変態は下ネタを言いたい (下ネタ万歳)
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1話

 ______風が頬に当たる。

 

 

 ______体に熱が篭る。

 

 

 ______息が次第に荒れていく。

 

 

 心地よい快感、 心地よい体感、 心地よい温感。

 自身の一挙一動がすべての悦に繋がっていくこの感覚。言葉で表現できないほどの快楽が脳を蹂躙し、思考を放棄させる。

 疾く翔けろ、 疾く翔けろ、 疾く翔けろ。

 己の脳から体へ命令を伝達させながら、足を動かすスピードを上げていく。誰もいない早朝の街中を、厚顔無恥な様態で駆け回る。時には塀を駆け上がり、時には建物から建物へと飛び移り、時には3メートル以上の高さから落下する。全身の筋肉を酷使させながら、道なき道を駆け巡るその動きは、最早一般人が出せるそれではなかった。

 しかし男は止まらない。止まる事を知らない。誰が呼び掛けようと今の彼へは届かない。数年前から始めた毎日行う朝の運動。運動から始める1日に高揚感を覚えてから、ずっと続けているルーティン。止められるものは誰もいない。自分を認知する人は誰一人としてここにはいない。それでも男は興奮を覚えずにはいられなかった。運動に興奮などと言う単語は不適切かもしれないが、男に取ってまさに今、「興奮」と言う二文字が全身を支配していた。電気が体中に迸る感覚。気を抜けば叫びたくなるような上ずった気分。

 男はまさに絶頂に達そうとしていた。

 それは早朝に行う運動がもたらしている効果なのか、

 

 

 

 それとも顔に被っている“パンツ”の効果なのか。

 

 

 

 男が駆ける速度は緩まることを知らず、その引き締まった肉体が空を切る。誰も知らない、誰も理解できない男の奇行。これが、この物語の主人公である。

 

 

***

 

 

 

「お前、早朝の“あれ”はやめろと言っただろう」

 

 野太い声で一人の男性に告げるのは、ここ秀知院学園で生徒会長を務める白銀御行という男。目つきが悪く、そのうち人を視線だけで殺してしまいそうな顔をしているが、内面はとても清く優しい性格をしている。

 対して白銀に苛つきをぶつけられているのは秀知院学園生徒会で庶務を務める金髪の男性。目元は柔らかく、誰もが彼を一目見れば容姿端麗、慈眉善目、容貌魁偉と手放しで褒め称えるほど、美しい容姿の持ち主である。見た目は清廉そのものであり、一般人が見れば第一印象「白馬の王子様」と言っても可笑しくないのだが、何分この男の内面は腐っている。白銀が見た目は少し強面で中身は優しいギャップ性があるのだとすれば、この男は外見女子の夢を体現したようなものだが内面が変態という残念仕様。

 そんな庶務である彼がなぜ会長である白銀に苦言を漏らされているのかというと、それは今日の早朝にまで遡る。

 白銀が早朝の勉強をしている時だった。日が昇り初め、朝の清廉な空気でも吸おうかと考えて外に出てみれば、一人の見知った男が目を疑うような速さで、屋根伝いに走っていたのだ。それだけならばまだ見過ごそうと思えた。屋根伝いを走っている所などは、すごく注意してやりたい所だが、パルクールの練習と思えば、まだ許容してやってもいいと思うことはできた。

 しかし、そうは出来なかった。

 どこから盗んできたのか分からないピンクのショーツ。どこに脱ぎ捨てたのか(はたまた最初から着ていなかったのか分からないが)、謎に白いブリーフしか装着していない薄すぎる装備。誰が見ても、誰に聞いても、それはまさしく変態の所業でしか無かった。

 白銀が頭を抱えているのにはさらに理由があり、これを見たのは一度や二度ではないということだ。このままでは秀知院学園の生徒会から犯罪者が出てしまう。と言うより、もうすでに半分出ているようなものである。これ以上の被害は阻止しなければいけないのだが、如何せんこの庶務は悪びれも無い様子。警察の御厄介にならないように計算していると公言しているものの、その言葉にどれだけの信が置けるのか白銀は計りかねていた。いや、信を置けたとしても、知り合いが奇行に走っているという時点で白銀は卒倒しそうである。今すぐにこの蛮行を止めさせたい。その気持ちが白銀のイラつきに拍車をかけた。

 

「やだなー、会長。やめろと言われたの二日間は自重してましたよ」

 

 乾いた笑みを漏らす庶務に、白銀は隠そうともせずに大きなため息をつく。もう何を言っても無駄な気がしたからだ。

 だが、それでも人間引いてはいけない時がある。まさに今がそれだった。この男の奇行を止めなければ生徒会長として、一人の人間として何かが終わってしまいそうな感覚がした。

 

「二日と言わず、ずっと自重しろ。お前のそれは犯罪行為だぞ」

 

「いやいや、これは歴とした自己の発露です。自分を表現することに罪状を突きつけられるなら、今頃アーティストは皆牢獄行きですよ。戦時中じゃないんですから。そもそも、現代の日本は個性というものを軽視している傾向にあり…「オーケイ、分かった。もうそこらで言い訳は十分だ」」

 

 口を無理やり挟み発言を止めてやると、庶務の男は不服そうな顔をした。

 毎度このように、白銀が男の奇行を犯罪行為だと主張しても、それに対する正当性を長々と説いてくる。一度、白銀が全てを聞いた上で論破してやろうと思い、その正当性を証明する言い訳を聞いてみたのだが、この男は喋る、喋る。止まるということを知らないのか、それとも会話というもの自体を殴り捨てているのか、男の正当性を説く主張はおよそ1時間以上に及ぶ大演説であった。それからと言うもの、白銀は彼の大演説を早々に切るようになった。

 

「兎に角だ、やめる気が無いのであれば俺としても思うところがある。あまり公にはしたく無かったが、教師に相談するのも視野に入れなければならない」

 

「それは困ります会長。この前だって、筋トレしていただけで教師に女子校生との接触禁止令を施行させられたのに」

 

 男の言っていることは半分正しく、半分間違った情報である。

 この男のいう筋トレとは、正しく腕立て伏せの事を言っているのだが、しかし、問題はそれを行う際の格好と場所にあった。この男、秀知院学園の校舎内で正々堂々、逃げも隠れもせず、上半身裸で腕立て伏せを行ったのだ。しかも中庭で。側から見れば、立派な性犯罪者であり、ただの露出狂ではあるが、なまじ顔とスタイルが抜群に良いため、一部のやばーい女生徒たちからは人気を博している光景であった。

 

「お前の場合、ただの筋トレじゃないだろ。後、その女子校生の間違い方は作為を感じるからやめろ」

 

「とりあえずですね会長。これ以上目を付けられては自分の野望が叶えられません。どうかご慈悲を」

 

 土下座をする勢いで許しを乞う庶務。一体、この変態男のどこからそんな誠意が出てくるのか甚だ疑問ではあるが、白銀はそれを見るなり、「してやったり」と言った表情になった。

 

「ほう、それでは俺の言う事を聞く気になったと言う事だな?」

 

「はい、早朝のランニングはしばらくの間、自重いたします」

 

 素直に答える庶務の男。

 

「他にも俺が奇行と判断したものは全て取りやめる。約束できるか?」

 

「勿論ですとも。庶務の座に誓い、会長の望がまま自分を諫めてみせましょう」

 

 白銀はそれを聞いて安堵の声を漏らした。最初からこうしていればよかったのだと思ったのだ。あまり、先生に告発すると言う脅しは使いたく無かった白銀だが、こうなってしまっては致し方がないと思っている。庶務の男のためにも、ここで矯正しておかなければ、この男は間違った方向へ直走り続けてしまうからだろう。それは白銀と言う男からしたら、とても心苦しいと思わずにはいられなかった。

 

「そういえば、今日は誰も来ないのですか?」

 

 一通りの約束事が終わり、庶務の男も安心したのか、そういえば誰の声もしない事にようやく気がついた。生徒会室に入るなり、白銀に苦言を漏らされたから、室内に気を配る暇はなかったせいだ。

 白銀は男のその質問を聞いて、思い出すような素振りを見せながら、他の生徒会メンバーについて喋った。

 

「ああ、四宮も藤原書紀も先に部活のほうに顔を出してから来るそうだ。石上会計は仕事を持ち帰ってすると言っていたな」

 

「そうなんですね。残念です」

 

 嫌な予感がする。この男と無駄に付き合いが長い白銀は一発でそれを読み取った。

 しかし、この世には触らぬ神に祟りなしと言う言事がある。無駄にここでその理由を聞いて、後々きかなければ良かったと後悔するくらいならば、ここでは聞き流すのが最善と言えるだろう。だが、白銀にはそれができなかった。自分の気になっている四宮かぐやの名前が出たからには、一応この男が何を言うのか聞かなければならない。もしかしたら、自分の知らない有益な情報が手に入るかもしれないのだから。

 

「一応聞くが……、何が残念なんだ」

 

「そりゃ、かぐやさんや千花さんを視姦できない事がですよ。女性を視姦するのは男の性。オナニーと一緒で、オカズが目の前にあるならその場で息子を解放してやるべきです」

 

「お前の欲望はいつも解放されてるけどな」

 

 後悔先に立たず。やはりこの庶務はただの変態野郎で、口にすることは全てセックスかそれに付随する話しかできない生き物であると、白銀は再認識した。

 そんな時、一人の子ウサギが変態の狩場に入り込む。

 

「あ、会長たち今何を話していたんですか?」

 

 藤原千花。生徒会書記としてメンバーになってから、日に日に庶務からのセクハラを受け、今では立派な性知識の図書館と成り果ててしまった可哀想な才女。家では少女漫画すら親の検問が入ると言うのに、生徒会では庶務のせいでノー審査のまま性知識が跋扈するため、男との夢や希望を忘れてしまった女である。

 

「藤原書紀か。部活の方は済んだのか?」

 

「はい。部員の皆さんには挨拶をしてきましたので」

 

「千花さん。こんにちは。今日も可愛いですね」

 

「あ、いたんですか庶務君。それ以上私に近づかないでください。防犯ブザーが鳴り響きますよ」

 

 白銀にはきちんと返事をしていたのに、庶務が挨拶をするとこの反応。明らかに好感度に差が出ている。

 だが、庶務はそんな事を気にしない。藤原がいくら冷たい態度を取ろうと、この男にはダメージは一切入らない。と言うよりも、逆に庶務は

 

「成る程、今日はそう言うプレイか……」

 

 興奮していた。

 身を捩らせながら頬を朱色に染め、藤原の冷たい眼差しを一心不乱に受け止める。今、第三者が生徒会へ入ってきたならば、きっとこう思うだろう。ここは新手の風俗店かと。

 

「会長。彼を黙らせてください」

 

「それは無理だ。それすらもこいつは喜ぶ」

 

「あぁ、こうやって一方的に罵られるプレイも悪くありませんね……」ゾクゾク

 

「いっそのことこのコップ口に詰めますか? 一生喋れないように」

 

「ブレーキ踏め、藤原」

 

 藤原からの罵声を一通り楽しめたのか、庶務は捩らせていた身を正し、一つ咳払いをすると、無理やり場の空気を変える。相変わらず藤原は地に這い蹲う蟻を見るかのような視線を送っているが、庶務には気にならなかった。むしろ勃起するほどに興奮していた。

 そんな庶務は白銀のところに置いてある資料を見ながら質問をする。

 

「千花さんも来たことですし、さっさと仕事を始めてしまいましょう。白銀会長。今日はどれくらい仕事がありますか?」

 

 その質問に白銀もそろそろ仕事モードに入ろうと考え、いくつかの書類をピックアップして庶務に渡した。

 

「そうだな、大体これらの資料を作成すれば今日の分は終わりだ」

 

「ならば、さっさと終わらしてしまいましょう。自分帰って見たいものがあるので」

 

 にへらと笑う庶務役員。この男はなまじ外見がいいだけに、このような半端な笑顔を浮かべても大抵の女は悩殺してしまうほどに格好いい。それこそ、彼と釣り合うのはトップアイドルや、トップ女優だけなのではないかと思わせるほどに美形だった。

 だからこそ騙される。目の前にいるのが変態男であると言う事を、生徒会メンバーですら、つい忘れてしまう。それゆえ、白銀は無警戒に、純粋に、ほんの少しの興味で質問してしまった。

 

「見たいもの?なんだ。今日はそんな面白い番組でもやっているのか?」

 

「いえ、今日友達から新作のA V借りたんですよ。どうやらアナ●●ァックが凄いらしくて、今から興奮が抑えきれません。よかったら見てみます?妹さんと見ればいい会話の種になりますよ。ついでに、違う種も撒かれるかも」

 

「すまん。聞いた俺がバカだった。だからそのA Vと箱ティッシュしまえ」

 

 鞄から、先ほど言っていた借りてきたのだろうA Vと箱ティッシュを嬉々とした表情で見せびらかした庶務を白銀は必死に止めた。今ここでそんなものを出しているのを見られては、生徒会長としての、男としての面子が丸潰れである。その証拠に、こっそりとやり取りを見守っていた藤原は、また新しい性知識がアップデートされたのか、顔面の色を赤と青に忙しくなく変えていた。

白銀が本当に見たがっていない事を自覚した庶務は、仕方がないと諦め、それを名残惜しそうに鞄の中に戻す。それを確認した白銀も安堵のため息をついて、目頭を揉んだ。

 

「これは定例会議のための資料ですね。いつも通りに作成して構いませんか?」

 

「ああ。できたら見せてくれ。捺印する」

 

「分かりました」

 

 二人が真面目な仕事の話をしていたおかげで戻ってくることができたのか、先ほどまでの顔面点滅を終え、藤原が元気よく会話に参入してきた。

 

「それじゃー、私は紅茶入れますね。さっき部活の子からディンブラの茶葉を貰ったんですよ。美味しいですよ」

 

 その言葉に庶務が反応する。誰が聞いても、何もおかしくもない藤原の言葉に、庶務だけは耳をピクリと動かして、顔を徐にあげた。

 

「ほう、僕がA Vを借りたのに対して、千花さんは部活の子からディルドを。確かにそれは美味しそうですね。じゅるり」

 

「違いますよ!どうやったらディンブラをそう聞き間違えられるんですか!?」

 

 紅茶の種類であるディンブラをアダルトグッズのディルドと間違える庶務。ここまでくると、これは立派な病気なのかもしれない。

 流石の悪癖に白銀も聞いていられなくなったのか、書類作成していた手を止めて、庶務の方へと苦言を漏らす。

 

「全く。なんでも下ネタに変換するのはお前の悪癖だ。その癖直したほうがいいぞ」

 

 その言葉を聞いた庶務は顔を暗くして、落ち込んだような雰囲気で言葉を紡いだ。

 

「……そう言われましても、人の性癖はそうそう変われないですよ」

 

「だからと言ってこのままにしておくと、世間体が危ぶまれるだろ。生徒会の面子にも関わる」

 

「うーん。確かに皆さんに迷惑をかけるわけにもいきません。何かいい案はありませんかね」

 

「はい!」

 

 庶務が本当に困ったような顔でそう言うと、藤原は待っていましたと言わんばかりに手をあげた。

 その元気のいい言葉に白銀も、これはいい意見が出るかもしれないと期待を込め、解決策の提案を催促してみる。しかし、藤原にそんな気の利くようなアイディアなんてあるわけがなく、彼女は無慈悲に問題の解消案を提示した。

 

「藤原何かいい案があるのか」

 

「一生庶務君が喋らなければいいと思います!」

 

だが、藤原のその提案は、マゾ性質にも明るい庶務にとって格好のオカズであり、実行してみたときの事を考えた彼は身をくねらせる。

 

「あぁ……」ゾクゾク

 

「そこ、新しい扉を開くんじゃ無い」

 

 白銀がそう徐に突っ込むと、先ほどまで走らせていたペンを机に置く。

 庶務のことは秀知院学園入学前から知っていた白銀。彼に喋るなという事を言っても、どうせ喜ぶだけでロクな効果は期待できず、それどころか、より一層変態度に拍車がかかった奇行に走るという事を白銀は既に知っていた。というよりも既に実施済みであった。

 

「そうもいかん。喋らさないのは流石に可哀想だ」

 

「そうですね。上の口を封じられたら、下の口で喋るかもしれません」

 

「よし、話が進まないからお前はしばらく黙れ」

 

 口を開けば下ネタしか言わない庶務に先ほどは「黙らせるのは可哀想」と言った白銀は問答無用で会長権限を使い黙らせる。まさに、「人に簡単に死ねとかいうやつは死ね!」と同じくらい自己の発言を顧みていない台詞である。

 庶務は白銀に言われた通り、口にチャックをするジェスチャーをした後、静かに自分が任された仕事に取り掛かった。

 

「庶務君の悪癖を矯正するのは無理ですよ。彼のこれは今に始まったことじゃありません。前からそれについて話し合ってきましたが、何も解決しなかったじゃ無いですか」

 

 藤原の言うとおり、何もこれが初めての試みではなかった。前述した通り、黙らせると言う解消案は結果はともかくとして既に検証済みである。他にも縄で縛りつける、口にガムテープを貼る、ジブリを見せて心を浄化させるなど、多くの解消案を検証してみたが、今のところどれも成功した試しが無かった。

 それゆえに藤原は諦めていた。この王子様フェイスをした庶務が、白馬の王子様というイメージ像を全てぶち壊してくれた事を相当恨めしく思いながらも、藤原はそのイメージを修復する事を諦めていた。今なら彼女は少女漫画に出てくる貴公子キャラを見たとしても、それは単なる奇行師キャラにしか見えない事であろう。それほど庶務の影響力は凄まじいのである。

 

「そうは言うがな。本当にこのままでは危ないと思うんだ。まだ俺たちの周りだけで、この調子なら目を瞑っていられるが、いつかはここも無くなる。その時に今のままでは苦労してしまうだろ?」

 

「そうですけど……」

 

 白銀の言うとおり、庶務の変態言動は止まることを知らない。彼と関わったことのある者であれば、その稀有なキャラクター性を忘れることは不可能に近い事から、変態=庶務と結びつけられること間違いなしと言った具合に顔を知られている。その証拠に、現在秀知院学園での異名は数知れず「生徒会庶務」から始まり、「歩く18禁」「変態マイスター」「下ネタ製造機」「露出狂」「アナ●●ックス名人」「生徒会役員共」など様々である。

 

「会長としてそれは見過ごせない。生徒会メンバーの問題は、生徒会長の俺の問題でもある」

 

 そう豪語する白銀も大分疲弊はしてきていた。それでも昔からの馴染みということもあり、庶務をなんとかしてやりたいという気持ちも人一倍でかい。生徒会長という役職のせいもあるだろうが、白銀一個人としても、なんとかしてやりたいという気持ちに嘘はなかった。

 そのため、藤原も何か思うところがあったのだろう。手を忙しなく揉みながら、照れたように思いに耽る。彼女だって庶務の矯正を諦めていただけで、直らなくていいやなどと考えているわけでは無い。どうせなら、その変態性を直してもらって、本当の、ちょっと強引な王子様キャラに転職してくれるなら願ったりかなったりである。藤原もそう言った点では一般人の女子と何ら変わらない少女思考であった。

 

「じゃあ、下ネタは一日一度までと言うルールで過ごさせるのはどうですか?」

 

 思いついたように提案するのは回数制限。ダイエットや貯金と同じく、無駄に高い理想を持ったものは撃沈するのが世の常。急がば回れということわざがあるように、急いで物事を成し遂げようとするのであれば、地道にコツコツ確実にというのが一番である。そのため、藤原は何も明日からすぐにまともな人間になるのではなく、一ヶ月、又は数ヶ月をかけて矯正していく案を提案した。

 

「ふむ、回数制限か。悪く無い」

 

「今までは一気に全部を禁止すさせようとしていましたが、それは無理だと思うので、少し甘いルールにすればいけると思うんですよ」

 

「試してみる価値はあるか。庶務会員、沈黙を破っていいぞ。聞いていた通りだ、俺たちといる間、お前の下ネタ許容回数は一度だけ。それ以上言った場合、何かペナルティを設ける。できるな?」

 

 白銀がルールの確認をするために庶務に話しかける。庶務は少し楽しんでいた沈黙プレイを名残惜しそうに終えると、仕事を進める手を止めずに片手間で返事をした。

 

「そりゃ、出来ますよ。自分が理性の働かない獣だと思われているのは心外です」

 

「「理性の理の字も見当たらないやつが何を……」」

 

 庶務の返事に白銀と藤原が呆れていると、何かあったのか、庶務がパッと顔をあげる。

 

「あ、そうだ。さっき仕事をしていて分からない点があったのですが、これどうすればいいですか?」

 

 そう言って渡された書類を見て、白銀は一発で自分を仕事モードに変換させる。

 庶務のような変態が何故このような生徒の模範となるべき生徒会に所属できているのか。それは一重に前生徒会メンバーからの継続ということもあるが、何より庶務はこのように真面目に仕事が出来た。書類作成を頼めば人の半分の時間で行うし、会計審査を頼めば全て暗算で行って瞬時に会計処理をしてしまう。また、ちょっとした雑用などを頼んでみても、彼の業務達成の質と速さは異常であった。

 頭の回転はどんなことでも下ネタに瞬時に変換することからも見て分かる通り早く、雑用などに使う身体能力は毎朝のランニングや奇行などを繰り返すうちに洗練されていた。ゆえに、変態という属性のおかげで元々ハイスペックだった彼はさらに磨きが掛かり超ハイスペックになってしまったというわけだ。前生徒会の時から、その異常な有能性を見ていた白銀は変態というところを差し引いても、彼を自分の生徒会に欲した。

 と、まあこんな風に庶務の存在理由は色々とあるのだ。

 

 白銀は渡された書類にざっと目を通してみるが、なんてことはない、前々月の書類にも似たような事があったため、そちらを確認させるべく白銀は指示を下ろした。

 

「ん?ここか、ここは確か前々月の例と同じだから、その書類を確認してみてくれ」

 

「分かりました」

 

 庶務はそう言っていつもの定例会議の書類をしまってあるファイルを取るために腰を上げる。真正面に座っていた藤原はピクリと肩を震わせ、庶務の一挙一動を警戒していた。

 

「千花さん、そんな警戒しなくても何もしませんよ」

 

 晴々とした笑顔。しかし、その笑顔の裏に一般人では想像できないような変態思考回路が潜んでいると思うと、藤原は震えずにはいられなかった。こうやって向き合っている今でも、庶務は藤原の事を頭の中であんなことやこんな事をしているかも知れない。

 

「何もしなくても、ナニをされるかもしれないじゃないですか、庶務君に!」

 

 流石にその考えが少し恐ろしくなったのか、藤原は大きな声でそう言うが、言われた当人である庶務はどこ吹く風。乾いた笑みを浮かべながら受け流す。

 

「ははは、ピリピリしないでください。もしかして、めでたい日ですか?」

 

 それがスイッチの入るきっかけだった。

 藤原は棚に置いてある両手一杯で抱えられそうなトロフィーを必死に持ち上げ、庶務を殴殺しようと躙り寄る。

 

「待て藤原! 死ぬから! それ流石に人が死ぬから!!?」

 

 白銀の言葉で落ち着いた藤原はトロフィーを元の位置に戻し、庶務は何もなかったようにファイルから前々月の書類を取り出した。

 

「とりあえず、これで一回です! もうこれ以上は許されません! 次言ったら、庶務君がさっき言ってた借りたエッチなD V Dを破壊します!」

 

 友達から借りた最新作のA V破壊。それが、今回のペナルティだった。

 あまりの衝撃に流石の庶務も驚きを隠せないのか、先ほどまで忙しなく書類作成していた手からペンがこぼれ落ちる。まるで、稲妻にでも撃たれたかのような、その衝撃具合に流石の藤原も笑顔になった。藤原に少しだけS性質が芽生えつつあった。

 

「なん……だと……」

 

 放心状態の庶務を見て、流石に現物で脅迫するのは可哀想だと思っていた白銀だったが、ここまでしないと最早どうすることもできないと思い黙認することにする。

 

(まあ、ここまで脅せば流石のこいつも、これ以上は下ネタは言わないだろう。あまり脅迫は好かんが、最初からこうすれば良かった。それに、あのA V普通に学校に持ち込んだらダメなやつだしな)

 

 しかしそうはならなかった。

 

「千花さん、自分は千花さんのそう言う誰にも曲げることのできない真っ直ぐなところが好きです」

 

 それは唐突だった。庶務は腰を上げるなり、自分の真正面に座っていた藤原の横に腰かけたのだ。

 

「な、なんですか急に!媚びてきてもダメですから!」

 

「いえ、媚びるなんて。僕はただ純粋で人の本質を思いやれる千花さんは素晴らしい人だなって思ってるだけです」

 

 哀愁を漂わせた王子様顔。目の前の男が変態という事を忘れさせてしまうほど、客観的に見ている白銀を黙らせるほどの破壊力。それを直接食らってしまった藤原も流石に言葉に覇気がこもらない。

 

「そ、そうですよ悪いのは庶務君なんですから!」

 

「はい、全くもって弁明の余地もございません。ですが、やはり。千花さんが自分のためを思って叱ってくれるその気持ちは嬉しいのです。千花さんからすれば鬱陶しいことこの上ないかもしれませんが、それでも、この気持ちは抑えられません」

 

 胸をギュッと握りしめて見せる庶務のその動きに、誰もが目を奪われる。あたかも、演劇を見ているかのような、いや、演劇に配役されてしまったかのような錯覚さえ覚えるこの現況に、藤原は顔を真っ赤に染めるほかできなかった。

 

「はわわわ!そんな、そんなことを言われても困ります!」

 

「いえいえ、千花さんは本当に美しいですよ。自分はあなたの瞳を見るたびに胸の高鳴りが止まなくなるのです。今ではこうして仕事も手につかなくなってしまうほどに」

 

 そう言って、とどめと言わんばかりに、庶務は藤原の手をそっと握りしめる。指と指を交じり合わせて握るそれは、まさしく恋人繋ぎと言われる握り方である。

 白銀はそれを興味津々と言った風にガン見する。いつの日にか、自分の思い人である四宮かぐやに同じ事をするために、その女子をときめかせる挙動を必死に学習していた。具体的には、手を握るまでの秒数や、細かい仕草の列挙、顔と顔の距離を目測など、白銀の頭の中で多大な演算が行われている。

 

「そ、率直言われると悪い気はしませんね」

 

「こんな自分の軽い言葉で照れてくださるなんて、千花さんは美しい上に優しいですね」

 

 庶務もその誰もがイケメンと評する顔を赤く染める。

 

「庶務君……」

 

 やや情熱的な呼びかけ。それに呼応するかの如く庶務も藤原の名前をしっとりした声で呼ぶ。

 

「千花さん……」

 

 だが、忘れてはいけない。この男にまともという言葉は一切存在しない。そんな生半可なものが、このS Sの主人公に君臨できるわけがない。ここは、まさしく変態の倉庫、変態のための物語、変態の挙動を楽しむだけの快楽の掃き溜め。それ故に、この後庶務の取る行動は誰しも予想していた通りの奇行であった。

 

「千花さん、よければ自分と……夜の運動会をしませんか?」

 

「「……」」

 

 流れる静寂。それを破ろうと藤原は一閃、庶務を言葉の刃で切り裂いた。

 

「庶務君のそう言うところホント死ねばいいのにって思う」

 

「え!? なんでですか!?」

 

 四宮用に学習していた白銀も白けたのか、作業を続けるため既に書類へと視線を向けていた。

 

「残念を体現したかのような人間だな」

 

「どう言う事ですか、白銀会長!? 自分の何がいけなかったんですか!?」

 

「「生まれてきたこと」」

 

「うわーん! この人でなし! 初体験の際に中折れする呪いをかけてやります!」

 

 そう言って妙に実際に起こると面倒ごとになりそうな呪いをかけようとする庶務の隣を藤原はすり抜けると、庶務の鞄からA Vを取り出して彼の目の前で容赦無く踏み砕いた。

 

「とりあえず、約束通り庶務君の持っていたエッチなD V Dは壊しますね。校則違反ですし。えい」

 

「な、なんてことをぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!! あんまりだぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 これから起こるのは、彼が紡ぎ上げる最低で汚い物語である。

 変態が築き上げるどうしようもない下のストーリー。

 生徒会庶務は変態である。今回はそれだけ覚えていただければ構いません。

 

 

 本日の被害:友達から借りたAV

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間後

庶務「A V踏み砕かれた……」

桃「そりゃ、お前が悪い」

 




一話、読んでいただきありがとうございます。
こんな調子でお話を続けていこうと思うので、応援の方よろしくお願いします。








ヒロイン等の候補は決めていますが、それをヒロインにするか悩み中です。
タグ付けしている人たちが候補生。
ルート別にしようか模索中。


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1.5話

閑話休題。
少しのおやすみ話。


 ある日の放課後。龍珠は一人屋上でスマホゲームに勤しんでいた。

 特にゲームをしなければいけない理由があるわけではない。家に帰ってゲームすればと言われてしまえばそれまでだが、彼女にそれをする気はなかった。

 彼女の目的はただ一つ。一人の男がここに訪れて、いつものようにどうでもいいような会話をする事。いつも不定期に現れては、フラッと消えてしまう、そんな神出鬼没の男を心なしか待ち望んでいた。

 そのために彼女は自分の出現スポットを固定していた。そうすれば、自分を求めてやってくる男が、自分のことを簡単に見つけることができるからだ。相手が神出鬼没だというのなら、自分がその出る位置を固定してやればいい。そうすれば、あとは勝手に不定期に現れてくれる。そう言った、策略で彼女は毎日放課後、自分の陣地と言わんばかりに屋上を占領していた。

 

 龍珠がゲームをしていると、屋上の扉が開かれる音が聞こえる。龍珠は誰が来たのか瞬時に理解すると、スマホの画面をブラックアウトさせ、扉のほうにぬるりと視線を向けた。

 視線の先には龍珠が待ち焦がれていた男が一人、片手に大きな白い塊の入った透明のゴム袋のようなものをぶら下げている。男の顔は嬉々としていて、それが常人とは比べようも無いほどの端正な容姿をより際立たせいていた。

 男は龍珠が自分のことに気付いてくれた事が分かったのか、先ほどよりも笑顔の度合いがさらに増す。龍珠もそれを見て、相手に気づかれない程度に顔を綻ばせた。決して気恥ずかしいとか、笑っているのがバレたくないとかそう言った意味で龍珠は笑顔を隠しているわけでは無い。ただ、ここで破顔してしまうと、これから先、これからずっと歯止めが効かなくなってしまいそうで嫌だった。

 

「桃ちゃん、桃ちゃん。これ見てどう思う?」

 

 嬉しそうに、純粋な子供が宝石箱を見せびらかすかのように差し出されたのは白い塊が入った透明なゴム袋。一体何を見せられているのか龍珠自身何一つとして理解できないが、それでも彼が嬉しそうなのだからその気持ちだけでも共感してあげようと考えた。

 

「すごく、大きいな……」

 

 龍珠のそれを聞いて、満足したのか目の前の男はより一層口角を上げる。

 キラキラとしたその表情が眩くて、綺麗で、星空のようで、龍珠はただ目を細めることしかできなかった。

 

「でしょ?すごいよね、これが文明の利器ってやつだよ」

 

 息を荒くさせながら、興奮した口調で話す男に龍珠は上体を起こして、愛想笑いを浮かべた。本当の笑いを浮かべることはできなくても、こうやって作った笑みを前面に浮かべることはできる。

 龍珠はそろそろ男の持っている透明のゴム袋がなんなのか気になって、それを指差して尋ねてみる。

 

「で、それなに?」

 

 男は龍珠のその質問に、さも当然のことを聞かれたときのような平坦な声で答えを教えてやった。

 

「え、コンドームに飲むヨーグルトを限界まで入れたもの」

 

 下ネタ。女子であれば誰もが引いてしまうほどの奇行。だが、それでも龍珠はそれに慣れ親しんでいた。今更この程度の奇行を見せられたところで何も思わないほどに彼女の思考は壊れているし、男の背景を知りすぎていた。

 だから、龍珠はなんでも無いような顔で下ネタに答える。その下ネタをさらに加速させる。龍珠はいつだって彼のことを肯定し、彼のことを承認する。それが自分の役割だと言わんばかりに、傲慢に不遜に答えてみせる。それが龍珠と生徒会庶務の男の関係性だった。

 

「そっか、じゃあ次は濃いカルピスでもぶっ込んでみなよ」

 

 今日も今日とて、龍珠桃は変態の彼を咎めない。

 



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