抗する必要があるけれど……受け流すのであれば話は別だ。

 

 真っ直ぐで強大な力であろうと、その矛先を受け流されては意味が無い。

 さっき、私の力から抜け出したのはコレの応用。全身に掛かる力の力点をほんの少しの力でずらしたのだ。

 

「……さっきから思ってたんですけど……それ何ですの?」

 

「うるさいですね……私がおさえている間にさっさとトドメを刺してください」

 

「ミッション達成に点数を譲るという冷静な判断には好感が持てる」

 

「うるさいですねッッッ! 早くヤれッ!」

 

 正直このクソ爺をおさえるのは長く持たない。

 

「……」

 

 流れ続ける鼻血に次いで痛みと共に目が紅く滲み涙のように液体が溢れ始める。

 ……流石に血涙をするのは初めてだ。

 それに、喉の奥から血が迫りだして、今にも溢れそう。

 

 ……既に内臓が限界に近い。こんなに力を全力で行使したのは……初めてだ。

 

 それにいくら小手先の使い方を知ったとは言え、悔しいけど一日の長は向こうにある。

 

「……分かりましたわ。では遠慮無く──」

 

 私の必死さが伝わったのか、黒髪女がソードを構え、周囲で同じ顔の男達が囲むようにXガンやXショットガンを構える。

 

「……」

 

 ほんの即興の連携とは言え、一緒に戦った中。

 彼等の気持ちが手に取るように分かった。

 

 ──このクソ爺は危険だ、と。

 

 初見の能力でハメた後、どうにかこうにか出力と駒の力でごり押し下に過ぎない。

 この中に居る誰か一人でも欠けていたら……勝つことなど出来なかった。

 

 だから念には念を入れて、このクソ爺は確実に──。

 

「──待ってくださいッ!」

 

「……あ?」

 

 トドメを刺す。

 

 その瞬間……謎のコスプレイヤー集団が現れた。



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確かな現実

 重苦しい雰囲気漂う司令室にて、弦十郎は装者達に作戦概要を伝える。

 

「協力者である"彼"の情報通り……既に風鳴宗家への戦闘は始まってしまっている」

 

「……」

 

 ヒイロからの情報を得たS.O.N.G.は即座に風鳴本邸の周りに調査員を派遣し、調査を行っていた。

 しかし時既に遅く……既に戦闘は始まってしまっており、到底調査員が割り込めるような状況ではなかった。

 

「故に、俺達は風鳴宗家での戦闘を鎮圧し……風鳴訃堂を保護した後、逮捕せねばならない」

 

「……やっぱ、そうなるのかよ」

 

「……ああ」

 

 弦十郎が語るS.O.N.G.の目的にたいして、雪音クリスは嫌悪感を隠せない様子でぼやく。

 だが、それも仕方の無いことだ。

 

 S.O.N.G.とはあくまでも国連所属の組織であり……その行動の殆どは規定に則ったモノとなる。

 彼等は、何処までも国家に協力するという形でしか活動できない。

 

「……」

 

 そのことを彼女達は理解している。

 理解しているが……何処までも後手に回される事、多くの人を殺した存在を命をかけて助けねばならない現状に……表情を歪める。

 

 ──しかし。

 

「……了承しました。司令」

 

「!? 先輩、あんた……!」

 

 最も風鳴訃堂の活動による被害を被っていた風鳴翼が、いの一番に作戦を了承した。

 

 そのことに、思わずクリスは驚愕の声を上げた。

 他の装者達もクリスと同じ思いだった。

 

 何せ、翼は外道の存在を著しく嫌う人だから。

 例え任務とは言え……その様な相手も守ることに了承するとは考えづらかった。

 

 だが、翼はそんな視線を受けようとも、何処までも真剣な表情を浮かべ……自身の思いを吐露する。

 

「……親族だから守りたいと言うわけではない。……いや、むしろ家族だからこそ……キチンと牢の中で罪を償って貰わねば困る」

 

「……先輩」

 

 それは、身内の恥を自身の手によって片付けたいという防人としての彼女の思い。

 

「……俺としても、風鳴家の問題を君達に任せてしまうこと、申し訳ないと思っている」

 

「……」

 

「──だが、頼む。この通りだ」

 

「ちょっ、おっさん!?」

 

 それは弦十郎としても同じだった。

 風鳴訃堂がアルカノイズを所有している情報があるが故に、シンフォギア装者達に任せざるを得ないという現状。

 ──その他()()()()()()()()により、司令室で命令を下すことしか出来ないと言うこと。

 

 不甲斐ない思い、虚しい気持ちが溢れてくるが……今弦十郎にできることは、こうして頭を深く下げることばかり。

 

 だが、その真摯な態度は装者達に伝わっていく。

 故に。

 

「……ったくしょうがねぇな。分かったから頭を上げてくれよ、オッサン」

 

「そうですよッ! だから顔を上げてください! 私達が……その戦いを止めて見せますッ!」

 

「デスデス!」

 

 彼女達は皆、口々にそう言った。

 

「……すまん皆……頼んだ。此方も司令として……いや、()()()()の最善を尽す」

 

 彼女達のその優しさに一瞬涙ぐみそうになった弦十郎だったが……即座に司令として表情を引き締め、彼女達に指示を出す。

 

「──では、これより作戦を開始するッ!」

 

 そして、弦十郎の掛け声と共に彼女達は作戦行動に移っていった。

 

 

 ヘリを用いて可能な限り迅速に現着したS.O.N.G.の装者達は……家の外からも見える死体の山を見て顔を青くする。

 

 この先に一体どのような地獄が広がっているのかなどと、考えるまでもない。

 だが気分が悪いだなんて言ってられない。

 

 今は……彼女達の責務を果たさなければならないのだから。

 

『──皆、聞こえているか? その道を真っ直ぐ行った所が本邸となっているが……その途中で、何人か黒スーツの男達が居る』

 

「!」

 

 彼女達は風鳴本邸へと走っていく道すがら、司令室より伝令が走る。

 

『場合によっては戦闘を許可するが……可能な限り交渉によって道を切り開いてくれ』

 

「……分かりましたッ!」

 

 そして、その指示通りに……本邸の門の近くで、彼女達は黒スーツの集団と相対した。

 

「……」

 

 瞬間、両者の間に流れたのは沈黙だったが……黒スーツの中でも高校生くらいの青年が、不思議そうな顔で装者達を見て呟いた。

 

「……なんだこのコスプレイヤー達……」

 

「多分星人じゃないっぽいけど……というか風鳴翼に似てる奴居ない?」

 

 ──その反応を見て、一瞬訝しんだ装者達だったが……ヒイロから聞いていた情報を思い出す。

 

『ブラックボールにはミッション中、ミッションによる戦闘を隠蔽する機能が幾つかあってな』

 

『その機能はデフォルト設定じゃ使えないから……今の『企業』連中のミッションは丸見え状態の筈だ』

 

『……で。部屋の住人の中には、自分の姿がミッション外の人間から見られてないと思って……こう、()()()()()してる奴が居るかも知れない』

 

『もし作戦中に黒スーツを着た奴がやべぇ行動してたら、まぁそう言う事だと思ってくれ』

 

 それは確か、装者達への警告として教えていた情報である。

 ヒイロの危惧した状況とは違えど、装者達は即座に彼等の反応の理由を理解できた。

 

 要は、自分達の姿が見えているとは思っていないのだ。

 

「……あの、そこを退いて貰って良いですか」

 

「……」

 

 故に。

 装者達を代表するように、シンフォギアを纏った立花響が……その青年の目を見て声をかける。

 

「え? 俺? ……え? あの、というか……俺達の姿見えてる?」

 

「……はい」

 

「えぇ?」

 

 『神殺し』と訃堂の戦いに巻き込まれぬよう離れていた香川部屋の青年は、立花響の返事に困惑したように声を漏らす。

 

「なぁ皆、なんか俺達の姿見えてるらしいぞ?」

 

「マジかよ。住人……でもなさそうだよな」

 

「つかそれよりもさ、めっちゃ風鳴翼に似てる人居ない?」

 

 そして彼だけではない。

 香川部屋の住人と、他にも大阪部屋の住人達。次いで何かの機械。

 

 彼等は皆、『神殺し』と訃堂の超次元の戦いについて行け無いと察し……せめて邪魔だけはしないでおこうと遠くに居た者達である。

 

「──退いて貰っても良いですか? 私達は……そこで戦っているお爺さんに用があるんです」

 

「……」

 

 そんな彼等だったが……自分達が戦闘では役に立たないと理解していたからこそ。

 

 邪魔になる可能性は可能な限り排除すると心に決めていた者達でもある。

 

「もしかしてさ、キミ……『お嬢様』達の戦いの邪魔しようとしてる?」

 

「……」

 

 装者達は、目の前に居る男達の雰囲気が変わったことを理解する。

 

「答えないか。……まぁどっちにせよ、戦いが終わるまでここで足止めさせて貰おうかな」

 

「……」

 

 ゆらりとホルダーから刀を抜き放った青年の目からは、確かに殺意を感じない。

 だからと言って、彼等の目は真剣そのもの。

 

 そして。

 

「おーい! 大阪部屋の人達と…………機械? ……も手伝ってくれよ」

 

「……」

 

 彼等のその目から、手加減する気は微塵も無いと分かった。

 

 だからこそ。

 

「行くよ切ちゃん!」

 

「デデデース!」

 

「うおっ!? なんだこのノコギリと鎌ッ!?」

 

 不意を突くように飛び出た二人が、即興の足止めを買って出る。

 

「私達が足止めするからッ!」

 

「皆さんは先に進むデース!」

 

「ッ──お前等避けろ!」

 

 鎌による足狩りと、丸鋸による面の制圧力。

 その二つのコンビネーションは悪魔的で──即座に刀を抜き放った香川部屋の男達の行動を釘付けにする。

 

「ごめん! 先に行くねッ!」

 

「え、ちょっ、お前等ッ!? 本気で危ねーから戻ってこいって!」

 

 その空隙を狙うように……二人以外の装者達は先へと進む。

 

「……」

 

 進んでいく中……辺りに舞う死臭がより強く、より強固になっていく。

 

「……おい、マジでそのじいさんは生きてるんだろうな?」

 

「……生きておられるはずだ。たとえ殺しても死なぬような方だ」

 

「……マジかよ」

 

 殺しても死なないってどんだけだよ。

 彼女達は顔をしかめながら……表情を苦しげに歪めながら。

 それでも、風鳴本邸へと足を踏み入れる。

 

 ──そして。

 

 彼女達はそこで……風鳴訃堂が処刑されようとしている瞬間に遭遇した。

 

「──待ってくださいッ!」

 

「……あ?」

 

 そこに居たのは、青髪の少女と、黒髪ロングの大和撫子。そして……皆同じような、生気の無いマネキンのような顔をした男達だった。

 

「……」

 

「……」

 

 一瞬、彼等彼女達は未知との遭遇をしたとばかりに固まる。

 そして。

 

「う…うわあああ! コスプレイヤーがミッションの敷地内を練り歩いてる!?」

 

 生気の無いマネキン男の一人が、その生気の無い表情のまま……驚いたようなポーズを取る。

 

「……だ、誰ですの……?」

 

「……」

 

 二人の女性も何処か奇妙なモノでも見るように装者達を見つめ、しかしすぐに訃堂へと視線を戻し、銃を向ける。

 

「まぁ良いですわ。どうせ一般徘徊コスプレイヤーですわ。それよりもさっさとこの方を殺──」

 

「ま、待ってください! その人を殺すのは……」

 

「……ん? あれ? もしかして私達の姿見えてる?」

 

 しかし。

 装者達の発言に……ようやく彼等はキチンと彼女達を見る。

 

「えっ」

 

「なにっ」

 

「な、なんだあっ」

 

「うわああああ俺達の姿見えとる!?」

 

 同じ顔をした男達は皆感情を窺えない表情のまま、揃ってビックリしたような態度を取る。

 そして……彼等は皆揃って手を後ろに回していく。

 

「あ、あの……」

 

 先程と全く同じやり取りに少し面倒臭いと思った彼女達だったが、すぐに気を取り直して語りかける。

 

「……見えてますから……その人の身柄を」

 

 しかし。

 

「──うるさいですね」

 

「……」

 

 青髪の少女が……立花響の言葉を切って捨てる。

 

 そして……ギョーン、という取り返しが付かない音が鳴り響く。

 

「……え?」

 

 装者達はこの音がなんなのか知っている。

 これは、ブラックボールの武器が使われた時の音だ。

 

「コイツは私の大切な人を殺した。なら……こっちも殺さなきゃ気が済みません」

 

「ちょっ、待っ──!?」

 

 彼女達は動こうとして……気付く。

 

 四肢の動きが封じられていた事に。

 

「……貴方達が何かなんて知りませんが……お引き取り願います」

 

 ギョーン、ギョーン、ギョーンという音は途切れることなく鳴り続け……動けぬ装者達の眼前にて……Xガンは容赦なく訃堂に打ち込まれた。

 

「……」

 

 彼女達は息を呑む。作戦の失敗と……直後起こる惨劇を予想して。

 

 ──だが。

 

「……あれ? どうして爆発しないんですの?」

 

 何故か訃堂の身体はビクビクと痙攣するだけで、いつまで経っても破裂することはなく。

 

「! ま、まさかXガンの衝撃を筋肉で受け流してる!?」

 

「え!? そ、そんなことが人類に可能ですの!? じゃあYガンで……!」

 

 その筋肉の流動を見た『マネモブ』が訃堂が何をしているのかを悟り、『お嬢様』がすぐにYガンを構える。

 

 だが。

 

「ごぶっ……!?」

 

「……え?」

 

 ──何故か、青髪の少女が……全身から異様な量の血を吹き出した。

 

「──『呪詛返し』よ。まだまだ修練が足らんな。若き神通力使いよ」

 

「っ、嘘──」

 

 青髪の少女による拘束が解けた訃堂はゆらりと立ち上がり……足を地面に叩きつけた。

 

「はあアッ!」

 

「不味ッ──」

 

 その衝撃は地中ではなく空を伝い、どう言う理屈か訃堂以外の生きた存在全てを痺れさせる。

 

「ぐっ……!?」

 

 その攻撃はその場に居る誰も彼もに等しく降り注ぎ……装者達も『神殺し』達も皆、動きを封じられる。

 だが訃堂は油断なく宝刀・群蜘蛛を構え……眼前で血を吐く青髪の少女へと突きを繰り出す。

 

「──果敢無き哉」

 

 そして──。

 

 

 私が『あの人』と初めて出会ったのは……緊急治療室の中だったと思う。

 正直な所、最初は夢だと思っていたし……今でもずっと、夢だと思っている。

 

『……君、死のうとしてる?』

 

 最初に、そう問いかけられた。

 確か私はその時……まず、こう問いかけたはずだ。

 

 ここはお医者さんしか入れないのに……あなたはお医者さんなの? と。

 

 その人の格好はどう見てもお医者さんには見えなくて……普通の外国の人にしか見えなかった。

 緊急治療室の中には何時もお医者さんしかいなかったし、入れないって事を私は知っていたから、まず、そんな事を聞いた。

 

 すると彼は困ったように笑ってから、私に語りかけてきた。

 

『はっはっは! よく知ってるね! その年でそんなことまで知ってるなんて……君は頭が良いんだね』

 

 そう誤魔化すように笑ったかと思うと……ベッドの上で色んな管に繋がれた私に、もう一度問いかけてきた。

 

『それで、ね。僕の質問について……よく考えて、答えて欲しい。君は……死のうとしてるのかい?』

 

 その問いかけに……私は暫く考えて、目の前の彼に伝えた。

 

 生きてて良いの? と。

 

『……良いんだ。生きてても良いんだよ』

 

 でも、私のせいでお父さんとお母さんは死んじゃったんだよ。

 私と一緒に死ぬって……そう言ってたのに。

 

『……それでも。生きたいのなら……生きてて良いんだ』

 

 彼は私を勇気づけるように……何度も、何度でもそう言ってくれた。

 

『……君は、生きたい?』

 

 ……私は。

 

「……」

 

 私は……。

 

「……」

 

 ……私はッ。

 

「……い……き………たい」

 

 私は……掠れるような声で、生まれて初めて発した言葉で……彼に伝えた。

 

『──なら、生きるための力を君にあげよう』

 

 彼は、何処までも優しい顔で……私に力をくれた。

 

『……視床下部と大脳基底核の一部を…ちょっぴり……って、何をしたかは別に良いか』

 

「……」

 

『君には才能がある。だからきっと……僕が何日か教えるだけで君はすぐに動けるようになるよ』

 

 そう言って彼は、私に背を向けて……唐突に消えてしまった。

 

『でも今日はもうお休み。傷は治してあるとは言え……疲れたろう。僕はまた明日のこの時間にまた来るから』

 

 ……何もない所から発せられる声に最初は驚いたけど……その時の私は本当にただの夢だと思っていたから、そのことについてよく考えたりはしなかった。

 だから、気付かぬうちに全身の火傷も治されていた事も不思議だとは思っていない。

 

 でも、彼は翌日も現れて私に力の使い方を教えてくれた。

 その翌日も、その翌々日も。

 

 毎日のように彼は現れて……私に力の使い方を教えてくれて。

 そして。

 

『……今日が最終日。明日にでもお医者さんに歩いてる姿を見せてごらん。きっと驚くから』

 

「……」

 

 その夢のような時間はあっという間に過ぎていって……気付けば私は、動けるようになっていた。

 

『……最後に一つ注意を。その力は使いすぎると内臓を弱らせてしまう。その力は……あくまでも筋肉の動きの補佐として使うんだ。良いね?』

 

「……わかっ……た……」

 

『よし、じゃあ最後にもう一つ』

 

「……な……に……?」

 

『……きっと、幸せになって欲しい。自分を守ってくれる人を見つけて、その人と家庭を築いて』

 

「……」

 

『そんな、幸せを……手にして欲しい』

 

 ……本当に、彼はずっと……優しかった。

 本当に、夢の中に出てくる神様みたいに優しくて……。

 

「……」

 

 私が……今生きてるこの世界のことを夢と思っているのも……そのせいだ。

 

 力の使いすぎで、どれだけ身体がボロボロになっても。

 内臓がぐちゃぐちゃになっても。

 

 ……そんな風になっても、守りたいと……守って欲しいと思える人が出来たことも。

 

 全部が全部、夢なんじゃないかって。

 

 本当の私は……何年もの間あの集中治療室で夢を見ているんじゃないかって。

 

 幸せで……楽しい夢を。

 

 ああ、だから……。

 

「──果敢無き哉」

 

 もう、起きなくちゃ。

 

「……」

 

 目前に迫る鬼神がごとき老人が……無慈悲な一撃を放つ。

 

 もうソレを避けるほどの体力も……力も出ない。

 一緒に戦ってくれた人達もまた……あの爺のよく分からない攻撃で動けないでいる。

 

「……」

 

 ゴメンね、和井さん。

 

 ……大好き。

 

 そんな最後の言葉を言う余裕もなく。

 血が、私の世界を覆った。

 

「──あ?」

 

 直後。

 感じ取ったのは痛みではなく……暖かな血飛沫の感覚。

 

「……え?」

 

 血に濡れた視界の先。

 

 あの爺の腹から……()()()()()()()()()()

 

「──どうや? 流石に意識の外からなら……受け流せんやろ」

 

「ぐっ!? き、貴様ッ──!?」

 

「……え?」

 

 耳朶に響くのは……聞き慣れた、何処か安っぽい関西弁。

 

 ──でも。

 

「ッ、おォおォオォおおおおッ!」

 

「あっあアアあァああ!?」

 

 私は、その声が……もう一度……もう一度だけ、聞きたかった。

 

「……嘘……」

 

 目の前の爺は両断され、息途絶えて地に伏せる。

 

 そして自然、私の目の前には……爺を切り伏せた人が現れる。

 

 ……彼は、正に満身創痍と言う言葉が似合う状態だった。

 彼は、片腕と片目を失って。

 

 全身傷だらけで……スーツももう死んでしまっている。

 

「……よっ! 互いに死にかけやな、チノちゃん!」

 

 それでも……生きて、私を……助けてくれた。

 

「……和井……さん」

 

「むっ!!!! 誰やチノちゃん泣かせた奴は!!!!」

 

 大粒の涙を流している私を見て、彼はプンスコと怒り始める。

 凄い大怪我なのに……私に心配させまいと、何でも無いように振る舞って見せて。

 

「……うるさいですね」

 

「えっ、ひどいやでチノちゃん!?」

 

「……本当に……うるさいですよ」

 

「……チノちゃん?」

 

 ズルいですよ。

 私は……どうやっても取り繕えないのに。

 

 何時も、貴方だけそうやって私をからかって。

 

「……」

 

 ……ズルい、ですよ。

 

 どうして、ここで私を……抱きしめてくれるんですか。

 

「……」

 

 遅れるように抱き返して……彼の体温を感じる。

 

 ああ。

 どうかこの世界が……。

 

 この世界が、本当の世界でありますように。

 



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護国の神

 沈黙が場を支配する。

 人が真っ二つに叩っ切られたその光景は……装者達にとってはあまりにもショッキングなモノだった。

 

 そして漸く……翼が口を開いた。

 

「……そんな……お爺……さま……」

 

 彼女の眼前には、変わり果てた訃堂の死体が転がっていた。

 

「……」

 

 その光景は……哀しくほどに現実の物だった。

 そしてその光景を実現したのは『神殺し』でもシンフォギアでも誰でもない……伏兵のごとき一人の男だった。

 

 唐突に現れた金髪の何処かの外国人のような彼は……今、この場の誰よりも注目を集めていた。

 

 と。

 

「……っつつ……」

 

「わ、和井さん!?」

 

 彼こと和井が、重力に負けるように膝をつく。

 彼の身体は既に満身創痍。

 

 どう見ても立っていられるような……いや、そもそも戦えるような状態では無い。

 すぐにでも病院に行かねば死んでしまうような大怪我で……それでも彼は不敵に笑みを浮かべてその苦しみを誤魔化した。

 

「あはは……ちょっと気ぃ抜けたわ。血も大分抜けてるんやけどなっ!」

 

「! 止血します!」

 

「……え? いやそれちょっまああああああああッ!!??」

 

 ……だが、どうやら青髪の少女は本気で和井の事を心配しているようで……容赦なく身体中の出血場所を締め上げてくるから、和井の身体はそれもう痛い痛いだった。

 

 そんなギャグのような一幕はあれど、取りあえず応急処置が出来た事で落ち着いた青髪の彼女……『チノちゃん』は血の混じった涙を流しながらも、どこか不思議そうに尋ねた。

 

「……でも、どうやって……」

 

 それはこの惨状からどのように生き残ったのか……という問いかけだ。

 

 だがそんな彼女の問いかけに、当の本人もまた不思議そうな顔をしていた。

 

「いやそれがなぁ、正直ワイにも分からんって言うか……途中から記憶ないねん」

 

「……」

 

 そう、彼の記憶は目を潰され……片腕をぶった切られた後より無くなっている。

 なので正直、和井は現状についても……何故『チノちゃん』が泣いていたのかも……というか、何故生きていたのかも分かっていない。

 

 ただ、何も分かっていなくとも……自身の愛する女性の危機だけは理解できた。

 

 だから彼は咄嗟に死体の山より這い出して、彼女を救う事が出来た。

 

 ──さて。

 

 真実を語るのであれば……彼は気絶していたのではなく、事実として一度死んでいた。

 

 和井は訃堂の攻撃を食らった後、大量出血による心肺停止という状況に追い込まれていた。

 ただ、その状態で大量の死体を身体の上に積まれていた彼の身体は……奇跡的に今の『チノちゃん』にして貰っている止血と同程度の止血が行われた。

 

 しかしそれでも精々仮死状態となったに過ぎず……彼が目覚めることは、それもあのタイミングでなど本来であれば無かっただろう。

 

 だが、偶然というモノは二度起これば三度起こるもの。

 

 訃堂のあの空中に衝撃を飛ばす攻撃による刺激。

 それは彼の意識を此方側に引き寄せるには十分な威力だった。

 

 故に彼はあのタイミングで目覚めることが出来た。

 

 ……彼の復活の裏には、こんな幾つもの偶然の重なりが存在した。

 

 ──まさに奇跡だ。

 

「……よく分かりませんが……ともかく生き残りがいらっしゃったのですわね。それは良いことですわ」

 

 だが、そんな奇跡の連続が起こっていたことなど知らない彼等は、単純に生き残りの存在に息を吐いた。

 そして。

 

「しかしやってくださりやがりましたわね貴方……点数横取りは酷いですわ!」

 

「うるさいですね……さっさとやらない貴方達が悪いんです」

 

「ククク酷い言われようだな。まぁ事実だからしょうが無いけど」

 

 緊張が解けたように彼女達はからかうように話し始める。

 それは激戦を共に潜り抜けた戦友として、しかし点数を奪い合うライバルとして、彼ら彼女らはバチバチと言葉を交わし合った。

 

「……」

 

 そんな三人の会話を聞いていた和井は、彼らの語り口調に眉をひそめ、そして。

 

「……おぉ? お前もしかして……『お嬢様』か!?」

 

「……あら? 貴方私のこと知ってらっしゃるの?」

 

「そや、ワイやワイ……『なんJ』や!」

 

 直接会うのは初めてやな! と和井は続け……ようやく『お嬢様』は合点がいったような表情を浮かべた。

 

「あら! そうでしたの! 初めまして、私三千三……『お嬢様』ですの」

 

 自分の名前を言う所で一瞬どもりはしたが、彼女はまるで本当のお嬢様のように何処か芝居がかった仕草でお辞儀をした。

 

「お~……お前リアルでもほんまにそう言う喋り方すんのな……」

 

 和井は何処までも意外そうな表情で、しかしスッと残った方の腕を彼女へと差し出す。

 

「……ま、『チノちゃん』助けてくれてありがとうやで」

 

「あら、そんな気になさらなくても……此方も助けられましたし、両成敗ですわ」

 

 そうは言いつつも、『お嬢様』も和井へと手を伸ばしぎゅっとその手を握りしめた。

 

 ネットを通じて色んな事を語り合った仲だったが……タイミングが合わず中々出会うことの無かった二人。

 だが。彼らは死線の先で、遂に巡り会ったのだ。

 その光景は何処か少年漫画の様な雰囲気であったが……だが、その光景を睨み付ける少女が一人。

 

「……」

 

 『チノちゃん』である。

 彼女は自身の愛する人が別の人と仲良くしている様に、それはもう苛ついていた。

 

「……はい。もう一回止血しますね、和井さん」

 

「え? ……いやもう良いと思うけどあああああああ!?」

 

 故に彼女はもう一度、それはもうギャグのように和井の傷口を絞り上げた。

 

「……」

 

 さて。

 今回のミッションの勝者で有る『神殺し』達は何処までも明るい様子だったが……相反する様に暗い表情を浮かべていたのは装者達であった。

 

「……クソ。気持ちのやり場がねぇ」

 

「……」

 

 任務の失敗。

 だが、だからと言って装者達は……目の前の『神殺し』達に対して攻撃する気にもなれなかった。

 それは……自身の祖父を殺された翼でさえ。

 

 ──何故なら、彼女達は聞いていた。

 

 青髪の少女の慟哭を、怒りを、悲しみを。

 そして……彼ら()()()()はただ巻き込まれただけの一般人でしか無いと言う……黒スーツ達の境遇もまた、聞き及んでいた。

 

 故にだろうか。

 青髪の少女の言っていた『大切な人』が生きていたと言う事実に、むしろ彼女達はホッとする想いすらあった。

 

「……クソッ」

 

 だから彼女達に出来たのは、自身の感情に区切りを付け、何処までもS.O.N.G.所属の装者として最適な行動を取ること。

 その為にも彼女達は司令本部へと連絡を取り──。

 

「……こちらマリア。御免なさい、作戦は──」

 

『──』

 

「……え?」

 

 返ってきた返事に、皆言葉を失った。

 

 

「……」

 

 装者達が去った後、司令室は慌ただしく動き始める。

 

「友里! 風鳴本邸の状況はッ!」

 

「はいッ! 依然として戦闘は継続中です!」

 

「変化があればすぐに伝えろッ! 藤尭、ヘリの手配早くしろッ!」

 

「やってますって!」

 

 方々への活動の認可、変化し続ける現場の監視、ヘリの手配等など。

 

 戦闘管制オペレーターである二人はそれらを一挙にこなしていき、弦十郎はその指示と許可を出していく。

 

「装者達現着まであと三分ッ!」

 

「!? 未確認のエネルギーを検出、今までのどのパターンとも違うエネルギー波形ですッ!」

 

「エルフナイン君!」

 

「はいっ! 突入までに解析と対策を終わらせます!」

 

「よし、現着次第突入を始めろッ!」

 

 即座に仕事の振り分けと命令を下していった弦十郎は、次いで風鳴本邸の近くで控えていた緒川に連絡を飛ばす。

 

「俺だ、そちらの様子はどうだ」

 

『こちら緒川です。既に死傷者が出ていますが、現時点では『風鳴訃堂』が優勢となっています』

 

「……分かった。では今から本邸の捜査を頼む」

 

『はい、分かりました』

 

「……」

 

 現在緒川は、本来行う予定であった風鳴訃堂の強制捜査……の体裁を保つための侵入捜査を行っていた。

 本来であれば大人数で行う予定の強制捜査だったが、当然ながら超常の戦闘が行われている場所に非戦闘員を連れて行けない……という理由から、緒川単独での行動となっている。

 

 随分と無理矢理な家宅捜索では有るが、これで装者達を突っ込ませても書類上の問題は発生しない。

 

 そう。

 S.O.N.G.という組織はその成り立ち故、その行動の全てを事前に日本政府に提出しなければならない。

 万が一その提出した作戦から外れるような行動があれば、また妙な横やりが入ってしまう余地が出来てしまうのだ。

 

 故にこその無理矢理の緒川の派遣。

 そして故にこそ……弦十郎は司令室に釘付けにされてしまっている。

 

「……」

 

 ──と。

 自身のふがいなさに唇を噛んでいた弦十郎だったが、そんな彼の思考を遮るように連絡が入る。

 

『──し、司令ッ!』

 

「!? どうした緒川ッ!」

 

 それは先程潜入した緒川からの連絡だった。

 あの緒川が誰かに気取られるとも思えず……しかしその焦った表情からただ事では無いと言うことが受け取れた。

 

『そ、それが……』

 

 何処か言い辛そうな語り口調の緒川だったが、即座に映像を司令室へと回す。

 

『……風鳴本邸にて、こちらを発見しました』

 

 そこに映っていたのは──。

 

「……嘘。あれってノーブルレッドの……」

 

「こ、殺されたはずのエルザって子じゃ……」

 

 何かの機械に繋がれた、ノーブルレッドの一人である……エルザの姿。

 

 そして何より、そこには……。

 

「……ブラックボール……だとぉッ!?」

 

 ()()()()黒い球体が……鎮座していた。

 

 

 美しき国……神州日本。

 幾多もの先達がその命を散らしてでも守ってきた……尊き国。

 

 そして、それを守ると言うことがどう言う事なのか。

 自身の両肩に重くのしかかるのは……連綿と続いてきた国の歴史と、散っていった先達の遺志である。

 

 守らねばならぬ。

 例えどのような手段を用いようと。

 

 何故なら。

 責任よりも何よりも……儂はこの国を愛している。

 

 ……例え死に、命散らそうとも……死して護国の鬼となる。

 

 そうだ。この国に必要たるは、防人ではなく護国の鬼。

 あの無能共(ノーブルレッド)の御陰で、翼を鬼へと落とすことに失敗した今……最早鬼となるモノがおらぬ。

 

 であるならば。

 

「──そこの貴方達ッ! まだ戦いは……ッ!」

 

「……? 何を言って──」

 

 やはり儂こそが護国の鬼……いや、違うか。

 死した儂は鬼を超え……次の段階へと至ろう。

 

 ()()()()()()

 

 既に全快、肉体的には何ら問題は無い。

 

「ッ!? 避けろ──!」

 

 故に……今度こそ仕損じぬ。

 あの『ブラックボール』とやらが再生した……もう一つの『群蜘蛛』を、全力を持って振り下ろす。

 

「──散華せよッ!」

 

 空気を裂く音が鳴り響き──その空撃は確かに。

 

「……え」

 

 ()()()()()()()()()()()()()使()()()()()を真っ二つに叩っ切った。

 

 衝撃が巻き起こり、二つの身体が宙を舞う。

 

「ッ!? な、何がッ!?」

 

「ちょっ……もうミッションは終わったでしょうがッ!?」

 

 残りの国賊はいまだ健在。

 

 であるならば。

 

「鏖殺だ。悉く屍を晒せ」

 

 『群蜘蛛』を片手に、悠々と彼奴等の元へと向かう。

 だが……全く同じ顔をしたあの妙な体術を用いる男共が、儂の前に立ちはだかる。

 

「……君はあの二人を見てあげて欲しいんだよね」

 

「……分かりましたわ。すぐに戻ります」

 

 思わず笑みがこぼれそうだ。

 彼奴等の方から、儂に殺されに来てくれるとは。

 

「アンタ何者? ……確かに殺した筈なんだよね。もしかして、アンタも殺すのに条件が居る……神様って奴?」

 

 その間の抜けた問いかけに、抑えていた笑いが不思議と消え去り……気味の悪さと憤りが湧き出てくる。

 

「……ふん。儂はいまだ……貴様等と同じ……()()()()()よッ!」

 

「……」

 

「……そうとも、儂は──」

 

 そうだ。

 

 ()()()()()()……新たなる躯体を以て現世へと舞い戻ってきた。

 

 今の儂は……儂であって儂ではない。

 

 であるなら。

 今の自身を表す名が有るというのなら──。

 

「──我が名はフドウ。死しても変わらぬ……護国の化身也」

 

 ……懐から、一つの武器を取り出す。

 

 あの無能共(ノーブルレッド)は何処まで行っても無能だったが……コレの奪取と使い方を儂に与えたことだけは評価に値しよう。

 

「……なんスか、それ」

 

 目の前で油断なく……いや、儂を前にして動けぬだけの木偶共の言葉を無視し、それを天へと翳す。

 

「……」

 

 コレこそが、米国をはじめとする諸外国の『ブラックボール』への最大にして最新の抑止力。

 コレこそが……神州日本に報いるための……力なり。

 

「……血を流し命を礎としてきた先達よ。我が愛する……日本よ」

 

 先達に示すように、そして何より愛する国へと示すように……その力を天へと捧げる。

 

「……見守りください。私を御支えてください。その悲願、叶えて見せます」

 

 祝詞を読み上げるように、その腕輪を自身の腕へと通す。

 そう、儂こそが──。

 

「護国の力……お借りしますッ!」

 

 ──護国の神よ。

 

 

 

『──弦、俺だ』

 

「! 八紘の兄貴!?」

 

 巨大なモニターに映された兄の顔に、弦十郎は一瞬驚いたような表情を浮かべるも……すぐにその表情を明るいモノへと変えていく。

 

「……まさか、もう通ったのか!?」

 

『ああ。此方でねじ込んでおいた。今、私がそちらに向かっている』

 

「……そうか。心強いッ! 助かるぜ兄貴ッ!」

 

 興奮収まらない弦十郎と、要点だけを伝える八紘。

 それは二人だけに通じるやり取り故、二人の戦闘管制オペレーターは疑問符を浮かべていたが……遅れて八紘から送信された書類データを見て、ようやく理解した。

 

「し、司令、まさか……!」

 

『……ああ、そうだ。これからは私が臨時司令として命令を出す』

 

「……」

 

『……弦……』

 

 八紘は一拍溜めるように呼吸を置き、()()()()()として……弦十郎に指示を出す。

 

『──好きに暴れろ』

 

「……応ッ!」

 

 ──送られてきた書類には……予てより弦十郎が進めていた、自身が前線に出た際の指揮系統について書かれていた。

 

 今夜、全てが終わる。



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護国災害波剣砲

「!? こ、このアウフヴァッヘン波形は……ッ!?」

 

 司令室にて、友里が埒外の力の輝きに目を丸くする。

 今までに検出したことのない力に驚愕すると共に、その正体について探っていく。

 

「まさか……神の力ッ!? でも何処からそんな……」

 

「……どうもこうもこんなの……アメリカから奪取された……腕輪しかッ!」

 

 だが、その桁違いの出力の目星などそう多くはない。

 故に藤尭のその推理は正に、皆の代弁であった。

 

「……シェム・ハの……腕輪……」

 

 思わず呟いたエルフナインであったが、その一言には一つの疑問が詰まっている。

 

 つまり、何故その力が起動しているのか……という当然の疑問である。

 本来、その疑問には誰も答えることが出来なかっただろう。

 

 しかし。

 

「──力の起動。それは……風鳴訃堂によって行われたと見て間違いないだろう」

 

「!?」

 

 唐突に開かれた司令室の扉から、一人の壮年の男が現れた。

 

「遅くなった。コレより私がS.O.N.G.の指揮を執ろう」

 

 ──彼こそ、臨時のS.O.N.G.司令。

 弦十郎がS.O.N.G.を任せられると考え……また、自身の草案を政府に押し通せるからと頼った男。

 

 風鳴八紘である。

 

「ほ、本当に八紘氏が……」

 

「無駄口を叩くな。それよりもすぐに……私の指令を装者達に送れ」

 

「は、はいっ」

 

 厳しい口調で釘を刺された藤尭だったが、即座に八紘と装者達の通信を繋ぐ。

 

「通信行けます!」

 

 八紘は一瞬、言葉を選ぶような素振りを見せ……しかし、意を決したように現場の装者達へと指示を出す。

 

「私は風鳴八紘だ。これより風鳴弦十郎司令官と代わり……S.O.N.G.の指揮を執る。これからは私の指示に従え」

 

『……え? お父様!?』

 

 何処か一方的な通告に、通話越しに装者達の動揺が見て取れる。

 それは彼の愛娘である翼も同じの様で、何処か驚いた様な声色の返事が返ってくるが……しかし八紘は何処までも冷静に彼女達に指示を出す。

 

「返事は要らん。ただ私の指示を逃すことなく聞き届けることだけに集中しろ」

 

『……』

 

「ではコレより、作戦を伝える」

 

 そして……新生S.O.N.G.が動き始める。

 

 ◇

 

 それは戦場から遠く離れた地点。

 そこで……ヒイロと岡はぶつかり合い……そして、語り合っていた。

 

「ほれ、どや」

 

『ぐぅっ!?』

 

 ハードスーツによる拳撃。

 それは正しくヒイロの腹を打ち抉る。

 

 だが。

 

「ほう?」

 

 当たった感触がまるでない。

 その異様な感覚に、岡はそれでも楽しそうに言葉を溢す。

 

『があああっ!』

 

 だが、ヒイロは何を言うでもなく。

 その衝撃を返すと言わんばかりに、ソードを岡八郎へと突き立て──。

 

『なっ!?』

 

 ヒイロに合わせるように放たれたハードスーツのブレードに、刀を受け止められる。

 そして……。

 

『馬鹿なッ!? どう言う速度してやが──』

 

「ほれ」

 

『!?』

 

 こんっ、と言う軽い音が……ヒイロの顔面を抜き穿つ。

 

『っ! ぐっ……!? なんっ……』

 

 ヒイロはその軽い衝撃を受け流せなかったという事実に目を丸くし、自由を失った身体はとうとう膝を付かせられる。

 

 軽い脳震盪……ではない。

 戦闘続行能力のためにと、受け身の技術と内功を鍛え続けたヒイロが、この程度の衝撃で膝をつく事など有り得ない。

 

 であるのなら……この身体の不自由にも何か絡繰りが有るはずだ。

 

 即座に内心の焦りを落ち着かせ、呼吸を整え次なる一手を考えたヒイロは……。

 

「ええなぁ。やっぱキミなら……」

 

『何を言って──』

 

「止めや。これ以上は手合わせやなくなる」

 

『……は?』

 

 見事なまでの梯子外しを喰らっていた。

 

「ほな、最初に言った通り……世間話でもしようや」

 

 そう語る岡は地面に座り込み、まるで本当に世間話でもするかのようにヒイロへ視線を投げかける。

 

『……何言ってんだ……?』

 

「元々俺の目的はキミの足止めや。()()()()()()()()もうええやろ」

 

『……』

 

 そうして岡は感情を伺わせない声色で語ると……今も動けないでいるヒイロに、感情の籠もった言葉を投げかける。

 

「しかし、キミも難儀な奴やな」

 

『あ?』

 

()()()()()()()()()()()()……方々を駆け回るなんてなぁ」

 

『……』

 

 岡の言葉にヒイロは思わず息を呑む。

 何故なら……それは確かに、ヒイロが今戦っている本来の目的。

 

 つまるところ、この世界のあらゆる危険から切歌を守る……と言う()()()()()()

 

 S.O.N.G.との接触も、アメリカの足止めも。

 結局の所それが全ての行動である。

 

 そんな彼の根底にある想いをあっさりと見透かされたことに動揺したヒイロは、苦し紛れに言葉を吐き捨てる。

 

『そのフッたって情報必要か?』

 

「必要やろ。セバスの元々の予定やったら……今頃キミは妹ちゃんとえぇ感じになってたんや」

 

『……』

 

 だが、ヒイロは要らぬ追加情報を更に喰らってしまい……どうにもグロッキーになる。

 

 それも、二十回クリアによりセバスと同じ領域に至っていると言う情報が有るからこそ、彼の言葉には真実味が宿る。

 

『……』

 

 思えば、先程から会話するたびにこうだ。常に会話の先を取られるし、心の奥底に沈めてあった自身の思いや感情を無理矢理に掘り起こされるし。

 ……先程のようなヒイロの心を抉るだけの情報をノーモーションで放ってくるし。

 

 最早ヒイロには分からなくなっていた。

 岡の真意というモノが。

 

『……何なんだよアンタ……マジで……俺を足止めして何がしたいッてんだ……?』

 

 そうだ。先程の戦闘にしても、ヒイロは全く岡からの殺意というか……戦意というのものを感じ取ることが出来なかった。

 かと思って何かを語ったかと思えば……本当にこんな会話ばかりで。

 足止めと言うにはどうも──。

 

「何度も言うとるやろ……俺はただ、強い奴と戦いたいだけや」

 

『……は?』

 

 そして。

 返ってくるとは思わなかった返事に、ヒイロは思わず言葉を漏らす。

 

「と言っても、別に死にたがりや言うワケやない」

 

『……』

 

「ギリギリの戦い……そしてギリギリの勝利。それを……楽しみたい……」

 

『……』

 

「俺の目的なんて……その程度のモノや」

 

 それは先程から重ねてきた岡の目的。

 ……しかし、今回は何処か遠方を……風鳴本邸を見つめたかと思うと、語り出す。

 

「今の戦いは()()()()で行けるが……()()()()はそうもいかん」

 

『あ? 次?』

 

「そや。あの爺さん相手だと……戦いの駒は可能な限り隠しときたい。だからキミをここで足止めする必要があッた」

 

 ……その言葉からは、人を駒としか見ていない冷徹な感情が伝わってくる。

 しかし。

 

 それと相反する様に、何処までも真剣にミッションを攻略する意思が伝わってくる。

 

『……』

 

 故に、ヒイロはようやく……岡という男の本質を理解出来た気がした。

 

『戦闘狂い……か』

 

 何処までも戦うことが全てで……他人などその為の駒としか見ていない。

 きっと、彼にとっての全てとは……戦うことなのだろう。

 

「……」

 

 岡はヒイロのそんな独白に答えることはなく。

 しかしゆっくりと視線をヒイロへと向けた。

 

 ヒイロは互いに仮面越しだというのに……まるで見つめあうかのような感覚に陥る。

 自身の心の奥底を見透かされるような……そんな感覚に。

 

「……人には何か……生まれた意味が有ると……思う……」

 

『……』

 

 そうして岡から飛び出てきた言葉は、何時かヒイロが響に語った言葉。

 そして……セバスから語られた、絶望の言葉。

 

「……だからオリジナルの俺が死んで……戦いの場(ミッション)に『俺』が生まれた事にも当然……意味が有る筈なんや」

 

『……』

 

「──なら、するべきは一つやろ」

 

 今、岡もまた……ヒイロに一つの道を示した。

 

「戦って生き残る。それが全てで……一番の快楽や」

 

『……』

 

「……何せ俺には……自分以上に大切なモノも……戦いの快楽以上に大切なモノも……無かッた……から……」

 

 戦い続けた男の行き着いた先を。

 

『……』

 

 それはまるで自分自身の一つの可能性のようで。

 

 ヒイロは、無言のままに岡の言葉を受け入れた。

 

「……さて。ほな世間話も程々にしとこか」

 

『……え?』

 

 そして。

 その時は唐突に訪れる。

 

 ほの暗い夜の世界が、まばゆい光に照らされ……爆音が鳴り響く。

 

『!?』

 

 思わず振り返ると……そこには、光の柱が突き立っていた。

 まるでこの世の終わりのような光景にしか見えない光景である。

 

『なんだっ……あの光は……!』

 

 その衝撃に吹き飛ばされないようにしていたヒイロの言葉に、岡が答える。

 

「神の力や」

 

『……神の……』

 

「ほな行こか。キミももう動けるやろ」

 

『……』

 

 岡は何処まで、何もかもを見通したようにヒイロへと語りかける。

 事実、ヒイロは既に動けるようになっていた。

 

『……チッ。ああ、分かったよ』

 

 その何処までも見通すような岡の語りになれる事は無い。

 ……だが。

 

 先程まで感じていた岡に対する不信感のようなモノは幾らか薄れていた。

 

 ◇

 

 それは光の奔流。

 輝きに満ちた世界。

 

 その中央にて、女神は目を覚ます。

 

『……何? なんだこの状況は……?』

 

 彼女はまず、困惑した。

 何せ、目が覚めた直後に視界に入ってきたのは……光り輝く日本の姿だったから。

 

 彼女にも何処か覚えのある島が、何故か刻々と色を変えて光り続けると言う謎の状況。

 

 何が起こっているのか、まず彼女は自分自身の状況を把握しようと──。

 

「──何奴ッ!」

 

『!? 何だ貴様はッ!?』

 

 した瞬間。

 彼女は()()()()姿()()()()()()の姿を仰ぎ見る。

 

「……いや、そうか。貴様が神の……」

 

 次いで彼より飛び出た言葉に、思わず怒りが吹き出る。

 

『……貴様、我を神と知りながら……見下ろすかッ!』

 

 人に見下されると言うこと。

 それは人を道具としか見ていない彼女……シェム・ハにとっての最大級の侮辱に他ならない。

 

 しかし青年はシェム・ハの怒号を聞こうが眉一つ動かすこともなく。

 

『!?』

 

 どころか、唐突にシェム・ハの目前へと現れた彼は……彼女の首を片手で締め上げる。

 

「護国のための道具風情が意思を持つなど……」

 

 ギリギリと締め上げる力を強めていき……そのあまりの苦痛にシェム・ハは渾身の力で暴れるが青年はびくともしない。

 

『ぐうっ!? き、貴様……な、何故私の支配を……!?』

 

 彼女は……あらゆる手段を用いてその拘束から抜け出し、目の前の人間の身体を支配しようと試みる。

 ……だが、そのどれもが実を結ぶことはなく。

 

 彼女は驚愕したように……絶望したように声を荒げる。

 

『人間が……道具風情がッ! 何故私の……造物主の意思に従わぬッ! 貴様は何者だッ! 本当に人間なのかッ!?』

 

 しかし。

 

「──果敢無き哉」

 

『ぐぅっ!?』

 

 彼はあくまでもシェム・ハの意識を殺すことにのみ意識を集中し、その目には殺意のみが宿っている。

 

 ……いや、むしろ──。

 

「──造物主の意思……か」

 

『ぁっは……』

 

「その様なモノがッ! 儂の想い……護国を思う気持ちに勝る等とォッ……誰が決めたァッ!」

 

 シェム・ハのその言葉こそが、彼の心の琴線に触れた。

 

「見よッ! この美しき国をッ! コレこそが先達が血を流し守り抜いた神州日本ッ! 彼らよりより託されし想い、願い、希望が……日本という国なのだッ!」

 

『……』

 

 最早シェム・ハの意識は遠い世界へと追いやられ……踏みにじられる。

 

「この国をッ、輝きをッ! 守護するためにッ」

 

 そして。

 

「貴様を殺すこの手が……身体がッ!」

 

 ぐしゃりと、シェム・ハの身体を握りつぶす。

 

「──護国の神。ディバインウェポンなり」

 

 気付けば、彼の身体はシェム・ハの意思よりもずっと巨大なモノとなっている。

 

「それには……貴様は邪魔者よ。古き神」

 

 最早自身が握りつぶした相手のことなど眼中にないとばかりに、彼は眼前に広がる神州日本へとうっとりしたような目を向けた。

 

「……守って見せよう。今度こそ……夷狄から……全てから」

 

 ──ここは、風鳴訃堂の心象風景。

 

 彼は今、古き時代より眠っていた一柱の神との孤独な戦いに勝利した。

 

 そして、彼は新たなる神として……現実にて目を覚ます。

 

「……おいおい、第二形態とかやり過ぎでしょうが」

 

 耳障りな男の声を受けながらも、彼は神の見る世界を目撃する。

 

「……ほう。そうか……コレが護国の力……」

 

 全身に注ぎ込まれる神の力と……神にすら勝る護国への想いが混ざり合い、一つの形となる。

 

「──そこか」

 

 そして、一つの権能が生まれる。

 それは──。

 

 ◇

 

 さて。

 現在『企業』の首脳陣は……一つのビルの中に集まっていた。

 

「ねぇ君、なんか風鳴訃堂凄いことになってるけど……アレ何?」

 

「……申し訳ございません。此方にもデータの無い変化です」

 

「いやね? 正直攻めきれなかったらどうしようとか思うワケよ」

 

 そして、プロジェクターに映し出されている現場の映像を見ていた彼らは、何処か不安そうに語り出す。

 

「負けちゃったら僕たちのこと捕捉されない?」

 

「まぁ……大丈夫でしょ。何せ『神殺し』達なんだもの」

 

「でもねぇ……」

 

 それは、予想外の風鳴訃堂の復活によるモノ。

 皆口々に不安そうにするが……それを遮るように無表情の壮年の男が司会者のように語り始める。

 

「はい。その点についてはご安心を。まだ此方には岡八郎も居ますし……何より、()もいますのでご安心ください」

 

「……ほう?」

 

 その情報は初めて聞いたと言わんばかりに、皺が刻まれた老年の男は先を促す。

 ホワイトボードの前に立つ壮年の男は、説明を始めた。

 

「──まず、仮に此方が捕捉され……乗り込まれた場合の対策についてご説明しましょう」

 

 男はそう言って、このビルに施された幾つもの防御機構について語り始める。

 

「このビルに置かれているブラックボールの数は百を超え……全てが起動しています」

 

「へー、そうだったんだ」

 

「はい。更にそのブラックボールによる武装をした兵士は実に一万。彼らは皆厳しい訓練を受けており……その実力は非常に高く、一人一人が部屋の住人達のエース級に値します。仮に侵入されたとして……彼らを掻い潜って我々の元まで辿り着くのは厳しいでしょう」

 

「ほへぇ……凄いねぇ……」

 

「──更にブラックボールによる防御機構を幾重にもビルの外装に重ねることで、ビルの外壁の強化も万全です。万に一つ破られることはありません」

 

「ふーん……」

 

 そして、とその壮年の男は言葉を続けた。

 

「──何より、()がいます」

 

「彼……?」

 

 お偉方の当然の疑問に、壮年の男は重苦しく頷く。

 

「はい。我々が現国家への反逆を企てたのには幾つか理由がありますが……その要因の一つが、()の存在でもあります」

 

「……」

 

「『彼』は正に……人類最強の男と言っても過言ではありません。私の知る限り、彼より強い存在は見たことがありません。……もし『彼』よりも強いモノが襲ってきたとしたら……私どもは大人しく死ぬほか有りませんね」

 

 そんな強気にも思える言葉は、何処か話半分に聞いていたお偉方の意識をも集めていく。

 

「それは岡君よりも?」

 

 だからだろう。その中でも『岡八郎』のファンである一人が……そんな問いかけを投げかけた。

 

「……それは分かりません。彼らレベルの強さになると……最早実際に戦うことでしかその実力を測ることは不可能でしょう」

 

 ただ、と壮年の男は言葉を続ける。

 

「私個人としては、『彼』は岡よりも強いと思っています」

 

「……」

 

 その強気の言葉に、お偉方は思わず息を呑む。

 

「──『彼』は現在……一万の軍団の将軍として、あらゆる襲撃の可能性に備えていますし、何より──」

 

「……」

 

「今回のミッションが失敗したとしたら……『彼』が直接風鳴訃堂を始末しに行きますので」

 

 なのでどうかご安心を。

 壮年の男は最後にそう付け加えて話を締めくくった。

 

「……一つ良いかね?」

 

 と、そんな彼の話を聞いていたお偉方の一人が、彼へと尋ねる。

 

「はい、何でしょうか」

 

「その『彼』ってのは何て名前なんだ?」

 

「……ああ、これは失礼いたしました」

 

 どうやら、壮年の男は彼の強さを説明するばかりで彼の名前を言うのを忘れていたようだ。

 

 お偉方は彼のその失敗にドッと笑って、無表情ばかりだった壮年の男は恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「……失礼いたしました。彼は──」

 

 そうして壮年の男が口を開こうとした……その時。

 

 ──ビルの真上に、巨大な影が生まれていた。

 それはまるで、何かの紋章の様に見える。

 

 あまりに異様な光景だが、ビルの中に居る彼らは気付かない。

 

 それは当然……『彼』も。

 

 故に。

 

 その紋章から巨大な光の刀がビルへと突き刺さった事も。

 その光の剣が当たり前のようにビルの防御機構を吹き飛ばしたことも。

 

 この技が、護国の神となった訃堂が新たに作り出した権能……国を崩そうとするモノを焼き払うである事も。

 

 それら全て……彼らは何が起こったのかを知る事も無く。

 

 全てが、一瞬にして蒸発した。

 



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最適解

「……あ?」

 

 空が見える。

 星々が煌めいて、輝いて。その中でも一際大きく輝いて見える星がある。

 

 月が、此方を睥睨するように天に座していた。

 

「……?」

 

 けれど何故だろう。

 何故私は……空を見て……。

 ぼんやりと霞がかった思考で答えを求め続ける。

 

 ……すると、何処からかドタバタと足音が聞こえてきた。

 

「あ、ああ……そんな……」

 

 視線を向ければ、そこにはあのクソ爺と一緒に戦った黒髪の美女が……今にも泣きそうな表情を浮かべて此方を見ている。

 

 不思議に思った私は、思わず彼女に声を投げかけていた。

 

「……貴方……は……」

 

「……! 貴方意識がお有りですの!?」

 

「……はぁ?」

 

 目の端に涙を溜めた彼女は何処までも驚いた様な表情を浮かべたかと思うと、また酷く絶望した目で私のすぐ横を見た。

 

「……すぐに止血いたしますわ」

 

「……え? 止血……?」

 

 彼女はまた不思議なことを言ったと思えば、今度は私の質問に答えることなく私の体をまさぐってくる。

 

「……」

 

「……」

 

 ……何も言わない。

 彼女は……何も言わなかった。

 

「……」

 

 そして遂には、彼女は何も言わぬまま……その手を止めてしまう。

 流石によく分からなすぎて、少しイラッとした風に彼女に問いかけてしまう。

 

「……何なんですか? さっきからずっと──」

 

「御免なさい」

 

「……え?」

 

 けれど。

 彼女は()()()()()()()()()()()で、その綺麗な顔を覆った。

 

「私にはもう……御免なさい……これ以上……何もッ」

 

「……」

 

「……こんッなのッ……手の……施しようが……」

 

「……」

 

 ……その取り乱し様は今までの高貴めいた彼女の雰囲気からは考えられない姿であった。

 だから……ようやく私は一つのことを思い出せた。

 

 ──何かの衝撃が私を襲ったことを。

 

「……私は……どうなってますか」

 

「……腰から下の下半身と……両の腕が吹き飛ばされています」

 

「……そう、ですか」

 

 だから、その質問に対する答えは簡単に受け入れることができた。

 思えば身体が全体的に軽い、というか……なんだか全体的にスカスカな感じがする。

 

「……何で……私は……生きてるんでしょうか……」

 

「……」

 

 何処か自嘲めいた私の問いかけに、彼女はしくしくと涙を溢すばかりで。

 私は……。

 

「……」

 

 私は、そんな彼女の姿に小さな違和感を覚える。

 何故……私よりもずっと、彼女はそんなに悲しそうにして居るのだろう。

 

 段々、思考だけでなく視界すら霞がかってきて……もう殆ど見えない。

 なのに、彼女のそんな態度だけがひたすらに気になって……。

 

 気付けば私は、首を支える力すら保てずに……こてんと首が折れる。

 

「え」

 

 そして霞がかった世界に、強烈な赤が。

 

 私のすぐ横に……()()が見えた。

 それ、は──。

 

「……」

 

「初めてお会い……出来たのに……」

 

 それは私の最愛の人。

 

「……っ、こんなのって……」

 

 その、成れの果て。

 

「……和井、さん?」

 

 彼は、私と同じように腰から下が無くなっていて。

 けれど私とは違って、残った身体すらズタボロで。

 

「……もう亡くなられておりますわ」

 

「……」

 

 何より、彼の半開きになった目にはもう。

 ──何の光も、灯っては居なかった。

 

「……あ」

 

 それが、私の見た最後の世界。

 

「ああっ」

 

 もう何も見えない。

 何も聞こえない。

 

「いやだ、どうして、いやだ、わいさん、どうして、あアッ」

 

 ただ、自分の発する悲鳴だけが暗闇に轟いて。

 

「っ、あああぁぁあああっあああ……」

 

 ああ……。

 

 どうか、神様。お願いです神様。

 

 お願いです、どうか……どうかこの世界が……。

 

「……ぁ」

 

 この世界が……夢で………………。

 

 

「……」

 

 『お嬢様』は一人、目を伏せて彼女達の末路に涙を流す。

 しかし、彼女はすぐに目元を拭ったかと思うと……和井と『チノちゃん』の絶望に見開いた目を閉じさせる。

 

「……どうかせめて……安らかに」

 

 そうして彼女は立ち上がり、眩い光が轟く風鳴本邸へと視線を向ける。

 

 ──そこでは。

 

「ッ──があああっ!」

 

 『マネモブ』達が同時多角的に掌底を放ち。

 

「温い」

 

「!?」

 

 それを……どう言う理屈か、()()()()()()()()が全てを受けきった。

 

 ──年の頃は二十の中ほど。

 青い髪をはためかせ……若々しく美しい容貌に刻まれた険のある表情からは、その若さと相反する様に老獪さを感じさせる。

 また全身の筋肉は先程よりもずっと隆起しており……今の身体こそが、訃堂にとっての肉体的全盛期である事が窺えた。 

 

「人の技が……神に届く筈もなかろうがッ!」

 

 そして。

 後光のような光を纏った訃堂は即座に拳を抜き放ち……自身に纏わり付く『マネモブ』を一撃の下に解体していく。

 

「ブぐっ」

 

「!? 8号がやられたッ! 退──がぽッ」

 

 ──その速度は神速。

 

 彼らは訃堂と一合しただけでその命を二つも犠牲にした。

 

「……ゾクゾクするやんケ」

 

「……やべぇ。お嬢ちゃん達早う逃げッ!」

 

「クソッ、()達だけでどれだけ時間稼げる……!?」

 

「やってみなきゃ分かるわけ無いだろそんなの!」

 

 彼らは皆口々に言い合いながらも、既にその脳内には次なる一手を想起している。

 

 ……だが。

 その戦いの先にあるのは……確実なる『死』であると言うことが、彼女にはよく分かった。

 

「……『なんJ』さん。……青髪の女の子」

 

 だからこそ……彼女は静かに闘志を滾らせる。

 

「……多分、私もすぐに()()()に行きますわ」

 

 敗色濃い難敵……分の悪い戦い。

 それでも彼女は、戦いの場へと足を向ける。

 

 一体何が彼女を突き動かしているのか。

 

 ──さて。

 彼女には……常人とは違う世界が見えている。

 生まれた頃より、彼女は物事における『最適解』が見えていた。

 

 彼女の世界を例えるならば……ノベルゲームの選択肢の様なモノ。

 

 仮にだ。

 『テーブルの上にあるリンゴ』を取ろうとした場合、普通の人であればそのままリンゴを取ろうとするだろう。

 

 しかし彼女の場合は違う。

 その行動に移る前に、一度脳内で幾つもの処理が走る。リンゴまでの距離、歩数と足を踏み出す角度、地面を踏む力……等々。そう言った演算の結果、リンゴを取ると言う行動に対しての最適解を得る。

 そして『最適解』を考えてから行動に移るという行程となっている。

 

 コレが先程の、『テーブルの上にあるリンゴ』を取るレベルの動作で常に起こっていた。

 

 故に、『お嬢様』の見ている世界が常人とは違うことを知るまでの両親は、彼女のことを非常に心配していた。

 一挙一動が他の子供よりも遅く、偶に熱に浮かれたように鼻血を出すことなどしょっちゅうだった。

 

 そんな他の子との違いから、自分の子が何か重い病気か何かなのではないのかと気を揉んでいた『お嬢様』の両親であったが……しかし、その症状はある時から急激に解消されることとなった。

 

 格ゲーとの出会いである。

 

 彼女はある日動画サイトで見た格ゲーのプレイ動画を見て……思った。

 何故、この人はこんなに悪手を打ち続けるのだろう。

 私だったらもっと上手くプレイできるのに、と。

 

 ある意味普遍的な理由から両親にゲームをねだった彼女は、初めてプレイした日からネット対戦に潜り……当然のようにズタボロにされた。

 

 ボコボコにされたのには幾つか理由があるが、大きいの理由としては先述の通りの行動の遅さである。

 彼女にとっては、戦況が常に変わり続け『最適解』が移り変わる格ゲーは、それはもう相性が悪かった。

 

 コレに関しては彼女の体質的に、もうどうしようもないこと……だが。

 

 だが、そんなことはどうでも良かった。

 

 ──何故なら、彼女は既にブチ切れていたから。

 

 ボッコボコにされた彼女は……それはもうキレた。

 壁際で嵌められたことも。高速屈伸で煽られたことも。思い通りに動かない自身の身体にも。そしてクソのような回線の御陰で思い通りに動かない自身のキャラにも。

 

 この世の全てにブチのギーレェだった。

 

 故に、彼女は面白いほどに格ゲーにのめり込んでいった。

 元より負けず嫌いという事もあったのだろう。しかし格ゲーの持つ魅力にそのものに囚われた彼女は、まるで坂を転げ落ちるかのように格ゲーを突き進んでいくこととなる。

 

 そうして時は流れ……彼女が格ゲーにはまったのが8歳の頃なので、丸々20年を格ゲーに捧げた事になる。

 

 正直、その20年で生み出されたモノは引きこもりアラサーの女の子だけだったが……それでも格ゲーが彼女に与えた恩恵は大きく。

 家の中の配線は彼女が全て把握するようになったし、DIYで一階から二階までLANケーブルを通るよう梁を改造したし……その途中に転落して頭を強打した結果死んでしまったり。

 

 色々とあったが彼女は常人と同じような行動が出来るようになっていた。

 いや、『最適解』を選び続けるという性質上彼女の動きは常人よりも鋭いモノとなる。

 

「……」

 

 故に、彼女には()()()()()()()が見えている。

 

 即ち、自身の死である。

 

 だがそれでも彼女は戦場に赴く。

 それは何故か。

 

 それは仇討ちでも……ましてや戦いが好きだからでもない。

 

 ──その理由はただ一つ。

 

「そちらのコスプレイヤーのお嬢様方。危ないから早くお逃げなさい」

 

「……え?」

 

 大人として。

 武器を構える装者達よりも長く生きた先達として。

 

 彼女達を守るために。

 

「……」

 

 ……何より仲間を守るために、彼女は戦う。

 

「──はあっ!」

 

 直後、彼女は装者達の返事を待たずして訃堂へと飛びかかる。

 

「むっ」

 

「っ──」

 

 訃堂が反射的に放った神速の拳を、しかし彼女は最適解を導き出し的確にカウンターと重ねる。

 

 バチンッ、という彼女の拳が訃堂の顔面に突き刺さるが──しかしその効果を実感することはなく、即座にホルスターからソードを抜き放つ。

 

 そして。

 

「おおおおっ!」

 

 それに合わせるように、残った『マネモブ』達が訃堂の周囲に展開、それと同時にソードとYガンを構える。

 

「ほう」

 

 何のやり取りもしていないと言うのに、即座に連携を可能としている両者の動きに、護国の神と化した訃堂でさえ息を吐く。

 

 しかし。

 

「──貴様等であれば……値する」

 

 何時の間にかその両の手には、二つの宝刀『群蜘蛛』が握られていた。

 

「我が権能。護国の一撃を」

 

 直後、『お嬢様』は強烈な死の予感に身体を震わせ──『マネモブ』へと叫ぶ。

 

「合わせろッ!」

 

「っ、ああ!」

 

 果たして、それは正解だったのか。

 

 訃堂の『群蜘蛛』が白く発光した瞬間、訃堂へと迫る()()()()()()、一つ残らず叩っ切られた。

 

 そして。

 

「ああっぐうっ!?」

 

 次いで『お嬢様』の両手と、『マネモブ』の持つ武器が吹き飛んだ。

 

「む?」

 

 訃堂は、自身の放った護国の権能が及ぼした結果に首を捻る。

 その疑問は明白。

 明らかに規模が小さいのだ。

 

 ──そう。

 本来であれば、彼は先程『企業』のビルを吹き飛ばした極大の一撃を以て周囲一帯全てを吹き飛ばすつもりで居た。

 

 だと言うのに、破壊されたのは『お嬢様』の両腕と……『マネモブ』の武器のみ。

 

 訃堂は使いこなせていなかった。

 ……否、まだ理解していないのだ。その埒外の力の自身の力の理屈を。

 

「……」

 

 故にこそ生まれた思考の空隙。

 

 『お嬢様』は小さく笑い、スーツが流動する。

 

 ──『お嬢様』の選んだ『最適解』により両腕は吹き飛んだ。

 

 だが。

 訃堂という達人を超えた達人が……唯一無防備となるこの瞬間を生むために。

 

 全てはこの一撃のために。

 

「ああぁぁあああ!」

 

 彼女はバランスを崩しながらも、しかし人生最高の蹴りを訃堂の頭部へと抜き放つ。

 

「──!?」

 

 その一撃は小さな竜巻。

 旋風と化した蹴りは、正に首を刈り取る一撃。

 

 完全に訃堂の虚を突いた『神殺し』の一撃は──痛打となって訃堂の意識を瞬間的に吹き飛ばす。

 

「──あーあ」

 

 しかし。

 両の手を失った彼女は……覆らぬ未来に、少しだけ残念そうに息を吐く。

 

 ──彼女は既に次の展開を読んでいる。

 

 さて、時に自身の知識を超え獣のような直感によって得られるその解は、彼女に複数の『最適解』を提示することがある。

 

 現在彼女には数十通りの『最適解』があった。

 

 そんな中彼女が選んだ選択とは……訃堂相手に最も時間が稼げる行動である。

 

 そして。

 

「皆様! 今のうちに早くお逃げになって!」

 

 この後彼女はどう動いても……死ぬ。

 

「まぁ……最後まで足掻きますけどもッ!」

 

 彼女は両腕を失いながらも、立ったまま意識を失った訃堂の頭に渾身の踵落としを喰らわそうとして。

 

「──果敢無き哉」

 

 死の予感に目を覚ました彼が、その踵を軽く受け止める。

 

 両腕を失い、決死の覚悟で稼げた時間は……()()()()()()()

 

 その事実に少しだけ泣きそうになるも、彼女は何処か満足していた。

 

「──残す言葉はあるか。武士よ」

 

「……一思いにどうぞ」

 

「良かろう」

 

 それは戦士として、ほんの数瞬だけでも目の前の達人から意識を奪う事が出来たから。

 ……何より。二人の仲間を殺された意趣返しが……少しでも出来たから。

 

「……」

 

 ああ、だがせめて。

 

(……彼に一言……伝えておきたかった──)

 

 彼女は最後に、そんな風に思って──。

 

「──だとしてもぉぉぉッ!」

 

「……え」

 

 その思いは、繋がれた。

 ()()の……魔剣の一撃によって。

 

 後方より突き進んだその拳が訃堂を撃ち抜く。

 

「むぅ!?」

 

 それは正しく訃堂の意識の外からの一撃。

 つまり……気にもとめない雑魚の一撃でしかなかった。

 

 だが。

 

「ぐっ!? ()()この痛みッ……!」

 

 その拳には、二千年と受け継がれてきた神を殺す一撃が宿っている。

 

「──真似人さん!」

 

「おうよっ!」

 

 そして、装者達はシンフォギアを決戦形態(イグナイトモジュール)へと変えながら訃堂へと飛びかかっていく。

 次いでその補佐をするように何人もの『マネモブ』が訃堂の元へと駆けていくが……その中の一人が『お嬢様』の元へと駆け寄ってくる。

 

 当然その光景に目を丸くしたのは『お嬢様』である。

 

「ちょっ……何で!? 何故逃げてないんですの!?」

 

「何故って……人助けがワシのモットーやん?」

 

「いや! 知りませんけれ……!?」

 

 話が通じねぇ! とばかりに叫んだ『お嬢様』だったが、血を失いすぎたせいかくらっと意識を失いそうになる。

 

「おっと。まずは止血止血」

 

「……それっ、よりも……! 早く逃げなければ……皆死んでしまいますのよ!?」

 

 だが、それでも彼女は……自身の治療を始める『マネモブ』に食ってかかる。

 

 しかし。

 

「逃げてどうする」

 

「……え?」

 

「もうミッションはミッションの体を為してない……アンタは見れてないだろうが、既に時間制限がなくなっているし……マップもおかしな事になっている」

 

「……」

 

 『マネモブ』は、常の着飾るような言葉遣いを止め……標準語で語り始めた。

 

「であるなら。ここを生き延びるためには……あの化け物お爺さんと勝たなければいけない。その為の処置だ」

 

「……です、が! 勝てる可能性は……!」

 

「それが……そう言う訳でもなさそうだ」

 

「……え?」

 

 一体、彼と装者達の間にどのような会話があったのか。

 『マネモブ』は何処かを見つめて、『お嬢様』にこう返す。

 

「アンタが稼いだ数瞬は……アンタが思っている以上に重要なモノだッた」

 

 傷口を堅く縛り終えた『マネモブ』は、彼女を担いで戦場から少し離れた場所まで連れて行く。

 ──そして。

 

「ちょっ! これはどう言う状況デスか!?」

 

「な、何コレ……!?」

 

 風鳴本邸の入り口からは、切歌と調。

 そして幾人かの黒スーツ達が。

 

『……おい! これはどう言う状況だッ!』

 

「ほう……こうなったんか」

 

 飛行ユニットから……ヒイロと岡八郎が。

 

 そして。

 

「おおおおっ! 現着!」

 

「デデ!? 何で司令がここに!?」

 

「と言うか何故空から!?」

 

 何処からかすっ飛んできた……戦士となった風鳴弦十郎が。

 

 今……ここに戦力が集結しつつあった。

 

 そんな状況を見ていた『お嬢様』は、何処か気まずそうに言葉を漏らす。

 

「……半分知らない人なんですけれど……」

 

「ああ。だが……アンタはこの戦況、どう見る?」

 

「……」

 

「俺が思うに……まだ死ぬことを受け入れるのには早いと思うんだが」

 

 『マネモブ』のその問いかけに、『お嬢様』は押し黙る。

 

 ──さて。

 時に自身の知識を超え……獣のような直感によって得られるその解は、彼女に複数の『最適解』を提示することがある。

 

 故に、彼女の直感は……一つの答えを紡ぎ出す。

 

「……ええ。そうですわね」

 

 そう、それは──。

 

「応急処置を大至急頼みますわ。すぐに戦場に戻ります」

 

 新たに開けた、()()()()()()()である。

 



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正しい人間

 風鳴本邸にて、全戦力が集結しつつある。

 

『……コイツが……風鳴訃堂』

 

「そや。気ぃ引きしめぇや」

 

 『七柱殺し』と『人類最強』。

 

「ヒ……GANTZ君!」

 

『!? 弦十郎さん! こっちに来てくれたかッ!』

 

 そして『神殺し』達と、シンフォギア装者。

 

「ちょっ、なんでお前がここに居るんデスか!? 足止めは……!」

 

「それよりも切ちゃん! 私達も抜剣して時間を……!」

 

「うぅ~! お前ッ後で色々と説明して貰うデスよ!」

 

 戦いは既に総力戦の形を為していた。

 ──だが。

 

「……次から次にゾロゾロと……!」

 

 勝利には、幾つもの犠牲が伴う。

 

「あああぁあああっ!」

 

 イグナイトモジュールを起動し、決戦状態へと移行した装者達による決死の足止め。

 

 クリスは弾丸をばら撒き。

 翼は具現化した巨大な刀剣を訃堂へと突き立て。

 マリアは溢れんばかりのエネルギーを一点へと集中し、ゼロ距離で訃堂の腹へとぶちかまし。

 

 そして立花響はぶん殴る。

 

「儂の……護国の邪魔を……するなァッ!」

 

「!?」

 

 しかしそれら全て、訃堂にとってはただ鬱陶しいだけの攻撃でしか無い。

 

「嘘ッ!?」

 

 弾丸が、刀剣が、ビームが、拳が……全ての攻撃が訃堂の全身へと突き刺さる。

 

「如何な毒手であろうと……来ると分かっておれば対策など容易いわッ!」

 

 直後、訃堂は──。

 

「はあアッ!」

 

 護国の力を光と解放する。

 

「ぐうあっ!?」

 

 その怪光線を真正面から受けた立花響は身体は軋みを上げ、シンフォギアのプロテクターが砕かれる。

 どころか、その光線は衝撃を伴って彼女の身体ごと周囲全てを吹き飛ばす。

 

「!? おい大丈夫かッ!? クソ、この爺さん全然攻撃が効かねぇんだけど!?」

 

「くっ……! 流石はお爺様……ッ!」

 

「まだなの!? 私達だけじゃこれ以上……!」

 

 マリアのその叫ぶような問いかけはS.O.N.G.司令室に向けてのモノだろう。しかし、その返事は芳しくなかったのか……彼女の表情が苦く歪む。

 

 だが。

 

「──あの化け物相手に普通に戦っている姿には好感が持てる」

 

「っ、真似人さん!」

 

 吹き飛ばされた立花響を受け止めた『マネモブ』達が……装者達に付き従うよう、歩みを揃える。

 

「今度は私達が道を切り開こう。()()()があのお爺さんに届けば……まだ勝機はあるんだろう?」

 

「……はい」

 

 再度確認するような問いかけに、神殺しの拳を持つ立花響は神妙な表情で頷いた。

 

「……よし。私達が彼の意識を逸らす。長く持たすことは出来ないから……機を逃さないでくれよ」

 

 そう言って『マネモブ』達は……いや、()は全霊を持って時間を稼ぐ方法を考慮していく。

 そんな中、彼は思い出していた。

 

 先程交わされた会話と、渡された通信機によって行われた説明を。

 

 

 茂部真似人。通称『マネモブ』には、一つのモットーがある。

 曰く……『人助け』。

 

 そんな彼の死ぬまでの人生とは、それはもう……普通の人生だった。

 普通の家庭に生まれ、普通の学校に通い、普通の部活をして、普通の大学に合格し、普通の会社に就職した。

 彼はそんな人生こそが幸せだと知っていたし、そんな人生はクソだとも思っていた。

 

 何故なら……彼のモットーは『人助け』。

 普通の人生で『人助け』出来る数は……限られているのだから。

 

 そう。彼の『人助け』への思いは重く、自身の人生をクソと愚弄する程である。

 けれど哀しいことに彼は教員として働けるほど頭が良くはなかったし、警察官になれるほど身体は強くなかった。

 

 彼は酷く絶望した生活を送っていた。

 だが、それでも。

 

 『彼』は最後に……交通事故に遭おうとする子供を助ける事が出来た。

 

 その結果死んでしまったが、『彼』は死への苦しみよりも誰かを助けられた事の方がずっとずっと大きかった。

 

 それ程に……彼の『人助け』への思いは大きく、重く。

 何故なら彼は……誰かを助けているときだけ、人として生きている実感があった。

 

「……話?」

 

「はい、貴方達に協力を要請したいんです!」

 

 だから、彼がその申し出を断ることなどせず。

 

「分かった。何をすれば良い?」

 

 一も二もなく頷いた。

 そんな『マネモブ』の姿に意外そうな顔を浮かべた装者達だったが……彼女達はすぐにシンフォギアに付けられていた通信機を外して彼へと渡す。

 

「今後はこの通信機で情報をやり取りする。可能な限り命令には従ってくれ」

 

「……ああ。分かった」

 

「……やけに物わかり良いな」

 

 そして、一旦彼を信用した装者達であったが……流石に物分かりが良すぎる『マネモブ』に疑念を抱く。

 だが、当の彼は何処までも冷静に通信機を耳元に付け、装者達へと言葉を返す。

 

「良いも何も、あのヤバいお爺さんを倒さないといけないのは私も同じだ。既に8号と6号が死んだ今、猫の手も借りたい」

 

 猫の手も借りたい、と言うのは事実である。だがそうは言いつつも、彼の真意は別にあった。

 

「それとも、君達は逃げてくれるのかな?」

 

「……それは、出来ません」

 

「……そう」

 

 それは、急に戦場に現れた彼女達の安全確保。

 それこそが元よりの理由で、それ故に『お嬢様』と二人で時間稼ぎを買って出たのだが。

 

 逃げることなく戦闘態勢を解かない彼女達を見て、彼女達もまた眼前の爺を倒さねばならないのだと……彼は判断した。

 

「なら作戦を教えてくれ。可能な限り力になる」

 

 であるならば。

 彼らにとっての最善は……被害が拡大する前に訃堂を討伐する事である。

 

『ご協力痛み入る。では、早速此方から情報を送る』

 

 そうして送られてきたのは『神』と化した存在の殺し方。

 

 詰まる所の……『神殺し』の方法である。

 

 そして時は現在に戻る。

 

「ぐうっ!」

 

 『神殺し』。

 彼もまた同じ名前で呼ばれているが……さて、神を殺すという偉業はどのようにして行われるのか。

 

 難しいようだが、行動自体はシンプルだ。

 立花響が……訃堂をぶん殴る。

 

 彼女の纏うガングニールには……人類が二千年掛けて蓄積させた哲学の兵装、『神殺し』の力がある。

 

 なので神となった訃堂にその力をぶつければ、それだけで有効打となり得る……のだが。

 先程はそれを気取られていたが故に効果が薄かった。

 

 ……ならば、意識の外からぶち込めば良いだけのこと。

 

「おおおっ!」

 

 『マネモブ』達はそれぞれの意識が繋がっていると言うわけではない。

 だが同一存在であるという利点は大きく、皆が皆何をしているのかが手に取るように分かる。

 

 故にこそ可能となる熟練の連携。

 

「おおおッォオオ!!」

 

「むっ」

 

 二人が全く同時に致死性の技を放ち……訃堂の気を引かせて足止めする。

 直後に止まった訃堂の足に痺れの効果がある蹴りを放ち、更に足止めに徹する。

 

 それを三百六十度様々な範囲から休み無く放ち続け、技を繋げていく。

 

「……」

 

 だが。

 その連携ですら……訃堂にとっては羽虫がぶつかるようなモノでしか無く。

 本来であれば全てが致命の一撃となり得る技は、訃堂の超絶技巧によって全てが打ち払われてしまう。

 

「……」

 

 だが、それでも流しきれない小さな痛みが有った。

 その痛みを例えるなら……強風で飛んできた雨がぶつかるような痛みと不快感。

 

 故に訃堂は鬱陶しそうに『マネモブ』達を払おうと──。

 

「ッ、ぐふっ!?」

 

「!?」

 

 した瞬間、小さくも蓄積された『マネモブ』からのダメージに、訃堂は思わず血を吐く。

 その予想外のダメージは彼達にとっても想定外のモノだった……が

 

 それが千載一遇の好機である事は間違いなく。

 

「──はああっ!」

 

 蹈鞴を踏む訃堂へと『マネモブ』の背後から飛び出た響が飛びかかり、そして──。

 

 ──さて。

 『神殺し』。

 正に神の天敵となるその力の一つは、人類から生まれた。

 

 それは哲学の兵装。

 『ガングニール』の持つ槍という性質に刻まれた……『神殺し』。

 

 人類が掛けた二千年の呪いは正に、『神』に対して圧倒的な効果を発揮するだろう。

 それ程に人類の持つ想いの力は強く、強大なモノなのだ。

 

 では。

 

「──え?」

 

 ()の抱く想いもまた……同じような力を持つのではないか?

 

「……光の……盾!?」

 

「盾呼ばわりとは不躾なッ! 護国の剣よッ!」

 

「!?」

 

 それは、彼の想いが繋いだ哲学の兵装。

 

「神殺し……神と至った以上、その様な力が儂に通じるのも詮無きことか」

 

 彼の『護国』への想いが形となり、『神の力』を以て現出した……光の剣。

 

「──だがッ! その様なモノが……我が護国の剣に勝ると思うたかッ!」

 

「ぐっう!?」

 

 本来であれば。

 ……そう、本来であれば、神の力で作り上げた訃堂の権能()は『神殺し』に淘汰される筈だった。

 

 だが、風鳴訃堂に常識は通用しない。

 

「人類が二千年かけて作り上げた呪いが、儂の護国への想いより強いなど……誰が決めたッ!」

 

 神殺しの呪いよりも、彼は上回ったのだ。

 より強固な護国への想いを以てして、『神の力』という概念を──『護国の力』と上書いた。

 

「ガングニールがッ……!?」

 

 直後。

 光の剣が巨大に膨れ上がり、シンフォギアごと立花響の拳へと上っていき──。

 

「──させるかッ!」

 

「え?」

 

 『マネモブ』達が呼応するようにソードを抜き放ち。

 

「──武器だッ! この光の盾は武器に反応する! 誰でも良い、攻撃をッ!」

 

「盾ではないッ! 剣だッ!」

 

 ──背後に迫る戦士達へと呼びかける。

 

『撃て撃て撃てッ!』

 

「ああっ!」

 

 遠距離から攻撃できる者は全力で光の剣へと攻撃し。

 

「響君ッ!」

 

「っ、師匠!?」

 

「素手じゃなく武器で攻撃をッ!」

 

「おうよっ!」

 

 『人類最強』の男、風鳴弦十郎は……地面を踏み砕き、空を伝う衝撃を武器とし。

 

 そして。

 

「ああああっ!」

 

 『マネモブ』達は皆、そのソードを光の剣へと突き立てる。

 

 ガキッン、ガガガッ、ギョーン。

 幾つもの音が重なり合い、紡がれていき。

 

 光の剣は立花響の拳ではなくそれらの武器へと集中していく。

 

「引き抜け!」

 

「は、はいっ!」

 

 『護国の力』が分散した瞬間を狙って、立花響とマネモブ、そして弦十郎が力を合わせて無理矢理拳を引き抜き、彼らは即座に後退する。

 

 直後。

 

『ぐうっ!?』

 

「うおっ! 爆発したッ!?」

 

 後方からは幾つもの爆発音が鳴り響き、『マネモブ』が突き立てたソードもまた同じように爆発した。

 

「……」

 

 武器達の末路は有り得たかも知れない自身の末路のようにも思えて……立花響は思わず身震いする。

 

「あの光……やっぱり向かってくる武器に反応していたか」

 

「あ、あの……ありがとうございます」

 

「気にしなくて良い。今はそれよりも……」

 

 彼女は即座に光の剣の絡繰りを見抜いた『マネモブ』に感謝の言葉を投げかけるが、彼の反応は芳しくなく何かを探している様な雰囲気だった。

 

「……待て、あのお爺さんは何処に──」

 

「……気配が……消えた?」

 

 それは、風鳴訃堂の姿。

 『護国の力』を展開した後より、風鳴訃堂の姿が見えない。

 

 そして、『マネモブ』達が上を見たその瞬間。

 

「──ッ!」

 

「え?」

 

 ポンッ、と。

 『マネモブ』達は響を弦十郎の元へと押しつけた。

 

 何が起こっているのかを即座に理解できなかった響は──しかし、弦十郎のその表情から何か嫌な予感を感じ取った。

 

 

 ──感情が希薄だと、私は祖母の葬式のおりに嫌みを言われた。

 私は祖母とそれ程会ったことも話したことも無いのでよく知らないが、きっと優しく良い人だったのだろう。

 

 葬式の最中、何も喋らず無表情で居る私を見た祖母の友達一同は……皆私を人形と言って罵った。

 

 確かに私の表情はよく感情が見て取れない仏頂面と言われる事が多い。

 だが私は……感情のない人形じゃない。

 痛みもある、苦しみも哀しみもキチンとある。

 

 祖母が死んだことに哀しみはあった。ただ、それが表情と出ないだけで……私は本当に哀しいと思っている筈だ。

 ……筈なんだ。

 

 祖母の死のことを改めて考えた時。私は疑問を抱いた。

 私は本当に、祖母が死んだ事を哀しいと思っているのか? と。

 

 深く深く私の心を探ってみても、湧き上がってくるのは祖母の死に対する哀しみではなく。

 ただ、自身が『人形』と罵られた事だけが心の中で反響している。

 

 だから深い絶望があった。

 まさか私は本当に、親族が死んでも何とも思わぬ『人形(マネキン)』なのではないか? と。

 

 違う。

 

 違う違う……違うッ!

 

 私は、私は人間だ! 

 

 葬式の最中、私はそれだけを考え脳内を駆け回っていて……ふと気付いた時には祖母の死の事など何一つ考えて居ないことに気付き、絶望した。

 

 ……だから、人であろうと努力をした。

 表情を付ける練習も、溌剌とした喋り方も、あからさまなくらいのリアクションも。

 そのどれもが……実を結ぶことはなかった。

 

 どれだけやっても表情は豊かにならず。

 なのに言葉と行動だけが溌剌としていてチグハグ。

 

 気味悪がられ、人形と蔑まれ。

 

 けれど、そんな絶望の中にも光はあった。

 

 その始まりは……授業の一環としてやらされたただのボランティア活動。けれどその活動の際に、地域の人間に『ありがとう』を貰った。

 その時の筆舌に尽くしがたい感情は麻薬のようで。

 誰かのためになっている間は……私は誰かに人間と見て貰えていると実感したのだ。

 

 それからだ。

 人であり続けようと……認めて貰おうと、『人助け』に奔走したのは。

 だから、その結果例え死のうとも……構わなかった。

 

 人として、死ぬことが出来るのだから。

 

 だからオリジナルと……1号と2号は幸せだ。

 1号と2号(彼ら)は二人とも、心不全となった母の為に死んだ。

 

 母は元から心臓が弱い人だった。

 それでも普通に生活出来る程ではあった。

 

 だから、医者が言うには運が悪かったらしい。

 

 たまたま……発作が悪い方向に行ってしまった様で。

 病状を解決するには順番待ちで時間の掛かる心臓移植か……いまだ費用が高く術後の負担も大きい人口心臓しか方法がなかった。

 そんなモノ、最早選択の余地はない。

 故に私は全てを……自身の心臓を捧げる事にした。

 

 当然そんなこと、現代の医療も司法も許容しない。

 だから私は司法の外を頼ることにした。

 

 当然金は掛かるが、母を助けることは何よりも優先される。

 私は躊躇も躊躇いもしなかった。

 

 ──1号の心臓以外の内臓全てと、2号の内臓を何処ぞに売って資金を確保して。

 ──腕の良い闇医者に頼り、私の心臓を母に移植した。

 

「……」

 

 ……私には、それで死んでいった1号と2号の気持ちは真の意味では分からない。

 だが、彼らは幸せだったと思う。

 

 私も、そうなのだから。

 

「っ、真似人さん!?」

 

 そう嘆かなくても良い。

 私にとっては、これこそが本望なんだ。

 

 私には『人助け』の才能は無かった。

 だから毎回、効率の悪い方法でしか出来なくて。

 

 それでも私は……死んでも誰かのためになれる"人間"になりたかった。

 

 迷走に迷走を重ねて、通信教育という形で自衛の手段を広めて。

 酷い失敗もしたけれど、それでも私の技を使ってくれる人が居て。

 

 ……そうだ。

 『ひーろー』君。彼はずっと、私の技を使ってくれた。

 

 何時も助けられてる、なんて。態々手紙まで出してくれて。

 

 ……とんでもない。救われていたのは……私の方だ。

 

「……」

 

 光が、私の視界を埋め尽くす。

 

 ……あの光、武器を対象として発動しているのではなかった。

 恐らく……自身に迫る()()を対象としていたのだろう。

 

 そのことを、あのお爺さんもまた完璧には理解していなかったのだろう。

 

 ──ただ。

 もしかして、というか、やっぱりというか。

 さっきの大爆発もあのお爺さんがやったことだったんだな。

 

 極光に飲まれ……最早苦しみすらなく身体が飽和していく。

 

「……ああ」

 

 けれど最後に……あの強そうな彼が上手く逃げてくれた瞬間は見えて。

 

 私は……私達は、自分が人間として死ねたことに……とても安心した。



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逆転への狼煙

「そんっ……な……」

 

 弦十郎の超人的な跳躍により訃堂の権能から逃れた立花響は……生き残ったというのに、何処か絶望したような表情を浮かべていた。

 

「……くっ!」

 

 そして、彼女と同じように苦しげな顔をしているのは『人類最強』の男である風鳴弦十郎である。

 彼の視線は既に空へと向いており……そこには、何処までも見下すような表情を浮かべている風鳴訃堂の姿があった。

 

「果敢無き哉」

 

 常の見下すような語り口調。

 けれどその声色には何処か憐憫のようなモノすら含まれており……死んでいった何人もの『マネモブ』の行動がまるで理解できぬと言わんばかりに息を吐く。

 

「その命を犠牲に救ったのが……小娘一人か」

 

「っ……」

 

 そんな訃堂の言葉は、生き残った立花響の心に突き刺さる。

 

「……真似人……さん」

 

 関わった時間はほんの少し。

 けれど彼女は知っている。『マネモブ』が……その冷酷そうな見た目と反した、とても優しい人であると言うことを。

 

 だからこそ、そんな彼が自身のせいで死んでしまったという事は少女の心に深く傷を刻みつけていた。

 だが、そんな彼女の思考を現実に引き戻すように、弦十郎が少女を地面へと下ろす。

 

「……師匠……私……っ」

 

「……苦しいか、響君」

 

「……」

 

「だが今は……それでも前を向くんだ」

 

 その縋るような言葉に、弦十郎はしかし厳しく前を向かせる。

 そして。

 

『──おい! 大丈夫かッ!?』

 

「特訓バカッ!」

 

 後方にて支援を行っていた者達が駆け寄ってくる。

 

「……皆、彼女を連れて後方に下がってくれ」

 

「ちょっ、オッサ──」

 

「命令だ。俺が時間を稼ぐ内に……どうにかしてあの光の突破口を探れッ!」

 

「っ!?」

 

 何時になく厳しい口調で語る弦十郎の視線の先。

 ……そこには、()()()()()()()()()()()が生まれていた。

 

『弦十郎さん! 俺も……!』

 

「駄目だッ!」

 

『ッ……だが……!』

 

 即座に弦十郎と共にその時間稼ぎを行おうとしたヒイロだったが、それも弦十郎に拒否される。

 当然ヒイロも言葉を返すが……次いで飛んできた弦十郎の言葉に声を詰まらせる。

 

「君は……切歌君を守るんだろ!?」

 

『ッ……』

 

「こう言う役回りは……年長者に任せろ!」

 

『あっ、おい!』

 

 そして、ヒイロが止める間もなく弦十郎は空に飛んでいる訃堂へと飛びかかった。

 

『……クソっ、雪音! 立花を運ぶぞッ!』

 

「……お前……」

 

『ああッ!? 早く手伝えッ!』

 

「……チッ。分かったっつの」

 

 不承不承ながらに立花響を連れて一度戦線を離脱する事にしたヒイロは、やけに反応が鈍いクリスを急かして立花響を連れて離脱する。

 

「……クリスちゃん……GANTZさん……」

 

『……』

 

「……ごめん……私……」

 

 立花響。

 

 彼女の様子は疲弊している様に見えるが、その理由は当然身体的なモノではない。

 自身を助けて死んだ、幾人もの『マネモブ』の存在故である。

 

「ど、どうしたんですか響さん!?」

 

「な、何か凄い光って全然見えなかったデスけど! 何があったデス!?」

 

 ──そこは風鳴本邸を出てすぐの場所。

 現在その場所には生き残りの黒スーツ達と装者達……そして負傷者達が集められていた。

 

「……響さん?」

 

 しかし、立花響は装者達の心配するような声に応えることは出来ず……地面にへたり込む。

 

「……ごめん……ごめん…なさい……」

 

「……お前……」

 

「私っ、私のせいで……!」

 

 立花響は、へたり込んだ状態で嗚咽を漏らすように嘆く。

 

 ──それは『企業』のビルを吹き飛ばした極光と寸分違わぬ一撃。

 その一撃は、例えどれほどの実力者であろうと耐え切る事など不可能に思える。

 

 その一撃によって()()が溶けていく瞬間を目撃してしまったダメージは思いのほか大きく。

 立花響の精神は随分と疲弊していた。

 

 だがそれを知っているのは響と弦十郎。そして比較的近い場所で射撃していたクリスとヒイロのみである。

 離れて支援を行っていた彼らには何も……見えて等居なかった。

 

「……響さん……」

 

 故に彼女達は響がどうしてこのような状態になってしまったのか、その理由が分からないで居た。

 

 ……いや。

 

 仮に知っていたとして、誰が口を出せるだろうか。

 

「……」

 

 その一部始終を見ていたクリスは、重苦しく口を閉じて。

 同じくそれを目撃していたヒイロもまた……立花響に対してどのような言葉を投げかければ良いのか分からないでした。

 

 それにヒイロもまた……『マネモブ』の死にはおおきな衝撃を受けていた。

 

『……マネモブ……』

 

 彼はぽつりと、散っていった存在への手向けのように……心の奥底に隠してあった彼への想いを、誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

 

『……勝手だけど……師匠だと……思ッてた……』

 

 そう、ヒイロは……『マネモブ』のことを師とすら思っていたから。

 自身の死生観との完全なる相違、クローンを受け入れる倫理観。それら全てが彼とは合わなかったが……彼の技には幾度も救われてきた。

 

『……ちくしょう……』

 

 複雑な感情は、その一言に込められて。

 

 マネモブ。

 彼は幾年も共に語り合った友であり、自身を救っていた技の師でもあり。

 そして何より……大っ嫌いな考えの持ち主でもあった。

 

 故にこそ、せめてもの手向けの言葉。

 

 返事など、当然期待していなかった。

 

「ふうんそう言う事か」

 

『!?』

 

 ……のだが。

 

「なんだ『ひーろー』。嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

 

「!?」

 

『!?』

 

 彼ら彼女達の背後より、『お嬢様』の応急処置を終えた最後の『マネモブ』が現れる。

 

『お、おまっ!?』

 

「真似人さん?!」

 

 当然ながら恥ずかしいことを呟いたヒイロと、もう『マネモブ』は死んでしまったと思っていた立花響は目を丸くする。

 

「……ふむ。死んだか……私達は」

 

「!?」

 

 そして最後の『マネモブ』はあわあわとしているヒイロを無視して……座り込んでいる立花響へ目を向け、彼女のその弱々しい姿と、先程の巨大な爆音。

 

 ……そして、返ってこない自身の姿に……色々なことを察した。

 

「立花さん……だったかな」

 

「……は、はい」

 

 『マネモブ』は彼女へと視線を合わせるように膝をついて、その感情を伺わせない表情のまま立花響へと言葉を投げかける。

 

 それは──。

 

「彼らの死を気にしているようだが……彼らの事なら気にするな」

 

「……え?」

 

 それは彼女への慰めの言葉だった。

 

「私と『彼ら』は同じ存在だ。死の瞬間に至るまで何を考えていたのかなんて、手に取るように分かる」

 

「……」

 

「彼らが最後に思っていたのは……君が生きていて良かった、という想い。そして生き残って欲しいという想い。この二つだけだ」

 

「……」

 

 そう。

 実際に先程死んだ『マネモブ』は本当に死んでいて……今目の前に居るのは顔が同じだけの別人でしかない。

 だが、ただの別人ではない。同じ記憶、同じ思考、同じ発想の元生きている……正しくクローン。

 

 だからこそ、その言葉の一つ一つには先程死んでいった真似人が宿っていて……。

 

「……だから、彼らに報いると言うのなら……また、私達と一緒に戦って欲しい」

 

「……」

 

 何処か辿々しく、しかし少女を思いやった言葉遣いは、少女の心に確かに届いていて。

 師匠と命の恩人の言葉は……彼女の心を揺り動かす。

 

(……そうだ。私がここでやるべき事をやらないで居たら……助けてくれた真似人さんの思いを踏みにじることになっちゃう)

 

 故に、彼女は立ち上がり……戦意を滾らせ拳を握りしめる。

 

「……そうですね! 立ち止まってばかりも……居られませんよね! 私も一緒に戦いますッ!」

 

 『マネモブ』の言葉によって、彼女は完全に立ち直っていた。

 

『……』

 

 そんな光景を眺めていたヒイロは仮面の奥で、小さく笑みを浮かべ──。

 

「……ったく。心配掛けさせんなよな」

 

 クリス達もまた、何時も通りに戻った立花響の姿に安心していた。

 

「……だけど、これからどうするの? 今は司令が時間を稼いでくれているけれど……」

 

 しかし……それでも問題は幾つも存在し続けている。

 

「……あのお爺さんの武器を破壊する光。どうやって攻略すれば……」

 

「ああ……お爺様そのものの戦闘力を考慮すると、剣無しで一体どうすれば……」

 

「それに、皆さんのイグナイトの制限時間ももう少ししかないデスよ!?」

 

「……」

 

 それは当然、神と至った風鳴訃堂への対応である。

 そして、それに付け加えるように……イグナイトによる使用時間の制限。

 

 イグナイトモジュール。

 それは決戦形態であるが故に、使用時間に制限が存在する。

 

 ()()()()()を重ね、使用時間の上昇とイグナイト状態の安全な解除等様々な改良を実現することは出来たが……既にエネルギーの消耗は激しく、もう一度抜剣した所で、精々十分ほどが活動限界となってしまうだろう。

 

「……」

 

 それは訃堂との戦いを考えると非常に心許ない時間制限だ。

 果たして十分で何が出来るだろうか。

 

 武器は使えず、されど敵は強大。

 しかも戦闘時間そのものにも制限あり。

 

 ──そして何も……問題は装者達だけで無い。

 

『……マネモブ。あんた一人で戦えるか?』

 

「それジョークか? 面白いことを言うなぁこの弟子は……て、言いたい所だけど。戦力の低下は否めないね」

 

『……だよな』

 

 既に満身創痍となっている黒スーツ達である。

 主戦力である『神殺し』達は全員ボロボロで……この中で現状戦力と言えるのは香川部屋と大阪部屋の住人達だけだろう。

 

『岡のオッサンは……何か消えてるし……()()()も全然来ねぇ……!』

 

 しかも皆統率が全くと言って良いほど取れていない。

 

 で、あるならやはり……今戦力として数えられるのは無傷の香川と大阪部屋の住人達となる……が。

 

 その有効な戦力だって、装者達と同じ問題を抱えている。

 ブラックボールの持つ優秀な武器を封じられている、と言う制限を。

 

 ……それに、何より彼らは。

 

「……なぁ」

 

『……あ? 俺?』

 

 その()()の中から、香川の部屋の男がヒイロに話しかけてきた。

 

「そっちの人にも聞いたけどさ……アンタはさっきあの緑の子から聞いた話……どう思う?」

 

『……聞いた話?』

 

「……いや、『企業』云々の話なんだけど……あの金髪の……()()()()()()が言ってた……」

 

()()()()()()()()()?』

 

 そう言って香川の部屋の住人は装者達と話し合っている切歌へと視線を向け、ほらあの子が言ってた……と言葉を付け加える。

 

『は? 滅茶苦茶可愛いだろ』

 

「え? そこ? ……いやまぁ……確かによく見たら可愛い………………違う! そうじゃなくてさ!」

 

『……じゃあ何だよ』

 

「そんなの! 一つしかねぇだろッ! 『企業』って奴等が篝火球……ブラックボールを操っていたって話だよッ!」

 

『……』

 

「クソ……俺達は……俺達は……どうすれば……」

 

 そう。

 彼らは何も知らないかったし、その所属も消滅した結果何もかもが宙ぶらりんだ。

 

 なのに、いきなり真実を告げられても……自分達はどうすれば良いのか。

 

 香川部屋の青年の言葉は、そんな彼らの代弁をして居るように見えて。

 

『……』

 

 ヒイロはその一幕だけで分かってしまった。

 彼らの戦意が……既に薄れてしまっていることを。

 

 そんな彼らをヒイロは──。

 

『……その答えは、自分で見つけるべきだ』

 

「……え?」

 

 ヒイロは、何処までも突き放すような言葉を彼に返した。

 

『戦う理由ってのは……誰かに聞くもんじゃない』

 

「……」

 

『だが俺は戦う。それだけの理由が……俺にはある』

 

 最後にそれだけを香川部屋の青年へと投げかけて……ヒイロは彼から離れた。

 そして。

 

「……『ひーろー』。君はブラックボールを完全に掌握してるんだろう? 負傷者の傷を治して欲しい」

 

 そんな一幕を見ていた『マネモブ』はしかし、その無表情な顔面をピクリともさせずにヒイロに頼みこんだ。

 

『……ああ、分かった。だが時間的に出来て精々一人ぐらいだぞ』

 

 そう。

 ()()()()()に居てブラックボールの機能を十全と扱えるのはヒイロだけである。

 既にミッションの体を為していない以上、ブラックボールの機能は全て使える状態だが……それでもブラックボールが傷を治すのには時間が掛かる。

 

 これからすぐに行動に移るとして……その時間で治せるのは一人だけだろう。

 

「……それと……出来れば戦力として私を三人ほど再生して欲しいんだが──」

 

『それジョークか? 面白いこと言うなこの蛆虫は』

 

「はいはい。冗談だよ」

 

 だと言うのに、付け加えるように放たれた『マネモブ』の言葉はヒイロの神経を逆なでする。

 

「なら……再生は彼女を頼む」

 

 さて。

 上記の幾つかの理由により……怪我を再生する相手は既に決まっている。

 

「……あら? 貴方どちら様?」

 

『俺は……『ひーろー』だ。初めましてだな、『お嬢様』』

 

「……あぁ……マザコンの……」

 

『は?』

 

 それは両腕を失った『お嬢様』である。

 

『……チッ。怪我治してやる』

 

「……頼みますわ。すぐにあのお爺ちゃんをどうにかしなければ……」

 

『……ああ。分かったよ』

 

 ──黒スーツ達と装者達。

 問題は山積みで……それらは到底簡単には克服する事はできないだろう。

 

 だが、希望とは得てして絶望の中でこそ見えてくるモノだ。

 

『──皆さん! あの光についての詳細が掴めました!』

 

「!? エルフナインッもう分かったの!」

 

『はい。それに伴って……支援に来て貰いましたッ!』

 

「……支援?」

 

 その通信の内容に眉を顰めたマリアだったが──。

 

「!? あ、貴方は……!」

 

 直後。

 マリア達は現れた人物達に目を丸くした。

 

「あ、貴方は……」

 

 その長い髪を後ろに纏め。

 知略に溢れたその容貌は見る人を魅了する。

 

 ()こそ……つい先日十九回クリアを果たし、『企業』からの支配の脱却を果たした男。

 

 そう、彼は──!

 

「さ──! 皆さん! 私が到着しましたよ!」

 

「……」

 

「……ん?」

 

「……誰?」

 

『え、だ、誰ですかその人?』

 

 



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「……」

 

「……」

 

 き、気まずい……。

 そんな心境が表情にありありと表れた装者達と"彼"は、無言で見つめ合う。

 

「……エルフナイン。彼が……?」

 

『い、いえ……知らない人ですッ』

 

 当然エルフナインが"彼"の事を知っている筈もなく。

 ハッキリと知らない人と言い切った。

 

「……誰……?」

 

「誰なんですこの人」

 

「誰だよ」

 

「誰……」

 

「……」

 

 『知らない人』はあまりの気まずさに汗を垂らしながらそのやり取りを聞いていたが……そんな地獄のような時間は思いのほかすぐに終わりとなる。

 

『……あ! おい! 『リーボック』ッ!』

 

「え?」

 

「! 其方に居たのですか!」

 

 そのヒイロの怒声に対する反応の差は装者と『リーボック』で非常に顕著な差が現れた。

 

「……え? GANTZさんのお知り合いだったんですか……?」

 

『ああ……俺が雇ってた奴……なんだが』

 

 当然の疑問を装者達がヒイロへと投げかけるが、ヒイロは端的な答えだけを返して、『リーボック』へと詰め寄る。

 

『お前……何やってたんだ? 遅えって』

 

「いやぁ……ははは! 申し訳ない! 少し立て込んでまして……」

 

 申し訳なさそうな表情で語る『リーボック』の言葉に、ヒイロは首を傾げる。

 

『……立て込んでた? お前、今店休んでるって言ってなかったか?』

 

 そう、『リーボック』は現在休職中だと聞いている。

 ……と言うか、ブラックボールを完全に掌握していて、更にどの時間帯でも自由に動ける人材だから彼を雇っていたヒイロである。

 

 その問いかけに、彼は重苦しく口を開く。

 

「……私用です。少し厄介な話が立て込んでしまいまして……」

 

『……ふぅん……』

 

「ですが来たからには相応の仕事はさせて頂きますよ」

 

 そんな彼の言葉に若干の違和感を覚えたヒイロだったが、まあ良いかと息を吐く。

 

『……ま、こっちとしちゃ仕事して貰えれば何でも良い』

 

 すぐにヒイロはリーボックを連れて、重傷者達が寝ている場所へと足を向ける。

 

『こっちに来てくれ、重傷者が一杯居る。それと武器だ、武器を──』

 

 今回『リーボック』を呼んだのは戦力としてではなく……サポートとしてである。

 

 予てより武器や怪我などをサポート出来る存在が少なすぎると懸念していたヒイロだったが……悲しい事にその予想は見事に的中してしまった。

 現在この場には、武器も、士気も、治療できる存在も足りていない。

 

 重傷者達と言うのは訃堂戦の第一波として犠牲になった者達だ。あの地獄の中で奇跡的に何人か生き残っている者達が居た。

 そんな彼らの怪我を治すのはヒイロ一人では間に合わないし……何より、すぐに前線に戻らなければならない。

 

 そんな状況で、後方にてブラックボールを使える存在が居るのと居ないのでは安心感が違う。

 

 故にさっさと『リーボック』を重傷者達の元へと放り投げようとしたのだが……。

 

『え?』

 

 ヒイロの目の前に何処か見覚えがある紋章が現れた。

 それは──。

 

『……あ! そうです! この人! この人が来て貰った人です!』

 

 ()()()()()()()()に、男装の麗人が現れた。

 

 そして。

 

「久しぶりね。立花ひびっ…………」

 

「……」

 

 男装の麗人は『リーボック』の目の前に現れてしまった。

 

「……」

 

「……」

 

 知らない人と知らない人がお見合いすると言う現象が……またもや起こってしまった。

 

 

 ──さて。

 前線では……世界最強の漢達による最終決戦が行われていた。

 

「はあああっ!」

 

 一方はスーツにより強化された拳によって。

 

「ハアッ!」

 

 もう一方は二振りの剣を振るって。

 

「──ッ!」

 

 互いに強化された一撃は、どちらも卓越した戦闘技術により受け流す。

 

「ふんっ」

 

 音速を超えた拳は刀の柄で弾かれ。

 だが、その拳の衝撃は……余波だけで宙を飛んでいた訃堂を地面へと叩きつける。

 

「おおおっ!」

 

 弦十郎は訃堂へと、空気を蹴った加速にて迫る。

 

「──果敢無き哉」

 

「!」

 

 しかし。

 その隙を穿った二対の『群蜘蛛』による一閃が煌めき──二つ纏めて白刃取りされる。

 

「おおおっ!」

 

「かあああっ!」

 

 何の異音かぎゃりぎゃりと言う金属がこすれ合う音が鳴り響き、彼らの戦況は硬直する。

 そう、一見してその戦いは互角にして均衡が保たれている様に見える。

 

 だが。

 

「ぐっ……この力……ッ! 本当に……人を止めたかッ! 訃堂ッ!」

 

「儂をまだその名で呼ぶかッ、弦十郎ォォォッ!」

 

「!?」

 

 最強の人類と、最強の人類から神へと至った者の間には決定的な差が存在していた。

 圧倒的な地力の差というものが。

 

「ぬうぅぅぉアアッ!」

 

「ぐうっ……!」

 

 弦十郎の腕力を超える力で『群蜘蛛』を押し込まれる。

 

「儂は最早人に非ずッ! 護国の化身……護国の神よォッ!」

 

 だが。

 

「っ、はあああっ!」

 

「ぬぅっ!?」

 

 ──風鳴弦十郎とは、力だけの男ではない!

 

 『群蜘蛛』を掴んだ両手の手首による超越回転に!

 更に身体の捻れを利用する事による爆裂回転を加えることで生み出される小宇宙!

 そしてスーツにより強化された弦十郎が何時もの三倍のパワーで回転することにより生まれる宇宙誕生エネルギー!

 

 ──それは、一介の神の膂力が押さえ込めるモノではないッ!

 

「はあアアアアッ!」

 

「何ィッ!?」

 

 巨大な捻れと言う形で生まれたビックバンエネルギーは、護国の化身と化した二振りの『群蜘蛛』を弾き飛ばすッ!

 

「──貰ったッ!」

 

 地面に着地した弦十郎は即座に地面を蹴り──音速を超えた速度による移動を実現。

 更にその音速移動のパワーに音速の拳が加わる事で……最高到達速度は第一宇宙速度を超える!

 

「──」

 

 弦十郎は加速のために手刀としていた拳を握りしめ、遂に必殺の拳は訃堂の腹へと──。

 

「来いッ、我が命ッ!」

 

「ッ!」

 

 直後、その第一宇宙速度の拳と……()()()()()()()()の『群蜘蛛』が正面衝突する。

 時空が歪むような異音が両者から鳴り響き──互いの身体が吹き飛ばされる。

 

「何故『群蜘蛛』がッ──」

 

「分からぬかッ!」

 

「!?」

 

 その有り得ぬ超常現象に弦十郎が驚愕していると──訃堂の声が鳴り響く。

 

「『群蜘蛛』こそ護国の化身……そして、儂もまた護国の神。故に我等は一心同体。離れる事能わずッ」

 

「……そう言う事かッ!」

 

「そう言う事よ……!」

 

 どう言う事なのかは分からないが、つまり訃堂と『群蜘蛛』は例えどれだけ離れていようとすぐに手元に呼び寄せることが可能なのだ。

 恐らくはそれもまた『護国の力』の権能の一つ。

 

「……我が命……我が力。弦十郎よ……美しいとは思わんか」

 

「……」

 

 若々しい姿へと若返った訃堂は……その自らの権能を恍惚とした表情で語ったかと思うと、群蜘蛛を見せつけながら弦十郎へと語りかける。

 

「……弦十郎よ。何故あらがう。何故戦うッ! 儂こそが護国の化身であるというのに……!」

 

「……あんたには幾つも令状が出ているッ! 大人しくお縄に掛かって貰う!」

 

「……お縄だと?」

 

 訃堂は弦十郎のその至極真剣な言葉に……大口を開けて笑った。

 

「くっ……はははは! 神と至った儂を……人の法で裁くというかッ!」

 

「応ともよッ! あんたはあくまでも……ただの国を乱すテロリストとして逮捕してやるともッ!」

 

「──能わず。その様な世迷い言……二度と言えぬようにしてやるわッ!」

 

「はっ、なら二度と言わなくて済むよう……これっきりであんたを捕まえてやるさッ!」

 

 遂に、彼らの一挙一動は音速を超え。

 

 故に……誰もが気付けないで居た。

 

 ()()()()()()を。

 

(……くっ!)

 

 戦いの最中、常に感じるチリチリとした焦燥感。

 それは有効打を悉く弾かれることと……何より『護国の力』を使わせてはならないと言う縛りに起因する。

 

 ……そう。弦十郎は目撃していた。

 『護国の力』が光の剣と化し、一つのビルをまるごと吹き飛ばしたと言うことを。

 

(アレは最早反応兵器の域にあるッ! しかも……あのビルの一撃も、先程彼等(マネモブ)に使ったアレも……まだ底を感じさせないッ)

 

 それに戦いが長引けば長引くほど……訃堂は躊躇いなくあの火力を解放すると言うことが弦十郎には手に取るように分かってしまう。

 故にこその焦り、故にこその歯がゆさ。

 

「っ……!」

 

 手が足りない……と。

 彼の戦闘勘は告げていた。このままではジリ貧になると言うことを。

 

 直後。

 弦十郎は不可視の速度の拳を訃堂へと叩きつけ、宙に浮かせる。

 

「るあああああ!」

 

 ボボッという拳音が遅れて聞こえてくるほどの攻撃。

 一撃一撃が必殺の威力を持っているが、二振りの『群蜘蛛』による受け流しは鉄壁。

 

 何より……その二振りは見せ札として大きすぎる。

 

 故に。

 

「っ!?」

 

 鋼鉄の如き強度の蹴りが弦十郎の脇腹に突き刺さる。

 

 しかし。

 スーツによる防御力と本人の超硬合金並みの強度の身体が即座の仕切り直しを可能とする。

 

「はっ!」

 

 お返しに放った蹴りは、確かに訃堂の顔を掠め……訃堂の顔面に横一文字に切り傷を刻む。

 

 だが。

 

「──果敢無き哉。神を殺す一撃でなければ……儂には通じぬわッ!」

 

「……神の力……!」

 

「神の力に非ずッ! この力は護国を為すための……護国の力と心得よッ!」

 

 即座に『神の力』を開帳し、その傷を並行世界の別の風鳴訃堂へと押しつける。

 

「……」

 

 このままではジリ貧だ。

 

 だから……『神殺し』までとは言わない。

 せめて自身と同じほどの実力者でもいれば──。

 

 だが、弦十郎クラスの実力者がそうそう湧いて出るワケがない。そんなこと有り得ない話だ。

 

 そして、弦十郎が考えて居ること等……訃堂もまた考えて居た。

 

 自身の『護国の力』を警戒していること、増援が欲しいこと。

 それを分かっているからこそ……訃堂はほくそ笑む。

 

 何故なら。

 

「くくく……!」

 

 自身に有効打を与えられる『神殺し』でありつつ。

 更にはこの超速の戦闘に付いてこられるほどの技量もあり。

 尚且つ訃堂と戦うほどの理由がある存在など……有り得ない。

 

 天文学的確率でしかそんな都合の良い存在は現れない。

 そんな都合の良い奴が現れたら鼻でスパゲッティを食べても良いと言えるほど……有り得ない。

 

 訃堂はほくそ笑む。

 このまま攻めていけば確実に勝利できる、と。

 

 故に。

 

「果敢無──!?」

 

 ドゴォンッ、という無慈悲な超質量の一撃。

 

 その意識の外からの攻撃を──避けることは敵わなかった。

 

「!? 何だアレは……!」

 

 その弦十郎にすら悟らせなかった一撃は、ステルスとは相反する様な巨体から生まれ……訃堂を確かに地面に叩きつけている。

 

 だが。

 直後には眩いばかりの光の剣が立ち上り、護国の邪魔となる存在を正に一刀のもと消し飛ばす。

 

「──! あの光ッ……不味いッ! 脱出しろッ!」

 

 弦十郎はあの武装に覚えがあったアレはブラックボールの兵装……『ロボ』である。

 その操作は中に入り込んでのモノとなるため、当然アレにも人が乗っている。

 

 だが。

 

「! 脱出した……! ヒイロくんか!?」

 

 弦十郎の言葉によるモノか、それとも操縦者本人の嗅覚によるモノか。

 即座に脱出を果たし……飛行ユニットで宙を飛んでいる。

 

 全身をハードスーツに包まれた彼は……手元の巨大な銃を光の剣の元へと向ける。

 

 ──そこには、額から血を流した訃堂の姿があった。

 そして。

 

「ぐううっ! 小癪──ぬぅあッあ!?」

 

 間髪入れずのZガン連射。

 ドドン、ドンッ! というZガン特有の叩きつける音が鳴り響き──訃堂を更に地面へと埋めていく。

 

 しかし。

 

「──我が双肩に重くのしかかる先達の護国への期待」

 

「……」

 

「それに比べれば……軽いモノよッ!」

 

 訃堂は……Zガンによる叩き付けを即座に克服した。

 直後。

 

「──貴様かぁっ!」

 

 訃堂は『護国の力』を剣戟として宙を舞う男へと叩きつける。

 

「──!」

 

 光の剣を避けきれないと悟った男は即座に飛行ユニットを捨て、身体を地面に投げ出す。

 完璧な受け身を取って即座に立ち上がった男は、その巨大な腕を構え……訃堂へと向ける。

 

 それはつまり、訃堂への宣戦布告に他ならない。

 

「……君は…………いや、ヒイロくんでは無いな」

 

「……」

 

 男は弦十郎の言葉には応えない。

 けれど男は、自身の巨大な腕へと軽く顎をしゃくってから尋ねる。

 

「──武器、要るか?」

 

「……」

 

 たった一言だけの短いやり取り。

 だが……それだけで弦十郎は分かった。

 

 弦十郎は……ヒイロから聞いていた事を思い出す。

 それは彼が着ている『ハードスーツ』の特徴。

 

 四つの部品に分かれており、それぞれを個別に使うことが可能であると言うことを。

 そして……ブラックボールの転送は、小さければ小さいほどすぐに終わると言うことも。

 

「……」

 

 多くを語らず、けれど彼は理解した。

 目の前の男の正体を。

 

 求めて止まなかった……援軍であると言うことを。

 

「……」

 

 だが……武器。

 

 弦十郎に武器が必要だろうか?

 

 否。

 銃も、剣も、弦十郎には不要の産物。

 

 ──であるならば。

 

「……ああ!! 腕だけで良い……転送してくれッ!」

 

 彼の長所を伸ばす事こそが……今最も有効である選択に他ならない。

 

 ジジジ、と言う音共に転送が始まり……およそ十秒ほどで腕の転送は終わるだろう。

 

「──ぞろぞろぞろぞろと……また護国の邪魔をする者が……!」

 

 しかしそれを待ってくれるほど訃堂は甘くない。

 

 故に。

 

「……風鳴訃堂」

 

「貴様もまた……むざむざ殺されに来たかッ!」

 

「……あまり俺を舐めとくと痛い目見るで」

 

「……ほう?」

 

 ドンッ、という力強き足音が……鳴り響き、男。

 

 ……いや。

 

 ()()()が動く。

 

「今の俺に何処か隙があったらなーどっからでも掛かって~~」

 

 ハードスーツが駆動し……チュィィィィっと言う独特の起動音が鳴り響き。

 

「こんかいっ!」

 

 ──彼の戦闘準備は完了する。

 

「──果敢無き哉」

 

 訃堂はあくまでもその及び腰のような構えをあざ笑い……駆ける。

 

「俺はこう見えても学生時代…………」

 

 だが、岡八郎は引かず。

 

「遅いわッ!」

 

 そして。

 

「──ピンポンやッとッたんやッ」

 

「!?」

 

 その鈍重な見た目からは考えられない──弦十郎の如き一撃(アッパー)を訃堂の顔面に喰らわす。

 

 訃堂の身体が宙に浮き、間髪入れずに岡はハードスーツの両手を青白く灯らせる。

 

「言うとくけど空手やッとるんや………」

 

「ぐうっ、この痛み、貴様──」

 

 命の危機に、しかし訃堂は動かない。

 ……いや、()()()()

 

「通信教育やけどなァッ」

 

 直後、ハードスーツから放たれた光が……訃堂の身体を撃ち抜いた。

 



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繋ぐその手

「ぐうっ……!?」

 

 ハードスーツから放たれたビームの直撃。

 その強力な一撃は訃堂の身体の表皮を吹き飛ばすに過ぎず……だが、確かなダメージとして彼の身体を蝕んでいき……。

 

「ぐっ……!?」

 

 それは、『神の力』による再生能力……並行世界へのダメージの転与を否定する。

 

「このっ……痛み……!? 貴様……まさか……!」

 

「……」

 

「まさかその身そのものが……『神殺し』とでも言うのか!?」

 

 ──そう。

 神殺しとは、何も立花響の『ガングニール』だけではない。

 

 神殺し。

 それは人類が二千年と積み重ねてきた……呪いの積層。

 

 では、呪いとは人類だけのモノか?

 否である。

 

 『神』もまた、何かを呪う。

 

 ……幾つもの戦いが有った。

 

 神の末裔、剣の神、時の神。

 鬼神と呼ばれる者、軍神と呼ばれる者、炎神と呼ばれる者。

 そして……七つの福神。

 

 皆強大な力と、それに見合うほどの不死性を持ち合わせていた。

 

 だが。

 強大な力を持つが故に、戦いの中で感じたその感情に彼等は困惑した。

 

 どれだけ身体を再生しようとも自らに迫り、幾つもの業を持ってしても殺すことは敵わず。

 何度も何度も自身を殺し続ける者達への……()()()()

 

 その恐怖は戦いの最中に別の形へと変わっていく。

 

 目減りしていく自身の『神の力』。

 このままでは、()はこの人間に殺されてしまう、と。

 

 ──故に。

 彼等は死んだ瞬間……自らを殺した存在へと怨嗟の声を投げかけた。

 

 神殺しめ、と。

 

「……」

 

 強大な力を持つ『神』の言葉(呪い)は……二千年の呪いと匹敵する言霊がある。

 

 訃堂が『神の力』を『護国の力』へと変質させたように。

 その『呪い』は彼等を変質させた。

 

 恐怖は呪いに。

 呪いは力に。

 

 そう、故に彼等は──。

 

「──『神殺し』。貴様も……呪われていたかッ」

 

 『神』から生まれし……『神殺し』である。

 

「……」

 

 岡八郎。

 彼もまた『神殺し』。であれば、その拳の一撃は訃堂に対して必殺の威力を持つ。

 

 更には二十回クリアの特典により、その知識も計算能力も人類を遙かに凌駕した領域にある。

 弦十郎にとってこれ以上無い援軍と言えるだろう。

 

 だが。

 

「……なあ……S.O.N.G.の司令さん」

 

「!? あんた俺を知っているのか……!」

 

「──時間稼ぎや。それに徹する」

 

 彼の目には、それでも勝ちは拾えぬと言う結末が見えていた。

 

「勝ちを拾うんは俺達や無い……()()()()や」

 

「……!」

 

 何故……と返すよりも先に、岡の方から弦十郎へと言葉を投げかける。

 

 たったのワンセンテンスのやり取り。

 だが弦十郎には目の前の男ほどの猛者が何の意味も無くその様な事を言うとは思えず。

 

『──司令……じゃなくて、弦十郎さん!』

 

「!? 藤尭か」

 

『決定した作戦を此方から伝えますッ!』

 

 その直後にS.O.N.G.より伝えられた指令に、目を丸くする。

 

 ──その作戦は正に、つい先程岡が語った言葉と相違なかった。

 

 故に数瞬弦十郎は岡を疑った。

 何処からか作戦が漏れているのか? と。

 

「……」

 

 だが、それでも弦十郎は歩みを進めて、()の横へと並び立つ。

 

「──あんたのことは……まだ完全には信用できない」

 

「……」

 

「だが。それでも手を取り合えると言う事を……俺は知っている」

 

 彼の脳裏に過るのは、自身の弟子の姿。

 

 彼女は……例えどのような相手でも手を差し伸べ、取り合おうとする。

 そんな姿を彼はずっと……見守ってきた。

 

 師匠が弟子を導くのなら。

 

 弟子もまた、師匠を導く。

 

「……なぁ。あんた、名前は?」

 

「……岡や。……岡八郎」

 

 故に彼は、弟子の姿に感化される様に……岡八郎と共に構える。

 

 そして。

 

「──行くぞ……岡!」

 

「……ああ」

 

 彼等は、全力の時間稼ぎを敢行する。

 

 

「……久しぶりね、立花響」

 

「……は、はい! お久しぶりです、サンジェルマンさん!」

 

 場所は変わって後方。

 そこでは、挨拶もそこそこに『護国の力』攻略会議が行われていた。

 

『──では、あの光の性質について……分かった限りのことをお伝えします』

 

 エルフナインの声が空に響き、情報の整理と共に説明が始まる。

 

 まず分かっている事として……あの光は自らに迫る武器、または人を焼き切る性質を持っていると言う事。

 あの光()()『神殺し』が効かないと言うこと。

 恐らく……その依り代となっているのは二振りの『群蜘蛛』であると言うこと。

 

 以上をおさらいとして語ったエルフナインだったが、それに一つ横やりが入る。

 

「──少しよろしいですか?」

 

「! あ、貴方は……!」

 

「いや、何でまた驚いてんだよ」

 

 そう。

 『リーボック』である。

 現在彼は重傷者達を再生中だが、再生中は特にすることがなかったので彼女達の会話を聞いていたのである。

 

 そこで一つ気になった事があったのか、彼はペラペラと語り出す。

 

「あの光……恐らくですが、武器や人ではなく……もっと広い範囲での攻撃が行われていると考えられます」

 

『……広い範囲?』

 

「はい。先程のビルを穿った一撃が、武器や人だけでなくビルごと吹き飛ばしていた所を見るに……その範囲は単に武器や人と言う訳では無いと考えられます」

 

『……』

 

「個人的な感想としては、恐らく自らに迫る『脅威』を対象に攻撃しているかと」

 

 自らに迫る脅威。

 確かに人体を吹き飛ばす事も出来る攻撃だというのに、『お嬢様』に使った際は彼女の両腕だけを破壊し、彼女のホルスターに備え付けられていた武器は破壊されなかった。

 なのに何故か……『マネモブ』達はそれと相反する様に武器のみが破壊されていた。

 

 その現象を見れば……確かにそう考える方が納得がいく。

 

『……脅威の破壊。……本気で護国を為すつもりか、あの男は』

 

 通信機から八紘の呆れるような声が響き、前提条件が修正される。

 

『……護国の力。正に護国災害派遣法の化身、と言う訳か』

 

 そして語られたのは……それらの現象から導き出された、訃堂の力の正体である。

 

「……護国災害派遣法の化身……ああっ! そ、そう言う事だったんデスかッ!」

 

「!? ど、どうしたの切ちゃん! 何か分かったの!?」

 

「わ、私は凄いことに気付いちゃったのデス……」

 

 そんな折、何かに気付いたように切歌が大声を上げて叫ぶ。

 

「護国災害派遣法……! そして刀の形……! きっとあの技の名前は"護国災害波剣砲"なのデス!」

 

 ドヤっとした顔で語る切歌だったが……それを聞いてた者達の目を皆冷ややかで。

 また切歌が馬鹿な事言ってるよ、と言わんばかりの冷たい視線が彼女の元へと突き刺さる。

 

「……あれ?」

 

「……切ちゃん。巫山戯ていいのも時と場合によるよ」

 

「え、え?」

 

 一番の味方であるはずの調からもあっさりと見捨てられた彼女は一瞬にして窮地に追いやられる。

 

 ……だが。

 

『いえ、切歌さんの言葉もあながち間違いって訳でもありません』

 

「え?」

 

 エルフナインは何故か切歌の言葉を肯定した。

 

 それは『神の力』の性質に由来する。

 

『神の力の具現化。それは力が宿る存在の"深層意識"が所以となります』

 

『──故にあの光の剣は……『護国災害派遣法』そのものと言っても良いだろう。迫る脅威を武力を以て排除する、という効果を見ても、それは歴然だ』

 

 護国の象徴であり……訃堂そのものと言っても言い『護国災害派遣法』。

 つまりは特異災害などの異常事態への即応と即時排除。

 

 剣の形をしたその力は……半自動的に『脅威』を排除する絶対的な力。

 

 本人(訃堂)の言うとおり、正に国を守るための力と言って良いだろう。

 

「……なぁ。思ったんだが、そんな力なら何で自分に向けられた攻撃にも反応するんだ? 国を害する……まぁ、ミサイルとかに反応するなら分かるんだけど……」

 

 だが、そうなると必然的に湧いてくる疑問がある。

 何故国を守る為に動いてる力が……訃堂に迫る脅威にも反応するのか? という疑問だ。

 

 しかしその答えは実に分かりやすいモノ。

 

『恐らくだが、あの男は(日本)を守るのには自分が必須だと思っている』

 

「……え?」

 

『自分こそが護国の化身。自分こそが護国の鬼。そう考えているが故に……自分だけは斃れる訳にはいかないと、心の底から思っているのだろう』

 

「……」

 

『故にあの力は訃堂を全力で守る。訃堂が望む望まないに限らず……な』

 

 その八紘の言葉に……沈黙が生まれる。

 何故なら。

 

「じゃああの爺さんに攻撃するには……どうにかしてあの光の剣を突破するしか無いって事か」

 

 そう。

 『護国の力』はあくまでも半自動的なモノで、使うには一度起動しなければならないという欠点がある。

 そう言った欠点故に発動させる間もなく攻撃出来れば脅威では無いのだが……訃堂相手にそんな事が出来る人間など非常に限られている。

 

『そうなる』

 

「……マジかよ」

 

 八紘のその即答に、彼女達は息を呑む。

 

 何故なら……訃堂本体の卓越した戦闘技能に加え、自らに迫る脅威を対象としての破壊、更には神に対する奥の手『神殺し』を封印された今、どのようにして戦えば良いのか……装者達には見当も付かなかった。

 

 だが。

 

『ああ。それを可能とするために……彼女達に協力して貰ったのだ』

 

「……え?」

 

 反撃の狼煙は既に上がっている。

 

『──まず、神殺しについてですが……あの訃堂お爺さん本体には効くと思われます』

 

「え!? き、効くのか……!?」

 

 語られたエルフナインの言葉に、クリスは意外そうな顔を浮かべて聞き返す。

 

『はい。あの神殺しを押さえ付けたのはあくまでも光の剣(護国の力)。……そして、それが訃堂お爺さんを守るように稼働したと言う事は──』

 

「! そうか、神殺しそのものはあのお爺さんに効くと言う事……!」

 

 そう。

 あの時、確かに『護国の力』は訃堂を守るように動いていた。

 故に依然として『神殺し』の力は訃堂への有効打になり得る。

 

 しかし。

 

「……でも、結局あの光の剣を突破しないことには……」

 

「……そうだ。護国のためにお爺様を守るというのなら……あの力は何が何でも立花の攻撃を防ぐはず……」

 

「こっちが『神殺し』なら向こうは『神殺し殺し』デスよ!」

 

 それが通じぬと言う事は、先の戦いで既に露見している。

 

『──突破できます』

 

「……え?」

 

 ──それでも、エルフナインは断言する。

 『護国の力』は突破できると。

 

『向こうが摂理を捻じ曲げて、『神殺し』を突破しているのなら……此方もまた摂理を捻じ曲げることで突破します!』

 

 自らに迫る脅威の突破。それを為す要とは即ち。

 

『その要は、響さんのアームドギアですッ!』

 

「……わ、私のアームドギア!?」

 

 傷付けるためじゃない。

 誰かと繋ぐための両手。

 

 ……立花響のアームドギア。

 

「……つまり、お爺様に対して攻撃するのでは無く……」

 

「──そう。あの時私にしたように……手を伸ばす事。それこそがあの剣の突破法」

 

 そして、今の今まで黙っていたサンジェルマンが口を開く。

 

「サンジェルマンさん……」

 

「──言ったはずよ。私は()()()()()()()をしに来たと」

 

 彼女は自身の手にスペルキャスターを構え……装者達へと向ける。

 

「え? ちょ、サンジェルマンさ──」

 

「黙って受け入れなさい」

 

「……」

 

 一瞬たじろいだ立花響だったが……サンジェルマンのその行動に敵意が無い事に気づき、動きを止める。

 

「……誰かと繋ぐための手が届かないというのなら……私がその背を押してくれるッ!」

 

 直後、黄金が煌めいた。

 



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総力戦

 風鳴本邸。

 そこでは死闘が行われていた。

 

「はァっ!」

 

 巨大な腕部が訃堂へと迫り──。

 

「かああっ!!」

 

「!?」

 

 しかしそれも二振りの『群蜘蛛』に弾かれる。

 

「くっ……二人掛かりでもかっ!」

 

 達人同士の連携が生み出す攻撃は嵐の如き連撃。

 だが……それですら訃堂は、徐々に対応し始める。

 

「! 避けろッ」

 

「!?」

 

 ──恐れていた事が起こり始める。

 

「──キレの良い奴……頼みますッ!」

 

 訃堂のその言葉に呼応するように……腕輪から光が迸る。

 その光は実体を伴い、無限軌道を描いて四方八方縦横無尽に飛び散った。

 

「おおおっ!?」

 

 彼等はどうにか身体を動かして、その円盤状の光を避けていく……が。

 

 視界一杯に広がる弾幕は厚く……弦十郎と岡を持ってしても全てを避けきること能わず。

 

「ぐうっ」

 

 弦十郎はハードスーツの両腕を。

 

「っ──」

 

 岡はハードスーツを捨て。煙幕を張ることで光の円盤からどうにか逃げ切る。

 

「……」

 

 武器を失ったこと。

 何より……訃堂の放った未確認の攻撃。

 

 一瞬にして形勢は……弦十郎達にとって不利な状況となる。

 

「馴染む……実に馴染むぞッ!」

 

 今、この場の主導権を握っているのは、正しく風鳴訃堂であった。

 ただの一撃で戦況を一変させた未確認の攻撃は……質、量、共に最高峰。

 

「……くっ……この技は……!」

 

 だが弦十郎にはこの技に覚えがある。

 既に朧気となった記憶だが、確かに覚えている。

 

 それは確か、まだ本家に居た頃に……。

 

「──そうだ。これは風鳴家先祖代々より受け継がれし護国技が一つ……『八裂旋風』」

 

「……!」

 

 そこまで言われて、ようやく弦十郎は思い出した。

 しかしその気付きは逆に更なる疑念を呼び起こす。

 

 そう。弦十郎の知っている『八裂旋風』と訃堂の放った一撃。

 それがまるで違っていた。

 

 確かに、先程の弾幕は『八裂旋風』の面影を感じさせる技ではあった。

 

 ……だが、本来であれば『八裂旋風』はただ丸鋸状の衝撃を飛ばすだけのモノでしか無い筈だ。

 あのような無限軌道の様な動きも、ましてや弾幕を張れるような技では無い筈──。

 

「……そうか、そう言う事か」

 

「! 何か分かったのか、岡ッ!」

 

 そんな弦十郎の疑問に答えるように、岡は即座に口を開く。

 

「『神の力』や。シンフォギアを纏って技を放つのと同じように……あの『八裂旋風』には『神の力』が宿ッている」

 

「……」

 

「だから丸鋸状の衝撃を飛ばすだけのモノでしか無い『八裂旋風』があれ程の量と破壊力を伴った技となッた……」

 

「……」

 

 岡のその推察は正しく、正にあの一撃は『神の力』の発露。

 弦十郎は一瞬何故部外者が『八裂旋風』の詳細を知ってるんだ? と思ったが……そんな些細な疑問は即座に捨て去って前を向く。

 

「……そうか……ではつまり……!」

 

「……ああ。恐れていた事態や」

 

 ──そう。

 『神の力』を手に入れた訃堂であったが……さしもの彼でさえ、あまりにも膨大で強大な『神の力』に振り回されていた。

 故にその行動は繊細さに欠け、何度も攻撃を食らってしまうという訃堂にあるまじき状態に陥っていた。

 

 けれどそれももう過去の話。

 訃堂は強大な力を、確かに掌握しつつあった。

 

 先程のあのデタラメな弾幕技もまたその発露。

 

 恐れていた事態。

 それは──。

 

「児戯は終わりだ……不肖の息子よ」

 

 訃堂が完全なる神へと至ろうとしていると言う事。

 

「──来るぞッ」

 

「おうッ!」

 

 風鳴訃堂。

 彼は一分一秒、今この瞬間も進化し続けている。

 

 きっと何時か、岡と弦十郎でさえ抑えきれない瞬間が確実に訪れるだろう。

 

 だからこそ。

 

(……皆……頼んだぞッ)

 

 弦十郎はその命を捨てる覚悟を持って、戦いに臨む。

 

 ──そして、()()()()は訪れる。

 

「っ──!」

 

 そこは正に光の世界。

 

 どれだけ避けようとも、無限に放たれる技の数々が二人を追い詰めていく。

 

 光の剣が柱と建ち並び。

 超高温の炎が煌々と燃え。

 幾多もの光の輪が無限軌道を描き。

 

「──」

 

 最早訃堂は何も語らずに月夜の天に立つ。

 

 『護国の神』へと洗練されつつある訃堂は、次第に無感情に、無表情に外敵を退ける為の技を放つ。

 

 連綿と受け継がれてきた護国の技が、今真なる神技へと至り。

 

「っ、おおおおおっ!」

 

「あああああッ!」

 

 その神技を潜り抜け、来た二人を──。

 

「──果敢無き哉」

 

 二振りの『群蜘蛛』にて、彼等を地面へと叩きつける。

 

「ぐアッ!?」

 

 右腕を叩っ切られた弦十郎は地面へと叩きつけられ……全身の骨が砕かれる。

 

「ようやく動きを止めたか……弦十郎よ」

 

「ぐっ……」

 

 訃堂は自身の『群蜘蛛』に目を移し……その手に響く感覚から、右腕を犠牲に必殺の一撃を逸らしたことを悟る。

 

 そして。

 

「……」

 

()()も随分としつこい」

 

「チッ」

 

 ステルスを用いた岡の一撃を、『護国の力』で受け止める。

 直後、『護国の力』を乱雑に放ち……岡の周囲を囲む。

 

 『神殺し』が放つ攻撃は全て訃堂にとって不都合を呼び起こす。

 

 故に……『護国の力』は岡の身体を吹き飛ばす。

 

「ッ──!?」

 

 電光が迸り、岡は両手両足を吹き飛ばされながら地面へと転がる。

 

「弦十郎。浅黒の男。貴様達だけは……護国のために確実に殺す」

 

 そんな光景を無感動に見ていた訃堂は……両手に携える二振りの『群蜘蛛』に極光を纏わせていく。

 

 それは先程の牽制程度の『護国の力』とは比べるまでも無く。

 

 これから放たれるであろう一撃は『マネモブ』を纏めて葬った一撃……いや、『企業』を吹き飛ばした一撃と同程度の輝きが束ねられていた。

 

 『護国の力』……護国災害派遣法を元に築き上げられたその力の『脅威』判定は護災法と同じく非常に曖昧だ。

 故に()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 光の剣は……既に無力化しているに等しい二人であれ、確実に焼き払うだろう。

 

「……ふっ」

 

 それを理解している岡は、随分と久しぶりに……()()()

 

 彼の求めていた強者とのギリギリの戦い。

 そう、この戦いは正にギリギリの戦いだッた。

 

 だが……彼の望みはギリギリの戦いと……『勝利』だ。

 彼は死ぬことを求めていたわけでは無い。

 

 ……で、あるのなら。

 

「──散華せよォッ!」

 

 何時ぞやの超能力者に放ったように……光の剣が極光となって倒れた二人へと突き立てられる。

 

 ──しかしコレは……負けでは無い。

 

「……行け。シンフォギア」

 

 彼の言葉に呼応するように……黄金が戦場へと舞い降りる。

 

 

『作戦はこうです』

 

 エルフナインの言葉が装者達の間で鳴り響く。

 

『まず……()()()()絶対に攻撃をしてはいけません』

 

 それは本作戦の肝心要の要素。

 立花響の誰かと手を繋ぐための『アームドギア』。それを攻撃と判断させないための前提条件。

 

『そしてその決戦機能……仮に『アマルガム』、と呼称しますが──』

 

 次いで語られたのは、錬金術とシンフォギアの融合症例。

 合金という意味を持つ『アマルガム』の名を与えられた決戦機能には、二通りの状態が存在する。

 

 ギアを構成するエネルギーを防御シールドへと全振りする『コクーン』形態。

 『コクーン』形態と相反する様に攻撃へと全振りする『イマージュ』形態。

 

『響さん以外の皆さんは『護国の力』を分散させるため……『イマージュ』形態で牽制を行ってください』

 

 そう言った最低限の説明と共に、作戦は開始され。

 

「──今度は何だッ!」

 

 今、黄金と光が衝突し……『護国の力』はまるで困惑するように散らばっていく。

 

「ぐうっ!? 何だこの衝撃ッ!」

 

「でもっ! 確かに光の剣は散っていくッ!」

 

「つまりは読み通りッ! 行くぞ、皆ッ!」

 

 『護国の力』。

 守るための力であり……迫る脅威に対しては絶対なる力を持ち、確実に国を守護する。

 

 ──であるのなら。

 元より防御全振りの『コクーン』と『護国の力』の相性は最低最悪!

 

「──小娘共がッ! 何度やろうとも……結果は変わらぬわッ!」

 

 だが訃堂の力はそれだけでは無い。

 目覚めた神としての力を解放し、護国技を開帳──。

 

「!?」

 

 する事は敵わない。

 何故なら。

 

『撃て撃て撃てッ!』

 

「しゃあっ! タフ・ガンッ!」

 

「おらーっ!」

 

 神殺し達を筆頭に、()()()()()()()()()()もまた一丸となって皆武器を構えて訃堂へと乱射していく。

 

「あああっ!」

 

「終われぇえええ!」

 

 ギョーン、ギョーンという奇妙な音と共に訃堂の身体へと破壊が迫る。

 しかし。

 

「貴様等ァッ……まだ邪魔立てするかァッ!」

 

 黒スーツ達の攻撃。それは本来で有れば幾らでも受けれるモノでしかない。

 けれど彼等の攻撃は『神殺し』達の攻撃との見分けが非常に難しい。

 

「チィッ!」

 

 故に訃堂は『護国の力』を即時開帳し、自身の身体を全力で守らなければならなくなる。

 直後。

 

「! 銃がッ、ァッ」

 

 黒スーツ達の武器が次々に破壊され……一部の者は身体すら脅威と取られたのか、腕や身体が破裂していく。

 

 だが。

 

「それでもっ、撃ち続けろッ!」

 

「ああっ!」

 

 それでも彼等は攻撃するのを止めない。

 

「チィッ! 小癪なッ!」

 

「撃てッ! 撃ち続けろッ!」

 

 ──彼等の脳裏にあるのは……先程の作戦会議。

 

 彼等は、装者達から協力の要請を受けていた。

 

 それは、訃堂の注意を引くための陽動である。

 当然危険も付き纏う。

 

『──お願いします。この作戦が有効打となるのは一度切りなんです』

 

『……君達は……』

 

『……いきなりこんな危険なことを頼み込んで御免なさい。でも……どうかお願いします』

 

『……』

 

 彼等は……揺れていた。

 何を信じれば良いのか、何故戦わなければいけないのか。

 

 戦う理由も何もかもが宙ぶらりんになって、彼等は困惑していた。

 

「ッ……!」

 

 ──でも。

 

 彼等はそれでも銃を持って、戦場へと赴く。

 何故なら。

 

「あんな……俺等より年下の子も頑張るってンだッ!」

 

「俺達が戦わねぇ訳にはいかねぇだろッ!」

 

「それに俺ッ! 風鳴翼のファンだしッ!」

 

「俺マリアのファンッ!」

 

 ──戦う理由なんて、それだけで十分だから。

 

「行くぞ皆! 勝機を勝ち取るためにッ!」

 

 そして。

 真打ちのシンフォギア達はその形態を攻撃形態へと変形させる。

 

「応よッ!」

 

「デデデース!」

 

「『護国の力』に隙を与えるなッ! 攻め続けろッ」

 

 『イマージュ』形態。

 その攻撃の破壊力は凄まじく、それらの攻撃もまた『護国の力』の働きを阻害させるに足る威力。

 

「ハアッ!」

 

 それは翼の蒼い炎を纏った『天羽々斬』。

 その痛烈なまでの振り下ろし。

 

「喰らいやがれッ!」

 

 それはクリスの巨大な弓の形をした『イチイバル』。

 その鉄をも砕く弩の一撃。

 

「私達の!」

 

「連携でッ!」

 

 それは調と切歌の、『イガリマ』と『シュルシャガナ』の合体技。

 巨大な虎挟みと化したギアは躊躇いなく『護国の力』へと噛みついて。

 

「切り開くッ!」

 

 それはマリアのドラゴンのような形へと変形した『アガートラーム』。

 その咆哮は莫大な熱量を以て『護国の力』を突き穿つ。

 

 その怒濤の火力による連続攻撃は確かに、『護国の力』を五つに引き寄せる。

 

『皆さんッ! コクーン状態へッ!』

 

「──了解ッ!」

 

 そして。

 即座にコクーン状態へと移行することにより……その衝撃を可能な限り低くさせる。

 

「ぐうっ……!」

 

 かなりの衝撃と負荷がギアへと重くのしかかる。

 だが、それでも『護国の力』を受けきることに成功。

 

「よし! もう何度か嫌がらせしてやるデース!」

 

 そう。ここまでは計画通り。

 けれどこれは──。

 

「貴様等……ッ! いい加減にしろォッ!」

 

 計算外の訃堂の怒りである。

 その怒りは力と変わり、『護国の力』の出力が最大となる。

 

 そして。

 

「!? 調ッ──」

 

「えっ……」

 

 それに切歌が気付けたのは奇跡か、運命の悪戯か。

 ドンっ、と調を突き放し……その身で『護国の力』を受けきる。

 

 しかし追加攻撃の対象は何も彼女達だけでは無い。

 

『ぐうっ!?』

 

『何だっ!? いきなり光がッ!』

 

『ギアが軋む……ッ!』

 

 装者達が、黒スーツ達が、今この戦場で戦っている者達が。

 神の怒りを買った者、皆に等しく力は降り注ぐ。

 

 その中でも、一際ダメージを負ったのは──。

 

「があっは……!」

 

 二人分のダメージを受けきった切歌であった。

 

『──切歌さんッ!?』

 

「切ちゃんッ!」

 

 埒外の攻撃にコクーンが弾け飛び、瞬間切歌は無防備となる。

 

「一人崩れたか……シンフォギアッ!」

 

 そう言って無造作に群蜘蛛を振るい、『護国の力』を無防備な切歌へと放つ。

 

「っ──!?」

 

 その力は光の剣となり、少女の身体を──。

 

『──切歌ッ!』

 

「……え?」

 

 貫くよりも早く、ヒイロが切歌の前へと躍り出る。

 

『ゼロスーツッ!』

 

 光の剣と相対した防御フィールドは即座に軋みを上げ、呆気なく敗れる。

 

「クソ産廃武器めッ!」

 

 けれど数瞬は時間を稼いだ。

 悪態を吐きながらもヒイロは切歌を抱きしめ、即座にその場から離脱する。

 

 そして。

 

「──おいッ! 大丈夫かッ!」

 

「……え? あ、え……っと……」

 

 ヒイロは切歌を地面に下ろして、身体に傷が無いかを確認する。

 ジロジロと上から下まで確認したヒイロは……傷が無いことにホッと小さく息を吐く。

 

「……大丈夫そうだな……」

 

「……」

 

 だから彼は気付かなかった。

 あっさりと死んだ変声機能の事や、切歌の……その視線にも。

 

「……だが、一応お前は後ろに下がって──」

 

 故に。

 

「……ひーろー?」

 

「……」

 

 ヒイロは切歌からの不意打ちの言葉に……動きを止めてしまった。

 



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決着

「……」

 

 切歌のぽつりと零したその言葉はしかし、ヒイロにとって一番恐れていた事であった。

 だが。

 

「……おいおいおい……マジかあの爺さん」

 

「え──お、およよっ!?」

 

 この場は戦場。

 死と隣り合わせの過酷な場。

 

「貴様等本当にいい加減にしろよ……!」

 

 その様な事を考えて居る暇は無い。

 訃堂の静かな怒りの言葉と共に、光の剣が雨のようにヒイロと切歌の頭上に降り注ぐ。

 

「チッ! 掴まってろ切歌ッ!」

 

「デ、デ、デース!?」

 

 ガシッと切歌の身体を抱きしめたヒイロは、全力の跳躍を以てその光の剣から脱出する。

 

「おおおッ!」

 

「ちょっ!? 手、手っ! さ、さわっ──」

 

 爆撃の密度で放たれた『護国の力』。

 しかしヒイロはその爆撃を切歌を抱きしめながら敢行していく。

 

 時に身を逸らし、スライディングするように剣を避け、そして──。

 

「おらッ! こッちだバカッ!」

 

「デデデース!?」

 

 切歌を戦場の端から放り投げたヒイロは、即座にソードをホルスターから抜き放ち、訃堂へと迫っていく。

 

「死ねぇッ!」

 

 それは切歌への攻撃を自身へと逸らすための行動。

 そんなヒイロの思惑は正しく的中し……静かにキレていた訃堂の攻撃はヒイロへと迫っていく。

 

 だが、それにも一つ誤算があった。

 

「いやちょぉおおお゛おおッ!?」

 

 そう。

 今まで黒スーツ達やシンフォギア達に分散していた訃堂の攻撃()()が、ヒイロへと迫っていってしまった事。

 

「嘘だろッ!? クソッ」

 

 弦十郎と岡八郎。

 彼等ですら完全には防ぎきれなかった攻撃が、ヒイロへと迫っていく。

 

「──っ」

 

 一撃で自身の身体を破壊するであろう光の剣を避け。

 

「はあっ、はあっ……!?」

 

 擦るだけでスーツ事身体をもっていく光輪を避け。

 

「ぐうおおおおォおォォオオおおッ」

 

 空気中の酸素を全て焼却せんばかりの炎がヒイロへと直撃する。

 

「ちょっ、アイツ!?」

 

「嘘ッ!」

 

 ギアが軋みを上げ、未だ動けずに居る装者達は皆……ヒイロのその呆気ない最期に息を呑む。

 

 しかし。

 

「──!」

 

 ()()()()()()()()()()()ヒイロは……炎を絶ち切ってその攻撃を切り抜ける。

 

「……え?」

 

「……あ、あの人って……」

 

 当然ゼロスーツを失ったことの弊害は大きく。

 ……切歌の家族事情を知っている装者達は皆、驚愕したような声を上げる。

 

「……クソッタレがッ!」

 

 そして完全に顔が割れたヒイロは、ゼロスーツの品質の悪さに悪態を吐く。

 呼吸口がいの一番に壊れて塞がるとは思いもしなかった。

 

 だがそう愚痴ってばかりも居られない。

 既に走り出していたヒイロは、即座に『神殺し』達へと声を掛ける。

 

「『マネモブ』ッ! 『お嬢様』ッ! 同時だッ!」

 

 先程の『護国の力』の追撃のせいで、想像以上に早く黒スーツ達の武器や装者達のギアが限界を迎えてしまった。

 ()()時間を稼がねばならないというのにこの始末だ。

 

 故にこれは苦し紛れの一手。

 

 動ける者の中でも、訃堂との打ち合いが出来る者達でどうにか時間を稼ぐ。

 

「おうよですわよッ!」

 

「了解なんだよねッ!」

 

 皆ソードとホルスターに差した有るXガンなどを取りだし、一斉に構える。

 

「おおおおっ!」

 

 ギョーンと言う異音が重なり──三人がともにソードを抜き放つ。

 

「ぬうぅっ!」

 

 その一撃には全て『神殺し』が宿っている。

 故に訃堂も全力を以て防御を行い──。

 

「忌々しい……『神殺し』共がァァアアッ!」

 

 そして完全にブチ切れた訃堂は、冷静を失ったように『神殺し』達へと()()に『護国の力』を差し向ける。

 

「避けろッ」

 

「言われなくてもぉおおッ」

 

「おいおい冗談やないでコレはッ」

 

 武器を一瞬にして失った三人は、『護国の力』による爆撃から逃げ惑う。

 

「出し得技止めてくださるッ! やめてください! 死ぬ!?」

 

 『お嬢様』は身体の可動部を無茶に動かしながら、最適解を選びながらギリギリの所で回避していく。

 

「灘神影流の技は人間相手なら大概どんな奴でも通用するが! お爺ちゃん()の動きとパワーは想定外だらけで対処できん!」

 

 『マネモブ』は最早焦りまくって弱気な言葉ばかりを吐き捨てる。

 

「……!」

 

 そして唯一『護国の力』による爆撃を経験していたヒイロは、冷静に行動出来た。

 即座にXガンでソードの刃部分を吹き飛ばし、『護国の力』による浸食からソードを守る。

 

「ぐっ……!」

 

 Xガンは破壊されたが、これでもう一度だけ攻撃が出来る。

 

 ヒイロは自身に降り注ぐ『護国の力』を回避しながらも次なる一手を考える。

 だが。

 

「……」

 

 どう考えてもあと稼げる時間は十数秒程度。

 

(──クソッ、誰か……誰か居ないか!)

 

 この場に居てまだ動ける奴。

 だが下手な相手が訃堂に立ち向かえばすぐにでも殺されてしまう。

 

(あと少し……あと少しなのに……!)

 

 所定の時間までもう少し。

 あとほんの少しの時間を稼げれば……!

 

「……自爆覚悟で突っ込むか……!?」

 

 最早ソードを犠牲にして、その後単身で訃堂の元へと突っ込む。

 残された手段はそれしか残っていない。

 

「……」

 

 覚悟を決めたヒイロはソードを構え……訃堂へと迫ろうと一歩を踏み出し。

 

「──苦戦されているようですね」

 

「!?」

 

 直後、背後より掛けられた言葉に肩を揺らした。

 

「おまっ──」

 

()()()()()()()()()()()……という条件で貴方の依頼を受けましたが……」

 

 そして彼はヒイロが止める間も無く……訃堂へと駆け出す。

 

「これはサービスですッ!」

 

 ──彼の名は『リーボック』。

 十九回クリアの男であり……その実力は──。

 

「きさッ」

 

「ハアッ!」

 

 少し誇張して……『()()()()である。

 

「──ッ!?」

 

 恐ろしいほどの速度で駆け出した『リーボック』は、強く地面を踏みしめ……宙を駆ける。

 

 宙を浮く訃堂へと放たれたソードの一撃は──真っ正面からの攻撃だというのに不意打ちの形となり。

 一刀の下、()()()()()()()()()()

 

 だが。

 

「小癪ッ!」

 

「──再生ですか。やはり『神殺し』でなければ……!」

 

 着地した『リーボック』の叫び声と共に、訃堂は『神の力』を用いて自身を再生する。

 そう。『神殺し』でない攻撃は全て再生が可能である。

 

 当然神の不死性については『リーボック』も重々承知している。

 攻撃を無効化されるという事も。

 

 であればこの攻撃の意図とは……一つしか無い。

 

「私ではやはり一度殺すのが関の山……! ですが……!」

 

 一瞬、訃堂の意識が自身を殺した『リーボック』へと向く。

 

 次の瞬間。

 

「……!」

 

「がっ!?」

 

 ──居合抜きの構えから放たれた一撃は、弾丸の速度で意識の隙を穿つ。

 

 彼の名は『拙者ざむらい』。

 大阪部屋の生き残りにして……リーダーと慕っていた男を殺された怒りに燃える男である。

 

 そして彼だけでは無い。

 

「おらアッ!」

 

「ッ!」

 

 香川部屋の青年も、そのほかの度胸有る住人達も。

 皆最後の武器を構えて、もう一度時間稼ぎを開始する。

 

『皆さんッ! 応急処置終わりましたッ! あと一撃……『イマージュ』行けますッ!』

 

「おっし!」

 

「助かるッ!」

 

 装者達は皆ギアの形態を変形させていき、最後のダメ押しを図る。

 

「皆! ギアを重ねるぞ!」

 

「おうともッ!」

 

「──!」

 

 そうして放たれた黄金の連撃は、確実に訃堂の注意を散漫にさせていく。

 

 ──そして。

 

「待たせたわね」

 

「……あんたは」

 

 ヒイロのすぐ傍にサンジェルマンが現れる。

 彼女はファウストローブを全身に纏い、既に戦闘状態へと至っている。

 

 彼女は今の今まで……()()調()()を行っていた。

 その彼女がここに居る、と言う事は。

 

「間に合ったか!」

 

「違うわ。間に合わせたのよ」

 

 ヒイロの質問に自信たっぷりに返した彼女は……ヒイロに最後の陽動作戦を伝える。

 

「……私が合わせるわ。だから手を貸しなさいッ!」

 

「……言われなくてもッ!」

 

 ヒイロが頷いた直後、ヒイロとサンジェルマンは共に構える。

 

「……」

 

 作戦とは名ばかりの同時攻撃。

 

 だが。

 

 走り出したヒイロを援護するように……サンジェルマンは全弾を一息に撃ち尽くす。

 

「──行けッ!」

 

 ──それは、一見すればヒイロを主軸とした攻撃に見えるだろう。

 何せ『神殺し』であるヒイロによる突貫と……それを補助するように放たれた、サンジェルマンの全霊が込められた弾丸。

 

「──」

 

 故に訃堂は誤認した。

 あの弦十郎達の全力の時間稼ぎも。

 黒スーツ達による一斉射も。

 シンフォギアの新武装による攻撃も。

 

 全ては彼等『神殺し』による攻撃を成立させる為のカモフラージュでしかないと。

 故にこそ数を用意し、意識を分散させるような攻撃ばかりを行っていたのだと。

 

「……くっく……くっ!」

 

 そう理解した訃堂は不敵に笑い、今も放ち続けていた他二人の『神殺し』達へ放っていた『護国の力』を止め──。

 

「っおおおおお!」

 

 目の前で飛びかかってきたヒイロの排除へと二振りの『群蜘蛛』を構え……全力の『護国の力』を放つ。

 それは希望を絶つため。目の前で戦う者達の気力を削ぐため。

 

 『群蜘蛛』に纏われた『護国の力』はより洗練され、二振りの『群蜘蛛』が長大な二つの刀と変わる。

 

 研ぎ澄まされ、成長した全力の一撃は……『企業』を焼き払った瞬間よりも莫大なエネルギーを極限まで圧縮することで顕現し。

 ──()()()()()()()()()()()()()()『護国の力』はヒイロへと迫る。

 

「──果敢無き哉ッ!」

 

 故に勝ちを悟った訃堂は……高らかに叫ぶ。

 

「所詮は人の浅知恵よッ! 人はッ、神をッ、超えられぬのだッ!」

 

 そして訃堂へと飛びかかったヒイロは──。

 

「……」

 

「──あ?」

 

 不敵に笑って、元よりそうであったかのように……ソードを横に構えて『護国の力』を受け入れる。

 そして。

 

 弾かれたヒイロの背後より──黄金を纏った少女が訃堂へと迫る。

 

「ッ!? 貴様は──ッ!」

 

 直後、訃堂は悟った。

 この戦いの真意を。

 

 そう、訃堂の推察もまた全てが外れていた訳では居なかった。

 けれど彼は読み違えた。

 

 幾多もの戦いと陽動。

 思い通りに行かぬ戦況と、怒り。

 

 それにより……彼は失念させられていた。

 

「私は歌で──ぶん殴るッ!」

 

 立花響の……()()()()()()()()()を。

 

「──貴様ッ、ガングニールのッ!」

 

 この場に残された、もう一つの『神殺し』。

 その出現に、彼は二振りの『群蜘蛛』をそのままに立花響へと向け、そして。

 

「!? 何故ッ、力が霧散してッ!?」

 

 ()()()()()()()()に衝突した『護国の力』は──困惑したように霧散していく。

 

 その異常事態に、ここで初めて訃堂は……明確な悪手を打った。

 

「出力を上げ」

 

「──抜剣ッ!」

 

「!? 加速!?」

 

 そう。

 誰かと繋ぐ為の手のひら。それは『脅威』などでは無い。

 誰かを守りたいという……少女の強き思い。

 それは敵である訃堂ですらも例外では無く……故に出力をどれだけ上げようと、その一撃を排する事など出来ない。

 

 ──そして。

 優しき少女の祝福は、二千年に渡る呪いを上書いて。

 

「おおおおっ!」

 

 二振りの『群蜘蛛』へと到達し、黄金の輝きと魔剣の輝きが……その二振りをへし折り進む。

 

「!? 我が命にも等しき『群蜘蛛』がッ──」

 

 命に等しき『群蜘蛛』をへし折られ、自身へと突き進む慈愛の手。

 

「まだだ! まだ……!」

 

 風鳴訃堂は……それでも怪物だった。

 彼は神の力を解放し、立花響の一撃から逃れようとする。

 

 だが。

 

「!? 身体……がっ!?」

 

 突如、身体が金縛りに遭ったかのように……一瞬だけその動きを止めさせられた。

 

 故にその手のひらは……訃堂へと届き。

 

「ッ、があああああああぁあぁっぁあああああ!?」

 

 訃堂に巣くう『神の力』のみを──貫いた。

 

 



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よくできたヒストリー

 立花響の一撃。

 それは訃堂にとって命にも等しい『群蜘蛛』を破壊しただけに留まらず……彼の力の源にまで及んだ。

 

「……馬鹿、な……」

 

 『神殺し』。

 本来であればその力は、『護国の神』と至った訃堂をも砕く一撃となっていただろう。

 しかし、少女の優しき思いが込められたその一撃は誰かを傷つけるモノではない。

 

 故に、訃堂は身体を砕かれること無く……シェム・ハの腕輪のみが真っ二つに裂けて砕けた。

 

「……はっ……」

 

 自身の身体から力が流れていく事を理解した訃堂は、自身の夢の終わりを悟り……自虐的に笑ってから立花響へと語りかける。

 

「……終わりだ……我が夢も……この国も」

 

「……」

 

「何時の日か……後悔する時が来る。儂を……受け入れ無かった事を」

 

「!」

 

 そして。

 訃堂はまるで糸が切れたかのように自由落下を始める。

 

「希望は今砕かれた。絶望しろ、明日に……未来に」

 

 彼の言葉には万感の思いが詰められていた。

 

 ──時は百と幾数年前に遡る。

 彼が風鳴家に生まれた頃、日本は夷狄による蹂躙を受けていた。

 

 最初はよく理解していなかった訃堂だったが、防人として成長して行くに日本の危うい状況を理解していく。

 しかし理解したからと行って、幼少の頃の彼には何も出来るわけが無かった。

 

 故に当時の彼に出来たのは、ただ見ていることだけだった。

 

 愛する日本が蹂躙される時も。

 親兄弟、先達達が血を流し、命を賭して国を守護している時も。

 

 ──それでも日本が夷狄による蹂躙を完全には防げず、訃堂を残して皆死んでいった時も。

 

 彼はただ、無力に眺めている事しか……出来なかった。

 

 故に彼は自己鍛錬と、国土防衛に傾倒していった。先達達に顔向けできるように……何より、愛する母国を守る為に。

 護国のためならばどのような事でも出来た。残忍なことも出来た、幾つもの犠牲を払ってきた。どのような苦痛も、自身の死すらも受け入れられた。

 

 そうして訃堂は誰にも負けぬ強靱な肉体と正確無比な戦闘術を手に入れ、『護国災害派遣法』という国土防衛の為の法律を作り上げ、この混迷の世界においても圧倒的な抑止力となり得る……『神の力』を手に入れた。

 

 だが。

 

 そうして彼が幾星霜幾星霜と積み上げてきたモノは、しかし。

 今この瞬間に全て崩れ去った。

 

「──」

 

 故に彼は……先に散っていった『群蜘蛛』の後を追う様に、自由落下による落下死を選ぶ。

 彼は最早、生きることに執着など無い。

 だが。

 

「っあああああ!」

 

「……!? 何故ッ!?」

 

 立花響は訃堂の死など許さない。

 シンフォギアの出力を上げて、落下を始める訃堂へと手を伸ばす。

 

「──逃げるなッ!」

 

「……!」

 

「貴方がしてきた事はッ! きっと誰かの為にしてきた事だったのかも知れない……けどッ!」

 

 手を伸ばさない訃堂へと、それでも少女は手を伸ばし続ける。

 

「ならッ! その『誰か』の為にも……して来た事にちゃんと責任を取れッ!」

 

「──」

 

 その言葉は……訃堂の在りし日の記憶を思い出させる。

 

『何故、死刑を受け入れるのか……だと?』

 

 そう。

 それは父を最後に見た日の事。

 

 最後に生き残った父は、終わったはずの戦いの責任を取らされて死刑となってしまった。

 だが、訃堂は知っていた。父が全力で動けば……その様な判決など幾らでも回避できたと言う事を。

 

 そんな問いかけに……父は厳格な父の姿でこう返した。

 

『──そんなこと。日本の為に決まっている!』

 

 責任を取ることが……ですか?

 そんな訃堂の質問に、父は言葉を続ける。

 

『そうだ。俺達の戦いは全て……御国の為のモノだ。だがそれらは全て俺達が自発的に行ってきたモノ。そうしたい、そうすべきと思ったから……俺達は戦ってきた』

 

『……』

 

『だから……その責任を御国に擦り付けてはいけない。守るべき存在に……手を煩わせてはいけない』

 

『……』

 

『何より、護国のため……防人の犠牲は最小限に抑えなければならない。そうすれば、次の防人がその使命を果たしてくれる』

 

 訃堂の父はそこで言葉を句切ったかと思うと……優しい表情を浮かべて、父としての最後の教えを訃堂へと投げかけた。

 

『……訃堂。俺がお前に教えられる最後の事だ。もしお前や……お前の部下が何かに失敗して、責任を取らねばならぬ時が来たら……その責から決して──』

 

「──逃げるなッ!」

 

 ──ふと、目前に迫る少女の言葉と……亡き父の言葉が重なる。

 

(……ああ)

 

 そうだ。

 風鳴訃堂……彼は常に防人として組織の先頭に立ち、護国の為に心身を削ってきた。

 愛する日本の為、幾人と散っていった先達に報いるため。

 

 故に大きな失態が起こり、組織の存続が危ぶまれた時は即座にその責を負った。

 自身の命を礎に後世へと防人を遺した父のように。

 

「……手をッ!」

 

 彼女の言葉は、訃堂のそんな薄れていた記憶を想起させ……。

 

(……全く儂も……耄碌したものだ)

 

 訃堂は少女へと、その手を伸ばした。

 

 

「……お父様」

 

「……弦十郎か」

 

 全身の骨を砕かれていた筈の弦十郎だったが、少し休んだことで歩けるほどには回復したのか……装者達の肩を借りて、若い姿のままの訃堂へと近寄る。

 

「……」

 

 彼は今までの暴れようが嘘のように、大人しく座り込んでいる。

 

「……お父様。貴方は何故……」

 

 そんな彼に、今であれば全ての行動の真意を聞けると思い……尋ねようとする。

 

「護国のため。それ以外に儂が何かするとでも? 弦十郎よ」

 

「……」

 

「だが……最早儂に出来ることは一連の騒動の責を負う事。事の全ては獄中で語ろう」

 

 けれど彼はただそれだけを弦十郎に返して……大人しく手錠を受け入れた。

 

 そして。

 

「──皆さん!」

 

「! 緒川さん……て、その子は……」

 

 あの激しい戦闘の中本邸からの脱出の気を伺っていた緒川が姿を現す。

 彼が抱える腕の中では、死んだと思われていたエルザが小さく息を立てて眠っている。

 

「ノーブルレッドのエルザさんです」

 

「……」

 

 ノーブルレッドとは微妙な関係の装者達は皆反応に困ったが、ともかく生きているのは良いことだ。

 そうして今の今まで息を殺して潜入していた緒川だったが……彼はエルザを抱えながら装者達へと頭を下げる。

 

「すみません、ほんの少ししか援護できず……」

 

「……あ! やっぱり最後のって緒川さんが……!」

 

 そう。

 訃堂が立花響の一撃から逃げようとした瞬間、動きを止めたのは何を隠そう緒川である。

 

 技の名は『影縫い』。

 投擲物を影に放ち、影事相手の身体を縫い付ける緒川の得意技である。

 

「……やはり僕の業前程度では訃堂殿相手に一度しか有効打を決めることが出来ず……」

 

 そう。彼はエルザという要救護者を守りながら待ち続けた。

 一度切りの有効打が、最も最適に発動する瞬間を。

 

 そう言った、あくまでも忍者としての立ち回りを徹底した形となった今回の戦い。

 しかし緒川は、そのことを気に病んでいた。

 何故なら彼は、死闘に次ぐ死闘を目前にしながらも、作戦を確実な形と為すために潜伏し続けなければならなかったのだから。

 

 せめてもう少し自身の業前が磨かれていれば……と落ち込む緒川だったが、そんな彼の肩に手が乗せられる。

 

「気にするなよ緒川。お前は今回、やるべき事をキチンとしたんだからな」

 

「……司令!」

 

 弦十郎である。

 割と重傷だった筈だが、彼はもう普通に動きながら緒川を称えた。

 

「……しかし、やることが山積みだ!」

 

 そして彼は気を入れ直すように辺り一面の焼け野原を眺め……今後の予定をぼやく。

 

 

「ともかくは……この焼け野原から本邸の情報を可能な限りサルベージ──」

 

「ああ、それはもう終わってます」

 

「え?」

 

 ──それは、殆ど全壊状態となってしまった風鳴本邸に秘められた情報のサルベージである。

 あくまでも今回の作戦の要は家宅捜索と風鳴訃堂の逮捕にある。

 あの様子では本人による自供もあるだろうが……それにしても物的証拠は必要だ。

 

 故にあの瓦礫の山から必要なモノを回収しなければならないという、中々に骨が折れる仕事……の筈だった。

 

「これだけあれば訃堂殿の起こした一連の騒動、その他幾つかの事件の摘発には十分かと」

 

 弦十郎の気が抜けたような表情を見た緒川は、何でも無いように本邸にあった様々な情報をスーツの懐から取り出す。

 

「……お前、やっぱり忍が本職だよ」

 

「え?」

 

 弦十郎の言葉に疑問符を浮かべる緒川だったが、しかしコレにてS.O.N.G.の()()()仕事は無事完了したと言う事になる。

 

 ──さて。

 黒スーツ達は現在……二通りのグループに分かれていた。

 

 一つは、『リーボック』による治療を受けている者。

 

「重傷者の方を先に寄越してください!」

 

 本来ミッションが終われば自動的に部屋に転送され、その際に身体を治療して貰えるのだが……今回のミッションを設定していた『企業』のブラックボールが皆吹き飛んでしまい、皆治療も帰宅も出来ないでいたのだ。

 

「え? 蘇生ですか? 蘇生は元の肉体をロードしない限りは……」

 

「……」

 

「肉体がないのであれば……やはり通常通り三番で再生が良いかと」

 

「……!?」

 

「海外のミッションを受注すればポイントが入りますので、腕に覚えがある方はそちらで稼ぐのが良いかと」

 

 怪我を負った者、仲間を喪った者。皆それぞれ、『リーボック』に詰め寄って質問攻めしていた。

 

 だが皆が皆『リーボック』による治療が必要な者達ばかりでは無い。

 

「……」

 

 それがもう一つの……軽傷で、今後のことを考える余裕のある者達だ。

 

 彼等は……皆不安そうに一点を眺めていた。

 風鳴本邸の残骸。そこでは、S.O.N.G.の職員が忙しなく働いている。

 

「……私達、どうなるんでしょうか」

 

「さぁ……」

 

 そう、それは彼等の今後である。

 何せ彼等は……反逆の片棒を勝手に担がされていたのだから。

 

 『神殺し』達もつい先程知った事の真相。

 

 それは彼女達に衝撃と、未来への心配を与えた。

 

「『ひーろー』は何か事情知ってそうでしたのに彼は今何処で何をしているのかしら?」

 

「あそこだけど……」

 

 そしてその驚愕の真実を彼等に示したヒイロは……二つのグループ何方にも属さず、静かに一人の男の元に居た。

 

「……あんたがこんなにやられるとはな、岡」

 

「ああ」

 

 岡八郎の下である。

 

「まぁ勝てたからええやろ。今回は楽しかッた」

 

「……」

 

 岡八郎。

 彼は生粋のバトルジャンキーだ。

 

 そんな彼が……両手両足を吹き飛ばされて負けたというのに、何処か晴れ晴れしい表情を浮かべて横たわっていた。

 

「……治療は良いのか?」

 

「治療はええ。俺は今回で"上がる"わ」

 

「……」

 

 ──彼は、死ぬことを選んでいた。

 

「……」

 

 ヒイロはそんな彼の姿に若干の困惑を覚えつつも……何処か納得していた。

 

「……なぁ。セバスって……今何処いるんだ?」

 

「……」

 

「……もう、()()()()()()()()()()()()。あの……『Apocalypse』の日からずっと……」

 

 故に、最後に知りたいと投げかけた質問に……岡はゆっくりと口を開いた。

 

「……全てを知るって……どう言う事か教えたろか?」

 

「……え?」

 

「文字通り全てを知るんや。自分の……たった数十年の人生よりもずッと重く、ずっと濃い情報が……絶え間なく濁流のように……流れてくる……」

 

「……」

 

 ──それは、超越者の苦悩だった。

 

「万能感なんて何も無い。ただ気付くだけや。自分という存在が……どれだけちっぽけなのかを」

 

「……」

 

「だから……求めるんや。自分という存在の存在意義(アイデンティティ)を。自分が自分である理由を。()()……それが強い奴との戦い……やッた……」

 

 そしてゆっくりと、もう見えていないはずの目でヒイロを見つめたかと思うと……ぽつりと零す。

 

「──セバスは死んだ。あの日……自分から……」

 

「……」

 

「アイツのアイデンティティは……お前が生きて……幸せを得る事……だッた……それが……果たされると信じたから……役目を終えて……自ら……死んだ」

 

 ヒイロは、幾つもの死に立ち会ってきた。

 だから分かる。もう目の前の男は……次の瞬間にでも死んでしまうのだと。

 

「……何……悲しそうな顔……してるんや。今日……会ッたんが……初めてやろ……」

 

「……」

 

「……安心せい。こう見えても俺は……来世では……勝ち組や…………二年後……ロシアの田舎の娘の……息子として生まれる…………その娘は割と……美人や」

 

 そう言って全知ジョークを笑いながら語った岡は、最後にヒイロにこう言葉を投げかける。

 

「頑張れよヒイロ。お前なら……きっとやれる。……気張ッて行けや」

 

 ヒイロは……目の前で死んでいく男の言葉を一言一句違わずに噛み締め……そして。

 

 

 

 

「……」

 

 俯くヒイロの背後に、数人の足音が近付いてくる。

 

「……ひーろー」

 

「……」

 

 それは彼も予期していた事なのか、特に動揺することも無く……振り返る。

 そこでは……涙を目一杯に溜めた切歌が、ヒイロを見ていた。

 

「……やっ……ぱり……」

 

「……」

 

「っ、ひーろーッ!」

 

 そして、抑えが効かないとばかりに抱きついてきた切歌を、ヒイロはしっかりと受け止めた。

 

「っ……ひーろーっ、ひーろーっ!」

 

「……切歌……」

 

「うああああっ!」

 

「……」

 

 切歌は今までの思いの丈を伝えるかのように……もう離さないと言わんばかりに、ヒイロへと抱きつく。

 

「……立花さん」

 

「GANTZさ……いえ、陽色さん、ですか?」

 

「……」

 

 そして、ヒイロの下へ来ていたのは何も切歌だけでは無い。

 装者達は皆……彼の下へと来ていた。

 

「……その人は……」

 

「死んでるよ。それが望みだッた」

 

「……」

 

 装者達の中でも交流のあった立花響はすぐに彼へと話しかけ……そして、彼の背後にある亡骸に気付く。

 それを尋ねてもヒイロはそれ以上のことを答えようとはせず、立花響もまたそれ以上は聞かずに口をつぐむ。

 

「……ヒイロ君」

 

「……弦十郎さん」

 

「……彼は……いや、そうか」

 

 そして、一通りの仕事を終えた弦十郎もまたヒイロの下へと来て……共に共闘した岡の姿を見て、一度祈るように目を伏せた。

 

「──ヒイロ君」

 

 目を開けた弦十郎は、ヒイロへと切り出した。

 

「……俺は()()を果たす。例えこの命に代えても。だから君も……教えてあげて欲しい。彼女に、全てを」

 

「……」

 

 未だに泣き続ける切歌の頭を優しく撫でながら……ヒイロは息を吐いて覚悟を決める。

 

「分かりました」

 

 

「……ここが」

 

「ああ。ここが……東京の部屋だ」

 

 俺は装者達を部屋へと転送させた。

 弦十郎さんはまだ現場でやるべき事があるらしく、あの場に残った。

 

「……コレが……」

 

「そうだ。コイツが……ガンツだ」

 

「……」

 

 転送されてきた皆はキョロキョロと不思議そうに部屋を見渡して、これ見よがしに部屋に鎮座してあるガンツを興味津々と言った様子で眺めている。

 

「……さて、じゃあ何処から話そうか」

 

「……」

 

 だが、俺が一言言葉を投げかけると、彼女達はすぐに此方に注目してくれる。

 

「……そうだな。やっぱり……」

 

 俺は言葉を選びながら……ガンツにある星人を表示させる。

 コイツは俺が最初に戦った星人。

 

「──"一番"から、順に話していこう」

 

 そして。

 俺は、ヒイロの歴史(ストーリー)を語り出した。

 



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ラストミッション

 語った。

 ……全てを、彼女達に伝えた。

 

 この部屋に呼ばれたこと。そしてガンツに指示されるまま……星人という化け物と七年間戦ったこと。

 キリカの実の母が、その星人との戦いに巻き込まれて死んでしまったこと。

 

 ……そして、今の俺は『暁陽色』でも、『暁ヒイロ』でもない……三度目の『俺』だと言う事も。

 

「……」

 

 彼女達は……ただ重苦しく、俺の話を聞いていた。

 

「……ひーろー」

 

「何だ、キリカ」

 

「……三度目の『俺』って、どう言う事デスか」

 

 その中でもキリカは一際表情を歪めて此方を見つめてくる。

 キリカを含めた装者の皆にはブラックボールの基本的な情報は伝えてある。

 ……なので分かるはずだ。

 

 俺のこの、言葉の意味も。

 

「……一度目に死んだのは、お前がF.I.Sに攫われた時に」

 

「……」

 

「……二度目は……()()()。あの『企業』の黒スーツ達に……」

 

「……」

 

「今の俺は文字通り、三人目の──」

 

「言わないでッ!」

 

 明言はしなかった。

 けれど、装者達の皆はどう言う意味なのか分かった様だった。

 

「……」

 

 彼女達は無言で俯いたり、口元に手を当てて呆然としている。

 そして。

 

「……そんなっ…ことっ……言わっ……ないでよぉ……」

 

 キリカもまた、目一杯に涙を溜めて……表情をぐしゃぐしゃに歪めながら言葉を投げかけてくる。

 

「……すまん」

 

「っ……」

 

 しかし俺に出来るのは、ただ謝ることだけだった。

 キリカは一瞬、引きつったような声を上げたかと思うと……またわんわんと泣き出した。

 

「……」

 

 気まずい空気が流れる中、白髪の少女が此方を伺うように見つめて、尋ねてきた。

 

「……なぁ、一つ良いか?」

 

「……何だ?」

 

「あんたは……何であたし達にそんな……大事なことを教えてくれんだよ」

 

「……ああ」

 

 それは当然の疑問だろう。

 事はキリカと『俺』にまつわる話だ。正直な所、立花さんを除いて彼女達に話す理由など無い。

 

 だが、それには当然理由がある。

 

「……契約だからな」

 

「え?」

 

「弦十郎さんと、あの同盟の取引を行った時に……そう言う約束を交わしたんだ」

 

 そう、約束。

 南極で交わされたGANTZ()とS.O.N.G.の同盟。

 

 あの時、俺と弦十郎さんは契約を……約束を交わした。

 

「あの人は……俺に一つ条件を付けてきたんだ」

 

「条件?」

 

「そう。それは──」

 

 "──もし、彼女達が君の正体に気付いたら……彼女達にも全てを伝えてあげて欲しい"

 

「意図は良く掴めなかったが、それが弦十郎さんと交わした約束で、契約だ」

 

「……」

 

「だから別に、無理に聞かなくても言い。強制はしない。帰りたいのなら……望む場所に送ろう」

 

 俺は彼女達にそう確認を取る。

 しかし皆、此方をジッと見て話の続きを待っていた。

 

「……そうか。じゃあ続けよう。俺の目的と……()()()()()について」

 

 

 それは、最初の俺が遺した無念。

 

 兄として……キリカを守ると言う事。

 

「……最初はその為だけに戦い続けていた。攫われたキリカを助けて……家族を元の形に戻したかッた……」

 

 その為にキリカを探し続け……今度こそ黒スーツ達に負けないでキリカを助け出せるよう、技を磨いた。

 けれどそれが形と叶うことは無かった。

 

「だからせめて。兄としてキリカを守ってやりたかッた」

 

「……」

 

「世界中を奔走して……日本に侵略する可能性が一番高いアメリカを可能な限り足止めした。()()()()()()()()()()()()()()()にS.O.N.G.と……いや、弦十郎さんと契約した」

 

 俺の言葉に、装者の皆は少なからず動揺したように表情が揺らぐ。

 

「……私を……守る為……?」

 

 ようやく泣き止んだキリカだったが、また曇った表情を浮かべて今にも泣き出しそうになる。

 

「……気にすんなよ。俺が勝手にやったことだから」

 

「……」

 

 気にするなと言葉を投げかけても、キリカはしくしくと涙を流すだけ。

 どうすれば良いかと思っていた所で、マリアが神妙な顔でこちらを見ていた。

 

「あの同盟はその為の……」

 

「……ああ。()()()()()()()()()()()は、弦十郎さんにキリカを守って貰えるよう……頼んでいた」

 

「……」

 

「まぁ……守るって言っても、君達皆自衛手段持ってるみたいだし……弦十郎さんも仕事があるからあまり目立って行動してたみたいじゃ無いらしいけど」

 

 そう、キリカには……あのコスプレと言う名の強化スーツ、『シンフォギア』が有るという。

 なので、弦十郎さんへの契約は保険の意味合いが近かった。

 

 だが。

 

「……ま、まさかあの地獄の訓練が増えたのって……そう言う事なの!?」

 

「……あ、あの地獄の訓練が……!?」

 

「あ、あれが……暁を鍛えて守る為の……!?」

 

「……」

 

 どうやら俺の知らないところで弦十郎さんは随分と動いたようだった。

 地獄の訓練って何だよ。

 

「……で、だ」

 

 ともかく、気を取り直して話を続ける。

 

「俺にはもう一つ……目的がある」

 

 そう言ってガンツに触れ……話を続ける。

 

「それは、二番目の俺が遺した想いを……繋ぐこと」

 

 ガンツの表示が切り替わっていき……()()()()()()()()()人物の写真が一覧となって現れる。

 

「……何だそれ……て」

 

「……え?」

 

 急に映し出されたその一覧の意味が分からずにいる少女達だったが、その中の最後尾に映る人物を見て……目を丸くする。

 

「……ガンツは、な。いい加減な奴なんだ」

 

「……」

 

「この部屋は本来……死者だけが身体を再生されて……集められる。……だが、稀に生きてる奴を再生してここに呼ぶことが……あった」

 

 立花さんは、その表情を固まらせ。

 雪音さん達は……俺の説明にその表情を青くさせて。

 

「──この部屋には以前、『俺』以外にもう一人……住人がいた」

 

「……」

 

「そいつは……オリジナルが生きているのにこの部屋に呼ばれてしまい……けれど、それでも必死に生きた」

 

 彼女達の視線の先。

 そこには……明るい印象を受ける少女の写真があった。

 

「──そいつの名前は()()()。『俺』が……愛した人だ」

 

 

「……ま、待ってくれ……ちょ、ちょっと情報が多すぎる……」

 

 雪音さんはいの一番に訳が分からないとばかりにそう言って頭を抱えた。

 いや、彼女だけじゃ無い。

 

「……た、立花が……二人……」

 

「……愛?」

 

 風鳴翼も、マリアも、調さんも。

 皆……困惑していた。

 

「……そういう事デスか」

 

 しかし、その中でもキリカと。

 

「……」

 

 当の本人とも言える立花さんだけは……何故か、納得がいったような表情で此方を見ていた。

 

「陽色さん」

 

「……立花、さん」

 

 そして彼女は──。

 

「思い出せたんですね、大事な人」

 

「っ……」

 

 彼女は何でも無い風に笑って……俺にそう投げかけた。

 

「ちょっ、おま……」

 

「大丈夫だよクリスちゃん。ちょっと驚いただけ」

 

「え、えぇ?」

 

「でも……そっか。そりゃ似てるよね、私に」

 

 彼女は……何処か納得したような、寂しそうな表情でそう呟いて……此方を見る。

 

「陽色さん」

 

「……」

 

「……もう一人の私は……死んでしまったんですか?」

 

 立花さんは何処か言い淀みつつも、単刀直入に尋ねてくる。

 その言葉にハッとしたのは他の装者達だった。

 

「……」

 

 そう。響はこの部屋の住人だったと言うのに……今はもう部屋にいない。

 ブラックボールの部屋のシステムも一通り話して有る為、彼女達もすぐに気が付いた。

 

 もう一人の立花響が、既にこの世にいないという可能性を。

 

 立花さんの言葉に一度息を呑んだ俺は、話しはじめる。

 

「……『俺』は……彼女を愛していた」

 

「……」

 

「だから……彼女が死んでしまった時、『俺』は深く絶望した。記憶を全て消して……逃げてしまうほど」

 

「……」

 

「──だが、彼女は生きていた」

 

 その言葉に、装者の表情が驚愕に染まる。

 

「月遺跡『マルドゥーク』。その一区画で……身体を一柱の神に乗っ取られて」

 

「……月……遺跡……」

 

「ああ。既にマッピングも終えて……すぐにでも向かえる様になッている」

 

 月遺跡『マルドゥーク』。

 コイツを調査するのに協力してくれたのは、あの三人の錬金術師達。

 

 彼女達の御陰で……響が眠っているブロックを突き止めることが出来た。

 

「俺の目的は二つ。キリカを守る事……そして──」

 

 二つの目的の内の一つ。

 キリカを絶対に守る。

 

 その為に奔走し……結果として歪んではいながらも、十分な水準まで達成できた。

 

 日本国内における内乱という最悪の状況を一先ず抑える事に成功し……()()()()()()()()()()アメリカを牽制し続ける依頼は既に締結済みだ。

 

 現時点のアメリカは国家として最強だ。

 だが強すぎて孤立している。

 誰も彼もがその存在を疎んでいるが故に、誰も彼もを敵に回す立ち回りを強いられた。

 

 御陰で随分と時間稼ぎが出来た。

 日本には……『マネモブ』も『お嬢様』も、一応『リーボック』もいる。それに……まだ未熟でも磨けば光る様な奴等が沢山居る。

 それだけの期間アメリカを拘束することが出来れば、日本もある程度は立て直せる。

 

 更にコレに加えて弦十郎さんという保険。

 最悪日本が滅ぶ様な事があったとしてもキリカ達は無事だろう。

 

 故に、『(陽色)』の目的は……果たされた。

 なら。

 

「──そして、響を救出すること」

 

 今度は、『(ヒイロ)』の目的を果たす番だ。

 

 それが俺の……最後のミッション。

 

「俺はこれより……月遺跡に突入する」

 

 陽色とヒイロ。

 二人の想いを受け継いだ……()()ラストミッションだ。

 

 

 まず、いの一番に語りかけてきたのは……キリカだった。

 

「……それは、危険なことデスか?」

 

「ああ。目覚めた直後の『くろのす』……神なら……まだ勝てた。だが……今の、再生の時間を与えてしまったアイツに確実に勝てるとは……言えない」

 

 キリカへの返答は俺の本心そのまま。

 あの時ですらしぶとく再生し続けたあの子作り女に二年も休む時間を与えてしまった。

 

 確実に勝てるとは、口が裂けても言えない。

 

 俺の言葉にすぐに反応したのは、雪音さんとマリアだった。

 

「……おいそれって……」

 

「死ぬ気なのね、貴方」

 

 ……死ぬ気、か。

 

「その可能性も大いにあるが……だからって死ぬつもりは無い」

 

「……」

 

「行って、帰ってくる。それだけだ」

 

 そんなモノは更々無い。

 響のためにも……俺のためにも。

 

 もうこの想いを誰かには渡したくないから。

 

「──話は終わりだ。俺はこの後幾らか準備して月に行く。アンタ達もやること有るだろ? 今なら何処でも転送してやる」

 

 そう言ってガンツの前に座り込み、彼女達の言葉を待つ。

 

「……一人で行く気か?」

 

「ああ」

 

「……」

 

 風鳴翼の問いかけに対して端的に返し……少女達は黙り込んでしまった。

 

「……一人で戦うのは慣れてる。第一元から……全て一人でやるつもりだった。何の問題も無い」

 

 しまったと思いフォローの言葉を彼女達に投げかけ、彼女達をすぐに送れるよう転送の準備をガンツにさせる。

 

「何処に転送すれば良い? S.O.N.G.本部か? 風鳴本邸か? それとも自宅?」

 

「……」

 

 中々答えない少女達の返答を急かすと、ようやく動きが見える。

 

「……はぁ」

 

 まず、マリアが大きく溜め息を吐いた。

 本当に呆れた、という様な溜め息を。

 

「司令が何故貴方とそんな契約を結んだのか……ようやく分かったわ」

 

「?」

 

「良いわ。私が行きたい場所なんて……決まっている」

 

 そして彼女は窓の外を指さしたかと思うと……高らかに叫んだ。

 

「──()()()()()! 私もその救助作戦……連れて行きなさいッ!」

 

「……え?」

 

 え? なんで?

 

 そんな俺の困惑も何のその。

 装者達は皆揃ってしたり顔を浮かべて語り出した。

 

「ふっ……マリアらしい。それで? その月旅行は何時出発する? 私も防人として同行しよう」

 

「へっ……そりゃ良いね。あたしら皆次の日曜まで休暇貰っちまったからな」

 

「うんうん! あんな大変な戦いがあった後なんだし、旅行の一つでも行きたいよね!」

 

「……な、何を言ってんだ……アンタ達……」

 

 マリアも、風鳴翼も、雪音さんも……立花さんも。

 

「……あたしも。切ちゃんのお兄さんの事なら……人事じゃないし」

 

 月読さんも、チラリと横で俯いているキリカを見ながらそう言って。

 

 そして。

 

「……ねぇ。ひーろー」

 

「キリ──」

 

 パシンッ、と。

 キリカに頬を平手打ちされた。

 

「……キリカ」

 

「……勝手デス。何もかも……勝手デスよ、ひーろーは」

 

「……」

 

「私を守ろうって沢山傷ついて。……それで本当に死んじゃって。それでも……私を守ろうとしてくれて」

 

「……」

 

「──私がッ!」

 

 キリカは、涙を溜めながらも……今度はそれを流さずに、俺を睨み付けた。

 

「私がっ、どれだけ……どれだけあなたの力になりたいって、思ったことかッ!」

 

「……」

 

「私が……どれだけ……あなたを心配したか……」

 

「……」

 

「好き。大好きっ。愛してるッ! 沢山助けて貰ったッ! 沢山守って貰ったッ! だから、ひーろー……っ」

 

 そして。

 俺の胸ぐらを掴みあげたキリカの目には……もう涙は無く。

 

「今度は……私に手伝わせてよ……」

 

 ただただ……悲しそうに、そう言った。

 

 俺は……。

 

「……」

 

 俺は……泣いていた。

 

「……俺……俺は……」

 

「……」

 

「一人……だッた……ずっと……一人で……」

 

 ずっと、一人で戦っていた。

 孤独な戦い。孤独な勝利。孤独な努力。

 

 目標と追っていた父は、俺に恐れて蒸発して。

 塞ぎ込んでいた俺をずっと慰めてくれた母は、俺のせいで死んでしまって。

 どれだけ戦っても見えてこない妹の情報を追い続ける日々。

 

 そんな地獄の中……ようやく苦しみを分かち合えたのが響だった。

 でも、彼女も居なくなって、俺は……また孤独になった。

 

 思えば、奪われてばかりの人生だッた。

 

 そんな俺が……良いのか? 彼女達を頼って。

 

「良い訳無いッ! 駄目だッ! 俺は……お前達を頼れな──」

 

「──狼狽えるなッ!」

 

「!?」

 

 ガンツを起動し、彼女達を強制的に転送しようとした瞬間。

 空気が震えるような音量で……俺の好きな、綺麗な声が響く。

 

「何が頼れないだッ! そんなに頼るのが怖いかこの腰抜けッ! もっと誰かを頼れバカッ!」

 

「……でもッ」

 

「──それとも、あなたの好きなマリア()は……さっきの話を聞かされて何もしないで居る女だとでも?」

 

「っ……」

 

「それは──私への愚弄よ!」

 

「ッ……」

 

 そして。

 マリアに続くように……彼女達は俺に叱咤を投げかける。

 

「ああ。私のファンを救ってくれた貴方が死地に向かうと言うのに……風鳴翼が黙っていられようかッ!」

 

「大体よ、ミイラ取りがミイラになりに行きますーって目の前で言われて、止めねぇ奴のが少ねぇってのッ!」

 

「将来的にもお兄さんに手を貸しておくのは良い選択だと思うしっ!」

 

「……」

 

 風鳴翼も、雪音さんも、月読さんも。

 

 ──彼女も。

 

「……私、真似人さんと会って分かったんです」

 

「……」

 

「あの人は全員同じで、でも全員違っていて。だから……多分もう一人の私と私は……全然違う人で──」

 

 立花さんは……。

 

「私と何も変わらない……命なんです」

 

「──」

 

 自身の胸に手を当てながら、彼女と同じ言葉を紡いで行った。

 

「なら、人助けが趣味の私としては……放って何ておけませんッ!」

 

 彼女は、朗らかに笑って……拳を俺に突きつけた。

 

「だから、陽色さんッ!」

 

「ヒイロッ!」

 

「お兄さんっ」

 

「GANTZ殿っ」

 

「クレープ屋ッ!」

 

 そして。

 装者達は皆、立花さんに続くように俺にその答えを求め──。

 

「──一緒に行こう、ひーろー!」

 

 最後にキリカがそう言って、俺に手を伸ばした。

 

「……」

 

 ああ。

 こりゃ……駄目だな。

 

 

 その部屋には黒い球があった。

 

 直径1m程のチタンのような光沢のあるドス黒い球だ。

 この球には様々な武器が収められていて、その性能はどれも現代科学の範疇から外れている。

 

 ──その黒い球の前にて。

 

 一人の男と……六人の少女がいた。

 

「──『くろのす』が居るのは広大な『マルドゥーク』内の一区画。アイツの発言や攻撃からして……『くろのす』の周囲一帯に直接飛ぶのは危険だ」

 

 トンっ、という音と共に、黒い球に描かれた何処かのマップを男は指で差す。

 

「故に、目標よりも少し離れた場所に転送する。その際遺跡の排除機構が襲いかかってくるので……各自備えてくれ」

 

 一通りの説明を終えた男は、立ち上がり……最後のチャンスと言わんばかりに少女達を見る。

 だが彼女達は皆何も言わず、真剣な表情で彼を見ていた。

 

「……行くぞ」

 

 故に彼も覚悟を決め……黒い球に触れ。

 そして。

 

「──ラストミッションだ」

 

 転送が始まった。

 



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フィナーレは目前

「……こ、ここが月……」

 

 転送が終わり、皆興味深そうに月遺跡を眺めていた。

 

「ほへー……地球があんなに遠くに……」

 

「地球って本当に青かったんだな……」

 

 立花さん達は遺跡の窓に映っている外の景色を感動したように眺め。

 

「空気はある。むしろ美味しい」

 

「説明されていたとはいえ、正直ちょっと息を止めてたデス」

 

 マリア達この遺跡の空気を堪能していた。

 と言うかキリカお前……。

 

「俺の信用低くね?」

 

 アレだけ空気はあるから大丈夫だって言ったのにそんなことしてたのかよ。

 ちょっと悲しい思いを抱きながら語りかけると、キリカはツーンと唇を尖らせながら辛辣に言葉を返してきた。

 

「私をずっと騙してきた事を思い出して欲しいのデスけど?」

 

「……」

 

「しかも……増えてるし……!」

 

 そう言ってキリカは目を怒らせて、俺の手元のテレポートジェムを睨み付けた。

 

「いや……テレポートジェムは増えてないが」

 

「テレポートジェムのことを言ってるんじゃ無いんデスッ!」

 

「は、はぁ……」

 

 そう思いながら手元に視線を落とすと……そこには二つのテレポートジェムがあった。

 

「……」

 

 ──思い出されるのはつい先程の……転送が始まる前のことだ。

 

 

「──なぁ」

 

「ん?」

 

 俺が彼女達の申し出を受け入れた後……雪音さんが何やら神妙な顔で此方に話しかけた来た。

 何か言いたいことでもあるのか……? と思っていると、彼女は恐る恐ると言った感じに此方を指差してきた。

 

「……それ。わ、私達も着なきゃならないのか?」

 

「……え? スーツの事か?」

 

 俺がそう答えると……何故か、皆びくりと動きを止めた。

 まるで俺の答えが気になって気になって仕方が無いとでも言うように。

 

「……別に……無くても良いけど」

 

「……! そ、そうか。なら良かった」

 

「……?」

 

 特に黙ってる事でもないので普通に答えると、装者達は皆ソレはもう安心したと言わんばかりに息を吐く。

 流石にそこまで拒否されると少し悲しくなる。

 

 こう見えて『企業』が手を入れた武器達と違って、純正のブラックボール兵器の評価は中々良い。

 なにせ故障しないし安定性で言ったら抜群だからな。

 

「なぁ……そんなに嫌か? このスーツ」

 

 だからこその問いかけだったが、雪音さんはそれはもう本当に嫌そうな表情で語り出す。

 

「そりゃ嫌だわッ! ピチピチだし真っ黒だし……コスプレみたいじゃねーか!」

 

「え?」

 

 あんたらが今そこを気にすんの?

 彼女達が戦う時の格好を思い出して思わず突っ込みを入れようとしてしまったが……すんでの所で言い淀む。

 

「いや、シンフォギアで戦う時も十分コスプレみたいじゃねーかよ」

 

 言い淀め無かった。

 けどコレは突っ込むなって方が無理だろ!

 

 コスプレだよアレは。

 しかもシンフォギアも十分ぴっちりじゃねーか。

 

「はぁっ!? シンフォギアがコスプレだって!?」

 

「言っちゃ何だがコスプレだろアレは! それに! 布面積で言ったらスーツの方が圧倒的だ!」

 

「ぐっ……」

 

 当然のように言い返してきた雪音さんだったが、シンフォギアの装甲の中でも最も目に余る布面積の話をすると、一瞬で言い淀んで撃沈した。

 いや……あんたも気にしてたのかよ。

 

「……まぁ。シンフォギアの姿がどうのこうのは置いておくとして」

 

 話が進まないと判断したのか、マリアは一度仕切り直したようにそう言ったかと思うと……俺の方を見て言葉を続けた。

 

「実際、戦闘を行うに当たって……私達はそれを着た方が良いのかしら。聞いた話では……()()()()()()()()()()()()()ようだけど」

 

 それは俺がS.O.N.G.に渡した情報よりも……ずっと検証が進んでいる話だった。と言う事はエルフナインから聞いた話なのだろう。

 

「……ああ。それに関しては──」

 

 そう言って口を開くも、今からする話は全て聞いた話でしか無い。

 別に俺はシンフォギアにも完全なんちゃらにも明るいわけではない。

 

 だから上手く説明できるか不安だったのだが──。

 

「──面白いことしてるワケだ。なぁ……ヒイロと不法侵入者共」

 

「!?」

 

「あ、プレラーティ」

 

 丁度良いところに……俺にそれ系の話をしてくれた先生(プレラーティ)が現れた。

 彼女は片手にビニールの袋を携えており、何かの買い物に行って居た事が見て取れる。

 

「……」

 

 俺は、彼女のそんな庶民間溢れる姿に一つ疑問を抱いた。

 ……そういや、俺が岡の足止め行ってた間コイツ何してたんだ?

 

 ここに居るって事は結社に帰ってた訳じゃないし……。

 

「まあいいや。丁度良いところに来てくれた。一つ頼み事していいか?」

 

「あん? ……丁度良いところ?」

 

「ああ。彼女達に……スーツとシンフォギアの同時利用について教えてやって欲しい」

 

「……」

 

 そう頼むと、プレラーティは露骨に嫌そうな顔を浮かべた。

 苦虫を噛み潰したように表情を顰めて此方を睨み付けてくる。

 

「はぁーん? 何で私がそんなこと……と言うか、何でその歌女共がここに居るワケ?」

 

「ああそれは……」

 

 彼女のその疑問にペラペラとここまでの経緯を語り出す。

 

 一先ず日本国内の内乱が治まったこと。

 それに伴って俺が月遺跡に乗り込むことを決めたこと。

 

 ……それで、なんやかんやあって……今彼女達に協力を要請していること。

 その為の説明をしようとしていた時にプレラーティが帰ってきたこと。

 

 それらを全て伝えきると、プレラーティは顰めっ面をあきれ顔に変えていく。

 

「……お前……本気で一人で行く気だったワケか」

 

「……まぁな」

 

「……で。コイツらに絆されて一緒に月に行くことになったと」

 

「……ああ」

 

「……」

 

 確認するかのように俺に聞き返してきたプレラーティは、一度そこで言葉を句切って俺の目をジッと睨み付けてくる。

 

「……?」

 

 だが。

 何なのかよく分からないで居る俺が首を傾げると……彼女はまた息を吐いて頭を掻いた。

 

「……チッ。まぁ良いだろう。説明してやるワケだ」

 

 心底嫌そうな表情のままだったが、彼女は特に言葉を濁すこと無く話しはじめた。

 

「お前等が纏うシンフォギアとスーツの相性問題。その理由は非常に簡単なワケだ」

 

 そして語り出すのは、彼女達が俺にした説明と何一つ違わないモノ。

 

「それはつまり……シンフォギアと完全聖遺物の関係に当たるワケだ」

 

「……完全聖遺物?」

 

「ああ。コイツの纏っているスーツやその他武器は……一種の完全聖遺物と言える」

 

「……!」

 

 彼女の説明に装者達は一斉に目を丸くさせる。

 正直俺にはそこがよく分からなかったが、やっぱり凄いモノなのだろうか。

 

 完全聖遺物ってようは、昔の伝説の武具とかの事だろ?

 過去の……言っちゃ何だが性能の低い、シンプルな武器がそんなに凄い力を持つモンなのか?

 

 やっぱり……『神』が何か関係しているのだろうか。

 

「お前等もご存じの通り、シンフォギアが完全聖遺物に長時間触れていると『暴走』状態を引き起こす可能性が有るワケだ」

 

「……暴走」

 

「お前等が色々と手を加えたシンフォギアなら、そんな厄介なリスクを負わずとも強化出来るパーツは幾つか有るワケで……得られるリターンに対してリスクが高いというどうしようも無い問題が有るワケだ」

 

 俺のどうでも良い考察が脳裏で行われている中、プレラーティは説明を終えていた。

 

「まぁ、そう言う事だ。だから此方から無理に着ろとも着るなとも言わないが……欲しいなら用意しよう」

 

「……いや、結構だ。此方は此方で戦うとしよう」

 

 一応彼女達皆に問いかけて見るも、当然というか何というか……スーツは要らないと両断された。

 ま、俺としても彼女達にスーツは要らんと思ってた。

 

 そう思いながらも……ガンツを使って現在時刻と、月と地球の位置を確認する。

 

 地球の……日本の真上から少しズレた所に月が差し掛かろうとしている。

 

 ……もうそろそろだな。

 

「そうか。じゃあ次は作戦の話を──」

 

 細々とした説明を話していたら思っていたよりも時間を食った。

 故に、すぐにでも作戦を装者達に伝えようとした……その時だった。

 

「──おい、ヒイロ」

 

 プレラーティが、何時になく真剣な表情で俺を見つめていた。

 

「……プレラーティ?」

 

「行くんだな……ヒイロ」

 

「……ああ」

 

 俺がそう答えると、彼女は暫く無言で何かを待つようにして居たが……フッと力を抜くように小さく笑った。

 

「なら、私も連れて行くワケだ」

 

「え?」

 

 ──そして唐突にとんでもない事を言い出した。

 

「……フッ……っふふ。冗談、冗談なワケだ」

 

 プレラーティは俺の気の抜けた言葉が余程面白かったのか、クスクスと笑いながら腰を曲げて煽るように此方を下方から睨め付けてくる。

 

「……おい」

 

「そーんなに怒らなくても良いワケだ。お前の言うとおりにコイツらに教えてやったろ?」

 

「……」

 

 しかしそれを言われると弱いのは此方で有る。

 大人しく彼女のからかいを受け入れることにする。

 

 ……だが。

 

「……ま、私も私で……結構忙しいし。カリオストロは100時間連勤中だし。お前に頼まれたところで一緒には行けぬワケだが」

 

「……プレラーティ?」

 

 彼女は何処か寂しそうにそう言ったかと思うと、懐から何かを取り出した。

 

「……だから。コレはちょっとした餞別なワケだ」

 

「……コレは……」

 

「テレポートジェム。転送座標を設定できる普通のモノと、()()()()()()()()()だ。まぁ、お守り代わりに持っておくワケだ」

 

 そう言って俺に二つのテレポートジェムを渡したプレラーティは、サッと俺から離れて……そのまま手を伸ばす。

 

「帰ってこいよ」

 

 ……そうだ。

 何だかんだで……コイツには世話になりっぱなしだった。

 

 

 

「ああ。また会おうぜ……親友」

 

 俺もまた彼女へと手を差しのばして……小さい手を軽く握る。

 

「……じゃあな」

 

 そして。

 彼女は小さく笑みを浮かべて……静かに結社へと戻っていった。

 

 

「……」

 

 プレラーティ。

 俺はお前のこと……親友だと思ってる。

 

 だから貸し借りは無しだ。

 

「ヒイロさんッ! 次のドローンが来ましたッ!」

 

 絶対に帰って……お前の仕事、手伝ってやるよ。

 

「──ああッ! このブロックを抜ければすぐに『くろのす』の居城だッ! 気を引き締めろッ!」

 

「言われなくてもッ!」

 

 初めての事だった。

 親友、と呼べる奴が出来たのも……心の底から愛した人が出来たのも。

 

 ──それを失ったのも、また。

 

 脳裏に過るのは──母さんと、父さんと、響と。

 

 そして……死んだと聞かされた、和井の顔だった。

 

「……」

 

 GANTZ。

 お前が俺に……与えてくれたモノだ。

 

 もっと話したかったと言う想いも、共に生きていたいと言う想いも。

 もう二度と……それを喪いたくないと言う想いも。

 

「──行くぞッ!」

 

 だから……終わらせよう。

 これっきりで……全てを。

 

 フィナーレは目前だ。

 

 迫り来るドローンを全て蹴散らし──『くろのす』が居る部屋へと突き進む。

 

 そして。

 

「──響」

 

 其処には……俺の愛する人が居た。

 



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不意打ち

 どれだけ、この瞬間を待ち侘びただろうか。

 

「……あ、アイツが……」

 

「……本当に……」

 

「……私……」

 

 部屋はあの時の、あの戦いの跡がそのままに残っていて。

 

「──」

 

 ……その中央に、そいつはいた。

 

「……久しぶりだな──『くろのす』」

 

 まるで世界と隔絶した様に宙に浮いている彼女は……目を閉じて、膝を抱えるように眠っている。

 

 あの時と違って長く伸びた髪と、相反する様にその時のままの格好をしていて……まるで、目の前に居るのは本当に響きなんじゃ無いかとも思ってしまう。

 

 ──けど、違う。

 

「……誰だ」

 

 そして。

 そいつは俺の声に応えるように……ピクリと震えて目を覚ました。

 

「……何だ…………え? ここは……? ……? あれ……?」

 

 目を覚ました彼女は、伸びた髪を揺らしながら周囲を見渡していく。

 

「……?」

 

 だが。

 視線を巡らせるたび、彼女は理解できないとばかりに困惑を強めていくばかりで……。

 

「……あ」

 

 ふと……そいつと目が合った。

 

「……あ……あぁ……」

 

 先程までの困惑に塗れた表情が嘘のように喜悦に変わっていく。

 にんまりと口元を歪め、響なら絶対にしない顔で……此方を睨め付けてくる。

 

 そして、彼女は──。

 

「……来てくれたんだ……俺の……私の……パパ!」

 

 第一声から……俺の琴線に触れてきやがる。

 だが、これで一つ確定した。

 

 まだ信じたかった。目の前に居るのは響なんだと。

 でも、全てはセバスの言うとおりで……。

 

「……」

 

 コイツは……響じゃない。

 

「待ってたっ! 待ってたよっ! 私の……っ! 人類のパパ!」

 

「……」

 

 俺の気持ちなどまるで理解していない『くろのす』は、クソみたいな言葉を垂れ流しながら地面に降り立つ。

 

 地面に降り立つ瞬間、随分と伸びた響の髪がふわりと舞って……その光景は苛立つほどに神々しい。

 

「でもどうして!? おれ……私、状況がよく分からないんだ! ずっと眠ってたから……」

 

「……」

 

「それにソイツら誰だ? まさか浮気か!? まぁ私は優しーから許すが、せめて一人くらいにしといてくれよなっ」

 

「……」

 

 『くろのす』は会った時の様な男勝りな喋り方で、けれど……響の声で、顔で、響が言わないようなことを喋りかけてくる。

 姿はあの時の響のまま。スーツを下地として、その上からシンフォギアを纏った姿で……此方に詰め寄ってくる。

 

「よし! 少し早いが一緒にこづ──」

 

「待てよ」

 

「──ん? どうしたパパ」

 

「……」

 

 ふつふつと……湧いてくる感情がある。

 コイツが一言喋るだけで腸が煮えくり返る。冷静さを失いそうになる。

 

 だがどうにか溢れる怒気を抑えながら……近くに居る装者達に合図を飛ばす。

 

「……」

 

 彼女達も……『くろのす』が一言喋るたびにドン引きしていた。

 何より。立花さんが何とも言えない表情でその光景を見ているのが横目入るたび、申し訳ないような妙な怒りが湧いてくる。

 

 怒り。

 そう、怒りだ。俺は今、響とまた会えたことに対する喜びと……それを汚す『くろのす』に対して壮絶なまでの怒りを抱えている。

 

 だが、その様な様々な感情を抑え、彼女に語りかける。

 

「……お前」

 

「どうしたパパ!」

 

 ──ブチ切れそう。

 

「……お前はさ……」

 

 怒りを抑える。

 危ない危ない。ここで攻撃するのは……まだ少し早い。

 これは事前に立てた襲撃計画。

 

 コイツに不意打ちを仕掛けて、一瞬で決める。

 ……運が良いことに……良いことに? コイツは俺に対して友好的だ。

 

 不意を突けば一瞬で終わる。

 

 そうだ、一瞬だ。

 

 我慢だ……我慢だ。

 

「……?」

 

 疑問符を浮かべているそいつに、装者達に合図を送り不意打ちのタイミングを伝え──。

 

「……? あ! もしかして子供の名前の話か?」

 

「は?」

 

 ようとしたところで、『くろのす』が訳の分からないことを言い始める。

 

「うーん……やっぱ記念すべき第一子だし、壮大な名前を付けたいよなー」

 

「いや何を──」

 

「……うーん。そうだなぁ……おっ! 何だ、パパってば()()()()()子供の名前の話をしてるじゃ無いか!」

 

「……は?」

 

「……うん、私も良い名前だと思う! ここから始まるって意味でもさ──」

 

 ──『くろのす』は……チラチラと俺の顔を見て、頬を紅くさせて。

 瞬間デジャブな様な何かを感じて……酷く嫌な予感がした。

 

 そして……。

 

「『(ゼロ)』くんとか、良い名前だと思う!」

 

「……」

 

 ……。

 

「あれ?」

 

「……ふー………」

 

 息を吐き……目を閉じる。

 そしてもう一度息を吸い込んで、どうにか気を静めようとして──。

 

「んん? も、もしかして何か怒ってる? だ、大丈夫? 私もハンバーグ? 作ろうか?」

 

 ──俺はキレた。

 

「どうやら死にたいらしいな……クソ子作り女」

 

「え?」

 

 困惑したように此方を見ている『くろのす』へと一歩踏み出す。

 

「もう良い。お前は喋るな。さっさとその体を……」

 

「ちょっ、陽色さ──」

 

 もう作戦なんか関係ねぇ。

 

「ど、どうしたんだよ……パパ!」

 

 コイツが。

 コイツが……響の顔で、声で! こんなクソみたいな事を喋っているって事実が……!

 

 もう果てしなくムカついてくるッ!

 

 不意打ち作戦なんてもう止めだッ。

 

 即刻コイツをぶち殺して──。

 

「響を……返しやがれッ!」

 

 響をッ取り戻すッ!

 

 ──それは地面への強力な踏み込みが生み出す瞬発力。

 

「──え?」

 

 その一歩は一瞬にして『くろのす』と俺の距離を縮め、打突への力を生み出すッ!

 そして渾身の右ストレートを『くろのす』の顔面へと……!

 

「──ッ!?」

 

 直後、世界の法則が歪む。

 速いモノは遅く。遅いモノは速く。そんな法則に則るように……俺の拳の動きがグッと遅くなる。

 

 そして反転した時間の中、そいつは至極悲しそうな表情で……こう言った。

 

「──呪われた拳で……私を殺すの?」

 

 それはまるで、響が喋ったかの様にも感じられた。

 

 『神殺し』と呪われた俺を拒絶するような言葉に……俺は……。

 

「……」

 

 俺は……。

 

「うるせぇ死ねぇええええええッ!!!!」

 

「えっ──ぶふうっ!?」

 

 普通に右ストレートで『くろのす』の顔面を吹っ飛ばした。

 

 

「ええっ!?」

 

 装者達の驚愕した声が響き──『くろのす』が吹っ飛んだ。

 

「畳みかけるぞッ!」

 

「えっ、あ……はい!」

 

 しかしそれも一瞬のこと。

 ヒイロの言葉にハッとした装者達は、若干の困惑を覚えつつもヒイロへと追従する。

 

「ちょっ……普通に殴るの!? 痛いよパパっ!」

 

「うるせぇッ! 二度とその口開けなくしてやるッ!」

 

「酷いっ!」

 

 殴られた頬を赤く腫らした『くろのす』は即座に自身の時間を操って身体を再生させていく。

 その光景に目を見張ったのは装者達だった。

 

「っ、やはりその力……『神の力』では無いのかっ」

 

 そう。

 『神殺し』の一撃で負ったダメージは、本来であれば『神の力』を用いての再生は不可能の筈だ。

 しかし『くろのす』はそれを可能として居る。

 

 それは何故か。

 

「この間女共がッ! 私のパパを取るなッ!」

 

 彼女の力は『神の力』そのものでは無く、『神の力』を燃料として発動する彼女の固有術式なのだ。

 

 故に。

 

「ぐっ……身体がっ重いッ!」

 

「動きが……!?」

 

 その時を操る術式は、『神殺し』である立花響にすらも作用する。

 

 しかし。

 

「──反転だッ! 遅いモノは速く、速いモノは遅く動くッ! 適応しろッ!」

 

 術がもたらす摂理そのものは非常に単純、かつ明快。

 故に即座に対応される。

 

「パパッ! いきなり家庭内暴力は駄目だッ! ちゃんと話し合おう!」

 

「だからッ、誰がテメェのパパだっつってんだよッ!」

 

 極限まで遅く動くことにより、速度が反転して高速移動が可能となる。

 『くろのす』の懐まで飛び込んだヒイロは、何の躊躇も無く彼女の腹に一撃を加える。

 

「ごおっ!?」

 

 ──当然ながら、彼女は向かってくる物体の『時間』を反射する術式も展開していた。

 だがその摂理は既に攻略済み。

 圧倒的な身体捌きにより、ヒイロは『くろのす』を追い詰める。

 

「うっおっ……オエッ!?」

 

 そして、見事に内蔵へと突き刺さった一撃は──『くろのす』の腹の中身をぶちまけさせた。

 

「……」

 

 当然ながら、ヒイロより後方で装者達がそのあまりにも容赦の無い攻撃にドン引きしていた。

 

 それは、()()にとってもそうだった。

 

「──お、お前……()()()()の事が好きなんじゃ無いのかッ!?」

 

「……」

 

「な、なんでこんな……無茶苦茶に殴るんだよ!」

 

 『くろのす』である。

 彼女は、自身の身体となった響の記憶を通して……ヒイロと響の関係を先程知ったのだ。

 

 当初は単に良い母体になると思い融合したのだが……この事実を知った時はとても喜んだ。

 これで何一つ滞りなく全てをやり直せる、と。

 

 故にこその疑問。

 何故ヒイロがここまで怒っているのか。何故好きな相手の身体をこんなに殴るのか。

 

「……」

 

 しかし。

 その発言の全てがヒイロの神経を逆なでる。

 

「生憎とだが……お前に掛ける情けは無い。何より──」

 

 そう、何よりヒイロは──。

 

「俺はッ……! 俺はもうこれ以上無いほどブチ切れてんだよ……! テメェ俺が何とも思ってないとでも……!?」

 

「……?」

 

 『くろのす』にこれ以上無いほどブチ切れていて、何より彼女が許せなかった。

 

「──お前を殺す。ソッコーで響を助け出すッ! それだけだッ」

 

 そしてヒイロは──『くろのす』へと突貫する。

 

「ッ……!」

 

 今の彼は完全に頭に血が上っており……故に気付けなかった。

 今彼が立っている場所を。

 

「──酷いよ」

 

 ──彼女の……『巻き戻し』の効果範囲を。

 

「じゃあ──半殺しにしてあげる」

 

 その巻き戻しの射程距離。

 およそ半径100メートルほど。

 

 その巻き戻しの()()()()()()

 

 ──およそ∞。

 

 この場所、この位置で起きたこと、発生した事象を……彼女は力の限り好きなだけ呼び起こせる。

 

 故に。

 

「──ッ!?」

 

 ヒイロが直前で、その背筋に走る悪寒に気付けたのは僥倖だった。

 しかしもう遅い。

 

 あの時の再現の様に、埒外な閃光が瞬き──ヒイロを飲み込んだ。

 



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神姫絶唱

 極光が膨れ上がり、ヒイロどころか……部屋ごと飲み込もうとした瞬間。

 

 歪んだ時空から抜け出した影が一人、ヒイロの前に立ちはだかった。

 

「何先走ってんだよバカッ!」

 

「っ……雪音さんッ!」

 

 クリスは即座にバリアを展開して、極光……『カ・ディンギル』の一撃を受け止める。

 

「っおい! この一撃……!?」

 

 直後に違和感に気付いた少女は──しかしその表情を強気な笑みに変えていく。

 

「……そう言う事かよッ」

 

「っクリスちゃんッ!」

 

「雪音ッ!」

 

「皆あたしの後ろにッ! 後そいつを……ッ!」

 

「……分かったッ!」

 

 先行したヒイロの元へと辿り着いた彼女達は……クリスの背後に集まって行く。

 

「おおおおお!!」

 

 『イチイバル』が搭載しているリフレクターや銃口を完全解放し──あの時は防ぎきれなかった一撃を迎え撃つ。

 

 しかし。

 

「ぐうっ!」

 

 当然ながらそのエネルギーはシンフォギア一機で受け止められる様なモノではない。

 展開されたリフレクターが一瞬にして溶けていく。

 

「はっ! 何してるのかよく分からんが、受け止められる訳ねーだろッ! 月を穿った一撃だぜコレはッ!」

 

「知ってる……つのッ!」

 

 そして。

 彼女はそれでも……啖呵を切ってヒイロの前に立ち続ける。

 

「ッ……雪音さ──」

 

「うるせぇッ! あたしのこと何か気にしないで……アンタは黙ってソイツらの話を聞きやがれッ!」

 

「!?」

 

 思わず彼女へと声を掛けたヒイロに対して、クリスは怒声を投げかけた。

 

「大体! 何先走ってんだよッ! それでアンタが……アンタが死んだらッ! 誰がアイツ助けるんだッ!」

 

「ッ……」

 

「何で何も言わねぇッ! 頼れよあたし達をッ! バカッ!」

 

 その怒りを孕んだ彼女の言葉は……怒り狂っていたヒイロの心に冷や水を投げかけた。

 

「……雪音……さん……」

 

 そうしてる間も彼女のリフレクターは破壊され続け……その数は最早数えるだけになっている。

 けれど彼女は、そんな事など気にしないように極光に抗い続け……『くろのす』から目を離さずに俺に語り続ける。

 

「あたし達だけじゃ出来ねぇ事があるッ! あんたも……あんただけじゃ出来ねぇ事だってあるだろッ!」

 

「……」

 

()()()()()()ッ! 上手くあたし達を使って見せろッ!」

 

 彼女はそう言うと……フッと柔らかく、ヒイロに笑いかけた。

 

「──ここで問題だ。ここは誰に任せたら良いと思う?」

 

「……」

 

 その問いかけの答えを、ヒイロは既に知っていた。

 しかし一瞬、ヒイロは口を噤みそうになり……直後、覚悟を決めたように表情を引き締める。

 

 そして。

 

「頼む。雪音さん」

 

「──オーライ、リーダーッ!」

 

 彼女は、待ってましたとばかりに答えると、その表情に闘気を宿らせ──。

 

「それにあたしは──丁度カ・ディンギル(コイツ)にリベンジしたかったッ!」

 

 取って置きとばかりに胸元へと手を伸ばした。

 

「見せてやる……! 昔のあたしとは一味も二味も違う……完全体のあたし様だッ」

 

 直後、胸元のペンダントを抜き放つ。

 

「イグナイトモジュール──抜剣ッ!」

 

 直後。

 残ったリフレクターに──最終解放により引き上げられた出力が一気に集約する。

 強化されたリフレクターは前方に円錐状の陣形を取り──。

 

「おおおおおおおッッ!!」

 

 『カ・ディンギル』の月を穿つ一撃を引き裂いた。

 

「ッ!? 何だそれッ!?」

 

 まさか真っ正面から破られるとは思ってもいなかったのか、『くろのす』はあからさまに動揺した。

 クリスのイグナイト特有の真っ黒な見た目も相まって、『くろのす』の視線は一点へと集まっていた。

 

「……へっ。どーよ……中々……やるように……なっただろ……フィーネ」

 

 故に。

 彼女の反応は一手遅れた。

 

「あたしが……ここまでしたんだ。……絶対……助けろ……よな……リーダー!」

 

 『カ・ディンギル』による一撃を受け切ったクリスは、体力を使い果たした様に膝を突き……そのまま地面に倒れ込んだ。

 しかし。倒れる瞬間まで彼女は笑っていた。

 

 何故なら。

 最後に彼女が見た視界には──『くろのす』へと強襲を仕掛ける装者達が映っていたのだから。

 

 

 極光の中、その手短な作戦会議は行われた。

 

「──ヒイロ、時間は後どれくらい」

 

「……三十分ほど」

 

「……そう」

 

 一言ずつ、要点だけを伝え合う会話。

 

 時間というのはこのラストミッションの制限時間で有る。

 

 俺は今回の響救出ミッションに時間制限を課した。

 これは別に俺がそうしたいからとやったわけでは無く……ガンツの能力の限界によるモノだ。

 

 ──つまり、通信距離の限界。

 

 以前、俺がこの月遺跡に来た時ガンツの武器を転送することが出来なかった。

 当時はバグか何かだと思っていたが……どうもそう言う事じゃ無いらしく、単に『Apocalypse』を迎える前の制限が加えられたブラックボールの性能では月と地球の距離を転送させることが出来なかったのだという。

 

 そしてこの通信距離の問題というのは『Apocalypse』後も続いている。

 そう。

 制限解除されたブラックボールの性能でも、無事に行って帰ってこれるのは凡そ一時間程度。

 

 つまり。ラストミッションには強制的に制限時間が生まれてしまったのだ。

 

 三十分。それまでに『くろのす』を仕留める。

 

「……」

 

 怒りで血が上った頭が冷めて、冷静な思考が戻ってくる。

 その度、衝動のままに放った初撃が全てを狂わせてしまった事が痛いほど分かる。

 

「……」

 

 だが。逆に言えば手札は殆ど見せていないという事。

 三十分も有れば……もう一度チャンスが有る。

 

 そう考えると……こうするしか方法が思い浮かばない。

 

「……すまん。俺が作戦台無しにしておいてこんな事言うのも間違ってると思う。でも、頼む。もう一度──」

 

「──分かりました、陽色さん」

 

 もう一度作戦通り奇襲を仕掛けよう。

 そう言おうとした所を……彼女に先取りされた。

 

「……立花さん……」

 

「……今、私達のチームのリーダーは陽色さんです」

 

「……」

 

「だから私達は……陽色さんの……リーダーの指示に従います」

 

 そう言って、立花さんはグッと指を立ててはにかんだ。

 

 ──そして。

 

「そうだ。元よりこの作戦は私達が立てたモノ。それを採用するのに私達の了承など要らん」

 

「しゃんとしなさい。貴方は私達のリーダーなんだから」

 

「こう言う時、隊員がリーダーを支えてあげるもんデス! マリアの時もそうだったデス!」

 

「うん。マリアの時もそうだった。支えてあげないとすぐ折れちゃうから」

 

「ちょっ!?」

 

 装者達は皆、それでも俺を……リーダーと呼んでくれた。

 

「……」

 

 初めて、だった。

 そうだ、初めてだ。こういう風に……誰かとミッションをするのは。

 

「……」

 

 まさかラストミッションでも、こんな思いをすることになるなんてな。

 

「──行くぞ皆。次で……終わらせる」

 

「──了解!」

 

 直後。

 極光が晴れた。

 

 

「はあッ!」

 

「!?」

 

 クリスの背後より飛び出た翼による一撃。

 その一刀による叩っ切りの威力は折り紙付きで、反応が一手遅れた『くろのす』は目をまん丸くさせて両腕によるガードを行う。

 

「ぐおっ!?」

 

 『くろのす』の纏うシンフォギアはその一撃すら弾くモノの、その衝撃だけで彼女は吹き飛ばされる。

 

「畳みかけるッ!」

 

 その瞬間を目撃した翼は、勝機とばかりに剣を天に掲げる。

 

「っ!?」

 

 その技の名は……『千ノ落涙』。

 直後クナイの様な剣が無数に生まれて『くろのす』へと迫る。

 

「っ、ふんっ! その程度……!」

 

 当然真っ当な攻撃は『くろのす』へは当たらない。

 『千ノ落涙』もその例に漏れず当たる直前に不自然なほどにその速度が落ちていき押し戻され……幾多もの刃のどれもが『くろのす』へと到達する事は無い。

 

「防ぐまでも無……デカッ!?」

 

 だが。

 直後そのクナイの大きさが膨れ上がる。

 

 『千ノ逆鱗』

 

 その技の本質は──()()()()()

 

「くっ……!?」

 

 『天ノ逆鱗』と『千ノ落涙』を掛け合わせ応用した技。

 幾多もの巨大な剣が『くろのす』の周囲だけでなく、フィールドに所狭しと迫ってくる。

 

「ぐっ……こんなモノッ……!」

 

 一瞬にして視界が悪くなった『くろのす』は、一旦距離を取ろうとするが──生まれた巨剣の影から二振りの刃が飛び出てくる。

 

「私の振るうイガリマは相手の魂を刈り取る刃ッ! その身体から貴方の魂だけを刈り取れば……! 攻略法が分かった今、当てるのは難しくないデース!」

 

「!?」

 

「シュルシャガナの刃は無限軌道から繰り出される果てしなき斬撃! 当たる直前に引いてズタズタに身体を刻む……!」

 

「ちょっ──!」

 

 すんでの所で両腕を少女達へと向けた『くろのす』は、両刃を『力』で受け止め──。

 

「っ、刃がッ!」

 

「遅くッ!?」

 

 今までのように摂理を上書きするでも無く──()()()目の前の攻撃の速度を低下させる。

 

「これからする攻撃がどれだけ残虐なモノか説明するのを止めろッ! 悪趣味!」

 

「どっちが!」

 

「他人の身体をッ! 弄ぶなッ!」

 

 一瞬、戦闘に硬直が生まれ──その隙を穿つように『アガートラーム』を携えたマリアが迫る。

 

「はああっ!」

 

「──おまッ!? 何だその悪趣味な武器──!」

 

 両手を掲げて二振りの刃をガードしていた『くろのす』は、襲いかかってきたマリアのシンフォギアを見て顔を青くさせ……逃げるようにその場から消える。

 

「うわっ!?」

 

「消えッ!?」

 

 切歌と調は唐突に消えた停滞感に困惑していたが、後方より見ていた翼が種を暴く。

 

「違うッ! 高速移動だッ! 精神を研ぎ澄ませろッ!」

 

 ──それはヒイロとの戦いで見せた神速の動き。

 初見殺し的な強さを持つ強力な技だが、使用者の寿命を大量に消費するという大きなデメリットがある。

 

「何だよ……みーんな見切っちゃってさ」

 

 装者達から距離を取った『くろのす』は、そんな大技を回避に使わされたこと、あっさりと種を見抜かれたことに不機嫌そうに口を尖らせる。

 

「その術! 『錬金術』に似たものを感じる……! そして今の回避で合点が言った! 両の手が力の出力点よッ!」

 

 畳みかけるようにマリアが『くろのす』の術の仕様に気付き始めた。

 

 ──それは力の出力点。

 常に身に纏っている時空の歪みとは別に、直接摂理を上書きしている場面が幾つか有った。

 それは極光の再現であったり……時間の流れのルールを書き換えたり。

 

「ああ……それにどうやら、あの光はそう何度も呼べるモノではないようだ。その様な隙を与える気は無いがな」

 

 ──それは力の法則。

 先程の極光……『カ・ディンギル』の一撃。アレを連発できるので有れば、『くろのす』はきっと行っているだろう。

 だがそれをしないのは出来ない理由が存在する。

 

「……」

 

 マリア達は『くろのす』の力が、どのタイミングで、どのようにして、何をどれだけ消費して行われているのかを判別出来ないでいた。

 だが、今彼女達はその仕組みに一歩近付いた。

 

「……チッ。間女共がピーチクパーチク。『()()()』の初歩の初歩を理解できた事が随分嬉しいみたいだな」

 

「……」

 

 それを証明するように、あからさまに『くろのす』の機嫌が悪くなっていき……溌剌とした雰囲気が鳴りを収めていく。

 

「もう良い。お前等にパパは分けてあげない」

 

 『くろのす』は、感情を伺わせない冷たい表情で何処までも人を踏み躙る言葉を装者達に投げかけ──。

 

「せめてやり直しの……贄としてくれるッ!」

 

「っ……来るぞッ!」

 

 神速の踏み込みで装者達へと迫る。

 その速度はヒイロですら見切ること敵わない正に神の領域の力。

 

 だが。

 

「──!」

 

 一人だけ……その動きに対応できる者が居る。

 

「ッ!? お前……!」

 

「……」

 

 『くろのす』の宿主と同じ肉体の……立花響である。

 

「私と……同じ……!?」

 

「はあっ!」

 

「ッく!」

 

 ボボボッという空気が圧縮された音が断続的に鳴り響き──神速の連打は確実に立花響へと到達していた。

 

「チッ! どうなってやがるッ!」

 

「……!」

 

 しかしその全てを柔らかく包み込むようにいなされてしまう。

 何故なら。その神速の連打は全て……彼女と同じ身体から放たれた攻撃。

 

 大きな癖も、小さな癖も、何より身体の隅々まで……立花響は知っている。

 故に通らない。どのような速度の攻撃も、来る場所が分かっていればいかようにも対応で出来る。

 

 どれだけ速度を上げようと、どれだけ一撃に重みを乗せようと──ハードスーツを穿った一撃はパパパッという軽い打撃音とかして受け流される。

 

「っ、このッ! 切り捨てられるゴミの分際でッ! パパと私の邪魔をするなッ!」

 

 通じない攻撃に焦った『くろのす』の拳は、前線で戦い続けた立花響にとってはあまりにも分かりやすく。

 

「──どうしてッ! そう言う事を言うの!?」

 

「ああっ!?」

 

 一瞬にして『くろのす』の両の手を掴みあげる。

 

「このッ! 離せッ!」

 

「どうしてッ! そんなことが言えるのッ!?」

 

「ぐうっ!?」

 

 ギリギリと力が込められていく立花響の両の手。

 その拳には『神殺し』の力が込められており……確実な痛みとなって『くろのす』を蝕む。

 

 故に……彼女は息を吐いて語り出した。

 

「……ふん。そんなの──決まっている」

 

「……」

 

「この人類も……何時か必ず()()()()()()からだッ!」

 

「……歩み?」

 

 何処か違和感を覚える語り口調に、立花響による拘束が緩む。

 しかし。

 

「そうだ! 遠い未来、必ずその時が訪れるッ! そんなこと……絶対に許されないッ!」

 

「……」

 

 ──それは、彼女にとって余程重要な事なのだろうか。

 彼女はそれを語ることに集中して、拘束が緩んだことに気付いていない。

 

 けれど徐々に『くろのす』の身体に力が籠もり始め……全身に闘気が巡り始める。

 

「──そうッ! 我が名は『クロノス』ッ! この身この世に有る限りッ! 時間は決して止まらないッ! 進み続けるッ!」

 

「ッ!?」

 

「故にッ!」

 

 語りきった彼女は……不格好ににんまりと笑った。

 

「その邪魔をする奴は殺すッ!」

 

 両腕を拘束された状態からの関節を無視したサマーソルトキック。

 無理な身体の駆動に『くろのす』の身体から骨が軋む異音が鳴り響くが、神速の早さで放たれたそれは不格好ながらに必殺の形を描く。

 

「不味──!?」

 

 その、『くろのす』の身体の可動範囲を度外視した一撃は、立花響の不意を突き。

 その蹴りは彼女へと──。

 

「えっ、うわっ!?」

 

 当たる直前、立花響のマフラーが虚空に引かれたかと思うと……バチバチと言う電気が流れて、ヒイロが現れる。

 

 ──そう。

 ヒイロは静かに接近していた。

 立花響が掴み取ったチャンスを目的へと結ぶため。

 

「パパッ!?」

 

「陽色さん!?」

 

「……」

 

 全く同じ声で、全く違う意味の言葉が鳴り響く。

 けれどヒイロはあくまでも無表情に……身体が不自然に捻れた『くろのす』から立花響を守るように立つ。

 

「っ……」

 

 その本来見えていない筈の彼の後ろ姿に、彼女は作戦の失敗を理解した。

 

「っ、ごめんなさい、私……!」

 

 そう。

 本来で有れば……ヒイロが姿を現すのは『くろのす』を捕まえる瞬間だけだ。

 

 装者達が立てた作戦。

 それはまず翼とクリスが『くろのす』の行動を制限し、切歌と調による挟撃、更にそこをマリアと立花響で拘束すると言うのが……理想型だった。

 

 そこから多少離れてしまったとは言え、作戦はある程度は形になっていた。

 故にこそ、彼女は謝ろうとしたが──。

 

「生きてりゃそれで良いッ! それにまだ謝るなッ! 勝機は有る!」

 

「ッ……!」

 

 謝るのはまだ早いと、ヒイロは武器を構えて装者達に伝える。

 

「──行くぞ、畳みかけるッ!」

 

「ッはい!」

 

「了解デスッ!」

 

 即座に装者達が結集し、身体がべきべきとへし折れている『くろのす』へと襲いかかる。

 そう、先程の攻撃による自傷ダメージで『くろのす』の身体……とりわけ両腕はへし折れている。

 

 力の出力点が潰れ、場の戦力が一気に集結しつつ有る。

 それは……『くろのす』にとって最悪の状況に他ならないだろう。

 

 ヒイロの言うとおり勝機は無くなって等いない。

 

 しかし。

 

「……パパぁ……!」

 

「!? 笑ってるデスよアイツ!」

 

 彼女は、何処までも独りよがりに……笑った。

 そして。

 

「──Gatarndis babel ziggurat edenal──」

 

「!? この歌は──ッ!?」

 

 彼女は、歌を歌った。

 失われた言語による……神の領域にある歌を。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl……」

 

 その歌の名を──絶唱。

 

「何故こいつが……!?」

 

 シンフォギア装者達の奥の手にして……身体へのバックファイアが大きく場合によっては死に至る諸刃の剣である。

 

「──不味いッ! 止めないとッ!」

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 本来で有ればその行使は自殺行為に他ならない。

 ──だが。

 

「っ、陽色さんっ!」

 

「……!?」

 

「Emustolronzen fine el zizzl──」

 

 『くろのす』に……響の身体にその理屈は通用しない。

 

「──パパ。コレが私の……絶唱だよ」

 

「な──」

 

 直後、ヒイロを除いた全てが──衝撃に吹き飛ばされた。

 



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人間ビデオ

 謎の歌を『くろのす』が歌った瞬間。

 『くろのす』を中心とした旋風が巻き起こった。

 

「ぐあっ!?」

 

「きゃあっ」

 

「ぐっ……!? 皆ッ!?」

 

 即座に構え、吹き飛ばされても問題ないよう受け身の態勢を取る。

 ──だが。

 

「……あ?」

 

 何故か……吹き飛んだのは装者の皆だけだった。

 

「てめぇ……何をしたッ!」

 

 ここに来てまた妙な技を使い始めやがった。

 何だコレは。二年前はこんな技使っていなかったぞッ!?

 

「……ふっ……ふふ」

 

 俺の問いかけに対して答えるでも無く怪しく笑った『くろのす』は……昔を懐かしむような遠い目をして言葉を続けた。

 

「絶唱……て、言うらしいねこの歌は」

 

「……絶唱……」

 

「そう……良い歌だよね。きっとやり直しても、この歌だけは継いでいこうと思う」

 

「……」

 

 胸元に手を当て、ムカつくほどの慈愛の表情で……『くろのす』はとんでもない事を言い出した。

 

「あの時の。()()()()が最後に歌っていた」

 

「……響……が……?」

 

 絶唱。

 その歌は……響が歌った最期の歌。

 

「うん。()()()()のパパを思う気持ちが……私にも痛いほど伝わってきた」

 

「……」

 

「命を賭してでも貴方を守りたい。貴方を助けたい。そんな気持が……」

 

「……」

 

 ……ふと、気付けば拳に力が籠っていた。

 治まっていたはずの苛立ちが、苦痛が、苦しみが。

 

 腹の底で延々と渦巻いている。

 

「だから私も! 歌いたかったんだ!」

 

「……」

 

 コイツの……。

 

「凄いよこの歌! パパを傷付けること無く、邪魔者を吹き飛ばせるんだ!」

 

「……」

 

()の、パパへの思いが為した歌なんだ!」

 

 コイツの、響との想い出を何処までも踏みにじる言葉の一つ一つが。

 俺の思考を濁らせる。

 

 憤怒に駆られて殴りかかりそうになる。

 

「……お前は……」

 

「え?」

 

 唇を噛み締め、痛みでその怒りを誤魔化して。

 

「お前っ……はッ! 何故そんなことが出来るッ! 何故そうして……人の尊厳を踏みにじるッ!」

 

「……」

 

「何が目的だッ! 何がやりたいんだお前はッ!」

 

 どうにか作戦を形と為す。

 その為に……時間を稼ぐ。

 

 だが、制限時間的にも勝機は後一度切り。

 

「……」

 

 ──それでも。

 彼女達を……信じる。

 

「私の目的……それはただ一つ……!」

 

「……!」

 

 ──彼女達に渡しておいた通信機からの反応が来る。

 

「──もう一度始めからやり直す! 人類を作り直すッ! パパと一緒に! 二度と止まることの無い……完璧な人類を作るんだぁ……!」

 

「……」

 

 通信は一瞬、しかしそれで十分。

 

 ジリジリと……すぐにでも動けるように構えを取る。

 

 気取られてはいけない。

 頭の中で必要条件を反芻させる。

 

 必要なのは、『くろのす』に触れていること。

 必要なのは、『くろのす』の不意を突くこと。

 

 必要なのは──。

 

「……」

 

 『くろのす』の様子は……。

 

「その為にはどんな事だって許容できる! だってそれは、いつかの未来に繋がる痛みなんだもん……!」

 

「……」

 

 コイツは何も気付いていない。

 どころか、口の端から涎が流れている事にすら気付いていない程大口を開けて喜悦に笑い、目には何故か涙すら溜めている。

 

「……」

 

 もう、終わりにしよう。

 

「よく分かったよ、『くろのす』」

 

「! 本当、パパ──」

 

「よく分かった……どう足掻いても俺とお前は分かり合えない、共感できないって事が」

 

「──え?」

 

「だからお前は……お前だけは……」

 

 腰を落として膝を突き、クラウチングスタートの構えを取る。

 

「──殺すッ!」

 

 直後、言うが早いか走り出す。

 『くろのす』へと……響へと!

 

「──酷い。……酷いよ! どうしてさっきからずっと……そう言う事言うんだよッ!」

 

 即座にソードを抜き放ち──刀身を巨大に伸ばしながら迫る。

 

「もう良いッ! 死んじゃえッ!」

 

 しかし。

 目前に、極光が迸る。

 

「──」

 

 それはまるで……先程の焼き増しのようで。

 ──だが、ここから先は違う。

 

「立花さんッ!」

 

「──はいッ」

 

「!?」

 

 後方より恐ろしい速度で飛び出してきた立花さんが、()()()()()()纏って、極光を真正面からぶん殴る。

 

「っコレが私達のおおおおおおおおッ!」

 

「!? 何だコレは──」

 

「絶唱だああああッ!」

 

「嘘ッ──!?」

 

 その研ぎ澄まされた一撃は完全に『くろのす』の虚を突き──極光に巨大な風穴を開ける。

 

「っ……!」

 

 秘策中の秘策を使うと聞いていたけど、ナイスすぎるぞ立花さんッ!

 

「っおおおおおお!!」

 

「っ、不味──」

 

 その風穴を通り抜け──『くろのす』の前へと躍り出る。

 

「っ、来るなあアアァァああ!!!」

 

「──」

 

 しかし。

 『くろのす』は何時か見せた神速の拳を此方に向ける。

 

 速度、威力、全てが申し分ない強力無比にして不可避の一撃。

 一体これだけの一撃を放つのにどれだけの鍛錬が必要だ。

 どれだけ努力を重ねてきた。

 

 俺はお前のこと……何一つ分からねぇよ。

 

 ──けど。

 その時間を操る『力』への努力だけは……理解できる。心血注いで極限まで磨いてきたことも。

 

 甘い見通しだった。

 俺が一人で、響を助けられるなんて。

 

 俺一人だったら……きっと、もっと早い段階で死んでいた。

 

「──だがッ!」

 

「っ──!?」

 

 俺は……もう、一人じゃ無いッ!

 

 ──()()()()()()()()を構え、地面に叩きつける。

 

 ありがとう。お前にまた助けられた……プレラーティ!

 

「っ、消え──」

 

 一瞬の隙も無い、真の意味での瞬間移動。

 

 転移場所は、『くろのす』の背後。

 

「……え? パパ……?」

 

 優しく抱きつくように……彼女を抱擁する。

 

 

 思い出されるのは、あの時の……エルフナインに話を聞いた時の事。

 

 部屋の掃除をガンツを使って手伝っていた時のこと。

 それだけは装者達に聞かれたくなかったことだったから……二人きりの時に、彼女に聞いた。

 

『──なぁ、もう一つ……良いか?』

 

「……はい? 何でしょうか」

 

『……例えば、さっきのアレ。アレを仮に……生きてる人間相手にして……上書きした場合……』

 

「……」

 

『……その人は、その人のままか?』

 

 そう。

 ガンツによって身体の一部を治すのでは無く……全身を残ってるデータの元再生したら、どうなるのか。

 それは果たして、その人本人と言えるのか。

 

『身体的には……さ。本人では無く、少し昔の姿になるだろ?』

 

「……」

 

『……どう……なるんだ』

 

 その時の俺は、ハッキリ言って覚悟なんて出来ていなかった。

 ──セバスから聞いた、響を奪還する方法。

 

 それは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という方法。

 

 俺には疑問だった。

 それは本当に響なのか? 分からない。分からなかった、俺には。

 

 それに何より……。

 

『……そんなこと……アイツは……望んでいるのか……』

 

 ……何よりそんな事をして、響は受け入れてくれるか?

 

 俺がアイツに、三番で再生はするなと頼んだ日の事は今でも覚えている。

 そして響の考えが……俺と同じで有るという事も、また。

 

 嫌というほど脳裏に刻み付いている。

 

 それなのに、響を助けるためだと言って、そんなことをして良いのか?

 もっと別の……良い方法が有るんじゃ無いか?

 

 そんな風に、救う手段も無いと言うのに考えてしまって。

 

 セバスの言った通りの方法で響を救えると言う事が確認できても、それでも俺は……迷っていた。

 

「……貴方は、その人のことが本当に……大切なんですね」

 

『……え?』

 

 彼女の話を、聞くまでは。

 

「……実は僕も、本当の意味では『エルフナイン』じゃ無いんです」

 

『……え?』

 

「昔……色々と有って、僕の身体が死んでしまいそうになった事が有ったんです」

 

『……』

 

 そう言って彼女は自身の胸に手を当てて……過去を偲ぶように語り出した。

 

「──その時僕は、大切な人から……この身体を譲り受けました」

 

『……!』

 

「ですから僕は、きっとエルフナイン本人では……無いかも知れません」

 

『……それは……』

 

 俺は、その話に……二人の関係に、何処か思い当たる節があった。

 ……いや、思い当たるどころじゃない。

 

 ()()()()境遇や関係は正しく──。

 

「でも僕は、そんなこと気にしていません。むしろキャロルには凄く……凄く凄く、感謝しています」

 

『……』

 

「……貴方の『その人』が僕と同じ考えだなんて、言えません。けど──」

 

『……』

 

「大切な人からの大切な贈り物。自分を大切に思ってしてくれた施しを……否定すること何て、誰だって出来ません」

 

 俺達と、同じだった。

 

 俺はその時、初めて理解した。

 セバスが何故、エルフナインという少女を名指ししてまで話を聞きに行けと言ったのか。

 

 最初はただ、響を救えるかどうかの確認をしろ、と言う意味だと思っていた。

 けれど違った。

 

『……』

 

 全ては……彼女達(先達)の話を聞いて、決断しろと言う事だった。

 

『ありがとう、エルフナイン』

 

「……いえ! 僕でお役に立てたのなら幸いです!」

 

『……ああ。本当に……ありがとう』

 

 その時、俺は決意した。

 

「……」

 

 例え自分のエゴでも。

 例え全てが自分勝手でも。

 

 俺は。

 

「……ガンツ」

 

 ──俺はッ!

 俺は響を……助けたい!

 

「三番……立花響」

 

 お前の文句説教その他呪い言は……例え一生を賭けてでも聞いてやる。

 

 だから戻ってこい、響──。

 

 

「パパ……ど、どうしたの? こんな公衆の面前……でッ!?」

 

 『くろのす』は暴れるでも無く、困惑の表情を浮かべてヒイロの言葉を聞いていた。

 しかし、すぐに身体の違和感に気付く。

 

「!? な、何だコレ……はッ!?」

 

 ジジジッ、という電子音が鳴り響き、『くろのす』の身体を上書きしていく。

 

「お、追い出される……!? どうして!? 何でッ……!?」

 

「……」

 

「ぐうっ!? 時間がッ、まき戻らない……ッ!?」

 

 瞬間、彼女は時間操作で再生から脱しようとするが──ガンツの再生力に力負けする。

 

「離してッ! パパッ! 私が……私が消えちゃうッ!」

 

 頭の先から徐々に身体を上書きされていく彼女は、しかし渾身の力でヒイロの腕から脱出しようとする。

 しかし。

 

「……」

 

 ヒイロは決して離さない。

 どれだけ暴れようと、どれだけ喚こうと。

 『くろのす』の必死の殴打に身体を削られようと、決して……響となっていく彼女を離さない。

 

「離してッ! 私が消えたらッ! 誰が……!」

 

「……」

 

「誰がッ! ()()()()()助けられると──」

 

「お前じゃ無い」

 

「!?」

 

 既に口元まで上書きされていた『くろのす』は、その支配権を奪われていく。

 

「……地球を救うのは、『神』じゃない。もう、大丈夫なんだよ……俺達は」

 

 殴打によって血を吐きながら、それでもヒイロは彼女を押さえ付け続け……そして。

 

「……」

 

 ビデオの逆再生のように全身を再生された彼女は……遂に、動かなくなった。

 

 

 夢。

 それは……長い夢のようだった。

 

 ずっと、巨大な何かに包まれて……藻掻いても藻掻いても逃げることは出来なくて。

 身体が動かせなくて、息苦しくて、痛くて、苦しくて。

 

 何年と時が過ぎていく様にも、一秒しか時が経っていないようにも思えて。

 

 それでも、意識を失わないでいられたのは……。

 

「……」

 

 助け……られたのかな。

 私の……好きな人。

 

 大好きで、大切で……例え命に代えてでも、助けたかった人。

 

 苦しくても辛くても、意識を失わずにいられたのは……あの人への想いが有ったから。

 

「……?」

 

 そんな、時間が……急に終わりを告げた。

 私を覆っていたモノが晴れていく。

 

 ……私は一瞬、遂に自分が死んでしまったのだと思った。

 

 ──でも、違った。

 

「……ぇ?」

 

 目が覚めて、私を覗き込むように見ている彼と……目が合った。

 

「……ヒ……イロ……さん?」

 



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──巻き戻して

「……響」

 

「……あれ? ……え? 何……が……」

 

「……響、なのか?」

 

 目を開け、最初に飛び込んできたのは……心配そうに私を見つめるヒイロさんと、心配そうな言葉だった。

 

「え? は、はい。私……ですけど……」

 

「……俺が好きな食べ物は何だ」

 

「……ハ、ハンバーグ? ……あ、でも最近はチーズを載せるのが好きですよね──!?」

 

 よく分からずにそう答えると、何処か髪が伸びた様な、何というか精悍な顔つきになっているヒイロさんは……目に涙を溜めて抱きついてきた。

 

「えぇ!? ちょ、どうしたんですかヒイロさん!? い、いきなりなんで……」

 

「……良かった……良かった……響……」

 

「……ヒイロさん?」

 

 一瞬、いきなりどうしてしまったのだろうと顔が紅くなるのを感じたけれど……ヒイロさんの雰囲気が何時もと違うことに気が付く。

 

 ──そして。

 

「……あ」

 

 曖昧になっていた記憶が、ゆっくりと思い出される。

 

「……私……」

 

 そうだ、私は確か……『くろのす』に取り込まれて……あれ?

 

「……ヒイロ、さん。私……『くろのす』に……」

 

「……」

 

「……それに……あの……」

 

 さっきからチラチラと、何か気になっているモノが視界に映っている。

 

「……」

 

「……私……? と……あの……コスプレした人達が居るんですけど……」

 

 ──何故か、ゴテゴテした鎧のようなモノを着飾った私と……色取り取りの競泳水着の様な格好をした女性達が、私とヒイロさんを見つめていた。

 

「……状況が、随分と変わった」

 

「……状……況……」

 

 ふと、その言葉に記憶を揺さぶられ……色々と察しが付いてくる。

 ……朧気な記憶と……成長したヒイロさんの姿。

 

 そして……時間が経つにつれ薄れていく、あの無限に続くような時間と……その、終わり。

 

 霞掛かった思考が晴れていき、それらの要素について考えられるようになるたび……血の気が引いていく。

 

「……ヒイロさん……もし……かして……私……」

 

「……」

 

「わ、私──」

 

 よく見ればヒイロさんの姿はボロボロだ。

 腹部からは血が滲んで居て、所々抉れたような傷がある。

 

 情報が点と点で繋がっていくたび、身体の震えが止まらなくなっていく。

 怖かった。だって、私の考えが正しいのなら、この傷は……。

 

「私……わたっ……私がヒイロさんを……っ」

 

 この傷は私が──ッ!

 

「──大丈夫だ」

 

「……あ」

 

「……大丈夫だよ……響……」

 

 それでも。

 ヒイロさんは優しく……私を抱きしめて、まるで子供をあやすように背中をさすってくれた。

 

「かすり傷だ、こんなもん。お前の苦しみに比べれば」

 

「……ヒイロ……さん……」

 

「……遅くなってごめんな、響……」

 

「っ……ヒイロっ……さん……っ」

 

 私は、気付けば涙を携えて……ヒイロさんの腕の中で泣いていた。

 

 

「……」

 

 その時間は……ただ静かに流れていき。

 

「……ったく。そういうのは家でやれっての」

 

「……!」

 

「えっ、あ、ああ……すまん……」

 

 気付けば、何処か恥ずかしがるような女の子の声が聞こえてきた。

 そこでようやく私は、私とヒイロさん以外にも六人ほどいたことを思い出す。

 

 あせあせとヒイロさんと私は恥ずかしがるように距離を取ったが、何というかこう……生暖かいモノを見るような視線が私達に集まって、羞恥というか、何というか……そう言う恥ずかしさが募って行く。

 

「……!?」

 

 そんな折、ふと痛烈な睨み付けの気配を感じる。

 

「……チッ」

 

「切ちゃん……?」

 

「何でも無いデース」

 

 ──金髪の女の子だった。

 

 彼女は何というか……目つきが酷かった。

 凄い目で此方を見ている。何て言うんだろう、形相って言う言葉が似合いそうな眼力だ。

 

 そして、ようやく見られていることを思い出した私は……少し顔を赤くしながらもヒイロさんの腕から顔を上げる。

 

「……ヒイロさん、あの人達は……」

 

「時間が無いから今は全てを説明できないが……彼女達は皆、俺に協力してくれた……仲間だ」

 

「……仲間……」

 

 何時になく優しい目で彼女達を見つめたヒイロさんは……噛み締めるようにそう言った。

 

「……」

 

 私もヒイロさんに習うように、彼女達へと視線を向ける。

 

 ……()()()()()()も居るけど……知らない人の方が多い。

 

 ……私を助けるためだけに、これだけの人が……?

 

「……」

 

 "私"以外のその五人は皆見覚えの幾らか見覚えのある少女達も居る。

 

 何処か以前までの険が取れて雰囲気が柔らかくなった翼さんと、あの白髪の少女。

 

 彼女も何処かで……何処かで見た覚えがある。

 

「──で、クレープ屋。一応確認なんだが……そいつはちゃんと戻ったって認識で──」

 

「……あ。あの時の赤い痴女さん……」

 

「は?」

 

 そうだ、思い出した。

 東京スカイタワーでノイズと戦っていた……()()()()()さんだ。

 

「……痴女?」

 

 その白髪の少女は、まるで私の発言が意外だったと言わんばかりに目をまん丸くして此方を見ていた。

 

「……"あちら"の立花は今何と?」

 

「……もしかしてまだ『くろのす』に……」

 

「と言うか何時まで抱き合ってるんデス? ん?」

 

「切ちゃん?」

 

 ──いや、彼女だけじゃ無い。

 彼女達全員が私の方を見てヒソヒソと何かを話している。

 

「……」

 

 ……何だろう、この妙な雰囲気。

 ち、痴女って言ったことがそんなに駄目だったかな!?

 

 ……。

 

 駄目だよ。

 助けてくれた人にそんなこと言っちゃ駄目だよ。

 

 わ、私は何てことを……!?

 

「ご、ごめんなさい! わ、私悪気があってそう言ったわけじゃ……!」

 

 にわかに悪くなっていく彼女達の雰囲気に、自ずと頭を下げる私だったが。

 ──しかし。

 

「待て。大丈夫だ。コイツは正真正銘……立花響だ」

 

「……!?」

 

 ヒイロさんはギュッと私を抱く力を強めて……力強く、もう一度胸元に私を引き寄せてきた。

 自然顔は火照って赤くなり、心臓の鼓動が激しくなる。

 

「──」

 

「……あ、あの……ヒ、ヒイロさん!?」

 

 そして何より……あちらのコスプレをした五人の内の金髪の女の子が凄い目で此方を見ている。

 

 凄い目をしている。ハッキリ私を睨み付けている。迫力が凄い。何なら少し怖い!

 けれど私や金髪の女の子の事など知ったことかと、ヒイロさんは言葉を続けた。

 

「キチンと作戦通りに事は進んだ。『くろのす』は確かにコイツの身体の中から消滅した。受け答えも認識も……二年前のスカイタワーの時のままだ」

 

「……ふぅん。なら、そいつは『くろのす』……じゃないと?」

 

「ああ。断言する。コイツは立花響だ」

 

「……」

 

「雪音さんの懸念は分かるが……大丈夫だ。安心してくれ」

 

 ヒイロさんは真剣な目つきでそう断言し、それを聞いていた彼女達は……しかし、至極無表情のまま頷いた。

 

「……そうか」

 

「ああ」

 

「……」

 

 一瞬、気まずい空気が流れ……。

 とりわけ、二人の少女の表情は険しいまま。

 

「……」

 

 金髪の女の子と。

 

「………………ん? あれちょっと待てよ」

 

 何かに気が付いた……白髪の少女を除いて。

 

「……ひーろー……」

 

「え?」

 

「何時までくっついてるデス……? もう十分デスよね……? 何で離れないデス……?」

 

「えっ……いや……」

 

 まず金髪の女の子がほの暗いオーラを放ちながらヒイロさんに詰め寄り……。

 

「おいてめぇ。思ったが……二年前の時点であたし様に対する認識が『赤い痴女さん』ってぇのはどう言う了見だ?」

 

「えっ……」

 

 白髪の少女は拳をゴキゴキとかき鳴らしながら大股でヒイロさんへと詰め寄っていく。

 

 そして。

 

「待った! 俺はあの時……見たままを言っただけだッ! 悪意ある意味で言った言葉では無い!」

 

「ああん!? てめぇが言ったのかよッ!? それに驚きだわ! あたしの何処が痴女だってんだよッ!」

 

「いや……」

 

「目をそらすなよッ!?」

 

「もう良いデスよね!? なんで離れないデス! いい加減離れた方が良いデス! 治療……そう、治療のためにも!」

 

「ちょっ……切歌?!」

 

 ぐいぐいと私とヒイロさんは引き離され……ヒイロさんはあの金髪の女の子と白髪の少女に連れられていってしまった。

 

 そのあまりの早業に呆気にとられていた私は、ふとその気配に気付く。

 

「……」

 

「……あ、あはは……」

 

 気付けば、私のすぐ近くに……"私"が居た。

 

「……こんにちは、私」

 

 彼女は、私よりも何処か成長した様な……大人っぽくなっていて。

 座っている私に視線を合わせながら挨拶をしてきた。

 

「……こん……にちは? えっと……"私"?」

 

「うん。こんにちは。本当に『くろのす』じゃ……ないんだね」

 

「……」

 

 "私"は何処か、()()()()()目で私を見つめて……そう言った。

 ……ああ、そう言う事なんだ。さっきまでの私、よっぽど酷かったんだ。

 

 チラリと周囲を見渡せば……私の周りには"私"しかいなかった。

 

「……ごめんね。会っていきなりこんな疑うような事して」

 

「……なんだか、自分に謝られる何て変な気分」

 

「ははっ。私も、自分に謝るのって変な気分!」

 

 ──"私"の身に纏った鎧。

 それは今も雄々しく顕在していて……きっと、今この場の誰よりも、"私"は強いのだろう。

 

「……ねぇ、私」

 

「……どうしたの、"私"」

 

 だから彼女は……私に一つ、問いかけてきた。

 

「……陽色さんのこと、好き?」

 

「……」

 

 私は、思いもしない問いかけに……目を丸くする。

 けれど彼女は、巫山戯ているようにも馬鹿にしているようにも見えず。

 

「……」

 

 至極真面目に、私に問いかけてきた。

 ヒイロさんのことを……好きか、と。

 

 ……そんなの、聞かれるまでも無く決まってる。

 

「好き」

 

「……」

 

「私は……ヒイロさんの事が……好き」

 

「……それは、未来とか……学校の友達よりも?」

 

「……分か……らない。皆に対する好き……とは、ちょっと違うって言うか……何て言うか……」

 

「……」

 

「……分からない。けど、きっとこの気持ちは……愛なんだ」

 

「……愛?」

 

 軽く首を傾げながら聞き返してきた彼女に、私は……思いの丈を吐露していく。

 

「──私、きっとヒイロさんの為なら何だって出来るし、何だってしてあげたい」

 

「……」

 

「ヒイロさんが私に色々なモノをくれた様に……私も、ヒイロさんに色んなモノをあげたい」

 

「……」

 

「……うん、そうだ。この感情は好きって想いで……でもただの好きじゃなくて。私はきっと……」

 

 そう、私は──。

 

「ヒイロさんの事を、愛してる」

 

 

 

 

 

「……そっか。分かった」

 

 ──彼女は、そのやり取りの中で何かを掴んだのか……さっぱりと笑いながら私に手を伸ばした。

 

「帰ろう、響! 陽色さんと、一緒に!」

 

「……」

 

「貴方は『くろのす』なんかじゃない。間違いなく、立花響だ!」

 

 ……ああ。

 私とは違う"私"は……そんな風に、笑えるんだ。

 

「……」

 

 私の笑顔は、私よりもずっと自然な笑顔で……。だから気になった。

 

 私とは違う"私"は、一体どんな人生を歩んだんだろう。

 どんな風に生きていたんだろう。

 

 きっとそれは、私も歩んでいたはずの……人生で。

 だから……。

 

「……少し、貴方が羨ましいな」

 

「……私も。貴方みたいに……凄く凄く、誰かを好きになりたい」

 

 互いに互いを羨みながらも……しかし、互いに違う人間として……私と響は手を取り合った。

 

 

「……よし。じゃあ帰るぞ」

 

「うん」

 

 ──最後に少しだけバタバタとしたが、取りあえず場は一段落した。

 

「でも、ちょっとだけ気になるわね……月遺跡」

 

「ああ。先史文明期の遺跡。バラルの呪詛もあると言うし……一体何が祭られているやら」

 

「まっ。そんなのもう何時でもこれるんだ。敢えて今日見る必要はねーだろ」

 

「ふっ……それもそうだな」

 

 装者達はキョロキョロと遺跡の内部を確認していたが、すぐに諦めが付いたのか、俺へと視線を向ける。

 

「……よし、転送始めるぞ」

 

「ああ、頼む」

 

 ジジジッ……という電子音が鳴り響き、まず風鳴翼から地上へと転送されていく。

 

「──ヒイロ! 帰ったら、美味しいご飯でも奢りなさいよ!」

 

「えっ……マリアと会食……!?」

 

「ヒイロさん?」

 

「そーだな。私を痴女呼ばわりした罪は美味い飯で帳消しにしてやるよ」

 

 次いでマリアと、雪音さん。

 

「月遺跡……もっと探索したかったなぁ……」

 

「え!? 調ちゃん意外とSFに興味が!?」

 

「うん……何て言うかこう……私に取り憑いていた過去の亡霊的に」

 

「え? 亡霊?」

 

 そして、月読さんと立花さんを転送して。

 

「……ふーんデス」

 

 残った切歌は、ツーンとした顔付きで此方を見つめていた。

 

「切歌……機嫌を直してくれよ」

 

「ふーんデス。これは百回は買い物に付き合って貰わないと、この機嫌は治りそうにないのデス」

 

「……分かったよ」

 

「……! 本当デスか!? 本当の本当に!?」

 

「ああ、良いよ。幾らでも付き合う」

 

 そう言ってやると、切歌はやったと跳ねて俺の手を取った。

 

「約束! 約束デスよッ! ひーろー!」

 

「ああ。約束──」

 

 そう言って、切歌の転送が始まった……直後。

 

「ッ!?」

 

「え?」

 

 ──謎の揺れが起こった。



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GANTZ:S

「ヒ、ヒイロさん!?」

 

「何だこの揺れはっ……!?」

 

 唐突に発生した謎の揺れは次第に強まって行き……直後。

 

「……!」

 

 ガンツとの繋がりに……ノイズが発生する。

 

「これっ……は!?」

 

 何だコレは。何だこの感覚は。

 

()()()()()()()()()……!? ガンツッ、ガンツッ!?」

 

 繋がりが分断され、ガンツからの応答が急激に無くなっていく。

 何だコレは、どう言う事だ!?

 

 通信圏外に出たという訳じゃ無い筈だ。まだ制限時間には余裕が有ったッ。

 こんないきなり……!

 

「ちょっ……どうしたんデス!?」

 

「……!」

 

 既に転送が始まっている切歌の声が聞こえてくる。

 クソ……不味いッ。

 

「……ぐっ……ガンツッ!」

 

「ひ──」

 

 ガンツとの繋がり。それが断ち切られる予感があった。()()()()()()()()()()()()()()()、ガンツとの断絶。

 

 それは、転送を使っての帰還が出来ないという問題よりも前に。

 

 そもそも、今行われている転送が完遂されるかすら危うかった。

 空に向かって伸びる電子の光は掠れたように陰っていき、その機能が十全と発揮されていないことは容易に見て取れる。

 

「……っ!」

 

 もう繋がりが断ち切られる。ガンツを動かせるのは精々後一度切り。

 だから、俺に出来たのは。

 

「──キリカを確実に転送しろッ!」

 

 ──せめて、俺の為に月まで来てくれた妹を……生きて返してあげる事くらいだった。

 

 直後、立ち上る電子の光は度重なる要請によって強く光り輝き……切歌の身体は全て転送された。

 ……そして、時を同じくしてガンツとの繋がりが完全に断ち切られた。

 

 ──そして。

 

「ぐうっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 ガゴンッ、という何かが外れるような音が鳴り響き。

 

 ──地面が一際大きく揺れた。

 

 

「──ひーろーッ!?」

 

「!? ど、どうしたの切歌ちゃん!?」

 

 ──最後に転送されてきた切歌は……転送が終わると同時にガンツへと詰め寄っていく。

 

「おいッ! ひーろー出すデスッ! あの響さんもッ! おいッ! 聞いてんのかッ!」

 

「き、切ちゃんッ!?」

 

「おいッ……出せッ……出せよぉ……っ……」

 

 最初は、その奇天烈な行動に目を丸くしていた装者達だったが、切歌のその異様な雰囲気を見て……次第に何かを察していく。

 

「……まさか、向こうで何かが!?」

 

「あの立花の中にまだ『くろのす』がッ!?」

 

 口々に自身の推測を切歌へと投げかけていく装者達だったが、切歌は静かに首を振るだけ。

 困惑を深めていく装者達に、切歌は向こう()で何が起こったのかを語り出す。

 

「違うデス……ッ! 急に……急に何か揺れ出して……ッ!」

 

「揺れ……?」

 

「それで……そしたら、ひーろーが私に……!」

 

 辿々しい語り口調。

 しかし言葉の端々から、月で何か異変が起こり、転送が出来なくなっているかも知れない……という事を察し取った。

 

「おい……マジかよそれ」

 

「──っ」

 

 それを理解していくたび、装者達は顔を青くさせてガンツへと詰め寄っていく。

 

「おいッ……おいテメェッ! アイツら出しやがれッ!」

 

「ガンツ……ガンツッ!」

 

 しかしどれだけ語りかけようと、ガンツは沈黙したまま動くこと無くその場に有り続ける。

 

「……」

 

 ともすれば、ただの通信障害なのかも知れない。

 であれば……一日待てば彼等はきっと帰ってくるはずだ。

 

 ……けれど彼女達は、皆酷く嫌な予感がしていた。

 月遺跡の胎動、直後発生したガンツとヒイロの繋がりの断絶。

 

 幾多もの戦場を駆け抜け、多くの戦いを乗り越えてきた装者達の嗅覚が知らしている。

 何か良くないことが月で起こっていると言う事を。

 

「……っ」

 

 皆、それが分かっているからこそ……ウンともスンとも言わぬガンツに焦燥と苛立ちを抱えていた。

 

「……」

 

 ──彼女以外は。

 

「……皆、この部屋を出よう」

 

「!?」

 

 立花響。

 彼女は……何処までも落ち着いた様子で装者達へと語りかける。

 

 それはいっそ、彼等の生存を諦めている様にも思える程冷淡で、静かだった。

 ……当然、その様な態度に反発を覚える者も居た。

 

「……何言ってるデス」

 

「……」

 

 ──切歌である。

 彼女は他の装者達と違い、目の前で異変を目撃している。

 

「向こうで何か有ったに違いないデスッ! なのに何で……ッ! どうにかしてコイツを動かさないと……!」

 

「……」

 

「なのに何で部屋から出るだ何て──」

 

「……切歌ちゃん。私達は、()()を動かせないんだよ」

 

「っ……」

 

 しかし。

 立花響はあくまでも切歌の言葉を一刀のもとに両断する。

 

「陽色さんが言ってた。ブラックボールの機能を使えるようになるには……ミッションをこなして、二番を選んで行かないと使えるようにならないって」

 

「……」

 

「『企業』の人達ですらちゃんと使いこなせなかったモノを私達が下手に弄っちゃったら、余計に陽色さん達が帰ってこれなくなっちゃうんじゃ無いかな」

 

 淡々と、しかし諭すような言い方は切歌の心にスッと入り込んできて……落ち着かせていく。

 

「……だから。私達に今できるのは……この部屋の中でガンツを動かすことじゃなくて……部屋の外で、別の方法を模索することだと思う」

 

「……」

 

「それに、ブラックボールを扱える人に協力して貰えれば、きっとすぐにまた月に行ける! その為にも、今は陽色さん達を信じて……外に出よう? 切歌ちゃん」

 

「……」

 

 そうしてガンツの前に座り込んでいた切歌へと伸ばされた手を……彼女は掴んだ。

 

「……分かったデス。私は……ひーろーを信じるデス」

 

「うん! きっと陽色さんは無事だよ! 安心して! だって、()が付いてる!」

 

「……むしろ不安になったデス」

 

「えっ?」

 

「……冗談デス」

 

 そう言ってフッと笑った切歌は……意を決したように立ち上がる。

 

「──よし! じゃあまずは司令やエルフナインに相談デスッ!」

 

「……うん! 皆で頼めば、きっと司令やエルフナインちゃんは手を貸してくれる!」

 

 そうして立ち直った様子の切歌を見ていた装者達も、皆自分に出来る事をし始め──。

 

「よっし。じゃあ早速オッサンに電話を──」

 

 それはクリスが携帯を取り出した時だった。

 

「……ん? オッサンから……?」

 

 その電話の主は、当の風鳴弦十郎からだった。

 妙なタイミングでの電話に奇妙に思いながらも、彼女は電話に出る。

 

 そして。

 

『──クリス君かッ!? 今何処に居る!?』

 

「えっ!? えーっと……あの、クレープ屋……暁の兄貴の部屋だけど」

 

『……そうか。ならば至急此方に来てくれッ! 大変なことになっている!』

 

「……え? ……大変なこと……?」

 

 異様な雰囲気のクリスの電話に……俄に騒がしかった部屋は静まりかえっていく。

 彼女の困惑したような相槌だけが部屋に響き、次第に険しくなっていくクリスの表情は電話の内容の重大性を物語っていた。

 

「……は?」

 

 そして、思わず聞き返したクリスの言葉に……装者達は目を丸くした。

 

「……月の欠片が……地球に向かってきている……だと!?」

 

 

「──響ッ!」

 

「ヒイロさんッ!?」

 

 巨大な衝撃の後、衝撃に空に浮かんだ響を抱えて体勢を整える。

 

「……」

 

 そして。

 あれ程振動していたというのに、今はもう不気味なほど静まりかえった月遺跡に……非常に嫌な予感を覚える。

 

「ヒイロ……さん……」

 

「大丈夫だ、響」

 

「……」

 

 胸中の嫌な予感を表には決して出さずに、響を宥めるようにそう言った。

 

 しかし、嫌な予感というのは的中してしまうモノだ。

 

『──何が大丈夫なんだ? ……パパ』

 

 ──その声は、まるでこの空間から直接響く様に聞こえてくる。

 

 何処か男勝りな語り口調のその声は……忘れようにも簡単には忘れられないくらいに、忌々しい程に美しい音色で。

 気色の悪い呼び方も相まって、こんな事を言う奴なんて一人しかいない。

 

「!? この、声……!?」

 

 そう、コイツは──。

 

「……『くろのす』」

 

 既に肉体を失ったはずの……時の神だ。

 

「……お前……」

 

『おっ。その顔……どうして生きてるんだ、って聞きたいんだろ……ふっ…くくっ……良いぜ、教えてやるよ』

 

「……」

 

 『くろのす』は一体何処から俺達を認識しているのか、俺達の困惑顔を楽しむように笑ったかと思うと……一人、語り始めた。

 

『私が以前、お前に初めて殺されかけて身体を失った時……緊急避難的に魂を『マルドゥーク』の一部に移したのを覚えているか?』

 

「……」

 

『ここは本来魂を保管するような施設じゃ無い上に、先客もいるって言う最悪な状況だったが……私、実は()()()()のこと気に入っててさァ……』

 

「……」

 

『──そう。私はまだ……この『マルドゥーク』を身体であると捉えていた。だから助かったよ。お前の身体を追い出されても……まだギリギリの所で生き残れた。……いや、延命って……言った方が良いか』

 

「……」

 

『私はもうすぐ死ぬ。もって精々……数分と言ったところだ。身体を再生しようにも……二年も前のモノを再生する力はもう、私には無い』

 

 そこで一旦言葉を句切った『くろのす』は、何処か寂しそうに息を吐いて……声色を変えた。

 

『──だから』

 

「──! 響ッ!」

 

「えっ──きゃあっ!?」

 

 直後、圧倒的なまでの縦方向のGが俺と響にのしかかる。

 

『だからッ! せめて最後に……私のッ! 俺の悲願を叶えるッ!』

 

「ッ、コレッはっ!?」

 

『今、マルドゥークの一部を切り離し……私の『時操術』によって地球に向かって加速し続けているッ!』

 

「!?」

 

 ──確かに、『くろのす』の言うとおり、頭上に輝いていたはずの地球の姿がぐんぐんと近付いてきている。

 最早誤魔化しようが無い。

 

 コイツ……ッ!

 

「……テメェ……コイツを地球にぶつけようとッ!」

 

『そうだッ! 最早私に地球改変を行うだけの力は無い……ならッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!』

 

「ッ──」

 

 コイツは。

 

『はっはははははッ! 今計算したが、このまま加速し続ければ着弾時には地球の表面を消し飛ばす程の威力となるッ!』

 

「お前……ッ」

 

『これで! これでやり直せるッ! 例えどれだけ時間が掛かろうと、何十億年後にはまた必ずッ! 新たな知的生命体が誕生するッ!』

 

 っ……コイツはッ。

 

『私はッ! そんないつかの未来に……全てを賭けるッ!』

 

 コイツは……狂っている。

 

「何が……ッ! 何がてめぇをそこまで……!」

 

 コイツの行動基準、価値基準は全て狂っている。

 何もかもが……異常だ。

 

 コイツは……ッ。

 

『──そんなの決まっている。人類(ヒト)の歩みを止めないために。進み続けるために』

 

 コイツは……。

 

「──」

 

 ……俺は、コイツの狂気の根源……ようやく見えた気がした。

 

『そう。()()()()も……いずれ、必ずッ! 歩みを止めるッ! 人類は進化の果てに永遠の眠りにつくッ! 世界が止まるッ! 停止するんだッ! そんな事、絶対に許されないッ!』 

 

「……」

 

 コイツは本気で……この行為が全て人類のためになると、信じている。

 今有る全てを焼却しようと、過去を書き換えようと。

 その果てに生まれた命が最善を尽くすのであれば……それで全てが報われるのだと、本気で信じている。

 

『──我が名は『クロノス』ッ! 時の神ッ! 我が身この世に有る限り……時はッ、決してッ! 止まることは無いッ!』

 

 知らないんだコイツは……それが悪い事だと。

 だからコイツは、人類皆殺しなんて大虐殺が正義の行いだと確信している。

 

『パパッ! 其処は特等席だッ! 見ていてくれッ! 人類が生まれ変わる……瞬間をッ!』

 

 コイツは……全力で、真っ直ぐに一直線に。

 何も知らない子供のように……人類を滅ぼそうとしている。

 

「……」

 

 ──コイツだけは、絶対に止めなければならない。

 

「……言ったはずだ」

 

『──あん?』

 

「地球を救うのは……『神』じゃ無いッ!」

 

『……』

 

「地球を救うのは……人類(俺達)だッ」

 

 ──『くろのす』は、俺の啖呵を……鼻で笑った。

 

『──はっ! ヒイロ……お前一人に何が出来るッ! 何をやれるッ! 人はなァッ! 一人じゃ何にも出来ねぇーんだよッ! 弱くて、脆くて、そのくせ分かり合うことも出来ないッ! 誰もッ彼もッ!』

 

「……」

 

 ──それは、悔しいほどに正論だ。

 遺跡は巨大で、俺にはもう武器も無い。

 

 でも……それでもやらなければならない。

 帰らなきゃ行けない理由が、俺にはあるんだ。

 

「それでも……俺はッ!」

 

 重くのしかかるGを無視するように立ち上がる。

 ただのそれだけで身体が軋みを上げ……それでも、一歩を踏みしめる。

 

「帰ってこいって……言われたんだよッ!」

 

 プレラーティに……帰ってこいと言われたッ!

 装者の皆にも……まだ何も返せていないッ!

 弦十郎さんにも、世話になった人達にも!

 

 何より……響を……!

 俺は……諦めることも、裏切ることも出来ないッ!

 

「っ──おおおおおおッ!」

 

 渾身の力で拳を地面に叩きつけ──遺跡を揺らす。

 確かな感触が帰ってくる。二年前よりもより研ぎ澄まされた一撃は、遺跡の深部まで衝撃を伝えている。

 

 しかし。

 

『──もう止めろよ、ヒイロ。無理だ。見ろ……お前の渾身の一撃は……ほんの少し遺跡を揺らした程度だ』

 

「ッ……」

 

()()()()()()……この遺跡を揺らすことしか出来やしない。もう、諦めろ」

 

 そう……確かに衝撃は伝わっている。でも……敵が巨大すぎる。

 俺一人の力じゃ、この遺跡を破壊しきるのには時間が掛かりすぎる。

 

「──じゃ、無い」

 

 でも──。

 

「──一人じゃ、無い!」

 

『……あ?』

 

「ヒイロさんは……一人じゃ無いッ!」

 

 俺には……響が居る。

 

「……響……お前……」

 

「……ヒイロさん」

 

 彼女は、こんな状況だというのに……何処までも落ち着いた様子で俺を見ていた。

 目覚めた直後だというのに、大変な事があった後だというのに。

 

 そんな事を感じさせないように……響の目は真っ直ぐに俺を見つめている。

 

「……何か、考えが有るんだな」

 

 俺のその問いかけに、響はこくんと頷いて……両の手を差し出してくる。

 

「……分かった」

 

 正直、響が何をしようとしてるのか……さっぱり分からん。

 でも。俺は()()信じている。

 お前が何かしたいってんなら……俺はそれを信じて、お前に全てを賭ける。

 シンフォギアでも、ガンツでも、ガンツの武器でも無く。

 

 響……お前を信じている。

 

「……」

 

 ……思えば、何時からだったんだろうな。こんなにお前のこと……信じるようになったのは。

 

 ふと思い出されたのは……あの日、最初にあった日の事。

 あの時は普通に、巻き込まれてしまった一人の子供としか思っていなかった。

 

 だから最初は本当に……ただ家に泊めてやるってだけだった。

 

「……」

 

 でも。

 でもお前と過ごしている内に……俺の人生の中の比率が、ドンドンお前に寄って行って。

 

 お前に……生きる意味を貰った。

 

 生きなくちゃならない意味がどれだけ増えても……生きる意味だけは、ずっと響だった。

 

「……」

 

 もし『ヒーローへのラストピース』が存在するのなら。

 それはお前だ、響。

 

「……私の全部、ヒイロさんに預けます」

 

「……なら。俺の全部を……響に預ける」

 

 響の両手を取って、目をつぶる。

 

「──」

 

 そして響は……歌を歌った。

 

 

 ずっと、考えて居た事があった。

 もう一人の私の……シンフォギアという力の事を。

 

 "私"が見せていたあの力強い鎧。

 私が今着ているシンフォギアとは、少し違った形をしていた。

 

 何でもアレは、"私"の誰かと手を繋ぐという思いが形となったアームドギア(武器)……なのだと言う。

 

 ──じゃあ、私のアームドギア(武器)は一体どんなモノなんだろう。

 

 私の想いが形となったモノ。

 

「……」

 

 ヒイロさん。

 私、ヒイロさんの事が好き。

 ……愛しています。

 

 ……私には、ヒイロさんが居ます。

 

 だから、繋ぐ両手はずっとヒイロさんで埋まっていて……。

 そんな私の想いが形となるのがアームドギア(武器)なら。

 

 きっとそれは──。

 

「Gatarndis babel ziggurat edenal──」

 

 貴方と繋ぐこの手が、私のアームドギア。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl──」

 

 ヒイロさん。

 私の全部を……貴方に託します。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal──」

 

 だからヒイロさんも私を信じて。

 全てを委ねて。

 

「Emustolronzen fine el zizzl──」

 

 これが、私の……。

 

「……ううん。私達の……」

 

「ああ。俺と響の……」

 

 二つの光、瞬いて──。

 

「──これが二人の……絶唱だぁあああああッ!」

 

 

 ──白と黒。

 

 混ざり合わないはずの二つの力の輝きは……融解し、融合し、一つの輝きと錬成され──全てが一人へと集約されていく。

 

『ッ!? なんだ……それは!? 絶唱……なのか!?」

 

「……ヒイロさん……」

 

 全てを託した少女は……男の腕に抱かれながら、愛おしむように彼の名前を呟く。

 

『知らない……何だそれは!? 私が使った時よりも……ずっと……!?」

 

 『くろのす』の目前。

 そこには……純白と漆黒が混ざり合った鎧を纏う……ヒイロが居た。

 

 黒を基調としたスーツを下地に、端々に淡く『黒』が舞った白いシンフォギアが……輝きを放ちながらヒイロを覆う。

 

「……そうか、これが……」

 

 ──響の力を全て託されたヒイロは、一瞬困惑したように両手を眺め……しかしすぐに力を理解していく。

 

『っ……何処にそんな力が!? 何を握って力と変えた!? そうだ……お前が纏っているモノは何だ!? それは本当に私が使った力なのか!? お前が纏うそれは一体なんだ! なんなのだッ!?』

 

 そして彼は響を優しく抱きかかえながら『くろのす』を見つめ……不敵に笑う。

 

「……決まってる。これは響と俺の……二人のシンフォギア」

 

 ──()()()()を一言で言うのなら……融合症例。

 

 十回クリアを果たし、GANTZの一部となったヒイロ。

 ライブ会場の惨劇により、身体の一部にSymphogearが埋め込まれた響。

 

 力そのものと言える二人が、響の『ヒイロと繋ぐアームドギア』によって繋がった。

 

「──そして。()()()()を放つための……鎧」

 

 次いで、響が語りながら……ヒイロは拳を構える。

 直後。

 

『……あ。ああああああぁあああッ!!! 嫌だ嫌だ嫌だッ!』

 

 莫大なフォニックゲインが顕現する。

 星を穿つ一撃を、更に穿つその一撃。

 

「──行くぞ、響ッ!」

 

「──うん、ヒイロさんッ!」

 

 GANTZ(ヒイロ)と、Symphogear()

 

 二つの力が混ざって溶けて、一つとなったその技の名を──。

 

『ッ、私はッ! 俺はッ! まだッ、死ねないッ! 死ねな──』

 

 ──『GANTZ:S』

 

 インパクトの衝撃は巨大な黒球となって月遺跡を吹き飛ばし──。

 

『──ッああああああぁあああッぁぁ……』

 

 『くろのす』の魂を──吹き飛ばした。



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最終話 陽色の暁

「しかし……随分と騒がしい夜でしたね」

 

「えぇ……どうも、ヤクザ同士の抗争みたいですよ」

 

「へぇ……」

 

 既に日も上がりだした朝。

 朝日が差し込む道を……二人の男が歩いていた。

 

「ですが……まだ飲むんですか? もう朝になりますけど」

 

「……ええ。私は……飲んでないと生きてけないんですよ」

 

「……どうして?」

 

「……酔ってないと、死んでしまいたくなるんです」

 

「……」

 

「……息子も、妻も……消えてしまった娘も、全てを放って逃げ出した。……もう、家族が生きているかも分からない」

 

「……」

 

 ホームレスのような見た目の男は、苦しそうに……申し訳なさそうに語りながら、震えた手で持っていたビニール袋からカップ酒を取り出そうとして──。

 

「──()さん」

 

「……」

 

 スーツを着た外国人の男が、それを止めた。

 

「……もう、止めましょう。現実と向き合わなければ」

 

「……」

 

「貴方を今でも待っている人が居るんですよ?」

 

 ──セバスチャンは、ホームレスのような風体の男へと優しく語りかける。

 

「……っ」

 

 けれど男は何処までも怯えたような表情でその手を払い、セバスチャンから距離を取る。

 

「……暁さ──」

 

「っ、君はッ! 探偵なんだろ!? 陽色から……私を探して欲しいと依頼されたッ!」

 

「……」

 

「なら頼むッ! 帰ってくれッ! 私は……っ! ……私は、もう……あの子に合わす顔も、何を言えば良いのか分からない」

 

「……」

 

「頼む……もう良いだろう!? 私は……もう……彼等に会うつもりは無いッ! どれだけ私に付き纏っても、この意思は変わらないッ!」

 

「……」

 

 ……男はそれだけ言い切ると、ビニール袋片手にトボトボと朝日が差し込む道を一人進んでいく。

 その哀愁漂う背中は何ともみっともなくて、その見た目も相まって、誰だろうと語りかけるのを憚られる風体となっていた。

 

 しかし。

 

「──陽色くんは、僕にそんなことを頼んじゃいませんよ」

 

「……え?」

 

 セバスチャンは、何時ものヘラヘラとした表情では無く……何処までも真剣な顔で男へと語りかけた。

 

「……陽色くんからの依頼は、ただ一言……貴方に伝言を伝えて欲しいと言うモノです」

 

「……伝言?」

 

「ええ」

 

 思わず足を止めた男は、振り返ってセバスチャンに聞き返す。

 その目には何処か恐怖が混じっていて、ともすればすぐにでも逃げ出してしまいそうな顔付きで。

 

 けれどセバスチャンは間髪入れずに男へと言葉を投げかけた。

 

「──ただ、『待っている』……と」

 

「っ……」

 

 そして。

 セバスチャンは……怯んだ男へと歩みを向ける。

 

「分かりますか? この言葉の意味が」

 

「……」

 

「分かりますか? 彼が……どれだけ貴方を待っているかを!」

 

 遂には目と鼻の先まで辿り着いた彼は……男の胸ぐらを掴みあげる。

 

「ぐっ……!?」

 

「これは僕が勝手にしていることです。七年間、家族を探し続けていた彼と語り合ってきた僕が……独断でしている事です」

 

「……」

 

「彼はッ……どれだけ辛い表情を浮かべてもッ! 貴方を想って無理に会おうとはしなかった! 貴方が来てくれることを……望んでいたッ! それなのに貴方は何にも……本当に何も思わないのかッ!?」

 

 セバスチャンは、あまりにも自分勝手な言葉を並べる男へ、怒りを露わにして首元を締め上げる。

 

「……」

 

 ──締め上げられた男は、暫く視線を泳がせていたが……ようやく、セバスチャンの目を見て語り出した。

 

「……私は、怖かった」

 

「……」

 

「……あの優しい子が……人殺しのような目をしているのが……怖かった……」

 

「……」

 

 男はぽつりぽつりと、当時の自分の心の内を語った。

 

 それは父親として打ちのめされた男の独白だった。

 娘が行方不明となり、息子も行方不明となった日のこと。

 

 何時まで経っても帰ってこない二人を心配した彼は、妻と共に警察に通報。

 しかし分かったことは、二人が向かった展望台に黒スーツの怪しい男達が居たと言う情報だけ。

 

 明らかにその黒スーツ達が攫ったと言う事は分かったが、彼等の足取りは全くと言って良いほど見つからず。

 

 妻は取り乱し、自身もまた困惑していた時。

 そう……丁度、今のような朝方のことだった。

 

 ヒイロは家へと帰ってきたのだ。

 

「どんな恐ろしい事があったのか。何に巻き込まれたのか。どれだけ聞いても、アイツは何も答えなくて……」

 

「……」

 

 彼の人相は、父親の彼から見ても分かるほどに変わっていて。

 何かがあったことは明らかなのに、彼は頑なに答えず……精々喋ったことと言えば、黒スーツ達に切歌が攫われたと言う事だけ。

 

「……」

 

「私は……怖かったんです……自分の……実の子供が……変わってしまうことが……」

 

 その日からヒイロは変わっていった。

 口数は少なくなり、常に家を空けて何処かに出掛け、帰ってくるたびにその表情を暗く、冷たく変化させていく。

 

 実の息子のそんな姿を見せられるたび……彼の心は折れていった。

 

「……怖かった……私には……陽色に、何もしてあげられないと言う事が……」

 

「……」

 

「……母を早くに亡くして寂しかったろうに、その生活に文句も言わず。複雑だったろうに私の再婚も認めてくれて……キリカの兄として、あんなに優しかったあの子が……変わってしまった」

 

「……」

 

「なのに私はッ! 陽色に……何もして……あげられなかッた……」

 

「……だから、逃げたと?」

 

「……」

 

 セバスチャンがそう語りかけると、彼は手に持っていたビニール袋を零れ落とす。

 

「……すみません。私は……きっとあの子に何もしてあげられません」

 

 それでも、その事を彼は気にした様子など無く……何もかもを諦めた表情で言葉を続けた。

 

「……私と陽色はもう、会わない方が──」

 

「……違います」

 

 しかし。

 

「……え?」

 

「違いますよ……暁さん」

 

 セバスチャンは、きっぱりと彼の言葉を切って捨てた。

 

「……もう会わない方が良い。それは貴方の理屈です」

 

「……」

 

「彼は、今でも貴方に会いたがっている。……いや、区切りを付けたがっている」

 

「……区切り……」

 

 セバスチャンは男の胸ぐらから手を離し、真正面から目を見つめる。

 

「そうです。だって彼にとっては……貴方との別れは全て唐突な事なんですよ」

 

「……」

 

「だから。これから先会うにしろ会わないにしろ……どちらにせよ、区切りが必要です」

 

「……」

 

「もし、陽色くんと会いたくない、と言うのなら……せめて一言だけでも直接伝えてください」

 

「……伝える……」

 

 男の呆けたような問いかけにも満たない独り言に、セバスチャンは無情にも言葉を吐き捨てる。

 

「『これ以上は会えない。今まで済まなかった』、と」

 

「っ……」

 

「それが全てを投げ捨てた事に対する……せめてもの責任です」

 

 そこまで言ったセバスチャンは、懐から一枚の紙切れを男へと渡した。

 

「僕の電話番号です。もし決心がついたら……この番号まで電話をください。場は僕がセッティングします」

 

「……」

 

「もしまた逃げても、僕は何度でも……貴方の元を尋ねます。……では」

 

 セバスチャンは用はそれだけだと男に背を向けて歩き出し……。

 

「……」

 

 朝焼けが滲む街で一人になった男は、まるで覚悟を決めるようにギュッと目をつぶる。

 

「……分かった。……悪かった、陽色」

 

 ぽつりと言葉を溢した男は、落としたビニール袋に手を伸ばして拾い、片手に持っていたカップ酒を袋へと放り投げる。

 

「……ちゃんと……私の言葉で、お前に伝える」

 

 彼は酒が詰まったその袋を、公園のゴミ箱へと投げ捨てた。

 

「……」

 

 思えば、今の自分は昔の自分からは考えられないような事ばかりしている。

 けれど全てが過去の事だ。今更変えることは出来ない。

 

 変えることが出来るのは……きっと、未来だけだ。

 

「……全てが遅かったかもしれないが……な」

 

 そうして自嘲する様にそう語った男は……空を見上げた。

 

「……?」

 

 ……ふと、視線の先に妙なモノを見つけた。

 

「……何だ……アレは……」

 

 それは沈もうとしている月の影。

 その一片。

 

 小さくも存在感のあるそれが、徐々に此方に近付こうとしていた。

 あまりにも異質なそれに思わず息を呑んだ男だったが。

 

 しかし。

 

「……!?」

 

 次の瞬間には、その月の欠片が──砕け散った。

 

 男は何が何だか分からなかった。

 あまりにも現実感の無い光景に、自分は夢でも見ているのでは無いかとも思えてくる。

 

 だが、男には妙な直感があった。

 それは──。

 

「……陽色?」

 

 ふと零れ落ちた言葉は何故か……実の息子の名前だった。

 

 

 響とヒイロの二人が放った一撃。

 その一撃は月の欠片を穿ち……。

 

『……あぁ』

 

 『くろのす』の魂を共々に吹き飛ばした。

 しかし。

 

「ぐっ……!?」

 

「ヒイロさんッ!?」

 

 その一撃は強すぎた。

 月の欠片に備わった防御機構を全て吹き飛ばし……今、空いた風穴から宇宙へと空気が流れていく。

 

 既に崩壊しつつ有るシンフォギアを纏ったヒイロは……そのあまりの反動に膝を突き……直後、ヒイロは突風に流され宇宙へと吹き飛ばされる。

 

 だが。

 

「っ、響……!」

 

「離っ……しません!」

 

 ギリギリの所でヒイロへと手を伸ばした響は……ヒイロの手を掴み取る。

 

「……ぐっ!」

 

「……離せ響! これ以上は……!」

 

「離しませんッ! 絶対、この手はッ……!」

 

 ──しかし吹き荒れる突風の中、彼女一人ではどうしても流されて行ってしまう。

 遂には二人共々吹き飛ばされる瞬間。

 

『……まてよ』

 

「!?」

 

 突風の勢いが急激に弱くなり、直後ヒイロと響は地面に着地する。

 その力を、二人はもう何度も味わってきた。

 

 故に分かる。

 間違いなく、これは──。

 

『……もう俺にはマルドゥークの機能を動かすだけの力も無い。だから……残った力でほんの数秒だけ時間の流れを遅くした』

 

「……『くろのす』」

 

 ──これは、もう既に魂が消えかかっている『くろのす』の最後の灯火だった。

 

『……一つ、俺と約束をしてくれ』

 

「……あ?」

 

『少しくらい良いだろ……私はお前等に殺されたんだ。少しくらい……さ』

 

 一瞬、ヒイロはそれが何かの罠かと思った。

 ──けれど即座に違うと分かった。

 

「……」

 

 故にヒイロは黙って『くろのす』の言葉を待つ。

 『くろのす』は少し黙り込むと……厳格な口調で言葉を紡ぐ。

 

『……二人共々、俺に誓え』

 

「……」

 

『……その人生。決して……止まることはするな』

 

「……」

 

『進み続けるんだ。進んだ結果、進んだ方向が後ろ向きでもいい。足を止めるな。立ち止まるな』

 

「……」

 

『……誓え、ヒイロ。……響』

 

 それは、『くろのす』なりの最期の言葉。

 幾多もの命の最期を見てきたヒイロだからこそ分かる。

 今の『くろのす』はただ……人生の最後に安心が欲しいだけなのだと。

 

「……」

 

 彼女が逐一語っていた理想。それを思い出す。

 

 それは止まることの無い人類を作り出す事。

 

 『くろのす』がその理想が道半ばで果てた今。

 彼女はせめて……自身を斃した相手が自分以上の存在で有り続けると言う誓いが欲しかった。

 

『……』

 

 一瞬、沈黙が場を支配し……しかし、遅く流れる時間の中、ヒイロと響は手を握り合って宣誓する。

 

 ──それは、一度は助けて貰った恩義を……返すため。

 彼等は朗々と語り出す。

 

「暁陽色と」

 

「私、立花響は」

 

「──今日この日から例えどのような困難が訪れようとも」

 

「──支え合い、止まることはせず」

 

「前に進み続けることを──『くろのす』。お前に誓おう」

 

『……』

 

 それは、ほんの数秒の出来事。

 しかし、確かに『くろのす』の心にその言葉は染み渡り……。

 

『……ならその誓い……人生を掛けて守り通して……決して、違えるなよ』

 

 『くろのす』は……まるで溶けるように魂事消滅した。

 

「……ああ。繋いだこの手は」

 

「もう、離しませんから」

 

 そして。

 

 徐々に遅くなった時間が元に戻り始める。

 ……このままではまたすぐにでも月の欠片の外に放り出されてしまうだろう。

 

 だが、一呼吸置くことでヒイロの調子は戻りつつあった。

 むしろ先程と違い、響を支えるように立つ。

 

「感謝はしねぇ。だが……絶対に誓いは果たすさ」

 

 ヒイロは懐から……プレラーティから貰った内のもう一つのテレポートジェムを取り出す。

 

「……」

 

 まだヒイロとガンツとの繋がりは()()()()()()

 恐らくこのまま月の欠片の外に出たところでこの断絶は続いたままだろう。

 

 ──つまり地球へと帰還する最後の頼みの綱は、このテレポートジェムのみである。

 プレラーティはヒイロへと渡す時、此方のテレポートジェムは試作品と言っていた。

 

 一体どのような効果があるのかは分からないが……だが、コレに掛ける他手段が無い。

 

「……響」

 

「……ヒイロさん」

 

「……俺はお前と一緒なら……何処へ行くのだって怖くない」

 

「……」

 

「響。お前は──」

 

「私もです」

 

「……」

 

「私も……ヒイロさんと同じです」

 

 ヒイロの言葉に、響は何時かと同じように頷いた。

 

「二人一緒なら、きっと」

 

「……ああ。そうだな」

 

 ヒイロは、意を決したように地面へとテレポートジェムを叩きつけた。

 

(──信じてるぜ……プレラーティ!)

 

 心で友の名を叫び、叩きつけた場所から黄金色の紋章が輝いて──。

 

 

「……ここは……?」

 

「……白い……部屋?」

 

 転移した先は、全てが白い世界。

 思わずヒイロさんの手を握りしめ……そして。

 

「……!? 何ッ……だ、これ……」

 

「ヒ、ヒイロさん!? な、なんか赤い涙が……!?」

 

「ひ、響も流れてるぞ!?」

 

「ええ!?」

 

 急にヒイロさんが血のように赤い涙を流し始めたと思ったら、何と私もそんな感じの涙を流しているらしい。

 

「……ほ、本当だ……」

 

 目元を手で拭うと、確かに目元から涙が流れていて、拭った跡が血のように赤かった。

 暫く感情とは無関係に流れ出した涙に戸惑いを隠せなかったけど……ふと、視界の端に何か巨大なモノを見つけた。

 

「……何……アレ……」

 

「……」

 

 ──それを一言で表すなら、巨大な人……だろうか。

 人と言っても、その顔からお腹にかけての部分が抉れていて……けれどその中身は空洞になっている。

 両の手を横に広げていて、その身体の空洞部分を此方に見せつけるようにしている。

 

「……」

 

 グロテスクな様にも、神秘的なようにも感じられて……何というか、妙な感覚に陥る。

 

「アレは……」

 

 ヒイロさんは目を丸くしながら、けれど目の前の存在に警戒を抱くことはせず。

 ただ、驚いた様にそれを見つめていた。

 

「……セバス……なのか?」

 

 セバス。

 それが誰なのかは分からないけれど……ヒイロさんのその問いかけに答えるように、初めてそれが動いた。

 

『──その問に答えよう。暁陽色』

 

「……」

 

『──私はセバスという男では無い。彼の魂は既に別の次元に移動し、既に新しい命として生まれようとしている』

 

「……」

 

『──だが。君達が重要と捉える感情や記憶を私は所持している。そう言った観点では、私はセバスとも言える』

 

「……」

 

 ……目の前の、彼? は何か禅問答の様な答えを返してきた。

 ……つまり、この人? は結局ヒイロさんの言うセバスさんなのだろうか。

 

『──立花響。その問に答えよう』

 

「……え?」

 

『君は暁陽色と同じように、魂の有無を存在の定義としているな』

 

「えっ、ちょっ……」

 

『その哲学から見れば、私はセバスという存在では無い。ただ同じ記憶を持った他人だ』

 

「……あ、はい」

 

 な、なんか心を読まれてる……!?

 ど、どうやって……!?

 

『──立花響。その問に答えよ──』

 

「も、もういいです! 質問したいことは声に出して言いますからッ!」

 

『了承した』

 

 あ、危ない……。

 うっかりヒイロさんの好みは? とか考えなくて良かった……。

 これで帰ってきた答えが全然自分じゃなかったら私は──。

 

 と。そこまで考えたところでハッとなって、ビシッとあの巨大な人型さんに言いつける。

 

『……』

 

「……い、今のは質問じゃないですからね!?」

 

『了承した』

 

「……」

 

 ほ、本当に……?

 

『本当だ』

 

「……」

 

 い、一気に不安にさせてくるなこの人……。

 

「……おい。何ギャグしてるんだよ」

 

「……ご、ごめんなさい……」

 

 ──と。

 私とこの巨大人型さんのやり取りを呆れた風に眺めていたヒイロさんが……息を吐いて気を引き締めた。

 

「……アンタがセバスじゃないってのは……分かった。なら、アンタは何だ、ここは何処だ」

 

『──暁陽色。その問に答えよう』

 

 ヒイロさんのその質問に、巨大人型さんは特に隠すでも無く、つまびらかに正体を明かした。

 

『──ここは『真理の部屋』。私の……『アヌンナキ』の居城』

 

「……」

 

『私は『アヌンナキ』が一柱。私個人を表す名称は無いが、同胞(アヌンナキ)からは『全知の神』と呼ばれていた』

 

「……全知の……神」

 

 全知……全知!?

 全知って言うと……全てを知ってるって事!?

 

 す、凄い……。何かスケールが違う話している……。

 

「……な、なんか凄そうですね……」

 

「……全知まで行くと凄そうってレベルじゃねーだろ」

 

「……あ。確かに」

 

『……』

 

 思わずヒイロさんにヒソヒソと耳打ちするように語りかけてみるも、思えばこの人を前にヒソヒソと喋る必要なかった。

 だって全知だもん。

 

 心なしか『全知の神』様が呆れた風に此方を見ている気がする。

 

「……で? その『全知の神』が……俺達になんの様なんだ?」

 

 何てことを思っていたら、ヒイロさんは私を置いてさっさと聞くべき事を聞き出している。

 慌てて私も『全知の神』様に伺いを立てる。

 

「……そうだ! 確かに何で私達を呼んだんですか!?」

 

『──暁陽色、立花響。その問に答えよう』

 

 『全知の神』様は……ゆっくりと語り出した。

 

『──ただ、最後に会話がしたかッた』

 

「……え?」

 

『私の今の意思を人の意思の様に表すとこのようなモノになる』

 

 私達の困惑を放置して、彼は一人語り続ける。

 

『──私は現在、人類が崩壊する危機的段階を過ぎたと判断した』

 

「……!」

 

『元よりこの干渉は人類が滅びる道を避けるため。それ以上の完全()による不完全(君達)への干渉は君達の進歩を狂わすだけだ』

 

「……」

 

『故に私は眠りにつく。観測は続けるが、コレより先干渉することは無いだろう』

 

「……だから、その前に俺達と会話を?」

 

『そうだ。どのような質問にも答えよう』

 

「……」

 

 思わず、私とヒイロさんは目を見合わせた。

 何から何まで理解が及ばない。

 

「……俺達と会話して、『全知の神』が何になるッてんだ? もう既に会話を知ってるんだろアンタは」

 

『──そうだ。順に答えていこう。『今後の情勢』は、アメリカが徐々に勢いを増し十年後にはアメリカが全世界の支配を終える。『くろのすの正体』は未来の地球人。『ヒイロさんの好み』はマリア・カデンツァヴナ・イヴ。『立花響と響は別人かどうか』は別人。『今後障害となるモノ』は響の融合症例。『融合症例の直し方』は錬金術による分解と再構築。『何故──』

 

「いや、ちょっ、待てッ!?」

 

 怒濤の勢いで言葉を連ねる『全知の神』様に、ヒイロさんは思わず待ったを掛ける。

 

『──了承した』

 

 『全知の神』様は思いのほかあっさりと言う事を聞いてくれるが、この人本当に私達と会話する気があるのだろうか。

 

「……」

 

 と言うか。

 

「……マリア・カデンツァヴナ・イヴ。誰だ……ん?」

 

「……」

 

 いや。確かに考えていたけどさ。

 本当に聞く流れだったんだ、『ヒイロさんの好み』。

 

 全く知らない名前が出て来て思わずピキッと青筋が立つ。

 

『──先程の回答に納得できないか』

 

「……いや! なんか……こう……凄い……ネタバレを喰らった気分だ」

 

『……』

 

「なぁ。会話するんじゃねーのか? こんなのアンタが未来予知して一方的に喋ってるだけじゃねーか。会話じゃねーよ」

 

『──了承した』

 

 そう言って……『全知の神』様は、また言葉を続けた。

 

『──では、何を聞きたい。此方からは何も言わない』

 

「……」

 

 聞きたい。

 聞きたいこと……。

 

「……」

 

 ……正直、私はあまり聞きたいことは無かった。

 多分……さっきのネタバレラッシュはヒイロさんが聞きたかったことに対する答えなんだろう。

 ──一部私の質問らしきモノも混じっていたけど。

 

 だからか、ヒイロさんは正直もう聞きたいことは何も無い様に腕を組んでいる。

 

 ……聞きたいこと。

 ……聞きたいこと……か。

 

 なんだかそう考える内、一つ聞きたいことが浮かんできた。

 

 ともすればどうでもいいこと。

 だけど……このタイミングを逃せばもう二度と分かることは無い事。

 

「……じゃあ一つ……いいですか」

 

 私の問いかけに、『全知の神』様は静かに佇む。

 

「……どうして、私を産んだんですか?」

 

 

 

 その問いかけに、俺は思わず息を呑んだ。

 それは心配故だ。だって、きっとそんなの碌でもない理由だ。

 

 ──全知の神(コイツ)を目前にして分かったことがある。

 コイツが作り出したモノが、誤作動を起こすはずが無い。

 

 つまり……響が部屋に再生されたのには理由がある。

 クローンを作ってでも為さなければならない理由が。()()()()()()が存在する。

 

 正直、それを行った犯人の当たりは付いている。

 その理由も、大体は。

 

 ……でも。

 

「……ヒイロさん。私……少し、知りたくなったんです。……私が生まれた理由を」

 

「……」

 

 俺はそれを止めることは出来なかった。

 いや、誰にだって止めることは出来ない。

 

 生まれた理由を知ることは……生きとし生けるもの全員の権利でもある。

 

『──その問に答えよう』

 

 ……そして『全知の神』は口を開いた。

 

『立花響。君が生まれたのは()()()()()()()によるモノだ』

 

「……」

 

 直後、『全知の神』より語られたのは……おおよその予想通りのモノだった。

 

『セバスの目的は暁陽色の幸せ。その目標を達成する為には暁陽色の生存が必要不可欠。また当時の時点ではミッションを逃れることは不可能な為、緊急的な戦力として立花響が再生された』

 

「……」

 

『セバスの思い描いていたルートでは、君を失った暁陽色は一番を選び部屋から脱出。後に義妹と再会し恋に落ち、ブラックボールによる戦争に巻き込まれるが、妹と共にアメリカに移住することで特に大きな戦乱に巻き込まれること無く、一生を終える』

 

「……」

 

『それが本来の歴史。セバスの想定していた未来。君を産んだ理由とはつまり、暁陽色の幸せを確実なモノとするための踏み台としてだ』

 

 ……ああ。

 何っ……て言うか。

 

「……」

 

 分かっていても……正直。

 

「……ッ!」

 

 ブチ切れそうで仕方が無いッ!

 

「……てめぇ……人を愚弄するのもいい加減──ッ!?」

 

 そうして怒りのままに、一歩『全知の神』へと踏み出そうとした瞬間。

 

「っ……響!?」

 

 ──当の本人である響が……俺を止めた。

 

「……ヒイロさん」

 

「ひび──」

 

「私、ちょっと嬉しいんです!」

 

「……え?」

 

 その上、何故か彼女は……満面の笑みを浮かべて俺に振り返る。

 

「だって……私が今ヒイロさんの横にいるのは、皆が勝ち取ってくれた今って事じゃないですか!」

 

「……!」

 

「──『全知の神』様! その決められた"運命"から……今を勝ち取った! そう言う事ですよね!?」

 

 運命。

 俺は思わず、その言葉に反応してしまう。

 

 ……そうだ。それは確か……前にセバスと神について会話した時に──。

 

『──その問に答えよう。立花響、確かに君は……私の予知した未来を外れてここにいる』

 

「……!」

 

『──賞賛しよう。君は"運命"に打ち勝ち、幾つもの偶然の積み重ねにより今そこに立ッている』

 

「……」

 

 セバスが……いや、『全知の神』の考える……神の形。

 "運命"。

 セバスが語った神の形。

 

 それは例え目の前の『全知の神』を持ってしても抗うことが出来なかった……大きな歴史の流れ。

 

「……アンタは……」

 

『──暁陽色。私の今の感情を表すのに、人類の言葉を借りるのならば……"嬉しい"だ』

 

 故にそれが覆されたことが余程嬉しいのか……無感情の筈の声にすら感情が乗っているようにも思えた。

 

『君達の倫理観から見れば私は人の命を弄ぶ大悪党だろう。故にどのような罵詈雑言も受け入れる。どのような攻撃も』

 

「……」

 

『──運命殺し(神殺し)の君達人類のその拳ならば、きっと私を殺せるはずだ。私の死期はここでは無い筈だが、きっと……』

 

 そして、全知の神はそれを望んでいるようにも見えた。

 

『運命は変えられる。きっと……私も死ぬ』

 

「……」

 

 彼は全てを受け入れると言わんばかりに……真っ白な部屋の中央で、両の手を広げた。

 

『さあ。暁陽色。立花響』

 

「……」

 

 しかし。

 俺は思わず溜め息を吐いた。

 

「……いや。もう無理だよ」

 

『……』

 

「……正直俺はまだ……アンタにすげぇ複雑な思い抱いてる……けど。俺がアンタを殴るのは……もう無理だ」

 

 俺はそう言って……大人しく引っ込む。

 そうして引っ込んだ俺と変わるように、響が前に出て行く。

 

「……一つだけ、言いたいことがあります」

 

『──立花響』

 

「……」

 

 俺は、もう全知の神(コイツ)を殴れない。

 ……何せ、響がもう……許してるんだ。

 

 なら。もう俺は……何も言わないし、何もしない。

 

「……」

 

 響は……一度口を開いて、けれど何を言うべきか

 

「……ありがとうございます。私を産んでくれて」

 

『──感謝する必要は無い』

 

「でも、セバスさんや……貴方の技術の御陰で、今私はここにいます。だから……ありがとうございます」

 

『……』

 

「人類を、人を。信じてくれて……ありがとうございます」

 

 響がゆっくりと、深く頭を下げて……神は、それを無言で受け入れた。

 

「……」

 

 暫く、無言の時間が続く。

 その時間が歯がゆくて、俺は思わず『全知の神』へと質問を投げかけた。

 

「……なあ、割り込むようで悪いが……最期に一ついいか」

 

『──よかろう』

 

「……あのプレラーティのテレポートジェムって何だったんだ?」

 

『──その問に答えよう。アレは位置情報を入力することによって座標固定されていない地点であっても空間位相差に迷い込むこと無く転移が可能となる次世代型テレポートジェムだ』

 

「……ふーん」

 

 であれば、俺の望んだ地球という位置情報によって俺達二人は地球に転移される筈……だが。

 

『──私はその空間移動の隙間に割り込み、君達との対話を望んだ』

 

 『全知の神』は……何処か上機嫌な様子で語りながら、言葉を紡ぐ。

 

「……望む答えは得られたのか?」

 

『──ああ。だが更なる観測が必要だ。予定通り、私は眠りにつく』

 

「……そうか」

 

 やはりと言うか何て言うか。

 予定通りに事を進めたがる質なんだな、この神様は。

 

『──否。そう言う訳ではない。予定通りは寧ろ唾棄すべき状況だ』

 

 ……普通に心を読むんだもんな。

 

「……じゃあ何か? 未来でアンタの寝床にでも押し入ればいいのか?」

 

『──私の潜む場所に最速で来るのはアメリカだ』

 

「……アメリカは来るのか……」

 

 どうやら『全知の神』が見ている未来では、アメリカは相当イケイケな様だ。

 そんな風に思っていると、横から響が握りこぶしを作って『全知の神』へと見せつける。

 

「──なら! 私達が一番にここに乗り込んで……『全知の神』様を驚かして見せます!」

 

『──』

 

「──それに、さようならって……少し、照れ臭いですから」

 

『……』

 

「だから! またいつか……きっと」

 

 それは、果たしてどのような感情なのか。

 目の前の彼……いや彼女? 性別すら分からない『全知の神』は……自身の生み出した命の言葉を受けて、言葉を詰まらせ……。

 

『──では。それを楽しみに……待つとしよう』

 

 初めて、明確に嬉しそうに語った。

 

『これをもッて…全てを終了する。この先私は地球人に干渉することは無いだろう』

 

 次いで視界が切り替わり──。

 

「──えっ」

 

 真っ暗な夜の中。

 恐らく海に放り出された。

 

 

「はあっ……はっ……!」

 

「ひぃっ……はっ!」

 

 海の上に放り出された俺達は、決死の思いで浜辺へと辿り着き……力尽きたように浜辺に倒れ伏す。

 

「『全知の神』の奴……! もうちょっと……! 気を……! 効かせて……! くれても……っ!」

 

「はっ……はっ!」

 

「クソッ……! 流石に……! 荒波を泳ぐのは……はぁっ! 疲れた……!」

 

 今だ夜空が見える浜辺で、俺達は二人荒く息を整えながら……浜辺に寝そべった。

 

「……」

 

「……」

 

 そして、暫くの沈黙の後……互いの体温を確かめ合うように……手を繋ぐ。

 

「……なんだか、やっと帰ってきた気がします。地球に」

 

「……そういや、ずっと月だったもんな」

 

「正直……あんまり記憶が無いんですよね、取り憑かれていた時は」

 

「……へぇ……」

 

 ……正直、未だに実感は湧かない。

 

 だから何度も、何度もその存在を確かめるように……響の手を握りしめ、言葉を続ける。

 

「……お前が眠ってた間、俺が何してたか知りたい?」

 

「……え! 教えてくれるんですか!?」

 

「ああ。俺はな……記憶を無くして日常に戻ってたんだ」

 

「……」

 

 ……俺は朗々と語り始める。

 

 一番を選んだこと。

 一年間、記憶を無くしていたこと。

 家族と、また会えたこと。

 

 ……『企業』の奴等に殺されて……俺は三度目の"俺"であると言うこと。

 

 響を助ける時……三番で上書き再生すると言う方法で助けたこと。

 

 ……全てを語った。

 

「……」

 

 ……それを、響は全て無言で聞いてくれて……。

 それが、俺の心には痛いほど突き刺さってくる。

 

 俺は、身体を起こして響へと視線を向ける。

 響もまた身体を起こして……俺を見つめていた。

 

 ……徐々に明るくなっていく空の下。

 ほんの少しずつ……暗がりから響の表情が見えてくる。

 

「……だから、さ。俺は本当の俺じゃ無いんだ」

 

「……」

 

「お前が望まない方法で……お前を助け出したんだ」

 

「……」

 

「……全部……『俺』のエゴだ。すまん、響」

 

 そう言って、響に頭を下げる。

 

「……」

 

 彼女の視線が突き刺さってくる。

 そして。

 

「……顔、上げてください……ヒイロさん」

 

 恐る恐る……響の言うとおりに顔を上げて。

 

「……!?」

 

 いきなり、響が唇を奪って来た。

 

「っ……!? ……っ…………」

 

 それは二年前のあの時よりもずっと長く……ずっと暖かくて。

 息が続く間、そのままでいた。

 

「……っぷは!」

 

「っ響!? 何を……!」

 

 ようやく解放された俺は、すぐに響に事の真意を問いただす。

 けれど彼女は、俺の問いかけを無視して唇に指を当てて思案し続け。

 

 ようやく目を開いた響は……少し寂しそうに笑いながら俺に語りかけてくる。

 

「……うん。やっぱり……ヒイロさんはヒイロさんのままですよ」

 

「……え?」

 

「何時も、私のこと考えてくれて。何時も私のことを……一番に考えてくれて」

 

「……」

 

「……私はずっと。ヒイロさんが好き。例え……ヒイロさんが()()ヒイロさんになっても」

 

「……ひびっ──」

 

「でもそれは! ヒイロさんにとっては……許せない事なのも……知ってます」

 

「……」

 

 だから。

 

 そう言って、響は俺を……優しく抱きしめた。

 

「……だから。私は……ヒイロさんが、今のヒイロさんを受け入れられるまで……ずっと。ずっと待ってます」

 

「……」

 

「私はずっと……ずっと……ヒイロさんの事を、愛しています」

 

 ああ。

 

 本当に……お前には敵わない。

 

「……俺……」

 

「はい」

 

 情けなく、彼女の腕の中で……俺は嗚咽を溢す。

 

「っ……俺ッ! もう……もう絶対に死なない……っ!」

 

「はい」

 

 その誓いを、願いを。

 

「『俺』の想いを……! もう誰にもッ……譲りたくない……!」

 

「……はい」

 

 全部のせで……響に伝える。

 

「俺っ……俺はっ……!」

 

「……」

 

 そして。

 

「『俺』は……お前を愛している」

 

「……はいっ!」

 

 俺は初めて、お前に心からの想いを伝えることが出来た。

 

 陽色の太陽が空を照らしていく。

 暁の空が灯っていき……俺達の表情を赤く照らす。

 

「……」

 

「……」

 

 互いの表情が赤いのは、日差しによるモノか、それとも。

 

「……響」

 

「……はい」

 

 ともかく、顔を赤らめたまま……あの日言えなかったことをもう一つ、響に伝える。

 

「──おかえり、響」

 

「……はい! ただいま……ヒイロさん!」

 

 もう、離さない。

 神様の予想なんか全部超えて……何度でも、おかえりと、ただいまを。

 

 何でも無いような日常を。

 響と、一緒に。



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エピローグ
暁に響く


 それは、とある日の日常の光景。

 

「ふんふふーん」

 

 そこは、何処かのマンションの一室。

 二十代中程の女性が、鼻歌を歌いながら洗濯物を干していた。

 

「うーん……! いい天気だ!」

 

 明るい色の髪を揺らしながら、彼女は布団をベランダに掛けていく。

 そうしてかご一杯に詰まっていた洗濯物を全て干しきった彼女は、やりきった……! と言わんばかりの晴れやかな表情で息を吐く。

 

 しかし、彼女の仕事はまだまだ有る。

 部屋の掃除、買い物、夜ご飯の仕込み……などなど。

 

 頭の中で今後の予定を思い出し、気持を入れ替えて部屋に戻っていく。

 

「……よし!」

 

 次は部屋の掃除だ!

 そう意気込みながら……彼女は部屋へ入っていった。

 

 

『──さて、国連主導での月探査ロケットの打ち上げまで一週間に……』

 

「……」

 

 私は今、部屋を掃除中です。

 そして……恐ろしいモノを見つけてしまいました。

 テレビから流れてくるニュース何て気にならないほどの恐ろしいモノが。

 

「……マリア……さん……の……グラビア……」

 

 そう。

 それは史上最強のアイドル大統領と名高い……『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』のグラビアが載った雑誌。

 大人の魅力がマシマシとなった彼女が、挑発的な目で此方を見つめてポージングしている。

 

 凄い綺麗で、可愛げもあって、大人って感じがして。

 

 ……何より、()の好みの女性だ。

 

『またギリシャ奪還作戦から三週間が経ち、米国主導による本格的なインド攻略戦が始まろうと──』

 

「……」

 

 でもまぁ。

 

 別に、それが家にある事は問題じゃ無い。

 無いけど。

 

 ……問題なのは、それがベッドの下に隠されていたこと。

 何で? 何で隠してたの?

 捨てられるとでも思ったの? そんなに私、信用無かった?

 

「……」

 

 まぁ確かに? 露骨に目の前で見られたらちょーっとイラッとするかもだけど。

 

 隠すのは違うよね。

 なんだかほの暗い感情がふつふつと湧いてくるけれど、それを抑えるようにグラビア雑誌を元の場所に置こうとして──。

 

『──さて! それでは今日のゲスト……『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』さんです! どうぞー!』

 

「!?」

 

 テレビから流れてきた予想外の名前にグラビア雑誌を握りつぶす。

 

「あっ……」

 

『こんにちは、日本の皆。マリアです』

 

『こんにちはー!』

 

「……」

 

 ……そこには、まさかのゲストが登場していた。

 息を呑むようにテレビに目を向ける。

 

『はい、と言う事で今日のゲストのマリアさんです! マリアさん、今日は新曲の発表と……凄い告知が有ると聞いてますが……!』

 

『そうね。今日は日本の皆に伝えねばならない事が一つあるわ』

 

 何処か淡々と言った様子で語りは始めたマリアさんは……本当に、悔しいほどに綺麗で、悔しいほど……大きかった。

 思わず視線を胸元に寄せるけれど……湧いてくるのは悲しい感情だけ。

 

「……」

 

 テレビに映っているマリアさん。私。マリアさん。私。

 何度見比べても、事実は何も変わらなくて。

 

 ス、スケールのデカさで負けた……。

 

「……うぅ……」

 

 なんだかこうやって雑誌を握りつぶしているのが酷く情けないように思えて、気分が落ち込んでいく。

 そして……そんな自分に追い打ちを掛けていくように、コメンテーターのおじさんの下世話な問いかけが聞こえてくる。

 

『まさかマリアちゃん……恋人とか出来たの……!?』

 

「……うっ」

 

 恋人。 

 そんなはずは無いと分かっている。

 

 けれどマリアさんと彼の距離感は……割と近い。

 何故か隠されていたマリアさんの雑誌も相まって、いやーな予感がふつふつと湧いてくる。

 

 だから私は、マリアさんの質問への答えを息を呑みながら待ち──。

 

『生憎、私の恋人はファンの皆よ』

 

「……ほっ」

 

 マリアさんの答えに本気で安堵した。

 

『今日ここに来たのは、今週末のライブの告知で──』

 

 どうも今日このニュース番組に来たのはライブの告知のようで、画面の向こうで新曲やら何やら話し始めた。

 

「……まぁ! 当然、そんなことあるわけ無いよね。うん」

 

 当然ね?

 そんなことね。有るわけ無いよね。

 

 うん。

 

「……」

 

 そうは言いつつも……気付けば携帯を取り出していて、メッセージアプリで一言……彼に聞いていた。

 

『浮気してないよね?』

 

 ただ一言、送ってから少しして……すぐに返事が返ってきた。

 

『どうしてそう言う事言うの?』

 

 ……これはどうなんだろう。

 しっかり絵文字で涙まで表現している。

 

「……」

 

 ……まぁ。

 考えすぎだよね。うん。

 

 少し妄想が行き過ぎて変なことを聞いちゃった。

 彼にポチポチと『何でも無い』と返して、掃除を続ける。

 

 そうして暫くして掃除が終わると、今度は買い物の準備をする。

 

「えーっと……挽肉パン粉、卵に……」

 

 冷蔵庫の中身と睨めっこをして、必要なモノをメモを取っていく。

 

 そうしてお財布とバッグを手に、そのまま買い物に出掛けていく。

 

「……あっ。危ない危ない」

 

 ──と。

 玄関のドアに手を掛けた所で……一つ忘れ物に気付く。

 

 急いで部屋に戻り、赤色の石が付いたペンダントを手に取って首に掛ける。

 姿見の前に立ち、今度こそ忘れ物が無い事を確認して……よし! と指さしで確認する。

 

「……うん。忘れ物、無し!」

 

 今度こそ忘れ物が無い事を確認して……買い物に出掛けていった。

 

 

「──ただいま~」

 

 色々と買い物を終えて、家に帰る。

 買い物袋を一度玄関に置いて、レターボックスを開いて何か入っていないかを確認する。

 すると、出掛ける時には無かった手紙が底の方にあるのを見つける。

 

 手に取って誰宛の手紙か見てみると……その手紙の違和感に気付く。

 

「……?」

 

 なんか……凄い昔の手紙っぽい。

 蝋で封されている。

 

 宛名も何も書かれていないけれど、その蝋に描かれた紋様を見て何事か察する。

 

「……プレラーティさん?」

 

 そう。

 この古めかしい手紙は……パヴァリア光明結社の最高幹部の一人……プレラーティさんからの手紙だ。

 

 また何か、()に仕事でも持ってきてくれたのだろうか。

 

「入れ違いになっちゃったかぁ……」

 

 また時間があれば一緒にお茶でもと思ったんだけど……うーん、タイミングが悪かったかな。

 けれど過ぎたことはしょうが無い。また来てくれた時にお茶に誘おう。

 

 ともかく、買ってきたモノを冷蔵庫の中に入れたり、手紙をテーブルの上に置いたり色々としている内に時間を見ると結構良い時間になってくる。

 

 そろそろ夜ご飯を準備しないと。

 今日は……彼の好きなハンバーグだ。

 

「よーし! 気合い入れて作るぞ……!」

 

 手を洗った私は、両腕の裾をまくって気合いを入れるように……台所に向かった。

 

 

 それは、とある日の日常の光景。

 何でも無い、普通で普通な、日常の一日。

 

「ふーんふふーん」

 

 二十代中程の女性が……台所で一人、鼻歌を歌いながらハンバーグを作っている。

 

「ふふふーん」

 

 彼女の手際は随分と良くて、彼女がこの料理を作り慣れているという事がとてもよく伝わってくる。

 彼女自身も、今回の料理のできには自身があるのか、気分よさげに料理を作っていき……。

 

 さあ出来上がるぞ! というタイミングで玄関の鍵が開けられた。

 

「……あ!」

 

 すると彼女は一際その表情を明るく輝かせ、料理の手を止めて玄関まで帰ってきた人物を迎えに行く。

 

「──お帰りなさい! ヒイロ!」

 

 彼女は、少しくたびれた様子の彼……ヒイロへととても嬉しそうに微笑みかける。

 

「──ただいま、響」

 

 ヒイロは、少し髪が伸びて大人っぽくなった彼女……響へと微笑みかけ、家へと入っていき……扉が閉められる。

 

「なあ。昼のあのメールは何だったんだ?」

 

「……あ! そうだ、ごめんヒイロ、私ちょっと……あの雑誌を握りつぶしちゃって……」

 

「えっ? 雑誌?」

 

「うん。マリアさんが表紙のあの……」

 

「えっ……握り潰……」

 

 そして、玄関越しに二人の会話が聞こえてくる。

 

「ごめんね? ちゃんと今度買い直すから……」

 

「あ! いや! 俺の方こそなんかごめんな! うん、態々買い直さなくてもいいから……」

 

「え?」

 

「というかはい……すみません……二度と買いませんから……」

 

「えっ、え? ど、どうしたのヒイロ?」

 

 何時も通りで普通な日常が、彼等の家に響いていく。

 

「……そ、それよりもさ、今日の夜ご飯は何?」

 

「え? ……あ! そうだ、今日はハンバーグなんだよ~!」

 

「! マジか! 食べる食べる! すぐ着替えるわ!」

 

 玄関から少し視線を外して、玄関の表札には……暁と陽色と──。

 

 そして響が、記されていた。

 

 これは、何でも無い……普通の日々。その一片。

 二人の日常は、続いていく。

 

 きっと、いつまでも。



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戦姫絶唱しないシンフォギア
戦姫絶唱しないシンフォギア:G


~月が破壊される少し前のこと~

 

「ヒイロさん、何をしてるんですか? と言うか何ですかコレ」

 

「ふっ……お前にハードスーツの使い方を教えてやろうと思ってな」

 

 ヒイロたちは何時もの採掘場にて、ゴツゴツのハードスーツを纏っていた。

 

「良いか? ハードスーツとはこう使うのだッ!」

 

「おおっ! 腕が凄い!」

 

「それだけじゃ無い。光線も放てるッ!」

 

「おおお! 岩をも砕く一撃!」

 

「そして食らえッ最終奥義ッ!!」

 

「おおおおお!!!」

 

 ヒイロは巨大な両手を前に構え、叫ぶ。

 

「しゃあっ! ハードスーツ・キック!!!」

 

 ドゴッという音共に、目の前に置かれた岩が砕かれた。

 

 その一撃、凶悪にして強靱。

 どう見てもその腕を使うだろ! と思わせてからの岩をも砕く蹴りは、誰にだって避けることは出来ない。

 その凶悪さにドヤ顔を浮かべているヒイロを見て……響は叫んだ。

 

「いや、腕使わないんかいッッ!!」

 

 

 

~月が破壊される少し前のこと その2~

 

 

 

「おいおい。こう見えてコイツの必殺率は高いんだぜ」

 

「そりゃ誰が見ても足を使うとは思いませんもんッ!」

 

「しかもコイツを覚えるのに一秒もかからん」

 

「そりゃ腕を構えて足で蹴るだけですもんッ!」

 

「……ったくもう。じゃあどんな"最終奥義"なら納得なんだよッ! あーっ?」

 

「……そりゃ、こう……敵を一撃で吹っ飛ばす! 的な……」

 

 響の要望を聞いたヒイロは少し考える素振りをした後、何かヘルメットのようなモノを転送させた。

 

「何ですコレ?」

 

「コイツは『ゼロスーツ』と呼ばれている十五回クリアで手に入る産廃武器だ」

 

「えっ産廃?」

 

「まぁどんなモノか見せてやるよ」

 

 そう言うと、『ゼロスーツ』をつけたヒイロが腕のコントローラーをいじって『ゼロスーツ』の形態を変えていく。

 

「お、おお……何かまがまがしいですね」

 

「響、危ねーから離れてろ」

 

「あ、はい」

 

 そう言うとヒイロは、腕を真上に上げながら叫ぶ。

 

「『デッドエンド』ッ!」

 

 直後、目が焼けそうな程の閃光がほとばしる。

 

「ッッ!!??」

 

「ぐっ、おおおお!!」

 

 強力すぎる反動を各所の棘で支えながら、どうにかこうにか全弾斉射を乗り切った。

 

「はっ……はっ……ど、どうだ響……」

 

「……いやあの……凄いですね」

 

「だろ?」

 

 その時、響はあまりの威力に呆けて、こんなモノぶっ放したら目立つんじゃ? という疑問がすっかり抜け落ちていた。

 ちなみにこの採掘場にはガンツの転送を使ってきている。その際にステルスを使っているためバレる心配は無い。

 

「あ、あの……こんな威力なのに産廃なんですか? さっきの『ハードスーツ・キック』よりもよっぽど奥義っぽいですけど」

 

「そうだな。まずはコレ、一度だけの使い切りだ」

 

「へぇ……え?」

 

「まぁこれは別に良いんだが、普通に使うときもエネルギーの上限が決まってるから、使ってる最中に常にエネルギー切れを心配しないといけなくなる」

 

「えぇ……」

 

 ガンツの武器とはその殆どが謎動力により球数制限というモノが無い。

 少なくとも、ヒイロは今までのミッションの中で弾切れという現象に出会ったことは無い。

 

「そして欠点その二。反動が強すぎて、よっぽど鍛えてないとこれを使った瞬間に反動で押しつぶされて死ぬ」

 

「えっ」

 

「後ろの棘が支えになるんだけどさ。棘が頑丈過ぎて身体に突き刺さってくんだよな」

 

「えぇ……」

 

 ちなみにヒイロはコレで死にかけたことがある。

 

「欠点その三。威力が強すぎる」

 

「えっ? それは美点なんじゃ」

 

「よく考えても見ろ。こんなモノ……街中で使ったらえらいことになるだろ」

 

「あっ」

 

「だから大抵、空に向けてしか使えないんだよ。というか棘の配置的に作った側もそれを想定してるっぽいしな。つまり空に浮いてる上で、更にこの馬鹿火力を使わざるを得ない敵が対象って訳だ。使い所何処だよって感じだ」

 

「……」

 

 そう言って溜め息を吐いたヒイロは、更に言葉を続けた。

 

「そして欠点その四。何故か個体ごとの品質にバラつきがある。外れを引くと、『デッドエンド』の後に『ゼロスーツ』が壊れる時もある」

 

「……」

 

「初回に外れを引いてな。その時はモニターが壊れた。運によっては撃った瞬間目の前が真っ暗になるとか……マジでクソだ」

 

 恐らく企業の検品がザルなのだと考えられる。

 

「なる程……確かにそれだと……産廃……ですね」

 

「だろ? なら『ハードスーツ・キック』の方が──」

 

「でもヒイロさん。ソレも一回使ったら二度目は効かないんじゃ無いですか?」

 

「……」

 

「それが有効なのは不意打ちだからですよね? 二度目は相手も警戒するんじゃ? その点では『ゼロスーツ』と同じだと思うんですけど……」

 

 ヒイロは……。

 

「……」

 

 ヒイロはその響の忌憚の無い上にぐうの音も出ない正論に黙るしか無かった。

 

 

 

~月が破壊される少し前のこと その3~

 

 

 

「そういえばヒイロさん! ちょっと聞きたいことがあって……」

 

 ヒイロたちが特訓を終え、家に帰って食事をしている時。

 響が思い出したようにヒイロに尋ねてきた。

 

「……何だよ。俺は今メチャクチャ機嫌が悪いんだ」

 

「えっ? な、何でですかっ!? も、もしかしてハンバーグ美味しくなかったんですか!?」

 

「いや美味いが」

 

「えっ。じゃあなんで……」

 

「もう良いだろ。はい、機嫌治りました。それで? 聞きたい事ってのは……」

 

 先ほどのぐうの音も出ない正論を未だに引きずっていたヒイロだったが、響の作ったハンバーグで面白いほどに気を取り直していた。

 

「えっと……何時も疑問だったんですけど……ガンツの武器とかの名前って、誰が決めてるんですか?」

 

「なんだ、そんなことか」

 

 そう言ってヒイロは語り出す。

 

「基本となる武器達はずーっと前にブラックボールスレで統一して決めてたらしい。で、それでXガンとかYガンの名前がつけられた」

 

「へー、そうだったんですね」

 

「ただ……産廃武器はあまりにも使われなかったのか、一度もそう言う話し合いが無かったんだ」

 

「……ちょっと可哀想ですね」

 

「正直仕方ない所はあるが……まぁ、それで……少し前にブラックボールスレで名前が付いてない武器に名前をつけようって流れになってな。で、色々と案が出た」

 

「ほうほう」

 

「これが中々盛り上がって……あの時は楽しかった……」

 

 そうして昔を懐かしむ老人のように過去を思い出していたヒイロは、幾つかの名前を挙げていく。

 

「Zガン改造型の『Σガン』。ハードスーツ改造型の『ゼロスーツ』。ソード改造型の『ソード改造型』。こんな所だな」

 

「ん? 一つ名前が名前じゃ無いのがいません……?」

 

「ああ……ソード改造型だけ皆やる気無くてさ……適当に仮称がそのまま名前になったんだよ」

 

「えぇ……」

 

 やる気が無い部屋の住人達のせいで酷い名前をつけられたソード改造型である。

 まぁ一番の産廃なので仕方ないが。

 

「ちなみに『ゼロスーツ』は俺が考えた名前だ」

 

「えっそうだったんですか!?」

 

「ああ……。『デオキシス』と良い勝負になって……まああれも特徴捉えてる良い名前だから仕方ないが……ともかく俺の考えた名前が主流になったんだ……」

 

「へぇ~。ちなみにどういった由来があるんですか?」

 

 そう響に問われたヒイロは、待ってましたとばかりにペラペラと喋りだした。

 

「ああ、それは~」

 

「ふんふん」

 

 ヒイロはぺちゃくちゃぺちゃくちゃとゼロスーツと言う名前を思いついた理由を語った。

 

「これが~~こうなって~~」

 

「へぇ……」

 

 ヒイロはぺちゃくちゃぺちゃくちゃとゼロスーツの造形について語った。

 

「あの時見たアニメが~~」

 

「ほへ-」

 

 ヒイロはぺちゃくちゃぺちゃくちゃと当時見ていたアニメについて語った。

 

「……だから『ゼロスーツ』と言うわけだ」

 

「……なる程」

 

 そして、ヒイロが全て語りきった後……響はうん、と頷いた。

 

「ヒイロさんって、色んな事知ってますね!」

 

「え?」

 

「いや~私アニメとか疎くて、ヒイロさんってそう言う事にも詳しいんですねっ!!」

 

「え?」

 

「『ゼロスーツ』……凄いかっこいいですよね! かっこよすぎて、私じゃ絶対思いつきませんよっ!」

 

「え? え?」

 

「凄いな……私憧れちゃいます……いやー! ヒイロさんが自分の子供にどういう名前をつけるのかな~とか……凄い気になります!」

 

 彼女はそう言ってチラチラと陽色の顔を見ながらその表情を赤くしている。

 しかしヒイロは打って変わって顔を青くしていた。

 

「そうですね……例えば~」

 

「……」

 

 ……彼女に悪気は……無かった。

 

「『(ゼロ)』くんとか?」

 

 けれど響は、しっかりヒイロにトドメを刺して……話を締めくくった。

 

「……あああああッ!!??」

 

「ヒイロさんっ!?」

 

 

 戦姫絶唱しないシンフォギア:G 完

 



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戦姫絶唱しないシンフォギア:GX

~地球に帰還してすぐのこと~

 

 それは見知らぬ孤島にて、ヒイロが響への告白を終えてから……暫くした後の話。

 

「……そう言えばヒイロさん」

 

「どうした?」

 

「思ったんですけど……ここからどうやって帰れば……」

 

 ふと思い出したように、響が疑問を溢した。

 

 そう。なんやかんや良い雰囲気の二人だが、現在絶賛遭難中。

 海の孤島に二人取り残されていた。

 

 ──だが。

 

「ああ。どうも、ガンツとの通信は回復してるし……もう帰れるぞ」

 

「ええっ!? そうだったんですか!? 私てっきり遭難しちゃったかと……」

 

「安心しろ。ちゃんと帰れる」

 

 先程まで掛かっていた月遺跡の欠片による通信障害も消えたのか、ヒイロは何時ものようにこめかみに手を当ててガンツとの通信を図っていた。

 

「ま。仮に遭難したとしても俺はサバイバル術を修めているからな……何の問題も無い」

 

「へぇ……通信教育でですか?」

 

「ふっ……新装版灘神影流『いざって時のサバイバル術』。旧版のナイフ術や食べられる虫に加え、虫の調理法や熊と遭遇した時の殺し方等が追加収録された完全サバイバル書だ……」

 

「……」

 

 ドヤ顔で語るヒイロを見て、響は思わずあきれ顔で笑った。

 

「ヒイロさんって本当に変わらないですね……」

 

「おいおい。進化したと言ってくれ」

 

 そう言いながら、ヒイロはしれっと響に手を伸ばす。

 

「……ま。ともかく……帰るか、響」

 

「……そうですね、ヒイロさん!」

 

 そして、ヒイロたちは帰っていく。

 

 ……そう。

 

「──おいオッサン! 月の欠片ってのはどう言う──え?」

 

「あ」

 

 色々とありすぎた故に忘れていた……装者達の元へと。

 

~地球に帰還してすぐのこと その2~

 

 彼女達は一瞬驚いた様に目を丸くして……けれど、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべて俺達を迎え入れてくれた。

 

 思えばそれは初めての経験だった。

 こんな風に仲間に迎えられるのが。

 

 今にして思えば、俺は他の部屋の住人達が羨ましかったのかもしれない。

 俺は何時だって一人で戦ってきた。

 一人で戦場に赴き、一人で戦い、一人で帰ってきた。

 

 けれど……気付けばそこに響が加わって。

 ラストミッションを迎えて初めて……こんなに多くの仲間に囲まれる事になるなんてな。

 

 人生ってのは、分からないもんだ。

 

「……」

 

 ……だから、この展開も読むことは出来なかった。

 

「……」

 

 現在、俺達はファミレスで軽く打ち上げのような物をしていた。

 

 していた……が。

 

「……」

 

「……」

 

 場の空気が最悪だった。

 

 時は1時間ほど前まで遡る。

 俺達が部屋に帰還してからすぐ、俺達は弦十郎さんに事の次第を説明していた。

 そして大体の事を説明し終えた後、弦十郎さんが俺達の事を気遣ってか最低限の報告を終えたら今日はもう解散でいいと言ってくれたのだ。

 

 確かに、今日は色々とありすぎた。

 流石に俺も少し疲れていたし、弦十郎さんのその気遣いはとても有り難かった。

 

 だから俺はさっさと家に帰って寝ようとしていた……のだが。

 

『──そうだ! 陽色さんと響も帰って来れましたし、軽く打ち上げでもしませんか!?』

 

 立花さんが妙なことを言い出した。

 

『えっ、今から?』

 

『そうですよっ! 多分、皆が集まれる機会ってもうそうそう無い筈ですし! 今のうちに行っちゃいましょう!』

 

 俺がえ? マジで? といった風に言葉を溢して目を見開いていると、立花さんは至極当然と言わんばかりに力説してくる。

 

『えぇ……?』

 

 その時点で俺はもう本当に凄く疲れていたので、出来ることならご遠慮しておきたかったのだが──。

 

『打ち上げか……確かに、この機会を逃すと随分と先になるかもしれんな』

 

 何故か風鳴翼も立花さんに同意する様に頷いた。

 

『おいおい先輩、マジでそれ言ってんのかよ』

 

 雪音さんは何処か呆れたように立花さんと風鳴翼を見つめている。

 彼女の考えている事は俺と同じだろう。

 

 連戦に次ぐ連戦で疲れてるってのに、本気で打ち上げするつもりなのか? と。

 

 この時点で賛成二人に反対二人だ。

 本当に打ち上げに行くかどうかは、残りの響、キリカ、マリア、月読さんの四人によって決まる。

 その中でいの一番に動いたのはキリカだった。

 

『私は行きたいデース』

 

『えっ? キリカお前……マジで?』

 

『色々聞きたいこともあるし丁度良いデース』

 

『えっ?』

 

 何処か棘のある言い方で賛成の意を表明してきたキリカに驚いていると、更に驚くべき事が起った。

 

『あ、それなら私も行きたいかな』

 

『えっ? 響?』

 

『私も丁度……ヒイロさんに聞きたいことあるし』

 

『えっ……? お前も……?』

 

 なんと響も打ち上げに賛成だという。コレには衝撃だった。

 なにせ少し前までくろのすの野郎に乗っ取られてたのだ。なのに休みもしないで大丈夫なのか? という俺の心配をよそに、響はつーんとした表情で賛成を表明した。

 

 どうしたんだよ二人とも……。

 

『賛成四人に反対二人……月読とマリアはどうする?』

 

『……』

 

 俺の困惑をよそに、ドンドンと話が進んでいく。

 やばい。何か行く方向で話が纏まりつつある。コレはヤバい。疲れているのもそうだが、女性七に対して俺一と言う肩身が狭すぎる状況で打ち上げなんて可能な限りしたくなかった。

 

 最早こうなれば頼みの綱は月読さんとマリアの二人だけ──!

 

『切ちゃんがいくなら私もいこうかな』

 

『……』

 

『……それじゃあ、もう私が何を言っても変わらないわね。行きましょうか』

 

『……』

 

 頼みの綱は切って捨てられ……俺達はこうしてファミレスで打ち上げすることになった。

 この時俺は正直、『まぁどうせただの打ち上げだし別にいっか』と楽観視していた。だってそうだろう? 互いに積もる話はあれど、それが面倒臭いことには繋がるとは普通は思わない。

 しかしそれは間違いだった。俺はなんとしてもこの打ち上げを止めるべきだった。

 

 ──そう。始まりはファミレスの席に座った直後の切歌の一言からだった。

 

『で、ひーろーともう一人の響さんは何処までヤッてるデス?』

 

 あまりにもあんまりな一言目を放ったキリカのその目は……マジだった。

 マジの目をしていた。

 

 そして冒頭へと至る。

 

~地球に帰還してすぐのこと その3~

 

 そのあまりにマジな雰囲気なキリカの追及を受けたヒイロは、まるで取り調べでも受けてるかのような重苦しい空気の中回答を茶化せるわけでもなく、あれこれ打ち上げだよな? と思いながら冷や汗を垂らしながら口を開いた。

 

「……いや、何処までってお前……そりゃ健全な」

 

「健全な? ん? 何デス? 言ってみるデス」

 

「そ、そりゃその……キ、キスくらいというか何というか……」

 

「えっ!? そうなの響!?」

 

 そしてそれに反応したのは今の今まで沈黙を貫いてきた立花響であった。

 自身が言い出した打ち上げ故、彼女としても切歌の暴走ともいえる質問は打ち切るべきと考えていた。

 しかし恋愛というものが気になるお年頃でもある響にとって自身のクローンである響と、不思議な距離感のお兄さんであったヒイロとのあれやこれは……正直とても気になった。

 

 故に今の今まで沈黙を続けていたが……。

 

「え、う、うん。何て言うか……流れで」

 

「えええっ!?」

 

 少し頬を赤らめながら頷いた響を見て、響と切歌は絶叫の如き声をあげた。

 それは恋愛というものに興味津々な少女たちにとって劇薬といっても過言ではない情報だった。

 

 そして、それは何も響や切歌だけの話では無かった。

 何せここには、恋愛経験のない耳年増なシンフォギア装者達が何人も居るのだから。

 

 彼女達はその偏った情報や価値観を元にヒイロと響の関係性を妄想した。

 曰く、『追い込まれている女子高生に手を出すキレた大学生』。

 字面だけで言えばやばい雰囲気がプンプンである。

 

 故に。

 

「クレープ屋お前……いや、普通はそんな感じなのか? いや、でも普通女子高生と付き合うってんならもっと時間掛けるべきだろ」

 

「えっ、ちょっ」

 

 クリスからは大人としての自覚を問われ。

 

「不埒。年端も行かぬ少女に手を出すとは」

 

「あ、あの」

 

 翼からは吐き捨てるような一言で切って捨てられ。

 

「ふーん……そう言うモンなのね」

 

「マ、マリア……?」

 

 憧れのアイドルに自身の恋愛事情を知られ。

 

「ノーコメントで」

 

「……」

 

 妹の親友からである月読からは何とも言えない反応をされ。

 

「はぁー!? そ、そんなのあまりに早すぎデス! 健全でも何でも無いデス! すけべッ!! どすけべひーろーッ!」

 

「……」

 

 そして妹からは顔を真っ赤にしてキレられすけべ呼ばわりされ。

 

「そ、そうですよヒイロさん! 少し早すぎます! もっと段階を踏んでくださいッ!!」

 

「……」

 

 響の元となった少女に顔を真っ赤にされながら窘められた。

 

「……」

 

 それはもう見事なまでの連撃だった。知り合いから憧れの人、妹から何とも言えない間柄(恋人のコピー元)の人まで、全員から自身の恋愛事情について知られたばかりでなく、ついでに駄目出しを喰らうと言う状況。

 

 ヒイロはかつて無いほどの精神的ダメージを喰らっていた。

 しかしここで一つの救いの手が差し伸べられた。

 

「ま、待ってください皆さん!」

 

「ひ、響……?」

 

 そう。それは誰でもない、ヒイロの恋人響だった。

 彼女は騒ぎを抑えるかのように立ち上がると、語り出した。

 

「ヒイロさんは……その。とても私のことを大事に()()()()()()()()し。それにその、キ、キスだってその、緊急事態の時に勢いに乗ってと言うか……ともかく、皆さんが想像している感じの関係じゃないです!」

 

「ひ、響……!」

 

 それは自身の恋人への助け船であった。

 四面楚歌もかくやという状況に差し伸べられた蜘蛛の糸に、ヒイロは思わず声が震えていた。

 

「む……お前がそー言うんならあたしはこれ以上何も言わねーけど」

 

「確かに、本人が了承している間柄なら問題は無いか」

 

「そもそもよく考えれば、あれだけ切歌や響のことを必死で助けようとしていた人が女子高生を誑かす悪漢だとは考えづらいわね」

 

「ああ、それは確かに」

 

「……た、確かに。ご、ごめんなさいヒイロさん……ちょっと興奮しちゃって……」

 

 そしてその効果は絶大で、リアルな恋バナで変な方向にヒートアップしかけていた装者達は落ち着きを取り戻していった。

 

「……」

 

 約一名の義妹を除いて。

 

「……まぁ、分かってくれたんなら別に良いよ。ともかく、何か頼もうぜ」

 

 とにもかくにも、自身に掛けられていたあらぬ誤解が解けた様子に安堵したヒイロは、メニューを開く。

 

 ──しかし、安堵するのはまだ早かった。

 まだ大本命の地雷が残っていたのだから。

 

~地球に帰還してすぐのこと その4~

 

 いや良かった。何か皆変な感じにヒートアップしちゃってたからな。

 

 ヒイロはそんなことを思いながら、響の鶴の一声によって落ち着きを取り戻した打ち上げメンバーを見て安堵の息を漏らす。

 

「……」

 

 変に焦って出て来た汗を拭いながら、ようやく落ち着けるとばかりにメニューを開いた。

 ヒイロは当初こそそこまで乗り気ではなかったが、折角の打ち上げなので、来た以上は楽しみたい。

 

「……」

 

 その為にも、これ以上は変な事は起らないで欲しいもんだが──ま、そうそうそんな事起らないだろうがな!

 

 ヒイロがこれ以上無いほどのフラグを立てながらメニューを見ていると……ふと、隣に座っていた響が立ちっぱなしである事に気付いた。

 

「? どうしたんだよ響。座らねぇのか?」

 

「……」

 

「……?」

 

 不思議に思って声を掛けたが、響はヒイロの言葉を無視するように俯いたまま言葉を発した。

 

「ヒイロさん。さっき、私も聞きたいことがあるって、言いましたよね」

 

「……ああ。言ってたな」

 

「今それを聞きたいんですが」

 

「……飯の後じゃ駄目なのか」

 

 何だ。

 何か凄い嫌な予感がする。

 

「そんなことよりもずっと大事な事です」

 

「……」

 

 しかし何処か生気を感じさせない瞳で響はヒイロの言葉を切って捨てると──とんでもない事を言い出した。

 

「ヒイロさんの好みのタイプなマリア・カデンツァヴナ・イヴさんって誰ですか……? 私が居ない間にその方と何があったんですか?」

 

「──えっ」

 

 投下された爆弾は、落ち着きを取り戻した装者達にざわめきを取り戻させた。

 

「え。私!?」

 

「は? マリア? は? 浮気?」

 

「えぇ……?」

 

「マリア……?」

 

「マジかよクレープ屋」

 

「……?」

 

 いきなり巻き込まれたマリアを筆頭に、義妹が、義妹の親友が、翼が、クリスが、立花響が。

 思い思いに困惑の表情を見せ、ドン引きしたような表情をヒイロに向ける。ついでにマリアにも。

 

「……」

 

 そこでようやく、ヒイロは思いだした。

 『全知の神』の置き土産である、怒濤のネタバレを。その中にさりげなく混ぜられていた地雷を。

 そして悟った。此より後の時間は全て、打ち上げなどではなく──。

 

「ああ……」

 

 ギロリと此方を見つめてくる装者達への言い訳に使われるのだな、と。

 

~地球に帰還してすぐのこと その5~

 

 もうやだ。

 つかれた。

 どうして俺がこんな目に。

 思わずベッドに倒れ込む。

 

「ご、ごめんなさいヒイロさん……! 変に疑っちゃって……」

 

「ああ……こっちこそスマン。俺が説明不足だった」

 

 響はそんな俺の姿を見て申し訳なさそうな様子だが、謝るべきは此方だ。

 そりゃ、目が覚めたら彼氏の様子が変わってて、周りに女しか居ない状況とか普通に考えて不安すぎるよな。しかも『全知の神』からのネタバレ付きだ。

 俺が逆の立場だったら動揺しすぎて脳が破壊されているところだ。

 

 とは言え、あらぬ疑いを晴らすのに疲れたというのも事実だ。

 

「……しかし、出禁になるとはな」

 

 時刻は既に昼。朝からファミレスに向かい、今は昼だ。

 

 ──そう。

 あの後結局、装者達からのあらぬ疑いを解くのに昼まで掛かってしまった。

 最終決戦の事、『全知の神』についてのこと、俺がマリアの正当なるファンである事。

 これらを全て伝えてようやく納得して貰えた。

 

 そしてようやく全てが終わったと思えば、今度はファミレスの店長さんが出て来て、『君達騒がしいから出禁ね』と言われてしまった。

 結局その場は解散だ。

 

 そうして場所は変わって、久しぶりに帰ってきた俺の部屋。

 切歌やS.O.N.Gの人達が管理してくれていたのか埃などはなく、そのままの状態で残っており、取りあえずはそのまま暮らせる様な状態である。

 

 とは言え今後の諸々の手続きなどがあると考えると億劫である。

 

 そうして無言でいると、響が語りかけてくる。

 

「……疲れましたね」

 

「……疲れたな」

 

「……結局、ご飯食べられなかったですね」

 

「……そうだな」

 

 ベッドから顔を上げると、響と目が合う。

 

「……」

 

「……」

 

 そして暫く無言で見つめ合っていると、何方ともなくプッと笑い出す。

 

「あーあ、なんか気が抜けちゃいましたねっ!」

 

「そうだな。なんつーか、全部纏めて終わり、とはなんねーな」

 

「そりゃそうですよ! 人生はこの後が長いんですからっ!」

 

「お、語るじゃねぇか高校生が」

 

「むっ! 人生経験なんて長さじゃないんですよっ! 濃さなんです! 私ほど壮絶な人生送ってれば色々と語れますからっ!」

 

「おいおい、それを言ったら俺も相当なもんだぜ?」

 

「……」

 

「……」

 

 そしてまた互いに見つめ合い、二人して笑い出す。

 

「なんか作るか」

 

「そうですね! 久しぶりに腕を振るっちゃいます!」

 

「ああ……いやまてよ? 材料あったか?」

 

 ああ。

 ようやく、戻ってきたんだな。

 

「うーん、見事にすっからかんですね」

 

「──っし、何か買い行くか」

 

「はい!」

 

 平凡で……普通な日常に。

 

 さっきまで、何処か実感できないでいた……平和に。

 

(……母さん。俺、やっと戻って来れたよ)

 

 この日常に……大事な人()と、一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~新たなる試練~

 

「そういや今日は月曜か。ついでに小ジャンとヤンマガ買うか」

 

 食材調達の帰り道、ヒイロさんは昔と何も変わらない口振りで、そう語りかけてくる。

 

「了解です! じゃあ途中のコンビニ寄りましょう」

 

 そう返事を返して、ふと違和感を覚えた。

 

「……」

 

 本当に小さな、小さな違和感。

 ヒイロさんは確かに昔と何も変わっていないけれど……何故違和感を覚えるんだろう。

 

「……あっ!」

 

 コンビニに入るまでその妙な違和感に首を傾けていたけれど、その違和感の正体はコンビニの書籍コーナーに()()()()を見たことで判明した。

 

「……」

 

 思わずその本を手に取り、パラパラと捲って読み進める。

 そして読み進めていく内、ドンドンとヒイロさんは大丈夫なのかと気になってくる。

 

 結局その好奇心に負けて、すぐ隣に立つヒイロさんに聞いてしまった。

 

「ヒイロさん……」

 

「あん? どうした響」

 

「あの……つかぬ事をお伺いしますが……」

 

「なんだよもったいぶって──」

 

「──就活って、大丈夫ですか?」

 

 瞬間、私とヒイロさんの間に沈黙が生まれる。

 

「……」

 

「……」

 

「……卒業とか、大丈夫ですか?」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 まるで鳩が豆鉄砲を喰らったかのような表情から察するに、きっとヒイロさんは意識すらしてなかった事だろう。

 

 ヒイロさんは留年していなければ現在大学三年生。

 私の手元には、就活についてのイロハが書かれた本がある。そしてそこには、大学三年生の内から動くべし、とか何とか書かれている。

 

「……」

 

「……」

 

 きっとそれが全てではないだろうけど、就活が大変だという話はリディアンの時から良く聞く話だ。

 

 そうだ。

 私が抱いた違和感の正体が分かった。

 来年に就活を控えているのに1年前と全く変わってないヒイロさんに……私は違和感を抱いたんだ。

 

「……」

 

「……」

 

 ミッションとは関係ない、普通の生活がこれから始まっていく。

 

 ──でも、普通とはかけ離れた生活を送っていたヒイロさんにとっては、それはミッション以上の新たなる試練なのかも知れない。

 

「……」

 

「……」

 

 完全に固まってしまったヒイロさんを見て、私はそう思った。

 



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戦姫絶唱しないシンフォギア:AXZ

 そこは都内某所のとある部屋だった。

 家具一つ無い殺風景なその部屋には、家具の代わりに一つの黒い球体が鎮座していた。

 

 この球体の名は、GANTZ。

 少し前までは夜な夜な死者を集めて化け物と殺し合いをさせていた黒い球である。

 

 そんな黒い球の部屋に謎の紋章が浮かび上がる。

 直後、こんな殺風景で不気味な部屋には似つかわしくない眼鏡を掛けた美少女が現れた。

 

「……」

 

 彼女は部屋についてすぐに一瞬だけGANTZへと視線を向けた後、まるで見下すような表情で視線を下へと向けた。

 

「……はぁ」

 

 その少女の名前はプレラーティ。パヴァリア光明結社の最高幹部の一人にして錬金術師。

 そんな彼女の軽蔑したような視線の先には……一人の男が横たわっていた。

 

「……お前、何やってるワケ?」

 

 ──彼の名はアカツキヒイロ。幾夜も続いた化け物との戦いを潜り抜け、戦い抜いてきた強者。そしてプレラーティの友人であり、彼女が今日この部屋に()()()()()青年でもある。

 そんな百戦錬磨の彼が、何故か弱り切った姿で横たわりながらプレラーティへと助けを求めた。

 

「……助けてくれ……プレラーティ」

 

「……」

 

「……就活が……辛すぎる……」

 

「……アホかお前?」

 

 ──そして、時は数ヶ月前まで遡る。

 

 

~就活を初めてすぐの頃~

 

 それは響から意識外の一言を叩き込まれた日の事であった。

 

「……就活か……よく分からないが就活サイトに登録して、面接やってからエントリーシートってのを書けば良いんだろ」

 

 あの後響から絶対に今から就活を始めるべきだと言われたヒイロは、流石に動き始めるべきか? と思い、取りあえず自身のふわふわな就活知識を思い出しながら就活サイトに登録を始めた。

 なお先程ヒイロが語った内容は正確では無く、実際は大抵の場合『応募、企業説明会、書類選考、面接』という流れを取るのでお間違えないよう。

 

 さて、早速登録が完了したヒイロはふむふむと唸りながらサイトに載っている企業を見ていく。

 

「おおーすげぇ量の企…業…………………」

 

 大手就活サイトに表示される数々の大企業達を眺めていたヒイロだったが、ふとある事に気付いた途端に顔を青くしていく。

 

「……ここも……ここも……うっ……ここも戦ったことがある企業なんだが!? って言うか、何ならこの就活サイトの会社とも戦ってるわッ! クソなんだこれッ」

 

 そう、この大手就活サイトには大手やその関連企業、中小企業などが登録してあるのだが……企業であると言う事はつまり、ほんの少し前までブラックボールを操っていた黒幕達である。

 

「くそ……じゃあ中小企業とかは……イヤ駄目だ。大手と関わりが有る時点で一枚噛んでる可能性がある……!」

 

 そしてタチが悪いことに、ブラックボールに関わっていた企業は何も力を持った企業だけでは無い。中小企業もまたブラックボールと関わりがある。

 力を持った『企業』の関連子会社として、取引先として、国家成立後の駒として。様々な理由から数多くの企業がブラックボールへと関わっていた。

 

 そして『Apocalypse』後の動乱においても、ヒイロと『企業』達はぶつかり合っていた。

 何故なら『企業』は米国と通じていたから。そもそも『企業』がここまで大立ち回りを出来たのは米国からの支援が有っての事だ。

 

 では何故米国は少なくない投資を行い、『企業』と手を組んだのか? それは簡単で有る。

 米国としてはブラックボールによって生まれ変わった新世界で、『企業』が支配した日本と言う確実なる味方を手に入れることが出来、『企業』としては日本の実権という莫大な利権を手に入れる事が出来るまたとない機会。彼等は正にWin-Winの関係であった。

 

 故に国内に居た時は然る事ながら、国外で米国を邪魔するためだけに傭兵として金を稼いでいた時に『企業』達と直接ぶつかり合った事がある。

 

 そんなことが有ったため、ヒイロにとって『企業』とは人生の宿敵なのだ。

 

「……これ、応募したらどうなるんだ……? 書類で選考とか面接とかそれ以前の問題じゃねぇか……?」

 

 そんな大事に、今の今まで就活のこと何て考えていなかったヒイロは今更ながらに気が付いた。

 

「……まぁ、一応応募するか。もうこうなりゃやってみたい仕事で選ぼう……俺は医療に携わりたいし医療系の会社が良いな」

 

 だがだからと言って就活しないと言う訳にもいかない。就職とは人生を決める大切なモノなのだ。

 例え相手が殺し合った仲とは言え、手を取り合わなければならないときは何時か必ず来るモノだ。

 

 故にヒイロは取りあえず就活を続けていく。

 

「この会社とかどうだ? 名前は聞いたこと無いけど待遇が良ければ……えーっと待遇は……」

 

 しかし、ここでもまた躓く。

 

「……資本金五億円? 1970年に設立? で、初任給20万円弱で……平均勤続年数が10年で有給取得日数が8日? これは多いのか少ないのかどっちだ。うーん……よく分からん……よく分からんが働けるならヨシ! とにかく応募!」

 

 ヒイロは就活サイトで見るべき情報を知らなかった。別に就活生は資本金なんて知らなくても良いし、設立日もそれ程確認する必要など無い。

 しかしよく分かっていないがきちんとエントリーしているだけでも偉いので、そこは褒められるべきである。

 

 ともかく何とかエントリーが終わったヒイロだが、ここでメールが届く。

 

「……あん? さっき応募した企業からか……? え、まさかもう落とされ……ん? 企業説明会?」

 

 どうやらこの企業は以前少しばかり殺し合っただけの前途ある学生を落とす様な企業では無かったらしく、早速企業説明会への案内が届いていた。

 まぁ、実際はただただ自動で案内のメールが届いただけなのだが。

 

 ともかく、第一の関門は突破である。

 記念すべき内定への第一歩だ。内定までは一万歩あるかも知れないが。

 

「企業説明会……なる程、これでどんな会社か推し量れってか。よし、これにも応募しよう」

 

 そして、ヒイロはその後も色々な企業に応募し、説明会への参加の予定を入れていった。

 

「いや良かった良かった。流石にエントリー後即お祈りは堪えるからな」

 

 ヒイロにとってはそれだけで既に一仕事したような気分ではあるが、実際はまだまだ就活は終わらない。

 それは流石にヒイロも理解しているようで、説明会のために必要な物を確認していく。

 現在ヒイロが直近でやるべき事は、説明会のためのスーツを揃えることである。

 

「えーっと何々? 来週の10時にこの会場でやるのか。持ち物は筆記用具に交通費、服装は……私服で? ふーん、こう言うのってスーツのイメージだったけど……私服で良いならそれで行くか」

 

 あっ。

 

「──ヨシ! 準備終わり! さて、撮りだめしてたプリキュアでも見るか」

 

 ──確かに私服で良いと要項に書かれている以上、私服でも問題はないだろう。しかし、就活中のイベントは無難にスーツを着て参加した方が変に目立たない。

 

 それを証明するかのように、この後ヒイロは説明会で周りの就活生が皆スーツで来ている事に大いに動揺し、その日の説明会の内容など殆ど頭から飛んでしまうだけで無く、採用担当からも変な学生と言う認識をされてしまうのだが……。

 

 だが我々に出来ることは何も無い。

 

 我々に出来るのはただ祈ることだけである。

 そう……ヒイロのますますの活躍を……!

 

 

~プレラーティの思惑~

 

 

 あれから数ヶ月が経った。

 流石にこの数ヶ月の間で色々と学んだのか、ヒイロは少しだけ就活に詳しくなった。

 もう説明会にジーパンとTシャツで行くという暴挙はしないだろう。

 

 しかし、分かったからこそ辛くなる事もある。

 

「俺……『企業』に就職したくねぇ……」

 

「……」

 

「俺さ……つい最近まで一件百万ドルクラスの仕事してたんだぞ……? なのに何で月給20万円で働かなくちゃいけないんだ……?」

 

「……」

 

「今までの仕事は全部この部屋で完結してたのに……何で時間を掛けて出勤しなくちゃいけないんだ……?」

 

 ──そう。それは以前までの傭兵稼業とのギャップ。

 数時間戦闘すれば日本円にして1億は堅かったと言うのに、『企業』に就職すればどれだけ働いても月給20万円。

 また以前までは仕事を受注してから後、転送で直接職場に赴けていたと言うのに、就職すれば基本は電車通勤である。転送通勤などしようモノなら定期券の履歴の提出を求められたときに詰んでしまう。

 

「……それに……それに……!」

 

 そして、何より許せないことがあった。

 

「普通に考えて敵対してた上に国家転覆企んでた奴等の下で働きたくねぇよ……」

 

「……」

 

 そう。そもそも『企業』は敵だった。

 面接の時に御社の企業理念に惹かれて……なんて口が裂けても言えない関係だった。

 

 以上の事からヒイロは就活がもう、イヤでイヤで仕方なくなっていた。

 

「……ああ……もうイヤだ……」

 

「……」

 

 そしてヒイロはここ数週間ずっとこの調子である。

 と言うのも、ここ数週間響がS.O.N.Gの手引きによって、立花響の双子の妹と言う形でリディアンに編入出来たので有る。

 そんなことも有ってか響と居られる時間が減り、結果見栄を張る事も少なくなった事でこの就活イヤイヤ期が数週間ほど続いているのである。

 

「……はぁ」

 

 そんなヒイロの目も当てられない惨状を目の当たりにしたプレラーティは、溜め息を吐いて寝転がったヒイロへと近付くと。

 

「う・ざ・い!」

 

「ぐおっ!?」

 

 寝転がったヒイロの頭を踏みつけた。

 しっかりと靴を脱いで登場していたため、ヒイロは頭から靴下越しにプレラーティの体温を感じる。

 

「さっきから黙って聞いてればグチグチグチグチと、うざったいたらありゃしないワケだ」

 

「……」

 

「第一お前が語ったことなんて、そんな事早い段階で気付けるワケだ」

 

「ぐっ……それは……俺だって……」

 

「ああ、もしかしてあれか? お前、皆がやってるから、言われたからって、何も考えず行動していたワケか。そんなんじゃ幾ら時間を掛けたって何も解決しないワケだ」

 

「……」

 

「お前はどっち付かずのまま、何も決めないまま、ただ無意味に時間を浪費していただけなワケだ」

 

「……」

 

「お前のやり方、正しくないワケだ」

 

 ふみふみと足を動かしながら正論を叩きつけるプレラーティ。

 それはもう、人生の先達からのガチの説教だった。

 

 ──そう。

 ヒイロとて分かっていた。自分を押し殺していた。

 何せ世間体というモノがあった。今後響を養うためにも安定した給料が必要だった。今までみたいに気軽に命を的に掛けられなかった。もう自分の人生は自分のモノだけではなくなっていた。

 だから、心の奥底に根付いた『企業』への不信感と嫌悪感、傭兵時代との待遇のギャップ。自分の感情やら何やらに板挟みになりながらも、頑張って就活をしていた。

 

 だが響と居られる時間が減って、最近色々と分からなくなってきた。

 

 もし、彼に親が居れば彼等に相談するだろう。

 もし、S.O.N.Gの職員達や司令が世界中を飛び回っていたりしなければ、彼等にだって相談しているだろう。

 もし、セバスチャンがもう少し人生相談できるほど頼りがいのある大人だったら、相談しているだろう。

 

「……じゃあ教えてくれよ。この就活の終わらせる方法を」

 

 しかし彼は誰にも相談できぬまま一人で抱え込んで、ここで倒れている。

 今の彼は暗闇の荒野を明りも持たぬまま歩く旅人も同然だ。

 

 ──しかし。

 

「ああ、教えてやるワケだ。私がな」

 

「……え?」

 

 彼には頼れる友人がいた。

 

「……お前、私が作る会社に来ないか?」

 

 そう、だんだんとヒイロを踏みつけるのが快感に(楽しく)なってきている……プレラーティである。

 

 

 

~プレラーティの思惑 その2~

 

 ヒイロは踏みつけられた体勢のまま、彼女の話に耳を傾ける。

 

「実は最近、裏の世界で色んな奴が動きを見せ始めているワケだ」

 

「……裏の世界?」

 

「ああ。今まであった常識が壊れて、新たな秩序が生まれようとしている。そんな状況下で、日の目を浴びられずに居た奴等が動き始めるのは当然なワケだ」

 

「……」

 

 そして語られたのは何とも物騒な話。

 裏の世界に明るくないヒイロとしては何とも実感の湧かない話だ。

 

「……それで、それが何で会社を作ることに繋がるんだよ。言っとくが俺はもうあまり物騒なことには──」

 

「そりゃ当然、物騒な事の為に会社を作るワケだ」

 

「……」

 

「おっと、勘違いするなよヒイロ。話には続きがあるワケだ」

 

 もう聞くことは無いなと言わんばかりに立ち上がろうとしたところで、プレラーティからの待ったが掛かる。

 

「私達が作ろうとしているのは、所謂傭兵の派遣会社なワケだ」

 

「……」

 

「会社を作る理由は簡単。動き出した裏の組織達に対抗するため。主な構成員は錬金術師の予定なワケだが……ここで一つ問題があった」

 

 プレラーティは大袈裟なまでに溜め息を吐くと、言葉を続けた。

 

「アダムのクソ野郎の暴力に従ってた奴等が抜けた結果、結社内の武闘派錬金術師の数は少なくなり、その数少ない武闘派を各地に派遣せざるを得なくなった事で──」

 

「……」

 

「──すぐに動かせる錬金術師達は皆ひ弱で虚弱な奴等しか居なかったワケだ」

 

「えぇ?」

 

 そうして出て来た言葉はあんまりなモノだった。

 

「研究成果すかすか、戦闘能力ざこざこ、何もかもが駄目な奴しか今のパヴァリアは動かせないワケだ」

 

「……」

 

 酷い言われようなざこ錬金術師達である。

 あまりの言われように少しざこ錬金術師達が可哀想に思えてきたヒイロだが、ふと気付く。

 

「……なぁ。結局何で俺は新しく作る会社ってのに誘われたんだよ」

 

 すると待ってましたと言わんばかりにプレラーティはヒイロへ顔を近づける。

 

「ヒイロ。パヴァリアのざこ錬金術師達を鍛えてやってくれ」

 

「……は?」

 

 

 

~プレラーティの思惑 その3~

 

 プレラーティの言葉を要約すると、世界の秩序が崩れたタイミングで表に出て来た裏の勢力を叩くため、パヴァリアが対抗組織を結成しようとする。

 しかし現状動かせるのはざこ錬金術師達しか居ない。

 そこで、戦闘経験豊富なヒイロに錬金術師達を使える程度に鍛え上げて欲しい、とのことである。

 

 確かにこの仕事内容であれば、ヒイロ自体は物騒な事には巻き込まれないだろう。

 ヒイロにとってもプレラーティが作った会社であれば何の忌避感も無い。

 

 なので、ここで気になってくるのは一つだけだった。

 そう。それは待遇。幾ら友人関係とは言え無償で仕事は出来ない。いや、むしろ友人だからこそしっかりとお金のやり取りはしなければならない。

 

「……なぁ」

 

「──ああ。給料については安心して良いワケだ。これだけ用意しているワケだ」

 

 そしてそれはプレラーティの方も当然理解していたようで、ヒイロが言い終わるよりも先に答えた。

 しかしその返答は言葉では無く、手を広げて五本指をヒイロに突きつけるだけであった。

 

「……何? 五万円だって?」

 

「桁が一つ少ないワケだ」

 

「……え? 何、()()五十万って……こと?」

 

 それは新卒の給料としては破格な内容。

 その内容に面食らっているヒイロを見て、くつくつとプレラーティは笑う。

 

「ふっ……違うワケだ。これは()()の額なワケだ」

 

「……え日給!?」

 

 それはもう破格とか言うレベルでは無い。

 一ヶ月に大体20日ほど働くとなると、月給一千万である。

 年収にして一億二千万円。

 

 何処の会社の社長だよと言わんばかりの給料である。

 

「……いや、え? それマジで言ってる?」

 

「マジだぞ」

 

「……まだエイプリルフールには早いぞ」

 

「マジだぞ」

 

「……嘘だ。俺を騙そうとしている」

 

「マジだぞ」

 

「……そ、そうだ! きっとあれだろ、死ぬほど働かせるつもりだろっ!?」

 

「完全週休二日制で各種休暇も取りそろえてるし、有給もちゃんと出すワケだ」

 

「きゅ、休暇……有給……」

 

「しかも週40時間のフルフレックスタイム制を導入して居るワケだ」

 

「フ、フルフレックスタイム……」

 

「それにこの御時世、お前の家族や恋人に何かあったら不安だろ? そうならないよう、何かあったときに私が助けてやるオマケ付きなワケだ」

 

「……それは……」

 

「なぁヒイロ。この待遇で良いと思わないワケ……?」

 

「うっ……」

 

 この瞬間ヒイロは確信した。

 プレラーティはマジでこの待遇でヒイロを会社に迎え入れようとしている。

 目がマジだった。あの時の切歌と同じ目をしていた。ヒイロは何度か経験しているから分かる。

 

 これはマジで言っているんだと。

 

「……何で、そんな好待遇で俺を引き込もうとするんだよ」

 

「私はお前を高ぁく評価しているワケだ。これくらいの事何でも無いわけだ。それに……私とお前の仲だろう?」

 

「……」

 

 少し顔を赤らめながら、しかしヒイロを踏む足は退けぬまま、恥じらうように語るプレラーティを見て、ヒイロは思わず心の中で呟いた。

 

 いや、胡散臭い。

 あまりにも胡散臭い。

 絶対何か裏がある。

 だがこの待遇が本当だったら……。

 

 プレラーティに踏まれながら頭の中で色々な考えが飛び交っていく。

 

「……」

 

 そんなヒイロの姿を尻目に、プレラーティは怪しくにんまりと口を歪める。

 

(……くくく。悩め悩め。ほれ、また考える要素を足してやるワケだ)

 

「……そうそう。もう一つ重要な要素が有るワケだ」

 

「え?」

 

「──お前、自分の前年の所得税がどうなってるか把握してるか?」

 

 

~プレラーティの思惑 その4~

 

 ふっ。見える見える。お前の間抜け面に『ぜんねんのしょとくぜい?』とはてなマークが浮かんでいるのが見えるワケだ。

 くくっと笑いそうになるのを堪えながら、私はヒイロへと言葉を続ける。

 

「お前、去年大分荒稼ぎしたワケだ」

 

「……ああ」

 

「当然、そこには給料に対しての税金が発生し、お前は得た給料に対しての所得税の支払いの義務が存在するワケだ」

 

「……義務?」

 

 本当に何も分かっていなさそうなヒイロの奴の頭をぐりぐりとしながら、私は憐れみを含ませながら、ヒイロへと残酷な真実を突きつける。

 

「そう。お前が去年稼いだ約百億円。それはお前の所得となり、大体稼いだ額の4割強の額の税金を数日後の支払日までに支払わなければならない」

 

「……は?」

 

「つまり大体四十億円をお前は数日で用意しなければいけないワケだが……手持ち有る?」

 

「……」

 

 ああ、駄目だ。ヒイロの気の抜けた顔を見ると笑みがこぼれて仕方が無い!

 だ、駄目だ…まだ笑うな…堪えるんだ…し、しかし……!

 

「……一万円くらい」

 

「ぷふっ」

 

「お、おいっ!」

 

 む、ムリだッ! こんなの笑うなと言う方がムリな話しなワケだッ!

 だって、だってこんな……!

 

「──じゃあ、追加の条件を教えてあげるワケだ」

 

「え?」

 

「今ここで私の会社に入ると約束してくれたら……その四十億、立て替えておいてやるワケだ」

 

「……!」

 

 こ、ここまで上手くヒイロを()()()()()()()()……!

 

 ──そう。

 これは以前より画策していた、ヒイロの引き抜き計画。

 

 私が今語った内容に嘘は無い。

 ヒイロが私の会社に来てくれたのならきちんと語ったとおりの待遇で迎え入れるし、いずれは幹部の座も用意している。

 さっき言った四十億と言うのもマジの話しだ。

 

 だが、話していない事だって有るワケだッ。

 

(──今! 世界中で勃発している戦争によりブラックボールを完全掌握している人材の価値は爆上がりしているッ! それこそヒイロほどの実力者で有れば数日で四十億稼ぐことなど容易い程に……! そう、私が示した待遇なんてお友達価格も良いところなワケだッ!)

 

 それはヒイロも知らないヒイロの価値。

 幾星霜とたゆまぬ努力を積み重ね、手にしてきたヒイロの力。

 それは決して安いモノなどでは無いワケだ。

 

 ヒイロを普通の大学生として見ればそりゃカスみたいな価値しか無いだろう。

 だがヒイロをヒイロとして見た時、その価値は大きく変わるッ!

 

 ここでヒイロを確保できる事の利はとても大きい!

 

「……なぁ、ちょっと考えたいんだが──」

 

 ……それに、だ。

 

「駄目。今決めるワケだ」

 

「……」

 

 ()()として名をあげて良い事なんて何一つ無いワケだ。

 

「……」

 

 傭兵として命を的に掛けて神や化け物と戦って、良い事なんて何一つ無いワケだ。

 それで得た不相応なまでの大金なんて、争いを産む火種になりかねないワケだ。

 

「……」

 

 出会って少ししか経っていないけど、分かる。

 お前はもう十分頑張った。

 

「……」

 

 ……なのに。

 

 仕事探しで苦労しているとか。今まで敵だった奴等と働きたくないとか。

 お前は何でそう言う事を、相談してくれないワケ?

 

「……」

 

 思えば、なんで柄にも無く……ヒイロ(こいつ)にこんなに熱くなってるんだっけ。

 

 

 

~プレラーティの思い~

 

 そう、最初はあのクソ野郎をぶっ飛ばして貰ったお礼がしたくて、何日か後にお前に会いに行ったんだ。

 戦いの最中『ファミチキ』がどーたら言ってたからそれを手土産にして。

 

 そしたらお前、大爆笑しやがって。

 

 あの時は流石にキレそうになったが、何とか堪えて……いや普通にブチ切れたな。

 とっつかみあいの喧嘩をしたのは子供の時以来だった。

 

 それで私とお前は……。

 

『……ふふっ。なんか久しぶりに笑ったわ。ありがとうな、プレラーティさん』

 

『は? 何感謝してるワケ? キモいワケ──』

 

『ありがと、な。これで結構、一杯一杯だったんだ。なんか、気が楽になったわ』

 

『……』

 

『……食べようぜ、ファミチキ。割と好物なんだよ』

 

『……ああ』

 

 私とお前は、友人になった。

 きっかけや、友人で居た時間なんて、友情には関係ない。

 

 私は友人には構う方の人間なワケだ。

 

 お前はもう、あの時みたいになる必要なんかない。

 

「……」

 

 もう、ゆっくりしても良いワケだ。

 

「……プレラーティ」

 

「……何だよ」

 

「ありがとな、色々気、使ってくれて」

 

「……」

 

「──っし。就活は終わりだッ!」

 

「ちょっ、おい!?」

 

 いきなりヒイロが立ち上がったことで、バランスが崩れ、後ろに倒れそうになる。

 しかしヒイロの華麗な身のこなしで体を支えられる。

 

「……おい」

 

「悪い悪い。さっきまで踏まれてた仕返しだ」

 

 そう言われるとバツが悪いワケだ。何か流れで踏んでたワケだし。

 

「……ふん。何時まで体に触ってるワケだ」

 

「好きでしてる訳じゃねーっての。ほれ」

 

 そう言ってヒイロは私を立たせると、互いに向き合う。

 

「……ま、プレラーティ。今後ともよろしくな」

 

「ああ。今後ともよろしく、ヒイロ」

 

 こうして、私の当初の目的であったヒイロの確保は成功したのだった。

 

 

 

~プレラーティの恥~

 

 それはヒイロとプレラーティの駆け引きが終わった後のこと。

 思えば終始ヒイロを翻弄していたプレラーティだったが、唯一一つだけ失敗があった。

 

「……そう言えばプレラーティ」

 

「なんだよ」

 

「これは友人としての忠告なんだが……」

 

「あ?」

 

 そう、それは──。

 

「人の上に立つときはスカートは止めた方が良いぞ」

 

「は?」

 

「丸見えだっ──」

 

「死ねッ! そんなんだから友達がいねーワケだッ!!」

 

 彼女の名誉のため、伏しておこう。



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戦姫絶唱しないシンフォギア:XV

 リディアンの寮の一室で、私は向き合うべき人と対峙していた。

 

「……」

 

「……」

 

 気まずい、空気だった。

 ()()と会うのは久しぶりだったから……と言うのもあったけど、それよりもずっと深刻な問題が私には有った。

 

「……ひ、びき?」

 

「……うん。久しぶり……って、言うのも変だよね、未来」

 

 だって、私はクローンなのだから。

 

「……え……本当…に……響なの?」

 

 彼女……小日向未来の友達の、立花響のクローン。

 

 立花響の体と、立花響の記憶を持って生まれ、立花響とは違った人生を歩んでいる。

 それが私。

 

 未来は、"私"にとってとても大切な存在だ。

 家族と同じくらい大好きで、何時も甘えていた。そんな私を何時も受け止めてくれて、何時も私の隣に居てくれた。

 大切で、大事で、ずっと一緒に居たいと思えるような友達。

 それが未来だ。

 

「……」

 

 だから私から見れば、私はまだ未来と友達のまま。

 けれど未来からしたら……私は友達と同じ顔をした気味の悪い存在でしかない。

 

 だからこれは、過去との清算だ。

 立花響との記憶との……決着だ。

 

「……私は、立花響…の……クローン……なんだ」

 

「……」

 

「1年前、ノイズに私……立花響が襲われそうになったときに、私が生まれたんだ」

 

 だから決意を込めて、ぽつりぽつりと語り始めた。

 私の物語を。

 

 

 

~未来のため一歩 その1~

 

 小日向未来は困惑していた。

 何せ友人である立花響がいきなり真剣な顔付きで詰め寄ってきたかと思えば、合わせたい人が居ると言われ。

 その合わせたい人というのはその立花響にそっくりな人物で。

 かと思えばそのそっくりさんは自分のことを立花響のクローンと語って。

 

(も、もう何が何やら……)

 

 正直訳が分からなかった。

 その混乱に輪を掛けているのが、自称立花響のクローンであるという少女が語る彼女の人生の話しだ。

 

 GANTZが死者をどうたらこうたらして私はバグで生まれてうんたらかんたら。

 

(? ……??)

 

 未来の脳みそは既にパンク寸前だった。

 ──ただ。

 

「……」

 

 未来には一つだけ分かることがあった。

 それは、目の前の少女は嘘も隠し事もしていないと言う事。

 

 自身のよく知る少女と似た女の子。何処までも同じようで、何処か違う女の子。

 

「響」

 

 だからか、目の前の少女が全てを語り終えた時、彼女は何時ものように少女へと語りかけていた。

 

「……っ」

 

 そして、何時かの日と変わらない未来に、響は思わず息をのんだ。

 

「……ゴメンね。私、響の言っていた事難しくて……あまりよく分からなかった」

 

「……」

 

「でもね、響」

 

「……未来?」

 

「響が響だって事は、ちゃんと分かるよ」

 

「っ……未…来……」

 

 小日向未来は陽だまりのように明るく、そして太陽の様に暖かい少女だ。

 彼女は何時だって立花響の陽だまりであり続け、立花響の支えとなっていた。

 

 ──それは、別の立花響だろうと変わらない。

 

 気付けば、響は未来に抱きついていた。

 

「ちょっ……響!?」

 

「ごめん、未来。少し……このままで居させて」

 

「……うん。分かった」

 

 数瞬、響は何時かの日を偲ぶ様にその温もりを抱きしめ、絞り出すように声を出した。

 

「……辛かった。もう、前みたいにこうして未来の近くに居られないと思ったら……辛くて辛くて仕方なかった」

 

「うん」

 

「私は違う"私"だから……未来と友達で居た記憶を持っただけの……違う"私"だから。……もう、未来の友達じゃ居られないんじゃ無いかって……思ってた」

 

 未来は響の背中を撫でながら、話しを聞き続ける。

 

「未来が"私"を受け入れてくれなかったらどうしようって、ずっと思ってた。答えを知るのが怖かった」

 

「……」

 

「……でも、何時までもこのままじゃ居られないから。だから、未来」

 

「うん」

 

「"私"と……」

 

 響は、絞り出すような声で……自分の思いの丈を未来へと伝えた。

 

 ──それは、自身の過去との決着。

 ()()()()()()()への決別。

 

 響にとって過去とは与えられたモノでしかなかった。

 生きている自分。クローンとして生まれた自分。

 本物の記憶。与えられた記憶。

 

 何方が本物かなど、比べるまでも無い。

 故に。偽物として生まれた彼女は、与えられた過去じゃ無く。

 響として生き、考え、抱いた想いや感情と言う……現在こそを重視した。

 

 だから、これもまた過去との決別。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……現在(いま)の響が導き出した友への思い。

 

(やっぱり、私は未来が好きだ。与えられた過去でも、未来が好きだ。だからまた、私は未来と──)

 

「──私と、友達になって……ください」

 

「……」

 

 未来は万感の思いがこもった響の言葉を受け、ふっと目を閉じる。

 そして。

 

「……うん。やっぱり、私にはよく分かんないや」

 

「……え?」

 

「私にとって、響は響だよ。偽物とか、クローンとか、1年前に生まれたとか、記憶を持っているだけとか。そんなの関係ないよ」

 

「……」

 

「怖がりで。寂しがり屋で。意地っ張りで。でも誰かの為に人一倍頑張れる……私の大切な()()。それが、響だよ」

 

「未…来……」

 

「だから、そんなに悲しそうな顔をしないで、響」

 

「……」

 

 そうしてギュッと抱きしめられた響は、ああと声を漏らす。

 

(……ああ……やっぱり未来には叶わないや)

 

 記憶の中の少女と何一つ変わらない目の前の少女を見て、響の目には涙が浮かんでいた。

 それは未来が変わらず自分の陽だまり何だという安堵からくる涙だった。

 

「……」

 

 そして響は静かにその涙を拭うと、一人の青年の顔を思い浮かべるl。

 

(……ヒイロさん)

 

 それは自分と同じく過去との決着が出来ていない、響の想い人。

 けれど彼女は、ヒイロであればきっと乗り越えられると信じていた。

 

 そして、同日の某ファミレスにて。

 

「……」

 

「……」

 

 父親と息子が向き合っていた。

 

 

 

~未来のため一歩 その2~

 

 それはセバスチャンからの唐突な連絡だった。

 

『──君の父親が君と会いたいって言ってるけど、どうする?』

 

 本当にあまりに急な話だった。

 けれど、俺は一も二も無く頷いていた。

 

 しかしその日は何の因果か、響もまた小日向さんに会いに行く日でもあった。

 

 本来であればその日は一緒に小日向さんに会いに行って説明するつもりだったが、まさかのブッキングとなってしまった。

 どうしようかと思っていると、響は俺を後押しするようにこう言った。

 

『ヒイロさん。これは多分、神様が自分一人の力で解決しろって言ってるんだと思うんだ』

 

 だから、私は一人で行きます。ヒイロさんも、頑張ってください。

 

 自身の無二の親友との一年ぶりの再会だ。

 響も不安だろうに、アイツはそう言ってくれた。

 

 だから、俺も気合いを入れなけりゃな。

 

「久しぶり、父さん」

 

「……ああ。久しぶりだな、陽色」

 

 ──久しぶりに会った父さんは、小さく見えた。

 以前までの活力に溢れた雰囲気は何処にも無く、着古した服を着て覇気の無い表情で俺を見ていた。

 

「……」

 

 正直、ショックだった。

 俺が憧れていた父親の姿はそこには無く、ただの無気力なおっさんにしか見えなかったからだ。

 

「……陽色」

 

 だが、何よりもショックだったのが。

 

「──すまなかった」

 

「……ッ!」

 

 父さんが俺に()()()事だった。

 

「……何が、すまなかったって?」

 

「お前を置いて逃げたこ──」

 

「違ぇだろうがクソ親父ッ!」

 

 思わず、テーブルに拳を叩きつけて立ち上がっていた。

 目の前で目を白黒とさせている父さんを見て、俺は更にショックを受ける。

 

「お前がッ……あんたが謝るべきはっ……()()()……だろ……」

 

「……」

 

「俺はっ……父さんに捨てられて……そりゃ、傷ついたよ。でも恨んじゃいなかった。あの時の俺は捨てられて当然な奴だった……!」

 

「……」

 

「なんで……逃げるなら何で、母さんも連れて行かなかったんだ。なんで母さんも置いていった! あの人は……! ()()()()アンタのこと愛してたんだぞッ!」

 

「……」

 

「そんな、誰よりも父さんを想っていた人を差し置いて……俺になんか謝ってんじゃねぇっ!」

 

「……すまん」

 

 そこまで叫んだところで、周りの視線から俺はヒートアップしすぎたことに気付く。

 

「……」

 

 自身を落ち着かせるように息を吐き、椅子へと座る。

 そして息を吐きながら、父さんへと語りかける。

 

「……母さんが死んだ」

 

「……ああ。セバスさんから聞いた」

 

「……キリカが見つかった」

 

「……ああ。セバスさんから聞いた」

 

「……はっ。何でも知ってるんだな、父さんは」

 

「……」

 

 思わず皮肉を言ってしまう。

 違う。こんな事が言いたいんじゃ無い。本当は……。

 

「……じゃあ、これは知ってんのかよ。母さんが死んだ理由」

 

「……強盗にやられたと──」

 

「──俺だ。俺が母さんを……死なせてしまった」

 

「……何?」

 

 ようやく、父さんが俺をしっかりと見た気がした。

 

「その強盗は……俺と因縁があった。殺し殺される位の重い因縁だったんだ」

 

「……」

 

「そいつが俺が居ない間に家に押し入って、母さんを半殺しにした」

 

「……」

 

「少し考えれば分かることだった。……母さんは、俺が殺したようなもんだ」

 

 俺を見ていた父さんの表情に、昔のような色が宿る。

 そして。

 

「それは違うぞ、陽色」

 

「……は?」

 

 父さんは俺が求めていたモノとは違う答えを語っていた。

 

「母さんが死んだのはお前のせいでも何でも無い」

 

「……」

 

「強盗にお前との因縁があったのなら、お前だけと決着を付けるべきだった。だがその強盗は間違いを犯した。強盗の暴走にお前が責任を感じる必要は一切無い」

 

 なんでそうなる。

 違うだろ? 悪いのは──。

 

「……じゃあ、そいつの家族親戚を俺が皆殺しにしていたら、どうするんだよ」

 

「……何?」

 

「そいつが……! そんなクズな俺への復讐のために、そいつが母さんを巻き込んだとしたら……どうすんだよッ!」

 

「……」

 

 俺の言葉に父さんは数瞬黙り込むが、しかし力強く言葉を返した。

 

「ならば強盗は余計にその様な手段を取るべきでは無かった。相手が家族を巻き込んだからと言って、相手の家族を殺して良い理由にはならないからだ。不用意に復讐する範囲を広げるのは愚かな行為だ」

 

「っ……」

 

 なんで? どうしてだ?

 

 どうしてアンタはそんなことが言える? 俺はあんたの……父さんの大事な人を奪った張本人だぞ?

 なのに、何で……。

 

「陽色。お前は悪くない」

 

 なんでアンタは──。

 

「なんで……俺を叱ってくれないんだよ……父さん」

 

「……陽色」

 

 ──そうだ。

 俺はずっと……父さんに叱って欲しかったんだ。

 

「……」

 

 母さんを死なせてしまった事実が耐えられなかった。

 色んな人が俺を責めなかった。強盗が悪い、君は悪くない、と。

 色んな人から許しを得た。

 

 けど俺は結局、自分で自分が許せなかった。

 

 だから……父さんなら、俺を叱ってくれると思っていた。

 

 昔から、父さんは何時だって正しかった。正しくヒーローだった。

 俺が馬鹿な事をすれば叱ってくれた。俺がしてはいけないことをしたときも、叱ってくれた。

 

 だから俺は……ずっと父さんのことを『待っていた』んだ。

 けれど今、父さんは俺を叱ることも無く、ただ受け止めてくれた。

 

「……なんでだよ……父さん」

 

 なんで俺を叱ってくれないんだ。

 そうでもしてくれなきゃ、父さんの大事な人を奪った俺を……俺は許せない。

 

「……陽色。やっぱり私とお前は、親子だな」

 

「……え?」

 

 そう言って、父さんは自嘲気味に笑っていた。

 

「私も、お前に怒って欲しかった。逃げたことを。放棄したことを」

 

「……」

 

「……()()()()、お前が許してくれるなら……戻りたかったんだ。お前と、家族に」

 

「……」

 

 それは。

 

「……」

 

 それは……父さんが考えていたことは、俺が考えていたことと()()()()()()()

 

「……私は、な。許せなかったんだ。お前を親として上手く導けない事が怖くて、自分がするべき事から逃げ、自分が果たすべき使命から逃げ続けてきた自分が」

 

「……」

 

「そして気付けば、どうやって帰れば良いのか、どうやって謝れば良いのかも……分からなくなっていた」

 

「……」

 

「だから、お前に怒って欲しかった。そうすれば元に戻れると……だが、それは甘えでしか無かった」

 

 ああ。そうだな。そうだった。

 父さんと俺。どう足掻いても()()()()()()()が、ようやく理解できた。

 

 それは血の繋がりや十数年と共に居た時間で作られる繋がり。

 

 そう。『家族』という繋がりだ。

 

「だからすまん。俺には……お前に怒りを向ける資格なんて──」

 

「……資格とか。そういうのじゃねぇ」

 

「……陽色?」

 

 理屈じゃねーんだ。家族ってのは。

 

 理屈とか、感情とか、そういうのじゃどうしようも無いのが……家族なんだ。

 

「叱って欲しいとか、怒って欲しいとか、自分を許せないとか、バラバラになるとか、そんなこと関係ない。辛くても、苦しくても、俺達は……家族なんだ」

 

「……」

 

 ああ、くそ。本当、何で今頃気付くかな、俺は。

 

 ミッションとか星人と戦うとか……神と戦うよりも、全然キツい。

 

 辛いなぁ、これは。

 

 

 

 

~帰り道にて~

 

「──あっ! ヒイロさーん!」

 

「……おう」

 

 帰り道、色々とホクホク顔で帰ってきた響はとぼとぼと歩いているヒイロを見つけ、駆け寄っていった。

 

「ヒイロさん、お父さんとは……って、ど、どうしたんですか!? お、お父さんと何かあったんですか!?」

 

「……いや。俺達はどー足掻いても家族なんだなって……思い知らされたよ」

 

「え?」

 

 そしてヒイロはぽつりぽつりと語り始める。

 それは響の思い描いていた良い感じの家族の再会とは程遠いモノだった。

 

「……ヒイロさん」

 

「……なぁ響。壊れちまった家族って……キツいな」

 

「……ですね」

 

 例え壊れていようと、『家族』という繋がりはそう簡単には消えない。

 しかし、その壊れた関係を治そうとすれば、互いに痛みを覚えてしまう。

 

 そのことは響も理解できた。

 彼女にとっても、父親というのにあまり良い印象が無かった。

 

 ──しかし。

 

「でも、過去と向き合い続けていれば……元通りとは行かないけど、ちゃんとした家族になれると思います」

 

「……キツいな、それ」

 

「はい。もう一人の私の受け売りですけど」

 

 彼女もまた知っていた。もう一人の自分が解決した、家族の問題を。

 そしてヒイロも、以前立花響から相談を受けた事もあり、彼女が時間を掛けて問題を解決していたことを知っている。

 

「……普通って、中々難しいな」

 

「でも、これからは普通(それ)が当たり前ですよ」

 

「……だな」

 

 ヒイロは思わず苦笑して、ふと思い出したように響に尋ねる。

 

「そういや、そっちは?」

 

「あっ、そうそう聞いてください! 私ちゃんと未来と友達になれたんです!」

 

「おっ、そいつは良かったじゃねぇか」

 

「それで未来がもう一人の私を呼んで、どっちをどう呼ぼうかって話になって──」

 

「へぇ」

 

 ──さて。

 

 彼等の物語はこれにて終わり。

 だが、これから先も彼等の人生は続いていくだろう。

 

 そして、彼等の未来は決して良い事ばかりでは無いだろう。

 

「──そういや思ったんだが、お前何時まで俺の事『ヒイロさん』って呼んでるわけ?」

 

「……えっ?」

 

「いい加減呼び捨てで呼んでくれよ」

 

「えっ……え~!?」

 

 きっと、苦痛を味わうことも、苦しみを覚えることもある筈だ。

 

「な、何というかその……もうヒイロさんはヒイロさんというか……」

 

「うーん……そう言うモンか?」

 

「でも、何時までも敬語ってのも変だし……うーん……はっ!」

 

 だが。

 

「じゃあ、ヒイロさんがお父さんになったら呼び方変えますね!」

 

「……えっ、そんなに先になんの!?」

 

「えっ、そんなに先になるんですか!?」

 

「えっ?」

 

「えっ!?」

 

 未来とは決して悪いことばかりでは無い事を……我々は知っているのだから。

 



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マネモブのその後

~マネモブが部屋に戻ってから~

 

 最後の戦いが終わり、朝焼けに包まれながらその男は帰路へと付いていた。

 漆黒に近い黒髪に、切れ長で冷酷な印象を与える目。その冷酷な印象を更に強める一文字に結ばれた口と、マネキンの様な仏頂面。

 そして見事なまでに練り上げられた肉体。

 

 恐ろしさすら覚える彼の名前は茂部真似人。通称『マネモブ』。モットーは見た目に反して人助け。

 彼はブラックボールの住人であり、神すら殺しうる力を持つ『神殺し』でもある。

 

 強大な力を持つモノは必然的に争いに巻き込まれると言うが、彼もその例に漏れず幾多もの争いに巻き込まれていった。

 そして今日、彼の人生でも屈指の戦いが終わりを遂げ、彼もまた自分の家に帰ろうとしていた。

 

 帰ろうとした……のだが。

 

「……」

 

『……』

 

「……」

 

 彼は今、ストーキングを受けていた。

 しかもストーカーは人間では無い。ロボットだ。

 

「……なぁGKドラゴン。ワシになんか予定があるのん?」

 

『──』

 

「ぴーぴー鳴くだけじゃ何も分からないんだよね」

 

『──』

 

「……本当、何なんだよお前」

 

 そう、ストーカーの名はGKドラゴン。

 マネモブにとっても正直受け止めきれていない、同じ部屋の住人? である。

 

 

~マネモブが部屋に戻ってから その2~

 

 何はともあれ事の経緯を説明せねばならないだろう。

 それは最後の戦いの数ヶ月前のこと。日本最後のミッションとなる『Apocalypse』が終わり、マネモブ達が部屋に帰った後のことである。

 

 ──それはマネモブが六回目の再生を行った時からだろう。その時から新人が訪れることは無くなり、他の住人達が部屋を出たり死んでしまったりした結果、兵庫部屋にはマネモブ達しか在籍していなかった。

 

 これがTOUGH(マネモブ達が勝手に名付けたブラックボールの名前)の意図した事なのかどうなのかは分からないが、ともかく兵庫部屋にマネモブ以外の住人は居なかったはずである。

 

 そのはず、だったのだが。

 

『……』

 

『──』

 

『えっ』

 

『なにっ!?』

 

『な……なんだぁっ!?』

 

『う、うああああ謎のロボが部屋を練り歩いてるッ!?』

 

 何故かそこには二体の謎のロボの存在。

 本来部屋に新人が追加されるタイミングであるミッション前という訳でもなく、ミッション後の新人の追加。それもロボという特例中の特例。

 

 あまりに唐突で、あまりに脈絡の無い作風が違うロボの登場にマネモブ達は完全に動揺した。

 

『え? 本当に何だよコイツら』

 

『ウワァロボだァッロボットじゃねーかッ』

 

『新手の星人か……?』

 

 あまりに驚いてマネモブ達の口調が崩れかかるなか、無慈悲なまでにTOUGH(マネモブ達が勝手に名付けたブラックボールの名前)による今回の採点が始まった。

 

 いてんをはじでぇ~』

 

『ちょッTOUGH!? コイツら無視かい──』

 

トダー

0てん

ここでまなんできなさい

total 0てん

 

『……』

 

『えっ』

 

GKドラゴン

0てん

おまけ

total 0てん

 

『──』

 

『な、なにっ!?』

 

マネモブ

247てん

よろしくね

total 300てん

 

『な……なんだぁっ!?』

 

『あ…新記録……』

 

 謎のロボ、まさかのTOUGH(マネモブ達が勝手に名付けたブラックボールの名前)による住人判定。

 マネモブは混乱に混乱を極めながらも、取りあえず自身を三回追加で再生した。

 

 そして今へと至る。

 

「……」

 

 謎の巨大ロボにストーカーされる事となった悲しき現在を持つマネモブは、現実逃避のような過去回想は止め、とうとう覚悟を決めたようにGKドラゴンと向かい合って語りかけた。

 しかし帰ってくる言葉はぴーぴーと言う謎の鳴き声だけ。

 

 ハッキリ言って何が言いたいのかマネモブにはさっぱりである。

 

『──! ──!』

 

「……トダーは謎に喋れたのに、お前は喋れないのか」

 

『────』

 

「……」

 

 言葉が通じないことに悲しみでも覚えたのか、GKドラゴンは悲しそうな鳴き声と共にその腕? の様なモノを落ち込むに下に向けている。

 そして、そんなGKドラゴンの姿を見てマネモブは少し思うところがあった。

 

「……分かった。何がしたいのかは分からんが、付いてこい」

 

『──! ──!! ──!!』

 

「……」

 

 不承不承ながらに付いてくることを了承したマネモブは、興奮したような様子のGKドラゴンに抱きつかれる。

 何時もはマネキンのように感情が見えないマネモブだったが、今回ばかりは困惑したような雰囲気を醸し出していた。

 

「……変なのに懐かれた……」

 

 軽く溜め息を吐きながらも、マネモブはGKドラゴンを自身の家へと案内した。

 

 

~マネモブが部屋に戻ってから その3~

 

 家……と言う名の巨大な倉庫に着いたマネモブは、早速GKドラゴンとコミュニケーションを取るため倉庫に置いておいたホワイトボードに五十音を書き連ねていく。

 

「よし……GKドラゴン。これで言いたいことを文字を指さしして教えてくれ」

 

『──』

 

 それは言うなればこっくりさんの様な対話方式。

 マネモブに促されるのような形で、GKドラゴンが五十音を指差ししていく。

 

『たのみごと おまえ』

 

「……頼み事?」

 

 そして、いの一番にGKドラゴンが語ったのは……マネモブへの頼み事だった。

 

『いきかえらせて』

 

「……生き返らせて、とは……トダーの事か?」

 

 トダー。

 TOUGH(マネモブ達が勝手に名付けたブラックボールの名前)にそう呼ばれていた人型のロボット。

 彼? は色々と謎に包まれたまま、今回のミッションで殺され? てしまった。

 

『──!』

 

「ま、トダーだよな……」

 

 GKドラゴンがわざわざ生き返らせたいだなんて言う相手などトダーくらいしか思い浮かばなかったマネモブだったが、どうやらその予想は当たっていた様である。

 だが、それが分かったからと言って話が好転するという事では無い。

 

 なにせTOUGH(マネモブ達が勝手に名付けたブラックボールの名前)を使っての再生はタダでは無い。

 命がけのミッションで星人を殺して生き延びて、点数を稼がなくてはならない。

 しかも聞いた話によると、今後受けられるミッションは大抵が海外の高難易度の物のみだという。

 

「……」

 

 それらを踏まえて、正直マネモブがこの話を受ける理由など何一つ無かった。

 ()()()人間なら謎のロボの話など一笑に付して無視することだろう。

 

 だが、マネモブは普通の人間では無い。

 

 機械のような人間。マネキンみたいな男。感情欠落者。

 様々な蔑称で蔑まれてきた茂部真似人は、何かを確認するようにGKドラゴンへと語りかける。

 

「GKドラゴン。お前は何故、トダーを生き返らせて欲しいんだ?」

 

 その問いかけはマネモブにとっても重要な事なのか、何時になく真剣な表情を浮かべている。

 

『すき』

 

「……すき?」

 

『またあいたい』

 

「……」

 

『すき』

 

 そして帰ってきた予想外の返答に……マネモブは言葉を詰まらせた。

 

 それはまるで、少女のような一糸まとわぬ愛の言葉。

 ゴツイ見た目からは考えられないほどの赤裸々な愛の言葉に、マネモブは何処か誤魔化すように顔を背けた。

 

「……ロボにも恋愛感情と言うのは存在するんだな」

 

『──!』

 

 何処か不躾な質問に対し、怒ったように腕を振るGKドラゴン。

 その感情的な姿に、茂部真似人は欠落した表情を小さく緩ませていた。

 

「……すまん。ここに呼ばれたと言う事は……生きてる……と言う事だもんな。少なくともブラックボールは……そう判断した」

 

『──?』

 

「生きてるんだな。お前達も、人並みに。生きていれば誰かを好きになる事くらい………当然のことか」

 

 彼はようやく、目の前の謎の存在を自身の中で定義することが出来た。

 

「──分かった。ワシがトダーの奴生き返らせたる」

 

『──! ありがとう』

 

「まっ! ワシのモットーって()()()やし? トダーも助けられてハッピーハッピーやんケ」

 

 彼はふざけた口調に戻りながらGKドラゴンへサムズアップを掲げ、何処までも無表情にそう言った。

 

 ──茂部真似人。

 彼は、人でなし(マネキン)だ。

 他人(ひと)から人形と蔑まれ、ヒトであり続ける為に死ぬまで人を助け続けた男。

 

 その男の目から見て、目の前のロボは自分よりもよっぽど人間的で……眩しい程に感情的で。

 だから彼はGKドラゴンと名付けられたロボを、人形では無く『ヒト』と定義した。

 

 

~マネモブが部屋に戻ってから その4~

 

 さて、こうして無事マネモブはミッションを受けてトダーを生き返らせることになったのだが……ここで一つ問題が生じる。

 

「でも正直ワシ一人じゃ高難易度ミッ・ションなんてクリアするの不可能に近いんだよね」

 

『──?』

 

 そう、それは全盛期から程遠いマネモブの戦闘力の話。

 

「……退化したと罵ってくれや」

 

『──』

 

 良い感じのことを言い切った割りに情けないことを言い出したマネモブに、思わずGKドラゴンもは? みたいな反応でマネモブにセンサーを向けている。

 だが実際の所マネモブの強みは一糸乱れぬ連携にある。一人になってしまったマネモブが以前までと同じパフォーマンスを発揮できるとは言い辛い。

 

「……」

 

 そこでマネモブはむむっと宛に出来る戦力について思案する。

 ひーろーやお嬢様は元々好き好んで戦う様な住人じゃ無い以上巻き込むのも忍びないし、リーボックは予定が詰まってると言っていた。好戦的な住人で知ってるやつはすでに大体死んでるしで中々誘えそうな奴がいない。

 ……と、マネモブは一人の住人を思い出した。

 

「『拙者ざむらい』なら……誘えるか?」

 

 彼の名は、大阪部屋で『チノちゃん』に次いで2番目の実力を持つ剣士である。

 




次回更新は不定期となります。


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拙者ざむらい その1

 僕は、自分の声が嫌いだった。

 

「おい! カマ野郎! またあれやれやッ! 女みてぇな悲鳴でさ」

 

「ははは! あれマジウケたわ! 佐藤本気で女の子やん」

 

 僕はいじめられている。

 理由は明白だ。何時まで経っても男らしくならない体に、女の子みたいな声。

 高校一年生でそんな様子だから、こうして遠巻きに馬鹿にされる。

 

「……て」

 

 夕日が差し込む教室の中。そこには僕といじめっ子達しか居ない。

 僕のバックを奪い取ったいじめっ子(クラスメイトの人達)は、下品な笑顔を浮かべてニタニタと僕を眺めてくる。

 

「それな! それに何か佐藤ってアニメとか好きそー」

 

「アイツこの前女の子が見るよーなアニメのグッズ持ってたわ」

 

「あ~分かる! コイツそう言うの持ってそー」

 

「……」

 

 ああ、本当に、最悪だ。

 

 僕がオタクって事もバレてしまってから余計にいじめが酷くなっていった。

 以前間違えてそう言うグッズを学校に持ってきてしまって、丁度その時に今日と同じような事になって、バレてしまった。

 

 本当に、最悪だ。もう僕が何を言ってもこの人達は止まらない。

 

「……たすけて」

 

 "誰か助けて"

 いじめっ子(この人達)に聞かれてしまえばまた笑われてしまうようなことを、気付けば呟いていた。

 でもこんな事言ったって、誰も助けてなんか──。

 

「おいおい~お前ら佐藤イジるの止めろよ~」

 

「──え?」

 

 ふと、教室の入り口から声が聞こえてきて。

 

「えぇ、何吉田クンいきなり口挟んできて。ノリ悪ぃー」

 

「いや、ノリとかじゃなくてぁ。さっき生活指導の山田先生がこっち来てたからさ」

 

「えっ!? ちょおっ、それは不味い!」

 

「えっ……」

 

 彼の一言で、いじめっ子達は僕の鞄なんてほっぽって何処かに行ってしまった。

 僕にはどうしようも出来なかった状況を、彼は一言で解決した。

 

「……」

 

 いじめっ子達が消えた教室。けれど何時まで経っても生活指導の山田先生は来なくて、さっきの彼の言葉が僕を助けるための嘘だったことが分かる。

 彼は、いじめっ子達が完全にいなくなったことを見届けてから、僕の方に語りかけてきた。

 

「キミ、大丈夫?」

 

「……え、う、うん……」

 

「あっそ。なら良かった」

 

 彼は東京から来た転校生。

 凄くイケメンで、声も格好よくて、少し怪しい雰囲気はあるけど、一瞬でクラスの人気者になったクラスメイト。

 

 いじめられっ子の僕とは天と地に居る人だ。

 

「キミ、もしかしてアニメとか好きなの?」

 

「え? えっ、え〜とその……」

 

「ああ。別に、さっきのアホ達みたいに馬鹿にしたいわけじゃ無くてさ」

 

「……」

 

 僕は彼に話しかけられるなんて夢にも思ってみなかったし、ましてや助けてくれるとは思ってもみなかった。

 だから、あまり触れられたくない話題を出されて固まってしまって。

 

「実は俺も、アニメとか好きなんだ。こっちじゃそー言う趣味のヒト見つかんなくてさ。ちょっとオレと話さない?」

 

「えっ!? う、うん……」

 

 思わず反射的に頷いてしまい、アッと思ったときにはもう遅かった。

 彼は同性の僕でもドキッとしてしまう様な魔性の笑顔を浮かべながら、いじめっ子達が落としていった僕の鞄を僕に差し出してきた。

 

「オレ吉田な。仲良くしようぜ」

 

「ぼ、僕は佐藤って言います……」

 

 ──これが、彼と僕との出会いだった。

 

 

 吉田くんはかっこいい見た目からは想像が付かない位にオタクだった。

 僕も結構ディープなオタクだと思ってたけど、吉田くんが僕と同じくらいアニメに語り合えるなんて思ってもみなかった。

 

「なぁ佐藤、昨日のアニメ何見た?」

 

「うん! やっぱり僕は──」

 

「なぁ、新しいジャンプの連載どー思う?」

 

「うーん、僕は好きなんやけど、一般受けはしなさそうやと思う」

 

「野球観戦行こうぜ」

 

「おお! 僕の猛虎魂見せたるわ!」

 

「今日放課後日本橋いかね?」

 

「えー! 行く行く!」

 

 だから、僕と吉田くんが仲良くなるのに時間は要らなかった。

 いじめられてから学校では誰かと話すこと何て無かったのに、今では殆どの時間吉田くんと話すようになっていた。

 

 けど、そんなこと当然いじめっ子達が許すはずが無い。

 そう思ってたけど。

 

「お前等よってたかって恥ずかしくねーの? 前々から思ってたけど、そう言うのダサいよ」

 

 僕に絡もうとしてきたクラスメイトを言葉で一刀両断してしまった。

 何時だってかっこいい吉田くんが言うと凄い説得力が有って、これを機に僕へのいじめは少なくなっていった。

 

 ……女子からの嫉妬? からくる嫌がらせは続いたけど。

 確かに僕は女の子みたいな顔をしているし、声も女の子っぽいけど、心は普通に男だ。なんでそれで僕に嫉妬するんだろう。

 

 でも、それでもずっと楽になった。学校生活が楽しくなっていった。

 

 吉田くんは、僕にとって大切な友達で……何より、僕を助けてくれたヒーローだ。

 

 だから、後悔は何も無い。

 

 

「そう言えばオレさ、言ったこと無かったけど……声優になりたいんだよね」

 

 それはある帰り道のこと。

 吉田くんは唐突に、自身の夢を教えてくれた。

 

「オレ、自分の声が大好きなんだ」

 

 吉田くんの考えは、僕と正反対のモノの考え方だった。

 

「ナルシストっぽいからあんまり言いたくないけど……かっこいいと思うんだよね、オレの声」

 

「うん。吉田くんの声って、なんか王子様系って言うか……小悪魔的だよね」

 

「……だから、挑戦してみたいんだ。声優」

 

 少し恥ずかしげに語った吉田くんは、何時もの甘い笑みを止めて真剣な表情で此方を見つめてくる。

 

「それでさ、養成所とか通う金なんて無いから、ネット配信してるんだよね」

 

「え?」

 

「そこで演技の練習を色んな人に見て貰ったり、あわよくばアニメ関係者の人に見て貰えたら……って思って」

 

 確かにそう言った流れで声優になった人も居るし、多くの人に演技を採点して貰えると思えば良いことなのかも知れない。

 でも何故だろう。どうしてそれを僕に言うんだろう?

 

 そう思っていると、吉田くんがガシッと僕の両肩を掴んだ。

 

「えっちょっ──」

 

「佐藤。オレと一緒に配信出てみないか?」

 

「……え?」

 

 真剣なトーンに、これが冗談で無い事が伝わってくる。

 でも、なんで僕が配信? そう思っていると、僕の疑問に答えるように吉田くんが話し出した。

 

「お前の声は滅茶苦茶かわいい。絶対に人気出る」

 

「えっ、えぇ?」

 

「それに、一人で演技をするより誰かと演技をした方がずっと練習になると思うんだ」

 

 ……その理屈は、分かる。でも……正直僕には荷が重い。

 だって、僕は自分の声が嫌いだ。嫌いで嫌いで仕方なかった。

 

 出来ることなら、もっと普通の声で生まれてきたかった。

 僕は吉田くんほど自分の声に自信も愛着も持てない。

 

 だから。

 

「……ごめん。それはムリやわ」

 

「……え? す、少しくらいは考えてくれよ!?」

 

 僕は初めて、吉田くんの誘いを断った。

 吉田くんは引き下がってくるけど、僕の声は人様に聞かせられるようなモノじゃ無い。

 

「……だって、僕の声なんてそんないいもんと違うし……」

 

「いや、お前は良い声してるって」

 

「……でもっ!」

 

 そうだ。

 何を言われようと、僕は誰かに自分の声を聞かせたいだなんて思えな──。

 

「オレはお前の声が好きだ」

 

「っ……!?」

 

「お前がどれだけ自分の声を嫌いだろうと、オレはお前の声が好きだ」

 

「……」

 

「だから……俺の為に……一緒に出てくれないか?」

 

「……」

 

 ……そんなの、ズルい。

 そんなこと言われたら、やるしか無いじゃんか。

 

「……分かっ…たよ。吉田くんがそこまで言うなら、僕も配信出るよ」

 

「……! ありがとう佐藤!」

 

「……でも! 僕の声が少しでも不評やったらもう出ないからねっ」

 

 そうして、僕は吉田くんの配信に参加することとなった。

 

 

 その日の夜、軽く配信の流れについて説明を受けてから……早速配信に出ることにした。

 

「こんござ~今日も短い時間でござるがよろしく頼むでござるよ~」

 

 ──まず、吉田くんの一言目でまずギョッとした。普段とキャラが違いすぎてビックリした。

 ……別に、所謂キャラになりきるタイプの配信者というのは聞いていたけど、声が明るすぎて全然イメージと違う。

 

 そして次に驚いたのは視聴者の人達だった。

 

『こんござ~』

 

『あ~雌蛸になる^~』

 

今日もかっこいい声ありがとうございます。私事ですが先日──

 

今日は何の演技するんですか? 決めていないのであれば是非この漫画のキャラクターを──

 

「おっスパチャありがとうでござる!」

 

「……」

 

(い、いきなり視聴者数5000!? こ、これってトップクラスじゃ……!? コメント数も凄いし、あ、赤スパ*1がこんなに一杯……!?)

 

 そう言えば、変に緊張されても困るからって全然名前を教えて貰えなかった。

 急いでチャンネルの名前を調べてみて、更にギョッとした。

 

(『拙者、さむらいのヒロフミch』……チャ、チャンネル登録者数……100万……)

 

 聞いたことある名前だ。

 民間の配信者の仲でも最大手とか何とか言われてた気がする。

 

 よく思い返せば、画面に映ってる吉田くんのアバターも見たことがあるモノだった。

 何度も動画投稿サイトの急上昇枠のサムネに映ってた。

 

「……」

 

 こ、この配信に僕が出るの……?

 緊張で吐きそうになっていた僕へ追い打ちをかけるように吉田くんが話を振ってきた。

 

「そうそう、早速でござるが皆に紹介したい人が居るでござる」

 

『紹介したい人?』

 

『私のことを遂に皆に伝えてくれるのねヒロ』

 

『は? ヒロフミ"くん"でしょ馴れ馴れしくない?あんたまさか…』

 

「あはは、喧嘩しないで欲しいでござるよ~。はい、それじゃ拙者のお友達のサトウ(仮名)くん!」

 

「えっ!? あ、あの、は、はい……サトウ(仮名)……です……」

 

 あまりに雑すぎる振りに何とか返事をする。

 するとコメントが爆発的に増えた。

 

『え? 女?』

 

『いやこれは男と見た』

 

『えっ、彼女?』

 

『えヒロくん彼女いたの?』

 

『におわせにしては釣り針がデカい』

 

誰ですかそれ

 

 困惑するようなコメントの数々で、これは不味い方向に向かっているんじゃ無いかと思った。

 けど。

 

「あはは~彼女じゃないでござるよ~。サトウ(仮名)くんは男でござる~」

 

『え? 男?』

 

『マジで男だった』

 

『かわいいね♡』

 

『えっ、彼氏?』

 

「ははっ! と、も、だ、ち! って言ってんだろ~」

 

 吉田くんが一言説明するだけである程度落ち着きを取り戻して──いや、何か変な方向に進んで行ってない?

 

『ホモでしょ』

 

『ほもだち』

 

誰ですかそれ

 

「皆さんの拙者への態度が最近本当にヒドイ! 拙者はノーマルでござる!」

 

 けれど吉田くんは全く気にした様子は無くて、何時ものことのように慣れた雰囲気で説明をし始めた。

 

「前々から配信に誘おうと予告してた友達でござる~。演技の相方が欲しいって前に言ったでござろう? 彼がその友達でござる」

 

『ああ前回言ってたあれね』

 

『本当に友達居たんだ』

 

『ヒロくん本当に彼女匂わせの手法が多彩すぎる』

 

『匂わせが全員別人ってのも業が深い』

 

まだ募集してますか?

 

「友達いるっつってただろ~? ははは~…あ、スパチャありがとうでござる!」

 

まだ募集してますか?

 

一緒に演技したいです!!!

 

「残念ながら定員は一杯でござる~申し訳ないでござる。でもスパチャありがとうでござる!」

 

 一瞬コメント数が爆発していたけれど、吉田くんが話すウチに段々と落ち着いてきた。

 本当に焦った。僕が出たことで炎上しちゃったらどうしようとか考えた程の勢いだった。

 

「さて、と言う訳で今回はサトウ(仮名)くんの顔合わせ回でござる! 色々質問して欲しいでござるよ~」

 

「あ、は、はい! 何でもどうぞ!」

 

『何歳? 彼氏いる?』

 

『スリーサイズ教えて』

 

『立ち絵まだないの?』

 

『イントネーションが関西弁っぽいけど、大阪住み?』

 

『ヒロくんとは何処まで行ってんの?』

 

「あ、プライバシーに関わるモノは答えないので悪しからず。立ち絵は準備中でござる~」

 

「あ、は、はい! 何でもは無理です! 立ち絵は準備中です!」

 

 ──そうして、初めての配信は進んでいき。

 

「おっと、もう良い時間でござるね。それじゃあ今晩はこのくらいで! さよござ~」

 

 あっと言う間に初配信は終わってしまった。

 

「……よし! 終了っ…お疲れ佐藤」

 

「……お、お疲れ吉田くん……って」

 

「ん?」

 

「よ、吉田くん超大手の配信者やん!! そんなの聞いてないんやけど!?」

 

 そして。

 終わった瞬間吉田くんに詰め寄っていた。

 

 内容は当然、想像以上に大規模だった配信のこと。

 

「い、今見たら同接1万くらい行ってたんやけど!? ヤバいやん! 大手やん!?」

 

「あ、ああ。伝えてなかったのはスマン。でも変に伝えるよりは良かっただろ?」

 

「良くない!!!! そんなん死刑宣告を前日に受けるか当日に受けるか位の違いしか無いやん!!!」

 

 はぁああ……と気が抜けてへたり込む。

 ああ……緊張した。今までの人生でも一番に緊張した。

 

「と言うか、なんやねんあのキャラ」

 

「ああ、馬鹿みたいな口調だよな。でもあれくらい現実離れした奴を演じきる事が出来たら、オファーが来やすいかなって」

 

「……」

 

 めっちゃ俗物的な理由だ……。

 そんな理由で僕はあのキャラが強いアバターに合わせなければいけなかったのか……。

 

 吉田くんめ……。これは恨む。暫くは引きずる。

 

「……」

 

 ……でも。

 ふと先程の配信の内容を思い出す。

 

「……でも、お前の声を否定する奴はいなかったろ?」

 

「……うん」

 

 それは、吉田くん以外に初めて僕の声を褒めてくれた人達のこと。

 

『結構好きな声してる』

 

『声優向きの声だな』

 

『サトウ(仮名)、声優になれ、でなければ帰れ。ヒロフミ、原付に乗れ』

 

『本当に男なら最高』

 

『声優になれ』

 

『っ…!! オタクの人って何時もそうですよね…! 声カワ男子のことなんだと思ってるんですか!? 私も同感です!!』

 

「……」

 

 ……ふざけている人も多かったけど、心には確かに響いてきて。

 

「……嬉しいなぁ」

 

 ……僕は初めて、自分の声のことが好きになれる気がしたんだ。

 

「よし、帰るか佐藤。夜も遅いし、駅まで送ってくよ」

 

「……うん」

 

 全部、吉田くんの御陰だった。

 いじめが無くなったのも、学校生活が楽しくなったのも。

 嫌いだった自分の声が……好きになれたのも。

 

 全部、吉田くんの御陰なんだ。

 

 だから。

 この選択を……本当に後悔はしていないよ。

 

「──この雌豚が。やっぱり女じゃないか」

 

「えっ?」

 

「っ、吉田くん!」

 

 帰りの暗い夜道のこと。

 怨嗟の言葉と共に鬼気迫る表情で現れた女が、大きなナイフを構えてこちらに駆け寄ってきた。

 だから思わず吉田くんを突き飛ばし──。

 

「かっ……あっ……」

 

 お腹に、ずぐりと痛みが入ってくる。

 

「っ……佐藤!?」

 

 駆け寄ってきた吉田くんが、僕の背を起こす。

 

「お、おま……血が……!?」

 

「……よ…しだ……くん……」

 

 命が流れ出るのが分かる。

 

 痛い、苦しい、怖い、なんで。色々な負の感情が湧いてくる。

 ──でも。

 

「お前が……お前が悪いんだッ! 私がっ、私がヒロにどれだけ貢いだと思ってるのッ! それをいきなり現れて、そんなの許せない……ぶっ殺してやるッ!」

 

「おいッ、佐藤ッ! 佐藤ッ!? 速く救急車を……!」

 

「……よし……だくん……」

 

 痛みや苦しみ(そんなもの)よりも、ずっと。

 彼が無事だったことに、ただただホッとする。

 

 だから。

 

「生きて…」

 

 怖くても、苦しくても、大丈夫だ。

 後悔は……ない。

 

 

 

 ──本日、大阪で錯乱した女が男子高校生二人を切りつけると言う事件があり、()()が意識不明の重傷を負いました。

 

 ──その女は、被害者との間に男女関係があったと証言。

 

 ──被疑者は錯乱状態にあり、何度も『私と彼は付き合っているのに、浮気されたと』語りました。

 

 ──しかし被害者の証言によりその様な事実は認められず、警察は被疑者の妄想であると断定。

 

 ──また、被疑者は『()()()()()()()()()()()』と何度も証言し、警察は事実関係を調べています。

 

 ──さて、次のニュースです!

 

 

 

「……え?」

 

「おっ、新人が来よったな。今回は一人か?」

 

「……は? 何処だよ……ここ……」

 

 暗い夜道から、明るい部屋。

 謎の黒スーツを着た男達と、不思議な雰囲気の青髪の少女。

 かすむ目を擦りながら……状況を理解しようと頭を落ち着かせる。

 

「むっ……なんやよく見たらごっつ()()()()やなぁ~」

 

「おい……どう言う事だこれは!? あの女は……佐藤は何処行った!?」

 

 でも、気付けばオレは、怒りと共に目の前の金髪の外人に怒鳴っていた。

 外人男は怒鳴られたというのに、何も気にした様子も無く。

 むしろ哀れなモノを見る目でオレを見つめた。

 

「……なんや辛いことでもあったか。そらそうやろな。死んでんやからな」

 

「……は? 死?」

 

「キミも覚えとるやろ? 自分が死んだ記憶」

 

「……あ?」

 

 そして、よく。よく記憶を探ってみると。

 確かに、オレは。

 

 ()()()()は。

 

 あの、オレのファンを名乗る女に……()()()()()()()()

 

「そや、キミは死んだんや。でも、今ならまだ元の生活に戻れる」

 

「……え?」

 

 そして、目の前の外人男。

 

 いや、『なんJ』はオレに……『拙者ざむらい』に、黒い球体の部屋について語り始めた。

 

 

 ──これが、今から丁度2年前の話。

 

「……」

 

 今でも鮮明に思い返せる。後悔の念は尽きない。

 

 だからオレは、あの2年前のあの日を境に、ずっと。

 もうずっと……喋っていない。

 

「……」

 

 だって、オレは……。

 

 もうどうしようも無いほど、自分の声が嫌いになってしまったから。

*1
スーパーチャットと言うお金を払ってコメントできる機能を用い、1万円以上の支払いをしたチャットの事



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拙者ざむらい その2

 その部屋は死んでしまった人間を集めて、化け物と殺し合いをさせる。

 常軌を逸した内容ではあるが、真剣に語る外人男の言葉にはリアリティがあった。

 

 そして何より……オレには、目を背けたくなるような死の記憶が脳裏にこびりついていた。

 

 だから信じた。

 

「この『拙者ざむらい』ってのがお前なんか?」

 

「……ああ。多分……そう、だと思う」

 

「じゃあコイツを着るんや。ええか? 向こうついても勝手に帰ったりしたらあかんからな」

 

「……」

 

 最初のミッションは、何の問題もなかった。

 2〜3点程度の星人が数体居て、10点程度のボス星人が居ると言う、典型的で普通のミッション。

 

 そいつらは殆ど元々いた部屋の住人が殺していったし、外人男『なんJ』が俺を保護したり部屋の住人達の援護をしながら戦ったお陰で一人も死ぬこともなく終わっていった。

 

「っし! 今回も誰も死なんかったな!」

 

 だからか、『なんJ』はとても機嫌が良さそうにしていた。

 けど、オレにはそんなことよりも重要な事があった。

 

「……なぁ。コレ何時になったら帰れるんだよ」

 

「? ああ、採点が終わったら帰れるで~」

 

「……」

 

 オレは……オレは早く帰りたかった。

 ……いや、違う。オレは確かめたかった。

 

「お~『拙者ざむらい』お前、初回で十点とかやるやん」

 

 少しでも早く、一秒でも早く。

 

「あっ、おい! 『拙者ざむらい』!?」

 

 オレは部屋を飛び出し、オレが殺された……佐藤が刺された現場へと駆けていった。

 

 ……でも、オレがその現場に行くことは無くなった。

 

「……なんで」

 

 部屋を出てすぐ、現在地を調べようと携帯を確認して……オレの携帯に何件もの着信があったことに気が付いた。

 それはオレの家族からのモノと──警察からの連絡だった。

 

 オレは佐藤を家に招いたこともあったし、逆に家に行ったこともある。

 オレのことは佐藤の両親も知っているし、逆に佐藤のことをオレの両親も知っている。

 

 だからオレは、佐藤とすぐに会うことが出来た。

 

「……なんでッ!」

 

 そこは病院の集中治療室、と呼ばれる病室だった。

 

「……目を……覚ませよ……! 佐藤ッ!」

 

 佐藤は腹を刺されたまま、発見が遅れてしまった。普段あまり人通りがない通路、と言うのもあった。

 だから病院に運ばれるまでの間に大量の血を流してしまい……一時は心停止までしてしまったと言う。

 

 その結果、心臓がまた動き出したというのに……佐藤が目を覚ますことは無くなってしまった。

 

「……何ッ……で……だよッ! なんでッお前がそんなになッて……オレが……!」

 

 ──そんな事を、呆然とした顔でオレに教えてくれた佐藤の両親を見て……オレは。

 

「……オレが……のうのうと……生きてるんだよ……」

 

 オレは、どうしようも無く。

 死にたくなった。

 

 

 喉が、乾いた。

 

「──では吉田さん、前へ」

 

「……はい」

 

「名前は何と言いますか?」

 

「吉田…弘文です」

 

 喉が枯れそうな程……乾いて乾いて仕方が無かった。

 

「被告人に対する殺人未遂事件について、これから貴方に証人としてお尋ねします。証言をする上で、嘘など吐かずに正直に話してください。分からない事であれば、分からないとおっしゃって頂ければ結構です」

 

「……はい」

 

「ではお座りください。検察官、どうぞ」

 

「はい。○○年□月△日午後21時頃、貴方と一緒に歩かれていた佐藤心合さんが、ナイフで刺された。間違いありませんか?」

 

「……はい」

 

 緊張では無い。焦燥でも無い。

 ただ、ただ。喉が枯れて……仕方が無かった。

 

「吉田さん。貴方は被告人と、ネットを通じて恋人関係にあったのではありませんか?」

 

「吉田さん。貴方は被告人を騙して不当にお金を受け取っていたのではありませんか?」

 

「吉田さん。貴方は佐藤さんを自身のネット配信に呼び、その日の帰りに佐藤さんが襲われたことについて……何か()()()()を感じたことはありませんか?」

 

 幾つも、質問が飛んでくる。

 まるで自分が罪人になったように、その言葉の一つ一つに身を削られる。

 

「──吉田さん。何故貴方は友人が刺されたというのに……()()()()()()()()()()()?」

 

 ……いや。なったよう……じゃない。

 オレは……罪人だ。

 

「……」

 

 ああ……喉が渇いた。声が枯れそうだ。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 あの時オレが佐藤を誘っていなければ、こんな事にはならなかったんじゃないか?

 オレが、配信なんてやっていなければ……佐藤はあんな目に遭わなかったんじゃ無いか?

 オレが……声優になりたいなんて、思わなければ。

 

 オレが……オレの声を好きにならなければ。

 

 後悔の念は尽きない。

 

 ああでも。それでも、喋らないといけない。

 

 佐藤の、ためにも。

 

「……」

 

 質問は続く。

 しわがれた声で喋り続ける。

 

「……」

 

 喋り続けて。喋り続けて。

 

 佐藤のために、佐藤を傷付けた声で、佐藤をあんな目に遭わせたオレが、喋り続けて。

 

「……」

 

 質問が終わる頃には、オレは自分の声が……どうしようも無いほどに嫌いになっていた。

 

「……」

 

 もう何も……喋りたくない。

 

 

 結局、裁判は順当に進んでいった。

 今後の裁判でオレが呼ばれることも無いだろうと、検察の人が教えてくれた。

 

「……」

 

 呆然と、道を歩いていた。

 今のオレは酷くマヌケな顔をしていることだろう。

 

 だって、オレにとっての何もかもを失った。

 嫌いになってしまった。

 

 何をすれば良いか分からない。

 本音を言えば、オレはもうさっさと死に──。

 

『生きて…』

 

 ふと、佐藤の言葉を思い出し……オレは自分の頭を殴っていた。

 

「……」

 

 ……ああ。ゴメンな、佐藤。死ぬのは……駄目だよな。

 死ぬのは──責任から逃げることだよな。

 

「……」

 

 オレ……生きるよ。

 オレ、もう喋らないから。

 

 喋らないで、間違わないで……生きていくから。

 

「……」

 

 新たな決意を胸に、下を向いて歩き出した。

 

 その時だった。

 

「おーい!」

 

「……?」

 

「やっぱりお前やった! よう『拙者ざむらい』!」

 

 部屋で出会った『なんJ』が、コーヒーの匂いを漂わせながらオレに声を掛けてきた。

 

 

 

「いや~何処かで見たことあるイケメンやと思っとったら、やっぱりお前やったな~」

 

「……」

 

「そいやお前、ミッションの日どしたん? 説明最後まで聞かずに逃げよってからに……」

 

 『なんJ』はいきなりオレを寂れた喫茶店に招き入れたかと思うと、頼んでも無いのにコーヒーを入れて差し出してきた。

 

「……」

 

 何だよコレ、アンタこの喫茶店の店員か? とコーヒーを指差しながら訴えかけると、『なんJ』は快活に笑った。

 

「ワイの奢りや! なんや悩みでもありそーやし、チームのリーダーとして聞いたる!」

 

「……」

 

「まぁ、『あの部屋』呼ばれる言う事はなんや悲劇があった、ちゅーワケやろ? さっき見た時も、今にも死にそーな顔してたでお前」

 

 何処までも優しげに、彼はオレに笑いかけた。

 

「……」

 

 彼のこの行動は善意によるモノだろう。けれど今のオレには……優しさが痛かった。

 だからオレはだまり続けた。

 

「……さよか。っし、分かった」

 

「……」

 

 そのオレの沈黙から何を感じ取ったのか、彼は厨房でコップを拭いている青髪の少女? へと大声で語りかけた。

 

「チノちゃん!! ちょっと仕事サボるわッ!!!」

 

「うるさいですね……もうサボってるでしょうが」

 

「ううっ……そこを何とか……」

 

 何処か見覚えのある少女。オレが店に入った時から居たが、チラリとこちらを見るだけで特に反応もしなかった。

 彼女と『なんJ』の会話から相当気安い関係だと思われるが……彼女は一体……?

 

「……」

 

 そうだ。思い出した。

 この少女はあの部屋にも居た……あの部屋の住人だ。

 

 そんな住人として先輩である彼女は、オレを一瞥したかと思うと軽く息を吐いて『なんJ』へ言葉を投げた。

 

「……しょうがないですね。十分だけですよ」

 

「!! チ、チノちゃん……! 恩に着るで!」

 

 大の大人……それも外国人にしか見えない男と、青髪の少女……にしては雰囲気が大人びている彼女。

 彼等の関係は傍目からうかがい知ることは出来なかったが、互いに信頼し合っていると言う事だけは伝わってきた。

 

「よし! んじゃ、路地裏で男同士語りあおうや!」

 

「……?」

 

 そうして『チノちゃん』からサボりの許可を貰った『なんJ』は、先程と変わらぬ明るい笑顔でオレを連れ出した。

 

 何で場所を変える必要が?

 そんな疑問に答えるように、『なんJ』は急に語り出した。

 

「ワイな、母子家庭やってん」

 

「……?」

 

「まぁ、聞いてや。ほんでな、まー生活は厳しかった! 毎日食うモンには常に困っててなぁ~母ちゃんには何時も迷惑掛けとったなぁ~」

 

「ほんで、ワイが中坊の頃な。体壊して母ちゃんが死んじまったんや」

 

「……」

 

 その話は、おいそれと語るような話では無い。

 ましてや、殆ど面識の無い様な相手に対して語るような軽い内容では無かった。

 

「まぁ……ショックやった。あん時のワイは頭も悪ければヤンチャもしとったからな。母ちゃん、精神的にもキツかったんやと思う。こんなんワイが母ちゃん殺したようなもんや。今でも……後悔しとる」

 

「……」

 

 それ……は。

 目を見開く。だって、彼の語る境遇は今のオレとあまりにも──。

 

「お前、そん時のワイと同じ顔しとるで」

 

 ……ドキリと、心臓が跳ねる。

 まるで見透かされたような気分に陥る。……いや、正しく見透かされていた。

 

「……ワイもなぁ。一時期死にとうなったわ。キツかった。でもなぁ」

 

 動揺を隠せないでいたオレを真っ正面に見据えて……『なんJ』は、何処までも真っ直ぐに言葉を投げかけ続ける。

 そして。

 

「お前が何も言えん、ちゅーなら別にそれはええ。やらかしてしまったっちゅーのも……別にええ。でもな」

 

 バシッと背中を叩かれた。

 

()()を託されたんならなァ……胸張って生きろや!」

 

「……」

 

 その言葉は、背中の衝撃と共にするりと心に入り込んだ。

 

「……母ちゃんはな、手紙を残してくれたんや。ワイへの文句とかたらたらの奴を。でも最後にこうも言ってくれた」

 

 ──『生きて』、と。

 

「多分、ワイへの文句とかも本気で書いてたんやろな。でもワイへの想いとかも本気やったと思っとる。やから、どんなにキツくてもワイは胸張って今も生きとる」

 

「……」

 

「なぁ。だから、死にそうな顔して、下向いて生きたらあかんで」

 

「……」

 

 それに、と『なんJ』は続けた。

 

「背中曲げて下向いて生きとったらなァ、前方不注意で死んでまうで! ワイの死因がそれやし!」

 

「……」

 

「あ、あら? おもろない? ワイの鉄板ギャグなんやけど」

 

 正直、何も面白くない。死因ギャグとか笑えない。

 ただ。

 

「……」

 

「お? なんや」

 

 ほんの一言……ありがとう、と。ボソボソと『なんJ』へ伝える。

 

「……」

 

 まだ、気持に整理は付かない。きっと何処までもオレはオレを許すことは出来ないだろう。オレの声と、不用意な行動が起こした事だったのだから。

 だから、オレはまだ喋る事は出来ない。

 

 けど。

 あの時の佐藤の気持は分からないけれど。

 少しだけ、ほんの少しだけだけど……。

 

 胸を張って前向きに『生きよう』と思えた。

 

 

 それからずっと、『なんJ』……いや、和井さんには気を遣って貰ってばかりだった。

 彼は大阪部屋でもリーダー的立ち位置にいたようで、喋れないオレをずっと気遣ってくれた。

 

 和井さんから色々な事を教わった。

 戦闘の心得、ミッション時の連携について、武器の使い方スーツの使い方、ブラックボール情報交換スレ。

 

 そして。

 

『十七回クリア。ミッション外で黒飴ちゃんの回復を使える権限や。ワイはそれ、狙っとる』

 

『……』

 

『……これ、チノちゃんには内緒やで?』

 

 そして彼もまた……オレと同じ目的を持っていると言う事を。

 だからオレか和井さんがその権限を手に入れるために、互いに協力し合うことにした。

 

 その為に力を磨いたし、知識を付けた。

 幸いオレは剣道をそこそこやっていたのでソードを使っての戦いにはすぐに慣れていったし、ネットにどっぷりハマっていたので交換スレを上手く使いこなすことも出来た。

 ああ、そう言えば掲示板の皆でドイツにも行ったっけ。マイエルバッハの工場を調べるとか何とかで。

 『ひーろー』や『リーボック』、『マネモブ』ともその時に会ったんだ。『ひーろー』はオレのこと忘れてたみたいだけど。

 

「……」

 

 ああ、色んな事……あったな。

 その日々は、正直に言って楽しかった。

 佐藤を治せると言う希望があって。同じ志を持った人とも出会えた。

 

 ああ……楽しかった。

 

「……」

 

 でも、楽しい時間ってのは何時だって唐突に終わってしまうもんだ。

 最後のミッション。

 そこで、和井さんが死んでしまった。茅野(ちの)さんもだ。

 

 二人は恋人同士だった。茅野さんは頑なに違うと言っていたけど、彼等は互いに愛し合っていた。

 和井さんがあそこまで必死にミッションをしていたのだって、茅野さんの体を治すためだ。

 茅野さんが何時までもミッションに残っていたのは、和井さんを守る為だ。

 

 互いに互いを思い合っていた二人だった。

 その二人が、死んでしまった。

 

「……」

 

 ふと脳裏に浮かぶのは、あの日……和井さんがオレに声を掛けてくれた日の事。

 あの日、オレは和井さんに救われた。

 あの日、茅野さんは何も言わないでくれた。

 

 だから今度は、オレが和井さん達を助ける番だ。

 

 目の前には黒い球体が鎮座している。

 あの時『リーボック』から聞いた話では、海外のミッションを受ければ点数を稼ぐことが出来るらしい。

 

「……」

 

 もしかしたら、オレは生き残れないかも知れない。

 海外から態々日本の戦士を呼ばなければならないほどのミッションだ。

 並大抵の星人が相手ではないだろう。

 

 けれど、それでもオレは行かなければならない。

 

 もしもの為にスレに遺言は残しておいた。

 これならオレが死んでしまっても、『ひーろー』が佐藤を治してくれるだろう。

 アイツ、良い奴だからな。

 

「……よし」

 

 大分緊張が解けてきた。

 これなら海外ミッションでも問題なく動ける。

 

「……」

 

 行こう。

 黒飴ちゃんに触れ、海外ミッションに挑戦しようとした……その時だった。

 

『──おーい! そこ居るか!? ワシやっ、『マネモブ』やっ!』

 

「!?」

 

 何故か黒飴ちゃんの表面一杯に『マネモブ』の無機質な顔が表示されていた。

 

 

 

 感情を表すことが出来ない男と、喋ることが出来ない男。

 普段であれば語り合うことも無かった二人は……ブラックボールを通じて語り合っていた。

 

『間に合って良かったんだよね。しかし早速ミッ・ションとは『拙者ざむらい』って奴は結構義理堅いんだな』

 

「……」

 

『ん? 何が目的かだって……? そんなん決まっとるやん、ミッ・ションへのお誘いや』

 

「……!?」

 

 それは『拙者ざむらい』にとって僥倖とも言える提案だった。

 彼は目を見開き、食い入るように『マネモブ』へと視線を向ける。

 

『……正直に言おう。()の戦力は大きく低下している。私の強みは私同士による連携にあったからな』

 

「……」

 

『だが、私も君と同じように海外のミッションで点数を稼ぐ必要があった。ハッキリ言って生きて帰ってこられるか分からない……そんな戦いになるだろう』

 

「……」

 

『……『お嬢様』や『ひーろー』の様な日常に戻りつつある人の手は借りられない。……だから、君の手を借りたい』

 

 それは、『拙者ざむらい』が初めて見る『マネモブ』の素の表情。

 あまりに何時ものふざけた語り口調とかけ離れすぎていて……度肝を抜かれた。

 

 そして『拙者ざむらい』はその姿に、自分と似たような雰囲気を感じ取った。

 

(……懐かしいな。演技やってた頃の……オレみたいだ)

 

 だから、と言う訳でもない。

 元よりこの話は『拙者ざむらい』にとっても大きな利のある話だ。

 

 故に。

 

「……」

 

『……頷いてくれるか。ありがとう』

 

 彼は一も二も無く頷いた。

 

『──しゃあっ! それじゃあミッ・ション受けるでっ! ワシミッションに心当たりがあるんや、ギリシャや!』

 

「……」

 

 ……と、真剣な話し合いは終わってしまったのか、何時ものふざけた口調に戻ってしまった『マネモブ』。

 『拙者ざむらい』はそのあまりの変わりように苦笑いを浮かべ、スッと立ち上がる。

 

『ワシは南京町のブタマンと同じくらいミッションが好きやねんで。おいしいてハッピーハッピーや──』

 

「……あんた、素の方がモテるよ」

 

『……えっ、な、なにっ!?』

 

 変わらずペラペラと喋り続ける『マネモブ』に思わず突っ込んでしまいながら、『拙者ざむらい』はソードを腰に差し込む。

 本気で驚いた様子の『マネモブ』に、『拙者ざむらい』は親指を立てながら先に行ってるとジェスチャーを繰り出す。

 

『え、お……『拙者ざむらい』!?』

 

 彼と次に顔を合わすのは戦場だろう。

 その頃には先程の素の状態に戻ってくれていると良いのだが。

 

 『マネモブ』の人間らしい素の表情に好感を抱いた『拙者ざむらい』は、そんなことを思いながら海外の地へと足を踏み入れる。

 

「……」

 

 ──そこには、既に血と臓腑が入り交じった死の匂いが充満している。

 何処かで火事でも起っているのか、何かが燃えるような匂いが鼻につく。

 

 そして何よりここが戦場であると自覚させられるのは……多くの人間の悲鳴である。

 『拙者ざむらい』は肌で感じ取っていた。前方から感じる巨大な殺意を。

 

「……」

 

 しかし、それでも彼は進んで地獄へと足を踏み入れた。

 

 ただ……恩人への、恩返しのために。



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就職活動のその後 その1

「……!? な、何だここは……?」

 

「……どう言う事だ……パヴァリアの殆どの錬金術師達が集められている……?」

 

 そこは薄暗い広間だった。

 紋章の光が輝き、数多くの錬金術師達がテレポートされてくる。

 送られてきた彼等は何が起ったのか分からないのか、目を白黒とさせながら状況を見定めようとしていた。

 

「……いや……コレは……」

 

 その中の一人が、ここに送られてきた者達の共通点を見つけた。

 

「……『ノーブルレッド』や……成果を上げられていない者達ばかり……!?」

 

 そう。それは転送されてきた面々はパヴァリア光明結社にて立場の弱い者達ばかり。

 

 ──所謂、穀潰し達ばかりであった。

 

「おい貴様、誰が役立たずだと?」

 

「はぁ? 碌な研究成果も無い雑魚が私に語りかけるな」

 

「喚くな下郎ッ! 気が散るわッ!」

 

「なんだと?」

 

「何だと貴様ッ」

 

 そして。

 彼等穀潰し達は出会った瞬間──まるで示し合わせたかのようにバチバチと火花を散らし始めた。

 

 彼等は穀潰しだがプライドは高かった。

 

「……」

 

 俄に騒がしくなる広場。

 だが、ある一点だけは周囲が静まりかえっていた。

 

「……『ノーブルレッド』……!」

 

「……何故コイツらも呼ばれたんだ……?」

 

 それは集められた者達の中でも紅一点。ノーブルレッドの三人衆。

 唐突なテレポートに動揺しているのは錬金術師達と同じようで、彼女達は口々に言葉を溢す。

 

「……どうなっているのかしらね、これ?」

 

「……また、体の検査でありますか」

 

 三人衆の中でも最年長のヴァネッサは警戒するように周囲を見渡し、最年少のエルザは不安そうにキャリーバッグを身に寄せている。

 そんな三者三様の在り方が見えてくる『ノーブルレッド』だが、その中で一人だけ全く不安な表情など浮かべていない者が居た。

 

「──ま! 何かあってもウチが守ってやるんだぜ!」

 

 『彼女』は不安そうにしているエルザを励ますように快活に語り、何処か不敵な笑みすら浮かべている。

 そんな『彼女』の自信に溢れた声が響いた途端──彼女達の周りにのみ存在した沈黙は伝播するように広場を包んでいき、騒ぎ声は何かを確認するような小さな囁き声へと変化していく。

 

「!? 『アイツ』は……!」

 

「『アイツ』まで来ているのか……!」

 

 彼等の視点はある一人に釘付けになっている。その視線の先──そこには、『ノーブルレッド』の中でも別格の雰囲気を放つ者が居た。

 

 彼女は出来損ないの『ノーブルレッド』にして唯一の完成体。

 長き時を生きた錬金術師達が知る死の権化。その生き写し。

 

 そう、彼女は──!

 

「ミラアルク──『あの御方』を継ぐ女!」

 

「ミラアルク……最後の吸血鬼にして現代最強の吸血鬼、か……」

 

「『あの御方』の後継者が何故ここに!」

 

 吸血鬼最強の血を受け継いだ最後の吸血鬼。

 正真正銘の怪物、ミラアルクその人であるッ!

 

「……」

 

 そして。

 

「……なんだか、ミラアルクちゃんの名前凄い広まってるわね」

 

「な、なんか凄いでありますよミラアルク!」

 

 会話すらしたこと無い様な者にまで語られる仲間の姿を見て、ヴァネッサとエルザは呆れたような感嘆の声を漏らしていた。

 

「……ふっ」

 

 その当のミラアルクは錬金術師達の戦くような声と仲間達の言葉を聞き、何処か得意げに笑った。

 それは彼等彼女達の言葉が事実である事を認めるようなモノ。

 

「……ふふっ」

 

 ──彼女は今、自信に溢れていた。

 『あの御方』から頂いた超ウルトラ吸血鬼パワーによって完全なる吸血鬼に目覚めたミラアルクは……かつて無いほど自信と自己肯定感に満ちあふれていた。

 

「ふふふ……ははは……!」

 

 何せ裏世界にその名を轟きまくっていた『あの御方』に吸血鬼として認められ、力を貰ったのだから。

 もうそれだけで『あの御方』を知る者からはビビられた。

 面白いくらいビビられた。今まで馬鹿にしてきた奴等がへこへこし始めた。

 

 ──そんな待遇が一年近く続いてしまった。

 だから彼女の心境も……仕方の無いことだろう。

 

「──あーっはは! 恐れよ、怖じよ! ウチが来たぜっ!! ノーブルレッドの皆を守るんだぜッ!!!」

 

 ミラアルクは──それはもう調子に乗っていた。

 

「ヒィィィ!? ま、まさか俺達に復讐するためにここに集めたのかあの女!?」

 

「くぅ……」

 

「クソ『ノーブルレッド』め! 蹴散らしたるわ!」

 

 まぁそれに乗っかる錬金術師達も悪かったのだが。

 

 そんなこんなで俄に騒がしくなっていく薄暗い広間。

 そこに最後の紋章が光り輝く。

 

「──ふん。皆揃ったワケだ」

 

「!? 『外務卿』プレラーティ!?」

 

 彼女はパヴァリア光明結社最高幹部の一人。

 パヴァリアの外との窓口でもある──『外務卿』プレラーティであった。

 

「……『外務卿』が我々を呼んだのか? 何故……」

 

「……どう言う事だプレラーティ! これは何の集まりだ!」

 

 すわ『ノーブルレッド』が復讐のか? とも思っていた錬金術師達だったが……最高幹部の登場に考えを改めた。

 騒いでいた錬金術師達は静まりかえり……『ノーブルレッド』達も同じように黙り込む。

 

 そうして広場にはもう一度沈黙が訪れ、集められた錬金術師達はプレラーティの言葉を待つ。

 

 そして。

 

「──まずは、お集まりいただきありがとうなワケだ。穀潰し共」

 

 開口一番にプレラーティは集められた錬金術師達を罵倒した。

 

「貴様……! いきなり呼び出しておいてその言い草は何だッ!」

 

「ふんッ! あの程度のテレポートをどうにも出来ない奴等なんて、穀潰し以外の何者でも無いワケだ」

 

「なんだとぉ……」

 

「大体お前等他でやってける力も無いからパヴァリアに残ってるだけの穀潰しなワケだ。碌な仕事もしないただ飯ぐらいなんだから、急な呼び出しくらいで大騒ぎしないで欲しいワケだが?」

 

「……」

 

 当然その言葉に反発する者も居たが、続くプレラーティの言葉に声を失う。

 ぐうの音も出ない正論だったから。

 

「だがそんなお前達に朗報なワケだ。今回お前達を呼び出したのは……お前達穀潰しを強くするためなワケだ」

 

「……我々を強くする?」

 

 そうして黙らせた穀潰し達を見て、プレラーティはようやく本題を語り出した。

 

「──世界の均衡が壊れた今、裏世界の者共が表に出てこようとしているワケだ」

 

「……」

 

「そして()()()は表の治安維持を重視しているワケだ。故に、脅威に対抗するための新たなる組織をここに設立するワケだ」

 

「……どう言う事だ? 話が見えてこない。まさか私をその組織に入れるというつもりじゃ無いだろうな」

 

 一人の錬金術師達がプレラーティに疑問を投げかけるも、彼女はあくまでもその言葉を無視して話を進めた。

 

「──現状最も勢いのある目下の敵勢力が……我々には存在するワケだ」

 

「……」

 

「それはラッド=モーエンを初めとして、下部組織『鬼天百列』序列一位・大禍、『聖遺超人』覇雄、『ミノタウロス』の沙羅に『カンビュセス』の久慈。挙げれば枚挙に暇がない程強力な戦士を数多く所有する組織。──通称『F』」

 

 プレラーティは事もなさげに言った途端、静かだった広場はざわざわと騒ぎ始める。

 

「エフ……? 何なのかしら、それ」

 

「……と言うか、話の流れ的に私めらは戦わされる……のでありますか?」

 

「ふんッ! えふだかなんだか知らないが、ウチがガツンと『外務卿』に言ってやるぜ!」

 

 集められた中でも比較的若い錬金術師達や『ノーブルレッド』はプレラーティの語った組織をよく知らないで居たが……逆に年をとっている錬金術師達はプレラーティの言葉が信じられないとでも言うように戦慄き始めた。

 

「ッ……『F』だと!? ば、馬鹿な……あんな化け物連中と事を構えるつもりか!?」

 

「そう言うワケだ」

 

「ば、馬鹿か……!? 自殺願望でもあるつもりか……!」

 

 その『F』と言うのがどれだけ凄いのかは分からないが、物知りな錬金術師達のその狼狽ぶりから恐ろしいという事だけは伝わってくる。 

 

「……」

 

 流石に若い錬金術師達も『F』と言うの組織が恐ろしいという事だけは分かった。

 しかし、そんな恐ろしい組織と相まみえるというのに、当の『外務卿』プレラーティだけはすました顔で話を続ける。

 

「──そう。以前までならいざ知らず、人材の流出も激しく半壊状態の今のパヴァリアは間違いなく負けるワケだ」

 

「だ、だったら……!」

 

「だから、その為にお前達を鍛えると言ったワケだ。そもそも不要な人材を抱えておく余力も無いワケだし」

 

「っ……本気か貴様……!」

 

 到底理解できないと言わんばかりに吐き捨てる錬金術師。

 しかし、プレラーティは残酷に言葉を放つ。

 

「本気も本気。そして本気だから当然……ここに居る者は皆強制参加なワケだ」

 

「……」

 

 とうとう本当の意味で沈黙が訪れる。

 何せ彼等は理解(わか)って居る。自分がプレラーティ程の錬金術師に逆らえる訳がないと言う事を。

 

 理解(わか)っているからこそ──。

 

「──はっ! 何が強制参加だ! ウチら『ノーブルレッド』はフケるぜッ!」

 

「ミ、ミラアルクちゃん!?」

 

「……ほう?」

 

 彼等のミラアルクへの期待は大きくなっていった。

 

「……ウチだってアンタには感謝してるんだぜ。パヴァリア抜けたウチらを保護してくれた! でも……だからって何でも言う事聞くのはゴメンだぜッ!」

 

「……」

 

 何せミラアルクは『最後の吸血鬼』にして『あの御方の後継者』……『現代最強の吸血鬼』。

 本気ならプレラーティと真っ正面から戦える程の実力者である。

 

 ともすれば舞い上がった子供とも取れるミラアルクだが……今は彼女のその自信が心強かった。

 

「……ああ、そう言えば一つ言い忘れていたワケだ。お前達に戦いを教える教師の事を」

 

「……はっ! ウチに戦い教えてくれるって? 不要なお世話だぜッ!」

 

「……ふぅーん……」

 

「……な、何だよ」

 

 しかし。

 それでもプレラーティは態度を崩すこと無く、怪しげに息を吐いてちょんちょんとミラアルクの後方を指差した。

 

「いや……折角だから会っていくと良いワケだ」

 

「……は? 会っていくって──」

 

 ミラアルクが振り返ろうとした瞬間──彼女の肩に()()()が乗せられた。

 

『──よっ!』

 

「──」

 

『久しぶり! 元気してたか?』

 

 ──そこには、黒いスーツに黒い仮面を被った男が、居た。

 

『結局()()()の事はあまり教えて貰えなかったが……腹、大丈夫だったか?』

 

「──」

 

「……ミラアルクちゃん? この人知り合い……?」

 

「ミ、ミラアルク……?」

 

 その男を見た瞬間。

 あれだけ自信に満ちあふれていたミラアルクが……完全に固まった。

 

 そして。

 

『? おい、どうした?』

 

 グッと、ヒイ……謎の男が肩に乗せた手に力を入れた瞬間。

 

「ひええ」

 

 がくりとミラアルクは膝から崩れ落ちた。

 



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就職活動のその後 その2

「ふぁ……おはようございますヒイロさん」

 

 それはある朝の出来事。

 何時もよりも遅くに起きてきた響は、寝ぼけ眼をこすりながら朝食を作っているヒイロにおはようと声を掛けた。

 

「おう、今日は遅かったな」

 

「そりゃそうですよぉ……新学期が始まっちゃってばたばたしてて……昨日も遅くまで間に合わなかったレポートを……」

 

「……大変そうだな」

 

「でも、やっぱり学校に通えるのは楽しいです! ……もう、通えないって思ってましたし……」

 

「……」

 

 そう、響は現在高校二年生。

 S.O.N.Gの計らいにより、リディアンに復学していたのである。

 

 響は立花響という少女のクローン体。

 彼女自身も己の存在の危うさは理解していたし、それ故に学校に通うことは諦めていた。

 だからこそS.O.N.Gの計らいは本当に嬉しかった……のだが。

 

 先日は彼女が通うリディアンの始業式がある日で……何より冬休みの課題の提出日でもあった。

 

 立花響十六歳。

 課題は最後の最後まで残しておくタイプの人間である。

 

「課題なぁ……俺もそー言うのは苦手……そういやキリカ達と勉強会とかしないのか?」

 

「してますよ! 皆で集まって課題を見せ合ったり教え合ったり……まぁ結局、普通のお茶会とかになっちゃうんですけど。……切歌ちゃんは妙に絡んでくるし」

 

「……」

 

 なんか口うるさい小姑みたいだな。

 義妹の行動にそんな感想を抱きつつも、ヒイロは作り終えた朝食をテーブルに並べる。

 

「そう言えばヒイロさん、今日はどうするんですか?」

 

「ああ……今日も暇だわ」

 

 響の疑問に軽く返しながら、ヒイロはハァと息を吐いた。

 

「あれからプレラーティの奴から連絡来ねーし。俺もう大学卒業しちまったんだが」

 

「……も、もしかしたらプレラーティさんの方でまだ準備があるのかも知れませんよ!?」

 

「……だといーんだが」

 

「あ、あはは……」

 

 要らぬ地雷を踏んでしまった響は苦笑いしながらヒイロをフォローして、チラリとカレンダーを見る。

 そう、ヒイロは既に大学を卒業済みである。

 

 一応プレラーティの下で働くと言う事にはなっていたのだが、大学を卒業しても一向に連絡が来ない。

 正直少し不安になりつつあったヒイロだが、段々と気落ちしていくヒイロの姿を見ている響も同じ気持である。

 

 朝から少し重い空気になった暁家。

 

 そこに、謎の紋章が浮かび上がった。

 

「ん?」

 

「!? な、何ですかコレ!?」

 

 それは、錬金術師がよく使う移動手段の一つ。

 テレポートの輝きであった。

 

「──遅くなったワケだが……ヒイロ、初出勤なワケだ」

 

 その紋章より現れたのは……ヒイロの雇用主。

 プレラーティである。

 

 

 ──そして、場所は移り変わる。

 

「……おお、ここが」

 

「そう、ここがお前の仕事部屋というワケだ」

 

 その場所はぱっと見はお洒落なオフィスのように見え、一通りの設備は整っている様に見えた。

 

「ここお前のデスクなワケだ」

 

「へー」

 

 いきなりの登場ではあったが、待望の登場でもあったプレラーティ。

 朝食を食べていた所ではあったが、ヒイロは一も二も無く付いていった。

 

「トイレはあそこで……」

 

「ふぅん……男女別か。……今まで気になってたけどお前ってどっちのトイレ使うの? 女子トイレ使うのか?」

 

「は? 殺されてぇワケかお前」

 

「ちょ、ちょっと気になっただけだって……」

 

「チッ。じゃあ次は──」

 

 そうしてちょくちょく波乱が起きそうになっていたが、問題なく施設の説明は続いていく。

 

「……」

 

 その間ヒイロは、何かから逃避するように先程の事を思い出していた。

 

 それは、プレラーティと響の初顔合わせでのこと。

 

『──ああ! 貴女がプレラーティさんですか!? あ、あの、ヒイロさんがお世話になっております……私、響って言います』

 

『……ああ。どうも、私がプレラーティなワケだ。しかし……本当に同じ顔なワケだ』

 

『あ、は、はい』

 

『いきなり押しかけて悪いが、コイツ一日借りてくぞ』

 

『え? あ……! つ、つまりは今日から出勤と言う事ですか!?』

 

『ああ、そう言うワケだ』

 

『……そうだったんですね。ヒイロさん、頑張ってきてください!』

 

 そう言って、響はヒイロを送り出してくれた。

 送り出してくれた……のだが。

 

「……」

 

 ヒイロは、ぐるりと部屋を見渡す。

 至って普通の部屋にしか見えない。普通ではない所はせいぜい……窓が一つも無くて、プレラーティとヒイロ以外誰も居ないことくらいだろう。

 

 正直怪しさしか無かった。

 あれだけ良い笑顔で送り出されたというのに、ヒイロは既に帰りたくなっていた。

 

(……い、いや、説明があるはずだ……きっと!)

 

「──以上で説明は終わりなワケだ。質問は?」

 

「──いや終わりかよッ!」

 

 だからこそ、何の説明も無い事に速攻で突っ込みを入れていた。

 ヒイロの大声にプレラーティは顔を顰め、面倒臭そうに言葉を溢す。

 

「……何だよ。何が疑問なワケだ?」

 

「いや、何でこの部屋窓がねーんだよッ! 何処だここ!? 他の人間は何処だよ!?」

 

「ああ、何だそんなことか。窓が無いのはこの部屋が地下にあるからなワケだ」

 

「……あ? 地下?」

 

「そ。敵から身を隠すための策なワケだ。だから場所は秘密」

 

「……」

 

 思ったよりも普通な理由だった。確かに物理的に地下にあるのならそれ以上の隠匿場所は無いだろう。

 以前まで星人対策で気を遣っていたヒイロとしてはよく理解できる話だ。

 

「それに……他の人間にはこれからイヤというほど会わせてやるワケだ」

 

「……?」

 

 そして。

 プレラーティはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 コツコツと足音を鳴らして暗い道を歩く。

 どうも薄暗い場所が多いなこの場所。地下だから仕方ないのか……?

 そんな事を思いながら、ヒイロは前を歩くプレラーティの後をついて行く。

 

『……それで、本当にミラアルクも俺が教えるのか?』

 

 すでにヒイロの格好はスーツとゼロスーツに着替え済み。

 きちんと変音機能が効いてる事を確認するように、プレラーティに問いかける。

 

 それは自身が大いに傷付けてしまったミラアルクを指導する事への不安。

 自分は不用意に会わない方が良いんじゃ無いか? と思っての問いかけだったが……プレラーティは事もなさげにこう返した。

 

「──ああ。もうとっくにお前が与えたトラウマも克服済みなワケだ」

 

『え? マジ?』

 

「マジもマジなワケだ」

 

 ──嘘である。

 一年もの時間が経った今でさえ、ミラアルクは真っ黒の物体を直視できない程である。

 

「なんならお前に会いたいよぉ会いたいよぉって言ってたワケだ」

 

『えぇ……? 幾ら克服したからってトラウマの相手とそう会いたいと思うか……?』

 

 何処かかわいこぶった口調で語るプレラーティは、何時もの冷たい雰囲気とは違いすぎて怪しさしか無かった。

 

 ──当然、嘘である。

 

 現在のミラアルク達ノーブルレッドの預かりはプレラーティ。

 その中でも一番の問題児であるミラアルクに、プレラーティは散々手を焼かせられていた。

 何せ彼女は完全なる吸血鬼。以前までならいざ知らず、ミラアルクとプレラーティの実力は伯仲している。

 

 故にか、以前こんな事があった。

 それはミラアルクを保護してすぐの事。

 

『──おい! 飯を食ったらキチンとかたすワケだッ!』

 

『はッ! 何でアンタにそんなこと言われなきゃいけないんだぜ! そんなことより早く皆に会わして欲しいぜッ!』

 

『……』

 

 それはミラアルクの力が周囲に知れ渡った頃の事。

 

『──おい! いい加減他の錬金術師達をいびるのを止めるワケだッ!』

 

『はッ! アイツらが先にウチらの事いびってたんだぜ!? 立場ってのを分からせてやっただけだぜッ』

 

『……』

 

 それはミラアルクがプレラーティの小言に怒った時の事。

 

『──おい! いい加減お前──』

 

『あああッ! 一々うるさいんだぜッ! アンタはウチのママかよッ! この元おっさんがッ!』

 

『……』

 

 こんな具合に相当手を焼かせられていたプレラーティだが……彼女には切り札があった。

 

 そう、それこそがヒイロの存在である。

 ミラアルクへことあるごとにヒイロの存在を仄めかせばそれだけで言う事を聞かせられた。

 

 ミラアルクは今もまだヒイロの影に怯えていた。

 

「──そうそう。本当……ミラアルクにお前を会わせてやりたいワケだ」

 

『ふーん……』

 

 だがそんなことをおくびにも出さずに、プレラーティはペラペラと言葉を重ねてヒイロの気を別の方向に逸らしていく。

 

「そんなことより、会場では私が言った通りに動くワケだ。分かったか?」

 

『……ああ。しかし、俺が何かを教える側になるなんてな……』

 

「ふふ。まぁ精々渡したデータによく目を通しておくワケだ」

 

『……おう』

 

 ミラアルクの事を気にしていたヒイロだったが……彼はそんなことよりもずっと、誰かにモノを教えるという事がキチンと出来るか不安だった。

 何せ彼が本気で誰かにモノを教えたことなど、人生でもほんの少ししか無かったから。

 ヒイロは自分がキチンと仕事が出来るか今日まで不安で仕方が無かった。

 

 そんなヒイロの心理を巧みに突いて、上手い具合に意識を資料へと誘導したプレラーティは……ヒイロから見えないようにニンマリと口を歪める。

 

(本当に扱いやすい奴なワケだ。簡単に誘導できる……と言うか、扱い易すぎて少し不安になってきたワケだ。大丈夫かコイツ)

 

 以前と同じように簡単に誘導されるヒイロに一抹の不安を覚えつつも……プレラーティは自身の計略に思いをはせる。

 それは、プライドだけはいっちょ前な錬金術師達にどうヒイロを紹介するか……と言うモノである。

 

 そう、錬金術師とはプライドの塊で凄い頑固な生き物!

 そう易々と自身の考えを変えたり、教えを請うなど普通であれば有り得ない!

 

 ヒイロはそんな奴等に戦い方を教えなければならないのだ。

 不良学校の生徒に勉強を教えるよりも難しいだろう……。

 

 だからこそ、プレラーティは考えた。

 どうすれば錬金術師達に言う事を聞かせられるかを。そして以前までの錬金術師達は一体何によって纏められていたか。

 

 答えは一つ。

 

 そう、暴力……! 

 

 前局長アダム・ヴァイスハウプトはその圧倒的な力によって多くの錬金術師達を支配していた。

 最後まで好きになることは無かったが、その力だけは認めていたプレラーティ。

 

 故にヒイロ就任に際して、彼女は憎々しいながらも彼の手法を真似ることとした。

 アダム・ヴァイスハウプトよりもスマートで確実な支配のために。

  

(その為のお膳立てはしておいてやるワケだ。精々威圧感たっぷりに登場するワケだ)

 

 ──そして、今に至る。

 

 

「なっ……何だあの男はッ!?」

 

「あ、アイツマジかよ……ッ! あの男スゲェッ! マジかよッ!?」

 

「信じられん……お、おい……お前等見てるか……?」

 

「ああ……」

 

 ──ミ、ミラアルクを跪かせているッッッ。

 

 その光景を目撃した錬金術師達は──初めて心を同じにしていた。

 なんだあの男は……と。

 

 しかしそんな錬金術師達の視線には気付かないまま、いきなり崩れ落ちたミラアルクを心配したヒイロは頭を掻く仕草をしながら彼女へ優しく声を掛ける。

 

『……えっ? す、すまん……また俺何かしちゃったか?』

 

 ──ヒイロには全く悪気は無かった。

 しかし、ミラアルクにとっては劇薬だった。

 

 膝から崩れ落ちたミラアルクは一瞬気の抜けたような表情をしたかと思うと──すぐに這いつくばって平伏した。

 その状態の……ミラアルクは一心不乱に謝りだした。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃいい」

 

「ミ、ミラアルクちゃん!? 貴方一体ミラアルクちゃんに何をッ──!?」

 

「だ、大丈夫でありますかミラアルク? ミラアルクーッ!?」

 

 その姿を見て『ノーブルレッド』のヴァネッサは警戒を露わにし、エルザは怯えるミラアルクを心配していた。

 

「な、何という男だ……ミラアルク──『あの御方』を継ぐ女をあそこまで怯えさせるだとッ!?」

 

「そ、それにミラアルクを前にしてのあの余裕……た、ただ者では無いッ……!」

 

 そして、錬金術師達は驚愕と共に恐れ戦いていたし……ヒイロは聞いていた話と全く違う状況で凄いビックリしていた。

 

 この場の全員に温度差があった。

 

『え、ちょっ……えぇ? お、おい本当に大丈夫か?』

 

「貴様ッ! ミラアルクちゃんに近付くなッ!!」

 

『えっ……あの……』

 

「や、やめてぇヴァネッサ! ひっ、あ、あの……お、お願いするんだぜ……ど、どうか2人に手出しは……」

 

「き、貴様……ミラアルクちゃんに何をッ……!」

 

『……』

 

 とりわけ『ノーブルレッド』とヒイロの間には完全なる差が生まれていた。

 ヴァネッサが家族の仇でも見るような目でヒイロを睨み付けているし、ヒイロはワケも分からず黙り込んでいる。

 まぁヒイロがミラアルクに酷い事をしたのは事実だが。

 

 ──と。

 

「ふっ……コントはその位にしておいて欲しいワケだ」

 

 そこでようやく、プレラーティは声を上げた。

 

『あっ、プレラーティお前ッ!? 言ってた事と全然ちげぇじゃねぇかッ』

 

「『GANTZ』。お前も今は黙っておくワケだ」

 

『……』

 

 彼女は文句を言ってきたヒイロを一蹴すると、辺りに響く声で説明を続けた。

 

「──もう皆分かったワケだ。お前達に教鞭を振るう教師の事がッ!」

 

「ッ……ま、まさか……その教師とはッ……!?」

 

「そう。それこそがそこに居るミラアルクを半殺(シバ)いた事もある……『GANTZ』なワケだ」

 

 その言葉に、ビクッとミラアルクの背が跳ねた。

 全身から汗が噴き出て、治ったはずの腹がジンジンと幻痛の如くうめき始める。

 

 ミラアルクの脳内には最悪の未来が広がっていた。

 それはプレラーティが自身へ事あるごとに語ったヒイロの凶行について。

 

『お前をボコったあの男、以前鬼狩りと称して吸血鬼を技の実験台にしていたらしいワケだ。それも東京の吸血鬼が絶滅するまで』

 

『ぇっ』

 

『おっと……そう言えばお前は吸血鬼だったワケだよなぁ……? ん?』

 

 汗だくになりながらぷるぷると小さく震えるミラアルク。

 そんな彼女の頭上では、今も会話が続けられている。

 

「……あなた……まさかあの子達のお仲間?」

 

『……あの子達、ってのはS.O.N.Gの事か? なら仲間ってワケじゃねぇ。協力者だ』

 

「……ふーん……なら……信用できる……のかしら……?」

 

『……別に、無理に信用しなくてもいーっつの。俺がコイツボコったのは事実だし』

 

「……」

 

 その間ミラアルクは自身に訪れる未来をボコボコにされた過去から鮮明に予想できていた。

 

(……ま、またあの技を使われるのか? い、いやモット酷い技をウチに……!?)

 

 彼女の脇汗が止まらなかった。呼吸は不定期で、心臓は正しく鼓動を刻んでいるかも分からない。

 喉はカラカラで、血は巡らず。ミラアルクは自身が干からびる幻想を見た。

 

『……ああ、そうだ。おいプレラーティ! コイツらもここに居るって事は戦わせるのか!? そのエフだかなんちゃらって連中と!』

 

「当然なワケだ。ソイツらは貴重な戦力なワケだ」

 

『給料とかはどーなんだ!? 普通の待遇か!?』

 

「? ああ、そうだが──」

 

『──なら、一つ条件追加しろッ!』

 

「あ?」

 

 ミラアルクは今、自分が上を向いてるのか下を向いているのか分からなかった。

 だから当然……頭上で交わされる言葉の意味も理解できず。

 

「……え? 嘘でしょ……」

 

「ほ、本当でありますか……? ガンツさん」

 

「いや……お前…戦力的にそんなこと許せるワケ」

 

『いーや問題無いッ! 俺を見ろ! 戦力なら十分だろッ』

 

「……」

 

 ノーブルレッドの2人がどうして息を呑んだのかも分からなかった。

 

 

 

 

『──おい、大丈夫かミラアルク』

 

「……えっ…あっ……ひっ」

 

 そして気が付いたときには目の前にゴツイヘルメット……ゼロスーツを被ったヒイロの姿が見えた。

 ミラアルクはどうやら貧血で意識が朦朧としていたようで、気付けば土下座の状態から体を起こされていた。

 

 眼前にトラウマの顔が広がっていた事で息が止まりかけたが、何とか呼吸を続け意を決してヒイロへと言葉を投げかけた。

 

「……も、ももしかして……もう……なん……ですか?」

 

『あ?』

 

「プ、プレラーティが言ってた……技の実験を……するって……」

 

『……』

 

 瞬間、ヒイロはプレラーティへギロリと目線を投げかけたが……当の彼女は口笛を吹きながら何処か遠い方向を向いていた。

 その様子を見て何故ミラアルクがここまで動揺しているかを理解したヒイロは、はぁと息を吐いた。

 

『……いや、しないって……そんなこと……』

 

「……ほ、本当……?」

 

『マジだって。プレラーティの奴め……一体どんなこと吹き込んだんだっての。──まぁ吸血鬼で技の実験はしてたが』

 

「えっ?」

 

『ともかくだ』

 

 一瞬恐ろしい言葉が聞こえたミラアルクの意識に被せるように、ヒイロは言葉を続けた。

 

『お前にそんなことしねぇよ』

 

「……」

 

『……以前までのあれこれがあったから……いきなりってのは難しいだろうが……仲良くやろうぜ』

 

「……」

 

 そう言ってヒイロは呆けた顔をしたミラアルクへ手を伸ばした。

 

『──それに上手くやれりゃ……お前も()()()()()()()()()()

 

「──え?」

 

『あぁ? さっきの話聞いてなかったのか? ミッションこなしたら……俺がその体治してやるって言ってんの』

 

「……」

 

 その言葉に、ミラアルクは完全に言葉を失った。

 ヒイロは本当に聞いてなかったのかよ……と呟きながら、先程語った内容をもう一度口にした。

 

『……お前のデータは見たぜ。あの状態なら……多分治せる』

 

「……」

 

『お前等、()()()()()()()()。同情するよ。でも、だからってやらかした罪が軽くなるわけじゃ無ぇ。俺は今でもライブ会場のことは恨んでるぜ』

 

「……」

 

『でもな、罪は消えなくても償うことは出来る。世間に迷惑掛けようとしてる悪い奴等ぶっ飛ばすって方法でな。その償いに、少しくらいの報いがあっても良いだろ?』

 

「……」

 

 それは、ヒイロが先程閲覧していたノーブルレッド達の情報である。

 そこには、彼女達の体の状態から来歴まで……全て書かれていた。

 

 だから、ヒイロは理解した。あのような凶行に走ったのには理由があったのだと。

 

 ハッキリと言って、ヒイロは同情していた。

 千人以上の死者を出した、街を滅茶苦茶にした、罪を数えれば切りが無いだろう。

 

 だが、彼女達の始まりもまた言い逃れが出来ない悲劇だった。

 故にヒイロは手を伸ばす。罪を償う気が有るのなら……少し位の、彼女達の本来の望みを叶えようと。

 

『最も、普通に戻っても仕事はして貰うぜ。まぁ安心しろ。人間ってのは鍛えりゃ鍛えるほど強くなれるからな』

 

「……本当……に?」

 

『ああ。俺はその為にここに来た』

 

「……」

 

 絶句……と言うよりも、最早それは意識の断絶であった。

 何せそれは──ミラアルクにとって有り得ない光景だったから。

 

『えっ? ちょっ……おい!?』

 

 再び気を失いそうになるミラアルク。しかし、地面に倒れる瞬間に体が支えられる。

 

「あ……」

 

『おい……マジで大丈夫か? ……もしかして技の後遺症とかじゃないだろうな!? 少し触るぞ』

 

「えっ……あっ!?」

 

 現在、彼女の感情はグチャグチャになっていた。

 不安と安心、恐怖と安堵。未だ恐怖の対象である男が、労るように自身の腹へと手を伸ばす。

 

「あっ……ああっ」

 

『!? 痛むのか!?』

 

「ちっ違っ……」

 

『!? 血が!?』

 

 以前まではただ痛みしか感じなかった掌から……優しい暖かさを感じる。

 

「あっ……ああ……」

 

『おい……プレラーティ!? なんか様子がおかしいぞ!?』

 

「は? この短い時間で何したワケ? お前本当に何なんだよ」

 

『いや……俺が知りたいッつの!?』

 

「ちょっ……ミラアルクちゃん!? 大丈夫!?」

 

 バタバタと駆け寄ってくるプレラーティの事や、心配そうに覗き込んでくる仲間のことも……今は見えない。

 彼女の目線は一点のみに向けられている。

 

『おい! 大丈夫かマジで!?』

 

(……ああ)

 

 ミラアルクは、自身の腹に乗せられた確かな暖かみを感じながら……感情の変化を理解する。

 

 始まりは恐怖。そして、次に畏怖へと変わり。

 

 今、その想い(畏怖)は昇華され──。

 

「はい……GANTZ様……」

 

 ──彼女の畏怖は信仰へと進化した!

 

『あ、ああ……ん? ……様?』

 

(えっ様?)

 

(は? マジかよコイツ(ヒイロ)……)

 

(さ、様……?)

 

 ミラアルクの爆弾発言は周囲に居たノーブルレッドやプレラーティだけで無く──さざ波のように錬金術師達の元へと伝播していく。

 

「おい今……」

 

「あ、ああ……あの男やべぇ」

 

「あのミラアルクに様付けで呼ばせるとは……」

 

「何という漢だ……」

 

 彼等は知っていた。

 ミラアルクがどういった経緯でここに居るのか。

 

 ミラアルク。

 本名をミラアルク・クランシュトウン。彼女は旅行で訪れたスロバキアにて会員制の拷問倶楽部に拉致されただけで無く、その後パヴァリア光明結社の支部に卸され実験体として扱われたと言う哀しき過去を持っていた。

 

 そんな彼女に様付けで名前を呼ばせるなど……普通の精神を持つ者なら出来ないだろう。

 

(──ちゃんと従お)

 

 まず間違いなく、今日一番に錬金術師達(かれら)の心が一致した瞬間だった。

 

 

「……」

 

 何で?

 

 心の声には誰も応えず、虚しく胸中にこだまする。しかし言わずには居られない。

 何で様付け? は? おかしいだろ? プレラーティの奴もドン引きしてたわ。

 

 俺もドン引きだよ。

 

「……とんでもねぇ初日になっちまった……」

 

 思わず頭を抱える。ここは俺に与えられた執務室。ここにはプレラーティ以外誰も来ないと言うので、遠慮無くゼロスーツを脱がせて貰っている。

 

「……」

 

 ミラアルクめ……何がどうしたらああなるんだよ。

 訳分かんねぇ。もう既に明日からの出勤がイヤでイヤで仕方が無くなったんだが。

 

「……はぁ」

 

 けどま、なんか知らんが錬金術師の皆は俺の事受け入れてくれたし、『ノーブルレッド』の2人もドン引きしてたけど言う事聞いてくれそうだし。

 

 ミラアルク以外は大丈夫そうか。

 ミラアルク以外は。

 

「……」

 

 よし! もうミラアルクのことを考えるのは止めよう! もっと別のこと考えよう!

 

「あ! そうだ! そういや掲示板の連中今どうしてっかな~」

 

 現実逃避するようにスマホを取り出し、ここ一年就活やらなんやらで忙しくて触れることも無かったブラックボール情報交換スレへと足を伸ばす。

 しかし。

 

「……あれ。よく考えりゃ……『企業』が無くなっちまったんだから……もう無いのか?」

 

 ふとブラックボール情報交換スレの管理人である『企業』がとっくのとうに吹き飛んでいたことを思い出し、指を止める。

 

「……つか、そうなるとアイツらと連絡取れる手段、無くね?」

 

 ……よく考えれば俺、日常が忙しすぎて情報交換スレのこととか他の部屋の住人のこととかすっかり頭から抜けていた。

 今どうなってるんだ……? マジで連絡取れないとか? それは辛すぎるんだが。

 

 一瞬嫌な予感がしたが……一応の望みを掛けてスレの情報を検索してみる。

 すると。

 

「……え? 有るじゃんスレ」

 

 何故かスレは健在だった。

 しかもちゃんと俺が知る物よりもスレ数が多い。

 

 これ幸いとばかりにリンクをタップして──。

 

「──は?」

 

 そこには、有り得ない光景が広がっていた。

 

「──え? 誰コイツら……」

 



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ブラックボール情報交換スレ12120

1:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

 

このスレはブラックボール利用者の情報交換スレの後継スレです。

 

次スレは>>950が立ててください。

立てられなければ安価指定。

 

荒し・暴言は控えましょう

前スレ

ブラックボール情報交換スレ12119

 

 

2:呼び出されて名無し ID:GoKu10

新スレ有難っす!

 

3:呼び出されて名無し ID:38SINyAKurai

みんな!!新スレキメろォォ!

 

4:呼び出されて名無し ID:SYATE!

新スレ……心底有難っした

 

5:呼び出されて名無し ID:SYATE!2

スレ立てマジ偉大ェ

 

6:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

えっ何コレは。 

 

7:呼び出されて名無し ID:DAkAse6

男の人って何時もそうですよね!

スレ立てのこと何だと思ってるんですか!?

 

8:呼び出されて名無し ID:SIpuGIN71

疾風迅雷やね

 

9:呼び出されて名無し ID:SYATE!

しっかし、最近そこら中が物騒っスね

直哉が行ってた裏社会がどうとかって話も真実に思えてきたっス

 

10:呼び出されて名無し ID:GoKu10

おいおい、子供がそんな話真に受けんなよ

 

11:呼び出されて名無し ID:TamaBUX

いやちょちょちょい

今なんか変なのおらんかった!?

普通に話し続けんなや!!

 

12:呼び出されて名無し ID:SYATE!

え?もしかして『ひーろー』クン!?

 

13:呼び出されて名無し ID:GoKu10

直哉の洒落を真に受けるなって言ったばかりだろ?

 

14:呼び出されて名無し ID:SYATE!2

虚像だろ?幻想じゃねェよな!?

 

15:呼び出されて名無し ID:GoKu10two

本気なら灼熱過ぎる

 

16:呼び出されて名無し ID:SIpuGIN71

いや普通に考えてまた直哉のなりすましや

スルー推奨や

 

17:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

え?誰アンタら

つか、よく見たらここ普通のスレじゃん

管理人達はどーしたんだよ

 

18:呼び出されて名無し ID:TamaBUX

いや理性があるように見えるんやけど

直哉だったらもうイキッとる筈やで

アイツは浪速のスピードスターや

 

19:呼び出されて名無し ID:DAkAse6

ひーろーって何時もそうですよね!

何で毎回遅れてくるんですか!?

 

20:呼び出されて名無し ID:SIpuGIN71

ほな直哉とちゃうかぁ

確かに直哉やったらこの時点でイキっとるわ

ならこの人誰やねん

 

21:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

いや……え?マネモブとか拙者ざむらいとかお嬢様とか居ないの?

え?ここマジでブラックボール情報交換スレか?

 

22:呼び出されて名無し ID:SYATE!

あのもしかしてこれ……本者っスか!?

本者のひーろークンっスか!?

 

23:呼び出されて名無し ID:TamaBUX

いや……なんやそう考え始めたら直哉が嫌がらせしとる気がしてきた

どうすりゃ本物って分かるんや

 

24:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

俺からしたらアンタらの存在の方が謎なんだが?

どう言う状況だよコレは

 

25:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

偽者と本者、見分ける方法……あるぜ?

 

26:呼び出されて名無し ID:SYATE!2

真実っスか暴走族神!?そ、その方法神託えて欲しいっス!

 

27:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

いいか?

真実でひーろクンってんなら……一つ答えてくれや

好きなプリキュアの名前を

 

28:呼び出されて名無し ID:SYATE!2

ああ!確かにその方法なら偽者を見分けられるっス!

流石暴走族神!

 

29:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

は?いやプリキュア?何言ってんの?

 

30:呼び出されて名無し ID:TamaBUX

ああ……

 

31:呼び出されて名無し ID:SIpuGIN71

直哉や!

好きなプリキュアを答えられないって事は直哉で決まりや!

アイツはオタク趣味が嫌いやからな!

 

32:呼び出されて名無し ID:GoKu10

本気かよ……やっぱ"直哉"だったか

 

33:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

いや……普通にキュアエールが好きだけど

 

34:呼び出されて名無し ID:SIpuGIN71

ほなひーろーか……

 

35:呼び出されて名無し ID:TamaBUX

間違いないでこれは

 

36:呼び出されて名無し ID:SYATE!2

ああ……しかもエールって事は"HUGっと"の主人公っス!

これ、本気でひーろークンじゃないっスか!?

 

37:呼び出されて名無し ID:SYATE!

虚像だろ……本気かよ!?

ひーろークンが還ってきた!

 

38:呼び出されて名無し ID:SYATE!2

幻想じゃねぇよな?!

 

39:呼び出されて名無し ID:38SINyAKurai

ひーろー……待望ってたぜ、キミのこと

 

40:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

えっ何この流れ

マジでどう言う事?

 

41:呼び出されて名無し ID:OReOsoWareN

今北産業

 

42:呼び出されて名無し ID:DAkAse6

……っ!

男の人って何時もそうですよね!スレの流れのこと何だと思ってるんですか!?

ひーろー来襲!

 

43:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

いやあの……そろそろどーなってんのか教えてくんない?

ブラックボール情報交換スレだよねここ

 

44:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

いいぜ。アンタが真実でひーろクンってンなら……

一から俺が神託る

 

45:呼び出されて名無し ID:SYATE!2

暴走族神説明心底有難っス!

 

46:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

やばいな……どう言う漢字の使い方だよ読めねぇよ

フリガナ降ってくれ……

 

 

 

112:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

えー話を纏めるとあれだ

ここに居る奴等は殆どがラストミッションの時にエリアぎりぎりに居て逃げてた奴等ってことか?

これ有ってる?

 

113:呼び出されて名無し ID:SYATE!

押忍!俺らの九州組の組長(リーダー)が俺らを纏めて一緒に逃がしてくれたっス

心底(マジ)一生の恩感じてるっス!

 

114:呼び出されて名無し ID:TamaBUX

ウチ達は何か最初っから端の方に転送されてそれっきりや

 

115:呼び出されて名無し ID:OReOsoWareN

俺達もだ

何故か標的に狙われなかった

 

116:呼び出されて名無し ID:DAkAse6

……っ!

男の人って何時もそうですよね!それ貴方だけですよ!?

 

117:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

まぁ……あれだ。ここに居るのは何らかの理由が有って、ラストバトルで戦わなかった奴等って事な

 

118:呼び出されて名無し ID:38SINyAKurai

押忍!すいやせんひーろークン!戦いに加勢出来ず……!

 

119:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

いや、別にんなの気にしてねぇって

つか、あの状況で子供達保護してたんだろ?本当ならそっちのがスゲぇよ

 

120:呼び出されて名無し ID:38SINyAKurai

いえ……あっしらはそんな大したモンじゃ有りやせん

ただ社会の爪弾きモンとして……愛する家族を星人に殺られた星災孤児達を放ってはおけなかっただけっス

 

121:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

……え?星災孤児?何その謎ワード

 

122:呼び出されて名無し ID:GoKu10

血も涙もねぇ星人の被害者って意味でさぁ!

アイツら……たかだか星人の巣を住民事数十個ぶっ潰しただけだってのによォッ……星人の奴等血も涙もねぇ……!

 

123:呼び出されて名無し ID:GoKu10two

ああ……! 九州組の男手達は皆星人達に皆殺(ぶっころ)されちまって……俺達の組長(リーダー)も星人の餌食に……!!

 

124:呼び出されて名無し ID:GoKu10

転送(サライ)星人狩り(殺し)遊び(拷問)!

ただ俺達は組の稼業(シゴト)をしてるだけなのによォッ!

星人よォ星人なぜッ

 

125:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

ああ……なんか色々と独特な感性持ってるんだな

 

126:呼び出されて名無し ID:TamaBUX

言うとくけどウチらとソイツら一緒にせんといてや

ソイツらが特殊なだけや

 

127:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

で?結局何でそんな奴らがこんな所集まってんの?

他の奴等は何処行ったんだ?

 

128:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

ああ、そいつは簡単な話っスよ

単に、もう殺し合いは終わったのかを知りたかっただけっス

 

129:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

?ミッションの事か?

んなのとっくに終わってる筈だが

 

130:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

いや、それがどうも何人かミッションやってるみたいで

そのくせその後の情報が全く無いから不安だったっつーわけ

 

131:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

それ多分海外のミッションに行っただけだと思うぞ

今って任意で海外のミッション受けれるようになってんだよ

つか、リーボック辺りがその辺説明してなかったか?

 

132:呼び出されて名無し ID:38SINyAKurai

リーボックサンからは何も

あの人意味深に呟くだけだったんで

 

133:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

そっか

リーボックらしいな

じゃあ国連の奴等からも何か聞いてないのか?あの人達も説明してくれる筈だろ

 

134:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

リーボックサンがそれより先にオレらを転送(おくっ)ちまったからなぁ~

結局何も聞けず終いよ

 

135:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

そっか

本当に抜けてるなアイツ

 

136:呼び出されて名無し ID:TamaBUX

だからウチらは教えて欲しいんや

事の顛末とか今後も呼ばれるのかどうかとか、色々とや!

今ここに居らんくても、それを知りたい奴は仰山居る!

その為に掲示板変えてでもここ維持してたんや!

 

137:呼び出されて名無し ID:SYATE!

お願いするっスッ!ひーろークン!どうか俺達に情報を!

 

138:呼び出されて名無し ID:SYATE!2

ひーろークン!

 

139:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

なる程ね。ま、俺が知ってる事で良いなら教えるよ

 

140:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

心底(マジ)助かるぜひーろークン!

 

141:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

つっても大した話じゃないし、知りすぎても良いことは無いから端的に言うぞ

 

もうブラックボールに呼ばれることは無い!

ついでに頭の爆弾も無い!

スーツとかはそのまま持ってっても良いからお守り代わりに持っとけ!

 

以上だ

142:呼び出されて名無し ID:SYATE!

え?情報それで終わり……スか?

 

143:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

ああ。もう何もかも終わったよ。

それだけで納得してくれ。呼び出されることもねぇしな

 

144:呼び出されて名無し ID:DAkAse6

……っ!

男の人って何時もそうですよね!全然教えてくれないじゃないですか!?

拙者ざむらいさんとかどうなったんですか!?

 

145:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

まぁこれ以上はここじゃ言えねぇ事ばかりってのも有る

箝口令とかも敷かれてるしな

随分と期待してたみたいだが、俺から言えるのはこれくらいだ。頼むからそれで納得してくれ

 

あと拙者ざむらいについては俺の方が知りたいくらいだ

 

146:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

……ひーろークン。戦いが終わりって……それって真実(マジ)寄りの真実(マジ)?

 

147:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

マジもマジ。

もう無理矢理戦いには呼ばれねぇよ。解放されたんだって

 

148:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

ひーろークンが態々嘘吐くとも思えねぇし……

真実(マジ)なんだろうな

 

149:呼び出されて名無し ID:SIpuGIN71

そっか……本当に終わりなんやね

 

150:呼び出されて名無し ID:GoKu10

組長(リーダー)若頭(副リーダー)……死んでいった組員(みんな)

終わったよ……

 

151:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

しんみりしているところ悪いが、前までの情報交換スレの他の住人ってどうなったか知ってる奴いるか?他にも説明できそうな奴くらい居るはずだろ?それこそリーボックとかマネモブとかお嬢様とかさ

リーボックはブラックボールに反応すらしねぇし、他の部屋のブラックボールも応対無しだ

アイツら何処行ったんだ?アイツらと連絡とりたくてここに来たんだが

 

152:直哉 ID:Na2O7ya

そんな大物がこんな便所の落書きになんて来るわけないやろ

ここ辛気くさくてたまらんわ

 

153:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

は?誰も来ないって事は無いだろ

 

154:呼び出されて名無し ID:TamaBUX

うわぁ出た

 

155:直哉 ID:Na2O7ya

事実や

そもそもひーろークンが来るまで何も情報掴めん雑魚共やでコイツら

ひーろークンが来てくれた事自体奇跡やし

 

156:呼び出されて名無し ID:GoKu10

とうとう出やがった……怪物(荒らし)が……!

 

157:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

おい今度は誰だよ……

158:呼び出されて名無し ID:GoKu10two

このスレの真実(マジ)の迷惑話……!

掲示板(スレ)で会話(レス)かますと……直哉が来襲(く)る!

 

159:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

直哉って誰だよ

 

 

 

623:直哉 ID:Na2O7ya

ひーろー君

キミはここに居る奴等なんか相手しとる暇無い筈や

知っとるか?コイツら暇さえ有ればずぅっと女児アニメの話ばっかりや。

ここだけの話やで?ださいと思っとんねん。いい年した大人が女児アニメの話しとんの

普通に同じ考えの人一杯居ると思うで?

 

624:直哉 ID:Na2O7ya

しかもなぁ……毎度毎度口を開けば死んだ誰々がどうとかばっかりやし

辛気くさくてたまらんわほんま

 

625:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

マジかよコイツ自分語りでどれだけレス飛ばすんだよ

 

626:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

ひーろークン

コイツは荒らしの直哉クンっつってスレ荒らしまくってる迷惑な暴走族みてぇな奴でさァ

誰かあの切貼(コピペ)持ってないか?

 

627:呼び出されて名無し ID:SYATE!2

押忍!暴走族神!

 

直哉

今年で27歳 男

髪は短め、金髪に染めてる

 

身長:普通 体重:普通

趣味:読書

性格:強い奴にしか興味ない

特技:家族の中で一番足が速い

 

家系:ゼンイン家と呼ばれるカザナリ家に勝るとも劣らない退魔の一族の長男

職場:ゼンイン家最強の武装集団「ヘイ」筆頭

術式:呪術師にとって呪術を知られることは命に関わることなので秘密

 

628:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

何だよこれコピペか?

 

629:呼び出されて名無し ID:SYATE!2

押忍!直哉の情報(自分語り)切って貼って纏めた切貼(コピペ)っス!

 

630:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

そうだったなコピペだった……

久しぶりにこういうの見たわ

 

631:直哉 ID:Na2O7ya

勝手に人の過去晒すなや雑魚ボケが

それよりひーろー君

岡君ってどーなったか知らへんか?

 

632:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

直哉はこんな感じでひたすらレスしまくってよぉ~

無駄にスレ消費しちまうんだよなぁ

 

633:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

岡……?岡は死んじまったぞ

何だアンタら岡と同じ部屋だったのか?

 

634:呼び出されて名無し ID:TamaBUX

え?それ本気で言っとるんか?

ウチらは京都の住人やけど……え?マジであの岡のおっさんが?

 

635:呼び出されて名無し ID:SIpuGIN71

岡のおっさんが死ぬってやばいやん

戦わんくて良かったぁ

 

636:直哉 ID:Na2O7ya

は?

 

637:直哉 ID:Na2O7ya

ありえんどう言う事や岡君が死んだ?

は?

 

638:直哉 ID:Na2O7ya

なんや嘘吐くなや

 

639:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

嘘じゃねぇよ

あの時のアイツは……色々合ったけど満足して逝ってたよ

 

640:直哉 ID:Na2O7ya

ありえん

 

641:直哉 ID:Na2O7ya

岡君が死ぬか普通?

 

642:直哉 ID:Na2O7ya

絶対嘘やろ誰も死体なんて見とらんやん

 

643:直哉 ID:Na2O7ya

なぁ嘘やろひーろー君

 

644:直哉 ID:Na2O7ya

そんな下らんこと言わんで欲しいわ

 

645:呼び出されて名無し ID:TamaBUX

いやうざいねんお前!メンヘラか!

岡のおっさんが死んだのが悲しいっちゅうのは分かるけどなぁ!

どんだけ一人で話し続けんねん!

 

646:直哉 ID:Na2O7ya

雑魚が何話しかけとんねん黙っとけや

 

647:呼び出されて名無し ID:TamaBUX

直哉あんたほんま女々しいわ

前から思っとったけどなぁ、そう言うの友達なくすで

 

648:直哉 ID:Na2O7ya

何俺の事分かった気でいんねん

第一友達無くすんわお前の名前の方やこのタマブクロが

 

649:直哉 ID:Na2O7ya

悔しかったら何か言ってみぃ

 

650:呼び出されて名無し ID:SIpuGIN71

あかん、タマちゃんが黙ってもうたわ

女の子にそれは流石に酷いで直哉くん

 

651:直哉 ID:Na2O7ya

うっさいねん雑魚が

お前は顔があかんわ

 

652:直哉 ID:Na2O7ya

ほんま有り得んわ。なぁひーろークン嘘やろその話?

 

653:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

つか、もうアンタらコイツNG入れとけよ

荒らしに反応してたらキリねぇッつの

話切り替えてさ、マジでマネモブとかお嬢様とか知らねぇの?

来てないのかアイツら?

 

660:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

実を言うとっスね……ひーろークン

実を言うと、拙者ざむらいッぽい人が遺書みたいなの残してるんスよ

 

669:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

は?

 

671:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

これがリンクっス

https://

 

680:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

……おいコレマジかよ

友達のこととか初めて知ったんだが

え?何で相談してくんなかったんだよアイツ……

 

685:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

これが投稿されてから拙者ざむらいクンはスレに来なかったし……

多分、そう言う事だと思うっス

 

695:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

……そうか。

拙者ざむらいの奴も死んじまったか

じゃあ、せめてアイツの友達は治してやらねぇとな

 

701:呼び出されて名無し ID:GoKu10

ううっ……ひーろークンと拙者ざむらいクンの友情……!

 

707:呼び出されて名無し ID:GoKu10two

尊い……

 

710:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

おい……俺普通に悲しんでるんだけど?茶化さないでくれる?

つか、拙者ざむらいの友達の病院って何処だよ

しらみつぶしで行くしかねぇか……?

 

712:呼び出されて名無し ID:samuraiJ

なんか凄いことになってるでござるなぁ

 

713:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

ん?あれ……

 

721:呼び出されて名無し ID:OReOsoWareN

直哉?

 

731:呼び出されて名無し ID:DAkAse6

っ……直哉って何時もそうですよね!

そう言う冗談は本当に止めてください!!

 

733:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

いやNG登録したから直哉じゃないと思うが

え?幽霊……?

 

739:呼び出されて名無し ID:samuraiJ

いや、何拙者のこと勝手に殺してるでござるか?

拙者死んでないでござるが

 

743:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

え?

 

749:呼び出されて名無し ID:DAkAse6

えっ……拙者ざむらいさん!?

 

750:呼び出されて名無し ID:OReOsoWareN

おいマジか?

 

756:呼び出されて名無し ID:samuraiJ

と言うか、ようやく見つけられたでござるよひーろー

何やってたでござるか?

 

765:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

いや……普通に就活……

え?生きてたの?お前?

 

773:呼び出されて名無し ID:samuraiJ

生きてたでござるよ

マネモブと協力して海外のミッション行ってたでござる

死ぬかと思ったでござる

 

775:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

いや……ええ?じゃあなんでスレに来なかったんだよ

 

782:呼び出されて名無し ID:samuraiJ

だって拙者達も事態説明できるわけじゃござらんし、拙者大学受験で忙しかったでござるし

喋る無い用も無ければROMるのは必定でござる

 

788:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

ああ……そう。

生きてたんだなお前

 

795:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

ん?待てよ。お前海外のミッションって事は……点数何に使ったんだ?

 

802:呼び出されて名無し ID:samuraiJ

そりゃ決まってるでござるよ

今連絡入れたでござる

 

803:呼び出されて名無し ID:Nyan2oo1J

おお、ほんまに居ったわ

お久しぶりやでひーろー!

 

843:呼び出されて名無し ID:Nyan2oo1J

あれ?ひーろー?

 

852:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

……お前……そうか、そう言う事だよな

 

856:呼び出されて名無し ID:Nyan2oo1J

あーそういやひーろーはあんまこー言うのは好きや無かったよな

 

857:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

いや。んな辺に気遣うなよ

俺も気遣わねぇから。1回死んだ雑魚リーダーさんよ

 

862:呼び出されて名無し ID:Nyan2oo1J

はーーーーー!???

なんやお前喧嘩売っとるんか!?

ええ度胸やお前今すぐ大阪来いやッ!

 

863:呼び出されて名無し ID:MNMoboo1

以前よりも考えが柔軟になった所には好感が持てる

 

865:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

マネモブ……お前も普通に生きてたんだな

 

870:呼び出されて名無し ID:MNMoboo1

悲しいよ。弟子が師の実力を信頼してくれないなんてね

 

878:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

お前マジでマネモブか?直哉か?口調が普通すぎるんだが

 

882:呼び出されて名無し ID:MNMoboo1

最近は普通に喋ってるんだよ

意外と受けが良いんだよね

 

887:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

ああ……そうか。俺もそっちの方がとっつきやすいよ

 

897:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

なんだよ、皆普通に居たのかよあー変な心配して損したわ

あれ、じゃあお嬢様とかどーしたんだよ

 

904:呼び出されて名無し ID:Nyan2oo1J

お嬢様な……アイツもう格ゲー出来んくらい忙しいらしいで

だからここ確認もしとらんと思う

 

910:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

え……お嬢様アイツ死ぬのか

 

912:呼び出されて名無し ID:Nyan2oo1J

ワイチノちゃん経由で会ったけど

お前も会ったらビックリするで

 

922:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

なんかよく分からんが……皆、普通が忙しそうだな。

俺も就職して今日が初出勤でさ……

あぁそうだ。なぁマネモブ、一つ聞きたいことあんだけど……良いか?

 

923:呼び出されて名無し ID:MNMoboo1

どうしたんだ?藪から棒に

 

930:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

魔胎掌ってさ……なんか副作用みたいなモン有るのか?

 

937:呼び出されて名無し ID:MNMoboo1

魔胎掌の話はするな……ワシは今無茶苦茶機嫌が悪いんや

 

942:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

いや聞いてくれよ開発者だろ?

実はそれぶち込んだ奴がなんか俺の事変な目で見てきてさ

 

960:呼び出されて名無し ID:MNMoboo1

だから魔胎掌の話はするなと……

まぁ話は聞くが。変な目ってどんな目だ?目が充血するとかか?

 

971:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

そう言う感じじゃ無くて……何つうかこう……心酔してる?感じの目って言うか

なんか知ってるか?

 

978:呼び出されて名無し ID:MNMoboo1

いや……知らんそんなの……怖…

 

979:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

えぇお前も分からないのかよ……どうすりゃ良いんだ……

 

980:呼び出されて名無し ID:samuraiJ

なんか大変そうでござるが、拙者ひーろーに頼み事があるでござる

 

981:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

ああ、友達が寝たきりなんだろ?なんなら今からでも治しに行くか?

 

982:呼び出されて名無し ID:samuraiJ

本当でござるか!?

 

983:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

ああ。魔胎掌について考えてても仕方ねぇしな。

今丁度時間あるし、一時間後にブラックボールの前で集合な

 

984:呼び出されて名無し ID:samuraiJ

恩に着るでござる!

 

985:呼び出されて名無し ID:H-EroMom

じゃあ、一時間後な

986:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

これは行ったかな?

 

987:呼び出されて名無し ID:SYATE!

ううっ……二人の友情心底(マジ)情熱(エモ)いっス……

 

988:呼び出されて名無し ID:GoKu10

おう……でも次スレどーすっよ?

 

989:呼び出されて名無し ID:GoKu10

ま、ひーろークンからの説明もあったし……そもそも無理にここに集まる必要も無ぇし……950も直哉が踏んじまったし……

もういいだろうぜ

 

990:呼び出されて名無し ID:OReOsoWareN

確かにな

集まるにしてもここである必要は無い

 

991:呼び出されて名無し ID:DAkAse6

っ……!

男の人って何時もそうですよね!

ディスコとか使わないんですか!?

 

992:呼び出されて名無し ID:SYATE!

なんだか……感慨深いっスね……

 

993:直哉 ID:pJGTSvjBD

おいコラ

無視すんなや

 

994:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

舞踏会(ディスコ)……?

なんだ、二人でダンスでも?

 

995:呼び出されて名無し ID:OReOsoWareN

いや、そう言うメッセージツールがあるんだ

 

996:直哉 ID:pJGTSvjBD

ざけんなやドブカスが

 

997:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

へぇ……オジサンでも使えるかねェ~

 

998:呼び出されて名無し ID:DAkAse6

っ……!

おじさまって何時もそうですよね!簡単に使えますよ!

ここにURL乗っけておきますので!

https://

 

999:呼び出されて名無し ID:Zo3ku9GAmi

ふーん。

んじゃ、そっち出発(いって)みっか~

 

1000:直哉 ID:pJGTSvjBD

人の心とかないんか?

 

1001:1001

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新しいスレッドを立ててください。

 

 

 

 



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"誰か"の前日譚

 人生が退屈だった。

 

「皓ー? 朝よー」

 

 目覚めるたびに、母の声を聞くたびそう実感する。

 

「皓。お前ももう高校生なんだから……自分一人で起きなさい」

 

「……」

 

 口うるさい父の言葉を聞くたび、苛立ちに似た感情が体を突き動かす。

 

「皓!」

 

 飯もそこそこに立ち上がり、自分の部屋に籠って学校へ行く準備をする。

 

「……」

 

 行ってきますも言わずに家を出て……退屈な日常に躍り出る。

 春の日差しが体を包み込む。

 

「……」

 

 ……あーあ。

 なんか……面白いこと起きねぇかな。

 俺は、そんな事を思いながら学校へ向かった。

 

 コレが、()()()の朝のこと。

 学校の帰りに車にはねられて黒い球の部屋に呼び出された、運命の日の朝のこと。

 

 退屈だった俺の……玄野皓の人生が大きく変わった日の朝だった。

 

 

 何処かパッとしない昼行灯って言葉がぴったりな親父と、背が小さくて如何にも気の弱いって感じの母さんから生まれた俺は、確かに二人の血を引いていた。

 

 たまに可愛い顔とか言われたりはするけど、基本的にパッとしない顔で、おどおどして見えるのか弄られキャラが板に付いている。

 それが俺だった。

 

 そんな俺が、死んだ。

 そして蘇った。謎の黒い球の部屋で。

 

『おー……また新しい人。キミも死んだ人?』

 

 今にして思えば、その日俺が生き残れたのは奇跡に近かった。

 

『ねぇ……これテレビのドッキリだよね?』

 

 新人ばかりばかりで経験者は殆どいない。

 

『ああッ……また……なんッ…で……夢だったんじゃ無いのかよ……!?』

 

 唯一の経験者も、錯乱しててなんの役にも立たず。

 せいぜいブラックボールの名前を俺に教えてくれた位だ。

 

『……コイツは…篝火球……なんかのゲームにあやかって……ずっと前に居た奴がそう名付けたんだ』

 

 ここでは、ブラックボールの事を篝火球なんて呼んでいた。

 意味はよく分からなかったが、当時の俺はとにかく混乱していた。錯乱、と言った方が近かったかも知れない。

 だから、他の奴等が一切聞き従わなかった経験者の言葉に従ったし……経験者が異様に怯えていた星人という敵の存在を信じた。

 

 だから俺だけ生き残れた。

 

 他に呼び出された奴等も、経験者の奴も、皆死んだが俺だけは生き残った。

 最後までステルスを徹底して、他の奴等を殺した星人を一方的に殺していった。

 

 それが本当に()()()()()

 まるでスーパーマンにでもなったように、人間を蹴散らすことが出来る怪物を、逆にこちらが嬲っていった。

 

 星人のボスを殺して部屋に戻ってきた俺は、篝火球から採点を受け、初回で一気に30点を手に入れていた。

 その後何をしても開かなかった部屋の玄関が開き、興奮冷め止まないまま自分の家に帰ってきた俺は、そのまま眠りについて翌日を迎える。

 そして目が覚めても残り続けた篝火球のスーツや武器を見て、昨日の出来事が本当にあった事だと理解する。

 

 それからはもう、まるで自分がこの世界の主人公になったように振る舞った。

 

 スーツの力で俺をイジっていた不良達をのすこと簡単にできたし、どんな強い不良でも一撃で事が済む。

 スーツさえ着ていれば……俺は本当にスーパーマンだった。

 

 ──まぁ、そんな俺の自惚れも……長くは続かなかったが。

 

 それを為したのは、次のミッションで出会った手も足も出なかった悪魔みたいに強い星人……ではなく。

 その悪魔みたいに強い星人を()()()()()()()()()()()彼女によって、分からされた。

 

 黒いスーツに黒い髪。

 返り血に体を汚しながらも、凜として崩れない気高い表情。

 

『……大丈夫ですか?』

 

 戦闘の最中ですら崩れなかった表情が、俺を心配する声と共に柔く崩れる。

 

『……良かった。恩人をむざむざ見殺しにしては我が家の恥ですわ』

 

 違う。俺はただ、自惚れてたから新人達のリーダー気取ってただけだってのに。

 

 ボスと一人で戦ってたのだってそうだ。

 スーツ着てない奴のためとか、全員雑魚との戦いで怪我してたから、なんて殊勝な理由じゃ無い。

 

 アンタが綺麗だから……ここで格好付けたら仲良くなれっかなぁ……なんて下心で、ボスに挑んだだけだってのに。

 

『……そう言えば、お名前……聞いてませんでしたね』

 

『……く、玄野…皓…です……』

 

『あら、良いお名前。よろしくお願いいたしますわ、玄野くん』

 

 そう言って彼女は俺へと手を伸ばした。

 

 黒髪ロングにシミ一つ無い綺麗な肌。

 大和撫子という言葉は彼女のためにある、と言われても信じてしまう程の清らかさ、美しさ。

 

 彼女が『お嬢様』。

 ……本当、初対面の時が一番格好良かったよ。その後の付き合いで色々と『お嬢様』のメッキは剥がれていくわけなんだけど。

 

 でも、まぁ。その時は本当に格好良かった。

 あんまりにも格好良かったから、俺はあの時──彼女に惚れてしまった。

 

 

「……」

 

 それから幾つもの戦いがあった。

 ヤバい星人と何度も何度も戦ってきた。

 『お嬢様』以外にも頼れる仲間も出来たし、俺も三年近く続いた戦いをどうにか生き残ることが出来た。

 

「……」

 

 ……まぁ、『お嬢様』と特別仲良くなれはしなかったけど。

 『お嬢様』は意外にも、と言うのは失礼だけど……大人だった。

 

 大人だから高校生の俺相手に本気にはならなかったし、大人だから俺を諭した。

 でも、俺だって本気だ。そう簡単に諦められない。

 

 だから彼女の趣味だっていうゲームを始めたりしたし、何とか彼女の連絡先を手に入れられた。

 何とか友達から始めることは出来た。

 

 けどそこからも大変だった。

 彼女のゲームの腕前がトップクラスだったとか、好きなモノを語り出すと息をも吐かさない長文で語ってくるとか。

 そう、彼女は筋金入りのオタクだった。

  

 でも、大変だったのは彼女の趣味に追いつくことだけで……『お嬢様』への想いは全く変わらなかった。ただ、彼女の新たな一面を知れたことが嬉しかった。

 

 ああほんと、色々としたな。

 東京のゲームの大会とかも出たし、色んなアニメも見たし、引きこもっていたって言う彼女をUSJとかディズニーとかに連れて行ったりもした。

 そうやって連れ歩いていく内、『お嬢様』とは大分気軽い関係になれた。

 

 それが『お嬢様』にどれだけ効果があったのかは分からないけど……楽しんでくれたのなら嬉しい限りだ。

 

「……」

 

 ああ、しかし……本当……そわそわが止まらない。

 大丈夫だろうか、『お嬢様』は。

 

「……」

 

 俺は今病院にあるベンチに座っている。そわそわそわそわと落ち着かない。ぐるぐるぐるぐると色んな考えが頭を巡る。

 

 ……親父も、今の俺と同じ気分だったのかな。

 ふと、自分の父親のぼんやりとした顔が思い浮かぶ。

 あの人がそんな切羽詰まった顔するところ思い浮かばねぇけど、それでも俺と同じようにそわそわしていたのだろうか。

 

 母さんはどうかな。

 母さんは……どんな気持だったのかな。

 

「……」

 

 親父達は学生の時からの付き合いで、仕事の関係で東京から香川に引っ越してきたという。

 今になってから思う。知らない土地、知らない環境で親になって……親父達がどんな思いで俺を育てていたのか。

 

「……」

 

 人生が退屈だった。

 退屈に思えるくらい……平穏に育ててくれた。

 

 ()()()()()()()()、それがどれだけ凄いことか……ようやく分かった気がする。

 

『────!』

 

「……!」

 

 そして。

 大きな泣き声が聞こえて……顔を上げた。

 

 

「……お疲れ様、『お嬢様』」

 

「……もう、その名前で呼ばないでください」

 

「つっても……何て言うか。()()()()()()は慣れないって言うか……」

 

 そこでは二人の男女が話していた。

 一方は疲れ切った顔をしながらも、晴れやかな表情で。

 一方は、無事に終わったことを喜ぶ嬉しそうな表情で。

 

「──あら? 昔の名前の方が好きなの?」

 

「いや絶対にそっちの方が良い」

 

「でしょうね。私も自分の名前、嫌いでしたし」

 

 お父様とお母様は尊敬してますが、名付けという一点においては軽蔑してます。

 いじめられる原因になる名前はクソです。

 

 きっぱりと言い切る彼女……『お嬢様』を見て、男……玄野皓は苦笑を溢した。

 

「それで、なんでその名前にしたんだ?」

 

「何となくです。昔私が初めて見た映画の主演の方のお名前を……借りたんです」

 

「……そ、そんな適当に決めてたのか?」

 

「あら……適当じゃありませんよ? 昔見たその方、凄く素敵な方で……憧れの人でした」

 

 疲れがあるのか、そこで言葉を句切った『お嬢様』は、深くベッドに背を預け……チラリと横を見る。

 

「──玲花(レイカ)

 

「あら、なんですか?」

 

「……その子の名前、考えてきたんだ」

 

「……」

 

 『お嬢様』──いや、玄野レイカの視線の先には……小さな、生まれたばかりの命があった。

 

「……聞かせて、お父さん」

 

「ああ」

 

 ──そう。

 玄野皓は、ラストミッションの後……『お嬢様』と籍を入れた。

 

 付き合い始めたのはそれより前から。玄野が成人してからなので、凡そ一年ほどの期間をおいての結婚だった。

 籍を入れるにあたって『お嬢様』の家とは色々とあったが……結果的には問題なく『お嬢様』は玄野になった。

 

 そして玄野になった彼女は、躾られてきた口調を捨て……更に改名して玲花(レイカ)になった。

 仕方も無いだろう、彼女は元々普通にフランクに喋りたいと思っていたし、()()()()も好きじゃ無かった。

 前々からそうしたいと思っていたことを、名字が変わるタイミングでしたのだ。

 

 ともかく、晴れて家族となった彼等二人が生活を続ける内、命を授かった。

 

 それが……今二人の目の前で眠っている小さな赤子。

 

「……寿を並べて、寿々(すず)……」

 

「……すず。良い名前ですね。きっと長生きしてくれます」

 

「……良かった。君にそう言って貰えるなら安心だ」

 

「ええ。最適解です。きっとこの子は長生きして……うん。何か大きい事を為してくれます。私と貴方の子供ですから」

 

 『お嬢様』……玲花は笑みを浮かべながら……目の前の赤子に手を伸ばす。

 

「……寿々。貴女の名前は……すず」

 

 そして、伸ばした手を握り返してくる小さな命を感じながら……優しく教えるように言葉を溢す。

 

「貴女は……くろの…すず」

 

 ──さて。

 ()()の未来は……果たして。

 



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