模造巨人と少女 (Su-d)
しおりを挟む

1.邂逅

こんにちは
もしよければ暇な時に見て頂けると幸いです
 どうぞ


 

 

 

 

 

 

 

 

どうして…

 

どうして皆私のことを忘れてしまうの?

何でいつも一人にならなければいけないの?

大切なものを奪われる悲しみはいつしかそれをもたらす者に対する復讐心へと変わっていく.....

 

見上げると赤い流星が真っ黒な空を切り裂くように飛んでいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浦の星女学院。それは内浦湾の西に張り出した岬に所在する田舎の小さな私立女子高校である。

入学式を終え新入生を迎えた浦女では部員獲得のための部活動勧誘が行われていた。

 

「青春を謳歌したいそこの貴方!入るなら是非ウチのソフトボール部に!」

「背が高いわね!バレー部の即戦力確実だわ!」

「お客さん、ちょっと良い話が…」

 

手頃な新入生を捕まえ連行するその様子は勧誘というよりキャッチセールスの所業である。

 

そんな賑わいの中、メガホンを片手に元気良く叫ぶ少女がいた。

「スクールアイドル部でぇぇぇぇぇぇす‼︎春から始まる!スクールアイドルぶぅぅぅぅ!宜しくお願いします!」

全身全霊、一語一語に魂を込めるようなその叫びは他のキャッチセールス、もとい部活動勧誘とは一線を画す程の迫力がある。

「貴方も!貴方も!スクールアイドルやってみませんか!?輝けるアイドル!スクールアイドル‼︎」

その声に誰もがハッとそちらを見やりーーーーーー

 

 

 

ーーーーーー逃げるように立ち去っていた。

 

新入生にとって浦女の部活動勧誘は精神的にかなり応えたようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スクールアイドル部です…」

何てこった。本当ならこの勧誘で沢山部員を獲得して浦の星女学院スクールアイドル部を結成する一歩手前まで来ていたところなのに。 だってあのスクールアイドルだよ!今色んな所ですっごく話題になってテレビにも出てるあの!     

‥‥‥‥やっぱり誘い方が良くなかったのかなぁ 。

 

だいたい!うちの学校の部活動、勧誘のやり方をもうちょっと自重するべきだと思うんだけど。私が最後まで言い終わらないうちに皆んな逃げちゃったじゃん!

 

「千歌ちゃん......?」

隣にいる曜ちゃんが気まずそうに声をかけてきた。渡辺曜ちゃん。

浦の星女学院の高校2年生でウェーブの入ったボブカットがよく似合う運動神経抜群の女の子。私が私が幼い頃内浦に越してきてからいつも一緒。かけがえのない私の大切な友達。今もこうして私がやっている活動に付き合ってもらってます。

 

「うぅ.......今大人気の!スクールアイドルでぇぇぇぇす‼︎」

今思いの丈を思いっきり叫んでいる私の名前は高海千歌。曜ちゃんと同じ浦の星女学院の高校2年生で.......他は特に無いかな?私は曜ちゃんと違って普通だし。   ………ってそんな事はどうでも良くて!

 

私は今とっても夢中になっていることがあります。 あの日、秋葉原の巨大スクリーンで見たあの光景.....,9人の女の子たちが綺麗な声で歌いながら美しく、どこか悲しそうな様子で踊っているあの姿を見た時から。

私と同じ高校生が画面越しに放つその輝きは何に対してもあまり興味が無かった私の心にも火を灯してくれた。 私もあの9人、μ'sみたいにスクールアイドルをやりたい。輝きたい!

 

今はまだ前途多難だけど.......それでも胸の高まりが止まらないの!

 

今度こそ、本当に夢中になれるものを見つけたんだから。

 

 

決意を新たにした私はちょうど目の前を通りかかった二人のすっごく可愛い一年生に声をかけるべく飛び出した。

……私に背中を預けもたれかかっていた曜ちゃんが転んでしまったことに気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

人間たちは生きている。平和な日々をごく当たり前のものとして。その平和が積み木細工のように瓦解しかけていることも知らずに。もしくは目を背けているだけなのだろうか?

 

いずれにせよそんな中で光だの希望だの口にしている奴を見ると反吐が出る。存在するかも分からないものに縋り付くのは弱者の考えだ。

 

私は違う。 ……そもそもそんな心の余裕が保てる環境に身を置いたことが無いのだから。

 

 

 

ーー富士山・山中ーー

 

霧がかった樹海の中で二つの影が交錯する。その内の一方が霧の中から飛び出してきた。昆虫のような体に鋭い手足の爪。その姿は地球上に存在するはずのない異形の怪物を想起させる。

 

異形の怪物はその体躯からは想像も出来ないほどのスピードでもう一方の影に飛びかかった。

 

グシャッ

 

刹那、樹海の中に吸い込まれていく肉の塊を刺し貫いた衝撃音。

 

ギャアアアアアア

 

断末魔が響き渡った。

 

霧が晴れると先程の怪物が腹部を刺し貫かれていた。背中から棒状の何かが突き出ている。 その巨体が崩れ落ちると同時にもう一つの影の姿も露わとなる。

 

 

黒髪の少女がそこには立っていた。

 

「………」

少女は先程怪物を葬った黒い棒状の武器のようなものを手の中でくるくると数回回転させ付着していた白く濁った体液を振り払った。

 

かなり扱い慣れた様子でそれを懐にしまうと、今起きた状況にさして興味もない様子でその場を離れーーー

 

「待ってくれ!」

ーーその場にへたり込んでいた若い男が声をかけた。少女がいなければ人知れず山中で異形に喰われていたところである。

 

「危ない所を助けてくれて本当にありがとう。あの、さっきのあの化け物は一体ーー」

 

 

「スペースビースト」

 

「え?」

 

「覚える必要も無いですよ。すぐ忘れるから」

 

そう言い残し立ち去っていく少女。生気の感じられない冷たい声と光の宿らない双眸から放たれる視線に男は言葉を失った。

 

 

刹那、山中に白い光が降り注いだ。光が消滅すると化け物の死骸は消え男がただ一人取り残されていた。

 

「孤門君!」

 

自分の名を呼ぶ声に我に帰る。一緒に登山していた彼女が安堵した様子でこちらに駆け寄って来た。

 

「リコ!」

 

「良かった....気付いたら居なくなっちゃって......もう!こんな所で何してたの?」

 

「ご、ごめん!..........それより!大変なんだ!さっきまでここで....,」

 

「ここで?」

怪訝そうな顔をしながらその続きを促すリコ。

 

「ここで........................................あれ?」

 

 

 

 

 

 

 

「何してたんだっけ?」

 

 

辺りを覆っていた霧はいつの間にか消えていた。

 

 

 

 

 

 

 ーー内浦・ダイビングショップーー

 

「着いたーー‼︎」

 

学校を終えた千歌と曜の二人は小型ボートで内浦湾を渡った先にある淡島のこじんまりとしたダイビングショップを訪れていた。

 

「遅かったね。今日は入学式だけでしょ?」

青髪のポニーテールを腰辺りまで伸ばした少女、松浦果南が柔らかな微笑みを浮かべながら二人を出迎えた。

 

松浦果南。浦の星女学院の高校三年生だが怪我のある父親に代わりダイビングショップの経営をしており現在休学中。そんな気苦労が多い中、不安や悩みを一切感じさせず明るく、生き生きと振るまう彼女の姿に果南の幼なじみである千歌と曜はいつも元気を貰っていた。

 

「うん、それが色々と.....」

 

「はい!回覧板と志満姉から!」

何か含むような言い方をする曜に構わず回覧板と袋一杯に詰め込まれた橙色の果実を渡す千歌。

 

「どうせまたみかんでしょ?」

 

「文句なら志満姉に言ってよ」

 

果南のからかう様な言い方に口を尖らせる千歌。

思った通りの反応に満足したのか果南はまた小さく笑った。

 

 

 

 

「それで、果南ちゃんは新学期から学校来れそう?」

ダイビングショップのテラスに設けられたベンチに腰掛けながら曜がここに来て一番聞きたかったことを尋ねる。

 

「うーん。まだ家の手伝いも結構あってね。お父さんの骨折ももうちょっとかかりそうだし.....」

 

よっと声を上げながら重さ20kgはありそうな酸素ボンベを軽々と運んでいく果南は華奢な体格にも関わらずかなりの力持ちだ。日頃行うトレーニングと肉体労働の賜物である。

 

「そっかぁ、果南ちゃんも誘いたかったなぁ..........」

 

「誘う?何を?」

 

「うん!私ね、スクールアイドルやるんだ」

 

「っ!」

僅かに果南の動きが止まったことに二人が気付くことは無かった。

 

「ふうん.........でも私は千歌たちと違って三年生だしね」

 

「知ってる?凄いんだよ〜〜〜スkむぎゅっ」

スクールアイドルの素晴らしさを滔々《とうとう》と語り始めようとする千歌の口に果南が持ってきた干物を押し付けた。

 

「はい、お返し♪」

 

「また干物〜?」

 

「文句ならお母さんに言ってよ」

 

先程と全く同じやり取りに思わず声を上げて笑う曜。それにつられて千歌と果南も笑い出した。

 

 

 

代わり映えこそしないものの、何物にも替え難い平和な日常がそこにはあった。

 

 

三人はいつまでもこんな日々が続くものだと思っていた。

 

暖かな春の日差しに潮の満ち引き。夕日に照らされ海はユラユラと輝いている。

そして、内浦の海から吹いていた暖かな風がピタリと止んだ

 

 

 

ーーー刹那

 

 

 

 

 

「ーーーー!!!!!!」

大地を揺るがし、空気を震撼させる野獣の様な咆哮が内浦にこだました 

 

 

「きゃああああああああ‼︎!」

 

「千歌、曜、大丈夫⁉︎」

 

「いたたた.....何、今の....................ッ!?」

先程の衝撃で転んでしまった曜が頭を抑えながら立ち上がり、ふと海を見やるとその異様な光景に絶句した。

 

「どうしたの?曜ちゃん?一体何が見え..........た...........の...」

 

沖合に赤黒い巨大な渦潮の様なものが出現していた。

 

 

そしてその中から体長40mを超える巨大な怪物が這い出してくる。

 

 

 

 ーーーアンフィビアタイプビースト

           ・フログロスBーーー

 

 

「ーーーー!!!!!!」

カエルの様な姿をしたビースト・フログロスは、産声を上げるようにもう一度咆哮すると、その首を淡島の沿岸部にむけーー緑色の火球を放った

 

たちまち火の海と化した沿岸部一体。

 

辺り一体に充満する油のような匂い

火傷を負い、火ダルマになりながら逃げ惑う人々

絶えず響き渡る悲鳴

 

殺戮が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度のは随分大きいね」

 

黒髪の少女は近隣の高台からフログロスが街を蹂躙する様子を眺めていた。

 

【来たか.....】

 

「ファウスト、あれもビーストなの?」

 

【当然だ。今までお前が倒していたのはあくまで小型のビースト。本来スペースビーストは40mを凌駕する個体が殆どを占めている】

 

目に見えない何者かと会話する少女。もちろんその場には少女一人しか居ない。少女は昂ぶる感情を抑えるように拳を握り締める。

 

【無駄だ。今のお前では奴を倒すことは不可能だ】

 

「馬鹿言わないで。あいつらを皆殺しにしないと私は永遠にこの苦しみから逃れられないんでしょ⁉︎」

 

【黙って続きを聞け】

 

「!」

 

少女の体の中から聞こえる声は得体の知れない威圧感と冷淡さを孕んでいる。

 

【安心しろ。この時のために私が居る】

 

【お前に与えているダークエボルバーは本来振り回して扱うような物では無い】

 

【私と適能者(デュナミスト)を完全に同調させるためのいわば「部品」のような物だ】

 

「適能者....?何を言ってるの?」

 

【私に体を貸せと言っている。そうすればお前は私の姿となり戦うことが出来る】

 

「............」

 

【どうした?私の持つ闇の力がそんなに怖いか?】

 

先程の威圧感はなりを潜め、穏やかな様子で少女に話しかける声の主ーーファウスト

 

【恐れることは無い。お前は特別だ。そこらの有象無象の雑魚とは違い力がある。憎しみがある。絶望を知っている】

 

【そんなお前なら私の闇の力を使いこなす事ができる。何故私がお前にここまでの事が言えるか分かるか?】

 

無言で俯いている少女になお言葉を続ける

 

【私がお前の唯一の理解者だからだ】

 

「ふっ」

 

初めて微笑みを見せる少女。

 

【何が可笑しい?】

 

「確かにそうだよね。貴方だけだった。私を見てくれたのは.....」

 

自虐するように少女は呟いた。

 

「貴方とはこれまでずっと一緒だった。だから、今度は貴方と共にあれを..........殺す‼︎」

 

【それで良い.........さぁ、楽しませてくれ】

 

邪魔者(・・・)を  殺せ】

 

ーーー刹那、少女の持つダークエボルバーが紫色に輝き、辺り一体がドス黒い瘴気に包まれた

 

 

 

 

 

 

「果南ちゃん!大丈夫⁉︎すぐ退かしてあげるから!」

 

「や....いやぁ.....」

 

先程フログロスが放った火球の一つがダイビングショップの近くに着弾し、その爆風でダイビングショップが倒壊してしまった。果南はそのガレキに片足を挟まれ、動く事が出来ないでいる。

 

曜は必死にガレキを退かそうとしているが千歌はショックで全く動けずにいた。

 

「千歌、曜.....早く逃げて.........」

 

「逃げたいよ私たちだって‼︎お願いだから、早く抜けてよぉ....」

 

涙を流しながら懸命にガレキをに手を突っ込む曜の手からは血が滲んでいる。

 

「でも!このままじゃ三人共....」

 

フログロスは小島を破壊しながら突き進み、3人のいる陸地まで上陸しようとしていた。

ブクブクと太った様なその体から油の様な体液を撒き散らしている。

 

「ひっ.....」

 

そのおぞましい姿に三人共腰を抜かし、動く事が出来なくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間

 

 

 

 

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァ!!!!!!」

 

 

 

フログロスの頭上から無数の紫色の光弾が降り注ぐ

 

「ーーーー!!!!!!」

 

突然奇襲を受け絶叫しながらその場に倒れるフルグロス。

 

 

「え?」

 

訳が分からない三人は突然光弾が降り注いだ上空を見上げる。

 

 

上空より舞い降りた禍々しい光。

 

灼熱の炎が暴威を持って払われると、やがてそれは巨大な人型へと姿を変えていく。

 

 

 

「巨人……?」

 

 

 

 

平和な日々が終わりを告げたその日、内浦の海に黒い巨人が降り立った。

 

 

 

 

 

 




というわけでネクサスよりも先に登場してしまったダークファウストさん
ネクサスに出てくるウルティノイドってとても魅力的ですよね


次回はダークファウストvsフログロスの戦闘がメインになります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.魔人 ーー ファウスト ーー

前回の投稿から時間が空いてしまった事をお詫び申し上げます。
拙い文章で初戦を綴ることをお許しください。


ーー淡島・上空ーー

「駄目ですよお嬢様!これ以上は近づけません!というかそんなに身を乗り出さないで下さい!危険です!」

 

「でも‼︎あそこには果南の家が!せめて果南の安全だけでも確かめさせて!」

 

炎上している淡島上空を旋回するヘリの中から金髪の少女が身を乗り出している。今にも機内から飛び出してしまいそうな勢いだ。

 

「お気持ちは分かります........ですが!もしこの機体があの化け物の標的にされたら.....お嬢様の命をお守り出来ません!」

 

「私は貴方の腕を信じています.......だからお願い........一生のお願いです!」

 

機長に無理を言っているのは自分でもよく分かってる。でも、それでも大切な友人を失うなんて絶対に嫌だ。彼女達にもう一度会って、今度こそやり遂げるって決めたんだから....‼︎

 

西洋人の様な顔立ちをした金髪の少女、小原鞠莉は強い思いを抱きつつも、自分が今見ている事しかできないことに遣る瀬無さを感じていた。

 

 

 

「うぉっ!危ねぇ!」

 

突然紫色の光球がヘリの目の前を物凄いスピードで通過した。そのままフログロスが進撃する方向に向かっていく。

 

「何...今の」

何故かその光球の正体がハッキリと見えてしまった鞠莉は声を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウルトラマンって知ってる?」

 

「遠くの星からやって来て地球に現れた悪い怪獣をやっつけてくれる凄いヒーローなんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

幼稚園にいた頃、男の子達が本を見せながら得意げにそんな事を言っていた。  その時は「そんな事信じてるなんて、まだ子供だね」って笑っていたけれど........

 

あの時、見せてくれた本と全く同じような事が目の前で起こった。

 

「ウルトラマン..........?」

 

千歌は着地して静かに蹲っている巨人に期待の眼差しを向ける。

巨人がゆっくりと顔を上げその姿が露わになった。

 

赤と黒に塗り分けられた体色は右半身と左半身で非対称になっており、胴体は細身で男性か女性かも分からない。胸には黒い光球が埋め込まれている。

 

しかし、千歌達はその顔を見た途端言葉を失った。

 

頰から顎にかけ存在する血の涙のような赤いライン。そして一切光の宿らない真っ黒な瞳には得体の知れぬ不気味さがあった。

 

 

とても正義の味方とは思えない。この世界に存在する全ての暗闇を掻き集めて出来たようなその姿はまるで....................

 

 

 

 

 

 

「悪魔.......?」

 

ダークファウスト。それは人間とは相容れることのできない存在だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【(奴との戦いからはや1万年.........遂に肉体を取り戻す事が出来た)】

 

【(やはりこの小娘に10年前から接触しておいて正解だった)】

 

【(お陰で私の事を育て親か何かと勘違いするとは.........馬鹿な奴だ)】

 

【(お前はただの操り人形に過ぎなかったというのに)】

 

元々ファウストは地球上で自由に活動するための肉体を得るために長い間少女の体内に潜伏していた。

最初から身体を奪うつもりだったのである。

 

「ーーーー!!!!!!」

重々しい動きで起き上がり怒りに満ちた唸り声を上げるフログロス

 

【(下級ビーストか。何故雑魚がここまで大きくなった?)】

 

【(戦う必要も無いが....まぁいい。前座には丁度良い.....!)】

ファウストは腕を突き出しながら構えようとした。

 

 

直後、おかしな事に気付く。

 

【(!? 体が動かない!)】

 

自分の体を1mmたりとも動かすことが出来いのだ。

自分の意思と反して両手がゆっくりと顔の近くに持ち上げられていく。まるでじっくりと観察しているような動きだ。

 

(凄い.....本当に大きくなった.....)

 

精神を食い潰し、もう存在しないはずの声が体内から聞こえる。

 

 

 

 

【(まさか..............こいつに体の主導権を奪われているのか.........⁉︎)】

 

(ファウスト、どうするの?)

 

ファウストの謀略など露知らず、少女は大きな力を得た興奮を抑えきれない様子で話しかけてくる。

一瞬殺意を覚えるファウストだったが、暫しの逡巡の後

 

【今はお前がこの肉体の主導権を握っている。後はお前次第だ。私に頼ろうとするな】

 

落ち着いた様子で言葉を返した。

 

 

(……分かった。見ていて!)

【(まだ焦る時ではない。暫くの間こいつに戦わせ死にかけたところで体を奪えば良いだけの事だ)】

時には武力で相手を圧し、時には卑劣な手段で相手を追い詰める。それがファウストのやり方だった。

 

 

ダークファウスト…もといファウストの体を纏った少女は敵を見据え腰を低く落とした。

フログロスが戦車の如く突進してくる。

 

「…フッ!」

ファウストはサイドステップで突進の軌道から素早く外れるとすれ違い様に敵の脚を勢いよく蹴り払う。

 

「ヘェアァァ!」

転倒したフログロスの顔面に間髪入れず蹴りを入れた。

 

(重ッ⁉︎)

人間が巨大なコンクリートの壁を蹴る程の衝撃。反動でよろめいてしまう。この体重を生かした体当たりを喰らえばひとたまりもないだろう。

大した抵抗も無くゴロゴロと地面を転がるフログロスにファウストは連続で光弾を発射する。

 

(死ぬまでそこに這いつくばらせてあげる!)

フログロスの背中に断続して起きる爆発。苦悶の声すら上げる事が出来ないようだ。

 

【(小型とはいえどビーストを何回も倒させてきたからか...少しは動けるようだな)】

 

型に嵌らず、相手を倒すのに手段を選ばない少女の戦闘スタイル....所謂喧嘩殺法は意外にもファウストと相性が良かった。

 

(これで終わり...!)

 

地面に突っ伏して動けずにいるフログロスにマウントを取るために跳躍するファウスト。

 

(⁉︎)

少し跳び上がるつもりが500m以上も跳躍しフログロスを跳び超えてしまった。視界がオレンジ色の夕焼けの空に覆われる。

 

(これが...ファウストの力...!)

少女は空中で、巨大化すると身体能力がどれだけ変化するかを実感する。

 

空中で体を捻り綺麗な宙返りを決め体勢を立て直すとそのまま海岸に着地するファウスト。実力の差は歴然に思えたが...

 

突如、海面から赤黒い光が放たれフログロスを直撃した。何事も無かったかのように起き上がるフログロス。

 

(え⁉︎)

 

【(アンノウンハンド⁉︎まさか...今のは...)】

 

フログロスが火球を放ってくる。これまでとは比べ物にならないほどの大きさだ。

 

ファウストは咄嗟にシールドを張った。シールド越しに強烈な衝撃を感じる。

 

(破られるのも時間の問題)

瞬時にそう悟りそこから跳び退こうとした

 

 

 

「千歌ちゃん!急いで!」

 

「分かってる!」

 

「二人共もう良いから、速くここから離れて!」

 

 

火球の射線上に三人の少女がいた。自分が避けてしまえば....

 

(私何やってるの⁉︎知らない奴らに構う暇なんて!)

 

少女(ファウスト)は構わずその場から離れようとしたがーー

 

 

「果南ちゃんごめん!私さっきまで怖くて何も出来なかった...でも!あの黒い巨人が現れて暴れ始めて...私思ったの」

 

「千歌...」

 

「怖がってる時間なんて無いんだって。何も出来ないまま訳のわからない奴らに大切な友達を奪われてたまるかって!」

 

「私は一人じゃない。曜ちゃんだっている。誰かが助けに来るかもしれない。だから!」

 

「諦めちゃダメ‼︎!!」

 

 

 

オレンジ色の夕日の様な髪をした少女の姿を見るとその場から動く事が出来なくなった。

 

 

 

「「せーのっ!!」」

 

千歌・曜二人の努力がようやく功を奏し、ようやく果南の足を挟んでいたガレキが浮き上がった。

 

「もうちょっと!」

 

千歌達が最後の力を振り絞るのと同時にファウストの張ったバリアが崩壊した。

 

「グァァァ‼︎」

 

三人の目の前に火球をまともに喰らったファウストが倒れ込む。

その衝撃で果南の足を挟んでいたガレキも吹き飛んだ。

 

「やった...!」

 

「果南ちゃん、大丈夫⁉︎」

 

「正直もうダメかと...」

奇跡的に果南の足の傷はかなり浅かった。即座に肩を貸す千歌と曜。

 

「早くここから離れよう!」

 

倒壊したダイビングショップを踏み越えてようやく戦闘区域から離れる三人はそのまま避難所に急ぐ。

 

「あれ?あんなとこに人が!」

海岸に自分達と同じくらいの年の少女が立っているのを見つける曜。

 

「ちょっと!ここは危ないから速く逃げないと...ん⁉︎音ノ木坂の制服?」

 

「すみません!私今日始めてここに来たもので避難所が何処にあるか分からなくて...」

赤紫色の長い髪をしたその少女は戸惑った様子でそう尋ねてきた。

 

「分かった!私達が案内する。でもなんで今までここに居たの?内陸の方が安全なのに」

果南が怪訝な顔で尋ねる。

 

 

「それは....」

赤紫色の髪の少女は今もなお戦闘が続いている方をじっと見つめた。

 

 

 

 

 

 

アツイ…まるで火箸を背中に押しつけられている様だ。

 

地面に倒れているファウストにフログロスは先程の鬱憤を晴らすかのように大量の火球を浴びせている。

 

(私は結局…何がしたかったの)

 

意識が遠のいていく中、頭に浮かぶのは何故かあのオレンジ色の髪の少女。

 

(私が助けたみたいになってるんだから...せめてこの襲撃からは生き延びてもらわないと...)

 

目を閉じようとする少女。死ねるのなら正直もうどうでも良かった。

 

【おい】

ファウストが呼びかけてくる。折角今まで面倒を見てくれたのに...彼にも迷惑をかけた。

 

【貴様、本当に人間なのか?】

 

(へ?)

 

【受けているダメージは深刻な筈なのに致命傷になる気配が全く無い】

 

(どういうこと....?)

 

【はぁ....もう良い。これ以上攻撃を喰らうのも癪だ。いいか、これから私の言った通りに動け】

 

急速に意識がハッキリしてくる。

 

【アレの攻撃パターンは何となく分かる。命令通りに動くことなら簡単だろう?これ以上私を失望させるな】

 

【お前がビーストを本気で殺したいと思うならな】

 

 

 

 

フログロスはファウストがもう動けない見るや否や顎を大きく開き、口から触手を伸ばしてきた。

 

【今だ】

合図と共に少女(ダークファウスト)は腕を差し出す。触手は腕にしっかりと絡み付いた。

 

【絶対に離すな】

触手を掴んだままファウストはそのまま飛び上がる。

 

1000m…2000m…3000m…どんどん地上の建造物が小さくなっていく。

 

【よし....落とせ】

雲を突き抜けた所でファウストは敵の触手を引きちぎった。

 

「ーーーー!!!!!!」

フログロスは地球の重力に従い真っ逆さまに落ちていった。

 

 

大きな衝撃と共に内浦の海岸に巨体を打ちつけられるフログロス。

 

肉体こそ原型を留めているものの、脳震盪を起こしもう立ち上がることは不可能だった。

 

ファウストは内浦の上空500mで静止し、両腕にエネルギーを集中させる。

 

【今の状態でこの技を使用すれば暫くの間活動出来なくなる。絶対に外すな】

 

何かを引き絞る様に両腕を引くと黒いエネルギーの奔流が生成され、一気にそのエネルギーを纏った左右の拳を叩きつけた。

 

刹那、空が一瞬黒く染まりダークファウスト最大火力の技・ダークレイ・ジャビロームが射出される

巨大な黒い光弾はフログロスの体を容易く貫通し、体内のガソリン袋を跡形もなく焼き払った。

 

ついにフログロスは粉々に爆発四散した。

 

 

 




ダークファウストに変身する主人公(名前はまだ明かせませんが)の容姿ですが、気になった方は「アズールレーン 能代」で調べてみて下さい。
イメージはこのキャラクターと結構近いです。裾の長い黒いジャケットと黒いレガースを着せた状態(溝呂木眞也みたいな格好)がオリキャラの姿になります。(角は無い)
今回登場したビーストはアンフィビアタイプビースト・フログロス。
ウルトラマンネクサス18話やウルトラギャラクシー大怪獣バトル7話に登場しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.処理

今回の話とは全く関係ないのですが富士山山中で少女が戦ったのは バグバズン・ブルード というビーストです。放送短縮の為ネクサスで登場する事はありませんでしたが、後にウルトラマンX20話で再登場しました。その内の一個体がとんでもない強さでしたね

前回の後書きで時間が掛かると言いましたけどあれ嘘です。ごめんなさい

次の展開を書こうとすると多分結構長くなるので今回は箸休め回かつ次の話の導入みたいな感じで... 内容も少し短めです
サンシャイン本編の内容が全く進んでいません。これは重罪ですね


フログロスの爆散により戦闘は幕を閉じた。

 

ファウストはゆっくりと地上に降下していく。

 

 

 

「終わった.....の.....?」

結局避難できなかった千歌達は内浦で起こった最初の戦闘の目撃者となった。千歌が呆けた声を漏らす。

 

「いや!まだ黒い巨人が残ってる!あいつ...まだ暴れる気なの⁉︎」

対する果南は全く警戒を解いていない。

 

しかしファウストは地面に降り立つのと同時に力尽きたように片膝をつく。体力の限界を迎えたファウストはそのまま霧散する様に消えていった。

 

 

燃え盛っていた炎も消えかかろうとしている。

淡島には大きな破壊跡だけが残った。

 

ーー淡島・上空ーー

「Oh deer....」

 

「なんだったんだ今のは...?」

 

鞠莉と機長も先程まで起きていた出来事に呆気に取られていた。機長に至っては勤務中だというのに話し方が素に戻ってしまっている。無意識にヘリを降下させていることすら気付かなかった。

 

 

 

「あっ!果南‼︎」

鞠莉は海岸辺りにいる人影の中から大切な友人を発見した。

 

「「良かった...!」」

視界がぼやけてくる。慌てて服の袖で拭うと機長に命じる。

 

「すぐに着陸して!」

 

「大変申し訳ないのですが一面ガレキだらけで着陸する場所がありません。それにこの後学校の手続きがあるのでしょう?急いだ方が宜しいかと」

 

「お願い!一生のお願い!」

 

「さっきも言ってましたよねそれ⁉︎それに昨日奥様の屋敷から抜け出す時にその一生のなんとやらは既にお使いになられたはず...」

 

「ワタシは一度輪廻転生(リーンカーネーション)してるから問題無いデス!」

 

「帰りましょうか」

 

「ちょっと!主の言う事が聞けないのですカ!クラシマ!」

 

(胃が痛い...!)

 

ヘリは淡島の巨大なホテルに向かって飛び去っていった。

 

 

 

 

 

翌朝、まだ空が真っ暗な時間ではあるが果南はランニングをしていた。

(本当に何がどうなってるのよ...?)

 

ーーーー

昨日何とか避難所に辿り着き、そこで一夜を明かすことになった果南だったが、これからのことを思うと暗澹たる気持ちになった。ダイビングショップが無くなってしまえば、生活する事も出来なくなる。これからどうすれば良いのか全く分からなかった。

これからの事を考えると眠る事は出来ないだろうと思っていたがいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 

目を覚ますと、そこは見慣れた自宅(ダイビングショップ)のベッドの上だった。

訳が分からず家を飛び出すとーー

 

昨日の惨劇が嘘の様にそこにはいつも通りの海や街の景色が広がっていたのである。

ーーーー

 

(夢を見ていた訳じゃ無さそうね....)

昨日避難所で処置して貰った時の包帯がまだ足首にしっかりと巻き付けられている。

 

果南は深く考えすぎると頭がおかしくなってしまいそうだったので取り敢えず心を安らげる為にランニングをしている。彼女にとっての運動という概念は常人を遥かに凌駕していた。

山の急な傾斜にも呼吸一つ乱されず駆け上がっていく。

 

「?」

不意に茂みの中から人の気配を感じる果南。

 

(気のせいかな...?)

息を殺し音を立てずにひょっこり覗いて見る。

 

そこには小さな天然の湖があった。が、問題はそこではなく

 

(!?!?!?!?!?!?)

 

そこには一糸纏わぬ格好で水浴びをしている少女の姿があった。

 

 

 

 

 

(あんなにダメージを受けたのにそれ程傷は残ってない...不幸中の幸いというやつかしら)

背中に大量の火球を喰らったにも関わらず少女の背中には小さな火傷の跡が残っているだけだった。

ちゃぽんと湖の中に浸かりながら身体中の力を抜いてリラックスする。

 

火傷の跡は見る見るうちに消えて無くなった。

 

(驚く程美しく澄んだ水...治癒するのにも丁度良い)

 

側に置いてあるダークエボルバーを取り天にかざすとどこからともなく戦闘機の様な形をした黒い石が飛んで来た。

 

 

 

 

(UFO?宇宙人⁉︎ややややっぱり昨日の事は夢じゃ無かったの?)

 

果南の頭の中はキャパオーバー寸前である。

 

 

 

少女はばしゃばしゃと足を何回かバタつかせると満足したのか湖から上がる。

 

 

 

細長い手足に引き締まった体。スレンダーという言葉がよく似合っていた。長い黒髪を左右に振り水気を払うと光に反射している訳でも無いのにその髪は艶々と輝いて見える。周りの静かな雰囲気も相まって非常に神秘的な光景を作り出していた。

果南は思わず見惚れてしまう。 少女はそのままダークエボルバーを握りしめるとーー

 

ゴォォォォォォ‼︎

 

ドライヤーの様な音と共に少女の体から赤いオーラの様なものが発生する。

(!?!?!?!?!?!?)

 

 

「よし、乾いた」

【....................】

 

少女は先程呼び寄せた石ーー「ダークストーンフリューゲル」に手を突っ込むといつも着ている黒を基調とした服を取り出しあっという間に着替え終わった。

 

「いつもありがとうね」

【....................あぁ】

 

 

そのまま立ち去っていく少女。

 

 

 

(何あれ)

果南は次千歌達に会った時に話す事がたくさん出来てしまったのを確信した。

 

 

【............................私の力はこんなチンケな事に使うべき物なのか...?】

 

肉体を自力で動かす事が出来ず自身の闇の力が少女の日常生活に使われてしまう事にファウストは自分を見失いそうになる。

 

 

彼の葛藤を理解する者は、多分、いない。




何描いてんだろ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.転校生

ファウスト ゴシゴシ
メフィスト 「...................」
ファウスト ゴシゴシ
メフィスト 「....................お前何やってんの?」
ファウスト 「洗濯だけど」
メフィスト 「」

少女の服はいつも綺麗です


ーー浦の星女学院・二年生の教室ーー

「淡島にでっかい怪獣?」

 

「そうそう!こーーーんなにおっきくてカエルみたいな形の!」

 

「むっちゃん達知らないの⁉︎私も曜ちゃんも大変な目に遭ったんだから!」

 

何故か皆昨日のことを覚えていない。ニュースを確認してもそれらしき内容の物は一切放送されていなかった。昨日中々寝付けず少し遅刻してしまった千歌と曜はクラスメートに昨日起きた事を一生懸命説明しているところである。

 

一通り説明を終えるとクラスメートは黙ってお互いの顔を見合わせる。

 

「「「あっはははははははは!」」」

 

どっと笑いが巻き起こった。

 

「いくら二人揃って遅刻したからってその言い訳はぶっ飛び過ぎてるよ千歌!」

 

「しかもカエルって!確かに淡島にはカエル館なんてのもあるけどカエル嫌いだからって怪獣扱いすることないじゃん!寄り道するのも良いけど家には早く帰りなよ、カエルだけn.....っておぉーい!千歌、曜、何処いくのー!」

 

使い古されたネタを聞くより前に千歌と曜は無言で自分の席に戻っていった。

 

「どうしちゃったんだろう皆んな...私達が変な夢を見ていただけなのかなぁ...............」

 

「でもでも!果南ちゃんは覚えてるって言ってたよ?」

首を傾げる千歌を曜が隣からフォローする。二人は隣同士なので基本的に席を立って話すこともあまり無かった。

 

「何か...怪獣騒動のことを差し引いても昨日は本当に変わった日だったなぁって」

 

「そうそれ!私も千歌ちゃんと同じ事考えてた!」

 

そう、昨日は本当にたくさんの事が起こり過ぎた日だった。

 

 

ーー時を遡ること昨日の昼ーー

「スクールアイドル部でーす.....」

二人が誰もいない場所でまだ呼び込みをしていた時のこと。

千歌がふと前を見ると一年生を表すオレンジ色のリボンを付けた二人の美少女が前を歩いている事に気付いた。千歌は考えるより先に二人が歩く先に滑り込む。赤髪の短いツーサイドアップの少女が慌ててもう一人の茶髪のロングヘアーの少女の後ろに隠れた。

 

「ぎゃっ」

後ろで転倒する曜。

 

それに気付く事なく千歌は二人に声を掛けた。

 

「あの!スクールアイドルやりませんか?」

 

「ずらっ!?」

茶髪の少女は見た目に反して訛った口調で言葉を返す。決してある髪型を馬鹿にしている訳ではない。

 

「ずら?」

 

「い、いえ...」

 

「大丈夫!悪い様にはしないから。貴方達きっと人気が出る!間違い無いっ!」

 

「でもマルは...」

 

千歌は後ろの赤髪の少女が自作のポスターに釘付けになっている事に気付いた。試しに上下左右に動かしてみるとそれを追う様に顔を動かしてくる。

 

「興味あるの⁉︎」

 

「あのっライブとかあるんですか?」

 

「これから始めるところなの。だから貴方みたいな可愛い子に是非!」

 

そう言って赤髪の少女の手に触れる千歌。対するその少女の顔は見る見る真っ青になっていく。

 

「ピギャアアァァァァァ!!!!!!」

 

「うわっ!」

 

「あ゛あ゛い゛ッ⁉︎」

 

突然奇声を上げ始める少女に仰天する千歌と曜。

曜に至っては腰をさすりながら起き上がったところで、完全に無警戒だった為変な声を上げてしまう。踏んだり蹴ったりである。

 

「ルビィちゃんは究極の人見知りずら...」

赤髪の少女、黒澤ルビィの悲鳴はまるで怪鳥の鳴き声だった。

茶番はまだ終わらない。

 

「うわぁぁぁぁ!」

何故か桜の木から少女が落ちてくる。

内股で着地するとシニョンのついた頭にカバンが乗っかった。

 

「痛ぁ....」

 

「ちょ、いろいろ大丈夫?」

痛みで蹲ろうとしているその少女に千歌は恐る恐る声をかける。

 

「ウフフフフ.........ここは、もしかして地上?」

この場所に普通のテンションの者などいなかった。

 

「うわっ......大丈夫じゃ、無い...........」

 

「ということは貴方がたは下劣で下等な人間という事ですか?」

厨二病を拗らせた様な喋り方をする少女はよくわからないことを話し始める。

 

「それより足大丈夫?」

 

千歌は話を軽く受け流しながら変な着地をした少女の足に手を触れる。

 

「いっ!たいわけ無いでしょう?この身体は単なる器なのですから。ヨハネにとってこの姿はあくまで仮の姿。 おっと名前を言ってしまいましたね。我が名は堕天使ヨハn「善子ちゃん?」

 

先程の茶髪の訛りのある娘が堕天使ヨハネの言葉を遮った。

 

「やっぱり善子ちゃんだよね?花丸だよ〜。幼稚園以来だね?」

 

「ふぇ?花丸?に、人間ふぜいが何を言って...」

 

「じゃーんけーん...........ポンッ!」

茶髪のロングヘアーの少女、国木田花丸は突然ジャンケンを仕掛けた。

 

それに対して自称堕天使、津島善子はかなり特徴的な形のチョキを出す。

 

「そのチョキ!やっぱり善子ちゃん!」

 

「善子言うなーー‼︎いい、私はヨハネ、ヨハネなんだからねーー‼︎」

そう言うと善子は頭にカバンを乗せたまま器用に走り去っていく。

 

「待ってよ善子ちゃ〜ん!」

それに追従する花丸とルビィ。

「来るなぁぁぁ!」

 

嵐のように三人は去っていった。

 

ーー現在・教室ーー

「三人ともちょっと変わった子達だったけど、皆んな可愛かったなあ....やっぱりもう一度スカウトしに行ってみよう!」

 

「その後、生徒会長にお叱りを受けたんだよね...」

 

 

ーーまたまた時を遡ること昨日の昼・生徒会室ーー

「ふぅん.......設立の許可どころか部の申請もせずに勝手に部員集めをしていたというわけ?」

 

「悪気は無かったんです。ただ、皆んな勧誘してたんでついでと言うか焦ったというか...........」

 

千歌はすっかり縮こまっていた。蛇に睨まれたカエルとはこの事である。

 

「部員は何人居るんですの?ここには一人しか書かれて居ませんが」

 

検察官のように問い詰めているのは浦の星女学院生徒会長・黒澤ダイヤ。千歌達が無断で部活動の勧誘をしていた事に大変お怒りのようだ。

眼光がやけに鋭い。

 

「今のところ...一人です☆」

 

「部の申請は最低五人は必要だと知っていますわよね?」

 

「だ〜から勧誘してたんじゃないですか〜」

 

可愛くとぼけようとする千歌だったが申請書を握るダイヤの手はブルブルと震えている。

 

「フゥン!」ベチン

手の平を机に叩きつけるダイヤ。さほど大きな音は出なかった。

 

「痛ったぁ〜〜」

 

「ぶっ」

 

千歌はその様子が何だか可愛くて笑ってしまった。ダイヤはキッとこちらを睨む。

 

「笑える立場ですの⁉︎」

 

「す、すみません...」

やっぱり縮こまってしまう千歌。

 

「とにかくこんな不備だらけの申請書を受け取るわけにはいきません」

 

「えぇ〜⁉︎.....じゃあ五人集めてまた持ってきます!」

 

「別に構いませんけど、例えそれでも承認は致しかねますがね」

 

「どうしてです⁉︎」

 

「私が生徒会長でいる限りスクールアイドル部は認めないからです‼︎!!」

ダイヤがそう言い切ると同時に後ろの窓からは強烈な突風が吹き込んできた。

 

ーー現在・教室ーー

「横暴だぁぁぁぁ!」

周りをはばからずに大声を上げる千歌。

「どうしてスクールアイドルはダメ、なんて言うんだろう...?」

 

「嫌い...みたい。クラスの子がスクールアイドル作りたいって言ってた時も断られたみたいだし」

目を逸らしながらそう呟く曜。

 

「え!!曜ちゃん知ってたの⁉︎」

 

「ごめん!」

 

「先に言ってよぉ〜」

 

千歌は最初からこうなると決まっていた事に肩を落とした。

 

「だって千歌ちゃんいつに無く夢中だったし、言い出しにくくて...

生徒会長の家って古風な所で、ああいうチャラチャラしたのは嫌いなんじゃ無いかって噂もあるみたい」

 

千歌は教室の窓から見える山々の景色に手を伸ばした。

 

「チャラチャラなんかじゃ、無いのになぁ...」

別に生徒会長の事が嫌いになったわけでは無い。ただ、自分が心動かされ夢中になっているモノをチャラチャラしていると一蹴されてしまう事が悲しかった。

 

(どうにかしなきゃなぁ。折角見つけたんだし.....)

 

 

「.............ねぇ、やっぱりまた生徒会長の所に行くの?」

 

何かを確かめるように曜が顔を覗き込んでくる。

 

「うん、もちろん!諦めちゃダメなんだよ!あの人達(μ's)もそう歌ってた。『その日は来る』って!」

 

曜はそう言い切る千歌の姿がキラキラと輝いているように見えた。

 

「そっか...本気なんだね。」

 

「うん!」

 

曜は突然千歌の持っている申請書をえい!と取り上げた。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

手を伸ばしてくる千歌をヒラリとかわしながら自分の机に向き直り、サラサラとペンを走らせる。

 

「私ね、小学校の頃からずっっっと思ってたんだ。千歌ちゃんと一緒に、何かに夢中になりたいって。」

 

「曜ちゃん?」

 

「今はよく分からない事が色々起こってて大変、だけど!」

 

曜はそう言って千歌に申請書を返す。部員の一覧には新たに「渡辺曜」と書かれていた。

 

「曜ちゃん...............ぐすっ................曜ちゃあああん!」

 

嬉しさで感極まって思わず抱きついてしまう。

 

「ちょ、苦しいよ千歌ちゃん」

 

 

「千歌と曜、相変わらず本当に仲良いね。」

「そりゃそうだよ。あの二人が一緒に居ない時なんて見た事ないもん!」

「何だか微笑ましいなぁ」

 

千歌と曜は結構大きな声で話しているのだが、クラスメートはそれを咎める事なく温かな目で一暼した後、チャイムが鳴ったので自分達の席に戻っていく。

 

 

「よーーーっし!絶対凄いスクールアイドルになろうね!」アナタタチ、モウセキニツキナサイ

 

「うん!」オーイキイテル?

決意を新たにする二人。しかし千歌は飛び上がった拍子に申請書を放り投げてしまっていた。窓の外から飛び出し、申請書はそのままーー

 

ーー水溜まりに着水した。

 

「「ギャアアアアアアアアアア‼︎」」

 

「席に着いてぇぇぇぇぇ!」

 

授業はもう始まっているのに着席せず窓から身を乗り出し絶叫する二人に向かって当然教員はキレた。

 

 

 

 

 

 

ーー昼休み・生徒会室ーー

「こんな状態でよく持ってこられる気になりましたわね?」

 

ダイヤの手元には水で濡れてクシャクシャになった申請書が置かれている。

 

「しかも1人が二人になっただけですわよ?」

 

「やっぱり簡単に引き下がったらダメだって思ったんです。もしかしたら生徒会長は私達を試しているんじゃ無いかって!」

 

「違いますわ!何度きても同じだとあの時も言ったでしょう!」

 

「どうしてですか!」

 

「この学校にはスクールアイドルは必要無いからですわ!」

 

千歌とダイヤ、両者共断固として譲らない。千歌はともかく、何故ダイヤはここまで頑にスクールアイドルを否定するのか。

 

「...............今言ってる事以外に何か別の理由、あるんじゃ無いですか?」

 

ダイヤの言葉の奥に何かあるのを感じ取り、そう尋ねる曜。

 

「....................私個人として最近この街では色々と物騒な事が起きていると感じています。私達は野外活動を出来る限り自粛するのが良いと判断しました。」

 

躊躇うように顔を逸らした後、ダイヤはそう答えた。

 

「黒い巨人と怪獣はもういないじゃ無いですか!」

 

そう言った直後千歌は後悔した。この事は周りの皆殆どが覚えていないのだ。今こんな事を言っても理解してくれる筈が無い。

 

「貴方はどうして何もかも安直に......⁉︎待って!貴方達もその事を知ってるんですの⁉︎」

 

「え⁉︎じゃあ生徒会長も淡島で起きた事覚えてるんですか?」

 

「えぇ。 じゃあ何で他の皆さんは何も...とにかく!次が来ないとも限りません。野外で活動する機会が多くなるスクールアイドルの活動は危険すぎますわ!」

 

「うぐぐ...じゃあ何でソフトボール部とか他の部活動は続けても良いんですか?」

 

「それは....................だいたい!やるにしても曲は作れますの?」

 

「曲?」

 

「ラブライブに出場するにはオリジナルの曲でなくてはならない。スクールアイドルを始める時に最初に難関になるポイントですわ。東京の高校ならいざ知らず、うちの様な高校だと、そんな生徒は...」

 

 

 

ーーーー

 

 

「一人もいない....................」

 

全くの盲点だった。いくらやる気があっても曲が作れなければ活動を始めることすら出来ないのである。

 

「生徒会長の言う通りだよ.........」

 

「大変なんだね。スクールアイドル始めるのも」

 

「こうなったら私が何とかして!」

 

机の中から小学校の音楽の教科書を取り出し読み始める千歌。

作曲の勉強を始めるつもりなのだろう。

 

「出来る頃には卒業してるよ.....」

 

「だよね............」

 

項垂れる千歌。その時、千歌達の担任が教室に入ってきた。

 

「はーい皆さん!ここで転校生を紹介します!」

 

入り口から赤紫色のロングヘアーをバレッタで留めた少女が入ってくる。

 

「と、東京の音ノ木坂という高校から転校してきました、桜内梨子です。宜しくお願いします。」

そう言うと柔らかな笑みを浮かべる。とてもお淑やかで可愛らしい仕草だった。

 

千歌も曜もその顔に見覚えがある。

 

「あー‼︎」

 

思わず立ち上がる千歌。

 

「あ!貴方は!」

 

向こうも気付いたようだ。

 

「奇跡だよ‼︎」

 

桜内梨子ちゃん。怪獣騒動があった後、私達は避難所で彼女とお話させて貰った。彼女は東京でピアノをずっとやっており、その腕は全国大会に出られる程の実力だそうだ。

そう、ピアノの。ピアノが出来るという事は作曲は勿論お手の物。今の私達にとってこの上無い程頼もしい存在。きっと神様が私達に力を貸してくれたんだ!

 

「スクールアイドル、やってみませんか⁉︎」

 

転校生が自己紹介中だというのにいきなりそんな事を言う千歌。

梨子はそんな千歌を見てニッコリ笑うとーー

 

「ごめんなさいっ」

 

やっぱりこうなった。

 

 

それからと言うもの、千歌は何度も梨子をスクールアイドルに勧誘した。休憩時間、体育、昼休み。更には梨子が動く度について回って勧誘しだすようになった。

 

「桜内さーーん!スクールアイドルはね、学校を救った事もある凄い存在なの!だから是非ーー!」

 

「ごめんなさーーい!」

 

しかし、いつまで経っても梨子が首を縦に振る事はなかった。

 

ーーある日の休み時間ーー

千歌と曜は作曲が出来ない間もダンスの練習を行っていた。

「また駄目だったの?」

 

「うん。でも後もう一歩ってとこかな!」

 

梨子の事を尋ねる曜に向かって自信たっぷりに胸を張る千歌。

 

「だって最初は”ごめんなさいっ!”だったのが最近は”…………ごめんなさい…”になってきたし!」

 

「それ嫌がられてるんじゃ...」

 

曜は、梨子がいつかブチ切れる時が来るのではないかとだんだん不安になってきた。

 

「そう言えば、桜内さんもあの日の事覚えてたよね?」

 

「あ、確かに。今まで普通に話してたから気付かなかったよ」

 

「何か、私達見えない力みたいなのに引き寄せられてる感じしない?記憶が残ってる人にどんどん会ってるんだよ?」

 

曜の言っている事は突拍子も無い事のように思えたが、妙に的を射ているようにも思え、千歌は何も言う事が出来なかった。

 

そしてその日の帰り道。千歌と曜はまたあの二人に会った。ルビィと花丸である。

 

「ねえねえ!スクールアイドルやらない?」

 

「マルはそういうのはちょっと...」

 

やっぱり千歌は勧誘をしていた。ダイヤに五人集めてくると啖呵を切った後なのでそれはもう必死である。

 

「じゃあじゃあ!ルビィちゃんは?」

 

「ルビィは...お姉ちゃんが...」

 

「ルビィちゃんのお姉ちゃんはダイヤさんずら」

 

「え⁉︎あの生徒会長⁉︎」

 

「生徒会長、スクールアイドルの事何でか凄い嫌ってるよね?」

 

曜の言葉にルビィは何も言わずに悲しそうな顔をして俯いた。

バスの中を沈黙が支配する。 そんな気まずい空気を破ったのは花丸だった。

 

「じゃあ、マルはもうそろそろ」

 

「花丸ちゃんの家はこの近くなの?」

 

「いえ、今日は沼津までノートを届けに行く所で」

 

「どうして?」

 

「実は入学式の日...」

 

花丸の話によると、自己紹介の時にあの津島善子がクラス全員の前で堕天使キャラを解放し恥をかいて、それ以来学校に来なくなったらしい。

善子と幼馴染の花丸はそれからと言うもの家も遠いのにずっと善子の家にその日の授業のノートを届けに行っており、ルビィもそれに付き添っているそうだ。

とても心優しい少女達だった。

 

花丸とルビィがバスから降りた後、千歌は何かに気付いた様に声を上げる。

 

「もしかしてーー善子ちゃんがあの黒い巨人なんじゃ⁉︎」

 

「千歌ちゃん?」

 

「だってそうだよ!私達と初めて会った時も悪魔を真似た様な口ぶりだったし、私達の事を"下等な人間"とか何とか言ってたんだし」

 

「言われてみれば確かに...」

 

千歌と曜は善子があの巨人に変身するところを思い浮かべてみる。

 

○○○

善子「ヨハネ、堕天!」

 

ファウスト「…」堕天使のポーズ

 

善子(ファウスト)「アーハッッハッハッハ」

○○○

 

「うん、無いね。」

 

「そうだよね....................」

 

二人共善子はやはりただ堕天使を演じているだけだという事を確信した。

 

 

 

 

ーー???・???ーー

空が爆ぜ、大地が揺れる。堅牢な作りをした高層ビルは砕け散り、猛烈な業火がアスファルトを削りながら進む。

そんな地獄の様な場所で、一人の女性が五歳にも満たない小さな子供を抱え必死に走っていた。その小さな子は恐怖でガタガタと震えている。

 

不意にその女性は子供を下ろし、ギュッと抱きしめる。

 

(こすも)  ーーーーごめんね。」

 

そう言うと子供を突き飛ばした。

 

その瞬間、女性の立つ場所に倒壊したビルの残骸が降り注ぐ。

 

間一髪難を逃れる事ができた小さな少女が身を起こすとそこには無数のガレキの山。   

母親の姿は何処にも無かった。

 

 

「お母さぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

絶望の中で泣き叫ぶ声がこだまする。

 

破壊と殺戮が止まることは無かった。

 

 

 

 ーー内浦・山中ーー

「ーーーーはッ!」

 

ジメジメと湿った鬱蒼と木々の生い茂る場所で少女は跳ね起きた。汗と朝霜で濡れた黒髪が顔中にべったりと張り付いている。

何かが頰を伝った。

 

「?どうしてーー」

 

一筋の涙を拭うと急いで身を起こす。そこで少女はある事に気付いた。

 

 

誰かに自分の名前を呼ばれるのはいつぶりの事だろう。

 

 

小川の水で顔を洗うとようやく意識がはっきりとしてきた。

 

(何でよく思い出せないの?)

 

何故かさっきまで見ていた夢の内容を思い出す事が出来ない。

誰かに名前を呼ばれたのは確かなのだが。

 

頭を捻っているとぐぅ、とお腹が音を立てる。

 

「....................お腹、すいた」

 

初めて巨大化し戦闘を経験してから何かがおかしい。これまでお腹が空くことも全く無かったのに。

 

 

ーー関東地方・???ーー

暗い部屋の中に無数のモニターやその他の電子機器が並んでいる。電子機器の照明以外に照明器具は一つも無いのではと思わせる程の暗さだ。

 

そんな中で一人の若い男が絶えずキーボードを操作していた。

 

『静岡県沼津市で微弱なビースト振動波を感知したとの報告が入っています。イラストレーター、如何されますか?』

機械越しに少し老けた男性の声が聴こえてくる。

 

イラストレーターと呼ばれた若い男は肘を乗せ組んだ手に顎を乗せながら答える。

 

「少し様子を見ましょう。管理官、一応事後処理部隊の準備をしておいて下さい。」

 

「『彼』がまた現れるかも知れませんからね」

 

 

 





千歌ちゃん、おめでとう(遅い)

これからの話、ネクサスの原作キャラはあまり出さない方向で行くかもしれないのでご了承下さい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.ロストメモリー

(●|●)」==== 


無限に広がる大宇宙。

静寂に満ちた光。

新しく生を受ける星もあればやがて寿命を迎え死にゆく星もある。

 

 

宇宙も人間と同じように生きている。

 

 

そして––––––

生誕と終焉を繰り返すその場所でまた一つ、星が死んだ。

 

 

M80さそり座球状星団。

 

 

地球よりも遥かに進んだ科学力を誇る超文明を築き上げていたその星はやがて自然の理をも覆す程の科学技術に手を付けてしまい決して開けてはならないパンドラの箱を開けてしまう。

 

悪夢の始まりか終わりか。誰にもそんな事は分からない。

 

 

 ーー〈元〉M80さそり座球状星団外縁部ーー

星が超新星爆発を起こした直後で大量の熱と光が放出され、眩い光が宙域一体を包み込んでいる。その中で残っているのは無数のチリとガスだけ。

永遠に続くかに思われた静寂は光波熱線が放たれた衝撃により突如打ち破られた。

 

周囲の光が霞んで見える程その光は眩しく、美しい輝きを放っていた。

 

白銀に輝くその光波熱線は遥か彼方を飛行する黒い光球を正確に捉える。

 

突然始まった戦闘は人知をを遥かに超え宇宙の理をも覆すものだった。

宙域を縦横無尽に二つの光球が光速で何度も激しくぶつかり合い、一撃で星を消炭にする程の威力を誇る光波熱線がシャワーのように降り注ぐ。

 

新しく恒星が誕生したのでは無いかと思えるほどの爆発が何度も生じ、残響の如く宙域一体が震撼する。

 

「シェアァァァ…!」

 

「ヴ オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」

 

それでも両者は戦いを止めなかった。

不意に眩い光が両者を包み込む。

 

生命の営みは光に始まり光に終わる。

 

以降、M80さそり座球状星団の存在した銀河に生命の光が宿ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー内浦・山中ーー

 

(朝からどうも体が怠い…)

黒髪の少女は自分の身体に違和感を感じていた。それが軽い栄養失調状態だという事に本人は気付いていない。

 

「街に行くしか無いか…」

 

重い身体を引きずりながら下山する決意を固める。ビーストを仕留めること以外の目的で街に出向くことは久しぶりの事だった。

 

 

 

ーー内浦・海岸ーー

「桜内さーーーん!」

 

「ゔっ」

 

何か思い詰めるように海岸から海の景色を見つめていた梨子に、千歌が手を振りながら駆け寄ってくる。梨子がうんざりした声を上げるが勿論千歌は気付いていない。

何度も何度も嫌そうな顔して断ってきたのに何で笑顔でまた話しかけて来るのか。梨子は呆れを通り越して感心していた。

 

今だって...

「もしかして海に入りたいの?4月の海は寒いよ?」

何でスカートを捲りながら水着を着ているのか確認してくるの⁉︎

 

「入りません‼︎」

 

「あはは。良かった」

 

「あのねぇ、こんなとこまで追いかけてきても答えは変わらないわよ?」

 

「違う違う。通りかかっただけ。それで、何してるの?」

 

もう良いや……この子の度を超えた人懐っこさは気にしたら負けなんだろう。私の悩みや考えごとを話せば面倒くさくて今度こそ距離を置いてくれるかもしれない。

「『海の音』…聞こうとしてたの。」

 

「海の音?」

 

「あのね。私ピアノやってるって言ってたでしょう?小さい頃からずっと続けてたんだけど最近いくらやっても上達しなくて。それで環境を変えてみようと思ったの。『海の音』が聴ければ何か変わるんじゃ無いかって」

 

「そうだったんだね………大丈夫、変わるよ。きっと」

千歌はそう言うと梨子の手を優しく握る。

 

「簡単に言わないでよ。」

 

「分かってる。でも、そんな気がする。」

 

「変な人。……とにかく、スクールアイドルやってる暇は無いの。ごめんね。」

そう言って握られた手を振りほどこうとする梨子。しかし千歌はその手を一層強く握りしめる。

 

「分かった。じゃあ『海の音』だけ聞いてみようよ。スクールアイドル関係無しに。」

 

「え?」

 

「私桜内さんに沢山迷惑掛けたから。せめて桜内さんが抱えてる悩みを解決するお手伝いがしたいの。駄目かな?」

 

千歌の言葉に梨子は暫く黙っていたが、やがてクスっと笑いながらその手を優しく握り返した。

 

「本当に、変な人ね。」

 

 

 ーー3日後・淡島・ダイビングショップーー

「イメージ?」

 

「そ。水中では人間の耳に音は入りにくいからね。けど景色はこことは大違い。見えてる物からイメージすることなら出来るんじゃない?」

 

日曜日、千歌、曜、梨子の三人は淡島のダイビングショップを訪れていた。今果南が梨子に水中器具の使い方と共に、梨子の言う「海の音」を聞くためのアドバイスをしているところである。

 

「想像力を働かせるって事ですか?」

 

「まあ、そんなとこかな。出来そう?」

 

「やってみます」

 

 

 

20分後、三度目の潜水を終えた千歌、曜、梨子が水中から顔を出し、果南の操縦する小型ボートに戻ってくる。

 

「どう?」

 

「駄目です。海の中は暗くて良く見えないし」

 

「そっか……」

 

「分かった。もう一回良い?」

そう言うと千歌と曜はもう一度海に潜った。梨子も躊躇いながらそれに続く。

 

 

何度も何度も海の中に入っているのにまるでイメージが掴めなかった。鍵盤に指をつける事すらできず、最後まで1秒たりとも演奏出来なかったあの日の出来事が脳裏に浮かび上がる。

 

(やっぱり、無理なのかな…)

 

諦めかけている梨子の肩を千歌と曜がしきりに叩き、海面の方を指差した。

 

雲の隙間から光が溢れ出し、海中の景色を優しく照らし出す。

 

その時、梨子は確かに見た。海に生きる生命の営みを。泳いでいる魚は夜空をかける流星のように時折鱗をキラキラと反射させ、サンゴ礁やサンゴ礁から伸びる海藻は海の流れに合わせてユラユラと揺れている。

 

沢山の生き物が集まり織りなすその景色は四重奏さながらだった。

 

 

 

「聴こえた?」

 

「うん……確かに聴こえた」

 

「私も聴こえた気がする!」

 

千歌、曜、梨子の三人は肩を寄せ合いながら笑い合う。三人が初めて心を通わせた瞬間だった。

 

 

 

 

 

夢のトビラ。ずっと探し続けていた。君と僕との繋がりを探してた。

 

スクールアイドルなんて興味は無かった。ある筈も無かった。

なのに何でこんなにも彼女達の歌は私の心を打ち震わせてくれるのだろう。

 

その日の夜、私は高海さんから教えてもらった歌のワンフレーズをピアノと共に口ずさんでいた所を本人に見られてしまった。彼女の家と私の家は隣同士だった事に気付く。

 

「その曲、『夢のトビラ』だよね?私大好きなんだ!」

瞳を輝かせる彼女に私は自分の本当の気持ちをポツリポツリと打ち明け始める。

 

「高海さん、私どうしたら良いんだろう?ずっと何やっても楽しくなくて……ピアノだってもう弾くことが…」

 

「やってみない?スクールアイドル。」

 

「やってみて笑顔になれたらまたピアノだってまた弾けると思う。ピアノだって諦める事ないよ。 私のこじつけかもしれないけど……えへへっ」

 

そう言って目の前の窓越しに彼女は笑う。

やりたい事を一生懸命楽しくやろうとしている顔だった。

凄く眩しかったし、何より……そんな表情ができる彼女が羨ましかった。

 

「梨子ちゃんの力になれるなら、私は嬉しい。皆んなを笑顔にするのがスクールアイドルの仕事だもん。だから……!」

 

「千歌ちゃん!」

 

「それってとっても素敵なことだと思う‼︎」

 

気付いたら私は千歌ちゃんが伸ばした手をしっかりと握っていた。

 

 

……そう言えば、人を下の名前で読んだのは初めての事だった。

 

 

 

ーー内浦湾・海岸ーー

 

「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」

 

「だんだんいい感じになってきたんじゃないかな?」

 

「うん!でもびっくりだよ。まさかあんなに嫌がってた梨子ちゃんがスクールアイドルやってくれるなんて。何かあったの?」

 

「あはは…」

あの後梨子は即座にスクールアイドルに入る決意を固め、千歌にそう伝えた。彼女の心境にどんな変化があったのか。少なくとも千歌や曜、そしてこの街に出会った事が彼女に何らかの変化を与えた事は確かだった。

 

「リズムはどう?」

 

「千歌ちゃんがちょっと遅れてる気がする…」

 

「私かあああ!」

 

千歌が悔しげに身体を仰け反らせると空には一機のヘリ。青空を悠々と飛行している。

 

「何あれ?」

 

「小原家のヘリだね。近くの淡島のホテル経営してて、浦女の新理事長もそこの人みたいだよ。」

曜がそう説明した。

 

ーー内浦湾・上空ーー

 

「どうしてもダメ?」

 

「……お嬢様。もしかしてヘリをサーカスの道具と勘違いしてません?」

 

「ワタシはカッコいいと思うのだけど」

 

「メインローターであそこの三人を斬り殺す気ですか⁉︎危険すぎますよ!」

 

「そんなに難しい事なの?空自の訓練よりも?」

 

「!」

 

「たまには昔を思い出してパワフルで豪快な事しても良いんじゃナイ?元『イーグルドライバー』だった貴方のフライトテクニックなら余裕だと思うんだけどなぁ」

 

「……その言い方は狡いですよ」

機長・倉島は大きく息をつく。

 

「先に言っておきますが、安全第一ですからね」

 

 

ーー内浦湾・海岸ーー

 

「ねぇ、何かだんだん近づいて来てない?」

 

千歌が見上げる先には何度も旋回を繰り返しながら徐々に高度を落としていくヘリ。

 

「はは、そんなまさか…」

曜は笑うがヘリは普段見ないくらいの高さまで高度を落としており、機体のマーキングやカラーがハッキリと確認出来る。

 

機首がこちらを向いた。

 

「いや……ヤバい…ヤバいヤバいヤバいヤバい!!!!!!」

 

ヘリは千歌達の頭上スレスレを飛び抜けた。

そのままスムーズに姿勢制御しながら停止。ドアが開き中から金髪の少女がニッコニコの笑顔で出てくる。

 

「チャオ〜♪」

 

 

ーー浦の星女学院・理事長室ーー

 

「貴方が新理事長なんですか⁉︎」

 

「イェース!でもあまり気にせず、気軽にマリーって呼んでほしいの!」

千歌、曜、梨子の三人は金髪の西洋人の様な顔立ちをした少女、小原鞠莉に連れられ理事長室に来ていた。

正直、先程の危なっかしい登場に文句の一つでも言ってやりたかったが理事長となれば話は別だ。学校の最高責任者を怒らせるような事を言えば最悪自分達の籍が消されかねない。

 

「ってそうじゃなくて!あの、新理事長…」

 

「マリーだよぉ!」

 

ずいっと顔を近づけ自身の呼び名を訂正してくるその少女には異様な圧力があり、三人は困惑する。

 

「ま、マリィ、その制服は…」

 

「どこか変かな?三年生のリボンもちゃんと用意したつもりだけど……」

 

「り、理事長ですよね?」

 

「しかーし!この学校の三年生!生徒兼理事長!カレー牛丼みたいなものね!」

 

「例えがよくわからない……」

 

「わからないのぉ⁉︎」

 

自由と言うか、掴みどころが無いと言うか…中々クセの強い人だった。

千歌達の後ろから誰かが部屋に飛び込んでくる。

 

「分からないに決まってます!」

 

「うわっ⁉︎生徒会長⁉︎」

 

「ワァオ!ダイヤ久しぶり〜!随分大きくなって〜!」

 

「触らないでいただけます?」

 

唐突に現れたダイヤに頬ずりする鞠莉。

 

「胸は相変わらずねぇ……?」

 

「やっ、やかましい!……ですわ」

 

「イッツジョーク」

 

ダイヤは鞠莉の襟首を掴み上げるが鞠莉は相変わらずニコニコとしている。あの生徒会長に対しても変わらず奔放な行動を取り続ける鞠莉の様子に益々千歌達は困惑した。

 

「あ、あの…」

 

梨子が申し訳なさそうに手を上げる。

 

「取り敢えず…何故私達をここに呼んだのかご説明頂けないでしょうか?新理事ちょ、じゃなくてマリー……さん。」

 

鞠莉は元々浦の星女学院の生徒で、一年生の途中から親の意向で外国の学校に通わされていた。

浦の星女学院でスクールアイドルが誕生したと聞きダイヤに邪魔されちゃかわいそうだから!という事で急遽浦の星女学院に戻ってきたらしい。

という事を鞠莉は理事長の任命書を見せながら説明した。

どうやら高校生をしながら理事長をするというのはジョークでは無いらしい。

 

とにかく、千歌は自分達を味方してくれる頼もしい存在が出来たことに興奮していた。

 

「このマリーが来たからには心配いりません。デビューライブはアキバドームを用意してみたわ!」

 

「そんな!いきなり……」

 

「き、奇跡だよっ!!」

 

「イッツジョーク!」

 

「……ジョークのためにわざわざそんなもの用意しないでください」

 

期待を思いっきり裏切られた千歌はガックリと肩を落とす。

 

「実際にはーー」

 

ーー体育館ーー

 

「ここで?」

 

「はい。ここを満員に出来たら、例え人数が揃わなくても部として承認してあげますよ」

 

「本当⁉︎」

 

「部費も使えるしね!」

 

「でも、満員に出来なければ……?」

 

「その時は、解散してもらう他ありません」

 

「ええっ⁉︎そんなぁ……」

 

「嫌なら断ってもらっても結構ですよ?」

 

ファーストライブの時に体育館いっぱいにお客さんを集める。

少し曖昧な部分はあるが、それが鞠莉が部員を五人集める代わりに出した条件だった。

 

「どうしますか?」

 

「どうするって……」

 

「結構広いよねここ?……やめる?」

 

「やるしかないよ!他に手があるわけじゃないんだし!」

 

今のところ他に部員の獲得が見込めない千歌達にとっては千載一遇のチャンスになり得る可能性もある。辞退する理由などどこにも無かった。

 

 

「OK、行うという事で良いですね?」

 

そう言うと鞠莉は優雅な足取りで体育館から出て行った。どんなに飄々とした態度をとっていても彼女が外国暮らしだったお嬢様だと言う事を実感させる。

 

 

「待って!ここの生徒って全部で何人いるの?」

突然梨子が表情を曇らせる。

 

「あぁっ⁉︎」

指を折って人数を数えていた曜もそれに気付いた。

 

「どうしたの?」

 

「分からないの?うちの生徒全員集まったってこの体育館は…」

 

「‼︎ 嘘……半分も埋まらない」

 

「まさか理事長、その事を知ってて……」

 

理事長が出した条件はダイヤか課したものよりさらに厳しいものだった。

 

 

ーー翌日・沼津駅前ーー

「東京に比べて人は少ないけど、やっぱり都会ね」

 

「そろそろ部活終わった人達が来る頃だよね?」

 

「よーし!気合い入れて配ろう!」

 

千歌達は何とかしてお客さんを集めるために他に比べて沢山人が集まる沼津の市街地に来ていた。どんなに理不尽な条件を出されたとしても諦める事なく精一杯やろうとするその姿はスクールアイドル活動を始める前の千歌からは想像も出来ない。

そんな千歌を曜も梨子も非常に頼もしく思っていた。

 

「お願いします!」

 

近くを歩く高校生にチラシを配ろうとする千歌だったが何も見られていないようにスルーされる。

 

「意外と難しい……」

 

「こういうのは気合いとタイミングだよ!見てて!」

そう言うと曜は別の高校生の二人組に向かって走っていき、元気良く声をかけた。

 

「ライブのお知らせでーす!よろしくお願いしまーす!」

 

「ライブ?」

 

「はい!」

 

「あなたが歌うの?」

 

「はいっ!来てください!」

 

快活に笑いながらビシッと敬礼を決める曜。中々好印象だったようで、その二人組はチラシをしっかり受け取ると「ありがとう」と笑いながら去っていった。

 

その手際の良さに千歌と梨子は感心する。

 

「よし!私も!」

 

千歌はそう言うと近くを通りかかった気の弱そうな少女に壁ドンする。

 

「ひぃ⁉︎」

 

「ライブやります。是非!」

 

「あわわわ…」

 

「是非‼︎」

 

半ば強引に押し付けると少女は逃げるように去っていった。

 

「勝った!」

 

「何で勝負してるのよ…」

 

「そんな事より!次梨子ちゃんの番だよ!」

 

「わ、私?」

 

「当然だよ。三人しかいないんだから!さあ!」

 

その時一陣の強い風が巻き起こり、梨子の持っていたチラシの何枚かを掻っ攫っていく。

 

「あぁ⁉︎」

 

梨子は慌てて手を伸ばすが届かず、何枚かは前方に飛んでいった。そのまま通行人の足元に張り付いてしまう。

 

「す、すみません!」

 

梨子は慌てて取ろうとするが、それよりも早くその通行人の男性は足元のチラシを掴み、残りのチラシも素早く回収する。

 

「はい、どうぞ。貴方のでしょう?」

少し髪の長い、優しそうな顔立ちをした少年だった。

 

「ありがとうございます…!」

 

温厚そうな人だった事に胸を撫で下ろす梨子。

 

「ライブ…?貴方達がやるんですか?」

 

「あ、はい。でも苦労してて……お客さんを沢山集めないと中々もう後がない状況なんですよ……」

 

「な、なるほど。それは中々大変ですね…」

 

話しても良さそうな雰囲気だったので梨子ついつい今の状況を愚痴ってしまう。

 

「僕も一枚貰っても良いですか?」

 

「え?良いんですか?」

 

「えぇ。僕も賑やかな催しは嫌いじゃ無いですから。」

 

そう言って梨子からチラシを受け取る少年。

 

「お客さん、沢山集まると良いですね。」

 

にこりと微笑むと少年は去っていった。 

 

梨子の胸は暖かくなった。

 

(初めてここに来た時は東京とは随分違って戸惑ってばかりだったけど……この街の人は皆優しい人ばかりだった。)

 

(やっぱり私もこの街の事…大好きなんだ)

 

 

ーーー

「沢山集まる……か…」

 

「ふふっ…確かに沢山人間が集まってくれたらビースト君たちもさぞかし嬉しいでしょうね。……っと。もうそろそろかな?」

 

「さあバグバズン、ご飯の時間だよ」

 

そう言うと少年はパチンと指を打ち鳴らした。

 

ドオオオオオン!

大地が揺れ、地盤が沈下する。たちまち人々の悲鳴が響き渡る。

ーーこの日沼津は二箇所目のビースト災害発生地となった。

 

 

 

 

 

 

(市街地にビースト⁉︎…でも丁度良いタイミングね!)

 

黒髪の少女は街の人々の混乱に乗じて近くのスーパーに忍び込み、パンやらおにぎりやらすぐに食べれるような物を手に取り、レジを通る事なく素早く店外へ出る。…所謂万引きというやつだが、お金を一切持っていない少女が急に訪れた空腹を満たすにはこうするしか無かった。

店員は街の騒ぎに気を取られており商品が盗まれた事に気付かない。

 

(ファウスト、ごめんだけどちょっと待って。今死ぬ程お腹空いてるから)

 

【好きにしろ。寧ろ周りの奴らを何人か喰わせておいて隙を作れば良い】

 

地面から出現した無数の触手に襲われている人の事など全く気にする事無くそのままさっき強奪したおにぎりに齧り付こうとする少女。

彼らには本来人間を助ける義理も何も無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌ぁぁぁ!離して‼︎」

 

「千歌ちゃん⁉︎誰か、誰かぁぁぁ!」

 

千歌は突然出現した謎の触手に絡め取られ、宙に持ち上げられていた。曜も梨子も半狂乱になりながら周囲の人に助けを求めるが皆自分の身を守るのに精一杯で見向きもしない。

何で、何で、何で。何でまたこんな事が起こるの⁉︎何で私達はいつもいつも奪われるの⁉︎

誰か、誰でも良いから。

 

「千歌ちゃんを、助けてぇぇぇぇ!!!!!!」

 

他にも何十人と老若男女問わず触手は人間を捕獲すると本体がその姿を現す。

 

硬いアスファルトを突き破り巨大な芋虫に似た姿をした何かがモゾモゾと巨大な肉体をくねらせながら這い出してきた。

その先端には先程の触手を射出する口のようなものが存在し、両サイドの巨大な牙をギチギチと交差させる度に火花が飛び散る。

 

 

蟲好きをもドン引きさせる程のグロテスクな形をしていた。

 

「嫌だ!嫌だ!嫌だァァァぁぁぁぁ⁉︎」

 

捕われた人々はこれから起こる事を想像してしまい必死にその拘束から逃れようとするが人間の力ではどうする事も出来なかった。

 

 

「あっ…」

 

少女は捕われている人々の中に以前のあのオレンジの髪の少女がいるのを見つける。

 

【人間は脆い。大きな力の前にすると泣き叫び許しを乞うことしか出来ないのだから。無様な物だ】

 

少女は何も言わない。

(そうだ。遅かれ早かれこの星に住む者は皆こうなってしまう。しょうがないじゃない。強い生き物が弱い生き物に負ける。それが自然の摂理だってファウストも言ってたし…)

 

なのに。そのはずなのに。

(何なの⁉︎胸が締め付けられるようなこの苦しさは…?)

 

突然、少女は激しい頭痛に見舞われる。

「痛っ⁉︎」

脳裏に誰かの姿が浮かび上がった。その人物の後ろからは夕日のような光が差しており姿を朧げながらにしか見ることが出来ない。

 

「誰?貴方は誰なの…?」

 

【? おい、どうした?】

 

 

 

ーーー

 

「お願い………助けて」

 

ーーー

 

 

 

直後、少女はほぼ無意識にダークエボルバーを取り出し、勢いよく振り上げていた。

辺りは黒い瘴気とエネルギー粒子に包まれ収束しながら巨人の姿を生成していく。

 

突然千歌の身体を締め付けていた触手が断ち切られ、ようやく肺に新鮮な空気を充分に取り込むことができるようになった。地面に落ちるより前に千歌の視界は真っ暗になる。ふわりと優しく地面に下ろされる感覚と共に視界が開ける。

自分を包み込んでいたのは巨大な手だった。

 

「ぷはっ…ゲホッゲホッ‼︎」

何回か咳き込む千歌の上に巨大な影が覆い被さった。

顔を上げるとそこにはあの時の黒い瞳。瞳の中には千歌の姿が映し出されている。

 

「⁉︎ あの時の…黒い巨人……どうして?」

 

千歌を静かに見下ろす黒い悪魔…ダークファウストは何も言わずに街の方向に向き直ると右手首に左手をかざす。

渦を巻くように黒いエネルギーの奔流が収束し、楔形の光弾へと姿を変えるとサイドスローの要領で右手を地面と平行に振り抜き光弾を投擲。

地面を這うような高度で射出されたそれは全ての触手を切り落とし残りの人々の救出も成功した。

 

 

一瞬の信じられない出来事に千歌は唖然とする。

「私達を……助けてくれたの?」

 

 

「ーーーー!!!!!!」

 

食事を邪魔されたビーストは怒りの咆哮を上げる。蟲が口元をせわしなく動かした時に生じるような耳障りな音だ。

 

地上に露出させていた体の一部を引っ込めると土煙とガレキを巻き上げながら遂にその全貌を露わにした。

 

 

 ーーーインセクトタイプビースト・

            バグバズンーーー

クモや昆虫にも似つかない、それでいて虫のような姿をしているビースト。二つに割れた顎からは泥や岩がボロボロと零れ落ちた。

 

(相変わらずスペースビーストは気持ちの悪い姿をしたものばかりね)

 

【貴様…どういうつもりだ?】

 

少女はそう呟くが先程言った事と矛盾した行動をとる少女にダークファウストは困惑している。

 

(勝手に力を使ってごめん…でも一つだけ確信した)

 

(ビーストを根絶やしにしない限り私はずっと何かに苦しめられ続けるって事を……ねッ!)

 

突進してきたバグバズンの足元に光弾を放ち一瞬動きを止めさせると同時に腹部に強烈な横蹴りを叩き込んだ。

 

 

 

 

大地を蹴りながら敵に突っ込んでいく少女(ファウスト)の姿には自分の命を省みるような様子は一切見られない。

 

 

 

 

「美しい……」

ビルの屋上から戦闘を見物している先程の少年は感動して身体を大きく震わせていた。

 

「悩み、葛藤し、もがき苦しみながらも戦う。やはり戦闘はこうでないと見栄えしませんね。」

 

「貴方の決意に満ちたその表情がこれからどうなっていくのかとっても楽しみです。期待していますよ、姉さん(・・・)。」

 

少年はニコニコしながらその場を去っていった。

 

 

 

 

バグバズンは両手の鋭い鉤爪を何度も振るうがファウストには一撃も当たらない。

 

「シッ!」

余裕を持って躱しながらカウンターの突きと蹴りを何度も腹部にめり込ませる。攻撃前のモーションが大きすぎてどう攻撃してくるのかすぐに予測する事が出来るのだ。

 

堪らず後退するバグバズンに向かって捻り折った鉄塔を投げつける。

鉄の破片の一部が顔面に突き刺さり絶叫する敵に向かってファウストは全速力でダッシュ。

接触するタイミングを見計いバグバズンは再度鉤爪を振り回してくるが敵の攻撃レンジギリギリでファウストは一瞬停止し地面を思いっきり踏みしめる。

目の前を豪腕が掠めたところで体を横方向に回転させながら跳躍し、バグバズンの顔面にローリングソバットを命中させた。

 

力無く倒れ込むバグバズンの首を掴み、締め上げながらその巨体を持ち上げる。

 

(期待外れね…この程度の強さでわざわざ市街地にしゃしゃり出てこないでくれる?ねぇ?)

 

バグバズンは手足をバタつかせて暴れるがそんな事は一切気にせず少女(ファウスト)は敵の首を絞め続ける。

 

(人間に囲まれながら戦う程鬱陶しいものなんて無いから。貴方達に私の苦しみが分かるの?何度も何度も私を捨てた奴らがいる場所に留まらないといけない私の苦しみが)

 

バグバズンの体は何度も痙攣し、口からは大量の泡が吹き出している。

 

(ま、こんな事言ってもしょうがないか。そろそろ楽にしてあげる)

 

右の拳にエネルギーを集中させ、赤黒いオーラを纏った右ストレートを敵の腹に叩きつけた。

 

バグバズンは人形のように高く吹き飛ぶ。

落下した場所は建造物も人間も存在しない空き地のような所だった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱりそうだ……あの巨人さん、周りの人守りながら戦ってる」

梨子は確信したように小さく呟く。

 

「私はまだ信じられない。あんな姿をしたのが私達の味方だなんて。でも、でも…あの巨人が来なければ千歌ちゃんは今ここに居なかった…」

 

「そっか…そうだったんだ…」

千歌は曜に抱きしめられた手を握りながらファウストが戦っている方向を見つめる。

 

「私達が正義の味方の姿はこうあるべきって勝手にきめつけていただけなんだね…」

 

「あの人の手の中、とても暖かかった。」

 

 

 

 

 

ファウストはフラフラになったバグバズンに止めを刺すために距離を詰めていく。

その時だった。

 

【(英雄気取りの小娘が…調子に乗るな)】

 

(あ…れ……?)

突然身体の自由が効かなくなり、その場に両膝をつく。

 

目眩を起こしたように視界が回転しほんの数秒間、立ち上がることすら出来なくなった。

 

その瞬間をバグバズンが見逃す筈がない。

眼前に迫る巨大な肉体。何とか渾身の力を振り絞り身体を捻って躱そうとするがもう遅かった。

 

「ガァァァ⁉︎」

 

腹を貫かれ苦悶の声を上げる少女(ファウスト)

バグバズンが強引に鉤爪を引き抜くと同時に腹からは黒い粒子が大量に飛び散った。

 

 

「あぁ………!」

 

ファウストは機能を停止した機械のように仰向けに倒れながら消失する。

 

バグバズンは背中の翼を広げると逃げるように飛び去っていった。

 

 

 

 

「うぅ…」

 

少女はガレキに背中を預けると深く傷付いたお腹に手を当てながら傷口が塞がるように全神経を集中させる。

 

「ゲホッ!」

 

口に溜まっていた血を吐き出した。すると近くにいた男性が血相を変えながらこちらに近づいてくる。

 

「ちょっと君!大丈夫⁉︎すぐに救急車呼ばないと!」

 

先程少女が商品を盗んだ店の従業員だった。

 

「‼︎ 盗んだのバレた⁉︎ヤバい!」

 

痛みと疲労で体中が悲鳴を上げるが構わず少女は走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌たちは沼津の人々の土砂やガレキの撤去作業を手伝っていると突然叫び声が聞こえてきた。

 

「ちょっと君!酷い怪我してるから待って!てか足速!」

 

そちらの方を見ると、黒い服を着た傷だらけの少女がスーパーの店員らしき人から全力疾走で逃げていた。

 

「あの子酷い怪我…!」

梨子と曜が仰天していると千歌が少女の前に飛び出す。

 

「ストップストップ!病院行かないと大変だから!ちょっと落ち着いて…」

 

「ちっ……」

 

少女は構わず千歌の目の前まで肉薄する。

 

「わっ!」

 

ぶつかりそうになり千歌は目を瞑ってしまう。

接触寸前で重心を左に傾けながら逸れようとするとその先に梨子と曜がいることに気づいた少女は瞬時に右に切り返した。

 

そのまま三人を突破すると進行方向に集まっている群衆をーー

 

ーー飛び越えた。

 

「す、凄い…」

 

少女はそのままビルの影に消えていった。

 

 

 

 

 

ーーー

 

「はあっ…はあっ……!」

 

薄暗い小路で少女は肩を上下させる。

 

(ビーストに逃げられた…)

 

おまけに人間に同情される有様。惨めだ。怒りと悔しさが迫り上がって来る。

 

「くそっ!!!!!!」

壁に拳を叩き付ける。

その瞬間、視界がまたぐるぐると回り始める。何とかバランスを保とうとするが立つ事も不可能だった。

全身から汗が吹き出し、景色がひっくり返る。

(そう言えば結局何も食べて無い……)

 

意識が遠のいていく。

 

(はぁ、最悪………)

 

 

少女はそのまま地面に昏倒した。

 

「CIC、目標(ターゲット)の身柄を確保しました」

 

「これより帰投します」

 




遅くなり大変申し訳ありせん

カットしてしまったストーリーは後で回想シーンみたいな感じで挿入しますね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.ロストメモリー .2

このお話の元がネクサスだからか何かとシリアスなシーンが多くなってしまう気がします…

僕は心が痛むような描写は苦手なので上手いことお話に挿入出来るか不安です…ご理解の程宜しくお願いします


混濁した意識の中、思い出すのはあの忌まわしい記憶ーー

 

◇◇◇

「ーーーー?」

やめてよ…何でそんな顔するの?

 

「ーーーー! ーーーー?」

昨日まであんなに優しかったのに…何で⁉︎

 

「ーーーー。ーーーー、ーーーー?」

違う、違うから!嫌、そんなの嫌……

 

 

次にかけられる一言がどんなに恐ろしいものか想像してしまう。

「私の子供に触らないで!」

その想像と現実に寸分の差異も無かった。

 

 

やだ…やだやだやだやだやだ

 

「ひっ…近寄らないで!この……化け物!」

心の中で何かが音を立てて崩れていくような感覚

 

私は悲しみと絶望に打ちひしがれ、ただ叫び声を上げることしか出来なかった。

 

「うっ、えぐっ… わああああああああああああああああああああ!!!!!!」

◇◇◇

 

 

 

「んぅ…?」

目を開けるとまず目に入ったのは知らない天井。慌てて身を起こそうとすると左手に管が繋がれている事に気が付く。少女はそれが栄養剤の点滴だという事に気づかず乱暴に引き抜いた。チクリとするがこんなものは痛みの内に入らない。

少女は一先ず身の安全が確認できた所で周囲の状況を把握する。

 

まず自分がいるのは何処かの部屋。周囲には幾つかの器具が備え付けられている。寝かされていたベッドはシンプルな作りではあるが正直かなり寝心地が良かった。  

……普段自分が寝ている所と比べ物にならないくらいには。

 

ベッドの側にダークエボルバーと上着が置いてある事に気付き、急いで身に付けようとする。盗まれていない事に胸を撫で下ろす少女だったが、同時にわざわざ外に出してあるという事は誰かがダークエボルバーや自分の事を調べたという事にーー

 

 

「…よく眠れたかな?」

 

目の前にいきなり一人の男性が現れた。

 

「‼︎」

 

その男性にダークエボルバーを向け臨戦態勢に入る少女。

 

「待って!急にこんな所に連れて来てしまったのは少々手荒だったし本当に申し訳ないと思っている。けど僕たちは君に危害を加えるつもりは無い」

 

「僕『達』……?他にも何人か仲間が居るという事ね…まぁ一般人が何人寄ってたかろうが私を倒せるとは思えないけど」

 

「君は酷い怪我をしていただろう?その治療をしただけなんだ。まさか点滴を引き抜かれるとは思わなかったけど」

 

なるほど、だから病人が着るような服装と身体中に包帯が巻かれているわけか。

「知らない男が勝手に私の身体に触らないで頂けます?そんな変態の弁解など誰が信じろと?」

 

話は済んだとばかりに目の前の男性をダークエボルバーで気絶させ部屋から脱出しようとする少女。部屋一体が切迫した緊張感に包まれる。

その時だった。

 

「あっあの!」

部屋の扉が開き、白衣を着た若い女性が飛び込んで来た。

 

「わっ私が貴方の傷のっ、てっ手当てをしたんです!だっだから… 吉良沢(きらさわ)さんは変態なんかじゃ無いです……はい!」

 

白衣を着ている女性の顔立ちは非常に整っており、背もかなり高いのだが、しどろもどろになりながら話すせいで全く大人びた雰囲気や威厳は感じられなかった。

 

「ああ、そうなんですね。でもそんな事どうでも良いです。私を拉致した時点で貴方達の事は信用していませんので」

 

「えっ…そ、そんなぁ………」

その女性は怒るような事はせず…泣きそうな表情になる。

 

七瀬(ななせ)君……どうしてここに来たのですか?この部屋には僕の許可した職員以外の立ち入りを禁じているのですが」

 

「あぅ…ごめんなさい。で、でも外からその女の子と吉良沢(きらさわ)さんのお話聞いてたらすごく殺伐とした雰囲気だったので…居てもたっても居られなくて!」

 

「あと僕の事は名前でなく……」

 

「あぁっ!失礼しましたっ!イラストレーター、さん。あはは…」

 

「………」

 

どうも自分を拉致した組織の一員とは思えない程気の抜けた会話をするその女性に少女は調子を狂わされる。

 

【おい、話だけでも聞いてやれ】

 

(ファウスト⁉︎)

 

【普通の人間からは認知されないお前に向こうから接触して来たんだ。おそらく私の存在も把握しているだろう。下手に攻撃的になるのも危険だ。】

 

(ファウストがそう言うなら…)

 

「この感覚…やはり君がウルティノイドの力をその身に宿しているんだね?」

 

「ファウストの事が分かるの?」

 

「僕自身も特殊な能力を少しだけ持っているからね。君ほどでは無いけど」

 

「……貴方達…一体何者?」

 

若い男性は軽く咳払いすると胸に手を置いた。先程の少し気安い態度とは異なり格式張った口調ーー態度を改めたらしい。

「自己紹介が遅れてしまいましたね。僕の名前は吉良沢優(きらさわゆう)。ここTLT(ティルト)で対スペースビーストにおける作戦立案を務めています。」

 

「みんな彼の事を『イラストレーター』って呼んでるんですよ!」

 

背の高い女性の方も白衣の襟を正すと背筋をピシッと伸ばした。

「わっ私の名前は七瀬瑞緒(ななせみずお)っていいます。TLTで研究員のお仕事をしてるんです。宜しくお願いします。」

それでも頼りなさそうな雰囲気はあまり変わっていない。

 

「……少し驚きました。まさか私以外にスペースビーストと戦うのがいるとは。まぁ大して役に立ってないみたいですけど」

先程から失礼極まりない事を平気でつらつらと述べる少女。

 

「ビーストに関する情報収集と街の修復が僕たちTLTの主な任務ですからね。一応戦闘部隊も所属しているけど大型ビーストと戦える程の戦力はまだ保持していません。……ですが」

イラストレーターはそこで一旦話すのを辞め、少女の顔を真っ直ぐ見つめる。

 

「スペースビーストの生態・行動目的その他様々な情報を取り扱っています。例えば……『記憶』とか」

 

「……! 詳しく話して下さい!」

 

「もちろんです。その為に君をここに連れてきたのですから。」

いきなり詰め寄ってくる少女に対して淡々と答える男性。何処か緊張しているようにも見える。

 

「あの!」

突然先程の背の高い女性、瑞緒が話に割り込んで来た。

 

「貴方のお名前…まだ聞いてませんでしたよね?もし良ければ…」

 

「七瀬君!彼女は………!」

何かを言おうとするイラストレーター。触れてはいけない何かを彼は既に把握しているようだ。

 

高海宙(たかみこすも)

 

「え?」

 

「いや、だから。私の名前です。知りたいんでしょう?まぁ知られたところで別にどうなるとも思いませんけど。」

 

「……君を育てた親は居ますか?」

 

「私に名前があるって事はいたんでしょうね。物心ついた時からずっと一人でしたけど」

 

自分の名前にさして興味も無い少女。「それより」と再びイラストレーターに詰め寄る。

 

「『記憶』を取り扱うとはどういう事ですか?説明して下さい。」

 

「………分かりました。それも踏まえてまず君には我々TLTについて説明しなければなりません」

 

 

時は二十世紀後半まで遡る。

1990年、アメリカ・コロラド州に巨大な飛行物体が落下。人類は初めて地球外知的生命体と接触する。その場に立ち会った調査員達は、遠く離れた別宇宙から地球に訪れたその生命体を「来訪者」と名付ける。

来訪者の母星は謎の生命体「スペースビースト」とそれを操る「黒き生命体」により壊滅させられており、その脅威が地球にも迫っている事を来訪者により伝えらた。

その脅威に対抗するために世界各国の政府は新たな組織を設立する。それがTLT(ティルト)である。

 

 

TLT。正式名称はTERRESTEIAL-LIBERATION-TRUST(地球解放機構)であり、日本支部は関東に存在する大型ダムの内部に建設された巨大要塞・フォートレスフリーダムを活動拠点としている。スペースビーストの駆除を行いながらその生態を調査・研究し、更にはビーストによって破壊された街の修復も行っている組織である。

 

「ビーストに破壊された場所に、我々が来訪者と共に開発した特殊人工衛星『レーテ』から撃ち出す光を当てる事で修復する事ができます。流石に死んだ人間を蘇生させる事は出来ません。一日に一回、人間の活動が一番減少する深夜に起働させています。」

少女は話の内容が自分の知る常識を逸脱しており困惑している。

しかし彼の明瞭な話し方と真っ直ぐこちらを見つめる視線からはとても嘘をついているようには見えなかった。

現に彼はいきなり目の前に現れ、自分の体に自分以外の存在が宿っている事を一瞬で見抜いた。特殊な力を行使していることは間違い無い。

 

「そこで、ビーストに襲われた人々の記憶も消去するんですよっ。皆さんに恐怖やトラウマを植え付けさせてしまうわけにはいきませんから。」

 

 

 

 

 

 

 

宙の拳は血が流れ落ちるほど固く握りしめられていた。

「………つまり貴方達が今までずっと人々からビーストとそれに関する記憶を全部奪っているんですね?」

 

「はい、ですg」

イラストレーターが口を開いた瞬間、その顔面目掛けて足が飛んでくる。

(こすも)が蹴りを放ったのだ。しかしハイキックはイラストレーターをすり抜けるようにして空振り、後ろに張られている強化ガラスを粉々に叩き割った。

【ホログラムか…】

 

「わあああ!何するんですか⁉︎やめて下さい!」

瑞緒が慌てて動きを抑えようとするが突然逆鱗に触れた宙の怒りは収まらない。瑞緒をそのまま突き飛ばした。

 

「きゃっ!」

 

「おい!そこを動くな!」

騒ぎを聞きつけた制圧部隊が何人も部屋に突入し、瑞緒の安全を確保しながら宙に大型ライフル・ディバイドランチャーを向ける。

 

「待て!」

イラストレーターが手を伸ばしてそれを制した。小さな部屋の中は今度こそ完全に一触即発の状態になる。

 

「ふざけないで……!」

 

「私が今までどれだけ惨めに生きてきたか……貴方達のせいで!」

こんなに怒りを覚えたのは久しぶりなのかも知れない。視界が真っ赤に染まって見える。出来る事ならこの施設を壊し尽くしてやりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物心がついた時から私はずっと一人だった。

大きな建造物が立ち並び大勢の人々が大通りを行き交う中、何故か一人でその中に放り出されている状態。誰も私に見向きもしないので道行く人に勇気を持って話しかけてみると気味悪がられ避けられた。

 

そんな中私は生きるためにゴミ箱を漁り食べられる物を見つけながら必死に命を繋ごうとした。

 

……あの時何故あそこまで必死になっていたのか今でもよく分からない。誰かから貰った命だからだろうか?

 

誰も私という存在に見向きもしない。例え誰かが運良く拾ってくれても次の日には忘れられ、追い出される。私は寂しくて辛くて胸が張り裂けそうだった。

 

どうして…

 

どうして皆私のことを忘れてしまうの?

何でいつも一人にならなければいけないの?

 

 

その理由がようやく分かった。

……これまで私はファウストの言うように全ては突然地球に現れたビーストのせいだと思い、憎しみをそいつらに向けていた。

けどそれは違う。TLTとかいう奴らが全世界の人間の記憶から私の存在ごとビーストを抹消させていたのだ。

何故私の存在も一緒に人間の記憶から消去されるのか……それは私に「ダークファウスト」の力が宿っていたからだろう。

人間がスペースビーストに対して恐怖を抱くのならそのスペースビーストを何度も殺してきたファウストの力に恐怖を抱かない筈がない。

 

そういった脅威に遭遇しながらも生き長らえた人間から記憶を消去する事で、何も起きていなかった(・・・・・・・・・・)事になり多くの人間はいつも通り生活する事が出来る。  ……少しの犠牲が出ることに目を瞑れば。

何も知らずに生きるのはさぞ幸せなことだろう。

 

毎日世界規模で記憶の改ざんが行われていれば誰も私という存在に気付く訳が無い。私は大勢の人間の無知と幸せの為に死ぬ程の思いをしながら毎日生き、血を吐きながらビーストと戦ってきたのだ。それが許せなかった。

 

 

 

 

 

「……君の怒りは最もだ」

イラストレーターは声を絞り出すように話し始める。

 

「我々はこれまでずっと君という一人の人間の生きる場所を奪ってきた。今更許して欲しいと懇願する資格も無い。………だが世界中の人間からビーストに対する恐怖の感情を消さなければこの星にビーストは無限に現れてしまう。いくら倒したとしても。」

 

「……どういう事?」

 

「ビーストは生物の『恐怖』を糧として誕生する特異な生き物なんだ。もし倒されたとしても人間からより多くの恐怖の感情を得る事ができればまた新しい個体が誕生してしまう。放置していればトラウマや心的外傷後ストレス障害を持つ人間が続出したり世界規模で混乱が起き経済活動が停滞するだけでは無い。時間をかける事なく地球上にビーストが大量に発生し、あっという間に死の星となってしまう。

……それだけは絶対に避けなければならない。」

 

「だから私にはこれからもこのままビーストと戦い続けろって事?ふざけないで‼︎」

 

「いや、違う。今度こそ君に普通の生活が送れるよう支援がしたい」

 

「は?」

 

 

 

 

 

ーー数時間後・TLT・司令室ーー

「イラストレーター、お疲れのようですね。」

 

(こすも)との話を終え、薄暗い室内で目を静かに閉じているイラストレーターにTLT日本支部管理官、松永からの通信が入る。

 

「ホログラムのシステムには本当に感謝しているよ。あれが無ければ今頃僕の頭は胴体から切り離されていたかもしれない。」

 

「それで……『ミカエル』との交渉は?」

 

「あの少女には高海宙という名前があるみたいなんだ。だからそんな呼び方はしないであげてくれ。」

咄嗟に釘を刺すとそのままイラストレーターは話を続けた。

 

「一応僕たちの要求には応えてくれたよ。ただ、無理にこちらから歩み寄ろうとすれば今度こそ彼女はこちらに牙を向くかもしれない。今は落ち着いて様子を見ようと思う」

 

「なるほど……しかし驚きましたね。名前があるという事は少なくとも一定期間誰かが育てていたという事になりますが、そうなるとその育てていた人間は……」

 

「間違いなく適能者(デュナミスト)になり得る能力を持った人間だったろうね。最も今は行方が分からないみたいだけど。」

 

「しかし本当にあの少女の力を頼りにしても良いのですか?彼女に宿るのはウルトラマンや人類に敵対する『ウルティノイド』の力なのでしょう?」

 

室内は静まり返り、ただ機械が情報を処理する時に生じる電子音だけが響く。

 

「彼女が今までどんな目的を持ち戦っていたのか…僕には分かりませんが……管理官?」

 

「どうしました?」

 

「彼女が2回目に『ウルティノイド』の力を使った時……まず何をしたか覚えていますか?」

 

「報告によれば……ビーストに捕われた十数人をまず解放した……と」

管理官の言葉には疑いの念がこもっていた。報告の内容に『彼女が味方であって欲しい』という希望的観測が含まれており、判断における資料的価値に欠けると感じているのだろう。

 

「僕たちがまず信頼しなければ、彼女も心を開いてはくれないでしょう。」

 

「本気ですか?ビーストから人間を奪い返したのは他に理由があったかもしれないんですよ?殺さず捕らえてずっと『恐怖』を与え続ける……のように」

 

「その可能性があったとしてもだよ。僕たちは二度と同じ過ちを犯すわけにはいかないんだ。」

そう言うとイラストレーターは椅子を回転させくるりと後ろを向いた。

 

「貴方達もそう思うでしょう?」

 

そこには巨大な水槽があり、中には何匹かのクラゲが泳いでいた。

 

「そう言えば、一つ報告する事が……」

 

「どうしました?」

 

イラストレーターが続きを促すと管理官は緊張を含んだ声でこう答える。

 

「8日程前の10時13分42秒、富士山のある区域に『レーテ』の光が放たれていた事が分かりました。

ーーー無断で使用されたものと思われます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、今日から宙さんが暮らすお部屋ですよ!」

瑞緒は声を弾ませながらとあるアパートの一部屋を駆け回っている。

 

「ここがキッチンで、ここがトイレ!バスルームだってあるんですよ!あっバスルームっていうのはですね…」

 

「ねぇ」

瑞緒の止まらない話を宙が遮る。

 

「何で今更私に『普通』の生活をさせようとするんですか?」

 

「何でって……宙さんは女の子なんですよ!いつまでも山中でサバイバルみたいな暮らしを強いるわけにはいきません!こんなに綺麗な女の子をッ!」

 

「そうさせたのは貴方達ですけどね」

 

「本当にごめんなさい……」

瑞緒は顔を俯けながら一言一言丁寧に言葉を紡いでいく。

 

「私達は不手際のせいで今まで貴方にずっと苦しい思いをさせてきました。もう辛い思いをさせるのは無しにしたいんです。レーテにも修正を加えたので宙さんはこれからは誰にも忘れられずに生きていく事が出来ます。だから…!」

 

「戦いはどうするんですか?貴方達が何とかしてくれるんだったらもう私が何かをする必要もないのだけども」

 

【…………】

 

「私達にはまだ大型ビーストに渡り合えるような力はありません。でも……宙さんに戦いを強いるつもりもありません。」

 

「へぇ……意外です。何かを質にとって私に戦いを強いるか泣きついてくるかどちらかの手段を取るのかと思ってました。」

 

「確かに貴方の力は本当に必要なんですけど……まずは人と関わって、温かさを感じて、友達を作ったり恋をしたり……泣いたり笑ったり、たくさんの事を体験して欲しいんです。」

 

「今までファウスト以外誰とも関わりを持たなかった私にそんな事出来るわけ「大丈夫です。」

瑞緒が優しく宙の手を握る。

 

「私の言うことなんて何の根拠も無いかもしれないですけど……でも、ここに住む人結構良い人達ですから。きっと上手くいきます。これから生きていく中でもし、本当に『守りたいもの』が出来たらその時は力を貸してくださいね。」

 

瑞緒は手を離した。宙の手の中にはまだ温もりが残っている。

 

「そろそろフォートレスフリーダムに戻らないと。あっお金とかは私達TLTが全て負担するので心配しないで下さい!困った事があって何か相談したい事があれば携帯から私にかけて下さいね。使い方は教えたので多分問題無いと思うんですけど…… それでは!これからの日常生活や学校生活(・・・・)で宙さんに素晴らしい出会いがある事を祈っています!」

 

瑞緒は急いで部屋を出て行った。階段あたりで何か凄い音がしたが気にしない事にする。

 

「何で……あんなに簡単に彼らの言う事を聞いたんだろう?」

部屋の端に視線を移すと高校の制服が掛かっていた。

 

正直、「学校」という場所に行く必要も勉強する必要もどこにも無いが、今までの様に過ごしていてもビーストが出現した時以外はずっと暇になってしまう。

暇を持て余すにはちょうど良いだろう。

 

 

宙は今着ている黒い服を脱ぎ、試しにその制服を着てみる。

 

その制服は紛れもなく「浦の星女学院」の制服だった。

 

 

 




ようやく主人公の名前を明かす事が出来ました。
彼女の過去についての説明は不十分な所もあったかもしれないですが、これから話を進めていく上で結構重要になってくるので是非覚えておいて欲しいです。
次回からは主人公の学校生活が始まるので千歌ちゃんたちとチョメチョメ絡ませていきたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.温もり


円谷プロが投下した新情報
ツルギをもう一度出してくれる製作陣の皆様を神格化します




「……いつまで私をこのまま小娘の体の中に閉じ込めておくつもりだ?」

 

…………

 

「答えろ……!」

ダークファウストは自分たちウルティノイドを支配する存在とコンタクトを取っていた。何も話そうとしないソレに向かって声を荒げている。

 

「人間はビーストを生み出すメカニズムを既に把握している。だからもうスペースビーストを何度も生み出せるわけがない。こんな状況になってなお小娘に好き勝手させる気なのか?」

 

ソレがようや口を開いた。その声はまるで変声機越しに喋っているようにくぐもっておりかなり聞こえ辛い。

 

……問題無い。やるべき事は変ワラない

 

【………!? 何を言っている?】

予想だにしない言葉に、ファウストはソレの言っている事が分からなくなった。

 

ヲ前はよク働いテイる。今後も今マで通リ……

 

【ふざけるのも大概にしろ‼︎私はこのまま自らの意思で動く事も許されずただ指を咥えて眺めていろというのか⁉︎】

 

ヲ前ガ動ケない状況を作ッたのは誰だ?

 

【…………!】

いきり立つファウストはその言葉に何もいう事が出来なくなった。同時にソレから感じられる威圧に押し潰されそうになる。

 

あの人間ヲヨク調ベズに肉体ヲ奪ヲうトしたのは貴様だろう?そノ落トシ前ヲ私ニつけろというのか?勘違いも甚ダしい…

 

何が落とし前だ……私が小娘と接触するよう焚き付けたのは貴様だろうに……!

 

【……良いだろう。私は独断で行動する。お前の指示など聞き入れるつもりは無い】

 

言ッておくが、バグバズンの時ノヨうにあの人間ノ身体に強引に干渉する事ハもウ不可能だ。『順応性』が次第ニ高まッてきている…

 

ソレの気配と威圧感は暗闇に溶け込むように消えていく。残されたファウストは歯軋りすることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー内浦・通学バス内ーー

(うらら)かな春の日差しが海を優しく照りつけるのを窓から眺めながら、三人の少女が仲良く談笑している。

「いよいよ明日だね!衣装間に合って本当に良かったよ!」

 

「お客さん、ちゃんと来るかしら……?」

 

「大丈夫だよ!駅前でチラシ沢山配ったし地域全体にアナウンスもしたから!やれる事はやった!だから梨子ちゃん、気負わずいこう?」

 

「そのアナウンスが心配なのよ…」

 

沼津での騒動があった後も千歌達はめげずにファーストライブのお客さんを集めるため奮闘していた。千歌・曜・梨子を可愛くデルフォメしたポスターを街中に貼りまくったり、場所を色々変えてチラシも沢山の人に配った。

グループ名も決まり、水の名から取ってAqours(アクア)と命名された。

そして遂に放送局の許可を得て地域全体にファーストライブのアナウンスをする事にまで漕ぎ着ける。

 

しかし悲劇はその当日に起こった。千歌がアナウンスの原稿を家に忘れてしまったのである。

仕方なく完全にアドリブで行う事になったがそれはもうめちゃくちゃだった。

 

最初は三人同士にグループ名を叫ぶ事になっていたのだが、緊張していたせいか梨子の声が裏返り凄い声を出してしまう。それがツボにハマり爆笑する曜。

その後も放送中にAqoursが学校公認か非公認かで揉め、その一部始終を住民達に聞かれる事となった。

住民達の中にはお笑いの宣伝と勘違いした人も居たそうだ。

 

「あんな恥ずかしい事して…絶対笑い者になるじゃない。」

 

「大丈夫!興味を持ってくれるお客さんも沢山いるだろうから!」

ニコニコしている千歌の肝の太さに梨子は感心する。何であんな恐ろしい目にあって尚笑っていられるのか分からなかった。

 

「千歌ちゃん……その……大丈夫なの?無理とかしてない?」

 

「へ?何のこと?」

きょとんと小首を傾げる千歌。

 

「化け物に二度も襲われて…危険な目にも遭って…私心配なのよ。千歌ちゃんの事が。私達に気を遣って無理に笑ってるんじゃないかって」

 

「……えい!」

千歌は梨子の顔をじっと見つめ…ギュッと抱きしめた。

 

「えへへへ〜梨子ちゃ〜ん」

 

「ちょっと!千歌ちゃん何やって……」

梨子は顔を真っ赤にしながらワタワタしている。

 

「ムッ」

何故かムスっとなる曜。

 

「嬉しいなぁ。最初の頃は私がしつこいせいで梨子ちゃん凄い邪険になってたでしょ?だけど今はそんなに私の事大切に思ってくれてるなんて。」

 

「当たり前じゃない。ここに来て初めて出来た…友達なんだから。」

 

「ふふっ ありがとう。でもね、大丈夫だよ。」

千歌はそう言うと梨子と曜の手を握る。

 

「私の周りにはこんなにも素晴らしい友達が居るんだもの。何でか分からないけど…皆んなと一緒なら怖くないの。それに…『ヒーロー』だっているから。」

 

「それってあの黒い巨人のこと?でもあんな見た目で…」

 

「味方だよ。私はそう確信してる。姿も形も関係無いよ。あの巨人の手の中で感じた温もり……あの手で沼津の皆んなの命を守ってくれたんだから。」

 

「千歌ちゃん……」

 

「私ね、スクールアイドルの事簡単に諦めたく無いんだ。だってへこたれてたらあの巨人に申し訳ないんだもん。『あなたが助けてくれたから私は今も精一杯生きてるんだよ!』って伝えられたら良いのになあ…」

 

「でも…あの巨人さんはもう……」

梨子が俯く。あの時、黒い巨人は化け物に腹を貫かれ……

三人共黙り込んでしまう。

バスはいつの間にか停車していた。

 

「降りよっか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に入るとクラスにいる皆んなが廊下に並ぼうとしているところだった。

 

「あっそういや今日全校朝礼じゃん。」

曜が思い出したように呟く。浦の星女学院では偶に全校朝礼なるものが行われるのだ。

 

「面倒だなぁ……」

ブーブー文句を言おうとする千歌にクラスメートのむつ・いつき・よしみの三人が近づいてくる。

 

「千歌達は知らないの?今日転校生来るんだって。」

デコ出しと白いカチューシャが特徴のむつ。

 

「朝礼の時に紹介されるみたいだけど」

そう言うのはいつき。かなりのジト目とタレ目が特徴的な少女だ。

 

「梨子ちゃんみたいな可愛い子かもね!」

右の髪をくくった茶髪の短サイドテールの少女、よしみがニコニコしながら言う。

 

「また転校生?」

 

「何か最近多いね。遂に浦女にも人気がで始めた?」

めんどくさい行事に少し気になる事を見出すことが出来た千歌達はちょっとだけワクワクしながら体育館に向かった。

 

 

 

 

 

理事長のハイテンションな挨拶に生徒の殆どが眠気から叩き起こされ、あまりの喧しさに耳を塞ぎ始める頃(こすも)は舞台袖で控えていた。

 

「高海さん。」

宙の後ろから生徒会長、ダイヤが声を掛けてくる。

 

「いきなりここに立たされて緊張していらっしゃるのは分かりますが、浦女(ここ)の制服を着た時点で貴方は映えある浦の星女学院の生徒の一員なのです。良識と節度を持った行動を心掛けて下さらないと困りますわよ?」

 

「……」

 

「あの…もしもし?話を聞いて…」

何も答えない宙の肩を掴み表情を窺うとダイヤは言葉を失った。

宙の黒い瞳は濁っていた。光を一切通さない暗く深い水底の様に。

 

 

 

「では!ここで皆さんにサプラァイズ!があります!」

さっさと話終われ、という顔をしていた生徒達はその一言にホッとする。漸く転校生の紹介になった。

 

「今日から皆さんと一緒に勉強に励むニューフェイスを紹介しますよ!さぁ!カモン‼︎」

 

理事長・鞠莉の合図と共に舞台袖から1人の少女が歩いてくる。

切れ長の瞳に腰まで伸ばした艶やかな黒髪。

胸元の赤いリボンは彼女が2年生である事を示していた。

 

「わぁ…綺麗な子だ!」

 

「え…何あの美少女」

 

「アイドル?それともモデルさんかな?」

宙を見た生徒達はザワザワしている。

 

「やっぱり可愛い子だったね!」

よしみが振り返って千歌に話しかける。しかし千歌はポカンとしていた。

 

(あれ?何だろうこの感覚…初めて会った筈なのにそんな気が全然しないような)

 

 

鞠莉からマイクを渡された宙はそのマイクをじっと見つめる。そして鞠莉がやったようにスイッチを入れるとおもむろに喋り始めた。

 

「……高海宙です。宜しくお願いします。」

たった二言で挨拶は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

宙は学校に行く前日の夜、夢を見ていた。

ジャングルのように木々が生い茂る中をずっと歩いている夢。いくら歩いても全く疲れる事なく、生い茂る木々も果てしなく続いているように思われた。それでも歩き続ける。まるで誰かに導かれているみたいだ。

 

前方の木々の隙間から眩い光が差し込み始めた。

 

(出口だ!)

眩しさに目を手で覆いながら光の差す方に走る。

木々を抜けるとそこには巨大遺跡に似た建造物が建っていた。周囲の不思議な形をした石像や、斜陽の空。幾つもの美しい要素が集まり非常に幻想的な光景を作り出している。

 

 

(綺麗……)

 

遺跡の中でも一際大きい建造物が目に入った。

 

(ダークストーンフリューゲル?)

 

その形はダークエボルバーを使って呼び出す移動装置、ダークストーンフリューゲルに酷似していた。

辺りの空模様は夕焼けに近いが、太陽は何処にも見当たらない。何とも言い難い不思議な空間だった。

不意に眩い光が差し込み、宙は目を閉じてしまう。

目を開けると、遺跡の前に誰かが立っているのか見えた。顔は後ろを向いているので確認する事が出来ない。刹那、宙はデジャブを感じた。

 

 

ーーー

 

お願い……助けて……

 

ーーー

 

(そうだ……この景色、蟲の化け物と戦う直前、頭の中に浮かんだイメージと全く同じなんだ!)

 

 

初めて会ったはずなのに、宙はその人間に妙な親しみを感じる。まるで、ずっと前から会っていた様な……

 

「貴方は一体誰なの?」

 

実態か幻影かも分からないその人間に手を伸ばす。かなり近くまで来ても小柄な体型をしている事しか分からないという矛盾。

 

遂に宙はその人間の肩を掴んだ。

 

「‼︎」

その瞬間、周囲の木々が風にひしめく音、鳥のような鳴き声、葉が大量に落ちた地面を踏みしめる音ーー全ての音がシャットアウトされ、辺りの景色が真っ暗になった。

残されたのは宙とその謎の人間。

 

反射的に身の危険を感じた宙は急いでその人間の肩から手を離しそこから離れようとするが、手はその人間に貼り付いたように動かない。

 

ソレがゆっくりとこちらを振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を見ている?」

 

 

 

 

「ひっーーー」

目も鼻も口も無く、全てが黒く塗りつぶされている。本来目や鼻や口がある部分からフナムシの様なモノが大量に這い出してきた。

その大群はすぐに宙に群がり始めーーー

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

気がつくと瑞緒から譲り受けた部屋のベッドにいた。

しかし、宙は部屋全体が異様な雰囲気に包まれ、薄紫色に朧げながら光っている事に気付く。

 

 

目の前には昨日まで無かった着替えの際使用する大型の鏡が置かれている。

まるで宙がめざめるのを待っていたように。

 

見たくない。逃げ出したい。ーー怖い。

そう思うのに宙の体は言う事を聞かず鏡に向かって歩き始めた。手足が何者かに操られているような感覚。

マリオネットさながらだった。

 

宙は抵抗する事も出来ずに鏡の前に立たされた。

 

(嫌、嫌!)

 

必死に顔を背けようとするが体はそれを許さず、鏡を見るために正面に引き戻される。

 

鏡の中には自分の姿が映し出される

ーーはずだった。

 

そこに映し出された少女の輪郭はどんどん歪んでいき、やがて黒い瞳に鋭く尖った二本の角を持つ異形へと姿を変えた。

ゆっくり、ゆっくりと鏡面から這い出してくる。

 

「化け物……」

 

そう呟いた瞬間、体の拘束から解放され後方に大きく吹き飛ばされる。

 

 

 

 

「化け物、か……随分な言い様だな。お前がビーストと戦う時もこの姿だというのに」

宙はその声に聞き覚えがあった。と言うよりいつも聞いている声だ。

 

「貴方……ファウストなの?さっきまで私の体に干渉してたのも」

言い終わらない内に宙の体はくの字に曲がった。近づいてきた宙に対してファウストが彼女の腹を蹴り飛ばしたのだ。

 

「ガッ! あがぁ……」

突然の出来事に全く対応出来ず、苦悶の表情を浮かべながら腹を抑え体を丸める宙。

 

「誰が勝手に喋って良いと言った?劣等種族(にんげん)如きが…」

ファウストは痛みに悶える宙を容赦無くもう一度蹴った。ベッド際まで転がされる。

 

「なん……で…」

 

「『何で…』だと? 教えてやろうか?貴様に心底嫌気が差しているからだ」

ファウストの声には宙に対しての明確な敵意が含まれていた。その声はいつにも増して冷淡さを孕んでいる。

 

「貴様の戦い方に妙な違和感を感じていたが…先の戦いで確信した。『人間を庇いながら』戦っていただろう?だからあんなみっともない戦いをしていたわけだ。………ふざけるな。それは私への裏切りと同義だ」

 

「裏切り……?何を言っているの?私の体を奪おうとしていたのは貴方の方じゃない」

宙は内浦で最初にファウストの力を発現させた時から彼の真意に気付いていたのだ。

 

「……知っていたのか。では何故そうと知った後もいつも通り私と関わろうとした?」

 

「私が話せるのは貴方だけだったし、これまでずっと一緒だった。貴方を失いたく無かったの!」

ファウストは宙の事を体を取り戻すための道具としか思っていないにも関わらず、それでも説得を試みようとする。

 

「今まで貴方が居てくれたから私は……!」

 

「黙れ」

しかしその願いはあえなく両断される。

 

「やだよ…私を1人にしないで」

ファウストは今にも泣き出しそうな顔で倒れ込んでいる宙に近づくと

 

「……反吐が出る!」

その体を踏みつける。

「力が無い」

蹴る。

「技術が無い」

何度も

「覚悟が無い」

何度も蹴り踏みつける。

 

「ガハッ!グッ!オェェ…」

痛みと苦しみで抵抗出来ず息を吐き出す事しか出来ない。

 

「『人形』としての役割も果たさない。使えると思って少し気にかけてやったが見込み違いだった」

 

「価値を見出されなくなり、自分で見出す事も出来ない物……それが貴様だ。『失いたく無かった』だと?馬鹿な奴だ。貴様には最初から何も無いんだよ。存在自体が偽物だ!」

 

「貴様はもう用済みだ。二度と下らない正義の為に力を使うな。二度と私に干渉するな!」

 

 

 

 

翌朝目が覚めるまでファウストに心も体も嬲られ続ける悪夢は続いた。ただの夢。そう思いたかった。しかし夢から覚め幾ら話しかけてもファウストは何も反応しない。

ファウストが本当に自分と関係を絶った事を知らされた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー浦の星女学院・二年生・教室ーー

浦の星女学院は生徒数が非常に少ない。その為、一緒に勉強出来る仲間が増える事は非常に喜ばしい事だった。梨子が来た時も、ホームルームが終わった直後大勢の生徒が彼女の席の近くに集まり大量の挨拶や質問をぶつけていた程だ。

しかし、宙が来た時は違った。誰も彼女の席に近づこうとしない。

宙の顔からは一切の感情が消え、彼岸に片足を乗せたような雰囲気を全身に醸し出している。その様子に誰もがかける言葉を失い、近づくとことすら出来ない。

 

 

「ねぇ、やっぱりあの子様子が変よ。何かあったのかな?」

 

「元気が無さそう……ってレベルじゃ無いよね。」

曜や梨子がそう呟き、千歌もいつになく真剣な顔をして黙っている。教室全体に漂う重苦しい空気。しかし、その沈黙を破ったのは予想だにしない一言だった。

 

 

「思い出したぁぁぁぁぁぁ!」

千歌が突然大声を上げたのだ。

 

ギョッとするクラス一同。そんな事は気にせず千歌は早口でまくし立てる。

 

「あの子だよ!駅でライブの広告配ってた時に全速力で走ってた血だらけの女の子!雰囲気全然違うから気付かなかった!」

 

「言われてみれば確かに…」

 

「もしかして千歌ちゃん今までずっとそれ考えてたの?」

曜が聞き返す頃には、千歌はもう既に宙に向かって一歩踏み出していた。

 

「話すきっかけ探してたのかな……?」

 

「いかにも千歌ちゃんらしいね」

梨子と曜は顔を見合せ笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「高海さん!……って私も高海だった」

千歌が宙の席の前に立つ。虚ろな黒い瞳が千歌をぼんやりと捉えた。

 

「怪我、治ったみたいだね。」

 

「………?」

 

「ほら!覚えてない?私一昨日駅前で高海さんに会ったんだよ!あの時何故か高海さん血だらけだったけど」

途端に宙の意思のない瞳に驚きの感情が宿り大きく見開かれた。勢い良く椅子を引いたせいで後ろの机にぶつかってしまう。

 

しかし宙はその事に対して全く興味を示さない。彼女の驚きに満ちた双眸は千歌をはっきりと捉えていた。

 

「覚えてるの……?」

 

「やっぱり高海さんだったんだ!私は高海千歌。同じ苗字だね!宜しく!」

差し出された右手を握り返す事なく宙はぎこちなく喋る。

 

「私に何か用ですか?」

明らかに関わりたく無いという感情がこもった一言。千歌はたじろいでしまう。

 

「え?……えぇっと…高海さんって可愛いよね!」

 

「………」

 

「うん!すっごく大人びた雰囲気!そのドライな感じとか」

 

「………」

 

「…しゅ、趣味とかある?歌とか好き?」

 

「何もありません。私には何も」

勇気を奮い立たせて口にした言葉は虚しく一蹴される。その様子に曜も梨子も頭を抱えている。

それでも千歌は諦めなかった。何としてもクラスに馴染んで貰いたい。ずっと一人で放置されるなんて耐えられないから。何より彼女を見た時からずっと思っていたのだ。仲良くなりたい、と。

 

そんな彼女の脳裏に一つのワードが浮かんだ。スクールアイドル。

これを通じて沢山の人と繋がることが出来たのだから、彼女とも…!

ポケットから折り畳まれた最後の1枚のチラシを取り出す。

 

「私、友達と一緒に今度スクールアイドルのファーストライブやるの。もし良かったら見に来てくれない?会場、絶対に満員にしたいんだ。」

 

「すくーる、あいどる?」

千歌は弾かれたように喋りだす。スクールアイドルがどのような物か。何で今こんなにも夢中になっているのか。そしてファーストライブで体育館をお客さんでいっぱいにしなければ存続させる事が出来ないということ。

宙は大して興味が無いらしく、また虚な目に戻ってしまう。

 

「スクールアイドルをやる中で私は自分だけの『輝き』を掴みたいの。スクールアイドルはみんなに希望をくれるんだから。私だってきっと!」

 

「希望?」

あるワードが脳裏に引っかかる。自分が今一番聞きたくない言葉。その言葉は宙を嘲笑うかのように脳裏に絡みついてくる。

 

「そう、希望!あっそうだ!高海さんも今実際に見てみない?もしかしたら高海さんも」

 

「やめて!」

突然の大声に千歌は驚き、携帯を取り出そうとしていた手が止まる。

 

「貴方に何が分かるの⁉︎そんな都合の良い物に縋り付いて…それが何になるんですか?そんな存在するかも分からない物に」

宙はそこまで言って気付いた。教室にいる全員が静まり返っている。痛いほどの沈黙は急速に彼女の熱を下げていった。怯える様な目。非難する様な目。沢山の視線が宙に突き刺さっている。

疎外感に苛まれた宙は教室から飛び出した。

 

「高海さん!」

後ろから千歌の声が聞こえてくるが無視する。ここは自分がいて良い場所では無い。宙は今更ながら学校に出向いた事を後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーファーストライブ当日・体育館ステージ裏ーー

幕の向こう側は静まり返っているようにも思えるが、耳を澄ますと少しだけ息遣いやボソボソと話す声が聞こえて来る。もうお客さんが来ていた。

私達の、お客さん。もう間も無くスクールアイドルとしてパフォーマンスを披露できる事を実感し、千歌の心に緊張と共に込み上げてくるものがあった。これが武者震いというものだろうか。

 

 

「やっぱり慣れないわ……。本当にこんなに短くて大丈夫なの?」

 

「大丈夫だよ!μ'sの最初のライブの衣装だって、これだよ!」

 

「ステージ上がれば忘れるよそんな事!」

 

緊張・不安・高揚感か三者三様だが、それでも三人の目には決意が漲っていた。三人共何度も何度も練習してきたのだ。それが自信に繋がっている事は確かだろう。

 

「そろそろだね……えと、どうするんだっけ?」

 

「たしか、こうやって手を重ねて……」

三人で輪になり中心で手を重ねる。

 

「繋ごっか」

千歌はそう言うと梨子と曜の手を取る。

 

「こうやって互いに手を繋いで……ね?あったかくて好き」

 

「ほんとだ」

外からは雷鳴が僅かに轟いているのが聞こえる。薄暗く少し肌寒い気もするが、それでも心の中には確かにじんわりとした温かさがあった。

 

「雨、止まないね。」

 

「みんな来てくれるかな?」

 

「もし来てくれなかったら……」

 

「じゃあここでやめにする?」

千歌が冗談めかしたように言う。いつもは事ある毎に曜が千歌にこう聞いていた。こうネガティブな聞き方をした方が千歌は逆に燃えるのだ。

 

「「「くすっ……あははははは!」」」

出来る限りの事はやった。後は全力を尽くすだけ。

決意を新たにした彼女達はステージに向かって駆け出して行く。ステージの隅には三人の鞄と着替えがピタリと身を寄せ合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この感覚だ。いつも奴らが現れる時にこの背中を刃物で撫でられる様な悪寒を感じる。………奴が餌を求めてこの近くにもう間も無く現れるだろう。

 

でも行った所でどうなる?何の為に戦う?奴らが憎いから?

……そんなの無い。怒りも、憎しみも、家族も、友人も、誇りも。私には無い。何もない空虚な存在を体現した様な自分には、何かをする資格も価値も無いだろう。そもそもファウストが私を拒絶しているのだ。力を使えばまた前みたいに妨害されるかもしれない。

もう、良い。何もかもがもううんざりだ。

 

ベッドに顔を埋める彼女の瞳に、瑞緒が置いてくれた可愛くデルフォメされた小さなカレンダーがうつり込む。その先にあるのは千歌から貰ったしわくちゃになったポスター。

 

(そう言えば今日なんだっけ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌、曜、梨子はステージの上でダンスの最後の振りを終え、地に足をつけた。上がった息を何とか整える。さっきまで空に浮かんでいるように飛び跳ねていたのが嘘のようだった。

割れるような拍手と歓声が体育館全体に響き渡る。

千歌達のファーストライブは成功した。体育館一杯にお客さんを集める事が出来たのでスクールアイドル部も正式に部活動として認められる。

開演の時間を間違えお客さんが全然来てないと勘違いしたり、落雷の影響でライブの途中で電気が落ちたり紆余曲折あったがーーそれでも大勢のお客さんの前で精一杯のパフォーマンスが出来た。

 

ルビィ、花丸、千歌の姉が連れてきた同じ職場の従業員さん。他の高校の生徒。地域の方々ーーー沢山のお客さんが足を運んでくれ千歌達のライブを見に来てくれた。

千歌は息を整えながら、この街に住む人々の温かさを感じていた。

 

(私達も、お客さんもみんなで輝いてるこの感じ……何だか良いなぁ)

そう感じる千歌だったが、一つ心残りがあった。

ざっと体育館を見回すがその人物は何処にも居ない。

 

◇◇◇

 

「貴方に何が分かるの⁉︎」

 

◇◇◇

 

「高海さん……来なかったなあ……」

 

 

 

ブブブブブ

 

「何…この音?」

観客の一人が異変に気付く。

 

「ねぇ!何か聞こえない?」

 

「んー?何?」

隣の友人に話しかけるが、体育館に響く拍手や歓声のせいでその声は聞こえない。

 

「ねぇったら!」

更に声を大きくしながら肩を掴んだ途端ーー

 

 

ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ!!

 

 

全ての音を掻き消す程の騒音が体育館のすぐ外から聞こえてきた。あまりの喧しさに人々は耳を塞ごうとする。

 

「‼︎」

突然曜の体が強張った。すぐさま声を張り上げる。

 

「みんな、体育館の壁に寄って!今すぐに!急いで‼︎」

蟲の羽音のような音に負けないよく通った声だった。戸惑いながらも体育館にいる人々は壁際に寄り中央に空間が出来る。

 

 

その時だった。

 

轟音と共に体育館の天井が崩れ、巨大な爪が現れた。その爪は体育館目掛けて振り下ろされ、床を大きく抉った。悲鳴が響き渡る。

爪はすぐさま引き抜かれる。「空振り」だった事に気付いたらしい。

 

体育館の中央に天井の残骸が積み上げられていた。曜の指示が無ければ何人もの犠牲が出ていた事だろう。

 

恐怖と驚愕を伴ったどよめきが館内を包み込む。

 

 

 

 

 

 

「ーーーー!!!!!!」

浦の星女学院の上空に突如出現したバグバズンは、大勢の人間がいるはずの体育館から何も収穫が得られなかった事に苛立ちの唸り声を上げながら上空に飛び上がる。

 

「またあいつだ……」

 

着替えもしないままに体育館を飛び出した千歌達は沼津で自分を襲った敵にもう一度出会ってしまった。

前に命を奪われかけたせいか、千歌の顔色がかなり悪い。今にも膝を折り地面に倒れ込んでしまいそうだ。

 

「千歌ちゃん、梨子ちゃん、逃げるよ!」

曜が二人の手を引く。

 

 

 

 

バグバズンは羽を折り畳みながら地面を睥睨するように降下していく。

 

刹那、風切り音と共に千歌達の真上を何かが光速で通過した。

 

「デアア!」

 

バグバズンが地面に降り立つ瞬間、黒い影が側面からぶつかる。バグバズンはまさか着地する瞬間を狙われるとは思ってなかったようで、呆気なく地面に叩きつけられた。

 

油断せずバグバズンを警戒しながら腰を低くするその巨人・ダークファウスト

 

赤と黒のツートンカラーの体に大量の雨が降りかかるその姿は皮肉なことに曇天によく映えていた。そのおどろおどろしさに息を飲み込み、怯える人々。

 

「ウルトラマン!良かった…生きてたんだね!」

千歌の言葉に反応を示さず敵に突進していくファウスト。

「ウルトラマン」。彼、いや彼女にとってその言葉はひどく不釣り似合いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(戦う意味なんて何処にも無い。なのに……何が私を?)

 

ファウストに変身した宙は浦の星女学院に向かって進撃するバグバズンを渾身の力を振り絞り食い止める。

 

「化け物が二体も…」

 

「逃げろ‼︎巻き込まれるぞ‼︎」

 

 

 

(……ッ)

 

バグバズンを抑える力が緩み、吹っ飛ばされる。受け身も取らず背中を強打し一瞬意識が遠いた。

 

(何故…)

振り下ろされる爪を瞬時に転がることでかわす。

 

(何故!)

バグバズンの尾部に存在する第二の顎が宙を噛みつかんとばかりに襲い掛かるが、それも体を仰け反らせバク転でかわした。

 

(足掻く?何故…戦う?)

 

「ハァァァ……!」

 

全身泥濘に塗れながらも宙は敵に向かって構えをとった。

 

(!?)

突如バグバズンの直上に黒いゲートのような物が出現し、赤黒い光がバグバズンを包み込む。

 

「ーーーー!!!!!!」

光が消え去るとバグバズンの肉体は大きく変化していた。

 

 ーー インセクトタイプビースト・

         バグバズングローラー ーー

 

全身は無数の角が生え更に刺々しくなり、体色は赤くなっている。腕に生えていた三本の爪は一つに融合し、巨大な鎌状の腕に変化していた。

 

(何なのこれ……?)

 

バグバズンが鎌状の腕を振り回してきた。宙はあえなく胸部を抉られる。

 

「グォォォ!」

 

避ける事が出来なかった。バランスを崩しながらも追撃を避ける為に大きくバックステップする。さっきまで身体があった場所を敵の腕が掠めた。まるで何も無い所からいきなりそこに現れたような動きだった。

 

(動きに殆ど無駄が無い…!)

宙は即座に異変に気付いた。バグバズンが攻撃する直前、踏ん張ったり腕を振り上げる動作が無いのだ。

ほぼノーモーションで攻撃が放たれるので眼前にいきなり腕が飛び出してくるように見えてしまう。

 

以前戦った時に比べ遥かに成長していた。敵が持つその知性と順応性に宙は驚愕する。

 

(砕け散れ!)

指先から光弾を放つがバグバズンの皮膚はそれを明後日の方向に弾き飛ばしてしまう。

 

(防御力まで強化されてるの⁉︎)

バグバズンがじりじりと間合いを詰めてくる。以前とはまるで立場が逆転していた。

 

 

 

—————力が無い

—————覚悟が無い

—————お前には、何も無い

 

宙の脳裏にあの時のファウストの言葉が甦る。

 

(そんなの……そんなの分かってる!じゃあファウストはどうやって敵と戦ってきたって言うの⁉︎)

 

そう思った瞬間、宙の頭に一つ疑問が浮かんだ。今バグバズンと戦っている肉体は本来ファウストのものだ。

 

———(ファウスト)ならどう戦う?

 

程なくして答えは出た。荒唐無稽かもしれないが、今はこれにかけるしか無い。宙は静かに目を閉じ、ファウストの姿、動きを強くイメージする。不思議とひどく心は落ち着いていた。

 

 

 

ファウストが戦う姿を見守っている少女がいた。果南だ。実は果南はこっそり千歌達のファーストライブを観に来ていたのだ。

そして彼女はある事に気付く。

 

「構えが変わった…?」

 

右手は人差し指と中指だけが立てられ、腕は地面と垂直に立てられている。左手は右肘に沿い、胸の前に置かれている。ダークファウストはまるで拳法とカンフーを混ぜたような構えをしていた。

 

バグバズンもファウストの纏う雰囲気が変わった事に感づいたようでその動きをピタリと止める。両者が静かに対峙し暫しの静寂が訪れた。

 

雨は一層激しさを増し、雷鳴が轟く。薄暗い地上を切り裂くように稲妻が走り一瞬辺りが明るくなった。

 

そして何の前触れもなくファウストの姿が消える。

 

 

 

遅れたように雷鳴が轟いた時にはバグバズンの頭部と胴体は綺麗に切り離されていた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「ッ…ハァッ……ハァッ……‼︎」

 

地面に体を打ち付け、荒い呼吸を繰り返す。

周囲の景色が霞み、閉じていく視界とは反対に周囲の音が鮮明に聞こえてくる。遠巻きに見ていた———人間の声が。

 

 

「…出て行け」

勇気を振り絞って誰かがそう呟いたらしい。

 

「…この街から出て行け」

 

「そうだ……出て行け」

 

「消えろ‼︎お前らなんかにこの街は奪われたりしない‼︎」

 

「出て行け‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌は折角作った衣装が雨に濡れるのも構わず、ファウストが立っている場所に向かって全力疾走していた。

 

(言わないと…今度こそこの思いを伝えるんだ!)

 

しかし、そんな彼女の思いとは裏腹にファウストの姿はゆっくりと霞んでいく。

 

「あぁ!待って!」

千歌は必死に手を伸ばす。

(何で貴方はすぐに何処かへ行こうとするの?まだ誰も「ありがとう」って言って無いのに…せめて私だけでも!)

 

千歌は思い切り叫ぼうとした瞬間、ダークファウストが一つの小さな光球に変化している事に気付いた。

その淡い光を放つ小さな光球は千歌の数メートルて前にゆっくりと降りてくる。

千歌が駆け寄ると同時に光球は消滅。中から一人の少女が気を失った状態で姿を現す。千歌はその顔に見覚えがあった。

 

「宙ちゃん!」

下の名前で呼んだ事に千歌は気付いていない。そんな事は彼女にとってどうでも良かった。宙の体をしっかりと抱き寄せるとじんわりと温かみを感じる。急いで胸に耳を当てると規則正しく拍動の音が聞こえた。

 

(良かった…生きてる!)

 

「そっか…宙ちゃんがずっと守ってくれてたんだね。」

遠くから曜と梨子が駆けてくるのが見える。

 

 

ーーー

 

宙は目を覚ますと見知らぬ和風の部屋に寝かされていた。彼女の布団の周りを三人の少女が取り囲んでいる。その顔には見覚えがあった。

 

「起きた!」

 

「貴方…確か…」

1人は見覚えがある。あの時にいきなり話しかけてきて、宙が乱暴に当たり散らした少女だ。

千歌達三人は顔を見合わせ、まるで合図するような動作をする。

 

—————次の瞬間

 

「確保ーーー!」

千歌の声と共に三人が宙を抱え上げた。

 

「え、ちょ」

 

「うわっ宙ちゃん軽!」

 

宙は抵抗しようとするが、先程の戦いで疲弊し切っており上手く体を動かせなかった。

 

「何なんですか!」

 

「はい!宙ちゃんにはこれからご飯を沢山食べて貰います!」

 

「はぁ?」

 

そのまま宙はえっさほいさと一階まで運ばれていった。

 

 

「……」

 

目の前にはカレーライスと呼ばれるご飯と、様々な食材が煮込まれた料理が置かれている。そしてそれはお皿から溢れるのではないかと思うほど大量に盛り付けられている。今まで嗅いだこともない様な食欲が湧き上がる匂いが宙の鼻腔をくすぐった。

 

「私、その…宙ちゃんにお礼がしたいの。ウチで少しだけご飯食べていかない?」

改まった態度で千歌はそう宙に話しかける。

 

宙は素早く状況を整理する。自分はまた拉致されたのか。それもただ食事させられるためだけに。あれからの事はよく覚えていないが、おそらく倒れていた所を拾われたのだろう。しかし千歌と呼ばれる少女は「お礼」がしたいと言った。……まさか正体を

宙は改めて目の前に置かれた食事をもう一度見つめる。

(これの何処が「少しだけ」なの?)

 

 

顔を背けようとするが美味しそうな匂いが漂ってくる。

 

「ほら、座った座った。その様子じゃ暫くまともな食事してないでしょ?何も気にしなくて良いから、早く食べちゃいなさい」

 

ーーーーーー哀れむな

 

肩に置かれた手を払い除ける

 

「いらない」

 

「宙ちゃん!」

 

「退いて。気安く名前を呼ばないで‼︎」

宙の怒声にその場の全員が身を強ばらせる。

それでも

 

「…!」

それでも千歌は宙の前に立ちはだかったまま動こうとはしなかった。

 

(何で…何でここまでして構おうとするの⁉︎)

 

「食べて」

力強い眼差しのまま、千歌は短くそう告げる。

 

「貴方、私の正体を知っているんでしょう?それならーーー」

 

「食べて」

穏やかだが、どこか凄みのある声だった。側で見ていた曜と梨子も千歌の隣に並び宙の前に立つ。

 

 

 

刹那、視界がぐらりと傾き、力無くその場に尻餅をつく。

 

ぐぅうぅうううぅぅぅぅぅ〜 ………

 

殴りかかってくるのを今か今かと待ち構えていた3人は目を丸くし、へたり込んだ本人は赤面して顔を伏せる。

宙の腹から聞こえた大きな音は、結論を出すには十分過ぎた。

 

 

 

宙は渋々スプーンでカレーを掬った。千歌・曜・梨子そして千歌の姉達も宙がスプーンを口に運ぶのを恐る恐る窺っている。

口の中でゆっくり噛みしめ…飲み込んだ。

 

「一口だけ」と決めていた先程の彼女は何処へやら、二口、三口……夢中でカレーを食べ始めた。空っぽの胃の中が次第に満たされていくのを感じる。

 

 

 

 

 

涙が止まらなかった。ルゥの中には沢山の野菜、お肉、そして温かい「何か」が籠もっている。泣くまいと思えば思うほどその「何か」が彼女の心を優しく解きほぐし涙がこみ上げてきてしまうのだ。

 

 

「泣いてるの⁉︎もしかして美味しくなかった?」

視界の端で千歌が慌てている。

 

(泣く?そんな訳無い。泣くなんて弱者のする事。私はそんな事絶対しない!)

慌てて涙を拭う。しかし、拭っても拭っても視界がどんどん滲んでしまい溢れ出す涙を止める事は出来なかった。

 

 

 

「うぅ……ひぐっ…えぐっ…」

とうとう嗚咽が漏れ始めた。

忘れられ、捨てられ、今まで誰にも自分の存在を認めて貰えず、唯一の理解者だとずっと信じていた人にも裏切られ、心が荒んでしまった宙が初めて本当の優しさに触れた瞬間。今まで食べた事も無い暖かく優しさが込められた料理に胸が一杯になってしまう。

 

 

(何で…何で止まらないのよぉ……)

 

子供の様に泣きじゃくる宙に千歌の姉、志満が優しく笑いかける。

 

「どう?美味しい?」

 

嗚咽で上手く言葉を話せない宙は必死に何度も頷く。

 

「そう。良かった。」

 

「志満姉、カレーに何入れたの?」

 

志満は人差し指を顎に当ててうーん、と小首を傾げた。

 

「特に変わった物は入れてないわよ?母さんの作り方通りに……あっ強いて言うなら『愛情』かしら?」

 

「何そのテンプレみたいな表現…」

千歌はそう言って苦笑する。

 

「千歌ちゃんはあの時いなかったけど…私母さんと昔一緒に料理したことあったの。その時母さん言ってたのよ。『愛情が籠もった料理には不思議な力があるの。辛い事があってふさぎ込んだでしまっても美味しい料理をお腹いっぱい食べれば心を落ち着ける事が出来るのよ』って。」

 

「じゃあ宙ちゃんは……」

 

「多分宙ちゃんは今までずっと誰にも伝えることの出来ない辛く苦しい思いをしてきたんじゃ無いかしら。色々な思いが今一気に溢れ出してしまってるんだと思うの。私達が何か力になれると良いんだけど……」

 

「……んで」

 

「?」

 

「何で……知らない人にそこまで優しく出来るんですか?駄目ですよ…相手の事よく知りもせずに。だって私の正体は……あのおぞましい悪魔みたいな姿をしたダークファウストなんですよ⁉︎命を奪うための力を中途半端に使って…独り善がりしてるだけの偽善者なんです!私に……誰かに優しくされる資格なんて……」

 

「そんな事ない!」

千歌の声に宙は口をつぐんでしまう。それ程彼女の声には迫力があった。

 

「そんな事無いよ!だって宙ちゃん、二度も私達や沼津の皆んなの事助けてくれたじゃん!」

 

「そうよ。貴方が居てくれなかったら私も千歌ちゃんも曜ちゃんも今ここに居なかったかもしれない…」

梨子も曜も千歌の言葉に頷く。

 

「私は別に貴方達を助けるために戦ってたわけじゃ無いんです。ファウストの口車に乗せられて意味もなく戦っていただけ……本来あいつの意のままに動く操り人形になるはずだった。それに貴方達以外の大勢の人は死んでしまったじゃないですか!」

 

突然宙の体に軽い衝撃が起こる。数秒後、千歌に抱き締められている事に気付く宙。

 

「な…何を…⁉︎」

 

「そんな事言わないで……誰も宙ちゃんの事を偽善者だなんて思わない。だって、宙ちゃんがいなかったらもっと大勢の人が犠牲になってたかもしれないんだよ?宙ちゃんはそんな沢山の命を『守ってくれた』んだから。」

 

「守……る……?」

 

「私ね、初めて会った時から貴方にずっと伝えたい事があったの。」

千歌はそう言うと宙の手を優しく包み込む。

 

「果南ちゃんを、曜ちゃんを、梨子ちゃんを、私を、助けてくれて本当にありがとう。私、宙ちゃんに会えて…」

そう言うと千歌はにっこりと微笑んだ。

 

「本当に良かった。」

 

 

 

 

 

 

 

ずっと誰かに言ってもらいたかった言葉。自分の心に纏わりついていた黒い霧が晴れていく様な感覚だった。

 

 

「はい、どうぞ。」

 

いつの間にか空になっていた皿に志満がカレーを盛り付けていた。

 

「沢山食べて。育ち盛りなんだから。」

 

(何この気持ち……意味分かんない…)

 

大量の涙で顔がグッジャグジャになっているが宙はそれでも夢中でカレーを口の中に掻き込んでいる。

 

「凄い食べっぷり…」

 

「何か顔リスみたいになってんだけど。てかいまいち状況飲み込めてないの私だけ?千歌あんた今さらっととんでもない事言わなかった?」

曜と千歌のもう1人の姉、美戸はその様子に目を見張っている。

 

ともあれ、高海家や曜、梨子は宙の事を受け入れたようだった。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

(希望…光…そんな物何処にも存在しない。ずっとそう思ってた。なのに何で……私の心、こんなに「温かい」の?)

 

宙もそれは同じようだった。




……新しくタグを付ける必要があるかもしれません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.ニュービギニング

前スペースビーストだけで無く他の怪獣やウルトラマンも出したくなって来ました
ネクサスは絶対に出すので宜しければ適能者が誰になるか予想してみて下さい


千歌は朝が苦手だ。いつも二度寝してしまう癖があるので大抵姉の志満か、一緒に登校する曜に布団を引っ剥がされて起こされる。最近はもう目覚まし時計など無用の長物と化していた。

しかしその日は違った。

ふつと目が覚め時計に手を伸ばしまだ鳴っていないアラームを止める。

アラームが鳴り出す前に起きるのは久しぶりだったので千歌は心の中で小躍りする。

 

(どうしよう…もう一度寝ようかな?でもそしたらまたいつもみたいになっちゃうし…)

 

と思いつつも二度寝という幸せに身を委ねるべくもう一度瞳を閉じようとした時違和感に気づいた。

…体が妙に重たい。脇腹辺りから妙に柔らかい感触を感じるのだ。

不思議に思って布団を少し捲ると———

 

「すぅ……すぅ……」

宙が千歌に抱きつくように眠っていた。

 

少し驚く千歌だったが、すぐに状況を理解し顔を綻ばせる。宙は水面のように穏やか表情で眠っていた。とても異形の怪物に命を賭して立ち向かっていたとは思えない、ごく普通の少女の寝顔だった。

 

(あ、涎垂れてる。可愛い)

千歌から眠気は完全に失せていたが、まだ宙を起こすつもりは無いらしく宙の頭を優しく撫でる。

 

(宙ちゃんって本当に綺麗だなぁ。前までずっと住む場所も無かっただなんて想像つかないよ)

 

同じ年なのにそのなりからは想像出来ない程の苦労を重ねてきたのだと思うと千歌は胸が一杯になる。

不意に宙の抱きしめる力が強くなった。千歌に甘えるように腕を絡みつかせてくる。

 

「ん…お母さん……」

 

その寝言に千歌は一瞬体を硬直させ、困ったように笑う。

 

(そろそろ起きないと)

 

そう思い宙を軽く叩いて起こすべく背中に手を乗せる。まるで地肌を触っているように滑らかな触り心地だった。

 

(⁉︎ この感触…もしかして)

 

千歌はもう一度宙をまじまじと見つめると、頭から肩あたりまでを覆っている彼女の黒髪の隙間から鎖骨が見えた。宙は昨日寝るときに首元をしっかり覆うジャージを着ていたので露わになるはずがない。

つまるところ———

 

千歌は思い切り布団を剥いだ。今度こそお互いの服装がハッキリ分かるようになる。

宙は何も着ていなかった。

 

「何でえぇぇぇぇぇ!?」

 

部屋全体に千歌の悲鳴が響き渡る。この日も目覚まし時計は自らの役割を果たすことはできなかった。

 

 

 

 

「本当にごめんなさい!私、いつの間に千歌さんの布団に入って…?」

宙が顔を赤面させながら深々と頭を下げ謝っている。ぶわさっと長髪が舞い上がって顔の前ににかかりホラー映画の幽霊みたいになった。

 

「いやいや!それは別に構わないけど…」

千歌は宙が命を救ってくれただけで無く甘える程に好意を向けてくれる事が正直嬉しかった。

 

「いやでも…千歌さんとは一昨日知り合ったばかりです。そんな方といきなり一緒に寝ようとするだなんて…不躾にも程があります」

そう言って何度も頭を下げる宙。側から見ていると首の関節が外れるのではないかと心配になる程だった。初対面の時の冷淡な態度と異なり優しく礼儀正しい心の持ち主である事を実感する千歌。

 

(でも…)

千歌は近くに脱ぎ散らかされている宙のジャージや下着を見ながらずっと不思議に思っている事を口にする。

 

「何で宙ちゃん…裸なの?」

 

「あぁ、すみません!私安心して眠ってると服を脱ぎ散らかしちゃう事が偶にあるみたいで。ごめんなさい。私のせいでベッドが汚れたりしてないですか?」

 

「えぇ……いやそうじゃなくて、あの…恥ずかしかったりしないの?」

 

「? いや特には。だって千歌さんは女の子ですもん」

 

「………」

千歌は無言で宙が着ていた服を抱え差し出す。

 

「服着て」

 

「えっ」

 

「女の子なんだから…恥じらいは持って、ね?」

 

「……はい」

 

千歌の有無言わせぬ口調に気圧され宙はいそいそと着替え始めた。何故か千歌の言っている事がよく理解できていないようだった。

 

 

 

(ていうか宙ちゃんってこんなキャラだったっけ……?)

 

 

そもそも何故宙が千歌の家にいるのか。それは昨日の夜まで遡る。

人前で思いっきり号泣してしまった宙はひとしきり泣いて落ち着くと急に恥ずかしくなり、涙で真っ赤に腫らした目を見られないように顔を俯けていた。

 

千歌の姉、志満が机を挟んで横から優しく話しかける。

 

「もし良かったら聞かせてくれないかな?貴方の事。」

 

その女神の如き微笑みに促され宙は水を得た魚の如く自分のこれまでについて話し始めた。自分に宿る力…これまでどうやって生きてきたのか。

そこに居る千歌・志満・美戸・梨子・曜…皆がうんうん頷いて話を真剣に聞いてくれるので口外禁止とされていたTLTの事や、つい昨日あったダークファウストとの衝突についても喋ってしまう。

 

 

宙が今まで一人ぼっちだったのが原因で日時生活や学校、社会について全く知識がない事を知った志満は暫くの間宙を高海家に住まわせ様々な事について理解を深めてもらう事を決心する。宙は迷惑が掛かるのでは、と遠慮したが千歌に

 

「もう一人にしたくないから!」

と懇願されその場にいる全員からも強く勧められたので、そこまで言って下さるならとご厚意に甘えさせてもらう事にした。

 

かくして宙の新しい生活が始まったのである。

 

千歌の家は「十千万」という名の旅館を営んでおりかなり広い。旅館一体が数寄屋造り風の歴史ある趣深い雰囲気を醸し出しており、非常に居心地が良かった。千歌に連れられ長い廊下を通り階段を下って一階に降りると早速声がかかる。

 

「おはよう千歌ちゃん、宙ちゃん。朝ごはん出来てるわよ。」

 

「千歌が早起きなんて珍しい。どうせ宙に起こしてもらったんでしょ?取り敢えず二人ともこっち来て運ぶの手伝って。姉さん、そういや宙の箸とコップどうする?」

 

志満も美戸も宙がダークファウストだという事を知っても変わらず優しく接してくれた。美戸に至っては親しみを込めて宙の事をもう呼び捨てにしている。宙は初めて家庭の雰囲気に触れ、また昨日のように「嬉しいのに泣きたくなる気持ち」が込み上げてきてしまいそれを悟られぬよう慌ててご飯を並べるのを手伝った。

 

皆んなが食卓の席に着くと口々に「いただきます」と言う。

 

「いただきます?」

宙は箸を握りながらキョトンとしてその言葉を反芻する。

 

「ご飯を食べる前に必ず言う言葉だよ。全ての命と食材に感謝するっていう意味を込めてね」

 

「いただき…ます」

志満の説明通り宙はそう呟くと箸を使って食べ始める。その様子に宙以外の三人は顔を見合わせた。

 

「宙…箸使えるんだ?」

 

「皆さんの見よう見まねです。初めて使いました」

 

「へえ、覚えるの早いね。あ、あと頰にご飯粒ついてるよ」

宙は引き締まった表情を変えずに素早く頰を拭った。

 

 

 

朝食を終え歯を磨き終わった宙は千歌と一緒に学校の教材を鞄に詰め制服に着替える。昨日アパートから学校に必要な物を全てこちらに持って来たので本来住む場所には殆ど何も残っていなかった。

暫くの間住む場所を変える事をTLT職員・瑞緒に報告するのをすっかり忘れていたせいで2日後アパートを訪れた瑞緒が大騒ぎしてしまう事をこの時の宙は知る由も無い。

 

 

昨日クラスで大声を上げてしまい学校に行くのに少し抵抗がある宙だったがサボる訳にもいかず、意を決してお客さんが使わない方の玄関を潜る。正面玄関を使うと迷惑が掛かるそうだ。

ぴしゃぴしゃと頰を叩きながら外に出ると視界の隅で何かが動く。ハッとしてそちらを見やると

 

「ハッハッハッハッ」

 

毛むくじゃらの不思議な生き物がこちらの様子を伺っていた。呼吸する度に体を激しく上下させている。ビースト程では無いがかなり大きかった。

 

「モフモフ……」

宙が一目見てその感想を述べた瞬間———

 

「ワン!」

毛むくじゃらの何かが尻尾をぶんぶん振り回しながらこちらに駆け寄ってきた。

 

「こら!しいたけ!」

千歌が後ろで慌てた声を上げるがその毛むくじゃらの生き物は止まる事なく宙に向かってジャンプする。

 

宙は咄嗟に身構えるがその生き物から全く殺気を感じ取れずそのまま固まってしまう。

宙はなす術なくその場に押し倒されてしまった。

 

「きゃあッ!ちょっと……!やっ…あはっ…あははははははははは!」

 

「こ、宙ちゃん⁉︎」

ザラザラした舌で顔中を舐め回され、そのくすぐったさに笑い転げてしまう。宙は必死に身をよじらせるがその生き物は体をぴたりと密着させ全く離れてくれない。宙の事を気に入ったようだ。

 

「こらーー!」

千歌が引き剥がしてくれたお陰でようやく宙は解放された。

 

 

「ごめん宙ちゃん!しいたけ放し飼いにしてる事言ってなかった…大丈夫?」

 

「いえ、お構い無く。別に痛くも苦しくも無かったです。でも何だか不思議な感覚でした…」

そう言いながら宙は渡されたティッシュで顔を拭う。犬と触れ合ったのは初めての事だった。

 

「もうっしいたけ!宙ちゃんにごめんなさいして!」

 

「ワン!」

大した気にも留めていないようで、しいたけと呼ばれている犬は宙に向かって元気良く吠える。

 

「しいたけっていう名前なんですね。この子」

 

「うん。…多分ずっと宙ちゃんと遊びたかったんだと思う。昨日だって障子の隙間からずっと寝てる宙ちゃんの事見てたし。撫でてみる?」

千歌がそう言うとしいたけはじりっと宙ににじり寄り、手をクンクンと嗅いでくる。人間の言葉が分かるのだろうか。大切にされている様子から宙はしいたけが高海家の大事な家族だという事が分かった。

 

(千歌さん達の家族なら…ちゃんと挨拶しないと)

 

宙は手を伸ばしてしいたけをゆっくり優しく撫でる。その毛むくじゃらの体は布団のように触り心地が良かった。

 

「初めまして、しいたけさん。私は高海宙と言います」

 

しいたけは毛に覆われ殆ど隠れている瞳を宙に向ける。ニコリと笑いかけたように見えたのは気のせいでは無いだろう。

 

「これから宜しくお願いしますね」

宙も表情を少しだけ緩めて微笑んだ。

 

千歌もそれを見て嬉しそうにうんうんと何度も頷いていた。

 

 

 

 

こんなにも朝日が心地良いと思ったのはいつぶりだろう。

こんなにも蒼い空と海、光る磯波が美しいと感じた日は果たしてあっただろうか。

宙の心は今までに無い高揚感に満たされていた。これまでとは違い、周りの景色、色がハッキリと自分の目に映り込んで来る。

 

「綺麗でしょ?ここから見える景色。宙ちゃんとっても良い顔してる」

隣を歩く千歌が笑いかけてくる。

 

「はい!とっても綺麗です!何ででしょう…今までは景色何かどうでも良くて…視界にモヤがかかったみたいでした」

 

「それ程宙ちゃんの心に余裕が出来たって事じゃ無いかな?」

 

「余裕、ですか…でもこれからの事は不安です…昨日は教室の皆さんに迷惑をかけてしまいましたし、何より私勉強何て今までした事無いですから…」

そう言って宙はドンヨリしてしまう。この事は瑞緒にも相談したのだが

 

「宙さんなら問題無いです!」

とサムズアップしてまともに取り合ってくれなかった。

 

「大丈夫!困った事あったら私とか…」

 

「おーい!」

後ろから二人の少女が駆け寄って来る。

 

「ほら!曜ちゃんや梨子ちゃんにも遠慮無く何でも聞いて!あっでも英語の事は私には聞かないでね。多分力になれないから!」

 

「もう…それは千歌ちゃんがいっつも寝てるからでしょう?宙ちゃんの為にもちゃんと授業は受けないと…」

梨子が困ったように腰に手を当てながら言う。

 

「まぁちょっと仕方ないよね。昼が終わった後すぐにいっつも組み込まれてるし。あ、宙ちゃんおはよう。千歌ちゃんの家寝心地良かったでしょ?」

曜が明るく笑いかけた。曜も梨子も昨日会ったばかりの宙に明るく振る舞ってくれる。

千歌、曜、梨子の三人が集まるとパッと花が咲いたようにその場が明るくなった。三人の仲が本当に良い事を実感する宙。

 

と同時に千歌が自分にだけ優しく振る舞う訳では無い事に気がつく。誰からも大切にされている太陽のような少女。それが高海千歌という人間だった。

ちょっと宙は悲しくなった。

 

一陣の風が通り過ぎ宙の長髪をふわりと持ち上げる。この髪の毛だって切れなかっただけで動くのに少し邪魔だった。昨日千歌の家でハサミを貸りて貰いバッサリ切ろうとしたら千歌に慌てて止められたのだ。そんなに綺麗な髪を切るなんて勿体ないよ、と。

 

「私お風呂に入る時、宙ちゃんの髪の毛洗うの好きなんだ」

 

(少し邪魔何だけど…この髪切っちゃったら千歌さんと一緒にお風呂に入る理由や、一緒にいる時間が無くなってしまう…そんなのヤダ。)

 

宙はこんな事でうじうじするのは情け無いと思っている。でも考えるのを止められなかった。千歌を見ると……友情、親愛…それだけでは言い表せない何か特別な感情が湧き上がってしまうから。

 

ずっと一緒にいる事が出来ないのは分かってる。それでも良い。出来る限り側にいたい。それが彼女の今一番の願いだった。

 

「宙ちゃん、どうしたの?」

いつの間にか立ち止まっていたらしく、千歌、曜、梨子の三人が心配そうに自分を見つめている。

 

「不安なの?大丈夫!私、渡辺曜は宙ちゃんの事をしっかりサポートするであります!」

 

「一緒に行こう?」

 

(自分の気持ちとどう向き合えば良いのか…まだ分からない。でも苦しむ事は無い筈だ。

 

だって…

 

私はもう一人じゃ無いから)

 

宙は差し伸べられたその手をしっかりと握った。

 

 




日常回でした。千歌ちゃん・曜ちゃん・梨子ちゃんって登校する時バス停まで歩いてますよね?EDでそんな描写があったのでそれに倣って途中まで歩いて貰いました

オリキャラの宙について少し説明させて頂きますね

(性格)
普段から敬語で周りの人に接する 生真面目
(身長)
160cmくらい

タイガ・ザ・ライブ!を書いておられる蒼人さんが宙のビジュアルを描いて下さりました
ご本人に掲載の許可は頂いています

【挿絵表示】

【挿絵表示】


綺麗なイラストを本当にありがとうございます‼


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.真実

映画ULTRAMAN 本当に素晴らしい作品でした
家族のために頑張るお父さんが主人公なのいいですよね
僕ああいうかっこいいおじさんキャラ大好きです


それは良く晴れた日の昼下がり。浦の星女学院では午前中の授業が終わり、生徒達は皆それぞれ昼食をとっていた。

千歌もいつもは曜、梨子と昼食を共にしているがその日は少し違った。

 

「はむっ…んぐっ……」

朝あまり食べれなかったせいで昼の食欲が凄まじい千歌。その隣で箸の使い方を完璧にマスターした宙が夢中で弁当を頬張っている。

頰にご飯粒がついている事を除けば、宙の方が千歌より箸の運び方が上品だった。

 

「いつにも増して食べるわね…」

梨子がそんな千歌を見て感心している。

 

あふぁはへてなはったはへ(朝食べてなかっただけ)!」

 

「飲み込んでから喋ってよ!」

 

梨子が少し顔を背けながらそう言うと千歌はお茶で口の中の物を一気にお腹に流し込んだ。

 

「にしても宙ちゃんは本当に今まで高校の勉強した事無かったの?とてもそうは思えないけど…」

曜は頬杖をつきながら宙にそう尋ねる。

 

「基礎的な部分は以前ファウストに教えて貰った事があります。そのお陰かもしれません」

 

「いやいや、そうだったとしても大分おかしいよ…」

宙は一度読み込んだ教科書の内容を完璧に理解し、即座に知識として活用していた。千歌達は教えるどころか理解出来なかった所を逆に教えてもらう立場になっていた程である。

宙の理解力と順応性は並の人間を遥かに凌駕していた。

 

千歌・.曜・梨子は最初の内こそ驚いていたものの、宙が問題無く学校生活が遅れる事を喜んだ。「怪獣と戦う凄い力を持っているくらいだから」と三人は既に割り切っているようだ。

 

「あっ」

突然宙が声を上げる。

 

「どうしたの?」

それに気がつき曜が声をかける。

 

「この匂い…これ私知ってます」

宙が箸で摘んでいるのは牛挽肉の塊だった。

 

「ハンバーグの事?美味しいよね!」

 

「いえ、食べた事は無いんです。でも匂いは知ってます。」

 

「…どういう事?」

宙の曖昧な言い方に三人は首を傾げる。

 

「私に住む場所が無かった時…行くあてもなく外をほっつき歩いてたら近くのお家からこれと同じ匂いが漂ってきたんです。その匂いを嗅ぎながら雑草を噛んでたら何だか私もこれを食べてた気分になって………って何で泣いてるんですか⁉︎」

 

「宙ちゃん……私の分もあげる」

 

「私のも」

 

「くっ…」

 

無くなりかけていた宙の弁当箱の中に新しくおかずが乗せられる。

 

「ほ、本当に良いんですか?」

尋ねた時に弁当箱の中身は既に空っぽになっていた。

 

 

 

彼女にとって今一番大切なのはお腹いっぱい食べる事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば千歌ちゃん、そろそろ時間じゃない?」

 

「あっ!そうだった!行こう行こう!」

梨子の言葉に千歌は慌てて片付け始める。

 

「楽しみだなぁ…」

どことなくうきうきしている三人を見て宙は首を傾げる。

 

「何かあるんですか?」

 

「うん!理事長にね、部室の鍵もらいに行くの!」

 

「私達新しくスクールアイドル部っていう部活動立ち上げることになったのよ。」

 

「あぁ〜楽しみだなあ…ようやく私達ラブライブへの道を歩み始める事が出来るんだ!」

千歌は嬉しさのあまりくるくると回り始めている。

 

「すくーる、あいどる……?スクールアイドル……⁉︎」

 

刹那宙は以前の出来事を思い出した。

 

 

○○○

「やめて!」

 

「貴方に何が分かるの⁉︎」

 

「希望?輝き?笑わせないで。そんなものに縋り付いて一体何になるって–––––––––」

○○○

 

宙が以前千歌に向けたのは千歌達のスクールアイドルなる物を完全に否定する言葉だった。今更ながら自分の言った事を後悔する。

やるべき事は一つだった。宙は立ち上がると千歌達に向かって深々と頭を下げる。

 

「へ?ちょ、急にどうしたの?」

 

突然の事に驚き固まる千歌達三人。謝罪するタイミングがあるなら今が絶好の機会だった。

 

「千歌さん、今更かもしれませんが以前スクールアイドルなる物のライブに誘って頂いた時、声を荒げてしまって本当にすみませんでした」

 

他の生徒の視線を感じるが、構う事無く頭を下げたまま喋り続ける。

 

「千歌さん、曜さん、梨子さんの仰る『スクールアイドル』がどんな物かは私には分かりませんが、皆さんが誇りを持ってその活動を全うされている事は分かります。そんな大切なものを否定してしまって………本当にごめんなさい」

 

「宙ちゃん」

 

宙の肩に千歌の手が置かれ、ゆっくりと顔を上げさせられる。千歌達と視線がぶつかると視線を落としてしまう。けじめをつける為とは言え、あの時の事を蒸し返したせいで千歌達を怒らせてしまうことが怖かった。千歌が顔に向かって手を伸ばしてくる。宙は覚悟を決め目をギュッと瞑った。

 

「えいっ」

 

ぶにっと両頬を摘まれ持ち上げられる。

 

「へ?」

 

「もう、宙ちゃん気にしすぎ。そんな事で私も曜ちゃんも梨子ちゃんも怒ったりしないから大丈夫だよ。」

 

「それに宙ちゃんにも今まで辛かったり苦しい事が沢山あったっんでしょう?」

 

「尚更怒れる訳無いじゃんね。」

曜も梨子も優しく笑っていた。

 

みなふぁん(皆さん)…」

 

宙はその言葉に感激していると千歌が何かを思いついたように手を叩く。

 

「そうだ!もし良かったら宙ちゃんも一緒に部室来ない?折角だから、もう一度宙ちゃんにスクールアイドルの事、私達の事……よく知って貰いたいの!」

 

「そんな事言って…ついでに宙ちゃんにも部室の片付け手伝ってもらうつもりなんでしょう?調子が良いんだから…」

千歌の考えをとうに把握している梨子が横から半目で千歌を見る。

 

「お願いします!」

宙がいきなり千歌に詰め寄る。

 

「え?本当に⁉︎」

 

「はい!是非!」

 

「やったあーーーー!!」

千歌は嬉しさのあまり宙に抱きつく。

 

「本当に良いの?」

 

「はい。皆さんのお手伝いが出来るなら喜んで。それに……」

千歌に抱きしめられ顔を赤らめる。

 

「皆さんが部室に行ったら私教室で一人ぼっちになっちゃいますから。ついて行っても良いですか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで良し!」

千歌は体育館の隣にある小さな部屋の扉に「スクールアイドル部」の札を取り付ける。この部屋こそ今日からAqours(アクア)の活動拠点となるのだ。

 

「それにしてもまさか本当に承認されるなんて!」

 

「部員足りないのに… 」

 

「理事長が良いって言うんだから良いんじゃ無い?」

 

「良いって言うか…ノリノリだったよね」

曜は理事長・鞠莉が意気揚々と判子を申請書に叩きつける様子を思い出して苦笑する。

 

◇◇◇

 

「しょーーにんっ!」

ニコニコしている鞠莉はふと部屋の隅に控えている宙に目を向ける。

 

「Oh!貴方はtransfer studentの!無事お友達を作ることが出来たんですね?」

 

「と、友達⁉︎ お友達……へへ…友達、ですかぁ…」

 

「初対面の時からは想像もつかないくらい緩んだ顔…」

曜と梨子は宙の様子を見て唖然としている。

 

「宙ちゃんは私達の大切な友達で、家族みたいな関係ですよ。今一緒に住んでますから!」

千歌はそう言って胸を張る。

 

「じゃあやっぱり千歌さんと宙さんは血のつながりがあるの?苗字も一緒だし」

 

「いや、多分それはただの偶然じゃないかと」

 

「顔は千歌さんとは全然似てませんね。寧ろ何処となくダイヤに似てる……?」

鞠莉は宙の言葉を既に聞いておらず、彼女に近付き頭から爪先までじっくりと観察している。

 

「あ、あのもうそろそろ…」

 

「でも」

鞠莉はそう言うと少し視線を落とし、悪戯っぽく笑う。

 

「こっちはダイヤよりも大きいね!」

 

宙は鞠莉の言っている事がよく分からなかった。

◇◇◇

 

「お話を聞く限りだと理事長は当初千歌さん達に無理難題を押し付けてスクールアイドル部の活動を出来ないように仕向けたんですよね?それがどうして突然肩を持ってくれるんでしょう?」

宙は鞠莉の事を訝しんでおり、いまいち信用していなかった。

 

「スクールアイドル好きなんじゃ無いかな?」

脚立からするすると降りてきた千歌はそう答える。

 

「とにかく、入ろうよ!」

 

 

ーー部室内ーー

「うわぁ…」

 

目の前にあるのは大量の段ボールや本、クシャクシャになった紙その他様々なゴミが散乱していた。あまりの荒れように千歌達は開いた口を塞ぐ事が出来ないでいる。

 

「片付けて使えって言ってたけど………これ全部⁉︎」

千歌が悲鳴に近い声を上げる。

 

「文句言っても誰もやってくれないわよ?」

 

「大きな物を運び出すのは私に任せて下さい。皆さんに怪我をさせるわけにはいきませんから。」

梨子、曜、宙の三人は腕を捲り既に片付けに取り掛かろうとしている。

 

「もう…でも、しょうがないよね!」

千歌も慌てて作業に取り掛かった。

 

 

 

 

「なるほど…『スクールアイドル』は華やかな衣装で着飾り、歌って踊る女子高校生達の事を言うんですね?」

 

「そう!それで何に何回か全国規模でスクールアイドルの大会があるんだけど、それを『ラブライブ』って言うんだよ」

掃除中、宙は千歌からスクールアイドルについての話を詳しく聞かせて貰っていた。

 

「じゃあ皆さんはスクールアイドルで…ラブライブを目指して頑張ってるって事ですか?」

 

「そう!私が一番憧れてるアイドルグループがこの人達。音ノ木坂学院高校スクールアイドル、μ's(ミューズ)だよ!」

千歌が見せてきた携帯の画面には9人の少女達が写っていた。

 

「わぁぁ…皆さん達もこんな華やかな衣装を着るんですか?絶対可愛いじゃないですか!見てみたいです。」

 

「あはは…嬉しいけどそう言われると何か恥ずかしいなぁ…」

 

「ん? 何か書いてある。」

突然千歌が汚れたホワイトボードに薄く文字が書かれているのを見つける。

 

「歌詞かな?」

 

「どうしてここに?」

中途半端に消されているせいでその内容を読み取る事は出来なかった。

 

「ん?」

不意に視線を感じて宙は振り返る。

部室の窓から一瞬赤い髪の毛のような物が見えたのを彼女は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

ーー図書室ーー

「やっぱり、部室できてた!スクールアイドル部承認されたんだよ!」

千歌達のファーストライブを見に来ていた少女、黒澤ルビィは声を弾ませながらカウンターにいる友人に話しかける。

 

「良かったね〜」

ルビィと共にライブを見に行ったその友人、国木田花丸は彼女に優しく笑いかけた。

 

「うん!あぁ〜またライブ見られるんだぁ…」

ルビィは恋い焦がれる様に頰に手を当て恍惚とした表情を浮かべている。花丸はそんな彼女を微笑ましく思っていた。

(良かったぁ…ルビィちゃん、これでようやくーーー)

 

突然図書室の扉が開かれる。

 

「こんにちはーー!」

 

「ピッ⁉︎」

鳥のような声を上げながらルビィが飛び上がり、ヌルリとした動きで扇風機の後ろに隠れた。

 

「あ、花丸ちゃん!……と!ルビィちゃん!」

どう見てもバレバレだったので千歌が目ざとく彼女の存在を指摘する。

 

「ピギッ!」

 

「良く分かったね?」

 

「ふっふ〜ん」

曜の言葉にドヤ顔を見せる千歌。

 

「「エッ」」

梨子と宙はいまいちそのノリに着いていく事が出来なかった。

 

「こ、こんにちは…」

天敵に怯える小動物のようにルビィは扇風機からおずおずと顔を覗かせた。

 

「かっ可愛い!」

その仕草に千歌は顔を輝かせる。

 

「これ部室に置いてあったけど…図書室の本じゃ無いかな?」 

 

「多分そうです。ありがとうございます」

 

「はい!こっちも」

梨子と曜が渡してきた古本を花丸は丁寧に受け取った。

 

「残りの本はどうしましょう?」

二人の後ろから誰かが歩いてくる。大量の本で顔は完全に隠れており、花丸からは本の山が歩いてくるように見えた。

 

「ひぇぇ…誰?」

 

「千歌さん、曜さん、梨子さんのお手伝いです」

 

「随分力持ちなお手伝いさんずら…」

 

「スクールアイドル部へようこそ!」

千歌が突然花丸とルビィの手を握る。二人は揃って小さな悲鳴を上げたが千歌は気にせずに捲し立てる。

 

「結成したし、部にもなったし、絶対悪い様にはしませんよ?二人は絶対キラキラする!間違い無い!」

 

「千歌さんって誰に対してもこんなに明るく振る舞えるんですね!羨ましいです」

 

「あはは…」

 

ルビィも花丸も言葉を詰まらせる。

 

「オラ…そう言うの苦手で…」

 

「ルビィも… 」

ルビィの言葉に花丸は悲しそうな顔をするが誰もそれに気づかない。

 

「千歌ちゃん、無理矢理は可哀想だよ?」

 

「そうだよ。二人ともまだ入学したばっかりなんだし」

曜と梨子が半ば強引に勧誘している千歌を嗜める。

 

「そうだよね。あはは…可愛いからつい…ごめんね」

 

「千歌ちゃん、そろそろ」

 

「あっそうだね。それじゃあ二人共、また今度」

曜の言葉に千歌は名残惜しそうにしながらも図書室を後にする。

最後に宙が二人にお辞儀をして退出すると図書室はまた静寂な空間に戻った。

 

「スクールアイドルか…」

 

「やりたいんじゃ無いの?」

 

「でも……お姉ちゃんの事もあるし」

ルビィはそう言って目を伏せる。彼女の瞳は悲しげに揺れていた。

 

 

 

ーーダイビングショップーー

「ありがとうございました。またよろしくお願いします。」

その日も果南はいつもと変わらず父の代わりに店で働いていた。彼女の仕事場は基本的に海である為、彼女はずっとウェットスーツを着込んでいる。学校で友人と共に勉強出来ないのは少し寂しかったが、それでも大好きな海で働く事が出来るのは彼女にとって何よりの喜びだった。

果南は長い髪をもう一度きつく結び直し気合いを入れ直すと踵を返した。

途端に何かにぶつかる。

 

「やっぱりここは果南の方が安心できるなぁ〜」

いつの間にか現れた鞠莉が果南に抱きつき胸に顔を埋めていた。

 

「鞠莉!」

果南は鞠莉の肩を掴むと彼女を引き剥がす。

 

「果南!シャイニイイイイ!」

鞠莉はダンサーのように回転しながらステップを踏み、再び果南に抱きついた。果南相手にここまで気安く振る舞えるのは二人が幼い頃からの友人だからである。

 

「どうしたのいきなり?」

鞠莉に対して果南は硬い表情を崩さない。

 

「スカウトに来たの」

 

「スカウト?」

 

「うん。休学終わったらスクールアイドル始めるのよ。浦の星で。」

重々しい静寂は二人の間に何らかの確執がある事を暗示していた。

 

「本気?」

 

「でなければわざわざ戻って来ないよ。」

険しい表情をする果南に対し、鞠莉もそれまでのおどけた態度から一変して落ち着いた態度になる。

 

「……好きにして。私はやらない。」

吐き捨てるように言うと果南は店内に戻っていった。

 

「相変わらず頑固親父だね…」

 

果南は店の椅子に腰掛けると溜め息をつく。目の前には一通のクレームの書かれた紙が置いてあった。

 

ーー

「ダイビング中に海から変な音が聞こえる。気味が悪いから早く何とかして欲しい」

ーー

 

「一体何がどうなってるの……」

 

 

ーー黒澤家ーー

ルビィは足をぶらぶらさせながらスクールアイドルの週刊誌を読み耽っていた。その週刊誌もかなり前の物だが、これを見る度に彼女は思い出す。(ダイヤ)とスクールアイドルについてあれこれ話していた何物にも替えがたい幸せな時間を–––––––––––

 

 

◇◇◇

「私は花陽ちゃんかな」

 

「私は断然エリーチカ。生徒会長でスクールアイドル。クールですわ〜」

ダイヤは楽しそうに笑っていた。

◇◇◇

 

高校生になってから、ダイヤは変わった。スクールアイドルの事を一切口に出さなくなり、忌み嫌うような振る舞いをするようになった。

 

かつての思い出が残滓の様に部屋の片隅に残っている。スクールアイドルがあったからこそ姉と沢山の思い出を紡いでこられた。が、今やそれはもう何処にも存在しない。

ルビィは失った過去を追い求めるように部屋の片隅に向かって手を伸ばす。

 

「………」

ダイヤがその様子を静かに見守っていた。

 

 

 

ーー通学路ーー

少し薄暗くなりつつある路地を四人の少女達が仲良く肩を並べて歩いている。

 

「いつも三人で練習して帰ってたから一人増えるだけでも何か凄い新鮮だよね」

 

「宙ちゃん、練習まで一緒に参加してくれて本当にありがとう。凄く助かったよ!」

 

「フォーム確認の時も一気に三人見て…改善できるとこを丁寧に教えてくれたからこれまで以上に充実した練習だった!」

 

宙は一度仲良くなる事が出来たらその人にとことん尽くす性格をしており、結局放課後も千歌達の練習に参加し、飲み物を準備しダンスフォームを一緒に確認していた。練習の半ば頃にはすっかり千歌、梨子、曜と打ち解けていた。

 

「ありがとうございます…お役に立てて本当に良かったです」

 

千歌、曜、梨子の三人は顔を見合わせ目配せする。

 

「ねぇ、宙ちゃん。私梨子ちゃんや曜ちゃんと話し合ったんだけど…」

 

「もし、宙ちゃんさえ良ければ…」

 

「「「一緒にスクールアイドル、やりませんか?」」」

 

宙は目を瞬かせる。

 

「え?私が…ですか?」

 

「うん!今日一緒に過ごしてて思ったの。宙ちゃん覚えるの凄く速くてすぐに何でも出来るでしょ?ダンスの練習の指示も凄く的確だったし…もしかしたら宙ちゃん、凄いスクールアイドルになれるんじゃ無いかって!」

 

「何より凄く可愛いし!絶対凄い人気が出るよ!」

 

「辟易せずに色んな事に一生懸命頑張ってくれるし」

三人は口々に宙を誉める。 

 

「わ、私は……皆さんとご一緒させて頂きたいです。でも、アイドルになるよりもお手伝いをする方が…」

宙はしどろもどろになりながらそう答える。

 

「遠慮しなくて良いよ。ずっとお手伝いだけなんて悪いし…あ、そうだ!折角だから今何か歌ってみてよ!」

 

千歌の言葉に宙は戸惑い、曜や梨子に助けを求める視線を送るが二人共期待の眼差しで宙を見つめている。 

 

(今なら私達以外ここに誰も居ないし、少しだけなら…)

 

「………分かりました。少しだけですよ」

 

宙は意を決して放課後沢山聞かせて貰ったμ's(ミューズ)の曲の中から一つを選び出し、歌い始めた。

 

 

 

「………どうでしょうか?」

一通り歌い終わった後宙は千歌達を振り返る。

 

「え?……うん。中々個性的だったよ!」

 

「う、うん。私は好きだな!」

 

「少し…練習は必要かもしれないけどね」

三人の口元は完全に引きつっていたが何故か宙はそれに気付いておらず、自分の歌唱力を褒めてくれているものと勘違いしていた。

 

「ありがとうございます。でも……やっぱりアイドルになるのはやめます。だって……私、自分で歌うより千歌さん達の歌を聴く方が好きですから。夢に向かって頑張っている皆さん、とっても素敵でした。私はそんな皆さんを影から支えたい。アイドルでは無いですけど一緒に頑張りたいんです。我儘かもしれないですけど…出来ませんか?」

 

「宙ちゃん……分かった。じゃあ、マネージャーっていうのはどうかな?」

 

「!マネージャーとして私もスクールアイドル部の一員になっても良いんですか?」

 

「勿論!いやったぁぁぁぁぁ!これで4人目だよ!」

千歌は喜びのあまり飛び上る。

少し異例ではあるが、4人目の部員が誕生した瞬間だった。

 

 

 

ーー高海家・浴室ーー

昨日と同じように千歌と宙は一緒に入浴していた。千歌は宙の長い髪の毛を上機嫌で洗っている。

「宙ちゃん、どう?」

 

「はい……とっても気持ち良いです」

 

「本当?良かった。」

千歌の手解きに癒された宙はそのままうとうとし始める。

 

「ひゃ⁉︎ 前は自分で洗いますから大丈夫ですよ⁉︎」

 

「あっごめん。洗うの楽しくてつい」

 

旅館を営んでいるだけあって、千歌の家の浴槽は驚く程広い。いつもは客にしか使う事が出来ないがこの日は特別に千歌達も使うのを許可されていた。

 

「「あぁ^〜」」

二人は大きく体を伸ばす。体の疲れが解されるようで、風呂に浸かった人は皆惚けた声を上げてしまうのだ。暫く二人はスクールアイドルの事や学校の事を話していたが、一段落すると宙が意を決したように千歌に話しかける。

 

「あの、千歌さん」

 

「なぁに?」

 

「私ずっと気になってたんですけど…聞いても良いですか?」

 

「何を?」

何かを言い澱んでいる宙の様子に千歌は首を傾げる。しかし、次の一言が千歌を凍りつかせた。

 

「千歌さんのお母さんの事です。姿を見ないんですけど違う所に住んでおられるのですか?」

 

浴室には水音だけが響く。触れてはいけない事だったと悟った宙は慌てて話題を変えようとするかその前に千歌が口を開いた。

 

「宙ちゃんも今は私達の家の一員だから…ちゃんと言わないといけないよね。」

 

「嫌だったら言わなくても大丈夫ですよ?」

 

その言葉に千歌は首を横に振る。

「大丈夫。宙ちゃんには私の事もっと知って貰いたいから。………あのね、宙ちゃんは『新宿大災害』って聞いた事ある?」

 

「新宿大災害?」

 

「東京に巨大隕石が落ちたっていう事件が12年前にあったの。私のお母さんもその時その場所に居合わせてしまって…」

 

「! まさか…」

今度は宙が驚愕する番だった。

 

「うん。私も宙ちゃんと同じで……お母さん…もう居ないの」

 

浴槽の中は暖かい筈なのにひどく冷たく感じられた。




僕は全世界の千歌ちゃんママを推す方に対して地に頭を擦り付けて謝らななければいけません
これが後の展開に大きく関わってきます

決して適当な理由でこうしたわけではないので、そこだけはご理解ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.守りたいもの

「楽しいの天才」 素晴らしい曲です 


新宿大災害。

 

今から丁度12年前の12月8日・午後2時15分、新宿に突如巨大隕石が落下。670名もの犠牲者を出した。新宿一帯は壊滅状態となり復興には5年の歳月が費やされたが、何故か詳細な記録は何処にも残っていないという。報道関係者は政府が何らかの隠蔽工作を行ったと––––––– 

 

 

 

宙はそこまで読むとスマホの画面を閉じる。千歌から話を聞いた後、自分なりに調べてみたがめぼしい情報を得ることが出来ず、何処を調べても新宿大災害が起きた日付・時間・犠牲者の数しか出てこなかった。

 

大きく息を吐くとベッドに寝っ転がる。

この部屋には宙一人しかいない。いつまでも二人で寝るのではなく、プライベートな空間を確保する事も必要だということで空いている部屋を一つ貸して貰ったのだ。

 

「千歌さん……」

浴室での出来事を思い出す。千歌は儚げな表情をしながら笑っていた。

 

 

 

 

「私ね、昔は東京に住んでたみたいなんだけど…新宿大災害で家が無くなってからはおじいちゃんとおばあちゃんが経営してた十千万に引っ越してきたんだ。それからずっとこっちで過ごしてきたから東京にいた時の記憶が殆ど無いの。だからお母さんがどんな人だったか全然思い出せなくて…酷いよね。親の顔すら思い出せないなんて」

 

「………ごめんなさい」

 

「謝るのは私の方だよ。ごめんね。いきなり重い空気にさせちゃって。でも大丈夫。私はお母さんの分まで精一杯生きていくって決めたから。寂しくなんてないよ。………よし!そろそろ上がろっか。明日も朝早くからランニングがあるしね!」

 

 

 

私は彼女にかける言葉が何も見つからなかった。安易な同情はかえって彼女の心を傷つけてしまうだけだろう。そもそも私も少し前まで闇の巨人としか(・・・・・・・)会話出来ない存在だった。彼女を励ませるような立場であるはずも無い。

 

(そもそも私の親は何で何処にも居ないのよ…)

 

あれこれ考えているうちに瞼が重くなってくる。瞳を閉じると数分たたずに宙は規則正しい寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー翌朝・淡島神社ーー

四人の少女が淡島神社に続く長い階段を駆け上っていた。

「無理よ流石に…」

梨子は息も絶え絶えになりながらそう呟く。運動能力が千歌、梨子に比べかなり高い曜でさえ疲労で今にも膝を折りそうになっている。

 

「でも…μ'sだって階段登って鍛えてたって!」

 

「こんなに長かったの⁉︎」

 

「こんなの毎日登ってたら体が保たないわ…」

3人は踊り場に差し掛かるとヘナヘナと座り込んだ。近くには看板が立ててあり、「がんばって」と書かれてある。

 

「頑張ってる人達に向かって『頑張れ』って何か少し違いません?そこは労いの言葉でしょう普通」

その看板と睨めっこをしている宙。

 

「宙ちゃんは疲れてないの?」

梨子が訪ねてくる。

 

「はい!私は大丈夫です。皆さん、もししんどかったら私を遠慮無く頼って下さい。三人くらいならおんぶか抱っこしながら降りる事が出来ますから!」

 

「はは…やっぱりウルトラマンの力は凄いや…」

ガッツポーズする宙を見て三人は力無く笑う。

 

「あ!皆さん水分補給されますか?タオルも持ってきましたよ。」

背負っている鞄からテキパキと物を出すその姿は完全にマネージャーの姿だった。

 

「ありがとう!」

千歌達はそれを受け取る。

 

「ここまでして貰えるなんて…まさに良妻賢母だよ!」

 

「何かちょっと違う…」

梨子は曜の言葉をやんわりと否定する。

 

「脱ぎ癖さえ無ければ……宙ちゃん、まさか外で裸になったりなんてしてないよね?」

千歌の言葉に宙はボトルを取り落としそうになりながら慌てて首を横に振った。

 

「まさか!千歌さんに一度注意されてるんですよ。そんな事するわけ無いじゃないですか。」

 

「あれ?千歌!」

突然上の方から声がかかる。青髪のポニーテールの少女がこちらに向かって駆け下りてきた。

 

「果南ちゃん!」

 

「お知り合いですか?」

 

「うん。私達の幼馴染だよ。果南ちゃん、こちらは高海宙ちゃ–––––––––どうしたの?」

 

果南は宙をまじまじと見つめ唸っている。

 

「どっかで会った事あるような…あーーー‼︎‼︎思い出した!」

突然大声をあげ宙を指差す果南に千歌達はビクリと身を震わせる。

 

 

「あの時の………露出狂だぁぁぁ!」

 

 

 

 

「補導されちゃうからやめてって家であれ程言ったのに…どうして!どうしてなの宙ちゃん!」

 

「ひ、人違いです!私にはこれっぽっちの心当たりもグエッ」

必死に弁解しようとするが肩を掴まれ揺さぶられる所為で上手く言葉を話す事が出来ない。

 

「千歌、その子から離れて!」

そう言うと果南は千歌達を自分の後ろへと隠し宙を睨みつける。

 

「その子は宇宙人なんだから!」

 

「あ、うん。えーと」

宙がダークファウストに変身する事を既に知っている千歌達は反応に困っている。

 

宙が弱々しく手を上げた。

「あの…せめて弁解の余地を。貴方はいつ何処で私と会ったんですか?私は貴方の顔に全く見覚えがありませんが」

 

「それは…」

果南は話し始めた。その話によるとフログロスの襲撃があった翌日、近くの湖で宙が全裸で水浴びをし、UFOのような物体を呼び寄せていたと言う。

 

(うわ…よりによって一番見られたくないところ見られた)

 

 

千歌が小声で話しかけてくる。

(宙ちゃん私達と会う前は冷たい水で体洗ってたの⁉︎)

 

(しょうがないじゃないですか。お風呂なんてありませんでしたから。結構気持ち良いんですよあれ…)

そこまで言って宙はある事に気がつく。

 

(ちょっと待って。何で果南さんっていう人もビーストに襲われた記憶が残ってるの⁉︎)

 

千歌、曜、梨子、果南。TLTの記憶忘却装置(レーテ)の影響を受けない人間はこれで4人目だ。吉良沢はレーテの影響を受けない人間もごく稀に存在すると言っていたから故障しているわけでは無さそうだ。それでも周りにこれ程ホイホイといるものなのか。

 

(何か因果関係がありそうね………って今はそうじゃなくて!)

 

 

とにかく何とかして誤魔化さなければ。既にTLTとの規約を破っているのだ。千歌達以外にダークファウストの事を知られるのは非常に不味い。

水浴びは百歩譲って良いとしてダークストーンフリューゲルの件は要らぬ勘違いを産みかねない。

宙は声を震わせながら必死に喋り始めた。

 

「えっとですね……違うんです!あ、あれはその……そう!ドローンです!遊んでたんですよ!」

 

「エェ!?あれで自分の体を撮影してたの?どんな趣味よそれ⁉︎」

話せば話す程どんどん話がおかしな方向に進んでいく。宙が頭を抱えそうになったその時–––––

 

「果南ちゃん!」

千歌が果南と宙の間に割って入った。

 

「宙ちゃんを疑うのは辞めて。確かに宙ちゃんはちょっっっっと変な所もあるけどとっても優しい女の子なの。」

 

「そうだよ果南ちゃん。朝から夜まで私達の練習に付き合って一緒に頑張ってくれるんだよ?」

 

「今も私達の為に色々準備してくれてたんです。」

曜や梨子も宙をフォローする。

 

「ここで練習?何の練習してたの?」

 

「鍛えなくちゃって。ほら!スクールアイドルで!」

 

「ふぅん………」

突然宙の目の前に手が差し出される。

 

「そっか。分かったよ。疑ってごめんね。私の名前は松浦果南。千歌達の幼馴染で一つ年上なの。宜しくね、宙ちゃん。」

宙は胸を撫で下ろしながらその手を握る。

 

「よ、宜しくお願いします。」

 

「うん。あ、私は店開けないといけないからこれで。千歌達も、頑張りなよ。」

果南はニコッと微笑むと凄いスピードで階段を駆け下りていった。それを見て思い出したように曜が驚く。

 

「もしかして果南ちゃん上まで走って行ったの⁉︎」

 

「息ひとつ切れてないなんて… 」

梨子も茫然と果南の姿を見つめたままでいる。

 

「上には上が居るって事なんだね。」

 

「私達も、行くよ〜」

千歌は弱々しく拳を振り上げた。

 

(あれでごまかせるのね…)

宙は果南が機械音痴だということが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー浦の星女学院・1年生教室ーー

「えぇっ!?スクールアイドルに?」

 

「うん。」

出会い頭に花丸にスクールアイドルに入ってみたいと告げられルビィは仰天する。

 

「どうして?」

 

「どうしてって…やってみたいからだけど…駄目?」

 

「全然!でも花丸ちゃんあんまりそう言うの興味なさそうだったから…」

 

「いやあ、ルビィちゃんと見ているうちにいいなぁって… ルビィちゃんも一緒にやらない?やってみたいんでしょう?」

花丸は俯いているルビィの顔をゆっくりと覗き込む。

 

「でもルビィ…人前で話すの苦手だし…お姉ちゃんが駄目って言うかもだし…」

 

「そっか…じゃあこうしない?」

そう言うと花丸はルビィにそっと耳打ちする。ルビィは大きく目を見開いた。

 

「体験…入部?」

 

 

 

 

ーースクールアイドル部 部室ーー

「本当⁉︎ 」

千歌が目を輝かせながら花丸とルビィに詰め寄る。

 

「はい。」

「宜しくお願いします!」

花丸は大きく頷きルビィは背筋を伸ばした。

 

「やったあ………やったーーー!!!!」

喜びで目に涙を浮かべながら千歌は驚異的な跳躍で部室の外に飛び出す。千歌が入学式の時からずっと誘っていた二人が遂に体験入部ではあるがスクールアイドル部の部屋を訪れてくれたのだ。

千歌は着地する瞬間踵を素早く返し、梨子、曜、宙の3人に飛びついた。

 

「わぷっ」

 

「これでラブライブ優勝だよ!レジェンドだよ!」

 

「千歌ちゃん待って。体験入部だよ?」

 

「体験入部?」

首を傾げる千歌に梨子が優しく説明する。

 

「そう。要するに仮入部って言うか…お試しって事。良さそうだったら入るし、合わなかったらやめるって事。」

 

「そうなの?」

 

「いや、まぁ色々あって… 」

花丸、ルビィの二人は気まずそうに笑う。

 

「もしかして生徒会長の事?」

曜の言葉に花丸は神妙な面持ちで首肯する。誰も笑顔で教室のポスターに向かって歩いていく千歌に気付かない。

 

「はい。だからルビィちゃんの事はダイヤさんには内緒で…」

ルビィが悲しそうな顔をする。宙はその様子をいたたまれない様子で見つめていた。

 

(ルビィさんの姉は生徒会長・黒澤ダイヤさんで…スクールアイドル部は認めないと言っていたみたいですね。そう言えば音ノ木坂の生徒会長さんも最初μ'sの活動を快く思っていなかった…生徒会長はスクールアイドルが嫌いでなければならないみたいな決まりでもあるんでしょうか?)

 

宙の横で千歌が元気良く叫ぶ。

「出来た!」

ポスターには既に二人の名前が新入部員として書き込まれていた。

 

「何やってるんですか⁉︎」

宙が絶叫しながら千歌からマジックを奪い取る。

 

「千歌ちゃん…人の話は聞こうね。」

 

 

ーーー

 

 

「じゃあ取り敢えず、練習やって貰うのが一番ね。」

梨子はそう言うと大きな紙を広げると、そこには練習スケジュールが綿密に書き込まれていた。

 

「わぁぁ…」

全員が息を飲む様子を見て梨子は得意げに胸を張る。

 

「色々なスクールアイドルのブログ見て作ってみたの。」

 

「本物のスクールアイドルの練習…」

ルビィで胸の前で手を組み喜びを露わにする姿を見て花丸は優しく笑った。

 

 

ーー校庭ーー

練習スケジュールは確立できたものの、Aqoursには重大な問題があった。

 

「練習どこでやるの?」

練習する場所が確保できていないのだ。

 

「中庭もグラウンドも一杯だね。部室もそんなに広くないし… 砂浜は駄目なの?」

梨子は首を横に振る。

「移動の時間を考えると…出来たら学校内で練習場所は確保したいわ。」

 

そんな三人を見てルビィが手を上げた。

「あの!屋上!μ'sはいつも屋上で練習してたって!」

 

「そっか屋上か… 」

 

「行ってみよう!」

 

ーー屋上ーー

「うわあぁぁぁぁぁ!すっごーい!」

屋上からの眺めは想像を絶する程美しかった。視界一杯に海が開けており、幾重にも繰り出される波の間を縫うように航行する船は太陽の光を反射し時折キラキラと輝いている。

 

「富士山クッキリ見えてる!」

 

「でも日差しは結構強いかも… 」

花丸は片手を額の上に乗せ日差しを避けようとする。室内で過ごすことが多かった彼女にとって照りつける太陽の光はかなり刺激が強かった。

 

「それが良いんだよ!太陽の光を一杯浴びて…海の空気を胸いっぱいに吸い込んで…あったかい!」

千歌が地面手をつけると他の皆もそれに倣う為に彼女の元に駆け寄っていく。

 

「え⁉︎」

その光景を少し距離を置いて見守っていた宙は息を飲む。千歌、曜、梨子–––––5人が集まろうとした時に脳裏に何かが浮かび上がった。

 

太陽を背に、大地に雄々しく立つ銀色の巨人。胸には翼のような形状の巨大なクリスタルのようなものが埋め込まれている。

 

途端に宙の体の内に潜むダークファウストの力が強く反応した。

 

「ぐぅ⁉︎」

鼓動が早まり、視界が望遠レンズを逆側から覗いたように遠くなる。体の内から込み上げてくるドス黒い感情。

–––––それは憎悪だった。

宙はその感情に飲み込まれないように頭を必死に抑える。

 

「大丈夫ですか?」

気がつくと花丸が心配そうにこちらを覗き込んでいた。途端に先程の黒い波動はなりを潜めていく。

 

「宙ちゃん、大丈夫?調子悪いの?」

千歌の言葉に宙は首を横に振る。

 

「…いえ、大丈夫です。それより!練習始めましょう?」

 

 

 

「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」

曜の合図に合わせて千歌とルビィがステップを踏む。

 

(凄い……ほんの数分の練習で振り付けをほぼ完璧に身につけている)

ルビィの動きを見て宙は感心していた。

 

「出来ました!千歌先輩!」

ルビィは笑顔で千歌の方を向くと何故か千歌はハニワのようなポーズをとっていた。

 

「あはは…私はどうかな?」

 

「千歌さんは…もう一度最初からやった方が良いですね。」

 

休憩していると千歌と梨子が歌詞の言葉で話し合いを始めた。音楽の知識をあまり持ち合わせていない宙は休んでいる1年生二人に声を掛ける。

 

「二人共、お疲れ様です。楽しそうにして貰えて何よりです。」

 

「ありがとうございます!」

ルビィが元気良く答え、花丸はおずおすと宙に向かって話しかける。

 

「あの…宙先輩は一緒に練習しないんですか?」

 

「私はマネージャーですから。皆さんのサポートが仕事です。」

それを聞いた花丸とルビィは仰天する。

 

「そうなんですか⁉︎凄く綺麗だからてっきりスクールアイドルなのかと」

 

「良いんですか本当に⁉︎」

その言葉を聞き宙は苦笑する。

 

「まぁ…私は」

その瞬間宙の携帯がけたたましい音で鳴り始めた。瑞緒からだ。

 

「もしもし。」

 

「もしもし⁉︎あぁ!宙さん!良かった…アパートに居ないからてっきり夜逃げしたのかと思ってましたよ!」

その言葉で宙は漸く気がついた。千歌の家に居候させてもらっているのを報告し忘れていた事を。

 

「すみません!私住む場所を暫く変えた事すっかり伝え忘れてました!」

 

「住む場所を暫く変える⁉︎一体何が何だか…と、とにかく!今何処にいるんですか?」

 

「今は学校です。友達と部活動を…」

 

「友達⁉︎部活動⁉︎やったぁぁぁ!ねえ聞きましたイラストレーター?宙さんに友達ですって!」

あまりのテンションの高さに圧倒され宙は携帯から耳を遠ざける。

 

「…すみません。取り乱しました。取り敢えず、最近の事を色々と聞きたいんです。良いですか?」

瑞緒は宙の周囲の人間に情報を秘匿する為敢えて主語を濁らせる。宙は出来れば今すぐにフォートレスフリーダムに来て欲しい、という意思を素早く汲み取った。

 

「分かりました。すぐ向かいます。私も聞きたい事があるんです。」

 

「え?いやあの車を向かわせますy」

言い終わらない内に宙は携帯を切り、宙は千歌達に頭を下げる。

 

「すみません!ちょっと用事ができたので帰らせて頂きます。何かあったら連絡下さい!」

言い終わると同時に凄いスピードで部室を飛び出した。千歌達が慌てて宙の姿を捉えようとするが彼女の姿はもう何処にも無かった。

 

 

 

 

 

 

ーーTLT・フォートレスフリーダムーー

基地周辺を警戒する隊員に瑞緒から貰った通行許可書を見せ、宙はダム内部の巨大要塞に入る。

 

 

 

 

「…すみません。誰ですか?」

瑞緒に会い、住んでる場所の報告をしなかった謝罪を即敢行すると開口一番にそう言われた。

 

「え?いや誰って…貴方達に呼ばれてきたんですけど。覚えてませんか?」

宙は困惑しながら首を傾げる。

 

「あ、それと吉良沢さん、あの時はいきなり蹴ってしまってすみません。お詫びと言ってはなんですが…これ、もし良かったら」

そう言って宙はいつ持ち出したのか、鞄の中から十千万の温泉まんじゅうを取り出す。

それを見て瑞緒は後ろを向いた。

「イラストレーター、このただただ可愛い少女は一体誰ですか?」

 

「彼女にそうなって欲しいと願っていたのは君だろう…」

 

「いや、にしても変わりすぎでしょ⁉︎何ですかこれは?イラストレーターを蹴り飛ばそうとしてた時のあのギラギラした目は何処に行ったんですか⁉︎」

 

(驚いた…まさか実際に同じ年頃の人間と触れ合わせる事がここまで彼女に影響を与えるとは……)

イラストレーターこと吉良沢も彼女の変わり様を見て驚いている。

 

「取り敢えず、何があったのか話してくれませんか?お茶でも飲んで」

瑞緒はいきなりとんでも無いほど変化してしまった宙を少し警戒しながらそう言った。

 

室内一体が驚くほど真っ白な部屋で宙は瑞緒、そしてイラストレーターのホログラムと向かい合っていた。周囲に武装した隊員達が控えている気配を感じるが、宙が最初に基地内でしでかした事を踏まえればしょうがないだろう。

 

別の部屋で監視カメラと計器を用いて研究員達がその様子を観察している。

 

「…驚いたな」

一人の研究員が計測結果を確認しながらそう呟いた。

 

「ウルティノイドとの融合係数に先程から全く変化が見られない。他の計測値もそうだ。…彼女から一切の敵意を感じられない。前回の数値が嘘のようだ。」

 

「となると本当にただ話をする為だけに来たのか……」

 

 

 

 

宙は瑞緒とイラストレーターの二人に初めて千歌達と出会った時の事、その優しさに触れた事…仲を深める事ができ、彼女たちが立ち上げた部活動・スクールアイドルに入部した事を話した。…ダークファウストやTLTの事が3人にばれてしまったのを隠しながらではあるが。

 

瑞緒は嬉しそうに何度も頷いている。

 

「成る程成る程。本当に素晴らしい学生生活を送れてるわけですね。」

 

「と言ってもまだ2日しか経っていませんけどね。」

 

「でもでも、宙さんがその千歌さんや曜さん、梨子さんって言う方の事が大好きだって事はよく伝わりましたよ。特に千歌さんの事とかね」

 

「そっそれは……大好きです。友達として」

顔を真っ赤にしながら宙はそう答える。

 

「あぁ…ちょっといじってみても怒らずしおらしい反応をするだけなんて…前までだったら私今頃首チョンパですよ!」

そう言って瑞緒はわははと笑う。

 

イラストレーターはそんな彼女を見ないようにしながら宙に問いかける。

 

「君の中に宿る巨人…ダークファウストとはどうなっているんですか?」

 

「……!」

 

「あまり上手くいっていないみたいだね。」

 

「………はい。」

 

「まぁそれもしょうがないのかもしれない。彼は闇の巨人。光の巨人とは対をなす存在だからね。」

宙の頭に「光の巨人」のワードが引っ掛かった。

 

「光の巨人……ですか?」

 

「かつて幾つもの宇宙の危機を救ったと言われる銀色の巨人。光を具現化したようなその姿を見てそう呼ばれていたと来訪者から聞いています。」

 

「私…その『光の巨人』の姿を知っているかもしれません。」

 

突然イラストレーターが身を乗り出してきた。

「いつ見たんですか⁉︎詳しく聞かせて下さい。」

 

宙は話し始めた。今日学校の屋上で起きた出来事を話した。–––––脳裏に浮かんだ銀色の巨人、そしてAqoursの何人かがスペースビーストに襲われた記憶が残っている事を。

 

「……何と言う事だ」

イラストレーターも瑞緒もその話を聞いて唖然としている。

 

「どうかしたんですか?」

宙は怪訝そうな顔をする。

 

「光の巨人は1つの星に降りたった際、その星の知的生命体に力を与え自分の力を使わせる事が出来る。光の巨人に憑依され得る力を持つ生命体は『適能者』と呼ばれるんだ。」

 

「『適能者』は本来光の巨人に選ばれる前から周りとは違い特別な能力を持っている。我々が使用する記憶忘却装置『レーテ』の影響を受けないのもその特別な能力の内の一つだ。」

 

「じゃあまさか千歌さん達も……」

 

「ええ。」

イラストレーターは大きく首肯する。

 

「『適能者』となり、光の巨人と化して戦う事が出来る可能性を間違い無く秘めているでしょう。」

 

宙は見開いた目を閉じる事が出来なかった。

 





次の回でようやく戦闘です

あと5話以降出番が無かったオリ敵を出す予定なのでどうか忘れてあげないで下さい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.守りたいもの 2

ストーンフリューゲルについて少し説明させて頂きます。ネクサス本編で第二の適能者・姫矢准が長距離を移動する際召喚したマッハ7の速度で飛行出来る戦闘機型の巨大物体の事です。僕の作品ではウルティノイドに変身する暗黒適能者もそれと似た事が出来る設定にしています。その似たアイテムというのがダークストーンフリューゲルです。
本来ストーンフリューゲルは適能者を移送するだけで無く傷の治癒が出来るというかなり画期的な能力を備えています。
今のところ宙は荷物運びにしか使って無いですけどね。


ーー淡島神社・階段ーー

「こ、これ一気に登ってるんですか⁉︎」

ルビィは目の前に存在する山頂へ続く長い階段を見上げ息を飲む。

 

「もっちろん!」

千歌が大きく頷き

 

「いつも途中で休憩しちゃうんだけどね」

曜は苦笑する。

 

「でも、ライブで何曲も踊るには頂上まで駆け上がるスタミナが必要だし」

穏やかながらも決意を固めている表情をしている梨子。

ルビィは3人がどれ程の覚悟を持ってスクールアイドルに臨んでいるのか改めて思い知らされた。

 

「じゃあ、μ's目指して…よーい、ドン!」

千歌の合図と共に五人は一斉に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

4人の後ろ姿がどんどん遠くなっていく。

 

もしかしたら、運動が苦手な自分でも。

もしかしたら、体力が全然無かったとしても。

 

でもそれは違った。先輩達も、ルビィちゃんも全力で走ってる。一つの事に本当に全力で取り組む時、周りに合わせて妥協することなんてできないんだ。自分の為にも、周りの為にも。

 

「やっぱり、マルには…」

 

「花丸ちゃん!」

見上げるとそこにはルビィが立っていた。

 

「一緒に行こう!」

ルビィは笑いながらそう言って手を伸ばしてくる。

 

(あぁ、やっぱりルビィちゃんは優しいなぁ……でも)

それが彼女の枷になっている事は花丸が一番良く分かっていた。

 

「駄目、だよ…」

乱れた息も整えぬまま花丸はそう呟く。

 

「ルビィちゃんは走らなきゃ。ルビィちゃんはもっと自分の気持ち、大切にしなきゃ。自分に嘘ついて、周りに合わせても辛いだけだよ。」

 

「合わせてるわけじゃ…」

ルビィは口ごもってしまう。

 

「ルビィちゃんはスクールアイドルになりたいんでしょ?だったら前に進まなきゃ。さあ!行って!」

 

「でも…」

 

花丸はいつものように穏やかな笑顔を見せた。

「さあ!」

 

ずっと迷っていたルビィだったが、やがて意を決したように踵を返し走り出す。

 

 

これで良いんだ。

 

花丸は登ってきた階段を降り始めた。

 

マルの大切な友達は優しくて、思いやりがあって、でもちょっと気にしすぎな子。でももう大丈夫。胸に閉じ込めていた夢や憧れを解き放った彼女は素晴らしいスクールアイドルになるだろう。マルは共に歩む事はできないけど……それでも、見に行って応援するくらいならいいよね…?

 

 

 

 

「やった……やった!」

頂上の神社に辿り着いたルビィは膝に手をつき息を整える。

 

「凄いよルビィちゃん!」

先に到着していた千歌達が彼女を取り囲み褒める。

 

「ほら!見て!」

梨子が指差す先には沈みゆく美しい夕焼けが存在した。

 

「わぁぁ…」

万感の思いでそれを見つめる4人。その温かな光を浴びながら息を大きく吸い込み、千歌は思い切り叫び出した。

 

「登りきったよーーー!!!!」

 

 

 

 

○○○

私は見る。遠くからあの子達の背中を見ている。

あの子が友達と一緒に楽しく語らっているのを見ると何だか凄くほっとする。私が居なくてもちゃんとやっていけるのは分かるんだけど、それでも気にかけちゃうのはやっぱりお節介なのかしら。

 

それにしても、本当に綺麗な夕焼けだなぁ。

私にとって夕焼けはかけがえのない思い出が詰まった時間だった。皆んなで手を繋いで一緒に見るそれは、楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったことその全てを優しく包み込んでくれる。その斜陽の空に手を伸ばすと、まるで自分も光になったような気分になれた。隣にはちょこんと座るあの子達の幸せそうな顔。

 

でも、これだけ離れたところからではもうその顔を見ることが出来ない。あぁ、もしも私がすぐ隣に行けるのなら優しく抱きしめることが出来るのに。

それが私の唯一の願いだった。

○○○

 

 

 

 

 

 

「何ですの?こんな所に呼び出して」

神社に続く階段の途中には、眼下の内浦を眺望できる展望台が存在する。ダイヤはその場所に呼び出されていた。振り向いた先にいるのは茶髪のロングヘアーの少女。

 

「あの、ルビィちゃんの話を…ルビィちゃんの気持ちを聞いてあげて下さい。」

それだけ言うと花丸は走り去ってしまう。

 

残されたダイヤはポツリと小さく呟いた。

「そんなの……分かってる」

 

「お姉ちゃん!」

そこに淡島神社から降りてきたルビィ達が鉢合わせる。

 

「ルビィ?………これはどう言う事ですの?」

途端にダイヤの目つきが鋭いものへと変わった。

 

「あの……それは、その…」

予想外の出来事にルビィは萎縮してしまう。

 

「違うんです!ルビィちゃんは「千歌さん」

千歌の言葉をルビィは遠慮がちに遮った。

 

「お姉ちゃん。ルビィ…ルビィね!」

彼女はもう迷わない。大切な友達に背中を押してもらい心に灯した炎を絶やさぬまま彼女は自分の気持ちを姉にはっきりと伝えた。

 

 

 

 

 

 

花丸は何処かぼうっとした様子でもと来た階段を降りている。

(こんなに運動したのいつぶりだっけ?足がもつれて上手く歩けない…)

良くない事は全く予期せぬ時に起きるもので、何段目かを降りたところで彼女は足を踏み外してしまいそのまま体が前に大きく傾く。

 

「あっ…」

転ぶ–––––––そう思い彼女はギュッと目を瞑る。しかし彼女の体は地面に激突する前に誰かにしっかりと抱き止められた。

 

「よっ……と。大丈夫ですか?」

花丸は恐る恐るを開け自分を抱き止めてくれた人の姿を確認する。

そこには一人の少年がいた。微笑を浮かべながら花丸の様子を伺っている。

 

「あっありがとうございます!」

花丸はそう言うと慌ててその少年から飛び退く。

 

「え?」

 

「あっやっその…本当にありがとうございます。もう少しで大怪我するところでした!」

不思議そうな表情をする少年に花丸は再び感謝の言葉を述べた。

 

「ふふっどういたしまして。今は怪我無くて良かったですね。あ、あと貴方のお友達、上手くやっていけると良いですね」

 

花丸はその言葉を聞くとお辞儀をして小走りで逃げるように降りていった。

(何でルビィちゃんの事を知ってるの…⁉︎)

彼女は脳裏に浮かんだ得体の知れぬ恐怖を拭い去ることが出来なかった。

 

 

 

「ねぇ、あの子のお友達ってスクールアイドルやろうとしてるんだって」

少年は辺りに誰もいないのに喋り出す。

 

「あの子は運動が苦手だからそれがお友達の夢の妨げになると思ってやめちゃうんだって。」

 

「美しい友情だなぁ……」

少年は朗らかな表情で喋り続ける。

 

「もし二人のどちらかが死んじゃったら残った一人はどんな顔をするのかな?泣いちゃう?口惜しさに歯軋りしちゃう?それともタガが外れて発狂しちゃう?ねぇ、君も見てみたいでしょ?」

少年はそう言うと木々の間の暗闇をじっと見つめる。ヌチョリという音と共に何かが動いた。

 

「姉さんにいつ会おうかなぁ…」

少年は楽しそうな様子でそう呟いた。

 

 

 

「花丸ちゃん……結局あの後も練習来なかったなぁ…」

ルビィはトボトボと帰り道を歩いていた。スクールアイドルをやりたいという夢を後押ししてくれた友人はあの後ひっそりと姿を消した。

後から千歌の携帯に「途中で折角の練習を放り出しちゃってごめんなさい。用事もあるので今日は帰ります。」と花丸から連絡が入っていた事が分かった。

 

「やっぱりルビィの勘違いだったのかなぁ……?」

練習に参加していた時花丸ちゃんは–––––––

 

突然ルビィは足を止める。彼女は誰かに後をつけられているような気配を感じていた。気味が悪くなり走り出す。

 

ズルリ

 

後ろから妙な音が聞こえた。まるで何かが地を這うような…

ルビィは疲弊しきった体に鞭を振るうように懸命に走った。

 

(あのトンネルさえ潜ればいつものバス停。早く…急がないと!)

 

後ろを見ないようにしながら懸命にトンネルまで走る。

しかし、トンネルに入った瞬間何かに躓いて転んでしまった。悲鳴を上げそうになりながらも懸命に(こら)え、恐る恐る後ろを振り返る。そこには何もおらず、あの妙な音もいつの間にか聞こえなくなっていた。

 

(気のせいだったのかな?)

鞄に付いた埃を払い、再び歩き出そうとした瞬間

 

ベチャッ

 

足元に何かが落ちる。

「何…これ?」

よく見るとそれはゼリーのようにドロドロとしていた。不思議に思いトンネルの天井を見上げる。

 

そこにはブロブのような何かがへばりつきモゾモゾと蠢いていた。

 

「ギ…」

 

ルビィは今度こそ甲高い悲鳴を上げる。

腰を抜かしながらも這うようにトンネルから逃げ出した。

トンネルの中からはナメクジに似た何かが足の無い体を這いずらせながら出てくる。先程の妙な音の正体はコイツだった。

 

 

ーーブロブタイプビースト

        ・ペドレオン(クライン)ーー

 

「あ……ぅあ」

三体の怪物に囲まれルビィは必死に助けを呼ぼうとするが言葉が口の中でつっかえて上手く発音する事が出来ない。ペドレオンは体の一部を口のように大きく開きルビィに近づいていく。

 

あまりの恐怖に気が遠くなり、ルビィの眼球はぐるりと上を向く。

彼女が最後に見たのは上から降ってくる黒髪の少女の姿だった。

 

「お姉…ちゃん…」

そのまま彼女の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

「その子から……離れろ!」

宙は落下の勢いを利用しながらダークエボルバーを勢いよく振り下ろし一体を真一文字に切断する。片膝立ちで着地すると同時に地面を強く蹴り、気を失ったルビィを抱えながら左方向に素早く転がる。やや遅れたように宙のすぐ横を通過する4本の触手。少しでも反応が遅れていたらペドレオンの触手の餌食になっていただろう。

宙は一瞬で敵の攻撃範囲から離脱するとルビィを自分のすぐ後ろに寝かせる。敵の数が多い今、ルビィから少しでも離れるのはかなり危険だった。

二体のペドレオンは距離を詰める前にダークエボルバーから放たれた光弾であえなく四散。

 

残りの二体の撃破を確認した宙はそのまま振り返る事無くにダークエボルバーを後ろに向け–––––––

 

「もう少し上手く隠れることね」

 

トンネル内に潜んでいた最後の一体を撃ち殺した。

 

 

 

 

ルビィが目を覚ましたのはそれからすぐの事だった。目を覚ますと誰かに抱き抱えられている。

 

「あ、目は覚めましたか?」

黒髪の少女が心配そうにルビィを覗き込む。ルビィは堪らず少女に抱き付き泣き出した。

 

「お姉ちゃん! ぐすっ…怖かったよぉ……」

 

「あれ?」

 

目覚めてすぐだったので、視界がぼやけていたルビィには宙が(ダイヤ)に見えたのだった。

 

 

 

「うぅ…ごめんなさい」

勘違いをしてしまったルビィは宙に謝る。

 

「いえ、構いませんよ。それより、誰もいない所で一人で倒れて一体どうしたんですか?」

 

「え?」

 

「あ、もしかしてあの階段ダッシュやりました?そりゃ疲れますよね」

 

「違います!私さっきここで怪物に襲われて…」

 

「? ルビィさん以外何も居ませんでしたよ?多分疲れて倒れちゃって変な夢見ちゃったんですよきっと。」

宙はそう言ってルビィを落ち着かせるように優しく撫でる。

 

(これ以上彼女を巻き込ませるわけにはいかない…)

宙は強引にルビィは何も見ていなかったことにする。自分の為にも、ルビィの為にもそれが一番だった。

 

「あ!バス逃しちゃった…」

一悶着あったせいで乗ろうとしていたバスは既に過ぎていた。次に来るのは30分後。ルビィは肩を落とす。

 

「私もです。」

宙も少しルビィから離れて隣に立つ。バス停には2人以外に誰もいない。会話が途切れ2人はそのまま無言で15分程バス停に立っていた。

 

(どうしよう……凄く気まずい…)

ルビィは今更ながら先輩と二人きりという状況に困り果て、横目で宙の様子をチラリと伺う。同じように宙もルビィを見ていた。2人の視線がぶつかる。 

 

「「あっ」」

 

「「…………」」

 

「…椅子、座りません?」

宙はおどおどしながらベンチを指さした。その様子にルビィは思わず笑ってしまう。

 

(先輩も人見知りなんだ。ルビィと同じで)

 

「うゆっ」

ルビィは小さく頷くと一緒にベンチに腰掛けた。

 

 

 

バスが来る間、ルビィは宙に今日あった事を話していた。

 

「花丸さんがそんな事を…」

宙は彼女の話を真剣に聞いている。

 

「そうなんです。花丸ちゃん、やっぱりスクールアイドルやりたくなかったんじゃ無いかって」

 

「でも彼女、凄く楽しそうに練習しておられましたよ?」

 

「……でも」

 

「「…………………………」」

 

「ち、千歌さんって」

静寂を破ったのは宙だった。

 

「非常に強引な方ですよね。勝手にポスターに名前書いたり、断っても誘い続けたり………見ず知らずの薄汚い小娘を家に連れ込んでご飯を振る舞ったり」

 

「?」

 

「でも!私は彼女のその強引さに救われました。曜さんも、梨子さんもそれは同じだと思うんです。だからルビィさんも…」

宙はそこで言葉を区切る。ルビィは彼女が言わんとする事を何となくではあるが汲み取る事が出来た。

 

「先輩、ありがとうございます。」

 

遠くからバスのヘッドライトが近付いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

ーー翌日・スクールアイドル部 部室ーー

 

「宜しくお願いします」

そう言ってルビィは入部届を千歌に差し出す。

 

「うん!宜しくね!」

千歌は両手で大事そうにそれを受け取った。

 

「そう言えば花丸ちゃんは…」

 

千歌は残念そうに首を振る。

「昨日の夜メッセージが来たんだけど、やっぱり入部はしないって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

花丸はいつものように図書室へ向かう。その静かな空間こそ彼女の居場所の一つだった。その隣に一緒に本を読んだ友人はもういないが…

 

机に置いてあるのは一冊のスクールアイドルの雑誌。華やかな衣装に身を包んだ少女がこちらに笑いかけている。 後悔は無かった。

 

「やっぱり体力無いマルには無理だよ……」

そのままそっと本を閉じようとする。

 

「バイバイ。」

 

「それで本当に良いんですか?」

 

「うひゃあっ!」

突然机の下から声が聞こえ花丸は飛び上がる。宙が体育座りの体勢でその隙間に収まっていた。

 

「素朴な疑問を感じました」

そのままのそのそと這い出てくる。

 

「いつから居たんですか⁉︎」

 

「体力が無いからスクールアイドルに向いてない……ルビィさんがスクールアイドルに入部出来ればそれで良いと思い身を引いたんですね。やっと理由が分かりました。」

花丸の質問をスルーしながら宙はそのまま話を続ける。

 

「でも……彼女はそうは思って無いみたいですよ?」

 

突然図書室のドアが開かれる。

 

「花丸ちゃん!」

 

「ルビィちゃん⁉︎」

 

「ルビィ、スクールアイドルがやりたい!花丸ちゃんと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スペースビーストは人間という知的生命体を捕食する。正確に言えば、高度な知性を持った生命体から生み出される恐怖を得る事を目的としていた。彼等に感情は存在せず、あるのは殺戮衝動のみ。理解不可能な異形の生命体に対抗する力を人間は持ち合わせていなかった。

–––––––「彼ら」を除いて。

 

 

 

 

「作戦通りターゲットをポイントQへ誘導。周囲に有人反応無し。第二種警戒体勢解除」

 

『ターゲットは全部で6体です。自在に体の形状を変化出来るようですが遠距離への攻撃手段は持ち合わせていないので50メートル以上距離をとりながら掃討して下さい』

 

「了解。これより最終行動に入る」

合図と共に暗闇の中から6人の武装した集団が現れ、足場の悪い木々の間を高速で駆け抜けていく。夜は彼らの狩場だった。

 

彼らが装備する大型ライフル・ディバイトランチャーから放たれるナパーム弾は一撃でビースト・ペドレオンを粉微塵に粉砕。

合図から1分過ぎる頃には戦闘は終了した。

 

「状況終了」

部隊を率いるリーダー格の男が握りしめているディバイトランチャーを下ろしながら戦闘終了を伝える。

 

『確認しました。37秒後に処理班が到着します』

イラストレーターは既に事後処理部隊・ホワイトスイーパーの手配を済ませていた。

 

「ビーストによる人的被害は?」

 

『ご安心下さい。市街地に到達する前に全て掃討したので犠牲者は出ていません。』

 

イラストレーターの言葉に男はようやく体の緊張を解いた。他の隊員もバイザーゴーグルを外し空気を吸い込んでいる。彼らこそTLTにおける対異星獣特殊任務班、通称「ナイトレイダー」である。

 

37秒後、ナイトレイダーが待機する場所の上空に突如航空機が姿を現した。何も無い所からいきなり現れたような光景にナイトレイダーの隊員達は感嘆の吐息を漏らす。

 

「プロトタイプチェスター……何度見てもこの機体のカモフラージュシステムには驚かされますよ」

 

「こいつの運動性能と航続距離さえ改良出来れば俺達も大型ビーストと十分渡り合える筈だが……」

 

チェスターと呼ばれる機体からは白い化学防護服を着た事後処理部隊・ホワイトスイーパーが降下してくる。即座に散らばったビーストの破片の処分を開始した。

 

「石堀には頑張って貰わないとな。……よし。そろそろ俺達も帰投するぞ。」

 

ナイトレイダー隊長は指示を出すが1人だけまだ警戒を解いていない隊員がいた。周囲を見渡しながらディバイトランチャーを構えている。

 

「おい、どうした?」

 

「……まだ敵が残っています」

 

「まさか。ビースト振動波の数値は既に低下して……」

1人の隊員が笑い飛ばそうとした瞬間ーー

 

『ッ!?この数値は……総員、そこから退避して下さい!大型が来ます‼︎』

 

イラストレーターが叫んだ瞬間、ポイントQの地面が轟音と共に崩落した。ホワイトスイーパーの何人かがその崩落に巻き込まれる。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「ーーーー!!!!!!」

地面から「大型」が姿を現した。

 

ーーブロブタイプビースト・

     ペドレオン(グロース)ーー

 

ペドレオンの体から伸びた触手にはホワイトスイーパーが拘束されている。その状況を見て間一髪難を逃れたナイトレイダー隊員達は低く呻いた。

 

「小さい奴らは囮だったのか……⁉」

 

 

 

 

 

 

 

「イラストレーター!チェスターなら残った全員を収容して離脱出来ます!まずは皆の安全を確保しないと!早く指示して下さい!」

立ち尽くすイラストレーターに向かって瑞緒は声を荒げる。

 

「何故直前までレーダーに映らなかった……?」

 

「ああもう!」

痺れを切らした瑞緒は彼を押し除けてマイクに怒鳴る。

 

「皆さん!よく聞いて下さい!敵はまだチェスターのカモフラージュに気付いてません!チェスターのハッチに備え付けてある牽引システムを起動させますのですぐに乗り込んで下さい!」

 

 

 

 

 

「この状況でどう乗り込と…⁉」

負傷者を抱えながら懸命に応戦している隊員がそう零す。ペドレオンは残った人間も捕食する為に地上に居る隊員を追いかけており、少しでも攻撃の手を緩めれば全滅しかねない状況だった。

 

 

 

 

 

 

「駄目だぁ〜〜ど、どうしよう⁉︎」

司令室で頭を抱える瑞緒のパルスブレイガーが突如鳴り響く。

 

「誰⁉︎こんな時に!」

と言いつつも藁にもすがる思いでそれを確認する。スイッチを押すと少女の顔が映し出された。

 

「宙さん⁉︎」

 

『瑞緒さん!』

その表情は決意に満ちていた。

 

『前に言ってましたよね?「本当に守りたいものが出来たら力を貸して下さい」って。ようやく分かりました。私の「守りたいもの」。だから私、戦います‼︎』

 

沸る戦意を胸に、宙は懐からダークエボルバーを勢いよく引き抜いた。

「皆んなを、私の帰る場所を守るために‼︎」

 

突如ペドレオンの目の前に紫色の光が出現する。

 

「シェアァ‼︎」

 




サンシャイン4話のこの友達を想う気持ちと想う気持ちが交錯する描写凄い好きです。特に走るルビィちゃんをバックに花丸ちゃんの語りが入るシーンを見た時は本当に感無量って感じでした。
友達の夢に真摯に向き合える人って人格者だなって。

あれおかしいな僕にこんな青春は


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12. CONTRADICTION OF DARK HERO

虹アニメ始まりましたね。様々な思いや憶測・考察が飛び交っているようですが僕はゆうぽむがイチャイチャするシーンで頻繁に胸→顔の順に写し出される描写に目を奪われてました


「ようやく分かりました。私の『守りたいもの』。だから私…戦います!」

 

眼前に迫りくる木々を跳ねるように躱しながら疾走する少女は紫の閃光に包まれ徐々に巨大化、細身で鋭角な姿へと外観を変化させていく。

 

 

 

◇◇◇

「ルビィね…花丸ちゃんのことずっと見てた!ルビィに気を遣ってスクールアイドルやってるんじゃないかって。ルビィのために無理してるんじゃ無いかって!…心配だったから」

緊張で声を震わせ、今にも泣きそうになりながらもルビィは懸命に言葉を紡いでいく。

 

「でも…練習する時も、屋上にいる時も、皆んなで話してる時も…花丸ちゃん、嬉しそうだった。それ見て思った。花丸ちゃん好きなんだって。ルビィと同じくらい好きなんだって!スクールアイドルの事が」

 

「マルが…?」

 

「マルに出来るのかな……?」

尻込みする花丸の前に立つのは1人の少女。いつものように太陽のように明るく温かい笑顔で手を差し伸べた。

 

「私だってそうだよ。でも大切なのは出来るかどうかじゃ無い。」

 

その言葉に曜、梨子…そしてルビィも頷く。

 

「やりたいかどうかだよ!」

 

 

◇◇◇

 

 

(守るんだ……あの笑顔を。私の……帰る場所を‼︎)

宙はダークエボルバーを強く握りしめペドレオン目掛けて大きく跳躍する。刹那、収束させたエネルギーが迸り一気にスパーク。周囲に幾つもの紫の稲妻が発生する。

 

「おぉ……!」

あまりの眩しさにナイトレイダーの各々は目を背け、その場に蹲み込んだ。

 

ーーフォートレスフリーダム・司令室ーー

「!」

イラストレーターはチェスター越しに撮影されているその映像を見て目を見開く。宙と融合しているのは闇の巨人。しかし宙が肉体を変化させる際、ほんの一瞬ではあるが白銀の光が見えたのだ。

 

(これが来訪者の言っていた力なのか……?)

 

 

「シェアァ!」

(ファウスト)は実体化と共に大きく跳躍し一気に高空に昇り詰めると急降下しながら蹴りを放つ。頭部に打ち下ろす形で繰り出された強烈な蹴りはペドレオンを後ろに大きく吹っ飛ばした。ファウストはその反動を利用しサマーソルトキックの要領でスピンしながら軽やかに着地。手に何かを抱えながらバックステップで距離をとった。

 

 

「石堀!早くここから離脱するぞ!奴がビーストをいつまで引き付けていられるか分からん!」

 

「しかし!まだビーストは仲間を2人捕らえたままです!彼らを見殺しにするなんて…」

 

「私情を捨てろ!確かに彼らとお前の事は良く知っているが」

 

「俺の作ったチェスターは‼︎」

石堀と呼ばれた男の叫びは隊長の言葉を遮断する。

 

「ここにいる『全員』を乗せる事が任務です」

その迫力に隊長は気圧されしまう。石堀の瞳には揺るぎない意思が宿っていた。

 

「お前……」

 

 

刹那、大きな振動が起こり2人の足元をぐらつかせる。2人が再び顔を上げた時、眼前には黒い巨人が片膝をついて屈み込んでいた。

 

「……でけえ」

その姿に圧倒され言葉を失う2人を他所に、ファウストは包み込むように握られた両手を優しく地面に下ろす。巨大な両手が地面から離れるとそこには先程までペドレオンに捕われていた2人のホワイトスイーパーが横たわっていた。

信じられないという表情を浮かべる石堀に向かってファウストは微かに首を縦に動かす。頷いたのだ。

 

「……!」

後は任せた、という(ファウスト)の意思を汲み取った石堀は強く頷き返した。隊長と共に傷ついた2人を抱えチェスターに乗り込んでいく。

 

ファウストは周囲から人間が完全に居なくなった事を確認するとペドレオンに向かって身を翻しながら光弾を発射する。空間を飛翔する5つの弾丸は左右どちらに避けても直撃するように扇状に放たれていた。

 

「ギ……」

 

ペドレオンは触角から火球を発射し5つの光弾全てを相殺。クラインの時に散々苦しめられた遠距離攻撃を克服しつつあった。そのまま火球を発射し続けながらファウストに突進していく。

 

(……そうなると思った)

これまでのビーストとの戦闘からこうなる事を既に予想していた(ファウスト)は右手でシールドを生成して火球を受け止めながら左手の指をパチンと打ち鳴らす。

その瞬間、最初に跳躍した際あらかじめ上空に展開させておいた大型の光球が照明弾のように輝き無数の光弾となってペドレオンに降り注いだ。

ダーククラスター。フログロスを強襲する際にも使用したファウスト独自の攻撃方法だ。

 

「ーーーー!!!!!!」

今度こそ完全に意表を突かれたペドレオンは絶叫しながら痛みに耐えかねるように頭部を体内に引っ込める。その大きな隙を(ファウスト)は見逃さなかった。

姿勢を低く保ちながらペドレオンに向かって疾走していく。反射的に身の危険を感じたのかペドレオンは接近するファウストを跳ね除ける様に両腕の長い触手を振り回し始める。しかし相手の位置を捉えずにがむしゃらに振り回す攻撃が当たるはずも無く、ファウストはペドレオンの懐まで難なく接近。大振りで放たれた敵の右腕を屈み込みながら回避し、前転しながら後ろ足を大きく跳ね上げる。

ダッシュの勢いを一切殺さずに繰り出された胴廻し回転蹴りはペドレオンの上半身を大きく抉り、一瞬の内に無数の肉片へと姿を変えた。

 

 

(動ける……!まるでこの肉体が私の体そのものになったみたい)

戦闘に対するモチベーションが向上したおかげかは分からないが(ファウスト)の動きはこれまで以上に良くなっていた。

 

バグバズンを仕留める前にほんの少しだけ体現できたファウストの動きを自らの体に投影するような感覚。水車の如く振り抜かれた踵からその感覚を以前よりも鋭く、より深く自分の体に落とし込めている実感があった。そのまま跳び前転しながら距離を取り、動かなくなったペドレオンに向かって拳を重ね合わせダークレイ・ジャビローム発射態勢を取る。

 

 

ーー

 

 

「ちょっとちょっと!何でこんなにやられてんの?」

その様子を少し離れた場所から観察している者がいた。

 

「てか何で姉さんは何もやってない癖に(・・・・・・・・・)あんなに動けんの?」

花丸に接触したその少年は突然頭を掻きむしり始める。

 

「捨てられた分際で…気に入らないなぁ…はぁぁぁぁ!何でかなぁぁ!?」

剥がれ落ちかけた上っ面を何とか保ちながら半壊したペドレオンに手をかざす。

 

「まぁ良いや。いずれ僕が全て奪ってあげますよ。………あとペドレオン、君はもう少し働いて貰わないと困るから」

 

 

体の一部が大きく欠落したペドレオンは暫く停止していたが突然脈打つように動き始める。

 

(またこのパターン……いい加減…くどい!)

 

咄嗟に敵の生命反応が増幅している事を悟った(ファウスト)は速やかに止めを差すべくダークレイ・ジャビロームを発射する。しかしペドレオンは光弾が直撃する瞬間に跳躍し、軽やかにそれを躱した。

 

(⁉︎)

 

そのまま宙返りしながらファウストを飛び越え着地する。肉体を文字通り削られ体積が減少したせいで、その姿は以前のずんぐりとした体型からは想像もつかないほど細身の、より人間に近い形に変化していた。

 

ーーペドレオン(リキッドロイド)ーー

 

ゆっくりと振り返るような仕草をすると同時に目も口も存在しない顔面を大きく歪ませる。まるで笑っているようだった。

 

 

 

ーーフォートレスフリーダム・司令室ーー

「何なんですかこいつは……」

モニター越しに繰り広げられる戦闘を観察していた瑞緒が絶句する。イラストレーターは腕を組みながら沈黙を保っていたが、やがて絞り出すように掠れた声を発し始めた。

 

「………ビーストは戦いの中で学習し、何度も自身の肉体に成長を促す生き物だ。だがこんな短時間で相手に順応できるのは明らかにおかしい。ここ最近出現するビーストには皆共通して妙な違和感があったが……ようやく合点がついた」

 

「フログロス、バグバズン、ペドレオン……これらのビーストの脅威的な成長は人為的に引き起こされているとしか思えない」

 

それを聞き、瑞緒の顔からは血の気が引いていく。

「人為的って…それじゃあまさか…」

 

「ああ」

イラストレーターは静かに首肯する。

 

「『ラファエル』が近くに居る。間違いなく」

 

 

 

 

 

 

 

ペドレオンは地面を滑走するように移動しながらファウストに接近し、触手のついた腕を振り回す。その動きはこれまでとは比べ物にならないほど素早く、かつ不規則で予測する事が困難だった。

 

(ッ!)

 

挟み込むように振るわれた両腕の触手をギリギリのところで回避し、敵の顔面に右のノーモーションパンチを叩き込む。

 

(手応えが無い⁉︎)

拳に伝わる液体を殴り付けるのと似た感覚。その感覚は近接攻撃すらも無効化されつつあることを示していた。顔面を殴り付けられたペドレオンはそのまま上半身ごと右向きに一回転し、その勢いを乗せた左腕を振るう。

 

完成に虚を突かれた(ファウスト)は反応が追いつかず腕を交差させながら後方に飛び衝撃を逃そうとするが

 

「グアァァ!」

接触した触手から高電圧の電流が発生し、両腕の肉が焼けるような耐え難い激痛が走った。

 

 

 

 

 

 

「イラストレーター!このままじゃ宙さんがかなり危険ですよ!」

遂に被弾し始めた宙の様子を見た瑞緒は慌ててイラストレーターに詰め寄る。しかし反対にイラストレーターは随分と落ち着き払った様子だった。

 

「大丈夫。戦いの中で急成長し続ける(・・・・・・・・・・・・)のは彼女も同じです。もう暫く様子を見ましょう」

瑞緒を落ち着かせるようにその肩に手を置く。

 

「彼女が力を発揮すれば上層部も『ミカエル』に対する考えを改める可能性が有る。君も知っている様に、何も特別なのはビーストだけではありませんから」

 

 

 

 

ジリジリと後退しながらもファウストはペドレオンの攻撃に対応しつつあった。敵が二本の腕を同時に振り回す瞬間を狙って頭上ギリギリを跳び越えながら背後につこうとする。

ペドレオンの直上を飛び越える間、宙は不思議な感覚に見舞われる。ペドレオンの背中から発射された火球が非常にゆっくりとした動きでこちらに向かってくるのだ。まるで時間が止まったような感覚だった。

膝を抱え込み体を丸めながら火球を難無く回避。直上で側宙しながらペドレオンの背後をとる。

 

(今度こそ…!)

 

右足にエネルギーを集中させながらバグバズンを仕留めた物理法則という概念を超えたあの蹴りを放つ。死角からの一撃。高度な読み合いを制して放たれた蹴りは間違い無くペドレオンの肉体を捉えていた。敵が「逃走」という選択肢を取らなければ。

 

ペドレオンは置き土産とばかりに全身から毒ガスを噴射しながら細身の肉体を空中に打ち上げる。

 

ーーペドレオン(フリーゲン)ーー

 

飛行形態へと姿を変えたペドレオンはそのまま戦闘区域を高速で離脱する。戦いを経験すると共に成長していくスペースビースト。しかし、それでも分が悪いと判断した時、彼らは速やかに逃亡を図るのだ。そして時間を置いて再び成長した姿で人間達の前に現れる。

 

ナイトレイダーがビーストを倒しあぐねている一番の理由がそれだった。ビーストにはプライドや戦いに対する執着心は一切存在しない。彼らにあるのはただ一つ。人間という知的生命体を喰らい、より多くの恐怖をあるべき場所に送り込む事だ。

 

 

「ヴアアアアァァァ!!!!」

 

地上に噴射した毒ガスの中から突如野太い雄叫びと共に黒い影が爆発的なスピードで飛び出し、ペドレオンの背中に組み付いた。

 

ペドレオンはバリカン飛行をしながら振り落とそうとするが渾身の力を込めたファウストはビクリとも動かない。

 

「逃ガサナイ……コロス」

 

絞り出す様に発せられるそのくぐもった声から伝わるのは明確な殺意ーー即座に命を絶つという意思だった。

その瞬間、ペドレオンはかつて感じた事の無い強烈な感覚に襲われる。自身の背中に取り付いた黒い死神。迫り来る死。

 

 

イヤダ…コイツ……コワイ

 

 

あの少年から与えられた『成長力」の影響で"感情"という高度な思考が生まれてしまった。

 

 

コワイ…シニタク、ナイ

 

 

それは恐怖という感情だった。

 

両者はもつれ合いながらそのまま地上に落下する。互いのマウントを取り合うように地面を何度も転がり、やがてファウストがペドレオンを蹴り飛ばした。

 

ペドレオンはふらつきながらもリキッドロイドに姿を変え、最後の抵抗をするべく触角を中心に巨大な火球を生成し始めた。辺りの木々が燃え始める様子からその威力がどれほどの物であるかを実感させられる。正面から相手にする義理は無い。

 

(当たらなければそんな物…⁉︎ 嘘、でしょ……?)

 

振り返るとそこには無数の住宅やビルが立ち並んでいた。両者は戦いを続ける内にいつの間にか山岳地帯から抜けてしまったのだ。

 

正面に向き直ると同時にペドレオンの超大型火球が放たれる。迫り来る業火はファウストを一瞬の内に飲み込んだ。

自らの勝利を確信したペドレオンは勝ち誇ったように右手を空に向かって振り上げる。

 

しかし、突如業火の塊は吸い込まれるように消失。その中からは無傷のファウストが現れる。

 

「ギ……⁉︎」

 

(ファウスト)は体内で自身の闇のエネルギーと取り込んだ火球を融合させ腕を十字に組んだ。

直後、ファウストの右腕から赤黒い光波熱線が地面を削りながら爆進する。

 

 

ダークレイ・ジェネレード。

 

ペドレオンは最後まで何が起こったか理解できないまま消滅した。




ペドレオンはネクサス本編の1〜4話に登場しました。ナメクジから無数の触手が生えているような見た目をしており、かなりグロテスクです。姿を自在に変化でき、回を重ねる毎に防御力は強化されどんどん新しい技を身に付けていきました。最終的には超念動力みたいなのも使ってましたね。ウルトラシリーズ1話で登場した怪獣の中でもかなり強い部類に入るのではないかと個人的に思っています。

後、ペドレオン(リキッドロイド)とダークレイ・ジェネレードって技はネクサス本編には出ていません。

何か良さそうだなと思って勝手に作ってしまいました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.隣の堕天使

文章の拙さもありますがこの作品の一番よろしく無い点は更新するペースが遅いところですね。出来れば4〜5日に1話のペースでやりたいんですけどどうしても上手くいかず…
最終章のシナリオはなんとなくではありますが、考えているのでそれに行き着くまで何卒宜しくお願いします。

※今回の話の後半はわちゃわちゃするシーンに振り切っています。サンシャイン本編の内容に少し触れるだけなので、苦手な方は飛ばして貰っても次回に支障は無いと思います。本当にすみません。先に謝っておきます。


守りたい物が出来たからビーストと戦う。宙はそう決意を新たにした。が、ビーストが出現しない日はごく普通の高校生として日常生活を営んでいる。

今も彼女は千歌の隣に座って一緒に話をしながら作詞の手伝いをしていた。

 

今日は日曜日。学校も部の練習も何も無い日だ。スクールアイドルは来たるべきラブライブ予選に向けて万全の準備を整えるべく日々歌・ダンス・走り込み・筋トレに励んでいる。しかし、幾らスクールアイドルと言えど適度に休息を取らなければ体を壊しかねない。という事で、Aqoursは毎週日曜日に必ず「お休みの日」を取り入れる事になったのである。

 

「いっつも忙しいんだけど…いざ休みの日になったら何か暇だよね」

 

「そうですね。でも私はこういう日、結構好きですよ」

宙はそう言いながら先程コンビニで買ってきたポッキーを頬張る。

箱から取り出した一本を千歌に差し出した。

 

「どうぞ…」

 

「やった!ありがとっ」

 

「ん…///」

千歌は即座に口を開けポッキーを咥える。

以前と比べると宙は千歌達に対してかなり積極的に関わるようになっていた。表情こそ大きくは変化しないものの、今や彼女のとる行動に以前の刺々しさは微塵も見られない。

 

「ふぅ……ちょっと休憩」

千歌は作曲していたペンを置くと宙の後ろに回り込み、彼女の長髪を編み込みながらハーフアップを作ろうとする。

 

「休憩にならないんじゃ無いですか?」

 

「良いの良いの!宙ちゃんの髪綺麗だし気持ち良いから。あ、もし嫌だったら辞めるけど…」

 

「続けて下さい」

即答する宙。千歌は鼻歌交じりに宙の髪に手を伸ばし、ハーフアップの構築を再開した。

 

「部員も増えて賑やかになったし……次は皆んなで何処かに出掛けよっか。宙ちゃんは行きたい所とかある?」

 

「千歌さんと一緒ならどこでも」

 

「無理して私に合わせなくても良いよ?」

 

「無理なんてしてません。千歌さんの好きなところがいいです」

 

「もうっ…宙ちゃん!」

気持ちを抑えることが出来ず、千歌は後ろから宙を抱きしめる。

 

「ん…///」

 

そんな2人に一階から声が掛かる。

 

「ちーかー!こーすもー!今日お客さん多いからちょっと手伝ってーーー!」

千歌の姉・美渡の声だった。

 

「私が行きます。千歌さんは作曲の続きやってて下さい」

宙が素早く立ち上がったのでハーフアップは途中で崩れ、元に戻ってしまった。

 

「あっ…」

名残惜しそうな表情をする千歌を他所に、宙は仕事の邪魔にならないよう髪を後ろで束ねると一階に降りて行った。

 

いざ話し相手がいなくなると作業は中々捗らないもので、千歌は数分経つと音をあげてしまう。

 

「駄目だ〜」

誰か手伝ってくれる人はいないものか。ちゃぶ台の上に顎を乗せると辺りを見回す。ふと部屋の窓を見ると、窓の奥に映る家に1人の少女がいた。ピアノに向かって練習しているのが見える。

 

千歌は勢い良く窓を開け放つと向かいの家の少女に手を振った。

 

「おーーーい!梨子ちゃぁぁぁぁん‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「今日はありがとう宙ちゃん。 とっても助かったわぁ」

 

「こちらこそ。十千万のお仕事とっても楽しかったです」

空の色も夕焼けの橙から黒に変わる頃、ようやく仕事は一段落した。宙は隣を歩く志満から労いの言葉を貰いつつ、千歌の部屋に向かっているところだ。そろそろ夕食の時間だった。

十千万のご飯の虜になってしまった宙にとって、千歌の家族皆んなで食べる食事は至福の一時だった。表情こそ冷静さを保っているものの、今にもスキップしそうな足取りをしている事に本人は気付いていない。

そんな宙の様子を見て志満はさっきからずっとニコニコしていた。

 

「あの……どうかしました?」

黙ってじっと見られ続けるのは流石に恥ずかしいので宙は志満に声を掛ける。

 

「ああ、ごめんなさいね。何だか妹がもう1人できたみたいで嬉しくて。多分千歌ちゃんも同じ気持ちなんじゃないかしら。」

 

「そう……なんでしょうか?」

 

「千歌ちゃんね、幼い頃末っ子だったのが嫌だったみたいで『私にも同い年くらいの妹がいるもん!』ってずっと言ってたの。それほど妹が欲しかったみたい。もうずっと昔のことなんだけど……。でも今こうやって宙ちゃんが私達のところに来てくれた。それはあの子にとって、勿論私達にとっても本当に嬉しかった。」

その言葉を聞き宙は足を止める。

 

「あの!」

 

「?」

志満は微笑みを浮かべたまま振り返る。いつも柔らかな物腰で接してくれるが、その姿は見る者に長女然とした雰囲気を感じさせた。そんな高海家の長女に向かってこんな事を言うのは少しだけ恥ずかしくもあるが……宙は志満の目を真っ直ぐ見る。

 

「嬉しいのは私だって同じです。私、ここで過ごせる毎日が本当に幸せです。だって、千歌さんのお父様、志満さん、美渡さん、千歌さん、曜さん、梨子さん、Aqoursの皆さん………私に優しく寄り添い居場所を与え、生きる術を教えて下さった皆さんの事が………」

宙は胸に手を当て一呼吸置くと、恥ずかしくてこれまでずっと伝えられなかった気持ちを伝えた。

 

 

 

 

 

「大好きですから」

 

 

 

 

 

 

これまで笑っても「微笑み」で落ち着いていた彼女の表情が今、志満の目の前で弾ける程の飛びっ切りの笑顔を作っていた。

 

「ッ〜〜〜‼︎」

志満は宙に駆け寄って思いっきり抱きしめる。

 

「むがっ」

 

「ごめんなさい。暫くこのままでも良いかしら?」

 

「むがむが」

顔を胸の中に埋められ宙が口にするのは言葉になっていない。それでも志満を抱きしめ返した。

 

(千歌さんも志満さんもスキンシップが凄い……姉妹だからかしら)

 

 

 

 

 

 

 

「千歌ちゃん、そろそろご飯だから下に降りて………ってどうしたの⁉︎」

宙と一緒に千歌の部屋を訪れた志満が障子を開けるとそこにはベッドに突っ伏した千歌の姿があった。

 

「詰んだ……」

ベッドに顔を埋めながら千歌は弱々しい声を上げる。あの後梨子を部屋に呼んで続きをしていた彼女だったが、お客さんの喧騒も相まって集中出来ず、明日が期限とされている作詞の作業を終える事が出来なかった。

 

 

ーーー

 

 

「私も『缶詰』がしたい‼︎」

夕食の時間、千歌が発した第一声がそれだった。

 

「遂に誰かに食べられたいと思うようになったか」

美渡は突発的に千歌が何かを起こそうとする事に慣れきっており、白米を頬張りながら軽くあしらう。

 

「ちっがうよ!!!ほら、仕事を捗らせるために静かなとこに閉じこもるやつ!私も洋風ホテルみたいなところで作業に没頭したい!」

 

「ウチにそんな場所あると思ってんの?大人しく図書館行け図書館」

 

「夜遅くまでずっと集中したいの!図書館なんて無理だよ!」

 

「どうして缶詰したいの?」

志満の質問に千歌は光の速さでそちらを向く。

 

「次のライブで歌う曲の作詞がまだなの……環境を少し変えてみたら捗るんじゃないかって」

 

「でも梨子ちゃんに締め切りは明日までって言われたんでしょう?今からじゃ遅いんじゃない?」

 

「うう……」

まったくもってその通りだった。千歌はガックリと肩を落とす。

 

「千歌さん!」

隅っこで山脈を作っているのではないかと見間違う程ご飯を山盛りによそっていた宙が突然小さく手を上げる。

 

「今更かもしれないですけど、『静かで洋風かついつでも使えるお部屋』……私に心当たりがありますよ」

その言葉に千歌・美渡・志満の3人は顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーースクールアイドル部・部室ーー

「ごめん!」

 

「まだだったの⁉︎今日までって言ってたじゃない」

手を顔の前で合わせて頭を下げる千歌を見て梨子が困った表情をする。

 

「どうしても間に合わなくて……でもでも、今日こそは絶対上手くいくから!」

 

「いや締め切り今日なんだけど」

 

「だって私には集中出来る完璧な場所があるんだから!」

梨子の一言をスルーしながら、千歌は側で購買のパンを口に詰め込んでいる宙の肩を掴む。

 

「?」

 

「私、今日宙ちゃんの家で作詞に没頭するから!」

 

「宙ちゃんの家?千歌ちゃん家に居候してるんじゃないの?」

話を聞いていた曜が首を傾げる。

 

「あ、曜ちゃんや梨子ちゃんは知らなかったっけ?宙ちゃんマンション借りてるんだって。今は私の家に住んでるけど」

 

「暫く留守にしてたのでもうそろそろ風を通すために一回帰ろうかなって。何ヶ月も放置してカビを生やすわけにはいきませんから。ただ、私1人で家の事全部出来るか不安なので千歌さんもついてきてもらう事にしました。」

千歌の説明を宙は横から補足する。

 

「それで、私はお客さんの話し声も全く気にする事無く静かな部屋で泊まり込みで作業に集中出来るってわけ。宙ちゃんは志満姉から教わった家事のやり方を実践出来るし……まさに一石二鳥だよ!」

うきうきしている千歌を見て梨子は不安になる。

 

「あ!ルビィちゃんや花丸ちゃんも来る?宙ちゃんが借りてるマンション結構広いみたいだから5人くらいはいけるみたいだよ?」

 

「え⁉︎ごめんなさい……マル今日家の用事があって」

 

「ルビィは…人の家にお泊まりに行く時はお母さんやお姉ちゃんに3日前から伝えないといけないので……」

 

危惧していた事が既に起きそうになっている事に気付き梨子は頭を抱える。このままでは「泊まり込みで作詞」がただのお泊まり会になってしまうのは火を見るより明らかだった。

(宙ちゃんがついているとはいえ、宙ちゃんは千歌ちゃんに甘々だから………)

 

「分かったわ」

梨子は決意する。2人には申し訳ないが、やっぱり不安を拭い去る事は出来なかった。

 

「私も一緒に行く。宙ちゃん、それでも良いかしら?」

 

「もちろんです!千歌さん、梨子さんと初めて一緒に寝れるって事ですね!あ、曜さんも一緒にどうですか?」

宙は手をお腹の前で組み何かを言い出そうとモジモジしている曜に声を掛ける。

 

「私も行って良いの?」

誘いの声を掛けられ曜の表情がパッと明るくなる。

 

「沢山集まった方が良い考えが思い浮かぶかもしれないですし、何より楽しいですから。大丈夫そうですか?」

 

「もちろんだよ!ありがとう宙ちゃん!」

 

「じゃあちょっとしたお泊まりに会って事になりますね!はぁぁ…楽しみです…あ、花丸さん、ルビィさんも機会があればいつでも言って下さいね」

残念な事に宙も千歌と同じで本質を理解していなかった。

 

「宙おね、じゃ無くて先輩、最近よく笑ってるよね」

 

「うんうん。マル達も今度は一緒に行きたいね」

 

「は、はは…」

梨子はニコニコしている彼女達を見て乾いた笑い声を上げる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

ーーフォートレスフリーダムーー

 

「あの黒い巨人のコードネーム、決まったみたいですよ」

 

200人以上が同時に飲食を可能とする大ホールで、ナイトレイダーBユニットの各々が束の間の休息を取っていた。彼らは対ペドレオン戦に参加していない。しかし、あの日ナイトレイダーAユニットの撤退を支援するように突如現れた黒い巨人の存在は、Bユニット各員にも強い衝撃を与えていた。今もその話題で持ち切りになっているところだ。

 

「ほう?何て言うんだ?」

 

「司令部では既に『ファウスト』と呼称されているようです」

 

「ファウスト?ドイツ神話に登場する悪魔と契約を交わした人間もそんな名前じゃなかったか?随分と物騒な名前を付けたもんだな」

 

「まぁあの外見だしな。悪魔と捉えられても仕方無いだろう」

その言葉を遮るように1人が立ち上がる。

 

「彼は2人のホワイトスイーパーの命を救ってくれたんですよ⁉︎その言い方は如何なものかと」

 

「はぁ…お前なぁ、誰彼構わず肩入れする癖をいい加減辞めろよ。人間を2人助けた?あいつはペドレオンから奪い取った人間を捕食するつもりだったとも考えられるぞ?よく分からない化け物は利用できる内は利用して、邪魔になったら勝手に死んでくれるのが一番こっちにとっちゃ都合が良いんだよ。……何故上層部はあんなのを受け入れようとする?奴らの考える事はさっぱり分からん」

 

「ファウストには人間態があるらしいぞ?それもかなり綺麗な顔立ちの少女だって噂になってる」

 

「馬鹿馬鹿しい。所詮化け物は化け物だ。あの人間態なんてどう頑張ってもアラクネアみたいなのが関の山だろ………っておい、どうした?」

隊員達の視線は笑い飛ばした男の後ろに釘付けになっていた。皆口をつぐんでいる。

 

振り返ると、そこには目に涙を浮かべた長身の女性が立っていた。その女性––––瑞緒は男の襟首に掴みかかる。

 

「年端もいかない女の子に何て事を……このッ……もういっぺんいってみろぉぉ〜〜!」

意外にもその力は強く、大柄な男を何度も前後に揺さぶる。

 

「オゴゴゴゴゴ」

先程笑い飛ばしたその男・Bユニットの副隊長は既に白目を剥きそうになっていた。

 

「対異星獣研究機関の七瀬主任だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー十千万・玄関前ーー

「しいたけ〜」

宙がその名を呼ぶと十千万の玄関の隙間から鼻がにゅっと伸び器用に戸を開け、中から大きな犬が彼女に向かって走って来る。そのまま宙に向かって大きくジャンプ。

 

「よっ…と」

宙はしっかりとしいたけを抱きとめた。大きすぎて彼女の胸の中に収まり切らないしいたけはそれでも宙の顔を舐めようとするが、宙は首を捻ってそれを躱す。そのまましいたけの体位を反転させ後ろから抱えこむ体勢を取った。

 

「くすぐったいからそれはダメです」

 

「キュウ〜」

悲しそうな声を上げるしいたけ。以前のようにはいかなかった。

 

「宙ちゃんもしいたけの事がだいぶ分かってきたね」

 

「す、凄い……」

その様子を見て目を丸くする梨子。

宙がしいたけを地面にゆっくり下ろすと同時に千歌と曜が駆け寄る。

 

「私達ちょっとだけ家を留守にするから夜居なくても心配しないでね」

千歌と曜が頭を撫でながら話すと、しいたけは彼女達の言う事をきちんと理解したようで、その場に座り込み一度大きな声で吠えた。

 

(見送りの挨拶……かな?)

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!ひっろーーーい!」

夕方、千歌達4人は宙が少しだけ、というより1日しか住んでいなかったマンションに到着した。千歌はその広い間取りを見て飛び跳ねている。

 

「でもやっぱり殺風景ね。宙ちゃんはここで料理とかはしなかったの?台所とか綺麗なままだけど」

 

「初めてここに来た時は精神的に大分参ってまして…ご飯も食べてなかったしお風呂にも入ってませんでした」

 

「…………そっか。でも今日は大丈夫だよ!私家から沢山色んな物持ってきたから!」

湿っぽい話題になりかけていたのを察した曜は上手く話題をシフトさせる。彼女が持ち込んだ大きな鞄からは大量のお菓子、ジュース、食料、その他ゲーム機らしき物も出てきた。

 

「よ、曜ちゃん、私達の第一目標は歌詞だからそれは」

 

「もっちろん!分かってるよ!」

曜はニコニコしながら拳を振り上げた。

 

「よし!まずはご飯だよーーー‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー数時間後ーー

 

「おりゃあ!喰らえ!」

 

「危ないっ」

 

「ちょっと!避けないでよ!私に当たるでしょ!」

 

「梨子ちゃん、これそうゆうゲーム」

 

「てか梨子ちゃんのキャラさっきからずっと盆踊りみたいな動きしてるじゃんwちゃんと戦わせないと」

 

「だってどれ押してもこれしか出来ないんだもん!」

千歌の言葉を聞き梨子は必死に今起きている状況を説明する。

 

「あ、ごめん忘れてた!梨子ちゃんのキャラその状態じゃ敵の攻撃受け流す事しか出来ない……」

 

「曜ちゃん⁉︎それ先に言ってよおぉぉぉぉ!?」

操作に苦戦する梨子に千歌の無慈悲な一撃が迫る。

 

「ここだあぁぁぁぁ!」

 

「ギャアアアアア‼︎イダアアアイ‼︎」

 

「っくww 何で梨子ちゃんがダメージ受けてるの」

曜も堪えきれずに笑い出す。宙が入浴している間も3人の盛り上がりは凄まじいものだった。何なら渋っていた梨子が一番盛り上がっていた。

 

 

 

「ふぅー」

浴室の扉がガラリと開き、少女が顔を覗かせる。

 

リビングからは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。4人で協力してようやく作詞を終わらせる事が出来たから、おそらくテレビゲームなんかで遊んでいるのだろう。

 

(私も早く行こう………ってまずはダークエボルバーで全身を乾かして…ヘアブラシ…あ、台所の食器片付けたら千歌さん達喜ぶかな?)

 

せっかちなもので、宙は体にタオル一枚巻いた状態で台所に向かう。今は服なんてどうでも良かった。3人の喜ぶ顔がもっと見たい。

(料理を作る時は全く役に立たなかったけど、片付けなら……!)

 

誰も居ない台所に来ると突然宙は足を止める。

 

 

○○○

 

「お風呂上がった?じゃあちゃんと服着なさい。お父さんがびっくりしちゃう」

 

「今日はもう遅いから、もう寝なさい」

 

○○○

 

 

 

(私にも、皆さんみたいにお父さんやお母さんがいたら……そんな風に暮らしてたのかな……?)

 

急に胸がいっぱいになり、その気持ちを飲み物で紛らわせるべく慌てて冷蔵庫を開け、中から銀色に光る缶を取り出す。

 

(曜さんが買ってきた物の中にこんなの無かったけど……瑞緒さんが私のために買ってきてくれたのかな?)

 

宙はタブを引っこ抜くと中の液体をこくりと飲み込んだ。

ちょっと苦い……けど身体はじんわりと温かくなった気がした。

 

(私には皆さんが居る。寂しくなんて無い)

身体はどんどん熱を帯びてくる。何だか本当に体温が上がった気分だ。頭もボーっとしてきて………

 

「ヒック」

口からは小さなしゃっくりが漏れる。それからの事は記憶から吹っ飛ぶ………わけでも無く、普通に覚えていた。

 

 

 

 

「もう一回よ!」

見事1位を獲りすっかり夢中になった梨子が声を張り上げる。

 

「梨子ちゃんコツ掴むの速いなぁ……あ、でも宙ちゃんももうすぐお風呂上がるだろうし次からはどうなるか分からないよ!」

 

そう意気込む3人の後ろから宙がひたひたと歩いて来た。

 

「あ!宙ちゃん上がっt……フォ⁉︎」

彼女の存在にいち早く気付いた梨子は振り返り、宙の格好を見て変な声を上げる。

 

「な、何でタオル一枚だけなの⁉︎」

 

「ちょっと!宙ちゃんそれは駄目って前から言ってるじゃん!早く服着てよ〜」

曜も千歌もあられもない格好をした宙を見て仰天する。

 

「ヒック」

真っ赤な顔をした宙は千歌達の言葉に反応せずそのまま三人の間に入って胡座をかいて座り込んだ。

 

「えへ」

そのまま三人に向かってニヘラッと笑いかける。

 

「……このアルコールの匂い…もしかして!」

異変に気付いた曜は台所に向かって走って行った。そしてそこには彼女の予想通り飲みかけの「アレ」が置いてあった。

 

「ちょっと千歌ちゃん!これビールだよ!殆ど残ってるけど…」

 

「何でそんなのが宙ちゃんのマンションに置いてあるの⁉︎」

 

「確かここってTLTの人が宙ちゃんに提供したって言ってたわよね?その人が間違えて置いて行ったんじゃ…」

梨子はそう言って苦笑する。何故か満更でも無さそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

「曜ちゃん!とにかくお水持ってきて!すぐに飲ませないと……きゃっ!」

言い終わらない内に千歌は宙に押し倒される。

 

(今なら何しても許して貰えそうですし、少しくらいなら良いですよね?)

当の本人は、高まったテンションに身を任せ普段抑えていた気持ちを爆発させようとしていた。

 

「はぁっ…千歌さん……」

そのまま千歌に顔を近づけていく宙。

 

「おわぁ!」

反射的に宙が何をしようとしているのか察した千歌は慌てて顔を背ける。

 

チュッ

 

「」

 

「!?!?!?!?!?!?!?」

 

「キマシ………!」

 

当たったのは頰だったのでギリギリ千歌のファーストキスは奪われずに済んだ。千歌は曜と梨子に慌てて手を伸ばす。

 

「2人とも!見てないで助けてぇ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にすみませんでした」

宙は三人に向かって地に頭を擦り付ける。彼女の酔いが覚めたのはあれから数分後のことだった。

 

日付が変わろうとする頃、千歌達4人は寝床に就いていた。ベッドに4人収まるのは流石に無理があるので、ジャンケンで千歌・曜がベッド、梨子・宙がベッドのすぐ側に布団を敷いて寝ている。

 

「作詞も出来たし、4人で一緒に色んな事出来たし……今日は本当に楽しい1日だったよ」

千歌が暗い天井を見上げながらぽつりと呟いた。

 

「私もだよ。また次もこんな事したいね。私も新しい料理作れるようになって皆んなに食べてもらいたいし、別のゲームも持ってきたいな」

 

「私も……すごく楽しかったわ。こんな事したの初めてだから…友達とお泊まりってこんなにも素晴らしいものだったのね」

随分とはっちゃけていた事を思い出し、梨子は暗闇の中で顔を赤らめる。

 

「………」

 

「あ、あの宙ちゃん、そんなに落ち込まなくても良いんじゃない?千歌ちゃんももう気にして無いって」

3人から顔を背け丸くなっている宙を見て梨子は必死にフォローする。

 

「私は最低な人間です…本来私が率先してやるべき家事は全然出来なかったですし、変な物飲んで千歌さんにあんな事を……」

 

「宙ちゃん」

千歌の声を聞き宙は少しだけ首を動かす。

 

「私別に全然嫌じゃ無かったよ。むしろ嬉しかった」

 

「!」

 

「エ⁉︎」

 

「このお泊まり会で私、皆んなの普段見ない沢山の表情や仕草を見ることが出来た。それで思ったの。私にはまだ見てない皆んなの良い所がたっっっっくさんあるんだなって。これからも皆んなと一緒にスクールアイドル続けていったらそれがどんどん分かっていくんだって考えると、何だか毎日が凄く楽しみになるの。私、このメンバーでスクールアイドルやる事が出来て本当に幸せだよ。ありがとね」

 

「「千歌ちゃん(さん)……」」

 

 

4人がこのお泊まり会で得た物は決して「詞」だけでは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

けたたましく鳴り響く携帯のアラーム音を梨子は素早く止めた。そのまま上半身を起こし大きく伸びをする。

 

「ふぁぁ…梨子ちゃんおはよ」

隣のベッドで曜も身を起こしていた。

 

「おはよう。朝から皆んなの顔が見れるって何だか新鮮ね」

梨子はそう言って曜に笑いかけた。

 

「ほら、千歌ちゃんも起きて」

曜は隣で布団を被り縮こまっている千歌の肩を揺する。

 

「むぐぐぐぐ」

布団の隙間から少しだけ見えているアホ毛がピョコピョコと動き始める。起きるにまだ暫く時間がかかりそうだった。

 

「あれ?そう言えば宙ちゃんは?」

梨子の隣は既に空っぽだった。不思議に思い曜と梨子は目を擦りながら寝室を出る。

 

宙はリビングにいた。が、彼女は壁に耳を付けておりそこから動いていない。

 

「おはよう宙ちゃん。……何、やってるの?」

曜と梨子の声を聞き宙は振り返る。

 

「おはようございます。曜さん、梨子さん。朝トイレに行ってたら壁の向こうから変な声が聞こえてて、今までずっと聞いてました」

 

「『せいれいけっかい』とか『まりょくこうぞう』がどうのこうのって聞こえます。一体何の事でしょう?」

 

「さぁ……?」

曜と梨子はどう頑張っても厚い壁の奥から聞こえてくるという声が聞こえる事は無く、返答に困っている。

 

次の瞬間、ドタドタという足音が移動する音が聞こえ隣の部屋の窓が開け放たれた。

 

 

「やってしまったぁぁぁぁ!!!!」

 

「何よ堕天使って!ヨハネって何⁉︎リトルデーモン?サタン?居るわけないでしょ!そんなもーーーーーん‼︎」

 

曜、梨子、宙の3人は慌てて窓を開け、声が聞こえる隣の部屋を覗き込む。そこにはフリルの付いた黒い衣装を着ている少女が窓から身を乗り出し大きな声で叫んでいた。

 

「」

初めて見た隣人の姿に宙は開いた口が塞がらなくなる。

 

 

 

それが堕天使ヨハネこと津島善子との出会いだった。




瑞緒(酒犯) 「あれ?もしかして私何かやっちゃいました⁉︎」

吉良沢 「未成年の飲酒は絶対ダメです」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.呪縛

堕天使降誕


ーースクールアイドル部・部室ーー

「あ〜今日も上がってない…」

 

「昨日が4856位で今日が4768位…」

ある日の放課後。Aqoursは今日も今日とて部室に集まっていた。千歌や梨子はパソコンの画面に映し出されている4ケタの数字を見て唸っている。

 

「まぁ、落ちては無いんですけど…」

 

「最初は4999位でしたよね?1週間経つか経たないかで231組ものグループを抜き去るって私は凄い事だと思いますよ!」

皆を励ますようにそう呟くルビィと宙。この4768という数字こそ全国に存在するスクールアイドルの中でのAqoursのランキングである。このランキングが上がれば上がる程有力なスクールアイドルとして名が広まっているというわけだが……上にあと4000組以上存在すると考えるとどうにも分が悪い。

 

「この調子だと3ケタ台なんて夢のまた夢なんだけどね…」

 

「でもでも、新加入の2人が可愛いってコメントに書かれてるよ!」

千歌の言葉を聞いてルビィの表情が明るくなる。

 

「そうなんですか⁉︎」

 

「特に、花丸ちゃんの人気が凄いんだよね」 

 

「『花丸ちゃん、応援してます』『花丸ちゃんが歌ってるところ、早く見たいです!』だって!」

千歌達だけでなく画面越しの人々からも自分と花丸に好印象を抱かれている事を知りルビィは感激していた。隣で花丸も目を輝かせている。

 

「これがパソコン!?」

 

「そこ!?」 

 

「これが知識の海につながっていると言われるインターネット…!」 

花丸は自分に向けられたコメントでは無くノートパソコンに関心を寄せていた。

 

「そうね、知識の海かどうかはともかくとして… 」

大仰な反応をする花丸を見て梨子は苦笑する。

 

「おぉ〜‼︎」

 

「花丸ちゃん、パソコン使った事ないの?」 

千歌は小声でルビィにそっと尋ねる。普段おっとりしている花丸がここまで興奮しているのは随分珍しいことだった。

 

「実は花丸ちゃんのお家、古いお寺で電化製品とか殆ど無くて、この前沼津行った時も…」

 

◇◇◇

 

「これ、捻る部分が無いずら。 ……⁉︎ おぉ!未来ずらぁ〜‼︎」

 

◇◇◇

 

ルビィの話によると、花丸はトイレの洗面台の自動水栓機能に大変感銘を受けていたのだという。

 

◇◇◇

 

「未来ずら!未来ずらよ、ルビィちゃん!」

 

◇◇◇

 

ハンドドライヤーに頭吹かれながら彼女は非常に楽しそうな表情をしていたそうだ。

 

「微笑ましいですね。でもそういう事やってみたくなっちゃう気持ち、何となく分かりますよ」

 

「宙ちゃんも前に花丸ちゃんと同じ事やろうとしたけど清掃員の人に怒られたもんね…」

 

「そ、それは言わない約束だった筈です!」

 

「触っても良いですか?」 

花丸はいつでもキーボードに触れられるよう既にに両手をワキワキと動かしている。

 

「勿論!」 

千歌から許可を貰うと花丸は目を輝かせながらパソコンに近付き早速ボタンを押した。

 

「ーーーあ」

起動中のパソコンの電源ボタンを押す事がどれだけ罪深い事か千歌から知らされていた宙は電源ボタンを押す花丸を見て短く声を上げる。しかし既に遅かった。真っ暗になった画面の前で衣装のデータを保存したかどうか慌てる曜と梨子。千歌・宙・ルビィは花丸を必死にフォローする。

 

「キュ…」

どうしたら良いか分からない花丸は口から鳴き声のような音を漏らす事しか出来なかった。

 

 

ーー屋上ーー

「おお!こんなに弘法大師・ 空海の情報が!」 

 

「ここで画面切り替わるからね」 

 

「凄いずら〜 」

今度は曜からきちんと使い方を教えて貰い花丸はパソコンに齧り付いている。

 

「もうっこれから練習なのに〜」 

 

「少しぐらい良いんじゃない?」 

練習が中々始められない事をもどかしく思っている梨子を曜が宥める。もはや見慣れた景色なので千歌は大した気に留めていなかった。彼女を悩ませるのは別の問題。

 

「それよりランキング何とかしないと…」

 

「毎年スクールアイドル増えてますから。」 

 

μ'sが活動していた頃と比べ、今やスクールアイドルの数は何倍にも増えていた。勿論それに並行してラブライブへのハードルも高くなる。千歌はAqours(ここ)に他のスクールアイドルとは一線を画す何かが無いものかと考え、悩んでいるところだ。

 

「でも…こんな何も無い場所の地味!アンド地味!アンド地味!なスクールアイドルだし…」

海、周囲を囲う山々、自分を順に指差し項垂れる千歌。

 

(美しい自然に心優しい人々。この街にも良い所だって沢山あると思うんだけどなぁ…)

宙はふと思ったことを千歌に伝えようとするが……

 

(ッ!? ゔぅ……ぁ?)

言葉を紡ぐことが出来なかった。激しく脈打つ鼓動と共に視界が急速に狭まっていく。以前も屋上で感じたことのある感覚ではあったが、それまでとは比べ物にならないほど長く、深い苦痛が宙の精神を蝕む。

 

「やっぱりーーーーーーと駄目なの?」 

 

「ーーはーーだよ」

 

「何kーーーつこtーーなあ?」

突然起こった発作にも似たその症状のせいで千歌達の話がよく聞こえなくなってしまう。

(まだ皆んな私の事に気付いてない……!余計な心配させないように…しないと)

宙は腹から迫り上がってくる吐き気を堪えながら声を絞り出した。

 

「すみません…私、ちょっとトイレに……」

 

 

 

「先輩?大丈夫ですか?」

宙の様子がおかしい事に気付いた花丸は階段に向かっていく彼女に目を向け

 

「ん?」

屋上へ続く階段から1人の少女がこちらを覗いているのを発見した。

 

「善子ちゃん?」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「うぅ…いきなり屋上から堕天してしまった…」

屋上でAqoursが練習している様子を覗き見していた少女・津島善子は花丸と目が合ってしまい近くのトイレに身を潜めていた。

 

◇◇◇

 

『堕天使ヨハネと契約して、あなたも私のリトルデーモンに…なってみない?』

 

◇◇◇

 

(〜〜〜ッ‼︎何であんな事言っちゃったのよ!教室に入れないじゃない‼︎)

善子は入学式早々厨二病全開の自己紹介をした事が原因で、高校デビューに失敗したと思い込み不登校になっていた。勇気を振り絞り何とか学校に出向いた彼女だったが、どうしても自分のクラスに入り込む事が出来ず人目につかないような場所を行ったり来たりしているところである。

 

「ていうか何であんな所に先客が……」

ブツブツと呟く善子。不意に彼女が篭っている個室のドアが開かれた。

 

「わわっ!」

 

「あ……」

視線がぶつかる。見知らぬ少女に見つかってしまった事で善子の羞恥心は臨界点を超えてしまった。

 

「だ、誰貴方?っていうかノックくらいしてよ!」

鍵を掛けなかった善子にも非はあるはずだが、いきなり扉を開けた黒髪の少女を見て善子は声を荒げてしまう。

 

「す、すみませ……」

黒髪の少女、宙は非礼を詫びようとするが突然口を抑える。

 

「⁉︎ ちょ、ちょっと大丈夫………?」

明らかに宙の様子がおかしい事に気付いた善子は慌てて身を引く。

刹那、宙はトイレに向かい身を屈めて胃の中にあるものを全て吐き出した。

 

 

 

ーー保健室ーー

 

「宙ちゃん、大丈夫?」

 

「はい、もう平気です。お騒がせしてすみません……」

不安そうに尋ねてくる千歌、Aqoursのメンバーに向かって宙は小さく頭を下げる。そして自分がいるベッドから少し離れた所で壁にもたれかかっている少女に目を向けた。

 

「それと、津島善子さん……でしたよね?貴方の目の前でいきなりあんな粗相をしてしまって………本当にごめんなさい」

 

「き、気にしなくて良いわよそんな事!それより本当に大丈夫なの?貴方あの時自分で立てないくらい衰弱してたけど」

 

「少し休んだら大分楽になりました。もう問題なく皆さんとお話も出来るし校庭100周することだって出来ますよ」

そう言うと宙は善子に向かって優しく笑いかける。

 

「何で罰走みたいになってるの…まぁ何ともないなら良かったわ」

善子は胸を撫で下ろすと同時にそこにいる全員から視線が集中している事に気がつく。

 

「……! じゃあ私はこれで「善子ちゃん!」

早々に立ち去ろうとする善子を花丸が呼び止めた。

 

「学校来たずらか」

 

「き、来たっていうか偶々近くを通りかかったから寄ってみただけって言うか…」

嬉しそうにニコニコしている花丸を見てばつが悪そうに善子は目を逸らす。

 

「その割にはきちんと制服着てるずらね」

 

「べ、別に良いじゃない!偶々よ!」

 

「ふぅん……」

 

「何よその顔!」

にやにやしている花丸を見て善子は腕を振り回し始める。この2人が幼い頃からの友達で、善子が学校に来ていなかった間花丸が授業のノートを届けにいく仲だという事を宙は先程ルビィから教えて貰った。

 

2人のやり取りを微笑ましく思いながら見ていた宙だったが突然思い立ったように手を叩く。

 

「そういえば皆さんまだ練習中でしたよね?私になんて構わず練習して貰って大丈夫ですよ!私もすぐ行きますから」

 

「駄目です。貴方は体調を崩したんだからもう少し安静にしたらすぐ帰りなさい。今日は絶対安静ですよ」

 

「そ、そんな…」

保健室の先生にそう言い渡され宙はガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー通学路ーー

 

結局、その日の練習は早く終わった。皆いきなり体調を崩した宙の事を心配しており、千歌がいつもより早めに帰る宙に合わせて練習を切り上げ一緒に帰りたいと言ったのだ。

練習が終わると同時に千歌・曜・梨子は保健室に居る宙を迎えに行った。花丸・ルビィ、そして何故かAqoursと一緒に練習に付き合う事になった善子は2人と一緒に下校しているところである。

 

「ねぇ……それでクラスの皆んなは何て言ってるの?」

善子は隣を歩く花丸に不安げにそう尋ねる。

 

「え?」 

首を傾げる花丸。善子は弾かれたように喋り出した。

 

「私の事よ!変な子だね〜とか、ヨハネって何?とか、リトルデーモンだって、ひひ〜……とか!」

 

「はぁ。」 

 

「そのリアクション!やっぱり噂になってるのね⁉︎そうよね、あんなに変な事言ったんだもん。終わった。ラグナロク。まさにデッドオアアライブ!」

 

「それ生きるか死ぬかって意味だと思うずら……」

 

「あはは……凄い」

一人芝居するように話す善子を見てルビィは圧倒されていた。そのテンションにいまいちついていけない様子だ。

 

「大丈夫。誰も気にしてないよ。」

 

「でしょ〜え?」

予想外の返答に驚き善子はバッと振り返る。

 

「それより、皆んなどうしてこないんだろうとか、何か悪いことしたんじゃないかって心配してて… 」

花丸は善子を落ち着かせるように肩を叩かながら優しく話しかける。

 

「本当ね?天界堕天条例に誓って嘘じゃないわよね?」

 

「ずら!」 

 

「よっし!まだいける!まだやり直せる!今から普通の生徒で行ければ……ずら丸!」

 

「何ずらぁ⁉︎」

急に目の前に飛び出し顔を近づけてくる善子に驚き尻餅をつきそうになる花丸とルビィ。構うことなく善子は更にズイッと2人に顔を近付けた。

 

「ヨハネたってのお願いがあるのだけれど… 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉーーーい!宙ちゃーーーーん‼︎」

 

帰り道を1人トボトボ歩く宙の後ろからいつもの3人が追いかけてくる。

 

「………皆さん?練習はどうされたんですか?」

 

「練習よりも宙ちゃんの事!大切なメンバーが欠けた状態での練習なんて身に入らないよ。」

千歌はそう言って宙の手を握る。

 

「一緒に帰ろう?」

 

「………ありがとうございます」

宙は力無く笑う。いつもの元気が無いのは誰の目から見ても明らかだった。

 

(何かあったの?)

千歌・曜・梨子の3人ははそう聞きたい気持ちをぐっと堪える。自分達が無理に問い質すべきでは無いという事を察していたからだ。

 

 

重苦しい雰囲気になる……前に千歌が3人の前に飛び出した。夕陽を背にしながら振り返り、笑いかける。

 

「もし良かったら今日ウチで皆んなで一緒にご飯食べない?志満姉からさっきメッセージが来てて…私達で献立自由に決めて良いって!」

 

「おお!良いねそれ!」

曜と梨子は表情を綻ばせる。

 

「宙ちゃんは、何が食べたい?」

そう言って千歌は宙に向き直り……言葉を失った。

 

「……ッ」

彼女の目からは涙がとめどなく溢れ出ていた。

 

 

「皆さん………ごめんなさい……」

 

 

 

「私、もう皆さんと一緒に練習する事が出来ないかもッ……しれません」

 

 





今回の話は本編とは少し違う展開にしています。


宙の中にいるファウストともそろそろケリをつけないといけませんね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.1人じゃないから

始まりはとある人物のお話から………



○○○

 

大きな石造りの巨大遺跡に夕暮れ時を想起させる斜陽の空。闇夜を照らす太陽は存在しないがこの場所は光に満ち溢れている。いつ見ても美しいとは思うが、流石にもう見慣れてしまった。

足元を覆う草木も、目の前に立ち塞がる無数の木々も、もう身体のない私にとっては何の障害にもならない。全ての遮蔽物をすり抜けながら目指すのは一際目立つあの大きな遺跡。…………元々身体が小さかったから生きてた時にあそこまで向かうのは本当に大変だったなぁ。

 

 

遺跡の最深部に存在するのは人間1人分くらいの飛行機みたいな形をした大きな石。私が手を触れると何かを主張するように淡く輝き始めた。

 

「………貴方にとっては迷惑よね。貴方の力は明日を生きる人達の希望を繋ぐためにあるもの。死者の私が無理に干渉すること自体間違ってる。でも……お願い。まだあの子達のところには行かないで。」

私は脳裏に映り込む銀色の巨人に向かって必死に懇願する。

 

「今の千歌や宙にとってはそれが一番辛いことだから。あの子達に苦しい思いはさせたくないの」

 

私にやれる事は限られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーフォートレスフリーダムーー

「ファウストの残留思念………?」

 

「そう。何万年も前にファウストを含む3人のウルティノイドと光の巨人が壮絶な戦いを繰り広げていた事は君も知っているだろう?来訪者もその戦いの行方がどうなったかは分からないようだが、今のファウストの状態を見るにおそらく彼は光の巨人に敗れ肉体を失ってしまったんだろう」

薄暗い司令室の中でイラストレーターは瑞緒に話を続ける。

 

「高海宙は今のところダークファウストの力をほぼ完璧に制御出来ている。だが、先程彼女から適能者(デュナミスト)になりうる力を持つ人間とふれ合うと拒絶反応のような症状が起こると聞いた。つまり、肉体は制御できてもファウストの思念だけはまだ完全に押さえ込む事が出来ないという事だ。……ファウストの光の巨人に対する憎しみが残留思念となって融合している高海宙に悪影響を与えているんだろう」

 

「そんな……じゃあ宙さんは…」

 

「拒絶反応が起きる条件はまだかなり限られている。デュナミストになり得る力を持つ5人以上の人間が太陽光が降り注ぐ場所に集まり、その近くに居合わせた場合……だが、もし5人の内誰かがデュナミストの力を発現して残留思念がこれまで以上強大になった場合」

そこまで言ってイラストレーターは躊躇うように視線を床に落とす。

 

「高海宙はもう彼女達と同じ場所で過ごす事が出来なくなるかもしれない」

 

「………宙さんにこの事は」

 

「包み隠さず全て電話で伝えたよ。変に誤魔化せばそれこそ彼女を深く傷付けてしまうだけだからね」

 

「今何処に居るんですか?」

 

「フォートレスフリーダムの……ここだ」

施設の全体像を映し出したモニターを見て瑞緒は目を丸くする。

 

「殆ど施設外だけど……誰とも顔を合わせたく無いんだろう。七瀬君、もし出来るなら彼女の様子を見てきてくれないか?君が一番適任なんだ」

 

「分かりました。私も宙さんとお話したかったから丁度良かった」

瑞緒はイラストレーターを安心させるように微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー十千万旅館ーー

「千歌ーー。ご飯よそってよ。」

 

「もうっそのくらい自分でやれば良いじゃん!」

 

「あんたが一番近いから良いでしょ」

 

「そんな事言って……大丈夫なの?私美渡姉が体重計乗って青ざめてた事知って…すみません何でもないです」

美渡にジロリと睨まれると千歌はいそいそと炊飯器に向かう。蓋を開けると彼女は仰天した。

 

「ちょっと志満姉!梨子ちゃんと曜ちゃんいるからっていくら何でも炊きすぎじゃない?てか何このデカさ!食堂の炊飯器じゃん」

 

「マズかったかしら?いっつも皆んな沢山食べるから思い切ってこのサイズにしてみたんだけど……」

 

「私こんなに食べないよ⁉︎こんなに沢山食べれるのは宙ちゃんくらい……あ」

そこまで言って千歌は口をつぐむ。

 

「宙ちゃん……大丈夫かな?」

 

「TLTに行くって言ってすぐ家を出ていったかけど……もしかしてあの体調不良と関係があるんじゃないかしら」

 

「何があったの?」

美渡が受け取った茶碗を机に置きながら曜と梨子に質問する。

 

「練習中に急に体調が悪くなって……おかしいとは思ったんです。凄いタフで元気でウルトラマンの力もある宙ちゃんが何も無しにいきなり倒れるなんて」

曜の言葉の先を梨子が紡いだ。

 

「もしかしてそのウルトラマンの事で何かあったんじゃない?」

 

「梨子ちゃん……」

 

「だってそうでしょ?前に千歌ちゃん言ってたよね?夜になると偶に宙ちゃんが何処かに出掛けていくって。それって私達の見えない所で怪獣と戦ってるって事でしょ?人知れず怪獣と戦い続けてる内に何か目には見えない怪我や病気に……」

 

「大丈夫だよ。きっと」

曜が梨子の隣に座りながら笑った。

 

「何で分かるの?」

 

「そんな気がする」

 

「簡単に言わないでよ……ってそれ千歌ちゃんも言ってたやつ」

梨子は以前ピアノを弾けなくなった事で悩んでいた時も千歌とこんなやりとりをした事を覚えているようだ。

 

「私達に出来る事をやろう。私達が思い詰めて何も出来なくなったらそれこそ宙ちゃん責任感じちゃうんじゃ無いかな?私達が練習を頑張る分元気づけられるんじゃないかって……私はそう思う」

 

「それに、連絡なら出来るよ!」

千歌が携帯を掲げると、早速宙から一件の通知が届いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー数十分前・フォートレスフリーダムーー

 

TLTの基地、フォートレスフリーダムの外部は巨大なダムになっており、最上部にはダム一帯を見渡せる展望スペースが存在する。

宙はそのスペースで1人膝を抱えて(うずくま)っていた。感情を押し殺すように両手で足を強く抱え込む。……柔らかい。千歌達の練習に日々参加している事を鑑みると以前に比べて鍛えている方だと感じていたが、まだ鍛錬が足りないのだろう。

 

不意に背後から何かに包まれ背中がじんわりと暖かくなる。目の前に差し出されたのは「coffee」と書き記された一本の黒い缶。

 

「こんな所にいたら風邪引きますよ?」

いつの間にか隣に隣に白衣を着た1人の女性が立っていた。手には先程宙に渡したものと同じ黒い缶を持っている。

 

「瑞緒さんこそ、そんな格好で寒くないんですか?」

 

「さっきまで夏服1枚しか着てなかった人に言われたくないですね」

にっこりと笑うと瑞緒は宙に向かって手を差し出した。

 

「私の事を心配してくれるんだったら早く中に入りましょう?」

即座に先程肩にかけて貰ったコートを押し返そうとする宙を手で制する。

 

「おおっと!お構い無く。ちゃんと私の分もありますから」

得意げに鼻を鳴らしながらコートを着始める瑞緒。宙がここから動かない限り居座り続けるつもりらしい。

 

「聞いたんですね。吉良沢さんから」

 

「えぇ。ぜーーんぶ聞きました」

 

宙は手渡されたコーヒーの缶を両の手で丁寧に包み込む。

「戦う事は嫌いではないです。心の底から守りたいって思える人達も出来て……戦う事にも意義が生まれた。本来疎まれるべき闇の力が誰かの役に立つ事にも気づいたんです。千歌さんに感謝の言葉を伝えられた時も凄く嬉しかった。あの時、あの瞬間思ったんです。私の帰る場所はここなんだって。共に生きて皆さんの平穏な毎日を守る事が私のやるべき事なんだって」

 

「でも、大切な人達のそばにいる事すらできないなんて………そんなのあんまりじゃないですか」

缶コーヒーを握り締める手にぽつりぽつりと(しずく)が落ち始める。

 

「何でよりによって千歌さん達に光の巨人になる資格があるんですか?千歌さん達は私と違って全力でやりたい事(スクールアイドル)があるからわざわざ戦う必要なんて無い。安全が確立された場所で過ごすべきです。戦うのは私の役目………それに戦う力があるんだったら私だって御伽話に出てくる正義のヒーロー……『ウルトラマン』みたいに普通に戦う存在でありたかった」

瑞緒は黙って宙の話を聞いていた。しんと静まりかえった場所に少女の嗚咽する声だけが響く。

 

暫くすると宙の心は大分落ち着いてきた。瑞緒が黙って側にいてくれたからだろうか。宙は目に溜まった涙を拭うと小さく呟いた。

 

「私……こんな自分が情けないです。すぐにメソメソして泣いて………千歌さん達は私の事を「ウルトラマンの力がある」って言ってくれますけどそれは違います。泣き虫で闇の力しか使えないウルトラマンなんているわけないじゃないですか。やっぱり私は………向いてないのかもしれません」

 

「貴方は千歌さん達と出会って変わりました。千歌さん達の…人間の『温かさ』に触れた事、後悔していますか?」

その言葉を聞き宙はぶんぶんと首を横に振る。

 

瑞緒はニコリと笑った。

「良いんですよそれで。大好きな人達のために涙を流せる……自分の気持ちを周りに素直に表現出来る。私はとっても素敵な事だと思います。宙さんの気持ちを聞く事ができて本当に良かった。1人で全部抱え込むより皆んなで一緒に考えた方が良いに決まってます。泣いたって良いんです。悩んだって良いじゃないですか。だって宙さんはもう1人じゃ無いんです。私、いや私達(TLT)がいます。一緒になんとかする方法を考える事ができます。だから、千歌さん達の事……ダークファウストの闇の力の事……諦めないで下さい」

 

瑞緒を見ると、初めて会った時のなよなよしていた顔が今は引き締まっていた。彼女は右手の人差し指・中指・薬指をピシッと立てる。

 

「3日……3日間で必ず解決策を見つけます。任せて下さい。これでも私、異星獣やウルティノイドに関しては他の皆さんより少し自信があるんです。対ペドレオン戦で助けられましたから今度は私が宙さんを助ける番です!」

 

「瑞緒さん……」

 

「だからその間だけここで過ごして頂けませんか?お友達には少しだけ入院するとか何とか上手いこと携帯で伝えて貰って………ここのご飯美味しいし、宿泊室も完備されてるからその点は全く問題無いですよ!あ!何なら一緒に寝ませんか?私、宙さんと一度」

 

「1人で寝るので大丈夫です」

 

「あっはい」

 

「でも………ありがとうございます。私も何とかなる気がしてきました」

宙は微笑むと貰った缶コーヒーの蓋を開け、気合を入れるようにその中身を一気に呷った。

 

 

 

「うぇぇ………にがぁ」

 

 

 




中々進まなくてすみません
次回、喜子ちゃんにもビースト討伐に少しだけ力を貸して貰います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.ヨハネ堕天

強化形態に憧れる今日この頃 

ウルティノイドには……ありませんね
いつか自分で考えて出すかもしれません


空が爆ぜ、大地が揺れる。堅牢な作りをした高層ビルは砕け散り、猛烈な業火がアスファルトを削りながら爆進する。

 

「お母さぁぁぁぁぁぁぁん!」

ガレキの中で、5歳にも満たない小さな子供が地面にへたり込みながら泣き叫んでいた。

 

 

 

「美しい……!」

 

その光景が投影されたモニターを食い入る様に見つめていた少年は感嘆の吐息を漏らす。

使命……義務……平和。何て陳腐な言葉だろう。聞いているだけで耳が腐りそうだ。こんな物が自らの心と体を縛っていたと思うと虫唾が走る。

それに比べてこの方はどうだろう。何にも縛られず感情の赴くままに全てを破壊し、踏み潰し、蹂躙する。僕を見下していた人間を殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して……………まるで粉塵のように蹴散らされていく。神にも等しき力とはこの事だろう。

 

不思議とこの方が言っている事が分かる気がする。楽しそうな声が頭に響いてくる。

 

 

 

「燃エロ……人間ドモヲ焼キ払エ………‼︎ハハハハハハ‼︎」

 

 

 

いつの間にか少年は滂沱の涙を流していた。画面の中にいる者の姿、声、体を駆け巡る黒い激動………その全てに魅入られていた。

 

一瞬彼と目が合った気がした少年は即座に地面に手を付き、平伏した。

 

「僕、貴方という存在に深く感銘を受けました………!あのクラゲ擬きが言っていた奴なんかとは比べ物にならないくらい」

モニターに向かって愛おしそうに手を伸ばす。

 

「ここに誓わせて下さい。僕が貴方を必ず…………取り戻すと」

 

モニターに映し出されているのは巨大な黒い翼を持つ悪魔。太陽を背に据え燃え盛る新宿を睥睨するその姿は見る者にある種の美しささえも抱かせる。この怪物がもたらした惨劇が地球での長い戦いの嚆矢となった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マネージャーの嘔吐騒動があった翌日。

頭にシニョンを作った1人の少女が通学路を堂々たる足取りで歩いていた。見慣れない顔なのか、はたまたその綺麗な顔立ちに圧倒されたのか、道行く生徒達は皆足を止め少女の方を凝視している。その少女、津島善子はたおやかな微笑みを浮かべながら立ち止まっている生徒たちの横を通過した。チラリと横目で反応を確認。

 

(ふふっ見てる見てる。花丸の言った通り前の事は覚えていないようね)

 

途中、既に入学式の時に同じ教室にいた生徒達とも顔を合わせていたのだが、誰も堕天使キャラを解放していた時の事を覚えている素振りを見せなかった。今追い越した生徒達も自分と同じクラス………これはいけると確信する善子。

 

(よし!)

彼女は微笑みを浮かべながらクラスメートに向かって振り返った。

 

「おはよう。」

その表情は昨日まで不登校だったとは思えない程晴れ晴れとしたものだった。

 

「お、おはよう…」

 

 

 

ーー浦の星女学院・一年生教室ーー

早速善子の席の周りには沢山の生徒が集まり、人だかりができていた。

 

「雰囲気変わってたからびっくりしちゃった。」

「皆んな心配してたんだよ。どうして休んでるんだろうって。」

皆口々に学校に復帰した善子を労う言葉を掛けている。

 

「ごめんね。でも今日からちゃんと来るから、宜しく。」

善子は口元に手を当てながら優雅に振る舞い対応する。元々明るく物怖じしない性格であるため、彼女は数ヶ月のブランクをものの見事に挽回していた。

 

「こちらこそ。津島さんって…名前、何だっけ?」

「酷いなあ。あれだよ、あの…」

「何だっけ?よ…ヨハ」

 

刹那、善子は椅子を倒しそうになりながら勢い良く立ち上がる。

「善子!私は津島善子だよ!」 

 

 

 

 

 

 

その様子をルビィと花丸は嬉しそうに見つめていた。

「津島さん、今日はちゃんと学校来たね。」

 

「ずらっ。マルがお願い聞いたずら。」

 

「お願い……昨日の事だよね?」

 

 

 

 

◇◇◇

 

「監視?」 

 

「そう。私気が緩むとどうしても堕天使が顔を出すの。だからお願い!」

 

◇◇◇

 

「『危なくなったら止めて』っと!」 

 

「堕天使が顔を出す……?どうゆう事なんだろ」

クラスメートと何処となく苦しげに談笑する善子を見てルビィは首を傾げる。

 

「津島さんって趣味とか無いの?」

不意に1人のクラスメートがそう尋ねてくる。

 

「趣味?と、特に何も…」

無い、と言い切ろうとする直前、善子に電流が走る。

(いやこれは!クラスに溶け込むチャンス⁉︎ここで上手く好感度を上げて…)

 

「う、占いをちょっと…」

 

「本当?私占ってくれる?」

「私も私も!」

 

「良いよ!えっと…じゃあ…今、占ってあげる…っね?」

 

その言葉に沸き立つクラスメート達。そんな中、善子は魔法陣が描かれた黒い布を取り出す。黒いフード付きの服を見に纏い、シニョンに黒い羽を取り付け……

 

「え?」

いきなり奇抜な格好をし始めた善子を見て何かがおかしいと困惑し始めるクラス一同。

 

「これで、よし!じゃあ、これに火を付けてくれる?」

クラスメートの1人は目の前に差し出された蝋燭に戸惑いながらも火をつけ、

 

『天界と魔界に蔓延る遍く精霊…煉獄に堕ちたる全ての眷属に告げます……』

 

 

突如猛威を奮い始めた彼女の堕天使は花丸が蝋燭の火を消すまで止まる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーースクールアイドル部・部室ーー

 

「どうして止めてくれなかったの⁉︎折角うまくいきそうだったのにぃ〜〜⁉︎」

善子は部室の机の下で膝を抱え込み、すっかり意気消沈していた。机の上には先程彼女が使用していた蝋燭、衣装、八芒星の描かれた黒い布、シニョンに取り付ける黒い羽が申し訳無さそうに身を寄せ合っている。

 

「まさか学校にあんな物持ってきてるとは思わなかったずら……」

 

「どういう事?」

 

ルビィは事情が分からない二年生に説明する。

「ルビィもさっき聞いたんですけど、善子ちゃん中学時代自分が堕天使だったと思い込んでたらしくて……まだその頃の癖が抜け切って無いって」

 

不意に善子はすくっと立ち上がる。

「分かってるの。自分が堕天使のはずなんてないって。そもそもそんな物いないんだし」

 

「じゃあどうしてそんな物持ってきたの?」

 

「それは、まぁヨハネのアイデンティティみたいな物で…あれがなかったら私は私でいられないっていうか!………ハッ‼︎」

左手を顔の前に構え……無意識に堕天使のポーズをとってしまった善子を見て梨子は若干引き気味になっている。

 

「何か……心が複雑な状態にあるということはよく分かった気がするわ」

 

「ですね。実際今でもネットで占いやってるみたいですし……」

 

「えがお動画」のコメント付き生配信には3日前……丁度千歌・曜・梨子の3人が宙の家に泊まりに行った時に配信されていたものが映っていた。

 

『またヨハネと堕天しましょ……』

慌てて善子はパソコンの画面を閉じる。

 

「わーーー‼︎とにかく私は普通の(・・・)高校生になりたいの!ねぇお願い!何とかして!」

目に涙を浮かべながら善子は花丸に向かって必死に懇願する。

 

「可愛い……」

いつの間にか再び画面を開き善子の生配信を視聴していた千歌が唐突にそう呟く。

 

「へ?」

 

「これだよ!津島善子ちゃん!いや、堕天使ヨハネちゃん!スクールアイドルやりませんか?」

 

「…………何?」

話がいきなり変な方向に進み善子は千歌から目を逸らして呟いた。

 

 

 

 

 

 

ーー十千万旅館ーー

 

「これで歌うの⁉︎こ、この前より短い……これでダンスしたら流石に見えるわ」

 

「ダイジョブーー!」

 

「そういう事しないの!」

体操ズボンを履き遠慮なくスカートをたくし上げる千歌を見た梨子は慌てて元に戻す。

 

「良いのかなあ本当に……」

 

「調べたら堕天使アイドルなんていなくて、結構インパクトあると思うんだよね」

 

「確かに、昨日までこうだったのが……」

曜はベッドに置いてある以前のライブで着ていた衣装を見た後、千歌達を見やる。そこにはゴスロリを身に纏ったAqoursの面々。

 

「こう変わる」

 

「うぅ……何か恥ずかしい」

 

「落ち着かないずら……」

慣れない格好にルビィも花丸も顔を赤らめ恥ずかしがっている。

 

「ねぇ、本当に大丈夫なの?こんな格好で歌って」

 

「可愛いね〜!宙ちゃんにも見せてあげたいよ!」

 

「そう言う問題じゃない」

 

善子も梨子に同調する。

「そうよ。本当に良いの?」

 

「これで良いんだよ!ステージ上て堕天使の魅力を皆んなに思いっきり振り撒くの!」

 

「堕天使の魅力?………大人気……フフッ…ウフフ………」

善子の頭の中では既にその光景がハッキリと映し出されているのだろう。隅で蹲りながら笑い声を上げている。その様子を見てルビィ

が小さく呟いた。

「協力……してくれるみたいですね」

 

「じゃあ決まり!早速準備しよう!……っとその前に皆んなちょっと集まって。折角だし写真撮ろうよ!宙ちゃんにも見て貰いたいでしょ?」

即座に携帯と自撮り棒を取り出す千歌。そんな彼女を他所にルビィは不安げに尋ねる。

 

「宙先輩……大丈夫なんでしょうか?」

 

「病気(フォートレスフリーダム)で少し体の様子をみるそうよ」

 

「それって………入院するって事ですか⁉︎」

 

「大丈夫。別に大した事無かったから3日後には戻ってくるって」

目を見開くルビィの肩に曜が優しく手を置いた。

 

◇◇◇

 

「皆さん……ごめんなさい…… 私、もう皆さんと一緒に練習する事が出来ないかもッ……しれません」

 

◇◇◇

 

宙の事情を知っている千歌達が本当は一番不安ではあるが、昨日宙と連絡を取って元気そうな様子だった事を確認出来た千歌達は彼女を信じて待つ事にしたのだ。

 

「はい!じゃあ皆んな笑って!」

 

 

 

 

 

 

 

ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー夜ーー

 

「で、皆んなで写真撮った後早速準備に取り掛かろうと思ったんだけどちょっとトラブルがあって」

 

『何かあったんですか?』

 

「トイレに行こうとした梨子ちゃんにしいたけがじゃれつこうとして梨子ちゃんがパニックになっちゃたの」

 

『どうしてです?しいたけ可愛いのに』

 

「あ、宙ちゃん知らないんだっけ?梨子ちゃん犬苦手なの。小っちゃい犬も駄目らしくて」

 

『そうなんですか⁉︎意外です………あの梨子さんが』

 

「でしょ?しいたけ大きいからもう大変。追っかけっこが始まって襖と障子が1枚ずつ吹き飛んじゃった」

 

『まあ!』

 

「最後は梨子ちゃんが自分の家に逃げ帰って何とか落ち着いたんだけど、凄かったんだよ!梨子ちゃんがファウストさんみたいに宙返りしながら自分の家のベランダに飛び移って…人って追い詰められたらあんな動き出来るんだね。皆んな拍手喝采だったよ」

電話越しにくすくすと楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 

「どうしたの?」

 

『いえ、皆さん楽しそうだなって。聞いてる私も何だか元気になります』

 

「宙ちゃんも帰ってきた時多分びっくりするよ!私達前とは全く違うスクールアイドルになってるかもしれないから」

 

『………そうですね!楽しみにしてます!』

 

「あ、後で皆んなと撮った写真送るね。善子ちゃん流堕天使コスチューム!」

 

『ふふっありがとうございます。じゃあ、そろそろ……』

 

「あ、そうだね。ごめんね、長電話しちゃって」

 

『大丈夫ですよ。じゃあ、おやすみなさい…』

 

「うん!おやすみ!」

電話を切ると同時に千歌はため息をつく。

 

 

「やっぱり、『何があったの?』なんて言えるわけないよね…」

口に出した瞬間、千歌は首をぶんぶんと横に振る。

 

(駄目駄目!すぐに帰ってくるんだから!)

千歌は言い聞かせるように胸の中で反芻すると布団を被った。

 

翌日、千歌は珍しくきちんと起きる事が出来た。

 

 

 

ーー翌日・生徒会室ーー

 

Aqoursの一同は生徒会会長に呼び出されていた。

『ハァイ。伊豆のビーチから登場した待望のニューカマー、ヨハネよ。皆んな一緒にーーー堕天しない?』

 

『『『『『しない?』』』』』

 

『ヨハネ様のリトルデーモン第4号、く、黒澤ルビィです。一番小さい悪魔……可愛がってね!』

 

「Oh!pretty !」

 

「ぷ、ぷりてぃ………⁉︎どこがですの?こういうのは……破廉恥というのですわ‼︎」

 

可愛いと評価する鞠莉に対し、ダイヤはワナワナと身を震わせている。

 

「そもそも!私がルビィのスクールアイドル活動を許可したのは節度を持ってやりたいと言ったからです!こんな格好をさせて注目を浴びようなどと……」

自分の妹がインターネット上に破廉恥な格好を晒されている事に怒りを露わにするダイヤ。

 

「ルビィちゃんと一緒に堕天する!」

「ルビィちゃん最高!」

「ルビィちゃんのミニスカートがとても良い!」

「ルビィちゃんの笑顔が……」

 

ルビィの元にこんなコメントが多数寄せられている事を知れば彼女は卒倒してしまうだろう。

 

「ごめんなさい、お姉ちゃん……」

ルビィが謝るとダイヤは口を噤む。

 

「とにかく!キャラが立ってないとか、個性が無いと人気が出ないとかそういう狙いでこんな事するのは頂けませんわ」

 

曜は申し訳無さそうに呟く。

「でも一応順位は上がったし……」

 

実際、堕天使のPVを投稿してからというもの、Aqoursの順位は953位にまで上がっていた。あれが功を奏した事は誰の目から見ても…皆そう思っていたがダイヤはその考えを両断する。

 

「そんなの一瞬に決まっているでしょう?試しに今ランキングを見てみると良いですわ!」

 

机の上をスピンしながら寄越されたノートパソコンをキャッチした曜がランキングを確認すると、1526位にまで落ちていた。

 

「本気で目指すのならどうするか、もう一度考える事ですね!」

その言葉を聞き悲しそうな表情をする善子。

肩を落としたAqours一同が部屋を退出しようとした時、そっぽを向いていたダイヤは不意に先頭の千歌に尋ねる。

 

「そういえば、高海さんはいませんの?」

 

「?……ここにいますけど」

 

「貴方では無くて!もう1人の高海さんです!2年生にもう1人いるでしょう?」

 

「ああ、宙ちゃんの事ですよね?今学校を休んでます」

 

「………そうですか。分かりました。引き止めて悪かったですね」

 

 

 

ーー

 

 

 

生徒会室が3年生2人だけになるのを見計らい、鞠莉はダイヤに話しかける。

「ダイヤ、宙って子に何か用があったの?」

 

「大した事ではありませんわ。ただ、ルビィの事について少し問いただそうと思っただけです」

 

「問いただす?」

 

「最近ルビィが妙に親しげに高海さん……宙さんの事を話すんです。人見知りのルビィに友達が出来ることは勿論喜ばしい事ですが、どうもおかしい。帰っている途中にお姫様抱っこしたり、頭を撫でたり……友達にしてはスキンシップが過ぎるというか…あろう事か一回ルビィが宙さんの事を『お姉ちゃん』と!あの子を誑かそうとしているのではないかと心配で……」

 

「ふぅん………つまり妹が捕られそうになってヤキモチ妬いてるんだ?」

 

「違います!人付き合いが少し苦手なルビィにつけ込んで何かしでかすのではないかと心配なだけです!妹が安心して生活出来るかを気に掛けるのは姉として当然の事でしょう?それに初対面で私に見せたあの表情!既に良からぬ事を企んでいる可能性がありますわ!」

 

「OK OK……でも、高海宙ちゃんねぇ……確かに浦女(ここ)に転校してくるまでの事全然分からないし、少し私も気になるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー桟橋ーー

 

「失敗したなぁ…….確かにダイヤさんの言う通りだね。こんな事でμ'sみたいになりたいなんて失礼だよね」

 

「千歌さんが悪いわけじゃないです」

 

ルビィが千歌を励ますと、善子が静かに言った。

「そうよ。いけなかったのは堕天使。やっぱり、高校生にもなって通じないよ。」

 

「そんな事……」

 

「何か、スッキリした。明日から今度こそ普通の高校生になれそう。」

両手を広げ空を仰ぎ見る善子。皆から顔を背けている為その表情を窺うことは出来ない。

 

「じゃあ、スクールアイドルは?」

 

「う〜〜ん…やめとく。迷惑掛けそうだし。じゃあ。」

言い切ると善子は1人、バス停の方に向かって歩いていった。

 

「少しの間だけど堕天使に付き合ってくれてありがとね。楽しかったよ」

一度振り返り、きちんと礼を述べると善子は今度こそ去っていく。

 

「どうして堕天使なんだろう?」

 

「マル、分かる気がします。ずっと、普通だったんだと思うんです。私達と同じで、あまり目立たなくて…そういう時、思いませんか?これが本当の自分なのかなって。元々は天使みたいにキラキラしてて、何かの弾みでこうなっちゃってるんじゃないかって」

 

「普通」………かなり曖昧な定義ではあるが、周りに比べて特に抜きん出ている物が無い、目立たない……と考えるとそれを地味で嫌だと捉える事もあるかもしれない。今の善子がまさにそうなんじゃないか、と花丸はそう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

善子は堕天使になるために必要な道具を全て片付け、一つの箱に纏めた。

 

「これで良し」

 

何の気なしにマンションの外に出ると、そこには千歌達が昨日のPV撮影時に使用したゴスロリを着て立っていた。

 

「堕天使ヨハネちゃん!」

 

「「「「「スクールアイドルに入りませんか?」」」」」

 

「………はあ?」

突然そう問いかけられ善子は呆気に取られる。

 

「ううん!入って下さい!Aqoursに!堕天使ヨハネとして」

 

「何言ってるの?昨日話したでしょ?もう…」

 

「良いんだよ堕天使で!自分がそれを好きならそれで良いんだよ!」

 

「……駄目よ」

善子は踵を返して走り出す。

 

「生徒会長にも怒られたでしょ!」

 

「うん!それは私達が悪かったんだよ!善子ちゃんは良いんだよ!そのまんまで!」

 

「どういう意味〜〜⁉︎」

 

マンションからかなり離れた所に来ても尚走り続ける善子に向かって千歌は必死に呼びかける。

「私ね!μ'sがどうして伝説を作れたのか!どうしてスクールアイドルがそこまで繋がってきたのか!考えてみてわかったんだ!」

 

「もう!いい加減にして〜〜‼︎」

曲がり角をまがろうとしたところで善子は遂に立ち止まり、手を膝につく。

 

「ステージの上で自分の『好き』を迷わずに伝える事なんだよ!」

息を整えながら振り返るとそこには千歌だけでなく、Aqoursの全員がついて来ていた。自分より小さくて、体力の無さそうな花丸とルビィも。

 

「お客さんにどう思われるとか、人気がどうとかじゃない。自分が一番好きな姿を、輝いてる姿を見せることなんだよ!だから善子ちゃんは捨てちゃダメなんだよ!自分が堕天使を好きな限り‼︎」

 

「……いいの?変な事言うわよ」

 

「良いよ」

曜がニコリと笑う。

 

「時々、儀式とかするかも」

 

「そのくらい我慢するわ」

梨子が頷く。

 

「リトルデーモンになれって言うかも!」

 

「それは……でも、やだったらやだって言う!だから!」

苦笑しながらも千歌はそう言い切る。彼女は善子に近付き、昨日海に向かって捨てた筈の黒い羽を差し出した。

 

善子はその羽に手を合わせーー

 

「「くすっ」」

 

顔を見合わせて笑い合った。曜、梨子、花丸、ルビィがそれを取り囲む。

この日、Aqoursは6人になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇の中を無数の赤い光が蠢いている。その周囲には先程捕食したとみられる人間の一部が散らばっていた。彼らはもっと多くの餌を催促するように唸り声を上げる。

 

「駄目駄目。まだ静かにしてて。皆んなまだ忙しいんだから。君達が動いて良いのは夜になってから。それまでは我慢して」

口に人差し指を当てながら少年は自分より二回り以上大きい異星獣達を宥める。

 

「動かせるのがこれだけしか無いって聞いた時はどうなるもんかと思ったけど………なるほど。これはこれで面白いかも。それに、僕が久しぶりに作ったやつも試してみたいし……霧を噴射ってちょっと地味かもだけど結構格好良いの作れたし良いか。………さて」

 

 

「姉さんの住処は丁度この真上あたりかな?」

 

 




千歌ちゃん達となら監視付きで電話することも出来る宙。ネクサス本編に比べてかなりTLTがホワイトになってますが、TLTもナイトレイダーも本編通りにしちゃうとダークファウストと協力関係を組むなんてまずあり得ないのでちょっと設定を変更させて貰いました。

そして序盤に登場した謎の異星獣。
多分もう千歌ちゃんのお母さんを手に掛けた犯人の正体バレてますよね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.異形の行軍

遅くなってしまいすみません。
完全にオリジナルの回って作るの難しいなと改めて感じました。


明日のZ楽しみ   ってもうその明日だった


フォートレスフリーダム。それは地球解放機構TLT日本支部の一角を担う関東第三支部基地である。

TLTは北米本部、オーストラリア支部、ヨーロッパ支部等世界各地に存在しているが、現状ビースト災害の約4割が日本で起こっている事態に対処するため、このフォートレスフリーダムは幾度も改修が施されており現在では世界で最も充実した施設と装備を誇っている。

 

最大4000人を収容できるこの巨大要塞にはナイトレイダー専用のブリーフィングスペースとブレイクスペースを有するコマンドルーム、CIC(戦闘指揮所)、中央コントロールルーム、射撃訓練場、トレニーングルーム、留置場、実験室、居住スペースといった複数の施設が存在する。ここで勤務する515人のスタッフは時に厳格に時に柔軟に、来る日も来る日も研鑽に励んでいた。

 

 

ーートレーニングルームーー

そこでは非番を返上してナイトレイダーBユニットの3人がトレーニングを行っていた。

「よし、俺が合図するから回数を正確に数えろ。絶対に数を飛ばすなよ」

 

「た、隊長、本当に大丈夫ですか?この重量……流石に腰折れちゃいますよ?」

 

「はんっ!出来るからやるんだろうが」

彼はそう言うと左右に何個も25kgの重りが取り付けられたシャフトに手を掛ける。足を力強く踏みしめ、全身の筋肉に力を込めた瞬間……その重量からは想像もつかない程のスピードでスナッチを開始した。

 

「いつにも増して張り切ってるなぁ……何かあったの?」

 

「覚えてるだろ?この前食堂で異星獣研究機関の主任と揉めて締め落とされかけて……相手はモヤシみてーな女だったからな。大分ショックを受けたらしい」

 

「あぁ…あれか。にわかに信じ難い光景だった」

小声で会話しながら片方が「20回です!」と器用にカウントをとる。

 

「にしてもスゲエよ隊長は。死ぬ程キツい訓練やった次の日に筋トレとか普通無理だろ」

 

「『どんな訓練も実直にやり続ければいつか必ず役に立つ時が来る』……隊長の口癖だもんな」

 

「いつか必ず、ねぇ……その時には俺死んでるかもな」

 

「止めろよ縁起でも無い」

 

「だってそうだろ?ここ最近出現するのは大型ビーストばっか。ファウストって奴いなきゃ俺達全然太刀打ち出来ねえじゃん。実際人死も出てるし。こんな状態がずっと続けば……そりゃ俺だって相手が小型ビーストだけだった時は今より幾分かマシだったよ。何ならこのままいけばすぐに戦い終わらせられるって一時期有頂天だった」

 

「………」

その会話を隊長は黙って聞いていた。叱責すべきではあるがどうしても出来なかった。

自分達(ナイトレイダー)の限界–––––連日の大型ビーストとの戦闘で隊員の誰もが嫌が応にも実感させられていた事だ。従来の銃器とは少し違います程度の戦力が奴らに殆ど通用しない事は火を見るより明らか。絶対に信用しないと決めていたあの黒い巨人が目の前で圧倒的な力を以て敵を葬り去ったのを実際に目にした時……ましてやその正体が子供だと上層部から明確に伝えられた時の全身から力が抜ける様な感覚は忘れられる筈も無い。俺達が死ぬ程の鍛錬を何百年重ねても手にする事が出来ない力を18歳にも満たないガキが持ってる。俺達の存在価値を否定されたも同然だ。でけえ奴らの殴り合いに巻き込まれて踏み潰されるも同然の戦いを上層部はいつまで続けさせる?根性論で何とかしろってか?馬鹿馬鹿しい。俺達は大戦中の日本兵じゃ無え。

出来る事ならそう言ってやりたかった。だが、曲がりなりにも部隊の指揮を任せられた身である自分がそんな無責任な事を口に出来るわけがない。部下(こいつら)の命を預かる立場で……

 

屈強な肉体を持つその男はシャフトを握る手に更に力を込め、訓練を続ける。

 

 

「100回!……隊長!流石にそろそろ休みませんか?」

 

「多分まだ止めないと思う。あそこにいる奴が懸垂やめない限り休憩しないって言ってたし」

指差す方を見ると、タンクトップにナイトレイダーのレガースを履いた髪の長い少女が鉄棒にぶら下がりながら懸垂を繰り返している。腕を真っ直ぐ伸ばした後、素早く肘を曲げ顎が鉄棒を追い越す–––––まさに理想的なフォームだった。

 

「隊長本当に負けず嫌いなんだから……やってる事違うからあんまり関係無いでしょ」

シャフトを持ち上げながら背中越しにジロッと睨みつけられ、会話を全て聞かれていた事を悟った2人は慌てて口をつぐむ。もうかなり遅かったが。

 

(ん?そういやあんな女性隊員ナイトレイダーの中にいたっけ?……ってそんな事より)

 

(あの人、俺達が来る前からずっと懸垂してないか?)

 

 

 

 

 

 

 

(何か向こうから視線を感じるけど、私が部外者だってバレてないよね?)

 

内心ヒヤヒヤしながら宙はペースを乱す事無く懸垂を続ける。Aqoursと接触する事で起きる拒絶反応のせいで暫く学校に行けなくなった彼女は可能な限り鍛錬を重ね自身の肉体を追い込んでいた。

瑞緒やその他の研究員が自分の為に昼夜問わず解決策を模索してくれているのに、何もせず居住スペースに篭っているわけにはいかなかった。もっと強くなる為にできる限りの事をやらなければならない。

彼女の存在を基地内に安易に広めるべきでは無いと考えていた瑞緒は宙を止めようとしたが、宙の揺るぎない意志に折れ、バレないように・目立たないようにという条件付きで渋々トレーニング場の使用を許可した。入隊したわけでも無いのに彼女がナイトレイダーのスーツを着ているのはその為である。

片手を離して時計を確認すると、既に1時間が過ぎていた。

 

(……?)

トレーニングルームに来てからひと時も休む事なく懸垂を繰り返しているのに全く疲労が訪れない。寧ろ身体中の筋肉が次第に熱を帯び、まるでエンジンの回転が未だ上昇する最中にある感覚すら覚える。

試しに片手を離したまま懸垂してみると、数回もたついたもののすぐに難なくこなせるようになった。まるで上がる負荷に比例して自分の筋肉も迅速に対応、強化されているような………

 

(やり方が悪いのかしら?)

 

横目で視線を感じる方に目をやると、そこにいる2人がこちらを見てあんぐりと大きく口を開けていた…のと同時に奥の人が持ち上げているシャフトに目が入る。

 

(あ、あれ私もやりたい)

 

懸垂なんかよりよっぽど良い運動になると感じた宙はやり方を教えて貰う為に3人の元に駆け寄ろうとする。

 

(–––––––ッ⁉︎)

 

両手を離し地面に足を付けた瞬間、背筋に冷たいものが走る。背中を刃物で撫でられたような感覚。平穏な時間が壊され始めた合図だった。

 

「ビースト……!」

断片的にではあるが脳裏に奴らが出現する場所の様子が流れ込んでくる。暗闇の中に水音……窮屈な空間から解放された異形の生物が這い出したその場所は–––––見間違う筈もない。

 

「私のマンションの近くだ…!」

咄嗟に隣人の姿が思い浮かぶ。トイレで吐いた私を心配し、保健室まで運んでくれた心優しい少女。千歌からもどれだけ素晴らしい子か電話で聞いていたから忘れる筈も無い。

 

「善子さん!」

勝手に基地から出ることは許可されていないが知ったことでは無い。

 

「宙さん!貴方は休んでて下さい!今回はナイトレイダーで対処出来ますから」

トレーニングルームを出たところで瑞緒が駆け寄ってきた。

 

「ごめんなさい。無理です」

即答すると瑞緒から通行許可証を掠め取る。服を替えた時に自分に渡された分は置いてきてしまったのだ。

 

「ちょっと⁉︎返してくださいよ〜〜〜!」

 

「すぐ返します!」

ナイトレイダーにスクランブル要請がかかったのは宙がビーストの気配を察知した数十秒後だった。

 

 

 

 

 

 

ーー沼津ーー

霧がかりはじめた小さな街の中でビーストの進行は既に始まっていた。

 

「あ、ああ…」

 

「ギュオオオ……!」

 

尻餅をついた警官に近づく2mを超える巨大。必死に拳銃で応戦するが熊のような体毛が生えた皮膚は鉛玉を容易く弾き飛ばしてしまう。怪物は獲物に向かって鋏のついた腕を振り下ろした。

 

「うわぁぁぁグエッ⁉︎」

脳天をかち割られる寸前で誰かに首根っこを掴まれ後ろに引き戻される。その瞬間目の前の怪物はいきなり爆散した。

 

「怪我は無いですか?」

振り返るとそこには中高生くらいの見た目の少女が立っていた。パニック寸前だったがそれでも何度も首を縦に振る。

 

「ならすぐに建物の中に隠れて外には出ないで。出来るならここ一体に住む人全員に今言った事を電話か何かで伝えて下さい。これだけの数……全員助けられる保証は出来ませんから」

 

少女ーーー宙はダークエボルバーを握りしめると霧の中に消えていった。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー20分後ーー

「CIC、本当にビースト振動波が観測されているのは此処なのか?索敵しているが全くターゲットを確認出来ない」

 

『間違いありません。街一帯から無数の反応が確認出来ます。現に彼女ーー『ファウスト』も大群と戦っている最中だと』

ナイトレイダーは作戦行動区域に現着したものの、敵を全く発見することが出来ないでいた。スペースビーストが発するビースト振動波=χ(カイ)ニュートリノは大まかな場所は特定できるものの、現場に到達した後は目視で発見するしか無いのだ。

 

「隊長、どうします?上空から索敵しようにも霧のせいで殆ど何も見えません。部隊を分割して索敵範囲を更に拡大すべきかと」

 

「……駄目だ。視界が悪い中3人未満で行動するのは危険すぎる。B ユニットにもこれ以上分隊を離散させるなと伝達しろ」

(何故ファウストに発見できて俺達には出来ない……?)

慎重に行動するAユニットに事態を急変する一報が入る。

 

『Bユニットの加藤です!敵から襲撃を受けています!至急救援を–––––』

雑音が混じってしまい最後まで聞くことは出来なかった。

 

「すぐ向かう。一体何があった?」

 

『我が隊は––––を拡大させるために当初組んでいた隊を更に分割させ––––––––た瞬間敵が待ち伏–––––––まるで俺達の行動が読まれ』

 

「? おい、聞こえるか?応答しろ‼︎」

Aユニット隊長、和倉は舌打ちすると即座に指示を出す。

 

「作戦変更だ。すぐに救援に向かう。バイザーゴーグルの死角を補い合いながら移動しろ。此方もいつ襲われるか分からん」

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

「クソッ!うじゃうじゃと……」

数の多さに毒づきながらもダークエボルバーの刃先から射出される真空衝撃波動弾でアラクネアを薙ぎ払っていく。宙は既に30体以上のアラクネアと交戦・撃破していた。と言ってもマンホールの蓋をブチ破って地上に這い出してきたところを撃ち殺すという単純作業だが、いかんせん数が多すぎる。無数の敵が街中の至る所から出現する為街中を縦横無尽に高速で駆け回らなければならなかった。

 

(まだ私と善子さんのマンションには一体も近づいていない…けどいつ来てもおかしくない)

ダークファウストに変身出来る恩恵かは分からないが、宙はビースト振動波を感知する器機を使わずとも敵の位置を正確に割り出し、把握する事が出来る。彼女はもしアラクネアが一体でも善子に近づいたら目の前の戦闘を放棄してでもそちらに向かうつもりでいた。

 

(命に優先順位なんてつけたくない……けど一体どうしたら良いの⁉︎)

 

迷いながらも目の前の敵を一掃した瞬間、また別の場所からアラクネアの大群の反応を感知。アラクネアを誰かが指揮しておりまるで自分を弄んでいるようだった。

 

(何かがおかしい……)

宙は唇を噛みながらも次の戦場へ向かうべく地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

「隊長!通信機が壊れました!ど、どうしましょう?」

 

「救援は送ったか?」

 

「はい!ちゃんと送りました!」

 

「なら目の前の敵を殺すことだけに集中しろ!絶対に間隙を作るな!」

 

「はぃぃ…!」

Bユニットは襲撃を受けながらも見事な連携でアラクネアの大群を掃討していく。例え腐っても、精鋭部隊の一翼を担う人間として簡単に死ぬわけにはいかなかった。

 

(俺が安易に分隊を離散させなければこんな事にはならなかった……!)

自分が十分な戦力で戦えない状況を作ってしまったとBユニット隊長・斎藤は自分を殴りたくなる衝動に駆られていた。「見掛け倒しの脳筋ゴリラ」……瑞緒とか言う女にシメられてから密かに誰かからつけられた。侮蔑の意味が込められたこの渾名が今になって自分に突き刺さる。

 

(しかもその相手がよりにもよってアラクネア……皮肉なもんだ)

 

「」カチカチッ

 

唐突にディバイトランチャーの銃口から頼りない音が響く。弾切れだった。

 

「ギュオオオ……!」

 

その隙を見逃さなかったアラクネアが真っ直ぐに突っ込んでくる。

 

「隊長ォーーーー‼︎」

あぁ、何で悪い事はこうも連鎖して起こるのか。斎藤は大きく息を吐き出した。その瞬間––––

 

「クソがあぁぁぁぁ‼︎」

ディバイトランチャーをバットの如く振り回して飛びかかってきたアラクネアを殴り飛ばした。

 

「俺は大型ビースト倒すまで絶対に死なんと決めてんだ。お前らみたいな噛ませ相手に死ねるかぁぁぁぁ!」

 

ロボコンパンチよろしく両腕を振り回し始めると自分達を包囲していたアラクネアの集団は粉々に吹き飛んだ。

 

「た、隊長……!」

加藤は感嘆の声を漏らす。そこにはナイトレイダーのスーツを纏った少女が立っていた。

 

「さっきの台詞、格好良かったですよ。隊長さん」

 

「お前あの時の……懸垂のバケモンか?」

 

救援が到着したのはその直後だった。

 

 

 

 

 

Aユニットの支援もあり、Bユニットの構成員は誰一人欠ける事なく再び合流することができた。斎藤は離散させたもう片方のメンバーを抱き寄せる。

 

「お前ら無事だったか!………すまねえ、俺の安易な判断で危険に晒してしまって」

 

「気落ちしないで下さい。俺達が生き残れたのも隊長が俺らに強いた訓練のおかげですから」

 

「くっ………」

 

 

『皆さん!お待たせしてすみません!ようやく何が起きているのか分かりました』

AユニットとBユニットが合流したところでCICから新たに報告が入った。声の主はーーー瑞緒だ。

 

『インセクティボラタイプビースト……コードネーム『アラクネア』。以前にも何回か交戦していると思いますが今回の個体は完全にそれまでとは別物です。これを見て下さい』

 

パルスブレイカーに沼津一帯のマップが表示される。そこには電波の周波数が細かに記されていた。

『電波の受信数が多い所にビースト振動波が集中しています。このビーストは電波を感じ取りながら行動しているようです。皆さんが敵を捕捉出来なかったり行動が筒抜けだったのもそれが原因です』

 

「どういう事だ?傍受されていたとでも言うのか?」

 

『そういう事です。敵はナイトレイダーの通信と通常の電波を分類出来るようで、ナイトレイダーと接触する事無く人間を襲う事が出来る……こう見て良いでしょう』

 

拘束移動している内に何処かにぶつけ、自分のパルスブレイカーを破損させてしまった宙は他の隊員のものを借り瑞緒に話しかける。

 

「つまりどうすれば良いんですか?私一人じゃ残りを対処しきれません。時間も無いんです。早く結論を言って下さい」

いきりたつ宙を見てナイトレイダーの1人が声をかける。

 

「さっきから思ってたんだが、お前は誰だ?見たところメットも装備してないし、一人じゃどうこうとか…ナイトレイダーの正規隊員じゃ無いよな?」

 

「私は高海宙……ダークファウストの変身者です。この姿で会うのは初めてでしたね」

その言葉に一同はざわつく。初めて見るファウストの人間態。聞いていた通り本当に高校生くらいの子供……それも女性だったのだ。動揺しないわけが無い。

その状況を見かねて和倉がすかさずその場を諫める。

「今は彼女の事よりアラクネアを全て掃討することが先決だ。彼女の言う通り我々にはもたもたしている暇は無い。今この瞬間も、どこで犠牲者が出るか分からない状況だからな」

 

『一般の電波を大量に受信出来る環境があればアラクネアをその場に誘導して待ち伏せする事が出来るはずです。これなら各個撃破する必要も、無線も使わずに敵を一掃できます』

 

「電波を大量に受信?有名人がネット配信でもしない限りそんな事そう上手くはいかないぞ?」

 

「配信」というワードを聞いた瞬間、宙の頭の中に1つ考えが思い浮かんだ。取りたい手段では無いが……時間も無く他に誰からも策が出ない今はこれに賭けるしか無い。彼女は180cm以上の大柄な人間が多い中で、注目して貰える為に手を上げながらピョンピョンと跳ねる。

「皆さん!私に考えがあります!聞いて頂けませんか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上が私の考えです。自分でもおかしいとは思います。でも、これしか他に方法は無いと思うんです…お願いします!力を貸して下さい‼︎皆さんの協力が必要なんです」

宙はナイトレイダーの隊員達に向かって大きく頭を下げる。

 

「よし分かった!お前ら、すぐに準備するぞ!和倉さんも、それで良いですよね?」

宙の姿を見て斎藤が即座に賛同した。彼の指示を聞いてBユニットの隊員達もすぐに同意する。

 

「え?良いんですか本当に?」

 

「良いも何もビーストを掃討するのが俺達の仕事だ。……俺だって気の利いた考えなんて持ってねぇ。でも課された命令ならどんなに困難なものでも遂行してみせる。そういうもんだ。」

 

「……」

それは自分で考えるのが大分苦手なのでは、と言いたくなるが黙っておく事にした。

 

「あと俺はお前の事を誤解してたみたいだ。俺達の力が必要だって言聞いて……嬉しかった。ありがとう」

 

「は、はい……?」

首を傾げる宙を見て何故か斎藤はニカっと笑う。

 

「これが最善策だ。私も君の意見を尊重する。君にはペドレオン戦で助けられたから借りを返せるようにしっかり働かないとな。なあ石掘?」

 

「え?えぇ…」

 

正面に向き直った和倉は声を張り上げた。

 

「これより最終行動に入る!総員戦闘用意!」

その号令を合図に行動を開始するナイトレイダー。宙は彼らにお辞儀すると、向かうべき場所に走り出した。

 

 

 

 

「津島善子さん!」

 

「あ、あなたあの時の!てか何その格好⁉︎」

いきなり家の前に現れて仰天している善子に構わず宙は続ける。

 

 

「貴方の堕天使の力を貸して下さい!」




13話でちょこっと出したナイトレイダーのオリジナルのモブを何故かめちゃくちゃ登場させてしまった……絶対ネクサス本編じゃこう上手くいかないとは思いますがそこはご了承頂きたいです。

次回で霧出してる敵の正体が分かります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.霧の正体

ギャラファイを見て震えております


「『堕天使』の力を貸して下さい!」

 

「………はぁ?」

扉から顔を覗かせる少女はいきなり突拍子も無い事を言われて戸惑いを隠せない様子だった。分かってる。普通だったらあんまり関わった事の無い人の家を訪ねるなんてするはずもない。でも恥ずかしがっている暇は無いんだ。

 

「堕天使の格好でライブ配信やったりする事があるんですよね?それでたくさんの人が見にくるって!」

 

「ッ⁉︎/// 何で貴方がそれを知ってるの⁉︎」

 

「千歌さんから聞きました」

 

「あの子余計な事を……!」

 

「とにかく!ライブ配信を今していただけないでしょうか?」

 

「い、今⁉︎何でよ?」

 

「それは……」

いざ善子と実際に会うと、宙は今やろうとしている事に途方も無い後ろめたさを感じて言い澱んでしまう。しかし、今この街に蔓延る幾百ものアラクネアを一網打尽にするにはどうしても彼女の協力が必要だった。

 

 

◇◇◇

 

ーー2日前・千歌との通話にてーー

 

「そういえば、善子ちゃんって凄いんだよ!偶にね、堕天使の格好でライブ配信とかしてるみたいだけど、その生配信を100人以上の人達が見にくるんだって!」

 

「100人⁉︎そんなにですか!」

 

「うん!自分の大好きな事がたくさんの人に見てもらえて楽しんで貰えるって本当に素敵な事だよね」

 

 

 

 

 

 

 

「そういった意味じゃ善子ちゃんは私達より何歩も先を進んでるのかも」

 

◇◇◇

 

 

「ッ‼︎」

何とか敵の第一陣を一掃しつかの間の平穏に包まれていた沼津一体だったが、遂にまた新しい個体が波状攻撃のように群を成して地下から這い出してくる。研ぎ澄まされた感覚は既に奴らの接近を感じとっていた。

 

宙は目の前の少女を遠慮がちに見つめる。こんな美少女を危険に晒して良いわけがない。 それでも……‼︎

 

 

宙は善子の両肩を掴む。

 

「うひゃッ」

 

「貴方の『大好きな事』で皆んなの命を救う事が出来るんです!お願いします!力を貸して下さい……!」

 

「!………ははーん、なるほどね」

善子は宙をビシッと指差す。

 

「貴方、わたし(ヨハネ)のファンなんでしょ?そのコスプレみたいな格好…貴方もこういうのに憧れてるとみた。貴方運が良いわよ!私つい最近までこんな事もう辞めようって思ってたから……ふふっしょうがないわね!そんなに一生懸命頼んでくれるんだったらやらない訳にはいかないじゃない。ちょっと待ってて。すぐ準備してあげる。貴方も私に憧れてるんだったらしっかり見て勉強なさい!」

宙は思わず上機嫌になっている善子の手をしっかりと包み込んだ。

 

「ありがとうございます……‼︎私、絶対善子さんを守りますから……宜しくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………来た。合図だ」

宙から発せられた発光信号を確認した和倉は小さく呟くと、手に持っている長大な重火器を握りしめた。

 

それぞれ別々の高台に移動し、場所を確保したナイトレイダー隊員も次々にナイトレイダー仕様のスナイパーライフルを構え、バイポッドを立て始める。

 

 

 

宙が立案した作戦。

それはライブ配信で大量の電波を一箇所に集め、街全体から出現するアラクネアを一点に誘導し一気に殲滅するというものだった。一点に集まってくる敵を宙を含む各所の高台に展開しているナイトレイダーが狙撃で殲滅する。かなり単純ではあるが、電波が集まる所に人間がいると判断して行動する敵にはこれが今出来る1番有効な手立てだった。

ナイトレイダーは以前から何回もビースト・アラクネアと交戦しており、その戦闘から敵の嗅覚と聴覚は非常に優れているが地底生活に適応しているため視力はかなり低いというデータを獲得していた。嗅覚や聴覚でカバーしきれない遠距離からであれば、こちらが一方的に攻撃する事が出来る。

 

しかし、この作戦には問題点が2つ存在する。

1つは、敵がナイトレイダーの無線を傍受出来る能力を持っているので作戦区域にいる間ずっと部隊内で一切通信が出来ないという事だ。そのため、作戦中は常に部隊から孤立した状態で敵を捕捉、攻撃しなければならない。

 

そしてもう1つは……

 

(ビーストを殲滅するまで善子さんを危険に晒し続けてしまう)

善子が住むマンションの屋上に登りながら宙は唇を噛み締める。守らなければならない人間を1番の危険に晒してしまう私は、つくづく最低な人間だろう。

 

変身するとどうしても巨大化してしまうので、街中で大混乱が起きかねないし動くと建造物を壊しかねない。本当なら、人間大サイズのまま変身して(ファウスト)の能力を行使出来ればこんな大掛かりな事をやる必要も無いが、自分にはそんな能力は無い。出来る事より出来ない事の方が多いせいで、一般人も巻き込んでしまう事にやり場の無い悔しさを感じていた。

 

(……それでも私は多くの命を助けられる方に賭けたい。千歌さん達が住むこの街をもうこれ以上血で汚したくないから)

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー善子の部屋ーー

カメラを乗せた三脚を立て、目の前にそこそこな額を払って購入した燭台を設置。蝋燭に火を灯して部屋を暗くすればもうそこは幻想的な暗黒の世界。ここに扇風機を設置すると折角の雰囲気ぶち壊してしまう気もするが、衣装をひらめかせるにはこうするしか無い。…これで良いんだ。これで。

善子は段ボールの中から昨日片付けた堕天使コスチュームを取り出し、その身に纏わせると鏡で自分の姿を確認する。誰かにお願いされてこの格好になる事は初めてだったので、いつもより気合が入っていた。

 

(自分の好きを迷わず伝える…ね。………よし!刮目なさい!戸惑いも迷いも捨てた新しい堕天使ヨハネの姿を‼︎)

 

 

●REC

 

カメラに赤い光が灯る。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

「凄い!アクセス数がもう100を超えてる」

ライブ配信が開始される時、宙は善子が住むアパートの屋上に登り周囲の状況を確認していた。配信の様子を映した携帯に表示されている数字が3桁を超えた瞬間、街中至る所から一斉に敵がこちらに殺到する気配を感じ取る。

 

「どうだ?ビーストの動きは」

彼女の隣にいる斎藤が様子を尋ねてくる。

 

「少しずつですがこちらに近づいて来ます。ここからだと……南東約2kmにいるのが1番近いです!」

 

「了解。そのまま接近してくる敵を捕捉し続けろ。目標の殲滅は俺達が引き受ける。お前は無理に攻撃する必要は無い」

 

「分かりました。宜しくお願いします」

彼が敵を攻撃出来る狙撃班に発光信号を送ると彼方から了解の意を示唆する発光信号が返ってくる。無線を使うことが出来ない代わりにナイトレイダーは発光信号を用いて情報伝達を行っていた。これならばビーストからこちらの作戦行動を傍受される危険性はかなり低くなる。

 

立ち込めていた霧は少しずつ晴れ、次第に状況は好転しつつある。静寂に包まれた小さな街で、静かに戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「お客さんにどう思われるとか、人気がどうとかじゃない。自分が一番好きな姿を、輝いてる姿を見せることなんだよ!だから善子ちゃんは捨てちゃダメなんだよ!自分が堕天使を好きな限り‼︎」

善子に黒い羽を握らせ微笑むと千歌は更に言葉を続ける。

 

「それに、堕天使だって本当にいないなんて限らないよ?この世界に私達の知らない事なんてたくさんあるもん。堕天使みたいに特別な力を持った人が私達を守ってくれる事だって………ぁ」

慌てて口を抑える千歌を見たい善子は怪訝な表情を浮かべる。

 

「何?どうしたの?」

 

「何でもない。とにかく、堕天使や悪魔を好きでいるのは全然悪い事じゃないよ」

 

「もし本当に何か特別な存在が目の前に現れたとしても、善子ちゃんなら受け入れてくれそうね」

 

「?」

梨子の意味ありげな一言。その言葉は善子の頭に残り続けた。

 

◇◇◇

 

止まない雨。

轟く雷鳴。

 

その中に大きな何かが立っている。あの日は確か、Aqoursのファーストライブを見に行って––––––

 

「はっ!?」

 

暫くの間ボーッとしていた事に気付き善子は慌ててカメラに向き直る。いかんいかん。折角の配信の最中に何をしているんだ私は。彼女は思考を切り替えるために頭をブンブン振ると堕天使ヨハネとしての姿に戻る。

 

 

「ごめんなさいね、我がリトルデーモン達。少々考え事をしていたわ……」

何か大切な事を忘れているような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャッ!」

 

「ガアア⁉︎」

 

一匹、また一匹と頭部を撃ち抜かれ跡形も無く消滅する。アラクネアは誘蛾灯に吸い寄せられる虫のように街の一点に誘導され、次々にその数を漸減させられていく。

反撃も逃亡も許さない一方的な殺戮が小さな街の中で繰り広げられていた。

 

 

「新手です!北北西1.7キロ、加藤さんが防衛している場所に7体来ます!ポイントQを防衛している西条さんと共同で攻撃すれば仕留められる筈です」

 

「了解!」

 

 

「……発光信号確認。前方11時の方向より7体」

ナイトレイダーが使用するメットには暗視・サーモスコープ機能が搭載されており、霧がかった場所でも問題無く活動する事が出来る。信号を受け取った隊員が狙撃銃を構えながら指示された方向を確認すると、建物の陰から7体の赤い影が姿を現すのを確認。息を吐き出し銃身を安定させ敵の頭部に標準を定めると、一気に引き金を引き絞る。銃身の先端にはサプレッサーが取り付けられておりアラクネアは持ち前の卓越した聴覚を利用する事が出来ない。

 

ナイトレイダーは宙と斎藤がいる場所を中心に、お互いの発光信号が確実に見える距離で円を描く様に展開していた。全方位をもれなく索敵できるその配置は海上戦における艦隊陣形の一つである輪形陣さながらで、中央の防衛を極限まで高める事に成功していた。

 

(凄い‼︎このペースなら善子さんの配信が終わるまでに確実に全ての敵を仕留められる!)

 

敵の注意を集める事で被害を最小限に留め、宙が接近してくる敵をいち早く発見。それをナイトレイダーが見事な連携で確実に掃討。人間の力だけで大量のビーストに対抗出来る事に宙は身が震える程の興奮を覚えていた。

 

貴方は1人じゃない。私達がいる。

 

瑞緒が以前自分に言ってくれた言葉の意味を今更ながら理解する。ずっと前からビーストと戦い続けていた凄腕の先頭集団。その存在が世間に明かされる事はなく、人知れず平和を守り続けていたと考えると………頭が上がらない。

 

(私もこの人達から『仲間』って呼ばれるような間柄になりたい)

ビースト振動波の数値が0になる頃、宙は人間の持つ力と可能性に魅入られていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。貴方達のお陰で殆ど被害を出さずにこの街を守る事が出来ました」

作戦が終了した後、宙は斎藤に話しかける。彼はジロっと宙を見ると鼻を鳴らした。

 

「それはこっちの台詞だろ。お前がいなきゃ俺達は何も出来なかった。俺達には現状に対応できる力がまだ無えんだ」

 

「そんな事」

 

「だか、絶対にお前と肩を並べられる程の力をつけてみせる。その時ようやく俺達もお前の仲間を名乗る事が出来ると……思う」

 

「仲間」という言葉を聞いて宙は嬉しそうな表情をすると、「善子さんの様子を見てきます!」という言葉を残して身を翻した。

 

「ちょっおい!…………何でビルから飛び降りる事が出来るんだよおかしいだろ」

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

(⁉︎ まだだ!まだ何かいる‼︎)

宙は地面に降り辺りを包む霧に触れた瞬間、微かに悪寒を感じる。

 

(でもおかしい。気配を全く感じない……?)

いつもであれば距離が遠くとも奴らの出現をはっきり感じ取る事が出来るのに、こんな感覚は初めてだ。見えない所から誰かに見られているような………

 

「ちょっと貴方!何で外にいるのよ?すっごい見たいって言ってたのに!」

後ろから声が掛かると共に足音が近づいてくる。

 

「善子さん⁉︎」

 

「命がどうこう言ってたのにあれ嘘だったの?凄く嬉しかったのに……酷い」

 

「ち、違います!……危険ですから今は外に出ないで下さい‼︎」

 

シュルッ

 

オロオロしながら善子を説得しようとした瞬間、何かが空を切る音が響く。

 

(ッ‼︎)

宙は咄嗟に懐からダークエボルバーを取り出し、善子を黒いフィールドで包み込むと渾身の力を込めて蹴り飛ばした。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「痛ったぁ……もう、何なのよ〜〜?」

吹き飛ばされ、ゴミ箱から頭を引き抜きながら善子は力無く呟いた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「う……何…これ?」

 

真っ白な何かが身体に絡み付き、宙の身体を地面に縫い付けていた。手足丸ごとすっぽりと覆われているため全く動く事が出来ない。目の前にダークエボルバーが落ちているのに拾う事が

 

 

 

「へえ、これ使って変身してるんだ。姉さん、結構良いもの持ってますね」

 

視界の端から手が伸び、それを拾い上げる。宙の前には1人の少年が立っていた。少年はそのまま身を屈めると宙の顔を覗き込むとにっこりと笑う。

 

「うん。やっぱり僕とは全然似てないですね。あっ睨んだ」

 

「貴方……誰?」

 

「でもごめんなさいね。僕せっかちなもんで、欲しい物手に入れたら貴方の事はどうでも良いんですよ」

 

謎の少年はニコニコしながら言葉を続ける。

 

 

「だから死んで下さい」

 

突如、霧の中から4つの赤い目が現れる。

 

 

 

 

ーー アースロポットタイプビースト

           ・バンピーラ ーー

 

「ーーーー!!!!!!」

 

 

「え?……は?」

 

眼前に迫り来る異形の(アギト)ーーー。宙はそれを茫然と見ている事しか出来なかった。

 

 




更新遅れてすみません。今週もう1話上げます……そのつもりです
蜘蛛型の怪獣が強いのは特撮シリーズのお決まりなのでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.因縁

先々週に更新するとかほざいてたのはどこの誰だ!

………去年のギャラファイ一回5分程度だったから今回のギャラファイめちゃくちゃ長く感じませんか?非常に喜ばしい事ですけど


「だから死んで下さい」

 

彼は仲の良い友人に向けるような人懐っこい微笑を浮かべてみせる。生きるか死ぬか常に秤に掛けられているこの場所で、ましてや一般人がこんな飄々とした態度を保てるわけが無い。

 

宙は今起きている状況も、彼の言った言葉の意味も一瞬理解する事が出来なかった。

 

「ーーーー!!!!!!」

 

霧の中から突如出現したバンピーラは、地面に縛り付けられたまま茫然としている彼女に向かって巨大な顎を開く。

 

 

 

「ふふっ…これでようやく僕にもウルティノイドの力が手に入る」

喰われる様を近くで観察するつもりなのだろう。少年は宙から奪い取ったダークエボルバーを手の中で転がしながら上機嫌で呟いた。

 

「え……は……?」

(あれ……私何で…?動け、ないの?)

宙の黒い瞳に大きく映し出される四つの赤い単眼。その内の2つが彼女を覆い尽くす直前に爆散、吹き飛んだ。

 

「ーーーーァァ!?!!??」

突然左側の視力を失ったバンピーラは絶叫しながら霧の中に撤退する。

 

「何⁉︎……ッ!」

 

立て続けに少年の手の平の中で閃光が瞬き、ダークエボルバーが宙を舞う。持ち主を失ったそれは数回地面を転がった後跳ね起きるように硬いアスファルトに突き刺さった。

 

「………」

霧の中からディバイトシューターを構えたナイトレイダーが現れる。

 

「もう見つけるなんて中々早いですね……けど」

 

「………」

たった1人で駆けつけたその隊員は無言のまま躊躇なく数回立て続けに発砲。宙から注意を逸らすように距離をゆっくりと詰めていく。少年は陽炎の様に身体を揺らめかせながら弾丸を全て躱すと一息に肉薄し、バイザーゴーグルの前に顔を突き出した。

 

「せめてもう少し数を揃えるべきでしたね」

刹那、顔面に掌底を喰らい勢い良く地面に叩きつけられた隊員のメットは敢えなく破壊され、中から若い男の顔が覗く。

 

「ぐあ……」

 

「! 貴方でしたか、石掘さん。いや、本当は(・・・)山岡さんでしたね」

 

「その名で俺を呼ぶな…『ラファエル』」

 

「お互い様でしょ!」

振り下ろされた右足は石堀と呼ばれた男の胸を踏みつける。

 

「今度は姉さんを『英雄』に祭り上げるつもりですか?何で姉さんにはもう力を持たせてるんですか?僕とは違って特別扱いですか?えぇ?姉さんよりも僕の方が上手く力を使えたに決まってるのに」

少年は拘束から脱する事が出来ずもがいている宙を見やると一つ息を大きく吐き出す。

 

「ぐっ…」

 

「ほら、人間の肉体に馴染みすぎてしまった(・・・・・・・・・・・・・・・・)からこの程度で何も出来なくなってるじゃないですか……嘆かわしい。ウルティノイドの力が泣いてますよ?」

 

「……何ですって?」

 

「まさか何も知らないんですか?温室育ちはこれだから……ん?」

 

「彼女も同じだ」

少年が宙に視線を定めている隙を狙い、踏みつけられている石掘はパルスブレイカーに固定装備されている小銃のトリガーを引く。……が銃口からは何も放たれなかった。

 

「おもちゃは壊れてしまったみたいですね。もう良いでしょう…貴方も一緒に喰われてしまいなさい!」

 

「ーーーー!!!!!!」

 

少年が手を振って合図すると再度霧の中からバンピーラが姿を現す。それでも石堀は落ち着き払った態度で言葉を返した。

 

「撃ったのは俺じゃない」

 

「え?」

 

突然宙の右腕から発砲音が鳴り響き、巻き付いていた蜘蛛糸が千切れ飛ぶ。石堀が遠隔操作で彼女が装備しているパルスブレイカーの小銃を起動させ、内部から糸を破壊したのだ。

 

「今だ!」

 

「ッ‼︎はい!」

 

拘束から解放された反動を利用し、宙は突き刺さっているダークエボルバー目掛けて思いっ切りヘッドスライディング。握りしめた瞬間に裂帛の気合を解き放った。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁアアア゛ア゛ア゛‼︎」

紫の光の束は渦を巻くように収束し、眩い閃光と共に周囲に暴風を撒き散らす。

 

「! しまっ……い゛ッ⁉︎」

爆風の中から突如現れた漆黒の剛腕が少年を殴り飛ばし、彼方へ吹き飛ばした。

地面から迫り上がるように現れたダークファウストは素早く身を翻すと背後から突進してくるバンピーラ目掛けて肘打ちを叩き込む。突進速度と腕を振り抜くスピードを相乗させた一撃は潰されたバンピーラの左目を正確に捉え、敵を大きく仰け反らせた。

バンピーラは痛みに耐えかねるように激しく体を捩らせながら後退する。踏み潰され、粉々に倒壊するビルや家屋。それと共にこの小さな建造物の中に存在する命は–––––––

 

もう傷つけない。血で汚すわけにはいかない。そう決めていたのに

 

(何で結局こうなるのよ……!)

 

(ファウスト)は悔しさと悲しみの捌け口を求める様に拳を地面に叩きつけると、脳裏にこの場を引っ掻き回した謎の少年の姿を浮かべながら、沸る怒りに身を任せバンピーラに突貫した。

 

 

「間に合ったか」

宙に迫る危機を何とか食い止めた石堀は、まだ鈍痛に軋む腕を抑えながらコンクリートの壁に寄りかかる。少し離れた戦場(ばしょ)で轟音が断続して鳴り響き、無数の残骸を空中に打ち上げていた。『奴』が絡んでいたとなれば、こうなる事は避けられない。

ポテンシャルバリアを無視して街に現れ、こちらを出し抜く様に異常な急成長を遂げるビースト。1ヶ月程前、ダークファウストとあの少女が姿を見せるとそれに呼応するかの如く奴らは現れた。

確証は有るわけでは無かったが、やはり……

 

「貴様の差し金だった訳だな…『ラファエル』」

奴が絡んでいたとなると対処出来る物も対処出来なくなる。最悪の事態が起き、多くの犠牲が出る前に一刻も早くこちら(ナイトレイダー)が手を打たなければ。………だが

 

「それまであんたは耐えてくれるのか?」

石堀は不安を拭い去れないまま黒い巨人–––––もといその中にいる少女に目を向けた。

 

 

 

 

 

 

「ダアァァァァ!」

右ストレート、左フック、前蹴り、アッパー、アクセルキック……ファウストは瞬時に頭の中に浮かんだ技を荒削りながらも止まる事無く連続で繰り出す。両腕を使って殺意に溢れた連打連撃を何とかガードするバンピーラ。だが、サンドバッグの如く一方的に殴られ、蹴られ続けているせいでどんどん足取りがおぼつかないものになっていく。

 

「……ッ‼︎」

 

打撃で左右に揺さぶりをかけ続け、一瞬生じた隙を突いて敵のゼロ距離まで接近。赤い腕と黒い腕がバンピーラのガードしていた両腕をこじ開ける。

 

(顔の位置が低いから蹴りやすいですねッ!)

顔面に膝を連打。勿論その一撃一撃は先程石堀の射撃で出来た傷に集中させる。

 

 

「ギャアアアア!!!!!!」

だが、傷口への集中攻撃はバンピーラを弱らせるどころか更なる暴走を招いてしまう。バンピーラは太い腕でファウストの脚を払い上げるとそのまま全体重をかけて地面に組み伏せ、その巨体を地面に叩きつけた。

 

「オォッ⁉︎」

 

一瞬意識が遠退きそうになるを何とか抑え、ファウストはバンピーラを全力で押し返そうとする。しかし、長く強靭な腕から生み出される怪力に阻まれ思うように動けない。バンピーラは頭部より更に上部に存在する霧噴射器官から白い霧を噴射し、沼津一帯が真っ白に染まる程の量をファウストに浴びせかけた。

 

 

(息がぁッ‼︎)

 

咄嗟に僅かながらに動く右手の指先をバンピーラに向け、光弾・ダークフェザーを発射。バンピーラの噴射器官を攻撃して吐き出され続ける霧を止めると同時に敵の顎を蹴り上げ拘束から脱出する。

 

赤い単眼が霧の中に消えていく。再度バンピーラが居た場所を殴るともうそこにその姿は無く、振り抜かれた右手が虚しく空を切った。

 

(くそっ……どこだ⁉︎)

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

ーー戦闘開始直後ーー

 

天使も悪魔も、堕天使も…そんなものはいるはずないと思っていた。大好きだけど存在しない。だからきちんと割り切らないといけない。そう思っていた。現実(リアル)こそ正義………けど

 

 

「何なのこれ………⁉︎」

 

 

少し離れた所で巨人とクトゥルフじみた化け物が戦っている。黒い巨人の赤と黒の体に鋭い手足。頭から伸びる2本の角。その姿は私が頭の中でいつも想像していたものと酷似していた。

 

「本当に、本当にいるなんて………!」

 

私の信じていた現実(リアル)が音を立てて崩れ去った気分だった。

 

小さな街の中で繰り広げられる激しい戦闘。沢山の人が逃げ惑っている。さっきまでの静かな街からは想像もつかない光景だ。

(もしかしたら、もう昨日までの生活が送れなくなるかもしれないんじゃ…)

不安や恐怖はある。しかし、それでも彼女は目の前に立っている黒い巨人を怖いとは思えなかった。

 

「ハァァァ……!」

時折、逃げる人々の安否を確認するように後ろを振り返り、少しでも遠ざけるように誰もいない更地に怪物を押し込んでいく。

 

(私達を守ってる…?)

 

黒い巨人に親しみを感じたその時、善子の脳裏にある光景が映し出される。体育館……降り注ぐ雨。梨子にチラシを渡されて見に行ったAqoursのファーストライブだ。

 

(さっきから何か引っかかる…何で急にこの日の事が?)

思い出したいのにファーストライブに行った時の事を良く思い出せない。何か大切な事を忘れているのに……

 

「グァァァァァ!?」

 

突然、頭を抱える善子の目の前に黒い巨人が倒れ込み無数のガレキを撒き散らす。

 

「キャアァァァァァァ‼︎」

 

散弾さながらに襲い来るガレキから、尻餅をついた事で何とか難を逃れる善子。

 

「あっ……」

腰をさすりながら顔を上げると、目の前に倒れ込んでいる黒い巨人と目が合った。吸い込まれる程真っ黒な瞳に善子の姿が映し出され、同時に今まで遠目で見えなかった黒い巨人の全貌も露わになる。

 

善子のワインレッド色の瞳とダークファウスト–––––もとい宙の黒い瞳が重なり合った瞬間、善子の記憶の蓋が開いた。

 

(思い出した……!)

 

止まない雨。

轟く雷鳴。

 

その中に大きな何かが立っている。

その大きな何かの姿がハッキリと脳裏に映し出され、目の前にいる存在と一つになった。

 

(あの時も今と同じ様に怪物に襲われて……その時も私達を助けてくれたのは貴方だった。それなのに!)

 

◇◇◇

 

『化け物が二体も…』

 

『あぁ、クソ!喧嘩なら他所でやれよ!』

 

『縄張り争い?』

 

『気持ち悪い……!』

 

◇◇◇

 

誰も彼の事を理解しようとしなかった。

止まない雨の中、大地に立つ彼の後ろ姿はとても悲しそうだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

(どこだ⁉︎)

 

霧の中に閉じ込められた(ファウスト)は必死にバンピーラの姿を捉えようとするが、姿どころか音や気配すらも把握出来ない。周囲に立ち並ぶのは誰かの家。下手に動いて誰かの命を踏み潰すわけにはいかない。

 

(何でも良い……奴から発せられる物を感じ取るんだ!)

宙は目を閉じ、息を大きく吐き出して集中力を高める。

右手は人差し指と中指を立て、地面と垂直に。左手は右肘に沿い、胸の前に置く。

以前、バグバズンと戦った時の構えを取り感覚を研ぎ澄ませる。

 

シュルッ

 

何かが空を切る微弱な音を捕捉。一瞬ではあるが背後から気配を感じ取った瞬間を宙は見逃さなかった。

 

(そこだ‼︎)

 

渾身の後ろ蹴りを繰り出した先にあるのは糸で繋がれた廃ビル。コンクリートの建造物は雷の如き速度で振り抜かれた蹴りで粉微塵に粉砕される。

 

(嘘でしょ⁉︎)

敵の陽動だった。宙は慌てて正面に向き直るが時既に遅し–––––––

 

 

「ーーーー!!!!!!」

アッパー気味に繰り出されたバンピーラの鉤爪がファウストの身体を切り裂き、大きく吹き飛ばした。

 

「グァァァァァ!?」

 

 

 

 

 

人前で戦うのは嫌いだった。

一度巨大化すれば私の身体は私の物では無くなり、別の姿となる。一切光を映し出さないようなこの姿、これまでの生き方を肯定されているみたいで私は結構好きだ。(ファウスト)には否定されたけど……… 千歌さん達も受け入れてくれた。けど、全ての人がそうなるわけじゃない。

 

普通の人には私もビーストと同じように見えてしまうのだろう。化け物だと叫ばれ、恐怖で悲鳴を上げながら皆んな離れていく。御伽話のヒーローみたいに人々から声援を受けるなんて子供の頃の高望みな理想に過ぎなかったのだ。

 

 

今、私が倒れている前にいる少女–––––善子さんだってこの姿を見て悲鳴を上げるに違いない。それでも、立ち上がらなければならない。敵はまだ皆んなの命を……私の大切な人達の命を奪うから。

戦いなんてそういう物でしょう?

 

 

 

 

 

「おぉーーーい!あの、サイクロプスみたいにでっかいそこの貴方ぁぁぁぁぁ‼︎」

 

(え?)

 

「貴方なんでしょ?ファーストライブの時浦女で私達を助けてくれたの!今だってそう!皆んなを守る為に戦ってる‼︎」

 

善子は地面に座り込んだまま言葉を続ける。

 

「私ね、堕天使も、天使も、おどろおどろしい姿の悪魔も……普通の日々に『夢』を見せてくれた貴方達みたいな存在に憧れてるの‼︎でも、私にはそんな特別な力なんて無い。ねぇお願い。貴方にあの怪物を倒す力があるんだったら………この街を守って下さい!」

 

 

 

 

(………‼︎)

 

 

 

 

◇◇◇

 

「私だって御伽話に出てくる正義のヒーロー……『ウルトラマン』みたいに普通に戦う存在でありたかった」

 

(あぁ…聞こえる。みんなが私を罵る声が…今の私は化け物で…何をしようが人間から疎まれる存在なんだ!)

 

「化け物……」

 

◇◇◇

 

(………馬鹿馬鹿しい)

 

(見た目とか、皆んなの反応とか、ウルトラマンと違ってどうとか、そんなの関係無い。1人でも私を受け入れてくれる人がいるなら……私の力を必要としてくれるなら……私は戦える。命を懸けられる。千歌さん達に手を差し伸べて貰ったあの日からずっとそうだったじゃない‼︎)

 

(ファウスト)は素早く身を起こすと、拳を握り締める。胸の光球が青く輝く訳では無いが、それでも体から熱いものが込み上げてくる。

 

 

(善子さん、ありがとう)

 

(ファウスト)は善子に向き直ると両手で彼女の体を優しく包み込み、黒い障壁を生成する。

 

(これならもう怪我はしないですね)

 

「あれ……?」

善子はその黒い障壁に見覚えがあった。

(ついさっき長い黒髪のあの子に突き飛ばされた時もこうやって……もしかして⁉︎)

 

善子は再度ファウストを見つめる。ファウストは善子に向かって小さく首を縦に動かすと、バンピーラに向かってゆっくりと歩を進めていった。

 

 

 

 

バンピーラは再度霧を噴射し、自らの肉体とファウストを包み込む。

四方八方を霧で完全に塞がれ何も見えなくなった。以前と全く同じ状況––––––

 

シャッ

 

シャッ

 

シャッ

 

 

霧の中でバンピーラの糸が空を切る音が立て続けに3回鳴り響く。今度は3つのデコイを使ってこちらを撹乱するつもりのようだ。

 

(二度同じ手には乗りませんよ)

 

宙はゆっくり目を閉じる。以前とは異なり、4つの気配がこちらに迫ってくるのがハッキリと分かった。この内のどれか一つを………

 

 

(割り出す必要は無いんだ!)

 

 

敵をギリギリまで引きつけてから(ファウスト)はその場で高速回転し、辺りを覆う霧を吹き飛ばした。

 

(見つけた)

斜め後方にいる本体に飛びかかり、その長い腕を抱え込む。

 

「ッラァァァ‼︎‼︎」

 

バンピーラの腕ごと巻き込みながら勢い良く横転。関節をあらぬ方向に捩じられたバンピーラは痛みから逃れるように慌ててファウストの動きに体を追い付かせる。

 

「ーーーー!?!?!?」

 

4万トンの巨体が豪快に宙を舞った。ファウストは頭から地面に叩きつけられ泡を吹き出しているバンピーラを持ち上げ、そのまま空中に飛び上がる。

 

「デア!」

 

空中でバンピーラを放り投げ、両腕を交差。三日月型のエネルギー波を生成させる。

 

射出された大型光刃・ダークスラッシャーは3つに分離し、空中を不規則な軌道で飛翔する3つの刃がバンピーラをズタズタに切り刻んだ。

 

 

 

ーーー

 

 

「あぁぁぁぁぁぁちくしょぉぉぉぉぉぉもう少しであの力(ウルティノイド)は僕の物だったのにいぃぃぃぃぃ!!!!!!」

崩れかかったビルの屋上で少年は転げ回っている。そしてその顔をいきなり振り上げた。

 

「やり方、変えようかなぁ……どうしましょう?」

 

 

ーーー

 

 

「おぉーーい!貴方、無事だったのね!」

 

「善子さん!お陰様で!危ない所をあの黒い巨人に助けて貰いました。……それで‼︎」

宙は善子に顔をズイッと近づける。

 

「『彼』の事、どう思いますか?」

 

「もちろん、憧れるに決まってるじゃない!『心優しき闇の巨人』!肩書きからして格好良いわ……よ〜〜しっ!私も頑張らないと」

 

「ありがとうございます‼︎」

宙は嬉しさの余り善子に飛び付く。

 

「ちょ、何で貴方が喜んでるの?離れなさいよ……て言うか貴方の名前、何だっけ?私達知り合ったばっかでしょ?」

 

善子の質問に、宙はにっこり笑って答えた。

 

「高海宙、Aqoursのマネージャーです!善子さんもAqoursの一員なんですよね?これからお世話になります。……じゃあ私は用があるのでこれで!明後日には学校行きますから」

 

「あ、ちょっと!」

善子は慌てて手を伸ばすが、宙は嵐のように走り去っていってしまう。善子は伸ばした手を胸に収めると、小さく呟いた。

 

 

「ありがとうね、宙」

 

 

 

 




アースロポッドタイプビースト・バンピーラ。
ウルトラマンネクサス29話に登場した蜘蛛型ビーストです。僕は大怪獣バトルで初めて見ましたが、これ中にどうやって人入ってるんだろうって思いながら見てました。

ツインテールもですけどアクターさんああいうのどうやって着てるんでしょうね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20.再び

前々回に登場した小型のビースト、アラクネアはウルトラマンネクサス本編では18話の回想シーンにのみ登場しています。下水道の様な場所出来ナイトレイダーと交戦していた為、前々回の話では沼津の下水道から出現して貰いました。 あれも巨大化したら結構強そうなんですよね。ネクサスと戦う所を見たかった……

長い間期間を空けていて申し訳ありません。


ーー今より1万年程前ーー

「ガッ……フ」

 

「グアア……」

 

2人の黒い巨人が小惑星の岩盤に体を横たえていた。彼らを中心として形成された巨大なクレーター……それは彼らを彼らを死の間際まで追い詰めた者の力がどれ程のものであるかを想起させる。

 

「シュアァ………」

彼らの眼前に降り立つ2枚の銀翼を携えた銀色の巨人。眩い白銀の光を身に纏うそれは神にも等しき出立ちだった。

しかし、その光で救える命はもうこの宇宙には無い。彼の来訪は遅すぎたのである。

 

銀色の巨人は自責と後悔の念に駆られながら左手の拳を握りしめ、静かにその拳を右手首に打ちつけた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

私は一度奴に肉体を消滅させられた。圧倒的な力……銀色の光波熱線が肉体を焼き尽くす中、私は理解した。ザギにとって我々は少しでも奴を消耗させる為だけに造られた捨て駒だったらしい。

………このまま何も成し遂げられず自らの存在理由を見出せないまま死ぬわけにはいかない。肉体が無くなったとしても触媒さえあれば再び体を生成する事が出来る。再び肉体を取り戻したその時に奴を殺しザギを出し抜く。私は復讐と野望を抱き、触媒となる肉体を求め宇宙を彷徨い続けた。

 

しかし、気の遠くなる程の時間を費やしても見つからなかった。宇宙に存在する比較的優れた生命体も融合するとその肉体はいとも容易く崩壊してしまう。死体と融合すれば少々活動する事は出来るが、やがて腐り果て使い物にならなくなる。……それでもやる事は変わらない。私はより優れた生命体を求め続けた。

 

 

 

 

そんな時だった。あの人間と接触したのは

 

「……おねがい。わたしのことがわかるならそばにいて。ひとりにしないで。ごはんも何も、いらないから………」

 

今にも死にそうな痩せこけた身体に反して脅威的な生命力を持つ人間ーーーこの人間の体に憑依したのが全ての失敗の始まりだった

 

 

 

 

 

 

 

ーーフォートレスフリーダム

     ・ブリーフィングルームーー

 

U字形に並べられた机と向かい合うように巨大なスクリーンが立てられた一室。そのだだっ広い空間で聞こえるのは投影された映像に伴う音声だけだ。

 

ダークレイ・ジャビロームで爆発四散するフログロス

 

頭部を斬り飛ばされ轟音と共に崩れ落ちるバグバズン

 

赤黒い剛熱光流、ダークレイ・ジェネレードの直撃を受け跡形も無く消滅するペドレオン

 

最後にそれらの異星獣を手に掛けた黒い巨人の姿が映し出された所で映像は停止する。

 

「ーーーーー以上の戦闘データを鑑みるに、ウルティノイド–––もとい『ミカエル』は我々の予想以上のスピードで戦闘技能を向上させています。彼女に我々が今開発している新兵器の戦力が伴えば、異星獣撃滅はより強固なものになるでしょう」

 

「成程。確かに12年前の『光の巨人』に勝るとも劣らない素晴らしい戦闘力のようだ。それでだ、作戦参謀(イラストレーター)…『ミカエル』と我々とは適切な信頼関係が築けているのか?」

 

「伝えられる情報は殆ど彼女に開示しました。当初彼女とはかなり険悪でしたが…それでも今は我々の事を信用してくれています。研究員の1人ーーー七瀬瑞緒が彼女と日々コミュニケーションを取っていました。我々との対立を和らげる事が出来たのは彼女の奮闘あってのものです」

 

「しかし、いくらなんでも自由にさせ過ぎでは無いか?『ミカエル』を普通の人間と何の制限も無しに関わらせているのだろう?もう手懐ける事は出来たんだ。いつでも出撃出来るように基地内に常駐させるべきではないか?」

 

「報告によれば死んだとされていた『ラファエル』も『ミカエル』に宿るウルティノイドの力を奪うべく接触してきたそうじゃないか。こんな状況で『ミカエル』を野放しにさせるのはあまりにもリスクが大きすぎる」

 

「我々が6年前に犯した失態をお忘れですか?彼女にとって今何物にも変え難い日常を奪いこの基地内に拘束するような事をすればそれこそ『ラファエル』の二の舞になりかねません。……我々に彼女の生活にまで立ち入る権利は無い」

 

「ではこれまで『ミカエル』を人間の生活圏に留めたせいで生じた人的被害についてご説明頂きたい」

 

「いや、流石に束縛するのは無理があり過ぎる。………今はこの状態でもう暫く様子を見よう」

 

「ですが!」

 

「作戦参謀、君は『ミカエル』との信頼関係維持向上とナイトレイダーの戦力増強に努めたまえ」

 

「………了解しました」

イラストレーターが眼前に座っている3人に向かって頭を下げると彼のホログラムは薄暗い室内に溶け込むように消失した。

 

 

「良いのですか?」

 

「彼女が1番力を発揮できる場所で戦わせれば良い。何よりビーストの出現場所をあの小さな街に絞る事が出来るのは我々にとっても都合が良いだろう。………が、楽観視して新たな脅威となってしまっては元も子もないな」

 

「我々は早急にウルティノイドに対する見解を深めなければなりません。作戦参謀殿は些か悠長過ぎる」

 

「そういう事だ。フォートレスフリーダム内に滞在している内に彼女の体を詳しく調べ上げろ。データを取る事が出来れば兵器開発の役に立つかもしれない」

 

 

 

ーー程なくして上層部直属の部隊に秘密裏にとある作戦が言い渡された

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー沼津ーー

 

バンピーラが掃討された事により街一帯はようやく落ち着きを取り戻そうとしていた。ビーストの破片をホワイトスイーパーが全て回収し、処理を済ませるまではまだ封鎖を解く訳にはいかないが、明日になればこの街は元通りになる。失われてしまった人命以外は全て。

……とにかく今は他の隊と合流しなければ

 

 

石堀は背を預けていた壁から離れ体を起こそうとする。

 

「ッ‼︎」

直後に全身を駆け巡る鋭い痛み。立ち上がる事すらままならなかった。またその場にへたり込んでしまう。

 

「大丈夫ですか⁉︎」

軽快な足音と共に誰かが近づいて来る。

 

「酷い怪我…手当てしますから動かないで下さい。何か止血するものがあれば…」

 

「いや……1人で出来るよ」

 

「駄目です。私がやります!」

 

石堀の横で膝を付いて手当てを始めようとする少女。ナイトレイダーのスーツを着ているが、その髪の毛の長さは明らかに規定から逸脱していた。見間違う筈も無い………が

 

「ここをこうして………」

 

「………」

 

「……………あれ?」

 

「………」

 

「…………………ぇぇ?」

その手つきはあまりにもお粗末過ぎるものだった。

 

「ふふっ…やっぱり俺がやるよ」

石堀は少女に笑いかけると彼女の手から応急キットを取る。

 

「………すみません」

宙は綿菓子の様に膨らんだ布の塊をいそいそと外し始めた。思えばAqoursのマネージャーを名乗りながら怪我の手当てなんてやった事が無かった。

 

 

 

 

ーー

 

 

 

 

「先程は助けて頂いてありがとうございます」

暫くの間正座しながら石堀が包帯を巻く様子をぼんやりと見つめていた宙だったが、やがて意を決した様にぽつりと呟いた。

石堀は患部の方に目を向けたまま薄く笑う。

 

「君達が展開していた場所の近くを警戒してるといきなり黒い障壁に包まれた少女が吹っ飛んで行くのか見えたもんだから驚いたよ。……ま、とにかく間に合って良かった」

 

「……聞きたいことがあります」

 

石堀は再度傷の状態を確認すべく体を小さく動かす。包帯を巻き始めてから彼女に目を向けない様にしてはいたが、こちらの真意を伺うような真っ直ぐな視線は流石に無視出来いものになっていた。

 

「貴方はあの少年の事を『ラファエル』って言ってましたよね?ラファエルって何ですか?何故あの少年は私の事を『姉さん』って呼んでたんですか?………それと」

 

 

バンピーラが発生させた霧は消えかけようとしていた。少し離れた作業を行うホワイトスイーパー達の輪郭が鮮明になり、聞こえる喧騒が段々とはっきりしていく。更にこちらを呼び掛ける大きな声。

 

「おい!そこにいるのは……石堀と宙か!お前ら怪我無いか⁉︎」

ナイトレイダーの誰かが遠くからこちらに走り寄って来る。

 

 

「彼の言う『人間の肉体に馴染みすぎた』ってどういう意味なんですか?」

 

石堀はゆっくりと立ち上がると向かってくる人影に答える様に片手を上げる。

 

「あの時は気が動転してたんだ。混乱して変な事を言ってしまった。俺みたいな下っ端に詳しい事はよく分からないよ」

 

「あの少年は貴方の事を知ってるみたいでした。貴方が何も知らないなんてどうしても考えられない」

 

「………」

 

「何か知ってるなら教えて下さい」

 

「……………2つほど良いかな」

宙に背を向け頑なに振り向こうとしないまま石堀は喋り出す。

 

「あんたにとって大切な物は何だ?」

 

「Aqoursの皆さんと内浦に住む方達です」

 

「……なら、あんたが彼らの近くにいる限り彼らは常に危険に晒され続けるということを覚えておけ。それでも彼女達の側に居続けるか距離を置くか……決めるのはあんた次第だ」

 

「言っている意味がよく分かりません。どういう事ですか?」

 

「それともう一つは……」

 

石堀は振り返ると宙の目の前に携帯のような機械を突き出す。

 

「俺の事は忘れてくれ」

目の前が真っ白な光に包まれ––––何も見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーフォートレスフリーダムーー

 

「じゃあ、準備は良いですか?」

 

「ええ……お願いします」

瑞緒に促されるまま、宙はヘッドギアの様な機械を頭に取り付ける。

ここを訪れた本来の目的、自分の体に異常を来たすファウストの鎮静化を図る為の治療がようやく始まろうとしていた。

 

「緊張しなくても大丈夫ですよ。宙さんはただ横になっているだけで良いですから。歯医者さんみたいなものですよ」

 

「……痛そうですね」

3日間の内に対策を考え出してくれた瑞緒には感謝しか無い。何が起きるのか想像も付かないし不安はあるが、いつもの生活に戻れる望みがあるのなら……藁にもすがる思いだった。

 

「3日前、宙さんの体調が一瞬悪化して嘔吐するまでに至った原因がやっと分かりましたよ!宙さんの体からビーストの体から発せられる物質が分泌されていたんです」

 

「私の体から……異星獣の物質⁉︎」

 

「えぇ。宙さんの体からはウルティノイドが原因と思われるΧ(カイ)ニュートリノが発せられていました。いきなりそんな物が体の中に発生したら拒絶反応だって起きますよ。ウルティノイドもビーストに少し近い存在ですからね。でも命に関わる事は無いので安心してください。その数値も今は非常に低いですし……特に問題無く処置を進められると思います」

説明によると今の自分には脳生が2つ存在しその内の一つがファウストのもので、その脳波を宙の脳波に同調させる事でファウストが宙の肉体に干渉出来ないようにするらしい。

体を横たえるために設けられたベッドの周りにはヘッドギアと照明灯のような機械以外に何も無い。非常に殺風景な空間だった。

 

「じゃあ、もうそろそろ始めるので照明は落としますね。宙さんも横になって貰って……?どうしました?」

瑞緒が踵を返そうとすると引き止めるように彼女の服の裾を宙が掴む。

 

「…彼の声を長い間聞いていません」

 

「宙さん……?」

 

「ここに来るまで私は1人だったと言っていましたが、厳密に言うと少し違うんです。彼が……ファウストが私に話しかけてくれました。生き方や戦い方を教えてくれたんです。まあ彼の目的は私の体を奪う事だったんですが、それでも私がこれまで生きてこられたのは彼のお陰なんです。……そのファウストの声が全く聞こえなくなりました。本当にこれで良かったんでしょうか」

 

ファウストの傀儡にされそうになった過去があり、それでも尚彼の事を気にかける宙。利用する側とされる側の関係ではあるが、それでも彼らの間には育まれた何かがあるのかもしれない。

 

「私達が今からやろうとしている事も、結局ファウストが宙さんにやろうとしていた事と変わらないのかもしれませんね」

宙の話を黙って聞いていた瑞緒は儚げな表情を浮かべ笑う。

 

「…っ‼︎ごめんなさい。そんな事を言いたかったわけじゃないんです」

 

「ふふっ分かってますよ。でもごめんなさい。宙さんに危害を与え続ける限りウルティノイド…ダークファウストは私達にとっての敵なんです。彼の力こそ宙さんのお陰で私達を守る盾となってくれていますが、彼自身を受け入れる事はどうしても出来ません。……分かって下さい」

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

瑞緒が部屋から出ていくと照明は落とされ、白く明るかった空間があっという間に黒に塗りつぶされてしまう。機械の駆動音が響いてくると同時に宙は目を閉じた。

 

(ファウスト……貴方が今何を思っているのか、結局私には分からないままだった………………)

 

昨日の戦いの疲れからか、ベッドに横になると無条件で眠気が襲ってくる。宙は首元をくすぐる様に掛かった自分の髪を軽く払うとすぐに眠りにつき始めた。

 

 

 

「主任、宙さんのバイタル、脳波共に異常ありません」

 

「分かりました。引き続き処置を続けて下さい。もし何か異常があれば作業はすぐに中断します。くれぐれも慎重に」

(……安心して下さい宙さん。私達がもうすぐ元の生活に戻れるようにしますから)

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

???

 

「……眠りましたね」

 

「よし、あれを起動させて奴の体にビースト振動波を照射しろ」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん……んぅ?」

目が覚めるとそこは薄暗い空間

(私、いつの間にか寝てたの?)

 

辺りを見回すと薄暗いせいで周囲がよく見えない。しかし、この場所がさっきまでの治療室ではない事はすぐに理解できた。

 

(……何…ここ?)

ドス黒い瘴気が身の回りを覆い尽くし辺りを漂っている。瘴気以外に何も無いせいで距離感が掴めず一歩踏み出す事が出来なかった。

 

(………嫌な夢…早く覚めて)

宙は四つん這いになると手探りで周囲の状況を確認しようとする。見渡す限りの一面が闇に覆われた荒地。いくら前に進んでも周囲の薄暗い景色は変わり映えしなかった。

 

(嫌だ……怖い)

胸の奥から湧き上がってくる恐怖に視界が滲んでしまいそうになるのを必死に堪え、ぐっと飲み込む。辺りを漂う瘴気は次第に体に纏わりついてくる様で気持ちが悪い。少しでもその嫌悪感から逃れる為に目を瞑りながら進もうとしたその瞬間、何かにぶつかった。

 

と思った瞬間、後方に大きく吹き飛ばされる。蹴飛ばされた様な感覚ーーー何かが私の目の前にいる

薄暗い前方に向き直り目をすがめると、暗闇の中に微かな紫の光が漏れている。

 

「………嘘……あぐっ⁉︎」

大きく見開かれた瞳の中に人型の輪郭が映し出され、首を掴まれる。

 

 

 

ーーフォートレスフリーダムーー

 

「ア⁉︎ ……ガァァァ⁉︎」

ベッドの上で静かに横たわっていた少女の体が激しく暴れ出す。周囲の機械を巻き込みながら部屋の中を転げ回っていた。

 

 

 

「宙さん⁉︎ …すぐに処置を中止して‼︎」

瑞緒の悲痛な叫びが響く中、研究員達が慌ただしく動き始める。

 

「主任‼︎これを……」

 

モニターに映し出された状況を確認し、瑞緒は絶句する。

 

「誰だ‼︎ビースト振動波を照射したのは⁉︎」

 

 

 

 

 

       

 

【長かった】

 

【自らの体を矮小な人間に支配される屈辱………私の力を下らぬ正義の為に利用される苦しみ………漸く解放される】

 

【私を潰すつもりだったらしいがわざわざビースト振動波を照射し逆に力を送り込むとは………貴様らは相当な馬鹿だ】

 

【この空間で貴様の精神を破壊し、肉体を奪ってやる……光を飲み込む無限の闇ーーダークフィールドが貴様の墓標だ】

 

 

刹那、周囲を覆っていた瘴気が弧を描くように収束、彼の左手の中に収まると上空に打ち上げられた。空間が融解する様に崩れ始め、赤黒いオーラが周囲を蝕んでいく。

 

 

宙は渾身の力を振り絞って彼の腹を蹴り、拘束から脱出する。

 

「ゲホッ‼︎………何で……何で貴方がここに⁉︎」

 

宙の前に立っているのは、巨人としての宙のもう一つの姿……

 

「ファウスト…‼︎」

 

黒い魔人–––––––––––ダークファウストの黒く濁った瞳には明確な殺意が宿っていた。

 

 




7話以降あまり言及してませんでしたが、ダークファウストは自分の肉体で好き勝手にビーストと戦っている宙の事を快く思っていません。

彼ともきちんと話し合いをしないといけませんね


あ、それからZは本当に素晴らしい作品でした。Zで勢いに乗ったウルトラシリーズが今後も末長く続いてくれる事を心より願っています。続けて


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21.行く末

Zや虹が咲 どちらとも大好評だったのに劇場版や続編の情報が一切無いのが寂しいです…でも最高の状態で締め括るのも良いのかも知れませんね

前回についてですが、ネクサス本編でネクサスの変身者にビースト振動波を照射して人体実験を行う描写がありまして……最後の描写はそれをオマージュした感じです
所々曖昧な描写があってすみません



宙の視界に飛び込んでくる景色は目紛しく変わる。

ベッドの上から真っ黒な空間……そして今、赤黒い空に不気味な光が明滅する空間が目の前には広がっていた。

 

そんな中、彼女の見開かれた瞳はその先に佇む影を捉えている。

 

ダークファウスト–––––かつて終わりの見えない孤独に苛まれ、生きる意欲を失いかけていた宙に手を差し伸べた黒い魔人。

 

「私に服従しろ……それならば身が滅ぶその時まで貴様の理解者になってやる」

 

宙の肉体を利用して一万年前の戦いで失われた肉体を取り戻そうとしたウルティノイドと、彼の思惑に気付き、利用されているだけだと悟りながらも人間の生活圏で生きる事が出来なかった為に彼を頼り続けた少女。

 

彼らの利用する・服従するの関係はあの日……初めて宙がダークファウストとして内浦の海に降り立ち、力を行使したあの時に瓦解する。

 

1つの肉体に宿る2つの意思が対立している今、どちらか片方が淘汰されようとしていた。

 

 

【一つだけ教えてやる】

赤黒い空間内にファウストの声が響く。  

 

【貴様と私は今、互いに精神体……この空間で戦い、勝利した者がこの肉体の主になる。今まで通り人間と仲良しごっこがしたければ全力で私を殺しに来い。私も全力で貴様から全てを奪いに行く】

手短に話を終えたファウストは腰を低く落とす。

 

「ま、待ってよ!私は貴方と殺し合うつもりは無い。まずは私の話」

宙が言葉を言い切る前に目の前の赤と黒に覆われた空間からファウストの姿が消える。

 

【動かないなら】

瞬きする間もないまま黒い影が宙の眼前に現れる。

 

【死ね】

ファウストの拳は躊躇なく宙の鳩尾を撃ち抜いた。

 

「……ぉ⁉︎」

腹から迫り上がって来る鈍い痛み。それは現実で感じるものと全く一緒だった。

 

目の前が真っ白になる。

 

 

 

 

 

 

「ギャアァァァァ‼︎」

 

「宙さん!」

瑞緒達が宙のいる治療室に駆けつけると、腹部を抑えた宙が部屋中を転げ回っていた。先程まで穏やかに過ごしていた少女が髪を振り乱しながら暴れ回り、周りにある物を蹴散らしていく………瑞緒はその凄惨な光景に顔を真っ青にしながらも、宙に駆け寄ろうとする。

 

「危険過ぎますよ!あんな状態で近づいたら怪我どころじゃ済みません‼︎」

研究員達はそんな彼女を必死に抑え込む。宙は以前、並大抵の脚力では破壊出来ない強化ガラスを蹴り破った事がある。自我を失い見境無く室内にある物を破壊している今、彼女を直接抑え込むのは不可能に等しかった。

 

「このままじゃ宙さんが……宙さんがぁ………何でこんな事に、ぇ?」

 

「分かってますから!落ち着いて下さい!貴方が取り乱していたらどうにもならないでしょう⁉︎」

瑞緒は頭を抱えながら宙から背を向けてしまう。刹那背後から彼女に飛びかかる宙の黒い影。

 

「危ない!」

瑞緒の盾になるように2人の研究員が割って入った。

 

「ぐあっ!?」

宙に比べてかなり大柄な体格の研究員が2人まとめて地面に抑えつけられてしまう。

 

「ゥゥゥゥゥゥ……」

 

「うわぁぁぁ‼︎」

目を剥きながら獣の様に喉を鳴らすその姿に、抑えつけられている研究員は堪らず悲鳴を上げてしまう。自我を失ったまま目の前の人間の首を締め上げようとしたその瞬間、発砲音と共に宙の体が側面に大きく吹き飛んだ。

 

「はあっ……はあっ……」

その先には銃を構えた瑞緒

 

「主任……撃ったんですか⁉︎」

 

「大丈夫…麻酔弾です。異星獣捕獲用ですけど」

瑞緒はそのまま地面にへたり込む。

 

「早く宙さんに取り付けた機械を外して下さい」

 

「もう全部外れてます。取り敢えず何とか落ち着いたようです」

宙は地面に倒れ込みもう暴れる事は無かったが、それでも彼女の表情は苦痛に歪み体を小刻みに震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぁぁぁぁ!?」

木の葉の如く体が宙を舞い、夢でも現実でも無い空間に何度も体を打ちつける。すぐ側まで近づいてくる足音を感じながら反射的に身を起こすと、直前まで宙の頭があった場所を爪先が鋭く反り返った赤い足が踏み抜いた。

片膝をつきながら急いで立ち上がろうとするも、体勢が崩れガラ空きになっている脇腹に再度蹴りが叩き込まれる。

 

「うげぇ……ッ」

さっきから起きあがろうとしては蹴られの繰り返し。ファウストの攻撃が止む事は無い。

 

「もうっ……いい加減にして!」

首元に向かって伸ばされた腕を掴み、受け止めながら声を絞り出す。

 

「何でこんな事……」

 

【…………】

突き出された腕から放たれる拘束力が更に強くなる。

 

「貴方とは戦いたくない…まだ私達あの日から何も話していないでしょう!貴方に話したい事、沢山あるから!私がこれまでに出会った大切な友達、家族の事……皆んなに会う事が出来たのはこれまで私を育ててくれた貴方のおかげなんだよ‼︎」

 

【黙れ】

バランスが崩れ景色がひっくり返った。ファウストの腕を抑えるのに精一杯で、足元の注意が散漫になっていたところを蹴り払われてしまったのだ。

 

「きゃうッ‼︎」

 

【随分と女々しい声を上げるようになったもんだ……この程度の人間に今まで……】

ファウストは地面を転がる宙を踏みつけ動きを止めると、その長い髪を乱暴に掴み、引き寄せる。

 

【お前は私の為に戦い、私が復活する為の力を蓄えてからその身を差し出す筈だった。それなのに何故……何故私に支配されない?貴様は一体何だ?何故私の邪魔をする?】

 

「うぅ……ッ!」

容赦無く放たれる膝蹴りを手を交差させる事で辛うじて受け止める。だかファウストは宙が下腹部のガードを緩める前に彼女の襟首を掴んで無理矢理顔を上げさせると、渾身の力を込めて殴り付けた。

 

「ぐふっ…」

強い衝撃と痛みが伴いまた転んでしまいそうになるのを何とか堪え、数歩後ろに下がる事で踏みとどまる。

 

【……手応えが無さ過ぎる。そのくせ足掻く……一体どういう事だ?】

 

「私は今まで勝手に貴方の力を使い続けた。それを都合良く言い訳する事なんて出来るわけないよ。だから行動で示すしか無い。私が殴り返したら………もう後戻り出来なくなる」

 

千歌さん達と会う前にファウストは言っていた。私には何も無い……と。確かに最初は何も持ち合わせていなかったけど、千歌さん達の優しさに触れ、Aqoursの皆んなと出会い、沢山の人と絆を紡ぐ事が出来た。何も無いのなら、少しずつ積み上げていけば良い。そして、紡いできた関係は絶対に失いたく無い。それがダークファウスト……貴方であっても。

 

「貴方のこれまでの怒り・憎しみは私が全部受け止める!貴方と過ごしてきた時間を、繋がりを失いたく無いんだ‼︎例えそれが偽りの関係であったとしても」

宙は目の前の魔人に向かってあらん限りの声を張り上げた。

 

【………そうか。貴様はこの殺し合いからは何も見出す事が出来ないと言っているのだな】

ファウストは握られた拳を緩め、手の平をじっと見つめる。

 

「ファウスト……!」

宙は引き締めていた表情を緩め、笑みを浮かべる。

 

【甘ったれた理想論者が……反吐が出る!】

 

「え?」

刹那ファウストの指先から紫の光が迸り、放たれたダークフェザーが宙の胴体を貫いた。

 

【私と過ごしてきた時間を失いたく無いだと?笑わせるな!ビーストを嬉々として殺し続けてきた貴様が今更何を言う】

蹲る宙の体を立て続けに無数の光弾が貫き、弾け飛ぶ。

 

【私もビーストも大して違いは無いというのに……まあどうしようも無いだろうな。私の力が無ければ何も出来ない貴様には】

 

【自分にとって都合の良い物は受け入れ、害になる物は排斥する。貴様も結局周囲の人間とやる事は何一つ変わらない】

 

【そんな人間にこれからも力を利用されるだと?ふざけるのも大概にしろ!私は私自身の目的を果たす為にこの力を使う。そのためには……貴様の意思は邪魔だ】

 

「ごっ……は…」

少女の体勢は大きく崩れ、遂に地面に体を横たえてしまう。それでもファウストの光弾乱射は止まらない。

 

【どうした?私の怒り・憎しみを全て受け止めるのだろう?その気が本当にあるのなら早く立ち上がるがいい…その前に貴様の精神は死んでしまうかもしれんがな】

ファウストの声が次第に遠ざかっていく–––––––––

 

 

 

 

Aqoursの面々、十千万の皆、ナイトレイダーの隊員達、イラストレーター、瑞緒……脳裏に今まで私が出会った人々の姿が浮かび上がり、様々な光景が混ざり合いながら収束しやがて眼前に小さな光が灯る。

思い返せば今まで会った人は皆進んで私に歩み寄ってくれた。私はお膳立てに乗っかり行動していたに過ぎない。だから、今度は…今度こそ私が歩み寄らないとダメなんだ。

これは彼に直接語りかける事が出来る最後のチャンスだから。

 

ファウストの自由を私が奪っているのならどうすれば良い?どうやったら彼に理解して貰える?

 

………答えは程なくして出た。

 

今まで通りファウストの力を借りながら皆んなを守るには––––––

 

 

 

 

ファウストは地面に転がっている少女を見据えると、ゆっくりと近づいていく。

【随分と手こずらせてくれたな】

 

【これで私も漸く………⁉︎】

地面を踏みしめる音と共に宙は再び立ち上がっていた。

 

【……馬鹿な】

宙はファウストに微笑みかけ、彼を招き入れる様にゆっくりと両手を広げる。

 

【いい加減………消えろぉぉぉぉ‼︎】

ファウストの手刀が宙の胸部を貫いた。

 

【な……⁉︎】

全てを受け止める。その言葉通り彼女は命が絶たれる程の一撃も正面から受け止めた。宙の体の半分は黒く染まり、手刀を放ったファウストの腕からは宙の命の流動が流れ込んでくる。

 

「貴方に体が必要なら、私の半分を貴方にあげる。それなら貴方も都合の良い時に私の体を借りる事が出来るでしょう?」

 

【馬鹿な!……私と貴様は目的が違う。 奴を殺し、この世界を闇に塗り込める為に造られた私に共存など考えられる筈も無い‼︎人間の命を奪う事だって容易く…】

 

「その目的を果たす前に人間の温かさを貴方にも知って貰えば良い!ほら、今だって温かいでしょ?」

宙は体からファウストの腕を引き抜くと、優しく包み込んだ。

 

「この温もりは皆んなから貰ったもの……ビーストの危険に侵されながらも今を精一杯生きる人達の素晴らしさを貴方にも知って欲しい!私に生きる意味を教えてくれた大切な人達の事を」

 

【意味が分からん。貴様のその異常な自己犠牲の精神は一体何なんだ?ウルティノイドも貴様が今まで殺してきたビーストと変わりないというのに】

 

「それは違う」

宙は膝をつき、ファウストに寄りかかりながらも言葉を続ける。

 

「貴方とビーストが同じだというのなら、何で今こうやって話し合う事が出来るの?何で私を育ててくれたの?」

 

【………】

 

「私は内浦の皆んなも、貴方も…どちらも失いたく無い。今は生きる理由が違うかもしれないけど、共に歩む事が出来る様にしてみせる……だから!」

どちらか片方を淘汰せず、共に生きる。不器用ながらもそれが宙の出した答えだった。彼女は距離をとったファウストにフラつきながらもゆっくりと歩み寄っていく。

 

【やめろ……近づくな…来るな!】

ファウストは再びダークフェザーを射出するが、それは宙に直撃する前に霧散してしまう。

 

【⁉︎ 何故だ?何故当たらない?】

思わず光弾を放った腕を凝視した瞬間、地面を蹴る音と共に宙が飛び込んで来る。ファウストは応戦しようとするが、一切の殺意を感じさせない潤んだ黒い瞳を前にして全く動く事が出来なかった。

 

軽い衝撃と共に2人はぶつかり合い、宙は黒い魔人をーーー

 

【な⁉︎】

思いっ切り抱き締めた。

 

【離せ!】

 

「嫌だ!絶対離さないもん‼︎」

 

【はぁ!?】

ファウストは必死にホールドを解こうとするが、彼の体に回された二つの細い腕は硬く締まって離れない。

その後も両者はもつれ合う様に転がっていたが、やがてファウストは抵抗する事を諦め、押し倒される形で地面に転がっている彼は赤黒い空を仰ぎ見る。

 

【……………はぁ……もう良い…】

ここ(ダークフィールド)で彼が起こそうとした事……その全てが馬鹿馬鹿しくなった瞬間だった。

 

光を通さない静かな空間で少女の啜り泣く声だけが響き渡っていた。

 

【…………泣くのは弱者のする事だと……言ってなかったか?】

 

「そんな事分かってる……私弱いもん」

 

【………】

 

 

 

 

フィールド一帯に亀裂が走り瓦解しようとしている最中、ファウストと宙は静かに向かい合っていた。

 

【貴様が体の半分を私に差し出したという事は、私も自由に活動出来るという事だ……その意味が分かるか?】

 

「分かってる」

 

【私は貴様の意思に関係無く行動する。……第一目的は奴を……ノアを抹殺する事だからな】

 

「………分かってる」

 

【手段は選ばない。邪魔をするなら貴様の周囲の人間にも容赦はしない】

 

「それは駄目」

 

【…………】

 

 

亀裂は空間一帯に広がり直上から砕け散り始め、辺り一面が白く霞む。

 

【人間の事などどうでも良いが、貴様には少し興味が湧いてきた……貴様の意思がこの先何をもたらすのか……】

 

【その行く末を見届けてやる】

 

ファウストのくぐもった声が途切れると同時に、目の前が真っ白になったーーー

 

 

 

 

 

「………んぅ?」

目を開けるとそこにはこちらを覗き込む沢山の顔。目の焦点がはっきりと合い、見える景色の輪郭が鮮明になった瞬間、割れんばかりの歓声が響き渡る。

 

「……え?え?…ぎゅ⁉︎」

辺りを見回そうとした瞬間、誰かに思いっ切り抱きしめられる。

 

「良かったあ……宙さん…戻って来て本当に良かったぁ……」

もう耳慣れてしまうくらいに聞いた頼りなさそうで、それでいて何処か優しさもある女性の声。

 

「瑞緒さん………苦しいです…離して下さい」

 

「嫌です!暫くは絶対離しませんから‼︎処置を中断してからも凄く苦しそうにしてたんですよ……もう駄目かと何度思った事か分からないですよ」

 

(あれ?……デジャブ……?)

 

 

 

ひとしきりもみくちゃにされた後、自分の身体を確認してみると何処にも傷跡の様なものは残っていなかった。結局あの後どうなったのかよく分からないが、彼と思いをぶつけ合う事が出来たのは紛れも無い事実であり、私にも今後少なからず代償が伴う事は覚悟しなければならない。

 

彼は私の事を受け入れてくれたのだろうか?………いや、彼は御伽話のヒーローとは少し違うし、そう都合良く事が進むとは思えない。

 

はっきりとしない事ばかりではあるが、それでも一つだけ分かった事がある。 

気が遠くなる程長く感じた3日間の後に十千万に帰り、再びいつもの学校生活に戻ったその時にふと気が付いた。

 

Aqoursと一緒に居ても、もう以前の様に体の内から湧き上がる拒絶反応みたいなものを全く感じなくなっていたのだった。

 

 

ーーー

 

 

ーー十千万旅館ーー

それはある日の新しい1日の始まり。千歌の部屋に志満でも美戸でも無い1人の少女が飛び込んで来た。

「千歌さん、起きて下さい。もうすぐアラームが鳴りますよ」

 

「うぅ……せめて鳴り出すまでは寝かせてよ……」

 

「もう後5分も無いですよ……それに今日は私達で朝ご飯準備する日じゃないですか。3分でも2分40秒でも早く起きた方がいいに決まってますって!」

 

「………途中まで1人でやって貰えないかな?……まだ眠い…お布団…あったか……い…」

 

「…………分かりました」

宙は一息吐くと千歌の布団に手を掛ける。

 

「私も一緒に寝ますね♪」

 

「あああ分かったから!起きるよ!起きるからもう服は脱がないでぇ‼︎」

 

他の誰かから見たらありふれてるのかもしれないけど、私にとってはかけがえの無い大切な日常。心躍るこの楽しく、素晴らしくもある日常を守る為なら私は何だってやってみせる。

 

「おはようございます、千歌さん」

 

「ふふっ、おはよう。宙ちゃん」

 

彼女達と共に生き、彼女達の望む夢を共に追いかける。それが私の生きる理由………そして

 

「ファウストも……おはよう」

 

【………】

 

彼とだって………共に生きていく。

宙は自分の胸にそっと手を置いた。




何かとんでもないキャラ崩壊をしてしまった様な気しますが、ダークファウストとのわだかまりは一応これで何とかしたつもりです。すみません……

漸く次回からサンシャイン本編の内容に触れていきます。何卒宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22.廃校

明けましておめでとうございます




「ああああ………」

少女は受け入れ難い現実を目の当たりにして思わず口元を手で抑える。

 

(……信じられない)

………いや、本当は少し前から何となく気付いていた。こうなったのは気付いていながらも目を背けていた自分の失態だろう。それでも確固たる証拠を突きつけられると目を背けてしまいたくなる。だが、受け入れなければならない。自らの行いに責任を持ち、向き合わなければ今起きている現実と戦う事など出来ない……から。

 

宙はため息を吐きながら体重計に目を戻した。

 

「でも、ひと月足らずで4キロも増えてたなんて事………ある?」

鏡で自分の姿をまじまじと見つめ直す。

 

(見た目に変化は無いんだけど)

身体中あちこちをぺたぺたと触ると、骨と皮で結構硬かったはずの体が緩く反発するようになっていた。以前に比べて身体中が情け無い事になっていると嫌が応にも実感させられてしまう。

 

腕を組み考えること10秒。頭に浮かんでくるのは運動する自分とご飯を頬張っている自分。2つを秤にかけ、頭の中で完成させた天秤がご飯を頬張っている自分の方に大きく傾いた。

 

スクールアイドル部の練習が緩いとは断じて思っていない。寧ろ普通の人間には十分過ぎると思える程の練習量だ。だが、それでも自分の日々の消費量分を賄う事は叶わなかったらしい。

 

学校では千歌達に昼食のおかずを分けてもらい、購買でお菓子やパンを買い、帰る途中に商店街に寄り道すると店の方から無償で食べ物を頂戴して帰りながら食べる。千歌の家では旅館特有の巨大な釜の飯の半分以上を自分が平らげる。

 

(………)

頭の中に「タダ飯食らい」の文字が思い浮かんだ。

 

(もしかして私ってとんでもないくらい厚かましいことしてるんじゃ) 

 

宙は自分の両頬を掴み、左右に思いっ切り引っ張っる。

 

(………これは戒めよ)

少女は食生活を今一度見つめ直そうと心に誓った。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

ーー浦の星女学院ーー

 

「どういう事ですの⁉︎」

突然理事長室に押し掛けたダイヤは、胸ぐらを掴まんばかりの勢いで理事長に詰め寄る。本来なら咎められる事だが、その理事長は3年生でありダイヤの幼馴染。彼女が遠慮する理由は何処にも無い。

 

「書いてある通りよ。……分かっていた事でしょう?」

その理事長ーー鞠莉は詰め寄るダイヤを躱す様に椅子を横に回転させながら呟いた。

 

「それは……」

 

「ただ、まだ決定では無いの。待って欲しいと私が強く言っているからね」

鞠莉は穏やかな声音で言葉を続ける。

「何の為に私が理事長になったと思っているの?この学校は無くさない。私にとって…どこよりも大事な場所なの」

 

「方法はあるんですの?入学希望者はこの2年でどんどん減っているんですのよ?」

 

「だからスクールアイドルが必要なのよ」

 

「鞠莉さん…」

 

「私もあの時言ったでしょう?諦めない…と。今でも決して終わったとは思っていない」

 

「私は…私のやり方で廃校を阻止しますわ」

差し伸べられた鞠莉の手を握り返す事無くダイヤは理事長室を後にする。

 

「………はぁ」

1人残された鞠莉は緊張を解くように小さく息を吐き出した。

学校の事はまだ良い。まだいくらでも手の打ちようがあるし、私が何とかしてみせる。問題は……

 

「ーーーー!!!!!!」

 

内浦に現れた怪物達。ヘリの中から、校舎から見たあの悍しい光景。頭の中にはまだ彼らの怨嗟の叫びがこびりついている。

それなのにダイヤや果南以外に誰もあの怪物達の事を覚えておらず、壊された建物は次の日には元通りになっている。

 

「こんなの……こんなの絶対におかしいよ」

あるべき平和な日常が、少しずつ壊され始めている。その事に殆ど誰も気付いていない事への恐怖。そして……

 

「デァァァ‼︎」

 

あの怪物達を狩るように現れる黒い巨人。

 

「貴方は誰?私達の味方なの……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっくしょい」

突然小さなくしゃみをした宙に、隣で昼食をとっていた梨子がポケットティッシュを渡す。

 

「はい、どうぞ。……風邪?」

 

「いえ、急に鼻がむずむずしてしまって…あ、わざわざすみません」

 

「…ねぇ、宙ちゃん、他の子にもっと話しかけてみても良いんじゃないかな?私達といる時以外ずっと1人でしょ?」

 

「皆んなに宙ちゃんの事もっと知って欲しいの」

曜や千歌が心配そうに声を掛けるが、宙は首を横に振る。

 

「良いんです。色々あって何だかちょっと気まずいですし、それに」 

持っていた本を机に置くと、3人に向かってはにかむ。

 

「千歌さん、曜さん、梨子さん……Aqours。もう私には大切な友達が居ますから。充分過ぎますよ」

 

「宙ちゃん……これあげる」

いつも通り曜は弁当の一品を宙の口元に持っていこうとする。

 

「わあっありがとうごz………すみません。曜さんのお母様が作られた大切なごはん……私が食べて良い物じゃ無いですよ」

 

「えっ……いやでも、いつもに比べて全然食べてないよね?」

 

その黒い巨人が浦の星の校舎で粛々と学校生活を送っている事を鞠莉は知る由もなかった。

 

 

ーーー

 

 

「私だけでも知らないと………今何が起こってるのか」

鞠莉はパソコンに向かうと内浦で起きている事……… ここ最近で起きた事件に関する記事、ネット上での噂等を綿密に調べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだよね〜マジムカつく…よね〜………よね」

 

学校が終わる頃。堕天使の一件から学校に毎日来るようになった善子はぎこちない喋り方ながらもクラスメートと楽しそうに会話していた。その様子を花丸は嬉しそうに見守っている。

 

「ふふっそうだよね!」

「じゃ、私達はお先に……練習頑張ってね!」 

 

「うん!ばいばーい!」

 

クラスメートが「やっぱり善子ちゃんって面白い」と呟きながら教室を出ていくのを確認した途端、善子は机の上に突っ伏してしまう。

 

「疲れたぁ……普通って難しい…」

 

「無理に普通にならなくても良いと思うずら……よっ!」

労いの言葉をかけながら善子のシニョンに黒い羽根を突き刺す花丸。途端に善子はバネ仕掛けの人形の如く跳ね起きた。

 

「深淵の深き闇からぁ〜〜ヨハネ、堕天‼︎」

 

「やっぱり善子ちゃんはそうじゃないと」

やっぱり堕天使になってしまう善子を見て花丸は何度も頷く。そんな2人を他所に、ルビィが真っ青な顔をしながら駆け込んできた。

 

「大変!大変だよ‼︎学校がーーー」

 

 

 

 

ーー部室ーー

「「「「「統廃合ぉ⁉︎」」」」」

その報せは突然舞い込んで来た。

 

「そうなんです。沼津の学校と合併して、浦の星女学院は無くなるかもって……」

 

「そんなぁ!?」

「いつ!?」

 

「それは……まだ…一応来年の入学希望者の数を見てどうするか決めるらしいんですけど」

ルビィの話を聞くと皆黙り込んでしまう。

 

浦の星女学院自体、全校生徒を合わせても80人足らずの小規模校で、もしかしたら……とこれまでもまことしやかに囁かれてはいたのだが、実際に生徒会長の妹であるルビィから「廃校」という言葉を聞くとその重みが違った。

 

「……嫌です」

やがて宙が小さく呟く。

 

「え?」

 

「そんなの嫌です……だって、沼津の高校と統合したらクラスも沢山別れちゃいますよね?そんな事になったら私、千歌さんや曜さん、梨子さんと離れ離れになっちゃうかもしれないじゃないですか……」

崩れ落ちるように部室のパイプ椅子に腰掛けた宙は、身体の震えを抑えるように自らの肩を抱き寄せる。

 

「皆さんのいないクラスで1人……無理です。生きていけません」

 

「大袈裟すぎない⁉︎」

善子の言葉にも悲しげな表情をするだけで宙は何も答えない。

 

「宙ちゃん、あんまり自分からクラスメートに話しかけたりしないの…いつもは私達と一緒にいるからあんまり困る事は無かったみたいだけど」

 

「まだ決まったわけじゃ無いですし、そんなに落ち込まないで下さい」

ルビィは椅子の上で萎んでいる宙に近付いて励ますと、宙はもたれかかる様にぴたりと身を寄せて来た。

何だか姉に甘えられている様な気分になり、嬉しくなったルビィは宙を撫でる。

「えへへ……よしよし」

 

「あんた実はあんまり気にしてないでしょ」

すぐに表情を綻ばせる宙を見て善子は呆れた声を漏らす。

 

とは言え、気兼ね無く会話できる友人が少なく、まだ完全にクラスに馴染めていない状態でまた住む環境や人間が変わるのは、引っ込み思案な彼女にとってそう簡単に受け入れられるものでは無かった。

 

「はいこう……?」

「「え?」」

それまで顔を伏せ沈黙を保っていた千歌が突然勢い良く顔を振り上げる。

 

「キタ! 遂に来た‼︎統廃合ってつまり、廃校って事だよね?学校のピンチって事だよね?」

 

「千歌ちゃん?」

 

「心なしか嬉しそうに見えるんだけど…」

あまりのショックに壊れてしまったのだろうか。目の前で手を振り意識は正常か確認を始める曜を気にも留めず千歌は飛び跳ね始める。

 

「だってぇ!」

 

「廃校だよーー‼︎ 音ノ木坂と、いっしょだよ〜‼︎」

窓際から飛び出したと思ったら入り口から高速でフェードイン。あまりにも軽快な動きを見て目を白黒させている一同を尻目に、

 

「これで舞台が整ったよ!私達が学校を救うんだよ!」

千歌は一番近くにいた善子の手を握り締めて抱え込む。

 

「そして輝くの–––––あのμ'sのように‼︎」

そしてバレエダンサーの様にポーズを決めたまま指先を天に向かって突き上げた。

 

「そんな簡単に出来ると思ってるの?」

日頃のダンスの練習の賜物か、ツッコミながらもきちんとポーズを決めている善子。

 

「花丸ちゃんはどう思う?」

頭を撫でながらルビィは背を向けて微動だにしない花丸に話しかける。

 

「統廃合ぉ!」

 

「こっちも!?」

千歌同様に花丸は瞳を輝かせながら振り向く。

 

「が、合併という事は、沼津の学校になるずらね?あの街に通えるずらよね?」

 

「ま、まぁ……」

 

「うひょぉ〜〜」

 

「相変わらずね、ずら丸……昔っからこんな感じだったし…」

見慣れない都会や施設に感激するのは昔から変わらないらしく、幼稚園の頃花丸と一緒に過ごしていた善子は苦笑する。

 

「善子ちゃんはどう思う?」

 

「そりゃ統合した方が良いに決まってるわ!私のような流行に敏感な生徒も集まっているだろうし」

善子は胸を張りながらそう答える。案外一年生達は廃校を悪くは思っていないようだ。

 

「良かったずら〜中学の友達にも会えるずらね!」

 

「統合絶対反対〜〜‼︎」

中学校の頃の黒歴史を掘り返されてしまい、善子は一瞬で先程の発言を翻す。

 

「とにかく!廃校の危機が学校に迫っている今、Aqoursは学校を救う為行動します!」

様々な意見が飛び交う中、千歌は机の上を軽く叩いて皆の注目を集めると高らかに宣言した。

 

「ヨーソロー!スクールアイドルだもんね!」

 

「でも、行動って何をするつもり?」

 

「………へ?」

 

「「「「「え?」」」」」

廃校阻止への道のりは遠い。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「結局、μ'sがやったのはスクールアイドルとしてランキングに登録して……」

準備運動しながら考える。

 

「ラブライブ に出て有名になって!」

長い階段を駆け上がりながら考える。

 

「生徒を集める……」

疲れて砂浜に寝転がりながらも考える。

 

「それだけなの!?」

あまりの少なさに曜が驚いた声を漏らす。

浦の星と同じく廃校の危機に晒されながらも見事にその危機から学校を救い出したμ's。話だけ聞くとやっていた事は他のスクールアイドルと変わらないように思えてしまう。

 

「あとは………あ!そうだ‼︎」

流れていく飛行機雲をなぞっていた千歌が急に声を上げる。

 

「何か思い付いたんですか?」

 

「うん!これならいけるかも–––––」

 

 

 

 

 

 

「内浦の良い所?」

 

「そう!東京と違って外の人はこの街の事知らないでしょう?だからまずこの街の良い所を伝えなきゃって!」

 

「それでPVを?」

 

「そう!μ'sもやってたみたいだし、これをネットに公開して皆んなに知って貰うの!」

 

「知識の海ずら〜!」

千歌の発案によりこの日の練習は途中からPVの撮影となった。千歌が身振り手振りで説明しているところを早速曜がカメラに収めている。

 

「というわけで、一つ宜しく!」

 

曜は花丸にカメラを向ける。

「えっ…いやま、マルには無理ず……いや無理」

 

「ピ⁉︎ピギッ!」

ルビィを画角に収めた瞬間、彼女の姿が消えてしまう。

 

「あれ?」

画面から目を離し、辺りを見回してもルビィは何処にも見当たらない。

 

「視える……あそこ–––––っよ‼︎」

善子が指差したのは高い木の上。しかし、小柄な彼女が一瞬で3メートル以上ある木に登れる筈も無く……

 

「違います〜〜べー」

善子を揶揄うように反対側の看板裏から現れる。

 

【……下らん】

 

「何でよ!微笑ましいでしょう!」

体の中から聞こえてくる声を宙は嗜める。

 

【…………貴様も大概だな】

 

 

こうして、ドタバタしながらPVの撮影は始まったのだった。

 

 

 

 

 

ーーーパチンッ!

 

「どうですか?この雄大な富士山!」

 

ーーーパチンッ!

 

「それと、この綺麗な海!」

 

ーーーパチンッ!

 

「更に!みかんがどっさり!」

 

どこから借りてきたのか、映画の撮影に使われる拍子木を用いながら本格的に撮影は行われる。

 

 

ーーーパチンッ!

 

「そして街には!……えっと街には………」

 

千歌はサムズアップしながら笑顔で答えた。

「特に何も無いです!」

 

「それは言っちゃダメでしょ……」

カメラを下ろしながら曜がジト目を向ける。

住み慣れている街である筈なのに中々撮影は上手くいかない。頭を抱えそうになった皆を見て善子が不敵な笑みを浮かべながら手を上げる。

 

「しょうが無い。ここは堕天使ヨハネに任せなさい!」

 

 

 

 

 

善子はゴスロリの服を纏いカメラの前に立つ。誰も拍子木を鳴らそうとしなかった。

 

「フフフ………リトルデーモンのあなた。堕天使ヨハネです。今日はこのヨハネが堕ちてきた地上を紹介してあげましょう。まずこれが……土‼︎ アハハハハハハ!」

善子は積み上げられた小さな砂山を指差しながら高らかに叫ぶ。

 

「やっぱり善子ちゃんはこうでないと」

皆が口を閉ざして黙り込む中、花丸だけが彼女をフォローする様に笑顔で呟いた。

 

「……そうですよね!じゃ、じゃあ一旦切りますね」

録画停止ボタンを押そうとした時、宙は気付いた。若干顔を赤く染めながら振り向いた善子の指先は真っ直ぐ宙に向けられているのだ。

 

「え」

 

「ほら、宙!貴方もやって‼︎」

 

「えええ!?」

 

「私達は一昨日契約を交わしたばっかりでしょ?貴方は私のリトルデーモンよ!」

 

「りとるでーもん?な、何ですかそれ?私達は友達じゃ」

 

「私達の仲は友情の二文字で片付ける程容易いものではないはずよ!」

 

「ちょっと!宙ちゃんにまでソレ吹き込むつもり⁉︎ていうか恥ずかしいからって人を巻き込まないの!」

梨子は宙に助け舟を出す。しかし善子は引き下がらない。

 

「違うわよ!……マネージャーだからって遠慮しなくても良いじゃない。貴方だってAqoursの一員でしょう?私は貴方が自分を表現するところをもっと見てみたい!」

花丸が何か言いたげな表情をしているが、気にせず善子は言葉を続ける。

 

「…………」

 

「確かに……ちょっと見てみたいかも。宙ちゃんもやってみない?自分の大好きを叫び出す事。別に堕天使じゃなくても良いから…ね?」

 

「……………」

 

「おっ」

曜にカメラを向けられた宙は善子のポーズを真似ながら精一杯叫んだ。

 

「わ、私は宙!光を飲み込む………無限の闇です‼︎」

やっぱり善子の堕天使キャラを意識しようとしたが、自分でも何をやっているのかよく分からなかった。

 

「な、何か凄い悪役の台詞みたいだね」

 

「……貴方センスあるわ」

 

「うぅ……穴があったら入りたい……」

結局、PVの作成は根本から見直される事になった。

 

 

【(…………悪くない)】

 

 




束の間の平和・優しさを知った少女が得るものは本当に幸せだけなのか

もうそろそろしたらあのネズミみたいなアレが出てくるかも……しれません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23.潜む影

土下座

ただただ土下座

申し訳ありません


撮影を終えての帰り道。半日かけて海、沼津、伊豆長岡の商店街を回り、道なき道を歩き回った事で一同は疲れ果てていた。

 

「ねぇ、わざわざ山に登る必要ってあった?」

梨子が恨めしげに呟く。

 

「でも面白かったでしょ?」

 

「まあそれは……って面白くってどうするの⁉︎」

 

「あははは…」

千歌と梨子がそんなやり取りをしていると、突然後ろから短い悲鳴が響く。

 

「いたたたた…」

驚いて振り向くと、そこには足に傷を負ってしまったルビィの姿。地面に出来た起伏に蹴っ躓いて転んでしまったのだ。

 

「大丈夫⁉︎」

 

「あ、ちょっと擦りむいただけなので平気です」

 

「めちゃくちゃ血が出てるじゃないですか。きちんと手当てしないと」

言うが早いが宙は背負っていたリュックからティッシュや消毒液、包帯を取り出し患部に処置を施していく。Aqoursが外でジョギングや練習をする時に宙が必ず持ち歩くリュック。その中にはいざという時の為に様々な物が入っていた。

 

「宙ちゃん、手当て上手いんだね!」

手際の良さに千歌は思わず感嘆の声を漏らす。

 

「つい最近包帯の巻き方(・・・・・・)とか傷の手当てを教えて貰ったんです」

 

「そうなんだ!……誰に?」

 

「……?誰でしたっけ……あ、痛みますか?」

 

「大丈夫です。ありがとうございます!」

 

「いえいえ。…あ、こういう事できると何だかマネージャーっぽいですよね」

宙はリュックを前向きに据え何も背負っていない方の背中をルビィに向けしゃがみ込む。

 

「え?」

 

「足引きずってますよね?………おんぶさせて下さい」

 

「いや、でも先輩だって疲れてるんじゃ」

 

「まだ全然元気ですよ。頑丈さは取り柄なんです。だから遠慮しなくても大丈夫……ね?」

乗って下さいと言わんばかりに背中を揺らす宙。

ここまでされると断るのも難しく、ルビィはおずおずと背中に跨ると宙はゆっくり立ち上がって歩き始めた。……がすぐに立ち止まる。

 

「……ちょっと待って下さい」

歩くたびに彼女の長い髪の毛が舞い上がってルビィの顔にかかってしまうのだ。宙はわしゃわしゃと髪を退かそうとするが、どうにも上手くいかない。

 

「ふふっ」

ルビィはツインテールの片方を解き、空いたヘアゴムで宙の髪の毛を結び始める。

 

「これで大丈夫…ですか?」

 

「ありがとうございます…私、中々格好が付きませんね」

 

「そんな事無いですっ」

ルビィは恥ずかしそうに笑う宙に体を預けると小さく呟いた。

「お、お世話になります」

 

「こちらこそ」

ルビィがお辞儀すると宙も同様に頭を下げ、再び歩き始める。

地面を踏みしめる事で生じる小刻みな揺れと宙の息遣いにルビィは不思議と安らぎを感じていた。同時に以前にも感じた事のある温かな感覚を思い出す。

 

(そういえば昔お姉ちゃんにもおんぶしてもらって家の中を走り回ったんだっけ……)

ルビィは宙の体に手を回すと瞳を閉じた。視界は遮られふわふわとした感覚が体に残る。空を飛んでいるようなこの不思議な感覚が昔から好きだった。

 

「先輩の背中……あったかくて、柔らかいです」

 

「うっ」

不意にルビィがそう呟くと、宙の背中が僅かに揺れる。

 

「やっぱり私の体、ダルンダルン……になってますか?」

 

「そうじゃないです!なんて言うか、前にこうして貰った時よりも何だか心地良くなったっていうか」

 

「……やっぱり分かる人には分かるのかな」

 

「え?」

体重が増え、身体付きが変化してしまった事には気付いているのだが、いざルビィから指摘されると結構ダメージを受けてしまう。

 

––––––早く何とかしないと。

スクールアイドルとしてAqoursは皆可愛らしくアイドル然とした綺麗な体をしているのに、そのマネージャーがこのまま体重が増え太ってしまうのは情け無さすぎる。

 

宙は頭を振ると下山への歩を速めた。

 

 

ーーー

 

 

地面に出来た起伏はルビィが躓いた事で付着していた土が払い落とされ、膨らみを形作っていた物の正体が露わになる。

 

靴だった。

登山客が使うごく普通の底の厚い靴………その中には炭化した何かの塊がぎっしりと詰まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

ーー松月ーー

「お待ちどうさま。こんなに大人数だなんて珍しいわね。ごゆっくり」

 

帰り道。Aqoursの皆は喫茶店で今後のPVの撮影についての計画を練り直していた。

 

「どうかな?善子ちゃん。出来た?」

まだカメラを回していたり、美味しそうに運ばれてきたお菓子を頬張ったり……思い思いの休息を取る中、千歌は隅の席で編集作業に励んでいる善子に声を掛ける。

 

「簡単に編集してみたけど……お世辞にも魅力的とは言えないわね」

 

「やっぱりここだけじゃ難しいんですかね?」

 

「うーーーん……善子ちゃんの堕天使パフォーマンスみたいに私達の頑張り次第でもっと面白い感じになりそうだけど………あ、折角だから宙ちゃんのやつも入れてみようかな?結構面白いし」

 

「後で怒られても知らないわよ」

善子は千歌が操作するマウスを抑えながらやんわりと嗜める。

今この場に宙と梨子はいない。先程宙は用事があったと言って突然喫茶店を飛び出し

 

「うーーーん……じゃあ沼津の賑やかな映像を混ぜて………」

千歌の脳内で沼津をバッグに撮影が始まる。

 

○○○

 

「これが私達の街です!」

 

○○○

 

「そんなの詐欺でしょ‼︎」

トイレの中から梨子の声が聞こえてくる。彼女は喫茶店内で放し飼いにされている犬、「わたちゃん」に怯えてトイレから出てこられない状況に陥っていた。

 

「何で分かったの⁉︎」

考えている事を見透かされ驚愕する千歌。曜はそんな2人のやり取りを見て苦笑する。

 

「だんだん行動パターンが分かってきているのかも……ってうわ⁉︎終バス来たよ‼︎」

 

「嘘⁉︎」

 

曜と善子は慌てて喫茶店から撤退していく。

 

「だぁぁ!?もうこんな時間!?ほらっ花丸ちゃん!口に餡子付いてるよ!」

先程足を引き摺りながら歩いていたルビィは花丸を抱えるようにして店から飛び出していった。どうやら怪我の具合は大した事無かったらしい。

 

「結構何も決まらなかったなぁ……意外と難しいんだなぁ、良い所を伝えるのって」

わたちゃんを抱えながら千歌は溜め息を吐く。

 

「住めば都。住んでみないと分からない良さは沢山あるでしょ?」

 

「うん。でも学校が無くなるとこういう毎日も無くなっちゃうんだよね」

 

「そうねぇ」

 

「スクールアイドル、頑張らなきゃ」

 

「今更?」

わたちゃんが店の奥へと戻っていくと同時にトイレから出てくる梨子。揶揄うような口調とは裏腹に、その表情は穏やかな微笑みを浮かべていた。

 

「だよね。でも、今気がついた。無くなっちゃダメだって。私、この学校好きなんだ」

掛け替えの無い日々を自分達なりのやり方で守る。例え皆それぞれ胸に秘めた想いは違うのかもしれないが、Aqoursが共に目指す場所は一つだった。

 

「ふふっ」

千歌と梨子は顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。

 

「私だって!」

突然、息を少し切らしながら少女が入り口から顔を覗かせる。

 

「まだ生活し始めて日は浅いけど、この街の事好きです。私も皆さんのお手伝いしながら、一生懸命頑張ります!」

 

「……!」

 

「あ、宙ちゃん!用事は終わったの?」

 

「はい!学校に少し忘れ物をしてしまって……おっちょこちょいでした」

 

「ありゃりゃ…わざわざこっちまで戻って来なくても良かったのに……長い距離走って大変だったでしょ?」

 

「いえ、その……やっぱり皆さんと一緒に帰りたくて」

 

「もう!可愛い事言って………そんな宙ちゃんには……はい!これあげる。一個取っておいたから!」

 

「あっ……お気持ちは嬉しいですけど私、今減量しないといけないんです」

千歌から差し出されたお菓子を見て宙は首を横に振る。

 

「え、何で?宙ちゃん細いじゃん。ダイエットなんてする必要無いでしょ」

 

「ですが体重が一月で4キロも…」

 

「前が痩せすぎてたんだよ!凄いガリガリだったじゃん。ミイラみたいだったよ?だから多少増えても大丈夫!ていうか適正体重まで近づけて!」

 

「で、でも……ふむぅ!」

言うが早いが宙の口の中にパンケーキが押し込まれる。

 

(………嘘)

宙の足元を真っ直ぐ見つめ、梨子は首を横に振る。

 

(怪獣と戦ってたんでしょう?私達がここにいる間に……私達に悟られないために変に誤魔化して)

宙の足首には靴下を切り刻む程の裂傷ができていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー淡島ホテルーー

 

「……えぇ、委細承知しております。お嬢様にも何度もそう説明してはいるのですが……それが、こちらでやるべき事がありそれを果たすまでは戻るつもりは無い…と」

1人の男がホテルの裏口付近で近況報告を行っていた。

その屈強な体格の男ーー倉島剛(くらしまたけし)は元々航空自衛隊・百里基地第7航空団・第204飛行隊のF-15J邀撃戦闘機部隊長の任に就いていた凄腕のイーグルドライバー。退官以降、その類稀なる操縦技術を見込まれ小原家の専属パイロット兼鞠莉のボディーガードを任される事になったのである。

 

「こちらの事は私にお任せ下さい。お嬢様は私の命に変えてでも……縛ってでも良いから早く連れ戻せ?……無茶な事を言わないで下さい」

 

「はぁ……」

携帯を切り終わると、彼はがっくりと肩を落とす。豪胆な所は母親も娘も同じようで、ここ最近は鞠莉の言動に振り回されてばかりだった。板挟みとはこの事を言うのだろうか。

 

(まぁ…この長閑な街で安心して過ごせるのならそれも悪く無いのかもしれないな)

彼はヘリで鞠莉を内浦に連れてきた際、ビースト・フログロスの襲撃に立ち会ってしまっていた。そして立て続けにビースト・バグバズンの襲撃––––––安心も何もあった物では無いが、TLTの忘却装置・レーテによって人間はビースト襲撃の記憶を抹消されてしまうため、この街で起こっている事に殆どの人間は気付くことはない。彼もその例外では無かった。

 

倉島は身を翻してホテル内に戻ろうとすると、背後から足音ーーーホテルの裏口から入る事は禁止されているため、誰かが侵入して良い筈が無い。

 

「誰だ⁉︎」

反射的に振り返ると、そこには特徴的な長いポニーテールの少女が立っていた。

 

「貴方は……!」

 

「こんばんは。そしてお久しぶりです。おじさん」

頰に張り付いた髪の毛を横に流し、松浦果南は悪戯っぽく笑う。

 

「鞠莉に会わせてくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

長い廊下に2人の靴音が響く。時折すれ違う使用人は果南を見て訝しげな表情をするが、側を歩く倉島を見ると特に気にするそぶりもせず通り過ぎていった。

 

「1年ぶり……だよね?こっちに戻ってきたの」

 

「えぇ」

 

「やっぱり鞠莉に付き従うのは大変でしょ?」

 

「いえ……お嬢様は立派な方です。私を側に置くのが勿体無い程…」

 

「もう!」

果南は頰を膨らませる。

 

「前はそんなに畏まって無かったでしょ?変に気を遣わないでよ」

 

「ははっ…それもそうか。分かったよ」

専属パイロットという肩書きを持つ手前、航空機の他にも様々な車両や船舶を乗り熟す事ができる彼は、果南にも小型船舶操縦のやり方を教えた事があった。お互い良く見知った仲だったのである。

 

 

 

「……ねえ、私達達の学校が無くなるかもっていう話知ってる?」

昨今の事柄の談笑が途切れるのを見計って果南は話を切り出した。

 

「話には聞いているよ。お嬢様もそれを止める為に今対策を講じていると……ただ」

 

「ただ?」

言い澱む彼の姿を見て果南は首を傾げる。

 

「かなり無理をしているようで、どうにも危なっかしいんだ。今日も何かを調べようとして突然山に登り出そうと……お嬢様の話を聞いて貰えないかな?」

 

鞠莉の部屋の前まで案内すると、倉島は果南に向かって小さく頭を下げた。

「親友の君になら何か分かる事があるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー1週間後・理事長室ーー

 

『以上!がんばルビィ!こと、黒澤ルビィがお伝えしました!』

 

「どうでしょうか?」

千歌達が作成したPVを鞠莉は静かに眺めている。

わざわざ生徒会長を通す必要は無いのかもしれないが、一度部設立の際お世話になった身としては、今後ともご贔屓にしてもらえるよう学校の為に行っている活動をもっとアピールするべきだと考えたのだ。

これで評価して貰った場合、部費だってもう少し何とかちょろまかして……

やや浅はかな考えではあるが、決して無い話でもない。

 

皆が固唾を飲んで見守る中、鞠莉の頭がガクンと前に倒れる。

 

「………オゥ!?」

途中で寝ていた。

途端に千歌達はその場にへたり込む。

 

「もう!本気なのに!ちゃんと見て下さい‼︎」

 

「本気で?」

 

「はい!」

 

鞠莉はノートパソコンを閉じながら冷たく告げる。

「それでこのティタラァクなのですか?」

 

「て、てぃたらぁく?」

 

「…それは流石に言い過ぎじゃないですか?」

 

「そうです!これだけ作るのがどれだけ大変だったと思ってるんですか‼︎」

 

鞠莉の言葉に宙と梨子が反発する。特に梨子は普段中々見せない程の剣幕で声を荒げていた。

 

「努力の量と結果は比例しまセン!」

鞠莉は臆する事無く逆にAqoursの一同を睨み返す。

 

「大切なのはこのタウンやスクールの魅力をどれだけ理解してるかデス!」

 

「それってつまり……」

 

「私達が理解してないという事ですか?」

 

「じゃあ理事長は魅力が分かってるって事?」

 

「……少なくとも貴方達よりは」

再度鞠莉の方に視線が集中する。

 

「聞きたいデスか?」

鞠莉は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「何で聞かなかったの?」

 

「何か……聞いちゃダメな気がしたから」

結局、あの後鞠莉から答えを聞き出す事はしなかった。

 

「何意地張ってんのよ?」

 

「意地じゃないよ。それって大切な事だもん。自分で気付けなきゃPV作る資格なんて無いよ」

 

「そうかもね」

 

「ヨーソロー!じゃあ今日は千歌ちゃん家で作戦会議だ!喫茶店だってタダじゃ無いんだから梨子ちゃんもがんばルビィして!」

梨子はビクリと肩を震わすと、宙がその肩をそっと抑える。

 

「大丈夫。しいたけは優しい子です。変な事はしませんよ」

 

「はは……しいたけちゃんに押し倒された人にそんな事言われても説得力ないなぁ」

 

「うふふっ……あははははは!」

突然千歌が笑い出す。

彼女は思った。漠然とした事から答えを導き出すのは簡単な事では無い。それでも、こうやって皆んなで一緒に考えるていると何とかなりそうに思えてくるし、何より、今この時間がとっても楽しかった。

 

「よーーーし!」

千歌は覚悟を決めたように右手を天井に向かって突き出す。

 

「あ、あれ?忘れ物した。ちょっと部室見てくる!」

彼女はパタパタと慌ただしく校舎に駆け戻っていった。

 

「もうっ肝心な所で締まらないんだから…」

 

 

 

 

 

「はっはっはっ……ん?」

千歌は渡り廊下を潜り抜け、体育館の隣にある部室にーーー行こうとしてはたと足を止める。ステージの上には生徒会長……黒澤ダイヤが日本舞踊の様な踊りを踊っていた。美しく、静かに、澱みなく。その見事な動作に魅了され、千歌は思わず拍手してしまう。

 

「凄いです!私、感動しました!」

 

「な、何ですの?」

千歌に見られていた事に気が付き、動揺するダイヤ。そんな彼女に構う事無く千歌は語りかける。

 

「ダイヤさんがスクールアイドル嫌いなのは分かってます。でも、私達も学校続いて欲しいって…無くなってほしくないって思ってるんです。一緒にやりませんか?スクールアイドル!」

 

千歌を追って後からAqoursの皆が体育館に入ってくる。

「お姉ちゃん……」

 

「ルビィさんだってスクールアイドル始めてからずっと言ってるんですよ。貴方と一緒にやりたいって」

 

ダイヤは黒髪を麗しく翻しながらステージから飛び降りる。

「残念ですけど…ただ、貴方達のその気持ちは嬉しく思いますわ。お互い頑張りましょう……ん゛っうん‼︎」

 

いつもとは異なり優しく言葉をかけると、ダイヤは千歌の横を通り過ぎる。そして、肩を寄せている宙とルビィの間に手を入れ距離を離した。

 

「「⁉︎」」

 

 

ーー翌日ーー

 

けたたましい音を立てる目覚まし時計を止め、体を大きく伸ばして欠伸する梨子。時刻は3:30。まだ眠気を感じるのも無理は無い。彼女は体操着に着替えると、手を擦りながらまだ薄暗い道を歩いていく。

 

「うぅ……寒い」

 

 

 

 

……適…能ゥ……者……此処ニイ……

 

 …タ…ケ…

 

 

 

 

「?」

 

「………」

 

「………」

 

「千歌ちゃん、今日はちゃんと起きてるかなぁ……」

 

 

 

海辺に近づくと、そこには既に沢山の提灯の燈があった。意外な事に、千歌も来ていた。ここ最近寝坊しかけて宙に起こされていたとは思えない程元気良く手を振っている。

 

「おーーーい!梨子ちゃーーーん‼︎」

 

「おっはヨーソロー!」

 

「おはようございます」

千歌、曜、宙の3人は既に提灯を持ち、清掃作業に移ろうとしている。

 

「こっちの端から海の方に向かって拾っていってね!」

 

「こちらをどうぞ」

宙から手渡された提灯とゴミ袋を受け取ると、梨子は再び海に集まった人々に目を向ける。

 

「凄い人数ですよね。さっきまで私もびっくりしてました。ここの海開きって毎年こんな感じらしいですよ」

 

「街中の人が来てるんだよ!勿論学校の皆んなも!」

2人の会話が聞こえていたのか、少し離れた所から曜が捕捉する。

 

「誰に強制されるでも無く……しかも街全体の人が来てるなんて、本当に凄いですよね」

『十千万』と書かれた提灯を見て、宙は目を眇める。

 

「この海を慈しみ、守る為にこれだけの人が集まるなんて……だからこそこの街や海はこんなにも美しいのかもしれませんね」

 

「そうなんだ…… !」

梨子に何か閃いた様に目を見開き、瞳を震わせる。

 

「千歌ちゃん!これなんじゃないかな?この街や、学校の良い所って」

千歌も気がついた様で、顔中に笑みがじわじわと広がっていく。

人々の間を縫って走り出し、道路沿いに設置してある階段を登った所で声を張り上げた。

 

「あの!皆さん!」

全身全霊、一語一語に魂を込めるようなその叫びは海辺に集まった大勢の人々の目を惹きつける。

 

「私達、浦の星女学院でスクールアイドルをやっている、Aqoursです‼︎私達は学校を残す為に、ここに生徒をたくさん集める為に皆さんに協力して欲しい事があります!」

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

「……よし!」

撮影器具の設置を済ませた宙は安堵したように頷く。撮影舞台は浦の星女学院の屋上。眼下に広がる海は赤茶色の夕焼けに美しく照らし出されている。この空模様なら「あれ」が美しく映える事間違い無しだ。

 

「お待たせ!」

振り返ると、そこには衣装を纏った千歌達が並んでいた。

 

「どうかな?」

赤・青・紫の、この日の為に誂えたドレスの様な衣装。髪留め代わりに頭につけた大きなリボン。初めてスクールアイドルの衣装姿を見た宙はその可愛らしさと美しさに息を飲む。お腹の前で指を絡めながら考える事数秒……

 

「最高に可愛いです」

上手い言葉が思い付かず、思った事をそのまま述べることにした。

 

 

「……あの、私、一つ思いついた事があるんです」

夕焼けに照らされた街にぽつりぽつりと橙の光が灯りゆくのを眺め、宙は呟く。

 

「何を?」

 

「この景色を山頂から撮影したら……きっと凄い事になるんじゃないでしょうか?」

 

「それ良い!凄く良いよ!」

千歌は目を輝かせる。

 

「でももう撮影始まっちゃうよ?今からじゃもう間に合わない……」

今からカメラを持って山に登るのはいくら何でも遅すぎる。だが、宙は笑いながら自信満々に胸を叩いた。

 

「私に任せて下さい」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「……綺麗」

音楽を流した直後に豪速球で登った甲斐があった。『Aqours』と形作られていた幾百ものスカイランタンが空に向かって登っていくのを見て、万感の思いを込めそう呟く。

学校の皆さんと、この街の皆さんと協力して製作したスカイランタン。皆が快く引き受けてくれたお陰もあって、このPVは街の様々な美しさ・温かさが感じられる素晴らしい物となるだろう。

山頂から眺めるこの景色が、カメラのフレーム内だとややスケールダウンしてしまうのが何とも惜しい事だった。

 

耳を澄ませば、遠くから微かに歌声が聞こえてくる。

 

(皆さんが歌う姿を生で見れなかったのはちょっと残念だけど、後で沢山観れるからいっか)

 

全てのスカイランタンが空に登っていったのを確認すると、宙はカメラを折り畳んで下山する準備をする。

 

「……痛」

足首に僅かな痛み。少し前の戦いで出来た傷は中々塞がらなかった。宙は足首に巻いた包帯の具合を確認する為にしゃがみ込む。

 

刹那、熱波と共に先程頭があった場所を何かが掠める。

 

「ん?」

顔を上げると、目の前を舞い降りていた落ち葉に機銃痕の様な穴が空く瞬間を見逃さなかった。

 

「ッ!?」

撃たれている––––––咄嗟に横に転がって立て続けに放たれた光弾をギリギリのところで躱し、木を遮蔽物代わりにして身を隠す。

 

「避けられちゃったか…隠れてないで姉弟でもっと仲良く触れ合いましょうよ!……姉さん」

数メートル先から近づいてくる男の声。聞き覚えがあった。

 

「……お前は!」

木の影から身を乗り出そうとした時、眼前に少年が降り立ち、首を掴まれる。

 

「ガッ……」

「自己紹介がまだでしたね。僕は有働貴文(うどうたかふみ)。血を分けた貴方の弟です」

 

「私に弟なんていない……汚い手で触るな!」

繰り出した膝蹴りは鳩尾に直撃するものの、有働と名乗る少年は全く怯む事なく小首を傾げる。

 

「スキンシップはお嫌いですか?ならしょうがない」

有働は宙の首から手を離すと、その場でスピンして回転の勢いを乗せた後ろ回し蹴りを見舞う。

 

「…フッ!?」

寸前でガードした右手から伝わる強烈な衝撃。体が一瞬で吹き飛ばされ、宙を舞った。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「私、心の中でずっと叫んでた。”助けて”って。”ここには何もない”って……でも違ったんだ!」

PVの撮影が終わった後、千歌は確かな手応えを感じながら沈みかけている夕陽を振り返る。

 

「追いかけてみせるよ。ずっと…ずっと!」

千歌は、Aqoursは沈みゆく夕陽に向かい決意を新たにする。

 

夜が近づいている。

 

残照が、消えかけようとしていた。

 

 

「宙ちゃん……遅いなぁ」

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「僕達の体は特別……一度力を望めば練り上げられた肉体を手に入れる事が出来る」

 

「……ぐッ‼︎」

黒い影が高速で宙の周囲を移動し、すれ違いざまに蹴りや拳が叩き込まれる。反撃する事もままならない。

 

「なのに……それなのに貴方は人間として生きる事を選んだ」

有働は絶えず宙を殴り続ける。

 

「そんな貴方が力を行使して良い筈が無い。何故貴方がウルティノイドの力を持っている?」

 

何故……何故…何故何故何故何故何故何故何故

 

憎しみか嫉妬か……彼の胸の奥底に秘めた激情がそこかしこを這い回るような不快感に見舞われる。

 

「……っもう……いい加減…黙れ」

宙はダークエボルバーから放つ真空衝撃波動弾を周囲に撒き散らす事で有働を自分から遠ざけようとする。

 

「大切な人を守る為に戦って何が悪い!」

 

「『守る』……ですって?」

刹那、背後から感じる気配。悪寒と不快感で振り返る事が出来なかった。

 

「人間の為に自分が犠牲になる事が美しいとでも思ってるんですか?」

 

「下らない。下らな過ぎる」

背中が焼ける様な激痛が走り、再び吹き飛ばされる。

数回地面を転がって木に体を打ちつけると、宙はそのまま動きを止めてしまった。有働……謎の少年が持つ力は桁外れで、まともに打ち合う事が出来ない。

 

【(こいつ……まさかビーストの細胞を全身に移植しているのか?)】

 

 

 

「まぁ……そうしてる内はウルティノイドの力を引き出す事など不可能でしょうね」

有働は動かなくなった宙に近づき、ダークエボルバーに手をかけようとする……その時だった。

 

「いだぁ!?」

突然有働の顔面は砂まみれになり、両目に入った砂を払うべく両目を覆う。

気絶したフリをしてギリギリまで彼を近づけた宙が砂を投げつけて視界を遮ったのだ。彼女はそのまま即座に跳ね起き、跳び膝蹴りで有働の鼻柱を思いっ切り蹴り込んだ。

 

「フッ‼︎」

「……ッ‼︎」

有働はそのまま落ち葉の塊に吹っ飛んでいった。が、すぐに顔を出す。

 

「痛たたた……まさか砂礫とは…油断してました」

 

「………チッ」

決死の一撃も目に見えたダメージは入っておらず……もう彼の力を借りる他無い。宙はダークエボルバーを握りしめ、エネルギーを集中させる。

 

「………まぁそうなりますよね。ならしょうがない。僕もビースト君を呼ぶとしますか」

 

「何?」

身構えると同時に大地が大きく揺れ、すぐ近くの大地が轟音と共に吹き飛んだ。

 

 

「ーーーー!!!!!!」

 

「守ってみて下さいよ。貴方の言う人間を。選択を間違えたら皆んな炭になって死んじゃうぞぉ」

 

巨大な3枚の花弁が軋む様な音と共にこじ開けられ、周囲が黄色く染まり始める––––––––




まずは遅れて本当にすみません。読んで下さる方をお待たせした分文章も少し長くなってしまいました。

この世界では1日経つとビーストに襲われた記憶は抹消され、街はTLTが所有する能力で元に戻ります。その点は少しSSSS.GRIDMANと似ているかもしれません。

次回はダークファウストとビーストの戦闘…ビーストの正体はもうお分かりでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24.突入 

遅くなってごめんなさい!

6回目の戦闘シーンを宜しくお願いします。
(もっと戦う機会増やさないと)


ーー2週間前ーー

 

木々の中を2つの影が走り抜ける。

「はあっ…はあっ…」

 

「お嬢様!あと200メートル程で森を抜けますから、もう少しだけ踏ん張って下さい!」

 

「わかっ……てる!」

山の中を全力疾走するなんていつぶりの事だろうか。まだスクールアイドルをやっていた時はよくやっていたものだが…

前を走る男に手を引かれ、叱咤激励される少女・小原鞠莉は途切れ途切れに叫ぶ。

周囲は黄色いガスに巻かれており、自分達を飲み込まんとばかりに背後から迫ってくる。中々切羽詰まった状況だが、幸い進む速度は煙と同様大して速くなかった。

 

鞠莉の前を走るボディーガード・倉島の言った通り程なくして森を抜け、車を待機させておいた場所に戻ってくる。後ろを振り返ると、ガスに飲み込まれた木々は既に立ち枯れを起こし始めていた。

 

「やはり有毒ガスか……この周辺に火山は無かった筈なのに何故?」

 

「言ったでしょう?今この街で普通じゃない事が起きてるって。貴方もここに来た時に見た筈よ。淡島を蹂躙する化け物の姿を。まぁ覚えてるのが私だけだったらこんな事言ってもしょうがないか」

 

狼狽える倉島に対し、鞠莉は顔色を殆ど変えずに車内に乗り込み取り出したカメラで周囲の状況をカメラに収める。

 

「やっぱりこんなのじゃ駄目。皆んなに信じて貰えない。もっとちゃんとしたevidenceがあれば…」

 

「とにかく、すぐにここを離れますよ」

倉島はアクセルを踏み込む。巨大な地響きが聞こえたのはその直後だった。

 

 

 

 

 

 

微弱ながらもビースト振動波を感知し、急いで駆けつけた(ダークファウスト)。ガスに覆われた一帯を注意深く索敵するが、肝心のビーストが何処にも見当たらない。先程感知していたビースト振動波もとうに消え失せていた。

 

「………!」

 

(ファウスト)は数秒考え込む素振りを見せた後、手の平を拳で打ち、意を決したように飛び上がる。空中で腕を胸の前で交差して高速回転。広範囲に飛散しようとする有毒ガスを吸い上げ、ある程度の高度まで巻き上げる要領だ。みるみる内に毒ガスに覆われていた空気が正常になっていく。

 

「凄い……!」

地上から様子を眺めていた鞠莉は、その手際の良さに感嘆の声を漏らす。密かに期待してはいたが、やはりあの巨人は来てくれた。彼女はカメラ取り出す。

(これがあれば皆んなだってきっと信じてくれる筈…)

 

未だ空中に浮遊している巨人の姿を収めようとしたその時ーーー

危機がまだ差し迫っている事を悟り彼女の目は大きく見開かれた。

 

 

 

 

 

(これで一先ずは安心かな……)

手早く対処出来た事を確認し、宙は高空を警戒しながらゆっくりと降下していく。次はこのガスを撒き散らした本体を見つけ出さなければならないが、周囲に一切敵の気配は感じられない。一体どうしたものか……

 

「危ない‼︎避けて‼︎」

 

突然警告を促すような叫び声。咄嗟に地上を見下ろすと、そこには槍状に尖った無数の何かが視界一杯に広がっていた。

 

(は–––––––––––?)

何かを考えるより前に体を思いっ切り捻って反射的に被弾面積を抑える。顔面のすぐ隣を突き抜けていく黒い棘。奇跡的に胴体貫通は免れたが、右足首に槍状の何かが突き刺さった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

そして今、その本体が目の前を闊歩している。撒き散らされる黄色い有毒ガスからみてあの時取り逃がした敵である事に間違い無かった。ビーストは眠りから目覚めたばかりの体を奮い起こす様に大きく全身を震わせ、咆哮する。

 

「ーーーー!!!!!!」

 

ーーブルームタイプビースト・ラフレイアーー

 

蔦が何本も絡まって精製された肉体の至る所に醜く垂れ下がった植物を想わせる突起物が突き出している。格子状の黄色い花冠はおおよそ花とは思えないほど歪な形をしていた。

 

「傷はまだ痛むでしょう?2週間前に出来た怪我なのにまだ治らなくて大変ですよね」

動き始めたラフレイアに向かってダークエボルバーを振りかざそうとすると、有働が煽るように話しかけてくる。貼り付けた微笑みが無性に腹立たしかった。

 

「何故私の事をいちいち把握しているんですか」

 

「その力を継ぐ物として当然の事です。姉さん、貴方のこれまでの戦いは全て見てました。どう拳を振るうか、どう蹴るか、どのタイミングで髪の毛を掻き上げるか、戦闘中何回呼吸するか……とかね。僕、その力を正しく行使する者として一生懸命頑張ってますから」

 

「気持ち悪い」

吐き捨てるように呟くが有働は一切余裕の表情を崩さない。

 

「ひどい言い様だなぁ。僕達やっぱり仲良く出来そうに無いですね……ってそんな事より早く何とかした方が良いんじゃないですか?ラフレイアは市街地に向かってますよ。姉さんが今この状況でどうやってAqoursの皆さんを守るのか、僕に見せて下さい」

彼はAqoursの事まで知っていた。バンピーラ戦で突然姿を現し、スペースビーストを自由に使役出来る(と思われる)、自分の弟を騙る謎の少年……疑問は尽きないが、今は彼の相手をしている暇が無いのは確かだった。

 

「……五月蝿い」

 

「無理だったら遠慮せず諦めて下さいね!姉さんが素直にその力を僕に引き渡すならすぐにラフレイアの破壊活動を止めさせますから!」

 

雑音を聞き流しながら今度こそダークエボルバーを空に向かって振り上げ、その身を黒い巨人へと変化させる。

 

【(成程な……確証は無いが…分かってきたぞ)】

 

 

 

ーーー

 

 

 

「おい!あれ見ろよ!何かおかしくないか?」

 

「煙……山火事か?」

 

ラフレイアの吐き出した毒ガスにより、近隣の住民はその異変に気づき始めていた。浦の星の屋上でPVの撮影をしていた千歌達も山の麓の景色がおかしい事に気がつく。

 

「ねぇ、宙先輩ってあの山に登ってスカイランタンの撮影してましたよね?……大丈夫なんですか?」

 

「宙ちゃん………よし、私達も行こう!」

千歌、ルビィの2人が校内へ続く階段を駆け降りようとした瞬間、件の山に稲妻が走り、紫の閃光が辺り一帯に迸る。

 

「何……今の?」

 

「ルビィちゃん」

動揺しているルビィの肩を千歌が掴んだ。

 

「やっぱり……あそこに行くのは止めよう?危ないから」

 

「そんな……先輩はどうなるんですか?危ないなら尚更誰かが助けに行かないと」

 

「そうずら!マル達だけでも」

宙のもう一つの姿を知らないルビィは、突然尻込みする千歌を見て困惑する。後から追いついた花丸も同様だった。

 

「上手くは言えないんけど、宙ちゃんなら絶対に大丈夫。私達がこれまで過ごせてこれたのも宙ちゃんのおかげだから。私達は私達に出来る事をやろう。警察呼んで、消防呼んで……きっと、大丈夫だから……」

 

「一体どういう––––––」

ルビィはそこまで言って気がついた。千歌の足が小刻みに震えている。まるで何か怯えているようだった。

 

ルビィが千歌に向かって手を伸ばそうとした時、突如千歌達が向かおうとしていた山が轟音と共に大爆発を起こす。

「嫌ッ‼︎嫌ぁぁァァァ!?」

半ば半狂乱になりながら頭を抑えてその場にへたり込む千歌。

 

「千歌ちゃん!大丈夫、大丈夫だから……」

駆け寄った曜・梨子が必死に千歌を落ち着かせようと抱きしめる。普段の彼女からは想像も無い程激しく取り乱す姿を見て絶句するルビィと花丸。

 

千歌は宙が変身して既に戦っている事を察していた。そして、宙が変身したという事はそこにビーストが現れたということ。

 

千歌はバグバズンに捕食されかけた時の恐怖がトラウマとなり心の中に残っている。わざわざビーストがいる場所に足を運べる筈が無かった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「グゥ…!」

(ファウスト)はその巨体を大地に打ちつける前に咄嗟に受け身を取る。以前のように広範囲に拡散された毒ガスを巻き上げようとするが、空中に飛び上がって回転しようとしたところでラフレイアの体から伸ばした蔦をまともに喰らって撃ち落とされてしまう。

追い討ちとばかりに発射された槍の如く鋭い弾丸

ーー種子弾頭(シードミサイル)を両手の甲で払い落としながら距離を取る。

 

(やはり先にこいつ(ラフレイア)を–––––––––––)

タイミングを見計らって真横に跳び、攻撃の軸線をずらしながら両腕にある限りのエネルギーを込める。

 

(殺さなくては!)

牽制の為に軽く一射…などという悠長な事をするつもりは無い。最大火力で一気に灼き殺す。こうしている間にも有毒ガスがどんどん飛散しているのだ。時間をかけている余裕は無い。

 

【ッ‼︎…止めろ‼︎】

突然警告が頭の中に鳴り響く。

 

(え?)

 

【罠だ‼︎】

ファウストの警告も虚しく腕は正面に突き出され、拳の前に浮かべた光球がダークレイ・ジャビロームを形作る前に炸裂。敵に向かって放たれる前に大爆発を引き起こした。

 

(がっ……ぁ…)

爆風に飲み込まれ、肉を引きちぎられる程の激痛が全身を駆け巡り一瞬視界が真っ白になった。

 

(な………に…が)

 

「あらあら……光線技なんか使うから」

有働はその様子を見て口元を覆う。

 

「ラフレイアの振り撒くガスは可燃性……それも人間が吸い込めば炭化してしまう程の超高熱性です。下手に攻撃すると誘爆を引き起こしますよ」

 

ガス濃度の薄い場所で炸裂してこの破壊力。もう少し近い距離で光線技を使用していれば最悪街全体が吹き飛んでいたかもしれない。

最初から最大の切り札である光線技が封じられた状況に置かれていたのだ。

 

「オッ……ガァァア」

懸命に立ち上がろうとするが頭を持ち上げた途端地面に吸い寄せられるように突っ伏してしまう。

 

(立て……立て…ぇ!)

 

ラフレイアは地面を這い回るファウストを嘲笑うように何度も蹴り転がし、踏み付ける。その巨大な足がファウストの右足首を捉えた。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーー!?」

激痛により無理矢理意識を覚醒させられた(ファウスト)は、声にならない絶叫と共に激しく両足を振り回してラフレイアを蹴り飛ばす。僅かに後退した巨体目掛けて後転倒立宜しくかち上げるように蹴りを繰り出すが、敵の体は地面に張り付いたようにびくともしない。

 

(まだだ‼︎)

光線が駄目なら徒手空拳とばかりに間合いを詰め連続で殴りつける。

 

(戦えるのは私だけなんだから…こんなところで絶対に死ねない!)

インファイトに持ち込んだ事で毒ガスの影響をモロに受けてしまうが、遠距離攻撃が封殺されている以上このまま殴り蹴り続けるより他は無い。

 

「ッ!」

足元から伸びてきた蔦を飛び上がって回避し、花冠を踏みつける様に蹴ってもう一段階大きく跳躍。追撃のシードミサイルを身を沈めて避けながらハイジャンプキックを叩き込む。

 

「ーーーー!!!!!!」

位置エネルギーを利用した攻撃を織り交ぜながら(ファウスト)は何度もラフレイアに突貫する。絶え間なく繰り出される速く鋭い攻撃はラフレイアを圧倒しているかに見えた––––––––––が

 

「グッ…」

 

時間が経つ毎に増殖して迎撃する蔦を躱しきれず、やがて大きく殴り飛ばされてしまう。

 

(ぐあああ時間が…もう時間がない!)

これ以上戦闘が長引けばラフレイアの毒ガスが街に到達してしまう。

(ファウスト)はもう一度突撃を図ろうとしたが、一歩踏み出すと脱力するように膝を突く。

 

(な……!?)

手足が痙攣して思うように動かせなかった。有毒ガスを浴びながら戦闘を続けた影響が遂に現れ始めたのだ。

 

 

「もう満足に動けず、切り札の光線技は使えない。ラフレイアを倒す術を失った今、貴方に出来る事は何も無い。このままじゃこの街に住む人間は皆死んでしまいます」

 

「でも大丈夫。言ったでしょう?『無理だったら遠慮せず諦めて下さいね』って。姉さんにはまだ選択肢が残されています」

有働は指先を動かして指示する。これが最後通告だった。

 

「ラフレイアを止めたいなら変身を解いて下さい。そして僕に力を渡すんだ」

 

【………】

 

ラフレイアは(ファウスト)の周囲を無数の蔦で取り囲み貫かんとばかりに先端を鋭く尖らせる。宙は全身が痺れ、首を回す事すら出来なくなっていた。有働の言った通りこれ以上の戦闘は不可能……

宙は奥歯を噛み締め、答えを出した。

 

「断る……信用できるわけない」

 

「……そうですか」

 

 

 

 

 

「残念です」

 

 

 

 

 

無数の蔦が槍の如く突き出され、(ファウスト)の体を貫き、全身から溢れ出す黒いエネルギー体の流動が鮮血の如く辺り一面を黒く塗り込めていく。

叫ぶ力も残っていないのか、断末魔は一切聞こえなかった。

 

「ま、こうなる事は大体分かってたんだけどね。さて、後は姉さんの遺骸からウルティノイドを回収するだけ––––––」

そこまで言って有働は気が付いた。

 

(ファウスト)からあふれだしたドス黒いエネルギーは意思を持つかのように周囲に拡散し、空も山も木々もビーストも……周囲に在るもの全てを急速に飲み込んでいく。

 

やがてエネルギーの奔流がドーム状に広がっている事を理解したその時、微笑みを浮かべていた有働の表情が大きく崩れ驚愕の色に染まる。

 

「嘘だ!姉さんがその技を使える筈がない!何で、何で……!?」

広がり行く暗黒の中心で何事も無かったかのようにダークファウストは立ち上がる。

 

「あ、貴方は姉さんにその力を託すんですか……!?」

 

ダークファウストを中心に生成された黒いドームは山一つ分を飲み込んだ所で一息に収束する。ダークファウストとラフレイア……及びラフレイアが撒き散らした有毒ガスは消え失せ、そこにはいつもの景色が広がっていた。

 

 

ーーー

 

 

宙が目を開くと、そこには赤黒い空に不気味な光が明滅する異空間が広がっていた。だが彼女はもう驚かない。この場所をよく知っているからだ。

(ここは……もしかして…)

 

【暗黒時空間ーーダークフィールド…以前私と貴様が雌雄を決しようとした場所だ】

いつものようにファウストの声が体の中から響いてくる。

 

【この空間内ではビーストの能力は飛躍的に向上する】

 

「ーーーー!!!!!!」

全身が更に禍々しく変化したラフレイアが空気を切り裂く音と共に蔦を伸ばす。

 

【そしてーーー】

(ファウスト)は後ろに反るように身を引いた。

 

闇の巨人(ウルティノイド)もそれは同じだ】

まるで誰かに補助された様にスムーズな動きでバク転し、蔦を躱す。

伸ばされた蔦を右肘と右膝で挟み込み粉砕。先程まで全く動けなかった体が嘘の様に軽く、視界は明瞭に冴え渡っていた。

 

「ハアァァァ……」

地面を踏みしめ全傾姿勢を取ると筋組織が熱を帯び、地面が大きく陥没。砂煙が舞い上がった瞬間に体を前方に思いっ切り投げ出す。

 

「フッ‼︎」

初動の踏み込みから三歩目をついた瞬間……目の前の景色が歪んだ。

 

 

 

 

 

 

「は、はは……嘘だ」

目の前で暴風が巻き起こっている。黒い影がラフレイアを高速で何度も抜き去り、擦れ違う度にラフレイアの肉体は削り取られていく。

全方向に撒き散らされる弾幕は残像を突き抜け、本体には擦りもしない。上手くいくはずだった計算は外的な力によって大きく狂わされ、有働は乾いた笑い声を上げるより他なかった。

 

 

ばら撒かれる濃密な弾幕。視界が埋め尽くされそうになるほどの量だが当たらなければ意味はない。

 

(……っ!)

蔦、有毒ガス、シードミサイルの混成攻撃を軽く飛び退く事で躱し、ラフレイアの背後を取る。スピードを殺さないようにステップを踏み敵の死角からダイブ。フェイスクラッシャーの要領でラフレイアの花冠を勢い良く地面にぶつけ、ファウストのスピードに完全に制動が掛かるまでその巨体を引き摺り回す。

停止した時には既にラフレイアは原型をとどめていなかった。

 

 

撒き散らされる有毒ガスが届いていない距離まで退避し、もう一度最大火力の光球体を作り出す。

 

(さっきの……お返しです)

再びダークレイ・ジャビロームが放たれるがそれはこれまでのような光弾ではなく、その熱量を放射し続ける「光波熱線」へと変化していた。

熱戦は高濃度の有毒ガスに誘爆し、巨大な爆炎がラフレイアを飲み込んで跡形も無く崩壊した。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ…」

元の撮影していた場所に戻ってきた宙は人間の姿になるとその場に寝っ転がる。流石に疲労は残っているが、戦闘で生じた痛み、苦しみは一切無かった。そして何よりーー

 

「はぁ…………くっ……ふふ……あはははは!」

ダークフィールドの中で感じた恍惚感を忘れる事が出来ず、笑いが止まらない。

 

暗黒時空間・ダークフィールド。一度展開すると身体パフォーマンスが桁違いになる程向上し、光線技の破壊力も格段に上がる。その上周囲への被害を完全に抑える事が出来る……何て素晴らしい力だろうか。

ファウストとの同化もより深いものになった感覚がある。

 

 

「凄い……これなら私、もっと戦える」

 

 

 

 

「皆んなを守れる」

宙は、人知れず千歌達やTLTの皆が喜ぶ姿を思い浮かべた。




ダークフィールド……本当は使う予定はありませんでしたが折角個性ある技なので結局使う事にしました。

ラフレイアが本編と全く違う攻撃使ってる……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25.凶兆

前回登場したのはブルームタイプビースト
・ラフレイア。
ウルトラマンネクサスの第9・10話に登場しています。

人間が吸い込むとたちまち気化してしまうほどの超高熱性の花粉を武器にしてダークファウストの配下として彼と共にネクサスを苦しめていました。

この話ではダークファウストに倒されてしまいましたが…


まどろみから覚め、目を開けるとそこにはビルや商店街が広がっていた。 馴染み深い景色……沼津の真ん中に私は立っていた。辺りの景色は薄暗く、まるでモノクロ写真を覗き込んだみたい。

 

まただ。この景色…知ってる。もう見たく無かったのに……何で?何でまた思い出させるの?

 

耳を塞いでしゃがみ込む。

目を瞑る事、1……2……3秒。数える間もなく塞ぎ込んだ耳の奥底に羽音が聞こえて来る。

 

「ーーーー!!!!!!」

 

「あ……あ…あ…あっあっあぁ…」

来る。来る。あいつが来る。大きな足音が近づいて来る。

脳裏にはっきりと映る歪な輪郭。目を閉じても幾ら耳を塞いでも逃れることは出来なかった。

 

 

「シェア‼︎」

突然、力強い声と地面を揺るがす衝撃が起きる。

 

 

暫くして恐る恐る目を開けるとそこに怪獣はおらず、代わりに変身した彼女が立っていた。

その姿に私は大きな安心感を抱く。

良かった。これまでも怪獣に飲み込まれる前に倒してくれたんだ。いつだって宙ちゃんは助けてくれる。いつだって私達のために……

 

幾らその体が黒くても関係無い。優しさに溢れる私の大切な友達ーー

 

「千歌さん!」

 

変身を解き手を振りながら宙ちゃんが駆け寄って来る。

安心して、嬉しくなった私も駆け出そうとした–––––––

 

 

あれ?……何か変…何でここには私以外誰も居ないの?

 

「つ か ま え た」

 

「あ……あぁ⁉︎」

突如宙の背後から現れた黒い触手のような何かが彼女の体を拘束し、体の自由を奪う。

 

「ッあ……ぐっ‼︎…な、何⁉︎」

宙は必死に振り払おうとするが、絡みついた触手は拘束を緩めるどころか更に彼女の体を巻き込んでいく。焦燥感が溢れ次第に歪み始める表情……決して逃れることは出来なかった。

 

「貴方のせいよ…貴方が私達に付き纏ってたから私はこんな姿に…千歌ちゃんに餌付けして貰っただけで何を勘違いしてるの?

ぜ ん ぶ 貴 方 の せ い な の に」

 

「やだ…やめてよ…何でこんな事」

何で?何で⁉︎開かれた暗闇の奥に立っているその顔は……私がよく知ってる人だった

 

「ぅあ……助けて下さ」

宙は背後に広がる闇の中に吸い込まれ始める。

 

「出来る限り苦しんでね」

刃物に似た何かが宙を刺し貫く。

 

 

私は何も出来なかった。

 

「あぁぁあぁぁぁぁぁァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

ただ声が漏れるだけ

 

それだけ

 

 

ーーー

 

 

 

「千歌さん‼︎」

 

「はッ!?」

揺さぶられる感覚で急速に現実に引き戻される。目を開けるとそこには心配そうな表情をした宙が千歌を覗き込んでいた。

 

「大丈夫ですか?随分魘されてましたけど…」

 

「うぅ……ん…宙ちゃん…」

千歌が手を伸ばすと宙はその手をしっかりと握りしめる。

 

「はい。私はここにいますよ」

 

「…うん。良かった」

 

「はい!」

 

「………」

 

「……何かあったんですか?」

 

「………」

怖かった。さっきのあれは夢だから、現実で起きた事じゃ無いからって割り切ることなんて出来ない。震えが止まらない。

 

いつもの調子からは想像出来ない程萎縮し、何かに怯えている様子の千歌。それを見た宙は、千歌のベッドに腰掛けその縁をさする。

「隣……失礼しても良いですか?」

 

「…うん。お願い」

 

「やった! では、失礼して…」

 

 

少し恥ずかしいけど、今日だけなら良いよね。宙ちゃんも何だか凄く嬉しそうだし…

千歌と宙は久しぶりに同じ布団で寝ることになった。

 

 

ーーー

 

 

暫く2人で同じ布団の中にいると、だんだんと心が落ち着いてきた。きっと宙ちゃんが何も言わずに隣にいたからだ。

「眠れないみたいですね」

じっと目を開けていると宙ちゃんが声を掛けてくる。

 

「どこか体の具合が悪いですか?」

 

「そんなこと無いよ⁉︎ただちょっとだけ寒くて…」

あんな不吉な夢の事なんて言えるわけ無い。でももし言わなかったら正夢に…いや、でもそんな事あるわけ… はぐらかしながらあれこれ考えていると、宙ちゃんが私の手を優しく掴んで寄り添ってきた。

 

「こうやってくっついてたら温かいですよ」

思わず宙ちゃんの顔と握られた手を交互に見つめると、宙ちゃんは目をぱちくりさせる。

 

「どうかしました?」

 

「ちょっと恥ずかしくて」

 

「誰も見ていませんよ。女の子同士だしきっと大丈夫です」

 

偶に宙ちゃんって凄い積極的になる気がするんだよね… やっぱりいくら強くても1人の女の子なんだ。誰かに頼ったり甘えたい時だってあるのかな?……でも私なんかが宙ちゃんのために出来ることなんて

 

戦いの合間を縫ってAqoursのマネージャーも一生懸命やってくれて。むしろ私がやってる事って……

 

「……? 千歌さん、やっぱり少し様子が変ですよ。何か無理してませんか?私で良ければ」

 

「1番無理をしてるのは宙ちゃんだよ」

 

「え…」

 

「私たちの為にいつも戦ってくれて…足だってまだ怪我してるでしょ?それでも私達の為に頑張ってくれて…心配なの。見えない所で迷惑を掛けてるんじゃ無いかって…私…私本当は…んっ⁉︎」

 

突然宙ちゃんが私の頭に手を回して抱きしめてきた。鼻いっぱいに広がる宙ちゃんの匂い……なんだろう?お香みたいな感じ…

 

「大丈夫です」

頭を撫でながら宙ちゃんは穏やかに話しかけてくると、不思議と心が落ち着いてくる。

「迷惑だなんて思わないで下さい。私が戦えるのは帰る場所…待っている人がいるからです。まだ少し短いかもしれないけど、皆さんと一緒に過ごし積み上げてきた時間が長ければ長いほど思いが強くなるんだって気付きました。楽しくて、温かくて。こんな素晴らしい毎日がまた送れるように戦って、守り抜く。こんな気持ちこれまで感じた事ありませんでした。全部……全部千歌さんやAqours、ここに住んでいる皆さんのお陰です」

 

「そうなのかな…?」

 

「そうです。絶対に」

 

宙ちゃんは力強く何度も頷くいている。……体が小刻みに揺れる度に胸が顔に…まぁいっか。

 

「それに私、これまで負けた事なんてありませんから。これからも絶対に負けません。だから安心して下さい。絶対に、大丈夫」

さらっと1度バグバズンに負けた事を誤魔化す宙。だが眠りに誘われようとしている千歌の耳にはもうはっきりとは届いていなかった。

 

 

 

優しい匂い…穏やかな声…宙ちゃんの胸の奥から聞こえてくる規則正しい鼓動の音。全部が重なり合って凄く心地が良い。何だかだんだん瞼が重くなってくる。

 

「大丈夫…大丈夫…大丈夫…」

 

ああ…お風呂入る時にも思ったけど、宙ちゃんやっぱり…結構……大き……く……なっ…………

 

「お休みなさい。千歌さん」

千歌の安らかな寝息が聞こえ出したのを確認すると、宙はゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

 

  きっと、大丈夫

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

ーーフォートレスフリーダムーー

 

「始めて下さい!」

基地内では瑞緒の指示の元、ある演習が行われていた。

 

「管制プログラムSD Countrol data2 version.5」

 

「Countrol data2 version.5,level6,roger」

 

「Countrol data2 version.5,level6,roger. Selfcheck clear. All set」

 

画面内には3機の巨大な機体が表示され、それぞれが三角形を組むように並んでいる。

画面中央に「STAND BY」「OK」の文字が表示された瞬間、忙しなく飛び交い始めるナイトレイダーの状況報告。

 

「1番、2番、タービン停止。フェアリングシールド クローズ」

 

「レーザーキャノン リリース」

 

これまで幾度も研鑽を積んできたお陰か、彼らが行う情報伝達には一切の無駄が無い。

 

「チェスターα…コネクション」

 

管制が終わる頃、画面の中に表示された3機の機体は一つとなり、従来には存在しない全く別物の超大型戦闘機(・・・・・・)へと姿を変えていた。

 

 

「皆さん、お疲れ様です!」

程なくして演習は終了し、シミュレーションを終えた6人の隊員達に瑞緒が駆け寄る。

 

「素晴らしい合体管制でした!非の打ち所がありませんよ!」

 

「お褒めに預かり光栄です…しかし実際に飛んでみないと分からない事もあるでしょう」

「機体そのものが完成するのはいつですか?そろそろ彼女の力に依存しているのも心苦しく感じている所存ですが」

ナイトレイダーAユニット……TLTに所属している戦闘部隊の中でも最高峰の戦闘技量を誇る集団。人員不足で部隊内の入れ替わりが多い中、この隊だけは一切死傷者を出した事がない。まさしく精鋭中の精鋭……にこりともせず謝辞を述べる隊員達の、言葉の節々から醸し出される威圧感に瑞緒はたじろいでしまう。

 

「……それは…もう少し…」

「止めないか。俺たちは搭乗させて貰う身なんだぞ…言葉を慎め」

隊長・和倉がやんわりと言葉を嗜める。

 

「……すみません。皆さんの気持ちはよく理解しています。機体はもう間も無く完成するのですが、急遽新たな戦闘システムが導入される事になり…い、今皆さんに丁度やって貰っているやつです。このセットアップが終わり次第、完成した機体から順次配備される予定ですので…どうか今暫く…」

 

「期待しています。どうか宜しくお願いします」

和倉が一礼して立ち去ると、他の隊員もそれに倣う。

 

「はぁ……怖いよ」

ドアの向こうに隊員達が消えていくまで深いお辞儀を保っていた瑞緒は、やがて大きく溜め息をついた。

TLTに勤め始めてはや一年。対異星獣研究機関の主任を任されたり、お偉いさんとの会議に出席したり…多分そこそこな出世スピードなんだと彼女自身自抱してはいるが、とにかく、中々組織の雰囲気に馴染めずにいた。

 

「ここにいる方々って何でこんなに目がギラギラしてるんですか…」

私に緊張感が足りないだけなのでしょうか……いやそんな事はないはず!私だって一生懸命頑張って!技術班や研究員の皆んなを纏めて、上層部や隊員の方々の要望に精一杯応えて……板挟みってこんなに辛い事なんですね…さっきだって

 

瑞緒は心の中でうんうんと唸る。つい愚痴が口から漏れてしまった。

 

「……これじゃあ何だか借金の取り立てに対応してるみたいです」

 

「先日のラフレイア戦では俺達は何も出来なかった。皆大型ビーストとまともに戦えないこの状況が悔しくてしょうがないんだろう」

 

「わひゃあっ‼︎」

突然さっきまで誰もいなかった後ろから声が聞こえ、瑞緒は飛び上がる。仰天しながら振り返るとそこには1人の男が立っていた。

 

「驚かせてしまってすまない。兵器開発員として少し聞きたい事がある」

 

「い、石堀さん…」

石堀光彦さん。ナイトレイダーとしてビーストと戦いながら研究員としても活動しておられる超が付くほどのエリート。確か元々『来訪者』との共同研究もやっておられたはず…でも、私が知る限りこの人が最近一番殺気立っているというか、ピリピリしてるように見えます。ああ…私、この人も苦手です…

 

 

 

ーーー

 

 

 

「戦闘用不連続時空間・ダークフィールドか…」

 

「はい。ビースト…コードネーム・ラフレイアとの戦闘において宙さんが発現させた能力です。私達は今後、この空間内で戦う機会が必然的に増えてくると判断し、急遽α・β・γ機の連結プログラムを導入する事になりました。ジェネレーターを融合させる事で出力を大幅に増強・亜空間への突入が可能になります。詳しくは…」

 

説明しようとする瑞緒を石堀は手で制する。

「そこから先は俺もよく知っているからいい」

 

「は、はい…」

 

「俺が聞きたいのは何故以前と比べて昨今の兵器開発がかなり速いペースで進められているのかという事だ」

 

「!」

 

「搭載する武装の問題がまだ山積みだったはずだ。それが1週間足らずで解消出来るとはどうも考えにくい。一体誰の差し金だ?誰が情報を提供した?」

事実、数年掛けても芳しくない成果しか見せていなかった新鋭戦闘機・チェスターに関わる研究は、ここ最近になって突然目覚ましい発展を遂げていた。

研究員は皆予想以上に開発がスムーズに進んでいる事に歓喜していたが、どうも不自然である事に変わりは無い。

 

「じ、実は私もそれが一番疑問で…」

 

「すまないがあんたの嘘に付き合っている暇は無い。チェスター開発の総指揮を取っているあんたがこんな事を把握していないわけがないだろう?」

石堀が距離を詰めてくると瑞緒は大慌てで手を振る。

 

「本当です!信じて下さい!本当に何も知らされてないんですってば!ただ……」

瑞緒は周囲に誰もいないのを確認するように視線を彷徨わせると、小声で石堀に耳打ちする。

 

「あんまりこんな事考えたくないんですけど、最近ここ(TLT)で不穏な動きがあるんですよ。この前宙さんに処置を施そうとした時も何者かに機械に変な細工を仕込まれまして…」

 

「……何だと?」

 

「イラストレーターは、上層部が秘密裏に宙さんの体を調べ、得られたデータをそのままチェスターやその他の兵器開発に流用してるんじゃないかって考えてるみたいなんです。今お話しされていた武装の件も……私はそんな事信じるつもりは無いですよ!上層部が本当にこんな事やってるんだったら最悪組織内で対立が起こりかねないじゃないですか…ねぇ?」

 

「し!あまり大きな声で話すな!……あいつらまた馬鹿な真似を」

 

「え?」

 

「とにかく、あんたは今言ったことを絶対に他の人間に漏らすな。最悪、あんたの身に何が起きるか分からんぞ」

 

「わ、分かりました……ってあれ?もしかして石堀さん、何か知ってるんですか?」

 

「邪魔をした」

石堀は何も答えないまま去っていった。

 

 

「一体何がどうなってるんです?」

後には疑問が募るだけ。

 

「主任、そろそろ時間です。移動された方が宜しいのでは?」

 

「あ、うん!すぐ準備するから!」

 

「それからこちらに戻ってきた時、イラストレーターが貴方に用事があると仰っておられました。連絡しておいて下さい」

 

「フォーメーションについて纏めた資料、3時間後に送るので目を通しておいて下さい」

 

「主任、その後少しお時間頂けますか?」

 

 

 

 

 

 

「ぐあぁぁぁぁぁ忙しい‼︎」

彼女に考え事をする余裕は無きに等しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー沼津・マンションーー

 

「こんにちは、宙さん。そしてお久しぶりです。突然ですが、私は最近あんまり元気ではありません」

 

「………一体何があったんですか?随分とやつれて見えますけど」

久しぶりに瑞緒に近況報告を行う為、会う約束をしていた宙は、TLTが宙の為に用意したマンションの一室で瑞緒と待ち合わせをしていた。宙がこの部屋を利用するのは以前千歌・梨子・曜と一緒に泊まり込みで作曲をした時以来である。

 

部屋に入るや否や視界に飛び込んで来たのは机に突っ伏してこちらの様子を伺っている瑞緒の姿。心なしか目の下に随分と隈が溜まっているように見える。

宙が苦笑すると瑞緒は力無く笑う。

 

「ちょっと最近詰め込んでいて……でもここ最近で得た成果は貴方にとってはきっと良い報せになるはずです…じゃなきゃ困ります」

 

「な、なるほど…それは有難い事ですね!……私も瑞緒さんに報告する事があるんです」

 

「分かりました。じゃあ、始めましょうか……と、その前に」

 

「?」

 

「もし良ければ宙さんにマッサージをお願いしたいのですが…何だか凄く疲れてしまいまして」

 

「え、マッサージですか?」

宙は思わず目を丸くする。最初に出会った時乱暴に振る舞ってしまいそれからずっと警戒されているものと思っていたが、体に触れて良い程までに信頼してくれていたなんて。少し……いや、かなり嬉しかった。

 

「駄目でしょうか…?」

 

「そんなわけ無いじゃないですか。是非、やらせて下さい」

宙は笑いながら腕を捲る。

Aqoursの皆にやっているもので良いだろうか?あんまり得意では無いが、一生懸命心を込めれば大丈夫な筈。

 

 

「じゃあベッドに寝そべって下さい。楽な体勢で大丈夫ですので、このまま…瑞緒さんの『良い報せ』を聞かせて下さい」

 

「あ゛い ぃ^〜〜〜」

嬌声混じりの返答が聞こえる。満足して貰えたようだった。

 

 

ーーー

 

 

 

瑞緒が宙に今TLTで行われている研究の事を分かりやすく伝えると、次は宙がラフレイアとの戦闘やその時出会った謎の少年について報告する。

 

「有働貴文…⁉︎彼はそう名乗ったのですか?」

 

「はい。蜘蛛型のビーストと戦った時も私に接触してきました。『自分の方がダークファウストの力を使いこなせる』みたいな事を言ってやたらとウルティノイドに執着しているように見えました…彼は一体何者なんですか?」

 

「私も全く分かりません…しかし、『有働貴文』という名前を私は知っています」

 

「え?」

 

「私の知る限り…有働貴文という人間は12年前に起きた『新宿大災害』で既に亡くなっているんです」

 

「何ですって…⁉︎」

 

「彼は私達にとってもかなり危険な存在です。宙さん…やはり貴方は今暫くTLTで過ごした方が良いかもしれません。……貴方が1人で戦うにはリスクが大きすぎます」

TLTを本拠地として、ナイトレイダーとの連携がとりやすい状態で戦った方がまだ安全だと主張するが、宙は首を横に振る。

 

「私の身を案じて頂けるのは嬉しいですが、私が内浦を離れたら誰もあそこに住む人達はビーストの脅威から逃れられなくなります。私が守らないと……あの場所でAqoursの皆んなや住民を守る事が、私の今やらなくてはいけない事なんです」

 

「ですが…」

 

「大丈夫です!私、ファウストのお陰で新しい技を覚えましたから。何か、ダークフィールドの中で戦うと、いつもの3倍くらい冴えた動きが出来るような感じで……なんて言うか、こう……誰にも負ける気がしないんです」

宙にしては珍しく、かなり自信に満ち溢れた様子でそう断言する。

 

「待ってください!自信を持つ事と油断する事は意味が違うんですよ。ダークフィールド……非常に強力な能力だということに間違いは無いと思いますが、慣れない力を過信しすぎるのは危険です」

 

「重々理解しています。あの植物型のビースト戦った後も何回も試し、成功させてきました。瑞緒さん達がこの力の事をよく調べられるよう研究の協力も惜しむつもりはありません。ですからお願いです……私をこのまま千歌さん達の側に置かせて下さい」

揉み解していた手を離し,宙は瑞緒に向かって深々と頭を下げる。

これだけは絶対に退けなかった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

ーーフォートレスフリーダムーー

 

「はあぁ……一体どうすれば良いんでしょう」

 

「彼女の様子はどうだった?」

取り巻く状況は目紛しく変わり、決断する事も段々と難しくなってくる。彼女の要望を尊重すべきか否か……考え込む瑞緒の前に若い男性のホログラム––––––イラストレーターが現れる。

 

「元気そうでした。学校生活も随分と充実しているみたいです。でも彼女の身の回りが中々安全とは言えない状況で………」

 

「やはり今1番の問題は『ラファエル』か」

 

「はい……でも彼女は凄いですよ」

瑞緒は先程見た宙の様子を思い浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「知らない男から2度も命を狙われているのに一切弱音を吐いたりしないんです。それどころか『皆んなをもっと守りたい』って言っておられました」

そこまで言って瑞緒は1つ大きく息を吐き出した。

 

「もし宙さんの産みの親がご存命であるのなら教えてあげたいです。『貴方の娘さんは立派に頑張っていますよ』って……行方不明なんですけどね」

 

「………」

 

「それで、何でしょう?私に用事って」

瑞緒はイラストレーターに向き直る。

 

「君が高海宙とこれからも関わる上で、伝えておかなければならない事がある」

 

「伝えておく事……?」

 

「着いてきてくれ」

 

「……?」

突然の事に戸惑いながらも瑞緒はイラストレーターの後を追う。いつもは利用しない、フロアの最上階へと続くエレベーターに乗り幾つものセキュリティを潜り抜け………辿り着いたのは壁を埋め尽くす程大量の電子機器に囲まれた薄暗い部屋だった。

 

「やあ。生身の肉体で会うのは初めてかな?」

部屋の奥には先程まで同行していたホログラムと全く同じ姿をした若い男性。

 

「ほ、本物のイラストレーター⁉︎」

仰天する瑞緒を他所に、イラストレーター –––––吉良沢優はすぐ真後ろに設置された巨大な水槽へと歩を進める。

 

「突然で悪いけど、彼らが何だか分かるかい?」

彼が指し示す先にいるのは、水中を泳ぐクラゲの様な生き物。瑞緒が見たままの答えを出すより先にイラストレーターは話し始める。

 

「今君が見ているこの生物は、元々M80さそり座球状星団で生活していたんだ。……名は『来訪者』」

 

 

 

「彼らこそ、先程君が言っていた……高海宙の産みの親なんだ」

 

 

 




来訪者については5話の冒頭で触れています。良ければそちらを確認してみて下さい。

そして、何度も言わせて頂きます。話が進むテンポが遅くて本当にすみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26.殺戮都市 1

1週間どころか1ヶ月経ってしまい本当に申し訳ありません。

東京編を宜しくお願いします。


ーー東京・郊外ーー

 

「よし、多分これだな」

携帯電話のライトには「慰霊碑」と書かれた石塊が薄明るく照らし出されている。

 

「え、凄い凄い‼︎本当にあったんだ!」

 

「じゃあ、この道路が原因不明の事故が多発してたっていうアレか」

男女8人がその慰霊碑を取り囲むように近づいて来た。大学生の集まりといったところか、皆顔立ちは若い。彼らは最近都内でも有名な心霊スポットを訪れていた。

 

矯めつ眇めつしていた内の1人が後ろを振り返り、叫ぶ。

 

「おい、おまえここに片足乗せてポーズ決めろ。俺達が写真撮ってツイッターに上げといてやるから」

 

「え⁉︎冗談ですよね」

指名された1人は激しく狼狽する。

 

「やだー、悪趣味ぃ」

 

「よくそんな事思いつくよねぇ」

取り巻き達は口先だけで咎め、くすくすと笑い声を上げている。皆その顔は赤らんでいた。辺りの不気味な雰囲気を醸し出しているが、酔っ払っている彼らに怖いものはない。取り巻きの様子に気を良くした男は指名した後輩と思わしき男の腕を掴んだ。

 

「ちょ、不味いですって!ここって最近まで死者出してたって言うじゃないですか。俺祟られるの嫌っすよ」

 

「早くやれよ。何か起きないと面白くないだろ」

 

「ちょっと足乗せるだけじゃん。ごねんなよ」

 

尚も声高に騒ぐ集団。肝試しというより、ただ嫌がらせをしているようにしか見えなかった。痺れを切らしたのか、突然1人が理不尽にも抵抗している後輩に向かって拳を振り上げる。

 

「は!?」

 

その時、突然後ろに停めてあったアルファードが轟音と共に爆発した。

 

 

「お、俺の車⁉︎」

殴りかかろうとしていた男が慌てて炎上している車に近づくが、異変に気が付き口をつぐんで立ち止まる。

 

「あ––––––」

その体は一瞬にしてバラバラになった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

暗闇の中から現れた巨大な影が残された7人を片端より薙ぎ払う。1人、また1人と悲鳴が響き渡る度に血飛沫と肉塊が地面に散らばり一面が赤くなった。

 

「ぃギャアァァァァァァ‼︎足がァ‼︎だれか、だれかたすけでぇ!」

膝から下が欠落した男がのたうち回りながら助けを叫ぶが、その場で生きている者は彼以外誰もいない。

 

「ーーーー!!!!!!」

痛みに耐えかねるように頭を反らすと、彼を見下ろす巨大なソレと目が合った。10メートルをゆうに超えた巨躯を持つ異形の獣。刀の様に長く伸びた爪が地面を擦り嫌な音を響かせながら近づいて来る。

 

あまりの恐怖に悲鳴すら上げられなくなった男はその場から懸命に逃げようとするが、背を向けた途端巨大な爪が振り下ろされその体は粉微塵に吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっとだ………もっと傀儡を造り出せ」

 

「ーーーーァ゛ァァ!!!!!!」

 

人間の断末魔にも似た悍ましい咆哮が真夜中の山林に木霊する–––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー 浦の星女学院 ーー

 

夏が近づいてきたせいか、てきめんに日照時間が長くなりつつある。吹き抜ける風すら生暖かく感じていたある日、千歌・曜の2人は手に持っていた団扇を投げ出さんばかりの勢いで飛び上がった。

 

「この前のPVが5万再生?」 

 

「本当に⁉︎」

 

ネットにupされた動画を確認し、コメント欄でその反応を伺っている善子がそれに応じる。

「ランタンが綺麗だって評判だったみたい。ランキングも……ッ⁉︎」

画面に示された数字を見て善子は目を丸くした。

 

「99位⁉︎」

 

「ずらっ!?」

何と2桁台にまでランキングが上がっていたのだ。堕天使コスチュームで動画を撮った時以上に良い数字を目の当たりにして皆目を白黒させている。

 

「キタ……キタキタ‼︎ それって全国でって事でしょ?5000組くらいいるスクールアイドルの中で100位以内って事でしょ?」

興奮気味に捲し立てる千歌を見て、梨子・宙も表情を綻ばせる。

 

「一時的な盛り上がりってこともあるかもしれないけど、それでも凄いわね!」

 

「動画の再生数もまだまだ伸びてますし…もしかしたら順位ももう少し上がるかもしれませんね」

 

「ランキング上昇率では1位!」

 

「おお〜凄いずら!」

次々と分かるPVの好評ぶりを裏付ける数字。数週間前まで伸び悩み唸っていたのが嘘のようだった。

 

「何かさ、このままいったらラブライブ 優勝できちゃうかも」

 

「優勝?」

 

「そんな簡単なわけないでしょう」

 

「分かってはいるけど……でも、可能性はゼロじゃないってことだよ」

そう言ってニコニコする千歌を見て、内心皆胸を撫で下ろした。彼女もビーストが出現して取り乱していた時が嘘のように、いつもの溌剌とした調子を取り戻している。

曜と梨子が無言で宙の様子を伺うと、彼女は頬を染めて視線を逸らす。

 

「「?」」

首を傾げる梨子と曜を他所に、宙は昨日の夜の事を思い返していた。

 

(私、何であんな事したんだろ…)

Aqoursは一躍有名なスクールアイドルとして名を馳せ始めている。動画のコメントを見る限りファンもどんどん増えている。そのリーダーである千歌に、昨日みたいな事をするのは如何なものか……少し調子に乗りすぎている気がする。

ファンからすれば有罪も良いところだ。

 

(でもでも、疚しさは一切無くて!千歌さんの側にいると、とても懐かしい…温かい何かが……?)

 

1人悶々としている宙を見て梨子と曜は顔を見合わせる。

少なくとも千歌と同棲している彼女が何かをした事は確かだった。

 

と、そんな中突然パソコンに一件の通知が入る。

 

「ん?なになに?」

 

「えーーと…『Aqoursの皆様 東京スクールアイドルワールド運営委員会』…って書いてあります」

ルビィがメールを読み上げると千歌は小首を傾げた。

 

「東京って……あの東にある京?」

 

「何の説明にもなってないから」

 

「…………」

数秒の沈黙の後、事の重大さを理解した千歌達は揃って歓声を上げる。

 

「「「「「「東京だ!!!」」」」」」

 

 

 

 

 

東京で開催されるスクールアイドルイベント。聞けば去年ラブライブ で入賞したスクールアイドルも大勢参加するそうだ。そんな全国規模のイベントに新星スクールアイドルとも言うべきAqoursが参加できると思うと、練習を手伝っている身としても誇らしく思ってしまう。

 

『行きます‼︎』

 

『交通費とか大丈夫なの?』

 

『あー…お小遣い前借りで‼︎』

 

楽しそうに東京への思いを馳せるAqoursの面々……自分がやるべき事は一つだ。

 

大きく深呼吸し、気を引き締め重厚な木製扉をノックする。

 

「どうぞ〜」

部屋の奥から聞こえるふわふわした声。意を決して宙は理事長のドアを開いた。

 

「失礼します。2年生の高海です」

 

「いらっしゃい」

椅子を回転させこちらに向き直った鞠莉が堂々とした佇まいで微笑みかけてくる。

 

「理事長に折り入ってお話があります」

年は千歌達と1年しか変わらないはずなのに、2人きりで対面するとやはりどうしても緊張が抜けない。ましてや相手は学校の最高責任者かつ今までスクールアイドルに風当たりが厳しく何回か衝突した理事長だ。

 

「そんなにかしこまらないでください。それで、何でしょう?」

 

その言葉を聞き、宙は少しだけ姿勢を楽にする。

「実は、Aqoursのことでお話しが…」

 

「やっぱりかしこまってください」

ビクッとして立ち上がり、再び背筋を伸ばす。そんな彼女の様子を見た鞠莉はコロコロと笑った。

 

「あはは、イッツジョーク」

やはり自由奔放な人だった。

 

「あ、そこに座って良いですよ」

 

「いえ、お時間は取りませんのでそこまでは」

 

「良いから良いから」

鞠莉はニコニコしながらいつ備え付けたのか、来客用のソファに宙を座らせる。

「わぁ…」

とんでもない座り心地だった。お尻がゆっくり深々と沈み込んでいく。

改めて思う。理事長は一体何者なのかと…

 

 

ーーー

 

 

「良いですよ」

 

「良いんですか⁉︎」

あっさり公欠が受理され宙は思わず目を見開いた。

 

「はい。皆さんが良ければ理事長として許可を出しマース」

鞠莉はAqours全員分の書類を受け取り判子を押していく。

 

「怪我体調には気を付けて下さいね」

 

「ありがとうございます!」

やっぱりAqoursの皆んなで作り出したあのPVで良い印象を持ってもらったのかもしれない。とにかくこれで千歌達は問題無く東京に行く事が出来る。千歌が喜ぶ姿を思い浮かべていると、鞠莉が悪戯っぽい微笑みを浮かべこちらをずっと見ていることに気が付いた。

「あの……?」

 

鞠莉は宙の目の前を指さす。

「…飲まないの?」

 

「あっ…すみません‼︎」

宙は慌てて用意してくれた紅茶を飲み干す。……コーヒー同様そこまでは美味しいとは思えない。瑞緒然り理事長然り何故こんな苦味のある飲み物を好き好んで口に入れるのだろうか。

顔をしかめていると何故か頭を撫で回される。

 

「ごめんなさいね。さっきから意地悪しちゃって。あなたみたいな素直で優しい子を見るとついからかいたくなっちゃって」

 

「はぁ…」

 

「こうやってちゃんと話すのは部室の使用許可の時以来かな。どう?学校にはもう慣れましたか?」

今までとは異なり、落ち着きのある声音で語りかけてくる。おどけた態度だと思っていたら急に大人びた振る舞いになったり……不思議な人だ。

 

「楽しく生活できています。千歌さん達のお陰です。右も左も分からない私にたくさんの事を教えてくれましたから」

 

「ふふっ…あの子達の事、好きなんですね」

 

「はい!私も精一杯彼女達の役に立って恩返しがしたいです……感謝、してますから」

 

「貴方みたいなマネージャーがいて…今のAqoursがうらやましいデス」

 

「ど、どうも…」

素直に褒めて貰えると何だか妙にこそばゆく感じてしまう。用事が済んだので、理事長室から退室しようとすると後ろから鞠莉に呼び止められる。

 

「そういえば足、怪我してるの?」

 

「……つい先日切ってしまって。でももう痛くも何ともないです」

宙はそう言って包帯を巻いた右足首を前後に軽く揺らした。

 

「そう。お大事にね」

 

「お気遣い、感謝します」

宙は深々とお辞儀して背を向ける。

 

 

「………?」

一瞬背を向けた宙と何かが重なったような気がした。

––––––待て。

急に鞠莉の頭の片隅に何かが引っかかる。

そういえば、あの日自分の前に現れた黒い巨人も右足首を傷付けられていた筈……

 

「…まさかね」

ただの偶然だ。だいいち、あの巨人は声的にどう考えてもオスだし。あの物腰穏やかな少女とは似ても似つかない…そう結論付け鞠莉は再び椅子に座り直すのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

ーー 十千万旅館 ーー

 

(……東京…か…私はどうしよう)

宙は部屋のベッドで何回も寝返りをうちながら考える。結局、1番の問題は自分にあった。今のところ内浦を防衛している立場にいる自分が、勝手に内浦から数日間離れて東京に行って良いのか。

瑞緒達TLTからは極力内浦から離れないように言われている。内浦(ここ)にビーストによる被害が集中している事を鑑みれば当然の事だろう。

だが、自分が内浦に留まっている間に東京で大型ビーストが出現し、Aqoursの皆が巻き込まれてしまう可能性も拭い去れない。

TLTはポテンシャルバリアと呼ばれる防衛機能を駆使してビーストが市街地に侵入出来ないようにしているそうだが、ここ最近の戦闘記録を見るにあまりその効果が芳しくないという。

自分の手の届かない所で誰かを失うなんて絶対に嫌だった。

かと言って勝手な行動をする事も……

 

つくづく優柔不断なものだ、と宙は自嘲するように笑う。リスクばかりを考えていては前に進めないと分かっている筈なのに、親しい人がその危険に絡んでくるとどんな選択を取れば良いか分からなくなってしまう。

 

「宙ちゃん、ちょっと良いかな?」

布団の上で転がっていると、ノックの音と共にドアが開かれ千歌が入ってきた。

 

「東京に行くときに着る服を選んで欲しいんだけど」

 

宙は困ったように笑う。

「恥ずかしながら、服の事はあまりよく分からなくて……千歌さんの力になれるかどうかは分かりませんが、それでも良ければ協力させて下さい」

 

「いや、私のじゃなくて宙ちゃんが着ていく服だよ」

 

「わ、私?」

 

「そう!東京って街も人もすっごいところだから、田舎者って思われないようにとびきりお洒落していかないと!私が持ってる服で好きなの着て良いからさ」

 

「わ、私は……」

 

「大丈夫!宙ちゃん可愛いから。おしゃれしたらもっともっと可愛くなるに決まってる。ほら、ちょっと来て!」

 

「あっ…///」

言われるがままに手を引かれていく。まだ迷っている事を伝えようとするが千歌が笑ってはしゃいでいる姿を見ると何も言えなくなってしまう。どんな人の心も温かくさせてしまうような、太陽みたいな笑顔だった。

 

この笑顔を、失いたくない。

宙はようやく決心した。

 

 

 

『これで行こうよ!美渡姉が教えてくれたの』

 

『……なんて言うか、ちょっと派手じゃないですか?』

 

『私だって、ほら!』

 

『わぁ…』

 

 

 

ーーー

 

 

 

そして、遂に東京遠征(?)当日。

約束の時間15分前に十千万の玄関に到着した梨子は、玄関に立つ少女2人の格好を見て絶句する。

 

「東京トップス! 東京スカート! 東京シューズ‼︎ そして……東京バック☆」

 

「千歌さん……やっぱり恥ずかしすぎて死んじゃいそうです…」

 

「……一体何がどうしたの」

あまりの派手さに千歌も宙も周囲の景色から浮いている。見るに耐えない格好だった。

 

「可愛いでしょー」

 

「東京行くからって何もそんなに構えなくても」

 

「梨子ちゃんは良いよ。内浦から東京行くなんて一大イベントなんだよ‼︎」

 

「はぁ……」

 

「「おはようございまーす‼︎」」

後ろから一年生達の声。梨子は取り敢えず目の前のピエロ擬き2人から目を逸らし、笑顔で声のする方向に向き直ると……再び言葉を失った。

 

「どうでしょう……ちゃんとしてますか?」

派手…というよりお金持ちの幼い子どもが着るような服装をしたルビィ。2つの大きな飴玉の髪留めがいっそ愛らしさすら感じてしまう。

 

「こ、これで渋谷の険しい谷も大丈夫ずらか?」

探検家のようにヘルメット、巨大なリュックサックを装備した花丸。両手で抱える鉄製のツルハシは危険な事この上無い。

 

「2人共、地方感丸出しだよ〜」

 

「貴方達もよ」

 

「えぇ!?」

 

「ですよね…」

結局、4人はその後すぐに着替えさせられる事になった。

 

ーーー

 

沼津の駅前で曜・善子と合流し、遂に一同は東京行きの電車に乗る準備が整った。

 

車から降りようとする梨子と宙に、駅まで運転してくれた千歌の姉・志満から声が掛かる。

「梨子ちゃん。皆んなあんまり東京に慣れてないから、宜しくね」

 

「はいっ」

 

「宙ちゃんも千歌ちゃん達と一緒に精一杯東京、楽しんで来てね」

 

「はい!例え何があろうとも、皆さんの事は全力でお守りします!」

 

「ふふっ それは心強いわ」

志満は終始ニコニコしながら去っていった。

 

「じゃあ、私達も行こうか」

 

「はい」

 

 

そろそろ電車に乗り込むという頃、千歌のもとにクラスの友人達が駆け寄ってきた。

「千歌ー!」

 

「あっ!むっちゃーん!」

 

「イベント、頑張ってきてね!」

 

「これ、クラスみんなから」

大量のパンが差し出される。

 

「わあ、ありがとう!」

 

「それ食べて、浦の星の凄いところ見せてやって!」

 

「……うんっ!頑張る‼︎」

クラスからも期待されている事を実感した千歌。笑顔でそれを受け取り精一杯手を振るのだった。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

ーー 東京・秋葉原 ーー

 

大量の通行人で埋め尽くされた道路。天から伸びた支柱のように高い超高層ビル。何故そんな設計にしたのかと問いたくなるような不思議な形をした建物。目に入るもの全てがまるで別世界のようだ。

 

「うわぁぁ……」

(やっぱりファウストの倍以上に大きい……)

梨子を除いたAqours全員がその雰囲気に圧倒される。

 

「フフッ…ここが遍く魔の者が闊歩すると言い伝えられる約束の地、魔都東京……」

 

「わあ見て見て!あれってスクールアイドルの広告だよね⁉︎」

皆それぞれ目に入った物に向かって駆け出していく。皆んなで見て回る予定が、結局それぞれ連絡を取りながら約束の時間まで自由行動することになってしまった。

 

「あっ…皆さんちょっと……」

あっという間にメンバーの姿は人混みの中に紛れてしまい、宙は1人になってしまう。

 

「一緒にまわりたかったのに…」

安全面からみてもそれが1番だと考えていた宙は頭を抱える。

とは言え、いつまでも同じ場所に留まるわけにはいかない。宙は歩き始める前に目を閉じ、周囲の状態を注意深く確認する。

 

(……大丈夫。ビーストの反応は一切無い)

何かあればすぐに駆けつけると気を引き締めながら彼女は歩き出した。

 

「………」

 

「………」

 

「……………どこに行けば良いの?」

今の今まで東京に行く事だけを考えており、着いてどこに行けば良いかを一切考えていなかった事に気がついた。行きたい場所が特に無いのだ。

人の波に流されながら考える。

 

(人が多いところはあんまり好きじゃないし……どこかひっそりとした場所に行きたいな。自然豊かなとことか)

東京に来た意味がまるで無いようなことを考える少女。そんな彼女はある建物を発見する。

 

「……ここにしよ」

適度に人も集まらなさそうな場所。店内も静かそうだった。

 

「………」

所狭しと並ぶ本の一冊を抜き出し、試しにページを捲ってみる。

 

「………」

 

「………」

 

「………ッ⁉︎」

 

「こ、これは……///」

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「はあっ……!はあっ……!」

ある看板に釘付けになった梨子はその看板に示された場所に向かって懸命に走っていた。

 

(まさかこんなところであの掘り出し物が……‼︎)

件の建物に辿り着くと、周囲を何度も見回して知り合いが誰もいない事を確認。

 

(……よし)

こんな自分を誰にも見られるわけにはいかない。梨子は急いでこの建物––––「女性向け同人誌 オトメシアン」へと足を踏み入れた。

 

「あった……‼︎」

目当ての本…『壁クイ』を手にとり、梨子は1人ほくそ笑む。

 

 

私には誰にも言えない秘密がある。今手に取っている本がそれだ。

壁クイ……壁ドンと顎クイ2つのシチュエーションを混ぜた究極の併せ技。写真の少女が顎を摘むように手を伸ばすその先にあるのは無機物の壁。表紙を見ただけでときめいてしまう。

何故こんなのが好きになったのか……私も分からない。でも、そんな事考えたってあんまり意味は無いだろう。趣味なんて物は周りの人に迷惑が掛からなければ別に何だって良い。

 

ただ、私の友人達にこんなところを見られてしまえば幻滅されちゃうかも…。それだけは絶対に避けなければならない。もしそうなったら……色んな意味で終わる。……終わる

 

梨子は他にも何冊かの同人誌を手に取り、後ろめたさを感じたのか一目散に駆け出した。

 

(そこを曲がればいつものレジ……ん゛ッ⁉︎)

 

「きゃっ」

本棚の角を曲がった瞬間、誰かにぶつかった。

 

「ごめんなさいっ!」

梨子は慌てて立ち上がり、ぶつかってしまった相手に謝る。

 

「いえ!こちらこそすみま……あれ?」

目が合った瞬間、頭の中が真っ白になる。

 

「な、な……」

何で、こんなところにいるの……

 

「梨子さん?」

 

宙ちゃん………

 

「あ––––––」

ぶつかった拍子に私の本が床に散らばってしまい、「壁クイ」の3文字がモロにその姿を見せている。

 

 

私、終わった–––––––––––

 




壁クイは分かるんですけど、サンシャイン2期に出てくる空中カベドン・水中カベドン・ダンスカベドンって一体なんなんでしょうね

未だに凄く気になっています


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27.殺戮都市 2

ごめんなさい……短めだし見ようによってはあまり中身のない話かもしれません


終わった–––––––––––

 

頭が真っ白になり、しばらくの間硬直していた梨子。我に帰るまで一体どれ程の時間が経っただろう。ショックから立ち直った彼女の顔は一瞬にして赤く染まった。恥ずかしい。このまま灰の様に消え去ってしまいたい……心の内でほろほろと涙を流しながら床に散らばった本に手を伸ばそうとする。

 

そこでようやく気が付いた。

 

「」

宙も同じようにその場で固まっているのだ。

 

(こんなもの見られて……私やっぱり宙ちゃんに幻滅されちゃったんだ……)

梨子が顔を伏せると同時に宙も赤面しながら顔を背ける。2人は同時に散らばった本に手を伸ばし、躊躇うようにもう一度胸元に引っ込めた。

 

「…ん?」

鏡と対面しているのかと思う程全く同じ動作。

 

(ていうか、私が買おうとしてた本ってこんなに多かったっけ?)

明らかに多い……というより手に取った覚えのないものまである。表紙のイラストを見るに、ジャンルは似ているが明らかに違った。

 

わ、私のです……

消え入りそうな声と共に宙がそれらを拾い始める。

 

「あー……え?」

さっきまでの羞恥心はいつの間にか消えていた。代わりにあるのは僅かな親近感。もしかして彼女も…

 

梨子はいそいそと本を拾い始めた。

 

 

 

 

 

 

ばったり出会った手前、また別れて自由行動するのも気が引けるので、店から出た2人は側に設けられたベンチに座った。一息つくと、ちらりと横を見て互いの様子を伺う。

「「あ、あはは…」」

……気まずい事この上ない状況だった。

 

「……梨子さん」

 

「な、何かしら?」

 

「こうゆうのっておかしいんですかね?」

雑踏を眺めながら宙はぼんやりと呟く。両手で抱え込んでいるのは同人誌が入った鞄。やはりどうしても買わずにはいられなかったのだ。

 

「どうかしら…でも絶対にダメなんてことは無いはずよ」

 

「でも、梨子さんとばったり会ってしまった時凄く恥ずかしかったです」

 

「うん。私も」

 

「手に取った時も何故か後ろめたさがありました」

 

「うん。私も」

 

「幻滅されたらどうしようって思いました」

 

「うん。凄く分かる」

そこまで言って梨子と宙は互いに顔を見合わせる。

 

「なんだか…」

 

「ちょっと似てるよね。私たち」

2人は揃って笑い声を上げた。

 

「そうですね」

こんな事で話が合ってもどうしようも無い気がするが、取り敢えず最悪の事態を免れた事は確かだった。

 

「ねぇ、宙ちゃん。この事は」

 

「はい。私たちだけの秘密…ですね?」

 

「うん。そうして貰うと助かるな」

梨子は引き攣っていた表情はようやく元に戻り、話を切り替えるように両者を叩いた。

 

「…よしっ!じゃあ折角だし一緒に色んな所見て回ろっか。私も一応東京育ちだし宙ちゃんに色んなとこ案内できるかも」

 

「はい!」

2人は揃って歩き出す。心なしか以前よりも距離が近くなったように感じられた。

 

「……そういえば宙ちゃん、憧れると言うか…好きなシチュエーションは?

「……壁クイです」 

 

2人は無言で固い握手を交わすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梨子と一緒に行動する事で、1人で歩いていた時よりも大分心に余裕が生まれた宙の目には様々な物が飛び込んで来る。やっぱり都会は凄い。数歩歩くだけでどんどん景色が目紛しく変わっていくのだ。

煌びやかな電気街。奇抜ともいえる服装を格好良く着こなし歩き回る人々。何でも入っているカオスな自販機。梨子はこんな場所で生活していたと思うと畏怖の念すら抱いてしまう。幼い頃、訳も分からず都会で乞食生活をしていた自分が恥ずかしかった。*1

 

「皆んなで集合するのは夕方頃ですし、お昼ご飯も各自で食べてって事なんでしょうか?」

 

「あ、お腹すいたの?」

 

「い、いえっ!別にそういう訳ではなく…」

ついこぼれてしまった言葉を取り消すように慌てて口を覆うと、梨子は微笑みながら頷いた。

 

「丁度お昼頃だし……何処かで食べていこうか。宙ちゃんは何食べたい?」

 

「私は梨子さんの好きな物で……」

宙の言葉は届いていないようで、顎に人差し指をあてながら梨子は真剣に考えている。

 

「宙ちゃんの好きな食べ物っていったらやっぱりカレーかな?」

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「私たちの絆を繋いだ思い出深い食べ物だしね!」

 

「〜〜ッ‼︎も、もうっ!あんな事忘れて下さい!」

2人で観光してからというもの、彼女のペースに乗せられてばかりな気がする。宙は恥ずかしさを紛らわすようにそっぽを向いたーーーその瞬間何かが視界に引っかかる。

 

「ん……?あれルビィさんですよね?あんな所で何してるんでしょう?」

 

「! あれは…‼︎」

指さす方向に目を向けると、ルビィが2、3人の男に絡まれていた。彼女の顔は青ざめており、男達はそんな彼女を取り囲むように立ち馴れ馴れしく話し掛けている。どう見ても非常に良くない状況だ。

 

状況をいち早く理解した梨子が叫ぶ。

「ナンパよ‼︎」

 

「!? 行きましょう‼︎」

2人は弾かれたように現場に向かって駆け出した。

 

 

 

 

「ねぇ君、こんな所1人で歩いてたら危ないよ?俺達と一緒に回らない?大丈夫。俺、金たくさん持ってるから欲しい物何でも買うよ?」

 

「あ…あぁ…」

 

「怖がられてるじゃねえか。お前ほんとヘタクソだな」

 

「いいからちょっと黙ってろよ」

 

(ど、どうしよう…手、掴まれてるから動けない…)

 

「服凄い似合ってるね!もっと可愛い服買ってあげる!」

 

「ピッ⁉︎」

(た、助けて……お姉ちゃん)

 

「「ルビィちゃん(さん)‼︎」」

よく聞いた事のある声と共に2人の少女がルビィと男達の間に滑り込んで来る。

 

「ちょ、何あんたら?」

 

「こんな所にいたのね?随分探したんだから」

 

「怪我は無いですか?」

 

「せ、先輩……‼︎うぅっ!」

思いも寄らない助けに、全身の緊張が抜け安心のあまりルビィは2人に飛びついた。梨子はルビィを抱き寄せると男達の方に向き直る。

 

「彼女は私達の友達なんです。これから一緒に行く所があるのでこれで失礼します……何ですか?」

そのまま踵を返して歩き出すと男達はその先に回り込んできた。喜びに満ち溢れたその表情に、梨子も宙もたじろいでしまう。

 

「うわめっちゃ可愛い!君たちこの娘の連れ?」

 

「俺達3人だし丁度人数揃ったじゃん」

 

「一緒に遊んでこうよ!」

右に行こうとすると右に、左に行こうとすると左に……まるで反復横跳びするようにしつこく絡んでくる。

 

((……やっぱり怖い…‼︎))

近くで見ると皆背が180cm以上ある。自分達を見下ろす目には明らかに好奇と(よこしま)な感情が宿っている。周りの人はこちらに目もくれず、このままでは切り抜けられそうに無いのは火を見るよりも明らかだ。

 

(どうしよう……こっちから手を出したら過剰防衛になっちゃうかな?)

咄嗟に拳を振るって切り抜ける事が思い浮かんだが、こんな所で警察沙汰になれば梨子やルビィが明日のライブに支障をきたしてしまうかもしれない。それに何より……彼らはビーストじゃない。普通の人間を殴ったり蹴ることなどどうしても出来なかった。

梨子とルビィを守るように立ち必死に考えを巡らせる宙を他所に男達は話を進める。

 

「そろそろ13時だしご飯行こうよ。俺達金あるから何でも奢ってやるからさ」

 

「……ご飯を奢る、ですか?」

 

「ちょっと宙ちゃん!?」

 

「勿論!君たちは一切払わなくて良いからね」

 

「分かりました。良いですよ」

 

「マジ⁉︎よっしゃあぁぁぁ‼︎」

 

「宙ちゃん!何考えてるの⁉︎」

宙は血相を変えて詰め寄る梨子の肩に手を乗せ、微笑みを浮かべる。

 

「私に任せて下さい。梨子さんもルビィさんも多分遠慮しなくて良いですよ。言質はしっかり取りましたから」

 

「……え?」

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

バクッ!ムシャムシャモグモグ…ゴクッ…ズルズルズルゥ……ズバババババ‼︎

 

「」

目の前で、自分達よりも小柄な少女が机から溢れんばかりに並べられた大量の料理を次々と口の中に収めていく姿を見て男達は絶句する。

長くなっていくレシートに表示された金額がどんどん悲惨な事になり男達の顔は青ざめる。

 

「おいアンタどんだけ食うつもりだ!」

 

「んぐっ… まだまだ全然いけますよ?頑張ったらもっといけます」

 

「頑張らんでいい‼︎」

 

「お金、一切払わなくて良いんでしたよね」

 

「ギャアァァァァァァァ!!!!!!」

店内に絶望の叫びが響き渡る。

 

「宙ちゃん……」

 

「先輩っ!」

梨子は引き気味に笑い、ルビィは頼もしそうに彼女を見つめていた。

 

 

 

「ごめんなさい…食べ過ぎました…」

宙が空腹を満たす頃、男達は微動だにせずただ茫然とレシートに目を向けていた。その焦点も既に合っていない。

 

天井に届くのではないかと思うほど高く積み上げられた皿。宙の基準がバグっている事を嫌が応にも思い知らされる。

 

「やっぱり私が食べた分は私が払います…」

 

「いや、いいんだよ。もう……もう良いんだよ」

全て奢ると啖呵を切り、結果やっぱり払うからと心配される始末。彼らはプライドがズタズタになる直前に最後の見栄を張った。

 

「気をつけて帰ってね……」

そのか細い声を聞き本当に申し訳なくなった宙は自分の財布を開く。

 

「あ……」

だがその中身に入っているお金でも払える物では無い事に今更ながら気が付いてしまう。ならばせめてもと彼女は中にある札束を全て彼らの机に置き、梨子・ルビィと共に店を立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 

「これで良かったんでしょうか…」

 

「うん。あの人達もこれに懲りてナンパなんて辞めると思うよ。…にしても凄かったわね。宙ちゃんの胃の中にはブラックホールでも入ってるのかしら?」

 

「あはは……太ったらどうしよう」

そうは言うものの、彼女の腰回りは食べる前と一切変わっていなかった。梨子は宙の胃の中には本当にブラックホールがあるんじゃないかと疑ってしまう。

 

「先輩、助けてくれて本当にありがとうございました」

ペコリと宙にお辞儀するルビィ。その笑顔を見て彼女の為になった事だけは実感する。もっとも、ただひたすら食べていただけだったが。

 

「そうね。私もルビィちゃんも宙ちゃんのおかげで助かったわ。ありがとう」

 

「ルビィさんも私達と一緒に回りませんか?さっきみたいな事が起きるとも限りませんし…3人いれば心配無いですよ」

 

「そうですね…お願いします!」

ルビィはそう言ってしっかりと宙の手を握った。これで3人……なんだかメンバー集めをしているみたいだ。

 

「よし!折角3人揃ったんだし……ショッピングモール行こうよ!洋服とかたくさんあるし好きな服お互いに選んで買うなんてどうかな?」

梨子の提案を聞いたルビィが瞳を輝かせる。

 

「良いですね!是非行きましょう‼︎」

 

「あ……でも私、さっきので殆ど使っちゃって」

宙はそう言って小銭しか入っていない財布を見せる。

 

「大丈夫!ルビィが払います!」

 

「いや駄目ですよ⁉︎」

 

「大丈夫です!」

言われるがままに手を引かれていく。ルビィの楽しそうな顔を見るともう何も言うことが出来なかった。

 

*1
第6話参照




ウーラーかお前は

今週中にもう1話更新できたらなと思っています


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28.殺戮都市 3

遅くなってしまいすみません!



 

 

「……あれ?」

目を開けると、寝起き特有の心地良い感覚と共に賑やかな声が聞こえてくる。日は少し傾き、昼間と比べると通行人も少なくなっていた。半日ずっと人混みに揉まれながら歩き回っていたせいか、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 

(戦ってる時の疲れとは全然違うなぁ…)

内浦の田舎の生活と雰囲気にすっかり馴染んでしまった事を改めて実感する(こすも)。隣に目を向けるとルビィも静かな寝息を立てている。

 

「あ、目が覚めた?」

両手に飲み物を抱えた梨子が駆け寄ってくる。

 

「梨子さん…ずっと起きてらしたんですか?」

 

「うん。2人に飲み物買ってきたよ。喉乾いたでしょ?」

 

「わわ、わざわざありがとうございます!」

全然疲れてなさそうな様子の梨子。やっぱり都会育ちの人はこの程度の人混みは何とも無いようだ。

 

「どういたしまして。はい、これ––––––」

 

 

見つけた

 

あいつだ

 

 殺 せ

 

 

 

刹那、容器が地面に落ち、中から溢れ出した琥珀色の液体が宙のワンピースに大きな染みを作った。

 

 

 

 

ーーフォートレスフリーダムーー

 

モニターに表示された波形が跳ね上がり、基地内にサイレンが鳴り響いく。

 

「ビースト振動波確認‼︎ ナイトレイダーにスクランブル要請‼︎」

 

「場所は?」

 

「!? ……東京の中心部です‼︎」

 

「何だって!?」

 

「80体以上の反応が見受けられます。おそらく人型サイズです。……今もなお増え続けています」

その場にいる全員に激しい動揺が走る。無理もない。これまである一例を除いて(・・・・・・・・)首都圏にビーストが現れた事は無かったからだ。と言うより、あってはならなかった。

 

 

「ポテンシャルバリアが機能していない……来訪者の限界が近いのか?」

TLTはビーストによる人的被害を極力避けるために、人口密集地である都市部には『ポテンシャルバリア』と呼ばれる結界を張っていた。これが機能しなくなるというのはビーストが全国至る所を自由に攻撃できる事と同義。危機的状況に他ならない。

 

「ミカエルとの連絡が取れません!」

 

「何をやっている!彼女は内浦にいるんじゃないのか?ウルティノイドの力を行使すべきはこの時だろうに‼︎」

 

「『ラファエル』が現れたとみて間違い無いでしょう。彼のこれまで通りミカエルを狙っているのなら、ミカエルもそのエリアにいる可能性が高いですね」

 

状況が逼迫する中、イラストレーターはナイトレイダーにある指示を出した。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「うわ⁉︎せ、先輩?」

 

「宙ちゃん!いきなりどうしたの⁉︎」

 

宙は何も答えること無く梨子とルビィの手を引いて走り続ける。

いくら走っても宙は全く止まろうとしない。それどころか手を握る力が強くなり、どんどんスピードが速くなっていた。

 

ちらりと宙が一瞬後ろを振り返る。これまでの彼女からは想像もつかないほどその表情は焦燥感に溢れていた。梨子もルビィも言葉を失う。

 

(も、もう息が……)

だが、もう呼吸が間に合わず、梨子もルビィも膝を折りそうになる。

 

「っ……失礼します!」

宙は梨子と真っ青になっているルビィを担ぎ上げると、さっきまでとは比べ物にならないスピードで走り出した。

 

「「わぁぁぁぁ‼︎」」

抱え込まれた2人は目を回しそうになる。

 

 

それが良くなかった。

 

3人の体重を乗せたまま全力疾走する負荷に耐え切れず、宙が履いているサンダルの紐が千切れてしまう。

 

「う––––––!?」

バランスを崩し、大きく前につんのめる宙。その瞬間、後ろから迫る2つの影が彼女の隣に並び左右から彼女の両腕を掴んだ。

 

「ぐ…!」

「「きゃあぁぁぁ‼︎」」

 

一瞬で3人の体が宙に浮き、近くに積み上げられた段ボールの塊を薙ぎ倒しながら吹っ飛ばされる。

 

 

「ルビィさん……梨子さん!」

 

「大丈夫…」

「うう…何…怖い……」

2人とも特に目立った外傷は無いのは奇跡に近い。宙は咄嗟に彼女達の前に滑り込み、いきなり襲ってきた者へと目を向ける。

 

 

長い黒髪

 

こいつだ

 

この女だ

 

ようやく、見つけた

 

すぐ殺せ 

 

こいつは邪魔だ

 

そうだ殺せ 

 

殺せ

 

殺せ

 

殺せ

 

殺せ

 

殺せ

 

殺せ

 

殺せ

 

殺せ

 

 

 

 

「ひっ……」

見た目はどう見ても普通の人間。そのはずなのに皆目が異様にギラギラしている。同じ言葉を譫言のように繰り返す彼らの顔からは生気が抜け落ちていた。

 

(有り得ない…何で全力疾走したのに追いつかれるの⁉︎)

 

足を止めてしまった間に襲撃者の数はどんどん増え、あっという間に宙・梨子・ルビィの3人を建物の壁際まで追い詰めてしまう。

 

「止まれ!」

尚も間合いを詰めてくる襲撃者達に向かって宙は声を張り上げた。

 

「それ以上近づいたら警察呼びますよ!」

 

一瞬、襲撃者達の動きが止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははははははははははァ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

が、それもほんの一瞬。

宙の大声に触発されたのか、1人の男が奇声を上げながら突っ込んできた。

 

「くっ!」

宙は咄嗟に足を振り上げ前蹴りを放つ。

 

(こうなったら、多少怪我させてでも––––––)

宙の狙い通り放った蹴りは男の鳩尾に突き刺さる。が、男は一切怯む事なくその足を両手で掴んだ。

 

「え?」

 

そのまま持ち上げられ、地面に叩きつけられる。

 

「あ゛ッ!?」

背中の激痛を感じる間も無く、今度は反対側の建物目掛けて投げ飛ばされる。

 

「宙ちゃん‼︎」

「いやぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

「ぅあ……」

ガラス張りの壁を突き破り、飲食店の机や椅子を巻き込みながら投げ飛ばされた勢いは強引に止まる。店内の人が血相を変えて駆け寄ってくるが、宙はその手を払って叫んだ。

 

「駄目です…ここから逃げて!」

多分、テロか何かだ。ここにいたら皆んな殺される。

 

言い終わる間も無く突き破ったガラス張りの壁から謎の襲撃者達が殺到。真っ直ぐこちらに突っ込んでくる。何故か他の人間には一切目も向けない。

 

(狙いは私だけ⁉︎)

反射的に体を起こし、天井に備え付けられたシャンデリアを掴むように跳躍。集団の頭上を飛び越える。

大通りへと飛び出した宙は、一瞬後ろを振り返ると追跡してくる襲撃者を殴りつけた。

 

「ーーっ!」

拳に伝わるその生々しい感覚に顔を顰めながら、今度は体勢を低くしてこちらに向かってくる別の1人の足元に潜り込む。敵は足を取られて大きく転倒。その後ろを追随していた集団はドミノ倒しのようにバタバタと倒れていった。巻き込まれる前にその場から素早く離れた宙は先程殴り飛ばした男の背後に回りその首を思いっきり締め上げる。

 

「落ちて––––––‼︎」

しかし、締め落とすより先に残りの集団が四方から飛びかかりその場から離れざるを得なくなってしまった。

 

(くそ……一体どれだけいるの!?)

人間とはいえ、あまりにも数が多すぎる。そもそも何故人間同士で争わなければならないのか。相手が相手なだけに宙は中々力を使う事が出来ない。

 

 

「宙ちゃん血が!早く逃げよう‼︎」

 

「駄目です!この人達の狙いは多分私……私が何とかしないと‼︎」

 

「わけわからないよ!何で宙ちゃんが⁉︎」

 

「いいから、梨子さんはルビィさんと逃げて!人間相手に遅れはとりません!」

梨子と押し問答していると襲撃者の1人が襲いかかってきた。宙は敵の襟首を掴み、片腕を巻き込んで背負い投げる。

 

「あはッ」

しかし、敵は脱力して自ら投げ飛ばされると同時に空中回転しながら軽やかに着地。人間離れした身体能力で受け流されてしまった。

 

「強い……痛⁉︎」

歯軋りしていると頰を何かがつたった。瞬間激しい痛みが生じ、頰を拭った手が赤く染まる。

 

(顔を切られた?でも刃物も持ってないのに何で⁉︎)

敵がこちら振り返ると同時に宙は言葉を失う。

 

「惜しいなァ……あとちょっとで目玉潰せたのにィ…」

敵の腕は肥大化し、指先の爪は刃のように長く伸びていたのだ。

 

「そんな……」

 

「ひっ!」

久しぶりに目の当たりにしてしまった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)その姿に、梨子もルビィも短く悲鳴を上げる。

 

1人が形を変えたのを皮切りに、襲撃者達は次々と体の一部を肥大化・変化させ、瞬く間にそれらは異形の集団となった。

その醜悪な見た目……見間違う筈もない。

 

 

「スペースビースト……‼︎」

まだダークファウストの力の事を知らないルビィがすぐ側にいるのも忘れ、宙は目の前の敵にダークエボルバーを向ける。

 

(敵が貴方達なら容赦しない‼︎)

ビースト群目掛けて閃光が瞬いた。

 

「ぃギャアァァァァァァ‼︎足がァ‼︎だれか、だれかたすけでぇ!」

 

放たれた真空衝撃波動弾はビーストの一部を吹き飛ばした。激痛に悶え地面を転げ回るビースト。他の個体ほど体は丈夫ではないようだ。急所は外してしまったが。

 

……いや、外されてしまった(・・・・・・・・)

 

 

「早とちりは良くないなあ」

 

「⁉︎ お前……!」

ダークエボルバーを握っている右手を掴み、こちら射線をずらした者の姿がそこにはあった。

 

「目に見える物だけが全てじゃないと……TLTの奴らは教えてくれなかったみたいですね」

 

「有働…貴文‼︎」

 

「ようやく名前で呼んでくれましたね」

その声に頭痛を覚えながらそれを睨みつけるが、彼は飄々とした態度を崩さず逆に笑い返してくる。

 

「死ぬ程嬉しいですよ、姉さん」

しかし、血走ったその瞳から溢れ出すは狂気。作り笑いをしているのはもはや隠しようがなかった。

 

「僕と戦う前に彼らを倒して下さい。一応、僕の配下ですし……で・す・が」

 

(この男……なんて力なの…⁉︎)

掴まれた右手は岩のように硬く握りしめられ、まるで動かす事が出来ない。有働はその血走った瞳を身動きが取れない宙の顔に近づけ話を続ける。

 

「彼らを1人でも殺せばその瞬間姉さんは『人殺し』になっちゃいますけどね」

 

「どういう意味……?」

 

「言葉の通りですよ。彼らは正真正銘ただの人間です。少しだけ手を加えさせて貰いましたが」

有働が目を向ける先には体の一部が異形と化した襲撃者達。今は薄ら笑いを浮かべたままその場に留まっている。

 

「下らない嘘を吐かないで!あれのどこが……ビーストが人間に化けているだけでしょう‼︎」

 

「なら何故姉さんのビースト感知能力は途中まで彼らに反応しなかったんでしょうね?」

 

「……!」

 

「途中で言ってましたよね。『人間相手に遅れは取らない』とか何とか。姉さん、途中まで彼らを人間だと思って殺さないように手加減してた癖に酷い変わりようじゃないですか」

 

「……私は…」

有働はそこまで言ってにやりと笑うと宙の手を離し、宙の攻撃範囲外まで素早く飛び退く。

 

「いや、こんな事言ってもしょうがないですよね。見た感じ姉さんなら余裕で彼らを倒せそうですし。まぁ彼らにも一生懸命頑張って貰いましょう………おーーい!皆さん!」

有働は襲撃者達に向かって叫ぶ。

 

「姉さんを殺した方には特別に元の人間に戻れる権利をあげますよ‼︎千載一遇のチャンスです!さぁ頑張って!」

 

刹那、襲撃者達は一斉に宙目掛けて走り出した。

 

 

ーー ビーストヒューマン ーー

 

 

殺せ!

 

(彼らはビースト……人間じゃない)

 

俺が先だぁ!

 

(ビーストは倒すべき敵…)

 

邪魔だ!退けぇ!私はもう一度––––––

 

(ビーストを倒して…私が皆んなを守る……それが)

 

「キャハハハハハァッ‼︎」

 

(私が今やるべき事なんだ……‼︎)

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

宙は絶叫しながら右腕を一閃し、1番最初に突っ込んできたビーストヒューマン……幼い少年を殴り飛ばす。石畳を握り潰し細かな礫を作ると残りの集団に向かって投擲。怯んだ隙に地面を転がった先程のビーストヒューマンにのし掛かりダークエボルバーを振りかざした。

 

「あはハハハハハハ‼︎いだい!いだいよぉ‼︎」

心臓部をひと突きしたのにそのビーストヒューマンは死なず、発狂しながら抵抗してくる。

 

「あァァァ‼︎」

 

(奴はビースト……奴はビースト‼︎)

敵の首を抑え付け、何度もダークエボルバーを胸部に突き立てようとする。返り血が飛び、顔にかかる。……いつしかルビィを手当てした時に嗅いだ匂いと同じだった。

 

 

ーーーふと、地面に組み伏せたビーストヒューマン……少年と目が合う。

 

 

………ろして…お願い…おねぇ……ん

その目から溢れた一筋の水滴が少年の頬を伝う。

 

(ビーストは……て……き………)

 

 

ガッ‼︎

 

宙はダークエボルバーが地面に思いっきり突き刺さした。

そしてビーストヒューマンを精一杯抱きしめる。

 

「……できっ……ないよぉ…こんなの……」

言葉にしてもどうしようもない筈なのに……それでも言わずにはいられなかった。

顔中血と涙でぐちゃぐちゃになりながらも宙はワンピースの裾を引きちぎって少年の胸に当てがう。

 

「ごめん……ごめんね……!すぐに止めるから‼︎」

 

しかし、背後から髪の毛を掴まれ少年に向けて伸ばした手は空を切った。

 

つかまえたぁ!

 

殺せ……殺せぇ!

 

そのまま地面に引き倒され、無数の拳が、足が打ち付けられる。何度も、何度も殴られ、蹴られる。

 

「あぐッ⁉︎がはぁッ!?うげぇッ!?」

 

(力を……早く……!)

 

……駄目だ。ここで巨大化すれば周りの人間、建物皆んな巻き込んでしまう。

 

(せめてこの大きさのまま変身が出来れば……‼︎)

 

ぐしゃっ 

 

「ぎゃあァァァァァァァ‼︎」

踏みつけられた右手から鈍い音が響く。

 

 

「アハハハハ‼︎見ていますかファウスト!貴方が選んだ器はこんなにも脆い‼︎人1人殺せない臆病者がァ!これで分かったでしょう!姉さんはウルティノイドの器に相応しく無いッ‼︎僕こそ……僕こそが本当の正しい器なんです!待っていて下さい。すぐに迎えに行きますからね」

有働は嬲られ続ける宙を見て嘲笑する。彼の言うように、宙は幾ら体に幾らビーストヒューマンに痣や裂傷を刻まれようとも、もう彼らと戦おうとしなかった。

 

 

 

 

(痛い……痛い…いたいイタいイタイイタイイタイ‼︎)

 

視界がだんだん暗くなり、意識が遠のいて–––––––––––

 

 

 

 

もうやめてよ!!!!!!

 

 

 

 

何かが激しく輝き、宙に覆い被さっていた影がさっと退く。代わりに伸ばされた手が宙を優しく抱え込んだ。

 

「宙ちゃん!……もう止めてよ!宙ちゃんが何したって言うの⁉︎何でこんな酷い事を……‼︎」

梨子だった。彼女は決死の覚悟で物陰から飛び出し、傷付いた宙を庇いながら有働を睨み付ける。その瞬間、また小さな光が彼女の胸元でスパーク。ビーストヒューマン達を大きく後退させた。

 

 

「今のは……!?」

ビーストヒューマンのみならず、有働も大きく目を見開く。

 

「何……?今の……」

光を発現させた梨子が1番状況を飲み込めていない様子を確認すると、有働は目を細めて梨子を見据える。

 

 

「……僕だって意味もなくこんな事をやっているわけではありません。全ては僕に課せられた使命を果たすために……彼にもう一度命を……その為にはウルティノイドの力がどうしても必要なんですよ」

 

「意味が分からない……いや、分かりたくもない。私は、宙ちゃんをこんなにしたあなたを……絶対に許さない」

静かな声だが、その語気には明確な敵意と怒りが含まれていた。

 

再びピリピリと帯電するように梨子の胸の中で小さな光が迸る。

 

 

 

「出来る限り無関係の人間は殺すつもりはありませんでしたが……そうも言ってられないようですね」

 

梨子にビーストヒューマン達の視線が集中する。

 

 

邪魔するなら、お前も殺す

 

こっちは人間の女か?

 

うまそうだナァ……

 

四肢を引き裂いてから食ってやる

 

 

その血走った目に射竦められ、梨子は恐怖で足が震え立ち上がることが出来なくなってしまう。

 

「来ないで‼︎」

無茶苦茶に腕を振り回すが、先程の光は消え失せ再び輝く事は無かった。

 

 

 

「悪い芽は摘み取らねばなりません」

有働の合図と共にビーストヒューマンは一斉に2人に群がった。四方八方より殺到する鋭利な爪。戦いを経験した事が無い梨子と、既に満身創痍の宙にそれらを避ける術は無い。

 

「……ッ‼︎」

梨子は恐怖から逃れるように目を瞑り宙を抱き寄せる。

 

 

(何が……絶対に負けない……だ……今、何も出来ないのに……)

 

 

 

 

 

 

 

【馬鹿が】

 

 

 

 

 

 

 ぐしゃり。

 

 

 

「???」

 

 

ビーストヒューマン達の爪が2人を切り裂こうとした瞬間、解き放たれた赤黒いオーラが彼らの胴体を高速で通過。両断された胴体が周囲に撒き散らされる。

 

「……何で」

先程まで何も出来なかった少女が、躊躇なくビーストヒューマンを惨殺し有働は驚愕の表情を浮かべる。

 

「元人間のビースト……殺せない兵隊か。面白い。確かにこれならこの娘(・・・)は手が出せまい」

 

「この小娘に限った話だが」

 

「……宙……ちゃん……?」

梨子は戸惑いの声を漏らす。いきなりの人格豹変……揺らめく黒髪の隙間から覗く口元は不気味な微笑みを形作っている。

そして、目が合った瞬間梨子は確信した。これは彼女……高海宙ではないと。

 

「むぐっ!?」

突然それに首を掴まれ、無理矢理引き寄せられた。

 

「感じる……お前の中に忌々しいあの光を……」

口角が吊り上がり、端正な顔が不自然に歪んだ。

 

「復活の時は近いようだな」

 

「違う!宙ちゃんじゃない……あなたは誰!?宙ちゃんに何したの!?」

 

「喜べ……お前は特別だ。力を発現するその時までは殺さないでおいてやる」

 

「何を言って……!?」

会話がまるで成り立たない。梨子は目の前に立つ少女に底知れぬ恐怖を覚え、それ以上何も言えなくなった。

 

 

「へえ……なぁんだ。姉さん、さっきまで猫被ってたんですね。それが本性なんだ。だったらもっと早く見せて下さい……よッ‼︎」

刹那、有働の体が揺らめき一瞬で宙に肉薄。背を向けている彼女目掛けて拳を引き絞る。

 

「失せろ。目障りだ」

死角からの一撃……だが宙は首を捻ってその拳を躱し、顔の横を空振った腕を掴んだ。

 

「げはァ!?」

景色がひっくり返って顔面にアスファルトがぶつかる。投げ飛ばされた––––––理解するより先に今度は紫色の光弾が有働の腹を貫く。

 

「ぐああぁ……」

足を旋回させて拘束から逃れた彼はその場から大きく飛び退いた。

 

「有り得ない……何なんだその力は!?」

 

「何か勘違いをしているようだな…私に肉体の半分を譲った(・・・・・・・・・)この娘はもうここにはいないというのに」

自らを指差して宙はそう告げる。

 

「……!」

その意味を次第に理解していき有働の目は大きく見開かれていく。

 

 

「しかし、ようやく自由に動けるようになって最初の敵がこれとはなぁ……雑兵にもならんが」

 

「奴と戦う前の余興にはなるだろう」

宙……否、彼女の体を纏った魔人、ファウストは目の前の敵に暴威を奮う。

 

 

 

 

 

 




うう……やっぱり前回との温度差が凄い

ていうかここまで書いてこんなに進みが悪いのはほんとにすみません



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29.殺戮都市 終局

m(__)m m(__)m m(__)m m(__)m m(__)m

遅すぎますがようやく投稿です……

そして今回の話はグロ注意です
21話「行く末」で宙がダークファウストに体の主導権を半分譲った事を踏まえてご覧ください。


東京の中心部は混乱を極めていた。

絶え間無く飛び交う怒号と悲鳴。ただでさえ人口が密集している場所で断続的に起こるパニック……もはや収集がつかない状態だ。

 

「ーーーー!!!!」

 

その街に突如現れた半獣型人間・ビーストヒューマン……異形の群れは近くにいる人間から襲いかかり、喰うことでどんどんその数を増やしていく。その場から離れようとして群衆同士がぶつかり合い、途端に身動きが取れなくなる。逃げようとすればするほど、その動きがビーストヒューマンの殺戮を助長させていた。

 

逃げるもの。殺されるもの。

そして、それらと戦う者がいた。

 

 

 

動けなくなった人間に狙いを定め、牙を剥こうとするビーストヒューマン達が突然その動きを止める。四方八方から迫る弾丸がビーストヒューマン達の頭部を正確に撃ち抜いたのだ。

 

「前衛の掃討を確認。第一、第二小隊前進。くれぐれも民間人に誤射はするな」

 

「「「「了解」」」」

狙撃部隊の合図で、現着したナイトレイダーは物量で押し寄せる敵を正確に迎撃していく。

大前提として彼らは人目のつかない場所でビーストの掃討するが、敵が市街地に現れた手前、最早そんなことは不可能だった。

 

「何こいつら……人間なの?」

地面に転がる敵の死体の外観が自分たちとほとんど変わらないことに彼らは動揺を隠せない。

 

「相手が何だろうがビースト振動波が確認された時点で俺達の敵だ。躊躇うな」

前衛で指揮を執る和倉の元に1人の隊員が駆け寄る。

 

「隊長、このペースでは敵の増殖速度に追いつけません。別働隊も敵に包囲されつつある模様」

 

「石堀、至急チェスターに航空支援を要請。今より5分後に我々の現在地から半径1500m圏内に『特殊爆撃』を敢行する」

 

「了解」

 

その時、大きな爆発音と共に遠くで黒煙が噴き上がる。

 

「目標地点の状況も逼迫しているらしい。急ぐぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきまでの華やかだった街が変わった。綺麗に舗装された道路は血溜まりで埋め尽くされ、体の何処の部位かも分からない肉片が辺り一面に散らばっている。

しかし、その凄惨な光景よりも梨子は眼前に立つ少女に釘付けになっていた。

 

(こすも)ちゃん……戻ってきて」

 

斬り捨てた敵の死骸を踏み越え、首を鳴らしながら広場の中央に歩を進める宙––––もといダークファウスト。体の宿主が魔人に入れ替わったせいか、その瞳からは赤黒い光が揺らめいている。

ただならぬ殺気を感じるのか、ビーストヒューマン達は距離を保ったまま近づいてこない。じりじりと後退しながらゆっくりと少女の前後左右に回り込んでいく。程なくして50を超える集団がファウストと梨子を取り囲んだ。

 

「ギ……ガアア」

時間が経つほどよりビーストに近づいていくのか、その姿は最早人間の形を留めていない。

 

対するファウストは取り囲まれている事を意にも介さず体の損傷度合いを確認する。執拗に踏みつけられていた右手を持ち上げると、肘から先がだらりと垂れ下がった。途端––––––

 

「あぁッ……!?」

間近で見てしまった梨子は口元を抑えて懸命に吐き気を堪える。

 

ファウストは折れた右腕を躊躇なく引き千切った。

 

「ハハハハ‼︎直に戦いの高揚を感じるのは何時ぶりの事か!血が……血が滾るッ‼︎」

 

ファウストが叫ぶと欠落した肘より先から漆黒の腕が生成される。

その腕でダークエボルバーを握り締め、ファウストは周囲を取り囲む敵に向かって人差し指と中指を軽く動かした。

 

「来い」

 

一方的な殺戮の始まりだった。

 

「ーーーー!!!!!!」

 

全方向から殺到するビーストヒューマン。

異形の群体が駆け出した瞬間、(ファウスト)は最前列の一体に向かってダークエボルバーを投擲。額を貫き絶命させた瞬間、一瞬で間合いを詰めてその死骸の首を掴む。

 

「!?!?」

 

肉の盾と化したそれは前方からの刺突攻撃を一挙に引き受け、攻撃を足止めさせた事で敵の動きを僅かながらに鈍らせる。

その一瞬で充分だった。(ファウスト)はダークエボルバーを逆手に持ち変えると、前方の敵に向かって何度も振り抜く。まるで空間ごと薙ぎ払うが如き一閃は十数体の首を瞬時に切断。地に転がる骸は残存するビーストヒューマン達の動きを阻害させる。

 

「ッラァアァァァァ!!!!」

 

その動きの停滞が更なる攻撃の機会を与える事になってしまい、瞬く間に斬り伏せられていった。

 

いかに数が多くとも、元は人間。その動きはビーストとは呼べないほど脆く、拙いものだった。宙と異なり、人間だろうが何だろうが殺すことに一切迷いの無い魔人にとってそれを捌くのは容易い。ビースト擬きとウルティノイド……手応えなどある筈も無い。

 

だが、そんな事は彼にとってどうでも良かった。

体を自由に動かせる解放感ーーー精神が恍惚感に満たされた魔人は、返り血を浴びながら笑い、求める。

 

「……もっとだ」

 

まだ喰い足りない。もっと楽しませろ。あともう少しで本来の姿を取り戻せるから。赤黒く染まった瞳を敵に向けると、その数は減るどころか増え続けていた。

 

「そうだ……それで良い……!」

 

(ファウスト)は次の標的を見定めると、地面を勢い良く蹴り飛ばした。

 

 

ーーー

 

 

ーー ナイトレイダー防衛戦線 ーー

「……!?」

異変は突然訪れた。ナイトレイダーと交戦していたビーストヒューマン達が突然攻撃を止め、その場から離脱していく。

 

「……燃料切れか?」

 

「もうこちらには見向きもしませんね」

 

その動きは逃げるというより、まるで何か大きな力に引き寄せられているようだった。

 

「隊長、残り60秒です」

 

石堀が時計を指すと、シグナル音と共に展開している全部隊の通信機器、パルスブレイカーからカウントダウンが実行される。遂に『特殊爆撃』が発動されようとしていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

石造りの巨大遺跡と、綺麗な夕暮れの空が見えた。

大都会の真っ只中のはずなのに……私、走馬灯でも見てるのかな?

 

宙ちゃんはどうなったの?千歌ちゃん……曜ちゃん……皆んな……もう会えないの?やだ……嫌だよ…まだ私、何も出来てないのに

 

その場に座り込もうとすると、眩い光の中から誰かが近づいてくる。オレンジの髪を揺らしながら、懸命に何かを叫んでいる。

 

 

「千歌ちゃん?……いや、違う」

 

女の人だ。酷く戸惑い、悲しそうな表情を浮かべながらも、こちらに向かって懸命に手を伸ばしてくる。

 

その手を掴もうとしてーーーーー

 

 

 

 

 

「え?」

血に塗れた世界が広がっていた。

尻餅をついている私に向かって無数の怪物が群がってくる。

 

……戻った

 

「嫌あぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 

梨子が悲鳴を上げると、視界を覆い尽くそうとしていたビーストヒューマンが一瞬で両断された。

 

「え?」

 

崩れ落ちる敵の背後から現れた(ファウスト)は、猫の様にしなやかな動きでビーストヒューマンと梨子の間に転がり込むと、体を最大限に捻りながら左足を振り上げる。

 

 

「ーーゴガッ」

 

強烈な後ろ回し蹴りは敵の腹を貫き、その背後に殺到した敵をも纏めて上空に打ち上げ、そのまま高層ビルに激突。ビルの壁面に血溜まりの花が開くと同時に、(ファウスト)は梨子を抱え込み大きく跳躍する。

 

 

 

「……!?」

 

戦場さら離れたビルの屋上に降り立ち、抱えていた梨子をその場に降ろす。

 

「……邪魔をするな」

 

酷く困惑している梨子に向かってそう吐き捨てると、彼は再び戦場に舞い降りていった。

 

 

殺せ……

 

数で押し潰せ……!

 

 

ファウストの元に都市の至る場所から敵が押し寄せて来る。

殺した数はとうにニ百を超えたはずだが、ビーストヒューマンの数は一向に減る様子が見られない。

 

だが、ファウストも次第に力を取り戻していた。

ダークエボルバーから光弾を乱射し、弾幕の雨を超えてきた個体に鋭く尖った切先を突き立てる。

 

「フンッ!」

 

真一文字に斬り下ろし、沈黙させると直ぐに反転。跳ねるように動き回りながらすれ違いざまに切り裂く。何人も、何人も。動きは衰えるどころか益々キレを増していた。

 

再び広場の中央まで走り抜けると、彼はその動きを止める。

 

「律儀に1人ずつ殺していくのも飽きた」

 

懲りずに群がってくるビーストヒューマン達を確認すると、真上に飛び上がった。無数の視線が上空に流れるが、跳躍時の初速が速すぎる故にその動きを全く捉えられない。(ファウスト)は余裕を見せつける様に空中で体を捻り、何度も回転。そのアクロバティックな軌道はサーカスの曲芸師さながらだった。

彼はそのまま高層ビルの壁面に足を乗せ、重力を無視した体制で静止する。

 

「纏めて死ね」

 

刹那、足元を中心に鉄筋コンクリートが大きく陥没し、(ファウスト)は爆発的な加速力で敵の群れ目掛けて降下。瞳孔から迸る赤黒い残光を一直線に残し、体勢を入れ替え両足を突き出す。

 

 

「アギャァァァァァ!!!!!!」

バタ足するように連続で繰り出される蹴りがビーストヒューマン達の頭部を無惨に千切り取っていった。同時に少女の全身から黒いエネルギー波が撒き散らされ、直撃を免れた周辺の敵も纏めて爆砕する。

 

群体のど真ん中に血にまみれた一本道が切り開かれた。

 

肉を焼き焦がす事で発生した黒煙が、強烈な悪臭を伴いながら周囲を覆い尽くす。

 

 

 

勝負は決した–––––––––––その筈だった。

 

「……!」

一つ巨大な地響きと共に巨影が煙の中からそれは姿を現す。

お互いを喰らうことで体の質量を急激に増やし、最後に残ったビーストヒューマンは10メートルを凌駕する巨体を有していた。

 

 ーー ビーストヒューマン・ギガント ーー

 

「ゴアァァァァ‼︎」

元が人間だったという事実が信じられない程にその体が醜く膨れ上がり、歪んでいた。

 

ダークエボルバーから放たれる光弾を受ける度にその巨大はぼろぼろと崩れていく。それでも巨獣は最後の抵抗を敢行すべくその太い剛腕を眼前の少女に向かって伸ばした。

 

「無駄な事を」

その動きは一般人でさえその一撃を避けることは容易い程に遅く、鈍重なものだった。(ファウスト)は冷笑しながら躱す体勢に移る。

 

 

そして–––––––––––その場に力無く膝を突く。

 

「な…!?」

いかにファウストの戦闘能力が優れていようと、今彼が纏っているのは人間の、それも少女の肉体。ウルティノイドの全力起動に着いて来れる筈が無い。 足元に目をやると、その右足はありえない方向に捻じ曲がっていた。先程の連続蹴りの反動ダメージが大き過ぎたのだ。

 

ファウストは即座に再生させようとするが、一連の動きは眼前の敵に大きな隙を晒してしまうことになる。

 

 

「ガッ……‼︎」

遂にビーストヒューマン・ギガントの攻撃が(ファウスト)を捉えた。巨大な両腕に締めつけられ、その華奢な身体は悲鳴を上げる。

ここにきて初めて魔人の表情が苦痛に歪む。 それは自らと(もう1人)を省みようとしない驕りだった。

 

遂に訪れた(ビースト)にとっての最大の好機。ギガントは口角を吊り上げると、握り締める両手に渾身の力を込める。

 

「ガハッ……」

その口から鮮血が漏れる。

 

「嫌あァァァ‼︎やめて、やめてッ‼︎」

ここままじゃ、大切な友達が本当に死んでしまう。

届かないとは分かっていても、梨子はビルの屋上から身を乗り出して声を張り上げた。

 

 

ーーー

 

 

「爆撃まで後10秒です!」

 

「よし…全部隊、対ショック対閃光防御準備。衝撃に備えろ」

時を同じくして、ナイトレイダー達の作戦「特殊爆撃」の発動時間が訪れようとしていた。

 

彼方から轟音が近付いて来る。

カモフラージュシステムで身を隠しながら、東京上空に到達したTLTの大型航空機・チェスターが格納庫のハッチを開いた。

 

「投下5秒前」

 

 

ーーー

 

「宙ちゃん!死んじゃダメ‼︎」

 

「ヴオオォォォ!キエロ、キエロォ‼︎」

 

ーーー

 

 

 

 

–––––––ドクン

 

「時間だ」

「時間だ」

 

 

遠く離れた場所で、ナイトレイダー隊長・和倉と(ファウスト)の声が重なった。

 

 

「特殊爆撃開始!"アフラ・マズダ"投下!」

 

合図と共にチェスターから大型閃光弾頭兵器「アフラ・マズダ」が投下。東京の上空700メートルでそれは一気に炸裂する。

 

刹那、半径1500mの範囲に眩い閃光が撒き散らされた。

 

 

「ギーーー⁉︎」

 

「わあぁぁぁぁぁ!?」

 

その閃光を直視してしまい、都市内に散らばるビーストヒューマンだけでなく一般人も巻き込まれ、悲鳴を上げる。

 

彼らは両目を抑えて地面を転げ回る。100万カンデラを超える閃光が一時的に彼らの視力や方向感覚を奪ってしまったのだ。

 

「今だ!掃討せよ‼︎」

 

 

ーーー

 

 

 

その閃光はファウストやギガントが戦っている場所にも殺到する。

 

「!?!?」

 

視界が真っ白になり、ギガントは一瞬錯乱状態に陥るがすぐに両腕に力を込め直した。視力が奪われようが関係無い…このまま握り潰せる。あと少しで邪魔者を排除出来る。楽になれる。「人形」としての役目を終え、命の冒涜と呼ぶべきこの状況から漸く解放されるからーーー

 

「遅かったな」

 

「ア

 

その筈だった。

100万カンデラを超える閃光に包まれた世界が一瞬でドス黒い闇に支配される。ギガントの両腕が付け根から弾け飛び、真っ白だった視界が真っ暗になる。遂に元の姿(にんげん)に戻れず、異形の怪物は操り人形としてその命を終えた。

 

「……イ……タイ…」

 

全てを奪われた彼らに唯一最後まで残ったものは、痛みと苦しみだった。

 

 

肉の塊が蒸発すると共にアフラ・マズダの閃光が収まり、その姿が露わになった。

頭部から伸びる2本の鋭い角。真っ黒な両眼。赤と黒のラインが涙の様に伸びた鉄仮面。

 

「ハアァァァ…」

 

余剰エネルギーを放出する様に口から蒸気を吐き出すと、全身を巡る赤と黒のツートンカラーが脈打つ様に紅く揺らめいた。

開いた両手を顔の前まで持ち上げ、確認する様に開閉させる。……問題無い。意思通りに動く。

 

「……待ち兼ねたぞ」

本来の体の主導権を取り戻した魔人は高らかに笑う。その声は先程までの少女の声では無く、冷酷で底知れぬ狂気をはらんだ声音に変わっていた。

 

「ハハハハハハハハ‼︎やはりこれだ‼︎人間の、それも女の体など脆過ぎるからなァ‼︎この姿なら漸く貴様と戦える……ノア‼︎」

 

「あぐっ!?」

真っ黒な目がこちらを捉えた。そう思った瞬間、梨子の体は一瞬でダークファウストの元に引き寄せられる。

 

「いるんだろう?その中に(・・・・)… 力を宿せ!一万年前の雪辱を今ここで果たす」

 

「貴方……一体何を言ってるの⁉︎わたしの体に何が…訳分かんないよ!」

梨子の問いかけを無視し、ファウストは言葉を続ける。

 

「だんまりか?貴様が応えないのであれば–––––––––––」

彼は梨子に向かって右手を翳し、握り拳程の光球体を生成させる。

 

「この女はここで殺す」

 

「宙ちゃん!戻って来てよ!いつもの優しい貴方に…もう止めて!」

 

「ハッ…この状況でよく喋る」

 

「宙ちゃん!」

 

「腰抜けが……時間切れだ」

やはり梨子の胸から先程の光は瞬かなかった。翳されたエネルギー光球がブオンと大きく大きく唸る。

 

「…ッ‼︎」

梨子はぎゅっと目を瞑る。 しかし、暫く経っても光弾が自らの体を貫く事はなかった。

 

「いや……その前に」

ファウストはその瞳を梨子とは真反対の方向に向ける。

 

「邪魔者を排除するべきか?」

 

それまでずっと黙って状況を観察していた者が、ここに来て漸く口を開いた。

 

 

「やっぱり……今の貴方は姉さんじゃない。ダークファウストそのものなんですね」

事を起こした張本人、有働貴文だ。ファウストがビーストヒューマンと交戦を開始した途端、気味が悪い程に何もしなくなったのだ。

そして……

 

「…何のつもりだ?」

 

「聞いて下さい!僕は貴方と争うつもりは一切有りません!」

 

「………」

 

「魔人ファウスト…偉大なる闇の権化よ!僕の目的は貴方と同じです!忌まわしき光と、それに縋る憎むべき人間を駆逐する…僕達が戦わなければならない理由がどこに有りましょうか?」

両手を上げ、有働は必死にファウストに向かって遜った態度を取る。

 

「姉さんを捨てて、僕と一緒に戦いましょう!僕も姉さんと同じ存在です……が、僕が幾つものスペースビーストを使役出来ることはこれまでの戦いから分かるでしょう?僕は姉さんより遥かに強い。貴方は姉さんと融合している時よりも遥かに強い力を手に入れられるんです‼︎だから」

 

「断る」

願いをあえなく一蹴され、有働の顔が歪む。

 

「何故です?何故そこまで姉さんにこだわるんです?人間の体じゃ僕に手も足も及ばなかった奴に……それに彼女はもう」

 

「貴様と融合したとしてどうなる?貴様は私に全てを差し出せるか?」

 

「それは…」

 

「何をしている?速く構えろ。ビーストを操る不確定分子と組むつもりは無い」

ファウストはその指先を有働に向け、言った。

 

「貴様など要らん」

 

その一言を聞いた途端、彼の表情が絶望に染まり、力無く項垂れる。

 

………んでだよ

 

振り乱した髪の毛が、顔が、その体がメキメキと音を立てながら崩れていく。

 

「何でだよおぉぉぉぉぉぉオ‼︎僕は……僕は……」

 

「認められたいだけなのにぃィィィ‼︎」

その姿はビーストヒューマン・ロードとでも言うべきか。160cm前後だった体が2メートルにまで膨らみ、二足歩行の鼠の様な外観に変化。手足からは鋭い爪が伸び、上半身が異常に発達して骨と思わしき突起が突き出している。

 

「…全身をビースト細胞に侵してまで力を望むか」

左腕を胸の前に添え、右手をの2本の指を立てる。戦闘が始まって初めてファウストは構えを取った。

 

「ならば……その意思に全力で応えよう」

 

「オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

単純に、始まった戦闘はビーストヒューマンの時とは次元が違った。

有働が地面を蹴った瞬間、ソニックブームの様な豪風が生み出されその姿が霞む。アイアンネイルを振りかざし、彼はファウストに肉薄。爪を一閃させる度に周囲のビル群に裂傷が生じる。

 

一瞬でビルとビルの壁を蹴り、立体的な起動を高速で何度も繰り返しながらファウストに飛び掛かった。

 

「オ゛オ゛オ゛!!」

10秒足らずで3桁を超え撃ち込まれる打撃、斬撃。その全てを拳、肘、蹴りを巧みに使い分け受け流される。

ほんの一瞬、突き出した腕に黒と赤の腕が絡められる。そう把握した時には地面に叩きつけられた。

 

「ガアアッ‼︎」

自らが発揮する速さの分強烈なダメージが入るが、有働はすぐに跳ね起き再び飛び掛かる。

 

(力が……力が欲しい‼︎)

例えその身が醜く変貌しようと、どんな異端の力であろうと構わない。

 

「アアァァァ‼︎」

お前もか……お前も僕を

 

「誰ガ…誰ガ欠陥(バグり)ダァァァ!!!」

 

ファウストは敵の連打連撃を難無く躱すと、カウンターのカーフキックを膝部に叩き込む。

 

「ゴアッ…!?」

地面に膝を突き頭の位置が一段低くなった瞬間、追撃の後ろ回し蹴りを顔面に受け、有働は壁際まで吹っ飛ばされる。

 

「オアアァァァァァァ!!!!」

土煙を掻き分けもう一度肉薄するが、その突進は軽くいなされ体を半回転させ繰り出されたバックブローを喰らう。再び地面を転がった時には顔の半分が抉れていた。

 

力の差は歴然。彼がファウストの足元にも及ばない事は誰の目から見ても明らかだった。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

それでも彼は何度も立ち上がる。何度もファウストに喰らいつこうとする。攻撃は一切当たらず、何十トンもの衝撃を繰り返し受けその体は最早見るも無残な外観だった。

 

「……ア」

(何故だ……何故目の前に壁が……?)

遂に地面に倒れ込んだ事も気付かずに、有働は手足をバタバタと振り回す。……勝負はついた。

 

ファウストはボロ雑巾の様にズタズタになった有働に歩み寄る。

「同じ力……貴様達は一体何だ?少なくとも人間では無いな」

 

ずっと抱いていた違和感。有働からも宙からも同じ"何か"を感じる。有働が宙を姉と呼び執着するのも関係があるのか?

 

「ゴフッ……僕……ハ…貴方様ノ……為ニ…」

肉体を惨たらしく破壊されて尚、ファウストに縋ろうとする気持ちは変わらないのか、有働は途切れ途切れになりながらその質問に答え始める。

 

「僕達ハ……クラゲ擬き……造っタ生命体……ソの目的ハ……ウルティノイド…貴方様ヲヨり強クスル為ニ…セイギョ……」

 

「制御…通りで体の自由が効かなくなる訳だ」

 

「でも…僕ハ……姉さンヨリ強い。……優秀……ダカラ…僕ノ方が」

 

「………」

 

「姉さんと違っテ……僕…人間如きニ惑わされない。優秀……だから、僕を……僕を使って下さい。お願い、お願いします…」

ぐちゃぐちゃになった顔を更に歪ませながら有働は懇願する。

 

「確かに貴様はこいつ(・・・)より余程強い……だが要らん」

 

「何で……何で!」

 

「兵器として優秀かどうかなど問題では無い……必要なのは」

無機質な口が吊り上がった。

 

「使えるかどうかだ」

 

「こいつは体の半分を私に譲っている。だから今は自由に動ける。その正体があの星の人口生命体とは驚いたが……どちらにしろ今の状態が一番都合が良い」

 

「ぎゃあァァァ‼︎」

突然有働が悲鳴を上げる。ファウストのダークフェザーが唯一残っている有働の左足を破壊したのだ。

 

「貴様は邪魔だ……今ここで死ね」

 

「あああああァ‼︎化け物めッ‼︎……嫌だ!嫌だァ!こんなところで死ぬなんてえぇぇ‼︎」

四肢が全て無くなり、達磨状態になった有働は体を懸命に揺すって必死にその場から逃れようとする。しかし、そこで彼の体力に限界が訪れる。ひとしきり喚いた後、有働はその場から動かなくなった。

 

「グッ……ああ!?」

突然、ファウストの動きが鈍り始めた。頭を抱え込み、数歩後退してその場に蹲る。

纏っていたドス黒いオーラは霧散し、抑えていた頭から両手を離すとその姿は元の少女に戻っていた。

 

 

「……もう止めて。もう彼は戦えない。……十分でしょう」

 

【⁉︎……こいつは時間さえ経てば漏れなく再生するぞ?何故だ】

 

「……もう、もう嫌…」

 

【馬鹿が‼︎情けのつもりか!】

 

 

ファウストの言葉を無視し、宙は沈黙したまま周囲を見渡す。

 

人を、殺した。それも数え切れないほど。私に助けを求めてた人だっていたのに。全て……全て見境無く血の海に沈めてしまった。

 

考えるだけで吐き気に見舞われる。

 

 

「うぅ……ひっく……」

 

「!?」

啜り泣く声が聞こえてくる。慌てて目を向けると、広場の影で蹲っている少女がいた。

 

「ルビィさん‼︎」

見間違う筈が無い。

梨子とルビィは守り……いや、生きていた。それだけでも宙は救われた気持ちになる。

 

「怪我してませんか⁉︎どこか痛いところは……」

 

「……あ」

顔を上げたルビィと目が合う。

 

–––––––––––ドンッ

 

「え?」

しかし、伸ばそうとした手は跳ね除けられ、強く突き飛ばされた。

 

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

来ないで‼︎来ないで‼︎来ないで‼︎」

 

「あ、ぇ……?」

 

化け物(・・・)に殺される‼︎」

 

頭が真っ白になった。

 

 

 

◇◇◇

 

「これ、着てみて下さいっ」

 

「で、でも真っ白なんて私に似合いますか?」

 

「全然問題ありません!」

 

「でもお金が無くて……」

 

「ルビィに買わせて下さい。さっき助けて貰ったお礼です!」

 

「宙先輩……綺麗ですから。これ絶対に似合うと思うんです!」

 

◇◇◇

 

あの時見せてくれた、花が咲いたような溢れんばかりの笑顔が今、恐怖と絶望に歪み、小刻みに震えていた。

それはまるで、異形の化け物を見る様な目だ。

 

「……あ」

そして、自分の体を見て理解する。

ルビィが自分の為に買ってくれた純白の、ノースリーブのワンピース。

 

彼女の優しさを表すように真っ白だったワンピースが今、一面黒ずんだ血に染まっていた。

 




ビーストヒューマンの群体及び有働貴文を撃破

しかし宙にも大きな代償が……

30.「楔」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別編 高海(たかみ)(こすも)の華麗(?)なる日常

初投稿から1年経ったので、特別編を挟んでみました。話自体は短編みたいなもので前回と繋がりはありません。
気を楽にして読んでみて下さい


ーー???ーー

 

「ここ、ここだよ!」

 

「本当?間違えてないずらか?」

 

「大丈夫!善子ちゃんの隣だったから間違いないって」

 

「ヨハネ‼︎」

 

「ちょっと!急に止まらないでよ!マリーが折角準備したのが崩れちゃうじゃない」

 

闇夜を移動する9つの影。彼らはやがて扉の前で立ち止まる。

 

「長いこと1人で待たせちゃって……怒ってないかな?」

 

「あの子そんな性格じゃ無いから大丈夫だよ」

 

「どちらかと言うと先輩、怒るっていうより寂しがってるんじゃないでしょうか?」

 

「あー分かる。もしそうだったら皆んなで慰めてあげないとね」

 

「貴方達、少し静かになさい。バレてしまいますわよ」

 

「皆んな、準備は良い?」

合図が掛かり、お互いが顔を見合わせて頷き合う。

準備万端だ。

 

「よし!じゃあ、いざ––––––––––‼︎」

弾む声と共に呼び鈴に指がかかる。

 

 

 

 

 

 

ーー時は少し遡りその日の数時間前。

 

沼津の街に、いつも通り帰途に着く学生達がちらほらと現れ始めた。1週間の学業からようやく解放され、来たる休日に胸を馳せ皆きゃいきゃいと声高にはしゃいでいる。

 

部活動云々はともかく、きちんと休みが約束されているのは学生達の特権だろうか。

 

その賑わいの中を息急き駆け抜けていく1人の少女がいた。

ほんの一瞬…そう、一瞬。

すれ違った者は皆ぎょっとして振り返る。例えその姿が映ったのが視界の端の端だったとしても、その姿を二度見せずにはいられなかった。

パフスリーブの半袖に胸元の赤いリボン。そこまでは他の高校生と変わりないが、何故か少女の両手両肘には溢れんばかりの大量の荷物が。手提げ袋のあちこちからは橙色の巨大なニンジンが飛び出している。そして、背中には巨大なステンレス製の鍋がたすき掛けの状態で括り付けられていた。鍋が揺れる度カバンの金具に当たり、時折カラカラと音を立てている。

あまりにも奇抜過ぎる格好。周囲から好奇の視線を幾つも集めてしまっているが、当の本人は気にも留めていない。と言うより気付いていない様子だった。

 

「〜♪」

 

その大荷物を背負いながら苦しむ様子も無く、それどころか何処かうきうきとした様子で少女––––––高海宙(たかみこすも)は駅前の並木路を駆ける。

 

【楽しそうだな】

不意に話し掛けられた。何処までも冷徹で、辺りの空気をひやりとさせるような声。

 

(はい‼︎やっぱり分かりますか?)

 

【お前の鼻息が随分と五月蝿いからな】

 

(これは鼻歌です!)

 

【……驚いた。獣の息遣いを真似ているのでは無かったのか?】

 

(本当に貴方は嫌味な人ですね)

目には見えない者との会話。

辺りに誰もいない時に急に声が聞こえるのは中々心臓に悪いが、もう宙にとっては慣れたものだった。

 

ウルティノイド––––––一度戦場に赴けば、彼は卓越した能力を発揮するが、日常生活では壊滅的な程に反りが合わない。何故彼らはこうもひねくれた性格なのか。

 

(…まぁ良いです。もう聞きません。今日は私が一皮剥ける日。これ以上いたずらに士気を下げるわけにはいきませんから)

 

【まさかお前……作るのか?】

 

(そうですが?)

 

突然、彼は笑い出した。

【くっく…お前の作るモンは全て壊滅的な出来だからな…それで適能者を毒殺させる魂胆か?面白い】

 

(貴方には絶対、絶対にひと掬いもあげませんからね)

 

【俺は元より人間が食えるかも分からん物を食うつもりは無い】

 

ペッ‼︎

強引に彼の意識を胸の内に引っ込め、体の内で繰り広げられていた論争を切る。

いつの間にか目的地はもう目の前だった。

 

 

沼津にあるマンションの一室。そこが元々宙が済むはずだった場所だ。TLTからわざわざ手配してもらったにも関わらず、宙がここを使ったのはたった数回。

直ぐに千歌の一家が経営する旅館・十千万に居候させてもらえることになったからだ。

 

(最近は部の集まりで何回か使うようにもなってきたし……決してあなた(TLT)方のご厚意を無碍にしているわけでわないですからね)

 

言い聞かせるように心の中で呟くと、気を改め鍵穴に鍵を差し込む。1人でこんな事を計画するのは初めてだった。抑えていた緊張感と高揚感がじわじわと沸き上がってくる。

 

(皆さん、驚くでしょうか?……喜んで下さると良いんですけど…)

 

ドアを開くと、懐かしい芳香剤の匂いが鼻いっぱいに広がった。

 

「…ただいま」

 

「お帰りなさい‼︎」

 

「!?!?!?」

刹那、宙は思わず飛び上がる。

流行る気持ちのまま、つい何の気無しに言ってみたつもりだったのに、誰もいないはずの部屋から何故か元気よく返事が返ってきたのだ。

目を瞬かせていると、廊下の奥の扉がガチャリと開き、1人の女性が顔を覗かせる。

 

「お帰りなさい!宙さん!」

 

「あっ」

若いながらも対異星獣研究機関主任の肩書を持ち、優秀な兵器の開発でナイトレイダーの戦闘を支えてきた凄腕のエリート。

 

「瑞緒さん!」

彼女…七瀬瑞緒から溢れんばかりの笑顔で出迎えられ、宙はその場に脱力する。

 

TLTに働き詰めだったせいで元々いたアパートを引き払ってしまった瑞緒がこの部屋を使い始めたのは数ヶ月前。色々と慌ただしかった事もありすっかり失念していたことに今更ながら気付く。

とにかく、不法侵入者でなかった事が分かり宙は胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「TLTのお仕事はお休みだったのですか?」

 

「はい!非番です。久しぶりに丸1日快適な時間を過ごさせて貰いました」

 

「えっと……なんて言うか…私が来て良かったんですか?」

 

「ふふっ構いませんよ。一日中寝てただけですし。私もそろそろ誰かと楽しくお話ししたいです……って!ここは元々宙さんが住んでる場所ですよ!私に許可なんて必要無いです」

 

「そ、そうなんでしょうか……?」

 

「そうです!さぁ中に入って下さい」

戸惑っていると、瑞緒がぐっと顔を近づけてきた。その瞳はうるうると揺れている。

 

「な、何か……?」

 

「今は私が出入りしてますけど、何時でもここで暮らして良いのに……私、悲しいです。でも、宙さんはここよりも十千万の方が何百倍も良いですよね…しくしく」

そう言って瑞緒は拗ねたように背を向けて体を丸めてしまう。

 

「そ、そんな事あるわけ……」

 

「しくしく」

 

「な……い……」

 

「しくしくしくしく」

 

「しくしくしくしくしくしくしくしく」

 

「…………っ」

残念ながら否定はできなかった。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「仕方ないです……そりゃ私なんかより意中の人の側の方が良いでしょうし?」

 

「い、意中の人!?」

 

「ふふ、冗談ですって!そんな顔しないで下さいよ」

 

「はぁ……」

 

ちょっと悪戯っぽくて、溌剌とした調子で話すその姿から溢れるのは近所のお姉さんのような気安さと親しみ。

 

本当に不思議な人だ。

ナイトレイダーにしろ研究員にしろ、TLTにいる人達は、俗世から殆ど離れた状態でいつ来るかも分からない異星獣の襲来に備えている。そのためか、皆何処となく厳格で冷徹な雰囲気を纏っているのだが、この人からは一切それが感じられない。

自分なんかよりよっぽど年頃の少女然とした瑞緒を見ていると偶に疑問に思ってしまう。

 

この人はどうしてTLTに……?

 

「あ、そうそう!どうしたんですかその大荷物?さっきからずっと聞こうと思ってたんですけど」

変に詮索しようとしていた思考を慌てて元に戻す。

 

「ああそうでした。台所を使っても良いですか?」

 

「だから別に許可なんて–––––でも何作るんですか?」

 

「ふふん」

鼻を鳴らすと、宙は溢れんばかりの大量のビニール袋や紙袋の口を開き、中に手を突っ込んだ。

 

じゃがいも、ニンジン、肉、玉ねぎ、ニンジン、ニンジン、ニンジン……

 

「この後、ここにAqoursのみんなが集まって夏の練習に向けてミーティングする予定なんです」

 

とても1人では運び切れない程の食材がどかどかと運び込まれ、台所にはたちまち小さな山脈が築かれてゆく。

 

「私はこの部屋の鍵持ってるから皆さんより少し先に来たんですけど……夜通し会議なんかしてたらきっと皆さんお腹が空くはずです」

 

千歌の姉、志満から譲り受けたエプロンを装着し、一つ大きく息を吐き出すと宙は長い黒髪を頭の後ろで一つに束ねる。

 

「–––––だから」

 

「おぉ……!?」

 

「今日は私が皆さんの夕ご飯を作ります」

ニコッと笑って得意げに一言

「サプライズで」

 

「いやどういう顔ですかそれは」

冷静を装うのは限界だったのか、期待と緊張で宙は不気味な微笑みを浮かべていた。

般若みたい……瑞緒は突っ込みながらそう思わずにいられない。

 

「でも」

 

微笑むと瑞緒は宙の横に並び立つ。

「とっても素敵なアイデアです」

 

「でしょう?」

何処からともなく取り出したエプロンをさっと身につけ、隣に立つ瑞緒を見て宙は声を上げる。

 

「えっ?」

 

「是非私にもお手伝いさせて下さい!」

元々1人でこっそり作業するつもりだった宙にとって、それは嬉しい誤算だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~うっ……じゃがいもの皮って結構剥くの難しいですよね」

 

「ピーラーは無いんですか?」

 

「残念ながら……ここで私あんまり料理しませんし」

 

「それなら包丁の峰を使ってこう……削り取るように剥いてみて下さい。ピーラーほどでは無いですが簡単に剥く事が出来ますよ」

言われた通りに瑞緒はじゃがいもの表面に峰を当てがって動かす。

 

「おおっ凄い!皮だけ良い感じにボロボロと…」

 

「志満さんに教えて貰いました。私も少し前まではよく使ってた方法です」

対する宙は、多少のぎこちなさはあるものの剥いた皮が一本の帯になるよう器用にナイフを動かしている。

 

「上手ですね!やっぱり宙さんは料理も得意なんですか?」

 

「いえ、あんまりにも下手くそでしたから練習したんです。何回も」

頭を働かせたり、体を動かしたり……戦闘に直結するような技能はそれとなくこなせるこの体だが、家庭的な事は中々どうして上手くいかなかった。 居候先の十千万の台所では何度も指を切ってしまったし、何度も調理の過程や火の加減を間違え、作ろうとしていたものはグロテスクな見た目になった。

 

「最初は随分落ち込みましたよ。私、お金なんて碌に持ってませんから、唯一できる恩返しは旅館のお手伝い……でもその中で1番大事な料理がままならないなんて」

 

「そうだったんですね」

 

「まあそれで色々教えてもらう事になって……今思えば皆さんと打ち解けるきっかけをあの時作ることができたのかもしれません」

 

「じゃあ今作ってる料理もお姉さん達に教えて貰ったんですか?」

 

「教えて貰ったと言うか何と言うか……まあ、思い入れは1番あります」

 

「……?」

 

「ふふふ」

 

「……?」

 

「あ、それと私にはこの料理しか作れません」

 

「嘘でしょ…」

そうこうしているうちに、切り分けられた野菜がボウルの上に山のように積み上げられていく。

 

「ふぅ……ようやく片付いた」

額に浮かぶ汗を拭う瑞緒。

 

「わざわざここまで手伝って下さって、本当にありがとうございます」

 

「大した事してないですよ」

 

「何言ってるんですか。今だから言えますけど、私1人じゃ絶対無理でした。時間に間に合いそうなのも瑞緒さんのお陰ですよ」

実際、11人分の料理を作るなんて2人いたからこそ成せる事だ。2人共そこまで腕に自信があるわけではなかったが、役割を分担したら作業はかなり効率良く進む。

時計を確認してもまだ十分に時間があった。

 

「よし」

買ってきたサラダ油をフライパンに薄くひいて、刻んだ玉ねぎを手早く落とし込む。ここからはスピード勝負。とにかく量が多いので、素早く火を通さなければ肉も野菜もたちどころに冷めてしまう。

 

焼いて、皿に移して、焦げ跡を拭き取ってからまた焼いて……時間は掛かるがただ単純作業の繰り返し。

 

(慌てず、急いで、正確に……!)

 

「何か……良いですよね」

隣でじゃがいものアクを抜きながら瑞緒は呟く。

 

「何がです?」

 

「だって、異星獣から人を守るだけじゃなくて、部活動のマネージャーのスクールアイドルの皆さんを支えて……全部頑張って凄く大変でしょう?」

 

「………」

 

「もっと誇っても良いと思います」

 

「違いますよ」

 

「えっ?」

 

「私、Aqoursの皆んなにマネージャーらしい事なんて殆ど出来てないんです」

 

「と言いますと……?」

コンロの火を弱め玉ねぎと肉を焼く音を抑えると、宙は自嘲気味に話し始める。

 

「スペースビースト達は私達の都合に関係なく突然現れます。ダンスの振り付けを皆んなで考えてる時も、ライブがある時も……私は直ぐにその場を離れなければならないから、大事な時に限って皆んなのそばにいる事が出来ません」

ここ最近ずっと悩んでいた事だった。

 

「皆んなの為に戦えるのは嬉しいです。けど、それだけしかやってなかったらマネージャーなんて名乗る必要ないです」

 

「そんな……誰もそんな事思いませんよ。皆んなを守る事だって立派な仕事じゃないですか」

 

「ありがとうございます。でも私、決めたんです。『ウルティノイドとして』じゃなくて、『高海宙として』……1人の人間として出来ることをもっとやろうって。だから……」

宙は視線をフライパンの上に落とす。瑞緒は直ぐにそこに込められた意図を理解した。

 

「そっか…だから皆さんに料理を作ろうって事だったんですね」

 

宙は照れたように笑う。

「夏合宿の打ち合わせをここでするって決まった時、チャンスだって思いました。私、ここだったら鍵持ってますから皆さんに内緒で作業ができます。これで皆さんを元気付けられたらって……ん?」

いつの間にか背後に回られた瑞緒に優しく頭を何度も撫でられる。

 

「大丈夫。その想いはきっと彼女達に届きます」

 

「作ってる途中ですよ。折角洗った手が汚くなっちゃう」

 

「汚くなんかないです」

 

「ちょっと……」

 

「この純情…はぁ…たまりませんね」

…何かがおかしい。基地内で話す時よりやけに瑞緒が積極的だ。

 

「もう……調味料、借りますよ」

気恥ずかしさを紛らわすようにガスコンロの隣に置いてある容器に手を伸ばしーーー

 

「⁉︎ …くっさ‼︎」

蓋を回した瞬間に鼻の奥を突いた強烈なアルコールの匂いに思わず顔を背ける。そのラベルには

 

“ス○リタス”

 

「いやいやいや‼︎ダメですよ‼︎」

 

「え、何でです?お酒だって調理に使う時ありますよ」

 

「見て下さいここ…アルコール度数96!こんな危険物をコンロの近くに置かないで下さい!台所を火の海にするつもりですか⁉︎」

 

「あ、あれ⁉︎私、料理酒と間違えちゃった……?」

 

「……もしかして酔ってません?ここにきた時から少しテンションがおかしいとは思っていましたが」

 

「うぅ……ご、ごめんなさい!久しぶりの休みで少しハメを外しすぎちゃって…」

よくよく目を凝らすと、物置の影、ベッドの下……見えにくい位置に沢山の酒瓶が並べられていた。お酒の事はよく分からないが、普通の人間がこの量を1日で摂取できるとは到底思えない。

 

(“酒豪”っていう体質なのかな……?)

 

「別に謝る必要無いと思いますけど、程々にして下さいね。取り敢えずこの危険物は片付けておきます」

ス○リタスを抱えて冷蔵庫を開ける。

 

「………」

所狭しと並べられているビールやその他諸々の缶。他に物を置くスペースがどこにも無い。

 

「これじゃあどこにも入りませんね……あ、でもそれは元々冷凍庫に保存しておくやつで」

 

「棄てましょうか」

 

「ええっ!?」

 

「こんな事してたら体がおかしくなります‼︎あと私達が間違えて飲んじゃったらどうするんですか」

 

「ま、間違うだなんてそんな…」

瑞緒はそう言うが、宙ははっきりと覚えていた。

 

「一回あったんですよ!間違えて飲んじゃったこと!この部屋で私と2年生の皆んながお泊まり会した時」

 

「嘘⁉︎ 」

 

「私達が買ったわけでもないのに置いてあるなんておかしいと思ってはいましたが……瑞緒さんのだったんですね」

思い出すだけで顔から火が出そうになる。

 

「ひぃぃぃん〜ごめんなさい〜‼︎」

 

「あの時間違えて飲んじゃったせいで私、千歌ちゃんにとんでもないこと(・・・・・・・・)して……ッ⁉︎」

刹那、宙は激しく後悔する。早口で捲し立てたせいで余計な事まで口走ってしまったーーー慌てて口を閉じるが時すでに遅し。

 

「え?なになに⁉︎一体何したんですか!」

 

「何でも無いです」

 

「教えてくださいよ〜〜」

 

「知りません」

 

「ね〜え〜!」

 

「〜〜ッ///」

既に酔っている瑞緒は、普段の落ち着きのある姿からは想像もつかないくらいにしつこく絡んでくる。耳まで真っ赤になりながら無言を貫く宙と彼女を後ろからホールドして揺さぶる瑞緒。

双方共に歯止めが効かなくなりかけたその時、玄関の呼び鈴が鳴った。

 

「千歌ちゃん達だ‼︎」

そのタイミングの良さに感謝しながら宙はあっという間に玄関まで走り抜ける。

 

「あ〜…もう…」

回していた腕を華麗に振り解かれた瑞緒は名残惜しそうな声を漏らした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

皆んなが来る。皆んなが来る。

瑞緒と話し込んでいたお陰で時間が流れるのをすっかり忘れてしまっていたが、遂に約束の時間が訪れたのだ。唾を飲み込んで胸の高鳴りを抑えると、宙はドアノブを一息に回した。

 

「いらっしゃいませ!さあどうぞ中に––––––」

 

–––––––––––パァン‼︎

 

扉を開けた瞬間、軽快な音と共に色とりどりのリボンテープが降り注いだ。

 

「きゃっ!……え?」

やや遅れてクラッカーが自分に向けて放たれた事に気が付く。

視界を覆うテープを手で払うと、目の前に集まる9人の少女達が笑顔で叫んだ。

 

「「「「「お誕生日おめでとう、宙ちゃん!!!!!!」」」」」

 

「親愛なる先輩にーー」

 

「マル達から敬意を込めてーー」

 

「天界堕天条例に則り祝福の言葉を送ります!」

 

「ちょっとストップ!ちゃんと説明しないと、ほら……宙ちゃんが凄く混乱してるから‼︎」

いきなり祝辞らしき言葉を述べ始める一年生達を梨子が慌てて押し留める。

 

「……?……!?!?」

顔中にテープをくっ付いけたまま懸命に思考を巡らせる。が、どうしても心当たりが無い。

 

「……私、今日誕生日でしたっけ?」

 

「実はね、少し前から皆んなで計画してたんだ」

体に付いたテープを取るのを手伝いながら曜が説明する。

 

「私達、誰かが誕生日って皆んなでお祝いするでしょ?ちょっとしたプレゼント送ったり、遊んだり……それで私、思ったんだ。宙ちゃんの誕生日はどうしようって」

 

梨子がその言葉を繋ぐ。

「あなたと出会って、Aqoursを結成して、皆んなでずっと仲良くしてきて……それなのに、1人だけこういう事が出来ないって今更ながら気が付いて、何とかしようと思ったの。でも、私達も宙ちゃん自身も生まれた時が分からなかった」

 

「それでね、考えたんだよ!だったら私達で作れば良いって!宙ちゃんに内緒で決めて、びっくりさせようって!」

千歌が宙の手をとりながら笑顔でそう告げる。

 

「私達自身、心苦しく思っていたのですわ。マネージャーとして、守ってくれる人として……いつも宙さんにはお世話になってばかりなのに、スクールアイドルという立場に甘んじて、殆ど何も出来ていなかった」

 

「ダイヤさん…」

 

「ま、ここにいる皆んな宙の事を大切なメンバーって思ってるから、内緒で喜ばせることをやりたかったって事なの。はい、これ。今朝ウチで取れた魚の切り身。善子の家で冷やしておいて貰ったから味は大丈夫な筈だよ」

 

「happy birthday 宙‼︎ はいこれ!見て!小原家特製・シャイニー☆ブラストホールタワーよ‼︎ここまで何とか崩さずに持ってこれたわ…」

 

「あ、鞠莉ちゃん達もうプレゼント渡して……よし!じゃあ私達からも、ね!皆んな?」

 

高く、綺麗に飾り付けられたホールケーキを避けながら千歌が綺麗にラッピングされた箱を手渡す。

 

「これは……」

丁寧にリボンを解くと、中には上品な純白のケースが入っていた。

 

「開けてみて?」

 

「わあぁ…」

青い色をした、綺麗な雫型のペンダントが姿を現した。手の平に程良く収まるそれからは、何処か安心するような感覚を覚えてしまう。

そっと表面のレリーフに手を触れると、ある事に気が付いた。

 

「これ、もしかして開く––––」

 

「ふふっ…やっぱり気が付いた?それも開いてみてよ」

 

「–––––––––あ」

一枚の写真が嵌め込まれていた。宙を含めたAqoursのメンバー全員の集合写真。皆んなが肩を組んで笑っているその様子は、スクールアイドル部と言うより運動部寄りの青春、と言うべき熱い何がが溢れ出している。

 

「欲しいものちゃんと聞けば良かったね。分からなかったから皆んなで色々考えて……これにしたんだ。皆んないつも一緒、っていうか何というか……1番大切にしてる事を伝えたくて」

 

「因みに、何で今日にしたかっていうと、皆んなの予定が空いててフリーだったからなの。こっちの都合でごめんね…あははははは!」

 

「千歌ちゃん……」

 

「今わざわざそれを言わなくても……‼︎」

 

–––––ポロ……ポロポロ…

 

「あ、ほら!千歌が変な事言うから!」

 

「うわわわ‼︎ごめん、ごめんね‼︎」

 

「……もう……本当に………」

溢れ出す大粒の涙を拭いながら、宙は精一杯の笑顔を作った。

 

「最高です……皆さん、本当にありがとうございます……‼︎」

 

 

 

 

「相思相愛ってやっぱり良いな……本当に良かったですね、宙さん」

そのやりとりを少し離れた所から見守っていた瑞緒は満足したように頷いていた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「うわあぁぁぁ‼︎凄い‼︎」

鍋に入った大量のカレーを見て、千歌は仰天している。

 

「ずっと良い匂いがすると思ってたら……これ、全部先輩が作ったずらか⁉︎」

同じく瞳を輝かせている花丸を見て、宙は微笑んだ。

 

「はい。私と瑞緒さんで作りました。沢山、食べて下さい‼︎」

 

「下さい‼︎」

 

「全く、うちのマネージャーは本当に嬉しい事してくれるんだから……鞠莉!そのデカいケーキは取り敢えずこの机に置いといて」

 

「もうっ!デカいケーキじゃなくてシャイニー☆ブラストホールタワーよ‼︎」

 

「あ、サラダもありますよ」

 

「あれ!?誰か私の箸持ってない〜?」

 

「千歌ちゃん…もう手に持ってるよ」

 

「え」

 

「お菓子とジュースもありますよ!ルビィと花丸ちゃんと、善子ちゃんで買ってきたんです」

 

「ありがとう、ルビィちゃん」

 

盛り上がっているAqoursの面々を見て、瑞緒は宙に囁いた。

「以前にもお会いした事はありますけど……本当に楽しいメンバーですね」

 

「はい!掛け替えの無い、私の大切な友達です」

 

「ふふ……じゃあ部外者の私が立ち入る訳にはいきませんね。……よし、私はフォートレスフリーダムに戻ります」

 

「待って下さい!」

立ち去ろうとした瑞緒を千歌が呼び止めた。

 

「瑞緒さんも、一緒に食べましょうよ!」

 

「え?」

 

「折角だから、そっちで活躍してる宙ちゃんの話を是非聞かせて下さい!」

 

「本当に良いんですか?」

 

宙は笑ってその肩を叩く。

「良いも何も、瑞緒さん協力してくれたじゃないですか。それにお仕事は明日からの筈です。勝手に戻らせませんよ」

Aqoursの皆がその言葉に同調して頷いた。

 

「もう、嬉しい事言ってくれるんですから!…じゃあ私もお言葉に甘えてさせて貰いますね」

 

「ええ、もちろん」

 

【悪くないな……俺にも食わせろ】

 

「は?」

 

【……あ?】

 

「いやいや、どさくさに紛れて何言ってるんですか?絶対ダメですよ。あれだけ言っといて何を今更」

 

【何だ?忘れていなかったのか…器の小さい奴だ」

 

「ふん!聞こえませんね何も」

 

【…まどろっこしい】

 

「あ!?勝手に出てこようとしないで下さい‼︎」

体の内と外で取っ組み合いが始まり、遂に宙が声を荒げる。

 

「いい加減にしてください‼︎このいやしんぼ‼︎そんなに食べたいなら謝って!私の料理を馬鹿にした事を謝って‼︎」

 

 

「また始まった……最近あの2人ずっとあの調子じゃない?」

宙が身を捩っているのを見てため息を吐く果南。

その隣で千歌が微笑む。

 

「大丈夫だよ。喧嘩する程仲が良いって言うでしょ?あの2人、いざと言うときは凄く息が合ってるんだから」

 

「ええ……本当に」

 

千歌はその場を諌めるように手を叩いた。

「よし!じゃあご飯を盛ろう……てあれ?宙ちゃん、瑞緒さん、そう言えばご飯は何処?」

 

 

 

 

「「……あ」」

 

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

暫くの沈黙の後、消え入りそうな声で溢すは重大な失態––––––

 

 

「……ご飯炊くの忘れてました」

 




本当はこの回は初投稿から1年経った日に投稿するつもりでした。つまり宙の誕生日は7/17になったわけです

現在から少し時間が経っているので3年生もメンバー加入しています。
宙と共に戦うウルティノイドもダークファウストでは無いようですね


次回から本編に戻ります。これまでの振り返りを交えつつ話を進めていくつもりです



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30.楔

お待たせ致しました
暫くの間読み専になっておりました
大変申し訳ありません

これまでのあらすじからご確認下さい


◇◇◇これまでのあらすじ◇◇◇

 

PVの再生数が5万を超え、ランキング総合順位も99位とかなり好調な成績を出し始めたAqours。皆が来るべきラブライブ を向けて想いを馳せる中、一通のメールか届く。

それは、東京で開催されるスクールアイドルのライブの参加を募ったものだった。

 

いきなり東京でライブする事が決まりお祭り騒ぎのAqoursだったが、(こすも)は1人思い悩む。内浦から一切外に出るなとTLTに指示されているため、本来ならば彼女はAqoursの東京遠征に参加出来ないのだ。

 

異形の戦士(ファウスト)に変身する能力を持ち、敵から狙われやすい状況にある宙を内浦………小さな街(・・・・)に留め、被害を最小限に抑える」ーーーTLT上層部の思惑など知る由も無く、悩んだ末に宙は無断でAqoursの東京遠征に同行する事を決意する。

 

「例え何があろうとも、皆さんの事は私が全力でお守りします!」

 

彼女の揺るぎない決意も虚しく惨劇は始まってしまう。

ビーストヒューマンーー有働貴文によってビースト化させられた人間達が秋葉原を中心に大量に出現し、華やかな都市は瞬く間に血の海と化した。

元々人間だったものに力を行使する事を躊躇し、宙は変身する事を拒んでしまう。

 

【馬鹿が】

 

敵の思うがままに嬲られる彼女への侮蔑と共に、強制的にファウストは力を解放。意識が元に戻った時に宙の目に入ったものは

 

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

来ないで‼︎来ないで‼︎来ないで‼︎」

 

自分を慕っていた少女が恐怖に怯える姿と

 

化け物(・・・)に殺される‼︎」

 

返り血に塗れた自らの悍ましい姿だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

あっという間に昼が過ぎた。約束の集合時間はとうに越したが、集合場所には千歌と曜の2人しか揃っていない。

 

「……うん!大きなビルの下!見えない?」

 

「制服……♪」

 

大きな紙袋をうっとりしながら撫で回す曜を尻目に、残りのメンバーと連絡を取る千歌。

 

『あ……!見えました!』

 

「「すみませ〜〜ん‼︎」」

 

電話越しに聞こえていた声が段々と近くなり、雑踏の中からパタパタと善子と花丸が駆け寄って来る。

 

「ん、これで一先ず揃ったね。よし!じゃあ明日のライブの成功を祈って、神社の方にーーー」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!ルビィちゃんがいないんです!」

 

「それに梨子と宙は?一緒に行かないの?」

 

「ああ、あの3人なら今一緒にいるみたいだよ。ほら!」

慌てている花丸と善子に携帯を見せる曜。画面には少し前に交わした梨子とのやり取りが映っていた。

 

「えーーと…『宙ちゃん、ルビィちゃんと一緒にいます。お疲れみたいなので先に行ってて下さい』……何これ」

 

画面を下にスワイプすると、ベンチの上で仲良く身を寄せ合って眠っている宙とルビィの写真が載せられている。

 

「……何これ」

 

「2人共慣れない場所で歩き続けてお眠なんだって。もう少ししたら直接向かうみたいだよ」

 

「もう少しって?」

 

「さぁ……?」

 

「もう!皆んな勝手なんだから!」

全員で一緒に神社に行くつもりだった千歌は頬を膨らませている。

 

「でもあの3人が一緒って珍しいよね?梨子ちゃんと宙ちゃんはともかく、ルビィちゃんはてっきり花丸ちゃんと一緒だと思ってたから」

 

「途中まで一緒だったんですけどはぐれちゃって、電話も繋がらなくなって……後でちゃんと謝らなきゃ。とにかく、先輩達と一緒なら安心しました」

花丸は安堵したように笑う。

 

「ルビィちゃん、人見知りだけど先輩達なら緊張しないって言ってたから」

 

「人見知りね……宙は確か新しい学校に行っても友達出来ないから廃校を阻止したいって言ってたっけ?あの子も大概でしょ……な、何よその目は!」

 

「何でもないずらよ」

柔かな表情を保ちつつも花丸は目を逸らす。

 

「千歌ちゃん、どうする?3人は行かないのかな……」

 

「うーーん………よし!」

考え込んでいた千歌は決心した様に顔を上げた。

 

「一先ず私達だけで行こう!」

 

「良いの?」

 

「ここで悩んでてもしょうがないよ。あっちには梨子ちゃんがいるから迷ったりする事も無いだろうし。それに疲れてるとこを無理矢理起こすのも悪いよ」

千歌は片目を閉じながらそう応じると、結構気に入ったのか梨子が送ってきた写真をそっと保存した。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

目的の場所に辿り着いたのはそれから直ぐだった。

 

「……っ‼︎」

 

Aqours一同は思わず足を止める。

目の前には境内まで続く美しい石段の坂が広がっていた。

 

神田明神。

縁結び・商売繁盛・除災厄徐の3人の神を祀り、神田、日本橋、秋葉原、築地魚市場など、日本経済の中枢をなす108町会を氏子に持つ日本有数の鎮守である。

 

「ここだ……!」

千歌は体中から沸き上がる熱い想いを抑えながら言葉を紡ぐ。

都内でも屈指の観光スポットにAqoursが訪れたのはライブの成功祈願の他にもう一つ理由があった。

 

「これがμ'sがいつも練習していたっていう、階段……!」

 

そう、この石畳の階段こそ「男坂」……μ'sが階段ダッシュのトレーニングに利用していた場所だった。

μ'sに憧れてスクールアイドルを始め、大きなモチベーションとなっていた千歌にとって、何が何でも来なければならなかった場所と言っても過言ではない。

 

「私達も走って登らない?いや走ろう‼︎」

 

「そうだね」

興奮を抑えきれない様子の千歌が微笑ましいのか、曜・花丸・善子の3人は顔を綻ばせながら頷いた。

 

「よし!よーーい‼︎」

千歌は階段を一気に駆け上がっていく。

 

「「「ドンは⁉︎」」」

慌ててその後を追う3人。

普段は淡島神社のもっと長大な階段を登っているお陰か、皆荷物を持ちながら楽々と駆け上がる。あっという間に境内まで辿り着いた一同はお互いの手を取り合って飛び上がり、笑い合う。

 

 

誰が想像できるだろう。

 

同時刻に起きている凄惨な殺戮をーーー

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

–––––––––––来ないで‼︎

 

どうして

 

–––––––––––来ないで‼︎

 

どうしてこうなる

 

–––––––––––嫌だ……死にたくない‼︎

 

私はただ皆んなを守りたいだけなのに

 

––––––––––– 殺される

 

側にいたいだけなのに

 

––––––––––– 化け物(・・・)に殺される‼︎

 

何が守るだ。何が正義だ。

私がもたらしたのは破壊と殺戮と恐怖……それだけ

 

先程まで人の形を成していたものが辺り一面に転がっている

 

血の匂いが鼻を突く

 

寒い

 

苦しい

 

また生きる場所が無くなってしまう

嫌だ。そんなの絶対に嫌だ。

また1人になるくらいなら–––––––––––

 

––––––––––ドクン

 

 

「うぅッ……ぐぅう……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛‼︎」

 

突然、茫然自失になっていた宙は絶叫しながらその場に倒れ込んだ。右足首を抑えながら血溜まりの中を転げ回る。

 

()ーーーう…‼︎」

 

「宙ちゃん‼︎–––––––––ッ!?」

駆け寄った梨子はその有り様を見て言葉を失う。

宙が必死に抑えている右足首ーーー患部と思わしきくるぶし辺りから膝にかけて黒い蔦のような何かが浮き出ていた。

 

「何?何なのこれ……!?」

 

「あ゛あ゛あ゛‼︎痛い!痛い‼︎」

 

子供の様に泣き叫ぶ宙を見て梨子はパニック寸前になってしまう。

黒い蔦の様な何かは宙の体を蝕むように次第に足の付け根辺りまで伸び–––––––––

 

「ゔ゛ッ……はぁッ‼︎…はぁッ‼︎」

淡い紫色の光を放ち消え去った。

 

 

 

「くっ……あっはははははははは‼︎ヒャハハハハハハハハハ‼︎…グヒッ…」

 

 

先程の戦闘で四肢を全て失い、動かなくなっていた有働が不気味な笑い声を上げる。

 

「ようやく効いてきた(・・・・・)みたいですね」

 

「何…が…」

有働は顔面を鮮血に汚したまま言葉を続ける。

 

「分からないなら教えてあげましょう!姉さんはラフレイアに"死の楔"を打ち込まれたんですよ」

 

「…は……?」

未だ体に燻り続ける痛みに顔を歪める宙を見て有働は更に口角を上げる。

 

「覚えていないんですか?ずっと右足首に包帯巻いてたのに……随分と痛々しく見えましたよ?」

 

◇◇◇

 

(これで一先ずは安心かな……)

手早く対処出来た事を確認し、宙は高空を警戒しながらゆっくりと降下していく。次はこのガスを撒き散らした本体を見つけ出さなければならないが、周囲に一切敵の気配は感じられない。一体どうしたものか……

 

「危ない‼︎避けて‼︎」

 

突然警告を促すような叫び声。咄嗟に地上を見下ろすと、そこには槍状に尖った無数の何かが視界一杯に広がっていた。

 

(は–––––––––––?)

何かを考えるより前に体を思いっ切り捻って反射的に被弾面積を抑える。顔面のすぐ隣を突き抜けていく黒い棘。奇跡的に胴体貫通は免れたが、右足首に槍状の何かが突き刺さった。

 

◇◇◇

 

全てのスカイランタンが空に登っていったのを確認すると、宙はカメラを折り畳んで下山する準備をする。

 

「……痛」

足首に僅かな痛み。少し前の戦いで出来た傷は中々塞がらなかった。宙は足首に巻いた包帯の具合を確認する為にしゃがみ込む。

 

◇◇◇

 

後ろから鞠莉に呼び止められる。

 

「そういえば足、怪我してるの?」

 

「……つい先日切ってしまって。でももう痛くも何ともないです」

宙はそう言って包帯を巻いた右足首を前後に軽く揺らした。

 

「そう。お大事にね」

 

「お気遣い、感謝します」

 

◇◇◇

 

「……ぁ」

さあっと顔中から血の気が失せていく。

 

「はははははァ‼︎さっさとお仲間(ナイトレイダー)にどうにかしてもらえば良かったものを……この馬鹿が‼︎

いや、あんな役立たず共(・・・・・・・・)に媚びても無駄か」

 

それはまるでナイトレイダーを…TLTの事を良く知っているような口振りだった。

 

「もうあんたは終わりだなんだよ!ラフレイアは"χニュートリノ"に敏感だからなァ……力を使えば使うほどその身は"死の楔"に蝕まれる…肉体が死滅するまで後3回…いや、その苦しみ様だと後2回程度かなぁ?動く事もままならないでしょうけどねぇ‼︎

はははははははは‼︎はぁ…」

 

欠落した四肢を懸命に揺すって笑い続けるその悍ましさに梨子も宙も絶句する。そして宙は、その身に迫る確かな死の感覚に恐怖し、戻しそうになる。

 

(いや、あんな奴の言う事なんて嘘に決まってる……追い詰められて出鱈目言ってるだけ……あんなの嘘。嘘。嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘)

 

「この程度で終わると思うなよ」

 

頭を抱えている宙に怨嗟に満ちた声が纏わりつく。小刻みに痙攣しながら顔を上げると、爛々と狂気に溢れ返った有働の双眸が宙を捉えていた。

 

「ひっ……」

 

「お前にはこれまで散々足蹴にされてきたからからなぁ‼︎ この手と足が治ったら」

 

宙に向かって這いずるように体を動かす有働

 

「お前には死すら生ぬるい程の絶望と苦痛––––ドンッ––––を゛」

 

 

刹那、彼の顳顬を1発の銃弾が撃ち抜く。

目を剥いて倒れ伏すその先に銃を構えるのは紺色の戦闘服を纏った人間だった。

 

「ナイト、レイダー……?」

 

「ラファエルの沈黙を確認。このまま掃討作業に移行します」

 

『確認しました。各員はラファエルの身柄を拘束、直ちに作戦エリアから離脱して下さい』

 

「何故です⁉︎こいつはすぐに処分しないと–––––––」

 

『上層部からの命令です。勝手な行動は謹んで下さい。石堀隊員』

 

「……ッ‼︎…了解…しました…」

悔しさを隠し切れない表情で石堀はラファエル––––有働貴文を拘束し始める。

 

「石堀!先行し過ぎるな‼︎」

 

「…申し訳ありません」

街中に展開していたナイトレイダーの部隊が少し遅れてその場に集結していった。

 

「……何だこれは……?」

 

そしてその誰もが、目の前の凄惨な光景に……無数の屍が転がる広間の中央に立つ血塗れの宙の姿に絶句する。

 

「これをあの少女が…たった1人でやったというのか?」

 

 

 

 

何で

 

何でそんな目で私を見るの

 

 

立ち上がろうとするとまだ右足が僅かに痛み体勢を崩す。

 

「…ッ!」

 

ぐらりと数歩足を進めると、その分だけナイトレイダー達は素早く後退し、距離を取った。

 

 

何で

 

私は……

 

 

……なのに

 

「え?」

 

「貴方達と同じ、人間なのに‼︎」

大粒の涙を滴らせながら叫び、身を翻して走り出す。

 

「宙ちゃん‼︎」

 

「待て!止まれ‼︎」

 

「馬鹿、撃つな‼︎」

反射的に数人が隊長・和倉の制止を振り切って発砲。しかし弾丸は宙の足元に何発か着弾するだけで本人には1発も当たらない。

宙はそのまま驚異的な跳躍力でビルを飛び越え、消えていった。

 

「………」

重苦しい沈黙がその場を支配する。

 

「……周囲にビースト反応無し…状況終了。これより二班に分かれる。西条、平木、俺の班をそちらに回す。お前達が指揮を執り、彼女を捜索しろ」

 

「了解!」

「わ、分かりました!」

 

「残りはこの処理だ。処理班と早急に片付ける」

 

「「了解!」」

和倉の指示の下、全員が慌ただしく動き始める。身柄を拘束された有働はそのままチェスターへと運ばれていった。

 

 

「おい!落ち着け!」

 

「嫌あぁぁぁ‼︎化け物が、化け物がぁ‼︎」

伸ばされた手を払い除け、ルビィはその場に蹲る。

 

「駄目です。酷く混乱しています。意思疎通は不可能です」

 

「分かりました。後は任せて下さい」

ナイトレイダーの背後から現れた黒スーツの女ーーMP(メモリーポリス)がルビィの側に座り、優しく微笑んでみせた。

 

「大丈夫。すぐに良くなるから」

 

ーーー

 

「怪我は無いか?」

 

「は、はい…あの!」

 

「何だ?」

ヘルメットを外し駆け寄ってきた石堀に梨子は思い切って声を上げる。

 

「宙ちゃんが私達を守ってくれたんです!だから……‼︎」

 

「分かっている」

 

「え…?」

 

「少なくとも、俺は」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

ーーフォートレスフリーダム

     ・ブリーフィングルームーー

 

U字形に並べられた机と向かい合うように巨大なスクリーンが立てられた一室。数度扉を叩く音と共に赤い戦闘服を纏った男が入室する。

 

「報告します……ナイトレイダーがラファエルの捕獲に成功しました。13分後、此方に移送が完了するとの事ーー」

 

「それで?」

男が言い終わる前に中央に鎮座する男が口を開く。

 

「ミカエルはどうした?」

 

「…現在逃亡中です」

 

「何?」

 

「戦闘記録は既に撮影済みです。説明するより確認された方が早いかと」

 

男が手を振って合図するとスクリーンに映像が投影される。

 

「……まるで獣だな」

その一方的な殺戮を目にして嘆息する。

 

「戦闘が終了した後酷く取り乱しています。ウルティノイドの力を制御出来ていないのは明白です」

 

「ミカエルの場所は?以前細工したなら把握できるだろう?」

 

「大変申し上げにくいのですが、現在捕捉する事が出来ません。戦闘開始と共に奴は、予めGPSを埋め込んでおいた右腕を引き千切っています。おそらくウルティノイドは既に気付いていたのでしょう」

 

「失敗作同様、やはり獣を飼い慣らすのは不可能のようだな」

 

「はっ…」

 

「部隊は直ぐに動かせるな?」

 

「ご命令さえあれば、直ちに。ミカエルは手負いの状態です。速やかに捕捉、及び捕獲します」

 

「よし……作戦を許可する。レッドトルーパーは直ちに行動を開始せよ」

 

「ラファエル及びミカエルは……処分だ」

 




いきなり変身制限……そして不穏な動きを見せ始めるTLT

耐え凌げは必ず状況は好転すると信じておりますのでどうか応援宜しくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31.逃避

また遅くなりました

本編を読んだ後、後書きを必ずご確認下さい。
どうか宜しくお願いします


 

 

 

 

 

 

 

爆ぜる大地

瓦礫に呑まれていく悲鳴

周囲を覆い尽くす破壊の炎

 

 

 

街が燃えていた

 

 

 

─── ဟားဟားဟားဟားဟားဟားဟားဟား‼︎

 

狂気を孕んだ笑い声が街中に響き渡り、轟音と共に何度も大地が揺れる。

 

 

───ညှဉ်းဆဲခြင်း(苦しめ)……ညှဉ်းဆဲခြင်း(苦しめ)

 

漆黒の足が、反り返った爪先が何度も振り下ろされ、容赦無く踏み付ける。

 

 

─── ဟားဟားဟား……ဟားဟားဟားဟားဟား‼‼︎

 

 

魔人───ファウストは愉悦に浸り嗤い続ける。振り撒かれる死の暴風。彼に殺された者の亡骸を抱え、名も知らぬ少女が泣き叫んでいた。

 

泣いて、嗤って。泣いて、それを嘲笑って。

 

面白くて仕方がない。

 

もっと苦しめ!

もっと絶望しろ!

地獄を味わいながら死ね‼︎

 

───ညှဉ်းဆဲခြင်း(苦しめ)……ညှဉ်းဆဲခြင်း(苦しめ)!ဟားဟားဟားဟားဟားဟားဟားဟား‼︎

 

振り上げた拳がまた罪無き命を奪おうとしたその時

 

 

─── သေနတ……!?(ぐおおっ!?)

 

 

 

眩い光が迸り、突き上げられた足がファウストの腹を蹴り飛ばした。腹を抑えながら後ろに下がっていくファウスト。その目の先には───

 

……!?

 

鋭い眼光を飛ばしながら雄々しく立つ光の巨人。光は収束し、壊された街を、人々を包み込む。

 

どっと歓声が巻き起こった。

 

 

───…… သတ်(邪魔だ)…… ပစ်(死ね)

 

 

ファウストは忌々しげに毒づくと、腕を水平に払い光弾を撃つ体勢に入る。光の巨人もそれに呼応する様に拳を振りかぶり、一瞬で距離を詰め

 

「あれ……?」

 

ファウストの顔面に拳が叩き込まれた。

 

「がッ…⁉︎」

 

腕を叩かれ、息をつく間も無く連打連撃が撃ち込まれる。

 

「ごッ…⁉︎げはぁっ!!」

 

先程まで迸らせていた殺気が嘘の様に激しく狼狽し、千鳥足になりながら後ろに退がる。

 

「わ、わたし……何で⁉︎どこ、ここ……?」

 

分からない。自分は今……今まで何をしていた?脳が揺れ、目の焦点が定まらないまま周囲を見渡し、その惨状に言葉を失う。

 

「…私がやった……の……⁉︎」

 

絶望する彼女のことを気に留める筈もなく、巨人は首を鳴らしながらゆっくりと近付いて来る。

 

「待って───」

 

両手で2本の角を掴み、無理矢理下げさせた顔面に膝を打ち込む。顔を抑えて下がろうとしたファウストの腕を今度は掴んで引き寄せ、鳩尾にまた膝蹴りを放った。身体をくの字に曲げた所で頭頂部に肘を落とし、続け様に裏拳で頬を弾く。

 

最早苦悶の声を上げる事もなくファウストはその場に崩れ落ちた。

 

「誰か……助け……」

 

虚空に向かって手を伸ばすが、聞こえてくるのは歓声と、ファウストに対峙する巨人を鼓舞する声のみ。英雄(ヒーロー)(ヒール)……そうだ。私は多分、(ヒール)なんだ。だって

 

 

頑張れ!ウルトラマン‼︎

負けないで‼︎

悪魔を倒してくれ‼︎

殺せ‼︎

この悪魔め……家族を返せ‼︎

 

 

だって、私を望む声なんて何処にも無いの。

 

 

《ULTRAMAN - - - - LOAD》

 

巨人の全身から凄まじい炎が解き放たれその身を包む。

 

「ひぃっ……⁉」

 

吹き付ける強烈な熱波に気圧され、後退ろうとするが足が動かない。及び腰になり小刻みに震えるファウストに向けて巨人はただ一言

 

 

「潰す」

 

 

目の前が真っ赤になった。

 

 

 

 

 

 

「うわあぁぁぁぁぁァァァ‼︎‼︎」

布団を蹴っ飛ばし、絶叫しながら跳ね起きる(こすも)

 

「ごめんなさいッ‼︎ ごめんなさいッ‼︎」

 

腰が抜けた様な体勢のまま後ろに退がり、勢い余って背後の壁に背中をぶつけてしまう。

 

「ちょっ…⁉︎大丈夫⁉︎」

襖が開き、大きな音を聞きつけた少女が駆け寄ってくる。しかし、気が動転している宙には聞こえておらず、髪を振り乱しながらその場にへたり込んだ。

 

「うわっ……」

「落ち着いて下さい!ここはもう」

「姉様!やっぱりこの子頭おかしいわ」

「やめなさい!」

 

「宙ちゃん‼︎」

前に立つ2人の間を抜け、飛び出した梨子が宙を抱き寄せる。

 

「大丈夫だよ!ここはもう安全だから!」

 

「…あ……」

強張っていた体からようやく力が抜け、梨子に頭を預ける宙。ゆっくりと梨子の背中に手を回し、その温かさを確かめると小さく呟いた。

 

「夢……か…」

 

「うん……うん…もう大丈夫。あれから結構時間も経ってるから」

ふと、梨子の背中越しに2人の少女達の姿が目に入る。髪をサイドテールに纏めた背の高い少女と、少し吊り目のツインテールの少女。

どちらにも見覚えは無い。

 

「誰…?」

 

「覚えてないの?この人達に助けて貰ったんだよ?」

 

「怪我はありませんか?」

背の高い方の少女が頭を振って会釈する。

まだいまいち意識が醒めていないままお辞儀を返す宙だったが、突然弾かれた様に立ち上がる。

 

「そうだ!昼間のあれは⁉︎外はどうなってるんですか⁉︎」

 

「ちょ、ちょっと」

襖の近くに控えていた少女の静止を振り切り、焦る気持ちのまま扉を開け放つ。

 

『今日午後4時頃、爆発事故が発生した千代田区神田の現場付近です。詳しいことはまだ分かりませんが、事件発生以降、現場付近にいた200名以上の行方が分からなくなっており、現在警察と消防による捜索が進められています』

 

部屋の奥に置かれているテレビ……そこからはニュースの映像が流されていた。

 

『突如として大都市の中心部で発生した謎の爆発。これほどの行方不明者を出したのは12年前の「新宿大災害」以来で–––––––––––』

 

スペースビーストの関与する事件が改変され、継ぎ剥ぎされた様な歪なニュースに書き換えられる違和感はいつもと同じ。またTLTが事後処理に動いてくれたのだろう。

 

(今は、そういうことになってるんですね…)

 

思い出したくもなかった記憶が甦ってくる。

 

 

 

◇◇◇3時間前・戦闘終了直後◇◇◇

 

ビーストヒューマンの掃討を終えたナイトレイダーは、宙の捜索と戦闘処理を並行、行動を再開しようとしていた。

 

「これより二班に分かれる。西条、平木、俺の班をそちらに回す。お前達が指揮を執り、彼女を捜索しろ」

 

「了解!」

「わ、分かりました!」

 

「残りはこの処理だ。処理班と早急に片付ける」

 

「その必要は無い」

「⁉︎」

 

宙の捜索のため、いち早く動き出そうとしていた平木、西条、両隊員に銃口が向けられていた。

突如、ナイトレイダー達の行く手を阻むように謎の集団が現れる。

 

「……どういうつもり?」

 

「隊長?」

 

今にも応戦しそうな2人を制し、和倉は目の前の謎の集団を見据える。

彼らの装備は自分達と同系統であるが、黒と基調に赤いラインが入ったその戦闘スーツはナイトレイダーとは明らかに違う。見たことが無い。

 

「ナイトレイダーは直ちに帰投せよ。これ以上、戦闘区域での活動の一切を禁ずる。これは司令部からの命である」

 

「君達はどこの所属だ?ナイトレイダー以外のユニットはこの区域に立ち入れないはずだが」

ナイトレイダーの隊長として、他の部隊を全て把握している自分が知らない部隊が存在する事自体普通に考えて有り得ない。警戒する和倉に対して、隊長と思わしき男は短く答えた。

 

「司令部直属実働部隊・レッドトルーパー…現着。この場の指揮権は我々が掌握した」

 

「各隊に告ぐ。行動開始。逃亡したミカエルを拘束せよ」

 

 

 

 

 

 

 

ナイトレイダーによる簡易的な手当が終わると、梨子は石堀の制止を振り切って駆け出した。

 

「宙ちゃん‼︎どこ⁉︎どこにいるの⁉︎」

人々が逃げ惑い、閑散とした街に梨子の叫び声が響く。

 

「返事をしてぇぇぇぇ‼︎」

あれが真実なのか。自分達の知らないところで宙はあんなに悲惨で、残酷な戦いに心と体を削られていたのか。

 

(今気が付いたわけじゃないのに……‼︎)

自分が彼女が戦っているところを見たのは2回。でもそれだけじゃない。少なくとも、以前PVを作っていた時に、急に飛び出して足を怪我しながら帰ってきたところを見ていた。あんな事を何回も、何回も…

 

(ごめん…気づいてたのに、見てないふりをしてごめんね…)

歯を食いしばりながら懸命に走る梨子の視界の隅に何かが引っかかった。

はっと目を向ければ、街外れた薄暗い路地の入り口にボロボロになったノースリーブのワンピースが落ちている。

深紅の血に染まったそれが……誰のものかはすぐに分かった。

 

「宙ちゃん‼︎」

梨子はワンピースを拾い上げ薄暗い路地に飛び込む。

 

「……ッ‼︎……ッ‼︎……ッ‼︎……ッ‼︎……ッ‼︎」

 

纏っていたもの全てを脱ぎ捨て、壁面から滴り落ちる濁った水で身体中の返り血を拭う彼女の姿に一瞬言葉を失うが、梨子はすぐに宙に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

掻きむしるように血を払う。

拭っても拭えない程に血糊がべっとりと付いており、思うように剥がせなかった。

 

「うぅ……」

 

【何て様だ…おい…人間擬き】

冷え切った声が頭の中に響く。

 

「ねぇ‼︎私はどうしたら良いの?」

縋るように宙は叫ぶ。

 

【何が?】

 

「聞いていたでしょ⁉︎私の体がもう保たないって‼︎」

 

【あぁ…そうだな】

 

 

 

【本当に清々する】

 

「……は?」

有り得ない応えに宙は目を剥く。

 

「何を言ってるの……?」

 

【貴様が死ねば私は完全にこの体を掌握することができる。これほど好都合な事はない】

 

「ねぇ、悪いは冗談やめてよ…何でそんな事言うの?」

大切な何かが崩れ落ちていく。

 

「あの時言ってくれたでしょ?私をこれからずっと見守ってくれるって」

 

【何を勘違いしているかは知らないが、私はただ"行く末を見届ける"と言ったまでだ。光にも闇にも、どちらにも着けない貴様が……その果てにどう死のうが知った事ではない】

 

「ッ……うぅ……」

 

【はッ……そんなに辛いなら自ら絶ってしまえばいい……再び絶望を味わう前に】

 

「ひぐっ…うわあぁぁぁぁぁぁァァァァァァ‼︎」

この程度だった。今までずっと共に戦ってきたのに。いつか分かり合えると思っていたのに。自分だけだった。信頼も、絆も全ては嘘–––––––

 

刹那、ふわりと優しい感覚と共に長い赤紫色の髪が眼前を舞う。血で汚れた宙を正面から抱き止める。

 

「やっと見つけた」

 

「梨子……さん」

 

「帰ろう。皆んなのところに…今はもう、何も考えなくて良いから」

 

「……うん」

梨子に手を引かれ、ふらつきながらも立ち上がろうとしたその時ーーー

 

「両膝をつき手を頭の後ろに回せ」

 

「なっ…⁉︎ちょっ宙ちゃんに何を…いやっ⁉︎」

宙の後頭部にディバイドランチャーが突きつけられ、側にいた梨子は引き剥がされる。

乱雑に顔を上げさせられ、困惑する宙の眼前に現れたのは黒と赤のスーツを纏う戦闘ユニット––––レッドトルーパーだった。

 

「ミカエルで間違いありません」

 

「よし、すぐに無力化し連れて行け」

 

「了解」

宙に近づく男に背後からしがみつき、梨子は声を荒げる。

 

「いい加減にして‼︎」

激昂に一切怯まず、レッドトルーパーの男は冷えた目で梨子を見下ろす。

 

「何故民間人がここにいる?」

 

「さっき巻き込まれたの‼︎女の子に何をやってるの‼︎」

 

「退け、邪魔だ」

 

「きゃっ…」

梨子を振り払うと再び男は宙に近づき、その両手首を掴む。

 

「そのまま動くな……自分の立場を弁えろよ?」

梨子や宙の状態に一切構おうとしない。耳を貸そうとしない。取り付く島がなかった。このままでは訳のわからないまま宙が連れていかれてしまう。……何かを考えている暇はない。梨子は覚悟を決めたように奥歯を噛み締めた。

 

【死ね、雑魚…】

 

「ねぇ、そのまま連れていくの?頭おかしいんじゃないの?」

 

【…?】

 

ファウストが再び力を振おうとした時、梨子が再びレッドトルーパー達の前に立ち塞がる。

 

「服を着させて。私が貸すから」

 

「……良いだろう」

暫しの逡巡の後、レッドトルーパーは梨子に応じる。梨子は男から宙を奪い返すとぴしゃりと言い放った。

 

「私がやる。近づかないで!」

 

「少しでも怪しい動きを見せた時は撃つ」

 

鞄の中にしまっていた大きめのジャンパーを宙に被せ、しっかりとボタンを留める。

 

「これしか無くてごめんね。少しだけ我慢して」

 

「梨子さん…」

 

「大丈夫」

安心させる様に優しく笑いかけると、梨子はレッドトルーパー達に向き直る。

理屈はよく分からないけれど。2人揃って逃げる為にはやるしかない。今度は自分が助ける番なんだ。

 

「用は済んだな?早くこちらに渡せ」

即座に周囲を取り囲むレッドトルーパー。逃げ場は無いに等しい。

梨子は大きく息を吸い込み––––

 

「退いて‼︎ 変態集団‼︎」

感情を昂らせ、叫ぶ。その瞬間、梨子の胸元が激しくスパークし、強烈な閃光と衝撃波が周囲に吹き荒れた。

 

「ッ⁉︎」

「はーー?」

「ギャッ⁉︎」

 

ビーストヒューマンを退けた時と同等……それ以上の効力を伴いレッドトルーパーを全て吹き飛ばす。一瞬ではあるが無力化する事に成功。

 

「走って‼︎」

 

上手くいったーーー梨子は緊張で胸が弾けそうになるのを堪え、宙の手を思いっ切り引いて走り出す。

景色が物凄い速度で流れていく。室外機、ゴミ箱、無造作に捨て置かれた段ボール箱……自分でも信じられないくらいのスピードでそれらの全てを避け、薄暗い路地を駆ける。

 

(私の体…どうなってるの⁉︎)

数十メートル先に明るい光。人の賑わう声が近づいてくる。大通りに出られる。少しだけ安堵する梨子。

しかし、焦点がその一点に絞られてしまった為に寸前まで気付けなかった。脇から飛び出して来た2つの人影にーーー

 

「「あっ」」

目が合った時にはもう遅い。慌てて止まろうとするが、前につんのめってバランスを崩し、2人を巻き込む形で倒れてしまった。

 

「きゃあぁぁぁ‼︎」

 

「ご、ごめんなさい‼︎」

 

「いえ、大丈夫ーーん?」

 

「貴方、もしかしてAqoursの…?」

 

「……え?」

梨子はそこで初めて相手の顔をはっきりと見る。髪をサイドテールに結った少女だった。こちらを軽く睨んでいるもう1人の小柄な少女はその連れか。知らない人間が自分を知っているという不思議な感覚に囚われる梨子。しかし、背後から聞こえてくる複数の足音と声を聞き我に返ると、まだ茫然としている宙の肩を揺らす。

 

「宙ちゃん、起きて!早く逃げないとーーー」

 

◇◇◇

 

「見えました。170m前方」

「次に捉えたら撃て」

レッドトルーパーは一気に加速し、物の数秒で一瞬梨子と宙の姿を捕捉した路地に到達する。直ぐに見えた二つの人影に銃を向け、トリガーを引き絞ろうとした寸前で気が付く。

そこにいた2人の少女は梨子や宙では無い、全くの別人だった。

 

「失礼。2人の女を見なかったか?どちらとも髪が長く、1人は血で汚れている……見れば直ぐに分かる筈だが」

 

赤い集団の纏う異様な雰囲気に気圧される2人だったが、落ち着きを取り戻した1人が小柄なもう1人を背後に庇いながら、

 

「大通りの方に向かって凄いスピードで走っていきました。間違い無いです」

指差して答える。

 

「感謝する」

2つに部隊が分かれ、一つは大通りの方に向かっていく。そしてもう一つはこちらに留まったまま指示を出した。

 

「周囲の遮蔽物を隈無く調べる。おい、その中身を見せろ」

 

「⁉︎」

レッドトルーパーが2人の少女の直ぐ背後にある大きなボックス型のゴミ箱を指差す。

 

「あ、あの!私達、急いでるんですけど…早く退いてくれませんか?」

少女はその場から動かず、強めに声を掛ける。その語尾は少し震えていた。

 

「直ぐに終わる」

 

「姉様……!」

 

妹と思わしきもう1人が不安げな声を上げたその時

『隊長‼︎索敵機から報告です!ミカエルと思われる影をポイントQで捕捉!』

 

「分かった。直ぐに向かう」

パルスブレイカーからの無線に応じた男は、2人の少女を強引に押し退けてボックスの扉を勢い良く開いた。

 

「無駄足だったか」

ボックスの中には何も無かった。

男は舌打ちすると、引き連れていた部隊と共に大通りへと向かっていった。

 

 

 

「はぁ……」

2人の少女はその場にへたり込む。

「追いかけてた人達、もう行ったみたいですよ」

 

二つの大きな旅行鞄の後ろから梨子と宙が姿を見せる。

「あの!助けてくれて、本当にありがとうございます‼︎」

梨子は2人に頭を下げた。

 

「でも、貴方たちは…?」

何故Aqoursのことを知っているのか…この2人は誰なのか。疑問は尽きなかった。梨子はちらりと2人を伺う。姉と思わしき女子は胸に手を当てて、

 

「鹿角と申します。こっちは妹です」

どうやらこの2人は姉妹らしい。自分達を隠し、守ってくれたこの大荷物を見るに、彼女達も旅行者なのだろうか。

姉の後ろに隠れるように立つ小柄で少し吊り目の少女がぶっきらぼうに小さく頭を振った。少し遅れてこちらに会釈した事に気が付く。

 

「えっと……この辺りはどういう状況なんですか?」

 

「さぁ…私達にもよく分かりません。突然秋葉原の辺り一帯が封鎖されて、自衛隊みたいな人達が」

姉は困った様に首を振る。

 

「取り敢えず、私達が泊まっている旅館に来ませんか?彼女、怪我してるみたいですし…ね?」

おそらく宙の事を言っているのだろう。梨子は応じようとするが、

 

「本当は病院とか行くべきなのかもしれないですけど、何故かさっきからずっと圏外で……ロビーの人に言えば直ぐに対応してくれると思います」

 

「姉様!良いんですか⁉︎こんなに怪しい人達……!」

妹が反発する。

 

「怪我してる人を見過ごすなんて出来ません。あの人からそう教わったでしょう?」

 

「そ、それは……はい」

姉は落ち着いて妹を宥める。至って冷静に振る舞うその姿は、その奥に秘めた聡明さを感じさせる。

 

「突然この街中が混乱して、秋葉原周辺が封鎖されて……何が何だかよく分からないんです。でも貴方達はそこから逃げてきた。そしてそれを追いかけていたあの物騒な人達……貴方達なら何か知っているんじゃないですか?」

 

「向こうで何があったのか、教えて頂けませんか?」

 

 

 

 

 

◇◇◇ 現在 ◇◇◇

 

「事件が起きたとは思っていましたが、秋葉原でこんな事があったなんて……でも思いの外貴方達に酷い怪我が無くて良かった」

姉が話している内に妹が急須にお茶を汲み、宙に差し出す。

「どうぞ。少し落ち着かれたみたいですね」

戸惑っていると、姉がそう促してきた。

 

宙はやっと自分が置かれている状況を理解する。自分達は、危ないところを偶然出会った姉妹に助けられ、2人がが泊まる旅館に連れて来て貰った。自分の体が綺麗で、無事でいるのもこの姉妹、そして梨子のお陰に他ならない。

 

「ありがとうございます。本当に、感謝してもしきれません。でも、あの…」

お茶を受け取りながら宙は精一杯の感謝を伝え、一番気に掛けていた事を聞く。

 

「ルビィさんは?」

 

「ルビィちゃんなら大丈夫。千歌ちゃん達と合流できたってメールが来てたから」

 

梨子の言葉を聞き宙は少しだけ安心する。そして、再び姉妹に向き直った。

「本当にお世話になりました。ありがとうございます」

 

「構いませんよ。ただし(・・・)

姉は悪戯っぽく笑う。

「服は貸した物ですから、明日返して下さいね」

 

「えっ…」

 

「冗談です」

 

「ねぇ、姉様…明日、本当にあるの?中止になんてならないよね?」

 

「分からない。でも、まだ中止にはなってないみたい。今はただ明日に向けて万全の準備をしましょう。後悔しないためにも」

 

「お二人も遠いところから東京に来られたんですよね?何かあるんですか?」

少し興味を持った梨子がそう尋ねるが、

 

「多分、すぐに分かると思います」

 

「え……?」

姉は笑って首を横に振る。その瞳には何か、揺るぎない自信が宿っていらように見えた。

 

「Aqoursの皆さんの事はPVを見て知りました。素晴らしかったです」

 

「あ、ありがとうございます…」

賛辞の言葉を贈られ、梨子は顔を赤らめる。

碌でもないことが立て続けに起きた1日であったが、自分達を助け、Aqoursのことを褒めてくれる人達との出会いがあった。そのことが素直に嬉しく、少し勇気が湧いてくる。

 

(どうしたら良いか…私自身もちゃんと考えないと)

自分の中にある不思議な力。そして宙との向き合い方。

 

まだ立ち直れていない宙を伺いながら、梨子はそう心に決めた。

 

 

「本当にお世話になりました。遅くまでお邪魔してすみません」

 

「そんなに畏まらないで下さい。困った時はお互い様です。暗いので気を付けて下さいね」

 

「あ、あの…」

 

「?」

最後に梨子は頭を下げ退出し、宙もそれに倣おうとしたところ背後から呼び止められた。振り返ると遠慮がちに目を伏せる妹の姿。気まずそうにしながらもおずおずと口を開く。 

 

「さっきは、その……おかしいなんて言って…ごめん」

ずっと気にしていたのだろう。おかしくなって迷惑を掛けたのは事実だし、巻き込んでしまった自分に一番非がーーーいや、こんな言い方をしたら余計に気を悪くさせてしまう。

 

「もう大丈夫ですよ。えぇっと…… ! そうだ、お茶!」

 

「…は?」

 

「凄く美味しかったです」

 

 

 

暗い夜道へと出た梨子と宙。周囲に入念に目を配らせるが、あの時襲ってきた赤い集団の気配は無く、街は落ち着きを取り戻していた。

 

「〜〜♪」

 

2人無言で歩いていると、来た道の方から微かに歌声が聞こえてきた。二重の旋律が重なり合い作り出される非常に美しい歌声。

あの2人の姉妹が歌っているのだろうか……?

ふと、梨子はある事に気がつく。

 

「名前、聞かなかったな…」

 

 

◇◇◇4時間前・神田明神◇◇◇

 

「〜〜♪」

 

「ん?」

境内で弾んだ呼吸を整えていると、歌声が聞こえてきた。

千歌達は視線を聞こえてきた先に送ると、

 

 

わかるでしょう

 

弱い心じゃダメなんだと

  影さ…ダメなんだ!

 

感じよう しっかり 今立ってる場所

 

 

神社の目の前に立つ2人の少女が目に入った。

側から見るとかなり目立つが周囲には自分達以外誰もいない。そして何より

 

「はぁぁ……」

悪目立ちとか、そんな事は欠片も感じないほど美しく、澄んだ歌声。思わず聞き惚れてしまう。

 

「こんにちは」

後ろで聞いていた事を既に気づいていたのか、2人は何かの歌詞の一節を歌い終えると直ぐにこちらを振り向く。

 

「こ、こんにちは……」

「ま、まさか天界直視⁉︎」

 

「あら?貴方達、もしかしてAqoursの皆さん?」

 

「う、嘘!どうして⁉︎」

「この子、脳内に直接……⁉︎」

「もしかして、マルたちもうそんなに有名人?」

 

「PV、見ました。素晴らしかったです」

癖の強過ぎる善子のリアクションを全てスルーし、少女はAqoursに笑い掛ける。

 

「もしかして…明日のイベントでいらしたんですか?」

 

「はい…」

 

「そうですか。楽しみにしてます」

何事もなかったかのように踵を返し、階段の方へと去っていく。そして、もう1人の小柄な少女はこちらに向かって刺す様な視線を向けーーー

 

「え!?」

こちらに向かって疾走。どう見ても直撃コースだ。

 

「うわぁっ⁉︎…ッ!?!?!?」

ぶつかる……そう思った時には既に小柄な少女は真上にいた。鮮やかなムーンサルトスピンでAqoursを飛び越え、綺麗に着地。

 

「では」

さも当然のように少女はそれを見届け、小柄な少女と共に階段を下りていった。

 

 

「凄い……!」

「東京の女子校生って皆んなこんなに凄いずら?」

「当ったり前でしょ!東京よ、東京‼︎」

 

「歌…綺麗だったな…」

 

 

 

 

◇◇◇ 現在 ◇◇◇

 

眩い高層ビル街を抜け暫く歩くと、前方に木造二階建ての大きな建物が見えてきた。入り口付近には大きな文字で「鳳明館」と書かれた看板。ここが今回Aqoursが泊まる旅館だった。日露戦争が終わって程なくして建てられたこともあって、何となくではあるが旅館全体からレトロで趣深い雰囲気が感じられる。

 

もっとも、2人がそれを堪能できる程の精神状態であるかはまた別の話ではあるが。

 

 

正面の門まであと数メートルというところで宙は足を止める。

 

「皆んなもう中で待ってるよ。……早く入ろう?」

隣に梨子は遠慮がちに声をかける。結局、ここにくるまで2人はまともに言葉を交わしておらず、これ以上に梨子は何と言葉をかけて良いか分からなかった。

 

「ここに私が入る資格があるんでしょうか?」

 

「…え?」

 

「私はルビィさんの心を傷付けました。化け物と言わしめる程に……今、私に会って彼女は何を思うんでしょう?」

 

「それは…でも!」

 

「もう会わせる顔なんて無いと」

 

「それは違うよ!」

 

「梨子さん…」

 

「そんな事言わないで」

真っ直ぐな眼差しは宙をはっきりと捉えている。

胸の底から沸き上がるえも言えぬ感覚。千歌に、梨子に、曜に、高海家に…救って貰ったあの時と同じだった。

 

(温かい…)

 

「梨子ちゃん!宙ちゃん!」

その時、旅館の扉が開いて5人がこちらに駆け寄ってきた。

 

「ニュース見たよ!大丈夫だった⁉︎」

「良かった……!2人とも事故があったところの近くに居たみたいだから、凄く心配で」

曜が2人の手を取って安全を確認し、千歌は安堵のあまりその場にへたり込む。

 

「皆んな……」

馴染んだメンバーとようやく顔を合わせる事ができたが、あの事をどう説明したら良いのだろう。梨子は表情を曇らせ、宙は顔を背けようとするが

 

「梨子さん!先輩!」

 

「…え……⁉︎」

飛び込まんばかりの勢いで走ってきたその姿に、一瞬頭が真っ白になる。

 

「ごめんなさい!勝手に1人で帰っちゃって…」

 

「ルビィ…さん…?」

 

「その、あれ……?」

 

「どうかしたんですか…?」

なんの抵抗もなく宙に飛び込み、手を回しているルビィが不思議そうに首を傾げる。

 

「大丈夫、なんですか?」

辿々しく言葉を繋ぐ宙の様子に怪訝そうな表情を浮かべるが、

 

「よく分からないですけど、ルビィは元気です!」

 

「⁉︎」

花が咲いた様な笑顔を向ける。

ぞくりと鳥肌が立った。今の彼女は、まるであの時の事を何も覚えていないように見える。

 

「えっと……?とにかく中に入ろう」

曜にそう促され、違和感を引き摺りながらも2人は旅館の中へと入っていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『大丈夫。直ぐに良くなるから』

MP(メモリーポリス)が装備するメモレイサー……小型記憶消去端末によりルビィの記憶が一部切り離されている事など2人が知る由も無い。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「お、美味しいぃ〜〜‼︎」

 

「なんだか、こうやって皆んなで一緒に食べると修学旅行に来たみたいだよね!」

夜。Aqoursは部屋で少し遅い夕食を取っていた。

目の前に並べられた色とりどりの料理。大量の刺身や着火剤が備え付けられた小さな鍋で作られる鍋料理。普段食べる機会が中々無いものばかりで皆顔を綻ばせている。

 

「見よ!堕天流奥義!"鳳凰煉獄"‼︎」

チャッカマンを杖の様に構え、その先からチョロッと火を灯す善子。ちゃんと弁えているのか、人のいないところに向けているのがいかにも彼女らしい。

 

「ヤバい…カッコいい!」

 

「ご満悦ずら」

 

「あんただって、旅館のご飯にご満悦のくせに!」

 

「こら!危ないからやめなさい!」

 

「はい…」

母親のように諭し、梨子は善子からチャッカマンを取り上げる。

(全くもう………でもありがとう)

 

一年生達のやりとりはその場を和ませてくれる。笑いで包まれた温かな雰囲気に梨子は安心感を覚えていた。

カチャリと乾いた音が隣から聞こえるまでは。

 

 

「ごちそうさまでした…」

 

「え!?宙ちゃんもう良いの?」

まだ半分以上残った膳に箸を置く宙を見て曜は驚きの声を上げる。

 

「いえ…もう大丈夫です」

 

「……どうしたの?具合悪いの?」

 

「ごめんなさい。先に寝ますね」

薄く笑うと、彼女は部屋の隅で布団を敷き始めた。

梨子と曜は絶句して顔を見合わせる。

いつも宙と過ごしている2人は、宙の食に対する執着がどれ程のものかを知っている。

十千万では山盛りご飯を5杯は食べる彼女が、学校に重箱サイズお弁当箱を持ち込みものの数分で平らげてしまう彼女が、ご飯粒一つ残さない彼女が、食べ物を残すなんて有り得ない。

 

「……」

 

「千歌ちゃん、曜ちゃん、ちょっと良い?」

梨子は意を決して、目を白黒させている曜と、先ほどからずっと黙っている千歌に声を掛ける。

 

「二人に話さないといけないことがあるの」

もちろん一年生に悟られてはいけないので小声で耳打ちした。

 

 

「やっぱり昼間に何かあったんだよね」

曜の問いに首肯で応じる梨子。

ここにルビィ、善子、花丸はいない。一年生達が浴場に向かったタイミングを見計らい、梨子は千歌・曜の2人を人目のつかない廊下の一画に呼び出したのだ。

 

「爆発事故があったっていうニュース…あれ嘘なの」

 

「え…⁉︎」

 

「ただそういうことにされてる(・・・・・・・・・・・)だけ。これまでも似たようなこと何回かあったでしょ?淡島や沼津に化け物が出た時とか、そのあと壊された街が突然元に戻って…」

 

梨子の言わんとする事を察した曜の表情がみるみる青ざめていく。

 

「1日経ったら"化け物が出た"っていう事実が、私達以外の全員の記憶から消えて無かったことになってたみたいに…それと同じ事が起きたんだよ」

 

「じゃあ、もしかして秋葉原…東京にも」

 

「…うん。化けも「何もないよ」……え?」

 

「何も無かった。梨子ちゃんや宙ちゃんは、事故に巻き込まれそうになって…それで宙ちゃんはショックを受けてる。そうでしょ?だからそれ以上、何も起きてないんだよ」

 

「千歌ちゃん……⁉︎」

「何を…言ってるの……⁉︎」

朗らかに笑い掛ける千歌。彼女から感じる尋常ではない違和感に、曜と梨子の背筋は凍り付く。

 

「千歌ちゃん聞いて。秋葉原でたくさんの人が化け物「嘘だよッ‼︎」…ッ⁉︎⁉︎」

 

「そんなわけない。そんなことあって良いわけないじゃん。…じゃあ何?また怪獣が出たっていうの?東京に?おかしいじゃんそんなの。何で私達がいる場所にいつも現れるの?」

 

「千歌ちゃん…」

 

「ねぇお願い梨子ちゃん。嘘って言って。何も無かったって。私を安心させてよ…ねぇ!」

生気の感じられない瞳でそう詰め寄る千歌。

 

 

 

 

千歌は一度、バクバズンに捕食される一歩手前のところまで追い詰められた。その時感じてしまった恐怖と苦痛、絶望感は大きなトラウマとなり、未だ彼女の奥底深くに沈殿しているのである。

現実から目を背けてしまう程に───

 

 

 

フォルダの中にはまだ、秋葉原のベンチで仲良く身を寄せ合って転寝している宙とルビィの写真が残っていた。

微笑ましいと思っていた。後で2人に見せて、恥ずかしがってもらって、それで…

 

それなのに  この後ーーー

 

「……私は絶対信じないから」

そう呟くと、千歌は写真を削除した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜。

消灯時間はとうに過ぎ、駄弁っていた声も安らかな寝息に変わった頃、部屋の隅で一つ人影がのそりと起き上がった。

 

(三度寝は……流石にできるわけないか)

眠気はとうに消え失せ、辺りが暗くなればなる程意識がはっきりとしてくる。寝巻きの帯をもう一度締め直し、音を立てずに襖を開けて部屋の外へと体を滑り込ませた。

 

 

茹だるような湿気が体に纏わり付き、少し歩くだけで汗が滴となり頬や首元を流れ落ちる。内浦とは比べ物にならない程の暑さだ。

これが世に言うヒートアイランド現象なのか。

 

あても無く外に出ると、石段に腰を下ろして夜の空を見上げる。眩いネオンの輝きに遮られ、さほど星は見えなかった。

はぁ、と宙は一つ大きく息を吐き出す。

 

行くことが決まってから、ずっと楽しみにしていた憧れの東京。

それが、これ以上無い絶望を味わう場所になるなんて思いもしなかった。

 

(これからどうすれば良いの……?)

あれだけ苦痛を受けたの直後だというのに、思いの外心は落ち着いている。いや、落ち着きというよりこれは"諦め"なのかもしれない。

 

今は大切な人達を、温かさを、居場所を求めてAqoursの側にいるが、このままだと間違いなく迷惑を掛けてしまう。実際もう掛けている。迷惑なんて言葉では済まされない。昼間、梨子が発現させた強い光…彼女の中で適能者(デュナミスト)の力が覚醒しようとしている。これ以上、皆んなと、梨子と近くにいれば…

 

再びダークファウストに飲み込まれ、ウルトラマンの力を得た梨子と殺し合うことになる。

もう、ファウストが自分を使い勝手の良い道具としか見ていないのは明白なのだ。

 

 

「そうなる前にいっそ私が」

 

「眠れないの?」

 

「ッ‼︎」

はっと後ろを振り向くと、ぶつかった視線を逸らそうとする自分が憎い。この期に及んでまだ私は逃げようとしているのか。

 

「暑いもんね。私も一緒だよ」

長い赤紫の髪を揺らし、その少女……桜内梨子は宙に向かって微笑んだ。

 

 

ーーー

 

 

「隣、良い?」

静かに首肯すると、梨子は直ぐに宙の隣に座る。

 

「あの」

 

「宙ちゃんに聞きたいことがあるんだ」

宙が何かを言うより前に梨子は話を切り出した。

 

「今日見たと思うんだけど、私の体、最近おかしいんだ。急に不思議な力が沸いてきて……宙ちゃんなら知ってるんじゃないかな?」

 

「………っ」

 

「例えば…私が宙ちゃんと同じように巨人に変身できるようになるとか?」

 

「なッ…!?!?!?」

さも何でもない事のように核心を突かれ、宙は頭が真っ白になる。

 

「やっぱりそうなんだ」

有り得ない。何故これほどまでに落ち着いていられるのか。

「さっきね、夢で見た気がするの。なんて言うか、その…TVで昔やってたあの、」

 

「ウルトラマン、みたいな」

 

「ごめんなさいッ‼︎」

その言葉を聞いた時、無意識に体が動いた。これ以上側にいないためにここから逃げようとした。

 

「待って‼︎」

その手を掴まれる。

 

「離して下さい!もう駄目なんです!やっぱり私はみんなと一緒にいる資格なんてない!私のせいでみんな不幸になります!」

 

「何でそうなるの!?そんな事言わないでって言ったじゃない‼︎」

 

思いの外梨子の力は強く、振り解こうと宙は腕に更に力を込める。

「傷つくのは私1人でーーー」

だが、振り向いた時、一瞬で体中の力が抜けてしまう。

 

「何でそうなるのか…せめて話だけでも聞かせてよ」

梨子の目から涙が溢れていた。

「まだ、まだ何も聞けてないじゃない…」

 

ああ、やっぱり私は最低だ。

初めて、大切な人を泣かせてしまった。

 

 

宙は梨子を落ち着かせると、ぱつりぽつりと話し始めた。

 

この地球で今、何が起きているのか。

人類に仇なす異形の存在、スペースビースト。

梨子が、Aqoursの6人が、その中に適能者の力を宿している事。

自分の中にいるもう1人の存在、ダークファウストが人類の味方ではない事。

そして、彼がウルトラマンという存在を強く憎んでいる事。

 

 

「そっか……。だからファウスト…さんは私に対してあんな事をしたんだね」

鼻を啜りながら梨子は小さく呟く。

 

「謝って許されることではありません。でも……本当にごめんなさい。ファウストが体を支配していたとは言え、私はあなたを…」

 

「宙ちゃんのせいじゃないよ」

 

「……もし梨子さんが本当に力を掌握したら、私はおそらくファウストの力を抑え込むことができません。守るための力を貴方に向けることになってしまいます」

そう。少々複雑になってはいるが、全てはこれに尽きる。

「そうならないために、私はここを離れます。どこか人のいない遠いところに行きます」

 

「でも、梨子さんたちは今までと変わらず皆さんと生活してください。スクールアイドル…続けて下さい」

梨子がしたように、宙は微笑む。

 

「スペースビーストは私が全て倒します。もうこれ以上、誰も傷つけさせない」

 

「ごめん。出来ないよそんな事」

 

「…どうしてですか⁉︎」

 

「だって方法はもう一つあるから」

 

「え…⁉︎」

 

「私がもし、ウルトラマン…?になって、ファウストさんが私を殺しにきたら、戦って勝てば良い。それで仲直りして、2人で一緒に敵と戦う。だから、宙ちゃんはこれからもずっと私達と一緒」

もうめちゃくちゃな返答に宙は目を剥く。

 

「駄目です!そんなの…私が梨子さんと戦うなんて、出来るわけありません…危険過ぎます!」

 

「私は勝てると思うよ?ファウストさんはともかく、宙ちゃんになら」

 

「うぇ…??」

 

「だって宙ちゃんの弱点、知ってるだもん」

 

「どういう、ことですか…⁉︎」

 

「えいっ」

梨子は悪戯っぽく笑みを浮かべると、腰を低く落として宙に向かって手を伸ばした、

 

「ちょっ!?…なっ…あははははははははは‼︎」

あっという間の出来事だった。梨子は余裕そうに腰に手を当て、宙は力無く膝を突く。

 

「前に、千歌ちゃんに聞いたんだ。しいたけちゃんにも同じことされたんでしょ?」

 

「そんな…」

 

「これで勝てる」

肩で息をしながら、宙はドヤ顔している梨子を見上げる。2人は顔を見合わせーーー

 

「「ぷっ」」

同時に吹き出した。

「何ですかそれ。めちゃくちゃですよ、もう…」

 

「急に1人になるなんて言い出す方がめちゃくちゃなんです」

 

「それに、宙ちゃんは少し勘違いしてると思うなあ」

 

「…え?」

 

「ファウストさんは私を危険な目に遭わせたって言ってたけど、逆だよ」

へたり込んでいる宙に手を伸ばす梨子。

 

「あの時、ファウストさんが戦ってくれたから私も、ルビィちゃんも生きてる。結果的に助かったんだよ」

 

「私はファウストさんそんなに悪い人じゃないと思う。まぁ物は考えようなのかもしれないけど、私が言いたいのは…」

そういうと梨子は太陽のような笑顔を見せる。

「簡単に諦めちゃダメってこと」

 

「梨子さん……」

暗く沈んだ心に、一つ、また一つと光が灯っていく。

(もう一度、足掻いてみよう。一緒に生きるために)

 

伸ばされた手をしっかりと掴む。そしてその手を引き寄せ、宙は梨子を精一杯抱きしめた。

(あっ……)

 

その場の雰囲気のままやってしまったが、さすがにやり過ぎたか…

そう思ったが、梨子も同じように強く……宙よりもっと強い力で抱きしめ返した。

 

……温かい。

 

あなたの様な人が居てくれるから、私は戦える。

これからも……そうなのかもしれない。

 

 




ひたすら梨子ちゃんと謎の姉妹にイケメソムーブしてもらうお話でした
本当に進みが遅くてすみません!
千歌ちゃんに対しては弁解の余地が無く、申し訳ない気持ちでいっぱいです… ただ、心身共に大きく成長する機会が必ず訪れると思います(サンシャイン原作の展開とはまた別に)

そして、勘の良い方は気がつかれたかもしれませんが、冒頭のシーンは山形りんごをたべるんごさんの作品「RAINBOW X STORY」一部引用させて頂いています↓
https://syosetu.org/novel/224442/

簡単に説明すると、宙の自己嫌悪やダークファウストに対する不信が、別の世界線で邪智暴虐の限りを尽くすダークファウストの記憶とリンクしてしまった……といったような感じです。

作者様に問い合わせてみたところ、快く了承して下さりました。失礼にあたるのかもしれないのに、本当にありがとうございます。
そして、カタルシス溢れる回に変な解釈を入れてしまい大変申し訳ありません!

最後になりますが、RAINBOW X STORYを是非読んでみて下さい。
ウルトラ好きには堪らない、本当に面白い作品なので‼︎


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32.悪魔的  ーー FINDISH ーー

シン・ウルトラマン……見ましたか?
僕は演出で泣きました。外星人の名刺も貰いました。
初めて同じ作品で2回以上劇場に足を運びました。本当に最高の作品でした。
見ておられない方は是非足をお運び下さい。
虹が咲も本当に面白かったです!スーパースターも楽しみですね。

今回の話非常に長いです。


 

◇◇◇これまでのあらすじ◇◇◇

 

 

「司令部直属実働部隊・レッドトルーパー…現着。この場の指揮権は我々が掌握した」

 

「各隊に告ぐ。行動開始。逃亡したミカエルを拘束せよ」

 

 

有働貴文–––––ラファエルの策略に嵌り、心身共に深刻な傷を負う(こすも)の前に"レッドトルーパー"と名乗る部隊が突如現れた。

彼らはウルティノイドの力を制御出来ず、暴走した宙をラファエル共々「処分」する為にその身柄を拘束しようとする。

 

 

–––––退いて‼︎宙ちゃんに手を出さないで‼︎

 

 

しかし、謎の力を発現させた梨子や聖良、理亜と名乗る姉妹の機転によりレッドトルーパーの追跡から逃れる事に成功。

そして梨子は、自らがウルトラマンの力を使役する存在"デュナミスト"に覚醒しようとしている事を知る。

 

「これなら私、宙ちゃんの力になれるのかも」

 

自らの体の変化に戸惑うどころか宙ばかり傷付けてしまう現状を変えられると喜ぶ梨子。戦いに巻き込むことは流石に出来ないと宙は難を示すが、反面、その献身的過ぎる優しさに胸を打たれる。

 

 

 あなたの様な人が居てくれるから、私は戦える。

 

 

決意を新たにする宙と、その意志に寄り添う梨子。

 

 

そして

 

 

……私は絶対信じないから 痛みも 苦しみも 怪獣(ビースト)

 

 

 

 

過去の恐怖に縛られている千歌。

今起きている現実に戸惑う曜。

まだ何も知らない者達

 

 

様々な想いが交錯し、辿り着く終着点に齎されるものは希望か、絶望か–––––

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

ーー TLT・中央コントロールルーム ーー

 

 

 

薄暗い空間に集う者達の影が、中央に立たせた女性に向かい妖しく揺らめく。

 

 

 ーーー ーザッー ーーー

 

「おい、その中身を見せろ」

 

「⁉︎……あ、あの!私達、急いでるんですけど…早く退いてくれませんか?」

 

「直ぐに終わる」

 

「姉様……!」

 

『隊長‼︎索敵機から報告です!ミカエルと思われる影をポイントQで捕捉!』

 

 ーーー ーザッー ーーー

 

「此処です」

不意に現場の映像と音声を記録した端末に手が掛かり、止められる。

 

「我々はこの報を受け現場に急行しましたがこれは捏造された誤報でした。データを解析し判明したのは、この情報を我々に流し追跡を撹乱させたのが––––––––」

差し向けられた指は壇下の女性へと向けられた。

 

「この女だという事です」

 

 

 

 

「仮にも対異星獣研究機関の管理を任されている者が……どういうつもりかな?七瀬主任?」

 

 

壇上から向けられた幾つもの敵意ある視線を超然と受け止め、その女性–––––七瀬瑞緒は静かに眼前に立つ男達を見据えた。

「どういうつもりか……それはこちらの台詞です」

 

「レッドトルーパー…と言いましたね?TLTにこの様な組織が在中していた事など一切聞いたことがありません。貴方達は何故今まで私やナイトレイダーにこの存在を秘匿していたのですか」

 

「まずは我々の質問に答えて貰おうか、七瀬主任。話はそれからだ…何故彼ら(レッドトルーパー)の任務を妨害した?」

 

「早く答えよ。君のした事は重大な命令違反––––––––」

 

「貴方達が"ミカエル"…宙さんやその友人に手を出そうとしたからです」

 

裁定が下される前に瑞緒は言葉を被せる。その声は落ち着いているものの、明確な敵意と怒りが込められていた。

 

「私達は宙さんを1人の人間として敬意と親しみを込め接してきました。良好な関係を築き始めていました。それを貴方達は全て無駄にした」

手に握られたままのペンがパキリと折れた。

 

「あろう事か拉致未遂だなんて……! 自分達が何をしたか理解できますか?」

 

「暴走した人工生命体に情で訴えかけろとでも?馬鹿馬鹿しい」

「君は今のミカエルにまだ利用価値があると思っているのか?」

鋭い視線を向けられたレッドトルーパー達は冷笑する。

 

「七瀬主任。今はもう感情論でどうこう出来る状況ではない。先日の戦闘記録からミカエルがウルティノイドファウストを制御出来ず、暴走状態にあることが裏付けられた。そして今も君達と連絡を絶っている。この危険因子をこれ以上生かしておく事は出来ない」

 

「所詮、ウルティノイドは我々には過ぎた物だったのだ。今、我々は敵と渡り合える戦力を拡充しつつある。我々人間は自らの手で進歩し、未来を切り拓かねばならない」

最高司令の男は側に控えるレッドトルーパーの肩に手を乗せる。

 

「私自ら作ったレッドトルーパーこそ、その一翼を担う者達だ。君たちに黙っていたのは、早々に敵に手の内を晒したくなかったからだ。分かってくれ」

「彼らは皆精鋭中の精鋭だ。ナイトレイダーに代わる主力となることは間違いない。今後は、レッドトルーパーを中核として残敵を掃討していく」

 

今まで奮進してきた者はもうお払い箱という事か。この男は一切何も分かっていない。

 

「ふふっ」

瑞緒は怒りと失意で顔を伏せ––––––不意に笑みを溢した。

 

「…何が可笑しい?」

 

「ラファエルの離反を見てまだ宙さんの事を使い捨ての効く兵器だと思っているのですか? その短絡的な思考こそが事態をより悪化させている事を自覚しなければ取り返しのつかない事になりますよ」

「自らの手で進歩……? 私から言わせれば、過去の思考にいつまで囚われている貴方達は進歩どころか停滞…寧ろ退化しているように見えますが」

 

カチャリと金属音が響き、無数の銃口が向けられた。

 

「貴様……‼︎反逆者の分際で……‼︎」

 

「よさないか」

最高司令の男に止められているので撃たれる事は無かったが、これでは理性的な判断が取れるかも怪しく思える。

 

(いや、今こんな事してる私も似たようなものか)

 

「七瀬君…君は規律違反を犯した。しかし、これまでTLTに尽力してくれた優秀な君を私は非常に信頼していた。これからもそうでありたい」

瑞緒の両手に手錠が掛けられ、両腕をレッドトルーパー達が抱え込む。

 

「君には自らを省みる時間が必要だ」

 

「なっ…⁉︎待って!まだ話は終わっていません!ラファエルは⁉︎貴方達の管理下にあるんでしょう⁉︎早く殺して!あの子をこれ以上苦しませないで‼︎」

 

「君が自由になるその時、我々はお互いに分かり合える関係である事を祈っているよ」

「いやっ‼︎離して‼︎」

瑞緒は引き摺られる様に連行され、コントロールルームからその姿は一瞬で掻き消えた。

 

 

 

 

「司令、我々は引き続き捕獲作戦に着手します。宜しいですね?」

 

「ああ。ナイトレイダー達はこのまま軟禁し、監視を継続しろ。それから–––––」

最高司令の男は画面を凝視し、口角を歪に歪めた。

そこに映るのは、"力"を発現させレッドトルーパー達を吹き飛ばす梨子の姿。男は画像を拡大させ、梨子の顔が大きく表示される。

 

「捕獲対象をもう一つ追加する」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

眩い照明に照らされ、数多の視線が自分達に向けられる。見知らぬ人達の前で自分を見せ、笑顔を振り撒くのはやはり緊張するが、ファーストライブの時に比べるとかなりマシになったと思う。

梨子は……Aqoursは今、東京スクールアイドルワールド会場のステージに立っていた。

 

自らのパートを歌い終えると、曜が優雅なステップを踏みながら梨子に追従。控室で酷く尻込みしていたルビィも今は問題なさそうだった。皆統制の取れた素晴らしい歌とダンスを披露しており、練習の時よりもその完成度は上がっているように思える。

 

ただ一人を除いて。

 

(千歌ちゃん…⁉)

 

本当に近くで見なければ分からないし、自分の気のせいなのかもしれない。観客から見ても分からないだろう。

それでも、貧血なのか千歌の足取りはややおぼつかないように見える。

 

 

◇◇◇

 

「ねぇお願い梨子ちゃん。嘘って言って。何も無かったって。私を安心させてよ…ねぇ!」

 

◇◇◇

 

(私があんな事言ったから…昨日眠れなかったんだ)

ライブが始まるまでいつもと全く変わらない様子だったが、やはり心のどこかでずっと引き摺っている事は明らかだった。今の千歌は非常に不安定な状態なのかもしれない。

(こんな状態じゃーーー)

 

 

「千歌ちゃん!」

Aqoursのパフォーマンスが終わった後すぐに、舞台袖へと引き上げていく千歌を曜が呼び止める。

 

「大丈夫…?どこか具合悪くない?」

 

「え?どうして?どこも悪くないし、元気だよ!」

 

「えっと…今日、何だか無理して踊ってた気がして…」

 

「そうだったの⁉︎」

「マルたち、全然分からなかった…」

善子や花丸…一年生組は特に何も感じていなかったようだ。ルビィも首を横に振っている。

 

千歌は慌てた様子で手を合わせ、頭を下げる。

「曜ちゃんごめん!私、自覚無かったんだけど…もしかして今日、全然駄目だった?」

 

「え…⁉︎ いやいや、全然そんな事ない!ごめん、私の勘違いだったみたい…」

面食らったらように言葉を詰まらせた後、曜は苦笑して頭を掻いた。

心配症なんだから、とか、緊張しすぎ、とか、そんな言葉を交わし合いいつもの砕けた雰囲気に戻った。千歌も皆と一緒に笑っている。

 

「……っ」

梨子が何かを言い出しかねているその時、後ろから足音と共に人の気配。次のグループが到着したようだ。

Aqours一同はそちらへと振り向き–––––あっ と、小さく声を上げる。

 

髪をサイドテールに結った少女と少し吊り目の小柄な少女。昨日神田明神で出会ったその人達が今、黒とワインレッドのシックな雰囲気の衣装に身を包んでいる。

 

「貴方達は……!」

(宙ちゃんと逃げてる時に助けてくれた–––––)

 

「え?…誰?」

 

神田明神に同行していなかった梨子も驚いている様子を見て千歌は目を丸くする。

千歌達とも梨子達とも一時離れていたせいで面識のないルビィは戸惑っている。

 

「え、梨子ちゃんともお知り合いなの? …ってそうじゃなくて!」

 

「宜しくお願いしますね」

サイドテールの少女が柔らかな笑みを浮かべて会釈する。

 

「スクールアイドル、だったんですか?」

 

「ん…?ああ、まだ言ってませんでしたっけ?私は、鹿角聖良(かづのせいら)

千歌の横を通り過ぎながら、聖良は自信に満ちた笑みを向ける。

 

理亜(りあ)

妹の名を呼ぶと、理亜はプレッシャーを掛ける様な視線を千歌に向けながら聖良に追従する。2人とも、堂々とした足取りだった。

 

「え? あ、あの」

 

「見ていてください。私達–––––Saint Snow(セイントスノー)のステージを」

聖良は背中越しにそう伝えた後、理亜と共に光り輝くステージに身を走らせた。

 

 

–––––"SELF_CONTROL!!"

 

 

 

ロック調の音楽に、会場を制圧せんばかりの美しく威厳のある歌声。勇壮でキレのあるダンス。たった2人で創り出せている事が信じられない程の迫力だった。

Aqoursは皆、圧倒されて声を発せずにいる。

 

(私たちとはまるで違う…歌も、ダンスも)

見ていて、聞いていて、梨子はそう思わずにいられなかった。

 

 

ーーー

 

 

大会後。

Aqoursは衣装を着替えて会場を出る。その足取りは皆、非常に重々しい。そんな彼女達の少し離れた場所に、千歌達を待っている少女の姿があった。

周囲を警戒する様に見回していたが、直ぐに千歌達の姿を捉えると、少女ーーー宙はほっとした様子でこちらに駆けてくる。

 

「お疲れ様でした」

 

「うん。待っててくれてありがとう」

思っていた以上に時間が伸び帰りの電車の時間が差し迫っている。大会が終わった後に東京巡りをしようかと千歌達は話していたが、これでは少し難しそうだ。それに、昨日から宙の体調も優れていないように見える。

 

「ねえ…宙ちゃんから見て今日の…どうだった?」

 

「そうですね…全体的にクールというか、ヒロイックというか…そんな曲調の歌が多かったように感じますが、そんな中でも皆さんの歌は温かくて、優しくて…Aqoursや内浦の良さが詰まったパフォーマンスだったと思います。私は1番好きです。1番良かったと思います」

完全に身内贔屓な感想に皆苦笑する。それもそのはず、入賞した上位8組のグループの中にAqoursの名前は無かった。圧倒的な差を見せつけられたSaint Snowさえも入賞出来なかったのだ。皆途轍も無い壁を感じているが、宙は前向きに考えているようだ。

 

「うん…私達、全力で頑張ったんだよ。私ね、今日のライブ、今まで歌ってきた中で、出来は一番良かったって思った。声も出てたし、ミスも多分一番少なかったし」

千歌も皆を励ますように、自分に言い聞かせるようにそう零す。

 

(けど、ラブライブの決勝に出ようと思ったら、今日出ていた人達ぐらい、上手く出来ないといけないって事でしょ……?)

皆そう思わずにはいられないが、言葉を飲み込む。リーダーである千歌が1番それを知っている筈だとーーーそれを分かっているからだ。

1番張り切って、絶対に東京で良い結果を残すと意気込んでいた千歌に、今掛けるべき言葉が見つからなかった。

 

 

気まずい雰囲気になろうとしていた時、善子がふと首を傾げる。

 

「ん…?そういえば、私達の順位っていつ分かるの?」

皆その言葉に顔を見合わせる。順位がわかったのは8位まで…それ以降のグループの順位は知らされていない。この大会を精一杯やり切る事に夢中で、誰もその事を思考の範疇に入れていなかった。

 

そのタイミングで不意に千歌の携帯から着信音が鳴り響く。

 

「高海です。え? …はい、まだ近くにいますけど」

 

 

ーーー

 

 

「ごめんなさいね、呼び戻しちゃって。これ、渡し忘れていたからって思って」

千歌に電話を掛けたのは司会進行をしていた妙にテンションの高い女の人だった。控室に戻ってきた千歌達に差し出されたのは水色の封筒。

 

「今回、会場にいるお客さんの投票で入賞とか順位決めたでしょ?これはその集計結果」

 

「わざわざありがとうございます」

千歌が丁寧にそれを受け取ると、その人は困ったような表情を見せる。

 

「正直、どうしようかな(・・・・・・・)〜ってちょっと迷ったんだけど、出場して貰ったグループにはちゃんと渡すようにしてるから」

女の人と別れた後、Aqoursに残されたのはその封筒のみ。これを見れば自分達に入れられた得票数と順位を知ることができる。今回の大会は、審査員だけで無く会場にいる観客全員の投票数で順位が決められていた。

 

(私も投票したかった…)

流石にそのスクールアイドルグループの学校関係者やマネージャーは投票する事は出来ない。宙のように脊髄反射で自らが応援しているグループに投票され、不平等な結果になるのを防止するために。

 

「……見る?」

「うん」

封を切り、中から集計表を取り出すと皆固唾を飲んでそれを覗き込む。

 

 

「Aqoursはどこずら?」

 

「えっと……あ、Saint Snowだ」

 

「9位か…もう少しで入賞だったのね」

 

「Aqoursは⁉︎」

9位から指をどんどん下に走らせていく。

…あった。1番下に。

 

「30位…」

 

「得票数は……?」

梨子にそう声をかけられ、得票数が記された場所に指をおいて隠している事に気付く千歌。慌てて指をどかす。

 

 

 

 0。

 

 

 

その文字が視界にはっきりと飛び込んで来た。

 

「そんな…」

「私達に入れた人1人も居なかったの……?」

 

 

隣では宙が顔面を蒼白にさせている。

 

「ごめんなさいッ‼︎私、勝手に1人で舞い上がって皆さんに適当なことをベラベラと……‼︎」

フォローにもならない言葉に皆言葉を詰まらせていると、同じように控室に入ってきたSaint Snowとばったり出会した。

 

「……あ」

 

「……お疲れ様でした」

 

「あの!」

 

「やめておきませんか?」

聖良は、声を掛けようとした千歌を静止する。

 

「お互い結果は振るわなかったと思いますし、今の状態で話しても私、きっとあなた達を傷付けてしまうだけだと思います」

少なくとも、初めて会った時とは違いAqoursの歌やダンスを好意的に捉えていない事は明らかだった。

 

そこまで言って、思い出した様に聖良は梨子や宙を見やり気まずそうに目を伏せる。聖良が踵を返して去っていくと、理亜は千歌達の方をキッと睨みつけた。

 

「…ラブライブは遊びじゃない」

馬鹿にしないで、とそう言っているようだった。その目には涙を溜めている。Aqoursが何かを言うより前に理亜も走り去っていった。

 

 

「……」

「ちょっと!宙ちゃん待って!それは駄目‼︎」

無言で2人の後を追いかけようとする宙を梨子と曜が慌てて引き止める。

しかし宙は首を横に振り、

 

「大丈夫です。乱暴しようなんて思いませんよ。あの2人には昨日少しお世話になって、服を貸してもらっていたので今それを返しに行こうかと…良いでしょうか」

嘘は吐いて無さそうだ。と言うより、自分が今ここにいるのが居た堪れない…そんなニュアンスを感じる。

 

 

「…分からない」

 

「…千歌ちゃん?」

宙が2人の元へ向かった後直ぐに千歌がぽつりと呟いた。

 

「本当だったら悔しくて、悲しくて…そんな気持ちで一杯の筈なのに」

「何も分からない…感じない。ただ、今を平和に生きていたらそれで良いって……私、何言ってるんだろ」

「ねぇ、私どうしたら良いのかなぁ……?」

 

情緒がぐちゃぐちゃになった表情で千歌は頭を抱える。

梨子と曜以外、千歌の言っている事を理解する者は居なかった。

 

千歌は、大好きなものを楽しむ余裕すらも無くなりかけていた––––– その心の奥底にある、恐怖のせいで

 

 

 

 

「服、貸して頂いて本当にありがとうございました。洗濯はきちんとしておきましたから、大丈夫なはずです」

 

「あ…そうでしたね…ありがとうございます」

秋葉原での戦闘で買った服も、着ていた服も全て駄目になり、聖良から借りていた服を返した宙は今、浦の星の制服を着ていた。…これしか無かった。

聖良は宙から畳まれた服を受け取り、申し訳無さそうに頭を下げる。

 

「さっきはごめんなさい。あんな風に当たってしまって…」

 

「気にしないで下さい。きっとAqoursの皆んなも本心ではないと分かっていると思います…それに、Saint Snowのお二人は本当に凄かったです」

上位グループのパフォーマンスの完成度がどれ程のものであるかは素人目に見てもはっきりと分かった。……それでも、Aqoursなら

根拠の無い考えに至っていることに気が付き宙は唇を噛み締める。

 

沈黙する宙を見兼ねた聖良は、やがて遠慮がちに言葉を掛けた。

 

「マネージャーの貴方になら…と思い一つ聞きたい事があるのですが」

 

「……? 何でしょう?」

 

「Aqoursのリーダーと他の方は仲があまり良く無いのでしょうか?」

 

「えっ…?」

 

「いえ、何で言うか、その…彼女だけ他の方と息が合っていないように感じたので」

「ソロでやるならともかく、グループアイドルの歌やダンスはお互いの信頼があって成り立つものです。もしここに問題があるのなら、直ぐに修復すべきだと思います」

 

 

(もしも、千歌さんがスクールアイドルが出来なくなる程の苦しみを抱えるのだとしたら…多分、いや、間違い無くそれはスペースビースト。そしてそれは…)

聖良と理亜と見送った後、宙はただ1人で考えを巡らせる。

 

 

–––––自分のせいだ。

私が皆さんの側にいるせいで、千歌さんも、梨子さんも、曜さんも……世界がどれほど恐ろしいかを知り過ぎてしまった。それが歪み(ひずみ)となって、普通の…高校生として、スクールアイドルとしての日常を生きる事が難しくなってきてしまっている。

それでも、梨子さんの様にその恐怖を乗り越えようとしている人もいる。…私は、この掛け替えの無い大切な人達を最後まで守らなければならない。無責任に出ていく事は出来ない。

何より

 

(一緒にいたい…)

そこでふと、ある事に気が付く。

有働貴文と名乗る男……ビーストハザードを起こしていた張本人だとするのであれば。彼は今、ダークファウストとナイトレイダーによって制圧されている。スペースビーストが今後一切出現しない可能性もあるわけだ。そうなると

 

(もう皆んなを守らなくていい。私は私がここにいる必要性を失って……皆んなと一緒にいる資格が本当にあるのかな……?)

 

 

◇◇◇

 

 

内浦に戻ってきたその日の夜。

梨子は沼津駅近くの河川敷へと足を運ばせていた。

 

その先に佇む人影を見つけると、梨子は早足にその場へ駆けていく。

 

「こんな遅い時間に来てくれてありがとうございます」

 

「いえ、私も貴方達に伝えたい事がありましたから…お気になさらず」

 

「ダイヤさん…」

浦の星女学院の生徒会長…黒澤ダイヤが梨子の前に立っていた。

 

「ルビィから今日、泣きながら帰ってきました。何事かと思い、話を聞かせて貰いましたわ。今日あった大会のことも」

 

「そうですか…」

梨子は目を伏せる。

生徒会長が何故、自分達の活動を引き止めていたのかおおよその検討が付いてしまった。きっと、自分達がこんな挫折を味わってしまう事が分かっていたから––––

 

「先に言っておきますと、貴方達は決して駄目だった訳ではないのです…歌えなかった(・・・・・・)私達よりもずっと」

 

「どういう、事ですか……?」

ダイヤは落ち着き払った様子でそれを語り始める。

その意外な真実に、梨子は大きく目を見開いた。

 

 

 

ーーー

 

 

「…そんな事があったんですね」

 

「本当はAqoursの皆さん全員に話すべきと思っていましたが…貴方だけ先に話してしまいました」

ダイヤは儚げな笑みを梨子に向ける。

 

「ごめんなさい…今は皆んないっぱいいっぱいで、話題に出すのも憚っていたので私だけ…」

 

「貴方はもう大丈夫なんですか?」

 

「ええ…私は、何で言うかその…色々と覚悟が決まりましたから」

 

「……?」

梨子は胸元で拳を硬く握りしめていた。

 

 

 

ーー フォートレスフリーダム・地下 ーー

 

堅牢な防護壁が何重にも張り巡らされたその最深部にラファエルーーー有働貴文は拘束されていた。

レッドトルーパー達によって形容し難い程凄惨な人体実験を受けていた為、体の損傷は更に酷い物になっている。

 

「χニュートリノを含む細胞の量がまだ足りない。左下肢の自己修復が済み次第、適宜補充作業を行う」

 

下賤ナ人間共…今ニ見テイロ

貴様等ニハ間モ無ク、"粛清"ガ下サレル

 

 

雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

 

 

 

ーーー

 

 

「……ッ⁉︎」

突然、宙は不快感と共にベッドから跳ね起きる。

断片的に脳裏に流れ込んでくる情景…近くに奴らが現れたのだ。

 

(何も見えない⁉︎)

真っ暗だった。いつもであれば彼らの視覚を一時的に共有し、場所の検討がつく筈だがドス黒い何かに塗りつぶされた様に全く何も視認する事が出来ないでいる。

 

(やっぱり、まだ終わってないの……⁉︎)

胸騒ぎと共に静かに襖を開け、ふと千歌の部屋が目に入る。

帰ってから一度も話ができていなかった。何処となく避けられている節もあり、今の今まで意気消沈。制服姿のまま眠りこけていたわけだが、今はそれどころでは無い。

 

振り払う様に目を逸らすと、窓際へ身を預けーーー

 

「!」

不意にスカートの裾を軽く引っ張られた。

 

「……キュ」

振り返るとそこにはしいたけの姿。縋るような目をこちらに向けている。初めてだった。いつも穏やかに自分達を見守っていた高海家の忠犬は今、何かを感じ取ったのか。

 

「心配してくれるんですか?」

宙はしいたけの体を優しく撫で、笑いかける。

「大丈夫、直ぐに戻りますから」

 

 

ーーー

 

 

その頃、こちら(・・・)でも事態は急変していた。

 

「こちらAユニット…目標を捕獲した。直ちに回収せよ」

 

「ちょっと…!なんなのですか貴方達は⁉︎桜内さんに何を⁉︎」

謎の武装集団が突然ダイヤと梨子が話しているところに現れ、麻酔弾で梨子を昏倒させた。ダイヤは半ばパニックになりながらも懸命に梨子に手を伸ばす。

 

「邪魔だ」

視界を覆う白い閃光。ダイヤの目から光が消え虚になりその場に膝をつく。

 

「メモレイサーの効きが悪い…故障か?」

その場から離脱していくレッドトルーパーを追う者はいなかった。後に残されたのはその場に座り込むダイヤのみ。

 

 

雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

 

 

そのダイヤを狙う影……暗闇から何者かの"舌"のような何かが伸ばされ、一直線に彼女の元へ–––––

 

「危ないッ‼︎」

咄嗟にダイヤを抱え、宙はそこから飛び退く。振り向きざまにダークエボルバーから光弾を放つが、攻撃が放たれた遮蔽物にはもう何もいなかった。この場から離れた事を確認すると、宙はダイヤに向き直る。

 

「黒澤さん‼︎怪我は無いですか?」

 

「貴方は…え?あれ…?私は今まで何を……?」

刹那、ダイヤは思い出した様に叫ぶ。

 

「桜内さんは⁉︎彼女はどうなったんですか⁉︎一体何が…⁉︎」

落ち着かせる様に肩を掴み、ダイヤを見据える宙。

 

「落ち着いて下さい。梨子さんがどうしたんですか?」

 

「多分、連れ去られたんだと思います…」

 

「なッ…⁉︎」

 

「あの、赤と黒の武装集団に…」

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

三台の大型車両が国道を高速で走り抜ける。辺り一体は封鎖しているのでいくら速度を出そうが問題は無い。……その時までは。

 

「レーダーに感あり。前方十時の方向から多数のχニュートリノ反応を確認。ビーストヒューマンとペドレオンの群体、内一体は大型…ペドレオングロースです」

 

「スペースビースト…やはり貴様等もデュナミストが欲しいか」

「総員戦闘用意‼︎護送車を絶対死守せよ。敵は全てここで叩く……この程度の兵力…問題にもならん」

 

車両が変形し、荷台と思わしき箇所が砲台へと姿を変える。

上空からは飛行音。地上に展開した部隊はペドレオングロースと茂みの奥に潜む敵に銃口を向ける。

 

「掃討せよッ‼︎」

刹那、数多の銃火器から閃光か迸った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「周囲にχニュートリノ反応を認めず。敵の一掃を確認…状況終了しました」

 

「引き続き周囲の警戒を厳となせ。車両の護送を再開する」

 

「了解」

 

レッドトルーパーが戦闘機域から退くと同時にホワイトスイーパーがビーストヒューマンの残骸に対して焼却作業を開始した。

クロムチェスターαは中空で数度旋回し、周囲を哨戒した後すぐさま反転して帰投していった。

眼前には山一つを丸ごと滅却されたことによって生み出された広漠な台地が広がっている。まさに圧倒的威力–––––大型ビーストに対しても有効な攻撃手段になり得ることが実証されたが、レッドトルーパー指揮官は得も言えぬ違和感に表情を雲らせていた。

 

(何故まだこれほどの数のビーストが?ラファエルを拘束した今、元は全て絶たれたはずだが…?)

ビーストヒューマンは人間を素体として造り出された言わば生物兵器。それを量産していたラファエルをとらえて尚出現するということはまだビーストヒューマンを生み出す何者かが野放しにされているということだ。…一体誰が?

 

(もしや我々は何か重大な勘違いを……?)

 

ふと車両に乗り込んだ面々を確認すると、まったく数が足りていないことに気付く。指揮官は閉まりかけていた車両の扉の隙間に顔を突っ込むと外に向かって声を荒げた。

 

「何をやっている‼速く乗り込」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………?」

 

頭を外に出したまま突然沈黙する男……他の隊員達は顔を見合わせる。

 

「隊長?どうしましたか……ッ⁉︎」

 

 ドチャ

 

 

首から上が欠落した骸が鮮血を撒き散らしながら倒れ込み、車内はあっという間に真っ赤に染まる。

 

 

凄惨な光景に衝撃を受ける間も無く凄まじい衝撃が車体を襲い、二、三度大きく横転。残った者達は潰れた扉を小銃で無理矢理こじ開け、命からがら外へと身を投げ出した。

 

そして

 

「–––––雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

 

「ァ」

 

眼前に佇むそれ(・・)を認めた瞬間、彼らは肉塊へと姿を変えた

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

「梨子さん‼」

 

 

 

木々の間を宙は縫うように潜り抜け、飛び越え、高速で走り抜ける。

袖が枝に引っ掛かり、嫌な音を立てる。

以前と違って身に付けているのは浦女の制服。酷く汚れ、所々破れかけていた。

……構うことは無い。この際素っ裸になったって走り続けてやる。

 

(どうか無事でいて…すぐに追いつきますから!)

 

 

千歌の家に居候する以前はひたすらビーストを狩り続けていた宙にとって内浦の周辺の山々は庭も同然。車相手なら、最短ルートで行けば必ず追いつく。追いついてみせる。

 

(……あれだッ‼︎)

 

遥か前方に大破、横転している数台の車両を捉えると、宙は目の前に立ち塞がった崖から大きく跳躍。一息に目標地点まで到達し、地面を転がって素早く受け身をとった。

 

「梨子–––––!?」

 

 

言葉を失う。

 

(あれは…)

 

 

 

 

 

 

「クロムチェスターの援護はまだ–––––

 

「一箇所に固まるな!散開して各個撃–––––

 

 

「–––––雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

 

 

 

 

「ギャアァァァァァァ‼︎」

 

 

 

5メートル程の体躯をしたそれ(・・)は、両腕の長大な爪でレッドトルーパー達を切り刻んでいる。

 

……嫌な予感はしていた。だとしても

(あれは…駄目だ)

 

これまで戦ったビーストとは比較にならない狂気に気圧される。それに–––––

 

 

◇◇◇

 

『力を使えば使うほどその身は"死の楔"に蝕まれる。肉体が死滅するまで後3回…いや、その苦しみ様だと後2回程度かな?』

 

◇◇◇

 

(私はもう…変身できる身体じゃない)

 

 

「–––––雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

 

剛腕が、一つ華奢な体を跳ね飛ばした。

 

「うぐッ‼︎」

 

赤紫の長髪が乱れ、地面を転がる。

 

「–––––雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶

 

片手を抑え蹲る少女に近付いていく異形

途端、かっと頭に血が上り全身を蝕んでいた恐怖が怒りに変換される。

 

【どうした?戦わないのか?】

 

悪魔が囁いた

 

 

 

【死ぬぞ】

 

 

 

◇◇◇

 

(こすも)  ーーーーごめんね」

 

「お母さぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

絶望の中で泣き叫ぶ声が木霊している

いつまでも

 

◇◇◇

 

 

 

いつまでも それは頭からこびり付いて離れない

あまりにも断片的で、いつ見た光景かも覚えていない

 

それでも、大切な人がまた奪われるくらいなら–––––

せめて、この身が腐り果てる前に

 

「…助けて」

 

 お前らを皆殺しにしてやる

「うあ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

 

ダークエボルバーを地面に向かって振り下ろし、駆け出した体は禍々しい閃光と共に魔人の肉体を生成。即座に身を翻してソバットキックを放つ。

 

梨子を睥睨していたビーストも呼応する様にそこから飛び退き、一気に体躯を50mサイズに再変換・巨大化した。

ダークファウストの蹴撃を難なく躱したそれはーー

 

 

 

ーーフィンデッシュタイプビースト

           ・ノスフェルーー

 

 

「–––––雜̶ウ̶縺̶具̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶ゅ̶遐̶エ̶螢̶翫̶!!」

 

 

 

咆哮。

凄じい怖気が(ファウスト)を襲う。

 

(怯むな 前だけ見てろ)

 

幽鬼のように体を揺らしながら近づいてくるノスフェル。(ファウスト)は雑念を振り払い、地を勢いよく蹴りつけて猛進。

両者が激突した瞬間、強烈な衝撃波が幾重にも繰り出され周囲を大きく揺らした。

 

「宙ちゃん‼」

戸惑いながらも、梨子はその禍々しい巨体に友人の姿を重ね合わせ懸命に叫ぶ。

 

ダークファウストが一瞬こちらを振り返り、確かに首を縦に振ったのが見えた。

 

(早く安全な場所に‼)

 

「…っ‼︎」

梨子は咄嗟に自分の胸に手を当て、意識を集中させる。

だが、何故か以前の力は発現しなかった。

 

(梨子さん‼走って‼︎)

組み相撲の要領でノスフェルを抑えながら宙は叫ぶ。

「………ごめん…!!」

 

梨子は唇を噛み締めると、血の滲む左腕を抑えながら身を翻して駆け出した。

 

(貴方達も、早く‼︎)

立て続けにレッドトルーパーにも退避するように合図を送るが、彼らは一定の距離を保ったまま動こうとしない。

 

(馬鹿!死にたいの⁉︎)

 

周囲に注意を向けてしまった事もあってか、拘束を難無く振り解いたノスフェルの蹴り上げが下方から迫る。(ファウスト)は密着状態から緊急回避のバク転で素早く距離を取った。–––––が

 

「グッ⁉︎ ガァァァァァァ⁉︎⁉︎」

両手を空に掲げ、ダークフィールドを展開しようとした瞬間、右足から全身にかけて一瞬、赤黒い蔦のような何かが迸った。宙は、この時初めて有働貴文(ラファエル)が言っていた『死の楔』の脅威を知る事になる。

 

「ァァァァァァ⁉︎⁉︎」

(足が、頭が、全身が 痛い 痛い イダイ イ゛ダ イ゛)

視界には紅みがかった靄が幾つも浮かび、酷い耳鳴りが鼓膜を貫く。右足を中核として全身を駆け巡る激痛に一瞬意識が遠退く。

突然仰向けに倒れ、痙攣を繰り返す(ファウスト)をノスフェルの豪脚が容赦無く踏み抜いた。

 

「ア゛…ガハッ」

何度も踏み付けを繰り返す内に(ファウスト)の抵抗力が弱くなっていった。最早敵が脅威かどうかでは無く、自らが到底継戦できる状態に無いという絶望感が宙を蝕んでいく。

意識が完全に無くなりかけたその時、ゾワリと全身・全細胞が逆立ち、受けてはならない一撃が来ると警告。辛うじて横に転がったその瞬間、先程自分がいた場所を巨大な爪が貫き大きく陥没した。

 

(ここで倒れたら–––––)

 

ルビィ、花丸、善子、曜、梨子、瑞緒、受け入れてくれた家族……それぞれの顔が浮かんでは消え、

そしてーーー ……千歌。

 

(皆んなが…皆んナがァァァァァァ‼︎)

「ウオアァァァァァァッ‼︎」

 

脳内麻薬で激痛を少しでも和らげるために、(ファウスト)は咆哮。

右足を庇いながら、四肢を駆使しての獣の如き突進で距離を詰め、顔面を狙って右ストレートを放った。首を傾けて避けられてしまうが、即座に踏み出した左足を軸に右の上段回し蹴りを繰り出す。これも体を伏せる様な動きで難無く躱されてしまう。尋常では無いスピードと反応速度–––––だが、こういう土壇場で自分の頭は意外と回る方らしい。

 

「–––––セ̶縺̶ゅ̶遐̶エ̶翫̶?」

 

ノスフェルの輪郭が振れ、その巨体が地を転がる。一瞬の出来事だった。

 

(入った……!)

 

スピニングバックフィスト–––––通称裏拳打ち(バックハンドブロー)

右の上段回し蹴りを潜るように回避したノスフェルは、ほんの一瞬(ファウスト)が振り抜いた右足に注意を向けた。回し蹴りの動作を終え、ダークファウストがノスフェルに背を向ける形になったその時、(ファウスト)は左の拳に力を込め蹴りの勢いのままもう一度左方向に回転。視線を絞られたノスフェルはその動きに一切気付く事無く、視界外から繰り出された左の裏拳がその顎を正確に捉えたのだ。

 

今まで幾度と無く戦闘を経験してきたとは言え、宙は明確に格闘術を身に付けているわけでは無い。言ってしまえば小細工だった。

だが、その小細工で宙は大きな(チャンス)を作った。何も型に嵌った動きが全てでは無いのだーーー

 

(ファウスト)は残り少ないエネルギーを突き出した両腕に込める。至近距離で射出するダークレイ・ジャビロームで勝負を決めに行くつもりだった。

 

そして

 

「–––––謌̶代̶′̶髣̶?̶↓̶縲̶∵̶ヱ̶縺̶

 

ノスフェルの姿が消えた。

 

「–––––!?」

 

反射的に背後を振り返り–––––

 

「ア゛ァァァ!?」

無数の斬撃がダークファウストの体を襲う。"死の楔"の影響で視界が悪くなっているとはいえ、ノスフェルがどう動いたか全く反応できなかった。手を伸ばして応戦しようとすると、その姿が再び消えて斬撃を喰らい、吹き飛ばされる。

 

(何、が……?)

敵が地を踏む音が、正面から途切れ途切れに聞こえたと思えば今度は背後から。そう感じる間も無く足音は左右へと移動する。

 

もう嫌が応でも気付かされる。ノスフェルのスピードにはまだ上があったという事を。

「グオア゛ァァァ!?」

再び深々と刻み込まれる裂傷。速すぎて避ける事も叶わなかった。周囲にはヴェイパーが何層にも現れ輪状に白いガスを残している。

 

敵はただの地上走行で音速を超える事が出来るのか。

 

「–––––ッ‼︎」

このままでは持たない。そう判断し咄嗟に自らの体をドーム状のバリアで覆う。

 

「–––––謌̶代̶′̶髣̶?̶↓̶縲̶∵̶ヱ̶縺̶‼︎」

「–––––謌̶代̶′̶髣̶?̶↓̶縲̶∵̶ヱ̶縺̶‼︎‼︎」

 

前後左右から激しい衝撃。展開したばかりのバリアに亀裂が広がっていく。

 

(あ…ぐッ⁉︎)

 

そして再び全身を襲う激痛と虚脱感。視界も更にぼやけていく。

"敗北" "死"

そのワードが脳裏に色濃く現れ始めるが、

 

(まだ…まだだ‼︎絶対––––– 諦めないッ‼︎ )

 

宙は強靭な精神力をもって再び立ち上がる。

ここから先は賭けだ。急拵えで導き出した策が成功する確率は良く見積もっても半分以下といったところだろう。…それでも、やるしか無い。

 

 

ノスフェルがよろけながら立ち上がる(ファウスト)と相対したその時、空中から放たれた弾幕がノスフェルに着弾。ノスフェルとダークファウストの間を赤と黒のカラーリングをした機体が高速ですり抜ける。

 

(あれは……⁉︎)

クロムチェスターα…レッドトルーパーが搭乗するこの機体は、攻撃を終え帰投する最中に新たな敵発見の報を受け反転・再び戦場に舞い戻ってきたのだ。

 

「スパイダーミサイルはまだ(・・)使うな。奴の注意をウルティノイドから少しでも逸らせ」

 

地上から護衛部隊の1人が指示を飛ばす。少なくとも今は戦闘に協力するつもりらしい。クロムチェスターαの実弾による機銃掃射は効いている様子こそないものの、ノスフェルが時折空中に注意(ヘイト)を向けていることが見て取れた。

 

宙は魔人の鉄仮面の下で笑みを浮かべる。

(行ける…戦えル 大丈夫。私ガ皆ンナ、守ルカラ)

 

折れるな。これが戦うべき最後の敵だと信じ、全て振り絞れ。全身を駆け巡る激痛も、殆ど見えなくなりつつある視界も、精神的狂気にある今の宙にとってはとうに過ぎた苦しみだった。

この苦しみの先に皆の平穏があるのなら–––––

 

(–––––今‼︎)

 

クロムチェスターαが上昇したタイミングに合わせ、(ファウスト)は再度ノスフェルに突撃を図る。

しかし蓄積したダメージで体幹を保てず、更に、攻撃のタイミングを見切られ始めたようでノスフェルに首を掴まれ持ち上げられてしまう。

 

「グッ…」

背中から大地に叩きつけられ、追撃の凶爪が迫る。刺し貫かれたら間違い無く終わり–––––咄嗟に足を絡ませ敵の体勢を崩し、刺突の攻撃をずらしたところで蹴り剥がす。

そのまま光弾を放とうとしたところで再びノスフェルの姿が消失。かなり危ない。悠長に時間をかけている暇はもう無いだろう。

 

(ファウスト)はおもむろに右手を持ち上げると、左目に添え–––––

 

「ッ‼︎」

捻じ込む様にエネルギーを注入し始める。

靄がかった視界が開け辺りの景色が一瞬鮮明に映り込んだ。(ファウスト)はすかさず脳波を送り、その漆黒眼

ーーイビルアイから覗く景色を一段階切り替える。

 

サーモグラフィーのように質量を持った物が色づいて見え、視界の端に紅く揺らめきながら移動する標的を捉えた。

 

(ファウスト)は引き絞る様な動作から腕を一気に開き、三日月型の魔刃–––––ダークスラッシャーを投擲。紫の刃は回転しながらノスフェルの未来位置を見越して飛翔する。

 

 

ノスフェルをすり抜けた光刃は跳弾するが如く地面を数回バウンドし、付近に備えられた送電線を悉く切り裂いて消失した。遅れて(ファウスト)は避けられた事に気付く。

 

ノスフェルは、ダークスラッシャーが迫る瞬間に側方宙返りでそれを飛び越し、先に地面についた右足を深く沈み込ませて再加速したのだ。

底知れない力に打ち拉がれる間も無く膝を折り、ダークファウストの体がぐらりと前方に崩れる。

遂に限界が訪れたのだ。

 

「終わったな」

レッドトルーパーは吐き捨てる様に言葉を零す。

 

ダークファウストはそのままうつ伏せに倒れ–––––

 

 

 

 

 

斬リ裂ケ

 

 

   "ダークレイ・サーキュラー"

 

 

 

「–––––ぬぅ⁉︎」

吹き抜ける凄まじい熱量に、レッドトルーパー達は手でヘルメットに覆われた顔を覆う。

 

(ファウスト)は、地面に体を預ける直前で片膝を立て体勢を立て直していた。そのまま左手を頭上に掲げ、生成した円月型の光輪を一瞬で放射状に展開。岩壁も山も、周囲にある物全てを水平に(・・・)両断した。

 

先程導き出した策は至って単純。高速で移動する相手に打撃や直線的な遠距離攻撃が通らない事を踏まえ、出来る限り射程距離を絞った全方位攻撃。

ただ、相手をギリギリまで引き付ける為のブラフ(・・・)がどうしても必要だった。先程躱されたダークスラッシャーがそれだ。

 

 

すぐ側の背後で確かな手応えを感じ、(ファウスト)は身を翻す。その先には左足と尾を根本から切断されたノスフェルの巨体が宙を舞っていた。跳躍して奇襲攻撃を掛ける瞬間に合わせてタイミング良く斬撃を入れる事が出来たのだ。

 

縺̶帙̶a̶縺̶ヲ̶?̶ー̶?̶ー̶?̶ー̶?̶ー̶?̶ー̶逞̶帙̶∩̶繧̶!!」

 

 

体の一部を失いながらも、ノスフェルは怯む様子も無く凶爪を振り翳してくる。と言うより、戦闘を開始してから敵に攻撃を当ててもそれに対する拒絶的な反応を一切見せていない。まるで受けたダメージを認識する概念が無いかのように見える。

 

眼前に敵の剛腕が迫るが、機動力を喪失した攻撃など当たるはずもなく。

(ファウスト)は、真一文字に振り下ろされた斬撃を少し身を引く事で躱し、ガラ空きになった敵の胴体に渾身のカウンターを叩き込んだ。

 

「ッラァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛‼︎」

 

アッパー気味に突き上げられた拳は漆黒のオーラを纏い、敵の鳩尾と思われる部位に炸裂。 およそ打撃音とは思えない轟音と共にノスフェルを後方へ吹っ飛ばした。

片足を失った事で着地することができない敵は不恰好に地面を何度も転がった後に停止。

再び何も無かったように身を起こす。

 

(ファウスト)は拳を握って起立しようとするが、今度こそ完全にエネルギーが尽きてしまい四つん這いの体勢で荒い呼吸を繰り返している。

 

 

膠着状態が解けるまでの時間は僅かだった。

生気の宿らない双眸でダークファウストを静かに捉えていたノスフェルは、不意に虚空を凝視して佇んだ。その意図を理解する間も無く、低い唸り声を上げたノスフェルは背後に広がる暗闇に溶け込む様に消失。

 

逃すまいと(ファウスト)は懸命に手を伸ばすが、伸ばされた手は粒子となり形を崩壊させていった。ダークファウストはそのまま霧散するように消滅。

 

 

 

 

温かく、強く、美しく… そんな光で皆に希望を、勇気を… そう。正義のミカタになりたかった。そレなノニ何故

 

 

 

私ハー--

 

 

 

 

 

 

 

(暗……イ…)

 

抱いた思いは朽ちていき、やがて深い混迷の時が訪れる。

宙の意識は闇の中へと沈んでいった。

 




ノスフェルとの戦いまでどうしてもやりたかったので文字数が大変な事になりましたね。反省です。

物語はそろそろ第1章のクライマックスです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33.暗転


一年以上間を空けてしまい本当にすみませんでした。

ずっとこの話を出して良いものか悩んでいました。
沢山の方に読んで欲しいのですが、梨子ちゃん推しの方は閲覧を控えた方がいいかもしれません‼︎

時間を空け過ぎたので先ずはあらすじから!



 

◇◇◇

 

最下位。投票数 0。

東京で開催されたスクールアイドルワールドの大会において、Aqoursは残酷な結果を突き付けられた。打ち拉がれる彼女達に対して掛ける言葉も見つからず、(こすも)は罪悪感に苛まれる。

 

自分が皆を戦いに巻き込んでいなければ–––––

もし、戦いが終わり皆を守る必要が

無くなったら–––––

 

(私はここにいて、本当にいいのかな……?)

 

人間がビースト化した敵・ビーストヒューマン。

梨子に宿りかけている光の力。

 

幾つもの混乱の最中、かつて無い脅威が襲来する。

ラフレイアの死の楔に体を蝕まれている影響もあり、宙は梨子に襲い掛かろうとしたノスフェルを取り逃したまま力尽きてしまった。

 

同時刻、TLTの地下に拘束されたラファエルも新たな動きを見せる。

 

ウルティノイドへの変身はもってあと1回。

その終わりは近い。

 

◇◇◇

 

 

ーーフォートレスフリーダムーー

 

 

声を張り上げ過ぎたせいで喉が潰れ、思うように声が出せない。固い壁に背を預け、そのまま崩れるように乱暴に座り込む。

やり場の無い怒りをぶつけるように靴の踵を強く打ち付けると、かつん、と堅牢な室内で乾いた音が虚しく響いた。

 

コマンドルーム・戦闘指揮所・中央コントロールルームから遠く離れ、隔離された棟に拘置所は存在した。

鋼鉄壁に覆われた無機質なその部屋に繋がれた瑞緒は、力無く頭を両膝に埋める。 

 

「ッ……ごめんなさい……」

 

レッドトルーパーと名乗る新鋭特殊戦闘部隊によってナイトレイダーは全員軟禁され、自らも独断でレッドトルーパーに通信妨害を行い宙の逃走に手を貸したために閉じ込められてしまった。

 

彼女と共に戦ってきた者は今、誰も動けない。

 

「どうか、無事で…」

宙の身を案ずる言葉しか吐き出せないこの状況が、どうしようもなく悔しかった。

 

『その様子だと規律違反を省みるつもりはなさそうだな』

天井に備えられたスピーカーから無機質な声が響く。瑞緒の拘束を命じた男の声だった。

 

「ええ。何度だって言います。貴方達のやり方は間違ってる。宙さんも、レッドトルーパーが勝手に管理下に置いているあの子も危険過ぎる!何を起こすか分かりませんよ⁉︎」

 

『君に下された処分を伝える』

取り合うつもりは無いと言わんばかりに男の声は淡々と続く。

 

『これまでの任は全て解き、君にはレッドトルーパーのCICに転属してもらう。もう人工生命体、あの被験体達に関わる必要は無い。記憶処理の施術を受けて貰う』

 

「狂ってる……!」

 

『これらの手続きは10分後に始まる。準備したまえ』

 

「もういい‼︎」

壁に拳を打ち付けると、瑞緒はモニター付近に備えられた監視カメラを睨み据えた。

「そうまでして私達を追い詰めたいなら、私だって手段は選ばない!私が持ち得るTLTの全てのデータを各国の主要機関に流します。当分、ここは機能しなくなりますよ」

 

『愚かな…スペースビーストを野放しにして世界を滅ぼす気か』

 

「どの道、宙さんの力無しにこの世界を救う事は不可能です。直ぐに宙さんの追跡から手を退いて下さい。…あの子も事も」

 

暫しの沈黙の後、モニターから返ってきたのは嘲笑と残酷な報せだった。

 

『先程先遣隊からミカエルを無力化、拘束したと報告が入った』

 

「え…⁉︎」

 

「既に彼女はレッドトルーパーの管理下にある。今の君に脅迫まがいの交渉を突き付ける目的は残っていない』

如何に戦闘に特化した隊とはいえ、レッドトルーパーを構成するのは人間。直接戦闘でウルティノイドに敵うはずがない。となれば、捕まった宙の状態がどれ程深刻かは想像がつく。

 

「そんな…宙さん…」

 

『世話係をやっていたのはせいぜい君くらいだったからな…その権利はある』

強い意志が込められていた瑞緒の瞳に翳りが見えた時、叩き付けるように言い放たれた。

 

『彼女に言い残す言葉はあるか?』

 

 

 

ーーー

 

 

 

「先遣隊の帰還を確認。車両・人員共に出撃時と変化ありません」

 

「よし、ゲートを開け」

 

ミカエル捕獲の報告を受けてからレッドトルーパー先遣隊が戻ってくるまでは短かった。

TLT内部へと続く車両用通路の扉が開かれると、大型トレーラーが雪崩れ込む様に次々と入り込んでくる。

 

「先遣隊、帰投。ミカエル護送中にビーストヒューマンの襲撃を受けるも被害は軽微。死傷者無し」

 

「……ああ」

激しい戦闘跡か、それとも荒い運転をしたのかーーー付近に停められたトレーラーは幾つも破損していた。出迎えた守備隊の歩哨は怪訝な目を向けるが、現状報告した男は気にする様子も無く黙っている。

 

「捕獲したミカエルはここに」

運ばれてきたのは人1人収まるほどの大きさの頑丈なコンテナ。その小窓を開いて中を確認すると、気を失って横たわっている少女の姿があった。一応、目的は果たされているらしい。

 

「よし…先程の戦闘報告を急げ。車両の収容はこちらでやっておく」

 

「その前に補給を」

 

「は?」

 

「補給を。腹が減った」

 

「…ふざけているのか?」

先遣隊の男達は瞬きもせずこちらを凝視し続けている。何かを咀嚼している者もいる。彼らは何も答えない。居心地の悪い静けさがその場を支配する。

 

「とにかく、直ぐに指揮所に向かえ。良いな?」

じわじわと湧き上がってくる強烈な違和感を振り払い、歩哨達はそれ以上彼らに構わず停車させてある車両に向かった。

 

「何なんですか、あいつら…?まるで人が変わったみたいに」

「知らん。余計な事を考えるな…うッ⁉︎」

 

トレーラーに近づいた歩哨達は一斉に口元を抑える。鼻を突いたのは強烈な血の匂い。先遣隊を載せていた車両後部のコンテナからだ。

 

(彼らは死傷者は居ないと言ったはず…一体何が?)

 

コンテナの扉をこじ開けたその瞬間、

 

「!?!?」

「うっ…おえぇぇぇぇ‼︎」

 

一面に広がる血の海とそれに沈む肉塊。ズタズタに引き裂かれた隊服から唯一分かるのは、その骸が人間のものであるということだけだ。

 

「おい!何なんだこれ———」

振り向き様に放った言葉は瞬く閃光と幾つもの銃声に遮られた。間もなく歩哨達はその場に全員倒れ伏す。

近付いてきた男はそれを無造作に蹴って転がし、絶命している事を確認すると大きな溜息を吐いた。

 

 

 

「はぁ……腹が減った

 

 

 

 

 

 

 

 

「"トロイアの木馬"——古代ギリシアにおけるトロイア戦争の逸話です。兵を潜ませた巨大な木馬を敵の城塞に運び込ませ、9年もの間攻略出来なかった城塞を一夜の内に陥落せしめた………言葉くらいは耳にした事があるんじゃ無いでしょうか」

 

「まぁ些か信憑性に欠ける話ですし、敵を内懐に自ら招き入れるなんて馬鹿な話が現実にあるわけ無いと思っていましたが」

 

「貴方達は僕が思っていた以上に馬鹿だったようです」

有働(ラファエル)は生え揃ったばかりの手足の調子を確認するように動かしながら周囲を見渡す。自らの体を弄り回していた連中は見るも無惨な姿となり、床に折り重なって絶命していた。

 

「さて、大将首を取りにいきましょうか。アレ(・・)を使うのはその後です」

 

「楽しみにしてて下さいね、姉さん」

 

 

 

 

ーー

 

 

 

 

 

 

後退する。撃つ。走って再び後退する。

陣形を組んでいた周囲の人員は次々に斃れ、失せていく。

 

「ッ…構え‼︎」

暗闇の向こうから迫る獣のような息遣いに銃口を向け

 

「撃て‼︎」

発破。

 

「撃て、撃てーッ‼︎」

「あと少しで3番ゲートだ!そこで追撃を振り切る!持ち堪えろ‼︎」

レッドトルーパーの生き残り達は無我夢中で味方だった者(・・・・・・)に弾丸を浴びせ続ける。

 

返礼とばかりに今度は向こうから銃弾の雨が降り注いだ。

 

(くっ…ビースト化しただけでも厄介なのに武装持ちなんて…)

 

血を撒き散らすレッドトルーパーに、ビーストヒューマンと化したレッドトルーパーが群がり押し倒す。

絶叫する仲間を尻目に、生き残り達はその数を更に減らして避難経路へと避退する。血で地面が滑り、足を取られた者が暗闇へと引き摺り込まれていく。

 

「うわぁぁぁ!?」

恐怖で本能的に引き金に手を掛けてしまい、敵ばかりか味方までも流れ弾に巻き込まれていく。縺れ合いながら逃げる彼等の眼前に見えるは一際頑丈な装甲で覆われた区画——唯一の希望だった。

 

「3番ゲート、見えました!」

「よし、飛び込ーーー!?」

だが、開閉扉は彼らを待つことなく作動。

 

「おい‼︎まだ俺達が残ってるんだぞ‼︎開けろ‼︎」

誰1人入ることが出来ずに閉じ切ってしまった。

CICにコンタクトを取ろうにも通信機からは何も返答が無い。

 

「開けろ、開けてくれ‼︎うわぁあああ‼︎やあだぁぁぁぁ‼︎開けて‼︎開けてぇぇぇえぇ‼︎」

降ろされたゲートから何度も響く衝撃音と悲鳴、断末魔。

一瞬で真っ赤に染まり、やがて静かになった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「基地の各所からビースト振動波を感知…尚も広がり続けています!」

「守備隊から救援要請!」

「車両格納庫、占拠されました!」

次々に舞い込んでくる凶報に、レッドトルーパーの戦闘指揮所は浮き足立っていた。

「隔壁閉鎖急げ‼︎敵を分断してから体勢を整える」

「まだ退避区域で生存者が戦っていますが…こちら(CIC)が退避誘導をするべきでは?」

「構わん!現場判断に任せろ。敵を更に内部へ侵入させると面倒だ」

 

「切り捨てる判断だけ速いのは相変わらずですね」

 

「!?」

突然床が弾け飛ぶ。穿たれた穴から飛び出した影が軽やかに部屋の中央へ降り立った。

 

「や、お久しぶりです」

軽く手を挙げて挨拶するラファエル。

 

「馬鹿な⁉︎お前はもう瀕死の状態だった筈…何故動ける⁉︎」

レッドトルーパー達はその姿を見て目を剥いた。TLT上層部が集う区画に乗り込まれたのは敵に心臓を曝け出したという事に他ならない。

必死に壇下のラファエル目掛けて銃撃を繰り出した。

 

諢帙♀縺励>謚ア縺榊ッ?○縺溘>

 

が、ラファエルの前に突如として出現した青黒い穴が濃密な弾幕を全て飲み込んでしまった。

と同時にラファエルは奪っていた拳銃でレッドトルーパーを弾き、沈黙させる。

 

「裏切り者が…何なんだその力は?何故平気で命を奪う?」

 

 

「僕を欠陥品だと定めて棄てたのはそちらでしょう?これまでの不始末だって記憶改竄で全て無かった事にして逃げ続けて…それで被害者面ですか?情けなくてこっちまで悲しくなる」

ラファエルは冷え切った目で狼狽する男達を見据える。

「これは、貴方達人間が積み上げてきた欺瞞を打ち砕く真実の力です。そして新しい世界の始まり」

 

「待て、止めろ‼︎」

指を打ち鳴らす乾いた音が響くと同時に、CICの天井が決壊。無数の触手が真上から雪崩れ込んでくる。

 

「永遠に、さようなら。そして———地獄に落ちろ」

 

広く薄暗い空間を覆い尽くす触手の群れは、次々にTLTの参謀やレッドトルーパーを捕らえ、その出所である青黒いゲートへと引き摺り込んでいった。

 

「ぎゃあああああ!?」

「やめ…体…つぶ、れァ」

「がはっ‼︎ごぽッ‼︎」

凄まじい拘束力で体を締め上げられ、苦悶に満ちた叫びが木霊する。

大勢の人間が次々に宙吊りにされていく異様な光景を、触手に取り込まれながら司令の男は呆然と眺める。

 

「やはり、ウルティノイドもお前らも存在してはならなかった…闇に支配される世界など長くは持たん!私は間違っていな」

メキメキと音を立てその体は弓なりに仰け反り、動かなくなった。そのままCICにいたTLT上層部全員が青黒い穴に呑まれ、後に残ったのはただ1人。

 

「最後の言葉にしてはつまらなかったですね」

ラファエルはさして興味も無さそうにその場から立ち去った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「こちらレッドトルーパー守備隊!現在敵の攻撃を受け退避中も、開閉扉が全て閉鎖されており身動きが取れない!死傷者多数!CICからの指示を請う!………CIC!どうぞ‼︎………くそっ…何故誰も応答しない⁉︎」

 

「先遣隊が全員ビースト化していたとして、その兵力は約300…対して我々は残り13人…もう一度交戦すれば間違い無く全滅だ」

 

「加え残弾も僅か…どうしますか⁉︎副隊長‼︎」

戦闘区域に残された彼らは尚、その数を減らしながらも撤退を続けていた。指揮する筈の隊長が最初に撃たれ、仲間も散り散りになり、それでも上層部直々に組まれた特戦隊であるという矜持が、彼らの戦意を繋いでいた。

 

「残った火力で開閉扉を破壊できませんか?」

 

「扉は対ビースト用特殊装甲で出来ている。そう簡単に破壊は出来ないし、仮に上手く破壊できたとしてもその先に同じゲートが何重にも張り巡らされているんだぞ?音を聞きつけた奴らにそこで追い込まれてしまう」

 

「じゃあどうしたら…!?」

もっとも、その戦意も既に風前の灯火と言うべき状態だったが。

 

「もうこいつは棄てていく」

ミカエルを積んだコンテナを音を立てないよう床に降ろされる。決死の思いで運んできたコンテナも、敵の銃撃からの弾除けに使った事でもうボロボロになっていた。

 

「これ以上はもう邪魔にしかならない。ビーストに喰わせておけ」

捨て置いたコンテナから手を離すと、パリッと帯電するような音が鳴った。

 

「…何だ?」

刹那、紫電が迸りコンテナは粉々に弾け飛ぶ。

 

「ッ!?ミカエル再起動!撃て‼︎」

極限状態におかれたレッドトルーパー達は、麻酔弾に切り替える事もせずディバイトランチャーを構える。飛び出した黒い影が空中で身を翻し、レッドトルーパー達と対峙するような形で着地。

 

【コオォォォォ…】

 

「うっ…ッ⁉︎」

華奢な少女が纏う殺気では無かった。拘束マスク越しに放たれる呼吸音とこちらを睨め付ける眼光。レッドトルーパーの残党は全員その場にへたり込んでしまう。

後ろ手に組ませていた枷が弾けるのを皮切りに、宙は全身に取り付けられた拘束具を易々と破壊。拘束具の下からは赤と黒のツートンの体、壊れたマスクの割れ目から鉄仮面が現れる。

 

誰1人動ける者はいなかった。相対して初めて認識させられる底知れぬ恐怖。四肢が言うことを聞かず、カタカタと無意味な震えを繰り返す。

 

ダークファウストは片手を突き出して光球を生成し、動けずにいるレッドトルーパー目掛けて投射。目の前の邪魔な物を排除する。

 

【…!】

 

筈だった。

しかし、光弾が放たれる瞬間に腕が明後日の方向を向いてレッドトルーパーから大きく逸れる。何度撃ってもそれは変わらない。まるで何かが抵抗しているかのようだった。

 

 

【まだ抵抗できるか…死に損ないが】

ファウストは射撃を止めると目の前で震える邪魔な1人を裏拳で叩いて退かし、及び腰で逃げようとしている守備隊の副隊長の男に迫る。

 

「ひぃっ!?」

肘から先を動かしただけの最小限の打撃で、轟音を上げながら壁に叩きつけられた味方を見て男は悲鳴を上げた。その口内に自らの爪先を捩じ込んでファウストはそれを遮る。

 

【あの小僧…ラファエルとか言ったな 奴は何処にいる?】

 

「ん゛ぅぅうッ!?」

 

【力加減は苦手なんだ】

マスク状の無機質な口部の端が吊り上がる。

【喋れる内に答えろ】

 

「ん゛ー‼︎ん゛ぅぅぅぅ!!」

脅迫めいたその言葉に恐れをなして男は涙ながらに何度も頷く。

ウルティノイド及びその変身者の抹殺の為編成された上層部直属の精鋭部隊は、今や見る影も無い程に瓦解していた。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「う……ん……?」

いつの間にか気を失っていたらしく、体を起こそうとしてすぐに周囲の様子がおかしい事に気付いた。

 

「暗…焦げ臭い…何で?」

周囲は暗闇に包まれており、何かが燃えて燻ったような匂いが鼻をつく。手探りで床を探ると、硬い石のような何かに幾つも触れる。

 

「ん〜〜?」

まじまじと目を凝らすと、手元やコンクリート片が散乱している床が朧げながらに見えるようになってきた。どうやら失明した訳ではなさそうだ。

自分を勾留していた部屋は何故か半壊しており、天井に幾つも亀裂が入っている。

 

「…!」

フォートレスフリーダムが襲撃を受けた事を察して声を上げそうになるが咄嗟に踏み止まった。

 

(今なら抜け出せるかも…!)

 

 

「よし…!えいッ‼︎」

拍子抜けするほど扉は簡単に蹴破ることができ、瑞緒は足早に外に飛び出した。

 

瑞緒が隔離されていた区画は棟のほぼ最上階で、屋上に登ればフォートレスフリーダムの全貌を見渡すことができる。何か起きているのか自分の目で確かめる必要があった。

追手がくる気配は無い。瑞緒を閉じ込めていた部屋のすぐ近くに絶命したレッドトルーパーの歩哨が数人倒れていたのみだった。手を合わせた後比較的損傷の少ない遺体から装備一式を借り受け護身用にしているが、どこまで役立つかは分からない。

 

意を決して壊れたリフトに足を掛け、屋上へとよじ登るとまず見えたのは黒煙が立ち上る空。

 

 

「そんな…⁉︎」

視界いっぱいに広がった惨状に息を呑む。

 

「フォートレスフリーダムが…燃えてる」

 

「良い眺めですね」

唐突に背後から掛けられたその言葉に、弾かれたよう振り返る。

 

「塵と肉が焼ける匂いは素晴らしい…そうは思いませんか?」

対スペースビーストの最高傑作。遠い星の者達が残した希望。

そして、こちらの一方的なエゴでそれらを全て断たれた少年。

 

変わり果てた姿がそこにはあった。

 

 

「エルくん…」

瑞緒は両手で顔を覆いながら悲しげにそう呟く。

 

「ああ、思い出した。懐かしいですね、その呼び名」

今のラファエルは体の殆どが獣化したような外見で、その表情すら伺う事は難しい。

 

「コードネーム・ラファエル…だから"エル"。安直すぎでしょ。まぁ、単純で軽薄なところは人間皆同じですが」

 

「私達が貴方にした事が許されるわけがない。でも無関係な人達まで巻き込むのはやめて」

 

「僕は人間が嫌いです。あんな腐り切った奴らが上位概念としてのさばるこの世界が心底嫌いです。その人間を駆除するスペースビーストと共に、人間を殺す…それが僕の使命です」

 

「人間全てがこんなわけじゃない…確かに嫌な奴とか、目を背けたくなる事だってあるけど、貴方に寄り添う人だっていた!私だって…!」

凶刃を向けられて尚、瑞緒は怯まずに言葉を掛ける。

 

「知ってますよ。貴方が名前を付けて呼んで話してくれたのも悪い気はしなかった。だからこそ、嫌な奴の下で身を削るのが哀れでしょうがない。そういうのを人間って役割から解放してあげないといけないんです…かつて"ザ・ワン"がやったように」

 

「何を言ってるの…?」

困惑する瑞緒を他所に、話は終わりだと言わんばかりにラファエルはじりじりと瑞緒に近づいてくる。

咄嗟に腰のホルスターに手を伸ばす瑞緒を見て、ラファエルは落胆するように目を伏せた。

 

「どんなに綺麗事言っても、最後は暴力に頼るしかない…そう言うところがウザいんですよ」

 

「私だって貴方とは戦いたくない。でも止めないと…責任まで捨てるわけにはいかないんです」

 

「戦いたくないのなら早く楽になりましょう」

今のラファエルにまともに取り合う気は無きに等しかった。

 

 

【ここにいたか 死ね】

 

「おっと!」

直上から迫る殺気を察してラファエルは素早く飛び退いた。

対峙する2人の間に割って入るような形で黒い影が落下。土煙の奥でそれは静かに起立する。

その姿を見てラファエルは顔面を喜色に染め、瑞緒の顔は強張る。

 

「宙さんじゃない‼︎今の貴方は…!」

砂塵を吹き飛ばしてダークファウストの姿が露わになった。

 

「あの炎に巻き込まれる筈が無いとは思いましたが、それでも無事で良かったです、姉さ——」

ラファエルの言葉を遮るように繰り出された蹴りがその腹を捉え、大きく後ろに吹き飛ばされる。受け身を取って立て直したラファエルの眼前に殺到するのは無数の弾幕。

 

「半(ビースト)化して尚避けるのが困難な打撃、そしてこの圧倒的な殺傷能力‼︎」

自身のすぐ側を通過した光弾は施設の外壁を撃ち砕き、後方に聳える山々を大破・炎上させる。反撃すら許されない。 今の自分では到達出来ない極点。

 

「やはりウルティノイドの力は凄い!是非…僕も欲しい‼︎」

爆風を掻い潜って前方に転がり込み、その姿を見据える。

 

「!?」

が、攻撃の主はもうそこには居ない。刹那——

 

「きゃあぁぁぁ!?」

ラファエル目掛けて落下する巨大な剛拳。一瞬でその身を巨大化させたファウストの一撃はラファエルどころか別棟の拘置施設をも半壊させ、2人のすぐ側にいた瑞緒も無数の瓦礫に巻き込まれる。

 

「今はもう少しだけ我慢します」

巨大化したファウストから少し離れた位置に着地したラファエルは静かにそう呟く。

 

「これ以上の戦いはお互い不毛でしょう。この場所は、全力を出すには余りにも狭すぎる。それに、今僕が戦うのは貴方じゃない。貴方の中にいる方です(・・・・・・・)

指し示す様に自らの胸元に人差し指を当て、挑発するように首を傾げるラファエル。

 

「聞こえてるんでしょ、姉さん?瀕死のとこ悪いですけど、貴方の通信端末には既にある地点の座標が送ってあります。そこまで来て下さい」

喋りつつ、ラファエルはゆっくりと屋上の端まで後退っていく。淡々と放つ言葉に対して、その瞳一瞬宿ったのは凄まじい悪意の感情。

 

「僕達を殺そうとしていたTLT幹部は皆消えましたし、お仲間もその機能を喪失。僕達を邪魔できるのは誰もいません。姉弟水入らず——決着をつけましょう」

 

 

「そこでお友達にも会わせてあげます」

そう言い残すと、ラファエルは後方宙返りで屋上から身を投げ出した。落下を始める前にその姿は陽炎の様に揺らめいて完全に消失。

ファウストは追撃せず打ち抜いた拳をゆっくりと持ち上げる。

 

【…物にした途端もう駄目になるか 役立たずめ】

 

「ああ…う…」

瓦礫を押し除けて出てきた瑞緒。死ななかったのは奇跡に近いが、構わず彼女は力強い眼差しで目の前の巨大な魔人を見据える。

 

「貴方があの時…秋葉原でたくさん殺したビーストヒューマン…元が人であれ、χニュートリノを身に宿してしまった時点でそれはもうビーストです」

ファウストはそれに構わず背を向けて歩き出す。

 

「だから貴方は敵を倒しただけ!ビーストヒューマンは元の人間には戻れない‼︎人間を殺したわけじゃないんですよ!だから‼︎」

頭からの流血で意識が遠退いて間も無く足取りも覚束なくなる。

 

それでも、瑞緒は懸命に叫んだ。

 

「自分を責めないで下さい!戻ってきて下さい‼︎宙さん‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アハッ♪ 痛い? 痛いよね?』

 

 

  やめて

 

大きく開けた仄暗い戦場を疾走する光と闇の巨人。互いの拳が入り乱れ、距離が限界まで縮まったところで組み合いへと絡れ込む。

 

『だってそこ——』

 

 

  もう止めてよ‼︎

 

『ぎっ・・・・・・!』

 

強引に取っ組み合った腕を解いてガードが開いた脇腹に叩き込むのは、胴体を貫かんばかりの荒々しい前蹴り。闇の巨人は猛るように叫ぶ。

 

『怪我してる場所だもんねぇ!?!?』

 

 

  どうして私は壊す事しかできないの

 

『があっ・・・!』

 

倒れ伏した巨人の脇腹をもう一度踏みつけ、痛ぶるように体重を乗せその爪先を押し当てる。鳴り響く警告音。苦悶の声。

巨人の抵抗力が弱まっていく。

 

 

  でも もう分かってる

  闇が、他者を踏み躙る悪がどうなるのか

 

『……!?』

 

『ハァァ……!』

 

再び繰り出したした足底が片腕一つで受け止められ、一瞬で弾き返される。後方に体勢を大きく崩された途端天地が逆転。

 

『デェェェヤァァァァ‼︎』

 

『がはッ!?』

 

投げ飛ばされた体が地面に叩きつけられ、揺れる視界に覆い被さる光の巨人。凄まじい怒気が吹き付けられる。

 

 

  前に見た夢と同じ

  ここが何処なのか、彼が誰なのかも分からない

 

  でも

 

『やりたい放題やってくれやがって・・・それ以上くだらねぇこと言ってんじゃねぇ‼︎』

 

 

  別の場所でも、碌なことをしてこなかった

  みたいです

 

『いい加減! 梨子を返しやがれ!』

 

 

  梨子……?

 

 

◇◇◇

 

「宙ちゃん‼」

 

(早く安全な場所に‼)

 

「…っ‼︎」

 

(梨子さん‼走って‼︎)

 

「………ごめん…!!」

頭によぎるのは、血の滲む左腕を抑えながら身を翻してノスフェルから逃げる赤紫の髪の少女の姿

 

◇◇◇

 

 

「梨子さん‼︎」

 

靄がかった思考が一瞬で鮮明になり、宙は弾かれたように身を起こした。

深い闇に包まれた樹海の中にただ1人、叫び声だけが虚しく反響する。ノスフェルと戦った場所のすぐ近くだった。

 

(あれからどうなって…?)

「梨子さん‼︎無事ですか⁉︎何処にいる…ッ!?」

体を起こそうとした瞬間全身を襲う虚脱感。

「ぐあぁぁぁぁ!?」

左足から全身にかけて拡散する激痛。

体が内側からバラバラと崩れていくような感覚と共に、再び宙の体は地面に投げ出された。荒い呼吸を繰り返しながら体を屈めると、ラフレイアと交戦して以来残り続ける左足の傷が視界に飛び込んでくる。

 

「……!」

元が色白な肌色だったことが信じられない程に真っ黒に化膿していた。

 

「梨子…さん……!」

彼女を最後に見たのはこの近くだ。あの怪我の状態だと動けなくなっている可能性もあり得た。

 

(もしそうなら、私が助けに…!)

 

片足を庇いながらゆっくり立ち上がると、宙はふらつきながら歩を進め始める。

ノスフェルと戦ってから気を失っていた筈だが、断片的にその間の記憶が呼び起こされる。

 

"ある地点の座標が送ってあります。そこまで来て下さい"

"そこでお友達にも会わせてあげます"

 

ラファエルのあの言葉が頭から離れない。それが何を意味するのか分からないが、胸騒ぎが何か唯ならぬ凶兆を想起させる。

 

 

 

  はい、ストップ そこで止まって下さい

 

「ッ!!」

 

脳中で反芻されていたその声が不意に投げられ、総毛立って臨戦体勢を取る宙。周囲を見渡すがそれらしき影は見当たらない。

 

  約束通りちゃんと来てくれましたね 

 

四方八方から断続的に聞こえるその声が気持ち悪いが、宙は臆することなく叫んだ。

 

「貴方に構う暇は無い‼︎急いでいるんです‼︎」

 

  残念ながら、ここに来た時点でもう逃げる事は不可能ですよ

  と言うかそちらから来ておいて今更何を言ってるんですか?

 

「邪魔するなら容赦しない‼︎」

 

  その体で衰えぬ闘気…それだけは大したものです

  気が触れているだけかもしれませんが

 

ダークエボルバーを握りしめると、嘲笑の混じった言葉が返ってくる。

(来るなら…来い‼︎)

 

そして、次に放たれた言葉が宙の思考を漂白させた。

 

  まあ、安心して下さい

  探し人なら手間が省けた(・・・・・・・・・・・)と思いますよ

 

「え…?」

 

刹那、目の前に立っている木々の間から1人の少女が姿を現す。背中に靡く長い赤紫の髪。見間違える筈もない。

 

「あ…‼︎」

あまりにもタイミングが良過ぎる。抱いていた胸騒ぎが確信付けられたような———

 

  先ずはデモンストレーション

  僕と戦う前に先ずその敵(・・・)を倒して下さい

 

「梨子さん‼︎」

ラファエルの言葉はもう聞こえていなかった。宙は梨子に駆け寄ると彼女の方に手を乗せる。梨子は俯いた状態で立ち尽くしており、その表情は伺えない。

 

違う 違う そんな事があるわけない

あっていい筈がない

 

「梨子さん、良かった、無事、なんですよね」

 

声が震え、掠れ、思考がままならない

 

「違うよ、宙ちゃん」

 

  これまで貴方とファウストが散々倒してきた敵

  今更、今の貴方でも楽勝だと思いますが

 

「私、死んだの」

 

  そこはまぁ、前戯という事で

 

「もう皆んなと一緒に過ごす事が出来ないの だって私——」

「もう人間じゃナくなっチャッたかラさァァァハハハハハハ!!!!!」

 

梨子の片腕がみるみる肥大化し、鋭利な爪が生え揃う。東京で、TLT内部で見たあの地獄が記憶の淵から呼び起こされた。

 

  ビーストヒューマン一体

  殺すのにどれ程時間が掛かりますかね?

 

「うわあああああああああああああああ!?!?」

 

「アハハハハハハ!!!!!」

 

絶叫する宙目掛けて狂笑を響かせながら梨子が突っ込んで来る。突き出された爪を腕ごと掴んで止めるが、踏ん張りが効かず縺れて後ろに転倒。そのまま組み伏せられる。

 

「梨子さん‼︎止めて下さい‼︎」

 

「アハハ、アハハハハハハ‼︎」

 

掴まれていない方の腕で何度も殴りつけられるが、絶望一色で染まった宙は最早痛みすら感じなかった。

 

「いや、いや、どうしたら、あ、ああ」

壊れた機械のように譫言を繰り返す事しか出来なかった。梨子を倒す事なんて出来るわけが無い。

 

「アハハ!…何で、何デ私ガこんな目ニあわナイといけないの‼︎」

 

それはまるで、恨みの籠った地獄の声だった。

 

「アハハハハハハ‼︎悲しい、寂しい‼︎」

「1人は…嫌」

 

「…‼︎」

流れ落ちる雫。一瞬、宙を押さえつけている力が緩んだ。宙は組み伏せる腕を解き、迷わず梨子を

 

「1人じゃないです、絶対に」

 

抱き締めた。

 

「私はずっと側にいます」

 

「ガアアアア‼︎」

 

肩口に喰らい付かれて鮮血が迸るが、宙は構わず続ける。

 

「私だって体の半分ビーストみたいなものです…そう変わりませんよ」

「梨子さんは梨子さんです。心は何も変わってない。戻れます、皆んながいる場所に…こんな私を皆さんは受け入れてくれたんですから」

 

宙は話し続けながら落ち着かせる様に梨子の背中を何度も撫でる。

 

「ごめんなさい、暫くこのままでいさせてくれませんか。この温もり…好きなんです」

 

 

 

 

 

 

 

「宙…ちゃん…」

 

噛み付いた事で宙の血を含んだ梨子。

抵抗する力が次第に抜けていき、その目に生気が宿る。

 

「私、私……!」

 

 

「もう良いです」

ズドン、と音が響いて何かが宙の体を突き抜けた感覚。

 

「が、はっ…‼︎」

梨子の背中からも同様に何かが突き出ていた。

 

「あ……!?」

 

 

 

背後から宙と梨子、2人同時に貫いた蔦が瞬時にラファエルの手元に収納されていく。

 

崩れ落ちる梨子と宙を見てラファエルは嘆息した。

 

「気持ち悪い…あんなに殺しといて仲間だけは嫌?正義面して犠牲の差別してんじゃねえよ、偽善者が」

 

 

 

「あ、あぁぁ…?」

すぐ側に倒れた梨子に手を伸ばす宙。

 

「あ…え…?」

瑞々しく生暖かい感触に堪らず手を引き戻すと、その掌は真っ赤に染まっていた。地面に散らばる長い赤紫の髪を塗り潰すように鮮やかな赤色が広がっていく。

 

「ごめん…ごめんね、宙ちゃん」

 

「〜ッ‼︎喋ったら駄目です‼︎今止血を」

顔面蒼白になり叫ぶ宙に手を伸ばす梨子。

 

「私…貴方の力…なりたかったのに……みんなを一緒に守りたかったのに」

「結局迷惑しか掛けられなくて」

 

「そんな事ない‼︎凄く嬉しかったのに‼︎迷惑しか掛けてないのは私の方です‼︎」

 

何で、何で謝るの

何でこれが最期みたいに言うの

 

 

◇◇◇

 

「私がもし、ウルトラマン…?になって、ファウストさんが私を殺しにきたら、戦って勝てば良い。それで仲直りして、2人で一緒に敵と戦う。だから、宙ちゃんはこれからもずっと私達と一緒」

 

「簡単に諦めちゃダメ」

 

◇◇◇

 

 

どんどん自分が自分じゃ無くなっていくのに、そんな私を正面から向きあって受け止めてくれた。

一緒にいるって抱き締めてくれた。

本当に嬉しかった。

凄く温かかった。

 

 

「梨子さん‼︎梨子さん‼︎」

あの温もりが、どんどん冷たくなっていく。

 

 

「如何にデュナミストと言えど、所詮はただの人間でしたね」

「にしても、凄い変わり様だなあ。姉さんが来るまでその子、腹が減った腹が減った煩くて」

「木の幹齧り始めた時なんかはもう最っっっ高に傑作だった」

 

「あ、駄目ですね。思い出したら…ハハッ…また笑いが…ハハハハハ」

 

「黙れ」

 

「…ッ‼︎」

梨子を笑うラファエル目掛けて放たれたドス黒い殺意。ラファエルはすぐさま左に避けるが、回避が追いつかず右目が瞬時に吹き飛ぶ。

 

深い絶望の底から湧き上がる黒。

頭も、心も、体も何もかも黒に塗り潰されていく。

 

梨子を安全な場所にそっと下ろし、ゆらりとラファエルに向き直った宙。

その華奢な背中がメキメキと隆起し、セーラー服を破って大きな二対の突起が背中に生え揃った。

 

「死ね、苦しんで、死ね」

 

紫電が、爆発した。

 

 





思うところはたくさんあると思いますが、もう暫くお待ちを…!
次回、ダークファウストvsノスフェル、二度目の戦いです!

今回宙が見た夢に引用させて頂いたのは、がじゃまる様の作品「ゼロライブ!サンシャイン!!」https://syosetu.org/novel/151536/に書かれているシーンの一部です。作者様には確認済みですが、感謝と申し訳なさでいっぱいです

本当にありがとうございました



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34.切り札

明けましておめでとうございます。
今年こそはこの陰鬱な展開を終わらせたい‼︎という一心で頑張ります。今年も宜しくお願いします。

かしこ


 

 

掛け替えのない人を失う絶望

心に穴どころか心の拠り所を根刮ぎ抉り取られたような喪失感

まただ…またこの感覚だ

二度と味わいたくなかったのに

それなのに

涙すら出なかった

今はただひたすらに

 

 

「死ね」

 

 

「その表情(かお)…それだよ」

吹き飛ばされた右目を抑えながらも、獰猛な笑みを浮かべるラファエル。

「我を忘れ感情は歪み、殺戮衝動以外の全てが消えたその表情(かお)こそお前の本性——闇の巨人(ウルティノイド)の在るべき姿だ!愛だの正義だの下らない偽善者面で生きたこれまでをお前自身で否定したんだ」

 

憎い 絶対、楽には死なせない

 

「どんな気分だ?」

 

 

「苦しんで、死ね」

 

 

首を傾けせせら笑うラファエルの眼前で、紫電が爆発。一瞬で闇の巨躯が顕現する。

四肢・各関節からは鋭い爪が伸び、肩部には一際大きな二対の突起。宙の激情をそのまま形にしたような禍々しい姿だった。

 

 

———"ダークフィールド"

 

 

ダークファウストの周囲一帯に闇が渦巻き、一息にあらゆる物を飲み込んでいく。

 

(ダークファウスト——その暴走態と言ったところかな?変身と同時にフィールド展開とか)

「死に体が出来る業じゃ無いだろ…まあいい。そうでなくては潰し甲斐がないですからね‼︎」

 

ラファエルは右手を頭上に掲げ、指を鳴らす。

 

「ノスフェル‼︎」

 

「–––––雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

 

地響きと共にラファエルの周囲の地盤が崩落し、地の底から現れた巨大な(アギト)。トラバサミが如き勢いで閉じ切り彼を一瞬で飲み込んだ。

 

「これは雪辱戦です」

「今までの舐めさせられた辛酸と地獄、兆倍にしてお返ししますから」

 

ラファエルと融合したことでノスフェルから響く流暢な発語。

闇が深まると同時にノスフェルの外見も鈍い音を放ちながら更なる変化を遂げていく。

 

「楽しませて下さいね、姉さん」

 

ーー フィンデッシュタイプビースト

         ・ノスフェルグローラー ーー

 

 

形勢される暗黒不連続時空間の中心で、両者は相対する。

 

 

 

ーーフォートレスフリーダム・別棟(拘置所)ーー

 

「さっきから何が…何が起きているんだ⁉︎」

堅牢な壁越から聞こえた轟音と爆発音。如何に数多くの実戦で鍛え上げられてきたナイトレイダーとはいえ、武装や通信機器の全てを奪われた状態で隔離されていては対処のしようがない。

 

「傾注‼︎」

 

冷静を保っているものの困惑と動揺を隠せないでいるナイトレイダー達にナイトレイダー隊長——和倉は指示を出す。

 

「まず基地内で非常事態が起きているのは間違いない。総員、直ぐに出られる準備をしておけ」

そこまで言うと口元を緩め、落ち着かせる様に砕けた態度を取る。

「まあ身一つでする準備も無いかもしれんがな。一先ず落ち着いて待て」

 

「しかし、ここの錠は我々だけで外す事は不可能です!一体どうやって」

 

「"有事"だからな…彼自ら動いてくれる筈だ」

「遅くなりすみません」

和倉が言い終わる前に固く閉ざされていた扉が開く。

 

「イラストレーター⁉︎」

普段はCIC内の司令塔に1人鎮座しているイラストレーター——吉良沢がホログラムを用いず姿を見せた事に和倉以外の全員が驚く。

 

「この施設の電気系統が悉く破損していたので直接解除に来ました。取り急ぎ通信機(パルスブレイカー)は全員分揃えてきたので装備して下さい」

 

「現在の状況は?」

和倉の問いにイラストレーターは僅かに表情を曇らせる。

 

「敵からの襲撃を受けました。指揮系統もレッドトルーパーも当てにならない。正直、かなり不味いです」

 

「…!」

あまりに深刻な状況に、絶句する一同。考え得る上で最悪の事態なのは間違いない。

 

「詳しい事はもう一つの隔離棟で。僕を含めごく少数の人間しかアクセス権限が無いので安全な筈です。直ぐ移動します…それと」

イラストレーターが半歩踏み出すと、彼に抱えられたもう1人の姿が顕になる。

 

「彼女に肩を貸してあげて下さい。正直、僕には厳しい」

 

「瑞緒!?その怪我は!?」

頭から流血しぐったりしている瑞緒の姿に、血相を変え和倉は駆け寄る。

 

「…ださい」

 

「は?」

和倉の胸に縋りながら瑞緒は叫ぶ。

 

「宙さんを助けて下さい‼︎」

 

 

ーー

 

 

「–––––雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

炸裂する剛拳を敢えて躱さず、ラファエル(ノスフェル)は片腕で受ける。

 

(——へえ)

ガードを突き破らんばかりに加速する打撃と殺意。胴体に着弾する直前にノスフェルは驚異的なバックステップで距離を取った。

 

(もう体はボロボロの筈なのにこの威力…侮れない)

 

無言でその分距離を詰めてくる(ファウスト)

 

「なら——手数を増やします」

轟音と共にファウストの眼前から土塊と粉塵か噴き上がり、漆黒の外骨格が姿を現した。

 

 ーー インセクトタイプビースト・

         バグバズングローラー ーー

 

「ーーーー!!!!!!」

 

その背後から、もう一体。

「ーーーー!!!!!!」

 

 

「ダークフィールドが強化できるのはウルティノイドだけでは無い。当然、同質の闇を持つビーストもその範疇だ」

ノスフェルの口角が歪に歪む。

 

「今の貴方に、これを捌けるかな?」

言うや否や、ラファエル(ノスフェル)が振りかぶる様な動作で左腕を後ろに引くと、鋭い爪の生え揃った掌に赤黒い稲妻が収束。

 

(ファウスト)は、ノスフェルの目前まで肉薄したところで2体のバグバズングローラーから同時に体当たりを喰らい、押し戻されてしまう。

 

「ーーーー!!!!!!」

バグバズンは、2体分の腕力でファウストをその場に押さえながら鎌状の爪で何度も打撃を加える。

 

「隙だらけだ‼︎」

ファウストの動きを停滞させたタイミングでノスフェルの左腕から放たれたのは赤黒い稲妻状の光波熱戦。

 

敵の攻勢に

 

「–––––雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

 

飲まれようとしていた。

 

 

 

うるさい

 

「ーーーー!!!!!!」

「ーーーー!!!!!!」

 

うるさい

 

「–––––雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

 

ゴミどもが

 

 

刹那、ノスフェルの放った光波熱戦がファウストに着弾。

中空に打ち上げられたのは

 

「ーーーー!?!?!?」

2体のバグバズンだった。

 

「…へぇ やっぱり凄いなあ。ウルティノイドは」

空中に乱舞するのは2本の蔦。ラフレイアのものだ。それが今、ダークファウストの背中から伸びている。

 

「ーーーー!?!?!?」

「ーーーー!!!!!!」

新たな脅威を即座に認識したバグバズンが咆哮しながら再び突っ込んでくる。

しかし、宙の脳内を駆け巡っているのは梨子……喪ってしまった掛け替えのない存在だった。

 

◇◇◇

 

「宙ちゃん」

 

◇◇◇

 

今になって、彼女の笑顔が頭から離れない

 

「ゔ あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」

 

(ファウスト)の口から吐き出された叫びは、ビースト達の咆哮を容易く掻き消した。

刹那、放たれた蔦がバグバズンの片方を拘束。一瞬で宙に浮き上がらせて頭から地面に叩き付ける。もう一方のバグバズンは背中の翼を広げ飛び上がるが、ダークファウストは既にその背後を取っていた。

 

「ガアアア!?!?!?」

勢い良く振り下ろされた両腕。その腕に備えられた爪が敵の翼を血飛沫と共に両断する。絶叫と共に地に堕ちたバグバズンに繰り出されたのは全体重を乗せたヤクザキック。

背中に——それも先程できた裂傷に凶悪な一撃を受けたバグバズンはうつ伏せの格好で激しく転倒した。

 

「ギャアァァァ!?!?!?」

倒れた敵に馬乗りになったファウストは、その顎を掴み海老反り状に思い切り引き上げ、キャメルクラッチを喰らわせる。

 

「カ…カカ…」

異様なまでにバグバズンの体が反り返り、口からは泡を吹き出すが、ファウストは無言で力を加え続ける。 ゴキン‼︎と外骨格ごとその体が砕け折れる音が鳴り響くと、ファウストは動かなくなった敵の頭蓋を踏み砕いた。

そして即座に身を翻し、その間延々と蔦で拘束し地面に叩き付けていたもう1体のバグバズン目掛けて跳び膝蹴りを叩き込む。転倒させられた敵に待ち受けるのは、グラウンド状態での連続打撃——パウンド地獄だ。

 

「ゴ…ガァ…」

ハンマーの様に何度も拳を撃ち下ろす内に、荒馬が如く必死に暴れ狂っていたバグバズンは動かなくなる。ファウストは、先程と同様に敵の頭を踏み抜いて絶命させた。

 

一瞬で2体のバグバズングローラーを葬ったものの、(ファウスト)は火砕流の様に留まることを知らない殺意と憎悪で荒い呼吸を繰り返す。

 

「余所見は良くないなあ」

「–––––雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

直後繰り出されのは、高速移動で距離を詰めてきたノスフェルの強烈な蹴り——辛うじて両腕を交差させてガードするが、ファウストの体は滑走するように大きく後退。勢いを殺しきれず体勢が後ろに流れてしまう。

後転して素早く立て直そうとするファウストの眼前に、再び一瞬で迫るはノスフェルの巨影。

 

「撃ち込んでおいたラフレイアの死の楔を逆利用するとは驚かされましたが…本当の戦いはここからですよ」

 

「殺してやる」

がくん、と起立する為に立てた膝が折れた。

再び体勢を崩した事で、今度こそノスフェルの斬撃をまともに受けてしまう。

 

「…ッ!?」

息を吐く間も無く凶爪の連撃がファウストの全身を襲い、蹴飛ばされて岩壁に叩き付けられる。直後、全身に襲い来るのは激痛以上の虚脱感。腕一本動かす事すら困難な状況だ。

 

(ああ、そういうこと…)

 

ピコン……ピコン……ピコン……

 

これまで一切光を宿していなかったコアゲージが、警告を示すように赤く点滅し、繰り返し甲高い音を立てていた。

 

(こんなとこだけ、似ないでよ…)

 

「何をへたばっているんです?」

それを敵が見逃すはずもなく。

 

「まだ前戯が終わっただけなのに…もっと気合いを見せてくださいよッ‼︎」

痛ぶるように超近距離から熱戦を放ち、力無く吹っ飛んで地を転がるファウストを鞠のように蹴飛ばし続ける。失望の言葉とは裏腹に、上擦った声音はラファエルが思い描く状態に陥っている事を否が応でも理解させられる。

出来る限り力を引き出させてガス欠に追い込み、無抵抗になった(ファウスト)を痛ぶり殺す算段だった。

 

「"苦しんで死ね"でしたっけ?そっくりそのまま返してあげますよ‼︎」

ファウストの頭を掴み、何度も殴り付けるラファエル。

 

「幾ら力を使おうがどうでも良い。どのみち限界なのに変わりは無いんだ。こちらの手札で全て踏み躙り、嬲り殺しにしてくれる!さぁ、続けましょうか‼︎」

地面に転がしたファウストに跨り、何度も斬撃を喰らわせるノスフェル。ファウストはもう防御姿勢すら取らなかった。

 

◇◇◇

 

「宙ちゃん」

「私、死んだの」

「もう皆んなと一緒に過ごす事が出来ないの」

 

◇◇◇

 

(梨子、さん…)

 

「無様ですね。抵抗の一つも出来ないとは…僕を殺すんじゃ無かったんですか?ほら」

「せめて良い声で啼いて下さいよ‼︎」

 

「抵抗出来ないんじゃない…しないのよ」

 

「ん?」

 

「彼女の苦しみの万分の1でも味合わないと」

 

地に沈んでいた頭が爆発的な勢いで躍ね、ノスフェルを捉える。

 

「私は自分を許せない‼︎」

 

「そうですか。なら———」

「地獄を味わいながら死ね‼︎」

ラファエル(ノスフェル)は顎を開き、鋭利な牙を一気に振り下ろす。それまでの痛ぶる攻撃ではなく、間違い無く致命の一撃。それを確認した(ファウスト)は———

 

「馬鹿が」

口角を上げた。

 

その瞬間、ノスフェルの視界が真っ黄色に染まる。眼前のファウストすら一瞬見えなくなる程の濃密な何か。

直ぐにラファエルはその正体を理解して青ざめる。

 

「まさか…ラフレイアの毒花粉!?」

拡散性と可燃性の高さを踏まえれば、(ファウスト)が何を狙っているかは容易に想像がつく。

 

(自分諸共この空間を誘爆で吹き飛ばす気か!?)

直ぐに離脱しなければ回避は間に合わない。ラファエル(ノスフェル)は一瞬で攻撃から退避に思考を切り替えた。

切り替えてしまった。

 

「捉えた」

ほんの一瞬、敵の意識が自分から逸れたのを(ファウスト)は見逃さなかった。ノスフェルの組み伏せを一瞬でエスケープし、バックチョークの体勢を取るように敵の背後に組み着く。

 

刹那、ノスフェルの体から赤黒い奔流が漏れ出してファウストに取り込まれていく。

 

「–––––縺弱c縺ゅ=縺√=縺?シ?シ!?!?

初めて、ノスフェルから明確な苦痛を伴った絶叫が放たれる。

 

(こいつ、僕のを直接奪って…!?)

もとより(ファウスト)に光波熱戦を撃つ力は残っていない。

エネルギー吸収。それがこの土壇場で彼女が繰り出した力だった。どれだけノスフェルが暴れようと、ファウストは背後から首を絞めた体勢のまま離さない。

 

ファウストがその拘束を解いた時、コアゲージの点滅と警告音は消え、ノスフェルは地に伏していた。

 

【潮時か…この体はもう使い物にならないな】

宙の中で、ダークファウストはそう言い放つ。

 

だが、宙は意に介さずラファエル(ノスフェル)に歩み寄る。

 

「戻せ」

「彼女を元に戻せ」

 

「化け物、がぁ…」

そう答えるや否や、ラファエル(ノスフェル)の頭蓋を思い切り蹴飛ばし、踏みつける。

 

「なら死ね」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

 

何度も、何度も。

だが、怒りと悲しみが晴れる事は無かった。敵の命を刈り取るまで、この殺戮が止まる事は無い。

 

 

(本当に、驚かされる…だが!!)

 

「最後まで取っておくのは、切り札なんだよなぁァァァ‼︎

ラファエル(ノスフェル)の絶叫と共に、その額から紫色の怪光が放たれる。ダークフィールドを突き抜け、領域外にある"それ"を捕捉すると同時にそれは額の肉壁の隙間に収められた。

 

「ッ⁉︎」

 

「そうかそうか、そんなに友達が大事か」

突如硬直したファウストを尻目に、悠々と立ち上がるノスフェル。

 

「ならその友達ごと、僕を殺してみせろよ」

ノスフェルの額に収められているのは、動かなくなった梨子。

 

「貴様ぁぁぁァァァァァァ!!!!!」

 

「ギャハハハハハハハハハハハ!!!!」

笑いながら突進してくるラファエル(ノスフェル)に、咄嗟に拳を引き絞る。

 

◇◇◇

 

「宙ちゃん」

 

◇◇◇

 

「ぐッう…ぅぅぅぅぅぅぅ!!」

その拳は、ノスフェルではなく地面を撃ち抜いた。

 

「馬鹿が」

ノスフェルの爪が腹に深々と突き刺さり、ファウストの身を貫く。一気に袈裟に斬り上げると、裂傷からは大量の闇のエネルギーが血飛沫のように飛び出した。

 

「があぁぁぁぁぁぁ!?」

 

直ぐに変身は解除され、宙は地面に投げ出される。立ちあがろうとするが、駄目だった。

 

「ぐッ…ガハッ‼︎ゴホッ‼︎」

胸や腹を抉られた事で口からは鮮血がとめどなく溢れ、激痛が全身を駆け巡る。視界は殆ど何も見えず、手も足も動かない。最早生きているのが不思議な程だった。

 

「僕達は個体としては最高峰の存在だというのに」

変身を解除し、ノスフェルの中から現れたラファエルは嘆息する。

 

「わざわざこんな弱点を作るだなんて」

すぐ側に梨子が転がった。

 

「本当に愚かだ…そうは思いませんか?ファウスト?」

「死にかけの壊れた器と僕……どちらが有効かは貴方が1番良く分かる筈です」

 

「……え?」

そう言うとラファエルは宙の懐に手を突っ込み、ダークエボルバーを奪い取る。

 

「…かえ、せ…」

 

「いや、もう貴方にこれは必要ない」

宙の胸から闇色の光球が現れ、ラファエルの胸元へと吸い込まれる。

 

【これが貴様の行末か…呆気ないものだ】

「はい、契約完了♪」

 

「あ、ああ…なんで…うそ…」

 

「嘘じゃねえよッ‼︎」

起立しようと必死に体を震わせる宙目掛けて、ラファエルの蹴りが放たれる。

 

「散ッ々手間掛けさせやがって‼︎この時をずっと、ずっと待ち望んでいたんだよ‼︎」

「言ったよな?これまでの地獄を兆倍にして返してやるって」

ラファエルは醜悪な笑みを作ると、宙の髪の毛を掴んで無理矢理顔を上げさせる。

 

「今がその時だ」

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

仄かに温かな光が頬に触れる。

誰かが、私を呼んでいる。

 

「千歌…ちゃん…?」

 

一瞬脳裏に過ったその人は、友人の顔によく似ていた。

 

 

「…はッ!?」

目を開くと、そこは赤黒い闇に覆われていた。

 

「私、今まで何して…⁉︎」

困惑するまま梨子は顔を上げると、目の前に飛び込んできた光景に絶句する。

 

「こうして見るとただの小娘か…無様なもんだ」

 

「あ……ぐ…」

青黒い、異形の穴から伸びる無数の触手に全身を拘束され、吊り下げられた宙を見てラファエルは嘲笑う。

 

「ほら、どうした⁉︎苦しませて殺してみろよ‼︎あの時の威勢は何処に行ったんだ⁉︎」

無抵抗の宙を殴り飛ばした。

 

「いやあぁぁぁぁ!?やめて!!」

梨子の悲鳴に、心底興味が無いと言った表情で振り返るラファエル。

 

「まだ生きてたんですか?」

 

「やめて‼︎宙ちゃんを離して‼︎」

梨子はパニックで涙を流しながらもラファエルに懇願する。それを見たラファエルは

 

「やめなーーーい!!!!」

梨子を払い除け宙を殴り続けた。

 

「あああああああ!?うわあぁぁぁぁぁ!?」

 

「五月蝿いな……あ、そうだ」

泣き崩れる梨子を見て、ラファエルは彼女の前に膝をついて声を掛けた。

 

「少し面白い事を思い付きました。どうせ消える命でしょうし、貴方は見逃してあげます」

「その代わりお友達と、それを追っかけてくる奴らに伝言をお願いしますね」

梨子に宙のパルスブレイカーを渡すと、身を翻して宙に向き直る。

 

 

「さあ、行きましょうか姉さん。"異形の海"へ……今の貴方が道具程度の価値でも、ちゃんと使い切ってあげますよ。有効に————残酷にね」

無数の触手は、拘束した宙を青黒い穴へと引き摺り込み、ラファエルもそれに続く。一瞬、梨子を振り返って。

 

「それじゃあ、宜しくお願いしますね」

 

「いやぁ……宙ちゃん……誰か、誰か助けて………」

ただ1人取り残された梨子は、嘆き悲しむ事しかできなかった。

 





今更ですが、敵味方関係無くビーストの呼称が一致しているのはもう、そういうもんだと思って下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。