エヴァ体験系 (栄光)
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本編(アニメ第一話~旧劇場版)
使徒、襲来 (改)


導入部分を大きく改訂
使徒の侵攻ルートをアニメ描写と地図を参照し、独自設定。


 目が覚めると、そこはエヴァンゲリオンの世界だった。

 元戦車乗り、現28歳会社員の俺は、14歳の碇シンジの体に憑依してしまった!

 

 “東海地方を中心に特別非常事態宣言が発令されました、住民は直ちに最寄りのシェルターへ……”

 

 で、お前今何してるかっていうと、全線運休の小田原駅から人っ子一人いない街に出てトボトボ歩いている。

 暑い、ちょうど6月の梅雨に入りそうな初夏の蒸し暑さだ。

 なぜ、シンジ君になったのかを考えるよりも先に、どこか涼しいところで休みたかった。

 陽に灼けたアスファルト、陽炎の向こう側に青みがかった髪のあの子の影が見える。

 そこに不思議なデザインのジェット機が、甲高い爆音を響かせて飛んでいった。

 

 肩掛け鞄の中の手紙には「来い」とだけ書かれた黒塗りの書類。

 黄色いキャミソールにホットパンツ姿のお姉さんがグラビアのように前屈して写っている写真。

 胸元が空いていて胸の谷間が見えている、そこに口紅とマジック書きのメッセージが添えられていた。

 

 “シンジ君へ、ココに注目。私が迎えに行くから待っててネ”

 

 この写真は自撮りだろうか?それにしても、センスが残念な感じだ。

 俺が碇シンジ君になってしまった夢だとして、実写版になるとこんな感じなのかミサトさん。

 誰に似ているかと言われれば、中学の時の英語の先生がこんな感じだったな。

 

 情報が欲しい、スマホかメモかなんかないのか。

 ポケットを探ると、鉛筆書きの文字で乗り換え駅と待ち合わせ場所が記されたメモがあった。

 小田原駅で乗り換えて箱根湯本駅で拾ってもらう手筈だったらしい。

 

 原作シンジ君、どこに行こうとしてたんだろうな。

 

 非常事態宣言も発令されていることだし、近くのシェルターに行こう。

 今いる国道138号線の道路標識によるとここから第三新東京市は13㎞、御殿場市まで35㎞だ。

 大阪と滋賀で住んでいた俺は、ここのことを全く知らない。

 アテもなくトボトボと国道沿いのシェルターを探して歩いていたわけだが、見つからねえよ! 

 

 そもそも原作のミサトさんってどのタイミングで来たんだっけか。

 というか合流できんのかこれ? 

 

 轟音。 

 

 戦車砲とはまた違った甲高いロケット推進音、衝撃波がびりびりと襲う。

 窓ガラスや鼓膜を震わせて、頭のすぐ上を対地誘導弾がかっ飛んでいった。

 

 目標命中! 続いて撃て!

 そんなこと言ってる場合じゃねえ! こっち来た! 

 

 第3使徒の顔に5,6発直撃し火力が足りないとみるや、翼下パイロンのロケット弾ポッドを斉射する攻撃VTOL機編隊。

 俺の知ってる対戦車ヘリコプターではないが、『シン・ゴジラ』でも見た構図に思わず声が出る。

 

「やっぱり!」

 

 第参使徒は三本爪のような手を開き、赤みがかった光を放つ半透明の棒を伸ばした。

 半透明の棒? はグレーのVTOL攻撃機を貫き、主翼からティルトエンジンをもぎ取った。

 空飛んだエンジンは俺の方へと……アッ。

 

 死を認識する前に世界はゆっくりと流れて、爆発。

 

「おまたせ! 乗って!」

 

 青色のアルピーヌ・ルノーがそこに滑り込んできた。セーフ! 

 おっ、アニメ補正か頑丈なようだ。至近爆発による肺損傷、高次脳障害やらなんやらにならなくて良かったぜホント。

 爆圧と破片を受けてベッコベコの助手席ドアを開けると、黒い制服を着たミサトさんがいた。

 電気自動車になったアルピーヌは俺を乗せると、モーター音をさせて勢いよく走りだした。

 

 隣の運転席に座るリアルミサトさん……葛城ミサトは見た目だけでいえば十分美人枠だ。

 アニメを見ていて加持やら日向がミサトに想いを寄せてるようなところがあったが、わかる気がする。

 視聴者は神の視点、さらにはズボラなダメ保護者姉さんキャラで見ているが、職場で見る限りは美人女上司の葛城一尉だし、加持から言えば大学時代からの女友達でありかつて爛れた日々を過ごしたような元カノである。

 

 主人公に寄り添った視点では勝手な事ばかり言いやがって、チルドレン引き取ったんなら心のケアしてやれよと思ったわけだが、28歳独身男性の視点でいえばまあしょうがないよなと思うわけで。

 シンジ君は内向的な性格の少年で、社会に出て打たれまくって摩耗した俺みたいなアラサー元自リーマンとは違う。

 

「碇シンジです、父からの手紙で第三新東京に来ました」

「私は葛城ミサト、よろしくね」

「葛城さん、よろしくお願いします」

「ミサトで良いわよ、シンジ君」

 

 ソレっぽく短い自己紹介のあと、特に話しかけることもなくカーナビやら携帯電話やらの電子機器をボンヤリと見ていた、どうも90年代感がする。

 ミサトさんのアルピーヌ310と営業車のボロいプリウスを比べても、同じ年代の車とは思えない。

 1995年のアニメ放送当時のまま近未来化したような世界だな。

 右手にスマートフォンではない、いわゆるガラケーを持って通話を始めるミサトさん。

 相手は赤木リツコ博士だろうか、サードチルドレンの回収に成功したことと、何番搬入ゲートを開けてと言っている。

 カーナビをちらりと覗き込むと、県道732号線をずっと走っているようだ。

 この後、車がひっくり返るシーンがあったような……。

 今となってはおぼろげな原作知識で空を見ると、観測ヘリと思しきヘリコプターが一斉に使徒から距離を取っていく。

 

「N2地雷を使う気っ、伏せて!」

 

 直後、大爆発。

 山二つ分くらい遠くに炎の柱が見え、10秒後に爆風がやって来た。

 浮遊感と共にアルピーヌは横にガコン、ガコンと勢いよく転覆した。

 三点式シートベルトが腹と肩に食い込み、天地が入れ替わる。

 エアバッグはないようで宙吊りになった俺とミサトさんは、シートベルトを何とか外すと車外へ這い出す。

 

「アイタタタ、ミサトさん無事ですか?」

「無事よ、シンジ君こそどうなの」

「ベルトが食い込んだ腹が痛いくらいですかね、生きててよかった」

「それなら結構」

 

 どうやら、夢じゃなかったらしい。

 運転席側を下にして立ってるアルピーヌを起こさなきゃ、ふたりで立ち往生だ。

 いくら軽量化された車だと言っても女性と貧弱な男子中学生の体当たり程度じゃどうしようもないので、近くに転がっていた車からパンタジャッキと車載工具を拝借。

 ジャッキアップして隙間を作り、数分前まで道路のガードパイプだった棒を使ってテコの原理で車を起こす。

 アルピーヌは見るも無残な姿になっていた。

 

「うわぁ、ベッコベコやぁ」

「そうね……まだローンが残ってんのに」

 

 ウィンドガラス、フェンダー、クォーターパネル、屋根、ドアといずれのパネルも損傷し、全交換で完全に修復歴になる事故車だ。

 ここまで壊れると修理より全損廃車で新車が買えるレベルだ。

 ミサトさんはアルピーヌのローンがあと33回もと嘆いているが、しかたない。

 ローン残った車がオシャカになったら俺でもそうなる。

 

「どーしてこんな時に動かなくなんのよ!」

「メーターが光っていませんね」

 

 転がったショックで充電池が“不具合”を起こして、モーターが回らないようだ。

 応急処置として近くの電気自動車(EV)からバッテリーを掻き集めて、直結するという手段をとる。

 よく分からん規格の12Vバッテリーパックに()()()電気自動車だが、原理は同じだ。

 

 始動電圧に足りていればいいわけで、普通車なら12V、トラックとか自衛隊車両で24Vだ。

 このアルピーヌEVは24V車だったようで、中型のバッテリーを4個載せていた。

 蓄電池のラベルから性能を読み取り、どれくらいの容量が要るのかを推測する。

 後部座席に小型のバッテリーパック6個を置き、ブースターケーブルをヒューズボックス側へと噛ませる。

 

「ミサトさん、モーター減速時に()()()()するでしょうから、そんなにバッテリー要りませんよ」

「シンジ君、やけに手馴れてない?」

「こういうのは得意なんで」

 

 端子部や結線部に絶縁テープをグルグル巻き、ショートしないことを確かめてキーをひねる。

 

「よし、これでいける」

 

 そばで俺の様子を見ていたミサトさんは「へー」とか「男の子ねえ」とか言ってるが原作だとあんたがやってたんだぞ。

 遥かむこうで屹立している使徒の姿に任務を思い出した彼女は車を急発進させた。

 

「もうちょっとで着くからね」

 

 N2地雷でひっくり返ってから、1時間弱。

 箱根の大深度地下空間、ジオフロントに感動するも、ミサトさんと俺はいまだに紫色の巨人に辿り着いていない。

 「もうちょっと」とは何だったのか、そう、本部施設のなかで迷子である。

 おかんむりの赤木リツコ博士がミサトさんを迎えに来るまで廊下をグルグル回るのだ。

 

「たしか、ここのフロアーを左だっけ」

「さっき通ったような。ここって案内表示とかないんですか?」

「ごめんね、まだ慣れてなくって」

 

 地下鉄駅のような作りなのに、案内看板がほぼない超不親切さよ。

 あっても『E-23』とかそんなフロア番号が壁に印字されているだけだ、自衛隊の駐屯地でももっと親切設計だぞ。

 

 さらに手すりのない動く通路が吹き抜けの中を通っていたりと結構ヤバい作りだ。

 下をちらりと見て後悔した、先が見えないくらいめちゃくちゃ高いわ。

 ここ、風にあおられて遥か下まで落ちたら原形もとどめない即死間違いなし。

 

__開口部養生、墜落事故防止措置! あるわけナシ! 

 

 そんなヤバい通路と繋がるエレベーターに戻ってくること3回目。

 そろそろ内線で呼び出そうかというところで、水着に白衣という不思議なカッコの赤木博士が仁王立ちだ。

 

「遅かったわね、葛城一尉。時間も人手もないときに」

「ごみん、迷っちゃって」

「その子が例の男の子」

「そ、マルドゥックの報告書によるサードチルドレン」

 

 不機嫌です!とばかりに、つかつかつかとやって来た赤木博士は一言いってこっちを見た。

 

「よろしくね」

「よろしくお願いします」

「この子、落ち着いてて、意外と手先が器用なのよね」

「そうなの?」

「車のバッテリーをササっと繫いじゃってねぇ」

「ちょっとした工作ぐらいしか出来ませんよ、僕」

 

 免許も何もない中学生が車のバッテリーを繫ぐのは不自然だ、原付を乗り回しているような奴ならバイクいじりで覚えたなんて言えるんだけど。

 赤木博士は意外なものを見たというような顔でこっちを見る。

 

「乾電池もバッテリーも似たようなもんだし……」

「そうね」

 

 俺たちは通路を進んで、そこからゴムボートで血のような匂いのする赤い水面を行く。

 

「初号機はどうなの」

「現在B型装備のまま冷却中」

「それホントに動くの? まだ一度も動いたことないんでしょ?」

「起動確率は0.000000001%オーナインシステムとはよく言ったものだわ」

「それって動かないってこと?」

「あら失礼ね、ゼロではなくってよ」

 

 赤木博士とミサトさんはエヴァの起動確率の話をしている。

 

「数字の上ではね、どの道、もう『動きませんでした』では済まされないのよ」

 

 そんなもんにぶっつけ本番で乗せられる身にもなってくれ……なんて思った。

 エヴァを知るはずのない俺は二人の間に入ることもなく、手渡された小冊子を黙々と読むふりをして考えていた。

 

 そもそも、俺ってシンクロできるのか? 

 

 確か、エヴァンゲリオンは母親の魂がインストールされていないと動かなかったはずで、初号機の中には碇ユイが入っている。

 だからこそ、シンジ君は初号機のパイロットになれたわけだ。

 まあ綾波レイと零号機とか、ダミープラグはどういう原理で動いているのかは分からないけど。

 原作シンジ君のメンタルとは程遠い28歳のサラリーマンが、果たしてエヴァの中の“母さん”と上手くやれるのかというと厳しい。

 なんせ俺は遺してきたひとり息子じゃない、異世界で大学を出て自衛官、転職までやってきた赤の他人の成人(オトナ)である。

 動きませんでした、の公算が高い。

 

__ロボアニメ補正、いわゆる()()()()()がなけりゃ普通は動かねえよ。

 

 俺のそんな内心などお構いなしに、状況はやって来る。

 薄暗い梯子を上り、真っ暗な部屋へと入って数秒後に照明がついた。

 

「でけえ」

 

 わかってはいたことだが、紫色の大きな顔がそこにあった。

 

「これは人の作り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオンその初号機」

 

 赤木博士がまるで台本を読み上げるかのように説明をはじめる。

 

「建造は極秘裏に行われた、我々人類の最後の切り札よ」

 

 セリフもうろ覚えな原作シンジ君はたしか、「これが父の仕事ですか?」と呼ばれた理由が分からないので父親の関係について質問するところだ。

 エヴァを動かす()()()()として呼ばれたことを知っている俺としては、この茶番がまどろっこしく感じてきた。

 

「そんな部外秘の決戦兵器を僕に見せて、どうしたいんですか?」

 

 部外の人間を引率しているのにもかかわらず、エヴァの起動確率やら現在の状況など内輪の話をペラペラとしゃべり過ぎなのだ。

 赤木博士が何か言おうとする前に、上からスピーカー越しに中年男性の声が降って来た。

 

「久しぶりだな、シンジ」

 

 見上げると、巨大な頭の向こうのガラスに人影が映っている。

 距離があって細かなところまでは見えないけれど、そこには黒い服の父親、碇ゲンドウが立っていた。

 初めて見るリアルゲンドウはグラサンや髭のせいか気難しい脚本家か、舞台監督のような風貌だ。

 

「……出撃」

 

 一言、そういったゲンドウにミサトさんが食いつく。

 

「出撃ィ? 零号機は凍結中でしょ! ……まさか、初号機を使うつもりなの?」

「ほかに道はないの。碇シンジ君、あなたが乗るのよ」

 

 赤木博士はミサトさんにそういうと、俺の方を向いて言う。

 さも当然かのように言い放つ博士に『勝手に決めてんじゃねえ』と反抗したくなるのが人の情という物だが、ここはこらえる。

 なんでもかんでも食って掛かる反抗期のリアル中学生ではないのだ。

 ミサトさんはというと一言「マジなの」というと次は博士に喰いつく。

 

「綾波レイでさえエヴァとシンクロするのに七ヵ月かかったのよ、今来たばかりのこの子にはとても無理よ」

「座っていればいいわ、それ以上は望みません」

「しかし」

「今は使徒の撃退が最優先事項です。誰であれ、わずかでもエヴァとシンクロできると思われる人間を乗せるしか方法はないの。分かるでしょう葛城一尉」

 

 赤木博士の言葉に言い返せないミサトさん、そりゃそうだ、『誰も乗れません』じゃサードインパクト一直線なんだからな。

 

__こんな見たことも聞いたこともない物に乗るなんて出来っこないよ! 

 

 シンジ君が正論を言って、ゲンドウが「乗るなら早くしろ、でなければ帰れ」というセリフを言い放つところだ。

 ここでごねたところでストレッチャーの綾波レイが担ぎ込まれてきて、乗せるための()()()()()()()という展開を知っている。

 俺だって怖い。

 

 ほんの数時間前まで建機会社の整備士だった、でも事ここまで来たらそんなことは言ってられない。

 原作シンジ君も綾波も中学生だった、俺は大人で、元自衛官だ。

 女子供を戦いに駆り出して、自分は逃げるなんてできるわけないだろうが……。

 

「あのッ」

「何?」

 

 意を決して声を上げると、赤木博士がこっちを見る。正直怖い。

 

「これに乗らないとマズイというのは十分わかりました。ところで何すればいいんですか?」

「シンジ君っ、本当にいいの? エヴァに乗るってことは、遊びじゃないのよ」

「遊びじゃないのはわかってます、なら、これのパイロットに志願します」

「よく言ったシンジ、赤木博士の説明を受けろ」

 

 ゲンドウの言葉に、赤木博士は「こっちよ、時間が無いわ」といってつかつかと別の部屋へと行く。

 ケイジを出ようとしたそのとき、ひどい揺れと轟音が俺の居た第7ケイジを襲った。

 吊っていた仮設の電灯がさっきまで俺の立っていたあたりに落ちる。

 

「奴め、ここに気づいたか……」

 

 ゲンドウの呟きがスピーカーから聞こえた、破壊光線が第三新東京市の中央、“ゼロエリア”いわゆる本部直上を捉えたらしい。

 本来の流れなら無人のエヴァがシンジ君を落下してきた電灯から庇い、乗れるということに確信を抱くシーンなのだから原作よりも早い流れで進んでいるな。

 小走りで小会議室のようなところに行くと、「最高機密」の冊子が置かれており、レバーやらなんやらの操縦用インターフェースの説明を受けた。

 そして、あれよあれよという間にエントリープラグの中に座っていた。

 

 窓ひとつない真っ暗な筒の中に座り、外の様子が全く分からないのは本能的に恐怖を感じる。

 

 太平洋戦争中、日本海軍は悪化する戦況を好転させようと様々な兵器を試作し、実用した。

 その中に人間魚雷や特殊潜航艇といった兵器があったが、今の俺はそれの搭乗員に近い。

 ハッチが閉まり、チェーンやリフトが動くようなゴロゴロ、シャンシャン音がまるで火葬の窯に送られる棺桶のような錯覚を生み出してきた。

 

 数十分にも感じた暗闇が終わると電力供給が始まり、座席近くのライティングパネルが仄かに光り始めた。

 

「停止信号プラグ、排出終了」

「了解、エントリープラグ挿入」

「プラグ固定完了、第一次接続開始」

 

 ようやくエヴァの中に挿入され、接続が始まったようでコンソールパネルが一気に明るくなる。

 

「エントリープラグ、注水」

 

 長い円筒の先から、赤っぽい水が一気に上がってきた。

 俺は反射的に逃れようとして、背もたれに阻まれた。

 ヌルッとしたオイルみたいな感触で、正直気持ち悪い。

 

「大丈夫、肺がLCLで満たされれば、空気を取り込んでくれます」

 

 ガパッ

 

 息を止める限界が来て口を開けるとLCLが体内に流れ込み、()()()

 気道の弁を抜け肺に液体が入ったものだから、胸と喉が痛い。

 これ、雑菌も一緒に肺に行って誤嚥性(ごえんせい)肺炎とかなんねえよな……。

 超クリーンルームで殺菌何回とかやっているならまだしも、学生服を着たまま乗り込んでいるのだ。

 浄化作用と不思議技術によって細菌感染症が起こらないことを信じて、俺は息を吐ききった。

 

「主電源接続」

「動力伝達」

「第二次接続に入ります、A10神経接続異常なし」

「思考原則を日本語でフィックス、初期コンタクトすべて問題なし」

「これより、双方向回路開きます」

 

 プラグの壁面が七色に輝き、その時に視神経やらなんやらとも接続が始まったらしく、よくわからない残像のようなものが見えた。

 俺はエヴァ側からの対話があるのではないかと身構えていたが、特にそういう事はないようだ。

 オペレーター、伊吹マヤちゃんの声でシンクロ率が告げられる。

 

「シンクロ率……20.4%」

「ハーモニクスには異常なし、暴走ありません」

「これって、どうなの?」

「まあまあね、一応動くことはできるわ葛城一尉」

「そう……構いませんね」

「ああ、使徒を倒さねば、我々に未来はない」

「発進!」

 

 発令所の最上段に居るゲンドウの許可を得たようで、オペレーター達は発進シークエンスを始める。

 一方、俺のシンクロ率20パーセント代、テストでいう所の赤点ぎりぎりすり抜け合格だ。

 シンジ君はたしかいきなり合格点を取っていたが、中身が俺のせいで動くかどうか怪しい状態になってしまった。

 

_これはいよいよご都合主義、暴走頼みで行かないとまずいかもしれない。

 

 ミサトさんの号令の下、拘束具が除去されたエヴァは地表までの射出ルートに乗った。

 ただ座ってるだけでいいって言ったけど、マジでただ座ってるだけで殺されかねんぞこれ……。

 長いトンネルを抜けると、そこは夜の摩天楼だった。

 

「エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!」

 

 ビルの間に屹立する黒い第三使徒、その前に要介護レベルの人型兵器立たせて歩いてみろって……無茶過ぎねえかミサトさん! 

 

「シンジ君、今は歩くことだけを考えて」

 

 赤木博士が歩くことだけを考えてと言ってるが、歩くのを意識したことなんて……あったわ。

 自衛隊に入隊してすぐ基本教練という礼式を覚える。

 左足から出し、男性自衛官の歩幅は75センチ、腕は快活に振り、前方45度後方15度、他の者と歩調を合わせて行進する。

 ……体に染みつくまでは何度こけそうになったことか。

 

 新隊員は最初に“歩き方から作り替えられていく”のだ。

 

 前へ、進めッ!

 

 俺は意識して左足を前に出す。

 

「歩いた!」

 

 一歩踏み出すだけで発令所は大騒ぎだ。

 人の作った超巨大ロボが踏み出した歴史的一歩なのだろうが、こっちはそれどころじゃない。

 基本教練のイメージと共に歩調を掛ける。

 

 ひだり、ひだり、ひだり、みぎっ!

 

 俺が思ったより緩慢に初号機は二歩目、三歩目と足を出す。

 赤木博士の「いける!」を聞いて、歩くこと以外に意識を回した。

 

「動いたのは良いけど、どうするんですか!素手で()()()()なんて聞いていませんよ!」

 

 動けば何とかなるはずと思っていたのか、それとも別の狙いがあるのかわからない。

 でも、武器一つ持たずに敵前に射出された状況において「よちよち歩けるだけ」なんて何の救いもない。

 

「シンジ君、左肩拘束具にプログナイフがあるわ、トリガーのボタンを押して」

 

 俺の声に、赤木博士は肩の拘束具の中のプログレッシブナイフを使うよう指示してきた。

 右レバーのスティックにボタンがあって、それを押すと肩のアレがパカっと開いてプログナイフがせり出す。

 

 遅いッ!

 

 サバイバルナイフ状のそれを取ろうと右手を左肩に伸ばすイメージを送るのだが、遅い! 

 俺のシンクロ率が低いせいで、第三使徒は普通に前腕を掴んできた。

 

「あああああああ!」

 

 激痛! 

 

「シンジ君! 落ち着いて、それはあなたの腕じゃないのよ!」

「エヴァの防御システムはッ!」

「シグナル作動しません!」

「フィールド、無展開!」

 

 ミサトさん、赤木博士が何か言ってるけど、感覚繋がってて痛いんだからそれは実質俺の腕じゃねえか! 

 腕が折れきる前に使徒を地面に引き倒さなくては!

 とっさに左手で使徒を抱き込んでやり、掴まれた右腕を引きながら体をひねった。 

 腕と連動して胴がついてきて、半回転、地響きと共に地面にたたきつけられる使徒(ヤツ)

 そこからマウントポジションを取って使徒の弱点である、赤い結晶体を狙って殴る。

 これがリリンの生み出した徒手格闘だ! 人間なめんな! 

 必死に殴っていると、仮面のような二つの顔がこちらを向き、眼窩の奥がキラッと輝いた。

 

 あっ! 

 




第3使徒戦の謎 (考察もどき)

よく市街地戦が御殿場市とされているが、相模湾、小田原方向から上陸した場合、第三新東京市をぐるりと迂回するコースになるのだ。
酒匂川沿いに遡上し、鮎沢川をぐるりと回り込み、御殿場市、そこから乙女峠・箱根山を越えて第三新東京市北側から侵攻してくるのである。
3話のケンスケのセリフ、「鷹巣山の爆心地」というところと整合性が取れなくなるのだ。

情報操作の偽情報ではなく、爆心地がN2地雷の事を指しているなら使徒は第三東京の南東側から侵入したことになる。

バッテリー調達後の描写で、集光ビルと芦ノ湖が左側に見えていたことから、ミサトさんは元箱根方向より本部に向かっていたことになる。

シンジ君の公衆電話シーンのあと、道路標識が写るが、御殿場まで35キロ、第三新東京市13キロとある。
設定で第三東京のある仙石原高原から13キロ、御殿場市から35キロの地点を調べると小田原近辺であった。
第三東京から離れるときに箱根湯本駅に行くことから、接続路線を見ると小田原駅がある。
そして、電車が止まったことを知ったミサトさんがシンジ君の回収に成功したのは、国道沿いだったからかもしれない。

これは2020年現在の地図、地形図アプリ等の情報を基にしたもので、ポストインパクト世界でどうだったかは定かではない。


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見知った展開

 

 真っ白い病室の中で、俺は目覚めた。

 目が覚めると、色々な作品でパロディとして登場する名言、「知らない天井だ」の天井である。

 俺の意識が戻ったのをモニターしていたのか、医師と看護師がほどなくしてやって来た。

 入院着を脱ぎ、クリーニング済みのタグが付いたビニール袋に入った学生服を着る。

 ミサトさんがこちらに来るまで待合で待つように病院職員のお姉さんに言われ、俺は病室を出た。

 

 一階の待合に向かうために廊下を歩いていると、ストレッチャーが前からやって来た。

 端に寄ってストレッチャーを通すとき、運ばれている女の子と目が合った。

 薄い青みがかったようなショートヘアーと、赤みがかった瞳の彼女は綾波レイ。

 腕には添え木に包帯、片目には眼帯が付けられ痛々しい。

 エヴァ原作二大ヒロインの一人で、この世界の謎とか裏側にガッツリかかわってる系ヒロインなのだ。

 互いに言葉を交わすこともない一瞬の邂逅だったが、なかなかに綺麗な女の子だった。

 SNSとかで見るコスプレの女の子のような不自然さではなく、窓際に座ってるクラスの綺麗な子という感じだ。

 リアル中学生の時に同じクラスに居たら片思いくらいしてたかもしれない。

 原作知識で綾波周りは要注意だということがわかるだけに、関わり方も考えないとな。

 ダミープラグや、親父の補完計画において綾波は重要な役割を持っているので、下手うてば消されるかもしれない。

 ところで、俺があっさり乗ったから綾波はエヴァの前まで行かなかったわけだが、容体はもういいのだろうか。

 とりとめもないことを考えながら歩くこと数分、待合の長椅子で壁に埋め込まれたテレビをボンヤリ見る。

 

『昨日の特別非常事態宣言ですが……』

 

 第二東京の官邸から政府発表があり、特別非常事態宣言の解除と経過についての発表だ。

 第三新東京市で大型生物の出現と大規模爆発事故が起こり、国連軍が災害派遣に出動したという内容だ。

 情報操作によるものだが、シェルターに避難していた住民たちにとっては公然の秘密であり、待合室にも“怪獣騒ぎ”でケガしたであろう人が数人座っている。

 緘口令が敷かれているのか、誰一人その話はしない。

 それでも多くの怪我人や死者が出たのは事実であり、俺は彼らに対して何の責任があるんだろう。

 学校に通うようになったら、トウジが妹のケガに憤って殴りかかってくるのだ。

 原作どおりならそういう出来事が起こるのだろうが、現実となってしまった今となっては本当にそういう展開になるかどうかも怪しい。

 “友人キャラ”だった彼らが重傷負ってたり死んでしまってたりするということもありうるのだ。

 自分勝手な話だけど、学校に行ってトウジや委員長、ケンスケが死んだと聞かされたら気分悪くなるし、知り合った誰かの親しい人が酷い目に遭ったと責められたら辛い。

 命令を出す“指揮権者”はゲンドウやミサトさんだ、補償もネルフか日本政府がするだろう。

 だけど実際に手を下すのは俺達だし場合によっては独自判断もあるだろう。

 もし、自分の過失で誰かを殺してしまったら俺は何食わぬ顔でエヴァに乗り続けられるんだろうか。

 

「シーンジ君、お疲れ様。どったの? そんな顔して」

 

 ノーテンキそうな(演技かもしれないが)声が背中から掛けられ、振り返るとミサトさんがいた。

 

「ちょっと、環境が変わりすぎて、これからどうなるのかと考えていただけですよ」

「そうなの? この後、こっちでの住居の申請とかあるから一緒に来てねん」

「はい」

「やっぱり、新しい環境ってのは不安よね」

「そうですね、うまくやってけるかなあ……とか」

「シンジ君、あーだこーだと案ずるよりなんとやらよ!」

「ミサトさんは、適応力高そうですよね」

「女の子は切り替えが上手いからね」

 

 女性は男性に比べて切り替えが上手いらしい。

 何時までも未練たらしく、元カノのことを考えるのが男なんだそうで。

 ああ、加持さんのことを言ってるのかね。

 恋愛経験もないシンジ君らしく相槌を打ち、エレベーターを待つ。

 エレベーターがやって来て戸が開くと、そこにはゲンドウが立っていた。

 お互いに驚いたのか数秒硬直するが、先に復帰したのは俺だった。

 

「お疲れ様です、お先にどうぞ」

「……ああ」

 

 上位者が乗っているエレベーターに無理に乗り込むわけにもいかないと考えた俺は、ゲンドウを先に行かせる。

 距離の取り方の分からない息子に先手を打たれて、サングラスの奥で目を丸くしたゲンドウは挨拶を返すこともなく、そうしているうちに戸が閉じて消えていった。

 コミュニケーションが苦手な親子で、シンジ君はともかくゲンドウも「不器用な人」であるらしいけど社会人としてどうなんだそれって……。

 ゲンドウに対し父と子ではなく、上級指揮官と新隊員という立場で対応した俺の姿を見てミサトさんは何かを考えているようだった。

 住民登録事務所に行って、光熱費や家賃は給与からの差し引きであるなどの説明を受ける。

 どうやら俺はジオフロントの居住区に個室を貰えるらしい。

 住民票もすでに長野県の某所から“第三東京市地下F区6番24号”に移されていた。

 

「一人で、ですか?」

「そうだ、彼の個室はこの先の第6ブロックになる。問題はあるか?」

「それでいいの? シンジ君」

「はい。むしろ気楽でいいです」

 

 やけに偉そうな口調の事務官に、中学生が単身者個室で住むことが気に入らないミサトさん。

 父親との確執があり、内向的すぎるシンジ君なら心配になるのもわかる、けど、そんな様子見せてないんだけどマジか。

 俺はゲンドウと他人だし、ゲンドウも今までシンジ君と別居しててそれが「あたりまえ」なんだから、今さらになって親子同居って流れじゃなくて良かったよ。

 

「シンジ君、一人だと寂しくならない? お姉さんと一緒に暮らすのは嫌?」

 

 住居が決まり、ほっとしてるところにミサトさんが同居を提案してきた。

 寂しい以前に女性として恥じらいとかないのかミサトさん。

 中身はともかく見かけは中学生男子であり、エロ関連にも興味持っている年頃である。

 それでなくても入浴やら洗濯物といった問題がある、男子のいるところですっぴんを晒したり、下着を部屋干しとかするわけだ。

 なにより、ミサトさんの部屋は片付けが出来なくてクッソ汚いという描写がある。

 もう一度言うけど、恥ずかしくないのかミサトさん。

 

「女性のお宅に同居って何かと不便じゃないですか? それならまだ大部屋の方が楽だと思います」

「大部屋って、どういうこと?」

「新隊員教育隊みたいな感じで10人部屋とか」

「シンジ君、やけに具体的ね。でもネルフは国連軍や戦自みたいな軍隊じゃないから」

 

 思い出すのは新隊員教育で同期たちと過ごした辛くも楽しかった日々だ。

 同じ釜の飯を食う仲間という事で漫画雑誌やエロ本の回し読みとか、猥談とかいろいろやったもんだ。

 ありえないだろうが、男女混合居室とかが行われたとしたらたぶん息がつまるだろう。

 女性は不快な思いをし、男としてもちょっとした行動ひとつでセクハラと言われるし、男女ともに気が抜けないと思う。

 性差の自覚や男女の居住区画のゾーニングは双方のために大事だと思う。

 そういった事情もあって俺はミサトさんやアスカとの同居生活を回避したいのだ。

 

「ミサトさんにだって見られたくないものはあるでしょうし、男一人暮らしの方がいいかなと思います」

「見られたくないものねえ……ふーん、シンジ君は何かあるの? エッチな本とか」

「少なくとも干してる下着とか、積まれたビールの空缶とか、独身女性の実態は見たくないですね」

「うっ……だらしないってなによ、可愛くないわねぇ!」

「ミサトさんがそうとは言ってませんよ」

 

 うぶなシンジ君なら照れてミサトさんにいじられるのだが、そこは俺だ。

 原作知識で打ち返すと必死になって言い返そうとして、普段の生活を自白していることに気づかないようだった。

 

 こうして、俺はミサトさんとの同居生活を回避することに成功した。

 だが、初日の晩は入居準備が整っていないとかなんとか理由を付けられ、ミサトさんの部屋で歓迎会なるものをやることになってしまった。

 長いリニアに乗ってネルフ本部を出て、ボロボロアルピーヌは地上のコンビニへとやって来た。

 

「あっちゃー、何にもないわね。せっかく豪勢に行こうと思ったのに」

 

 昨日の非常事態宣言から一夜明けて、弁当などの総菜はすでに棚から姿を消している。

 そりゃそうだ、みんなシェルターに避難していて物流は止まっていたし。

 ようやく外に出られた人々が食事をとろうと出来合いの物を買っていくのだからロクなものが残っているわけがない。

 それでも避難対象地域外の工場で生産されていた分はあるらしく、ちょうどコンビニの納入トラックがやって来た。

 ナンバープレートを見ると“新大阪”ナンバーだ。

 東日本大震災発災直後の時に、似たような光景をテレビなどで見たのを思い出した。

 東北、関東へとトラックに水や弁当、トイレットペーパーといった生活物資が積み込まれ、緊急派遣隊として官民問わず送り出していたようだ。

 トラックから商品の入ったメッシュコンテナが下ろされる様子に俺はミサトさんに声を掛ける。

 

「ミサトさん、ちょうど入荷したみたいですよ」

「ホントね、ラッキー!」

 

 どうやら俺たち以外にも入荷待ち勢がいたらしく、陳列棚に並ぶや否やハゲワシのように商品を掻っ攫っていく。

 ミサトさんと俺で果敢にアタックした結果おにぎり、パック飯、スパゲッティなど数点を獲得した。

 急いで獲ったはいいけれど一回の補充量が多いのかあっという間に棚が埋まっていく。

 コンビニの物資不足は昼までの話だったのか? それともこの店がネルフ直上にあるから優先的に供給されているのだろうか。

 そんな「すきあらば奪え」の静かなる食料争奪戦から少し離れた所にいた主婦の二人組が子供の疎開について話している。

 

「ホントにここが戦場になるとは思ってもみませんでしたね」

「うちも主人が私と子供だけでも避難しろってねえ」

 

 ネルフ職員の夫としては自らに課せられた任務があるから、せめて妻子だけでも安全な大阪や松代に避難させたいというが、自分や子供たちは離れたくないと思うらしい。

 大変な生活も要塞都市が完成するまでの辛抱だと言っていたが、俺はこの先に待ち受けるものを知っている。

 莫大な予算の投入と急ピッチな整備をあざ笑うかごとく、使徒は強大な力でいとも容易く踏みにじってくる。

 

 ミサトさんはそんな奥様方を横目に、会計を済ませて店を出た。

 

「ちょっち見せたいものがあるの」

 

 車で数十分。夕日の中、第三新東京市が一望できる峠道に居た。

 巨大な鏡でジオフロント内部に光を送る採光ビルが芦ノ湖のほとりに立っていて、手前には正方形の広大な空き地がいくつも並んでいてがらんとした印象を受ける。

 それ以外は山と湖があり、家や低層の建物がぽつぽつ並ぶよくある片田舎の地方都市だ。

 

「そろそろ時間ね」

 

 サイレンが鳴り響くと、正方形の空き地が開いて中からビル群が生えてきた。

 結構な勢いでせり上がったかと思うと、ある所でガシャンと止まりわずか数分で摩天楼の完成だ。

 

「凄い、ビルが生えてる」

「シンジ君、これはあなたが守った街よ」

 

 巨大な建造物がせり上がってくる光景を実際に目の当たりにすると、感動した。

 片田舎の都市からいきなり大都会へ進化したみたいな情景で、あべのハルカスのような高層建築の建物が密になっている。

 いま生えてきたアレの半分ほどは民間の建物で兵装ビルや電源ビルといった支援施設ではないらしい。

 

「あれ、出し入れする機構がめちゃくちゃ複雑で金掛かるんでしょうね」

「そうよぉ、でも戦闘時に邪魔だから装甲シャッターの下に格納されてんの」

 

 とはいっても、装甲シャッターなんてあってないようなものだろうなあ。

 使徒の光線はあっという間に地表を焼き、なかでも第14使徒の一撃は24層の特殊装甲を溶かしてジオフロント直通の通路を形成するレベルであるから被害も桁違いだ。

 戦いになれば都市機能を失っていき、最終的に疎開した人々はこれまでの生活を失うわけだ。

 これからの使徒戦と住民への被害について考えていた俺の表情を読んでか、ミサトさんは言った。

 

「シンジ君はほかの人に出来ないことをやり遂げたの、胸を張っていいのよ」

「ありがとうございます、ミサトさん」

 

 ミサトさん、胸を張ると肩が凝るんだよ。

 もう俺の双肩には責任とか、使命やらが乗っかってるの知ってるだろ。

 

 

「ちょっち散らかってるけど上がって、上がって」

「おじゃまします」

 

 日も暮れ、ミサトマンションことコンフォート17の一室にお呼ばれした俺はあまりの惨状に呻いた。

 テーブルの上にはビールの空き缶、カラの一升瓶複数、部屋の隅には出すタイミングを逸したと思われるゴミ袋、そして半開きの段ボール箱が。

 漫画的誇張だと思っていたが、リアル汚部屋かよ。

 

「ミサトさん、片付けましょう。とりあえずキッチン周りとこの机らへんは」

「とりあえずテーブルの上の缶はどっかに置いてて」

 

 俺は45Lポリ袋にエビチュビールの缶を突っ込んでいく。

 そして可燃ごみとビン・缶、ペットボトルに分別して部屋の隅に積み上げた。

 その間、ミサトさんはというと電子レンジ周りのゴミを袋に詰め、買って来た食品の温めをしていた。

 冷蔵庫の中も、ビールとつまみと酒しか入ってないため食料品は毎回食事の直前に購入しているようだった。

 

「シンジ君、ありがとう。おかげで綺麗になったわ」

「いいですよ……忙しくても前日の晩くらいにはゴミステーションに出してくださいね」

 

 ミサトさんが原作シンジ君と違う俺を同居に誘った理由って、実際はこの汚部屋を掃除させるためじゃねえだろうな。

 片付けたダイニングテーブルの上に、今日の夕飯が並ぶ。

 

「さっ、パーッとやりましょ! 食べて食べて!」

「牛缶にパック飯、総菜各種って」

 

 牛の大和煮、パックごはん、スパゲティ、パックおでん、チーズ数種類とビール。

 中学生の俺には、パックごはんのほかにパックシチューが追加されている。

 まるで演習前に配られたパック飯や増加食を夜食として“在庫処分”する営内陸士みたいな内容に苦笑いだ。

 

「ぷっはー、くうう! やっぱこの時のために人生生きてるようなモンよね!」

 

 早速ビールを開けて、勢いよく飲み干すミサトさんの様子をみてちょっと引くものを感じつつ、パック飯に箸をつけた。

 

「なあにぃ、好き嫌いはダメよ!」

「嫌いじゃないですよ、これぞ課業外って感じがするだけで」

「“課業外”ね、シンジ君って変な言葉知ってんのね」

 

 ミスった! 高校くらいまでは“放課後”というんだったか。

 社会人になると勤務に就くのを課業時間といい、どうもそれ以外は課業外と言ってしまう。

 

「どう? 楽しくない? 他の人と食事するの」

「まあ、話し相手が居るのは良いんじゃないですか」

「シンジ君、今からでもうちの子になんない?」

「それ、完全に部屋の片づけ要員じゃないですかやだー!」

「やーねぇ、片付けばっかりさせたりしないわ」

「という事は炊事洗濯も……僕、ブラとか洗ったことないですよ!」

「シンジ君のエッチ! それぐらいは自分でやるわよ」

 

 酒が入り、やたらテンションの高いミサトさんに思わず冗談の一つや二つとばす。

 彼女も寂しく、シンジ君やアスカを引き取ったのは誰かが傍にいることでそれを紛らわそうとしたのと、自分が使える使徒への復讐のコマとして見ていて手元に置いておきたかったのでは、という考察があった。

 実際、法的な保護監督者としては仕事をしていたが、心に寄りそう大人としての疑似家族にはなれなかったような気がする。

 まあ、結局のところこのお誘いは自分の為であり、エヴァを動かすパイロットをメンテナンスする為なのだ。

 

 そんな事を考えているうちに食事は終わって片づけに入っていた。

 しばらくはミサトさんの晩酌タイムに付き合っていて相槌を打って、ときどき自己紹介を兼ねた自分の話__もちろんシンジ君がやっててもおかしくない話をする。

 人とコミュニケーションを取ることが苦手な原作シンジ君にとっては大変な苦行だったに違いない。

 だってそうだろ、出会って間もないのにグイグイ来て、高圧的にエヴァに乗れとか言い出すアラサーお姉さんに勝手に同居決められた上に、「ハイ」と返事を返しても「覇気がない」とか言われるんだ。

 俺だって漫画やアニメの影響で美人なお姉さんとの同居生活に憧れた時期もあったよ、でも酔っぱらった女性の愚痴に付き合わされてる今となっちゃマジで帰りたい。

 

「そうだ、もう遅いしウチお風呂あるから入ってきなさいよ、風呂は命の洗濯よ!」

「はい、そうします……」

 

 ミサトさんへの相槌マシーン状態から脱出するために深く考えることもなく、風呂に飛びついた。

 クリーニングされた制服と一緒に袋入りの下着類もバッグに詰められていたのでそれを持って脱衣所に行き、服を脱ぐ。

 そしてドアを開けたとき、奴がいた。

 バサバサと水気を飛ばすイワトビペンギン? もとい新種の温泉ペンギンのペンペンである。

 

「クェッ!」

「お、おう」

 

 ペンペンは「ドア前に立つなよ邪魔だなあ」とでも言わんばかりにひと鳴きして、羽の先から出た三本の鉤爪で脱衣所のアコーディオンカーテンを開けて出て行った。

 

「あっ、言い忘れてたけど、その子うちの同居人の温泉ペンギンのペンペン。よろしくね」

 

 ペンペンに気を取られていたが、アコーディオンの向こうはキッチンだ。

 ミサトさんがこっちを見ていたことに気づく。

 

「シンジ君、前隠したら?」

「うわああああ」

 

 注意していたにもかかわらず、原作シンジ君同様に股間のモノをミサトさんに見せつける結果になった。

 しっかりして、俺(28)の体ではないのよ! 

 シンジ君の未発達中学生ボディであったからといって精神と人格が入っていればそれは俺の体では? ……まるでエヴァだな。

 股間を女性にまじまじと見られれば恥ずかしくもなるものだ。

 湯船に浸かり、羞恥心と“借り物”の肉体について考える。

 俺の魂は何処から来て、どうしてアニメ世界の少年の肉体に憑依することになったのだろうか。

 思い出すのは昨晩の光景だ。

 遠くで男性オペレーターの声が聞こえる。

 

 

「初号機、頭部に光線直撃」

「シンクログラフ逆転、パルスが逆流しています」

「回路遮断、せき止めてっ!」

「ダメです、信号受け付けません!」

「シンジ君は!」

「コクピットモニターできません、パイロットの生死不明」

 

 発令所の声だろうか、ぼんやりした意識の中でみんなが騒いでる。

 手が、脚がピクリとも動かない。

 俺、死ぬのかな。

 そして、暗いエントリープラグの中に青い炎が灯ったようなものを見た。

 

 ワタシハ、アナタ。

 アナタハ、ワタシ。

 

 エヴァに見せられている風景だろうか、見覚えのない電車の中に俺は座っていた。

 

 アナタハ、ダレ

 

 俺は〇〇〇〇、〇〇〇だ。

 

 俺がシンジではないことに気づいた何者かは姿こそ見えないが、こちらを覗き込むような雰囲気で問いかけてくる。

 どうしてだか、ここでシンジであると認めたくなかった。

 こんなところで俺が俺であるというアイデンティティを喪失した場合、何が起こるか分からなくて怖い。

 吐息が掛かりそうなほど近くから声が聞こえるのだが、対応を誤ればおそらく同化、もしくは自意識の消滅だろうな。

 

 アナタハ、ダレ

 

 俺は、〇〇〇〇。

 

 アナタハ、ダレ

 

 俺は〇〇〇〇、今の俺は……碇シンジだ。

 

 そして、数回目の問いかけ。

 ついに根負けした俺は自分がシンジであることを認めた。

 

 でも俺は〇〇〇〇なんだ、誰か、初号機の中に居るんだろ。

 ……だったらさ、この身体のシンジ君だけでも守ってやってくれよ。

 テレビ版を見た、漫画版を読んだ、劇場版を見た、新劇場版を見た。

 なにがQだよ!

 

 ことごとくシンジ君は理不尽で、ひどい目にあう。

 学者の父と母は目の前からいきなり居なくなり、久々に呼び出されたと思いきや決戦兵器に乗せられ上司は自分の都合ばっかりで説明も無し。

 同僚の女の子にはライバル視から結構強く当たられ、最後は世界崩壊の引き金を意図せず引かされてしまう。

 

 こんなクソみたいな世界でも頑張って来たんだ。

 二十何年間、辛いことも沢山あったけどまあまあ平凡な人生の俺からすればシンジ君はよくやったよ。

 頼むからさ、シンジ君を守る力を俺に貸してくれよ。

 

「心配ないわ、私はあなたを守るもの」

 

 えっ? 

 

 教室で居眠りをしたときに、脚がビクンと跳ね上がって机を蹴って目覚めることがある。

 あんな感じで俺が目覚めたとき、目の前は夜空だった。

 至近距離から光線を喰らった初号機は仰向けに倒れていたのだ。

 それを見下ろすように立つ第三使徒。

 

 ウオオオオオン! 

 

 さっきのヘッドショットのお返しとばかりに跳ね起きると飛び蹴りをかます。

 

「エヴァ初号機再起動!」

「まさか、暴走!」

 

 外部画像が網膜に投影されエヴァが暴走状態になっているのを中から見ている。

 

 ヴウウウゥ! 

 

 飛び蹴りをもろに喰らってのけぞったヤツはオレンジ色のバリア、A.T.フィールドを展開した。

 大振りで殴りかかった初号機はA.T.フィールドに阻まれて演武みたいに止まる。

 

「目標A.T.フィールド展開!」

「ダメだわ、A.T.フィールドがある限り近づけない!」

 

 怒りの初号機は壁があるなら引き裂いてやるとばかりに、手をかけてこじ開けるような動作をする。

 

「初号機も逆位相のA.T.フィールド展開、位相空間を中和していきます!」

「いえ、相手のフィールドを侵食しているのよ」

 

 使徒も黙って見ているわけでなく、眼窩の奥に光を宿し始める。

 だが、初号機がA.T.フィールドを破り捨てるほうが早く、拳が顔に目掛けて放たれた。

 甲高い悲鳴と砕ける仮面。

 しかし、細い腕を伸ばして初号機の頭を掴もうとする。

 使徒の右腕をバシッと振り払うと、初号機はショルダータックルをガラ空きの胴にかまして吹き飛ばした。

 数棟のビルを巻き添えに転がった使徒に近づいていき、殴打を始める初号機。

 

 

 もはやこれまでと悟ったのか手足をぐにゃりと変化させ、初号機を抱き込もうとする。

 ヤバい、コイツ自爆するぞ! 

 早くコアを潰してくれ初号機! 

 

 エヴァに向けて強く念じる。それを聞いたのか初号機は仮面からコアへと矛先を変えた。

 

 砕けろ! 砕けろ! 砕けろっ! 

 体表が泡立ち始めてコアがボコボコ膨張する直前にいきなり、使徒の動きが止まった。

 自爆直前に殲滅できた……のか? 

 使徒の殲滅を見届けたように、初号機の活動が止まった。

 そして強烈な頭痛が遅れて俺を襲い、余りの激痛に俺の意識はプツリと途切れた。

 

 至近距離から頭を光線で吹っ飛ばされて顔面の皮を削がれたような状態から復活して、暴走。

 人間で例えるなら拳銃で鼻から上を吹っ飛ばされ額の骨が見えている状態から復活、アクロバティックな動きで殴り合いをやったのだ、よくショック死しなかったな俺。

 風呂から上がると、もう時間は22時。寝るにはいい頃合いだ。

 

「お風呂、ありがとうございます。ところでどこで寝たらいいですか」

「そうねぇ、シンジ君の部屋は奥の左側よん」

 

 そう言うと入れ替わるようにミサトさんが脱衣所に入っていった。

 ベッドが一つ置かれた部屋はちょっと埃っぽく、段ボールが積まれていたが相変わらずゴミの多いリビングで寝ろと言われなかったぶんだけマシか。

 

 というか、ミサトさんは和室の敷布団で寝ているわけで、急に呼んだにしては準備いいな。

 多分、サードチルドレンとして呼び出した段階で確定路線だったのかな。

 孤独感のある生活から呼び出して、第三新東京に来たところで葛城一尉が引き取り、監視しながら動向をコントロールするという流れだ。

 イレギュラーがあるとすれば俺がひとり暮らしを押し通し、事前調査と少し違った価値観で動いていることだろうな。

 このシンジ君憑依体験がいつまで続くのかわからないけど、その時まで自分が生き残るために僅かな原作知識と社会人の意識でちょっとでもマシな世界にしてやるか。

 

 自分の主たる目的を認識した俺は、ベッドに寝そべってシンジ君の愛用していたSDATのイヤホンを着ける。

 

「ここも知らない天井だ」

 

 言ってみたかったセリフを言い、再生ボタンを押すとカセットテープが回り出す。

 セカンドインパクトで技術が停滞して、こちらの世界ではMP3拡張子を使った音楽ファイル式メディアプレイヤーなんて出ていないようだ。

 メタな話をするならここが95年のアニメが元ネタの世界だからだが、俺の持ってたウォークマンとは世代があまりにも違い過ぎた。

 

 カチリ、ウィーン

 

 入っていた音楽を聞き終るとカセットをB面にする。

 チープなイヤホンから流れる曲と、カセットテープの懐かしさを感じる再生音に、いつの間にか眠っていた。

 



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存在意義

 ミサトマンションでの歓迎会から数日が経った。

 引っ越し作業で段ボール4個分しか私物ないのかとドン引きしたり、射撃訓練をやったりする間に転入手続きがされていたようで、第三新東京市立の第壱中学校に通うことになった。

 

 実年齢28にもなって2度目の中学校生活に俺はワクワクしていた。 

 数学とか、英語の文法なんて一般曹候補生の試験以降使った(ためし)がない。

 そういったこともあって、授業はそのうちかったるくなってくるだろうけどな。

 

 地図を片手にFブロックの自宅から出て、旧市街のほうの中学校まで向かう。

 カッターナイフのようなビルがいくつもそそり立つ要塞都市の外には昔ながらの民家や商店が立ち並ぶ地方都市が広がっている。

 ここが鋭角で近未来の“第三新東京市”になる前の佇まいがなんとも郷愁を誘った。

 

「転校生を紹介する、碇君、入りなさい」

「はい」

 

 俺は職員室で持ってきた書類を見せ、そこで学年主任の先生から学校生活の説明を受けるとホームルーム中の教室へと入って行った。

 黒板の前に立つと、クラス中の好奇の視線が集中する。

 ざっと目を通すと後ろの方の席にメガネと茶色がかった髪の少年がおり、黒髪にリボンが似合うお下げの少女もいた。

 しかし、ジャージに身を包んだ彼はまだ登校してきていないのか居ない。

 

「親の都合で、こちらに引っ越してきた碇シンジです。よろしくお願いします」

 

 当たり障りのない自己紹介をして、空いている席に座る。

 机の上には、ちょっと分厚いノートパソコンが置かれており、それで授業を受けるらしい。

 近未来的ィ! と言いたいところだが、この手の共用パソコンの性能は何とも言えないものだ。

 起動が遅い、学校サーバーへの接続に時間がかかる……大学時代のパワーポイントやら何やらを使った授業を思い出す。

 ウィンドウズ10に慣れていた俺は、未知のOSに困惑しながらもなんとか授業に参加することができた。

 限定的なチャット機能とかついてるみたいだが、授業中に手紙を回すアレみたいなことにならないんだろうか。

 女子がよくそんなことをしていたな、なんて思っていると案の定通知画面が開く。

 

 碇君があのロボットのパイロットってホント? Y / N

 

 ここでイエスと答えたら原作同様、注目を浴びた後にトウジに殴られる。

 しかし、数日前に公然の秘密となってしまったとはいえ、エヴァの運用は()()()()()()だし口外しちゃだめだな。

 秘密の保全意識から俺の手は“N”を打ち込み、松代からきたネルフの関係者家族という事にする。

 一応、嘘はついていない。

 エヴァは()()()()であり()()()()ではないし、総司令の実子であるのだから()()()()()だ。

 とくに前者は気を付けないと赤木博士に猛烈に抗議もとい講義されることになってしまう。

 露骨にがっかりしたような様子を見せるケンスケ。

 

 休み時間になり、男女ともに何人かのクラスメイトに話しかけられ、気づけば気安く話せる人ができていた。

 シンジ君はなかなかに美少年であり、周りの人を惹き付ける効果があった。

 しかし、家庭環境があまりにもひどすぎた。

 

 “ヒトの生きた証”を求め、息子と夫を置いて自分の思うがままにエヴァに消えた碇ユイ。

 ゲヒルンの業務上過失致死で妻殺しの汚名を着たゲンドウと、その評判から冷たい親類。

 漫画版の描写では預けられた“先生”の家でも一線を引かれていた。

 そんな小学生時代を送ってたらああなるな。

 

 ひどい環境(仕組まれた物かも)と対人恐怖と不信が彼を孤立させ、根暗イメージを作ってしまっていたのだろう。

 笑顔で挨拶のできる美少年転校生、シンジ君には趣味がある。

 そう、散歩のついでに自販機でよく分からない飲み物を買ってみるという誰でも出来そうな趣味だ。

 

「ネルフとコラボしたUCC缶もあるんだって~」

「へえ、今度探してみようかな」

「碇君、お父さんに頼んであげようか?」

「僕もネルフ施設の近くに住んでるから、買いに行けると思う」

 

 こっちで流行ってるテレビやゲームの話題がわからなかったので、俺は引っ越してきて早々に見た変なジュースのネタをクラスメイトに振ったのだ。

 すると、意外に好感触だったようで、第三新東京市の自販機には色々変な飲み物がある事を教えてもらった。

 “砂漠の嵐”とかそういうパロディ商品みたいなやつと“ナタデココINおしるこ”みたいな不思議ドリンクが多い。

 ……第三新東京市ではナタデココブームでもあるのだろうか。

 

「あっ、もう授業始まっちゃうな」

「碇も色々飲むんだな、つぎは俺のとっておき教えてやるよ」

「碇君、またお話ししよーね!」

「うん、じゃあ次の休み時間に!」

 

 こうして、とっつきやすく明るいシンジ君は好意的に受け入れられて半日もすればクラスでもまあまあの人気者ポジションとなった。

 クラスメイト達と話すようになってアニメではモブ生徒だった彼、彼女らにも人生があり、生活がある生きた人間だと認識し始めていた。

 戦闘が起こってこのクラスの誰かが巻き添えで死んだら俺はおそらく落ち込むし、泣くかもしれない。

 顔見知りになるという事は、そういうことなんだろう。

 平時なら「何をバカなことを、中二病乙」で済むかもしれないが、ここは戦場になる街なんだから俺含む誰かが数日後に死ぬ可能性は十分あるのだ。

 

 学校で中学生としてワイワイやって、ネルフ本部でシンクロテストをしてから帰宅する。

 そんな生活を始めて数日後、昼前になってようやく黒いジャージの彼が登校してきた。

 

「おはようさん、なんや見いへん顔やな……」

「おはようございます、転校してきた碇シンジです」

「おう、ワシは鈴原トウジや」

 

 バッチリと目が合って自己紹介をするが、元気がない。

 そこにケンスケがやってきて、登校してきたトウジの様子に気づいた。

 

「トウジ、どうしてたんだよ」

「妹がな、ケガしてもうてな……病院への見舞いや」

「アレかぁ」

「そうや、逃げとるところに破片が落ちてな」

 

 トウジの妹は使徒襲来時にケガをしたらしく、その見舞いがあったところを見ると結構な重傷らしい。

 転校と使徒襲来のタイミングが合っていることで、ケンスケはまだ俺がエヴァパイロットではないかと疑っているようで、意味深な目線を送って来た。

 

「そういえば、碇はあの日に何があったか知ってる?」

「僕は親父に呼び出されて、N2地雷の爆発とかの中で避難したよ」

「N2地雷?」

「昼過ぎに山の方でドカンと火柱が立って、爆風でひどい目に遭ったぜ」

「ワシの妹が怪我したのは夜なんや、ロボットが足元も見いへんと殴り合いやっとったわ」

「ちょっと、トウジ!」

 

 ケンスケが慌てて止めに入ろうとするが、怒りのトウジは怪我した状況について語り出す。

 使徒を地面に引き倒し、マウントポジションを取ってコアを殴りつけている時だ……。

 どうやら、シェルターがその近くにあったらしく強度の限界から移動指示が出たという。

 俺がヘッドショットを喰らう直前に、シェルター付近のコンクリ壁が度重なる衝撃で剥離して飛散、運悪くも脱出しようとしたトウジの妹サクラに当たったと。

 その時使徒を殴ってた俺も責められるだろうけど、使徒戦を前提とするシェルターの耐震性とか設計にも問題あるだろ。

 

「転校生、ホンマはオノレがパイロットちゃうんか」

「関わりがないと言えば嘘になるな、場所を変えよう」

 

 授業を終えた俺は話しかけてきた三人のクラスメイトに断りを入れて、渡り廊下に居た。

 結果をいうと、俺はトウジに力いっぱい殴られた。

 

「今度から、よう足元見て戦えや」

「やっぱり、パイロットだったんだな」

 

 やり場のない怒りを発散して去っていくトウジ、ケンスケはその後ろについて行く。

 俺は何も言わず、頬をさする。

 怒っている人に言い訳がましくなにかを言うのはかえって怒りの炎に油を注ぐようなものである。

 あと、ミリタリー趣味を続けるならケンスケは「保全教育上、秘密を喋れない」という答えに行きついて欲しいものだ。

 熱くなった頬を風に当てて、口の中に血の味を感じているところに綾波レイがやって来た。

 

「非常呼集、私、行くから」

 

 綾波に続いて駆け出すと迎えの車に飛び乗り、ネルフ本部に急行する。

 赤黒いイカのような第四使徒が伊豆諸島方面から来襲したのだ。

 原作ではシェルターから抜け出したトウジとケンスケをプラグに同乗させ、命令違反で突撃したアイツだ。

 

 今回よりミサトさん……葛城一尉と共に作戦会議に参加する。

 どうして参加することが認められたかというと、偵察情報もなしに“いきなり接敵”がいかに無謀かと訴えたのである。

 攻撃手段はともかくとして、せめてコアの位置や移動形態といった外観上の特徴だけでも知らないと厳しい。

 俺には原作知識こそあるが、命令を下す葛城一尉や分析に入る赤木博士には前情報が一切ないのだ。

 決死の訴えに最初こそ困惑していたものの、射撃訓練や戦闘訓練をするたびに説得力が出てきたのかようやく許可されることとなった。

 こうした布石を打っておかないと、次の第5使徒戦で即射出からの釜茹でとなる。

 

「税金の無駄遣いね」

「この世には弾を消費しとかないと困る人たちがいるのよ」

「いや、艦砲うん十発喰らって平然と飛んでるアイツがデタラメなんじゃないですか」

 

 赤木博士が冷たく言い放ち、葛城一尉は国連軍の出動に嫌味で返す。

 元自衛官で心情としては国連軍の74式戦車乗員に近い俺はイラッとし、思わず口を挟む。

 

 例え敵性体が化け物であったとしても侵略、国民の生命・財産を侵害するならば、何かしら対応して“国の平和を守る”のが軍人・自衛官の存在意義なのだ。

 ネルフの表向きの存在意義は使徒の撃滅だが、裏の顔は補完計画の実行機関だから、出動についてとやかく言われたくないんだよなあ。

 

 中継画面の向こうの使徒は擬装35㎜機関砲どころか105㎜戦車砲、127㎜単装速射砲の射撃を浴びてなお悠々と飛んでいる。

 丸みを帯びた胴体部には避弾経始(ひだんけいし)の作用があるのか、砲弾が結構弾かれているようだ。

 

 74式戦車の装弾筒付翼安定徹甲弾(そうだんとうつきよくあんていてっこうだん)は実際に撃ったことがあるのでいかに敵がデタラメな硬さを持っているかわかる。

 APFSDSは1,490m/sで飛び、ユゴニオ弾性限界を超える超高圧で押し付けられた弾芯が装甲を()()()させ溶かしもって貫くのだ。

 十字の穴を遥か2キロ先の的に穿つ避弾経始もほぼ役に立たない戦車砲弾や護衛艦の艦砲である127㎜5インチ砲弾を数十発喰らって耐えているんだから、エヴァの携行火器ごときで抜けはしないだろう。

 

 同期と見に行った“シン・ゴジラ”でも思ったけど、リアリティある実在装備を比較対象にする方法はつくづくよく出来てると思うよ。

 「戦車は噛ませ犬じゃない」と息巻いてた俺たちも、見ていて「あんなもん勝てるか!」という結論に達したものだ。

 

 

 

 地上設置型の無人砲塔群や戦車大隊の集中射が止むと、いよいよ第三新東京市の外縁に奴はいた。

 何かの気配を感じたのか飛行姿勢から立ち上がって、腹の節足を蠢かせながら辺りを警戒しているようだ。

 

「シンジ君、射出後に兵装ビルからパレットライフルを取って射撃、良いわね」

「コアを重点的に射撃ですね」

「そうよ、効果がなかったらその時に追って指示するわ」

「了解」

「エヴァ初号機、発進!」

 

 初号機が地表に着くと俺は兵装ビルからせり出したパレットライフルを手に取って装備する。

 何十回目かのシンクロテストにより、シンクロ率は35パーセントを超えた。

 暴走前の対話以降シンクロ率が見る見るうちに上がっていき、40パーセント近い今、動きもだいぶ滑らかになっている。

 訓練でやった通り、直立している目標のコアをセンターに入れてスイッチ。

 

「目標、正面の()、三点射、てっ!」

 

 引き金を引ききらず、小刻みに三発ずつ撃つ三点制限射撃で狙う。

 コアに数発命中したものの効果はなくて、怒ったのか第四使徒は光る触手のようなものを振り回し始めた。

 思わず飛びのくと、そこに触手がやってきて兵装ビルをズバッと輪切りにした。

 そこから牽制射撃をするも、使徒の体表で劣化ウラン弾芯が砕けて煙が上がるだけだ。

 

「葛城一尉、射撃するも効果見られず、次の指示を!」

「シンジ君、そこから2ブロック東に兵装ビルがあるからそこで……」

 

 新しい武器をという言葉を聞く前に、エヴァは武器を失った。

 振り下ろされた触手がパレットライフルの銃身を両断したのだ。その流れで近くの迎撃ミサイルビルが砕ける。

 2本の触手をブンブンと振り回し、ガンやビルといった遮蔽物を切り裂く威力を持つために近接しての攻撃は困難。

 

 まいったね。

 原作シンジ君の“腹で止めてコアを突く”戦法が最善手に思えるくらいに。

 

 第四使徒は何かを探すような素振りではなく、明確に邪魔者を消そうと初号機を狙ってきている。

 初号機の動きに合わせて触手を振りかぶり、薙ぎ払うように攻撃してくる。

 ビル一棟を身代わりにして避けたとたん、コンソール内の電源警報装置が残時間表示と共に鳴り始める。

 

「初号機、アンビリカルケーブル断線!」

「ケーブル断線! 指示を乞う!」

 

 男性オペレーターの声と、俺の声が被った。

 背中のソケットに電源を供給している電源ビルが触手でやられたのだ。

 

「そこから南のE-5区画に電源ビルがあるからそこで再接続!」

「了解、それまで何かでアイツの気を引けませんかっ!」

 

 大縄跳びで、回転する縄に飛び込むには回転の周期を掴む必要がある。

 そこでアイツの振り回しかたを確認し、触手先端がビルに当たるまでの時間を数えるとおおむね3秒弱のラグがある。

 シンクロ率38.2パーセント、ハーモニクス正常の(エヴァ)じゃ逃げ出すモーションでズバンだ。

 ミサトさんの言う電源ビルまでたどり着けない。

 ただ、奴は左右一方向に一度振ったら“振り抜くまで触手の動きは変わらない”のだ。

 それこそ縄跳びの綱と同じで、やり過ごせば一定時間安全地帯が生まれるッ……。

 

「何か、何かっ……ミ、ミサトさん速射砲っ!」

「わかったわ! 近くの迎撃ビルを作動させて!」

 

 時間がない、内蔵電源の残りは3分45秒を切った。

 

 作戦中は階級で呼ぶというのを忘れるほどに俺は焦っていた。

 ビル影に潜む俺に左からの一撃を与えようと奴は触手を振り上げた。

 

「サン、ニ、イチ、今っ!」

 

 弾かれるように走り出して左からの一撃を回避、このままでは右から来る触手に捉えられる。

 その時、毎分120発の連射速度で射撃できるイタリア製のスーパーラピッド砲が一斉指向して火を噴く。

 ビルに据え付けられた4門の無人砲塔から放たれる76㎜砲弾がコア周りに集中することで注意が逸れた。

 使徒に対する威力こそないものの目つぶし程度には機能し、逃げる背中を打ちすえようとしていたヤツは鬱陶(うっとう)しそうに攻撃のあった場所を探る。

 

 走りながらコネクターをパージ、そして電源ビルについている新しいコネクターを接続。残り時間1分11秒。滑り込みセーフだ。

 4門の76㎜速射砲が弾切れを起こしたタイミングで、迎撃ビルは使徒の反撃を受けて炎上した。

 

「第21速射砲ビル沈黙!」

 

 電力は解決した、だが、使徒殲滅の決定打が無い。

 兵装ビルから武器を取ったところで、最初のパレットライフルによる射撃の焼き直しにしか過ぎない。

 近隣の迎撃ビル群は未完成の物が多く、数少ない完成品もあの一瞬のために粉砕された物かしかない。

 いよいよ手詰まりかな。

 

「葛城一尉、援護射撃の下で使徒に肉薄してこれを撃破する作戦を現場判断から進言いたします」

「シンジ君、それは無茶だわ。いったん最寄りの回収口から後退して」

「アイツの位置取り的におそらく、回収地点に辿り着く前に背中からやられます」

「そうね……」

 

 退却、肉薄攻撃どちらにしても敵の触手攻撃を浴びる。

 動きのノロいエヴァではかわし切れないし、銃火器も効果が認められないときた。

 葛城一尉もその事実がわかるだけに言葉に詰まる。

 もはやこれまでか、そのときオペレーターの日向マコトが声を上げた。

 

「戦略航空団が近接航空支援を打診してきていますがどうされますか?」

 

 どうやら、偵察機による情報で初号機の苦戦ぶりが伝わったのか国連軍の航空自衛隊部隊が支援を打診してきているようだ。

 通信画面で発令所内にあるホットラインの受話器を取ったミサトさんが、司令に確認を取る様子が見える。

 ちらりと見上げると、遠くの空に偵察ポッドを懸架したRF-4EJ偵察機やOP-3C哨戒機が飛んでいるのが見えた。

 今となっては懐かしい緑と茶の森林迷彩塗装、グレーと白のツートン塗装から航空自衛隊、海上自衛隊機とわかる。

 両方とも画像情報の収集や長距離監視のために飛ぶ機体だ。

 OP-3CやRF-4に向かって手を振ってみるが、そこに触手が来て慌てて飛びのく。

 

 

「構わん、やりたまえ」

「ありがとうございます……シンジ君、肉薄攻撃を許可します」

 

 総司令の許可が下り、国連軍航空隊の士官との打ち合わせの最中に俺はというとひたすら、逃げ回っていた。

 すぐ隣のビルが身代わりとなって砕けて、高く打ち上げられた破片がパラパラとエヴァに当たる。

 奴は触手を横薙ぎから縦への打ち上げに変え、これを貰ったら原作のように空高く吹き飛ばされるだろう。

 山肌へ落下して二人を敷き潰すなんてゴメンだ! 

 

「聞こえるかね、人型兵器のパイロット君」

「はい、感明良好です」

「よろしい、我々は君の援護を行う」

「ありがとうございます……つっ!」

 

 発令所を経由した音声のみの通信だが、国連軍航空隊の指揮官と繋がったようだ。

 

「君の様子は画像伝送されているから、航空支援のタイミングは君に任せる」

「わかりました、攻撃開始3分前に呼びますので、空域接近タイミングでオーケーだしてください」

 

 俺が触手攻撃を間一髪で避けているのも空から見られている。

 支援施設やその他ビル群を盾にし、街中を逃げて時間を稼いでる様子も。

 

「了解、今そっちに空中待機の爆撃機が向かっている。5分後に空域に辿り着く」

「攻撃手段は?」

巡航誘導弾(ALCM)精密誘導爆弾(JDAM)だ」

「了解」

 

 空中待機とはやけに用意がいいな。

 例え使徒に痛打を浴びせられないとしても、“税金の無駄遣い”と言われてても出動してくれているなんてとてもありがたい。

 空の彼方から大型の巡航ミサイルを抱いた戦略爆撃機4機、通常の爆撃機12機と護衛機であろうF-15数機がやって来ていた。

 

「こちら“ハンマー42”、空域に突入後、一度上空をパスする。いつでもどうぞ」

「了解、もう丸裸だ。照準後すぐにでも投弾(おと)してください!」

「ラジャー(了解)」

「トゥ(二番機)」

「スタンバイ、スタンバイ、ナウ!」

 

 4機の爆撃機から大型の巡航ミサイルが4発発射され、残りの12機は高度を上げて散開、爆弾倉を開いた。

 第3使徒に握りつぶされたり、弐号機に受け止められたりする印象のある大型ミサイルは第4使徒目掛けて加速していく。

 俺もプログレッシブナイフを抜いてビル影から飛び出し、走る。

 エヴァかミサイルかの選択に、使徒は接近するミサイルを落とそうと慌てて振る。

 しかし、当たらずに胴へと突き刺さり、爆発。

 巡航ミサイルの爆炎の中に高高度からパラパラと落とされた精密誘導爆弾が飛び込んでいく。

 二機一組の爆撃隊は数回に分けて爆弾を投下することで爆発を途切れさせない。

 第三使徒に対して瞬間火力集中がまったくもって効かずに、逆襲されたことから主目的を使徒の撃破ではなく継続火力によって光学的な視界を奪うことにしたのだろう。

 俺の役目は爆撃編隊が危険を冒して作ってくれた隙に突入して使徒を撃破することだ。

 アンビリカルケーブル、パージ。

 コネクターが抜け落ちたと同時にプログレッシブナイフを構え、敵に向かって走る。

 

吶喊(とっかん)! うわあぁぁぁぁあああ!」

 

 アドレナリンを出し、恐怖や痛覚を鈍らせるために叫びながら突撃する。

 上空に居る戦略爆撃機からの誘導爆弾を薙ぎ払おうと触手がブンブンと振り回されるところを低い姿勢で走り抜ける。

 少しは学習したようで、爆撃編隊の航過方向を向いて触手を振り始めた。

 上空で2発の爆弾が炸裂し、黒煙と破片を撒き散らす。

 エヴァの防御力なら数発誤爆されても大丈夫なので爆発の中へ突っ込む。

 

「最終弾落下まで40秒!」

 

 対空迎撃中の使徒まであと一歩という所で、奴がこっちに気づいた。

 しかしもうプログナイフを腰だめにして回避不可の突入コースだ。

 

「あああああああ! 死ねええ!」

 

 航空爆弾を無視して慌てて触手を振るが、もう内側に入っている。

 振られた鞭の先端速度は音速を超えるような速さだが、根元に近づくにつれ速度は落ちてゆく。

 一度インレンジに入ってしまえば触手の攻撃力は表面に纏ったATフィールドだけだ。

 興奮状態でさえ背中にヒリつくような熱さを感じる、クラゲに刺された時のような。

 使徒の鞭が背中を捉えたのかもしれない、それでもナイフを突き出す。

 

「初号機、背面装甲融解!」

「シンジ君!」

 

 握り込んだナイフの刃先から火花が出ている。

 コアの中央を捉え、バシバシと背中を叩く使徒の鞭は次第に力を失っていった。

 第4使徒が事切れるのを見届けるように初号機も電池切れとなった。

 

「内蔵電源、活動限界です!」

「パターン青消滅、使徒殲滅っ」

 

 マヤちゃんと日向さんの報告をプラグ内で聞いた俺は、痛痒い背中に手を伸ばそうとして悶えていた。

 

「国連軍より通信、繋ぎます」

「はい」

 

 映像回線が開き、指揮所と思われる部屋に座る男性軍人が映った。

 

「国連第二方面軍第6戦略航空団、団司令の塚田一佐だ」

「特務機関ネルフ、エヴァンゲリオン初号機パイロットの碇シンジです、この度は援護ありがとうございます!」

「そうか、部下にも伝えておくよ。使徒撃破おめでとう」

「ありがとうございます」

「ところで、体の方は大丈夫かね」

「多少背中が痛いですけれど、刺し貫かれたわけではないのですぐ治ると思います」

「まったく、タフな中学生だ」

「本当ですよ、刺されたり光線で焼かれたり……」

「聞くだけでもゾッとする話だな」

「まあ、出来る限り使徒の攻撃を喰らわないように、頑張りますよ」

「息子くらいの子がこうして戦ってるという事に驚いたよ」

「僕としても、共に戦ってくれる軍人さんがいて力強く感じます」

「また、奴らが出てきたら頼むぞ」

「はい」

 

 機密に触れないような賛辞とお礼の会話をしているところに回収用電源車やその他の支援車両がやって来て、エヴァの回収作業が始まる。

 再起動したエヴァを動かして、丘陵地帯の斜面に設けられた回収用ハッチに向かう。

 その最中に見慣れた二人組がネルフの装甲警備車に乗せられているのを見つけてしまった。

 ズームするとメガネは飛び、白い夏服シャツ、トウジのジャージが茶色く変色している。

 取り押さえられるまでに、もみ合いでもやったのか? 

 

「葛城一尉」

「なにかしら」

「なんか、クラスメイトが保安部の車に乗せられてるんですが」

「それねぇ……避難所を抜け出してたみたいよ」

 

 トウジとケンスケは鉄帽とボディアーマーに身を包んだネルフ職員数人に連行されていく。

 あの爆風に破片飛ぶ中でよく無事だったな。

 使徒の位置が遠かったから助かっただけで、もう少し近かったら下敷きにならなかったとしても援護の爆撃で死ぬ状況だったのだからよく反省してほしい。

 エヴァの格闘でひび割れるシェルターであっても、至近弾の破片や爆風から身を守るには十分だ。

 原作ではケンスケがエヴァを見ようとして、トウジは殴ったシンジの事を知らなくていいのか? とケンスケにそそのかされて出たんだっけか。

 ただ出て厳重注意じゃその後もしこり残りそうだし、面会だけでもするか。

 

 そして第4使徒戦の翌日、俺はネルフ本部の取調室にいた。

 

「で、どうしてシェルターの外に居たんだ?」

 

 ケンスケとトウジは留置施設で一泊したらしく、しおらしくなっていた。

 

「俺は……エヴァが戦ってる姿を見たかったんだ」

「ワシは、転校生がどんな思いして戦ってるのか知らへんと殴ってもうた」

 

 原作や、事前に保安諜報部の職員に聞かされていた供述内容と同じだった。

 

「エヴァや各種装備品が見たいってのもわかるし、相手のことをロクに知らずに殴ったことを気に病むのはわかるよ」

「そうなのか」

「……ホンマか」

 

 俺も自衛隊に入るまではミリタリーオタクだったし、駐屯地祭も見にいったよ。

 トウジも筋を通すためなのはわかるが、一歩間違えれば永遠に分かり合えなくなる。

 

「ああ、でもシェルターを出てまですることじゃない、君らが死んだらそれまでだ」

「悪かった、碇」

「すまん、昨日から何べんも言われたわ」

「格闘でひび割れるようなシェルターでも、爆弾や建物の破片からは身を守ってくれるんだからな」

「ああ、俺は戦場をナメてたよ、あんなとこから飛んで来るなんてな」

「耳はキーン、ホコリでドロドロになるし、エライことになった」

 

 使徒が触手で打ち上げた建物の破片が森に降り、ドッカンドッカンと遠くで爆撃があるたびに爆風に乗って土埃が飛んできたようだ。

 昨日の戦いについて撮影したカメラのデータは没収されたものの、使徒の攻撃や巡航ミサイル、爆撃の凄まじさは二人の心にはしっかり焼き付いていたから、いかに危険か説明する手間が省けた。

 

「説教は十分されただろうし、これ以上言わないけどさ」

 

 そろそろ面会時間が終わるとあって、俺は席を立とうとした。

 

「……転校生」

「なにかな?」

「ワシを殴ってくれ」

「なんで?」

「ワシはお前のことをよぉ知りもせえへんで、殴ってもうたんや」

 

 トウジに呼び止められて椅子に座ると、罪の告白が始まってしまう。

 

「ワシは最初、弱くっさいなんてゆーとったけど、それは間違いや。転校生はあんなバケモンとやり合っとったんやろ」

「トウジはそんなこと言ってるけど、碇が怪獣の攻撃をかわして、爆撃があるまで必死で応援してたんだぜ」

「アホ!」

「艦砲も爆撃も効かないような化け物と戦うのは、きついな」

 

 使徒の防御力、攻撃力はいずれも現用兵器をはるかに凌ぎ、時に人知を超えた能力で攻撃を仕掛けてくるけども、俺たちの負けは許されない。

 たとえ、ネルフの裏の顔が怪しかろうが、ゼーレの手先だろうが“俺たち”が戦わなくて、誰が戦うのか。

 

「でも、()()使徒の撃滅が任務だからさ、ワシを殴れと言われても困るぞ」

「碇、トウジはこういうやつなんだよ。頼むよ」

 

 罰されないとトウジの気が済まないんだろうが、俺としてはもう過ぎ去った話だしなあ。

 気が進まないけど、殴ってチャラにするというのが一番すんなりいくのかな。

 

「わかった、じゃあ、その場に立って歯ぁ食いしばれ」

「おう!」

 

 周りに居た保安部の職員が身構える中、俺はトウジの右ほほを殴った。

 

「っつ! ええパンチや……これでチャラや!」

 

 逃げ出した先での原作シンジ君とは違う状況だけど、この一件からトウジやケンスケとの関係は一気に近いものとなっていった。

 

 




俺たち≠ネルフ


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決戦、第三新東京市

 昼休みに俺、ケンスケ、トウジは屋上にいた。

 教室でみんなでワイワイとするのも良いんだが、俺がエヴァパイロットだというのを知ってるのはケンスケとトウジだけだ。

 その辺の事情を含めた会話をするときには屋上に行くことにしていた。

 

「センセ、今週の金曜日ゲーセン行かへんか?」

「別に予定開いてるけど、妹さんのお見舞いは良いの?」

「おかげさまで退院や、来週くらいから小学校に行くんちゃうか」

「よかったな」

「入院した時は『行かんとってー』とか言うてたのに、今やアイス要求しよるからなアイツ」

 

 アニメ版ではトウジが参号機に乗る頃まで入院するほどの重傷だったが、こっちではそこまでのケガじゃないようだ。

 

「ここのところずっと暑いからなあ、今度、トウジの家に行くときはアイス持ってくよ」

「おっ、ええんか!」

「ほな、給料入ったらハーゲンダッツ買って持ってったろか」

「サクラの要求がどんどんキツくなるからやめーや」

 

 ちなみにエヴァパイロットなって2か月目くらいの俺の給料は70数万あった。

 「国際公務員すげえ」と思っていたのだが利用限度が設けられてひと月に使えるのは19万。

 ……大卒の一般曹候補生の初任給と変わらねえな。

 一人暮らしなんで家賃・光熱費・食費で使うけどまだまだ残ってるので、お高いアイス数個くらい痛くも痒くもない。

 

「シンジ、トウジの関西弁移ってるぞ」

「俺も大阪住んでたことがあるから、時々出るんだよな」

「意外やなぁ、なんでこっちの言葉にするんや」

「トウジ結構目立ってるから、シンジはそれが気になって標準語にしたんだろ」

「ワシは目立つためにやってるわけやないわ!」

 

 憑依前に使ってた河内弁いわゆる“関西弁”を使わないのは、長野県付近にずっといたシンジ君が流暢な関西のイントネーションで喋るのは無理があり、経歴調査や身辺監視の情報と食い違ってしまうからだ。

 

 もっとも、一人称に“俺”と“僕”が混ざるのは、原作シンジ君を意識したからではない。

 部隊配属後、ある陸曹に徹底的に()()された名残だ。

 それまで、“俺”と“私”だった。

 だが「自衛官は公僕なんだからインテリぶらずに僕と言え」という持論の下でそうなった。

 だから、未だに上級者に対しては“僕”を使うし、柔らかな印象を与えたいときも使うようになったわけだ。

 そんな人には言えない使い分けをしつつも、鈴原家の日常を聞く。

 

 俺と一緒にトウジの話を聞くケンスケの手には今月号の『世界の艦船』があった。

 憑依前に読んでいた雑誌という事もあって興味を引かれた。

 

「世界の艦船か……」

「今月から太平洋艦隊が新横須賀に向かって集結してきてるらしいぜ」

「リムパックでもやるのか?」

「何やそれ」

「“環太平洋合同演習”、国連海軍になる前から多国間で合同演習やってたのさ」

 

 トウジの疑問に嬉々として解説を始めるケンスケ。

 憑依前の世界では“西普連”(現:水陸機動団)が上陸作戦で参加していたなあ。

 

「さよか、ホンマにお前ら好きやなあ」

「でも、シンジは時々俺よりも詳しいからビックリするよ。でも、今回のは違うみたいだぜ」

「なんて?」

「今回は“キーストーン”演習らしいよ」

 

 参加艦艇の出港写真を見ると、察した。

 俺の居た世界の2015年には存在しない艦種が参加艦艇に居たのだ。

 戦艦イリノイ・ケンタッキー、そしてロングビーチ級原子力巡洋艦だ。

 アイオワ級戦艦は4隻ともすでに退役し、イリノイやケンタッキーは建造中止でいない。

 これは演習という名目だが、実際はエヴァ弐号機を輸送しているのだろう。

 弐号機を積んだ輸送船は、“謎の補給艦艇”という事で写真の端にちらりと映っているだけだった。

 ある一枚の写真以外には全く映ってないから、おそらく何かの力でもかかったんだろうな。

 

「ま、新横須賀に来るのはもうちょっと先だろうな」

「またガッコ休んでまで見に行くんやろ?」

 

 目を輝かせるケンスケを見たトウジが呆れたように言う。

 

「あたりまえじゃん! レアな艦ばっかりだぜ、な、シンジ」

「動く戦艦とか、骨董品みたいなもんだから一見の価値はあると思うぞ」

「そう! アイオワ級に、国連海軍になってから建造された空母オーバー・ザ・レインボー!」

「ワシにはよー分からんわ」

 

 ミリタリー趣味の人間でもなきゃ兵器の価値なんて分からないよな。

 ミサトさんと同居してないんでどうなるかは分からないが、アスカのお迎えで太平洋艦隊に行く機会があったら誘ってやろう。

 

「シンジ、空母オーバー・ザ・レインボーってどうしてその名前になったか知ってる?」

「合衆国海軍の空母(USS)じゃないから、命名規則的にダメだったのか?」

「予定されていたユナイテット・ステーツだと、一国の所有物というイメージが国連海軍的にダメなんだとさ」

「おいおい国名や大統領の人名はダメで、地名とかはオッケーなのか……」

 

 

 ケンスケとオタクトークをしたり、ボケを振ってトウジのノリ突っ込みを体感する。

 そんな男子中学生の時間を楽しんでいると、一人の女子生徒がやって来た。

 

「綾波だ」

「綾波ィ? どうしたんや」

 

 普段、教室の端で誰とも話さずにぼうっとしている彼女がいきなりやって来たという事もあってトウジとケンスケは面食らっていた。

 

「お疲れ様、どうしたの」

「今日、起動実験があるから1700に作戦室に集合、それじゃ」

 

 綾波とは何度もシンクロテスト中に会う事で一言二言話すようになった。

 ここで幾多の二次創作主人公であれば、ずかずかと踏み込んでいって出生の秘密やらなんやらを聞き出したうえで、孤独を解決していくのだろう。

 しかし、俺はそれ以上踏み込むわけでなく距離の遠い同僚といった間柄であり、こうして事務的な連絡以外はあまり喋らない。

 

「綾波もパイロットだったのかよ!」

「ヘンな奴やとは思っとったけど、エヴァのパイロットやったんか」

「おい、エヴァのパイロット変人説はやめろ、マジで」

 

 とりあえず否定こそしたものの、考えれば考えるほどまともな奴がいないことに気づいた。

 綾波レイは使徒だか何だかのクローンで容姿は碇ユイに似ているといった、人類補完計画のキーマンであるゲンドウの趣味のもと? 生み出された女の子だ。

 ゲンドウとの絆しか知らず、暗い団地で一人過ごしてきた子にまともな対人関係や応対能力を求めちゃいけない。

 

 続いて、惣流・アスカ・ラングレーだが、母親の精神崩壊によって孤独感から承認欲求を募らせ、裏返せば自分の存在意義を見失っているわけで、母に認められたくてエヴァに執着するようになる。

 結局母親は自殺、残ったのはプライドと承認欲求が高くてエヴァにしかしがみ付けない少女だけ。

 

 最後に原作シンジ君だが、母は行方不明になり唯一残った父は自分を捨てて、自分の都合で呼び出してくる。

 現地の大人や周囲の人々が求めるエヴァパイロットであるうちは自分の居場所があるので従順に従って波風を立てないように、嫌われないようにという処世術を持った少年。

 だけど、あるポイントを超えると頑固に、自分を貫き通そうとする強さも持っている。

 シンジ君自体は普通なんだけど、周りがことごとくクズ過ぎる。

 

「おい、シンジ、どうしたんだよ」

「ああ、でも、考えたら周りの環境がなぁ……」

 

 どうやら考え込んだのが顔に出たらしく、ケンスケがのぞき込んできた。

 

「なんやそれ?」

「大人の都合であっち行け、こっちに行け、エヴァに乗れって振り回されるんだよな」

「センセも苦労しとるんやなあ」

「でも、エヴァのパイロットとか憧れるよな!」

「ただし、上司である父親は権力を持っていて自分勝手な事ばかりいうものとする」

「オヤジさんと仲悪いんかいな」

「マジで?」

「そう、だから預け先から『乗れ』で呼びつけられて来たんだよ」

 

 俺自身はどうとも思っていないが、ケンスケとトウジは碇家の家庭環境を察したようでばつの悪そうな顔になった。

 

「シンジ、悪い、無神経な事ばっかり言っちゃって」

「そやったんか」

「ま、それでも乗ると決めたのは俺の意志だし、気にしないで」

 

 昼休みが終わって階下の教室に戻ると、綾波は窓辺の席で相変わらずぼうっと外を見ている。

 連絡があったから、そのためだけにわざわざ屋上に上がって来てくれたのか……。

 

「綾波、さっきはありがとう」

「構わないわ」

 

 綾波は窓の外からこちらに目線をやると、それだけ言ってまた意識を外へと向けてしまった。

 きょうEVA零号機の起動実験か、上手くいくといいな。

 授業が終わり、俺は綾波と別行動でネルフ本部に直行だ。

 まあ、ミサトさんと同居してるわけでもないし綾波のマンション訪問イベントは起こらないだろう。

 

「シンジ君、おつかい頼んでいい?」

「なんですか?」

「レイに新しいパス渡すの忘れたから、届けてくれない?」

「了解」

 

 本部の廊下でそんなことを上司に言いつけられ、俺はゲートまで戻ることにする。

 同居してるわけでもないのにおつかいを頼まれ、綾波にカードを渡しに行くとはねえ。

 

「ところで、なんで渡すのが期限切れ当日なんですか……」

「ごみん! 正直なところ、レイと話すきっかけになればと思ってェ」

「時間的にゲートで困惑してるだろうし、助けに行きますよ」

 

 俺が正面ゲートに向かうと、何度挑戦しても読み取りエラーが出て入れず困惑している様子の綾波がいた。

 

「どうして?」

 

 声色やリーダーを通す手に、いつもの無表情ではなくわりと焦っているのがよくわかる。

 人間味があってかわいいけれど、いつまでも困っているのを見て楽しむ趣味は無いので声を掛ける。

 

「そこでお困りの綾波さん、新しいパス持って来たよ」

 

 俺の手から新しいパスを取った綾波はその流れでリーダーに通した。

 ピッという電子音が鳴り、シャッターが圧縮空気の力でシュッと軽やかに開く。

 ゲートを抜けると、長いエスカレーターに乗り地下深くの実験場に向かう。

 ミサトさんや赤木博士がどういう意図で俺と綾波の関係を近づけたいのかわからないけど、せっかく機会を貰ったんだから有効に使うとするか。

 

「そういえば、この後実験だよね」

「そう」

「綾波さんはどうしてエヴァに乗ってるの、アレ結構怖くないか?」

「どうして?」

「よくわからないところも多いし、いつも制御受け付けないイメージだから」

 

 アニメではマヤちゃんが「ダメです、信号拒絶」とかよく言ってるなと。

 あっ、でも今は零号機の一件と第三使徒戦の二件目だけだったな。

 

「そう、平気」

 

 原作シンジ君のやり取りを思い出しつつ、どうやって話を引き出そうか思案する。

 単身赴任であまり会えない娘に「最近、学校どうだ」と聞くしかできないお父さんか俺は。

 

「あなた、碇司令の息子でしょ。信じられないの、お父さんの仕事が」

 

 なんと父親の立場ではなく、むしろ言われる(はずの)立場だった! 

 もし、ユイ似の一人娘レイだったらゲンドウはどうしてたんだろうな。

 赤い瞳で見つめる彼女に、俺は少し考える素振りを見せて言った。

 

「長いこと会ってないからなあ、わかんないや」

「どうして?」

「人を信じるには、時間と実績が必要なんだよ。たとえ血が繋がってようが、いまいが」

「そう」

 

 引っ叩かれることはなかったけれども不思議なものを見るような、そしてどこか寂しそうに見える表情だった。

 それきり綾波と俺の会話は途切れ、起動実験まで一言も交わすことなく過ごした。

 

「シンジ君がレイに渡してくれたのね、ありがとう」

「ところでシンちゃん、レイと何か話した? どうだったの」

「ミサト、年頃の男の子にそういうのは却って逆効果よ」

「話題に困りました。共通の話題もエヴァかネルフのことしかないし」

「そうねぇ、レイって独特だもんね~、この中で付き合い長いのってリツコくらい?」

「私もレイのことを深く知っているわけではないわ、シンジ君、頑張ってね」

 

 仕組んだであろう赤木博士、ミサトさんに茶化されながらも起動実験は進んでいく。

 エヴァ零号機は無事に起動し、いよいよ戦列に加わることになった。

 

 

 房総半島方向より第5使徒襲来。

 葛城一尉、赤木博士、エヴァパイロットは作戦室に集合し、作戦会議を始める。

 

「目標は正八面体で移動形態は飛行している模様」

「観測所からの映像回します」

 

 日向さんと作戦課員の男がモニターに観測所からの中継映像を表示した。

 ピラミッドを上下にくっ付けたような青く輝く巨大な八面体が空を滑るように飛ぶ。

 航空力学や流体力学といったものに正面からケンカを売るような光景に使徒の非常識さを実感する。

 

「またでっかいわねー、攻撃手段は?」

「スクランブル発進した国連軍の戦闘機が接触しましたが不明です」

 

 国連軍提供の写真には、手も足も、生物的特徴でさえない無機質な使徒が映っていた。

 そして、撮影機のF-15J戦闘機が映り込んでいたことから表皮は光を跳ね返す鏡面のようだ。

 あれ、一定範囲の空間に侵入した物を自動で排除するんじゃないのか? 

 

「とりあえず、エヴァを用いた威力偵察を実施しましょうか」

「葛城一尉、意見を具申します」

「シンジ君、どうぞ」

「攻撃手段の解明に唯一の主戦闘力をぶつけた場合、敵が想定より強烈だった場合には戦闘能力を失います」

「難しいこと言うわねシンジ君、つまり、どういう事?」

「無人兵器群があればそういった物で威力偵察をし、攻撃手段と威力を見極めたうえで対処したいという事です」

 

 今回は特に中学生らしからぬ発言に、作戦課員がざわつく。

 なりふり構わず開幕加粒子砲の回避にかかっていた。

 シンジ君のキャラどころか、いつもの大人びたミリオタ少年でさえないけど、ここは何としてでも回避したい! 

 

「無人兵器群ねえ……赤木博士、何かいいものあったっけ」

「エヴァに似せたバルーンがあるわ、光学的手段で脅威を識別できれば有効ね」

「あと、高火力なものといえば自走臼砲ですかね」

「レーザーの撃てる“列車砲”ねぇ、A.Tフィールドの強度測定には十分だわ」

 

 原作アニメでみた初号機型のバルーンデコイ、そして列車砲を使ってはどうかという意見が出てきた。

 ひょっとしてミサトさんの“威力偵察”案が素通りしたがゆえに開幕加粒子砲が行われたんじゃ? 

 

「列車砲、そんなものまであるんですか……」

「そうよん、まあ今回みたいに図体がデカくないと狙えないけど」

 

 射撃後、射点が暴露するのよねというミサトさんに日向さんがメガネを怪しく輝かせて言う。

 

「葛城さん、直射火力だけで不安なら斜面のVLS群も使いますか?」

「そうね、出し惜しみをして負けたら元も子もないわ」

 

 山の影に隠れた垂直発射機から地対地誘導弾を発射、地形追随飛行で発射点を秘匿し迎撃させにくくするという巡航VLS射座などもあるようだ。

 わりとなんでもあるなネルフ。そのうちイージスアショアなんかも出来るんじゃないか? 

 あれやこれやと案が出る作戦会議に、ひとり置いて行かれそうになっている赤木博士が言った。

 

「そもそも、使徒はどうやって外界を識別しているのかしら」

 

 眼球などの感覚器官も外部からは確認できず、飛行ルートも第三新東京市に迷いなく向かうルートを選択している。

 いたずらに刺激したからといって効果があるのかどうかわからない。

 赤木博士はそういって、威力偵察を過信しすぎるなという。

 おそらく本部地下のアダム、エヴァ(第二使徒リリス由来?)の何かに反応する本能を持っているんじゃないかと疑っているんだろう。

 俺の原作知識もあやふやだが、“知っている”彼女がそういったところに目を付けているのは無理もなさそうだ。

 

「エヴァの出現に応じて戦闘態勢に入っているってことですか?」

「その可能性は否定できない、とはいってもまだ三体目だから判断するだけの情報が無いわ」

「つまり、リツコでも分からないって事ね」

 

 通常兵器よりエヴァへの攻撃を優先するかどうかを知るには同じような状況が必要だが、第3使徒、第4使徒とも状況が違い過ぎる。

 国連軍と肩を並べた共同作戦で、あきらかに国連軍兵器を無視してエヴァに攻撃するような状況が何度もあれば“エヴァ脅威優先説”が立証できるけど、原作テレビ版でさえエヴァと通常火力の共同作戦で使徒殲滅に至った例が少なすぎだ。

 ……自沈させた戦艦による零距離砲撃というトンデモくらいか? 

 

 やっぱり、今後の為にも使徒の判断基準は知っておきたい。

 敵は芦ノ湖上空に差し掛かっているようで、手元の情報機器には発進口の一覧が表示されていた。

 そこで俺は山の斜面に設けられた発進口に目を付けた。

 

「葛城一尉、この擬装発進口より発進、目標がエヴァを何らかの方法で識別しているかどうかの検証もやりますか?」

「グッドアイディア、でもどうしてその発進口なの」

「ここは稜線の向こう側なんで、敵側から何らかの射撃があった場合、直ちに我が方斜面に退避できるからです。最悪、()()()()()逃げられますし」

「逃げてばっかじゃカタはつかないわよ、シンジ君」

「出撃即あぼーんじゃ話にならないんで、敵の攻撃方法見てから考えませんか?」

 

 空地一体となった陽動部隊が敵に対して陽動を仕掛け、その間にエヴァ初号機が擬装発進口より展開する。

 __そして陽動に失敗した場合、目標に対しライフルで射撃して威力偵察もしくは中・長距離戦闘を行う。

 

 作戦室を出ると俺はエヴァ初号機に乗り込み、発進を待つ。

 零号機はまだ実戦に耐えないとして今作戦は初号機のみで行う事となり、綾波は俺がプラグに乗り込むまでじっとこちらを見ていた。

 相変わらず何を考えてるのかわからないけど、お見送りまでしてもらったんだから生きて帰らなきゃな。

 

「エヴァンゲリオン初号機、リフトオフの後自走してハッチまで向かってください」

「了解」

 

 エヴァ初号機が発進口の手前で待機すると作戦が開始され、プラグ内に観測所の映像が流されはじめた。

 棒立ちの初号機等身大ダミーバルーンが三隻の高速艇で曳航され、向かっていくのが見える。

 

「エヴァ初号機、発進口より射撃地点へ前進せよ」

「了解」

 

 アニメでエヴァ零号機がよく持っていたスナイパーライフルを持って初号機は稜線に伏せる。

 森の中に紫の巨体と長い銃身があれば良く目立つので擬装網か何か掛けたいけれど、ない物はしょうがない。

 出た瞬間、ズドンとやられないところを見ると、エヴァを視認する必要があるのか? 

 

「目標内部に高エネルギー反応!」

 

 次の瞬間画像が真っ白になり、高速艇とダミーバルーンが“消滅”していた。

 

「敵加粒子砲命中、ダミーバルーン消滅!」

「次っ!」

 

 山中に設けられた複数のVLS射座が火を噴き、数十発の地対地巡航ミサイルが山肌を縫うように飛んでゆく。

 低く、低くプリプログラムされた地形追随飛行と、湖側ではシースキミング飛行で飛ぶ。

 第三新東京市上空の奴目掛けてホップアップ機動を取ろうとした瞬間、スリットより光が放たれた。

 右から左へと48度、13秒間にわたってミサイルを薙ぎ払うように連続放射したのだ。

 ここはテレビ準拠で新劇のようなトンデモ変形が無かったことに安心した。

 

「次!」

 

 トンネルから出た自走臼砲がビーム砲を発射するも、使徒は強固なA.Tフィールドであっさりと弾き返して射点を加粒子砲で狙撃した。

 

「射撃、目視できるほどのA.Tフィールドで弾かれました」

「自走臼砲、消滅。湖岸トンネル内部で火災発生」

 

 日向さんと青葉さんの報告に、発令所内がざわめくのを通信越しに感じる。

 

「無人攻撃機編隊、あと4分で攻撃位置に到着します。初号機、射撃準備良いか?」

「初号機、準備よし」

「作戦中止! 無人攻撃機編隊と初号機を回収して!」

 

 最後に本命であるエヴァによる射撃が行われようとしていたが、的も小さい列車砲が的確に撃ち返された段階でミサトさんによりストップが掛かる。

 下手に撃って応射されたらシャレにならないのがハッキリわかったからだろう。

 

「これまで採取したデータによりますと、目標は一定圏内に侵入した外敵を自動排除するものと推測されます」

「スクランブル発進した戦闘機は、外敵だとみなされなかったんでしょうな」

「ダミーも擬製銃(ぎせいじゅう)を構えたとたん攻撃されたようですからね」

「脅威判定関係なしの無条件攻撃だったら、移動経路上を火の海にしてますよ」

「強固なA.Tフィールド、威力と精度に優れた加粒子砲、同時多目標迎撃能力も持つ……まさに攻守ともにパーペキね」

 

 作戦部の職員たちが意見や見解を述べ、葛城一尉が総評を行った。

 

 一方、使徒はあらかた脅威を排除したとばかりに本部直上ゼロエリアに進出すると掘削を始めた。

 底から伸びる赤黒いボーリングマシンでゴリゴリとジオフロント目掛けて掘り進んでいる。

 エヴァから降りて再び作戦室に戻った俺は、エナジードリンクを片手に作戦会議に参加している。

 

「N2爆雷による攻撃は?」

「MAGIの計算によると、目標のATフィールドを貫くには、ネルフ本部ごと破壊する分量が必要と出ました」

「松代のMAGI2号も同じ結論を出したわ、国連と日本政府はネルフ本部ごとの自爆攻撃を提唱してきたわ」

「対岸の火事だと思って好き勝手言ってくれちゃって、ここを失えばすべて終わりだというのに」

 

 日向さんと赤木博士がMAGIの試算と、日本政府の回答を報告する。

 つか、日本政府はそれでいいのか……どうなってるんだ政権与党、誰だよ総理大臣。

 

「使徒のシールド、現在第3層まで掘進中」

「今日までに完成した22層の特殊装甲板を貫通して本部到達予定時刻が、明朝午前0時16分です」

「おおよそ10時間弱ね」

 

 青葉さんの報告に、残り時間があまりないのがわかる。

 

「零号機は調整中の為実戦投入不可能、唯一の戦力である初号機も接近不可能」

「まさに八方塞がりですね」

 

 現在の状況を読み上げていく日向さんに対し、一言でまとめるマヤちゃん。

 

「白旗でも上げますか?」

「いっそのことジオフロント内で待ち伏せて、装甲板抜けてきたところをエヴァ二機で袋叩き」

「シンジ君、特殊装甲を抜いてくるような相手に近接戦ってできると思うかい?」

「すいません、冗談です。あの巨体じゃナイフもコアまで届きそうにないや」

 

 白旗でも上げますか? なんて言ってた日向さんにツッコミを入れられる。

 そのとき、ミサトさんが何かを閃いたようだ。

 

「日向君、確か、戦自研の極秘資料、諜報部にあったわよね」

「えっ?」

「戦自研?」

「あそこにはいくつか貸しがあるのよ」

 

 それからあっという間に解散し、ゲンドウと日本政府の許可が下りたミサトさんは戦略自衛隊の研究施設に乗り込んでいった。

 戦略自衛隊つくば技術研究所、俺の居た世界には無い組織なのでよく分からない。

 しかし、名称的に“技術研究本部”や今でいうところの“防衛装備庁”のような組織だろう。

 アニメで見た時に思ったけど、何と戦う気であんな超巨大な陽電子自走砲作ったんだろうな。

 実際完成したところで、機動性もなくて速い対象に即応できないうえに航空攻撃の格好の的ってところだろうが。

 あっ、使徒の存在、セカンドインパクトの真相が上層部の間で公然の秘密だったからか。

 

 ミサトさんが超兵器の徴発に行ってる間、エヴァパイロットに課せられた任務はというと待機室での休息だった。

 

 “ヤシマ作戦(仮称)を実施するために休息し、ポジトロンスナイパーライフル(仮称)の改造作業に合わせ技術部が作成したマニュアルを熟読してイメージトレーニングをする。”

 

 正確には休息と、イメトレやってねというのが任務らしいが教本となるモノが無いのでただ、時間を潰すだけである。

 この間原作シンジ君は心停止から生死の淵をさまよってたわけだ。

 案内された部屋は自衛隊の警衛所みたいな雰囲気で、簡易ベッドとサイドチェスト、ロッカー、更衣用の衝立が備え付けられていた。

 サイドチェストには目覚まし時計と電気ケトル、ロッカー上に増加食のカップ麺が置かれており、夕食もここでとってくれという事なのだろう。

 プラグスーツを脱いで、ネルフ支給の黒ジャージに着替えた俺は簡易ベッドに横たわり、天井を見上げる。

 こうしている間にもはるか上の地表では作戦課や技術局だけでなく施設部隊、ネルフ以外にも戦自に電力会社と官民問わず多くの人々が与えられた任務を果たそうと奔走しているのがわかる。

 すべては使徒を貫く一撃のために。

 そんなときに綾波とふたり、何もできずに時間が過ぎるのを待つのもつらいな。

 

「とにかく、寝るか。綾波、なんかあったら起こして」

「構わないわ」

 

 俺はそう言い残すと、少しだけ仮眠をとる。夢は見なかった。

 




暴露=自衛隊用語で敵に企図や位置などがバレる事。例:遠方より我の位置を暴露する。
西普連=西部方面普通科連隊、WAIR。相浦駐屯地に所在する日本版海兵隊。水陸機動団へと改編された。


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ヤシマ作戦

 目が覚めて、時計を見ると待機命令が下ってから4時間が経っていた。

 日光が入らなくて時間感覚がなかったが、もう外は夜だろうか。

 どうやら綾波は部屋に居ないらしいので、ひとり、カップうどんを作って食べているとネルフの職員が部屋にやって来た。

 

「技術局第一課、赤木博士が作戦室に集まるようにとのことです」

「了解、服装指定はありますか?」

「いいえ、ジャージで結構ですよ」

 

 ジャージで出歩くなんてトウジみたいだな、なんて思いながらも俺は作戦室を目指す。

 作戦室には赤木博士、葛城一尉ほかいつもの作戦立案メンバーが勢ぞろいで、綾波もそこにいた。

 

「すみません、お待たせしました」

「いえ、待っていないわ。時間が無いからもう始めるわね」

 

 赤木博士から渡された資料には“部内限り”の朱印がつかれ、よくよく下を見ると小さな文字で“戦自中業支”という文字が見える。

 “中央業務支援隊”の印刷物であるという事は、元は戦略自衛隊の()()()()だ。

 赤木博士の解説を聞きながら黒塗りだらけの“のり弁資料”に目を通す。

 

「……陽電子は地球の重力、自転、磁場の影響で直進しません」

「次ページの能力諸元表はどうでもいいわ、アンタたちは日本全国の電気で撃つんだから」

「ミサト! 説明が前後するけれども、シンジ君には一億八千万キロワットを用いた超長距離狙撃をしてもらいます」

 

 リツコは話が長いのよね~と冗談めかして言うミサトさんに話の腰を折られた赤木博士はお怒りだ。

 とはいっても、わりとガチ目の兵器オタクでもない中学生が聞いてもわからないような話なので要点だけ聞かせてくれてもいいんだぞ。言えないけど。

 

「ようは電力が大きすぎて、冷却と再充填で時間がかかると」

「そう、だから二発目は考えないで、誤差を修正しつつ()()()当てることだけを考えてちょうだい」

 

 ただでさえ外力の影響を受けやすい陽電子砲でそれをやるのだ。

 使徒も反撃してくるのでまず初弾は当たらないだろう、第二射がむしろ本番だ。

 

 敵戦車に対する待ち伏せ攻撃は初弾必中で仕留め、ダメでも12秒以内に撃破が理想とされている。

 そうしないと敵は照準・発射まで終えてしまい反撃を受ける事になる。

 そのため、陸自戦車の装填手は4秒以内に次弾を装填する訓練をやるわけだ。

 

 しかし、ポジトロンスナイパーライフルのヒューズ再装填から発射可能までは理論上で2分、ダメだ。

 敵戦車で12秒、使徒の反応速度を考えると絶対に攻撃を喰らう。

 

「初弾必中、射撃は戦車の表芸か……」

「シンジ君、何か言った?」

 

 必中させなければならないけど、敵の射撃が干渉して初弾が当たらなくなるなんていう状況、今まで経験したことが無いぞ。

 人類史始まって以来、そんなトンデモ経験した戦車兵なんていないに違いない。

 これまでの教範通りにいかない敵に、俺は冷や汗を流す。

 

「赤木博士、もし、射撃中に敵の反撃があったらどうなるんですか」

「磁場の乱れであらぬ方向に逸れるでしょうね」

「アンタ、なに弱気になってんの、そんなんじゃ当たるモンも当たんなくなるわよ」

「葛城一尉、上手くいった時のことより“起こり得る状況からどうリカバリするか”を考えてるんですよ」

 

 原作では赤木博士も『コア一点狙う事だけに集中して』的なことを言って切り捨ててたけど、こっちの博士は……。

 感心したような表情で黒い眉をピクリと動かしてこっちを見てきた。

 イヤイヤビクビク乗ってる弱気なシンジ君と、ちょっとミリタリオタク入ってるけど前向きな俺シンジ君じゃ説得力が違うか。

 

「一応、SSTOの底部を改造した急造の耐熱シールドがあるけれど」

「けれど?」

「耐用時間は17秒よ」

「その盾って、何枚ありますか?」

「一枚、それも急造なの」

「て、事は僕が持つか、綾波が持つかなんですけど」

「シンクロ率や機体特性の面からシンジ君が射撃担当、レイに持ってもらうわ」

「はい」

 

 わかってはいた、わかってはいたけれど女の子を死ぬかもしれない盾にして、使い潰すような戦い方をするのはきつい。

 ベストは初弾で使徒撃破し反撃あるも盾で防御成功。次点で二発目使徒撃破、盾で防御成功だ。

 

「使徒のコア位置の特定や射撃諸元は機械と私たちがほとんどやるわ、だからテキスト通り、当てることだけを考えて」

「砲手碇シンジ、直掩綾波レイの両名は2130を以って二子山陣地まで前進し各種調整後、作戦開始まで待機」

 

 葛城一尉の命令下達が終わると、赤木博士から渡されたテキストを穴が空くほど読み込む。

 

 __試作自走陽電子砲FX-1は装軌式車台と銃身部、受電部、加速器等からなる陽電子砲システムである。(以下略)

 

 そんな基本コンポーネントにピストルグリップと撃発スイッチ、銃床、センサー部が追加され、エヴァに照準および射撃統制装置を担当させると。

 で、俺がやるのは、射撃統制装置の計算に合わせてスイッチを押すだけ。

 

 あとは不確定要素の塊であって神仏に祈るだけ。ああ南無八幡大菩薩(なむはちまんだいぼさつ)

 

 作戦開始まであと4時間を切り、俺たちは二子山頂上の射撃陣地でその時を待つ。

 使徒の探知能力が分からない以上、エヴァの起動時間を減らす方針がとられエヴァはキャリアに乗って鉄道輸送。

 技術局で組み立てられたポジトロンスナイパーライフルを射座に組み付けるときのみエヴァを起動させるのだ。

 人員は警備部所管の高機動車で移動する。

 その道中、峠道には人の胴体ぐらいありそうなキャブタイヤケーブルが何本も敷設され、大きな冷却ファンがいくつも回り、作業員がどこやかしこで作業している。

 エヴァパイロットとミサトさんほか作戦部一行は交通統制を受けながら、う回路を通って射座に入った。

 

 陽電子砲の据え付けが終って待機時間が訪れると、初号機と零号機の搭乗用ブリッジに座って、ふたりで湖を見る。

 芦ノ湖に冷やされた夜風が頬を撫でて涼しい。中が蒸れるプラグスーツを脱ぎたい誘惑に駆られるが、我慢だ。

 今、蒸し暑さとは違った熱気が俺を包んでいる。

 使徒と戦うことに怯えてるし、正直なところ俺も逃げ出したいくらい怖い。

 冷や汗が背中から尻を伝って足へと流れるのがわかる。

 だってそうだろ、下手すりゃ生きたままプラグ内で釜茹でにされるんだ。俺か綾波は。

 でも、俺たちがやらなきゃこの世界は、この国は終わるだろう。

 サードインパクトが起こって、みんな赤い海の中。憑依した俺の魂もおそらく。

 ゲームみたいにエンディングが流れて夢オチ、俺は自宅で寝てましたなんて都合のいい方向にはいかないと思う。

 俺は、シンジ君に憑依したとはいえ自衛官だ。

 

 __ことに臨めば、危険を顧みず身をもって責務を完遂し、国民の負託に応える義務がある。

 

 いま、与えられた使命は「使徒の撃滅」ただ一つ。

 自分を奮い立たせて士気を上げることで妙な興奮が恐怖をマヒさせてきたころ、無意識に隣にいる綾波に声を掛けていた。

 

「綾波ッ」

「なに」

「綾波は、どうしてエヴァに乗るの?」

「……絆だから、そう、絆」

「親父との?」

「……みんなとの」

「そうか」

「私には、ほかに何もないもの。時間よ、行きましょう」

「ああ、勝とうぜ」

「ええ、さよなら」

 

 そう言うと綾波は立って、スタスタとプラグへ向かって歩いて行った。

 原作では神秘的なシーンだったのだが、さらりと流れてしまった。

 月をバックに“あなたは死なないわ、私が守るもの”というセリフを生で聞いてみたくもあったわけだけど、シンジ君が「死ぬかもしれないね、僕たち」と言ったりしていたからあのセリフが出たのだろう。

 そのためだけに弱気なシンジ君ロールプレイをやる気にもなれなかったな。

 俺自身、心折れないように変な高揚状態にあったせいでもあるし、それどころじゃない。

 

 エヴァに乗って数分後、午前零時を知らせる時報が鳴った。

 

「ヤシマ作戦、発動! 狙撃準備開始」

「了解」

「第一次および二次接続開始」

「各地方の全開閉器投入」

 

 葛城一尉の作戦発動の号令と共に、各担当のオペレーターの報告が矢継早に行われる。

 それだけで日本全国の発電所が最大出力で動作し、変電所、各ポイントを通じて膨大な電気が二子山射撃陣地に向かって集まってくるのがわかる。

 

「充填率、76.9パーセント」

「電圧は最高値で安定、第二次接続完了」

「送電系統正常!」

「フライホイール回転開始」

「各冷却システム異常なし、最大出力で稼働中」

「陽電子流入、順調なり」

 

 

 測距中____

 座標評定中__

 磁気偏差修正中__

 射撃諸元算定中__

 

 ピッ、ピッという規則正しい電子音と共に射撃統制装置(FCS)からのメッセージが精密射撃用バイザーに表示される。

 ひし形の使徒に三角形のレチクルが合い、逆Y字型の照準ピパーが重なったところで引き金を引くのだ。

 レチクルが変なところに飛んでは修正が入り、使徒の像の上で小刻みに震える。

 アニメでは描写されなかったけれども、砲側の隊員のほかに前進観測(FO)班が命懸けで磁気、光学センサー等を用いて情報収集をしてくれているのがわかる。

 射撃準備が整ってくると、テレビアニメのように撃ち返されるリスクを減らすための陽動射撃が始まる。

 

「各部隊は陽動開始、観測機は直ちに離脱」

「了解、迎撃要塞群作動、無人攻撃機隊発進」

 

 使徒を監視、気象情報の収集をしていたOP-3多用途機が離脱したところに山肌に開いた垂直発射機から対地誘導弾が撃ち出され、127㎜速射砲群、列車砲が一斉に火を噴く。

 さらにMQ-9リーパー無人攻撃機が一斉に四方八方から対戦車ミサイルを抱えて飛び込んでいく。

 

「目標内部に高エネルギー反応、周縁部で加速しています!」

 

 使徒も攻撃を防ぐだけの知恵があるのか、薙ぎ払うように撃ったり、威力を絞って短いスパンで撃つ。

 山をくり抜くようなデタラメ出力は無いけれど十分脅威であり、無人機はことごとく撃墜されて列車砲や一部の要塞は反撃によって消滅した。

 迎撃を免れた砲弾が使徒の張るA.Tフィールドで空中爆発をする。

 

「UAV第2波、全機消滅」

「敵、A.Tフィールドに命中、効果見られず。続いて撃て!」

「敵に悟られるわよ、次!」

「国連軍特科大隊、攻撃開始!」

 

 ケンスケ曰くMLRS多連装ロケット、ATCAMS地対地巡航ミサイルを保有する国連軍特科大隊も攻撃に参加しているが、やはりA.Tフィールドの壁は分厚いようだ。

 

「特科射撃、効果微弱ッ!」

「撃ったら反撃が来る前に離れてッ!」

 

 特科大隊がいた方の山に加粒子砲が放たれて高く火柱が上がるが手前の山で、そこに発射機は居ない。

 新劇場版のような超変形からの大威力攻撃はまだないが、速射もできるという能力が見つかった。

 陽動とともに突撃しても、薙ぎ払いか速射にやられるってか……。

 

 まあいい、エヴァパイロット含む砲班、FO班と赤木博士らの指揮通信車含む本部、国連軍、戦自、電力会社、停電に協力してくれる国民の皆さんが一体となって使徒と戦っているんだ。

 __やってやる。

 

「第三次接続問題なし」

「最終安全装置、解除」

 

 交流電力集中も最終段階に入り、日向さんの指示が聞こえた。

 

「撃鉄起こせ」

「弾込めよし……安全装置! 単発」

「シンジ君、弾じゃないわ」

 

 スライドのハンドルを引くと、ヒューズが実弾銃でいうところの薬室に送られる。

 いよいよ通電可能、つまりは発射可能状態になり小窓の“安”が“火:実装”になった。

 無意識のうちに射撃手順を口に出し、葛城一尉に突っ込まれる。

 

「電圧、発射点まで0.2」

 

 夜空に赤い光条が何回も伸び、その度に爆発の花が咲く。

 こうしたエネルギーを消費させるための陽動射撃も終盤となり、いよいよ射撃の時が来る。

 使徒が撃つたびにピパーとレチクルが激しく振れるのだが、だんだんと安定してきた。

 

 ピッ! ピーッ! 

 

「発射!」

 

 敵を捕捉し、照準完了のサインが出た瞬間に引き金を引いた。

 陽電子砲がアーク溶接光のような蒼白い閃光を放ち、銃口から使徒に向かって伸びてゆく。

 使徒の中心を捉え、火柱を噴いた。

 不思議な光景に見とれている間もなく事態は急変する。

 

「やったか」

「パターン青、目標、変形ッ!」

 

 キィヤアアアアア! 

 

「うっそだろオイ」

 

 葛城一尉のフラグじみた発言に、日向さんがパターン青が継続中である事を伝える。

 その瞬間、コアをわずかに逸れ、瀕死の重傷となった使徒はカシャカシャと変形する。

 鳴き声と共にやたらトゲトゲした形状になり、六角形の鏡みたいな形状になってその中央を光らせ始めた。

 それはまるで虫眼鏡で焦点を作っているような……。

 ここに来て新劇パターンかよ! 

 

「残存火力を集中、撃たせないで!」

 

 葛城一尉の一声に、反撃から生き残っていた速射砲陣地や無人攻撃機群、特科大隊の巡航ミサイルが襲い掛かる。

 目視できるほど強力なA.Tフィールドも張らず体表で受け止めているが、効果はなさそうで、光が一点に集まっていく。

 照準装置と射統は……計算中! 

 冷却・送電系……フル稼働、準備中! 

 スライドを引き、次弾用ヒューズ装填! 

 あと3分もかかるのか。

 

 まずい! 

 

 死にかけ使徒のとっておきビームが先に発射された。

 轟音。

 ダメージのせいで照準が上手くいかないのか、隣の山が消し飛んだ。

 この世の物とは思えないような轟音と衝撃が二子山陣地にも襲い掛かり、車両や冷却設備が余波で転がっている。

 指揮通信車(シキツウ)は! 

 

「葛城一尉、シキツウ! 応答願います!」

「何とか生きてるわよ、気遣い無用、次弾の準備急いで!」

 

 転がったと思われる車内の映像はなく、サウンドオンリーの表示だ。

 

「目標、再びレンズ面にエネルギー集束開始!」

 

 使徒も再装填を始めているようで、青葉さんの声が聞こえる。

 

「さっきので冷却系能力低下? リセット掛かってる!」

 

 発射可能まであと2分。

 早く、早くしろっ! 

 俺の焦る気持ちがそのまま反映されたかのように照準ピパーは揺れる。

 レチクルの向こうの使徒はすでに赤い光を放っていた。

 

「綾波っ!」

 

 照準する初号機の前に黒い影が急に飛び込んできたかと思うと、逸れた爆風が周囲の木々を消し飛ばしていく。

 逆光の中にSSTOシールドを持った零号機の姿が見える。

 

 __あと60秒っ

 

 盾は17秒しかもたない! 

 ドンドンとシワが出来て崩れていくシールド、そして、盾が溶け落ちた瞬間に零号機は手を広げて立ちはだかる。

 

 __あと40秒

 

 零号機に加粒子砲が当たり、閃光が奔る。

 

 __あと10秒

 

 零号機が膝をついた。

 

 __準備完了

 

「くっそおおおお!」

 

 ピパーが使徒の真ん中に来た瞬間、スイッチ。

 俺が放った陽電子の光は零号機の脇を抜け、寸分たがわず使徒の中心のコアを穿った。

 

「パターン青、消滅!」

「使徒の穿孔、止まりましたっ」

 

 光が止んで初号機の精密射撃モードが解除されると、俺はこんがりと焦げた零号機のプラグの強制排出に向かう。

 陽電子砲を撃った直後はガンマ線が出ているので、少し離した場所に零号機を横たえた。

 溶けついたうなじにナイフを突き立ててプラグを引っ張り出して地面に置くと、じゅうという音がして、土の中の水が蒸気に変わり湯気を立てた。

 熱いのはわかる、プラグスーツは断熱素材とはいえ薄っぺらい、意を決してレスキューハンドルに手を掛けた。

 

「あつっ!」

 

 予想はついていた、覚悟はしていた。

 でも手が反射で弾けるほどの熱さに、ハンドルを握り込めなかった。

 ここで逃げたら綾波の挺身に応えられなくなる! 

 二回目、歯を食いしばりながらハンドルを引き上げ、回すことに成功した。

 焼けた手の表面は見たくない、めちゃくちゃ痛い。

 

「綾波、生きてるか!」

 

 ハッチから身を入れると、ぐったりとした様子の綾波がいた。

 熱で死んでしまったんじゃないのかと不安になった俺はエントリープラグの奥に這っていく。

 俺の接近に綾波はまぶたを開き、ぼんやりとこっちを見つめる。

 

「勝ったぞ、俺達と一緒に帰ろう」

「どうして、泣いてるの」

「綾波、さよならなんて悲しいことを言うなよ」

 

 汗とLCLの蒸気で顔はベッタベタで泣いてるかどうかなんてわからねえ。

 這ってる最中に高温のLCLが掛かってひりひりする頬。

 綾波はこの鋼鉄の筒の中で煮られたのだ、俺はもうダメかと思った。

 

「……生きていてくれて、ありがとう」

「ごめんなさい、こういうとき、どんな顔をすればいいかわからないの」

「ああ、笑ってくれ」

 

 綾波の顔に微笑みが見える。

 原作のセリフをなぞるような展開だったけれど、俺はそれどころじゃなかったのだ。

 目の前で女の子が光線で焼かれるのを見て平然としていられたら、怖いわ。

 とにもかくにも必死過ぎて、原作再現とか吹っ飛んでいたのだった。

 綾波の手を取って、プラグの外へと這い出す。

 熱とショックで脱水症状を起こしかかっている彼女を木陰に座らせ、夜風に当てる。

 防護服に線量計を付けたネルフの救助隊が到着するまで、ぼんやりした意識の中でとりとめもない会話をする。

 大決戦の後の夜風は、オゾンの匂いがした。

 

 



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ヒトの作りしモノ

 ネルフは自爆し損ねた第3使徒の遺体?いや、遺骸と、第4使徒の遺骸、そしてひときわ大きな第5使徒の遺骸を解体しサンプルを取る作業を行っていた。

 

 アニメでは自爆し、跡形もなくなっていた第3使徒もここじゃただのブロックだ。

 どうして俺が知ってるのかというと、エヴァの損傷が軽微だったから解体作業に“人型重機枠”で参加しているからだ。

 赤木博士の指示書を見ながら、使徒をプログナイフで切り分けていく。

 腐敗臭を辺りに巻き散らかし、グズグズに崩れたような状況だったら悲惨だったが、石化してるような感じであり、内臓らしきものがそんなに生々しくないのが唯一の救いだろう。

 使徒とは用途の分からないような器官が詰まっている、本当に謎の生き物? なのだ。

 

 来る日も来る日も解体作業に勤しむ日々。

 最初は様子を見に来ていたゲンドウ、冬月副指令、ミサトさんも二回目以降になると現場にも来ない。

 反対に現場皆勤賞なのは赤木博士だ、俺が入院していた間も顔を出してあれこれ指図していたらしい。

 今日も赤木博士と俺は現場監督と共に作業プランを練って、労災事故が起こらないように安全な解体作業を行うのである。

 

「本日もF4番6Bから8C部位の解体作業を実施します。各作業は作業主任者の指揮に従って行ってください。今日も一日ご安全に!」

 

 俺はジオフロントに運び込んだ第4使徒の胴体を切り刻み、肉のブロックを両手で保持して作業場に置く。

 そこにサンプルを取る赤木博士率いる分析班と、細かな肉片を酸に漬けて溶かし切る処分班が黄色いNBC防護服を着て肉片に一斉に取り掛かる。

 腐肉に集るウジみたいに見えてあまり気持ちのいいものではない。

 そんな口が裂けても言えないような感想を持ちながらも、作業は進んでいく。

 

 どうしてこうなったかというと、第5使徒戦後に俺は善意から撤収作業を手伝うと言ってしまったからである。

 日本全国の総力を挙げて使徒を撃破したのだが、その後の後始末についてはアニメ、漫画、二次創作でもあまり触れなかったが割とめんどくさい状況になっていた。

 焼け焦げた変電設備、溶けたアスファルトに融着したケーブル類、陽電子通過後に発生したガンマ線による放射能汚染。

 広範囲に散らばった無人攻撃機の残骸、原形留めぬ急造要塞と大量の産業廃棄物。

 重体の綾波を搬送してもらい、少し休んだ俺は夜明けとともに決戦の痕を目の当たりにして、赤木博士に提案しに行ったのだ。

 

 __シンクロ率向上と動作安定の訓練も兼ねて、撤収作業を手伝わせてくれませんか? 

 

 最初は渋っていた赤木博士や司令部の面々だった。

 しかし“エヴァの手先を器用にするため”であるとか、“高線量地域でも運用可能”である点、“大型であるから仮設足場工法よりも効率よく解体できる点”などをアピールしてしまったがゆえに許可が下りてしまったのだ。

 シンジ君ロールプレイを投げ捨てたような俺の様子に怪訝そうだった赤木博士だが、ほぼ毎日顔を突き合わせて作業するうちになんだかんだ受け入れてもらったらしく、ある程度気安い関係になった。

 

 ある日の作業終わり、プラグスーツを脱いだ俺は赤木博士の研究室に呼び出され、コーヒーをごちそうになることになった。

 

「シンジ君、お疲れ様」

「お疲れ様です。赤木博士」

「あら、ミサトは名前なのに、どうしてかしら」

「初対面からグイグイ来られたので、そのままって感じですかね」

「じゃあ、私も名前で呼んでくれていいのよシンジ君」

「リ、リツコさん」

「なあに」

「とりあえず、作戦時以外はこの呼び方で行こうと思います」

 

 悪戯そうな笑みを浮かべる赤木博士改めリツコさん。

 慣れるまではクールなデキる女だけど、一度近づいてみると意外とお茶目な女の子だ。

 普段とのギャップにドキッとしたけれど、よく考えると親父の愛人やってるんだった。

 リツコさんからすりゃ“あの人の一人息子”程度の認識で、そこからドロドロとした情念に巻き込まれるとかないよな? 

 最近よく一緒に作業していて気安くなったエヴァパイロットってくらいの関係だよな? 

 アニメ本編や旧劇場版で見せた、レイのスペアを全滅させたり、ゲンドウに銃を向けて心中を要求した姿を思い出し背筋が寒くなった。

 メンヘラ入った女性に詰め寄られたりするような方向のドキドキは求めてないよ。

 しかし、今のリツコさんはまだ限界来てないクールな赤木博士だから余計な心配はやめておこう。

 女性に免疫のない中学生が、大人の色気にドギマギしてるように見えてたらそれでいいや。

 そんな俺の動揺をよそに本日のシンクロ率の発表タイムがきた。

 第五使徒戦で40パーセント超えを果たした俺は今回の解体作業支援でジワジワとシンクロ率を伸ばしているのだ。

 

「今日のシンクロ率は54.7パーセント、新記録よ」

「そうなんですか? 崩さないように慎重にナイフ入れてただけなのに」

「おそらくだけど、あなたが手先に集中していたのが良かったみたいね」

「そうですね、あの巨体で一歩間違えたら死亡労災事故なんで」

「あなた、大人顔負けの事を言うのね。まるで()()()()()みたい」

「えっ」

「冗談よ」

 

 カマを掛けられたのだろうか、動揺がバレたか? 

 いや、労災云々は朝のミーティングでも繰り返し言ってることだしな。

 リツコさんはフフフと笑っている。

 こりゃ憑依がバレているかもな、などと思っていると爆弾が投げ込まれた。

 

「碇シンジくん、『内向的で人付き合いが苦手な子』って聞いていたけど、本当のあなたはどっち?」

「ですよね、第三新東京に来る前と後じゃ違い過ぎる」

 

 観念して、“俺はシンジ君に憑依した何者かです”と自白しようかと考えた。

 

「無理に言わなくていいわ、体細胞のデータも本人と一致、初号機とのシンクロも出来ているもの」

「いいんですか?」

「おそらく、憑依型の多重人格障害。聞いても荒唐無稽な話になるでしょう」

 

 そうなるよね、今は“解離性同一性障害”っていうんだっけか。

 小児期のトラウマや虐待・ネグレクトなどの影響で別人格を作ってしまいましたってやつで、シンジ君なんかいつ発症してもおかしくない環境だ。

 まあ異世界の人格が憑依しましたなんて言っても普通は与太話だろう。

 俺ならゼーレあたりがシンジクローンで寄越したスパイを疑うわ。

 待て、うろ覚えだけど人類補完計画にとって必要なのは()()()()()()じゃねえのか? 

 

「私は長野の貴方を知らないから、たとえ多重人格障害だったとしても気にしないわ」

「それが、28歳の男の精神でも? カウンセリングとか受けさせられたりしませんか?」

「ええ、日常生活が送れて、エヴァに乗れるなら。むしろ、今のあなたの方が魅力的よ」

「リツコさん……シンジクローンのスパイとか疑わないんですか?」

「ふふ、スパイならもっと目立たないように行動する物よ。成り替わるにしてもお粗末ね」

「そうですけど、総司令には何といえば」

「心配しなくてもこの事はあの人には言わないわ」

 

 あっという間に憑依していることがバレたわけだが、この日よりリツコさんとの距離が一気に近づいたように感じる。

 

 

 連日の解体作業支援でエヴァの実働データが取れたため、起動実験もしばらく無くなった。

 今日からエヴァに乗らないお休みだ、と行動予定表片手にネルフ本部に寄った。

 重傷を負った綾波のお見舞いと、ミサトさんに保護者面談への参加をお願いするためだ。

 

 病室で見た綾波は熱傷も大分治り、元気そうだった。

 

「差し入れ、苦手だったら言ってくれ」

 

 俺は果物ジュースの詰め合わせを持ってきた。

 お中元フェアでどれ買うか悩んだ結果、和菓子系は好き嫌いが出てくるのではと判断した結果だ。

 

「大丈夫」

 

 水色の入院着の綾波はりんごの缶ジュースを取って、くぴくぴと飲み始めた。

 ただ缶ジュースを飲むだけなのに儚げな美少女がすると絵になるなあ。

 ぼんやりと見つめていると、物欲しそうに見えたのだろうか綾波はベッド脇のサイドチェストの上に置いた化粧箱からりんごジュースを取った。

 

「碇君も、飲む?」

「お言葉に甘えて」

 

 手から山形県産りんごジュースを受け取り、俺も飲む。

 熱風吹きすさぶコンクリートジャングルを歩いてきた旅人に、りんごジュースは潤いを与えてくれる。

 

「おいしい?」

「最高! 外が暑すぎて喉カラッカラだったんだよな」

「そう」

 

 そっけなく聞こえるが、表情はいつもより明るく見える。

 こんな娯楽のひとつも無いような病室で、見舞客もめったに来ないんじゃなあ。

 

「綾波、いつ退院なの?」

「木曜日には退院だって、赤木博士が」

「あさってか。ところで進路相談って綾波もするの?」

「ええ」

 

 綾波の進路相談にはリツコさんが出るらしい。ダミーの私立高校に進学とでも言うのかね。

 俺の進路相談は我らが作戦部部長、葛城ミサト一尉が担当してくれるわけなんだが……不安しかねえ。

 国際公務員である特務機関ネルフに任官拒否ってあるのかな。

 サードインパクトがもし起こらなかったらエヴァパイロットとして飼い殺しか? 

 本当に進路のことを考えるのは人類補完計画をどうにかして、LCL化を阻止してからだな。

 

「碇君、どうしたの」

「進路を考えるのも大事だけど、その前に使徒を何とかしなくちゃな」

「そうね」

 

 それきり、話題が無くなってしまう。

 気まずい沈黙ではなく、穏やかな沈黙である。

 

 プシュッ

 

 綾波がぶどうジュースのプルタブを開ける音だけが響く。

 

「綾波、お大事に。また学校で」

「ええ、またね」

 

 貰ったりんごジュースを最後まで飲み干した俺は、綾波の病室から出て葛城一尉の執務室へと足を運ぶ。

 

「碇シンジ、入ります!」

「はーい、入って入って!」

 

 ミサトさんの執務室に行くと、ミサトさんのほかにリツコさんがいた。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様、ミサトに用事かしら」

「はい、学校の進路相談に来てもらいたくて」

「良いわよん、ところでリツコ、レイの進路相談ってどうすんの?」

「行くわよ、もちろん」

 

 俺は鞄の中に入れてあった進路相談の日程表を二人に手渡す。

 

「日程はプリントにある通りなんで、よろしくお願いします」

「わかったわ、ところでシンジ君、最近リツコと仲いいじゃない」

「そうですか?」

「シンジ君、じっくり話してみると面白い子よ」

 

 リツコさんはこちらを見ながら言うが、面白いっていうのはどういうことだ? 

 ウィットに富んでいて話し上手ってわけでもないし、多重人格障害の実例とかそういう方向での面白さか? 

 

「リツコの『面白い』っていうのは貴重よん」

「いつもいつも近づいてくるのが、揃いも揃ってつまらない男ばかりなのよ」

「リツコさん美人ですからね」

「シンジ君、あなたそういうことをサラリと言うと軽薄に思われるわよ」

「ホントは嬉しいくせに、素直になんなさいよ」

「ミサトの方こそどうなの?」

 

 声のトーンが少し上がったリツコさん。照れてるのか。

 そういやこういったトークと言えば、加持さんがよくしていたよな。

 素直になるっていうのはミサトさんにも刺さるのではと思ったら案の定、撃ち返されている。

 

「アイツのこと? 知らないわよ。ところでシンちゃん、私には何かないの?」

「ミサトさんも、美人ですけどね……うーん、お部屋の実態を見てしまうと」

「なによぉ!」

「そういえばシンジ君、ミサトの部屋に行ったことあるのね」

「はい、退院の晩です」

「本当に酷かったでしょう」

「酒とつまみとゴミがね……ちゃんとゴミ出ししていますか?」

「してるわよ……時々」

「その様子じゃ、ダメね」

 

 長い付き合いだけあってよく知ってるんだなあ。

 それから、しばらく雑談をしているとリツコさんがある招待状を出した。 

 差出人は日本重化学工業共同体で、『ジェットアローン完成式典』への招待状だ。

 『御多忙中とは存じますが万障お繰り合わせの上ご参加ください』ときた。

 ジェットアローン……あ、原子炉内蔵のアイツか! 

 アスカ来日に気を取られ過ぎてそんな奴いたの忘れてたぁ。

 

「ネルフからは私とミサトが行くことになってるんだけど、シンジ君も行く?」

「え、良いんですか?」

「やめといたほうがいいんじゃない、あっちはウチのことよく思ってないみたいだし」

「そうね、でもシンジ君なら大丈夫そうよ」

 

 中学生があんな居心地の悪い会に行ったら、メンタルにも悪影響だと思うんだが。

 リツコさんの中で俺シンジ君(実年齢28歳)は相当タフな印象なのか? 

 それはさておき、たしかゲンドウの裏工作で暴走してJ.A計画は頓挫する。

 J.Aは純粋な人類の技術だけで作った巨大ロボだから、ここで退場してしまうのはもったいないよな。

 ネルフ利権にあぶれた人々の対抗策で生まれた機械なんだろうけど、どうにか活路はないもんかなあ。

 未完の試作機とか、不遇の凡作機に対してこういう事を考えてしまうのが兵器オタクの宿命である。

 せっかく見せてもらえるんだから、行かない手はないよな。

 

「一応、競合? 他社の製品だから見るだけ見てみようと思います」

「じゃあ、参加は三人ね」

 

 

 数日後、予定通り開催されて赤木博士、葛城一尉と俺の三人はVTOL輸送機に乗って旧東京の放置区画までやって来ていた。

 

「ここがかつての花の都、大都会とはね」

「新型爆弾って。何撃ったらこうなるんだろうな」

 

 水没した市街地、コンクリ基礎がわずかに残ったままの広大な更地、東京タワーらしき鉄骨の台座。

 日本史の教科書ではセカンドインパクト直後の2000年9月20日に新型爆弾が投下され50万人が死亡。

 復興をあきらめて今の長野県松本市の第二東京に遷都したらしい。

 それを考えると今からグラウンドゼロの上で運動会やるようなものか。

 走るのは手足の付いた原子炉だけど。

 

「何もこんなところでやらなくても良いじゃない」

「巨大ロボだし動かすと騒音や振動で危ないんじゃないですか、演習場借りたらいいのに」

「さっすがシンジ君、エヴァを用いた解体作業やってるだけあるぅ。ところで、戦自は」

「戦自の関与も認められず、だからこんなところでやっているのよ」

 

 輸送機から降りて受付に行く。

 綺麗な受付嬢のお姉さんが招待客から名刺を受け取って、席へと案内してくれる。

 俺たちの番が来て、ミサトさんとリツコさんそして俺が名刺を出すと急に内線電話をかけ始めた。

 上役と何かしら話したあと、パンフレットなどが入った袋を取り出す。

 

「お待たせしました。特務機関ネルフの葛城様と赤木様、碇様ですね。会場中央の席までお進みください」

 

 他の客の場合、来客のリストと名刺を照らし合わせて確認とるのだが、ネルフだけ悪い意味で“特別枠”らしい。

 会場に入った時、驚きの光景が広がっていた。

 わざわざ会食会場中央のテーブルで、飲み物がだだっ広いテーブルの中央にちょこんと置かれているだけ。

 準備中かと思いきや、他のテーブルには料理がセットされて人数分の食器が置かれている。

 周りの企業の参加者がこっちを見て何か囁いてる。

 スーツ男ばかりの企業マンのなかに、礼服の女と青いワンピースの女、そして学生服の中学生という三人は見た目からして浮いてる上に、“あの”特務機関ネルフの人間ときた。

 開始前から嫌な注目浴びてるなあ。

 

 そして、式典が始まる。

 日重の沿革の後、ジェットアローンのPV映像が流されたあとに開発責任者である時田シロウ氏による機体説明が入る。

 そして、アニメで描写された例の質疑応答タイムが始まった。

 

「これは、高名な赤木リツコ博士。お越しいただき光栄の至りです」

「質問よろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

「先の説明によりますと内燃機関を内蔵とありますが」

「ええ、本機の大きな特徴です。150日間の連続作戦行動も保証されております」

「しかし、格闘戦を前提とする陸戦兵器にリアクターを内蔵するのは安全性にリスクが大きすぎるかと思われますが」

「5分も動かない決戦兵器よりは役に立つと思います」

「遠隔操縦では緊急対処に問題を残します」

 

 リツコさん、ムカついてるんだろうなあ。

 ただ、実験機とするならばこんなもんだとは思うけどな。

 

 1950年代のアメリカで原子力ターボジェットエンジンというのがあった。

 常に現場封鎖の空挺部隊が同行して飛ぶ“原子力爆撃機NB-36H”だ。

 結局、乗員保護のための鉛のシールドが重すぎてあんまり搭載容量が無いというのと、取り扱い要注意で手間とコストがかかりすぎるという事で開発破棄になったけどな。

 ジェットアローンはそれに近い立ち位置だと思う。新技術の実証試験機。

 なぜか時田氏は実戦投入する気満々だけど。

 

「パイロットに負荷をかけ、精神汚染をする兵器より人道的だと思います」

 

 時田氏はリークされた資料片手にリツコさんをやり込めたつもりでいるようだが重要なポイントはそこじゃないんだよなあ。

 

「人的制御の問題もあります」

「制御が利かなくなり、暴走を許す危険極まりない兵器よりは安全だと思いますがね」

 

 暴走し、怒りのコアパンチをする初号機の写真がスライドに映される。

 白目剥いて口開いてまあ……。

 情報めちゃくちゃ漏洩してるなオイ、A.Tフィールドの存在も知ってるんだったっけ。

 一方、ミサトさんはスライドを見る事もなくやる気なさそうに机に頬杖ついている。

 

「制御できない兵器など全くのナンセンスです、女性のヒステリーと同じですよ。手に負えません」

 

 会場の所々で笑い声が聞こえる。

 隣を見る、ヤバい、リツコさん頭に血が上ってる。

 ここで追撃されたらせっかくの質疑応答が終わってしまう。

 空気を読まずに割り込むか。

 

「あの……割り込んでしまって申し訳ないんですけど、よろしいですか?」

「シンジ君?」

 

 リツコさんが凄い顔で俺の方を見てくるが、俺は時田氏の方を向く。

 

「ええ、構いませんよ。ええっと君は……」

「先ほどからあなたが例に挙げてくださってる兵器の操縦者、碇シンジです」

「君があの兵器の?」

 

 時田氏はニヤニヤとこちらを品定めするような目で見る。

 リツコさんと違って兵器オタクの目線から質問させてもらうぜ。

 

「ええ、ただ今、制御できない兵器扱いされているあの兵器です」

 

 会場からどっと笑い声が上がる。

 

「エヴァは古代の戦争でいうところの象ですね。ゾウ使いが制御している時は敵を蹂躙しますが、火の付いたブタが投入されたり何らかのことで怯えると自陣で暴走して大変なことになる。そうした超兵器です」

「そんな兵器に乗っていて怖く感じないんですか? 精神に影響が出ると聞きましたが」

「ええ、怖いですよ。でもそれは戦車や普通科、もとい歩兵でも同じです。心的外傷になるものもいます」

「遠隔操縦の無人兵器になれば、そういった恐怖から解放されると思うんだけれど、どうだろう」

 

 時田氏は少年に戦争を強いるネルフが非人道的だという路線で攻めるつもりだな。

 そんな感情論のやり取りなんて時間の無駄だ、知りたいことを突っ込んでいくよ。

 

「遠隔操縦で気になることがあるんですけれど、よろしいですか?」

「かまわないよ」

「時田さんは“作戦行動”とおっしゃっていますよね、実戦だと電波妨害や損傷などが考えられるんですけど、遠隔操縦の対妨害性や信頼性についてはどうお考えですか?」

「対妨害性ならプロテクトを掛け、指令信号を広い電波の周波に小分けにして流すことによって確保しています、これでいいかね」

 

 プロテクトと広帯域にスペクトラム拡散ね。

 普通の戦術無線機に毛が生えただけみたいなものか。

 元の世界ではWi-FiやらBluetoothとか民生使用も盛んだけど、こっちはどうなってんだろうね。

 ま、高速で周波数を切り替える“周波数ホッピング”で秘匿性確保してるつもりなんだろうけど、ネルフにはホッピングパターン解析しそうなスパコンや赤木博士がいるからなあ。

 

「ありがとうございます、ただ、資料を読ませていただいて思うのは“実験機”としてはいい製品だと思いますよ」

「わざわざ、お褒めの言葉ありがとうございます」

「時田さん、この会場の皆さんが運用しようとして購入したら、アフターサービスってどうなってるんですかね?」

「えー、弊社では今後、整備サポートなど行おうと考えていますよ」

「リアクター動力ということは少なからず高レベルの放射性廃棄物が出てくるわけですが、その処分とか制御棒の交換とか、そういった保守整備や前線運用に日重さんとしては何処まで体制が出来るのかなと思います。高いコストかかって赤字になりませんか?」

「そういった点も今後、詰めていく所存です、まだありますか?」

 

 基地で運用して、基地のあちらこちらに放射性廃棄物や汚染水の入った缶を積んどけってか? 

 原子力空母みたいに定期整備で原子炉整備資格者がいないので呼ばないと整備できませんとか、修理に半年から一年以上かかりますとか、陸戦兵器でそれは厳しい。

 空母や核ミサイルと違って抑止力目的での保有もできない。所詮はいち陸戦兵器だ。

 巨大な歩く原子炉なんて使徒どころか、航空攻撃の前にはいい的でしかない。

 運用地域に放射線物質を撒き散らす「汚い爆弾(ダーティ・ボム)」的自爆運用法しかないから抑止力になるわけがない。

 

 時田さんとしてはネルフが特権持ちで金食い虫って批判したかったんだろうけどなあ……。

 やっぱり、法的にもコスト的にも人型兵器の運用は官民一体とならざるを得ないよなあ。

 だからエヴァみたいに莫大な予算が継続して注がれないJ.Aは実験機止まりで、実用には向かないんだよね。

 

「最後に意見になるんですけどよろしいですか?」

「かまいませんよ」

「現段階では運用体制と機体の性質的に敵性体との実戦には向かないかなと思いまして、建設や復興作業用の人型機械としてスケールダウンした物やジーゼル動力仕様など販売されないんですか?」

「それも検討中です、貴重なご意見ありがとうございます、それでは実演のほうに移らせていただきたいと思います」

 

 アニメでは使徒戦に参入しようとしたからゲンドウに工作されてしまったような描写があったけど、日重さんも対使徒戦用じゃなくて作業用人型機械としてJ.A売り出せばいいのにな。

 作業用ならA.Tフィールドが解析できなくても良いし、ネルフは機械メーカーじゃないから住み分けできると思うんだが。

 この騒ぎが終わったら日重製レイバー、マジで提案してやろうか。

 

 控え室でまだ怒り心頭のリツコさん、そして地団太を踏んでいるミサトさん。

 そしてそんな二人に挟まれている俺。

 ロッカーを蹴ろうとするミサトさんを何とか止めたはいいけどめちゃくちゃ怖い。

 

「シンジ君、あんな奴らとまともに話することなんてないのよ!」

「そうですね」

「ミサト、シンジ君に当たってもしょうがないわ、大人げないわよ」

 

 リツコさんはジェットアローンの資料をライターであぶって燃やしてる。

 もっと怖い。

 

「自分を自慢して褒めてもらいたがってる、大した男じゃないわ」

「中学生に実戦運用のことについて言われてやんの!」

「そうね、よくあんなに言葉が出たものね。連れてきてよかったわ」

 

 アカンベーをするミサトさん。アンタ何歳だよ。

 一方、リツコさんはこっちを意味深に見る。あっ、こういう状況は織り込み済みでしたか? 

 

 制御室には招待客が集められ、小さな窓に密集して双眼鏡でジェットアローンの実機を観覧することになる。

 そんな集まりから距離を置いて佇んでいるリツコさんとミサトさん。

 ネルフの裏工作で今から暴走するんだよなこれ。

 俺まで離れて立っているのも不自然だろうから、機体の方でも見ておこうか。

 

「これよりJ.Aの起動テストを始めます、何ら危険はございません、安心してそちらの窓からご覧ください」

 

「起動準備よろし」

「全動力、解放」

「冷却ポンプ異常なし」

「動力、臨界点を突破。制御棒解放」

 

 ハンガーが開き、ジェットアローンの背中から三対六本の制御棒が飛び出す。

 

「歩行開始」

「歩行開始、右脚前へ、前進微速」

「前進微速ヨーソロー」

「バランス正常、動力異常なし、引き続き左足前へ」

「左足前へ、ヨーソロー」

 

 始めて巨大兵器が歩いている様を見た招待客が歓声を上げる。

 それを見ているネルフの二人は、「自慢するだけあって、ちゃんと歩いてるじゃない」と冷めた目線で見ている。

 ここでいきなり使徒登場、腕掴まれて折られるっていう展開が第三使徒戦なんだよな。

 敵前で有人起動テストやったミサトさんはもっと反省して。

 前進微速とかヨーソローとか艦艇みたいだな。曲がる時は取舵、面舵なんだろうか。

 右にも左にもいかず直進してくるJ.Aに思わず制御室を見ると、トラブルが起こっているようだった。

 

 ピーッ、ピーッ、ピピーッ

 

「あれ、変だな」

「どうした」

「リアクター内部の圧力上昇中」

「一次冷却水の温度も上昇中です」

「バルブ解放、冷却材を注入しろ」

「だめです、冷却ポンプの出力上がりません」

「いかん、動力閉鎖! 緊急停止」

「信号発信を確認……受信されず!」

「無線回路も不通です!」

「制御不能ッ!」

「そんな馬鹿な」

 

 日重の社員たちの動揺と近づいてくるJ.Aに異常事態を感じとった招待客は我先に逃げようとし、それを見た他の客もパニックを起こそうとしていた。

 リツコさんの立ち位置に向かおうとしたその時。

 

 轟音

 

 コンクリートの粉が舞い、踏み抜かれた天井が目の前のテーブルを押しつぶしていた。

 セーフ! あと5m前に居たら圧死していたな。

 そこにミサトさんが駆け寄って来た。

 

「シンジ君!」

「ゲホッ、無事です!」

「作った人に似て、礼儀知らずなロボットねェ」

 

 呆然としている時田氏。

 

「加圧機に異常発生、制御棒作動しません」

「このままでは、炉心融解の危険があります」

「信じられん、J.Aにはあらゆる事態を想定したプログラムを組んだはずだ、ありえない」

「でも今は現実に炉心融解の危機を迎えてるのよ」

「このまま自然に停止するのを待つしか……」

 

 想定外、炉心融解、憑依前の福島第一原発を思い出させるワードに、俺は何が出来るのかを考える。

 所詮中学生で、権力があるわけでもないし原発の専門家でも何でもないから出来ることはほぼないよな。

 一方、ミサトさんはどうにかしようと考えたらしく、停止確率を職員に聞く。

 小数点以下零何個の確率に、「奇跡を待つより捨て身の努力」といった。

 あの日、地震によって外部電源が壊れて冷却ポンプが止まり、圧力容器内に発生した多量の水素ガスが溜まって爆発した。

 その時も命を懸けて消防車や輸送ヘリで外部注水をした人々がいる。

 

「プログラムのリセットコードを教えなさい」

「それは最高機密で私の権限じゃ無理だ」

「だったら命令を貰いなさい、今すぐ!」

 

 内務省やら通商産業省、防衛庁などの担当者に電話を掛けているがたらい回しにされている。

 こっちには“原子力災害対策特別措置法”とかないのかよ! 

 元ネタが東海村臨界事故以前のアニメで、こっちの世界はセカンドインパクト以降の混乱で法整備どころじゃなかったのか。

 ミサトさんと時田氏の必死な様子を少し離れた所で見ていた俺はポツリと漏らす。

 

「メルトダウンより先に圧力容器が水素ガスで吹っ飛ぶんじゃ」

「シンジ君、あなた面白いことを言うのね」

「リツコさん」

「それも“誰か”の知識かしら」

「ええ、テレビで見ただけですけどね」

 

 その時、女性職員のアナウンスが入った。

 

「ジェットアローンは厚木方面に向かって進行中」

 

 人口密集地にわざわざ向かっていくタチの悪いプログラム組んだのは誰だよ。

 おそらくネルフの裏工作担当の誰かなんだよなあ。

 ……あっ。

 

「あっ?」

「あ、歩く原発事故ですね」

「そうね」

 

 消去法で暴走プログラムを組んだ人物に辿り着いてしまった俺は、隣のリツコさんに聞かれてしまい、焦った。

 

 こうして冷めた俺たちをよそに、葛城一尉は国連軍新厚木基地に電話し、それから本部に電話を掛ける。

 俺と葛城一尉はジェット輸送機で新厚木基地に向かい、そこからエヴァンゲリオン初号機による空挺降下でJ.Aに接触し移乗するという作戦が行われようとしていた。

 

「無駄よ、葛城一尉。おやめなさい。第一どうやって止めるつもりなの?」

「人間の手で、直接」

「葛城一尉、デリケートなNBC防護衣一枚で安全帯も無しに動く奴の中に行くのは無茶ですよ」

「無茶は承知よ、でもベターな方法がないの」

「本気ですか、内部は汚染物質が充満している、危険すぎる」

「ですが、上手くいけばみんな助かります」

 

 葛城一尉の作戦に時田氏、俺、そしてシナリオを描いたと思われる赤木博士も反対だ。

 しかし、それを聞いていた管制室の日重技術スタッフが遠隔操作信号を切って非常ハッチ解放操作を行った。

 

「これで信号が切れましたので、背面のバックパック中央のハッチより内部に入れます」

「よろしい、じゃあシンジ君、厚木に向かいましょうか」

 

 会場を出ようとしたとき、時田氏は呟く。

 

「希望、それがプログラムの消去コードだ」

「ありがとう」

 

 こうして俺たちは機上の人となり、ぶっつけ本番の空挺降下をやることになった。

 

「葛城一尉、無茶ですよ(2回目)」

「わかってるわよ、でも何もやらないで後悔するよりはマシでしょ」

「そうじゃなくて、僕、降下訓練もしてないし、生身の人掴んだまま飛び降りとか怖すぎます」

 

 原作シンジ君、よくこの作戦出来たな……着地の衝撃でプチッと潰したり、手からすっぽ抜けて落下死の可能性が高すぎる。

 

「そっち? エヴァの姿勢制御を信じて。私はシンジ君の事信じてるから」

 

 安全帯もない高所作業、しかも振動のある現場とかどうしようもねえよ。

 前席の日向さんも心配そうにこっちを見ている。

 

「葛城さん……」

「日向君、エヴァを切り離したら安全高度まで離脱、良いわね」

 

 その時、輸送機の機長が言った。

 

「目標を視認、停止しています」

 

 マジで? 

 

「地上より連絡、ただ今ジェットアローン停止、正常に機能回復したそうです」

「ミッションアボート、降下中止、降下中止!」

 

 そのまま輸送機は厚木基地へと戻って行った。

 余りにもあっけない幕切れだった。

 狙ったかのような機能回復に葛城一尉は、虚脱感と共に用意された奇跡の存在を実感しているようだった。

 一方俺は恐怖のヒモなしバンジーをやらなくて良かったことに安堵のため息をついた。

 

 その後だが俺の知りうる範囲では、原子力災害寸前までいった重大インシデントとされJ.A計画は白紙となり、日本重化学工業共同体の株が暴落した。

 こうして政治的要素をふんだんに含んだ原子力動力人型兵器計画は、他のお蔵入り兵器同様ひっそりと消えていったのだった。

 



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アスカ、来日

 J.Aの暴走事故の数日前、中学校の進路相談にミサトさんはやって来た。

 進路相談があるからと、短縮授業が行われていて昼過ぎの五時間目で終わる。

 俺はコンビニで買った昼飯を食べて、「眠いなあ」なんて思いながら午後の授業を受けていた。

 授業が終わってホームルームを待っているその時、外からエンジン音が響いてきた。

 今どき直管マフラー(ちょっかん)か? いや、単純にスポーツタイプのハイパワーマシン? 

 電気自動車全盛の第三新東京市でやかましいなと思って外を見る。

 真っ赤なフェラーリは学校の前の道路を駆け上がり、来客用駐車場でスピンターン。

 タイヤ痕を残して枠内に止まり、そこから降りてきたのはタイトなスカートにジャケット姿のミサトさんだ。

 急ブレーキのスキール音にクラスメイトどころか結構な数の職員、生徒が窓に集まった。

 

「なんだなんだ」

「カッコいい、誰の保護者?」

「今日は碇だけだから、碇の保護者だろ」

「あれが碇の保護者? かっけえなあ」

 

 隣にいたトウジとケンスケも興味津々だ。

 ハンディカムを向けるケンスケにミサトさんはニコリと手を振る。

 

「噂のミサトさんって綺麗な人やなあ」

「シンジはあんな人に保護されてるんだ」

「ま、まあ、書類の上ではね……」

 

 アニメで見たことあったけど、リアルでやられるとどうしてこんなに恥ずかしいんだろうな。

 ミサトさん、公道はサーキットじゃないし来客駐車場はジムカーナ会場じゃないですよ。

 男子生徒が釘付けになっている様と対照的に女子は冷めた目線で沸き立つ男子を見ていた。

 

「バカみたい」

 

 委員長はトウジ含む男子を見て呟く。綾波はいつも通りボンヤリとしていた。

 俺も綾波のように他人のフリできないかな、いや、手遅れだよな。

 

 ホームルームが終わると進路相談となる。

 高校進学の後に特務機関ネルフではない。エヴァとの関わりを推察されるためだ。

 国連軍所属の“陸上自衛隊”に就職するという「カバーストーリー」をもっともらしく伝え、普段の授業態度や成績についての評価を聞いた。

 成績は中の上、提出物も出すし、規律正しい真面目とされる生活態度を取っているので問題はない。

 

 いっぽう、鮮烈な登場をしたミサトさんはというと、俺の隣で「はしゃぎ過ぎて失敗したわ」と頭を掻いていた。

 面談開始までの間に先生方、特に生活指導のゴリ(43歳・体育教師)にネチネチと小言を言われたようだ。

 一歩間違えれば校内での事故につながるから、そりゃゴリ先生も怒るわ。

 そして面談が終わった俺たちを()()()していたのが、トウジとケンスケだ。

 

「ワシは、鈴原トウジと言います、この間は迷惑かけてもうてスンマヘンでした!」

「相田ケンスケです、あの件ではご迷惑をおかけしましたッ!」

「トウジ、ケンスケ帰ったんじゃなかったのか」

「あっ、もー良いのよ、終わった事なんだし。それよりウチのシンちゃんと仲良くしてくれてありがとね」

 

 いきなり頭を下げたトウジとケンスケに、良いのよと応じるミサトさん。

 保安部からの情報で交友関係なども掌握してるだけに、ミサトさんは作戦部長、俺の上司ではなく気安い友達のお姉さんを演じている。

 

「ハイッ!」

「こちらこそッ!」

「鈴原君、相田君、学校でのシンジ君の事、頼むわね」

「喜んでッ!」

「おう、シンジもよろしくな」

 

 ミサトさんのフレンドリーな対応にトウジとケンスケは舞い上がっている。

 その気持ち、分からんでもないけど……落ち着こうぜ。

 

 この時の出会いがあったため、今回、太平洋艦隊訪問時にトウジとケンスケを随行者として招待することができたわけなんだが。

 

「これがミル55D輸送ヘリ、こんな事でもないと乗れないよな!」

「輸送能力全振りのミル製のヘリコプターか」

「まったく、持つべきものは友達だよな、シンジ」

 

 感動のあまりうるさいぐらいにはしゃぐケンスケ。

 同好の士として巻き込まれるのだが、一緒になって騒ぐ気にはなれない。

 

「センセもこういうの好きなんちゃうんか?」

「おう、だけどあのテンションにはついて行けないや」

「ケンスケのアレはビョーキやからなぁ」

 

 使徒が出てくるのは分かっているが、今だけは頭を空っぽにして楽しみたい。

 ケンスケのように奇声を上げたりはしないが、じっくり観察してみたいものだ。

 だって2020年の俺の世界じゃもう退役したり、影も形もないような装備が現役で勢ぞろいしてるんだぜ。

 

「ミサトさん、今日はありがとうございます」

「いっつも山の中じゃ飽きるでしょ、だから豪華なお船でクルージングよ」

「ところが乗るのはクルーザー(巡洋艦)ではなくエアクラフトキャリア(航空母艦)なんだよね」

「なんやそれ」

「そのうちわかるよ」

 

 窓の外には見慣れた()()()が広がり、日光を浴びてキラキラと輝いている。

 新劇場版の赤い海とは違う、青黒い深海から使徒はやって来るのだ。

 

「シンジ君もミリタリーオタクなんでしょ?」

「そうなんですけど、こうも当事者になったらね趣味が仕事に直結するというか」

「うーん、最近のシンジ君は中学生っぽくないのよね、やけに物知りだし」

「本屋通いで、ミリタリー書籍を何冊も読んでたらこうなりますって」

 

 ミサトさんの中の碇シンジは「ガチ目のミリタリーオタク少年」だ、リツコさんのような多重人格という解釈ではなかったらしい。

 長野で内向的だった性格も新天地に来て一新、中学校で同好の士を得てオープンにしたという何とも楽天的な認識だ。

 

 事実、監視兼護衛の保安部の職員が見ているところで本屋に通い、いろんなジャンルの書籍を買って帰っているから中学生が知りえない情報を漏らしても“本で読んだ”と言える。

 J.Aの式典などで大人げもなく、リツコさんと共に外見も何も気にせずにハッチャけたわけだが、それもまた「青臭いオタク中学生感」を演出したに違いない。

 思い返せばエヴァを腐されて変なテンションになってたところもあり、時間が経つにつれて布団に顔をうずめたくなった。

 

「空母が5、戦艦が4、大艦隊だ!」

 

 輪形陣を組み航行している空母打撃群……より増強された戦闘群には戦艦、空母のほかにもミサイル駆逐艦、巡洋艦に、補給艦などの補助艦艇も多数いるようだ。

 その中の旗艦にネルフはエヴァのソケットを届けるのだがここで問題に気付く。

 弐号機を輸送する輸送艦オスローから、旗艦であるオーバー・ザ・レインボーまで遠すぎるのだ。

 アニメでは作画の都合上わりと密集していたが、実際に見ると結構な距離が空いている。

 これではさしものエヴァも艦艇を飛び移るなんていう芸当は無理じゃねえか?

 

「これが豪華なお船……?」

「国連軍が誇る正規空母、オーバー・ザ・レインボー」

「よくこんな骨董品が浮いていられるわね」

「セカンドインパクト前のビンテージ物じゃないですか」

 

 ミサトさんとケンスケのやり取りを聞いて飛行甲板を見る。

 ロシア製艦載機がアメリカの空母に整列していたり、艦隊を構成する艦艇の年代・国籍もバラバラだ。

 こうして実際に見ると“世界の艦船”に載っていた一覧を眺めるよりもなお不思議な気分になる。

 俺たちの乗った輸送ヘリは誘導されたスポットに降着し、スロットルを絞り込む。

 ダウンウォッシュがある程度収まると甲板作業員とパイロットが着艦完了の合図を出した。

 

「さあ、降りるわよ」

「下車用意!」

「下車ってバスかいな」

 

 ヘリコプターの騒音の中、ミサトさんの指示に反応してつい、下車用意と叫んでいたのをトウジに突っ込まれる。

 

「べつに輸送機から降りるのも3トン半から降りるのもたいして変わらないと思うけどな」

「了解、シンジ隊長! 下車用意!」

 

 ケンスケはノリノリで敬礼と復唱までしてくる。

 トラックの荷台や車から降りるときに毎回、「下車用意」「下車!」と同乗者に号令をかける為、つい言ってしまう自衛官あるあるだ。

 

「下車! あと甲板は強い風吹いてるから、アゴ紐のない帽子はご法度だぞ」

「帽子だけに?」

「センセ、それは寒いわ」

「やかましいよ」

「シンジ君のジョークセンスって微妙よね」

 

 ミサトさんにまで言われたが、別に帽子とハットを掛けたわけじゃないんだが。

 甲板に降り立った俺たちはアイランド、すなわち艦橋へと向かう。

 アニメでアスカに踏まれたトウジの帽子はすでにバッグの中に入れてあり、飛ぶ心配はない。

 甲板に露天係止(ろてんけいし)された戦闘機や対潜哨戒ヘリを見ながら、ケンスケはフラフラ歩く。

 二重反転ローターにハコフグのような機体が目を引くKa-32ヘリックスDとか、Su-33戦闘機とか旧ソ連系の装備もけっこう多い、インド海軍かよ。

 

「ケンスケ、カメラばっかりに集中してると転ぶぞ」

「だって空母だぜ、すっげー!」

「えらい風強いな、ごうごう言うとるやんけ!」

「結構な速度で走ってるから、甲板の端で転んだらそのまま海にドボンだ」

「ホンマ帽子取っといてよかったわ」

 

 ミサトさんは引き渡し書類を持っているがそれを届けに行くための案内図などはないため、誰かに聞くか自力で行く方法を探すしかないようだ。

 

「どこから中に入るのかしらね……」

「ミサトさん、海軍側から広報官、案内の士官とか来ないんですか?」

「そのはずなんだけど、居ないのよね」

「しかたない、いつまでも甲板上うろうろできないし、艦内に入りますか?」

「そうね」

 

 甲板作業の邪魔にならないようにハッチを探して歩いていると、

 目の前に艦上には似つかわしくない黄色いワンピースの女の子が歩み寄って来た。

 わざわざ前で仁王立ちしようとしていたようだが、一般公開の艦艇なんかと違って結構な速度で航走しているんだから風にあおられる。

 砂混じりでざらりとした滑り止め塗装は、素足で転んだらひどく擦りむくぞ。

 スカートはめくれ上がるどころか太ももに風圧で張り付いてしまって、それが腰回りの輪郭を強調してって……危ない! 

 ヘリコプターが遠くで着艦した時、強い風に転びそうになった彼女を思わず抱きとめる。

 

「きゃあ! エッチ! 変態!」

 

 そのお礼は一発のグーパンチだった。

 避ける暇もなく頬に一発入った。

 痛い。

 

「ヘローミサト! どれが噂のサードチルドレン?」

 

 結構な力で殴りやがって。

 原作アニメの平手打ちがかわいく思えてきた。

 いや、見物料で引っ叩かれるのも十分腹立つか。

 

「あ、紹介するわね。この子は惣流・アスカ・ラングレー。セカンドチルドレンよ」

「まさかこの変態がサードチルドレンなの? それともそっちの二人?」

「サードチルドレンはこっちの碇シンジ君、ふたりとも悪気はなかったんだから許してあげてね」

「どうも、碇シンジです」

「ふん」

 

 なめられたら負けだ、ふてぶてしく笑う俺。

 アスカは俺の顔をまじまじと見る、小娘のガンつけでビビる俺じゃない。

 

「なんちゅー暴力女や」

「ラッキースケベなシンジも悪いだろ」

 

 ケンスケ、後で覚えてろ。

 

 海軍側の案内士官がやって来たのはすぐその後だった。

 どうやら、連絡の行き違いで別の船に降りたと思っていたらしく、慌てて連絡機に乗ってやって来たのだという。

 そのヘリは俺が引っ叩かれる原因になったあの対潜哨戒ヘリだろうか。

 日系人の彼は2か国語が出来て、通訳も出来ることから選ばれたといいミサトさんを先頭に艦橋上部に向かった。

 艦橋にはテレビアニメで見た壮年の艦長、副長がいた。

 彼らの白い制服の胸には略綬(りゃくじゅ)がいくつも着いており、経験を積んだ高級将官であることを示していた。

 旗艦であるオーバー・ザ・レインボーの艦長が空母戦闘群司令を兼任しているようだ

 

「おやおや、どうやらボーイスカウト引率のお姉さんかと思いきや、こちらの勘違いだったようだ」

「艦長、ご理解いただけて幸いですわ」

「こちらがネルフの受け渡し物品、引渡書ねえ」

「はい、艦長がお考えになるよりも、使徒はきわめて強力ですので」

 

 流暢な日本語で話す国連海軍の将官に俺は驚いた。

 葛城一尉はバインダーに挟まれていた非常用電源ソケットの仕様書を艦長に渡す。

 

「あの人形を動かす要請など聞いちゃおらん」

「万一の事態への備えとご理解いただけませんか?」

「その万一の事態に備えて我々太平洋艦隊が結集しているのだ」

「葛城大尉、副長の私が言うのも何だがこの艦隊で勝てない相手がいるとなると、それはもう神だけだ」

 

 副長は窓の外を指す。

 そこに見えるのは僚艦の数々と、ミル55ヘリのコンテナから引き出されたソケットがトーイングカーで移動しているところだった。

 

「大体、いつから国連海軍は宅配屋に転職したのかね」

「某組織が結成されてからだと思いますが」

「まったく、オモチャひとつ運ぶのに大した護衛だよ」

「艦長、こちらにサインを」

「まだ引き渡し書類にサインすることは出来ん、海は我々の管轄だ」

 

 コイツ……と言わんばかりに歯ぎしりをする葛城一尉。

 海軍軍人にもプライドってもんがあるから素直にはもらえないだろうなあ。

 

「ではいつ引き渡してもらえますか」

「新横須賀に陸揚げしてからだ」

「海の上では我々に従ってもらおうか」

「わかりました。それでも有事の際はネルフの指揮が最優先ですのでお忘れなく」

 

 艦長、副長共にネルフにはどうも否定的だ。

 さもありなん、ネルフは新興の組織で、それもよくわからない相手と戦うために創設され、国連という後ろ盾の下で「あれ積め、これ積め、非常時には指揮権寄越せ」と主張するのである。

 ネルフ嫌われ過ぎじゃないかと思ったが、ミサトさんのセリフを聞くにこうした強権的なところが所々で反発を生んでるんだろうな。

 

「あいかわらず凛々しいなあ」

「加持先輩!」

 

 その声にミサトさんは、ひきつった顔になって振り向いた。

 アスカが現れた人物の名前を呼ぶと「よっ」と手を挙げる。

 無精ひげに長い髪を一括りにした男が立っていた。

 

「加持君、君をブリッジに招待した覚えはないぞ」

「これは失礼」

 

 艦長は嫌味をいい、副長は露骨に嫌な顔をする。

 そして、言うだけのことを言ったと艦橋を退出して士官食堂へと向かう。

 その道中、いろんな人々と出会ったが女子供の一団は目立つようで皆一様にジロジロと視線を向けてくる。

 それに居心地の悪さを感じつつも、士官食堂へ行くと人はほとんどいなかった。

 

「なんでアンタがここに居るのよ」

「アスカの随伴でね、出張さ」

「うかつだったわ、十分考えられる事態だったのに」

「ところで、今付き合ってる人居るの?」

「アンタには関係ないでしょ」

「つれないなあ」

 

 ミサトさんと加持さんの元カレ・元カノの関係を匂わせるやり取りにトウジ・ケンスケは「大人の関係見ちゃったな」なんて言ってる。

 アスカも「うげっ」とばかりにひきつった表情だ。

 

 食堂の苦い海兵コーヒーを飲みながら、ふと自分のことについて考える。

 ついぞ告白することなく俺は憑依してしまったわけだが、幼馴染の女の子は今、どうしてるんだろうな。

 大学で別れ、自衛隊入隊でそれこそ会わなくなったわけだけど、高校卒業までは一緒に過ごしていたわけで。

 成人してから会ったのもお互いに帰省中の数回だけで、挨拶してちょっと飯に行くだけ。

 最後に会ったのは去年の正月休み。

 お互いに27歳、いい相手いないのかという話になった時に言われた。

 

 __〇〇君ってさ、今付き合ってる人いるの? 

 

 結局、酔ってたこともあって話はうやむやに、酔いがさめる頃にはアイツは名古屋に帰ってた。

 あのときの俺は彼女の事をどう思ってたんだろう。

 恋愛対象だったのか、それともただの女友達だったのか今となってはわからない。

 どうして、エヴァ世界に来て急に彼女に会いたくなったんだろうな。

 

「碇シンジ君」

「はい、なんですか」

 

 加持さんが声を掛けてきたので、意識はこちら側に戻って来た。

 ミサトさんと同居してないから寝相の話なんて分からんぞ。

 

「君が何の訓練も受けずに実戦でエヴァを動かしたサードチルドレンだろう」

「そうですね、でもなぜそれを? エヴァには偶然や運が大きいと思います」

「この業界じゃ君はもう有名人さ。たとえ運や偶然だったとしても、それも君の持った才能なのさ」

 

 社交辞令かもしれないけど、今言う必要あったかそれ。

 隣のアスカが凄い顔で俺を睨みつけてるんだけど。

 そのあと、いったん解散となった。

 

「しっかし、いけすかん艦長やの」

「プライドの高い人だから、皮肉のひとつも言いたくなるんでしょ」

 

 トウジのぼやきにミサトさんが答える。

 皮肉を言いたくなるどころか、“大人の海軍軍人”としての仕事を否定されてるんだから怒りもするだろ。

 

「有事の際にネルフが全指揮権ぶんどりますじゃ、嫌われてもおかしくないですよ」

「そうね、でも浮いてる船の武装ではどうしようもないんだからしょうがないわ」

「でも、第4使徒の事を考えると、積み荷のエヴァでも似たようなものだと思いますよ」

「う、そうね……」

 

 思い出すは第4使徒、イージス駆逐艦の主砲である127㎜速射砲に耐えて航空爆弾の直撃にも耐えきったのだから、第6使徒も速射砲や対潜ロケット、短魚雷くらいは平気で耐え抜くだろう。

 

「まあ、洋上で遭遇しなきゃ、そんな心配する必要ないんじゃない」

「そうですね、B型装備、プログナイフ一本で水中戦なんて展開にならないといいですね」

 

 自分で言っておいてなんだが、とても白々しく感じる。

 どうせ、あと数時間後には加持さんの持ってるアダム目掛けて使徒が突っ込んで来るんだ。

 

「ところで加持さん、明るい人ですね」

「絶対にアイツのいう事、真にうけちゃダメよ」

「話し半分に聞いておきます」

 

 ミサトさんは俺の両肩に手を置いて圧を掛けてくる。

 加持さんに過去の事掘り返されないか心配なんでしょうけど、そうやってムキになるとかえって逆効果だと思うんですが。

 ネルフ本部御一行様の控え室まで向かう最中のエスカレーターでアスカが仁王立ちしていた。

 

「サードチルドレン! ちょっと付き合いなさい」

「ええっ」

 

 アスカが弐号機を俺に見せようと葛城一尉と艦長に許可を取りに行き、なぜか許可が下りた。

 どういう弁舌を振るえば、あの艦長がさらりと許可を出してくれるんだ? 

 釈然としないものを感じたが正規の運航許可証が発行されたのは確かで、それを提示することでタンカー改造の特設輸送艦オスローに降り立った。

 

 連絡用のヘリコプターから降りると、アスカはずんずんと俺の前を行く。

 そして、LCLの中に横たえられた深紅の巨人の上に彼女は立ち、浮き桟橋の上の俺を見下ろす。

 

「所詮零号機と初号機は開発過程のプロトタイプとテストタイプ、訓練ナシのあなたなんかにいきなりシンクロするのがいい証拠よ」

 

 弐号機を自慢するために零号機と初号機を貶すアスカ。

 いつも乗ってるといつの間にか愛着が沸いてるもので、イラっと来る。

 俺の“相棒”は魂がこもっている、初号機と信頼関係を築くために俺は色々試した。

 エヴァに話しかける様子は完全に可哀想な人のそれだったが、やる前に比べてシンクロ率の伸びがいい。

 だからさも簡単にシンクロ出来ましたという風に言われるのは腹が立つ。

 

「でも弐号機は違うわ、これが実戦用に作られた本物のエヴァンゲリオンなのよ、制式タイプのね!」

「あ、そう」

 

 自分で思ったより冷ややかな声が出ていた。

 アスカを刺激せず、大人らしくおだててもよかったはずだ。

 だが、驚くほど興味の無さそうな、それでいて突き放すような声が出た。

 

「なによ、使徒を三体も倒したエースパイロット様にとっては聞く価値もありませんって?」

「違う、来るぞ」

 

 アスカが突っかかってきた瞬間に、衝撃はやって来た。

 突き上げるような縦方向と横方向の揺れが襲ってきて、俺とアスカは慌てて上甲板に走り出す。

 俺の目の前で、一昔前のフリゲート艦が爆沈する。

 キールをへし折られて二分割、脱出する暇もなく波間に消えていった。

 おそらくあの船に生存者はいないだろう。

 

「使徒だ!」

「あれが、本物の使徒」

「惣流さん、艦長と葛城一尉に連絡できない?」

「指図しないで!」

 

 全艦で「対水中戦闘用意」の警報と艦内放送が流れているようだ。

 何かを探すように遊弋(ゆうよく)する喫水下の敵に対し、国連海軍は各艦自衛戦闘を開始した。

 

 数隻のフリゲート艦のアスロックランチャーが旋回し、発射された。

 ロケットモーターが切り離されて使徒目掛けて短魚雷が航走、命中するが効果はないようだ。

 続いて短魚雷発射管やらボフォース対潜ロケットといった対潜兵装が発射される。

 直撃はしているようだがやはり効果はなさそうで、まるでサメ映画のサメ張りに泳ぎ回っている。

 そうしているうちにも、また2隻体当たり攻撃を受けて爆沈した。

 隣のアスカはというと、何かを決心したような表情で言った。

 

「やっぱり、エヴァに乗るしかないようね……」

「そうだね」

「アンタも、来るのよ!」

 

 アスカに引きずられるように、弐号機の浸かるプールにやって来た。

 そこで渡されたのはアスカの予備のプラグスーツだ。

 

「覗かないでよね!」

「了解」

 

 階段の踊り場でさらりと着替えた俺はアスカを待つ。

 ここで命令系統について考える。

 エヴァ弐号機はまだ国連海軍側の所管であり、群司令たるヒゲ艦長の許可がないと動かせないはずだ。

 アニメでは「命令無視・独断専行・事後承諾」で動かしてたわけだけど、リアルとなったこの世界でそれやらかして大丈夫なんだろうか? 

 まあ、責任は葛城一尉に行くし、そもそも命令待ちで弐号機に乗らなきゃ海の藻屑だよな。

 

「終わったわ! グズグズしないでッ!」

 

 弐号機に乗り込んだ俺たちは早速起動、しなかった。

 思考言語パターンが違うためエラーが出たのだ。

 

「ちゃんとドイツ語で考えて!」

「俺、日本語しかわからないよ」

「バカッ、思考言語を日本語に!」

 

 弐号機は何とか起動し、覆っていたシートをマントのようにして立ち上がる。

 そこに、オーバー・ザ・レインボーから音声通信が入った

 

「何をしている! すぐ元に戻せ」

「アスカ、構わないわ! 出して」

「勝手なことを言うな、まだあれはウチの管轄だ」

 

 マイクの向こうで艦長と葛城一尉が揉めているようだ。

 俺は使徒の泳ぐ波を見ながら叫ぶ。

 

()()、使徒が接近中です、緊急避難のため自衛戦闘に入ります!」

「あんた何勝手なこと言ってんのよ」

「シンジ君も乗ってんのね!」

「船の上だぞ、そんな人形でどうするつもりだ!」

「そんなの、船を飛び移るに決まってるでしょ」

「馬鹿モン、そんな巨体では艦が壊れて死人が出るぞ!」

 

 即断即決のアスカに、俺も艦長と同意見だったがそれでは八方塞がりだ。

 オカルトでも、この世界で有効なご都合主義補正でも何でもいい。

 考えろ、何かいい案はないか。

 その時、何かの二次創作で読んだ手法が頭をよぎった。

 

「惣流さん、A.Tフィールドは張れる?」

「バカにしないで、そんなのあたりまえじゃない」

 

 あたりまえじゃないんだよな、ちなみに俺は張れない。

 ここで使えないとなると、突進してきた使徒に飛び乗るしかなくなるが。

 

「A.Tフィールドを足に張って減速入れて、着地の衝撃と重量軽減できない?」

「そんな事って、出来んの?」

「分からないけど、使徒はエヴァの突進止めてたから出来ないことはないはず」

「分かんないものイキナリ使わせようとしないでよ!」

「いきなり無茶ぶりはネルフ本部の特徴だよ、来たぞ!」

「どうにでもなれぇ!」

 

 アスカが跳躍した直後、オスローが爆沈した。

 想像していたよりかなり高く飛び、両肩の拘束具が風を切る。

 

「今だ、足の裏に張って!」

「張ってるっちゅーの!」

 

 向かい風で身体が押されるような感覚と共に着地先が見える。

 すみません! 主砲、弁償しますから! (ネルフが)

 アーレイバーク級イージス艦の艦首に着地し2秒後、沈み込む前に向きを変えて飛ぶ。

 次に着地先に選んだのがヘリ搭載駆逐艦の後甲板、巡洋艦とフリゲート艦を踏み台にした。

 最終目標地点である旗艦では、着艦準備がなされていた。

 

「エヴァ弐号機、着艦しまーす!」

「着地と同時に手を着いて! 転覆するよ」

「わかってるわよ!」

 

 アングルドデッキのど真ん中、艦橋のすぐわきに“着地”した弐号機は展開されていたクラッシュバリアやアレスティングワイヤを握りつぶして止まり、船が大きくロールする。

 さすがは大型艦というだけあって復元性が高く、なんとか転覆はしない。

 

「飛行甲板がめちゃくちゃじゃないか!」

 

 さらに露天係止のSu-33戦闘機がドボドボと海に落ちる。

 ああっ本当に申し訳ない! 

 

「アスカ、ソケットを挿して!」

「了解、エヴァ弐号機、外部電源に切り替え」

 

 使徒はいったん艦隊の外まで泳いでいくと旋回して速度を付けてきた。

 アスカはそれを見てプログレッシブナイフを肩から出した。

 口を開いて甲板上の弐号機に飛びかかり、喰らい付こうとする使徒。

 

「口ィ!」

「奥にコアがあるっ!」

「くっそお!」

 

 さも一瞬で見つけたかのように言う俺に、アスカはナイフ一本で使徒を押しとどめた。

 弐号機はじりじりと押されていく。

 このままではアニメ同様、舷側エレベーター踏み抜いて落ちる! 

 

「なんでもいいから目つぶしお願いします!」

 

 使徒の注意を逸らしてもらうために、叫ぶ。

 

「シンジ君、アスカ、待ってて!」

 

 ミサトさんの声が聞こえて数分後、艦長の声が響いた。

 

「どうせ弾は抜けん。“Kongo”、甲板上の奴を撃て」

 

 オーバー・ザ・レインボーの左舷270度に位置するイージス艦から速射砲が発射された。

 音の感じからして海自の護衛艦だろうか、艦首の127㎜砲が数十発ヒレに命中する。

 やっぱり硬く貫通しない、そのおかげで艦橋を誤射することもなく衝撃を全部体内に伝えることができたようだ。

 

 キィイイイイイ! 

 

 原作アニメでは聞いたことのないような咆哮。

 その隙にナイフを突き入れるがコアまで遠く、届かない。

 半身喰われてなお遠かったのだから、届くわけがない。

 しかし、7分が過ぎた頃エラのような器官がパカパカと開いたり閉じたりしはじめた。

 牙と牙の間にプログナイフを刺しているが、ジタバタと藻掻かれキツイ。

 

「奴はどうやら放熱しているようだ、熱くてたまらん!」

 

 水棲タイプだから温度上昇に弱いのか……。

 シン・ゴジラの蒲田君ことゴジラ第二形態もこんな感じだったような。

 

「艦長、対艦ミサイルの使用許可を求めています」

「構わんが、この艦に当てたら後でぶち殺すと伝えておけ」

 

 速射砲攻撃が効いてると判断したのか僚艦より対艦誘導弾の使用申請があったようだ。

 副長と艦長のやり取りからどうやら対艦ミサイルが発射される。

 

「アスカ、シンジ君、聞いた? だから何としてでも使徒を逃がさないで!」

 

 ちょっと離れた所にいる複数の艦から、長い発射炎が見えた。

 ハープーン対艦ミサイルやソ連製対艦ミサイルの高性能炸薬が胴体に直撃して爆発した。

 ダメージこそほぼないけど体内に衝撃はあるようだ、口が少し開いた。

 とくに、放熱してるエラ状の所がよく効くポイントらしい。

 すかさず殴るアスカ。

 

「このっ、このっ」

「どうすれば口の奥のコアを狙えるんだ」

 

 俺の呟きに、葛城一尉のそばで使徒戦を観戦していたケンスケが反応した。

 

「戦艦の40.6センチ3連装砲で撃ったら良いんじゃね」

「お前が見たいだけやろ」

「それだ!」

 

 葛城一尉が何かを思いついたようだ。

 おそらく戦艦を自沈させるアレみたいな何かを。

 

「残存艦艇による零距離射撃だと?」

「そうです、当艦を中心にした輪形陣の輪を縮め、戦艦の艦砲および対艦ミサイルで袋叩きにします」

「バカな、爆発の余波でここが吹き飛ぶぞ」

「弾着位置は使徒の上部とします、エヴァ弐号機はA.Tフィールドを最大出力で展開」

「ミサト、軽々しく言っちゃってくれて!」

 

 かれこれ数十分間右手のプログナイフで歯茎を抉り、左手でグーパンチを喰らわせ、食われるか海に落ちるかの攻防を繰り広げてる弐号機によく言うよ! 

 

「その間に可能であれば口を開口、ダメでも近距離砲撃で砲弾を叩き込みコアを露出させます」

「牙ごとへし折るってことですか?」

「そうよ、アンタたちがいるおかげで使徒の体に攻撃が通りやすくなってんのよ!」

 

 口を開けたところに、突入してくる戦艦の艦砲と艦載機の航空爆弾を投入する。

 無茶苦茶な作戦だが、武装が歯茎に刺さっているナイフ一本のエヴァには打撃力が無い。

 一か八か、やるしかない。

 プログナイフから手を離すと、両手で使徒の上あごに手を掛けた。

 

 艦隊の陣形が変わる、今までは対水中戦闘と回避運動のため各艦の間に一定の距離があったが、どんどん接近してきている。

 なかでも大型の戦艦2隻は鈍い動きながらも旗艦目指して向きを変えた。

 方位167°と215°つまりは右舷後方と左舷後方より挟み込むように突入し、空母に衝突するいっぱいまで接近するのだ。

 低速の戦艦に合わせ、オーバー・ザ・レインボーの速力が落ちた。

 残り時間は僅かだ。

 

「アスカ、こじ開けてッ!」

「当艦に衝突まであと15分ッ!」

 

 葛城一尉と副長の叫ぶような報告がプラグ内に響き渡る。

 開け、開けっ! 

 

「アンタも、手伝うのよ!」

「分かったっ!」

 

 コントロールレバーを引いているアスカの手の上に俺も手を重ねる。

 

「開けっ、開けっ! 開きなさいよぉ!」

 

 強く念じる。弐号機が使徒の口をこじ開けるシーンを、強く。

 ジワジワと上あごが持ち上がっていく、そこに命中する速射砲。

 振動と共にフッと一瞬上がるがまた閉じようと力が入る。

 

「砲撃開始地点まであと5分」

「まだ口が開かんのか!」

 

 使徒上部の顔のようなところに、キエフ級重航空巡洋艦から発進したVSTOL艦載機、ハリアーⅡが機銃掃射を掛ける。

 さらに、追い打ちをかけるように対艦ミサイルの雨が使徒に降り注いだ。

 

「開け、開けよぉ!」

 

 その時、弐号機の雰囲気が急に変わった。

 音が遠くなったような、それでいて手先の感覚が鋭くなったような。

 ギギギという音と共に、使徒の口が開いていく。

 

「てぇ!」

 

 口が開いた瞬間、凄まじい音が背中越しにやって来た。

 

「ATフィールド全開ッ!」

 

 口の中に左右からエヴァをかすめるように撃たれた16インチ砲弾12発が飛び込み、爆発した。

 大威力の16インチ砲弾にコアを抉られた使徒はそのまま、動きを止めた。

 追うようにA-6イントルーダー攻撃機が遅延信管の付いた爆弾をばらまいて行き、落ちてきた爆弾は大きく開いた口の中に飛び込んだ。

 密閉して破壊力を高めるためにすかさず口を閉めて、海中に蹴り落とす。

 撃ち終わった2隻の戦艦は波を蹴立てて大きく旋回する。

 その操舵の妙もあり空母への衝突は免れ、その戦艦の航跡に蹴り落とされた白い使徒は消えていく。

 

 遅延信管が作動しドン、ドンと海面に水柱が立ったきり、使徒が浮上してくることは二度となかった。

 第六使徒の最期を見届けて余韻に浸っていると、コントロールレバーの上の手が振り払われた。

 

「いつまで乗ってんのよ! このエッチ!」

「いてっ! いてっ! 分かった、わかったから叩かないでよ」

 

 俺の脇の下から腕を引き抜いたアスカはポカポカと背中や後頭部を叩く。

 上半身を乗り出し膝の上に覆いかぶさるような形で今まで操縦していたのだ。

 

「アスカ、シンジ君、お疲れ様!」

 

 長時間の戦闘とダブル・エントリーによる疲労から集中が切れた弐号機は、そのまま甲板上にベタッと倒れ伏した。

 

 

 至る所が波打って、来た時とは様変わりしてしまった生臭い甲板をアスカと二人で行く。

 ふたりとも距離を取って、体内のLCLをゲボゲボ吐き散らして排出したあと医務官の指示に従って救護所として利用されている食堂へ行くと、至る所に重軽症者が並んでいた。

 

 使徒撃滅を称える歓呼の声はなく、あるのは呻き声と伝令の叫び声だけだ。

 

 叩きつけられたり破片や飛来物でのケガが多く、巻いている包帯には血が滲んでいた。

 着艦のショックや艦上戦闘で出た負傷者という事もあって、アスカはショックを受けていた。

 俺も安堵と達成感が一気に吹き飛び、現実に連れ戻されたような感じがした。

 この負傷者たち、そして足場にした艦の負傷者は俺たちの戦いで出てしまったのだ。

 

「サードチルドレン、行くわよ」

「どこに?」

「ミサトの所よ、報告に行かなくっちゃ」

「ああ」

 

 居心地の悪さを感じたのか、急に歩きだしたアスカについて行く。

 狭い艦内を歩いていると防火衣や個人用酸素吸入缶を付けた水兵が走り回っているのが見えた。

 ダメージコントロール班、いわゆるダメコン班が歪んでしまった水密ハッチをこじ開けようとしていたり、反対に角材で通路を補強しようとして居たり応急工作活動を必死に行っている。

 いくつか通路を迂回し、戦闘の衝撃で外れかかっているラッタルを上った先に艦長や葛城一尉がいた。

 

「碇シンジほか、一名の者入ります」

「ようやく戻って来たか、化け物退治、ご苦労さん」

 

 髭の艦長は俺たちの方を見て一言いうと、弐号機と甲板の方を向いてしまった。

 自分たちの住処である艦をめちゃくちゃにされてしまい、言葉も見つからないという感じか。

 傍では副長が船務科や機関科の各分隊に指示を出していた。

 ネルフ側代表の葛城一尉は本部からの回収班の手配やら国連海軍との打ち合わせなどをしていた。

 

「ミサト!」

「アスカ! それにシンジ君もよくやったわ」

「あれ、トウジとケンスケは?」

「あの二人なら、戦闘終了後控え室に行ってもらったわ」

 

 まあ、忙しい中、部外者の子供にウロチョロされても困るという事だろう。

 

「あと二時間で新横須賀だから、それまで休んどきなさい」

「わかりました、ところで加持さんは?」

「あのバカなら戦闘中に、すたこらさっさと逃げたわよ」

 

 それだけ言うと葛城一尉は仕事に戻って行った。

 テレビアニメのイメージだと「どう? 私のデビュー戦、加持さんは見てくれたかな?」とか言いそうなアスカが妙に静かだった。

 やっぱり、エリートパイロットとして育てられた子でも、ナマの戦場と犠牲を見るとショックを受けるんだろうな。

 

 遠くの方で哨戒ヘリコプターが生存者や遺留品を求めて海面をグルグルと回っている光景が見えた。

 燃料の染みが虹色に輝き、いくつかの浮遊物が波間に見え隠れしている。

 あっという間に沈んだフリゲートの乗員、弐号機を輸送していたオスローの乗員は艦もろとも海の底だろう。

 

 ……俺はどうすることもできないまま、勝利を掴んだんだ。

 ショックを受けているのはアスカだけでなく、俺も同じだったようだ。

 苦いデビュー戦を経験したアスカと、同乗して口だけ出してた俺、控え室までの間でこんなやり取りがあった。

 前をずんずんと歩くアスカが突然声を掛けてきた。

 

「ねえ」

「なにかな、惣流さん」

「いつも、アンタはこんな思いしてんの?」

「ああ、自己判断には責任が伴う。その度にどうすればよかったんだろうって」

「そう……」

 

 アスカは何かを考えたようだが、踏ん切りをつけたのかこっちに振り返る。

 

「あんた、特別にアスカって呼ばせてあげる。だから名前、教えなさいよ」

「シンジ、碇シンジ」

「じゃあ、シンジ、いつまでもウジウジしてないで、行くわよ」

「アスカ、突然なんだよ」

 

 こうして共犯意識をもった二人のチルドレンは、少しずつ打ち解けていきました。

 おしまい……とはいかず、控え室でトウジとケンスケにからかわれることになった。

 

 控え室に入った時、女子用のカップの入った赤いプラグスーツに身を包んだシンジ君の姿に指さして一言。

 

「ぺ、ペアルック」

「いやーんな感じ」

 

 トウジのニヤニヤ顔と、ケンスケのカメラがウザく感じた。

 普段なら気にもならないけれど今のタイミングで言われると、どっと疲れる。

 

「服が船ごと海の藻屑になったんだから仕方ないやろ!」

「アタシたちはそれどころじゃなかったのよ、ジャージ、メガネ」

 

 疲れてるときにからかわれてキレたのか、それともボディラインがハッキリわかるプラグスーツ姿を注視されて恥ずかしくなったのか、アスカは拳を固めて二人ににじり寄る。

 

「や、やめぇ! センセもコイツに何か言うたれ!」

「暴力反対! シンジ助けてくれ!」

「……逃げればいいと思うよ」

 

 後に、“旧伊東沖遭遇戦”と呼称される戦いはこうして幕を下ろした。

 

 

 

 その数日後、第壱中学校の教室にて。

 

「ホンマにけったいな女やったなあ」

「そうそう、見た目は可愛いのになあ」

「ワシらはもう会わんけど、センセはネルフで会うんやから大変やなあ」

「そうだな、応援してるぜ、シンジ」

 

 トウジとケンスケは好き勝手なことを言っていたが、俺はこの流れを知っている。

 あえて何も言わず、流す。

 ホームルームが始まり、転校生を紹介するという担任に沸き立つ2年A組。

 そこに惚れ惚れするような笑顔で現れ、黒板にすらすら筆記体で名前を書いた。

 

「惣流・アスカ・ラングレーです、よろしく!」

 

 猫を被ったアスカの登場に、トウジとケンスケは固まっていた。

 



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空挺降下!

 高度300メートル、対地速度850キロで飛行している。

 眼下には所々水没した街が広がり、投下地点マーカーが点線を曳いて地面を這っていた。

 そう、エヴァは黒い全翼輸送機の胴体下に懸吊(けんちょう)されているのだ。

 

「シンジ君、エヴァの姿勢制御はコンピューターがやってくれます」

「投下マーカーに合わせて、落ちていくから着地はしっかりね」

「はい!」

 

 リツコさんから渡された着地方法を、生身で練習してからシミュレーション訓練に参加していた。

 しかし、パラグライダーやドローンの空撮画像のように、エヴァの目を通していることもあってどうも距離感がわかりにくい。

 マヤちゃんが言うには、肩の拘束具などを使ってエヴァ自身が姿勢制御を行うらしい。

 アニメでは描写が無くて、いきなり投下されていたがこういう機能があったとは。

 

 緑の降下開始灯がプラグ内に灯り、輸送機のパイロットがロックボルトを外した。

 

「降下!」

 

 ガイドレールを滑ったあと、エヴァンゲリオンは空中に投げ出された。

 僅かに身じろぎするような挙動を見せた後、地面に対し垂直姿勢へと変化する。

 両足でしっかりと地面を捉え、前に倒れ込む前に、前へと大きく踏み出す。

 

「初号機、着地しました!」

 

 エントリープラグ越しにもわかる衝撃のあと、そのまま止ま……らず、倒れてズザザザッという音が流れた。

 

「シンジくん、踏み出しが遅いわ」

 

 リツコさんの講評のあとプラグが暗転し、また上空300mへと舞い戻っていた。

 

「エヴァンゲリオン、降下用意!」

 

 旧伊東沖遭遇戦から数日。

 俺はひたすら輸送機から大地へとダイブする訓練をやっていた。

 ジェットアローン停止作戦で、降下の訓練を全くしていないという問題が発覚したため執り行われることになった。

 綾波は空挺降下プログラムやら支援装備の開発時のテストパイロットという事で慣熟しているし、アスカも来日してすぐという事とドイツ支部で訓練していたこともあって免除。

 そういうわけで、シミュレーションルームで模擬体を使っているのは俺だけなのだ。

 ぶっつけ本番で生身のミサトさん握ってなくて良かったぁ。

 そんな事を考えながら降下して、着地する。

 足を前後に開き、握りつぶさないように空間を開けた左拳を前に突き出して、右腕は後ろにピンと伸ばし、頭は下へ。

 

「先輩、初号機の着地姿勢が……変です」

「シンジくん、どうしたの。マニュアル通りにやってちょうだい」

「すみません」

「まあ、いいわ。もう上がっていいわよ」

 

 そこまで言われたとき、ようやくこの姿勢が何なのか気が付いた。

 そう、「エッサッサ」だ。

 日本体育大学に伝わる応援展示で、鉢巻、上半身裸になり短パン一丁で「エッサッサ」と雄々しく叫びながら腕を前後に力強く振る。

 百聞は一見に如かず、動画サイトで見たらよくわかると思うが、エッサッサだ。

 高校時代、体育教師が日体大出身だったから男子は全学年合同、毎年体育祭でやったのだ。

 日体大出身の職員が居ればピンときただろうが、あいにく技術局にはそういう体育大学出身者は居ないのだった。

 

 

 俺がネルフ本部に通い詰めて空挺降下訓練をやっていたころ、中学校では空前のアスカフィーバーだった。

 

「先週、2年A組に可愛い外人が転校してきたんだって」

「知ってる、アスカ・ラングレーちゃんだろ」

「帰国子女だってよ、めちゃくちゃ可愛いよな」

 

 久々に学校に行くと、同学年どころか上級生、下級生問わずにアスカを一目見ようと廊下に集まってくるのだ。

 

「碇はどう思う?」

「そうだな、可愛いと思うよ」

「でも、マジマジとガン見もできねえよな」

「女子ってそういうの敏感だしな」

「だから、俺はこれを買ったわ。先着30枚限定生写真!」

「いくら出したの」

「一枚1500円」

「高いわ」

 

 さらにクラスメイトの男子数人と話をしていると、なんとアスカの隠し撮り写真を売りさばいてる奴がいるようだ。

 商魂たくましく一枚数百円から、最高数千円で売って、売上金を迷彩戦闘服、バンダリア(弾帯)に変えてしまった奴がいる。

 女子からの妨害を避けるため、男子間のネットワークで不定期に場所を定めずこっそりと校内で販売しているらしい。

 

「あーあ、猫もシャクシもアスカ、アスカか」

「みんな平和なもんや、写真にあの性格はあらへんからな」

「せやな、ケンスケ、なんぼ稼いだんや?」

「3万8千……シンジ!」

「センセ、いつの間にここに」

「ついさっきかな、荒稼ぎしてるやつがいると聞いて」

「どうか、惣流にだけは……」

「アスカに言ったりはしないけど、盗撮は肖像権や迷惑防止条例に掛かるから気を付けろよ」

「さっすが特務機関ネルフのパイロット、話が分かるう!」

「超法規的措置、見なかったことにしよう……()はよくても()()()はどうかな?」

 

 トウジとケンスケは保安部とアスカが苦手だ。

 シェルター脱出事件のおり猛烈に怒られ、アスカには艦上でボコられたのである。

 それでもって商売につなげるんだから大した奴だよな。

 

「うっ、わかったよ。もうちょっとやり方を考えるよ」

「ということで、この写真は視認情報として押収!」

「センセも買うんかい!」

「せっかくだし、記念には」

「毎度あり!」

 

 ネタ程度にケンスケから写真を買う。もちろん健全なヤツだ。

 アニメでケンスケはきわどい写真を撮ってたけれど、よく捕まらなかったな。

 教室での更衣風景の写真とかあったけど、あれ完全にアウトじゃねえか。

 友人に自重を促しつつも、自分も買うという青少年の性って悲しいね。

 

 

 そして下校時、ネルフ本部目指して歩いていると後ろからアスカに声を掛けられる。

 

「ヘロー、シンジ」

「今日もお疲れ」

 

 お互いに人気者なので教室ではあまり話せない。

 女子に人気の美少年シンジ君と、噂の帰国子女アスカが話そうものなら、嫉妬するやつが出てきてややこしいことになるのは目に見えているからだ。

 現に、女子の一部はアスカのもてはやされぶりに反感を抱き、その中には何かしら仕掛けようと考えている子もいるとか。

 俺はというと女子にまあまあ人気であるのでそういう情報が入ると共に、同性の男子から抜け駆けとしてシメられるリスクがある。

 まあ単純な殴り合いなら戦闘訓練をしている俺やアスカの方が強いだろうが、陰湿ないじめに関してはさほど強くないのだ。

 そういったことへの備えとして学校では距離を置くことにしているのである。

 

「アスカ、凄い人気じゃないか」

「アンタこそ、女の子たちに話しかけられてデレデレしちゃって」

「誤解だよ、男友達と同じように話してるさ」

「それってメガネ、それともジャージ?」

「あいつらと同じではないけど、クラスの佐藤君とか」

「あのサッカーしかアピールできないアイツね」

「ひどいな、あれでも女子人気ナンバーワンだぞ」

「あんなのがいいなんて日本の女はお子様ばかりね」

 

 哀れ、アピールするために体育の時間に頑張って「見せるプレイ」をしていた佐藤君。

 彼が「成功した」と嬉々として語ってくれたハットトリックはアスカの心には響かなかったようだ。

 雑談をしているうちに、気づけばだいぶ街中に来ていた。

 

「そういえば、ここにいるんでしょファーストチルドレン」

「綾波なら、今日は自宅直行だからベンチだな」

 

 よく晴れた日、歩道橋の下のベンチで綾波は時間調整のために本を読んでいる。

 綾波とふたりの時はよく歩道橋脇で合流してネルフ本部へと向かっていた。

 今日も綾波はベンチで本を読んでいた。

 よく目立つ青みがかったショートカットを見つけたアスカはズンズンと向かっていく。

 

「綾波、お疲れ!」

「ええ、お疲れ様」

 

 アスカが花壇に乗る前に先手を打って声を掛けた。

 一応、返事は返してくれたけれど、目線は数式の書かれた本だ。

 

「ヘロゥ! あなたがファーストチルドレンの綾波レイね!」

「アスカ、そういう事はあまり大声で言わないほうが……うっ」

 

 エヴァパイロットであることを声高々に叫びそうだったアスカに水を差す。

 アスカは肘で俺の脇を突く。痛い。

 

「シンジうっさい! 私はアスカ、惣流・アスカ・ラングレーよ! 仲良くしましょ!」

「どうして?」

 

 綾波はアスカの名乗りにキョトンとしたような顔を向ける。

 「何を言ってるのかわからない」というような表情にアスカは一瞬たじろいだ。

 

「その方が都合がいいからよ、色々とね」

「命令があればそうするわ」

「変わった子ね」

「綾波はずっと一人だったから、人付き合い不慣れなんだよ」

「へぇー、やけにこの子のことかばうじゃない」

「そりゃ第五使徒戦まで二人しかいなかったからね、コミュニケーションも考えるさ」

 

 いつものように綾波はベンチからスクっと立ち上がり、本をしまうと歩きだす。

 

「碇くん……行きましょう」

「アタシも行くわよ」

 

 綾波は俺とアスカの方を見て、ネルフ本部へ出発することを告げる。

 だが、まるで綾波がアスカの()()()()()してるような感じになってしまった。

 原作ではエヴァのパイロットであることを主張したアスカの自己紹介シーンから、一気にユニゾン訓練まで場面が飛ぶ。

 それ以降は「セカンド」「ファースト」と番号で呼び合う仲になってしまう。

 この初対面での誤解は早めに解いておかないとマズイな。

 

「綾波はなんて呼んだらいいのか分からないんだよ」

「そんなこと? じゃあアンタもアスカで良いわ! その代わりレイって呼ぶわよ、いいわね」

「ええ、アスカさん、も来る」

「あったりまえじゃない! じゃあ行くわよ!」

 

 存在を無視されたわけではないと知ったアスカは、早速仕切り始める。

 出会った時より会話しやすくなった綾波と、上手くやってくれるといいなあ。

 

 そういえば着隊直後、同室になった班員をどう呼ぶかで悩んだのを思い出す。

 ある日を境に年齢も、出身地も、前職の有無もバラバラな10人の初対面の人間が“同期”として同じ部屋で寝起きをすることになるわけだ。

 結局、「〇〇二士」と階級付きで呼べという指示で落ち着いたわけだが。

 

 チルドレンに階級があれば、呼びやすかったんだろうかと考える。

 葛城一尉の指揮下に入ってるから、たぶんこんな感じか。

 

 碇二士、綾波三尉、惣流三尉……あっ新劇場版では式波大尉だっけか。

 アスカは大卒だし、綾波もネルフ歴長いからおそらく幹部候補生枠だろう。

 

 そうなるとエヴァ乗って三カ月位の俺なんか前期教育終わりたての新兵だ。

 エヴァパイロットが航空要員準拠なら、碇候補生のちに曹長昇進だろうか? 

 

 俺がネルフの階級制度と呼びやすさについて考えている間に、気づけばネルフ本部にやって来ていた。

 本日はアスカ、綾波、俺の三人でシミュレーターを使った戦闘訓練だ。

 綾波の援護射撃のもと、俺とアスカで相互に躍進、近接戦で使徒を殴り倒すという内容だった。

 結果は案の定、アスカが突出して単機で使徒を撃破したり、また逆に俺が援護に入る前に飛び出したアスカが第四使徒の鞭で串刺しになったりと散々たる結果だ。

 

「レイもシンジも撃つの遅いのよ! あたし一人で十分じゃない!」

「そういうアスカは平気で射線に飛び込んでくれるじゃないか」

「アスカは、早い」

 

 普段物静かな綾波にまで言われたアスカはドヤッとした顔で言った。

 

「戦いは常に素早くって孫子も言ってるわ!」

「兵は拙速を尊ぶ……」

「それはちんたら作戦に時間かけるより()()()()()という事で、援護射撃の前に飛び出せっていうやつじゃないから」

 

 アニメで同居が決まった時の男女七歳にして~というセリフといい、アスカは変な言葉は覚えてるんだなぁ。

 

「あーうっさい! じゃあシンジ次突撃ね。アタシは後ろで見ててあげるから」

「いいよ、ただしフレンドリーファイヤは勘弁しろよ」

 

 アスカがチャーンスとばかりに悪い笑みを浮かべている。

 アレは絶対後で「あらぁ、ゴメンあそばせ!」なんて言いながらやらかすやつだ。

 

「フレンドリーファイヤ……友好的な射撃?」

「綾波、()()()()()()ではなくて()()()()のことだよ」

 

 一方の綾波は直訳して言葉の意味をどう取るか悩んでいたようだ。

 ありがとう、綾波のそういう反応好きだぜ。

 

 そして、俺は打ち合わせ通り、第四使徒相手に突撃を敢行した。

 もちろん、アスカや綾波の援護射撃があったが、アスカはやっぱりアスカだった。

 目の前で遮蔽物のビルの一棟が粉々になって、使徒の触手かと思ったが土煙の方向が違う。

 

「近い! 近い!」

「あらぁ、ゴメンあそばせ。無敵のシンジ様に援護射撃は不要かしらぁ」

「なんで俺の進行方向に弾撒くんだよアスカァ!」

「碇くん!」

 

 俺をかすめた光が使徒の目のようなところに当たって焼ける。陽電子砲だ。

 段違いの攻撃力に慌てて触手を振る使徒、しかし射手である綾波は遮蔽物のビルの遥かむこうにいる。

 触手のリーチが足りずに伸び切ったところに“銃剣突撃”を行った。

 パレットライフルにプログナイフを付けられるように改修した、パレットライフル改が俺の武器で、突くにも切るのにも使える。

 この銃剣付きガンは長物が欲しいと第四使徒戦後に提案し、ようやく実戦配備になったばかりの新装備だ。

 プログナイフで刺すよりも力強く突き込め、なおかつリーチが長くなる。

 速度を乗せて間合いを詰め、気合と共に踏み込み、直突をコア目掛けて放つ。

 

「ヤぁ!」

 

 銃剣道は“心・技・剣”いずれも満たされた状態でこそ威力を発揮するのだ。

 剣先がコアを捉えて火花を噴き、脚で使徒を蹴って引き抜きざまにパレットライフルをコアの裂け目に数発撃ち込む。

 あのとき、必死になってナイフを突き刺していたよりあっさりと勝負はついた。

 

「仮想使徒、殲滅」

「状況終了、ところでシンジ君、銃剣上手いわね」

「自分から言い出したことなんだから、勝算はあったんじゃない」

 

 マヤちゃんの声が聞こえて、仮想使徒を撃破する訓練が終わったことを知るのだった。

 リツコさんとミサトさんはというと“意図的な誤射”をやらかしたアスカを叱るのもほどほどに、着剣装置付きパレットライフル改(仮称)の有効性に目を向けていたように感じる。

 

 

 本部で四回目の戦訓が行われようとしていたある日、第一種戦闘配置が発令された。

 

 国連軍の巡洋艦“はるな”が紀伊半島沖で正体不明の潜行物体を確認、艦載ヘリコプターで現在も追尾中。

 哨戒ヘリの吊り下げ式“特殊器材”などからの情報を照合した結果、波長パターン青、使徒と断定。

 第三新東京市の迎撃システムの復旧率は26パーセントで実戦においてはほぼほぼ役に立たない。

 

 そのためネルフは上陸予想地点において使徒の水際撃破(すいさいげきは)を行う。

 黒焦げにされてしまった零号機はまだまだ鈑金塗装……もとい修理中。

 新厚木基地から発進した輸送機から投下されるまでの間、そうした説明を受ける。

 葛城一尉ほか作戦部要員は、指揮通信車(シキツウ)含む支援車両の車列と共に先行しているので無線越しだ。

 

「上陸直前の目標を一気に叩く、初号機並びに弐号機は交互に目標に対し波状攻撃、近接戦闘で行くわよ」

「了解!」

「葛城一尉、地域住民の避難は?」

「そのへん、臨海地区までは水没地域だから人なんていないわ」

「了解、アスカ足元は考えなくていいよ」

「分かってるわよ、アンタこそ足引っ張んないでよね」

 

 艦で見た負傷者のショックから、俺やアスカはつい足元を確認してしまう癖がある。

 とくに、トウジ妹の件とシェルター脱走事件を経験している俺にとっては、てきめんだったようでリツコさんにも軽度のトラウマと診断されてしまった。

 プラグ内部手元のコンソールに設けられた降下灯が緑に変わった。

 

「降下!」

 

 眼下に海と市街地が見え、エヴァは切り離されて砂浜へと落ちてゆく。

 外力があまり考慮されないバーチャル空間と違い、風などで少しずつ投下地点からずれていき、そのたびに手や脚、肩の拘束具までもが結構動いて修正に入る。

 凄い勢いでビルや人家の上を滑空し、10秒足らずで着地姿勢を取った。

 すぐさま、アンビリカルケーブルドラムやソケットリフターという電源支援車両が到着してエヴァに取り付いた。

 

「初号機、受電よし」

「弐号機、オッケー」

 

 電力供給が終われば、次にやるのは武器の結合だ。

 40m級のエヴァの武装はどれも大きすぎて国内の道路、トレーラー車では運べないからだ。

 輸送ヘリ数機に懸吊されてやって来たパレットライフル改や、二分割された“長槍”こと新武装“ソニックグレイブ”のコンテナを開け、組み立てる。

 再生力も高く分裂する今回の使徒には相性が悪いのだが、まだ見ぬ使徒の特性を知っているわけがないので、如何に被害を抑えて同時撃破か足止めできるかを考える。

 今まで追跡監視をしていた国連海軍のP-3C哨戒機が海上に見え、使徒の上陸地点を教えてくれる。

 水没した障害物に激突したのか高い水柱が立ち上り、グレーの巨体が姿を現した。

 

「攻撃開始!」

 

 葛城一尉の号令と共に、一斉射撃を行う。

 体表で徹甲弾が砕け、支援機のVTOL重戦闘機(対地攻撃機ではなかったらしい)が放った2.75インチロケット弾の成形炸薬も効果が見られない。

 両手を上げて威嚇しているかのようなスタイルだが、射撃に反応しない棒立ちで不気味だ。

 

「そうだろうなと思ったよ! ミナミコアリクイが!」

「じゃあ、アタシから行くわよ!」

「射撃が途切れたらね!」

 

 アスカがソニックグレイブ片手に側面に回り込む間に、俺と重戦闘機部隊は注意を引くために間髪を置かず射撃をする。

 全機コア目掛けて射撃しているのだが、嫌がる素振りさえ見せない。

 

 

 

「射撃中止、撃ち方待て!」

「アスカ、突撃しまーす!」

 

 重戦闘機のパイロットの声に、射撃を中断するとアスカが長槍を振りかぶって飛び込んでいった。

 上から下まで真っ二つ、見事な唐竹割りだ。

 ぶった切ったアスカも指揮通信車の葛城一尉も重戦闘機のパイロットたちも皆、撃破を確信した。

 体幹を切断されても活動できる……原作知識が無かったら、俺も騙されていただろう。

 

「何かおかしい、離れろっ!」

 

 俺の叫びに違和感を覚えたアスカは、肉片が蠢くのを見た。

 

「えっ! 何なの!」

 

 予想外の光景に動転して硬直しているアスカ、俺は思わず駆け出した。

 ずるりと脱皮する使徒。

 グレーのやつに横っ面を殴られて、海面に伏す弐号機。

 

「ぬぁんてインチキ!」

 

 葛城一尉の声が聞こえたけれど、俺は次の行動に入っていた。

 

「そこをどけぇ!」

 

 目の前に立ちふさがる黄色の奴のコアに銃剣を突き刺す。

 二つのコアに対する同時荷重攻撃でなければ撃破できないのはわかっている。

 しかし、アスカを助けようと体は動いていたのだ。

 コアを突き刺し、射撃の反動と蹴りを使って引き抜くと、黄色の使徒は後ろに吹き飛んで水柱が立つ。

 

「次っ!」

 

 弐号機を殴り倒して味を占めたグレーのやつが鉤爪をブンブンと振り回し始めるが、不意を突かれなきゃそんな大振りパンチ当たるかよ。

 俺は弾の切れたパレットライフル改を上下逆さにすると投げ槍のように投げた。

 エヴァの筋力を使った投擲はものすごい初速であり、グレーの使徒のコア周りを吹き飛ばした。

 その対価としてパレットライフル改は粉々に砕けてしまったが、両手で弐号機を抱えて脱出できる隙ができれば上等。

 撃破できなくとも、コア周りをえぐり取られた使徒は動きが鈍るらしい。

 水の中からゆらりと立ち上がった黄色を無視してザブザブと弐号機を砂浜まで運んだ。

 黄色とグレーの使徒甲・乙はゆっくり、ゆっくりとエヴァ目指して近づいてくる。

 

「葛城一尉、奴のコアは自己回復します! どっちか()()()()()()()()です!」

「シンジ君、どういう事っ!」

「さっき二体ともコアを破壊しましたがあの通りです!」

 

 そう、指揮車からも見えていた通りコアを銃剣で破壊したはずなのに、回復し悠然とこちらに向かってきているのだ。

 こちらはというとアスカが気絶、初号機は武器喪失。

 弐号機のパレットライフル、予備銃含めてあと三丁あるが、いずれも効果は見込めないだろう。

 

「作戦中断、第二方面軍に遅滞攻撃を要請します」

 

 葛城一尉のよく通る声がプラグ内に響き渡る。

 一旦エヴァを撤収して退避させるわけだが、周りを見回してあることに気づいた。

 このまま前進されると居住地のある臨海地区まで侵入されるか、相当近いところで爆撃が始まる。

 

 民間人の被害、それは避けたい。

 

 N2航空爆雷の攻撃力は凄まじく、ちょっとしたシェルターやコンクリート製建造物なら余波で吹き飛ぶのだ。ちょっとしたガス漏れ事故の爆発とは威力が違い過ぎる。

 使徒襲来以降、新強度基準で建て替えが進んでる第三新東京市の避難所とは別物だ。

 N2爆撃があったら間違いなく数百人、数千人単位で死傷者が出てしまう。

 

「葛城一尉、使徒に対して陽動攻撃をさせてください」

「シンジ君、撤退よ」

「このままだと、居住地まで被害が及びます。進行方向を変えさせるくらいで良いんです!」

「じゃあ、どうするの。そこに居られても、エヴァが巻き添えになるだけよ」

「ケーブルドラムの限界いっぱいまで射撃しながら移動し、そこから水中障害物を用いて海上方向に跳躍します」

「それじゃ逃げられないじゃない。エヴァは水中戦出来ないの分かってるわよね」

「あとは国連空軍の皆さんにお任せします」

「アンタねぇ……」

 

 回収から足止めまで見事に人任せな案に葛城一尉の呆れ声が聞こえる。

 

「戦略航空団、繋がりました」

 

 いつもお世話になっている国連空軍戦略航空団の塚田一佐が応答してくれたようだ。

 

「特務機関ネルフの葛城です、当初の予定通りに攻撃を行ってください」

「わかった、ところで“彼”は居るかな」

「はい、碇シンジです。塚田一佐、お久しぶりです」

「今回も状況は部下から聞いているよ、時間は我々が稼いでおく」

「はい、ところで住民用シェルターが耐えられるN2爆雷の安全圏ってどれくらい必要ですか」

「おおよそ、3キロから5キロだが……」

「では、それくらいあれば、避難民に影響はないんですね」

「使徒の強度を見るに、直撃させなければ効果がないのだろう?」

「そうですね、砲爆撃に耐える強度に加えて回復力が強いタイプですから」

 

 塚田一佐は近くでの爆圧、衝撃波でも使徒にダメージが入るかという確認を入れてくれた。

 国連空軍の一員となっても自国民の住む領土に大量破壊兵器を落とすのだから、なるべく被害が出ないようにと考えているようだ。

 だが、近距離爆圧や衝撃波での足止めは不可能に近く、反応熱による体細胞の焼尽(しょうじん)しか手はないようだ。

 となるとやはり、安全圏までの陽動しかない。

 使徒の現在位置的に、海岸を走るエヴァを追って来たらなんとか稼げる距離だ。

 

「葛城一尉、ここから3キロの海中まで走ります! そうすればいけます」

「シンジ君!」

「エヴァには特殊装甲があります、なので住民と地上班、アスカをお願いします」

 

 そういうと俺は予備銃二丁を抱え、走り出す。

 照準も程々に使徒の周りにばらまく。

 使徒甲と乙は俺の方を向き、ざばっ、ざばっと追ってきた。

 ここで回収作業中のアスカの方に行かれるとヤバかったが、人が乗って稼働しているエヴァの方が脅威と感じたんだろうな。

 

「ケーブル巻き出し限界まであと30メートル!」

 

 日向さんの声が聞こえる。

 ドラムリール車をひっくり返さないようにするため、使徒への挑発を中断して限界まですり足で移動し、パージ。

 目線を逸らさず、リードを取る盗塁王のような動きで走り出した。

 急な動きに使徒も興味をひかれたのか、大きく向きを変えて追ってくる。

 波を蹴立ててスピードも上がってないか? 

 ミサトさんがN2を積んだ爆撃機が接近しているとずっと言っている。

 

「目標の誘い込みに成功しました! 攻撃お願いします!」

「承った、爆撃命令を下す。最後の決は頼んだぞ……」

「シンジ君、逃げて!」

 

 走った勢いのまま海に飛び込んで水中で活動限界を迎えた。

 

 ドン、ドドーン、ゴーッ

 

 そんな音を金属と液体で幾重にも遮断されているプラグ越しに聞いた。

 それから暫くして、ネルフの救助部隊がやって来た。

 光の入らないエントリープラグで寝ていた俺は、引きずり出されるとモーターボートに乗せられて浜へと向かう。

 使徒は丸焼けになって活動休止しているが、水の中でしゃがんだ初号機はN2爆雷の被害が全くない。

 せいぜい回収がめんどくさい程度だ。原作シンジ君の犬神家状態よりはマシだろう。

 俺は退避していたネルフ職員たちと共に陸路で本部に帰る。

 空を見上げると情報収集中の偵察機、伝令の汎用ヘリコプターなどが何機も飛んでいた。

 虎の子のN2爆雷まで使って国連空軍が稼いでくれた時間、すなわちリベンジマッチは六日後だ。

 




自衛隊では「水際」は「すいさい」と読みます


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ふたりの六日間

 本部帰還後すぐに会議室に集められた俺たちは、作戦の推移と結果についてのデブリーフィングを行っていた。

 通称:デブリは作戦部が報告をもとに作成したスライドを見ながら、パイロットたちがあれやこれやと説明していくのだ。

 参加者は不在のゲンドウに代わり冬月副司令、技術部代表がマヤちゃん、そして作戦部長代理の加持さん、副官の日向さんと青葉さん、そしてパイロット二名だ。

 葛城一尉も赤木博士も責任者という事で各地を走り回り、関係省庁の抗議や被害報告書、国連軍からの請求などに取り掛かっているため不在だ。

 

「本日午前10時58分52秒、二体に分離した使徒乙の攻撃を受けた弐号機が沈黙」

 

 マヤちゃんの読み上げと共にスライドが切り替わった。

 弐号機の側頭部に攻撃が入り、失神するシーンが映ってアスカは悔しそうに画面を見る。

 

「初号機が弐号機救出のため、使徒甲に対し銃剣攻撃を敢行します」

 

 重戦闘機のうちの一機が撮影していた画像で、駆けだした俺が黄色い使徒甲のコアに銃剣を突き立て、足で蹴ってる姿が映った。

 

「その後、使徒乙に対して剣付きパレットライフルを投擲して、コア付近にダメージを与えます」

 

 グレーの使徒乙に大穴を開けてやった時の写真が映る。

 

「11時2分13秒、初号機が弐号機を抱えて後退します」

 

 肩に担ごうとしたけど拘束具が邪魔だったので、両腕で抱えるお姫様抱っこという状態で浜を目指していた。

 それを見たアスカは、エースパイロットである自分の醜態に拳を握り込む。

 

「その際、初号機パイロットより、使徒の特性が“優れた再生能力”にあるという報告がなされます」

「分裂体のコアを同時に攻撃しない限り、回復するというわけかね。初号機パイロット」

「はい、その可能性がきわめて高いと感じました、以上です」

 

 冬月副司令から指名されたため、起立して報告する。

 

「赤木博士の見解として、使徒はそれぞれのコアをバックアップとし、どちらか一方が破壊された場合、残存する方のデータで復元している可能性があるとのことです」

 

 技術部の画像解析などから、刺突2秒後にはもう回復が始まっているようだという発見もあった。

 

「11時5分、分裂体に対し同時攻撃が不可能と判断。ネルフは作戦の中止を決心しました」

 

 そこから、国連軍の“N参号作戦”が行われることになる。

 空中待機していた戦略爆撃機部隊が使徒に対しN2爆雷を投下するために空域に進入する。

 

「11時7分、初号機パイロットは近隣住民への余波被害軽減のため、陽動を志願します」

 

 両手にパレットライフルを抱え、使徒に向かって乱射している初号機の写真が国連軍提供で映っていた。

 おそらくN2爆雷の爆撃損害評価(BDA)のために発進していたRF-4E偵察機が撮ったものだろうか。

 あのときは必死で、偵察機はおろか空なんて見ている余裕もなかった。

 

「11時10分24秒、初号機海中にて活動停止、同56秒N2爆雷初弾投下」

 

 しゃがんだ状態で海中に潜っている画像が映った。

 わざわざ機首の斜め偵察カメラで撮影してくれたのかやたら画像がよく、初号機の頭上のさざ波までクッキリだ。

 

「シンジ残念、ヒーローみたいだったけど最後、ドザエモンじゃない!」

「恥を掻かせおって」

 

 アスカが言うように紫のボディが溺死体みたいに見える……わかるけど、今言う事か。

 副司令は初号機が海中に浸かっている写真か、あるいは国連軍による攻撃が有効だったことに唯一の対使徒戦機関であるネルフのメンツをつぶされたと思ったのか吐き捨てる。

 

「11時12分、N2爆雷最終弾が炸裂、これにより構成物質の28パーセントを焼却に成功」

「また地図を書き換えなくてはいかんな」

 

 偵察機の低高度パノラミックカメラで撮影したパノラマ航空写真がスライドに映った。 

 水没地区と護岸の一部にクレーターが出来ているだけで、人が住んでいる臨海地区の方の被害は微々たるものだ。

 俺が稼いだ距離で爆撃編隊が上手いこと海の上に精密爆撃をしてくれたのだろう。

 パノラマ画像の端には“501TRS提供”とあって、百里基地より発進した“第501偵察飛行隊”所属機の撮影だ。

 使徒戦が始まってから毎回ずっと出ずっぱりで、老朽機ファントムⅡの飛行時間は大丈夫だろうか?

 

「やったの?」

 

 爆心地で黒焦げとなった使徒の映像、国連軍提供の写真にアスカが聞く。

 

「足止めにすぎん、再度侵攻は時間の問題だ」

「立て直しの時間が稼げただけでも儲けモンっすよ」

 

 すると、副司令が苛立ちを感じさせる声で言い、加持さんは何とも言えないコメントを残す。

 

「いいか君達、君たちの仕事は何だかわかるか」

「エヴァの操縦」

「使徒の殲滅と“国民の保護”です」

「使徒に勝つことで、ネルフはこんな醜態をさらすためにいるのではない。国民の保護は国連軍の仕事だからそこを間違えるな」

 

 冬月副司令はそういうと会議室から去って行った。

 俺は「アンタらは補完計画(碇ユイ)がメインで、使徒戦はオマケだろ」と思ったけれど口には出さない。

 そして何人かが退室して張り詰めた雰囲気が緩んだ瞬間、アスカはむくれる。

 

「どうしてみんなすぐに怒るの!」

「大人は恥を掻きたくないのさ、ところでシンジ君」

「なんですか?」

「君の考えは正しいと思う、だけどすべてを救える()()()()()()()()()んだから程々にな」

 

 加持さんはアスカを宥めると、俺の方を見てそう言った。

 それが責任をしょい込もうとする少年らしさに向けたものか、それともネルフの裏側を知っているが故の助言なのか。

 スパイやってる加持さんらしい、どちらともとれるセリフだ。

 

「手の届く所だけでも頑張りますよ」

「シンジ、カッコつけてるところ悪いけど、これから加持さんとランチなの」

「そうだったかな、シンジ君もどうだい。あれから昼飯食ってないだろう」

「僕は帰りの車内で携行食を食べたので、大丈夫ですよ」

「そうか、じゃあ気をつけてな」

「加持さん、早く~」

 

 俺の“活躍シーン”や冬月副司令からの叱責にアスカは劣等感やら不満を感じているようで、そのストレスから加持さんに甘えているようだ。

 加持さんは俺を誘ってくれるが、空気を読んで一人飯とする。

 要らぬところでアスカを刺激したくない、というのとやっておきたいことを実行に移すためだ。

 

 俺はコンビニでエナジードリンクを数十本買い、仕事中にも食べられるような個包装のお菓子類をバックパック一杯に詰めて作戦部と技術部に向かう。

 こうした差し入れは職場の人間関係構築において意外と効果を発揮するのだ。

 

「お疲れ様です、僕たちのためにすみません。またよろしくお願いします」

 

 こういった内容のあいさつ回りだが、どちらの部署からもおおむね好意的にとられたようだ。

 また、エヴァを壊さずに人命救助や財産保護のための行動をとったのが高評価だったらしい。

 

 しかし関係各省、特に農水省からはN2爆撃に伴う水産資源への損害、乳牛が乳を出さなくなったなどと被害報告書とともに抗議を受けて辟易しているそうだ。

 使徒襲来時に何を言ってるんだと思うかもしれないが、こういった苦情を軽視するとあとでエライことになってしまう。

 例えば恵庭(えにわ)事件のように怒った酪農家に有線通信の電話線を切られたあげく、合憲かどうかを争点に裁判が始まってしまうかもしれない。

 そうした反発を強権で押さえたところで、民間のネルフに対する心情は確実に良くないものになる。

 すると補完計画メインのゲンドウや冬月副司令と違って、俺たち一般職員は肩身が狭くなるし作戦遂行の障害になる。

 国民に愛される自衛隊……じゃなくて、“国民に愛されるネルフ”になれとは言わないけれど、せめて好意的になってもらおうと努力しよう。

 

 

 書類がうず高く積まれた葛城一尉の執務室に行くと、ミサトさんとリツコさんが何かの動画を見ているようだった。

 

「シンジ君、次の作戦なんだけど、これやるから」

「えっと、ツイスターゲーム?」

 

 ミサトさんに見せられた動画では二人の男女がツイスターゲームのパット上で踊っていた。

 アニメで見たことがあったが、実際やるとけっこう大変そうだな。

 

「ええ、その後に音楽を付け、旋律に合わせて攻撃タイミングを合わせるの」

「これはリツコさんが?」

「いいえ、加持君よ」

「楽しんで覚える、ユニゾン訓練……ねえ」

 

 差し込み式メモリには加持さんの文字で「マイハニーへ」なんて書き込まれていた。

 ミサトさんは動画を見終わるとどこか嬉しそうな顔から、命令下達の時のような真剣な顔になった。

 思わず、こっちも姿勢を正してしまう。

 

「碇、惣流の二名には、この音楽に合わせて同時荷重攻撃をしてもらいます」

「了解!」

「よって、あすヒトサンマルマルより碇、惣流はウチに来ること、良いわね」

「了か……リツコさん」

 

 共同生活になるのは分かってたけど、ミサトマンションかよ! 

 漫画版みたいな本部施設の個室じゃないのか。俺は思わずリツコさんに助けを求める。

 

「大丈夫なの?」

「大丈夫よ、ちょっち汚いけど!」

「えっと、ゴミ出しや片付けから共同作業に入ります?」

「そうねえ」

「ミサト、パイロットは家政婦じゃないのよ」

「でも監督しないといけないし、地下で缶詰にされるよりは気楽かなって」

「僕は何処でも良いんですけど、アスカにはきついんじゃ」

「別に、ミサトのマンションじゃなくても訓練は出来ます」

「なによリツコ」

「とりあえず、人を同居させるならそれ相応の環境づくりが必要なの。おわかり?」

 

 こうしてリツコさん、俺、ミサトさんの間で議論が交わされた結果、折衷案としてコンフォート17マンションの一室において共同生活をすることになった。

 

 翌日の朝、コンフォート17の11階にあるミサトさんの()()の“122号室”に俺は居た。

 ホームセンターで掃除用品を買っていたため、先行して室内の雑巾掛けをやる。

 ミサトさんの121号室と同じ間取りなのだが、物がないぶんめちゃくちゃ広い。

 家具付ではなかったようで、急遽決まったからベッドも机もなにもかも無いな。

 

 ピンポンとインターフォンが鳴り、役務(えきむ)の民間引っ越し業者さんがアスカの荷物を搬入する。

 アスカの段ボール箱で一気に狭苦しくなり、俺は洋室に段ボール箱を詰めていく。

 ベッドも机も無いので部屋の端から端まで段ボールを置くとちょうど収まった。

 

 俺の荷物は私物ビニロン衣のうと、RVケースと呼ばれるプラスチックのケースひとつ分しかない。

 自衛官の荷物はそんなもので制服やジャージ、身の回り品を“衣のう”という大きなバッグに詰め、その他生活用品や私物類はRVケースに詰めて輸送科の連絡便(Tネット)か役務の民間運送業者を使って赴任先に送るわけだ。

 昨晩のうちにミサトさんの車でジオフロントの自室からRVケースと衣のう、折り畳みテーブルを運んでもらっていた。

 そして頼んでいたレンタル寝具“夏布団三点セット”も到着したので、和室にしまい込む。

 集合時刻よりも少し早い昼前になってアスカが現れた。

 

「アンタ、なんでここに居んのよ。アタシの部屋って聞いてたんだけど」

「あれ、昨日ミサトさんが伝えとくって言ってたのに」

「わざわざ掃除してくれたの?」

「まあね」

「じゃあ、荷物開けるから出てってよ」

 

 雑巾とバケツを持たされて玄関方向に押し出されそうになった時、葛城一尉が入って来た。

 

「あら、アスカ早かったじゃない」

「ミサト!」

「ミサトさん」

 

 ミサトさんはこのタイミングで共同生活を伝える気だったらしく、昨夜までただの引っ越しとしか聞いていないアスカは荒れた。

 

「ちょっと! 分離中のコア同時攻撃はわかるけど、男女七歳にして同衾せずってね!」

「使徒の活動再開は六日後、時間がないの」

「ちょっとシンジ、アンタ知ってたの、それとも狙ってたの!」

「何をだよ」

「アタシと共同生活してあんなことやこんなことよ!」

「どんなことだよ」

「それ言わせる気、変態!」

「アスカ、妄想劇場は後にして」

 

 アスカが「このまま夜這いされて犯されちゃうんだわ」などと妄言を吐いた辺りでミサトさんによるストップが掛かる。

 わりとガチ目のトーンだ。

 まあ同僚を性犯罪者扱いすりゃそれはな、いや、昨日の晩からずっと訓練計画と抗議の対応に追われて疲れ切ってるからか。

 

「二人のユニゾンを完璧にマスターするためにこの曲に合わせた攻撃パターンを覚え込むのよ」

 

 その後、ミサトさんより生活の規則とユニゾン訓練日程が告げられる。

 深夜の外出は禁止、飲酒や喫煙といった国内法を犯すようなのもだめ、そして一日二回の練度判定(テスト)がある。

 とまあ、そんなこんなで始めたわけだが、結構難しい。

 まるで基本教練、あるいは入隊式や各種式典の予行演習を思い出す。

 自衛隊は予行演習が好きで、式典の一週間前くらいから直前までずっと予行演習をやるのだ。

 そこで大変なのが、数十人から数百人の動作をぴったりと合わせる作業である。

 

 40人の執銃動作を合わせ、立て(つつ)の接地音が“チン”と一つになるまでやり直しに次ぐやり直し。

 “かしら、(なか)”の号令に合わせて一斉に鼻先を受礼点に向け、頭を微動だにさせないというのもあった。

 誰かの頭が動くと部隊運用幹部から「その列の九人目、頭動かすな! 見えてるぞ」と怒られたりな。

 

 そういう自衛官経験した俺ですら嫌になりそうなんだから、中学生のアスカはもっとつらいだろう。

 本日何度目かの挑戦、光るポイントに合わせて手を着くのだが、手を着き損ねて転ぶ。

 隣のダンスパットのアスカがキレた。

 

「ああ、アンタってどうしてそんなにトロイのよ!」

「ダンスは苦手で、どうも手がもつれちゃうんだよね」

「さっきから全然進まないじゃない!」

「俺もアスカも疲れてきてるんだよ。ちょっと休もう」

「そうね!」

 

 初日はアスカが動きについて来れない俺を叱りまくって、時に蹴りつつも終わった。

 晩飯は原作シンジ君なら料理をするのだろうが、俺が出来る料理なんてカレーか焼肉、パック飯だ。

 出前を頼み、ふたりでピザのLサイズ四枚を食べる。

 若い体で、一日中動きっぱなしなんだからこれぐらい食べても大丈夫だろう。

 

「ところでシンジ」

「なに?」

「アタシたち、どこで寝るの? ベッドも無いんだけど」

 

 アスカは段ボールの積まれた洋室を指さした。

 どうやら、布団とかはすでに用意されているものだと思っていたらしい。

 ミサトさんとの同居を回避したがゆえに、そういった物が一切なかったのだ。

 ネルフ借り上げという事もあってガスと水道、電気が申請後すぐに使えただけでも御の字か。

 

「敷布団レンタルしてるから、アスカはそっちの和室使うといいよ」

「あんたが手配したの?」

「うん、ミサトさんちで暮らすのが嫌だったからね」

「なんでよ」

「まず、ゴミの分別と部屋の片づけから始まるからね、あそこ」

「そんなにひどいの?」

「酒の空きビンとかゴミがまあまあ積んであって、冷蔵庫にはつまみとビールしかない」

「じゃあミサト、何食べてんの」

「コンビニの弁当だよ」

 

 葛城ミサト作戦部長の家が思ったよりヤバいところだと思ったのか、アスカはひきつった顔を見せた。

 そして、ピザの空箱を見て、どうやら自分たちも食事の調達能力が大差ないことに気づいたようだ。

 

「アスカは、料理とかしないの?」

「あんたバカぁ、アタシが料理なんてするわけないじゃない!」

「ま、そうだよな」

「もしかして、女の子ならだれでも料理できると思ってたのぉ、シンジくんは」

「そんなことはないよ、やったことない人だっているんだ」

「アンタこそ料理は出来るの?」

「まあ、料理本見ながらならできるかもな、レシピ通りにやればいい」

「じゃあアンタが料理当番ね!」

「マジか、鍋ひとつないぞ」

「冗談、あたしたちは……それどころじゃないのよ」

 

 すべては第七使徒を倒すためで、料理初心者が時間を掛けて練習してる暇なんてない。

 残り時間はあと五日、それまでにユニゾンを成功させないとな。

 

 __同居生活二日目

 

 朝5時に目が覚めた俺は布団を畳んで部屋の隅に置くと、和室で寝ているアスカを起こさないように着替えて外に出る。

 ジョギングついでに近くのコンビニで食料品と飲料品を買い込み、部屋に戻った。

 アスカはホットパンツにキャミソールという何ともラフな格好で歯を磨いていた。

 

「おはよう」

「アンタ、どこ行ってたの」

「コンビニだけど、朝飯買いに」

「起きたんならアタシにも声掛けなさいよ!」

「まだ5時過ぎだったし、悪いかなって」

「で、何買って来たの」

「カップ麺とパン、あと、飲み物だね」

 

 アスカはコンビニのレジ袋をかっさらうと中身を確かめる。

 

「アタシ、これにするわ」

 

 アスカは豚骨ラーメンとミルクティを取り出すと俺の折り畳みテーブルの上に広げた。

 RVボックスの中に入れてあった、一人用電気ケトルの電源を入れる。

 コンパクトなボディ、0.8リットルの水を3分半で沸騰させる優れもので、マイアイロンと並んで営内陸士の友である。

 こっちの世界にもあってよかったよ、ティファール的なやつが。

 俺も赤いきつねうどんを取り出して机代わりのRVボックスの上に置き、お湯が沸くのを待った。

 カップ麺をすすりながら今日の予定について話す。

 とはいっても訓練しかないので何が届くとか、何が欲しいとかそういった話ばかりだ。

 

「あと、リツコさんが使わなくなった冷蔵庫、今日送ってきてくれるって」

「アタシはちゃんとしたテーブルが欲しいわ、折り畳みテーブルで食事ってなんか貧乏くさい」

「そうだね、あくまでキャンプ用だから」

「なんでアンタこんなもの持ってんのよ」

「ケンスケからの貰い物で、段ボールとアイロンシート敷いて()()()()()()()()にしてたんだよ」

「変わったことするのね」

 

 迷彩作業服から制服まで常にアイロンがけ、つまり、プレスが必要な自衛官あるあるだ。

 生活隊舎備え付けのアイロン台は居住人数が増えるにしたがって、望んだ時間に使えない率が上がる。

 そのため急造アイロン台で制服にプレスを当てるのだ。

 遮熱性のあるアイロンシートと机側の凹凸を均す段ボールの組み合わせの場合、注意しないと燃えたりスチームでヨレヨレになるので、あくまで短時間の使用に限る。

 シンジ君の制服もプレスを当てており、ズボンは剃刀のように薄く鋭く、開襟シャツも肩の線をしっかり出している。

 

「そりゃ、制服の乱れは心の乱れってね」

「なにそれ、古くっさい」

「“品位を保つ義務”ってやつだよ、だから着崩したりなんかしてると……」

 

 制服のプレスについて話していたところに、ミサトさんが入って来た。

 いつものジャケットを着崩した作戦部長スタイルでの登場だ。

 アスカは昨日の晩話したミサトさんの実態と、今の姿から何かを納得したようだ。

 そんな事もつゆ知らず、ミサトさんはどういじろうかとニヤニヤしている。

 

「おはよう、二人とも。よく眠れた? 特にシンジ君」

「何を期待してるんですか」

「ちぇーつまんないの、アスカはどうなの?」

「何もなかったわよ、ところで何しに来たのよミサト」

「これから、ゴハンうちで食べていかない? ここ、モノ無いでしょ」

 

 メシ時だけテーブルのある121号室に行き、それ以外はこっちでユニゾン訓練か。

 朝ご飯はすでにカップ麺を食べたから不要だと断り、黒いネルフジャージに着替えると午前の訓練をする。

 相変わらず失敗だけれども、初日よりはアスカに追いつけるようになってきた。

 

 そして、昼メシ時に121号室に入ったら、アスカが悲鳴を上げた。

 

「なによこれぇ!」

「ちょっち散らかってるけど気にしないで」

「テーブルの上の空き缶が全部床に移動している……このスペースで食えと」

「ミサトッ、こんなのでアタシを呼ぼうとしたわけぇ!」

 

 歓迎会の時とあまり変わってない、むしろ悪化したか? 

 無意識のうちにゴミ袋片手に片付けていた。

 燃やすごみ、缶・ビン・ペットボトルに分けて透明の袋に放り込む。

 リビングのゴミも片付けたところでアスカからストップが掛かった。

 

「ちょっとシンジなに片付けてんのよ、そんなのミサトにやらせなさいよ!」

「アスカ、これで分かっただろ、どうして物のない部屋にしたか」

「ここまでやってもらっちゃって悪いわね、二人ともうちに引っ越さない?」

「お断りよ。シンジも断りなさいよ!」

 

 アスカは朝の時点ではテレビや机、ベッドがある部屋に憧れていたらしい。

 しかしさすがにこの部屋を見て同居しようとは思わなかったらしく、物がなくとも122号室の方がマシだと感じたようだ。

 

 アスカ衝撃の昼休憩も終わり、122号室に戻ると宅配便ではなく一組の男女が居た。

 

「あら、ミサトの部屋に居たの」

「よう、シンジ君、アスカ」

 

 青いブラウスとタイトスカート姿のリツコさんと、冷蔵庫を台車に乗せている加持さんだ。

 グレーの冷蔵庫は加持さんのアゴぐらいまであって結構大きそうだ。

 

「加持さん!」

「リツコさん、わざわざ持ってきてくれたんですか?」

「そうよ、暇そうにしていた加持君もね」

 

 すると後ろからミサトさんが出てきて、のけぞった。

 

「げっ、加持、なんでアンタここに居んのよ! リツコも」

「廊下を歩いていたらリッちゃんに呼び止められてお届け物さ」

「加持君、研究室まで入ってくる人は廊下を歩いていたとは言わないのよ」

 

 女性陣が先に122号室に入り、俺と加持さんは二人で台車から室内に搬入して、冷蔵庫の据え付け作業をした。

 容量もまあまああり、冷蔵室には2リットルボトルや牛乳パックがらくらく数本入る。

 

「ホテルにあるようなもっと小さいものかと思いました」

「今は使わなくなった研究室に置いていたものだから、大きいの」

「私んちの冷蔵庫より大きいじゃない、交換しない?」

「ミサトん家に置いてもビールかつまみしか入らないじゃない!」

 

 そして、リツコさんと加持さん、ミサトさんの前でユニゾン訓練をすることになった。

 エラー、エラー、またしてもエラー。

 

「加持さぁん、シンジがどうしても遅いんです。私は一生懸命にやってるのに」

「これじゃ、ダメね。ここでの誤差はエヴァに乗ればもっと大きくなるもの」

「はい、すみません」

 

 リツコさんはどうやら問題点の一つに気づいたらしい。

 

「シンジ君、アスカ、今のあなた達は他の事に気を取られ過ぎているわ」

「他の事って、アスカに合わせようという事ですか?」

「アタシだってシンジに合わせようとしてるわよ」

「人間の脳が認知してから運動に移るまでにはラグがあるの、エヴァに乗っているあなた達ならわかるでしょう」

 

 つまり、「アスカの動きを見る→認知・判断→発光位置を見る→認知・判断→手足を伸ばす」という動作の流れであるから、お互いに他人の事を気にしながらやったところで合わないという事だ。

 仮に俺がアスカを見て0.5秒で動作をしたなら、その動きを見たアスカが0.5秒さらにズレた動作で対応する。

 最初は誤差範囲内だが積み重なったり、肉体の疲労などで動作が遅れると一挙に破綻するのである。

 求められるのは思考ラグによって速度が変化する他人の動作ではなく、音楽という共通の判断材料から即座に判断して動作に反映することだ。

 つまり先読みでコマンドを入力する格闘ゲーム名人の「小足(こあし)見てから昇竜余裕でした」に近い()()()を身に付けろという事だろう。

 アスカと俺は顔を見合わせる、てっきりミサトさんみたいに「お互いのことを察して協調性をもって合わせていけ」と言われるものだと思っていたからだ。

 

「確かに、基準点が動いてたらいつまでたっても合いませんよね」

「シンジ君、アスカ、他人の事を考えずに()()()()に集中しなさい」

 

 リツコさんの言う通り、音楽に合わせて手足を伸ばす。

 曲が跳ねるようなところでは足側の2か所が発光する! 

 伸びあがるようなイメージの所では右、右脚、左とテンポよく発光! 

 パターンを読み、このマットが曲の何処で光り出すかを掴むんだ。

 二回目にして、ついにクリアしてしまった。

 

「初めての、クリアだ」

「えっ、クリアしたの私たち」

「アスカ、シンジ君、第一段階はクリアよ。あとはその感覚を忘れないようにしなさいよ!」

「ミサト、ここからが本番よ」

「そうだぞ、音楽に合うようになったらイレギュラーを入れるんだ。そこで全く同じ対処ができたら成功だ」

 

 そして始まった第二段階。

 アスカと俺は音楽に合わせて手足を動かせるようにはなったけれど、予想外の事態には全く対応できていない。

 突然腹近くが発光した時に俺が左足で対応し、アスカが左手で対応するといった判断の差が浮き彫りになって来たのだ。

 リツコさんと加持さん、そしてミサトさんが帰った後もひたすらユニゾン訓練をする俺達。

 

「シンジ、タッチが遅い!」

「アスカだって序盤に比べてだいぶタッチミスってるよ」

「いい加減パットの位置覚えなさいよ!」

「アスカはもうちょっと正確さを身に付けてくれよ」

「アンタ、自分のトロ臭さをアタシのミスのせいにするわけ!」

「いいや……腹減ったな」

「そうね、今晩も出前?」

 

 お互いのミスについて批判し合う俺たち二人だったが疲れすぎて不毛な言い合いを長々と続ける気力も起こらず、話題は晩御飯どうするかへとシフトしていった。

 

「これチラシだけど、なに系がいい? こってりとかあっさりとか」

「あっさりしたやつ」

「じゃあ出前寿司とかどう?」

「スシって日本のあのスシよね」

「そう、握りにちらし、巻きに押し寿司、どれがいい?」

 

 アスカは俺が渡した寿司屋のお品書きを興味深そうに見て、指した。

 

「特上握り桶・松……二人前8700円、なかなかするな」

 

 寿司桶の中に色とりどりの握りが詰まっている。

 マグロ赤身、トロ、サーモン、イカ、タコ、生エビ、玉子と、これぞ日本の寿司という王道がそこにはあった。

 正直な話、出前寿司、ましてや特上なんて憑依前にも頼んだことが無い。

 こんなの、一人じゃ絶対に頼むことが無いだろうし、いい機会だから頼んでみるか。

 

「よっしゃ、アスカの来日祝いって事で俺が出すよ」

「えっ、ホントぉ!」

「嘘なんてつかないよ、俺もいっぺん食べてみたかったんだ」

 

 俺は早速携帯電話で寿司屋に電話する。

 寿司屋の大将は中学生ぐらいの子供が特上寿司を頼むことに悪戯を疑っていたようだが、特務機関ネルフの借り上げているコンフォート17マンションと告げた瞬間、急に愛想がよくなった。

 それから数十分後、インターフォンが鳴ってドアを開けると若い板前さんが立っていた。

 

「元祖箱根寿司です、寿司お持ちしました!」

「ありがとうございます! アスカ、寿司が来たよ!」

 

 板前さんとお金をやり取りした後、つい最近の世間話をした。

 セカンドインパクトの影響も薄れ、値段が下がっていた魚が最近どうも高騰しているらしい。

 反対に何故か大量に獲れるようになって価格が暴落した魚もある。

 こうしたネタの仕入れ価格乱高下は飲食業界に大きな打撃を与えているそうだ。

 寿司屋の大将が苦労しているのも“使徒が来たから”なんだが、情報の秘匿された世間では“異常気象”とだけしか言われていないそうで、戦いの影響を感じる。

 作戦部に届く農水省や広報部からの苦情というのはこういう事なんだな。

 

 板前さんが帰り、部屋に入るとリビングの折り畳みテーブルの前でアスカが待っていた。

 

「シンジ、遅い」

「ごめん、じゃあ食べようか」

 

 アスカは「どれにしようかな」と悩みマグロ系から攻めることにしたようだ。

 

「どうして日本人はナマの魚を食べんのって思ってたけど、なかなかイケるじゃない!」

 

 俺も寿司を食べる。

 さすが本物の寿司屋の寿司、うまい。

 

 ふたりで特上寿司を食べたあと俺は寿司桶を洗い、布団を和室から引っ張り出した。

 ユニゾン訓練を再開する気にもならない、腹も膨れて幸せな気分のまま布団に入りたい。

 それはアスカも同じだったようで、なんかもう、お休みムードが漂ってきていた。

 袋に詰めた着替えを持ってアスカはアコーディオンカーテンの向こうに消えて……行かなかった。

 

「シンジ、覗かないでよね」

「はいはい覗かないから、はやく入ってよ」

「絶対だからね!」

 

 風呂に行ったアスカを見送ると俺はSDATの音楽を聴きながら、うとうとする。

 今日も疲れたなあ。

 いつの間にか布団の中で眠っていたようで、気づけば翌日の午前5時になっていた。

 

 残り四日、あと二日で第二段階をクリアしてエヴァでの実働に落とし込めないとマズイ。

 焦りはあるけれど昨日ほどじゃなくて、なんとなくいける気がする。

 布団とタオルケットを畳んでいると、昨日と違ってアスカも起きてきた。

 

「おはよう、朝飯買いに行こうよ」

「そうね、ならコンビニまで案内しなさいよ」

 

 今日の彼女は昨日の朝に比べて元気そうだ。

 心なしか輝いて見える。

 

「今日、なんか元気そうだね」

「昨日はよく寝れたのよね、スシのおかげかしら」

「あれは美味しかったなあ、また食べよう!」

「使徒に勝ったらね!」

 

 

 おそらく、運動して飯食って早く寝る。

 これがよかったんじゃないだろうか。

 最近、俺もアスカもずっとストレスばっかりだったしな。

 リフレッシュした俺たちは今日もユニゾン訓練に励み、昼過ぎに第二段階をクリアした。

 使徒活動再開まで残り三日。

 

__同居生活四日目。

 

 射出ジャンプからの姿勢制御機能、着地、射撃、バク転、射撃、近接格闘、ツープラトンキック。

 アニメで62秒にまとめられていたそれを実際にやることになった。

 

 最後のツープラトンキックは作戦立案者の趣味なのだろうか。

 直訳すると“二個小隊蹴り”、元はプロレス技らしいが自衛隊における“二人以上は部隊”を思い出してしまう。

 例を挙げると、隊舎から移動する際には二人でも「()()前へ、進め」の号令をかける。

 もっと人がいると、“分隊”が“縦隊”に変わるわけだが……話が逸れた。

 とかく、二人一組のバディで攻撃しないといけないわけだ。

 

 葛城一尉の監督の下、模擬体シミュレータにて飛んだり跳ねたり射撃をする。

 緻密なプランでは敵が予想外の攻撃をしてきた際に瓦解するので予備プランもあるわけだが予備プラン移行訓練がまたややこしい。

 敵の動きを見て、どの時点でどう切り替えるのかを合わせないといけない。

 使徒が突進してきてアスカが右に飛んだら俺は左へ飛ばないとダメで、逆だと三者の衝突事故だ。

 優秀なアスカも、俺もメインであるユニゾン攻撃の“幹”の部分はなんとかできるようになった。

 しかし、分岐する“枝葉”の方になると切り替えが上手くいかない。

 アニメではユニゾン訓練から一本道のように描写されていたが、実戦になるとこんなところに落とし穴があったんだなあ。

 

「プランB移行のタイミングって難しいな」

「アンタ馬鹿ぁ、そんなの使徒が撃ってきたら一瞬でダメになるっちゅーの」

「近接格闘コンボができないときは無条件で射撃戦のD?」

「そうね、あいつらが撃ってきたらアタシはDね」

 

 アスカと本部休憩所で語り合う。

 プランAが基本、Bが格闘戦、Cが挟撃、Dが射撃戦だ。

 Cはクロスボンバー、つまりサンドイッチ式ラリアットでシメるヤツで、前後からコアを挟み圧壊させる。

 Cに移行するのは回避動作中に分断されたときらしい。

 俺とアスカで使徒を挟み込み、加速の付いた初号機の腕と弐号機の腕で破壊力も数倍! という頭の悪そうな技だがリツコさん曰く「破壊力は十分よ」とのこと。

 Dは陽電子砲の集中射を浴びせてコアが再生しなくなるまで撃ち続けるのだ。

 しかし、街中だと陽電子通過時にめちゃくちゃガンマ線を生じるのでシェルターに入っていない人がいた場合、多量の放射線被曝で死亡かもしれない。

 まあ、物理学者でもない俺が真剣に考えても仕方ない、アニメ世界物理学だしな! 

 使徒の存在する世界の科学はリツコさんか『空想科学読本』にお任せしよう。

 シミュレータでは主に3つのパターンが考えられており、どれかの状況が発生する。

 

 1.使徒がお行儀よく歩いてきて、エヴァに夢中になるパターン(アニメ的状況)

 2.分裂した使徒がそのまま各個前進、ゼロエリアに二方向より接近。

 3.融合使徒、進化し新能力獲得に伴う特殊攻撃(怪光線、自爆等)

 

 1の状況ではプランAであり、2や3の場合BかDになる。

 しかし、複合パターンがややこしい。

 原作知識で俺は1と3の状況が複合してやって来ることを知っている。

 復活した使徒は進化したのか、はたまた本気を出してきたのか怪光線を撃って来た。

 アニメでは“A”を続行して使徒殲滅にこぎつけたが、こっちの場合どういう判断をするべきなのか……。

 ウチのアスカさんは撃つ気満々だから“D”かなあ。

 

 あっという間に作戦前日になってしまった。

 最後のユニゾン訓練はアニメと同じ“状況1”と“状況3”の複合パターンだった。

 

「シンジ! A3」

「A3」

 

 使徒の怪光線攻撃をバク転(A3)で回避して防護パネル起動、射撃! 

 両翼から挟み込もうと左右へ散開した使徒に相対し、格闘に入る。

 

「B1!」

 

 号令を聞いたら“無条件で二拍おいて”パンチを繰り出す。

 俺の号令にアスカもパンチを繰り出して使徒甲を殴る。

 使徒乙が殴りかかって来たので回避したところで、アスカの「B3」が聞こえた。

 ヒザ蹴りを放って使徒乙をぶっ飛ばす。

 二拍の時間は連日のユニゾンパット訓練で規整済みなのでズレることはない。

 

「B4!」

 

 トドメのコアアタック指示だ。3秒後にコアへ何らかの攻撃を絶対命中させるのだ。

 俺は正拳突きを放っていた。

 

「模擬使徒、殲滅!」

「ユニゾン誤差、0.05ね、上出来だわ二人とも!」

 

 アスカは蹴りで使徒甲のコアをぶち抜いたらしい。

 ミサトさんより合格点が出て、あとは実戦を待つだけとなった。

 

 20時過ぎにコンフォート17マンションに帰った俺たちは、ユニゾン訓練パットを片付ける。

 明後日にはダンボールに詰め、ネルフの厚生センターに返却だ。

 俺が手配したレンタル寝具を使うのも今夜が最後となる。

 いつも通りアスカは和室で、俺はリビングで寝る。

 風呂を済ませて歯も磨き、布団を敷き終った。

 あとは襖を閉めるだけだ。

 

「いよいよ、明日だね」

「そうね、これでアンタとの生活もおしまいね」

「五日間、お疲れ様」

「何言ってんの、勝負はこれからじゃない!」

「俺はアスカを信頼してるんだよ」

「バ、バカじゃないの! なんでッ」

「この数日間失敗も多かったけど、二人でやって来たんだ。そうだろ」

「そうだけど……」

 

 思ったことを伝えたら顔を赤らめて照れるアスカ、最後の自信を持ってもらうためにこれだけは言おう。

 

「俺はね、アスカは凄いと思うよ」

「アンタ、煽てときゃ良いって思ってない?」

「いいや、俺一人じゃこんなやり直しばっかりのクソ訓練やめてるよ。アスカが努力してるから俺もついて行こうと思ったんだよ」

「アタシが、努力?」

「そう、俺が下手過ぎても逃げ出さず、見捨てず。……おまけに同居することになった部屋にはモノが無いときた」

「私には、エヴァに乗るしかないの。だから」

「それでもいいよ、でも俺はアスカから同じ目的を“一緒にやろうという姿勢”を感じたんだ」

「もういいわッ、シンジも夜更かししないで早く寝なさい!」

 

 ぴしゃりと閉まる襖。

 アスカは褒められ慣れていると思ったけど、そうでもなかったのか。

 最初はバラバラだったユニゾンも、ずっとやるうちに徐々に合って行き、最後は誤差の範囲に収まるようになった。

 これは俺一人の力では無理だ、アスカが協力してくれたからこそ上手くいったわけだ。

 

 アスカ、五日間ありがとうな。

 

 




衣のう=衣嚢、ビニロン性の大きなボストンバッグ。OD色
パノラミックカメラ=数枚から数十枚連続して撮影できるカメラ。つなぎ合わせると連続した航空写真ができる。
品位を保つ義務=自衛官の六大義務の1つ。自衛官が靴を磨き、被服にプレスを当てたり、傘をささない理由。


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瞬間、重ねた、そのあと

 使徒の行動再開を確認したと警戒監視中の部隊より連絡があった。

 その知らせに俺とアスカが待機室に駆け込んだのは、早朝の4時半だった。

 

「経路上の住民の避難、完了しました!」

「使徒、強羅絶対防衛線を突破、目標は山間部に侵入ッ!」

「目標は融合している模様、状況1のケースです」

 

 青葉さんと日向さんの声が聞こえる。

 国連軍の観測ヘリコプターからの映像が発令所とプラグ内に入った。

 朝霧のなか、使徒が田畑を踏み荒らしながら進んでくる様子が映る。

 N2爆雷で黒焦げにされていたヤツの姿とは思えないほど、つるりとした身体だ。

 

「アスカ、状況1」

「わかった」

 

 融合した使徒が第三新東京市目掛けて進んで来るパターンで、ユニゾン訓練ではプランAを主に使用する。

 たった一言、これだけでやることは決まった。

 

「音楽開始とともに、カウントスタート」

 

 シミュレーターで何度も聞いた葛城一尉の号令が、今もプラグに響く。

 訓練のように実戦を、実戦のように訓練を。

 アスカと俺ならやれる。

 

「目標、ゼロエリアに到達します!」

「外部電源パージ。音楽スタート!」

 

 音楽が流れはじめ、大深度から地表へと射出するリニアレールはエヴァを空中高くに打ち上げた。

 姿勢制御を最大にし、左肩拘束具内の棒状“フィールドジェネレータ”を投げる。

 第七使徒はそれを手で受けた。それを見たアスカのスイッチで二本のジェネレーター間にフィールドが発生して、スパッと真っ二つだ。

 

「A1! (武器装備)」

「A2! (射撃)」

 

 アスカかそれとも俺か、一体となり過ぎてどちらの号令かも分からない。

 武器庫から剣付きパレットライフルを取り、分離した甲と乙に射撃する。

 

 ただ、無心。

 

 高きから低きへ水が流れ落ちるごとく、自然な流れで身体が動く。

 三つの穴で出来た仮面のような顔から、エヴァに向かって怪光線を放つ。

 

「A3! (バク転)」

 

 バク転で回避し、路面に埋め込まれた“起倒式展開装甲板”が開いた。

 怪光線を受け止めて表層融解、大きく曲がる展開装甲板の陰から全力射撃。

 すると使徒はフワリと浮き上がるように装甲板の上から飛び込んできた。

 使徒の鉤爪によって引き裂かれる展開装甲。

 屈伸運動も何も無いノーモーションだったが、行動予測からほぼ同時にサイドステップで横にすり抜けて火力集中点に誘導した。

 

「撃ち方始め!」

「撃てェ!」

 

 まんまと誘引された使徒に特科大隊のMLRS、自走榴弾砲、ネルフのVLS陣地群、速射砲ビルから砲弾、誘導弾が降り注ぎ、回復こそするものの袋叩きだ。

 パレットライフルを投げ捨て、砲煙弾雨の中に飛び込んでいく俺達。

 爆煙が晴れた時にはもう敵は目の前だった。

 

「A4! (格闘コンボ)」

 

 流れるようにパンチ、膝蹴りを浴びせる。

 火砲に揉まれて分身体の自己回復が間に合わなくなるまで消耗したところに、エヴァの格闘攻撃だ。

 回復のために使徒が融合したところで、最後の号令を発した。

 

「A5! アスカッ!」

「A5! シンジッ!」

 

 二人で加速をつけて飛び蹴り、ツープラトンキック! 

 エヴァの筋力による()()、そして()()からなる()()()で使徒のコアを踏み砕いた。

 

「うおおおおおっ!」

「うおりゃあああ!」

 

 衝撃力を使徒に伝えきった俺たちは地面で着地姿勢を取ることに成功した。

 吹き飛んだ使徒は山の中腹で、大爆発した。

 

「エヴァ両機、活動停止!」

「パターン青消滅、使徒殲滅しました」

「現在、使徒周辺の線量計測中……」

 

 プラグの中に響く、発令所の声。

 マヤちゃん、青葉さん、日向さんの声が聞こえた。

 ……俺達は勝ったんだ。

 

 やり直しに次ぐやり直し、残り時間に焦り、お互いに苦しいこともあった五日間の特訓。

 “作戦時間62秒”の極めて短くも濃密な戦いはこうして幕を下ろしたのだった。

 

 

 出撃後の後始末をしてから本部を出た俺たちは、コンフォート17マンションに帰って来ていた。

 使徒に勝って役目を終えたツイスターマシンと、貸し布団、俺の私物を引き上げるためだ。

 ユニゾン訓練で使った部屋はそのままアスカの個室となり、俺は明日の朝には部屋を去る。

 RVボックスに洗濯ハンガーや、ポット、アイロンを詰め、移送中に開かないようにラッシングベルトで縛り上げた。

 

 封をしたRVボックスに、ふと前期教育最終日の晩を思い出す。

 3カ月の間、寝食を共にした同期たち、班長達と別れて各々の後期教育隊へと旅立つのだ。

 寂しさと、新天地への不安の混ざった不思議な気分になったわけだが、いま、どうしてかそんな感覚があった。

 アスカと会おうと思えば本部や学校でも会えるし、元居た部屋に帰るだけなのだが、不思議なもので寝食を共にした“戦友”との別れに感傷的になっている。

 こんな空気は伝染する。

 遠方の駐屯地という事で一日早く異動し、相方のいなくなった二段ベッドの上の段を見て泣いたように。

 俺が黙々と荷造りする様子を見たアスカは何かを言おうとして、やめるそぶりを何度か見せた。

 

「ねえ、シンジ」

「何かな」

「……アンタ、ウチで住まない?」

「どうして?」

「アタシ一人じゃ部屋余るしぃ、特別にアンタにも使わせてあげるわよ」

 

 アスカはチャチな理由を口にした。

 いつも勝気な少女だったが、その声も震えているように聞こえる。

 

「確かに、ジオフロントの個室と違って見晴らしも良いし、広いよね」

「でしょ! オマケにこの美少女アスカ様もついてくるのよ!」

 

 アスカはきっと二人暮らしからひとりになるという変化に対する恐怖や、言いようのない寂しさに襲われているんだろう。

 幼少期からのトラウマもあって、アスカは俺を引き留めようとしている。

 一人暮らしが気楽だと言ってる俺だって、ガランとした部屋に人恋しくなる時はあった。

 だからと言って、ずっとアスカの傍で暮らすわけにはいかないんだよな。

 寂しさからお互いに依存しあって、ズルズルと同棲生活が出来るのは大学生くらいまでだ。

 中学生のシンジ君ならアスカのこのアピールを受け止めて、感情のままミサトさんに直訴しに行ってもいいかもしれないが、俺は大人だ。

 仮にこっちに住むとしても()()()()()()()で申請し、事務手続きを経てからじゃないとダメだろ。

 

「だけど俺にはね、“指定場所に居住する義務”があるから、戻らないとダメなんだよな」

「そんなの、ミサトかリツコに言いなさいよ! 言いなりなんてなっさけないわね」

「アスカ、寂しくなるのはわかるけど、これっきりってわけじゃない。本部や学校で会えるじゃないか」

「別に、寂しくなんてないわ……あーあっ!」

 

 アスカは拗ねて、襖の向こうにドタドタと行ってしまった。

 俺はアニメで寂しさを訴えることも、素直に引き留めることもできないという不器用さを知っている。

 それでも、アスカとなし崩し的に暮らすわけにはいかない。

 見た目14歳、中身は恋人も子供もいないただのオッサンがアスカの兄貴分として振る舞えるわけがないんだから。

 

 俺は居間に布団を敷いて寝る。

 この布団も明日の朝には、段ボールに入れてレンタル業者に発送だ。

 目を閉じて、じっとしていたがどういうわけだか眠れない。

 夜中の2時頃に突然、襖がすすっと開いた。

 フラフラとアスカはアコーディオンの向こうに入って行った。

 

 ……トイレかな。

 

 俺は意識をそちらに向けないようにして、寝ようとした。

 どれほどの時間が経ったのか、タオルケットが引っ張られて突然暖かくなった。

 目の前にアスカが寝ていた。まるでアニメ版の再戦前夜だ。

 地上特有の窓から月明かりが差し込み、ほんのり明るくなった部屋に白い肌が浮かび上がる。

 キャミソールの胸元には谷間が見え、ホットパンツからは健康的でいてほっそりとした脚が伸びている。

 まだまだ子供だと思っていたのに、こうしてみると十分いけそうに思えてくる。

 やばい、布団に潜りこんで来る薄着の女子中学生、なかなかに煽情的だ。

 もし、俺が不埒な輩だったらそのまま寝込みを襲っているところだ。

 アスカとの信頼をぶち壊したあげく性犯罪者になる気は毛頭ないので俺はそっと布団から出る。

 その時、唇が動いた。

 

「……ひとりは、いや」

 

 寝言だとは思うが、心臓を鷲づかみにされたような気分だった。

 アスカはエヴァを通して周りに見てもらおうとしている。

 陽気に見せているけど常に孤独感と戦っている女の子だった。

 俺はアニメキャラの“アスカ”しか知らなかったけれども、間近で見ることでようやく悩める一人の女子中学生なんだなと実感したのだ。

 手軽なネット環境が若者にそんなに浸透していない世界でよかったな。

 スマホとソーシャルネットワークサービスがあったなら、アスカはどっぷりとつかり、「話を聞くよ」といってすり寄ってくるヤリ目的の相手にまんまと引っかかってしまいそうだ。

 いたいけな少女たちを騙してるロクでもない大人というところでは俺も同じかな。

 

「すまんな、アスカ」

 

 俺は中学生を演じ切ることができなくて、地を出してしまうような人間だ。

 ミサトさんやリツコさんには“個性”の範疇で受け入れてもらったところがある。

 だけど、アスカにとって“碇シンジ”はどう映っているんだろうか。

 頼れる戦友? それとも変わった男の子? 

 深入りして、俺はアスカに失望されるのが怖いだけかも知れない。

 

 こんな事を長々と考えてる時点で十分エヴァ世界の住人だ。

 俺は思考することをやめて、壁に腰かけて眠った。

 

 朝が来て、いよいよ部屋を去る時が来た。

 ダンボール箱に二組のレンタル布団を詰めると玄関先に出る。

 ネルフマークの折り畳み台車を持った加持さんが立っていた。

 

「よう、シンジ君」

「加持さん、おはようございます。あれ、ミサトさんは」

「おはよう、葛城ならまだ寝てるよ。昨日の処理でクタクタらしい」

「了解、ではよろしくお願いします」

 

 RVボックスとレンタル布団の入った段ボールを台車に乗せ、衣のうは負い紐で肩から下げる。

 搬出準備が整った頃、朝シャワーを終えたアスカがドタドタと玄関先まで飛び出してきた。

 

「加持さぁん! おはようございます!」

「おはようアスカ」

「せっかく来たんだから、上がって行ってください!」

「そうしたいけど、シンジ君の引っ越しをしに来たんだから、また今度な」

「ええ~」

 

 加持さんの腕にしがみ付くアスカ、加持さんはハハハと笑っている。

 憧れの年上男性も大変だなあ。

 このままではいっこうに積み込み作業ができないので、代案を提示と行こうか。

 

「アスカ、今度加持さんに家具選び手伝ってもらいなよ、加持さんお願いします」

「じゃあ、そうする」

「わかったよ、また時間が空いたら教えるよ」

「ホントですか、やったー」

 

 アスカを納得させた俺と加持さんはコンフォートマンションの駐車場まで降りた。

 ミサトさんのスポーツカーが数台止まり、その横に一昔前のボンゴ・バンが止まっている。

 ネルフの業務車であることを示すデカいイチヂクの葉のマークが描かれており目立つ。

 そんなクッソ目立つワゴンに荷物を積み込んだ。

 運送業者の集荷場にレンタル布団を持ち込み、その後でカートレインに乗ってジオフロントの居住区に帰る。

 その道中、加持さんとは世間話をしていた。

 ユニゾン訓練の話、学校の話、そしてリツコさんやミサトさんとの話。

 カートレインの進入口前のコンビニの駐車場で、遅い朝飯を買って食べる。

 車中でおにぎりとカップ麺を食べて、腹も膨れてきたところで加持さんが声を掛けてきた。

 

「なあ、シンジ君」

「なんですか」

「君は子供らしくないとは思っていたけど、本当は何者なんだ?」

「僕がこう見えて実年齢28歳だとしたら、どうしますか?」

「どうもしないさ、その時はいい店にでも行こう。紹介するよ」

 

 いや、加持さんと風俗店に行ったのバレたら、ミサトさんやアスカにどうされるか分からん。

 ギャグみたいにパンパン撃たれたりはしないだろうけど、鉄拳制裁位はあり得るかもな。

 冗談めかして言ってみたが加持さんは驚いた様子もなく、ジョークと受け取っているふうもない。

 

「驚かないんですね」

「いや、君の様子を見て驚けというほうが難しいよ、りっちゃんもよく君の事を話すんだ」

「リツコさんが?」

「ああ、使徒の解体作業やら意見具申、普通の中学生には到底難しい」

「そうですよね」

「前情報の内向的なシンジ君とかけ離れてるわけなんだが、どういう心境の変化だい」

「加持さんは、“憑依”というオカルトって信じますか」

「ああ、恐山のイタコ婆さんがよくやるやつか、今はもう無いけど、あの手の番組が好きだった」

 

 セカンドインパクトとその動乱期を経て、心霊番組は無くなったらしい。

 テレビで死者をオモチャにするには、血を流し過ぎたのだ。

 トンネルに出る幽霊なんかよりもずっと多くの人が“空から降って来た大質量隕石(セカンドインパクト)”の前に死に、その後の紛争で血生臭い戦いを経験したのだから。

 加持さんはそう振り返った。

 

「そうか、憑依先がエロ本ひとつ買えない中学生なんて難儀な話だよ」

「エロ本より、自動車(クルマ)に乗れないのがきついです」

「ハハハ、確かに。俺だって今から自転車しか乗るなっていうのはきついな」

「せめて車が運転できれば、買い出しや引っ越しも楽になるのに」

「確かにそうだけど、第三新東京市(ここ)は駐車場代が高いぞ」

「ここってそんなにするんですか、地代」

()()()()()()()として建造されてるんだ、旧仙石原の地価は4倍にも5倍にも跳ね上がったらしい」

「そうすると土地を売買して利益を得ようとする人が出ますよね」

「“第三東京バブル”ってやつだ、それも使徒が来て()()()さ」

 

 ネルフ関連以外の不動産屋が旧仙石原、箱根の土地を買いあさっていたようだけど、使徒が来て以降はパッタリだ。

 そりゃ、情報操作でよく分からないとはいえ“謎の爆発事故”やら国連軍の出動があって“いつ焦土になるか分からない土地”に資産価値を見出すのは難しい。

 第三東京バブルはある日突然弾け飛び、使徒襲来の度に地価は下がっていった。

 首都予定地として価値が釣り上がって行った片田舎の二束三文の土地が、急に価値を失ったのだから大損だ。

 

「実際に第三の使徒が来て以降、不動産屋が何人も首を括ってる」

「それも、使()()()()()ですよね」

「シンジ君、それは君の考えるところじゃない。俺らに出来る事なんてたかが知れてるのさ」

「目前に現れた使徒を撃滅する……」

「そうだ、ネルフが出来るのはそこまでなんだ」

 

 結局、憑依した人格が誰のものかという事もうやむやになり、社会情勢の話へと変わってしまう。

 この世間話はジオフロント居住区の自室前に辿り着くまで続いた。

 別れ際になって加持さんは軽そうな笑顔を消し、急に真剣な顔になった。

 

「シンジ君、アスカのことを頼んだぞ」

「はい、でも憧れの人は加持さんなんですから」

()()()()とは()()()()感情さ、アスカが年相応にぶつかって行けるのはシンジ君なんだ」

「見た目同世代だからですよ、兄貴分にはなれませんって」

「だったらなおさら良いじゃないか、俺よりも近くでアスカを見てやれる」

「それは……わかりました」

 

 そういうと加持さんと別れた。

 ドイツで面倒を見ていた妹のような後輩を案じる真剣な加持さんに思わず頷いたけど……。

 あれ、これ気づけばアスカ係にされてるやつじゃね? 

 アニメ中盤以降のギスギスチルドレン展開、俺苦手だったんだよな。

 特にシンジ君が「ユーアーナンバーワン」とか言われて、アスカの劣等感が刺激されている時とか。

 綾波、アスカと適正な距離を保ちつつ、仲間意識を醸成していくなんて出来るのかなあ。

 

 




指定場所に居住する義務=自衛官の六大義務のひとつ。曹長以下は営舎(駐屯地内)に住まなくてはならない。既婚者は営外居住許可が下りる。ネルフにあるかどうかは不明


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マグマダイバー

輸送機の離陸方法とか、A-17の解釈、頭部冷却ヘルメットに関しては完全に独自設定です。
アニメを見返してみても弐号機D型、参号機懸吊中どうやって離陸し、着陸が出来るのかわからない……


 ここ数日、我が第壱中学校第二学年は何処か浮かれていた。

 修学旅行が目前に近づいてきており、女子も男子もその話ばかりだ。

 トウジたちのコンビ、佐藤君含む男子グループ、あと女子グループから班行動のお誘いを受けていたんだけど、全部お断りすることになった。

 

「シンジ君ちって、おじいちゃんおばあちゃん居ないの?」

「うん、親父しかいないから、ペットの世話とかみんな俺だよ」

「そうか、家にシンジ君しかいないんじゃなあ」

「サトミ残念、フラれちゃった!」

「アカネこそ、シンジ君と沖縄デートだって言ってたくせにィ」

「二人ともゴメンよ」

 

 表向きはネルフの仕事関係で家を空けるわけにもいかず行けなくなったという理由だ。

 エヴァを知ってるトウジとケンスケはその説明すら要らないのであっという間だ。

 

「シンジは修学旅行どうすんの?」

「即応待機」

「だったら仕方ないな、シンジの分まで楽しんで来るよ」

「あ、お土産に空薬莢とか持って帰ってこないでよ、手荷物で引っかかるぞ」

「ええっ、そうなのか。キーホルダーは?」

「チェーンまでよく見てくれたらいいけど、“疑わしきは確認”で止められる」

 

 俺の中学校の修学旅行も沖縄で、友人のI君は国際通りのミリタリーショップで“使()()()()7.62㎜小銃弾のキーホルダー”を5つ買っていたのだ。

 それが発覚したのは那覇空港の手荷物保安検査場で、バッグに実包(じっぽう)っぽい何かがあると大騒ぎになった。

 警備員が駆け付けると銃弾キーホルダーやガスマスクなどを調べはじめて、危うく関西空港行きの飛行機に乗れなくなるところだった。

 

 俺をミリタリーオタクの道に引き込んでくれた彼の事例をもって警告する。

 ケンスケからI君のような雰囲気を感じるがゆえになおさら。

 ケンスケも相田(あいだ)……、碇も頭文字(イニシャル)I。

 ミリタリーオタクは“I”だった? (混乱)

 

 ケンスケと沖縄についていろいろ話した日の晩、俺はわざわざコンフォート17に呼び出された。

 保護者としての話らしいが……。

 最近、おしゃれなテーブルとベッドを買ったアスカの部屋で葛城一尉はそれを告げる。

 ミサトさんの部屋である121号室は、アスカが拒否したらしい。

 

「ええーっ! 修学旅行に行っちゃダメェ?」

「そ」

「どうして!」

「戦闘待機だもの」

「そんなの聞いてないわ! 誰が決めたのよ!」

「作戦担当の私、今伝えたわ」

「シンジも何か言ってやんなさいよ!」

「“即応態勢の維持”ってやつだよ」

「諦めてたってわけ?」

「エヴァパイロットって職業軍人みたいなもんだし、ま、そうなるね」

「ミリタリーバカに振ったアタシがバカだったわ」

 

 アスカはお怒りだ。

 なにせ、クラスの雰囲気に当てられて、いそいそと準備を始めていたのだから。

 

「気持ちはわかるけど、あなた達が修学旅行に行ってる間に使徒の攻撃があるかもしれないでしょ」

「いつもいつも待機、待機、待機。いつ来るか分かんない敵を相手に守る事ばっかし、たまには敵の居場所を探して攻めに行ったらどうなの!」

「それができたらやってるわよ」

 

 エヴァ運用の基本は“専守防衛”だからね、遠く離れた敵策源地(さくげんち)攻撃は難しい。

 ま、今回はその敵の策源地である火口内部に攻撃に行くわけだけどな。

 

「ところで二人とも、これをいい機会だと思わなきゃ。クラスのみんなが修学旅行に行ってる間、勉強ができるでしょ」

 

 ミサトさんに学校の成績は筒抜けだ。

 まあ俺はクラスでも上位だし、進学するにもまあまあの所に行けると思う。

 だがアスカは日本語の設問が読めず、国語やら公民・地理分野で点数が悪いようだ。

 

「学校のテストが何よ、旧態依然とした減点式のテストなんか興味もないわ」

「郷に入れば、郷に従え。日本の学校にも慣れてちょうだい」

「いーっだ!」

 

 アスカの言葉に懐かしいものを感じる。

 学校のテストのために勉強なんてしてられるか! とリアル中高生で息巻いていた。

 ()()()()の段になってそれが間違いだったと気づいた。

 俺は一般曹候補生試験や、一般幹部候補生試験、民間のSPI(総合適性検査)なんかで勉強をナメていたことに後悔したね。

 “職業選択の自由”は試験勉強ができる者()()に与えられるのだ。

 俺自身、今度の人生ではどうなるのかね就職。

 

 設定じゃアスカはすでに大卒だし、俺とか世の中高生とは違う。

 ま、やり直しだろうが“中学生”なんだから、勉強しろって言われるんだ。

 上手いことやってよ、アスカ。

 

 

 ミサトさんが隣に帰っていった後、俺はアスカ宅で泊まることになった。

 俺も帰ろうかと思ったけど、もう遅いし泊まっていけと言われたのだ。

 

 憤懣(ふんまん)やるかたないといったアスカの愚痴に付き合って、リビングのソファで眠る。

 部屋に合わせたシックなデザインで、お値段もまあまあするいい家具だ。

 “加持さんとのデートwith 荷物持ちシンジ”の際に家具量販店で購入したもので、アスカが選び、俺は加持さんと二人で運搬や組み立てをやった。

 それ以外にも通販で買った家具の組み立てで呼ばれることも多く、もはや勝手知ったるアスカの部屋だ。

 アニメアスカなら「アンタ、いつまでいんのよ!」なんてシンジを追い出していたところだろうが、どうもこっちのアスカは一人暮らし開始からやたら俺を呼んでないか? 

 

 

 数日後、第壱中学校二年生御一行様は沖縄の“新嘉手納(かでな)空港”へと出発した。

 アスカと俺と綾波は青空に伸びていく飛行機雲を、集合地だった学校の屋上から眺めて見送った。

 修学旅行のしおりで見たけど……那覇市ってセカンドインパクトで水没してたんだな。

 クラスの男子からはゴーヤー茶、さんぴん茶を買って帰ると言われ、女子はサーターアンダギーを買ってくれるそうな。

 なお、「ちんすこう」で下ネタを言った男子は、洞木委員長ほか数人に言葉で袋叩き(フルボッコ)にされていた。

 トウジは俺たちの分まで楽しんでくれるそうだし、ケンスケは軍民共用空港である新嘉手納で南西方面航空隊所属機のF-15J戦闘機(イーグル)の写真を撮るのだと張り切っていた。

 頑張ってくれ、俺も那覇空港でオジロワシ(302SQ)のマークのF-4EJ改戦闘機(ファントムⅡ)を見た時は感動したぜ。

 

 バスに乗って第3新東京国際空港へ出発する中学生のワイワイ感を見て、眩しく感じたのはオッサンだからだろうか。

 学校のアイドルの仮面を脱ぎ捨てて険しい顔のアスカ、青い空をボンヤリ見上げている綾波。

 同級生たちに置いて行かれたように感じているであろうアスカと綾波に俺は言葉をかけてやれなかった。

 

「さーってと、アタシたちも泳ぎに行きますか! レイ!」

「そうね、ここは暑いもの」

「シンジもボヤッとしてないで、行くわよ!」

 

 だが、アスカは踏ん切りがついたのか大きな声で泳ぎに行くことを宣言した。

 アスカ、補習は? と言いたいところだが、今、水を差す必要もあるまい。

 いつの間にか仲良くなったのか、アスカが綾波を引っ張りまわしている。

 学校から出ると、そのままネルフ施設のプールへと向かった。

 

 プールサイドで俺は熱膨張についての勉強を……していなかった。

 だって、伏線を張るためだけに勉強なんて不自然だしな。

 アスカは紅白のセパレート水着を着ていて、スタイルの良さをアピールするかのように腰に手を当てる。

 

「じゃーん! どう? この水着。沖縄で着るつもりだったんだけど」

「よく似合ってるよ、アスカは紅と白が好きなんだね」

 

 男子として胸のジッパーを下げてみたい衝動に駆られました……なんて言えない。

 

「そお? 何かエヴァみたいな色とかって思ってない?」

「えっ、違うの?」

「シンジひどーい、水着の女の子みてエヴァみたいなんて思うんだぁ」

「アスカが言い出したことじゃないか、俺なんも言ってないよ」

「冗談よ、冗談! レイはどこいったの?」

「綾波ならあそこにいるよ」

 

 プールの真ん中のレーンの綾波は白い競泳水着を着て、水中をスイーッと行く。

 ドルフィンキックだけで進んでるのだろう、その動きはシロイルカを思わせる。

 

「シンジは泳がないの?」

「俺、泳いだことないんだよね」

「へえ、じゃあアタシが見ててあげるから飛び込んでみなさいよ」

「マジか」

「“アンタが沈んでもアタシが居るもの……”なぁんちゃって」

「そこまで言うならやってやるよ!」

 

 綾波のモノマネをしたりしてアスカは楽しそうだ。

 そんなアスカのために某野球の上手い芸人のように挑発に乗ってやる。

 俺はシンジ君ボデーの能力を知るために、プールに飛び込んだ。

 

 ゲホッ! ゴボッ! 

 

 ドルフィンキックに移行する前に危うく溺れそうになった。

 頭では泳ぎ方分かるのに……身体がついて行かない。

 これは肉体が泳ぎを覚えるまで結構大変そうだぞ。

 

「アハハ、シンジだっさーい!」

「碇くん、大丈夫?」

 

 プールサイドのアスカは指さして笑っている。ファッキューアスカ。

 隣を泳いでいた綾波が寄って来てくれた。

 人のことを心配してくれるようになったんだな、サンキュー綾波。

 

 その後、アスカがスクーバ装備一式を付けてバックロールエントリーをしたり、シンジ君の肉体が平泳ぎを覚えたり、テンション上がって綾波に水泳勝負を挑んでみたり、わりとエンジョイしているところに非常呼集が掛かった。

 

 濡れた髪をシャワーで流し、タオルで拭いて男子更衣室から飛び出す。

 アスカと綾波も続いて女子更衣室から出てきたが、頭にタオルを巻いている。

 シャワーを短めに切り上げたのか、二人の濡れた髪からはほんのり塩素の臭いがした。

 駆け足で作戦室に行くと、浅間山地震観測研究所から送られてきた“謎の影”がスクリーンに映し出されていた。

 

「殻付きの使徒……卵生だったのかアイツら」

 

 温泉卵のような謎の影あらため第八使徒の捕獲作戦である。

 

「使徒はまだ完成体になっていないサナギの様なものよ、よって今回は捕獲を最優先とします」

 

 先発隊の葛城一尉ほか作戦部のメンバーが居ないため、作戦の伝達は赤木博士がやるようだ。

 

「出来るだけ原形をとどめ、生きたまま捕獲すること」

「できなかった時はどうするんですか?」

「即時殲滅、いいわね」

「了解、ところで、誰が潜るんですか」

「アスカと弐号機よ。零号機とレイは本部待機」

「プロトタイプの零号機には耐圧装備が付けられないの」

「A-17が発令された以上、早く出るわよ」

 

 どうやら使徒の捕獲のために現有資産の凍結も行える特別宣言がされているとのことで、長期戦は許されないらしい。

 どういうこっちゃという話であるが、ようは“世界滅亡もありうるヤベー奴捕まえるんで全てウチ預かりね、その時、動産・不動産ぶっ壊そうがお咎めなしでヨロシク”っていうやつだ。

 そんな私有財産なんだと思ってるんだというようなトンデモ宣言がA-17らしい。

 圧壊した浅間山地震観測研究所さんの火口探査機はこれを理由におそらく弁償されないだろう。

 だから、国民に愛される特務機関ネルフにならないのはそういうところだって! 

 

 プラグスーツに着替えた俺たちに赤木博士は今作戦用の特殊装備であることを告げる。

 見た目は普通のプラグスーツっぽいが、生命維持装置とか中身が違うらしい。

 

「右の手首のスイッチを押してみて」

 

 アスカがボタンを押すと、突然アスカの体が大きく膨らみ始めた。

 パンパンに膨れ上がり、ボールのような形状になってしまう。

 

「何よこれぇ!」

「赤木博士、あれなんですか?」

「水分を含み、ゲル状になる冷却材を注入したのよ」

「ちょっとシンジ、何見てんのよ!」

「アスカ、いま冷たさとかって感じる?」

「まだヌルヌルして気持ち悪いだけよ!」

 

 どうやらパンパンに膨れたスーツの中をポンプ動力で冷却材が対流し、大腿部の熱交換機で冷却するらしい。

 しかし熱による不快を感じやすく、熱に弱い部位である頭が露出していては片手落ちでは? 

 

「赤木博士、頭には冷却装置無いんですか?」

「あるわよ、こんなのが」

 

 アニメでは作画の都合上、描写されなかったらしい頭部冷却装置が登場した。

 映画『プレデター』の異星人のようなヘルメットで、側頭部から何本も出ているチューブを接続することで冷却材を循環させるようだ。

 

「こんなのを被るのぉ!」

「アスカ、()()()で死にかねないから被ってくれ。頼むよ」

「熱中症?」

「あっ、いわゆる熱射病です、高熱多湿で放熱ができなくなる」

「そうなの?」

 

 熱に関する障害を“熱中症”と呼ぶようになったのはつい最近で、こっちの世界ではまだまだ熱射病や日射病という呼び方が普通のようだ。

 

「シンジ君の言う通りよ、アスカ」

「わかったわよ、で、アタシの弐号機は?」

「準備できてるわ、付いてきてちょうだい」

 

 俺の事を知っている赤木博士はこっちを見ている、文化の違いでも実感しているのだろうか。

 いつものケイジではなく、別の格納庫に案内された。

 するとそこには潜水服を着こんだようなずんぐりした弐号機が鎮座している。

 

「何よこれぇ」

「耐熱耐圧耐核防護服、局地戦用のD型装備よ」

「嫌だ、アタシ降りる! こんなので人前に出たくないわ! こんなのはシンジがお似合いよ!」

 

 アスカにはカッコ悪いと映ったようで、嫌がるアスカ。

 そんな理由だけで俺が代われるんなら代わってやりたいけど、弐号機は俺を認めてくれるだろうか? 

 

「アスカ、できる事なら俺も代わってやりたいけどな」

「私が弐号機に乗って出るわ」

 

 俺の隣にいた綾波が手を挙げた。

 前回、高温のエントリープラグで茹でられたのに凄いな。

 綾波にまで「代わりましょうか」と言われたアスカは……。

 

「レイまで! わかったわよ! 乗ればいいんでしょ!」

 

 観念して乗ることにしたようだ。

 

「ごめんね、カッコ悪いけど我慢してね……」

 

 弐号機に向かって謝るアスカ。

 

 俺も一応手を合わせる。

 今回ばかりはアスカの死がきわめて近い。

 原作アニメのように初号機で飛び込んで上手くいく保証などどこにもないのだ。

 

 __アスカを頼むよ、弐号機。

 

 そんな様子に赤木博士とマヤちゃん、綾波は不思議そうな顔で見ていた。

 

 新厚木基地から発進した輸送機は浅間山を目指す。

 D型装備のずんぐりした弐号機は機内に収まらない。

 輸送機の機首上げとともに、弐号機背面に取り付けられた()()()()()もロケットパックで打ち上げて曳航、“接合ワイヤを空中で巻き取って胴体下で固定”という不思議な離陸法で飛び立つ。

 そんな特三号戦車じみた方法で離陸した黒い怪鳥は、いよいよ浅間山の麓に差し掛かった。 

 ランディング・ゾーン(LZ)と呼ばれる着地地点はいつもよりかなり小さい。

 

「エヴァンゲリオン降下用意!」

「降下用意!」

 

 復唱すると緑の降下開始灯が灯った。

 

「降下! 降下! 降下!」

 

 初号機は緑のじゅうたんに開いた小さな穴に目掛けて飛び込んでゆく。

 先頭を行く弐号機はD型装備で姿勢制御機能使えないんじゃ……。

 答えは次の瞬間に分かった。

 輸送機と弐号機を繫いでいた背中のグライダー部の小翼が動いて滑空し始めたのだ。

 新劇場版の“2号機”のような格好いいものではないけど、そうやって降りるのか。

 初号機が着地姿勢に入ってるとき、弐号機は四つの減速ロケットで着地していた。

 

「アスカ、凄いね」

「何がよ! 物干し竿に吊られた熊のぬいぐるみみたいじゃない!」

「幻の空挺戦車計画みたいなことやってでもエヴァを吊ろうっていう根性が」

「根性? アタシはそんなのでぬいぐるみの気分味わったのォ! 信じらんない!」

 

 どうやらトラウマスイッチであろう「人形」というのには触れなかったらしく、元気に怒り散らしているアスカを見てホッとした。

 アスカが「ぬいぐるみの気分」なんて言うからこっちが不安になるわ。

 そんな不安をよそに、着々と火口突入準備が進んでゆく。

 エヴァよりはるかに大きい巨大な架橋車両が到着し、赤木博士ら技術局の職員が捕獲用の電磁柵やセンサー類の最終調整、機体冷却材圧送装置などの展開を始めた。

 

 空を見上げるといつものように戦略爆撃機や偵察機が空中待機している。

 灰色とグレーの低視認塗装が施されている国連第二方面軍の戦略航空団所属機で、おそらく熱処理任務に就いているんだろうな。

 

「爆撃機が8、偵察機2機か」

「手伝ってくれるの?」

 

 俺の呟きにアスカが尋ねる。

 いつも通り「そうだよ」と言いたいところだが、今回は違う。

 

「いいえ、後始末よ」

「私たちが失敗した時のね」

 

 赤木博士とマヤちゃんが答えてくれた。

 

「どういうこと?」

「N2爆雷で使徒を熱処理するのよ。私たちごとね」

「ひっどーい! 誰がそんな命令出したのよ!」

「碇司令よ」

 

 俺達の一死をもってしてでもサードインパクトが阻止できれば御の字だが、望みは薄い。

 高熱高圧下で活動できる相手に、ほんの一瞬だけ熱波を浴びせたところでどれほど効果があるのだろうか。

 俺達がN2で消し飛んだところを悠々と飛び去って行き、本部急襲という線が濃厚だ。

 PS2のゲームのイベントで勝利条件を満たしてなく敗北することがあったが、その時も本部急襲によってサードインパクト発生となる。

 人の命をなんだと思ってんのよ! と憤慨するアスカ。

 

「シンジも何か言ってやりなさいよ!」

「多分、俺たちごと吹っ飛ばしてもだめだ。だから、アスカ、あの人たちに味方殺しをさせないでくれ……」

「アンタどっちの味方なわけ!」

「俺はアスカの味方だ! 当然、空軍の人達もね」

 

 即答した俺にアスカは黙ってしまう。

 プレデターメットで表情がわからないけれど、悪い感触ではなさそうだ。

 ずっと文句を言っていたアスカが静かになったころ、弐号機は冷却パイプとドッキングし突入準備が完了する。

 最終確認の際、地上の技術局員や作戦部員とエヴァパイロットで目視点検が行われた。

 そこで俺は弐号機の大腿部を指さした。

 

「赤木博士、ナイフ脱落しませんか?」

「シンジ君、どういう事?」

「鞘をバンド一本で固定してるだけなんで、とっさの時に掴み損ねたりして落ちていきそうです」

 

 KY、いわゆる危険予知の基本である、“脱落防止のない工具は落下する”だ。

 赤木博士も使徒解体現場にいて入場教育を一緒にやったからわかるはずだ。

 頼むよ、赤木博士! 

 

「KYね、今から超耐熱バンドを柄に付けるのは無理よ」

「せめて予備のナイフを腕に取り付けるとか、できませんか?」

 

 やれることはやっておきたい。

 俺の頼りない原作知識でも、アスカはナイフを落としたはずだ。

 

「シンジ、心配し過ぎよ」

「予備のナイフならあるわ、シンジ君。あなたが取り付けてくれるかしら」

「わかりました」

 

 赤木博士の言う通り、超耐熱バンドの付いたプログナイフを弐号機の左腕に取り付けた。

 普段なら、「シンジ君、アスカのこと気になるのォ?」なんてからかい半分に言ってくる葛城一尉でさえ今回の作戦では静かだ。

 

 ひとつ間違えばサードインパクト。

 

 この場にいるすべての人間が多かれ少なかれ緊張し、不安と戦っている。

 

「最終チェック完了、エヴァ吊り上げ用意!」

 

 マヤちゃんの声もどこか、震えているように聞こえた。

 

「アスカ、どう?」

「いつでもどうぞ」

「発進!」

 

 冷却管ケーブルに吊られた弐号機は紅い、炎熱地獄へと下っていく。

 

「見て見て、シンジ。ジャイアント・ストロング・エントリー!」

 

 アスカは俺の緊張をほぐそうとしたのか、それとも自分の不安を和らげようと考えたか、足を前後に開き、溶岩内に沈降していった。

 視界がきわめて悪く、対流も速い。

 アスカの声と指揮通信車の会話でしか状況が分からない。

 マヤちゃんの深度報告では今、450m地点を突破したところだ。

 俺はただ赤い火口を見つめながら、無線内容に耳をそばだてるしかできないのだ。

 そして深度1020m、安全深度オーバーという報告に俺は身構える。

 

「深度1300、目標予測地点です」

「アスカ、何か見える?」

「反応なし、居ないわ」

 

 葛城一尉の問いかけにアスカは元気そうな声で返事をする。

 プレデターメットで頭を冷却してるからな。

 

「思ったより対流が速いようね」

「目標の移動速度に誤差が生じています」

「再度沈降ヨロシク」

 

 いよいよ、大きくとられた安全マージンをかなぐり捨て始めた葛城一尉。

 安全マージンを余裕でぶっちぎり、いよいよ性能限界にまでチャレンジし始めたぞ! 

 その時、「バキン」という金属破断音のようなものが入る。

 

「第二循環パイプに亀裂発生」

 

 作戦部の女性オペレーターの報告が入る。

 作戦中断だろコレ、命綱だよね冷却循環系統! 

 

「深度1480、限界深度オーバー!」

「目標と接触してないわ、まだ続けて。アスカ、どう?」

「まだ持ちそう、さっさと終わらせてシャワー浴びたい」

「近くにいい温泉があるわ、終わったら行きましょう。頑張って」

 

 葛城さんが使徒に恨みあるの知ってるけど、アスカを殺す気かな。

 弐号機の限界なんて中に乗ってる状態で分かるか! 

 

「限界深度、プラス120」

 

 その時、またも金属の破断音と変形音が聞こえた。

 耐圧殻のどこかが壊れたのだろうか。

 

「弐号機、脚部プログナイフ脱落!」

 

 やっぱりか! 

 留め具が破断したのか、それとも取り付け部の外装が変形して外れたのか。

 

「限界深度、プラス200」

「葛城さん! もうこれ以上は! ……今度は人が乗ってるんですよ!」

「この作戦の責任者は私です、続けてください」

 

 部下を死地に送らないといけないのが部隊指揮官の辛いところで、部下に「死ね」と命じなくてはならない。 

 指揮官は孤独だ。

 それはわかる。

 

 俺たち曹士は最後まで幹部、中隊長や大隊長を信頼してついていけと習った。

 親父のような大隊長の命令なら、我々は最後まで中隊一丸となって断固戦うぞと。

 

 俺は火口突入から今まで、葛城一尉の指揮下にあってずっと黙っていた。

 だけど、今度ばかりはいよいよ()()()()が近いのを感じていた。

 

「深度1780、目標予測修正地点です」

「……居た」

「目標を映像で確認」

「捕獲準備」

 

 どうやら、アスカと使徒が接触したようだ、対流に流されつつもアプローチを掛けるアスカ。

 

「使徒、捕獲に成功しました」

 

 電磁柵での捕獲に成功したようで、一気に指揮通信車とアスカの交信が増える。

 気の緩んだアスカと、葛城一尉のやり取りがほとんどだ。

 温泉旅館の事より今は任務に集中しろ! 

 

「アスカ、電磁柵の中身はどう?」

「うーん、黒くてよくわかんないわ……なによこれぇ!」

「マズイわ、羽化を始めたのよ! 計算より早すぎるわ!」

「電磁柵、持ちません!」

「捕獲中止、電磁柵を破棄! 弐号機は撤収作業をしつつ、使徒殲滅に移行」

 

 いよいよ戦闘が始まってしまった。

 溶岩の中は見えないけれど、激しい戦闘の様子が無線越しに伝わってくる。

 俺は、このまま手をこまねいて見てるしかないのか……。

 

「まさか、この状況下で口を開くなんて……」

「信じられない構造ですね」

 

 赤木博士とマヤちゃんは分析どころか完全に野次馬だ。

 

「こんちくしょおー!」

 

 激しい打撃音とプログナイフが出す唸り声をバックにアスカが叫ぶ。

 プログナイフで滅多打ちにされてなお殻が破れない硬い使徒に苦戦しているようだ。

 

「高温高圧、この状況下に耐えてるのよ。プログナイフじゃ無理だわっ!」

「じゃあどうすればっ!」

 

 赤木博士と日向さんの悲痛な声を聞いた俺は、ついに叫んだ。

 

「アスカ、冷やしてヤキ入れてやれ! ()()()()()()()!」

「冷やす……そっか!」

 

 冷却材攻撃は二つの点でとても効く。

 金属加工で「焼き入れ」という表面硬化処理がある。

 真っ赤に熱した鉄鋼を油や水で一気に急冷してやると組織変化を起こして硬くなるのだ。

 焼き入れやそれに加えて炭素を含ませる“浸炭(しんたん)”によって鉄は硬くなるのだが、そうすると今度は脆くなる。

 靱性(じんせい)、“粘り強さ”のある強い鋼材が適度にしなり曲がることで強度を得ているのに対し、硬化した材料は強い衝撃を受けるとパキンと割れる。

 プログナイフの打撃も効くようになるかもしれない。

 

 次に、蒸気爆発だ。

 高温の溶融金属などに水などの低温液滴が掛かった場合、飽和温度を一気に超えてしまい急速に気泡が発生する。

 その気泡……蒸気膜が多数できて散らばり、膨張。

 細かい気泡が圧力で収縮して壊れるときに衝撃波を伴うのだ。

 要するに高温の溶けた金属に水なんかを入れると蒸気となって爆発するということで、よく金属精錬工場などで起こる爆発事故もこの蒸気爆発だ。

 

 なんでそんなことを知ってるかって? 

 戦車や戦艦の装甲材質ネタで、浸炭や焼き入れがよく登場したからだよ。

 クルップ鋼とか、VC鋼とかゲームで聞いたことがある方もいるはずだ。

 

 アスカは冷却材を使って使徒殲滅に成功したようだ。

 しかし、爆散する使徒は弐号機の命綱たる冷却管ケーブルを引き千切って、逝った。

 

「シンジ君! 戻りなさい!」

 

 俺は命令を無視した。

 ふざけやがって! 

 こんなところで、アスカを死なせてなるもんか。

 

 怒りに任せて、俺は冷却管ケーブルに飛びついてロープ降下のごとく滑り降りていた。

 

 激痛! 

 すぐに痛覚がカットされたが今度は吐き気と頭痛だ。

 

「アスカぁああああ!」

 

 赤く、粘度も高い中を下へ、下へとパイプを手繰っていく。

 うっすらと白いボデーが見えてマニピュレーターを掴んだ時、俺は意識を失った。

 

 

 夢を見た。

 幼い頃の夢だ。

 

 俺は小学校から帰ると絵本をもって母を追いかけて、よく台所で話していた。

 母と話すことで、いろいろと考えさせられることが好きだった。

 

「お母さん、なんでカンダタはみんなが登ってくるのを蹴落とそうとしたの?」

「どうしてだと思う?」

 

 芥川龍之介の『蜘蛛の糸』か。

 母はいつも俺に「どうしてだと思う?」と聞いてくれた。

 そして一通り俺の答えを聞いてから、自分の考えを話すのだ。

 

「それは、みんなが登ってきたら糸が切れちゃうから」

「じゃあ、どうして蜘蛛の糸はそんなに細かったのかな」

「クモの糸だから!」

「ヒトはね、細い希望の糸から誰かを蹴落とさないと、生きていけないのよ」

「どうして? みんなで幸せになったらいいのに」

「幸せは多くの犠牲の上に成り立っているのよ……選ばれる生命はひとつだけ」

 

 はて、母はこんなに悲観的な人物だっただろうか。

 次に母の顔を見た時、その顔は……。

 

 

 俺は跳ね起きた。

 だってそうだろ、いつの間にか母親が碇ユイっぽい女性に変わってるなんてな。

 ひどい夢だ。

 

「シンジ! 起きなさいよ!」

「アスカちゃん揺らしちゃダメよ! 先輩!」

「レイ! 氷嚢を持ってきて!」

 

 目が覚めると業務天幕の折り畳みベッドの上だった。

 俺にアスカがしがみ付き、その後ろでマヤちゃんがおろおろし、リツコさんが綾波を使っているという何ともよく分からん情景だった。

 

「その、無理しちゃって……」

「シンジ君、あなた、ようやくATフィールド張れるようになったのね」

「シンクロ率も瞬間的だけど80.2っていう数字を出していたわ」

 

 しおらしいアスカに、あの瞬間の状況を教えてくれるリツコさんとマヤちゃん。

 どうやら俺は怒りと熱さのあまり思わずA.Tフィールドを纏っていたらしく、あの痛みの緩和は物理的障壁が出るレベルの強靭なA.Tフィールドが初号機から放たれていたかららしい。

 そこに報告やら関係各所への手回しやらなんやらでげっそりした葛城一尉がやって来た。

 

「シンジ君、今回の命令無視は()()とします……、さ、切り替えて温泉に行きましょ」

 

 切り替えて?……どの口で言うんだと思ったが、今は倦怠感が酷い、とにかく休みたい。

 医官の診療を受けた俺は、アスカと綾波に脇をかためられて温泉旅館へと向かった。

 本部で待機だったはずの綾波だが、修学旅行に行けないことを不憫に思ったアスカが、作戦終了後リツコさんに直訴したため旅館に合流したのだという。

 

 男一人の風呂はとても短い。サッと頭と身体を洗って湯に浸かる。

 夕焼けに染まる露天風呂も程々にして、部屋に戻って“広縁”でゆったりとする。

 畳の部屋から障子で別れていることも多く、イスとテーブルや冷蔵庫、ポットなんかもある癒しのあの空間だ。

 赤いビロード調の椅子に深く腰掛けて部屋に備え付けのお茶を飲みながら、窓の外の景色を見てぼうっと考える。

 ……今日の晩御飯はなんだろう。海鮮ものだといいな。

 

 女性陣が風呂から帰ってくると一気に姦しくなり、そのまま夕食になった。

 お造りやつみれ鍋、小鉢が数品目の御膳が出てきた。

 俺が綾波の分のつみれを食べたり、アスカに刺身をパクられたりと、まあまあ豪華な夕食を楽しむ。

 一方、ミサトさんはというと、瓶ビールを数本飲んで布団が敷かれるとあっという間に寝てしまった。

 畳の上に敷いた布団で川の字になって、眠るまでいろいろと語り合う。

 普段物静かな綾波でさえも、旅先の雰囲気とアスカに促されてぽつり、ぽつりといろいろと話してくれた。

 修学旅行にこそ行けなかったけど、原作アニメには無かったような楽しい夜は過ぎていったのだ。

 





用語解説

即応態勢の維持:自衛官に求められ、常日頃から指導される。物心両面の準備。
敵策源地攻撃:敵の攻撃準備拠点などを攻撃すること。策源地にはミサイルランチャーやレーダーサイト、物資集積所(デポ)などが該当する。


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キャンプ・アイダ (改)

A.Tフィールド効果を見落としていたので展開・表現など一部変更しました。
地下通路付近の描写ミス変更


 セミの鳴き声、濃厚な草の香り、そして照り付ける太陽。

 顔を流れる汗を拭う事もなく息を殺し、ジッと機をうかがう。

 前方20メートル先のボサ、すなわち藪の中に敵の散兵が複数潜伏しているのだ。

 俺は足を開き、床尾板(しょうびばん)を肩に当てて伏撃(ねう)ちの姿勢をとる。

 迷彩服を着た敵兵二人はボサから出ると、こちらに気づかず素通りした。

 無防備な背中に向かって単発で二発ずつ撃ちこんでやる。

 

「ヒット!」

「ヒットや!」

「状況終了! テントまで帰ろう」

 

 背中から撃ち抜かれ“戦死”した敵兵であるケンスケとトウジを連れて俺がテントに戻ると、先に“戦死”した二人が出迎えてくれた。

 

「碇くんえげつない」

「四対一で全滅だもんな」

 

 マグマに潜って数日後、第三新東京市郊外の山中で俺達はサバイバルゲームに興じていた。

 参加者は俺、ケンスケとトウジ、クラスメイトの坂田君と米山君の五人だ。

 

 沖縄でケンスケ達の自由行動班は放出品を扱うミリタリーショップに行ってフル装備を購入したらしく、その()()()()と親睦を深めるためにゲームを開催したらしい。

 坊主頭に丸メガネの坂田君と、体格のいい米山君はクラスの“オタク”グループに属している。

クラスの人気者になってしまった俺とは距離があって話すことも少なかったが、ケンスケの紹介で仲良くなった。

やっぱり、こういう集まりには出てみるもんだな。

 

「シンジはカモフラが上手いんだよな」

「センセ、顔中草まみれでわからへん、反則や!」

「碇くんもサバゲやってるなんて意外だったけど、ガチなんだな」

 

 こう言ってるケンスケやトウジ、坂田君は沖縄駐留米軍の迷彩服を着ているけれど擬装(ぎそう)が施されていない。

 そういう俺は国連軍のOD作業服姿で全身に擬装材の葉っぱを巻き付け、ドーランまで塗っていた。

 戦車マンも下車しての斥候(せっこう)や下車警戒などで白兵戦をやるのでこういった擬装技能は必須なのだ。

 最後の一人、米山君はギャルゲのスナイパーキャラのコスプレ装備なので()()()だ。

 

「ケンスケなんかテッパチに擬装ネット付けてるんだから活用しないと」

「シンジ、俺にカモフラージュを教えてくれ!」

「碇くん俺にも!」

「わかった、じゃあ沖縄で買ってきたドーラン塗ってあげるよ」

 

 俺はケンスケと坂田君に擬装材となる草の集め方や取り付け方、ドーランの塗り方を教えた。

「擬装は周囲の地物(ちぶつ)に合わせ同系同色、擬装材の草木は萎れたら目立つので常に新鮮に」と懇切丁寧に教える。

 

 実技としてケンスケが買った中古のドーランを二人に塗った。

 ドーランとは緑、黒、茶色、こげ茶などの迷彩色のファンデーションだ。

 

 四本の指先に1色づつ取って、色を混ぜないように塗るのだがそれにはコツがある。

 顔と認識しにくいように「()()にするように」あるいは「明暗を分けて、()()()()」だ。

 トウジは「男が化粧するんかいな」なんて言っていたが、完成版を見て息を飲んでいる。

 そう、緑と黒、茶色の三色で顔の凹凸が消えて表情もわかりにくいからな。

 

「どうして出っ張ってるところに暗い色を置くんだ?」

 

 米山君は鼻や頬骨の上に黒を置いたことに疑問を持ったようだ。

 

「“カウンターシェイド”って言って、光が当たるところを暗く、逆に影になるところに明るいのを置くと凹凸が認識しにくくなるから」

「へえ、ってことは貧乳ちゃんが大きく見せようと思ったら……」

「胸の下側に大きい影のように暗色を置いたらいいんじゃね」

「ナイスアイディア!」

「そんなんでええんかお前ら……ワシは実際に揉んでみたいんや!」

「欲望に忠実だなトウジ、プールの時とか目つきヤバいぞ」

「何言うてるねん、センセはクラスの女から選び放題やんけ! この人気モン!」

「シンジは綾波に惣流も狙えるからなあ」

「手を出したらアスカに()()()()()()までどつき回されるよ。割とマジで」

 

 

 米山君が貧乳キャラのカモフラを考えついてケンスケと坂田君が盛り上がり、トウジが“実が無いと意味ないやろ”と力説する。

 そして、鼻息荒く詰め寄ってくるトウジとケンスケ。そういうところが女子にドン引きされているんだぞ。

 男子だけの集まりという事もあって、こんな感じに猥談に突入するのもままある事だ。

 かといって若い娘たち、アスカや綾波の前で堂々と下ネタに走れる程、俺はオヤジ的感性ではない。

 

 次のゲームが始まる。

 

「相田小隊は青の台を制圧する、突撃にぃ、前へ!」

「突撃ィ! うおおおお!」

「うおおおお! 碇討ち取ったりぃ!」

 

 相田小隊は俺が居ると思って丘に散開して突入し、斜面に設けてあった防御線を突破した。

 

「残念3人とも、突撃破砕射撃だ! 軽機関銃手(トウジ)、突撃を破砕せよ」

「センセ、任せてや!」

 

 その瞬間、側面の木の影に潜んでいたトウジのミニミ機関銃と俺のM24狙撃銃で十字砲火だ。

 

「マシンガーン! あっ! ヒット!」

「狙撃だ! 逃げろ!」

 

「こちら相田少尉、機関銃座に航空支援を要請します! 座標はヒトキュウ……ヒット! ガクッ」

「呼ばせないよ」

 

 薄茶色のBB弾が斜面でピシ、ピシと跳ねる中、背負った無線機(ダミーラジオ)で航空支援を呼ぶ寸劇に入るケンスケ。

 俺自身、使徒相手に近接航空支援を要請するため有効性がよくわかる、そういう指揮官はとっとと始末するに限る。

 相田少尉は六桁のグリッド座標を言い切る前に鉄帽(てつぼう)を撃ち抜かれて、事切れた。

 

 その後、日が暮れるまで武器を入れ替え、チームを入れ替えて何試合か撃ち合い、ヒトキュウマルマルよりテントで夕食を取る。

 ケンスケは火を起こすと飯盒炊さんを始め、OD色の缶詰を取り出す。

 俺はというと、バックパックからパック飯とパックシチューを取り出した。

 

「碇くん、市販のパックごはんとレトルトシチューって……」

「相田君は飯盒炊さんやってるのに、サバイバル感ないような」

「ホントだ、シンジ、こんなところで“カトーのご飯”かよ」

「最近は缶飯に変わってパック飯だよ。糧食納入メーカー品だから再現度は高いはず」

「マジで?」

「うん、民間の食品会社がパッケージをOD色に変えたりして“携行食”納入してるぞ」

「センセはある意味ホンマモンやからなぁ」

「そこまでは考えてなかったよ、シンジの方がマニアックじゃね?」

 

 パック飯をみた坂田君と米山君がイメージと違うなと言ったが、むしろケンスケのような飯盒炊爨(はんごうすいさん)の方がレアだ。

 師団の炊事競技会でも野外炊具2号がメインで、普通は“バッカン”という断熱容器にご飯やおかずが入ってやって来るから煮炊きしない。

 機甲科の場合は食器としても、学校の給食みたいなメスプレートがほとんどで、飯盒(はんごう)が出る機会は少なかった。

 前期教育の宿営訓練でやったかどうかというくらいだ。

 飯盒の蓋と中蓋はビニール敷いて汁ものとかカレー入れる器として使ったか……。

 まあガチな演習じゃないんだ、キャンプとかの雰囲気があっていいよな。

 

 火にかけたそら豆型の兵式飯盒がシュワシュワと泡を吹いている、炊きあがったようだ。

 それと同時にアルミ製のメタクッカーで湯煎していたパック飯を取り出す。

 火から降ろして蒸らしを終えると、ケンスケは手慣れた様子でほかほかのご飯をかき混ぜはじめた。

 デンプンの甘い匂いとおこげの香ばしい香りがバッと辺りに広がり、唾液を促す。

 

 倉庫に長いこと眠っていた戦闘糧食Ⅰ型のデンプン糊(原料:うるち米)の缶詰とは別の食べ物だこれ。

 

 湯煎し終わったパック飯を全員に配り、ケンスケの炊いた飯を合わせて大盛りご飯にする。

 今晩はパックごはんとパックシチュー、乾パン、ソーセージ缶、デザートにハッカ飴というメニューだ。

 

「それでは、食事を開始するッ!」

「いただきます!」

 

 ケンスケの号令で喫食(きっしょく)が始まった。

 パックごはんにスプーンで穴を開けて、そこにシチューを流し込んでほぐして食べる。

 慣れている俺とガチで再現したいケンスケ以外は、沖縄で買ったという放出品の食器、ミリタリーメスプレートに盛り付けて食べていた。

 飯盒炊さんが失敗した時用に持ってきていた乾パンだったが、ソーセージ缶の油やシチューに沈めて食べるのが意外と好評だった。

 ソーセージ缶の油って香ばしい風味がついているので缶飯のモチモチご飯にも、もってこいだ。

 油の多かったチャーハンとか、コンビニ牛丼の容器下側のご飯みたいな感じで多少マズくても掻きこむことができるようになるのだ。

 

「碇と相田だけキャンプっぽくないよな」

「ホントに、そこだけ戦争中だよね」

 

 米山君と坂田君の言うように、鉄帽を付けたまま喫食する俺たちはまさに()()()という感じだ。

 これは不意の襲撃に備えており、“指揮官の指示”があるまで鉄帽を取ってはいけない。

 ……そんな師団検閲のような理由ではない、馴染みすぎて単に脱ぐのを忘れていただけだ。

 ケンスケはそんな俺の様子を真似ていて、手の届くところに二脚を開いたミニミ軽機関銃を置いている。

 自衛隊なら「()()()()にある」と検閲で評価されるポイントだぞ、ケンスケ。

 

「いやいや、キャンプを日本語に訳すと“宿営”だからあってるよな、シンジ」

「キャンプって“宿営”以外に、“駐屯地”という意味もあるんですね。はい、ここテストに出まーす」

「そやなぁ……駐屯地、って絶対テストで出えへんやろそんなモン!」

「ワハハ、似てるね!」

「斎藤先生の再現度たけーよ、碇」

 

 俺が英語教師のモノマネをしたのをノリ突っ込みで返すトウジ。

 最近俺とケンスケがボケ担当で、トウジが突っ込みしてるような……。

 

 腹持ちのいい白米に、高カロリーのシチューに肉のソーセージと、そしてかさ増しの乾パンでしっかり腹を膨らませた俺たちは、ハッカ飴をなめながら撤収作業に入った。

 テントや折り畳み椅子、予定表のボードをケンスケが持って来た大きなダッフルバッグに詰め込む。

 社会人になって有料フィールドでするようなちゃんとした試合サバゲーではなかったけれど思い出に残る様ないい野良ゲーム、いい集まりだったと思う。

 それはトウジたちも同じだったようで、皆で最後に記念撮影をした。

 俺達は焚火の前に整列して戦闘服姿で銃を構えると、ケンスケのカメラがフラッシュを焚いた。

 

 

 

 

 数日後、焼き上がった写真を渡されて、屋上でしげしげと眺めていると後ろから肩を叩かれた。

 

「シンジ、なにその写真」

「先週、ケンスケ達とサバゲに行ってきたんだ」

()()()()()ね、使徒が来ているのにノンキな事ねぇ」

「まあ、娯楽だからね」

「ところで、アンタってどれなの?」

 

 アスカは擬装を施しドーランまで塗りたくった俺たちの写真をジッとみる。

 そしてメガネも何も掛けていない中央の男を指さした。

 

「コレがシンジなの? 真っ黒じゃない!」

「残念、それは坂田君。俺はこっちだよ」

「パッとしない奴ばっかりだからわかんなかったわ」

「そ、印象に残らないのが擬装の基本だからね。誉め言葉だよ」

()()()()()()()なんて、アタシはごめんだわ」

 

 そういうと、今日行われる稼働時間延長実験のためにネルフ本部に行くので、一緒に行こうという本題に入った。

 稼働時間延長実験……あっ! 

 停電の時に使徒が来るやつだ、今日かよ! 

 早退してネルフ本部に向かおうかと考えたが、人為的な破壊工作を見越して動くのは不自然すぎる。

 さらに、単独行動して中で閉じ込められてエヴァに乗れなかったらおしまいだ。

 どうしようもない、もう国連軍所属の自衛隊に任せるしかないな。

 

 諦めて授業を受けているうちに放課後になった。

 進路相談の面接があるらしいがこの学校、何回親呼びつけるんだろう。

 原作シンジ君は保護責任者のミサトさんじゃなくて、ゲンドウに電話してしまうのだ。

 面接をダシに親父と話したいというのはわかるけど、相手とタイミングが悪かったな。

 しかしここに居るのはそんな健気なシンジ君ではなく、俺だ。

 少しでも距離を稼ぐため、公衆電話の置いてあるタバコ屋に寄らずネルフに向かう。

 俺の前を歩く綾波とアスカは楽しそうに今日の出来事について話している。

 アニメだとアスカは綾波に無視されてると思い、“エコヒイキ”されてるといちゃもんを付けている。

 使徒接近こそどうにもならなかったけど、こういうところで影響を与えることができたのはよかったぜ。

 いよいよネルフの地上施設が近づくにつれ、違和感を感じるようになってきた。

 搬入のトラックが長蛇の列となっているのだ。

 俺はネルフのIDを提示してトラックのドライバーに話しかける。

 

「すみません、今、どうされてますか?」

「ああ、ネルフの子? ちょっと前に搬入ゲートが故障して入れないんだってよ」

「中と連絡はとれますか?」

「ダメ、誰とも電話繋がらん」

 

 運転手の携帯電話にある担当者に掛けてみるが、誰にもつながらなかった。

 電波中継器を使う携帯はもちろんのこと、地表局と地底局を繫ぐ有線の固定電話系も全てダメだ。

 

「綾波、こんな感じに電源落ちることなんてある?」

「ないわ、正・副・予備の三系統があるはずだもの」

「そうか。運転手さん、これは異常事態なので中には入れません」

「どういうこと?」

「おそらくテロ攻撃です」

 

 回転翼が羽ばたく音に空を見上げると、“航空伝令”であろう陸自のヘリが飛んでいた。

 通信が途絶していることに違和感を持った師団司令部が飛ばしてくれたんだろうな。

 低空飛行しているUH-60J(ロクマル)汎用ヘリから声が聞こえる。

 

『国連第二方面軍、陸上自衛隊です。ただいま正体不明の移動物体が接近中です』

 

「えっ、使徒接近中ぅ!」

「綾波、アスカ、行こう」

「ええ」

「おっと、その前にコンビニ寄っていい? 懐中電灯買っておこう」

 

 懐中電灯と単2乾電池、軍手を買った俺たちは非常用マニュアルを見て、進入口をさがす。

 機密の保護のためとはいえ、使えねえ! 

 手動ハンドルを備えた非常ハッチの位置まではいいけれど、それ以降の経路とか図説が全くない。

 一応ルートのようなものは数種類あったが、数字の羅列だ。

 なんだよ『R07:T27-M23-M22-M21』って……大阪メトロの路線番号か? 

 

「第7ルートから入りましょう、こっちよ」

「あっ、先々行かないでよ! シンジもボンヤリしない!」

 

 この不親切感によく慣れた綾波はどのルートを使うのか決めると、てくてくと歩き始めた。

 07と印字された扉を非常用ハンドルで開き、真っ暗な通路を行く。

 壁と天井には金網やパイプが通り、時折吹く風でシャンシャンと金網が鳴る。

 パイプや壁に印字されている番号を確認するしかないのだが、かすれて読めない。

 これもネルフ施設あるあるだ。

 

「分岐点がある、M23の方向ってどっちだ」

「レイ、なんて書いてるか読める?」

「この“T12”をおそらく左」

 

 右の通路の奥がぼんやりと光っている。

 扉の隙間から光が漏れてるところをみると、まだ地表面をうろうろしているようだ。

 さすがに地下900mは遠いな、一向に大深度空間に入っていける気配がしない。

 ある所から空気が急に淀み、埃っぽく感じる。

 

「あれ、行き止まりだな」

「そうね、あってるのレイ?」

「崩れているわ」

 

 かつて天井都市の建設中に使われていた通路だったようだが、街中での戦闘の影響か崩落して完全に塞がっていた。

 使われなくなった通路なので放置されているようだ。

 この様子じゃ他の非常用ルートも怪しいな。

 

「どうすんのよこれぇ」

「分岐まで戻ろう、地表に出たらその時はその時だ」

 

 俺達は分岐地点まで戻り、今度は光が漏れている扉に手を掛けてみた。

 

 ギッギッ、ガン

 

 歪んでいるのか、掌一枚分くらいしか開かない。

 

「どうしたの、シンジ」

「ドアが歪んでて開かない」

「アタシに任せなさい! うおりゃあ!」

 

 アスカ渾身の前蹴りにドアは少し開いた。

 

「まだか!」

 

 俺のタックルでも動かない。

 

「おりゃあ!」

 

 アスカの蹴り二発目でも今度は動かない。

 引っかかっているようだ。

 

「アスカ、下がって……つっ!」

「アンタ、よくそんなの見つけてくるわね」

「崩落個所にあったもの」

 

 綾波は拾ってきた10ポンドハンマーで殴り始める。

 ガコン、ガコンと押し込むと金属が悲鳴を上げて徐々に隙間が大きくなってきた。

 だが、まだまだ人が通るには狭すぎる。

 

「レイ、私がやるわ」

 

 アスカがドアを殴るが、あまり動かない。

 

「俺も手伝うよ」

 

 二人がかりでドアに体当たりを仕掛ける。

 蒸し暑いときに密着しているから、汗でシャツやアスカの髪が張り付いてくる。

 隣のアスカも気持ち悪いと思っているのだろうが、これが開かなければどうにもならない。

 さらに俺とアスカだけでなく綾波も入った三馬力の体当たりで、なんとかドアを開けた。

 歪んだドアが軋みながら開くとそこは、第三新東京市の外れの国道脇だった。

 当初、俺達が居たゲートのあるエリアからはだいぶ離れている。

 

「何よ! 遠くなってんじゃない!」

「たぶん、ジオフロントの壁を伝って降りるコースだったんだな」

「そうよ」

 

 非常時のマニュアルにある複数の進入ルート、総当たりしている時間も体力もない。

 鋼鉄のガールフレンド2のアドべンチャーパートみたいなことを何度もやってる暇はないのだ。

 峠と近い国道脇の入り口って、何があったっけ。

 あっ、カートレインの出口! 

 いつぞやに加持さんと引っ越し作業をしたときに使ったぞ! 

 

「カートレインの線路を下ろう。あそこならバーだけだ」

「碇くん、でもジオフロントを半周するのよ」

「アンタ馬鹿ぁ、歩きだったらいつまでたってもたどり着けないわ!」

 

 アスカがそこまで言ったとき、遠くからオートバイが近づいてきていることに気づいた。

 目を凝らすと、自衛隊の偵察オートだ。

 

「おーい!」

「止まってぇ!」

 

 道路上で大きく手を振る俺達に気づいた偵察オートは停車する。

 見慣れたKLX250の車体には“1偵”とあり、第一偵察隊所属であることを示していた。

 

「特務機関ネルフの碇シンジです! 今、使徒接近の非常事態で……!」

「第1偵察隊、小野三曹。ネルフと連絡がつかないので伝令任務中だ。中は?」

 

 ネルフの身分証を確認した1Rcn(レコン)の隊員は、状況確認に入る。

 

「わかりません、バックアップも含めた停電で中に入れないんです」

「停電で中に入れないし連絡もつかないって事か、了解」

 

 背中に背負っている箱状の携帯無線機でやり取りをしていた。

 おそらく、師団司令部を通して陸幕や国連軍の統合幕僚本部に状況が伝えられるのだろう。

 アニメのようにネルフ任せだったらおしまいだが、自衛官として初動対処くらいはしてくれると信じたい。

 

「えっ、敵性体がこちらに移動中ですか? 送れ」

 

 師団系の無線がひっきりなしに入っているようで、どうやら使徒は目と鼻の先までやって来ているようだ。

 

『敵性体は第三新東京市方向に時速40キロほどで移動中。送れ』

 

 電子偵察中隊、地上レーダー装置や観測装置を有する偵察部隊が接近する使徒の動向を観測していて師団系に情報を飛ばしている。

 同じ機甲科の戦車大隊や、航空部隊からも射撃の可否を問う問い合わせが殺到していたようだ。

 

『各隊へ、現在ネルフは迎撃能力喪失中だ、何としても食い止めろ』

 

「こっちに向かって、来ているようだぞ。君たちはどうする」

 

 いよいよ使徒が来た、ここからでは姿こそ見えないけれど、遠雷のような音が山で反響して断続的に聞こえてくる。

 

「シンジ、アタシたちも本部に行かなきゃどうしようもないわ」

「そうね、碇くん」

 

 エヴァパイロットとしての使命は、なんとしても本部に辿り着き使徒の迎撃を行う事だ。

 

 “使命感に徹し、あくまで任務を遂行しろ”

 

 原作の日向さんみたいに車を捕まえて本部内に行けたらいいけど、車は来ないしカートレインも動いていないので進入不可だ。

 となると、今とれる手は……。

 国連軍隷下の陸自とはいえ、他の機関の人員を招くのは正直リスキーだが。

 

「小野三曹、案内要員にうちの綾波を付けるので本部まで、行ってくれませんか?」

「突入路はあるのか?」

「この先に、カートレインがあります。そこから線路を通って下って下さい」

「君、本気かい」

「脇に整備用のキャットウォークがあるので、偵察オートなら十分下れます」

 

 元機甲科隊員としてはよく錬成されているレコンマンの技量と、偵察オートの機動性に賭ける。

 彼ならここから綾波を確実に送り届けてくれるはずだ。

 アスカは短い付き合いながらもレイの事を気に掛けているようで、俺に詰め寄って来た。

 

「どうしてレイなのよ!」

「カートレイン以降の本部施設について一番詳しいのは綾波だからね」

「あの子まだ()()()じゃない!」

「大丈夫、曲がるところはわかるもの」

「そういう事じゃなぁい!」

 

 どこかズレた回答の綾波にアスカは考え直せという目線で俺を見る。

 でも、俺もアスカも本部の構造とか近道知らないだろ。

 

「よし、綾波、ケイジまでの道のりを頼むよ、俺達も()()()辿り着くから」

「わかったわ」

 

 綾波は小野三曹の鉄帽を被り偵察オートの後ろに跨った。

 

「伝令、お願いします」

「了解だ。君達にも迎えが来るよう言っておく」

 

 偵察オートは走り出し、カートレインのある方へと消えていった。

 

「よかったの、アンタ」

「おそらく、手動で発進準備は進んでるだろうな」

「じゃあアタシたちが居ないと何の意味もないじゃない」

「そう、だからちょっと()()()()しようかなって」

 

 アスカと俺は近所の集合住宅の駐輪所の自転車を()()し、カートレインの入り口まで向かった。

 バイクの走行痕があり、その後を追っていってみたはいいけれど……。

 右カーブの長い下り坂で、レールの反対側は気持ち程度についている柵だけだ。

 その向こうは遥か下まで何もないので、転倒して柵の下から転がり落ちたら助からない。

 

「シンジ! この坂下るのぉ!」

「アスカ! 距離開けてきてね、追突はシャレにならないから!」

 

 下から壁に沿って風が吹き、音が反響する。

 長い長い下り坂を、ゆっくりゆっくりと下ってはいけなかった。

 そう、俺がパクった方のママチャリの前輪ブレーキが壊れたのだ。

 激しく振動する自転車、うなり声をあげるライトのダイナモ。

 

 キキキキキ、キンキン! キキキィイイイ! 

 

「うわわわわ、速い速い速い!」

「シンジィ、大丈夫なのコレェえええ!」

 

 吹っ飛んだ前輪ブレーキがホイールと擦れ合う金切り音、悲鳴を長く曳いて俺たちは20分でジオフロントの底に辿り着いた。

 “ノーブレーキ命がけのダウンヒル”に精神をすり減らした後、タイヤ痕を追って俺達は廊下を自転車で走り抜ける。

 そんな底辺校の不良中学生みたいなことをして這う這うの体でケイジに辿り着いたとき、準備はすでに終わっていたのだ。

 整備員たちが人力で停止信号プラグを引き抜き、非常用ジーゼル発電機でプラグ挿入用意まで済ませてあとはパイロット待ちだった。

 俺とアスカのボロ自転車の音を聞きつけたリツコさんが駆け寄って来た。

 

「シンジ君! アスカッ!」

「碇シンジ、惣流アスカ、ただいま到着しました!」

「レイから聞いているわ、あなた達も早く乗って!」

 

 エントリープラグに駆け寄ると、U環がいくつも取り付けられている。

 ワイヤーを辿ってみると倍力動滑車が噛まされ、その先には整備部隊のスタッフたちが並んでいる。

 いつもの黒い制服こそ脱いでいるが、あのシルエットはゲンドウだ。

 兵站上の所要が大きく、単独で運用できない戦車もエヴァも運用を支えるのは多くの人の手だ。

 この熱気と汗のにおいが漂うケイジで、全てはエヴァ発進のために。

 

「司令まで、あんな所で」

「この人力発進は司令のアイディアなのよ」

 

 辿り着けるかどうかも分からなかった俺達を待っててくれて、ありがとう。

 そして、胡散臭いけどこんな時に率先躬行(そっせんきゅうこう)できるなんてわかってるね、総司令。

 指揮官にこうまでされちゃ、俺もやるしかねえ。

 俺は懐中電灯を頭上で大きく振り回した。ただちに搭乗可能であることを示すためだ。

 

「お願いします!」

 

 プラグに飛び込むとケイジ脇に設置された250KVAジーゼル発電機4台が一斉に始動した。

 プラグ固定が行われると補助電源で起動する。

 

「第一ロックボルト外せ!」

 

 油圧ロックボルトが解放され、張り付けにされていた肩が落ちる。

 いつものようにデジタル無線が使えないため、センサーを使い外部音声を拾って指示を聞きとる。

 オペレーターや整備員がハンドマイクを持って指示を飛ばしてくれるのだ。

 

「圧力ゼロ、状況フリー」

「構わん、各機、実力で拘束具を強制除去」

 

 総司令の指示があり、ハンドマイクのサイレンが鳴らされる。

 このサイレンが3回鳴ると退避完了を示し、各拘束具を除去する。

 発電機から非常用端子に繋がるキャブタイヤケーブルが取り外され、拘束具近くのスタッフが一斉に退避した。

 懐中電灯の光が左右に振られて、サイレンが3回鳴らされた。

 

 “退避完了、ブリッジ除去せよ”

 

 アンビリカルブリッジを手で押して取り外す。

 その脇で日向さんと、自衛隊から到着したリエゾンオフィサ(連絡将校)の幹部自衛官が状況を報告してくれる。

 

「使徒は現在、小涌谷近辺まで前進中」

 

 外部電池をセットし、山側の発進口まで徒歩で移動する。

 斜行エレベーターが取り付けられている斜め抗を這いあがる。

 先頭は剣付きパレットライフルを装備した俺、続いてアスカ、後詰めが綾波だ。

 アニメのように上から強酸が降ってくることは無いけれど、緊張感はある。

 えっちらおっちら上がってる間に、遅滞戦闘の部隊が壊滅しかねないからだ。

 

「かっこ悪い」

「まさか、エヴァで匍匐前進やることになるとはね」

 

 シャッターを銃剣で切り裂いて開くと、そこは戦場だった。

 アメンボみたいな長い脚に、カナブンのような光沢のある緑の体色、フリーメーソンの紋章っぽい目玉の第9使徒が汁を垂らしている。

 それに対し峠道から戦自の機動戦闘車が、集落の道から国連軍の74式戦車が一歩も引かず四方八方から集中射撃を浴びせかけていた。

 空には重戦闘機を装備した対戦車攻撃隊の12機編隊がホバリングしながらロケット弾を浴びせかけていた。

 飛び出して、道路から射撃している戦車大隊2個中隊14両の後方に展開する。

 同時無線チャンネルを国連軍の師団系と中隊系に合わせる。

 

『マルマルよりチドリ、目標、(きゃく)付け根、対榴集中射、てっ!』

『ガッツよりチドリ各車、目標に対する遅延効果を認む、継続して射撃せよ、送れ』

『チドリ、了』

 

 おそらく今作戦の戦車隊の通信符号が“チドリ”で、司令部が“ガッツ”だろう。

 

『ガッツよりサクヤ、ネルフ1号が接近中、衝突に注意せよ』

『サクヤ、ラジャー』

 

 “サクヤ”が攻撃機部隊か。

 

「こちらエヴァ、現在より攻撃に参加します、射撃統制は“ガッツ”に」

「ガッツ、了解。以降ネルフ1号はエヴァと呼称する」

 

 続いてアスカと綾波が飛び出した。

 

「ガッツ、エヴァマルヒトより、マルニ、マルマルの射撃を願いたい、送れ」

 

 友軍誤射防止のため、射撃参加の連絡を取ろうとした瞬間、奴はズドンと崩れ落ちた。

 

 ええっ(困惑)

 

「気持ちわるーい、ってアイツ動かないじゃない!」

「どうして?」 

 

 エヴァ登場とともに崩れ落ちた使徒に、アスカ、綾波、そして前線の隊員たちに困惑が伝播していく。

 

『サクヤよりガッツ、目標が崩れた、射撃中止の可否を問う』

『ガッツよりサクヤ、撃ち方止め!』

『エヴァが何かしたか?』

 

 そういや第9使徒はパレットライフルの一連射で死ぬようなクソザコ使徒だったなあ。

 弐号機と零号機がA.Tフィールドを()()()()()()()()がゆえに、貫通するようになったのかよ! 

 

 

 A.Tフィールドの中和・浸食現象という、ネルフ以外では観測の難しい要因であったがゆえに、表向きは国連軍と戦自が通常兵器を用いて単独で撃破することができた唯一の使徒となってしまったのだった。

 被害も経路上に垂れた強酸によるものと、届かない戦車相手に撒き散らした溶解液で橋梁一つと農作物を溶かしたものだけで死者はゼロだった。

 この一件でネルフは“唯一の対使徒戦機関”というアドバンテージを失ったが、国連軍及び戦略自衛隊との共同訓練という協調路線に進むことになる。

 国連軍側としては第三使徒で手ひどくやられた恨みを晴らしたし、自分たちの攻撃が効かないといった無力感に起因する「しらけムード」が払拭されたが故の路線変更じゃないかなあ……。

 




アニメ第4話のケンスケの一人芝居と宿営地が元ネタ。
一人でやるより、同好の士や同級生を誘って野良サバゲやったほうが楽しいという話。
リアル世界においては、そういうのに厳しくなってしまいましたが。

アニメを見返してもジオフロントへの向かい方がわからなかったので、ゲーム『鋼鉄の~2』のアドベンチャーパートを参考にしました。
あのゲーム、マップ覚えていないとなかなか進めないし、唐突にバッドエンドがあります。

ジオフロントまでのトンネル・洞窟探検に失敗すると関西弁シンジ君が登場します。(ネタバレ)

戦闘に関しては三人称国連軍視点の方が上手く書けそうだと思ったけど、元自シンジ君主観進行の作品なのでやめました。

用語解説

バッカン:漢字で「麦缶」と書く。OD色のプラスチック製断熱容器で食堂から飯を運搬するときに使用する。→運搬食

戦闘糧食:缶メシとパック飯がある、納入メーカーは冷凍食品でおなじみの民間の企業。パケがODのものとロゴがそのままのものがあって、最近のロットでは“転売禁止”の文が印刷されているとか。→携行食

ドーラン:迷彩色のフェイスペイント。大手化粧品会社から訓練道具メーカーのものまでいろんな会社が販売している。なお化粧落としシートの枚数が重要で、拭き損じると顔に緑や黒のムラが残る……。

伝令:通信の一種。正式には伝令通信といい、使う手段によって航空伝令や車両伝令といった区分も存在する。マラソンの起源となったのも伝令兵である。

偵察隊:偵察隊は「上級指揮官の耳目となり……」とあるように様々な情報源に近接して上級司令部の決心に必要な情報を収集する。災害などでも直ちに派遣される部隊。→レコン

MCV:機動戦闘車のこと、ただし戦略自衛隊が運用しているMCVは車台が偵察警戒車(RCV)のものでありリアル世界の“16式機動戦闘車”とは別物。時代を先取りしていたようだ。

使命感に徹し、あくまで任務を遂行しろ: 『戦闘間隊員の一般心得』より


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命の価値は

 朝イチでネルフに登庁すると作戦課のボードに人事部からの通達が貼り出されていた。

 松代などの“地方支部”に転勤となる方もいれば、退職される方もいる。

 そして今月1日付での昇格者の所に我らが上司、葛城ミサト“一尉”改め葛城“三佐”がいらっしゃった。

 

 この間聞いたことだが、チルドレンに階級は付与されていないため昇格はないらしい。

 今はなき少年自衛官制度は三等陸・海・空士で、各種特攻兵器の乗員でさえ階級持ちだ。

 戦略自衛隊に少年兵がいるように、“ポスト・インパクト”世界には少年兵に関する条約が無い。

 条約的な配慮によるものではないのだ。

 

 いや、特殊な生まれの綾波ひとりだけで、“武装組織”というていも何もなかったから階級付与はなかったのだろう。

 しかし、原作知識から考えると、ひょっとしてエヴァンゲリオンの()()()()扱いなのか?

 そういう疑問がもたげてくる。

 朝からいやな考えに行きついてしまったな。

 そんなところに、ミサトさんが登庁してきた。

 

「おはよう、シンジ君」

「おはようございます」

「あら、人事からの通達?」

「ご昇進、おめでとうございます。葛城三佐」

「やめてよシンジ君」

 

 “姿勢を正す敬礼”をすると、ミサトさんは苦笑いのようなあいまいな表情を浮かべた。

 あまり、うれしくないんだろう。まあ出世が生きがいというかそういう人じゃないからな。

 父親への苦手意識と承認欲求とか、使徒への復讐心とかがごちゃ混ぜになってる複雑な心境で勤務してるんだっけ。

 そんな、俺にとっては「どうでもいいこと」を考えながら葛城三佐の執務室に入った。

 

「さて、シンジ君、どうして朝から来てもらったか分かる?」

「この間の国連軍との合同作戦の件ですよね」

「そうよ」

 

 そう、国連軍の所属隊員とはいえ無許可でケイジなどの“特別秘密物件”に案内した一件で結構絞られたのだ。

 まあ伝令の必要があると感じ、誰か一人でもただちに出撃できるようにするためだったという理由を説明する事で営倉入りは回避できたんだけどな。

 

「僕の処分が決まったんですか?」

 

 メンコテゲンカイ(免職・降格・停職・減給・戒告)のどれだ? 

 

「違うわ、それは厳重注意で終わったから!」

「ありがとうございます」

「あんたねぇ……と言いたいところなんだけど、結果オーライよ」

「へっ?」

「国連軍主体の対使徒演習にネルフ代表として参加になったから」

「どういうことですか?」

 

 国連軍の中でも“紫色の人型”として知られ、無線越しに国連軍の指揮所ともやり取りしていたことから空軍や統合幕僚本部で知られてはいたそうだ。

 そして、ついこの間の第9使徒襲来時に直接やり取りしたため、陸の人たちにも知れ渡ったのだ。

 

 連絡将校(LO)曰く、第三使徒以降ネルフの前座的扱いをされていた彼らにとって単独での使徒撃破とともに、エヴァに対するイメージが変わったらしい。

 そこでネルフと国連軍のさらなる()()という方針が打ち立てられ、その第一歩に合同演習が計画されたらしい。

 葛城一尉はその窓口という事もあり、国連軍側の運用幹部や中隊長クラスと同じだけの権限が求められて昇進したという。

 こうして “葛城三佐”と俺は指揮所演習(CPX)と実働訓練(FTX)に参加することになった。

 参加にあたっての事前教育やら準備の内容やらは追って伝えてくれるらしい。

 

 朝一番の執務室出頭を終えた俺は自販機コーナーでぼうっとしていた。

 この為だけに来たわけで、夕方のハーモニクス試験までやることがない。

 学校に今から行っても着くのは昼前だし、自室に帰って本でも読もうか。

 本部内の売店で買い物でもして帰ろうかなと考えたところで青い影が目の前に現れる。

 

「碇くん」

「お疲れ、綾波もお呼び出し?」

「違うわ、碇くんは大丈夫なの?」

「大丈夫、厳重注意だけ」

 

 綾波は缶コーヒーをちびちび飲んで物思いにふける俺を見て、叱られて落ち込んでると思ったのか、気遣ってくれる。

 出会った時の無関心な綾波さんでは考えられない優しい声色で、シンジ君ならコロッといってしまいそうだ。

 優しさと愛に飢えてたからなあ、シンジ君。

 他の話題……そういえば、偵察オートの後ろが綾波バイク初体験か。

 

「あのとき、バイクの後ろ乗ってみてどうだった?」

「とても速くて、風が強かった」

「また乗ってみたい?」

「そう、不思議な感覚」

「綾波もあと二年で原付免許取ったらいいんじゃない?」

「何を言うのよ」

 

 綾波はどうやらバイクに心惹かれているようだ。

 リツコさんが、『レイがバイク雑誌を手に取って見ている』とか言ってたな。

 二年、か。補完計画を不発に終わらせて貯金があれば原付でも買おう。

 そのためには今からが本番だよな。

 

 ハーモニクス試験、テストプラグに座ってひたすら同調率、接続性などを測る試験だ。

 座っているシートが前後に動いて、前へ行けば行くほど深くエヴァと“同化”できるらしい。

 行きつく先がアニメのシンクロ率400パーセントで溶け落ちてLCL化だから、同化しすぎるのもヤバい。

 そういった知識があるからか、俺はなかなか汚染区域ギリギリまで近づくことができなかった。

 だって、怖いもん。単純に説明できない不安感というか。

 エヴァに接続されていない単純シミュレータなんで溶け落ちることが無いのはわかっているけど、どうも感情が増幅されている気がする。

 一番近いのが高所に設置された薄い板ガラスの上で、ジャンプしろって言われた時のような感じだ。

 強度はあるのかもしれないけど割れるかもしれない、割れたら遥か下まで墜落するという恐怖。

 少しでもこの不安な心境が伝わっていれば幸いだ。

 

「3人とも、もういいわよ。上がってちょうだい」

 

 テストプラグから降りた俺たちは、廊下の流しで体内のLCLを排出して管制室へと向かう。

 この鼻と喉に来る異物感ももう慣れてしまったなあ。

 リツコさんの講評を聞いて帰るだけなんだけど、隣のアスカが何とも不安だ。

 原作アニメではこの頃からシンジ君の成績がアスカに迫ってきて、危機感とともにプライドを刺激されてしまってこじれ始める。

 

「シンジ君、ハーモニクスの数値が伸び悩んでるけど、どうしたの?」

「何か不安というか、身がすくむというか。稼働上問題ありますか」

「稼働には問題ない数値だけど、最大値という物も気になるじゃない?」

「ああ、サンプルとしては不適切で、すみません」

「うわっ、シンジひっくい。アンタこんな数値で動かしてんのぉ」

「アスカは優秀よ、そのまま伸ばしていってちょうだい」

「そうよね、シンジとは年季が違うのよ」

 

 アスカは俺の数値を見て得意げだ、まあ半年程度の速成パイロットならこんなもんじゃないか。

 低いといってもアスカより60近く、綾波よりも5~7低いくらいで戦闘機動には十分だ。

 原作シンジ君がエヴァに選ばれたかのような子だったわけで。

 一通り講評が終わり、実験の狙いであった接続性の確認についての説明が終わると時刻はすでに22時を過ぎていた。

 

「遅くなったし、アスカも乗って帰る?」

 

 ミサトさんはガソリンエンジン車のアルピーヌで通勤していることから、同じマンションのアスカを誘う。

 しかし、アスカは何故か俺の腕を取った。

 

「あ、今日はシンジの部屋に泊まるから」

「えっ」

「だって、シンジの部屋って行ったことないし。どんなのか気になるじゃない?」

「俺の部屋、ベッド一つしかないんだけど」

「床で寝たらいいじゃない。あるんでしょ()()?」

「あらぁ、お持ち帰りなんてシンジ君も隅に置けないわねぇ、避妊はしっかりね」

「な、なに言ってんのよミサト!」

「それでいいんですか保護責任者は」

「私はパイロット間の()()()()には関知しないから、どんどんやっちゃいなさい」

 

 男の部屋に行くのが、()()()()事をするという意味にとられるという事に気づいたアスカが慌てふためく。

 ニヤニヤしているミサトさんだが、どうせ監視がついているのでヤッたが最後筒抜けになるのは目に見えている。

 冷たい目のリツコさんに避妊具を手渡されて、何とも気まずい思いをするのだ。

 ミサトさんの「ドンドンやれ」というのは無責任な煽り文句で、掌クルクルの可能性がまあまあ高いから信用してはいけない。

 ま、アスカの部屋にそれなりの頻度で呼びつけられてる時点で、そういう事はしないだろうという確証があるんだろうけど。

 

 そんなわけで、アスカが俺の居室にやって来た。

 

「アンタの部屋ってせまっ苦しい造りしてんのね」

「単身者用の居室だからこんなもんじゃない」

 

 机、ベッド、本棚しかない単身者用の1Kだ。

 キッチンと部屋が繋がってる綾波の部屋がワンルームで、1K とはアコーディオンカーテン一枚でキッチンと洋室が分かれている部屋だ。

 アスカはベッドに荷物を置くと、部屋の中を見回す。

 見えるものなんて茶色い壁紙と、作り付けの本棚、クローゼットくらいなものか。

 

「シンジ君の本棚にはなにがあるのかなぁ」

「こんなんで良ければ」

 

 アスカが手に取ったのは『全艦艇総覧』という本で、太平洋艦隊訪問前に買っていた本だった。

 第一次世界大戦前からセカンドインパクト後の国連海軍時代までの艦艇が載っている。

 パラパラと興味無さそうに捲っていた彼女は、栞として挟んでいた写真に気づいた。

 

「この挟んでるのって、あの時の写真じゃない」

「そ、ケンスケが撮ってたやつだよ」

 

 艦上で第六使徒と死闘を繰り広げる弐号機の雄姿だ。

 空母オーバー・ザ・レインボーの掲載ページに俺は挟んでおいたのだ。

 

「シンジ、この写真くれない?」

「いいよ、アスカなら」

 

 アスカは弐号機の写真を鞄に入れると別の本を手に取った。

 俺の本棚には航空機、セカンドインパクト後の世界地図、小説とか様々なジャンルが置いてあるのだ。

 本棚あさりにも飽きてきたようで、アスカはベッドの上に寝っ転がった。

 制服シワになるぞ。

 

「他になんか、面白い物無いの?」

「ないよ、広さ以外はアスカの部屋と同じさ」

「つまんない」

「なら明日に備えて、もう寝ようか。寝間着は俺のジャージがあるよ」

「そうね、じゃあ着替えてくるからここで待ってなさいよ」

 

 そういうとアスカは俺のネルフジャージを持ってユニットバスへと消えていった。

 その間に俺もODシャツに短パンという室内着スタイルに着替えて、洗濯機へ着ていたものを放り込む。

 ジオフロント居住区個室のいい所は、防音がしっかりしているので夜中に洗濯機を回しても近所迷惑にならないところだろう。

 

「おまたせ」

「アスカ、ウチ乾燥機ないから、これに制服入れて持って帰りなよ」

 

 女子制服を持って出てきたアスカに、俺はランドリーバッグを渡す。

 アスカの制服も洗ってやろうかと思ったけど、年頃の女の子が異性に汗の染みた制服を洗われてうれしいわけもないだろうという判断だ。

 

「気が利くじゃない、アンタの洗濯物はどうしてんの」

「俺は室内干ししてプレス当ててるよ。殺菌されて生乾きの臭いもなくなるしね」

「へーっ、服装がどうとか言ってるだけのことはあるじゃない」

 

 大きめのジャージに身を包んだアスカはベッドの上にどっかと座った。

 ふたりで洗濯物とか晩飯とかの生活話をしていると、アスカはポツリとつぶやいた。

 

「やっぱり、ウチに住めばよかったのに」

 

 それから、俺たちはすぐに眠った。

 ベッドで眠るお嬢様、俺はケンスケから買った寝袋で寝る。

 寝袋の代金はこの間借りたM24狙撃銃(レミントン)の購入資金へと消えていったらしい。

 アスカはなんでこの寝袋の存在を知っていたんだろうか。謎だ。

 

 朝になって、身支度をすると二人で部屋を出る。

 本部施設までの道のりを朝から二人並んで歩くのは、ユニゾン訓練以来の光景で懐かしく感じる。

 そして本部の食堂で朝食をとっていると突然、非常呼集が掛かり警報が鳴り響いた。

 素うどんを一気に掻きこみ飲み干し、返却口に食器を放り込むと作戦室まで走る。

 アスカは“朝A定食”を食べきれず、泣く泣く走っていた。

 

 そこで見せられた使徒の画像はとんでもないヤツだった。

 巨大な掌を広げたような第10使徒、空から落ちてくるアイツだ。

 衛星軌道上に突如出現し、SDI(戦略防衛構想)で建造された迎撃衛星をA.Tフィールドで圧壊させたらしい。

 A.Tフィールドを纏ったまま切り離された初弾は太平洋に弾着し、波紋とともに2メートルの津波を作った。

 第二弾、三弾と徐々に本州に向かって弾着修正を行っているときた。

 

「N2航空爆雷も効果ありません」

「以後、使徒の消息は不明です」

「次、来るわね」

「ここに、本体ごとね」

 

 国連軍のN2 弾頭を用いた弾道弾迎撃ミサイルや衛星攻撃兵器(ASAT)と言った装備が一斉にヤツ目指したが、いずれも効果なし。

 そして、強力なA.Tフィールドによってレーダー波や可視光線を遮断し消息を絶ったという。

 葛城三佐の指示により、D-17宣言、つまり半径50キロ圏内の全住民の避難命令が下された。

 エヴァパイロットは住民の避難が終わるまで待機だそうだ。

 待機室に設けられた情報収集用テレビでも自動発信の避難指示メッセージがずっと流れていた。

 そして呼び出されて作戦室に行くと重い雰囲気が流れていた。

 

「あなた達には、落下してくる使徒を手で受け止めてもらいます」

「ええっ、手ぇ!」

「A.Tフィールド最大で使徒を直接受け止めるのよ」

 

 口を開いた葛城三佐は、頭がイカれてしまったかのようなことをのたまった。

 ブレーキが壊れてる時速100キロのダンプカーを体当たりで止めろという暴挙に近い。

 原作知識が無ければ、俺だって「頭トチ狂ってんのかアンタ」と批判しただろう。

 今度こそ、どうしようもない。

 

「使徒がコースを外れたら?」

「アウト」

「機体が衝撃に耐えられなかったら?」

「アウト」

「勝算はあんの?」

 

 アスカは矢継早に問いかける。

 

「神のみぞ知る、と言ったところかしらね」

「『思い付きを数字で語れるものかよ』ってところか」

「そうね」

 

 俺が感銘を受けた、あるアニメの司令が言うところの思い付き。

 勝算なんて、極めて低い。

 

「つまり、何とかして見せろってこと?」

「すまないけど、他に方法が無いの。この作戦は」

「作戦って言えるの、これがっ!」

「言えないわね」

 

 血を吐くようなアスカの叫び。

 死の足音がすぐ傍まで近づいてきているのを感じる。

 

「だから、嫌なら辞退出来るわ……みんな、良いのね」

 

 いや、短いし、辞退の方法も聞かされてないから半強制じゃないか。

 まあ、辞退したら残りの二人は間違いなく死ぬだろうから、どちらにせよ逃げられないわけだけど。

 

「一応、規則だと遺書を残すことになってるけど、どうする?」

「別に良い、そんなつもり無いもの」

「私は、必要ないもの」

「僕は一応書いておきます」

「すまないわね、終わったらステーキ奢るからね」

「ゴチになります」

「忘れないでよ」

「期待してて」

 

 そういうとミサトさんは去っていった。

 アニメ補正があればこの作戦は成功する。

 しかし原作シンジ君のように数値もよくないし、A.Tフィールドもマグマの中で一回意図せず出たっきりで、自ら張れないのだ。

 受け止めた時に圧壊する可能性が一番高いのは、俺だ。

 

 誰に遺書を宛てて書こうか。

 アスカ、リツコさん、総司令……あっ、考えた相手の三分の二がここに居るじゃないか。

 

「ステーキってそんなので今どきの子供が喜ぶと思ってんのかしら」

「まあ、ごちそうっちゃごちそうだけど、寿司の方がいいなあ」

「アンタも感性セカンドインパクト世代なの?」

「綾波が肉苦手だからね、あとアスカも最近生魚食べれるようになったみたいだし」

「そうね、ってお優しいことで。レイ、行きたい店があったら言いなさいよ、おごりなんだから」

 

 MAGIが算出した落下予想範囲は第三新東京市全域を覆っており、予想なんてあってないようなものだ。

 A.Tフィールドを持った使徒の威力だと、どこに落ちても本部施設を根こそぎ抉り取れるだけの威力がある。

 そんなところにベン図のように三つの円が表示された。

 

「エヴァ3機をこれら3か所に配置します」

「この配置の根拠は?」

「カンよ、女のカン」

 

 綾波の質問に、カンと答えた葛城三佐。

 

「ますます、奇跡っていうのが遠くなっていくわ」

「奇跡が遠かろうが、やるしかない」

 

 アスカは何処かひきつったような顔で葛城三佐を見た後、俺の方を見る。

 「気休めを言うな」とでも言おうとしたのだろうが、俺の顔を見るなり黙ってしまった。

 

 エヴァ発進までに時間が出来たので、二人とは別室にて俺は三通の遺書を書いていた。

 使徒の攻撃で全て消失してしまうかもしれないのはわかっているけれど、なにかしら書いておきたかったのだ。

 

 『お世話になりました、私は碇シンジ(ご子息)の体を借りていた……』という書き出しで始まるそれは、この世界の秘密に迫る様な内容になってしまった。

 これを読んだところで、彼、彼女が補完計画について改めてくれることはないのだろうが、せめて残された綾波やアスカに便宜を図ってくれるようにという想いを綴る。

 最後に、アスカに残す遺書にはエヴァに乗れる時間は少ないこと、生き方はもっと選べることなど、面と向かって言えない内容を記した。

 

 いよいよ、出撃の時間が来た。

 作戦課の課員である二尉が呼びに来たので、彼に三通の遺書を託す。

 死を目の前にした拒絶も通り過ぎ、遺書を書いていた時の高揚を持ったまま俺は部屋を出る。

 

 本部はがらんどうだ。

 D級職員が全て退避し、整備士やオペレーターたちも“決死隊”の有志しかいない。

 新婚の彼や、お腹に第一子がいる事を教えてくれた彼女ももういない。

 ここで俺がやらなきゃ、だれがやる。

 任務を完遂出来なくて、なにが男だ。

 

 エレベーターで二人と合流した、酷い顔だった。

 アニメじゃあんなに自信満々だった彼女も、いよいよヤバいという雰囲気にのまれているのか。

 

「さあ、行こう」

 

 動き出したエレベーターの中で、アスカがポツリと言う。

 

「なんで、アンタはエヴァに乗ってんのよ」

「元は、なりゆきだった。今は、自分のためかな」

 

 そう、ある日突然“碇シンジ”の役を押し付けられただけの一般人だった。

 持っていたものは、おぼろげな原作知識と趣味の知識、陸上自衛官の誇りだけ。

 そんな俺が、エヴァに乗って“戦闘職種の人間”として戦ったわけだ。

 自衛官の存在意義は“ことに臨めば危険を顧みず、身をもって責務を完遂し国民の負託にこたえる”という一点に集約されるのだ。

 今日が“その日”であっただけで。

 

「じゃあ、なんでそんな顔してんの」

「たとえ俺が倒れても、誰かを助けたいって言う自己満足だからね」

「そんな偽善のためにアンタはエヴァに乗って、命掛けてるなんて信じらんない」

「それが、日本の男なのさ」

 

 エレベーターはアンビリカルブリッジのある階に止まった。

 いつもお世話になっている初号機整備班は全員集合で、髭の班長が出迎えてくれた。

 

「よろしくお願いします」

「おう、必ず帰ってこいよ」

 

 エヴァンゲリオンパイロット搭乗、出撃準備という声を聞きながらスライドハッチが閉じた。

 

 射出レールを上り、出撃ポイントにエヴァを待機させる。

 まぶたを閉じて無心で、命令を待つ。

 

「目標は光学観測による弾道計算しかできないわ、よって、MAGIが距離1万までは誘導します、以降は各自の判断で行動して」

「使徒接近、目標2万5千」

 

 使徒の降下を告げる青葉さんの声で作戦が始まった。

 

「スタートッ!」

 

 アスカの叫び声とともにアンビリカルケーブルをパージ。

 視界内に赤い矢印が浮かびあがり、その指示に合わせて加速し、飛んで、跳ねる。

 街中を駆け抜け500KⅤ送電鉄塔を飛び越し、目標地点へと。

 壁にぶち当たる様な衝撃、気づけば肩の拘束具から白くベイパーを曳いている。

 小高い丘から上を見上げると、空を覆うような眼玉。

 あっという間に使徒の真下にいた。

 

「フィールド全開ああああィ!」

 

 俺は死への恐怖と、拒絶で叫んだ。

 その瞬間視界いっぱいに赤黒い光が(はし)った。

 そこに、弐号機と零号機が飛び込んで来て、使徒を空中に押し返す。

 進めないと、ヤツは変形した。

 広げた掌のようなところから、赤く捻じれたような棘を射出してきたのだ。

 

「うぐぐぐぐ!」

 

 こめかみ、手や胴をいくつもの赤い棘に貫かれて激痛が走る。

 地味なアップデートしやがってぇえ! 

 痛すぎて血反吐を吐きそうになる。

 視界がチカチカする。

 

「こんのぉおおお!」

 

 フィールドを引き千切った零号機を踏み台にして、跳躍した弐号機がプログナイフでコアを突き刺した。

 爆発音を最後に俺の意識は途絶えた。

 

 次に目覚めた時、そこは医務室の中だった。

 ボンヤリと考える。

 特攻に失敗して、米軍の捕虜になった人はこんな感じだったのかと。

 

 医官の先生の診断を受けると、俺はふらふらとケイジに向かった。

 ヤマアラシにケンカを売って棘だらけになった犬のようなありさまの初号機。

 ロンギヌスの槍でめった刺しのアレよりかはマシだが、棘の一本一本が螺旋構造になっていて、見た目からして痛い。

 そこに整備班の人々が作業の手を止めてまで集まって来た。

 

「班長、すみません。エヴァをボロボロにしてしまいました」

「碇くん、生きて帰って来ただけで儲けモンだ。俺たちは助かったんだから。ありがとう」

「ありがとう……ございます……」

「男が泣くんじゃねえヨォ」

「班長がパイロットなーかした!」

「バカヤロぉ! LCLで水泳させるぞ!」

 

 エヴァに乗って、感謝の声を聞くことは少なかった。

 俺達は常に付随被害を気にして、乗って当たり前みたいなところがあって、命の危険があっても当たり前。

 こんなに感謝の言葉が嬉しいなんて、こんなに報われたような気になるなんて。

 

 俺の涙腺に整備班長の言葉が突き刺さる。

 東日本大震災時に第14戦車中隊の隊員が女の子から貰った手紙の内容を精神教育で読み上げた時にも泣いたが、それとおなじくらい涙が止まらない。

 整備班の皆さんにもみくちゃにされている時、後ろから叫び声が聞こえた。

 

「バカシンジ! 何してんのよっ!」

「碇くん、どうして」

 

 アスカと綾波が息を切らしながら、そこに居た。

 

「アンタが意識戻ったからって、病室に行ったらいなかったし! どこほっつき歩いてんのよ!」

「アスカ、必死に探していたわ」

「悪い、一報入れなかったのは謝るから」

 

 衆人環視の中アスカにポカポカ叩かれ、綾波にも助けてもらえず、両脇を固められて発令所まで連行された。

 前もこんなことあったなと思いながら発令所に入ると、そこには葛城三佐と赤木博士、オペレーターの皆さんが居た。

 そして、南極にいる碇司令との通話が始まった。

 さっき整備班と俺がやったようなやり取りのあと、急に呼びだされた。

 

「初号機パイロットは居るか」

「はい!」

「話は聞いた、よくやったな、シンジ」

「ありがとうございます!」

 

 思わず、姿勢を正す敬礼を取る。

 サウンドオンリーの表示の向こうから聞こえてくる司令の声はいつもより優しく聞こえた。

 

 結局、今日の夕食は屋台のラーメンだった。

 ミサトさんの財布事情を汲み取ったのと、一斉避難でお得意様になりつつある元祖箱根寿司も営業していなかったからだ。

 綾波はニンニクラーメンチャーシュー抜き、アスカはフカヒレチャーシューラーメンを頼んだ。

 ミサトさんと俺は普通のシンプルなとんこつラーメンを頼んで食べる。

 ラーメンを美味しそうに食べるアスカ、微笑みながらラーメンをすする綾波。

 こんな和やかな雰囲気がいつまでも続けばいいなと思った。

 




用語解説

姿勢を正す敬礼:屋内等で脱帽時に行う敬礼。背筋を伸ばし“気を付け”の姿勢を取る。屋内で国旗掲揚・国旗降下時間を迎えた際も国旗方向を向き、君が代ラッパ吹奏中は姿勢を正す敬礼を行う。

少年自衛官:高度な技能を有する曹士を作るため少年工科学校という教育機関があり、そこの生徒は三士の階級を付与されていたが、廃止。現在は員数外の“自衛隊生徒”となった。

メンコテゲンカイ:懲戒処分の一覧、服務事故などを起こした際にこの中から処分が決まる。停職1日を貰った場合、数年間は昇格も賞与もない。一般のイメージよりも結構重たいのだ。

ことに臨めば~:服務の宣誓の一節。入隊時に宣誓し、頭の片隅に残しておくべき文言。これを忘れるものは自衛官にあらず。

手紙:東日本大震災の際に「うみ」ちゃんという少女から手渡された手紙で自衛官を激励する内容が記されていた。震災後入隊者は精神教育で読んだり目にすることがあるが涙腺に来てしまう。
「うみちゃんの手紙」で調べると画像が出てくるので必見。


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使徒侵入

 成層圏からの使徒を受け止めることに成功して生き残った俺は、三通の遺書を火にくべていた。

 

 ああああああ! 

 

 死を覚悟して筆をとってみたけれど、シラフに戻ると痛いポエムみたいに思えてクソ恥ずかしい。

 

 何が「共に戦ってくれた初号機の御霊に感謝し、叶うならば()()()()()と平和の礎とならんことを」だ! 

 

 どう考えてもゼーレの補完計画でみんな溶け落ちて()()()()()()のを知ってますよってアピールじゃねえかバカ! 

 服務の宣誓の「我が国の平和と独立を守る~」とか、特攻隊員の遺書みたいな雰囲気で書いたけどアウトだよな! 

 運が良かったのは思春期の厨二ポエムじみた、それでいて暗喩っぽい内容をいくつか含んだヤバ目の遺書を作戦課に取りに行った時、回収に来てくれた二尉さんが察してくれたことだ。

 もし、ミサトさんがいたなら弄られたうえに、中身を見られていたかもしれない。

 一定の期間操作が無いと電波・超音波を放つという“遺す”ことに特化した六重の耐爆金庫の中に収められていた。

 たとえ本部が自爆して、“第4芦ノ湖”になったとしてもこの金庫は残れるという説明を受けたわけだが……。

 

 うん、次のヤツ、MAGI乗っ取って本部自爆しようとする奴じゃねえか! 

 

 その間、原作のシンジ君たちは真っ裸で地底湖まで射出されて漂ってたんだっけ。

 普通のコンピューターでさえ分からんし、俺がタンパク壁かなんかの劣化云々なんて知るわけがない。

 工期の圧縮、部材の品質低下、戦時下の突貫工事で酷いところに混ざっていましたってやつで対処不能。

 今度も原作知識が立場的に全く役に立たない部類の使徒だ。

 天才プログラマーとか、スーパーハッカーとかこのアニメ的世界ならどっかに居てもいいもんだけどなぁ。

 リツコさんみたいなトンデモ博士が居るんだから、ネルフまで来て欲しいものだ。

 そんな事を考えているうちに白い封筒は真っ黒な灰に変わっていた。

 もちろん、灰はトイレに流した。

 

 

 昔流行った二次創作みたいな“凄腕ハッカー”も、バトルプログラマーやマッドサイエンティストも来ないままオートパイロット試験の日がやってきた。

 

 ちょっと前に、仕事終わりのリツコさんと話している時に“凄腕の助っ人”とかいないのかと聞いたけど、そういう人もいないらしい。

 

「マヤもだいぶ使えるようにはなったけど、まだ基礎だけね」

 

 後進もマヤちゃんのほかに数人の技術屋さんだけで、彼らもエヴァ整備やコンピュータ関連といった各々の専門分野には強いけれど“なんでもメカニック”ではない。

 MAGIの維持にE計画、補完計画関連……何でもかんでも赤木博士頼みだよなこの組織。

 いち個人の技能に依存しすぎるネルフという組織の危うさはよく分かっているつもりだったけど、こうしてみるとパイロットが死ぬより先にリツコさん過労死コースだぞ。

 

 ネルフに労働基準法って適用されるんだろうか? 

 上級オペレーターや幹部の残業時間が月80時間以上になってるだろこれ。

 その後はたっぷり一時間愚痴を聞いて、リツコさんの淹れたコーヒーを飲んで帰った。

 ブラックの味は苦い。

 

 今やってるオートパイロットに関する直接データ取得実験は痛い、痒い。

 

 四方八方からクレンジングオイルのようなものが噴射されたあと、皮脂をこそげ取ろうと温水ジェットで流されての繰り返しだ。

 指示通りに部屋を移っていくわけだが、ガス室か宮沢賢治の『注文の多い料理店』を思わせる。

 身体の垢を落とされ切った俺たちは、“幻覚を見せる化け猫”にぱくりと平らげられるわけだ。

 エヴァの体内に収まるという点では似たようなものか、消化されないけど。

 

 そんなことをつらつらと考えていると、最後の“すすぎ噴射”が終わったようだ。

 水圧強すぎて体中痛痒いわ。あと汚れの溜まる足の指や陰茎周りにジェットは痛いぞマジで。

 さすがにアニメのように三人同時に並んでという事はなく、アスカと綾波が先行してクリーニング作業を受けていた。

 強めのシャワーくらいの勢いの水流が股間直撃して、もだえ苦しむ様子を女子二人に聞かれなくて良かったわ。

 こうして洗浄済みの素っ裸でプラグに入り、プリブノーボックスの模擬体にエントリーする。

 

「オートパイロット、記憶開始」

「シミュレーションプラグ、MAGIの制御下に入りました」

 

 男性オペレーターとマヤちゃんの声で実験が始まったことを知る。

 長い下準備をしたんだから、使徒覚醒までに上手くいって欲しいところだ……。

 

「気分はどう?」

 

 赤木博士の問いかけに、二人が答える。

 

「何か、違うわ」

「感覚がおかしいのよ、右腕がハッキリして、後はぼやけた感じ」

 

 俺も筋肉痛のような全身のだるさと、腕枕して目覚めた時のような痺れ具合……えっ? 

 

「シンジ君は?」

「なんか右の腕先がしびれる様な、そんな感じがします」

「レイ、動かしてみて?」

 

 俺の感覚を聞いた赤木博士は模擬体の右腕を動かすように指示を出した。

 

「異常なさそうね」

 

 続いて、異常の度合いが大きいと思われる俺とアスカの模擬体も動かすが、異常を示す信号は出ない。

 制御室ではパイロットの思い込みか、それとも検知されない要素で違和感があるのかという議論になってるのか、指示がぱったりと来なくなる。

 次に指示が来たのが、模擬体経由でエヴァ本体と接続する試験に移行するという時だ。

 零号機、弐号機、最後に初号機の接続が行われるのだが、異変を知らせる警告音が鳴り響いた。

 

「シグマユニットAフロアに汚染警報発令!」

「上のタンパク壁が劣化、発熱しています」

「第6パイプにも異常発生」

 

 通信越しに管制室のざわつき、緊迫感が伝わってくる。

 エヴァとの接続実験でヤツが目覚めたのか! 

 

「実験中止、第6パイプを緊急閉鎖!」

「はい!」

 

 浸食が爆発的に広がっていく。

 そして、綾波の悲鳴とともに模擬体が暴れ始める。

 

 模擬体の異常的に俺じゃないのかっ! 

 

 管制室から衝撃音が流れてきた、デトネーションコードが作動したようだ。

 模擬体の腕を吹き飛ばされ、再び響く綾波の絶叫。

 俺に出来ることは、なにもなかった。

 

「赤木博士これヤバい、逃げてッ!」

 

 プラグが射出されたのだろうか、一気に視界が暗転して衝撃音のみが聞こえる。

 それが止んだ時、テストプラグは地底湖の水面だった。

 

 ここで俺たちは浮いて待つことしかできない、リツコさんにしか出来ないんだ、頼むぞ。

 

 カッコつけて加持さんみたいなことを地底湖のプラグで言ってみたけれど、真っ裸じゃしまらないよな。

 

『R警報解除、R警報解除、総員第一種警戒態勢に移行してください』

 

 長い待ち時間のあと赤警報(通称:アップルジャック)から、警戒態勢のレモンジュース(黄色)へと非常態勢が変わったという放送を聞いた。

 本部の自爆が回避されひと段落ついたのだろうか、黒い複合艇(RHIB)がやって来た。

 複合艇というのは近年、海軍や沿岸警備隊が臨検などに使ってる大型のゴムボートだ。

 ゴム浮力体とFRP素材で出来ているからある程度の波に耐えて、()()、そして()()装備で、ネルフでは地底湖の警備に使ってるらしい。

 艇体中央にマウントされていたサーチライトで照らされる。

 

「うおっ、まぶしっ」

「碇くーん、着替え受け取ってね!」

 

 更衣室に置いていた着替えパックと落水に備えた救命胴衣、FRP製ヘルメットがプラグ内に投げ込まれた。

 救助班が警備部の女性隊員なのもアスカたちに配慮したためだろう。

 収容されたアスカと綾波が艇上で着替えている間に、俺はプラグ内で着替えパックに詰めていた私物のOD作業服に着替える。

 

「もう出て大丈夫ですか?」

「大丈夫、オッケー!」

 

 女性隊員のオッケーが出たので水面に近い脱出ハッチから身を乗り出すと、そのまま水中にドボンと落ちた。

 そこから着衣泳で複合艇に接近して這いあがると、船の中央には私服の二人が座っていた。

 

「よう、お疲れ」

「ああっ、アンタせっかくの着替えもずぶ濡れじゃない!」

「碇くん、こっちにきて」

 

 アスカと綾波が銀紙みたいなシートを巻き付けてくれた。

 体温が反射して温かい。

 その様子を微笑ましそうに見ていたお姉さんは複合艇の操縦手に合図を出した。

 

 複合艇は普通のゴムボートよりも速く、時速50キロから79キロ近くで航走できる。

 そこまで速度を出しているわけではないのだろうが、FRPの船底が水面を叩き、水を切って跳ねるように岸へと向かう。

 アスカと俺がシートを必死に握りしめている時に、綾波はというと目を輝かせているようだった。

 綾波さん、今までインドアだった反動で風を切る楽しさにでも目覚めてしまったのか? 

 

 こうして使徒侵入、じゃなくて“警報システムの誤動作”(委員会向け発表)を乗り切ったのだった。

 

 

 ()()()()()より三日後、俺と綾波は今回の主役だったリツコさんをねぎらうために、いいコーヒー豆を研究室へ持って行った。

 報告書やら、黒いバインダーに突っ込まれた書類が、普段すっきりしている研究室にうず高く積まれていた。

 

「あなた達、それは?」

「先日はお疲れさまでした、激務ですし、これでも飲んでゆっくりしてください」

「これは、ずいぶんとしたんじゃない?」

「ええ、いい物は相応の価格しますから」

「赤木博士、これも、どうぞ」

「レイ、あなた……変わったわね」

 

 俺は22000円くらいする高級コーヒーの三種詰め合わせを買った。

 いつも来るうちにリツコさんのコーヒーの好みは大体わかったけど、外れていたらカッコつかないので安全策から複数の風味が楽しめるヤツに走ったのだ。

 最近、“趣味の本”に興味を持った綾波は、俺のコーヒー豆に合わせてコーヒーミルを買った。

 読書が趣味の綾波に、アスカと俺があーだこーだと言って影響を与えてしまったようだ。

 

「シンジ君、意外とマメなのね」

「激務の時の楽しみなんて、差し入れしかないもので」

「それも、()()かしら」

「そうですね、僕は甘いものがいい」

「じゃあ、羊羹でも買ってきましょうか?」

「いいですね、綾波も羊羹好きだよね」

「そうなの?」

「水羊羹は好き」

 

 こうした会話で始まり、話が盛り上がってくると時々リツコさんの口から原作で聞いたことのあるワードが飛び出す。

 “委員会”や“オートパイロット計画”という今後に関わってくるようなもので、おそらく無意識なんだろうな。

 委員会からも碇司令(オヤジ)からも、「早くダミープラグ実験やれよ(意訳)」とせっつかれてた矢先の使徒襲来だったから大幅にスケジュールが狂ったという方向へと話は流れていった。

 

 うーん、さすが100グラム数千円の銘柄だけあって、すっきりした苦みに肺の奥まで広がるような香り高さ。

 淹れてもらったコーヒーを片手に相槌を打ち、今日は綾波も居るのでちょくちょく話を振る。

 リツコさんと綾波も、最近では年の離れた姉妹みたいな感じがする。

 ちょっと天然ボケ入った妹と、それを見るしっかり者の姉みたいな。

 情が沸いて補完計画の前段階で何とかならないかなあ、マジで。

 余り長々とリツコさんの時間をとるのも悪いので、程々にして切り上げる。

 

「ごちそうさまでした、また来ます」

「……また、来ます」

「ええ、待っているわ」

 

 リツコさんの研究室を出て、本部内の売店に寄って帰るのだが綾波は雑誌コーナーに吸い寄せられていった。

 最近の綾波、外伝ゲームのような感じになってきてるな。

 

 そして予定通り始まった第1回機体相互互換実験。

 アニメでこんな実験あったっけ?と思いながらも、実験に参加する。

 綾波が初号機に乗って、俺が零号機という組み合わせだ。

 アスカはひとり隣のボックスで機体連動試験をやっている。

 

 エヴァ実機を拘束して起動させるのだが、初号機と綾波は問題なく適合し、実戦でも十分動く数値を叩きだした。

 

 次は俺が零号機とマッチングだ、暴走したりしないよな? 

 LCL電荷、第一次接続が始まって虹色の景色が見え、俺の網膜に制御室が映った。

 

「初めての零号機、どうかしら」

 

 赤木博士に尋ねられた俺は、少し考える。

 

「違和感というか、誰かいる気配がする」

「シンジ君、気配ってどういうこと?」

 

 マヤちゃんが聞いてくるが、本当に気配がするのだ。

 ボロアパートの薄い壁を隔てた向こう側くらいの感覚で。

 俺のそんな感想をよそに、実験の項目は進んでゆく。

 

「シンクロ率、やはり初号機ほどは出ないわね」

「零号機さんも人見知りに入ってるんじゃないですか」

 

 リツコさんの感想に、俺は思わずそう言ってしまった。

 知らないオジサンが家に来て、ドアの陰に隠れちゃう小さい女の子のイメージだ。

 

「さっすがエヴァに話しかけてるシンジくん」

「アスカ、邪魔をしないで。ノイズが入るわ」

 

 機体連動試験をやってるアスカから音声通話が飛んできた。

 わざわざこっちを見てくれるなんて、よっぽど退屈なんだろうか。

 赤木博士に言われて通信を切るアスカ、退屈なら葛城三佐構ってやれよ。

 

「第三次接続、開始します」

「A10神経接続開始、ハーモニクスレベル、プラス20」

 

 いよいよ本格的に零号機と深くシンクロするわけなんだが、ヤバそうだ。

 綾波のイメージが頭の中に一気に流れ込んできた。

 来た来た来たッ! 

 人見知りするちびっこは、いつも一緒のママ以外の他人が“怖い”のだ。

 零号機さん、いつもの綾波じゃなくてすまんな! 

 

 結果から言うと、零号機は暴走した。

 あまり役に立たないロックボルトを引き千切って壁に頭突きかました後、制御室を殴りつけたらしい。

 

 病室で目覚めた俺はふと考える、アレって精神の未発達なエヴァがオジサンに話しかけられて泣き出すアレだったんじゃね。

 シンクロ拒絶って言うのはそういうことなんだろうなあ。

 まあ、あくまで俺のイメージだから零号機さんが本当はどうしたかったのか分からないけど。

 綾波を殺す、もしくはリツコさんを殴ろうとしたわけじゃないと信じたい。

 そんな事をベッドの上で考えていると、医官と作戦部員、技術局員が入って来た。

 医官の問診と心理テスト、事情聴取を受ける。

 まあ、零号機人見知り説なんて話したところで、鼻で笑われるだけなので「記憶にございません」の一点張りで行こうと決めていたわけだが、あっさり解放された。

 

 解放された俺は病院の自販機コーナーに立ち寄る。

 やっぱり、シンクロ明けはチープな香りのカフェオレだよなあ。

 カフェオレ缶片手にくつろいでいるところを葛城三佐に見つかって、「ケガ人はさっさと居室に帰れ」と怒られた。

 このテスト祭りが終わればすぐに、国連軍との合同演習が待っているからな。

 




イロウル、シンジくん視点では殆どバッサリカットだった。
書いてて思うのが、アスカと綾波って原作初対面で失敗していたんだろうなというね。



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実動演習と墓参り

 国連軍との実動演習はあっという間に始まり、一週間。あっという間に終わった。

 

 数日前、第三新東京市からほど近い東富士演習場で、戦闘団とともに仮想使徒と戦ったのだ。

 演習の想定であるが、富士宮方向より二足歩行の使徒(甲目標)が上陸して、第三東京へ接近中。

 迎撃態勢の整わぬネルフは前進し、国連軍陸上自衛隊とともにこれの侵攻を阻止する。

 国連軍側のイラストレーターが作画した“甲目標”であったが、第3使徒と第7使徒の合いの子みたいな二足歩行使徒の絵に俺は複雑なものを感じた。

 原作では、こんな分かりやすく()()()()()()()()()はもう出てこない。

 せいぜいエヴァを乗っ取る第13使徒、最強火力・戦闘力の第14使徒くらいか。

 第14使徒が相手の場合、一撃で待ち伏せの戦車大隊が蒸発して特科火力も効果ないから演習にならないよな。

 

 初日、開会式を富士駐屯地の体育館で行い、一時間前に予行演習をやった後に本番をやるという何とも懐かしい式進行を経験した。

 OD作業服の隊員たちに混じって、ネルフのベージュの制服と赤い制服が並んでいる光景に不思議なものを感じる。

 俺はというとチルドレン用のネルフ制服、礼服が無いので()()のOD作業服を着て出席した。

 国連軍側から「戦闘職種たるパイロットが中学校の学生服を着るのはやめてくれ」という要望があったとか。

 守るべき子供を矢面に立たせるようなのは、士気の低下につながるし広報的にもよろしくないという判断だろう。

 俺だって、できればアスカや綾波に痛い思いや辛い思いをしてほしくない。

 “戦友”として見ているところもあるけれど、やっぱり子供であり女の子なんだよな。

 彼女たちに聞かれたら、バカにしないで! と怒られるかもしれないけれど。

 

 二日目、演習場に業務天幕がいくつも張られ、中で葛城三佐や作戦課の課員たちが幹部自衛官たちと作戦会議をしていた。

 階級もない特殊な身分のエヴァパイロットは、初動対応の普通科連隊によって確保されて指揮所まで送り届けられる。

 先の第九使徒戦において、「混乱時のパイロット確保」と「伝達体制の強化」が議題に上がったためだ。

 憑依前の俺よりも若いお兄ちゃんの陸士、陸曹にエスコートされてやってきました前線指揮所。

 前線指揮所のモニターには甲目標のイラストが置かれ、観測ヘリが逐次情報を送ってくるという想定で状況が進んでいく。

 作戦図の上に張った透明のオーバレイにグリスペンで矢印や職種記号が描かれていく。

 ネルフでは使徒の侵攻ルートからなにから、ぜんぶディスプレイに動画で表示されているので新鮮に感じる。

 まあ、野戦で電気が潤沢に使えるわけもないしな。

 

 演習場のある“青地区”を使徒が通過する公算が高いので、そこで遅滞戦闘をするという方針が決まった。

 普通科、機甲科、特科の戦闘職種に加え、後方支援隊の隊員も整列する。

 

 “千車悉く快走す”(せんしゃことごとくかいそうす)

 

 戦車・火砲・エヴァ、いずれも兵站支援、人の手が無ければその性能を発揮することはできないのだ。

 

 戦闘団長兼第一戦車大隊長の命令下達を受ける。

 ミサトさんとは父と娘くらい年の離れたダンディな壮年の一等陸佐で、よく通る低い声で命令を発した。

 

 “第1戦闘団はエヴァンゲリオンと共に甲目標の侵攻を阻止、これを()()せよ”

 

 いっぽう研究機関あがりの武装組織であるわれらがネルフはというと、葛城三佐の命令で動くわけだがやることが「出撃して使徒と殴り合いしてね」という超シンプルなものだ。

 住民の避難誘導も、偵察による情報の獲得もほぼ国連軍側が実施する。

 エヴァンゲリオンの外部スピーカーで避難を呼びかけても、避難できない人も出るし収容できないから仕方のないことだ。

 アニメではケンスケとトウジをプラグに収容するという方法を取ったが、あくまで特殊例だろう。

 大体、逃げ遅れた独居老人のお爺ちゃんお婆ちゃんがLCLに満ちたプラグに入って無事に済むとは思えない。

 あれは若くて気道や肺が強い俺達でも気持ち悪くなるし、慣れるまではキツイ。

 それなら、乗り心地は悪くとも3トン半トラックの荷台や装輪装甲車(WAPC)に乗せて避難した方がマシだ。

 

 普通科やレコンの偵察オートが山中に展開して情報収集の後、集落より住民を収容していく。

 山中の集落にいる高齢者を3トン半や高機動車、WAPC(ダブリュー)などに分乗させて避難させるのだ。

 同時にレコンのC班を基幹とした火力偵察部隊が使徒に近接して情報を収集していく。

 無茶な話だが使徒の攻撃方法を解明するために、偵察警戒車(RCV)と戦車のコンビで威力偵察を仕掛けるのだ。

 25㎜機関砲と105㎜戦車砲で複数方向からチクチクと攻撃された甲目標は、怪光線を放った。

 偵察第一小隊が犠牲になったものの、使徒の攻撃手段が解明された。

 

 一方でネルフはエヴァンゲリオンを新厚木基地から空輸、空挺降下させた。

 もちろん、前日に東富士演習場内に搬入済みなのであくまで想定だ。

 地面に寝ているが40m級の巨人なのでめちゃくちゃデカく、目隠しのシートもとても大きい。

 近くに並べられた74式戦車4両くらいなら包めそうな大きさだ。

 露出させたプラグから乗り込み、電源車の支援を受けて立ち上がったエヴァは主力部隊と共に主戦場へと向かう。

 

「エンジン回せ!」

 

 一斉に鉄獅子がうなる。

 

「エヴァより、ホンマル。攻撃ポイントまで前進します」

「ホンマル、了解」

『エヴァの後方100を戦車前進、各車間長(かくしゃかんちょう)二車身(にしゃしん)

『戦車前進、前へ!』

 

 第一特科群の支援砲撃と航空部隊の攻撃の中、剣付きパレットライフルを持って初号機は前進する。

 

 初号機が後方の戦車の盾となり、突破口を拓くのだ。

 

 A.Tフィールドを中和しつつ戦車および各種火砲で圧倒、エヴァンゲリオンの突撃で甲目標は撃破される。

 演習の段取りが、普通科隊員をスケールアップさせたようなものだ。

 国連軍側の幕僚達も“巨大人型兵器”を組み込んだ部隊運用案に苦心したんだろうが、結局はこの形に落ち着く。

 最後の決は歩兵による白兵戦闘なのだ。

 

「ああああああああ!」

 

 最後、外部スピーカーをオンにして森の中の戦車道を走り、戦車射場の空中に銃剣を突き出す。

 

「ヤァッ!」

 

 裂帛(れっぱく)の気合を以て、使徒のコアを直突で穿つイメージだ。

 突きを放ち終わって残心しているところに森の中から、戦車が進出してきて状況が終わった。

 状況終了ラッパが高らかに鳴り響き、エヴァは徒歩で宿営地まで歩いて帰る。

 

 あとの二日は施設科や参加部隊総出で演習場整備だ。

 エヴァが踏み荒らしたところに土を入れ、施設隊のマカダムローラーが締め固める。

 ネルフ側も折れた木を除去したり、アンビリカルケーブル引きずった跡を丁寧に均す。

 重労働させられないエヴァパイロットはというと、本部の撤収作業を手伝ったり、配食のお手伝いだ。

 

「1、2、あーげ!」

「よし!」

 

 重量物を二人がかりで持ち上げ、トラックの荷台上にいる人に渡す。

 陸自では、担架やモノを持ち上げるときに掛け声は「あーげ」なのだ。

 受け取る時には「よし」と発声する。

 こうやって手搬送やってると、新隊員の頃を思い出すなぁ。

 

 天幕を畳み、折り畳み机や椅子、プロジェクターを3トン半の荷台に積み込んでゆく。

 参加部隊の若い陸士の子や、本管中隊の女性自衛官(ワック)のお姉さま方と一緒に作業をすると話も弾むもので結構楽しく作業をすることができた。

 何歳? と聞かれてから、使徒との戦いや、普段の生活について聞かれる。

 葛城三佐から、話していいラインとそうでないラインを聞いていたけどそこまで深く突っ込まれることはない。

 むしろ、自衛隊話の方が盛り上がった感はある。

 俺もエヴァ世界の国連軍自衛隊の現状とかあるある話を聞いて、世界は異なれどみんな似たような経験しているなと親近感を覚えた。

 ネルフと戦自および国連軍の仲は悪いが現場レベルだと交流があるもので、戦自の話も聞くことができた。

 

 分化した()()自衛隊は四自衛隊のなかでもちょっと毛色が違うらしい。

 セカンドインパクト後の混乱期に創隊されたあそこは一部を除いて旧軍、昭和の自衛隊のようだという。

 話すうちに俺の中で戦略自衛隊のイメージが旧劇に登場した黒い装備の特殊部隊から、復員兵が居たり、フリーターとかが街頭徴募された時代、浅田次郎の『歩兵の本領』になってしまった。

 そういや、鋼鉄のガールフレンドで陸上巡洋艦(トライデント)操縦手の養成施設の話があったな。

 ……脱柵(だっさく)未遂がバレて、内務班でボコられるようになって脱柵してしまうんだったな。

 あのゲームの脱柵、トライデント乗り逃げ事件って時系列いつなんだろうか、完全パラレル時空かな。

 ムサシ、ケイタ、マナの三人に会ってみたいような気もするが、それ即ち営内の環境がクッソ悪い部隊が存在してかわいそうな奴がいるので、居なければ居ないで良いんだが。

 

 最終日の昼過ぎに閉会式が行われ、合同演習はつつがなく終わった。

 閉会式のあと、幹部自衛官や戦略自衛隊からの派遣武官と共に体育館で会食をした。

 ところで、俺の隣で愛想笑いしている葛城三佐はなんなんだ。

 会食会場の雰囲気とあいまって、入隊式に来た()()()()()()()みたいな雰囲気醸し出してるけど。

 「ウチのシンちゃんをよろしくお願いします」とか言っちゃってまあ……。

 元がいち陸士だった俺は緊張しっぱなしだったが、わりと親しげに話しかけてもらい和やかな感じで会食は無事に終わった。

 

 

 

 合同演習を終えて第三新東京市に戻ってきた俺を待ち受けていたのは、碇ユイの命日とゲンドウとの対面だった。

 

「シンジ君宛にお父さんから伝言よ、お母さんの墓で会おうってね」

 

 リツコさんと話していて、サラッと出てきた。

 アニメで見ただけで、墓の位置を知らない俺はリツコさんに場所を尋ねることになった。

 事情を知ってるリツコさんだけあって経路までわざわざ教えてくれる。

 好きな男が未だに囚われている亡き妻の事なんで話したくもないだろうに……。

 

 死人は遺された者の中で美化され、ずっと残り続けるんだ。

 

 「月も太陽さえなくなってもエヴァは、人の生きた証は残ります」って言うけれど俺には分からない。

 数千年先の知的生命体なんて知ったこっちゃないよそんなの、目の前の息子と不器用な旦那置いて行くなよ。

 原作でもいまいちよく分からない碇ユイの事を考えると腹立ってきた。

 そんな妻の事を考えながら赤木母娘に手を出したゲンドウにも複雑なものを感じる。

 心ここにあらずで抱かれて、ゼーレの老人共の前に晒し者にされてなお想い続けるような一途さ。

 リツコさんには幸せになってもらいたいけど、あの親父じゃなあ。

 墓標の場所を教えて、どこか寂しそうに笑う彼女に俺は何も言えなかった。

 

 

 原作シンジ君が恐怖の象徴であって愛を求める対象であるゲンドウと会う事に思い悩み、同居するミサトさんに「逃げてちゃダメよ」とブーメラン説教されている頃、俺は何故かアスカの部屋に呼び出されていた。

 俺の仮眠用兼指定席化したリビングのソファに腰かけ、対面に座るアスカと話す。

 

「で、アスカは洞木姉ちゃんの知り合いの先輩とデートすることになったと」

「ヒカリの頼みだから、断れなかったのよね」

「で、俺はどうしたらいいんだ」

「アンタには、アタシの虫除けになってもらおっかな」

()()()ね、蚊取り線香の真似事でもすればいいのか、火の無いところにはなんとやらで」

「……べつに、良いわよアンタなら。でも、本命は加持さんなんだから」

 

 クラスで俺とアスカが付き合っているか親密な関係にあると思わせることで、告白やらデートのお誘いの頻度を少なくしようという提案だ。

 ジョークひとつ飛ばしたはいいが、アスカの声色が急に変わった。

 まるで、何かを自分に言い聞かせるように。

 ああ、最近“お仕事”で不在の加持さんとミサトさん、リツコさんで同期の結婚式参列か。

 加持さん、たぶん酔ってベロンベロンになったミサトさんを介抱するんだろうなあ。

 同居してないから、そのまま泊まりという事もありうる。

 アスカはそれが薄々わかってるからこんなにアンニュイな雰囲気を醸し出してるのか。

 

「シンジ、キスしよっか」

「なんで」

「退屈だからよ、それに、煙を立てるにはキセージジツってもんがいるのよ」

「退屈しのぎにやるもんじゃないよ」

「怖いの?」

「ああ、本命がいるって言ってる女の子と“流れで”なんてロクなもんじゃないね」

「いくじなし」

 

 ジョークが原因かこれ、拗ねてしまったアスカは襖の向こう側に消えていった。

 俺の中でアスカはまだ子供だ、気を惹くためにこういう誘い方しかできないのはわかるが、応えてやれないんだよ。

 加持さん、リツコさん、アスカ、ミサトさん、最近、愛憎劇に巻き込まれてる気がするな。

 

 

 

 その日は朝からよく晴れていた。

 アスカは水色のワンピースを着て遊園地デートに行き、俺も部屋に帰ると学生服を着る。

 バスを乗り継ぎ、山奥の集合墓地にやって来た。

 整地された丘に見渡す限りの墓標、セカンドインパクト殉難者の碑というモニュメントにはカバーストーリーの隕石衝突とその後の混乱の様子が記されていた。

 殉難碑を横目に剣の山を思わせる墓標の間を行く。

 

 よく見慣れた共同墓地と違い、通路が無いのでめちゃくちゃ歩きづらい。

 人の墓を踏みつけにしていたらどうしようとビクビクしながら歩いていたが、よく見ると骨壺を入れるスペースも無いことに気づいたのだ。

 この広大な墓所は氏名こそわかったものの、遺体が無い人々のものなのかもしれない。

 

 ようやく見つけた碇ユイの墓石の前に花を手向ける。

 そこにゲンドウ(オヤジ)が現れた。どっから歩いてきたんだ。

 

「3年ぶりだな、二人でここに来るのは」

「そうだね、でも、ここに母さんが眠っているとは思えないんだ」

「ああ、墓はただの飾りだ、遺体もない」

「父さんにとって、母さんはどんな人だったの?」

「ユイは私にかけがえのない物を教えてくれた(ひと)だ」

「そうなんだ」

「その事の確認をするために、ここに居る。今はそれでいい」

 

 俺シンジ君にとっては初めてで、3年ぶりでも何でもない。

 しかも、母親の魂がエヴァンゲリオンの中にある事を知っている。

 騙しているようで心苦しいが、俺はシンジ君として聞きたいことを尋ねた。

 あいかわらず、ゲンドウと目線が合わない。

 しかし母の事を語る父親は懐かしむような、それでいて感傷に浸るような声色だ。

 

「そのかけがえのない物に、息子は含まれなかったの?」

「……ああ」

「すべては愛した人のためで、子供はそのオマケなのか」

 

 俺の口からスラスラと言葉が出てくる。

 原作知識とかそんなの無しに、どうしても言わなきゃならない気がしたのだ。

 

「……私は全てを背負うことができなかった」

「そうかよ」

 

 ゲンドウはユイ亡き後、子供と向き合うのが怖くて距離を取っていただけじゃねえか。

 ようは妻の事で頭一杯、母なき息子と接することができなかったと言っているだけだ。

 

__不器用なオヤジは、どこまでも口下手で臆病だったのだ。

 

 そこに、ジェットエンジンの甲高い音が響き渡り、ネルフ保有のVTOL輸送機がやって来た。

 

「時間だ、先に帰るぞ」

「そうか、またね」

「……ああ」

「それと、父さん! 綾波によろしく」

「ああ」

 

 後席の窓に綾波が見えたので手を振る。

 小さく手を振り返してくれた。かわいい。

 ゲンドウは尾部のランプドアから乗り込み、あっという間に飛び去っていった。

 

 J.A完成式典に行った時に乗ったけど、めちゃくちゃ乗りづらいなあいつ。

 リフトエンジンの真横のランプドアで乗り降りするというけったいな機種である。

 やかましいし、噴き出し口が地面に近いせいで跳ね返ったジェット流に両側から揉まれるのだ。

 土埃と小石が飛んできて、目が痛い。

 ゲンドウはどうしてあの機体を送迎に選んだんだろうな、俺がネルフの輸送機で墓参りに行くならCH-53Eにするね。

 ひとり、墓地に取り残された俺はVTOL機での墓参りについて考えながら、部屋に帰った。

 

 

 

 翌日、学校に行くと背中から声を掛けられた。

 

「シンジ! グーテンモーゲン!」

「グーテンモーゲン」

 

 アスカが手を振っていた。

 おい、いつもの「碇くん」はどうしたんだアスカ。

 まさかのファーストネーム呼び捨てに教室が騒然とする。

 

「えーッ!」

「マジかよ!」

 女子も男子も驚愕し、俺とアスカの方を何度も見比べる。

 そこにトウジがやって来た。

 

「なんや惣流、いつもの猫は被らへんのか」

「うるさいジャージ」

「うるさいとはなんや! ワシはセンセが絡まれとるから、助けたろうっちゅー思いやりや」

 

 今までの清楚キャラを投げ捨てて素を出したアスカと、トウジが対決する。

 

「ちょっとアスカ! 鈴原ッ! 碇くん、何とかしなさいよッ!」

 

 洞木委員長は親友と好きな人の間に挟まれた結果、この事態を引き起こす要因を作ったであろう俺の方へと飛び火させてきた。

 

「えっと、アスカ、今日はやけに元気だけど、どうしたんだ?」

「シンジとアタシの仲じゃなぁい! もうっ!」

 

 腕を組んで来るアスカに教室と廊下の雰囲気がヤバい。

 

「いやーんな感じ!」

「センセ、まさか……惣流の色香に惑わされたんか!」

 

 ケンスケはメガネを輝かせているし、トウジもダメだ。

 俺の学校生活終わった、さよなら男女ともに人気のシンジ君。

 アスカの自爆テロじみた“虫除け”作戦の衝撃効果は絶大だった。

 しかし、驚きも時間経過とともに受容に変わり、下校前にはある風説が流布されるようになっていた。

 

 “碇シンジは、惣流・アスカ・ラングレーと付き合っているらしい”

 

 それでも普段からの付き合いがあるだけに、クラスではやし立てられたりはするもののシメられたりはしなかった。

「碇なら仕方ないよな」とか「俺のアスカちゃんがこんな子だったなんて……ファンやめます」なんていう声も聞く。

 あと、女子の一部は声優結婚コピペみたいなのやめてくれよ、怖いから。

 

 ネルフ本部への道すがら、アスカに尋ねる。

 

「アスカ、虫除けって言ってたけど、派手過ぎない?」

「いいのよ、あれぐらいで」

「……昨日、なにがあったんだ?」

「加持さんとミサトがね、夜遅くに……」

「あっ」

 

 俺は全てを察してしまった。

 アスカは加持さんとミサトさんがヨリを戻したことに気づき、失恋したのだ。

 だからこそ、今日は朝からカラ元気でこんなパフォーマンスに打って出たのだろう。

 これが原作のようにシンクロ率やハーモニクスに響かないといいよなぁ。

 




エヴァ世界でよく見る重戦闘機・ネルフ輸送機、あれ射出座席がついているらしいが作動シーンを見たことが無い。
使徒(エヴァ)との戦闘では即死か否かという世界らしい、ハードだ。


用語解説

車間長・2車身:車間距離、2車身とは車両2台分の距離。全長9.4mの74式戦車なら20m前後。

千車悉く快走す”(せんしゃことごとくかいそうす):『機甲かくあるべし』の一節で、快走とは単に走る事ではない、最大限の性能を発揮するためには乗員、補給整備含めた人々のチームワークが無くてはならない。

RCV:87式偵察警戒車、6輪の偵察車両で25㎜機関砲と連装銃(車載機関銃)を有するレコンの威力偵察担当。戦略自衛隊も保有しているようだ(Airにて師団長の後ろにいる)

脱柵:自衛隊用語=脱走。所属部隊で捜索が行われ、捜索費用が本人に請求される。


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出口のない海

 ハーモニクステスト二日目、今日も俺たちは丸一日テストプラグにカンヅメだ。

 綾波はまあまあの数値をキープしている。

 一方、俺はというと右肩上がりでアスカの数値に近づいていた。

 零号機に乗って、エヴァの意志に触れてから接し方を変えてみたのだ。

 “お願い”から友人のような気安い感じに呼びかけてみる事にしたところ、急に数値が上がったからビックリだ。

 最初の頃、俺は偽シンジとして初号機にとり殺されたらどうしようと戦々恐々としていたもんだ。

 それで“お願い”だったわけだが、対等の立場に立ったような感じで話しかける。

 「さあ行くよ、アダムの分身。おいで、リリンのしもべ」そんなカヲル君のような対話方法が効いてしまったのだ。

 もちろん口にはしない。

 あんなセリフはカヲル君が言うから良いわけで、俺シンジ君じゃ痛いだけだ。

 さらに“アダムの分身”なんてヤバいワードを口にしたが最後、リツコさんやオヤジに捕らえられてしまい地上に戻れなくなるか、そっちの世界に引きずり込まれるか……恐ろしい。

 

 さっ、今日もよろしく、初号機ちゃん。

 今日も訓練の時間だぞ。

 

「シンジ君、数値が伸びてるわ。どうしたの?」

「零号機に乗ってから、対話のやり方を変えてみたんです」

「シンジ、また、エヴァと会話してるっての?」

「そう、声は聞こえないけど、応えてくれてるんじゃないかな」

「それ、アンタの妄想じゃないの」

「アスカ、シンジ君の数値が一回ごとに5から7上がっていくのよ」

「うそっ! それじゃアタシもうかうかしてらんないじゃない!」

 

 どうやら、思った以上に数値が伸びたらしく赤木博士に尋ねられる。

 それを聞いたアスカが茶化すように、それでいて何かを探るように聞いてきた。

 俺はアスカに原作のようになってほしくないがゆえに、まだ余裕のあるうちから色々と伝えている。

 綾波もそれを聞いて、「心を開かないと、エヴァは動かないわ」と言った。

 今のアスカはそれを聞いて、怒りだすでもなく「やれやれ、またオカルト話ぃ?」とでも言わんばかりの対応だった。

 そんな俺達と、エヴァが何であるのか大体の所を知っている赤木博士はあっさりだ。

 

 技術面では蚊帳の外でありただの立ち合い業務のミサトさんは、いまいち会話の内容が分かっていないようだ。

 

「シンジ君、エヴァに意志があるって言うの?」

「日本は八百万(やおよろず)の神が居るんです、だんじり、戦車だって入魂式で()入れるんだから」

 

 新車が部隊にやって来ると入魂(にゅうこん)式をするし、用途廃止で部隊を去るときには脱魂(だっこん)式をやるのだ。

 新年行事じゃしめ縄が取り付けられ、お神酒をお供えされる。

 アニミズムがあり、仏教や神道といった多神文化もある我が国の特色であろう。

 最近、日本文化に影響を受けつつあるアスカは俺を見て日本人の精神性を探っているらしい。

 

「戦車はわかるけど、だんじりって何よ?」

 

 ここで質問を入れてくるアスカ、ドイツに“だんじり”は無いからどう説明したものやら。

 カーニバルの山車(だし)と日本の山車は違うからなあ……今度、神社にでも連れて行こうかな。

 

「パレードで出てくるようなやつを『そーりゃ』言いながら街中で引き回す祭りだよ」

「『るるぶ』でもだんじりは大阪の祭り、泉州民の秋の象徴と言われているわ」

「ケルンのカーニバルみたいなものね!」

「神降ろしの行事だからちょっと違うけど……ああ、異文化コミュニケーションって難しい」

「セカンドインパクト前の行事に詳しいのね、シンジ君」

「レイも最近、シンちゃんの影響受けて変なことばっかり詳しくなって」

「いいじゃない、知識があると世界は違って見えるわよ」

 

 赤木博士はパンパンと手を叩くと、テストに集中するように促した。

 

「知識があると世界は違って見える」か、これはリツコさん自身のことを言ってるんだろうか、それとも加持さんとミサトさんの繋がりを知ってて言ってるんだろうか。

 もっとも世界観変わるような真相、ウラ話の類に楽しい話ってほぼ無いけどな。

 テスト終了までに俺のハーモニクス数値は緩やかに上昇していた。

 

 

 翌日、テストお疲れ会と称してアスカや綾波と喫茶店でコーヒーを飲んでいた。

 もちろん、俺のおごりだ。

 メニュー表を見て、どれにしようかなと悩む二人におすすめを伝える。

 俺はいまや高級品となったベトナム、ランソン産のコーヒーだ。

 セカンドインパクト後、コーヒーの産地はガラリと変わってしまってリツコさんへの贈り物の際も悩んだが、ベトナムのコーヒー豆は健在だったのだ。

 俺は“ベトナムコーヒー”の店を探し、この店に辿り着いた。

 練乳をカップの底に注ぎ、組み合わせフィルターで5分かけて抽出された苦いコーヒーを注いで甘く作る“カフェ・スア”を楽しめるのはここだけだろう。

 もちろん、それ以外のメニューもあって軽食も楽しめる。

 

「アンタ、よくそれ飲めるわね」

「俺はブラックも飲めるけど、シンクロ明けは甘いコーヒーに限るね」

「碇くん、甘党だから」

「アスカはアメリカンだから早いよね」

「“アメリカン”って何かと思えばうっすいコーヒーじゃないの、“ウィークコーヒー”ね」

 

 アスカの国籍がアメリカ合衆国……という事ではなく“アメリカン”という和製英語のコーヒーを頼んだのだ。

 どこの喫茶店にもあるソレはシンプルゆえに豆や焙煎、淹れ方によって当たり外れが大きい。

 この店はお湯で割るんじゃなくて“浅煎りの豆”で出してる。当たりだな。

 アスカは“ウィークコーヒー”と言うのが向こうでの主流よ、とマメ知識を教えてくれる。

 そして、コーヒーと共にイチゴの高いパフェを注文しご満悦だ。

 綾波はというと“紅茶”とフレンチトースト、目玉焼きのセット“モーニング”を昼に頼む。

 一度、リツコさんのところで俺に倣ってコーヒーを飲んだ時にとても苦かったらしく、紅茶党だ。

 最近ではコーヒーメーカーの隣に綾波用のティーバッグが常備されている。

 黄金色のフレンチトーストをナイフとフォークで切り分けて食べる様は、さながら良家のお嬢様だ。

 

 ゆったりとした時間が流れ、今日は気分よく休めるなと思ったその時、非常呼集が掛かった。

 フレンチトーストと紅茶のセットを楽しみにしていた綾波も、イチゴパフェに喜んでいたアスカも泣く泣く店から駆け出す。

 こっちは午後からの半休楽しみにしてたんだぞ! 

 俺は三人分のお代をマスターに渡して、店の前に回してもらった業務車のライトバンに飛び乗った。

 

 不思議な模様の球体が宙に浮いていた。

 ハチの巣みたいな白黒のソイツは、富士の電波観測所、国連軍のレーダー網にさえ感知されず突如出現したらしい。

 A.Tフィールドもパターンオレンジ、MAGIも使徒かどうか分からないので()()という回答を出した。

 住民の避難が進むと同時に百里から要撃機が上がったそうで、場合によっては威力偵察も実施する。

 

 第12使徒は球体ではなくその下の影こそ本体なのだが、破壊方法が限られている。

 うろ覚えだけど、全人類が持つN2兵器990発くらいの爆発エネルギーを以てして破壊。

 エヴァの暴走にすべてを賭けて突入し、内部より虚像の球体を引き裂いて帰還。

 ダメだ、いい案が全く持って浮かばないし、奴の特性を伝えることもできない。

 

 “目標に対し威力偵察を実施、可能であれば市街地外へと誘導して、これを撃破する”

 

 葛城三佐の命令下達の後、エヴァンゲリオンは地表に射出された。

 武装としてはアスカが新武装“スマッシュ・ホーク”破砕斧、綾波はスナイパーライフル。

 そして俺の武器は、閉所で取り回しがいいという触れ込みのエヴァ用拳銃(ハンドキャノン)になりそうだったので、市街地でもパレットライフル改を使わせてくれと頼みこんだ。

 どうせ効かないのはわかってるけれど、銃剣があるか無いかで安心感が違うのだ。

 ところで、先行する1機を残りが援護というけれどアスカが()()()()()()()()()の装備だな。

 原作なら「ユーアーナンバーワン」シンジ君が突出し、アスカが援護に回っていたけど今回はそうじゃない。

 どんな手を取るにしたって原作知識で説得できない以上、意見具申のための材料が全くないのだ。

 未知の使徒の正体を言い当てたうえ、攻撃手段がN2爆雷しかないので国連軍に要請してくださいなんて言えない。

 仕方ない、“上官の命令に従う義務”に反するけれどやるしかない。

 

「葛城三佐、近距離戦やらせてもらえませんか?」

「はぁ、そんなのアタシがやるに決まってんでしょ」

「シンジ君、アスカだってエヴァのパイロットなの、いいとこ見せたいじゃない」

「アスカが勇猛果敢、成績優秀なのはわかります、でもよく分からない敵の相手は俺がやりたいです」

 

 俺の“特攻”志願に、葛城三佐と赤木博士は顔を見合わせる。

 功名心から言い出したものではなく、眦を決した俺に何かを感じたのか赤木博士が問いかけてくれた。

 

「何か気付いたの?」

「あいつ、建物をすり抜けています」

 

 あの大きさの球が低空を漂っているにもかかわらず、ビルひとつ壊れていないのだ。

 

「すり抜けってどういうことなの」

「ビルと接触してもビルが壊れていない。あの球は実体があるかどうかわかりません」

「だったら、なおさら近距離戦をさせるわけにはいかないわ」

「僕がやらなきゃ、何かあった時にリカバリーが効きません」

 

 葛城三佐は「わかるでしょ」と目で訴えてきている。

 でも、やるしかない。

 ゲームではプレイヤーキャラが零号機や弐号機でも、初号機と同様の“使徒引き裂きスチル”と共に帰還する。

 だけど、現実となった世界で零号機や弐号機が使徒を引き裂いて出てきてくれるとは限らない。

 それは初号機も同じだけど、なによりアスカに綾波に辛い思いをさせたくない。

 

「シンジ君、危ないのはみんな一緒よ、もうちょっと二人を信じてちょうだい」

「そうよ、アンタばっかりにイイカッコさせてらんないのよ」

「わかりました」

 

 葛城三佐は、“男の意地”で女の子を庇ってるだけだと思っているようだ。

 アスカもそう思っているのか、「安心しなさいよ」なんて言ってる。

 違う、女の子だからかばうわけではない。

 もし、原作シンジ君が俺と肩を並べて戦ってたとしても、俺はシンジ君の前に立つ。

 

 ヤツは精神感作に影響を及ぼしてくる類の使徒で、トラウマ持ちのチルドレンが取り込まれると極めて危険なのだ。

 「だからどうした」と割り切った、開き直った姿勢が取れる大人でもなければ延々と自分の過去と対話していくうちに、精神が毒に侵される。

 レイもヤバいけどアスカなんか覿面だろう。絶対に守り抜く。

 

 空自のF-15Jが8機飛来した。

 通常の国籍不明機に対するスクランブル発進の装備ではない。

 空対空誘導弾装備機とMk.82無誘導爆弾を装備した対地支援仕様がペアで、使徒への初動対応である威力偵察に特化した編成だ。

 

『こちらは国連空軍所属、航空自衛隊です、現在より威力偵察を行います』

 

 ネルフ側にそう告げると機体は緩降下し、20㎜機関砲が火を噴いた。

 ブォーンという射撃音が遅れて届くころには、向こう側のビルが土煙に覆われていた。

 

 全弾命中せず。 

 

 使徒が一瞬消えた? と皆が感じた次の瞬間、足元に黒い影がじわりじわりと這い寄って来た。

 それはまるでどす黒い廃油の入ったオイルパンを床にひっくり返した時のように。

 

「アスカ、綾波逃げろ! 走れるところまで走れっ!」

「どうしたのよっ!」

 

 俺の叫びにアスカと綾波が駆け寄ってこようと向きを変える。

 同時に日向さんの声が聞こえた。ヤツの虚数空間回路が開いたんだろう。

 

「パターン青っ! 使徒です!」

 

 初号機はもう間に合わない、痛みこそないけど足首まで浸かった。

 命令無視、独断専行する手間が省けたぜ。

 黒い液面に数発射撃したが、地表面に弾着している様子はない。

 

「こっちに来るな! 二次遭難だっ!」

「シンジッ! バカっ、なにやってんのよッ」

「碇くん、いま助けるからっ、キャッ!」

 

 俺はパレットライフルを、弐号機と零号機の方目掛けて射撃した。

 道路舗装が捲れ、電源支援ビルを穴だらけにし、流れ弾の一部がエヴァに当たったかもしれない。

 こんな事は、やりたくなかった。

 もう、腰まで浸かってやがる。

 プラグ射出信号、内部操作も受け付けない。

 

「シンジ君!」

「ミサトさん、リツコさん、あと頼みます」

 

 最後に見た光景は、俺と共に沈みゆく街並みの姿だった。

 

 

 

 

 パルス・ドップラー・レーダーもアクティブソナーもどちらもダメ、光学センサも真っ白。

 プラグスーツの生命維持装置も残り16時間、それを超えるとここが俺の()だ。

 真っ暗っていうのは精神的に来るもので、時々プラグスーツの生命維持装置のインジケータを眺める。

 緑、オレンジの光が見えてるうちはまだ、俺は生きている。

 

 暗闇でパニックを起こすな、平静に。

 そうだ、まるで小説のようじゃないか。

 憑依する前に見た、映画だ。

 

『出口のない海』

 

 野球部の大学生が学徒動員で人間魚雷の搭乗員になる話だ。

 並木(なみき)という名ピッチャーが肘を壊して、次の大会に出るまでの間に開戦した。

 海兵団を経て対潜学校に入校の後、回天隊に配属となる。

 そこに元A大学の野球部員が集まり、日々苦しい錬成を受ける。

 並木が目指した“再び魔球を投げる日”は来ない、回天は必死“必ラズ死ス兵器”なのだから。

 出撃するも、艇の故障により発進不能で死に損ない、発進した同期の最期を見送る。

 回天母艦の帰還後、馬場大尉含む周囲に責められつつも最期の訓練艇航走で海底に突き刺さる。

 遺言を書き、特眼鏡で海中を覗いて減りゆく酸素の残量を気にしつつ何を思ったのか。

 そして、艇内から見つかった『魔球完成』そう書いた出征時の寄せ書きのボールのみが遺された。

 

 __一糸乱れず、たじろがず、従容(しょうよう)として職に死す。

 

 それは『第六潜水艇の遭難』か。

 改ホランド型潜水艦“第六潜水艇”がガソリン動力半潜水訓練中、通風筒から浸水し浮上できなくなる。

 同様の事故が諸外国で発生した際、ハッチの前で我先に出ようともみ合い折り重なって死んでいた。

 一方、第六潜水艇を浮揚してハッチを開くと佐久間勉(さくまつとむ)艇長以下乗員十四名は最期まで持ち場を守って死んでいた。

 佐久間艇長は事の次第と部下の遺族を思いやる遺書をガソリン蒸気満ちる司令塔で記し、この事故によって萎縮することなく潜水艦技術の発展に努めてほしいと記していた。

 “沈勇”として国内、国外に美談として知られることになったわけだ。

 

 俺もこのまま死んで、サルベージされたら……やばい、()の連想ゲームに陥りつつある。

 

 

 インジケータが俺の命の残りを知らせてくれる。

 生命維持モードにして12時間、あと4時間足らずで俺の命は尽きる。

 もう時間の感覚が無い、アスカと綾波は今頃どうしてるんだろうな。

 リツコさん、N2集中爆撃を提案して殴られてなければいいけどな。

 

 

 

 もう眠っているのか、起きているのかすらわからない。

 血生臭さに目が覚める、LCLの濁りからして加圧ろ過と浄化が止まってしまったんだろう。

 まだ二酸化炭素浄化機能はあるみたいだが、それも時間の問題か。

 

 

 

 

 

 気付けば、俺はグレーの部屋にいた。

 無機質なロッカー、クリーム色のフランスベッド、そして茶器棚。

 生活隊舎の居室か、ついこの間の合同演習の外来宿舎でも見たな。

 茶色の毛布でベッドメイクされている二段ベッドに腰かけている少年がいた。

 男子フィギュアスケートの選手を幼くしたような風貌の美少年だ。

 

「君は誰だ」

「碇シンジ」

「それは俺、ではないよな」

()()だよ、人は二人の自分で出来ている物さ」

「二人、ねえ。他人に見られる自分とそれを見る自分だっけか」

「それ以外にもいるよ、他人の中の碇シンジが。でも君が恐れているのはそれじゃない」

「どういうことだ、結論から言え。回りくどいんだよ」

「子供が空気読まずに軍事用語を口にしてるのって相当浮いてて気持ち悪くない?」

 

 線の細い美少年は、どこにでもいるパッとしない顔の28歳のオッサンに早変わりした。

 グレーの作業服に“サービスマン”と言う名札がついている、建機会社の整備士だ。

 

「君は“碇シンジ”を演じてこの男であることをひた隠そうとしているんだ」

「ははは、バカだなあ。俺の姿がこんな元自の建機会社社員だからって動揺すると思ったのかよ」

「そう、君は過去の過ぎ去った時間の自分を演じて、それを碇シンジと言い張ってるんだ」

「だからどうしたんだよ、人はその時その時に合わせて姿を、役割を変えていくのが普通なんだよな」

「それが“碇シンジ”にそぐわなくても?」

「元のシンジ君なら、内向的で人の顔色ばっか窺って、それで愛に飢えてるんだろうさ。でも、そうはいかない」

「本当に?」

「ああ、俺はね……戦うと決めてからいろいろ思い出したんだ」

「何を?」

「中隊長要望事項、『らしくあれ』」

「何を言ってるんだい?」

「戦闘職種の誇りを持ち、一度制服を纏ったからにはいつでも、()()()()()自衛官らしくあれってな!」

「じゃあ、君らしさはどうなんだい、自分が無く役割にすがって生きている」

「群体で社会を作る人間ってそんなものだ、サラリーマン、公務員、無職だったって父、母、息子、亭主、妻、いち国民、何らかの社会的役割で生きてんだよ」

「じゃあ、自衛官じゃない君は、何者なんだい?」

 

「俺は、()()アラサークソオタク、現エヴァパイロット、碇シンジだ!」

 

 “誰か”に啖呵を切ったけど、いよいよこの時が来たか。

 

 時間切れ。

 

 寒い、手足が動かない。

 海ゆかば水漬く(かばね)、エヴァ乗ればLCLでふやけ切った屍か。

 ああ、これまでか。

 悪いな、相棒。

 せめて、お前だけでもサルベージしてもらえよ。

 リツコさんなら……なんとか、してくれる。

 

 “まだ、おわってないよ”

 “生きて、あきらめないで”

 

 暖かいなあ。

 誰かに抱きつかれるような幻覚のあと、俺は事切れた。

 

 

 

 

__死んだはずだよシンジさん、生きていたとはお釈迦様でも知らぬ仏のなんとやら。

 

 ディラックの海の出口は、エヴァが拓いてくれたのだ。

 

 気が付けばいつもの病室にいた。

 最近そんなのばっかりだよな。 

 むしろ病院送りにならないほうが珍しくないかエヴァって。

 今回ばかりはマジで死ぬ一歩手前とあって、体の節々が痛い。

 首をコキコキ鳴らしながらベッドから起き上がると、病室のドアがスッと開いた。

 

「綾波さん?」

「まだ、起き上がらないで、後は私たちで処理するわ」

 

 俺が事後処理に参加しようとしていると思ったのだろうか。

 綾波は真っ赤な瞳で俺を見つめると、つかつかと近寄ってきてベッドに押し返そうとする。

 

「あっ! レイ、アンタ速いのよ……って、シンジ!」

 

 うしろからやって来たアスカにしがみ付かれ、ベッドに倒れ込む。

 

「アスカ、綾波、お疲れ様」

「バカ、アンタ馬鹿よ、あたしたちを置いていって」

「碇くんが消えてから、アスカはずっと泣いてた」

「何言ってんのよ、アタシは泣いてなんかなかったわ。むしろリツコに詰め寄ってたのアンタじゃない」

「赤木博士は作戦を考えてたから、その確認」

「どこの世界に目を潤ませて、作戦の確認するやつがいるのよ!」

「あなた」

「うがーッ!」

 

 アスカも綾波も、ミサトさん、リツコさんも必死だったんだな。

 原作シンジ君の真似事は出来なかったけど、“俺”は“俺”でやっていくよ。

 綾波とアスカのじゃれ合いをBGMに、そう俺は決意したのだった。

 その直後、医療スタッフが駆け込んできた。

 

「碇さんと見舞いの方、静かにしてください!」

「すみません」

 

 病室の騒がしさが、あの孤独で暗いプラグから出てきた俺には眩しく感じた。




これを書き終わった後に気づいたが、無意識で『出口のない海』の影響を受けすぎてるようなところがあった。
エントリープラグがひとり乗りの棺桶に思えてきたのが悪いんや……。
ベトナムコーヒーの出る喫茶店の名前が“喫茶ボレロ”だったりはしない。

執筆途中で原作小説読んでて“ボレロ”のマスターが主人公に「心の中にはもう一人の自分が住んでいる」って言ったシーンなんか、今話のための話のように感じた。

戦中歌やら精神教育で受けた講話やら、色んなもののちゃんぽんがこの話になります、お付き合いありがとうございました。



用語解説

入魂式:戦車部隊に新車がやって来ると行われる行事。また、部隊安全祈願などもやる時がある。

新年行事:『訓練始め』では戦車の操縦手ハッチ付近にしめ縄を付け、お神酒を供えてやり部隊員集合で記念撮影を行う。

脱魂式:用途廃止(リタイア)する戦車を送る時に行う式。長年部隊と共に戦ってくれた彼らの魂を乗せたままスクラップにするのは忍びないので感謝を込めて行う。ナナヨンちゃんありがとう。

カフェ・スア:ベトナムのコーヒーの飲み方の1つ。かつての宗主国フランスのコーヒー抽出法で煎れられたベトナムコーヒーは濃く出て苦すぎるので、保存性もよい練乳が用いられる。カップに白い層と黒い層が分かれ、撹拌すると甘いコーヒーが出来上がる。マックスコーヒーに近い。

第六潜水艇:1910年4月15日、広島湾阿多田島沖でガソリン動力で半潜水航走訓練中、角度を誤ったか通風筒から海水が侵入、スルイスバルブという防水弁の作動チェーンが切れてしまい手で閉めたが時すでに遅く、六号艇は海中へと沈む。14名の艇員は持ち場を守り、うち2名は最期まで破損個所の修理に努めていたようだ。後に『第六潜水艇の遭難』という歌にもなった。

要望事項:ある程度の部隊の長になると、要望事項が標語のように事務所に掲示される。連隊長要望事項や教育隊長要望事項、中隊長要望事項といろんな長がそういうのを持っている。


教育隊長要望事項『積極真摯』
区隊長要望事項『もっと前へ!』
班長要望事項『正直者になれ』

といった具合に並んで掲示されて、内容によっては温度差に笑いそうになることもある。

らしくあれ:ある中隊長の要望事項で、自衛官が“武器を持っただけのそこらの兄ちゃん”と違うのは自衛官らしくあるためで、常に規律心、部隊への愛着、仲間との団結意識を持ってほしいというものである。また、自衛官に一度なると退職後も“元自”という肩書がついてくるのだから退職後も行状を正し、マスメディア等で『元自衛官の男』と晒し者になるような不名誉な行動をとらないで欲しいという願い。


海ゆかば:大伴家持の歌を旋律に乗せて演奏した物、「海で死亡、山で死亡、でも大君のためであり、何を後悔することがあるだろうか」という歌。戦時中広く歌われ、鎮魂歌としても知られるようになった。『海ゆかば水漬く屍、山ゆかば草むす屍』は音の響きから当時の軍歌などにも一節が取られていたりする。 例:まるゆ部隊の歌(海ゆかば、波に散る~)等




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帰って来た男

 小会議室のモニターにパレットライフルを乱射し、沈みゆく初号機の姿が映る。

 今、俺はエヴァ初号機が第12使徒の虚数空間、ディラックの海に囚われて以降の記録映像を見ていた。

 

 

『アスカ、レイ、後退よ! 下がりなさい!』

『ミサト! シンジが、シンジがあの中に居るのッ!』

『碇くん、初号機がまだッ!』

 

 俺の消失によってパニックに陥ったアスカが撤退命令を無視。

 初号機のアンビリカルケーブルを必死で手繰り寄せようと引っ張っていて、綾波は使徒に4、5発撃つと呆然自失。

 ディラックの海との境界線からスパッと消失しているケーブルを見て、弐号機は膝をつく。

 

『そんなっ! シンジは、初号機はッ!』

『レイ! アスカを引きずってでも良いわ、後退させて!』

『……了解』

『レイ! シンジが、シンジが居なくなっちゃったッ!』

 

 零号機に羽交い絞めにされて前進指揮所まで弐号機が後退した後、国連軍の戦車大隊により現場の封鎖が行われる。

 ネルフの輸送ヘリから見た街には黒い沼のようなものが広がり、ビルが傾いて沈んでいる。

 

「現在1715、目標の全容を上空確認中。エヴァ初号機を取り込んで14分間はビルも沈降していたものの、現在沈降はストップ。直径600メートルで拡大も停止」

 

 撮影者である作戦課の大野二尉の声で時間が読み上げられ、俺の消失から3時間が経過していた。

 スーパースタリオン(CH-53E)の音に混じってジェット音が轟々と響いている。

 国連空軍の偵察機が低空で情報収集をしているのだろうか。

 

 

 

「現在、1920。技術局、赤木博士による第一回報告会。参加者は作戦部とP二人、赤木博士」

 

 アニメで見たことのある光景で、ホワイトボードに様々な図や計算式が描かれていき赤木博士の解説が入る。

 

 目標が直径680メートル、厚さ3ナノメートル、そして虚数空間の維持にATフィールドを用いている。

 球状の浮遊物体は虚像であり、虚数回路の発動にて浮かび上がるという事から上部球体に対しての攻撃は無意味である。

 初号機の内部電源による生命維持装置が最大16時間しか持たない。

 

「現在、2145。初号機サルベージ作戦試案。参加者は作戦部、技術局、P二人、国連軍リエゾン(LO)

 

 初号機サルベージ作戦の試案が発表された。

 エヴァ2体のA.Tフィールドを用いて使徒の虚数回路に1000分の1秒干渉させる。

 そこにN2兵器992発分の爆圧を電磁フィールドで指向しディラックの海ごと破壊、内部の初号機のサルベージを実施する。

 

 実現性に関しては、N2兵器の輸送時間と電磁フィールドジェネレーター調整等で生命維持限界を超過してしまうという点とエヴァ初号機が破損してしまう点を除けば一番高いものである。

 同席の国連軍LOの見解としては、第二方面軍のN2であれば合衆国三沢基地や岩国弾薬庫に322発即応弾があり、ネルフ特別災害協力法にてただちに輸送ができるものである。

 他の方面軍からのN2兵器の提供は時間がかかり、アフリカ・ヨーロッパ方面がすんなり提供してくれるかどうかもあやしいので、定数が揃わないのでは? 

 N2弾頭プラットフォームによって起爆プロセスが違うが、どのように空中投入にまとめるのか? 

 N2爆雷とN2戦略地雷では信管や爆縮レンズ制御が異なるため、後付け制御装置付きで同時投入しても起爆タイミングがどうしてもズレる。

 

 ミーティング映像の中で、リツコさんは多くの質問や意見をさばいていた。

 だが、葛城三佐とアスカの発言回数がやたら多い。

 内容としては機体サルベージに成功しても搭乗員が死亡するのではないか、という物だ。

 リツコさんは機体のサルベージと使徒殲滅が主たる目的だから、パイロットの生死は問わないという。

 まあ、俺が死んでもエヴァが回収できて使徒が殲滅できるならおつりが来るんじゃないか。

 

「あんた、何言ってるのかわかってんの!」

「だから、あくまでエヴァの回収と使徒の殲滅が主目的です……たとえ、機体が大破しても」

「シンジ君が乗ってんのよ!」

「あのバカを見捨てろってぇの!」

「ミサト、アスカ、落ち着きなさい! ……少しでも助かる可能性があるなら、それにしてるわ」

 

 どうしても納得できないのか、アスカと葛城三佐が衆人環視の前でリツコさんに詰め寄るシーンがあったが途中でカットが入った。

 

 国連軍のLOの意見はもっともで、どこも虎の子の大量破壊兵器をポンとは出してくれないだろう。

 ゼーレの強権などでゴリ押せても物理的に時間がかかるし、あと数時間じゃ無理。

 弾道ミサイルと戦略地雷、航空爆弾タイプ、戦略防空ミサイルタイプといったいろんな種類のものを掻き集めて同時起爆は難しそうだよな。

 先に爆発した弾によって殉爆(じゅんばく)が発生、()()()()で爆縮レンズ用の一次起爆薬が()()のまま燃え尽き、後のN2弾が作動せず所定の威力が出ない、などという可能性がきわめて高いらしい。

 リツコさんはMAGIのシミュレータ計算と単純エネルギー量から行けると思ったんだろうな。

 特に最後の人達は陸の武器科の出身や、防衛庁技術研究本部の研究員でその手の専門家だろう。

 N2集中投入って俺が思ったより、実現が難しかったんだな。

 

「現在、2345。空自の戦略輸送団および戦略航空団による即応弾調達が開始、以降指揮権は技術局第一課が掌握、作戦課は補助に回る」

 

 どうやら第二東京の技術研究本部、誘導武器担当の技術開発官も多く合流したようでリツコさんがああだこうだと、その道のプロフェッショナルと作戦計画を詰めていく。

 使徒キャッチャーやら、フィールド発生器といった、俺の居た世界では見たこともない電磁フィールド技術も発展しているようだ。

 板状のプレーナアンテナや皿型のパラボラアンテナがいくつもついた特殊車両が使徒の縁にいくつも並び、電源車や制御管制車といった車と太いケーブルで繋がれている。

 

 そこからは徹夜で作業が進んでいき、タイマーの上ではいよいよ俺の命が尽きようとしていた。

 外ってこんなに晴れてたんだな、透き通るような青空に先の見えない漆黒の沼の対比がまるで天国と地獄だ。

 漆黒の巨大ステルス爆撃機がN2兵器満載で編隊を組み、その時を待っている。

 当初予定よりも数百発足りないが、そこは爆発制御と電磁フィールドによる指向性でカバーするらしい。

 

「投下まであと10分、電磁フィールド車出力最大、各員衝撃に備えよ」

「エヴァンゲリオン準備はよいか?」

「弐号機、準備オッケー」

「零号機、準備完了」

 

 その時、異変が起こった。

 黒い沼がいきなりひび割れて赤い血を噴き出したかと思うと、虚像の球が引き裂かれた。

 紫色の腕が生え、バシャンとおびただしい血と共に大地にエヴァが立った。

 力強い咆哮、紫色の鬼神がそこには居た。

 

『作戦中止! 作戦中止!』

「おい、活動限界はどうした! あれはなんだ?」

「知らねえよ、暴走してるんだろ」

「パイロットを保護したいところだけど、止まるのを待とう」

「エヴァが取り押さえに行ったぞ!」

「ツバキよりホンブ、使徒と思われる球体が裂けた、中から出て来たぞ。射撃の可否を問う、送れ」

「ホンブよりツバキ、あれはネルフの人型だ、撃ち方まて!」

 

 画面外のリツコさんの声や国連軍の隊員、ネルフスタッフの緊迫した声が入っている。

 使徒が内部より引き裂かれたという光景に加え、中から返り血を浴びて現れたのは恐怖すら感じる紫の巨人だった。

 105㎜砲を10発、20発喰らったところで暴走するエヴァを止める事なんてできないわけだが、撃たれていい気分はしない。

 誤射される前に零号機と弐号機によって使徒の死骸である黒い沼より引きずり出された初号機は、そのまま沈黙した。

 防護服を着た救護班にプラグから搬出された俺はそのまま救急車に乗せられたわけだが、ミサトさんにしがみ付かれていた。

 意識完全に無くてわからなかったけど、こんな原作再現があったのかよ! 

 

 編集してなお3時間半にわたる記録映像を見せられたのには訳がある。

 

 人類補完委員会の“直接尋問”会に参加するためだ。

 原作シンジ君は心身が衰弱していたためミサトさんが代理で行ったわけだが、俺はピンピンしていたので参加と相成ったのだ。

 わざわざ指名されての呼び出しで、葛城三佐から伝えられた俺は即行リツコさんの所に行き、どういう事を聞かれるのか、どんな回答が不味いのかという事を聞いた。

 そこで、作戦部の記録映像を見て自分なりに纏めろという指示を頂いたのだ。

 よし、見たまま、聞いたまま、原作知識が使えそうと思ったところは“わかりません”という方針で。

 

 

 

 指示された日時に、本部施設の上部階層にある“ブラック・ルーム”に入室する。

 ドアの中は真っ暗で、人の気配が全くしない。

 俺があるところまで歩くと「ブッ」とスピーカーが作動する音が聞こえた。

 今からオンライン会議もとい、オンラインつるし上げ会の開催である。

 

「初号機パイロット、碇シンジに対する直接尋問を始める」

「まずは貴様の姓名、役職の申告からだ」

 

 俺の立っているところだけがライトアップされ心理的威圧効果を生んでいる。

 闇の中から複数の声が響いてきて、何人この場にいるのかも分からない。

 アニメで聞いたキール・ローレンツのものであろう声と「左様(さよう)」というセリフが印象に残る甲高い男の声が聞こえてきた。

 

「碇シンジ、エヴァンゲリオン初号機パイロットをしています」

「碇の息子よ、此度の事件、使徒との接触、どう考える?」

 

 キールが今回の使徒との接触について質問してきた。

 

「使徒側が、人の精神性に興味を持ったのではないかと感じました」

「どうしてそのように感じたのかね」

 

 キール、左様とは違う低い声の男が理由について尋ねてきた。

 

「使徒が“私の自問自答”という形をとって、何かしらの回答を引き出そうとしていたように感じます」

「どういったことを聞かれた?」

「人間は自分が知覚できる自分と、そうでない他人の中の自分があってそれに対し恐怖しているかと言ったことです」

「なるほど、貴様はどう答えたのだ」

「他人にどう思われているかわからないがゆえにヒトはヒトであり、それを想像する社会性、つまり()を知るのである、と」

 

 ホントは「自分ってもんはないのか、肩書にすがって自分らしく生きてない!」なんて自分探しの大学生のような事を言われたわけだが、その説明をすると憑依の事まで口を滑らせかねないので、適当にそれっぽい回答をする。

 他人にどう思われているかという事を気にしない状況で恥の概念は登場しないのだ。

 

「他人の目を気にして、恥を知る。あの碇の息子とは思えんよくできた発言だな」

 

 キールは「お前の父親は面の皮が厚いぞ」と言っているのだ。

 日本人は「恥の文化」なんだよ。他人の目を気にして格好を付ける。

 最近の日本人はそうでもないけど、未だに周りの目を気にして行動するのが多数派だ。

 そして“しつけ”は身を美しく見せるから“躾”なのだ、と教わり、意識して振る舞えと教わるのが自衛隊だ。

 肩から袖までプレスを当ててラインを入れ、靴の先に顔が映るほどつま先を磨き上げ、居室の整頓から髭の剃り残しまでうるさく言われるのは品位を保つ義務によるものだ。

 他国の軍隊ですぐ汚れてしまう戦闘服のブーツを鏡面仕上げにして磨き上げるという話は聞かない。

 端正で綺麗に見えるのは“精強さのバロメーター”という考え方なのだ。

 

「これまでの使徒が単独行動である事は明らかだが、今後予想されうる使徒とリンクしている可能性はあるのかね」

 

 左様が次来る使徒にその特性が受け継がれるのかと聞いてきた。

 当たり前だろ、あいつらなりに進化してるんだから。

 

「今まで単独だった使徒が“他者”、とりわけ人類の存在に関心を持ったのだとすると何かしらの接触はありえます」

「接触、それはエヴァを取り込むことかね」

 

 低い声の男が使徒との接触について聞いてきたので、私見を述べる。

 

「そうですね、知性があるならソフトウェアである精神への攻撃、そうでなければ機体などのハード面を汚染するパターンです」

「なるほど、物事を考える(さか)しさはあるようだ」

「これからも己の職責を忘れず励め。以上だ、下がりたまえ」

 

 第13使徒はハード感染攻撃型、第15使徒は精神攻撃型、第16使徒はハード乗っ取り型だ。

 爺さんがたの“死海文書”やら“裏死海文書”にはどういった流れが記されているんだろうね。

 

 聞きたかったことを聞いたのか、キールの一言でいきなり回線が切れた。

 電灯が灯ると、明るい緑一色の壁面だった。

 この部屋で動画撮影、クロマキー合成でもやっているんだろうか。

 ゼーレのモノリス登場とかあれ、カッコいいけどどうやってんだろうね。

 

 思ったより、すんなり終わったことに拍子抜けたものを感じた。

 これならまだ営業職の“必達会議”の方がきつそうだ。

 ゲンドウやリツコさんは管理職なんで、営業が「今月のノルマ未達だぞ、お前らどうやって新規契約とるんや」と言われるようにめちゃくちゃ詰められてるんだろうなあ。

 ヒラの下っ端が委員会の老人共と話をするというレアな、それでいてロクなことにならなそうなイベントは無事終了した。

 

 

 

 

 第12使徒戦から数日、委員会の尋問を終えて久々に学校に行くと教室に空き座席がいくつかあった。

 駆け寄ってきてくれたショートカットの女子、宮下さんと話をする。

 

「碇くん、無事だったんだね」

「そうだね、色々と大変だったけどね。ところで人少ないけど、どうしたの?」

「この間の騒ぎで、ユウコもカナも富岡君も疎開して行っちゃった」

「疎開か……いつも一緒の岡島さんは?」

「岡ちゃんは、第二新大阪の伯母さん家に行ったみたい」

「そうか。寂しくなるな」

 

 あのとき漆黒の沼に取り込まれた建物で働いていた人も多く、避難して命こそ助かったものの職場を失った人はすぐさまツテを使って妻子共々疎開していくか、就職支援センターに行って再就職のために第三東京を離れていった。

 赤いリボンとポニーテールが特徴の岡島さんの家もネルフ関連企業再就職組だそうだ。

 

「碇くんは、どっか行っちゃったりしない?」

「多分、僕は最後までいるよ。親の仕事でここを離れられないからね」

「そうなんだ」

 

 そう、俺はエヴァパイロットだ、ここを離れる級友を見送るしかできない。

 俺が朝からそんな感傷に浸っていた時、後ろから声を掛けられた。

 

「おう、シンジ朝から浮気かいな」

「バカ鈴原、そんなんじゃないよっ!」

「トウジ、田舎の中学生じゃないんだから……」

 

 そこまで言って気付いたが第三新東京市は都会であって都会ではなく、充分田舎の中学生だった。

 

「ワシはイナカもんやないわ!」

「ええ、ここは都会だよね。ムサイジャージの鈴原はわかるけど」

「なんでや! シンジ、宮下に言うたれ! ジャージはイナカもんちゃうて!」

「ジャージ関係なく、ここは山と湖の綺麗な田舎だと思うよ」

 

 授業開始まで宮下さん、トウジ、途中から委員長も加えて第三新東京市は田舎かどうかという話題で盛り上がる。

 環状線があって電車が5分おきに来るから都会論とか、スーパーが近隣に数店舗あるから都会論とか、逆に、ほとんどネルフの建物(迎撃要塞都市)で実居住区画が少ないから実は田舎だよ論と主義主張を交えた激しい戦いだった。

 結局使徒さえ来なければ、なんだかんだ住みやすい街ではあるという結論に達したのだった。

 ネルフ内部の情報誌によると、使徒襲来から遅れていた第七次建設も終わりようやく完成するらしい。

 祝賀パーティーも無いどころか、情報誌読まないと第三新東京市の“完成”にすら気が付かないな。

 

 授業中、参号機とフォースチルドレンのことばかり考えていた。

 そういや、こないだアイス持ってトウジの家に行ったけど妹ちゃんケガ治って元気そうだったな。

 転院を条件に承諾を得ることができないんじゃあ、参号機パイロットどうなるんだろうな。

 うちのクラスって“マルドゥック機関”が候補者ばっかり集めているのでトウジ、ケンスケ、委員長、宮下さん誰がなってもおかしくない。

 ただし、保有制限条約のある新劇場版みたいにアスカが乗るというのもないだろう。

 アニメならポッと出のモブがいきなりパイロット選出っていうのはないはずだ(一話限りの使い捨て除く)が、現実と化したこの世界じゃどうかはわからない。

 ケンスケならチルドレン任命に喜びそうではあるけど、参号機の末路を知っているだけに乗って欲しいとは思えない。

 

 父親の端末情報を抜いてエヴァパイロットに志願するんだろうなあ、あいつ。

 

 そのケンスケは本日、新横須賀に入港しているイージス護衛艦『いそかぜ』……ではなく、『みょうこう』を見に行ってる。

 こっちの世界ではこんごう型イージス4隻体制からの国連海軍編入、セカンドインパクト後の混乱期によって俺の知っている2010年代の護衛隊群と違う。

 イージス護衛艦『あたご』型が居ないうえ、ヘリ搭載型護衛艦『ひゅうが』型も居ない。

 代わりに『はるな』『ひえい』といった古いタイプのDDHが現役だ。

 セカンドインパクト直後で建艦している余裕が無かったんだろうな。

 あと『あたご』型に代わり『ゆきなみ』型ヘリ搭載駆逐艦とか、『改はたかぜ』型ミサイル駆逐艦という見たことも無いような船がいて別世界という感じがする。

 ハワイ沖でタイムスリップしたり、工作員によって占拠反乱が発生したりしないことを祈るばかりだ。

 使徒が来るアニメ世界では何が起こっても不思議ではないのだ。

 

 

 その知らせを受けたのは昼過ぎだった。

 「アメリカの第2支部で爆発事故発生」という葛城三佐からの連絡にアスカを伴って、本部に駆け付ける。

 

 錯綜する情報、至る所で鳴る電話、待機室で即応待機のチルドレン。

 

 俺は原作知識で何が起こったか分かるけれども、前知識なしのアスカはどうして呼ばれたのか分からずにイライラしていた。

 綾波はというと俺が貸した三部作の小説の二巻目を黙々と読んでいる。

 

 

「ちょっとシンジ、どうしてヨソがヘマやらかして爆発したのにアタシたちまで」

「仕方ないよアスカ、何が原因で起こったかわからないんだから」

「備えあれば、憂いなし」

「あーっ、いつになったら終わんのよ!」

「おまたせ、あなた達にも見てもらうわ」

 

 アスカが叫んだタイミングでリツコさんが入って来て、作戦室へと案内される。

 すると、そこにはポッカリと大穴が空いたネバダの砂漠が広がっていた。

 

「なによこれ……」

「北米の第二支部よ」

「これって、破片が広範囲に散ってないところを見ると消滅ですよね」

「そうよ、先日のシンジ君のようにね」

「赤木博士、どういうことですか?」

「ドイツで修復していたS2機関の搭載実験中に暴走してディラックの海に飲みこまれたのよ」

 

 さっきまで文句を言っていたアスカがその惨状に言葉を失った。

 綾波が「よくわからない」と尋ねるとリツコさんはわざわざコマ送りの写真まで見せてくれる。

 

「よくわかんないモン使うからじゃないの?」

「ミサトみたいなこと言うのね、アスカ」

「それを言っちゃ、エヴァもよく分かんないことだらけだよ」

「そうね、シンジ君の言う通り私たちでもわからないことばっかりよ」

 

 そうして、リツコさんは我々に直接関係する内容に入った。

 単に白銀の4号機の消失という労災事故発生の全社通達をしているわけではない。

 アメリカは第一支部を失いたくないようでもう一機の黒いエヴァ、3号機をこちらに押し付けてきたということである。

 材質の強度不足から妨害工作の類まで想定される要因が多すぎて、安全大会どころではないからヨソへ移動しようという丸投げだ。

 

「この件で、アメリカで建造中のエヴァ3号機の起動試験をこっちでやることになったわ」

「大丈夫なの?」

「それを松代で確かめるのよ」

「ところでパイロットはどうするんですか、僕たちの中から乗り換え?」

「あなた達からの乗り換えは無理ね、新しいパイロットがそのうち選定されるわ」

 

 アスカが怪訝そうな顔でリツコさんに尋ねる。

 半径数十キロを消し飛ばす映像を見せられて、原因もわからぬまま押し付けられるのだから疑いの眼で見るのも当然だろう。

 俺だって、第13使徒化するのを知っているせいで何かしらの仕込みでもあるんじゃないかと疑ってかかるわ。

 使徒付きの不良品のタンパク壁といい、後に来るカヲル君といい人間が関与している疑いが濃い事案が多すぎる。

 

「また新しい子が来るの?」

「無人で出来たら一番いいけど、そういうわけにもいかないんですよね」

「そうよ。まだオートパイロットは技術的課題が多くて実用は無理ね」

 

 アスカの主な関心はフォースチルドレンだったようだ。

 原作の“エヴァが全て”なアスカほどではないけど、うちのアスカもエヴァパイロットに誇りを持っているのだ。

 俺はリツコさんとの世間話でたびたび登場する“オートパイロットシステム”では動かせないのかと一応聞いてみたが、まだ実用は不可能だという。

 “ダミープラグ”は電気的にパイロットが居るものとして信号を送り、エヴァを錯覚させて起動するという仕組みだ。

 

 だけどエヴァには()が入っている。

 初号機にはもちろん、零号機、弐号機にも。

 

 俺達と対話して共に戦ってきたのだ、そんなところに割って入っても拒絶されるに決まっている。

 ゲンドウには悪いが実際に乗って感じた初号機って寂しがりなところがあるから、話しかけてくれないと拗ねちゃうし、嫌だと思ったらやらないという気分屋な面もあるのでダミープラグは量産機みたいな真っ新な機体にしか使えないぞ。

 

「なんか、やだな」

「新しい子が来ることが?」

「それもあるけど、オートパイロットって。アタシたちがいらなくなるみたいじゃない」

「アスカ、安心しなよ。エヴァは戦闘機と違って電気信号()()()無人化できないから」

「そう、エヴァに答える戦闘知性体が出来ない限り」

「あなた達、やけにダミー……オートパイロットに否定的ね。戦闘知性体って何かしら」

「最近、綾波に貸してるSF小説の戦術コンピュータ群からなる疑似人格です」

「そうなの?」

「リツコさんも読みますか? 本職の人が読んだらいいアイディア浮かぶかもしれませんよ」

「シンジ君おすすめというわけね。時間があれば参考にするわ」

 

 MAGIという人格移植型コンピューターがあり、エヴァという意思を持った兵器がいる世界なら戦闘知性体、そういう存在が現れるのもそう遠くないだろうな。

 黒いエヴァにチルドレンが戸惑っている時に、操作系を奪って勝手に発砲……それダミーシステムか暴走じゃないか。

 どこぞの深井中尉みたいに「初号機が()だと言っている、あれは使徒だ」と開き直って言える気がしない。

 

 撃っても、遅疑逡巡(ちぎしゅんじゅん)しても苦しい。

 

 それが第13使徒戦なんだよな、ああ、嫌になるな。

 




第13使徒戦までのつなぎの話で難産だった。

委員会の直接尋問、ゲンドウと冬月の都市論、ケンスケの護衛艦ウォッチング、ダミープラグと4号機消失とアニメを見たままネタを挟みすぎて雑多になった印象。

元ネタ解説

みょうこう:DDG-175、こんごう型護衛艦3番艦、アニメでケンスケが見に行った艦。映画『亡国のイージス』では『いそかぜ』を演じた。

ひゅうが:作戦部の二尉……ではなく、DDH-181のほう。全通甲板のヘリ護衛艦。

はるな:DDH-141、ヘリ搭載型護衛艦で5000トン級にしてヘリを三機運用できる。洋上の第7使徒を発見した。

ゆきなみ型:漫画『ジパング』架空艦、あたご型(7700トンDD)の予想図が元ネタ。3番艦のDDH-182が“みらい”命名基準とは何だったのか……。

改はたかぜ型:小説版『亡国のイージス』架空艦、近代化改修でミニ・イージスという戦域ミサイル防衛システムを搭載したはたかぜ型の3番艦を指す。16セルVLSとターターが同居する不思議な船『いそかぜ』

戦闘知性体:小説『戦闘妖精雪風』異星人ジャムと戦うフェアリィ空軍のコンピューター群や特殊戦のコンピュータを指す。
対話ができるコンピューターであり、ジャムの罠などで生じた特異な状況にも対応するスパコン。



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命の選択を

 思えば、この世界に来てから何回死ぬ覚悟をしただろうか。

 でも、人間をこの手で殺す覚悟をしたことはなかった。

 

 俺はいち特別職国家公務員であり、自衛隊も“護憲の軍隊”として創隊後70年間対人戦争を経験したことがない。

 「撃て」と命じられたら撃つ、撃たなければそこから戦線は瓦解して国民や仲間を危険に晒す。

 そんなことはわかっている。

 でも、どこか絵空事で実感が無かったのかもしれない。

 

 かつて、アメリカ合衆国で旅客機がハイジャックされて世界貿易センタービルや国防総省に体当たり攻撃を仕掛けるという事件が起きた。

 その同時多発テロ以降にある議論が湧き上がった。

 

 ハイジャックされた旅客機が人口密集地や重要施設に対して攻撃の意図をもって飛行して、突入する蓋然性が()()()()()場合、撃墜することは出来るのか? 

 

 ハイジャック機撃墜論争は各国の空軍、国防に携わる者の間で行われた。

 旅客機の乗客乗員数の命を切り捨てて、多数の国民を救う『数の論理』か。

 それとも、『被ハイジャック機の無辜の人命を奪うわけにはいかない』という倫理的な観点から機内に解決を望み、見送らざるを得ないのか。

 

 このトロッコ問題のような論争は、サミットが行われる時に思い出したかのように湧き上がって議論される。

 もし、被ハイジャック機がサミット会場や原発などに向かって飛行し始めた時、地対空誘導弾や戦闘機ははたして撃てるだろうか。

 5分、10分で大きく変わる事態であるから、シビリアンコントロールの原則でもある「内閣総理大臣の命令」を待っている暇はないのである。

 現場の指揮官の判断による命令で実行しなくてはならない。

 

 撃墜命令を下した指揮官は、実行者たる現場の隊員は、罪に問われないのか? 

 たとえ撃墜が罪に問われなかったとしても、墜ちていく旅客機の姿と失われようとする人命に罪の意識は確実に刻まれる。

 

 原作シンジ君は良心と強い心的抵抗のもとで戦闘を拒絶したわけで、あたりまえである。

 旅客機ならば見送って墜落してしまえばそれまでだが、使徒はそういうわけにはいかない。

 サードインパクト阻止のために()()()誰かが手を下さなくてはならないのだ。

 

 最近色々と世界の楽しさを知りつつある綾波、戦闘に伴う被害を空母で知って多少成長したアスカ。

 二人の女の子に“子供殺し”の罪を背負わせるわけにはいかない。

 後遺症で苦しむのは、俺だけでいい。

 それが、「大人の兵士」がしてやれることだ。

 

 そもそもの話として、人を殺す覚悟を決める前に原因の除去をしようと考えた。

 しかし俺に与えられた権限や、立場で出来ることはそうない。

 たとえ、リツコさんやミサトさん相手に泣き喚いたとしても参号機の起動実験を中止させることなどできない。

 トウジに「エヴァにだけは乗らんとってくださいよ!」と頼んだところで、トウジが選出されてなかったら何の意味もないし、そもそもクラスの誰がパイロットになるのかもわからない。

 機体は直前までアメリカ、マルドゥック機関の選出するパイロット候補も非公開。

 原作知識を使って介入できる余地が無いのだ。

 やはり、起動して第13使徒としてこれを無力化しかないのか。

 三日三晩考えてなお、いい考えは出ない。

 

「なんやセンセ、くっらい顔して」

「どうしたんだよシンジ、最近ヘンだぞ」

 

 気付けばトウジとケンスケに声を掛けられていた。

 目の前にはグラウンドが広がっていて男子は持続走、女子は上のプールで水泳だ。

 スク水姿の女子の一部が手を振ってくれるけれども、アスカや綾波はこっちを見ない。

 そんないつもの情景だけど、今日は何かが違う。

 ……そうか、トウジとケンスケが女子の鑑賞をしていないのか。

 

「最近、疲れてんだよな。いろいろと」

「おいおい、倒れる前に保健室に行けよ」

「なんや日射病かいな。先生ェ! ワシら碇を保健室に連れてきますわ!」

 

 トウジとケンスケに付き添われて無人の保健室へ向かう。

 その途中で、ケンスケは何かに気づいたようだ。

 まったく、こんな時だけ察しがいいヤツなんだから。

 

「なあ、シンジ。アメリカの第2支部が爆発したって情報、ホントなのか?」

「おう、ケンスケ、何の話なんや」

「パパのところは大騒ぎさ、それで、エヴァ参号機がこっちに来るんだろ!」

 

 秘密をよくも無警戒にペラペラと……と思ったが、切り出すチャンスか。

 

「……ああ」

 

 俺の返答にケンスケは目を輝かせ、トウジはケンスケの方を見てから俺の方を見た。

 思いつめた表情(だろう)に気づいたトウジがストップをかけようとする。

 

「ケンスケ、なんかヤバいんちゃうんか」

「そうだろうな、でもお願いがあるんだ、俺を」

 

「やめろ! それを言うなッ!」

 

 ケンスケがそれを言うのを遮った。

 思わず出た叫び声にケンスケとトウジは身をすくませた。

 ここで深呼吸、上手く俺は息を吐けているだろうか。

 

「センセ、落ち着けや……」

「どうしたんだよ」

「すまん、だけど“アレ”には誰も乗せたらあかんのや……どんな条件でも乗るなよ」

 

 ここ数日の俺の様子と、今の反応で察してくれ。

 

「わ、わかったよ、シンジがそう言うなら」

「トウジもだぞ、絶対に断ってくれ」

「お、おう!」

 

 ビクビクと俺の様子を窺っている二人を引き連れて、俺は保健室ではなく屋上に上がる。

 山からのひんやりした吹き下ろしが頬を撫でて、心地よい。

 風の音と空調の室外機の音で盗聴器が機能しないポイントに俺は陣取る。

 

「俺は、参号機に乗ったヤツを()()かもしれない」

 

 二人は黙って俺を見つめる。

 一分、五分、どれくらい経っただろうか。

 ケンスケが言ったことの意味を咀嚼したのか、恐る恐るといった様子で言った。

 

「殺すって。人を、シンジが?」

 

 そう、俺は人を殺すのだ。

 

「ああ、“使徒”として」

「使徒って、あのバケモンの事やろ、何でエヴァが」

「もしかして、エヴァが使徒になるのかよ」

「ケンスケ、ネルフの事から手を引いて何も知らないふりをしろ。ここからはヤバい」

 

 俺の真剣な眼差しにケンスケは、「ちぇっ、俺だって……」と言って、この場は納得したようだ。

 

「センセがずっと悩んどったんは、そないな事か」

「ああ、この事は綾波にもアスカにも言えないんだ」

「シンジがどこでその情報を得たのか分かんないけどさ、必ずしも殺すと決まったわけじゃないんだろ」

 

 トウジ、ケンスケ。

 

「なら、まだなんとかできるだろ。諦めんなよ、シンジ」

「ワシらにはどうすることもでけへん、でもシンジならまだやりようがあるはずや。その結果ならたとえアカンかってもしゃあないんちゃう?」

 

 思考の袋小路に入り、殺すことばっかりを考えていた。

 だけど、殺さないようにベストを尽くすこともできるはずだ、俺は二人の中学生にそんなことを教わるなんてな。

 本当に、いい友人を持ったよ俺は。

 

 

 それからの俺はクラスの動向をつぶさに観察することにした。

 リツコさんやネルフ関係者の面談らしい不自然な呼び出しが無いかどうか、あるいは急に付き合いが悪くなったなどの変化が無いか確かめる。

 後者はクラスで誰とでも話せるシンジ君といえども難しいので、よく話す相手のみに絞った。

 

 結果は一週間たっても変化なし、二週目に入りエヴァ参号機が松代にやって来るまで残り四日となった。

 ネルフでもリツコさんや加持さん、ミサトさんと世間話をしながら情報を集めていた。

 

 アスカは俺の顔色があまり良くないことに気づき、めちゃくちゃ構ってくる。

 出前を頼んで一緒に食事をして、洞木さんとトウジの恋模様について一喜一憂したり、寝るまでアスカの愚痴を聞いたりしていた。

 一方、綾波はリツコさんと実験終わりによく読書感想会なるものをやっているらしい。

 人のこころ、登場人物の行動で納得のいかないところがあると「どうして」と疑問をぶつけるのだという。

 想像するだけで微笑ましい光景に俺は癒されるものを感じつつも、リツコさんにそれとなくフォースチルドレンのアテってあるんですかと聞いてみる。

 

 まだ、内定は出ていないらしい。

 

 異動までの経緯からして()()()()()()()()だから()()は誰になるのか……、リツコさんもそう思っているようだ。

 内定が出たのが二日前、人事部の通達には“非公表”とあり、リツコさんやミサトさんに誰がなったのか聞くことも出来ないまま二人は松代の実験場へと出発した。

 原作シンジ君のようにシンクロ率落ちていたりしないだろ、どうして頑なに伏せるんだ。

 

 “Need to know”の原則

 

 情報漏洩のリスクを不必要に高めることを防止するため、秘密に関する業務を行う者を峻別・限定して必要最小限の指定にとどめる。

 どうやら、俺達は“秘密に関する業務を行う者”に指定されていなかったようだ。

 結局、参号機の試験当日までフォース・チルドレンの情報はパイロット三人には届かなかった。

 

 

 

 松代で参号機の起動実験が行われる日の朝、第三新東京市はよく晴れていた。

 今や空席も多い教室に点呼の声が響く。

 

「今日の欠席は、浅野、坂田、宮下、洞木か」

 

 欠席者の名前から、実験参加者を絞り込もうとしたが複数人欠席者が居た。

 

 __アスカ、洞木さんは? 

 __ヒカリはコダマちゃんが熱出したから休み

 __了解

 

 チャットシステムでアスカに確認を取る。

 アスカは洞木さんにエヴァパイロットであることを明かしているから、フォースチルドレンに任命されたら、すぐアスカに話すだろう。

 となると浅野君か坂田君、宮下さんになるわけだが、浅野君はちょっとヤンチャな奴でノーマークだ。

 ケンカして職員室お呼び出しも珍しくない。

 先週もケンカ沙汰があったのか生活指導室に呼び出されていたが、本当はどうだろうか? 

 坂田君と宮下さんだが、この二週間呼び出されているふうもなかったし、思いつめたようなところもなく、むしろ俺の方が深刻な顔をしていただろう。

 いつも通りの朝、いつも通りの日常、でも俺の中ではすでに戦闘は始まっていた。

 

 昼過ぎ、携帯電話の緊急着信音が鳴り響いた。

 非常呼集。

 教室を駆け出し、保安部のバンに飛び乗ってネルフ本部に向かう。

 作戦室に到着すると日向さんと作戦部員が勢ぞろいしており、現在の状況を教えてくれた。

 

 松代の地下実験場で大規模な爆発事故が起こり、未確認移動物体が現場で確認されたそうだ。

 

 「爆発音がした」「火柱が立った」と警察や消防に通報が相次ぎ、知事より災害派遣要請が出され国連軍陸上自衛隊が展開中とのこと。

 

 A.Tフィールドのパターンはオレンジで使徒とは断定できないらしい。

 単なる暴走事故か使徒によるものなのか判別がつかずMAGIは判断を保留したのだ。

 松代、千曲、上田、小諸、佐久と、千曲川に沿って南下、甲府および大月、御殿場という経路より第三新東京市に接近するであろうという予想の下、エヴァ三機は八ヶ岳野辺山に前進展開することになった。

 国連軍自衛隊側からの情報によると、群馬県榛東村(しんとうむら)相馬原(そうまがはら)駐屯地に所在する第12旅団隷下の第12偵察隊(Rcn)や第12飛行隊が情報収集のためにすでに発進しているという。

 

「進路上の住民の避難、現在60パーセントです」

「第二東京の戦車、特科は?」

「間に合いません、いま弾薬の積載が終わったところです。前進、現着まではまだ3時間を要します」

「空自は?」

「百里からスクランブル発進しました、地上目標を視認したとのことです」

 

 作戦部員と国連軍側のやり取りから、今回、第2連隊所属の戦車や特科と言った火砲支援はない。

 今現場にいるのは即応性と機動力に優れた第12偵察隊か、山岳レンジャーでおなじみ第13普通科連隊しかいない。

 空自の支援戦闘機(FS)、陸自第2攻撃飛行隊(ATF-Ⅱ)の重戦闘機もネルフ側の動きを待っている。

 移動物体が“ただ暴走しているだけのエヴァ”であったならば、爆撃するわけにはいかないからだ。

 

 キャリアーに搭載されて夕日の中、赤く輝く水田地帯に空挺降下した。

 その頃になるとレコンの電子偵察小隊や観測ヘリからの情報も提供されており、移動物体が地下実験場に居るはずのエヴァ参号機であることが明白となった。

 田畑の間の道路をよろよろと歩く参号機、上半身の揺れ具合が酔っ払いを思わせる。

 寄生してコントロールを奪ったまではよかったが、まだ高度な身体制御ができないようでヤツが斜面を登ってショートカット、森を突破してこないのはそのためだろう。

 

「活動停止信号を発信、エントリープラグを強制射出」

 

 作戦部長不在のために指揮を取る碇司令が命令を発した。

 オペレーターは直ちに活動停止信号とプラグ排出コードを送信する。

 偵察ヘリの画像から、うなじのプラグが粘菌状の何かに引っかかっているのが見える。

 あそこまで抜けたら普通はシンクロしないはずだ。

 

「ダメです、活動停止信号、プラグ排出コード認識しません!」

 

 マヤちゃんの声。いつものように安全装置は作動しない。

 パイロットは意識不明の重体ではあるもののまだ生きているようだ。

 

「エヴァンゲリオン参号機、現時刻をもって破棄、目標を第13使徒と識別する」

 

 碇司令(オヤジ)、判断が早いな。

 対地上戦闘用意。

 

「予定通り野辺山で戦線を展開、()()()()()せよ」

 

 司令の命令にアスカと綾波の返事も硬い。

 これで任務は“移動目標の調査”のちに“エヴァ参号機の確保”を経て“第13使徒の撃破”に変わったのだ。

 

「そんな、使徒に乗っ取られるなんて」

「アスカ、目標は近いぞ」

 

 次の瞬間、参号機もとい第13使徒はゾンビ映画もびっくりのスピードで弐号機に飛びかかった。

 

「キャア!」

 

 地面に引き倒され、弐号機は無反動砲を使う間もなくあっという間に無力化されてしまった。

 

「弐号機沈黙、パイロット脱出!」

「弐号機パイロット、自衛隊により保護されました」

 

 地面に叩きつけられて弐号機が脳震盪(のうしんとう)を起こしたのだろう。

 操作が一切できなくなり、脱出を決心したのか。

 射出されたエントリープラグが木々の間に刺さり、森の中にいた小型トラック(パジェロ)にアスカが乗せられている。

 アスカがやられた、この流れで行けば次は綾波だろう。

 

「レイ、近接戦闘を避け、目標を足止めしろ。いま初号機を向かわせる」

「了解」

「シンジ、レイと共に奴をやれ」

「了解ッ!」

 

 綾波の返事と共に、行動の許可をもらった俺はダッシュで距離を詰める。

 零号機が剣付きパレットガンを構えて狙いを付けているのが見えた。

 

 一瞥克制機! (いちべつよくきをせいし)

 

 次の瞬間、俺は狙いもそこそこに引き金を引いていた。

 

「初号機、発砲!」

 

 跳躍しようと身をかがめた使徒の顔面に3発が命中した。

 戦闘照準でばらまかれた射弾は第13使徒の頭や胴体に命中、特殊装甲板の表面で激しく火花を散らす。

 

「綾波、撃てッ!」

 

 脇に控えていた零号機に射撃指示を出す。

 二機のエヴァに前後から多量の射弾を浴びせられ表面装甲がズタボロになった第13使徒は腕を伸ばしてきた。

 右前にジャンプし腕を躱すと俺は銃剣の振動装置を作動させて、奴が伸びきった腕を戻す前に懐に飛び込んだ。

 

「人質とって腕伸ばしやがって! ムカつくんだよォ!」

 

 何の躊躇もなく、俺は気づけば銃剣を突き出していた。

 訓練通り、銃剣の切っ先がエヴァ参号機の首から後頭部を貫いた。

 人間であれば喉、延髄を貫きほぼ即死の一撃だ。

 火花と共に噴き出す血しぶき、腕がだらりと力なく落ちる。

 死んだか? 

 剣を引き抜き残心、油断をせず敵を捉える。

 粘菌によってゾンビじみた動きをする第13使徒にとってはまだ余裕があるらしく、ピクピク動くと、膝蹴りを放ってきた。

 

「やっぱり!」

 

 とっさに銃で防ぐが、銃が粉砕された。

 

「くそっ!」

 

 ヤツは伸び切った腕を縮めて俺に掴みかかろうとするが、そうは綾波が許さない。

 残った弾を後頭部に叩きこんだのだ。

 弾着の衝撃で粘菌が弾け飛び、プラグが露出する。

 その一瞬のスキを突いて俺はプログナイフを肩から抜き、深く寄生された参号機のコアを貫いた。

 

「あああああああ!」

 

 そして、起き上がれなくなるまで何度も何度も“めった刺し”だ。

 徒手格闘訓練通りに正中線上、脇や太ももといった動脈等致命部位を的確に狙って。

 血液や組織内のカリウム・ナトリウム液を失えば、いかなエヴァの人工筋肉だって動かなくなるのだ。

 こいつは俺が絶対ぶち殺す!綾波が見てることも忘れて俺は何度もナイフを振り下ろした。

 

「パターン青消滅!」

 

 日向さんの声に我を取り戻すと、目の前に血だらけの参号機だったものが横たわっていた。

 あたりに飛び散ったエヴァの血液が田畑を、そして川を真っ赤に染め上げていた。

 救急車が到着し、引き抜いたプラグの中から出てきたのは……。

 

 なんで、君が居るんだよ。

 

 宮下サトミ……。

 

 救護班が到着すると、黒いプラグスーツ姿の彼女は何かで梱包されて運ばれていく。

 おそらく使徒の体液と接触したことから感染防護措置なのだろうが、()()()に見えた。

 俺は()()()()()()でリツコさん、ミサトさん、アスカの無事を喜ぶよりも、めった刺しにした彼女の心配をしていることに気づいた。

 

 よく通り魔事件や殺人未遂、傷害致死などで犯人が「殺す気はなかった」と供述し、そんなわけがあるかい! とツッコミを入れていた。

 彼らも俺もその時に殺意があったかどうかは重要じゃないのだ、やってしまってから心の何処かが認めようとしないのだ。

 

 「命令だからやった」

 「カッとなって首を締めたら死んじゃった」

 「アイツが悪い」

 

 そういう言い訳と共に、心に掛かる負荷を少しでも軽減しようとするのだろう。

 

「しかた、なかった。これしか、できなかった」

 

 俺は今日、顔見知りの女の子を自らの意志で殺そうとしたのだ。

 

 22時36分、松代実験場で赤木博士、葛城三佐の生存を確認。

 二人とも命に別状の無い軽傷だった。

 

 23時53分、ネルフ中央病院に搬送された宮下サトミは、意識を取り戻した。

 

 俺はフラフラと覚束ない足取りでエントリープラグを降りると、除染シャワーでLCLを吐き散らしてへたり込む。

 覚悟していたつもりだった。

 

 でも、実際にやってしまうと後がキツイなぁ。

 

 結局、罪悪感に悩もうが俺の行為が正しかったのか悩もうが時間は経ち、腹は減る。

 第13使徒戦から一夜明けて、ネルフの食堂で朝食をとっている頃には、人に見せられるような顔になっていた。

 そこに、オペレーターのマヤちゃんと日向さんがやって来た。

 リツコさんとミサトさんが病院送りとなってしまい、次席の二人は本部内で徹夜だったんだろう。

 

「シンジ君、お隣いいかしら」

「ええ、構いませんよ」

「大丈夫、無理してない?」

「昨日は落ち込んでたけど、もう大丈夫ですよ」

 

 隣に座るマヤちゃんが俺の顔を覗き込む。

 俺も酷い顔だったかもしれないけど、マヤちゃんも疲労の色が濃くて俺も心配になるよ。

 

「シンジ君、すまない。僕らは見ていることしかできなかったんだ」

「日向さん、僕は戦闘職種の人間ですよ。戦って、ナンボなんです」

「でも、子供に任せて大人が見ているだけなんて、悔しくなるんだ」

 

 向かい側に座る日向さんが急に頭を下げる。

 でも、俺はこんなナリをしているけど実年齢は28歳で、大人の自衛官だ。

 その言葉を受け取る資格はない。

 

「シンジ君は大人びてるけど、まだ14歳なんだから」

「お二人とも大人、子供関係ありませんよ。ヒトとの実戦になれば大人でもPTSDになるんです」

「どういう事なんだい」

「死ぬ思いをするより、人を殺すかもという現実の方が精神には来るものだなって」

「……人を、殺す」

 

 マヤちゃんは見た目14歳の少年が、人を殺すことについて考えていることにショックを受けているようで手元のうどんが伸びていってる。

 旧劇の「鉄砲なんて撃てません」と言ってた彼女は、潔癖症という鎧でこの血生臭い世界から目を背けていたのかもな。

 日向さんは「なるほど」と言ってるけれども実感がわかないのかもしれない。

 そりゃそうだ、実際に経験してみないかぎりわからないよ。

 オペレーター二人と別れた俺は、本部内の売店で缶コーヒーと見舞いの品を買って中央病院へと足を運ぶ。

 

 もう見慣れた白い病室に入ると、ひとりの少女がベッドに横たわっていた。

 普段明るく話しかけてきて笑顔の眩しい彼女は今、点滴と心電図の電極を付けて眠っている。

 日焼けして小麦色の健康的な肌も、短く切りそろえた艶やかな黒髪もこの病室じゃくすんで見えた。

 プラグを潰さなかったから四肢や内臓は無事だ、だが、一度使徒によって神経系を犯されてしまったのだ。

 医官の話によると、完全に回復するかどうかはわからないらしい。

 神経痛、運動障害といった後遺症が出たり、精神的な障害が発生するかもしれないという。

 そうなれば陸上競技なんかできるわけもなく、二度とトラックには戻れない。

 俺は、彼女にどういう言葉を掛けたらいいんだ。

 

「いかり、くん、なんで……」

 

 宮下さんは焦点の定まらない瞳で俺を見る。

 

「ここ、どこ」

「ここはネルフの中央病院だよ、無理に起き上がらなくていい」

 

 上体を起こそうとする彼女を手で制して、現状を説明する。

 エヴァンゲリオンという兵器のパイロットに選ばれたこと、そしてその兵器が敵に乗っ取られ暴走したこと。

 

「ああ、だから、修学旅行、いけなかったんだね碇くん」

「そうだよ、それで……」

 

 俺が実はエヴァのパイロットだという事を知った宮下さんは笑った。

 班行動のお誘いを受けた時に、嘘をついたことを謝る。

 この先、もっと謝らないといけないことがあるんだ。

 

「碇くんが、たすけてくれたんでしょ」

 

 何の疑いもない目で俺を見る彼女。

 俺は、君を助けたわけじゃない。

 たとえ、パイロットがショック死したとしても、使徒を撃破することを考えていたんだ。

 その為に覚悟を決めていた。

 

「違う、僕は……」

「途中で変なことになってこわかったけど、私はここにいるんだから違わないよ」

 

 あのときの俺は、犠牲を許容していた。

 何重にも言い訳を作って。

 知り合い以外ならと、命を選別して。

 守るべき子供を切り捨てて、勝利を掴もうとしていた。

 俺はそんな自衛官になりたかったのか?

 

「ありがとう」

 

 どうしてだろう、涙がとまらない、言葉が出ない。

 その感謝は今の俺には眩しすぎた。

 




用語解説
一瞥克制機(いちべつよくきをせいし):『機甲斯くあるべし』の一節。遅疑逡巡は誤判断に劣る。機甲兵は一瞬で状況を判断し断固決意せよ。

第12旅団:空中機動旅団。ヘリコプター団による空中機動を中心とした旅団編成。普通科連隊に対戦車隊を組み込み、ヘリに乗らない戦車部隊を全廃した。エヴァ世界では陸自の空中機動旅団と異なり戦車大隊を有し、栃木、長野、群馬、新潟、第二東京を主たる担任警備地区とする。




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銃剣を磨け

 デブリーフィングの空気はとても重かった。

 参加者は三角巾と添え木の痛々しい葛城三佐、頭に包帯を巻いている赤木博士、そしてチルドレン3人、作戦課員数人だ。

 いつものメンバーであるマヤちゃんと日向さんは指揮官負傷につき、代行業務で大忙しだ。

 

「21時13分、初号機の攻撃にて第13使徒のA.Tフィールド消失、殲滅が確認されました」

 

 作戦課員の大野二尉によって淡々と進んでいくデブリーフィング。

 銃剣刺突からのめった刺しシーンは情操教育的に良くないと判断したのか、静止画だ。

 初号機が銃剣を構えて直突するシーンだ。

 銃剣道の試合なら、“喉に一本”でキレイに勝ってるところだが、そうじゃなかったんだな。

 俺が、第13使徒を“解体”する光景に立ち会った綾波や作戦課員の顔色が悪い。

 一方、保護され偵察隊の小型(パジェロ)に乗って前線指揮所まで行き、本管中隊の女性自衛官(ワック)から、毛布にジュースにいろいろ貰っていたアスカは、この空気に困惑する。

 

「レイ、顔色悪いわよ」

「アスカは碇くんのアレ、見てないもの」

「シンジ、何したのよ」

「ここから、喉から後頭部まで突き刺したけど、仕留められなかったから止まるまでめった刺しにした」

「うわっ、えっぐ。仮にも人乗ったエヴァでしょ、アンタ加減ってもんが無いの?」

「ノド突き刺されて、ゾンビじみた抵抗して来たらそりゃこうなるよ」

「で、パイロットは?」

「21時31分、フォースチルドレン、宮下サトミの搬送を開始」

 

 俺が引き抜いて横たえたエントリープラグから搬出される彼女の姿が映し出される。

 変質し粘液状となったLCLにまみれたクラスメイトに、アスカが葛城三佐に詰め寄った。

 

「宮下って、うちのクラスじゃない! ミサト、どういうことなのよッ!」

「ごめんなさい、あなた達には伝えられなかったの」

 

 葛城三佐は悲しそうな顔をして言う。

 赤木博士も俺の方を見ている。

 まあ、言わんとしてることはわかったけどさ。

 

「シンジ君にも何度も聞かれたわ、でも……」

「アレが“いわくつきの機体”だから、ですよね」

「そうよ、何かあった時にあなた達に辛い思いをさせないように」

 

 処理するなら、パイロットについて知らないまま実行したほうがまだマシだというミサトさんやリツコさんなりの配慮だったんだろう。

 この空回りした思いやりに憤ったのがアスカだ。

 

「誰が乗ってるか分かんなかったら、アタシたちが平気で攻撃できると思ってたの!」

「アスカ、落ち着いてよ」

「何よシンジ! あんただってちょっと前までじめーっとした顔してたくせに!」

「シンジ君も、おそらくこうなることを分かっていたのよね」

「あんた、知ってたって言うの」

 

 アスカは何も知らせず手を汚させようという“だましうち”のような仕打ちに怒髪天を衝く有様で、声を掛けた俺も巻き込まれそうな勢いだ。

 そんな時に赤木博士が言った一言で完全に標的が俺に向いた。

 誤解からアスカとの関係がこじれても嫌なので正直に言うことにした。

 

「パイロットが誰かはわからなかったけど、参号機に何かあるような気はしていた、だから覚悟していたんだ」

「じゃあ何、アンタ使徒の付いてた機体に誰かを乗せて殺す気だったの?」

「ああ、俺に出来るのがそれしかなかった、だから手を汚すのは俺だけでいい」

 

 激痛

 

「バカにしてんじゃないわよ」

 

 アスカに頬を殴られた。

 

「ちょ、ちょっとアスカ」

「どうして、アタシたちに相談しないのよアンタは!」

 

 葛城三佐が止めに入ろうとしたが、アスカはひと睨みして俺の胸倉をつかむ。

 

「俺だって、エヴァに乗る誰かを助けたかったよ、でも殺してしまう可能性の方が高かった、その時に人殺しになるのは“大人”の仕事だ!」

「何が大人よガキシンジ! アンタ一人で戦ってるつもり?」

「みんなで戦ってるよ、でも俺はアスカに、綾波に重い罪の意識なんて背負わせたくないんだよ!」

 

 俺とアスカの口論に周りの作戦部員がどう止めようかと悩んでいるようだ。

 だけど、俺の言いたいことを聞いたアスカは胸倉から手を放してくれた。

 そして無言でドカッとパイプ椅子に座った。

 言葉が見つからないけど止めようかどうか悩んでたらしい綾波も、椅子に座る。

 そこでばつの悪そうにしてる赤木博士と葛城三佐、アンタらも共犯なんだぞ。

 

「続けなさいよ」

 

 アスカの一言に、宮下さん収容以降の経過報告が始まる。

 いつも通り千切れ飛んだエヴァの部位や破損武器の回収作業(通称:ゴミ拾い)をやった俺がネルフ本部に帰りついたのが深夜の2時頃だ。

 そこから返り血を浴びて真っ赤に染まったエヴァ初号機の除染が開始、俺が寝たのもそれくらいだろう。

 翌日の6時より段階的に避難命令解除、野辺山地区の除染作業開始。

 第13使徒戦はこれをもって終結とする。

 

 通常であればここで葛城三佐や赤木博士の講評が入るところだが、当時不在であったためか今回は省略された。

 こうして、第13使徒戦におけるデブリーフィングは始まった時よりも重い空気のまま終了した。

 

 

 

「うまく、行かねえよなあ」

 

 デブリーフィングが終わると俺は自販機コーナーのベンチで一人、ぼんやりと過ごす。

 アスカに殴られて熱を持っていた頬からようやく赤みが引いた。

 頬を冷やしていた缶コーヒーをちびちびと飲みながら、今後について考える。

 

 原作シンジ君はエヴァに立てこもり、恫喝したから強制排除された。

 さっきのアスカみたいに“だましうち”されたと考えても無理はないよな。

 だからと言ってエヴァに立てこもれるシンジ君は大したタマだと思う。

 

 それはさておいて、原作ではシンジ君入院、重営倉、除隊の流れで具体的な日数がわからない。

 シンジ君が除隊……もといパイロット抹消で第三東京を去る時に第14使徒がやってくる。

 うろ覚えだけどミサトさん、リツコさんのケガからして1か月も2カ月も拘束されてなさそうだ、長くて2~3週間っぽい。

 

 原作アニメと違うのは俺が最初から出られるのと、零号機の腕が吹っ飛んでないことくらいだ。

 だけど、原作アスカが今となっては珍しいノーマルのパレットガンと無反動砲で全力射撃しても全く効果が無かった。

 防御もさることながら、近接戦はよくしなる平たい腕、遠距離は高威力の怪光線ときた。

 エヴァ3機で袋叩きにしようにも厳しいぞこれ。

 

 初号機の暴走で喰われた使徒だけど、この世界でその戦法は使えない。

 中身俺だし都合よく暴走が起こってくれるかどうかもわからない、なによりS2機関の獲得はゼーレに目を付けられる出来事になるからな。

 ゲンドウの失点ポイントはちょこちょこあったものの“S2機関取得”と“ロンギヌスの槍喪失”そして“零号機喪失”がダメ押しだったような気がする。

 アダムのコピーのエヴァにS2機関、「神を作る気か」的なことを言ってたような。

 下手こいてゼーレのお呼び出し、あるいは拉致暗殺なんてパターンは避けたい。

 そう、加持さんのように……。

 

「よう、シンジ君」

「うわぁ! びっくりした」

「うわぁ、とはご挨拶だな、アスカとやり合ったんだって?」

「そうですけど、まあ、こんなナリですから仕方ないのかな」

「ここじゃ目が多すぎる、ちょっと付き合ってくれないか」

「構いませんよ」

 

 俺は突然目の前に現れた加持さんに連れられて、ジオフロントの一角にあるスイカ畑にやって来た。

 

「最近、どうだい」

「何がですか?」

「アスカだよ、俺へのラブコールも少なくなったし寂しいなぁ」

「加持さんにはミサトさんがいるじゃないですか、よりを戻したんでしょ」

「葛城とヨリを戻したって誰に聞いたんだ」

「アスカとリツコさんですよ」

「だから、最近シンジ君の話ばっかりなんだな。両手に花なんて羨ましいぞ」

「両手に花っていうけど、二人とも本命は別に居るんでしょ」

「リッちゃんはともかく、アスカは君に会って変わったよ」

「変わりましたね、今日、俺は驚きましたよ」

 

 アニメアスカなら下降線に入って卑屈になり、孤立してそれが更にシンクロ率低下などの悪循環を招き、どんどん負けが込んでくる頃だろう。

 だけど、今、一緒に戦っているアスカは仲間想いの女の子だ。

 原作との差異と言えば、綾波がアスカと話すようになってお姉さんやってるのと、俺がアスカと仲がいいということくらいか。

 原作アスカならトウジがフォースチルドレンになることに腹を立ててたり、ことあるごとに一人でやろうとしていた。

 私は子供じゃない、私を見て……から、他人や仲間を頼れって、成長したよな。

 

「俺が出来なかったことを、シンジ君、君がしたんだ」

「加持さん、アスカには同じような立場の友達が居なかっただけですよ」

「いいや、君だからアスカは成長できたんだ。ありがとう」

 

 いつもの世間話と違った雰囲気を感じる、どこか影があるような。

 

「……どうしたんですか。まるで遺言みたいな」

「遺言か、死ぬ気はないよ。まだわからないことがあるんだ、それを知るまではね」

「真実は人の数だけ、()()が都合のいいように記すものなんですよ。加持さん」

「手厳しいね」

「加持さん、それとも“不都合な真実”にミサトさん巻き込みます?」

「そうだな、でも葛城は……この話はやめよう」

「そうしましょう、お気をつけて」

「……シンジ君、いや“アンタ”は何を知ってるっていうんだ」

「トンキン湾事件の真相とかそういったネタはね」

「また古いネタだ」

「マジな話、エヴァンゲリオンそれも相棒の表層しかわかんないですよ」

「それもそうか」

 

 俺と加持さんはハハハと笑うと、手を振って別れた。

 

 原作知識はもう穴だらけうろ覚え、アニメの映像の断片が浮かぶくらいだ。

 PS2版“エヴァ2”をやり込んでいた時のように最深度情報なんて出てこない。

 もっとも、ゲームのフレーバーテキストみたいな薄っぺらなものなんて加持さんも要らないだろう。

 数学のテストで途中式の無い回答だけ答えるようなもので説得力の欠片もない。

 それならゼーレ、委員会が書いたダミー情報の方が幾分かマシだな。

 少なくともこの世界が虚構(アニメ)の下で成り立ってるなんてトンデモ話よりは。

 

 

 

 数日ぶりに中学校に行くと、ケンスケとトウジが出迎えてくれた。

 

「シンジ、エヴァには誰が乗ってたんだよ」

「センセ、アカンかったんか……」

「パイロットは生きてたけど、もう走れないかもな」

 

 あの日から欠席の続くクラスメイトを思い浮かべた二人は黙り込んでしまった。

 参号機起動実験の日から宮下さんは入院生活とリハビリだ。

 痛みの走る手足を懸命に動かして前に、前に進もうとする彼女の姿。

 エヴァにさえ乗らなければ、こんな辛い思いをすることはなかったはずだ。

 泣きたいだろう、この世の理不尽を訴えたいだろう。

 でも、俺が行くといつも笑顔を作ってくれるのだ。

 

「キッツいなあ……」

「ああ」

 

 トウジはそう呟く、俺も同感だ。

 フォースチルドレンの名前こそ伏せられていたけど、父親の端末で第13使徒戦の顛末を知ったケンスケは何も言えないようだ。

 だって、憧れのエヴァパイロットになるという事を知ってしまったんだから。

 死ぬ一歩手前まで追い詰められ、時に使徒に乗っ取られ、しまいには人を殺す覚悟を強いられる。

 俺や綾波、アスカがたまたま上手くいった成功例ってだけで、エヴァに乗るのは実験含めて基本的に命がけなんだよな。

 そのへんの話はケンスケに懇々(こんこん)としたから、この期に及んでエヴァに乗りたいなんて馬鹿なことは言わないだろう。

 そして迎えたホームルームで本日の欠席者が読み上げられる。

 

 綾波、宮下さん。

 

 週番のトウジがプリントを届けるように言われるが、二人ともネルフ関連の欠席だ。

 綾波はリツコさんと実験(ダミープラグ関連?)だし、宮下さんは診察日だ。

 

「トウジ、プリント俺が病室まで持って行くから、放課後になったら渡してくれ」

「おう、任せたでセンセ」

 

 アニメではトウジの週番って参号機が()()()だったけど、疎開していったクラスメイトが原作と違ったんだろうか。

 辛気臭く重いムードをいつまでも引きずっていても仕方ないし、俺は明るく振る舞うことにした。

 その事もあってか午後にもなると、何事も無かったかのように学校生活をしていた。

 虫除けを始めて以降いつもワザとらしく絡んで来るアスカも、今日は大人しい。

 彼女なりに気を遣ってくれてるんだろうか。

 

 放課後になり、トウジとアスカから事情を聴いたであろう洞木さんに励まされて、俺は学校を出る。

 ネルフのVIP用特別室という事もあって差し入れは自由だ。

 病院ではあまり出ないような甘い物を買って持って行く。

 引き戸を開けて病室に入ると、彼女はテレビを見ていた。

 連続テレビ小説だろうか。

 声をかけると、いつもより嬉しそうだ。

 

「碇くん、退院が決まったよ」

「えっ、本当」

「来月、痺れが引いたら学校にも行けるんだって」

「それはよかった、今はどう?」

「何とか、歩けるようにはなったよ。まだ杖いるけどね」

「そうか、頑張ったんだな」

「えへへ」

 

 入院からおおよそ1週間で歩けるようになった宮下さんの頑張りには驚いた。

 足がつって痛い状態が両足で同時発生するようなもので、立つのも辛いはずなのに……。

 水羊羹を食べながら、学校の話やアスカたちの話をする。

 

 アスカと綾波もお見舞いに来たそうで、「アタシは謝らないけど、元の生活に戻れるといいわね」なんてアスカなりの激励をして帰ったらしい。

 一緒に来た綾波は「ごめんなさい、どう言えばいいのかわからない」と言っていたそうだ。

 

 今回の一件は手を下した俺と、いわくつきの機体でテストをしたネルフ管理職の責任だ。

 アスカと綾波が謝る必要はないけど、エヴァパイロットに“選ばれてしまった”ところに思うところがあったのだろうか。

 お見舞いに来てくれたのが嬉しかったという彼女は、とてもいい子だと思う。

 

 宮下さんのお見舞いを終えると、いつものように赤木研究室へと向かう。

 試作武器の意見を求められていたからだ。

 ついでにプリントを渡そうと思ったが綾波はというと試験終了後、レポートを書いて先に帰ってしまったらしく居なかった。

 

 よく二次創作ではいろいろと新武器が登場するものだが、現実問題として予算には限りがあり次々と新武装を開発できないのだ。

 その為に取捨選択をするわけだが、リツコさんに見せられた新武器のアイディアはツッコミどころが多かった。

 “全領域兵器マステマ”という複合型兵装と“デュアルソー”という巨大チェーンソーだ。

 そう、PS2のゲームで見たキワモノ武装だ。

 

 マステマは機関砲に大きな刃とN2弾頭のロケットを取り付けた代物で、俺が余りにも剣付きパレットガンで戦果を挙げているがゆえに試作してはどうかというところに来てしまったらしい。

 

 違う、これじゃない……。

 

「どう、シンジ君」

「コレ、近距離戦で斬りつけるにしても、N2ロケットが邪魔だし……なんというか、中途半端ですね」

 

 OICWやら、K11複合小銃やらJSF計画といった例があるように、複合型武装、統合ナントカ計画って言うのは死亡フラグが立っている。

 開発コストが高騰し、複雑で開発が難航したあげくポシャる可能性がめちゃくちゃ高い。

 JSFもなんとかF-35という機体を生み出したが2010年位までは金食い虫で、多国共同開発って言うのは失敗じゃないかなどと言われていた。

 あれもこれもの“十特ナイフ”というのは兵器業界ではどっちつかずの欠陥品になる可能性が高い。

 

「そうね、じゃあシンジ君はどんな武器がいいの」

「剣付きパレットガンの銃剣の長さをあとちょっと伸ばしてくれるだけでいいです」

「やっぱり、そういうと思っていたわ、他に良いアイディアはないかしら」

「ソニックグレイブの柄の先にN2爆雷を取り付けて()()()()とか」

「それ、エヴァが巻き込まれるじゃない」

 

 原作では綾波が爆弾を抱え、第14使徒に肉弾攻撃を行ったのだ。

 そういう状況なら、ちょっとでもリーチが長いほうが有利だろう。

 “棒付爆雷”や“梱包爆薬”などで複数方向から肉薄、襲撃するのは対戦車戦闘の基本だ。

 

「防御の硬い使徒のコアを貫く対装甲武器としては使えそうだと思ったんですけど」

「却下ね」

「ですよね」

 

 リツコさんにあっさり却下を喰らった。

 それもそうだ、第14使徒みたいな“攻守ともに万全で肉弾特攻もコア防御膜で無効化するような相手”なんて考えつかないだろうしな。

 ここでアイディアが通っても実物が出来るまでには時間がかかる、ダメだ。

 

「第五使徒戦で使った戦自のFX-1はどうしたんですか?」

「あれは砲身と受電部が過負荷で焼けてスクラップよ、どうして?」

「分隊支援用の対戦車銃みたいなやつがあればいいなと」

「それなら、大出力ポジトロンライフルがあるわ」

 

 スクラップから部品取りされ、再設計されたそいつは銃身を短縮して立派な二脚と銃床、そして内部陽電子加速器が取り付けられた、いわばスタンドアロン型のFX-1モドキだった。

 

「それって、すぐに使えますか?」

「今、九割方完成しているけど、実戦投入はまだ無理よ」

「じゃあ、現時点、今すぐ使える最強の火器って何ですかね」

「ポジトロンライフル20番ね、それなら2丁あるわ」

 

 狙撃眼鏡(そげきがんきょう)のついたEVA用ポジトロンライフルに見えるが、後期型という事もあって出力も大幅に上がり、初期型とはほぼ別物らしい。

 俺の中では第15使徒戦で投入され、半狂乱のアスカが乱射しているイメージしかない武器だ。

 この頃にはもうあらかた出来てたんだな、そうでもなければ間に合わないか。

 あのときジオフロント内防衛線に配備するほど余裕なかったんだろうな。

 

 歩兵による対戦車戦闘の基本戦術として用いられるのが対戦車火器と肉薄攻撃の組み合わせだ。

 対戦車地雷で足止めし、小銃手が周囲を視察する車長や装填手の狙撃を行い、無反動砲手、LAM手が側面、背後のボサからひょっこり現れて装甲の薄いところを抜いてくるのだ。

 バトラー交戦装置がピーピー鳴って光り、撃破判定に気づいたときにはもう敵は居ない。

 そう、演習において普通科隊員に戦車が狩られるパターンのひとつだ。

 現在の自衛隊では安全管理上、爆薬などを戦車に投げ込む肉薄攻撃は行われていない。

 しかし、かつての対米戦、対ソ連戦では迫りくるM4戦車、T-34戦車に対し日本兵は肉弾となって突入、敵戦車ともろともに散華(さんげ)していった。

 戦車を使徒に置き換え、第14使徒戦では狙撃手を置いて、援護の下で近接しての袋叩きを考えているのだ。

 

「シンジ君、どうしたの」

「目つぶし程度のパレットライフルがいつまで有効なんだろうなって考えると、効果のある中距離支援砲が欲しいなと感じます」

 

 第13使徒戦でも、綾波と俺の射弾はほとんどエヴァの特殊装甲板で弾かれていた。

 ようは威力が無いので使徒に対し先制攻撃が出来ないのだ。

 理想はファーストアタック・ファストキル、先に攻撃して使徒の反撃が行われる前に素早く撃破する。

 もっとも、衛星軌道上の第15使徒は不可、逆に第16使徒ではそうしないと同化されて乗っ取られる、これは言わないけど。

 

 リツコさんは俺の考える“先制攻撃・早期撃破論”を聞いて納得したようだ。

 そして、次の使徒戦の時に取り出しやすい位置においてくれることになった。

 

 本題であった新武装案はどちらも没となり、代わりにパレットライフル改用銃剣が作られることとなった。

 肩のウェポンラックに収める必要のあったプログナイフの改造ではなく、専用品なのだ。

 89式小銃用のナイフ形銃剣から64式小銃の「これぞ剣」といった形の銃剣になった感じだ。やったぜ。

 

 俺がこうしている間にも“最強の使徒”の襲来は刻一刻と近づいてきていた。

 




基本説明不足、感情的になって事態が悪化するのが原作……。
あと、ケンスケはどのレベルまで閲覧しているんだろうか。
オヤジの情報保全ガバガバじゃねえか。
シンジ君への電話で「盗聴されています」っていうアナウンスでブツ切りは笑った。

用語解説

トンキン湾事件:ベトナム戦争開戦のきっかけ、1964年8月4日、駆逐艦マドックスが北ベトナム軍の襲撃を受けたとする事件。のちにアメリカの捏造である事がわかった。

OICW:XM29、5.56㎜弾と20㎜エアバーストてき弾が撃てる複合型小銃、値段が高騰し、威力も中途半端という事から2004年に白紙となった。

K11複合型小銃:韓国が計画していた複合小銃、やはり高コストでいろいろと問題多発。いつの間にか白紙に。

JSF:統合打撃戦闘機計画、空軍・海軍・海兵隊の戦闘攻撃機の複数機種を一本化しようという計画、国際共同開発という事で数か国を巻き込んだ計画となった。

LAM:パンツァーファースト3こと110mm個人携帯対戦車弾。
バトラー交戦装置:レーザー発振器と受光部で構成される交戦訓練装置。精密電子機器のため取り付け取り外し、状況中の取り扱いにめちゃくちゃ神経を要する。


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ヒトの戦い

 太平洋戦争の終盤、広げた版図の南洋の島々を失った我が国は連日のように空襲を受けていた。

 テニアンからやってくる“超空の要塞”は焼夷弾と通常爆弾を街に、工場に、住宅地に、鉄道に雨のように降らした。

 もちろん、『護れ大空』で“照空燈や高射砲、聴音監視阻塞網”と歌われた防空システム自体はあったものの、もうどうにもならなかったのである。

 敵機の大編隊が我が物顔で飛び行き、市街を赤く染め上げる様を見つめることしかできなかった帝国軍人の気持ちが今分かった。

 

 突如出現した第14使徒は即応態勢にあった第1高射群のペトリオット、高射特科の中SAM、ホーク改を浴びても平然と飛んでいる。

 邀撃に上がったF-15J戦闘機が閃光と共に翼から火を噴いて市街へと墜ちてゆく。

 射出座席が作動しパラシュートが見える。

 しかし尾翼をもがれたもう一機は、市街を避けるようによろよろと飛んで山肌へと墜落する、最後まで射出座席は作動しなかった。

 

「総員第一種戦闘配備、地対空迎撃戦用意」

「エヴァパイロット到着、直ちに発進準備!」

 

 1時間前、箱根駒ヶ岳で使徒が出現したという知らせを受けて学校から国連軍の高機動車に飛び乗り、ネルフ本部に駆け込んだ。

 駒ヶ岳防衛線と呼ばれる芦ノ湖東岸、強羅を繫ぐ防衛ラインをすでに越えられていることから、スクランブル発進という事もあってプリブリも無しにエヴァの中にいた。

 

 地上のネルフ情報班、観測所や国連軍・戦略自衛隊との“リンク16(V2)”戦術データリンクシステムから出動した国連軍の様子が送られてくる。

 プラグに画像伝送装置からの映像と、発令所を経由した戦域画面が表示される。

 

 既に住民避難のための時間稼ぎに国連第二方面軍、戦略自衛隊の総力を上げた戦いが始まっていた。

 対空誘導弾装備のF-15の損耗が激しく近接するのは危険と判断されたようで、対艦誘導弾装備のF-2支援戦闘機が百里から発進、長射程高火力での攻撃を行っているようだ。

 対艦ミサイルが使徒の体表でいくつも爆発するが悠々と飛び、顔のようなところを光らせる。

 だが、遠くでミサイルを放って離脱するF-2には当たらない。

 的が小さくて素早い戦闘機に怪光線を直撃させるのは難しいらしく、掠めるような至近弾で撃墜しているようだ。

 そうした様子と第3使徒の反省から戦自と陸自の重戦闘機部隊にはお声が掛からないのかデータリンク上でも姿を見ない。

 一方、対地目標に対しては無類の強さを誇り、射撃火点を的確に狙い撃って十字の火柱をいくつも立ち上げていた。

 

「第三東京分遣班、沈黙」

 

 空自の高射群が怪光線の応射を受けて壊滅したという報告が飛び込む。

 続いて到着した足の速い戦自の即応機動連隊、特科大隊が火砲の射撃直後に怪光線で消滅した。

 戦域画面から次々と消えていく部隊記号のアイコン。

 出来る事なら地上の部隊に今すぐ加勢したいが、それでも勝率は低い。

 射出直後に攻撃されてエヴァを喪失する可能性から、ジオフロントで待ち伏せを行うという方針が取られたのだ。

 直上の天井都市は、第三新東京周辺の市街は?と葛城三佐に聞いたが無言で首を振られた。

 つまり、「あきらめろ」ということだ。

 開けた場所では国民の生命、財産をなげうってでも勝てるかどうかわからないのだ。

 

 高射特科の展開していた県道75号を超え、湖尻観測所および要塞群、迎撃ビル群の集中砲火をものともしないヤツは第三新東京市、ジオフロント直上都市に怪光線を放った。

 

「第18までの装甲板貫通!」

 

 日向さんの報告が聞こえた。

 通信ウィンドウに映る綾波、アスカの目が見開かれる。

 

「うそっ!」

「いよいよか……」

 

 3か所のA.Tフィールド中和地点に配備され、手にはポジトロンライフル20番を装備している。

 放射線が云々と言ってる場合ではなく、持てるだけの火力をぶつけようということになったのだ。

 アスカと綾波に数少ない20番を持たせ、俺は初期型のポジトロンライフルを装備して脇には剣付きパレットガンやソニックグレイブ、無反動砲を並べていた。

 

「アスカ、綾波、アイツは硬いぞ連携していこう」

「はっ、わかってるわよ。アンタこそ足引っ張んないでよね」

「了解、碇くんとアスカの援護をすればいいのね」

「うん、弾が切れたら武器を投げつけてもいい、投擲はヒトの得意分野だからね」

「レイ、シンジは良いけどアタシにはぶつけんじゃないわよ」

「そう、ダメなのね」

「俺は良いのかよ……」

 

 冗談めかしたアスカと綾波の掛け合いにフフッと笑いそうになったときに、葛城三佐の指示が飛ぶ。

 

「シンジ君、アスカ、レイ、目標がジオフロントに侵入した瞬間に攻撃、いいわねっ!」

「了解!」

 

 三人の声が重なる。

 次の一撃でヤツは入ってくるだろう。

 その時、天井都市区画が爆発してビルがボロボロと落ちてくる。

 爆炎の中から映画『スクリーム』のマスクを思わせる気味の悪い顔が現れ、続いて白黒赤の三色の胴体が破孔から姿を見せる。

 真っ先に本部防衛ビルの多連装ロケット砲が火を噴き、使徒の表面で爆ぜる。

 A.Tフィールド中和下でこれかよっ! 

 

「目標正面の敵、集中射ッ……撃てェ!」

 

 俺の叫びに、アスカと綾波もポジトロンライフルを撃った。

 A.Tフィールド中和効果と、陽電子による消滅が第14使徒を焼いた。

 

「顔を狙え!」

「わかったわ」

「分かってるっちゅーの!」

 

 表面を炙られ、発光しようとした顔面に向かってアスカと綾波の射撃が命中する。

 怪光線を撃たせないようにチクチクと撃っていたが、最強の使徒というだけあって意志は不屈かこっちに近づいてきている。

 ポジトロンライフルの弾が切れ、アイツの腕の射程圏内に入った時が最期だ、怪光線でピカドンか腕でバッサリいかれる。

 

 コア付近を狙って弾幕を張っていた俺のポジトロンライフルの弾が切れた。

 

 躊躇せずポジトロンライフルを捨てた俺は、ロンギヌスの槍を投擲する零号機の姿を思い浮かべながら脇にあったソニックグレイブを投げた。

 エヴァの臂力(ひりょく)から生み出される投擲でソニックグレイブは文字通り()()を超えた。

 淡く光るA.Tフィールド中和光を貫き、腰のような部位に深く突き刺さる。

 

 コアを外した! 

 

 続いて二本目を投げつける。

 顔っぽいところの真下に刺さったが、綾波の撃った陽電子で燃え尽きる。

 

「ヤバっ!」

 

 射撃が一瞬止み、嫌な予感がして飛びのくと目の前に白く平たい腕が突き刺さった。

 原作アスカのように首を刎ねられる一歩手前だったのだ。

 

「アスカ、綾波ッ!」

「弾切れよッ!」

「あと、3発」

 

 アスカは20番を捨てると無反動砲を両脇に抱え持ったバズーカ職人、いわゆるバズーカ惣流スタイルで弾幕を張ってくれる。

 射撃が効いていない。ないよりはマシだが決定打にはなりえない。

 やっぱり、()()()()しかないか。

 ふと、何処かで聞いた誰かの言葉が蘇った。

 

『戦車は動いて射撃しかできないが、人型戦車は原型である人と同じく多彩な戦術を使えるから強いのだ』と。

 

 使徒が出来なくて、人間が出来ること。

 ヒトは大きな牙もなく、握力に優れた腕も、素早い脚も、空を飛ぶ翼も、強固なA.Tフィールドさえない小さな生き物だ。

 しかし、どうしてこんなに地上で繁栄できたのか。

 それは集団で武器を使って戦術を駆使して、己の体より何倍も大きく強い相手に挑めたからだ。

 相手がマンモスでも、ライオンでも、戦車でも、使徒でさえ同じこと……。 

 

 三方向からパレットガン、無反動砲、ポジトロンライフル20番で射撃し、()()をつけさせない。

 こちとら、ユニゾン訓練やら日頃の訓練で連携はバッチリなんだよ!

 さっきからジュウジュウと顔を焼くポジトロンライフルが嫌になったのか零号機のほうに向きを変えようとする。

 その隙に俺は手元にあった剣付きパレットガンを拾うと、効かない事がわかっていながらも弾幕を張りつつ近づく。

 さらに本部防衛ビルのロケット弾が嫌がらせのように降り注ぐ。

 ついに零号機の20番が弾切れとなった。

 

「零号機、武器交換に入ります」

「シンジッ!」

「おう!」

 

 第14使徒はどうやら初号機、零号機、弐号機の順番で脅威を感じているらしく、綾波が次のポジトロンライフルを拾う隙をみてこっちに腕を伸ばそうとするのだ。

 

「うおりゃあ!」

 

 それを見たアスカが撃ち切った無反動砲を捨て、力いっぱいスマッシュホークを投げつけた。

 ギュンギュン縦回転して第14使徒の脇腹に直撃した。

 左腕の付け根に刺さり、赤い血を噴き上げる第14使徒。

 「痛いじゃないか」とばかりにクルリと左旋回して弐号機へと向きを変えるヤツに、俺は駆け出していた。

 

「こっちがガラ空きだぁ!初号機、吶喊します!」

 

 奴の気を惹くために剣付きパレットガンを構え、全力で突入する。

 これなら、たとえ腕を吹っ飛ばされようが慣性力で使徒へと吹っ飛んでいく。

 ダッシュ、幅跳び前、すり足、走る、ダッシュ、突くと脳内で組み立て、初号機に伝える。

 

 そして、一か八か奴がこっちを向ききる直前に左前方へと大きく飛んだ。

 予想は大当たりで俺のすぐ右横を白い腕が過ぎ去って行く、こっちはそのタイプ()()てんだよ。

 だが第4使徒や第13使徒と違うのは、伸び切った腕を戻すスピードが段違いに速い。

 シュパッという擬音が似合いそうなほど素早く縮み、目と鼻の先の俺を突こうとした。

 

 単機でいたなら原作アスカみたいにやられていただろうが、俺には二人の、そして多くの仲間がいる。

 武器交換を終えた綾波のポジトロンライフルが、焼けただれた使徒の顔面を捉えた。

 

「先走んないでよ、バカシンジ!」

 

 とは言いつつも、アスカも予備の剣付きパレットガンを乱射しながら使徒の側面から突入してきた。

 紫と紅のエヴァが二機が突っ込んできていることに対して腕を伸ばすか、光線を放つか逡巡したのだろうか。

 一瞬の隙に初号機が第14使徒に辿り着き、A.Tフィールドの壁を抜けた銃剣が使徒のコアへと突き進む。

 甲高い音を立てて散る火花。

 コアへたどり着いたはずの銃剣の切っ先には茶褐色の膜があった。

 

 やられたっ! 

 

 分かっていたこととはいえ呆然とする俺に使徒は腕をパタパタと展開して伸ばそうとする。

 

「させるかぁ!」

 

 横から弐号機が飛び込んできて、俺の鼻先を掠めるように銃剣が突き出された。

 使徒の顔の付け根にグッサリと突き刺さり、赤い血が噴き出す。

 弐号機にスピードの乗った体当たりを喰らわされた使徒は後ろへと倒れた。

 

「こんのぉおおお!」

 

 馬乗りになると素手で使徒を殴り始める弐号機。

 

「アスカっ! こいつを使えっ!」

「プログナイフ!」

 

 俺の機体のナイフをアスカに手渡すと、叩きつけるようにコア周りや顔をめった刺しにし始める。

 まるで第13使徒戦の時の俺を見るようだ。

 

「アンタ如きに負けらんないのよアタシは!」

 

 顔にナイフを突き刺す弐号機に反撃しようと動いた右腕に俺はすかさず銃剣を突き刺し、中で掻きまわす。

 援護射撃に徹していた零号機もスマッシュホークを兵装ビルから取り出し、近寄って来た。

 

「レイッ! やっちゃって!」

 

 弐号機が使徒の上から降りたところに鈍く光るスマッシュホークが振り下ろされる。

 コア防御膜の上から何度も破砕斧が叩きつけられ、腕を動かそうとすると銃剣を突き刺され、焼け爛れバキバキに砕けた顔から怪光線を放つこともできない。

 新しい顔を創ろうにも俺やアスカが銃剣で突き、抵抗を許さない。

 エヴァ量産機のアレを思い出しそうになるエヴァ三機での凄惨極まるリンチ、群れの力というリリン最大の武器に最強の第14使徒も綾波にコアを叩き割られ、光の柱となった。

 そう、人は槍や斧でマンモスを追い回していた頃からずっと武器と集団戦術を使い続けている。

 使徒を捕食してS2機関を作り上げることもなく、ヒトがヒトであるまま勝利したのだった。

 

「第14使徒、パターン青消滅!」

 

 日向さんの報告に、エヴァ三機で力を合わせて撃破した使徒の姿を見る。

 使徒を貪り食ったわけでもないのにグッチャグチャの酷い有様で、マヤちゃんがこっち(大画面側)を見ようとしないレベルだ。

 とくにネギトロめいた状態にしたのがスマッシュホークを使った綾波さんである。

 戦闘時の興奮が去り、冷静になって来ていた俺はふと考える。

 あれ、第13使徒戦で情操教育的に悪影響与えちゃったか……と。

 

 

 撤収作業が終わり、国連軍や総務省からの被害報告が上がってきた。

 22時の第一報時点で“名前の分かる民間人死者”が52人、行方不明者1174人、重軽症者2113人、うち第三新東京市民の死者36人、行方不明者491人。

 犠牲者の多くが天井都市区画のシェルターに身を寄せていた住民で、そのほかは避難が間に合わず彼我の攻撃に巻き込まれてしまったようだ。

 行方不明というのはシェルターや装甲板もろとも使徒の怪光線で跡形も残らず()()させられたからだろう。

 時間が経つにつれて数が増えることはあっても減ることはないんだろうな。

 

 国連軍の被害であるがF-15が10機撃墜され6人が殉職、高射特科部隊で53人、高射群で41人、避難誘導に当たった普通科連隊で19人、偵察隊で5人が殉職した。

 機動戦闘車で駆け付けた戦略自衛隊の情報は入らないが、部隊規模的に人員数も陸自のレコンや戦車大隊と変わらないだろうから大体予想はつく。

 おそらく、この間の合同演習で一緒にやっていた人たちも含まれている。

 まるで、遠くの地域の台風被害報道のように他人事、数字で死者を見ている自分に気づいた。

 俺の感覚はマヒしてしまったのか、涙もでないや。

 

 

 

 安全化が終わるまで地上に出られないという事もあって、アスカ、綾波は“パイロット用仮眠室”に泊まりだ。

 俺も乾式除染作業によってジオフロント内の自室へ戻れず“一般仮眠室”へ向かった。

 仮眠室は護衛艦のようなカーテンの付いた二段ベッドが複数ある部屋で、特別勤務者が待機に使っている。

 薄暗く、蓄光テープがぼんやり光るベッドの間を抜け、奥のひとつに入って横たわるとカーテンを閉めた。

 壁の通信端末のリーダーにIDを通す。

 こうして個人位置を認識させることで、非常時に端末を通じて呼び出しを掛けてくれるのだ。

 しばらく二段ベッドの上段を見てぼんやりとしていたが、そのうち瞼が落ちて眠っていた。

 

 爆音が聞こえてきた。

 見上げるとジオフロントの天井都市が吹き飛び、白い使徒の顔がこっちを覗き込んでいる。

 ケタケタと笑うような音を出し、こちらをずっと見ている。

 まるで、矮小なお前に何ができる? とでも言わんばかりにジッと、天井都市の破孔から。

 俺にはエヴァも銃もなく、碇シンジの肉体しかない。

 黒い眼窩の奥が光り始める、最期の瞬間、第14使徒がニタリと笑ったような気がした。

 

 跳ね起きる。

 寝汗でぐっしょりとシーツが濡れ、体が痒い。

 壁に備え付けられた時計を見ると、まだ午前4時でジオフロント内も薄暗い。

 二度寝をする気にもなれず、使用済みシーツを回収箱に放り込んで俺は自販機コーナーへと歩きだしていた。

 休憩に入った徹夜組、特別勤務オペレーターが数人いて、その中の一人に声を掛けられた。

 

「シンジ君、こんな時間に何しているんだい」

「戦闘のせいか早起きしてしまって。ところで青葉さんこそ、今日は特別勤務じゃないんですか?」

「俺も戦闘管制やったから、今日は勤務免除で休みさ」

 

 どうやら、発令所での特別勤務を終えてこれから家に帰るようだ。

 青葉さんは昨日の昼から使徒との戦闘、そして22時を過ぎて特別勤務者2人と2時間ごとに勤務、休憩、仮眠の勤務だ。

 

 第一直なら20時~22時勤務、22時~0時まで休憩、0時~2時まで勤務、2時~4時まで仮眠、4時~6時まで勤務だ。

 第二直は22時~0時まで勤務、0時~2時まで仮眠、2時~4時まで勤務、4時~6時まで休憩という第一直を補うような勤務態勢だ。

 

 0600を迎えるとオペレーターの引継ぎが行われ、中央作戦司令部付の青葉さんも例外ではない。

 いつもの3人でいるとは限らず、勤務シフトによってはアニメでいうところのモブオペレーターが座っている。

 青葉さんは特別勤務者ではなかったのだが使徒が出てきたため深夜残業、第二直の時間帯で勤務していた。

 

「あと2時間で下番(かばん)ですね、お疲れ様です」

「いやいや、いつも体張ってるシンジ君たちにはかなわないよ」

「僕は戦闘職種ですからね、でも皆さんの後方支援なしではどうともなりませんよ」

「謙虚なんだね、シンジ君」

「そんなことはないですよ、エヴァなんていう大きな兵器()()で出来る事なんて限られてるんです」

「でも、シンジ君は凄いぞ、痛い思いをして死にそうにもなって、あの国連軍とも共同戦線を張れるんだ」

 

 いちパイロットが現場の隊員たちといくら仲良かったって、組織間が手を組まなきゃ共同戦線は張れない。

 決裁権のある人が国連軍に対する連絡チャネルを作ってくれなきゃ組織人としてはどうしようもないのだ。

 

「それだって、皆さんが国連軍とのパイプを繫いでくれなきゃどうしようもなかったですよホントに」

「俺や副司令だって碇司令がオッケー出さなきゃどうしようもなかったよ」

「ネルフって縄張り意識が強そうだと思っていました」

「シンジ君が来る前はもっと凄かったよ、ネルフの特権をいろんなところで使ってた」

「指揮権を奪い取ったりですか?」

「そうだよ、第3使徒の時には国連軍の将官相手に碇司令、不敵な笑みさ」

「『そのためのネルフです』って?」

「よくわかったねシンジ君、一言一句同じだよ」

「まあ、軍人さんとしては研究所上がりの集団に任せたくはないでしょうからね」

「それもそうだ。テロがあったっていうのに侵入者要撃システムの予算だって降りないしね……」

 

 青葉さんは国連軍のプライドの問題だと思っているようだが、実際はネルフ本部施設直接占拠時に障害になるという事で委員会、ゼーレが承認のハンコをつかないのだ。

 ゲンドウの造反がバレたうえで裏死海文書のシナリオ完遂、エヴァシリーズが完成すれば即サードインパクト&人類の融合をする気なのだゼーレの爺様方は。

 原作だと青葉さんはネルフ直接占拠の最中にそのことに気づくのだ。

 

「最後の使徒(シト)人間(ヒト)でしたってオチじゃなけりゃいいけど」

 

 司令部付ってだけあって青葉さん、鋭いなアンタ。

 大正解。

 しかし彼は見た目中学生の、それもこの間エヴァに乗ったクラスメイトを殺しかけた少年に言う事じゃなかったと青くなった。

 

「冗談だよ、気を悪くしないでくれよシンジ君。疲れてんだな俺」

「いえ、頭の片隅に置いておきますよ、情勢的に何があるかわからないんで」

「情勢、か。せめて俺達大人が何の憂いも無いようにしてやれたらいいんだけどな」

「そうですね、僕はともかくとしてアスカや綾波にはね」

「シンジ君って本当に二人のこと好きなんだな」

「戦友だし、女の子だからね。幸せになってもらいたいな」

 

 コーヒー片手に青葉さんとあれこれ話していると結構時間が経っていたようだ。

 

「おっと、もうこんな時間だ、引継ぎに行かないと。じゃあな!」

 

 青葉さんは持っていたコーラの空き缶をゴミ箱に突っ込むと発令所の方へと去っていった。

 今晩の特別勤務者と引継ぎをやるのだろう。

 引継ぎでは上番(じょうばん)者と下番(かばん)者が整列し、申し送り事項やら勤務における一般守則の確認などをする。

 

 自衛隊の駐屯地を守る警衛勤務の場合こんな感じだ。

 

「警衛司令、〇〇曹長」「警衛陸曹、〇〇三曹」「第一歩哨、〇〇士長」といった具合に役目と階級を告げ、以下何名のものは「警衛勤務を下番します」と申告する。

 新たに勤務に就く上番者も「上番します」と申告し、その後に申し送りをする。

 「外柵に市民団体のものと思われる反戦ビラが落ちていた」とか、夜間に不審な電球光が見えたとかそういう警備情報であったり、「本日は視察が来るので駐屯地の顔たる正門歩哨は端正かつ威容をもって勤務せよ」などという予定や注意事項などの伝達がおこなわれる

 

 ネルフのオペレーターはどういった引継ぎをやってるんだろうな。

 見に行ってみようかと思ったが、戦闘明けのチルドレンが発令所に行ったところで気を遣わせるだけなのでやっぱりやめた。

 

『ガス濃度低下、線量クリアによって地表区画からジオフロント第一層までの立ち入り制限を解除します』

 

 陽電子砲射撃によるジオフロント内の放射能汚染箇所に酸素化合物や四フッ化炭素といった除染ガスを吹き付け汚染箇所を気相化、フッ化するという()()()()が行われたらしい。

 前にリツコさんに聞いた話によると、広範囲に付着、吸着してしまったトリチウムや核分裂生成物などに除染ガスを吹き付けて揮発させて、反応したガスを放射性物質吸収缶に吸着、無害化する機材に通すというサイクルで行われるそうだ。

 湿式除染より放射性廃棄物が少なく、広範囲にできますというのがウリの技術で陽電子砲などを複数有するネルフはそのための専門部隊を持っている。

 俺達がぶっ放したポジトロンライフルなんかは、使用後チャンバーに入れられプラズマ励起ガスなどで乾式除染処理されることで整備員の被曝を防いでいるそうだ。

 そうした話を聞くうちに、あれっ? ジェットアローンの運用問題なくねえか? と思ったが、こんな大規模なガス利用乾式除染はネルフしかできないとのこと。

 ほとんどの所では汚染箇所を削り取る乾式除染だったり、水や酸液などによる湿式除染が主流なのだ。

 

 恐る恐るジオフロントに出てみると、防護服を脱いで一息ついているネルフ職員が至る所で見られ、ガイガーミュラー計数管を持った職員がホットスポットが無いかを調査している姿も見られる。

 そして俺の部屋に帰ると、建物の前にオレンジ色のテープが張られていた。

 

 嘘だろおい……。

 

 地下F区6番地の居住区は戦闘の衝撃で至る所にヒビが入り、崩落していたのだ。

 当然、俺の住んでた建物も大きくひび割れ、赤い張り紙が張られていた。

 

 “危険! この建物は崩壊する危険性があります、立ち入らないでください ネルフ管理部”

 

 碇シンジ14歳(28歳)、まさかの部屋を失う。

 使徒のバカヤロー! 

 




原作を見て考えていたが、第14使徒戦の大損害は火力不足というよりはエヴァ稼働機数の少なさと逐次投入による各個撃破が大きいと感じた。
シンジ君が最初から搭乗していれば、アスカが綾波と連携していれば、ダミープラグを使わず最初から零号機を投入していれば……というところに行きついてしまうわけで。
あの状況じゃ弐号機に、突撃する零号機の援護射撃をしてと指示を出すくらいしかできないわけだが。

用語解説

護れ大空:1933年に発表された戦時歌謡、当時の防空システムや要撃機について歌われている。愛国高射愛国機も本土空襲が始まると、もはやどうにもならなかったのだ。

超空の要塞:B-29“スーパーフォートレス”爆撃機、硬い、速い、そして高く飛ぶ爆撃機。マリアナ諸島から本土に来襲。当時の技術力では迎撃は難しく、要撃機が上がりきる前に絨毯爆撃を終えて去っていく。

第1高射群:中部航空方面隊の防空を担う高射群、入間基地所属で使徒襲来以降、第三東京に臨時の分遣班を派遣していた。

リンク16:NATO、国連軍との戦術データリンクシステム。リンク11やその後継のリンク22など複数の形式があり、UHF帯域を使用する。(V2)はネルフ対応、エヴァに搭載されたバージョンを指す。

乾式除染:除洗剤を用いない方法で汚染された服を脱ぐ、レーザーで汚染箇所を溶かして吹っ飛ばす、吸着マットで拭きとるなどの方法。除染ガスを用い気体状にして除去する方法も発明されているようだ。

除染ガス:広範囲の放射能汚染や接近困難な原子力施設の除染を目的として開発された技術、特許請求番号JP2002162498A。陽電子砲が実用化されているエヴァ世界では必須の技術のようだ。

上番・下番:役目に就くことと退くこと、定年退官された方が『自衛官を下番しまして』とおっしゃることもある。警備員でも上番・下番は使うようだ。

戦車は動いて~:ゲーム『高機動幻想ガンパレード・マーチ』の教官、坂上先生の授業より。人型戦車“士魂号M”の特徴についての一節、人型戦車の出来る事の例に挙がった“武器を捨ててキックする、横にジャンプする、壁を上る、後ろに剣で攻撃する”……全部エヴァで出来ることである。
なおガンパレはエヴァ2と同じ制作会社であり、自由度の高いゲームである。突然出撃が掛かったりするけど。

……分かりにくい小ネタは動画サイトで検索して見てもらえれば幸いです。


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喰う寝るところに、住むところ

衣・食・住の話がメインです。


 崩れかかった部屋から衣のうとRVボックスを搬出した俺は、次の部屋が決まるまで待機室の一室を借りて寝起きしていた。

 そう、第5使徒戦で出撃前に仮眠をとったあの部屋だ。

 持ち出したOD作業服ほか私服数点、ネルフの食堂、待機室と当面の衣食住を確保した俺は、事後処理に追われていた。

 

 第14使徒の残した傷跡は深く、大きい。

 

 直上都市にはぽっかりと大穴が空き、街の至る所にブルーシートや単管バリケードが張られている。

 街がそんな有様だから学校もしばらく休校だ。

 

 電話連絡網という平成中期には消えた昔懐かしいシステムでそれを伝える。

 ケンスケから綾波を飛ばして電話がかかって来たので、連絡網のプリントを見て次に回す。

 

「もし、碇です、学校はしばらく休みです。……小島君は無事か?」

 

 “あ行”は相田、綾波、碇と数人いるが、3人くらい連絡がつかずに“か行”にまで飛ぶ。

 家が被害を受けて電話がつながらないとか、避難生活でそれどころではないとか、あとは考えたくないが……。

 久々にクラスメイトの声を聴き、電話越しに近況を尋ねると小島君はどうやら無事だったらしい。

 ただ、父親のいる部署では数人死者が出たらしく家に帰ってこれないという。

 ネルフの職員も数十人、怪光線の直撃や天井都市の崩落に巻き込まれて殉職している。

 シェルターへの避難誘導や地表の安全確認に従事する保安諜報部か警備部の所属だろうか。

 

「碇は無事なのかよ、学校のシェルターにいなかったけどさ」

 

 ネルフの上級職員の息子ということになっている俺の現況を聞かれた。

 

「俺の住んでた部屋が崩れて、今は官舎暮らしさ」

「マジかよ、俺んちに来るか?」

「気持ちはうれしいけど、保護者の葛城さんがなあ……」

「ああ、あのフェラーリお姉さんね」

 

 電話連絡を終えると噂の“フェラーリお姉さん”こと上司の葛城三佐に“生活施設使用申請”の提出に行った。

 単身者用居室に引っ越そうと考えて、総務部管理課宛の申請書類に記入捺印まで終わらせた俺は葛城三佐の執務室に入る。

 すると、中で葛城三佐とアスカが待ち構えていた。

 俺が引っ越し関連の申請に来るのを知っていた葛城三佐はいきなり本題に入る。

 

「ねえシンジ君、うちに来ない?」

「ミサトの部屋って人住めるの?」

「何よアスカ、ちゃんと住めるわよ」

「加持さんから、ミサトの部屋が相変わらず酷いって聞いてんのよ」

「あんの馬鹿、いらない事ばっかり言いやがって……大丈夫よ」

「大方シンジを引き取って掃除させようってんでしょ」

「違うわよ、アスカこそシンジ君と同棲?」

「べ、別にユニゾンの時も一緒に暮らしてたし、コイツはウチに泊まることも多いし、食事が良いのよ!」

 

 ミサトさんの部屋か、アスカの部屋かどっちで引き取るかという論争が始まってしまった。

 なんだかんだ寂しがりやなアスカはまだわかるけど、ミサトさんはどうしてだ? 加持さんいるし、いまさら“疑似家族”なんてする必要あるか? 

 

 __そうか、どちらに行っても家事要員か。

 

 アスカ宅に泊まる時には俺の金で出前を取っているので、もしかすると食事調達要員かもしれない。

 いよいよ料理本買って自炊の訓練しないとヤバいかな。

 毎晩出前のラーメン、寿司、牛丼、海鮮丼、カレーのローテーションはきついぞ。

 そんな事を考えていると、アスカがズイっと近づいてきた。

 

「シンジはアタシと暮らすの、そんなにイヤなの?」

「そのきき方はズルいな。嫌じゃないけど、異性が居ると落ち着かないだろ?」

「そんなの今更じゃない、で、どうすんのよ」

 

 アスカはいつもみたいに強気の態度だが、目を見るとどこか不安そうにも見えた。

 ここで誘いを断って一人暮らしを強行することもできるが、ユニゾン生活以降もたびたび泊まってたわけで、いまさら断る必要も無いよな。

 

「よし、わかった。葛城三佐、アスカの部屋に戻ります」

「というわけで、ミサト、よろしくね」

「そうなると思ったわ、シンジ君の申請書を破棄します」

 

 破り捨てられてしまう生活施設使用申請書、そして判のつかれた“住居変更申請書”が手渡された。

 こうして指定居住場所がコンフォート17マンション122号室になり、アスカとの同居生活が再び始まる。

 なんだかんだ賑やかで楽しいところもあるしな、これも経験だ。

 

 エヴァ世界で住環境と言えば……ミサトマンションと並んで印象深いのは、綾波の部屋があるボロ団地である。

 俺の居た世界ならとうに取り壊されてURのキレイな集合住宅に建て替えられてるレベルだ。

 

「そういや、綾波ってどこに住んでるんだろう」

 

 原作シンジ君のように綾波の家に行くことがなかったから、家の場所を知らない。

 

「レイなら昨日、リツコん家に引き取られたわよ」

「えっ」

「住んでた旧団地が()()()()()()って事で、お引越しよん」

 

 綾波とリツコさんが同居することになったって? 

 原作ではゲンドウが補完計画を進めており、調整中の綾波にキッツい目を向けている頃だ。

 こっちの綾波は色んなことに触れて、リツコさんとも仲が良さそうなのでそうなるか。

 

「しっかし、リツコがねえ。ヒトって変わるモンよね。昔は『自分の生活乱されたくないから誰かと同居なんて無理ね』なんて言ってたのに」

 

 ミサトさんはそんな事を言っているが、リツコさんが言うところの“つまらない男”と恋敵から最近妹分になりつつある女の子じゃ違うだろうよ。

 アスカは綾波の同居を知っていたらしく、「中々いい家住んでんのよリツコって」と言っている。

 いつの間に知ったのだろうか。

 

「だって、アンタがここでホームレス中学生やってる間に、引っ越し手伝ったもん」

「お疲れさま」

「レイってモノが無いのよ、ボストンバッグひとつに収まるくらいで!」

 

 アニメで見た部屋を思い浮かべる。

 うん、下着と制服くらいしかなさそうだな、今はどうか知らんけど。

 

「シンジも荷物少ないほうよね」

「そうかな、独り身の男なんてそんなもんじゃないかな」

「着るモノくらい揃えなさいよアンタ」

「制服と作業服、キレイめのパンツ、シャツがあればそれで大丈夫だろ」

「アンタ、そういうとこ何とかしなさいよ」

 

 制服で過ごすことが多く、私物品が少ない自衛官の私服はダサいと言われている。

 俺もその例に漏れず外出時はオリーブドラブ色の迷彩シャツにジーパン、営内で履いてるランニングシューズだった。

 

 なので、シンジ君憑依時にサンドカラーのスラックスと薄い青のデニムシャツ、茶色い短靴を買った。

 メンズファッション誌で「爽やかに、無難にキマる!」というキャッチコピーとともに掲載されているタイプの服装だ。

 しかし学校とネルフを往復するうえで、“キレイめメンズコーデ”の出番はあまりなかった。

 

 さらにアスカが来る頃になると、気温も上がり暑すぎて羽織ものやデニムシャツを省略した。

 しまいにはOD色の速乾シャツにサンドカラーのカーゴパンツという、ケンスケとあんまり変わらない格好に落ち着いてしまったのである。

 ゆえにアスカがよく知ってる俺の服装は通勤時の学生服、OD作業服あるいはネルフジャージそれを組み合わせた“ジャー戦”、楽な省略シャツスタイルだ。

 

「じゃあアスカがシンジ君の服選びに付き合ってあげたらいいんじゃなーい?」

「ミサト、べっつにそんなつもりで言ったんじゃないわ!」

「へえ、加持さんの私服ってミサトさんが選んだんですか?」

「違うわよ、アイツがチャラい服装なのは大学時代からよ」

 

 歳とってイケイケの兄ちゃんなら加持さんみたいな着崩しスーツ姿や、アロハシャツに七分丈パンツが似合うんだろうけど、今のシンジ君じゃきついな。

 そういやコラボ企画かなんかのポスターでシンジ君の私服がダサいとネタになってたけど、柄物とかでゴテゴテ路線って当たりハズレデカいよね。

 ところで、最初バッグに入っていた“平常心タンクトップ”やら“よくわからない英字のシャツ”とかシンジ君は自分で購入したんだろうか……。

 思い入れがあったんならごめんよシンジ君、俺、捨ててしまったわアレ。

 そうやってメンズファッションについてあれこれ考えてるうちに、いつの間にかアスカと服屋に行くことで話がまとまっていた。

 

 葛城三佐の執務室から退出した俺は隣接する作戦課の部屋に行く。

 

 作戦課事務室の壁に掲示されている行動予定表を見ると、三人とも予定は埋まり気味だ。

 原作シンジ君が過剰シンクロでエヴァの中に取り込まれてから、サルベージが行われるまで結構時間があったような気がする。

 次の使徒が来るまでまだ時間はあるのだが、忙しい。

 

 綾波とアスカにはダミープラグの隠れ蓑である機体相互互換実験、オートパイロット実験や、武器使用訓練が詰まっている。

 一方、俺はというとそれに加え第2東京の松本、新東京駐屯地(防衛庁本庁)で行われる“国連軍特殊災害殉職者合同追悼式典”にネルフ代表として葛城三佐と出席することになっていた。

 共に戦って亡くなった彼らに対する礼であり、政治的な観点ではネルフと国連軍の強い協力体制をアピールするという場でもあるのだ。

 そういう事もあってか、ネルフ内部で行われる“職員殉職者追悼式”にチルドレンの出席はない。

 まあ、暗い式典に引っ張り回して疲労させて、シンクロ率とかに影響しても問題だろうからという判断なんだろうけどな。

 

 ……同じ組織の一員としてはどうなんだそれは。

 

 まあ、語る口を持たない彼らがどう思うかはともかくとして、生き残った人間の心の区切り、整理をつけるために儀式を行うのだ。

 あの実験から10年近く経った今も現在進行形の碇司令といい、葛城三佐といい遺された者としての心の整理がついていない人ばっかりだからなあ。

 まさかとは思うけど、サルベージ実験失敗後に「ユイは死んではいない、葬式など不要だ」なんて言ってないだろうな? 

 アニメで見たゲンドウと、墓参りで実際に話したゲンドウのイメージがそんな姿を想起させる。

 ミサトさんの方はセカンドインパクト後で世界は大混乱、本人は心神耗弱して葬式どころじゃなかったし、もう過ぎたことと割り切れずに使徒への復讐心で今も動いている。

 まあ、式典に出席することの意味について考えられるのは、エヴァがほぼ無傷であったこととネルフ最大の損害が特殊装甲板の穿孔、職員数十人を失う人的損害だったという事だ。

 原作じゃ本部施設は半壊するしエヴァは軒並み大破、チルドレンも二名負傷、一名行方不明、使徒捕食によるS2機関獲得と追悼式典どころじゃなかったよな。

 

 あらためてサードチルドレン碇シンジの来週の予定を見る。

 

 実験、実験、書類、式典、訓練、訓練……半休は土曜日だけか。

 しかも学校が休みだからって8時出勤の早出ばっかりじゃねえか。

 

 アニメみたいに『使徒来襲、実験でエヴァに乗ってハイ終わり』ではなく、実際はそこに至るまでにいろんな業務がくっ付いており、実験レポートやら戦闘訓練所感文、陳情書といった物をどさっと書き上げる書類仕事の日もある。

 特に赤木博士から回ってくる各種書類はメクラ判や片手間では済まないことが多い。

 

 直近で言えば“EVA用120㎜携行機関砲および同銃剣”開発に関するパイロット意見書とか。

 

 パレットライフルよりも小型の“機関けん銃”で銃剣も取り付け可能らしいけれど、今更P90っぽいデザインの機関短銃、それも()()()()()()なんて何に使うんだよ、と突っ込んだ。

 メリットと言えばエヴァ用銃器の大きさに対して弾が小さいことから弾数が多いことと、209mm弾がオーバーキルになる()()()()でヘリや対地攻撃機、戦闘車両に対して攻撃するのに適しているくらいか。

 ただ、使徒に対しては全く効果ないだろう、効いて第9使徒くらいじゃないか? 

 

 なにより俺の接近戦が銃剣道ベースの銃剣戦闘であり、最近、すぐ折れる強度の無いプログナイフ(PK-02)(カッターナイフ)を使わず、銃剣の使い方を見様見真似で覚えてきたアスカも同様で、L85やFA-MASのようなブルパップ式小銃ではリーチが短くなるのだ。

 そんな物よりエヴァ用の手榴弾、てき弾発射機、840mm無反動砲(ハチヨンマル)のN2砲弾を作ってくれと陳情した。

 こういった爆発物系が無いと第16使徒戦で厳しい。

 

 エヴァの自爆は有効であるけれど、誰かに自爆攻撃をさせてはいけない。

 命令での特攻は統率の外道だ。

 エヴァと同化されたら負けなのだから、周辺被害を考えずに初手N2攻撃が最適解だろうか。

 

 ダミープラグで特攻させて、使徒を抱き込み第13使徒と同じ要領で処理っていう手もあるだろう。

 しかし、ダミープラグでエヴァが起動するかどうかも怪しいし、心を読み取ろうとする物理接触型の使徒がダミープラグエヴァに興味を示すものだろうか?

 どのエヴァを自爆させるのかという話だけど、初号機はゲンドウの計画のメインであるので除外。

 零号機は魂が入れられてなく零号機ちゃん(仮)がシンクロやってるわけだけどダミーに応えてくれるかどうかわからない。

 弐号機は綾波のパーソナルデータなので起動するか不明で、そのへんの調整も兼ねて来週以降にアスカと綾波の機体交換実験やるんだろうけど。

 アスカに弐号機自爆させてくれなんて口が裂けても言えないよな。

 結局、物わかりのよい零号機ちゃんの犠牲無くして成り立たない不確定要素多すぎる作戦だ。

 どちらにせよ、こんな提案なんて不可能なんだから、ボツだボツ! 

 

 衛星軌道上に現れる第15使徒についてはそもそもロンギヌスの槍以外マトモな攻撃手段が無い。

 難しい課題をあれこれ考えるよりも、まずは与えられた目の前の仕事をしないとな。

 予定を確認した俺は仮の宿である待機室へと戻った。さて、退去前に片付けと掃除でもやろうか。

 

 

 二日後、住居変更申請が受理されて俺の荷物は122号室へとやって来た。

 とはいっても、本が数冊とRVボックス、ビニロン衣のう、寝袋、敷布団だけだ。

 土埃と割れたガラス片でエライことになってた布団は持ち出せず、結局新しいのを買った。

 この世界で寝具販売最大手の“東都西山”の冷感敷布団セットだ。

 通販は良いね、通販は持ち運びの労力を最低限にしてくれる……高度なロジスティクスの極みだよ。

 

「シンジ、わかってると思うけど、アンタの部屋こっちだから」

「いつもソファーで寝てたから新鮮だな」

 

 アスカに案内された部屋はベランダ側にある方の部屋だ。

 原作シンジ君の追いやられた納戸は本来の用途通りアスカの荷物で埋まっている。

 なお段ボールの置けるワイヤー棚を組んだのも、荷物をきれいに詰めたのも俺だ。

 122号室であんまり入らないのはアスカの部屋となった和室くらいだろうか。

 布団を敷き、衣のうから制服やハンガーを取り出して吊るしているとアスカが入って来た。

 

「シンジ、今晩は何食べる? アンタの引っ越し祝いでアタシが出すわ!」

「焼肉でも食べに行くか? 第14使徒にも勝ったことだし」

「いいけど、レイも呼ぶなら別の所よね」

「あ、綾波も引っ越してたな、なら昨日から営業再開した箱根寿司とか行くか」

「そうね!」

 

 アスカと俺はもうすっかり元祖箱根寿司の常連となっていたからチラシが入るのだ。

 それなら、夜までにリツコさんに電話しないとな。

 

 引っ越しも終わり、アスカと服屋に行ってるうちに夕方となっていた。

 服装は“爽やか系男子”という白いポロシャツと水色のジーンズを基調としたスタイルで、アスカコーディネイトだ。

 俺のプラグスーツみたいな色の組み合わせだなと思った。口にはしないけど。

 待ち合わせ場所の駅に着くと、広場にポツンと青い髪の美少女が佇んでいた。

 ナンパをしようという輩も居ない、いたところで保安諜報部が仕事してくれるはずだ。 

 

「綾波、お待たせ」

「レイ、待った?」

「いいえ、今来たところよ」

「おお、カジュアルな感じで似合ってるよ」

「シンジが言っても説得力なーい」

「そう、赤木博士がくれたの」

 

 綾波も青いチェックのシャツに白いフレアスカートといった装いで、新鮮だ。

 電話先のリツコさんは「本当に、仲が良いのねあなた達」なんて言ってたけど、お母さんかな。

 今晩はリツコさんもスッと帰れるらしいし、綾波に折詰(おりづめ)でも持たせようかと思った。

 

 箱根寿司の辺りは被害を全く受けておらずキレイなもので、普段通りの生活があった。

 暖簾をくぐると板さんと大将が出迎えてくれ、カウンターに通される。

 

「大将、いつもの!」

「あいよ!」

 

 アスカは早速マグロの三種盛り合わせを頼んでいた。タコ以外なら幅広く食べている。

 毎回頼むものだから「いつもの」で通じるところがすごい。

 綾波は紋甲イカの握りを塩で食べている。綾波は白身魚や光り物が好きなのだ。

 俺はというとビントロやエンガワ、タコを食べる。

 それ以外にも大将のおすすめメニューを注文することが多い。

 

「坊ちゃん、今日はいいサザエが入っているよ、つぼ焼きなんてどうだい」

「いいですね、じゃあつぼ焼きふたつ!」

 

 最近は貝系のほか、珍味がよく入るようになった。

 少なくとも、第10使徒戦位から海も落ち着いたか結構いいネタが増えたように感じる。

 ワクワクして待っているとパチパチと炭火の弾ける音、いい磯の香りと醤油の匂いが漂ってくる。

 セカンドインパクト前の世代が懐かしがる香りとのことだが新劇場版の赤い海はともかく、南極が溶けた今の海は薄味なんだろうか? 

 太平洋艦隊に行った時、海辺の第七使徒戦も潮風きつかったような気がするが、そうでもないのか? 

 

「大将、懐かしがるってどういう事なんですか?」

「昔はもっと海産物が安かったんだよ、セカンドインパクト直後に高級品になってしまったけどね」

「気候の変化、漁業の激変ですか」

「そ、価格が落ち着いてきたのもここ数年だ」

 

 まだまだ寿司は高級品で、それを遠慮なく食べに来ることから俺やアスカ、そして綾波はネルフの中でも高いポジションにいるところのお坊ちゃん、お嬢様だと思われている。

 だから俺は『坊ちゃん』、アスカは『お嬢さん』、綾波は『お嬢ちゃん』だ。

 

 サザエのつぼ焼きがやって来た、蓋が取られていてぶつ切りになって醤油とみりんの風味薫るダシ汁に浸かっている。

 お寿司屋さんのサザエは蓋を取る作業が無いのか。

 めんどくさいけどコツさえつかんだら簡単で、よく自分で活サザエ買ってきて浜焼き作ったもんだな。

 うん、コリコリした食感にダシ汁の味が効いててうまい。

 苦いワタの部分まで美味しく食べていると、綾波とアスカが見ている。

 

「碇くん、それはなに?」

「おいしそうじゃない、アタシにもちょうだい」

 

 箱根寿司のつぼ焼きは三個で一人前だそうで、こんな事もあろうかともう一つ頼んでいたからそれを二人に分ける。

 

「貝の部分はコリコリして美味しいけど、青っぽいワタの所は苦いぞ……ってもう食べたのか」

「うげぇ、苦い」

「……そう?」

 

 言った傍から消化されずに体内に残った海藻の味と臭いのする、ワタの部分を食べたようで凄い顔になっている。

 一方綾波はアスカが撃沈している横ですました顔でワタの部分を食べていた。

 アスカの分まで綾波は食べており、その光景にふっと母親を思い出す。

 初めての食べ物に挑戦する娘と、“大人の味”がダメだったときに代わりに食べてくれる母親だ。

 

「綾波は大丈夫なの、苦いの」

「この苦さは、平気。懐かしい匂いがする」

 

 俺の世界の生き物の起源は海だった、じゃあリリス由来の生命ってどういう進化をたどったんだろうか。

 考察本やらゲームで明かされた情報を覚えてる人なら、なんとでもこじ付けて世界の謎に迫るんだろう。

 

 俺にとっちゃ世界の謎なんかより、こうして綾波やアスカと飯食って日々の生活営んでいく方が大事だ。

 

 あと3体でアダム由来の使徒は終わる、人類補完計画の時期も近づいてきた。

 ゼーレのシナリオがわからないから、どういう形を目指してるのかもわからない。

 原作世界からして、シンジ君を取り巻く環境が人類の存亡にかかわってくる“セカイ系”のシナリオだ。

 緊迫感を持たせるための演出である『ゼーレのシナリオ』、それは設定資料集やらインタビューでも具体的な内容に触れられてるかどうか怪しいフワッとした設定だろう。

 だが、実際に憑依してしまった人間にとってはただの『マクガフィン』では済まされなくなってしまったんだよな。

 ああ、何も考えずに思考停止で中学生として二度目の学生生活ヒャッホー、「ケンスケー、サバゲ行こうぜ!」なんて出来たらなあ。

 

 なんでサザエのつぼ焼きひとつでこんなに思い悩まなきゃいけないんだ。

 俺はアスカにお冷を渡し、口直しにサーモンを頼んでやる。

 綾波はというとホッキ貝やらアワビと次々注文して、せっせと食べている。

 ようやくつぼ焼きショックから脱したアスカは、サーモン、中トロと脂身系に進んだようだ。

 食べること数品目、寿司で腹を満たした俺たちは寿司屋を出て解散する。

 いくら高給取りのアスカとはいえ、全額奢りはきつかろうと割り勘にしたが綾波もアスカも凄いな、ポンと数万出すんだから。

 そして、綾波に寿司の入った折詰を持たせて帰す。リツコさんによろしくな。

 

 後日、リツコさんへのお土産があったことを知ったミサトさんが「シンちゃんもアスカも、私には何も無いの? リツコばっかりズルい~」と騒いだので、箱根寿司のチラシをポスティングしておいた。

 アンタ同室でも何でもないだろ! 出前くらい自分で取ってくれ……金欠なんですか、そうですか。

 というか加持さん何とかしてくれよ、アンタの彼女だろ。

 

 まあ、こんな平和な時間を守るために俺は戦ってるんだな。




今週のシンジさんは

シンジ、アスカの部屋に引き取られる
綾波、リツコさん宅に居候
衣食住を満たしたら、仕事が待っている

以上3本でお送りしました。


用語解説

「もし」:電話の呼びかけ。年配の陸上自衛官が電話をするときには「もし」である。どうして「もしもし」ではないのか諸説あるが実際のところ不明。

ジャー戦:ジャージズボンの上に迷彩作業服などの上衣を着るスタイル。靴は運動靴でよい。着帽の必要がある場合、部隊で許可されている識別帽や作業帽を被る。陸自限定らしく空自や海自では見られない。めちゃくちゃ楽。

新東京駐屯地:セカンドインパクト後、第二東京遷都に伴って旧東京の赤坂に所在した檜町駐屯地から移転した防衛庁本庁。空自では『松本基地』、海自では『松本地区』と呼ばれ、陸自では遷都前からあった松本駐屯地との混同を避けるため『新東京駐屯地』という名称になった。

P90:FNハースタル社が製造する個人防御火器、5.7×28㎜弾という小口径高速弾を使用するブルパップ方式の機関短銃。なお、民間仕様もあり、銃身が延長されて連発機構が削除されたPS90である。東京マルイの電動ガンでもモデル化されている。

てき弾発射機:グレネードランチャー。漢字で書くと“擲弾発射機”「擲」が常用漢字でないため“てき弾”と公文書等に記載される。同じ事例に「榴弾」があり、「りゅう弾砲」などと表記される。

840㎜無反動砲:エヴァ用の携行火器、アスカが愛用し第13使徒戦で担いでいた。小型の550mm無反動砲も存在し、第14使徒戦で小脇に抱えて射撃していた。ハチヨンとは84㎜無反動砲の愛称。戦車大隊の武器庫にも自衛用として保管されているが携行SAMと並んで出したところを見たことが無い。


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ゆく者、残る者

 白い庁舎の裏手にある体育館に陸自と空自の部隊、そして特別儀じょう隊が整列している。

 その中に礼服姿の葛城三佐と俺がネルフ代表として立っていた。

 

 第12使徒戦後くらいに急ごしらえで作られたサードチルドレン用の黒い礼服を着用している。

 今朝、家を出るときにそれを見たアスカが「パパそっくりね」なんて笑ったけど、やめてくれ。

 

 黒い礼服に式典用の白手袋とマジで小さいサイズのゲンドウ制服だこれ。

 それに黒い船型のギャリソンキャップが付く。

 これは赤ベレー帽の一般ネルフ職員と違ってカッコいい。

 リツコさんいわく、チルドレンの男子礼服には一般職員用の青とか副司令みたいな司令部付の茶色とか複数案あったらしいが、結局立ち位置の特殊性から司令と同じ黒になったという。

 アスカと綾波の女子用の礼服はサイズこそ小さい物の、式典で葛城三佐が着ている物と同じだ。

 そんなおろしたての礼服に袖を通して、第2東京の新東京駐屯地の追悼式典に参列しているのだ。

 

 “国連軍特殊災害殉職者合同追悼式典”という横断幕が掲げられ、その下に日章旗と水色の国際連合旗が掲げられていた。

 舞台上に作られた祭壇には白い花と殉職隊員の遺影が3列に並んでいる。

 空自の戦闘機パイロット、高射群の隊員、陸自の第2高射特科群、第1高射特科隊、第34普通科連隊、第1偵察隊と部隊ごとに区切られていた。

 第三新東京市を警備隊区にもつ第34普通科連隊は合同演習でも顔を合わせていたから、何人も見覚えのある顔があった。

 

 ああ、あの若い陸士の兄ちゃんお亡くなりになったのか。

 

 もちろん参列している部隊の人も俺の事を知っているので、式典前に話をした。

 そこで彼らの最期を聞くことができた。

 シェルターへ避難中の一団が高圧送電鉄塔の倒壊によって分断された。

 34普連の隊員たちは町に進出し、孤立した高齢者を助けようとしたところ怪光線の流れ弾に巻き込まれたという。

 

 同じく陸自の方面高射の特科群隊員たちは中SAMやホーク改、師団高射の特科隊は3トン半トラックや高機動車ベースの近SAM・短SAMを撃ち続けたそうだ。

 

__自分たちが撃たねば、敵性体は逃げ惑う人々に攻撃を浴びせるかも知れない。

 

 そう言い聞かせて一歩も引かず、反撃に発射機が燃え尽きるその瞬間まで駒ヶ岳防衛線や県道75号線で戦った。

 だから、空自、陸自ともに発射機(ランチャー)周りに居た隊員が多く犠牲になったのだという。

 

 航空支援を行ってくれていた戦闘機パイロットでも知り合いが墜ちている。

 第12使徒にスクランブル発進を掛けたり、爆撃機の護衛として何度か現れた彼だったが、最期は市街地に墜ちるまいと山肌に機体を引っ張った。

 彼の誤算は攻撃を喰らった際、射出座席がどういうわけか正常に動かずにそのまま激突してしまったことだろう。

 偶然にも彼がアサインされた機体が墜ちるところを、光学観測所の映像越しに見ていたのだ。

 

 こういった話を聞くと、やり切れない思いが募る。

 式が始まり、内閣総理大臣、防衛庁長官、国連軍第二方面軍司令と言った方々が入場してきた。

 

『来賓入場、部隊気を付け、敬礼!』

 

 ザッと立ち上がり、先頭の指揮官が挙手の敬礼を行う。

 

『なおれッ!』

『続きまして、国歌の斉唱を行います。ご参列の皆さま、ご起立ください』

 

 国歌斉唱の後に、殉職者の名前と階級の記された名簿を奉納する。

 

「二等空尉、狭山ショウヘイ殿。三等空佐、森川カツヒロ殿。空士長、山本コウヘイ殿……」

 

 ひとりひとり階級と名前が読み上げられていく中、後ろの遺族席からしゃくりあげるような、すすり泣きが聞こえてくる。

 彼ら一人一人に人生があり、家族が居て、愛する人たちが居たのだ。

 

 __ことに臨めば危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえることを誓います。

 

 入隊時の服務の宣誓で、自衛官は責務の完遂のために命を懸けることを誓う。

 でも、隊員家族の事を考えると、やっぱり辛いものがある。

 防衛共済会から遺族厚生年金や遺族基礎年金が出る。

 たしか77万円くらいであり、配偶者や子供はそれを元にその後の生活を過ごしていかなくてはならないのだ。

 遺族席の奥さんが抱く赤ん坊は父無し子として生きていかなくてはならないと思うと、つくづく俺は無力だなと感じた。

 

「……陸士長、天川ヨシト殿 以下、124柱を名簿奉納します」

『名簿奉納、国連軍司令』

 

 読み上げた代表の幹部自衛官が、第二方面軍司令に薄い金属で出来たプレートを渡す。

 そして、祭壇に方面軍司令が名簿板を奉納した。

 

『拝礼、黙とう』

 

 黙とうの後、内閣総理大臣の追悼の辞を聞く。

 続いて防衛庁長官、国連軍第二方面軍司令と追悼の辞を聞いた。

 いずれも我が国の平和と独立を守り抜き、危険を顧みず任務の完遂のために命を落とした隊員に哀悼の意を表し、ご家族には最大の配慮をさせていただきます。といった内容だ。

 代表者である内閣総理大臣によって献花が行われ、来賓退場。

 多くの犠牲を出した第3使徒戦、数隻の海自艦艇と乗員を失った第6使徒戦に続き、三回目となる大規模追悼式典はこうして終わった。

 

 式典終了後、新東京駐屯地の売店でアスカや綾波、ケンスケらのお土産を買い込む。

 駐屯地の売店には“まんじゅう”や“せんべい”といった土産物のほかに、訓練用品メーカーが出している迷彩バッグなどいろいろなものが売っているのだ。

 七味入りロシアンルーレットまんじゅう『炎の大作戦』とか、国際貢献まんじゅうとか。

 ケンスケへの土産である新迷彩のバックパックに加え、いつの間にか速乾迷彩Tシャツ、黒靴下を買っていた。

 帰りの車の中、信号待ちでミサトさんは後部座席に積んだお土産を指さす。

 

「シンジ君、迷彩好きなの?」

「ケンスケがね、本庁行きを知ってわざわざ電話してきたんですよ」

「相田君って空母に来ていた」

「そうです」

「で、せんべいとかお饅頭は?」

「こっちがアスカで、こっちが宮下さん、綾波とリツコさん分」

「ちょっとシンジ君、リツコと私で扱いに差が無い?」

「リツコさんにはお世話になってますし、ミサトさんは今日一緒に来てるじゃないですか」

「こないだのお寿司だって、リツコにはわざわざ包んでくれたのに」

「あれは綾波と一緒に住んでるからです」

「ちぇー、やっぱりシンジ君うちで引き取っとくんだった」

 

 拗ねたようなしぐさを見せるミサトさん。

 元同年代として「うわキツ」とは思わないし、飲み会の席なんかじゃ可愛く見えるんだろう。

 しかし、上司の急なぶりっ子に部下としては苦笑いしかない。

 

「本人目の前にして言いますソレ? ていうか、加持さんもよく誘ってるって聞くんですけど」

「あいつ、シンジ君やアスカに何言ってんのよ……」

「あのあと、海鮮居酒屋に誘ったけど即行飲みまくって結局寿司食べられなかった話とか」

「シンジ君、それは忘れて、忘れなさい、命令よ」

「あの、本部廊下でアスカと綾波も聞いてるんで無理です」

 

 狼狽具合からミサトさん的にはいろいろあったくさいのだが、加持さんはそこまで言っていない。

 単に「葛城のヤツ、急に寿司が食べたいっていうから誘ったんだけど……」としか言ってないのだ。

 両手で頭を抱えて「ああああ」とか言ってるミサトさん。

 酔っぱらった後の醜態を思い出して悶えるのは良いけど、信号変わってるから! 

 

「ミサトさん、青、青です」

 

 クラクションを鳴らされ、ミサトさんは急発進した。

 うなるネルフの業務車カローラフィールダー。

 おっ、後ろの黒いシビック、ピッタリつけて煽ってくるな。

 

「ネルフの業務車と分かって煽ってくるなんて上等じゃない、シンジ君、飛ばすわよ」

 

 煽り運転に遭遇して恥ずかしさから脱したミサトさんは、そのまま峠を流していく。

 アニメやゲームでもミサトドライブは凄いという描写があったけど、今がその時か。

 タイヤが流れ、ラジオからはユーロビートが流れ、窓の外には山肌、ガードレール、標識が流れていく。

 アンダーステアを出しながらも緩い右コーナーをぬけ、()()()左コーナーに突入する。

 業務車はオレンジの中央線を越えて、真っ白なガードレールに吸い込まれていく。

 

 __ああ、死ぬのか俺。

 

 思わず足を突っ張ってフロアマットを踏みしめる。

 死ぬ覚悟する暇もなく、業務車は衝突……しないで尻を振って慣性ドリフト。

 強い横Gが襲い、バケットシートもないため運転席側に吹っ飛びそうになった俺は思わずドアノブにしがみ付く。

 隣をちらりと見るとミサトさんは「これだから業務車2号(カローラ)のヤワい足回りは嫌なのよね」なんて言ってる。

 思ったより粘っていたが、ミサトさんの“恐怖をどっかに置いてきた”と思うレベルのヤバいコーナリングにドンドン離れていくシビックEG9。

 気付けば甲府市、富士吉田、御殿場と安全運転とは程遠い運転で、あっという間に第三新東京市に戻って来た。

 まったく、ひどい目に遭ったぜ。

 

 フラフラになりながらもネルフ本部を歩いているとめちゃくちゃ見られている。

 ゲンドウみたいな礼服姿が注目を集めているようで恥ずかしい。

 作戦課に行くと休憩中の日向さんが声をかけてきた。

 

「シンジ君じゃないか、どうしたんだい」

「式典の帰りにミサトさんの峠攻めに付き合わされたんですよ……」

「それってダウンヒルアタック?」

「走り屋漫画の世界でした」

「いいなあ……葛城さん、僕が乗ってるときは大人しいから」

「日向さん、コーナー3つで失神すると思われてるんじゃないですか」

「ははは、シンジ君こそずいぶん頑張るじゃないか」

「エヴァに乗ってるせいで耐性ついて、気絶も出来ず流れる景色にビビりっぱなしです」

「そうなんだ、いやー、僕も全開の葛城さんの隣に乗ってみたいよ」

 

 日向さんは発令所でも漫画雑誌を読んでいて、結構漫画やサブカルネタに詳しい。

 そんな日向さんと“とうふ屋のハチロク漫画”の話で盛り上がり、葛城ミサト最速伝説について話していると加持さんがやって来た。

 加持さんの登場に、日向さんは愛想笑いをして発令所の方へと去っていった。

 好きな人の彼氏だからなあ、気まずいか。

 

「あれ、葛城は?」

「加持さん、ミサトさんならアスカと綾波の訓練見て帰るって言ってましたよ」

「そうか、なら今度にするかな。ところでシンジ君はこれから帰りかい?」

「そうですね、今日はもう帰ります」

「ならちょっと話があるんだ」

 

 

 加持さんとともに、スイカ畑へとやってきた。

 周りが開けており、接近する人影を容易に発見できることから密談するにはもってこいの場所だ。

 

「シンジ君、使徒がどうして第三新東京市を目指してやってくるかわかるかい」

「また唐突ですね、加持さん」

「住民の事を気にしている君を見ていると、伝えなくちゃならないと感じてね」

「使徒を誘引する何かが地下にあるんでしょ、住民は要塞都市のための擬装網ってところですか」

 

 俺と加持さんはジョウロで水をまきながら話す。

 遠くから見れば男二人で農作業してるようにしか見えない。

 集音マイクで音を拾おうにも水を地底湖からくみ上げる揚水ポンプの水の音で聞こえないという立地条件だ。

 テレビやラジオの音は軽減できても、水の音は周波数上ノイズキャンセラーソフトで処理できないのだ。

 

「そうなるな、ところでターミナルドグマっていうのは?」

「何にも聞いてません、赤木博士からはセントラルドグマに使徒を入れるなっていう説明しか受けてないです」

「そのセントラルドグマの最下層、ターミナルドグマには白い巨人がいる」

 

 白い巨人とはターミナルドグマに磔にされ、ロンギヌスの槍が突き刺さってる“リリス”だ。

 ミサトさんと二人で見に行ったんだろうか。

 

「僕は()()()()より、()()()()の方が好きだな」

「茶化さないでくれよ、シンジ君」

「聞いたら“後戻り”させてくれないんでしょ」

「ははは、まあ、そうなるな」

 

 加持さんはどうあっても秘密に巻き込む気だなこりゃ。

 

「その白い巨人と使徒が接触したらサードインパクトが起こるって?」

「ご明察、地下のアダムと使徒が接触したら、サードインパクトだ」

「アダムにエヴァ、聖書のネタならアダムからエヴァが出来たって事ですか」

「そうだ、()()で見つかった()()使()()()()()のコピーがエヴァなのさ」

「まあ、意志らしきもののある兵器なんて、裏に何かありますよね」

「意外と淡泊なんだな、シンジ君は」

「おおかた、ミサトさんが『エヴァって何なの』とか気にしてるんでしょ」

「葛城はたった一人、南極でセカンドインパクトを生き残ったんだ、父親の犠牲のもとにね」

「それが“使徒への復讐”という動機になってるんですよね」

「それだけでもないんだが、おおむねその通りだよ」

「ま、葛城さんの動機は“どうだっていい”んです、俺はね、国民を守るためにはたとえ使徒のコピーだろうが何だろうが使いますよ」

「どうだっていい、か。ならシンジ君はどうしてそんなに住民の事を気にするんだい」

「憑依している俺が、どこかの“自衛官”だったからですよ加持さん」

「そいつは驚いた、でも自衛官もただの()()()()()のひとつにすぎない」

「加持さん、あなたが()()()()()かはわかりませんが、自衛官が護るべきものを忘れたらそれはただの武装した集団です」 

 

 __お前たちは、武器を持った()()のそこら辺の兄ちゃんじゃないんや。国民を愛する自衛官なんや。 

 

 それは新隊員教育で教えられて以来、ずっと俺の芯にある言葉だ。

 

「俺たちは護るべき国民がいるからこそ、危険を顧みず、命を懸けて戦えるんだ」

「そうか、だから“アンタ”はエヴァに乗ってるんだな」

「ええ、戦闘職種としてね。戦車乗りはプライドが高いんです」

「いいことを聞いたな、なら、葛城とアスカを守ってくれないか」

「加持さんこそ“保全隊”かどこかの情報職種(エス)なんでしょ。何食わぬ顔で生き残って情報を持ち帰るのが主任務でしょうが」

「コイツは一本取られた、アンタなら俺のことよく知ってそうだ」

「前々から“アルバイト”とか匂わせておいてそりゃないよ、加持さん」

「まったくだ、お互い()()同士うまくやろう」

「そうですね、俺は内偵やってるわけじゃないけどね」 

 

 加持さんは今こそ“内務省調査部”の顔をしているが、“ゼーレのスパイ”という顔もある。

 必要以上に情報を漏らさないほうがいいだろう。

 

「アンタなら良いセン行きそうなんだけどな」

「加持さん、俺は覆い隠された真実の探求より、今そこにある“虚構の平和”を守り抜くことで精いっぱいなんですよ」

 

 俺が憑依者であることなんて証拠もないし、知られたところでどうという事も無い。

 ゼーレが憑依者というエサに喰いついたところで、いち隊員が知ってる情報なんて限られているし、まあまあ成果を出しているから消されはしないだろう。

 

『新世紀エヴァンゲリオン』というアニメ世界の知識がある、この一点さえ知られなければなんとでもなるのだ。

 

 お互い、()()()()()がある事を隠して、加持さんと俺はいつものように別れる。

 三重スパイ、加持リョウジは真実を知るために命を懸けているんだ、俺が自衛官として命を懸けるようなもので。

 これ以上言えることは何もない。ゼーレの指示でややこしい展開にされないことを祈るばっかりだ。

 

 

 2週間経った、第14使徒の残した爪痕は包帯のような忙しさに覆い被せられ、第三新東京市は再び日常へと戻っていく。

 至る所で工事が行われており、新たにやってくる人もいれば転出していく人もいる。

 官も民もどこもかしこも忙しい、そんな中で第壱中学校は授業再開した。

 

 あの日、昼過ぎの使徒襲来によって市街から離れた学校のシェルターに避難していたクラスメイトや教員は無事だった。

 しかし、市街中心部で勤務していた家族が犠牲となったがゆえに転出せざるを得ない生徒もいて、総員35名いた2年A組は19名まで減ったし他のクラスはもっと人数が減っていた。

 

 第三新東京市を去った級友の中には米山君や坂田君も含まれていた。

 出発の日、俺やケンスケ、トウジはサバゲの時の写真を持ち寄って箱根湯本駅に集まり、五枚の記念写真の裏に名前と、思い思いのメッセージを書きこむ。

 

 __またいつか、みんなで集まろう(碇)

 __貴官の武運長久を祈る(相田)

 __またどっかで会おう、それまでガンバレ(鈴原)

 __落ち着いたら連絡する、みんな死ぬなよ(坂田)

 __サバゲ、楽しかった。元気でな(米山)

 

 こうして再会を誓って別れ、米山一家と坂田一家が乗ったロマンスカーがホームを出るとき、『みょうこう』の識別帽を被っていたケンスケは帽振れで、ネルフ礼服の俺は挙手の敬礼、トウジは両手を大きく振って見送った。

 そんな惜別ムードだったから駅からの帰り道、ケンスケが“同期の桜”を口ずさみ、いつの間にか俺も歌っていた。

 

  

 級友を送り出した翌日、登校するとガランとした教室に言いようのない寂しさがあった。

 

「ホンマ、えらい減ってもうたな」

「そうだな、みんな学校どころじゃないよな」

「みんな、いなくなっちゃうのかなあ」

 

 トウジの呟きにケンスケと宮下さんが応える。

 人の減った2年A組で唯一のいい出来事は、()()で重傷を負った宮下サトミが退院して今日から2ヵ月ぶりに学校に復帰したことくらいか。

 入院生活でショートカットだった髪が伸びて、肩上くらいまでのミディアムヘアーになって印象が変わっていたからかクラスの男子がざわついていた。

 

「宮下、もうええんか?」

「うん、激しい運動は出来ないけど、もう杖無しで歩けるようになったよ」

「そうだね、まあ無理せずに何かあったら言ってよ」

「そうなんか、ワシも手伝(てつど)うたるわ」

「ありがとう、鈴原、碇くん」

「シンジ、やけに宮下さんと仲良くないか」

「碇くんは辛いときもずっと私の傍にいてくれたから」

「どういうことだよシンジ」

「ケガさせちゃったし、お見舞いとリハビリの手伝いくらいするさ」

 

 ジトッとした目で俺を見るケンスケは、教室に洞木さんと一緒に入って来たアスカに話を振った。

 

「そのへんどう思われますか惣流さん」

「シンジ君は週3回のペースでお見舞いに行ってましたぁ」

「有罪! 両手に花なんてうらやましい、ああ、羨ましすぎる」

「おい、ケンスケ」

「まさかアスカと二股? 不潔よ碇くん」

「違う、違うから!」

 

 アスカの暴露にケンスケがギギギと暴走する。

 洞木さんもノリノリで便乗しなくていいから! 

 

「でも事実じゃない」

「碇くんって、色んなものをお見舞いで持ってきてくれたね、アイスとか」

「アンタってそんなところマメよね」

「何やセンセ、そんなんやっとったんか」

 

 ちょこちょこ見舞いに行ってたとはいえ、手ぶらで行くのもちょっと気が引けたのでいろいろ持って行ってたな。

 

「でも、これでようやくシンジも気が楽になるってもんよね」

 

 なんかアスカが嬉しそうだ。

 まあ、手に掛けた機体のパイロットが生きていて、一応、社会復帰できたからか。

 殺しかけたことを気にしてるのか、病院に行くたびにアスカの表情が曇ってたからな。

 

「碇くん、この度はご心配おかけしました……これからもよろしくね」

「おう」

「あら、宮下さん、()()()シンジだけじゃなくて他の人も頼っていいのよ」

「そうだね、でも、碇くんは優しいから」

 

 まさかとは思うけど、アスカ、もっと構って欲しいから不機嫌になってたとか言う事はないよね? 

 アスカと宮下さんがニコニコしながら牽制し合っているところに綾波が入って来た。

 

「おはよう、アスカ、碇くん」

 

 リツコさん家から通ってる綾波が一番時間がかかるのか遅い。

 

「綾波さんもおはよう!」

「おはよう」

 

 宮下さんに挨拶をされ、挨拶を返すことができるようになった綾波。

 

 みんな変わったな、綾波も、アスカも、原作じゃモブキャラだった宮下さんも。

 

 スタスタと席についた綾波の通学鞄からレジャー雑誌が現れた。

 青い海、サンゴ礁、白い砂浜に浮かぶヤマハの水上バイク。

 

「レイ、あんた、またソレ読んでるの」

「海、好きだもの」

 

 アスカはヤレヤレといった感じだが、元はというとアスカが沖縄でのダイビング体験のために買ってた雑誌で、地底湖での複合艇体験のあとにアスカが渡した物である。

 

「綾波がジェットスキーって、イメージ湧かないよなあ」

「ホンマ、何が出てくるか分からんのお」

 

 ケンスケとトウジはそういうこと言ってるが、綾波が“乗りモノ好き”であることを知ってる俺達からするとプラグスーツがウエットスーツに変わっただけのようなイメージだ。

 インドアな、無機質なイメージが根強い綾波がこんなアウトドアな趣味に興味を持っていることに洞木さんも驚いたようで、綾波に尋ねる。

 

「綾波さんって海に行ったことあるの?」

「ないわ」

「アスカ、綾波さんってこの街から出たことないの?」

「そうね、せいぜい温泉くらいじゃないの」

 

 それも浅間山で使徒戦やった後のね。

 一人で遊びに行くどころか、今まで綾波には娯楽という概念自体なかっただろうしな。

 全てが上手くいけば、海くらい行かせてくれねえかな。

 

「そりゃ一人で行くことも無いからなあ、こんど行くか?」

「連れてってくれるの?」

「ちょっとアスカっ……」

「何やセンセ、海に行くんかいな」

「俺らも行きたいな……なっ、シンジ」

「えっ、海に行くの? じゃあ私も行きたい!」

 

 真っ先に反応したのがアスカだ、トウジやケンスケも、宮下さんも身を乗り出してきた、行く気満々だ。

 洞木さんも止めに入ってるようでいて俺とトウジの方を何度も見ている。行きたそうだ。

 肝心の綾波はというと、赤い瞳でこっちをじっと見つめて言った。

 

「そう、海に行くのね……」

「ああ、外出許可が下りたら、みんなで行こうか」

 

 胸に雑誌を抱き、どこか楽しそうな声色だ。これは期待していると判断してよろしいか?

 碇司令(オヤジ)や副司令が許可出してくれるかどうかはわからないけど、外出許可申請出してみるか。

 アスカ、綾波、宮下さん、トウジ、ケンスケ、洞木さん、みんなで海に行くには次と、その次と何とか生き残らなくっちゃな。

 

 そう、決意をした翌日に空から使徒はやって来た。

 

 

 




原作ではS2機関の生成とかサルベージとかツッコミどころが多かったため、副司令が拉致されたり実行犯が処理されたりいろいろあるけれど、本作では死海文書通り順調に使徒を片っ端から倒していってる模様。(現時点までは)
戦闘のあとのモブに焦点を当てるとどうも暗くなる……。


用語解説

中SAM:ホーク改地対空誘導弾の後継として国産開発された03式中距離地対空誘導弾。方面高射部隊に配備されている。

近SAM:93式近距離地対空誘導弾、高機動車の車台に発射機を載せた対空車両で戦車などに随伴して近距離防空を担当する。本車の調達によって用途廃止になった対空砲L-90はネルフの擬装機関砲へと転用された。

短SAM:81式短距離地対空誘導弾、トラック荷台に発射機が設けられ画像誘導・レーダー誘導の二種類の弾を発射できる。空自の基地防空にA型、現在改良型のC型が陸自で運用中。

防衛共済会:民間の団体障害保険とともに加入させられる。戦闘職種などでは“いざというときのために積立・保険類は多くかけるように”言われ、何も知らない新隊員はホイホイと言いなりに加入してしまうのだった。

『炎の大作戦』:自衛隊土産では定番のまんじゅう、ハズレ?は七味味がする。駐屯地の売店や広報館などで販売されている。

保全隊:自衛隊情報保全隊のこと、調査第1部、2部と呼ばれていた情報職種をまとめて新編された。さまざまな脅威、不穏分子の調査や隊員の身上調査などを行う。職務の性質上市民団体などに目の敵にされている部署のひとつでもある。



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せめて、自衛官らしく

 低く鉛色の雲が垂れ込め、その日は朝から雨だった。

 シンクロテストをやり、エヴァパイロット三人で食堂に行き昼食をとっていた。

 

 昼飯時の話題はというと最近雨続きで洗濯物干せないよねって言う何とも所帯じみた話題だ。

 共同生活における家事の分担としては、料理と洗濯(乾燥)が俺の担当になっていて、アスカがプレスの効いた制服を綾波に見せている。

 そう、雨続きで最近部屋干しをする機会が増え、片っ端からアイロンでプレスを当てているのだ。

 崩れ去った俺の個室と違って、アスカの部屋には乾燥機があるけれども乾くだけで結局シワになるため最後は俺がプレスする。

 忙しいリツコさんはというと綾波の制服をクリーニング屋に出しているらしい、綾波はそういうのしないしな。

 

「シンジ、レイの制服にもアイロン掛けてやんなさいよ」

「いいけど、本職さんみたいにはいかないぞ」

「そうなの、でも、赤木博士も碇くんのアイロンは凄いって言ってたわ」

「またまたぁ……でも、シンジのズボンって凄いのよね」

 

 そう、ズボンをカミソリのように薄くし、バッチリとラインを入れることができる“カミソリプレス”だ。

 多分、リツコさんが言ってるのは俺の礼服姿と司令の制服姿が同じデザインでも別物に見えるという事だな。

 ラインがしっかり出ている俺の礼服に対して、ゲンドウのはプレスが甘く普段使いのジャケット感が出ているのだろう。

 そういや加持さんも青い制服、シワだらけだったなあ。忙しくて男の一人暮らしじゃそうなるんだろうな。

 パイロット3人で世間話をしていると、警報が鳴り響く。

 

__使徒襲来、今日かよ!

 

 

 

 

 

 食堂から駆け足で作戦室に飛び込むと、作戦課の課員たちが発令所の映像をプロジェクターに映し出す。

 

『総員第一種戦闘配備、対空迎撃戦用意』

 

 第15使徒は中高度の衛星軌道上に出現した。

 

「目標は依然として静止、衛星軌道から動きませんね」

「地上からの高度も一定に保っています」

 

 青葉さんによると平均海水面より約35,786キロメートル上空の()()()()()()にて地表面から一定の距離を保ち自転に合わせて周回しているらしい。

 通信衛星などで用いられる軌道で、地上からだと同じところにとどまっているように見えるのだ。

 地上から最大望遠で見た使徒の姿はまさしく光の鳥であり、どうしてだか神々しく見えた。

 

「目標は降下接近の機会を窺っているのか、それともその必要もなくここを破壊できるのか」

「こりゃどのみち動けませんね」

「エヴァには衛星軌道の敵を迎撃できないもの」

 

 作戦室で使徒を観測しつつ、どのように偵察をするかの議論が始まる。

 エヴァパイロットも敵の性質がわからない以上、作戦室でプリブリ兼ねて待機だ。

 原作なら、敵情報も無しにいきなり射出で酷い目を見ていたところだ。

 MAGIによると敵使徒の行動予測としてはおおむね数パターン。

 

1.熱光線を放射し、ジオフロントに穿孔。

2.組織の一部を切り離して質量攻撃。

3.ジャミング等によって後方かく乱。

 

 一番可能性が高いとされたのが上空からの熱放射である。

 次点で第10使徒のような質量攻撃が高く、最後の方にかく乱系が現れた。

 MAGIとしては形状や第12使徒、第13使徒などの過去の使徒の例からエヴァあるいは周辺施設に対する何らかのかく乱を起こすことができるのではという回答を出した。

 かく乱系に絞っても精神攻撃、電波妨害、戦術コンピューター等への介入……想定が多すぎる。

 俺は精神攻撃が正解だと知っているが、それが無ければ何が出てくるかわからない未知の存在だ。

 しかも遥か上空にいて、おいそれと手が出せない所にいるのだからたちが悪い

 

「今の国連軍に“宇宙作戦隊”ってありましたっけ?」

「シンジ君残念ながら、そんな宇宙警備隊チックな部隊はないのよ。アメリカは?」

 

 そういやアメリカ宇宙軍も発足が2019年(昨年)、空自の宇宙作戦隊も2020年(今年)だからないか……。

 所々、別分野の技術が進んでいたり、SFチックなオーバーテクノロジーが見え隠れするこの世界なら宇宙関連も何かあると思ったんだけどな。

 隣のアスカには「ふふっ、ネーミングセンスないわよアンタ」なんて笑われてるけど、実在の組織なんだぜコレ。

 

「NORAD、三沢も迎撃は“不可能”とのことです」

 

 日向さんが国連軍所属の在日米軍を通じて各ルートに連絡を取っていたようだが、返答は「無理」の一言だ。

 

「ご自慢の早期警戒衛星は近くで見てるだけってわけね」

「主目的がミサイル防衛で、キラー衛星は第10使徒で多くが落ちましたもんね」

 

 セカンドインパクト直後の混乱期、ナショナリズムに基づく軍拡競争の遺物である監視衛星や迎撃衛星群は、質量弾であった第10使徒戦で大きな被害を受けたのだ。

 そりゃ、迎撃なんて無理だよな。

 下手に関わって安全保障に関わる高額な機材を壊されでもしたらたまったもんじゃない。

 北アメリカ航空宇宙防衛司令部……NORADは使徒に対する攻撃を一切しないし、出来ないという回答を送って来たらしい。

 

「三沢は?」

「対衛星ミサイルも低高度用なので射程外らしいです、添付の資料です」

 

 青葉さんが国連軍に問い合わせたところ、資料付きで返事が来たらしい。

 

「下手にASAT積んだ15を飛ばして落とされでもしたら外交問題になりますよね」

「それもそうね、米軍の慰霊式典に参加じゃすまないわ」

 

 司令室宛にファックスで送られてきた“ASAT”の資料を手に取り、眺める。

 F-15戦闘機に対衛星誘導弾搭載して高度2万メートルまでズーム上昇の後に分離、発射する。

 発射されたASATは2段のロケットモーターに点火、時速14000から18000キロメートルという速度で飛翔、質量弾頭の直撃によって目標を粉砕する。

 俺の世界じゃ“スペースデブリ”問題を悪化させるとして、実験で一発撃ってお蔵入りとなった兵器だ。

 この世界で量産されているASM-135C対衛星攻撃誘導弾はあくまで高度100から500キロメートルといった低高度を周回する偵察衛星やキラー衛星、通信衛星の迎撃用で最大射程も800キロメートル前後だろう。

 したがって静止衛星、および今回の使徒の居る高度である36,000キロメートルは射程外だ。

 

 対衛星誘導弾ファミリーにはSSTOから発射する10,000キロメートルまで届く派生型、N2弾頭型もあった。

 ところが、実戦で低高度の第10使徒に対して斉射するも、A.Tフィールドの前には効果が無かったのである。

 これらは落下してくる第10使徒戦でその脅威を感じた在日米軍や近隣諸国が、所々情報を伏せつつも協力してくれた際に開示されて得た情報だ。

 

 結局のところ国連軍、合衆国の空軍宇宙軍団、ロシアのキラー衛星群いずれも打つ手が無かった。

 したがって今回の使徒にも効かない、まず届かないと結論を出したらしい。

 悔しさからか、それとも“こっちを巻き込むな”という意志のアピールかどちらかはわからないが送付された資料にはご丁寧に赤ペンでマル印やアンダーラインが入っていた。

 

「リツコ、Pチャンあったわよね。超長距離対空射撃による威力偵察をしましょうか」

 

 ミサトさん、Pちゃんって黒い子ブタかよ……。

 やっぱり原作でおなじみの“とりあえずエヴァを地上射出”しかないのだろうか。

 綾波とアスカは対空射撃の手段があると、出る気満々である。

 

「葛城三佐、ポジトロンライフル20番で抜けますかね? 遠すぎません?」

「シンジ君はこういってるけど、どうなのよリツコ」

「20番では届かないわ。ポジトロンスナイパーライフル改を使えばあるいは」

「なら、シンクロ率からアスカが射手、シンジ君とレイは20番を装備してバックアップ、不測の事態に備えて」

「了解!」

 

 作戦内容は使徒が降下し本部直上に接近したところをエヴァ3機で攻撃する。

 使徒が低高度軌道よりも近接した時点で、新横須賀近海の国連海軍イージス巡洋艦“レイク・エリー”や“きりしま”ほか数十隻のBMD対応艦よりSM-3による攻撃が行われる。

 そこを抜けられたら、通常ならいわゆる終末段階(ターミナル段階)迎撃ミサイル群が待っていはずだが、先の第14使徒戦でペトリオットPAC3を運用している“第三東京分遣班”も壊滅的被害を受けたため、迎撃は行われない。

 協力してくれた国連海軍のミッドコース迎撃網とエヴァの対空射撃を抜けられたらもう後が無い。

 近接戦闘になる確率が低いことから今回は右肩ウェポンラックも銃剣も何にもないのだ。

 

「エヴァ出撃、パイロット三名は直ちに搭乗!」

 

 弾かれるように駆け出す俺たちの背後では赤木博士が“大出力ポジトロンライフル”改め“ポジトロンスナイパーライフル改”(以下、PSR改)を射出ランチに乗せるように指示していた。

 三機のエヴァが発進して地表に到着すると同時に、道路の中央分離帯が赤く光る。

 パカッと路面が開き、射出ランチがせり上がって来た。

 PSR改はエヴァ用火器として再設計されたため戦自のFX-1に比べ銃身が短縮されたがそれでも長く、デカすぎるため兵装ビルに入らないのだ。

 射出ランチに乗ったPSR改を弐号機とともにビルに据え付ける。

 考えたら不思議な光景だ。

 初号機はヤシマ作戦でFX-1を運用し、零号機は原作でPSR改を運用しているからよく見る。

 でも弐号機が今この場でPSR改を構えているなんてなあ、二次創作でもあんまり見ないよね……。

 

「シンジ、アンタもボサッとしてないで早くポイントにつきなさいよ」

「ごめんよ」

「碇くん、こちらは準備終わっているわ」

 

 兵装ビルから折りたたまれた20番を取ると装備して射撃ポイントから、一斉に使徒に対して照準を合わせる。

 三機一斉に照準を合わせるのは、何かがあった時に的を絞らせないようにするのと攻撃の際にただちに一機ないし二機で応射できるようにだ。

 

「目標、未だに射程外です、微動だにしていません」

 

 青葉さんが合衆国の早期警戒衛星から提供される情報を告げる。

 赤外線センサーやら反射望遠鏡などで使徒を捉えているようだ。

 

 その時、雲間から陽が射した……いや、ちがう。

 アニメでハレルヤコーラスの演出とともに降り注いだ可視光線、A.Tフィールドに近い光線だ。

 

「目標の指向性兵器なのっ!」

「赤外線、熱エネルギー反応なし!」

「弐号機、心理グラフ乱れていきます! 精神汚染始まります!」

 

 いきなり警報音が響き渡る、葛城三佐の声に弾かれるように俺は弐号機に向かって走り出した。

 あっても役に立たない射程外の20番はその場に置き去りにする。

 

「シンジ君! 戻って!」

 

 アスカの苦悶の声と葛城三佐の叫び声がプラグ内に響き渡る。

 弐号機の手元にあるPSR改は充填中で発射は出来ない、奪い取って応射も無理だ……。

 なら出来ることはただ一つ、俺がアスカの盾となろう! 

 

「いかん、目標は精神を侵食するタイプだ! シンジ君戻りたまえ!」

「今、初号機を侵食されるわけにはいかん、戻れ、シンジ」

「戻れって、アスカを見殺しにする気かアンタら!」

 

 副司令、碇司令の二人が手元のウィンドウに現れる。

 兵士として当たり前である“命令に従う義務”に俺は反する。

 俺の考えを悟った赤木博士が叫ぶ。

 

「シンジ君、あなたがやられるわ、下がって!」

「命令だ、初号機を下げろ……」

 

 碇司令が回路を切ろうと命令を下す前に俺はアスカの前で仁王立ちだ。

 

「使徒が“心”を探る気なら、外交官にだってなってやるよ!」

 

 使徒のターゲットが俺に向いたのか、目の前が真っ白に輝く。

 

「初号機、心理グラフに異常発生!」

 

 無線からは綾波の声とゲンドウの命令が入ってくる。

 

「碇くんッ!」

「レイ、ドグマを降りて槍を使え」

「はい」

「碇、ロンギヌスの槍を使うのか」

「A.Tフィールドの届かぬ衛星軌道上の目標を倒すにはそれしかない」

 

 やっぱり槍を使うのか、その無線を最後に俺の意識は精神世界へと落ちていった。

 

 

 俺の目の前に泣いているひとりの少女がいた。

 

 唐突に場面が切り替わる。

 幼いアスカが墓前で泣くのをこらえている。

 彼女の手を引いている女性が再婚の義母か。

 

「ぬいぐるみなんかいらない、私は早く大人になるの」

 

 幼いアスカは義母から貰ったサルのぬいぐるみを引き裂く。

 父親らしい人が、どうしてこんなことをしたのかと問いかける。

 アスカはぬいぐるみを“子供の象徴”だと思っていたのだ。

 心の傷を覆えるように強くあろう、早く大人になろうとする心の現れだった。

 しかし父親と義母は、再婚に対して「試し行動」をとっているのだろうと困ったような表情を浮かべるばかりだ。

 

「だから私を見て!」

「お願いだからママをやめないで!」

 

 白い病室、赤みがかった髪の入院着の女性が人形を撫でながら独り言を言っている。

 

「私と一緒に死んでちょうだい、アスカちゃん」

「嫌っ! 私を殺さないでっ! 私はママの人形じゃないっ!」

 

 小さなアスカが不用意に近づき、狂乱状態の惣流・キョウコ・ツェッペリンに掴みかかられ、医療スタッフが飛び込んで来る光景に切り替わった。

 俺の意識はあるものの、この光景はアスカの過去の光景であってどうすることもできないようだ。

 また場面が切り替わる。

 部屋のドアを開けるとそこには……。

 首を吊った母親の前で立ち尽くす幼いアスカと、それを見せつけられている“現在”のアスカが居た。

 

「せっかく忘れてるのに掘り起こさないで、いやっ、こんなの思い出させないで!」

 

 くそ、人の過去を覗き見ってのはいい気分じゃないな。

 

「……アスカ、帰ろう」

「シンジ、(こんな私を見ないで)なんでアンタがここにいんのよ、私の過去を見ないでよッ、最低! バカ! クズッ! (私を嫌いにならないで)」

 

 アスカの声というか、イメージが四方八方から俺に叩きつけられる。

 部屋の中央でうずくまる現在のアスカに手を伸ばして近寄って行った。

 

「帰ろう、辛い過去じゃなくって、俺や綾波がいる変えられる世界へ」

「何言ってんのよバカぁ!」

「過去は変えられないけど、未来はどうとでもなるんだよ」

「人のこころに踏み込んでおいて、勝手すぎんのよアンタはッ!」

「これは救助中の巻き込み事故だ、わざとじゃないぞ」

「何が事故よ! アンタ、考え無しに飛び込んで来たんじゃないのバカシンジ」

「いや、使徒が精神攻撃のターゲット切り替えてくるかなと思ったんだけどな」

「ホントにバカじゃない…………ありがとう」

 

 自分の忘れたい心的外傷を見せつけられていたアスカは、色々と喚きながらも俺の手を取った。

 それまでに数発殴られたけど、ちょっとは調子が戻ったみたいでよかった。

 

 

 何度目かの唐突な場面転換がやって来た。

 ころころと頻繁に変わるシーンの連続性が無くてしんどいなあ。

 

 戦車乗員姿の俺は戦車の中に座っていた。

 白く塗られた内壁に、クッション材がはがれて鉄がむき出しになった装填手席、黒鉄(くろがね)色の砲尾、赤く塗られた砲尾環、そして漂う手入れ油の臭い。

 弾薬架(だんやくが)には金色の薬莢の対戦車榴弾と銀の薬莢の徹甲弾が収まっている。

 懐かしき74式戦車の中だ。

 砲手用銃架には折畳銃床式の89式小銃がバンドで留められている。

 下車時に使う鉄帽や装填手用の小銃まで積まれている全備状態の再現度高いなオイ。

 黒い旧タイプの戦車帽に取り付けられたヘッドセットから、声が聞こえる。

 

『お父さんが、お父さんがね、帰ってきてナオちゃん』

『由紀子を頼むぞ、ナオト』

『ああ、やっぱり息子が近くにいると安心やなあ』

 

 親父と母さんの声だ。

 心を探る使徒によって作られた世界だというのに思わず胸に下げた胸掛け開閉器(カメノコ)上部の送話ボタンを押し込んていた。

 

「父さん、母さん」

 

 側面のボタンを押して車内通話モードを外して呼びかけたけど、感無し……返事はない。

 “カメ”に接続されたカールコードの先の新野外無線機の電源は入ってるみたいだ。

 ……そりゃそうか。

 つい装填手の癖で無線機を見たけれど、俺の心象風景だろうからどこともつながってないよな。

 

 場面が切り替わる。

 隊舎の一室で部隊先任の准陸尉と面談をしていた。

 実家から電話が中隊にあって、面談と相成ったのだ。

 

「そうか、お父さんが危篤なのか」

「はい」

「じゃあ帰ってやりなさい、今まで専業主婦やったお母さん一人では厳しいやろ」

「先任、僕はまだ戦車に乗りたいです」

「君が部隊に残りたい気持ちもわかるし、いて欲しい」

「どうして」

「でも『どうしても帰してくれ』っていう隊員家族の強い要望には逆らえんのよ、わかってくれ」

 

 場面が切り替わる。

 中隊長室で退職を希望する他の二人とともに辞令を受け取り、告達式をしている場面だ。

 

「私、柘植尚斗(つげなおと)ほか2名の者は陸士長の任を解かれ、退職いたします! 敬礼ッ!」

 

 中隊長はにっこり笑い、答礼をすると言った。

 

「柘植君、ご両親を恨んじゃいけないよ。落ち着いたらまた受験して来なさい」

「はい!」

 

 最後の日、大隊長やお世話になった大隊の隊員たちに見送られながら他の二人と営門を出る。

 警衛隊員、それも正門歩哨に同じ中隊の先輩がいた。

 今日見せるのはいつもの外出許可証ではない、退職の辞令であるからもう二度と部隊に帰隊することはないのだ。

 

 「右向け、右、敬礼!……お願いします」

 「お疲れ様、家のことに余裕が出来たら、駐屯地行事に来いよ」

 「はい……左向け、左。縦隊前へ、進め!」

 

 正門を出て、タクシーでいつもより長く感じる坂道を下ると、今津町役場に行き転出届を書いた。

 それが終わると新大阪行きの新快速を待つ間、近江今津駅前の女騎士館(めきしかん)……喫茶店で二人とコーヒーを飲む。

 同期と1コ下の後輩の二人は、自衛隊に見切りをつけて再就職をするんだという。

 

 「柘植士長、自衛隊好きだったのに、残念です」

 「おい、言ってやるなよ。俺らと違ってシャバに出たらコイツが一番つらいんだから」

 

 湖西線新快速に乗って新大阪駅で降り、待ち合わせ場所に行く。

 タクシー乗り場に佇んでいた母親の顔は昨年末の帰省した時と違って、ひどくやつれていた。

 親父が多臓器不全で死んだのはその4日後だ。

 病室で親父は俺の手を握って、30年間愛した女を託して逝った。

 無愛想で、仕事ばっかりで、普段あまり笑わない親父だったけど、どうしてか微笑んでやがった。

 

 その後、建機会社に再就職が決まった俺は今も母と二人暮らしを続けている。

 日頃の業務の忙しさで、曹候の試験どころではないまま3年が経ったのだ。

 

 饗庭野(あいばの)、今津の懐かしい風景、懐かしい顔を見た。

 思ったより俺の記憶は鮮明なんだな。

 家庭の事情で自衛隊を去らないといけなくなった時には悲しかったし、これから操縦錬成だ、陸曹教育隊だと意気込んでたところでぶち壊しになったことを恨んだりもした。

 だけど、過ぎ去ってしまえばそれはもう思い出だ、“こんな事もあったよな”なんて笑って話せる。

 

 そして映画が終わったかのように、景色は再び戦車の中に戻った。

 

 使徒と思われる声も何も聞こえないが、息遣いだけは聞こえる。

 あいつらに呼吸という機能があるとは思えないので、気配と言った方が正しいのか。

 

 なんかどっかからね、じーっと見られている気がするんですよ、やだなあ落ち着かないなあ……。

 

 幽霊がでてくる稲川さんの怪談話の表現がしっくりくるような。

 この感覚にはおぼえがある、そう、初号機や零号機の中で感じたそれだ。

 ただ、雰囲気が俺の相棒と違って、寄り添ってくるような感じではない。

 

「ま、あんたは心理戦の偵察要員ってところか」

 

 どうだ、“やりたかったこと”より家族を取って未だに未練たらしくひきずっている男の記憶は。

 もう済んだことをやり直すことは出来ない、けどな、それを元にやりたいこと、やらないといけないことをやるのは出来んだよ! 

 使徒と呼ばれてるアンタらが、何を求めて人を知ろうとしてるのかは分からんけど、人は()()だからこそ強い反面、他者との関わりで辛い思いをすることだってあるんだ。

 でも、だからこそヒトはそれをバネに文化を発展させ、この星で発展したんだよな。

 

 キーキョキョキョ! 

 

 おっ、時間切れかな。

 使徒のものと思われる金切り声、槍に貫かれた断末魔に頭痛がして目覚めると、エントリープラグの中だった。

 低く垂れ込める厚い雲に覆われていたはずの空は吸い込まれそうな青空に変わっていた。

 この気持ち良いくらいの晴れ模様なら洗濯物もよく乾きそうだ。

 俺が精神世界から帰って来たことをモニターしていた発令所の声に周囲を見回すと、目の前に立ったまま止まっている弐号機と、やり投げを終えた零号機が居た。

 ついさっきまで意識が戻らず名前を呼び続ける葛城三佐、動揺してるようにも見える綾波と結構な騒ぎになっているなあ。

 

「シンジ君ッ!」

「碇くん、生きてるっ?」

「おう、俺は中々楽しい経験をしたよ……そうだ、アスカは!」

「アスカなら、そこにいるわ」

 

 俺より先に行動不能になった弐号機から引っ張り出され、回収作業までの間ビルの屋上で座っていた。

 駆け寄りたい気持ちを抑えて、俺は弐号機を回収用の67番ルートに突っ込む。

 

「そういえばロンギヌスの槍はどうなったんだ?」

「シンジ君、槍は月軌道へと飛んでいったわ」

 

 赤木博士が俺の疑問に答えてくれた。

 俺とアスカが意識を精神世界にトリップしている間に、零号機がターミナルドグマまで降りて槍を拾い、投擲したところ凄い加速力で飛んで行ったうえA.Tフィールドを貫通して使徒を殲滅したそうだ。

 そして第一宇宙速度を突破し月軌道へと向かって消えていったという。

 月の基地がある新劇場版と違い、現有技術で回収は出来ない。

 

 エヴァを降りた俺はアスカの傍へと行って、隣に座る。

 

「アスカ、その、すまん」

「何がよ」

「助けに行って、君の過去を知ってしまったことだよ」

「別に、もう、いいのよ」

「えっ、どうして」

「ママもパパも誰も見てくれなかったあの頃とは違うわ」

「お、おう」

「今のアタシには、いつも考え無しに飛び込んで来るバカが居るもん」

 

 アスカの目には涙が浮かんでいた。

 あの精神攻撃、辛かったんだろうな。

 原作のように一人で全部受けてたら今のアスカでもヤバかったかもしれない。

 

「シンジってホントに“大人”だったのね」

「そう、アスカを騙してたようなもんだな。()()()に幻滅したか?」

「中の人って何よ。別に、アタシはただのミリタリーバカだと思ってたけど」

「ミリタリーオタクであることは否定できないな」

「それにしても不思議な体験してんじゃないアンタ」

「まあね、俺も異世界で戦闘職種やるなんて思っても無かったよ」

 

 いつもの調子に戻ったアスカを見て、安心した。

 そんなところにネルフの保安諜報部、実動部隊の隊員がやって来た。

 よく見慣れた黒服ではなく、クリーム色した破片防護の鉄帽と防弾ベストを着こんでいる()()()()だ。

 

「碇シンジだな、重大な命令違反という事で君を拘束する」

「はいよ」

 

 両腕を差し出すと、保安諜報部の隊員は手錠をかけた。

 大人しく彼らに同行してビルから降りようとしたとき、アスカが前に立ちはだかった。

 

「ちょっとアンタたち、シンジに何すんのよ!」

「セカンドチルドレン、彼は持ち場を放棄した職務離脱に加え上官の命令に服従しなかったのだ」

「アスカ、落ち着いて。営倉で頭冷やしたら戻って来るよ」

 

 隊員に促されて車に乗ってネルフ本部に帰還すると、薄暗い部屋に連行され葛城三佐、赤木博士立会いの下、尋問が始まった。

 命令違反、職務離脱なんて言うのは口実にすぎず、本当に知りたいのはそこじゃないのだ。

 

 使徒が人間のこころについて知ろうとしているのか。

 それで何をしようとしているのか。

 彼らがどうして第三新東京市を目指すのか。

 意志疎通ができそうな相手か。

 

 独房と取調室を往復すること一週間。

 独房内ではやることが無さ過ぎて歌を歌っていた。

 防音壁には鋭角の凹凸が施され()()()()となっているからたとえ内部に無線機器があったとしても外部と連絡が取れないようになっている。

 盗聴こそされている物の、放歌高吟(ほうかこうぎん)をするなという注意も無かったので好き放題だ。

 

__君がいる、僕がいる、みんないる、生きている、桜花(さくらはな)競い咲く国、このよろこびを守り抜く陸上自衛隊。

 

 隊歌『栄光の旗の下で』や『海ゆかば』、『歩兵の本領』と歌った。

 『帰って来たヨッパライ』や、『風立ちぬ』でおなじみの『ひこうき雲』を歌う。

 

 サードチルドレン夜のカラオケタイムだが、ジャンルが偏り過ぎても不味いので隊歌以外にフォークソングやら最近のヒット曲を混ぜていった。

 

 昼は尋問、夜は気分転換にカラオケの日々。

 ネルフ内部での聴取が終わり、処分も“厳重注意”で終わったところで“委員会”より俺に再び出頭命令がやってきた。

 

 ……またかよ。

 




開始時点から第15使徒で中の人の素性を明らかにしようと思っていたけれど、アスカに知られてしまったのは作者も考えていませんでした。

また、衛星軌道上の使徒に対する威力偵察が出来ないか?というところから気づけば戦域ミサイル防衛や宇宙関連の資料にかぶりついていました。
エヴァ世界の戦略ミサイル防衛構想に関しては、アニメや新劇の第10使徒戦を見て生まれた独自設定です。


用語解説

宇宙作戦隊:2020年5月18日、航空自衛隊府中基地に新設された部隊。スペースデブリや不審な衛星の監視等を主たる任務とする。

アメリカ宇宙軍:“陸海空軍の統合軍”であった空軍宇宙軍団・宇宙軍から独立して、2019年12月20日、合衆国の第六軍種として設立された。第4の領域、宇宙に関してやることが多くなり過ぎたのだ。

キラー衛星:衛星軌道上に自爆機能や攻撃能力を有する誘導体を打ち上げる技術、またその誘導体。中国やソ連が研究開発している技術。エヴァ世界でも実用化されていたものの、第10使徒のA.Tフィールドアタックで多くが爆散した。

迎撃衛星:おもに弾道ミサイル防衛で用いられる衛星、合衆国の物がキラー衛星と共に迎撃に回ったが通信途絶、おそらく爆散した。

ASM-135 ASAT:F-15Aを発射プラットフォームとした実験が行われたが、粉砕した衛星のスペースデブリが拡散するという批判があり一発で終了。今作ではASM-135Cという量産型が登場。
第10使徒に対してN2弾頭のASM-135Nを発射したが阻止には至らなかった。

SM-3:弾道ミサイル迎撃用スタンダードミサイル。運動エネルギー弾頭(キネティック弾頭)を直撃させることで弾道弾を粉砕する。

自衛隊歌:各自衛隊や部隊で歌われる歌、シンジ君が独房内で歌っているのは『栄光の旗の下で』動画サイトにもアップロードされており、一般の人でも記念行事などで聞くこともできる。
『この国は』などの名曲も多く、日本と国民に対するありかたを歌っている歌詞が多い。




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無知の蛮勇

 暗い部屋にサウンドオンリーのモノリスが浮かび上がる。

 

「碇シンジ、貴様の口から此度の使徒との戦闘について説明しろ」

「はい」

 

 委員会と言っていたが、これって“ゼーレ”の皆さまじゃないか? 

 “ゼーレ01”ことキール議長が今回の使徒殲滅までの流れを尋ねてきたので、先に書いた報告書通りに答える。

 

「第15使徒は静止軌道上に出現し、現有の国連軍や合衆国軍の宇宙領域戦力では威力偵察すら不可能でした」

「ここまでは報告書通りだな、貴様はそれをどうして知ることができたのだ」

「出撃前のプリ・ブリーフィングにおいて各機関から送付された資料を読んだからです」

「続けたまえ」

「使徒がネルフ本部へと侵攻する特性があるならば、降下してくるものと考え、対空射撃による迎撃作戦が行われました」

「だが、使徒は降りてこなかった、だから()を使ったというのか」

 

 低い声の男、ゼーレ02が俺の言わんとすることを先に言った。

 

「はい、せめて低軌道であれば、衛星攻撃兵器やポジトロンライフルで狙い撃てたんですが」

「ほう」

「碇の息子の方が道理の通った説明をする」

「やむを得ない事象という碇君の一点張りよりはな」

 

 ゼーレ05、“左様の人”ことゼーレ04がゲンドウの言ったことをあげつらう。

 碇司令(オヤジ)、もっと言いようがあっただろ……。

 

「射撃準備中の弐号機に対し、使徒より光線が放たれたため私は救援に向かいました」

「そこでエヴァを侵食される危険があったわけだが?」

 

 ゼーレ03の疑問に対し、弐号機の身代わりになれると思った根拠を答える。

 

「心理グラフに異常が出るという事から、使徒による心理的接触ではないかと判断しました」

「なるほど、貴様は使徒が人間の“心”に興味を示していると確信を得ていたわけだ」

「初号機のレコーダーによると、使徒に対する“外交官”役を名乗り出たようだが、どうしてかね」

 

 ゼーレ04が初号機のデータレコーダーの内容に触れる。

 精神空間で喋った内容がうわごととして出力されていたらどうしようかと思ったが、どうやら戦闘記録を見るに光線を浴びた俺はすぐに昏倒し、汚染レベルが危険域に行っていたらしい。

 汚染レベルがどれだけマズいのか赤木博士に聞いた所、失敗したら即“廃人”であるとか。

 

 合成麻薬やって廃人になった人を集める施設の特集をテレビで見たけど、あんな感じか。

 収容者が未成年だから保護者が施設に来るのだがそれもわからない様子で、ある少女は親の呼びかけにも答えず他の少女とかみ合わない会話をして笑っていた。

 薬物で脳の機能が損なわれ電気信号が少ないかほぼ無く、回復もなく社会復帰も出来ないという。

 使徒の攻撃が中枢神経系やら、大脳新皮質などに影響を与えていたらまさしく合成麻薬の後遺症患者と変わらない。 

 

 原作知識とアスカを助けるという決意だけで突っ込んだけど、相当危険な橋を渡っていたらしい。

 “無知の蛮勇”とはこのことか。

 

「不安定な面もあるセカンドチルドレンより、第12使徒で一度経験している私の方が心的接触に対して耐性があり、対話においてスムーズにいくのではないかと考えました」

「大した胆力だが、それがサードインパクトにつながることは考えなかったのか」

 

 無茶をしたのはわかっているけれど、絶対に成功するという確信があったような態度に出る。

 迷いや不安があったというような様子を見せれば、そこをゼーレの爺さんが突いてくるのは目に見えているのだ。

 

「はい、サードインパクトがどういった現象かはわかりませんが、エヴァに寄生した第13使徒の例からも大丈夫だと判断しました」

「ほう、それで対話が出来る対象と考えたのだな」

 

 さも「何の迷いもありませんでした」というような俺の様子にゼーレ02が、サードインパクトの可能性に言及してきた。

 エヴァの汚染とパイロットの喪失によって残る使徒の殲滅が不可能になるという事か、それとも使徒との対話によって使徒主導のサードインパクトを起こせるという事か? 

 とりあえず質問の意図がわからない以上、エヴァが乗っ取られてサードインパクトが起こる可能性は全く考えていなかったとはぐらかそう。

 

「使徒との同化や共生など、シナリオにないぞ」

「それを言えば、槍を失うのも同じではないか」

「静かにしたまえ、今はシナリオについて論ずる時ではない」

 

 ゼーレの二人が第15使徒戦の尋問から脱線しそうになり、キール議長に諫められている。

 

「精神攻撃を受けた貴様は、光の中で何を見た?」

 

 キール議長に問われた俺は、碇シンジの半生について語り始めた。

 

 

 

 ゼーレの長い尋問会を終えた俺は、俺を拘束していた保安諜報部の部員からIDカードと荷物を受け取ると一週間ぶりに地上に出る。

 保安諜報部のオフィスを出たところの廊下にくたびれたスーツ姿の男が立っていた。

 

「シンジ君、長かったじゃないか」

「おっ、加持さん、行動予定も伝えてないのにわざわざ出迎えに来てくれるなんて」

「ハハハ、俺もこっちに用事があってね。偶然さ」

「そういうことにしておきますよ」

「今から葛城のマンションに行くんだが、よかったら乗って行かないか?」

「そうですね」

 

 加持さんの車に乗せてもらい、コンフォートマンションに向かう事になった。

 ちなみに赤い旧車、アルファロメオ1750が加持さんの私有車であり左ハンドル車だ。

 

「久々の日光って気がします」

「そうだろうな、地上は良いだろう」

 

 暗い独房に収監されて裁判もとい尋問会と、気分は出所だ。

 そうした開放感から俺は車の助手席でかっちりと着ていたネルフ礼服を崩した。

 

「シンジ君、そういうラフなのも似合うじゃないか」

「こう上衣を開いたら、ゲンドウ(オヤジ)みたいになるんですよね」

「助手席に俺のサングラスがあるから掛けてみるかい?」

 

 ダッシュボードの上に四角いフレームのサングラスが置いてあったので掛けてみる。

 よく見ると保安諜報部の黒服さんたちが愛用しているレイバンのサングラスだ。

 胸の前で手を組み、斜め上から見下ろすように視線をやる。

 

「ああ、問題ない。その件は葛城君に一任してある……冬月、後を頼む」

 

 俺渾身のゲンドウモノマネに運転していた加持さんは笑った。

 誇張した職場の上司モノマネはどこでもウケるのだ。

 

「随分上手いじゃないか、よく見ているんだな」

「あの人のイメージですよ」

「アンタから見て、碇司令ってどんな人だ?」

「口下手で不器用、あとは説明足りないおっさんかな」

 

 加持さんに今日の尋問会でのエピソードを伝えると苦笑いだ。

 なんで俺が「槍投げは適正な対処であった」と説明しないといかんのか。

 

「委員会……いや、ゼーレの前でそれだけ言える君も大したもんだよ」

「笑い事じゃないですよ、戦闘記録とかで全体の流れを復習しててよかったと思いましたよ」

 

 見かけ14歳のチルドレンにやらせる仕事じゃねえだろコレと思った。

 そういうと葛城三佐も赤木博士も「シンジ君ならできるわよ」なんて言ってたなあ。

 特にリツコさんなんか俺の“中の人”について知ってるから、「あら、泣き言かしら」なんて言ってさ。

 そういう言われかたしたら、それこそやるしかなくなるじゃねえか。

 数々の書類仕事の内容やら普段の勤務態度が原因か? 

 

「それだけ、シンジ君が作戦課の一員として認められているってことさ」

「まあ、綾波やアスカにこの業務しろって言っても無理なのはわかりますけど、ねえ」

 

 アスカも大卒だから論文なども書けるけれども、エヴァパイロットとしての日常業務に関する書類や作戦に関する書類は苦手らしい。

 俺も初級幹部課程(BOC)やら指揮幕僚課程(CGS)といった教育を受けた幹部自衛官みたいなことは言えないし、書けない。

 それどころか陸曹教育隊すら行けていないから、下っ端陸士の視点だ。

 ミリタリーオタクな陸士が必死で絞り出した改善案なんてそう影響が出るわけもないだろう。

 ネルフの作戦課には少数だけど国連軍から出向している幹部自衛官もいるし、使徒との戦いが始まって以降、部隊運用の研究として四自衛隊に派遣されている“文民職員”もいる。

 そんな人にとって俺の“作文”なんて初歩も初歩、表層を撫でたものにしか過ぎない。

 昔読んだスーパーシンジものみたいな“中学生の作文”がネルフを戦闘集団に改革なんて夢物語だろう。

 俺がネルフの武器に口を出したことで変わったのは「パレットライフルに銃剣を付けてくれ」くらいなものだ。

 それも作戦課の出向自衛官や元自衛官が強くゴーサイン出してくれなきゃ実現しなかったかもしれない。

 

「君はエヴァに乗って実戦で結果を出しているからな、説得力も出るさ」

「結果っていっても、ほとんど銃剣突撃とぶっつけ本番の成り行き任せなんだけどな」

「それを言っちゃ葛城なんてどうなるんだ、ほとんど見てるだけって愚痴ってたぞ」

「まあ、“対人戦争”と違って使徒の場合“戦術”を要求される場面が少ないですもんね」

「いつだって後手後手の対症療法なのさ、俺達の仕事は」

「“公安職”もそんなところですか」

「そうだなあ、きな臭い連中が出てきて初めて、尻尾を掴めるんだ」

「ネルフも十分きな臭い組織でしょ?」

「そうだな、ここだけの話だが“ネルフ陰謀論”がいくつか出ている」

「根も葉もない噂話とするには、証拠が見え隠れしてるってところですか」

「ああ、碇司令はその中心人物だ。だから、俺の印象じゃ“怖い人”かな」

「ここでその話に戻ります?」

「あんまり男の話は楽しくないな、じゃあ次は女の話でもするか」

 

 加持さんはそう言うと窓を開けて、煙草を吹かす。

 今まで淀んでいた空気が流れ出し、走行風が頬を撫でて心地よい。

 

「女の話って、この間みたいな風俗の話ならしませんよ……」

「アスカと葛城に知れたら、怒られるからか」

「今更だけど、僕、見た目14歳ですよ。アスカもいるし行けるわけないじゃないですか」

「シンジ君も難儀だな、松代まで出張ということにしてどうだい」

「加持さん懲りないですね、この間ミサトさんに偽の出張バレてエライことになったばっかりじゃないですか」

「あれは、まあ何とかなったよ」

「特殊監査部ってそういう申請関係ザルなんですか」

「耳が痛いな」

 

 おそらく“風俗”というのは建前で、アルバイト関連だったんだろうな加持さん。

 表向きには“ヌキどころのない中学生を誘う悪い大人”という図だが、本当のところはどうだか。

 どっちにしろ加持さんと同行は無理だ、ただでさえ目を付けられてるのに消されかねない。

 

「シンジ君がそう言うなら仕方ないか……そろそろ、到着だな」

 

 車はコンフォート17の駐車場に入る。

 ミサトさんの部屋に消えていく加持さんと別れて部屋に戻ると、アスカと綾波が奥の部屋からバタバタと出てきた。

 

「シンジ!」

「碇君」

「ただいま」

 

 礼服を脱いでハンガーにかけて、リビングに戻るとソファに綾波とアスカが座っていた。

 俺が不在の一週間の間、アスカと綾波はどうやら共同生活をしていたらしい。

 リツコさんも俺も尋問でネルフ本部にカンヅメだったからなあ……。

 

「碇君、ベッド、借りていたわ」

「いいよ、いいよ」

「シンジ、アンタのアイロン使ってたら、こうなっちゃったんだけど!」

「うわあ、アイロンの型ついてるなあ」

 

 アスカと綾波の制服の一部がキラキラ光っていた。

 

「アスカ、碇君みたいにしたいってやってたわ」

「温度調整、あとあて布無しでこすったらそりゃテカテカになるよ」

「あて布なんてわかんないわよ!」

「じゃあ、あとでプレスの当て方練習しようか」

「碇君、こういう時どうすればいいかわからないの」

「スチームとブラシでちょっとは戻るからやってみようか」

 

 ハンガーに第壱中学校女子制服を掛けてスチームを当てる。

 そしてブラシで繊維を立てると跡が消えて、何とか着れるようになった。

 アスカと綾波の制服を元に戻してやると、時刻は昼の3時だ。

 

「シンジ、あんた昼ごはんまだでしょ」

「そうだけど」

「じゃあ、アタシが作ってあげる」

「マジか、アスカが?」

「なによ、いらないなら作らないわ」

「いる。料理できるようになったのか」

「アスカ、練習したもの」

 

 綾波もそう言ってることだし、何が出てくるのか楽しみに待っていた。

 すると、冷凍ピラフと中華スープ、焼き鳥が出てきた。

 

「ありがとう」

 

 まあ温めるだけなんだけど、こういうのは気持ちが大事なのだ。

 俺だって時間が無いときにはパック飯で済ませてるんだから、手抜きなんて言わない。

 

「二人とも、文化的な生活できてたようでよかったよ」

「アタシは出来てたわ、レイはちょっと怪しいけど」

 

 飯を食べながらアスカと綾波の共同生活のエピソードを聞く。

 脱いだものを洗濯機に入れて回し、乾燥機からシワが残ったままタンスに直行する綾波。

 料理を作るといって買い出しに出かけて、気づけばやたら香ばしい卵焼きと冷凍食品の組み合わせになっていたアスカ。

 ミサトさんが来襲しカレーを作るも何故か刺激的な味で、思わずリツコさんに助けを求めたところ「胃薬を飲みなさい」というありがたいアドバイスをもらった4日目の晩。

 料理本を見てみそ汁と鉄火丼を作ろうとした綾波とアスカ、ダシ入りみそ汁を買うもみそ汁づくりに苦戦し、マグロ切り身を切ろうとしてボロボロにしてしまう。

 イチからの手作りをあきらめ、冷凍食品とパック飯作戦に出たのだが……。

 

「で、レイがこれで良いって言ってチンしたら爆発したのよ!」

「容器に書いていたもの、電子レンジ500Wで約1分って」

「ああ、移し替えないとアカンやつか、で、どうなったの」

「夕ご飯のサバの味噌煮が無くなったわ」

「……後片付けで大変だったわ、ベトベトするし、甘い臭い取れないし!」

「そうだろうなあ」

 

 シレッと答える綾波に、後片付けをしたであろうアスカがプルプルしていた。

 アスカと綾波の苦労話に俺は相槌を打つ。

 出前と外食だけで済ませてると思っていたけど、共同生活していると変わるもんだなあ。

 

 

 食べ終ったあとの食器を洗い終えて、リビングに戻るとアスカがソファーで寝っ転がっていた。

 

「生活力あるシンジが帰って来たから、アタシも休めるってもんよ!」

「綾波、リツコさんもそろそろ休みになるんじゃないかな、俺の尋問で忙しかったし」

「そう……」

「ところでシンジ、尋問ってなに聞かれたのよ」

「どうして命令無視で飛び込んだのかとか、使徒と意思疎通が出来るのかとかそういう内容かな」

「アタシも使徒について聞かれたけど、『そんなの知るわけないじゃん』って言ってやったわ!」

 

 アスカも精神攻撃で何を見たのか聞かれていたようだが、俺のことには一切触れずに“過去の事を掘り返された”とだけ言ったらしい。

 俺もアスカの過去に触れたことは伏せている、辛い記憶を晒されたくないだろうから。

 過去のトラウマを()()()させて()()()()()などを引き出す“()()()()()()”ともいえる攻撃があったというのは俺の報告書で提出した。

 原作シンジ君のトラウマとゲンドウに対する苦手意識、自分を演じる辛さがどうとかそういうストーリーだ。

 

 __僕はいらない子なの! 父さん! 

 __エヴァに乗って、戦える男になるんだ! 

 

 ゼーレの爺様向けの説明は原作シンジ君の過去を使ったのである。

 ミリタリーオタクになった碇シンジ君はエヴァに乗って()()することで自分の存在を確認し、親父に認められたいという()()()()()に成功するのでした……と。

 

 使徒との対話について話していると、綾波が何か言いたげに俺の方をじっと見つめている。

 

「どうしたの、綾波」

「碇君はヒトじゃないヒトと対話することができるの?」

「まあ、向こうさんに対話の意志があればね、いきなり同化とかされちゃたまらないよ」

 

 実際、次の使徒がそんな奴なんだよな、私とひとつになりましょうっていうヤツで。

 エヴァも体もくれてやる気が無いので全力でお断りするわけだが。

 

「アンタ、対話ってどんだけお人好しなのよ、降りかかる火の粉は振り払うだけじゃない」

「そうなんだけど、エヴァでの殴り合いにも限界が見えてきたからねえ。宇宙とか虚数空間とかどうしようもないし」

「そうね、シンジってば無茶するのよね。困っちゃうわ」

「ホントだよ、虚数空間にマグマの中に精神汚染の中、よく上手くいったもんだな」

 

 アスカはやけにニコニコしている……そういや毎回アスカ助けてないか俺?

 

「碇君はもっと行動を考えるべきだって赤木博士が」

「リツコさんやミサトさんに何度か言われたけど、それしか手が無かったんだよな」

「あなたが死んだら、代わりはいないもの」

「『私が死んでも、代わりはいるもの』ってか、それはないぞ」

 

 様子がおかしいなとは思っていたが急に涙を浮かべる綾波。

 今まで、綾波や補完計画については目を逸らしていたけれどそうもいかなくなったようだ。

 

「どうしたのよ、レイはレイでしょ! シンジ、なに泣かしてんのよ!」

「私は……」

「無理するな、俺たちにとって綾波は今いる君しかいないんだ」

「ちょっと、どういうことか説明しなさいよ」

「私は二人目だから」

「二人目?」

「これ以上はヤバい、三人でシャワーでも浴びて話そうか」

「アンタなにふざけてんの!」

「シャワーの水音は盗聴器のノイズキャンセラーで消せないからな」

 

 アスカに殴られそうになり、思わず俺は耳元でささやく。

 これも加持さんとの密会で覚えた技能のひとつだ。

 バスタブに3人並んで腰かけ、水がもったいないと思いながらもシャワーを出しっぱなしにしながら小さい声で会話する。

 

 補完計画のために水槽で作られ、他の生産体がダミープラグの素体である事や、死亡した場合ガフの部屋から魂をサルベージして新たな素体に定着させる。

 そして碇ユイのクローン培養体に魂が定着した“唯一の成功体”が今の“綾波レイ”なのだという。

 アスカと俺は思いもよらぬところで綾波出生の秘密を聞いてしまうことになったのだった。

 

「出会った時のアンタはまるで人形みたいって思ったけど、今はそんなことないじゃない」

「クローンだろうが何だろうがそこに自我があればそれは独立した人格だし、社会生活ができるならヒトじゃないか?」

「そうね、シンジなんてこんな姿してるけど、中身おっさんよ」

「……そうなの?」

「いや、綾波そこ笑うところだから!」

 

 “自然な人間”じゃないから拒絶されたらどうしよう、とおそるおそる告白した綾波に対しアスカと俺の反応はあっさりだ。

 精神攻撃の光の中でトラウマと向き合い、また、俺の正体を知ったアスカ。

 元々“憑依”という不思議体験でここにいる俺にとって綾波の悩みなんて、拒絶するような事でもなんでもない。

 宇宙人、超能力者、未来人が集まっている高校の同好会もあるんだから、こんな特務機関ならそれぐらい普通だ普通。

 そう言うと「漫画と一緒にするな」とアスカに怒られたわけだが、(この世界の)現実は小説より奇なりってね。

 第一使徒の魂を持った少年カヲル君、第二使徒の綾波、原作知識持ち憑依体験中サードチルドレン俺、人造人間エヴァンゲリオン、うん十分ヘンなメンツ揃いだ。

 自分の存在に悩んで泣ける綾波は人間だと思うし、“無”に帰る補完計画遂行のコマなんかじゃない。

 

 ひとしきり泣いた綾波は夕方にタクシーに乗ってリツコさん家に帰って行ったわけだが、リツコさんとゲンドウの関係が拗れていたらヤバい。

 さすがのリツコさんも同居人で最近、一緒に買い物に行ったりする女の子にトドメ刺したりしないよな。

 心配になってリツコさんに電話をすると、綾波は泣き疲れて眠っているとのことで、事情を聞いて「心を許せる仲間が出来たのね」なんて言っていた。

 時期が時期だから、“真実探求派”の加持さんやミサトさんともうまく行ってないのかもしれないな。

 赤木研究室に差し入れでも持って行って、愚痴でも聞きに行こうかね。

 つか、電話終わりに気づいたけど、リツコさん俺がエヴァの秘密やら綾波の出生やら知っていることサラッと流してたけど、これ機密レベル高いよな? 

 原作のギスギスチルドレン展開は回避したけど、ゲンドウとリツコさん、綾波のドロドロ愛憎劇展開はまだ回避できてないんじゃないか?

 ターミナルドグマツアーのあと水槽の中の綾波クローンを粉砕して泣き崩れるリツコさん、綾波三人目なんて見たくないぞ俺。

 

 俺の不安をよそに、次の第16使徒はやって来るのだった。

 




原作でギスギスチルドレン展開真っ只中な期間ですが本作ではチルドレン間の仲が良いため、鋼鉄のガールフレンドなどのゲーム寄りになっています。
そして加持さんの愛車も鋼鉄のガールフレンドで登場したものになっています。


用語解説

初級幹部課程:幹部候補生学校を修了した一般幹部候補生が各職種学校等で受ける課程。機甲科であれば富士学校機甲科部で行われる。教育期間はおおむね8カ月くらい。通称:BOC

指揮幕僚課程:三佐から二尉までの幹部自衛官が受験対象で、連隊以上の部隊指揮運用の実技や指揮能力・統率力、戦略・戦術について習得する課程で期間は2年ほど。通称:CGS

陸曹教育隊:全国に五つある陸曹を育てる教育隊。選抜試験を合格すると入校できる。通称:陸教。なお機甲科の場合、駒門駐屯地の第1機甲教育隊(現:機甲教導連隊)で実施していた。

文民職員:シビリアン、ネルフの一般職員。射撃訓練くらいはやってるけれど、対人戦闘なんて無理。旧劇場版では戦略自衛隊の突入において多くが犠牲になった。

銃剣突撃:陸上自衛官の三戦技は銃剣道・徒手格闘・持続走である。また最後の決は銃剣突撃による陣地占領という考えが根強く、新隊員教育から師団検閲に至るまでそういった状況が組まれることが多い。憑依シンジ君の“銃剣”要求は陸自出身者にとって戦術観が一致したため強く推進された。


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奴らのベルトにしがみつけ

今回は地形図やらエヴァ関連資料を見ながら戦闘エリアを設定したので、グーグルマップ等で強羅付近の地図を見てもらえればどういう流れかわかりやすいと思います。



 パトカーに先導され、高機動車でネルフ本部に駆け付けた俺が見たのは、原作とはかけ離れた姿の第16使徒だった。

 

「……みんな聞いて、使徒の複数出現が起こったわ」

 

 突如、大平台付近で実体化した第16使徒の見た目はうっすらと光り、目とコアのような影がある巨人だ。

 箱根湯本から絶対防衛線のある強羅までの間に大平台・宮ノ下地区があり進路上の木々を踏み倒しながら、国道138号線沿いに西進中であった。

 

 従来までの使徒と違い棒状の物を持って、三体で行進してきている。

 そう、まるで巨神兵だ。監督つながりかよ! 

 三体の光の巨人に、葛城三佐の顔色はとても悪い。

 あの日、南極で見た第一使徒を思い出しているんだろうなあ。

 

 それにしても微妙にエヴァに似せてきてるな。

 ……いや、エヴァが使徒のコピーなのだからむしろ“先祖返り”か。

 使徒は甲、乙、丙と呼称され、初号機のような奴が甲、目は二つで参号機か弐号機のようなシルエットの奴が乙、単眼のやつが丙だ。

 

「嘘……」

「エヴァに似てるってところがムカつくわ!」

 

 綾波は絶句し、アスカは進行中の第16使徒を見て怒っていた。

 赤木博士が「どうするのよ」とばかりに俺を見る。

 

「人間が得意な“集団戦術”を学習したのでしょうね、シンジ君」

「そうですね、アイツらは俺達を模倣している、ご丁寧に槍まで持って」

「使徒も3機編成で武器を持っているなんて、それしか考えられないわ」

 

 葛城三佐は観測ヘリからの映像に映る使徒を睨みつけて言った。

 そう、虚数空間などの特殊例以外が順調に行きすぎたのだ。

 槍を投げ、3機掛かりで袋叩きにし、銃剣で刺突して群体の利を説いた俺のせいだろうな。

 発令所のオペレーターから次々と情報が入って来る。

 

「使徒、進行速度から強羅絶対防衛線突破まで40分」

「住民避難開始、国連軍より出動要請!」

「分かっている、国連軍はどうしている!」

 

 冬月副司令の声に青葉さんが応える。

 

「空自の要撃機上がりました、到着まで10分」

「34普連はもう前進中だそうです」

「一戦大の即応中隊と戦自の即機連がこちらへ向かってます」

 

 第14使徒戦に間に合わなかった分を取り返そうと、今回は駒門で即応待機していた戦車中隊が出動している。

 滝ケ原駐屯地に隣接する戦略自衛隊東富士駐屯地の即応機動連隊もほぼ同時に出発したようだ。

 駒門駐屯地から遷都計画に合わせてゴルフ場跡地を貫くように整備された国道511号線(富士岡新東京線)に乗って直線距離約5キロの道のりを向かっているようだが、74式戦車の路上最高速度が53㎞/hであるから、戦略自衛隊の即応機動連隊が先に着くかもな。

 第三新東京市の北側につながる国道138号、西側につながる国道511号を機甲科部隊が走っている時、国連軍や戦自の航空部隊は強羅まで進出しているようだ。

 

「はい、はい……葛城さん! 国連軍の各部隊が住民避難のための時間稼ぎに出てくれるそうです!」

 

 日向さんや作戦課のオペレーターがエヴァの戦闘団加入調整を行ってくれるのだが、第14使徒戦を生き残った部隊がこぞって、囮を志願しているようだ。

 電話の向こうには命を懸けている隊員たちがいる。

 

「いいわ、やらせてあげて!」

 

 今、この場で「税金の無駄遣いだ」なんていう者は一人もいない。

 発令所の表示画面と、データリンクの戦域画面が作戦室のモニターに映る。

 いろんな部隊記号が第三新東京市へと向かって動いているのがわかった。

 

「アラート待機中の戦略航空団が発進、空中待機を行うそうです」

「N2および1000ポンド爆弾混載機が上がりました」

「ネルフのパイロットに対して、『要請があれば直ちに支援する』と伝えてほしいと……」

 

 思えば第四使徒の出現以降、ずっと助けられっぱなしだな。

 塚田一佐、ありがとうございます。

 

「真鶴沖の艦隊から、艦載機が発進しました!」

 

 使徒の複数出現という未曽有の事態に対する国連軍の本気が窺える。

 たった3機の人型兵器では、同数の強大な敵と戦えるかどうか怪しいのだ。

 

 陸自や戦自の攻撃飛行隊所属の重戦闘機、対戦車ヘリ隊が三体の使徒に対し射撃を始めた。

 ハイドラロケット弾、TOW対戦車誘導弾、25㎜ガンポット、20㎜機関砲の射撃を受けても横隊を崩さず平然と歩いてくる。

 さながら旧劇場版(EoE)の弐号機だが、アンビリカルケーブルが無いため止めようが無い。

 

 さらに国連海軍攻撃飛行隊のA-6イントルーダー攻撃機が到着すると、比較的安価な無誘導爆弾や旧式の対地誘導弾と次から次へと爆弾や対地攻撃兵器の雨を降らせる。

 その時、真ん中にいた使徒甲こと角っぽい物のついた“偽初号機”の口が開いた。

 ()()()()()のようなものを吐き、爆弾を迎撃して低空にいた対戦車ヘリと重戦闘機を焼き払う。

 ネルフの発進させた無人偵察機も同じように焼かれて砂嵐になり、強羅光学観測所の画像に切り替わる。

 “偽初号機”は首を動かして青白く細長い炎を上下左右に振り、2分ほど連続放射して火は消えた。

 

「あれは何っ?」

「解析結果出ました、……あれは熱線です」

 

 使徒の飛び道具に葛城三佐が悲鳴のように尋ねる。

 青葉さんが偵察衛星の赤外線センサーや戦闘機の照準ポッドで得た情報から正体を割り出した。

 

「熱線? あれが?」

「なにあれ、めちゃくちゃ熱そうじゃない!」

「ガス切断トーチの中に突っ込めってか、うーん、加粒子砲とかじゃないからマシか?」

「シンジ君、あくまで赤外線センサでわかる範囲なの、油断しないで」

 

 葛城三佐が攻撃の正体に対して首を傾げ、アスカは蒼白い炎に唖然とする。

 第14使徒や第3使徒の目に見えなくてカンで回避しかない怪光線より、火炎放射という目に見えるこっちの方が恐怖をあおる。

 

……マジで巨神兵じみてんなアレ、でも第5使徒よりは何とかなるか? 

 

 高熱の熱線であるのだが、それが何を燃やしているのかも、ただの棒状の炎なのかどうかもわからない。

 さすがにアセチレン炎ではないだろうし、放射線は発生していないだろうか? 

 しかし、熱線の命中精度は高いのか落下していた爆弾やロケットは空中爆発、射程圏内にいたVTOLの攻撃飛行隊は壊滅して山火事が発生していた。

 

「怪光線で対空攻撃が難しかったからか?」

「そうみたいね、使徒は明らかに飛行目標を追っているもの」

 

 赤木博士が攻撃シーンの映像を再生すると、“偽初号機”は目のような部分を動かし、吐き出す熱線を追従させている。

 第16使徒甲、乙、丙のうち、口から熱線が吐けるのがわかったのは甲のみだ。

 乙と丙は甲が熱線を吐いてる間は停止している。

 全部“連動出来ない”から止まっているのか、それとも動く“必要が無い”からただ突っ立っているのか、あるいは熱線を吐けないから迎撃を甲に任せているのかわからない。

 甲の注意を引き付けている間に接近して近接戦闘をするにしても、近づいたときに乙と丙からズドンとやられるかもしれない。

 

 “原作で居なかった存在”を俺は恐れているのだろうか、背中に冷や汗が伝うのがわかる。

 出来る事ならもっと情報が欲しいけれど犠牲によって情報を得て、時間は作られているんだから、俺達も覚悟を決めなきゃならない。

 

 こうしてエヴァ3機は使徒の接近経路と思われる“国道138号”及び“県道733号”にほど近い“小塚山”付近で迎撃することとなった。

 小塚山を抜けられるともう背後は第三新東京市であるから、地形の起伏を活かした防衛戦闘が出来るのはここしかない。

 零号機がスナイパーライフルを装備し中距離支援、初号機は()()の銃剣を取り付けた“パレットガン改Ⅱ型”を装備し、火力支援の弐号機は840㎜無反動砲とエヴァ専用拳銃を装備する。

 

「エヴァンゲリオン、発進!」

 

 プリ・ブリーフィングを終えた俺たちは、葛城三佐の号令と共に地表に射出された。

 市街地の発進口から出た三機のエヴァは兵装ビルで武器を拾うと、徒歩で小塚山の手前まで前進する。

 

「シンジ、レイ、ちゃんとついてきてる?」

「ええ」

「しっかりと捉えてるよ」

 

 弐号機、初号機、零号機と三機で徒歩行進を行うのだが、前を歩く弐号機のアンビリカルケーブルを踏まないようにわずかに斜め後ろを歩き、後ろに零号機が続く。

 

「ケーブル、踏まないでよね」

「おう」

「アスカ、ケーブルが引っかかるから団地群の方には入らないようにね」

「ミサト、ソケットリフターまであとどれくらい?」

「約300mよ」

「了解! ところで、レイのマンションってどれだったっけ」

「あの向こうの棟の7番目」

「うわっ、ボロッ。それにしても多すぎて俺なら帰れねえな」

「そう? 住んでいれば、見分けがつくようになるわ」

「そういうシンジ様はどんな家に住んでたのよ」

「一戸建てか、離れのボロ小屋……個室だな」

「ふーん、ボロ小屋って何?」

「“俺”がこっちに来る前に住んでいたところ」

「“シンジ”も大変なのね」

 

 “碇シンジ”の住んでいたところは“先生”の家の庭の小屋だ。

 アスカは俺の記憶を見ているから、大阪の実家と自衛隊の生活隊舎を知っているわけで。

 ゲンドウの居る発令所に知れ渡ることになるから俺は“碇シンジ”の設定で通す。

 というか、よく“二重人格”(憑依)というオカルトじみた説明で納得したよな。

 

「シンジ君、アスカ、レイ、一人ずつソケットを交換して」

 

 電気の中継ポイントに辿り着いた俺たちはミサトさんの指示に従い、ソケットを交換する。

 これであと1キロ分は移動できるようになった。

 切り離した古いほうのソケットとケーブルは、この後ソケット運搬車とケーブルピッカーという回収作業機材によって支援されながら電源ビルのドラムに巻き取られていく。

 

 アスカも、綾波も落ち着いているな。

 今までの“原作知識”という精神的優位性を失って、内心緊張バックバクの俺とは大違いだ。

 戦闘するに当たってある程度の高揚感と緊張は必要だが、高すぎるのも問題だ。

 気が(はや)ってミスに気付かず取り返しのつかないところまで突き進んでしまったり、緊張で状況判断力が吹っ飛びかねない。

 原作知識にあぐらをかいて、未知の敵性体と戦うということを舐めていたツケがやって来たのだろう。

 

 ソケット交換が終わり、小塚山の麓までたどり着いた俺達はエヴァ用電源プラグの備え付けられている美術館の駐車場付近で待機する。

 データリンク画面が更新され、日向さんの声が聞こえた。

 

「目標は強羅防衛線を通過、国道138号線、早川に沿って侵攻中!」

 

 強羅から小塚山まで直線距離でおおむね4キロ弱しかない。

 いよいよ、接敵だ。

 

 二車線道路を踏み荒らしながら、弐号機先頭に右手側に見える小塚山の斜面の影に駆け込む。

 俺達の頭を掠めるように4機のF-2A支援戦闘機が飛んでゆき、誘導爆弾を投下していく様子が見えた。

 遠雷のような、ドドン、ドンという爆音のあと、熱線空に迸ったが蒼い翼は大きく旋回しひらりと躱す。

 ネルフ主導の“戦闘機と迎撃施設による同時攻撃”が行われたようだ。

 F-2戦闘機のスナイパー照準ポッドからデータリンクで送られてきた画像を見るに、対空迎撃は“偽初号機”が行い、ネルフの無人速射砲や擬装35㎜機関砲なんかには“偽零号機”が目を光らせて怪光線攻撃を行っているようだ。

 これで沈黙を守っているのは“偽弐号機”だけである。

 単一の使徒に対する飽和攻撃で隙を作り、突入して袋叩きにしていた俺達にとっては、こういった“分業”は有効な対抗策なのだ。

 

「向こうも知恵を付けたってわけね、日向くん、次!」

「了解、箱根山VLS射座1番から5番開け、春山荘地区の機動バルーン作動!」

 

 葛城三佐もそれに気づいたようで、今度は射撃位置を目視出来ないようにして集中砲火を浴びせ、空気で膨らむエヴァのダミーに反応するかどうか確かめるようだ。

 森の中に、高圧空気を送る400馬力コンプレッサー車数台とエヴァのバルーンが待機している。

 俺の勤めている建機会社で取り扱っているコンプレッサーの上位機種だったから印象に残ったのだ。

 この大型コンプレッサー車、ダミー以外にはエヴァの整備に使う特大サイズのエアーツールに使うらしいが、エヴァの“野整備”なんて状況見たことないぞ。

 

「あんなのあったんだ」

「ええ、前は船に曳かれてたわ」

「すぐ攻撃されて消滅したけどね、あっ、エンジン入れたら整備班も退避してください!」

 

 アスカが木々の合間からせり上がって来るエヴァ初号機のダミーを見て呟く。

 綾波は高速艇に曳航されていた映像を思い出したようだ、その流れで言えば操作要員が危ないんじゃ。

 すぐに整備班の最上級者である赤木博士から返事がやって来た。

 

「シンジ君、技術局のスタッフも今から脱出するそうよ」

「脱出路が碓氷峠方面になったから、そっちに流れ弾を飛ばさないようにね!」

「ミサト、それって敵のいる方向じゃない!」

「国道138号はエヴァのケーブルや支援機材で通れないのよ」

 

 くそ、ケーブル付きの巨大人型兵器はこんな時に……。

 

「彼らの脱出方向に攻撃が向かないようにすればいいのね」

「そうよ、11時の方向にある宮城野城跡、使徒の脇を抜けて宮城野サイトへ退避するわ」

 

 俺は地下の本部にいる作戦部や技術局から「敵中突破をしろ」と仰せつかった整備班の心境は如何ばかりかと思うと同時に、普段よくしてくれる彼らの脱出を助けてやろうと決心した。

 発令所に映像中継を切り替えてもらい、宮城野光学観測所(OPS)からの望遠画像にして、使徒3体を斜め右後方から捉える。

 先頭を歩く偽初号機と、怪光線を放つ偽零号機が立ち上がったエヴァ初号機と黄色い零号機の姿を見つけた。

 瞬間的に何らかの攻撃で蒸発するものだと思ったが、どういうわけか怪光線攻撃も熱線攻撃もされない。

 おかしいなと感じた次の瞬間、“偽弐号機”が槍状の物を振りかぶって()()した! 

 拳銃を構えた零号機バルーンはあっという間に頭から真っ二つだ。

 そして、続く突き動作で初号機バルーンは腹に大穴を開けられ、萎んでいった。

 数方向から襲い掛かった巡航ミサイルはというと、偽初号機が熱線で薙ぎ払った。

 

「あいつヤバいぞ」

「パチモンのくせに!」

「そう、アスカみたいに近接戦担当なのね」

 

 近距離、中距離、遠距離と三機でカバーしてんのかこれ。

 第13使徒並みの俊敏さに、アスカや俺の格闘能力を持ってるなんて悪夢でしかない。

 これは、通常の戦い方じゃ勝てない。

 

「使徒は高度な分業制をとっているわ、そこでエヴァは小塚山稜線に潜伏、使徒の通過時に側面二方向から奇襲を仕掛けます」

 

 葛城三佐の指示にアスカが言った。

 

「アタシもレイも近接戦闘用装備じゃないわよ、拳銃で戦えって言うの?」

「ええ、シンジ君の銃剣突撃を援護してほしいの」

 

 無反動砲手という事もあって弐号機の肩のラックにはエヴァ用拳銃が収まっている。

 零号機もスナイパーライフルとプログナイフだけであり、槍を持った使徒と殴り合うには不安なのだ。

 しかし兵装ビルは遠く、プラグを差し替えたりしながら取りに行ってる間に使徒が小塚山を通過してしまうだろう。

 そうなると俺と二人のうちのどちらかが残って、あとの一機の武装交換の時間を稼ぐしかない。

 

 使徒の接近はそんな悠長なことを許してはくれなかった。

 A.Tフィールド中和圏内に入ったやつらはゆっくりと小塚山の方へと向かってくる。

 綾波とアスカは木々をなぎ倒しながら稜線上へと頭を出し、スナイパーライフルと無反動砲を構えた。

 

「目標は、使徒甲、丙」

「ミサトッ、甲と丙ってどれなの?」

「ニセ初号機とニセ零号機よ!」

 

 火力を持っている奴に初弾を命中させ、中距離戦闘を優位に進めようという策だ。

 初弾も効くかどうか怪しいだけに初号機は、その場に伏せの姿勢を取って早川に半身をうずめる。

 射撃開始と同時に使徒のどれかに向かって駆けだして、応射を妨害しなくてはいけない。

 そして、空中待機中の戦略航空団に航空支援要請をしてもらう。

 

「十分に引き付けて!」

「ええ」

「わかってるわ!」

 

 気が逸って“勇み足射撃”にならないように、葛城三佐が声をかける。

 

「シンジ君、準備はよろしい?」

「初号機、発進準備よし!」

 

 初号機の準備については赤木博士が確認を取り、俺は「準備よし」という。

 なんか新隊員教育でやった戦闘訓練の突撃を思い出すなあ。

 味方戦車の攻撃があり、榴弾砲の攻撃があった後に着剣して敵陣地目掛けて突入するのだ。

 

 いや、森の中の死闘といえばベトコンが、「奴らのベルトにしがみつけ」っていうフレーズで至近戦闘しかけて、それに相対する米軍は誤爆覚悟の至近爆撃を要請していたっけか。

 映画『プラトーン』とか『ワンス・アンド・フォーエバー』でおなじみのアレだ。

 今、俺達がやるのは米兵に飛びつく勢いで近接戦をやるベトコン役と、近接航空支援を受ける米兵の役の兼ね役だが。

 

 青葉さんが国連軍の爆撃隊と通話したのか、攻撃タイミングと方向について教えてくれる。

 

「東側より爆撃機接近、2分後に初弾投下とのことです」

「了解、着弾と共にアスカとレイはA.Tフィールドを全開にして射撃開始!」

「初弾弾着まであと3分!」

「5、4、3、2、1、だんちゃーく、今っ!」

「A.Tフィールド全開!」

「フィールド全開」

 

 作戦課所属オペレーターの減秒が終わるや否やアスカと綾波のフィールド全開の声が聞こえた。

 そして遅れてやって来たジェットの爆音が聞こえると共に爆発が使徒を襲う。

 

「初号機、吶喊!」

 

 デンジャークロース、至近距離爆撃だがエヴァの装甲なら凌ぎきれる。

 使徒も防御力は同じなので最終弾落下を待っていたら目つぶしにもなりやしない! 

 

 早速降って来る1000ポンド爆弾に“偽初号機”が熱線攻撃を放つ。

 青白い棒状炎が空に伸びてゆく下を姿勢を低くし、早駆け。

 急に目の前に現れた俺を迎撃しようとした偽零号機の頭やコアのような部位で激しく火花が散る。

 そして、脳天から串刺しにしようと槍を持って跳んできた偽弐号機のどてっ腹で840㎜砲弾の爆発が起きて俺の後ろに着地する。

 突き出した銃剣が偽初号機のコアっぽいところに突き刺さったので銃を捨てて前蹴り。

 

 無反動砲を空中で喰らい体勢を崩した偽弐号機の着地に俺はそのまま背後から()()()()()

 綾波の執拗な狙撃を受けていた偽零号機がこっちを向いたので、すかさず偽弐号機を抱いたまま半回転し盾にした。

 目の前で十字の光が上がった、偽弐号機が誤射されたのだ。

 

 銃剣を突き刺され斜面に吹っ飛ばされた偽初号機が再起動し、手に持っていた長い槍で突きを放ってくる。

 偽弐号機を槍の先へと()()してやり、偽初号機がそちらに気を取られたところで、ふところに入ってすかさず肘打ちを顔面にかましてやる。

 

 こう言った銃剣などの長物攻撃をかわし、複数いる敵と戦うのは自衛隊徒手格闘の基本だ。

 俺やアスカの模倣、数での勝負をしたはいいけれど敵味方混じった乱戦には弱いみたいだな。

 

「アスカ、綾波、こいつらのコアも連動してる!」

「わかった! シンジ、そいつ押さえてなさいよ!」

「私も行くわ!」

 

 弐号機が無反動砲を捨て、拳銃を抜いて突進してきた。

 零号機は早川の中にあっただろう岩を持っている。

 人類側兵器とは段違いな威力の光線で誤射されて腹が焼け、動きを止めていた偽弐号機にアスカが蹴りをかました。

 前につんのめり地面に倒れる偽弐号機に容赦なく追撃を入れる。

 

「アタシの弐号機の真似すんなぁ!」

 

 自己回復をしようとしていたところに至近距離で4発、5発と撃ちこまれ、地面で跳ねる偽弐号機。

 

「だめ、させないわ」

 

 一方、偽零号機は俺達に向かって怪光線を撃とうとしたところ、綾波の投げた岩で頭を吹き飛ばされていた。

 自己回復で頭を生やそうとしたが走って来た零号機に膝蹴りされ、吹っ飛んだところをマウントポジションを取られてコアをめった打ちにされていた。

 俺に殴られていた偽初号機も闘志は十分なようで、槍を捨てて殴りかかって来る。

 しかし人の形を模した以上、腰が入ってないし体勢を崩すには十分だ。

 手首を掴んでこっちに引き、胸と胸がしっかり密着した状態から腰に乗せてやって半回転、いわゆる“払腰”だ。

 

 第3使徒の時は地面に引き倒した状態から怪光線の反撃を喰らった。

 同じ轍は踏まない、間髪入れずに顔を全力で殴る。

 熱線発射をする口も黒い影のような目も潰れ、青い血が噴き出した。

 他の二体からは出血が見られないことから、コイツが本体なのかもしれないな。

 俺は肩のウェポンラックからプログレッシブナイフを抜き、コアに突き立てる。

 

「今だ、やれ!」

「分かってるわ、レイ!」

「ええ!」

 

 コアのようなところをエヴァ三機で同時に潰す。

 俺と綾波はプログナイフで、アスカは逆さに持った拳銃の握杷で殴りつけて。

 もだえ苦しんでいた使徒の動きが止まる。

 

「やったの?」

「油断するな、まだ何かしてくるぞ」

「くるわ!」

 

 いきなり人型の使徒が変形して初号機の拳に張り付いてきた。

 自爆する気かコイツ! 

 血管が浮いたようになり、むず痒い感触に襲われる左腕。

 最後の最後で侵食だったか! 

 

「うわああああああ!」

「初号機、生体部品侵されていきます!」

「シンジ君!」

 

 俺はマヤちゃんの報告を聞く前に左腕の関節にプログナイフの刃を入れた。

 飛び散る火花、激痛に意識が飛びそうだ。

 ある程度の痛覚フィルタリングなるものがパイロット保護機能にあったらしいが最大にして、なおかつドバドバとアドレナリンを出してもこの痛みだ。

 高周波振動で生体部品の切断を始めたプログナイフで浸食にブレーキがかかったらしい。

 

「マヤ! 神経接続をカット! 左腕を強制排除!」

「ダメです! 信号受け付けません!」

「あああああっ……綾波ィ、俺の腕を撃てぇ!」

「シンジッ!」

「碇君!」

「罠にかかった狼は足を噛み千切るんだ! やれッ!」

 

 偽初号機の体からすっぽ抜けて道路に転がっていたパレットガンを拾った綾波が、駆け寄ってきて引き金を引く。

 銃剣があれば良かったが、折れ飛んでいたので接射しかない。

 腕の人工筋肉がずたずたになり、吹き飛んでいく。

 リツコさん、アスカの叫び声、暗転するプラグ、衝撃音。

 そして暗闇にひとり佇む誰か。寂しそう?

 こうして俺の意識はプツリと落ちた。

 

 次に目を覚ましたとき、ネルフ中央病院の病室だった。

 

 腕の感触が無い、腕があるはずなのに無くなったような喪失感がある。

 最期の瞬間、ふっとイメージが流れ込んできたのは何だろうな。

 

「碇くん大丈夫! 大けがしたって」

「ちょっとアンタ落ち着きなさいよ!」

「気が付いたの?」

 

 宮下さんとアスカ、綾波が病室にやって来た。

 途端に騒がしくなる病室、あんまり騒ぐとまた婦長さんが来るぞ。

 さっきまで俺は何を考えていたんだろうか、思い出せなくなってしまった。

 

「碇くん、リハビリには呼んでね! 付き合うから」

「シンジはアタシが面倒見るから良いわよ!」

「碇君はいつ退院なの?」

「さっき起きたばっかりで何も聞いてないな、ところで使徒は?」

「アイツなら、レイが吹っ飛ばした時に殲滅されたわ」

 

 俺の疑問にアスカが答えてくれた。

 

「死なば諸共とかほんっとうに、迷惑な話よね」

「一矢報いてやるって感じじゃなかったような」

「一人じゃ寂しいもの」

「レイ、それでも道連れにされた方はたまったもんじゃないわ……」

 

 綾波は使徒の意図を薄々感じとったか自分に重ね合わせて考えたらしい、アスカはそれに嫌な顔をする。

 母親に無理心中させられそうになったからだろうな。

 事情を知らない宮下さんは二人の様子に首を傾げながらも、俺への差し入れの箱を開ける。

 中には色とりどりのドーナツが詰まっていた。

 それを見てわいわい騒ぐアスカと宮下さん、そして物欲しそうな顔で見つめる綾波に俺は「みんなで食べよう」と提案する。

 ドーナツの中央の穴のようにぽっかりと空いた左腕の喪失感は、いつの間にか感じなくなっていた。

 

 原作にない、今までの大型使徒の総決算みたいな相手だったわけだが、次は何が起こるんだろうな。

 本当に第17使徒としてカヲル君でてくるんだろうかね?




オリジナル使徒登場回、見た目は発光している庵野版巨神兵イメージ。
精神的接触や今までの結果を全部取り込んだのが第16使徒です。

特徴:集団戦術、武器を手に持って使用、怪光線および熱線、侵食

槍を持ったり、複数体で侵攻とエヴァとの白兵戦闘に備えていたが、地形を用いたり近距離での乱戦、徒手格闘には対応しきれなかった。

宮ノ下→早川沿いに強羅、小塚山→第三新東京市北東部より侵入というルートでした。


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ドイツから来たシ者

 第16使徒戦のデブリーフィング、4回目の特殊災害殉職者合同追悼式典が終わるとチルドレンの業務は週一回のエヴァのシンクロ実験と、生身での戦闘訓練が主体になっていた。

 

 今日もネルフジャージに防具を付けて本部の一室で徒手格闘錬成だ。

 先日の第16使徒戦における勝因のひとつに、「われの徒手格闘技術が使徒の模倣よりも優越していた」ことが挙げられたからだ。

 月に一度、3人で運動がてら基礎の“形稽古”だけをやっていたし、俺は木銃を買って銃剣道の練習ばかりやっていたのだが、実戦で効果があったがゆえに錬成がおこなわれるようになったのだ。

 「生兵法は大怪我のもと」であるから保安部の警備隊から今週いっぱい講師を呼んで格闘の基礎を学んでいるところだ。

 俺の習得している“自衛隊新格闘”や銃剣道、アスカが習ったネルフドイツ支部の“格闘”をベースにした錬成計画が練られたわけだが、結局“ネルフ本部式”格闘術になった。

 いやね、顔なじみの34普連まで行って格闘指導官の指導を受けようという案もあったけれど、いちいち山を越えて板妻駐屯地まで行ってられないという事もあって没となったんだよな。

 

「おりゃあ!」

 

 アスカが正拳突きをズバン、ズバンとパンチングミットに放ってくるのだが、めちゃくちゃ重い。

 何回かアスカには殴られたけど、手加減無しで殴られていたら俺、吹っ飛んでるな。

 

「やー!」

 

 綾波も声を出して講師のミットに打ち込んでいるのだが、ポスッという音しかしない。

 講師が腰をひねって()()()、体重を乗せるようにと指導している。

 徒手格闘というのは人間が生み出した固有の“戦闘技能”なのだ。

 俺たちは講師相手に正拳突きや前蹴り、投げ技などを繰り出す。

 それが終わると仕手(して)と受手にわかれて組み稽古をやるのだが、お互いに硬いのでうまくいかない。

 受手は仕手の技に合わせて、綺麗に掛かってやらないといけないのだがアスカにはいまいちニュアンスが伝わらなかったようで、「そんなの馴れ合いじゃない!」と怒られる一面もあった。

 けれど、組手練習はお互いに“どうすれば、どうなる”と言うのを学ぶ稽古であるというのと、受け手側もちゃんと受け身を取れないとケガをするので綺麗に掛かってやらないとダメという内容を懇々と説明した。

 綾波も最初はおそるおそる掴みかかかって来て、足を必死に差し込もうとしていたけれど訓練日が進むにつれて投げ技、足払いを平気で掛けてくるようになった。

 いよいよ最終日、防具を付けての格闘訓練が行われた。

 仕手の周りをスポンジの長い棒で出来た模擬銃剣や棍棒、パイプ、素手で武装した受け手がグルグル回り、前後左右から一人ずつ攻撃を仕掛けてくるのでそれを捌くのだ。

 自衛隊では格闘検定と言って、特級、準特、一級、二級とあるわけだ。

 格闘検定は、この物騒な“かごめかごめ”状態で行われて中隊に着隊した新隊員はまず二級や一級取得をめざして錬成が行われるのだ。

 そういや、スポンジの棍棒持ったやつに3連続で襲われた時、気分は大剣装備の量産機と戦う弐号機だったな。

 

 俺は格闘検定の時の経験から投げ技と打撃の連続技、あるいは転がしてから踏みつけ動作とかそういう技を繰り出して襲撃者をことごとく無力化した。

 そして、いま目の前にいるアスカは俺や綾波、講師の攻撃をかわし、後ろから模擬銃剣で突きに行った俺を足払いで転がすと手から奪った模擬銃剣で俺を“刺殺”する。

 旧劇場版で9機の量産機を相手取って敢闘していただけあって、アスカは手慣れているなあ。

 講師が横から素手で掴みかかりに行ったが、アスカは冷静に膝蹴りを放ち、正拳突きを顔防具の手前で止める連続技を決めた。

 綾波が棍棒でアスカの背後から殴りかかる、しかし回し蹴りで棍棒を弾き飛ばすと地面に転がして十字固めだ。

 

「よし!」

 

 アスカの絞め技から解放された綾波が、けほけほとむせているので背中をポンポンと叩いてやる。

 休憩が終われば今度は綾波の番だ。

 綾波はというと打撃技よりも投げ技が好きらしく、地面に転がして絞め技に入る。

 俺も転がされ、後ろからぎゅっと抱きしめられる……。

 右腕が首に回り、柔らかい二の腕が俺の頸動脈に当たってジワジワ絞まってきた。

 そう、“裸絞め”だ。

 左腕で後頭部をロックされて三角形の空間がどんどん狭くなってくるとともに、息苦しくなってマットを叩くと、解放された。

 綾波は涼しい顔で立ち上がると、ファイティングポーズで構えて次の受け手を待つ。

 そこでアスカ、模擬銃剣を使うと見せかけて……まさかの膝蹴りだ! 

 綾波は右足をスッと踏み出し、入り身でアスカの脇を抜けて後頭部に手を当てると下へと軽く押す。

 膝を高く突き出し、軸足一本で立っていたアスカは押し下げられた頭に身体がついていきコロンと前に倒れ、前方回転受け身。

 転がして武器で突く俺、突きや蹴りといった打撃技のアスカに対し、綾波は「柔よく剛を制す」といった感じだ。

 

 

 訓練が終わってマットや格闘訓練用品を片付けると、シャワー室に行き汗を流す。

 濡れた髪を乾かす女子勢を待ち、いい匂いのするアスカと綾波とともに食堂で夕食を食べて帰る。

 一日じゅう身体を動かし、夕食を食べ、家に帰って寝るだけという心地いい疲れ具合が俺は好きだ。

 開放感からアスカも俺も口数が増え、綾波でさえもどこか表情豊かな気がする。

 エヴァに乗ってる時よりもこういう訓練の方が楽しいかもしれない、なんていうとアスカは「ほんっとうに、アンタって兵隊さんなのね」なんて笑う。

 綾波も「碇君は格闘が好き」といってたけど、()()が好きなんじゃなくてこうした()()()()()()()()()()()なの。

 ジャージ姿に洗濯物が入ったボストンバッグを斜め掛けという部活動スタイルで帰っていると本部の廊下でリツコさんと会った。

 

「あら、三人とも上がりかしら」

「はい、リツコさんも今日は帰りですか?」

「そうよ、ここのところ、何事も無いもの」

 

 死海文書に記された使徒の数は17、ヒトを除くと使徒はあと一体しか来ないはずであり、上層部は金のかかる実験を減らしていってる節がある。

 リツコさんはエヴァの動作が安定していて、委員会から与えられた技術的課題もおおむねクリアしたことから何度も実験をする必要がなくなったのだという。

 それに対してネルフの他支部が今更エヴァ建造に乗り出したことにミサトさんも不信感を抱いてるらしいが、ゼーレの補完計画のためだろうな。

 

「シンジ君、あなた首元赤いわよ」

「綾波に絞め技喰らっちゃいまして」

「そうなの、レイ?」

「……そう」

「リツコ、レイったらコロコロ人を転がすのよ!」

「この子、運動神経は良いのよ。今までそういう機会を作ってあげられなかっただけで」

「リツコさん、バランス感覚もいいんで屋外スポーツとかやれば結構上目指せるんじゃないかな」

「随分褒めるじゃない、あなた」

「シンジったら、コーチみたいなこと言っちゃって」

「……なにをいうのよ」

 

 綾波が照れている、リツコさんもにこやかだ。

 この人、笑うと素敵だよな。

 アニメではかわいそうな最期だったから、「何とかならないかな」なんて思ってたけど綾波とのかかわり方が変わるだけでこんなに穏やかそうに過ごせるなんて。

 つい最近の話だが「やっぱり、家に誰かいるのって違いますね」と言った時、リツコさんは拾ってきた猫と遊ぶ綾波の話をしてくれたわけだが楽しそうだ。

 リツコさん家の近くで鳴いていた子猫を綾波が拾ってシロと名付けたらしく、今やリツコさんはシロと綾波の世話で残業を減らして親父どころじゃなさそうだ。

 俺も「あなたは、これが楽しい?」と言いながら猫じゃらしを振る綾波を見てみたい。

 今、徒手格闘錬成の話を聞いているリツコさんはもう完全に綾波のお姉さんだ。

 

「リツコさん、明日も早いんでしょ」

「そうね、レイ、一緒に帰りましょう」

「ええ、そうしましょう」

「じゃあね、リツコ、レイ。シンジ、帰るわよ!」

 

 正面ゲートでリツコさんと綾波に別れを告げ、アスカとマンションに帰る。

 こうしてチルドレン3人の徒手格闘錬成週間が終わった。

 

 

 翌週、ドイツ支部から“研修生”と“教育支援隊”が数日後に来ることを知らされた。

 エヴァ5号機の操縦要員で、渚カヲルという名前らしい。

 アスカも加持さんも今までに会ったことが無く、つい最近になって委員会の肝煎(きもい)りで選ばれたとか。

 そう、テレビの前の皆さんご存知“第17使徒タブリス”であるカヲル君だ。

 

 なぜこの時期に第二次整備を始めるのかという話だが、ドイツ支部は使徒の学習能力から多数の使徒による同時展開の可能性があると感じたらしく、他の支部と共同で“エヴァ包囲網計画”なるものを始めたらしい。

 まあ、死海文書で使徒の数が記されてることを知らなきゃ説得力はあるだろうな。

 この発表を聞いたときに思わず「それは違うよ!」と言ってみたくなったが、言ったら即行方不明だ。

 エヴァ複数機によるサードインパクト、よくわからないところも多いが確実に実行するための要素は揃いつつある。

 アニメ、新劇ともにカヲル君は死ぬ、その後で何かしらヤバい展開になるのだが、どちらも“使徒の撃滅”が発生の()()()()とは言われていなかったと思う。

 渚カヲル、最後のシ者を殺した時に始まるならば、使徒が共生を選んだらどうなるんだ? 

 無意識のうちに俺はカヲル君を生かすことを考えているし、殺人に対する忌避感もある。

 

 使徒が人間との対話を考えてこうなったのならともかく、殺人という道徳規範による忌避感を武器にするために姿を似せてきたのなら相当タチの悪い進化をさせてしまったぞ。

 群体の利と合わせて、人間型使徒(not リリン)を社会に多数浸透させる戦術を取られたらどうしようもない。

 ただでさえ闘争絶えない人間社会が、隣人不安から内部分裂を起こして崩壊してしまう。

 隣のアイツは使徒かもしれないと言った猜疑心が生む“魔女狩り”が始まるかもしれない。

 社会生活を送る人型使徒が差別だ、異起源種にも生きる権利があると権利を主張し始めて人権闘争になった暁には俺らもヘイトクライムで有罪判決を受ける可能性が出てくる。

 「地球はリリンだけの所有物じゃないんですから」なんて言われたらもうお手上げだ。

 人類みんな溶けあって差別も格差もない素晴らしい世界、ゼーレの爺様方はこれを見越して補完計画を始めましたってか、だとしたら大した人格者っぷりだな。

 

 __ダミープラグ素体の綾波クローンみたいにカヲルタイプが世界中にばら撒かれてたりしてないよな? 

 

 さらに言うと群体使徒でドイツ、フランス、中国の各地のネルフ支部にいる“カヲルタイプ”皆殺しにしないと殲滅できませんとか言うクソ展開ないよな? 

 前回の使徒で分かったけど、原作通りの展開なんてもうありえないから何が起こってもおかしくない。

 彼が敵に回ってどうしようもなくなった時、俺はこの手で彼を殺すことができるのだろうか。

 宮下さんと参号機は上手くいったが、今度こそ()()()()()して殺さないといけないわけだ。

 戦々恐々としてる間に、気づけば研修生がやって来る前日となっていた。

 

 学校からネルフ本部に直行という事もあって3人で電車に乗るのだが、改札口で突っ立ってる少年がいた。

 白い肌に銀色の髪の彼はどういうわけだか、ドイツ連邦軍のフレクターパターンの迷彩服を着こんでいる。

 足元には迷彩の衣のうが置いてあり、着任地へ乗り継ぐ電車で迷った異動者といった雰囲気だ。

 アスカは俺をちらりと見て、「行きなさいよ」と目で語る。

 まあ、迷ってる人をいつまでもそのままにはしておけないよな。

 

「すみません、どこに行きたいんですか?」

 

 俺が声を掛けてやると、その少年は驚いたような表情になる。

 新隊員教育隊のように胸には白いネームテープが縫い付けられ、「KAWORU.N」とマジックで書きこまれている。 

 

「君が、碇シンジ君かい?」

「研修生で来る渚君?」

「カヲルでいいよ、碇君」

「俺もシンジでいいよ、それで、カヲル君はどうしようと思ってたの」

「ネルフ本部に行きたいんだけど、ひとりで行くより誰かと行こうと思ってたのさ」

「ドイツ支部から“教育支援隊”のご一行が来るって聞いてたんだけど」

「彼らとはぐれちゃってね」

 

 転属が決まり、随行者の加持さんと来日したアスカにとっては不審に映ったらしく、ちょっと離れたところからつかつかつかと寄って来た。

 

「教育支援隊? 聞いたことないけど、なら携帯電話で連絡しなさいよ」

「僕は電話を持たされていないんだ、行けばわかると言われてね、君がセカンドチルドレンの……」

「惣流・アスカ・ラングレーよ、はぁ、こんなのがフィフスなの?」

 

 チルドレンの護衛兼、本部研修で来ているのだろうから常に一団のはずであり、はぐれるなんて明らかに変だよな……。

 アスカはため息をつくと、携帯電話で葛城三佐に電話する。

 

「もしもしミサト、今度来るって言ってた渚ってやつ本部の前で迷子になってるわ」

 

 電話している横でカヲル君は綾波に話しかける。

 同じ使徒ベースの存在ということに興味を持ったんだろうか。

 

「君がファーストチルドレン、綾波レイ、君は僕と同じだね」

「そう、でもあなたとは違うわ」

「そうなのかい?」

「綾波は綾波だ、生まれが似ていようがカヲル君とは違うよ」

「碇君はどう思ってるの?」

「俺の持論だけど、誰でも生まれた時からヒトじゃなくて、社会性や倫理ってのを身に付けてこそ動物から“人間”になるんだと思うぞ、だからそんな顔をするなって」

「君は興味深いことを言うね」

 

 葛城三佐を通じて保安部の入場許可を取り付けたアスカが俺達の方を睨む。

 

「アンタ、このアタシに丸投げしてんじゃないわよ! 自分の事でしょうが! シンジも!」

「お、おう、アスカが許可を貰ったそうだし、それじゃ本部に行こうか」

 

 こうして四人でネルフ本部に入り、作戦課のオフィスに向かう。

 原作ではカヲル君、開襟シャツの学生服を着ていたけど、どうして迷彩作業服なんだろう。

 新劇場版の式波大尉みたいに階級持ち……ではないけど、ドイツ陸軍に所属しているのだろうか。

 俺みたいに好きで国連軍のOD作業服着てるやつもいるし一概には言えないか。

 

「そういえば、カヲル君は軍属か何かかな」

「どういうことだい」

「アンタが迷彩服なんて着てるから、軍人なのかって聞いてんのよこのバカは」

「いいや、僕は“軍人”という立場じゃなかったと思うよ、服が無いからこれを着ているんだ」

「服が無いってアンタもレイみたいに「()()()()()()()」なんて言わないわよね」

「僕は渡されたこの服しか持ってないけれど、普通に生活できていると思うんだ」

「飛行機に乗る前からずっとこの格好なの?」

「そうだね、ドイツ支部でもこれだったし、飛行機でも止められなかったよ」

「アンタバカぁ? ネルフの一団で来たんならだれも止めないわよ! でも日本の街中では浮くっつってんのよ!」

 

 アスカはカヲル君の鼻先に指先を突き付け、TPOをわきまえなさい! と叱る。

 一般常識に疎かった綾波の面倒を見ていた経験からか、どこかズレてるカヲル君もアスカのお姉さんムーブの対象となったようだ。

 

「カヲル君、作戦課での顔合わせが終わったら服買いに行こう」

「そうね、シンジ一人だと不安だからアタシも行くわよ。レイは?」

「私は遠慮するわ」

「嫌われちゃったね」

「初対面でアレはさすがに引かれるだろ。この年代の女の子って難しいからな」

「シンジ君なら良いのかい」

「男でもドン引きだよ、お互いに距離を取らないと息苦しいだろ、人間関係なんてさ」

「僕にはわからないな、それは、他人が怖いからかい?」

「そういう人も居るけど、パーソナルスペースっていって、人間、親しくない奴に近づかれると拒否感が出るんだよ」

「近くだと拒絶して遠く離れると寂しい、リリンって難しいね」

「そ、だからこそ死ぬほど悩む人もいるわけだけど、だからこそ楽しいんだなこれが」

「シンジ君はどうなんだい」

「俺も見知らぬ土地で一人だと不安になるし、ヤな奴には会いたくないけど、可愛い女の子に声掛けられたらうれしくなるね」

「シンジ最っ低、可愛い女の子ならだれでも良いんでしょ」

「アスカ拗ねるなって、深い意味はないんだ!」

 

 カヲル君への例え話に、アスカが拗ねてそっぽを向いて見せる。

 ここで「アスカだけだよ」と歯の浮くような言葉を掛けたが最後、取り返しのつかないことになりそうで、どうも躊躇っている自分がいる。

 こういうめんどくさ可愛いところがあるけど、関係が冷え込んで来たらこれが非常にウザく感じてくるだろう、人間なんてそんなものだ。

 

「じゃあどういう意味よ」

「ほら、人に親切にして貰ったら嬉しくなるだろ、そんな感じだ」

「どうかしらね、そういえば、ミサトもそんなこと言ってたわよね」

「あっ、ハイ」

 

 __加持さん、アンタも今の俺みたいな問答やってたのか。

 

 ミサトさんが加持さんの女癖について愚痴ってたのを思い出し、俺含めつくづく男ってロクなこと言わねえなと思う。

 俺が拗ねてズンズン歩いていくアスカ様に弁解している様子を、後ろから興味深そうに見ている綾波、カヲル君。

 こんな男と女の子の人間模様を見せながら、作戦課に到着した。

 

「ドイツ支部より本部研修に来たフィフスチルドレン渚カヲル君です、じゃあ自己紹介お願い!」

「初めまして、僕は渚カヲルです、エヴァ5号機の専属パイロットとして技術や心構えを習得しようと思います、ご指導よろしくお願いします」

「挨拶としてはバッチグーよ!」

 

 葛城三佐がまるで転校生を迎える担任教師だ。

 学園エヴァ世界でミサト先生やってるだけあるな。

 思ったよりしっかりした挨拶に、作戦課の課員や俺たちは拍手で迎えた。

 研修生の彼は使徒であり、彼の引率と共にエヴァ運用の視察に来たという“教育支援隊”の影にゼーレは何を隠しているんだろうな。

 

 




皆さま、感想ありがとうございます、楽しく読ませてもらっています。
思えばこんな自衛隊話の多いエヴァFFってそうそうないような……。

エヴァ2機健在、初号機左腕修理中、全搭乗員健在、第三新東京市健在という状況で迎える最後のシ者、果たして……。


用語解説

自衛隊格闘:徒手格闘、銃剣格闘、短剣格闘からなる格闘戦技。日本拳法や柔術、相撲、合気道などの技を取り入れた内容で行われていたが、2008年より“新格闘”と呼ばれる投げ技や絞め技が追加され、内容が変わったものが実施されるようになった。柘植士長(俺シンジ)は新格闘履修者である。

文字に起こすのが難しいところもありましたので映像で見てもらえればわかりやすいかと思います。

格闘展示映像
https://www.youtube.com/watch?v=-WhHd8tleX8

錬成:自衛隊では鍛えることを「錬成」と呼ぶ、ランニングは持続走錬成、格闘錬成、銃剣道錬成など多くの錬成があるが筋トレは「体力錬成」で、腕が持って行かれるような人体錬成ではない。




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魂の入った人形たち

エヴァ量産機の機能、センサ系は資料が無いので独自設定になります。



 自己紹介が終わると、カヲル君とドイツ支部教育支援隊の隊員の泊まる外来宿舎を案内したり、エヴァが体を休めるケイジやら作戦室などを回るツアーをする。

 葛城三佐は部下に任せりゃいいものを態々出てきて、引率役をやっている。

 日向さんや作戦課員に書類仕事押し付けたんだろうか。

 

「これが僕の仮の宿というわけだね」

「ちょーっち狭いかもしれないけど我慢してちょうだい」

「狭くてもミサトの家よりはマシよ」

「言うじゃないアスカ、アンタも来た時日本の家は荷物も入んないって……」

「モノが多いのとゴミが多いのは別問題なのっ!」

「アスカだってシンちゃんが居なかったらどーなってたかしらね」

「私はシンジが居なくても一人でも生活できてるわ!」

「まあまあ、カヲル君もいることだし、それぐらいで」

「シンジ君は黙ってて」

「シンジは黙ってなさい!」

「はい。カヲル君、単身者用個室よりは狭いけど有効に使ってよ」

「シンジ君はセカンドと暮らしているのかい?」

「うん、アスカと同居してるよ。あと、せめて惣流さんって呼んであげなよ」

「そうなんだね、こんな話を聞いたことがある、悪妻(あくさい)を持つと哲学者になれるそうだよ」

 

 カヲル君はどっかで聞いたことがある格言を呟く、誰だったか……。

 

「あっ、ソクラテスだっけ?」

「誰が悪妻よ! あとアスカで良いわ! 『惣流さん』なんて呼ばれたら鳥肌立つ!」

 

 さっきまでミサトさんと言い争ってたはずのアスカが顔を赤くしてカヲル君を指す。

 ミサトさんも俺とアスカを見て何か言いたげにニヤニヤしている。

 わりと同レベルな反応をする相手である加持さん呼んでやろうかなと考えたが、電話がつながるかどうかもわからないので携帯電話に伸びた手をスッと戻す。

 

「わかった、じゃあ君の事はアスカさんって呼ぶよ」

 

 指された方のカヲル君は、ニコニコ笑っている。

 学園エヴァ世界でも不思議系キャラだったけど、ほんと動じないなアンタ。

 

「次行きましょう、次」

「そうね、次はエヴァの居るケイジに向かうわ」

 

 俺が急かすと葛城三佐も次の場所に向かうことにしたようだ。

 

 ただでさえ予定外の来訪なのだ、仕事残ってるんじゃないのか葛城三佐。

 そして、あんまり時間かけると地上の衣料品店が閉まってしまう。

 零号機、弐号機、初号機の順番で回るのだが、カヲル君は零号機の前で立ち止まった。

 それに呼応して紅い光学センサレンズがキラリと輝いたような気がした。見間違いかな? 

 

「ここのエヴァには魂が入っているのかい?」

「アンタも兵器に魂が入ってるとか言うワケぇ」

 

 アスカは「うげっ」っという表現が似合うような表情をし、葛城三佐はカヲル君と零号機の間を何度か見比べる。

 遠隔操作できることを知っている俺は一瞬身構えたが、エヴァ無しにはどうすることも出来ないので緊張を解く。

 カヲル君からすれば生身でA.Tフィールドを張れない種なんて敵じゃない。

 初号機に乗ってない俺やアスカ、葛城三佐を殺すことなんて容易いだろう。

 

「……そりゃそうだ、他所のはどうか知らないけどウチの相方は魂入ってるよ、零号機ちゃんもね」

「今建造中の5号機とはずいぶん違う感じがする」

「渚君、噂に聞く5号機ってどんな感じなの?」

「魂の無いただの大きな人形さ、外観で言うなら光学センサー類も省略されているんだ」

 

 葛城三佐の質問にあっさりと答えてくれるカヲル君。

 旧劇場版の白いエヴァンゲリオン量産機、通称:ウナゲリオンがダミープラグで動いていたのはそういう事なのか。

 というか正体隠す気あるんだろうか、不自然な単独行動といい、言葉の端々に見る使徒的言い回し。

 しょっぱなから原作シンジ君ロールプレイを投げ捨てた俺が言う事じゃないけど。

 

「光学センサ省略って外見えないじゃない!」

「複合センサになったから、レーダーとエコロケーションで外界を捉えている」

 

 ハクジラかな……だからアイツ口がデカいのか。

 俺がエヴァ量産機の唸り声の正体を知った時、葛城三佐は首をかしげる。

 

「エコ……なにそれ?」

「反響定位だよ、超音波を出して反響で位置や形状を掴むんだ」

 

 カヲル君の説明にいまいちピンと来ていない様子の葛城三佐。

 第12使徒戦位でしか使ったことない機能だけどこの説明でいけるか? 

 

「ウチの機体のアクティブソナー機能の発展版ですよ、動物ならクジラとかコウモリが持ってる能力ですね」

「シンジ君、リツコみたいよ」

「赤木博士はもっと詳しく説明してくれるわ、話すの好きだもの……」

「レイったら、よく見てるじゃない。リツコってば自分のことあまり話さないのよね」

「クジラとかコウモリみたいなエヴァなんてカッコ悪い!」

「あはは、僕もあのデザインはなかなかユニークだと思ったよ」

 

 ミサトさんは難しいことや雑学を覚えるの苦手だからなあ、リツコさんもミサトさんに対しては説明投げてる節があるし。

 俺とか綾波はリツコさんの解説を聞いて突っ込むほうなので時間が過ぎるのが早いこと早いこと。

 そう、コーヒー片手に赤木研究室をたまり場にするチルドレンの筆頭とその2である。

 一方、アスカはSF小説とか読んでその考察をするようなオタク気質とはかけ離れている。

 綾波、俺、リツコさんで“戦闘知性体”はネルフの技術で作れるのかという話をしているところに来て、「だって小説じゃない」の一言で終わらせてしまうくらいだ。

 まあ、MAGIがあるので()()()()()()()けど電子攻撃タイプ使徒による攻撃やMAGIタイプによる攻撃には脆弱だよねという結論に達したわけだが。

 キョウコさんの魂の入った弐号機を動かせるカヲル君なら戦闘知性体の載ったエヴァも動かせるんだろうな。

 

 __カヲル君もユニークだと思ったのか量産機。ヒトにもっと似せてくるだろうってか? 

 

「もういいかしら、次、弐号機よ」

「制式採用された制式タイプのエヴァよ、戦時量産なんかとは違うからよく見ておきなさい!」

「アスカ、気合入ってるね」

「あったりまえよ!」

 

 アスカの中では使徒戦前に建造された本物のエヴァなのだ、俺の初号機は試作にしてよく暴走する訳アリ品、零号機は実験機だ。

 使徒に乗っ取られた参号機と爆発事故を起こした4号機は喪失したこともあって不良品扱いだ。それには俺も同意する。

 深紅のボデーに緑の四眼式センサを備えた弐号機は檻の中で静かに佇んでいる。

 

 “アース位置”

 “電磁波放射機、動作中は30Ft(約9m)以上離れよ”

 

 よく見たらいつの間にか機体の注意書きが()()()に変わってる……。

 アスカと弐号機が来てもう半年も過ぎたんだなあ。

 

「これがエヴァ弐号機、データで見たことがあるね」

「どう、実物は」

「どこか愛嬌があっていいね、君に似合っているよ……そう、思わないかいシンジ君」

「そうだな、赤はアスカの色ってイメージになるくらいにはね」

 

 カヲル君は何かに気づいたようだが、すぐに弐号機の感想を述べる。

 アスカの扱いを覚えたのか、サラリと弐号機を褒めて俺へと振る。

 

「わかってんじゃない、アンタ、アタシの弐号機に特別に乗せてあげるから感謝しなさいよね」

 

 原作シンジ君にとっては嫌なことの象徴であり自分のいる意味であったし、アスカはエヴァパイロットじゃない自分に存在価値はないとしていたけど、こっちじゃそこまで追い詰められていないから、みんな戦場を駆け抜けた自分のエヴァが大好きなんだよな。

 

「体験プログラムで渚君にはエヴァ弐号機とシンクロしてもらうからよろしくね」

「わかりました」

 

 コアの書き換え無しで1回、教育支援隊が持って来たデータを入れて1回の計2回体験起動をする。

 当初、エヴァ体験は零号機か初号機で行われる予定だったのだが、零号機は俺を乗せて暴走したりと不安定な面があるし、初号機は司令と副司令によって却下されてしまった。

 結果、暴走していないエヴァ弐号機に白羽の矢が立ったのだ。

 正直めちゃくちゃ嫌がるかと思った、しかし選定までの経緯を聞くとアスカはじゃあ仕方ないわと受け入れてくれたのだ。

 

 __俺と乗っても大丈夫だったし、一度も暴走しないってことはそれだけ信頼性があるってことだよ。

 __アンタがそこまで言うんだから、大丈夫なんでしょうね。でも、ホントはあんまり触って欲しくないな。

 

 原作アスカだったら噛みつく勢いで喚き、「絶対に嫌!」となったに違いない。

 まあミサトさんに“焼肉一回オゴり”という条件を飲ませたアスカはしたたかだなと思った。

 

「さぁって、最後はシンジ君の乗る無敵のエヴァ、初号機です」

「この前、腕飛んでるけどね」

 

 アスカが冗談交じりのノリで初号機を紹介する。

 アニメ本編で卑屈になって言った「無敵のシンジ様」とはニュアンスが違う。

 装備もつけず海中やマグマに飛び込み、虚数空間に取り込まれ、精神攻撃を浴び、生体侵食されてもしぶとく生き残り、原因不明の暴走で使徒を二体も屠っている。

 エヴァって何なの! という畏怖を込めて、“無敵のエヴァ”と呼ばれているのだ。

 

 葛城三佐を先頭に第7ケイジに行くと、先客がいた。

 

「お疲れ様です」

 

 帽子が無いので頭を下げ、無帽時の敬礼をする。

 

「ああ」

 

 エヴァ初号機を見つめていた碇司令は俺たちの姿をその眼にみとめると指でメガネを押し上げて返事をした。

 

「碇司令、こちらがドイツより派遣されてきたフィフスチルドレンです」

「そうか、委員会の老人共が送り込んできた少年か」

「そうだよ、しばらくこっちで世話になるね、碇ゲンドウさん」

「アンタ、司令相手に凄いわね」

 

 階級を持っている葛城三佐と俺が不動の姿勢を取っている中、怪しげな笑みを浮かべて前に歩み出るカヲル君。

 アスカや付き合いのある綾波でさえ碇司令にこんなに馴れ馴れしく話しかけられないのだから、カヲル君がただ者ではないという事がわかる。

 

「シンジ、訓練はどうした」

「今日は本部施設での体力錬成日なんで施設案内終わったら買い出しに行きます。何かと入用でしょうし」

「碇司令……」

「レイもか」

「綾波は別行動です、僕とアスカ、フィフス……渚カヲル君の3人で」

「……そうか」

 

 口角が動く、表情がわかりにくいけど、これって息子気にかけてるのかな。

 不器用なオヤジが話題に困って絞り出したのがこれだ。

 ちょっと不遜な印象を与えるかも知れないけど、いい機会だし話を振ってみるか。

 

「碇司令、せっかくですから初号機の紹介をしてみてはいかがですか?」

「ふっ……初号機はユイが遺したものだ、今はシンジが乗っている。それだけでいい」

「君が数多の使徒を屠りしエヴァ初号機か」

 

 うん、ゲンドウにとっての基準は最愛の妻ユイさんだったな。

 エヴァの秘密やら能力諸元について触れるとは全く思ってなかったけどさ、もっと説明のしようがあっただろ。

 何とも言えない説明に複雑な顔をしているミサトさんとアスカ、すこし悲しそうに見えなくもない表情でゲンドウを見る綾波。

 そして初号機の方向を向いて語りかけるカヲル君、話聞けよ。

 

「すべてはその日のためにかい?」

「ああ、予定は繰り上がりそうだがな」

 

 おい、しれっと補完計画関連の話をするんじゃねえよ。

 葛城三佐は何の話をしているの? という表情でカヲル君とゲンドウを見比べる。

 アスカが綾波に何かを耳打ちしている。

 綾波出生の秘密を知っているアスカも答えに行きついてしまったのだろう。

 渚カヲルは綾波と同じ“作られし子供”であり、謎の計画のキーであると。

 

 辺りを沈黙が包む。

 

 何か言って状況を動かすかと考え始めた時、携帯電話の着信音が鳴った。

 一斉に同じデザインの官品携帯を取り出して液晶画面を見る。

 鳴っていたのは俺でも葛城三佐でもアスカでもなく、碇司令のものだ。

 

「碇、次の予定が入っているんだぞ、どこにいる」

「ケイジだ」

「初号機を見てユイ君に思いを馳せるのは構わんが、時間を考えろ」

「冬月、すぐ戻る」

「……急用が出来た、私はもう行く」

 

 ゲンドウはピッという音と共に電話を切ると、メガネをくいッとやって言った。

 さっきもメガネのブリッジを押し上げてたけど、癖なのかな。 

 回れ右をして去っていくゲンドウに、複雑な表情になる一同。

 急用ができたんじゃなくて、冬月先生にいろいろ押し付けまくって予定忘れてただろアンタ。

 司令が退出したことから空気が弛緩した。思わぬ司令との対面に各々思うところはあったようだ。

 

「ちょっち息詰まりそうだったけど、エヴァ初号機はシンジ君が操縦してるわ、以上!」

 

 葛城三佐の無理矢理なシメで初号機の紹介が終わった。

 

 

 ネルフから地上に出て、衣料品量販店に行ったはいいけれど、試着室から出てきたカヲル君のセンスが僕にはわからないよ! 

 アスカも綾波と同じような服屋初体験だから覚悟はしていたようだが、これはひどいと絶句している。

 下から、先の尖った革靴、細身の黒いジーンズ、チェーン、よくわからない英字の羅列されたVネックのTシャツ、黒いベスト、謎のハット……。

 ヴィジュアル系バンドに憧れた中学生だこれ。銀髪はよく似合ってると思うよ。

 

「拾ったこの雑誌にはこのファッションがアツイと書いてあったんだけど」

「それは普段着にはならないの! 捨てなさい、今すぐ」

 

 アスカがカヲル君の手からV系音楽誌をひったくる。

 ああ、それに影響されてたのか。

 

「ヒトの生活って大変なんだね、服のコーディネートから始まるんだろう」

「まあね、組織に居れば制服で何とかなるんだけどね」

「バカシンジ、コイツにそんな生活を教えない! レイみたいになるでしょうが!」

「ところで、シンジ君は普段どんな服を着ているんだい?」

 

 スッとマネキンを指さす。

 ブルーと白を基調とした爽やかなジーンズスタイルだ。

 

「アンタがあんな服着るのはほとんどないでしょうが!」

 

 ツッコミを入れられた。

 なんでや、二人で飯食いに行く時にはちゃんと着てるじゃないか。

 

「普段のシンジはあんなのよ!」

 

 アスカが指さした先には、OD色のシャツに米軍の迷彩パンツを履き、半長靴を履いている奴の姿が。

 

「おっ、シンジと惣流じゃないか、デートなのか?」

「違うわよ、今日はコイツの服買いに来たのよ」

「やあ、君は?」

「俺は相田ケンスケって言うんだ、君が研修生?」

「そうだね、僕はカヲル、渚カヲルだよ」

 

 ケンスケの目は輝いてる、軍装好きとしてドイツから来た新型迷彩(この世界では)は魅力的なのだろう。

 

「フレクター迷彩っ、これ、いくらしたの、最新型じゃん」

「これなら、ドイツで貰ったんだ」

「ネルフのドイツ支部ってそんなの持ってんのかよ」

「持ってないわよバカ、渚しか着てんの見てないわ」

「で、何でケンスケはここに?」

「上下迷彩服の奴がいて、気になって入ってみたらシンジが居たんだ」

 

 ケンスケとアスカ、そして参考程度に俺の三人であーだこーだと言って出来たスタイルが、ミリタリーテイストの私服になった。

 水色のジーンズの上にグレーのシャツを着て、その上にM65フィールドジャケットを羽織り、黒いキャップを被る。

 

「シンジ君、どうかな?」

「いいんじゃない」

 

 こうしたシンプルなミリタリーテイストに落ち着くまでにはいろいろあった。

 

「ちょっとシンジ、このバカどうにかなんないの、気づけばよくわからないベスト着せようとするし!」

「シンジ、これなんて便利そうじゃないか、ここに弾倉がすっぽり入りそう」

「ケンスケ、PMCじゃないんだから。それに必要なら専用のチェストリグ買おうぜ」

「渚は何色が好きなのよ?」

「うーん、強いて言うなら()、かな。緑色は心を癒してくれる」

「じゃあコレとかいいんじゃないかな? どう思う、シンジ」

「ちょっと気温下がったからって誰がこんなツナギ着んのよバカ」

「ヘリ乗員か、輸送機のロードマスター」

「バカシンジ、相田のネタに乗らない!」

「シンジ君、これは上と下を一枚で賄えるね」

「却下よ却下!」

 

 アスカ曰く「ミリオタの呼び声」をぶっちぎり、俺の着ている爽やか系コーディネイトに一枚ジャケットを足すスタイルで決着がついたのだった。

 

 衣料品量販店から出る頃にはちょうど晩飯時になっていたから、ケンスケとカヲル君を連れてファミレスに寄る。

 ハンバーグやら鉄火丼、ネギトロ丼に牛すき焼き定食と色々頼み、初体験であろうドリンクバーの使い方を教える。

 いきなり、何を思ったか俺の真似をしてエスプレッソコーヒーを入れて悶絶するカヲル君。

 こういうところは綾波に似ているなと思ったけど、カヲル君は初めてだというのに躊躇なくハンバーグセット“ダブルサイズ”を頼む。

 こういうところにそこはかとない大物感を感じる。

 ケンスケはというと、「金がないからネギトロ丼しか食えないんだよぉ」と言っていた。

 いや、950円(税別)出せたら十分じゃねえか。

 

 帰り道、コンフォートマンション方向に三人で歩いて帰る。

 カヲル君は話したいことがあるらしく、俺達に付いてきたのだ。

 

「今日はとっても楽しかったよ」

「そりゃどうも」

「ところで、アンタ、ウチに泊まっていく気なの」

「いいや、駅までの道を教えてもらったら一人で帰るよ」

「アスカ、カヲル君のタクシー代は俺が出すよ」

「すまないね、シンジ君」

 

 部屋に上がったカヲル君は、ソファーに腰かけた。

 

「君達はすでに分かっているんだろう」

「何の事かしらねぇ」

「最後のシ者なんだろ、渚君」

「そうだよ」

「じゃあアンタ、使徒なの?」

「ああ、君たちがエヴァと呼んでいるものと僕は同じものなのさ」

「シンジ、何言ってるか分かるの?」

「エヴァは使徒のコピーで、俺の初号機も第二使徒リリスのコピーだというね」

「だから、アンタは魂があるって言ったの?」

「エヴァ()()には無いんだけど、接触実験で精神や肉体が取り込まれてパイロットとのつなぎをする」

「そういう事だよ、リリンはこうまでして生き残ろうとするんだね」

「勝つために敵の模倣をするのはそっちも同じだろうよ」

「じゃあアタシの弐号機の中にいるのって……」

「シンジ君の初号機には碇ユイ、弐号機には惣流・キョウコ・ツェッペリンの精神が囚われているのさ」

「ママが弐号機にいるのはわかったけど、アンタがどうしてそれを知ってんのよ!」

 

 今明かされた衝撃の事実に青ざめるアスカ、俺はアスカを抱き寄せる。

 

「アスカ、しっかりしろ! で、記憶を覗き見したら次はパイロットを直接攻撃か?」

 

 カヲルは首を横に振った。

 

「そんなことはしないよ、ただ、僕はわからなくなったんだ」

「わからなくなった?」

「僕はアダムに還ろうと思っている、でも、リリンの営みを見て思ったんだ、君たちを滅ぼす必要があるのかって事をね」

「共生はできないのか? この星には60億人超える人が居て、戦争こそあるけど多くの人種が生きてるんだ。異種族のひとりふたりくらい問題ないだろ」

「シンジ君、君が“任務の完遂”を軸にするように、僕に与えられた使命はアダムに還って生き続けることなんだ」

「そう言われると仕方ないな、やっぱり、戦うことになるのか。生存競争として」

 

 ターミナルドグマに磔のリリスと同化してのサードインパクト、心の補完を防ぐためにやるしかないのか? 

 だが、俺の葛藤を読んでいたかのように、カヲルは拳で腹を十字に擦った。

 

「でも、僕にはひとつだけ自由がある、そう、自らの死だよ」

「おい、自殺に俺達を巻き込むなよ、エヴァで()()()()とか勘弁してくれ」

「日本には“ハラキリ”、“玉砕”という物があるんだろう、シンジ君、“軍人の情け”でどうかやってくれないか。未来をつかみ取る生命体はひとつだけなんだ」

「馬鹿野郎、日本には“一宿一飯の恩義”という言葉があって、明日をも知れない身ならちょっとした施しがずっと忘れない恩になるんだよ、ハンバーグのお代まだもらってねえよ」

「……うっわ、恩着せがましいって言えばいいの?」

 

 腕の中で震えていたアスカがそんなことを言う。

 そんな冗談が言えるんだから、ある程度落ち着いたのか。

 

「シンジ君がそうまで言うなら、もう少し世話になろうかな」

「そうしろそうしろ、どうせならリリンの生み出した文化の極みってもんを見てから死ね」

「文化の極み、かい?」

「歌に踊りにアニメに小説、娯楽は腐るほどあるんだ、好きなのを選んでよ」

 

『飯食って映画見て寝る』、とか『息抜きの合間に人生をやる』そんなのでいいじゃないか。

 ネルフの大人にはそういった楽天的な人がいないよな。あっ、俺も含まれるか。

 

 アスカも人を模した使徒という事で身構えはしたものの、カヲル君の様子に毒気を抜かれたのか寝る前にはいつものアスカに戻っていた。

 

「シンジ、そいつしっかり見ときなさい、寝込みを襲われるかもしれないわ」

「信じてもらえないのは悲しいね」

「うっさい!」

 

 ふすまが閉じられ、俺もリビングの照明を落とす。

 俺はカヲル君に敷布団を使わせて居間のソファーで寝る。

 

「シンジ君、まだ起きているかい?」

「どうしたんだ」

「一体、どっちが本当の“君”なんだい?」

「どっちも俺だよ、この碇シンジも、柘植尚斗としての記憶もね」

「僕は、君たちの姿を見てここに来たんだよ」

「マジか」

「アスカさんが君の手を取って寄り添ってるのが眩しく思ったんだ」

「前の使徒の最期のイメージってそういう事なのか、胴体じゃなくて手から同化しようとしたのも」

「伝わってたようでなによりだよ」

「あのあと、クッソ痛かったんだからな」

「ゴメンね、シンジ君」

「ああ、そういやここ、耳がいっぱいついてたんだっけか」

「大丈夫じゃない、碇司令も織り込み済みだと思うよ」

「保安諜報部は大騒ぎじゃないかこれ……」

「いざとなれば、脱出の援護をするよ」

「A.Tフィールドの発生を確認、パターン青、使徒ですってか」

「そういえば、リリンはA.Tフィールドを心の壁だと認識しているのかい?」

「大抵の人は凄いバリアくらいの認識。俺は死への恐怖と拒絶を転用してるから“あかん死ぬ!”って時にしか出せないけどな」

「やっぱり、シンジ君は凄いなあ……」

「どういうことだよ」

「つまり、逆に死を望めば強いアンチA.Tフィールドを張れるって事さ」

 

 これがサードインパクト発生キーなんだろう、『まごころを、君に』でシンジ君が絶叫しているシーンのアレか。

 光の翼の生えた初号機、周りで陣形を組む量産機……。

 うろ覚え記憶ではその後どうなったか忘れたけど、巨大綾波が現れてLCL化してたところを見るに、アンチA.Tフィールド展開以降の何かでみんなパシャッてしまったようだ。

 ただ、原作と違い過ぎてもう分からん、S2機関が無いから初号機もただの充電式人形なんだよな。

 ゼーレの老人が考える補完って何なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「シンジ君、もう朝だよ」

「うわぁ!」

 

 いつの間にか寝ていたようで、起き抜けにカヲル君の顔がドアップであって思わずソファから転げ落ちる。

 

「『うわあ』だって!」

「シンジ君、大丈夫かい。僕はアスカさんがやれって言ったからやっただけなのに」

「アスカ、マジでビビったわ!」

「渚の研修、今日からなんでしょ。行くわよアンタたち!」

 

 カヲル君の正体を知ったというのに、アスカは研修をやる気のようだ。

 今日から、カヲル君の正式な本部勤務が始まる……濃い初日にすっかり忘れてたよ。

 

 




シンジ君は地球の人口60億と言っていますが、ポスト・インパクトの世界にそこまで人はいません。

量産機の口が開いていたり、クジラやイルカっぽい頭部形状にはメロンでも詰まっているのか?
ダミープラグでの無人運用前提なら光学センサがいらないと判断されたのだろうか?
RQ-4みたいで結構好きなデザインだったりする。

用語解説

注意書き:整備員や救助班と言った人々に注意を促すためのマーキング、戦闘機であればラダーやフラップに「NO STEP」やら「ノルナ」、燃料の種類やら、脱出装置、非常用コックなどの記載がある。

PMC:民間警備会社、民間軍事会社とも。直接戦闘だけでなく後方での警備業務なども行ってくれる民間企業であり、正規軍ではないため迷彩服を着ないことも多く、警備業務などで私服の上にプレートキャリアなどの装備を着けることもあって、サバイバルゲーマーの間でPMC装備と言えばこちらを指すことも多い。



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疑惑

 本部施設内をぞろぞろと歩き回る十数人のドイツ支部教育支援隊員。

 メンバーはパッとイメージできるゲルマン系の金髪青目の白人ばっかりかと思ったが、そうでもない。

 複数の拠点から来ているらしく人種も様々でアフリカ系ドイツ人とか、スラブ系の人もいる。

 その中に銀髪色白のカヲル君がいるものだから、全く違和感がなく溶け込んでる。

 

 流暢なドイツ語で案内をしている葛城三佐とアスカを見て、凄いなと思う。

 大学で学んだ第二外国語の中国語なんてとうに忘れた、こういうところでミサトさんがエリートなのを実感する。

 普段のズボラっぷりで忘れていたけど、作戦部長はネルフの幹部職員だからアホでは務まらないのだ。

 語学力の無い俺と綾波はポケーッと見学者の後をついて歩くだけ……こんなので給料もらっていいのか不安になる。

 しかし、ネルフの食堂で昼食をとっていると教育支援隊員に片言の日本語で話しかけられた。

 日本語分かるなら言ってよ! 

 

 そして午後になって訓練室で徒手格闘と銃剣道の展示をする。

 ネルフジャージの上に格闘訓練用の防具を付けた綾波と、プラグスーツの上に格闘訓練用の防具を付けた俺で格闘訓練の説明をするのだ。

 徒手格闘で打撃技や投げ技をやったり、銃剣道展示で直突、打突をしてみせる。

 ドイツ支部では“銃剣道”は行われていないためか、みんな興味深そうに見ている。

 葛城三佐に代わって出向組の堤一尉(原隊:32普連)が銃剣道の説明をする。

 

 え、プラグスーツの生命維持機構部はタンポ付き木銃の直突に耐えられますのでご安心ください……? 

 

 いや、蒸し暑いし、銃剣道用防具なかったら股間も目立つしこんなんで訓練したくねえ! 

 一応、いま付けてる格闘防具も逆三角形のクッションパッドついてるけどな。

 女の子にこの姿はさせられんというのはわかるけど、俺もジャー戦がよかった。

 この()()()もとい格闘展示スタイルに大ウケしていたのがアスカだ。

 

「両者、始めっ!」

「よろしくお願いします!」

「ええ」

 

 木銃を構えた俺と素手の綾波が何度か攻防を繰り広げる。

 綾波に当てないように突き、技を受けるとともに地面に転がって絞め技を受ける。

 すっくと立ちあがると、今度は突進を木銃の側面で受け止める正面打撃だ。

 そこから押し返すと胸に向かって突きを繰り出し、寸止めで剣先を引いて残心。

 銃剣道は“突き”だけで、正面打撃や銃床打撃というのはしないからこれは“銃剣戦闘”だ。

 

「このように素手対銃剣といった戦闘法を演練することで、人型の使徒との戦闘に際して優位に働くと考えられる」

 

 カヲル君が誰よりも早く手を叩く。

 いや、銃剣で突かれまくった使徒の君が拍手してどうすんだよ。

 

「研修生より意見、感想等ありますか?」

「シンジ君の銃剣戦闘が鮮やかで美しいね、さすが、本部の誇るエースだと思うよ」

 

 カヲル君の感想にアスカが近寄ってきて耳元で言う。

 

「……シンジ、アイツ自分の立場忘れてるんじゃない?」

「……ここではフィフスチルドレンだからなあ」

 

 こっちを見てニコニコしているカヲル君。

 

 作戦課の格闘展示が終わると、会議室に行き赤木博士と技術局による各種装備品の紹介に移る。

 ドイツ支部のパレットガンやエヴァ用専用拳銃と本部仕様のものは結構違う。

 アスカが向こうで訓練を受けていたのはドイツ仕様で、本部のパレットガンのような()()()()がなく銃床打撃に備えた補強もないらしい。

 

 リツコさんの説明が始まると、メガネを掛けた亜麻色の髪の女性職員が目を輝かせて一生懸命にメモを取り始める。

 質疑応答タイムになると水を得た魚のように活き活きとして質問を始める、この人なら時田氏を圧倒できるだろう。

 エヴァ世界の女性技術者って一癖も二癖もありそうな人しかいないのか? 

 内容は残念なことに英語だから、断片的にしかわからない。

 3ヶ国語が出来るアスカの方を見るが、「訳さないわよ」と一言。

 綾波はというと渡された資料を黙々と読んでいるようで目線を上げることもない。

 ポジトロンライフルがどうこうという話題が長かったように思える。

 

 技術局の装備紹介が終わるともう18時で、初日が終わった。

 アスカと二人で食堂で日替わり定食を食べて帰るつもりだったが、いつの間にか綾波とカヲル君が居て、4人で夕食だ。

 白身魚のフライにトマトとレタスのサラダという安定の日替わりA定食を食べていると、隣に座っていたカヲル君が“食堂喫食引換券”を握りしめていた。

 研修で来た日本円を持っていない人に配られる券で、カヲル君が使ったらドイツ支部の経費で落ちるというわけだ。

 

「シンジ君、A定食とB定食、どちらを選べばいいんだろう、食欲は僕を悩ませる」

「あなた、食事の必要があるの?」

「君と同じさ、造られたこの身体が食事を欲するのさ」

「そう、お腹がすくのね」

「渚、アンタ肉食べれるんならB定食にしときなさいよ」

「アスカさんがそういうなら、僕もB定食にしておこうかな」

 

 麻婆ナスと野菜サラダ、ごはんのB定食を注文して食べているカヲル君。

 綾波は天ぷらうどんを食べ終わると小さな肩掛け鞄から漫画本を取り出す。

 

「レイ、そのマンガって面白いの?」

「ええ、とてもユニーク」

「シンジ君、彼女は何を読んでるんだい?」

「ああ、『究極超人あ~る』というギャグ漫画だよ」

 

 そう、誰が残したか娯楽室の漫画棚にあってハマった俺は、こっちの世界にもある事を確認して綾波に貸した。

 人間並みのアンドロイドであるR・田中一郎が春風高校“光画部(こうがぶ)”の濃い面々と滅茶苦茶な学生生活を送るギャグ漫画だ。

 出生の秘密カミングアウトで暗い雰囲気の綾波に10冊セットで持たせたところ、暇があればずっと読んでるようだ。

 

 オタク自衛官育成の要因に週刊マンガ回し読み、娯楽室の漫画が挙げられる。

 ストレスのたまる閉鎖された環境において、漫画本やスマホは極めて有効な気分転換になる。

 ゆえに、シャバでは絶対に買わないような漫画を読んだり、ふだん低評価を付けそうなクソみたいなウェブ小説でさえ面白く感じて休憩時間をつぎ込んでしまうのだ。

 今の綾波はまさに娯楽に飢えた新隊員状態だ、早く飯を食ってさっさと漫画を読みたい……そんなところか。

 ターミナルドグマで文字通り()()()()のお嬢さんだったから影響力もすさまじい。

 それを実感したのが徒手格闘訓練の後に、赤木研究室でリツコさんと新武装について話していた時だ。

 それまで黙っていた綾波がポツリとつぶやいた。

 

「粉砕バット……」

 

 現像液を受けたりする金属製のトレー“現像バット”と金属バットを区別するために“粉砕”と付けてるわけだが、第14使徒を粉砕した人が言う武器に赤木博士は一瞬考えこんだ。

 うん、いわゆるエヴァ専用粉砕バット、エ〇ァットね。

 元ネタを知らないリツコさんが大真面目な顔でメモを取りそうになって焦ったよ。

 そんな綾波の実例があるからこそ、カヲル君にも夢中になれる何かを見つけてほしいと思う。

 

 

 夕食も食べ終えてさあ帰ろうかという時になって、俺とアスカとカヲル君の三人は武装している保安諜報部の職員に囲まれて尋問室に連行された。

 おそらく、盗聴した内容がヤバいものだったから、慎重に検討して報告を上げたんだろうな。

 司令か副司令までたどり着き、そこでようやく捕縛チームを編成したんだろう。

 カヲル君がいるためか、捕縛チームどころか尋問室の見張りに至るまでネルフ虎の子のMP5機関拳銃と伸縮警棒を装備している。

 俺の正面に座る青いシャツの尋問官も拳銃のホルスターをサスペンダーに着けていた。

 逃げ出すわけではないが、ざっと部屋の中の人員の武器を確かめていると俺の隣に立っていた尋問官のおっさんが妙に癖のある声で尋ねてきた。

 

「碇さん、どうしたんですかぁ? んふふ、まるで穴を探すようですよぉ?」

「蔵石、話が進まなくなるからやめろ」

 

 蔵石という茶色い背広に身を包んだ尋問官は「そうですねぇ」といってうろうろと部屋の中を歩き回り出した。

 こうもうろうろされると落ち着かないな。

 

「碇シンジ、君にはいくつか聞きたいことがある。いいかな?」

「はい、なんでしょう」

「君は昨夜、フィフスチルドレン渚カヲルと会っていたね?」

「会うも何も、本部施設の案内の後からずっと行動を共にしていたわけですけど」

「ええ、こちらもそれは確かめていますよぉ、あたしらが知りたいのはそこではないんですねぇ碇さん」

「そのフィフスチルドレンが使徒の擬態であったわけだが、君は知っていたのか」

「おそらくそうだろうなという推論は立てられますし、本人から聞きました」

「彼、ずいぶんとこちらに詳しいね。どうして?」

「わかりませんよ、委員会が送り込んできた子供で使徒だった。それだけでも十分ではないですか?」

「委員会とは穏やかではない、誰から聞いた?」

「碇司令が昨日そんなことをおっしゃっていましたよ、葛城三佐やアスカも聞いています」

「まあ、いいだろう」

「随分と覚えめでたいようだぁ。でも、いささか知りすぎちゃあいませんか?」

 

 あっさりとした尋問官と、「蔵石」と呼ばれたやたら絡みつくようなねっとりとした声の尋問官が交互に質問してくる。

 

「蔵石さん、あなた何が言いたいんですか?」

「私はね、君が使徒に情報を流しているんじゃァないかと疑ってるんですよ」

「過去と今の君のプロファイルが一致しないんだよ」

「内向的な性格で、内罰的で自己主張に乏しい、そんな少年だったはずって?」

「だが今の君はどうだ、我々とこうして話している。我々の内偵していた対象とは思えない」

「三つ子の魂は百までって事ですよ、突然ある日を境に“まるで別人”というのはありえないんですよねぇ」

「ようは誰かが碇シンジに成り代わって、ネルフの内情を委員会に流していると」

「そういう事だ」

「本当は誰なんですかぁ? 急に兵隊の真似事を始めた碇シンジさん」

「碇シンジに憑依した誰かだとして、俺が利敵行為をするとでも?」

「あなたは華々しい活躍をされている。でも、疑わしい点も多いんですよねぇ」

「国連軍伝令事件とか、委員会の尋問会に出席したという事ですよね」

「よぉく分かっていらっしゃる」

「碇シンジという“中学生”が出来るはずが無いんだ」

「逆に聞くけど、アンタらの知っているシンジ君ならエヴァで戦えるのか?」

「パイロットの資質が無いから、代わりに乗ってやってるというんですかねぇ」

 

 パイロットの資質が無いんじゃない、シンジ君はあり過ぎたんだ。

 戦闘員としてではなくて、補完計画のコマとしてのな。

 

「そうだ、マトモな神経してたら乗れねえよあんなモン。覚悟決めた大人の人格でもなきゃな」

「おやぁ、ずいぶんと立派なこと。まさかこの期に及んで二重人格とでもいうんですかぁ?」

「事実、そうなんだから仕方ない。俺の自意識がある状態でエヴァに乗れて身体データは本人なんだから“憑依”だろ」

 

 背乗(はいの)りした工作員がポンポンエヴァ動かせてたまるか、使徒ベースとかなら別だけど。

 

「まあ、そんなトンデモ話はいいんです、でアンタは何を知ってるんですかぁ?」

「エヴァの中で見聞きしたことと俺の周りで起こった事しか分かりません、エヴァが使徒のコピーうんぬんは推測だ、アンタらも暴走する初号機見たでしょう」

「そのあたりのこと、よく聞かせてもらおうか」

 

 どこからかチルドレン3人が保安諜報部に拘束されたという事を聞きつけた葛城三佐と赤木博士の抗議によって解放されたのは深夜の2時過ぎだった。

 原作知識について口を割ることは無かったわけだが「これこれこういう状況とこの情報を結び付けてこう推測できますよ」という証明を、ずっとしていかないといけないのは疲れた。

 蔵石も大概だけど、もう一人の尋問官の青シャツも結構めんどくさかったな。

 

 方向感覚のかく乱のためか尋問室から上へ下へと行ったり来たりして、通路をグルグル回った後自販機コーナーで解放される。

 先に解放されたか、合皮張りのソファーに座って鼻歌を歌っているカヲル君が居た。

 ここは原作通り“第九”だ、余裕だなあカヲル君。

 俺はげんなりした顔を隠す気も起こらんわ。

 

「シンジ君、無事だったかい?」

「ああ、拷問でもされたかそっちは」

「いいや、彼らといっぱい話が出来たよ、クォ・ヴァディス。使徒はどこから来て、どこへ行くのかってね」

「(ドグマの)十字架に掛かりに行くとでも言った?」

「まさか、『僕はもう少しこの世界を楽しんでみようと思ったのさ』っていうと、彼ら目を丸くしていたね」

「マジかよ」

 

 カヲル君がのらりくらりと尋問官の質問をかわし、哲学的な質問を投げかけている姿を想像する。

 そこで「何を言ってるかわからないよ!」と原作シンジ君が叫んでいた光景を思い出す。

 いきなり「生と死は等価値だからね」と遺言をぶつけられたらそりゃわかりたくもないわな。

 缶コーヒーを二人でちびちびと飲んでいると、ミサトさんがやって来た。

 

「シンジ君、渚君、ずいぶんと絞られたみたいね」

「あっ、葛城三佐、真夜中にすみません」

「良いのよ、最近弛んでる諜報部長の嫌がらせでしょ、あいつら作戦課に予算取られたからって」

「アスカは?」

「先に解放されて、リツコが今晩面倒見てくれてるわ」

「アスカさんはとばっちりだからね」

「俺たち二人の巻き添えにした感はあるからな」

「ところで、アンタたち一体何を知ってるって言うの?」

 

 ああ、まさかの尋問イベント二連続か。

 カヲル君と俺をアルピーヌに乗せたミサトさんは、コンフォートマンションに帰る。

 そして盗聴器もないこの部屋で今回の一件の内容を聞き出そうとして……。

 汚いな、オイ。

 

「シンジ君、これは捨てて良いのかい?」

 

 カヲル君が持っていたのは色も褪せた2010年京都府下京区版。

 

「いつのタウンページだよ、ミサトさん、これ使いますか」

「うん、良いわ。もう使わないから」

 

 縛る前にパラパラとめくってみると、何件かの業者にマーカーが引かれていた。

 製薬会社から機械加工会社まで分野はバラバラで、化学薬品製造会社シャノンバイオ社もその中にあった

 どっかで聞き覚えのある会社名だ。車の洗剤だったっけ? 

 

「この棒は何だろうね」

「いや、なんで部屋の中にタイロッドが転がってるんや」

「前に強化タイに交換した時に持って帰って来たヤツ」

「元に戻さないんなら金属ごみで捨てましょうよ」

「純正は生産されてないから……」

 

 なぜか気づけばカヲル君と二人で窓辺の洋室の片づけをやっていた。

 そうしないと寝る場所が無いのだ。

 つか、加持さん泊まりに来たときってどうしてんだろう、ミサトさんと同じ布団で寝てんのか? 

 生々しい想像を頭から追い出し、作業すること20分。

 ようやく寝る準備が整った俺たちは、ミサトさんに最低限の情報を伝える。

 

 使徒がどうして“アダム”に向かっているのか、エヴァが使徒のコピーであって魂が無ければ同化できること。

 そして、カヲル君がセカンドインパクト後、ついこの間サルベージされたアダムその人であり、最後のシ者としてゼーレより送り込まれてきた存在であること。

 

 カミングアウトの後文字通り親の仇を見るような目でカヲル君を睨みつけて、俺もビビった。

 必死に止めに入ったから、感情的になってぶちキれたミサトさんが携行拳銃を発砲するっていう事態はなんとか阻止できた。

 ミサトさんが落ち着いてきたところで、カヲル君と俺とで今までの総括に入った。

 

 第12使徒で“リリン”の存在を知った使徒は、応答型のインターフェースから得た情報でヒトとは何かと考え始めて、第13使徒で身体情報、第14使徒で外敵に対する反応、そして第15使徒で記憶を洗ってヒトらしさの検証、第16使徒で大型使徒の到達点へ。

 最後はゼーレの用意した器に入ってダウンサイジングを図り、研究した人間の振る舞いをもってネルフに潜入して内部よりターミナルドグマを降下する……はずだった。

 

「で、アンタはどうすんの、このまま死ぬの?」

「生まれは自分で選べないけれど、死ぬ方法を選ぶことはできる。それが僕に与えられた唯一の自由だと思っていた」

 カヲル君はアルカイックスマイルを浮かべると言った。

 

「僕はシンジ君たちと、もう少しこの世界を楽しんでみようと思ったんだ」

 

 それを聞いたミサトさんの顔も困惑の表情だ。

 どちらかを滅ぼさないといけない生存競争の相手であり、今の今までアダムに還るのが本能であり使命であると散々引っ張って来て、出した結論が“任務放棄による共存”だ。

 第17使徒に人類は“不戦勝”してしまったのだった。

 

「はぁ……こんなのが使徒だったなんて、私の15年って……」

「どうしたんだい?」

「カヲル君、そっとしておこうよ」

 

 机に突っ伏して呻いているミサトさん、花の二十代を全部復讐につぎ込んだはいいけれどあっさり、それも思いもしない形で終わってしまったのだ。

 同じ真実探求組の加持さんを呼ぶかどうか悩んだけど、それ即ちゼーレに筒抜けになるだろうからもう少し後でいいかと考える。

 

「ミサトさん、カヲル君が不戦敗した今、ここからが本番なんですけれど」

「司令や委員会が考えてる、人類補完計画よね」

「依り代たるエヴァを使っての遂行を考えているみたいだね、彼らは」

「エヴァを? だからいま、量産を進めているわけ?」

「そう、でも依り代にするためには魂が無いとダメなんだ。そこで本部のエヴァがその役をすることになる」

 

 カヲル君は訳知り顔でこういう説明をするのが好きだよな。

 新劇、原作でも、解説役としてこうしていろいろと喋った後に自殺するんだから、そういう性格を持っているのかもな。

 メタ的に言うと委員会の老人に解説させるよりもミステリアスな美形のカヲル君が解説したほうが画面映えするからなんだろうけど。

 それより、眠い。今4時半じゃないか……。

 

「カヲル君長い三行」

「シンジ君?」

「補完計画発動 即ちサードインパクト発生、みんな溶けて再生って事だよね」

 

 カヲル君の説明が長かったあまりに俺はそうまとめた。

 ミサトさんはこの恐ろしい企みに言葉を失い、カヲル君はエヴァを使った方法の推理を始めたようだが俺は知らん、もう寝る。

 展示に、尋問に、世界の謎暴露話、疲れ切った一日がようやく終わり、眠ったのは午前5時だった。

 




第17使徒、不戦敗。

いよいよ終盤、ゲンドウの大きな失点は槍だけ、はたしてどうなるのかゼーレの補完計画。
そして用語解説のネタが最近少なくなってきた……。
みなさまの感想お待ちしております。


用語解説

格闘展示スタイル:主に駐屯地行事などで一般の人に展示する際に、対抗部隊は悪の組織を演じたりとネタに走るわけだが全身タイツやらヒャッハー集団やらと仮装大賞じみたものも。

背乗り:はいのり、工作員や犯罪者が実在する他人の戸籍や身分を乗っ取ってなりすますこと。死者や行方不明者の物を使ったり、なりすまし対象を拉致殺害して行うというパターンがある。

タイロッド:ステアリングリンケージの先端に着いており、ステアリングの操作に合わせて前後することで車輪を右や左に操舵する部品。タイロットエンドブーツというゴムカバーが破れていると車検に通らない。

シャノンバイオ社:京都府下京区に所在する化学薬品製造会社。マルドゥック機関の108ある関連企業のうちの一社。実体がないダミー企業である。


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メッセンジャー

 今日はネルフ本部で研修生と一緒にエヴァの起動試験だ。

 いきなりトラックが突っ込んできたり、駅のホームから突き落とされたり、痴漢冤罪を吹っ掛けられたりすることもなく無事に過ごしている。

 尋問の翌日、加持さんと会って巨大組織の恐ろしさと対策について聞いていた。

 とりあえず、『ホームの最前列には立つな』や『車止めやガードが無いところで信号待ちをするな』といったことに始まり『酔っぱらって電車に乗るな』という忠告までされたわけだ。

 最後のは痴漢でっち上げとかそう言った工作の対処法で、酔って前後不覚からの痴漢冤罪は未成年者娼婦を使ったハニートラップと並んで対象を破滅させるために用いられる。

 いまや俺は色んな部署からキーマンとして注目を浴びてるらしい。

 公安調査庁、内務省調査部、調査部別室、陸幕二部とカウンターインテリジェンスの世界で聞く組織名がポンポン出てきた。

 ネルフにも相当数内偵が入っており、怪しい動きが無いかどうかつぶさに観察しているらしく加持さんはネルフ特殊監察部・内調職員としての立場で俺につくことになったとか。

 ホントかよ……と思ったが、ネルフ保安諜報部が必ずしも味方とは限らないしゼーレが本気を出せばノーガードとさして変わりないのだ。

 とにもかくにも、薄氷の平和は保たれている……ここ三日ぐらいは。

 

「シンジ君、最近シンクロ率上がりませんね」

「そうね、色々あったからね」

「アスカの方は急に伸びてるわよ」

 

 マヤちゃん、葛城三佐と赤木博士の会話が流れてくる。

 アスカはエヴァの中に母親がいることを知ると、俺みたいにエヴァに話しかけ始めたのだ。

 最初こそ照れ臭そうにしていたのだが昨日の実験終わりなんか、いい笑顔で最近あった出来事を報告していた。

 

「エヴァの中から見守っていてね、ママ!」はさすがに不味いだろうと思ったが、赤木博士の手回しもありアスカは母親の遺したエヴァに話しかける子という扱いだ。

 なお、話しかけてシンクロ率アップ第一号は俺であり、かわいそうな子扱いされてると思った。

 しかしエヴァ初号機自体暴走して意志のありそうなところを見せるものだから幽霊が見える人みたいなオカルトな扱いになってるとか。

 総司令も人目につかないところで碇ユイに話しかけているらしいが、応答があったという話は聞かない。

 

 そして今、アスカの代わりに“フォーマット弐号機”に乗っているカヲル君はというと、シンクロ率を25.48パーセントで一定に保っているらしく、まだ優秀な子レベルだ。

 そう、無調整のエヴァに乗って異常な数値を叩き出し「オレ、なんかやっちゃいました?」という異世界チート転移物みたいな展開やめろよとカヲル君に釘を刺したからだ。

 ただでさえ副司令やゲンドウに目を付けられているのに、わざわざドイツ支部の人々にまで渚カヲルの異常性をアピールすることはない。

 無調整と言っても、研修で使うからシンクロできるように最低限の構成はされていて、理論的にありえません! という事はないはずだ。

 

 そんなところに冬月副司令がわざわざやって来た。

 目線の動きから俺とカヲル君を見ているようだ。

 

「アレがフィフスの少年か、この分なら使えそうだな」

「はい、とても安定しています」

「赤木君、シンジ君の方はどうかね、諜報部に事情を聞かれたのだろう?」

「シンジ君は彼と交流をもって、共生への道を模索しているようです」

「使徒との共生か……まさかパイロットからそんな話が出るとはな」

「いつの時代も兵隊は反戦主義者なんだとか」

 

 聞こえてるぞ冬月副司令、そりゃ戦争になったら割を食うのは矢面に立つ将兵なんだからな。

 それにしても、今日はやけに管制室の様子がわかるな。

 コンソール近くの雑談拾ってるぞ。

 首をかしげて見せると、赤木博士がスイッチを押すように小さく手を動かす。

 交話スイッチを切り忘れてるんじゃなくて、あえて入れっぱなしにしてくれてたのか。

 そうとも知らない副司令は「全く、けしからん」とご立腹だ。

 

「良いじゃないですか、彼、外交官志望なんでしょう?」

「まったく、老人共にまた嫌味を言われるよ。……出来のいい息子を出せとな」

 

 第15使徒の時に言った、「外交官にでもなってやる」発言からカヲル君を送り込んできたのだとしたらゼーレの爺さんは俺に何させたいんだろうかね。

 カヲル君を殺して最後の使徒を殲滅しようがしまいが、補完計画までに呼び出しあるんだろうな。

 

「シンジ君、渚君、レイ、上がっていいわよ」

 

 近いうちに何かありそうだな、憂鬱だなあなんて思っていると赤木博士から終了が告げられた。

 起動試験が終わると、シャワーでLCLを洗い流して着替えて実験レポート書いて終了だ。

 

 シャワーを終えて更衣室に出ると、カヲル君が鏡の前でダビデ像みたいなポーズをとっていた。

 水滴が雪のように白い肌を伝い、落ちてゆく。

 タオルも何も持っていないので股間も丸出しであり、直視したくないので予備のタオルを投げ渡す。

 

「さっさと体拭け」

「シンジ君、どうも僕には筋肉が無いらしい」

「どういうこっちゃ」

「昨日、アスカさんから木銃借りて突きの練習をしたんだ、すると……」

「すると?」

「脇腹がピキピキといって変な感じに」

「ああ、それで筋肉痛になったわけね。湿布張ってやるから体拭け」

「シンジ君はやさしいね」

「いったい今までどんな生活してたんだよカヲル君、シャワーとかしたことなかったの?」

「していたさ、軽く水滴を払って、あとは乾くままに任せていたよ」

 

 風呂の入り方から教えないとダメなのかと思うとともに、今まで水槽暮らしで生活などの知識は俺の断片的なものしかないのだから仕方ないかと思う。

 同性という事もあって俺はチルドレンとして、ヒトとして、彼の活模範としての役割を果たさないといけないようだ。

 それこそ、アスカが綾波を“意志のある少女”へと育てたように。

 俺は着替えの入ったバックパックから湿布を取り出し、ペタペタと張り付ける。

 ミントの爽やかな香りが漂い、脇の下を嗅ぐ動作をする。

 

「湿布っていい匂いがするんだね、これは何のためにするんだい?」

「薬が塗ってあって、炎症を抑えて筋肉痛の痛みを和らげるんだよ」

「リリンは回復が鈍いからかい?」

「そうなんだけど……そういや使徒って回復早いんだっけか、湿布は無駄か」

「それでも、痛いものは痛いさ。それにこれはいい匂いだ」

「いや、早く服着てくれ。レポート書かないとダメなんだから」

 

 おそらく初の湿布体験であろう彼は、OD色のシャツと黒いボクサーパンツを履いて上から迷彩作業服を着る。

 

「よし、忘れ物は無いか」

「大丈夫だよ」

 

 バスタオルや汗の染みたシャツを袋に入れて、バッグに仕舞うと小会議室に向かう。

 最初は見慣れない迷彩作業服という事もあって目立っていたが最近では、サードチルドレンが研修生を引率してるなと誰も気に留めない。

 

「ちょっとシンジ、いつまでかかってんのよ」

「碇君、遅い」

 

 私服のアスカと青い研究員スタイルの綾波が更衣室の前で待っていた。

 研究員スタイルとはハイネックシャツの下にタイトスカートを穿き、上から白衣を羽織る服装であってネルフ技術局では定番の服装だ。

 ちょっと前のリケジョブームで割烹着スタイルも流行ったらしいが……何も言うまい。

 

 リツコさんの影響を受けている綾波は研究員スタイルを着こなしているわけだ。

 そして冬月副司令と碇司令からの視線がヤバい、隙を見て「冬月先生」って言わせようとするんじゃないよ副司令。

 小会議室に入りレポートの作成に入る。

 試験の内容についてと各フェーズごとに感じたことを書けというヤツだ。

 こんだけ乗ると「特になし」と書きたいところなんだが、それでは仕事にならないのでそれらしく文章を組み立てる。

 そしてカヲル君に文章の書き方を教えるのが俺の仕事だ。

 

合一(ごういつ)の、よろこび知りぬ、リリスかな」

「なんで、五七五なんだよ」

「日本人は“ハイク”を詠むって聞いたんだけど、違うのかい?」

「これは季語が無いから()()だよ」

「シンジ、そうじゃない!」

「エーッと、レポートは結論から書いて、あとに理由を述べるんだ。ここテストに出るぞ」

「シンジも大変よね、レイ」

「そうね、()()()()じゃないもの」

「アンタもバカぁ?」

 

 わりと機密レベルが高そうなことを口走る二人にツッコミを入れるアスカ。

 手取り足取りでなんとかカヲル君がレポートを書き終えると、今日の業務も終了でマンションの部屋に帰った。

 

 研修、それもまっさらの人に指導するのってめちゃくちゃ疲れるなぁ。

 ミサトさんやリツコさんは上官ではあるが先生ではないので、カヲル君の指導はすぐ傍にいる俺達がやらないといけないわけだが、これが難しい。

 そう、下っ端陸士長ではなく、教育隊の班長や班付の仕事が入って来たのだ。

 たしか陸曹の心構えは、懇切公平慈愛心をもって陸士の()()にあたるとある。

 共通教育中隊の班長や区隊長に教わったことを、俺はカヲル君に伝えることができるのか。

 ミサトさんの作ったLP……教育計画を片手にどうしようか悩んでいると後ろからドンと衝撃。

 アスカが背中から抱き着いてきて肩の上からひょっこりと顔が現れる。

 髪の毛が首筋に掛かってくすぐったい。

 

「シンジ、何見てんの」

「ミサトさんのLPだよ」

「もう、マジメなんだから。渚ならヌケててもそういうもんだってなるから大丈夫よ」

「アスカだって、綾波にいろいろやってたじゃないか」

「アタシ、そこまで入れ込んでないわ。好きにやりなさいっていう放任だったもん」

「その割には結構口挟んでたような」

「しゃらーっぷ!」

 

 LPをしまうと、ふたりでテレビを見る。

 ニュース番組ではイージス艦を含む護衛隊群と米海軍が一月遅れでハワイ沖に向けて出港したという内容が流れていた。

 第15使徒と第16使徒戦で支援に参加して演習がずれ込んだのだ。

 

「太平洋艦隊実動演習だってさ」

「シンジってば、また(ふね)のこと考えてる」

「あっ、アスカ、あれ見てよ」

「なによ、アタシ、わかんないわよ」

「弐号機で踏んづけた船の速射砲が新型になってる」

「そうなの?」

「ああ、オーバーザレインボーは長期修理で居ないけどな」

「無茶したしね、アタシ達」

「本当になぁ」

 

 思えば、旧三島沖でアスカと出会ってからもうかなり経つんだなあ。

 俺達が使徒と戦っている間に、踏みつぶしたアーレイバーク級の一隻の速射砲が新型のMod4になっていた。

 原作のアスカが今、俺の隣でテレビを見ているアスカになったのはこの海戦からだろう。

 俺の中でエヴァ世界に来て印象に残った出来事って何かと聞かれたら、たぶん初めて死を覚悟した第5使徒戦と、アスカ来日の第6使徒戦だろう。

 第3位くらいに人を殺す決意をした第13使徒戦が入ってくるわけだ。

 初めて目にする艦もろとも人が死ぬ瞬間、自分たちの行動で多くの人が傷ついたという現実。

 この一戦は俺とアスカにものすごい影響を与えたのだ。

 

 ケンスケに焼き増ししてもらった写真の中でエヴァ弐号機が海に向かってプログナイフを構える写真がある。

 艦橋から撮影され逆光の中に佇む深紅の巨人はとても頼もしく見える。

 また何倍もの大きさの第六使徒に組み付き、懸命にナイフを突き刺している弐号機の写真もあった。

 こんなサメ映画もかくやという大勝負の写真が何枚かあって、臙脂色のアルバムに収めている。

 現存するアイオワ級戦艦の雄姿を捉えた写真もあったが、やっぱり、自分たちが乗っていたこともあって弐号機の写真の方を見てしまうのだ。

 アスカとの出会いを思い出しているうちにニュースは流れてゆき、気づけば次の番組が始まっていた。

 歌番組で次々と歌が流れていくのだが、2000年代までは知ってる曲が多いが2004年以降になると全く知らない曲ばっかりだ。

 俺の演習の友である『空と君とのあいだに』を口ずさんでいると、アスカが「何それ古っ!」っと言った。

 そりゃ94年の曲だもん、君らが生まれる前の曲だしな。

 エヴァのテレビ放送、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件が95年だ。

 冬の演習場で雨に打たれながら監的やら弾薬係で手持無沙汰になった時に歌っていたのだ。なお俺は1992年生まれであり、実年齢だと91年生まれのマヤちゃんや青葉さんと年が近い。

 2015年といえば大学4年生で、曹候補生の試験を受けた年でもある。

 

「シンジ、久々にピザ食べない?」

「そうだな、出前でも取るか」

 

 ここ数週間、ずっと尋問やらなんやらで忙しくてゆっくりしている暇が無かった。

 台所に立たず、二人でソファーに腰かけてテレビを見ながらピザの出前を待つ。

 たしか、共同生活初日の晩もピザだったよな。

 アスカはというとファッション雑誌をパラパラ捲って、あーだこーだと言っている。

 時折コメントを求められるので、「似合うんじゃないか」と「前のやつの方がいいかも」などと言うと彼女は喜ぶのだ。

 まあ、若くて可愛いアスカは何を着ても似合うんだから反則だ。

 冴えないお兄さん、オジサンが脱オタファッションを探すのとは違う。

 

 そう、男性ファッション誌を買いに行ったはずが、気づけばホビーコーナーの雑誌や文庫本コーナーに行ってしまうのが、おたくオジサンの悲しいサガだ。

 シンジ君になった後も、立ち読みでファッション研究こそするものの結局はミリタリー誌を買って帰ってしまう。

 これをこの間ケンスケに言ったところ、「女の子と暮らしてないから僕ちゃんファッション誌自体読まねえよ!」と拗ねられた。

 余りにも卑屈でやかましかったので、男性ファッション誌を渡した。

 そして横刈り上げるとか、髪が短いほうが精強感出てカッコいいぞと言った。

 するとケンスケはいつの間にか散髪に行きソフトモヒカンみたいになっていた。

 これにはクラスの男子のみならず女子も驚いた。

 相田改造計画をやったと宮下さんが触れ回ってくれたおかげで、三日ぐらいは女子に頭を触られたり構ってもらえたりして有頂天だったらしい……。

 しかし三日も居れば慣れてしまうのが人間で、グイグイ来てもらえなくなったけれど前よりは女子と話す機会が増えたらしい。

 頑張れケンスケ、雑談で好感度を稼ぐんだ、どんな戦闘も日頃の準備から始まるんだぞ。

 

 その様子を見ていたトウジも、「ケンスケのヤツ、ホンマ調子乗っとんな」なんて言っていたけど、君には洞木さんという彼女がいるだろ。

 アスカ情報だが、最近トウジはジャージ以外の服装を模索してるらしい。

 俺がカヲル君と赤木研究室に呼ばれて人類補完計画についての聞き取り調査をされてるときに、服屋でデートをしていたらしいがジャージじゃなかったとか。

 青春を満喫してるようでいいな。

 

「シンジ、ピザが来たわ」

「はいよ、俺が出るわ」

 

 ドアを開けて配達員からピザを受け取る。

 するとその陰から拳銃を持った加持さんが現れた。

 

「動くな」

 

 銃を突きつけて低い声で言う。

 

「シンジ君、警察を呼んでくれ」

「アスカ! 警察を呼んで」

 

 配達員の格好をした男は何も言わず両手を上げる。

 加持さんがボディチェックをすると携帯電話と小型拳銃が出てきた。

 コンシールドキャリー、隠し持つことに特化したワルサーPPKだ。

 騒ぎを聞きつけたミサトさんが部屋から飛び出して来るや否や配達員をしばき倒す。

 10分後、押っ取り刀で駆け付けた所轄の警察官に引き渡されて連行されていった。

 受け取ったピザの箱を調べると内側にメッセージカードのようなものが張り付けられている。

 

 “碇ゲンドウに気を付けろ”

 

 何だこりゃ。

 ピザ屋の店員とどこかで成り代わって保安部の警戒網をすり抜け、玄関先でようやく確保されたわけだが、リスクを冒してまで怪文書の配達なんてみみっちい真似をするなんてどういうことだ。

 正体不明のピザは警察に押収され、加持さんがコンビニで買ってきてくれたコーヒーとサンドイッチが俺達の晩飯になった。

 警察に確保された“メッセンジャー”が逃走したという事もあり、今晩は加持さんが泊まりだ。

 加持さんと俺はソファを動かし、敷布団を敷く。

 アスカもこうした直接的な脅威に怯えているようで、襖を開け放ってお互いが見えるように川の字になって眠る。

 夜襲に備えて枕元にないよりましな木銃、ネルフマークの入った鉄帽を置いてあり、OD作業服を着ている。

 加持さんもシャツに短パンというラフな格好だが、シグP220拳銃を枕元に置いている。

 

「シンジ、起きてる?」

「ああ、どうしたの」

「眠れないんだけど」

「アスカ、シンジ君、何かあったら俺が起こすから、眠れるときに眠っとけ」

 

 闇の中から聞こえるアスカのか細い声に応えてやる、すると加持さんが安心させるためか明るい声で言う。

 

 一体、何が起こっているんだ。

 




用語解説

LP:レッスンプラン、教育計画。候補生教育などの指導要領やら内容について陸曹や幹部が作成する。実際に学生を指導する助教はLPを参考に教育を行う。例:4月「第〇期一般曹候補生に基本教練、武器携行時の礼式をおおむね習得させる」等



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俺を見よ、俺に続け

 怪文書事件の翌朝ミサトさんは保安諜報部、諜報二課に苦情を入れた。

 すると諜報二課から「配達員の随時監視は不可能だし、特殊監察部の加持がチルドレンの警備に介入するのは越権行為だ」と逆に言い返されたらしい

 この間の尋問といい、今回の件といい保安諜報部と作戦課の間で何かしらの確執が生まれているのかもしれないな。

 聞いた感じ、ミサトさんは内部犯を疑っているようだった。

 

 ネルフ本部への通勤も徒歩から送迎に変わる。

 悪目立ちする保安諜報部の黒塗りの車……ではなく作戦課に新しく入って来た業務車1号を使う。

 第三新東京市でよく見るトヨタ製のウィッシュEVというミニバンで、1号はネルフのロゴもなく外見は一般車と変わらない。

 こっちではプリウスαの代わりに登場した車で、俺が居た世界でも1.8Lと2.0Lモデルがよく走っていたわけだが、デザインがそっくりだ。

 スポーティーさをウリにし足回りもスポーツカーでおなじみの独立懸架、ダブルウィッシュボーン式で旋回時のグリップ性能が高い。

 後席にヒンジドアを採用、車高も低く七人乗り三列シートを装備している。

 この今売り出し中のウィッシュの運転手は加持さんだ、ミサトさんに乗せてはいけない。

 

 加持さんがミサトさんの部屋で同居することになり、片づけで取り外したアルピーヌの純正品や、未使用のカスタムパーツと思われる車の部品がゴロゴロと出てきた。

 ミサトさん曰く、「アルピーヌは生産中止で純正品も少ないし、外したパーツも捨てられないのよ」とのことだ。

 気になってアルピーヌの足回りを覗いたら色とりどりの社外品カスタムパーツでガチガチに固めた上に“アルミテープチューニング”までされていた。

 そんな人が近頃CMでやってるスポーティーな味付けのミニバンに乗ろうものなら、たちまち葛城最速伝説の開幕だ。

 

「ちょっち長尾峠までドライブよん」

 

 そう言ってストレス解消のために走りに行ってしまう。

 少し脱線したけれど、襲撃の危険から車送迎に変わって走行ルートも毎日変えるらしい。

 アスカには言ってないけど俺は車長席もとい助手席に座り、ダッシュボード下に内調のP220拳銃を隠し持っている。

 襲撃があれば加持さんに操縦を任せて、()()()()らしく窓から拳銃射撃をするのだ。

 

 

 ネルフ本部に登庁したチルドレンは小会議室に集められた。

 研修中のカヲル君はもちろんのこと、退院後に“経過観察・休職”扱いになっているフォースチルドレン宮下さんも呼ばれ、葛城三佐よりネルフ一般職員に準じた小火器射撃訓練を数日後にやると告げられた。

 

 今までは使()()に対抗するために徒手格闘や銃剣道をやっていて、チルドレンに拳銃などの()()要撃火器を使わせるのはタブーだったらしい。

 

 しかし、今回の件があって保安諜報部がアテにならないことがわかったので「自分の身は自分で守ってね」という方針に切り替えたとか。

 葛城三佐に「それって向こうのメンツ丸潰れでヤバくないですか?」という質問をすると、最近の諜報部はどうもきな臭い動きをするようになっていて、以前のような統制のとれた状態ではないという。

 

 ネルフが解散するその時は近い。

 

 第17使徒の投降が正式に発表されればネルフは表向きの存在意義を失う。

 戦後の身の振り方を考えて、加持さん言うところの“俺とカヲル君の尋問を強行した一派”に、“ゼーレの息の掛かった一派”、そして“ゲンドウに付き従う一派”へと分裂しており一枚岩ではないのだろう。

 

 そう言ったところに国内外の情報機関が入って来て、情勢は不透明だ。

 原作のネルフがA-801で本部襲撃を受けたのも、こうした分裂に加えて公安系諜報機関によってゼーレ提供の人類を揺るがす“驚愕情報”がすっぱ抜かれたからだろう。

 

 補完計画がバレたら、それこそネルフ本部はサリンを生成していたサティアンだ。

 ハインド攻撃ヘリやAK小銃のコピーなんか比ではないエヴァンゲリオンという超兵器が3体もある。

 そうなると警察比例の原則から戦略自衛隊を使った強制捜査だ、ゲンドウの一派やゼーレ工作員が立ち入りを拒否するだろうから無血開城にはならないだろう。

 

 逆の立場で考えたら重火器を備えたカルト宗教の要塞都市に突入するわけで、なおかつ複雑な構造の大深度地下施設という事もあって、捕獲した敵の後送が難しいため処理せざるを得ないのだ。

 その為、非戦闘員の無条件射殺も“作戦規定(ROE)に則って処理”という形で行われたのだろう。

 だから本部施設直接占拠になった時点で手遅れだ、それまでに日本国政府の命令に従って戦略自衛隊立会いの下で、粛々と武装解除をしていくしかない。

 ()()()()()とまではいかなくとも各種法令違反で逮捕されて刑法で裁かれるかもしれないなあ。

 その場合、再就職ってどうなるんだろう。帝国軍人みたいに公職追放で済めばいいけど、下手すりゃどっかの収容所で10年くらい拘禁されたりするんじゃなかろうか。

 

__もう何もしないで

__エヴァには乗らんとって下さいよ

 

 そう社会が、国家が、元エヴァパイロットという()()を背負った俺達に要求してくるのだ。

 監視という首輪が付けられ、事を起こそうとした暁には暗殺が待っている。

 “エヴァの呪縛”というのは戦後の公職追放の暗喩なのかもしれないな(勘違い)。

 

 使徒の来ない明日について考えているうちに、午前の課業である体力錬成がスタートしていた。

 

 

 本日の課題はジオフロント走だ。

 ネルフジャージに着替えて、ジオフロント内のコースを駆け足で走るのだ。

 ジオフロントの壁まで行ったあと、地底湖の岸を走って、森の小径を抜け、加持さんのスイカ畑を横目に本部施設へと戻って来る1周約6.7キロのコースを2周する。

 新隊員教育でも1日10キロ、あるいは15キロくらい走っていたから、そんなものだろう。

 アスカが先頭を走り、俺が列の後ろにつくのだがどんどん引き離されていく。

 

「渚君、昼ごはんは1200より1230までよ、それを超えたらゴハン抜きだから頑張ってちょーだい!」

 

 葛城三佐より食事時間終了までに戻ってこれなかったら、昼食を食べられないという説明があった。

 もちろん、時間内に走りきらないといけないという緊張感を与えるための方便だ。

 アスカも綾波もそれはわかってると思うけれど、口にしない。そういう訓練なのだ。

 

「シンジ、ペース落としすぎ。こんな調子じゃお昼間に合わないわ!」

「二人がきつそうだからな! カヲル君、綾波頑張れ、あと半周」

「シンジ君、走るのってこんなに疲れるんだね」

「ご飯が食べられないと、お腹がすくのよ……」

 

 カヲル君は今日がランニング初めてだから、ヒイヒイ言いながら走っている。

 息苦しさからかスイーッと浮きそうになり、パターン青が検出される前にダッシュで近づき阻止したりすることもあった。

 しかし、今では膝が笑い、震える足を懸命に動かしてゴール目指している。

 

「足出せー! イチ、イッチ、イッチニー!」

 

 最後、ラストスパートは歩調を掛けながら、カヲル君に肩を貸して走る。

 今まで訓練して走り慣れてるアスカと綾波は遥か先で待ってくれている。

 

「シンジ君、僕を置いて行ってくれ……君まで食事がとれなくなる」

「仲間を決して見捨てないのが、自衛官だ! 行くぞ!」

 

 前期教育のハイポート走で倒れかけた俺を引っ張ってくれた班長のように、今度は俺が彼を引っ張っていく。

 白い肌を真っ赤に染めて、フラフラになりながらもカヲル君は足を懸命に振り出す。

 

 黄色く染まった広葉樹が茂る森を抜け、舗装路に入ると真っ白い本部施設の外壁が近づいてくる。

 最後の長い直線にやってくると、ペース配分を投げ捨てて全力ダッシュをするのだが今回はそれは無しだ。

 先にいるアスカと綾波はゴール前で速度を落としてクールダウンを始めている。

 

「シンジ! あとちょっと! 早く来なさいよ!」

 

 アスカが手を大きく振って呼んでいる。

 カヲル君の姿勢が崩れそうになるたびに左肩を突き上げてやる。

 汗のしずくが口に入る。

 LCLの味がした。

 

 ゴールに辿り着き、歩いてクールダウンをする間もなく俺たち二人は前へと倒れ込む。

 膝先から力が抜け、熱く火照った身体に地面が冷たくて気持ちいい。

 ゴロンと転がり、天井都市を仰ぐ。

 

「シンジ君、力が入らないんだけど」

「ああ、この疲れが持久力を育てるんだ……」

 

 へばっている俺達に対して、女子は案外ケロッとしていた。

 屈伸運動してるアスカが寄って来た。

 

「シンジ、渚、倒れんのはいいけど終了報告の後にしてくれない?」

「碇君、お水」

「綾波サンキュー、そしてアスカはキッツいな」

「何がよ! あんなに応援してあげたじゃない!」

 

 近くの自販機の水ボトルを受け取ると、隣で転がるカヲル君に手渡す。

 

「シンジ君、ありがとう」

「お礼は綾波に言ってやれ、わざわざ2本も買ってくれたんだ」

「ありがとう」

「べつに、かまわないわ」

 

 まだカヲル君に苦手意識があるのだろうか、俺の時よりもそっけない感じだ。

 

 

 汗が引いてきて、心臓の鼓動がだいぶゆっくりになってきたところで終了報告に行く。

 班長室もとい作戦課オフィスに入り、葛城三佐に訓練終了を告げる。

 

「お疲れ様、渚君も完走できたみたいね」

「はい」

「加持から、シンジ君と渚君が二人一組で走ってるって電話があったんだけど」

「加持さん居たんですか? 見なかったな」

「そりゃ居るわよ、アイツあれでも護衛だから」

 

 周りを見ている余裕が無かったわけだが、そりゃこの時期にチルドレンだけでジオフロント走なんてさせないか。

 携帯電話にカメラの無い時代だから電話連絡だけだけど、スマホやアプリが普及していた俺の世界なら“写メ”送られてるなこれ。

 

「シンジ君から見て渚君の身体能力ってどんなもんなの」

「強固なATフィールド張ったり、体力の回復が少し早い以外は僕らとさして変わりませんよ」

「敵にいるときには厄介なのに、味方になった途端弱くなるの?」

「たぶん、リツコさんに自滅プログラム打ち込まれたのが効いてるんじゃないですか」

「MAGI乗っ取ったあの使徒ね」

「おかげで、今のカヲル君は筋肉痛に悩んでいますよ」

「使徒が筋肉痛かぁ、ちょっち想像できないわね……」

「進化の代償ですね。ヒトだって2足歩行しなきゃ腰痛も肩こりも起こらないわけですし」

「進化の()()ね……シンジ君は進化の先には何があると思ってるの」

「人の手による進化の先は自滅ですよ、それこそね」

 

 葛城三佐は言わんとしてることを察したのだろうか、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 人工進化研究所“ゲヒルン”とゼーレは南極で見つけた使徒を使って神になろうとし、失敗したのだ。

 それが、セカンドインパクト。

 いま、最後の使徒が共生を選び、依り代たるエヴァ初号機を用いたリリスへの回帰と人の不完全な心の補完をもって全知の神になろうとしている。

 

 だが、思念や意識の統合がヒトの行きつく完成形かというと、俺はそうは思わない。

 一昔前にインターネットによる“集合知”というワードが流行ったけど、あれだっていろんな視点があり、情報精度の優劣があり玉石混合の中から“それらしい情報”を取捨選択できなければ、活用することができない。

 思念の統合された存在など悪質なデマに付和雷同しているフォロワーのようなもので、ある面からしか物事を見ることができなくなるのだ。

 もっとも、人のかたちを失い情報を活用する機会自体なくなるのだから、視点の単一化など取るに足らない事なんだろうが、それは知的生命体の末路としてどうなんだ? 

 金太郎飴のようにどこを切っても同じような形でしか見えない世界など、くそくらえだ。

 それなら、死ぬまで自分の感性のままに文学や音楽、芸術を楽しみ、他人との違いに悩んで苦しみ、理解しようとあがく世界でいい。

 

 カヲル君と俺による補完計画の概要カミングアウトから、葛城三佐と加持さんは独自の路線からゼーレシナリオの補完計画について洗っているらしい。

 

 一方、リツコさんもゲンドウの考える補完計画から離反しようと考えている、欠けた自我のレイを依り代にして初号機と同化する事での碇ユイとの再会は不可能であると判断したからだ。

 何より、利用するだけ利用して振り向いてくれない男より、いま人間らしくなって輝き始めている綾波レイを選んだのだ。

 

「私って、バカね。あの人はずっと、ユイさんの姿を追っているのに……」

 

 先日の聴取の最後に、リツコさんは自嘲した。

 “悪の科学者の企てる世界征服”のような夢物語を追っていた自分が滑稽に思えたの、とのことだ。

 

 ダミープラグの素体である綾波のスペアについては、魂が宿らず原作同様に解体するかどうかという話になった。

 今の時期にしてしまうとリツコさんが()()()として処理されかねないので、早まらないように言って、その時まで現状を維持してもらっている。

 まあエヴァの二次創作やら、読んだことが無いけどホビーマガジンの小説なんかだとレイクローンが敵に回ったりする展開があるのでネルフ解体前になんとかしないといけないと思う。

 

 ベストは敗戦後の日本軍兵器のように、エヴァや補完計画関連の物件の遺棄、爆破、海没処分だろう。

 平和な世の中に高コストの超兵器は悪用のリスクもあるし、無用の長物なのだ。

 

 まあ、いちパイロットの俺には決定権がないから戦後処理に関してはどうすることもできないわけだが。

 そんなパイロットだが、加持さんによると内務省の一部のセクションに動きがあるそうだ。

 本省の中では、実体のよくわからない“タケオ機関”なる部署が「サードインパクトを起こされる前にエヴァパイロットを確保しようとしている」という噂があるとか。

 陰謀の世界に触れるようになってから、物音ひとつにも「すわ襲撃者かッ」と敏感になってしまったな。

 襲撃の危険があろうが、日常生活を送るうえでは学校に通わなくてはならない。

 ドイツから三ヶ月の研修で来ているカヲル君以外のチルドレンはみな、中学生なのだ。

 

 

 久々の学校で、あと二カ月で中学三年生になろうとしていることを知った。

 セカンドインパクト以降の気候変動で常夏なので季節感もほぼないが、もうすぐ春がやって来る。

 中学3年生になったところで、疎開で生徒が減ってクラス替えが行われたとしても3クラスが2クラスにまとまるだけだ。

 ネルフ関係の3年A組とそれ以外のB組で3年C組はおそらく廃止だろう。

 そんな事をつらつらと考えながら登校し、ホームルームを待つ。

 

 ケンスケ、トウジに小島君、佐藤君と残留組の男友達は相変わらず元気だ。

 たわいもない話で盛り上がり、ケンスケは1/144スケールのF-2戦闘機と74式戦車を手に持っててブンドド……対地攻撃だ。

 ケンスケに付き合って机の上で敵戦車役の74式を動かしてやるわけなんだが、遮蔽物一つないところとかありえないでしょ。

 F-2の攻撃から身を守るために筆箱で作った掩体、ハンカチの擬装網に身を隠す。

 地物を活かした掩蔽と上空擬装、そして履帯痕の除去は戦車乗りが生き残るために必須の技能なので体に染みつかせている。

 

「敵FB(戦闘爆撃機)接近、赤警報!」

「シンジ、バンカーとか卑怯だぞ!」

「いや、掩体があったら入るだろ。開かつ地に出て航空攻撃に身を晒すなんてアホの所業だぞ」

「F-2じゃバンカー抜けないじゃん」

「対空警戒の時ってキャリバー50くらいしか武器無いから、無誘導の500ポンド爆弾でも乗員には十分脅威なんだよなこれが」

 

 お互いに興が乗って来て、ああだこうだと対地上攻撃の話になってくる。

 トウジや佐藤君はケンスケの語りにいつものヤツだと笑い、戦車乗員視点の俺に感情移入してるなあとツッコンで来る。

 女子の方もきゃあきゃあと楽しそうで、その輪にいる宮下さんも復帰後だいぶ調子が戻って来たようだ。

 自分の席で綾波はブックカバーを付けた本を読んでいるのだが、洞木さんに見つかってしまう。

 

「綾波さん、漫画はちょっと……」

「どうして? 文に対して()()()が多いだけなのに」

「漫画は学校に持ってきちゃダメなのよ」

「ヒカリ、まあ良いじゃないの。外から見えないようにしてるんだしさ、覗かないとわかりゃしないわよ」

「もう、アスカまで! それにしても、ギャグ漫画って綾波さんっぽく無いわ」

「そのマンガ、シンジのだもん」

「い~か~り~君!」

 

 ブンドドの手を止めて、女子三人の前に立つ。

 生真面目な委員長に怒られる俺を、アスカが苦笑いしてこっちを見ている。

 別に校則を守らない不良にしたいわけじゃない、ただ、言われるがまま思考停止の教範通りが人生じゃないことを伝えたかったんや。

 生真面目なだけでは潰れてしまうし、オタク自衛官、スチャラカ自衛官が居ても組織は回っていく。

 

 例を挙げるなら“ルーズベルト”の通称を持つ防大出のちょっとぽっちゃり気味のM三尉がいた。

 そう、彼の異名は常に「()()」ことから来ている。

 弾帯の間に手のひらが何枚か入りそうなぐらいの隙間があり、演習前だったかそれを指摘された時にこういった。

 

「だって僕、きつく締まるの嫌なんだよね。ガチガチにして余裕が無いのも辛いんだよ」

 

 ちょうど後期教育終わってすぐの新隊員だった僕らは、こんな幹部で大丈夫かよなんて思ったし、ダイエットしろよなんて笑っていたものだけど、言葉の裏側を知ったのはずっと後だ。

 新隊員と先輩隊員の間でガチガチに規則を決めて、トイレ行くことですら手順を踏めということになった時に、間に入ってくれた。

 

「掌握しないといけないのはわかるけど、そんな枝葉末節に意味を求めてどうすんのよ。トイレぐらいこっそり行かせたらいいじゃん。問題が出なきゃ僕もそこまで言わないからさ」

 

 規則社会の自衛隊というイメージでは異色ともとれる彼だが、お叱りをのらりくらりとかわしつつストレス社会を生き抜いてきたツワモノなんだなとそこで知った。

 その点を先任や中隊長も知っていて、よく朝礼や終礼といった際の“機会教育”の際に彼を指名していた。

 あるWEB小説の主人公であるオタク幹部自衛官伊丹三尉を想像していただけると、イメージがしやすいのではないかと思う。

 ちょうどアニメ化するかどうかの時期であり、創立記念式典支援で行ったある駐屯地の売店でコミカライズが売ってたからよく覚えている。

 

 おい、この主人公、うちの(ルーズベルト)三尉そっくりやなオイ。

 特地派遣隊にうち選ばれたら、あの人主人公になんのかよ! 

 いや、3レコンだから俺らはピンチに駆けつけてドラゴンに徹甲か対榴ぶち込む役だな。

 『目標、炎龍の頭部、徹甲、小隊集中射、撃て!』なんてあの人が車長席から叫んでるんだな。

 

 ちょうど中部方面戦車射撃競技会があり第2小隊の小隊長をされていたので、同期の間でそんな会話があった。

 

 自衛隊で俺に影響を与えた人ランキングでは前期教育隊の区隊長、班長、に次いで堂々の三位だ。

 普段どこか抜けてそうな人だが、新隊員にフォロー入れてくれたり、オタク系モヤシ隊員と他の体育会系バリバリ幹部、陸曹との間に入って上手く部隊を回していた印象がある。

 俺もチルドレンや上官の間に立って、彼のようにうまくやれただろうか。

 

「碇君、あなた綾波さんに変なこと教えないで!」

「ヘンなことって? 漫画をこっそり読むこと、カッコイイ整列の方法?」

「どっちもよ!」

 

 カッコいい整列の方法とは、基本教練の動作をアレンジしたものでキビキビしたように見える、“節度を付けた”動きである。

 ケンスケと体育の時間にネタでやっていたら、その様子を見ていた綾波が覚えてしまったのだ。

 

「まあまあ、イインチョそんなにシンジ責めたんなや。こいつも綾波のためを思って……」

「鈴原ッ! そう言うけど、綾波さんだって他の子から浮いちゃうのよ!」

 

 洞木さんのお小言を聞き、不用意に口を挟んだトウジにまで飛び火してしまう。

 まるで、夫と娘の教育方針が違っているお母さんだなぁと思っているとホームルームが始まった。

 担任の老教師が入って来て、すぐに点呼をとるものだと思っていたがどうも違うらしい。

 

「入りなさい」

 

 先生の声に入って来たのは赤みがかったボブカットの少女だった。

 教室に入って来て、黒板の前で止まると左向け左。

 右の母指球と左の踵を軸にクルリと向きを変えて最後に足を引き付ける動きも1、2、3と綺麗に三挙動で綾波が時々やる“カッコいい整列法”だ。

 

「霧島マナです、よろしくおねがいします」

「はい、よろしく……碇の隣が空いているからそこに座りなさい」

 

 先生の指示に従って、彼女は俺の隣の席に座る。

 ゲーム『鋼鉄のガールフレンド』のゲームヒロインにして、戦略自衛隊の少年兵である彼女は実物も可愛い少女で、俺の斜め後方の小島君はもう目で追いだしてる。

 いや、アスカ以来の美少女転校生という事でクラスの男子はみんな霧島さんに興味津々だ。

 

 そういや、“戦略自衛隊”って自衛隊ではあるが、()()()の管轄じゃなくてどういうわけか()()()なんだよな。

 そこから導き出される答えはただ一つ。

 霧島マナは内務省の送って来たヒューミント……ハニートラップ要員である。

 

「いかりくん……碇、シンジ君ね」

「うん、そうだけど。どうかした?」

「こう見ると、かわいい」

「母親似なんだ。ところで、無意識?」

「……な、なんのことかな」

「左向け、左」

()の厳しい学校にいたからつい、出ちゃうんだ」

 

 こうして話していると、クラスの数方向から強い視線を感じる。

 熱を持っていると錯覚するほどの強さで、レーザー警戒装置があれば鳴り響いて、連動型の発煙弾発射機があれば作動しているレベルだ。

 霧島さん狙いの男子とアスカはわかる、宮下さんと綾波もこっちを窺ってるようだ。

 対人要撃訓練が始まって以降の“いかにも”な接触だし、気になるよね。

 

 __どうやら、補完計画前に鋼鉄のガールフレンド編が始まってしまったらしい。

 

 

 




第2話の「胸を張ると肩が凝るんだよ」はM三尉の受け売りである。

用語解説

トヨタ・ウィッシュ:ミニバン、黒い車両が業務車1号として自衛隊に納入されていた。車高が低く硬めの乗り心地で、2列目、3列目のシートを倒せば長めの雑資材を搭載することも可能。

アルミテープチューニング:アルミテープを貼ることで空気摩擦による静電気帯電を逃がして外板表面流を整流したり、帯電している部品から静電気を空中にアースしてやることで特性が変わるという不思議なチューニング。トヨタが研究しており特許まで申請している。なお、貼るアルミテープには放電性能を上げるため表面積の多い凹凸、破線状がよく、導電性接着剤の物がきわめて良いともされる。サスペンション、ショックアブソーバ、ステアリングコラムなどの足回りに貼ると操舵性が変わるそうだが……。

警察比例の原則:相手に対して投入される実力が適正であるかどうかの基準。例えば素手の女の子相手にお巡りさんが自動小銃を持ち出すのは過剰であるが、ナイフを持って暴れる暴漢に対して拳銃を抜くのは適正であるというような話。警察官職務執行法が適用される自衛隊も同様で、カンボジアにPKO派遣される際に機関銃は何丁まで、小銃は……とやったらしいし国会で議題にもなったとか。

ROE:交戦規則、自衛隊では“部隊行動基準”といって作戦における対処行動の限度を示すもの。今作戦で「あれをやってはいけない」あるいは「これはやってもよい」という規則。

ハイポート走:小銃を胸元で保持する“控え銃”で走ること。連続歩調を掛けながら行われる。映画『フルメタルジャケット』やファミコンウォーズのCMでやってるアレ。

掩蔽と擬装:『掩蔽(えんぺい)』は砲爆撃から人員や装備、資材を防護できる状況。『擬装(ぎそう)』は敵の目を欺くことで、防御力は要求されない。身を隠す壕は掩体とも呼ばれ、通常の場合攻撃が集中することから掩体にも擬装が施されている。

赤警報:対空警報、おもに敵の航空攻撃に対して発令される。5分後に航空攻撃が行われるので車両や人員の移動が禁じられ、森などに隠れてやり過ごす。自衛火器として12.7㎜重機関銃を空に向けたりするが、近接する敵ヘリに嫌がらせくらいにしかならない。

WEB小説:かつて理想郷で連載されていた作品で、『自衛隊彼の地にて、斯く戦えり』というタイトルで連載されていた異世界モノ小説。今では書籍化後のタイトルである『ゲート』の方が通りがいい。

「俺を見よ、俺に続け」:陸曹教育隊のモットー。陸士を指導するのであるから自分自身、熱い男になって部隊を動かす原動力になれという教えで、熱い陸曹の指導を受ける陸士も影響を受けるのだ。


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目標、正面の的!

今話は射撃訓練・武器教育回につき銃器用語および描写が多いので、冒頭の屋上イベント以降はさらりと読み飛ばしてもらっても構いません。

興味のある方は「ああ、銃撃つまでにこんなめんどくさい教育受けてるんだな」とご笑覧いただけたらと思います。


 霧島マナは好奇心旺盛な中学生を侮っていた。

 休み時間の度にクラスの誰かに話しかけられ、拘束されるのだ。

 俺も転入当初はそんな感じだったな、その時話しかけてくれた子たちも転出していって今はだいぶ少なくなっちゃったけど。

 霧島さん、対象に接触する前に足止めを喰らって焦るのはわかるけど、こういうところから現地協力者を作って情報収集するんだぞ。

 俺は情報職種でもないので民心掌握とか人的情報収集とかの手段について偉そうに語ることができないけれど、職場の環境をちょっと良くする手段は知っているのだ。

 誰だって愛想笑いされるよりは、ちょっとオーバーでも話に乗ってくれて興味を持ってもらうほうが嬉しい。

 初日だからクラスメイトに囲まれて緊張しているんだなという好意的解釈も出来るけど、愛想笑いが引きつってるよ。

 

 一方、俺はと言うとトイレに行くフリをして、アスカ、宮下さん、綾波と作戦会議に入る。

 諜報員の可能性が高く、おそらく戦自の出身で練度はともかくそうした教育をされているのではないかということを三人に伝える。

 

「碇君のかっこいい整列法をやってたわ」

「シンジがよくやってる動きよね、あれ」

「スパイって、碇くんに近づいてエヴァの情報をとる気なの?」

「基本教練だろうね、で、スパイなんだけど、あの様子じゃ本職じゃなさそうだ」

 

 仮にも自衛隊と共同訓練やったり交流がある人間に対して、基本教練の動作を見せればピンとくるうえ、隣の席になったからっていきなり名前を確認してくるんじゃ警戒しろと言ってるようなものだ。

 少なくとも接触対象だろうチルドレン四人には十分警戒されているので諜報員としてはお粗末で“心理戦防護課程”などの()()()()を受けているとは思えない。

 となると原作ゲーム同様、戦自少年兵の中から年齢が近い少女をにわか作りの情報員に仕立て上げて派遣し、その()()を調査部や別室の“本ちゃん”がやってるんだろう。

 

「で、どうすんのよ、加持さんに連絡する?」

「加持さん、内務省に動きがあるって言ってたからそっちの部署じゃないか?」

 

 アスカや宮下さん、綾波にもわかるように人員を送って来た流れを軽く説明する。

 

「同じ内務省だし、年も近い戦自の少年兵から適当な子引っ張って来たんだろ」

「ねぇ、戦自にもシンジみたいなのいっぱい居んの?」

「向こうは俺と違って()()隊員だよ、士気が高いかどうかは別として」

「えっと、碇くんはあの子をどうしようと思ってる?」

「しばらくは泳がせておこう、あの子どうこうしたところで“トカゲの尻尾切り”だろうし」

 

 そう、霧島マナは替えがきく現地情報員にすぎず、たとえ捕まえてネルフがそれをネタにしたとしても「本省に関係のない人物だ」と言われ、「戦略自衛隊にも在籍していない」ので国内法をもってお好きにどうぞという展開が待っている。

 俺の居た世界でも自衛隊内部に“別班”という「闇の情報部署」があると共同通信の記者によって発表され話題になったことがある。

 別班員は自衛隊から籍を抜き、知己と交流を絶ち、海外やら国内で諜報活動をしているらしい。

 

 こっちの世界ではどういう名称かわからないが、おそらく似たような情報組織はあるだろう。

 そしてそんな組織が安全保障上怪しげな集団である人工進化研究所やネルフに対して調査をしないわけがない。

 

「じゃあシンジはあの女と仲良くするってわけェ」

「距離をとっても詰められるなら、最初から目の届くところにいてもらった方がマシだよ」

「うーん、理屈はわかるけど、なんかムズムズするね」

 

 アスカと宮下さんは複雑そうな表情になり、綾波はよく分からないと首を傾げた。

 あくまで表面上の付き合いとはいえ、ポッと出の女の子と楽しそうにしている姿を二人は見たくないんだろうな。

 休み時間の作戦会議が終わり、教室に戻って授業を受ける。

 相変わらず、隣から後ろから視線が集まっていて何とも居心地がよくない。

 

 授業が終わって放課後になると、霧島さんは俺のもとへとやって来た。

 

「私は君のこと、どっちの名前で呼んだらいい?」

「お好きなほうでどうぞ」

「じゃあ、シンジ君で」

「霧島さん、それで?」

「本日、霧島マナは午前6時に起きて、この制服を着てまいりました! どう? 似合うかしら」

 

 おどけた様子で姿勢を正した霧島さんは申告を始める。

 マルロクマルマル、午前6時ね、起床ラッパ通りの生活だ。

 俺やアスカもあの共同生活以降だいたいそれくらいには起きてるな。

 

「講評、元気があって大変よろしい!」

「ありがとうございます! ……なんちゃって」

 

 つい、班長や区隊長のノリで返すと霧島さんは力強く返事を返し、そのあとに我に返ったか照れ隠しのように冗談めかす。

 こんだけ反応いいと、ネタで「指摘事項3点!」からの「その場に腕立て伏せの姿勢をとれ」とか言ったらマジでやりそうで怖いな。

 

「ところでシンジ君、この学校、屋上には出られるのかな?」

「出られるけど、どうして?」

「私、シンジ君と一緒に眺めたいな」

 

 少し離れたところで見ていたアスカがつかつかとやって来た。

 

「変わったナンパをするのねぇ、霧島さん」

「ナンパなんてしてません! シンジ君にこの街のいい所を教えてほしくって」

「へーぇ、それならシンジ以外にもいい奴いるんじゃなぁい?」

 

 ソフトモヒカンに髪型が変わり、少しイケてる感じのケンスケとか。

 アイツはいいやつなんだけど、女子に対して押しの弱いところがあるからな。

 

「ケンスケはもう帰ったのか、トウジも居ない……」

 

 放課後でいつものメンツはみんなすぐに帰ってしまってる。

 霧島さんに捕まった俺のほかで、男子といえばサッカー部の佐藤君が居たはずだ、彼ならなんとか引っ掻き回してくれるはず……。

 そちらに目を向けると、宮下さんが話しかけて拘束していた。

 どういうわけだか、アスカの邪魔はさせないという意思を感じた。

 

「シンジ君、話しやすいから、案内してくれそうだと思ったの」

「アスカも一緒でいいなら、屋上に行こう」

「わかった、じゃあ行こっ!」

 

 こうしてアスカと俺、そして霧島さんの3人で屋上に出る。

 第壱中学校は第三新東京市の外れにあって見晴らしがよく、ゼロエリアの摩天楼や青々とした山がよく見える。

 

「綺麗ねぇ」

 

 手すり間際まで歩み寄っていった霧島さんがそう呟く。

 

「そうか、どの辺が」

「ビルの向こうの山、自然が残ってるのね」

「右が金時山、ビルの奥が丸岳、長尾峠方向、左手側に芦ノ湖と山の中だよ」

「ずいぶん詳しいんだね」

「そりゃ、住んでる地域の立地条件くらい調べるさ」

「シンジってば真面目なんだから……」

 

 いつの間にか横にいたアスカがそういった。

 グーグルマップが無いどころかインターネット自体あんまり一般社会に浸透していない世界で、道路地図やら『るるぶ』等の観光誌片手に駒ヶ岳、強羅防衛線、二子山陣地とアニメで登場するスポットを探しているうちに地名と特徴を覚えたのだ。

 まあ、第2芦ノ湖、第3芦ノ湖といった使徒爆発後のクレーターで変わってしまったところもあるけどな。

 

 25キロ行進訓練で大休止地点の山頂展望台に着いたとき「風景を見て綺麗だねで終わるのはただのお兄ちゃんだ」と普通科出身の区隊長もおっしゃっていた。

 

 そう、デキる自衛官は常日頃から情報を収集して担任区域の地名、簡単な特徴くらい覚えているものらしい。

 土地を知ることで郷土を愛し、ひいては国民を想い、そうでなくても“即応態勢をとれる心構え”で居るべきだと。

 そういう教育が今になって活きてくるのだから、人の話は聞いておくものだと思う。

 

「シンジ君ってエヴァのパイロットなんだってね、だから?」

「ちょっと霧島さん、シンジはともかくこのアタシもパイロットなんですけどぉ?」

「えっと……あなたは……」

「アタシがエヴァンゲリオン弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレーよ!」

 

 アスカは急に自己紹介に入った、まあ、国連軍との共同作戦で名前が公表されてるけどさあ……。

 そんな男塾塾長江田島平八みたいな名乗り方しなくても。

 

「アスカさん、シンジ君とはどういう関係なんですか?」

「シンジはアタシと住んでんのよ」

「まあ、そうだな。もう結構経つんだよな」

「ええっ?」

 

 霧島さんがたじろいでるのがわかる、俺とアスカの同居生活なんて真っ先に調べられてそうなもんだけどな。

 事前に対象の生活情報手渡されてなかったのか、この娘は。

 

「そういうことだから、お望み通り案内もしたし行きましょシンジ、アウフヴィーターゼーン!」

 

 アスカに腕をとられて俺は半ば引きずられるように屋上を後にした。

 加持さんの運転するウィッシュの中で今日の出来事を報告する。

 

「へえ、女の子か。シンジ君、モテモテだな」

「もっとマシな人居なかったんですかね、ねえ、加持さん」

「ははは、でも良いじゃないか見つけやすくて、それにその子の原隊がわかれば背後も洗いやすくなる」

 

 加持さんはアスカ、宮下さん、綾波からの冷えた目線に後ろを見ないようにしながらそう話す。

 原隊ねえ、確かトライデント級陸上巡洋艦の操縦課程から内臓損傷で脱落したんだっけか。

 エヴァの構造を聞いたところで、乗り心地が改善されるとは思えないけどね。

 

 日本の装備開発は要求仕様に合わせて完成したら、あとは現場努力任せでアップデートが無いってのが通例で、仮に改修されてもお金が無いから数機止まりという悲しさだ。

 ま、「天にも昇る気持ちで地獄行き」って劣悪な操縦環境以前に、根本から間違ってる気がするけどなあ……。

 

 ネルフ本部に着くと、カヲル君と合流して射撃訓練場に集合する。

 今日から、対人要撃システムの訓練が始まるのだ。

 仮眠室に置いてある黄色い毛布を転用した武器毛布を机の上に広げて、その上に武器庫から搬出したウージーモドキこと“9㎜機関短銃”を人数分並べる。

 

「銃、ヒトの生み出した携行武器の極みだね」

 

 そんな事を言ってカヲル君はしげしげと銃を眺めている、鋭い牙も爪もない人間が生み出し、女子供でも容易に使える戦闘手段に何を思うのだろうか。

 

「これが、鉄砲……重い」

「そうよ、実際に弾が出て、人を殺すことができるのよ」

 

 宮下さんが銃を手に取っている時に、葛城三佐がそんなことを言う。

 銃の重さは責任の重さという武器授与式後に行われる定番の説話があるが、この中で武器を扱ったことが無いのは宮下さんとカヲル君くらいで、他はみんなエヴァで命のやり取りを経験しているので今更だろう。

 人を殺すという事と、そういう心構えなんて第13使徒の時に嫌ってほど実感したわ。

 葛城三佐と作戦課の大野二尉が今回の指導を行うようだ。

 

「まずは諸元だけど、全長390㎜、引き出し銃床展開で450㎜、重量2.7キログラム、弾は9㎜通常弾、腔線(こうせん)は6条右転……」

 

 ネルフの採用している“9㎜機関短銃”は某国内銃器メーカーがセールスに失敗して売れ残ったものを()()()調()()したものらしく、何とも中途半端な装備品だった。

 装弾数が25発、発射速度は毎分600発……命中精度も微妙ということで保安諜報部は“MP5短機関銃”を調達することになり、いまや発令所のコンソール下やD級職員の自衛火器ボックスの中でひっそりと眠っている。

 そんな裏話をしてくれたわけだが、どうやら楽しく聞いていたのは俺だけのようだ。

 

「ようは、『安物買いの銭失い』って言うのよ、そんなの」

「おいしい話には裏があるって赤木博士も言ってたわ」

「相田君が好きそうな話だよね、ねえ、男の子ってこんな話が楽しいの?」

「どうだろう、シンジ君はこういう話、詳しいんじゃないのかい?」

 

 アスカと綾波はまあそんな物よねとサラッと流し、宮下さんは話の笑いどころというかツッコミどころがわからなかったのか俺に聞いてくる。

 カヲル君は俺の記憶などに影響されているものの、話を振られてもミリタリーオタクではないのでわからないようでこっちに振って来た。

 

 研究所上がりのネルフが銃器メーカーの不良在庫つかまされたあげく、結局はちょっと値の張る短機関銃を調達することになった。

 そして追い出された“二線級火器”を俺達が今から使うことになる……と話のポイントを教えてあげた。

 

「ええ……」

 

 そんな微妙な雰囲気のまま、武器教育は進んでいく。

 銃身部、機関部、引金室体部(ひきがねしつたいぶ)といった大きな部品に分けて、組み立てる分解結合で綾波がダントツで早い。

 次点で俺、アスカとなるわけだが、綾波は記憶力がよくて助教の大野二尉の模範動作を一発で覚えたらしい。

 

 俺は部品点数が多く複雑な造りの64式小銃の引金室体部の連発機構を見たことがあったので、ああ逆鉤(ぎゃっこう)がこんな引っかかり方してるんだな、ここで連発を制限してるのねとイメージしながら何回かやってるうちに出来た。

 アスカは模範動作を見て、カチャカチャと自分なりに試行錯誤してモノにしたようだ。

 原作でも天才少女だなんだと言われていたけど、こういう努力で自分の技術にしてしまえるのがアスカのいい所だ。

 最後にカヲル君と一般の女子中学生だった宮下さんだが、大野二尉に付き合ってもらい分解結合練習やってるうちに何とか覚えたようで、分解6分および結合9分の時間内に完了できるようになった。

 

「え? 逆鉤が入らない? こんなのチャっとバネ引っ掛けてバーッと圧して入れたらいいのよ」

 

 葛城三佐は擬音が多くて、こうしたまっさらな人の指導に関してはアテにしてはいけないと実感した。

 

「葛城三佐、たぶん聞きたいのはバネの圧し方だと思いますよ」

「ちょっとシンちゃん、できるの?」

「多分、引き金止め枠をこうライターみたいに持って、バネ入れた逆鉤をこう引っ掛けて親指で軽く押さえて逆鉤留め軸を入れる……」

「ほんとだ」

「組んだ状態の引き金部を室体部に入れて、入るようにしか入らない撃鉄(げきてつ)遊底(ゆうてい)を組み込んでやったら、ほら」

 

 切り替え金を単発にし碍子(がいし)を指で圧した状態で引き金を引いて、逆鉤が外れて撃鉄が動くコトンという小気味よい音がしたら動作点検はオッケーだ。

 

 ここで音がしない場合引金→逆鉤→撃鉄の繋がりに変なところがあるのでやり直し。

 

 結節ごとに動作点検を行うことは重要で、サラッと流してやると組み上がった後に異常に気付き、泡を食うことになる。

 89式小銃は部品点数が少なかったし、構造がなるようにしかならないのでそういう事態は起こりにくいのだが、64式小銃は“誤った状態でも組めてしまい”最後の動作点検で異常に気付くのだ。

 

 スライドよし、薬室点検!

 あれ? スライドが元の位置に戻らないぞ、どうしてだ!

 

 ……A.撃鉄が上下逆方向に入ってたため、閉鎖不良。

 

 そうなると撃鉄の向きを変えるためだけに銃床外してバネ外して圧抜いて……と分解しないといけない。

 早い段階で結合不良を見つけられたら、それだけ取り外す部品が少なくて済むのだ。

 

 全員が結合不良を起こさないレベルになると、次は射撃予習といって弾倉(だんそう)を挿さずに銃を構える練習だ。

 センサー類と射撃統制システムが連動しているエヴァと違って補正が利かないので、構え方が悪いと弾はまともに飛ばない。

 

「正しい見出(みいだ)し、正しい射撃姿勢をとれてれば大体当たる」

 

 引き出し式銃床を鎖骨と肩の中間の窪みに当て、銃の中ほどについている照門(しょうもん)を通して、先端の照星(しょうせい)(てき)を捉えるのがこの銃においては正しい射撃姿勢だ。

 正しい見出しとは、照準線がきちんととれてる状態であり、照星と照門がぼやけている状態だ。

 

「こうかな?」

「カヲル君、頬の位置が高い、照星の下見てないか?」

「シンジ君、こんな切り欠きと棒で狙ったところに弾を飛ばすなんて、よく考えてるね」

「石を手で投げてるときから、人間はそういう()()()()が得意だったんだろうな」

 

 カヲル君の脇について指導している横では宮下さんが大野二尉の指導を受けていた。

 

「こう?」

 

「宮下さんは何処がはっきりと見えてる?」

「前の棒がよく見えてるよ」

「ピントがそこに合ってるってことは照準線が低いな。弾が天井に飛ぶよ」

 

 目のピントが銃の照星に合ってると銃口に対して視線が高く、弾は狙ったところのはるか()を飛んで行く。

 

「アスカ、レイ、エヴァじゃないんだから、銃を見て狙わないと当たんないわよ」

 

 アスカや綾波はエヴァに乗っていた経験が長いので、パレットライフル同様に構えて葛城三佐に突っ込まれていた。

 

「目標をセンターに入れてスイッチ」

 

 葛城三佐が言ってるのは原作シンジ君のセリフにあるセンサー射撃のことだろう。

 俺も最初はシンクロ率が低かったので自動モードを使っていたけど、パレットライフルに関しては結局手動モードにして戦闘照準で撃っていた。

 戦闘照準で弾着見ながら補正したり、牽制射撃でばら撒くだけならセンサ連動無しで腰だめ射撃や大体の位置狙いで良いのだ。

 

「シンジ君は……手慣れてるわね」

「日本の兵隊さんとお巡りさんは()()()()()()()()()してなるべく弾を使わず、初弾必中が基本ですからね」

「カッコいいこと言うわね」

「まあ、使徒には全弾命中させようが全く効果なかったんですけどね、カヲル君」

「そうだねシンジ君、こころの壁、A.Tフィールドがある限り僕に届きはしないさ」

「渚君、ちょっとあなたで射撃訓練させてもらってもいいかしら」

 

 葛城三佐はカヲル君の「射撃なんて無意味だよ」的発言に携行しているUSP拳銃を抜きそうになっていた、冗談が冗談に聞こえないんだよな。

 

「ちょっとミサト、渚を撃つのはいいけど跳弾(ちょうだん)で危ないじゃない!」

「……そう、この人を撃つなら、ポジトロンライフルを持ってくるといいわ」

 

 アスカと綾波は葛城三佐に乗っかった、特に綾波の殺意が高すぎる。

 目の前で笑っているのが、今まで敵対していた使()()であると実感のない宮下さんは困惑して助けを求めるような目でこっちを見てくる。

 

「射場でそういう冗談は不味いよ、効くかどうかは別として銃持ってるんだからさ」

「僕の味方はシンジ君しかいないのかい?」

「射撃訓練する前にそんなことを言うからだよ!」

「アンタが渚に振ったんでしょうが!」

 

 アスカに怒られてしまった。

 そんな一幕こそあったものの、一度構え方の基礎が出来ればあとはそれぞれの姿勢に当てはめていくだけだ。

 立射、膝撃ち、()撃ちと姿勢を変えて構え、射手と補助者で二人一組のカラ撃ち練習をする。

 

 パチン

 

「いっぱーつ」

 

 カシャコン

……パチン

 

「にはーつ」

 

 カシャコン

……パチン

 

「さんぱーつ、撃ち終わり!」

 

 という感じに補助者がカラ撃ちに合わせて槓桿(こうかん)を勢い良く引いて、次弾の装填を模擬してやりながら弾数を数える。

 

 実弾の場合、発射ガス圧で遊底を押し下げ、カラ薬莢を抜いて次の生弾(なまだん)を装填してくれる。

 

 そのため、弾を使わない射撃予習では遊底が動かないので補助者がいかに()()()()スライド、槓桿を引けるかが重要だ。

 勢いの良さに膝撃ちしていたアスカが後ろにこけそうになる。

 

「ちょっとシンジ! そんなに強く引く必要あるわけ?」

「これくらい耐えられないと撃った時に反動でエライことになるぞ」

「じゃあ交代!」

 

 アスカがさっきの雪辱とばかりに勢い良く引いてくれるので踏ん張る。

 7.62㎜弾を発射する64式小銃を初めて撃った時、俺もアスカみたいに後ろに倒れそうになったのだ。

 体重の軽い男でさえそうだったのだから、女性自衛官教育隊の女の子たちはめちゃくちゃシンドイと思う。

 

「撃ち終わりッ!」

 

 射撃予習で大体形が出来て、ようやく実弾射撃がやってくる。

 ……と思いきや、分解結合が長引いたのか気付けば21時になっていたため、今日は射撃予習で終わってしまった。

 

 

 武器庫に返納して食堂に向かうと、各部署専門分野で研修を受けていた教育支援隊のメンバーとばったり出くわす。

 技術部や整備班、管理・事務系の人はリツコさんや技官たち、研修先の長にしごかれている日々だという。

 だけど、ここで得た技能、運用ノウハウをドイツに持って帰るのだと士気は高そうだ。

 拙い日本語ではあったものの、彼らが何を学ぼうとしているのかはよく分かった。

 原作じゃ目の前で話している彼らが送り出したであろうエヴァ量産機に襲われている頃だろうから、何が起こるかわからないものだ。

 

 晩御飯を食べ終わると送迎車で帰るわけだが、綾波は結構疲れているのでリツコさんと二人乗せて帰ることになった。

 前から加持さん、リツコさん、二列目に俺、アスカ、宮下さん、三列目に綾波だ。

 警戒態勢にある俺と運転手の加持さん、そしてリツコさん以外は疲れ切って眠っていた。

 車に揺られること15分、家の前で宮下さんを降ろすと次はリツコさん宅に向かう。

 

「美人が隣に座っているって言うのは華があっていいねえ」

「加持君はホント、そういうところ変わらないわね」

「そうでもないさ、最近はずっと葛城一筋さ」

「あなた、ミサト以外にも気になる子がいるんじゃないの?」

「えっと、誰のことかな。リッちゃん」

「シンジ君、最近、加持君とよくつるんでるそうじゃない」

「加持さんは護衛担当ですし、話しやすいんですよ。いろいろとね」

「そうね、ミサトが急に加持君を護衛に組み込みたいって言った理由がわかったわ」

 

 リツコさんも俺達が複数の部署から監視対象にあり、ゼーレの補完計画阻止、あるいはネルフ解体の際に軟着陸できるように裏から色々やってることを知っているようだ。

 ネルフ内の協力者、内偵中の内調職員にはいろいろと情報を持たせて帰した。この事で内務省側がいきなり戦略自衛隊を動かすことはなさそうだという。

 国連軍に編入されてる自衛隊、在日米軍側にも動きはないそうで、それどころか対使徒演習の打診があったそうだ。

 

「最近、エヴァに乗ることも少なくて、使徒がいかに楽だったか感じるようになってきました」

「フィフスの少年の影響かしらね」

「カヲル君がどうこうより、使徒は謀略使ってこないですし」

「使徒は非日常だけどその場限り、日常の中の非日常を長く続ける方が人間きついのさ」

 

 リツコさんも協力してくれるそうだが、今のリツコさんをもってしてもゲンドウとユーロ、中国の動向が不透明だ。

 補完計画関連で何かあるとしたら、国外からかな? 

 

 隣に目をやると俺にもたれかかって寝息を立てているアスカ、後ろで船を漕いでいる綾波。

 使徒を倒し切った俺がこれからやらなきゃならないのは、二人を何としてでも平和な世界に導いてやる事だ。

 

 

 

 翌日は朝から丸一日実弾射撃だった。

 ネルフの屋内射場で()撃ち、膝撃ち、立射、連発、検定射と第5習会までやるのだ。

 射場指揮官が葛城三佐でその下に作戦課の課員が係をやっていて、俺たちは射場指揮官の命令に合わせて射撃を行うのだ。

 

「安全点検」

「右かたよし、左かたよし、安全よし!」

 

 左右を見て安全を確かめる。

 

「安全装置、弾込め!」

「安全装置、弾込め!」

 

 耳栓をしているため大きな声で複命復唱(ふくめいふくしょう)し、動作をおこなう。

 切り替え金を確認すると槓桿(こうかん)を引き薬室を覗いて確認し、弾倉を挿入してスライドを戻す。

 

「弾込めよーし!」

 

 これでいよいよ弾が出る状態だ。

 

「目標正面の(てき)、伏撃ち、10m、点検射3発、時間無制限!」

 

 目標と射弾数、時間についての号令がかかる。

 習会が進むと、減秒されるんだよな、25秒以内に5発とか。

 

「安全装置、単発、撃ち方よーい」

「安全装置、単発、撃ち方用意!」

 

 

 切り替え金を安全の“S”から単発の“1”の位置に動かし、構える。

 自衛隊の火器ならばア・タ・レ(安全・単発・連発)と表記されていて、俺は思わず「タ、よし!」と言いそうになった。

 

「撃てっ!」

 

 小銃とは違う、パン! という軽い弾けた音と共に銃口から発射炎が広がり、10メートル先の人型標的、F的(エフてき)に弾が飛んでいった。

 

 屋内射場でF的に対して10m射撃だが、第一習会は全然当たらなかった。

 3発点検射で撃って3点監査法、3発の弾痕を線でつないで三角形を作って狙いがどのあたりにあるのかを調べるのだがこれはひどい。

 

 俺の弾痕を調べると大きな二等辺三角形が出来上がり、初弾と次弾が大きくぶれて的の上と下に当たって、3発目でようやく的の左側に当たっている。

 アスカと綾波も右寄り、左寄りという違いがあるもののおおむね二等辺三角形だ。

 カヲル君と宮下さんに至っては的から弾が大きく逸れている「弾痕不明」が出ていた。

 

 修正射でまた3発撃つも初弾と次弾が大きくずれて二等辺三角形だ。

 狙いはF的中央の25点圏だから、この銃は上下に弾が散るのか。

 

 カヲル君と宮下さんは修正射でようやく的の近くに弾着させられるようになった。

 弾の散り方的に、宮下さんは銃声に対する恐怖で目をつぶって撃ち、引き付け不足らしく銃が大きくぶれている。

 カヲル君は銃に対し視線が低くて見出しが甘いので銃口が下を向き、的の遥か下を撃ってる可能性が高い。

 

 そして、点検射の後に5発射撃するのだが弾が全然集まらず弾痕がF的いっぱいに大きく散っている。

 もちろん、連発いわゆる“フルオート”で撃ったわけではない。

 セミ・オートの単発で撃ったのだが、初弾以降どういうわけだか弾が散るのだ。

 

 2回目の射撃でようやくF的の近くに弾が集まった。

 ああ、発射後一息ついて次弾というリズムが大事なんだなこの銃は。

 

 こうして撃ち終わると一回ごとに薬莢拾いをして、発射弾数と撃ちガラ薬莢の数を確かめると弾薬係の黄色いトレーに返納する。

 ひとり3・3・5・5の16発無いといけないのだ。

 

「1射群1的、16発異常無し!」

「よし」

 

 こうして1的から5的まで5人でパンパン撃っているうちに習会は進み、昼も過ぎた頃に第4習会がやって来た。

 9㎜拳銃弾使用という事もあって反動こそ大したことないのだが、連発にするとめちゃくちゃ手の中で暴れるのだ。

 ただでさえ命中精度の悪い銃だったが、それこそ当たらなくなる。

 

 綾波は狙いをつけることを放棄したのかおおよそで弾を撒いたらしく、それでも狙ってた俺とあまり変わらない弾痕の散り具合だ。

 うん、引き出し銃床あってこれだから、なかったら使い物にならないかもね。

 

 旧劇場版で青葉さんが戦自隊員に向かって撃ってたけど、何発当たったんだろうな。

 最後にやった検定射では慣れもあってか、なんとかF的に全弾命中させることができた。

 

 今日の総まとめである検定射撃が終わったあと、分解しての武器手入れをして帰る。

 俺が思うに射撃訓練の6割は武器手入れが占めている。

 

 映画や漫画なんかで「硝煙の臭いが最高だ」というキャラがいるが、武器手入れをしたことが無いからそういう事が言えるんだろう。

 今も俺達は部品にこびりついた発射ガスを取ろうと、裁断布や真鍮ブラシに整備油を付けてひたすら擦っている。

 分解した部品をオイルパンに入れて白い洗浄油に漬け込み、掬い上げてはブラシで擦るのだが一向に赤茶色の染みが抜けない。

 アスカは最初「ここまでする必要あるの?銃なんて撃ったら汚れるじゃない」 なんて文句を言いながらやってたわけだが、次第に疲れてきて無口になった。

 綾波とカヲル君も、銃身の火薬の燃えカス相手に銃口通しを何度も突き込み格闘していた。

 

 ……ああ、なかなか取れないぞこれ。

 

 こうしてチルドレンにネルフの機関短銃はめんどくさいという印象を残した射撃訓練は幕を閉じたのだった。

 




ネルフ採用の機関短銃の性能諸元や特性、構造は独自設定です。
雑誌『エヴァンゲリオンクロニクル』では“ソシミ タイプ812”に似ているとのこと。
グロッグ17やUSPも配備されてるところを見るに、余り使い勝手がよくないのかも。


ネットで見つけた部品名一覧(not 教範)
https://pbs.twimg.com/media/ESQcS1AUMAAdrZb.jpg:medium
自衛隊における火器用語なのでピンとこない方も多いでしょうがご了承ください。


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ランナー

 朝、制服に着替えてテレビをつけ、アスカがシャワーを浴びている間に弁当と朝食を作る。

 トースト、目玉焼き、それに弁当の余りの焼肉、コーヒーという簡単モーニングだ。

 朝の報道番組を見て、情報収集をするわけだが……。

 

 アイドルの荒井弓子が結婚したというニュース。

 国会審議中に与党議員が漫画本を読んでいた問題。

 用地取得とかの政治スキャンダル。

 我が家のペットの“珍”行動、ビデオ投稿コーナー。

 2016年のふんわり春コーデ特集。

 

 うーん、どの局も長い尺使ってどうでも良いことしかやっていないよな。

 

 特に政治関連なんて、毎日ほぼ同じ内容を2時間くらいとってやるわけだけど、堂々巡りもいい所で何ら進歩があるわけでも無いしな。

 いち民放番組のコメンテーターと評論家・専門家とされる人の掛け合いが何の役に立つのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、風呂場から呼ぶ声がする。

 

「シンジ!」

「どうしたの」

「今日、帰りにシャンプー買って帰るわよ」

「ああ、タマ切れか……俺のトニックシャンプー使っていいよ」

「あれスースーするから苦手!」

「それが良いんじゃないか、LCL臭さも抜けていい感じになるんだよな」

「アタシがLCL臭いっていうの?」

「そんなことはないよ、アスカはいつもバラの香りしていい匂いだよ」

「いい匂いって……変態っ!」

「ええ……」

 

 いや、臭いについて否定しても肯定してもダメなやつかよ。

 アスカは風呂から出てくると真っ赤なタオル片手にドライヤーで髪を乾かす。

 ふわりと香るバラの香り、結局ボデーソープで頭洗ったんだろうか。

 

「アスカ、ある程度乾いたら朝飯食べよう、遅れるぞ」

「わかってるわよ、あと3分」

 

 先に朝食を食べて、体操服の入った巾着袋を通学鞄の脇に置く。

 よく分からないキャラクターの描かれた巾着袋がアスカのやつで、訓練用品店で買ったOD色の巾着が俺のヤツだ。

 ちゃんと所属部隊枠に「2-A 碇」と記入している。2区隊A班? 

 余談だが、これが部隊に行くと「1TKBn 1Co 碇士長」みたいになるのだ。

 記名は大事で、物品管理の基本だから貰った物にはすぐ名前を書くようにしよう。

 

 アスカと二人で家を出ると、加持さんが送迎車の中から手を上げた。

 

「おはようございます」

「おはよう、シンジ君、アスカ。今日もいい天気じゃないか。マラソン日和だな」

「加持さん、アタシ達の授業内容知ってるんですか?」

「そりゃシンジ君から聞いてるさ、護衛だからね」

 

 窓の外にはいつも通りの街並みが広がっており登校する学生やサラリーマンで賑わっている。

 俺達を取り巻く緊迫した状況を忘れそうになるくらいだ。

 カーステレオのラジオからは、何処かの誰かがリクエストした陽気な音楽が流れ出す。

 MVでカーチェイスしてたり、アニメ版GTOのオープニングテーマのアレだ。

 

「おっ、懐かしいな」

「加持さん、歌います?」

「いや、マイクがあれば歌えるんだけどなあ」

「加持さん、知ってるの?」

「セカンドインパクト前の曲だよ、俺よりシンジ君が詳しいぞ」

「シンジってば、歌番組好きよね」

「そりゃそうだよ、歌は時代を思い出させてくれるんだからな」

 

 この世界では綾波が実際にいるわけだけど、あの漫画は連載されてるんだろうか? 

 

 

 今日の体育は3クラスの男女混合で持続走だ。

 4時間目という事もあって、一番ポテンシャルを発揮できる昼食前の運動だ。

 適度な飢餓感があり、胃腸に消化する物が無いので運動能力に全振りできるらしい。

 

「イチ、ニ、サン、シー! ニー、ニー、サンッ、シー!」

 

 身体の可動域いっぱい()()()()()から()()()()()まで手足を動かし、前屈後屈する。

 ラジオ体操であろうが、自衛隊体操であろうが準備運動は念入りにやらないとケガのもとである。

 

「今日も碇、気合入ってるなぁ!」

「はい!」

 

 体育教師の“ゴリ”もとい郡山(こおりやま)先生にいつも通り、声を掛けられる。

 

 転入してすぐ、体育の授業を受けたときに暑い中でダレてる様子が目についた。

 声は小さい、体は伸ばし切らない、ダラダラと動きに節度をつけていない。

 男子中学生って、ダルそうにして力抜いてる感じがカッコいいと思っている節があるからなあ。

 人は易きに流れるというが、ここでやっていく以上みんなに合わせるべきか。

 その時、前で模範をやっていた先生が叫んだ。

 

「お前ら、声出せ! 怠そうにするな!」

 

 そんな先生の声は班長を思わせ、俺の心に火をつけた。

 

__中学生に合わせてやろうと考えてたけど、こうなったら本気でやってやろうじゃないか。

 

 腹の底から声を出して連続八呼称、生理的極限を極めて動作のキレをよくする。

 なよッとした雰囲気のシンジ君が、声を出し運動部に負けず力強く運動をしたもんだから、先生はいつも体操が終わると声を掛けてくるのだ。

 

 準備体操が終わり、女子の方をぼんやりと眺めているとトウジと小島君とケンスケが俺の後ろからにじり寄って来た。

 

「おお、みんなええ乳しとんなあ」

「いや、太ももだろ」

「俺は腰だね」

 

 エロ目線で盛り上がる三人に巻き込まれないように離脱しようとして捕まった。

 

「センセは誰見とんのや? 惣流か? 綾波か?」

「後、シンジが見るとしたら宮下か……霧島さんだろうね」

「霧島、結構スタイルいいよな」

「で、どうなんやセンセ」

 

 アスカや綾波がラジオ体操をしていて、当然だが霧島さんも体操をしている。

 こうしてみると後期教育以降のWAC感あるな。

 宮下さんはちょこんとワイヤレスアンプの傍で座っている。

 退院こそしたけれど持続走などの強い負荷を掛ける運動は出来ないのだ。

 あっ、こっちに気づいて手を振ってくれた。

 可愛いけど、アスカと霧島さんがジロリとこっち見たよ! 

 

「なんや宮下かいな」

「シンジは宮下のこと気にかけてるもんな」

「全く碇はモテてモテてたまりませんな」

 

 トウジとケンスケは俺が罪の意識から気にかけてるものだと思って追及をやめ、小島君はアスカの視線に気づいて撤退を決めたようだ。

 女子の準備体操が終わると、男女ともに校庭のトラックをランニングする。

 縦隊を組んでウォーミングアップがてら3周だ。

 

「なあ、シンジ」

「なんだよ」

「無言で走るのって退屈じゃないか」

「ケンスケ、えーっと?」

「『フルメタルジャケット』の軍曹ソングみたいなやつないのかよ?」

「ああ、連続歩調(れんぞくほちょう)のことか」

「そう、それだよ、ただ走るだけだと飽きてくるよな」

「ようは連続歩調掛けながら、ランニングしたいと」

「さっすがシンジ、わかってるねえ」

 

 ケンスケはこの縦列でのランニングに、新隊員教育の絵を見たらしい。

 教育隊に行けば、嫌でもできるぞと思いながらも付き合ってやる。

 

「それじゃ、左・右でいくから、途切れたところで『ソーレ』な」

「わかった」

 

 メガネを輝かせて言ったケンスケに、小声で歩調を掛けてやることにした。

 足を見て、左足が地面に着く瞬間を見てコールを始めた。

 

「ひだーり、ひだーり、左、右!」

「ソーレ!」

「左、右、左、右!」

 

 ここで連続歩調入れてやるか。

 

「連続歩調、ちょー、ちょー、ちょー、数えっ」

 

「イチ!」

「ソーレ」

 

「二ー!」

「ソーレ!」

 

「サン!」

「ソーレ!」

 

「シー!」

「イチ、ニー、サンシー、ニーニー、サンシー」

 

 ケンスケは“パリスアイランドの新兵訓練所”にトリップしているようだ。

 ここにいる男子十数名は同期であり、訓練を共にする仲間なのだ。

 

「ケンスケ、えらい楽しそうやな」

「なになに、碇が号令掛けてんの?」

「何か聞こえると思ったら軍隊でやってるアレかよ」

 

 列の前後にいたトウジやクラスメイトが俺とケンスケの様子を見て、「俺もやろうかな」なんて言ってくる。

 みんなでやるなら声出していかないとダメじゃねえか、そこまで身内ノリを広げる気はないぞ。

 

「ケンスケ、これで満足したか?」

「おう、じゃあ次は俺にやらせてよ?」

「マジか?」

 

 __俺たち無敵の、海兵隊

 __今日もライフル、光ってる

 __戦車もハリアーも持ってるぞ! 

 __ワン、ツースリーフォー、アイラブマリンコォ! 

 

 合衆国海兵隊(USMC)かよ! 日本語で歌うなら別の所なかったのかよ。

 

 なんかのゲームで曲しか聞いたことないんだけど、そういや『奇跡の戦士エヴァンゲリオン』とか作詞作曲してたよなコイツ。

 ケンスケ自作のミリタリーケイデンスを聞きながら、俺たちはグラウンドを3周した。

 ウォーミングアップが終わると、いよいよ持久走のコースを走ることになる。

 学校の校庭を出て、裏山に入って林道をぐるっと回って帰ってくるという片道2.6キロのコースを男子は2周、女子は1周するらしい。

 

 今まで訓練していただけあって、気づけば先頭集団の中を走っていた。

 学校の正門を抜けて外周をグルッと半周、舗装も無い山道に入って上り坂を駆け上がると森の中に不似合いなコンクリートの巨大な構造物が現れる。

 金網にはネルフのマークと立ち入り禁止の注意書きが張り付けられており、エヴァ支援関連の施設であるらしい。

 前を通る時によく見ると非常用の電源プラグであり、こう見るとめちゃくちゃデカいよなあ。

 学校のすぐ裏手にも発進口があるので、そこから発進した際に使えそうだ。

 

 電源プラグを抜けて、整地されて砂利が引かれた坂道を登りきると送電鉄塔の下をくぐって折り返し地点にくる。

 風が体に当たって気持ちいい、膝やアキレス腱を傷めないように歩幅を小さくして坂道を下る。

 下から駆け上がって来てくるクラスメイトとすれ違う。

 

「シンジ、もう下りなのかよ!」

「センセ、飛ばし過ぎちゃうか」

「ペース掴んでるからいけるいける!」

 

 トウジとケンスケには電源プラグ近くで出会った。

 そしてしばらく森の中を下っているとアスカが走って来た。

 女子は1周だから出発が男子よりも遅いのだ、アスカは先頭かな? 

 

「シンジ、もう下って来たの?」

「うん、そうだけど」

「あんた、なかなかやるじゃない」

「アスカも先頭なんだろ。頑張ってな!」

「アイム・ナンバーワン!」

 

 日頃、カヲル君と自主錬成しているせいか、前に比べてだいぶ体力がついているな。

 アスカと別れるとちらほらと女子が現れ、綾波、霧島さんが走って来る。

 

「あっ、シンジくーん!」

「ふっ、ふっ……碇君ッ!」

 

 よく似た声の二人が走ってくる。

 同じ林原さんボイスというメタなこと抜きにしても、息が荒い時の声はよく似ているように聞こえる。

 綾波の後ろから霧島さんがブンブンと手を振っている、元気だな。

 俺は綾波と霧島さんに手を上げると、勢いもそのままに登山道を出て舗装路に入る。

 学校の敷地に入り、トラックを半周したところで記録係の宮下さんが出迎えてくれて一周目のタイムを読み上げてくれる。

 1キロ6分ペースでこんなものか、運動部のやつはやっぱり速いなあ。

 上には上が居て、走って追いつこうと思うのなんて武装障害走競技会以来だな。

 目指せ、“武装走最優秀中隊”とひたすら走っていた課業外を思い出す。

 

 そして2周目に入って長い上り坂を駆け上がっていると、左の脇道の先から女の子の情けない声が聞こえてきた。

 

「ひーん、足くじいちゃった! 助けてぇ!」

 

 先生を呼びに行くなりなんなりすればよかったんだが、同級生の女の子を一人放っておくことなんて俺にはできなかったのだ。

 登山道より少し低いところにある獣道の脇の斜面でうずくまっていた女の子は、霧島マナだった。

 

「シンジ君、右足が痛いの……」

「どうしてこんなところに」

「道を間違えてこっちに落ちちゃったの、信じて!」

「わかったから、掴まれ」

 

 右手を伸ばして霧島さんの手を取ると引き上げてやる。

 そして、くじいた右足を動かさないように背中に負ぶって学校まで下る。

 ミント香料の混ざった汗の臭い、柔らかい感触と共に背中がジトッと熱い。

 お互い、つい今しがたまで走っていたんだからそりゃそうか。

 

「シンジ君って優しいんだね」

「そうか、ケガ人が出たら助けにいくだろ」

「ううん、助けに来てくれたのはシンジ君だけ、他の人には気づいても貰えなかった」

「確か綾波と一緒に走ってたはずじゃ」

「綾波さんとは折り返し地点で差がついちゃったから、まだ降りてきてないわ」

 

 俺の背中にしがみつき、首の脇から垂らした手で胸やらお腹やらをペタペタと触り始める彼女。

 

「シンジ君って意外と筋肉あるんだね」

「錬成してるからね……余裕出て来たなら降ろすぞ」

「もうちょっとだけ、だめ?」

 

 これは接触するための策だったか、やられたなあと思いつつも黙々と歩く。

 

「シンジ君はどうしてエヴァに乗るの?」

「またいきなりだな、……我が国の平和と安全を守るためかな」

「そっちじゃなくて、君の理由よ」

「最初はなりゆきだったけど、戦ってるうちに国民のため、仲間のためってなったんだよ」

「強いんだね」

「そうでもないさ。死ぬのは怖いし、助けられなかった人たちもいる」

 

 目の前で沈みゆく輸送船、山に墜ちてゆく戦闘機、追悼式典の隊員たち、エヴァでもどうしようもなかった。

 

「私は、なんにもできなかったから」

 

 それはトライデント操縦課程の事を言ってるのか、あるいは別の事なのか。

 

 黙って聞いてやると、話題を変えようと霧島さんはとりとめのない話をする。

 ()()()のように喋り、それから()()()()を起こしたかのように話題が途切れた。

 

「シンジ君、薄々気付いているんじゃないの?」

「まあね」

「だから、何処かよそよそしいんだ。任務、失敗かなあ」

「いや、君は任務を遂行すればいいよ。俺はそれどころじゃないから」

「それどころじゃないって?」

「いちパイロットにはどうしようもない、()()()()()()()()

 

 そこまで言った時、後ろから2人が走って来た。

 アスカと綾波だ。

 

「シンジ!」

「碇君!」

「遅かったじゃないか」

「はぐれたって聞いてたけど、こんなとこで何やってんのよ!」

「どうしてその人を背負っているの?」

「道間違えて()()だって」

「ホントかしらぁ、シンジを一人にして拉致する気だったんじゃないのぉ」

「違います! そんなことしません!」

「アスカ先頭走ってたはずだよな、どうして山側から?」

「アンタたちを探すためにレイと合流して、2周目したんだからね!」

「遭難時は稜線に出るって聞いたから」

 

 アスカは降りてきた綾波と共に捜索のために学校からわざわざ折り返し地点まで登ってくれたようだ。

 

「二人ともありがとう、要救助者も回収できたし先生には俺が説明しておくよ」

 

 4人で下山して、みんないる中に霧島さんをおぶって戻って来たのだ。

 そりゃあ大騒ぎにもなろうもので「碇軍曹、白昼の救出劇」なんてケンスケには言われ、トウジや他の男子生徒からは「なんでアイツばっかり女の子と触れ合えるんじゃ」という声が上がった。

 ゴリ先生と女子担当の体育教師に霧島さんを引き渡すともう昼休みだ。

 

 朝起きて作った弁当を机の上に広げる。

 甘辛いタレを絡めた焼肉、レタスにトマトの付け合わせ、茶碗1.5杯相当のご飯。

 焼肉弁当なんて男の昼飯感があるが、手軽に作れてボリュームも出せる、肉の味付けを変えればバリエーションも増やせることから俺もアスカも焼肉弁当が好きだ。

 綾波は肉が苦手なので、自炊にあたって魚と卵料理のバリエーションを増やしたらしい。

 トウジは洞木さんの作ったお弁当を食べているわけだが、きんぴらごぼうとか里芋の煮っころがしとか煮物系も入ってて和風だなあ。

 ケンスケはコンビニで買ったおにぎり二個と、鶏のから揚げを食べている。

 

「トウジは今日も手作り弁当、シンジは焼肉弁当か」

「本部からの帰りに割引のこま切れ肉買っておけば、焼いてタレ絡めるだけだからな」

「惣流は怒らないのか?」

「いいや、アスカもよくやるからな、バーベキューソース風味の日はアスカ担当だぞ」

「綾波のは手作りか?」

「いいえ、最近の真空保存技術の賜物よ」

「サバ味噌煮が好きだから、いつもレトルト買ってんのよ」

 

 トウジの質問に答える綾波、アスカは「飽きないのかしら」なんて言っている。

 サバ味噌煮レンジ爆発事件以降リツコさん立会いの下、温め方の練習をしたらしくパック食品の調理は上手くなったとか。

 

 この件に関する赤木博士のコメント。

 「ミサトみたいにレトルトすらマトモに作れない子にはならないでね」

 

 アスカ、綾波、俺、宮下さんのチルドレン四人組と、トウジと洞木さん、ケンスケは教室の後ろのほうで食べてるわけだけど、7人って大所帯だよなあ。

 そこに、保健室から戻って来た霧島さんがやって来た。

 

「シンジ君、お昼、一緒にどうかな」

「別にいいけど、あの辺の空いてるところ座ってよ」

「ありがとう、じゃあここにするね」

 

 空いている席から椅子を持ってきて、俺の横に着ける。

 いや、向こうの空いてるところ指したよね俺、ここ明らかに密だよな。

 そこに座られると隣のアスカが怖いんだけど。

 

「ちょっとアンタ、空いてるところなら、向こうにあるでしょうが!」

「私はシンジ君に言ったんですぅ、アスカさんはお昼そこで食べてるじゃないですか」

「アンタが来ると、ここ狭いのよ!」

「ちょっとアスカ、霧島さん仲間外れはかわいそうよ」

「ヒカリ! あーもうッ!」

 

 洞木さんにネルフとチルドレンを取り巻く状況について、説明できなかったのでアスカは渋々折れる。

 

「あーあ、モテるやつはいいよな。せっかくイメチェンしたってのにさ」

「ちょ、ちょっと相田? 隣のクラスの子で気になってるって子がいるから諦めないで」

「宮下、それホント? シンジへの橋渡し役だったりしない?」

「多分違うと思う」

「よっしゃあ、俺、がんばるよ、相田少尉、吶喊します!」

「ケンスケ、落ち着けや、そんなんやったらアカンのちゃうか?」

「そうね、鼻息荒くして迫って来たらドン引きよ、アタシなら蹴り入れてるわ」

「いや、ワシら迫ってなくても船の上でどつかれたんやけど」

「何か言った?」

「シンジ、鬼嫁なんとかせえ、霧島といちゃついとる場合ちゃうやろ」

「誰が鬼嫁よ」

「おまえじゃい!」

「シンジ君、お肉ひとつちょうだい!」

「いいよ」

「あーん」

 

 俺の箸の先の肉に喰らい付く霧島さん。

 

「ちょっとシンジ、餌付けしてんじゃない!」

「あーっ、間接キスだ!」

「おいしい!」

「信じらんない、弁当箱に置かれるまで待つのが当たり前じゃないの?」

「こういうのは、直接貰うから良いの」

 

 宮下さんの指摘に、アスカは指を突き付け、霧島さんは笑顔だ。

 こうしてワイワイと霧島さんを入れて8人で昼ご飯を食べたわけだがアスカと霧島さん、ケンスケが気になって飯の味どころじゃなかった。

 

 そして昼を過ぎ、胃腸が消化しようと動いて眠くなってきたころ、突然、非常呼集がかかった。

 久方ぶりの非常呼集に、折り返し電話をしようとしたところ突然ブツッと切れてしまう。

 何が起こってるんだ?




用語解説

1TKBn1Co:第1戦車大隊第1中隊を示すアルファベット表記。TKが戦車、Bnが大隊で、Coは中隊を表す。

GTO:学園ものギャグ。藤沢とおる『GTO』。元暴走族のいち教師22歳が主人公。エヴァもネタになっており、いじめられっ子の少年のキャラデザがシンジ君っぽかったり、ある女子生徒が髪色を青く染めた際に、「もみあげを内側にカールさせると綾波にクリソツ」というネタがあった。教頭のクレスタは毎回全損になる。

声が小さい:新隊員教育隊や部隊でよく聞くワード。陸士だとこの言葉に反応して声が枯れるまで声を出すようになる。これは無駄に気合を入れるためだけにやっているわけではなく、戦車のエンジン音や砲爆撃、その他戦闘騒音下で意志の伝達や命令の復唱などにおいて声が小さいと聞き取れないためである。
また「大砲耳」といって砲撃音などで聴力が低下し、小さな音が聞き取れなくなってる者もいるためだ。戦闘職種の職業病である。


自衛隊体操:陸上自衛隊で行われる体操。体力の増進を図るのが狙いで、新隊員教育で習い部隊に行っても続く体力増進運動。陸曹は陸士の指導にあたるため、陸曹教育隊などで鏡動作を練習させられる。軽やかな音楽が流れるのだが、部隊によっては毎朝行われるため、曲だけで憂鬱になるものもいる。

WAC:女性陸上自衛官のこと。空自はWAF、海自はWAVEという呼び名である。戦略自衛隊ではどのような呼ばれ方をするのであろうか……。

パリスアイランド:合衆国海兵隊のブートキャンプが所在する地名。フルメタルジャケットで登場することで有名。

ミリタリーケイデンス:日本語では連続歩調。ランニング時に選ばれた者や教官助教がコールし列中の他の者が答える。有名なものが前述した『FMJ』のもので、ファミコンウォーズのCMにも用いられた。

武装障害走:鉄帽、戦闘装備、小銃を付けた状態で様々な障害物を突破する障害物競走。中隊対抗などで行われ、団結の強化という効果を得られるのだ。タイムがよい者が多く総合点が高い中隊に、「武装走最優秀中隊」という木の看板が授与され、中隊事務所前に飾ることができる。


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錯綜する状況の中で

 着信音からして緊急回線、第一種警戒態勢以上なので戦闘要員であるチルドレンは本部待機だ。

 なお、宮下さんは監視の都合上のチルドレンであって“非戦闘員”なので召集対象ではない。

 

「先生、碇、ほか二名、早退します!」

「わかった、気をつけてな」

 

 クラスメイトの前で英語教師に早退を告げると、学校の来客駐車場に向かって走る。

 

「加持さん!」

「シンジ君か、さっき本部と連絡が取れなくなった!」

「どういうことよ! 使徒は渚だけなんじゃ」

「使徒じゃない、おそらく対人戦闘になる」

「碇くん、彼らが動いたの?」

「わからないけど、でもその可能性は高いな」

 

 ネルフ本部に駆け付けると、ゲート前には国連軍、戦略自衛隊の部隊が集結していた。

 

 OD作業服あるいは旧迷彩服に身を包んで、89式小銃を装備しているのが国連軍自衛隊である。

 俺が普段よく見てる“戦自さん”はOD単色か新迷彩の“緑っぽい服装”の人たちだ。

 いま此処にいる戦自隊員は黒い市街地戦用“暗色迷彩”を着ているところから、対使徒戦には参加していない。

 

 おそらく戦略自衛隊の特殊部隊である“中央即応師団”の隊員だろうか。

 ミリタリー誌によると彼らは機動力に優れ、対テロ作戦、低強度紛争、国内の緊急事態に投入されているとか。

 

 それはさておき、どちらの所属車両かパッと見では区別がつかないが自衛隊車両がネルフの出入り口を抑えている。

 高機動車、3トン半、装輪装甲車、パジェロ……どちらも同じ車種を使っているのだ。

 黄色い移動式車止めが置かれて検問が張られている。その向こうは戦自所属の車両で塞がれている。

 当然業務車のウィッシュも止められ、車の周りにOD作業服の隊員が集まって来る。

 こうなれば強行突破も出来ない、車を降りて顔見知りの隊員の一人に尋ねる。

 

「これはどういうことですか?」

「碇くんか、34連隊は3号施設……ネルフ施設の警護出動を命じられて展開中だ」

 

 警護出動とは自衛隊施設や在日米軍施設がテロ等の攻撃にさらされるであろうと予期されるときに、内閣総理大臣より命ぜられるものである。

 つまり、日本政府を巻き込むような何かが起こっているのだ。

 

「えらく物々しいじゃないか」

「情報の出どころはわからんが、なんでも大量破壊兵器を積載している疑いが強い船団が領海内で発見されたらしい」

「それでどうして?」

「これ秘密だけど、瀬取り監視の哨戒機がヒト形っぽいシートの膨らみを見たんだってさ」

 

 普通科連隊の隊員曰く「ネルフ施設に向かっていると思わしき複数の()()()が発見された」という情報を受け、内閣総理大臣より国連軍を通じて()()()()()()が下達されたそうだ。

 だが不審なことに独自戦力である戦略自衛隊の一部の部隊には、ネルフ本部に「立ち入り検査を実施せよ」という行動命令が届いていたという。

 さらに、「エヴァンゲリオンを使っての大規模テロ(サードインパクト)を画策しているため、これを破砕せよ」という部隊行動の承認つきだ。

 

 押っ取り刀で到着した二つの自衛隊はお互いを抵抗勢力もしくは武装ゲリラと思い、あわや武力衝突という事態になった。

 真っ向から食い違う命令に戦自、陸自とも上級部隊に確認を取っているものの、ある一定のところでどうも止まっているらしい。

 次の命令が来るまでネルフ本部の警備を陸上自衛隊が行い、ネルフ本部前に集結しつつある戦略自衛隊の部隊とにらみ合っている状況だ。

 

「本部の中には入れないんですか?」

「戦自が誰も入れるなって言ってきてる、すっかりネルフを“カルト集団”と見てるよ」

「向こうさんは行治命、ええっと……ネルフに対する“治安出動”命令で来てるからな」

 

 ある小隊長が耳打ちしてくれたので戦自の方を見ると、雷光のマークの機動戦闘車が車両進入口に105㎜砲を向けている。

 小銃を持った隊員、無反動砲やら機関拳銃を装備した戦自隊員が近寄る車両を停めに掛かっている。

 

「ゼーレが動いたか」

「どうするんですか、エヴァに乗れなきゃ白兵戦だ」

「私に考えがあります」

 

 俺と加持さんの会話を聞いていた彼が機転を利かして入り口を固めている車両を動かすように命じた。

 

「碇さん、私が3トン半を動かしたら、その陰に隠れて突破してください」

「わかりました、恩に着ます……加持さん、お願いします」

「わかった」

「あなたは、身を挺して国民を守ってくれたんだ、……日本をよろしく頼みます」

 

 そう言うと幹部自衛官は警備部隊に車両移動をするように命じる。

 ドライバーの陸曹や、武器を持って立っていた陸士たちは「なんだなんだ」といきなりの車両移動に戸惑っていたようだが、俺と加持さんがアスカと綾波の待つ車に戻るのを見て察したようだ。

 

「加持さん、シンジ! 何なのコレっ!」

「ゼーレが補完計画を始めたのさ、飛ばすぞっ」

 

 加持さんは一気にバックして車止めが動かされるや否や、戦自車両の隙間を通って車両搬入口に向かって突進する。

 この異変に気付いた戦自隊員が拡声器で叫ぶ。

 

「そこの車両停まれ! さもないと発砲する!」

 

 銃を構えた一団とウィッシュの間に陸自の軽装甲機動車が飛び込んできた。

 MCVの砲身がこっちを向く。

 撃ってくるとしたら105㎜戦車砲か、それとも同軸の連装銃か。

 

「こっち見てる!」

 

 アスカが叫んだ。

 だが、すぐさま3トン半トラックが目隠しに入った、防弾性のないソフトスキン車両なので撃たれたらおしまいだ。

 彼らが射殺してでも阻止しようとしていたら、あるいはヒューマンエラーなどで暴発したなら俺らはもちろん、乗っている操縦手の命はない。

 G11小銃と無反動砲を持った戦自の小銃班が車の前に立ちはだかった。

 

 その時、エンジン音を響かせながら96式装輪装甲車が横から突っ込んできた。

 車長用キューポラにはさっきの幹部自衛官の姿があった。

 行け、というようにサッと手を振り下ろし、挙手の敬礼をした。

 

 轢かれてはたまらんと慌てて左右に飛びのいた戦自隊員が怒鳴る脇をウイッシュは駆け抜ける。

 ウイッシュで遮断機をぶち破りカートレインの手前までたどり着いたのだが、シャッターは固く閉ざされて行き止まりだ。

 

「ここからは歩いていくしかないな、シンジ君、銃を頼む」

「了解、下車戦闘用意」

「ちょっと、真っ暗じゃない!」

「搬入路は電気が落ちてるな、どうするんですか加持さん」

「迎えが来るはずなんだが、葛城もそれどころじゃないのか」

「抜け道ならあるわ」

 

 車に備え付けてあった懐中電灯と車載工具、拳銃をもって通路を進む。

 綾波が天井の一角、少し色の違うパネルを指さした。

 

「レイ、ダクトの中を進むっての?」

「電源が落ちているなら、それしかないわ」

「じゃあ俺が踏み台になるから、シンジ君、行ってくれ」

 

 加持さんが腰を曲げて馬跳びの馬を作ると、その上に綾波が乗って天井パネルの留めネジ4ヶ所を外した。

 綾波を先頭に、アスカ、俺とダクトに上る。

 電源コードや通信線がまとめられているパイプが通っており、少し窮屈だ。

 アスカと綾波に先行してもらい、最後に加持さんがダクトに入る。

 俺が投げ渡された銃を受け取ると、助走をつけてダクト開口部に飛びつき、腕力で登って来た。

 こういう時身長のある大人ボディが役に立つんだな。

 

 原作のネルフ停電回を思い出すような四つん這いでジオフロント直通リニアレールに出た。

 長いキャットウォークを歩いて降りる。

 電気が通っていないようで、内線電話もダメだ。

 

「加持さん、中も電源落ちてるところ見ると……居るんですかね」

「ああ、いるだろうな。破壊工作をするとしたら心当たりがある……」

 

 前回のネルフ停電の実行犯の疑いがある加持さん曰く、複数の破壊工作員が関与していたのではないかという。

 本部施設内で鉢合わせて銃撃戦なんて冗談じゃないぞ。

 

 本部施設の廊下を歩いて発令所に向かっている最中に、5人組の保安諜報部員が現れた。

 黒いスーツの上にフリッツ型の鉄帽、防弾ベストを付けて、拳銃を携行している戦闘服装だ。

 一番ガタイの良い、身長185センチはあるだろう大男がこちらに歩み寄って来た。

 

「緊急事態ですので、我々とともに来ていただきたい」

「迎えが来たわ!」

「急ぎましょう」

「ちょっと待ってくれ、作戦部の葛城は何処にいる?」

「……第一発令所でお待ちです」

「シンジ君っ!」

「アスカ、綾波っ! 走れッ!」

 

 俺と綾波、アスカは通路の曲がり角を駆け抜け、加持さんはすぐさま拳銃を向けて走り出す。

 

「ファースト、サードを確保しろっ」

「セカンドと加持は多少痛めつけてもいいっ」

 

 無条件射殺をするほど頭が沸いてるわけでも無いようで、闇の中を追って来るのがわかる。

 普通に鬼ごっこをしたんじゃ負ける。

 嫌がらせ程度でいいので時間を稼がないと……。

 休憩コーナーの空き缶をぶちまけて暗闇で走りづらくしたり、ABC小型消火器を天井に噴射してリン酸塩の煙幕を作ったりしながら逃げる。

 

「加持さん、アイツら何なのよ!」

「あれは、碇司令の子飼いの勢力だ、合言葉を知らないからな」

 

 合言葉は、『第七ケイジ』だ。

 

「レイちゃんを使ってサードインパクトを起こそうとしている」

「捕まったら、ドグマで儀式かなっ」

「それは、嫌」

 

 止まっているエスカレーターを駆け下りながら言う、メインシャフトの壁に反響して足音が幾重にも聞こえてくる。

 

「じゃあアタシと加持さんはっ」

「依り代の初号機()()はどうなってもいいんじゃないかっ? 綾波ッ次どこへ行けばいい」

「緊急エレベーターは独立してるから、まだ動いてるはずっ」

 

 綾波の話にケイジ直通エレベーターに向かう。

 もし全館系、中央縦穴(シャフト)系が破壊工作などで停電していたとしてもエヴァ周りは予備電源装置、ジーゼル発電機でバックアップが行われているからだ。

 直通エレベーターに駆け込むと、俺と加持さんが出口を警戒する。

 目的のアンビリカルブリッジのある階までとても短く感じた。

 

 ドアが開くとそこには、武装した9人の保安諜報部員とゲンドウが立っていた。

 こっちは拳銃2丁、向こうは拳銃1の短機関銃9丁、一発撃てば十発のお返しってか。

 

「碇、司令」

「レイ、約束の時だ。共に来い」

「嫌、私はまだやることがあるもの」

「司令、外じゃ戦自が動いてる。緊急事態なんだよ」

「分かっている、シンジ、お前が時間を稼げ」

「司令、葛城や発令所の皆はどうなったんです?」

 

 加持さんが尋ねると、ゲンドウはメガネを輝かせて言った。

 

「殺してはいない、彼らにはまだやってもらう事がある」

 

 そこに電話がかかって来た。

 

『碇、ゼーレが量産機をこちらに向かわせたそうだ、急がないと間に合わんぞ』

『あんた達、こんな事してる場合じゃないのよ、状況分かってるわけ!』

 

 電話の相手は冬月副司令だ、後ろで喚く葛城三佐の声が聞こえる。

 

「時間が無い、奴らを拘束しろ」

「抵抗するなよ、痛い思いをするだけだ」

「くそっ」

 

 保安諜報部の部員に取り囲まれ、俺と綾波、そして加持さんとアスカは拘束されてしまった。

 

 万事休す。

 

 俺と綾波は銃を突き付けられながら、第7ケイジに向かう。

 

「シンジ、エヴァに乗れ」

「その前に一つ聞いていいか」

「なんだ」

「アンタにとって、碇ユイはどんな存在なんだ」

「私にとってユイは全てだった、ようやく再会の時だ」

 

 ゲンドウがそう言って綾波の下へと近づいていく。

 その時、ケイジを激しい横揺れの振動が襲った。

 保安諜報部員とゲンドウ、俺も揃って転ぶ。

 

「うおっ!」

 

 尻もちをついた状態から立ち上がると、今まで立っていたアンビリカルブリッジが動いているではないか。

 ロックボルト解除シークエンスの放送も無いし退去指示ブザーも鳴ってない。

 

「いったいなにが……うわぁぁ!」

 

 保安諜報部員の一人が、アンビリカルブリッジの脇を指さし、銃を構える。

 そこには赤い巨人が両手で力任せにメキメキとアンビリカルブリッジをこじ開けているではないか

 

「エヴァ弐号機だと? セカンドチルドレンが乗っているのか?」

 

 ゲンドウの疑問に答えるように一人の少年が宙に浮いてやって来た。

 ひとりの保安諜報部員が恐怖にかられて、カヲル君に向かって短機関銃を乱射した。

 しかし、9mmの弾はA.Tフィールドによって阻まれ、傷1つ付けられない。

 ゲンドウは黄色く輝いて見える強固なA.Tフィールドに対し、拳銃を仕舞った。

 

「シンジ君、助けに来たよ」

「カヲル君、アスカと加持さんは?」

「無事だよ、僕が弐号機でロックを外している間にプラグスーツに着替えてもらっている」

「でかしたっ、どうやら量産機がこっちに向かってるらしいな」

「そうみたいだね、アレは僕のデータで作った()()()()さ。ダミープラグと呼んでいたね」

「ダミープラグ、私のものもある」

「量産機は全部カヲルタイプなのか?」

「そうだよ、レイ……綾波さんは情報の無いファーストチルドレンだったからね」

 

 下の名前を呼んだ瞬間、「馴れ馴れしく呼ばないで」とジロッと睨む綾波。

 カヲル君は訂正すると、何事も無かったかのように続ける。

 俺が綾波に同じことされたらしばらくへこむぞ。

 

「ダミープラグ突っ込んだらどうなるんだ」

「ある一定の段階までは制御できるけど、戦闘モードに移行したらエヴァの闘争本能任せさ」

「つまりは、暴走みたいな動きになるわけだ」

 

 カヲル君の一言で、俺は覚悟を決めた。

 ダミープラグはおそらく、ヒトという“理性を司る部分”がないため辺りに被害を出すだろう。

 原作で参号機を潰したダミーシステムのように、劇場版の量産機が弐号機を喰い散らかしたように。

 親父の補完計画についてどうこうするのはその後だ。

 

 カヲル君がゲンドウの前に降り立った。周囲を保安諜報部の奴らが取り囲み銃を構える。

 一瞥こそするものの涼しい表情で白手袋の下のモノを見る、三島沖で加持さんが持って逃げたアダムの胎児だ。

 

「僕の分け身を使ってリリスと融合をしようとしたのか、でも彼女には()()()()が芽生えている」

「フィフス、どういうことだ」

「シンジ君風に言うと、『詰み』って事さ」

「そういう事らしい。発令所でここの会話を聞いてる冬月先生も残念だったな」

「シンジ……」

「碇司令、もっと言いたいこともあるんだけどそれは後だ、出撃命令出してくれ!」

「……ああ。発進」

「碇シンジほか二名の者は、量産機迎撃任務にあたります!」

 

 ゲンドウに正対して姿勢を正す敬礼をすると、左向け左でエントリープラグに乗りこんでエントリーを開始する。

 整備班が銃を突き付けられながらも、プラグを半挿入の状態にしていたらしい。

 国連軍や戦略自衛隊との戦術データリンク回線はまだ途絶していない

 ゼーレとしてもそこまで手を加えてしまうと直接占拠に支障が出ると考えたんだな。

 MAGI経由のリアルタイム音声画像中継システムは死んでるけど、エヴァ単体の機能はまだ生きている。

 広域戦術画面にし部隊の状況を確認するとともに、プリセットされている国連軍系の音声回線を繫げる。

 発令所との間の直通回線は映像伝送も生きているようで、ウィンドウが開いた。

 

「シンジ君! そこにいるの?」

「はい、カヲル君に助けてもらいました」

「赤木博士、データリンクの一部機能がシステム障害起こしてるんですけど」

「シンジ君、MAGIタイプを含む数百か所から攻撃を受けて防壁を張っています。MAGIの支援はないものだと思って」

 

 映像回線の向こうではオペレーターや葛城三佐が出撃準備をしていた。

 赤木博士もマヤちゃんの後ろについて、キーボードを叩いていろいろ作業しているようだ。

 先ほどまで銃を構えていたであろう保安諜報部員がポケーっと壁際で立っている。

 

「葛城三佐、今、エヴァ量産機が接近中だそうですけど状況は?」

「国連海軍が三宅島沖の不審船団を臨検中に突如起動、羽のようなもので飛行中よ」

「エヴァ零号機、起動しました!」

「綾波っ!」

「本部施設内のパターン青消失、弐号機起動!」

「渚のやつ、アタシの弐号機で好き勝手やっちゃって……」

「アスカっ!」

「碇が戻るまで私が指揮を執る。……シンジ君、発進したまえ」

「それじゃ、行こうか!」

 

 冬月副司令の指示に従い、整備班によって発進シークエンスは進んでいく。

 射出用リニアレールに乗ると、地表まで4分半で到達する。

 

「エヴァ全機、リフト・オフ」

 

 発進口前に戦略自衛隊のMCVが数台止まっており、上空には戦自の重戦闘機が複数機居る。

 ネルフ本部立ち入り検査における、近接航空支援にやって来ていたようだ。

 俺は外部スピーカーを作動させる。

 

「所属不明の人型兵器が複数こちらに向かって飛行中、住民の皆さん、シェルターに避難してください」

 

 思ったよりデカい音量だったせいか、窓ガラスが数枚割れたようだ。

 弐号機、零号機が続いて上がって来ると、避難を呼びかけ、足元の車両に気を付けながら街の外れまで行進する。

 エヴァが引きずっているアンビリカルケーブルに巻き込まれたら死ぬので自衛官らには離れるよう呼び掛ける

 

「所属不明機接近中、危険ですから足元の部隊は離れて!」

 

 旧来の音声デジタル無線機で国連軍の師団司令部を呼び出す。

 合同演習以降にこうした有事の際のホットライン作っておいて正解だったな。

 

「我、エヴァ初号機、派遣中の部隊に住民の避難をさせてください。送れ」

「ネルフからの要請という事ですか?送れ」

「はい、現在、本部コンピューターがクラッキングを受けているので師団系加入で交信します、送れ」

「了解、終わり」

 

 通常であれば視界内にMAGIで処理された戦術情報などが表示されるのだが、かろうじて使えるLINK16ネットワークの情報だけが頼りだ。

 国連軍や戦自の関わらないような状況に対しては、C4I導入前の昔ながらの戦車や普通科隊員みたいに音声通話のみですべてを判断しないといけない。

 

「空自より、9機の正体不明機に対し問い合わせがあります」

「目標はエヴァのような形状でIFF応答なし、警告射撃に応じないとのことです」

「そりゃカヲル君のダミープラグだからな、無人機だよ」

「シンジ君、何か知ってるの」

「さっき5号機について聞いた、無人で()()()()()()()から飛び道具はなし」

「じゃあアタシ達が射撃してやったら手も足も出ないってわけね」

「油断は禁物、もうすぐ来るわ」

 

 戦域マップに赤い脅威マークが表示された、空自の要撃機(FI)を伴って小田原方面より飛来してくるようだ。

 武装ビルから剣付きパレットライフル改Ⅱ型を取り出し、装備する。

 弐号機はポジトロンライフル20番、零号機はスナイパーライフルを装備して接近を待つ。

 

「強羅防衛線より連絡、東よりエヴァシリーズの接近を確認」

「戦自の技術実験団から通報、実験機2機が()()してそちらに向かったとのこと」

 

 こんな時に暴走事故かよ……HOSでも積んでたのか? 

 いや有人機だし、タイミング的にゼーレの仕組んだことかな。

 

「おそらく、意図的なものでしょうね、実験機って何なの」

「2足歩行の陸上巡洋艦だそうです」

「シンジ、陸上巡洋艦ってなんなの?」

「字面で見たら馬鹿デカい戦車ってところだけど、足つきっていうのが曲者だな」

「どうして?」

「こっちに向かって突っ込んでくる以上、ノロくて重い飾りじゃなくて走破性がある。使えるってことだよ」

 

 ゲーム版通りのトライデントなら恐竜のようなデザインで、限定的に飛行能力もあるらしい。

 あれもこれも詰め込んだハイコスト装備よく予算通ったな。

 

「人は乗っているの?」

「わからないわ、でも、無人機とは言ってなかったような」

 

 綾波の疑問にネルフのオペレーターも困る。

 なにせ、防衛秘密の厚いヴェールに包まれた実験機が暴走したわけだ。

 戦自技実団は出来る限り開示情報を絞ろうとする、そのため制御周りは何も教えてくれない。

 

 前門の量産機、後門のトライデントっていうわけか。

 

 

 




今作の国連軍自衛隊はOD装備と熊笹迷彩の混用された90年代のような装備です。

情報源に関しては陸幕2部やら調査部別室などの情報機関であり、電波の傍受や様々な手段で収集した情報を防衛庁長官や総理大臣にあげていました。

偽の命令はコンピューターのファイル改ざんやら複数の決裁印の偽造など複数の人間(ゼーレのシンパ)が関わり作成され、さも正規の手段で降りてきた命令のように下級部隊へと届けられました。


用語解説

迷彩作業服1型:熊笹迷彩・旧迷彩という通称があり、北海道の植生に合わせたという大柄な迷彩。地下鉄サリン事件で着用されていた化学防護衣が迷彩1型である。

新迷彩(迷彩2型):コンピューターで合成したという現行の陸自迷彩。シト新生のビデオのパッケージのイラストにそれらしい迷彩帽を被っていた戦自隊員が居たため、今作では戦自の野戦迷彩という位置づけに。後に陸自・海自の陸警隊にも採用され、合衆国軍のマルチカム迷彩みたいな存在となる。

中央即応師団(CRD):有事における即応対処、機動運用部隊および特殊部隊等の専門性の高い部隊の一元管理のために作られた。
旧劇場版のネルフ施設占拠の際には隷下の特殊部隊や重戦闘機隊などを運用していたようだ。
元ネタは陸自の中央即応集団(CRF)

警護出動:日本国内におけるテロ攻撃、武力攻撃事態において攻撃が予想される場合に自衛隊が施設等の防護に回るための法律。
内閣総理大臣が命令を下し対象となる施設は1号(自衛隊施設)、2号(在日米軍施設)とある。
今作の設定においてネルフ施設は架空の3号(国際連合機関等の施設)に該当する。
こちらは国会の承認を必要とせず、事態がまだ起こっていないときに発令されるもの

治安出動:通称行治命、警察力で対処できない暴動、過激派団体による攻撃など治安が維持できないときに発令される最後の切り札。こちらは“すでに事態が起こり”国会の承認を経てから総理大臣命令で下達される。要請まではあったが出動した試しはなく、こんなややこしい命令をサラリと捏造して発令してしまったゼーレ構成員がいるとか。

C4I:指揮・統制・通信・コンピューター、そして情報の頭文字を組み合わせた現代の軍事情報概念。戦闘団と情報を共有し効率よく指揮統制するシステムの事を指す。なお、10式戦車からC4Iシステム対応機器が搭載され上級部隊や中隊の僚車と敵の位置や画像などを共有できるようになった。

IFF:敵味方識別装置、受信電波に対して特定の信号を発信するトランスポンダによって敵味方を識別している。

HOS:篠原重工が世に送り出した人型産業機械用OS、開発者は帆場暎一。画期的なOSであったものの特定の条件によって暴走して操作を受け付けなくなるほか、たとえ電源を落としていようが勝手に起動して機械が無人で暴れ出すといったとんでもない罠が仕掛けられていたのだった。元ネタは『機動警察パトレイバー』

陸上巡洋艦:巨大な砲を持った超重戦車、構想としてドイツの『ラーテ』などがあったが大きすぎて実現には至らなかった。重すぎて動けない、橋が渡れないなどの欠点をエンジン出力で克服し、飛行能力、潜水能力を身に付けたのが研究中のトライデント級である。


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最終決戦

 隊伍を組んで空を羽ばたく純白のエヴァ、その中にグレー濃淡の迷彩塗装が施されている量産機が一機混ざっている。

 のっぺりとした頭部の形状も相まって、まるで無人偵察機か鳩みたいに見える。

 アレがおそらくカヲル君の機体だろうなあ、エヴァ5号機。

 6号機以降は迷彩塗装するヒマが無かったのか……いや、不要と判断されたんだな。

 

「アレが量産機? 唇しかないじゃない。カッコ悪い」

「そう? 魚みたいでユニーク」

「魚、ウナギとかナマズかな」

 

 量産機は巨大で、墜落した所の被害が大きいので葛城三佐の射撃命令を待つ。

 

「下に何もないわ、撃てっ」

 

 エヴァ3機の一斉射撃に羽を焼かれ落ちていく2機、弾の雨に曝されてバランスを崩して落ちていくのが1機。

 轟音と共に頭から大地に叩きつけられ、再生するまで動きが止まった。

 撃墜を免れた6機の量産型は小塚山の麓に降り立つと、翼を折りたたんで首を震わせる。

 いずれの機体も、両刃の大剣を持っていて第16使徒を思わせる連中だ。

 そして唸り声を上げて駆け寄って来る量産機。

 発令所にゲンドウと共にカヲル君が到着したらしく、発令所からの通信画面に現れた。

 

「カヲル君、5号機ってグレーの迷彩のヤツ?」

「そうだよ、ダミープラグも本国仕様で一番僕に近いものが入ってるんだ」

「他の支部のダミープラグは劣化コピー……モンキーモデルか」

「あと、5号機にはS2機関が積んであるからコアを潰さない限り、再生するよ」

「ちょっと、そういうのはもっと早く言いなさいよアンタ」

「情報を隠していたのね、やっぱり」

 

 アスカと綾波がカヲル君を非難するわけだが、俺も原作知識で知ってたんだよな。

 伏せててすまんな。

 

 突っ込んできた量産機の頭が陽電子の光で焼けて、そのまま倒れ伏す。

 持っていた大剣が手からすっぽ抜けてビルに命中、三棟を粉砕したあと瓦礫に埋もれた。

 ライフルが火を噴き、量産機の一体は首周りの生体部を吹き飛ばされて地面に脳漿のようなものをぶちまけた。

 綾波とアスカの射撃でどんどん量産機が減っていくわけだが、S2機関搭載エヴァのしつこさは尋常なものではなく()()()()()()()()では止まらない。

 

 大剣変形のロンギヌスの槍コピーを投げられると非常にマズイ。

 

 俺はパレットライフルで胸より上を撃って感覚器を一瞬潰すと、勢いのまま飛び膝蹴りを浴びせる。

 斜面に吹き飛ばされた量産機の胸に銃剣を突き立てる。

 1万2千枚の特殊装甲が硬い、火花に対してなかなか刃が通らない。

 胴をへし折っても()()するのだ、何としてでもコアをぶち抜いて止めなければならない。

 

「シンジ君!」

 

 葛城三佐の叫び声に、胴をひねって飛びのく。

 真後ろにいた量産機が大剣を振りかぶっていたのだ。

 振り下ろされた大剣で剣付きパレットライフルが砕け、転がってた奴の胸の特殊装甲がカチ割れてコアが露出する。

 動きは大味だけど、質量的に当たればただじゃすまないって事か。

 

「くそっ、さっきから数減らないじゃない! 弾切れ!」

「援護に入ります!」

 

 アスカはライフルが弾切れになり、兵装ビルに向かう。

 その援護に綾波がポジトロンライフルで射撃を行っているわけだが、ヘッドショットされた奴が()()()()で立ち上がってゾンビ映画さながらの様相を呈している。

 

 2機がかりで飛び込んできた量産機の脇をすり抜けて、正面衝突を起こしているところにグーパンチをかまして()()()()

 「これでラストォ!」の旧劇アスカのように腰椎を砕き、内臓を引き出してやる。

 あまり長く突き込んでると、何処からか“ロンギヌスのコピー”が飛んでくるので素早く引き抜き、山を踏み崩しながらジャンプして距離を開ける。

 

__やっててよかった徒手格闘、そして持っててよかった原作知識っ! 

 

「ちょこまかと動きやがってウナゲリオンがぁ!」

 

 飛び蹴りを掛け、治りかけた傷口を腕ごとプログナイフでバッサリ切除してやり、投擲モーションに入るスキを与えない。

 綾波の援護射撃が途絶えると、今度はアスカがスマッシュホークで参戦し取り回しの良さを武器に戦っている。

 さっきから、量産機の攻撃は“大剣振り下ろし”と“噛みつき”と“投擲モーション”の3パターンくらいしかない。

 人間だったら()()()やら、()()()()()を使った攻撃やら、()()を取ったり()()()()させたりともう少し悪辣なやり方を考えるはずだ。

 

「アスカ、綾波、アイツらに()を投げさせるな、何かあるぞ!」

「何があるって?」

「投擲はヒトの技だから」

 

 援護射撃が欲しいところだが、こんなエヴァ大乱闘に近づいたら間違いなく死ぬ。

 大剣を避けた瞬間、内蔵電源に切り替わる。

 

「初号機アンビリカルケーブル断線!」

 

 乱戦でついにアンビリカルケーブルがぶった切られたのだ。

 減秒が始まり、残り4分40秒。

 

「こなくそぉ!」

 

 千切れたケーブルで量産機の足を引っかけて転ばせ、パージしたコネクターで治りかけの頭を叩き潰す。

 そして胴体にぐるりと一周巻き付けて簡易にひと結び。

 エヴァンゲリオンの戦闘機動に耐えるケーブルなんだ、ある程度の強度はあるさ。

 ジタバタと藻掻く量産機。

 ケーブルが切れるか結び目がほどけるまで時間は稼げるだろう。

 

「アスカ、いったん下がる、援護よろしく!」

「わかった、早く済ませなさいよね!」

 

 ダッシュで最寄りの電源ビルまで向かう。

 眼下に戦略自衛隊の車列がいてあわや衝突か、という場面もあったけどジャンプして回避する。

 新しいコネクタを接続し、ついでに剣付きパレットライフルを装備して乱闘会場である小塚山近辺に戻った。

 地形が変わるほどの乱闘で、至る所に手足やら大剣が転がっている。

 何度も行われる自己修復によって、まるで人間のような手足を露出させている。

 腕や足を生やし、腹の傷も無視して飛びかかって来る9機のエヴァに、いよいよ押されてきた。

 

「こんのぉ! 離しなさいよぉ!」

「アスカ!」

 

 弐号機が3体の量産機に囲まれて捕まった、援護射撃をしようにも弐号機に当てる可能性が出てくる。

 

「碇くん!」

 

 助けに行こうにも量産機3体が立ちふさがる。

 血に濡れた迷彩塗装の5号機が顔を二ヤリと歪める。

 こっちも3対1か。

 

 狙撃手である零号機も距離を詰められ、いよいよ近接戦闘に突入する。

 俺は5号機と後ろの2機に弾を撒くと、銃剣で突きを放つ。

 

「躱した?」

 

 5号機は身体をわずかに逸らすと、()()()で俺の腹に()()()を入れてきた。

 

「グボッ、やるじゃないか」

 

 よろめきながらもすり足で下がり、銃床で5号機を殴りつける。

 そこに真上から量産機が降って来た。

 

 地面に押し倒され、首筋に噛みつかれる。

 痛いなこの野郎! 

 

 首を抱き込んで右にロールしてやり、転がして形勢逆転だ。

 一発殴って頭を破壊してやること3()()()

 にじり寄って来ていた5号機に足払いを掛け、左のウェポンラックに収まっていたエヴァ用拳銃でもう一機の膝を至近距離から撃ってやる。

 膝を撃ち抜かれれば、再生まで動荷重を支えきれず転ぶのは自明の理。

 転倒した量産機のプラグカバーを引き千切り、露出した赤いダミープラグに拳銃弾を3発撃ち込む。

 ビクビクと痙攣する量産機から距離を開けて、アスカの方に向かう。

 

「こちとらずっと乗って、操作も覚えさせて、ママもいんのに()()なんかに負けらんないのよ!」

 

 アスカ、喰われてないだろうな。

 無線を聞く限り、まだいけるかっ!

 

「うおりゃああああ!」 

 

 駆け付けると、頭にタングステン製の杭が5本突き刺さっているヤツが転がって来た。

 

「シンジ! 遅い!」

「試作品のあれか!」

 

 弐号機にのみ取り付けられた試作兵装、近距離対装甲散弾(ニードルガン)が役に立ったらしい。

 お互い立っていた為、散弾を撃ちこんだ後にひざ蹴りを喰らわせ、他の二体は同士討ちの誘発、ラリアットなどで隙を作って抜け出したらしい。

 

「シンジ君、アスカ、レイ、エヴァ量産機はプラグを安全装置としているらしいわ、そこを重点的に攻撃して」

 

 赤木博士が教育支援隊メンバーの一人である女性技官の後頭部に拳銃を突き付けて言った。

 この様子じゃドイツ組は全員拘束されてるんだろう。カヲル君を除いて。

 

「だからアイツは起き上がれないんだな……綾波っ! A.Tフィールド張ってくれ!」

「碇くん!」

 

 綾波ににじり寄っていくエヴァ量産機に思わず拾った大剣を投げつけた。

 それが背中に向かって飛んでいく。

 零号機のA.Tフィールドに触れた瞬間、形状が変化して二股の赤い槍になった。

 貫通力があり背後から装甲板、プラグごと貫かれた量産機はそのまま沈黙する。

 

「ロンギヌスの槍!」

「どういうことなのリツコ! ロンギヌスの槍は月にあるはずじゃ!」

「おそらく、コピーね。補完計画を遂行するための」

 

 発令所で葛城三佐と赤木博士が変形した槍の謎についてあれこれ言ってる間に、俺はロンギヌスの槍を引き抜く。

 

「やっぱりA.Tフィールドが引き金だったか」

「シンジ、あんた知ってたの?」

「あんだけ槍の喪失で問い詰められて、補完計画に量産機使うっていうんだから仕込んでるだろうなって思ったんだよ!」

 

 紅い槍を手に入れた俺は、早速向かってくる一体に向かって槍を突き出す。

 二股の先端が胸の特殊装甲を貫き、コアを穿つ。

 だらんと力なく倒れるエヴァ量産機。

 さっきまでの不死身を思わせるしぶとさが嘘みたいだ。

 

「シンジ君、その槍のコピー、絶対にエヴァシリーズに渡しちゃダメよ!」

「了解っ!」

「リツコ、これって変形させたら戻らないの?」

「わからないわ、でも、エヴァにとって槍は()()の武器であることは確かね」

「必殺の投げ槍……ケルト神話のゲイ・ボルグのようなものだよね」

「紅くて、いかなる守りも貫くってところかしら」

 

 リツコさん、ネタに乗ってくれるのはうれしいけど原典の方じゃないんだな。

 俺の中で青いタイツの槍兵の姿が浮かぶ、かっこいいよな。

 現在、撃破した奴は、プラグを撃ったやつと槍で撃破した2体の計3体。

 まだ6体が健在で、これからトライデントも相手にしないといけないらしい。

 

 その時、残ったエヴァ量産機が翼を広げる。

 白い翼の裏側には目のような文様が浮かび上がり、空へと跳躍する。

 陣形を組み、両腕を広げたようなポーズをとる。

 

「何が始まるの……」

 

 突然の訳の分からない行動をとり始めたエヴァシリーズにアスカが慄く。

 

「セフィロトの隊形を取っているね」

「ああ」

「ゼーレめ、()()()()()()であっても補完を強行する気だ」

 

 カヲル君が言ったことにゲンドウがうなずき、副司令が呟く。

 零号機は()()()()量産機の腕がついたままの大剣を拾い上げると全力で投げつけた。

 大剣は空中でロンギヌスの槍コピーに変化すると量産機の一機に突き刺さる。

 頭から落下していく様はまるで太陽に近づいたイカロスのようだ。

 

「何をぼうっとしているの」

 

 綾波の一言に、事態を見守っていた俺達もやるべきことを思い出した。

 

「レイってこんな子……だったわ」

「判断が早い」

 

 そう、映画で見た絵だと初号機に羽が生えて空中でシンジ君が叫んでた。

 両手にロンギヌスの槍ぶっ刺されて空に吊り上げられたらおしまいだ。

 頼むから羽生えたり、わけわかんない状態にならないでくれよ相棒。

 

 急いで拾ったロンギヌスコピーを投擲する。

 これはある程度の誘導機能がついているようで、対レーダーミサイルみたいにA.Tフィールドを発している対象に向かって飛んでいくようだ。

 

「綾波、一撃で撃墜?」

「オリジナルより、短くて投げやすいもの」

 

 隣にいる“元祖槍投げ女王綾波さん(ロンギヌス・マスター)”は、誘導機能がある事を知ると先読みで投げてコアを的確に貫き一機を空中で仕留めた。

 こうして俺と綾波は一機、また一機と落として、墜落してきたところをアスカがロンギヌスコピーで確実に突き殺す。

 旧劇場版でめった刺しにされたアスカが、今度は奴らにとどめを刺す立場だ。

 

 その様子をRF-4偵察機が写真撮影して去っていく。

 

 こっちが投げられる大剣が無くなったとみるや、量産機が変化させた槍のコピーをもって飛び降りてくる。

 何かの警報が鳴り響いてる、ああ、やられるっ。

 急降下攻撃に身構えた瞬間、蒼い影が飛び込んできた。

 跳ね飛ばされ、俺と飛び込んできた何かは斜面に激突する。

 

「イタタタ、何が……」

 

 そこには()()()()()()が施された鋼鉄の竜が横たわっていた。

 大きく突き出した機首のような部分に旋回機関砲、長い二本の脚、背負い式のエンジンが6基で、エヴァの倍以上の大きさだ。

 さっきの警報は“脅威”が自機に接近してることを知らせるやつだったのか。

 

「日向くん、あれって」

「戦自の陸上巡洋艦です」

「シンジ! 大丈夫っ!」

「碇くん!」

「俺は大丈夫、コイツの中の乗員の方がたぶん重傷だ!」

 

 突如飛び込んできた戦自の秘密兵器に騒然となる発令所。

 戦術モニタを見ると「UNKNOWN」で表示されていたところに「JSSDF:77」のマーカーがついている。

 

「もう一機の方の暴走機のレーダー識別信号、受信しました!」

 

 データリンクのスイッチを入れたであろう暴走機から()()()()()で音声通話が入る。

 

「前方で飛行中のネルフ機に告ぐ、貴機は我が国の領域を侵犯している」

 

 声が幼いな、やっぱりトライデントの搭乗員は少年兵なんだな。

 

「直ちに機体を停止させよ……警告はした、あとは好きにする」

 

 そう言った瞬間、俺に体当たりをした機体がエヴァ量産機に対して大口径機関砲を発砲した。

 特殊装甲の表面で激しく火花を散らし、首周りの生体部品が弾け飛ぶ。

 外部スピーカーを使って直接コンタクトを試みる。

 

「戦自機の搭乗員、そいつは()()()だ! 首の裏に制御機構があるからそこを狙ってくれ!」

 

 我ながら無茶を言うと思うが、戦自機のパイロットは短い前腕、ロボットアームを上げて見せた。

 槍を手に空に舞い上がったところをもう一機のトライデントが狙い撃つ。

 翼の付け根に数発命中するもフラフラと飛び続ける量産機。  

 

「そんな豆鉄砲じゃエヴァは墜ちないのよ!」

 

 アスカがついにロンギヌスコピーを投げた。

 大空へまっすぐに伸びてゆき、逸れるかと思ったところで向きを急に変えて突き刺さる。

 山肌に墜落して首がへし折れた。復活までおおよそ10分くらいか?

 再起までの間に俺が向かい、プラグのカバーを引き千切る。

 

「ここだ! 復活する前に撃ってくれっ!」

 

 トライデントが近距離からプラグ挿入口周りに機関砲を撃ちこんだ。

 徹甲弾以外に徹甲焼夷弾(API)も込められていたらしく、火花と共に赤黒い炎がプラグ周辺に広がる。

 

 最後の一機はカヲル君の乗機でもあったエヴァ5号機だ。

 夕焼けを背に、槍を捨てて降りてきた5号機は落ちていたプログナイフを拾って突進してくる。

 

 こいつ、速いぞ。

 

 俺が避けると、2機目のトライデントの脇腹に容赦なく膝蹴りを入れて転がす。

 再生しすぎて、迷彩が剥がれ落ちた顔でこっちを向く。

 「ヴァーイ」とうなり声を一声。

 

 5号機だけ他の個体のような本能に忠実なプログラムではなく、まるで戦いをするために作られたような動きだった。

 あくまで最後は俺と一騎打ちってか。

 ナイフを構えて突きの姿勢をとると、持てる瞬発力で一気に飛びかかって来た。

 すり足で間一髪刺突を避けると、接触した肩のウェポンラックが吹っ飛ぶ。

 が、構わず量産機の手首をつかんで勢いのまま一本背負い。

 

 そうしてマウントポジションを取った俺はひたすら殴り、抵抗させない。

 ボロボロの胸部特殊装甲に手を掛けて一気に引き剥がして見えた素体に対し全力で殴る。

 

「綾波! プログナイフをくれ!」

 

 零号機からプログナイフを受け取った俺は、コアを突き壊すことに成功した。

 あれは“エヴァ5号機が考えた”渾身の一撃だったのだろうか。

 いつの間にか陽は落ち、夜になっていた。

 

 




エヴァ量産機の機能、異常なまでの自己回復能力は独自設定です。
原作においては弐号機敗北後すぐに“儀式”が始まってしまったので、これぐらいはありえるだろうなと。

残り話数も少ないですが、ご意見ご感想楽しみにしております。
追記:第一話、リメイクいたしました。

用語解説

トライデント級陸上巡洋艦:全高40m以上、全長50m以上、重量3000トン(公式設定)、2足歩行およびジェット推進、機首に旋回機関砲搭載、ターボジェットエンジンにて10万馬力(公式設定)というトンデモナイ装備。
描写等から機首機関砲の口径は戦車砲クラスで105㎜~120㎜と推測される。
現用装備で比較すると、重量は74式戦車(38トン)のおおむね79両分、出力720馬力の10ZFエンジン138機分、鳥居状の接地面を持つ装脚車両であり、運用がきわめて難しそうな戦略自衛隊装備。
「ライデン」「シンデン」の2機がゲーム中に登場していた。居住性は極めて悪い。

登場作品は『鋼鉄のガールフレンド』



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ネルフ最後の日

 エヴァ大決戦ときどきゾンビもののような戦いが終わり、暴走していたはずのトライデント2機にエスコートされながら学校の脇の回収口より本部施設に戻った。

 

 エヴァを降りた俺達の前に黒い装備の戦略自衛隊の隊員が集まって来る。

 その中から“髭の隊長”というあだ名で呼ばれていそうなベレー帽の幹部自衛官が近寄って来た。

 

「ご苦労様、と言いたいところだが、君達には聞きたい話があるんだ。ご同行いただけるかな?」 

 

 抵抗は無意味だろう、小銃手が10人以上いるのだ。

 素直に投降した俺、綾波、アスカの3人のエヴァパイロットは、特に手錠を掛けられたりするわけでも無く、自由な感じである一室に連行される。

 そこで、特務機関ネルフが「人類補完計画」と呼ばれる恐ろしい計画を企てており、使徒殲滅後に人類を滅ぼそうとしていたことを告げられた。

 しかし俺たちはそんな事は百も承知であり、なんなら補完計画を阻止するために戦っていたのだ。

 

「思ったより、驚かないんだな君達」

「山本一佐、現実味が無いんだと思いますよ」

「そうか」

 

 目の前の戦闘服姿の隊長が思ったより高い階級の人だったことに驚きつつ、理由を述べる。

 使徒と呼称された別の起源を持つ種との生存戦争が共存という形で終わったのちに、組織の上位組織であるゼーレが、本来の目的である補完計画を遂行しようとエヴァ量産機の建造を始めたこと。

 そして、その量産機と特別な存在であるエヴァ初号機を用いた補完計画を実行に移したこと。

 

__ゲンドウと冬月副司令の考えていた補完計画については、話さなかった。

 

 綾波が今後生きていくうえで障害となっても嫌だし、なにより、ゲンドウの補完計画はとうに潰えていたのだ。

 

「そうか、それで君たちは戦っていたのか」

「ところで、ネルフはどうなるんですか」

「先ほど、特務機関ネルフはA-801を受諾。法的保護の破棄、すべての武装解除に同意したのだよ」

「そうですか、じゃあ僕たちは銃刀法違反含めて各種法令違反で送検ですか」

「いや、A-801より前だったから、遡及は出来んだろうよ」

 

 隊長はそう言うと、副官が持って来たファイルをパラパラとめくり、過去の情報に目を通す。

 第3使徒以降の戦いと、どこから取って来たのかわからないような極秘情報が記載されていた。

 

「今まで、ご苦労だった。しっかり休んでくれ」

「君たちが居てくれたおかげで、我が国は守られたのだ。悪いようにはしないさ」

 

 隊長と副官はそう言うと部屋を出ていき、俺たちはバラバラにシャワールームに連れていかれた。

 電源の戻った本部施設内はいつもと変わらないように見える、死体も瓦礫も無い。

 左右を固める兵士が戦略自衛隊の隊員じゃなければ、それこそ訓練上がりの情景だ。

 

 除染シャワーを終え、LCL臭い学生服を脱いだ。

 おそらく、もう袖を通すことも無いだろう。

 長いことぬるいLCLに浸かっていた体に、熱いシャワーがとても気持ち良かった。

 

 着替えは戦略自衛隊が用意してくれた。

 衣料量販店で買ったものと思われる新品のシャツと下着類、そして青いジャージだ。

 シャワールームを出ると収容施設に向かうらしい。

 引率の隊員は()()ではなく、ゼーレのシンパによる報復から()()()()()()()だと言った。

 メインゲートに着くと、アスカ、綾波、カヲル君が待っていた。

 

「バカシンジ、いつまでシャワー浴びてんのよ、おかげでカンダガワじゃない!」

「カンダガワ?」

「ちょっとレイ、通じないじゃない!」

「アスカさんはシンジ君を待っていたんだよ、髪が冷えたと言ってるみたいだね」

「ネタが古い、どこで覚えたんだよ綾波」

「漫画で読んだわ、碇くんとアスカは一緒に暮らしているもの」

 

 こんなやり取りに、護送の隊員たちが笑う。

 「オイオイ、オヤジの世代だぜそれは」なんて声が上がる。

 綾波が昭和の文化にどっぷりはまってる、『あ~る』とか貸したの早まったかな。

 俺達も戦自の隊員たちも緊張感がとれたのか、和やかな雰囲気で収容施設に向かうことになった。

 

「乗車定位に付け!」

「乗車!」

 

 乗車用の中帽(なかぼう)……樹脂ヘルメットを被ると、3トン半トラックの荷台に乗ってネルフ本部を出る。

 俺は慣れているけど、アスカ、綾波、カヲル君はトラックの荷台初体験だ。

 向かい合うように展開された木製のベンチシートに座るのだが、路面の振動を拾って体に伝えてくる。

 

「お尻痛い」

「すいません、クッションか外被(がいひ)とか持ってる方いませんか」

「冬がないから外被は持って無いな、おーい、入り組みで着替えがあっただろ、出してくれ!」

 

 背嚢入組み品の中に着替えやタオル類を詰めているのだが、それをクッション代わりに使うのだ。

 

「班長、俺のやつ使ってください、バスタオルとか入ってるんで柔らかいっすよ!」

「尾崎は美少女の尻に敷かれたがってるので却下! 猪原のやつ使おう」

「ちょっと、使いづらいじゃない!」

「アスカ、ここはご厚意に甘えて使おうよ」

「レイは……寝てる。よくこの振動で寝れるわね」

 

 カヲル君と綾波は真っ暗な車内という事もあって眠っていた、疲れたんだな。

 寝れるときに眠るのは大事だ。

 

 俺は隣に座るアスカの吐息を感じながら、幌の外をボンヤリと見る。

 車列は箱根山の峠道に入り第三新東京市から離れていく。

 気安くなった隊員から車内で聞いた話によると葛城三佐、赤木博士を初めとしたネルフの幹部は別の収容施設に行くらしい。

 富士山のふもとの廃校を転用した廠舎(しょうしゃ)が俺達の仮の宿になった。

 

 

 それからの生活は平穏そのものだった。

 

 朝、起床ラッパで起きて、点呼をやって、2着貸与された迷彩服に着替える。

 訓練中の少年自衛官というナリで、パジェロに乗って駐屯地まで行って隊員食堂で喫食。

 平日はそのまま隊舎で聴取され、1200から1時間の昼休みには売店で自由に買い物もできる。

 午後の聴取が終われば夕食と入浴を済ませて演習場内の廠舎に帰る。

 晩の点呼終えたら、2300の消灯ラッパまでは自由時間。

 俺とカヲル君が同室、アスカと綾波は隣の部屋で寝起きしている。

 

 

 入れ替わり立ち代わり尋問される日々だ、同じような話を何回したやら。

 けれども、やってきた様々な立場の人たちから“独り言”という形で得た情報もある。

 

 複数の諜報機関から上がってくる情報をもとにネルフに対する強制捜査の準備がされていたが、ゼーレがそれより前に動き出したため、内閣は“警護出動”を掛けたという。

 そして戦略自衛隊も、組織内部に潜伏しているゼーレ工作員が出した“偽の命令”に乗じて第三新東京市に展開したのだ。

 おかげで、誰が()()()だったのかを炙り出すことができた上、さらに『A-801』受諾後速やかに施設引き渡しが行われ証拠保全にも成功したらしい。

 

「アイツが追っていたヤマは近くで見ると、こんなにも大きかったんだなあ……」

 

 加持さんの上司であるという、内調の“彼”はそう言うと窓の外の富士山を見た。

 

 陸上巡洋艦トライデント暴走の件については新型のOSの不具合と言った発表がされたけれども、実際は内務省の指示で意図的に起こされた“暴走”だという。

 内務省内の親ネルフ派閥である何某のシンパが技実団にもおり、不審な偽の命令を受信したとき極秘作戦に「GO」をかけたとか。

 

__命令違反という泥を被ってでも出撃させてほしいですっ!

__僕らが今行かずして、誰が日本の平和を守るんですか。

 

 操縦課程の少年兵からそう“熱望”する者2名を選別して“暴走事故”を起こしたという。

 あの時に乗っていた少年兵2人は書類上は“暴走事故で負傷し、再起不能”という形で除隊して一般社会へと帰って行ったそうだ。

 極秘作戦に参加した搭乗員がムサシ・リー・ストラスバーグと浅利ケイタかどうかまでは教えてもらえなかったけれども、とにかく二人は自由を得ることができたのだ。

 エヴァンゲリオンの構造を聞いた“彼”は、「ああ、これは再現できないな」と笑っていた。

 

 別の施設に収容された指揮官クラス以上は根掘り葉掘り聴取され、ネルフの全容を明らかにしていくのだそうだ。

 碇司令と冬月副司令は拘束後、まるで燃え尽きたかのようになって聴取は遅々として進まないらしい。

 重要機密を知る事のないネルフの下級職員であるが、大量の失業者が出るという事もあって、しばらくは施設の維持整備や戦後処理に従事することになるとか。

 

 食堂のテレビではこの1カ月、特務機関ネルフの解散と、不審船事件のことばっかり繰り返されている。

 エヴァ量産機が空自機の警告射撃を無視して飛び去ったことも、国連海軍の立入検査隊が不審タンカーに突入しエヴァを発見したことも一切報じられていない。

 事件調書とはかけ離れた内容のニュースが流れ、拿捕された不審船の船長を釈放した政府の弱腰姿勢を批判する内容一色だ。

 

 そんな世の中から切り離されたチルドレンは割と好き勝手にしている。

 カヲル君は厚生センターでVHSビデオデッキとテープを借りて、暇があれば眺めている。

 綾波はというと、知り合った隊員から娯楽室の漫画本を借りて読みふけっている。

 退屈な営内生活の友を満喫している使徒と元ミステリアスなクローン少女、着実にオタク路線を歩みつつある。

 

 俺とアスカは時々体力錬成として廠舎の外周を監視付きで走ったり、ジュースやアイスを賭けてのじゃんけん、いわゆる「ジュージャン」「アイジャン」に興じたりしていた。

 カヲル君と綾波も呼んで4人でジャンケンをするんだけど、俺、アスカには勝てた試しがないんだよな。 

 

 いつものようにアスカが掛け声を掛ける。

 

 「ジュースじゃんけん、じゃんけんポン!」

 

 グー、パー、パー、パー。

 

 「うっそだろオイ……四連敗」

 「シンジってばほんとジャンケン弱いんだから、アタシはコーラね」

 「私、ドクターペッパー」

 「じゃあ、僕はカフェオレにするよ」

 

 ジャージの上に戦自の新迷彩服を着る“ジャー戦スタイル”で自販機まで向かう。

 共済会の格安自販機で400円を入れてジュースを買う。

 完全に営内陸士の生活だ。

 

 それも飽きてくると彼女は俺の部屋に襲来して、何か面白い話は無いのとせがむ。

 マンガ本も第三新東京市のマンションだし、使徒戦のことなんてアスカも知ってる。

 そういえば「Air/まごころを、君に」の凄惨な結末を見ずに、ようやくここまで来たけど、一向に現実に戻らないよな。

 元の世界がどうなってるのか考えると怖いものもあるけれど、この世界にはこの世界の人生もあるわけで……。

 そうだ、この世界で誰も知らない、俺だけが知ってる物語の話をしようか。

 

 人類滅亡の危機に超法規的特務機関、怪しげな組織に巨大ロボ、クローン少女、果ては天才美少女パイロットなんていうアニメや漫画の世界さながらの異世界にやって来た『碇シンジ』じゃない、エヴァ世界を体験した男の話を。

 

 

 『エヴァ体験系 完』

 

 

 

 

 

「ところでシンジ、海に行く約束、覚えてる?」

「ここから出られたら、みんなで行こうか」

「その前に下見、連れてってね!二人っきりで!」

 

 

__2016年の夏はもうすぐだ。

 




これにて本編(テレビ版・旧劇時間)は完結です。
憑依シンジくん視点なので、ネルフに関する動きはみな伝聞です。

この裏で日本政府、国連加盟国によるゼーレとの戦いが始まってたりもします。
エヴァを失い大金を失った上に、日本における拠点が摘発されたゼーレは活動も沈静化していきました。

その後の話は学園エヴァになります。

皆さま、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
沢山の感想、評価、ご意見等頂戴しましたが、とても嬉しかったです。



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後日談:海に行こう
ふたりで海へ


後日談です


 ザザーン……。

 ザザーン……。

 

 強い日差し、はるか遠くの青い水平線、波の音、潮の香り。

 新熱海駅を降りて、俺とアスカは造成地の旅館街を抜けて海岸にやって来た。

 旅行雑誌で見るような遠浅の白い砂浜ではないけれど、なだらかに整地された海岸だ。

 

 昔は伊豆山という山の上で、新幹線の駅ももっと南の田原本町にあったらしい。

 しかし元の熱海の海岸、駅舎はとうに海の底だ。

 尾崎紅葉の小説『金色夜叉』で主人公の間貫一(はざまかんいち)という男が、別の男に嫁いだ許嫁のお宮を蹴り飛ばす場面があって、松林にその銅像もあったんだけどなあ……。

 セカンドインパクトは日本の海沿いの風景をガラリと一変させてしまった。

 第三東京小田原線に乗って小田原駅まで行き、そこから新熱海まで特急電車に乗ったけれども、何度も大きく曲がって山を貫くトンネルも多い。

 途中、新根府川駅で停車する。

 

 新根府川の駅舎の向こうは護岸道路を挟んですぐ海だ。

 そこで、去年担任をされていた老教師の話を思い出した。

 先生はセカンドインパクト当時に根府川に住んでおられて、セカンドインパクト直後の潮位の急上昇で家と町を失ったそうだ。

 あっという間に水面は堤防を越え、街を黒々とした波が覆っていく。

 命からがら逃げだせた奥様と二人で移住先を探して、動乱の時代に色々な仕事をしながら食いつないで、ようやくたどり着いたのが第三新東京市の中学校の教師だったとか。

 その記憶が心に焼き付いていて、事あるごとに追憶の世界に入ってしまうんで生徒たちからは「根府川の先生」とか「日本昔話」とか、果ては「睡眠学習タイム」なんて言われている。

 セカンドインパクトを経験していない俺は、東日本大震災のテレビ中継画像を思い出しながら色々発災直後の話を聞いていたから、結構先生の話が頭に残っているのだ。

 

 海に行くのは若い世代ばっかりです、それは私達が海に多くのものを()()()()()からだ……。

 碇くん、私はね、これ以上教え子を海で失いたくはないんです、これを持って行きなさい。

 

「ちょっとシンジ! 海に行くんだから、楽しそうにしなさいよ!」

「悪い、先生の話を思い出してた」

「“お爺ちゃん”の昔話マジメに聞いてんのアンタくらいよ」

「先生に海行くっていったら浮き輪くれるとは思わなかったなあ……」

 

 下見という事もあって俺もアスカも鞄ひとつなんだが、アスカの肩掛け鞄の中には日焼け止めとか、先生から貰った紅白のビニール浮き輪、足踏みポンプが入っている。

 

「よかったじゃない、溺れたら投げ込んであげる」

「勘弁してよ。“水漬く屍と潔く、命を君に捧げんの~”なんてシャレにならんわ」

「もう、そこまでアタシのこと好きなの?」

「君っていうのは……、まあいいや」

「でも、アンタせっかく生き残ったのに、死んだら承知しないからね!」

「おう」

 

 なんてシリアスぶった会話をしたのも、はや1時間前。

 熱海の駅を降りた時から、アスカはあっちこっちへと歩いていく。

 デート気分でこのままウィンドウショッピングでも良いのだが、肝心の下見の時間が無くなってしまうのでビーチに向かう。

 多少の気温差はあるとはいえ年がら年中夏だと、ビーチのありがたみも薄れるというもので人はまばらだった。

 そんな中に下見前に新しく買った、黄色のワンピースのアスカがいる。

 目を引くような紅茶色の髪に白い肌、勝気そうで、それでいて愛嬌のある笑顔。

 マンガみたいに白昼堂々と衆人環視の前で強引なナンパをするような不届き者こそ居ないけれど彼女はとても目を惹くようで、洋上、陸上問わずいろんな方向から視線を感じる。

 そういう俺も目を奪われてるんだから、同類だよな。

 アスカは砂浜に出ると海を見るのもそこそこに、こっちを見た。

 

「夏の海っていったら海の家よね、あれじゃない?」

「『海が好き』店名が何とも直球だな」

 

 木で出来た白い小屋に大きな看板が掲げられ、ラジオが流れている昔ながらの海の家に入る。

 色黒のサーファーのお兄ちゃんやら、大学生カップル、親子連れなど、まあまあ人が入っておりオレンジのシャツの店員さんは忙しそうだ。

 店内席とパラソルの立ったテラス席があって、開放感のあるテラス席はサーファーで埋まり、ボードを眺めて各々のグループで談笑している。

 室内という事で少し薄暗く、ちょっと狭く感じる店内席に座ることにした。

 

「かき氷、焼きそば、焼きトウモロコシ! どれにしようか迷っちゃうわ!」

「アスカ、ちょっと割高だから今日は1つだけだぞ」

「わかってる、うーん、どれにしようかな」

 

 俺の向かい側に座ったアスカは早速メニュー表を片手に何を食べようかと考え始めたようで、店の奥から漂う醤油やソースの良い匂いに心揺さぶられているようだ。

 泳いだ後なら塩辛いものが食べたくなって、俺ならフライドポテトやら焼きトウモロコシを頼むだろうな。

 ようやく、決心がついたようでアスカは焼きそばとコーラを頼むことにしたようだ。

 

「シンジはかき氷なの? アンタって甘いの好きよね」

「アスカもいる? 一人で全部食うとなると頭痛くなりそうだ」

「じゃあ仕方ないわね、半分アタシが食べてあげるわよ」

 

 俺は壁のポスターのイチゴかき氷を頼んで、ふたりで分け合うことにする。

 コカ・コーラの紙コップに入ってやって来たウーロン茶を飲みながら、海を眺める。

 アスカは解放感のある夏のビーチの雰囲気に当てられたのか、ニコニコして楽しそうだ。

 下見ということでグループ席があるかどうかとか、シャワーとか更衣室のある店がどこかとか探すつもりでいたけれど、アスカと一緒なら最初の一軒目で満足してしまいそうになる。

 

__これ、デートになってないか。

 

 なんて野暮なことを考えたりもしたけど、まあ、アスカが楽しそうならいいか。

 今までの人生がハードだったんだ、これからの人生はうんと楽しんでもいいじゃないか。

 彼女はパックに入った焼きそばを食べながら、学校や仲間の話をする。

 

「かき氷に焼きそばに、ホントに日本の夏って感じだよな」

「日本は()()()夏じゃない」

「昔は四季があって冬は寒かったし、夏は暑かったんだよな」

「へぇ、ドイツは今でも四季があるのよ」

「ドイツの冬って黒々とした針葉樹林にこう、雪が積もってるようなイメージだな」

「森の中はそんなもんよ、日本だって来る前はこう、タケの林がウワーってなってるもんだと思ってたわ」

 

 アスカが言っているのは京都の嵯峨野(さがの)にある竹林の事だろう。

 嵐山の観光名所であり、訪日外国人向けのパンフレットには高確率で載っているスポットだ。

 中学校の校外学習で行ったことがあり、繁るに任せた家の近所の茶色く薄汚い竹藪とは違って手入れをされた竹は瑞々しい青でこんなにも綺麗なのかと感動した覚えがある。

 俺のドイツの冬イメージは雪深くて黒々とした針葉樹と泥が広がり、その中を白い水性塗料や石灰で冬季迷彩を施した戦車や迷彩スモックを着た歩兵が歩いていく独ソ戦の映像だ。

 行進する兵士たちが口ずさむ『親衛隊は敵地を進む』が聞こえてきそうだ。

 

「シンジ、あんたなんかヘンな想像してない?」

「“ヴェスターヴァルト・リート”のイメージよ、『おお美しいヴェスターヴァルトの森』ってね」

「なにそれ?」

「昔のドイツ語の曲、大戦中に流行った曲らしい」

「やっぱり! ……一度、ドイツに来なさいよ」

 

 3ヶ月の戦自生活を終えて収容施設を出た俺達はネルフの解散と共に散り散りになるところだった。

 アスカとカヲル君はドイツに帰国、綾波はリツコさんに引き取られ、俺はゲンドウの逮捕で長野の“先生”の家に送還、なんて話も出たらしい。

 しかしアスカもカヲル君も残留の意を示し、俺も先生の事を知らないので強制送還になったらどうしようかと思っていたわけだが……。

 そんな折、ミサトさんが保護者役をしてくれるという事になって第三東京に残ることができたのだ。

 

 俺らが戦自の保護下にある間にネルフは内務省所管の独立行政法人“特殊災害研究機構”として再編されていた。

 旧ネルフ職員の身分は国家公務員となり、チルドレンも戦自の少年兵と同じ『特別職国家公務員』となった。

 作戦課、技術部も特機運用部、運用支援1部、2部と名前を変えて存続している。

 国連軍自衛隊からの出向職員の多くは原隊に帰って行ったので、文民職員と戦自から派遣されてきた人が中心だ。

 代表も戦自から派遣されてきた将官が務め、ミサトさんは運用部長という役職についている。

 

 三機のエヴァはあの日以降、厳重な封印を施されて“特災研”本部の最深部に眠っている。

 エヴァの起動には内閣総理大臣と国会の承認を経る必要があるので、本部に通って体力錬成、月一のテストプラグ試験で即応性を維持するのが俺達の主な通常業務だ。

 要はゼーレの残党がエヴァシリーズのような兵器を投入してきた際の切り札なのだ。

 運用部以外の部署はというとほとんど戦後処理のための部署で、旧ネルフが支払う補償金の支払いや各種資産の売却などをやっているらしい。

 クラスメイトの保護者の多くが引き続き特災研の職員になって勤務しているものだから、3年A組のメンバーは去年とほぼ同じだ。

 使徒襲来に備えた即応態勢から解放された元チルドレンと、いつものメンバーは思い思いの休みを過ごしている。

 

 綾波は釈放されたリツコさんと二人で少し遠くに住んでいるお婆ちゃんの家に行っている。

 二人が拘束されている間、飼い猫のシロの面倒を見てもらっていたらしい。

 約4カ月ぶりの再会だから、子猫だったシロもだいぶ大きくなってんだろうな。

 

 カヲル君は日本国籍を取得して学校に転入してきたわけだが、アルビノの神秘的なルックスに対して独特のキャラだから瞬く間に面白イケメン外国人枠に収まってしまった。

 今日はケンスケやアニメ・漫画の影響からか、芦ノ湖のほとりでソロキャンをしているようだ。

 

 ネルフの解体で一般人に戻った宮下さんは進学に悩む普通の女子中学生で、俺達の拘束中に受験勉強に入ったらしい。

 後遺症で当初考えていた体育系の学校が受けられなくなって進路変更したからだろう。

 

 あと、トウジと洞木さんは付き合ってるんじゃないかな……知らんけどな。

 本人らが照れて話してくれないし。

 まあ、学校での様子を見るに仲良くやってるみたいだから、良いんじゃないか。

 

 ケンスケは今日、御殿場市の防災フェスタ2016に行ってる。

 屋外展示に特殊消防車やら最新の高規格救急車のほかに、戦自の機動戦闘車(MCV)や板妻駐屯地の34普連、静岡地本が参加するとか。

 今頃、戦自や陸自の装備品にかぶりつきで写真を撮りまくっているんだろう。

 ちなみに特災研(旧ネルフ)からは、“早期避難指示伝達システム”や“高度制振装置”などが研究展示されているようで、迎撃要塞都市のスピンオフ技術だ。

 

 霧島さんは“チルドレンの獲得”という任務を終えると戦自情報科から特災研の“特機運用部・運用情報室”に()()してきたそうで、元チルドレンの身辺警護などが主任務となったそうだ。

 新しいクラスではミリタリーオタクっぽい女の子という認識であって男子からの人気も高いが、この間二人の同期とシャバで再会したらしいしどうなる事やら……。

 

 ふと、かき氷の容器を見るととうに空で、アスカはおしぼりで口を拭いていた。

 

「シンジ、次、どうすんの」

「海も見たし、そろそろ帰ろうか」

「そうね、でも、一度行きたいところがあるのよ」

 

 アスカに手を引かれて行ったところは、ビーチから少し行ったところにある海鮮丼の店だ。

 『熱海の若大将』という店名、そして大漁旗を模した旭日(きょくじつ)模様に大きなマグロの跳ねる様が大きな看板に描かれている。

 漁港も近く、ランチメニューもある地元の店って感じの雰囲気で期待できそう。

 “商い中”の看板の脇の引き戸を開けると、活気のある声が俺達を出迎える。

 店員さんの案内でカウンター席に座ったが、お座敷もあって結構人がいる。

 

 “夏の海鮮丼、始めました”

 “店長の自信作! アオサの味噌汁”

 

 味のある壁の手書きポスターや手元のお品書きを見て注文を決めるのだけど、価格帯が凄いな。

 物価の高い第三東京で食べたら1900円近くするだろうなってお造り単品がなんと、900円で食べられるのだ。

 しかも、今注文しようと思ってるランチの海鮮丼が900円だ。

 セカンドインパクト後の海鮮料理屋とは思えないほどの価格で、めちゃくちゃお得だ。

 グルメ本『ぴあ』片手に俺を連れてきてくれたアスカでさえ、この価格帯には驚いている。

 気付けばアスカと俺はランチメニューの海鮮丼、みそ汁付きを頼んでいた。

 

 大きく切られたマグロ、ハマチ、そしてイカ、刻み海苔にイクラ。

 どれも照り艶がよく、醤油タレの甘辛い匂いと輝く酢飯の匂いがたまらない。

 しっとりしたマグロの風味にタレの味、酢飯がよく合っていて、一緒にやってきた豆腐の味噌汁が味で飽和した口中を整え、次の一口をアシストする。

 白地にタレが茶色く輝くイカの切り身は弾力のある歯ごたえで、鮮度の良さがよく分かり、イカの甘い風味が効いている。

 

 隣のアスカはさっきまで焼きそばを食べていたとは思えない勢いで海鮮丼を食べている。

 ドイツに帰らないのかと聞くと、アスカは「あっちには醤油と寿司が無いから」と冗談めかして言って笑っていたけど、この様子じゃ信憑性が高まって来るよね。

 価格に対していい物を食べたと幸せになった俺達は、ふたりで海鮮丼の店を出たあと商店街をぶらり散策する。

 お互いに気分がよくなってるから財布の紐も緩くなろうもので、温泉饅頭とか真っ赤な手ぬぐいとかいろいろ土産物を買う。

 

 新熱海から小田原行の電車に乗る頃には、夕焼け空が広がっていた。

 大きな夕陽に照らされて、電車の窓の外は赤い海だ。

 隣に座るアスカは疲れたのか、お土産の入った紙袋を抱きしめて俺の肩に頭を乗せて眠っている。

 波の音、赤い海を見て、旧劇場版のラストを思い出すことも少なくなってきた。

 今は、ふたりきりの世界じゃないのだ、日々の暮らしが待っている日常なんだ。

 

 ところで、ちょっとした下見のつもりだったけど、海鮮丼とか買い物でまあまあ使っちゃったな。

 財布の中に9枚入っていた千円札は今や3枚に減り、箱根までの電車賃であと2枚消えてしまう。

 そうなると万札を崩さないといけない。

 外出中の緊急事態に備えて、帰隊できるだけの()()()()()くらいは持っておけと指導されていた。

 そのため、自衛官時代から最低1万円は財布に入れているわけだが、それに手をつけるのか……。

 つい近所の感覚でアスカと買い物デートしてしまった自分の見積もりの甘さに反省する帰り道だった。

 




海の下見に行く話、根府川と言えば先生のイメージで先生の話を聞きたければ図書館に行くと聞けます(鋼鉄2)あるいは授業シーンの後ろで。
軍歌ネタはニコニコかYOUTUBEで視聴していただければ、ニュアンスがわかると思います。

小ネタ解説

ザザーン:波の音、EOE逆行モノ二次創作の冒頭でよく見た表現。赤い海、白い砂浜、「気持ち悪い」の三点セットはサードインパクトの絶望感と共に、逆行シンジ君に「今度こそ防ぐ」と決意をさせるには十分なロケーション。

水漬く屍と潔く、命を君に捧げんの:ラブソング……ではなく軍歌『艦船勤務』の一節、ここで歌われている“君”は大君、すなわち天皇の事である。

冬季迷彩:ドイツは対ソ戦争において本格的な冬季戦を考慮しておらず、冬季迷彩用の塗料が無い前線ではあり合わせの材料を使って応急迷彩が施され、物資が足りないソ連軍でも塗料が足りなくなると接着剤と石灰を混ぜたものやら岩塩やらで応急迷彩を作ったのである。なお、冬季迷彩はシーズンオフと共に取りやすいように、水性塗料などが用いられる。

『親衛隊は敵地を進む』:武装親衛隊の隊歌、「悪魔があざ笑う、ハ、ハ、ハ、ハ」という歌詞が印象的だが、ナチス関連という事もあってドイツ本国では歌唱することができない。

ヴェスターヴァルト:ドイツ西南部、ラインラント州にある地域。『ヴェスターヴァルトの歌』は軽快な行進曲であり、森の中でハンスとグレーテルという男女が踊り、踊りが終わると大抵殴り合いになる、それを嫌がるのは根性が無いと陰口をたたかれる……という不思議な歌詞。どうして殴り合いになるのかはわからない。そういう文化でもあったのだろうか。

財布の一万円:外出する営内士に対して行われる指導。電車などが止まって“帰隊遅延”がありうる場合や、非常呼集などでただちに帰隊しないといけない場合にタクシーを使えるように最低1万円は財布に入れておくようにと指導され、教育隊ではその確認もあった。
なお、山の駐屯地などではもっと必要であり、タクシー帰隊に3万円くらい必要な地域もある。
そのため、退職後も緊急事態に備え財布に最低1万円~2万円は入れておく習慣が残っている者もいる。これも物心両面の準備である。



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アウトドアなヒトたち

元チルドレンと友人たちの生活に焦点を当てた後日談です。


「旅はいいね、未知の景色は心を潤してくれる。そう思わないかいシンジ君」

 

 朝っぱらからキャンプ雑誌を持って語りかけてくるカヲル君。

 そう、カヲル君はキャンプ漫画にハマってしまってこの調子なのだ。

 誰だよ『ゆるキャン△』貸した奴……ケンスケか。

 

「そうだね、そう言えばカヲル君、芦ノ湖に行ったんだっけ」

「関所の向こうまで行ったけど、とても綺麗で静かなところだったよ」

「南岸か、バスで行ったの?」

「いいや、環状線と海賊船に乗ってしばらく歩きで、これが写真さ」

 

 カヲル君はひとり迷彩のバックパックをしょって芦ノ湖南岸に位置する箱根の関所跡まで行ってたらしい。

 “写ルンです”を片手に船の上で歩き回ったせいか、やたら女の子とのツーショットが多い。

 フレクター迷彩ズボンにオレンジの速乾シャツ、ベージュのジャケットという何ともミリタリーな雰囲気なのに、なんでこんなに絵になるんだろう。

 

「おはよう、シンジ、カヲル」

 

 ケンスケが登校してくると、彼も防災フェスタで撮影した写真を持ってきていた。

 普通科連隊の装輪装甲車や81㎜迫撃砲L16、軽装甲機動車に始まり、人命救助システムなんかも展示されていた。

 富士の麓の演習場でよく見る戦自の機動戦闘車には2本の雷光マークがついており、“第1即応機動連隊第2中隊”所属車が居たようだ。

 俺、この間コイツに砲口を向けられたんだけど。

 それはさておき、それぞれ引きの写真と近くでのアップといろんな方向から撮影されていて、プラモを作る時の細部資料なんかにはよさそうだ。

 

 一方、湖畔の森、夕焼けに染まる芦ノ湖、遠くに煌めく集光ビル、焚火に揺れるメタクッカーの影といった芸術点の高そうな写真のカヲル君。

 ケンスケは海賊船で撮影されたカヲル君のツーショット写真に吼える。

 

「ちくしょー、カヲルはカメラ持って歩くだけでどうしてこんなにモテるんだよぉ」

「みんな、僕のことが珍しいみたいだね、写真撮影を頼むとどうしてか一緒に写りたがるんだ」

「ケンスケ、そりゃカメラにもよるだろ。一眼レフとか、ポラロイドとか通りすがりの女の子がいきなり使えると思うか?」

「なんでだよ、シャッターボタン押すだけじゃないか」

「アホ、よく知らない男の子にいきなり()()()()()()渡されてさ、『俺を映して』って言われて何人が協力してくれるんだよ」

「うっ」

「その点、カヲル君は設定不要、観光地の自販機で誰でも買える安価な使()()()()()()()、その時点で心理的ハードルは低い」

「シンジ君、じゃあケンスケ君が写真を撮ってもらうには使い捨てカメラが良いのかい?」

「そうだな、それはともかく変に身構えると()()()()だからな、自然体で行け」

「シンジは女子と一緒にいて慣れてるから、そんなこと言えんの」

 

 若いなあ、俺も中学校の頃、女子に話しかけるのめちゃくちゃ勇気要ったな。

 あの頃、幼馴染のアイツは女子って感じじゃなかったんで、サラッと話してたけどそれ以外の子だと意識してしまい話せなかった。

 俺はクラス委員長の女の子に照れくささのあまり、なかなか話しかけられなかったことを思い出した。

 でもケンスケはアスカに綾波に洞木さん、宮下さんとまだ女子と話せてる方だろ、何を言ってるんだ。

 男三人でオタクトークをしていると、キャッキャと騒がしい女子の輪から綾波がやってきた。

 

「碇くん」

「おお、これがシロ?」

「そう」

 

 手に7枚の白い猫の写真を持っていた。

 耳がピッと立っている子でとても小さいイメージだったけど結構大きくなっていて、部屋着姿のリツコさんに抱かれている。

 とてもヤンチャな子らしくソファーの上からダイブしていたり、綾波の持った猫じゃらしに手を伸ばしている写真もあってかわいい。

 さっきから女子が「可愛い」とか「柔らかそう」とか黄色い声を上げていたのがよく分かる。

 

「綾波、猫飼ってたんだ」

「ええ、シロっていうの、ようやく家に帰って来たわ」

 

 ケンスケは意外だなぁなんて言ってるけど、最近の綾波は猫大好きだぞ。

 猫のエサのCMを口ずさんでたりするからな。

 

「どう?」

「うん、めちゃくちゃ可愛いなあ」

 

 俺が感想を言うと、綾波は微笑む。

「そうでしょ、うちの子は可愛いのよ」とでも言いたげだ。

 心がぽかぽかしてる感じで上機嫌の綾波さんに、クラスの女子は可愛いと騒ぐ。

 

「ところで、この写真って誰が撮ったの? 金髪のお姉さん?」

「リツコさんはこの写真だけ、他は私」

「えっ、綾波が撮ったのかよ! この画質からして一眼?」

「綾波はカメラ上手いぞ、霧島さんと合宿したからな」

「はーい! 綾波ちゃんと撮影合宿しましたマナちんでーす!」

 

 霧島さんが登校してきて、綾波の後ろからひょっこり現れた。

 情報職種という事もあって、霧島さんは久里浜の()()()()に入校して“映像写真”の特技(モス)を取得したのだ。

 自衛隊においては写真撮影も特技(MOS)で、プロカメラマンのように動画や写真撮影についてみっちりと教育されるらしい。

 そんな霧島さんと、写真に興味を持った綾波はカメラを持って大涌谷まで写真を撮りに行ってしまった。

 撮影合宿から帰ってきたふたりはいつの間にか仲良くなり、漫画の貸し借りとかもやってるそうな。

 ……綾波に譲った『あ~る』全10巻は今、霧島さんちの本棚に収まっているとか。

 

「ええっ、霧島もカメラ使えるのかよ!」

「だって情報職種だもーん、ね、シンジ君」

「こらぁ! いちいち引っ付くな!」

 

 霧島さん、わざと俺の腕をとってアスカを挑発して楽しんでるな。

 ズンズンとやって来るアスカ、霧島さんはケラケラと笑いながら自分の席に向かっていった。

 ケンスケは「ちょっと前まで写真撮影は俺の()()()()だったのに、トホホ」なんて言ってる。

 大丈夫だ、特技を臨時収入に繋げたのは君だけだ。

 

 

 席につき、ホームルームが始まろうかという時にトウジが駆け込んできた。

 

「スンマヘン! 遅れました!」

「鈴原、早く座れ」

 

 担任は「ま、遅刻届は昼休み書いてもらうんだけどな」なんて言ってホームルームを始めた。

 

「トウジ、どうしたんだよ」

「昨日の晩な、委員長から電話が掛かってきたんや……」

「それで話し過ぎて、寝坊したと」

「せやな、やってもたぁ」

 

 休み時間に入るとケンスケがトウジから遅刻の理由を聞き出していた。

 一方、いつもなら遅刻についてお小言を言う洞木さんも真っ赤になってしまっている。

 携帯電話で何話してたかは分かんないけど、程々にな。

 アスカはこっちに親指を立てて見せる、洞木さんに連絡先訊きださせたのそういう事かよ。

 

「久々にサクラに起こされたわ」

「なお、間に合わん模様」

 

 新劇で可愛いと評判のサクラちゃんだが、こっちでも十分可愛いと思う。

 小学校3年生になった彼女は俺が家に行くとパタパタと出てきて、よく話してくれる。

 

「シンジさん、またウチに来てくれたん?」

「おう、アイスも持って来たで」

「やったぁ! お兄ぃ、シンジさんにお礼ゆーたん?」

「言うとるわ! ……すまんなシンジ、アイツ最近オカンみたいなこと言いよる」

「どこも妹ちゃんはしっかりしてるよ」

 

 トウジと同じく河内弁に近いものだから、親戚か姪っ子的な感覚に陥るんだよな。

 ゲームしに行ったはずが、いつの間にか居間で九九の暗唱やってたりとか、国語の教科書の感想文教えてたりとかよくある。

 その間、トウジはというと所々で茶化して怒られたりしながら漫画を読んでいる。

 

「なあ、シンジ、『モチモチの木』ってあの表紙の怖いやつやんな」

「そやな、でも山の真っ暗な中を5歳児ひとりで走るんだから中身も怖いよな」

「どんな話やったっけ」

「お爺さんが倒れて、真夜中に医者呼びに行く話」

「よく中身覚えとんなあ……ワシなんかもう忘れとったわ」

「シンジさん!」

「はいはいっと……どの辺で詰まったん?」

「ホンマにセンセやっとるなあ……」

 

 これも俺一人で鈴原家に行った時だけで、ケンスケがいるときは不思議と家庭教師にならないんだよな。

 で、目の前のトウジはどうやら、朝からサクラちゃんに布団を引っぺがされて慌てて着替えたけれど時すでに遅し、ダッシュしたけど遅刻と。

 

「なあシンジ、お前もアスカに起こされるっちゅーこと無いんか?」

「どうなんだよ」

「無い、俺もアスカも朝の5時40分くらいには起きてるからな」

「かーっ、羨ましい、美少女とひとつ屋根の下で寝起きを共にするなんて……」

「ケンスケ、シンジはワシらと違って余裕たっぷりなんやなあ」

「毎朝6時に起床ラッパ聞いてりゃそうなるよ」

 

 収容施設生活最初、俺にたたき起こされたカヲル君は寝ぼけ眼でベッドからはい出してきていたが、1週間もすると「ブッ」というスピーカーの電源が入った音で起きていた。

 そしてラッパ吹奏と同時に共にベッドから跳ね起きて、ジャー戦に着替えて点呼に向かうのだ。

 

「やっぱり、施設じゃ厳しかったのか」

「点呼と尋問にさえ出てればあとは結構緩かったよ、休みの日の営内生活みたいなモンで」

「ああっ俺もシンジみたいな生活してみたい!」

「前からセンセは変わっとったけど、他の3人も影響受けとんやなあ」

 

 トウジが言うように、この3ヶ月で綾波、アスカ、カヲル君もしっかり影響を受けていたようで、動きが完全に自衛官のそれだ。

 4人で歩くとついつい足並みが揃い、アスカがいつの間にか引率していたりする。

 体育の時間に横隊に整列する際もついつい「短間隔!」と左手を腰にあてて横と距離を測ってしまう。

 アスカは毎回「あーあ、アタシもミリタリーバカみたいじゃない!」なんて言ってるが、しっかり癖になっているようで、無意識のうちにやってしまっているようだ。

 綾波はと言うと、俺がネタで教えた“カッコいい整列法”に磨きをかけたようで動きのキレが良い。

 中間テストの返却が賞状の授与式みたいになった時には笑いそうになった。

 席を立って教卓まで向かい、テスト用紙を左手、右手の順で受け取り、脇に抱えて回れ右で戻って来る凛々しい綾波にクラスは沸いた。

 

「シンジ君も僕も早起きは得意だからね」

「なんや、渚、お前もそうなんか?」

「僕のベッドバディだからね」

「ベッドバディってなんや、めちゃ怪しい響きやな」

「うーん意味深」

「意味深じゃねえよ。二段ベッドの上下段で、ベッドメイクの組だよ」

「ベッドメイクぅ?」

「トウジ声がでかい! で、シンジ、なにそれ」

 

 トウジとケンスケの声に女子の一部がこっちを見ている。

「カヲル×シンジだと思ってたけどシンジ×カヲルもアリね」じゃないよ! 生ものはキツイ! 

 腐った女子の皆様の妄想に登場する自分たちのことを頭から追い出し、不用意な発言をした二人に営内生活の基本を教える。

 俺達の住んでいたところはあくまで演習場内の廠舎(しょうしゃ)であり、生活隊舎のようなフランスベッドにスプリングの良いマッドレス、ゴム引きのマッドレスカバーなんてなかった。

 白く塗られたL字鋼で出来たレンジャーベッドに長年使われてシナシナのマットレス、緑の毛布4枚、シーツ2枚、掛け布団1枚という新隊員教育隊のようなベッドメイキング必須の組み合わせだったのだ。

 10人部屋にふたりだけだったので二段ベッドが二つだけ置かれ、ふたりとも下の段を使っていたので厳密にはベッドバディとは言わないのかもしれないが、ベッドメイクをする相方だ。

 ベッドメイクの要領は以下の通りだ。

 

 縦に折った毛布をマットレスの上に敷き、その上に2枚目の毛布を被せて両側から張りもってマッドレスに両端を敷きこんで角を作る。

 その上にシーツを2枚張り、枕を置いて掛け毛布(3枚目)と頭側の飾り毛布(4枚目)を張る。

 最後に掛け布団を飾り毛布の上において完成。

 着眼としてはベッドの角は直角に、張りの強さは弛みなくベッド面で小銭が跳ねるぐらい、畳んでいる掛け布団は角をとり端末をしっかり揃えた綺麗な“卵焼き”もしくは“ロールケーキ”になっているように。

 

 チルドレン組の面倒を見てくださった班長(今野3曹)が初日の晩にしっかり実演してくれた。

 それをもとに綾波とアスカ、カヲル君と俺は3カ月の間ずっと延べ(どこ)で毛布を張り、上げ(どこ)では毛布を畳んでいたのだ。

 新隊員教育じゃないから延べ床、営内服務でそこまでうるさくは言われなかったけれど、人は(やす)きに流れるので営内生活は()()()()()()だ。

 ベッドメイクや営内生活の話をすると、ケンスケやトウジのほかにクラスの何人かが聞き入ってた。

 今となっちゃネルフも無いし、低レベルの秘密指定されていたことも解除されてチルドレンであったことは()()()()()状態だから別に良いけどさ。

 

「と、まあ、富士の廠舎だったから、ベッドはボロイし夜は肌寒いし野生動物は普通に出てくるし……」

「おかげで、僕は毛布があれば何処でも寝れるようになったよ」

「だからカヲルはいきなりソロキャン始めたのか」

「ケンスケ君も一人でキャンプするって言っていたからね」

「持ち物が漫画と寝袋とカンヅメだけやったから、『コイツ、山ナメとんちゃうか』とワシは思ったわ」

 

 カヲル君は本気を出せばA.Tフィールドで銃弾、熱線、寒風すら遮断できるからどうもその辺が大雑把だった。

 寒かったり雨が降ったならA.Tフィールドを張って凌げばいいという発想だったから、テント無し、防寒具や雨具無しという何ともワイルドな装備で出かけようとして、ふたりに止められたとか。

 そこでケンスケのお古のM65ジャケットやらOD色と白色のリバーシブルポンチョなどいろいろ装備してようやくソロキャンパーっぽくなったらしい。

 一方、野外活動する綾波はというとカメラバッグに旧ネルフの赤いベレー帽、白と青のチェックのシャツにジーンズ、トレッキングシューズという山ガールスタイルだ。

 

「レイ、汗は体温を奪うから、タオルを持って行くのよ」

「道に迷った時はこの腕時計のボタンを押しなさい、そうすれば救難信号が発信されるわ」

 

 心配したリツコさんがあれもこれもと持たせた結果、ちょっとした撮影に行くだけなのに10キロ行進訓練みたいな装備になってしまった。

 一緒に行った霧島さんは、おしゃれな長袖シャツにカーゴパンツ、カメラバッグ、ブーニーハットとこちらも野外慣れしてる感じだ。

 二人が撮った写真を見せてもらったわけだが、霧島さん、自画撮り多っ! 

 

「ほら、()が良いからさ、こう、絵になるようなところを探しちゃうんだよね、“大地と私”みたいな?」

 

 綾波は風景画と……猫の写真が多い。

 塀の上で寝てるデブ猫や、路地で目を光らせてるトラ猫、そして戦自のMCVに我が物顔で乗ってる猫と、合宿に行った大涌谷の風景より街中の方が写真多かった。

 綾波の部屋に取り外しできる暗室が出来てしまったそうで、時々暗幕を下げてフィルムの現像作業をやってるらしい。

 一方、家主であり綾波の保護者となったリツコさんは昔からデジタルカメラ派なんだとか。

 

 綾波もカヲル君もホントに野外生活にハマっちゃったなあ。

 それでいて家じゃアニメにマンガに小説と、人生楽しそうでいいな。

 俺はアスカと下見という名の海デートしたことを棚に上げてそんなことを思ったのだった。

 




休み明けのクラスを舞台にしたヤマもオチも無い話ですが、ご覧いただきありがとうございます。

鋼鉄のガールフレンドのデートコースでおなじみ海賊船、カヲル君はその上で写真を撮りまくってました。
……マナがナルシストなのは公式設定です。


「エヴァ 私服」で画像検索したところコラボのやつが結構出てきたのですが、ちょっとゴテゴテ感がきつかった……。
作業服ブランドとのコラボ“A.T.FIELD EVANGELION WORK”が本作シンジ君のイメージに一番近いか、OD色だけど。

山ガール綾波……それってユイ君では?(違います)

追記
エヴァンゲリオンストア4周年という画像でまさかのカヲル君・シンジ君迷彩スタイルが……


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父と子

 7月の終わりごろ、俺は第3新東京市を遠く離れて某県の深い山の中、木で出来た小屋のような収監施設にやって来た。

 ハイキングコースでもあれば峠の茶屋として繁盛するのだろうが、ここはそんな風情のある場所ではない。

 周囲には有刺鉄線が十重二十重に張り巡らされ、唯一の山道には監視カメラと哨所が一定距離おきに設けられている。

 道中の看板には『警告』と書かれたものが何枚もあって文面にはただならぬものを感じさせる。

 

 

 『警告 これより先は日本国政府の所有地であり、許可なく立ち入った場合処罰されます』

 

 

 山道で何度も停められて引率者共々武装した哨兵にチェックを受ける。

 三回の身体検査を受けてようやくログハウスのような外観の建物に入った。

 刑務所という感じではなく、どちらかと言うと老人ホームに近いような感じで温かみのある配色が施されている。

 その一室にかつて特務機関ネルフの司令をしていた彼は居る。

 

「碇さん、入ります」

「ああ」

 

 施設の職員に案内されて、面会室というプレートが張られた部屋に入る。

 透明なポリカーボネート板とカウンターテーブルが部屋を二分し、向こう側の椅子に一人の男が座っていた。

 ネルフ最後の日からおおよそ4か月ぶりに対面した彼は雰囲気が違っていた。

 薄い水色の室内着に身を包み、四角い眼鏡を掛けて髭も剃っていたから一瞬誰だかわからなくなったが、よく見ると碇ゲンドウだった。

 

「よく来たな、シンジ」

「お久しぶりです」

「ああ」

 

 ネルフ司令の黒い制服に身を包んでいた体は痩せ、館内着から伸びる手足は枝のように見えた。

 右手はアダムの切除手術が行われたようで、手首から先は包帯に覆われている。

 

「実は伝えないといけないことがあって、ここに来ました」

「なんだ」

「僕はあなたのご子息である碇シンジではありません。4年前の彼とは中身は別人なんです」

「……知っていた、お前が()ではないというのは」

「申し訳ございません。実際は28歳の大人なんです」

「かまわん、こんな私にどうこう言う資格はない……」

 

 愛する人に遺されてしまったあげく、ふたりの一人息子は中身が別人なんて悲しすぎるだろ。

 

「いいや、あなたは碇ユイとの間の息子であるシンジ君に憑いた俺を非難する資格は十分にあるはずだ」

「責めたところでどうしようもない」

 

 それはさておき、わざわざゲンドウに面会にしに来たのだ。

 原作知識であるが、エヴァの中で対話したというていで原作シンジ君が聞けなかったことを聞いてみることにした。

 

「エヴァの中でいろいろ経験したんで、伝えたいことがあるんですがよろしいでしょうか」

「どうした、早く言え」

「碇司令……いやゲンドウさん、教えてくれ。あなたの中のシンジ君はどんな子でしたか」

「よく泣く子だ、生まれてからずっと。あとユイの腕の中でしか眠れない子だ」

 

「最後に会ったのは、墓参りですか」

「そうだ、あの時もあいつは泣き出してしまった。私はいつだってシンジを傷つけてしまう」

「それなら、何もしないほうがいい。そう考えたんですか?」

「……ああ、私は人に嫌われるのには慣れているからな」

「幼い時のやつは嫌いとかじゃなくて、母親以外を怖がってただけじゃないんですかね」

「そうかもしれないが、私が抱き上げると毎回ひどく泣く。結局ユイが居ないとどうにもならない」

 

 幼い息子に毎回泣かれて父親としての自信を無くした上に、妻の実験失敗。

 不器用で忙しい男ひとりで子育てなんかできるわけないよな。

 

「そこでシンジ君を“先生”のところに?」

「ユイのように夜泣きをあやすことも、保育所への送り迎えも出来なかったからな」

「男手一人で幼児の面倒を見るのは大変なのはわかるけれど、どうして会いに行かなかった?」

「事故の件でマスコミが常に張っていたから、奴らの興味が冷めるまで待っているつもりだった」

 

__父さんは僕のこと、いらないんじゃなかったの!

 

 アニメ第1話のシンジ君の声が頭をよぎる。

 

「シンジ君は自分が()()()()()なんだって悩んでいましたよ。どこに行っても独りぼっちで、周りからは距離を置かれて」

「私は、シンジにどう会っていいかわからなかった。いっそ、私を忘れてくれればいいとさえ思った」

「会いづらくて()()()にしてるうちに没交渉ってやつか……せめて手紙でも出してやればシンジ君もそんなに悩まなくて済んだはずですよね」

「シンジは私を嫌っているはずだ」

「僕がシンジ君に憑依したのは小田原駅に来てからですけど、本当に嫌いなだけであればわざわざ電車に乗ってまで来ませんよ」

「ヤツは居場所を求めていた、だから応じたまでにすぎん」

「シンジ君の考えてたことがうっすらと分かるんです、シンジ君は今まで寂しい思いをしてきた、だから父親に必要とされることに期待してきたんだ」

「どうして、そう言い切れる」

「僕なら『来い』と書かれた手紙で、長い間会ってない親父の所に行きませんよ。『ふざけんなクソ親父、誰が行くかよバーカ』と吐き捨てて終わりですよ」

 

 俺は鞄の中から、破ってまた貼り直した黒塗りの書類コピーを出す。

 

「シンジ君は一度破り捨てたけど、わざわざテープ貼ってまでやって来たんです」

 

 ゲンドウは何も言わず、俺の出した手紙を眺める。

 『来い』の文字を塗りつぶし、破ったものをセロハンテープで継ぎ合わせていた。

 

「ま、どういうわけか憑依した僕が代わりにエヴァに乗ることになったんですけど」

「それで、お前は何処までシンジのことを知っている?」

「第15使徒が過去の記憶を掘り出してくれたから、俺の中のシンジ君の事を知ることができたんです」

「シンジに同情しているのか」

「そうかもしれませんね。同時にこれがユイさんの見せたかった『明るい未来』かよって思いましたね」

「ユイ……」

「ホントに、家族を置いていくなよな……でも、動かせるエヴァがあったおかげで、使徒との戦いに勝てたんだ」

「そんなものは、もうどうでもいい……俺はユイが居てくれるだけで良かった」

 

 そこにネルフにいた時の迫力はなくて、ただ目つきの悪い()()()()おじさんがいた。

 たった一人の妻と再会するため、すべてはその為だけに。

 綾波、赤木母娘、冬月……その他大勢を巻き込み、ゼーレすら利用して叶えようとした一縷の望みを粉砕してしまったんだ。

 その件に関して俺はゲンドウに謝る気はさらさらない。

 

 __サードインパクトを起こしてでもユイさんに会いたかったゲンドウと冬月先生。

 __我が国、俺の周りの人々の生活と安全のために戦った俺達。

 

 お互いに目指すものが違ったから、しょうがない。

 人類や綾波を巻き添えにしない方法であれば「どうぞご勝手に」と言えたんだけどな。

 

「……ところで話は変わりますけど、リツコさんと綾波って今も一緒に暮らしてるんですよ」

「ああ」

「猫を飼って、あの二人仲良くやってますよ……写真、見ます?」

 

 綾波とリツコさんが撮影した10枚の写真をゲンドウに見えるよう机に並べる。

 猫と戯れる綾波に、微笑んでいるリツコさん、自転車に乗っている綾波、冷麺をすする綾波とエプロン姿のアスカ、最終日に戦自の隊舎をバックにチルドレンと隊員たちで撮った記念写真とここ数カ月の写真だ。

 

 ゲンドウは仕切り越しに写真を見る。

 原作のイメージなら「くだらん」と一言で切り捨てそうだったが、写真の中の綾波を目で追っていた。

 そして、ゲンドウは斜め上を向いて独り言のように言う。

 

「レイと赤木君には悪いことをした、許してくれとは言わない」

「リツコさんからの伝言ですけど、『あなたって本当に、ひどい人』だそうで」

「そうか」

「綾波からは、『ありがとう、お世話になりました』って」

 

 綾波からの言葉を伝えたところ、眼鏡に右手をやった。

 そこで包帯が巻かれていたことに気づいて手を宙に彷徨わせる。

「レイ……」

「たとえどんな理由だったとしても、あなたが居なければ彼女もいなかったんです」

 

 ユイさんの姿に似せた“リリスの器”だったのだが、今や小説と写真が好きな女の子だ。

 これはもう、シンジ君の腹違いの妹と言っていいかもしれない。

 

 それからしばらく、ゲンドウは写真を眺めていた。

 

 何分か経ったころ監視役の職員が面会時間の終わりが近いことを告げる。

 最後に俺がシンジ君の代わりに聞かなきゃいけないことを聞いておく。

 

「本当の所、シンジ君の事をどう思ってたんです?」

「……私はユイに愛されるシンジが妬ましく感じた。それでいて愛するにもどうしていいのか分からなかった」

「それをもっと早くに言ってればな……」

「過ぎた時計の針は戻らない、それはお前もわかっているだろう」

「だからあなたも俺もこれからの人生を生きて行かなきゃならないんだ」

「シンジ、お前に私の気持ちはわからないだろう」

「そうですね。まだ愛する妻に遺されるって経験が無いもんで。憑依前も」

「いつかはお前も通る道だ、覚悟しておけ」

「そうしますよ……じゃあ、お元気で。ゲンドウさん」

「ああ……シンジ、レイを頼む」

「了解」

 

 ゲンドウは頷くと、そばにいた職員に連れられて面会室を出て行った。

 ひとり面会室に遺された俺は机の上の写真を片付けると、案内に従って収監施設を出る。

 曲がりくねった山道を下っていく車の中で左右に揺られながらぼんやりと考える。

 

 この世にいる限り、仏教でいうところの八苦、生・老・病・死の四苦に加えて愛別離苦(あいべつりく)怨憎会苦(おんぞうえく)求不得苦(ぐふとっく)五陰盛苦(ごうんじょうく)の四苦からは逃げられない。

 愛する者と別れてしまう苦しみ、嫌いなことや嫌いな奴に会ってしまう苦しみ、求めるモノが得られない苦しみ、生きていること自体が執着などでそれこそ苦だ……という。

 ゲンドウも、俺も、ゼーレの爺様も生きるものはみなこの苦しみを持っているのだ。

 

 人類補完計画は考えようによっては八苦からの解放、すなわち解脱(げだつ)させてくれるものであったらしい。

 日本に息づく大乗仏教的な価値観で考えたら“衆生救済(しゅじょうきゅうさい)”なんてフレーズが出てきたわけだが、ゼーレの爺様方は本気で神となって魂の救済をしてくれる気だったのだろうか? 

 大多数の人は苦しくともヤバい宗教団体による衆生救済なんか望んじゃいない、そんなに悟りが開きたきゃお釈迦様みたいに菩提樹の下で明けの明星が見えるまで座禅でも組んでくれってね。

 

 ま、永遠の命であるエヴァの中にいるユイさんはひとり、このさだめから離れてしまったんだけどな。

 じゃあ、ゲンドウは出家したシッダッダ太子に置いて行かれたヤソーダラー妃で、シンジ君は息子のラーフラ(障害)になるのか。

 オカルト混じりの科学で解脱した碇ユイにしろ、修行の後に悟りを開いた仏陀にしろ実現してしまう宗教家の家庭って大変だな。

 

 大学の一般教養の宗教学で学んだことを思い出し、『仏教版エヴァンゲリオン』なんかがあったらこういう仏教用語がポンポン飛び出てきたんだろうななんて考えた。

 ところで……この世界、ゼーレ以外にそういう宗教結社あったりしないよな? 

 今から“ニルヴァーナ(涅槃)計画”とかそういった名前の怪しげな企てをもつ秘密結社、宗教団体とか現れたりしないよな? 

 富士の裾野とかに“国家転覆の()()()()()が隠匿されている精舎(しょうじゃ)”とかあった場合、内務省管轄の特災研は戦自や警察と共同して強制捜査に駆り出されるのだ。

 このアニメ的世界ならそういった“悪の組織”が出てきても驚かないぞ。

 ゼーレを筆頭にカルト教団はやばいから、出動とかなかったら良いよなあ。

 

 

 車がコンフォートマンションの前で停まり、俺は引率の戦自士官と運転手を見送って部屋に入る。 

 

「おかえり、早かったじゃない」

「ただいま。思ったより高速が空いててね」

 

 玄関からダイニングキッチンに入ると部屋着姿のアスカが出迎えてくれた。

 ついさっきまで洞木さんと買い物に行ってたらしく、リビングにはショッピングセンターの袋があった。

 

「コーヒー作るけど、味どうすんの」

「普通で。お土産の温泉まんじゅう買って来たから食べよう」

「温泉まんじゅう?もっとオシャレなやつってなかったわけ?」

「最近流行りのフロランタンとかロールケーキとかの方がよかった?」

「別に、嫌いじゃないわよ。まんじゅう」

 

 俺はトイレ休憩で立ち寄ったパーキングエリアで買った土産物のまんじゅうをテーブルに広げる。

 アスカがコーヒーを淹れてくれたので、ふたりでまんじゅうを食べながら面会の話をする。

 うん、甘い……コーヒーの苦さがちょうどよく感じる。

 砂糖一杯ミルク入りの“普通”って言ってたけどこれを見越して、砂糖なしで作ってくれたんだなアスカ。

 

「シンジ、司令どうだったの?」

「随分弱ってたよ、ずっとユイさんの事追いかけてたからな」

「エヴァのサルベージってしないのかしらね、シンジのママは身体ごと行ったんでしょ」

「やったところで帰って来るかどうかわからないんだよな」

「どうして?」

「自分からエヴァに残ってる可能性が高いから」

「なんでよ、使徒も倒したしお役御免って言ったら出てくるんじゃないの?」

 

 アスカはネルフ解体時からずっと言われているエヴァのサルベージによる脱魂作業にふれる。

 結局、莫大な費用が掛かるというのと、組織の新編に伴う諸作業でそれどころじゃないということで見送られていた。

 劇場版の描写などから推測するに、やったところでユイさんは初号機から出てこないんじゃなかろうか。

 

「魂の入ったエヴァなら太陽、月、地球が無くなっても()()()()()()としてずっと残れるんだとか、あの人そんな事言ってたらしいからな」

「でも、ずっと一人じゃないそんなの」

「寂しくても生きてさえいれば、どこだって天国になるわって考えの人だったんだって」

「いろいろぶっ飛んでんのねシンジのママ」

「そんな人に惚れたオヤジも、遺されたシンジ君も災難だよな」

「ところでシンジ、『もし、アタシがどっか行っちゃったら、追いかけてきてくれる?』」

「唐突だなぁ」

「いいから」

「……できる範囲でなら」

「そこは、『いつまでも、ずっと』っていう所でしょうが!」

 

 俺の言葉を聞いたアスカは昨晩見たドラマのセリフを言う。

 ああ、ラブロマンス物みたいなセリフ言われたかったんだなアスカ。

 

「わかった。……サードインパクトを起こしてでも、ずっと」

「それはドン引き。そんなの言われたらぶん殴るわ」

 

 冗談めかして言ったら割とガチなトーンで返された。

 

「そんなノリの大人が近くに二人くらいいるんだよな」

「誰それ」

「親父と冬月副司令」

「えっ、副司令、あのお爺ちゃんが?」

「うん、冬月先生の元教え子で好きな人だからユイさん。オヤジにとられちゃったけど」

 

 ゲンドウ、冬月、ユイの関係を知ったアスカはウゲッというような顔をした。

 

「まあ、人に歴史ありってやつだ」

「シンジ、アンタどっからそんな話聞きつけてくんのよ」

「最近の綾波を見て『ますますユイ君に似てきた』なんて言ってりゃ嫌でも分かるだろ」

 

 エヴァ2の冬月シナリオではわざわざシンジ君を女装させるレベルだから、実は一番ネルフでヤバい人なのかもしれない。

 こっちの世界では毎回私服姿、研究者スタイルの綾波をまじまじ見ながら呟いてるんだから、弁護のしようもなかった。

 

「で、副司令に面会はしたの?」

「今は面会したくないんだってさ、部屋からも出てこないらしい」

「ちょっと、それ大丈夫なの?」

「さあなぁ高齢だし、セカンドインパクト以降ずっと働き詰めで疲れたんだろう」

 

 ゲンドウに雑務押し付けられてばっかりの十数年だったからな、あげく徒労に終わったんだから燃え尽きもするだろうよ。

 ゆっくり休んでくれって言いたいところだけど、収監施設から出る前に冬月先生お亡くなりになりそうで怖いよな……。

 

「シンジ、アンタもいろいろやってるみたいじゃない」

「俺に出来る事なんてそんなにないよ。みんな人任せってね」

 

 そう、使徒戦後の処理なんてチルドレンの顔つなぎ程度でどうにかなるもんじゃない。

 殉職隊員、殉職職員家族にも弔慰金を出さないといけないし、旧作戦課だけでも退職者の()()()()やら、国連軍から貸与されていた装備の返却や人員の原隊復帰とやることが多い。

 その中で俺がやったことは広報部の人間について回って国連軍や戦自所属の近隣部隊を訪問して、使徒戦中の協力に対して感謝の気持ちを伝えることくらいだ。

 エヴァンゲリオンパイロット、現在収監中の碇司令の実子という肩書もあって歓迎されていたけれど、それが何の役に立ったんだろうか。

 

「でも、今の生活もアンタや加持さんのおかげなんでしょ?」

「加持さんが内調の人だったのと、制服組からの協力があったから上手くいっただけだよ」

「しばらく予定入れるの禁止! せっかくの休みなんだからアンタも休むのよ!」

「了解、来週は海だよな」

「そうよ、そのためにおニューの水着買ったんだから!」

「へぇ、どんなの?」

「それは行ってからのお楽しみよ!」

 

 ゲンドウとの面会で7月の予定はすべて終わった。

 来週から夏休みに入り、俺達は青くて広い海に行くのだ。

 行こう行こうと言って早2か月、ようやくみんなの予定が合ったんだから、晴れたらいいな。

 




シンジ君がゲンドウと話をするだけの回

ビジュアルがネルフ誕生の頃のゲンドウで、立木さんボイスで再生できるかどうか考えながら書いたわけですが、書いてるうちに銀魂のマダオがちょくちょく表れて苦労しました。
なお、事情聴取の進み具合により、数年で二人は釈放となります。

ネハンゲリオン(仮)の妄想に登場した巨大兵器を持った仏教系カルト教団はおそらく登場しません。


元ネタ解説

仏陀:ブッダ、お釈迦様とも呼ばれ、本名はゴータマ・シッダッタでマガダ国の王子。城の4つの門から外に出た際に死人の葬送や病人、老人の姿を見て生老病死の“四苦”について考えるようになりある晩出家、苦行の後、村娘スジャータの施しの乳粥を食べて気力復活、菩提樹の下で悟りを開き仏教教団を作った後様々な出来事を経て、村の青年チュンダの施しのキノコ料理を食べて食中毒で死んでしまった。(異説あり)

ラーフラ:シッダッタ太子とヤソーダラー妃の間の子。
そして生まれた子供に求道のための妨げになる……ラーフラ(障害)と名付けて、ある夜にいきなり出家してしまうシッダッタ太子。後にこの置いて行かれた妻子も追いかけて仏教教団に入ります。

涅槃:涅槃(ねはん)輪廻の輪から外れて、一切の苦悩や束縛から脱した悟りの境地



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ビーチであなたと

夏のある日、シンジたちは海に行く。
ジリジリと肌を焼く日差しの中、シンジは不思議な夢を見るのであった。


 強羅から小田原駅に向かう朝の普通列車はポツポツと人がいた。

 使徒との戦争が終わってはじめての夏だから“長期休暇をとって旅行に行こう”という人もまあまあいるようで、キャリーバッグを持った人や俺達みたいな行楽地に向かうであろう家族連れ、グループが目立っている。

 そして、電車の中でも俺達はとても目立っていた。

 男3人、女4人の大所帯だからというのもあるけれど、()()()()()()からっていうのもあるだろうな。

 

 俺と一緒に家を出たアスカは、薄手のTシャツにキュロットというアクティブな夏の装いだ。

 綾波は白いワンピースにつばの広い麦わら帽子、カメラバッグと着替えの入った青いボストンバッグを下げている。おそらくリツコさんが日焼けさせないように考えたんだろうな。

 洞木さん、宮下さんは淡いパステルカラーのシャツにフレアースカートという今年の夏ファッションで、小さなトートバッグを持っている。

 まさに、女の子のお出かけスタイルだ。

 

 そんなオシャレな女の子たちと対照的に男子勢は何ともやぼったい感じだよなあ。

 トウジはいつもの暑そうなジャージじゃなくて、薄いグレーのシャツに青いジーンズだ。

 俺は久々にチノパンにネルシャツ、ベースボールキャップという“爽やか系ファッション”に身を包んでいたわけだが、アスカの分まで荷物を持っている都合でタンカラーのバックパックを背負っている。

 ケンスケは水抜けのよさそうなブーツに薄い迷彩ズボン、速乾のODシャツといつものフィッシングベスト、ブーニーハットと()()()()を意識したかのようなスタイルだ。

 ……その迷彩アリスパックの中には何が入ってるんだろう。フィンとかラバーガンとか入ってないだろうな?

 

 第三新東京市から小田原までの区間はかつて箱根登山鉄道だったこともあり4人掛けのボックスシートのある車両だ。

 アスカ、綾波、洞木さん、宮下さんの女子勢と男子の俺、ケンスケ、トウジの男子勢に分かれて座っていた。

 女子は現地に着いたらどうするか、こうするかとにぎやかだ。

 綾波はというと3人の会話にときどき混ざりながらも、一眼レフのカメラで車窓からの風景やら俺達を撮っている。

 窓の外には草木青く萌える山々や水田が広がっていて、この先で使徒やエヴァ量産機と激しい戦いがあったようには見えない。

 

 強羅駅でカヲル君が乗って来るはずなんだけど、乗りこんでこないまま列車は駅を出た。

 まさか、遅れて電車に乗り損ねたのか? 

 連絡しようと携帯電話をポケットから取り出した時、電車の連結部のドアが開く音がして誰かが入って来た。

 

「なんとか、間に合ったんだカヲル君……うん?」

「旅は道連れ、世は情け……ひとりもいいけれど、やはり皆がいるほうが賑やかでいいね」

「そやろ……、なあ、お前めちゃくちゃ楽しみにしとるやんけ」

「そうよ、なんでアンタ今から浮き輪背負ってんのよ!」

 

 最後にやって来たカヲル君は水色の花柄アロハシャツにタンカラーの七分丈短パン、バックパックに浮き輪を結わえ付けている。

 それも結構大きい朱色の救命浮き輪で『NERV-PE169』の文字が白いスプレーで拭きつけられていた。

 護衛艦などに常備されている樹脂製の救命具で、どうもネルフの物らしい。

 

「先生が海に行くなら、浮き輪を持っておけと言ってたんだよ」

「カヲル君、どこで手に入れたんだよこんなの」

「ジオフロントの地底湖に置き去りにされていたのさ」

「あんた、しょうもないモン拾ってんじゃない!」

「カヲルの背負ってるのは国連軍から供与された水上警備艦のものだね」

 

 ケンスケが浮き輪の出どころを明かした……やっぱり地底湖の艦艇の救命具かよ! 

 そして、どうして彼は元ネルフの中の人より詳しいんだ。

 

「水上警備艦? 何に使うのよそんなの……」

「エヴァで敵に投げつける」

「アンタバカぁ、そんなことできるわけないじゃない」

「シンジ、さすがにそれ無理ちゃうか?」

 

 即、アスカとトウジに否定される。

 しかし、旧劇場版でアスカは弐号機で艦船を持ち上げ、戦自の特科隊に投げつけていたのだ。

 

「普通に考えてジオフロント内に入った敵を迎撃するんだよ、きっと」

「そうなの?」

「でも、第14使徒の時、船は一発も撃ってなかったわ」

 

 皆、ケンスケのように考えるのだが、綾波が言うように防衛ビルが弾切れまで多連装ロケットを撃っている頃、地底湖に浮かぶ艦船は一発も撃っていなかった。

 一体、何のための艦艇なんだろうな。

 謎は深まるばかりだ……それはそれとして、カヲル君も先生の話を聞いていたのか。

 

「渚君、根府川の先生のお話、真にうけちゃダメよ」

「委員長、おもろいからエエやんけ」

「渚君は泳げないの?」

 

 洞木さんがカヲル君に問いかけると、カヲル君はにこやかに答えた。

 

「僕は水泳をしたことがないんだ、今までする必要が無かったからね」

「カヲルって水泳初体験かよ」

「そうだね。リリンは環境に適応した肉体に作り替えるんじゃなくて、技術を身に付けていく……本当に興味深いよ」

「なあ、センセ、リリンってなんやねん……」

「カヲル君は時々“ヒト”のことそう言ってるんだよ」

「カヲルのギャグはよー分からんなあ」

 

 出自は伏せられておりドイツからの帰国子女となっているので、クラスの中では()()()()()()()だと思われているところがある。

 それをアスカに言ったら、「ドイツのギャグちゃうわ!」とテレビの芸人の真似にしてはやたらネイティブな感じで突っ込まれた。

 アスカが訂正しようとするも、もう手遅れで、不思議系少年カヲル君の持ちネタですっかり定着しちゃったのだ。

 

「そういや綾波とカヲル君以外は、海に行ったことあるんだっけ」

「そやな、修学旅行で沖縄の海に行ったなあ」

「伊江島の海、砂浜、頭上を飛んでく在日米軍のMC-130ッ!」

「アスカと碇くん、綾波さんは待機だったのよね」

「碇くんたちはその時何やってたの」

 

「俺達は本部のプールで泳いだよな」

「その後に火山の中に潜ったわけよ」

「使徒殲滅後に温泉に入ったわ」

 

 俺達の回答に首をかしげる3人。

 そこで“マグマダイバー”の内容をサラッと伝えると、あまりの無茶に絶句していた。

 修学旅行初日に浅間山の火口から溶岩内に突入して使徒と戦い、沈みそうになった弐号機を生身の初号機で救出し、温泉宿に1泊して帰り、膨大な数の報告書に加えて俺はさらに反省文という激動の3日間を主にアスカが熱く語る。

 マグマに潜って以降の作戦展開にケンスケは目を輝かせ、トウジは「ホンマかいな」なんて言ってる。

 洞木さんと宮下さんは呑気に修学旅行に行ってる間に、生と死のはざまの作戦が行われていたなんて……と驚いていた。

 そんなアスカの第8使徒戦もいよいよ佳境に突入する。

 冷却攻撃で使徒が爆散し、命綱である冷却剤パイプが千切れて今まさに沈まんとする弐号機。

 

「ラインが切れて“アタシ、もう死んだー! ”って時にシンジが飛び込んできたのよ。何にもつけずに!」

「それで、どうなったの!」

「アタシの弐号機の手を掴んで引っ張り上げてくれてね……」

「碇くん、熱くなかった?」

「煮え湯に飛び込むみたいで、めちゃくちゃ痛かったけど、そんなこと言ってる場合じゃなかった」

「シンジ、それじゃ最悪ショック死してたじゃないか、よく生きてたな」

「俺も9割方死ぬだろうなと思ったよ、マジで」

「死への強い拒絶は強いA.Tフィールドを張ることができる、シンジ君はそのおかげで助かったんだね」

 

 そう、物質化したA.Tフィールドのおかげで初号機は溶け落ちずに全身大やけどで済んだのだ。

 細かい作業が出来ないD型装備の弐号機に代わって零号機が焼き上がって熱々の初号機のプラグカバーをむしり取ってエントリープラグを引っこ抜いてくれたのである。

 

「……引き上げられた初号機は、焼き魚みたいになってたわ」

 

 その時の様子を見た綾波はまるで塩焼きを連想したとか。

 

「プラグごと釜茹でになった俺は病院に担ぎ込まれたけど、『異常なし』だったから温泉宿に直行」

「あれっ、綾波も温泉宿行ったの?」

「ええ、アスカが来てって言ったから」

「だって初号機のプラグカバー取れなかったし、せっかくの温泉よ!」

「……エヴァのパイロットって本当に命がけなんだな」

「エヴァって暴走しなくても危ないんだね」

 

 ケンスケは憧れていた「エヴァパイロット」がいかに危険で苦しいものか想像したようで、意識戻り次第()()宿()()()()と聞いたとき青くなっていた。

 エヴァ参号機もとい第13使徒のせいで酷い目に遭った宮下さんもひきつった笑いだ。

 洞木さんはアスカと俺の心配をしてくれたわけだけど、ご覧の通り今もピンピンしているよ。

 カヲル君は、「プラグの熱にやられたのに、また熱いお湯に浸かるのかい?」と不思議そうだ。生臭いLCLと温泉は別物だよ! 

 

 おっと、気づけば箱根湯本を過ぎて小田原駅だ。

 ここから東海道本線に乗り換えだ。

 

「小田原で乗換えだよ、下車用意!」

「向こうのホームだから、急ぐわよ!」

 

 ドアが開くと同時に降りて、下見を済ませていた俺とアスカが先導しドタドタと東海道本線ホームに向かう。

 予定していた電車よりも一本早いけどまあいいか。

 快速列車に乗って小田原を出るとトンネルとカーブがいくつも続き、セカンドインパクト後に再建された新早川駅、そして新根府川駅と停車する。

 綾波は目を輝かせ、車窓からの景色にかぶりつきで写真を撮っている。

 

「ちょっとレイ、アンタ今から撮ってたらフィルム無くなるわよ」

「大丈夫、予備はまだまだあるもの」

「綾波さんってフィルムカメラ好きなの?」

「ええ、フイルムは焼き加減と印画紙で変わってくるもの」

 

 それを微笑ましそうに見ているアスカと洞木さん。

 デジカメとインクジェットプリンターもあるけれど、俺の居た世界の2016年ほどは普及していない。

 そのため、まだまだフィルムカメラが多い。

 ゆえに街の至る所にカメラ屋さんや写真店があって現像サービスをやっている。

 綾波は白黒は自分でやるけれど、カラーは写真屋さんに外注で出すらしい。

 カラー写真は機械を買わないとだめで、赤灯でよい白黒写真と違って完全に真っ暗な暗室が必要なほどデリケートすぎるのだ。

 

「海だぁ!」

 

 宮下さんの声に窓の外を見ると窓の外いっぱいに太平洋が広がっている。

 

「これが、海……」

「向こう岸が見えない、海って広いんだね」

 

 綾波とカヲル君は初めての海に興味津々だ。

 俺達も海に来たことで、これぞ夏休みというウキウキ気分に呑まれていた。

 雲一つないいい天気だから蒼い海原がきらめいて眩しく、ドアが強い海風を受けてコトコトと鳴る。

 

「アスカ、今日、晴れて良かったわね」

「そうね、泳ぐにはバッチリよね!」

 

 洞木さんとアスカのやり取りを見ていた綾波は少し考えるようなそぶりを見せてきっかり1分。

 何かを思い出したかのように言った。

 

「ピーカン……ピーカン不許可」

「何それ?」

「綾波さん、ピーマンがどうしたの?」

 

 綾波、もう立派な光画部員になっちゃってまあ……。

 ここではピーカン晴れって言わないのだろうか。

 

「“ピーカン”って雲一つない()()のことだよ、写真撮りにくいって事じゃないか?」

「碇くん、それって死語だと思うの」

「ヒカリ、こいつら昭和のマンガ読んでんのよ、これぐらいよくあるわ」

「ピーカンは光が強くてピントが合わせやすいけど、暑いわ」

「撮影技法の話じゃないんかーい!」

 

 思わずツッコミを入れてしまう。

 綾波はキョトンとした顔で、首を傾げた。

 

「リツコさんが、熱射病になるから暑い日は涼みなさいって言うの」

「ちょっと最近のリツコ、過保護過ぎない? レイを甘やかし過ぎよ」

「アスカも碇くんに甘やかされてる……」

「あ、アタシが甘やかされてるですって!」

「食事から家事まで、やってもらってる」

「アタシだって家事やってるわ! シンジに頼ってばっかりじゃないのよ!」

「最近はアスカの家事も上手くなったよ、だから頼りにしている」

 

 アスカと綾波、洞木さんの三人が同居生活の話で盛り上がる。

 そんな様子を見ていたトウジとケンスケはモテる男は良いなあと茶化す。

 列車は海沿いの斜面に沿って走り、東海道本線と並走する護岸道路が下に消えてゆくと窓いっぱいに海が広がった。

 

「海なんて久々やなあ、修学旅行からずっと山の中やったし」

「そうだねー、第三新東京市で“うみ”って言ったら芦ノ湖だもんね」

 

 宮下さんが第三東京民の中の“うみ”を教えてくれた。

 まるで滋賀県民の琵琶湖じゃないか。

 ちょっと泳ぎに行くのは“海水浴場”じゃなくて、近江舞子や真野浜の“水泳場”だ。

 

「『われーは(うみ)の子、さすらいの……』ってか」

「センセ、『わーれは海の子白波の、さーわぐいそべの松原に』やないんか?」

「俺のは『琵琶湖周航の歌』だよ、トウジのは『われは海の子』」

「知らんわ!」

「そりゃ、滋賀県民じゃなきゃな。ピンとこないよね」

 

 滋賀の民にとって琵琶湖は飲み水であり、遊泳場であり、水上交通の経路、そして信仰の地であるのだ。

 俺が湖に面した場所で暮らす人たちに思いを馳せていると、ケンスケが遥か遠くの洋上に艦の姿を見つけた。

 新横須賀港が近いので、そりゃ護衛艦の一隻、二隻いるだろう。

 

「なあ、シンジ、あの沖の船って何だと思う……シルエット的に空母かな?」

 

 小さくて黒い影は全通甲板のようで、よく見えない。

 なんとなく空母という感じがしないのでおおすみ型輸送艦か、ワスプ級強襲揚陸艦だろうか。

 この世界ではいずも型やひゅうが型が存在しないので“ヘリ空母”ではなさそうだ。

 

「艦橋の形から、もしくは輸送艦、強襲揚陸艦じゃないか」

「また始まったで、ホンマにお前ら好きやの」

「くうーっ、強襲揚陸艦って名前がかっこいいよなぁ!」

「シンジ君、強襲揚陸艦とはアルビオンの事かい?」

 

 ケンスケが興奮し、カヲル君はあるOVA作品(0083)を思い出したようだ。

 残念だけど、この世界で空飛ぶ「足つき」の強襲揚陸艦は実在しないんだよ。

 ミサトさん艦長の“ヴンダー”とかいう謎戦艦が出てくる新劇場版世界なら空飛ぶ揚陸艦が居てもおかしくないんだろうけど。

 

「カヲル君、人型兵器は載らないぞ。ヘリやエアクッション艇は載るけどな」

「エヴァは載らへんのか?」

「稼働時間短い、水中戦闘、着上陸戦闘が出来ない、うん、載せても意味ないんじゃないかな」

「僕の5号機はタンカーに載ってやって来たらしいけどね」

「アンタのはS2機関なんて()()()()してたからでしょうが!」

「しぶというえに、翼も持っていたから“艦載機”としては良かったな」

「そういや、惣流もフネで来たんやったなあ」

「空母オーバー・ザ・レインボーさ!」

 

 その場にいた4人以外は旧伊東沖の激闘を知らないので、アスカとケンスケが語り部となって第六使徒戦を振り返る。

 途中、“初対面でいきなり抱き着くヤバいやつ”とか、女物のプラグスーツが妙に似合うとか言われ、洞木さんからは「不潔よっ!」と言われ、宮下さんからは「碇くんって実は変態さん?」と冗談交じりに言われて結構ダメージが入る。

 

 今まで、何の訓練もしていなかったド素人のサードチルドレンが低いシンクロ率ながらも3体の使徒を撃破したわけで、どんな奴かと思えばグーパンに耐えるホネのあるやつだった。

 アスカ視点で俺、そう見えてたのかよ。

 原作シンジ君はいきなり高いシンクロ率だったし、そういう所で第一印象の差があったのか? 

 

 そして初の実戦を迎え、輸送艦オスローより跳躍して空母艦上での対使徒戦闘。

 隣でエヴァをうまく操縦していたアスカは出来るかどうかもわからないA.Tフィールドの使い方、狭い足場に着地するときの怖さと不安定な感覚に戸惑っていたらしい。

 

 一方、ケンスケとトウジは着艦衝撃で艦橋内のものが飛散、身体が宙に浮く経験をしたとか。

 さらに、甲板上の使徒が艦砲と対艦ミサイルの雨に打たれ、その中で艦長以下空母乗員はA.Tフィールドの向こうに激しい爆轟が見えるという不思議な体験をしていた。

 弐号機が居なければ間近での砲爆弾の炸裂に吹き飛んで死んでいる情景だ。

 

 他人の視点から聞いた“旧伊東沖海戦”も佳境に入ったところで、新熱海駅に到着した。

 新熱海駅の駅舎から出ると、下見で来た時に比べて賑やかな感じで県外ナンバーの車も多かった。

 

「ここが新熱海かぁ、まさに温泉地って感じだよな」

「通りにいっぱいお土産物屋さんがあるね!」

「箱根にも温泉あるけど、ちょっと雰囲気ちゃうなあ」

 

 箱根の温泉街には居ないようなサーファー、マリンスポーツ客と思しき人も多い。

 水上バイクの乗ったトレーラーを牽引している車がいたり、バックパックの脇にフィンやシュノーケルをぶら下げた若い兄ちゃんが至る所にいる。

 

「海が近いから、海水浴客が多いわ」

「更衣室とシャワーは海の家にあるから、帰りに寄って行こう」

 

 ケンスケや宮下さん、トウジが土産物屋に吸われていきそうになるのをアスカと洞木さんで軌道修正しながらビーチにやって来た。

 そして、海の家“青い人魚”に行き水着に着替える。

 

 男子は海パン一枚だし、そんなに時間もかからないので女子が出てくる前に青と白の貸パラソルとパイプ製のビーチベッドを借りて浜に立てる。

 ケンスケの持って来た迷彩シートを敷いた上に簡易テーブルを置き、四隅にペグを打ち、さらにバックパックを重しとして並べるとあっという間に拠点が完成した。

 潮風が吹き、パラソルが揺れる。

 

 天気晴朗なれども波高し……ブイに近い沖のほうではボードに乗った人が多く、浮き輪もよく流れていきそうだ。

 

「何やシンジ、あそこのキワドイ水着の姉ちゃんが気になるんか?」

 

 トウジの指した女性は座るように浮き輪に腰を沈めて、白く細い足先と手がちょっと海面についているだけだ。

 あの乗り方はプールなら良いが、ここは風と潮の流れる海なのだ。

 

「今日は風が強いから、アレだとよく流されそうだな」

 

 浮き輪の使い方を知らないカヲル君はああして乗るものだと勘違いしそうだ。

 

「シンジ君、浮き輪はああやって使うのかい?」

「ああいう乗り方も良いけど、アレだと少しの風でも対処できないからなあ」

「本来はこういう感じに胴を入れて、こう掴まるんだよ」

「でもなあシンジ、やっぱり女の子はあっちの方がセクシーでいいよな」

「ケンスケはようわかっとる。流されるんがなんや、泳げる男がついとったらええ話やろ」

「よっ、トウジ男らしいっ!」

「そりゃそうだろうけどな」

 

 そんな話をしていると、女子がやって来た。

 

「おまたせぇ」

 

 グレーのパーカーに薄いブルーのパレオを巻いたアスカ、白いセパレートタイプの水着の綾波、そしてビキニの上にTシャツを羽織ったスタイルの洞木さん、そしてスポーティーな青いビキニがよく似合う宮下さんと、みんなスタイルがいいだけに目立つなあ。

 

「シンジ、どう?」

 

 アスカは俺の前でパーカーを脱いで見せた。

 赤っぽい色合いなんだろうなという俺の予想に反し、鮮やかな()()()()()()だったけれどよく似合っている。

 紅茶色の髪と白い肌に対して水色はいい感じのコントラストを生んでおり、すらりとした肢体を際立たせて、なんともいい感じだよな。

 そして、胸のふくらみは結構……これ以上はよそう。

 

「いつもとイメージ違って驚いたけど、水色もよく似合ってる」

「でしょ! たまには他の色も良いかなって思ったのよねぇ」

 

 俺達のやり取りを見ていた洞木さんもトウジに感想を聞きに行く。

 トウジは赤くなって、「え、ええんとちゃうか」なんて言ってるし。

 

「ほらほら、いちゃついてないでみんなで海に入ろうよっ!」

「海に入る時には準備運動が必要ってリツコさんが言ってたわ……」

 

 綾波は宮下さんに手を引かれて波打ち際に連行されていき、その様子を見たケンスケがこっちに話を振って来る。

 

「シンジ、準備運動って何やればいいんだよ?」

「屈伸とか手首足首の回旋とか、それかラジオ体操でもやるか」

「ラジオ体操ぉ? あんなのここでやるわけぇ?」

 

 たしかに、人がいっぱいいる砂浜で大声出して連続八呼称しながらラジオ体操するのは恥ずかしいよな。

 戦自暮らしの時に“健康増進のため”とよく体操したものだ。

 

「ラジオ体操、終わったら次の体操が待っているんだろう?」

「ここでやるのは恥ずかしいんとちゃうか」

「そうよね……」

 

 カヲル君が言ってる次の体操は自衛隊体操の事だろうか、そんな無茶はしないよ。

 結局手首や足首まわしたり屈伸運動をやったりと各々で準備運動を済ませて、海へと駆けていく。

 

「つめたーい!」

「この匂い、これが命の源」

「綾波ちゃんもここまでおいでよ! ……きゃあ!」

 

 宮下さんと綾波は腰まで浸かってはしゃいでいたけど、強い波にもんどりうって転ぶ。

 そしてカヲル君は何を思ったか、両手で海水を掬って飲んだ。

 

「わわっ、海水飲んじゃだめだカヲル君!」

「からい、本当に海って塩辛いんだね……」

「あたりまえや!」

「海水は塩分で脱水症状起こすから、飲んだらダメだ」

「ありがとうシンジ君」

 

 俺とトウジに付き添われパラソルまで戻って来ると、紙コップのウーロン茶を飲む。

 そこで荷物の見張りをしていた、もといビニール浮き輪を膨らませていたアスカが俺の腕をとる。

 

「シンジ! 何してんの! 海に入るわよ!」

「カヲルの面倒はワシと委員長が見るから海に行ってこいや」

「トウジ、任せたよ」

「ヒカリ、よろしくね」

「うん」

 

 パラソルの荷物番に残ったトウジと洞木さん。

 カヲル君は気を利かせて飲み物のお代わりを買いに行くと言ってどこかにフラリと歩いて行った。

 俺の前でアスカは紅白の浮き輪に腰かけ、海面を漂っている。

 腰丈なので、俺が浮き輪を押す係だ。

 

「いいわねぇコレ、楽ちん楽ちん」

「どこか行きたいところでもあるの?」

「シンジが行きたいところで良いわ、あのブイの近くでも、あそこのフロートでも」

 

 遊泳場の外側のネットのブイか、その手前に設けられた大きな係留フロートのことだろう。

 鮮やかなピンクの浮力体の板で出来ているフロートには何人かの人が乗っているけれど、まるで亀が甲羅干ししているように見えてしまう。

 

 沖に向かうにつれて次第に足がつかなくなり、水中でゆっくりと足を動かしてフロートへと向かう。

 浜から離れると、だいぶ人も少なくなった。

 そして、浮き輪の周りには誰もいない。

 

「ねえ、シンジ」

「なにかな」

 

 不意にアスカが俺を見つめて尋ねてくる。

 

「アンタは、今、楽しい?」

「楽しいよ。どうして?」

「アタシは、シンジがいつか向こうに戻っちゃうんじゃないかって不安なの」

 

 憑依を知っている中で、彼女はもっとも俺に近い存在だろう。

 共に暮らしていて、お互いの過去も知り、今じゃ家族のような……いや、誤魔化すのはよそう。女の子として好きだ。

 

「アンタ、向こうにママが居るんでしょ、帰りたいと思わないの?」

「ああ、最初は思ったよ。仕事もあったし、やり残したこともあったけれど、今はそう思わない」

「どうして? アタシがいるから?」

「うん。俺はね、アスカと命がけで守り抜いたこの世界が好きだから、こっちに残るよ」

「じゃあ、約束して。ひとりにしないで、ずっと」

「ああ、これからもよろしくな」

 

 残してきた母親、職場、元の世界の事を考えるとこの世界に残ることは甘えであり、無責任なのかもしれない。

 でも、俺はここで任務に就き、戦友の女の子を好きになって、こっちで生きていくことを決めたのだ。

 ここから先の、“原作”の無い世界を柘植尚斗ではなく、碇シンジとして。

 

「もう、上がろっか」

「そうだな……って遠ッ!」

 

 思ったより風で流されていたようでバシャバシャと必死でバタ足で岸にたどり着く。

 これが離岸流とかだともっと遠くに速く流されるんだから海って恐ろしいな。

 必死に海から上がった俺とアスカはトウジ、洞木さんと入れ替わるように荷物番の任務に就く。

 浮き輪を付けたカヲル君が泳ぎの特訓しているのを横目にふたりでくつろぐ。

 アスカはビーチベッドに横たわり、体が冷えて疲れた俺はシート上にゴロンと横たわる。

 バックパックがちょうどいい枕代わりになり、シート越しで程よく暖かい砂浜が眠気を誘う。

 うつらうつらして……夢を見た。

 

 

 

 

 建機会社勤めの自分が、幼馴染のいずみと結婚して俺の母さんと住んでいる。

 母はパートタイムに行き、妻は産休を取っていた。

 朝、親父の仏壇に手を合わせて、親父の遺したトヨタ・ウイッシュに乗って出勤する。

 妻の妊娠に伴い、スライドドアのついた新しい車に買い替えようと話している。

 

 社内で俺は“サービスリーダー”という整備部門のまとめ役みたいな役職に就き、新入社員や部下を教える立場になっていて、日々の仕事は大変だけどやりがいはある。

 コロナ禍の昨年に比べて年末のボーナスも増額だ、楽しみだよなあ。

 どういうわけだかただの夢と思うことができず、()()()()

 ああ、異世界憑依というトンデモ現象があったけど、こっちはこっちで上手くやっているんだなあ……。

 その瞬間、すうっと体から抜け出すような感覚があった。

 作業服姿の俺は“俺”という残像を置いて歩いていく、見慣れた玄関の向こうには幼馴染だった妻、母がいる。

 

「ただいま」

 

 俺はそこには居ない、でも、よかった。

 

 さようなら、母さん、いずみ。

 

 さようなら、柘植尚斗。

 

 

 

 

 

 

 

 揺り起こされて目覚めると、もう昼だった。

 

「シンジ、泣いてんの?」

「さあな。なんか、懐かしい夢を見たんだろうな」

「さ、立って。行くわよ」

 

 アスカは何も聞かずに俺の手を引いて歩きだし、カメラバッグを首から下げた綾波がついてくる。

 砂浜には三人の足跡が点々と続いていた……なんか、これって映画のラストみたいだよな。

 

 海の家“海が好き”には他のメンバーが揃っていた。

 昼時で人が多いなか、やたら目立つ一団がいる。

 

「センセ、ワシらもう昼メシ食っとるで!」

「シンジ! 早く来いよ、カレー売り切れちゃうぞ!」

「ちょっと鈴原、相田も叫ばないでよ恥ずかしい……」

「海の家、この開放感で食べるフライドポテトはとても美味しいね……」

「渚くんわかってるねえ、水泳の後の塩辛いポテト、これ最強よ!」

 

 テラスで焼き鳥、焼きそばを食べながら手を振るトウジとケンスケ、それを注意する洞木さん。

 宮下さんとカヲル君は紙コップに詰まったフライドポテトを食べていた。

 

「レイ、シンジの奢りで何でも一品頼んでいいわよ」

「マジか」

「寝坊した罰よ」

「そう、私は、ラーメン」

「アタシは……カレー!」

 

 結構持って来たので、こういう事にも対応できる。

 よし、エントリープラグみたいな防水ケースの中に詰めた五千円札の出番だ。

 海の家特製カレーを2つ、醤油ラーメンを注文した俺達3人は合流する。

 

「これで午前終了か……結構海って体力使うんだな」

「もう、シンジったらジジムサイこと言って」

「碇くん、午後から水上スキー体験に行くわ」

「えっ、綾波いつの間に?」

「予約、してたもの」

「乗るのはアタシと、アンタと、レイの三人よ」

「俺もかよ!」

 

 保護者の同意書とか要ったはずでは? と考えたが、リツコさんなら書いてくれそうだ。

 こうして俺の午後の予定はあっという間に決まってしまったのだった。

 

 




用語解説

上陸作戦:水路より上陸し、海岸堡(かいがんほ)を確保し、本隊の上陸地点を確保する。主に精鋭の特殊部隊がこの任務を遂行する。

ブーニーハット、ラバーガン、フィン:上記の特殊部隊員が持っているアイテム。ブーニーハットはツバが全周に付いた帽子。ラバーガンは格闘訓練などに使われる樹脂製の擬製銃。フィンはダイビングなどに使う足ヒレ。これらを用いて水陸両用部隊は上陸訓練などを行っている。

MC-130H:C-130Hをベースとした特殊作戦機、通称はコンバットタロン。

伊江島:沖縄県の離島、城山(タッチュー)があり、エヴァ本編ではダイビング体験をしていたらしい。伊江島補助飛行場があり、合衆国軍の空挺降下訓練や離発着訓練が行われている。

強襲揚陸艦:航空機・ヘリコプターと上陸部隊を搭載する艦艇。わが国ではおおすみ型輸送艦が類似する性質をもつ。艦に浸水させエアクッション艇や水陸両用車両(アムトラック)などを発進・収容できるウェルドックを持つものもいるが、ウェルドッグを廃してF-35Bなどの航空機運用能力を向上させたアメリカ級強襲揚陸艦などもいる(3番艦からウェルドック復活!)

アルビオン:ペガサス級強襲揚陸艦7番艦。強奪されたガンダム試作2号機の追撃にあたった。
イギリス海軍の強襲揚陸艦にもアルビオン級はあるが、人型兵器は載らない。


「あなた」
1.離れた場所、むこう、あちら。
2.二人称の人代名詞


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熱海の午後

改訂:一部、法令に準拠した内容に変更いたしました。


 昼飯を食べた俺達は集合場所に向かい、荷物をコインロッカーに預けると水上バイク体験の説明を受ける。

 小型特殊船舶免許が無いのでスタッフの後ろに乗って体験区域まで向かい、約30分間自由航走の後、浜に戻って来るという内容だ。

 

 一方、俺達が水上バイクに乗っている間、トウジたち5人はというと“バナナボート”というバナナに似た黄色いボートに乗ることになっている。

 水上バイク体験に比べて安全で多人数で乗れることと、料金が水上バイク体験に比べて安かったのだ。

 遊泳区域の端に設けられた桟橋に行くと、鮮やかなオレンジのライフジャケットを付けた5人が先に待っていた。

 

 俺達は落水時の衝撃や、ウォータージェット流が尻などから体内に侵入して負傷するのを防ぐためブルーのウェットスーツを着ている。

 クロロプレンゴム製のウェットスーツは柔らかく、プラグスーツに比べてのっぺりとした印象だ。

 着た後、思わず手首のフィットスイッチを探してしまうのはエヴァパイロットの癖だ。

 

「シンジ、長かったね」

「えらい長い説明やな、ワシらジャケットの付け方くらいやったで」

「こっちは安全のための説明と注意事項多かったよ」

 

 桟橋からの乗り方から、同乗するときのルールなど安全に関することがめちゃくちゃ多かった。

 それだけ水上バイクは危険も多いのだ。

 

「バナナボート、本当にバナナのような見た目なんだね」

「そういえば、カヲル君バナナ好きだよね」

「あの甘さと柔らかい食感がたまらないんだ」

「なんや、カヲルはバナナ好きなんか?」

「隊員食堂で結構出てきてハマった。よく俺の分もあげたよ」

 

 なお、その対価としてカヲル君から朝食のパック牛乳や乳性飲料を貰った。

 

「自衛隊ってバナナ出るのかよ!」

「果糖で即効性が高くて()()を得られるエネルギー源だぞ、ミルージュ200より重要だ」

 

 演習などの前後に渡される“増加食”や、特殊部隊や飛行要員なんかに足りない栄養分を補うために配られる“加給食”で渡されるのだ。

 まあ俺達が貰ってたのは一般隊員用で、牛乳や乳性飲料、飲むヨーグルトは隊員食堂入り口脇に置いてある冷蔵庫に一人一本取ってくれと置かれているやつだ。

 その中でダッソー製戦闘機“ミラージュ2000”を思わせる乳性飲料はのど越しこそいい物の、パックも小さくてどうも飲んだ気がしないんだよな。

 

「シンジ君が作ってくれた“ミックスジュース”も好きだよ」

「ミックスジュースってオトンが作ってくれるアレかいな……」

「そ、氷、バナナとりんごと桃カン、みかんと牛乳をミキサーにかけて作るやつ」

「トウジの家で出てくるアレだよな、シンジも作るの?」

「作ってるよ。こっちだとミックスジュースが喫茶店とか駅ナカにないからなぁ」

 

 独特のフワッとした食感、喉越しに甘酸っぱいまろやかなフルーツの味わい……。

 使徒戦中の入院時に貰った見舞い品のフルーツカゴで作ったところ、アスカや綾波にも好評だったので時々作っている。

 喫茶店の定番メニューに“ミックスジュース”が無いことに驚いたものだ。

 

 セカンドインパクト後、果物が貴重品だった時代もあったから仕方ない。

 だが、全くないのも変だと調べた結果、どうやら近畿圏でしか果物を潰したミックスジュースは一般的じゃないらしい。

 したがってフルーツをジューサーミキサーで混ぜるミックスジュースは、神奈川県足柄下郡、第三新東京市近辺では“トウジの家”と“俺の家”しか出てこないのだ……知らんけどな。

 

 自家製ミックスジュースの話をする男四人の横で、綾波は宮下さんに応援されていた。

 数日前からマリンスポーツの雑誌を読んでイメージトレーニングをしていたようなのだ。

 

「綾波さん、憧れのジェットスキーがんばってね!」

「ええ」

 

 綾波の静かな微笑みにアスカと洞木さんはきゃいきゃいとはしゃぐ。

 去年、俺が第三新東京市に来るまでの無機質な感じを知っている洞木さんや宮下さんからすると、綾波の“成長”はとても喜ばしいことなのだろう。

 

 時間が来て俺達は水上バイクに乗りこんだ。綾波が1号艇、アスカが2号艇、俺が3号艇。

 ライフジャケットを着ているスタッフさんの後ろに座り、声をかける。

 

「準備オッケーです」

「はい、じゃあ行こうか!」

 

 甲高い高回転エンジンの音、振動と共に、自分の尻の下から白く細かい泡が噴き出す。

 スロットルを開いて回転数が上がり、ウォータージェットの勢いが強くなると艇は海面を跳ねるように、そして滑るように走る。

 アスカと綾波の乗った艇に続き、単縦陣を組んであっという間に体験コーナーへとたどり着いた。

 必死にグリップにしがみつき右、左と旋回して、波を蹴立てて海面に白い泡の航跡を曳く。

 潮風と飛沫が頬を撫でて過ぎ去って行き、海面が近いこともあってスピード感が半端ではない。

 

 向こうの沖のほうではベテランライダーに曳航されたバナナボートが右へ左へと傾き、時に大きく跳ねている。

 アレ、事前に聞いてたやつよりもだいぶ激しいなあ……。

 アスカの乗る艇はそれに負けないほど派手に大きくS字を描く。

 綾波の方もちょっと離れたところにあるブイの方まで行って速度が乗った状態でターンしている。

 

「いっちょ、派手に行こうか!」

「お願いします!」

 

 インテイクが水面から出ないよう艇体を傾けすぎず、スロットルは維持。

 速度を上げてターンし、速度が乗った状態で軽く後ろに腰を引いて艇首を持ち上げると……ジャンプした。

 トビウオか、はたまた反跳爆撃の爆弾のように水面を跳ね、空中で減速するが着水と共にインテークから水を吸って速度を増す。

 そこで逆噴射……リバースを掛けて減速しているがなかなか止まらない。

 

 これが“行き足”か。

 “行き足”が大きいと思った以上に止まらない、これが排水量2千トンも4千トンもある艦艇になれば、もっと止まらないんだろうな。

 

 船は車と違ってブレーキが無いから後進を掛けるのだが、勢いがついてると慣性の法則でずるずると進んでいく。

 だから早めに動作をしないと()()()、何かに当たってから、「ゴースターン」の号令をかけても遅い。

 そのため、海さんでは手遅れの()()()()()()()()を「当たりゴースターン」というらしい。

 なるほどね、と、まるで教習所の実技第一段階をやってるような感覚になった。

 40キロぐらいから底まで踏むフルブレーキングでABSの効き具合を体感する科目だ。

 

 そして、艇の挙動に慣れてきたころに体験の時間が終わり、ゆっくりと岸へと戻る。

 ほんの30分足らずの体験だったが、桟橋が見えてくるとホッとしたものを感じる。

 艇を降りると綾波、アスカと合流してレンタルウェアを返却したがもうフラフラだ。

 振り落とされないようにずっとニーグリップをしていたせいか、足腰が結構疲れているようでけだるい感じがする。

 

 そこにバナナボート体験を終えたメンバーがぞろぞろと戻って来た。

 ケンスケと洞木さんに支えられたトウジ、そしてケロッとしてキャッキャとはしゃいでる宮下さんとカヲル君。

 

「トウジ、顔青いぞ」

「センセ、アレはキッツいわ……」

「トウジは酔ったんだってさ、バナナボートってめちゃくちゃ速いんだな」

「鈴原、お店の人に水貰ってくるから、待ってて」

「スマンの……ヒカリ」

「アンタ、船酔いしてんだからジッとしてなさいよ!」

 

 無意識なのか呼び方が変わっているが、ケンスケも俺もあえてそこには触れてやらない。

 砂浜に座らせると、アスカと洞木さんは海の家へと向かって歩いていく。

 

「アカン、吐く」

「ちょっと行ってくるわ」

 

 俺はトウジを少し離れた松林に連れて行くと背中をポンポンと叩き、砂浜の脇に掘った穴に吐しゃ物を埋める。

 吐くと少し楽になったのか、ちょっと顔色がよくなったようだ。

 皆の居るビーチに戻った俺達は、座って休む。

 

「ジェットスキーはどんな感じだったんだい?」

「海と近くて、楽しい」

「結構、スピード出るから振り落とされないように必死だったな」

「バナナボートも面白かったよ!」

 

 カヲル君、宮下さん、綾波はめちゃくちゃエンジョイしていたらしく、目の輝きが違う。

 一方、振動と慣性力、流れる景色に負けてしまったトウジと、ふだん使わない筋肉を使って疲れている俺、ケンスケはお疲れムードだ。

 

「綾波は強いなあ……」

「初めての複合艇(RHIB)でピンピンしてたからな、綾波」

「俺達、ネイビーシールズみたいな特殊部隊には向いてないのかもな」

「職適があるかどうかはまだわからないけど、疲れたよなあ……」

 

 俺が思うに綾波はおそらく平衡感覚、運動系、空間把握などそういった感覚とかが強いに違いない。

 アニメでもシンジ君とアスカがダクトを踏み抜いて落ちてる脇に、一人綺麗に着地してたし。

 航空要員の適性検査とか受けたら、受かるんじゃなかろうか? 

 

 そこにアスカと洞木さんが水を持って帰って来た。

 洞木さんから貰った水で口をすすぎ、残りを小分けにして飲み干したトウジはだいぶ回復したようだ。

 トウジには悪いことしてしまったな、なんて思いつつもなかなか楽しかったのもまた事実なわけで。

 そんな感傷を吹っ飛ばすかのように着替えを終えた後、トウジは完全復活した。

 

「おっしゃー! だいぶ戻ってきたで!」

「トウジ、さっきまで死にそうな顔してたのに、委員長に水貰った途端これだよ」

 

 「吐いたから楽になった」と言わないあたりがトウジも成長したようだ。

 前なら教室で下ネタとかを平気で言い放ち「鈴原ってデリカシーがなーい」なんてクラスの女子に言われてたわけだが、最近はそういう光景をとんと見なくなった。

 男って好きな女の子が出来ると、とくにしっかり者の子だと変わるよな。

 

 俺達一行は近所の温泉旅館に行って、温泉に入る。

 海の家のシャワーだけだと、どうも潮っ気が取りきれないし手足の伸ばせる湯船にも入りたいという事で、入湯料だけ払って熱海温泉に入る。

 サバゲ遠征などで箱根の温泉街に行くケンスケやトウジはともかく、あのカヲル君も隊員浴場で慣れたものだ。

 

 迷いなく更衣室で服を脱ぎ、大浴場に入ってすぐ洗い場に向かう。

 掛け湯をして湯船に入るのもいいけれど、それくらいじゃ汚れが取れないという事もあって、まず真っ先に体を洗うのだ。

 頭を洗って、その流れで顔と体を洗う……ここまででおおよそ5分だ。

 

「シンジ、体と頭一緒に洗うのかよ」

「シンジ君はボトルを二つしか持ってないからね」

「何や、シャンプーとボディソープしか持ってへんのか」

「リンスインだし、洗顔料とかは別に良いかなって」

 

 俺は営内において薄い洗面器にタオル二枚とリンスインシャンプーとミントの香りのするボディソープしか入れていない。

 自宅の風呂以外では髭剃りと洗顔は髪で泡立てた泡でやる。

 あんまり入れると風呂セットが重くなるし、野外の演習だと荷物が増えすぎるからだ。

 また、新隊員の頃、スプレー缶のシェービングクリームを荷物の中でぶちまけてしまって泡でエライことになった同期が居た。

 トラックに積んだ時に缶のキャップが外れ、他の内容物がスプレー缶を圧迫していたのだろう。

 その様を見て以降、俺は髭剃りに石鹸の泡を使っている。

 洗面セットだが、女子……アスカはシャンプーにリンスに洗顔料にボディーソープ、化粧水かなんかとあれもこれもと入っているようだ。

 

 

 ま、ここでは備え付けのリンスインシャンプーとボディーソープを使わせてもらうけどな。

 

 身体を洗い終えるとようやく皆さんお待ちかねの温泉タイムだ。

 海の見える露天風呂に浸かる。

 

「やっぱり広い湯船はいいね、シンジ君」

「ゆったり入れる風呂は命の洗濯よ……」

「なんやねんソレ」

「ミサトさんがそんなこと言ってたなぁ」

「ミ、ミサトさんが言うてたって」

「まさか、同居……」

「してないぞ、初日の晩に泊まったけどな」

「なんちゅー羨ましいことを!」

「鈴原君、葛城さんの部屋はそんないい所じゃないよ……」

「カヲルも行ったことあんの?」

「解放後にカヲル君と何度か行ったけど、ゴミ……訂正、モノが多いな」

「いや、言うてもうとるやんけ」

 

 ネルフ解体後の新生活の申請関係やなんやらの相談で行ったけど相変わらず物の多い部屋だった。

 同棲する加持さんが片付けをやってるらしい、しかし車の部品なんか捨てられないらしく溜まっていく一方だという。

 前みたいに生ごみの入ったビニール袋が転がっていないだけでもマシになったんじゃなかろうか。

 

「やっぱり、天は二物を与えないのか……」

「いや、幹部は忙しいから、よっぽど住環境の整備に熱心な人でもなきゃあんな感じだと思うよ」

「シンジのフォローが辛い」

 

 ミサトさんの部屋の住みにくさを伝えると、ケンスケは天を仰いで見せた。

 

 女子も入浴には結構時間とるだろうし、俺達もゆったりするか。

 今日あったことや最近の話をしながら手足を伸ばし、湯の中でこぶしを握ったり開いたりしながら指の筋肉をほぐす。

 

 5分も浸かってるとカヲル君は鼻歌を歌いだし、トウジはテレビが見れるサウナに行ってしまった。

 ケンスケはというと打たせ湯で修行僧ごっこをしているようだ。

 あぐらの様な結跏趺坐(けっかふざ)を組み、手のひらを重ねて親指を合わせて宝珠を模したものをへその上で作って滝に打たれている。

 

 カヲル君の「いい湯だな」が熱海の湯に響く。

 俺の家で歌番組や旅番組を見ているうちに覚えてしまったようだ。

 アニメでは第九を口ずさんで現れ、「歌はいいね」と視聴者にインパクトを与えたカヲル君だけど、いい声でドリフの曲を歌ってる。

 テレビ版、新劇場版の謎の美少年感は何処に行ってしまったんだろうか。

 

 風呂上がりで体の芯まで暖まり、血色もよくなった俺達は自販機でジュースを飲んでいた。

 

「やっぱり男の風呂上りはコーヒー牛乳やろ」

「いいや、フルーツ牛乳だよ」

 

 見事に個性が出るもんで、トウジは腰に手を当てコーヒー牛乳でケンスケはフルーツ牛乳だ。

 

「シンジ君、こんなに種類があると、どれにしたらいいのか悩むよね」

「俺は牛乳にしとくわ」

「牛乳が好きなんだね」

「カヲル君、カルピスも売ってるぞ」

「僕もシンジ君と同じのでいいかな」

 

 隊員食堂で出てきたパック牛乳を取っておき、入浴後に居室の冷蔵庫で冷えてる牛乳を飲むのが美味しいんだよな。

 

 ビン牛乳なんて小学校の給食以来飲んだことないなあ……と思いながらビニールを取って紙の蓋をめくって取る。

 カヲル君も牛乳を選んでトウジにならって腰に手を当てて飲む。

 この火照った身体で冷たい飲み物をキュッと飲む、これがたまらない。

 

 その時、女子が赤い暖簾の向こうから出てきた。

 

「おまたせ」

「碇君、また牛乳飲んでる」

「私、碇くんってコーヒー飲んでるイメージしかないな」

「アスカ、何飲むの?」

「じゃ、アタシはこれにするわ」

 

 女子曰く、風呂上がりの牛乳はのどに引っかかる感じがするらしい。

 サラリとしたものが好きなようで洞木さんとアスカはおそろいのフルーツジュース缶、綾波は麦茶、宮下さんはサイダーを買って飲みはじめる。

 

 潮を落として、体の疲れを癒すと温泉街の売店に寄って帰るだけだ。

 店をはしごして熱海名物の温泉饅頭やお土産物を買う。

 

 一口に温泉饅頭といっても種類がある。

 ここなら、麦こがし……はったい粉を使った香ばしい風味の物や黒糖を使ったもの、熱海名産の(だいだい)を使ったものなどいろいろあってついつい手が伸びてしまう。

 緑茶や苦いコーヒーとよく合いそうだ。

 

「シンジ、ホントにまんじゅう好きよね。アタシも好きだけどさ」

 

 この間の面会帰りの土産物もそういやまんじゅうだったか……。

 俺がアスカと宮下さんの女子二人にあっちこっちと連れ回されていたころ、トウジは洞木さんと屋台でイカ焼きを食べていた、船酔いで昼飯全部出てしまったからか。

 

 そしてカヲル君は店先に並んだ土産物の中から木刀を手に取って見て……買ってしまった。

 一昔前の中学生か!って突っ込もうとしたけど、“中学生”だったねカヲル君。

 

「シンジ君、僕はこの木刀が相棒だよ」

 

 銀髪アロハシャツのカヲル君の手には『熱海温泉』と焼き印の押された木刀が収まり、まるで宇宙人が闊歩する世界の侍だ。

 バックパックにクッソ目立つ浮き輪を結わえ、さらに木刀を挿したカヲル君はめちゃくちゃ目を惹く。

 ケンスケはそんなカヲル君を見て「マジか」なんて言ってるけど、やはり男のロマンには勝てなかったようでケンスケも脇差のようなやつを買ってしまった。

 

「シンジは買わないの?」

「俺? 銃剣道の木銃が家にあるからいいや」

「シンジ君は訓練用品という使い方だからねぇ」

 

 戦闘スタイルが銃剣道ベースの俺にとって、侍の魂こと“長刀”はあまり意味がないものであるのだ。

 まあマゴロクソードやら超硬度大太刀なんかが配備されてたら、練習用に買ったかもしれないけどな。

 ここで木刀を買った二人だけどケンスケはロッカー状の武器庫に仕舞いこむのだろう、カヲル君は部屋に飾ってそうだ。

 

 一方、綾波はリツコさんへのお土産をあっという間に決めると、ニコンの一眼で街並みや俺たちの写真を撮っている。

 デジタルカメラじゃないので、どんな写真かは焼きあがらないと分からない。

 

「綾波、どんな写真撮ったの?」

「秘密」

「そうか、焼き上がったら見せてくれないか」

「うん」

 

 

 お土産を買った俺達は赤い夕陽に照らされて輝く海を見ながら、新熱海駅を出発する。

 熱海で夕食としようかと思ったけど、どこも人が多かったし洞木さんの門限が近いのでサッと帰ることになったのだ。

 

 晩飯にみんなで駅弁を買って食べようかと思っていたけど、俺以外車内で眠っていた。

 コトン、コトンというレールの継ぎ目から鳴る音と振動が眠気を誘い、俺の向かい側の席に座るカヲル君と宮下さんは背もたれに身を預けて眠っている。

 通路を挟んで海側のシートに座る綾波とケンスケは今日撮った写真について話していたようだが、ふたりともいつの間にか船を漕いでいる。

 トウジは腕を組んでくかーくかーと寝息を立て、それに洞木さんが寄り掛かるように眠っている。

 絵になるなあと思ったけれど、俺、カメラ持ってないんだよなあ。

 隣のアスカは俺の手を握ってうつらうつらしていたので握り返してやると、くたりと力尽きるように寄りかかかって来た。

 

 みんな遊び疲れたんだな。

 

 俺もこんな穏やかな、心地の良い疲れは久しぶりだ。

 願わくば、来年もこうして海に来れたらいいな。

 




当初予定していた後日談、海に行く話はこれにて終わりです。
番外編はネタが浮かべば書くかもしれません。


用語解説

牛乳:自衛隊の隊員食堂などで出てくる飲み物。おもに土日の朝のパン朝食やら、金曜日カレーの友として出てきたり、演習や訓練後の増加食として登場する。師団司令部がある駐屯地などの隊員食堂では水、お茶と並んでウォーターサーバーに入っており、おかわり自由である。
手に入れた“パック牛乳”を後で飲もうと居室の冷蔵庫に突っ込むが、飲むのを忘れて“消費期限切れ”になったうえ、それが溜まって来て「片付けろ」と怒られる者も一定数いる。

離脱防止索:落水時に水上バイクの逸走を防止するための安全装置で、手首にカールコードで接続するもの。キルスイッチとも言われ、コードが引っ張られてスイッチが外れると自動的にエンジンが止まる。

職適:職種適性のこと。内田・クレペリン検査やら、その他の適性検査で心理的特性などを掴み、各職種に対する職適が割り出される。そして、本人の希望と職適が合えば配属先が決まる。
機甲A+とか普通B、通信Cといった具合に出てくるらしいが……。


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番外編:芦ノ湖の怪生物
2017年、冬


番外編です



 その日、第三新東京市に雪が降った。

 17年ぶりの雪だった。

 昼過ぎから灰色の雪雲が垂れ込め、午後の授業が終わる頃に雪が舞っていた。

 

「雪か、懐かしいなあ」

 

 碇シンジはピーコートの肩に積もる雪をパンパンと払い、隣を歩く相田ケンスケは掌で雪を受けてみせる。

 

「シンジ、雪って冷たいんだな」

「そりゃそうだろうよ……雪なんだから」

 

 芦ノ湖のほとりに建つ神奈川県立湖北高等学校の生徒たちは授業が終わると、そそくさと下校を始める。

 シンジとケンスケも下校する生徒の中の一人で、あまりぼやぼやしていたら電車が止まってしまうかもしれないと考えていた。

 セカンドインパクトの影響が抜けて冬が戻った今、石油ストーブが飛ぶように売れていた。

 また遠赤外線ヒーターが品薄になるという事態も起こっており、ストーブの使い方が分からず誤った使用で火事になるのが第三新東京市だけでも数十件起こっている。

 そう、常夏に慣れ切った人々は雪に対して脆弱なのだ。

 

 最寄り駅である環状線湖尻駅から電車に乗った二人は遅延が無いことにホッとしながら椅子に腰かける。

 溶けた雪でコートも湿る今日ばかりは、電車の喉が渇くようなヒーターが心地良いとシンジは思った。

 

「そういえば、シンジ、今日ヒマか?」

「おう、でも買い物があるからそんなに遅くまでは付き合えないぞ」

「わかってるって、あんまり連れ回すとシンジの嫁さんに怒られちゃうよ」

「どこに行くんだよ?」

「マンハッタン」

「了解」

 

 ケンスケはおどけた様子で言った、馴染みの喫茶店へと行くつもりなのだ。

 第三新東京市郊外にある喫茶店『マンハッタン』の事で、ちょうどコンフォート17マンションとケンスケ宅の中間地点にあって、シンジたちはよく通っていた。

 

 仙石原駅で降りて歩くこと10分、レンガ造り風の壁に赤い瓦屋根の洋風の建物が見えてきた。

 ドアを開けるとベルがカランコロンと鳴り、白いひげを蓄えたマスターが出迎えてくれる。

 暖房の効いた室内にアンティーク調のテーブルと椅子が並び、シンジは窓辺の席に座った。

 窓の外の雪は勢いを増し、道路は白くなりつつある。

 注文を取りにきたアルバイトの若い女性店員が言った。

 

「うわー凄い雪、はじめて見ました」

 

 するとカウンターの向こうでマスターが笑った。

 

「なあにセカンドインパクト前じゃ、こんなのは大したことないよ」

「マスターは確か日本海側の出身でしたっけ」

「金沢だよ、冬はよく雪が降ったものさ」

 

 ケンスケは「金沢って兼六園でしたっけ」と聞いてみる。

 一方、シンジは訓練で山を越えて今津から石川県に進出し、日本海から上陸する“あか国”の迎撃戦を思い出していた。

 そう、とても寒くて防寒戦闘外衣……防寒のジャケットの下に重ね着はもちろん、カイロや自販機で購入したホットのコーヒー缶を仕込んだりして必死に耐えたのである。

 

「雪の進軍、氷を踏んで……ってか」

「ああ、天は我々を見放したっ……」

 

 雪舞う空に思わず口ずさんだ一節に、ケンスケが乗っかる。

 ミリタリーオタクの中ではごく一般的なネタに思わず笑いが出るシンジ。

 

「まさか、雪の進軍を歌うことになるとはね」

「俺だって生きてるうちに雪を見られるなんて思ってなかったさ」

 

 到着したブルーマウンテンとベトナムコーヒーを飲みながら二人はとりとめの無い話をする。

 学校のこと、ミリタリー雑誌に載っていた新装備のこと、そして疎開していった二人の友が冬休みにやってくること。

 

「米山君と坂田君がこっちに来るのか、2年ぶりだね」

「まあ、向こうも疎開先で忙しかったみたいだしな」

「まさか、使徒がヒト型になってオタク街道まっしぐらなんて思ってもないだろう」

「そういや、カヲルは今日どうしてんの?」

「カヲル君は綾波と筑波に行ってる」

「つくば? 何しに?」

「リツコさんの付き添い、カヲル君は聖地巡礼だって」

 

 赤木博士と助手の綾波レイが戦略自衛隊つくば技術研究所に出向いて三日間の技術指導をしている時に、カヲルはアニメやゲームの舞台となった土地を見て回るのだ。

 もちろん有休を取得し、旅費等は全額自己負担である。

 シンジが3杯目のコーヒーを飲んで、窓の外を見るともう暗くなっていた。

 街灯の明かりに大粒の雪が映り、風もあるようで斜めに降っている。

 

「雪、止まないなあ」

「ケンスケ、買い物に行かないと飯ないから帰るよ」

「そうだな、で、晩飯は何にすんの?」

 

 シンジはメモ帳を取り出すと、書き記した冷蔵庫の中の材料を確かめる。

 豚肉と豆腐、ジャガイモ、里芋という何にでも使えそうなものが多かった。

 スープ系かそれとも鍋物かと考えた結果、部屋でやる鍋のほうが暖まるのではないかと考えた。

 

「寒いし、鍋かな」

「いいなあ、鍋。俺んちはメシ何だろう」

 

 ケンスケはふと義母の姿を思い浮かべる。

 父の部下でネルフ解体をきっかけに交際が始まり、昨年末に結婚したのだ。

 父よりも若く、25歳で料理も上手くてかわいらしい女性だったから家での姿にドキドキしたけれど、再婚から1年が経ってようやく慣れたところだ。

 あまり母を待たせると父がうるさいのでケンスケは「お開きにしよう」と言った。

 

「じゃあな、また月曜日学校で。気を付けて」

「おう、シンジもな」

 

 ケンスケとマンハッタンの前で別れ、雪の中を歩いてスーパーに向かう。

 買い物を終えたシンジが部屋に帰ると、明かりが点いていた。

 リビングに入ると、そこにはコタツに半身をうずめたアスカが居る。

 オレンジのハイネックのセーターに中綿の入った赤い()()()を羽織り、完全に冬装備だ。

 

「シンジ、遅い」

「アスカ、帰ってたんだな」

「あたりまえよ。エヴァに乗らないテストなんて、そんなに遅くならないんだから」

「今晩は水炊きにしよう」

「みずたき、みず……たき?」

「いろんな具材を鍋で炊く、えっと煮るんだよ」

「水で煮たら味付かないんじゃない?」

「まあまあ、一緒にやろうよ」

 

 コタツの上にカセットコンロを置いて、土鍋を用意する。

 シンジが台所で買って来た水炊きの具を切っている時に、アスカはダシ用の昆布が水を張った土鍋の中で踊るのを見ていた。

 この煮られている昆布は食べられるのだろうかと考えて、シンジに聞いた。

 

「シンジ、この煮えてるのって食べてもいいの?」

「ダシガラ昆布か、あんまり味しないと思うけど」

 

 ダシを取るために入れているのでうま味は鍋の中に溶けだし、沸騰したお湯の中で踊っているのは水を吸ってブヨっと柔らかくなった()()()だ。

 アスカは箸で掬い上げて、口に入れてみたが単体ではあまりおいしくはない。

 

「……なにコレ」

「ゴマダレかポン酢をつけてよ」

 

 シンジが指さしたところに瓶に入ったポン酢とゴマダレ、取り皿が置いてある。

 取り皿のポン酢につけて、あっさりとした感じで食べるのが主流だ。

 しかし、そればっかりでは飽きるんじゃないかという配慮でゴマダレも準備しているのだ。

 

 アスカはダシガラ昆布をゴマダレで食べてみた。

 するとゴマの風味とほんのりと残った昆布の風味が合わさって、なんとか食べることができた。

 

「それじゃ、具を入れようか」

「アタシもやるわ!」

 

 切った野菜、キノコ類、豆腐と鶏肉、豚肉を鍋に投入し、蓋をする。

 煮えるまでの間、ふたりはこたつに入りテレビをつけてくつろぐ。

 

「こうしてると、日本に冬が戻って来たことを実感するよね」

「そうね、去年まで暑かったのに今年は雪、どうなってんのよ」

「まあ、年中夏よりはこっちのほうがいいよ、鍋とコタツが楽しめるし」

「そういえば、レイって原付の免許取ってからよく一人で出かけてんの知ってる?」

「ああ、ぶらり撮影一人旅だよな、今の時期寒いのによくやるよね」

 

 レイは高校生になり原付免許を取得するとスクーターを買い、カメラを持って休みになると遠出するようになった。

 カヲルはというとその様子を見て、「大都市の喧騒を離れて、自然は僕たちを魅了する……そう思わないかい?」と言って同意を求めたとか。

 手に『ゆるキャン△』があって台無しだよ!とシンジはツッコミ、レイはというと「あなたとは、違うもの」と言ってカメラを見せた。

 

 しょっちゅうソロキャンをする二人だが、レイとカヲルには大きな違いがあった。

 大自然の中でくつろぎたいカヲル、愛車に乗って遠征した上で、いい構図や被写体を求めて歩き回りたいのがレイなのだ。

 焚火の脇で漫画を読んだりクッカーで料理をしている頃、レイはカメラのファインダーを覗いて、絞りやシャッタースピードを調整しその一瞬を切り取る。

 雄大な自然の中で独りの時間を楽しむことに主軸を置くか、愛車でのドライブと写真撮影がメインで野営はその()()()であるかの違いだ。

 二人の野外活動にかける情熱に、どちらかというとインドア派のアスカとシンジは舌を巻くばかりだ。

 

「寒い時の野営なんて……なあ」

「アンタのはまた違うでしょ、そんなのやってんのマナくらいじゃないの?」

「ああ、こないだ三曹候補士になったんだっけ」

「あの金バッジ?」

「そうそう、桜花章」

「あれ、どうなるの?」

「来年の1月1日付で霧島三曹、襟に階級章が付く」

 

 霧島マナは三士相当の特技生徒(少年兵)課程出身であり、情報職種に転属後は“戦士長”相当であったが2017年9月に軍曹教育隊に入校し3か月の教育期間をもって三曹候補士となった。

 ついこの間、“第12期初級軍曹教育課程”の写真が富士の麓から送られてきたばかりだ。

 二人はきりっとした表情の自撮りマナと、同期とふざけている姿を撮られた写真を見ている。

 

「アタシ達はどうなんの?」

()()()()()()()だからな俺達。エヴァに乗れなくなったら“特災研の一般職員”じゃないかな」

「じゃあ、アンタ戦車には乗れないのね」

「高校卒業後に一度特災研を退職して、()()()国連軍自衛隊に入隊って形じゃないかなあ」

 

 シンジはそういうと鍋の蓋を取る。

 いい匂いと共に具は煮えていて、お玉でアクを取ると出来上がりだ。

 

「なかなかイケるじゃない!」

「だろ? 冬の風物詩だよなあ、鍋」

 

 アスカとシンジは土鍋の中の具に箸を伸ばして、次々と食べる。

 ダシの味とポン酢のさっぱりした味とゴマダレで2つの風味を楽しんでいた。

 まだ冷蔵庫の中には昨晩炊いたご飯の残りと、うどん玉があるのでシメはバッチリだ。

 

 テレビは日本全国各地で雪が降ったという事ばっかりで、第三新東京市郊外の展望台でテレビ生中継が行われていた。

 

『お二人はカップルですか?』

『職場の同僚です』

『お、おい、葛城……つれないなあ』

 

 聞き覚えのある声にふたりは思わずテレビに視線をやる。

 コート姿の男女が雪の中で寄り添っている場面で、“第三新東京市でも大雪”というテロップが付いている。

 

「加持さん、ミサトさん!」

「ミサト、それでさっさと切り上げたってわけね!」

 

 赤いニットのタートルネックにMA-1ジャケットを着たカジュアルな感じのミサト。

 そしてグレーのトレンチコートに身を包み、ミサトの腰に手を回そうとしてはたかれる加持。

 

『今日、雪降ってますけど、どう思いますか』

『タイヤチェーンか冬タイヤ買っとけばよかったと思います』

『結構滑ったからなぁ』

『お二人はここまで何で来られたんですか?』

『車です』

 

 駐車場に止めたアルピーヌも雪化粧で真っ白で、レポーターのお姉さんは「凄いですねー」なんて言っていた。

 この雪の中、デートスポットにわざわざ行っといて「同僚です」って言うのは苦しいよなぁとシンジとアスカは思った。

 

「ミサトさん、スタッドレスなしであの坂道登ったのか!」

「シンジ、スタッドレスって何? 聞いたことないんだけど」

「雪道、凍結路用の柔らかいタイヤで滑りにくいやつ、こっちじゃ要らなかったからな」

「滑らない金具の無いタイヤってこと?」

「そう、昔は金属の鋲が埋め込まれていて、スパイクタイヤは路面削るから禁止になったんだよ」

「ふーん」

 

 セカンドインパクト前の気候に戻りつつあることから、今後の雪対策として冬用タイヤの普及活動や除雪装置の導入を検討中という発表が運輸省からあったようだ。

 常夏しか知らない多くの人が「()()()()ってなんだ」と思ったらしく解説が入った。

 なお、シンジが言っている2000年代に大きく進化した“スタッドレス”と、国内向けが出たばかりの“冬タイヤ”は別物である。

 

「第三東京は山だから、通行規制かかると厳しいな」

「そうねぇ……って、明日、リツコ帰ってこれんの?」

 

 降り続く雪に各交通機関が運転見合わせを発表し、道路には通行規制がかかっているようでニュースキャスターが読み上げていく。

 

「リツコさん、常磐リニアが止まったら向こうに泊まるんじゃないの」

「輸送機ぐらい出しなさいよねまったく」

「ネルフの時みたいに金使えないからなあ、仕方ないね」

 

 内務省の独立行政法人という事もあって予算は少なく、経費削減の一環として特災研はVTOL連絡機を売却してしまったのだ。

 シンジは墓参りに連絡機を使っていたネルフ時代を思い出す。

 国連加盟国からの分担金とゼーレからの資金提供を受けていたネルフはエヴァの運用だけでなく、こういう所でお金を浪費していたんだなと実感した。

 一応、国連軍から供与された輸送ヘリCH-53EとUH-1Hの4機が残ってはいるものの、余り飛ぶことはなく長距離出張は今や在来線、新幹線リニア、バスの三本柱である。

 それに有事になれば戦略自衛隊の航空隊が派遣されるのだから、自隊保有機を多く残す必要もないのだ。

 

 ニュースが終わり、ドラマが始まったのでチャンネルを変えるとサスペンス物のドラマか、“衝撃映像100連発”なんていうバラエティ番組しかやっていない。

 途中から見る気も起こらなかったのでアスカはバラエティ番組にする。

 未確認移動物体やら心霊写真といったもののほか、間一髪の様子などを紹介する番組だ。

 しばらく見ていると芦ノ湖の海賊船から撮影された投稿動画が紹介され、そこには黒い影がざぶざぶと泳いでいく様子が映し出されていた。

 ゲンドウに似た声のナレーションが「何だコレ」なんて言っている。

 尾のようなもので泳いでいるようだが、水面下にうっすらと金属のようなものも見えた。

 

「はぁ……くっだらない、何が芦ノ湖の怪生物よ」

「まあ、泳いでるだけならどうとでもなるよな」

「そうよね、A.Tフィールドがなかったらお茶の子さいさいよ」

 

 スタジオの出演者のオーバーなリアクションに対して、アスカとシンジは醒めた感じだ。

 大きさは第六使徒以下、海賊船に体当たりを仕掛けてくるわけでも無く、ただ泳いでいるだけの相手なら何の脅威も感じないのだ。

 

 __それにしても、やけに移動物体撮るの上手いなこの投稿者。

 

『午前10時、水中移動物体は第三新東京市方向へ泳いでいます』

『この投稿者、ノリノリである……謎の移動物体は水中へと消えていった』

 

 シンジがこの手の投稿モノでありがちな、動画の粗さやよくわからない謎のカメラのブレが無いなぁと思っていると声が入った。

 

「あのさ、この声って……」

「やけにピント合ってると思ったら相田なのね」

「まあ使徒よりは遅いしなあ」

 

 未確認移動物体相手とはいえ砲爆撃の爆風や激しい戦闘振動もない状況での撮影なんて、ケンスケにとって余裕だ。

 番組に採用されたらクオカードが貰えるとのことで、投稿番組に応募したのだ。

 さすがのケンスケも没収を免れたエヴァと使徒の戦うお宝映像を投稿しようとはしなかった、つい最近に撮った映像らしい。

 

 アスカは鶏肉をゴマダレにつけて食べながら、シンジの顔を見つめる。

 

 __アイツ、戦うならどうすればいいか考えてんのかしら。

 

 当のシンジはというと、「垂直式使徒キャッチャー」なる巨大釣り竿で釣りをしている零号機の姿を思い浮かべていた。

 まあ、戦自で戦う()()なら潜水もできるトライデント級を投入するか、“水際地雷(すいさいじらい)投射機”を投入すればいいのである。

 旧劇場版において地底湖のエヴァ弐号機撃破に駆り出された地対艦ミサイル連隊隷下の“水際阻止障害中隊”が爆雷もとい“沈降式水際地雷”を撒けば並大抵の相手はおしまいなのだ。

 爆雷投下すなわちダイナマイト漁であり、水中衝撃波で水産資源に多大な損害を与えるので許可が下りないと思うが。

 

__あるとしたら捕獲かなあ。爆雷はたぶんNGだろうし。

 

 ふたりが鍋の具を食べ切ってシメの雑炊に行こうかとしているとき、一本の電話がかかって来た。

 

「はい、碇です」

「シンジ君、アスカさんもいる?」

「いますけど、どうしたんですか?」

 

 当直勤務の女性職員で扶桑ショウコ二尉……ネルフ作戦課からいる古株オペレーターの一人だ。

 

「じゃあ、アスカさんにも伝えて」

「シンジー、誰から」

「扶桑さん、スピーカーにするよ」

 

 シンジはスピーカーモードにして受話器を置く。

 アスカが聞いていることを確認した彼女は本題に入った。

 

「来週から、段階的に特別警戒シフトに移行するわ」

「どうしてなのよ」

「1週間前、日本重化学工業共同体の()()()()が行方不明になったそうなの」

「はい」

「それで今捜索中なんだけどね、何かに乗っ取られてるんじゃないかということで……」

「えっ、それって時田さんとこの“ジェットアローン”だったりしませんか?」

 

一度ある事は二度ある、またどこかの組織による妨害工作でも受けたのだろうか。

 

「違うわ、えっと、“水中探索機アシュラ”っていう実験機なんだけど」

「ああ、日重の新型ですね……どこでですか?」

「芦ノ湖南岸の実験場よ」

「それって、沈んだんじゃないのぉ」

「なんで今更……、盗難騒ぎは警察のお仕事でしょ」

 

アスカもシンジも日重の実験機喪失と警戒シフトの繋がりに疑問を持っていた。

湖底サルベージも、実験機泥棒と戦って現行犯逮捕をするのも自分たちの仕事ではないはずだ。

 

「さっき放送された映像にその実験機の一部らしいものが映ってたのよ」

「まさか芦ノ湖の怪物アッシーと戦えって事じゃないでしょうね」

「そうね、最悪の場合それがありうるかもしれないわ」

「餅は餅屋、怪物退治は旧ネルフにってか……」

「そう、ウチの所長が『やりましょう』って安請け合いしちゃったのよね」

「害獣駆除で戦自か自衛隊動かせばいいところを」

「……来期予算獲得のためよ」

「アタシ達の実績作りってわけね」

 

 シンジのツッコミに扶桑二尉はため息交じりに言った。

 そう、アスカの言うように実績がなければ、来年度の予算は降りてこないのだ。

 

「で、葛城三佐はこの件知ってるんですか?」

「一応連絡入れたんだけど、今、繋がらなくって……」

「あっ(察し)」

 

 シンジとアスカはミサトが何をしてるか想像が付いてしまい、何とも言えない表情となった。

 出張に行ってるリツコと同室のレイにはマヤが連絡を入れており、出張から戻り次第動き出すという。

 週明けから忙しくなるんだろうなと思ったシンジであった。

 

 2017年、冬。

 シンジたちは平和のために再び戦う……のかもしれない。

 




漫画版エヴァ最終巻で冬服を見てつい書きたくなった。

用語解説

特技生徒課程:高度な装備を運用するにあたり、優れた技能を有する軍曹を育成するべく云々で創設された課程であり、防衛庁の少年工科学校が高校生相当なのに対し、さらに前倒しした中学生相当から始まる教育課程で、修了後は直ちに軍曹へと昇格する。

初級軍曹課程:陸自における陸教に相当する課程。春と秋の2期制でありマナは秋っ子である。
普通科・特科は専門の軍曹教育隊で行われるが機甲科は陸自の第一機甲教育隊で実施される。それ以外の後方職種は共通教育であるためキャンプ富士の軍曹教育隊で行われる。

冬タイヤ:柔らかいゴムで雪道を走りやすくしたもので舗装路などではヨレるような走り心地となり高速走行は難しい。
こちらの世界のスタッドレスタイヤはトレッドパターンから発泡ゴムと言ったタイヤの構成が2000年頃から格段に進化し、滑りにくくなってアイスバーンにも対応しているほか燃費や乗り心地も大幅に良くなっている。

アッシー:構成部品丸ごとや、あるいは女性にアシとして使われるかわいそうな男の事ではない。芦ノ湖に棲む謎の水中移動物体の便宜的呼称。メッシーやミツグクンという友達がいるかどうかは不明。

害獣駆除:北海道の海岸に集結したトドをF-86戦闘機で掃射したり、大量発生したナメクジを火炎放射器で焼いてみたり、ゴジラと呼ばれる怪獣と戦ったりすること。大抵の場合結果は芳しくない。
武器の使用など近年では動物愛護の観点から行えないような手法もある。


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湖のほとり

番外編:怪生物現るの第2話です


 謎の移動物体が広大な芦ノ湖の中にいるらしいという事が分かった。

 しかし、沿岸への立ち入り制限などがされることもなく、エヴァパイロットは警戒シフトに移ることもなかった。

 

 そう、人が襲われて喰われるといったような被害が現在のところ出ていないのだ。

 日重の水中探査機アシュラが行方不明であって、その外装のようなものが動画に映った、それだけだ。

 手掛かりの無いツチノコを探すような話だから、エヴァ起動について内閣の承認が降りるわけもない。

 一回起動するだけで約四億円、戦闘行動で十数億円かかるエヴァをアテもなく起動することなんてできないのだ。

 

 運用支援部2部の職員は各機関と連絡を取って、芦ノ湖の怪生物の情報を収集していた。

 海上自衛隊のSH-60K哨戒ヘリコプターのディッピングソナーによる捜索や、神奈川県警察水上パトロール艇が動員され、水中に湖底を徘徊している何かがいるらしいというのは判明した。

 よく分からない水中雑音がして、時々湖底の砂が巻き上がって濁る様子を確認したところまではよかったが、それが何であり目標である怪生物なのかまではわからずじまいだった。

 

 シンジとケンスケ、トウジは放課後、学校の裏手にある岸で枯葉を集めて焚火をしていた。

 体育館裏に捨てられていたパイプ椅子を拾ってきて修理し、三人のたまり場にしているのだ。

 

「最近カヲルのヤツ学校休んでばっかやな」

「カヲル君は出張だよ、例の件がらみで」

「ああ、ここんところソロキャンに行く暇もないって言ってたなアイツ」

 

 カヲルは今日も学校を休み、某所に出張に出かけている。

 そして高校生をやる以上、出席日数は計算済みである。(リツコが)

 なお、アスカは大卒であるため、学校には通わずに特災研で常勤職員となっている。

 

 低く垂れこめた鉛色の空、雪のちらつく芦ノ湖を眺めながら雑談をする。

 夏は山と湖で冷やされた涼しい風が吹き抜けて快適だが、今の季節は吹きっさらしで寒い。

 

「やっぱり冬はめちゃくちゃ寒いなぁ、だから焼き芋が美味しいんだよな」

「もっと燃やさなあかんのちゃうか」

「フッフッフ、こんな事もあろうかと、こんなものを拾っておいたのさ!」

「ケンスケ、うわ、どっから持って来たんだよコレ」

「進路指導室の大掃除の時に纏めて捨ててたから、パクってきたんだよ」

 

 最初は退色した赤本の表紙を剥ぎ、ページを千切って火に投げ入れていたが、次第に火が強くなって来ると丸ごと投入する。

 シンジが燃料として校舎の隅の吹き溜まりで拾った乾いた枯葉や、ケンスケがごみステーションから拾ってきた大量の赤本を焚火にくべるといい感じに燃えていく。

 パチパチと炎が揺れて紙とインクが焼ける匂いが辺りに広がり、黒煙が上がるが気にする者はいない。

 

 「ダイオキシンが健康に影響を与えるので焼却炉を廃止しよう」なんて意見は、混乱によって石油輸入が一時ストップしてしまった後の強烈な燃料難、食糧難で始まった苦難の時代、ポストインパクト世界では主流にはならなかったのだ。

 先進国といわれた国に安定が戻って豊かになり始めた10年代にようやく環境問題に目が向けられるようになったとはいえ、まだまだ環境意識より目先の生活という者も多いのである。

 

「なあケンスケ、ホンマにアッシーなんておるんか」

「居るよ、だって俺見たもん」

「テレビでやっとったアレやな」

「アッシー探しはともかくとして、日重の水中探索機が行方不明だから、今捜索やってるよ」

「それ、特災研がやる事かいな?」

「ケンスケの特ダネがあったから、ウチに出番が回って来たの。よく分かんない生き物と戦えって」

「でも、怪生物ってロマンだよな! ネス湖のネッシーとか、チュパカブラとか」

「ネッシーはわかるけど、チュパカブラってなんやねん」

 

 ケンスケは俯き、焚火でメガネを怪しくキラリと輝かせる。

 

「そう、奴は真夜中に現れて家畜から生き血を啜る、赤く光る眼と鋭い爪が特徴で血を吸われたヤギは……」

「やめーや! ションベンちびったらどうすんねん!」

 

 おどろおどろしく話すケンスケ、トウジはフザケ半分で怖がって見せる。

 シンジはというと「昔テレビでやってたよな、懐かしい」と思った。

 

「プエルトリコの生き物だし、こんなところには居ないだろさすがに」

「わかんないよ、セカンドインパクト後の天変地異で藪の中から……」

「ジュパー!」

「うわぁああ! ……って脅かすな!」

 

 シンジは両手の指を鉤爪のように曲げて、勢いよく振り上げてみせる。

 

「ほとんど声と勢いだよな……チュパカブラってなんて鳴くんだろうな」

「ケンスケ、それを歌にしてみたらいいんじゃないか?」

「そんな歌誰が聞くねん!」

 

 シンジは『The Fox』というキツネの鳴き声について歌った曲がどうしてヒットしたのだろうかと考える。

 

 三人で焚火を囲んでバカ話をして笑っていると、ボボボボという原付バイクの音が聞こえてきた。

 そこにいたのは厚いモスグリーンの防風防寒コートに赤いマフラーを巻き、猫のアップリケのついたヘルメットバッグを肩から下げたレイであった。

 暖房の効いた電車通学組と違い、寒風荒ぶバイク通学生は総じて重装備なのだ。

 駐輪場は校舎を挟んで反対の方向で、いつもまっすぐに帰る彼女がどうしてこんな校舎裏に来たのだろうか。

 

「どないしたんや?」

「珍しいじゃん」

「綾波、帰ってなかったの?」

 

 レイは押していたスクーターのエンジンを切り、スタンドを立てる。

 

「碇君、非常呼集」

「非常呼集? 携帯は鳴ってないけど」

「これから鳴るわ」

 

 レイが言い終わって十数秒もしないうちに電話が鳴った。

 緑色の液晶画面を見ると、“カツラギミサト”と発信者が表示されている。

 

「はい、碇です」

「あっ、シンジ君、1800に運用室に集合ね」

「了解」

 

 電話の様子からして緊迫したムードの緊急事態という感じではなく、何かあったからすぐに集まってねくらいの感じだ。

 

「お呼び出し、ゴクローサンやでホンマ」

「かつて使徒から地球の平和を守った名パイロットはいま……」

「親方日の丸、ただの特別職国家公務員だよ、じゃあ俺、行くわ」

 

 トウジとケンスケにシンジは笑いながら手をヒラヒラと振って岸辺を後にする。

 学校から特災研へ直行できるレイと違って、電車を乗り継ぐと40分は絶対かかるのだ。

 

「シンジ、行ってもうたな」

「この芋、どうすんだよ……トウジ、持って帰る?」

「おっ、ええんか?」

 

 シンジが焼き芋をしようと買っていた安納芋6本を置いて行ったので二人で分ける。

 ひとり3本だが、ケンスケは気を利かせて自分の分からトウジに2本渡した。

 

「サクラちゃんにあげなよ、芋、好きだろ」

「なんで知っとんねん」

「こないだの集まりで、スイートポテトほとんど食べちゃったじゃないか」

「アレかいな」

 

 先々週トウジ宅に集まった際に手土産としてシンジが持って来た10個入りのスイートポテトのうち、ケンスケとトウジが食べた数よりサクラが食べた数のほうが多いのだ。

 なお、シンジは年下の女の子に甘く「どんどん食べてよ」と言ってひとつも食べていない。

 

「センセはサクラを甘やかすからなあ、『シンジさんがお兄ちゃんやったらええのに』とか言うんや」

「シンジが兄貴か、楽しそうだよな……」

 

 そんな会話がなされていると知らず、シンジは電車に揺られて運用室(元、作戦室)に向かっていた。

 

 更衣室で制服に着替え、運用室でアスカや先行していたレイと合流したシンジは、ミサトに連れられて大会議室へと入った。

 そこには紺色の勤務服のほかに、防衛省の幹部自衛官、新迷彩作業服に身を包んだ戦自隊員やら警察官と様々な機関の職員が座っていた。

 

 各機関の情報職種や公安系警察官などが芦ノ湖に潜む怪生物について様々な方面から調査をした結果、ある研究所に行きついたという。

 人工進化研究所時代に作られ、ゼーレの息の掛かった人員によって運用されていた“7号分室”の()()()が3カ月前に実験体を芦ノ湖に放ったらしい。

 シンジ、レイ、アスカはネルフの闇の部分をある程度知っているため、あまり驚きはない。

 

「赤木博士、それで実験体とはどのようなものですかね?」

「はい、私たちが開発していたダミープラグのための生体部品と、使徒の体細胞を復元した生体部品サンプルを()()()()()()ものだと聞いております」

 

 野に放たれたモノがどういうものか今一つよくわからないと防衛省の職員が尋ねる。

 リツコは警察からの、いや、ある警官からの情報提供によって得た情報を開示する。

 

「つまりは……使徒のようなもの、ということですか?」

「現時点では何とも言えませんが、おそらく、そういった性質を持っている可能性はあると」

 

 リツコにもわからないのだ。

 

 なにせ、情報源は捜査関係者からの又聞きであるし、それも実験体を放った峰生(ほうしょう)チグサという女性研究者の証言と、発見された破棄されたはずの資料の一部。

 そして盗まれていたゲンドウの右手のアダム……という状況証拠のようなものしかない。

 

 レイクローン技術で培養されたアダムの胎児はどうやら人の細胞などとかけ合わされ“神の子”として誕生するはずだったらしい。

 しかし、生まれてきたものは人の形をしていない化け物だったという。

 公安警察に関東最後のゼーレ残党拠点が摘発されるという段になって、グループは国外逃亡を決心して実験体の破棄を決めた。

 そのとき最後まで反対したのが主任研究員であった峰生チグサ(37)であり、破棄するという決定が覆らないとなったとき、彼女は実験体を芦ノ湖へと放ったのだ。

 

 その話を聞いた人の作りし使徒の成功例であるカヲルは「ガフの部屋に魂がなく、使徒の因子を持った模造品にしかならない」と言い切った。

 しかし、“使徒の因子を持った何か”にはなっているわけで、それがどんな能力を持っているかまでは誰にもわからないのである。

 フラスコの外に出たホムンクルスが死ぬように何らかの安全策はないのかと期待したが、どうもそういうものは備え付けられてなかったらしい。

 

 なにより、成功作たるカヲルとレイが2年以上も人生を謳歌しているのである。

 シンジやアスカ、レイはゼーレの妄執というかヒトの業というものをまざまざと見せつけられ、実験体がかわいそうだと思っていたが他の面々にとってはそういう存在ではない。

 

「おいおい、地下水道の白いワニどころの騒ぎじゃないぞ」

「拳銃、効かないってこと? それじゃあ警察力じゃどうにもならんよな」

 

 ある警察官が言い、その上司である警部補が戦自や防衛省職員の方を見る。

 「自衛隊さん、出番ですよ」という目だ。

 

「住民の居る市街地で重火器を用いた市街戦なんてねえ……」

「そもそも、使徒のようなものというとA.Tフィールドがあるんじゃないか?」

「一度戦ったことあるけど、アレは戦車砲で抜けんなあ」

 

 いっぽう、防衛庁時代に使徒に煮え湯を飲まされ続けた彼らも、よくわからない相手ということで特殊災害研究機構のメンバーへと目線をやる。

 

「ウチもネルフだった時と違って、ポンポンエヴァ動かせないもんでね。すみませんねぇ」

 

 ミサトはそう言って戦略自衛隊の幹部自衛官や防衛省の職員に釘をさす。

 初動対処からエヴァを投入していたら予算が何億円あっても足りないし、さらに大掛かりな修理が発生したら単独管理者となってしまった日本政府が財政破綻する。

 エヴァの管理、独占について諸外国からの干渉を受けなかったのはこの点にあるのだ。

 S2機関やらN2リアクターなんて超技術でエネルギー問題を解決したスタンドアローン型兵器なら脅威であると干渉されたかもしれないが、電気代や維持費で莫大なコストのかかる有線電源稼働の“専守防衛用人型決戦装備”をわざわざ欲しがる所などなかったのだ。

 

 同じ金を出すならまだ国産空母や弾道ミサイル開発の方がマシであるし、そもそも口を出してきそうな国は補完委員会の影響下において自国のネルフ施設でエヴァ量産機を作り、大損しているのだから欲しがるわけがない。

 エヴァは平時においては金食い虫、さながら双六系電鉄ゲームにおける貧乏神である。

 

「パイロットの意見としては、どうかな」

「実験体が何食べて生きてるのかにもよりますけど、A.Tフィールドが強靭な使徒なら永久動力機関積んでいるので食事は不要ですし、人が喰われたとか被害が出ないようなら静観で大丈夫かと」

「シンジは放っておきたいようだから、アタシが言ったげる。エヴァ使いたいなら水の中から引っ張り出してからにしなさいよ。そしたらいくらでもボッコボコにしてやるわ」

「碇君、ご飯を食べないとお腹がすくわ……そういう、身体だもの」

「悪い、綾波」

「実験体は私たちよりも不完全だから、エネルギーは作れないはず」

 

 シンジは実害がなければ別にいいんじゃないかというスタンスで、アスカも放っておいていいんじゃないかと思っていたが、どうしても討伐したいならB型装備で水中戦なんて無茶なことはしたくないので陸に引っ張って来てからにしろと言った。

 一方、レイの見解はゲンドウの腕に癒着したアダムの細胞から取った遺伝子と自身のクローン体のデータから取った遺伝子を組み替え、合成事故を起こしたような存在だからかつての使徒のような強靭さと自己完結能力は無いというものだ。

 

「そういえば、渚のヤツはどこほっつき歩いてんのよアイツも高校生でしょ?」

「渚君はレイの代わりに研究所の跡地へ行ってるわ」

「あ、そう。アイツなら襲撃受けても大丈夫だもんね」

 

 出動服装である戦自迷彩作業服に身を包んだカヲルは、運用支援部の職員や数人の警察官とゼーレの置き土産の建物に突入していた。

 リツコ曰く、使徒としての知見から何か手掛かりが掴めるのではないかという事だったが、8割ほど人員を守る盾としての役割である。

 

「ふうん、これが……この世界は悲しみに満ちている。けど、それがリリンの選択だ」

 

 カヲルは落ちていた写真を拾い上げると、遺棄された研究所のメインコンピューターにアクセスし始めた。

 ピッ、という電子音と共に電力供給の無いはずの電子ロックキーが開き、隠し部屋への道が現れる。

 階段を下りていくと、ピーンという金属音がしていきなり何かが飛び上がる。

 地下からの爆発音に同行していた警官と職員が声をかける。

 

「凄い音がしたぞ、大丈夫か!」

「大丈夫ですよ、だから待っててください」

 

 闇の中に仕掛けられたトリップワイヤや感圧板と連動して跳ね上がる「Sマイン」と呼ばれる対人地雷が作動したのだ。

 散弾を間近で受けてなお無傷で、平然とカヲルはパンパンと埃を払う。

 

「Sミーネか、僕が来て正解だったね」

 

 乗るべきエヴァの無い彼は使徒の力と合わせて近接格闘から銃器の扱いまで習得していることから「見た目は少年、中身は戦艦並みのパワー」と評される究極の戦闘要員になっていた。

 普段ブラブラ遊び歩いているように見えるけれど、本省の調査室に戻った加持やマナ達運用支援2部と共に情報収集に参加しているのである。

 

「疑わしきはIEDだから爆破ってシンジ君は言うだろうね」

 

 カヲルはシンジから対テロ戦争の話を聞いていたから、腰だめに構えたM870をコンソール下に置かれていたアルミのゴミ箱に向かって撃つ。

 12ゲージ弾によって穴だらけになったかと思えば、次の瞬間爆発した。

 中に手榴弾が仕掛けられており、少しでも動かすとレバーが飛ぶ仕掛けだ。

 土埃の中ズンズンと進んではショットガンで爆破し、破片や爆風は気にしない。

 こうしてA.Tフィールドとショットガンでのごり押しで仕掛けられたブービートラップを無力化して研究所跡の完全制圧が完了した。

 

 研究所跡の部隊が帰ってくると、第一回芦ノ湖正体不明移動体対策会議は終わっていた。 

 ひと仕事を終えて帰って来たカヲルとシンジは運用課事務所で報告書を片手に話す。

 

「シンジ君、これが彼女の“動機”だろう」

「……オヤジにしろ、ユイさんにしろ実行力のあるヤツがやらかすとロクなことにならないな」

「人は愛ゆえに悩み、それが行為の原動力になる……補完計画は彼ら自身にとっての救済の形だったのかもしれないね」

「そうだろうな、それでも巻き添えは勘弁してくれってね」

 

 拾った写真には幸せそうな一家が写っており、子供を抱いている女性が今回の一件を引き起こした峰生チグサであった。

 シンジは先ほどの会議で見た幸薄そうな女性科学者の顔写真と、この2000年3月撮影の若い夫婦の姿を見比べる。

 再会の時を十数年待って、ゼーレ教義の下の“神の子”とはいえ自らの子が蘇る……と研究をしてきた。

 しかし、サードインパクトの阻止によってご破算になり、さらには唯一の頼みの綱であった研究機関さえ取り潰されるとなって彼女は狂ったのだろう。

 どんな姿であれ自分が心血を注いで作った“子供”を殺させはしないと。

 

 シンジはふと考えることがある、自分のやったことはゲンドウをはじめとして多くの人の希望を奪ってしまったのではないかと。

 

 全ての人の利害は一致しない、誰かが何かを選択すればその対価は何処かで支払われ、選ばれなかった方に不利益が降りかかるなんて言うのはよくある事だ。

 そこに休憩を終えたアスカとレイが戻って来た。

 ゲンドウと面会したり、こういったケースを見るたびにシンジは自分の正義とは何なのか柄にもなく考えるのだ。

 そこに休憩を終えたアスカとレイが戻って来た。

 

「シンジ、あんたまた悩んでんの?」

「いいや、俺のやるべき事は使命の遂行……わかってるんだけどね」

「言い方悪いけどあの人は犯罪者なの。そんな人に入れ込んでうじうじ悩んでたら蹴っ飛ばすわよ」

「アスカさんは、もしも母親に会えるかもしれないってなったらどうするんだい?」

「アンタバカぁ? そりゃ会いたいけど、死んじゃったものはどうしようもないでしょうが」

「碇君がもし死んだら、アスカはどうするの?」

「そりゃ悲しいけど、そのうち受け入れるしかなくなんのよ」

「シンジ君はどうなんだい」

「辛いんだろうな、でもいつまでも泣いてられないだろ。死者は蘇らないんだからさ」

 

 そう言うとシンジは手元の缶コーヒーをぐいッと飲み干して再び報告書作成業務に戻る。

 ふっと二年前の合同追悼式で見た喪服の隊員遺族、父無し子となった子供たちが頭をよぎった。

 

 __俺はそういう人たちを出来る限り減らすために、任務に就いてるんだよな。

 

 情にほだされて、自分が蟻の一穴になって敵に利用され味方や国民を危険にさらすことになってはいけないのだ。

 

 

 そして翌週の12月24日、事態は急展開を見せることになる。

 午前7時、元箱根港や箱根神社の周辺にパトカーや警官が集まっていた。

 

 

「本部、本部こちら箱根2、元箱根港で人の腕のようなものを発見したとの通報あり、専務員の派遣願う、どうぞ」

「本部より各PSへ、多数の通報があり芦ノ湖南岸より5キロ圏配備を行う」

「箱根6より本部、本部……通行人より水棲生物と思しきものが、人を襲っていたという申告あり、どうぞ」

「本部より各局、本日7時17分元箱根港近辺で連続G事案が発生……各警戒員は拳銃使用も許可する」




冬の風景描写が書きたくてANIMAとは違った2017年を目指していたら、気づけば廃棄物13号になっていた番外編……の第二話です。
ご感想、ご意見等楽しみにしております。


用語解説

ディッピングソナー:対潜ヘリから吊るして海中の反響音などを拾う送受信装置。海面に投下するソノブイと違い巻き上げれば繰り返し使用でき、情報量が多く信頼性が高いのが特徴

赤本:大学の過去問集のこと。なお“緑本”や“青本”というと別のものになってしまう。(新隊員必携の通称)

『TheFox』:イルヴィスの楽曲。ネタ曲であり「馬とキツネが出会ったらモールス信号で会話するの?」という歌詞やこれ、当てる気ないだろうという鳴き声が出て来る。

Sマイン:跳躍式対人地雷、ワイヤーに触れるとバネで跳び上がり散弾をばらまく対人障害器材で「Sマイン」や「バウンシング・ベティ」と呼ばれ、ドイツ語では「Sミーネ」と呼ばれる。

IED:即席爆発装置のこと。手製の爆弾で近年の対テロ戦争でしょっちゅう仕掛けられ軍人、民間人問わず多くの犠牲者を生み出している大きな脅威の一つである。

PS:警察用語で「警察署」。PC(パトカー)やPM(警察官)という略語もある。
専務員:警察用語で「鑑識」のこと。また、そういう教育を受けてる人のこと
G事案:警察用語で「ゲリラ攻撃事案」のこと。一般公開されたサリン事件の無線交信なんかでも登場する。


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アポトーシス

「シンジ君、アスカ準備はいい?」

「バッチリよ」

「いつでもどうぞ」

 

 二機のエヴァは国道1号線沿いの役場、箱根出張所近くで待機している。

 遊覧船の元箱根港付近には第1即応機動連隊第1中隊の機動戦闘車が展開しており、住民避難のための時間を稼ぐ。

 エヴァ弐号機は専用拳銃を構え、暗い水面を眺めていた。

 遠くからトライデントのジェットエンジンの唸り声が聞こえてくる。

 

「こちらライデン、目標を捕捉」

「ライデン、恩賜公園の方へ追い込んで!」

「わーってる! 撃っていいのか?」

「射撃は許可できない、繰り返す、射撃は許可できない」

「あんた、流れ弾が市街地に飛んだら危ないでしょーが!」

「俺らも箱根神社方向に撃てないから、頼むぞっ」

 

 ライデンのパイロットはスロットルを絞って、湖面にいる目標を追い立てる。

 だが、脚を畳んでエンジン推力で水面を滑るように突撃する水上強襲モードのトライデントと長い尾で泳ぐ怪生物では速力が違い過ぎる、

 失速寸前まで出力を絞り、機体を左右に振って蛇行することで何とか後ろに張り付いている状態だ。

 

「このウスノロがっ! 遅すぎて追い抜いちまうぜっ!」

「シンジ君、アスカ、今よっ!」

「A.Tフィールド全開!」

 

 キャァアアアアア! 

 

 A.Tフィールドに何かを感じ取った目標は、咆哮し岸にいるエヴァ目掛けて飛びかかって来た。

 

 

 時間を遡ること、1か月前。

 早朝、箱根海賊船元箱根港の駐車場で車が大破しているという通報があった。

 元箱根交番の警察官が駆け付けてみると、そこにはドアとエンジンフードが大きくひしゃげておびただしい血痕が残った車が転がっていたのだ。

 車の様子から夜のうちに自損事故を起こし、運転手はケガをするも飲酒や薬物といった何らかの事情から現場を逃走したという線ではないかと思われた。

 奇妙な事故車に交番の巡査が交通課の鑑識を呼ぼうとしたとき、またもや通報が入った。

 貸しボート屋の店員からで、人の腕のようなものが流れ着いているというものだった。

 奇妙な事故車からそんなにも離れていない所だったので、交番の警察官は小田原警察署に応援を要請した。

 もしも腕が本物ならば死体遺棄事件であり、県警本部に捜査本部が立ち上げられる案件だ。

 交番に配備されている原付バイクに乗った巡査部長が現場に到着すると通報者の男性店員が駆け寄って来た。

 

「お巡りさん! こっちです!」

 

 二の腕の中央ぐらいからバッサリと千切れて筋と骨が見えている生々しいもので、湖面を漂っているうちに血が抜けきってしまったのか青白くブヨッとふやけていた。

 

__これは作り物なんかじゃない、本当のホトケさんだ。

 

 巡査部長は大事になって来たぞと、無線で県警本部を呼ぶ。

 その時、またもや110番通報があったのか注意喚起音が鳴った。

 奇妙な事故車と人の腕に続き、歩いている人がよく分からない怪生物に襲われたという通報だ。

 

「何だ、何が起こってるんだ」

 

 連続して入って来る通報に巡査部長は芦ノ湖の水面を眺める。

 いつもは蒼く美しい湖面も、今日ばかりは不気味で底知れぬものを感じた。

 

『元箱根交番より入電、元箱根港にて死体遺棄事件発生……付近のPCは直ちに急行せよ』

『110番整理番号237に関連し、動物のようなものに襲われたという入電あり、各員は受傷事故に留意されたい、どうぞ』

『小田原4より本部、聴取した動物のようなものの形状等から生物兵器によるG事案と思料される、どうぞ』

 

 

 

 

 警察官が非常線を張っている頃、シンジとアスカは日曜日の朝という事もあってコタツの中でゆったりしていた。

 パリッときつね色に焼き上がったトーストに目玉焼き、サラダに牛乳といった朝食をとりながら今日の予定について話し合う。

 

「今晩はクリスマスパーティーだから、今日中に片付けるわよ」

「わかってる……で、誰が来るんだっけ」

「レイ、ヒカリ、鈴原と相田、渚、マナだから7人分よ」

「そっか、じゃあパーティー料理の買い出しもしないとアカンな」

 

 クリスマス・イブという事もあってアスカはクリスマスパーティーを企画していた。

 メインディッシュの七面鳥にポテトやアップルパイといった料理を準備して、プレゼント交換会をやるつもりだ。

 シンジはコタツまわりの片づけをして、昼前からアスカと二人で買い出しに出かけようと予定を組んでゆく。

 

 アスカは一応、隣に住む加持とミサトにも声をかけたが“第三東京プリンスホテル”のディナーに行くらしく二人は不参加だ。

 中々予約の取れない()()の“三プリ”という事もあってシンジは加持の手際の良さに感心していた。

 レイは一緒に住んでいるリツコを誘ったが、マヤや青葉、日向といった旧ネルフオペレーターと飲み会があるから参加できないと断られてしまった。

 リツコとしては高校生の子供たちに混ざるのも無粋だと思ったし、アスカやシンジといった社会人、中身28歳という大人もいるから、羽目を外さないようにと監督の必要もないと感じたのだ。

 一方、マヤは酒が入ると誰彼構わずに絡んでいくのでこうした飲み会ではリツコがブレーキ役になるのである。

「せんぱーい」と上機嫌で言ってる間はまだ良いのだが、酒が進むにつれ「これだから男ってのは」とか据わった目で言い出す。

 日向や青葉が苦笑いで乗り切ろうとして、愚痴とウザ絡みの連射を浴びることになるからリツコが止めに入るのだ。

 その話を聞いたレイは不思議な気分になった。

 普段優しく話しかけてくるお姉さんと、酒癖が悪くて面倒くさい女のイメージがどうも一致しないのである。

 リツコから同じ話を聞いたシンジは“新劇場版Qのキツいマヤちゃん”の片鱗を見た気がした。

 

 

 日曜日という事もあって、クリスマス・パーティーに飲み会、デートにカウチポテト、特殊災害研究機構の面々は思い思いのクリスマス・イブを過ごそうとしていた。

 そんな休日の一コマを一変させてしまう知らせはテレビのニュースから飛び込んできた。

 

 コタツを出たシンジはOD色のセーターと防寒パンツの上に迷彩作業服を着る“冬作業スタイル”で掃除機をかける。

 一方、アスカは部屋の隅に積んだ雑誌や温めるためにコタツの中に突っ込んでいた服を自分の部屋へと持って入る。

 そんなとき、点けっぱなしのテレビから速報のアラームが聞こえてきたのでふたりは何の気なしにテレビ画面を見た。

 

 “神奈川県芦ノ湖で怪生物出没、人が襲われる被害も”

 

 シンジは急いでチャンネルを回す、討論番組の途中で急遽ニュースに切り替わった。

 そして社章の入ったヘルメットにジャケット姿の報道陣が規制線に近づき、「危ないから下がって」と必死に叫んでいる警察官に押し出されている映像が飛び込んでくる。

 当直の職員から非常呼集の電話がかかって来たのはおよそ10分後だ。

 非常勤務(甲号)であって二人が部屋を飛び出すと、私服姿の加持とミサトが部屋から出てきた。

 

「シンジ君、アスカ、本部に行くわよ!」

「ミサトっ!」

「シンジ君、俺も行くことになった」

「加持さん、入れるんですか?」

「許可なら取った。ゼーレの置き土産なんだ、おそらくウチも関わる案件だ」

 

 蒼いアルピーヌA310改に4人乗って特災研本部に向かうのだが、緊急車両ではないので信号待ちがもどかしく感じる。

 青に変わった瞬間、急加速して加持とシンジは背中にメインモーターの高音を感じる。

 

 4人が第一発令所まで到着したとき、カヲル、日向がすでに到着しており当直の職員と共に状況の把握に努めていた。

 神奈川県警から提供された情報によると怪物は芦ノ湖から箱根神社近辺に上陸して人を捕食したり、長い尾のようなものを振り回してひとしきり暴れまわった後、水中へと逃げ込んだという。

 その際、警察官のけん銃射撃を受けたわけだが全くと言っていいほど効果がなく、水中探査機という殻のない関節部や露出している生体部分でさえ弾が通らなかった。

 この事から神奈川県知事は国連軍自衛隊に災害派遣要請をし、内務省に対しても協力要請を行ったのだ。

 第一報の後、情報収集のためにスクランブル発進した航空自衛隊のF-15J戦闘機と、陸自、戦自の重戦闘機が撮影した映像には長い尾を持っていて牙と触手を持った怪生物の姿があった。

 自治体、関係各省ともつい1年ほど前まで使徒との戦闘を経験していただけあって、怪生物に対するフットワークはとても軽い。

 “芦ノ湖怪生物対策本部”が旧ネルフ元箱根光学観測所の建物の中に急遽セッティングされた。

 警察、国連軍、戦自、特災研といった実力組織と県や自治体、省庁などの役人だけでなく、かき集められたファックス付き電話とノートパソコン、複合機が狭い部屋に集結しその熱で冬とは思えない暑さだ。

 

 

 対策本部から芦ノ湖を挟んで対岸の第三新東京市、特災研本部ではMAGIや生化学技術の技官などを活用し解析作業を行っていた。

 

「あれ、何に見える?」

 

 怪生物の画像数点を表示したスライドをミサトは指してチルドレンの三人に感想を聞く。

 現場に臨場した県警本部の警察官が撮影したもので、陸に上がり人や車を襲っている最中だった。

 

「量産機とエイリアンの合いの子みたいな雰囲気ですよね」

「海で倒したアイツに足生えたようなの」

「マグロ食べてるようなゴジラ」

 

 上から順にシンジ、アスカ、レイである。

 長い尾にカミツキガメのような頭、鋭い牙を持った大きな口、鱗や毛のようなものがないのっぺりとした黒っぽい表皮が特徴だ。

 そこに薄汚れたクリーム色の探査機のパネルがまるで馬の(くら)のようにハマっていて、モータやら基盤部、ロボットアームの部分は何処かに行ってしまったようだ

 

「3か月くらいでこんなにデカくなるんだから、さぞかし美味しいもんでも喰ってたんでしょうねぇ、芦ノ湖の魚とか」

峰生(ほうしょう)がドラム缶3本分の進化促進剤を撒いていたのよ、逮捕されるまでずっとね」

「70センチ越えのワカサギがポンポンと出てきた時期ですねえ」

 

 ミサトとリツコのやり取りに釣り好きの運用課職員がそう言った。

 事実、お化けニジマスどころかワカサギが70センチを超える大きさになっていたのだ。

 実験体はそうした()()()()()()の魚を食べて育ち、あらかた食べてしまってその巨体を維持できるほどの食べ物に困って地上に上がって来たのである。

 その過程で湖底の探査実験をやっていた探査機も餌として襲われ、食べられなかったものの巨体を支える外骨格として纏われることになったのだろう。

 

「日重の探査機アシュラを着込んでいることから、侵食能力を有してる可能性があるわ」

 

 侵食能力でアスカが思い出したのが第16使徒戦でエヴァ初号機が腕を侵され切除したことだ。

 殴り合った瞬間に侵食、同化されるような相手なら接触の無い中距離戦しかできない。

 

「リツコ、それじゃ接近戦はダメって事?」

「そうじゃなくて、細胞片をうかつに飛散させると危険という事よ」

「培養されてた使徒モドキだから、真っ二つにしたけど細胞片から復活! もありえるよな」

「そうなったら、アンタとアタシでもう一度ユニゾンやってみる?」

「……槍を抜いた瞬間に、脚が生えたわ」

「レイ、あなた、サラリとそういうこと言わないで」

「シンジ君の言う通り、第1使徒がベースだからそういった可能性もあるわけね」

 

 シンジとアスカの脳裏には第7使徒がよぎった。

 ソニックグレイヴで頭から真っ二つにして、死んだだろうと思った矢先に()()したのだから。

 そして、ターミナルドグマの白い巨人リリスを思い出したであろうレイの一言にリツコは冷や汗をかく。

 こればかりはネルフ無き今も秘密物件なのだ。

 もっとも、この場でネタがわかるのは現物を見たことがあるリツコ、ミサト、そしてアニメで見たことのあるシンジだけなのだが。

 

「で、赤木博士の事だから何か策、あるんでしょ」

「細胞の進化増殖を早めているのだから寿命は短いでしょうね……」

 

 そこに、MAGIが出力した回答を印刷した資料を持ったマヤが入室してきた。

 

「先輩、7号分室時代の研究にネクローシスをさせる薬剤があったようです」

「それね、作成者は?」

「峰生チグサで、3年前に設備の不調で試作品は破棄、研究は中止されてます」

「リツコ、ちょっち気になったんだけど、どうしてそんなもん研究してたのよ」

「ミサト、あなたエヴァ量産機が自己修復している時、どうして手足の形になったのか疑問に思わなかったの?」

 

 そう言われてシンジやアスカ、ミサトも初めてその疑問に行きついた。

 カヲルあたりだと、「A.Tフィールドが強固な自我を作っているからヒトの形を保てているんだ」などと言いそうだし、シンジもエヴァ世界ならそうなんだろうなとそうボンヤリと考えていた。 

 実際の所、切り落とされた腕が生えて、五指のある人のような手が毎回できるのはそういった細胞死(ネクローシス)プログラムが組み込まれているからなのだ。

 S2機関による自己修復作用によって大体の性質が既定された腕のようなものが伸び、()()()()()するアポトーシスによって指先が分かれて同じ形になるのである。

 

「エヴァの生体部品って……」

「そうよ、こうした技術のひとつの完成形だったの」

 

 ターミナルドグマのエヴァ素体失敗作の山はメカニカルな問題の洗い出しに作られたもののほか、こうした生体部品の研究で出来た“奇形児”だったりするのだ。

 そう、エヴァ零号機はこうした広い分野の技術研究と多くの失敗、使徒よりもたらされたものからようやく出来上がった成功例なのである。

 

「それで、その薬はいつ出来んの?」

 

 アスカは赤木博士のE計画苦労記を聞くつもりがなかったので、先に進める。

 

「作り方はそのまま流用するとして……早くて2カ月ね」

「2カ月もあんなの泳がせてらんないわよ!」

「仕方ないよアスカ、年末年始あるし、1週間2週間で出来るようなものでもないしな」

 

 培養槽はネルフ時代に使っていたものがあり、かつて作られた試作品と研究資料()()()でも原料の調達やら培養日数を考えると時間がかかる。

 

「それまで、人食い怪獣の相手はお巡りさんがするの?」

 

 レイは蹂躙されるパトカーの映像を見ながら問い、ミサトは所長に確認を取りに行った。

 そして得られた回答は自衛隊の普通科部隊と戦自の即応機動連隊が初動対応に回り、手に負えなくなった段階で“特マル部隊”が投入されるらしい。

 特マルとは、戦自の特型機甲中(トライデント)隊や特災研と言った“特”で始まる巨大兵器運用者の通称だ。

 

「初動は県警、陸自の34普連と戦自の即機連がするようよ」

「板妻や富士から山越えか、警察が粘れるかなあ……」

「お巡りさんを見殺しにするみたいでヤダなぁ」

「アンタたち、ウチはもう特務機関じゃないんだから国内法には勝てないのよ」

 

 ミサトの言うように、国連直轄の特務機関であったならば怪生物出現の報に押っ取り刀で駆け付けてエヴァでタコ殴りにして解決である。

 

「アスカ、近くに擬装機関砲があったわ」

「そうね、それか駒ヶ岳防衛線に引きずり込んでもらったら、ってミサト?」

「こっちに来られても兵装ビルはもう使えないわ」

「なんでよ?」

「火薬類取締法不適合で先月撤去されちゃったのよ」

「観光地や人口密集地の近くに弾薬庫を置くわけにはいかないもんな」

 

 チルドレンが頭の片隅に置いていた支援設備も特災研移行後、多くは解体撤去あるいは運用終了となってしまっていた。

 超法規的措置で運用されていた迎撃要塞都市は対使徒戦という役目を終えて、日本のいち地方都市へと姿を変えつつあったのだ。

 

 結局、15時過ぎに捜索も一時中断となって非常線が解除され、一同は解散したがクリスマスムードはとうに吹き飛んでしまっていた。

 シンジとアスカがマンションに戻ってテレビをつけるとそこから流れてきたのは、クリスマスソングではなく報道番組だった。

 一方、自衛隊でも怪生物出現のニュースの衝撃は大きく、ある陸曹は大阪の実家で休んでいたところを非常呼集の携帯電話に叩き起こされ、高速バスで急いで駐屯地に帰って来た。

 22日に仕事納めと“部隊年末年始行事”を終えて、いよいよ冬期休暇だという最中に起こった事件に隊員たちは駐屯地に呼び戻されている。

 「年末行事の餅つきもやったし、越年歩哨、クリスマス当直当たっちゃったヤツはご苦労さん……」と他人事だった者も第3種非常勤務態勢で我が事となってしまった。

 そう、東部方面隊第一師団隷下の各部隊の隊員たちは年末を営内で過ごすことになってしまったのである。

 

 そんな人間たちの事情など知らぬ存ぜぬと、沿岸の監視網に掛からぬように怪生物は芦ノ湖の中を泳ぎまわっていた。

 怪生物は闇に紛れてひっそりと捕食して、通報を受けた警察官が到着するころには忽然と姿を消すのだ。

 

 

 あっという間に大晦日がやって来て、シンジとアスカはリツコの家で年越しを迎える。

 家主であるリツコとレイに年越しソバを振る舞うのはシンジの仕事であり、レイとアスカはニャアニャアとコタツに潜り込もうとするシロと戯れ、リツコは在宅で出来る仕事をしていた。

 台所からの醤油とみりんの甘い匂いに三人の期待は高まっていき、腹が鳴る。

 ほどなくして関西風の薄口しょうゆとみりん、ダシを使ったかけつゆに具の乗ったソバがやって来た。

 具はスーパーで買った乾燥エビ天ぷら玉といなりだけというシンプルなものだ。

 

「リツコさんの作ってくれたものより、色が薄い」

「シンジ君は関西風なのね」

「やっぱり、色が薄くてダシが効いてる感じが好きなんですよね」

 

 

 その頃、某県の収監施設では二人の収監者が談話室でテレビを見ながら呟く。

 提供された年越しソバは色の黒い醤油味のつゆで、もう10年以上食べた味だ。

 

「碇、ときどきダシの効いたソバが食べたくなるな」

「ああ、冬月先生は京都の出身でしたね」

 

 ゲンドウはソバの湯気でメガネを曇らせながら、ソバを啜る。

 そんなゲンドウの様子に、冬月はすこし意地悪な問いかけをしてみたくなった。

 

「お前はどうなんだ、ユイ君は作ってくれなかったのか?」

「この歳になると涙もろくなるもので」

「ダシの味で思い出して泣く、と。今ならもういいだろう」

「ふっ……お互い歳を取ったものだ」

 

 思い出すは新婚の年の大晦日、仕事納めをして昼過ぎに家に帰ると妻が大掃除をしていた。

 脚立がなかったからとキャスター付きの椅子に立って高所の埃をはたき、整理した資料の山に転んで散らかし、それを二人で笑いながら片付けた。

 手際が良かったとは言えないがなんとか掃除を終えて、食べる年越しそばは幸せの味であった。

 ゲンドウは薄い関西風の汁を見るとユイの料理と幸せだった頃の記憶があふれ出してくる。

 その度にメガネを曇らせてこれは結露だと言っていた、もっとも冬月にはバレていたようだが。

 

 __あの人、本当は可愛い人なんですよ。

 __これが「可愛い所」かねユイ君。

 

 冬月はこんなに長い付き合いになるなんて思ってもみなかったなとゲンドウを見る。

 テレビからはセカンドインパクト前の名曲に合わせて17年ぶりの雪景色が流れていた。

 

 

 

『アイムハングリー』

『バームクーヘン!』

『この中に一人、宇宙人に餌付けした奴がおる』

『ホウジョウ、マイフレンド』

『お前か~!』

『裏切ったな! ……お前も父さんと同じで裏切ったんだ!』

『父さんって誰やねんな!』

 

「絶対に笑ってはいけない特務機関……だってさ」

「この隊長、あの人に似せてるのね、どこから漏れたのかしら」

「……フフッ」

「碇君、ビンタ」

「シンジ、他のチャンネルにして」

 

 リツコの一言に司令役のプロレスラーとゲンドウを対比させて吹いたシンジにレイが突っ込む。

 テレビでは年末のバラエティー特番か怪生物騒ぎに関する番組、そして年末恒例の“第九”合唱だ。

 第九の合唱を見るとシンジは原作カヲルのセントラルドグマ降下戦の映像とゲームにおける“握り潰す”というコマンドを思い出す。

 わずか一話で多くの視聴者にインパクトを与えた不思議な雰囲気の彼も、ここでは人の文化に染まりきってしまった。

 

「そういえばカヲル君、富士山の近くでソロキャンプだってさ」

「ご来光でも見るのかしらね、あの子」

 

 テレビを見ていたシンジがそういうと、リツコは銀髪の使徒の少年を思い浮かべる。

 常夏だった昨年までならともかく、雪降って冬らしくなった今年に登山してご来光を見るなんて物好きもいい所ねと思った。

 現にアスカとレイは「今年の冬はコタツから出たくない宣言」をしている。

 

「今年って冬が寒いのによくやるわ……」

「あの人、風よけと断熱にA.Tフィールドを使っているもの」

「それが使徒的キャンプ法なんだからなあ、テントいらず」

 

 ヒトがウェアやテント、シュラフと言った重装備でかためている時に、使徒の少年はA.Tフィールドで温室を作り出してどこでも快適さを保てるのねと感心する。

 そこでリツコは何かに気づいたような表情になった。

 

「……シンジ君、渚君が芦ノ湖の湖畔に行ったのはいつ?」

「ちょうどクリスマス前くらいですよね」

「最初のご遺体が上がったのがちょうど……」

「クリスマスの朝」

「使徒は第一使徒を目指して進攻する特性があったわね」

「それじゃアイツが陸に上って来たのって、渚のせい?」

「まだ、確証がないわ」

 

 リツコはキャンプをしていた渚カヲルのA.Tフィールドに反応して実験体が誘引されたのではないかという仮説を立てた。

 とはいっても冬期休暇に入ったいま大規模な作戦が出来るわけもなく、仮説をもとに3が日明けから実験体の撃破作戦が組み立てられていくこととなった。

 

 

 「あけましておめでとうございます」

 

 途中、レイが年越しまでに寝落ちしそうになったり、リツコとシンジが前世紀の曲をデュエットしてアスカがソレ知らないわと言って拗ねたりという事があったものの、大晦日の晩は特に何事も起こらずに過ぎ去って行った。




いよいよ年末で忙しくなってきました。

エヴァで廃棄物13号をやる……という流れですが、その後の第三新東京市やら、エヴァの自己修復の様子やら、年末ムードの人々というのを書いてると中々決戦に辿り付けませんね。

次回、芦ノ湖決戦。
ご感想・ご意見お待ちしております。


用語解説

年末年始行事:各部隊で年末に実施される行事。餅つきや隊員家族を呼んでのビンゴゲーム大会などが行われる。ゲームの景品の一例としてはテレビとかスノースクレーパー、隊員クラブのビール券などがあって白熱する。
なお餅つきのモチはその場で喫食、持って帰る分と、部隊の事務所に鏡餅として飾る分に分けるのだが、野外炊具で蒸されて熱々のモチを千切って分けるときに火傷しそうになる(実話)

火薬類取締法:火薬・爆薬・火工品に関する法律であり、火薬や爆薬の技術基準のほか火薬庫などの技術基準や保安距離なども示されている。


越年歩哨:大晦日と元日の間に行う警衛勤務のこと。世間が新年あけましておめでとうというムードの中、警衛所かあるいは弾薬庫で闇の中を見つめるお仕事。
航空自衛隊や海上自衛隊などでも同種の勤務があり、またレーダーサイトなどの監視勤務者がこれにあたるのではないだろうか?

クリスマス当直:年末行事以降、当直は半週から日替わりになり、人の少なくなった営内で時間を過ごす。もちろん、中隊事務所でただボーっとして時間が過ぎるのの待っておけばよいわけでなく掃除やら休日出勤の幹部の手伝いやら電話番、発熱・インフルエンザ等の隊員家族の健康情報収集とやることはある。
なかでも“クリスマス当直”はデートの相手がいる隊員が24日・25日に当直陸士・当直陸曹に当たってしまった時に言われる。
外出者で差し入れにケーキを買って帰ってくるものも多く、3人以上が1ホール買って帰ってくると食べ切れず冷蔵庫はいっぱいになってしまいケーキで胸焼けすることも……。


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芦ノ湖のヒルコ

番外編:芦ノ湖の怪生物編の最終話です



 2018年1月27日

 

 三が日、成人式もとうに過ぎ去って、気づけばもう1月の末。

 年末から世間を騒がせている“芦ノ湖の人食い怪生物”の駆除作戦がついに決行に移されることになった。

 芦ノ湖に流されたゼーレの“神の子”の()()()()()は“ヒルコ”と命名され、以降、対策本部内では“ヒルコ”と呼称される。

 イザナギとイザナミの子であり、不具の子もしくは奇形であったから葦船で流されてしまったという『古事記』の逸話からそう命名されたのだ。

 ヒルコ駆除作戦の概要としては、エヴァンゲリオンのA.Tフィールドでヒルコをおびき出す。

 エヴァ2体で抑え込んで細胞破壊弾“アポトーシスⅡ”を撃ちこむことでこれを撃滅するというものだ。

 内閣の承認を経て、使徒戦より2年ぶりにエヴァが大地に立つ。

 戦略自衛隊及び陸上自衛隊は編成完結式を終え、御殿場で集結し第三新東京市で特災研の車両と合流する。

 

「自衛隊さん、がんばってくれよ!」

「怪獣に負けんじゃねーゾ!」

 

 自衛隊車両には“災害派遣 東部方面隊”の幕が掛けられ、対岸の怪物騒ぎである第三新東京市の住民の歓呼を受けながら走り去っていく。

 相田ケンスケや鈴原トウジ、サクラもわざわざ沿道に見に行った住民の一人であった。

 特災研に移行し、車列に特務機関ネルフ時代のロゴマークが付いた車など居ない。

 そのためどの車に友人たちが乗っているか分からず三人、特に年長の二人は手当たり次第に声をかけていく。

 

「シンジ! 人食い怪獣なんてどついたれやぁ!」

「おにいウルサイわ……あのバス?」

「あれ惣流だよな! あっ、こっち見た! おーい!」

 

 OD色や二色迷彩塗装の3トン半トラックや装輪装甲車の間に挟まれるようにしてグレーのマイクロバスがいた。

 戦自の輸送隊から借りている人員輸送車であり、今作戦では特災研の職員の人員車として用いられている。

 聞き覚えのある声に外を見たアスカは、何やら叫んでいる様子のダウンジャケットと目が合ってしまった。

 小学生の妹の手を引いて叫び、周りからの目線が集中する様子を見たアスカはあまりの恥ずかしさに頭が痛くなった。

 隣にいる野戦帽を被った国民擲弾兵(てきだんへい)モドキなんか見なかったことにしたい。

 

「うげっ、あのバカは何騒いでんのよ」

 

 どうやら彼を呼んでいるらしいので、反対側に座るシンジに声をかけた。

 

「シンジ、ラブコールよ。良かったわねぇ」

「あはは……」

 

 敬礼するケンスケと手を振る鈴原兄妹に、手を振り返す。

 自衛官は移動や行進訓練中よく市民に手を振られ、声をかけられることがあるのだ。

 シンジはそんなときニコリと笑って大きく手を振ってやる、すると沿道の市民からの声も大きくなった。

 いつもの蒼い制服ではなく、プラグスーツの上にJSDFのワッペンの付いたOD色の簡易ジャンパーを着込んでいるシンジたちが自衛官に見えたのだろう。

 

「じえいたいのお兄ちゃんに手を振ってもらったの!」

「よかったねえ」

 

 そう嬉しそうに言う親子連れを見て、ケンスケはシンジが羨ましく思うとともに格好よく見えた。

 歯を見せず眼だけで笑って手を振る姿、そして、国民のために命を懸ける姿。

 進路調査票に“自衛官”と書こうとあらためて決意したのだ。

 

『1月27日午後4時より県道75号線全線、国道1号線の一部区間が特別災害対策法によって通行止めとなっております……元箱根方面へは行けません』

 

 第三新東京市から芦ノ湖の東岸を通って国道1号東海道につながる県道75号線を前進して、元箱根町の箱根出張所まで向かっていた。

 第14使徒戦後、超特大キャリアでの機動運用を前提として再建された6車線道路を目いっぱい使い、キャリアの前後はパトカーと戦略自衛隊の車両が固める。

 カーラジオからは交通規制が行われているという内容が繰り返し放送されていた。

 一般車が居るとエヴァ積載キャリアが通行できないからである。

 

 シンジは後ろを走るキャリアを見上げた。

 

 __ホントにデカいなあ。事故ったらこっちがぺしゃんこだな。

 

 車体の長さは40m以上あり、車幅だけで4車線道路くらいありそうだ。

 元箱根町内への展開という事もあって空挺降下が出来なかったため、ネルフ時代にもやったことのない初のキャリアトラック輸送である。

 

 住民の多くは使徒戦時に何らかの被害を受けていたこともあり、8割が既にシェルターに避難していた。

 僅かに残った民間人は町役場の職員と消防団員、移動困難な高齢者、重病者だけだ。

 町の各所に白いパジェロや白バイが停まっており、MPの腕章をつけた警務隊員が赤いLED誘導棒を振っている。

 戦略自衛隊警務隊の交通統制の下、エヴァンゲリオン2体を載せたキャリアは国道1号線に到着しリフトオフ。

 

「エヴァ初号機、弐号機、リフトオフ!」

 

 キャリアから起き上がった初号機と弐号機は、トレーラー積載されたエヴァ用拳銃を手に取る。

 箱根町箱根出張所脇の非常電源プラグから電源を取り、戦闘態勢へと移行する。

 

「久しぶりねママ。今回も頼むわよ……」

 

 アスカは久々の実機、弐号機の中に心が落ち着いてくるのを感じる。

 シンクロ率は89パーセントをマークし、射撃姿勢をとってみると滑らかな動作で、思ったように動く。

 

「もっと日本政府が渋ってくるかと思ったけどなぁ」

「あの時に痛い思いしたから、出し渋んのやめたんじゃないの」

 

 シンジはエヴァの使用許可が内閣からあっさり下りたことに拍子抜けしていた。

 少し動かすだけで数億円と戦車が3両~4両ほど調達できるくらいの費用が掛かるため、承認が降りないのではないかと思っていたのだ。

 ところが現内閣は使徒との戦いを経験していたから第14使徒戦のような「あの焼け野原を作るまい」とあっという間に承認が降りたのである。

 しかし予算の関係上エヴァは2機で精いっぱいであり、足りない数は戦略自衛隊の特機中隊のトライデント陸巡と従来の装備で揃えることになった。

 

「葛城課長、特機中隊からお電話です!」

「こっちに回して」

 

 ミサトは指揮通信車の中で無線電話を取る。

 電話の相手は特殊機甲中隊の坂本2佐であり、今作戦の指揮を執る指揮官だ。

 

「葛城さん、ウチのライデンはもう準備できている、そちらはどうか」

「ええ、こちらも準備は出来ています」

「了解、時間通りに」

 

 芦ノ湖上空を海自のSH-60K哨戒ヘリが飛び、MAD(磁気探知装置)とディッピングソナーでヒルコを捜索し始めていた。

 クジラを除く水棲動物より巨大であり、水中探査機という鎧を羽織ったがゆえに磁気探知装置に反応するのだ。

 暗闇に衝突防止灯の赤灯が見えているのでシンジはホバリングする哨戒ヘリにズームをしてみた。

 その状態で測距モードスイッチを入れると、自動でターゲットデジグネータが起動してズーム対象までの距離を視野の端に表示されるからだ。

 

 __距離4000。

 

「シンジ君、アスカ準備はいい?」

「バッチリよ」

「いつでもどうぞ」

 

 ミサトの最終確認にふたりは落ち着いた様子で返事を返すと、銃を構える。

 

「海自に発音弾を投下するように伝えて」

「目標位置、出ます!」

 

 青葉の声と共にデータリンク上に赤いアイコンが表示され、海上自衛隊機が“水中発音弾”を投下して離れていく。

 音波によって()()()()()()()に対する警告を発するこの弾は水中目標であるヒルコにもよく効き、バシャバシャと浮上してきた。

 そのままではあらぬ方向に逃げていくので、勢子(せこ)が射手であるエヴァの待つ方向へと追い込んでいくわけだ。

 その勢子役に選ばれたのが特機中隊のトライデント陸巡であり、強力なパワーパックから生み出された推力で水上を滑走して追い立てる。

 

「こちらライデン、目標を捕捉」

 

 山中に甲高いエンジン音が響き渡り、水面に巨大な影が現れる。

 はるか向こう側からやって来たその影は機首に設けられた目のような外部センサーを紅く輝かせ、失速寸前の機体で大きく左右に蛇行して突っ込んできた。

 

「ライデン、恩賜公園の方へ追い込んで!」

「わーってる! 撃っていいのか?」

 

 ライデンのパイロットである少年兵が機首の105㎜単装機関砲を撃っていいものか尋ねる。

 すぐさま対策本部の戦自指揮官、坂本2佐から応答があった。

 

「射撃は許可できない、繰り返す、射撃は許可できない」

「あんた、流れ弾が市街地に飛んだら危ないでしょーが!」

「俺らも箱根神社方向に撃てないから、頼むぞっ」

 

 今作戦においては、史跡や市街地に被害を与えるであろう重火器の使用は制限されているのだ。

 特に口径209㎜と規格外の大きさを誇るパレットライフルだと、流れ弾で重要文化財や避難シェルターなどを()()にするおそれがあったため、エヴァ専用拳銃が使用されることになり装弾数は3発だけだ。

 その3発もアポトーシス弾が1発、自衛用の通常弾が2発で初弾がアポトーシス弾であるから無駄撃ちが出来ない。

 シンジ、アスカとも初弾必中が要求されているのである。

 

「このウスノロがっ! 遅すぎて追い抜いちまうぜっ!」

 

 目標と岸までの距離が2000を切り、ライデンがいよいよ着水してしまうところで誘導が行われる。

「目標、前方水面1500、MG、撃てッ!」

 

 元箱根港に待機していた陸上自衛隊の120㎜迫撃砲RTが照明弾を一斉に撃ち上げ、湖面に浮かび上がったシルエットに対し装輪装甲車や軽装甲機動車ルーフ上の12.7㎜重機関銃を発射した。

 紅く伸びる曳光弾は予想通り、薄いA.Tフィールドによって弾かれているようだ。

 

「パターン青! 使徒です!」

「シンジ君、アスカ、今よっ!」

「A.Tフィールド全開!」

 

 シャアアア! 

 

 嫌がらせのように何かを飛ばしてくる奴らの居る元箱根港から、A.Tフィールドを持つ何かがいる方へとヒルコは向きを変えた。

 

「やっと来たわね、シンジ、ヘマすんじゃないわよ」

「そうだな、アスカこそ水中に引きずり込まれないように」

 

 ヒルコは勢いよく岸へと飛び、一里塚付近で上陸し四足歩行でエヴァへと近づいてくる。

 

「12月より明らかにデカくなってんじゃない! ミサトっ!」

 

 犬で例えるとポメラニアンがジャーマンシェパードになったかのような変わりようだ。

 そして体躯の大きさだけでなく、昨年12月の上陸時には無かった鞭のような舌をシュッと伸ばす。

 

「舌ぁ?」

「カメレオンみたいなことをっ」

 

 駐車していた車を舌で弾き飛ばすと、首をかしげて舌を戻してエヴァを狙う。

 1月の行方不明者はこのよく伸びる舌によって僅か数秒で捕食されてしまったのだろうか。

 

 

「アスカ、コイツ捕まえるから弾をッ」

「わかった!」

 

 初号機がひざ丈ほどのヒルコを押さえ込もうと近づくが2足歩行の人形と違って全高が低いこともあって掴みにくく、水かきの付いた手足ですばしっこく動き回られ翻弄される。

 

「踊ってないで早く押さえ込みなさいよ!」

「コイツカサカサと速いんだって」

 

 弐号機では射撃統制装置のピパーが忙しなく動き、偏差射撃モードでヒルコの将来位置を狙うが予想もしない急旋回などで再演算となって狙いが定まらない。

 

「そっちに行った!」

「向こうから来たわねッ!」

 

 ズトン! 

 

 飛び込んで来る目標にピパーが合いジャストミート!とばかりに弐号機の拳銃が火を噴いた。

 ところが特殊弾頭の弾は……ヒルコの背中を掠めるように貫通して飛んで行き、路面に穴を穿った後跳弾してどこかに飛んで行ってしまった。

 

「ゴメン外れたぁ!」

「アスカァ!」

 

 無駄になった貴重な一発に、ミサトは思わず叫ぶ。

 

「ヤバい、本部がっ」

「シンジ、追っかけるわよ!」

 

 ()()()()のヒルコはアスカの膝元をすり抜けると、指揮所のある箱根出張所方面へと向かって走っていく。

 振り回されるアンビリカルケーブルによる周辺危害を防ぐため、急旋回が出来ず弐号機が緩旋回で向きを変えてる横を初号機が駆けていく。

 それでも、数秒の差というものは大きいものであっという間に目標は離れていく。

 本部の前には直掩の機動戦闘車部隊がいるものの、近距離で跳んだり跳ねたりする相手に105㎜砲が追随できるかというと……とても難しい。

 結局は砲手やオーバーライド機能で操作する車長の腕にかかってくるわけだが、今回の目標は素早くて敵戦車や装甲車とはわけが違うのだ。

 

「出力最大、フィールドジェネレータ作動!」

「第2中隊、電磁境界柵起動!」

「退避! 15秒後通電、いそげっ!」

 

 ああ間に合わないと二人が思った瞬間、リツコの声が聞こえた。

 行政放送用のスピーカーからサイレンが鳴り、電源車やユニットまわりの戦自隊員たちが一斉に離れていく。

 熊蜂の羽音のような低い音と共に2本の棒から発生した“半透明の壁”に勢いよく激突した。

 そう、ユニゾンアタックで空から投げつけて第7使徒を分断するのに使ったジェネレーターはこういう防壁代わりにもなるのだ。

 

 キャアアアアアア! 

 

 勢いよく鼻先を打ち付けた目標は、ボート小屋のほうからまた湖へと転進する。

 

「リツコッ! そんなのあるなら教えてよっ」

「こんな事もあろうかと、準備しておいてよかったわね」

「リツコさん、それ言いたかっただけでしょ?」

「否定はしないわ」

「シンジ君、アスカ、目標が湖に逃げるわ、何としても食い止めて!」

 

 ヒルコはかすり傷がなかなか治らないなと思いながらも、追ってくる巨人から逃れようと芦ノ湖を目指す。

 

 __また湖底で身を潜めてやり過ごそう。そして、餌をとって傷を癒すのだ。

 

 そう考えてヒルコが湖に飛び込んだ瞬間、水柱が上がり共に着込んだ探査機の外板が吹き飛んだ。

 射弾による地上危険が無いと判断したアスカが、牽制射撃として撃ったのである。

 そこに拳銃を捨てた初号機が飛び込み、グーパンチで殴りつける。

 手だけで殴っており大した威力こそなかったが進行方向を恩賜公園側に向けることには成功し、初号機はザブザブと水から上がると木をへし折りながらヒルコと組み合う。

 

 さながら巨大アリゲーターと戦う漁師、街中の猪を捕まえようとする警察官のような情景だ。

 

 指揮所からその様子を見ている職員や隊員から、「エヴァはああも動けるものか」という声だけでなく、「ああっ植樹したところが」っという悲鳴も上がる。

 ミサトは悲鳴を上げる役場の職員に「何を呑気な事を」と思いながらも次の指示を出す。

 

「アスカ、シンジ君の銃を使って!」

「うおりゃあぁあ!」

 

 初号機の銃を拾った弐号機も助走をつけて飛び込み、対岸の乱闘現場に向かって駆け付ける。

 

「初号機、アンビリカルケーブル断線ッ!」

「この野郎!」

「シンジ!」

 

 バタバタと暴れるヒルコを後ろから羽交い絞めにして残り電源僅かの初号機に、アスカは銃を向けた。

 

「撃てェ!」

 

 2発の銃声が闇夜に轟き、腹に大穴を開けられたヒルコは最後の力を振り絞って電源切れの初号機を弾き飛ばし、湖へと逃げ込もうとする。

 

「ダメかっ」

 

 そう、この場から離れさえすれば餌を喰らうことで使徒由来の超回復能力によってより強靭に進化が出来るのだから。

 水上巡航形態のトライデントが一周して戻ってくる前に水中に逃げなきゃ、と青い血を流しながら湖面へと這って行く。

 その時、弾頭に充填されていたアポトーシスⅡが効果を発揮し始め、身体の各所が炎症と共に壊死し、血と吐瀉物を吐きながらヒルコは激痛にのたうち回る。

 ゆっくり歩いてきたアスカは苦しんでいる様子を見て銃を構える。

 

「悪く、思わないでね」

 

 最後の銃声が響き、“神の子”の出来そこないはその短い生を終えた。

 偵察ヘリコプターからの映像に拳銃を構えた弐号機と、頭を撃ち抜かれて事切れたヒルコの姿が現れた。

 

「戦闘終了、アスカは初号機を回収地点まで連れてきて」

「了解」

「目標細胞片の回収および処分急いで」

 

 運用課の職員がエヴァの回収をしている時、リツコや自衛隊の特殊武器防護隊は実験体の亡骸を確保する作業を行っていた。

 アポトーシスが指先に至るまで完全に効果を発揮するまでには2時間が掛かる、それ以前に飛び散った肉片からプラナリア的増殖をされないように回収し焼却や強酸処理を行う。

 戦略自衛隊の普通科隊員たちは火炎放射器を持って肉片の()()()に駆り出される。

 一方、国連軍自衛隊は不発弾や細胞片などが無いか探して、町の安全確認を行うとシェルターの住民の帰宅を見守っていた。

 

 

 こうして芦ノ湖に棲む人食い怪生物は退治され、近隣の街に平和が戻りましたとさ。

 めでたしめでたし……の一文で締めたかったのだが、この一件には続きがある。

 

 人類補完計画の失敗によって、先進国、とくに日本国内での活動が出来なくなったゼーレは中東や中国、旧ソ連加盟国などの未だに政情の安定していない地域に行き、細々と宗教的遺物の研究をしていたのだ。

 ゲンドウに掠め取られたあげく、“神の子計画の実験体”として芦ノ湖畔で朽ち果ててしまったアダムに代わり、アダムとリリスという生命の種をこの星に落とした“第一始祖民族”と呼ばれる“神のような”存在に近づこうと “聖遺物”と呼ばれるオーパーツを集め始めたのである。

 例によって“ネブカドネザルの鍵”やら“神殺しの槍”など怪しげなもので、聖遺物と先史文明の技術、錬金術と言ったオカルト方面に力を注ぎ始めたのである。

 日本を始めとした世界各国の諜報機関、特にイスラエルの諜報特務庁(モサド)は宗教絡みとあって神経を尖らせていた。

 

 

 

 

 そんな世界の裏側とは全く関係ないところで日常は過ぎてゆく。

 

「あーっ、寒ぅー」

「おはよう、アスカ。コタツ温まってるよ」

「うーん」

 

 起き抜けでボサボサの髪を撫でながら洗面所に消えていくアスカ。

 シンジはオーブントースターで自分の分の切り餅を焼き、砂糖を付けて食べる。

 

「冬の朝はモチに限るね」

 

 アコーディオンカーテンがシャッと開くと、シンジはカゴに入ったアスカの着替えをコタツから取り出して渡す。

 薄くメイクして身だしなみを整え、温めてあったハイネックシャツと毛糸のパンツに着替えるとコタツに滑り込むのだ。

 こうなったアスカは出勤直前までカメになって出てこないので、シンジが朝食を作る。

 

「シンジ、アタシの分は?」

「今焼いてるよ、何付ける?」

「砂糖醤油」

 

 砂糖に醤油を垂らした甘辛いモチを食べるアスカを横目に、シンジは朝のワイドショーを見る。

 相変わらず新作映画の宣伝やら、一向に解決を見ない政治スキャンダル、わりとどうでも良い内容がほとんどだ。

 時計代わりの情報番組を見ながらの朝食が終わると、二人は家を出る。

 シンジは高校の制服を着て高校に、アスカは黒いスーツを着て特災研本部のあるジオフロントへと。

 

 駅へと歩いていると、後ろからトウジとケンスケがやって来た。

 

「おーっす、シンジ」

「おはようさん」

「おはよう」

「ほな、ボチボチ学校行こか」

 

 環状線の“湖尻”で降りて学校までのゆるい下り坂を降りていくときに、後ろから原付が近づいてくる。

 振り向くとダブルコートに赤マフラーをたなびかせレイが走り抜けていった。

 レイの愛車をよく見ると“赤木改”とパロディステッカーまで貼られている。

 

「アレ、特注なんだってさ」

「ホンマ好きなやっちゃなぁ」

「リツコさんもバイクも好きなんだろうなあ……」

 

 シンジたちが教室に着くと、面白系イケメンことカヲルがいい笑顔で出迎えてくれる。

 

「おはよう、そういえば昨日のアニメは考えさせられたね、リリンの特徴をよく表しているよ」

「カヲルが見てるのって、動物が擬人化(フレンズ)してるアレか」

「朝っぱらから深夜アニメの話かいな!」

 

 ケンスケはシンジと共にカヲルをオタクの道に引きずり込んだ主犯の一人であり、カヲルの考察力には一目置いてるのだ。

 そんな彼が2話目にしてどこか不穏な雰囲気のアニメをカヲルに勧めないはずもなく、あっという間にふたりは世界にどっぷりと浸かってしまったのである。

 

「人は道具を作り、群れ、投擲が出来る生き物なんだね、シンジ君」

「そう、武器と戦術が使えて、悪辣だったから繁栄したんだよ」

「僕は実際に経験したからね、よく分かるよ」

「分かるんかい!」

「俺らエヴァで袋叩きにしたし、槍投げたし」

「なあ、使徒が()()()したらどうなるんだよ、カヲルみたいになるのか?」

「どうだろうねぇ」

「それただの“使徒XX(ダブルエックス)”じゃねーか」

「知ってるのかい? シンジ君」

「民明書房引用で良ければ話すけど」

「なんや、ホラかいな……」

 

 同じ人が書いた擬人化デザインの()()()()()()()なんだよ……とは言えずに窓の外を見た。

 キラキラ輝く芦ノ湖の水面と空に伸びゆく飛行機雲にシンジはふと、先月の出動を思い出す。

 

 

 あの実験体はおそらく、使徒XXの様な使徒と人(レイクローン)の融合を果たした存在になるはずだったのだ。

 ところが、出来たのは人を喰らう可哀想な怪物であった。

 この世を謳歌することも出来ないまま最期はもがき苦しみ、見かねたアスカに引導を渡された。

 願わくば、こんな悲しい存在をもう作らないで欲しい。

 

 人類補完計画もポシャったし、こんな()()的なやつもやったし、他に俺の知らないエヴァの外伝系イベントとかないよな? 

 ここから唐突に世界滅亡でエヴァQみたいな展開になったりしないよな? 

 

 よっしゃ、何はともあれ“新世紀エヴァンゲリオン”完! 

 

 

番外編:芦ノ湖の怪生物 完

 




番外編これにて終了です。

切除されたゲンドウの腕のアダム、トライデントの水上滑走能力、第7使徒戦で登場したフィールドジェネレータ―をどう活用しようか考えていたら何故かこんなストーリーになってしまいました。

吉崎先生デザインの「使徒XX」については、後付けですが設定的にゼーレ(第7分室)が目指した成功例という事になりました。
成功:タブリスXX(タブ子)、失敗:ヒルコ

蛇足の感もありましたが、なんとか完結させることが出来ました。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
沢山のご感想、ご意見をエネルギーにほぼ週刊で書き上げられた事に自分でも驚いております。

また読んでいただける機会があれば、よろしくお願いします。


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新劇完結記念:同窓会
さようなら、エヴァンゲリオン ~14年後の彼ら~


シンエヴァンゲリオン完結記念
ネタバレにはならないと思いますが、注意してください。

4・1、加筆・修正


 2029年6月

 

 気づけば28歳の誕生日がやってきていた。

 俺が碇シンジになってからの14年は本当にあっという間だったような気がする。

 使徒の襲来、ゼーレとの闘いが終われば再就職に結婚といろいろあった。

 その間に身長は伸び、声も低くなってますます親父に似てきているなあ。

 黄色い自衛官身分証の顔写真を見ると、ゲンドウと親子であることを実感できる。

 

 物思いにふけっているうちに電車が駅に着き、5年ぶりくらいに第三新東京市の駅に降りた。

 九州・東海道新幹線リニアと箱根登山鉄道を乗り継ぎ、ここまで6時間かかった。

 そう、今日は第三新東京市立第壱中学校3年A組の同窓会だ。

 

「同窓会、みんな集まってるんだろうな」

 

 俺はバックパックの中から封筒を取り出し、会場となってるホテルへと足を向けた。

 中心部は再開発され、迎撃要塞都市を思わせるようなものは一つも残っていなかった。

 思ったより1時間くらい早く着き、どこかで時間を潰そうとぶらりとホテルの周りを散策する。

 かつて速射砲ビルと電源ビルがあったところには、ショッピングセンターが建っていて俺はフラフラと吸い寄せられていった。

 

 

 6月の蒸し暑い外から、クーラーの効いた本屋に入ると戦史モノのコーナーに足を運ぶ。

 そこには第2次世界大戦や、軍事関係の文庫本なんかが置いてあり結構面白い。

 『最後の撃墜王』やら『わかりやすいベトナム戦争』、『兵士に聞け』といろいろある。

 だが、使徒と呼称される敵との戦いや、その後の秘密結社との戦いになると一冊か二冊しかなくなる。

 『使徒襲来!』という文庫本を手に取ったとき、後ろから声を掛けられた。

 

「ようシンジ、久しぶり!」

 

 振り返ると、癖っ毛に眼鏡そしてカメラマンベストのケンスケがいた。

『使徒襲来!』は彼が出した本で、様々な観点から使徒との戦いを描いている。

 一般人、自衛官、元ネルフ職員、そして知己の元エヴァパイロットと現役使徒への取材で出来た一冊はあの時のことを鮮明に描き出し、評価も高い。

 

「久しぶり、どう、売れてる?」

「おかげさまで、ボチボチだよ」

 

 高校卒業後、俺とケンスケは二人で一般曹候補生を受けて陸自に入った。

 俺は希望通り機甲科、ケンスケは第3希望くらいの野戦特科に配属になり、数年で退職してフリーの軍事ジャーナリストになった。

 そして、雑誌やテレビ番組などにちょくちょく現れる有名人になっている。

 いつも買ってる『月刊パンツァー』のコラムに“相田ケンスケ”の名前を見た時には思わず電話を掛けた。

 “筆者撮影”の文字を見るに海外の防衛見本市なんかの写真は大概自分で撮っているようだ。

 

「シンジは今どうしてんだよ」

「九州で戦車(ヒトナナ)乗ってるよ」

「ああ、今は西部方面戦車隊か」

「うん、8戦無くなってしまったから……ってこないだ取材に来たばっかりだろ」

「いや、もう2年前だぜ。それにしても戦車の削減って時代の流れだよなあ」

 

 対使徒戦でともに戦った第1戦車大隊に居たんだけど部隊の機動化という新大綱のもと、2曹になったくらいで九州の第8戦車大隊に転勤となった。

 ついこの間部隊が再編されて8戦大と4戦大が統合され“西部方面戦車隊”になり、戦車も74式戦車(ナナヨン)からレオパルト2風の17式戦車(ヒトナナ)に代わってしまった。

 もっとも、九州と北海道と富士以外は装輪の機動戦闘車(MCV)で置き換えるらしく、ケンスケのコラムによると使徒戦の時に「展開速度が遅かった」のが問題視されたようだ。

 

「……ところで、嫁さんは?」

「アスカは国連の仕事で3日ほどパリに行ってる、ド・ゴール空港からこっちに直行だって」

「マジかよ。アスマ君はどうしてるんだ?」

「オヤジの家に預けてる。今頃爺ちゃん婆ちゃんに甘やかされてるよ」

 

 俺とアスカの子で7歳になった“アスマ"は、京都にあるゲンドウの家にお泊まりだ。

 戦後処理が終わって特災研が解散する直前にサルベージをしたところ、碇ユイが()()()()()のだ。

 俺もリツコさんもオヤジの所業とユイさんの浦島太郎状態に大丈夫かと心配したものの、なんだかんだうまくいってる。

 

 スマートフォンが登場した時“ゲンドウさんとわたしです 写メというのを送ってみました”というメッセージが届いた。

 本を読むゲンドウとその背中からスマホで自撮りをするユイさんのツーショット写真が添付されていたのには驚いた。

 見た目が若くて新しいもの好きのユイさんと、釈放までに老け込んでしまって髪が真っ白になっているゲンドウが()()()()を生きた二人なんて誰が信じるだろうか……。

 

「そういえば、ケンスケは子供作らないのか?」

「嫁さんが『もうちょい待って』って言ってる、俺も取材であんまり家に帰れないしな」

 

 ケンスケは俺に続くようにスミレさんという別部隊の女性自衛官と結婚した。

 スラっと長身の褐色美人さんで、陸教に行ってる時に出会ったらしい。

 

「そうか。お互い家庭生活大変だよな」

「俺はともかく、シンジって最近ずっと出動かかってるじゃん」

「この国にいる限り災害派遣は仕方ないよ……」

 

 記録的な豪雨で川が氾濫したため数週間災害派遣に出ていたら、幼い息子に顔忘れられていた悲しさよ。

 ケンスケと近況について話しながら店を出ると、俺の携帯電話が鳴り始めた。

 

「はい、碇です」

「ちょっとシンジ何処ほっつき歩いてんの? アタシ、もう会場に着いたんだけど!」

「ケンスケと本屋にいるから、今からそっちに向かうよ」

「早く来てね!」

 

 アスカはどうやら第三新東京国際空港から新快速電車に乗ってきたらしい。

 まだ開始まで結構時間あるけれど、会場に向かうことにした。

 ホテルのロビーに見覚えのある人がチラホラといて、中でもアスカと綾波はめちゃくちゃ目立っていた。

 綾波は去年の年末に会ったときよりも髪が伸び、ロングヘアになっていて中々いい感じだ。

 

「シンジ遅い! ケンスケと何やってたのよ!」

「碇君、ひさしぶり」

「ごめん、ちょっと立ち読みしてた。綾波、久しぶりだね、元気そうで何より」

「そうね、リツコさんもうちの子たちも元気にしているわ」

 

 綾波はリツコさんと一緒に大手の有機化学薬品メーカーに就職して、そこの研究員をしている。

 空気の澄んだ山梨の田舎にラボがあるので、二人は築120年くらいの古民家を改造して住んでいる。

 毎年、写真入りの年賀状が送られてくるわけだけど、女二人に猫三匹の楽しい赤木一家という雰囲気だ。

 

「ニャーコはこの間、スズメを捕まえてきたの」

「へえ……あの毛玉、やるじゃない」

「山育ちだから、狩りを覚えたんじゃない?」

「キクが教えた。母猫が教えないと狩りはできないわ……」

 

 第3東京で飼っていたシロの孫猫の()()()がキクで、大自然育ちのワイルドな茶トラだ。

 アスカは今年の年賀状を見て以降、キクの子のニャーコを“毛玉ちゃん”と呼んでいる。

 ニャーコ以外の兄弟猫は狩りができる猫の子ということで近所の家に貰われていったらしい。

 技を磨いた彼らは農作物を狙うネズミや鳥よけに重宝するんだとか。

 赤木家の猫たちの話をしているところに鈴原トウジ・ヒカリ夫妻がやってきた。

 

「おっ! シンジ、ケンスケもおるやんけ。ひさしぶりやなぁ」

「碇くん、アスカも元気そうね」

「めちゃくちゃ元気よ! ヒカリこそ大変じゃないの」

「大丈夫よ、お父さんも見てくれるし」

 

 トウジは中学校の教員になって第三新東京市に残っている。

 まさか「センセ」といってたトウジが「鈴原先生」になるなんて……とよく言ったものだ。

 ある程度の貯えがあって高卒就職した俺たちと違って、つい最近結婚したばかりで子供も小さく今が一番大変な時期だろう。

 

「トウジんちって同居なのか?」

「そや、義姉(ネエ)さんは北海道、義妹(イモウト)が和歌山に行ってもうたからなあ。お父ちゃん一人は寂しいやろ」

「やっぱトウジはそういうところ気が利くよな」

 

 トウジが洞木さんのお父さんと暮らしているってことは、トウジの親父さんはサクラちゃんと暮らしてるんだろうか? 

 

「そういや、サクラちゃんはどうしているんだ?」

「サクラはオトンの家から看護学校や、こないだ帰ったときはそらもう看護婦さんやったな」

「ハードな業務で、ゲッソリ疲れてるんだろうなあ」

 

 救急看護師や病棟勤務の超ハードな現場か、小さな個人診療所の看護師さんかで変わるわけだけど、どっちも忙しそうだ。

 

「シンジが思っとるよりもだいぶ可愛いぞ」

「出たよシスコン」

「誰がシスコンや! 出会いも多いこの時期に、悪い男に騙されへんか心配で心配で……」

「そういや、よく合コンで看護婦さんと当たってたよなぁ」

「ああ、看護師さんと保育士さんな」

「お前ら人の妹やと思って、やめーや!」

 

 ケンスケと同期たちで何回かコンパをやったわけだが、結構な割合で保育士さんと看護師さんがやってきていたらしい。

 結婚前に俺も人数合わせで何回か呼ばれたけれども、そんな印象だ。

 男三人で盛り上がっていると、後ろから肩を叩かれる。

 にこやかに見えるけど目が笑ってないアスカがそこにいた。

 

「シンジ、ちょっとその話聞きたいんだけど、いいわね」

「……はい」

 

 浮気はしていないし、俺のお仕事は同期たちの()()だったことをケンスケと二人で説明したんだけど、アスカは拗ねてしまった。

 

「シンジってばモテモテだもんね~」

「ごめん、アスカ」

 

 独身時代のこととはいえ平身低頭で謝り、機嫌が直るのを待つ。

 それしか対処法はない。

 そこに同級生の中で今一番の出世株二人が近づいてきた。

 渚カヲル、霧島マナ。

 戦略自衛隊の中でエリートコースをひた走る幹部自衛官と現場から三尉になった二人だ。

 今日は私服なので、どこにでもいそうな若いお兄ちゃんとショートカットのお姉さんだ。

 

「やあ、シンジ君。アスカさん。元気にしていたかい?」

「カヲル、あんた随分と偉くなったじゃない」

「そうだね、でも時々シンジ君たちがうらやましく思う時もあるね」

「加持さんといろいろやってたからよ」

 

 俺は幹部自衛官がキツイことを知っていたから、ほどほどに抑えたのだ。

 一方、カヲル君は加持さんや情報職種の人々とゼーレとの最前線にいたが故に、気づけば幹部になってたらしい。

 

「シンジ君、聞いてよ!カヲルって大卒で入ったからいきなり曹長出発なのよ!」

「“いろいろ”ね。霧島さんも幹部になったって聞いたけど」

「私は士官学校を部内(U’)受験したんだから!」

「マナちゃんは僕の部下になってしまったんだ、先任なのに」

「でね、カヲルって伝説いくつも作ってるんだよ……」

 

 使徒であることを隠してはいるものの、陸自の幹部候補生学校に相当する“士官学校”でカヲル君は有名人となってしまい二期くらい後のマナの時にも語り継がれていたのだとか。

 

「そういえばカヲル君って、今は何やってるの」

「今は新東京で()()()()やってるよ」

「我が国の平和を守ってます!」

 

 どうやら情報職種の二人は第2東京の本省勤めで今も公に出来ない何かと戦っているようだ。

 エヴァが解体されてしまったから、何かあれば“個人最強戦力”のカヲル君が出向いて制圧するようで、それも込みで異常なまでの出世街道なんだろう。

 

「シンジ君は今も戦車に乗っているのかい?」

「うん、玖珠(くす)駐屯地でね」

「戦車服装のシンジ君もいいね!」

「こんな写真もあるぜ」

 

 ケンスケがカバンから月刊パンツァーを取り出した。

 そこには74式戦車のキューポラから身を出し、敵陣を見ている俺の姿が映っていた。

 筆者撮影とあり、駐屯地創立記念行事の紹介記事だ。

 その場の皆がケンスケの写真を見て感想を言ってくれる。

 

「おっ、シンジ似合ってるやんけ! どうや? ヒカリ」

「これ、碇くん?本当に自衛官ね」

 

ヒカリさんは俺の戦闘服姿見たこと無かったっけ。

いや、披露宴で見てるから忘れてるだけだな。

 

「シンジ君、エヴァに乗ってる時よりイキイキしてる!」

「そうだね、やっぱりシンジ君は戦車乗りなんだねぇ」

 

マナとカヲル君は1戦大時代に何度か会ったことあるよね。

 

「去年の駐屯地祭の時に撮ったんだ」

 

 ケンスケは躍動感のある写真が上手い、中学時代からカメラやっていただけあるな。

 

「来てたんなら声かけてくれたらいいのに」

「俺もスケジュールに追われてて、午後には電車で別現場だったんだよ」

「ああ、一般開放って午後からだもんな」

 

 訓練展示の後片付けをやって、フリーになったのが13時半くらいだった。

 フリーになった瞬間、アスカとアスマに拘束されて露店巡りをすることになったわけだが。

 

「アンタのことだから、もっと撮ってんでしょ?」

「そういうと思って、ほら。コッチは紙面に載せられないからさ」

 

 ケンスケはアスカに数枚の写真を差し出す。

 転勤してきた新米戦車長、碇二曹として舞台裏で打ち合わせしている様子や、出発前に戦車に手を合わせている様子の写真だった。

 

「シンジってば、変わらないわね」

「そうね、エヴァに乗る時からずっと手を合わせてたわ」

「日本人はモノに魂が宿ると考えている、シンジ君の話はためになるよ」

「私たちも3分間講話で部下に“武器や物品の愛護精神が~”って言ってるからわかるわ」

 

 アスカと綾波はともかく、カヲル君とマナは講話で何話してんの! 

 ケンスケの著書や日本政府の情報開示によって使徒戦のことが徐々に知られているとはいえ、自分のあずかり知らぬところでネタになってるというのはどうもこそばゆい。

 

「シンジたちは関東圏の部隊では有名人だもんな。修了式はやばかったよな」

「あたしが駐屯地に行くと駐屯地司令が挨拶に来るから、どういうことかと思ったわ」

 

 俺とケンスケが新横須賀駐屯地で前期教育を受けてたときも、富士駐屯地で後期教育やってた時もそういえば駐屯地司令が会食会場に来ていたな……。

 エヴァも全機解体され、特災研すら無くなった元チルドレンなんて何の権力もないそこらの18、19の子と変わらないと思ってたから恐縮しっぱなしだった。

 ケンスケやカヲル君たち現役戦自コンビと自衛隊話ばかりするのもちょっとアレなんで会場を回ることにした。

 そうすると男女問わず色んな人に声を掛けられる。

 

「よう、碇、そういや惣流と結婚したんだって?」

「碇くん、ガッチリしたね! やっぱ自衛隊に行ったから?」

「後藤君も、佐藤さんも元気そうで何より」

「ぶぶー! 今は坂本でーす!」

 

 話してみると、14年のあいだにみんな会社員や主婦になっていて、大きく変わった人もいれば、あれから順当に年を取ったなという人もいる。

 何人かで立ち話をしている水色のカーディガンの女性がこっちに気づいたようだ。

 

「宮下さん、久しぶり」

「碇くんだ! こんなに小さかったのに大きくなって……」

「親戚の子供か!」

「ごめんごめん、でも、ほんとに大きくなったね」

「そりゃ、高校で一気に身長伸びたからなあ。今はどうしてるの?」

「新小田原信用金庫の事務やってるんだ」

「そうか、前に会ったのって高校卒業だっけ」

「うん、相田君と碇くんの壮行会だったよね!」

 

 自衛隊に入隊し、第三新東京市を離れるということもあって中学と高校のメンバーを集めて壮行会をやったのだ。

 あれから9年経ってるんだから、時間の流れって早いものだ。

 

「今の生活はどう?」

「うーん、大変だけど、自分の選んだ道だしね。碇くんが気にすることじゃないよ」

「……そうか」

「あの事故がなくても、いつまでも陸上やれるわけじゃないし。やりたいことをできるのはほんの一握り」

 

 もし、宮下さんがエヴァに乗らずに陸上を続けていたら、どうなっていただろうか。

 今となってはとりかえしのつかない過去の話だが、信金職員にはなってなかったんじゃなかろうか。

 

「それよりさ、アスカとはどうなの?」

「結婚8年目」

「うっそ! っていうこともないか……やっぱりいい男ってもう売約済みよね」

「どうしたんだよ」

「こないだ新人の子が来たんだけど、その子が彼氏持ちでね……」

 

 宮下さんはミドリちゃんという新人の教育係として付いているわけだけど、ちょくちょく彼氏持ちアピールが入ってアラサー独身にはキツイらしい。

 うーん、どっかで聞いたことあるような名前だけど思い出せない。

 

「碇くん、独身の自衛官でいい人いない?」

「大分にいるから、こっちのアテが思いつかん……ケンスケなら知ってるかもな」

 

 俺の後輩はみんな結婚していったし、それ以外も部隊に残っているかどうかわからない。

 離職率高いからなぁ……転勤後に連絡したら「アイツ、辞めたよ」っていうのもよくある話で。

 ケンスケは取材とかでこっちにも顔が広いから誰か知ってるんじゃないかな。

 宮下さんを連れて戻ると、ヒカリさんとアスカ、綾波といった女性陣は子供の話をしていたし、酒の入ったトウジが家庭の大切さをカヲル君に説いていた。

 

「このメンバーで食事をするのって、懐かしいね」

「そういえば、宮下さんは俺たちの壮行会に来ていたよな」

「そうそう、ところでケンスケ、こっちでいい奴知らない?」

「シンジ、また『お見合いオジサン』やるのか?」

「お見合いオジサンって何?」

「シンジを連れて行った合コンがきっかけで何組か結婚したから、シンジはそう呼ばれてるのさ」

「そんなことしてたんだ碇くん」

「いや、()()()()()で呼ばれて何にもしないってのは悪いかなと思って援護したらこうなったんだよ」

「で、さっきアスカにその件で絞られてたんだよな」

「ええ……碇くん悪くないのに?」

「アスカの気持ちの問題だから、仕方ないよ」

「そ、浮気は即処刑ってのが碇家のルールらしいしな」

 

 ケンスケが首をかき切るジェスチャーをする。

 そう、「アタシ以外の女に手を出したら……」とアスカに念を押されているのだ。

 拗ねるだけで済んだのは“婚前でなおかつ手を出してなかった”からで、もしも軽い気持ちで合コンの子に手を出していたら……何が起こるのかわからないところが怖すぎる。

 

 懐かしいクラスメイト達との歓談、あと、数年前に鬼籍に入られた根府川の先生の思い出話。

 最後に記念写真を撮って楽しい立食パーティー形式の同窓会は終わった。

 会場を出て2次会・3次会をするグループと、しないグループに分かれた。

 

「また会える日を待っているよ、シンジ君」

「それじゃ、私たちは帰りまーす! シンジ君もアスカさんもおたっしゃでー!」

「私も帰るわ、葛城課長……ミサトさんによろしく伝えておいて」

 

 明日仕事があるカヲル君とマナの戦自組は急いで第2東京に帰ってしまった。

 田舎暮らしの綾波は終電が早く、第三東京市内に住む鈴原夫妻もまだ娘さんが小さいからここで解散だ。

 

「俺、帰るついでに二人を送っていくよ」

「そうか、シンジもアスカもまたこっちに遊びにこいや、いつでも待っとるで!」

「アスカも碇くん……旦那さんと仲良くね」

「おう。またな」

「ヒカリも疲れたらいつでも電話してね!」

「ケンスケ、奥さんにもよろしゅう伝えといてや」

「おうよ」

 

 俺とアスカはケンスケのデリカD:5に乗せてもらい、加持家に向かう。

 セカンドインパクト後の荒れた放置区画も走れるのがウリのオフロード仕様のミニバンだ。

 色はマッドグレーでオプションパーツも組み込んでいるフルパッケージモデルだ。

 

「ケンスケ、この車新車?」

「そうだよ、430万くらいで買ったんだ」

「前のジムニーはどうしたんだ?」

「将来のことを考えると狭いから、売った」

「まあ、軽だもんな」

「ケンスケにしろウチのにしても、どうして男ってこんな車がいいのかしらね」

「使うかどうかはともかく悪路走破性とか、タフな感じって憧れるじゃん」

「なんといっても、カッコいいよね」

 

 俺は旧型のディフェンダー110に乗っている。

 セージグリーン、いわゆる灰緑色の角ばったボデーはミリタリー感あふれる武骨なデザインだ。

 ネルフと特災研で得た給料でお金に余裕があったから、ちょっと趣味に走ってみたのだ。

 アスカには古めかしくて背が高い、乗り心地良くない、乗りづらいと不評なんだけど、雨の日や雪の日に便利なんだよな。

 舗装されていない駐屯地の私有車駐車場のぬかるみや深い雪を突破できるのだ。

 そう言った理由からランクルとかハリアー、エクストレイルなんかも人気車種である。

 

「買い物と送り迎えにはデカすぎんのよ」

 

 そういうアスカの赤いベンツEクラスのほうがデカいじゃないか……。

 

 俺が新隊員教育でいないときに、アスカはポンと一括払いで購入したのだ。

 初心者マークを付けた真っ赤な高級車が野太い音をさせて駐屯地に来た時にはビビったね。

 

 __あのモデルみたいな子、碇二士の嫁さんだって

 __めちゃくちゃいい車乗ってるなあ。

 __区隊長、碇アスカさんって有名なんですか? 

 __馬鹿、あのネルフの元パイロットだよ! 赤い奴! 

 

 同期たちはアスカの容姿や高級車に、班長以上は使徒戦の記憶から騒然となった。

 その様子にいつぞやの面談を思い出して「ああ、なんだかんだミサトさんの影響を受けてるんだ」と思ったね。

 加持さんから旧車カスタム趣味について聞いていた俺は心配したものだが、あくまでアシという認識であって改造する方向にはいかなかった。

 そんなアスカだったけど、チャイルドシートにはこだわっていて射出座席のようなゴツイシートが長いこと後部座席に鎮座していた。

 だからアスマがチャイルドシート不適合のディフェンダーに乗るようになったのはつい最近だ。

 

「アスカが赤ベンツでシンジはディフェンダー?」

「うん、キャンプに通勤に便利だぞ」

「うへえ……金がある家は車選びも凄いな。てかよく中隊長許可出したな」

「“私有車保有許可申請”出したときに、よくわからん()()があったんじゃないかな」

「こっちは痛い思いして稼いだわけだし、どう使おうが勝手じゃない!」

「金銭事故とか交通事故を防ぐための仕組みだからなあ……正直、俺も通ると思ってなかった」

 

 車トークをしているうちに第三新東京市郊外の加持邸に着いた。

 ここでケンスケと別れる。

 

「じゃあ俺帰るよ、シンジ、アスカ、元気でな!」

 

 ケンスケは窓から手をひらひらと振って帰っていった。

 見送った後、インターフォンを押す。

 

「はーい、シンジさんとアスカさんが来たよ!」

「シンジくん、アスカ!」

「ミサトさん、お邪魔します!」

「アスカさんも入ってよ!」

 

 ミサトさんと息子のリョウタくんが出てきてくれて、家に招いてくれた。

 相変わらず車の部品が多い家だなと思いつつ、リビングに入る。

 10歳の加持リョウタくんは、俺に影響されて「戦車乗り」になりたいといってるらしい。

 バックパックの中に入れていた手土産の饅頭と迷彩のタオルを出す。

 

「これ、お土産。こういうの好きだろ」

「ありがとう、シンジさん!」

 

 迷彩タオルをもらって上機嫌のリョウタくんにアスカが尋ねる。

「同窓会の後に泊っていくといい」と言ってくれた、当のリョウジさんが居ないのだ。

 

「あれ、お父さんは?」

「父ちゃんは仕事で帰れないんだってさ」

「そうか、寂しくない?」

「母さんがいるし、俺がしっかりしなきゃな」

「なにマセたこと言ってんのよ、この子はぁ」

 

 胸を張って言うリョウタ君にミサトさんがニヤニヤとする。

 

「親思いのいい子じゃないですか」

「アスカがいるからってカッコつけちゃってぇ~」

「そんなんじゃねーよ!」

 

 顔を真っ赤にして照れるリョウタ君。

 イジリモードのミサトさんに対して、男の子の立場に立って抗議する。

 憧れの人の前でただでさえ照れ臭いのに、母親にいじられるなんて少年の心にダメージでかすぎだろ。

 

「ミサトさん、そういうのよくないと思いますよ」

「だってシンちゃん、こんなうぶな反応してくれなかったじゃない!」

「そうねえ、シンジったらいつも涼しい顔してたもんねぇー」

「そういうことやってると、中学ぐらいで「おふくろ、恥ずかしいから離れて歩けよ」とか言われますよ」

「そうなの?」

「思春期の男子中学生は繊細なんです」

「アンタはそんなのなかったでしょうが!」

「いや、僕らは特殊例だから。ってか、そんな身内居なかったよね……」

「ヴッ……」

「そうね、シンジ君もアスカも私が行ったもんねぇ」

 

 ゲンドウは収監中だったし、ラングレー夫妻はドイツ在住なのでアスカは中学卒業まで、俺は高校卒業までミサトさんのお世話になった。

 フェラーリで学校乗り付けてきた話とか、走り屋気取りの高校教師を峠でぶち抜いた翌日に面談に来た話とかそういうエピソードに事欠かなかったな。

 アルピーヌを見た担任が「昨日の青い外車……」って震え声になってるのを見た時は俺が慄いたね。

 

「アスカこそどうなのよ、アンタも参観とか面談に行ってるんでしょ?」

「アタシも行くけど、ミサトみたいに校内でスピンターンしたりしないモン」

 

 そんな過去の話をしていると、リョウタ君は「母さんそんなことしてたの……」という表情だ。

 アスカはというとミサトさんのような派手さはないけれど、なんとも言えない気迫があるのだとか。

 真っ赤な高級車からスーツ姿のキャリアウーマンが降りてきて颯爽と校舎に入ってくると、「あれは誰だ」となる。

 息子からその状況を聞いた俺は、かつての教師や級友の反応が頭によぎった。

 さらに保護者会なんかでもアスカは圧倒的な強さを誇っているらしく、若いママとして絡んできたオバサマを逆に詰めていったとかって話を聞く。

 元々、気が強くて実戦慣れしているゴリゴリの武闘派で、名声と財力という実弾持ったアスカは負け知らずでマウント合戦を制しちゃったのだ。

 

「シンジさん、FPSって得意ですか?」

「コントローラーの使い方がわかれば出来るよ」

 

 既婚女性二人が生活あるあるなんかで盛り上がってる脇でテレビゲームをしていた俺とリョウタ君だったが、疲れたリョウタ君が寝るとミサトさんと特災研やネルフ時代の思い出話になる。

 特務機関ネルフの解体から13年がたった、セカンドインパクトからなら29年だ。

 

「シンジ君と出会ってからもう14年がたったのね」

「そうですね」

「アタシとはもっと前よね」

「そうね、アスカがこぉんな時だったわよね」

「そこまでちっさくないわよ!」

「本当にぃ?」

 

 ミサトさんの誇張表現にアスカがリアクションを返す。

 懐かしい掛け合い、かつてアニメで見た疑似家族の姿。

 

「14年かぁ……」

「シンジ、どうしたの」

「もし、俺じゃないシンジ君だったらどうなってたんだろうなって」

 

『新世紀エヴァンゲリオン』というアニメの世界は原作を離れ、もう俺にとっての現実になった。

 元の世界では新劇場版Qの続編が出ただろうか? 

 あの絶望的な赤い世界で、ろくな説明も受けられずに苦しんだシンジ君は救われたのだろうか。

 それとも世界を作り替え、“エヴァの存在しない世界”を作れたんだろうか? 

 

「アンタじゃないシンジがどんな奴か知んないけど、今みたいな生活はなかったんじゃない」

「そうね、前情報のシンジ君ってもっと内向的な子だったのよね」

「あの頃のアタシなら、ウジウジ悩んでるアンタ引っぱたいてたでしょーね」

「俺もボコボコ殴られたよ」

「でもアンタ立ち直んの早かったじゃない。ノーカンよ!」

 

 そういや、アスカって出会いから手足が出るような子だったよな。

 俺の考えていることを察したのか、ミサトさんは懐かしむような表情で言ったのだ。

 

「アスカもレイもシンジ君がいたから、変われたのよ」

「レイも最初出会ったときは、人形みたいに澄ました感じだったけどいつの間にかねえ……オタクみたいになって」

「最近、レイって燻製にハマってるんだって。あたしも誘ってくんないかなあ」

「ミサトが行ったら飲みっぱなしになるでしょうが!」

「そうね、スモークチーズとビール、豊かな大自然。これは飲むしかないわ」

「だからリツコさん誘わないんだろうなあ……」

 

 命令以外の生き方を知らなかった綾波も、今やアウトドアもサブカルもイケる系の女性科学者でリツコさんと色んな事にチャレンジしている。

 そういやレイのオリジナル、エヴァから帰ってきたユイさんもオヤジを引っ張り回してたな。

 おそろしく不器用で、親戚の集まりにも顔を出さないような“まるでダメな大人”のゲンドウだったけどユイさんが色んな所に連れて行って矯正しようとしてるらしい。

 エヴァの中に居て若返ってる分、ユイさん強い。

 最近だと暇してる冬月先生も誘って岸壁に釣りに行ったんだとか。

 真昼間に行ったんで、全然釣れなかったらしいけど。

 電話で聞いた時、エヴァ2であった釣りエンドみたいな光景が頭に浮かんだよ。

 

「ただいま……おっ、シンジ君、アスカ、久しぶりじゃないか!」

「お邪魔してます!」 

「アンタ、ずいぶん遅いじゃない」

「いやー、帰る間際に緊急の案件入れられちゃってね。まいったね」

 

 この家の主人リョウジさんが帰ってきた。

 内務省調査部のある部門の室長になったらしく、詳細は教えてもらえないけどカヲル君たちと組んでるらしい。

 今日聞いた話から推測するにカウンターテロリズム作戦かな。

 内偵、情報収集の後、特殊部隊でアジトを急襲してテロを未然に阻止するアレだ。

 

 リョウジさんが室内着のスウェットに着替えて出てきたタイミングで、ミサトさんが晩酌の缶ビールを持ってきた。

 

「シンジ君、アスカも一杯どうだい?」

「ご相伴にあずかります」

「いただきます」

 

 俺たちはエビチュビールを片手に世間話をする。

 子供のこと、生活のこと、そして思い出話。

 庭のプランターに植えられているスイカが、ジオフロントに植えられていたものだったということ。

 程よく酔いが回ってきたころに、リョウジさんは言った。

 それはセカンドインパクト以降、ずっと戦い続けてきた男の目だった。

 

「シンジ君、君は君にしかできないことをやり遂げた、今は、幸せか?」

「はい」

「……ここまで、長かったなぁ」

「そうですね、でも、どうして?」

「シンジ君ならいいか……先月、最後の聖遺物製エヴァ、通称Mk9がついに解体されたんだ」

「どこの情報ですか」

()()()()とだけ言っておくよ」

 

 時に西暦、2029年。

 使徒はカヲル君ただ一人となり、すべてのエヴァが存在しない世界となったのだ。

 さようなら、すべてのエヴァンゲリオン。

 

 

 

 

 翌朝、加持邸を出た俺とアスカは、第三新東京市郊外の慰霊碑に花を手向けて帰路についた。

 十字の光の柱を模した慰霊碑には使徒襲来で命を落とした人々と、エヴァの魂が祀られているのだ。

 犠牲者に思いを馳せてしんみりしたムードも新幹線の新京都駅に着いた昼前には雲散霧消し、碇家の門を叩く。

 

「あらシンジ、アスカさんも早いのね、もう少し羽根を伸ばしたらよかったのに」

 

 白い3階建ての屋敷の中からユイさんが現れ、玄関から部屋にいるゲンドウを呼ぶ。

 

「あなた、シンジが帰ってきましたよ!」

「ああ」

「ああじゃないの、ほら、お昼ご飯にするからアスマちゃん呼んできて!」

「アイツならもう起きている、問題はない」

「そう、じゃあテーブルにお皿出してくださいな」

「ああ、問題ない」

 

 靴を脱いで上がったわけだが、全体的に広いよな。

 庭にはプールもあるし、昔の映画に出てくる資産家の家って感じだ。

 碇一族の誰かが昔住んでたらしく、この家を買うときにややこしい親戚連中と交渉したのだとか。

 ユイさん曰く、「あの人、口下手だけれど見た目は少し厳ついでしょ」とのことで、ネルフ司令職で培った威圧感と、実際に動くユイさんの手腕で屋敷を抑えたのだという。

 そんな威圧感を出すだけの“見せ剣”ゲンドウも、普段はユイさんにべったりのちょっと情けないおじさんだ。

 昔、碇シンジ育成計画とか、鋼鉄のガールフレンド2ndで見たような光景をくりひろげていると2階にある来客部屋から我が息子が降りてきた。

 

「じいちゃん! プレステDSどこ置いたか知らない?」

「昨日のゲーム機なら和室の床の間に置いている、充電中だ」

「サンキューじいちゃん……って母さん、帰って来てたの!」

「昨日の晩ね。アスマぁ、ゲームはいいけど宿題は持ってきてんでしょうね」

 

 ゲンドウは寡黙な男だが、ユイさんによって日常会話くらいはできるようになったみたいだ。

 そんなゲンドウは孫であるアスマに甘く、部屋に置きっぱなしにしたゲームをわざわざ充電してくれるくらいだ。

 だからこそ、アスマはじいちゃんが大好きなのだ。

 アスカを見た息子はビクッとしたあと、得意げに言う。

 

「も、持ってきてるよ!」

「『ただしやるとは限らない……』とか言ったらわかってんでしょうね」

「まあまあアスカさん、アスマちゃんだってこっちに来てまで宿題っていうのもね」

「お義母様、でも明日が提出日なんです」

「問題はない、まだ帰るまで時間はある」

「あなた、そうやって冬月先生に仕事を押し付けていたのね」

「アスマ宿題をやれ、でなければ帰れ……」

「えーっ」

 

 ユイさんに痛いところを突かれて手の平を返すゲンドウに、思わず笑いそうになる。

 いや、宿題持ってきてないならさっさと帰って間に合わせなければならないわけだけど。

 結局、昼飯の後でアスマはしぶしぶ算数ドリルと英語の教科書を出して宿題をすることになった。

 アスカが監視につき、英語の書き取りについては隣で教科書を流暢に読み上げていく。

 最近の小学校低学年の学習指導要領には英会話が入ってるんだから、俺の子供の頃とは全く違う。

 その間、俺はというとゲンドウとユイさんに呼ばれて世間話だ。

 

「シンジ、どうだ」

「どうって、なにが?」

「ゲンドウさん、それじゃシンジもわかりませんよ」

「九州は災害が多いと聞く」

「まあ、大雨やら口蹄疫やらで派遣はあるね」

「この人、ニュースを見てはシンジの部隊が出てないか気にしてるのよ」

「お気遣いありがとうございます、でも大変なのはそこに住んでいる人だから」

「ふっ……相変わらずだな」

 

 ゲンドウは口角を上げて老眼鏡を指で押し上げるしぐさをする。

 ユイさんはそんな夫と俺を見て微笑み、台所からお茶請けの菓子鉢を持ってくる。

 隣の部屋からはアスマの「あーっ、だりー」とかアスカの「単語4回ずつ書くだけでしょうが!」という声が聞こえてくる。

 

「そういえばシンジ、こんな本が出ているの知ってる?」

「ああ、同期の相田くんが出してるやつです」

「シンジ、本当に頑張っていたのね」

「ユイもな」

「あの子が力を貸してくれただけですよ、シンジのことが好きだったから」

 

 ユイさんはケンスケの『使徒襲来!』を読んで、自分がエヴァの中にいる時に外界でどういったことが起こっていたのか詳しく知ったらしい。

 暴走したのは第3使徒と第12使徒の2回だけで、それ以外の時はずっと精神空間にいたんだとか。

 同居していた初号機の意思のような子(ユイさん知覚で幼児シンジ君)が俺をずっと助けてくれたのだ。

 初号機解体に至ってのサルベージで役目を果たした“彼”は、ユイさんに別れを告げてガフの部屋へと還り、転生することを選んだそうだ。

 零号機や弐号機の意思も同じような選択をしたのか、初号機のサルベージ実験に呼応するようにコアが不活性化し、不可逆的な機能停止を起こした。

 すなわち、エヴァが“死んだ”のだ。

 弐号機の中のキョウコさんだが、精神だけが取り残されている不完全な形だったからサルベージできなかった。

 それを聞いたアスカがしばらく落ち込んでいたけれど、ドイツに結婚の報告に行ったあと墓参りをすることで踏ん切りがついたようだ。

 

 カヲル君が言うように魂がまた新たな地で受肉する……転生するのであれば、幸せになってほしい。

 

 

「アナタもお疲れ様」

「かまわん、すべては過去の話だ。今はこれでいい……」

「オヤジ、照れてるの?」

 

 ゲンドウは老眼鏡に義手をやろうとして、やめた。

 それを見たユイさんが、「こういうところが可愛いのよ」と言った。

 このふたりは幸せそうで何よりだ。

 

 夕方の新幹線リニアで俺たちは九州に帰る。

 明日から学校や仕事があるのだ。

 

 新京都駅までユイさんの車に乗せてもらう。

 駅までの道中、助手席のオヤジは窓の外をぼんやりと見ている。

 そして、ホームでお見送りを受ける。

 

「オヤジ、またお盆には帰るから」

「じいちゃん、ユイさんも元気でね」

「ああ」

 

 オヤジは口角を上げて見せた。

    

「ええ、アスマちゃんも。アスカさん、シンジを頼むわね」

「もちろんですわ」

「シンジも、怪我には気を付けるのよ」

「了解……まあ職業柄、気を付けるよ」

 

『13番のりばより、新博多行き新幹線が発車します』

 

 帰ろう、わが家へ。

 俺は二人の手を引いて、新幹線に乗り込んだ。

 

 

_終劇

 

 

 




初日にシンエヴァ劇場版を見てきました。
ネタバレになるので多くは書きませんが、ああ、終わったなという感じになりました。
ところが不思議なもので1週間くらい経つと、創作意欲がわいてくるという。



用語解説

17式戦車:国連軍編入後初めて制式化された新戦車。74式戦車の後継で国産の44口径120㎜滑腔砲を搭載した第4世代主力戦車で市街地戦に適したC4ISR、戦術データリンクを持つ。
これらは使徒戦の経験や小型コンピューターの普及などから導入された。
元ネタはレオパルト2A7+(あるいはヱヴァ序のレオパルト2A7/A10)

西部方面戦車隊:大分県の玖珠駐屯地に所在する戦車隊。2028年夏に第4戦車大隊を母体に第8戦車大隊と統合改編され、17式戦車へと更新された。
実在の部隊は2018年改編、10式戦車を運用している。

聖遺物製エヴァ:中東のゼーレが開発していたエヴァっぽい何か。ニセ零号機Mk.9。
意味ありげなブツと共に、エヴァの続編・派生作品があったら登場してくるタイプ。

イラクの“オシラクベース”でN2リアクター動力を積んで起動する予定だった。
イスラエル軍の爆撃によって阻止されたうえ、モサド含む対聖遺物国際チームの突入により制圧された。
なお、とある筋とボカシているがカヲル君と加持さんは参加している。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。





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