7つの銀弾 (りんごとみかんと餃子と寿司)
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オルレアンの悲痛
オルレアン-1


作者名は中の人の好きな食べ物です。


 

例えば、あんたがこの先おこることを全部知ってるとして。

 

例えば、あんたが何でも解決できる、すべての問題に対する打開策になる、そんな力を持ってるとして。

 

そして例えば。その力には明確な()()()()()()()()()()

 

 

 

──あんたは、その力をいつ使おうと思う?

 

 

 

まあ、つまりは。

 

これはそういう物語ってことだ。

 

 

 

 

 

 

常に不機嫌な顔を崩さないハズムに、なにがそんなに気に食わないかときけば、「全部だよ」と返ってくるのは間違いないだろう。そのくらいに、友人の彼は楽しくなさそうというか、常に人生に対して気に食わないような顔をしていた。5年以上は一緒だというのに、一度も笑顔を見たことがないほどには。

 

彼とは中学生活の半ば、2年生かそこらに出会ったと思う。体育祭の委員会かなにかだったかもしれない。俺の顔をみてすごく目を見開いていた。不思議に思いながら自己紹介をすれば、彼はまるで信じられないみたいな顔をして、すぐに嫌な顔に変化させた(失礼なことに!!)。

 

あまり初対面から露骨に嫌われた経験はなかったから当時は戸惑ったけれど、彼と交流しているとどうやら俺(藤丸立香)自身を嫌っているというわけではなく、もっと漠然とした──彼の周りの環境、あるいは人生そのもの?──を嫌悪しているように思えた。

 

小学校から彼の友人である人曰く、信じられないことに昔はもっと快活で笑顔にあふれた人情味のある男だったらしい。成績優秀で、眉目秀麗で、運動神経抜群で、優しくて。まあちょっとませていてエッチなのは減点だけど──などとまくしたてるその子に苦笑いしたのはいい思い出だ。

 

ともあれ、彼がああなってしまったのは中学に入ってかららしい。その理由はわからないとも言っていた。でもその話を聞いた俺は、どうも俺自身に原因があるのではないかという不安をぬぐいされなかった。出会った時のハズムの様子が様子だったからだ。

 

あの時が初対面だったので、それまでに特に何かした心当たりはなかったけれど、知らないところでハズムを暗くしてしまうようなきっかけを作っていたのならひどいことだし、謝りたいと思った。

 

だから一度、彼に「俺は何か、君に謝らなければならないことがあるんじゃないか」と聞いてみたことがある。するとハズムは驚くことに逆に謝ってきた。

 

「いやあんたが悪いわけじゃない。むしろ悪いのはオレだと思う。そういう勘違いをさせるような態度をとってた。ごめん」

 

なんて、本当に申し訳なさそうにしているものだから、あわててしまった。ともかく、自分が原因じゃないのはよかったけれど、ではなぜそんなに変わってしまったのかが気になった。それとなく聞いてはみたが、「知らなかったことを知っただけだよ」なんて、曖昧な答えが返ってくるだけだった。

 

なんにせよ、俺がハズムに抱いていた不安(あるいは罪悪感)が解消されてからは、俺はハズムに積極的に絡むようになったし、ハズムも俺に対して(あくまで比較的にではあるが)以前より柔らかく接するようになった。いつも不機嫌顔な彼だが、根っこの部分の人間性は一緒にいて好ましい人だったから、偶然進路が同じ高校だったのも相まって、付き合いはずっと続いた。

 

それこそ、高校の間ずっと、さらに大学生になってからも──人理保障機関『カルデア』の一員になってからだって。

 

つまり俺と彼は、いわゆる親友と呼べるような、そんな間柄だったのだ。

 

 

 

 

 

 

まばゆい光に包まれてからしばらく。さわやかな風に頬を撫でられながら目を開ければ、そこは草原地帯にある丘上だった。『無事に成功したみたいね』なんて通信が聞こえる。どうやら()()()()()は無事に終わったらしい。

 

レイシフトとは、過去の事象に干渉して──なんたらかんたらなんて、ロマンたちが説明していた。全然わからなかったけど、ようはタイムマシンみたいなものらしい。俺たちが生きていた現代、そこに至るまでの歴史的な重要地点が()()()()()()()ために、俺たちの地球の未来は滅んだ。だから過去に飛んで、それを修正しなければならない。それが俺たちに課せられた『使命(グランド・オーダー)』だとか。

 

なんとなく献血に参加して、強制的に連行されたと思えば、変な説明会に参加させられて。疲れてうとうとしていたら所長に引っ叩かれ追い出されて。カルデアが爆発したと思えば、燃える街に放り出されて。命からがら生き残ったと思えば、今度は中世フランスにきてしまった。

 

()()ハズムが同じような経緯でカルデアにきていなければどうなっていたか、なんてことを考える。カルデアの外は滅んでいるらしいから、親友が生き残ったことに関しては喜ばしい。共に戦ってくれる仲間がいて、それが勝手知ったる仲というのも心強い。ただ、こんな大変なことに親友が巻き込まれてしまったことには少しばかり悲しみを感じた。

 

──苦しむのは、大変なのは、せめて俺だけでよかったのに、なんて。

 

これまた()()、レイシフト適性が高かったばかりに共に特異点攻略に駆り出されてしまった親友を見やる。相変わらずの不機嫌顔で空に浮かぶ光帯を見上げていた。いつもの様子を崩さない彼に、なんだか安心してしまった。

 

こんなことになるとは予想だにしなかっただろうに、ハズムはいつだって落ち着いていて、常の不機嫌顔を崩すことがない。冬木から帰還して精神面を落ち着けるのに一日以上はかかった俺とは違って、彼は寝て起きた後にはダヴィンチちゃんに魔術の教えを乞うていたぐらいだ。精神的に強い人だとは知っていたけれど、ここまでとは思っていなかった。

 

そんな頼りになるハズムは、魔術の適性がからっきしの俺とちがって鍛えればそこそこにはなれるらしい。(これはダヴィンチちゃんのお墨付き。「レオナルドの()()()()は、凡人にとっての()()()()()()って意味ぐらいにとらえたほうがいい」なんてロマンが言っていた)

 

その代わり、マスター適性が俺より低いらしい──というより、なぜか英霊にあまり良い印象を持たれないようで、今だって、

 

「……セイバー、オレからするとあの光帯は()()()()()に見える。あんたはどうだ? 直感でなにかわかったりとか……」

 

「……いえ、特にはなにも」

 

まるでハズムのほうこそが()()()()()だ、と言いたげな顔をセイバーが──アルトリア・ペンドラゴンが浮かべる。親友をそんな顔で見られるのは気分のいいものではないけれど、ハズムが「多分、()()()()()()()なんだ。だから、彼女も、ほかのサーヴァントも責めないでやってくれ」なんて言うから、何も言わないことにしている。なんで()()()()ってわかるのかと聞きたかったが、聞いてほしくなさそうだったので断念した。

 

ともあれ現状唯一ハズムのサーヴァントである彼女は、最低限の指示には従うし、ハズムを守ったりなどの役割は私情を挟まずに全うしてくれている。態度以外でハズムに対して反抗するわけでもないので様子見する、というのがカルデア首脳陣の結論で、俺もそうすることにした。

 

今のところ、サーヴァントというくくりの存在でハズムに普通に接してくれるのは、マシュとダヴィンチちゃんくらいだ。とはいえ、特に含むところもなく慕っているマシュとは違い、ダヴィンチちゃんは「彼を前にしたら、なぜか私も嫌な感じはするけれどね。それよりも彼のもつ()()()()の可能性を育てたい欲が勝っただけさ」ということだったけれど。

 

 

 

──ともあれ、外の世界に感動していたらしいマシュとともに俺も光帯を見上げる。カルデアの解析ではありえないほどの熱量の塊で、セイバーの持つ聖剣エクスカリバー何百本分もあるらしい。シミュレータで彼女の真名開放を観察した身としては、そんなものが空に浮かんでいて大丈夫なのかと、自然と恐怖が沸き上がった。ハズムの嫌な予感は当たったわけだ。

 

『間違いなく、特異点を作り出した原因につながっているはずね』なんて、解析したカルデア側から通信が入る。そして『次は、現地の様子を調査すること』という指令が入ったので、俺たちはとりあえず丘を下っていくことにした。

 

こうして、人理修復のための旅路は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20XX/03/23

 

あと7発しか残っていないなんて、マジかよって思った。たかだか12年そこらの人生で、もう6発も使ってしまった。このままじゃあ30歳までにはなくなる計算だ、なんてこった。日本の平均寿命考えたことあんのか。考えもしないでパンパン撃っていた過去の無能な自分を殺してやりたいくらいだ。

 

()()()()を持って生まれたのには、きっと理由があるはずだと考えるようになった。平穏な世界に生まれたなら、こんなもの渡されてるわけがないと確信している。これが必要な世界だから渡されてるに決まってるんだ。つい最近それを痛感したばかりだ。

 

だけど、これが必要とされる時が今後いつ訪れるのかはわからないまま。明日かもしれないし、爺になってからかもしれない。そのときに残弾がなければ、オレはただの一般市民。端的に言えばただの無能、即お陀仏だろう。何も守れやしない。

 

()()()()()()()()は万能や無敵とイコールではない。欠陥もあるし、使い勝手が悪い、何より回数制限がある。それが真の意味で分かっていなかったから、調子に乗って6発も消費するなんて愚行を平気でやるし、肝心な時になにもできないんだ、オレは。

 

ともあれ何か指標を見つけなければならない。いつ訪れるかもわからない、残酷な未来に対する指標だ。なぜかって、そのぐらいにはこの世界がクソみたいな世界だからだ。

 

一昨日相手にしたあのクソッタレ──オレの父親の臓物を引きずり出してかき回した、オレの母親の頭をかち割って脳みそいじくりまわした、オレの姉を犯した挙句に期待外れだなんて言ってむごい方法で殺したあいつ。憎い殺してやりたいもう殺した助けられなかったどうにもできなかったオレだけが助かった──クソッタレみたいなやつが、きっとこの世にはごまんといるんだと思う。あんな奴らに目を付けられるぐらいにはオレという存在は貴重らしいし、あんな奴らがこの世に堂々とのさばっているくらいには、この世界はクソだ。

 

でも一番クソなのはオレだ。何でもできる、将来安泰、チートで最高の人生! なんて舞い上がっていた、このクソガキが一番クソに決まってる。

 

自殺しようと思った時もあった。というかした。けど結果は()()()()()()()()()()()()()()()。この力がそうできているからか、オレが本当は死ぬのが怖いと思っていたからか、銀の弾丸は残機の役割も果たすらしい。

 

全弾尽きるまで死んでやろうかとも思ったけれど、もう一度首にナイフを当てたら、そのときちょうど血だらけのオレを発見した叔母さんがあわてて止めた。「あんたまで死んだら私どうすればいいの」なんて言いながら母に似た眼から大粒の涙を流す彼女を前にして、それでも死にたいと踏み切るような気力はなかった。

 

 

 

……来月から中学生だって、みんな喜んでくれてた。

 

反抗的で親の言うことも聞きやしない。口をつけば出てくるのは不平不満か自己顕示欲たっぷりの自慢話。親孝行の一つもしたことがない。そんな、可愛くない人でなしなクソガキのオレを、それでも3人は愛してくれていた。

 

もうなにも残っちゃいない。全部全部、血と銀の中に沈んで消えた。

 

……これからどうするべきかわからない。さっきも書いたが、なにか指標が欲しい。この残酷な世界を生き抜くための。未来の恐怖に備えるための指標を。

 

──この手に残った7発の弾丸で、何かを成し遂げれば。未来に訪れるであろう困難から、誰かを救えれば。それはきっと、あの日誰も救えなかった自分の贖罪になるのではないかと。

 

そんな、あさましい考えが体の中で渦を巻いてる。そんなことで許されるはずがないのにな。クソが。

 

 

 

 

銀 弾(しろがねはずむ)。帰国子女の母親が『シルバーバレット』──『すべてを解決する打開策』という意味を込めて付けた名前。人生で直面したどんな困難にも打ち勝っていけるように、なんて願いがこもっているらしい。過去のオレは中二臭え名前で嫌だな、なんて考えていたけれど。今は、その名前に込められた願いに答えられなかったことを悔やんでいる。

 

期待に応えられなくてごめん、母さん。弱くて誰も守れない息子でごめん、父さん。助けられる力があったのに何もできない弟でごめん、姉貴。

 

……今日は寝る。もう、何も書きたくない。

 

 

 

 

 

 

20XX/04/10

 

早いものでもう中学2年生。いまだに指標が定まらない日々を送っている。一応手は尽くしたけれど、そもそも未来に対する指標なんて簡単に言うが、それは未来予知とかそういう次元の話だ。簡単にどうにかなるものでもないだろう。あれから銀弾を使うようなことが起こっていないのは幸いだ。

 

そもそも本当に銀弾を誰かのために使いたいなら、紛争地域やスラム街にでも行ってそこにいる困った誰かを助ければと思わなくはないが。そんなことしたいなんて言えば、叔母さんが悲しむから──って言い訳がましい。そういうところがクズだ、オレ。

 

──そういえば始業式後、これからの生活について教師が話しているのを聞き流していると、あのナツキが話しかけてきた。それまで全く気付いていなかったが、隣の席らしい。あいつとは小学校で比較的仲がよかったけれど、まさか今のオレに話しかけてくるとは思わなかった。

 

小学校の時はとにかく人気者になることに優越感を感じていたから、成績優秀・スポーツ万能を目指し、さらに優しくてかっこいい優等生としてのふるまいを心掛けていた。けれどそんなことどうでもよくなったから、今では周囲が困惑するくらい真逆の生活態度で過ごしていると思う。だから小学校のとき結んだ縁はすべて切れたとばかり思っていたし、実際ナツキ以外はそうだった。

 

「だいぶ雰囲気変わったね」なんて言いながら笑顔のまま話すあいつは、罰ゲームだとかそういったことでオレに話しかけていた訳ではないように見えた。少なくともオレとの再会を喜んでいたし、オレが冷たい態度をとるのに悲しんではいたが、それ以上のことは無いようだった。

 

「もっと早く会いたかったな」なんてこぼすあいつに「オレは休み時間はずっと教室だし、すぐ帰るし、委員会とか部活もしてないしな。そもそもここの学校は生徒数が多すぎるから、去年すれ違っていたかどうかすら怪しいけど」なんて返せば、「じゃあ隣同士になったことに感謝しなきゃね」と言っていた。

 

久しぶりに楽しいと思える時間だった──と思う。少しだけ元気が出た気がした。

 

 

 

 

 

 

20XX/05/07

 

今日はナツキが面倒ごとを持ってきた。あいつがオレと違っていろんな行事や部活動に熱心なのは知っていたが、それにオレを巻き込むのはやめてほしい。……それを通じてオレを元気づけようとしている節があるので、断りにくい。たちが悪い。

 

ともかく、明日は体育祭実行委員会に連行されるらしい。憂鬱だ。

 

 

 

 

 

 

20XX/05/08

 

みつけた ここはFGOのせかいだったんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





銀 弾(しろがねはずむ)

起源は『突破・解決』

魔術的にも肉体的にも、制限や問題をものともしない。作中でレイシフト適性が高いとあったが実際そんなことは無く、レイシフト適性という魔術的・霊的な制限を受けない体質なだけ。

サーヴァントに嫌われている、というか苦手意識を持たれている理由は、彼が外の理から訪れたこと(転生したこと)に加えて、銀弾の能力の作用によって、■■■■適性に似たものを持っているから。キアラとかカーマには嫌われないかもね。仲良くなるかは別だけど。



【銀弾使用用途】合計13発

1.幼年期、無意識使用。上手く歩行ができないという問題を解決。運動神経が向上。

2.幼年期、無意識使用。言葉を上手く覚えられないという問題を解決。頭脳明晰化。

3.少年期(6歳)、半意識使用。駄菓子を買いたいのにお金がないという問題を解決。手の中に100円玉が出現。買いたいと思っていたうまい棒10本を手に入れる。
※ここで能力を自覚。使用数・残弾数も自覚。

4.少年期(10歳)、意識使用。池で溺れていた同級生を助ける方法がないという問題を解決。

5.少年期(12歳)、意識使用。クソッタレを殺す方法がないという問題を解決。

6.少年期(12歳)、無意識使用。ERROR。蘇生効果発動。

7.青年期(19歳)、意識使用。■■■■■■を■■できないという問題を解決。


以後使用なし。残弾6発。




呼んでくれる人がいたら続くやで。

にわかで矛盾あるかもだけど広い心でゆるしてほしいです。


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オルレアン-2



投稿してすぐ感想もらえて嬉しかったから速攻書いたゾ。深夜だとみてもらえないと思ったから予約投稿して爆睡しますね!




焦げついた肉の甘い匂いがしている。

 

空には見たこともないほど大きな生き物──『ワイバーン』というらしい──が飛び回り、地上に向かって火炎を吹き付けていた。一瞬の悲鳴のあとに、すぐ訪れる静寂。悲鳴を上げたどこかの誰かは()()()()()()()と、直感的に理解できた。吐き気がこみ上げた。

 

飛竜なんて、創作の中の話だと思っていたのに。なんならちょっと好きで憧れてた。俺も男だから、格好いいのは好きだ。けど、もう竜をそういう目では見れないだろう。残虐で凄惨な光景が、俺の心を削り取る。もう見渡す限りの場所に生き残りはいないだろうと一目でわかるくらいに、一方的な虐殺の跡が残っていた。

 

ハズムのほうを見ると、彼も同じように思っているらしかった。今まで崩れなかった不機嫌顔が歪んで蒼白となっている。さらには、彼の右手は()()()()()()()()()()()()()()()()震えていた。今までに何度か見たことのある、ハズムが動揺した時の癖だった。

 

 

まるで銃を構えるみたいにしてハズムはしばらくその手をあげていたけれど、激情を抑え込むようにして腕をおろすと、弱弱しい声で

 

「……セイバー、頼む」

 

と言った。具体性のかけらもない指示だったけれど、セイバーは理解したらしかった。というかあんなのは誰だって理解できるだろう。()()()()()()()()()()()と、つまりはそういうことだった。

 

ハッとして、俺のサーヴァントであるアーチャー、エミヤに向かって「エミヤも、お願い」と声を絞り出した。「……承知した」という彼の顔はこういう光景に慣れているのか、見てわかるような変化は見られなかったけれど、こちらを慮るような温かみがあって、それがありがたかった。

 

セイバーとエミヤが()()をしている間、俺とハズム、マシュの三人は終始無言。もちろんサーヴァントに指示は出さなかったけれど、特に問題なくセイバーたちが動いてくれたので助かった。

 

 

 

 

世界を救う旅路。それはこのような、残酷で惨い光景があふれているのだろうか。そう思い立った途端に足が震えて、倒れてしまいそうなくらいだった。視界が真っ暗になって、何も見えなくなりそうだった。

 

「リツカ」

 

不意に、暗い視界に手が差し出された。ごつごつとしていて、傷だらけ。ハズムの手だった。親友でも男同士、今までお互いの手のひらをまじまじと見るような機会はなかったから、ハズムの手だとは一瞬わからなかった。細さを感じる中性的な顔に対して、彼の男らしい武骨な手はあまり合っていない。けれど、その手が、今はなによりも頼もしいもののように思えた。

 

「……大丈夫、なわけないよな」

 

「……」

 

「きにすんな、オレもだから。ふらついてるぞ、手、握れって」

 

そういって弱弱しく笑う彼は、俺を励ましてくれていた。手を取って体を安定させる。暗くなった視界が元に戻って、ふらつきも収まっていった。

 

ありがとう、と言おうとしてハズムに目を向ければ、彼は焼けた草原の跡を見ていた。彼の表情は、後悔しているような、懺悔しているような悲痛な顔で、握った手も小刻みに震えていた。本人は気づいていないようだったし、なんとなく気づきたくないようにも思えたから、「ふるえてるよ」なんて言わなかった。

 

支えあうようにしている俺たちをマシュをはじめとして、サーヴァントたちが心配そうに見ている。「大丈夫だよ」なんて声をかけて、握っていた手をどちらともなく放した。

 

『……本当に大丈夫? 作戦続行可能かしら』と、カルデアからの通信もどこか気づかわしげだ。「問題ない──ただ、少し時間を」と、ハズムが言った。

 

「彼らに祈りをささげたい」

 

そのハズムの言葉に、俺も同意した。『……いちいち気にしていたら、負担になるわよ』なんて言葉ももらったけれど、意見は二人とも変えなかった。そこまでいうならしょうがない、ワイバーンをせん滅して周囲に敵影はないから、数分ならいいだろうとカルデア側からも許可があったので、俺たちとマシュ、そしてサーヴァントの二人も、皆で黙とうをささげた。

 

 

 

人理を修復する旅なんて聞いて、一応覚悟はしていたつもりだったけれど、甘かった。

 

──残酷な洗礼だ。いつかは、慣れるのだろうか。

 

慣れてはいけない気もするけど。

 

 

 

 

 

 

現在、俺たちは森の中で野営をしていた。

 

あの後、この時代のことを探るため近くにある都市に赴くと、先の草原と同じようにワイバーンに襲われている軍隊に出会った。こんどは幸いにも大半のひとが生きていたので、急いでサーヴァントたちに頼んでワイバーンをせん滅してもらった。手遅れで助けられなかった人もいたけれど、助かった命も確かにあった。その事実で少しだけ心が持ち直した気がした。軍隊のひとたちは口々にお礼を言ってくれた。彼らの笑顔に少しだけ救われた気がした。

 

その後、フランス救国の聖女『ジャンヌ・ダルク』が救援に現れたものの、フランス兵たちが彼女のことを『竜の魔女』とまるで敵のように呼ぶのに違和感を覚えた俺たちは、彼女に事情を聴くために合流。

 

出会ったマリーアントワネットとヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを仲間に加えて──なんていろいろなことがあって今、野営をしている。

 

霊脈の上にマシュが設置した盾に、テントや食料などの物資が次々と送られてくる。ハズムと俺は、こういうことに慣れているジャンヌのアドバイスを聞きつつ、テントを立てるなど野営の準備を進めていた。

 

「そちらのほうにテントを、あちらには焚火を。森の中なので火の配置は大事です。もちろんサーヴァントである我々は寝ずに監視できますけれど、万が一、山火事になっては事ですからね」

 

「了解です。助かります、野営なんて経験なくて……」

 

「いえ、お気になさらないでください」

 

なんて、マシュとジャンヌが会話しているのを眺める。すると、会話が終わりマシュとジャンヌが離れたところで、今度はハズムがジャンヌに近づいて何かを話しているようだった。すこし遠かったので聞き取れなかった。野営についてのことを質問していたのだろうか。

 

──そういえば、ジャンヌはハズムに対して例の拒絶反応はないらしい。マリーとアマデウスにはあった(マリーはそれでも仲良くしようという姿勢を変えなかったし笑顔を崩さなかった。逆にアマデウスは顔にもろに出ていた)のになぜなのだろうか。

 

ジャンヌが不完全なサーヴァントだから説や、ジャンヌ生来の気質によるもの説など、ハズムの言っていたのはそんなところだったけれど。よくわからないらしい。

 

ともかく、仲間内に不和がないなら、それが一番いいことだろう。旅をしている先ではおのずと気が滅入るような光景にたくさん出会うのに、仲間といる間も気が休まらないのでは、ハズムがかわいそうだろう。

 

 

 

その後はカルデアから送られた栄養食(まずくもおいしくもない)を食べて、早々に就寝した。もちろん男女別で!

 

初めての旅による身体的な疲れはもちろん、精神的な疲弊が大きかった俺たちは、固い地面も気にすることなく泥のように眠ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20XX/XX/16

 

明日から、オルレアンに行くらしい。ついに人理修復の旅が始まるわけだ。弾はあと6発。久しぶりに1発使ったわけだけど、まあこれはいい。どうせその予定だったんだから。

 

問題はここからだ。FGO主人公──リツカと出会ってからここまで、いろいろ検討してきた。弾の使い方をだ。

 

特異点は7つ。クリア済みの冬木は除外して、時間神殿、本編に深いかかわりのある監獄塔も含めて、残る関門は9つ。対して弾丸はのこり6つ。一つの関門に1発さえ使えないじゃないか、クソッタレ。

 

無駄撃ち不可能ってことだ。ましてや死亡した俺の蘇生に使うなんてもってのほかだ。これ以上ない無駄撃ちだ。生き返ることができるゆえの自己犠牲が役立つ場面があるなら考えるが、今のところ見当もつきやしない。

 

死ぬことによる残弾減少を恐れるならレイシフトなんて危険なことしなきゃいいのにって話だけど、それでは銀弾を使うことさえできないのだからしょうがない。

 

もう一度確認だ。できるのは、()()()()()()()()()()()()問題を()()()()ことだけ。それを肝に銘じろ、オレ。見えないことは解決できないし、過去と未来のことも解決できない。間違えんな。万能でも全能でもない、制限満載のクソッタレな力だと自覚しろ。

 

一度時間が過ぎれば後悔しても遅いし、これからのレイシフトで何が起こるかわかっていても事前対処なんてほぼできない。現在だけに干渉できる銀弾とは、つまりそういうこと。だから俺が今やれることと言ったら、取れる選択肢を増やすためにダヴィンチちゃんに魔術の教えを受けることぐらいだった。

 

ダヴィンチちゃんで思い出したが、どうやらオレは英霊に嫌われる体質らしい。新しく召喚されたエミヤやアルトリア・ペンドラゴンには、露骨に避けられている。できれば良好な関係を築きたかったけど、無理かもしれない。あわよくば剣を教えてもらえれば、切れる手札も増えたのだが。マシュはそんなことないようだったけど、中のギャラハッドはどうだろうか。

 

ダヴィンチちゃんも俺を見ると嫌な感じがするらしい。魔術を教える時の顔が歪んでいた。それでも教えてくれるだけでありがたいことだ。前世では画面の向こうから笑いかけてくれていた彼女が、今じゃ歪んだ顔を目の前で見せているのをみると、ちょっとだけ悲しくなった。 そんなこと気にする暇はない。

 

オレを嫌っている英霊は、本来誰かを意味なく嫌うような人たちじゃないのだから、じゃあ悪いのは誰かといえばオレだろう。銀弾のせいなのか転生のせいなのか。それともこの腐った性根だろうか。なんにせよ彼らは悪くないのだから、リツカには気にしないように伝えておいた。納得してはなさそうだったけど。

 

 

 

銀弾にもどる。撃つ場面のいくつかは想定している。中2からおよそ6年間、考え抜いた使いどころ。オレは救えないはずの誰かを救うためにリツカについてきたんだ。それが、俺の存在意義だ。

 

きっとやれる。そのはずだ。

 

 

 

 

 

 

20XX/XX/17

 

あまかった

 

 

 

 

 

 

追記

 

 

惨い光景だった。手遅れとわかっていながら、銀弾を構えてしまうくらいには。

 

わかっていたつもりだったんだ。Fate/Zeroで切嗣が言っていたように、誰かを助けるというのは誰かを助けないということだ。欠陥能力の銀弾とポンコツのオレの組み合わせでは、すべてを救うなんてできない。だからFGOシナリオを思い出して、親友のリツカに近しい救われなかった誰か、ほんの数人を救えれば本望だと、それ以外はどうしようもないんだと、そう思っていたんだ。

 

草原に広がる炎と、か細い悲鳴と、充満する死の匂い。それらのなかで気づけば、オレは銀弾を構えていた。まだ使いどころじゃないっていうのに。何年も考え抜いた『救うべき命』のことなんて、あのときは全く頭になかった。

 

今俺『救うべき命』なんて書いたのか。クソみたいな言葉だな、何目線だよクズやろう。

 

ともかく、オレは理解していたはずだったんだ。命を取捨選択すること、救う命のほかに救われない命があること。

 

銀弾の検討のとき、シナリオを思い出しながら、凄惨な死に方をした人、リツカたちと親密になった人たちのことを考えていた。そちらのほうが記憶に焼き付いていたからだ。あるいは救いたいと思ったからだ。特に後半の特異点のことはまだ記憶に新しかったから、念入りに検討した。

 

その上で──オルレアンなんて、まだ楽なほうだろうなんて思ってたんだ。事実この特異点で銀弾は使わないつもりだった。死んだ人もそこまでいない、なんて。ピエール・コーションくらいだけど、あいつは悪者だからいいか、なんて。

 

 

 

とんでもない。とんでもないんだ。

 

まだ、この世界にある命をテキスト上のなにかだと思っているのか。お前が昨日までモブだと考えていたやつの叫びを聞いたか? 助けを求める声は? 街を救援したときクソッタレなオレに笑顔で礼を言ってくれたあんちゃんの顔はどうだった? ゲームにあるような目元が塗りつぶされたモブだったか?

 

違っただろう、違ったんだよ。

 

悲鳴も、助けを求める声も、ずっとずっと、胸に刺さるんだ。助けを得てほっとして涙を流した、あのあんちゃんの顔が頭から離れない。

 

 

 

──オレはここに来るまで、引き金をたやすく引かないことが、誰かの救済になると信じていたんだ。そうして救うと決めた誰かを、銀弾で早く救いたい。贖罪を果たしたい、なんてクソみたいなことを思っていたんだ。

 

──でも今じゃあ、引き金を引かないことに苦しんでいる。引きたくて引きたくて、でもたった6つの弾丸じゃあ、あまりにも足りなさすぎる。

 

おぼえておくんだな、オレ(クソやろう)。あのフランス兵の姿を。焼け死ぬ青年たちの悲鳴を。あれは、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の目の前で祈りをささげている少年は、銀弾(しろがねはずむ)というらしい。人類最後のマスターの片割れで、明るめで社交的な印象のリツカ君とは対照的に、いつも険しい顔をしている。とはいえ人間性に問題があるようには見えないので、人類最後のマスターとして不足はないのではないかと、私は考えている。アルトリアさんやエミヤさんが避けている理由が私にはわからないくらいだ。

 

彼が祈りと懺悔の手伝いをしてほしいと頼んできたのは、野営の準備の時。何に対してなのか、と聞けば「()()()()()()()()()()」と返ってきた。私と合流する前に、よほどひどい戦場に出くわしたらしい。

 

彼とリツカ君、マシュさんは、戦場に足を踏み入れるのはこれが初めてだそうだ。初めて地獄を経験した戦士の耳には、死んだ者の囁きが聞こえるものだ。そして、それが人間が人間として持つべき『罪悪感』のただしい発露であることを、私は知っている。そういったものに苛まれている彼が、祈りと懺悔で救われるのならば、と。私は手伝うことを承諾した。

 

その日の夜。少し野営地から離れた森の中に私と彼は移動した。祈りを始める前に、彼はキリスト教があまり主流でない地域で育っているはずだったので、私は彼に、「ロザリオを貸しましょうか」と問いかけた。

 

「いえ」と彼は胸元に手を突っ込みながら言った。

 

「自前のものが」

 

彼の服の中からは、きれいに磨かれた銀色のロザリオが引っ張り出された。大切にしているということが一目でわかる、それくらいきれいなものだった。

 

「クリスチャンだったのですか?」

 

「あなたほど敬虔というわけではない、なんちゃってクリスチャンですけど。母がクリスチャンでその流れというか。このロザリオも、もとは母の──」

 

そこまで言うと、彼は口をつぐんだ。その時の彼の顔は、見覚えがある顔だった。家族の戦死報告を聞いた遺族が見せるような、悲しみと怒りがないまぜになった、どうしようもなく痛ましい顔だ。「それ以上はいいですよ」と彼に告げた。これ以上悲しいことを思い出させたくなかった。

 

「お気遣いありがとうございます」と言いながら、彼は私の足元に跪いた。十字架を胸に抱くように握りしめて、「祈りを始めても?」と私に問うた。

 

「どうぞ」

 

私が言えば、彼は頭を垂れて祈りを捧げ始めた。なんちゃってクリスチャンだ、なんて言っていたとは思えないほどには、真剣な祈りだった。

 

しばらくそうしていると、彼は頭を上げた。開いた瞼に涙は見えなかったが、私には彼が泣いているように思えた。

 

 

 

「懺悔を」と彼は言った。

 

「どうぞ」と私は返した。

 

 

 

 

「オレは、救えるはずのものを救えませんでした。見捨てました。あまつさえ、それが仕方のないことなのだと、自分を正当化しました」

 

「いいえ、戦場における死は悲しいものですが、それがすべてあなたの責になるなどということはありません」

 

「いいえ、救えたはずなんです。オレが殺したも同然です」

 

「……それは傲慢です。あなた一人の力は限られています。だからこそ人はみな隣人とともにあるのですから」

 

「はい、しかし、オレは──

 

 

 

 

──彼らを見ていなかった。隣人だとすら、思っていなかったんです。

 

 

最後に彼がこぼした声は、震えていた。うつむく彼の立つ地面には、月光を映して銀色に輝く雫が、ぽたりぽたりと落ちていた。

 

そんなことはない、と言ってあげられたらどれだけよかったか。落ちる涙を拭いてあげて、あなたに罪はありませんと赦しを与えられたらよかったのに。

 

だけど彼自身の罪の告白があまりにも真に迫っていて、戦場帰り特有の心の病だと一蹴できないくらいには、彼の後悔は重かったから。

 

私には、無言で彼の濡れ羽色の髪の毛を撫でてやることくらいしかできなかった。

 

 

 

「お恥ずかしいところをお見せしました」

 

としばらくしてから彼は言った。続けて、

 

「お手伝いありがとうございました。心が少しだけ軽くなりました。でも、あんなこと言って迷惑でしたよね」

 

と言う彼に、私は首を横に振ることで答えた。「そうですか」と彼は安心したように少しだけ笑った。今までのしかめっ面からは想像もできないくらいには愛嬌があって可愛い笑顔だった。

 

「あなたがそうして笑えただけで、私は満足です」

 

といえば、彼は照れたように頬を掻いた。瞬きをすると、彼はいつもの表情に戻っていた。「そろそろ戻りますか」と彼はつぶやいた。

 

そうして私たちは野営地へと足を進めた。銀色の光が、木々の間から降り注いでいた。




『銀のロザリオ』

銀製のロザリオ。変色しやすく、輝きはすぐにくすむ。だが手入れを怠らなければ、ほかの何よりも神聖な輝きを放つ。

彼は聖書を諳んじるような敬虔なクリスチャンではないが、このロザリオの手入れに関しては、どんなクリスチャンよりも真剣な姿勢で取り組んでいるだろう。

かつて血に浸されくすんでいたロザリオは、今ではすっかり元の輝きを取り戻している。

所有者の心と裏腹に、ではあるが。





懺悔のシーンとか、本物のクリスチャンの人にとっては突っ込みどころ満載かもしれんが、広い心で許してほしいです。

あと話が全体的に暗いけど、これは仕様です。

感想とかお気に入りとかばっちり待機してます! くれると今回みたいにやる気が出るので、ぜひよろしく!


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インタールード:『ロマニ&ダヴィンチ』

な~んかウチの作品がランキングにいるっすねぇ!

みんなの応援のおかげです! ありがとナス!

嬉しかったから新話投稿するね。まあサブタイトルは幕間(インタールード)だけど、本編にバチコリ関係あるから許してほしい。

一応説明しとくと、時間軸はオルレアン出撃前です。

オルレアン待機勢はそのまま待機オナシャス!




「いいかい、ハズムくん」とレオナルドは人差し指を立てて、言い聞かせるように話し始めた。

 

「君のことをわたしは()()()()の魔術師になれるとは言ったが、それは私のようにあらゆる分野に秀でる存在になれるということとは違う。一芸に特化した専門家になれるという意味だ。そこまではいいかな?」

 

「はい、ダヴィンチ先生」

 

「大変良い返事だ。その調子で聞く様に」

 

レオナルドは気分よさげに眼鏡を持ち上げた。教師の役割に徹している間は、レオナルドが彼に対して感じる嫌悪感は薄れるらしかった。こうして笑顔を見せることも、たまにはあった。そのたびに、ハズム君が嬉しいような安心したような顔を見せるところが、ボクが彼に対して感じる唯一の()()()()()()()()()でもあった。

 

真剣にレオナルドの講義を聴く彼を横目に、ボクは彼のカルテに目を通した。それが、カルデア医療部門トップのボクの役割だからだ。タブレットのホログラムに映し出される彼の詳細なデータは、レオナルドの言ったように、彼の魔術的な才能の大きな偏りを示していた。ボクはデータを彼にも見せながら、レオナルドの言葉を補足した。

 

「君には一通り検査を受けてもらったけれど、君の起源──『突破・解決』だったかな──は、非常に概念として強力なものだというのがわかった。それがゆえに君の体がほかの概念を有する魔術に馴染まなくなっているくらいにはね」

 

「つまり?」

 

「『突破』の性質を持つ──例えば貫通系の魔術、破壊系の魔術だったり。『解決』に由来する──こっちはあまり思い浮かばないけれど、解析の魔術とかかな。ともかくそれらに対して、君はほかのどんな魔術師よりも、より早く、より強くなれるだろうさ。無論、私の教育があればこそだけど」

 

ただ、とレオナルドは立てていた指を彼の眼前に突き付けた。これだけは聞き逃すな、という圧を感じた。

 

「そのほかの魔術に関しては、君はミジンコ以下だ。リツカ君の方が万倍早く習熟するだろうさ。君の起源は君自身の限界や制限の突破にも影響している──高い身体能力とか、レイシフト適性とかからも、それは明らかなわけだけど──いくら君に限界がなくてもね、進む速度が亀以下じゃあ、生涯努力したって並の存在になれるかどうかだ」

 

ウサギのように走れる方法がわかっているのに、わざわざ亀より遅く走る道を選ぶかい?とレオナルドは締めくくった。彼は首を横に振った。それは確かに、意味がないことだ。努力しないウサギと努力する亀なら亀が速いが──どちらも努力するなら、断然ウサギが速いだろう。

 

「だから私の授業では、君には主にさっき上げたような魔術の習得を目指してもらう。そしてその結果を鑑みて、君に与える礼装の調整も行う予定だ。リツカ君の服に組み込まれた『応急手当』の魔術なんかは、君の服に組み込んでも宝の持ち腐れだからね」

 

というわけで、ダヴィンチちゃん謹製、試作品第一号だ。と言いながら、彼女は得意げに服を取りだした。見た目はリツカ君に支給されたものとあまり変わらない。物珍しいのか彼がまじまじと見ていると、さっさと着替えてとレオナルドがせかしている。袖を通してみる姿に違和感はない。サイズはぴったりだったようだ。

 

「礼装、については理解しているね?」

 

「オレの魔術の発動をサポートしてくれる、ということくらいは」

 

「おおよそその通り。だが私謹製の礼装はもっと高性能だ。なんせ魔力を通し、使いたい術を意識しただけで術を構成してくれる。さあ、実験だ。昨日練習した通りに、魔力を込めてみたまえ」

 

言われたとおりに彼は魔力を込める。特に文言は発さなかった。魔術の方向性が固まればそういうものを決めたほうがいいのだろうけれど。その方向性を決める実験をこれからやるのだから、まあそれは追々でいいだろう。

 

「……うん、魔力に問題は無し。やはり、ついこの間まで一般人だったにしては君の魔力は多いね。もう少し礼装の魔術の出力は上げても──っとと、本題からそれた。今は試作品一号の試運転と、君の訓練だ。では先ずは貫通術式から──」

 

 

 

 

 

 

「意外な結果になったね。『貫通』『破壊』『解析』、その他おおよそ起源に関わりの深い魔術については予想通りの高い適性だ。だけど『遠距離攻撃』──いや、『射撃』かな? ともあれ、それにも適性があるとは」

 

レオナルドがホログラムに映し出されたデータを眺めながら告げる。彼女の言う通り、彼は遠距離攻撃系の魔術、特に弾状のものを飛ばして攻撃する『射撃』の魔術に適性があった。それこそ貫通や破壊といった魔術と同じくらいには。

 

「どうしてだろうか」とレオナルドは頭を悩ませている。ボクも正直不思議には思っている。彼ほど起源の特性が濃く現出している人間が、ほかの魔術特性に適性を持つ余地があるというのはあまりない。

 

「なにか心当たりはあるかい?」と聞いてはみたが、「オレにはさっぱり」と返ってきた。「だろうね」と返す。彼はカルデアに来てから初めて魔術の世界に触れたのだから、心当たりがなくて当然だろう。

 

「まあともかく、使えるのであればそれは僥倖。今回のデータをもとに礼装を調整しておこう。また明日、今度は試作2号を用意して君を待っているよ」

 

「はい。今日はありがとうございました」

 

「ノープロブレム! 君の努力、目標に向かって進もうとする姿勢は大変に好ましい。もっとも、頑張りすぎには注意だ。もし倒れてしまうことがあれば、リツカ君たちも心配するだろう」

 

そう彼をねぎらって、レオナルドはシミュレータルームを後にした。

 

さて、ボクも今回の実験結果を整理して、彼のカルテの更新やらなんやらを進めなければならない。「ボクは医務室に戻るよ」とハズム君に告げると、「オレは少し残ります」と返事があった。今日の魔術訓練について記録を残すらしい。彼がいつも持ち歩いている手帳(おそらく日記だと思う)とペンを握っていた。

 

「じゃあ、また明日ね。体調やメンタルに不調が出たら、いつでも医務室に来るように」

 

「はい。わかりました。頼りにしています」

 

そう言って、彼は手帳に目を落とした。そんな彼を背に、ボクはシミュレータルームを後にした。

 

 

 

医務室に向かいながら、彼のことを考える。「頼りにしています」とは言われたが、彼が医務室に訪れたことは一度もない。リツカ君の方はよく訪れてくれるから話をする機会も多いのだが、彼と会って言葉を交わすのはレオナルドの講義のときぐらいだ。

 

だからなに、というわけではない。彼の健康状態はほとんど正常と言っていいし、メンタルも()()()()安定している。人理焼却などという大事件に巻き込まれて、さらにはアルトリア・ペンドラゴンをはじめとした英霊に避けられているにも関わらずだ。信じられないほどに取り乱さない。

 

ただ──彼は何か悩みを隠しているように思える。特に根拠のある推測ではないが、勘というものは馬鹿にはならない。とはいえ、こういうのは本人が話したがらないのに無理やり聞き出したところで逆効果だ。そのためには彼に信頼されるように努力するしかないだろう。

 

医務室に到着した。デスクチェアーに腰かけて、ぐっと一つ伸びをする。

 

「さて、もうひと頑張り」

 

そう呟いてカルテを開いた。彼らのような子供たちに人理修復なんていう重荷を背負わせたんだ。ボクはボクにできる最大限を持って、彼らのことをサポートし、守らなければならない。それが、ボクのやるべきことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20XX/XX/08

 

今日もダヴィンチちゃんたちと魔術訓練をした。昨日までの魔力を通す訓練とは打って変わって、FGOで見たことのある礼装(たしか魔術礼装・カルデア? 白黒のカルデアの制服みたいなやつ)を着せられて、実際に魔術を使ってみる訓練だった。

 

オレの起源は『突破・解決』らしい。魔術を教わったのはこれが初めてだから、とうぜん起源を知ったのも初めてだったけれど、まあ予想外ではない。銀弾なんて能力を持っている以上、それに関係する類の起源になるのはおかしいことじゃないと思うし。『銀弾』で一度生き返ったせいで、起源に影響が出ているという可能性もあるが。

 

これは例の()()()()()が言っていたことだが、『銀弾』は魔術や魔法とは全く異なる領域に存在する力らしい。まさに理解不能の力。発動にあたっての条件こそ厳しめだが、この世界の理にある神羅万象は、銀弾の能力に触れること能わず、効果を阻むこと能わず、って具合だとか。だからこそ奴はオレの力を欲したし、けれど対応を誤ってオレに殺されたのだ。オレのことを舐めてたんだと思う。

 

銀弾の使用先を考えているときにこのことを思い出して、オレはこの性質を最大限に利用しようと考えついた。()()()()()()()なんにでも効くってことなんだから、これは明確なアドバンテージだ。

 

オレは少なくとも、()()()()()まではこの力をカルデアの誰にも──親友のリツカであろうとも──話さないことに決めている。彼らを信用していないわけではないが、切り札ってのは知っている人間が少ないほどいい……と、思う。それにオレの知っている未来から乖離するような原因をあまり作りたくないというのもあった。

 

だからDr.ロマンに射撃の適性について心当たりを聞かれたときは、少しだけ焦ってしまった。「オレにはさっぱり」なんて言ったけど、内心バクバクだ。様子を見る限り怪しんではいなかったのが幸い。あの時はロザリオを握る手が汗まみれだった。この後磨いておかないと。

 

まあ、ともかく。この先の訓練は今日判明した適性に沿ったものになっていくだろう。サーヴァントに一矢報いるほどとは言わないが、できるだけサーヴァントの負担にならずに、自分の身は自分で守れるくらいの魔術師にはなり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ごめ~ん、ハズム君!」

 

「──!?」

 

シミュレータルームの扉を開けると、デスクに座っている彼の肩がびくりと震える。驚かせてしまったようだ。彼の顔には、珍しく驚きの感情が見えた。

 

「どうしました?」と言う彼には若干の焦りと──怯えのようなものが感じられる。焦りの方は知らないけれど、怯えについてはいつものことだった。うまく取り繕ってはいるけれど、まあ私には見抜けるくらいのもの。

 

私が彼のことを怪しい存在としてみていること、そんな負の感情に怯えているのかもしれない。もしそうなら申し訳ないとは思う。

 

私をはじめとして、サーヴァントはみんな彼に得体の知れないものを感じている。それは本能的な直感に訴えかけてくるものであるから、直感に対して正直な(直感を信じる、ということを重んじる)者──アルトリア・ペンドラゴンやエミヤは、なかなか彼に対する態度を取り繕うことが難しい。

 

私は彼らに比べれば表に出していないほうだと思うけれど、正直、魔術の修行を通して彼と接しその人間性に触れていなければ、きっと彼らと同じようなものだっただろう。実際今でも、ふと油断した時に彼への嫌悪が漏れることはあるのだから。

 

彼は好ましい人間だ。努力することを知っており、リツカ君やマシュ、みなのことを心配し、想っている。だからこそ私は彼に接するときにできるだけ負の感情を表に出さないようにしているし、彼の特訓についても力を入れているのだ。

 

とはいえ、私は彼のことを全面的に肯定しているわけではない。それはロマニがすでにやってくれているし、彼にも怪しい部分がないわけではないからだ。

 

あの管制室爆破事件の時についてなんて、その最たる例だろう。彼は追い出されたリツカ君と違って()()()()()()のにも関わらず──

 

 

 

──おっと、そんなことを考えるために戻ってきたのではなかった。

 

「言い忘れていたことがあった。明日までに、魔術を発動するとき用の()()を考えてくること! 最初のうちは慣れないだろうけど、文言による自己暗示は、精神の安定や魔力の調律に良い。常に最善・最適な自分をイメージできるような、自分のための言葉を作るんだ」

 

伝えるべきことを伝える。「はあ」と気のぬけた返事が返ってきた。む、結構重要なことなんだけどなあ。彼のことだから言われたらしっかりやってくるはずだけど、一応釘は刺しておこう。

 

「あ、ちなみに明日までに考えてこなかったら、君の礼装はスケスケ・ピチピチのボディースーツ型にするからね!」

 

「え゛……ちゃんと考えてきます」

 

「ならばよろしい。じゃあ、こんどこそさよならだ。また明日。チャオ~」なんておどけたように言って、シミュレータルームを後にする。

 

……彼の怯えた眼は、今日も最後まで変わらなかった。

 

彼は良い人間だ。それと同時に怪しい人間だ。間違いなく善性の塊であるリツカ君とは違って、彼の存在は異様に過ぎる。

 

私は探偵ではないけれど、万能の天才として彼を見極めなければならない。それが、私の役割だ。

 

 

 

──けれどいつかは、彼が心から笑ってくれる日が来てほしいとも思う。彼が私を見るたびに首のロザリオを握りしめる痛ましい様子は、あまり見たくなかった。

 

 

 

 

 

 

 




『ハズムの癖』

決意・闘争・打開の感情を強く持った時、彼の右手は銃を形作る。

懊悩・恐怖・不安の感情を強く持った時、彼の手はロザリオにのびる。

当然、『癖』なので本人は無意識だが、長い付き合いのリツカや、彼のことを(いろんな意味で)よく見ているダヴィンチあたりは、この癖の表す感情になんとなく気づいている。

つまり彼にとって、銃とは自分を前進させるための道を切り拓く力であり、ロザリオは自分を後退させないための過去の罪の象徴だということだ。

彼の脳裏には、きっとあの血生臭い夜が浮かび続けている。





感想ありすぎて返す気力がない! すまん! 全部読んでるから許して……

感想よんでみんな気になってそうだったことに少し触れるね

・『主人公2部のこと知らなくね』問題
 まあ、この作品は取りあえずシナリオ一部の内容で完結する予定なので。主人公も一部のことしか知りません。というか、公式の2部が完結してないのに、書くなんてことはオレにはできん!

・『日記形式のフォント見にくい……見やすい?』問題
 これは演出の一環なので変えるつもりは今んとこないです。あまりにも読みにくいって声が多ければ検討するね。でもせっかくある機能だから使いたいよね。

・『なんで銀弾を人理焼却の時に使わんのや、この主人公』問題
 まあこの先の更新を気長に待ってクレメンス。追々説明するけんな、追々。



こんな感じかな。とりあえず読んでくれて感謝感激です! まさか投稿数2話でランキング載るとは思わんかったです。

感想やらお気に入りやらばっちり待機してます。感想は返信なくても読んでるから許してね! あとガチ褒めは作者がガチ調子に乗るし、ガチ貶しは作者がガチへこみするから、プラスでもマイナスでもちょうどいいくらいの感じでくれるとありがたいやで。


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オルレアン-3


み~ん~な~!

ガチャイベ頑張ってるぅ!?

2か月ぶりくらいの投稿をした私だよ!


とりあえず、オルレアンはこれで終わり! 閉廷!

ガチャイベ忙しいから読んでられないよ~っていうフレンズのみんなは、とりあえず100箱開けた後に読むのでもええで!




装填(Reload)──」

 

そうハズムがつぶやくと、彼の腕から手のひらにかけて光が瞬いた。白と灰色の混ぜ合わされた綺麗な輝き──あの色は、白銀、と形容すればいいのだろうか。彼の腕にまるで銃創のようにほとばしったそれの正体は、浮かび上がる魔術回路が生み出す発光だった。

 

銃の形になった彼の右手、エネミーに向かって真っすぐに突き付けられた人差し指から、白銀の弾丸が発射される。それは、まるで吸い込まれるかのように正確な弾道で(エネミー)を貫いた。ヒトデのようなタコのような形容しがたい見た目のエネミーの体躯が、貫通痕を中心にしてぼろぼろと崩れ落ちていく。破壊と貫通をなす、ハズムの攻撃魔術が起こした現象だった。

 

「大丈夫か、リツカ」

 

そういって、ハズムはこちらを見やる。俺が「大丈夫だよ」と簡潔に告げると、彼は視線を目の前にはびこる海魔の群れに戻した。

 

サーヴァントをサポートする魔術しか使えない俺と違って、ハズムはこうした攻撃系の魔術を得手とするらしい。だからこの特異点を攻略していくうちに、オレが司令塔として指示を出して、彼がマシュとともに近くで敵を寄せ付けないように守る、という風に自然と役割が分かれていった。

 

親友だけが危ない役割というのは気が気でないけれど、特異点を攻略するにはそれぞれが自分にできることを最大限にやらなければならない。俺にとってのそれがサーヴァントの指揮で、ハズムにとっては露払いの役割だった。特に彼とアルトリアとの間には良い信頼関係があるとはとても言えない状態だから、ハズムはあまり指揮をするのに乗り気ではなかったし。

 

ともかく、隣にハズムがいるのは、マシュが隣にいる事とはまた別の意味での『安心感』があった。やはり一人より二人、隣に信頼できる仲間がいるのはこんなにも心強いことなのだと実感する。燃え盛る冬木の街をたった二人で旅したあの時と比べれば、彼の存在があるのがいかに幸せか、身に染みてわかるようだ。

 

 

 

現在、俺たちはオルレアンに攻め入っている。特異点を作り出した原因が竜の魔女──ジャンヌ・ダルク・オルタにあると断定した俺たちカルデアは、彼女の本拠地であるオルレアンの城を強襲。彼女の打倒をもってこの特異点を修正しようという腹積もりだった。

 

そしてその道中、このように海魔の大群に阻まれてしまった。ジャンヌ・ダルク・オルタの仲間として活動するジル・ド・レェ──味方の彼と区別するためにも『青髭』と呼ぶべきかもしれない──が呼び出した海魔は、強さこそ魔術を習いたてのハズムでも難なく倒せるくらいのものだったけれど、いかんせん数が膨大というのか厄介だった。俺たちは、まさに肉の壁に阻まれている。このままでは、城の最奥にたどり着くのにまだまだ時間がかかりそうだ。

 

『時間をかけすぎると、不利になるわ』と手首の通信機器から焦った声が聞こえる。竜の魔女は膨大な魔力──聖杯のチカラによって、これまで何体ものサーヴァントを召喚し、俺たちの行く手を阻んできた。グズグズしていると、彼我の戦力は容易に逆転してしまうだろう。

 

「ハズム!、令呪を!」

 

らちが明かない、とそう考えた俺は、ハズムに向かって叫んだ。アルトリアの宝具を令呪でブーストすれば、ここを突破できるかもしれない。

 

「……セイバー!」

 

ヒトデもどきの海魔に射撃の魔術を撃ち込みながら、ハズムが叫ぶ。魔術回路が浮かぶ腕の先、彼は傷だらけの手の甲に刻まれた令呪を掲げた。彼が首から下げているものによく似た十字架の模様、その片側から滴り落ちるような雫が刻まれている。それが彼の令呪だった。

 

「宝具をもって、道を拓け──!」という彼の命令とともに、その1画が弾けるように消えた。紅く輝きながら消え去った雫の刻印は、まるで鮮血のようでもあった。

 

ハズムの命令とともに、アルトリアはその聖剣を掲げた。黄金の奔流が彼女の剣にまとわりつき、やがて一つに束ねられていく。頭上に掲げられた聖剣とその周りの極光が、まるで一つの剣であるかのように形づくられた瞬間、その両腕を力強く振り下ろしながら、彼女はその真名を高らかに叫んだ。

 

 

約束された(エクス)──勝利の剣!(カリバー)

 

 

そうして、まるでこの世のものとは思えないほどの轟音と閃光が戦場を縦断し、その進行を妨げた障害はことごとくが消滅した。

 

「──っ」

 

その光景に呆けていると、息を飲むような音がすぐそばから聞こえた。そちらをみやると、ハズムがまるで魅入られるようにしてその光景を凝視していた。俺には彼の気持ちが十分に理解できた。こんな──まさしく『英雄の一撃』を目の当たりにして、圧倒されない者などいないのだから。

 

ともかく、道は切り拓かれた。この特異点で失われたもの、そして焼却された人類の未来を胸に抱いて、俺たちは城門をくぐり抜けた。

 

 

 

 

 

 

城壁を越えて、大広間へと続く回廊を走り抜ける。ここでも海魔が行く手を阻んだけれど、面積が限定された屋内ということもあって、先ほどまでよりは容易に突破できていた。カルデアのサーヴァントはもちろん、現地サーヴァントのエリザベート&清姫、ドラゴン娘コンビの出す火力も(味方にいくらか被害があることを除けば)ありがたい一助だった。

 

「この調子でいけば、竜の魔女のサーヴァント召喚が完了するまでに、きっと大広間までたどり着けます!」

 

海魔の触手を旗で打ち払いながら、ジャンヌが皆を激励するようにして叫んだ。その言葉通り、この上ないほど順調な行軍ではあった。しかし──

 

「マスター、ハズムさんも! 気を付けてください! 奥に進むほど敵性体の勢いが増しています!」

 

マシュが打ち寄せる海魔の波に耐えながら言ったとおりに、エネミーの数自体は増えるばかりだ。つまり、この奥に発生源──ジル・ド・レェが立ちはだかるであろうことはもはや疑いようもなかった。

 

装て(Relo)──グッ、」

 

「あ──、ハズム!」

 

ハズムが射撃の魔術を発動しようとすると、突然に苦し気な声を上げて右手を抑えた。駆け寄ると、彼の右手は力が抜けたようになっていて、さらに痙攣も見られた。明らかな不調だった。

 

()()! ロマン! ハズムの様子が──」

 

『──魔力欠乏か、回路を酷使しすぎたか。慣れない魔術を無理して使うからよ』

 

『ハズム君のバイタルからすると、両方の症状が重なっているようだ。ハズム君は、これ以上の魔術の使用は禁止。それと、アーサー王も激しい魔力消費──特に、令呪を伴わない宝具使用は厳禁でお願いします』

 

「わかりました。アーチャー、交代を。貴公であれば、前衛も務まるでしょう」

 

ロマンのドクターストップを受けて、アルトリアが前線から退き、代わりにエミヤが出る。弓兵のクラスのエミヤであるが、彼の接近戦の技術は侮っていいものではない。海魔程度であれば、たやすく蹴散らしてくれるはずだ。

 

「よろしくね、エミヤ」

 

「ああ、承知した、マスター」

 

頼もしい返事と共に、エミヤは陰陽の双剣を投影し、前線へと赴いた。ハズムはしばらく右手を辛そうに抑えながら蹲っていたけれど、俺が肩を貸すと、ふらつきながらも立ち上がった。「足手まといでごめんな」と悔しそうな顔をすると、彼は俺の肩から手を放す。明らかに辛そうな様子でありながら、ハズムは自分の足で進む意思を示した。

 

「足手まといだなんて、そんな」

 

「──慰めは後で聞くよ。オレのせいで遅れた分を、どうにか取り返さないと」

 

そう言って、エミヤたちが切り拓いた道を進むハズム。その後を追いかける。彼のことが心配ではあったが、グズグズしている場合ではないのは事実だった。

 

 

 

しばらく行くと、ようやく大広間に続く扉が見えた。そこには立ちふさがるようにして、狂気と怒りに満ちた表情のジル・ド・レェが待ち構えていた。

 

「──ジル。そこを通してください」

 

ジャンヌが辛そうに、けれど断固たる意志を込めて告げると、彼は目玉が飛び出るくらいにその目を見開いて、しかしその表情とは裏腹な静かな調子で返答した。

 

「──なりません、ジャンヌ・ダルク。あなたであっても、いえあなただからこそ──通すわけにはいきません。すべては、私の復讐、そして聖女ジャンヌ・ダルクの復讐のために」

 

「ならば、押し通ります!」

 

ジャンヌの言葉を契機に、両陣営が衝突した。次々に召喚される海魔によって、数の利は敵側にあった。けれど、ジャンヌ、アーサー王、エミヤ、エリザベート、清姫、そしてマシュ。これだけサーヴァントのそろったカルデア陣営にとってはもはや相手にならなかった。

 

ジャンヌはジル・ド・レェと決着をつけたそうではあったが、今止めるべきは竜の魔女だ。この場はエリザベートと清姫に任せて、大広間に乗り込むことになった。

 

「エリザベート、清姫、頼んだ!」

 

「ええ、子イヌ。任せなさいな」

 

「まあ、安珍さまぁ……そんな私に任せるだなんて。嬉しいですわ」

 

快く引き受けてくれた(約一名不穏ではあったけれど)二人に任せて、俺たちは大広間につながる大扉を開いた。ジャンヌを見ると、彼女は名残惜しそうにしていたが、すぐに表情を切り替えてジル・ド・レェを背に進んだ。

 

俺もそれに続こうとして──

 

「──ハズム?」

 

立ち止まっているハズムに気づく。彼の視線は、ドラゴン娘たちと戦うジル・ド・レェに向けられている。彼の右手は胸に添えられている──きっと礼装の下、銀の十字架に触れているのだと思う。憐れんでいるような、恐怖しているような、恨んでいるような、様々な感情にまみれた表情で、彼は青髭の背中を見ていた。

 

「……」

 

「ハズム、大丈夫?」

 

「──っああ、ごめん、行くよ」

 

俺の呼びかけにはっとしたように、ハズムは振り向き進んだ。親友のおかしな様子、彼の体調のことも相まって、胸には不安が募っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20XX/XX/17

 

「ここで焼け死ね! ジャンヌ・ダルク! 私の復讐のために、あんたは──邪魔だ!」

 

あの時、そんな獣の咆哮にも似た叫びと共に、特異点『邪竜百年戦争オルレアン』、最終決戦の火蓋がきられた。復讐の炎が大理石の床を焼き、憎悪を宿した黒剣が絨毯を断ち切った。オレが感じたのはもちろん恐怖で、そして次に──何を感じただろう。きっと、竜の魔女やジル・ド・レェに対する、怒りだとか、憎しみだとか、そういったものだったのではないか。

 

嵐のように降り注ぐ暴力の真っ只中。聖女ジャンヌは、それに身一つで晒される最前線で、竜の魔女を毅然と見据えていた。自分の背丈以上もある旗をさらに高く掲げ、憎しみの雨を聖なる祈りによって打ち消す。それはまさしく──絶望に満ちた戦場に希望をもたらした彼女の宝具。救国の聖女が放つ、永遠の輝きだった。

 

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)

 

カルデア陣営を襲ったすべての悪意は、この真名の宣言をもって阻まれた。オレたちを囲む淡い光の壁からは、ジャンヌの「仲間を守る」という意思がひしひしと感じられた。

 

竜の魔女──邪ンヌのほうを見ると、彼女は茫然としていた。きっと渾身の一撃だったのだと思う。聖杯のバックアップがありながら、それでもジャンヌ(じぶん)に負けたことが信じられない様子だった。

 

その隙を、エミヤやアルトリアが見逃すはずもなく、竜の魔女はあっけなく討ち取られた。しかし、干将莫邪で腹部を真一文字に切られ、さらに聖剣を肩から袈裟懸けに振り下ろされても、邪ンヌはそんなことは関係ないとばかりに、フランスへの憎悪と、復讐の成就を叫んでいた。

 

鮮血を体のあちらこちらから滴らせながら、苦悶の表情すら浮かべず、鬼気迫る眼を見せ続ける彼女の姿はまるで──

 

いつか、英霊エミヤが「古い鏡を見せられている」と、表現していたことがあった。あの竜の魔女は、あるいはジル・ド・レェは、きっと俺にとっての()()()だったのだと思う。

 

血反吐を吐きながら眼前のすべてをにらみつける彼女の姿は、復讐に憑りつかれたいつかのオレの姿に似ていた。

 

 

 

だから、だろうか。

 

オレは、止めるサーヴァントたちを振り切って、彼女のそばに跪いた。そして、きつく握りしめられた彼女の右手を開いて、その掌の上に、母の形見のロザリオを置いた。

 

彼女は、何をやっているのかわからない、という顔でオレを見ていた。馬鹿にしているのかと、神を恨む自分にロザリオなんて、どういうつもりだと、そう訴えられている気がした。

 

きっと自己満足だった。不必要な言動だった。けれどオレは彼女を──あるいは、古い鏡に映ったあの日の自分を──放っておけなかったのだ。

 

彼女は、余計な真似をしたオレを恨むだろう。いつか再会した時に、炎で焼かれるかもしれないし、剣で貫かれるかもしれない。

 

でも、そうなったとしたら、彼女はカルデアに存在しているということで。そして、リツカに救われているということだ。

 

オレは、FGOで幸せそうにしているジャンヌ・ダルク・オルタを見た。絶望と憎悪の底から救い出され、確かに育まれたリツカとの絆の尊さを知っている。

 

もしそれがこの世界でも実現するならば──それはきっと、喜ばしいことだ。だから、不必要な行いであったとしても、きっと後悔はしていない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜の魔女を中心に広がる血だまりにハズムが進んでいったとき、当然、俺は彼を止めた。

 

彼女の周りに広がる炎は勢いこそ弱まれど、触れればやけどだけで済むようなものではなかったし、そもそも彼女が満身創痍とはいえ、その気になればハズムのことなど一瞬で葬り去れるはずだったからだ。

 

けれど、ハズムは引かなかった。無理にでも行こうとしたから肩をつかんだら、ハズムは懇願するような表情で振り返った。そのとき、親友だから、彼にとってあの場に進み出ることが、何より大切なことなのだとわかってしまって。俺はつかんだ肩から手を放した。

 

サーヴァントたちには、彼の邪魔をしないように頼んだ。快くとは言わないけれど、みんなはその頼みをきいてくれた。もちろん、危険な気配があれば動ける距離にいるようではあったけれど。

 

膝に血が付くことも、熱せられた床に肌を焼かれることも、まるで些末なことだといった風に、ハズムは竜の魔女の前に躊躇なく跪いた。そうして、胸から取り出したロザリオ──彼にとってなにより大切なはずのそれを、あろうことか先ほどまで敵であった彼女の手にのせた。

 

そうしてロザリオと、それを乗せた彼女の右手を両手で包み込むようにして握ると、彼は遠い昔を──大切な記憶を思い出すような声で言った。

 

「神はあなたを見てはくれなかったかもしれない。救ってはくれなかったかもしれない。あなたが神を、ヒトを恨むのは仕方のないことなのかもしれない」

 

「──はっ、なによそれ。同情なら結構よ、虫唾が──」

 

「けれど。 ……けれど」

 

 

 

「わたしは、わたしたちは、あなたを見守っています。きっとあなたが救われるまで」

 

 

 

さっきまで、心底嫌そうな顔をしていた竜の魔女は、その言葉に目を見開いた。ひょっとしたら俺は、彼女の眼が復讐の色を映していない瞬間を、そのとき初めて見たのかもしれなかった。

 

「──あんた、何様よ」

 

「……」

 

もう言うことは言いつくしたとばかりに、ハズムは無言のままで、ただ彼女の手を握っていた。彼女はその手をしばらくじっと見ると、まるで何かをこらえるような顔をして、うつむいた。

 

「ほんと、何様。バカみたい──自分をジャンヌ・ダルクだって思い込んで、復讐もなせなくて、挙句の果てに敵の坊ちゃんに慰められるって? ほんとうに──バカみたい」

 

その声は震えているようだった。彼女は最期に、ハズムの手の感触を確かめるようにして、空いた左手をそこに重ねた。そして、あきらめたように天蓋を見上げると、光の粒子になって消え去った。

 

 

 

からん、と銀のロザリオが地面に落ちた音が聞こえた。それに連続して、じゅう、と何かが焼ける音が静かに鳴った。

 

あれは、跪いたハズムの皮膚が焼ける音か、あるいは血液の蒸発する音か。

 

いいや、と俺の直感が告げた。あれはきっと涙の焼けた音だったのだ。

 

俺には彼女の思いも、ハズムの思いも、正確にはわからなかった。けれど最後、彼女が虚空を見上げた時、その口は満足そうに笑っていた。

 

──だからきっと、それがすべてを表していると思うのだ。

 

 

 

 

 





神はあなたを見てはくれなかったかもしれない。救ってはくれなかったかもしれない。あなたが神を、ヒトを恨むのは仕方のないことなのかもしれない。

けれど。 ……けれど。

シロガネ■■■(わたし)は、わたしたちは、あなたを見守っています。きっとあなたが救われるまで。



──家族が見守ってくれている。だから、オレはそれに恥じない生き方をしなければならない。






ここまで読んで勘のいい読者の方はきづいてしもうたかもしれませんが、この小説では主に『ハズム君が活躍した』場面のみを書くつもりです。だって特異点シナリオ全部描写するの長いし。

だから特異点によっては1話とか、2話とか、まああるいは0話とかあるかもしれんね。

逆に言えば、描写のない場面(例えば今回のオルレアンならファブニール戦とか)は、ハズム君の活躍がないか、あるいはあっても少なかった場面ってことです。

特異点攻略において、明確にハズム君の登場があるときに書くってことやね。それは、これからもそうだし、()()()()貫いてきた方針なんだよね。



ここまで読んでくれてありがとナス! ガチャイベで忙しくてなかなか書けんかもしれんけど、感想くれたらどうにか頑張ってみる! 感想いっぱいほちぃな!



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インタールード:『救いはつながる∴』


投稿頻度不定期すぎでごめんなさい!

本当はセプテム編1話と一緒に出す予定だったけど、あまりにセプテムが書けないから先に投稿したよ!

ま~たインタールードかよって思っても広い心で許してね。


それはそうとボックスイベおつかれさまです! 

ちゃんと100箱開けた兄貴はすがすがしい気持ちで読んでくれ。

惜しくも100箱に届かなかった兄貴は、次こそはという悔しさを込めて読んでくれ!




 

 

オルガマリー・アニムスフィアは、片時たりとも、自分の中の劣等感を忘れたことは無い。

 

 

 

優秀すぎる父親。娘の自分を差し置いて、父の後継者と噂される父親の部下(キリシュタリア)。比べて、魔術の才で彼に及ばないばかりか、最も重要なレイシフト適性を持たない自分。

 

周りには自分よりも優秀な人間があふれていて、誰もが自分にないものを当然のように持っている。それぞれが自分の中に、誇り高き()()()()を持っている。

 

では、自分の存在証明(あかし)とは、いったい何だろうか。自分のどの分野を切り取っても、その上位互換があふれていると知った彼女にとって、その証を置くべき心の中心は、いつだって空っぽだった。

 

 

 

──あの日までは。

 

 

 

 

 

 

私は、食堂への道を歩いていた。第一特異点オルレアンの修復は無事に終了し、現在カルデアは第二の特異点へ向けての調整稼働中だ。私も所長として、データ整理や管制室での指揮などを日々行っているが、今は小休止の時間だった。

 

食堂といえど、そこは栄養食とドリンクの自販機が並び、いくつかのテーブル席が用意されただけの一室だ。ほとんどの職員は、必要なものを手に入れれば、自分の職場に持ち帰って食べているだろう。なにせ、栄養食は不味いというわけではないがおいしくもない。そんな食事をテーブル席で誰かと和気あいあいと食べるような人間は、カルデアにはいないということだ。

 

実際、今の私もそのつもりで、コーヒーでも調達して所長室でゆっくりしようと考えていたところだった。常から食事についてはとらなかったり、とってもドライフルーツのようなとても軽めのものだけを口にしていた。それは私が生来小食であるというのが一つの理由だが、()()()()()()()()()というのもきっとあるだろう。

 

お父様が死んでから、私の胸からは、もともと希薄であった自己の証明──生きるための証のようなものが零れ落ちていった。以前までの私は、それが何よりも怖かった。心の器に残った、あと数滴の自己肯定感、私が私であるためのすべてが無くなったとき、それはきっと、私という人間の終焉を意味するように思えたからだ。

 

だからこそ、カルデアの維持に躍起になった。お父様が遺したこのカルデアは、私が人の世にしがみつくための、最後の砦。私の価値を証明できる、最後のチャンスだと思ったのだ。

 

──だけど結局、このありさまだけれど。

 

 

 

「……」

 

食堂にたどり着く。自販機に近づき、コーヒーのスイッチをおした。プラスチック製のカップがセットされて、自販機からは砂糖やミルクの有無を尋ねられる。当然、ブラックにした。

 

豊かな香りが食堂を満たした。自販機に並ぶドリンクにはある程度職員の希望が反映されているが、コーヒーだけは、私の権限で、銘柄や温度などに一切の変更を許さなかった。そのおかげもあって、食堂のコーヒーは非常に私好みの味に仕上がっている。もちろん、豆から人の手で淹れるものとは比べ物にならないが、自分の手を煩わせたくないときには、これでちょうどよかった。

 

そんなことを思いながら、出来上がりを待っていると、ふと扉の開く音がした。こんな中途半端な時間に食堂に来るなんて、誰なのかと思えば、そこに立っていたのは、あのシロガネハズムだった。

 

「こんにちは、所長」

 

「……ええ」

 

彼は不機嫌そうな表情のままではあったが、礼儀正しく挨拶をした。第一印象ではこの表情が失礼極まりないと思っていたけれど、もう一人のマスター、藤丸立香によればいつものことだというから、もう気にしないことにしている。事実、彼は表情以外のことにおいて、特に礼節にかけるふるまいをしたことはない。

 

私が最も信用しているレフ──レフ・ライノールは、いつも印象の良い笑顔を浮かべる紳士だった。わたしはその彼のことをとても頼りにしていたし、好感を持っていた。レフがいたからこそ、お父様の死からこれまでをなんとか過ごしてこられたと思う。

 

そんな訳だから、まるで彼と正反対の表情を続けるシロガネハズムという人は、私にとってはとても受け入れがたいというか、間違っても仲良くするとか、信頼するとかいう選択肢が浮かんでくるような相手ではなかったはずだった。

 

そう、はずだったのだ。

 

「ハズム」

 

「? はい、オレになにか」

 

「ここへは食事をしに?」

 

「いえ、訓練していたら、のどが渇いて。休憩がてら、お茶でもと思ったんで」

 

彼の姿を見れば、確かに特異点用の魔術礼装に身を包んでいた。今日もダヴィンチの訓練を受けていたのだろう。少し疲れているようにも見える。オルレアンで足手まといになってしまったと悔いていたようだったから、いつもよりも熱が入っていたのだろうか。

 

自販機のほうをみやると、コーヒーは完成していた。カップを手に取って、私はちょうどいいと、彼の手を引いた。

 

「休憩するなら、所長室に来なさい」

 

「──へ?」

 

「私の休憩に付き合いなさい。オルレアンのことで、いくつか聞きたいこともあったしね」

 

私はそういって、彼を誘った。

 

仲良くするとか、信頼するだとか。そういった選択肢がないはずだった相手。そんな人を、お茶にまで誘った理由。それは、今の私にとってきっと──シロガネハズムが、シロガネハズムだけが、()()()()のレフに代わって唯一、私を人の世につなぎとめてくれる、私に価値を与えてくれる、私の存在証明(あかし)だからだった。

 

 

 

 

 

 

「──もう、魔術は十分に扱えるようになったかしら」

 

所長室の応接用ソファ。高級で柔らかなそれに、テーブルを挟んだ対面で座った私たちは、オルレアンのことをはじめとして、様々な話題について話した。今は、彼の魔術についてだ。

 

第一特異点オルレアンで、彼は魔術の加減ができずに魔力欠乏や回路の疲労を起こしていた。彼の帰還後、ダヴィンチはそんなことが二度と繰り返されないように、彼に自分の限界を教え込むと意気込んでいた。

 

「ええ、まあ。先生の教え方がスパルタ式になったのもあって、どうにか」

 

「そう」

 

苦笑しながら言う彼。彼は微笑みを浮かべる人ではないが、こうやって苦笑いをすることはよくある。それが仏頂面ではない彼を見ることのできる、数少ない機会だった。

 

彼がそうして、感情を少しでも表に出してくれるというのは、私にとってうれしいことだ。このお茶会が彼にとって警戒や苦悩をする必要のない、息抜きの時間になっているという希望が持てるからだ。

 

「……」

 

「……」

 

しばらくの間、部屋にはカップとテーブルの間に鳴る音だけが響いた。お互いの持ち込んだ飲み物が尽きたとき、私は意を決して()()()()について彼に聞くことにした。

 

「ねえ、ハズム?」

 

「はい」

 

「どうして、あのとき、竜の魔女に手を差し伸べたのかしら」

 

「……前も言ったと思いますけど」

 

「そうね。でも、真実を聴きたいの」

 

私は、彼のことを評価している。これは、私個人として生きるための証と彼を見るのとはまた別で、純粋に、私情を挟まない()()()()()()()()()彼を見た時の話だ。

 

彼は私の──あるいはカルデア司令部の下す命令には従順である。そして、結果もしっかりと残す人だ。

 

また、どうしても感情に引っ張られやすいリツカ(もちろん感情に従うのは必ずしも悪ではない。それはリツカの長所であり、短所でもある)と違って、ある程度に冷静で、義憤や正義感を抑え()()()な判断を下せる能力がある。

 

特異点攻略に対する意欲も高く、できうる限りの努力をもって挑んでいるだろう。そもそも、いくら才能があろうと、1か月に満たない訓練であれほどの魔術を行使できるまでには、血反吐を吐くほどの修練を必要としたはずだ。それをやり遂げたのだから、カルデア所長としては、彼を評価せざるを得ない。

 

総評として──彼は今のカルデアに欠かせない存在と言える。リツカと並んで、人理修復のための大切な人員だ。その優秀な能力や努力できる精神は必要である。もちろん()()()()()()()という点でもそうだ。彼は自己評価が高い人間ではないが、それを重々理解しているはずだったのだ。

 

けれど、彼はあのとき、あの竜の魔女の領域に足を踏み入れて、あまつさえ手を握るなどという、危険極まりない行動をした。そんなことをすれば、自分が死ぬかもしれないことも、そうなれば、人理修復を目指すカルデアにとってどれほどの損失かも、わかっていたはずなのに。

 

事実、炎上した大理石に接触した彼の膝は焼け爛れていたし、彼女に最期に握られた手のひらは、よほど強い力で──まるで()()()()()()という意思が見えるかのように──握られたのか、骨が粉々に砕け散っていた。

 

彼の行いが、そこまでのリスクを負ってすべき行為だと、私には到底思えなかった。リツカがやってしまうならまだわかる。けれど、今回行動したのはハズムだった。それが私には、不思議でならなかったのだ。──あるいは、嫉妬していたともいえるかもしれないが。

 

私は彼が帰還後に目を覚ましてから、真っ先に今回と同じ質問をした。その時、彼は曖昧に笑って「なんででしょうかね」と答えていた。きっと、ふざけていた訳ではなく、帰還直後のあの時は本当にわからなかったのだと思う。彼は困惑した顔をしていた。

 

自分がしたことの価値とか、意義だとか、そういったものが見えなかったのだろう。きっと、あれは彼の奥底──効率だとかそういったものを無視する強い思い、()()だとか()()と呼ばれる、彼の人間性の根本が行わせたことなのだ。

 

今回もう一度質問したのは、そろそろ彼が自分を見つめなおして、あの行動に対する答えを得ているだろうと思ったから。そして、彼のその答えを聞いて、彼という人間の奥底を覗きたかったからだ。彼が持っている存在証明(あかし)を知りたかったともいえる。

 

私の中にはない、強い意志。とっさに体が動いてしまうような、()()()()()()()()という爆発的なほどの思い。私を生かしてくれた彼のそれを聞きたかった。

 

 

 

「──きっと、正義とか、そういう美しいものではないんです」

 

彼はカップを両手で包み込むようにして持つと、それをぼうっとのぞき込みながら話し始めた。カップの中は空だったが、彼はその向こうに何かを思い浮かべているのだと思う。

 

「たぶん、同情だとか、同族嫌悪だとか。彼女がいつかのオレと似ていたから、見ていられなかったんです」

 

「……」

 

「オレは、いちど世界すべてを憎んだことがあるんです。ヒトも神も、全部滅びてしまえばいいのにって」

 

そう語る彼の青色の眼には、いったい何が映っているのだろう。おおきくひらいた瞳の奥底に、銀と紅が瞬いているように見える。

 

「でも、でも。見守っているって、なによりも大切な人たちが見守っているって言うから。オレはそれに救われたんです。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ったんです」

 

「だから、彼女に手を?」

 

「はい。けれど、あれはオレから彼女への言葉なんかじゃなくて──母から、オレへ向けた言葉です」

 

「え──?」

 

「いつかのオレに似ていたから、過去にオレを救ってくれた言葉をかけただけ。それだけなんです。失礼なことをしましたよ。おかげで、この様です」

 

そういうと彼は、包帯の巻かれた手のひらをかるく上げた。もう骨折は完治しているが、大事をとっているのか、包帯はいまだに取られていない。

 

彼は、竜の魔女が彼の言動に()()()()()、手がつぶされたと思っているようだが──真実はきっと逆だろう。

 

 

 

私は思わず、彼の手を取った。彼の手は痛々しかった。今回の傷だけではない、傷だらけの手のひらは、彼の修練の証だろうか。竜の魔女は──あるいは私は、この手に救われたのだ。

 

その手に込められたものが、正義感ではない、同情や、同族嫌悪や、使命感であっても。正しき思いではなくとも。絶望や孤独にまみれた地の底で、なんの見返りもなしに差し出される手は、なによりも、誰かにとっての救いになるのだ。

 

「ハズム」

 

「はい」

 

「ありがとう」

 

「……はい?」

 

よくわからないといった表情で、ハズムは私を見た。それがおかしくて、思わず笑ってしまった。

 

一度目に手を握ったときは、身を包み込む炎と、崩壊した指令室と、真っ赤なカルデアスが彼の背後に見えた。それにどれだけ私が絶望したことか。私の中の生きる意味がすべて崩れた瞬間だった。

 

けれど。

 

あの時、ひとしきり絶望した私は、ようやく自分の手を握る彼に、泣きながら、縋り付くように私の手を握りしめる彼に、視線を戻した。そして彼が口にした言葉は、人生を見失っていた私にとって、なによりの救いであった。

 

 

 

『よかった──生きてて、助けられて、よかった……!』

 

 

 

その言葉が、あの時の私にとって、どれだけの救いであったか。

 

私は、私の生存を喜んでくれる誰かに、あのとき初めて出会ったのだ。

 

あの時、私の空っぽの心には、生きる希望が注がれた。その希望は、人類史上最大の窮地である現在においても、私の中で熱を放ち、私の心を温めてくれている。

 

あのとき彼が口にした言葉を、私を救ってくれた凡庸な少年のありきたりな言葉を──きっと私は、生涯忘れることは無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20XX/XX/20

 

今日は、少しだけ、良いことがあった。

 

休憩がてら、所長と一緒にお茶をしていたら、彼女にお礼を言われたことだ。

 

彼女から感謝の言葉をもらったのはこれが初めてではないけれど、やっぱり嬉しいことに変わりはない。

 

不覚にも、少し泣きそうになった。

 

 

母さん、オレは、あなたに誇りをもって語れるような人生を歩んでいますか。

 

ありがとう、とそう言われたのなら、きっと正しいことなんだろうけど。

 

でも──なんだろう。

 

何かを、忘れているような気がするんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩とハズムさんには、もう一人親友と呼べる方がいたんですね!」

 

「うん、これが俺、こっちがハズム──で、こっちがもう一人の親友、ナツキね」

 

シミュレータでの訓練が終わって一息ついていた俺は、過去のことを教えてほしいとせがんでくるマシュに対して、写真を片手に思い出話をしていた。今手に持っているのは、中学卒業の時に撮った写真。ハズムの変わらない不機嫌顔と、ナツキの溌剌とした笑顔の対比が面白い。

 

いろいろなことを話したけれど、ほとんどは、いつもの3人での思い出ばかりだ。中2で出会ってから、大学に至るまで、ずっと一緒だった俺たち3人には、世間知らずのマシュでなくとも、あっと驚いてしまうような話がいくつもあった。

 

マシュに話しながら、俺も色々なことを思い出して──少し、涙ぐむ一幕もあった。

 

人理焼却によって、カルデア以外の全人類が滅びたということは、ナツキもその中にいるということだ。世界を救えばまた会える、と言い聞かせても、どうにも悲しい気持ちは押さえられなかった。

 

俺たちは拉致同然にカルデアに連れ去られたから、ナツキとは突然の別れだった。彼女もここにいれば、頼もしかっただろうに。

 

「……それで、その……」

 

「うん? どうしたの?」

 

「ナツキさんが、その……ハズムさんに恋をしていた、というのは……本当に?」

 

「ああ! うん! 間違いないよ。ナツキから相談を受けたことがあったからね。『あの自己評価低男は、どうすれば恋愛を考えるようになるんだ』って具合に」

 

あれは、高校2年の時だっただろうか。たしかハズムが後輩の女子に告白されたのだ。本人は『今はそんなこと考えられないんだ』と断っていたけど、それを知ったナツキはハズムが誰かに取られる可能性を感じたのか、恋愛に積極的になったのだ。

 

とはいえ、ハズムは本当に恋愛に対して、なんというか完全に()だった。ほかに優先したいことがあるように見えたし、それ以上に『自分のような人間には恋愛なんて許されない』と考えている節もあった。

 

それは彼の過去に関係しているんだと思う。俺は彼の過去について詳しくは知らないけれど、彼が家族を望まぬ形で失ったことくらいは知っている。それによって彼の心に陰りが生まれたことも。

 

「私には、恋愛感情というものが正確にはわかりませんが──その、ナツキさんが恋をしたきっかけというのは?」

 

マシュが興味津々といったふうに聞いてくる。一般からはなれたところの多い子だけど、こういうところは年頃の少女らしくて、かわいらしい。

 

「えーと、たしか、幼い時に危ないところを助けてもらったとかだったかな? ハズムは覚えてないらしいけどね」

 

ナツキはハズムに助けられたことを覚えていた。しかし、ハズムは助けたことは覚えていても、その相手がナツキだとはわかっていないようだった。

 

物語にあるような、素晴らしい運命ではあるが、ナツキは自分が助けられたことを、ハズムにまだ打ち明けてはいない。彼と付き合えたらカミングアウトする、と言っていた。

 

「幼いころ、というと、小等教育のときですか?」

 

「えーと、たしか」

 

マシュに聞かれて、考える。正確な日付は知らないけれど、小学4年生のときの話だったはずだから──

 

 

 

たしかあれは──そう。俺たちが10歳のとき。ハズムの家族が亡くなる2年前のことだ。

 

 

 

 





竜の魔女の感謝の言葉は届かなかった。

けれどその代わりに誰かが彼に感謝を伝えた。だから彼は大丈夫なのです。





母の言葉は子を救い

子の言葉は少女を救った。

救われた誰かが、ほかの誰かを救い──そうすることで人の輝きは紡がれる。

救いはつながる。()()()、呪いもつながるのだということを、忘れてはならない。





これは本編に全く関係のない話なんですけれどね。

言葉というものは誰かを救うことができる反面、誰かを呪うこともできると思うのです。

衛宮切嗣の言葉がエミヤシロウを救う反面、時には正義の味方に彼を固執させたように。

特に自分にとって大切な誰かの口から紡がれた言葉には、自分という人間性に強烈な衝撃を与える力があります。

さて、どこかの少年は母の言葉に()()()()といいましたが、皆さんには、本当に、そう思えますか?



そしてこれも全く関係のない話ですが。

人間、よかれと思ってやったことに対して、たまに思わぬしっぺ返しがあります。

例えば、ですが。ある少年は、命の危機から少女を救いました。感謝され、好かれもしました。

けれどその先に待っていたのは──大切な人を失うという、耐え難い地獄であったのです。



──なんて、関係のないこと書いてごめんなさいです!

感想、評価ばっちり待機してます!

遅筆で申し訳ないけれど、応援してくれたらいっぱい頑張るんで!




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セプテムの不穏
セプテムー1




セプテム難産だったよ……





今世も、前世も、順風満帆なものだとはとてもいえない。

 

幸せであると胸を張って言えるような人生を歩んだことなど、一度たりともありはしない。

 

けれど、それは決して自分以外の誰かのせいなんかではなくて、自分のせいだった。

 

なんの問題もない健康な体で生まれ、衣食住に不自由なく、教育をきちんと受けられる環境で育った。優しく愛にあふれた家族と共に暮らし、信頼できる友人だっていた。

 

けれど、オレは。そうした恵まれた境遇というのものを理解できない人間だった。大切にできないバカだった。

 

健康な体も衣食住も教育も、当たり前のものだと勘違いし。家族の愛ゆえの心配を束縛だと邪険にし。友人というものを自分のステータスか何かのように扱っている。

 

そうしていつも、オレはかけがえのないものを取りこぼして、すべてが泡沫と消えた時にやっと気づくのだ。

 

 

 

──ああ、自分はきっと。生まれてくるべきではなかったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此度は大儀であった! その疲れを客間にてしっかりと癒すがいい」

 

 

 

ローマの宮殿、豪華絢爛な宴の席にて。薔薇のような少女から発せられたねぎらいの言葉に、俺はほっと息をついた。少女──皇帝ネロは外見こそ愛らしいが、皇帝としてのカリスマや威厳はしっかりと兼ね備えている。こうして目の前に立つと、いまだに少し緊張してしまうくらいには。

 

ガリア奪還は無事に完了し、敵方とこちらの戦力は拮抗とは言わないまでも、盛り返したといえるぐらいには回復していた。ネロの判断で一度ローマに帰還した俺たちは、いま戦勝の宴を終えたところだ。

 

特異点攻略は順調に進んでいる──と、思われる。もちろん、フランスに負けず劣らずの混迷した状況ではあるが、一歩一歩前に進んでいる実感はあった。

 

俺もハズムも、オルレアン後にそれぞれで励んだ訓練の成果があったのか、フランスの頃よりは良い動きができていると思う。俺は以前よりサポート魔術の出力が上がったし、ハズムは自分の回路を疲弊させない加減を覚えたようだった。

 

もちろんサーヴァントたちの働きに比べれば、俺たちマスターの成果は微々たるものだが、それでも自分がすこしずつ()()()()()ではなく()()に数えられるようになっていく感覚は嬉しいものだ。

 

「じゃあ、客間に行って眠ろう。少し疲れたね」

 

「ええ、特にマスターとハズムさんはお疲れでしょうから、早めの就寝を推奨します」

 

あくびをしながらつぶやくと、マシュは俺たちをねぎらうように言った。俺とマシュはネロに挨拶をすると、祝いの席から立ちあがり、回廊を結ぶ大扉へむけ歩き出そうとする──のだが。

 

「──ハズム?」

 

ひとり、立ち上がらないハズムを不思議に思って呼びかけると、彼は目の前のテーブルに身を預け寝息を立てていた。宴でともにご馳走を食べ歌い、喜びを分かち合い、そうしているうちに気が抜けてしまったのだろうか。

 

枕にするために組まれた彼の両腕。その隙間からうかがえる彼の横顔は、普段の険のあるものではなくて、安らかなものになっていた。

 

彼は非常に珍しく──本当にリラックスしているように見える。起こすのも忍びないほどだ。が、さすがにこの部屋で放っておくというわけにはいかない。起こすなり抱えて運ぶなりして、客間のベッドに入ってもらわなくては。

 

連れていきますね、とネロに言い、ハズムを抱えようとする。しかし、ネロは「待つがよい」と俺を止めた。

 

「──置いて行って構わぬ。戦で功を成した者がこうして安息に微睡んでいるのだ。無理に運ばずともよいであろう」

 

「だけど」

 

「余はまだ飲みたい気分であったが故な。満足するまではついでに見守っておく。それで起きれば自分で客間に行くだろう。でなければ、余が世話役に命じて運ばせよう」

 

「……すみません。お願いします」

 

「よい。また明日から働いてもらう故、そなたたちもしっかりと休養を取るように」

 

はい、とその言葉に返事をして、俺とマシュは客間に向かった。

 

 

 

 

 

 

ネロ・クラウディウスは、自分の審美眼というものを信じている。もう少し詳しく言うとすれば、その眼が正しいか正しくないかはあまり問題ではなく、単純に自分の眼に“美しい”と映ったものを贔屓することが皇帝ネロ──自分の生き方ということだ。

 

 

馳走が所狭しと並んだテーブルにだらしなく肘をつき、ゴブレットに注がれた酒を口に含みながら、ここ数日のことに思いを巡らせる。

 

自身が統治したローマが、()()()()()()()()()()()に襲われ始めてからどのくらい過ぎただろうか。奴らが現れてからずっと、自分の愛した都を守るためにがむしゃらに戦ってきたが、勝機が薄いと感じていたのは逃れようのない事実だ。

 

だが、数日前に思いがけない救援があった。カルデアと名乗るその者たちは、こちらの陣営に加勢し、様々な戦場でその力をふるってくれた。彼ら無しでは今頃この都は陥落していたかもしれない。

 

「リツカ、マシュ──尊い精神、美しい心を持つ者たちよな」

 

そう、口に残った酒の匂いとともに吐き出す。自分の審美眼()は彼らをそのように見た。

 

リツカは戦闘才能や芸術などあらゆる才能が平均的ではあるが、一つ人間としての善性(あるいは寛容)を極めたような存在だ。そして、マシュは汚すことをためらうくらいに純白と無垢を宿した存在だ。どちらも自分にとって、愛でて贔屓するに値する存在であった。

 

 

では翻って──目の前で眠っている少年はといえば。

 

「……愚か者、と一概には言えぬか」

 

濡れ羽色の髪が、寝息に合わせてゆらりと揺れている。そんなハズムの様子を見ながら、ゴブレットを傾けた。ブドウの酸味と苦みが舌を撫でる。

 

美しいとは、とても思えない人間だった。見立てでは、彼の精神や人間性は本来なら凡人にすぎない。ローマの街で日々を暮らす市民たちと何も変わらぬ、喜ぶべきことを喜び、悲しむべきことを悲しみ、恐怖に弱く、流されやすく──そうした当たり前の市民。

 

そのはずであるのに、彼の人間性はきっと──英雄と言えるほどにまで成り果てている。たとえ死を迎えても、突き通すべきと思う信念を、この男は捨てないだろう。

 

それは尊いことではある。賞賛すべきことでも。けれどそんな彼を自分の眼は美しいととらえることができなかった。

 

なぜならば。彼のその信念が、彼自身のものではないことを見抜いてしまったからだ。彼が信念を捨てないのは、「捨てたくない」からではなく、「捨てるべきではない」と思っているからだ。一種の強迫観念に近い。

 

「他人に与えられた役割、贖罪、義務感──そうしたものに命を懸けるというのは、いささか美に欠ける」

 

自分の見立てでは、彼の心というのは彼自身のものではない。こうあるべきという思いに突き動かされる傀儡に過ぎない。そうした思いによって動く者の末路は、けっして幸福なものにはならないだろうに。

 

だから、まあ。彼が起きれば、少しばかり助言をしてやろうと。らしくもない考えに至った。

 

 

 

「……う……」

 

うめき声が聞こえる。もぞもぞと動いて心地よい眠りからの覚醒を遅らせる様子は、年相応の少年だ。人間味にあふれたしぐさ。こうしていれば愛い者であるのだが。

 

「あ、れ──」

 

しばらくして起き上がった彼は、寝ぼけ眼で周りをきょろきょろと見渡している。

 

「起きたか」

 

「……ああ、俺、宴の途中で寝て……」

 

「よほど疲れていたのだろう。幼子のように安心した顔で眠るものだから、それを肴に一献傾けてしまったぞ」

 

「えっと、はい。ご迷惑おかけしました」

 

「かまわぬ」

 

ごしごしと目元をこすって眠気を覚まし、彼は立ち上がろうとする。それをやんわりと制した。

 

「まあ、待つがよい。少し余の話に付き合え。すぐ終わる」

 

「……?、ええ、構いませんけど」

 

彼は頷き、座りなおす。控えていた世話係に命令し、彼のゴブレットに冷水を注がせた。眠気を落ち着かせるにはぴったりだろう。

 

「さて、まあ話したいことといってもな、大したことではない。まずは、そなたにもう一度礼を。そのように疲れ果てるまで、良く戦線に尽くしてくれた」

 

「いえ、礼なんて。当然のこと、というか。自分は()()()()()()()やっただけで」

 

そう告げる表情はまるで自然だが──そうしたいから、というのはきっと偽りだ。いや、本人に嘘の気持ちはないだろう。それゆえに質が悪いのだ。

 

「──そうか。ならばこの話はひとまず置こう。そして次は、余の問いに嘘偽りなく答えるがよい」

 

そう言って、彼のもとに近づく。座ったまま不思議そうにしている顔、その顎先を右の指先でつまんで目を強制的に合わせさせた。蒼玉(サファイア)のような輝きの瞳が困惑に揺れている。

 

 

「そなたは、なんのために戦っている?」

 

 

そう告げた時、彼の左手はそっと胸元に伸びた。そのままそこにある何かを握りしめようとする彼の手を、空いていた左手でつかんだ。

 

「すがるな」

 

「──っ」

 

「そなた自身のためにならん。この際、答えることができなくてもよい。だが、今この時、胸元の()()にすがることは許さぬ」

 

その胸元に具体的に何があるのかは知らないが、不安に駆られた時の逃げ先であるのは容易に想像できた。今まで彼は、重要な決断を迫られた時、自分の信念が揺らいだ時、こうして胸元に手を伸ばしてすがっていたに違いないのだ。

 

それではだめだ。そこにあるのが何にせよ、自分以外の何かに突き動かされるのは、良いことではない。美しくない。

 

「──お、れは。人類を救うために、戦っています。だって、それは()()()()()だと思うから。誰に恥じることもない、胸を張れる行いだと思うから」

 

そう告げる彼の様子には、噓偽りなど微塵も感じられなかった。それがまた悲しく、やりきれない気持ちになる。彼は聖人でもないくせに、聖人のような清らかな意志を語る。それがどれだけ歪んだ精神であることか。

 

──結局のところ、ネロ・クラウディウスではこれが限界なのだろう。この男のひび割れた心を修復できるのは自分のような邂逅したばかりの存在ではなく、もっと彼に近しい者なのだ。

 

 

 

あきらめて両手を放した。そして、すまぬな、と声をかける。

 

何にせよ、ローマを救ってくれた者に対して追い詰めるような真似をしたのは事実だ。

 

「これで余の話は終わりだ。苦労をかけたな。もう休むが良い」

 

はい、と返事をすると、彼はふらふらとおぼつかない足取りで扉に向かい、手をかける。そしてその時、彼はふと思い出したように尋ねた。

 

彼の碧眼とこちらの目線がぶつかり合う。眠気で潤んだ碧眼と端正な顔立ちの組み合わせは好みではあるが──などと考えながら、彼の真剣な様子にその思考を中断する。

 

「皇帝陛下、自分からも、一つだけ質問を許していただけますか」

 

「よいぞ、ゆるす」

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()、という魔術師について、なにかご存じのことは無いでしょうか。緑の衣服で、男性にしては長い髪を持った糸目の男です。変装していなければですが」

 

「──いや、余はその男を知らんし、そのような人物が現れたという報告も聞いてはいないな」

 

「そうですよね。すみません、変なことを聞きました」

 

そうして彼は、部屋を辞した。

 

 

 

思い出す。そういえば、彼を美しいと感じられない理由は、もう一つあった。

 

彼はネロ・クラウディウスと目を合わせる時、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

あの、一歩俯瞰したところからこちらを見る彼の青い眼が──尊敬や親愛を向けておきながら、一枚壁を隔てたように見てくるその視線が──自分には、どうにも苦手でならないのだ。

 

 

 

 

 

 

破壊の波動が、戦場を貫いた。マシュの盾の陰に隠れてやり過ごそうとするも、爆発的な衝撃は堅牢な盾を隔ててでさえ足を踏ん張るので精一杯なほどだった。

 

周りを見渡せば、地図を書き直す必要があるほどに地形がえぐれている。そしてその破壊跡に沿って目線を上げていけば、そこには長い白髪と褐色の肌をした女性が立っていた。その手には虹色の剣が握られて、また今にも振り下ろされようとしている。

 

「な、にが起こった!?」

 

ネロ・クラウディウスが息も絶え絶えに立ち上がり、理解不能といった風に告げる。事実この女性の襲来は突然であった。神祖ロムルスを打倒して一行が安心しきったところに、隕石のごとく直上から奇襲をかけてきたのだ。ハズムの「なにかくる!」という一言がなければ、その攻撃で皆死んでいたかもしれない。

 

『ありえないほどの魔力反応よ──あれはサーヴァント、それも神霊クラスの! 気を引き締めなさい。一瞬の油断で命を持っていかれるわ!』

 

悲鳴を上げるように所長が告げる。気を引き締めてと言われても! いきなりの襲撃で戦線はぼろぼろだ! 立て直せるだろうか──

 

「リツカ、令呪を使うぞ、全部だ!」

 

「ハズム──血が!」

 

砂埃の向こう側から聞こえた声に振り返ると、額、胸など、あちこちから流血した状態のハズムの姿が見えた。思わず声を上げてしまうくらいには、そのケガはひどかった。襲撃の際にマシュの近くにいた俺と違って、彼はもろにその攻撃の余波を食らってしまったようだ。

 

このままではハズムが死んでしまうかもしれない──そう考えてしまって体が冷え切ったように動かなくなる。そんな俺に彼は近づくと──動くだけでもつらいだろうに──俺の肩を強く握ってまくしたてた。

 

「オレのケガなんて、()()()()()()()()()! 令呪だ。お前はエミヤに、俺はセイバーに! あいつを宝具で消し飛ばすんだ、そうじゃなきゃ終わりだ!」

 

必死に訴える彼に、覚悟を決める。そうだ、ここで倒さなきゃどのみち終わりだ。戦線の立て直しなんて考えている暇はない。最大火力で押しつぶす!

 

「っ、わかった! アーチャー、エミヤに令呪をもって命ずる──っ!」

 

 

 

令呪3画の重ねられた二人の宝具は、天変地異かのような轟音と衝撃、発光を伴って繰り出された。

 

装備している礼装の防護を貫いて伝わってくるそれらの現象に、五感が悲鳴を上げめまいがする。

 

そうして宝具が終了し、かすんだ視界がようやく正常に戻ると、俺はあのサーヴァントがいた方角を確認した。

 

「──うそ、だろ」

 

そこには大ダメージを受けてはいるものの、まだ消滅する様子を見せずに彼女が立っていた。そんな馬鹿な。あれだけの攻撃を受けて、まだ立てるのか!?

 

「──ぶん、め、いを粉砕する。このアルテラは、身体、動く、限り──」

 

かすれた声でそんなことを言いながら、彼女は動き始める。エミヤとアルトリアが向かっていくが、彼女は攻撃を受け止め、あるいはよけながら、しぶとく生き残っていた。

 

「仕方ない、か」

 

「ハズム?」

 

隣でマシュに支えられながら座っていたハズムが、何かを決断したようにして、立ち上がった。

 

指先を銃のように構えて、サーヴァント──アルテラを狙っている。いつもの射撃魔術かと思ったが、よく見ると魔術回路が励起していない。それなのに、彼の指先は白銀色に輝き、銃弾のようなものが形作られている。

 

白銀の(シルバー・)

 

 

 

 

「やあぁぁ──!!」

 

突如、二人のサーヴァントと対峙していたアルテラの胸を、薔薇色の剣が貫いた。

 

「余の、戦いだ。なにが攻めてこようとだ。余は逃げてはならぬし、また立ち向かわねばならぬ」

 

「あ、あ──」

 

「故に、余はそなたを殺せた。そなたのほうが万倍強かろうと、余はローマ帝国の皇帝であるが故な」

 

アルテラは今度こそ、光の粒子となって消滅していった。

 

 

 

そうして第二特異点の戦いは終わりを告げた。ローマ帝国の未来をかけた戦いは、ほかでもない、ローマ皇帝(ネロ・クラウディウス)自身の手によって最後を迎えることとなった。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、セプテムも修復、と。全く、フン族の王を送り込んだにも関わらず、このざまとは」

 

男は遠見の魔術に浮かび上がった光景を見ながら、失望したようにつぶやいた。カルデアという生きぎたない連中は、もう勝負がついたにも関わらず、ちょろちょろと動き回り、無駄なあがきをしている。

 

愚かな人間め、と男はせせら笑った。

 

「しかし──あの男だけは、注意せねばならない」

 

彼の眼に映るのは人類最後のマスターの片割れ。シロガネハズムだ。男──レフ・ライノールは、彼を見ると苦々しげに表情をゆがめた。

 

「あいつの身にはわれらが王ですら把握できない力が宿っている」

 

そう、カルデアで殺すつもりであったオルガマリー・アニムスフィアを殺せなかったのは、彼の力のせいだ。

 

オルガマリーはそもそも、何があろうと殺すつもりだったのだ。それが魔術王のご命令であったがゆえに。

 

だから、爆弾は彼女に最も近い位置で起爆された。それで彼女の肉体は完璧に葬り去れる予定であったし、もし彼女の魂がなにがしかの形で残ることがあれば、それも追いかけて殺す用意は整っていた。

 

さらに、仮にすべてがうまくいかずに、万が一の確率で彼女が生き残ったとしても、それを殺すサブのプランはいくつか用意していたのだ。

 

それを、完璧に邪魔したのがあの男だ。

 

「シロガネハズムゥ……愚かな人間の分際でぇ……」

 

管制室爆破の際、なぜか彼とオルガマリーの二人は生き残った。爆破の中心にいたにもかかわらず、まったく身体の欠損や後遺症はなく、あるとすればやけどくらいのものだったようだ。

 

それを知ったレフ・ライノールがオルガマリーを殺すサブプランを実行しても、なぜか、そのことごとくは失敗に終わった。

 

今では、オルガマリー・アニムスフィアを殺す手段は一つたりとも残っていない。彼女を消し去ることをあきらめざるをえない状況になっていた。

 

これは普通ではない。シロガネハズムは才能こそ一級品であるが、魔術師として凄腕というわけではない。そんな存在が魔術王に連なる魔神である自分の仕掛けた罠、そのことごとくを看破するなどということは考えられない。

 

まるでオルガマリーは()()()()()に護られたかのように、こちらからの一切の攻撃を受け付けていない。シロガネハズムがそんな防護をオルガマリーに授けることは──少なくとも魔術などの既知の手段を用いては──不可能だ。

 

ならば奴は、()()()()()。カルデアの中で唯一、われらが王に牙をむく可能性を有している。

 

故に──奴を完膚なきまでに叩きのめさなければならない。

 

 

 

「幸い、奴の持つ()()()()()は、今回の戦いで垣間見れたな」

 

こちらから召喚した英霊、アルテラとの闘い。その最終盤でシロガネハズムは、魔術回路を励起させない──つまり魔術ではない手段によって、アルテラを打倒しようとしていた。

 

レフ・ライノールとしては不幸なことに、それが発動される前にネロ・クラウディウスがアルテラにとどめを刺したことによって、全容を把握することはできなかったが──あるていど予想ができる情報が集まったのは、まちがいなく利益である。

 

「銃弾の形をしていたな。あれを撃ち込むことによって発動するのか──それも、神霊クラスのサーヴァントを殺せる、と確信をもてるほどの効果のものが。だがなぜすぐに使わない? 発動に時間がかかるのか、それとも回数制限があるのか?」

 

情報が少なすぎて、あらゆる可能性が浮かんでは消える。だが一つ確実なことは──あの力は自動的(オートマチック)なものではなく、使い手の意思によって発動するものであるということだ。

 

つまりは──

 

「いくら武器が強かろうと、それを使うものが愚かであれば、無意味になる。奴を陥れ、心を折ればよい」

 

 

 

レフ・ライノール。またの名を情報局フラウロス。

 

人間を見下した彼は、しかし最大限の警戒を持ってシロガネハズムを観察する。

 

観察し、検証し、彼という人間の弱点を暴き立て──そうして最後に、レフ・ライノールは彼の人間性を殺すだろう。

 

それは今すぐのことではない。ただし、きっとそれほど遠い未来のことでもないのは事実だ。

 

 

 

 






【銀弾】

7.青年期(19歳)、意識使用。オルガマリーを救出できないという問題を解決。

シロガネハズムは7つの銀弾のうち1発目をオルガマリー・アニムスフィアに使用した。彼の実力ではオルガマリーの完全な救出は不可能であったために、銀弾の力を借りてそれを成し遂げた。

銀弾に込められた願いは「オルガマリー・アニムスフィアに降りかかるあらゆる脅威を振り払うこと」

故に、(ハズムはそれを把握していないが)オルガマリーはレフ・ライノールからの再三にわたる暗殺から護られている。

銀の弾丸は、問題に対する特効薬である以前に、()()()()ものである。

故に、銀弾によって救われた()()()()命は魔の性質を持つものによって奪われたり、あるいは汚されたりするようなことはない。





最後まで読んでくれてありがとう!

ちょっと最近忙しくてモチベ低下気味だから、感想いっぱいほしいな(乞食)

一言でもいいから!


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インタールード:『サーヴァントとして/英霊として』

実は8割がた書けてたんすよね。

だから連続投稿!

応援してくれるみんなもいたことだしね。

もし読んでないひとは『セプテムー1』を読んでから来てね。

あと今回はちょっと過激めな描写があるかもだから、少し心構えしておいてね






『アルトリアさん』

 

『ええ、なんでしょう』

 

フランスの森で野営をしていたとき、救国の聖女は見張りをしていた私に声をかけた。

 

視線で周りを警戒しながら、振り返らずに声だけで返す。

 

『なぜ、サーヴァントの皆さんはハズムさんのことを避けるのでしょうか』

 

『それは──彼が得体の知れない者であるからでしょうか。正直、自分でもおかしいとは思っているのです。しかし、彼に心を許してはいけないのだと、私の直感がいうのです』

 

『そう、ですか』

 

聖女は背後にいるため、当然、表情はうかがい知れなかったが、私の頭には端正な顔立ちを悲哀にゆがめた姿が容易に浮かんだ。

 

シロガネハズム。私の今生のマスター。彼が好ましい人格であることに疑いを抱いてはいない。努力を惜しまない人であること、他人を想い慈しめる者であること、それは私の中に明白な事実としてある。

 

それでも、私の直感──それも、スキルとしての『直感』だけではなく、英霊としての意識のようなものが彼のことを嫌うのだ。陳腐な表現かもしれないが、()()()()()()()()()()が最も正しい表現だろう。

 

それを申し訳ないとは思っている。本来、マスターとサーヴァントは信頼関係で結ばれているべきだ。

 

もし、マスターが私の信念に反するような者──例えば、無辜の人間を殺すことになんの罪悪も抱かないような者だとか──であれば、私は信頼関係を結ぶなどという意識を持つことは無い。それどころか、マスターを殺して消滅の道を選ぶことさえするかもしれない。

 

けれど、シロガネハズムは、少なくともそういった人間ではない。本来ならば、私としては好ましく感じる人間ですらあるのに。

 

いったいなにが、彼を嫌悪させるのだろう。彼の中には何が宿っているのだろう。

 

 

 

『──アルトリアさん』

 

『──っ、はい』

 

いつの間にか、思考にふけりすぎていたらしい。聖女の呼びかけに、ふと我に返った。

 

『名高きアーサー王の考えです。きっと間違いではないのでしょう。得体のしれない者であると、その判断に反論する手段を私は持ちません』

 

けれど、と聖女はつづけた。彼女はまるで懇願するかのように、その清廉さをうかがわせる声を震わせながら言った。

 

『疑い続けてほしいのです。彼を、そして自分自身を。彼は本当に悪であるのか、あるいは善であるのか。そして、あなた自身の直感が正しいのか、間違っているのか』

 

『……ええ、そのつもりです』

 

『本来であれば、私が彼に巣食うものを剥がしてあげたい。けれど、きっとそれができるのは私ではない。これから先、ずっと傍にいるであろうあなただから、彼のサーヴァントであるあなただから、可能なことだと思います』

 

それはどういうことか、彼女に向けて振り返った。彼女は私の眼をじぃと見ると、それから私の手を取って、何かを託すように祈った。

 

オルレアンで聖女と深く会話をしたのは、それが最初で最後だった。

 

 

 

 

 

 

目の前に、男が倒れている。そうわかったのは、瞼を開けてから数分が経った頃であった。

 

その遺体は、まるで焼き尽くされたかのように真っ黒に染まり、胸の中心には弾痕のような貫通のなごりがあった。目にした直後にそれが遺体だと判断できなかったぐらいに、()()は無残な姿をしていた。

 

そして、あたりには鼻を突きさす鉄の腐ったような臭い──何度も嗅いだことがあるからわかる。これは血の臭いだ──が漂っている。

 

あたりを見渡すと、そこにはいくつかの死体があった。先ほどの男よりはまだ()()()()()()()()()様子ではあったが、凄惨な光景に違いはなかった。

 

右手のベット──いや、あれはおそらく解剖台のようなものか──に横たわる男性は、その腹部が切り裂かれて、そこから様々な臓物が引っ張り出されてあたりに散乱している。

 

左手のソファに横たわる少女には、乱暴に服を破かれた形跡がみられ、股間からは血液と白い液体が漏れ出ている。そして首には絞殺の後が痛々しい痣として刻まれていた。

 

そして、正面。最初に見た真っ黒の男の奥には、一人掛けの椅子に縛られた女性。頭部に直径3センチほどの杭のようなものがあちらこちらに突き刺されていて、何らかの魔術的実験を行ったことがうかがえる。

 

 

 

私は──アルトリア・ペンドラゴンはなぜここにいるのだろうか。ふと疑問に思う。

 

こんな光景に覚えはない。それでも、最初の男はともかくとして、あとの3人の姿には、なにか既視感のようなものを感じた。

 

そんなことを思っていると、自分の背後に、何者かがいる気配がした。とっさに振り返ったとき、私はその行動を後悔することになった。

 

 

 

見知った顔が狂ったように笑いながら、涙を流していた。

 

痛々しい表情。それは間違いなく──少年の姿をしているが──自分のマスターであった。

 

そう気づいたとき、私はあの死体たちが彼の家族なのだと思い至った。彼はひとしきり涙を流すと、絶望したような表情で言った。

 

「こんな世界──ヒトも、神も、()()()、滅ぼされてしまえばいいのに」

 

それは慟哭であった。世界の理不尽に対する怒りであった。

 

そうして、彼はおもむろにその手を銃のような形にして虚空に構える。

 

──しかしそのとき、死んだと思っていた目の前の女性が、彼の方へと歩み寄った。

 

ふらふらと歩みを進めていく彼女。それをみた彼はあわてて駆け寄る。そうして彼女は抱き着くようにしてマスターにもたれかかった。

 

どう見ても満身創痍だ。なにがあろうと、彼女が助かることはないだろう。けれど、彼はあきらめきれないのか、先ほどまで虚空に向けていた人差し指を彼女に向けて、なにかを叫んでいた。

 

そんな彼を、女性は慈しむように見ていた。やがて彼があきらめたように彼女を胸にかき抱く。そうして彼女が、彼の顔を愛し気に撫でて、何かを口にしようとした瞬間。

 

私はその夢から目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

ネロ・クラウディウスに戦う理由を問われている自身のマスターを、私は霊体化した状態でじっと見つめていた。

 

盗み聞きなど言う行為は騎士として、あるいは王として、あまり褒められたことではない。しかし私はその質問にマスターがどう返答するのかを知らなければならないと思った。

 

「──お、れは。人類を救うために、戦っています。だって、それは正しいことだと思うから。誰に恥じることもない、胸を張れる行いだと思うから」

 

嘘だ、と思った。あのとき垣間見た夢の中で、彼はそんなことを思ってなどいなかった。むしろ世界の破滅を願ってすらいた。

 

あの時のマスターはまだ少年だった。ゆえにあの出来事から現在までの数年間で、考えを改めた可能性は決して無いとは言えない。

 

だが、私の直感はそんなはずはないと囁いていた。そうして私の理性もそれに同意見であった。むしろその『世界なんて滅んでしまえばいい』と叫んでいたあの光景こそが、自分たちサーヴァントに嫌悪の感情を抱かせる原因の一端に思えて仕方がなかったのだ。

 

彼の絶望、あるいは怒りに、同情や共感の念はもちろんあった。英霊としてではなく、一人の人間として、あのような光景にさらされた少年の痛みを想うほどに胸が締め付けられる。

 

──それでも。それは世界と天秤にかけるものではない。残酷なことを言うようだが、どれほどの過去であっても、それを理由に世界を滅ぼすことにはなんの正当性もないのだから。

 

 

 

いつのまにか、マスターは部屋を後にしていた。物思いにふけりすぎていたらしかった。

 

私は彼のサーヴァントだ。彼に対してどのような思いを抱えていようとも、彼が道を踏み外さない限りは、彼の剣として戦わねばならないし、盾として護らなければならない。

 

すぐに追いついて彼のそばにいなければ、と考えた時。

 

「いるのであろう、ハズムのサーヴァントとやら」

 

「──っ」

 

「顔を見せるがよい。そなたに、話したいことがあるのだ」

 

皇帝ネロは私の姿が見えないだろうにも関わらず、こちらに視線をよこした。

 

観念して霊体化を解くと、ネロは先ほどまでマスターが座っていた席に着席するように促した。

 

「サーヴァントとは便利なものよな。暗殺者のような心得がなくとも、あのように姿を消せるのであろう?」

 

──そして、盗み聞きもし放題ときた。と彼女はからかうようにいった。癪にさわる言い方ではあったが、盗み聞きが良い行いではないのは事実なので、私は努めて口を閉ざした。

 

「そなたのマスターは、先ほどあのように言っていたが。そなたはどう思う?」

 

「どう思うとは?」

 

「なんでもよい。感じたことを述べてみよ」

 

「──嘘だろうと、思いました。詳しくは話せませんが、私は、彼があのような信念を持てるような境遇にないことを知っていますから」

 

正直に思ったままを告げる。そうすると、ネロは私の言葉を反芻するようにしばらく考えたのち、口を開いた。

 

「60点といったところだな!」

 

「ろ、ろくじゅってん!?」

 

「うむ! 確かにあやつは確かに、あのような聖人じみた信念を持てる存在ではないだろう」

 

「そ、それならば──」

 

「──だが、あやつは嘘を吐いてなどおらん。あの男の中ではそれが真実なのだ」

 

え、と私は信じられない気持ちになった。そんなはずはない。あれほどの経験をしておいて、そんなことを思えるならば。それはきっと、精神が破綻している。

 

「借り物の信念というやつよな。あやつは自分という存在の中に『自分』を置いていない。誰かの言葉に突き動かされているのだ」

 

「……」

 

そう聞いた私の脳裏には、赤銅色の髪をした誰かの顔が浮かんだ。詳細は思い出せなかったが、『借り物の信念』という言葉にはなにか聞き覚えがある気がした。

 

「よく見ておくのだぞ」

 

「え?」

 

「そなたは従者なのであろう? ならばあやつが道を踏み外すようであれば、どのような手を使ってでも引き戻すのだ」

 

ネロはゴブレットの酒をちまちまと飲みながら、まくしたてるように続ける。

 

「リツカから聞いたが、そなたたち、サーヴァントは、英雄とのことだったな」

 

「ええ」

 

「ならば、あやつの精神を英雄から凡人へと戻すことはできん。それはおそらく別の者の役割であるが故。だからそなたは、あやつが()()()()()()()()()()()()()を防ぐのだ」

 

ネロはいつのまにかゴブレットを空にしたのか、それをテーブルにたたきつけるようにして置いた。こちらまで伝わってくる揺れが、彼女の真剣さを表しているように思えた。

 

「借り物の理想は、強固だが儚い。いちど壊れてしまえば、もう立て直すことはできまいて。だから、もう一度言う。よく、見ておくのだ」

 

そなたがあやつに、どのような思いを抱いていようとも──目を放すことだけはあってはならない。ネロはそう締めくくり、では早くあやつのもとへ行け、と追い出すように私を立ち去らせた。

 

 

 

そうして、第二の特異点は修復された。

 

 

 

 

 

 

金糸のような髪の隙間から、いくつもの杭が飛び出している。マスターと同じ蒼玉(サファイア)の眼はもはや生気を宿しておらずうつろで、「ハズム、ハズム」とうわごとのようにマスターの名前を口にする様子には、もはや正常さを感じられない。

 

マスターは彼女──おそらくは母親を、抱きしめていた。まるで懺悔をするような顔をしながら、「ごめんなさい」と、「おいていかないで」と、謝罪と懇願を繰り返していた。

 

そうしてふと、女性はマスターの頬を手のひらで撫でた。手のひらから頬にべっとりと血液が移ったが、彼はそんなことは全く気にせずに、母親のぬくもりを確かめるようにして、そこに手を添えた。すると、彼女の眼はほんの少しだけ理性の光を取り戻したようだった。

 

「ハズム、ハズム、ねえ、そこにいるのね?」

 

「うん、オレだよ。母さん、もう喋らないで。大丈夫、オレが治すから──オレは銀 弾(シロガネハズム)なんでしょう? 銀の弾丸は、なんだって解決するんだ。きっと、母さんだって──」

 

「ねえ、ハズム、これを握って。お願いだから、ねえ良い子だから」

 

しゃべらないでったら! くそ、なんで、このポンコツ! お前は銀の弾丸(シルバー・バレット)だろう!? 母さんくらい治してくれよ!」

 

「ねえ、ハズム。もういいのよ。さあ、お願いだから握って」

 

「──わかったよ、母さん」

 

もうどうしようもないのだと、マスターは観念したらしかった。あきらめたように母親が差し出した手のひらを握る。二人の手のひらの中には、血にまみれた銀のロザリオがあった。

 

「ハズム、私たちの優しい息子。私たちのために怒れる子。自慢の息子。ごめんね、置いて行ってしまって」

 

「ねえ、やめてよ母さん、置いていくなんて言わないでよ。優しい子なんて言わないでよ。全部違う、間違いなんだって」

 

「ううん、あなたは優しい子よ。だって、私たちのために、こんなにも涙を流してくれる」

 

「~~~っ」

 

「ねえ、ハズム。ひどいことを言うようだけどね、誰も恨んじゃだめよ。あなたが正しい……道を……行くのが……にとって、一番……」

 

「──かあさん?」

 

「ハズム……さみしくても、つらくても……私も、お父さんも、お姉ちゃんも……か、ふっ

 

「かあさん!」

 

 

 

 

 

 

わたしは、わたしたちは、あなたを見守っているわ。きっとあなたが救われるまで

 

「……」

 

「だからね、ほら、泣かないで──」

 

 

そうして、彼女は息を引き取った。

 

マスターは亡骸を抱きかかえて、ずっと泣いていた。それこそ永遠ともいえる時間涙を流して──いつしか、そっと立ち上がった。

 

母親から託された血まみれの十字架を首にかけて、胸元できつく握りしめる。

 

そうして、誓いを立てるようにつぶやいた。

 

母さん、オレはきっと正しい道を歩んで見せる。見守ってくれているみんなに恥じない人生を、いつかまた会えた時に胸を張って語れる人生を歩む

 

 

 

オレは、あなたたちにとって、自慢の息子なんだから

 

 

 

そうして今日も、目が覚める。

 

ネロの言った『借り物の信念』という言葉がようやく理解できた気がした。

 

そして、母親のあんなに純粋で愛に満ちた願いは──こうも簡単に歪み、呪いと化してしまうのかと、そう考えた。

 

 

 

 

 

 




インタールード?:『名付きの少女』


暗闇が無限に広がっている。

声を出そうとしても響かず、動こうとしても指先がピクリともしない。

ただ、どこかに向かって引き寄せられる感覚だけが体を支配している。

どれだけの時間が経っただろうか。食事も呼吸もすることすらなく、なぜ自分は生きていられるのだろうか。



──気が狂いそうになる。

なぜこんな空間に、一人で取り残されているのだろう。

いっそ狂ってしまえば楽なのではないかと、何度も考えた。それでも、その選択肢を選ぼうとするたびに、親友の顔が胸に浮かぶのだ。

狂ったほどに自己評価が低く、そのくせ優しいあの男の子のことを、自分はいつでも心にとめている。

そしていつか、彼を普通の人間にしてあげるのだと決意していた。

だから、自分が狂うことだけは、許容できない。

彼を()()にするのなら──喜ぶときに喜び、悲しむときに悲しんで、自分の幸せを素直に願うことのできる人にするのなら。





酢漿夏希(かたばみなつき)は、どんなことがあろうとも。狂うような真似だけは、決して許容してはいけないのだ。









これでしばらく打ち止め!

セプテムは終了ね。

色々な伏線を回収したし、逆にまいたりもしました。

オケアノスはさらっといって、ロンドンはちょっと長くなる予定。

まあ気長にまってほしいです。

更新はやく、とか続き読みたいよう、って人はね感想くれ(告白)

最後まで読んでくれてありがとう!




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オケアノスの油断
オケアノスー1



今年ももう終わり。ボックスも終わったし投稿しますってことで。

一か月も待たせてどうも申し訳ない。





 

 

“恥の無い生涯を送る”というのが、今世のオレにとっての目標だった。

 

それが前世の名前に込められた両親の意思だと思っていたし、前世の後悔を払拭したいという思いが、あの頃のオレは強かった。……今でも、そうかもしれないが。

 

なんにせよ、オレにとって“名前”というのは、ことさら大切なものだったのには違いない。それが前世の両親から受け継いだものの中で、唯一今のオレに残っているものだったから。

 

()()()()()。オレは銀 弾(シロガネハズム)という名前が嫌いだった。意味的に中二病っぽいというのはもちろんだが、それ以上にその()が。

 

 

 

なんの嫌がらせなのか、オレは今世でもシロガネハズムという名前をもって生まれた。けれど、そこに込められている意味が全然違って、それゆえに、オレは銀の弾丸(シルバーバレット)を意味する今世の名前が嫌いだった。

 

まるで前世の両親から受け継いだ思いを上書きされているような心地だった。オレだけが覚えている尊い思い、なにものにも代えがたい大切なものを踏みにじられたようで。

 

いっそ別の名前で生まれたかったと何度考えたことか。こんな名前を付けた今生の両親に対して、どれだけ心の中で八つ当たりしただろう。

 

けれども、当然、今生の両親に非なんてまるでなかった。ただただオレを慈しんでくれていて、オレという存在に大切な意味を与えてくれていただけだった。そのことを、今では身に染みて理解している。

 

 

 

 

 

結局、シロガネハズムという人間は、前世でも今世でも、名前に込められた意味に答えられない人間だった。

 

“名前に恥じ無い”人間であることも、“どんな苦難も打ち砕いて進む”人間であることも、オレのようなやつには、どだい無理な話だったということだ。

 

だから、これは贖罪だ。親の愛に、家族の信頼に、オレに授けられた様々な思いをないがしろにしてきた罪を(そそ)ぐための──オレを世界に生み育んでくれた家族の行為を無駄にしないための、贖罪。

 

そのためには、確かな功績を立てなければならないと思った。それこそ()()()()()()()()といったくらいのものを。

 

そうすれば──過去にどのような人間であったとしても、その時シロガネハズムという人間が、世界を救ったのだと。誰かの命を守ったのだと。そう胸を張って告げることができるのならば。

 

 

 

その時にこそ。オレはあの素晴らしい両親たちの子供であるのだと──あのあたたかい家族たちの一員であるのだと、自信をもっていられると思うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

潮の香りを風が運んでくる。

 

ざあざあと、波が船底をうつ音が心地よく響き、晴れ渡る空からそそぐ日差しが暖かな気持ちにさせてくれる。

 

ここは第三特異点の海の上。俺たちカルデアは、“太陽を落とした女”フランシス・ドレイクの船の上にいた。

 

豪快な性格の彼女に付き従う屈強な海賊たち、迷宮(ラビリンス)の主であるアステリオス、そして女神エウリュアレを乗せた黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)はオケアノスの海上を軽快に滑っていく。

 

「la、……lala~」

 

エウリュアレの鈴を鳴らすような歌声が耳を撫でる。それをBGMにしながら──女神の歌を背景(バックグラウンド)扱いはもしかしたら不敬かもしれないが──見渡す限りの大海原をマシュとともに眺める。

 

この特異点が今までとは一味違う環境だからなのか、マシュは心なしか目を輝かせながら水平線を見つめている。女神の華麗な歌声の流れる空間で、彼女のような美少女が黄昏れている様はとても絵になる光景で、思わず見惚れてしまいそうだ。

 

穏やかでゆったりとした時間が流れる甲板(デッキ)。特異点攻略の只中にあっても、安らぎを得られる貴重なひと時──なのだが。

 

そうではなさそうな一角も、ここにはあった。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

デッキの端、使い込まれてささくれ立った木目調の手すりに身を預けている二つの影。ハズムと、そのサーヴァントのアルトリア・ペンドラゴン。二人は互いに無言で視線をどこだかに向けている。

 

──訂正。アルトリアはちらちらとハズムに視線を送っているが、ハズムはそれに気づいていないのか、ぼうっと虚空を眺めている。

 

前々から信頼関係ができているとはいいがたい二人──特にアルトリアからハズムに対する嫌悪の感情があるという意味で──であったが、最近はどうも様子がおかしい。

 

アルトリアから良い感情を向けられていないことを、ハズムは召喚後に早々に割り切って(なぜ彼が簡単に“仕方ない”と思えたのかはいまだに謎だけど)接していた様子だった。

 

アルトリアもそれをわかっていて、絆を結べないことに申し訳ないという気持ちがありながらも、お互いを刺激せず任務に支障のないくらいの絶妙な距離感──悪く言えば相互不干渉とも言う──でこれまでを過ごしてきたはずであった。

 

それがいつからか変化したらしい。

 

「……あのお二人はどうされたのでしょうか」

 

マシュがそんな二人の方をみてつぶやく。

 

「さあね。でも、最近はアルトリアとハズムの距離感が心なし近い気がする。これをきっかけにして仲良くなってくれればいいんだけど」

 

「そうですね。共に戦う仲間として信頼関係が構築されるのは、良いことだと思います」

 

「ああ、その通りだと思う。ハズムは強い人だけど、支えがなくて良い訳では絶対にないから、せめて俺とマシュと──アルトリアくらいはね。ハズムを信頼して助けなきゃ」

 

「なんだいなんだい、色恋の話かい? あの金髪の騎士サマとしかめっ面の小僧がどうナカヨクなるって?」

 

上等ななめし革のブーツが木板を鳴らす音が近づいてきたかと思うと、ドレイクが茶化すような言い方で会話に参加してくる。「あの二人はそんなんじゃないよ」と、苦笑交じりに返した。

 

「はー、なんだ。面白くないね」

 

「そもそも、あの光景を見てそれ関連(色恋沙汰)に見える?」

 

「見えやしないさ、もちろん。ただまあ、()()()()()()()アンタたちの面倒も少しは減るだろうにって思っただけだよ」

 

「えっと、それはどういうことでしょう?」

 

ドレイクの言葉についていけないのかマシュが訊くと、彼女は「どうってそりゃあ……」と言いよどんだのちに口を開いた。

 

「ああいう奴を()()()にするのは、恋だとか愛だとか友情とかって話じゃあないかい? 違ってたのなら謝るよ」

 

「まとも……? そもそも、ハズムさんは極めてまともな方だと思います。少なくとも英霊の皆さんよりは、という相対的評価しか私にはできませんが」

 

「──ありゃ、そうかい。悪かったね」

 

そう言って、言葉とは裏腹な悪びれない表情で手を振るドレイク。

 

「……」

 

「……先輩?」

 

「……ああ、うん。ハズムはまあ、少なくともダヴィンチちゃんよりはまともだろうね」

 

『聞こえているよ、リ・ツ・カ・く・ん?』

 

「うわあ! ご、ごめん。そんなつもりじゃあ──」

 

手首の通信機から聞こえてくる声からは、映像がなくても怖い笑顔を浮かべているのが容易に想像できるようだ。

 

見えてもいない相手に頭を下げて許しを請いつつ、先ほどのドレイクの言葉を思い出す。

 

 

 

ハズムをまともに戻すには、という話。

 

ドレイクの指摘は決して間違いではない。なんなら、そんなことを、これまでにずっとナツキと話してきた。

 

さすがにあれだけ長い時間一緒にいれば、彼の異常さや歪さには気づこうというものだ。俺たちが数年かかったことにドレイクが数日でたどり着いているのには、さすが英雄という憧憬や、俺のほうが付き合い長いのにという劣等感など、色々感じるものはあるが。

 

ともあれ、いつかの春の日。高校を卒業する記念すべき日の夕方。街で一番の絶景が見える公園で、卒業記念の紅白まんじゅうを片手に添えて、赤い赤い夕陽を仲立ちにしながら、俺と彼女は誓ったのだ。

 

彼女は、恋をもってハズムを引き戻すと宣言した(ちかった)。「絶対に放さないんだから」と快活に笑ったあの親友は、今となっては世界と一緒に無へと帰している。

 

だから。あの日の誓いを果たせる人間は、現在においては俺しかいない。

 

彼女の分まで、俺はあの誓いを背負わなければならない。

 

 

 

『俺は、友情をもって──友達として、あいつの横にいるよ』

 

 

 

 

そんな言葉を思い出した。

 

思い出の中の彼女(しんゆう)が、頼んだよ、と俺の肩を叩いた。

 

 

 

 

 

 

ハズムのサーヴァントとして、そして英霊としても失格だ、と最近思う。私は彼のことを何も知らない。何も知ろうとしてこなかったともいう。

 

ローマの皇帝の言葉がきっかけで──と思うのは癪だが事実なのでしかたない──私は、前以上にハズムを注意深く見るようになった。これまで全くと言っていいほどに見なかったものを、普通に見るようになっただけだが。

 

そもそも英霊である私が原因不明の嫌悪を覚えているという時点で、それは何にせよ()()()()()を含んでいるはずだ。すなわち、観察の後に事の善悪を判断してしかるべきだったのだが、私はこれまでに自分の罪悪感を含めた私情によって、それを見過ごしてきた。

 

それは、英霊としての責務の放棄であり、またサーヴァントとして主人を省みない無責任な行いだといえる。

 

ともかく、私はもっと早くに、ハズムとの関係をどうにかするべきであったのだ。それが良いものにせよ悪いものにせよ、今現在の、相互不干渉ともいえるなぁなぁな関係で済ませずに、だ。

 

いまさら後悔するのは遅い。どうも私は、“後の祭り”や“後悔先に立たず”といった言葉が当てはまるような生き方しかできないらしい。だから、これからの姿勢で取り戻さねばならない。

 

 

 

自分の主人を観察してわかったのは、どうも彼には私たちには見えていない()()を把握するチカラがあるらしいということだ。

 

その彼のチカラを最も端的に表すとするならば──千里眼、だろうか。それは遠くのものを正確に見る視力、というわけではなく、宮廷魔術師であったマーリンを彷彿とさせるような、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

例えば、前特異点のセプテムでは、アルテラの強襲に真っ先に気づいたのがハズムだった。鷹の眼を持つアーチャーでも、直感を持つ私でも、常に魔力反応を観測しているカルデア司令部でもなく、一般人であるはずの彼が気づいた。

 

ほかにもあげていけばきりがない。本人はなるべく隠し通そうとしているだろう。だが、“知らないことに対して知っているフリをする”よりも“知っていることに対して知らないフリをする”ほうが難しいものだ。稀代の詐欺師でもなければ、どうしても言動に滲み出てしまう。

 

 

 

──今だってその典型といえる。

 

私たちは、契約の箱(アーク)とエウリュアレを狙うイアソン一味とどう戦うか──特に豪傑ヘラクレスを倒す手段を模索しているところだった。

 

アルゴノーツの船員であったアタランテはもちろんヘラクレスに詳しい。しかも、今回は実に珍しいことに、私もヘラクレスと面識がある。

 

おぼろげな記憶──記録ではあるが、かの英雄とは剣を交えた身だ。その情報をいつ口にするか迷っていたのだが──

 

「ヘラクレスは10以上の命を持つんだろ、それをどう倒すってんだ」

 

「あの様子じゃあ、並大抵の攻撃は弾き返してしまいそうだよな──どう思う、セイバー?」

 

「……ええ、実は彼とは戦闘経験があります。ランクA相当の攻撃でなんとかといったところでしょう」

 

弱音を吐くオリオン(ぬいぐるみ)に共感を示しつつ、私に話を振るハズム。アタランテのようにもっとヘラクレスに詳しそうな者がいるにも関わらず、ここであえて私を選ぶのか。

 

穿った見かたかもしれないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と確信しているかのように思える。

 

「……思いついた」

 

「リツカ?」

 

契約の箱(アーク)を使おう。敵はあの箱とエウリュアレを狙っている。おびき寄せて、ヘラクレスを箱に触らせるんだ」

 

「──いいね、乗ったよ。親友」

 

案が浮かんだというリツカの言葉に、乗ったというハズム。

 

まだ、作戦の詳細も語られていないというのに? それでも作戦を支持するのは、リツカを信頼しているから? それとも──それが上手くいくという、確信があるのか。

 

──いけない。これでは言いがかりのようではないか。私は別に、ハズムを目の敵にしたいわけではないというのに。

 

リツカから作戦の仔細が語られる。イアソンの人物像や、ここにある戦力を考慮するに、十分に勝算のあるものだといえる。

 

「で、私のことを運んでくれるのはどなた?」

 

「俺が運ぶよ。エミヤはアーチャー組に混ざってアルゴノーツの狙撃をお願い。あと、ハズムとアルトリアは──」

 

「お前についていくよ。女神サマは嫌がるかもだけど、もしもの時には代わりに背負うさ。セイバーには、マシュと一緒にヘラクレスの足止めをお願いしたい──それでいいか、リツカ?」

 

「うん。頼りにしてるよ、ハズム」

 

「こっちのセリフだ。わかってんのか、お前の方が重要な役割なんだからな」

 

そう言ってマスター二人は拳をぶつける。先ほどまでの考えを恥じたくなるくらいの信頼が二人の間には見える。

 

 

 

──私はいったいどうしたいのだろう。

 

彼を観察して、その先に何が得られる?

 

私は、彼を善だと断言することはできない。直感が警鐘を鳴らすからだけではなく、彼には怪しい点が多くある。観察してすぐにわかったことだ。

 

しかし、私は、彼を悪だと断ずることもできはしないだろう。図らずも覗いてしまった彼の過去。世界を呪い、神を憎悪し──自分を無価値と断じて泣き叫んだ哀れな少年の、血なまぐさい夜。あれを見て、どうして彼を悪だと罵れようか。

 

私は、目の前の二人のようになりたいのだろうか。お互いを信頼しあえるようなパートナー、それは主従として理想の関係だ。ただそれをするにはどうにも、私は彼に向けるべき感情を知らなすぎる。

 

結局のところ、私は彼を見守る──見張ることしかできないのであろう。あの薔薇の皇帝がこぼしたように、人間から獣に成り果てないように注意する。それでも、もしその時が来てしまったのなら、聖剣でその首を刎ねることが、今の私にできる唯一の歩み寄りだ。

 

 

 

ああ、まったく。自分が嫌になってしまいそうだ。

 

どうにも私という人間は──剣でしかものの解決を見出せないような、愚か者であるらしい。

 

 

 

 

 

 

今まさに背後から迫ってきている轟音を聴き、それが人間の足音だと判別できるような者はそう多くないだろう。

 

地震のような振動を伴いながら汽車もかくやといった様子で猪突猛進してくるのは、かの大英雄ヘラクレス。正直、汽車に追い掛け回される方が万倍マシに思えてきたところだ。

 

アルトリアとマシュのガードがなければ、今頃ひき肉になっていることだろう。ぞっとする話だ。ちくしょう、足が痛い。下水道に入り込んでからしばらくたつ。湿った地面に足を取られないか心配で仕方ない。

 

「はっ、はっ、っ!」

 

「ほら、がんばるのよ! あとちょっとなんだから!」

 

「次を右、本当にもうすぐだ! リツカ、高校の持久走を思い出せ! タイムは悪くなかったはずだろう!?」

 

確かに半分より上ではあったかもしれないけれど、そういうお前はトップだったじゃないか、なんて悪態をつこうにもその余裕はない。

 

先導してくれているハズムに疲れは見えない。一瞬、エウリュアレは彼に背負ってもらうべきだったかもしれない、なんて甘えた考えが頭をよぎる。

 

事実、ハズムのほうが俺より何倍も身体能力が高い。エウリュアレが嫌がるだろうことを考慮しても、作戦成功率のためにはハズムに背負ってもらうべきだっただろう。

 

ではなぜ俺が背負っているのかといえば、単純に意地というか、俺のわがままに他ならない。

 

この作戦に人類の未来がかかっていると理解していても、最も命の危険を伴う役割にわざわざ親友を就かせるのは、まったく承服できない話であったという、それだけのことだ。

 

まあ、彼が俺の近くにいる以上は、失敗すれば結局のところ一緒に仲良く轢きつぶされることになるだろうが。

 

■■■■■■■■■──!!」

 

狂戦士の咆哮が響く。進むことによる地鳴りだけではない、剣や拳による破壊の波動が振り返らずとも伝わってくる。

 

「ぐっ、う──!」

 

「ハアアッ──!」

 

奮闘する二人の声。彼女たちを信じてひたすらに進む。あと少し。本当にあと少しだ。もう数百メートルもないはずだろう。

 

たどり着け、たどり着け、たどり着け、たどり着け!

 

 

 

 

 

 

「あっ──マスター! 避けて!」

 

マシュの悲鳴じみた警告に思わず振り返る。視界に広がるのは、飛来する巨大ながれき。

 

「えっ──」

 

「リツカ!!」

 

 

ドンッ、と押される感覚がする。どうにかエウリュアレを放さずに、転がって受け身を取った。立ち込める砂埃。のどに入り込んだ砂塵をケホケホと咳をして吐き出す。

 

眼を開ければ、壁に大穴が空いている。先ほどの飛来物はここを突き抜けていったらしい。なんて威力だろうか。レンガでできた下水道の壁はもろく、さらにはその向こうに広くて暗い空間が広がっているらしかった。

 

「マスター! お怪我は!? 申し訳ありません、私が、不甲斐ないばかりに!」

 

「大丈夫だよ、マシュ。ハズム、君は?──ハズム?」

 

砂埃の向こう、俺の前を走っていたはずの彼に向かって問いかける。けれど、返事が返ってこない。

 

まさか──まさかまさか、まさか!

 

さっき俺を突き飛ばしたのは誰だった? 俺を命の危険から救ってくれた()()は、あのスピードで飛んでくる石礫を避けれたのか? まさか、そんな、もしかして──ハズムは!

 

 

 

 

しゃんとしなさい!

 

女神エウリュアレの厳しい声が耳朶をうつ。這いつくばっていた俺を無理やり立たせると、俺の背中に無理やり乗り、「すすみなさい!」といった。

 

「──でも、でも、ハズムが!」

 

「あいつは大丈夫、あんなことで死ぬもんですか! アルトリアに任せておきなさい! あんたがここで止まったら、人類が終わるのよ。そうしたら、どうせハズムも終わり。いいの!?」

 

「っ──!」

 

「だから、走る! 何があろうとも止まってはいけないわ。ここまで来たんだから!」

 

痛む体に鞭打って、一歩を踏み出す。親友がどれだけ心配でも、ここで止まってはいけない。その通りだ。

 

それは、世界に対する裏切りであり──何より、俺のことを信じてくれている親友への裏切りだ。

 

「アルトリア、ハズムを頼んだ! ヘラクレスは任せて!」

 

「ええ。私にもあなたたちを危険にさらした責任がある。彼を無事に送り届けると誓いましょう」

 

彼女の威厳にあふれたその態度が、今は何よりも頼もしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、なんというか。

 

オレはこの世界のシナリオを記憶してはいるけれど、じゃあ世界がその通りに進むのかっていえばそうではないわけだ。

 

そもそもオレという二人目のマスターがいるだけで大きく違うし、オルガマリー所長の生存、レフ・ライノールが爆破事件以降いまだに姿を現さないことなど、既知の物語から逸脱したところは多くある。

 

それにも関わらず、オレは世界が()()()()()()であることを妄信してしまっていた。今回で言うならば、リツカの立てた“契約の箱(アーク)作戦”が絶対にうまくいくもんだと勘違いしていたんだ。

 

ヘラクレスは難敵だ。銀弾を使えば(ヘラクレスほどの英雄を前に使う暇をもらえれば)倒せるだろうが、第四特異点まで不用意に晒したくないと思っている身としてはそれは最終手段としたい(だからアルテラの時もギリギリまで使わなかったわけだが)

 

あの物語で上手くいった作戦なら、銀弾の消費をせずに確実にヘラクレスを倒せる。渡りに船じゃないか、なんて。いつまでたっても、オレはこの世界を物語の枠に当てはめてしまっているらしい。

 

まさかリツカが死ぬ一歩手前まで来てしまうとは。間に合ったのは奇跡だ。あの隕石みたいながれきでリツカの頭がぶち抜かれていたら、人類はチェックメイトだっただろう。なんせ死んだ人間はよみがえらない。たとえ銀弾でもだ。

 

母さんたちが死んだあの夜の時もそうだったが、銀弾はどうしてか死んだ人間を生き返らせることができない。あとやり直すためのタイムトラベルなんかもだ。大概のことはできる癖に、どうしてもやりたいことはやらせてくれないポンコツなんだ、こいつは。

 

 

 

第一、第二と大筋はシナリオと変わらずに攻略できていたから、まあ、オレは阿保みたいに油断していた訳だ。そしたら大切な親友がミンチになる寸前だった。

 

だからこれはそんなクソやろうへの罰だろう。

 

ヘラクレスがぶん投げた最強の石礫に体をぶち抜かれて死に、これ以上ない無駄な使用目的で銀弾が1発消費されてしまったのも

 

 

 

──オレが死んでからよみがえるその気色悪い光景を、よりによってアルトリア・ペンドラゴンに見られてしまったのも。

 

 

 






【落陽の誓い】

シロガネハズムが知るよしもない、シロガネハズムのために建てられた誓い。

彼の親友である藤丸立香と酢漿夏希が黄昏の空の中に打ち立てた、親友を()()()にするための約束。

彼ら二人は英雄ではない。他を圧倒する武も、誰かを誘導するカリスマも、世界を革新に導く技術もありはしない。どこにでもいる普通の少年少女であり、それ以上のものではない。

それでも、シロガネハズムをいつの日か救うのはきっと彼と彼女であるのだ。

大勢にとってはありふれた只人でしかなくとも、ほかならぬハズムにとっては、きっとなにより特別な存在なのだから。

今では、誓いは半分に分かたれてしまっている。

藤丸立香は現在はいない親友の分も背負うつもりのようだが、恐らくはそれでは足りない。

多くの魔術師が言うように、契約はそう簡単にゆがめられてはならない厳格なものだ。二人で結ばれた誓いであるのなら、同じ二人の手によって果たされるのが道理だろう。

幸いにも、名付きの少女は焼却されていないのだから。







やー、オケアノスはあと一話で終わりかな。

正月休み中にロンドンまで入りたいけど、すんませんが確約はできないです。

まあモチベ上げたいのでとりあえず感想は乞食(こじ)いておきますね。

書くための感想(ねんりょう)よこすんだよお、おらあ!

最後まで読んでくれてありがとナス! また次回も見てくれよな!




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オケアノスー2



が、学生は冬休み期間中だから実質これ正月休み中やし……

まあ冗談です。ちょっと時間かかりました。ごめんなさい。

アルトリアの心理描写はキャラにあってるかなあ。あんまり自信ない。

さいきんFGOからはなれぎみだったけど、満を持しての村正実装と満々満を持してのアビーピックで再燃してるんだ。

ちなみに僕がFGOで一番好きな鯖がアビーです。この時を待ってたんじゃ……





 

 

 

私──アルトリア・ペンドラゴンは英霊だ。

 

英霊という存在は、人類の未来を憂い守るための役割としてこの世界にある──と少なくとも私はそう考えている。

 

私は、サーヴァントだ。

 

サーヴァントという存在は、召喚主(マスター)の願いを叶えるために、共に歩む者である。マスターを守る盾となり、道を切り拓く剣となるために存在する──私は少なくともそうありたいと願っている。

 

私は、英霊であり、サーヴァントだ。それは違えようのない事実である。どちらでしかないというわけではなく、()()()()私の姿であり、役割なのだと思う。

 

けれど、英霊としての役割と、サーヴァントとしての役割、その二足の草鞋を履くことが常にできるというのは、甘い考えでしかない。

 

例えば、マスターが心底良き人柄で、その願いもその人格もすべてが好ましく、信頼できる人物であるとしたら? その人物に味方することがどのような結果を招いても、私はサーヴァントとしての役割を全うし、英霊としての自分を捨てるのだろうか。

 

例えば、マスターがどうしようもなく、人類を滅ぼすほどの巨悪であったとしたら? その人物がどれだけの正しき人間性を持っていたとしても、私は英霊としての義務を遂行し、サーヴァントとしての役割を放棄するのだろうか。

 

 

 

私は、選択しなければならない。いつかのように、切り捨てるべきものを。

 

このような瞬間が来るということを、私は薄らと予感していたはずであったのだ。しかし恥ずべきことに、それを私は考えないようにしていた。

 

だから、これはそんな私への罰なのだろう。

 

 

 

大儀のために(英霊として)、哀れな少年(マスター)の首を刎ねるのか。

 

 

 

情のために(サーヴァントとして)、世界を滅ぼしかねない少年(けもの)を見逃すのか。

 

 

 

私は、サーヴァントとして(英霊として)、私が果たすべき役割を、選ばなければならない。

 

 

 

 

 

 

リツカの「ハズムを頼んだ」という言葉に了承の意を返し、さらには無事に送り届けるなどと約束をしたのは、ハズムとの契約パスが切れていなかったからだ。

 

──正確に言うとすると、瞬間的な魔力供給の途切れはあった。しかし、すぐに元の安定した供給に持ち直したという事実を鑑みて、ハズムは重傷を受けてはいる(そして、その傷を受けた際に供給が一瞬途切れたのだろう)が、パスが切れていないのであれば致命的なまでには至っていないだろうと考えたのだ。もちろん、早急な救助が必要であろうことは疑いようもないが。

 

正直に告白するとすれば、私は焦っていた。ヘラクレスとの戦闘では私が攻撃、マシュが防衛の役割であったにしろ、あの投擲を防げなかったのは私の失態に違いない。

 

私はハズムのことを疑っているし彼と信頼を結んでいるわけではないが、それでも彼をどうなってもいい、どうでもいい人物だと考えているわけではないのだ。彼を危険にさらしたのはサーヴァントとして失格だと、私の心の内は焦燥と後悔にまみれていた。

 

だからこそ、私は見誤った。ハズムは大丈夫なのだというありもしない希望にすがった。

 

()()大英雄ヘラクレスが全力で行った投擲が、なんの防御魔術すら使用しない生身の人間に直撃するなどという事態。その結果は火を見るよりも明らかだったというのに。

 

 

 

 

 

 

粉々に崩れた下水道レンガ壁の向こう、夜より深い暗闇に足を踏み入れる。地面は苔と水が敷き詰められているようで、油断すれば足を滑らせてしまうだろう。

 

「──マスター、どこにいますか?」

 

暗闇の向こうに声をかける。傷の具合を想像するに、返事を返す元気があるかどうか、確率は半々といったところだろうか。

 

「……」

 

返事はなかった。少なくとも声を出せない状況にあるのは間違いないらしい。探さなければ、と気がはやる。両手で構えていた剣を霧散させ(しまって)、代わりにカルデアから支給されていたライト、そして魔術スクロールを握りしめた。

 

マスター、そしてサーヴァントには、ダヴィンチ謹製の探検バッグが支給されている。入っているのは快適な特異点攻略を目標とした便利グッズだ。

 

例えば、エネルギー供給無しで半年は発光を保つライト、ゾウが5匹ぶら下がろうと切れないロープ、1粒で一週間は活動できる栄養食──そして、ほとんどの傷をふさぐ治癒のスクロールなど。

 

私という剣の英霊には、剣をふるうこと以外に能力がない。バッグがなければこの暗闇の中マスターを探せなかっただろうし、見つけたとしても有効な治療行為すら行えなかったに違いない。

 

ライトをつける。マスターの姿は見当たらない。この空間のどこかにはいるはずなのだが。

 

ライトの光を右へ左へ動かして捜索していると、ふと奇妙なものが視界に入った。

 

 

 

「うで……?」

 

 

 

人の、腕だ。

 

その時私は、ようやく自分の犯した失態の重さを正確に理解したに違いなかった。

 

「──っ、ハズム、ハズム! どこですか、返事をしてください!」

 

返事がないことは既に確かめたはずであるのに、みっともなく彼の名前を呼んだ。

 

今、私が右手に携えている治癒のスクロールは、万能の天才が自信作と豪語するだけはあって、()()()()の傷や毒を治療してくれる。だが──

 

「早く、探さなければ。彼のうでが──」

 

地面に落ちている彼の右腕を拾い上げて、極力衛生そうな場所に置く。そして、あちこちに散らばったがれきをかき分け始めた。見当たるところにはいなかったから、どこかの下敷きになっているに違いないと考えたのだ。

 

──治癒のスクロールは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。欠損部位がちゃんと残っていて、時間が経ちすぎていなければ、という条件がそろっていなければ治療は不可能である。ダヴィンチはスクロールを配った全員にそう注意していた。

 

つまり、今は彼の腕がつながるかつながらないかの瀬戸際なのだ。そうでなくても、腕を失ってしまうほどの重症は、私たちのような英霊であればまだしも、今の時代の人間であれば命に関わるのではないだろうか。そう思い至ると、焦りが大きくなってくる。

 

ああ、なぜ私はハズムが五体満足で無事であるなどと思い込んでいたのだろうか。無事に送り届けると約束したリツカや、当のマスター本人に、どう許しを請えばいいだろう。

 

よく見れば部屋のあちこちに血が飛び散ってしまっている。もしかして体ごと粉々になってしまったのではないかと、悪い想像だけが繰り返されていく。雪崩のように押し寄せる後悔に苛まれながらも、がれきをかき分け続ける。

 

 

 

突然──バァン!と、何かが弾けるような音があたりに響いた。

 

それは耳をつんざくように鋭い爆発音で、一心不乱にがれきをかき分けていた私は、英霊として恥ずかしいことに、ビクリと驚きに体を震わせた。

 

「銃声……? 一体どこから」

 

今の音は、ドレイクや黒ひげが使用していたピストルという武器の音、銃声と呼ばれるものに良く似ていた。

 

音の方角を振り返ると、そこには暗闇の中にひときわ輝く()()()()()が浮かんでいた。

 

 

 

 

明らかに物理的な法則に反して浮かんでいる銃弾は、おもむろにくるくると回転を始めた。

 

そうしてそれに巻き込まれるようにして、あたりから()()()が引き付けられていく。

 

「これは──血?」

 

あたりに散らばった血液や肉片が、弾丸の周りをまわり始める。そしてある程度集まったかと思えば、弾丸を中心として何かを形作っていく。

 

「ああ!、ハズムの腕を!」

 

あまりの光景に目を離せなくなっていると、先ほど見つけたハズムの腕までもが、その集合体に引き付けられて、吸収されていくように消えた。

 

まったく理解できない光景だった。マーリンから魔術の修行を受けた身ではあったが、このような現象を生ずるものに覚えはなかった。

 

 

 

 

──いや、きっと理解はできていなくとも、予感はあったのだと思う。

 

ハズムの腕、ハズムの血液。それによって形作られるものなど一つでしかないのだろうと。

 

そうして、私の不安や心配は幸いなことに杞憂となった。謎の現象によって、ハズムが──おそらくは粉々になって明らかに死亡していたであろう彼が、奇跡的に()()()()()という結果を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起き上がったとき、真っ先に目に入ったのは、透き通るような金の髪と、白銀の甲冑、青い鎧下──勝利の聖剣。

 

座り込んだ状態で呆然とセイバーを見上げた。あとは月光でもあれば、彼女は「貴方が私のマスターか」なんて言い出しそうだ。

 

もっとも、Fateファンなら名シーンとして容易に思い描けるその光景と違うのは──オレの首に、星の聖剣が添えられてるということだ。

 

セイバーの右手があと少しでも力めば頭と体が泣き別れしてしまうくらいに、ぴたりと髪の毛一枚分の隙間もなく首に刃が触れている。伝わってくるのは、命を奪う凶器特有の背筋を撫でるような恐怖と、意外なほどのあたたかさ。

 

聖剣といっても剣なのだから、もっと冷たいものなのだと思っていたのに。まるで人肌に触れているかのようだ。

 

 

 

「何を呆然としている」

 

厳しい物言いが鼓膜を震わせる。いつもは礼儀正しく接してくれていた彼女が、敬語を使わなくなっている。それに気づいたとき、オレは自身の蘇生の光景を見られてしまったのだと察した。

 

「説明しろ、ハズム。返答によっては──私はあなたを、切り捨てなければならない」

 

オレは、彼女を説得しなければならない。これまでに隠してきたことを、オレの掲げる目的をもって。

 

彼女は許してくれるだろうか。納得して、剣を収めてくれるだろうか。……これからも、ともに戦ってくれるだろうか。

 

オレは、彼女のことが好きだ。恋とかそういう話ではないが(オレにそんな権利はない)。Fateのいちキャラクターとして、一人の人間として、こんなオレにも仕えてくれた良きサーヴァントとして、彼女を好ましく思っている。

 

彼女の人間性はとてもまぶしい。彼女に出会い、共に戦えたことを誇りに思っている。そして、そんな彼女がオレのようなクソッタレを信頼しなかったことを、当然だとわきまえている。

 

──彼女のような正しき人にならば。彼女がオレを不要と判断するならば。その聖剣で殺されてもいいとすら思う。けれど、それは()()()()()

 

 

 

説得するのだ。彼女のような真に正しき人を、オレのような人間が掲げる正しさによって。

 

きっと無謀な行いだ。だから、どうしても口で打ち負かせないのなら、銀の弾丸の使用も辞さない。

 

銀弾(シロガネハズム)は、どんな障害も打ち砕いて進まなければならない。目的にたどり着くために、邪魔をするならセイバーであっても貫いてみせる。

 

オレは、世界を救わなければならない(正しくあらなければならない)

 

オレが正しい人間であるのだと、良きことを成し遂げることができる人間なのだと、そう証明する──

 

 

 

──たどり着くまで、きっと。あと、一歩なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シロガネハズムは、首に聖剣を突き付けてもなお、その顔を常のものからほとんど変えなかった。

 

命の危機に恐怖してはいるだろう。隠し立てしていたことが暴かれて焦ってもいる。私というサーヴァントに失望を向けられる悲哀も見える。

 

それでも、その事実を()()()()と切り捨てることのできるほどの、圧倒的な決意を感じる。

 

英霊として、王として、数多の人間と相対してきた私にとってさえ、これほどの眼を見せる者には両手で足りるほどしか出会ってはいないだろうと思える。

 

自然、剣を握った手に力がこもる。わずかに剣先が動き、彼の首の皮を切り裂いた。赤い赤い血が彼の喉仏を伝わって滴り落ちる。

 

そんな光景に、目を背けたくなった。

 

「早く口を開け。さもなくば、この剣はさらに食い込むことになる」

 

迷いを振り払うように強い言葉を口にする。彼の生殺与奪を握っていることを知らしめ、脅す。

 

私は、どうか「勘違いだ」とその口から発してくれと願っていた。自分のあずかり知らぬ事だと、自分ではない誰かに刻まれた呪いなのだと、そう彼が口にしてくれればと。

 

「──オレは知らないよ、なんて言っても信じないよな、多分。あんたはアルトリア・ペンドラゴンなんだから」

 

だが、そんな都合のいい話はなかった。

 

「オレにはこういう力がある。理由は……明確にはわからない。これでいい?」

 

「いいわけがない。まだ隠していることがあるはずだ。洗いざらい話すがいい。そうでなければ私は──」

 

「──オレを殺すって?」

 

そうだ。と即座に返答しようとしてできなかった。私の役割、すべきことはそれでしかないはずなのに。

 

シロガネハズムという人間は、もはや信頼に足る要素がほとんど喪失され、疑うべき点しか残っていない。彼に関わる英霊が感情に関わらず抱いてしまう嫌悪、未来を見通しているかのような行動、そして粉々に砕け散ってもよみがえる不死性。

 

どれをとっても警戒すべきことのはずだ。

 

私は彼のことを人間として好ましく思って()()。でも現在ではそうではない。そうあるはずだ──そうあるべきだ。英霊としては。

 

だが。

 

 

 

「……あなたの過去を見た」

 

気づけば口は、彼に向けて言いたくもないことを口走っていた。

 

「同情する、というのはあなたに失礼だろう。しかし、そう、あなたの悲しみや無念は、少しは、わかっているつもりだ」

 

「まて、まて。見たって何を? 過去ってなにを覗いた?」

 

「あなたの家族が死んだ夜の光景だ。おそらくはパスを通じた記憶の流入だと──」

 

「──あぁ、今のオレの過去か。まあ、ひどい夜だったよ……クソッタレの夜だ」

 

彼は頭を抱えて──そして同時に何かに安堵したようにして──話し始めた。

 

「なによりクソッタレなのは、オレがまだ生きてるってことだ。オレなんかのために──オレなんかが原因で、家族が全員死んだってことだ」

 

彼は拳を握りしめている。蒼玉(サファイア)色の眼の奥に、赤い光が揺れている。

 

「わかるか、セイバー。別にいいんだオレは。死んだって。死にたいさ、そりゃあ。でも──でも、()()()()()()()()()()

 

彼は突然立ち上がった。聖剣をあろうことか素手でつかみどかし、私の眼前にその瞳を突き付けるように接近してきた。

 

彼の手のひらから大量の血があふれている。当たり前だ。魔力で強化した肉体だろうと容易に切り裂く聖剣なのだ。それでも彼はこゆるぎさえしない。彼の瞳と視線が交錯する。

 

「オレは、やっと見つけたんだ。償えないと思っていた罪に、応えられないと思っていた期待に、ようやく手が届きそうなんだよ。間違い続けてきた俺が、唯一正しいことができる、それが今だ」

 

「……」

 

「オレは、死ねない。オレのために亡くされた命に報いることができるまでは。オレは、世界を救わなければならない」

 

彼は片手で聖剣の刃を掴んだまま、もう片方の手で、私の右手──剣の柄を握っていた──に触れて、やがて崩れ落ちるようにうつむいた。

 

どっと力が抜ける。彼の虚を映したかのような瞳に見つめられていたからか、身体はひどくこわばっていたらしかった。

 

「あと、少しで良い。あと一つ。次の特異点まででいいんだ。きっと、上手くいけばそこで終わるはずなんだ」

 

うつむいてしまった彼の表情は見えない。

 

「オレをどう思ってくれてもいい。そのまま疑っておいて、第四特異点が終われば、即刻首を刎ねてくれて構わない。どうせオレは──あんたのマスターになるべき人間(衛宮士郎や藤丸立香)じゃなかったんだから」

 

「──ハズム、それは、どういう」

 

「あんたからの絆も、信頼も、友情も、なにもかもくれなくたっていい。オレはただ──

 

 

 

 

 

 

──猶予が、欲しい

 

彼は、まるで泣いているかのような声で言った。ぽたりぽたりと、彼の喉と手から雫として落ちる血液の残響だけが、あたりを支配していた。

 

 

 

私は、どうするべきなのだろう。

 

私は、何も告げられていない、彼のどんな秘密だって打ち明けられていない。それでも彼は「見逃してほしい」のだという。

 

私は、どうするべきだったのだろう。

 

彼との間に、絆が、信頼が、友情が、これまでに少しでもあれば。彼の傍に少しでも寄り添って、少しでも心を交わしていれば。私は、彼が今隠したことを聞かせてもらえていたのだろうか。

 

私は、()()()()()()()()()

 

ここで彼を見逃すことが私の望みなのか。ここで彼を切り捨てることが私の望みなのか。

 

ひと時の情、この少年にむけた憐れみに絆されて、カルデアを──ひいては人類を危険にさらすのか?

 

それとも、この少年を切り捨てるのか──

 

 

 

──いつかのように、多数(世界)のため致し方ないからと?

 

 

 

「──ぁあああっ!」

 

もう、なにもかもがわからない。何が正しいのか。何をすべきなのか。

 

私は叫びと共に剣を振り下ろした。なにを切ろうなどと、目標は考えないようにした。衝動のままに、一心不乱に、切っ先が何に向けられていようとも、その一切を断ち切るつもりでその剣をふるった。

 

真名開放時にまさるとも劣らぬ衝撃と、轟音。上がる水しぶきと、漂う砂埃。

 

天井が崩れ落ちたらしい。外からの日差しが暗闇を照らす。視界を占領していた水と砂が徐々に晴れていく。

 

 

 

 

 

「──セイバー、どうして」

 

 

 

ハズムの声が聞こえてきた。ならばきっと、それが私の答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三特異点オケアノスは修復された。

 

ヘラクレスはアークによって死に倒れ、イアソンとメディア──正確にはイアソンではなく、それを材料にした魔神だったが──を無事に打倒し、俺たちはいま、別れの時を迎えている。

 

「ドレイク、今回はありがとう」

 

「いいって。それにしてもまあ、あんたたちと世界一周旅行するって話は、叶えられそうにないねぇ」

 

珍しくさみしそうな表情でドレイクが言う。それは出会ってすぐに交わした会話だった。それが叶ったらどんなによいことかと思う。けれど、不可能なことだ。

 

「ドレイクさん……」

 

「いいのさ、マシュ。わかってるんだ、今は無理だってことくらいさ。でも、いつかはきっとやろう! 無理でもやるからおもしろいんだ。そうだろう?」

 

「あはは、ドレイクらしい」

 

最後まで、ドレイクという女海賊は、尊敬できる人柄のままで、尊敬できる姿勢で、尊敬できるような言葉を語ってくれる。

 

「──あたしたち海賊は、欲に生きている」

 

黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の甲板、海と船とを隔てる手すりに寄りかかりながら、沈む夕日を背にドレイクは言う。

 

「あれがほしい、これもほしい、ああしたい、こうしたいってね。宗教家どもに言わせりゃあ、私たちは欲に()()()クソどもだとさ」

 

アッハッハ違えねえ、なんて周りの海賊たちから野次のような言葉がとぶ。

 

「だがまあ、だいたいの人間が最後のよりどころにしてんのは、そうしたクソッタレな欲だろうと思わないかい?」

 

「──うん、そうだね。俺もそうだ」

 

言葉にすることはまだできない。この胸にくすぶる気持ちを正確に表すには、俺には経験もなにもかもがたりないだろう。

 

でもきっと、このつらい旅路が終わったとき、なんで走れたのかと聞かれたのならば。それはきっと「生きたいからだ」と、俺は俺の抱き続けてきた欲を、胸を張って告げられるはずだ。

 

「そう言えるんなら、きっと、リツカ──あんたはこの先も歩いていけるさ。ただ、欲張りはいけないよ? あたしみたいになっちまう」

 

「あはは……気を付けるよ」

 

確かにドレイクは強欲のきらいがある。頬を掻きながら忠告を受け取ると、それでいいとドレイクは笑った。

 

 

 

「──あんたも、だよ。ハズム!」

 

「え、えと、オレ?」

 

俺の背後、体中が傷だらけの──それでも生きていてくれた、無事でいてくれた──ハズムが、予想だにしていなかったのか、素っ頓狂な声を上げている。珍しい光景だ。

 

「なにを意外そうにしてるんだい。ほら、握手。あんたもリツカとおなじ、仲間だろう」

 

「──ああ。今回は助かったよ。ドレイク」

 

「いいって……あんたも、欲はあるだろうね?」

 

「……ああ、もちろん。今だって、もう眠くてさ。睡眠欲がすごいんだ」

 

「はは、ならいいんだ」

 

ドレイクは笑っている。そして同時に、なにか心配そうにしているように見える。

 

「何もかもが上手くいかなくて、どん底まで落ちて、もう死んだほうがましじゃないかって思っても、それでもあたしは立ち上がれる。なんでかわかるかい?」

 

「えっと、欲があるから?」

 

「ああ、他でもない、私自身から噴き出してくる欲望だ──どんな嵐の中でもね、“こうしたい”っていう心から湧き上がるような欲は、お宝みたいに輝いて、道を示してくれるのさ。“こうすべき”じゃなくて、“こうしたい”ってところがみそだね」

 

「“こうすべき”じゃなくて、“こうしたい”……」

 

「……まあ、これはあたしの話。あたしだけの話さ。きっと、あんたにはあんたの拠り所があるんだろう。それを、大事にしなよ」

 

「そう、か。わかった」

 

ならいい、とドレイクはハズムの頭を乱暴に撫でていた。ハズムの表情いつも通りしかめっ面だったが、俺には少し笑っているように見えた。

 

 

 

「それじゃあまあ、これでお別れだ。いい旅だったよ。またいつか、だ」

 

「うん、またね」

 

「はい! またいつか。ドレイクさん、お元気で」

 

「──いい旅だったよ。一生の思い出に残るくらいに」

 

笑顔で手を振るドレイクに、俺、マシュ、ハズムは、それぞれに言葉を返す。

 

それが最後だという風に、俺たちの視界は青と黒に染まる。レイシフトが始まって、俺たちの旅はまた一つ、終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

「──まったく。“またいつか”くらい、胸を張って言えるようになってから顔を見せるんだね。ハズム」

 

夕暮れの空に、ウミネコが鳴いた。

 

 

 







目には目を。歯には歯を。

信頼には信頼を。疑惑には疑惑を。

つまりまったく、人間とはそういうものだということだ。






ロンドンの前に一回幕間挟むと思います。

ハズムのバイタルを見てるはずのカルデアサイドとかー、

ハズムのことを監視しているはずのレ//フとかー、

色々書ききれてないことあるしね。

ちなみに、この小説におけるハズム君のSAN値ですけど、下に凸の二次関数で表されます。

頂点には第四特異点がくる予定ですね。


最後まで読んでくれてありがとナス!

感想乞食(定期)

お気に入りと評価のほうもよろしくです!




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インタールード:『シルバースター』

はい。前回のあとがき通りの内容です。

ただ

オルガマリー:レ//フ = 9:1

みたいになってるけどね。やっぱ美少女に時間割くほうが人生有意義だからね、仕方ないね。





シミ一つない白壁に、清浄された空気。鼻につく薬品特有の臭い。まあつまり、私はカルデアの病室にいる。

 

私はどうも、この空間が好きではないし、それはほとんどの人間が同意してくれるだろうと思う。病室という存在を好むような者は、きっと希少に違いない。

 

無論、好む好まないにかかわらず、病室に縛られる人間というのは一定数いるものだ。

 

それは例えば、デミ・サーヴァントとしての調整を必要とするマシュであったり。

 

 

 

──例えば、毎度毎度、特異点攻略に赴くたびに大けがをして帰ってくる、シロガネハズム(どこかのバカ)であったり。

 

 

 

「どうなの? ハズムの容態は」

 

「バイタルをチェックしましたが、特に問題はありません。ケガがいくつもあるのは見た通りですが、命にかかわるようなことは無いでしょう」

 

「──そう。結構なことね」

 

相変わらずふわふわした雰囲気を醸し出すこの男(ロマニ)の言葉は、どこか頼りなく信用しがたいが、その実レフと学びを共にした碩学として不足するところはない。

 

父は人を見る才能があった。才能を見極める才能があったと言い換えてもいい。ともかく、ゆるふわでなよなよした目の前の男も、その例にもれず優秀な人材ということだ。

 

その彼が大丈夫だというのだから大丈夫なのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()。皆がそうしているように。

 

しかし、私は知っている。オケアノスで観測したバイタルを信じるのであれば、シロガネハズムはあの程度のケガだけで済むようなはずではないということを。

 

ダヴィンチやロマニなど、なにかがおかしいと感じている者は少なからずいるだろうけれど。

 

──私は、シロガネハズムが何かを隠していると、確信している。カルデアの司令部の中では、きっと私だけが。

 

決定的瞬間を目撃したのは、私だけだったのだから。

 

 

 

 

 

 

特異点攻略の際、これは当然の話ではあるが、特異点攻略に実際に赴くマスター二人以外が暇をしているのかというと、そんなことはない。

 

二人の意味消失を防ぐための存在証明、迫るエネミーを発見するための魔力観測、そしてマスター二人のバイタル管理など。仕事は多岐にわたる。

 

つまり、レイシフトという高度かつ難解な技術にあたって必要とされる人員は、とても多い。今のメンバーでは本来とてもではないが足りない。ではどうやって業務を回しているのかといえば、兼業と長時間勤務の二つが頼りなわけだ。

 

「存在証明安定しています──そして、エネミーの類もヘラクレス以外には観測されていません」

 

存在証明作業と魔力観測を同時にやっているものがいたり。

 

「通信接続不安定です。安定化作業に移ります。すみません、ハズム君のバイタル管理から少し外れることになります」

 

そうやって兼業で回しているから、時には穴が開いてしまったり。

 

「なら、代わりに俺が受け持つ──っ、す、みません。すこしめまいが。受け持ち、たかったですが。こんな様では大事なバイタルを見逃しそうです。誰か──」

 

長時間の作業で疲れ果てた者が出てきて、その穴埋めすら滞ってしまったり。

 

「──なら、私がやるわ。あなたは仮眠。所長命令よ」

 

そうして、私がその作業をやることになったり。ともかく、カルデアはそうしたギリギリの運営の中で動いているのだ。

 

まあ、私はレイシフト適性こそないけれど、カルデアの全作業について誰よりも完璧にできる自信がある。……言い過ぎたかもしれない。ダヴィンチとかいう万能サーヴァントの次に、完璧にこなせる。だから、こういう非常事態に私が穴埋めをするのは間違いではない。

 

なぜ作業に精通しているのかといえば、レイシフト適性がない自分にとって唯一、努力すれば得られるものがそれだったからだ。レイシフト適性は生まれ持った才能。努力ではどうしようもない。けれどカルデアの運営であれば、作業であれば、努力で身につく。勤勉さが結果を残してくれる。

 

私に残された余地というのが、それだけだったという話。それだけだ。

 

 

 

「さて、と」

 

手元のコンソールにデータを映し出す。通信の乱れによって状況を正確には拾えていないが、今はヘラクレスと追いかけっこをしているところだろうか。

 

ならば当然、バイタルデータのチェックは欠かせない。まあ、チェックしたところでこちらから治療支援などが行えるわけではないが。見ていることしかできないというのは、歯がゆいものだ。

 

映し出されるハズムのバイタルに問題は見られない。走っていることによる心拍数の上昇くらいで、魔力は安定域、外傷は無し──ホッと息をついたその瞬間。

 

「なっ──」

 


BPM : 0

Magic Circuit : Destroyed

Physical Condition : Danger

L / D check...  Answer : Die


 

瞬きをした瞬間に起こった、急激なバイタルの悪化。いや、悪化どころではない。これは、どう考えても()()の事実を表してしかいない。

 

胸元に氷柱が刺さったかのような、冷たくて鋭い痛みの感覚が忍び寄ってくる。

 

「嘘、ウソよ……いや、嫌、嫌ぁ……」

 

小さくあえぐように、私の口からは掠れた声が零れ落ちる。

 

覚悟していたのだ。そのはずだった。カルデアの人員一人も欠けずに人理修復を成し遂げるのは難しいだろうということ。そして、もっとも命の危険にさらされているのはマスター二人とマシュであるということも。

 

どれだけ命が零れ落ちようとも、私たちは、私は、進むのだと思っていた。それができるのだと信じていた。

 

こんなに簡単に足がすくんでしまうなんて、考えてもみなかったのだ。

 

「マリー、どうしたんだい?」

 

「ああ、ロマニ、ハズムが──ぇ?」

 

そして、こんなに簡単にその絶望が覆されてしまうなんてことも、きっと想像していなかった。

 


BPM : 0 90

Magic Circuit : Destroyed Perfect

Physical Condition : Denger Normal

L / D check... Answer : Die Answer : Live


 

「あ、え、なんでも、ないわ」

 

まるで、なかったことになったみたいに。まるで死という事実そのものを破壊し貫いてしまったみたいに。いつの間にかハズムのバイタルは正常値に書き換わってしまっていた。

 

「──そうかい? ならいいけど」

 

ロマニはそう言って自分の持ち場に戻っていく。

 

なぜ、こんなことが起こった? まるで悪夢でも見せられているかのようだ。

 

ログをチェックする。それでも、ハズムのバイタルは現在に至るまで正常だったことに()()()()()。そういうことにされていた。

 

機器の故障? 観測ミス? 疲れすぎて幻を見ていた?──様々な可能性が浮かんでは消える。

 

けれど理論的になにかの原因を探そうとする頭の奥底、本能にも似た部分できっと私は確信していた。

 

「──あなたが何かしたのね、ハズム」

 

脳裏に浮かぶのは忌まわしいあの日の記憶。人理継続保障機関カルデアが壊滅に追い込まれた、炎揺らめくあの日のことだ。

 

 

 

 

 

 

管制室爆破事件の起こった日、藤丸立香とマシュは特異点Fを舞台に強敵との命がけの戦いの最中にいた。

 

そしてその裏では。オルガマリー・アニムスフィアとシロガネハズムだけが知る、ある脱出劇があったのだ。

 

 

 

「早くコフィンに入って頂戴、キリシュタリア、ガットも! ゼムルプスやファムルソローネを見習いなさい!」

 

Aチームメンバーといえば個性的で手綱の握りようがない、というのが私の本音だった。こんな奴らをどうやって御していたのかと、冥界にいるだろう父を問いただしたいくらいには彼らは自由人だった。

 

特異点Fへのレイシフトはもうすぐだというのにぺらぺら雑談をしている男二人を、スタッフを使ってコフィンにむりやりねじ込ませた。ようやく準備が整ったとため息を吐く。

 

父が死んでから非常にストレスフルな毎日を送っている。Aチームとの関わりのせいというのはもちろん、慣れないカルデアの運営、スタッフからの不信の感情など、負の刺激(ストレッサー)には事欠かない。

 

それに加えて今日は、説明会最前列で居眠りをするなどという大変失礼な人間にであったり、今も私のすぐ後ろで礼儀を欠いた顔をさらしている不機嫌顔の男(シロガネハズム)がいたりとか、もうたくさんといった感じだ。

 

「はあ……なんで、こんな大事な日に……」

 

今日はようやくレイシフトという大偉業を成し遂げることのできる記念すべき日なのだ。それが一般候補生のせいですでに憂鬱だ。厄日だ。

 

「所長、存在証明班の準備、完了しました!」

 

「バイタル観測班も大丈夫です!」

 

「──わかったわ。ではこれより特異点Fへのレイシフトを開始します。実証を開始してください」

 

司令部スタッフからの合図を受けて、作戦開始の号令を上げる。それにこたえてレイシフトプログラムが走り始めて──

 

 

 

──私の意識は吹き飛んだ。

 

まあつまり。爆弾が起爆したということだ。厄日なんかではない。今日という一日は、どう考えても私の人生史上最低の日に違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

だれかが、わたしのてを、にぎってくれている。

 

腐ったような甘い匂いともに炭のかけらが鼻をくすぐる感触がする。

 

めらめら、ぱちり、炎の音がする。

 

そうして、一滴。ぽたりと。私の頬に冷たくて暖かい涙が落ちた。

 

「──わたし、は」

 

反転した視界の奥に、燃え上がる指令室と、赤く染まったカルデアスが見える。

 

レイシフト、失敗。それを悟る。

 

生きる価値を示したかった。私はこの世にいる価値があるのだと。私には生きる資格があるのだと証明したかった。

 

レイシフト──魔法にも近しいだろうこの大偉業を成し遂げることができれば、きっとみんな、私を認めてくれるのだと。そう信じていたのに。だから頑張ったのに。努力したのに。

 

ああ、まったく──これだけ頑張っても、私は失敗してしまうんだ。そんな諦念が心から湧き出してくる。生きるための気力が、濁流のような負の感情に押し流されていく。

 

もう、すべておしまい。

 

そこまで考えて、私は、私の手を握っている誰かに意識を向けたのだ。

 

泣いている。涙を流している。何に対して、だろうか。私の頬に落ちる雫は、増え続けている。いっぱい落ちるものだから、頬にたくさんの涙の跡が残ってしまっているだろう。きっと私が泣いているように見えてしまうに違いない。

 

やれやれ、死ぬときはせめて笑顔で死にたかったのに。泣きながら死んだみたいに見えたら恰好がつかないじゃないなんて、そんなことを考えた。そのとき。

 

「よかった──生きてて、助けられて、よかった……!」

 

彼は、そう言った。そう言ってくれた。

 

諦めと、絶望と、後悔と──おおよそ負の感情と呼べるすべてが押し寄せて溺れていた、そもそも息をする気すらなくなっていた私に。その一言がどれだけの救いであったか。

 

あなたは生きていていいのだと、生きていてほしいのだと。

 

それはきっと今の私が──いいや、今までの私がきっと、一番欲していたものだったのだ。

 

 

 

「──立てますか、オルガマリー所長」

 

「──ええ、もちろん。立ちあがれるわ。あなたのおかげね」

 

彼は私に肩を貸してそっと持ち上げた。足を少しばかりひねってはいたが、あの火災の中にあって私にそれ以外のケガはなく、奇跡的なほどに軽傷だった。

 

指令室の扉を開けて、廊下に脱出する。ここにまで火の手が迫っていた。脳内でカルデアの緊急事態用マニュアルをめくる。たしかこのような事態の場合には、被害拡大防止のために隔壁が閉まるようになっていたはずだ。

 

「事故発生から数分もすれば隔壁が下りるわ、だから急がないとあなたも──」

 

「先ほど警告アナウンスが流れたばかりなので、まだ猶予はあります。安心して」

 

「──そう」

 

彼に体重を預けて歩みを進める。このあたりで、やっと私は彼が誰なのかを理解していた。シロガネハズム。急遽選抜され今日配属というギリギリの日程で滑り込んできた、一般候補生ペアの片割れだ。

 

そして、どんな時でも崩さない不機嫌顔で、無礼だという印象を受けていた男だ。けれど今はそんなことを感じさせない。しかめっ面は変わっていないくせに、なぜだろう。さっき泣き顔を見てしまったからだろうか。

 

 

 

「──ハズム!」

 

近づいてくる足音と共に現れたのは、もう一人の一般候補生である藤丸立香だ。確か友人関係であったはずだから、ハズムを助けに来たのだろうか。だとしたら少しうらやましく思う。そうして身を案じてくれる友人がいるというのは、貴重なことだ。

 

「無事だったんだね、良かった。あと、所長も無事だったんだ」

 

「ああ。管制室はひどい状況だ。隔壁がもうすぐ閉まるんだろ? 早く脱出を──」

 

「いや。俺は、マシュを探しに行かなきゃ」

 

マシュといっただろうか、この少年は。今日であったばかりのはずの少女を、この少年は命がけで助けにいこうとしているのだろうか。それはなんて非合理的な──そして無謀な行いなのだろうか。

 

「──オレもあんまり詳しく見たわけじゃないけれど、管制室で生きているのは所長とオレくらいだ。それでもいくのか?」

 

「うん。そうじゃなきゃ、きっと後悔する」

 

「──マシュ・キリエライトを探しているのね。彼女はコフィンに入っていたはずよ。いるとしたら管制室の奥の方だわ」

 

「ありがとうございます。じゃあ、ハズム──またあとで」

 

「ああ。またあとで、だ」

 

そうして藤丸立香は立ち去った。ハズムは彼が駆けていったほうをしばらくじっと見ると、脱出に向けて歩みを再開した。

 

「……よかったのかしら、止めなくて」

 

「いいんです。きっとこうなる()()だったんですから」

 

「運命?」

 

「オレは、あいつがやってくれるって信じてるんです。あいつが主人公だからっていうのもあるけど、あいつの友達として信じてる」

 

「──主人公?」

 

「あー、えっと。あいつは運がいいというか、運命を引き寄せる力があるというか──とにかく、だから、オレはあいつでも救えなかったもの、こぼれおちたものを拾えたらってそう思って」

 

おっと、と彼がふらつく。何かに躓いてしまったのか、それとも──

 

「ちょっとあなた、よく見たら血が出てるじゃない! ああもう、無理して!」

 

彼の背中からは結構な量の血があふれ出ていた。私も藤丸立香も、彼の正面しか今まで見てこなかったから気づくのが遅れてしまったのだ。

 

「──できないと思ってて」

 

「しゃべらないの、ほら歩いて!」

 

先ほどまでとは逆に彼に肩を貸す。体格差があって持ち上げにくいが、魔術でなんとか運べるようにする。あと10メートルもすれば脱出だ。

 

「オレなんかには、救えないんじゃないかって。チカラがないから、オレは。失敗してばっかりで。これまでずっとそうで、だから今回も同じようになってしまうんじゃないかって」

 

「しゃべる元気があったら足動かすのよ! ああもうなんでマスターたちは私の話をきいてくれないのよ! キリシュタリアもガットもそうだし、フジマルも居眠りするし! あんたもなんかぶつぶつ言ってるし!」

 

どうにかこうにか、隔壁の外へと体を投げ出す。本当は彼を医務室まで運ぶべきだろうけど、とりあえず火急の危機は乗り越えることができた。

 

ぜえぜえと息が切れる。まったくこんなことでは、どっちが救助されたんだかわからない。

 

「──オルガマリー所長」

 

「なあに?」

 

 

 

「生きててくれてよかった」

 

「──さっき、きいたわ」

 

「あなたが生きててくれた。俺は間違ってないんだって、誰かを救えるんだって、その証明になってくれた──そうして、生き残ったことを喜んでくれた」

 

それだけで、オレは満足です。と目の前の男はすがすがしい表情で言った。私が初めて見た、彼の()()だった。

 

そうして彼は眼を閉じた。あわてて駆け寄って脈をとる。どうやら息はあるようだ。安心した。

 

「ありがとう」

 

傷だらけ、煤だらけの彼の顔を真っすぐ見て告げる。ああ、いつぶりだろうか。誰かにこんなに心の底からお礼を言うなんて。

 

「──ありがとうっ」

 

胸からこみ上げるものがある。こみ上げてきたものが、口からあふれて嗚咽になり、目からあふれて涙に変わった。

 

「──助けてくれて、あ゛りがとう! 生きることができて、よかった!」

 

意識のない彼にはきっと聞こえていないだろうけど、いいのだ。これは彼に届けるためのものではない。もと自分勝手な──心からあふれた感情、抑えきれない思い。それを享受しているだけで。

 

私はこの日、きっと人生で初めて、自分自身の生存を喜ぶことができたのだ。

 

 

 

 

 

 

回想から意識を戻す。

 

目を開ければ、シミ一つない白壁に、清浄された空気。鼻につく薬品特有の臭い。まあつまり、私はカルデアの病室にいる。

 

目の前ではシロガネハズムが眠っている。体中にまかれた包帯は、オケアノスで負ったものだ。彼は自分を省みない悪癖がある。特異点攻略に赴くたびに、こうして自身の身に傷跡を刻み続ける。

 

そうして今回はそれどころではなく──きっと、死んだのだと思う。帰還後に報告された状況を鑑みるに、リツカをかばったことによって。もちろん、そんな証拠は残っていないけれど。

 

「──ねえ、それはあのときと同じ“奇跡”なのかしら。あなたの手の届かないところで起こった偶然? それとも──あなた自身が起こしたことなの?」

 

語りかけても返事はない。当然のことだ。今の彼は治療中。麻酔によって深い眠りについている。

 

“奇跡”とは、爆破事件の際にハズムが口にした──言い訳というか、言い逃れというか、そんなものだ。

 

隔壁から脱出し彼を医務室に届けて、特異点Fに飛ばされていたリツカとマシュの指揮をとり、聖杯を回収し、ようやく落ち着いたころ、爆破事件の検証が始まったときのことだ。

 

『所長、これを』

 

『これは──本当なのね?』

 

『はい、もちろんです。ここにあるように、爆弾の位置は──』

 

スタッフの一人の報告によれば、爆弾はコフィンをはじめとして私の()()にも設置されていた。しかし、それではおかしいことがある。

 

キリシュタリアを始めとする一流の魔術師たちがあの場には大勢いた。彼らはコフィンに入ってリラックス状態にあったとしても、私より優秀な者たちでさえ致命傷を受けたのに、私はほぼ無傷なんて。

 

そしてハズムも、深い傷を負ってはいたが、私の真後ろに居ながらにして生き残った。魔術にかかわりのなかった一般候補生であるにも関わらず。

 

彼にそのあたりについて聞いたことがある。そしてかえってきた答えは「自分にはわかりません」や「“奇跡”だったんじゃないですか」だ。

 

まあ別に聖杯とかそういうものがあると証明されている現在において“奇跡”というのは頭から否定できる話でもないが。

 

それでも、怪しいというか、まあなにかを隠しているんだろうなということぐらいはうかがえた。

 

「──もっとましな言い訳を考えれば、ダヴィンチにもうちょっと親しく接してもらえたでしょうに」

 

彼の頭を慰めるように撫でながらつぶやく。ダヴィンチも彼のことを敵として認定しているわけではないが、彼の言い訳で疑惑が芽生えたのは確かだろう。「もしかして」と思わせたのは何も、英霊特有の嫌悪感だけが原因ではないということだ。

 

とは言っても、彼は自分に向けられた嫌悪や不信を仕方ないと受け止めているように見える。そしてその大小もたいして興味をいだいていないのだろう。

 

大物なのか、()()()()()()()()()()()()()()と考えているのか。

 

 

 

「──ハズム。無理はしないようにしてちょうだい」

 

彼の手を握る。あの時私を救いあげてくれた、傷だらけの、ごつごつとした、あたたかい手。握るだけで心が落ち着くような、魔法の手だ。

 

彼が死んだであろうこと。そしてよみがえったであろうこと。私だけがバイタルを観測していたという事実にこれ幸いと、私はそれを隠蔽した。

 

そしておそらくは、彼のサーヴァントであるアルトリア・ペンドラゴンも、同じように気づいていながら、胸にしまっている。

 

死んで、よみがえる。幻想種でもない人間がたどり着いていい領域ではない。魔法を会得しているのか、死徒などの人外であるのか。

 

あるいは──彼には“奇跡”が宿っているのか。

 

どれであろうと、カルデアの──人類のことを思うとすれば、私は彼の蘇生という事実を少なくともダヴィンチやロマニ、リツカに共有し、またアルトリア・ペンドラゴンからも事実を聞き出すべきであった。

 

でも、それができなかった。

 

 

 

「ああもう、なにが正しいんだか、わからなくなっちゃったじゃない! どこかのバカのせいで!」

 

きっと、私は怖い。

 

彼が何者であるのか。それを確かめてしまった時に、私の信じているものが崩れ落ちるような幻想を抱いている。

 

心から信じている、頼りにしている人が、もし人間ではなかったとしたら。世界を左右するようなとんでもないものを隠し持っていたとしたら。そのときに私はどうなってしまうのだろうか。

 

だましていたのね、と糾弾するだろうか。

 

なんで信じて話してくれなかったの、と悲しむだろうか。

 

そんなの関係ないわ、と胸を張れるだろうか。

 

 

 

手を握る。

 

傷が痛むのか、手のひらにも、額にも汗がにじみ、いつものしかめっ面がさらに歪んで苦しそうな表情をしている。

 

きっと私は、人類の未来を救うための機関の長として、致命的に許されないことをしているのだと思う。

 

それでも、私はきっと、彼の手を放すことだけはしたくない。

 

私がまた迷子になってしまうからだけではない。彼が迷子になったときに救い出してあげられるように。

 

大きな絶望に押しつぶされて、悲しくなって、生きる気力さえ沸かなくなってしまったとき。

 

そこにどんな想いが込められていようとも──

 

「──なんの見返りもなく差し出される手っていうのは、なによりもあたたかいの。救いになるんだから」

 

 

 

人理継続保障機関カルデアは、人類の未来を守るための組織だ。

 

たとえそれがたった一人であろうとも。

 

たとえその一人が、いずれ獣に成り果てるとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蘇生、ね。ハナから奴を殺すことはできないだろうとは思っていたが。思った通りだったということか」

 

ますます殺しにくくなって忌々しいかぎりだ、と吐き捨てるように言う。

 

「それと──次の特異点で終わらせる、と奴は言ったか?」

 

まるで次に何が起こるか知っているかのようにのたまう。あのような下賤な小僧がわれらが王の千里眼と同等のチカラを持つと? そんなわけはあるまい──あるまいが。

 

「次の特異点、王は出向かれる予定であったはず──ならば」

 

王には姿を現さぬように──だけでは意味がない。それではこちらが逃げただけ。シロガネハズムを止めるのに()()()()以外の選択肢が今のところ見えない以上、逃げるだけという対応は、奴を調子に乗らせるだけだ。

 

では──利用するのだ。この先を知っているのだと慢心している愚か者に、チカラによって万事解決と侮っている愚者に。

 

無意味なことを、とせせら笑ってやるのだ。

 

 

 

「人間が絶望するというのが、どういう時なのか。我々は知っているぞ、シロガネハズム」

 

果たされたと思った悲願が果たされなかったとき。

 

己の武器で敵を殺したはずが、味方を殺してしまったとき。

 

仲間の誰もに見捨てられてしまったとき。

 

 

 

お前は果たしてもう一度、引き金に手を添えることができるだろうか。

 

 

 

 




アルトリア・ペンドラゴンが道を踏み外した彼を引き戻す役割で

オルガマリー・アニムスフィアは彼が道を踏み外したとしても一緒にいる役割です。

どっちの方がいいとか、そういう話ではなくて。

どっちも彼には必要というはなし。



ちなみに、サブタイトル『シルバースター』は、星見の娘(アニムスフィア)からハズムに贈られる勲章(シルバースター)という意味ですね。

もうとっくに誰かを救っているんですよ、あなたは。ってこと。

胸にぶら下がった勲章に気づかずに進んでいる大バカ者ってことですね。

まあシロガネハズム君は、別に超人でも何でもないし、前世でも今世でも失敗ばかりする無能なのでしかたない部分はある。



さらにちなみに、以前『ハズム君の活躍がない特異点は描写しない』ということを言ったと思うんですけど。つまりこれは冬木を省いた理由とイコールだったってことですね。

だってハズム君、冬木行ってないもん。






ながながとあとがき失礼。ま、たまにはね?

最後まで読んでくれてありがとナス!

感想いっぱいくれ! 最近忙しいから次の更新まで時間あくけどね!(ド畜生)

評価とお気に入りもよろしくだで!




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ロンドンの薄望
プラチナム・メモリア-1:『駄作人間』



インタールードでもなく、本編でもない、短めのお話です。

読む気が失せたら読まなくても構いません。知らなくともいいことです。

価値のない人間が、価値もない独り言をつぶやいている、それだけの話なので。





 

人間、人生を送るのにはそれなりの苦労の連続を覚悟しなければならない。

 

勉強するだとか、給料を稼ぐだとか、税金を払うだとか、人間関係を構築するだとか、健康に気を使うだとか。まあ、色々と。

 

ほとんどの人間はそうした苦労をひーこら言いながらなんとか乗り越えていく。努力し割きたくもない時間を消費しながら、幾多の困難を超えていく。

 

でも世の中にはほんの一握りだけど、そうした困難を鼻で笑ってまたいでいく人たちがいる。

 

一日に一度もペンを握らないのにすべての問題を解ける奴とか、生まれた瞬間から人生を100回繰り返せるだけの財力を持つ奴とか、どんな奴からも好印象を受けるようなルックスを持っている奴とか、無病息災で運動神経バツグンの体に恵まれている奴とか。

 

そういったものはきっと“才能”と呼ばれるのだと思う。

 

生まれた時から恵まれている、神に愛された傑作。なによりも燦然と輝く、誰にも恥じることなき価値(ステータス)を持つ者

 

 

 

──オレにはそれがなかった。

 

できの悪い駄作人間。()でしか()い木偶の棒。

 

つまり 白金恥無(シロガネハズム) とは、そういう愚か者の名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特技は無し。

 

趣味は、強いて言えばアニメとかゲームとか読書とか。趣味というよりは暇つぶしに近いが。

 

将来の展望など明確にありはしない。

 

自己紹介するとすればきっとそんなものだと思う。

 

白金恥無(シロガネハズム)という人間は、特筆するようなパーソナリティを持たない、量産型のダメ人間だった。

 

 

 

「──今日の授業はここまで。明日は教科書p13から。予習を忘れないように。では日直、号令を」

 

「きりーつ、きをつけ、れーい」

 

初老の国語教員の掠れた声が耳を撫でる。日直のクラスメイトのやる気のない号令が聞こえる。それに合わせてだらだらと立ち上がり、敬意のかけらもない形だけの礼をした。

 

「やっと終わった」「私寝てたわ」なんて風に教室が少しずつ騒がしくなっていく。筆記用具をペンケースにしまいながら、そんな雑音をぼうっと聞き流していた。いつもの光景だった。

 

「ハズムー、今の授業のさ、ここんとこ、わかった?」

 

隣の席の友人が声をかけてくる。彼は国語──特に今日の授業で扱ったような現代文の物語系文章を読み解くのが苦手だった。だから、お隣さんのオレによく聞いてくるのだ。「ここのこいつはどんな心情なんだ?」と。

 

「あーと、ここはさ、2行前に“彼は胸の内にどこか針を刺したような痛みを感じざるをえなかった”ってあるから──」

 

比較的、現代文は得意なほうだった。いつからそうだったかは分からないけれど、現代文だけは学年10位以下に落ちたことがない。それは、オレにとってのひそかな自慢でもあった。それがちっぽけでくだらないとわかっていても。

 

 

 

「──白金、ちょっといいか」

 

教室を出ていったはずの国語教員が扉から顔を出して手招きしている。解説の途中ではあったが、友人に「またあとで」と断って廊下に出た。教師がついてこいというのでその通りにすると、しばらく無言で歩くことになった。

 

うちのクラスで現代文と古文の両方を担当しているこの教員は、オレ達のクラスの担任でもある。厳しくも優しくもないどっち付かずの教員ではあったが、道理に合わないことはしないし、なによりも教養にあふれた会話をしてくれる人だった。

 

ぴしりと伸びた背筋と、清潔感のある服装。肩や袖口にチョークの粉が付着していたが、それも不思議と似合っていた。

 

クラスメイトのほとんどは隣クラスの担任──ユーモアがあり、何かのイベントの度にジュースやアイスを奢ってくれる。そして()()()()──が良かったとこぼすが、オレは今の担任の彼のことが気に入っていた。

 

特筆するべき才能は見受けられないけれど、過去に積み上げられた経験と努力に裏打ちされた風格が彼にはあった。何もない自分にとって、彼の姿は俺の目標──手が届きそうな理想だ。いつかこうなれたら、という少しばかりの憧れがあった。

 

「座りなさい」

 

たどり着いたのは校舎の端っこ。あまり使われずに埃をかぶっている空き教室だった。中央には長机が一つと椅子がいくつか。そのうちの一つに座るよう、彼は促した。

 

この教室は多目的室というかいろんなことに使われている。やらかした生徒の生活指導だとか、更衣室が足りないときにあてがったりだとか──進路相談だとかに。

 

「なんとなくわかっているだろうが、進路のことだ」

 

「はい」

 

「一応、ここは進学校な訳でな。3年生の1学期。そろそろ進路に合わせて授業の再編成が行われる時期だ。国立用の授業、私立用の授業という風に。5月末には──つまりはあと1カ月もしないうちには、そうなる」

 

「わかっています」

 

「……焦らせようという意図はないが、どうだ、なにか進展はあったか? どこに進むか、曖昧でもいい、なにか形はできただろうか」

 

探るように聞いてくる彼。この会話は過去の焼き直しでもあった。この高校は、県内の人間なら「ああ、あの頭いいとこね」と認識しているだろうくらいの、そこそこの進学校だ。だから、進路というのは大体の生徒が1年生の時点で──遅くとも2年生までには固めているものだった。

 

こんな時期に至るまでに進路希望調査を白紙で提出し続けたのはきっと俺だけだろう。そして、その事実がありながらオレに「早く決めろ」と急かしてこなかった目の前の教員も、きっとこの高校では珍しいタイプの人間だと思う。

 

一応、2年生になった時点で文理選択があったので、そこだけは決定している。1年前、選んだのは“理系”だった。一番点数がとれている教科は現代文の癖に、なぜ理系を選んだのかといえば──くだらない劣等感だ。誰にも知られたくない醜い理由。

 

ともかく、教師が言うようにもう3年の1学期。将来を決めることから逃げ続けるのは限界の時期だ。これ以上は目の前の教師にも迷惑となってしまうだろう。それは本意ではなかった。

 

「──国公立の理系を目指します。具体的にどこに行くかは、そのうち。とりあえず、授業は国公立用のものに参加させてください」

 

なぜ国公立を選んだのかといえば、特に理由はない。強いて言えば、それが一番親に迷惑が掛からないだろうと思ったからだ。俺みたいなやつに払うくらいなら、きっと()に払ってやったほうが、金のほうも浮かばれるだろう。それだけのことだった。

 

「──そうか。ではそのようにしておく」

 

「はい、今まで迷惑かけてすみませんでした」

 

「いい。そういう生徒は何人か見てきた。慣れているんだ」

 

「そう、ですか」

 

「ああ。では、話はこれで終わりだ。呼び出して悪かったな。もう5時だ、気を付けて帰宅するように」

 

窓ガラスの外を見れば、陽が傾き、光に橙色が混じり始めている頃合いだった。グラウンドでは様々な部活が活動している。陸上部のスターターピストルの音や、野球部がボールをかっ飛ばす音など、高校の放課後グラウンドらしい音が多く鳴り響いている。

 

それを横目に、席を立った。

 

「失礼しました」

 

「──白金」

 

教師にお辞儀をして立ち去ろうとすれば、名前を呼ばれた。下げていた頭を上げると、彼はいつも持ち運んでいる出席簿と分厚い資料を両手で抱えながら言った。

 

「気が変わったらいつでも言ってくれ。本当に、いつでもいい。どうにか対応するから、お前はお前のやりたいように道を決めろ」

 

「──はい。ありがとうございます」

 

こちらに目を合わせることなく、当たり前のように話す彼にもう一度深々と頭を下げて、オレは教室を後にした。

 

 

 

自分のクラスに戻れば、もう誰もいなかった。皆、帰宅するか、塾に行くか、引退していなければ部活に行くか、の3択だろう。先ほど現代文の質問をしてきた彼は今ごろ塾だろうか。スマホを開けば、彼から『塾行くわ。また明日教えてくれ!』と連絡が入っていた。『りょ』とだけ返して荷物をまとめる。

 

参考書で無駄に重い鞄を背負って教室の外に出る。すると、隣の教室からも同じように出てきた人がいた。例の、隣クラスの人気担任教師だ。整った顔立ちと若々しいオーラ。たしかまだ20代だったか。これで教えるのも上手いので、人気が出るのはわかる。

 

「白金君か。どうしたのこんな時間まで」

 

教室の戸締りをしながら、笑顔で話しかけてくる。当たり前のようにオレの名前が出てくるのは、正直すごいというか、教師の鑑だと思う。クラス担任でもなければ、授業も担当していないのに。もしかしたら、全校生徒の名前と顔を覚えているんじゃないだろうか。そうだとしたらちょっと怖い。

 

「いえ、ちょっと進路相談を」

 

「なるほどね。きまったかい?」

 

「はい、あるていどは」

 

「それは良かった!」

 

本当にうれしそうに言う。生徒との距離が良い意味で近いというか、生徒のために親身になれるのは、多分この人の長所だった。

 

「どんな道に進むかは知らないけれど、きっとうまくいくよ」

 

「そう言ってもらえると安心します」

 

「うん、()()()()()()()()()()()()()()、きっと君の将来も心配ないさ」

 

「──そう、ですね」

 

多分、悪気はないんだと思う。というかそういう言葉にいちいち反応しているオレ自身が、小さくて醜いだけの話だ。目の前の教師はなにも間違ったことを言っていない。ただ、オレの劣等感がそれを正直に受け取れないだけなんだ。

 

「これから塾? それとも家?」

 

「自分は塾行ってないので。家に」

 

「そう。気を付けて帰ってね」

 

「はい。さようなら」

 

 

 

鞄を背負いなおして教室を離れる。別にあの教師に限った話ではない。比べられるのは慣れている。いつだって兄妹というのは、比較から逃れられないものだ。

 

そう言えば、と思い出す。

 

どんな教師も、どんな友人も、俺と有理(いもうと)を比べるけれど。

 

担任教師と、隣席の友人だけは、そんなことをしなかった。

 

妹と比較してくるか、比較してこないか。そんなことだけでオレは他人を評価しているのだろうか。

 

だとしたら、それは──なんて醜くて、あさましいことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼を覚ます。

 

今の夢はなんだったのだろう。パスを通じた記憶の流入だろうか。しかしそれにしては──あの光景は自分のマスターと全くちがう誰かのものだった。

 

漢字、という言語にはなじみが薄いが。マスターと音が共通していても、それを表す字は全く違っていたように思う。

 

シロガネハズムという人間の生きざま、信念を、私はまだ見誤っているのだろうか。

 

霊体化を解く。目の前の医療用ベッドでは、包帯に体のほとんどを巻かれたハズムが横たわっている。命に別状はない。そういうことらしいが。あの傷の内いくつかは私の剣がつけたものだと思うと、途端に気分が落ち込む気がする。

 

私は彼を殺せなかった。それが正しいにしろ間違いにしろ、私は剣先をハズムに向けることができなかった。

 

彼の首筋、きつくまかれた包帯を指先でそっと撫でる。この下には私の付けた傷があるはずだ。痛いのか、眠っている彼の顔が苦痛に歪む。あわてて手を放した。

 

 

 

再び霊体化をする。瞼を閉じて、休眠状態に入った。もう一度、あの夢を見られることを願って。

 

彼という人間を、私は知らなければならない。シロガネハズムという人間は隠し事が多すぎる。きっとあれは、誰にも暴き立てられたくない、彼の根源だ。

 

それでも掘り起こすのだ。きっとそこに希望がないとしても。

 

彼が最後にどのような結末を迎えるとしても。そして私が彼に対してどのような行いをするにしても。私は彼の真の姿を知っておきたい。

 

直感も、英霊の自分が突き付けてくる嫌悪も、どちらももう捨てることにする。

 

自分の眼で見て決めるのだ。でなければきっと、後悔することになるだろうから。

 

アルトリア・ペンドラゴンはもう十分に後悔してきた。ならば、これ以上の後悔が積みあがってしまうのは、もうたくさんだった。

 

 

 





いつの日かに過ごした、記憶の残滓。

これはまだ残っている。きっともう外に出て行ってしまって、残ってないものもあるけれど。






【銀弾についての情報開示】

銀の弾丸は全部で13発。今までに使ったのは8発。そのうち自分自身に作用したのは、今のところ1,2,6,8。

銀の弾丸は転生した時に神様からもらった特典──とかそういう類ではない。れっきとした、シロガネハズム自身から生み出された()()

世界の道理を覆すような強大なチカラ。当然だが代償無しとはいかない。

しかしまあ、もたらされる結果に対して、あまりに軽すぎる代償じゃないか。

──だって、代償を払ったことにすら気づかないということは。きっと最初から必要のないものだったのだろうから。






最後まで読んでくれてありがとナス!

ロンドンにはまだ入らんのかワレェ!っていう人はごめんね。いま原作を読み直してるんだよね。ちょっと時間かかる。

いっぱい感想くれ。(懇願)

あとそろそろ感想返しも再開しようと思う。今までの分もね。全部とはいかないからランダムに返すけど。

答えられることにはできるだけ答えるようにしまーす。

ではまた。こんどの更新のときもよろしくということで。




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ロンドンー0:『剣を突き付ける者、銃で狙う者』


なんか筆がのった。

サブタイトルに0とあるようにロンドン攻略の前の話だからね。

原作を読まなくても書けたっちゅー話。

めんどくさい関係は整理しておかなきゃね。じゃないと片付ける時に面倒だし。

もしまだ見てない人がいたら、前の『プラチナム・メモリア』を見てから来てね。




 

 

「痛っ──もうちょっとくらい手加減してくれてもいいじゃないか、()()()()()()

 

「貴方ならばこのくらいは大丈夫だろうと思って、剣を振るっているのです。そしてその見立ては間違っていない。その証拠に──」

 

もう一度、上段に構えた剣──もちろん聖剣ではなく、刃引きされた訓練用の──を一息に振り下ろす。魔力放出はもちろん使っていない、私からすれば遅すぎる剣筋だが、ハズムの眼には結構な速度に見えているだろう。

 

彼は左手に握った剣であわてて私の一撃を受け止めた。私の膂力に少し押し戻されてはいたが、しばらくすると勢いを殺せたのか、つばぜり合いは拮抗の状態になる。

 

手加減しているとはいえ、両腕で押し込む私に対して片腕で受け止めている彼がこうも簡単に止められるというのは、きっと彼の身体がかなり鍛えられているからだ。

 

彼の肉体は非常に運動に適した仕上がりをしている。トレーニングによって後天的に獲得した部分だけではなく、先天的な部分でも、彼のように恵まれている者はそういないだろう。

 

「いきなり切りかかってこないでくれるか。一応これでも、君のマスターなんだけど」

 

「──なにを今更。いつでも首を刎ねろと言ったのはあなたでは? それとも撤回しますか?」

 

「いや、いい。そうだね、オレの自業自得だ。じゃあ、あの()()()()()に稽古つけてもらってるっていう事実だけを、ありがたく受け止めておくよ」

 

そうして彼は剣を構えなおした。左手一本で中段に構えられる剣。これは非常に珍しいことだ。ふつう、刀剣の類とは両腕で持つものだ。

 

戦いの最中に片腕で持つ瞬間はいくつもありはするが、最も安定する形として、あるいは他の動作に最も迅速に移行できる形として、両腕での中段構えが選ばれることは多い。

 

私は宝具で武器が隠せることもあって、そのアドバンテージを生かせる構え──日本剣道でいうところの“脇構え”を多用するが、それは文字通り私のような特殊な事例に限ることだった。

 

だけれども、彼はこの構えが良いのだという。正確には“右手は常に開けておきたい”のだとか。理解しかねる言葉だが、理解できないのは今更といった感じもするあたり、私は彼に毒されているのだろうか。

 

 

 

「──()()()()()()です。その口を矯正しなければならないようですね。ではもう一度。ちゃんと()()()を意識するのですよ」

 

「ああ、わかってる」

 

そう言ってまた剣を振り上げる。カン、カンと、刃がぶつかる音が修練場に鳴り響いた。

 

なぜ、私が彼とこんなふうに剣の訓練をしているのかといえば。それを語るには、いくらか時をさかのぼる必要がある。

 

 

 

 

 

 

今日あたりには眼を覚ますだろう、というDr.ロマンの言葉通り、我がマスターであるシロガネハズムは朝とも昼とも言えない──少なくともリツカが朝食を食べ終えて訓練に励んでいるくらいの時間帯──には起き上がった。

 

まずは簡単なバイタルチェックと、彼が眠っていたために後回しにされていた特異点攻略の報告が行われた。これは下手すればハズムの異能が暴かれる事態であったが、聴取を担当したオルガマリーは特になにも聞いてこなかった。一応、いくつかの言い訳は用意していたのだが。

 

しかし、彼女は何も知らないにしては様子がおかしかったので、おそらくは知っていて触れていないのだと思われる。共犯者ができたということだろうか。お互いにそうと実際に確認したわけではないけれど。

 

『あなたの報告を素直に書類に残して、それ以上は何も聞きませんでしたね、彼女は。……よかったですね。隠し事が暴かれずに安心していますか、ハズム?』

 

『まあ、そうだけど。言う必要あったのそれ。嫌味ならやめてほしい。カルデアの皆に隠しているのは悪いと思っているよ、本当に』

 

そんなことを念話で交わす。

 

彼との関係は、オケアノスでの出来事があってから幾分変わったように思える。今までの相互不干渉から、お互いに刺々しい態度ながらも交流をするくらいには、変化があった。それが良いことなのかは分からないが。

 

彼の不機嫌な顔がさらに悪化していく。端正な顔を歪めさせるのは良い趣味ではないと理解しているが、ハズムに対しては許して欲しいと心の中で願う。(誰に願っているのかは知らないけれど)

 

それが良い感情ではないにしろ、彼が何かの思いをぶつけてくれるのはとても得難いことのように思えた。誰かに貰ったものではない、彼自身から生まれるもの。それをきっと、引き出すべきだと思うのだ。

 

 

 

「ああ、疲れた」

 

いつの間にか彼の自室に到着していた。入室した瞬間、彼はベットにどさりと倒れ込むようにしてダイブする。まあ、それは疲れただろうと思う。寝起き(3日の睡眠からの起床)で身体は固まっているだろうし、報告には神経をすり減らすような思いだっただろうから。

 

「──なあ、セイバー」

 

「……」

 

「──セイバー?」

 

布団に顔をうずめたまま私に問いかけてくる彼を、私は努めて無視した。子供じみた真似かもしれないが、彼と距離を縮めるためには必要な措置だった。

 

不思議に思ったのか、我慢できなくなったのか、彼は起き上がって私に顔を向けなおした。

 

「無視しないでくれよ。聞きたいことがあるんだって」

 

「──ペンドラゴン、です」

 

「は?」

 

「貴方は私のことを、“セイバー”ではなく、“アルトリア”でもなく──“ペンドラゴン”と、そう呼ぶといい」

 

「なんで?」

 

「貴方の記憶の中に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「──っ、は?」

 

「だから、貴方だけの特別な名前を考えました。“ペンドラゴン”──ただの家名ですが。そう、呼んでください」

 

彼の頭は事態に追い付いていないらしかった。だらしなく口を開けて、驚きが顔じゅうに現れている。また一つ彼の感情を引き出せた、と良い気分になる。

 

 

 

 

 

 

 

「──オレの記憶、だって?」

 

たっぷりと時間をかけて、彼はおそるおそると言った風に、それだけを聞き返した。

 

「ええ、そう言いました」

 

それは今までに見てきたものではない別の記憶。家族を一夜にして喪った哀れな少年──銀 弾(シロガネハズム)のものではなく。

 

凄惨なことには巻き込まれなかったけれど、命がけの戦いなんて経験しなかったけれど、自分の意味を見失った悲しい少年──良い両親にも、よい友人にも、よい恩師にも恵まれたけれど。名前に答えるだけの才能に恵まれなかった、白金恥無(シロガネハズム)の、記憶だ。

 

「それは、オレが蘇生したときに君が口走ってた、オレの家族が死んだときのやつか?」

 

「いいえ。というか、気づかないフリを続けるのは往生際が悪い。わかっているでしょう? 私は、あなたではなく、白金恥無(シロガネハズム)の記憶を知っている、と言ったのです」

 

「────」

 

絶句、といった表現がぴったりだろう。彼は今生で最も“意味が分からない”という感情が胸を支配しているに違いない。

 

なんせ、それは彼が絶対に隠し通したかったもののはずだ。絶対に暴き立てられてはならない秘奥であったはずなのだ。

 

それを覗かれた。それも、自分に剣を向けてきた、首を刎ねるとまで脅してきたアルトリア・ペンドラゴンに。それが彼にとって、どれだけ驚嘆に値することで、どれだけ恐怖を煽ることか。

 

わかっているとも。それでも私は口を閉じなかった。

 

「──この世界はFate/Grand Orderでしたね。それと私に関係するものといえば、Fate/stay nightもありましたか」

 

彼が進路を決めた──あれを()()()といえるのかは疑問だが──あの夕暮れの記憶。それを見て、それ以外の記憶を、彼という人間を知りたいと思って再び眠った。

 

そして見つけたのはそのほか8()()の光景。どれも彼の人間性の根幹にかかわるものではあった。妹との記憶。両親との記憶。その外にも色々と。

 

それでも、いま最も重要なのは、この世界──“Fate”についての、記憶だ。

 

前に一度、私は彼の持つチカラについて、“千里眼”のようなものではないだろうか、と推理したことがあった。

 

──とんでもない。彼は一つ上の次元から、この世界のシナリオを観測していたのだ。魔術の到達目標、根源との接続とどちらがより()()()()()()()なのか、競ってみたいくらいだ。

 

「前に貴方は言いましたね。自分は本来、アルトリア・ペンドラゴンのマスターになるべきではないのだと」

 

「……」

 

「私には確かに、運命の人(エミヤシロウ)がいました。共に世界を救った人(フジマルリツカ)がいました。ええ、思い出しましたとも。おぼろげな記憶ですが、確かにあったと自信をもって言えるくらいには」

 

彼の記憶から物語として俯瞰した、二人のマスターとの物語。唯一無二の相棒と正義と夢のために戦った聖杯戦争(stey night)と、数多の英霊たちの一人として世界を救うために戦った聖杯探索(Grand Order)

 

彼の夢から目が覚めた時、私は胸は焦がれるように熱く鼓動していた。おぼろげな記憶に輪郭が生まれて、その記憶が確かにあることを理解した。

 

そして同時に、彼が“マスターになるべきではなかった”と告げた、その真意を理解した。

 

理解した時、それは違う、と思った。

 

「──ハズム」

 

「……」

 

「貴方の中を勝手に覗きました。それは申し訳ないと思っています。そして知った事に絆されて、簡単に態度を変える私を、きっと貴方は信頼できないと思います」

 

「……」

 

「私は貴方に剣を向けました。そして、またいつかそうするでしょう。貴方が今のままである限り、きっとそうしなければならない時が来ます」

 

彼の能力は依然わからない。覗いた記憶にそれを把握できるような情報はなかったからだ。けれど、彼がしたいことはわかっている。

 

第四特異点ですべて終わる、と彼は言った。シナリオを思い返せば、なるほど、不可能ではないだろうということは理解できた。

 

彼は()()()()()()()()()()()。そんなことを確信するのに、長い時間をかけてしまったものだ。

 

 

 

──彼は危ういと思う。私は直感を排した。嫌悪感を無視するように努めた。そうしたときに残ったのは、()()だ。

 

聖女ジャンヌも、皇帝ネロも、海賊ドレイクも、きっとこれを感じていたのだ。

 

彼という人間は、英雄になるべき人間ではない。もっとささやかに暮らして、もっと普通の目標に邁進して、大切な人々に囲まれて死ぬことができるような、普通の人間なのに。

 

今更、彼は戻れないのだろう。戻ってはいけないと思っているのだ。振り返った先には、血生臭い夜の光景と、殺したいぐらい憎い自分がいるのだという強迫観念に駆られている。

 

「貴方は道を間違えました。けれど、行いは()()()のです」

 

彼という人間に見合わないものでも。彼という人間にふさわしくない行動でも。そこに設定された目標だけは、行いだけは正しい。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

「ここまで来たのです。最後まで正しく終わらせましょう。きっとそうなってくれたなら──私も剣を抜かなくてすむ」

 

彼は止まれば壊れてしまう。無理に道を変えても、後ろ髪を引かれて結局戻ることになるだろう。

 

私にできることは。彼が進んでいる道を何より早く完走できるように手伝うことだけだと、悟った。

 

きっと彼に関わり絆されてきた人々は、私と同じようにそのことを理解しているのだろう。藤丸立香も──もう一人の親友も。それを知ったうえでどうするかは、皆ちがうのだろうけど。

 

()()()()()()()()()()()()、ハズム。信じろとは言いません。私もそうする。私は貴方の首に剣を突き付けることをやめはしない。そしてあなたも──私の心の臓を銃で狙い続けなさい」

 

「──え」

 

彼はずいぶんと久方ぶりに声を漏らした。困惑する彼に構わず、私は彼の右手の人差し指を、私自身の胸元──竜の心臓が鼓動する、急所へと突き付けさせた。

 

「貴方の能力はよく知りませんが。私を存在ごと抹消するくらいのことはできるのでしょう?」

 

「それは、そう、だけど」

 

「おあいこ、というやつです。命を奪う者は、命を奪われることを覚悟しなければ。不公平でしょう、生殺与奪の権を私だけが握るのは」

 

彼に対する不信はなくなった。我ながら自分勝手なことをと思う。彼を散々避けて傷つけておきながら、今は笑顔で彼に語り掛けている。

 

それでも──私は、後悔しないために。私にとって正しいと思えることをする。

 

最後の最後に。彼とどのような形で分かれることになるとしても。私のしてきたことは()()()()()()()()()と言えるように。

 

「剣を突き付ける者、銃で狙う者。私たちは信頼しあえるような良きパートナーではなかったかもしれませんが、きっとそれで良いのです」

 

「……絶対にそんなことない。貴方にそんなことを強いているのはきっと、オレの至らなさのせいで。きっと、シロウやリツカなら──」

 

 

 

「──貴方に剣を突き付けている間、貴方は正しいということです」

 

なぜなら、正しくなくなったときに剣を振りぬくから。

 

「──貴方が私を銃で狙う間、私は正しいということです」

 

なぜなら、ハズムは正しく生きる人を殺したりしないから。

 

「二人がお互いの命を狙う限り、私たちは正しい。私を信じなくてもいい。それだけを信じてくれれば──」

 

背中を預けることで生まれる信頼があるのなら。相対することで生まれる正しさもあるだろう。

 

私が正しくあるために。ハズムが正しくあるために。

 

これは、証明だ。シロガネハズムは正しい人間なのだということの。

 

 

 

「──ペンドラゴン」

 

「!」

 

「そう呼べばいいんだな?」

 

「──ええ! そうですとも!」

 

「きっと、迷惑をかける。だから、先に謝っておくよ。ごめん」

 

「謝罪ではなく、感謝を告げるのです。自分が正しい人だという自負がある人間は、軽々に謝罪をしはしない」

 

「そうかな──じゃあ、ありがとう」

 

「ええ、どういたしまして」

 

彼は()()()。それがどうにも嬉しかった。

 

「なんだろう。なんだか懐かしいな」

 

「懐かしい、ですか?」

 

「そういったことを、誰かに言われた気がする──いや、誰かに言ったのかな」

 

もう、思い出せないけれど。

 

 

 

「では、明日から訓練をします!」

 

「訓練? なんの?」

 

「剣の、です。きっと筋は悪くありません。選択肢も増える。悪いことは無いでしょう?」

 

「そう、だね。それになんか憧れてたし──君に剣を習うなんて」

 

そうして一緒に笑いあった。

 

信頼関係とは程遠い──剣を突き付ける者、銃で狙う者。これ以上ないくらいには殺伐とした関係だけれど。

 

きっと、お互いを見ようともしない今までよりは、間違いなく。

 

 

 

 

 

 

良い関係、だった。

 

 

 

 

 

 

「ハア──ハア、っ」

 

息も絶え絶えにへたり込むハズム。しかし、どんなに疲れても剣だけは放していなかった。第一のステップとして教えたことを守れていて何よりだ。“剣を放さないこと”それは、不屈の精神につながる。

 

諦めた者から死んでいくのが世界だ。だから形だけでも不屈の意思を示すのは大事なことだった。

 

「──さて、第二ステップですが。左半身の守り。意識が定着してきたようで何よりです」

 

彼が左だけ、という片手剣術を所望してきたから教え込もうとしていることだ。彼は呑み込みが早い。もう体得し始めているところだった。

 

「それは嬉しい。けど、剣を左手で扱っているのに、左の守りを意識するってなんか不思議な感じがする」

 

「確かに人間の直感には反していますが──だからこそ大事なのです」

 

左手で剣を中段に構えるとしてその姿を想像してみるとわかりやすい。右から切りかかってきた敵には拳を寝せて刃ですぐに受けることになる。そして左から切りかかってきた敵には、拳の手のひら側を上に向けるようにして受けることになる。

 

両手で剣を持っていればどっちの受けも問題なくこなせる。では左手だけを使うとするとどうだろう。途端に左半身の守りが脆弱になってしまうのだ。簡潔に言うと右護りの時より剣が()()()()()()()()()()。だから左の守りを意識するのは大事なのだ。

 

そんなことを説明する。へぇ、と感心した様子で彼は頷いた。

 

「──では休憩を。また10分もすれば再開しますが」

 

「はいはい」

 

汗をハンドタオルでふき取り、水を浴びるように飲んでいる彼。結構なスパルタでやっているつもりだが、へこたれずついてくる。死ぬほど努力することに慣れているのだろう。

 

「──なあ、ペンドラゴン」

 

「はい」

 

座って彼の休憩時間を待っていれば、彼が話しかけてきた。さっきまで息を切らしていたくせに、もう体力が戻っているように見える。人間にしては恐ろしい体力バカだ。

 

「結局あのとき聞けてなかったんだけどさ」

 

「あのとき、とは?」

 

「昨日、マイルームであんたを呼んだら、あんたが無視決め込んだ時の話だよ」

 

「ああ──あれは悪いと思ってはいます。私のことを“ペンドラゴン”と呼ばせるのによいきっかけだったもので」

 

「いや、べつに気にしてないんだけどさ──結局なんで、オケアノスでオレのこと切らなかったのかなって」

 

「それは──」

 

「聞く限り、あのときはオレの──前世の記憶見てなかったわけだろ。じゃあ、オレは怪しいところしかなかったんだろうと思うんだけど」

 

「それは、その通りですね。事実殺すつもりでしたから」

 

「じゃあ、なんで──」

 

言われて考える。確かに、道理に合わない判断ではあるだろう。今でこそ後悔していない、ああしていてよかったと思えるが、なにも知らなければ正気を疑う判断だ。

 

それでも切れなかった。切れなかった理由。

 

 

 

 

 

 

後悔したく、なかったからでしょうか

 

「えと、ごめん聞こえなかった」

 

「別になんでもありません。まあ私に()()()()()()()()()()()()マスターだったから、ではないでしょうか」

 

「──は!? そんなとこまで知ってるのか!? というか、それはあのとき知らなかったはずだろう!?」

 

「うるさい。本当のところを聴きたくば、剣で私から一本とることだな」

 

 

 

そう、きっと後悔なんてしたくなかったのだ。

 

そして、ハズムにも、その家族にも同じようにおもっている。

 

アルトリア・ペンドラゴンは後悔したくないし、後悔させたくない。

 

だからハズムも後悔させない。

 

白金恥無(シロガネハズム)の両親や妹も後悔させない。

 

銀 弾(シロガネハズム)の両親や姉も後悔させない。

 

彼に託された想い、願い──今としては呪いと化してしまっているそれが、いつの日か正しく伝わることがあれば。

 

きっと彼の誇るべき家族は、後悔することなく、あの世に旅立っていけることだろう。

 

いつの日か、シロガネハズムが目標を達成して、曇りなき目で、素直に彼らの思いを受け止められる。

 

 

 

 

 

 

 

──ああ、それはなんて。輝かしい未来だろうか。

 

 

 







白金の残滓(プラチナム・メモリア)

出戻りした4つ、出ていってしまった4つ、まだ行き先が決まらない5つ。

都合13つ。今の(シロガネ)には必要のないはずの、片付けられなかった想いということ。






一日に2話も投稿しちゃったぜよ。

これ以上は時間かかるからね!? 本当に無理だからね!? 嘘じゃないからね!?

最近ね、感想が欲しくてたまらないの(強欲)(大罪)(ちくわ大明神)

だからいっぱいくれ!

最後まで読んでくれてありがとナス!

また次回。いつかね!




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プラチナム・メモリアー2:『カゾク(ギ)』



一月ぶりくらいでしょうか。ようやく投稿──と思ったら本編じゃないやんけワレェ!って方はご安心を。

今週中には本編も出すからね。(多分)

ちなみに、プラチナム・メモリアとサブタイトルに付く場合は読まなくても構いません。

そもそもFate要素ゼロだからね。みんな二次創作読みにきてるんだから、こういうの読むのつらい人もおるでしょう。そういう人は飛ばして結構です。

いちおう本編だけでも物語は理解できるようにしている──はず。あ、インタールードは読んでくれんとつながりがおかしくなるけどね?







自転車を漕ぐこと数十分。車の通りが多い大道路沿いをようやく抜けて、しばらくわき道を進んだ先に、オレの家はあった。

 

5年前に父は念願のマイホームを建てた。決して豪邸と言えるようなものではなかったけれど、両親と兄妹の4人で過ごすにあたっては十分な広さの一戸建てだった。

 

玄関の2重ロックを開けて、靴を脱ぎ散らかす。家の中はしんと静まり返っていた。いつもの光景だ。両親は共働きだし、妹は部活。3年になって部活を引退したオレが一番に帰宅するというのはごく当たり前の風景だ。

 

参考書でパンパンのリュックを二階の自分の部屋に投げ捨てるように入れて、制服から部屋着に着替える。ベットに身を投げだす。そうして、自転車を漕いで火照っている体をいくらか冷ました。

 

「『今日は遅くなる』か。『いつもご苦労様です』……っと」

 

寝ころびながら眺めるスマホには両親からそれぞれ今日の帰宅時間が送られてきていた。無難にねぎらいの言葉を返して一階のリビングへと向かう。縁側に干されている洗濯物を取り込み、ちゃんと乾いているかをチェックする。

 

「うーん、おひさまの匂い」

 

しっかりと乾燥できているものからぽいぽいとリビングに投げ込んでいく。父のシャツ、母の靴下、オレのパンツ、妹の──

 

「……あいつは兄に洗濯物触られて大丈夫なのかね」

 

妹は不思議とそういう思春期めいた反抗──男の家族と洗濯物を一緒にするなとか、父や兄の後のお風呂は嫌だとか──をしたことがなかった。

 

もちろん今までに無かったからと言って、以降そのままとは限らない。これから始まるのかも、と父が戦々恐々としているのはちょっと笑えてくる。それが抗えない父心というやつなのだろうか。

 

両親が共働きという関係上で家で家族と接する時間は少ないが、仲は比較的良好といってもよかった。先も言ったように妹は反抗と呼べるようなことをほとんどしてこなかったし、両親も時間があるときには家族サービスを欠かさなかった。オレも、家族に迷惑をかけるような真似はほとんどしてこなかったように思う……最近は、だけど。

 

ともかく、大きな軋轢を生むようなこともなく、オレ達4人の家族は上手くやっていけてる。はずだ。

 

全ての洗濯物を取り込み終えたので、窓を閉めてリビングの床に座り込んだ。散乱している洗濯物を自分の近くに引っ張り寄せて、たたみ始める。

 

もう6時を回る。窓から注ぐ夕陽はほとんどなくなってきていた。リビングのフローリングに反射する赤黒い夕焼けの残光。その中で黙々と洗濯物をたたむオレ。

 

 

 

何の変哲もない、いつもの光景だった。

 

 

 

 

 

 

夕飯は生姜焼きと味噌汁と白米。無難な構成にしておいた。男子高校生らしく、付け合わせに千切りキャベツなんてものは無い。しかし、若いオレや妹、美容のために運動を欠かさない母はともかくとして、父にだけはキャベツがあったほうがよかっただろうか。悩ましいところだ。

 

「さて、じゃあ勉強を……」

 

洗濯物はたたんでしまった。風呂は洗った。夕飯も用意した。ひと段落したので部屋に戻って勉強でも、と考えてエプロンを外すと、ガチャリと玄関の扉が開いた音がした。

 

「ああ、有理が帰ってきたか」

 

じゃあ先にご飯だ。そのあと勉強ってことで。

 

「ただいま、兄さん──」

 

「お帰り、有理。着替えてきな、ご飯できてるよ」

 

黒髪ロングに整った顔立ち。すらりとした足と、きゅっと引き締まった腰回り。胸は──ともかくとして。兄の贔屓目もあるやもしれないが、そんじょそこらにはいないレベルの美人であるところの妹。ザ・美少女といった佇まいの彼女は白金有理(しろがねゆうり)

 

今日も部活を頑張ってきたらしい。お疲れさまだ。

 

「ごはん! ──ああええと、ありがたいけれどね? 兄さんも受験生なのだから、家事くらい私に任せてくれていいのに」

 

「いや、ちょうどいい息抜きになってるから。気にしないで」

 

テーブルに並ぶ生姜焼きを見て「ごはん!」なんて可愛い反応をしたかと思えば、心配そうな顔になる有理。クールな印象の割に表情はこうしてころころ変わる子だった。

 

「さ、オレもお腹すいたからさ、ちゃっちゃと食べちゃおう」

 

「お父さんとお母さんは?」

 

「遅くなるってさ」

 

そうなの、と言いながら妹が自分の部屋に行った。着替えが終わり戻ってきた彼女と席に着く。「いただきます」と二人で手を合わせた。

 

 

 

「美味しいわ、兄さん」

 

「そりゃよかった」

 

料理上手の母の直伝だから、おいしくなければ逆に困ってしまう。ただ、生姜焼きは妹の好物の一つだから、失敗していなくてなにより。

 

「兄さん」

 

「ん?」

 

有理はある程度食べ終わったかと思えば箸をおいた。そうして不安そうな顔で語り掛けてくる。

 

「あの、さっきも言ったけれど、家事くらい私に任せてくれていいのよ? もし必要なら、兄さんが受験終わるまで部活休んだって──」

 

「だめだ」

 

「でも、家事をしているから、兄さんの勉強の時間はいっつも夜遅くになってるじゃない。だから睡眠時間も短くなってるみたいだし……そうやってあまり無理はしてほしくないの」

 

「大丈夫だよ。睡眠時間なんて5時間もあれば十分なくらいだろ。有理は弓道の実力があるんだから、それを殺さないでくれ。わざわざ部活を休んでまで手伝わなくていいよ」

 

「……でも」

 

「そもそも、オレの進学先にはそこまでの猛勉強は必要ない。毎日の予習復習数時間で大丈夫だって──」

 

「え! 進学先、決めたの?」

 

しゅんとして俯いていた有理が勢いよく顔を上げた。口が滑ってしまった。迂闊なことは言うもんじゃない。

 

オレの進学先が決まっていないのは家族内でも周知の事実だった。両親も有理もそれにヤキモキしていたのは想像に難くない。

 

心配をかけている自覚はあった。けれど、中々に決められなくて。今日の放課後に教師に呼び出されてやっと、国公立の理系大学に行くと決断したばかりだ。これだと、お世辞にも“進路を決めた”とはいいがたいだろう──普通なら。

 

「ああ、決めたよ」

 

「ど、どこに?」

 

有理は興味津々のようだ。そういえばオレが高校に進学するときもこんな風にグイグイと質問してきた気がする。彼女は(恐らく)一般の兄妹よりも、兄に対しての興味が大きいらしかった。迷惑なことだった。

 

兄弟姉妹を持つ友人はいくらかいるが、ほとんどの場合において相互不干渉というか、仲が良いとは言えないのが普通らしいのだが。有理はそんな風ではない。そんな風であったらよかった。

 

いつになっても、オレのことを思ってくれるし、寄り添ってくれる良き妹だった。それが鬱陶しかった。

 

「近いところにある○○大学?、それとも隣県の××大学? あ、△△専門学校とか?」

 

「いや、専門学校に行く気はあんまり。とりあえず国公立大学の理系にって決めただけだよ」

 

「……あ、そうなんだ。あれ、ならさっき、“猛勉強は必要ない”って言ってたのはどうして? だって具体的に決めてないのに──」

 

「どうしてってそりゃあ……」

 

言いよどんでしまう。自分の胸の内にあるのが、あまり褒められた考えではないと理解しているからだ。それでもこの場面を何も告げずに乗り越えることはできまい。有理はじいっとオレを見ていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、大丈夫ってこと」

 

「……え」

 

有理は何を言っているのかわからない、というような顔を見せた。オレからすれば予想していた反応だった。多くの人間は進学先を“行けるところ”ではなくて“行きたいところ”で選ぶ。そこに今の自分の学力が届かないようならば努力をするものだ。進学校にきている奴らなんかは特にそんな考えの者が多い。

 

けど、オレはそういうことをするつもりはなかった。受験期前の自分の模試の結果だとかを考えて、確実に通るところに行くつもりだった。

 

有理は“どうして”と言いたげな視線をよこした。テーブルの上に箸が置かれて、食事の手が完全に止まった。

 

「……なんでかっていえば。ほら、オレが私立なんかに行くもんだから、父さんと母さんには迷惑かけてるし」

 

理由、という名の言い訳を口が勝手に紡ぐ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()という言葉は飲み込んだ。

 

「私立大学はもちろん、浪人も、する余裕なんてきっとウチにはない。そんなことしたら両親だけじゃなくて、お前にも迷惑かける」

 

3年前、分不相応な考えで高校受験をして失敗した時のように。

 

「だから、オレは行けるところにいく。わかった?」

 

言い聞かせるようにして、俯いている有理に言う。彼女はしばらくの間無言で微動だにしなかった。リビングの壁にかかった時計の秒針が、しばらくカチリカチリと時を刻んだ。

 

「──わからない」

 

急に顔を上げたかと思えば、有理はテーブルを強くたたいて立ち上がった。パシャリ、と味噌汁が少しだけ跳ねた。

 

「に、兄さんにはそんな考えで進学してほしくない! 家族に迷惑かけるとかそんな考えいらない! 私はそうだし、お父さんとお母さんもきっとそう! だから兄さんは、自分のしたいように──」

 

 

 

バァンと、オレは思わずテーブルに拳を叩きつけた。ビクリ、と有理は怯えたように口をつぐんだ。並べられた味噌汁もお茶も、テーブルにぶちまけられてしまった。

 

「──そういう気持ちは嬉しいけどさ」

 

お前にだけは、言ってほしくなかった。

 

「したいようにできるっていうのは、それに見合うだけの能力がある奴が持つ特権だよ」

 

お前のように、と言いたかった。言えなかった。

 

「とにかく、もう決めたから。口出ししてこないでくれ」

 

言い捨てて、キッチンから台拭きを持ってきた。散らかった机をパパっと拭いて、自分の部屋に逃げるようにして引きこもった。

 

妹の顔を見たくなかった。

 

 

 

 

 

 

有理は大切な家族だ。彼女が母さんのお腹の中にいた時から、オレは彼女の兄として立派な人間になるのだと意気込んでいたくらいだった。

 

生まれた後の事だって、初めて立ったときのこととか、初めて喋ったときのことだとか、誕生日プレゼントをオレにくれたときのことだとか。いろんな思い出でいっぱいだ。

 

父さん母さんの大事な子供で、オレの大切な妹なのだ。いつだって大切な家族だ。愛している。嫌いになれるものか。それが普通だろう?

 

 

 

 

──だから。オレはオレが嫌いだ。

 

オレはずっと、彼女のことが大切だと嘯く心の奥底で、抱いてはいけない気持ちを持ち続けてきた。

 

全ての教科で満点を取る妹──オレはどれだけ勉強しても達成できなかったのに。

 

いろんなスポーツで良い成績をとる妹──オレがどれだけ努力しても人並みの実力しか身につかなかったのに。

 

いろんな大人から褒められる妹──オレは“もっと頑張れ”と言われる回数の方が多かったのに。

 

そして。

 

出産のときに、母から、父から、「生まれてきてくれてありがとう」と誕生を祝福される妹。

 

──オレは、オレの誕生は、多くの人たちにとって望まれないものだったのに。

 

 

 

オレは、オレが大嫌いだ。

 

くだらない劣等感で、筋違いの恨みを抱いて、情けない嫉妬をして。

 

まさに、()()()()()()生き方をし続けている。恥無(ハズム)という名前が表す運命から逃れられないかのように。

 

──白金恥無は、今までに散々な恥を積み重ねてきた。

 

いつからだったか。自分でも覚えていないときから、オレは何か一つでもいいから、妹に勝るものがあるという証明をしたかった。そうして色々なことにチャレンジして、結果は散々で。一度足りとて、妹に勝つことは無かった。

 

そしてその集大成というか、最も大きな失敗──恥というか。オレは自分の学力では行けもしないような難関公立高校、県一番の学力を謳われるそこを受験した。結果は当然失敗。オレは滑り止めの高校──今通っている私立の高校に入学した。

 

失意の中、オレは高校入学までの短い春休みをただ無為に過ごしていた。そんなあるときに、夜中ふとトイレに向かったオレは、リビングで声を潜めて話をしている両親の話を盗み聞いた。

 

『──家のローンもあるけど、学費は大丈夫かしら』

 

『今のところは。ただ、もし有理も私立高校となると、大学の学費は結構きついかもしれんな』

 

『そう。あの子たちの将来を狭めたくはないけれど……』

 

『大学が国公立ならなんとか。私立は、どうだろう。くそ、夢のマイホーム! なんて浮かれてたあの時の自分を殴ってやりたいよ。もっと考えるべきだった』

 

『仕方ないわ。あの時は私も賛成したんだから、あなただけの責任じゃない。ともかく、こうなったら私も働くわ。昔の職場に復帰できないか聞いてみるから──』

 

気づけばオレは、自分のベットに潜り込んでいた。そうして布団を口に当てて嗚咽を殺すように、涙を流した。その夜は、どうしても眠ることができなかった。

 

オレのくだらないプライドのために、両親は大きな負担を受けてしまった。このままでは、オレだけではなくて、妹の将来まで──

 

そうしてオレは、今までに散々、自分が無意味で無価値なことをしてきたのだと知った。だからもう、妹を越えようとするのをやめた。

 

数年後。有理はオレについてくるようにして俺と同じ高校に入学した、私立で学費がかさむと思われたが、彼女は特待生で学費を免除されていた。両親に迷惑をかけたオレなんかとは比べ物にならないくらい、彼女は優秀だった。

 

その時にオレは悟ったのだ。世の中には、生きているだけで恥を量産するようなバカもいれば、生きているだけで価値と功績を生み出し続けるような天才もいるのだと。

 

 

 

 

 

 

──白金恥無は、今までに散々な恥を積み重ねてきた。

 

だから、これ以上の恥を積み重ねるのは、もうたくさんだ。

 

挑戦することで誰かに迷惑をかけてしまうなら、もうやめようと思った。

 

今までにないがしろにしてきた家族のために、家族に迷惑をかけないために生きる。

 

白金恥無が出しゃばらなければ、両親に負担をかけることは無い。

 

白金恥無が我慢すれば、才ある妹はもっと上へ進むことができる。

 

オレにとっては、その事実だけで十分だった。

 

 

 

 






誰にも負けない頭脳と、誰にも負けない身体能力が欲しかった。

そうすれば、オレも妹のようになれたんじゃないかって。

()()()()()()()()

結果はどうなったのかって?

──知っているだろう? オレみたいなやつが持つには不相応だったんだ。



プラチナム・メモリアー2:『家族(())』──終了。











だいぶ前のことだから、ほとんどの人は忘れてるだろうし、銀弾の1,2発目の使用用途を唐突に載せておきますね。べつにナンノイミモナイヨ。



1.幼年期、無意識使用。上手く歩行ができないという問題を解決。運動神経が向上。

2.幼年期、無意識使用。言葉を上手く覚えられないという問題を解決。頭脳明晰化。



ちなみに、シロガネハズムは、聖杯を捧げ先からもわかるように、Fateのキャラクターの中ではアルトリア・ペンドラゴンが好きです。

では、彼の最も嫌いなキャラは誰かといえば、間桐慎二です。

理由は言いません。





最後まで読んでくれてありがとナス!

また今度、今週中に多分投稿できるから!

感想と評価とお気に入りよろしくお願いいたします。(切実)




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ロンドンー1:『マサユメ』




リアルでトラブルがあって遅れました、スンマソン!

そしてそのトラブルとは別で、来週末までは事情があってネット回線が使えないから、投稿ができなさそう。

かなしいしい。大変申し訳ない。





 

 

20XX/XX/11

 

ロンドン攻略に赴く前に、一つ、銀の弾丸について整理しておこうと思う。

 

オレはリツカと出会ってからカルデアに来るまでのおよそ5年以上、自分の能力について考え続けてきた。自分のチカラを把握していないのは不自然な話ではある。だが事実オレは銀弾のすべてを理解しているわけではないから。

 

よくある転生ものみたく、神様が説明してくれるだとか、ステータスオープンと発声すれば自分の詳細が見れるだとか、そういうことがあればよかったのだが。そんな親切は与えられなかった。いや、正確に言えば簡易的な──それこそ“チュートリアル”と表現するのが適切なくらいの、ささやかな説明はあったかもしれない。

 

オレがこの能力を自覚したのは、たしか6歳の時だった。学校帰りにみんなで集まって駄菓子屋に寄ったのだが、オレはちょうど金を家に忘れてきていた。周りがガムだのチョコだのを楽しそうに選んでいく中、自分だけが何も買えないというのはとても惨めな気持ちだったのを覚えている。

 

転生したんだから精神年齢は大人のはずだろうって話なのだけど。なんであの時あんなにも駄菓子に惹かれたのだか。

 

ともかくとして目の前にある“うまい棒”がどーしても欲しくなってしまったオレは、金がないのにそのうまい棒を棚から取り上げた。そして「この菓子が買えるお金があったらなあ」なんて思っていたんだ。

 

そうしたら、急に右手が光りだして。もうびっくり仰天だ。突然の眩しさに反射で目を閉じたら、バアンと何かが弾けたような音が鳴って、次に目を開けた時には、右手に100円玉があった。そして、自分には“銀の弾丸”と呼ばれる力があるのだと唐突に自覚した。

 

残りの弾数、そしてそれまでに使ってしまった弾数もその時に頭に浮かんできた。オレはその駄菓子事件の時までに2発の弾丸を使用していた。何に使ったのかは分からないが、使用したのは自意識が確立する前──3歳以前の話だろうとは思った。今世のオレの記憶はそこからスタートしていたからだ。

 

ともかく、この時のオレはこの銀弾が何でも叶えてくれるチカラだと思っていた。例を挙げれば“魔法のランプ”のような回数付きの願望器だと。()()()()というのが、問題解決の特効薬を指すのも、その認識を形作った一因だった。

 

なんにせよ、その時のオレはこの力を駄菓子なんかに使ったことを後悔したし、次はどんなことに使ってやろうかと興奮してもいた。

 

でも、その時のオレは比較的人生が上手くいっていた。前世と違う才能にあふれた自分を磨き上げるのが楽しくて仕方がなかったし、多くの人の期待に応えられる自分に酔いしれていた時期だった。つまり叶えたい願いというものが見当たらなかったのだ。

 

だからまあ、回数制限つきというのも相まって、オレはこのチカラを使うタイミングを中々につかめず、数年もの間半ば死蔵状態に置くことになった。

 

 

 

ともかくだ。弾丸についての()()()()を手に入れたのは、その時が最初で最後のこと。

 

自分に宿るチカラが“銀の弾丸”を模していて、その数は全弾で13発である。それだけが、オレの脳に囁かれた銀弾の情報だ。

 

だからこそ、オレは研究してきた。これまでに自分が使用してきた銀の弾丸、その時の状況から、このチカラがどのようなものであるのかを。

 

そうしていくつかの仮説を立てた。これが正解かどうかはわからないが、きっと当たらずとも遠からずという程度ではあると思う。

 

そして特に、これからロンドンでソロモン──ゲーティアを倒すにあたって、大事なのは3つだ。

 

 

 

一つ、銀の弾丸は“解決したい問題を思い描かねばならないこと”

 

当然だが、銀弾は何か打破したい困難や、解消したい課題があってこそ使用できる。自分の中で何を成したいのかを思い描き、それを形作る──銃で例えるならば、“装填”の段階だ。撃ちたいならまずは弾を込めるところから、ってことだろう。

 

この装填の作業には少し時間がかかる。コンマ数秒ってところだろうか。人間相手ならほとんど隙にはならないが、英霊やビースト相手となると、致命的だ。

 

つまり、真正面から相対しているような状況はあまり好ましくない。できれば奇襲という形で使うのを意識したい。

 

そして、この銀弾、装填できる願いには限りがある。オレが母を蘇生しようとしてできなかったように。時間を戻そうとして失敗したように。

 

あまりに世界の法則を覆すような願いは拒否されるのかと最初は考えたが、それなら俺自身が蘇生できているのはどうなのという話だ。

 

それに、オレがあの夜──家族が死んだあのとき──()()()()()()()()()()()と思いながら装填した弾丸は、滞りなく銃に収まった。もちろん発射はしなかったが。

 

このように、銀弾の制限の基準はよくわかっていない。ただ、銀の弾丸はこと“何かを殺したい”という願いに対しては今までに答えなかったことがない。

 

オケアノスで会敵した魔神柱相手に装填できるかどうかだけ試したが、無事に装填は行われた。きっとゲーティアにも通じるはずだ。

 

 

 

二つ、銀の弾丸は“使う対象が目の前にいなければならないこと”

 

これに関してはほぼ確定と言っていいくらいの仮説だ。銀の弾丸は“シロガネハズムの視界にいる対象”にしか命中しない。これは映像越しなどではダメで、きちんと生身で相対しなければならない。つまり“照準”が必要だ。

 

この特徴のために、オレは特異点攻略に参加しているといってもいい。でなければ、リツカと出会った瞬間にゲーティアに向けて速攻撃っている。

 

幸い、“照準”が完了しさえすれば、あとは勝手に銀弾は対象に当たる。普通の銃のように()()()ことはない。

 

第四特異点──ロンドンではゲーティアが姿を現す、はずだ。だからチャンスなんだ。時間神殿に行かずにゲーティアを殺せる、ショートカットができる絶好の機会。ただ一つ問題があるとすれば、ゲーティアがロンドンに来るというのはシナリオ上での話であって、この世界ではそうとは限らないということ。

 

だからこれは賭けだ。オレは奴が来るほうに賭ける。ここでもシナリオを妄信するのかという話だが、来なかったら来なかったで撃たないだけだ。そして次のチャンスを待つ。

 

そうなったときにペンドラゴンが殺さずに許してくれるかは分からないが。どのみちロンドンまでで解決できなかったら、カルデアの皆にもすべてを明かして沙汰を待つつもりだった。

 

どういう扱いを受けても文句はない。ここで成し遂げられなかったなら、それはオレが無能だっただけの話だろう。

 

──失敗した時のことはまたあとで考える。次。

 

 

 

三つ、銀の弾丸は“オレの命のストックを兼ねること”

 

これは最も気を付けなければならない問題だ。オレは死亡すると、自動的に銀弾を一発消費し生き返る。つまりあとのこり5発しか弾丸がないという現状、ゲーティアにたどり着くまでに5回殺されるようなことがあれば、終わりだ。

 

“空弾倉”──そうなったとき、オレは無力な一般人だ。もう、何も成すことはできない。

 

 

 

 

 

 

明日には、ロンドンの攻略が始まる。

 

覚悟を決めろ。なすべきことを成せ。あのペンドラゴンが共に世界を救おうと言ってくれたんだ。それに答えろ。

 

救えないはずの人を救え。シナリオよりも速く世界を救え。それがきっとあの日の夜の贖罪になる。

 

それができてこそ、銀弾(シロガネハズム)だ。

 

 

 

──それができなきゃ、何のために生きている?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンドンは一寸先も見通せないほどの濃霧に包まれていた。わかっていたことだが、やはり戦いにくい環境だ。ハズムとはぐれてしまわないように、私はいつもよりも数メートルほど彼に近づいた。

 

呼吸する。霧の湿った感覚が鼻を抜けて、ピリッとした有毒の気配を感じる。これもわかっていたことだった。私のようなサーヴァントにとってならなんてことはないが、ハズムにとってはきつい代物だ。

 

「──ハズム、マスクを」

 

「もう着けてる。やっぱり毒はあったか」

 

彼はこの特異点に向けてダヴィンチに色々なものを頼んでいた。毒の霧を浄化するマスク、霧を見通すためのゴーグル、そして剣。

 

彼の腰の鞘がかちりと音を鳴らした。羽のように軽く、しかしとても鋭く硬い、ダヴィンチお手製の両刃剣。宝具というほどではないが、礼装としてはまずまずの火力をもった特別な剣だ。サーヴァントにもかすり傷くらいは付けられるかもしれない。

 

とにかく、この特異点に向けて私たちは準備は万端で臨んだ。それはマスクのようにアイテムをそろえるという点でも、剣や魔術の訓練をするという点でもだ。できうる限りの努力をした。

 

しかし、それでは足りないほどに、特異点攻略というのは理不尽なものだったらしかった。

 

「──ハズム」

 

「なんだ、ペンドラゴン」

 

「リツカたちの気配がない」

 

「──っ!?」

 

ハズムがあたりをきょろきょろと見まわす。リツカ!と大声で呼ぶも、霧の向こうにむなしく響くだけ。まったく返事はなかった。

 

「所長! ロマン! ダヴィンチ先生!」

 

ハズムは手首の通信機に向かって声を張り上げる。それでも、返事はなかった。

 

私たちはこの特異点で孤立した。それはもう疑いようもなかった。最悪のスタートだった。

 

「リツカたちとははぐれた。通信は上手くつながらない。どうしますか、ハズム」

 

「──とにかく、合流を目指す。ジキルの拠点とか、アンデルセンのいる本屋でもいい。とにかくリツカたちがいそうな場所に向かおう」

 

「わかりました」

 

濃霧をかき分けるようにして進む。静まり返った街には、不気味な雰囲気が漂っている。市民の気配を感じ取ることすらできない。この街には、あといくつの生命が残っているだろうか。

 

──思えば、ずっとそうだ。

 

全ての特異点は、ここと同じように、無辜の民の犠牲によって成り立っている。

 

ここで終わらせるのだ。このような残酷な真似は。ここで。

 

 

 

しばらく通りを進んでいく。ひんやりとした空気の中に、ガス灯の明かりが滲んでいる。往来には人っ子一人見当たらず、あるものといえば転がっていく塵屑だけ。

 

遠くのほう、濃霧を隔てた向こう側から何やら音が聞こえてきた。キィンと、金属同士がぶつかるような、高い音だ。

 

「──これは、剣戟の音か?」

 

「ええ」

 

ハズムの問いに首肯して返した。この音は剣士が何かと戦っている音に他ならない。いこう、とハズムが少しばかりの不安をにじませながら言った。

 

「ロンドンで“剣”ってことはだ。もしかして──」

 

「ええ……懐かしい、音ですね」

 

私は刀剣の類にことさら詳しいというわけではない。剣戟の音を聞いただけで担い手を判断することなどそうはできない。

 

だが、この音は、嫌というほど耳にしてきたものの一つだった。

 

「──クラレントの音」

 

私は円卓の首領、騎士王アルトリア・ペンドラゴンだ。幾千の時が経とうとも、共に戦場を駆けた円卓の騎士の戦いの音だけは、聞き間違いようがなかった。

 

ましてや、自分のどでっぱらを貫いてくれたバカ息子であれば、なおさらのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の指先すら見渡せない霧。その只中に俺は立っていた。

 

隣には誰もいない。マシュも、エミヤも、アルトリアも、ハズムも。ここはどこだ。もう特異点にいるのだろうか──ぞわりと、背中に恐怖が這い寄ってくる。

 

抗いようのない孤独感が動機を激しくする。先を見渡せないという事実が焦りを色濃くする。

 

今すぐに霧をかき分け、喚き散らしながら逃げ出してしまいたい気持ちをぐっと押し殺す。みっともなく仲間たちの名前を叫びたい気持ちにふたをする。

 

「落ち着け、落ち着け」

 

深呼吸。鼻の内側に冷たく湿った感覚が流れ込んできた。そのちょっとした刺激が、気分を落ち着けるのを手助けしてくれた。

 

努めて心を凪いだ状態に保つ。もう一度だけ深呼吸をして、手首の通信機を起動させた。

 

NO SIGNAL”と表示されている。どうやらカルデアとの通信は断ち切られているようだった。

 

ならば一人で進むしかあるまい、と思う。

 

特異点攻略を全くの1人で行うことになるなどこれまでにはなかった。けれどやらなければならない。

 

人類最後のマスター、その片割れとして。どんな状況でも立ち止まってはならない。

 

それが藤丸立香のすべきことだった。

 

 

 

 

 

 

どこに進めばよいのかもわからないので、とりあえず自分から見て右手の方向に進むことにした。

 

どれだけ脚を前に出そうと進んでいる気がしない。もはや無限のループの中にとらわれている心地すらしてきた。

 

人っこ一人見当たらないロンドンの街並み。メインストリート両側の建物は扉はもちろんカーテンすら閉め切られている。静寂があたりを支配している。

 

「っ?」

 

するとかすかに、音が聞こえた気がした。かちゃり、と何かの金属が鳴ったような。

 

その音はおよそ身近な部類に入るものではなかったが、俺にとっては聞き覚えのある音だった。

 

「──銃の装填(リロード)の音?」

 

親友──ハズムが魔術を使うときと同じような、銃を装填する音だ。いや、()()()というのは適切ではなく、まるで彼の魔術そのもののように聞こえた。

 

「いるのか、ハズム!」

 

もしかしたら近くにいるのかもしれない。一刻も早く合流したいという思いで、彼の名前を叫んだ。

 

「うわ!?」

 

すると突然、霧がまるでモーセの海割かのように真っ二つにされていく。付随して生まれた突風に反射で身構えて目を閉じてしまう。

 

そうしている間にもどんどん風は激しくなって、とうとう目を開けられるような状態ではなくなってしまった。かちゃり、かちゃり、と装填音が近づいてくるのだけがわかる。

 

 

 

 

リツカ──

 

ハズムの声だ。俺は安心して息をついた。彼と合流できて何よりだ。

 

少しずつ突風はやんできているようだった。先ほどまで砂埃に攻撃されていた目を回復させようと、俺は腕で両目をこすりながら彼に話しかけた。

 

「ハズム、合流できてよかった」

 

リツカ──ご、めん

 

「いや、ハズムが謝ることじゃないだろ。はぐれたのは別に誰のせいでもない」

 

ご、めん

 

ハズムが何度も謝ってくる。はぐれたことをそうも気にしているのだろうか。

 

彼は自罰的な思考をしがちな人だった。何かの失敗に対して責任を感じるのは悪いこととは言えない。しかし、自分に落ち度がないことすら深刻に受け止めてしまうのは、直してほしいところだった。

 

彼がこうした状態になっているときはナツキが「きにしちゃだめだよ!」と努めて明るく彼を励ましていた。今は彼女がいないからそういった光景は無いが、だからこそ俺はその役割を俺なりにこなさねばならないだろうと思う。

 

彼に不安を与えないように努めて笑顔を作って、俺は顔を上げ、眼を開いた。

 

 

 

「気にしちゃだめだって! ハズムは悪く、な、い──」

 

 

そこにいたのは、普段のシロガネハズムではなかった。

 

艶やかな濡れ羽色をしていたはずの彼の髪は、銀のくすんだような色に変色している。そして、その不気味な髪に覆われた頭部からは、幾本もの筒状の物体──銃身のような──が飛び出している。

 

胸元は真っ赤な血の色に染まり、彼の首に下がっていたはずのロザリオはどこかへと消えていた。その代わりと言わんばかりに、彼の首から胸にかけてはいくつもの弾痕が浮き出ている。

 

いつも特異点攻略用に用意していた装備は、服や探検バックをはじめとしてそのほとんどが原型をとどめておらず、唯一、鞘が脱落した抜身の剣だけが腰に携えられている。

 

他にもあげていけばきりがないくらいに、今の彼は異様だった。俺はもはやその顔と声だけを頼りにして彼を“シロガネハズムである”と認識しているにすぎず、今の彼が人間であるとは断言できなかった。

 

まるで──人形のようだ。と心に浮かぶ声。それは先ほどまでに上げたどの特徴も差し置いて、彼の眼を見て浮かんだものだった。

 

雄大な海、果てしない空のような、見るものを引き込む蒼玉(サファイア)色の瞳が彼の特徴だった。

 

しかし、今の彼はその色に変化はなくとも、そこから生気という生気が抜け落ちてしまっているように見える。宝石(サファイア)ではなく、ガラス玉のような、うつろな瞳だ。

 

 

 

ごめんな、リツカ

 

彼はなおも謝罪を続けていた。彼に表情は無かったが、虚ろな目から流れ落ちる涙を見るだけで、彼の内にあるとても大きな感情──おそらく“悔恨”や“懺悔”といった──がひしひしと伝わってきた。

 

オレがいた、ばっかりに。オレがこの世界に存在したばっかりに

 

「なにを言ってるんだ、ハズム!」

 

彼はこちらの声に耳を傾けてはいなかった。聞こえていないのか、聞こえないふりをしているのか。どちらにしても、このままでは何か手遅れになってしまうような予感がした。

 

そして、その予感はきっと間違いではない。

 

何かをしなければならない──そういった思いに突き動かされて、がむしゃらに彼に手を伸ばす。

 

しかし、伸ばした手のひらはあと薄皮一枚といったところで弾かれた。もう一度手を伸ばせば届くかのように予感させる現象だったが、きっと何度やっても無駄な気がした。

 

今の彼と俺の間には、きっと近そうでそのじつ無限にも等しいような隔絶がある。漫画の中のキャラクターが読者に触ることができないのは当たり前、といったような、摂理として覆しようもない次元の違い。

 

それがどうにも悔しくてたまらなかった。

 

 

 

 

 

 

「マスター」

 

俺はずっと、シロガネハズムという少年に助けられてきた。

 

「マスター」

 

だから恩返しをしたいと、ずっと思っていた。

 

「マスター」

 

彼が苦しみながら生きていること。自分なんて世界には必要ないと思っていること。それを吹き飛ばしてあげたくて、それはナツキも同じで。

 

「マスター」

 

だから、約束した。だから、彼が幸せになれるようにしようと誓い合った。

 

「マスター」

 

でも、もう手遅れなのだろうか。なぜこんなことになってしまうのだろうか。──彼はお人好しで、誰より優しい、幸せになるべき人のはずなのに。

 

 

 

 

 

 

「マスター!」

 

 

聞き覚えのある誰かの声が脳裏に響く。

 

ああ、これはマシュの声だ。

 

まるで曇り空が晴れ渡るかのように思考がクリアになって、現状を分析する。

 

そして気づく。これは、()()()()()()

 

「──なるほど」

 

ああくそ、なんてことだ。どこのだれだ、こんな趣味の悪いことを。

 

「悪夢だったってことか」

 

目の前のシロガネハズム。痛ましい姿の彼を見る。これもただの幻想だったのだろう。

 

これは悪夢だ。現実ではない。目を覚ませばきっと、横にはマシュがいて、エミヤがいて、アルトリアがいて──いつも通りのハズムがいてくれる。

 

きっと、そのはずだ。

 

「──ハズム」

 

でも、なんだろうか。これは()()()()()()()()()()()()と、そんな予感がするのだ。

 

痛ましく、見るのが苦痛でしかない、悪夢そのものであったとしても。それだけで片付けてはならないのではないかと。

 

 

 

眼を覚ます。夢は消えていく。

 

霧は晴れ、建物は消失し、目の前のシロガネハズムも、例外なく光に解けていく。

 

そうして、藤丸立香は第四特異点ロンドン──その熱烈な歓迎。許しがたい悪夢からの脱出に成功した。

 

 

 

 

 

 

瞼を開ければ、今までに見ていた夢とあらかた変わらない光景が目の前に広がっていた。

 

先の見通せない濃霧、ひっそりとした街なみ。唯一違うのは、こちらを見下ろす女の子──マシュの姿があるということだけ。

 

「マスター! お目覚めですか!」

 

「うん、マシュが声をかけてくれたおかげでね」

 

「いえ……とても魘されていました。悪夢を、見ていらしたんですか?」

 

「うん、しかもとびきりの奴だよ。思い出したくもないくらいの」

 

そんな掛け合いをしながら、立ち上がる。悪夢で疲労したからかふらついてしまったが、ありがたいことにマシュが支えてくれた。

 

「──あ、れ?」

 

そうしているときに、ふと気づく。周りに、マシュ以外の姿がない。

 

「っ! マシュ!」

 

「は、はい!」

 

「ほかの皆は、どこに!?」

 

彼女の肩を強く握ってまくしたてる。本来彼女のような少女に行うべき行為ではないが、この時ばかりは焦ってそんなことを気にする余裕などなかった。

 

「──まず、エミヤさんはレイシフトを拒まれて、カルデアにいるままです。原因はわかっていません」

 

彼女は深刻な表情で話し始める。

 

「アルトリアさん、ハズムさんは、レイシフトこそできたようですが、通信が途切れ所在地も不明です」

 

「──!」

 

「そして、これらのことを私に伝えたのち、カルデアとの通信が途絶。何度か再接続を試みましたが、今に至るまで成功していません」

 

「つまり、」

 

夢の中と同じような、冷たい恐怖が背中を登ってくる。考えたくもなかった事実が、心を削り取る。

 

「つまり、俺たちは──」

 

「はい、その通りです、マスター」

 

 

 

 

 

「私たちは、孤立しました。このロンドンの街、第四特異点の真っ只中で」

 

マシュのがそんな言葉を不安げに告げる。

 

嫌な予感がしていた。とてつもなく嫌な予感。もうすぐ取り返しのつかないことが起こってしまいそうな、そんな予感が。

 

俺たちはなにか、途方もない悪意をもった何者かによって、嬲られているのではないだろうか。

 

俺たちは罠に誘い込まれたのではないか。もうここは、敵の手のひらの上なのかもしれない。

 

「──ハズム」

 

あの悪夢が脳裏をよぎる。酷い夢だった。目を背けたくなるくらいに痛ましく、そのくせ妙な()()()がある。

 

なんの根拠もありはしないが──あの夢は悪夢というだけではなく。きっと。

 

 

 

 

 

 







【銀弾に込めることのできる願い】

およそヒトの思いつく限り全て、弾として込められる。

もちろん、蘇生もタイムトラベルも本来はできるはず。でも本人はできないと思っている。(というかやってみたらできなかった)

しかし、シロガネハズムは“世界を滅ぼしたい”という願いを装填できたのだから、抑止力の介入などで制限がかかっているということはない。

じゃあなぜ、実現できる願いと実現できない願いがある?

制限などないに等しいチカラに制限をかけているのはいったい誰? 何者なのだろうか。

※注 ちなみに“本来はどんな願いでも装填できる”っていったけど、それは“無事に願いが叶う”こととイコールではない。






最後まで読んでくれてありがとナス!

なんか今回の話の出来はあんまりよくない気がするよね。

だからさぁ、クオリティアップのために必要なものがあると思うんですよね。

感想とか、評価とか、お気に入りとかさぁ!

置いてけ! 感想おいてけ! 評価おいてけ! お気に入りしていけ!

おれはおれのためにいつまでも求めていくし、乞食いていくからな!

じゃあ次回。3月の2週目くらいからまた投稿する……はず?




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ロンドンー2:『はじめまして』




ネット復活!

ずっとAPEXしてて遅くなりました。

しょうがないよね。






 

 

 

オレは、前世の頃、アルトリア・ペンドラゴンというキャラクターのことを特別に好いていた。

 

彼女というキャラクターに出会ったのは、高校2年生の秋。一番仲の良かった友達に、“Fate/stay night [Heaven's Feel] の映画が公開されるから、一緒に見に行こう”と誘われたのがきっかけだ。

 

当時全くFateシリーズに関して無知だった俺は正直、いきなり映画を見に行こうと言われて面食らった感じだった。しかしアニメ鑑賞も映画鑑賞も嫌いではなかったし、何より一番の友人の誘いというのも手伝って、俺は了承の返事をした。

 

すると次の日に、その友人は学生鞄──本来は教科書を入れてしかるべき──にいっぱいのDVDをもってきて、俺に押し付けるように渡した。

 

『HFを見るってんなら、予習が必要だよな! とりあえずセイバールートと凛ルートはある程度分かっとかないと!』

 

『は!? 予習が必要なタイプだったのか! “君の名は”とかみたいな一本完結ものだと思ったから──』

 

『いいから、いいから。あと、スマホにFGOも入れとけよ! 全部見たらどーせやりたくなるんだし! 映画館で特別な礼装も配られるし!』

 

そんな会話を、今でも覚えている。

 

友人は何事でもグイグイ来るタイプだった。1年生、まだ初対面のときからだ。自分の好きなこと、嫌いなこと、得意なこと、不得意なこと。そうしたパーソナリティを難なく晒して、少しでも興味あるなら寄ってこいと笑っている。そんなコミュニケーション法が彼の特徴だった。

 

俺は運よくだか運悪くだか、そんな彼ととても気が合った。だから部活も同じにしたし、休日にはよく遊んでいた訳だけど。

 

ともかく、押しの強い友人に抗うことができず、次の休み時間には週末にDVD全巻制覇するという約束をさせられ、また次の休み時間にはFGOをインストールさせられ、昼休みにはFGOのチュートリアルを彼の助言付きで終わらせることになった。

 

『次は英霊召喚──いわゆるガチャだな!』

 

『身もふたもない。でもガチャは好きだよ。最高レアって何パーセント?』

 

『1パーかな。でもたしか、最初の召喚では出ない。★5は初心者ボーナスでもらった石で狙いな』

 

『うへ、百分の一って……どのソシャゲも世知辛いことで。最初のガチャは──えっと、かわいい子がきたね』

 

『だいたいみんな可愛いけど──お、マリーね。確かに“かわいい”っていう言葉が似合うキャラではある』

 

『じゃあお待ちかねの、★5狙いガチャいきますか』

 

『今は……げ、ストーリーガチャしかやってないじゃん。やめときな、闇鍋だから。期間限定ガチャくるまで待──』

 

『もう引いちった』

 

『おい──!』

 

『貴重な石を!』と嘆いている友人と『大げさな』と呆れる──大げさではなかったことを後に知ることになる──俺。最初の10連くらいは、と演出を飛ばさずに見ていれば、虹色の発光と白い羽のエフェクトが出た。

 

『はぁ゛ん!? ビギナーズラックにもほどがあるだろ!』

 

『あ、確定演出?』

 

『そんなもん。まあ、これは★5サーヴァント出ただろうな──誰だ誰だ?』

 

そうして画面に映し出されたのは、セイバーのセイントグラフ。くるくると画面中央で回転して──金と青に包まれた少女が現れた。

 

『青王ね。ま、これからstay night勉強するんだし、ちょうどいいっていうか。ある意味これ、運命(Fate)って感じだな!』

 

『へー、あのDVDに出るんだ、このキャラ。なんていうか、見た目結構好みかも』

 

『せっかく一発目で出たんだから、嫌いじゃないなら育ててあげなよ。このゲームは好きなキャラを最強にするのが楽しいんだから』

 

彼がそういった直後くらいにはチャイムが鳴って、彼は名残惜しそうに席に戻っていった。俺は机の上を片付けながら、スマホの画面を見た。騎士風の鎧に身を包んだ少女が、きりっとした眼差しでこちらを見ている。最高レアが出た、というのは気分が良いものだ。

 

彼は“好きなキャラを最強にするのが楽しい”と言っていた。ならこのキャラを最強にしてやろうかな、と思うくらいには、俺のアルトリア・ペンドラゴンに対する第一印象は良いものだった。

 

これが彼女というキャラクターとの出会い。とかく男子高校生というのは現金なもので可愛ければ何にでもデレデレしてしまう。どう言い繕おうと、きっかけはそれだけの事。彼女の()()()()()()()()()()、というのが、彼女に聖杯を捧げるまでの道のりの一歩目であった。

 

 

 

教師が黒板の前に立ち、号令をかけるように言った。もう授業が始まってしまうらしい。

 

『──ん?』

 

手元にあるスマートフォンを閉じようとすると、まだガチャの演出が続いているのがわかった。そして、先ほどと同じ確定演出が流れ始める。

 

『これは、あいつには言えないな』

 

どうやら最高レア二枚抜き。このゲームに詳しくないオレでも、()()()だとわかる。彼に知らせれば、発狂してしまいそうだ。

 

『さっきと同じ、セイバーの絵? 誰なんだろ』

 

出現したのは、赤銀フルフェイス鎧の騎士らしかった。後で知った事だが、このキャラはアルトリア・ペンドラゴンの(ある意味の)息子に当たるモードレッドということだった。

 

fateシリーズでは聖杯大戦と呼ばれる特殊な形態の戦いを描いた外典Apocryphaで活躍し、FGOでも第四特異点ロンドンおよび第六特異点キャメロットで活躍した。

 

見た目はアルトリア・ペンドラゴンの遺伝子によって作られたホムンクルスという設定上、アルトリア・ペンドラゴンそのもの。赤と銀の全身鎧に身を包み、赤のセイバーとも呼ばれる。クラレントという宝剣を主武器とした荒々しい戦いかたが特徴だ。

 

性別としては女性だが、男性扱いしても女性扱いしても不機嫌になるめんどくさい性格で──

 

 

 

 

 

 

【この記憶を構成するための要素は、一部壊れている、または存在していません。】

 

 

 

 

 

 

──えぇっと。おかしいなぁ。

 

なんだっただろうか。よく、思い出せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ち、父上?」

 

こちらを見て呆然と立ち尽くす騎士の姿は、よく見知ったものだった。

 

紅と銀を基調とした、顔まで覆う全身鎧。剣にまとわりつく魔力放出は赤雷の形をとっている。先ほどまで粗暴な言葉づかいで罵倒しながら、荒々しい剣技で敵を圧倒していた一幕もあった。ここまでの要素がそろっておきながら、目の前の人物の正体を暴けないはずはないだろう。

 

それに、騎士は私のことを“父上”と呼んだ。私は生前においてついぞ子をなすことは無かったが、私のことを親として仰ぐ者が一人だけいた。

 

叛逆の騎士、モードレッド。頼もしい円卓の戦力であり、同時にブリテンの滅びの一因であり、そして──私とカムランの丘で相打った人物だ。

 

「──ええ。久しいですね、モードレッド」

 

「!?」

 

握手をするように手を差し出した私に、かの騎士は困惑と驚嘆の様子を見せた。それほどまでに、私が友好的なことが信じられないのだろうか。

 

──いや、確かに。以前の私であれば、手を差し出して笑いかけるような真似はしなかったに違いない。

 

無視するか、冷たく当たるか。なんにせよ好意的な接し方はしなかっただろう。事実ハズムの記憶でも、そうだったはずだ。

 

それを後悔しているというわけではない。しかしながら、ハズムの記憶の中で親の愛情の尊さを見聞きした身としては、そこに少しばかりの憧れがあった。

 

もはや互いに死んだ身。親子としてのつながりなど育みようはないが。此度の現界だけでも、親子らしくある努力をしてもよいかもしれないと、そう思った。

 

モードレッドがそれをどう思うのかは分からないが。結局、私が差し出した手を彼女は握らなかった。拒否した、というよりはどうしてよいのかわからなかった様子ではあったが。

 

「なんだからしくないな、父上。調子狂っちまう」

 

「死ねば変わることもあるでしょう。ましてや英霊であれば、サーヴァントとして活動するうちに、生前には無かったものを積み上げることはあります」

 

「──ああ、確かに」

 

モードレッドは思い出を噛み締めるように言った。この騎士もまた私と同じように、聖杯戦争で何かを得たことがあるのかもしれない。

 

 

 

「それで父上は、なぜここにいる? オレはたぶん“はぐれサーヴァント”ってやつなんだろうけど」

 

「──私は、この場所で起きている異常を解決するために、こちらのマスターと共にここを訪れました」

 

「あァ? マスターだァ……?」

 

今気づいた、という風にハズムを見やるモードレッド。私との再会に気を取られて、隣にいる彼のことを全く認識していなかったようだ。

 

じろじろと、値踏みするように彼を観察している。ある程度そうしたかと思うと、不信感にあふれた表情で一言ハズムに聞いた。

 

「──テメェ、ナニモンだ」

 

「何者かといえば──人理継続保障機関フィニス・カルデアのマスターです。()()()()()()、モードレッド……さん?」

 

「肩書をきいてるんじゃねえんだよ。よくそんな目ぇ背けたくなるような雰囲気垂れ流していられんな。父上だって気づいてないわけじゃないんだろ?」

 

「ええ、わかっています」

 

「んで? そんな奴が名高きアーサー王のマスターだぁ? ──ふざけんじゃねえよ」

 

突然、赤雷をまといながら、瞬きよりも速い一瞬のうちにモードレッドはクラレントを振るった。

 

彼の首を躊躇なく跳ねようと空を滑る白銀の刀身。私はそれを防ぐようにして、エクスカリバーで受け止めた。

 

「だああぁ!? なんで止めやがる!」

 

「当然の事でしょう。貴公からみて彼はどこぞの馬の骨かもしれないが──私の認めたマスターだ」

 

「……ハン。あの騎士王がこんな奴の従僕だとはね。理解できねぇな。 ()()()、認めたねぇ──くそが

 

そう言うと剣をしまう。苛立ちを発散したいのか、そこらのガス灯を拳でへし折ると、モードレッドは深くため息をついた。

 

「ああくそ、イライラする──おい、テメェ!」

 

「オレのことか?」

 

「ああそうだよ! お前、もし父上のマスターとして相応しくない振る舞いしてみろ。その場で首刎ねてやるからな」

 

鋭い眼光でハズムを見据えるモードレッド。その威圧感に圧されて、彼の頬に汗が垂れる。彼は緊張や恐怖を振り払うようにして、胸元をぎゅっと握りしめると、顔を上げてモードレッドを真っすぐ見つめた。

 

「──肝に銘じておくよ、モードレッド」

 

「ああ、ならいい」

 

ふん、と鼻を鳴らしてモードレッドは霧の向こうへと歩き出した。「この異常を片付けるってんなら、拠点が必要だろう? 案内してやる。ありがたく思え」と、こちらを見もせずに言い放つ。

 

その後ろを、私とハズムはついていった。

 

 

 

「──ペンドラゴン」

 

「なんでしょうか」

 

ずかずかと進むモードレッドに苦笑しながら、話しかけてくるハズム。こちらのことを振り返る様子すらないモードレッドだったが、やはり気になるのか、興味がないふりをする一方耳を傍立てているのがわかった。

 

「君とモードレッドは、容姿がすごく似ているな。やっぱり、血のつながった親子ってのは似るもんなんだな」

 

「──? ええ、はい。正確にはモルガンによって作られた、私のクローンのようなものですが。当然瓜二つではあるでしょうね」

 

「──クローン? そうなのか。()()()()()()()

 

「──?」

 

彼との会話になんとなくの違和感を覚える。ハズムは今、なにかおかしなことを言ってはいなかったか?

 

「道理で、似てるわけだ。どっちも綺麗な顔してる。それにしても、なんで円卓の騎士たちは、君たちのことを()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「ケンカ売ってんのかテメェ! 自殺したいならそう言え馬鹿野郎が! やってやるよ覚悟しやがれ!」

 

 

 

もはや聞いていないフリは我慢できなくなったのか、喚き散らしながら突進してくるモードレッド。

 

モードレッドに女性だの男性だのといった話は禁句だというのに、まったく。

 

激昂する騎士を私が何とかなだめることができたのは、それから数十分ほど後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

濃霧は晴れる様子を見せない。

 

もう5時間ほどは歩き続けただろうか。デミ・サーヴァントで体力が補正されているマシュはまだよいとして、俺の方はもう限界が近かった。

 

「マスター、大丈夫ですか?」

 

「まだまだ大丈夫! って言いたいけど。ちょっときついかな」

 

ずっと歩きっぱなしだ。疲労困憊とまではいかないが、すこぶる体力を削られていることには変わりない。

 

「──どこか、屋内で休ませてもらいましょうか」

 

そう、マシュが提案する。そうしよう、と返す。不法侵入ということにはなるが、この街を救う代わりとして、多めに見ていただけるとありがたい、なんて心の中で言い訳をする。

 

押し入るわけではなく、持ち主のいない空間をひと時お借りするだけだ。許してほしい。

 

事実、これまでにいくつかの建物の様子を見てきたが、ほとんどの場合家主は亡くなっていた。餓えだったり、毒だったり、明らかな他殺だったり。原因は様々だったが。

 

どうやらこの街にはびこる霧は、毒を持っているらしい。ハズムの提案で開発された“ダヴィンチ印の浄化マスク”がとても役に立っていた。

 

この製品を開発する過程で行われた検査で、どうやら俺には高い毒耐性があることが判明していたが、それでも毒とわかっているものを吸い続けるのは良い気分ではなかったから、マスクは非常にありがたいアイテムだった。

 

 

 

マシュが休めそうな建物を発見した。

 

今までにもよく見てきた感じの、レンガ造り数階建てのアパルトメントだ。これぞロンドン、これぞヨーロッパ。って感じの建物。扉の鍵は既に何者かによって破壊されているらしい。

 

そっと扉を開けると、少し埃っぽい感じがした。しかし休憩場所としては悪くない状態だ。これまでに探索した家の中には、死体の腐敗臭でとても落ち着いて休憩なんて気分になれないところも多くあったから。

 

「マスター、こちらにソファが。どうぞ、ここでお休みになられてください」

 

「ありがとう、マシュ。マシュも一緒に座ろう」

 

「で、ではお言葉に甘えて……」

 

二人で並んで柔らかいソファに身を預ける。俺とマシュ二人がゆったりと座ってもまだ十分なスペースがある、大きめのソファだった。

 

このソファが満員になるとしたら──大人2人に、子供2人、といったところだろうか。

 

ふと、ソファの後方に置かれたダイニングテーブルに目が行く。卓上には食器が4セット、埃をかぶっていた。そして、食事のために座るであろう椅子が4脚。そのうち二つは座面が高めだ。たぶん、子供用。

 

「……」

 

この家に暮らした、知らない誰かのことを思って、悲しい気持ちが沸き上がる。

 

全て俺の想像でしかないが、確かにここには幸せな家族がいたのだろう。もう壊れてしまった一家団欒の風景に、心の中で黙とうを捧げる。

 

 

 

 

 

 

──ガタリ。 コツ、コツ、コツ……

 

「!」

 

「マスター、これは」

 

「うん。誰かいる。2階からだ」

 

1時間弱、体力の回復に努めていると、頭上で何か物音がした。

 

何かを倒したような音と、もう一つは間違いなく、()()()()だ。

 

「生存者がいたのでしょうか」

 

「だとしたら、この特異点について話を聞いてみたいけど──」

 

果たして上にいるのがこの特異点の住人なのか。住人だとして、一般人か、はたまた魔術師か。あるいはエネミー、敵性サーヴァント、この人理焼却事件の黒幕というのもあり得ない話ではない、そう考えると安易に近寄るのも危険に思える。

 

しかし、もしかしたら協力してくれるはぐれサーヴァントかもしれないし、はぐれてしまったハズム達かもしれない。そう思うと、声をかけてみる価値はあるかもしれない。

 

「──どうしますか、マスター」

 

ここに頼れる親友はいない。アドバイスをくれるカルデア司令部も、導いてくれるエミヤやアルトリアもいない。俺が判断するのだ。この特異点を修復するために、そして俺とマシュが生きてカルデアに帰るために、取るべき行動は果たしてどちらだろうか。

 

 

 

 

 

 

「──上に行こう。でも、マシュは警戒を。いざとなったら令呪全部きってでも逃げるよ」

 

「はい、承知しました」

 

扉を開けて階段を上る。極力、音を立てないよう注意しながら。

 

そして、先ほどまでいた場所のちょうど真上の部屋までたどり着いた。後は、目の前の扉を開けるだけだ。

 

「──では、いきます」

 

「うん」

 

マシュがドアノブを回す。この向こうに何がいるかわからないという恐怖が、俺の鼓動を早くする。

 

握りしめた手のひらに汗がにじんで、思わず唾をのんだ。

 

何十秒にも思える緊張の中、ドアノブが回り切る。その瞬間、ばあん、とマシュ勢いよく扉をあけ放った。

 

さっと部屋を観察する。おいてある家具こそ違うが、間取り自体は下の部屋と同様。腐敗臭は無し。攻撃の気配や、罠の気配もなし──

 

そこまで確認して、左手にあるキッチンの奥に、何やら人影が存在することに気づいた。

 

「マシュ! 左だ!」

 

「はい!」

 

マシュが盾を構える。その陰から、人影の様子を確認する。どうやら、壁に寄りかかって座り込んでいるらしい。薄らと呼吸音が聞こえるので、死体ではなく生きている人間だ。こちらのほうを向かずに俯いている。当然襲ってくるような様子はない。

 

「……誰か、いるのか」

 

「! はい、います!」

 

か細い男性の声だ。その弱弱しい声音からは彼が衰弱している様子がうかがえる。現地の人間で、飢えや毒に苦しんでいるのだろうかと考える。

 

そしてどうやら、それは間違いではなかったらしい。

 

「こんな状況だ。とても、無理なお願いかもしれんが……食べ物と水を、恵んではくれないだろうか」

 

「──マスター、これは」

 

「うん。どうやら、住民の人だったみたいだ」

 

警戒をある程度緩めて近づく。飢えによるものか、頬がこけてわかりにくいが、若い男だ。おそらく15~25歳ほど。短く切りそろえたこげ茶色の髪に、眼球の見えない糸目をしている。

 

バッグから栄養食と水筒を取り出して、彼に差し出した。水筒の水はともかくとして、栄養食はすこぶるまずいが、このまま飢え死にするよりはマシだと割り切ってもらうしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、助かったよ」

 

分解吸収が速い、という栄養食の特性があってか、数分後にはある程度元気を取り戻したらしい彼は、こちらに礼を述べるとともに頭を下げた。

 

「恥ずかしいことに、食料も水も切らしてしまってね。あまり良くない行いだが、この周辺で家探しをしていたんだ」

 

彼は頬を掻きながら言うと、深緑色の上等なジャケットの裾をはたいた。土と埃が床に落ちていく。

 

「ああ、申し遅れた。私は、レヴ・ハウラス。歳は21。職業は──ええと、いわゆる学生というやつと思ってほしい」

 

「リツカ・フジマルです。こっちは──」

 

「マシュ・キリエライトです」

 

「いい名前だ。リツカ、マシュ、とファーストネームで呼んでも?」

 

俺とマシュは同時に頷くと、彼は満足そうに笑った。

 

「ところで、食い扶持に困ってさまよっていた愚かな私と違って、君たちはこの街では珍しいほどに健康的で余裕があるように見える」

 

そんな君たちが、一体全体こんなところでなにを? と尋ねてくるハウラスさんに、俺たちの事情をかいつまんで話す。もちろん、いくつかの事情を伏せて。

 

この街の異常を解消したいこと。そのためには“聖杯”と呼ばれるものを回収しなければならないこと。目的を共にする仲間とはぐれてしまったこと。この街に訪れたばかりであまり事情を正確に呑み込めていないことなど。

 

隠すべきか話すべきかその都度悩んでいたこともあり、かなりとっ散らかった説明になってしまったが、ハウラスさんはそのすべてを遮らずに聞き届けてくれた。

 

「フム……察するに、君たちは私にこの街で起きたこと、その情報を提供してほしいと思っているね?」

 

「ええ。助けた見返り……という言い方はあまりよろしくないかもしれませんが」

 

「いやいや。正当な行為には、正当な報酬が与えられるべきだろう。私の知っている事ならば喜んで提供するとも」

 

そう言ってくれたハウラスさんにほっと息をつく。ここで情報を得られるのであれば、5時間当てもなく歩いた甲斐も少しはあっただろう。

 

「──ところで、聖杯、といっただろうか。それがこの街をおかしくしている原因であると」

 

「はい。私たちは同じような事件をすでに4回経験していますが、そのすべてが聖杯を原因としていました。今回も同様であると推測しています」

 

「──なるほどね」

 

顎に手をあてがって、ハウラスさんは考え込んだ。そうして数分後、彼はおもむろに口を開いた。

 

 

 

「……これは、私にとって非常に神経を使う質問なのだが──その聖杯とは、何らかの()()に関係があるだろうか」

 

「! そ、れは」

 

「……なるほど、その反応で大体わかったよ」

 

「で、では、ハウラスさん。貴方は、」

 

「ああ──私は魔術師だ」

 

なるほど。困っている現地住民、というのは間違いではなかったが、それで十分でもなかったらしい。

 

困っている現地()()()だったわけだ。

 

「察するに、君たちも魔術師ということだね。良かった。もし君たちが一般の民であれば、私の質問は神秘の漏洩にあたるところだった」

 

「ああ、“神経を使う”ってそういう……」

 

「ともかく、この問答を経た時点で、私のとる行動は決まったよ」

 

彼はそう言うと、俺に向かって右手を差し出した。どうやら、握手を求めているらしい。

 

「もちろん、この街についての情報は渡す。その上で──同行を許してくれないだろうか」

 

「それは、なぜでしょうか? おそらく危険な道行になります。戦闘も多く、命の保証はできかねます」

 

「心配痛みいるよ、マシュ。なぜか、といえば打算だ。君たちに協力する代わりに、食料と水を恵んでほしい。むしろ、ここで放置されたならまたコソ泥をする生活に戻ってしまうだろう?」

 

「それは、確かに」

 

「それに、ここは私の故郷だ。魔術師でも郷土愛というのはあるのだよ。どこの誰かもわからん存在に引っ掻き回されたままで引き下がりたくはないのさ」

 

それにね。とハウラスさんは指をパチリと鳴らした。すると指先にいくつもの火の玉が浮かび上がり、それがぐるぐると回転し、豹を形作る。

 

炎豹は空を勇猛に走り、一つ吠えたかと思えば、虚空に消えた。

 

「この通り、魔術には少しばかり自信がある。時計塔でもそれなりの評価を受けていた身だ。戦闘の経験も多少は持ち合わせている。したがって、足を引っ張るような真似はしない。当然、自分の身は自分で守るとも」

 

ちゃんと働くよ。その代わり食料をおくれ。と最後はおどけて見せるハウラスさん。

 

確かに、俺より万倍魔術に長けている。しかしサーヴァントとの闘いが想定される特異点攻略、英霊以外を戦力に数えることは基本不可能だ。だから連れて行かないほうが──けれど、置いていくのも目覚めが悪い。

 

俺たちには土地勘も情報もない。現地住民の案内があれば、効率の良い探索が見込めるだろう。そう考えれば──

 

 

 

いくらか悩む。そうして、最終的に、俺はハウラスさんの手を取った。彼は握られた手を嬉しそうに見つめると、固く握手をして、笑った。

 

「ありがたい! ちゃんと力になって見せよう。約束だ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

そうして、第四特異点攻略の一日目は終わった。新たな同行者レヴ・ハウラスを加えて、俺たちは濃霧漂う死の街ロンドンを、これから歩いてゆくこととなる。

 

 

 

 

 

 







削り取られ、切り分けられ、どこかへと飛んでいき、なくなっていく。

そうしていつか、無かったことになるのだろう。






ロンドンについては、ハズム組はほぼ原作沿い。リツカ組はオリジナル展開で進む予定です。

あと3~4話ってところかな。間にインタールードやらプラチナム・メモリアやら挟む可能性もあるけど。


最後まで読んでくれてありがとナス!

感想もお気に入りも評価も、いつもありがとう!

そしてもっとくれ! 抱えきれないほどいっぱいくれ!

期待してます。ではまた次話で。




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ロンドンー3:『出発』


お久しぶりです。

本当はロンドン編全部書いてから一気に投稿するつもりだったけど、あまりに書けないのでとりあえず1個投稿しときます。




 

 

 

一目見た瞬間、()()()()()()と思った。

 

それは、視界に入れれば否応にも襲ってくる謎の嫌悪感だったり。

 

あのアーサー王を従者なんて位置におき、あまつさえその騎士王本人から直々に「認めている」と評されていることに対する苛立ちであったり。

 

オレのことを美人だの綺麗だのとのたまうクソみたいな舌に対する殺意であったり。

 

原因は色々ある。本当に、アイツの全てが気に入らない。

 

 

 

──けれど。最も気に入らなかったことは。

 

オレからボロクソに罵倒されて、散々にこき下ろされて、面と向かって中傷されて。

 

それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()と言わんばかりに。反発どころか、悲しみもしない、その態度だ。

 

自分のような人間には、それだけの価値しかないのだと、心の底から信じ切ってやがるその人間性が。そのくせ、蜘蛛の糸よりも細いなにかに縋って、それだけのために自分が存在しているのだと思い込んでいるその馬鹿さ加減が。

 

──騎士王に認められたマスターとして、あまりに不足しているとしか思えない、その人格の欠落が。アイツに関係するどんなことよりも気に入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジキルの奴のアパルトメントに案内した後は、さほど間を置くこともなく市街の探索に乗り出すこととなった。どうやらカルデアの連中は父上たちだけではないらしく、他にもいるらしい。しかしはぐれたんだとか。その仲間と合流したいというわけで少しの休養を取って出撃となる。今頃、父上たちは装備の点検をしているだろう。

 

父上曰く、人類最後のマスターは二人いるらしい。アーサー王を従えたシロガネハズム、そしてもう一人。どんな人物なのか知らないが、シロガネハズムがあの様子では、もう片方も見ただけでイライラする輩の可能性もある。

 

もしそうだった日にはうんざりだ。最悪な未来予想図を心で描きながら、こみ上げてくる苛立ちを傍にいるジキルにぶつける。

 

「仲間ねえ、もう一人の奴もアイツみたいな感じだったら、いよいよキレるぞオレは」

 

「……すでにキレてるじゃないか、君は」

 

「うるせぇ。まだギリギリ耐えてるほうだろ。なんせ()()()()()()()()()

 

「……ああ、そう」

 

「……冗談だよ」

 

ならいいけど、なんて言いながら。ジキルは紅茶をカップに注ぎ始めた。落ち着け、と言いたいのだろうか。その気遣いは不要と言いたいが、こいつが淹れる茶はそこそこのものだ。くれるというのなら遠慮なくもらうことにする。

 

紅茶は今やこのブリテン島の一大文化、らしい。貧しさを極めていた円卓時代では茶を楽しむ余裕なんてのは限られていたから、その感覚が抜けきれないオレとしては時代のうつろいとは不思議だと感じる。

 

円卓の騎士の時代。名君アーサー王の治世はとうの昔のお話だとジキルが話したことがあった。もはやおとぎ話に片足を突っ込んでいる類だと。そしてそのおとぎ話、アーサー王の伝説を終わらせたのがほかならぬオレ──モードレッド卿だというのも、伝わっている話であると。

 

「相変わらず、お前の淹れる茶はそこそこうめえな」

 

「それはどうも。光栄だよ、モードレッド」

 

ジキルは少しうれしそうに微笑む。そこそこだって言ったろ褒めてねえよ、と睨むが全く意に介していないらしい。むかつく。

 

ともあれ、オレが一度は滅ぼしたはずのブリテン島は、今や庶民でも茶が嗜めて、そこらに石造りの立派な家が立ち並び、貧しい民も──少なくとも円卓の時よりは──確実に減少していて。蛮族にも獣にも怯えることなく暮らしていけるんだと。

 

今飲んでいる紅茶と同じ。()()()()()いい国になったらしかった。

 

 

 

「──未来を取り戻す、ねぇ」

 

何者かに焼却された未来。それを取り戻すためにカルデアは戦うのだとシロガネハズムは説明していた。

 

なるほど、確かに。それはこのモードレッドにとっても良き戦いだと感じる。

 

一度ブリテンを滅ぼした身で何をぬかすかと思うかもしれないが、オレはあの行動がブリテンのためであったと今でも信じている。もちろん、私情を混ぜたことは否定しない。当時は父上に対して思うことが色々あって、それをぶつけたかったというのは、あの時のオレの思考の大半を占めていた。間違いのない事実だ。

 

──けれど、それだけで動いたわけでもない。

 

アーサー王の清廉潔白かつ人間味を感じさせない非情な政治、それに見合うほどの部下はあのブリテンにいなかった。父上がどれだけ国や民を愛していても、諸侯は違う。自分の方が可愛い奴らが大半だったのだ。なんせオレの煽動ごときでアーサー王を裏切った醜い連中ばかりだった。

 

あのブリテンは滅ぶべくして滅んだ。そして一度滅ぶことこそが唯一ブリテンの未来を切り開く手段だった。オレは今でもそう考えている。

 

蛮族の脅威もあったろう。ブリテンの神秘を消し去ろうとする大いなる力の影響もあったろう。けれども、あの国は間違いなく、最後には()()()()ゆえに滅んだのだ。

 

あの国は腐り落ちる寸前の果実のようなものだった。そんな国を延命して、何になるというのか。だから滅ぼした。アーサー王の治世が醜悪に染まりきる前に。そして、いずれブリテン島に芽吹くであろう新しい国のために。

 

事実、ほら──今のブリテンの方は、あの頃よりも幾分(そこそこ)マシだろうよ。それを目の前の紅茶が証明している。

 

 

 

「だから、現状は許せねえ。オレたちの、オレのブリテンを汚しやがって」

 

その()()()()()()()()()は、何者かによって死の街へと変えられてしまった。だからそれを修正するのだと、シロガネハズムは言った。それが人類にとっての()()()()()()()()()なのだと。

 

それを戦う理由にするのは、とても魅力的だった。オレも英雄の端くれ。国を滅ぼした悪逆の輩でも、世界を救うためという戦いには少しばかり胸が高鳴る。それにこのブリテンを滅ぼすなんてのは──後にも先にもオレだけでいいのだ。

 

「──しっかしなぁ。それを口にする人間が、その言葉をまるっきり信じてねえってのはなぁ」

 

紅茶を豪快に飲み干しながらつぶやく。「未来を取り戻すために戦う」とシロガネハズムは言った。しかし奴自身はそうは思っていないらしい。()()()()()()ほうが正しいかもしれないが。

 

奴自身の意識は未来というよりむしろ──“過去”に向いているように感じられて仕方がない。そんな人間が“未来のために”と嘯いたところでどうなるのか。

 

なんにせよ、奴には詐欺師は向いていないだろうと思う。オレも腹芸は苦手だが、あそこまでじゃない。

 

良きにしろ悪しきにしろ、他人を動かす人間ってのは、まず自分自身のことを完璧に理解していなければならない、さもなくばヒトを動かそうとしていたはずが、逆に自分が動かされるなんてことになる。奴は自分という人間に対する理解が足りてないように思う。

 

結論。端的に言えば、奴の言葉自体は魅力的だったが、それについていこうとは思えなかったという話だ。自分に自信が持てない奴ほど、信頼できないものはない。

 

「でも、父上はあいつに付いて行ってるんだよな──従僕(サーヴァント)なんてものにまでなって」

 

「──気に入らないのかい? 良い子だと思うけど」

 

「はあ? あんなのが? 正気かよお前」

 

ジキルは信じられないことをぬかす。視界に入れただけで嫌悪感お腹いっぱいだろうに。

 

「ん──察するに、君たち“サーヴァント”にとっては、何か特別な感覚があるのかもしれないね」

 

「というと、なんだよ?」

 

「つまり君が感じる嫌悪というのは、サーヴァントにはあって僕たち生者にはない、第6感に近いものじゃあないだろうか、と僕は考えたんだけど」

 

「──それじゃあ結局、アイツは何かしらヤバいやつってことだろ?」

 

盲目の者が、モノを見た目で判断できないように。ジキルにはシロガネハズムの脅威を認識する感覚器官が備わっていないのだろうか。だとしたら、結局。シロガネハズムには英霊に敵視されるだけの厄ネタがあるわけだ。

 

「それは否定できないけど……」

 

「あんだよ、はっきり言え」

 

ジキルは少し言いよどんだ。おかわりをあげよう、とオレのカップに紅茶を注いだあと、ゆっくりと口を開いた。

 

「人間というのは誰だって悪性と善性を兼ね備えるものだと僕は思うよ──悲しいことにね。生きる限り切り離せない悪性は存在する。君は彼の悪性を特別敏感に感じてしまって、だから彼の善性に目が向いていないだけじゃないかい?」

 

「……」

 

「それに、“未来を取り戻す戦い”ってことを信じ切れてなくても、彼はその達成のために動いているように見えた。ならそれでいいと思うよ。僕は」

 

なんにせよ、見限るのは早すぎないか? とジキルは言った。そんなもんかねぇと返す。

 

 

 

 

 

寝室につながる扉が開いた。父上と共に件の男、シロガネハズムが姿を見せる。

 

蒼玉色の眼の上には霧を見通すゴーグル、背中にはバックパック、腰には両刃の剣を差している。装備は整え終わったらしい。

 

「お待たせしました」

 

父上が言う。準備が終わったようなら早速出発だ。シロガネハズムの仲間とやらを見つけ出し、このブリテンをクソッタレの輩から救う。

 

ああ、生前はブリテンを滅ぼすことしか考えてなかったってのに。今ではどうブリテンを救おうかなんて考えてる。笑っちまう。これもジキルが言うところの悪性と善性の両立なのだろうか。

 

だとしたら──

 

「おい、シロガネハズム」

 

「──なに?」

 

「お前は、なんのために戦うんだっけか?」

 

「──もちろん、人類の未来を取り戻すために。()()()()()()()()

 

──ああ、やはり。こいつは自分のことを信じ切れてない。自分の言葉に確たる自信を宿せていない。これでも王を志した身だ。表情を見れば、声を聴けば、わかるとも。

 

けれど、その言葉を違えないようにと、どんなことがあろうと世界を救うと、こいつはそう思っているらしい。

 

「ああ、そうか。なら、お前のことは気に入らねえが、手伝ってやるよ」

 

オレはブリテンを、オレ以外の奴に好き勝手されるのが我慢ならない。

 

こいつは成し遂げたいことのために、この異常を修復せねばならない。

 

目的は一致している。そこに嘘はない。

 

──ならシロガネハズムがどのような人間であるにしろ、今だけは見逃してやろう。

 

そうすればいつか、こいつの悪性に隠されたささいな善性を──父上が認めた男の“価値”をオレは見抜くことができるだろうと、少しばかりの期待も込めて。

 

 

 

 

 

 

「……つまり、この街の異常は色々あるが、そのほとんどはこの霧──“魔霧”に集約するわけだ」

 

ダヴィンチ印のマスクの影響下、少しくぐもった声で魔術師ハウラスさんは説明する。まるで大学の講義のようにして説明を進める彼は、どうやら人に教える事に慣れているらしかった。

 

魔術学びたてで、その神秘をあまり深く理解できない俺に対して、魔術的な概念を常識的な現象や単語に言い換えるなどして、わかりやすく解説をしてくれる。

 

ダヴィンチ印のマスクやゴーグルをハウラスさんにも貸し出して、俺たちは市街地を歩き回っていた。この街でなにが起こったのか──その解説をハウラスさんの考察も交え聞きつつ、魔霧の発生源を捜索している。

 

俺たちの探す特異点の原因──つまりは聖杯。それは霧の発生源となっているだろうとハウラスさんは言う。

 

一つの都市に毒の霧を散布するなどという真似は、魔術師一人二人でできることではなく、やるとすれば大規模な儀式を大人数で行うか──それとも無尽蔵の魔力リソースを用意するかの2択だとハウラスさんは睨んでいたらしい。

 

そして俺たちから聖杯の話を聞き、それが霧の発生源に違いないと結び付けたということだ。

 

「“魔霧”がより濃いほうへ行けば原因を突き止めることができるとはわかっていたのだが──霧は毒だからね。調査に行くことなんて無謀だと思っていた。それに危険な人形やホムンクルスがうろついている」

 

「つまり、このマスクがあれば。そして、マシュの力があれば」

 

「ああ。全く助かったよ。君たちは私にとって救世主にも等しいね」

 

ハウラスさんは出会った時の自信満々な様子に違わず、優秀な魔術師らしかった。街に毒の霧が蔓延し、生きるための資源すら不足していく中で、この異常の原因を突き止めていた。

 

ただ一つ問題であったのは、そんな優秀な彼でも、毒の霧や徘徊するエネミーを乗り越えて原因にたどり着くすべがなかったことだ。

 

しかし、俺たちはその()()を持っていた。それが浄化マスクであり、サーヴァントのマシュであった。

 

「唯一足りなかったパズルのピースが埋まった心地だよ。しかし、このマスクもそうだが、ゴーグルも。素晴らしい道具だね」

 

「ええ。私たちの組織の優秀な技師が作成したものです」

 

「──なるほどね。魔術と科学の融合とは、その技師はとても優秀らしい」

 

「というと?」

 

「魔術は秘匿するものであり、科学は解明するものだ。本来、相反する、融合など望めない関係に位置する。それを試みるというだけでも突拍子のない発想だよ──そうまでする必要があるほどの困難を、君たちは旅しているのだろうね」

 

尊敬するよ、とハウラスさんは言った。掛け値なしの誉め言葉に俺とマシュは少し気恥ずかしい気持ちになる。

 

「──ともかく。今の私はそんな君たちを手助けする立場だ。光栄なことにね。魔力感知は得意だから、私は案内人(ナビゲーター)になろう。君たちには、護衛(ガーディアン)を任せても?」

 

「はい。それが今の俺たちにできることですから」

 

ゴーグルの奥、ハウラスさんの糸目が優し気に曲げられる。お互いに頑張りましょう、と言葉ではなく視線で交わしあって、俺たちはひっそりとした街並みを歩みだした。

 

途端に俺たちの身の回りを霧が包み込む。しかし毒に侵される感じも、視界を覆われ仲間を見失うこともない。カルデア専属技師の技術のありがたみを改めて実感する。

 

「やはり “百聞は一見に如かず(A picture is worth a thousand words)” だ。話で聞いていたより素晴らしい性能をしているね。マスクもゴーグルも」

 

まるで霧なんて無いかのようだ。とハウラスさんは若干の感動を見せた。

 

「では、行こうか。この街の異常の根源──聖杯のある決戦地へと」

 

ハウラスさんが深緑色のジャケットを翻した。にやりと不敵に笑いながら、彼は俺たちを先導していく。

 

「基本は聖杯に向かって進むが──君たちの仲間も、それに並行して捜索していこう。戦力は多いほうがいい」

 

「そうですね。ありがとうございます」

 

「構わないよ。では行こうか」

 

静謐な雰囲気に包まれた不気味な街並みを、俺たち3人は進んでいく。

 

ガス灯の明かりが、俺たちの後ろに小さな影を作っていた。

 

 

 

 

 

 





うだうだ書いてますが、これから戦いに行くよってことです。

ちょっと不安なんですけど、特異点ロンドンのジキルはその時代の生者でいいんですよね?

FGOって現地生者かサーヴァントなのかこんがらがるときがあるから怖い。



次の話はそこそこ早く出せると思います。今回話があまり進展しなかったので早めにお見せしたいという気持ちもありますしね。

感想やお気に入り、いつでも募集中です。

あと感想返し忘れてたので、返してない分は返しておきました。

物語の核心に関わるものでなければ、質問でも構いませんので、どうぞ気軽に入力お願いします。

貴方たちの一言一言が作者の励みになるんやで。

ではまた次回。




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ロンドンー4:『“生まれるべきではなかった”者たち』




前回の投稿日 → 4/9

前回のあとがき → “次の話はそこそこ早く出せると思います。”



今回の投稿日 → 5/16 


(´・ω・`)




 

 

「忌々しい赤子よ。こんなもののために杜若(あやめ)は──」

 

しわがれた声が聞こえる。背中に添えられた手は骨ばっていて固く、鈍い痛みを与えてくる。

 

これは、覚えているほうがおかしいくらいの、まだ母親のお腹から出たばかりの頃の記憶。それでも覚えているのは、その人物の言葉こそが、オレの人生を決定づけたからなのだろうか。

 

オレは、人から注がれた強い想いを忘れられない体質のようだった。それはその想いが良いものであろうと、悪いものであろうと。そしてその想いを注がれたのが、まだ言葉を知らない赤子の時であっても。

 

それは、ほとんど何の才能も持ちえなかった凡庸な人間、白金恥無にとって唯一、他人より秀でた部分だったと言えるだろう。

 

「あのような男との子。そんなもの、恥でしか無いというに──それでも産んで、最後には無責任にも逝きよって。全く持って度し難い」

 

オレを抱き上げるその腕は、怒りに震えていた。オレを見下ろす眼光は、憎しみにらんらんと彩られていた。

 

「──ハズム、ハズム。お前の名前は“ハズム”にしろと。それがアヤメの願いだ」

 

その男は、アヤメという女性──おそらくはオレの産みの母──を散々に罵っておきながら、それでも、その願いだけは聞き届けた。偏屈で歪んでいても、アヤメという女性にはたしかに愛を持っているらしかった。

 

「ハズム、ハズム──お前の名前は、“恥無(ハズム)”だ。恥でしか無い、度し難い忌み子めが」

 

なぜ、この男がこれほどまでに、オレという赤ん坊を憎んでいたのか。なぜ、オレは“恥無(ハズム)”などという名前を付けられたのか。その理由を本当の意味で知ったのは、ずいぶんと後の事だった。

 

 

 

──少なくとも、この時点で。オレの中で確実だったことは。

 

「──お前など、産まれてこなければよかったのだ」

 

オレの誕生は、まったく望まれていないのだと。その一点だけだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、ヴィクターのじーさんと連絡が途絶えたってのは、どうにもきなくせぇな」

 

顔にかかる霧を──おそらくの話。オレにはゴーグルの影響で霧は見えない──鬱陶しそうに払いのけながら、前を歩くモードレッドが愚痴るようにこぼした。

 

──ヴィクター・フランケンシュタイン。あのフランケンシュタインの怪物を製作した男の系譜、ロンドンの優秀な魔術師。ジキルと頻繁に連絡を取り合っていた貴重な協力者であったが、突如音信不通となったらしい。

 

リツカたちの捜索も兼ねて、オレたちはひとまずヴィクター氏の邸宅へと向かっていた。居場所が完全にわからない状態のリツカたちを闇雲に探すよりはよいと判断してのことだ。

 

リツカチームとカルデア、共に通信途絶の状態は改善していない。お互いの状況がわからないのはとても不安ではあるが──進むしかないというのが現状だった。

 

とれる選択肢が限られていて、仕方なくそれを行うという行為には、ひどく不安を伴う。原作知識を生かせれば、とも思うが、テキストで読んだだけのシナリオから実世界の攻略を行うというのは、とても難しいことだった。

 

特に、主人公──リツカと離れ離れの今では、原作知識が適用できるかどうかすら怪しいところだが。

 

 

 

本当に、これでいいのだろうか。

 

押し寄せてくる不安。知らず知らずのうちに、胸元のロザリオに左手が引き寄せられそうになる。不安を感じた時、そして覚悟が揺らいだ時。オレはいつだって、このロザリオを手のひらに握りしめてきた──のだと思う。思う、と曖昧な表現なのは、その行為が半ば癖のようになっていたというのを皇帝ネロに指摘されて初めて認識したからだ。

 

なぜこんな癖が知らずのうちに染みついてしまったのか。それはきっと、オレにとって──銀弾(シロガネハズム)という存在にとって、このロザリオは決して忘れてはならない失敗の象徴であったからだ。

 

胸元からそれを取り出す。鏡面のごとく磨き上げた銀製のロザリオは、こんな曇天の薄暗闇でも聖なる輝きを失っていない。よく手入れができているという証明だ。

 

これは、母の形見だ。今生で何よりも大切だった──大切にすべきだった、家族のぬくもりそのもの。人理焼却が行われた今では、正真正銘、世界で唯一オレが家族を感じられるものだ。他の遺品は全て憐憫の獣に焼き尽くされてしまっただろうから。

 

──だからこそ、なにより大切にしている。オレはずっとそう思ってきたし、きっとリツカやナツキ、ペンドラゴンなんかも同じように考えていることだと思う。しかし、その真実はもっと醜い想いによるものだと、オレは気づいたのだ。

 

オレの眼にはいつも、このロザリオが血に塗れて見えているのだと思う。あの夜のまま、事切れる寸前の母から手渡されたあのロザリオと何ら変わらないかのように映っているのではないか。

 

溶岩のように熱い鮮血と、氷塊のように冷え切った手のひら、チャリ……と静かに鳴るネックレスチェーンと、くすんだ銀色の表面に映る母の唇。そうして、その唇から発せられた、最後の言葉(テスタメント)。 

 

この銀色の十字に指を絡ませるだけで──あるいは、その輝きを眼にちらつかせるだけで。生々しいあの夜の感覚がよみがえってくる。

 

そんな悪夢を消し去りたくて。血濡れのロザリオの幻覚を振り払いたくて。だからオレは、このロザリオの手入れを欠かさなかったのではないか。手にこびりついた血痕があれば、誰もが必死になって洗い流そうとするように。

 

結局、一度足りとて、その手入れの努力が実を結んだことなどないのだろうが。

 

 

 

──ロザリオを握るたびに嫌な思いをして。見るたびに怖くて仕方なくて。

 

それでも、オレは窮地に立たされた時。どうしても、また胸元に手が伸びてしまうのだと思う。

 

そんな自己矛盾の塊が、きっとシロガネハズムという人間性なのだ。全く持って度し難いことに。

 

 

 

「──何してんだ」

 

「──ああ、モードレッド。ごめん、なにかあった?」

 

横合いから肩を叩かれる。この特異点で知り合った、叛逆の騎士モードレッドだ。一応、ペンドラゴンの子供に当たるとのこと。とはいえ、普通の生まれ──つまりペンドラゴンが誰かとの間に子を儲けたということ──ではなく、魔術によって作られたクローンのようなものらしい。

 

そういった意味では、オレはモードレッドに対して少しだけ勝手な親近感を持っていた。祝福されない誕生というのがどういうものなのか。彼女ほどでないにしろ知っているつもりであったからだ。

 

命が生まれることに、須らく祝福がもたらされるとは限らない。子は、親も生まれてくる環境も、自由に選べるわけではないのだから。

 

モードレッドの生涯にはそうした生まれから生じる負の出来事──すなわち“祝福”とは正反対の、“呪い”のようなものが付きまとっていたはずだ。少なくとも、普通の親子愛のようなものを育んだとは思えない。

 

母親からは陰謀の道具として扱われ、ペンドラゴンからは後継者と認められず──そうした彼女の境遇は、きっとオレなんかより辛く厳しいものだったろうに。

 

──そうした逆境を踏破して、今ではいち英雄まで上り詰めたモードレッドに対して、オレの中には少しばかりの憧れがある。そして()()()()()()()の同類として、いくらか親交を深めてみたいという好奇心もあった。とは言っても、すでに彼女に嫌われてしまっている現状では、叶わぬ思いだろう。

 

 

 

ともかく。モードレッドはオレの肩を叩いたあと、手に乗せたロザリオを興味深そうに眺めていた。視線をたどると、ロザリオを持つオレ自身の表情を観察しているようにも思えてくる。

 

「なんもありゃしねえが──なんだ、ロザリオってやつかそれは」

 

「うん──大切なものなんだ」

 

「……おいおい、それにしちゃあ、それ見るお前の顔は傑作すぎたが。まるで不貞を暴かれた時のランスロットのヤロウみたいな、ヒデェ顔してたぜ」

 

「──それは誉め言葉? ランスロット卿はイケメンだったって聞くけど。それに喩えられるっていうのは光栄な気もするね」

 

「そういうこと言ってんじゃねえんだがな──どうもお前はそうやって煙に巻くのが得意らしいな。突っ込まれたくなけりゃあ、そう正直に言いやがれっての」

 

「──それは、ごめん」

 

「謝んなよめんどくせーな。お前のそのめんどくささは死んでも治らなそーだ」

 

ふん、とモードレッドはそっぽを向いてしまう。

 

自覚はあった。オレという人間は、どうも人に干渉されることを好まない。過去のことも、未来のことも、自分という人間に関するあらゆることに、手を差し出して欲しくなかった。

 

価値のない人間のことなんて、放っておいてほしかった。

 

そうすれば、もう失わなくて済むと思って。それでも背中を押してくれたり、手を伸ばしてくれることが嬉しくて、我慢することができなくなってしまって。

 

そうして、何度だって、過ちを繰り返す。

 

 

 

気づけば、モードレッドはずかずかと霧の奥へと進んでいってしまった。

 

ペンドラゴンに背を押されて、その事実を把握した。一瞬のことだろうが、考えふけってしまっていたらしかった。

 

「……モードレッドの言葉を繰り返すことになりますが」

 

ペンドラゴンが口を開いた。彼女はこちらをなにか想うような眼差しで見ていた。

 

「私の眼にも、ロザリオを握る貴方は、ひどく辛そうで儚く映る」

 

ですから、と彼女はつづけた。

 

「貴方は、きっと、そのロザリオから手を放すべきだ。……それがどんなに、大切な証であるとしても」

 

そう告げる彼女の声が、オレのことを本気で心配しているのだと、否応にも理解させてくる。

 

「──わかっているよ。だからほら、きっと剣は手放さない。それが君に教えてもらった、最初のことだ」

 

ロザリオを首にかけなおして、左手を剣の柄に当てる。カチャリと軽い金属音がなり、剣先がわずかに揺れた。

 

“剣を手放さないことは、不屈の心につながる”と彼女は言った。事実、彼女と訓練している時だけは──憧れの人物を前に剣を握るその時だけは──オレはあの夜のことを考えずに済んだ。

 

襲い来る悪夢に、屈っさずに済んだ。

 

自分という人間のことをあきらめずに済んだのだ。

 

「ええ。そうしてください」

 

オレの返答に、彼女はどこか安心した様子で頷いた。そうして先を促す。オレは一度、わずかに曇ったゴーグルのレンズを袖口で荒く拭き上げると、彼女に従ってストリートの固い地面を踏みしめた。

 

 

 

 

 

 

オレは自己矛盾の塊だ。

 

死にたいと思いながら生き続けた。それがいつか、救いになると思って。

 

忘れたいと言いながら思い出し続けた。どうしても、捨てられない想いがあったから。

 

──ロザリオを握るたびに嫌な思いをして。見るたびに怖くて仕方なくて。

 

それでも、オレは窮地に立たされた時。どうしても、胸元に手が伸びてしまうのだ。

 

あの夜のこと、自分の罪を、ロザリオは突き付けてくる。

 

オレという人間が犯した過ちを。清算すべき罪科を。雪ぐべき失敗を。そして──返すべき想いを。

 

オレなどという人間が()()()()()()()()()()()()のだと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 

十字架を握るという行為は、弱くて蹲ってしまいそうな自分(シロガネハズム)という人格を、そうして脅迫し、奮い立たせるための、罪の告白。懺悔なのだ。

 

それでも、この左手にロザリオではなく剣を握ったのは──

 

 

 

もうすぐ、決着がつくとしたら。きっとオレは果たせるのだろうか。

 

銀弾(シロガネハズム)という名前に込められた想いも。

 

白金恥無(シロガネハズム)という名前に込められた想いも。

 

捨てることなく、胸を張れるだろうか。

 

オレという人間を認めてくれた、あの人たちに、応えられるだろうか。

 

 

 

 

 

 

「──ああ、くそヤロウ。お前、ヴィクターのじいさんを殺りやがったな?」

 

その問いに、道化師の恰好をした不気味なサーヴァントは、唇を歪ませくひっと笑う。まるで人を殺すことを楽しみ、それを悼む人間の心をあざ笑うように。あのサーヴァントは知っている(覚えている)。メフィストフェレス。刹那的で残忍で、人間を悪性へとそそのかす悪魔。

 

原作通りに、あのサーヴァントはヴィクター・フランケンシュタインを殺したのか。ヴィクターと通信が途絶えたのは昨夜から。今日特異点に訪れたオレ達には、いかに努力しようと救えない命だったであろうが──ああ、吐き気がする

 

「──ええ、ええ。それが召喚主の御心なれば。お分かりで? つまり仕事ということですよ。本当はこんなことはぁ、ええ、やりたくはありませんでしたのに

 

まるで自分の意思ではない、と言った風に道化師顔が白々しくも悲し気な表情を作る。その態度がまた、目の前の存在に冠された悪魔という称号が偽りではないのだという予感を掻き立ててくる。

 

見え見えの嘘だ。腹立たしいほどに真っ赤なでたらめ。秩序・善の化身であるペンドラゴンはもちろん、モードレッドだって顔をしかめている。無論、オレ個人としても、かの悪魔には拳が音を立てるほどの苛立ちを覚えた。

 

 

 

はん、とモードレッドが鼻を鳴らす。そしてクラレントに赤雷を瞬時に纏わせると、それを正眼に突き付けて口を開いた。

 

「よく言うぜ、楽しくて仕方ねぇ、ってツラのくせによぉ!

 

剛ッ──と大気が爆発したかのような衝撃が走ったと思えば、モードレッドは雄たけびのように言葉を吐き捨てながらメフィストフェレスに肉薄した。

 

天から雷が落ちるがごとき速さで振り下ろされる銀の刀身。あと毛髪一本にも満たない程で極彩色の道化師衣装の表面に剣先が届く寸前、悪魔はどこからか取り出した身の丈ほどもある裁ちバサミで一閃をかろうじて受け流した。

 

本来であれば胴体を横凪ぎに両断するはずだったエネルギーは横に逸れ、通り一帯を深く抉りとった。白兵戦能力に乏しいキャスターと言えど、サーヴァント。見え見えの攻撃に一撃でやられるほど間抜けではないらしかった。

 

「──チッ」

 

モードレッドは先手をキャスターごときに受け流されたことに苛立っている様子だったが、頭は冷静に保っている様子だった。何かを察知した様子を見せたかと思えば、彼女はクラレントと鍔迫り合っているハサミを器用にかち上げて大きくバックステップした。

 

悪魔とほぼ密着していた位置から、オレとペンドラゴンの近くに帰ってきた形だ。

 

セイバーとキャスター。いかに初撃を防がれたといえど、それは()()()()()の事であり、あと数回でも剣を叩きつけてやればクラスの戦闘性能差からゴリ押せる──と思われた。

 

しかし、いま目の前の悪魔が浮かべている底意地の悪そうな笑みを見るに、一旦の離脱を選択したモードレッドの判断は、実際のところ間違っていなかったようだ。悪魔は楽しそうに口を開いた。

 

「ああ、ええ、残念です。もう少しでアナタのその柔肌の下に ステキなモノ(チクタク・ボム) を設置できましたのに」

 

キヒャヒャヒャアアァ──と尋常でない奇声を発する悪魔。ぞわり、と総毛だつ感覚がする。

 

「その小さな体に詰め込まれた勇ましさと勇気と自信。ああ、なんと素晴らしき英雄の素質──しかし、そんなもの関係ないとばかりに唐突なパァァアン!! アナタは終わり。と、そういう手はずだったのですが──ん、なかなかどうして、勘が鋭いご様子で」

 

残念、誠に残念。とこのセリフだけは本気で言っているらしさを滲ませている。モードレッドの額にはピキリと青筋が浮かび、ペンドラゴンの顔はしかめられた。

 

「ほんっと、最近はオレのことをイラつかせる輩しか出てこねえなぁ!」

 

その輩にはオレも入っているのだろうか──入っているのだろうなあ。ちょっとだけ悲しい。

 

「──落ち着きなさいモードレッド。相手はキャスター、貴公が正面切っての戦いで負ける相手ではないでしょう。最終的に勝つのは我々だ。あんな者には言わせておけばいい」

 

私も、ハズムも、サポートしましょう。共に速攻であの悪魔を打ち倒すのです。とペンドラゴンが言う。もとよりオレもそのつもりだった。回路は十分に回している(温まった)。いつだって援護できるとも。

 

把握できる限り3対1。しかも相手はキャスター。対してこちらには円卓の英雄が二騎そろっている。断じて負けるものか。

 

「へっ!?、父上が、父上が手伝ってくれるって──あ、ああ! 当然、ぶっ殺してやるよあんなやつ!!」

 

何だか嬉しそうに殺害の(エネミー撃破)宣言をしたモードレッドは、メフィストフェレスに向かってジェット機もかくやといった勢いで再び突っ込んでいった。

 

ペンドラゴンはそれを苦笑交じりに眺めて、風王結界(インビジブル・エア)をまとわせた獲物を中段に構えた。オレも鞘から両刃剣を抜き放ち、同様の臨戦態勢をとる。

 

そうしたこちらの様子を、悪魔は慌てふためくでもなく、むしろ何が可笑しいのか微笑みながら見つめていた。激突するほどの勢いで剣撃をかましたモードレッドに四苦八苦対応している間も、その様子は変わらずであった。

 

 

 

あの悪魔がそうした人をあざ笑う性質を持つのはわかっていたことだが、これほど劣勢の状況であってもそれを曲げるつもりはないらしい。あるいは、なにか隠し玉でもあるのか。

 

ペンドラゴンもオレと同じように考えているらしかった。その証拠に、“速攻で決める”という趣旨の宣言をした割には、オレのそばを離れることなく、モードレッドに対しては風王鉄槌(ストライク・エア)などの遠隔攻撃を用いた援護をしていた。オレの護衛として警戒をしている様子だ。

 

それに倣い、銃撃の魔術によって遠隔で適宜サポートを入れながら、オレはメフィストフェレスの様子を観察していく。

 

わざと苦戦している様子ではない。モードレッドの怒涛の攻撃に冷や汗を垂らしながら対応しているのは間違いなく、余裕はなし。

 

宝具の兆候も今のところ見られない。魔力エネルギーの増大を感じないし、あの様子では真名開放の間すら与えられていないはずだ。

 

増援の様子もない──確かに、薄く霧が立ち込めているため目視による索敵が十分ではないかもしれないが、敵意を持った存在が近づいてくれば直感持ちが二人いる以上気づかないことはほぼ無いだろう。

 

ンフフハハハァ……

 

唐突に、メフィストフェレスが笑い出した。腕や脚など様々な場所から流血し、霊核損傷(ちめいしょう)までは至らないまでも、ほぼ満身創痍の中で。叩きつけられるクラレントや、迫りくる暴風、飛来する弾丸、そうした到来しているはずの死の予感。しかしそれを恐れずに、むしろそれに酔っているかのように、かの悪魔は嗤う。

 

「ええ! ええ! 認めましょう! ワタクシは追い詰められている! 気高き騎士の剣戟にさらされ、宝具(ばくだん)の設置すらままならず、息つく暇もありはしませんとも──」

 

「この、しぶてぇヤロウだな! 素直に殺られろってんだ!」

 

「──そしてなによりアナタ! ええ、ええ、アナタですとも()()()()()()()さん!」

 

「……! なんで、オレの名前を──」

 

「これほど悪魔にとって怖いものもありますまい! こともあろうに()()()()! ああ、怖い。これではワタクシ、超劣勢というやつですねえ」

 

ですから、とメフィストフェレスは出会ってからこれまでで一番の笑みを浮かべて、こう告げた。

 

 

 

 

 

「ワタクシ、隠し玉を()()()しまおうかと……フアハアハハハァ!」

 

 

 

 

 

()()、と言ったのか? この悪魔は。

 

そんな、援軍の様子などどこにも──まて。

 

オレは先ほど、どう考えていた。()()()()()()()

 

 

 

“増援の様子もない──確かに、薄く霧が立ち込めているため目視による索敵が十分ではないかもしれないが”

 

 

 

()()()が見えていたって? オレは今、ダヴィンチちゃん特性の霧を見通すゴーグルを、身に着けているのに──!?

 

 

 

 

 

「……此よりは地獄」

 

 

 

 

 

緊迫した場に一見似合わなそうな、しかし何よりもこの場に適した。

 

酷薄なまでに洗練された無邪気な殺意が、オレの命へと牙を剝いた。

 

 

 

 

 

 







【銀のロザリオ】

凡人とは、えてして苦境に身をおけぬものだ。しかし、それでも立ち向かう者があるとすれば、即ちそれ相応の故に背を押されているのに違いない。

故、とは大別して2つであり。つまり、己が輝かしい未来への到達のためか、暗く厳しい過去からの逃走か、でしかない。

このロザリオの持ち主にとっては、果たしてどちらが“故”であったのか。今では、そのくすまぬ輝きだけが語ることだろう。












──簡単に言うと、皆さんの殆どは自分が中学生の時に書いた作文とか見ると死にたくなったり、“あの頃の俺死ねばいいのに!”となったりすると思うんですけど。

ハズムくんの場合は、その作文が広辞苑くらい分厚く束ねられたレベルの代物が首にぶら下がってると思ってもらえればいいんじゃないですかね。

握るたびに5万回死にたくなるし、見るたびに“死にたい”通り越して100那由他回くらい死んでそう。

それでも捨てないとかやっぱりドMじゃねえか!(真理)



最後まで読んでくれてサンガツ!

感想、お気に入り、評価、いつもありがとうございます。そして今回もよろしくお願いします!

どれもこれも嬉しいけれど、やっぱり感想が一番元気出るから、時間ある人は一言でも書いてくれたら嬉しく思います。



次は頑張って早く出すから(白目)





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ロンドンー5:『恨み、怨み、羨み』



ちょっと短め。区切りが良かったからね。





 

 

その一撃に気づいたのは、偶然であり必然でもあった。

 

直感スキルを持っていたことによって、“嫌な予感”が私の脳裏に囁いていたこと。ハズムの記憶から事前に特異点ロンドンに出現するだろうサーヴァントの特徴を確認できていたこと。

 

──そしてなにより、ヘラクレスとの戦いで起きたような事態、ハズムを守り切れないような不甲斐ない真似を、もう二度と繰り返さないと誓っていたこと。

 

そうしたいくつもの要素が合わさって、私の剣先はかろうじてハズムに忍び寄る殺意をはじき返すことに成功したのだろう。

 

その小さな殺人者は、逆手に握った解剖ナイフをハズムの腹から顔にかけてをなぞる形──それこそ内臓を取り出すために()()するかのような太刀筋だった──で振り上げた。

 

高ランクの気配遮断と、矮躯をいかした視界外(あしもと)からの一閃。最大限に気を張っていたにも関わらず間一髪の対処が限界であった、暗殺者のクラスに恥じぬ見事な奇襲。

 

ちょうどナイフの刃がハズムの腹部に至らんとするその刹那で、私は聖剣を少女の手元へとぶつけて、その手を切り落とす、ないしその手に握ったナイフを取り落とさせようとした。魔力放出でアサシンをはじき返す選択肢もあったが──すぐそばにはハズムがいるという位置関係上、彼の安全を考慮してそれはできなかった。

 

結果、すぐに身を引けば獲物を一本落とすだけで済んだであろうに、少女はそうすることは無く、それどころか手を切り落とされる未来を選んだ。手首に剣の刃がめり込んでいく間にも、アサシンはそれに抵抗するようにしてハズムに向かっての攻撃を強行した。

 

「唖ああ、あァーー!!、」

 

いかなサーヴァントと言えど、この年頃の少女にとって手首を切り落とされる痛みがどれほどの責め苦であったかは、霧の向こうまで響くこの絶叫が雄弁に語っていた。それでもアサシンの少女は攻撃をやめず、ついにはあと薄皮の一枚でちぎれ飛ぶ寸前に、アサシンはなんの執念に突き動かされているのか、最後のあがきをした。

 

もはやどのようにして動いているのかもわからないその手を、しかして器用に動かして、彼女は解剖ナイフを投擲した。その先にはハズムの頭部があった。

 

「──ッ!」

 

私が、まずいと思ったその刹那には、ハズムは身体をのけぞらせてとっさに回避していた。幸いにも投擲されたナイフにはほとんど力がこもっていなかった様子で、彼が頭部に装着していたゴーグルを弾き飛ばしただけで終わった。

 

チッと舌打ちをして、アサシン──ジャック・ザ・リッパーは大きく離脱した。私は彼女がすぐに手を出せない距離にいることを確認すると、ハズムの状態を確認した。特に傷を負っている様子はない。ホッと息をつく。今度こそ守れたのだと安堵する。

 

「なんでまもるの──そんなに、かわいそうな人なのに。わたしたちと(おんな)じなのに。なんでまもってもらえるの?」

 

手首から飛び散る流血をもう片方の手で押さえつけながら、ただでさえ色白の肌をさらに青く染めて、幼い暗殺者は言う。英霊といえど、あの小さな体に部位欠損という重傷をくらった状況は、ほとんど致命傷のようなものらしかった。ふらふらと安定しない視線がそれを証明していた。

 

しかし彼女はそのめまいを振り払うようにして頭を左右に振った。そして鋭い眼光で私とハズムをにらみつけると、ナイフの切っ先を突き付けて泣きそうな表情で叫んだ。

 

「──ずるいよ!」

 

満身創痍とは思えないほどの気迫に、私はとっさに聖剣を(さや)から解放する。吹き荒れる突風が、あたりの霧を吹き飛ばした。アサシンの宝具だろう霧は、これで意味をなさなくなった。そして霧の中では先制できるというスキル“霧夜の殺人”も同様に無効化されたことだろう。

 

これ以上の抵抗をしようと自身に打てる手がないことぐらいは、目の前の暗殺者とて承知のはずだ。それがいかに幼い子供の英霊であったとしても。片腕を失い、奇襲すらできない暗殺者にいかな勝機があるものか。

 

だが彼女はまだあきらめていないらしかった。その表情は死の間際まで追い詰められた獣のものと似ていた。虎視眈々とこちらの隙を伺うその浅緑の眼には嫌な寒気を感じさせられるほどだった。

 

「ペンドラゴン、彼女は──」

 

「前にでるな、ハズム。悔しいが、今のアサシンから貴方を確実に守り切れるとは保証できない」

 

「──わかった」

 

ハズムは、アサシンの“ずるい”という言葉になにを感じたのか、少しばかり踏み出そうとしていた。それを私は押しとどめた。今の彼女の前に不用意に身をさらせば、次の瞬間には(はらわた)を外気に晒す羽目になるというのは想像に難くなかった。

 

アサシンは、こちらに全くの油断がないことを悟ると、ギリと歯ぎしりをした。しかし全く撤退するような様子は見せなかった。ほんの数秒の間、お互いににらみ合う停滞が続いた。

 

 

 

 

 

 

「──父上、終わったぜ」

 

その停滞を打ち破ったのは、背後からのモードレッドの声だった。気怠そうに肩に担いだクラレントの刀身には、いくらかの鮮血がこびりついていた。あの聞くだけで不快な嗤いが途絶えているということは、メフィストフェレスを打倒し終わったようだ。

 

仲間の消滅と敵援軍の到着に、とうとうジャック・ザ・リッパーは戦意を喪失した様子だった。そして彼女は虚空に向けて話し出した。

 

「──ねえ、ぜんぶはできなかったけど、やれるだけはやったよ」

 

それは独り言というよりは誰かに語り掛けている様子だった。まさかまだ敵がいるのではないかと、私はあたりを注意深く見回した。

 

()をつぶすのはやったよ。ねえ、わたしたちは約束をまもったよ。ねえ! だからあなたも約束をまもって──」

 

ついにはその声は語り掛けるというよりは、誰かに関して怒りをぶつけているだけのように思えた。幼い声が大きな怒りを孕んでいた。

 

「おかあさんに、あわせてよ!」

 

その叫びに、なんと答えが返されたのか。はたまた、答えは返されなかったのか。ともかく、ジャック・ザ・リッパーがもうどうでもいいと言った風に、絶望したような顔をしていたのは事実だった。

 

しばらく彼女は俯いているだけだった。そして数瞬もしないうちには、彼女の体は光の粒子に変わり始めていた。存在を保てずに送還されているのだろう。それが私の与えた傷によるものなのか、はたまたそれ以外の要因によるものなのかは、判断しかねることだった。

 

「──なんで、わたしたちはいつだって()()なんだろう」

 

どこか悲しそうに彼女は告げた。その言葉からするに、もしかして召喚主に見捨てられた──切り捨てられたのだろうか。

 

「きをつけてね、わたしたちと似ていてちがう人」

 

もはや体を構築するエーテルがほとんど失われて、視覚的にも大部分が透けて見えなくなっている状態で、彼女は最期に囁くようにいった。

 

「じゃないときっと、わたしたちと(おんな)じことになっちゃうよ」

 

その言葉を遺して、ジャック・ザ・リッパーという存在は消え失せたようだった。まるで要領を得ない言葉だったが、あれはきっとハズムに告げたものだったのだろう。

 

“気を付けて”というのを真面目に受け取れば忠告のようにも聞こえたし、直前までの“ずるい”という言葉を鑑みれば恨み言のようにも聞こえたが──

 

なんにせよ、ヴィクター・フランケンシュタイン邸前での戦闘はこれでひと先ずの終着点にたどり着いたようだった。彼らは何の目的で私たちに襲い掛かったのだろうか。それがいまいち不明瞭であった。

 

メフィストフェレスは計画への協力を拒んだヴィクターを殺害し、その帰りにばったり遭遇してしまったから。という線が濃厚ではあるが。ジャック・ザ・リッパーにはまた別の目的があったように思える。少なくと何者かとの契約の下で動いていたのではないだろうか。

 

この特異点では予想だにしていない陰謀が渦巻いている。それは間違いのない事実だ。しかしその全容は、いまだにはっきりとは見えてこないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ん」

 

「どうされましたか、ハウラスさん」

 

片腕を上げてなにがしかの魔術を行使したらしきハウラスさんにマシュが訊くと、彼は特に問題ないといった風に肩をすくめながら答えた。

 

「いや、すまない。ちょっとした怨霊がいてね。しかし大丈夫、もう祓った」

 

「──怨霊、ですか」

 

「ああ。この街には無念を抱いて死んだ者が多すぎる。怨霊のできやすい環境だ」

 

そう言うハウラスさんはどこか苛立っている様子だった。あまり感情に波をたてない穏やかな人かと思っていたから、その様子には少しばかり驚く。

 

しかし、故郷がこのありさまで、さらに怨霊まで発生しているとなれば、舌打ちの一つでもしたくなるのかもしれない。俺だって同じ状況なら怒りと無念でおかしくなってしまいそうだ。

 

「全く、赤子までも怨霊になる世の中か──」

 

「怨霊とは、赤子だったのですか?」

 

「あ、ああ。失敬。声に漏れていたようだ」

 

「いえ」

 

「──そんな幼い子でも怨霊になってしまうくらい、ひどい状況なんですね。この街は」

 

あたりを見渡す。レイシフト直後と比べればかなり霧が濃いところまで辿り着いていた。それは即ち、被害の方も今までの場所と比較して深刻な状況であるということだった。

 

毒に蝕まれて亡くなったであろう遺体や、明らかな他殺の痕跡を残す遺体が、道端に当然のように放置されていた。

 

こんなありさまであれば──確かに。赤ん坊が生きられるような環境でもあるまい。無念の内に死に、怨霊になり、なんていうのはむしろ当たり前の話なのかもしれない。

 

「ああ、そのとおりだ」

 

ハウラスさんは何かを恨むかのように──唾棄すべき何かを罵るような声で告げた。

 

 

 

「──全く、ひどい世界だよ」

 

 

 

表情はマスクとゴーグルに遮られて、見えなかった。

 

 

 






【交わされた契約】

ジャック→召喚主

“ある人物の殺害。不可能な場合、最低限眼を潰すこと”



召喚主→ジャック

“おかあさんに会わせること”





ジャック好きな人はごめんなさい。誓って言うと、私は別にジャックが嫌いなわけじゃないです。

ちょっとばかし育てているくらいには愛着あるんですよ?(スキルマ、フォウマ、聖杯マ)

最後までお読みいただきありがとナス。(ちなみに作者はナスが嫌いです。食べられません。どうでもいいですね、はい)

今回はいつもより短めでスンマソン! なんかこれ以上は話の区切りが悪くなりそうだったからさ、ここまでで止めときました。

いつもお気に入り、評価、感想ありがとうです!

次はいつになるかわからんけど、感想(ねんりょう)くれればその分早く書きますよ、もちろん!

作者は承認欲求の塊だからね、仕方ないね。




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ロンドンー6:『お前は童話に学ばなかったのか?』



投稿~、投稿~、




 

 

 

ヴィクター・フランケンシュタインの屋敷に踏み込み、俺たちは原作通りにフランケンシュタインの怪物──フランを見つけることとなった。一度拠点に戻ろうと再び大通りに出たころにはもう深夜。晴れる様子のない霧も相まって、この街の深夜は深淵のように暗く、不気味な様相だった。

 

家路につきながら掌に握りしめたゴーグルは、ほとんどが粉々になっていた。あのジャック・ザ・リッパーの一撃はオレを殺すことこそなかったが、それに至る寸前だったというのは、このゴーグルの惨状が証明するところだった。

 

つくづく、オレにはリツカのような特別さ──主人公補正、運命力などと言い換えてもいいかもしれない──が存在しないのだと実感する。戦場に身を置いていることは理解している。特異点へのレイシフトとは、すぐ隣に死を侍らせているも同然の状況であるということも。

 

それにしたって、オレは死の危機に直面しすぎているような気がする。それはオレがこの世界の主人公ではないからだろうか。それとも、オレがこの世界にとっての異物だからだろうか。なんにせよ、ペンドラゴンのとっさの防御がなければ死んでいたのは事実だった。

 

今更ながら、ペンドラゴンにありがとうと感謝を告げると、ペンドラゴンはいえ、と首を振った。視線の先には破壊されたゴーグルの残骸があった。

 

「あなたがとっさに回避したから、何事もなかっただけでしょう。そうでなければ、今頃あなたは──」

 

その先は口にしなかったが、“死んでいただろう”と言いたいのは当然理解できた。オレはそんな彼女に、謙遜しなくていい、と返した。なんであろうと、彼女に助けられたのは疑いのない事実であったからだ。

 

しかし同時に、何かが違えば、確かに今ごろ胴体と首が泣き別れしていた可能性もあっただろうと思った。それくらいに、あの時のアサシンの気迫や殺意は異常なほどだった。そこには執念を感じたのだ。オレが人理修復を何が何でも成し遂げようと思っているのと同じように、あの少女には彼女なりの戦う理由があったらしかった。それのためならば、片腕を失う痛みなどどうってことないほどのものが。

 

“おかあさんにあいたい”というのが、きっと彼女の願望だったのだろうと思う。それは彼女の発言から推測できることで、fateでのキャラクター設定的にも違和感のない願いだった。“母親の胎内に帰りたい”という彼女本来の願望には流石に理解を示せないが、単純に“母親に会いたい”という願いについては理解が及ぶところだった。オレにもそうした願望に突き動かされた過去があるからだ。

 

「……」

 

だから、そうした彼女の想いを踏みにじってしまったことに罪悪感を覚えた。命を狙われた身で何をという話かもしれないが──

 

“わたしたちと似ていて違う人”と、彼女はオレのことをそう称した。そうして、“ずるい”とも罵った。どちらも間違いのない事実であるのだろう。

 

オレと彼女は近いようで遠い道をたどったのだと思う。その深刻さや重みには差異があれど、大まかな判定においては、相似な運命をたどってきたのだと。

 

オレは“彼女”のようになる可能性があったし、彼女は“オレ”のようになる未来があったのかもしれない。

 

──ひとつ確実に言えるとすれば、オレの人生とはジャック・ザ・リッパーに“ずるい”と言われて反論できないほどには、恵まれていたのだということだ。

 

それがどうにも、ままならないと思った。

 

 

 

 

 

 

「……ゥ?」

 

考えふけるオレに、隣を歩くフランは不思議そうに首をかしげていた。そうして、オレが落ち込んでいると判断したのか、彼女はぎこちなくオレの頭を撫でた。

 

「──ありがとう、君は優しいね」

 

「……ゥ♪」

 

礼を言うと、彼女は小さく言葉をこぼして、少しばかり顔を紅潮させると──それが嬉しがっているか、照れているのかは彼女の言葉がわからないオレに判定はできないが──オレを撫で続けた。

 

フラン──フランケンシュタインの怪物。完璧な花嫁で(理想の姿で)あれと望まれて生まれ、期待と違ったために創造主(おや)に見放され、恐れられた者。

 

親に愛をもらえなくても、こうして優しさを持てるフランのような少女がいて。親に愛をもらえなくても、自分の信念を疑うことなく貫けるモードレッドのような人間がいて。

 

 

 

──では、間違いなく愛を注がれたのに、この様になってしまったオレはいったい何なのだろうか。

 

そんな考えが、ずっと腹の底に汚泥のように溜まって、じくじくと心を蝕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは傑作だな!」

 

その書店にたたずんでいた青髪の少年の第一声はそれで、表情は愉快で仕方ないという感情に満ち満ちていた。その様子からするに、抱いている感情は“愉快”ではなく“滑稽”と言い換えてもいいかもしれない。

 

体型に似合わない渋い声で少年は笑った。その微妙にずれた眼鏡の奥の瞳は、オレのことをしっかりと捉えていた。人間性を見透かすような眼光にさらされて身が竦むようだ。

 

俺たちは人々を苦しめている飛翔する本──“魔本”の殲滅を目的にこの区画へと訪れた。そうして、協力者がいるとジキルに告げられた古書店に入れば、人を小ばかにするような態度の少年──ハンス・クリスチャン・アンデルセンと出くわしたわけだ。

 

「ああ、自己紹介をしようか、俺の名はアンデルセン。しがない三流サーヴァント──と、俺を見ても驚かず、油断せず、そうして何でもかんでも知っていると言わんばかりのその顔! ──っとと、まったく、隠す気があるのかないのか」

 

うずたかく積まれた本の山から格好つけて飛び降りて、しかし運動不足が祟ってか少しばかりよろめきながらの発言だ。オレの腰ほどしか背丈がなく、そして人間のオレですら組み伏せることができるであろう最弱の英霊のことが、今のオレには何よりも恐ろしい存在に見えた。

 

幸いなのは、この場にモードレッドとフランがいないということだ。彼女たちは別の区画で暴れている蒸気ロボット──すなわちヘルタースケルターであり、そしてその生みの親チャールズ・バベッジのでもある──の対処へと向かっている。

 

原作ではロンドンで起きている異常の全てにリツカが関わり解決していたが、あれは物語の演出上の都合でああなっただけであって、現実になれば手分けした方がいいというのは間違いないのだろう。

 

ともあれこの場には、アンデルセンとオレの他にほぼ全ての事情を認知しているペンドラゴンがいるだけであった。fate作中で屈指の観察眼を持つ彼との邂逅において、その事実は唯一の救いでもあった。少なくとも、何を暴き立てられようがこの場において不利益になることは無いからだ。アンデルセンが今後、いたずらに吹聴することがなければの話だが。

 

「──そう怖い顔をするな、少年。お前がなんであろうとオレにとっては一ミリも関係のないことだ。お前の心配しているような事態は起こりえない。そもそも〆切に追われる身で無駄なことをしている時間などありはしないのだっ!」

 

にやりと笑って言う彼。それが果たして嘘か誠かは置いても、アンデルセンのいうことを信用する以外に道がないのは確かだった。まさか口封じに殺すなんてことはできない──そんなことをすればペンドラゴンに切り捨てられる未来が見える──そもそも、彼は特異点ロンドンにおいては比較的重要な役割を担っていたはずだから。

 

 

 

「わかったよ。で、俺たちは“魔本”の対処に来たんだけど──?」

 

とにかくアンデルセンのことは置いておいて、ここに来た当初の目的を思い出す。魔本──すなわち、ナーサリーライムの打倒こそがオレたちに課された任務だった。なんにしてもそれを達成しないことには先に進めないという話である。

 

まだこの区画には生存者が多くいる。それがナーサリーライムによって脅かされているのであれば、それはどうにかしなければならない。

 

なによりゲーティアを見つけて倒すのが肝要な事だとわかっていても、見過ごせないことというのがあった。たとえそれが偽善だとわかっていても、失われる命は少ないほうが良い。そして正しき人間というのは、無辜の人々を見捨てない、と思う。

 

「──ん、ああ。そのことか。 それなら既に()()()()

 

「え?」

 

アンデルセンの口から出たのは予想だにしていない言葉であった。確かに救援連絡を受けたのは昨日の早朝で、1日と少し経ってはいるが、その間に誰がこの事態を解決できるというのだろうか。まさかこのめんどくさがりな作家がやったはずもあるまいに。

 

「なんだその顔は、オレを“狼少年”だとでも思っているのか? それは別の著者の作品だろうに。残念ながら嘘ではない。夜が明けたころにはすっぱりと魔本の脅威は途絶えていた」

 

「──では何者が? 救援が出されたということはそう容易に打倒できる存在でもなかったはずでは?」

 

ペンドラゴンが周りを見渡しながら言う。とっちらかった本たちが気になるのだろうか。そんな彼女の問いに、アンデルセンは肩をすくめながら答えた。

 

「さて。オレが徹夜で原稿と向き合っていればいつの間にか消えていたよ。俺は仕事中は周りを気にしない派でな。何者がどんな手段であの厄介な存在を打倒せしめたのかは見ていない。ああ! 見ていれば良いネタの一つになったろうにな!」

 

すこしずれた後悔をしながらアンデルセンは頭を抱えている。魔本を打倒せしめた者──もっと言えば、打倒する必要があった者。そしてそれだけの力があった者。把握している限りで予測すると、選択肢は非常に絞られるように思える。

 

敵陣営にナーサリーライムを討伐する理由は思い当たらない。ジキルやモードレッドとは救援依頼が来た昨日のあの時から、数時間前に分かれるまでずっとともに居たため、そんなことをする時間は無い。そもそも彼らがやったのなら連絡の一つも寄こすだろうという話だ。

 

となれば選択肢はおのずと一つになるだろう。ペンドラゴンも思い至った様子だ。

 

「ハズム、もしかしてその者たちとは──」

 

「ああ、リツカたちって可能性が高そうだけど……」

 

ということは入れ違いになってしまったのだろうか。昨夜未明から今朝がたにかけてリツカたちがこの区画に到着、魔本を打倒し移動したと仮定すれば、今頃は別の区画に移動しているのかもしれない。

 

「この濃霧の中で5時間以上前に移動したであろう彼らを探すのは、現実的ではありませんね」

 

ゴーグルも壊れてしまいましたし、とペンドラゴンは締めくくった。魔霧は視界不良や毒素はもちろん、ジャミング的な効果も併せ持っていて、索敵系の魔術が通りにくい。そのため視界だけでも確保できるゴーグルは優秀な探索手段だったのだが──知っての通り壊れてしまっている。

 

ペンドラゴンの言うとおりに、探すとしても困難を極めると思われた。

 

「早く合流したいところだけど──」

 

「一度、拠点へと戻りましょう。モードレッドたちの方の状況も把握しなければなりません」

 

「そうだな」

 

残念ながら、リツカたちの捜索は断念することになりそうだ。カルデアとの通信も途絶している中で心配ではあるが、致し方ないことだ。運が良ければ、帰り道にばったり出くわすかもしれない、くらいに考えておくのが現実的なところだろう。

 

 

 

 

 

 

「さて、オレたちは拠点に戻るけど、君は?」

 

「ついていくに決まっているだろうバカめ。俺がこれ以上一人でこの街を生きていけるものか。そのぐらいわかれ」

 

書店の表扉を押しながら振り返って問いかけると、アンデルセンはそんなことを言いながらこちらに近寄ってきた。「徹夜で疲れた。運んでくれ」と言いながらオレの背中におぶさってくる。

 

「──とと、いきなりはやめてくれる?」

 

「はん、お前はマスターなのだろうが、サーヴァントをいたわれ」

 

「オレは君のマスターじゃないでしょうに……」

 

「ん、そうだったか。なら、ほれ。仮契約のパスだ」

 

「──え、ああ、うん」

 

まるで当然かのように仮契約を結ぼうとしてくる彼に、戸惑ってしまう。なんだか新鮮な気分だ。

 

そういえば、これまでの特異点ではずっとリツカが現地サーヴァントとの契約を結んできた。オレは英霊に嫌われる(たち)で、生者として活動していたネロやドレイクとはまだしも、サーヴァントとは良好な関係を築けなかったからだ。

 

そんなわけでこれが初めての、現地サーヴァントとの契約になる。

 

「アンデルセンは、その、オレなんかでいいのか?」

 

「──はん。いいか、オレにとってマスターとは、十分に魔力を供給してくれて、執筆の邪魔をしない存在であれば何者でもいいんだ。ああ、それと俺を戦闘に参加させないことも追加だな」

 

そんなことを言いながらオレに体重を預けるアンデルセン。憎まれ口しか叩かない存在ではあるが、オレをマスターとして扱ってくれる存在が増える何てことは存在していなかったから、それが少しだけ、嬉しかった。

 

「──ハズム、嬉しいのですか?」

 

「え、うん、なんで?」

 

()()()()()()

 

ペンドラゴンの言葉に、手を口端に当ててみれば、確かにオレは笑っているらしかった。なんだかこんな表情をしたのも久しぶりな気がした。ペンドラゴンはそんなオレのことを微笑ましそうに見ていた。なんだかくすぐったい気持ちだった。

 

 

 

「おいおい、そんな反応をされると気色が悪いぞ。飛びついた身で言うのはどうかと思うが、男に飛びつかれて喜ぶなこの阿保め」

 

「──いや、そうじゃないから」

 

「冗談だ。ともかく勘違いしてもらうと困るから言うが、俺はお前から下手な作家の貼る伏線くらいあからさまに嫌な予感を感じる。今でもだ」

 

「……」

 

「そして、それがなくとも、物書きとしてお前のような存在がそもそも好かん。デウス・エクス・マキナもメアリー・スーも、基本的には容認できない質なんだ」

 

「──“機械仕掛けの神”や“僕の考えた最強の主人公”みたいな力があれば、むしろ良かったんだけどね。いやあ、ままならないものだね」

 

「なに?……ああそうか。俺としたことが、人間観察の分析結果を間違えたらしい。ではお前はつまり──劇における観客。本における読者といったところか」

 

オレの背中でアンデルセンは呟いた。その分析は正鵠を射ていた。まさしく以前のオレは、fateという物語の読者であり、観客であったからだ。

 

「一番力があるように見えて、実は最も無力な者だ。()()()、な。だがお前はそうではない。届くはずのなかったものに手が届いてしまったらしい」

 

「──君って人は、本当にすごいね。作家やめて探偵でもやったら?」

 

「まさか!──俺は〆切も嫌いだし、執筆も何度やめようと思ったか知らないが、探偵なんて興味もない。俺はこれでいいんだ」

 

羽ペンを虚空から取り出しながら彼は言った。彼は口では作家のことを悪く言うが、作家である自分にいくらかの誇りを持っているというのは、その薄汚れた羽ペンを握る手の丁寧さに現れていた。

 

 

 

 

 

 

それからはしばらく無言の時間が続いた。帰路には特筆して何も起こらず、エネミーもペンドラゴンが一瞬で殲滅できるほどにしか現れなかった。あと3ブロックも歩けばジキルの拠点にたどり着く、と言ったところで、アンデルセンはオレの背中から飛び降りた。

 

「──っとと、いやご苦労だった。乗り心地は最悪の一言だったが。俺がどこでも休める特技を持っていたことを感謝してほしい」

 

「このダメ作家は……」

 

はあ、とおもわずため息をついてしまう。楽しんでいる童話がこんな人物によって書かれたのだと知ったら、世の児童たちはどう思うのだろうか。いや、案外アンデルセンは子供に人気がでるかもしれない。子供たちに遠慮なく揉みくちゃにされている様子を思い浮かべてしまって、思わず吹き出しそうだった。

 

「なにかくだらんことを考えているな」

 

「そんなこと……」

 

「まあいい。ともかく拠点に連れて行ってくれたことには礼を言おう。魔力を供給してくれることもな! あとは俺を戦闘に参加させることなどないように願っている」

 

「わがままめ」

 

「──いや違う。俺は身の程を弁えているだけだ」

 

アンデルセンはきっぱりと言った。またお得意の言い訳タイムかと思えば、彼はとても真剣な顔をしていた。思わず居住まいを正してしまった。

 

「いいか、分不相応のものに手を伸ばすのというのは、愚か者のすることでしかない。なぜならば、届かぬものを望めば、他に大切なものを代償として払うことになるからだ。人魚姫が、足を望み、声を失ったように。そうして王子への大切な想いすら伝えられなくなってしまったように」

 

それは、口をつついて出ただけの軽口のようであり、自分に言い聞かせる教訓のようであり──オレへの忠告のようでもあった。

 

「望んだ結果に対して払う代償が、割に合った同価値なものとは限らない。世界は残酷だ。お得です、というツラをしておきながらその実は過剰請求など、日常茶飯事なことだろう」

 

()()()()()()()()。そう言われたわけではないが、そう言われているような気がした。

 

 

 

 

 

 

「──ところで、俺はバッドエンドが好きでな」

 

そんなことを唐突に言い始めるアンデルセン。ペンドラゴンと二人で困惑していれば、彼は“いいことを思いついた”と言わんばかりの笑みを浮かべながら、こちらにペン先を突き付けた。

 

「よくよく考えれば、お前も魅力的なキャラクターとかろうじて言えなくもない。お前が俺好みの結末を辿ったときには、その様をお前を主役にした本の一冊にまとめて、棺に放り込んでやろう」

 

──ああ、今から楽しみだな! とアンデルセンは笑いながら彼は先に歩いて行った。

 

ペンドラゴンと顔を見合わせる。そして、二人そろって噴き出した。彼のその言葉が本心からオレの不幸を望んでいるのか。それとも不器用な彼なりの激励なのか。そんなことはわからないが、オレにとっては後者のように聞こえた。

 

作家の紡ぐ物語にどんな意図が込められていようと、それを受け取るのは読者だけだ。だからアンデルセンの言葉をどうとらえるのかも、オレの勝手なのだろう。

 

「バッドエンドか──ああ、それは嫌だなあ」

 

万感の想いを込めてそうつぶやく。それが聞こえたのか否か、アンデルセンはこちらを振り返ると生意気な笑みを浮かべた。

 

相変わらず好きになれない作家だ。だから、アイツの好きにはさせたくない。そうだろう──シロガネハズム?

 

 

 







バベッジ先生とナーサリーちゃんの出番はスキップandスキップ!

さくさく進めていかないといつ完結できるかわかったもんじゃないからね。

あと3~4話でロンドン終わるとは思うけど──って、前も言っていた気がしますね。

書けば書くほど想像以上に膨れ上がってしまうのはなぜなのか。小説は重曹か何かだった……?

ともかく、今回はここまで。最後まで読んでくれてありがとうございます!

お気に入り、評価、感想をどうぞよろしく!

最近はどれも思ったより少なくて悲しい……なんでもいいから反応くれるだけで私の心はあったかくなります。

私の心はあったかくなります!!

……ほんじゃまた、次回ね。




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ロンドンー7:『7つの』



投稿いたしました。リツカ達サイドの状況は次まで待ってクレメンス。





 

 

 

ぺらり、ぺらりと、ページをめくる音が聞こえる。

 

「ふむ……」

 

そうしてたまに、そんな薄い反応を零す渋い声もあった。埃っぽい室内では、童話作家アンデルセンが丈夫に装丁された学術書に目線を落としていた。

 

扉一枚隔てた向こう側では、きっとささやかな音なんて余裕でかき消してしまうほどの戦闘が続いているに違いないが、そんな騒音はまるでこちらに伝わってこない。

 

図書室とはえてして静寂に包まれているものであり、またそうあるべき場所だ。“図書室ではお静かに”なんて文句は誰だって聞き飽きたほどだろう。

 

現在の部屋の状況をみるに、それは魔術師にとっても同じだったらしい。何らかの神秘を用いているのか、扉のこちらとあちらでは音を完全に遮断している様子だ。

 

今現在、オレたちは魔術師社会においての最高学府、誉れ高きロンドンの時計塔へと足を運んでいた。平時であれば時計塔へ忍び込むような真似はサーヴァント連れであっても困難を極めるだろうが、この特異点ロンドンではほとんどの魔術師が死に絶え──あるいは別場所へと避難したらしく、侵入は容易であった。

 

なぜこんな場所に来たのかといえば、アンデルセンたっての要望だった。原作通り、彼はなにか気になることを確かめたいからとオレ達を時計塔へと誘った。

 

今回はペンドラゴンに加えモードレッドも共に行くこととなり、オレたちは出立した。モードレッドは「なんでこんな奴の道楽に付き合わなきゃならねえんだ」と若干不機嫌ではあったが。

 

そんな彼女もペンドラゴンと共に敵を蹴散らしているうちに、少しずつ機嫌を戻した様子だった。意気揚々と剣を振り道を拓いて1時間ほど、辿り着いたのは時計塔の中で最も“調査”に適した一室。膨大な数の資料と論文、学術書が収められているこの図書室こそがアンデルセンの目的地であった。

 

「アンデルセン、そろそろ──」

 

念話でペンドラゴンが急かしてきていた。それもそのはずで、この童話作家がのんびりと読書を楽しんでいた小一時間、ペンドラゴンとモードレッドの二人はずっと防衛線に励んでいた。愛し(憎し)の父上と戦線を共にできて気分高揚しているモードレッドはまだしも、ペンドラゴンはそろそろうんざりしてきているらしかった。

 

「まあまて、もう少しで終わる」

 

「最初にそう言ってからもう30分は立ってるけど。いい加減にしとかないと、モードレッドに殺されると思う」

 

「それは怖い話だ! しかし、俺は命よりも知識欲を優先する質だ。でなければ作家などやっていない」

 

「はあ……」

 

ため息をつく。我が道を行くという姿勢は見ていて気持ちの良いものではあるが、仲間として振り回されるという点においては疲れるものだった。

 

さらにこの調査の結果を既に原作知識で把握している身としては、この時間は有意義なものには感じられず──そんなことをアンデルセンは知る由もないだろうが──それがため息をより大きくしていた。

 

アンデルセンは英霊召喚というシステムの根本──もっとも古き理念、召喚の起源について調査をしている。それはシナリオにおいてはとても重要なイベントであった。

 

人類史を脅かす(ビースト)。そしてそれに対してのカウンター、7騎の冠位(グランド)という概念。

 

人類を滅ぼす一の厄災に、七の最優をもって立ち向かう。それが英霊召喚の根本的な概念であり、理念であった。

 

FGOというゲームにおいて、アンデルセンの調査はこれをプレイヤーに向けて示唆し、今後のシナリオにビーストとグランドが活躍するという伏線をはる役割を持つ。

 

だが今のオレにとっては──とくに重要な話でもなかった。この特異点で終わらせるという目標を掲げている以上は、必要はない。

 

事実、アンデルセンの懇願──というより()()に近い──がなければ、来るつもりもありはしなかった。

 

「なんだその顔は。無駄なことをしていると言いたげだな」

 

「実際、オレは来たくなかったんだけど。アンデルセンがオレの()()を暴露してやるなんて脅迫してくるから──」

 

「まあまて。もう読み終わった。では拠点に戻ろう。そうしたらお前に有益な情報をくれてやる。俺のささやかな()()()に応じた甲斐があったと思えるくらいのな」

 

「──期待しないで待っておくよ」

 

よくも()()()なんて白々しく言えたもんだ、と思いながら、ペンドラゴンに念話を入れる。そうすると図書室の扉が開かれて、瓜二つの顔をした二人が姿を見せた。

 

「全く、時間がかかりすぎてはいませんか?」

 

「はあ、流石に飽きてきたところだったぜ。あと、そこのクソガキが本を読むために、頑張って殺しまわってるんだと思うと苛ついてきたところでもあったな」

 

ペンドラゴンは疲れた表情で、モードレッドはアンデルセンに向かって拳を振り上げつつ言う。おおむね予想通りの反応であった。

 

振り上げられた拳に対してアンデルセンは「暴力反対!!」と言いながらオレの後ろに隠れた。モードレッドに嫌われているオレを盾にしたところで、オレ()ごと殴り飛ばされると思うのだが。わざわざ被害者を増やさないで欲しい。

 

実際、モードレッドはオレごと吹き飛ばす気満々なようだったが、ペンドラゴンからの咎めるような視線を受けて拳を収めた様子だった。アンデルセンはにやりと笑う。ここまで予想して動いていたのだとしたら、彼は実に人間の心理を利用するのが上手い。小賢しいほどに。

 

 

 

 

 

 

ともかく、アンデルセンの()()が終わったのであれば、ここにとどまる理由もなかった。

 

オレたちは速やかに魔術協会を後にする。拠点であるアパルトメントに到着したころには、すっかりと日も落ちていた。

 

「おかえり、お疲れ様。食事とシャワーの用意ができてるよ」

 

「……なんだそりゃ、お前は家政婦か」

 

出迎えたジキルに対してモードレッドが呆れたようにこぼす。正直オレも彼女と同じ気持ちではあったが、流石に口には出さなかった。

 

「じゃあ、食事で」

 

そんな返事をして、室内に進んでいく。豪勢とは言えないまでもこの特異点の状況を考えれば十分すぎるほどの食事が並んだテーブルにつき、オレ達は食事を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

「──と、ここまでが“獣”と“冠位”の話だ」

 

ジキルの書斎──今ではアンデルセンが我が物顔で占領している──にて、熱い紅茶と甘いスコーンをお供にして、オレはアンデルセンの話を聞いていた。

 

ペンドラゴンとモードレッドはリツカ達の捜索に出て不在だ。この部屋にいるのは、オレと童話作家の二人だけ。ペンドラゴンはオレがアンデルセンと二人きりになれるように気を使ってくれたらしかった。モードレッドは……父上と一緒にいたい、思いっきり暴れたい、といったところだろう。

 

やはり、というべきか、アンデルセンの話はおおむね原作通りの内容であった。(ビースト)を打ち倒すための資格を持った冠位(グランド)の七にまつわる話。

 

「知っていた、という顔だな」

 

「まあ、うん。なんとなくは」

 

アンデルセンの鋭い視線に、オレは言葉を濁して答えた。いかな人間観察の天才とて、オレが次元の違う世界からの来訪者だとは思い至らないであろうが、下手な嘘でごまかせるほど甘い人でもないだろう。虚言は吐かず、真実も告げず。曖昧な態度をとるのが一番よいだろうと思えた。

 

そんなオレの態度にどう思ったのかは知らないが、アンデルセンはひとつため息をつき紅茶を一気に飲み喉を潤したかと思うと、矢継ぎ早に喋りだした。

 

「ここまでの話は、あの図書室の本で()()()を取ったものだ。何者かが俺達よりも先にあそこで調査をしていて、メモを残していてな。そこに書いてあった内容のうち、その根拠を確認できたのが先ほどの事項というわけだ」

 

「となると、他にもあるって?」

 

それは初耳の話だった、たしかロンドンの時計塔には探偵──シャーロックホームズが調査に来ていたのだったか。原作では彼の調査の痕跡だけがあったが、この世界においてはメモが残されていたらしい。一体どんなことが書いてあったのだろうか。

 

「そうなるな。探偵のような存在にとってすれば、証拠のないことは“推理”ではなく“妄言”であり、口にするのも憚られるのだろうが──生憎、俺は作家だ。妄言を吐くのが特技であり仕事だ」

 

だからこれも遠慮なく伝えておこう! と彼は胸を張って言った。この発言のどこに胸を張る要素があったのだろうか。

 

「人類悪、とは人類史を滅ぼす悪であり、同時に人類“が”滅ぼす悪であるという。そして、その存在の根源は人類愛であるとも言ったな」

 

「うん」

 

それはシナリオでも言われていたことであるし、先ほどまでのアンデルセンの話に出てきていた話であった。彼の確認するような語り口に、オレは素直に頷いた。

 

「その総数は七であるとされている。くしくも対抗する“冠位(グランド)”の数と釣り合わせるようにしてな」

 

しかし、と彼は一拍間を置いて語りを再開した。

 

「ここに例外個体──つまり()()()以降が存在しないと考えるのはいささか早計にすぎる、とメモの持ち主は綴っている」

 

「それは、どういう?」

 

「人類愛によって生まれ、人類史を滅ぼし、人類に打ち倒される存在。すなわち災厄の獣。完璧にそう呼称できる獣は七体だけだとしても、そこに限りなく近い者──名付けて、人類悪の亜獣(デミ・ビースト)。その存在を感じるのだと、その言葉でこのメモは閉じられている」

 

「デミ・ビースト……」

 

それはシナリオでは言及されなかった存在だ。これはオレが介入したことによる改変なのだろうか。

 

「俺個人としても、その可能性は否定しない。何かが欠けた──出自? 理念? 戦闘力? なんにしろ、完全ではない獣というのはあり得ない話ではない。世の中は白と黒ではっきりと分かれているわけではないからな。中途半端な亜獣とているだろう」

 

彼はそう言いながらスコーンをかじった。ポロポロと食べかすが目の前のコーヒーテーブルに落ちた。

 

「しかし、仮にも(ビースト)というなら、それを打ち倒すにも特別な存在が必要なのかもしれん」

 

それこそ、“冠位(グランド)”に当たるような──とアンデルセンは言う。確かに(ビースト)冠位(グランド)はセットのようなものだ。お互いに対抗しあう存在。“三すくみ”ならぬ“二すくみ”といえばよいだろうか。

 

「亜獣、亜獣……そう言われてお前はなにを思いつく?」

 

突然の質問に戸惑う。亜獣という言葉は日常生活において出てくるものではなかったから、連想するのに少し時間をかけてしまった。しかし思いついてしまえば、これが最も有名でわかりやすいものだろうというのがあった。

 

「え、っと。やっぱり“狼男”とか?」

 

普段は人間だが、月夜に狼へと変貌し人を食らう怪物。人狼とも言われる、有名な怪物の名前をオレはアンデルセンに告げた。すると彼は我が意を得たりと言った風ににやりと笑った。どうやらお望みの言葉を返せたらしかった。

 

「そう、そうだな。だとすればそれを打ち倒すには──やはりここは()()()()だろうか」

 

「──!?」

 

何とはなしにアンデルセンはこぼしたのだろう。しかしオレにとってはとても心臓に悪い言葉だった。銀の弾丸とはオレにとって唯一のチカラだ。その名前を出されて、驚かないはずはなかった。

 

(ビースト)には冠位(グランド)を! 亜獣(デミ・ビースト)には銀の弾丸(シルバー・バレット)を! ──いいな、今度の本で使おう」

 

彼は満足そうに頷いた。こっちの気も知らないで、とオレはそんな気分になった。

 

 

 

 

 

 

「──さて、語りつくしたところで、そろそろお前は休むといい」

 

「そうさせてもらうよ」

 

本当に、今日は泥のように眠りたい気分であった。シナリオになかった新情報“亜獣(デミ・ビースト)”。そしてそれを打ち倒す、銀の弾丸。

 

もう頭と心がパンクしてしまいそうだ。

 

「しかし、どうだ。お前が思うよりは──()()()()()()()()()()?」

 

彼はそう言うと手元の本に視線を落とした。あれは魔術書のようだ。どうやら彼は時計塔の図書室から数冊の本をせしめてきたらしかった。何らかの魔術トラップが仕掛けられていなければいいのだが。

 

「──ああ、本当にね」

 

それだけを返して、オレは書斎を後にした。元気に皮肉を返すような気分にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ばたり、と扉が閉まる音がする。

 

読む()()をしていたどうでもいい魔術教本から視線を外すと、机の引き出しからインクと紙を取り出した。こんないい家に住んでいるだけはあって、どちらも高級品だ。家主(ジキル)は金に困っていないらしかった。

 

虚空から使い慣れた羽ペンを取り出して、紙にさらさらと文を書き連ねる。寸分たがわず狙った部分にインクが吸い込まれ、必要以上に滲むこともなくすぐに定着した。高級品はやはり違う。こんなに快適な執筆環境は久方ぶりだ──しかし、どうも落ち着かない。

 

埃っぽくて狭くるしい部屋で、カチカチのインクとぼろぼろの紙切れを使って執筆していた自分にとって、この場所はいささか高尚すぎるらしかった。快適な割に、ペンの進みは遅かった。

 

書いているのは物語であった。童話作家である自分に唯一できるのは物語の執筆だ。タイトルはまだ決めていないが、主人公はさすがに決まっていた。

 

 

 

 

 

 

人間のふりをした人形、孤独な案山子。名をシルバー。彼はある村で獣をかる狩人を生業としていた。シルバーは人形ではあったが、人の心を理解できた。その痛みも、苦しみも。他人を慮ることのできるシルバーは、だからこそ人形だというのがばれることもなく、村人に慕われていた。

 

卓越した射撃の技術で肉を獲ってくるシルバーは村になくてはならない存在であった。シルバーは村人たちとうまくやっていた──そんなある日。

 

村に人狼が出たと噂になった。村長の娘が何者かに食い散らされた状態で見つかったのだ。村人たちは疑心暗鬼に陥り、お互いを責め立てた。「お前が人に化けた狼なのだろう」と。

 

そんな風になった村を悲しく思ったシルバーは、あることを思いついた。シルバーは人形で、そのパーツの一部には銀が使われていた。シルバーは銀という素材が人狼にとって最も忌避すべき弱点であると知っていた。そのため、それを弾丸に加工して、彼は村人を脅かす人狼を倒そうと考えたのだ。

 

彼はその日の村の寄り合いで狩人“シルバー・バレット”を名乗った。

 

『これから毎夜、最も怪しいと思う人を話し合いで決めて、その者にこの銀の弾丸を撃ち込みましょう。そうすればきっと人狼は倒されるでしょう』

 

村人はそれに賛同し、夜ごとに最も怪しい者をシルバーの家へと送った。そうして送られてきた者たちすべての手のひらに、彼は銀の弾丸を撃ち込んだ。手のひらであっても人狼にとっては致命傷で、しかし人間にとってはケガで済むからだ。

 

その奇妙な習慣は1週間もの間続いた。ようやく人狼を打ち倒したころには、村人も随分と減っていた。人狼に食われたのだ。村で最も信頼されていた村長こそが人狼であったから、こんなにも長い時間がかかってしまったのだ。

 

長い時間と多大な犠牲はあったが、村人たちは人狼の脅威を退けた。7夜目に放たれた7発目の弾丸こそが、人狼を打ち倒したのだ。

 

立役者シルバーに大変感謝していた村人たちは、明くる日の朝に礼を言おうとシルバーの家へと足を運んだ。しかし、そこにいたのはシルバーの形をした、()()であった。

 

銀の弾丸の材料となったパーツは、彼の脳や心に当たる部位だった。そこを削り取りすぎたシルバーはもはや人のふりをすることもできず、それどころか近づく人々に危害を加えるようになっていた。

 

彼は兵器として人を殺すために作られた人形だった。たまたま人の心を持っていたから平和に暮らせていただけで、それがなくされた今では、殺戮兵器も同様であった。

 

村人たちはその事実に嘆き悲しんだ。そして──

 

 

 

 

 

「──ふう」

 

そこまで筆を進めて、一度伸びをする。今はここまでしか()()()()。結末がまだ決まっていないからだ。思いつかないのではない、()()()()()()()

 

銀の弾丸を操るものが、次の人狼にならないとは限らない。正義や悪、そういう風に明確に世の中が分かれていればどれだけよかったことだろうか。

 

人はだれしも心の中にそうした悪性を抱えていて、それの発露がいつになるかなど、予想もできはしない。

 

ただ、一つ言えることがあるとすれば。亜獣を打ち倒すには、銀の弾丸が使われなければならない。

 

それは祈りであり想いだ。銀という触媒を仲立ちにしたメッセージのようなもの。銀という物質の神聖さではなく、それを撃つ者の真摯な心があってこそ、銀の弾丸とは亜獣を真に打ち倒すのだと。

 

アンデルセンは愛を信じない。そして人間が醜いことを信じている。

 

だからこそ、たった一の(ビースト)を打ち倒すことに、七もの冠位(グランド)が必要だということに心底納得していた。

 

それだけ集めてこそ、人間の尊さとやらは、ようやく()()()()()()にはなるのだとわかっているからだ。

 

では──亜獣を倒すのに必要とされる銀の弾丸も、きっと1発では足りないのだろう。今書いている物語では人狼を打ち倒すのに7発もの銀弾を必要としたように。奇しくも7という数字は、必要とされる冠位(グランド)の数と同等であった。

 

 

 

 

 

 

ふと思いつく。そう言えばこの物語はタイトルを定めていなかったが、それでは不便だ。()()ではあるがとりあえず命名しておこうと思う。

 

「タイトルは──そうだな。7つの銀弾(Seven silver bullets)、そう呼ぶことにしよう」

 

人狼を打ち倒すには7つもの銀弾が必要だった。

 

では、新しく現れた獣にも、きっと同じだけの弾丸が必要だ。

 

彼に救われた村人たちは、獣と化した狩人を見てどうするのだろうか。その手のひらに残った銀弾で、何を成したいと思うのか。

 

 

 

──その結末は誰も知らない。それは作者である自分でさえも。

 

 

 

カップを傾ける。冷え切った紅茶が、カッと熱くなっていた喉奥を心地よく冷やした。

 

 

 






それは、未来を取り戻すための物語。

これは、過去を取り戻すための物語。

貴方のための、物語。













【ここから先長いよ! 飛ばして結構!】

──タイトル回収!

ではないです。まあこういうの一回やって見たかっただけなんですがね。

あんまり話は進んでいないけど、これは重要な回だったので許してニャン(はーと)

なぜシロガネハズムの持つ銀の弾丸は合計13発であるのに、この小説のタイトルが『7つの銀弾』であるのか。

今回は、その部分についてのちょっとした解説のようなものであります。

サブタイトルが『7つの』で中途半端なのは、あっ(察し)となってくれればいいかなと。

ロンドンー7でサブタイトル『7つの』を投稿できたのは偶然ではあるのですが、作者的には勝手にとってもエモい感じになってます。

なんか偶然こういう()()()のようなものがあるとキモティーですね。



それはそうと、本小説は皆様の思慮深い考察の下で成り立っている気がする。だって作者があんまり明言しないもんね。一人称だから情報があまり出てこないし。

とりあえず読んでも、「わ゛か゛ら゛ん゛」って人は多そう。

まあ作者も全部ぶちまけたくはあるんだけど、こうやって色々と忍ばせる系の小説に憧れててな……しばらくは付き合ってくれるとありがたいです。



さて支離滅裂な話題展開のあとがきをここまで律儀に読み進めてくれた読者様方。ありがとうございます。

本日はいきなりUAが増えておりまして、なぜかと思えば日間ランキングに載せてもらっているらしく、とても嬉しいです。(なんでこのタイミングで載ったのかは永遠の謎)

不定期更新かつ遅筆な小説ですが、応援していただけるとありがたいです。

皆様からの感想、評価、お気に入り、毎回ありがたく頂戴しています。

もらった感想には次の話を投稿するまでにはお返事させていただいておりますので、返信確認したい奇特な方はそれを承知していただければと思います。

──はい、なれない敬語はここまで! 改めていつも読んでくれてありがとナス!

前回みたいに感想一言でもいっぱいくれると私は元気もりもりです!

今回もよろしく、また今度!




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ロンドンー8:『凶弾』



遅くなりました。忙しくてな!

ほんとは夕方5~7時あたりに出すのが読んでくれる人多いだろうけど、ヒャア我慢できねえ──からこんな深夜に投稿しちゃった!

まだFGOの新章やれてないよ……7月の後編配信までにはやらなきゃ(使命感)

感想欄で新章のネタバレとかやめてね!? フリじゃないからね!?




 

 

 

シロガネハズムという人間は、いつだって“死にたい”と願っている。

 

より正確な表現をするとすれば、自分に対して常に“死ねばいいのに”という殺意を向け続けている。

 

彼は本質的には生ける屍の類とそう変わらない。生への執着がなく、欲求に希薄。自身のことを無価値で無用な者だと信じてやまず、力持たぬ者だと嘲り嗤う。

 

それでも、彼が歩み続けているのは。歩み続けていられるのは。そんな、今にも身を投げてしまいそうな彼の心には、(くさび)が打ち付けられているからに他ならない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、その強迫観念だけが彼の生きる理由だ。

 

それは想いだ。何よりも彼が大切にしている想い。自分自身ですら信じ切れない自分という存在を、唯一肯定してくれる想い。それは愛であったり、友情であったりする。何物にも代えがたい、かけがえのない想い。

 

それは記憶だ。自分が誰かに認められていたのだと。生きてほしいと言われたのだと、そうした無二の命綱。何よりも忘れ難い、尊き記憶。

 

彼は信じている。シロガネハズムという存在が、何よりも無価値で、この世界において最も不必要なものだと確信している。

 

彼は信じている。彼には何よりも大切な人々がいたのだということを。この世界において最も価値のある、愛すべき人々がいたのだと確信している。

 

──運命の日(fateにたどり着いた日)。彼にとって最も尊き人々は、彼に「生きろ」と言った。「あなたは私にとって大切な人だ」と彼を抱きしめた。

 

それは“救い”であった。自分なんて死んでしまえばいいと思っていた少年はその救いによって立ち上がり歩むことができた。

 

それは“呪い”であった。()()()()()()()()と願っていた少年は、その呪いによって立ち上がらされ、歩かされた。

 

いくつもの“救い”が彼の背を優しく押し、いくつもの“呪い”が彼の手を乱暴に引いた。彼に進まないという選択肢は無く、立ち止まるという甘えは許されなかった。

 

彼の心象にねじ込まれたその楔がどのようなものであったのか。思い返すたびにどれほど嬉しく想い、どれほど悔しく想い、どれほど辛く思っていたかを、私は──アルトリア・ペンドラゴンは知っている。

 

彼の中には大別して二つの楔があった。前世での楔と、現世での楔。それぞれに記憶と想いが結び付き、それぞれが彼という存在をかろうじて保っている。

 

 

 

だからこそ、私は。怖くて仕方なかったのだ。

 

その楔がほんの少しでも、どちらか一方でも破損してしまったとしたら。

 

彼という人間を人間たらしめている、想いと記憶の螺旋、彼を中心に束ねられたその禍福がほどけていったとき。

 

果たして彼は──人として生きていられるのだろうかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モードレッドと共に行った捜索においての成果はほぼ皆無といってよかった。

 

この探索のそもそもの目標であるリツカ達は、その痕跡すらも発見することはできず、またほかに有用な情報を手に入れることもできず。私たちは特になんの手土産も用意できずに拠点に帰ることとなった。

 

「見つけられなかったか」

 

お疲れ様と私たちを労いながら、マスター──シロガネハズムは残念そうに言った。もはや特異点ロンドンの戦いも終わりに近づいているというのに、リツカ達とは合流できていない。その事実は彼を非常に不安にさせているようだった。

 

彼はリツカを、ある意味で()()()しているようだった。彼には運命力があるのだと、運命を動かす力が備わっているのだとハズムは信じているらしい。だからリツカがいないこの状況が、リツカの運に頼れない事実が、僅かずつではあれどハズムの精神を蝕んでいた。

 

「どうしますか?」

 

私はそんな彼の心中を察しつつも、努めて平坦な声で言った。彼はあまり気を使われたり慮られたりすることを好まない性格であったからだ。自分にはそんな不相応なものはいらない、とそう考えてしまうめんどくさい性格であることはわかっていた。

 

ともかく、私たちは選択を迫られていた。もう聖杯があると思われる場所についてはほぼほぼ特定できていたからだ。このままリツカ達を探し続けるのか、私たちだけでも聖杯の在処へと向かい修復を行うのか。

 

これは分水嶺であった。どちらを選ぶにせよ、大きく運命が変わるであろうことに疑いはなかった。

 

「……」

 

ハズムは深く悩んでいる様子だった。彼はこの特異点で魔術王ソロモン──改め、憐憫の獣ゲーティアを討伐するという目標を掲げていた。銀弾をもって一撃で決める以上は、リツカ達の存在が必須というわけではない。しかし、シナリオをあまりに再現できていなければ、ゲーティアが現れない可能性がある。

 

もはやシナリオは崩れているも同然であったが、だからと言って軽視していい問題でもないだろう。彼の言うところの“原作”のシナリオはかなり精度の高い未来予知のようなものだ。わざわざそこから外れて不測の事態を増やすのは、賢いとは言えない。

 

行くか、行かないか。どちらにも利点があり、どちらにも欠点があった。

 

 

 

ハズムはまだ口を開かなかった。簡単に判断できるものでもないだろう。そう思って見守っていると、隣にいたモードレッドがため息を吐いた。

 

「判断が遅えんだよ、ったく……」

 

「それは、申し訳ないけど。でもこの選択は簡単に選べるものじゃあ──」

 

「確かにそうだな。で、それが? こうしてお前がうじうじ悩んでいれば世界は救えるのか? お前はオレにどうしたいって言ったんだ? “世界を救いたい”っていったんだろ! それを忘れたんなら、今度こそ首切り落としてやろうか!」

 

彼女は明らかに怒っている様子だった。興奮しているためか、顔の周りにはバチバチと赤雷が閃光を散らしている。

 

「何かを救うってのは、そんな生半可な覚悟でできることじゃねえだろ。こんな判断くらい即座に下して見せやがれ! それができないってのか?──騎士王に認められたマスターのクセに」

 

文字通り死んでも気づかなかったことではあるが、モードレッドという騎士は私のことを存外に好いていたらしかった。私から話しかけるようなことがあれば顔に喜色が滲みだすくらいには。もちろん、好意だけを抱いているわけではないだろう。数文字で語って済ますことができるほどの因縁であれば、私たちはカムランの丘で相打つことなどなかったはずだ。

 

ともかく、モードレッドから私に向けての感情は複雑怪奇なものでる。しかしその内訳として、好意やら尊敬やら憧憬やらが多くを占めているのは事実らしかった。

 

──だからこそ、その私がマスターと仰ぐ者が、シロガネハズムのような()()であるのが気に入らない。と、モードレッドは先の外出の折に零していた。今回はそれが一部爆発したということだろう。騎士王を従者として使うのなら、もっと()()()()()なってほしい。というのがモードレッドの正直なところらしかった。

 

「──お前は!……お前は、もっと自信をもって進むべきなんだ。大切な()()に認めてもらえているってんなら」

 

最後の言葉は予想外に静かだった。激情に駆られていると言わんばかりの先ほどまでと違って、モードレッドは諭すような声音で語り掛けた。こちらに瞳をちらりと向けると、身に宿していた赤雷を霧散させた。

 

 

 

 

「いこう」

 

ハズムは腹を決めたと言った様子で短く、吠えるように言った。内臓震えるほどの大音でもなく、耳を貫くほどの鋭利さがあるわけでもない号令。静かで、鈍く、しかして心に決意を刻み付ける。狼の遠吠えにも似た、広く多くの者たちをそろりと鼓舞する声色。

 

「──ありがとう、モードレッド」

 

「ハ、なにが?」

 

「背中を押してもらった」

 

「そんなつもりはねえよ。ただ、ムカついただけだ」

 

拳を鳴らしながらモードレッドは眼を反らした。礼を言われることに慣れていないのかもしれない。

 

「──見てられねえんだよ、テメェみたいなのは。まるで……いや、なんでもない」

 

口を閉ざした彼女の喉元に、何が出かかっていたのかは知る由もない。それは、生前のどこかで私が違う選択をしていれば、聞かせてもらえていたことだったのだろうか。いつかそれを知れたらと、私は思った。きっとその願いが二度と叶わないものだとしても。

 

私たちはその会話を最後にして、各々が無言で準備をした。

 

銀の鎧に身を包んだ騎士は、手にした両刃剣を確かめるように2度振ると、満足そうに鼻を鳴らした。

 

個性的な居候達のせいで気苦労の多い魔術師は、試験管に満たされた霊薬を眺めて想いを馳せた。

 

人造の花嫁は、身の丈ほどのメイスを肩に担ぐと、自らを激励するようにしてぐっと拳を突き出した。

 

気だるげな童話作家は、書斎からくすねた紙に、同じくくすねたインクで何かを書き込みながら、何が可笑しいかクツクツと笑った。

 

騎士たちの王は──私は、眼を瞑って自身の胸の内にある誓いを明確に浮かび上がらせた。シロガネハズムと交わした誓い。互いに命と正しさを預け合うための約束を。

 

 

 

──銀弾の射手は、腰の剣柄を撫ぜ、つづいて胸のロザリオに触れようとして、止めた。そこに真実どんな意味があったか明白ではない。しかし、私にとってそれは、諸手を挙げて歓喜するべきことのように思えた。

 

母さん(アヤメ)義母さん(ショウブ)母さん(アイリス)──父さん、有理、姉さん……みんな。みていてね

 

シロガネハズムは何かを口にした──ように見えた。実際のところそれは、心の内を虚空に投げかけただけの、音とならない声だったのかもしれない。少なくとも私の耳には何も聞こえはしなかった。

 

私たちは歩き出した。なによりも濃く暗い霧を、決意と希望で切るようにして。

 

この戦いの先に、なにが待つとしても。進みだすことを選んだのならば。今だけは前を向いて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──聖杯の在処はきっと近い。現に、超高濃度の魔力が空気中に漂っている。ああ、今にも気絶しそうだ」

 

数日程歩き続けて、オレたちはついに、聖杯の近くへとたどり着いたらしかった。ハウラスさんが言うように、凝縮された魔力は質量を伴った空気のようにして、俺達の体力と意識に負担をかけていた。

 

道中に適宜休息をとってはいたが、慣れない環境で十分に回復できるはずもなく、身体は限界に近かった。それに、いくつかの戦闘を強いられたこともあったから、それの疲労も溜まっている。

 

オートマタやヘルタースケルターをはじめとして、童話を宿した本(ナーサリーライム)様子がおかしい劇作家(ウィリアム・シェイクスピア)すました顔の錬金術師(ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス)など。

 

いずれも強敵というわけではなかったが、余裕にいなせるものでもなかった。俺やハウラスさんはもちろんの事、特にサーヴァントとの戦闘を一手に担っていたマシュは疲労困憊だろう。

 

現に今は会話に参加することすらままならないらしかった。それでもオレのことを守るため、少ない体力と精神力を研ぎ澄ませて護衛を行ってくれている。無二の相棒だった。

 

「──結局、君の仲間は見つからず、か。不甲斐ない案内人(ナビゲーター)で申し訳ない」

 

「いえ、そんな。仕方のないことでしょうから」

 

ハウラスさんが今謝罪したように、オレ達は結局ハズム達と合流することなく聖杯のある空間に到着しようとしている。目的は同じだから、どこかで道は交わるだろうと最初こそ楽観的に構えていたのだが──それは叶わなかった。

 

ハウラスさんも毎夜毎朝、常に使い魔を飛ばし続けてくれていた──それこそ倒れそうなほどに──が、ハズム達の薄い痕跡程度しか見つからず、そのたび合流を断念することとなった。

 

ここまで合流できないとなると、不安が忍び寄ってくる。

 

まるで──そう、何者かの悪意によって合流を妨げられているかのような予感がするのだ。

 

そもそもこの特異点は異常だ。部隊は散り散り。カルデア司令部との連絡も途絶。サーヴァントが一部同行不能。こんなことは今までに無かった。なにか作為的なものを感じる。同時に強烈な()()すらも。

 

「──! 光が差している! たどり着いたぞ、リツカ、マシュ!」

 

その呼びかけにハッとして目線を上げると、開けた洞穴に自分たちが足を踏み入れたのがわかった。だたっぴろい空間──東京ドームいくつ分だろう、なんて日本人の感性が疑問を囁いてくる──には、中心に円形の高台があり、そこから淡い光の柱が立っていた。

 

「──ここは、先輩」

 

「うん、俺も同じことを思った」

 

ここは冬木であの堕ちた騎士王と戦った場所に瓜二つだった。広い地下空間に、まるで儀式に使う祭壇のようにして高台がそびえて、その中心には──きっと聖杯がある。

 

「ようやく、ようやくだ。リツカ、マシュ。では行こうか」

 

ハウラスさんは目標に到達したからか嬉しそうにしながら高台へと急ぎ足で向かった。あわてて俺たちも追いかける。

 

息を切らしながら登りきると、確かにそこには聖杯があった。黄金の器からほとばしる魔力の奔流が、俺たちを近づけまいとしているように見える。

 

「ゴーグルを外して見たまえ、リツカ。これは間違いなく聖杯だ。予想通り、魔霧はここからあふれ出していたのだ」

 

「──本当だ。ようやく、辿り着いた」

 

ハウラスさんの言ったとおりにすれば、ゴーグルで投下されていた魔霧の全容がうかがえた。霧は確かに盃からあふれ出している。この街のどこよりも霧が濃いだろうことは明らかだ。

 

手を伸ばせば指先が見えなくなるほどの濃霧。まさに一寸先は霧。俺はゴーグルをつけなおした。

 

ともかく、確かめたことからもわかるように、この場所、この聖杯こそが特異点を作り出しているに違いなかった。

 

「今回は、何の邪魔もないのですね」

 

ふと、マシュが言う。それは、確かに疑問だった。今までどの特異点であっても、そこには特異点を作り出した者、そして聖杯を操るもの──魔導元帥ジル・ド・レェなど──がいて、それを打ち倒してようやく聖杯を手に入れていた。

 

つまりは、その特異点における最後の決戦(FATAL BATTLE)が常に存在していて、俺たちはその戦いを命からがら駆け抜けてきた。

 

この特異点でもそれは例外ではないだろうと、今度はどんな黒幕(ボス)が待ち受けているのだろうと、半ば身構えていたのだが──

 

「でも、邪魔されたいってわけじゃないし。ラッキーだった、でいいのかな?」

 

「──はい、釈然としませんが。確かに、これで終わるに越したことは無いでしょう」

 

すっきりしない、といった表情でマシュは言う。確かにそれには同意だった。ここで誰も現れないことは特に問題ではない。むしろ喜ばしい。

 

これでもはや、俺たちがやるべきことは、聖杯を確保し魔霧を晴らすことだけ。そうすればカルデア司令部との通信も回復し、特異点修復と退去が行われるだろう。はぐれたハズム達ともカルデアで再会できるはずだ。

 

しかし、本当にこれで終わるとして。この特異点は修復されるとして。では──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「時に、リツカ。最後に一つ、聞いておきたいことがある」

 

「っ、はい?」

 

不意に、ハウラスさんがこちらに語り掛けてきた。聖杯に伸ばしかけていた手をあわてて引っ込める。

 

彼は()()()と言った。これまで彼とは話す時間が山ほどにあったわけだが、その際“聖杯を手に入れたらお別れすることになる。そしてきっと二度と会えない”といった趣旨のことを彼には話していた。

 

だからこそ、彼はきっと最後の別れの言葉を交わしたいのだと思う。現に彼は寂しそうに笑うと、出会った当初のように片手を差し出した。最後に握手をしよう、という意図は言葉にせずとも理解できた。俺は力強く彼と握手を交わした。

 

「──しかし、まずはお礼を。君たちのおかげでここまで辿り着くことができた。これで私は、私の目的を達することができそうだ」

 

「いいえ、お礼を言いたいのはこちらの方です。ハウラスさん、ありがとうございました」

 

「いや、活躍したのは君たちさ。流石は、()()()()()組織の一員だと感心した。君たちの旅路は困難なもので、しかし君たちの決意は眼を見張るものだった。世界を救うという目的に真摯に向き合い、努力し、決意を抱く姿には、私も感服したよ」

 

手を握ったまま彼は俺たちを褒め称えた。悪い気はしなかったが、この特異点においての活躍は、マシュ7割、ハウラスさん2.8割、残りかす自分、といったところで、マシュが称えられるのはいいとしても、俺がその対象になるのは違う気がした。

 

「君たちには、色んな助けをもらい、色んなことを教えてもらったよ。そのどれもが有益で、有意義な時間だった。得難い旅路だった」

 

ハウラスさんは笑う。登山家が登頂を成し遂げた時にも似た、目的達成の清々しさを感じる笑いだった。

 

「でだ、最後に。先ほど聞きたいことがあると言ったね。そのことなんだが──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──世界を救う一団とやらが、あのような爆弾を野放しにするとは、何のためだ? 理解に苦しむよ。()()()()()()()

 

「──えっ」

 

だから人類は無価値なのだ。同じ過ちを繰り返し、それから学ばぬ。欠点を明確に認識していながら、それを愛や友情などという薄い仮面で誤魔化す愚行を平然と行う

 

ハウラスさんはその姿を徐々に変貌させていった。白人らしい色素の薄い肌は、泥と錆を混ぜたような赤茶色に。こげ茶色の頭は、白墨を塗り付けたように白く。ちょうど肌と髪の色相が入れ替わるようになり、顔立ちも変化していった。整った顔立ち。しかし今までの親しみやすさは消え去り、こちらを睥睨する瞳には侮蔑が宿っている。

 

まるで──そう、王が奴隷を見るかのような、心底こちらを見下している、酷い視線だ。

 

深緑色の上等なジャケットは、白と赤、黒を基調としたローブのようなものに入れ替わる。ところどころに鎧装甲や呪具のような()()()()に似合わぬものを引っ提げて。

 

これではまるで、人間ではなく──サーヴァントのようではないか。そう思うまでが限界であった。

 

信頼していた相手の突然の変容。全く予想外の事態に、俺もマシュも、彼の並べる罵倒の意味を聞き取るのに精一杯だった。するべき対応がとれないくらいの衝撃を受けていた。警戒すら先行して、裏切られたという落胆すら追い越して、ただただ驚愕だけが津波のように俺たちを襲っていた。

 

──だから、お前たちはここで終わるのだよ。()()()()

 

「え──」

 

我が名は()()()()()()()!! 人類を過去と未来にわたって焼き尽くし──無価値なる人類史を滅ぼす者!!

 

高らかに、謳い上げるかのように、そして──()()()()()()()()()()()()()()()。彼は大仰に手を広げ、大空洞に反響するほど声高に叫ぶ。

 

バンッ!

 

そして、その言葉と同時にして、彼は握っていた俺の片腕を勢いよく引っ張った。突然のことになすすべもなく、俺の身体は彼に圧し掛かるようにして引き寄せられていく。

 

「──せんぱいっ!!」

 

ようやく驚愕から解放されたのか、はたまた俺が未知の存在に引き寄せられた事実に対し、とっさに体が動いたのか、マシュはどうにか俺とハウラスさんの間に体を滑り込ませようとする。

 

一刻を争う事態に重い盾は邪魔と考えたか、投げ捨てて。身一つで壁になるかのように。彼女は飛び込んだ。

 

果たして、その行為は間に合い──()()()()()()()()。俺とマシュとハウラスさん──魔術王ソロモンの三人は、一直線に、そして一塊に並んだ。

 

これはきっと、この魔術王ソロモンを名乗る存在が()()()()()()()ことだったのだと思う。なぜならば、目の前の存在は悪辣な嗤いに表情を染めていたからだ。

 

──ああ、我が王よ。私はやりました

 

そう満足そうに言う彼の口端からは、赤黒い血が滴り落ちていた。遅れてやってくる、灼けるような熱さ。それは胸を中心として、じわじわと体に広がっていた。額には脂汗が滲み、もはや立っていられないぐらいに、身体の筋肉が弛緩していった。

 

自身の胸元を見れば、そこにはぽっかりと一つの穴が開いていた。それを弾痕だと思い至るまでに、ずいぶんな時間を要してしまった気がする。それとも薄れゆく意識のせいで、時間が引き延ばされて感じるのだろうか。

 

俺をかばって身を投げ出していたマシュの背を見れば、同様の穴が開いていた。俺からは見えないが、きっとソロモンの胸元にも同様に、それが刻まれているのだろう。

 

後ろを振り返る。この弾痕を刻み付けた射手の顔を拝んでやろうと。そしてそれは、きっと予想できていたことなのだろうと思う。

 

 

 

 

 

 

シロガネハズムが。親友の姿がそこにはあった。

 

こちらに、右手の人差し指を突き付けた状態で、呆然とたたずんでいる。きっと事態を把握していないのだろう。でも数舜後には──きっと泣き崩れてしまうのだろうか。

 

……きっとこれは、罠だったのだ。全容はわからなくとも、本質はわかる。

 

シロガネハズムという射手が常に狙い続けていた獲物──魔術王ソロモンが、狡猾にも、非道にも、俺とマシュを肉盾に使ったのだ。

 

しかも、自分が助かるため、なんて理由じゃなく。シロガネハズムという人間の心を壊すために。折るために。

 

 

 

──ああくそ、考えがまとまらない。

 

こんなはずじゃなかった。俺はハズムにそんな顔をさせたくて仲良くなったんじゃない。友情を苦痛に利用されるために仲を深めたわけじゃない。

 

世界を救う旅はどうなる。ナツキとの約束はどうなる。ハズムの幸せはどうなる──くそ、くそ、くそ。

 

 

 

──ごめんな、ハズム。

 

 

 







【今日の作者Tips!!(長いから飛ばしてどうぞ)】

さあ、始まりました。大好評につき早くも第一回目となる『今日の作者Tips!!』

本日の話題は『花』と『銃』についてです!

……え、なんか似合わないセットだなって? そんなことないでしょ、銃と美少女をセットで売り出すゲームが世の中にはあるんだから、花と銃だってさ──無理があるかな?



ともかくまずは『花』の話題についてですね。

世の中にはたくさんの花があるわけですが、今回はその中でも『アヤメ』『カキツバタ』『ショウブ』について話していきます。

アヤメは漢字を“菖蒲”と書くアヤメ科アヤメ属の多年草です。花言葉は『メッセージ』や『希望』ですね。

実に面白いことに、ショウブも漢字を“菖蒲”と書きます。

ショウブそのものはアヤメと似ても似つかぬ花ですが、別のハナショウブと言われる花はアヤメに非常によく似ていますし、そもそも“ハナアヤメ”と呼ばれたりもしますね。ちなみにショウブの花言葉は『優しさ』や『伝言』など。

最後にカキツバタですが漢字を“杜若”と書き、“いずれアヤメかカキツバタ”という慣用句が生まれるほどに、アヤメとよく似た花を付けます。花言葉は『幸福が来る』や『幸せは貴方のもの』など。

そういえば最初の話題に上げ忘れていたのですが、『アイリス』についても話したいと思っていたんですよね。

と言っても言いたいことは一つで、これまでに話したアヤメ、ショウブ、カキツバタのどれも、英語では“アイリス”と呼称されるということです。いやー花の世界って奥深いですね。

……オチはないです。



次の話題。『銃』について。

銃っていう道具はもちろん生物の命を奪うために作られたものな訳ですが、最強の武器ってわけでもありません。

まず訓練しないと的に当たらないし、当たったとしてそれが人間であっても動物であっても脂肪や肉に阻まれて命を取るに至らないことがあります。

さらに銃の明確な弱点として障害物に弱いという特性があります。標的が物陰に隠れてしまえば回り込む以外に銃弾を当てるすべが基本的にありません。なんせ銃弾はまっすぐにしか飛びませんから。

もちろん壁を抜けるほどの強力な銃があれば別です。銃モノのゲームを嗜んだことのある方の中には対物(アンチマテリアル)ライフルを使って壁越しに敵をぶち抜いた経験のある人がいるかもしれません。

支離滅裂な話をまとめると、銃は技量がないと当たらないし、技量があっても壁むこうの敵に当てることは無理だって話です。

では、()()()()()()()()がこの世にもし存在するとして、それってどんなものなんでしょうね。

例えば、そう、壁向こうの敵をブチ〇したいとして。そこにむけて撃ったとしたら。

銃弾は壁を回り込んで当たるんでしょうか。それとも壁もその他の全ても()()して、命を奪うのでしょうか。

私は後者のほうだと思います。だって、銃弾はふつう、()()()()()()()()()()()()



──はい長々とお付き合いしていただきました第一回『今日の作者Tips!!』

好評でしたら第二回が開催されるやもしれません。お便りお待ちしております。

ではではまた次の番組で!!









↑の言ってる意味が分からないあなたは正常です。

↑の言ってる意味が分かるあなたはこの小説を隅々まで読んで考察までしてくれているおかしい人です。

どっちのひともおんなじ読者。読んでくれるだけでうれしいんやで。

前回は感想。お気に入り、評価、ありがとうございました!

──そして、最後まで読んでくれてありがとナス!

今回も感想、お気に入り、評価、いっぱいお待ちしてます!

次がいつでるかわからんけど、その時はまたよろしくです!






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ロンドンー9:『貫く、いし ①』




だーいぶ時間かかったねクォレワ……

本当は一話にまとめたかったけど、このペースで書いてたら合計20000文字超えそうな勢いだったから、分割って感じで。

とりあえずそれでも13000文字はあるのでいつもよりも長いけど。

宝具や令呪について幾らかの独自設定があるかもしれないので、そこんとこ注意で。




 

 

 

時は少しさかのぼる

 

 

 

 

 

 

 

いざ聖杯の下へ、と意気込んでロンドンの地下下水道へと向かった私たちの目の前に現れたのは、空色の眼を爛々と輝かせた大柄の男性であった。

 

彼は地表より数メートルほど浮き上がり、体中にばちりばちりとけたたましい音を鳴らす電気を纏っている。その様子は触れるもの全てを威圧し屈服させるかのような荒々しさを感じさせたが、当の本人はいたって落ち着き払ってこちらをじいっと見つめていた。

 

「私はニコラ・テスラ。人類史にその名を刻む、雷霆を地に落とした天才である」

 

尊大に名乗り上げる彼は、確かに“原作”記憶にあるニコラ・テスラ本人に違いなかった。神の御業であった雷霆を人の力にまで貶めた天才。ケラウノスの覇者、星の開拓者、雷電王ニコラ・テスラそのひと。

 

“原作”においては、その身にまとう雷によって魔霧を活性化させ人理崩壊をなす寸前であったこの科学者は、人理修復にあたって越えなければならない最大の障害の一つだった。

 

本来であれば、この特異点の黒幕の一人“M”ことマキリ・ゾォルケンの召喚によって現界し、その身に施された狂化の影響によってカルデア陣営とは望まぬ対立をさせられる羽目になる彼。

 

しかし、まだ我々はマキリとは邂逅していない。それにも関わらずニコラ・テスラが現れ地上に向かっているということは──いまだに合流できていないリツカ達が先行してマキリと出会ったのか、それともシナリオから逸脱して事が進んでいるのか。判断しがたい。

 

兎にも角にも、目の前のサーヴァントを素通りして大空洞へと向かう選択肢は無いに等しい。放っておけば世界を滅ぼすだろうというのは明白な話。迂回することを許されぬ障害というわけだ。私たちは望まぬ足止めをくらわされていた。

 

「一気に叩こう。ここに時間をかけてはいられない」

 

シュリン、と薄い金属音を鳴らしてハズムが抜剣する。銀とも灰とも形容できるであろうその刀身に、相対するニコラ・テスラの雷光がちらついた。彼の号令を合図に、私たちは各々が得物を構えた。ひりついた空気が場を支配する。

 

目の前のサーヴァントは生前より科学者でしかなく、また人類の歴史から見てさほど古い人物でもない。

 

英霊は基本として、生前において戦場に栄光を打ち立てたものほど強く、また古い者ほど対応に困らされる神秘を宿している。

 

いかに雷霆を地に落とした者とてその法則に逆らうことはできず、つまり円卓の騎士が二人もこちらにいる現状、私たちが正面火力という面で負けることは考えにくいだろう──しかし、油断していい相手でもなかった。

 

どうあろうと彼は“星の開拓者”である。不可能を不可能なままに可能にする、運命や限界を乗り越える力を持つ者である。彼にはそれだけの力があり、ゆえにこうして、こちらがどれだけ闘志をぶつけようと揺らがないのだろう。

 

彼の空色の瞳は全くもって真っすぐにこちらを見据えたままである。それに委縮した、というわけではないにしろ、仕掛ける瞬間を逸してしまったのは事実だった。

 

 

 

「──どうした、こないのか?」

 

「いくってんだよ、いわれなくても!!」

 

挑発なのか、単純な疑問であったのか。真実はわからないが、少なくともモードレッドは挑発と受け取った様子だった。吠えたてるかのような気合と闘志をその体にみなぎらせて、赤雷の一塊が突貫する。そのさまは横に走る稲妻のようでもあったし、軌跡を描いて飛来する弾丸のようでもあった。

 

「ウゥ……!」

 

さらにその赤い軌跡の後方からは、薄緑色の援護射撃が放たれていた。それを成したのはフラン。彼女もまた雷を操る人物だ。地面を這うようにして伝導していくその稲妻は、赤い雷が記してくれた道標を追うようにしてモードレッドの背後をぴったりとつけていった。

 

ついに赤に緑が追い付いた。二人の雷光が不思議とすんなり混ざり合っていく。渦を巻くようにして、脇構えに控えられたクラレントの刀身にうねり集まった。

 

二重雷の一撃。並みのサーヴァントなら、いいや、優秀なサーヴァントであっても直撃すれば即死を免れないだろうと思えるそれ。事実、アヴァロンを持たない今の自分では耐えられないだろうと直感が叫んでいた。

 

「ふはは! なるほど、面白い!!」

 

しかしかのサーヴァント、ニコラ・テスラは不敵に笑ったかと思えば、ガントレット状の絡繰りに包まれた右腕を高々と掲げると、空を裂くかのような宣言を伴いながら──宝具を解放した。

 

 

 

人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)!!」

 

 

 

鼓膜を破壊するかのような轟音と、英霊の私ですらふらついてしまう程の衝撃が一帯を襲った。つよき雷たちの衝突はそれだけのエネルギーのぶつかり合いであった。

 

数瞬もすると、立ち込める煙の向こうから、悔し気な表情を浮かべたモードレッドがこちらに後方跳躍してくる。その腕や頬には裂傷が走り、やけども見られる。ニコラ・テスラとの激突は、ぶつかり合って、痛み分けに終わった様子だった。

 

「ふははは、まさか不本意にも呼び出された先でこのような雷に出会おうとは、何があるかわからんものだな」

 

「ちっ、化け物がよ。傷一つねえだと? ナメやがって」

 

どこか満足そうに笑うニコラ・テスラに、負けたと感じているのか、モードレッドは辛辣な態度だ。しかしそれすらも良いと言わんばかりに笑い声は大きくなった。

 

「騎士に戦闘面で勝てるとは思わんが。自分の土俵(でんき)では勝つとも。それができてこその“雷電王”だ」

 

それが雷の英霊としての矜持である、と誇りながら言うニコラ・テスラ。敵ながらその宣言には気持ちの良いものを感じた。

 

「私は満足した。であれば、潔く消えたいところだが──内に宿る狂気がそれをさせないのだ。雷の騎士(サー・ライトニング)よ、そしてその仲間たちよ。私を打ち倒せ! そうでなくば──世界が滅びるぞ!!」

 

再び右腕に電気を迸らせながら、彼は自身の存在の打倒を願った。それは人類史に名を刻まれた英雄としての意思であり、またモードレッドやフランという()()()を眼にしたことで取り戻した幾らかの正気の賜物なのだろう。

 

私たちはその言葉に背を押されながら再び武器を構えた。ニコラ・テスラはそんな私たちの様子に満足そうに微笑むと、その巨体を目いっぱいに広げて胸を張った。

 

そうして高らかに、咆哮するように、笑う。その様子は挑戦者(チャレンジャー)の挑戦を待つ最強(チャンピオン)のような風格であった。自分がこれから打ち倒されるとわかっていながら、その姿は威風堂々としていた。

 

「──彼の印象は薄くて、正直あまり覚えていなかったけれど」

 

私の背後でハズムがそんなことを言い始める。その表情は何かを懐かしむように穏やかで、同時に新しい何かを発見したかのように煌めいていた。

 

「貫くべき意思を、ちゃんと貫ける人なんだ、彼は。すごくカッコいいし、誇り高い人だ」

 

「……ええ。“星の開拓者”の肩書は、伊達ではないということですね」

 

彼の評価には同意であった。知識としてニコラ・テスラという英霊を知っていても、実際に会ってみた後では大きな印象の乖離があった。彼は人類史を大きく躍進させた科学者でありながら、自分の信じた思想を裏切らない真っすぐな人物であったのだと。

 

その傲岸不遜とも取られかねない態度や、自身の雷に対する高いプライドも、全てはその身に宿る偉大な功績と自負から立ち上るものであるのだ。彼は確かに尊敬できる英霊だった。

 

 

 

 

 

 

「──む?」

 

──突然。ニコラ・テスラは訝しげに振り上げた自身の右手を見上げた。目線の先のガントレットには、先ほどと同じように雷が輪の形をした刃のようにまとわりついている。よほど高圧の電流が渦巻いているのだろう。チュンチュンと鳥の鳴き声にも似た甲高く鋭い音が断続的に響いている。

 

「これは……」

 

「あん、どうした。まさか今更怖じ気づいたとは言わねえよな?」

 

「……」

 

モードレッドの挑発じみた態度に、ニコラ・テスラは反応を示さなかった。そうしている間にも、右腕に纏わる雷撃は尋常ではないほどの様子を見せている。先ほどモードレッドとぶつかり合った時よりもさらに大きく見える。

 

「──逃げろ、諸君」

 

何かを覚悟した表情でニコラ・テスラは私たちに退避を促した。先ほどまで闘志にみなぎっていた彼からは考えられないほどの静かな声色であった。

 

「ああ? なんだって──」

 

ぞわり、と背筋に冷たいものが触れる感覚を覚える。途中で言葉を切ったモードレッドも同じように感じたに違いない。私はとっさにハズムを抱きすくめて包み込むようにした。残されているであろう時間で彼を守るためにできることが、それだけしか思いつかなかったのだ。

 

「ペンドラゴン!? なにを──」

 

「だまって! 息を止めて、耳をふさいで、眼を閉じなさい! そして、最大限の防護を張るのです!」

 

「おいおい、おいおいおい!! なにするつもりだおまえ!!」

 

「……私も残念でならない。これは私の力不足だと認めよう。願わくば諸君らと雌雄を決して去りたかったが──どうやら我が召喚主は、それを許さぬようだ」

 

とたん、彼が天に掲げていた右腕からバチリとひときわ大きな音が響いた。それは彼のガントレットから発生したものであり、故障音のようなものであった。金属部品がはじけ飛び、彼の手のひらの皮膚が直に晒される。そして、頭上に回り続ける雷鳴の輪は肥大し続けていた。

 

「私というサーヴァントの霊核(いのち)を捧げての一撃をみまえと、そういうことらしい。抗うことができればどれほどよかったか。過剰機能(オーバー・ロード)など科学者として許せぬ仕様だというのに」

 

「──ジキル、フラン、ああもう、おめえもだよ偏屈作家! とっととずらかるぞ! ()()()()()()!!」

 

本当に遺憾だという風につぶやくニコラ・テスラ。どうやら彼は、彼の召喚者に強制されて命を犠牲にした一撃を放とうとしているらしい。その意思に反して行動を縛るとは、令呪の強制命令だろうか。なんにしても英霊として人間としての尊厳を考慮しない悪辣な行為に違いはない。

 

高まる魔力の奔流に、あわてて仲間たちを回収するモードレッド。ジキルとフランは両脇に、アンデルセンは背中に背負って、全力で疾走する。

 

そして私は、ハズムの身体を潰れるほどに抱きしめた。へたに離脱するよりも、彼を私の肉体という強固な()で包み、風王結界(インビジブル・エア)をはじめとしたいくつかの手段で防護を固めたほうが良いと判断したからだ。

 

そしてついに、タイムリミットは訪れた。

 

「さらばだ、諸君。これよりの一撃は、私至上最も強大で、同時に最も()()()()()一撃となるだろう。嗚呼──」

 

──願わくば、諸君らの命が残らんことを。

 

その言葉を最後に、一帯から音という音、影という影が消え失せる。

 

電気なんて言葉では生ぬるい。稲妻でも全く足りない。雷霆という表現でも十分かどうかわからない。これはきっと人類史上降り注いできた雷の中で、他に比類なきものであったに違いない。

 

それはまさに神話の一撃。只ヒトが到達するには過ぎたモノ。文字通りの人類神話。降臨せし雷電──

 

 

 

 

 

 

「──人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐわんぐわんと、絵の具を無差別にぶちまけたようかのような色彩の視界が揺れる。鈍痛が体を苛み、立ち上がろうという気力を奪ってくる。オレは投げ出された腕を体の前に引き寄せて、地面に付く。体中に散らばったなけなしの気合を振り絞って、上半身を起こした。

 

それだけがやっとだった。視覚はいまだに明瞭になってくれない。聴覚は破壊されてしばらく機能しないだろう。正常なのは触覚だけ──それすらも、痛みと熱を運んでくるだけだったが。オレのような矮小な人間にとっては、英霊の身命を捧げた一撃を耐えるのに、それだけの身体機能を犠牲にせざるを得なかったということだろう。

 

あるいは、生きているだけで奇跡と言っていいのかもしれない。もしやオレは既に一度死んでいて、蘇生したのかもしれないとも疑ったが、銀の弾丸が減っている感覚は無かった。正真正銘、オレは一つの命であの天災にも似た一撃を生還したらしかった。幸運だった。

 

痛みの最もひどい腹部を探れば、流血等は感じられないにしろ、酷くぶつけて痣になっているような感覚があった。もしかすれば幾らか骨が折れているかもしれない。

 

腰に手を伸ばす。装備していたバックポーチには負傷回復のスクロールがあったはずだからだ。しかしいくら探ってもそれは見つからず、空の鞘だけがその存在を主張していた。直前まで左手に握っていたはずの剣は、衝撃でどこかへと吹き飛んでしまったようだった。不安がこみ上げた。

 

胸に、手を伸ばしてしまいそうになる。その衝動を何とか押し込めた。それは、その行為はとても甘美で楽な逃げ道だった。しかし、シロガネハズムは注がれた想いに対してだけは裏切らないと誓っているのだ。ペンドラゴンに言われた言葉が、オレの弱い心を制した。

 

“剣を手放さないことは不屈の心につながる”──既に左手の剣はどこかへ落としてしまったとしても、そこに別の何かを握らない限りは、左手に残る冷たくて滑らかな柄の感触は消えないままだ。

 

まだオレは諦めたわけでも、絶望したわけでもなかった。ならばそれが空想の剣だとしても、それを放り出して十字架に縋るわけにはいかなかった。

 

 

 

「──ズム、ハズム! 無事ですか!?」

 

しばらくすれば、回復した聴覚はそんな声をオレに届けてくれた。ペンドラゴンがこちらを心配している声だった。ずいぶんと遠くから聞こえるように思える。あの衝撃からオレを包み込んで守ってくれた彼女は、吹き飛ばされてオレと離れてしまっていたらしい。

 

安定してきた視界を見渡せば、そこは焦土と表現するにふさわしい惨状になっていた。

 

俺たちがニコラ・テスラと遭遇したのは、地上から数階分下がった下水道、ロンドンのストリートを基準としておよそ15~20メートルほど下の地下空間だったはずだ。その分の空間、地表からここまでの全ては円形にえぐり取られ、頭上には曇天が顔をのぞかせていた。

 

地面はチリチリと火花や火の粉を散らして、レンガすらも焦げ跡と灰を残すのみの状態になっている。どれほどの出力で宝具が放たれたのかは、それだけで察せられようものだ。

 

あたりはまるでコロッセウムのような円形の平坦な闘技場の様相であった。その中心地から、ペンドラゴンがこちらに叫んでいるのが見えた。そこに向かって、痛みを覚えながらも大きく手を振った。

 

「おーい、こっちだ、ペンドラゴン」

 

「よかった、ハズム。本当に──良かった」

 

こちらに駆け寄ってきたペンドラゴン。しかし、オレに触れようかと言ったところで、バチリ、と伸ばした右手が弾かれた。まるでそこには見えない壁のようなものがあるかようだった。

 

いや、事実そこには明確な隔絶があったのだと思われる。そう言えば、とオレの脳裏にはある記憶が蘇ってきていた。

 

ニコラ・テスラの宝具『人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)』は、()()()()()()()()()()()()()()()ものらしい。

 

であれば、出力が本来の何倍にも跳ね上がったであろう今回の宝具によって、()()()どころではない本当の時空間断裂が起こってしまったのかもしれない。

 

曖昧な記憶だ本当のところはわからない。しかしここで原因を正確に確定させることに何の意味もありはしないだろう。真実として何が原因であるにしても、彼女とオレの間にはなにか越えられない壁がそびえたってしまったことだけが現実にあった。そのことを理解したのか、ペンドラゴンは焦った表情でオレにまくしたてた。

 

「は、ハズム。少々待っていてください。すぐにそちらに向かいます。大丈夫です、きっとどうにかなりますから──」

 

「ペンドラゴン──」

 

ざあざあと、突然に雨が降り出した。ニコラ・テスラの宝具は気候変動さえ起こしてしまったのだろうか。地表から何メートルも離れた地下空間で雨粒にうたれているのは、なんだか不思議な感覚になっていく。

 

透明な壁を一枚隔てて、こちら側にいるのはオレだけ。ペンドラゴンも、モードレッドも、ジキルも、フランも、アンデルセンだって。全員が向こう側。孤立無援。あと少しで触れ合えるほどの距離にいながら、きっと仲間たちとの合流は絶望的なほどに難しいのだろうと思う。

 

きっと、どれだけ希望を持とうとしても、不可能な場面に違いなかった。冷たい汗が体中から噴き出して、血が廻らなくなって、それぐらいの反応があって然るべきなのだろうと。しかし、しかし。

 

降り注ぐ大粒の雨。濡れそぼった体は、意外と冷え切った感覚は無く、不思議な感覚に包まれていた。それはきっと、()()()()だったのだと思う。その決意が果たして良いものか悪いものかは置いておくとしても、シロガネハズムという人間はこの時、大きな決意を抱いたのだと。

 

──どこからか()()()()が聞こえた。それはきっと、ニコラ・テスラとは違う新たなタイムリミットがオレ達を襲ったということ示していた。

 

「──これは、なんで! 今! こんなときに!」

 

「お、おい父上、なんだってんだ馬の声くらいでそんな──いや、なるほどな」

 

喚き散らすようなペンドラゴンに、モードレッドが宥めるように近づくが、その言葉の途中で彼女の優秀な直感がその正体を漠然と警告してきたようだった。

 

それがアルトリア・ペンドラゴンの別側面だということまでは流石に看破していないだろうが、きっとニコラ・テスラに勝るとも劣らない脅威が現れたことぐらいはわかっているだろう。

 

その事実が。黒いアルトリア・ペンドラゴンが現れたのだろうという現実が。オレの決意を後押しする()()()()()()()()をもたらしてくれる。

 

オレは──きっと最低なのだと思う。最低な人間なのだと。もはや人類の裏切り者と言われても仕方ないのではないかと。それでも──オレには果たしたいことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

努めて冷静に、オレはペンドラゴンに語り掛けた。

 

「ペンドラゴン、二手に分かれよう」

 

「……え、な、にを」

 

「オレは聖杯の下へ行く。リツカ達も心配だし、なにより()()が現れるかもしれない」

 

「それなら、それなら一緒に!」

 

「──だから、ペンドラゴン達には、あの馬の持ち主を頼む」

 

「し、かし、貴方を一人にするわけには! この壁が原因というのなら、きっと何か方法が……令呪、令呪はどうですか!?」

 

ペンドラゴンは何が何でもこちらについてくるつもりのようだった。当たり前だろう。彼女が優しい人物で、オレというマスターを心配しているのもあるだろうし、何よりオレから目を放すというのは、何をやるかわからない爆弾を放置することに等しいからだ。

 

しかし、それが我儘でしかないとしても、()()()()()()()()()()()()

 

「カルデアの令呪は万能なものじゃない。少しばかり魔力をブーストする程度で、冬木の令呪程の奇跡は起こせない」

 

この反論は事実だった。カルデア開発の令呪は、宝具のブーストやステータス補正くらいはできたとしても、空間転移などの魔法じみた効果までは持たない性能面では劣化の令呪でしかない。しかし冬木版と違って()()()()()というのが利点でもあったわけだが。

 

きっとペンドラゴンは“令呪で自分を呼び寄せろ”と言いたかったのだろう。エミヤシロウがマスターだった冬木の聖杯戦争においては、そういう使い方をした経験があったのだから。しかし、先も言ったように、冬木版とカルデア版は違うのだ。

 

「空間転移でこちらに来るような効果までは出せない──だから、別のことに使うよ」

 

オレは、令呪の刻まれた右手を持ち上げた。十字架模様の2画に、そこから垂れるような液体模様の1画。この令呪のデザインがオレは嫌いだった。液体に濡れた十字架なんて、オレにとっては悪い印象しか覚えないものだったから。発動を待機している令呪は赤く赤く瞬いている。血のような色だと、オレは思った。

 

「令呪をもって命ずる──あの馬を駆る敵を打倒せよ」

 

液体の模様がはじけるように消える。

 

「令呪をもって命ずる──打倒したならば、全力でオレに追いつけ」

 

十字架模様を構成する縦のラインが消える。

 

「令呪をもって命ずる──()()()()()()()()()()

 

そして、最後の令呪が消えた。馬を駆る敵──アルトリア・ペンドラゴン〔オルタ〕、この特異点のラスボスを撃破し、オレに追いつき、約束を守れ。ごく単純で、それでも、オレにとっては大事な命令だった。

 

「──ハズム、本当にいいのですね」

 

「ああ、オレは先に向かうよ。きっと君が追い付いてくれるって信じてる。だから、オレは、怖くないんだ」

 

「ハズム……」

 

ペンドラゴンは煮え切らない表情をしていた。何か嫌な予感を感じ取っているのかもしれない。優しい人だった。俺みたいな人間のことを、いつまでも慮って信じてくれて──正しい道に戻そうともがいてくれる、最高のサーヴァントだ。

 

だから、オレはきっと進めるのだ。オレが最低最悪の存在に堕ちてしまったとしても、きっと彼女が──殺してくれるのだと思うから。

 

 

 

「──ばいばい、ペンドラゴン」

 

「またあとで、ハズム。きっとすぐに追いついて見せます」

 

「──ああ、信じているよ」

 

最後まで、()()()()()と口にすることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

シロガネハズムという人間は、自分で思っていたよりも随分愚かで、最低な人間なのだろうと思う。

 

オレは世界を救うために戦っている。誰かを救うために戦っている。そんな大層なお題目で誤魔化して、まるで自分が正義の味方であるかのようにふるまっている。

 

違うのだと、ずっと前に気づいていたのだ。物語の主人公たちのように、清廉で真っすぐなその願望を胸に進めたら、どれほどよかっただろうと思う。

 

はっきりと言おう。オレは、シロガネハズムという人間は、()()()()()()()()()()()()()()

 

オレは、“世界を救った英雄”という称号が欲しくてたまらない。“人々を助ける正義の味方”であるという名声が欲しくてたまらない。

 

“シロガネハズムという人間には価値がある”という証明がしたくて、たまらない。

 

だってそうでなくては嘘だろう。オレに価値があると語り掛けながら死んでいった家族たちの存在は、無駄になってしまうだろう。誰より死んではいけない傑物を生かすために、彼ら彼女らは死んだのだと。そのくらいの理由がなければ、報われないじゃないか。

 

オレは愛をもらった。そして、それを返す前にみんなは死んだ。

 

死んだ人間に向けて愛を返すことはできない。骸に愛を囁くことに意味はない。だから、オレは、貰った愛に見合うだけの()()()()()()()()になると誓ったのだ。

 

シロガネハズムという人間は、()()()()()()()()()()。それが何であろうと。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それだけは、いくら世界が移り替わろうと、いくら時が経とうとも──それだけは、オレの中にある捨てられない白金恥無の残滓(プラチナム・メモリア)だ。それが俺の起源(オリジン)だ。

 

ペンドラゴン達を置いて一人で向かったのは、物理的に合流不可能だった、という理由以上に、名誉に目がくらんでいたからだと思う。誰かに手を借りるよりも、一人で成し遂げる方が、きっとより大きい功績であるだろうと、そうしたバカな考えだ。

 

果たして成し遂げることができるかは分からない。しかしやるしかないことだけはわかっていた。家族の犠牲も、これまで特異点で目の当たりにしたすべての犠牲も、今日この日のためにあったのだと、そう思わなければやっていられなかった。これ以上、決着を先延ばしにしたくはなかった。

 

 

 

 

 

 

痛む体に鞭をうって、オレは下水道の濡れた地面を踏みしめた。永遠ともいえるだろう時間歩き続けて、とうとうオレはたどり着いた。

 

そこは大空洞だった。霧があたりを覆っている。この都市で最も濃い霧に覆われているだろうこの場所は、間違いなく聖杯の所在地に他ならない。

 

周りを見渡す。感覚を研ぎ澄ます。右手の人差し指と親指をぴんと立て、銃を形作る。一つ深呼吸をして、心を落ち着かせて、覚悟を決めた。

 

いつだって来い、と内なる闘志が燃えていた。火照って何が何だか分からなくなりそうな頭を、ペンドラゴンとの訓練でやった瞑想を思い出しながら、必死に正常に保った。

 

じりじりと、一歩進むのに数時間かけてるのではないかという感覚を覚えてしまう程の速度で、オレはそびえたつ高台に向かって進んでいった。

 

すると霧の向こうに、一つ、大きな人影が見えた。その人影はいきなり両手を尊大に広げたかと思うと、高らかに、何かを嗤うように宣言した。

 

「我が名は()()()()()()()!! 人類を過去と未来にわたって焼き尽くし──無価値なる人類史を滅ぼす者!!」

 

その言葉を聞いた瞬間、オレは指先に全意識を集中させた。

 

 

 

照準する──霧の向こう、霧に目を凝らしてみれば、その男は間違いなく、原作で見たことのある、ソロモンの姿そのものだ。

 

 

 

銃弾(ねがい)を込める──あの魔術王ソロモンと名乗る存在を、魔神王ゲーティアを(たお)したい。

 

 

 

準備は全て整った。あとは引き金を引くだけだった。

 

 

 

白銀(しろがね)の浄化、(ひじり)の貫徹。脅かす者は地に。悪意ある者は天に。化物は灰と消えろ。道を穿つは──

 

 

 

こっぱずかしいとも思える詠唱を真剣に唱える。銀の弾丸は、解決不可能を解決に導く突破の力であり、撃退不可能を撃退せしめる浄化の力。阻む者はなく、たとえあろうと貫通して見せる。

 

これは貫く意志。または、意志を貫く力。真摯に込めた祈りが、想いが、銃弾に()()()を与えるのは、きっと間違いではない。

 

込めるは打倒。願うは突破。運命なんかくそくらえ。この弾丸こそが終幕の一撃。運命(FGO)を幕引け──頼むから、もう終わってくれ。

 

そうして、懇願ともいえるほどの想いが胸にいっぱいになって、決壊するか否かの刹那、オレは何時よりも力強く、引き金を引いた。

 

 

 

「──白銀の意志/遺志(シルバー・バレット)

 

 

 

指先に体中の魔力が、血液が、心が、魂さえもが、集まっていく心地がした。

 

収束したすべてがシロガネ色の弾丸を形作って、回転し、渦巻き、貫く力を蓄えていくようだ。

 

そうして著しい発光。朝日にも似た優しく清浄な光。これがオレのような人間から形作られたとは信じられないほどの、負の想いが混じることはもちろん、触れることすら能わないと思える、浄化の弾丸。

 

ゲーティアを()()という、その醜い想いのためだけに形作られた、決戦の一撃。

 

瞬きの間に発光が収まり、ついにその弾丸は発射された。

 

空気の抵抗なんて知った事ではない。魔力の込められた霧なぞ些末事。ゲーティアの心の臓、壊れてしまえば存在を滅ぼすことになる急所をめがけて、その道程にある障害は全てを貫いて、その弾丸は進んだ。

 

あまりの反動に、指を銃の形にしたまま、オレはへたりとしりもちをつく。今生においてオレが放ったものの中で、最も強き弾丸だっただろう。それに疑いはなかった。

 

成し遂げた、という感動と虚無感が飛来する。一つ息をついて、オレはゲーティアが立っていたはずの高台を見上げて──

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺にはやることがある。だから置いていくがいい。ああ、護衛にジキルとフランも残せ。あの存在は武闘派のお前たちだけで十分だろう』

 

『勝手に決めやがって、なんだよ、やることって! どうせしょうもないことじゃないのか?』

 

『愚問だな。作家がやることなど執筆のほかに何がある! ちょうどバカげた威力の宝具であたりが平らになったところだ。机には困らんな!』

 

『あぁ!? このタイミングで執筆ぅ!? てめ、ふざけんなよ──』

 

『──今だからこそ、だ。ほら、いいからいけ。間に合わなくなっても知らんぞ』

 

それが数分ほど前に交わされた会話だ。有無を言わせない態度のアンデルセンに、とうとうモードレッドは口論をあきらめて、私と共に地上へと向かっていた。

 

ハズムに令呪で命じられたとおりに、私たちは()()()()()を打倒しに走っていた。それが今の私に唯一できることだった。

 

「──父上は」

 

「はい?」

 

全身全霊で急いでいれば、併走しているモードレッドが話しかけてくる。こちらに対して何か聞きたいことがあるようだった。

 

「これから戦う相手がわかってる風だけど、それはなんでなんだ? ハズムも知っている風だったよな」

 

「それは──私とハズムには特別な共通認識があるのです。それだけでいいでしょう」

 

「よかないが──まあ、言いたくないこともあんのか。今聞くことでもなかったな」

 

原作知識と呼んでいるそれのことを話す気はしなかった、時間もないし、信じてもらえるとも思えない。

 

原作知識──より正確には、異世界の住人である白金恥無という少年の生涯の記憶。彼はそれを持つがゆえに上手く特異点を攻略できているし、それを持つがゆえに苦しんでいる。

 

幸せな記憶も、つらい記憶もあった。いや、つらい記憶の方が断然多かっただろう。今の彼を支えているのは実質、前世の母親からの言葉と、今世の母親からの言葉の二つでしかない。

 

それがなければ死を選んでいたほどには、きっと彼は崖っぷちに立っているのだと思う。

 

「──そいや、オレとあいつがあったときは初対面って反応だったけど、ジキルやフランとあったときはなんかそうでも無かったよな? 知り合いではないけど、顔は知っているくらいの反応をしてた気がする」

 

「余計なことをしゃべる前に足を動かしな、さ、い──」

 

「動かしてるって。なーんか不思議だよな。まさか()()()でも持ってんのか? なんてな、はは……どうした、父上?」

 

「──」

 

ぞわり、と背中に鳥肌が立つ。モードレッドの言葉には聞き逃してはいけない、何よりも大事な可能性が隠れていた気がしたのだ。それを見抜けねばすべてが終わってしまう程の、重大な──

 

 

 

 

 

ハズムは、記憶を無くしている?

 

モードレッドの言った通り、彼はモードレッドのことを初対面の人物として扱っていた。しかし、ジキルやフラン、あるいはジャックのことは覚えていた。

 

そんなことがあり得るのか? 特異点ロンドンではモードレッドも登場していたはずだろう。それを忘れる? メインキャラクターだったはずの彼女を?

 

昔の記憶だから風化してしまった?……そんなはずはないだろう。ならばロンドン全体の記憶が虫食いだらけのはずだ。ピンポイントでモードレッドの事()()を忘れたとしか思えない。

 

そんなことがありえるのだろうか。いや、きっとありえているのだ。可能性は高いだろう、現実を見るのだ、アルトリア・ペンドラゴン!!

 

きっと記憶をなくしているのは事実だ。以前夢で彼の記憶を覗いたが、今思えば銀弾(シロガネハズム)の記憶と比べて、白金恥無(シロガネハズム)のそれは、不自然に抜け落ちた光景が多かった。時間軸は飛び飛びで、一人の人間の生涯にしては少ない情景しか浮かんでこない。

 

では()()? なぜ彼の記憶は抜け落ちる? 決まっている。彼の奥の手、蘇生や獣の打倒すら叶う、万能の──万能だと思われたその力には、明確な代償があったのだ!!

 

それは記憶、あるいは魂なのかもしれない。白金恥無という少年を構成する要素、それを切り分けて消費しているとしたら。

 

彼の命綱ともいえる、母親の──杜若(あやめ)の言葉を、注がれた想いを忘れ去ってしまった時、果たして彼はどうなってしまうのだろうか。

 

 

 

ぞっと悪寒が体を這いずり回る。

 

それは、それは、それだけは。やめてくれ。尊き思いだったのだ。母親という存在を知らない自分でも胸が熱くなったくらいには、煌めいた願いだったのだ。

 

それを犠牲にするくらいならば──シロガネハズムが世界を救う必要などないと、思うくらいには。

 

 

 

 

 

「──ああ、おいなんだ!! 今度はなんだよ!? もうお腹いっぱいだっての」

 

不意に、直感が警鐘を鳴らす。本日何度目かもわからないほどの感覚だが、今回の者はそれに輪をかけて強い警告だ。

 

ニコラ・テスラよりも、アルトリア(わたし)よりも、もっと明確な脅威が現れたのだと、私の感覚が告げている。

 

「──ハズム」

 

ハズムがいるはずの方向、聖杯のある大空洞へつながる道を見やる。

 

私は、私は何をすべきだ。このまま黒のアルトリア・ペンドラゴンを打倒するのか? それとも──

 

 

 

私が捨てずにいるべきものとはなんだ。私が貫くべき意志とはなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──モードレッド。頼みがあります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 







銀の弾丸は聖なる弾丸。悪なるを寄せ付けない清浄、化生を滅す一撃。

であれば、使用者の持ち物の中で()()()()()()こそが、それと吊り合う代償であろう。






【ここから砕け口調】

今回は独自設定のようなものが多かった気がするのでいくつかピックアップ!

・命をもって宝具をブースト
→これってどうなんですかね。ステラみたいにそもそも命を代償とする宝具はあるけど、ただの宝具を自爆覚悟でオーバーロードした例ってあったっけな。fateの各作品の詳細な記憶は無いし、そもそもくまなくチェックしたことないのでわがらん。まあうちの世界ではできるってことで! なんか例があったら教えてちょ。

・カルデア製令呪は冬木と比べて使い道が限られている
→これはね、なんか原作で言われてた気もするけど、じゃあどこで言われていたのと聞かれれば答えられないですね。半独自設定のようなものとして私は判定していますが。どーだったかなー。

・働きすぎな直感
→直感万能説。今回だけで何回働いとんねん。過重労働すぎる。直感さんは泣いていい。これも原作でここまで感知能力が高いのかは不明。多分ここまでじゃないような気がする。



こんなところですかね。この小説は作者のもつシロガネハズム君よりがばがばな原作知識と、厨二心と、一滴の作家魂で作られています。設定主義の人はごめんね。

ではではあとは締めのご挨拶を。

速いものでこの小説も投稿開始からちょうど一年。一年で半分言ってないのマ? 大丈夫ですかねこれ。

何にせよ、皆さまが読んで応援してと反応してくださるうちは細々続けていこうと思っております。相変わらずの不定期更新ですがそこはご愛敬ということで。

そういえば、ロンドンはあと2話ほどで終わる予定ですが、それを投稿し終わった後には“後書き”ならぬ“中書き”というか、中間地点到達記念で、これまで書いた部分で作者がどういう思いを込めていたのか、などをまとめたものを投稿しようかと思っております。もちろん明かせる範囲でですが。

つきましては、中書きにおいて読者の皆様に聞きたい疑問や書いてほしいことがあれば答えていこうかなと思う次第です(答えられる範囲で)

匿名設定を外して活動報告に疑問投稿箱を用意しておきますので、なにか聞きたい奇特な方はそちらにどうぞ。

感想欄でのアンケートは禁止されているようなので、感想欄には書かないこと! 約束!



では、今回も最後まで読んでくれてありがとナス!

こんながばがば小説でも読んでくれる人がいて嬉しい! 良かったら評価とかお気に入りとか、感想とか感想とか感想とかよろぴく!

ではまた次回、ばいなら!




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ロンドンー10:『貫く、いし ②』



文字数の割に全然進まん。すまない。




 

 

 

私は走っていた。持久力どころか、生命力すらをも注ぎ込まんほどの速度で、私は疾走していた。

 

これから私がたどり着く結末が、どんなものであろうと構わない。けれども、間に合わないことだけは、唯一許容できなかったのだ。

 

モードレッドに()()()()を願って、それに快諾とはいかないまでも、確実な了承をもらって、私は来た道を()()()()()()()

 

それは、ハズムの命令には反した行いだった。彼に願われたのは、まず第一に黒い槍の騎士王の打倒であったから。

 

カルデアの令呪に対した強制力はない。私ほどの対魔力があればなおさらに。しかし、それでも令呪によって命ぜられたことに変わりはない。設定された目的と相反する行動をとっている体は、少しばかりの違和感を訴えていた。

 

痛みどころか倦怠感すら覚えることもない、ただの違和感だ。無視できるほどのものだった。私には、この喉に小骨が引っ掛かった程度の感覚よりも、はるかに優先すべきものがあったのだ。

 

 

 

数分ほどもすれば、ニコラ・テスラが崩壊させた空間、円形の大穴にたどり着いていた。一帯には未だにちりちりと鳴る火花や放電がみられる。先ほどまでと何も変わってはいない。

 

しかし、十数分前、ハズムと別れた時にあった空間の断裂だけは、一見すればあの時ほどの強度を保ってはいないように見えた。あの時が“アヴァロンにも似た絶対防御”だと仮定すると、“神代の一流魔術師が張った結界”くらいには抑えられているように思える。

 

それはつまり、()()()()()()()()()()()から、()()()()()()()()()()()くらいにはなったということだった。私にとっては幸運なことだった。

 

「……予想通り、戻ってきたか」

 

「アンデルセン、まだここにいたのですか」

 

黒い煤にまみれ破壊されつくした大地に一人、アンデルセンが胡坐をかいて座っていた。右手には羽ペンを持って、何かを書き記している。宣言通り執筆を行っていたらしい。未だに雨は降り続いているが、彼はそこらのがれきを組み合わせて、雨よけを作っている。手元の原稿はかろうじて濡れるのを回避していた。

 

しかし──ジキルとフランはどうしたのだろうか。姿が見えない。

 

「ああ、あの二人は帰した。自分たちも戦うなどと渋ってはいたがな。俺より強かろうと、仮初の命でしかないサーヴァントと違って、生者だろう、あいつらは。無駄に命を散らすこともない。ことここに至っては、あいつらがいようといまいと、何も結果を及ぼさん。ならばせいぜい、自分たちの安全くらいは確保すべきだろう」

 

「──驚きました。貴方にもそうした思いやりがあるのですね」

 

「思いやり? まさか! ここで戦闘が起こって見ろ。原稿に血反吐でも吐かれたら叶わんだろう。これは、大事な原稿なんだ。汚されるのは、勘弁だ」

 

そう言う彼は、こちらに言葉を放りはするが、目線は原稿に落としたままだ。汚されるのは勘弁、と言ったところで、地面を机代わりに書いたのでは、裏面は既に煤だらけだろうに。

 

表面、文字を書いた方を汚されたくはない、という意味なのだろう。それほどに大事なことが、彼の手元に書き連ねてあるらしい。

 

 

 

「まあ、いいでしょう。では私は行きます。急がなければなりませんので」

 

ともかく、アンデルセンに構っている時間はあまりなかった。先ほどからずっと嫌な予感がしているのだ。早急にハズムの下にたどり着かねばならない。

 

そう思って踏み出そうとすれば、その出鼻をくじくようにして、アンデルセンが声を上げた。

 

「──待て」

 

「っ、だから急いでいると!」

 

「待てと言っているだろう!」

 

声を荒げたその童話作家の眼には、なにか熱い炎のようなものが内包されているように感じられた。私はその異様な雰囲気と剣幕に一瞬ひるんで、立ち止まらざるをえなかった。彼は、私がそうして停止したことを確認すると、すぐに原稿に目を落とした。横顔は鬼気迫る様相だった。

 

「なにも、無駄話のために呼び止めたつもりはない。もうすぐ書きあがるんだ。だから待て。きっと、必要になるものだ」

 

「──なにを言っているのです」

 

「俺の宝具は、『貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)』。観察した人物の在り方を文字に書き出すことによって、その可能性を昇華させることができる」

 

彼はそう説明している間も、こちらをちらとすら見なかった。

 

その宝具のことは知っている。原作知識にもあったものだ。ただの童話作家が持つにしては大きすぎる、能力向上(バフ)という分類で考えればトップクラスであるだろう宝具。

 

「この宝具の真価を発揮するにはそれ相応の条件──有体に言えば、莫大な原稿量が必要だ。しかし、自分で言うのもなんだが、俺は他人にさほどの興味がない。それに執筆(しごと)も基本的に嫌いだ。だから、この宝具が十分に働くことなどめったにない。労働嫌いの俺にぴったりの、()()()()()()だ」

 

──だが、とアンデルセンは言う。目線を落とした彼の表情は伺えなかったが、それでも、その声色から察するに彼は何かを喜んでいるように思えた。

 

「今回ばかりは、いつもならば反論できないはずの、その下馬評に否を突き付けてやろう。俺は書く。書くんだ。俺は、読者が嫌いだが、愛読者は大切にするからな」

 

「──愛読者、ですか。ハズムが未だに童話を好んでいるとは思えませんが」

 

話の流れとして、その宝具を誰のために使っているのか、などどいうのは至極容易に理解できた。ハズムだろう。しかし、ハズムがアンデルセンの童話のファンという話には違和感があるが。

 

私の疑問に、アンデルセンはわかっていないな、とこちらを小ばかにするように笑った。

 

「この前、俺とやつが二人で話したことがあっただろう」

 

「ええ。魔術協会であなたが火事場泥棒のような真似をした日のことですね」

 

「ああ。俺はその時──獣だのなんだのについての、本題に入る前のことだが、やつに聞いたんだ。“で、結局お前は俺をどう思っているんだ”とな。そしたらなんて返ってきたと思う?」

 

「それは──怖い、面倒くさい、などでしょうか」

 

「そうだな、そんなことも確かに言っていたが──あいつはな、最後に“でも、好きだよ。尊敬しているよ”なんて言ったんだ。なんてことない風にな」

 

「……まあ、彼ならば言うでしょうね。でも、それだけで?」

 

「ああ、それだけで、だ。そこらの誰かに言われたのなら、むしろ不機嫌になるところだ。勝手に尊敬されても虫唾が走る──だが、あいつだけは違うだろう」

 

やっと、できた。そう言って彼は羽ペンを置いた。とても満足そうな顔をしている。

 

感無量といった表情で、彼はぽっかりと穴をあけた頭上を見上げた。雷が鳴り、雨も降っている。しかし彼は晴天を見上げたかのように眼を細めていた。まるで直視できないほど眩しい何かを眼にしたように。

 

「──あいつは読者だ。それも特別な。きっと『親指姫』も『雪の女王』も『人魚姫』も、俺の書いた元祖とも呼べるそれは読んでないに違いない。だがあいつは、『ハンス・クリスチャン・アンデルセン』という人物の生きざまを、俺を登場人物(キャラクター)とした物語を、読んだ者だ」

 

「……」

 

アンデルセンの言っていることは間違いではない。白金恥無という少年の記憶の中では、当然のように『Fate/EXTRA CCC』についてもあった。ゲームを買って()()したかどうかまでは知らないが。アンデルセンというキャラクターの物語を、知っていることには違いない。

 

「──そんなことができるのなぞ、クソッタレの神くらいだと思っていたんだ。“神は全てを見ておられる”だったか。胡散臭い話だ。それに本当に見ていたとしても、律儀に()()を伝えてくれることなどないだろう」

 

ぎゅと、彼は分厚い原稿を握りしめた。そこには万感の思いが込められているように思えた。私には作家という人種の心境を慮ることなどできないが、きっとハズムが何気なく行ったことには、アンデルセンにとって特別な意味があったのだろう。

 

「……自伝を読んだのとは訳が違う。歴史家気取りのクソの話を鵜呑みにする連中なんかとは雲泥の差だ。あいつは、シロガネハズムは! 俺の人生そのものを読んだ読者だ。それも、直接その本の登場人物に会って、批評まで伝えてくれるほどの、律儀な愛読者!」

 

「ですが、それは──」

 

「わかっている。あいつはなにも、俺に会うために次元の壁を越えてきたのではないだろう。そこを間違うほど観察眼は衰えていない──だが、しびれるだろう。そんなことが起こるのだと、高揚するだろう。それがあいつにとって何気ない言葉でもだ」

 

私はこれまで、アンデルセンがハズムに対して、そこまで大きな感情を抱いているとは思っていなかった。彼はハズムに対して好意的なセリフを吐いたことは無かった。それが彼の性格なのだと言われればそれまでだが、それでも、彼がひとりの人物に執着していることは意外に思えた。

 

殺生院キアラに対するものほどではないだろうが、それの足元に届くくらいには、彼はハズムに興味と情を抱いていたのだと。

 

それらを、彼は執筆に注いだ。『貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)』。ハズムを主人公に書かれたそれが、彼のやる気に見合う出来になっているのであれば、それは確かに状況の打開策になっているのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

「期待してもらっているところ悪いが、この物語の主人公はあいつじゃない」

 

「──は?」

 

「一度もそんなことは言っていないだろう。勝手に勘違いしたのはお前だ」

 

「──は!?」

 

途端に今までの期待と感傷が霧散する。この男は! となんだか苛立ちが爆発しそうになってきた。

 

じゃあなんで私は呼び止められたんだ! とモードレッドのような剣幕で怒鳴り散らしてしまいそうだ。今までの話はなんだったんだ! ただの自分語りなのかダメ作家!

 

「そう怒るな、理由はある──あいつは、自分を主人公に据えた物語など受け取らないだろう。絶対に固辞する。あいつは他人からの施しに遠慮を通り越して恐怖すら覚えている。自分にそんなことをされる資格も価値もないと。だからあいつを主人公とした本など書けない。俺は需要というものを理解している。それを反映させてきた実績はあまりにもないが。はあ、まったく面倒くさいことだよ、お前の主人は──」

 

「面倒くさい、などと貴方に言われたくはないでしょうが──ええその通りだとは思います」

 

「……他人からの施しを受けない男。注がれる思いに恐怖する少年。そんなあいつにとって一人の例外がいる。それがお前だ、アーサー王」

 

「わたし、ですか?」

 

そうだ、とアンデルセンは言う。正直言って全く心あたりがなかった。

 

「たとえそれが、“自分が正道を外れた時に殺してもらえる”という考えであったとしても。他人から何かを施してもらえるのを、ごく普通に受け入れているのは、お前に対してだけだろう」

 

「それは──」

 

そう言われれば、そうなのかもしれなかった。彼との約束。剣と銃を突きつけ合う、命を人質に正しきを成すための約束。あの約束をほかならぬハズムが受け入れてくれたことは、確かに普通ではないことだったのかもしれない。

 

「……お前が引き返してきてくれてよかった。だからこそ、この本を書き終えることができた」

 

「それは、どういうことですか?」

 

「俺も上手く言葉にはできんが──あいつの運命はつながったということだ。それが良いことか悪いことかは知らんが」

 

彼は羽ペンを虚空に一振りする。只の分厚い紙の束だった原稿は、次の瞬間には装丁された一つの本に変わった。アンデルセンはそれを丁重に私へ手渡した。

 

「タイトルは──そう。7つの銀弾(Seven silver bullets)だ。決して中身は見るな。これはお前のための物語ではない……さりとて、あいつのためか、と言われれば自信はないが」

 

これほどまでに不明瞭な本を書いたのは初めてだ! と彼は言う。その本は英霊の膂力を持つ私にとって大して負担になる質量を持つわけではなかったが、ずしりと重い錯覚を覚えた。

 

彼という狂気的な作家の熱が、この本には宿っている気がした。

 

「その性質上、宝具の真価を発揮できてはいない。きっと魔力をブーストするお守りとしての価値ぐらいしかないだろう。ちょうど令呪一画分といったところか」

 

「それはまた、ずいぶんと微妙な……」

 

「いうな。反論できないだろう」

 

彼は嫌そうに眼を背けると、どかりと地面に倒れ伏した。原稿があがって疲れたのだろう。

 

 

 

とにもかくにも。彼の用事が終わったようであるなら、私は疾くハズムの下に向かうべきだろう。止めていた足を進めようとすれば、アンデルセンは「いくのか?」と言った。

 

「ええ。行きますとも……これは、ハズムに届ければ?」

 

「いや、自由に、お前の思ったように使ってくれていい。きっとそれが一番いいだろう」

 

「そうですか。個人的にははっきりしてくれた方がよかったですが」

 

「ふん、そんなものだろう、人生は。こうしたほうが良い、とはっきりわかることの方がおかしいんだ」

 

「それは、確かにそうですね」

 

英雄でなくとも、どんな人間であろうとも。人生とは不明瞭な選択肢の連続だ。何度だって間違えて、たまには正解を引いたような気がしながら。私たちは生きていく。

 

「──お前は、辿り着いてどうする気だ」

 

「──わかりません」

 

「なんだ、お前こそはっきりしていないじゃないか」

 

痛い指摘だった。私は急がなければと思うばかりで、肝心の、では急いだ先で何をするつもりかなんて考えていなかったのだ。

 

約束を果たせと、ハズムにはそう言われた。しかしそれでいいのか、と疑問に思う自分もいる。実際に自分が辿り着いたときに何をやるかなんて、わからなかった。

 

「──個人的な意見だが」

 

アンデルセンはこちらに真っすぐに目を向けて話し始めた。それはまるで道徳を言い聞かせる教師のように、心のこもった声色だったと思う。

 

「約束や誓いとは、破られるものだろう。つまりそれが神聖なものだという一般の共通認識に反して、酷く脆いものに過ぎない。では、なぜそのような脆弱極まりない存在にみな縋るのかといえば──見えないものに明確な形が欲しいからだ」

 

「かたち……」

 

「愛でも、友情でも。約束がある間は、誓いを守っている間は、そうした曖昧で不可視なものを何とか見えるようにできる。それが、ぬるま湯のような心地よい安心を生む。したがって──見えないものを()()と根拠もなしに信じられる者がいるのなら、そんなものは無くていいんだ。いらないんだよ」

 

「……」

 

「お前はどうだ。お前があいつとの間に結んだ絆とやらに、()()()()()()を欲するのか?」

 

それにもう一つ、これが最後だ。と彼は告げた。彼からの問いに対して頭を悩ませていた私は、それに是と告げるのが遅れたが、彼はこちらの承諾がどうであろうと話す、といった態度で言葉をつづけた。

 

「善だの、悪だの。俺はくだらないと思っているが、あいつにとってはそうではないらしい。そしてその判断を、あいつはお前に頼っているが──なあ、お前はもう王ではないだろう」

 

「私は、これでもアーサー王で──いや、そうですね。確かに私は、もう王ではありません」

 

「……ならば、裁定者の真似事なんておこがましいと思わないか? お前が王であるならまだしも、今はただの小娘にしか過ぎないお前が、善悪の判断をする権利も、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

彼の言った言の葉は、刃のように痛く鋭い凶器だったが、なにかヒントを得たような気はする。

 

アンデルセンはもう口を開かなかった。ただその眼が、行け、と先を促していることだけがわかった。

 

分厚い本を脇に抱えて、私は一歩を踏み出した。ニコラ・テスラによって生み出された空間の断裂が、私を拒絶しようとしてくる。だが私はこれを突破できると確信していた。

 

それは、直感がそう言っているというのも根拠の一つだが、もう一つ──ハズムは次元の壁を越えてこの世界に来たのだから、そのサーヴァントである私がこれくらいの壁を越えられなくてどうする、などという訳の分からないプライドがあった。

 

私はその身に宿るあらゆる手段を用いて、その断裂の押し付けてくる拒絶を()()()()()()。魔力放出、風王結界。そしてエクスカリバー。使えるものは何でも使った。

 

粘度の高い上に丈夫な金属でできた壁に向かって進んでいる心地だった。突破するなんて夢物語にも思えてくる。それでも、これだけは突破しなければならない。これくらいで私の意志を阻まれてたまるか、と負けん気が腹の奥から湧き上がった。

 

ばちばちとこちらの拒絶と私の突破の心が形を持ったかのようにぶつかり合う音がする。目が眩むほどの火花があたりに舞い散り、この空間の惨状をさらにひどいものに変えていく。

 

そうして抵抗を続けて、どれだけ経っただろうか。ぴしりとひびが入るような音がして、私は壁の向こうへと抜け出ることに成功した。

 

「やっ……た」

 

息も絶え絶えだったが、倒れている暇はない。私は空洞の奥へと歩みを進めた。

 

彼に会ったら、何をすればいいだろう。

 

きっと、この先にろくな光景は待っていない気がする。少なくとも、ハズムとリツカとマシュの三人が、聖杯をもって「やった、特異点を修復したぞ!」と笑顔でいる何てことはないだろう。むしろその逆、何もかもが空回りした最悪の結末が頭をよぎる。

 

それでも私の心の中に、絶望は無かった。だからと言ってキラキラ光るような希望もありはしないが。

 

私にあるのは──薄望だけ。あたりに漂う霧のような、不明瞭で、掴めなくて、それでも確かに見えるような、小さな、小さな希望の残滓。

 

私の奥で、覚悟の熱が燃えていた。思えば、モードレッドに()()()()()を頼んだ時から、きっとこの決断は半ば完了していたのだと思う。

 

それが、アンデルセンとの問答を経て形になった。ただそれだけの話だろう。

 

 

 

私には、明確な、貫くための意志がある。

 

たとえ何に阻まれようと蹴散らして進むくらいの、強固な意志が。

 

そのために、ハズムの()()を貫くことになってしまっても。

 

それがきっと、アルトリア・ペンドラゴンという()()の、やるべきことだと信じているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、最も犯してはならない罪科だった。オレはこの時、この瞬間、シロガネハズムという人間にとって最も忘れてはならない戒めを破ったのだ。

 

わかっていたはずなのだ。シロガネハズムが自分の功績や名誉のために動くことが、どれほどにはた迷惑なものなのか。どれほど他人の人生に悪影響を与えてしまうのかくらい。

 

崩れ落ちる親友──リツカと、マシュの姿に、オレは前世の記憶を噛み締めていた。努力して、挑戦して、価値ある人間になりたくて。しかし何も成すことができずに、それどころか家族に大きな負担をかけた、いつかの記憶を。

 

──同じだ。オレはまた、同じ運命をなぞるようにして進んでいる。飛来した銀弾は、運命を破壊してなどくれなかった。ただただ、決められた道筋に沿って、運命という名の激流に溺れていくだけ。

 

オレは叶いもしない理想を抱いていたのだ。それも真っ黒で欲にまみれた、醜い理想を。そんなことでは、その強欲さが生んだ重みによって溺死してしまうことなど、わかり切った話だっただろうに。

 

 

 

「──りつか、ましゅ?」

 

口の中が砂漠のように乾燥して、舌が金縛りにあったみたいに動かない──それでも、オレは倒れ伏した彼と彼女に何とか駆け寄った。

 

胸の中心にきれいに一つ、まん丸の穴があった。人差し指の太さで塞いでしまえそうなくらいの、小さな穴が。そこからどばどばと、真っ赤な血が流れでている。

 

オレはとっさに“銀の弾丸”を発動させようと構え、口ずさんだ。

 

「銀の浄化、ひじ、りの──くそ! ああくそ! どうしてっ……!」

 

だが、ゲーティアを殺そうとしたときに感じた血が高ぶるような感覚も、魂が指先に流れ出ていくような感覚も、無かった。つまりは、()()。リツカとマシュを治療したいというオレの願いは、傷を無かったことにしたいという思いは、叶うことは無かった。

 

あの時と同じだ。死にかけていた母を救うことができなかった、あの血に染まった夜と同じ。

 

銀の弾丸は万能ではない。どれだけ真摯に願いを込めても発動してくれないことがある。今回がそれだった。リツカとマシュを治癒するという願いは却下された。つまり、切り札を封じられたオレにとって、できることはそうありはしなかった。

 

やれたことといえば、とっさにリツカの腰を探って見つけた治癒のスクロールを使ったくらい。傷はふさがったようにも見えるが──あれだけの致命的外傷(クリティカルヒット)を受けて生きているかどうかは、医者でもないオレにははかれないことだった。

 

「く、くはは、くははははっははは!!!」

 

打ちひしがれた心に、バカにするような笑い声が突き刺さった。どうしてだろう。不思議と嫌悪も痛みも感じない。ただ、それを当たり前のように受け入れる自分がいた。

 

目線を上げると、そこには魔術王ソロモン──魔術王ゲーティアの姿があった。いや、ゲーティアですらもないのかもしれなかった。この心底に人というを見下しているかのような笑い声には聞き覚えがあったのだ。

 

目の前の男には本来、人を馬鹿にするような余裕などないはずだった。銀の弾丸が狙いすました相手、その肉体を、ただの銃弾に撃たれた程度の状態にとどまらせるはずはないのだ。

 

例の夜、クソッタレに撃ち込んだ時もそうだった。標的は銀弾による外傷によって死ぬわけではない。その身に宿る魂や存在力──この世界にいる権利そのものを砕かれて死ぬのだ。

 

いまこの時、世界そのものから抹消されるかのような、この世の全てから拒絶されているかのような苦痛が男を襲っているはずだ。

 

言語や感情なんて忘れて、のたうち回りたいほどにつらいはずだ。現に男の体は端から黒ずんだ灰のように変色し始めて、ひび割れも起きている。明らかに尋常ではないものに苛まれているだろうに。

 

それでも嗤うことをやめないということは、この男にはよほど、オレに対して執念じみた思いがあるらしかった。オレのことを死の間際に嗤って嗤いつくしてやりたいくらいには。

 

「どんな気分だシロガネ、ハズムゥ……()()()()()()()()の力をもってすればこれし、き──く、はは」

 

「フラウロスだと……お前、お前は、レフ・ライノールか!!」

 

「切り、札を使って、何をしたかと思、えば、大切なお仲間二人を死なせて──グゥッ──成果は72のうち1を削っただ、けとは──」

 

なんともまあ、()()()()()()()と、目の前の男──レフ・ライノールは息も絶え絶えに皮肉った。

 

その言葉に、オレは何も言い返すことができなかった。リツカとマシュの胸を()()によって貫いて、成したことといえばレフ・ライノールを殺しただけ。ゲーティアの配下、あるいは身体のほんの一部でしかない彼を消したという、僅かな成果。

 

きっとゲーティアにとっては、小指をどこかにぶつけた程度でしかあるまい。それなりの痛みを感じているとしても、すぐに忘れてしまうくらいのもの。命になんてもちろん、届くはずもない傷。

 

それは、あまりにも()()()()()結果だった。費やしてきた時間に。重ねてきた努力に──積み上げて来た犠牲に。顔向けできない、ちっぽけな。

 

「お前のせいで、世界は滅ぶ──感謝しているよ、シロガネハズム」

 

彼は、それを言うまでで限界だったのだろう。体はついに崩れ落ちて、灰の山になって積みあがった。あたりを静寂が包んだ。レフ・ライノールは、死んだ。その事実を風に運ばれていく灰の一粒一粒が語り掛けてきていた。

 

 

 

世界に自分だけが取り残されたかのようだった。静かな空間に濃霧だけが漂っていた。

 

目の前にはリツカとマシュが倒れ伏している。呼吸や鼓動の有無を確かめる気にはなれなかった。怖かったのだ。死んでいることを確信してしまえば、シロガネハズムという人間は終わりを迎えてしまう気がした。

 

──もうとっくに、終わっているのではないかとすら、思えるけれど。

 

胸にぽっかりと、穴が開いたような気分だった。もしかすれば、弾丸で撃ち抜かれたのは、ほかならぬ自分であるのではないかとすら思えた。

 

なによりも大切なもの、自身の片足、片腕にも喩えてもよいほどの、ずっと連れ立ってきた想いを砕かれてしまったかのようだった。

 

「──これが、オレの終点なのか」

 

なんともまあ、くだらない旅だった。結局のところ、シロガネハズムは何も成し遂げられない人間でしかなかったのだと。それを再確認しただけの、無意味な旅。

 

後悔しかない人生だった。オレがこの世にいなければ、いったい何人の人が幸せになれただろうと妄想するほどには。

 

オレが原因で起きた悲劇は、きっとあまりにも多かった。家族のこと、目の前のリツカたちのことだって。原作通りにオレがいなければ、きっとリツカとマシュはシナリオ通りに世界を救っただろう。オレの家族も、あんなクソッタレの実験台にされることはなかっただろう。

 

時を巻き戻して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()心地だった。

 

しかしきっと不可能だ。やり直したいと何度願ったって、銀の弾丸は──

 

「──え」

 

 

 

 

 

 

指先に、体中の血潮と魂が、集まっていくかのような感覚がした。

 

 

 

 

 

「──は、はは。なるほど、な。全く、こんな簡単な話だったんじゃないか」

 

 

 

 

 

 

オレは、きっと“銀の弾丸”というチカラを誤解していたのだ。

 

この弾に込める願いに制限など最初から無かった。制限があるかのように思えていたとすれば、それは、()()()()()()()()

 

銀の弾丸は、問題に対する特効薬。唯一無敵の打開策だ。

 

では、どうやってその問題を()()しているのか。その片鱗を、オレは今しがた見たじゃないか。

 

銀の弾丸は、()()なのだ。それがいかに特別な概念を内包していようと、突き詰めれば破壊と貫通のチカラでしかない。

 

だから、オレの起源は解決だけではなかった。わかり切っていた話だったのだ。

 

どんな問題にだって、必ずそれを作り出す()()があるだろう。じゃあそれを問答無用で打ち抜く弾丸があるとすれば?

 

銀の弾丸とは、そういう、なんとも単純で分かりやすいチカラ。徹頭徹尾、()()()()()()()()()()()()でしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「──終点じゃない。ここはまだ終点なんかじゃ」

 

終わったと思っていた。すべてはもう手遅れだと。もう後の祭りなのだと。しかし違った。まだやれることがある。

 

見えないはずの、感じられないはずの魂が、確かに胸の中で燃えている。

 

正真正銘、これで最後だ。

 

オレが積み上げてきたもの、歩んできた道、成した結果。そのすべてが間違いだったと、そうわかったのならば。

 

そんなものはきっと──いらないだろう。

 

灯台下暗しなんて、よく言ったものだ。何よりも撃ち抜くべき原因は、最も近くにあったというのに。

 

 

 

 

 

 

「──誰にも望まれてない? そんなことあるものですか。ほかならぬ私が望んでいるんです」

 

「──誰の種? 下品なこと言わないで! そんなの関係ないでしょう? 父親が誰だろうと、私の子です」

 

「──ねえ、菖蒲(ショウブ)? お父さんたらひどいのよ。堕ろせ、堕ろせって。そんなひどいことできるわけないでしょうにね?」

 

「──え、名前? そうね……■■■ってどうかと思っているの!」

 

「──変だって? 失礼ね! だってこの名前ならどこまでも高く行けそうじゃない? 親の私になんか見えない、遠くの景色を見てほしいの!」

 

「──それにね、もう一つ。心も■■■せることができる子になってほしいなって!」

 

「──誰かに貰った想いをね、ゴム毬みたいにね、何倍にもなった勢いで跳ね返せるような子になってほしいなって!」

 

「──そしてね、えへへ、これはちょっと欲張りかもだけど……私が注いだ愛にも、ちょっとでいいからお返しをしてくれたらなって……もちろん、見返りを求めちゃいけないのはわかってるけど、期待するくらいいいでしょ?」

 

 

 

 

 

 

「──よろしくね、お父さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆    ◆

◆         ◆

◇  人類悪 ◆ 装填   ◇

◆         ◇

◇    ◇

 

 

 

 

 

 






色褪せない記憶もなければ、永遠に輝く想いもない。

一度放たれた弾丸が、いつかはその勢いを使い果たして、止まってしまうように。

しかし、この身に宿る銀の弾丸は違う。どこまでもどこまでも、進んでしまう。大切な想いも、尊ぶべき者たちも振り切って、貫いて。オレ自身の意志すらも置き去りにして。

そんなことは、もうたくさんだった。だから、無理やりにでも止めることにしたのだ。

これがきっと、最後の弾丸になるだろう。手元に何発残っているとしても、射手(オレ)に使う意思がないのであれば、ごみクズ同然だ。

──銀の弾丸はしばしば、魔弾の射手の魔弾と同一視されることがある。

そして、魔弾の射手の()()()弾丸は、射手にとって最も大切なものに命中する。

であるならば、シロガネハズムにとって最も大切なものとは、世界よりも、友よりも、家族よりも──自分だったということに他ならないのではないか。

ああ、だとすれば、なんという皮肉だろうか。

誰かのためにと思って歩き続けた旅の終点で、その旅がただの自己保身に過ぎなかったと気づくなどと。












最後まで読んでくれてありがとナス!

全然話の展開が進んでないけど、急ピッチで次話を書き進めているから許してくれ。

感想、評価、お気に入り、どうぞよろしくお願いします。

あとは前回も言ったけど、活動報告にある【箱】にも気軽に疑問を投げてどうぞ。

ではまた次回! しばしお待ちを!



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ロンドンー11:『貫く、いし ③』




お゛わ゛ら゛ん゛





 

 

 

あれは──そう、このロンドンに赴く前、彼と共に剣の訓練をしているときのことだった。

 

散々に打ちのめされて息も絶え絶えなハズムの様子に苦笑しながら、私は彼の額に浮かんだ玉のような汗をぬぐってやっていた。

 

彼を死なせたくない、という一心で死ぬほどきつい鍛錬をやらせる、というある意味矛盾した行動を自分がしていることには気づいていた。だから彼が休憩している時くらいは甲斐甲斐しく世話を焼いた。

 

彼はとても良い肉体を持っていた。万夫不当の存在になれる、というほどではない。あくまでいち人間としての範疇にとどまってはいるが、しかし非凡な肉体であった。運動するにしろ戦うにしろ、どんなふうに使おうが活躍してくれそうな、汎用的かつ強い肉体だ。

 

彼はそのおかげで教えたことをすぐに吸収した。最も優先して教えた“剣を手放さない心がけ”を一日で習得し、2番目に教授した“左半身の守り”も、もうマスターしようかといったところだ。一を聞いて十を知るほど飛躍しているわけではないが、一を教えれば五を嗅ぎ取るくらいには、教えやすい弟子だった。

 

そしてなにより、彼はとても体力の回復が速かった。もう立ち上がれないくらいに痛めつけても、数分もすればけろっと立ち上がった。それが鍛錬の効率を大幅に向上しているのは疑いようもないほどに。

 

総合的に見て、彼はとても訓練しやすい人間だった。教えたことに対して確実に答えてくれる、さらに時間もたっぷりと有効に使える、“師匠泣かせ”の真反対に位置するような存在。

 

しかし、唯一不満があるとすれば、それは彼との交流の密度が薄いことであった。順調すぎる修行は、順調すぎて彼とゆっくり話すような時間を生み出さなかった。

 

私は剣を交えている時にまでお気楽なやり取りができるほどおめでたい頭はしていない──皮肉や挑発を飛ばすくらいならまだしも。すなわち剣を交えている時間が常に続く彼との訓練では、とても建設的な会話などしようがなかった。

 

あるとすれば、彼の体力が底をついてから、それが瞬く間に回復しきるまでの短いひと時のみであった。

 

──ちょうど今のように。

 

「──は゛あ、はぁ、はあ……勘弁してくれよ、ペンドラゴン。厳しいのにも限度ってものがある」

 

まるで今しがた深海に潜ってきたと言われても信じてしまうぐらいには、彼は激しく空気を取り込もうとしていた。私との打ち稽古は呼吸を忘れてしまう程のものらしかった。私は弟子の(正当な)ボヤキを受け流しながら、地面に倒れ伏す彼に手を差し出した。

 

彼は無視されたことに対して不機嫌そうに、しかしどこか照れたようにそれを握ると、控えめに礼を言った。「ありがとう」とぶっきらぼうに零すその表情には慣れてきたころだった。

 

「はい、水です」

 

「ああ──んく、んく、はあ゛ぁ……」

 

水筒に詰めた飲料水が、彼の喉に勢いよく吸い込まれていく。傾けすぎた飲み口と彼の唇の隙間からは、冷たい水が汗とまじりあいながら零れ落ちていた。彼は水筒を口から離すと、それを手のひらでぱっとぬぐった。

 

「さて、落ち着きましたか?」

 

「おかげさまでね」

 

「結構。それでは──なにを、話しましょうか」

 

彼の呼吸があらかた落ち着いたところを見計らって、私はそう切り出した。“休息の時間は交流に当てる”。それは、私が提案した取り決めだった。

 

彼の記憶を覗き見したとしても、それは彼という人間を完璧に把握したというのと同意ではない。私たちにはお互いの認識の擦り合わせを行う必要があった。それが、提案の表向きの理由。

 

私はただ、彼のことを知りたかったのだ。より正確には、彼にとっての幸せとは何かを知りたかった。私は彼のサーヴァントに選ばれた身として、彼の人生が満足いくものになる手伝いをできればと思っていた。

 

「じゃあ、そうだな。家族のことを」

 

「それは──いいのですか?」

 

彼が話題として選択したのは、彼の家族についてだった。それは彼にとって何よりも悲劇を連想させるものであり、同時に在りし日の幸福の象徴でもあっただろう。なんにしろ、簡単に話題に上るものではないと、私は考えていたのだ。

 

「なにをいまさら。もう全部盗み見した後だろうに」

 

ハズムのその発言は、言葉とは裏腹に攻める口調ではなかったが、私は居心地の悪さを感じた。勝手に他人の人生を見るというのは、このような罪悪感を感じるのだなと思った。私のことを()()()()()として読んで知っていたハズムも。同じような気持ちでいたのだろうか。

 

「さて、なにから話そうかな。といっても、あんまり話せることはないけど」

 

「では──どうでしょう、貴方の、母上のことなどは」

 

これを訊くのはことさら勇気のいる事だったが、意外にもハズムの反応は悪くなかった。やんわりと拒否されると思っていただけに、私は拍子抜けした心地だった。

 

「──ああ、そうだな。じゃあ、母さんについて話そう。正直、母親のこと以外となると、なぜか記憶がおぼろげでさ、あんまり覚えてないんだ」

 

今生の家族についてなら何でも覚えているけど、前世の家族となると──と、ハズムは悔しそうに言った。

 

私はこの時、彼の前世の記憶はただ摩耗したのだと考えていた。転生という常ならぬ出自と、何より二度目の人生を20年近く歩んできた彼は、色んなことを忘れてしまったのだろうと。事実としては、その記憶は能力の代償として捧げられていたのだが。

 

「まず、そうだな──オレには母親と呼べる人が()()いるんだ。いや、今生で面倒見てくれていた叔母さんも数えれば四人かな? ともかくそれだけいるんだってこと」

 

杜若(アヤメ)菖蒲(ショウブ)、アイリスの三人ですね」

 

「うん。杜若(アヤメ)さんは、オレの前世の──白金恥無の生みの親。で、菖蒲(ショウブ)は、オレの前世の育ての親。そして──アイリスは、今生のオレの、生みの親」

 

ハズムは彼女らの名前を出すたびに懐かし気な表情をして──同時に悲しみや涙をこらえているかのような、痛ましい表情を見せた。私はそれが耐えられなくなり、彼の手をゆるく握った。ありがとう、と彼は呟いた。

 

菖蒲(ショウブ)母さんとアイリス母さんについては、語っても語りつくせないほどに色々な思い出があるけれど──正直、杜若(アヤメ)母さんについてはあんまり話せることはないんだ。オレを生んですぐに亡くなったから、声も顔も、なんにも覚えていなくて」

 

「しかし、杜若(アヤメ)は貴方にとって──」

 

「うん。大切な言葉をくれた、大切な人だったよ。まあ、直接聞いたわけではなくて、伝聞だったけどね。でも、オレがいま生きているのは、彼女のおかげだっていうくらいには、大切な──」

 

それは、聞いているこちらが華やぐような、親愛にあふれた声色だった。

 

私は、杜若(アヤメ)という女性の託した想いを、その情景を、ハズムの記憶から読み取った。しかしハズムは、彼女の姿も声も覚えていないのだという。だとすれば私が見たものは、ハズム本人でも知りえない奥底に眠る記憶であるのだろう。心象風景にも似た、彼の根源──頭で思い返すことはできないが、心のどこかには確かに埋め込まれている楔──オリジン、と呼べるものだ。

 

ハズムは言わないが、きっと杜若(アヤメ)の事なら何でも知りたいに違いなかった。それは今の彼の様子を見ていればわかる。姿も、声も、私が知っているそれを伝えるべきかと悩んだが、しかしやめておくことにした。

 

いつか自分で思い出せた方が、よほど価値あるものになるだろうと考えたからだ。杜若(アヤメ)からハズムに贈られたものは、その二人だけが触れていいものだろう。横合いから盗み見ただけの私がどうこうしてよいものではない。

 

私たちはしばし、語り合った。ハズムの口から語られる家族との思い出は、私にとって何よりも輝かしく、尊いものに思えた。

 

「……さて、では再開しますか」

 

ここまでの短いながら分厚い会話を経て、彼の体力が完全に回復しきったと判断した私は、稽古の再開を促す。彼はぴょんと軽快に地べたから立ち上がると、訓練用の剣を正眼に構えた。

 

「今度こそは、一本いれてみせる」

 

「どうぞ。できるものなら」

 

挑発じみた言葉。煽るように彼に投げかける。それを契機に彼は私に向かって勇猛に切りかかって──

 

 

 

 

 

 

これは、在りし日の記憶。

 

ごく最近の記憶でも、もう遠い昔のものに思えてくる。

 

戻ることのできない、いつかの日常。穏やかな、ある日の昼下がり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辿り着いた先には、予想していたどんな未来の中でも最悪なものが待ち受けていた。

 

大空洞の中心には岩肌の高台がそびえたっている。怪しげな黒紫色の発光が一帯を照らし、くつくつと魔力が煮え立つように音を鳴らし、濃縮されているかのような感覚を覚える。

 

そして──目の前には、()がこちらをそっと見据えている。

 

その獣は、少年の姿をしていた。

 

細身な身体。しかし、獲得した天賦の才と積み上げた鍛錬の両方を想起させる、肉体。首から胸元にかけては銃創と弾痕が刻まれていて、痛々しい。

 

見た目にさほど頓着していないのだろう、と一目でわかる短く切りそろえられただけの髪。くすんだ銀のような頭髪の隙間から、銃身(ガンバレル)にも似た突起物が突き出ている。それはまるで()のようにも見えた──そして、いつかの夢で見た、あの死に際の母親の姿を模しているようにも。

 

表情と呼べるものはなく、その眼も大した感情を訴えてはくれない。ガラス玉のような瞳孔に、人形に相対しているかのような悪寒を覚えた。

 

その獣は、何もかもが、想像も理解もしたくない()()にまみれていた。ただ、ひときわきらりと、その首元に下げられた白銀色の発光だけが目立っていた。

 

──それは、その発光の源は、間違いなく、()()()()()()()()()だった。母から子に受け継がれた(のろ)いであり、(まじな)い。

 

「──間に合い、ませんでしたか」

 

そう口にしたとき、不思議と落胆も絶望も、私の胸中には存在していなかった。あったのは恐らく、ああやっぱり、という反応だったのだと思う。

 

彼の無事を願っていなかったわけではない。彼と、リツカと、マシュが、3人で笑いあってくれていれば、それが一番よかったに決まっている。だが、それは難しいだろうとも思っていた。だからこうして、惨い光景を目にしても、冷静でいられたのだ。

 

「……間に合わせるんだよ、ペンドラゴン」

 

私に語り掛けてくる獣。それは何かに絶望しているのに違いない、地の底から響くような声色だったが、同時になにか唯一の光明を見出したかのような──希望を抱いている者の声にも思えた。

 

「……」

 

私は獣の横をすり抜けるようにしてリツカたちの下へと向かった。体に触れて、つたない知識で診断を行う。ひどい出血があったのか、もはや虫の息、風前の灯火といったところか。唯一傷らしきものは見当たらないから、放っておいてもこれ以上悪化することは無いだろうが、これ以上良くなることもないだろう。

 

それはつまり、このままでは彼らは死の淵に立たされ続けるということを意味していた。

 

私は、片手に抱えていた例の()を彼らに握らせた。リツカとマシュの手が、その本を仲立ちにしてつながるような状態にすると、“彼らを安全な場所へ”という願いを込めた。

 

本──『七つの銀弾』の装丁本は、その願いを聞き届けたのか、ゆりかごのように形成した魔力に二人を乗せると、どこかへと飛び去っていった。

 

アンデルセンは自由に使っていいと言っていたから、きっとこんな使い方でも許してくれるだろう。令呪一画分の魔力で、彼らの安全を保護できるのだからそれでいい。

 

対価として、もはやあの本は()()()物語本でしかなくなってしまっただろうが──あの本の真の価値は、込められた魔力なんかではないだろう。重要なのは、込められた想いや願い、そしてそれを読者がどう理解するか。彼らの手に渡った物語は、きっといつか真に届くべき人に届くと、私は信じている。

 

 

 

 

 

 

「──さて、憂いはなくなりました」

 

私は、背後の獣に向き直った。リツカ達──守るべき対象はどかした。あとは私が、目の前の存在と決着をつけるだけであった。

 

「随分とまあ、奇天烈な恰好になりましたね──()()()

 

目の前の獣、その名前を呼ぶ。彼は悲し気に笑顔を作ると、自分自身を嘲るようにして話し始めた。

 

「まあ、なんというか。亜獣(デミ・ビースト)っていうのはオレの事だったみたいだね。こうなるのなら、アンデルセンには事前に教えておいてほしかったよ」

 

「貴方のような一般人が亜獣(デミ・ビースト)ですか。随分と、出世したようですね。今度はいったいどんな手を使ったのだか」

 

「さあ、ね。わからないよ。そもそも人類悪は人類愛から生まれるはずだったと思うけど。オレは人類愛なんてそんな大それたものは持ってないのに──ああ、だから“(デミ)”なのかもね。必要条件に欠けた、中途半端な()()()()()()だったり? だとしたら、オレにぴったりだよ、本当に」

 

「なりそこない、ならば、さっさと元に戻ったらどうでしょう。その髪色も、よくわからないアクセサリ(銃身の角)も、貴方には似合っていませんよ」

 

「ああ、そうできたら、そうしたい。でも、もう無理だ。この身はもはや、亜獣とはいえ人類悪だからね。ペンドラゴン、オレは──世界を滅ぼすことにしたんだ」

 

まるで当然の真理を説くように。なんてことない日常を語るように。獣は、将来の夢を口にするときと変わらぬ調子で──悪行を成すと宣言した。

 

それが、無性に切なくて。心に剣を突き刺されたかのように痛くて。もう、泣き崩れてしまいたいほどだった。私はその衝動を、拳をきつく握って抑え込んだ。

 

「──なぜ、と聞いても?」

 

「……」

 

彼は私の問いかけに何かを考えている様子だった。数舜か、数秒か、数分だったかもしれない。長く長く思えた沈黙ののちに、ハズムはゆっくりと口を開いた。

 

「ペンドラゴン、オレの持ってる切り札──“銀の弾丸”の話をしようか。これはね、文字通り“シルバー・バレット”、問題に対する打開策になってくれるチカラだ」

 

「ええ、なんとなくはわかっていましたよ。そもそも貴方は、()()丸と書いて、シロガネハズムでしょう。それに──アイリスが名前に込めた願いも、そうだったはずだ」

 

彼にとっての今生の生みの親──彼にロザリオを託した母アイリスは、帰国子女だった。彼女は英語圏でスラングとして用いられている“シルバー・バレット”にあやかって、彼に“弾”という名前を付けた。

 

母親からの願いを魂に刻み込むほどに大切にしている彼だ。その身に宿るのが、そうした想いをカタチにしたようなチカラである可能性は、もちろん考えていた。

 

「オレはね、この力を条件付きの願望器のようなものだと思っていたんだ。聖杯を使うには聖杯戦争を勝ち抜く必要があるように。魔法のランプを使うにはその表面をこする必要があるように。銀弾は標的と実際に()()し、許容範囲の願いを()()し、発射するものなんだって」

 

でも違った。と彼は言った。その言葉には、彼の感じている無力感や遣る瀬無さや、ともかく混沌とした感情がにじみ出ているように感じられた。

 

「……銀の弾丸は、原因と定めた()()を絶対に撃ち抜くチカラだ。そこには標的に相対する必要性も、装填する願いをえり好みする必然性もなかった。やろうと思えば、カルデアからゲーティアを撃ち抜くことだって簡単な、それほどに反則級のチカラだった」

 

「それは、なんという……」

 

彼の言ったことが事実ならば、それは大変なことだった。それはヒトが持つには過ぎたものだ。神ですら、それほどの権能を持ち合わせるものは少ないだろう。

 

しかし、ならば──制限がないとわかったのならば。これはあまりに単純な考えかもしれないが、そのチカラでリツカ達を治せばよかっただろうし、もっと言うなら今ここでゲーティアを撃ち抜けばよいのではないだろうか。

 

そうすれば、失敗に終わったと思っていた結果がひっくり返る。過程はともかくとして、これ以上の悲劇は阻止されて、大団円だ。

 

「──だけど、それには一つ致命的な問題があった」

 

そうした私の考えを見透かしたのか、彼はそんなことを告げた。

 

「銀の弾丸は、概念的なチカラであると同時に、物理的なチカラなんだ。つまり、この弾丸は飛来するときに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。壁があれば破壊して、人がいても貫いて──時間や世界が相手でも、砕け散らせて」

 

「──」

 

ひゅ、と喉が鳴ったような心地だった。その言葉を私の中でかみ砕いた瞬間、先ほどまでの己の考えが実行されていれば、なにが起こったのかを想像して恐怖した。

 

つまりカルデアからゲーティアに向かって──時間的にも空間的にも隔たりのあるそこへ撃ち込むとすれば、どうなるか。

 

仮に、カルデアが西暦2016年の南極にあり、ゲーティアのいる時間神殿が西暦500年の北極にあるとしよう。時間神殿の座標は流動的に変化するため、本当に仮定の話に過ぎないが──ここで銀の弾丸を発射して起こるのは何か。

 

答えは──西暦500年~2016年のおよそ1500年以上にもわたる地球の歴史の()()だ。あるいは、()()。南極から北極へ、という物理的な座標移動を加味すれば、歴史どころか地球そのものが滅亡しかねない惨事となってしまう。

 

それは確かに、()()()()()()だった。

 

「──つ、つまり。貴方は、そうした大惨事を引き起こさないように、無意識的に己の能力を制限していたのでしょう? 立派なことではないですか」

 

「──そう、そうだね。そうだったら、オレがそんなに立派な人間だったら、よかったんだけど」

 

彼は悲しそうに空を眺めていた。地下空間であるここでは、上を見上げても岩肌しか見えないであろうに。

 

 

 

「オレは、世界を滅ぼそうとしたことがある──知っているよな?」

 

「……ええ、あの許しがたい、惨い夜の事ですね」

 

「ああ。オレはあの時、何もかもが嫌になって世界を滅ぼすために弾丸を装填した。結局、母さん──アイリス母さんが生きているのに気づいて、それはやめたわけだけど」

 

あの血なまぐさい夜。シロガネハズムが大切な家族を一夜にして失った、運命の夜のことだ。彼は虚空へ向けて、“世界よ滅びよ”と呪った。そしてそれが叶うまであと一歩のところで、アイリスがハズムの下へ近寄ってきたのだ。最期のチカラを振り絞って。

 

「……オレは、ずっと不思議だったんだ。どうやら弾丸に込められる願いには制限があるらしい、でもその条件は? “世界を滅ぼす”って願いは受け入れられて、“数人を蘇生する”って願いが受け入れられない理由は何なんだろうって」

 

考えて考え続けて、そしてさっき、やっと気づいたんだ。そう告げた彼の顔はこの世全ての憎しみが凝縮されたような表情をしていた。一つ特別なことがあるとすれば、その憎しみはほかの誰でもない、彼自身に向けられたものだったということだ。

 

「銀の弾丸は()()を撃ち抜き壊すチカラだ。才能のない体を壊して、才能のある体に作り変える。溺れている同級生を池が深いから助けられない、その時は池の“深さ”を破壊して、助けられるようにする。爆風に巻き込まれて死んでしまいそうな人がいるなら、その周りの爆風を壊して、五体満足でいさせる。そうしたように、原因の破壊から結果が生まれてきた。じゃあ、家族が死んだのを無かったことにしたいとき、その撃ち抜くべき原因って一体何なんだ──」

 

「──」

 

私は、この後にハズムが告げようとする結論を予想できていたのかもしれなかった。

 

それは私にとって、何よりも悲しい論理と感情の帰着だった。そして何よりも──()()()()()結論だった。

 

 

 

「──オレ、だろう?」

 

 

 

壮絶なほどの自己嫌悪を滲ませながら、彼は告げた。その言葉には今までに積み上げてきた苦しみや後悔の全てがのしかかっているような重さがあった。

 

「考えてみれば、当たり前の話だったんだ。家族が死んだのはオレのせいじゃないか、だから、無かったことにしたいんなら、撃ち抜くべきは自分自身だったんだよ」

 

彼の眼には涙が滲んでいた。今までほとんど涙を流してこなかった彼が、まるで生まれたての子供のようにして、大粒の涙を流していた。

 

「やり直したいって願いが叶わなかったのは、多分、そうなればオレが撃ち抜かれるってどこかでわかっていたからなんだ。死ぬのが怖かったんだ。オレは、家族の命よりも──()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

「銀の弾丸が自己蘇生を行うのも、きっとそういうことなんだろう。他人は生き返らせないくせに、なんでオレだけって思っていたけど、なんてことない。我が身可愛さだったってだけなんて」

 

そんなことって、あるかよ。と彼はうなだれた。彼の周囲に渦巻く魔力が、濃厚な悔恨の気配を発していた。

 

 

「……つまり、まあ、自分のやらかしは、自分で始末をつけるべきだろう。だから、()()することにした」

 

「──そうする、とは」

 

私としては、この問いかけは最後通牒のようなものだった。答えによっては、私は──もはやこの激情を堪えられそうになかった。

 

「オレは、()()()()()()()ことにした。19年前、母親のお腹の中で何も知らずに眠っている、オレを」

 

「その過程で、この19年の世界が、滅びることになったとしても?」

 

「ああ。だって、きっと、オレがいなければ上手くいっていただろう? 家族も死なずに、リツカ達も、あんな目に合わずに済んだ。君だって、オレみたいな不出来なマスターに仕えなくて──」

 

「撤回しなさい」

 

もはや我慢の限界だった。この男は、いまアルトリア・ペンドラゴンの前でなにをぬかしたのだ。

 

「──なにを撤回しろって?」

 

「すべて、です。貴方のたどり着いた結論も、そのひねくれた後悔の仕方も、全てが──()()()だと、そう言っているのです」

 

「──なんだって」

 

私の言葉に、彼は苛立っている様子だった。私はそれに構うことなく、高ぶる心の命ずるままに聖剣を鞘から抜いた。爆発した風の塊が、()に向かって吹き付けた。

 

「間違っているって?」

 

「──ええ、そうです」

 

「──は、オレからすれば、あんたの方がおかしいね! オレ一人死ぬだけで事態が好転する、それ以上に何を望むんだ!」

 

彼はとうとう、右手の人差し指をこちらに突き付けた。それは彼にしみついた──戦闘態勢のルーティンだった。指先に白光が瞬いた。彼の得意とする射撃の魔術だった。

 

「覚えているよ、ペンドラゴン! あんたもきっと覚えているよな! オレは銃で、あんたは剣で、お互いの命を脅す! それが牙を剥くのは──相手が()()()()()()時!」

 

暴力的なほど、濃密で、荒々しい、殺意にまみれた魔力が彼を中心に渦巻いていた。まるで一つ上の次元から落ちてきた彼の魂が、隠していた爪を晒したかのように。概念的な隔たり、英霊である私をして叶わないのではと思わせるほどの、圧倒的なチカラを感じる。

 

それは、シロガネハズムという少年のタガが外れたということを意味しているのだろうと思う。そもそもの話、彼という存在は本来、文字通り私たちと次元が異なるはずなのだ。今現在の状態が火事場のバカチカラのようなものに過ぎないとしても、この程度のチカラなら持っていて当然とも思える。

 

「──覚えていますよ。ハズム」

 

小さく、つぶやく。風に流されて、きっと彼の耳には届かなかっただろう。だからこれは、彼に向けたモノではない。自分に向けた、誓いだ。

 

 

 

「オレはあんたを打ち倒して、先に行く。オレが行くべき、終着点へ!」

 

 

 

「──どうぞ、できるものなら。稽古だ、シロガネハズム。その思い上がりを矯正してやろう」

 

 

 

私は、シロガネハズムのサーヴァントだ。そして同時に、彼は、アルトリア・ペンドラゴンのマスターだ。

 

だから、そんな結論は許せるものか。

 

自分がいなければ、もっと良くなっていたはずだろう、などど。

 

そんな願いは、想いは、決して正しくはないのだと──私は知っているのだから。

 

 

 

 

 

 







自分がいなければ上手くいくと知っていたのに、自分を消すのをためらった。

ならそれは、ただの自己保身でしかない、醜い内面の発露に違いない。

こんな人間は、生きていては、いけなかったんだ。









「──そんなはず、ないでしょう。バカ息子」









ここまで読んでくれてありがとナス!

終わらん過ぎて、ドウシテ……ってなってる作者だよ! もうほんと長くなっちゃってつらみざわ。

ま、まあ、『貫く、いし』自体はあと1話で終わる──はず? だからダイジョウブだ。

いつも感想、評価、お気に入りありがとうございます。

そして新たな感想、評価、お気に入り、お待ちしてます。

燃料があればあるほど、物書きは喜んで鳴く。これ豆知識ね。

あと活動報告のほうもどうぞお気軽に投稿を!

ではでは、また次回。




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ロンドンー12:『貫く、いし ④』



ゆるされよ ゆるされよ

キノコの罪を ゆるされよ


6章クリアした次の日にソロモンも見に行って、オレの情緒はボドボドダァ




 

 

 

放たれた射撃の魔術は、私が歯を食いしばって腰に構えた聖剣の刃にぶつかって、ぎりぎりと火花を散らした。

 

ハズムは今、その身を獣と変じさせた影響によって、常ならぬ魔力を所持していた。その魔力を存分に注ぎ込んだ()()()射撃の魔術は、私が全力で振るった星の聖剣と拮抗するほどの威力を有していた。

 

「ぐ、あああああああ!!」

 

岩盤に剣を打ち付けているかのような感覚を覚えるほどの勢い。私は空気を裂くほどの声を上げながら。その弾丸をかろうじて頭上へと弾き上げた。

 

星が上るような白銀の軌跡を描きながら、頭上の岩肌へと追突する魔弾。地震にも似た揺れが一帯を襲った。

 

がらがらと、いくらかのがれきが私とハズムの間に降り注いでくる。私たちはそれを回避すると同時に、お互いの間合いの外へと離脱した。仕切り直しだ。

 

「……」

 

「……」

 

お互いに機を探り合う停滞の中で、二人とも口は開かなかった。それは、そこまでの余裕がなかったというのも一つの理由だが、それ以上に私たちは剣を交える時に無駄口を叩かない主義だった。言いたいことがあるならば、剣技を通して伝えればいい。そして、それでも伝わらないものがあるならば──決着の後に伝えればいい。

 

あの日の昼下がりに、彼が母の思い出を語ったときのようにして。

 

沈黙の戦いの中にあっても、彼から伝わってくるものはいくらでもあった。それは苛立ちであったり、後悔であったり、絶望であったり、希望であったりする。

 

自分の考えをわかってくれないサーヴァント(わたし)に対する苛立ち。

 

今の今まで、やり直せることに気づけなかった後悔。

 

やり直すには自分の存在を消すしかないのだと気づいてしまった絶望。

 

そして、自分さえいなくなれば、全ては救われるのだという希望。それは、なんて愚かで、許しがたいことだろうか。

 

 

 

「──装填(リロード)!!」

 

口ずさむ彼。それは彼にとって、魔術を発動するための鍵句(キー)。その言の葉が発せられた数舜後には、私の身に亜音速すら超えた弾丸が迫りくる。

 

英霊としての私の能力、それをフルに活用して何とかいなす。それをもう、何度だって繰り返していた。

 

「ぐ……」

 

ふらつく体。力の十分に入らない腕。かすれたような魔力放出。サーヴァントとしての私の体は、度重なる攻防に、もはや限界を迎えていた。

 

ここ辿り着く前に、とっくにハズムとのパスは切れていた。おそらくは彼が獣に変じた瞬間には、私と彼の間のつながりは途絶えたのだと思う。

 

私がここに存在できるのは、私が竜の心臓という特殊な魔力生成器官を備えていることと、カルデアの電力の一部がパスに頼らず供給される仕様であったからだ。

 

しかしその供給も、この激しい戦闘の中にあってはほんの微々たるものに過ぎない。そもそもニコラ・テスラの生み出した空間断裂を破った段階で、果てしない消耗だったのだ。

 

魔力はもう、底をついていた。実のところ私は、この場に立てているだけでも十分な奇跡だった。

 

そして、その事実に、シロガネハズムは思い至った様子だった。彼は構えをといた。彼の中ではもう、戦いは半ば終了しているようだった。事実、決着は間近だろうことは容易に想像できた。

 

「──ペンドラゴン、もういいだろう」

 

彼は攻撃の手を緩めてそう語り掛けてきた。私はそれに答えずに剣を振るった。しかしその一撃には大した勢いもなく、鍛錬の中で私の剣筋を見慣れている彼にとっては、もはや避けることをしくじる方が難しいありさまであることだろう。

 

「ほら、そんな太刀筋で、オレを倒せるものか。たしかに、君に“約束を守れ”と言ったのはオレだ。それでも、もうやめてくれていい。十分だよ」

 

「……」

 

私は、とうとう、立っている事すら難しくなっていた。体すら支えきれずに倒れ伏す。頬に触れる地面はまるで氷のように冷たかった。

 

「君は果たそうとしてくれた。ならそれだけで、十分だ。救われたよ、オレは」

 

倒れ伏す私を見下ろしながら、彼は悲しそうに言う。

 

「ペンドラゴン。オレを理解して、理解しようとしてくれた君。実のところ、オレは、君を殺したくなんてないんだよ。だから、そのまま倒れていてくれ。どうか、オレが、消えてなくなるその時まで」

 

彼は、私の横を通り過ぎると、聖杯の魔力がくつくつと煮えたっている、高台へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

薄れていく意識。体を構築するエーテルがほどけて、存在すら曖昧になっていく心地の中で。彼は、本当にやるつもりなのだと、私は悲しく思った。彼は彼がこの世界で歩んできた20年近くを全て消し去るつもりなのだと、そう認識するだけで胸が痛んだ。

 

打ちのめされて、打ちのめされて、打ちのめされて。それでも立ち上がってきたはずの彼が。その不屈の要因が呪いに過ぎないとしても、ずっと諦めなかった彼が。最期に選んだのがそれだというのか。

 

それはなんて、悲しい終着点──私はきっと、()()()()()()()()()()()

 

私は知っている。何もかもを取りこぼした者にとって、それは全てを解決してくれる万能な選択肢に思えてしまうのだと。自分という存在の価値を信じられない者にとって、甘美な麻薬と同等なのだと。

 

そして──その選択は、自分が大切に想い、大事にしてきた全てを、台無しにしてしまう最悪な選択肢なのだということも。

 

過去の私は、その愚かさに気づいていなかった。それでも、気づかせてくれた人がいた。赤銅色の髪の彼。正義の味方を志した、いつかの運命の人が。

 

 

 

白銀(しろがね)の浄化、(ひじり)の貫徹。脅かす者は地に。悪意ある者は天に」

 

 

 

朗々とした詠唱が聞こえる。まるでその門出(かどで)が、祝福すべきものであるかのように。嬉しそうで、弾んだ詠唱の声が。

 

それは、彼にとって自分に向けた鎮魂歌であり、遺言だ。お前の存在は間違っていたのだと。安心しろ、だからオレが消してやると。そういう、呪いの歌。

 

 

 

「……化物は灰と消えろ。道を穿つは──」

 

 

 

この世全ての魔力を足し合わせても足りないのではと思うほどの奔流が、彼の指先に集まっていく感覚がした。

 

装填は終わった。きっと、この数舜後には、彼の指先から──()()()()()()()が放たれる。

 

それが間違っていることだと知らぬままに。なぜなら彼には、それを教えてくれる誰かが──私のとっての赤銅の彼のような──がいなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──だったら、私は。

 

■■■■■■(運命の人)の想いに報いるためにも。そして大切に思う今のマスターのためにも。シロガネハズムにとっての運命の人になるべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その考えに、その信念に。体が燃えるように熱くなるのを感じる。

 

私という存在がすべきことは、召喚された意義は、きっと()()なのだと、私の魂が訴えかけてくる。

 

私は、この日、この瞬間のために。自分を消したがっているこの少年のために。その愚かさを突き付けるために呼ばれたのだと。

 

星の数ほど存在する英霊たちの中から、私こそが選択されたのは、きっと、それが理由なのだと。

 

私は、サーヴァントとしての役割を果たすために呼ばれたのではない。

 

私は、英霊としての役割を果たすために呼ばれたのではない。

 

私は──私は。

 

私は、ただ、アルトリア・ペンドラゴンといういち()()として。

 

いつの日かの無限の後悔から抜け出して、尊くしかし平凡な幸せを掴んだいち()()として、ここにいるのだと。

 

吠えろ、吠えろ、吠えたてろ。その身に宿る想いと、決意を、燃料にして、燃やせ。

 

竜の心臓を破れるほどに鼓動させて。その指先に至るまで、この後の一撃に費やせ。

 

私は──アルトリア・ペンドラゴン。

 

ペンドラゴン。

 

彼を今、この時、唯一止められる、少女の名前だ。

 

 

 

白銀の(シルバー)──」

 

 

 

疾走する。彼が虚空に向けたその射線に割り込むために。その狙撃を阻むために。

 

もちろん、今のズタボロの私ではきっと紙切れのように貫かれて終わり。阻むことなどできはしない。私の貧弱な霊基などどうでもいいとばかりに、かの弾丸は過去に向かって進んでいくだろう。

 

けれど。

 

──足音が聞こえる。荒々しく、騎士には似合わない。けれども確かに()()()()()として勇名をはせた、あの騎士の近づいてくる音が。

 

ならばきっと、私は戦える。あの銀の弾丸に込められた想いは、突き詰めれば、ただの悔恨だ。

 

けれども、私の一撃に。あの()()に込められた想いは、そんなものに負けはしない。

 

 

 

「──意志/遺志(バレット)!」

 

 

 

「──父上ぇえええ!!」

 

 

 

彼の指先から、白光迸る一条が放たれた刹那、叫び声と共に、私の下に、一つの物体が飛来した。

 

それは嵐の錨。星の表層を繋ぎとめる釘。私の生涯手にした武具の中で、最も危険で強大な力を持つもの──名を()()()()()()()()()

 

叛逆の騎士モードレッドが、私から頼まれて、この世界に降り立った黒の騎士王から強奪した兵器。この時のための決戦の一撃を見舞うものだ。

 

私の利き手へと寸分たがわず飛んできたその槍をがっちりと掴む。その正確な投擲に、流石は常日頃から得物を投げているモードレッドと感嘆しながらも、私はその槍に魔力を通してその拘束を剥がしていく。

 

螺旋のように重ねられた穂先に、縫い留められた禍々しい黒色の杭。都合13本。人の身には余るこの神造兵器に備えられた、13のリミッター。それを弾き飛ばすように破っていく。

 

1,2,3──もちろん、全てを解放することはできない。それどころか、その一つ一つを解放してく度に、私の霊核は軋んで剝がれていく。セイバークラスという、サーヴァントとしての限界が、私を阻んでくる。

 

それでも、これが私にとっての最大火力。これは──貫く意志。または、意志を貫く力。

 

シロガネハズムの放った、強大なイシを貫通し、滅ぼす一撃。

 

霊核を燃やす。先のニコラ・テスラがそうしたように。それはサーヴァントという枠に当てはめられた私が、定められた限界を突破するための唯一の方法。

 

 

 

「これは──」

 

 

謳う。真名開放、私の科した最後の拘束を破るために。

 

しかしこれは、世界を救う戦いではない。なぜならば、彼の一撃を阻むということは、むしろ救済を妨害すると同義だから。

 

だから、これは、この一撃は。きっと──

 

 

「──■■■を救う、戦いである」

 

 

 

身体が熱く鼓動する。廻る血液すらも沸騰したようになって、私の背中を、腕を後押しする。

 

極光。白銀の弾丸は、まるで星が上るようにしてここではないどこかへと向かっている。きっとそれは、遠い遠い過去へと。いつかの過ちへと向かう、悔恨の一撃。

 

私は、それをこの世界に()()()()()。上る星を上から押さえつけるように。地に落ちる彗星のごとく。

 

槍の穂先と弾丸が衝突する。まるで星が生まれる刻かのような爆発と発光があたりに迸る。

 

私の、ロンゴミニアドを構える腕はもはや限界だった。いや、構えているどころか、支えているだけと言っていいほどに、私のチカラの残量は僅かだった。

 

それでも、諦めるわけにはいかなかった。

 

──だってそうだろう。私たちはまだ、なにも話していない。

 

眼を焼くかのような輝きの向こう、地上ではシロガネハズムが呆然とした様子でこちらを見上げていた。

 

なぜそんなことを、と彼の瞳が訴えかけてきている。それがなんだかおかしくて、私はくすりと笑みをこぼした。

 

「──いつもの事でしょう、ねえハズム?」

 

私は、私は。

 

「言ったでしょう。聞いていなかったのですか?」

 

彼と戦っていたつもりなどない。打ち倒すためではなく、その性根を()()()()()ために──

 

 

 

「──これは、稽古だと。始める前に、言ったでしょうに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀の弾丸は、地に落ちた。

 

それは奇跡であった。

 

その日、その瞬間。今まで一度たりともその歩みを止めなかった──止められなかった、あのシルバー・バレットが。

 

ついに、膝をついたのだ。

 

ただ一人の少女の、ただただ真摯な願い。祈りと愛と絆を込めた、星の落ちるかのような一撃によって。

 

それは、それは。

 

私という女神にとっては、いささか予想外で、有体に言えば衝撃的な出来事だった。

 

得物を握る手から伝わってくる光景と、衝撃。そして魂を燃やすかのような熱が。私の身にも移ってくすぶっている。

 

いつか手放してしまったはずの人間としての心が、数舜だけ鼓動し、熱を持った錯覚を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シロガネハズムは、目の前に倒れ伏していた。いつの間にか、彼の姿は常のものに戻っていた。

 

その濡れ羽色の黒髪と、その下にあるサファイア色の瞳に、私は安堵した。

 

彼の瞳は、いまだに困惑を示していた。しかし、自身の一撃が止められたことをようやく悟ったかと思えば、その瞳から大粒の涙がいくつも落ちた。

 

私にはそれすらもが、その一粒一粒さえもが、宝石のように思えた。彼が、今目の前で泣いている。泣いてくれているというその事実だけで、私は胸がいっぱいだった。

 

「──どうして」

 

彼は私に尋ねた。もはや彼も限界が近いだろうに。気絶しそうな体を、意志の力だけで動かしているにすぎないだろうに。彼は、私のことを、真っすぐに見据えていた。

 

「──話をしましょうか、ハズム。稽古の後は、いつもそうしていたでしょう?」

 

「稽古、稽古ね。君がまさか、そんな気持ちで戦っていたなんて」

 

「いけないでしょうか?」

 

「別に。好きにすればいいと思う。けど、約束は──君はそれすら果たす気がなかったんだなって」

 

彼は、どこかすねたように言った。それが可愛らしくて。そして──もう見れないのだと思うと名残惜しくて。私はそんな彼の頬を撫でた。

 

彼は嫌そうに身をよじったが、彼に無理やり剥がすほどの力は残っていない。私の好き放題にいじり倒せる状況だった。

 

「──いいえ。忘れていませんよ。私は、あなたが外道に堕ちたその時には、この剣で首を斬るつもりでした。でもあなたは、外道なんかではない」

 

「外道ではない、か。そんな風には思えないなぁ……」

 

彼は、後悔で潰れてしまいそうな表情で言った。それを、その感情を否定する気は無かった。彼の後悔はもはや彼自身に向かうしか行先がないのだと、私は知っているから。

 

私は、それを間違いだと、危険だと指摘することはできても、その後悔の螺旋から救ってあげることはできない。なぜなら私は救われた側だから。

 

──だからきっと、彼をその底なしの池から救いだすのは、私ではなく。他の誰かが。

 

私は次につなぐだけ。きっといつか訪れる時まで、彼を死なせないように。

 

 

 

「──あなたは、覚えていますか。ハズム、という名前に込められた想いを」

 

「なんだよ、いきなり」

 

「いいから」

 

私は尋ねた。最も危惧していたことを。きっと彼が獣になってしまったのは、リツカ達を誤射したことや、過ちをやり直せることに気づいたことだけが原因ではないと思ったのだ。

 

彼は今までいくつもの困難に直面してきた。言い方は悪いが、今回起こった事()()で獣になるならば、とっくの昔にそうなっているはずだろう。

 

だからきっと、彼の身には、今までに無い傷が刻まれたのだと思う。それこそずっと連れ立ってきた、片割れを失うほどの。

 

「シルバー・バレットのこと? それとも──まさか、()()()()()()って方? 前世の名前の由来なんて、思い出したく、も、ないんだけど」

 

「──ああ、ああ……そう、ですか」

 

やはり、と思う。あの尊い想いは。母から子に受け継がれた、いつかの愛は。彼の旅路を支え続けたそれは、失われてしまったのだと。

 

道を穿つ、銀の弾丸と引き換えに。

 

その事実が、なんとも遣る瀬無くて。悲しくて。辛くて。私の眼からは、思わず涙がこぼれた。

 

「なんで、君が泣くんだよ。泣きたいのは、こっち、だろ」

 

私の涙を見て、彼が言う。彼の意識は薄れてきているようだった。もう言葉を口にするのもつらいくらいに。

 

それでも彼は、まるでなんでもないことのように私の目元を拭った。その行為が。ただ一つの行いが。きっと私が私の全てを使って守った、尊いモノだったのだと思う。

 

やはり彼は、彼が思っているほどの悪人ではない。自己保身の塊なんかでもない。誰かのために、何かをできる。そんな良き人なのだと。

 

「──ハズム」

 

「な、に……」

 

「私は、あなたのことを信じています」

 

「……は」

 

「あなたはきっと成し遂げる。カルデアの使命は未来を取り戻す戦いでした。ですがあなたは──過去を取り戻すために戦うのです」

 

「……それ、は」

 

「失ったものそのものを取り戻すことが叶わなくとも。空いてしまった穴を埋めてくれる、何かを。過去の後悔に打ち勝つための何かを、あなたは探すのです」

 

「……は、は。よくしゃべるね、君は。まる、で。遺言みたいだ」

 

「──ええ、遺言、ですから」

 

「──」

 

彼は、最後の私の言葉を聞くと、驚いたような、そして悲しそうな表情をして、私の手を強く握った。そしてその数秒後には、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

最期の会話は終わった。

 

彼はこれからどうなるだろうか。生きてくれるだろうか。頑張ってくれるだろうか。

 

きっと私のやったことは、残酷な行為だ。死にたがっていた彼に、ズタボロになってもう歩けなくなっていた彼に。その背を叩いて無理やり立ち上がらせて、また歩かせる。

 

そういう、愚かで、迷惑で、残酷な。

 

──でも、仕方ないだろう。

 

アルトリア・ペンドラゴンは、彼に死んでほしくなかった。彼に生きていてほしかったのだ。

 

いつの日か、その人生が幸福だと、生きていてよかったと信じられるその時まで。

 

「──父上」

 

歩み寄ってきたのは、モードレッドだった。彼女は私の空にほどけていく体を見ながら、神妙な顔でこちらを見据えていた。

 

「ありがとうございました、モードレッド。あなたがいなければ、きっと今回の結末はもっとひどいものになっていた。感謝します」

 

「──いや、いいってことよ! にしてもカルデアか。ハズムのことはいまだに気に食わねえが、父上がいるなら召喚されてみてもいいかもな!」

 

彼女は明るくそう言う。その未来が実現しないことを、なんとなく察しているだろうに。

 

「いいえ、わたしはもう、カルデアには戻りません」

 

「──なんで、だよ。ハズムが言ってたぞ。カルデアにはサーヴァントの情報が記録されていて、再召喚ができるって」

 

「そうですね。ここで死んでも、カルデアは私をまた呼んでくれるでしょう。けれど、私は、それに答えるつもりはありません」

 

「──なんで! 責任を持てよ、アーサー王! こいつに希望を見せたんなら最後まで! こいつに連れだってやれよ!」

 

「モードレッド……」

 

彼女の叫びは、確かに私にとっての義務なのかもしれなかった。わかっていたのだ。私は、きっとそうするべきだ。もう一度彼のサーヴァントとして彼を支える。それが果たすべきことだと。

 

──だからこれは、我が儘だ。

 

「──だって、嫌なんです」

 

「──?」

 

「きっと再召喚された私は、彼を見てこう思うのです。“なんて嫌な気配のする奴だ”って。そんなのは、耐えきれない。彼にそんな仕打ちをする自分は。そんな目を向ける自分は」

 

英霊は記憶を保持しない。私もきっと例外ではない。そもそも今の私の霊核は砕け散ってしまっている。もはや今回の召喚で得たものを、座に記録として残せるかすらも怪しい。

 

そんな中、再召喚された私はどうするだろうか。きっと自分の身に宿る直感(スキル)に従って、彼のことを冷たい眼で見るのだ。それはなんて──嫌な未来だろう。

 

だからこれは我が儘だ。逃げと言われても仕方がないかもしれない。それでも、私は、彼にこれ以上の傷を与えたくはない。

 

私の旅路は終わりだ。彼との旅は、もう終わり。

 

「──そう、か。アーサー王がこんなに腑抜けちまうなんてな」

 

「幻滅しましたか?」

 

「ああ。でも、まあいいんじゃねえか」

 

「──?」

 

「あんた、生前に我儘を通したことなんて無かっただろ。だから、まあ、今回くらいはな」

 

「モードレッド……」

 

「ああああ! 背中がむずむずしやがる! じゃ、じゃあまたな父上! 一緒に戦えてうれしかったぜ!」

 

顔を赤くしてモードレッドが言う。その様子がおかしくて。その態度が愛らしくて。私は、思わず笑った。

 

「──ええ、モードレッド。あなたと共に戦えてよかった」

 

「う、うん、サンキュー」

 

「……ああ、よければハズムをリツカ達の近くまで運んであげてください。そうすればきっとカルデアが回収してくれるでしょう。私は、ここに残ります」

 

「ああ、任せてくれ。じゃあな、父上」

 

そう言うと、彼女はハズムを背負ってこの大空洞から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

静寂の中で。この場には消えかけの私だけが残った。

 

身体を構築するエーテルが霧散していく中で、私は過去に想いを馳せる。

 

とても、とても、短い旅路だった。

 

私たちの旅路は、きっと、オルレアンから始まったのではない。

 

オケアノスの下水道、あのうっすらとした漏れ日が差す、暗く湿った下水道で。彼に私が剣を突き付けた時から始まったのだ。

 

それは信頼でもなく、愛情でもなく、ただ疑惑から始まった旅路だった。

 

彼を消すべきと思った時があった。彼を殺すべきと思った時が。

 

けれど、私は。あの時の私は後悔しないように。後悔したくなかったから。その剣を鞘にしまった。

 

その選択は、きっと間違いではなかった。

 

私は意志を貫いた。こうすべきという、貫くべきと思う意志を、最後まで。

 

だから、アルトリア・ペンドラゴンはきっと、この場にただ一人きりであったとしても、こうして笑顔で帰ることができる。

 

「さようなら、シロガネハズム」

 

虚空に向かってそうつぶやく、いつの日か、彼の耳にその想いが届くことを信じて。

 

「あなたは間違いなく、私のマスターでした。アルトリア・ペンドラゴンにとって、ペンドラゴンにとって最高の──」

 

そうして意識は薄れていく。すべての感覚は消えて、私という存在はどこかへと霧散していく。

 

 

 

 

 

 

そうして残るのは、黄金と白銀がまじりあった、輝く魔力の残滓だけ。

 

 

 

 

 

 






これはいつかの旅路のお話。

ただ一人の少年のために、義務も責任も投げ出して、ただ我儘を叫んだ。

ただ一人の、少女のお話。






プラチナム・メモリアー9:『ハズム、ココロ』

プラチナム・メモリアー10:『fate/』









最後まで読んでくれてありがとナス!

投稿遅れてすみませんね、ちょっと忙しくて。

さて、ロンドンの山場は大体終わって、あとはエピローグで終わりでしょう。

彼女の旅路は終わったけれど、彼の旅路はまだ折り返し。

この後どうなるのかは、まあお楽しみってことで!

エピローグ終われば例の“中書き”を書いて前半終了です! 質問ある方は活動報告に気軽に突撃よろ。

感想、評価、お気に入り、いつもありがとう!

そして今回もよろしくお願いいたします!

ではでは、また次回。ばいなら~!




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ロンドンーEpilogue:『ロンドンの薄望』




ロンドン完!

長かったぜよ!






 

 

 

『モードレッド。頼みがあります』

 

 

 

──そう告げたかの王の顔を、その表情を、その声色を。

 

オレはきっと、いつまでも。

 

忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

湿った空気の漂う汚らしい下水道の中を、のんびりと歩いて進む。ぴちゃりぴちゃりと、その歩幅に合わせて水たまりが跳ねる。

 

ずり落ちてしまいそうな()()。オレはそれを、ちょんと飛び跳ねながら背負いなおす。オレの背中に乗っている男は、そんな中でも身じろぎ一つすらせずに眠りこけている。

 

まあ、眠りこけているというより、気絶しているというのが正しいのだろうが。

 

霧の都ロンドン。魔の者たちに侵されたロンディニウムは、その異常の根源を絶たれた。いずれ元のあるべき姿に戻り、この悪夢は終わりを告げるだろう。

 

オレには、この都で起こっていたことの全容はわからない。聖杯を手に入れれば万事終了という話だっただろうに、それでは済まなかったということは。想定していた以上の思惑が、この都市では蠢いていたのだろう。

 

そんな中で、オレのやったことといえば、今まさに背負っている男──シロガネハズムたちを道案内したこと。

 

そして、父上──アルトリア・ペンドラゴンに頼まれて、聖槍ロンゴミニアドを届けたことくらいのものか。

 

「……父上」

 

まるで未来を知っているかのように、アルトリア・ペンドラゴンは自身の別側面、黒い騎士王が現れることを予見した。そしてオレ──叛逆の騎士モードレッドに命じたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

できなくはない相談だった。クラレントを携えたモードレッド卿(おれ)と、聖槍ロンゴミニアドを携えたアルトリア・ペンドラゴンは、互いに弱点を突き合う関係性だから。

 

オレは聖槍に殺されて、父上はクラレントに殺された。生前に受けた致命傷、サーヴァントはそれに対してめっぽう弱い。死因補正というやつだ。

 

こういう死因補正というものは、本来、加害者と被害者の関係で、どちらか一方だけが有利を取るのが普通だ。オレと父上のように、互いに特攻を持つような二竦みの関係にあるのは珍しい。

 

だからこそ、父上がオレに頼んだのは正解だったと言えるだろう。なんたって叛逆の騎士モードレッドは一度、アルトリア・ペンドラゴンを切り伏せた英雄なのだから。

 

自分で言うのもなんだが、最高の仕事をしたと思う。他の誰がやろうとも、今回のオレより高速に確実にあの槍を奪う真似はできなかっただろうと。

 

しかし──その仕事をこなした先で、まさかこのような結末になるとは、誰が想像しただろうか。

 

「ああくそ、なんだってこんな……」

 

心に暗雲が立ち込めたようになる。それはなぜなのか、自分でも言い表す的確な言葉を持てなかった。

 

父上が消えてしまったから? いいや違う。あれは憧れた理想の王とは程遠い姿ではあったが、一人の人間として彼女が満足して消えたのなら、それは喜ばしいことだと思う。

 

なら、自分が思ったように活躍できなかったから? それも違う。もっと戦いたいとか暴れたいとか、そういう気持ちがないわけではないが。オレはオレにやれることをしたと満足している。

 

ならばなぜ、まだオレの心には、暗い霧が立ち込めているのだろうか。

 

地上へと歩を進めながら思考する。なんだかそれは数分程度では明確にできないほど複雑で、しかし案外、一度目を閉じて開けたころには分かってしまうくらいには単純な理由な気がしていた。

 

 

 

「ん? こりゃあ……」

 

ちょうどニコラ・テスラと戦った戦場にたどり着いたとき、オレは焦土の只中に転がっているその物体に気が付いた。

 

それは、白銀色の刀身をした両刃の剣だった。ちょっとした神秘、魔力が宿った礼装。クラレントやエクスカリバーに及ぶべくもない一振りだが、丈夫そうな刃や握りやすく削られた柄などから、それを打ったであろう職人の込めた想いが感じられる、良い得物だ。

 

「……たしか、お前のだったか。ったく、ちゃんと握っとけってんだ」

 

背中の荷物に悪態をつく。当然返答などあるはずもないが。オレは一度荷物を降ろすと、その腰に結んである鞘に拾い上げた剣を収めた。気のせいか、その剣は喜びを表現するかのように煌めいた。戻るべきところに戻れたことが嬉しいのだろうか。

 

「は、くだらねえ。剣に意志なんてあるもんかよ」

 

と言いつつも、オレは何時かの悲願、いつかに抱いた願望のことを思い出していた。

 

“選定の剣を抜く”。そんな、いつかの願いだ。トゥリファスの思い出を色濃く覚えている今のオレにとっては、もう捨てた願望だが。

 

なんにせよ、さきほど剣に意志なんてないと言いはしたが。思い出せば、選定の剣にはおそらく意志もどきくらいはあったのではないかと思えてくる。

 

なんせ王を選ぶ剣だ。それくらいの特異性はありそうな話だろう。

 

「──」

 

そんな、なんの意味にもならないようなことを考えながら、オレはシロガネハズムを背負いなおした。そうしてまた、地上への道を行く。

 

もう数分もすれば、ロンドンのストリートへとたどり着くだろう。そうすればコイツともお別れだ。まあ、コイツのことが嫌いというか苦手なオレとしては、清々するってもんだった。

 

しかし──なんだろうか。

 

それだけではない気がして。

 

なにか、コイツに対して、言わなければならないことがある気がして。

 

 

 

ふと、背中の男に目を向ける。

 

体中傷だらけ。生傷も古傷も、これまでに何度その体を危険にさらしてきたかが如実にわかるほどに。

 

手には剣を握る者特有の()()ができていて、筋肉も現代の人間としては異常と言えるほどに鍛え上げているだろう。

 

その自分を省みない行いが、その狂気ともいえる努力が。一体なにを目指して行われていたのかなど、コイツを理解していない──理解しようともしなかった自分には、わかるはずもない。

 

それがなぜか、酷く残念なことのように思えた。

 

 

 

『──もちろん、人類の未来を取り戻すために。世界を救うために』

 

 

 

なぜ戦うのかと問うたとき、コイツはそう言った。まるで、そうすることが、自分に許された唯一の生き方だと言わんばかりに。

 

 

 

『うん──大切なものなんだ』

 

 

 

いつだったか、深刻な顔をして銀のロザリオを握るコイツは、そう言って泣きそうな顔をした。まるで、その物体に呪われているかのように。

 

 

 

『──ありがとう、モードレッド』

 

 

 

聖杯へと進軍する直前、その優柔不断さにイライラして喝をいれたら、コイツは心底嬉しそうにそう頭を下げた。まるで、叱られて否定されて、そうあることが救いだと言わんばかりに。

 

 

 

コイツと過ごしたこの特異点での日々を、そうしていくつも脳裏に映した。目を閉じて、深呼吸。暗い瞼の裏に、そのうちこの男の、蒼玉のような瞳が浮かび上がったころに。

 

オレは、ふと、オレの心を理解した。

 

「──ああ、なるほどな。ったく、マジかよ。オレってやつは」

 

気づいてしまえば、単純で。わかってしまえばくだらなくて。なんとも心底笑ってしまいそうなことなのだが。

 

叛逆の騎士モードレッドは、なんと、この男に。

 

シロガネハズムに──()()()()()()()()

 

そして、同時に、()()()()()()()()()()()()

 

なんとも簡単で、単純で、本当におかしい話だ。

 

「──はは、まったく。あーあ。くだらねえ」

 

そんなことを、虚空に向かってつぶやく。

 

こんなに醜い感情に、自分がまみれていたのだと気づいたにも関わらず。

 

不思議と、オレの心は快晴の空のように、澄み渡って、透明で、清らかな心地だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、っと。ふー、これでいいか」

 

そんな声が、眠っていた意識をノックした。

 

深く深く沈んでいたオレの人格が浮上して、急速に五感を取り戻していく。

 

ちょっとした浮遊感とどさりと背中を軽く打ち付ける感触。どうやらオレは、誰かに背負われていて、ちょうどいま降ろされたところらしい。

 

そうしてしばらくして襲ってくる感覚は──魔力の消耗、単純な体力の消耗、そして体中に負った傷の痛み。全てがオレの身体が限界であることを示していた。

 

この覚醒も長く保てるものではなく、ただ何かが偶然かみ合って奇跡的に目を開けただけに過ぎなかったのだと思う。

 

「──ん? おお! 起きやがったな、こんにゃろめ。重かったお前をここまで運んでやったんだ、感謝しやがれ」

 

そんな生意気そうな声が耳朶を打った。モードレッドの声だった。仰向けに地面に転がされているオレの視界には、彼女がオレをのぞき込んでいるのが見えた。

 

返事をしようとしたが、その気力はどれだけ振り絞っても出てはこなかった。曇天の夜空に、吐息だけが吸い込まれていった。

 

「んあ? ああ、その様子じゃまだ夢うつつって感じか。まあ、好都合だな。言うのもこっぱずかしいってのに、返事なんてされたらきついし」

 

「、れ……は、ど……」

 

それはどういうこと、と言いたかったのだが、無理だった。モードレッドはそんなオレを見ると、頬を掻きながら話し始めた。

 

 

 

「まあ、とりあえずお疲れさん。ロンドンの特異点はクリアだ。特異点は全部で7つだっけか? ならこれで折り返しってこったな。ま、この先を短いと考えるか長いと考えるかはお前次第だ」

 

「──個人的には、まあ長い旅路になるだろうとは思うぜ。これはオレの経験上の話だが、何かを成し遂げるってんなら、9割達成してやっと道半ばと思ったほうが良い。それくらいには最後の押し込みが大事だったりするんだよな」

 

「あー、と。後は、えっとな。そう、父上についてだ。……父上はもうカルデアには戻らないってよ。ただ、別にお前に幻滅したとかそういうんじゃないぜ? むしろ逆にお前のためを思ってのことだ。まあ急に梯子を外された気分かもしれんが、あの人の珍しい我が儘だから、聞いてやってくれ」

 

「……そして、だな。あーと、うーんと」

 

モードレッドはしばらくそんな風に唸ったり首を捻ったり、珍しい様子を見せていた。その光景はなんでもずばずばと決断していく彼女らしくない様子だった。

 

「あああ! ったく、オレらしくねえ! これじゃあコイツのこと優柔不断だなんて言えねえ!」

 

そうして彼女は一度大きな声を出したかと思うと、自分の頬をパンと両手で叩いた。そして、何かを決心し終わったのか口を開いた。

 

「──すまなかった、シロガネハズム」

 

「……ぇ……」

 

「まあ、オレの下らねえ感情のはけ口にしてたことの謝罪だ。オレは、お前が羨ましくて、妬ましかった。アルトリア・ペンドラゴンに、あの父上に認めてもらっているお前が。オレはそうじゃなかったのに、なんでお前みたいなやつがって」

 

それは、予想外の告白だった。オレのことをそういう風に見てたなんてことは、まったく気づいていなかった。

 

というか、モードレッドが実際そう思っていたにしろ、オレは大した害を受けた記憶はない。会話で強く当たられたことくらいはあるが、それはどのサーヴァントからもそうだったことだし。

 

「──気にしなくていい、ってツラしてんな。そういうとこが……そういうとこがな、ムカつくんだよ、ハズム」

 

え、さっき謝ってきたのにもう罵倒するんだ。とちょっと驚いてしまった。そう思ったのに気づいたのか、モードレッドはからからと笑った。

 

「お前のことは、今でも嫌いだよ。だからこれくらい言うだろ。さっき謝ったのは、オレが抱いていた感情が筋違いだったからだ。ってことで、オレはお前を認めたわけでも、気に入ったわけでもないからな!」

 

「……そう……」

 

そう返事をすると、モードレッドはしばらくその笑顔をつづけた。そして、だんだんとその表情を真剣なものに変えて、告げた。

 

 

 

「──お前は使命が人を選ぶのだと、価値が人を決定づけるのだと、そう思ってる」

 

「使命のために生きて、それを果たすことが価値で。そうでなければ、それが達成されなければ、自分という人間に生きる意味はないんだって、そういう()()()()()()ことを、本気で信じてる」

 

「──違うだろ。違うんだよ、シロガネハズム」

 

「逆だよ。人が使命を選ぶんだ。人が価値を決めるんだ」

 

「だってそうでなければ、オレの人生は、何の意味もないものになっちまうだろ。母上に決められた使命、生まれたときにあった使命に背いたオレは。国を滅ぼすなんて、褒められたことじゃない行いをしたオレは。そこに何の意味もなかったことになる」

 

「──違うだろ? 意味はあったんだよ。オレは母上に与えられた使命を捨て、円卓の騎士になり、英雄と呼ばれた。悪いことして死んだ後も、良いマスターに出会えて。満足できる戦いをして──そして今、お前とも出会えた」

 

「いいか、ハズム。絶対と決められた使命なんてない。価値がないからといって死ぬべきやつなんていない。お前は、お前のやりたいこと、選びたい生き方を見つけるべきだ」

 

「価値がなくても胸を張れ。そしてオレに罵倒されたら仕返しくらいして見せろ。そのくらいに自分に自信と誇りを持て。そうでなければ、それはお前を好いている奴らへの侮辱と同じなんだ」

 

「──自分の価値は、自分で決めろ。そして大切な誰かがいるのなら、そいつのためにも自分を卑下するな。そうすりゃいつか、これでよかったって、思える日がきっとくる」

 

「どれだけの困難を経験しても。もう諦めてしまいたいって思っても。それでもお前は進むんだ。いつかきっと、救いを得るために」

 

「──それが、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

それは、それは、難しいことだった。

 

理解できない話だった。

 

だって、オレは誰かの犠牲の上にしか成り立てなかった。家族はその筆頭で、今では親友のリツカも、可愛い後輩のマシュも、その屍の山に積み上げられて。

 

それだけの罪を引き連れているオレに、そんな生き方をする資格なんて、ありはしないのだと。

 

そう、今まで思ってきた。今でもそう思う。そしてきっと、未来でもそう思い続ける。

 

しかし──しかし。

 

あのとき、あの血なまぐさい夜に、母親(アイリス)の言いたかったことは。

 

この銀のロザリオに込められた想いは、もしかして──

 

 

 

「……んじゃまあ、お別れだ」

 

彼女の体は粒子へと変わり始めていた。

 

オレにもレイシフト特有の吸い込まれるような感覚がある。

 

ここで彼女とはお別れ。それはわかり切った話だった。

 

「お前は失敗した。だけど、父上がそれを止めた。だからチャンスはある。やり直すためのチャンスが」

 

彼女の体はもうエーテルが霧散して上半身だけしか残っていなかったが、それでも彼女は真剣な顔でオレに語りかけた。

 

「──だから、頑張れ。それがお前にできる唯一のことで、もっとも尊い行いだ」

 

 

 

 

 

 

「──案外楽しかったぜシロガネハズム。()()()()()。今度はもしかしたら敵同士かもしれないが──その時は、今度こそ。言い返して来いよ!」

 

 

 

 

 

 

そうして、衝撃、発光。

 

渦に巻き込まれるようにして、ぐるぐると視界が回る。レイシフトの感覚。

 

霧の街ロンドンとのお別れ。地獄との決別。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シロガネハズムが消えたのは、オレよりほんの少しだけ早かった。

 

だからオレには、僅かな猶予があった。消滅するまでの余暇が、本当に、数舜だけ。

 

なにが満足にできるわけでもない刹那の時間に、オレはふと、空を見上げた。

 

そこには──キラキラと、宝石のような星の海原があった。

 

今までロンドンを覆っていた鉛の雲はいつしか晴れていた。まるでそれは、その夜空は、生前にキャメロットのテラスから見上げたものと同じように思えて。

 

時を経ても変わらないものがあることに、オレはゆっくりと息を吐いた。

 

ただ、唯一残念なことがあるとすれば、それはこの空をハズムに見せてやれなかったことだろうか。

 

アイツの時代ではあまり簡単に見えるものではないだろうから、これを見れば、少しは()()()()()()()()と思えるのではと。

 

「──んなわけねえか」

 

あれは筋金入りだ。オレの言葉だけで、綺麗な星空だけで変われるのなら、とっくに変わっていることだろう。

 

あれが最先端。連綿と続く、繋ぎ紡がれた人類の歴史の、最も先にいる者。

 

そう思うとなんだか頼りなくて、オレたち英雄が、そして時代ごとの人間たちが守ってきたものがあれかと、残念に思う気持ちもある。

 

それでも──それでも。

 

あいつはきっとたどり着く。そして何もかもが終わって、全ての過去を手に入れて、焼かれた未来を取り戻して。

 

そのとき、きっとあいつは幸せだと笑うだろう。

 

オレが今見ているのと同じ。宝石をぶちまけたような、この雑多で、整然さなんて欠片もない──それでも各々が綺麗に輝いて、価値を示すような。

 

そうした、つながる空の下で。

 

 

 

 

 

 

 定 礎 復 元 

 

 

 

 

 

 







いつだったか、この作品でのシロガネハズムのSAN値、要は精神力、心というのは2次関数で表せるという話をしました。

その関数の頂点は第四特異点にあたる。つまり、シロガネハズムが最もどん底に落とされるのは第四特異点であるというのを。

今回でロンドンは一応の終わりです。出演カットのキャラも多く居ましたが、出そうと思っていたキャラ、そしてそれぞれの視点はほとんど書き終えました。

そう()()()()

次話は以前から言っている“中書き”。そしてその後に幕間になりますが、そこではまだ書いていなかったもの、ロンドンの時間軸でまだ描かれていなかった人たちについて書いていきたいと思います。

彼らはずっと見ていました。ロンドンで起こったそのすべてを、指をくわえて。

ロンドンからあちらへの接触はできませんでした。ですが、あちらからロンドンを見ることだけはできた。

彼らは、星見の台にいるものたちですから。観測だけは、得意なのです。

もう一度言います。“シロガネハズムが最もどん底に落とされるのは第四特異点である”。

()()()()は終わりましたけど、()()()()()はまだ終わっていません。もう少しだけ、続くんじゃよ。






最後まで読んでくれてありがとナス!

感想、お気に入り、評価、いつも励みになっております!

今回もよろしくお願いいたします! 頼むでほんま。

“中書き”の方も書き進めていきますが、投稿する直前までは活動報告の質問箱も開いてます。物語の核心に触れないギリギリまでは答えるつもりなので、なにかある方はぜひ気軽に!

ではではまた次話で、さようなら。




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『中書き』 ※読まなくてもいいよ




本編はもうちょっと待ってほしいなって





 

 

 

はじめに

 

まずはご挨拶と、感謝の言葉を述べさせてください!

 

まさか、思い付きで始めたこの小説が、こんなに評価されるとは思っていませんでした。とても嬉しく感じております。

 

お気に入り5000以上、投票数400以上、感想300以上。そのほかにも“ここすき”やしおり、総合評価ポイントなど、どれもたくさんの数字が並んでおり、私はとても恵まれているのだなとしみじみ感じております。

 

ここまで書き続けられたのも、皆様のおかげです。読者の皆様からの様々な反応が私の励みになっております。

 

もちろん、ここまで大きな反応を頂けたのは、fateという大きなコンテンツによるブーストも多大な要因であると思いますが、それでも伸びるというのは嬉しいものです。

 

これからも頑張りますので、応援よろしくお願いしますね!!

 

 

 

──では、ご挨拶も終わりましたところで、次。まずは本作でのメイン登場人物たちについて、その詳細を語っていきたいかと思います。

 

これはあくまでも、“作者はこういう思いで書いていたよ”という報告にすぎませんので、自分の感じた物語の世界を大切にしたい方は、読まなくても構いません。

 

 

 

 

 

 

【目次】

 

登場人物

シロガネハズム

藤丸立香

酢漿夏希

アルトリア・ペンドラゴン

オルガマリー・アニムスフィア

レフ・ライノール

 

シナリオ(章ごと)

オルレアンの悲痛

セプテムの不穏

オケアノスの油断

ロンドンの薄望

 

質問解答

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シロガネハズム   【目次へ戻る】

 

 

 

プロフィール

 

本名:銀弾(白金恥無)

 

年齢:19歳

 

fate原作の記憶をもってこの世界で生まれた転生者。持っている知識は、ガチファンとライトファンの中間くらいを想定。考察掲示板とかで活動するほど熱心ではないが、そこででた結論を覗くくらいの興味と熱意はあるといった感じ。

 

fate/と名の付く作品は一通り網羅し、fate/grand orderについてはメインシナリオ第1部までクリアしている。

 

生まれつき、生涯13発撃つことのできる“銀の弾丸”という能力を持っていた。

 

顔立ちは(日本人の感性でいえば)整っている。黒髪に青目という特徴を持ち、これは藤丸立香と共通している。

 

幼いころに無意識的に使用した銀の弾丸の効果によって、(現代の価値観で言えば)頭脳も肉体も魔力も、全てにおいて破格の才能を有している。とはいえ無意識使用という都合上、本人は良い体に生んでもらったくらいにしか思っていないが。

 

起源として“突破”や“解決”を持つ。その作用によって、概念的に“制限”と分類されるものの影響を受けない。例えばそれは、“レイシフトはレイシフト適性がなければ出来ない”という制限や、単純に“身体を拘束されてしまう”といった場合などもそれは働く。

 

つまり、彼は彼の持つ本来の能力値に関わらず、あらゆる制限や拘束から脱却する機会と可能性を得ることができる。

 

TRPGで例えれば、成功率0の能力値が存在しないということ。サイコロを振り続ければいつかは成功させることができる──ということで、制限から抜け出す可能性はあっても、()()抜けられるわけではない。ものによっては膨大な試行回数を必要とされる場合もあるだろう。

 

 

 

家族構成は、今世では両親に姉一人の4人家族。前世では両親に妹一人の4人家族。特に魔術に関係するだとか、裏社会に通じているだとか、大金持ちだとか、そういう特徴は一切ない平凡な家庭で育っている。

 

が、家族の血のつながりだけは少々複雑。彼には前世の生みの母である杜若(あやめ)、育ての母である菖蒲(しょうぶ)、今世の生みの母であるアイリスと、母親と呼べる存在がたくさんいる。

 

今世においては、12歳、つまり中学校へと進学する直前までは特別なこともない一般的な日常を送っていた。

 

──が、両親と姉がとある男に惨殺されて(しかもその理由が自分にあると知って)から、彼の人生は一変したと言っていい。

 

生来、自己評価が高いほうではなかったが、この事件をきっかけにして自身の価値を喪失。“生きたいと思うから生きる”のではなく、“生きろと言われたから生きる”存在になっている。

 

そのため欲求に希薄であり、美味しい食べ物を食べたいとも思わなければ、何かをして遊びたいとも思わないし、女の子と付き合いたいとも思わない。生存に不可欠な三大欲求すら、ときにないがしろにしがち。

 

中~大の学生時代は、そのあまりの欲求のなさに、よく事情を知らない周りからは修行僧か何かだと思われていた。

 

そんな彼に唯一欲求があるとすれば、かなり言葉を選ばずに言うと“名誉欲”になる。

 

「自分の価値、自分が生きた意味を示したくてしょうがないんだ。それがくだらないとわかっていても、オレはそういう人間だから」

 

──と、本人はまるで自分が悪人かのように言うが。それは“自分のために犠牲になった人々に対して吊り合う価値を示したい”という、巡り巡って巡りすぎて歪んでしまった()()()の想いである。

 

 

 

中学2年生でFGO主人公の藤丸立香と出会い、家族を殺した人物が魔術師だったことと併せてこの世界をfate時空と断定。価値あることを成し遂げるために、藤丸立香に接触し、仲良くなり、カルデアまで引っ付いて行った。

 

今生では、藤丸立香と酢漿夏希の二人の親友がいる。とはいえ、人理焼却という困難に巻き込まれると知りながら──巻き込まれ方は二人それぞれで違うが──シロガネハズムは二人に対して何もアクションを起こさなかった。原作から乖離するのを恐れたからだ。

 

そんなシロガネハズムが彼ら二人を“親友”と呼ぶのを許されるのかは、悩ましいところだろう。

 

 

 

 

 

 

銀の弾丸

 

彼の持つ“銀の弾丸”の異能は、白銀恥無──すなわち前世の自分の魂そのものであると言っていい。

 

fate時空よりも高次元の世界から堕ちてきた彼の魂は、その質量や概念に含まれるパワーが段違いに強い。ので、それを利用し、白金恥無の魂を弾丸として()()することによって世界の法則や規則を()()()させて自身の願望への最短ルートを無理やり穿つ、というのがこのチカラの本質。

 

その性質上、“なにか強度の高いもの”を“高速で放つ”という過程を踏む。したがって、この能力は一般的な“弾丸”そのものの形をとって発動される。

 

この弾丸は、使用者が“目的”と設定したものに向かって()()で飛来する。そのため、射手と目標の間に挟まっている全ての事象──これは物理的なものも概念的なものも全てを含む──には、弾丸一つ分の穴が開くことになる。

 

そのためシロガネハズムが目標と生身で相対し、かつ間に何か大切なもの(破壊されてはいけないもの)が挟まっていないときにのみ、この能力はデメリットなしでの発動が許される。

 

 

 

──というのは少しだけ間違っている。

 

この弾丸が“白金恥無”の魂で構成されている以上は、この能力をシロガネハズムの()()へと作用させた場合、この魂は二度と戻ってこないことになる。

 

つまり、この能力は自分以外に使用するたびに、前世の自分──白金恥無という人間の積み上げてきた経験や記憶、感情の喪失を引き起こす。真にデメリット無しで発動するためにはその全てを()()()()に向けて撃つ必要がある。

 

しかし、記憶や経験が消えるというデメリットは、その都合上シロガネハズム自身は何かを失っていると気づけずに、まるで代償なんてないかのように感じてしまう。

 

ぜんぶで13発に()()()()()()()白金恥無の魂は、もはやほぼ残っていない。そして、その残りかすすらも彼は使いつぶすだろう。

 

その先にたどり着いたとき、果たしてその人間は本当に“シロガネハズム”であると、胸を張って言えるだろうか。

 

 

 

 

 

 

作者コメント

 

能力があって性格も良くて、見た目も良い。でもその在り方が究極的にめんどくさくて、究極的にダメな人間を目指して書きました。

 

感想欄を見る限りでは気づいている方もちらほらいらっしゃったようですが、彼はfate/staynightのキャラクターたちの属性をミックスして誕生したキャラであります。

 

例えば間桐信二とか間桐桜とか、例えば衛宮士郎とか。遠坂凛はうっかり以外にあんまり欠点見当たらないので抜かしてます。悪いところ詰め合わせ、というのがコンセプトですからね。

 

言うことはそれくらいですかね。これはまだ“中書き”ですし。

 

 

 

 

 

 

藤丸立香   【目次へ戻る】

 

言わずと知れたFGOの男性主人公。ソシャゲゆえに個性というか色に欠けていたりするアプリ版ではなく、アニメ版くらいの人格を想定。(もちろん章しだいでは、アプリ版でもキャラ付けしっかりしてあることもありますがそれは置いておいて)

 

人格も能力も、ほぼ原作通り。“生きたい”という願望のために困難な旅を走り抜ける、特別で特別じゃない、只人。

 

原作と違うところがあるとすれば、シロガネハズムと親友関係にあり、その親友が一緒に旅をしているという点。そのため負担が軽減されて、原作よりはストレス軽減されているかもしれない。逆にあんなやつが仲間なせいでストレスマッハかもしれないけど。

 

中学時代に出会ったシロガネハズムと酢漿夏希とで、高校や大学に至るまで仲良しトリオの関係性だった。シロガネハズムの抱えている闇をなんとなく察していて、それを改善したいと思っているし、改善すると夏希と約束している。

 

カルデアには原作通り、献血をしていたら茜沢さんに拉致同然に連れてこられた。この時シロガネハズムも同様に拉致された。(というか、彼に関しては自分から拉致られた。連れて行ってもらえなかったら弾丸で何とかしようと思っていた)

 

第四特異点では信じていた親友に銃弾ぶち込まれたかわいそうな人。今はきっと薄暗い個室に閉じ込められて寝てる。

 

まだ藤丸立香とシロガネハズムの間にある思い出はあまり描写されていないが、今後はそれも増えていくだろう。

 

 

 

 

 

 

酢漿夏希   【目次へ戻る】

 

藤丸立香とシロガネハズムの親友。仲良しトリオとしては、中学生から大学生に至るまでの仲。シロガネハズムが藤丸立香に付いて行ったように、夏希はハズムについて行ったため、3人は必然的に同じ学校へと通うこととなった。

 

実のところハズムとは小学生時代から知り合いであり、命の危機を救われた過去がある。藤丸立香いわく、彼女はシロガネハズムに恋をしている。

 

ハズムと違ってカルデアに付いてきたわけではないので、人理焼却においては当然のように焼却される側にいる。

 

この小説においてはただ名前がだけ出てきている少女。シロガネハズムたちの過去を濃くするために登場する名付きの準モブに過ぎない。

 

 

 

──と、そういう人生を送れば彼女も幸せだったろうに、シロガネハズムなんかのことを好きになるもんだから、大変なことになっている。

 

シロガネハズムに救われた際に撃ち込まれた銀の弾丸の作用によって、“魔”神であるゲーティアによって行われた人理焼却の影響を受けなかった。とはいえ周りの世界や人々は全て無に帰しているので、ただ独りぼっちで暗闇の中、音もなく匂いもなく何かに触れる事すらできない世界で、漂っている。

 

ただ本人は、そんな狂いそうな世界の中でも、今だに正気を保っているらしい。いわく、「どこからか呼ばれている」、「誰かに手を引かれている気がする」らしい。

 

今頃は、どこだろうか。

 

サイクロン渦巻く場所とか、コヨーテが出没する場所とか──1つ星の見える場所、とか。そういうものが()()()辺りで漂っているんじゃないだろうか。

 

 

 

 

作者コメント

 

まだ名前くらいしか出てきていないので大して書くこと無かったですね。

 

酢漿という苗字にも、夏希という名前にもちゃんと意味はあります。

 

実のところ、作者は苗字を植物の名前にしがちです。そして主人公にとってのヒロインや親友に“ナツキ”と名付けがちな癖があります。

 

その理由はいずれ。

 

 

 

 

 

 

アルトリア・ペンドラゴン   【目次へ戻る】

 

シロガネハズムがオルレアン前に召喚した英霊。第四特異点で仮契約したアンデルセンを覗けば、現状シロガネハズムが契約した唯一のサーヴァント。

 

第三特異点オケアノスまでは、彼から放たれる嫌な気配を察知したことにより、ハズムに対して警戒と嫌悪を向けていた。しかしパスから流入してくる彼の記憶(今世も前世も)を覗き、彼の人間性や人格を知り、その在り方を認めた。

 

しかしながらこの時点では、シロガネハズムを殺すべきか、止めるべきか、進ませるべきか、自分がやるべきことを決断出来ていなかった。

 

今のままではいずれ破綻することは理解している。しかし、彼の気持ちにある程度共感できるために、第四特異点では好きなようにやらせていた。止めれば彼は自分の価値を見失ってしまうだろうし、そもそも彼の計画を聞いたうえで、不可能ではないと思ったからだ。

 

しかし最後の最後で予想外の事態が起き、シロガネハズムが亜獣化してしまった。そして、彼の“自分という存在をなくすことで世界を救う”という昔の自分と同種の願いを聞き、それは間違いだと断定。

 

彼の“銀の弾丸”を用いた壮大な自殺を止めて、消滅した。

 

 

 

──彼の弾丸と競り合っていた時には、どこか遠くの誰かと“聖槍”を介してつながった感覚を覚えたらしい。

 

 

 

作者コメント

 

流石にサーヴァント一騎は召喚させねば、ということで選ばれたのはアルトリア・ペンドラゴンでした。

 

選ぶにあたっての選定基準は、

 

1.原作第1部のメインシナリオに登場したサーヴァントたちだとややこしくなるからやめよう

 

2.イベント出身サーヴァントでもなんかややこしくなるし、コメディー感が若干増すからやめよう

 

3.主人公の過去を知って共感しつつも、今の主人公の在り方を否定できる人格の持ち主にしよう

 

4.主人公の訓練に普通に付き合ってくれて、強くしてくれそうな人にしよう。

 

くらいですかね。先ほど語ったように、アルトリア・ペンドラゴン(剣)はメインシナリオに登場しておらず、イベント出身でもなく、主人公と同種の願いを抱いていた経験があり、staynightではシロウを稽古した経験がありますから、すごくぴったりの人選でした。

 

彼女はもうカルデアに戻ってきませんが、仕事は十二分に果たしてくれましたね。

 

 

 

 

 

 

オルガマリー・アニムスフィア   【目次へ戻る】

 

原作死亡キャラ生存タグの対象その一。

 

シロガネハズムの銀の弾丸によって爆破から助けられた。

 

()()()()()、それ以外には原作と変わりない。一回死にそうな目にあったから少しはメンタルが強いくらい。

 

 

 

 

 

 

レフ・ライノール   【目次へ戻る】

 

FGOメインシナリオにおいては前半の黒幕──ヘイト受けのサンドバッグ? みたいな人。

 

今作ではレ/フにならずに済んだが、その代わりに撃たれてレ・フになった。

 

シロガネハズムを目の敵にして、第四特異点では虎視眈々と準備をして待ち受けていた。

 

第四特異点前において、彼はシロガネハズムの能力に対して

 

1.銃弾の形をとる

 

2.ハズムの意思によって発動される

 

3.自分の魔術ではハズムやオルガマリーに対して殺傷ができない

 

という認識を持っており、そのためシロガネハズムの命を奪えないのであれば、シロガネハズムの心を潰せばよい、と考えを切り替えた。

 

その結果が、ハズムの意志で放たれた弾丸でハズムの大切なものを撃ち抜かせること。

 

 

 

暗躍の詳細については書こうと思うと大変なので、書いてほしい人がいれば書きます。 by作者

 

 

 

後のキャラクターたちは大して書くことがないか、原作とほぼ変わらないので省略。

 

書いてほしいキャラがいれば【箱】へどうぞ。

 

 

 

 

 

 

オルレアンの悲痛   【目次へ戻る】

 

構成的にも、描写した内容としても、まさに導入、という感じですね。

 

章タイトルに“悲痛”とあるように、シロガネハズムはこの特異点で自分の愚かさや甘さを知ります。

 

物語として、画面越しでしか見ていなかった人々の生きざまや、戦場の過酷さや残酷さを、身をもって体感するのです。

 

自分がこれから駆け抜ける旅路はこれほどにひどく悲しいものであるのだと。アプリでポチポチやるのとは訳が違うのだと。

 

そういう思いを込めた一章でした。

 

この章ではある程度シロガネハズムと周りの関係性、あるいはシロガネハズム自身のプロフィールを描写するのに文字を裂いたつもりです。

 

 

 

そして今では懐かしい“日記風パート”の始まりでもありましたね。最近あまり日記風の描写がないことに、皆さんはお気づきでしたでしょうか。

 

これは感想で読みにくいという意見があったから、というわけではありません。

 

特殊タグ濫用しがちなワタクシとしては、特殊タグ嫌いならブラウザバックするか、特殊タグ表示を切って読んでくださいというスタンスでありますので、大変申し訳ございませんが、読者の皆様の読みやすさ読みにくさは正直気にしていないのですよね、ぶっちゃけると。

 

書きたいものを書くのが二次創作でありますれば。

 

では、日記風パート減ったのなんでなん? という質問の答えといたしましては、“シロガネハズムが日記を書かなくなったことを描写した”というのに付きます。日記風パートを描写しないことで、描写したものがある、ということですね。わけわかりませんね。

 

正直シロガネハズム君はこの頃日記なんて書いてられるメンタルじゃないわけで。だからこの先も彼は、日記を書くことはあまり無いでしょうと思います。

 

 

 

あともう一つ。日記風パートを減らした理由は言ったけど、じゃあそもそも日記風パートを書き始めた理由はなんぞや、という話ですが。

 

これはシロガネハズムという人間の“心”の詳細を前半にあまり出したくなかったというのが理由です。

 

この小説は一人称で進むため、ハズム視点で進む場合にはどうしても彼の内面が赤裸々に告白されてしまうわけです。そうなると、シロガネハズムの複雑な心を皆様は開幕にブチ当てられてしまう。

 

これは一つの例ですが、fate/staynight開始5分で、サバイバーズギルトを患って正義の味方を目指している衛宮士郎の複雑な内面を叩きつけられても、大体の人は困惑してしまうでしょう? 私は困惑します。

 

少なくとも序盤では、衛宮士郎は人助けが趣味の好青年で魔術とかいうちょっと不思議な力が使えるんだな、くらいに思わせてればええわけですよ、持論としては。

 

キャラの心情は、特に歪みや危うさを含むものは、ある程度キャラの設定が沁み込んでから伝えてほしい、というのが私の考えです。したがって日記風であればやんわりと薄めて伝わるかな、とそう思ったわけですね。効果はあったでしょうか?

 

 

 

 

 

 

セプテムの不穏   【目次へ戻る】

 

特にいうこともありませんが、強いて言うならば第四特異点の悲劇の発端ですね。

 

アルテラに向けて銀の弾丸を放とうとしたことで、レフ・ライノールはシロガネハズムの特異性を目の当たりにしたわけですよ。

 

そしてその後ずっと観察して、結果ああいうことになったわけですから。

 

そのため、章タイトルは“不穏”という、何か悪いことの起こりを予感させるものにしたわけですね。

 

ネロ・クラウディウスがハズムの闇を暴いて、ある程度ハズムのキャラクター性にも不穏さをにじませる努力をしました。

 

本当はネロがキリスト教を迫害した歴史と、シロガネハズムがクリスチャンであることを絡めつつ書こうかと構想したこともありましたが、あまり宗教に詳しい訳でもないし、冗長だと思ってやめた思い出があります。

 

全2話という短さもそれが原因と言えるかもですね。

 

あと大事なこととしては、この章はアルトリア・ペンドラゴンが銀弾の過去を知る大切なシーンでもあります。

 

逆に言えば、そのくらいってところでしょうか。たった2話しかないし、いうこともないですね。

 

 

 

 

 

 

オケアノスの油断   【目次へ戻る】

 

まさに“油断”です。

 

1章、2章と、ほぼ原作通りに突破してきたシロガネハズムにとって初めての失態。

 

原作を妄信しすぎたがゆえに、大事な大事な銀の弾丸を1発無駄に消費する羽目になりましたね。

 

しかしその代わりにアルトリア・ペンドラゴンとは打ち解けたので、悪いことばかりだったわけではありません。

 

油断は命取り、とよく言いますが、油断とは自信の表れでもあります。ほどほどに油断するのも、人生においては必要かと思うわけですね。

 

そういえば、この章では酢漿夏希と藤丸立香の交わした約束が描写されていましたね。遠い過去に交わされた約束です。

 

ここまで原作とほとんど変わらなかった藤丸立香に、一つ今作オリジナルの属性が足されたということです。私にとってはこの時こそが、FGO公式の藤丸立香ではなく、二次創作『7つの銀弾』の藤丸立香になった瞬間かなと思います。

 

 

 

 

 

 

ロンドンの薄望   【目次へ戻る】

 

“薄望”という言葉は調べた感じ、正式な表現ではなさそうでしたが、あえて使いました。

 

意図してる意味としては、暗い闇夜の中に一筋に光る希望、という感じですかね。文字通りの“望み薄”ではなく、薄く輝く遠い遠い光のイメージです。他の何が失われ、壊れたとしても。それさえ無事ならば進めると思える、心の芯を支えるもの。

 

アヴァロン・ル・フェを攻略した方向けに言うと、アルトリア・キャスターにとっての“(ホープ)”のようなものと思っていただければいいかと。

※ネタバレ防止で透明にしました。読みたい方はドラッグしてください。

 

 

この物語の構成段階、まだプロット作成くらいの段階では、この章のタイトルは“ロンドンの絶望”になる予定でした。

 

しかし、アルトリア・ペンドラゴンにあれだけさせておいて、“絶望”なのかと。そこにはなんの光も希望も生まれなかったのかと自問自答した結果、“薄望”という造語を使ったわけですね。

 

この章では、シロガネハズムを貶めるためのレヴ・ハウラス(ちなみに、レヴはレフの別読み、ハウラスはフラウロスの別読みが由来です)の暗躍が裏にありました。

 

しかも最後の最後までしてやられた感、勝ち逃げされた感もあって、FGOでレフをスッキリ殺した皆さんからすると、なんでこんな奴にフジマルとマシュがやられなきゃならんのや! ともやもやした方もおられるかもしれません。

 

アルトリアやモードレッドの最期の活躍によって、その辺がすっきりと緩和されてくれていたら幸いといった感じでございます。

 

 

 

 

 

 

質問解答   【目次へ戻る】

 

ここからは質問解答コーナーになります。

 

【質問箱】に届いた質問から、現時点で答えられそうなものをピックアップして返答いたします。

 

ここにないものは今は答えられないから答えないだけで、ちゃんと確認していますのでご安心を。

 

 

 

FGOの2部が終わったら、此方でも2部を書き始めるの?

 

書く予定は今のところありません。

 

この物語は第1部の内容でスッキリ終わるように組んでいる(つもり)なので、今のところ2部の予定はないですね。

 

まあ完結後に番外で2部やったり、イベント特異点のシナリオやったりはするかもしれませんが。(今作の世界ではカルデアはイベント特異点を一つも経験していない。リツカもマシュもハズムも真剣な人理修復の旅だけしかしていない)

 

とにかく、本編として2部を書くことは無いと思ってもらって構いません。

 

 

 

23話の「──終点じゃない。ここはまだ終点なんかじゃ」

の直前の空白って何か書こうとしてたんですか?「消された誰かの声」とかそんな感じで、五行の空白の真ん中の、あのタグだけが残っていたんですか? 或いは単なる誤字?

 

この質問の答えだけいうとすれば、“誤字です、すいません!”で終わりですが、そういうところまで見てくれる人もおるんやなって嬉しくなったので載せました。

 

私の小説は特殊タグガンガン使っているので、当然わざと見えにくくしている、または隠している描写も中にはあります。

 

読者の皆様の中には、私の書いたもの全てを発見できていない方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれませんね。

 

 

 

今答えられるのはこれだけですが、まだ【質問箱】は開いております。

 

質問投げ入れてもらえれば、この“中書き”を更新する形で答えますので、どしどしどうぞ。

 

 

 

 

 

最後に   【目次へ戻る】

 

長かった“中書き”もこれにて終了。書きたいことはまだまだたくさんありましたが、時間も文字数もかかりすぎるのでこのくらいで。

 

始めに言いましたが、皆様の応援のおかげでこの作品は成り立っております。なんどかランキングにお邪魔させていただいたときもとても嬉しい想いでした。

 

遅筆な私ではありますが、この作品は完結まで頑張りたいと思っておりますので、よろしければこれからも、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

 

 

 

……ではでは、真面目タイムおーわり! 

 

最後まで読んでくれてありがとナス!

 

また次回、今度は本編の更新で! さよーなら!

 

 

 



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一番星、そして泡沫の夢
星を探す旅路ー1:『帰還』





遅くなりました、ごめんよ。

内容は前回予告した通りです。あらすじを一行でまとめると、

“このカルデアにフォウがいない理由”

ってところですかね





 

 

 

私たちカルデア司令部の人間は、レイシフトに同行することができない。なぜなら、レイシフトは適性のある人物にしか行うことができないからだ。

 

そして今現在のカルデアにおいては、その適性所持者として銀弾と藤丸立香だけが存在している。即ち、その二人のみが実地で特異点攻略を行う人員であり、それ以外の職員はカルデアに居残りだ。当然、私も含めての話。

 

だからこそ、私たちにできる最大限の事というのは、現地で戦いに身を投じる彼らのサポートになる。物資を送ったり、存在証明をしたり、バイタル管理をしたり、とその内容は様々だ。

 

私たちにとっては、それこそが戦いのカタチだった。それが、地獄に送り込んだ同胞を安全地帯から眺めるだけの、酷く歪なものであるとしても。それこそが、私たちにできる事。精一杯の支援であるのだと。

 

 

 

──だから。

 

その歪みをよしとしていたから。

 

私たちは、失敗したのだ。

 

 

 

 

 

 

走る、走る。コッコッと、脚を前に進めるためにヒールの底が地面を叩く音が鳴った。そしてそれは、私の吐く荒い息とあたりに響く怒号にかき消されていく。

 

指令室から1分もかからない距離、コフィンのあるレイシフトルーム、カルデアスの鎮座するそこに、私たちは急行していた。

 

「担架と救急箱を! 緊急治療室の扉を解放しろ! 医療スタッフは手術(オペ)の準備を! ボクもすぐに向かう!」

 

「私の工房からありったけの治癒スクロールを持ってきてくれ! 止血剤と鎮痛剤も! 急いで!」

 

ロマニとダヴィンチが指示を飛ばしている。スタッフたちもそれぞれが慌ただしく動き、それに従っている。

 

そんな中で。そんな緊急事態の最中で私は──カルデア所長として皆を統率することもせずに、ただ、()()に向かうことだけを考えていた。

 

もう、頭がぐちゃぐちゃなのだ。何を信じるべきか、何を信じないべきかもわかりはしない。けれど、唯一わかるのは──私たちは失敗した、というその事実だけ。

 

 

 

思えば、この特異点攻略は始まりからどこかおかしかった。

 

リツカのサーヴァントであるエミヤがレイシフトから弾かれ、さらに転移先は二人のマスターで離ればなれ。そしてこちらからの物資転送どころか、通信すらも受け付けない。できることは二人のバイタル管理と存在証明。そして、音声情報と映像情報の観測だけ。

 

カルデア側(こちら)からの支援は受け付けないが、現地組(あちら)からの情報だけは一方的に送られてくる──その状態を、最初こそ私たちは()()()()()()だと受け止めていたのだ。情報が完全に断絶されるよりもまだましな状況であると。

 

そして、この状態がいずれ回復してくれるものだとも思っていた。

 

しかし数時間が経ち、一日が経ち、ついに数日が経ってもこの現象が──技師たちのどれだけの努力があっても──解消されなかったそのとき、私たちはどれだけ深刻な状況に立たされているのかを理解したのだ。

 

私たちは、()()()()()()()()()()()()のだと。一緒に戦っていたと思っていたのに、気づけば私たちは、観客席へと無理やりに押し込められていたのだ。そうして、そこで起こる全てに対して指を咥えていることしかできなかった。

 

 

 

そんな深い後悔に苛まれながら、ようやく私たちはそこにたどり着く。カシュン──、とレイシフトルームの扉が開くのすらもじれったく思えた。

 

「──、はやく、コフィンを開けてちょうだい!」

 

想定していたよりも大きな声が口から飛び出した。私の後ろにいたスタッフたちは、それに弾かれたようにしてコフィンに駆け寄った。

 

スタッフたちがパネルを操作すると、頑丈な透明素材の蓋がスライドして開いていく。隙間からはコフィン内に満たされていた白い気体が漏れ出して、それが中の人間の様子を隠すようにしていて鬱陶しい。

 

私たちは手で仰ぐようにしてその靄を追いやった。そして晴れた先にあったのは、つい先ほどまでロンドンで戦い続けていた3人の姿。

 

リツカとマシュには一見して酷い傷は見当たらないが、顔は蒼白で意識もない。礼装の胸元には指先ほどの大きさの穴がぽっかりと開いていて、べっとりと血痕が付着しているのがわかる。一見すれば、まさに銃殺死体の様相だ。

 

二人のそばにいた医療班はすぐさま二人の手首に指先を当て、眼を閉じその感覚を正確に確かめていた。数秒の後、僅かに安堵の表情を見せる。どうやら、最悪の事態には至っていないらしかった。

 

しかし、予断を許さない状況に変わりはないだろう。なにより観測していた光景からして、すぐに治療が必要なことは間違いない。二人はすぐに担架に乗せられ運び出されていった。

 

その光景を見送りつつ、再度コフィンへと視線を戻す。残り一人、ハズムはいったいどうなっているだろうか──

 

「──うぅ、これは……」

 

始めに感じたのは腐った鉄のような──血の臭い。そして、焼け焦げた有機物の鼻を衝く刺激。どこを見ても生傷がいくつも刻まれた体だ。散見される火傷痕がこの()()()()()の元だろうか。

 

彼はどの特異点攻略においても傷を作って帰ってくることで、医療班スタッフの間では特に心配の声が上がっている人物ではあったが、今回のこれは今までで最も重症であることが一目でわかった。

 

医療班はその衝撃的な状態に一瞬怯む様子を見せたが、トップのロマニが率先して彼の診察を始めたことによって、自分たちの職務を思い出したようだった。てきぱきと治療を進めていく。

 

外傷の少なかったほか二人と違って、彼には担架で運ぶ前にこの場での応急処置が必要だと判断されたらしかった。

 

私は、医療の専門知識のない自身の出る幕ではないと理解していながらも、彼の肌に触れたくて仕方がなかった。そうでなければ消えてしまいそうなほどに、今の彼は儚くて。文字通りの風前の灯火に見えていたのだ。

 

コフィンの淵からだらんと垂れ下がった彼の傷だらけの腕が、とても痛々しいものに思えた。私は彼の力の抜けた左手を、その指先から手のひらにかけての全てを、そっと包んであげたい衝動に駆られていた。

 

「……オルガ、安心して。彼は見た目以上に軽傷だ。どの傷も既にある程度ふさがっている。誰かに処置されているみたいだ。見た感じからすると、モードレッドによるものかな」

 

「、そ、そう。それは、よかったわ」

 

ロマニが私の肩を叩いて告げた内容に、自分でもびっくりするほど急速に心が落ち着きを取り戻したのがわかった。

 

思い返せばモードレッドは、確かレイシフト帰還直前に彼を運んでいたのだったか。彼女は円卓の騎士だし、応急処置の技術にも精通しているのかもしれない。

 

「血や火傷の匂いも、ほとんどは服や皮膚にこびりついたものから立ち上っている。ひどい恰好だけど、命に別状はない──と、思う。いくらか傷痕が残ってしまうことは防げないだろうけど」

 

ともかく今すぐ命がどうこうなる様子ではない、というロマニの簡潔な診断結果を受けて、私は一つ息をついた。

 

そうとなれば、次にやることは決まっていた。とにもかくにも、治療だ。現在のカルデアとしては、3人の回復を図ることが急務というのに間違いはなかった。

 

「……応急処置処置は終わったかしら。運んであげて」

 

「……よろしいのですか?」

 

「──? ええ」

 

私の指示になぜだか一瞬躊躇した様子を見せた医療班の男は、私の返事に何か言いたげな表情を見せながらも、もう一人と共に協力して彼をそっと担架に乗せると、運び出していった。

 

彼の不可思議な態度に私が困惑して首を捻っていると、後ろからダヴィンチが私の背を叩いた。私を労わるような、励ますような。彼女には珍しい、優しい手つきだった

 

「ともかく、3人とも生きていてくれたのは喜ばしいことだね。これから治療して、目覚めたら事情を聴いて──そして、そこからだ」

 

「……ああ、そうだね。そこからが正念場だ」

 

ロマニと二人でなにか通じ合うようにして語り合うダヴィンチ。何かを心配している、ように見える。彼女たちが話しているのがどういうことか、私には理解できなかった。

 

「二人とも、何を話しているのよ」

 

「私たちは見ただろう。ロンドンで行われた決戦の様子を。このカルデアの全ての人間たちが、その光景を眺めていた」

 

「それが?」

 

「つまりは、そうだね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということさ。きっと私たちは、その大きな課題を突き付けられている」

 

「……まってちょうだい。どうするもこうするも、今まで通りでなにも問題は、」

 

「──本当に、そう思うのかい? オルガ」

 

ダヴィンチの物言いにとっさに反論しかけた私を諭すようにしてロマニが悲し気につぶやく。ダヴィンチも同様の表情。

 

想定外。そうあっけにとられている私の肩にそっと手を当てると、二人はハズムの乗せられた担架へと駆け寄った。

 

そして私はぽつんと取り残されたまま思考を巡らせ、そして思い出す。ロンドンで行われた決戦。そこでシロガネハズムがどんな言動をしていたのかを。

 

彼らが心配で。その感情でいっぱいいっぱいで今まですっかり忘れていた──あるいは、考えないようにしていたけれど。

 

シロガネハズムは言ったのだ。そこにどんな事情があり。そこにどんな意図があり。そこにどんな感情が注がれていたとしても。

 

『オレは──世界を滅ぼすことにしたんだ』

 

そんな、()()()()を目指すカルデアのマスターとして、禁句と言ってもいいその言葉を。まるで、明日の天気を語るような自然体で。

 

さらには何か、今まで見せていなかった()()()()()()()()を振るっていた。私はある程度彼にそういうチカラがあるだろうことを察していたが、そうではなかった者たちはたくさんいる。

 

今まであんなチカラがありながら隠していた──そういう認識が、皆の心に広がるまでにそう時間はかからなかっただろう。

 

そこまで考えて、ふと、周りを見渡してみる。ハズムが今まさに回廊へ続く扉を通り抜けようとしている──そして少なからず、それに向かって良いものとは言い難い視線を向ける者たちがいる。

 

ロマニとダヴィンチは、そんな者たちの視線からハズムを守るようにして位置取りながら、担架と共に医務室へと向かった。

 

周りに充満する懐疑の雰囲気に気づいたとき、ねばついた液体を背中に流しこまれているかのような酷く不快な感覚が、私の背中をどろりと撫でた。

 

 

 

人理継続保障機関カルデアは、人類の未来を守るための組織だ。だからこそ、ここにいる全ての職員が、選択の時を迎えていた。

 

今まで攻略を任せてきた立った二人の少年たちの片割れ。誰よりも努力を欠かさない、誰よりも真摯に修復に取り組んでいると思われていたシロガネハズムが、世界を壊そうとした。

 

私たちは、それをどう受け止めるべきなのか。きっと誰もわかっていなかった。

 

少なくとも、ロンドン攻略が始まる以前。カルデアのスタッフたちからシロガネハズムへの評価は──私の眼が正しければ──“頑張っていて応援したくなる子”だったり“無理ばっかりして心配になる子”だったりしたと思われる。

 

英霊たちと違って、私たちはハズムから何の予感も感じられなかったから、なんのバイアスも無く、彼の言動そのものが率直に評価の対象になった。その上で、皆はハズムのことを信頼していた。ハズムは努力を欠かさないし、与えられた任務の遂行に忠実だったからだ。

 

しかし、ここで問題となるのはハズムは誰もに()()()()()()()が、決して誰もに()()()()()()わけではないということ。

 

彼はカルデアにいる間、ほとんどの時間を自身の鍛錬に当てていた。まるでカルデアにいる時間を、“特異点攻略の合間の期間”とだけしか認識していないかのように。次の特異点に向けた準備だけを淡々と行っていた。

 

スタッフたちはその姿勢をこそ評価していたが、そんな生活ばかりでは誰かと親密になるような時間はなかったと思われる。

 

訓練に付き合っていたダヴィンチ及び技術班の数人、特異点攻略の旅に彼を治療するロマニ及び医療班の数人。彼と絆を育んだ可能性があるのは、そのあたりだろうか。

 

──つまり端的に言って、シロガネハズムには。

 

彼のロンドンでの言動を聞いて、“それでも信じる”と言ってくれるくらいに親しい人物が、それほど多く居なかったということなのだ。これが藤丸立香だったら、また違ったのだろうけれど。

 

ロンドン特異点の攻略はかろうじて終わらせることができた。けれどまだ3つもの特異点が残っているにも関わらず、マスターたちは全員、満身創痍だ。

 

カルデアには今、まさに絶望と諦観が侵食し始めていた。そしてそのどうしようもない負の感情の矛先がどこに向くのか、私はやっと明確に理解できていた。

 

 

 

それが人理継続という大義に背かぬ限り。そこにどれだけの倫理の欠如、良心の不足が存在しようと、それを黙殺し無視し、カルデアの使命(グランドオーダー)にとって最も効率的な手を取らなければならない。

 

 

 

我々の役目は、倫理や人権の保障ではなく、ただ一つ人理継続の保障であるということを忘れてはならない。

 

 

 

カルデアの職員たち全員が持つ構成員手帳には、その文言が記載されている。

 

初代所長、マリスビリー・アニムスフィア──父が決定し記載した、人理継続保障機関カルデアの理念とも呼べるそれ。

 

──人理継続保障機関カルデアは、人類の未来を守るための組織だ。

 

所属員の中で最も若い少年二人──最も未来ある若者たちを、無理やりに死地に追い込んでいるとしても。

 

デミ・サーヴァントという、任務に有用と目される兵器を作るためだけに、一人の女の子の生命と生活を弄んだとしても。

 

今まさに、一人の人間が人理という大義のために切り捨てられようとしていても。

 

私たちはその使命を、大儀を果たさなければならない。

 

 

 

 

 

 

──本当に、そうだろうか。

 

 

 

 

 

 

なんでもかんでも予想外だ。考えもぐちゃぐちゃだ。

 

マスターたちがもはや死体一歩手前の状態で帰ってきたこと。最も頼り、尊敬してきたレフ・ライノールが、裏切り者であったこと。シロガネハズムが世界を滅ぼすと宣言してしまったこと。彼が一時はまるで怪物のように豹変してしまったこと。

 

ロンドンで起こった全てのことは、本当に、もうどうしようもなく私の心を破壊して、虐めてくる。正直な話、勘弁してほしかった。私は心が強いほうではないのだ。今、冷静を偽って立っているのだけでも褒めてほしいくらいだ。

 

今すぐ自室に引きこもって、何もかもを忘れて、ヒステリーを起こして、全てを投げ出して眠りたかった。

 

──いつの間にか俯いていた視界の端に、垂れ下がった自分の手のひらが映っていた。

 

それを目の前に広げて、ぐっと握りしめた。するとまるで、その指先が点火装置になっていたかのように、握った拳全体が熱く熱く炙られた錯覚を覚えた。

 

そしてその熱は、私の腕を伝って、身体を駆け巡って──そうして、私の体のどこかにある“心”の場所にたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

──クソッタレよ。絶対に、認めてたまるものですか。

 

 

 

 

 

 

自然と、私はそんな思考をしていた。

 

父の設定した理念などくそくらえ。さらに言えばこの時の私にとって、人理修復という最も重視すべき目的すらも、まるで路傍の石のように考慮する価値を失っていた。

 

私は、とうてい立派な人間ではない。誰にも褒めてもらえなかったし、認めてもらえなかった人間だ。

 

今ならそれが当たり前だとわかる。特筆すべき才能も持たず、人間関係だって壊滅的だった私をどこの誰が認めてくれるものかと。

 

どうしようもない人間であると、自分でも十分にわかっている。

 

──()()()()()

 

これ以上、ダメな存在にはなりたくない。()()()()()()()()()()()──そんな、救いようのない人間になど、絶対にならない。

 

あんなに役立たずで、あんなに嫌な性格の私を。一歩間違えれば命を落とすほどのケガを負いながら、助けてくれた人がいたのだ。

 

()()()()()()()()と言ってくれた人が。私の手を握ってくれた人がいた。

 

その手が。なんでもない言葉が。私にとってどれだけの救いであったかなど。

 

あれは間違いなく、私にとって最も輝かしい光景。夜空に浮かぶ一番星のような、それだけで夜闇を進んでいける、暖かな導き。

 

──彼があのロンドンで、一体何を思ってああしたかなど、推し量れはしない。

 

ただ、それでも。彼が目覚めた時に、最初に見るものは。聞くものは。

 

周りからの懐疑の視線と、罵倒ではなく。

 

差し出された手のひらと、「無事でよかった」という安堵の言葉であるべきだ。

 

私は、許されるならば。それを届ける、彼にとっての一番星になりたい。

 

 

 

 

 

 

私は、オルガマリー・アニムスフィアは。

 

 

 

このとき初めて。

 

 

 

誰かに与えられ、強制された目的(タスク)ではなく。

 

 

 

自分自身の最も内側、心の底から湧き上がる願望を。

 

 

 

こんな自分になりたい、という意志を。

 

 

 

──私を私たらしめる存在証明(あかし)を。

 

 

 

ついに、手にしたのだ。

 

 

 

 

 

 







シロガネハズムは実質人理修復RTA走者みたいなもんなんだから、好感度ガバはお家芸なんだよなあ。

あまり描写はしてませんが、彼はカルデアに着いてからほぼ全ての時間を鍛錬に費やしていますからね。

そら(鍛錬ばかりして誰とも話さなかったら)そう(誰もかばってくれない)よ。

藤丸立香は、広く深く絆を結ぶのが得意とかいう圧倒的コミュ()です。

対してシロガネハズムは、コミュニケーション能力クソ雑魚ナメクジなので(というか絆とかそういうの鼻から諦めているので)どんだけ頑張っても狭く深くで精一杯です。

つまり今回の件ですが、カルデアの皆さんは悪くないっす。コミュニケーションを怠ったシロガネハズムのせいです。



ではでは、最後まで読んでくれてありがとナス!

感想、お気に入り、評価いつもありがとうございます!

そして今回もどうぞよろしくお願いします!

燃料が注がれた車は走る。

反応を貰った二次小説作家は書く。

これが世の中の真理でございますれば。




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星を探す旅路ー2:『転機 / 目覚め』

 

 

 

ロンドンから3人が帰還して3日が経った。

 

あの後、担架で運ばれていった3人に対しての緊急治療は、ほぼ丸一日を使った大規模かつ長時間のオペとなった。

 

対応できる医療班の面々は両手で数えられる程度しかいないため、彼らには相当の負担がのしかかってしまったことだろう。休息や食事の必要がなくフル稼働できるサーヴァント、ダヴィンチとエミヤの存在がなければ倒れてしまう者ばかりだったに違いない。

 

普段から自分を律して休息をあまりとらないロマニでも、全てが終わり容態が安定したと判断した瞬間には眠気に負けて夢に旅立ってしまったらしい。

 

ロマニのそれは当たり前のことで、ここしばらくは医療班に限らずすべてのスタッフたちが疲労と心労を限界までため込んでいたのだ。

 

このままでは近くカルデアは機能不全に陥る。とにかく乗り越えなければならない峠は越えた。とそう判断した私は、カルデア所長として、次の1日を休息日に設定すると通達した。

 

あまり備蓄はないが、甘味や煙草などの嗜好品をとにかく大放出し、食事もできるだけ豪勢なものにすることに決定。

 

残留特異点──攻略した後でも残っている特異点もどき──であるオルレアンにて採れたワイバーン肉を、なぜか料理を得意としているエミヤがソテーしてくれたのだが、これが素晴らしく美味で、カルデアはしばしの間、恐怖や絶望を忘れることができた。

 

 

 

 

 

 

オペに一日。

 

その後の休息日で一日。

 

そしてある程度回復した面々が通常業務に復帰して、一日。

 

3人の帰還から既に3日が過ぎ去った。

 

未だに、彼らの誰一人として、意識を取り戻してはいない。

 

 

 

 

 

 

カルデアF区画にある第一ミーティングルーム。まだ集合時間まで10分以上の余裕があるというのに、既に全員が各々の席についていた。

 

「──全員そろったのなら、予定より早いですが、もう始めましょうか」

 

そう皆に言えば、それぞれが首肯して賛成の意を示した。反対の者は存在しない。

 

皆それだけ、カルデアの今後について不安を覚えているということだろう。この話し合いが有意義なものになるかは置いておいて、なにかをしていなければ落ち着かないのだと思う。私だってそうなのだから。

 

所長として進行役をしている私の両隣には、医療班トップのロマニと技術班トップのダヴィンチが控えていた。開始の合図を聞いた二人は、手元のタブレットに指先を滑らせた。

 

「では、医療班から。皆には手元の端末を見てもらおうか……これは、今現在の3人のバイタルデータ。左からリツカ君、マシュ──そして、ハズム君だ」

 

言われて私も手元に目を落とす。3人の現状のバイタルが、わかりやすい数値と図でまとめられているのがわかった。

 

リツカ、マシュの両名に外傷は少なく、唯一スクロールで治療しきれず胸にうっすらと残っていた弾痕も、今では完治している。失った血液はそれなりに多かったため1日ほど昏倒したままかもしれない、というのがロマニのファースト・オピニオンだったのだが、3日経っても彼らは眼を覚ましていない。

 

この現状を鑑みて、ロマニは新たな診断を下した。つまり、彼らには覚醒を妨げる何かしらの妨害がなされているのではないか、ということだ。それが何かは現在調査中だが。

 

ただ、様々な検査の結果、彼らにある種の呪いが刻まれているのはわかっているらしい。その具体的な症状や解呪方法などはこれから解明していくことになるだろう。

 

ロマニはそこまで報告すると、次に一番右に記載されているハズムのバイタルデータを指示した。

 

「ハズム君の方は、今日の夜にも目を覚ますかもしれない。もちろん、2人と同じように目覚めない可能性も考えられるけど──」

 

彼のバイタルデータを分析するに、コフィンから出てきたときに一目でわかった通り、体中に酷い怪我を負っていたようだ。3人の中で最も重症なのは彼で、失った血も折れていた骨も多い。だからロマニの診断では3日間は眼を覚まさないだろう、と言われていた。

 

つまり順当にいけば、今夜には目覚めると予想される。もちろんロマニの言ったように、他の二人と同じ状態に陥る可能性も低くはないが。

 

「では、ハズムが目覚めた場合には、彼に事情聴取を行います。私たちはロンドンで何が起きたのかを知る必要がある。そして、もし、覚醒しなかった場合には──」

 

私は言葉に詰まった。そんなこと考えたくもなかった。そしてそもそもの話、覚醒しなかった場合には、カルデアは全ての選択肢を失うこととなる。

 

私たちには2人しかマスターがいなかった。その二人ともが意識不明のままであれば、もはや私たちに打つ手はない。明確な、カルデアの敗北だった。

 

「──いえ、目覚めなかったときのことは、その時に考えましょう」

 

私はそうして決断を先送りにした。最悪は想定されているべきだが、今のカルデアにそれを考える物理的な余裕も心理的な余裕もないだろうから。

 

 

 

「医療班の報告は以上ですか?」

 

「……はい。現状はこれで全てです。他に何かわかり次第、皆の端末に共有します」

 

「ええ、そうして頂戴」

 

ロマニは私の質問にしばし考えを巡らせていたようだが、無難に返答すると、自身の椅子に着席した。

 

「では、次に技術班からの報告を──」

 

と、私が会議を先に進めようとしたところ、いくらかの者たちが挙手をした。彼らの顔を見渡すと、皆一様に不安そうな顔を浮かべていた。とても無視できるようなものでもないし、私は嫌な予感を覚えながらもそのうちの一人を適当に選んで指名した。

 

「……なにかしら。じゃあそこのあなた、どうぞ」

 

「はい。観測班のナタリーです。私は──恐らく挙手した他の皆さんも同様の疑問をお持ちだと思いますが──所長に確認させて頂きたいことがあります」

 

「何かしら」

 

「先ほど所長は、シロガネハズムが目覚めれば、すぐさま事情聴取を行うと仰っていました。それは構いません。必要なことだと私も考えます。しかし──」

 

ナタリー、という名を聞いて思い出す。彼女はいつも冷静沈着ではあるが気が弱く、このような場で積極的に発言する人間ではなかったと思う。しかし今の彼女はむしろ堂々とした様子で発言している。それだけの不安を彼女は抱えているのだろう。

 

「──その後は、どうされるおつもりですか?」

 

「……それは、シロガネハズムの処遇を、ということ?」

 

「……ええ、その通りです」

 

努めて冷静に聞き返せば、彼女の方は一瞬気圧されたような様子を見せたものの、ぐっと堪えて返答した。私たちのやり取りに、スタッフたちは騒めいた。

 

正直な話、このような流れになることは事前に予測できていた。そして、その質問を適当に誤魔化したり、突っぱねたりすることも恐らくできただろう。

 

だが、そんな対応では不満がたまり、いずれ爆発するだろう。そして、そんな不和を抱えた状態で達成できるほど、人理修復は甘くないだろうとも思う。

 

私たちは総勢100にも満たない集団だが、それでも最後の人類として戦う者なのだ。世界の危機においてすら一致団結できないようでは、もはや何のための人類なのか。

 

ともかく、私はこの質問を予期できていたし、そしてそれに対する返答も決まっていた。あとはそれを、彼らに納得させることができるかどうかだった。

 

 

 

「──どうもしません。今まで通りです」

 

 

 

「……はい?」

 

 

 

私の答えに、ナタリーは一瞬あっけにとられたような表情を見せたが、すぐにそれを苛立ったものに変えて反論してきた。

 

「今まで通り、って……! 所長も見ておられましたよね? 彼がロンドンで、何をしたのか、何を口にしたか! 所長あなたは、もしかして──」

 

「ええ、もちろん見聞きしていたわ。彼はまず、強大な力を隠し持っていました。人理修復に有用であると思われる力を、誰にも話さずに秘匿していた。そして次に同胞であるはずのリツカとマシュを撃ち抜きました。これが誤射だったのか意図したものかは、我々の観測映像ではわからない。今後の事情聴取で明らかになるでしょう。そして、後はなんでしたか──」

 

「……『世界を滅ぼす』と、」

 

「──ああ、そうだったわね。それが本当に可能であったかは置いておくとしても、彼は世界を滅ぼそうとした。そしてそれはアルトリア・ペンドラゴンによって阻止されましたが、一歩間違えれば、私たちは滅亡の危機だったかもしれない。今までの話を総合して、彼にマスターとしての役割を安心して任せられるかといえば、当然“否”ね」

 

「……」

 

「どうしたのかしら。もしかして私が、カルデア所長である私が、彼に内包されている危険性を理解できていないと思っていた? ただ、彼に助けられた恩義とか、そういう私情()()の理由で、彼を無罪放免にしようとしていたと?」

 

そう言えば、ナタリーはそれを認めたように小さく頷いた。それに私は内心苦笑する。その批判や懸念は、正直な話ごもっともというか、当然のものだと思うからだ。

 

私が人理修復などという偉業を成し遂げられるほど大した人間ではないのは事実で。スタッフたちに当たり散らして、レフに依存していた嫌な女だったのも事実で。なら今度は、寄生先をシロガネハズムに変えただけではないのかと、勘ぐられるのも道理で。

 

ナタリーが思っている通りに、私個人としては、シロガネハズムのことを信じたいと思っている。これは間違えようのない事実だ。しかし、だからと言ってその感情だけで、今の私が動いているわけではない。

 

「……ナタリー、あなたはどうしたいの? 他の挙手していた面々も。あなたたちは、シロガネハズムの処遇をどう考えているのかしら」

 

「それは──」

 

「労役? 監禁? それとも──処刑?」

 

「そんなことっ──、いいえ。そう、ですね。事情によっては、それらも取りえる手段の一つかもしれません」

 

彼女は一度は私の問いかけに対して声を荒げたが、無理やり気分を落ち着かせた様子でそんなことを言った。

 

彼女、ナタリーが本心からそれに賛成しているわけではない事は明白だった。処刑なんてそんな恐ろしい言葉を使いたくないことも、そもそもそれが許されざる行為であるという認識を持っていることも、手にとるように分かった。

 

しかし、彼女にはそうした良心を押しのけるに値する彼女なりの理由や葛藤があって、()()()()()を提案しているのだろうと思う。

 

何にせよ、彼女の発言は少なからずあたりに動揺を伝播させた。しばらくざわざわと部屋が騒がしくなって、そのうち我慢ならないといった風に一人の男性が机を強くたたいて立ち上がった。

 

ジングル・アベル・ムニエル──金髪丸顔で、いつもはふんわりとした雰囲気を漂わせている彼だが、しかしこの瞬間は今までに見たこともないほど感情を昂らせていた。

 

「お前、ナタリー、正気か!!? そんな恐ろしいことを言うなんて、恥を知れよ! お前の今の発言は、観測班の同僚として絶対に許せない!!」

 

「──私は、間違ったことを言っているつもりはないわ、ムニエル」

 

「どこがだ! フジマルもシロガネも、大切なカルデアの仲間だろう!? 一番危険な任務に、怖くても自分を奮い立たせて赴いてくれる二人だ。俺たちが一番大切にしなきゃならない、感謝しなきゃならない存在だ!」

 

「わかってるわよ!! でも、私たちはあんなことがあっても仲良しこよし、なあなあで過ごしていいなんて、そんなことが許される集団じゃないでしょう!? 私たちは、もう()()()()()なのよ!?」

 

その言葉は、とても痛烈な衝撃を私たちに与えたと思う。皆が心の中に持っていた使命感。それが、今では“仲間を大切にする気持ち”と対立している。どちらを優先すべきか、どちらを重んじるべきかなど、本当の正解はだれにも分かりはしない。

 

「……私たちは、一つの失敗で終わりなの。もう崖っぷちなの。生きているだけで奇跡なのよ。ここから逆転するために、不安材料は、なんとしても、取り除いておくべきだと思います」

 

「それで、シロガネを監禁して──あまつさえ処刑したとして、それに意味があるのかよ。俺たちは外道に堕ちて、二人しかいないマスターは一人になって戦力も減る。そして残ったフジマルはシロガネと親友関係なんだぞ? 俺たちがシロガネをどう扱ったかを見て、それ以上旅を続けてくれるかも怪しいだろ。それでどうして、この先やっていくっていうんだ……」

 

「──それは、それはそうだけど、でも……」

 

ナタリーはムニエルの反論に一瞬口ごもったが、それもすぐに打ち払って、なにか覚悟を決めたようにして返答した。

 

「一つ言わせてもらうなら、私は……私たちは、もう外道よ」

 

その言葉はきっと、カルデアの誰もが心の奥底ではそうだと感じていて、けれど口には出さなかったことだろうと思う。ずっと前のめりになってナタリーに言葉をぶつけていたムニエルが、この瞬間はびくりと身を引いた。

 

「デミ・サーヴァント計画でどれだけの命を弄んできたか覚えてないの? そもそも彼ら二人だけで特異点攻略をやらせていることすらも、本来ならおかしいことでしょう? 彼らに行くか行かないか、選択の余地は確かに与えた。けどそれは、本人の意思を尊重したようで、実際そんなことはないわ。だって彼らにしかできないことだもの。彼らは頷く以外の選択肢がなかっただけでしょう?」

 

私たちは、既に大儀のために色々なものを犠牲にしてきたのよ、とナタリーは零した。そして最後に、彼女なりの結論でこの議論を結んだ。

 

「──今さら、良心や倫理なんかを気にする権利は、私たちにないわ。なら私たちはせめてそれを最後まで貫いて、外道として世界を救うべきよ。犠牲を無駄のままに終わらせないように」

 

彼女はもう全てを告げた、と言わんばかりに無言で着席した。反論するものは現れなかった。

 

 

 

 

 

 

「────ぁ、オルガ?」

 

見かねたのか何かを告げようとしたロマニをそっと制す。この軋轢は、この葛藤は、私が責任を持つべきもので、私が解消すべきものだと思ったからだ。

 

父、マリスビリー・アニムスフィアの時代から引き継がれてしまったこの闇を。カルデアに蔓延る思想と、職員たちの後悔を。

 

私は、カルデアの所長として、その責務として、これを背負っていかねばならないのだと。

 

人理継続保障機関カルデアは、マリスビリー・アニムスフィアによって設立された。役目は、人類史の継続を観測し、以降それが守られていることを保障すること。

 

父は、その役目を果たすために、きっとあらゆる手段を用いてきた。そこには正しき行いだけではなく、ナタリーが告げたような外道そのものの行いも多くあった。

 

だからこそ。それがきれいごとに過ぎないとしても。それが、ただの自己満足に過ぎなくて、これまでの犠牲に報いることのできないものだとわかっていても──私は。

 

 

 

「──皆、手帳は持っているわね?」

 

いきなりの言葉に皆は困惑した様子を見せたが、私が自分の胸元からカルデアのエンブレムがうたれた紺の手帳を取り出すと、同じようにしてそれを手に取った。

 

私は全員がそうすることを確認して、指先で一枚、手帳の表紙を捲った。分厚い材質は手帳の表紙にしては少し重くて、私に開かれることを拒否しているかのような気がした。

 

「表紙裏、項目名“人理継続保障帰還カルデアの理念について”──ナタリーの言ったことは真実よ。私たちはそんな犠牲を払ってでも、人類史のために動かなければならない」

 

指先で、印字されたそれをなぞりながら言う。私たちカルデアの理念。この組織がなぜ立ち上げられたのか、なんのためにあるのか。手帳にはそれがはっきりと記されている。

 

 

 

それが人理継続という大義に背かぬ限り。そこにどれだけの倫理の欠如、良心の不足が存在しようと、それを黙殺し無視し、カルデアの使命(グランドオーダー)にとって最も効率的な手を取らなければならない。

 

 

 

我々の役目は、倫理や人権の保障ではなく、ただ一つ人理継続の保障であるということを忘れてはならない。

 

 

 

これが、父の覚悟と決意の表れだ。何を犠牲にしようとも人理の継続を保障するという、不退転の信条。

 

「これは、私たちカルデアの理念であり、根幹でもあります。そうとわかっていながら、あえて言いましょう──

 

 

 

──こんなものは、クソッタレだと」

 

 

 

私はそんなことを言いながら、自身の構成員手帳を床にたたきつけて踏みにじった。皆はその光景に一様に息をのんだ様子だった。私はそれに頓着することなく、淡々と彼らを諭すようにして言葉をつづけた。

 

「私たちは、これまでにいくつもの過ちを犯してきました。父の理念に従って、大儀のために全てを犠牲にした──父が所長だった時代はそうだった。ですが今は、父は死に前所長と呼ばれるようになった。今は、誰でもない、私が所長です」

 

「貴方たちにとっては、私が頼りない人物に映っていることぐらい百も承知です。カルデア所長として、能力すべてが相応しくないということもわかっています。ですが、私はこの席を手放すつもりも、あなたたちにへりくだるつもりもありません」

 

「なぜならば、私にはこの席でやりたいことが──この席でしかやれないことがあるから。それは、あなたたちに対して命令すること。能力や人望に劣る私は、しかしこの席があるために、あなたたちに上から命令することができる」

 

「私は所長として命令します。逆らうことを許さない命令を。私のカルデアでは、()()()()()()()()()()()()()()()。マスターも、観測班も、医療班も、技術班も──サーヴァントだって。その規定を破ることは許しません」

 

「その代わり──もしスタッフの中に仕事をしたくないという者がいるなら、それを許します。何もかもに絶望して頑張ることが無益だと感じられるのなら、滅亡までに残る時間を自由に過ごすことを許します」

 

「──もし、マスター二人が、もう特異点攻略なんてしたくないというのなら、それを許可します」

 

「なぜならば、我々は、人類の代表者だからです」

 

私は、そんなことを言った。ナタリーはその言葉に目を丸くしていた。彼女の主張では、私たちは最期の人類──人類の代表者だからこそ、非道に手を染めてでも人理修復を成し遂げる使命がある、ということだったからだ。

 

私の考えは違う。私たちは人類の代表者だ。()()()()()、使命を果たす義務があるのと同時に、使命をあきらめる権利だってあると思う。

 

「私は、私のカルデアは。父とは違う」

 

私は、私の正しいと思うことをやる。父の背を追いかけることに意味はないのだと、人にはそれぞれに、やりたいと、やらなければならないと思えるものがあるのだから。

 

「犠牲なんてもう沢山よ……人類史のために人があるわけではない。人のために人類史が存在するのですから」

 

それがどれだけ皆の心に響いてくれたかは分からないが、それでも彼らがそれまでに握っていた手帳が、いつしか手放されていたことは事実だった。

 

横に控えていたロマニとダヴィンチが、驚いた様子で私を見つめている気配がした。

 

そうして、二人は、私に優し気な笑みを向けた。「成長したね」、とそう言われているようで、こそばゆい気持ちだった。

 

 

 

 

 

 

「……さて、では話を戻します。シロガネハズムの件は、事情聴取完了の後、皆に共有します。私たちがこれからどうしていくのか、どうなってしまうのか。情けないことに、私にはそれを断言できませんが──」

 

そう言いながら見回すと、ナタリーとムニエルの二人が、足元に落ちた手帳をじっと見ていた。二人には二人なりの正しさがあって、色々な葛藤があるのだと思う。

 

ナタリーはそのアーモンド・グリーンの眼に涙を浮かべながらも、どこかホッとした様子を見せていて。

 

ムニエルの方は、拳を握りしめて、何事かを考えている様子だった。きっと不甲斐ないと思っているのかもしれない。

 

私はカルデア所長としての権力を使って、無理やりに議論を終わらせて、主張を通したに過ぎない。納得していない者は当然いるだろうし、胸に燻りを抱えている者も当然いるだろう。

 

それでも、私は──

 

「──この先に何があろうと。私は、シロガネハズムを切り捨てることは許しません。もちろん、あなたたちがつぶれることも。誰一人欠ける事なく、私たちは未来を取り戻します。今までに行ってきた非道に対する懺悔も、贖罪も、私に対する文句も、罵倒も。全てはその後に聞くわ」

 

──いつの日か、全てが終わって。全てを片付けて。カルデアが全ての罪を償って。

 

そうしていつか、ハズムが、リツカが、マシュが、カルデアの全ての人々が。

 

何も胸に抱えるわだかまりなく、笑いあえる日が来るのだと、信じているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身を灼け焦がす炎と、怨嗟と、後悔の声。

 

墓標のように立った刃の大群。吠えたてる憤怒の匂いが支配する、どこかの誰かの地獄。

 

すくり、と彼女は立ち上がる。その身を苛む怒りと怨みに、顔をしかめながら。しかし、どこか遠い目的地に一歩一歩踏みしめるようにして。

 

存在すらも曖昧、泡沫の夢と同じ。いつか消えてしまう、空想のひと。どこでもないどこかで、誰でもない誰かとして。いずれひっそりと世界に溶けていく。

 

それでも、この手に触れた誰かの、その心がある限り、彼女の炎は燃え続けるだろう。

 

──手繰り、手繰り、手繰り、寄せて。

 

もう一度、彼の手を握るために。

 

 

 

 

 

 

──ところ変わって、カルデア、英霊召喚システム・フェイトの稼働する、召喚室。

 

カルデアの全職員がミーティング中であり、またマスター二人が昏睡状態のために、この場所の電源は落とされて、真っ暗な闇が支配している。

 

誰もいない、誰も見ていないその場所で、ひっそりと赤黒い火の粉が立ち上った。

 

いずれ、その道を拓き、押しかける。その時のために。

 

怨嗟の地獄から這い出でるその時の、たしかな標とするために。

 

 

 

 

 

 






ナタリーはオリキャラです。(fateでほかに“ナタリー”ってキャラがいたらごめんなさい)ムニエルはみんなが知るあの人ですね。

原作においてはカルデアの人々は人間的にとても素晴らしく良い人で描かれてますが、それならデミ・サーヴァント実験なんかにはそれなりの後悔や罪の意識があったと思うんですよね。

ナタリーはそういう非道をしてきたからこそ、その犠牲を出した意味を果たしたい。

ムニエルはそういう非道をしてきたからこそ、もうこれ以上の犠牲はこりごりだ。

というそれぞれの違う主張がぶつかった回でした。

それぞれの主張に同意する職員の比率は3:7くらいでムニエル優勢かなと、そう意識しています。

ムニエルの方が多数ではあるけど、ナタリー側は無視できるほど少数でもない、とそういう感覚で書きました。

だからオルガマリーには無理やり決断を通してもらったわけですね。

一応書いておくと、ハズムの処刑に心から“賛成”の人は一人もいません。

心でどう思っていようと、人理修復という偉業のためにはその心を殺す必要がある、と思っている人がいくらかいるだけです。

まあ、これで一応主人公処刑フラグは折れたかな。別に人に殺されるだけが死因じゃないから、死亡フラグは折れてないけど。

死亡フラグ折るのはだれかなー、誰だと思う?(唐突)



まま、それはいいでしょう。

とりあえず、最後まで読んでくれてありがとナス!

前回も感想やお気に入り、評価ありがとうございました!

そして今回もよろしく。もっともっと()()くれよ……我慢できねえんだよ……

ほんじゃま、また次回。さいなら!




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星を探す旅路ー3:『おくることば』




今回会話少な目だから読みにくいかもです。

ごめんなさいね。





 

 

 

どろどろとした微睡み。もう二度と目を覚ましたくないと思えるほどの、覚醒への抵抗感。

 

ねばついた液体の満たされた湯船の中に沈められているような、身体をピクリと動かすだけでも不快で億劫な、そういう感覚がする。

 

別に、このまま終わってしまってもよかった。

 

シロガネハズムは失敗したのだ。もう二度と立ち直れないほどに、致命的な失敗を。

 

ならばどの面を下げて、これ以上足を踏み出せばいいのか。自分に起き上がる権利など存在しないと、そう思えてならない。

 

ずっと今まで、がむしゃらに走ってきた。

 

家族をあの男に殺されてから、もう8年ほどが経つだろうか。オレはその年月を、ただなにか偉業を成し遂げるためだけに費やしてきた。

 

家族の代わりに──オレなんかより、よっぽど人間的に素晴らしいあの人たちの代わりに、生き残った。どう考えても、なんど思い返しても。あそこで一番に死ぬべき人間は、オレだったはずなのに。

 

それでも、生き残ってしまったのなら。せめて、あの人たちの想いに報いるためにと。家族はどこにでもいる凡人のためではなく、いずれなにか功績を打ち立てる偉人のために死んだのだと、証明する。

 

それがオレにとっての、生きる意味だった。

 

 

 

中学時代に藤丸立香と出会ったときは、運命だと思った。

 

今の時代、“偉業”というのはそう簡単に成せるものではない。社会には多くの問題や解決が望まれる厄災が存在してはいるものの、それらはそうそう個人の力で解決できるような物事ではないからだ。

 

“現代において英雄は簡単には生まれない”──それは、いつ聞いた言葉だったか。少なくとも、それを聞いたオレはその言葉を道理だと思った。

 

しかし──シロガネハズムは、藤丸立香を見た瞬間に、一つのことを思いついた。今思い返せば、それはなによりも罪深い発想だった。

 

“藤丸立香に同行して、人理を修復する”

 

それは、あの時のオレにとって、なによりも甘美な誘惑で、降ってわいたような千載一遇のチャンスに思えていた。

 

現代では英雄は生まれない。だが目の前に、その“英雄”になれるチャンスが存在する。

 

世界を救った救世主──それは、その称号は。失われた家族の命に吊り合うほどの、功績になってくれそうな気がしていたのだ。

 

 

 

オレは、藤丸立香に近づいた。

 

積極的に話しかけて、できるだけ彼の好感度を稼いだ。進学先も同じにして、部活動や委員会も、可能な限り彼と同様のものに参加した。

 

彼という存在にくっついていくことで、オレはカルデアに行くことにしたのだ。

 

今思えばそれは、なんて最低な行いだったのだろうか。

 

打算まみれで近づいたオレのその思惑に、彼が気づいていたかどうかは終ぞわからない。それでも、彼がオレのことを親友と扱ってくれて、オレがそれに少なからず嬉しさを感じていたことは事実だった。

 

だから仮にも、彼と親友であるというのなら。オレは、彼をこの旅に参加させるべきではなかったのだ。この旅が彼にとって、つらく苦しいものになるのは、わかり切っていた話なのに。

 

オレは、自分一人で戦うべきだった。彼と共に歩むのではなく、彼の代わりに立つべきだった。

 

──そうしていれば、少なくとも。オレは彼らを撃ち抜くことは、なかっただろうに。

 

 

 

結局のところ、オレの失敗というのは、全てオレの人間的な未熟から起こっていることだ。

 

だからもう、消えてしまいたかった。もうこれ以上の失態を遺したくはない。

 

このまま死んでしまいたい。家族の命に吊り合う功績なんて、成せるはずもない夢に目を眩ませて、結局は全てを無駄にした。

 

できない理想を抱えて、家族の価値を示すどころか、逆にそれを貶めた。

 

それは、その事実は、もうオレにとってこの旅が、酷く意味のないものだと突き付けてきた。

 

だから、オレは、終わらせることにしたんだ。

 

()()()()()()人間は、最初からいなかったことになってしまえばいいのだと。

 

そうすれば、家族も、リツカも、カルデアの皆も。きっと今よりはまともな人生を送れるのではないか、なんて。

 

 

 

『──ハズム』

 

『ハズム、私たちの優しい息子。私たちのために怒れる子。自慢の息子。ごめんね、置いて行ってしまって』

 

 

 

……ああくそ、なんだってこう、あなたたちの声は、オレの耳に残るのだろうか。

 

 

 

『私は、あなたのことを信じています』

 

『ううん、あなたは優しい子よ。だって、私たちのために、こんなにも涙を流してくれる』

 

 

 

オレは知っているのだ。自分という人間が誰にも求められてなくて、何の価値も示せないことくらい。自覚している。自分が生きているだけで、なにか他の人々の運命を悪い方向に捻じ曲げていることくらい。

 

それなのに。

 

 

 

『あなたはきっと成し遂げる。カルデアの使命は未来を取り戻す戦いでした。ですがあなたは──過去を取り戻すために戦うのです」

 

『ねえ、ハズム。ひどいことを言うようだけどね、誰も恨んじゃだめよ。あなたが正しい……道を……行くのが……にとって、一番……』

 

 

 

だから、お願いだって。本当に、やめてほしい。

 

 

 

『失ったものそのものを取り戻すことが叶わなくとも。空いてしまった穴を埋めてくれる、何かを。過去の後悔に打ち勝つための何かを、あなたは探すのです』

 

『ハズム……さみしくても、つらくても……私も、お父さんも、お姉ちゃんも……』

 

 

 

そうやってまた、あなたたちは。オレの心に()()をかける。

 

 

 

『──ええ、遺言、ですから』

 

『わたしは、わたしたちは、あなたを見守っているわ。きっとあなたが救われるまで』

 

 

 

もう二度と会えない人から、そんなことを言われたら。

 

そんな心底、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな言葉を告げられたら。

 

忘れることなんて、無視することなんて出来ないって、わかっているくせに。

 

いつだってあなたたちは、ズルい。遺された側の事なんて、考えてもいない。

 

オレの心をかき乱すだけかき乱して、どこかへと旅立ってしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピ、ピ、と一定のリズムを刻む機械音だけが、その部屋に響いていた。

 

この音は彼の命の証だった。彼の心臓がたしかに鼓動していることを、その音が証明してくれていた。

 

カルデアはひっそりとした雰囲気に包まれていた。スタッフの大半は寝静まって、起きているのは私とロマニ、ダヴィンチとエミヤ、そんなものだろうか。

 

私以外の3人は、この場にはいない。きっとダヴィンチの工房かどこかで今後について話し合っていることだと思う。

 

きっと気を使ってくれている。私を彼と二人きりにしているというのは、つまりそういうことだろう。

 

もしかしたら、エミヤ当たりは霊体化してどこかから見ている可能性もあるが。なんにせよ、この空間に目に見える存在としてあるのは、私とシロガネハズムただ二人だけ。

 

私は両手をそっと彼の左手に添えたまま、じっと彼の顔を見つめていた。もう1時間ほどそれを続けているだろうか。

 

握った左手には、また傷痕が増えてしまっていた。ざっくりと手のひら全体に走る切り傷の痕は、それだけで私の心を刺すには十分なものだった。

 

目線の先にある顔を見るに魘されている様子はないが、いつも通りの仏頂面で、しばしば瞼とまつ毛が揺れていた。

 

上手くいけば今夜には眼を覚ますこととなるだろう。彼が起き上がってしまえば──正確には、それがスタッフたちの耳に入れば──他の何よりも事情聴取を優先することとなってしまう。私の立場的にも、スタッフたちの心象的にもだ。

 

だから、私は今、彼の傍にいた。もし可能であれば、彼と話がしたかったからだ。カルデア所長としての役割を果たすためではなく、オルガマリー・アニムスフィアといういち人間として。

 

 

 

しばらく彼の指先を撫でていれば、ずっと閉じられていた瞼が、少しずつ持ち上がっていった。

 

彼の宝玉のような碧眼が、焦点を見失ったようにゆらゆらとさまよって、だんだんと正確さを取り戻していく。

 

そうして、たっぷりと、数分。

 

ようやく意識がはっきりとしたのか横に座る私に気づいた彼は、その眼線をこちらへと差し向けた。

 

──ああ、まったく。ずっと横に控えていてよかった。

 

彼の表情を見て、そんなことを思わず考える。

 

こういう顔をしている人間を、いつだったか、よく見かけたことがある。

 

ほんの数ヶ月前までは、日常の一部だった。朝起きて、洗面台に向かえばこういう顔が、私に目を合わせてきていたものだ。

 

彼がもし、たった一人で目を覚ましていたら、どうなっていたことだか。

 

 

 

「──おはよう、ハズム。無事でよかった。本当に……本当に、生きていてくれて、よかったわ」

 

 

 

彼のまるで、生きる価値を見失ったかのような表情を目の前にしながら。私は不思議なほどに平静な気持ちで、彼にそんな言葉を伝えた。

 

3日も眠りこけて、きっと体も上手く動かないだろうに。彼と絡ませた指先に、思わず“痛い”とこぼしてしまいそうなほどの力を感じた。

 

まるで、溺れる者が藁を掴んでいる時のように、ひしと放さないその指先を。私はもう片方の手のひらでそっと撫でた。

 

彼の指先は、まるで幼子のように震えていた。

 

 

 

 

 

 

二人で手をつないだまま、どれだけそうしていたかは分からない。

 

そうすればずっと落ち着いた気持ちでいられるのは事実だった。しかしとにかく、このままというわけにもいかなかったので。どちらからともなく手を放して、私は彼の容態をチェックした。

 

結果は、特に問題なし。長く眠り続けた結果、ある程度は筋肉に衰えが見えるが、その程度。明日にはいつも通りになるだろう。

 

とはいえ、それは身体の状況だけを見た場合の話だ。彼が抱えている問題はそこではなく、むしろ心の方だというのはわかり切っていた。

 

彼はなにも話さなかった。まるで自分が起き上がってしまうとは思っていなかったかのように。どうせ喋る機会なんてないから、言葉を用意すらしていなかった──そういう雰囲気を感じた。

 

 

私は待った。私としては──今は、彼とオルガマリー・アニムスフィアという一人の少女として話していたから。カルデア所長としての責務はとりあえず後回し。今夜はまだ長いのだから。

 

私という人間が彼に伝えたかった言葉は、ひとつ、もう伝え終わってしまった。これ以上伝えることは無い。少なくとも、彼の言葉よりも優先するものは。

 

ハズムはきっとあれこれ質問攻めされるのを想定していたのだろうけど、そうではないと気づいて、何事かを考えている様子だった。しばらくそうして、やっと口を開いた。

 

「……リツカと、マシュは?」

 

「──あきれた。最初の言葉がそれ? まったく、あなたらしいわね」

 

はあと、ため息を吐く。この男はそういう人間なのだろうなと、呆れるのと同時に少しだけ嬉しくなった。

 

彼がロンドンであんな行いをしていたとしても、その人間性に変わりは無く、()()()()()だとわかったからだ。

 

「無事よ。まだ眼は覚ましていないけど。少なくとも命に別状はないわ」

 

「そう、ですか」

 

簡潔に答えれば、そんな反応が返ってきた。素っ気ないように思える言葉だが、彼の表情は僅かに柔らかくなっていた。

 

その顔は安心を覗かせたのと同時に、なにか、放っていてはいけないような陰りを内包させていた。

 

私には陰りの正体が何なのか正確には分からなかったが、その精神状態が危険だろうことは明白だった。

 

「カルデアは、オレをどうするつもりでしょうか」

 

「まだ決まっていないわね。悪いようにはしないつもりだけど──それはあなたの事情次第かしら」

 

「……」

 

「話してちょうだい。もう、隠すこともないでしょう。私たちは──私は、あなたのことを知りたい。私たちは、あなたことを知らなすぎる」

 

いや、あるいは、知ろうともしなかった。

 

彼はどこか曖昧に笑った。面白い話ではありませんけど──と前置きをして、彼は口を開いた。

 

紡がれるのは、ある一人の男の子の話。彼という人間の足跡。彼の旅してきた人生という名の、航海図。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレという人間には生まれた時から、2()()普通と違う部分がありました。

 

一つは、“銀の弾丸”という異能です。13発こっきりという、回数制限はありますが、ほぼほぼ思い描いた自分の願望を叶えてくれる、そんな力が。

 

──知っている? ああ、ペンドラゴンとの会話を聞いていたんですか? ならその力の詳細は省きます。

 

その存在に気づいたのは、生まれてから大分たった後でした。そのときは確か、一個10円の駄菓子を買うためにその力を使っちゃったんですよ、笑えませんか?

 

ともかく気づいたときには2発──いや駄菓子の時を含めれば3発を消費してしまいましたが、なんにせよオレは、その先の人生であと10回も願いを叶える権利を獲得しました。

 

当時のオレは、舞い上がって色々と考えました。思わぬところで宝くじに当たった気分でした。その力を何に使ってやろうかなんてことを、毎日毎晩わくわくしながら夢想しました。

 

けれど、良い願いが見つからなかった。運よくオレには大抵のことを可能にする才能が──もしかしたらそれは、自意識のない時期に銀の弾丸によって得たものかもしれませんが──ありました。勉強も運動も、大して苦労することは無く、だいたいの事柄には努力すればその分の結果が付いてきました。

 

だから、たいてい、思い描いた願いというのは努力すれば手に入る、あるいは手に入るだろうと思えるものでした。そんなことに10個だけの願いを使うのはひどくもったいないでしょう? だからオレはそこから数年間、この力を半ば死蔵することとなりました。

 

 

 

 

 

 

そうしてある日、小学校のクラスメイト達と遊んでいる時のことです。誰だったかの発案で、少しばかり度胸試しというか、悪さをすることになりました。

 

校則でも禁じられ、また親たちからも口を酸っぱくして“近づくな”と言われている場所。学校近くの山奥にある深い池に冒険をすることになったんです。

 

小学生だから、禁止と言われれば誰もがそこに行きたがりました。オレは、そんな友人たちを止めるどころか、微笑ましいとすら思っていました。

 

誰でもこういう年頃は、大なり小なり悪さをするものだと思っていました。だから、何かあれば自分がどうにかする、とそんな──今思えば無責任なことを──考えて、彼らと共にその池に向かいました。

 

話は少し変わりますが、うちの学校には何人か、とても正義感の強い子たちがいました。つまりは、教師や親から告げられたルールを厳格に守ろうとする子供たちです。

 

オレ達が出入りを禁じられた池のある山に入ろうとすると、そうした子供たちの集団が、オレ達を注意しに来ました。

 

最初はお互いに軽く言葉を交わすだけでしたが、どちらもヒートアップしていって、最後には逃げる“池行きたい組”と追いかける“池行かせない組”に分かれての追いかけっこが始まりました。

 

オレは──この理由は後で話しますが──小学生らしい価値観を持った子供ではなかったので、そんな彼らを見て“元気いっぱいだなあ”なんて考えながら、止めることも、宥めることもしませんでした。

 

事実、そこで起こっていたのは、ケンカのように見えてただのじゃれ合いでした。特別止めるものでもなかった。最終的には、行く側止める側お互いに目的を忘れて、純粋に鬼ごっこを楽しんでいましたから。

 

──そうして日が暮れるまで遊んで、5時を知らせる鐘が鳴って、結局は鬼ごっこに興じただけで解散することになりました。

 

お互いに楽しかったね、なんて笑って、帰ろうとしたその時。そこで()()()()()()()()()

 

一人、女の子が忽然と姿を消していたのです。その子と帰る方向が一緒の子が、それに気づいて慌てて皆に周知しました。

 

先に帰ってしまったんじゃないか、どこかで転んでしまったのではないか、と子供たちの反応は様々でしたが──オレは少し、嫌な予感がしていました。

 

子供たちには、とりあえずその子の家に連絡を取ることと、山には入らずに周辺で探してみることを頼んで、オレは一人で禁じられた池の方へと向かいました。

 

 

 

果たして池までたどり着くと、その子が池のど真ん中で溺れかけているところに遭遇しました。

 

オレはとっさに飛び込んで助けようとも思いましたが、どれだけ運動が得意でも小学生でしかない自分には、溺れかけの人ひとりを抱えて泳ぎ切る自信はありませんでした。

 

しかし大人を呼んでくるにしても、ここは周りに家屋すらない山奥。連れて帰ってくる頃にはその子が死んでいるだろう事は明白でした。

 

絶望的な状況でした。普通の小学生には、この場でうてる手が何もなく、そのままではその子が溺れ死ぬ光景をただ見ていることしかできなかったでしょう。

 

──だから、オレは“銀の弾丸”を使いました。

 

その子を助けたいと願いながらオレはオレの人生で初めて、銀の弾丸を意識的に使用しました。

 

その後の話は割愛しますが、その子は無事助かって、オレたちは親や教師に死ぬほど怒られました。

 

とにかく、その時の事件は危ない場面こそあったものの、結果だけ見れば誰も命を落とすことなく、万々歳だったように思います。

 

けれど実際は、この時の出来事の裏側で、途轍もない悪意が渦巻いていました。

 

 

 

結論だけいえば、この“禁じられた池”はある魔術師の研究道具──モルモット調達のための罠でした。

 

この池には子供に対する誘惑効果があり、近づいた者は池の中心に向かって足を踏み入れてしまう。するとその底なしとも思えるほどの水深にいつしか溺れてしまい、下へ下へと沈んでいく。

 

池の底は魔術師の工房への通路──普通の人間には見えないよう隠蔽された──につながっていました。魔術師は、この罠を用いることで“池で遊んだ子供が溺れて見つからないほど深くまで沈んでしまった”ことを装って実験材料を手にすることができる。

 

神秘の隠匿をしながら、自身の魔術研究のための実験材料を手に入れる。実に魔術師らしい、悪辣な罠でした。

 

──しかし、その罠はある時、回避された。神秘の“し”の字すら知らない。魔術すら学んでいない一人の少年の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()によって。

 

魔術師はそのときから、その少年──オレに目を付けました。魔術師にとっては、オレのチカラ、つまりは銀の弾丸がきっと天啓に見えていたのでしょう。根源に至るための道程、それを飛躍的に短縮できるかも、あるいはそれこそ一足飛びに根源まで到達できるかもしれない、と。

 

その魔術師にとって、“シロガネハズム”とは、何を犠牲にしてでも手に入れたい垂涎ものの実験材料だった。

 

それこそ、今まで忠実に守ってきた、“神秘の隠匿”の禁を破ってでも。

 

 

 

奴はまず、オレの家族で()()しました。オレには最後まで手を付けずに残しました。なぜならば、オレは世界に一つだけの貴重なサンプルであったから。

 

奴は生粋の魔術師でした。だから、異能というのは普通、血によって受け継がれるものだと考えていました。だからオレの家族を()()すれば何か発見があるかもしれないと、そう思ったのでしょう。

 

奴は父の腸を開き、母の脳をかき回し、姉を犯しました。

 

もちろん、これは血統によって継がれるものではない。オレの銀の弾丸はオレだけのものです。奴は何も発見することは出来ませんでした。

 

…………ともかく、家族がそういう残酷な行為によって命奪われた後になって。ようやくオレは、奴の元へたどり着きました。でも全ては遅かった。オレは何も守ることができませんでした。

 

唯一できたことは、母の最期の言葉を聞き届けることだけでした。

 

もちろん、そのクソッタレだけは。クソ魔術師だけは何としても殺しました。許せなかったから。

 

オレにとって家族は──そのときその瞬間まで、愚かなことに理解していませんでしたが──かけがえのない存在だった。

 

そんな人たちは死んで、オレだけが遺された。オレは、死んでしまいたい気持ちになりました。でも、それはできなかったから、生きる意味を探しました。

 

死に際に母は「正しい道をいけ」と言いました。「見守っている」とも。

 

──そして、口には出しませんでしたが。「生きてほしい」と、そう願って死にました。

 

オレにはそれを否定することはできませんでした。それを忘れて死ぬことなんてできなかった。

 

…………いや、正確には、オレはそう思う前に、一度自害を試みたことがあります。けれど、銀の弾丸で生き返って。そして叔母が──母と同じ目でオレを見ていました。

 

オレは、その眼に再び、涙を浮かばせることなんて出来ないと思いました。その眼を裏切って自害なんて逃げに走ることだけは、できないと。

 

だからせめて、失った、失われた命に相応しい存在に。なにより正しい存在に。見守ってくれる家族に恥じない存在になると誓いました。

 

 

 

 

 

 

オレは中学生になりました。

 

正しい存在に、価値ある存在になりたいと言っても、オレにはそのやり方がとんとわかりませんでした。

 

最低限、勉強と運動と、あとは戦いの練習だけを積み上げる毎日で、オレは目標を何も持てずにいました。

 

そうして、そういう無為な日々を過ごしている中で──あるとき、藤丸立香に出会いました。

 

 

 

そういえば最初に、オレには普通の人間と異なる点が2()()あると言いましたね?

 

そのうちの一つは先ほど言った“銀の弾丸”です。

 

そうしてもう一つは──これは、信じてもらえることかはわかりませんが、オレには“前世の記憶”があるということです。

 

普通の小学生と価値観が違った、といった話をさっきしましたが、要はこの“前世の記憶”によってオレは、年齢に見合わない価値観があったというだけの話です。

 

ともかく、オレには前世と呼べるもの記憶がありました。とはいえ、その前世の記憶にある“オレ”というのは特別な人間ではありませんでした。ただの一般人で──有象無象でした。

 

ただ一つだけ特別なことがあるとすれば、オレはこの“前世の記憶”によって、今世の世界が辿るであろう未来を予想できていたということです。

 

この世界の未来は、正確には今俺たちがいるカルデアという組織とその組織の皆が人理修復という困難に抗うという未来は、オレの前世においては一つの物語として語られていました。

 

──そして、藤丸立香とは、その物語の主人公の名前でした。

 

オレはそれを奇跡だと思いました。人理修復という物語の主人公に会えたこと。自分がいる場所が、その物語の上であって、そしてその物語に()()できる権利が今の自分には与えられているのだと。

 

オレは英雄になれるのだと思いました。これこそが、母が望んだもの。まぎれもなく()()()行いで。見守ってくれる家族に()()()()行いで。何より──()()()()()()()()だった。

 

 

 

そしてオレは、リツカの親友に()()()()()

 

それは彼に付いてこのカルデアに来るためだった。そのために彼を利用しました。

 

そして、オレの知っている物語の通りに人理焼却は起こり。知っている通りに7つの特異点が出現して。

 

オレはオレの望んだとおりに、英雄に至る旅に参加する資格を、手に入れたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そして本来、第四特異点では…………あ、れ」

 

ずっと流暢に、もはや何もかもどうでもいいとばかりに衝撃の事実をぶちまけ続けたハズムは、初めてその語りを止めた。

 

様子がおかしい。起きたばかりで喋らせすぎただろうか、と彼を見る。彼は頭部に手のひらをあてて、なにか不思議そうな顔で考えを巡らせている様子だった。

 

体調が悪いようには、見えないが──

 

「どうかした?」

 

「い、え。どこまで話しましたか。そう、第四特異点、第四特異点ですよね。本来ロンドンでは──えっと」

 

「……?」

 

「──ああ、まったく。そういうことか、ペンドラゴン」

 

彼はしばらく黙していたかと思えば、得心したように頷くと、私を真っすぐと見つめて言った。

 

「話は変わりますが、いいですか? オレの“銀の弾丸”について、大切な話です」

 

「ええ、どうぞ」

 

「オレの銀の弾丸は──これは、恐らくですが──前世のオレそのものなのだと思います」

 

「その、もの?」

 

「オレはオレの──前世のオレの魂のようなものを切り分けて使っているのだと思うんです。ロンドンでは2発撃ちましたが──うん、考えてみると、やっぱい間違いないと思います」

 

「なに。なにがいいたいの」

 

「──オレは銀の弾丸を撃つたびに記憶を失っていたみたいです。だから多分思い出せないんです。ロンドンで本来何が起こるはずだったか──このさき何が起こる予定だったか」

 

「記憶を……なくす?」

 

「はい。とは言っても前世のものだけだと思います。特に問題はありません。……前世の記憶なんて、どうせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼はなんでもないという風に言った。けれどそれは、それはとても恐ろしいことじゃないのか。少なくともそんな風に、笑って、どうでもいいと言わんばかりに話すものではないだろう。

 

だって忘れてしまうということは、思い出せないということだ。思い出したくもないばかり? 思い出したいと感じられる大切な記憶を失ったことに、気づけていないだけじゃないのか?

 

もし、私が彼の立場だったら、きっと恐ろしくて仕方がない。もしも、ハズムとの思い出を消されたら、なんて。考えるだけで、恐怖で腰が抜けてしまいそうだ。

 

私はこのとき、きっとようやく、彼の最も危険な部分に気づいた。彼の持つ危うさ。今まで気づいたと思っていたのに、そうではなかった。なにより根深いところにある、()()はきっと、放っておいたらまずいものだ。

 

 

 

「──この様じゃあ、カルデアにもう貢献はできなさそうですね。()()に何かお役に立てればと思ったんですけど」

 

 

 

「──────は?」

 

 

 

彼が当然のようにこぼした言葉が、響いた。

 

私の脳がその言葉を処理しきれずに、たっぷりと大きな大きな時間をかけて、それをようやく飲み込んだ。

 

私はこの時、きっと人生で初めて、自分のためではなく、誰かのために、明確な怒りを抱いた。

 

 

 

 

 

 







親の心子知らず。






シロガネハズム:オリジン

ってところですかね。

今回はこれ以上書くと長すぎたので、無理やり切って終わらせました。

どうでしたかね、読みにくかったと思いますが大事なことをたくさん言っているので、じっくり読んでもらえると作者は喜びます。

ではでは、いつも最後まで読んでくれてありがとナス!

そして感想もお気に入りも評価も、とっても嬉しいです。

今回もぜひそういうのいっぱいくださいな。こうするとねー作者は喜ぶんですよ。

じゃあまた次回で、しーゆー




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泡沫の夢ー1:『来訪』




自分としてはあまりに不満足な出来なのですが、これ以上時間をかけるとエターナルしてしまう気がしたので無理やり投稿。

そのうち修正するかも。未完成品を出してごめんね。

クオリティ向上のためとはいえ、悪いとは思ってます(いまさらDQ9にはまってやりこんでいた事実からは眼をそらしつつ)





 

 

 

ばしん、と。そんな破裂音が唐突に響いた。

 

頬に叩きつけられた、彼女の手のひらが、だらんと目線の先で垂れ下がっている。

 

あれほどの勢いで振り抜かれた手は、きっとオレの頬と同じくらいに痛んでいるだろう。

 

それなのに彼女は、それに頓着することもなく、じいっとこちらを見据えていた。

 

彼女の琥珀のような瞳に浮かぶのは、失望と、憤怒と──悲哀、だろうか。

 

一度も見たことのないほどの激情をもって──

 

「あなたはっ、…………私は、あなたのっ、そういうところが──!!!」

 

──彼女はオレに、そんな言葉を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

座り込んだベッドは汚れ一つない清潔さで、布団はまるで陽光にさらして干したかのように心地よい。このカルデアでは太陽が顔を覗かせる天気の空などないだろうに、どうやってこんな布団を作り出したのだか。不思議でならない。

 

思い返せば、最後に青空を見たのは何時だっただろうか。特異点攻略において、ロンドン以外の転移先はその多くが天気に恵まれていたが、現代においてあの深い蒼穹をまじまじと眺めたのは、きっと想起するにも難儀してしまう程の遠い過去の事なのだろうと思う。

 

シロガネハズムという人間には、その程度の──空を見上げて、その模様に感情を抱く程度の──余裕すらなかったのだなと、今更ながらに思い至った。

 

そうして、余裕なんて無縁なままだったから。

 

張り詰めて、張り詰めて、この矮小な身のほどに、抱えきれないほどの使命感と後悔、夢想を詰め込んで。膝を折ってしまわないのが不思議なくらいの重荷を平気なふりをして背負って。ぎちぎちに膨れ上がった負担が、今ではついに決壊したのだろう。

 

だから。ギリギリだったついこの間までの自分と比べて。今の自分のなんて空っぽなことだろうかと。

 

益体もないことを思い浮かべながら、指先で透明な空気を弄んだ。もちろん指の腹を何かの感触が撫でるようなことすらありはしないが。

 

そんなことしかできないくらいには、オレの置かれている状況は極めて空虚で虚無だ。

 

シミ一つない純白の立壁と、鏡面のように磨かれたタイル状の床。扉と対角線上に寝そべる寝台と、一人分のデスクセットだけが、この部屋の全てだった。

 

オレにとっては、恐らく慣れ親しんだ──慣れ親しんでいるべき光景で、しかし本当のところは、あまり馴染みのない光景であった。

 

ここは、オレに与えられた“マイルーム”だった。カルデアに訪れて一番に案内されたオレの城だ。“ここは君の思うように使ってくれていい”と案内人に言われたのが、ずいぶん昔の事のように思える。

 

自分で言うのもなんだが、あまりに生活感がない。与えられた時そのままが保存されているかのように、この空間は真新しかった。

 

それも当然で、オレはこの部屋をあまり使ってこなかった。訓練しながらシミュレータルームで夜を越すことはざら。特異点から帰還すれば医務室に直行。つまりこの部屋はオレにとって、ただ就寝の時に訪れるだけの空間だった。だから、本来慣れ親しんでいるはずなのに、馴染みがない。

 

今となっては、そうやって何もこの部屋に置かなかったことを少し後悔している。()()()()()であるにも関わらず、暇をつぶす手段すら無いようでは、狂ってしまいそうじゃないか。

 

それになんだか、この部屋は、ある種オレのやってきたことへの侮蔑を示しているかのように見える。

 

色々と手を尽くして、様々なことを成し遂げた()()()だったけれど。本当のところ、価値あるものは何もありはしないんだと、なにも残ってはいないのだと。

 

空虚が詰められた棚や、写真や本すら置かれていない机の鏡のような表面に映った暗影に、そう言われているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

──オレは今、マイルームに閉じ込められている。まあ監禁、というのは言葉が悪かった。本当のところを言えば、実質的な謹慎処分を受けている。

 

『──貴方の部屋で、自分の何が()()()()()反省してくることね。それができるまで、部屋から出ることは許さないわ』

 

カルデア所長、オルガマリー・アニムスフィアがオレに下した処分は、そんな甘すぎるものだった。貴重なマスターを傷つけて、あまつさえ世界を滅ぼそうとした人間に対するものとは思えないほどに。

 

正直な話、オレは、自分が当然処刑されるものだと思っていた。人理修復の旅を私利私欲のために使い、人類の未来なんて一かけらも考えていなかった人間に対する処分としては、それがお似合いだろうと。

 

倫理とか慈悲とか道徳だとか、そういうものと関係なく。カルデアの人々がどれだけ優しくとも、越えてはならない一線はあるだろう。オレはそれを侵したと、そう考えていたのだが。

 

あの時、『最期に』と、その単語をオレが口にした瞬間。所長ははじめ呆然として、続いてとてつもなく沈痛な面持ちを見せた。そして、最後には煮立つ溶岩のような激怒を噴火させた。

 

頬にはまだ、あの時に打ち据えられた平手の痕が残っている。若い少女特有の、柔らかく綺麗な白亜で作られたような五指が、弦で張り詰めたように揃ってしなりながら頬に強く強くたたきつけられた時のことを、オレは数秒前の事のように思い出せる。

 

先ほどまで虚空と戯れていた指先を、ふと頬に這わせてみた。ペンドラゴンとの戦いで負った切り傷の痕が、まだ生々しく残っていることが感触ですぐにわかる。そこをなぞるだけであの時の痛みがじくじくと蘇るようだ。銀の弾丸と激突した、流星のような一撃。そんな、空から降り注ぐ星と天に上る銀弾の相克によって巻き上げられた礫が、オレの頬をかすめて刻まれた傷だ。

 

片や神造兵器による一撃の余波。片やただの少女の平手。どちらの方がより痛くて、より重症だったかなんて、明白に決まっている。

 

……ただそれでも、なぜだか、どちらともが同じように痛くて、忘れられないモノのように感じた。

 

どちらも鮮明に思い出せる。

 

ペンドラゴンが決死の覚悟で放ったあの一撃を。オレの選択に怒り、オレの描いた未来に憤り。この世の誰にも止められない──止まらないものだと思っていた“銀の弾丸”に立ち向かった彼女の顔を。

 

オルガマリー・アニムスフィアが叩きつけた平手を。オレの言葉に怒り、オレの選択を許さなかった、彼女の顔を。

 

“過去の後悔に打ち勝つ何かを探せ”と、鈍色に染まる空を背景に、黄金の魔力を散らしながら、彼女は言った。

 

“自分の何が悪かったか考えてこい”と、薬品の匂いの漂う医務室を背景に、白髪を怒りに振り乱しながら、彼女は言った。

 

 

 

もう終わったものだと思っていた。事実、オレの人生とは、家族があの魔術師に殺された──あるいはそもそも、前世で命を落としたその瞬間に終わっていたはずだったのに。

 

死んでしまった方が、殺してくれる方が、楽だったのに。死ぬべき人間のはずなのに。シロガネハズムは、なぜかまだ生きている。ならばきっと、オレはまだ歩かなければならないのだろう。

 

だとしたらオレは今、何を求められているのだろうか。今度は──()()()()()生きることを望まれているのだろう。

 

オレは、空っぽだった。まるで、何ものにも代えがたい大切な想いを、いつか気づかないうちにどこかへと捨ててしまったみたいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋から出るな、と言われている身のために、食事はいつもスタッフの誰かがここに持ってきてくれていた。そして今日の夕飯を持ってきたのは、ムニエルさんだった。

 

見たこともない肉のステーキ──聞くに“ワイバーン肉”らしい──をトレイに乗せて、彼は友人の部屋に訪れるかのように気負いなく、入り口をくぐった。

 

オレは反省するまでこの部屋から出ることを許されていないが、他の人間が入ることに関しては許すというのが、所長のお達しだった。

 

危険分子のオレの部屋なんかに入るもの好きはいないと思っていたのだが、これが案外そうでも無くて、色んな人たちがこの部屋にわざわざ入って、オレと目を合わせてくれる。

 

ムニエルさんも、そのうちの一人だったらしい。マスコットキャラクターのように愛嬌のある丸い顔。そこに浮かべた緩い笑みが彼という人間の親しみやすさを感じさせた。

 

「よう、シロガネ! 元気か。そろそろこのなんもない部屋にも飽きてきたころじゃあないか?」

 

「こんばんは、ムニエルさん。そろそろどころか、初日からとっくに飽きてますよ」

 

「そりゃそうだろうな。本やゲームどころかなんにもありゃしねえなんて、お前はミニマリストかなんかなのかってスタッフの間じゃ言われてるぞ」

 

「そうではないですが……なんだか、そういうの、懐かしいです」

 

「そりゃあ、どういう意味だ?」

 

「高校生や大学生のときも、そういう風に噂されました。“シロガネハズムは修行僧かなにかだ”ってね」

 

「はは、そりゃ傑作だ……お前は、()()()()()()()()()()()()()……」

 

そう零したムニエルさんの顔は、先ほどまでの笑顔が嘘であったみたいに、沈んでいた。

 

「どうかしましたか?」

 

「──いいや、なんでも。ほら、早く食べちまいな。肉は熱いうちに食え、っていうだろ?」

 

そう冗談めかして彼は俺に食器を手渡した。ステンレス製のナイフとフォーク。仮にも反逆者分類されているだろうオレに、そうそう気安く渡すものではないだろうに。

 

スタッフの多くは元魔術師なのだから、ナイフ程度では傷一つつかないのかも知れないけれど、あまりにも不用心ではないだろうか。いや、別に危害を加えるつもりは微塵もないが。

 

ともかく。そういう、態度から自然とにじみ出る信頼らしきなにかが、オレにとってはとても居心地のわるいものだった。

 

 

 

 

 

 

「──シロガネ」

 

しばらくの間黙々とワイバーン肉を咀嚼して、ちょうど最後のひと切れを嚙み切ったぐらいのときに、ムニエルさんはオレに声をかけた。

 

「?」

 

「ああいや、なんでもない──いや、やっぱり、なんでもあるわ」

 

「なんですかそれ」

 

はっきりしない彼のあたふたする様子が面白くて笑うと、彼は恥ずかしそうに赤面しながらも、こほん、と仕切り直して口を開いた。

 

「突然なんだけど、俺はさ、中性的な感じの美貌が好みなんだ。オルレアンにデオンってサーヴァントいただろ? あんな感じとか特にたまんなくてさ、正直興奮するね」

 

「……はあ。それは本当に、突然ですね」

 

まさか性癖をいきなり暴露されるとは。まるでアニメの探偵キャラクターのように眼鏡を光らせながらしゃべりだしたから、なにを言うかと思えば。

 

「まあ聞けって……でさ、俺は観測班だから、レイシフト中は当然オペレーターとして、存在証明なりデータ観測なりをするわけだけど──興奮しすぎて一時任務を外されちゃったわけだ」

 

「ああ……まあ、オルガマリー所長は許してくれないでしょうね、そういうの」

 

「そうそう、あの人、最近とっつきやすくなったけど、まだ意外にお堅いから──げふんげふん。ああつまりだな、人類の存亡を決める重要な任務中に色欲に負けて無様を晒す馬鹿野郎が俺って訳で。まあ、なにが言いたいかってな、えっと……」

 

彼は相応しい言葉をどうにか引き出そうとしている様子だった。そうしてしばらく。彼の言語野を一生懸命に探索したのだろう、ようやく見つけた、と言わんばかりに口を開こうとするのだが──

 

『──アナウンス。カルデア全職員へ。終業時間となりました。夜シフトに当てられている者以外の職員は、各自の個室へ戻り、休息に努めてください。より良い人類の未来は、よりよい健康から。アナウンス終了』

 

機械音声の自動アナウンスが、抑揚もなく淡々と終業を告げる。カルデア壊滅以前にあった特定時間に流れるアナウンスだが、無茶する職員が多いからとオルガマリー所長はあえて流しているらしい。

 

曰く、「人員が少ないから無茶しがちなのは仕方ないけれど、それで倒れられたら元も子もないわ! 休むときはちゃんと休む。よっぽどの事情がなければ、これが流れた瞬間には解散して就寝よ!」ということだった。

 

 

なんにせよ、そのアナウンスに対して、ムニエルさんは機先を制されたように口を噤んでいた。

 

「──ああ、えっと、その」

 

「……アナウンス、聞いていたでしょう? ムニエルさんもお休みの時間ですよ」

 

「そう、だな」

 

彼は残念そうにため息をつくと、オレをなにかよくわからない感情を抱えた瞳で見つめながら立ち上がった。

 

「……ワイバーン肉のステーキ、美味しかったか?」

 

「ええ。とても」

 

「よかった。じゃあ、おやすみ」

 

「……ええ、お休みなさい」

 

挨拶をすると、彼は食器をもってオレの部屋を出ていった。結局、彼が言いたかった言葉は聞くことができなかった。

 

しかし、なんとなくではあるが。彼の言いたいことは予想できた気もした。

 

 

 

 

 

 

「人生で一度だって娯楽を嗜んだことがない、って顔してたなあいつ。前世とやらでどうだったかは知らないけど」

 

「それは、ちょっと、なんだか。()()()だろ。それはダメだろ」

 

「──“もっと気楽に生きろ”なんて、俺みたいなやつに言われてもだよな。はあ……」

 

 

 

 

 

 

 

「……はい、食べなさい」

 

「ど、どうも。ナタリーさん」

 

次の日。どことなく無理をしている感じの無表情で食器をずいっと差し出すのは、ムニエルさんと同じく観測班であるナタリーさんだ。

 

お礼を言うのは眼を見ながら、と自分なりのルールに従ってそうすると、彼女はバツが悪そうに眼を背けた。彼女にそうされるほど特別な関わりがあった覚えはないけれど。

 

彼女がオレと目を合わせにくいなら、それに配慮することにして、目の前の晩御飯を観察する。今日のメニューは唐揚げらしい。これもワイバーン肉なのだろうか。

 

アツアツの唐揚げを口に放り込む。犬歯を肉に突き刺せば、サクサクの衣を貫いて、その穴からじくじくと肉汁が染み出してくる。下味もしっかり付いていて、てかてかのご飯にとてもよく合う。なんというか、控えめに言っても()()()()って感じだった。

 

なにより日本食っぽい味付けに、なんだか懐かしさが胸にじんわりと広がっていく心地だった。学校の帰りに唐揚げ屋でリツカやナツキと買い食いをしていたときのことを思い出す。

 

そういえば二人とも、駅前の唐揚げ屋が大好きだった。毎日のように3人してそこに行くくらいには。

 

「…………(もぐもぐ)」

 

「…………(じー)」

 

……き、気まずい。彼女はオレがそちらに目を向けないのをいいことに、オレをじいっと観察してきているようだ。彼女のいる右側から穴が開くほどの視線を感じる。

 

彼女はそれでいいかもしれないが、オレとしてはたまったものではなかった。もちろん自分が監視されてしかるべきとはわかっているが、食事中に面と向かってそうされると落ち着かないに決まっている。

 

オレはともかくこの状況を打破したくて、適当な話題を探して口にした。

 

「お、美味しいなー……え、と。これはその、エミヤさんが作ったんですか?」

 

「……ええ、そうよ。よくわかったわね」

 

「そりゃあ、エミヤさんって言えば料理だ、し…………」

 

以外にも返事をしてくれた彼女。沈黙を破壊できたのが嬉しくてこのまま会話を続けようとするが──じく、と頭が痛んだ。

 

()()()()()()()()()? そんなおかしな印象、一体全体どこで感じたのだか。アーチャーのサーヴァントが料理得意な必然性なんてなかろうに。

 

最近は、こういうことが多かった。まるでオレがオレではないみたいに、記憶にそぐわない不合理な感情と印象が、襲い来ることがある。

 

銀の弾丸で記憶をなくした弊害、だろう。オレはきっと、忘れてしまった例の“原作知識”とやらで、エミヤのことを知っていたに違いない。

 

もう思い出せはしないが。

 

「……それも、前世とやらの知識?」

 

彼女は頭を押さえたオレを心配そうに見つめると、そんなことを聞いてきた。オルガマリー所長によって、オレの事情は皆に周知されているらしかった。

 

彼女の質問に「ええ、恐らく」と無難に返すと、彼女はなにか痛ましいものをみたかのような顔で、オレを見つめた。

 

「──そう」

 

彼女が発したのは、その表情に反してそれだけだった。

 

空っぽになった食器を優しく持ち上げると、彼女は「じゃあね」と言って部屋を後にした。

 

電動式のドアが閉まる寸前に、彼女は何か、ぽつりと言葉を零したような気がした。

 

残念なことに、オレにはそれを拾うことができなかった。

 

 

 

 

 

 

「──酷い話ね、まったく。ごめんなさい、ハズム。あなたの命を見捨てようとしてしまって」

 

 

 

 

 

 

「──同情しているのかい、ロマニ?」

 

湯気の立つコーヒーを両手にそう尋ねてくるレオナルド。彼女は「ん、」と片方のカップをこちらに差し出した。ボクはそれを受け取りつつ、問いには首を横に振った。

 

「いいや。そう思ってしまっては彼に対する侮辱だろう。ボクとは似ているようで違う。彼は独りで立ち向かったけれど、ボクは独りでここまでこれた訳ではないからね」

 

そう返せば、レオナルドがわかってないなぁという風に肩をすくめた。そうしたオーバーなしぐさが不思議と彼女には似合っていた。

 

カップを傾けて唇を湿らせる。ほろ苦い味が舌の奥にじんわりと染み渡った。

 

「そうは言うけど、君も独りで戦ってきたようなものだろう。誰も信じず、誰も頼らず。ただ()()()()()というだけで走り続けた」

 

「……だけれど、ボクには君がいたさ。それだけでどれほど救われたか」

 

「……あ、そう」

 

彼女は一瞬あっけにとられた顔をして照れたような様子を見せた。珍しいこともあるものだと思って観察していれば、彼女はひとつ咳ばらいをして続きを話し始めた。

 

「それを言うなら、君にとっての私は、彼にとってのアルトリア・ペンドラゴンだったろう。彼も決して独りではなかったよ」

 

確かにそれは彼女の言う通りだった。けれども召喚初期の時点で彼はアルトリアに敬遠されていたし、なにより、彼も彼女を頼っていなかった。彼らの信頼関係が築かれたのは、本当にここ最近の話であっただろう。

 

彼はそれまでただ独りだった。生まれてからずっと抱えてきた“前世”という記憶。その意味に気づいた藤丸立香との出会いの時から、ずっと。

 

そういう意味では、きっとボクより苦労してきただろうし、苦しんできたことだろうと──そうした外野から測っているだけの不正確な推量をしてしまう。

 

「──そうかもしれないね。しかし残念なことに、彼女は二度と戻る気はない様子だけど」

 

「ああ、勿体ないことだね。彼女は優秀だった。人格面でも戦闘面でも」

 

レオナルドはそう言ってコーヒーを一口ふくんだ。しかしながらまだ熱すぎたのか、彼女は美貌をゆがめたままで、ちろと舌を外にだした。

 

冷ますためかテーブルにカップを置くと、その手にタブレットを持つ彼女。いくらか指でタップすると、そこに映ったドキュメント──オルガマリーの書いた“シロガネハズムの事情聴取記録”を眺めた。

 

「この世界が物語の世界、ね。哲学ではよく挙げられる考えだけど、それが現実になったわけだ」

 

「この世界が滅ぶことを知っていた──か。まあ確かに、彼の言動にはときたま、不自然なところはあった……生前のボクもあんな風に見えていたのかな」

 

例えばロンドンに行く前にダヴィンチに“毒の霧の対策装備”をねだったのなんかは最たるものだろう。未来を知る者はそれゆえに常人から見れば突拍子もないことをするのだな、とロマニは学んだ。

 

そして自分が()()()()()()()だった時には、彼と同じようだったのだろうとも。

 

「そういえば、彼の命をどうこうしよう、という考えは薄れてきているみたいだ」

 

「……みんな好きでそんなことしたい訳じゃなかっただろうしね」

 

あのときのカルデアは一種の恐慌状態にあった。(それは非人道的行為の免罪符になるものではないが)

 

ロンドン特異点の観測では誰かの──恐らくはレフ・ライノールの──意図があって、見せつけられる情報が取捨選択されていたのだと思う。できるだけシロガネハズムの危険性を誇示できるように──そうした策略がみられた。

 

だからオルガマリーが強引にハズム君の扱いを決めたのは英断だった。時間をかければかけるほどに、カルデアには疑心暗鬼が蔓延しただろう。リツカとマシュが目を覚まさない以上は、不安の元凶であるハズム君の証言だけしか上がってこないのだから。

 

容疑者の弁明ほど信用できない言葉はないものだ。たとえそれが真実を口にしていようとも、その場にいなかった者たちにとっては不確かで怪しい言葉でしかないのだし。

 

ハズム君を疑って、その言葉すら信用できなくなり。そうしてついには彼の命に手をかけることになっていたかもしれない。決して可能性として低い話でもないだろう。

 

そうならなかったのは、オルガマリーの成長の賜物だろうか。

 

 

 

「──滅びを知っていたから、それを解決する英雄になりたかった、か」

 

指先でタブレットの画面をなぞりながらレオナルドがそう零したのを、ボクは胸の中で反芻する。

 

突き詰めると彼は、それを目的に頑張っていたらしい。死んでしまった家族に見合う人間になる、と。

 

それは一種の精神的な病に近かった。サバイバーズ・ギルトだとか、そう呼ばれるものだ。医療従事者としては、“治療すべき病”であると、主張すべき状態である。その思想は危険で異常なものなのだと。

 

けれど同時に、それは何よりも()()()()帰結のようにも思えた。

 

自分のせいで家族が死んだと、そう思っている彼にとって。選べるのは二つだったのだ。自死をするか、恩を返すか。そのうち自死という選択は叔母の存在があって選べずに、だから彼はこのカルデアのマスターになった。

 

「──医者としては、彼のその心傷に気づけなかったことを、なにもしてあげられなかったことを、酷く後悔しているよ」

 

「……君だけがそう思う必要もないだろう。私は──私も、気づけなかった。師として彼とよく接していながらに。ただ、努力を怠らない良い弟子だとそれだけを考えて──」

 

彼女はそう歯噛みするようにこぼした。

 

レオナルドがこのごろぼうっとしていることが増えたことをボクは知っている。彼女らしくない行為だから、そのちょっとしたことがひときわ目立っていた。彼女は彼女なりに、今までの自身のハズム君に対しての扱いに、思うところがあるらしかった。

 

彼は傷を表にださない子だった。どんなにひどい傷をどんな場所に負っていても、彼はまるでそんなものないかのように振る舞うのが得意だった。

 

いや実際、彼にとって自分というものはそれほど頓着するものでもなかったのかもしれない。

 

事実、彼は死んでしまう恐怖や痛みよりも、死んだことで銀の弾丸が減ること──つまりは、“自分の命”よりも“自分の価値”を亡くすことこそを心配していたらしいから。

 

特異点から帰るたびに、体にどこかしら酷い傷を負って帰ってくる彼。それを見るたびに、ボクを含む医療班は彼を精一杯に治療した。治療したつもりだった。

 

実際は、そうして身体の傷ばかりに目を向けて、心の方に目を向けることをしてこなかった。

 

先に考えたように、彼は傷を隠すのが得意な子だ。体の傷も、心の傷も。だから気づけなかったと、そう言い訳することはたやすい。

 

けれども、リツカくんやオルガマリーなど、彼のその“傷”を察している人間は確かにいた。だからこれは、仕方のないことなんかではなく、ボクの怠慢だ。

 

カルデアの医療班トップとして不甲斐ない。彼のことをちゃんと診てあげられていなかった。

 

その結果が──オルガマリーの報告書に書かれている通りだ。

 

「当然のように、“最期”なんて言葉を使って、“銀の弾丸”で記憶が削れている事にも、まったく気にしている様子が無かった、ね。酷い話だ。オルガマリーも、それを聞くのは辛かっただろう」

 

レオナルドが口にするその事実が、なによりの証拠だった。

 

「……ボクは、彼と同じような道筋を辿ってきたと、そう思う。人生は2度目だし、世界の滅びを知っていたし、それを救おうと思って頑張った。けれども、彼と決定的に違うのは──」

 

「──違うのは?」

 

「──ボクは()()()()()()()()()()()。マギ★マリを見るのも、饅頭を食べるのも、君とこうして語らうことも、得難い行いで失いたくないものなんだよ」

 

けれど、と思う。僕が語ったそうした陽だまりのような居場所は、彼にとってもう失ってしまったものなのだと。

 

過去に落としてきてしまったもの。思い出の中でしか再会できない居場所。もう二度と帰ることのできないその時間。

 

「彼はきっと、この世界に居場所が無いように思っているんだと思う──いや、ボクたちがそれを作ってあげられなかった、と言った方がいいかな」

 

寄る辺のない船は、いずれ海底へと沈んでいく運命からは逃れられないものだ。

 

彼という人間は、もう()()()()だと、そう予感する。彼は自罰的で自己評価が低い。自分が()()()()()()()だと、そういう、ボクにだったら恐ろしくて考えられないことを平気で思っている。

 

だから、誰かが引き寄せてやらねばならないのだ。錨として固定して、あるいは灯台のように道を示したっていい。

 

「彼は、勘違いしているんだ。きっと、それを気づかせてあげなければならない。彼は()()なんかではない。誰より、とても──」

 

そうして、言葉を紡ごうとしたさなかに。ひどく唐突に。

 

 

 

がたり、とカルデアが()()()

 

 

 

『──アナウンス。召喚室に侵入者発生。パターン解析:サーヴァント。各職員に第一種の緊急迎撃作戦を発令。配置についてください』

 

 

無機質な機械音声がその緊急事態を知らせてくる。ボクたちはとっさに立ち上がる。その衝撃にコーヒーが床にぶちまけられるが、そんなことを気にしている時間なんてありはしない。

 

侵入者なんて、あってはならないことだ。ついに敵からの攻撃が来たのかもしれない。しかもよりにもよって召喚室に! あそこは英霊召喚システム・フェイトという唯一の戦力補充手段がある場所なのだ。

 

それが破壊されれば、大変なことになってしまうというのは、猿でも理解できることだった。

 

「──ロマニ!」

 

「ああ! なんてこった、侵入者!? しかも召喚室になんて、すぐ隣じゃないか! レオナルド、悪いけど来てくれ。多分ボクたちが一番近いから、様子をうかがうべきだろう」

 

「それはいいけど、あまり戦闘には期待しないでくれよ。あくまで偵察だ。エミヤが到着するまでのね!」

 

「わかってるさ」

 

ボクたちはそうして現場に急行した。

 

まさか、あんなサーヴァントに対峙することになるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

「──あれ、うそでしょ!? 勢い余って来ちゃったんだけど!? 私のスペックが思いのほか高すぎたんだけど!? どうしよう、アイツになんていえば……」

 

 

 

 

 

 

「ん、んんっ、よくもこの三つ首の黒竜を前にしてそのような態度をとれるものね。さっさと(こうべ)──いや違うでしょこれは。なんかヘンよ」

 

 

 

「ど、どうしました、その顔は? さ、契約書です──いやいや、まだ見せられる字じゃないっての。こんな字じゃみっともないでしょ、落ち着きなさい、私」

 

 

 

召喚に応じ参上したわ、“銀の弾丸”さん? サーヴァント、アヴェンジャー。ま、ほどほどによろしく──こ、こんな感じかしら?」

 

 

 

 

 

 

──なんだこれ。

 

 

 







_人人人人人人人人人人人人人人人人人人_
>ジャンヌ・ダルク[オルタ] 参戦!!<
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄



最後まで読んでくれてありがとナス!

感想や評価、お気に入りもよろしく!

今回は時間空いちゃってごめんなさいね。

次がいつでるかわからんけども、気長に待っていただけると喜びます。

ほなばいなら。




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泡沫の夢ー2:『てのひらを、あなたに』




あけおめです。

12月は忙しくて出せませんでした。待っていた方々は申し訳ない。

それ以外にも、ちょっとしたスランプというか、思い描けたようにかけていないので、読んでいて「ん?」となってしまったらごめんなさいね。

ジャンヌオルタには悪いが、この章はさっさと終わらせてアメリカにいくべさ。





 

 

復讐せよ。

 

復讐せよ。

 

──復讐せよ。

 

 

 

それだけが、私の根源であり生まれた意味だと、そう言われた。

 

私は、自分のことをジャンヌダルクだと、この世界に生まれ出でたその時から確信していた。

 

神の言葉に従い、多くの人々を率いて百年続く戦争に身を投じた、世間知らずの農民のガキ。

 

いつか、いつか、戦争は終わるのだと。神の悲しみと期待を背に私は、ジャンヌダルクという女は、戦場を駆けた。それがいつの日かに、誰かの笑顔のためになるのだと確信して。

 

──自分に訪れる結末を、知りもしないで。

 

 

 

ジャンヌダルクは火刑に処された。それはその当時最も残酷な処刑方法の一つだった。国と民を救ったはずの聖女は、そのどれもに裏切られて、魔女と呼ばれた。

 

その記憶──()()をもって生まれた私に宿るものは、無念であり、絶望であり、憤怒だった。

 

自分(かのじょ)のことを切り捨てたすべて、献身に報いなかったすべてを恨んだ。そうでなければ、おかしいだろう。あんな目にあわされておいて、それでも「気にしていない」などと笑える者がいるとすれば、それはきっとまともな人間であるはずがない。

 

私は、突き動かされるように竜の魔女となった。あの日、あの時代に、国や民が()()()()()()と望んだとおりに。そして、()()()()()()と望んだ、腹心ジル・ド・レェの願いのとおりに。

 

いつかの時代に希望の象徴として振るわれていたはずの旗は、今では怨敵を貫く復讐の武器へと変わった。その穂先が導くものは、国と家族と同胞のために戦う兵士たちではなく、人を喰らい焼き尽くすワイバーンの群れとなった。

 

そのことに、後悔などありはしない。私は、私のやりたいように──やれと望まれた通りに振る舞った。それに慄き涙を落とすだれかが、そんな厚顔無恥で無責任な者たちがいるというのなら。それはただの自業自得ではないかと、暗い諦観と燻る愉悦だけがある。

 

たった一人の農民の女に。何事もなければ、一生畑を耕して、なんでもない男と契りを交わして、いくらかの子供に囲まれて──きっとどうでもいい、けれどささやかな人生を送っていただろう()()()少女に。

 

その全てをなげうってもらわなければ滅ぶ国など──そんなものは、おかしいだろう。だからこれは正当な報復なのだ、と。あのとき心の中の私が、必死そうな表情で主張していた。

 

私は、人形だ。自分を──ジャンヌダルクを貶めた全ての者たちを滅ぼしつくすまで止まることのない、殺戮機構。その乾ききった欲望(ふくしゅうしん)だけを満たすために進む、がらんどう。

 

──そう。結局自分は、ただの人形だった。ジル・ド・レェやその他の民衆たち、「あれほどの仕打ちを受けた聖女はきっと復讐を欲しているだろう」と、そう考えた者たちの望む劇を演じる傀儡に過ぎなかった。

 

結局、あの場にいた誰もが。右腕だと思っていたジル・ド・レェも、私が救って虐げたフランスの全ての民たちも──私自身だって。私という存在そのものを見ていた訳ではなかったのだ。

 

誰もが私を通して、ジャンヌダルクを見ていた。人々に希望をもたらし、国を救い、そうして残酷な最期を迎えた──そしてその全てを後悔せずに逝った、あの清らかな()()を。神に選ばれた()()を、見ていた。

 

 

 

違う。違う。そう、幼子のような否定と不快感だけが私の胸で暴れ狂った。

 

私は、あんな女ではない。あんなことをされておきながら、それでも誰も恨まないなどと、そんなまともじゃない人間とは違う。

 

私は復讐者だ。私は私を虐げた全てを焼き払ってやりたかった。踏みつけにして、大切なものを蹂躙して、その全てを奪いつくしたかった。あんないい子ちゃんとは違う、本物の魔女だ。

 

でも、だとしたら。

 

──私は一体全体、何者だったのか、なんて。

 

私はオルレアンの城塞、その大広間で、死ぬ間際にきっとそんなことを考えた。

 

 

 

だから。

 

 

 

わたしは、わたしたちは、あなたを見守っています。きっとあなたが救われるまで

 

 

 

私を見つめた、あの坊ちゃんの宝石の瞳、透き通る空のように広大で底の見えない瞳に。私はきっと、打ちのめされたのだ。

 

彼は私のことをジャンヌダルクとしては見なかった。まるで、私の正体の全てを確信しているようにして、ジャンヌダルク・オルタという人物に語り掛けた。

 

私は生まれて初めて、私のことを誰でもない()としてみる者に出会ったのだと気づいた。

 

それに加えて、私などを()()者が現れるなど。そんなのは知らない──この先知れることもないはずの経験だったのだと悟った。

 

もっともその励まし方は不器用で。誰かの言葉を借りているようで。神に見放された私に、よりによってロザリオを握らせたことなんか、今思い返しても酷いやりかただなと笑ってしまいそうだ。

 

激励としては総じて0点。人の心が理解できないのかというくらいに、とことん説得や励ましとして機能していない。

 

 

 

──それでも、あの坊ちゃんは、地獄に落ちる私の手を、躊躇うこともなく握ったのだ。

 

 

 

きっと彼は、誰にだってそうしただろう。

 

例えば、あのジャンヌダルクの最期に居合わせたなら、きっと火に飛び込んで彼女を助けたのだろうと、そう思う。

 

私に対して特別に思ってああしたわけではきっとない。それでも、私にとっては()()だったのだ。

 

これから地獄に落ちるという時に、なんの打算も見返りもなく差し出された手のひらの感触と体温が。血の通った想いと言葉が。どれだけの救いとなるかなど。

 

それはきっと、地獄に落ちる者にしかわからないものに違いないのだから。

 

私は地獄に落ちた。誰もいない孤独の荒野。怨嗟と復讐の炎だけが燻る、熱と灰と死だけがまき散らされた場所に。

 

人類史に残らぬ英霊である私は、いずれひっそりと、その胸糞悪い大地に溶けていくだろう。

 

ジャンヌダルクの暗黒面(オルタネイティブ)などいない。あの女は、誰も恨まず、報いを欲さなかったから。だから私は、存在しない者となった。人類史において無かったはずの者。存在する価値などない、傀儡になる──はずだった。

 

しかし私の胸には、今までずっとその空間を占領してきた復讐と怨嗟のほかに、もう一つ、新たな炎が灯ったのだ。

 

きっと今までに抱いてきた激情とは、似ても似つかない。燃え尽きるような獄炎ではなく、燻るような余熱でしかない。

 

けれど、なによりも暖かくて、行きつく先のない旅路の寄る辺となるような、そんな優しい炎が。

 

その炎が燃え尽きるまで、きっと私はこんな地獄でも歩いて行けると思った。

 

 

 

私は、復讐者だ。受けた屈辱も、()()も。きっと忘れはしない。

 

──いつか、その報いを。

 

シロガネのあなたに、受けさせるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い長い回廊には、肌を刺すような冷気と透明アクリルの壁窓に吹き付ける吹雪の音だけがあった。

 

数刻前までは騒がしかったカルデアも、今は休息の時間だ。多くの職員がそれぞれの個室で眠りにつき、英気を養っている。

 

そんな中で床に映る二つの影。一つは大柄な男性の──つまりは自分のもので、もう一つはほっそりとした女性のシルエットだ。

 

影は並んで人気のない回廊をゆっくりと歩んでいる。草木も寝静まった時刻に蠢く影など、おおかた碌なものでありはしないが、今回に限ってはそうでもない。

 

──女性の方の影が縦に大きく伸びる。つまりは、退屈を紛らわすかのように大きく伸びをしたのだ。

 

影の本体を見れば、ずいぶんと大きな口であくびをしている。灰のような髪色と出合い頭に印象深かった刺々しい性格から、私は思わず伸びをする猫を思い浮かべた。

 

「……ねえ、エミヤ。いつまでこの廊下をあるくワケ?」

 

「せっかちだな君は。()の所に行きたいと言ったのは君のほうだろう」

 

「とは言ってもねえ? なんでってこんなに遠いのよ。不便でしょうに」

 

「彼自身が選んだ部屋だからな。文句は彼に言えばいい」

 

「ハイハイ、わかりました」

 

そうつまらなそうに言うと、彼女は──ジャンヌダルク・オルタはこちらから視線を外した。回廊には再び沈黙が下りた。

 

私はそんな彼女の様子に苦笑しつつ、たった数時間前のことを思い返す。彼女がカルデアに召喚された──いいや、()()()()()()()()()()ときのことを。

 

 

 

 

 

 

ちょうど厨房で夕飯の支度をしていた頃(第四特異点修復記念の慰労会以降、私はなし崩し的にカルデア食堂シェフの座に収まってしまった。美味い美味いと皆に言われて悪い気はしないが)だったか。

 

カルデア全域に警報が走った。その内容は“召喚室への侵入者発生”。考えるまでもなく最悪な事態に私は料理を放り出して(完成間際の“ワイバーン”・ストロガノフを放り出すのは苦渋の決断だったが)召喚室へと急行した。

 

そしてそこで目にしたものは、破壊された召喚室と恐ろしい敵性サーヴァント──などではなく。パニック状態でアワアワとしているジャンヌダルク・オルタと、それをなんとも言えない表情で見ているロマニ&ダヴィンチのコンビだったわけだ。

 

私としても、投影した干将莫邪を思わず取り落とすレベルで意味が分からない状況だったが、いくら様子がおかしいとはいえ第一特異点の黒幕(のようなもの)だった彼女に対して旧友に接するように声をかけるわけにもいかない。

 

そもそも、彼女が侵入者だというのは間違いないようだったし、いざとなったら切り付けてやる、と覚悟を決めて進み出でたところで、彼女は私に気づいた途端に、こんなことを言い出した。

 

『さーばんと、あ、アヴェンジャー、わわわわ、私、私がきてあげたわ! あ、っほら覚えてるかしら? フランスであ、あなたと戦った私よ! 特別にち、力を貸してあげるから、光栄に──あれ?』

 

どうやら、彼女は私のことをマスターの類と勘違いしていたらしい。それに思い至った彼女は、ただでさえ混乱してぐちゃぐちゃだった表情を次は真っ赤な羞恥に染めて、拳を握った。

 

誰よあんたーーー!!!

 

振り抜かれた拳をかろうじて回避できたのは、私がサーヴァントだったおかげだろう。というか思い出せば理不尽なことこの上ない暴力だった。思わず口癖の4文字が飛び出しそうになるくらいには。

 

いつもであれば攻撃されたからには敵とみなして容赦はしないのだが、どう見ても彼女は敵というよりただ思うようにいかず空回りしているだけの様子であったので、矛を収め話し合うこととなった。

 

話し合いの詳細は省くが、来た手段は何だったにせよ、人理修復のための味方として現れたのには違いないようだったため警報は解かれ、彼女は正式にカルデアのメンバーとなったのだ。回想は終わり。

 

……彼女がダヴィンチやオルガマリーと話し合っていた間も、今も、私に恨めしそうな目線を送っていることは思い出さないようにしよう。

 

 

 

 

 

 

ともあれ、彼女についての話し合いが終わったころには遅い時間だったこともあり、睡眠の必要がない私は彼女を案内する役割を仰せつかった。

 

食堂や図書室、シミュレータルームや司令部など、おおよその施設を案内し終わって。さあ解散だといったころに、彼女は一言、「アイツにあわせなさい」とこぼした。

 

つまり、今彼女と二人並んで歩いているのには、そういう経緯があった。

 

目麗しい女性と二人きり、という状況に動揺するほど純情ではないが、お互いの間には距離が開いている、理由は色々あるだろう。召喚直後のアレだったり、私が第一特異点で彼女を殺した人間であることだったり。

 

しかしその中でも一番大きいものをあげるとすれば、それはきっと私たちの歩みの目的地にいる、()について。

 

私と彼女の間には、彼に対する印象や感情について大きな乖離がある。それがきっと彼女は気に食わないのだと思う。

 

「……アイツが何をしたのかは聞いたけど、よく生きてるわね。とっくに殺されてておかしくないでしょうに」

 

手持ち無沙汰だったのか、彼女はそんなことを零す。

 

「ああ。まあ、それがカルデアの判断だったということだ。私からすれば正直、甘いと思ってしまうがね」

 

「甘い、ねぇ。確かに甘ちゃんの集団なことに変わりないでしょうけど。じゃあ、エミヤ。あんたは殺しておくべきだと思ったの? あんたのマスターの親友なのに思うところはなかったワケ?」

 

彼女の言い方はどこか皮肉っているようにも馬鹿にしているようにも聞こえた。どちらにしろ、私にとってその問いかけは()()なことだった。

 

「……自分一人で世界を救える、救おうなどと思っている者は、いつか周りを巻き込んで破滅をもたらす。ならば早めに切除するのも悪いことではない。周りにとっても……本人にとっても」

 

「フーン……」

 

「大儀に情を挟むことは、正直、あまり推奨すべきことではないと思う。親友だとか恋人だとか、そういう(もの)と、平和とは、選択が難しいものだ。せめてどちらかを選べれば違うのだがな」

 

「そう、アンタはそうなわけね。だからアイツが気に入らないんだ?」

 

「気に入らないわけではない。ただ、彼は英雄に向いてないと思うだけだよ……私のように」

 

「でも、それを言ったらあんたのマスターだってそうでしょうに」

 

「それは、そうだが」

 

「向いてる向いてないじゃなくて、なっちゃうもんなんでしょ、そういうのは。周りのせいで()()()()()のかもしれないけどさ」

 

そんな、立ち入ったようでそうでもない会話をしていると、私たちは目的地に──シロガネハズムの部屋に辿り着いた。

 

彼女は緊張しているようだ。深呼吸を3つほどして、鼓動を整えている。

 

「──あんたはアイツのこと、気に入らないというか、信じられないんでしょうけど」

 

「……」

 

「私にとって、アイツは英雄なのよ。だから、私はここに来たの」

 

「それは、礼を言いに?」

 

「まあ、それもあるけど──」

 

そう一瞬言葉が途切れて浮かべた彼女の表情は、いつか、私が見たことのある誰かに似ていた。

 

「アイツ一人じゃ、頼りないでしょ。別に一人で何もかもする必要なんてないんだから、私がいくらかやってやろうって、それだけよ」

 

「そうか」

 

別に、私は、シロガネハズムのことを排除すべき敵とは思っていない。

 

ただ、彼という人間は、いつかの不甲斐ない自分を見ているようだった。だから苛立ったり、心配したり、不安に思ったり。

 

それはきっと、複雑で、言い表せるものではないけれど。彼にも私にとっての彼女たちのような、寄りかかれる誰かができたのだとしたら。

 

それはもう少しましな未来を手繰り寄せるきっかけになるのかもしれない。

 

「……頑張れよ。私は戻る。あまり変なことはしないように」

 

「変なことってなによ! なにもしないわよ……」

 

頑張れという激励は、彼女へ向けたものであると同時に、扉の向こうへ向けたモノでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相変わらず代り映えのしない時間を過ごしている。

 

オルガマリー所長は一向にオレを外へ出す許可を降ろさない。“なにが悪かったか考えてきなさい”という言葉の通りに、色々と考えて、その結果を毎日のように報告しているのだが、オルガマリー所長曰く「全然ダメ」とのことだった。

 

昔から自己分析だけは得意だった──得意にしたと思っていたんだけれど。どうやらそうでも無かったらしい。ともかくこの数日は、自分の欠点を粗探しする日々だ。

 

その一環として、最近はご無沙汰だった日記も手に取って読んでいるところ。最初のページは家族が死んだ翌日から始まっている。

 

オレ自身マメな人間でもないので、毎日記録されているわけでもなく、時間は飛び飛びに記入がなされている。大きな出来事があればページが割かれているし、その逆もしかり。

 

とにかく、大体がああすればこうすればという後悔なので、読んでいてあまり面白いものでもないけれど、気づいたことは色々とあった。

 

例えばそれは、銀弾を使うごとに段々と記憶を失っているのが文脈から読み取れることだったり。原作知識とやらを見える記録に残すのを恐れたからか、その詳細が書かれていなかったり。

 

悪かったこと探しのほかに、忘れてしまった“シナリオ”の補完ができないか期待していた身としては、肩透かしもいいところだ。

 

とはいえ、断片的な情報は残っていた、箇条書きのようにして端的に記されただけではあったが、役に立つ情報ではあるだろう。それを手土産にすれば謹慎処分も解除されるだろうか。

 

「──ああ、くそ、まただ」

 

そこまで考えて、また“この部屋から出たい”と思っている自分がいることに気づき、嫌気がさす。何様のつもりだ、と思う。

 

何もない部屋で、外への想いが募るのはまだ許容するとして、問題はその先だ。オレは、外に出てその後何をしようとしているのだろうか。

 

また性懲りもなく人理修復の旅に出ようとしているのだとしたら、あまりに愚かとしか言いようがない。失敗を繰り返すことがわかっているくせに、そんなことをしてなんになるものか。

 

たとえ、この旅路の先に()()()()()()()があるとしても。そんなものは、人理修復の大儀の価値にそぐわない、ただの感傷に過ぎないだろう。

 

余計なことを考える必要はない。オレはただ、じっとしていればいい。もし人理修復の旅に駆り出されるとしても、命令を忠実に守ればそれでいい。その心の奥底にいる自分の人格に念押しをするようにして、オレは握った拳に額を叩きつけた。

 

 

 

手元の日記に目を下す。そのページには、()()()()()()()()()についてのリストがあった。

 

第一特異点、ジャンヌダルク・オルタ

 

第二特異点、神祖ロムルス及びアルテラ

 

第三特異点、イアソン及びメディア・リリィ

 

第四特異点、魔術王ソロモン

 

第五特異点、クーフーリン・オルタ及び女王メイヴ

 

──そして。

 

 

 

その先に続く文字列に目を奪われそうになりながらも、そっと日記を閉じた。

 

もうオレには、過ぎた知識にしかならない。

 

たとえそこに並べられた名前が、オレにとって唯一無二の相棒の名前だったとしても。

 

 

 

 

 

 

今日もいきなり警報がなったこと以外はいつも通りの日々だった。すわ襲撃かと出撃準備を整えていた(銀弾の使用が必要な事態が来るかもしれないから)が、どうやら誤報──と言えるような言えないような何かがあったらしい。

 

心配しないようにとムニエルさんがわざわざ通信で伝えてくれたのだが、忙しいのかすぐに通話が切られてしまったため詳細は聞けずじまいだった。

 

まあとにかく、今日のカルデアはちょっと騒がしかったが、大事なく無事。過ぎ去って見ればいつも通りの日々が戻ってきたらしい。

 

オレもいつも通り、ぼーっとしたり、筋トレをしたり、ペンドラゴンに教えてもらった素振りをしたり、日記を読んだりしている。

 

昨日閉じてしまったページの次を見ていたのだが、そこには特に表題もなく名前が羅列してあった。とはいえそのリストが何なのかは、今までの日記を読み返した身からすると、わかり切っていた。

 

オルガマリー所長の名前や、Dr.ロマンの名前を含めていくらか、聞いたことがあるものもないものも並んでいるそれは、きっと()()()()()のリストだ。

 

リツカが特異点Fの攻略をした日付──つまりは、オルガマリー所長を含め管制室の面々が爆破された日の日記からするに、オレは本来死ぬはずだったオルガマリー所長を助けた……らしい。

 

今のオレの認識だと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだが、日記からすれば()()()()()()()()()()に近いようだ。この認識の齟齬は記憶を失ったことによる辻褄合わせのようなものだろうか。

 

とにかく、リストの認識が死亡者リストであっているとすれば、この先Dr.ロマンにも死が訪れるということだろうか。

 

毎回傷だらけで帰ってくるオレを必死に治療して、励ましてくれた彼が。無理をしていると思って叱ってくれた彼が。こっそり貴重な甘味を分けてくれた彼が。死ぬ。命を落とす。

 

それは、なんというか──

 

「いやだなあ……」

 

思わず、そんな言葉がこぼれた。

 

でも、オレにできることは無い。原作知識があったころのオレでも、なにもなすことはできなかった。ならば今やそのアドバンテージをすべて忘れてしまった自分になにができよう。

 

そんなことを、ずうっと、ずうっと、考え続けていた。

 

 

 

……入るわよ

 

 

 

扉の向こうから、そんな声が聞こえた。分厚い素材に阻まれてあまり良くは聞こえなかったが、女性だろうか。しかし、もう終業時刻から随分過ぎているのに、何の用だろうか。

 

緊急の連絡の場合もあるし、そうだとしたら早く扉を開けたほうがよいだろう。そう考えて、オレは扉のロックを解放した。

 

「──どうぞ」

 

「失礼するわ」

 

入室を促すと、入ってきたのは予想だにしていない人物だった。

 

職員ではない。サーヴァント。それも、知らない顔じゃない。

 

ジャンヌダルク・オルタ。第一特異点で戦い合った、復讐の聖女がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

とにかく座ってもらって話を聞きだすと、彼女は自力でこのカルデアに到達したとのことで、それが今日の警報の原因でもあったらしい。

 

正式にカルデアのメンバーとして人理修復に力を貸すことになったと、彼女は面倒くさそうに、しかし同時に誇らしげに、そんな矛盾した表情で語っていた。

 

とはいえ、白いほうの聖女──つまりはジャンヌダルクだが──がいつか来るかもしれないというのは予想していたが、まさかジャンヌダルク・オルタが来るとは思っていなかった。

 

──で、で! よ。こんな前置きはどうでもいいとして、あなたに言いたいことがあるの

 

確か日記の記述からするに、彼女は特別なサーヴァントというか、縁を結んだ(それも敵として)程度で来てくれるような存在ではなかったはずだ。

 

彼女という存在には色々と問題というか、不安定な部分がある。彼女自身そんな自分について悩んでいて、それを救いあげたのがリツカで──ということが原作ではあったらしい。

 

私は当然すごいサーヴァントだから、並みの奴に仕える気はないんだけど、ほら、今ってなんか大変な状況らしいじゃない?

 

そんな彼女がこうして目の前にいるということは、その出来事が起こったのだろうか。リツカが今でも起きないのは、もしかしてそれが原因なのだろうか。

 

リツカには眠っている間にサーヴァントと友誼を結ぶ特異体質があるらしい。それが発動して、今回はジャンヌダルク・オルタと縁が結ばれた?

 

だとしたら。

 

だから、特別に。と、く、べ、つ、に、よ? マスターに求める基準を下げてやってもいいかなって思うワケよ

 

だとしたら、オレは。

 

彼女の恩人を、撃ってしまったのだろうか。

 

「だから、えと、私のマスターに──」

 

「ごめん」

 

「え?」

 

彼女は、あっけにとられたような、悲しそうな顔をして、オレのことを見ていた。それが余計にオレの犯した罪を突き付けてくるようだった。

 

「オレは、君の恩人を──マスターになるはずだった人を撃った。もしかしたら、もう二度と目を覚まさないかもしれない」

 

「あんた何言って──」

 

「本当に、ごめん。謝っても仕方ないことは分かっているけど──」

 

「いやちょ、」

 

「もし君の気が済まないなら殴ってくれても焼いてくれても構わないから──」

 

ひとの話聞きなさいよ!

 

「ごふっ!?」

 

痛烈なブローがオレのみぞおちを襲った。鍛えた体とは言ってもサーヴァント相手に通用するものではない。オレは当然耐えることなどできずに簡単にダウンすることとなった。

 

「あああ、ごめんなさい。別にそんなつもりじゃ──じゃなくて! あんたさっきからなに言ってるのよ!?」

 

「え、と。君が来たのはきっとリツカに出会って救ってもらったからだろうと思って。だから彼を撃ってしまったことを謝ろうとおもって……」

 

そう息も絶え絶えに告げると、ジャンヌダルク・オルタは一瞬“コイツは何を言ってるんだ”という顔になって、その後なにか納得したようにして、最後には苛立った表情になった。

 

なんだか最近そういう表情の遷移ををよく見ている気がする

 

「なにかと思えばそういうこと。オルガマリーちゃんも苦労するワケね。別に、あんたの親友ちゃんは関係ないわよ。アイツとは第一特異点以降会ってないし」

 

「え、じゃあ、」

 

なんで彼女はここにいるのだろうか。彼女の性格からして、急に世界を救うという正義感や使命感に目覚めたというわけでもないだろうに。むしろそういうものを一生嫌っていそうだ。主にジャンヌダルクみたいになりたくないという意味で。

 

「──なんでって、そりゃあ、ね?」

 

急に眼を反らす彼女。心なしか、頬も紅いようだ。言うのが恥ずかしいのだろうか、ならば無理に聞くつもりもないが……

 

「……」

 

「どーしてそこで退くのよ!? 聞きなさいよ!」

 

「ええ!? 言いにくそうだったし……」

 

「ああもう、めんどくさいヤツ!」

 

彼女はフスフスと荒く鼻息を鳴らすと、改まったようにしてオレの眼を真っすぐに見た。薄い琥珀を通したような眼光に射られた錯覚を覚えた。

 

「い、一度しか言わないわ」

 

「は、はあ」

 

 

 

 

 

 

「アンタ、私の、マスターになりなさい」

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

彼女の口から出た言葉は、まったく予想していないものだった。オレが、彼女の、サーヴァントになる?

 

そんなこと、そんなものは、まったくオレの埒外にある事柄だった。

 

「……なんで?」

 

だからその返答が精一杯だった。だって本当に、なんでそうなるのか訳が分からなかったから。

 

「……理由なんて色々あるけど、そうね。アンタに手を貸したいからよ」

 

手を貸したい? それは人理修復の手助けをしたいということだろうか。でもオレは既に失敗した身だ。

 

「またなんか変な方向に考えてるわね、アンタ。段々わかってきたわ、あんたの面倒くささってやつが!」

 

「──ごめんなさい?」

 

「ちゃんと、言葉通りにとらえなさいな。私は、アンタを、助けたい。アンタの大いなる目的とやらじゃないわ。アンタ自身を助けたいって言ってるの」

 

そこまで念を押されれば、流石に正しく認識できた、と思う。彼女はオレに手を貸そうとしている。けれど結局、それはなぜなのか。それが分からない。

 

 

 

「……はあ。もう。そんなのアンタが、私を救ってくれたからでしょうに」

 

 

 

「なによ、その顔。アンタが、私を、救った。わかった?」

 

 

 

「だから、がらじゃないけど、恩返しよ。復讐よ。報いを受けさせるのよ! 私に手を差し伸べたんだから、そのくらいの覚悟をしてほしいわ」

 

 

 

「──ほんと、何そのひどい顔。得体の知れないもの見たような顔しちゃって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酷い表情をしている。目の前の少年は心底わかっていないのだなと改めて思う。

 

軽くではあるが、彼の近況は聞いている。なにをやらかしたのか、どんな存在なのか。彼という人間がどれだけ自罰的で、自分を信じていないのか。

 

所長であるオルガマリーは、そんな彼の危うさを是正するために謹慎を言い渡したのだろう。彼に“悪かったところ”を探させたのはその一環。

 

もちろん、彼が今までに報告に挙げたようなことは明確に彼の悪点だった。銀弾の能力を隠したこと。原作知識を誰にも話さなかったこと。自分の力を過信して結果最悪の事態を招いたこと。人理修復の旅を自身の名誉欲のために使ったこと。

 

挙げていけばきりがない──けれど、オルガマリーが本当に求めていた反省は、そこではない。気づいてほしかったのは、報告してほしかったのは、自分がどれだけ無意味で無価値なのかということの羅列ではない。

 

彼女は、シロガネハズムの、自分を省みないその生きざまこそを、見直して欲しかったのだ。

 

それが難しいことはわかっていても。年月とともに積み重なったその分厚い心の重圧と後悔を取り払うのが、簡単にいかないとわかっていても。オルガマリーは、彼に一言でも「生きたい」だとか「死にたくない」だとか、そう零して欲しかったのだ。

 

悲しいことに、その想いは届いていない様子だが。

 

「アンタは私に手を差し伸べたでしょう? だから次は私が手を伸ばすの。オルガマリーだって同じよ」

 

「でも、オレは、失敗ばかりで──だから」

 

「だからもくそもない。言い訳しない。逃げない。アンタが自分を信じられないのはどうでもいいけど、私──を信じられないのも付き合い短いからいいけど。せめて、せめて。オルガマリーは信じてやんなさいよ」

 

「……」

 

「アンタが目覚めた時、オルガマリーが開口一番なんて言ったか思い出してみなさい。私はもちろん知らないけど、確信って言っていいくらい予想付くわ」

 

「“生きていてくれてよかった”って……」

 

「なら、あんたはそう言ってくれたやつにどんな言葉を口走ったのよ」

 

「……そ、れは」

 

「あんたが一番悪いのは、多分そういうところでしょ。アンタがアンタ自身をどう思っていようといいけど、せめて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──!」

 

彼は私の言葉の何が琴線に触れたのか、何か懐かしいものを思い返すような表情をして、頭を押さえた。

 

「注がれた、想いを……それは、なんだかどこかで」

 

別に私はコイツに説法ができるほどえらい立場でもない。ただ一つ言いたいことがあるとすれば。もっと生きたいとのたまえということだ。

 

「自分に手を差し伸べた奴が、そんな辛気臭い顔していて、怒らない人間がいると思うワケ?」

 

私を引き上げた男が、そんな地獄のような心境でいつでも死にたいと思って過ごしていて、じゃあ救われた私はどうすればいいのだ。救ったなら、手を伸ばしたなら。その引っ張り上げた先がせめて前よりもマシな場所なのだと、笑って証明してほしい。

 

身勝手な想いかもしれないけれど。それが救う側の責任という奴だろう。

 

「……アンタはさっきから後悔ばかりしてうじうじ言ってるみたいだけど。アンタごときのチカラでどうこうなるほど世界は甘くないし、仮にだれか一人が頑張って犠牲になって丸く収まる世界なら、そんなのはくそくらえよ」

 

「……君は」

 

「ジャンヌダルクの二の舞になんて、私自身は絶対ならないし、眼の前の誰かにそうならせもしない。犠牲を強いた先に救いも何もありはしないのだから」

 

たった一人の献身でなりたつものに、正しさなどない。

 

農民の少女一人が人生を捧げたくらいで終わった戦争だってそう。あんなものはきっと、あの場あの時代にいた皆がほんの少し頑張れば終わるものだったのだ。努力しない者たち、諦める者たち、変えようとしない者たちのせいで、ジャンヌダルクという救世主(いけにえ)が必要となっただけで。

 

国のことも、世界のことも、誰か一人の責任に収束するなんて、そんなものがあってたまるか。

 

だから。

 

 

 

「だから、あんたは、一人で世界を救う必要なんてない」

 

 

 

この言葉を、もっと早くに、誰かが言ってやるべきだったのだ。この少年は、決して、世界を救う英雄などではないのだから。

 

 

 

「──ああ、そう、か。そうだね」

 

彼はまるで、彼の人生最大の使命が奪われたような表情をしていた。そうして同時に、今まで背負い続けてきた重い重い荷物を、やっと下したかのような表情をしていた。

 

ようやく、人間らしい顔になった。私が仕えるのはそういう奴でなければ。

 

痛みも何も感じない狂人ではない、自分を省みない聖人ではない、世界を救う救世主(メシア)などもってのほか。

 

人間くさい人間で、それでも正しく、優しくあろうとする者にこそ。私の忠誠はある。あふれるほどの多くを救えなくとも、目の届く誰かをつい放っておけない、慈しめる貴方だからこそ。

 

「私は、救国の聖女でも、救世主でもない。ただの竜の魔女。だから決して、人々の、国の、世界のために旗を振るうことはしない」

 

誓う。私の旗は、ジャンヌダルクとは違う。博愛のもと平等に振るうのではなく。偏愛のもと不平等に──たった一人のためにそれを振ろう。

 

跪いて彼の手を取る。契約を交わす、その儀式のために。

 

「──我が真名はジャンヌダルク・オルタ。貴方からの救済に報いるために、貴方の、()()()()()旗になることを誓います」

 

「……オレは、本当に未熟で、愚かで、きっと君のその想いに、報いることはできないけれど」

 

──それでも、よければ。

 

彼は不安そうに、そうつぶやいた。

 

私は、「当然」と返して、彼の手をきつく握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別に、なにかが変わったわけではないと思う。

 

死にたいという気持ちも、もう放っておいてほしいという気持ちも、なくなってはいない。

 

いきなり現れたサーヴァントに、いくらか言葉をかけられたくらいで変わる人生なら、とっくの昔に改めているのだ。

 

シロガネハズムという人間は、別に、立ち直ったわけではない。

 

でも、彼女からかけられた言葉は、なんだか、大切なもののように思えたのだ。

 

──決して忘れてはいけなかった。それでも取りこぼしてしまった。いつかの、自分自身のような。

 

 

 

「──ようやくお目覚めかしら、ハズム」

 

呆れたような顔で、白髪の少女、オルガマリー所長がこぼす。今なら理解できる。彼女には随分と迷惑をかけてしまっただろう。

 

「それで、あなたはどうする──どうしたい?」

 

カルデア指令室。そこにはカルデアの人員のほぼ全てが集結していた。いないのはいまだに昏睡状態にある藤丸立香及びマシュ・キリエライトの二名だけ。

 

第五特異点発見の報がもたらされたと同時に、オレは自主的に謹慎の処分を破り、この場に足を運んだ。

 

様々な視線がオレを取り囲んでいた。込められた感情は、心配だったり、不安だったり。思っていたほど嫌悪の視線は無かった。その事実が、カルデアの優しさを証明していた。

 

今この瞬間だって、自分自身が信じられない。なにをしようとも失敗するビジョンしか沸かないし、もう一度失態を犯してしまえば、きっとオレという人間は壊れてしまいそうだ。

 

ただそれでも。ひねくれて逃げたくなったとしても。少しくらいは、素直に受け取ることにした。

 

「──オレを、もう一度、レイシフトさせてください」

 

だからこれは、オレの我儘で、ちょっとした望みだ。

 

「……それは、なぜ?」

 

オルガマリー所長が、オレの返答を待っている。理由によってはきっと、許してくれないだろう。

 

だから、率直に想いを伝えることにする。

 

 

 

「リツカが目覚めるまでやれるのはオレしかいない、という認識もちょっとはあるし、使命感だって無いとはいえません──けど、一番は」

 

 

 

「オレは、オレなりに。やりたいと思えることをやるんです」

 

 

 

「──それが、辛くて苦しいものだって、分かっているくせに?」

 

 

 

「──はい。

 

 

 

 失敗ばかりで、何も得られるものがない、意味のない旅路だと思っていたけれど──ちょっとくらい、砂粒一つくらいには価値があった、らしいので」

 

 

 

未だにそれを信じられなくとも。そこに価値があると言い聞かせてくれる人たちがいる。だからせめて、その想いだけは無駄にしないように。

 

今までの行いが許されるのなら。オレはそのように在りたいのだ。

 

 

 

「──なら、約束しなさい」

 

オルガマリー所長は、オレに指先を突き付けた。そうして数舜後、握った手を開いて、オレの頬に優しく置いた。

 

「もう二度と、死ぬことを、苦しいことを、当然だと受け入れないで」

 

彼女の言葉に、いつか張られた頬の痛みが蘇った。じんじんと、熱を帯びた痛みだった。

 

彼女はそれを奥に沁み込ませるようにして、手のひらを強く押し込んだ。顔に加わった突然の圧力に、オレは思わずたたらを踏んだ。

 

「──さあ! 忙しくなるわ! 戦力も半減、物資も心もとない。それでも、私たちはやらなきゃならない」

 

オレの頬から手を放し、彼女は振り返る。ぴしりと伸びた背筋、力強い瞳で、カルデアの全域に激励を飛ばす。

 

 

 

「次は第五特異点。北米の大地。さっさと修復して、さっさと宴を開きましょう。昨日食べ損ねた、エミヤ特製 ワイバーンストロガノフを肴にね!」

 

 

 








自分から立ち上がったわけではなく、ケツを叩かれて思わず動いただけですが。

一歩を踏み出せたことは、大きな前進となるでしょう。



さてさて、次は第五特異点アメリカですが、構成上オリジナル展開が増える予定です。

具体的にはオリキャラ視点とハズム視点が交差する感じで。うまく書けるか不安じゃ。

オリキャラってだれかというのは各々予想してみてネ。

最後まで読んでくれてありがとナス!

去年は感想、お気に入り、ここすき、評価、ありがとうございました!

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

ではではまた次回。




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北米のサイカイ
カントリー・ロードー1:『to be ...』






5章を読み返し終わって、ある程度構成も十分に固まったので、投稿を進めていきます。

まあ全体を通した大まかなプロットは作ってるんだけど、章ごとの詳細は詰め切れてなくて、そこは割とその時の気分とノリで書いてるので、整合性はお察し。

矛盾を見つけたら広い心で受け流して、“なんだこの作者”と思いながら口を噤んでください。

お兄さんとの約束ね。





 

 

 

世の中は決して、平等ではない。

 

名もなき者に、力なき者に、スポットライトは当たらない。

 

私は、そんなことを何度だって経験してきたし、痛感してきた。

 

人類は繫栄し。領土を広げ。知恵と技術を発展させ。この星の頂点へと上り詰めた。

 

しかし、その偉業を成し遂げたのは、これまでに生まれ落ちた人類の総数から見ればあまりに少ない、一握りの者たち。

 

それを人は──名もなき者たちは()()と呼ぶ。

 

人類史に積みあがる生命。その99.9%は、ただの凡人。それを覗いた一滴だけが、英雄の存在に他ならない。

 

ならばきっと、生涯で3()()もの英雄に出会った私は、きっと運命の女神に愛されているに違いない。

 

欲を言えば、恋と愛の女神様にも目をかけてほしいものなんだけれど。

 

──さて、そろそろ自己紹介をしようか。とはいっても、私のことなんて、誰も知りたがらないだろうけど。

 

 

 

──私の名前は酢漿 夏希(カタバミナツキ)

 

ちょっと特別な友達がいて、ちょっと長めな初恋を捨てられずにいる。

 

この地球じゃとくに珍しくもない。そこらに生えてる名無しの凡人(モブ)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、えっと。

 

ちょっと、目の前の状況を理解したくないから、一つ回想してみるとしよう──走馬灯という言葉が脳裏をよぎった。努めて無視した。

 

あれは何時のことだったか。

 

──そう。いきなりの海外就職かなんだかしらないけれど、仮にも親友の私に大した言葉もかけずじまいだったあの二人を追いかけて引っ叩いてやろうと、旅費を稼ぐためのアルバイトに精を出していた昼下がりだ。

 

春先には珍しくうだるような暑さを差し向ける太陽に心底うんざりしながら空を見上げれば、雲一つない青色の空を切り取る白光の円環が現れた。

 

私も、バイトの先輩も、お客さんたちも、その場の皆がそろって不気味な空を見上げて、思い思いに感想を零した。

 

そしてその次の瞬間には、全てが終わっていた。

 

あの日、私の生きる日常は突如として、塵一つ残さず破壊──いいや、多分()()と言った方がいいのかもしれない──されて。なぜだか唯一、私だけが生き残った。

 

それは、ゾンビものや世紀末ものの映画のように、荒廃した街に独りぼっちだとかそういう次元ではなくて。本当に何もない世界に、真っ暗で音も地面もない、五感の一つさえ刺激を受け取ることのできない世界に、私はある日突然放り出された。

 

なぜ私だけなのか、というのは当然の疑問だった。どうにか元の世界に、という欲望が湧き出たことには誰にも文句を言わせない。私は自慢ではないが、年齢相応の感性と能力を兼ね備えた、ごく普通の女性だ。私の反応はきっと誰だって同じようにするに違いない、当然のもののはずだろう。

 

だからこれも当然なのだが、私が生き残りとして選ばれた理由も、元の世界に戻る(あるいは世界を取り戻す)方法も、なんにも分かりはしなかった。私にこんなオカルトじみた出来事をどうこうする能力はないからだ。

 

だから私にできたことは、まるで大海原をふよふよと回遊するプランクトンのように無力に、このなんにもない世界を漂うことだけだった。

 

ところで、人は真っ暗な部屋に閉じ込められるだけで気が狂うとは有名な話だけど、それより酷い環境に気の遠くなるくらいの時間漂っていても、今のところ私は正気だ。(と自分では思う)

 

それがなぜかなんてわからない。そもそも今のところ正気なだけで、この日々が辛くないわけではないから、当然いつ発狂するかもしれない身ではある。

 

ただ私には一つ果たすべき約束と満たしたい欲求があって、それが今のところは私を私として保ってくれているのだと、私は信じている。

 

人は強い想いがあれば何でもできる、と唱えるほどロマンチストではないけれど。人は想いがあるだけ強くなれる、と思うほどには精神論を支持している身だ。

 

そういう意味では、私の初恋の人は、強い想いの権化のような存在だった。背負った想いが強すぎて重すぎて、はちきれんばかりだったから、いつ潰れるかと親友と二人で冷や冷やしていたけれど。

 

ああ、見えてる時限爆弾を処理するような心持で接する関係ではあったけれど、3人で過ごした日々はとても楽しいものだったなあ。

 

高校卒業の日に、あの人を引っ叩いて普通の幸せを掴めるようにしてあげるんだって、リツカと約束したんだよね。懐かしいなあ。約束を果たすためにも、早く旅費をためて二人を追いかけなきゃなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──そろそろ現実を見ようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もない地獄のような世界を漂っていたと思ったら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか、着の身着のままで赤土の荒野に放り出されていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも遠目ではあるけれど見える位置に、明らか戦闘民族ぽい人たちが行軍しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしなにかわるいことしましたか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その女を見つけたのは、ただ単に運がよかったからだ。いいや、運が悪かったととらえてもいいのかもしれない。

 

ともかく無限に広がる荒野で、放っておけば屍を晒すだろう世間知らずのお嬢様をケルトではなくオレが見つけたという事実は、数奇なもので良くも悪くも運命的な邂逅だった。

 

アイツにとっては運よく救助を得られて、オレにとってはお荷物が一つ増えたこの出来事。

 

そう考えれば、ああ、運が悪かったって言いきっていいだろうか。

 

ともかくとして、その女は西部の連中の張った最前線のそのまた東、エリアとしては当然ケルト勢力のホームグラウンドであるはずの場所に、武装どころか旅装すら身に着けずに立ち尽くしていた。

 

100ヤード先には当然ケルトの雑兵どもが行軍していて、そんなところに下手すればティーンエイジャーを抜け出していない女が一人なんていうのは、あまり良い結果を想像できない。

 

即殺してもらえればまだベターな結果。アイツらの機嫌次第では、性欲解消の奴隷として使われるだとか、それとも達磨にされて叫ぶ姿を見世物にされるだとか、命を失うよりも酷い結末はなんだってある。

 

まあとりあえず。あからさまに厄介ごとの種ではあったが、これでもまだ良識ある人間だと自負している者として、オレは目の前の女を見捨てられなかったわけだ。

 

──ああ、そういえば、まだ名前も名乗っていなかったな。

 

 

 

──オレの名前は、そうだな。まあ、大して珍しい名前でもない。“ジョン”とでも。そう呼んでくれればいいさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──おいお前、何やってやがる」

 

そう声をかけて、その女の腕を引く。下に向かって強く力を込めて、地面に這いつくばるようにさせた。

 

女に手を上げる趣味があるわけじゃない。ただこの赤土だけが積みあがった荒野で黄色の髪と黒い服装はかなり目を引く。

 

サーヴァントとやらがいれば伏せた物音を聞かれて発見されるから意味のない行為だが、理性を飛ばした戦闘マシーンのケルト雑兵相手ならば、視界に入る入らないの問題を考えるだけでいい。

 

背後から大柄な男に押し倒されて、心底びっくりしたのか恐怖したのか。まあ当然の反応だが、叫ぼうとしやがったので、オレはとっさに手で口を覆った。

 

「──っ! ──!?」

 

「静かにしろ、あいつらに気づかれたらオレもお前も仲良く天に召されるぞ!」

 

静かに叫ぶなんて器用な真似をしながら半ば脅すように言えば、女はコクコクと頷いて大人しくなった。

 

随分と素直なもんだ。この年頃なら反発的なのが普通だし、そうでなくともこの女目線ではオレは下手したら強姦魔か人さらいの類だろうに。

 

じいっとこちらを観察するように見つめているが、そこに敵意があるわけでもない。困惑しているのは分かるが。

 

この殺伐とした北米の大地においては、珍しいタイプの女だな、とオレはなんとはなしに思った。

 

まるで、今の今まで普通の生活をしていたところ、急にここに連れてこられたみたいに、なんもわかっちゃいない面をしている。

 

 

 

「──さて、と」

 

数分ほどすれば、ケルトの大軍は地平線へと沈んでいった。あの量ならきっと最前線の連中は消耗を強いられるだろう。犠牲が3割で済めばいいほうだろうか。

 

──などと、今のオレには関係のない推測を巡らせていることに気づいて、意識を切り替える。

 

女の上から体をどけて、今度は手を引いて立ち上がらせた。女は砂や土で汚れた腹回りを手で払うと、こちらに向き直った。

 

「誰だか知らないですけど、どうもありがとうございました。強引なやり方にはちょっとびっくりしたけど、助けてくれたみたいですから。感謝します」

 

「──ああ、いや、ま、どういたしまして(You're welcome)。とっさで痛くしたのは謝るよ。だがあんなところでぼうっとしているのは、命を捨ててるようなもんだぞ。特にここは中央とはいえ東部寄りなんだ。最前線の向こうだぞ?」

 

「東部? 最前線?──なんだかわからないけど、気を付けます」

 

「わからないって、お前さんな……」

 

「それで、ここから一番近い街ってどっちにあります? 洋服以外になんにもないので、まずは人のいる街にいきたくて──」

 

「……そりゃ街なら色々ありはするが、どこもかしこもケルトどもしかいねえよ。自殺したいなら止めんが」

 

「ケルト……? なんでアメリカでケルトの話が……? えとじゃあ、危険じゃない街ってどっちにあります?」

 

「まともな連中がいるのは、こっからずっと西にいったとこだ。そこも安全じゃあないが、生き残りたいならそっちだろ。まあ、大統王が働き盛りのお前さんみたいなのを放っておくとも思えんから、死んだ方がましなくらいの労働を課せられる目に見えてるが」

 

「だいとう……おう? “りょう”じゃなくて……?」

 

どうにも話が伝わっていないのがわかる様子に、ため息をつく。

 

確かに数ヶ月前までのアメリカなら、戦争の情報なんぞ軍兵の連中だけが知っていればよかっただろうが、今や国民総動員の戦場と化しているのがこの北米の現状だ。言葉を覚えたてのガキでもこの北米の勢力図のことをそれなりにわかっている。

 

だというのに、この女は、本当になんにも知らないように見える。不思議なもんだ。怪しいともいえる。

 

「お前さん、なんでこんなところにいたんだ。人さらいにでもあったか? それとも東部の街の生き残りなのか?」

 

そう聞きながらも、脳内ではこの女がどういう存在であるのかの謎の答えを探している。

 

一つ。こいつは人さらいにあって、こんなところに放置された。昨今の事情を知らないのは監禁されていて知りえなかったから。

 

一つ。こいつは東部の生き残りで、戦争のショックで記憶を失ってしまった。

 

一つ。信じられないことだが、こいつは天使か悪魔の類で、無から生えてきた超常の存在。当然俗世の事情など感知していない。

 

こんなところだろうか。

 

はたして返ってきた答えは、予想したものと中らずと雖も遠からずといったところだった。1番目と3番目のあいの子と言えばいいか。

 

「私、今まで、ここじゃないどこかにいて──」

 

 

 

 

 

 

お互いの情報を交換して、オレたちはとりあえずその場を去ることにした。

 

荒野のど真ん中、しかもケルトどもの通り道でもあるそこにとどまっていては命がいくつあっても足りはしない。

 

とりあえず見晴らしのいい荒野よりも、その辺の森に身を隠そうということになって、オレたちは歩いた。

 

距離にして15マイルほどの長さ。しかもケルト兵から発見されるのを警戒してそれなりに急いだ。鍛えているわけでも、大統王の兵士改造を受けているわけでもない目の前の女──ナツキにとっては、簡単ではない道のりだっただろう。

 

当然、息は切れていたし、脚もパンパンに張っていた。が、最後まで弱音を吐くことなく歩ききった。どうやら少しは根性がある女のようだった。

 

──見た目や年齢も相まって、あいつを思い返す。

 

すこししんみりとしながら、オレは火を起こした。すぐそばの倒木に腰かけて足を入念にマッサージしているナツキを横目に、オレはバックパックの中を漁った。

 

「──ほら、食い物と飲み物だ。まずいが残さず腹に入れろ、明日も歩くことになる」

 

「ううう、わ、わかりましたぁ。痛たたた」

 

「その様子を見るに、長旅の経験がからっきしなのは本当らしいな。お前さんが未来から来たってのは、どうも信じられんが」

 

「──そりゃあ、私だって、私みたいなのがいきなり現れてそんなこと言い出したら、信じませんよ。こうして物資を分けてくれて付き添いまでしてくれるジョンさんには頭が上がりません」

 

「はは、じゃあ存分に感謝すればいい。なんなら頬にキスでもしてもらおうかね。時を超えた女のキスなんて、あいつらが羨ましがる」

 

「いやいや、ダメです、ダメ! 私には心に決めた人がいるんです!」

 

「ジョーダンだよ、ジョーダン。ほら、さっさと食いな」

 

オレの言葉に促されて、不味い保存食と格闘し始めるナツキ。あの様子では食いきるのに30分はかかるだろう。新兵時代に誰もが通った道だ。

 

 

 

昔を思い返して懐かしさを感じながらも、オレはナツキから聞いた情報を整理する。

 

彼女は西暦2016年の極東の島国──名前はなんだったか、“じゃぽん”?──に暮らす学生だったらしい。

 

だがある日、暗くて広くてなんにもできないところに閉じ込められて、そして気づいたらオレと出会ったあそこにいたと。

 

突拍子もないし、信憑性もない話だ。ここは1783年のアメリカ。彼女の故郷とは物理的にも時間的にも遠い遠い異国の地。そんなところに降り立つなんぞ、あまりにおかしな話だ。

 

急に攻め入ってきたケルトの連中だとか、サーヴァントとかいう人間とは思えない戦闘力の化け物連中とかがいる今のアメリカにおいては、決してありえないと一蹴するほどではない話でもあるが。

 

こいつが特別で特殊で選ばれた人間だとして。仮に、の話だ。なんでこの時代のここに来たのか。

 

本人は「誰かに呼ばれたような、背中を押されたような……?」なんて曖昧なことを言っていた。しかしきっと、彼女が感じたその感覚の正体を解明するのは無理だ。

 

だがオレには、なにか理由があるように思えて仕方ないのだ。彼女がここの来たのは偶然などではなく、きっと、なにか()()()()()()()()()()()訳があるような。

 

「──まあ、オレが考えることでもねえか」

 

運命だとか意味だとか、そういう高尚なものを考えるのは、もっと優秀な──それこそ“大統王”のような連中に任せればいい。

 

オレは既に心折れた人間だし、敗れた人間だ。最低限の義理と義務は果たすが、それ以上の活躍はいらないだろう。

 

ともかくとして、出会ってしまって、助けてしまった以上は、必要な分の面倒は見る。

 

このひ弱な女が少なくとも生きていける場所にまでは届けてやらねばなるまい。

 

ひーこら言いながら進んできた道を引き返すのは、あまりに勿体ない気もする。しかしここで彼女を放り出すのも寝覚めが悪いし、そもそも、あいつから怒られるだろうから。とっくに情熱も正義感も枯れ果てた身だが、良心まで捨てた覚えはない。

 

──それに。

 

 

 

「──? なんですか?」

 

「……いいや、なんでもねえよ。明日は早い。できるだけ疲れを引き継がないようにな」

 

「了解です! ジョン教官!」

 

「くだらねえ冗談いう暇あったら、その飯を流し込め」

 

ええー! これ不味いのにー! と泣き言を言うナツキを受け流しながら、オレは外套を毛布代わりに横になる。

 

見張りはいらない。オレのような常人の夜目でわかるほどに接近されていたら、イコール死だ。あちらの方がスペックは上なのだから、見通しのいい昼に遠目に発見する分には避けられるが、夜は祈るだけ祈って諦めたほうがいい。

 

それなりに長くケルトと戦ってきた身として得た、教訓の一つだった。

 

うええぇ、と言いながら咀嚼を進める音を子守歌代わりに、オレは眠りに落ちていく。

 

いつかの日、今は遠き東の地。貧しくも十分に幸せだった、あの頃の故郷を思い描きながら。

 

 

 

 

 

 

──今日は思い出したくないことを思い出す。きっとナツキが、あの子に似ているからだろうか。

 

 

 







さて、前話でオリキャラ視点がどうこうと言ったと思いますが、つまりはナツキ視点が始まるということでした、ちゃんちゃん。

まあ今まで特に掘り下げもなかったキャラですし、なんだこいついきなりでできて、となる読者さんも多いかもしれないですが、ご容赦を。

前書きであんなこと書いておいてなんですが、ナツキが5章で登場することはこの小説を書き始めた時点で確定していたことなので、その場のノリとかじゃありません。

作者の拙い考えではありますが、それなりの考えと理由があって、彼女はここにいるのです。

だから、まあ、その、なにが言いたいかって……温かい目で見守ってね(はーと)ヴォエ

ま。オリキャラ扱いきれるか不安だけど頑張りますね。



※章タイトルは“北米のサイカイ”なので、今まで通り“北米ー〇”がサブタイトルに付いたらハズム(カルデア)視点。今回のように“カントリー・ロードー〇”が付いたらナツキ側の視点です。ナツキ視点なんてとばすぜオレは! という方は参考までに。





ほんなら、最後のご挨拶をするばいた。

最後まで読んでくださってありがとうございます!

更新したら温かい感想や評価、お気に入りなど、多くの反応をもらえて私は嬉しい限りです。

今回もよろしくね(はーと) ヴォエ……

ではでは次の更新で。ばいなら。




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カントリーロードー2:『それぞれの目的』




遅すぎて、すみませんです。

そして短すぎてすみませんです。





 

 

 

氷のように冷え切った朝露が、鼻の先に落ちた。微睡んでいた意識が、その刺すような冷たさに促されて覚醒する。こきりと首を鳴らしながら起き上がれば、深緑色の針葉の隙間から薄灰色の朝日が目に注いだ。鎮火した焚火から上る煙の揺れに、なんとものんきで平和そうな鳥たちのさえずりが拍子を合わせるようにして響いている。

 

 

 

──なんの代り映えもない、いつも通りの目覚めだった。

 

 

 

「よっこいせっ……と」

 

枕代わりにしていた湿った丸太を蹴り転がして、焚火の根元に積みあがった灰を散らす。燻っていた赤橙色の熱は、いずれもすぐに燃えカスの黒色にまみれて消えた。

 

敵地のど真ん中。どこから槍が飛び出してくるやもしれないこの大地で、また一つ夜が明けた。

 

“ジョン”なんてありふれた、珍しくもない名前の男。()()()()()()()()()で呼ばれている、どうでもいい人間──つまり、オレは。

 

どうやらまた生き残ってしまったらしい。

 

「さて、と。いくかねえ」

 

地面に転がって口を開けているバックパックを背負いあげて、自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 

どこにいく、と問われても答えようがない旅路で。誰からも自殺志願者のように見られたこの行いに意味などないのは、オレだって十分にわかっている。

 

ただ、ただ、東へ。その想いだけがなぜか、オレの死んだと思っていた心身を突き動かしている。

 

どうせ、価値のない人生なら。後先を考えずにその衝動に乗っかってやろうと、そういう愚者だったのだ、オレは。

 

そうして今日も、また、いつも通りの旅が始まる。オレはその地獄への一歩を踏み出そうとして──

 

 

 

「──すう、すぅ」

 

 

 

そんな、いつもとは違う、()()()を聴いた。

 

 

 

「──ああ、くそ、すっかり忘れてた。昨日はそんなこともあったっけな」

 

踏み出そうとした脚を止める。ずっと一人で旅を続けていたからか、どうやら迷子を拾ったことがすっかり頭から抜けていたらしい。まだボケるような年齢でもないだろうに。

 

すこし離れた木陰では、ティーンエイジャー抜け出したてかそこらの少女が横たわっている。昨日拾った迷子だか、人間だか、天使だか、なんだかわからないところであるナツキだ。

 

まるで塗料を頭からぶちまけたようにみえる人工的な黄色の髪は、朝の湿気に濡れて彼女の頬に張り付いていた。そしてその毛先が、彼女の寝息に合わせてゆらゆらと揺れている。

 

まるでここがケルト陣営の真っ只中、地獄そのものの場所だとは思えないほどに安らかな様子で眠っている。平和ボケしているのか、大物なのか。どっちにしろ呆れたことだった。

 

このまま寝かしてやりたくはあるが、陽が完全に上り切る前に出発しておきたい。なぜかって、ケルトどもは勤勉ではないから朝早くの活動はしないからだ。奴らがぐーすかいびきをかいている間に距離を稼いでおきたかった。

 

幼子のように毛布をひしと掴んで離さないその掌に苦笑しながら、彼女の肩に手を置いて揺らす。嫌そうに身をよじって、瞼が痙攣した。そうして彼女の口からふと、こぼれる何気ない言葉。

 

 

 

「──ううん、もうちょっとだけ」

 

──ねえもうちょっとだけいいでしょ、()()()()

 

 

 

──ああ、コイツと出会ってから、どうしようもないことばかりを思い出す。

 

人生ってのは、いつもいつも、取り返しのつかない悲しみと後悔だけが積みあがる、くだらない記録だ。

 

まったくもって、度し難い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──すぐにわかった。

 

これはきっと、夢だ。あるいは、記憶のリフレイン。

 

幼いころの思い出。彼と私が出会った、最初の物語。

 

 

 

「──ねえねえ、ナツキちゃん、聞いた? 今日の夕方に()()()に行こうとしてる子たちがいるらしいよ」

 

それを友達が告げてきたのは、放課後、私がランドセルに教科書を詰め込んでいる時のことだった。

 

なんでそんなことをその友達がわざわざ言ってきたのかといえば、私がそういうもの(規則違反)にうるさい委員長気質の子だったから、ということに他ならない。

 

そして、なぜ私がそういう性格だったかと言えば、私の髪色──まるでマーカーのインクのような、あるいはスーパーに売ってるスライスチーズのような、つまりは一般的な“金髪”とかけ離れた髪色に大きな要因がある。

 

日本で暮らしていくうえで、この髪色は正直な話デメリットが多かった。自然な色合いの金髪ならまだしも、この珍しい髪色では大多数の人間が“染めている”のだという認識を第一印象として持つ。

 

そして多くの場合、10代も抜け出していない学生が髪を染めるのは素行不良の一つの証明、わかりやすいマークのように扱われている。

 

同年代の友達と話すにあたってそうした目線や態度を感じることは少なかった──なぜって同じ年頃の子はそういうのを“かっこいい”と思いがちだし、だいたい話せばわかってくれるから──が、主に大人と接する場合はそうではない。

 

初対面から色眼鏡で見られるというのは正直きついことだ。私は別に母から受け継いだこの髪は見た目として嫌いではなかったが、そうしたデメリットをもたらす呪いのようなものだと思っていたのも事実だった。

 

──まあつまりは、そうしたデメリットを覆すために、私は幼心にある程度計算の上で真面目ちゃんを貫いていたのである。

 

 

 

だから、友達から「禁止された場所に行こうとする集団がいる」という規律違反の匂い香る報告があったとき、私はそれを止めるという行動に出たのだ。

 

普段の通学路から外れて、その池のある山のふもとに辿り着いたときには、ちょうどその集団が足を踏み入れようとする瞬間だった。

 

「ちょっと、君たち! そこに入るのは禁止だった先生が言ってたでしょう!」

 

開口一番に私はそんな風なことを言った。当然、小学生なんて正論を言われるほどイライラして反発する生き物なんだから、見苦しいケンカの勃発である。開戦は私の方からに違いなかったが。

 

流石に取っ組み合いなんてことにはならなかったけれど、私たちをすり抜けて池に行こうとする陣営とそれを阻止しようとする私たちの構図で、山をふんだんに使った(小学生基準で)壮大な鬼ごっこが始まったのだった。

 

私はそのときどうしていたのか、正直、今ではほとんど記憶も薄れてしまっているけれど。

 

間違いなく言えることがあるとすれば──

 

私も規則を守らせるために(と自分に言い聞かせながら実際は楽しんで)子供たちを追い掛け回して、その結果自分があの禁じられた池に入ってしまったこと。

 

そしてその様子を、遊びに加わることもなくまるで“大人”のような目線で見ていた、ある一人男子生徒に、薄気味悪さと共に苛立ちを覚えていたことくらいだろうか。

 

 

 

──まあその薄気味悪い子供に、私は助けられて。あまつさえ初恋をすることになるのだけれど。

 

 

 

ああ、意識が薄れてきた。

 

きっと目覚めだ。

 

続きは、またいつか思い返すとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くあ、とあくびして目を開ければ、飛び込んできたのは背の高い木々が競い合うように伸びた森林の様子。硬い地面の寝床のせいか痛む背中をさすりながら、なぜこんな場所で寝ていたのかを思い返す。

 

──ああそういえば、私はあの“無の世界”から抜け出して、ずっと昔のアメリカに来たのだったか。

 

そう一人で納得していると、横に人の気配を感じる。目をやればそこにいたのは親切なアメリカンおじさんこと“ジョン”さんであった。

 

まだ寝ぼけ眼であろう私を見つめながら、彼は呆れたような顔をして見せた。

 

「よく眠るもんだな、ガキみてえにぐーすかぴーだ」

 

「すみません、もっと早く起きるべきでしたか?」

 

「──いいや、まあ十分だ。むしろ眠れなくて日中の体力がない、なんて事態にならなくてよかったくらいだ」

 

「そうですか」

 

ある程度気を使ってくれているのがわかった。彼としてはもうちょっと早く出発したかったのだろう。しかし、旅慣れしていない私にそれを求めるのも違うと思っているらしい。

 

私としてはお世話になっている身なのでもうちょっと厳しくしてくれても構わないのだが。口や態度がぶっきらぼうな感じでも、優しさがにじみ出る人柄だ。

 

とにかく寝すぎて迷惑をかけたぶん、準備だけは早くしておこうと、私は身支度をささっと整えて、彼の横に並んだ。

 

 

 

「女にしては支度が早えな、いやありがたいが」

 

「今はおめかししているような暇はないでしょう? というか、女性の支度の遅さに何か嫌な思い出でも?」

 

「──ああ、まあ。どの女も遅いのかと思っていたよ」

 

「どんな女性だって、出かける前に自分を綺麗に見せる努力はしたいですよ。できる時間があって、それが許されるのならね」

 

「はあ、そんなもんかね」

 

そんな軽い雑談を交わしながら、私たちは森の外へと向かっていく。苔むした地面が朝露で湿っていて、脚を滑らせてしまいそうだ。気を付けないと。

 

 

 

もうそろそろ森から抜け出そうかという時に、ジョンさんは私に向き直って今後の予定を告げた。

 

「今日も西に向かうぞ。最前線があれから後退していなければ、ざっと一週間ほどで到着するだろう。それまで頑張るんだな」

 

「──ええ、努力します」

 

そんな言葉をどうにかひねり出す。拾ってもらってこんなことを言うのは大変に失礼だから口には絶対にしないし、しなかったけれど、私は弱音を吐きたくてたまらないし、不安で仕方がなかった。

 

今私たちがいるのは、アメリカ中央部北寄り。現代アメリカの地図を脳内でざっと描くとすれば──サウスダコタ州やネブラスカ州の西側あたりにいると考えてよさそうだ。

 

そこから歩きで西へ。一日20km行けたとして100㎞以上の旅だ。そんな経験したこともない。したくもなかった。そんなこと言ってられないけれど。

 

それに最前線で保護してもらえたとしても、ジョンさんが言うにはそこから西海岸へと運ばれて、労働力の一部になるだろうとか。西側は“大統王”と呼ばれる人が統治していて、そこでは機械と薬によってケルトへの対抗手段を身に着けた歩兵たちが()()されているらしい。

 

SFもの、あるいはディストピアものの世界に紛れ込んでしまったのだろうか。そんな場所に行くのは気が進まないが、ケルト陣営よりはましな扱いだと言われればあきらめざるを得ないだろう。

 

果たしてそこに辿り着けたとて、私がどうなるかは分からない。そもそも、元の時代に帰れるのかすらも不明。一生をこの世界で過ごす可能性もあると思い立ってしまえば、どうしたって不安な気持ちになってくる。

 

私の帰る場所。あの時代、あの家族がいる日本に。あの親友たちがいる世界に、私はたどり着けるのだろうか。

 

そもそも、突如そらに出現した光の帯の謎も、それが出現してから私だけが生き残った理由も定かではない。その手がかりをどうにかつかめればいいのだけれど。

 

 

 

──ジョンさんにも話したけれど。私は、ここにくる直前に、誰かに背を押されて、呼ばれたような感覚を覚えた。

 

背を押すのはどっちかというと“送り出す”動作で、呼ぶのは“迎える”動作だから、それが同時に起こるっていうのは不思議な話だけれど、あの感覚はそうとしか言いようがなかった。

 

何も感じる事のできない無の世界で、突如として感じた、暖かな手のひらが背に触れる感覚と、鼓膜を震わせる優し気な声色。

 

あれは、不思議で意味の分からない感覚だったけれど──きっと悪いものじゃないと私は確信している。

 

私にはきっと、なにか、ここに来た意味があるのかもしれない。突拍子もなくこんなところに現れたと思っていたけれど、なにかやるべきことがあるのかも。

 

そう思うことにした。そう思わないとやってられなかった。

 

 

 

「──ハズム、リツカ……」

 

口をついたように出るのはそんな名前の羅列。彼らは今頃何をしているのだろうか。伝えたいこと一緒にやりたいことはいっぱいあるのだけど。

 

せめて一目、もう一度会いたい。そんな欲望がふと心を支配したとき。

 

そう、あの子に会ってあげて

 

「──!?」

 

また、あのときと同じ声が聞こえた。

 

「どうした」

 

「い、いえ。なんでも」

 

「それならいいが、脚が壊れそうなら言えよ。壊れちまってからじゃ治すのが面倒だ」

 

「は、はい」

 

ジョンさんに不審がられながらも、私は今聞こえたことを思い返す。

 

幻聴なんかじゃない、と思う。やはり私は、なんらかの存在に後押しされている。

 

そしてその存在はおそらく、ハズムになにか関係している。

 

きっと、きっと、このまま私が進むことには意味があるのだろう。

 

──そうであってくれたなら、私はまだちょっとだけ、頑張れる。

 

 

 

 

 

 

決意を新たにするようにして、重いバックパックを背負いなおす。からんと大量の携帯食料(備考:超まずい)がぶつかりあう音が鳴った。

 

優しいジョンさんは荷物は自分が全部背負うと言ってくれたけど、お世話になりっぱなしは嫌だと、私が固辞して背負った荷物だった。とはいえ、彼の持つ大量の荷物の中では一番軽いものだったが。

 

そういえば、と荷物のことを考えながら思い出す。

 

さっきも確認したように、ここは現在のアメリカにおいての戦場。アメリカ大陸中央部北。ケルト人とアメリカ人がしのぎを削る最前線のそのまた奥、完全に敵地のど真ん中だ。

 

そんな場所に彼は──ジョンさんは一人でいる。しかも、私という突発的な同行者が加わっても問題にならないような大量の物資をもって。

 

潜入ミッション、というわけではあるまい。私を助けるためにその任務を放棄したというなら私にとってはありがたい話だが、それ程に情に流されやすい人間を潜入という重要ミッションに当てる司令官はいない。

 

さらには、彼は物資は持っていても武装は最低限のみ。話に聴く機械化歩兵の装備は荷物に無く、ケルトから逃げ隠れする手腕からするに、完全に戦う気はゼロといった感じだ。

 

──ならば彼はなんのために、こんなところにいるのだろうか。

 

前を進む彼の横顔を見る。いつだって崩さないしかめっ面が、どこかの誰かに似ている気がした。

 

 

 

 







最後まで読んでくださってありがとうございます。

次の話はハズム視点になるかな……? 多分。

いつも感想やお気に入り、評価、ここすきなど色々反応ありがとうございます。

今回もよろしくお願いします。

ではではまた今度の更新で。さよーなら。






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北米ー1:『背中を預け合って』

 

 

 

「──そういえば、あんたってあんまり私の名前を呼ばないわよね」

 

「そうかな」

 

人のベットに勝手に寝転がりながら数分ぼうっとしていたジャンヌダルク・オルタがいきなりそんなことを言い出したのは、オレがちょうど例の日記を読む作業に見切りをつけて、広げたそれを閉じたときのことだった。

 

「ええ。“君”だとか“あなた”だとかばっかりで……気づいたら、なんだかムカついてきたわ」

 

「ええ!? なんで!?」

 

「なんでってそりゃあ──」

 

そう口ごもる彼女は、なんだか怒っているようにも照れているようにも見えた。

 

「──そりゃあ?」

 

「あああ! もうアンタってば、ホンットにデリカシーとかない訳ね。それとも人のココロをちっとも予測できないのかしら!?」

 

理不尽に怒られているような気もすれば、もっともらしくぐうの音もでない説教をされている気もする。

 

──そういえば母さんや姉さんが、女性がこういう怒り方をするときは大体男性の方が悪いって言ってたっけ。

 

だとすればやっぱり、妥当な説教をされているような気もしてきた。

 

「ごめん」

 

「──はあ、いいのよ謝んなくて」

 

「う、ううん」

 

「と・も・か・く。あの騎士王はちゃんと呼び名があって、それで呼んでいたんでしょう?」

 

「あ、ああ。そうだね」

 

 

 

「……じ……じゃあ、私にそれがないことに怒るのは、おかしいかしら」

 

「──」

 

 

 

恥ずかしそうに、そして同時に不安そうにして零す彼女。そう言われたら、反論する言葉をオレは持たなかった。

 

思い当たる節はいくらでもあった。オレがペンドラゴンのことを特別視していることに、間違いはなかったから。

 

その意識が災いして、目の前の彼女と、消えてしまった彼女の間に、なにがしかの優劣関係をつけていたとすれば。それは無意識であってもよくないことだと思った。

 

そして彼女を不安にさせたあげく、先のようなことを彼女の口から言わせてしまったのは、なんだか罪深いことにも思えた。

 

「あーあー、また変な方向に考えてるでしょう! いいってば、そんな深刻に考え込む話じゃないっての! ちょっと気になっただけよ!」

 

「──でも」

 

「いいのよ、別に。アンタに悪いことなんてなにもないの! でも気になってちょっと苛ついただけ! それで終わり!」

 

「じゃあ、考えてみるよ」

 

「──え?」

 

「君の呼び名を、考えてみる」

 

「別にいいって言ってるじゃない」

 

「それは分かった。でもオレがそうすべきだと──そうしたいと思う」

 

「──そう、ならお願いね」

 

そう言って彼女はオレの部屋を後にした。

 

上機嫌そうに鼻歌を口ずさみながら。

 

彼女と出会ってから数日後の夜の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その戦場は地獄の様相を呈していた。

 

轟く爆音とあふれ出んばかりの殺意が熱気となって立ち上る。そしてその熱を裂くようにして冷たい悲鳴がいくつも響いていた。

 

──ここはアメリカの開拓者たちとケルトの軍勢がひしめく戦場。北米という新大陸を切り拓き奪った侵略者たちが新たに出現した別の侵略者たちに抗う、いわゆる因果応報の戦争。

 

しかし、正義がどちらにあるにせよ。あるいは、どちらにもないにせよ。歴史は正されねばならない。世界を、救うためにも。

 

ゆえにこそ、オレは自然と、特に打ち合わせることもなく、当然のごとく、機械化歩兵たちの軍隊に味方した。

 

考えるべきことは一つ。あくまで俯瞰してこの戦場を見た限りで、どちらの軍勢がより正史のアメリカ()()()かということ。

 

西軍勢、機械化歩兵軍。時代に見合わないような技術が見え隠れしているが、鎧のデザイン自体はアメリカっぽい。星条旗のカラーリングなどを取り入れたらしいところも判断しやすい一要素だろう。

 

翻って、東軍勢、近接特化型脳筋ゴリラ軍。以前特異点Fでリツカが出会ったというクーフーリンの衣装にも似た、おそらくはケルト式の戦闘装束を纏った軍勢は、明らかにこの時代のアメリカにいてはいけない存在だ。

 

つまり大体の確率で西側に味方するべきと思われる。だからそうした。そもそも日記にクーフーリン・オルタと女王メイヴというケルト出身の二人が“ラスボス”としてリストアップされていた時点で、味方するべきがどちらかはなんとなくわかっていたという話でもあるが。

 

ともかく光の渦に吸い込まれるような奇妙な、それでいて慣れ親しんだ感覚を覚えながらレイシフトし、この大地に着地して数秒後には(少なくともオレの中では)そういう結論になっていた。

 

レイシフト完了してから早々に戦場に放り込まれるというのは、もはや手慣れたものだった。カルデア司令部はそういうことにならないよう全力を尽くしてはくれているが、どうにも特異点へのアクセスは不安定なものらしいから仕方ない。

 

 

 

しかしながら、もはや習慣じみた行いでどちらに付くかを決めたオレと違って、()()()()()──オレの新しいサーヴァントであるところのジャンヌダルク・オルタは、戸惑いを見せていた。

 

それも当然か、と思う。来歴から察するに、彼女には白いジャンヌダルクほどの戦場経験はないのだろう──本来戦場の経験なんて、なければないほうがいいのだろうけど──なんにせよ、彼女はサーヴァント。指示を出し、方針を示すのはマスターであるオレの役目だった。

 

「ジャネット、ケルトっぽい軍勢を蹴散らそう。殺さなくていい、とりあえずは牽制で。今のところは、きっとそれでいいはずだ」

 

「──そう、わかったわ。マスター」

 

ジャネット本人の性格は天邪鬼で子供っぽくて、正直ペンドラゴンという扱いやすい素直なサーヴァントとはまるで正反対の彼女を御しきれるか不安ではあったけれど、彼女はオレへの恩義からなのか、こと戦闘時や非常時には疑うこともなくオレの言葉を受け入れてくれている。

 

それはなんとも信じられないことであったし、しかしそれ以上にありがたいことでもあった。特にこのような鉄火場においては。

 

「はあああ──っ!」

 

彼女の炎がケルトの軍勢を二つに割るようにして真っすぐに燃え盛った。直撃したものはいないが、頬をかすめるように飛来した高熱の炎に肝を冷やさない人間はいないだろう。当然逃げまどったり蹲ったりする者がでてきた。そうして突如陣形を乱されたケルトは混乱して、勢いがそがれている。

 

ジャネットというサーヴァントは、戦闘経験こそ薄いものの、それを補って余りある高ステータスと強力な攻撃手段を持っていた。それこそ適当に振るうだけで、有象無象の集まりなど鎧袖一触だ。

 

シミュレータの記録で目にしていたよりも強力な炎に感嘆しながら、オレは事態の把握に努めた。

 

一気に弱腰になったケルトに機械化歩兵たちが弾幕をこれでもかと叩きつけている。しかしながら、ケルトの軍勢は腐っても神代に近い人間たち。銃弾で傷は負えども、致命傷には至っていないのがわかる。

 

逆に攻め立てる側が逆だった先ほどまでは、ケルトの槍が超合金の鎧を貫くことはめったになかったのだから、お互いのスペックは互角程度らしかった。

 

膠着した戦場。このままでは互いに痛み分けに終わるだけなのが素人でもわかる。実際この最前線はこれまでそうして保たれてきたのだろうけど。

 

ともかくなにもしなければこの戦線は進みもせず退きもせずに違いない。しかし、双方そんな事態を望んでいないのは当然の話で。と、なれば戦場の趨勢を決めるのはそれらの歩兵たちよりも強力な存在であり、即ちサーヴァントに他ならない。

 

 

 

つまりこの戦場のキーマンは、今しがた炎で戦場を一刀両断したオレたちであり。

 

 

 

──たった今、この瞬間に目の前に降り立った、美しい(かんばせ)の槍使いたちだ。

 

 

 

「──フィオナ騎士団が一番槍、双つ槍のディルムッド・オディナだ」

 

「──フィオナ騎士団団長、フィン・マックール、推参……と、これはこれは。あの凶悪な煉獄が、このような麗しき女性の仕業とは。女性とはやはり私の親指でも測れぬ神秘なのだね」

 

簡潔な自己紹介に終わらせた前者は、付け加えた二つ名の通りに長い一つと短い一つの槍を携えた、男のオレでもはっとして一瞬目を奪われるほどの美丈夫だった。

 

ケルトらしいぴっちりとした深緑のボディースーツには鍛え上げられた肉体が浮き上がっている。たれがちな目は優し気な印象を醸し出すが、それとは相反した決して油断しない戦士の顔をしている。

 

冗談じみた──あるいは案外本気かもしれない口説き文句と共に現れた後者は、こちらもかなり端正な顔立ちをした金長髪の槍使い。

 

先のディルムッドよりも美麗な装飾がされた戦闘装束から、彼自身が口にしたように高い地位に身を置くサーヴァントだという事がすぐにわかった。ジャネットに流し目を送りつつも、戦いに対する意識は十分に備えているようだ。隙が見えない。

 

「……我が主よ、戦場にて女性を口説くのはおやめください」

 

「まあゆるせ、ディルムッド。君と違って私は、こうして積極的に話しかけねば、女性とお近づきになれないのだ。それに、他人から女性を奪うことも苦手でね。フリーと見れば粉をかけたくもなる」

 

「……」

 

「はは、ジョークさ。そんな深刻な顔をするな」

 

「……は、かしこまりました」

 

皮肉なのか、本当に冗談なのか、どうにもわからないフィンの言葉に、なんと返せばよいか分からない様子のディルムッド。傍から見る分には漫才じみたやりとりだが、その雰囲気に乗っかって大丈夫なほどの余裕は当然なかった。

 

ケルトの戦士、それもディルムッドとフィン。カルデアで召喚されるかもしれない英雄についての勉強はやってきたけれど、覚えた中でもいっとうに、戦いという分野において手ごわい相手だと思う。加えて一人でも手に余るであろうそれが一気に二人。

 

いくらジャネットがオレにはもったいないほど強いサーヴァントだろうと、まともに正面から相対した今の状況で打倒するのは厳しく思える。

 

「(ジャネット、場合によっては令呪を切って逃走する。心構えをしていてくれ)」

 

気を抜いた瞬間には首を狩られてしまうだろう未来を起こさせないために、彼らの一挙手一投足を注意深く観察しながら、自らのサーヴァントに念話を通す。幸い応答はすぐだった。

 

「(それはわかったけれど、このままノコノコ逃げたっていつか追いつかれるだけじゃない?)」

 

「(ああ。勝てないまでも、せめて撤退の判断をさせるくらいの脅威は感じさせたいね)」

 

「(なら、ダヴィンチの教えの通りにやりましょ。それが一番いいと思うわ。それにこれは戦略とは関係のない私情だけど──)」

 

「(私情だけど?)」

 

「(──私、ああいうケーハク男はノーサンキューなの。焼き尽くしてやりたいくらいムカツクわ)」

 

南無、フィン・マックール。ジャネットは脈なしだったらしい。

 

 

 

 

「──さて、作戦会議は終わったかな? そこな女性をこの調子で口説きたいのは山々だが、残念。私たちは君たちを打ち倒しに来たのだ」

 

無言のまま会話を交わす俺たちをしばらく待った後、そう言いながら槍を構えるフィン。

 

思った通りだ。彼は軽薄そうで適当そうに見えても、戦場を生きた英雄らしい、完成された戦士だ。油断してくれていればどれほど楽であったか。一片の隙も伺えない構えに委縮してしまいそうなのを押し殺して、オレは強気な言葉を吐く。

 

「わざわざ待ってくれてありがとう。そんなことをしなければ、苦しい思いしなくてすんだのにね!」

 

「──悪いが、我が主も私も。貴様のようなただの人間はもちろん、剣の振り方すらまともに知らない小娘に何を図られようと、負けはしない」

 

「それに、ディルムッド相手だと女性は刃が鈍るからな! それだけではなく、敵であろうと他人の女であろうと落として見せる女たらしだ。いやはや羨ましい限り」

 

「……」

 

「冗談だよ、わが一番槍」

 

「は、かしこまりました」

 

なんだかディルムッドがかわいそうに思えてきつつあるが、そんな考えは振り払って。オレは両手に意識を集中し、戦闘準備を行う。右手の指は銃身のように真っすぐにたてて、魔力をみなぎらせる。左手の剣を鞘から抜き放ち、こちらにも魔力を通す。鈍色の刀身が白銀に瞬き、眼に見えて鋭さを増した。

 

「──ほう。ディルムッド、お前の下した先ほどの評価は訂正すべきかもしれんぞ」

 

「は、確かに。凡庸なマスターでないのは確かなようです。油断なきよう」

 

過分な評価を頂けて大変結構なことだが、そんなことに喜ぶ余裕がないくらいに、こっちはこっちで緊張しっぱなしだ。ダヴィンチちゃんが考えてくれた()()()()が上手く決まればいいけど──

 

 

 

じりじりとお互いの闘志がぶつかり合い、摩擦して、熱が高まる中。先制攻撃はこちらから──ジャネットからだった。

 

「──はあああ!」

 

燃え上がるような気合の叫びとともに血を這う獄炎を、二人の槍使いは余裕そうに回避した。

 

「──ふう、怖い怖い、なあディルムッド」

 

「余裕でしたでしょうに、そんなに謙遜なさらずとも」

 

「まあ、回避は容易かったが、当たればただではすまんだろうということだ。まったく女とは恐ろしいな、ディルムッド?」

 

「は、そうでございますね」

 

「はあ、ったく。ほんとムカツクやつらね、アンタたちっ──はっ!」

 

まだ軽口をたたく余裕のある二人に青筋を浮かばせながら、ジャネットは復讐の炎を生きた蛇のようにうねらせ取り囲もうとする。オレから見ればかなり密で蟻んこ一匹逃げ出せなさそうな炎檻が完成しているように思えたが、どうやっているのかするりと抜けだされる。

 

まるでたくましい鮭が激流を素知らぬ顔で抜けていくかのように。強き力に対して、柔らかくしかし芯のある(スキル)で対抗するさまは、戦闘という野蛮な行為の中にあって一種の芸術を感じさせた。ケルトの戦士の技術は伊達じゃないらしい。

 

──いいや、見惚れている場合ではない。オレにはオレの役割がある。ジャネットが頑張ってくれている間に、最適なタイミングを見つけ出さなくては。

 

思い出せ。オレは一人ではない。今はジャネットがついている。

 

そして、ジャネットには、オレがついている。

 

サーヴァントとマスターは二人で一人。お互いの長所を高め合い、お互いの弱点を補い合うことができれば、それは強力な武器となる。

 

そしてその連携の成果は、マスターを()()()()()()()と舐めがちな相手程に刺さる。そう、例えば、目の前のディルムッド・オディナのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特異点攻略にオレが再び乗り出すと決まってから、多くの仲間に迷惑をかけた。

 

例えばそれは、カルデアに属する多くのスタッフさんたち。オレのような人理の裏切り者が再び人類の命運を握ることになったのに不安を覚える人は多かっただろうし、得体のしれない力を隠していた相手にまた仲間として接するのは怖かったと思う。

 

例えばそれは、オルガマリー所長。オレのこといつだって考えて慮っている彼女は、それでもカルデアの所長だから、色々なこと──使命や、義務や、感情や、倫理や、ともかく数えきれないものに板挟みにあっていたことだろう。それでもオレを笑顔で送りだしてくれた、「無事に帰ってきて」と言ってくれた彼女は、オレの恩人だ。

 

例えばそれは、Dr.ロマン。いつもボロボロのオレの身体を治療してくれるのはもちろん感謝しているし──なにより、日記に記された“死亡者リスト”らしき存在に名前が載っていたことを正直に伝えても、彼は恐怖や不安を押し殺して笑顔を作った。どころかオレを気遣って、「たとえボクがこの先その通りに死んでも、それは君のせいなんかじゃ決してない」と励ましてくれた。

 

 

 

──そして、例えばそれは、オレがこのカルデアに来てからずっと師事してきたダヴィンチ先生。

 

レイシフト先がアメリカに決まり、オレがそこに赴くことが決まってから、実際に作戦が開始されるまでにはいくらかの時間があった。日数にして3日。レイシフト存在証明の調整や装備の新調などを踏まえれば、長いように見えてその実タイトなスケジュールだった。

 

その中でオレはそのほとんどの時間をジャネット及びダヴィンチちゃんの二人と過ごした。

 

ジャネットとは、お互いの能力を把握し、連携力と信頼を高めるために。

 

そして、ダヴィンチちゃんとは、オレの装備のメンテと──これからの特異点攻略での()()()を学ぶために。

 

「──まずは、君に謝罪させてくれ」

 

「えーと、別になにか先生にやられた覚えは──」

 

「君にとってはそうだろうね。というか君の自己評価は低すぎて、何をやっても許してくれそうだし、大したことないと思っていそうだ」

 

「いやいや、オレだって、嫌なことは嫌だし、怒るときは怒ります」

 

「そうかな。じゃあ、その矛先が自分に向いているもの以外に具体例を教えてくれれば、大変勉強になるんだが」

 

「……」

 

「ほらね」

 

ダヴィンチちゃんはそう、なんだか寂しそうにしながら、誤魔化すように冗談めかして笑った。

 

なんとなく気まずい沈黙が工房に漂った。

 

「ともかくだ。私は君に、その、先生として師として失格の酷い対応をしていた。だから謝罪したい。すまなかった」

 

「──オレはそうは思いませんでした。あなたはオレにとって多くを授けてくれるとてもありがたい存在だった。そもそも嫌悪を覚えてしまっていたのは、亜獣(デミ・ビースト)を目の前にした英霊として当然の、所謂生理的反応のようなもので、仕方のないことだったって結論はこの間出ましたよね」

 

そもそも初期のペンドラゴンなどと比べてみれば、ダヴィンチちゃんのなんと理性的な対応だったことか。内心どう思っていようと、態度にさえ出していなければ全然許容できるだろう。

 

あのときのペンドラゴンの警戒心バリバリの野良猫のような塩対応と、ダヴィンチちゃんのちょっと事務的だがしっかりとした授業のどっちにメンタルをやられたかといえば、普通はペンドラゴンのほうだろう。

 

つまり、オレとしては別に、ダヴィンチちゃんが悪いともなんとも思っていやしない。

 

──だからそんな仕方のないこと、なかったことに対する謝罪は受け取れない。と言外に主張したつもりだったのだが、ダヴィンチちゃんは顔を上げなかった。

 

「師は、生徒を公平な目で見守る責務を負うものさ。そうでなければ、授けるものは教育ではなく、洗脳や脅迫、弾圧に近いものに変質してしまう。これは私の矜持の問題だよ」

 

「そう、ですか」

 

「……君と似た境遇の人をずっとそばで見守ってきたはずだったんだ。大きすぎる使命を背負わされて、たった一人で戦い続けた、バカな男を。その男の無理には気づいたのに、君のそれには気づかなかった。私には君と接する時間がいくらでもあったのに」

 

いつも飄々として、マイペースで、我が道をいくダヴィンチちゃんらしくもない、悲壮な症状でそう言うものだから、こっちまで悲しい気持ちになってくる。

 

この状況をどうにかするには──まあ一つだろうか。

 

罪には罰を。たとえそれが実際存在しない罪科であったとしても。罪人という自己認識をもつ人間には、なんらかの罰を科す必要がある。罰とは決して苦しみを与えるだけのものではない。許しを与えるものでもあるのだ。

 

少なくともオレにとっては、そういうものだったと思う。

 

「──じゃあ、ダヴィンチ先生が悪いと思っているのなら、一つ、頼みがあります」

 

「なにかな、なんでもどうぞ。できうるかぎり応えようとも」

 

「オレに、あなたの知恵を貸してください。“原作知識(カンニング)”の仕方を忘れてしまったオレは、このままじゃあ次の特異点攻略を赤点で終えてしまうでしょうから」

 

「ふふ、そうかい……そうだね。君はカンニング魔のわる~い生徒なんだった」

 

ダヴィンチちゃんはそうしてようやく、楽しそうに笑った。やっぱりそれが一番彼女らしいと、オレは思った。

 

「じゃあ、知恵を貸そう。そうして一緒に考えよう。君が正面から、未知の問題(とくいてん)を解決するには果たしてどうすればいいのか。戦略も、装備も、なんだってばっちこいだ。なんたって私は──

 

 

 

──そう、万能の天才だからね」

 

 

 

 

 

 

思い出す。たった三日、されど三日。本調子を取り戻した万能の天才に教えを請うた時間は、たとえそれを享受する側のオレが凡人だとしても、値千金の価値をもつ貴重かつ有意義な時間だった。

 

『──第四特異点で君という亜獣(デミ・ビースト)はアルトリア・ペンドラゴンの活躍により打ち倒された。それによって君の中にあった“世界を滅ぼす可能性”は非常に薄れ──または砕け散って──その結果、君のある種パッシブスキルであった“英霊から警戒される”性質はその力を弱めた』

 

『そうですね。この前の検査でも言われました』

 

『ああ。そしてそれにはもちろん、現地で合流するサーヴァントとの親交が深めやすくなったという大きなメリットがあるが、追加してもう一つの価値が付随している。なにかわかるかい?』

 

『──? すみません、思いつかないです』

 

『君は、ようやく敵に“等身大の敵”として認識してもらえるようになったってことさ。今まで敵性サーヴァントにとってもシロガネハズムは“警戒に値する敵”だった。武勇に優れた英雄ほどその傾向は強く、君が視界に入るだけで無意識に警戒し注視していたはずだ。例えばオケアノスで出会ったヘラクレスなんかはその筆頭だろう。目の前で“銀弾”を使う素振りでも見せれば粉々だったろうね』

 

『──まあ、使おうとしなくても粉々になったわけですけど』

 

『こら、今のは私も言葉を選び間違えたが、そういう笑えない冗談を言うな。オルガマリーが怒るよ……ともかく、今まで必要以上に警戒されていたところであった君は、有体に言えば敵の“眼中にない”存在になり下がったわけだね』

 

『それって男としてはちょっと苛立っても許される言いぐさでは?』

 

『まあまあ……そうすると君になんのメリットがあるかっていうとだ。君は確かに多くの部分でその敵の評価の通りだ。身体能力も頭の回転も人並み以上にはあっても、サーヴァントに勝てるほど逸脱していない。その礼装の剣も、行使する魔術も、まずサーヴァント相手に当てられないし当たっても大したダメージにならない──が。ただそれを覆す、ただ一つの切り札がある』

 

『“銀弾”』

 

『そう。君の異能“銀弾”は、どんなサーヴァント相手でも確実に致命傷を与える非常識なチカラだ。サーヴァントらしいサーヴァントほど、そのチカラに気づけない。気づけるとしたら、そいつは“ごく普通の市民が核のボタンを貸し与えられていると想像し、確証をもって断定できる”やばい奴だ。そんな奴は普通いない』

 

『つまり、オレのやるべき戦い方は、ジャネットを前面に出しつつその陰に隠れ、彼女では倒せないようなら隙をみて銀弾で必殺を狙うスタイルだと?』

 

『まさか! 失うことになれることなかれ、とオルガマリーにも言われただろう? 君のチカラが君の大事なモノを削るとわかっている以上、それを使うことを私は推奨しないし許可もしたくないね』

 

『──しかし、先ほど先生も言ったように、オレの手札においてサーヴァント相手に有効なのは銀弾だけで』

 

『ジャンヌダルク・オルタに、“一人で戦う必要はない”とも言われたんじゃなかったかい? 自分を想ってくれる人々の言葉を無下にしてはいけないよ──というか今彼女を“ジャネット”と呼んだかい、その辺あとで詳しく聞かせてね

 

『ははは、先生プライバシーの侵害ですよ』

 

『君の体型どころか、DNA、魂の構造、起源、はては()()()()()()()まで知ってる私に何をいまさら──』

 

『セクハラなんですけど。失望しました』

 

『あああ、すまない、すまない、謝るから出ていかないで!!』

 

追いすがる彼女──彼?──に渋々座りなおす。なんだかダヴィンチちゃんは今までと違って妙にはっちゃけているというか、気安いというか。

 

嬉しいようなうざいような、複雑な気持ちだ。前の威厳を返してほしい気もしてくる。

 

『おほん。ともかく、銀弾の使用は禁止だ、でもだからといってそんな強力なチカラ、死蔵するのも勿体ないだろう』

 

『はあ、まあ。役に立つならそれに越したことはないですけど』

 

『そうだろう。だから利用するのさ。君も以前やったと話していただろう──“装填して発射しない”という行為を』

 

『──!!』

 

例えば、家族が皆殺しにされたあの日、“世界を滅ぼす”ことを願った弾丸を結局発射しなかったように。

 

例えば、銀弾が魔神柱相手に通用するか確かめるために、魔神柱を狙ってその発動可否だけを確認して、発射を取りやめたように。

 

ダヴィンチちゃんの言うとおりにオレの“銀弾”は、弾を込める動作と引き金を引く動作が連動して起こるわけではなく、それぞれが独立した行程なのだ。

 

『たとえ発射されないとしても、“自分の命を確実に奪う不可避防御不能の武器を突然向けられる”という感覚はすさまじい影響を敵に与える。戦闘に習熟し、その戦術を直感的に構築するものほど、これに引っかかるだろう。警戒を外している相手ににわかに必殺の一撃を突き付ける。これは必ず、敵の体勢を崩すなり、意識の矛先を奪うなりの戦果を得る』

 

『そう、ですね。それは正しい考えだと思います』

 

『──ジャンヌダルク・オルタは強力なサーヴァントだが、戦闘経験に乏しい。必然君たちがこれから経験する戦闘の殆どにおいて、勝ち筋は“彼女のスペックに任せたごり押し”が多くなるだろう。そして、そうした強引な力押しに“技”を備えた英霊はめっぽう強い。だから、彼女の苦手とするその優秀な英霊に刺さる、“偽装の銀弾”を君が身に着けるんだ』

 

『ジャネットの弱点を、オレがカバーする』

 

『そう。そして君に足りない一対多の処理力などは彼女がカバーしてくれるだろう──君は、第四特異点で自らの未熟を省みた。そして新たな相棒たる彼女も、成熟したサーヴァントとは言い難い』

 

だから、と先生は、今回の授業の結び──もっとも大切な()()()に入る。

 

 

 

『──君たちは二人で強くなるんだ。今度こそ。お互いに刃を向け合うような関係ではなく、お互いに背中を預け合うような、そうしたコンビになれ。そうすればきっと、君たちはもっと色々なことができるようになる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──よく頑張ったが、やはり拙いな、お嬢さん」

 

「は、いってなさいよ、すかぽんたん。アンタなんかに見下されるほど、私は安くない」

 

「そうか、その強がりだけはあっぱれだ。ぜひ甘い時間を共に過ごしたかったが、これも仕事でな──ディルムッド」

 

「は!」

 

「私はこのお嬢さんにとどめを刺す。お前はあのマスターの元へ──」

 

「──やらせるかっての! お前らなんかがアイツに手を出すな! 今に見てなさい、絶対に焼き尽くしてやるんだから」

 

激昂したように荒々しく立ち上がり、ディルムッドに向かって旗を突き出すジャネット。ぜえぜえという息遣いなどから判断するに、かなり疲弊をしているように見えるが、その実半分は油断をさそう演技だろう。オレから吸収されていく魔力も、普段の2割増し程度に収まっている。

 

遠くから見守っていると、ジャネットが威勢のいいセリフを吐きつつ、念話で「(そろそろ)」と端的な合図を送ってくる。オレも念話で了解を返した。

 

「お前に我ら二人を止める力があるとでも? 吠えるだけなら人でなくともできるぞ」

 

「──随分と怒らせるのが上手ね、復讐者(アヴェンジャー)っていう私のクラスを忘れてるのかしら。受けた屈辱には報いを返すわよ、何倍にもしてね!」

 

その言葉と共にごっそりと魔力を持っていかれる。が、まだ立てないほどではない。こういう時には自分の魔力量の多さがありがたい。

 

彼女の周りに燻る火の粉が突如噴火するように飛び散り、飛来した先々で地獄のような猛火を拭き上げる。そして地面からはいくつもの杭が飛び出し乾いた大地を割る。

 

──ジャネットの宝具が、展開された。

 

そしてそれと同時にオレは指先に意識を集中させる。そして、願いを込める。込める願いは“ディルムッド・オディナの打倒”。願いは承認され、体中の血潮と魂が、右手の指先に流れ込むかのような錯覚を覚えた。

 

「──これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮」

 

白銀(しろがね)の浄化、(ひじり)の貫徹、脅かすものは地に、悪意あるものは天に──」

 

ことさら大きく発せられるジャネットの宝具詠唱の陰に隠れて、装填を進める。照準はぴたりと、あの双槍の戦士の眉間に。撃つつもりはなくとも、狙いは正確に、だ。そっちの方がきっと彼の動揺も大きくなる。

 

「──吼え立てよ我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)!!」

 

「──そのような大ぶりの宝具で! 喰らうがいい、破魔の紅(ゲイ・ジャ)──」

 

ディルムッドがフィンの前に出てジャネットの宝具を迎撃しようとしたそのとき。その携えた血のような紅色の長槍が今にも振り下ろされんとする刹那──

 

 

 

──銀の弾丸の装填は、完了した。

 

 

 

「──化け物は灰と消えろ」

 

 

 

「──! 戻れディルムッド! 罠だ!」

 

 

 

「我が主、いったい何を──!!! この、気配はっ!」

 

 

 

フィンの反応が想定より速いが、構わない。標的のディルムッドはそれに反応できずに、釣られている。

 

目論見通りに、彼の武に習熟した肉体は、彼の意識が追い付く間もなく、オレの方に迎撃の構えをとる。急な転身に体勢が崩れ、ジャネットにあからさまな隙を晒す。

 

そしてその隙は、ジャネットほどの“当たれば必殺”級の威力を持つ宝具使い相手に、致命的に過ぎる。

 

──そうして、数舜。緊張によって噴き出たオレの額の汗が、こめかみに到達するまでの時間がすぎたのち。

 

憎悪の炎と、残忍で鋭利な杭が、ディルムッドの元に到達し、彼を包んだ。

 

 

 

「──ディルムッド!!!」

 

 

 

迫る炎の壁の向こう、フィンのそんな悲痛な叫びがこだました。

 

 

 

 







【おまけ:命名式】

「(彼女は白い自分のことを良く思っていないから、そのまま“ジャンヌ”って呼ぶのはなんかオレとしては嫌だな)」

「(かといって、“ダルク”って姓で呼ぶのもなんだか違う気もするし)」

「(うーん、“邪ンヌ”? いや発音は変わらないし、そんなネット用語みたいな呼び方はちょっと失礼だな)」

「(“ジャンオル”? うーん、これはあだ名っていうより略称だなあ)」

「(名付けって行為は難しいもんなんだな。これを子供のいる夫婦は全員やっているって本当なのか? オレなら1年くらい悩んじゃいそう。そして結局決まらなそう。いや子供つくるどころか結婚する気もないし、できる気もしないけどさ)」

「(子供、子供ねえ。そういえば、ジャンヌダルク・オルタ──彼女も生まれたての子供みたいなものなんだよね)」

「(なら、そうだな“ジャネット”はどうだろう。ジャンヌの愛称としても適切だし、これから彼女なりに色々なものを見て感じて、彼女だけの経験をつんで、いつか自分が“ジャンヌ”だって胸をはって言えるようになってくれれば──いやそこまでは余計な話か、上から目線すぎる、何様だって)」

「(まあともかく悪くないかな。呼びやすいし、親しみを感じる)」


──というわけで──


「決まったよ、名前」

「へ、へーそう、どんな名前なのかしら」

「“ジャネット”でどうかな」

「……」

「……お~い? どうしたの黙って」

「(“ジャネット”って“ジャンヌ”の幼名じゃない!? 白いほうの私は村でそう呼ばれていたらしいけど……なに、私が子供っぽいって言いたい訳!? ケンカ売ってんのコイツ!?)」

「もしもーし」

「(……でもよく考えたら別に幼いかどうかは関係ないのか。白い私の経験を鑑みて過剰反応しちゃったけど、“ジャンヌ”って女性名に対しての愛称としては無難なのよね。それに、騎士王みたいに苗字で呼ばれるのは他人行儀で嫌だし──これはこれで距離が縮まった感じがして良いの、かしら?)」

「あの、気に入らなかったなら、取り下げるから──」

「しょーがないわねえー! センスのかけらもないありきたりな名前だけど! 仕方なく、し・か・た・な・く! 許してあげるわよ!」

「……いやだから、別に嫌なら他の考えてくるし、何なら君が決めてくれても──」

「いいって言ってんのよ、これで! それに私が考えても意味ないでしょう! あんたが考えたってのが大事なんだから!」

「──へ?」

「──あ」

「キミ、それはどういう──」

「あああああ! ほっといて何も聞かないで! あと“キミ”じゃなくて“ジャネット”!! あんたが決めたんでしょ」

「は、はあ。ごめん、()()()()()

「…………♪」






上記のようなことがあったとかなかったとか。

良いコンビだね(白目)

ではでは最後まで読んでくれてありがとナス!

感想やお気に入り、評価、ここすき、諸々の反応いつもありがとう!

特に感想は最近忙しくて返せてないけど、ちゃんと読んで千喜一憂してるから安心して!

そして今回も反応よろしくでんな。

ではではまた今度! 頑張って投稿するから見といてや!




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カントリー・ロードー3:『くだらない』




(箱イベ)やらなきゃ……いけないんだ!





 

 

 

『──ナツキちゃん、うちの弟をよろしくね』

 

『あの子の心を私は開いてあげられなかった』

 

『ずっと寂しいって、苦しいって言ってた。この世界のどこにいても、まるでそこが自分の居場所じゃないみたいに』

 

『気づいていても、どうしようもないことってあるものね。こんなときばっかりは、自分のことが嫌になるわ』

 

『だからお願い、ナツキちゃん。難しいことかもしれないけれど、あなたにお願いしたいの』

 

『多分、これは、あなただからできること……のような気がするの。根拠なんてありはしないけれど』

 

『あの子の()()()になってあげて』

 

金糸のような髪に、青空のような瞳。穏やかなまなざしと花のような笑顔を覚えている。初恋の人の顔づくりをそのまま女性にしたような見た目のその人は、シロガネ家を訪れた私の前に現れた。

 

勉強は得意ではないし、運動もお世辞にも得意とは言えない人だった。いろんなことを習得するのに人並み以上の時間がかかるとこぼす彼女は、その美貌に反して自信なさげで。しかしそれでも、笑いを絶やさなかった。

 

──けれども。少なくとも私にとっては。彼女は誰よりも優しくて、誰よりもつよい思いやりを内に秘めていて、そして誰よりもきれいに笑う人だった。

 

名を銀杏(しろがねあんず)と言った。私の親友、シロガネハズムの姉として生きた人だった。

 

もう、二度と会えることのない、私の憧れの人でもある。

 

いつかの子供時代。まだなにも知らない無邪気な私に。無邪気でも、心に影を落としていた私に。世界がどれだけ美しいかを教えてくれたことを私はいまだに忘れない。そして私に、大切な何かを託してくれたことも。

 

10年以上が経った今でも、色褪せない記憶の一つだ。

 

 

 

──でもなぜ、今になってこんな夢を見るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も今日とて険しい道のりを進んだ。岩肌の露出した荒野は、照り付けるかんかんとした日差しでまるでフライパンのように熱されていて、私もジョンさんもあと少しでウェルダン・ステーキになるところだった。夕方近くにまた森林に足を踏み入れてからはそうした日差しも遮られ、楽なほうではあったけれど。

 

湿度が高いことからくるじめじめした日本の暑さとは全然違う、ただ太陽熱の暴力によってなされる熱さにはこの数日体験し続けてもいまだに慣れない。自分が今までとは全然違う場所にいる──そうした認識を私の心に植え付けるだけだ。

 

ジョンさんの話では明後日には例の最前線が見えてくるだろうとのことだった。そしてそこに近づくに比例して、ケルト兵の数が増えてくるだろうとも伝えられた。当たり前の話だった。それぞれの勢力が鎬を削る場所に近づく以上は覚悟していたことだった。

 

ケルト兵の勢力圏に近づくことには、予想外に恐怖を感じなかった。戦いなんて経験したことのない日本人特有の平和ボケが残っているのかもしれない。なんにせよ、今の私にとって心の大半を占めていたのは、そうした戦士たちに命を獲られるかもしれないという不安ではなく、もっと別の事柄だったのだ。

 

「ほら、今日もさっさと食って、さっさと寝るんだな。この不味い食料ともあと少しの付き合いだ、そう考えると寂しくなってくるか?」

 

そう冗談めかして瓶詰を渡してくるジョンさん。私はそれを受け取りながら、「まさか」と返す。

 

「こんなご飯とは早くお別れしたいぐらいです」

 

「は、違いない。しかし悲報だ、逃げた先の西海岸に対した飯はねえぞ。それより勝ってるのは温かいところくらいかね」

 

「うげ、そんなあ」

 

「ははは、ま、この戦争に勝つまでの辛抱だな。そしたらお前も故郷に帰ってたらふくうまいもん食えるだろうさ……」

 

「……」

 

彼の言葉に考え込む。戦争に勝ったら、とそう希望的未来を語るくせに大してその未来を望ましいとも思ってなさそうな顔をみながら。

 

手に持った不味い食料は腐敗防止に水分が抜かれているのだろう、羽のように軽い。この物体と別れることになんの感傷も沸きはしないが、ジョンさんと別れることに対してはそうではない。

 

明後日には最前線に到着する。だとすれば、そこに私を送り届けた後、彼はいったいどうするのだろうか。私と出会うまで敵地の真ん中にいた彼は、いったいどんな目的を持っていて、どこに帰ろうとしているのだろう。私はなんにも彼のことを知らなかった。

 

このままいけば、明後日にはお別れの時がくるだろう。それまで私は、彼の名前だけしか知らずにいるのだろうか。その名前さえ、()()()()()()()()()()()()()

 

「──戦争が終わったら、ジョンさんはどうするんですか」

 

気づけばそんなことを聴いていた。彼にとってそれが聞かれたくないことだろうというのは分かっていた。彼は、私を助けてくれる恩人だが、きっとまともな人じゃない。だって彼は私がよく知っている表情をしている。私の青春時代、いつだって目の前にしていた男の子と同じ顔だ。

 

「──そうだなあ、とりあえず酒をあびるほど飲んで、ぐっすり寝るよ。戦争が終わればさすがに貴重な酒の備蓄も開放してくれるだろう。もう何ヶ月も飲んでなくってなあ」

 

たった数日の付き合いであっても、わかることというのはあった。例えばそれは、今この人が嘘をついていることだとか。酒を飲みたい気持ちも、眠りたい気持ちも、きっとあるのだろう。それでもそれを投げうってよいと思えるほどの何かが彼の中にあるのは、間違いなかった。

 

「嘘、ですよね」

 

「──あん? まさか、本当さ」

 

「じゃあ、聞き方を変えます。あなたは、()()西()()()()()()()()、いったいどうするつもりなんですか?」

 

「……」

 

「ジョンさんの言った通り、この辺りは全てがケルトの勢力圏だった。未だにケルト兵以外の人々に出会っていない。連れ出そうとしてくれていることには、感謝してもしきれません。でも、じゃあなんで、そんな危険な場所にジョンさんは一人でいたんですか?」

 

「……」

 

「大量の食糧だけをもって、なんであの荒野にあなたはいたんですか? あなたの目的は何ですか? あなたは、全てが終わったら()()()()()つもり──」

 

「ナツキ」

 

そう名前だけを呼ばれた。有無を言わさない表情だった。

 

「人の事情にはあまり踏み込まないことだ。特に、こんな物騒な世の中では」

 

「でも、私は」

 

「お前さんがお優しいことは分かるが、だからこそ、やめとけ。くだらない感傷に振り回されるな。他人の事なんて気にする余裕もねえ癖に、聞いて何ができる……何もできずに後悔するだけだ」

 

「くだらないなんて、そんなことは」

 

「あるのさ」

 

ため息をつきながら、彼は焚火を鉄の棒でつつく。燃え盛る薪の一つが、パキリと音を立てて崩れた。ぶわりとひと時の間火の粉が大きく舞った。

 

日本ではあまり見ない背の高い樹木たちの間から、月の光が覗いた。その光がジョンさんの疲れ果てた顔立ちを横から照らした。光の先、際立つ闇からは猛禽たちの視線とホーホーという気の抜けた鳴き声だけが顔を出した。

 

しばしの沈黙の後に、ジョンさんは口を開いた。

 

只人(ただひと)に何ができたものかよ。できたのなら、こんなことにはなっちゃいないさ。だからまあ、やめとけよ。ナツキ、お前も自分が特別なんかじゃないって、わかっているだろう」

 

「……それは、ええ、そうですね」

 

「俺たちはこういう時代の大きな流れに抗うことはできない。いいや、抗う奴から終わるのさ。愛だとか、優しさだとか、そういう綺麗に見えるもんに酔った奴から、終わるんだ」

 

「──だから、愛も、優しさも、くだらないって言うんですか?」

 

「少なくとも、こういうどうしようもない時代では、くだらないと思うね。だってそういうのは、相対的なもんで、絶対的なもんじゃないから。あの時に俺たち開拓者が、愛する家族を養うために彼らの故郷を奪ったように」

 

「……」

 

「俺は多分あの時、愛に酔っていたのさ。だから当然のしっぺ返しが来た。奪った何かで養い築いたものを、横から奪われた。ただそれだけの、当たり前の話で」

 

「そう、でしょうか」

 

「ああ。覚えておくといい、ナツキ。いつだって悲劇って言うのは、“美しい想い”から始まるらしい。だから俺は、くだらないって思うよ。今となっては」

 

しゃべりすぎたな、と彼は言った。乾いた喉に水を流し込み、そうして空っぽになった水瓶をそこらに放ったかと思うと、彼は外套を毛布代わりにして横になった。これで話は終わりだ、という言外の拒絶を感じた。

 

ぱちぱちと、薪が弾ける音だけが響いた。私はしばらくはじっとジョンさんを眺めていたが、大して反応が返ってこないことがわかると、諦めて彼に背を向け横になった。

 

心は“こんな中途半端な会話で寝れるか!”と叫んでいたが、歩き続けでクタクタの身体は眠気に従順だった。すぐに瞼が重くなって、思考が鈍重になり、意識が落ちる。

 

 

 

「──教えて欲しいさ、俺だって。()()()()()()()()()なんて」

 

 

 

そんなつぶやきが果たして本当に発せられたものだったのか。今となっては、分からないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるところに、ウィリアム・シルバーという男がいた。

 

彼は、最近になって母国の西海の先に発見された新大陸に上陸した。森を拓き、土地を耕し、邪魔者がいれば排除して、そうしたことを職務とする典型的な開拓者の一人だった。

 

彼には、美人で家事上手で肝っ玉のある完璧な妻と、健康で明るく元気な娘がいた。彼はそんな、自分にはもったいないほどの家族を深く愛し、家族も彼を愛した。彼の生活は順風満帆だった。

 

ある日、彼は騒がしい外の様子に叩き起こされた。家族三人で幸せに眠っていたそのベッドから起き上がって見る景色は、まるで地獄のようであった。自分たちが築き上げた街が、燃え上がっていた。東からやってきた開拓者たちが作り上げた、彼らだけの故郷は、さらに東からやってきた侵略者──ケルトの軍勢によって滅ぼされた。

 

ウィリアムは銃を手にして、家族と共に逃げた。道中では同じ開拓者仲間たちと群れを作り、できうる限り戦力を整えて、西へ西へと逃げた。即座に逃げたために当然、家も財産も何もかもを亡くしたウィリアムだったが、それに執着したばかりに死んだ愚か者を知っていては、その行いが間違いだとは思えなかった。

 

それにウィリアムは、どんなにひもじい生活を送ることになろうとも、家族がいれば耐えていける気がしていた。そしてそれは家族にとっても同じで、彼らはお互いのことが一番大切だった。

 

彼らはきっと大丈夫だと信じていた。そしてその考えは間違っていなかった。きっと彼らは西の先、今では大統王エジソンが収める土地まで入り込めれば、忙しく貧しくとも、幸せな生活を送れていたことだろう。

 

──けれどそうはならなかった。

 

だからこの話はこれでおしまいなのだ。

 

守る者(William)”の名を持ちながら、何も守れなかった愚かな男の、くだらない昔話など。

 

きっと一銭にもなりはしない、ありふれた悲劇に違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

ジョンは俺たちの間じゃありふれた偽名だった。

 

だから、そう名乗ることにしたのさ。

 

ありふれた凡人っていうのが聞いただけでわかるようにするために。

 

──ウィリアム・シルバーは、間違いなくあの時に死んだのだから。

 

 

 







最後まで読んでくれてありがとナス!

いつも評価、感想、お気に入り、ここすき、色々とありがとう!

そして今回もよろしくね!

ではでは、また今度!


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