ぐれーす! (イッチー団長)
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出会い、そして… ~一年生編~
1話 春の空気


二次創作に行き詰ったので少しばかり気分転換を、と思いまして。

特に毒にも薬にもならない日常系です。

主要な登場人物は全員低身長で、カヅホ先生の「キルミーベイベー」くらいの頭身をイメージして頂きたいです。主に私の趣味ですが・・・

まずはざっくりとした紹介とか設定を。

≪主要登場人物≫

わたし(早川百合)・・・本作の主人公。黒いショートヘアの少女。人見知りで控えめな性格。学業は至って優秀。浅い付き合いよりも、深い繋がりの友人を求めるタイプ。

友部加奈・・・百合の親友。肩に付くくらいの茶色の髪をツインテにまとめている。気さくな性格で友人は多いが、意外と寂しがりな面も・・・?

友部理奈・・・加奈の双子の妹。加奈よりも少し長い茶色の髪をポニーテールにしている。優しくおっとりとした性格で誰からも好かれるタイプ。他人の(特に姉の)世話を焼くのが好き。

森田苺・・・百合たちの友達で、特に理奈と仲が良い。赤髪のふわふわツインテ。声が小さくぼそぼそ喋る。常に眠たそうな目をしていて、周りからは小動物のように愛されている。

≪舞台≫

百合の住む街・・・百合が生まれ育った街。特に都会でも田舎でもなく住みやすい。加奈・理奈姉妹の住む街とは隣接している。

桜花高校・・・百合たちが通う学校。その名の通り、春には桜がたくさん咲く。そこそこの進学校。古い学校で、制服も昔ながらの紺一色のブレザーと膝丈スカート(男子は学ラン)。



暗いわたしの部屋のカーテンが揺れて、その隙間から明かりが漏れ出す。今日もまた新しい日が始まった。

 

新しい制服に袖を通す。なんだか恥ずかしくなる。

朝の身支度は大抵すぐ終わる。女の子なのにおかしいねって、よくお母さんは言ってる。でも鏡なんてあまり見たくないし・・・

 

今日から高校生だ。電車で通学するのは初めてで、なんだか緊張する。でも二駅だけだし、そんなに混むわけでもないから大丈夫、だと思う。

 

電車がガタンゴトンと揺れる。窓の外に見える景色はいつの間にか鮮やかになっていて、周りの空気もどこか浮ついているように感じる。わたしは何だか取り残されたみたいで、俯いたまま身を縮こませている。

 

学校に着くと、わたしと同じ制服を着た人が、昇降口にたくさん群がっている。クラス名簿が貼ってあるみたいだ。わたしは背が小さくて全然見えないし、だからといって人混みに入りたくもないから、人が少なくなるのを待つことにした。

 

しばらくすると、後ろから人が近づいてくる気配がした。チラッと目をやると、わたしと同じくらいの身長の二人組が居た。

「ねぇ理奈、私達同じクラスかな?」

二つ結びの娘が、掲示板を見ようと目を凝らしたり、ぴょんぴょん跳ねたりしながらそう言った。

「こらお姉ちゃん、あんまりはしゃがないの。うーん、姉妹だし同じクラスってことはないんじゃないかな?」

ポニーテールの娘が落ち着いた様子でそう答えた。会話の内容から、二人は姉妹らしいけど、顔以外はあまり似てない。

 

「あたっ、ご、ごめんね!」

二つ結びの、姉の方がわたしにぶつかってきた。

「お姉ちゃん、だから言ったでしょ。ごめんね、痛かった?」

「あ、ううん、全然・・・軽くぶつかっただけだし・・・」

見ず知らずの人に話しかけられるとは思ってなかったから、おどおどしてしまう。ちゃんと話せているかな。

「あなたも一年生? 何組なの?」

「まだ見てなくて・・・」

「あっ、そろそろ人少なくなってきたよ」

 そう言うと姉の方は掲示板へ駆け寄った。

「と・・・と・・・あった! 私一組だよ!」

「私二組だ・・・やっぱりお姉ちゃんとは別になっちゃったね」

「あ、わたし一組だ・・・」

 ということは、この元気な姉の方と同じクラスということになる。

「本当? 煩い姉ですが、お姉ちゃんをお願いします」

妹の方が深々とお辞儀をしてきた。

「煩いは余計だよ! よろしくね・・・えっと」

「早川です。早川百合」

「百合! よろしくね百合。私は友部加奈だよ」

「加奈の双子の妹の理奈です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします・・・」

言葉ではそう言うが、春の空気のように陽気な二人と、陰気なわたしとでは住む世界が違うというか・・・きっとそう話す機会もないだろう。卑屈かも知れないけど、そう思った。

 

「ふーん、それじゃあ家も近いんだ。一緒に遊ぶ時とか便利だね」

教室に着くまで話しながら歩いている。どうやら友部姉妹とは自宅が隣町どうしのようだ。しかし、この姉は図々しいというか何というか・・・

「えへへ・・・」

でも、この人懐っこい笑顔を見ると何だか許せてしまう。不思議な人だなと思う。

『百合って全然笑わないよね。何考えてるのか分かんないよ』

・・・やっぱりこの人とわたしでは何もかもが違う。あまり仲良くならない方がいいだろう。

 

教室に入り自分の席に座ると、加奈はさっそく周りの席の人と話し始めていた。わたしはといえば、相変わらずの人見知りで、彼女のように上手く周りに溶け込むことができないでいた。

 

今日は特に授業もなく、今後のスケジュールの説明などで終わった。

文具を鞄に詰めて帰ろうとすると、また加奈が話しかけてきた。

「あ、待って百合。駅まで一緒に行こう」

「え、でも・・・」

加奈はどうしてわたしに声を掛けてきたんだろう。他に仲が良くなった娘もいるはずなのに。

「嫌・・・かな・・・」

彼女に子犬のような瞳で見つめられると断れなくなり、結局一緒に帰ることになった。

 

「あ、お姉ちゃん。百合さんも」

妹の理奈ともう一人、わたしたちよりも小さな女の子が立っていた。

「理奈・・・とそっちの娘は?」

「どうも、森田苺って言います。理奈さんとはクラスメイトです。変な名前だけど変な人間じゃないと思います。たぶん」

苺と名乗る少女は、眠たそうな目でそう自己紹介した。

「よ、よろしく。私は理奈のお姉ちゃんの加奈」

「・・・早川百合です。よろしく」

「理奈ちゃんと百合ちゃん、よろしくです。いきなり友達がたくさん増えて、私の脳が悲鳴をあげてます。もちろんうれしい悲鳴ですが」

無表情で口調の抑揚もないため、冗談なのか本気なのか良く分からない。とらえどころのない人だなと思った。

「席が近くて仲良くなったんだよ。苺ちゃん、かわいいでしょ」

「ま、まあ可愛い娘だよね」

加奈が困惑してる。そしてわたしに耳打ちで

「理奈ってちょっと変わった娘が好きだからさ・・・」

と言ってくる。

「あら、そちらさんも仲良しのようで」

「おっと、ごめん。それじゃあそろそろ帰ろうか。苺も駅まででいいの?」

「はい。私の家結構遠いんで、電車通学です」

 

四人で他愛の無い話をしながら駅まで歩いた。中学では人とこんなに話したことはなかったから、少し疲れる。

「うーん、次の電車まで少し時間あるね」

駅のホームで時間を確認した加奈が呟く。

「じゃあ私パシられて来ます。飲み物とか要ります?」

「あ、自販機なら私も行く」

というわけで理奈と苺はとんとんと居なくなり、加奈とわたしの二人だけになった。

 

「ねぇ百合・・・無理やり連れてきちゃったけど、迷惑じゃなかった?」

思いつめたように加奈が聞いてくる。

「・・・迷惑じゃないよ。ごめんね、わたしが不愛想だから・・・」

「ううん、違うの。百合は一人の方が好きなのかなって。もしそうなら悪いなって思って」

加奈もこう見えてわたしに気を使ってくれてたんだ・・・

「でも友部さん、他にも色んな人と仲良さそうにしてたのに、どうしてわたしだけ誘ってくれたの?」

一番疑問に思っていたことを聞いてしまった。

「えっとね・・・なんというか、百合は信用できる人だなって。今日会ったばかりでおかしいけど、百合とはもっと仲良くしたいなって思ったの」

いつの間にか当たりは夕焼けに包まれていた。加奈の頬も夕日に照らされて赤くなっている。

「信用・・・どこが・・・?」

信用なんて言葉は簡単に口に出して欲しくない。でも、加奈の子供のように真っ直ぐな瞳を見ていると、少なくとも彼女はわたしを陥れるために言ってるんじゃない、本気で言ってるんだってことが分かる。

「百合の空気感というか・・・上手く言えないんだけど」

彼女がわたしを信じてくれるんなら、こんなに嬉しいことはない。本当は・・・わたしも加奈とは仲良くなれるかも知れないと思った。やっぱり言葉で言い表せるものではないんだけれど・・・

「友部さん・・・あのね、わたしもあなたと仲良くしたい。友達に・・・なりたいと思う」

「本当!」

突然加奈が元気を取り戻す。

「じゃあ、じゃあ、まずは友部さんじゃなくて加奈って呼んで! 理奈だって友部さんだもん」

いつものわたしなら、こんなに陽気な人は煩わしく思うはずなのに、加奈にはその感じが無い。やっぱりこの人は不思議だ。

 

誰かと仲良くなることは、正直今のわたしにはとても怖い。でも加奈には・・・少しだけ勇気を出してみよう。そう思った。

帰りの電車から見える街は夕焼けに包まれていた。それは朝に見た景色よりも優しく感じた。

 




オリジナルSSを書くのは初めてなので、どうか暖かい目で見てやってください。

一話なので長くなってしまいましたが、各話1000文字ちょっとくらいの、サクッと読めるSSを書いていきたいと思います。

フラワーナイトガールの二次創作と並行して作るので、更新は遅くなると思います。ご容赦下さい。


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2話 花咲くころ

2話です。
書きたいことに技術が全く追いつきません。

前書きで主要人物の詳しいプロフィールを書いていきたいと思います。

名前:早川百合
身長:141cm
趣味:読書、音楽鑑賞
血液型:A型
誕生日:11月21日
初めて買ったCD:ビートルズの赤盤
家族構成:母と二人暮らし。大学生の姉がいる。父は既に他界。

本作の主人公で、人見知りの普通の女の子。
黒髪で、肩にかからない程度の長さのボブヘアー。
思考が非常にシニカル。
何とも作者の思想を反映したキャラになってしまいました。
でも話が進むにつれて、素直で可愛くなっていく予定なので、長い目で見守ってください。


まだ真新しい靴を履いて外へ出た。

外では風が吹いていた。春の風だ。

それがわたしの短い髪と、膝まで覆ったスカートを揺らした。

4月の風はまだ冷たくて、わたしはどうしようもない寂しさとやるせなさを感じていた。

 

「おはよう、百合」

「・・・おはよう」

短いおさげを風に揺らしながら、加奈が駆けてきた。

「今日は理奈さんは?」

「いるよ。おーい!」

加奈が後ろを振り返って叫ぶ。理奈はどうやらずっと後方にいるらしい。

「ま、いいや。ゆっくり歩いてればそのうち追いついてくるでしょ」

なんとも無責任な発言に苦笑しながらも、加奈と話しながら歩くことにした。

 

「今日風強いね~」

なんとも他愛のない話も、加奈は笑顔で話している。

道端では花が赤い蕾をつけていた。

まだ肌寒くて忘れていたけれど、もうそんな季節か。

「百合は花が好きなの?」

俯きがちなわたしを、加奈が覗き込みながらそう言ってきた。

「別に、好きってわけじゃないよ。特に派手な色とか綺麗な花は」

人間も同じだ。あまり綺麗な人は好きじゃない。妬んでしまうから。そして他人を妬むわたしはとても醜いから。

「でも、地味だけど綺麗なものってあるよね。人で言うと百合みたいな」

「わたしが綺麗・・・? そんなこと言われたことないけど・・・」

あまりにも突飛な発言にわたしは目を丸くしたが、彼女はそのまま続けた。

「初めて会った時から、とっても綺麗な娘だなって思ったの。って何言ってるんだろうね、私は。これじゃあまるで・・・」

そこまで言って、彼女は言葉を詰まらせた。そのあとは気まずさからか、二人で顔を真っ赤にして、何も話さずに歩いた。

 

授業中、春の風は木々や窓ガラスを揺らし続けた。わたしは授業なんてお構いなしに、今朝の加奈の言葉を頭の中で、何度も何度も繰り返していた。

(綺麗・・・そんなことないと思うけど・・・)

窓ガラスに映る自分の姿を見てみた。小さくて子供っぽい容姿に、愛嬌のない顔。あまり人から好かれる要素は無いはずだ。

それでも加奈はお世辞を言ってるようには見えなかった。

(変わってるんだな、加奈って)

以前、彼女は理奈の趣味を変わっていると言っていたが、彼女の方が変わっているんじゃないかと思った。そうじゃなければ、こんなわたしに構ってくれるはずがない。

 

加奈は周りの人から好かれるタイプだ。実際友達は多いように感じる。

他の友達と楽しそうに話す加奈を見ていた。すると、彼女はわたしのほうをチラっと見て、笑顔を見せてきた。わたしはドキッとして、思わず顔を背けた。

(悪いことしたかな・・・でも、うまくあの娘の顔が見れない・・・)

 

高校に入って、友達が出来た。理奈も苺も優しくて良い人だ。でも、加奈に対しては何だか良く分からない感情が芽生えているのを感じる。それが何なのか、今のわたしには知る由もなかった。

 

「さて、それじゃあ帰ろうか? 二人とは校門で待ち合わせしてるんだ」

そう言って加奈は今日もわたしを誘ってくれた。

昇降口を出ると夕日が校庭を照らしていた。

「あ、あの桜の木、もうすぐ咲きそうじゃない?」

見ると、確かに蕾が開きそうになっていた。

「ねえ、百合。この桜が咲いたら、一緒にお花見でもしようか?」

「うん・・・」

お花見という文化は正直好きになれない。でも、加奈と一緒に、ということなら少しは楽しめるのかもしれない。根拠もなくそう思った。

 

「すっかり風も止みましたね。飛ばされそうになって困ってたんですよ」

「本当に苺ちゃん飛ばされそうになったんだよ。体育の時に」

帰り道、風はすっかり止んでいた。肌寒さも少しは収まったと思う。

加奈の顔をチラっと見た。夕日に照らされて、顔が赤らんでいる。彼女もわたしのほうを見る。視線が重なった。

加奈がニコっと笑う。わたしは上手く笑えない。昔からそうなんだ。わたしは俯いてしまう。

すると彼女はわたしに近づいてきて、指先をチョンと触ってきた。

「百合、無理に笑わなくていいんだよ。そのままの百合が素敵だって、私は思うよ」

加奈が囁く。

素敵だって、そんな言葉を言われたことは無かったから、わたしは驚いて顔を真っ赤にした。

 

校舎の桜も、道端の花も蕾を付けている。わたしの心の中も、そうなのかも知れない。

もうすぐ花咲くころだ。




まだ導入部です。
個人的には百合と加奈をもっとイチャイチャさせたい。
でも導入部はちゃんと書かないと・・・というジレンマを抱えています。

読んで頂きありがとうございました。


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3話 優しい空気

3話です。
この話で導入部は終わりかな、と思います。

前回に引き続きプロフィール紹介を。

名前:友部 加奈
身長:140cm
趣味:スポーツ鑑賞、散歩
血液型:AB型
誕生日:7月12日
家族構成:母と妹(理奈)との三人暮らし。父は単身赴任中。

本作のヒロイン。茶髪のおさげの女の子。
明るく人懐っこいので、人から好かれやすい。
基本元気で自由奔放だが、ちゃんと気遣いもできる。


肌寒かった日々も終わり、ようやく春らしい気候になってきた。

暖かい空気がわたしの部屋までやってきて、眠気をさそう。

その空気に包まれていると、なんだか不思議な気分になっている。

 

わたしは一人だった。

生まれた時から。

お母さんやお父さんに手を引かれて歩いた時も。

お姉ちゃんと遊んだ時も。

わたしは一人だということを知っていた。

寂しいと思ったことはなかった。

 

でも最近、寂しいという気持ちを知った・・・のかも知れない。

学校の帰り道。夕暮れ。

あの娘の足音。

それは知らなかった感情だ。

 

 

 

「ねえ百合。明日休みだし、皆で遊ばない」

放課後、静まり返った教室。加奈はいつもわたしに真っ先に声を掛けてくる。

「皆で? ・・・別にいいけど」

「えへへ、やった」

なんとも子供っぽい笑顔を向ける。

「どこか行きたいところでもあるの?」

「うーん、別にないけど」

特に計画があるわけでもないようだ。そんなところも加奈らしい。

「あ、そうだ。百合の家行ってもいい?」

「うち?」

突飛な発言に目を丸くする。

「もちろん、嫌ならいいんだけど・・・」

「別に嫌じゃないよ。でもうちに来ても何も面白くないよ?」

「いいのいいの。百合のこともっと知りたいと思って」

何とも恥ずかしい言葉だが、嫌な気分にはならなかった。

 

 

 

「へえ、友達連れてくるの?」

母が目を輝かせて言った。

「うん、掃除とかはやっておくからいいんだけど」

「百合が友達連れてくるのなんて初めてじゃない? ちゃんとおもてなししなくちゃね」

母はわたしと違い、明るくて人懐っこいところがある。少し加奈に似てるかも知れない。

 

母にはわたしの性格のせいで、ずいぶん迷惑を掛けた。

わたしは人付き合いが苦手で、母はずっとそんなわたしを心配していた。

わたしが一人ぼっちなのは平気だ。でも、心配している母を見ると、罪悪感が芽生えてくる。

ごめんね。わたしがお母さんやお姉ちゃんみたいに明るくて可愛い娘なら良かったのに。

 

 

 

「ここが百合の家か~」

加奈はいつも通りはしゃいでいる。

「別に大した家じゃないでしょ・・・上がっていいよ」

「おじゃましまーす」

三人が声を揃えて言った。

 

「いらっしゃい。百合の母の早紀です」

「おじゃまします、お母さん。あ、これつまらないものですけど」

三人を代表して理奈が挨拶をして、手土産のケーキを手渡した。

「あら、これ有名なお店のじゃない? ありがとうね、後で切り分けて持っていくからね」

「お構いなく」

三人がペコっとお辞儀をする。そのまま三人をわたしの部屋まで案内することにした。

 

「ありがとう、理奈さん。気を使わせたみたいで、ごめんね」

「ううん、いいの。招いてもらったんだし、このくらいはね」

「それにしても可愛らしいお母様でしたね。一瞬百合さんのお姉さんだと思いましたよ」

「ねえ、綺麗な人だったよね!」

「あ、うん・・・ありがとう・・・」

苺が母を褒めたのを皮切りに、加奈と理奈も褒め始めた。

 

実際母は容姿が若く、陽気で明るいので、人に好かれやすい。今みたいに他人から褒められることもある。

でも母が褒められると、わたしは素直に喜べない。

わたしと母はあまり似ていないと言われることがある。容姿はともかく、性格は真逆だ。

その点、姉は母に似て明るい性格で、友達も多い。

母や姉を褒められるということは、わたしを否定されていることと同義だ。

もちろん、彼らに他意が無いことは知っている。

わたしだ。わたしが卑屈だから悪いんだ。

 

「百合にそっくりだったよね、お母さん」

一瞬、加奈が何を言っているのか分からなかった。

「似てる・・・かな・・・?」

「うん、何というか雰囲気が、ね」

「あー分かります。ほんわかして優しそうな所が似てますよね」

母に似てる。優しそう。

どれもわたしには縁のない言葉だった。

彼女たちはやっぱり少し変わってるんだな、と思った。

 

「百合の部屋って凄い綺麗だよね。自分で掃除してるの?」

綺麗・・・というより物がないだけだ。

自分の部屋なのに、自分の好きな物はここにはほとんどない。

「まあ、たまには」

「わあ、偉い。お姉ちゃんも見習わないと、だよ」

「う、うるさいな・・・」

 

他愛もない会話で時間は過ぎていく。

こんな何もない部屋でも、ちゃんと楽しんでくれているのだろうか。

でも・・・

「百合さん、ビートルズのメンバーでは誰が一番好きですか?」

「じ、ジョージかな?」

こんな雰囲気は嫌いじゃない。

今までのわたしなら、きっと煩わしく思っていただろう。

でも彼女たち三人の醸し出す空気は、不思議と暖かく感じる。

優しい空気だ。

 

 

 

「今日はお世話になりました」

「いえいえ、またいつでも遊びに来てね」

「じゃあ、またね。皆」

小さくなっていく三人の後ろ姿を見送った。

夕日に焼かれた街に、長い影が伸びている。

何だか不思議な気分だ。

 

 

 

「あれ? これって加奈の・・・」

部屋に戻ると、加奈の携帯が置いてあることに気付いた。きっと忘れたのだろう。

明日でもいいかと考えたが、これが無いと困るかも知れないと思い、結局、加奈たちを追って駅の方へ向かうことにした。

 

「百合? 良かった・・・」

少し歩いたところで、加奈と出くわした。

「加奈、もしかしてこれ?」

携帯を取り出したら、加奈は安堵の表情を見せた。

「ごめんね、百合。わざわざ持ってきてくれて」

「ううん。でも電車の時間大丈夫なの?」

「しばらくは電車来ないって。ゆっくり戻っても間に合うよ」

「そっか・・・」

しばしの沈黙。薄暗い夕暮れの中、加奈の長い影がわたしに重なる。

 

「百合、今日はありがとうね」

「ううん・・・でも楽しかった? 何もない家だったけど・・・」

「もちろん!」

何のためらいもなく、加奈はそう言って見せた。

「私、百合と一緒にいると楽しいよ? 百合は?」

「わたしは・・・」

暖かい風が二人の髪と頬を撫でた。

 

わたしはずっと一人だった。

でも加奈たちに出会って、少しだけ変わった。

毎日が楽しく感じている。

でも、それと同時に寂しさを覚えた。

こんな夕暮れの空気のように、わたしの心に寂しさが纏わりついている。

 

「わたしも楽しいよ」

「そっか、それなら良かった・・・じゃあ、またね百合」

「あ・・・」

帰ろうと背中を見せた加奈に、わたしは思わず声を掛けてしまった。

「?」

疑問の表情を浮かべ、加奈が振り返る。

 

今のわたしの気持ちを、完全に表現できる言葉を、わたしは知らなかった。

しかし、一番それに近い言葉なら、すぐに思いついた。

「・・・」

駄目だ。言ってしまったら、何かが終わってしまうかも知れない。

学校の帰り道みたいな、寂しい気持ちがずっと続くかも知れない。

それでも、溢れる気持ちを止めることは出来なかった。

「加奈・・・わたし、加奈のことが好き。普通の友達としてじゃなくて、もっと特別に・・・好き」

 

その日感じた、春の空気は暖かかった。

道端の花も、既に薄い桃色の花びらを付けていた。




卑屈だった百合も少しずつ柔らかくなっていきます。
取り敢えずこの回までがプロローグかと思います。

次回以降はもっと踏み込んだ関係を書きたいと思いますので、よろしくお願いします。

読んで頂きありがとうございました。


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4話 黒い鳥が飛んで・・・

付き合い始めた百合と加奈。
存分にイチャイチャしてもらいたいです。

プロフィール紹介

名前:友部 理奈
身長:145cm
趣味:音楽鑑賞、料理、掃除
血液型:A型
誕生日:7月12日
家族構成:母と姉(姉)との三人暮らし。父は単身赴任中。

ヒロイン、加奈の妹。顔はそっくりだが、性格は真逆でおっとりとしている。
世話焼きが好きで、姉や苺の世話をよく見ている。


ふと目覚めると、青白い時の中にいた。

窓の外で、黒い鳥が飛んで行ったのが見えた。

 

「百合、おはよう」

春の桃色の空気を引き連れて、加奈がやってきた。

「おはよう、加奈」

わたしが挨拶を返すと、加奈はわたしのとなりまでやってきて、手を握ってきた。

握り返した手は、春のポカポカした空気のように温かかった。

 

「おはようございます、二人とも・・・おや?」

「あれ? お姉ちゃんたち随分仲良いね」

後からやってきた二人が不思議そうな顔をして、繋いだ手を見つめてくる。

「えへへ・・・そうかな? 百合と私は前から仲良しだもんね」

「うん・・・」

恥ずかしさから俯いてしまったが、顔は火照って真っ赤になっていた。

 

 

 

あの日、彼女はわたしを受け入れてくれた。

そしてわたしを抱きしめて言った。

「百合・・・うれしいよ。私も百合のこと好きだったから。嫌われたくなくて、ずっと黙ってたんだけど」

嫌いになんてならないよ、と返しわたしも加奈の背中に手を回した。

あの日の空気を、加奈の匂いを、わたしはいつまでも忘れないだろう。

 

 

 

「眠いな~。百合は眠くならない?」

大きなあくびをしながら加奈が尋ねてくる。

教室の窓から流れ込む日差しはとても暖かくて、生徒たちの眠気を誘っている。

「わたしも眠いな。最近あんまり眠れてないから」

「え~こんなに寝心地がいいのに?」

最近は眠れない。加奈のことをずっと考えている。

もちろん、そんなことは本人には言えないけれど。

 

 

 

「理奈さん」

「ん?」

ちょうど加奈と百合のクラスの前を通りがかった、理奈と苺がひそひそ話始める。

「あの二人、最近ずいぶん仲が良いですよね」

「んー、でも百合さんとお姉ちゃんって前から仲良しだったし」

「そうですけど・・・でもやっぱり最近距離が近すぎますよ。これはお付き合いを始めた、と見ていいんじゃないかと」

苺がそう言うと、理奈のポニーテールが跳ね上がる。

「え、それって恋人になったってこと!?」

「そうじゃないかと」

「そっかお姉ちゃんに恋人が・・・百合さんなら優しいし安心だね」

まるで親のような温かい目で姉を見つめる理奈だった。

 

 

 

委員会の仕事が長引いて、お昼が遅くなってしまった。

加奈とはいつも中庭で一緒に昼食を摂っている。四人一緒の日もあるが、今日は理奈と苺は別行動らしい。

中庭まで行くと、ベンチに腰かけている加奈の後ろ姿が見えた。

「ごめん、加奈。遅くなっちゃった」

反応が無いので回り込んで見ると、こっくりこっくりと身体が揺れている。

この陽気の中だし、眠たくなるのも仕方ない。

もう少しだけ寝かせておいてあげようと思って、静かに隣に座る。

「ん・・・百合・・・」

名前を呼ばれてビクッとしたけど、どうやら寝言みたいだ。

加奈の顔を覗くと、子供のような無垢な顔をして眠っている。

わたしはなんだか愛おしく感じて、加奈のプニプニしたほっぺたをチョンとつつく。

「んぅ・・・」

加奈が可愛らしい声を出す。

この娘がわたしの恋人なんだと考えると、幸せな気分になってくる。

春の陽気がわたしの心の中にまで入ってくるのを感じていた。

 

「あぅ・・・あれ? 百合、私眠ってた?」

結局、加奈が起きたのは昼休みが終わる5分前だった。

加奈とお話できなかったのは少し残念だけど、可愛らしい寝顔が見られたので良かったなと思う。

「百合に寝顔見られちゃったね・・・ちょっと恥ずかしい・・・」

「ふふ、加奈の寝顔とっても可愛かったよ」

自然と本音が出てしまう。

「か、可愛いって・・・もう、百合ったら」

二人で顔を真っ赤にして俯く。

中庭には暖かい空気が漂って、わたし達を包んでいる。

「もうお昼休み終わるよ。そろそろ戻ろうか」

恥ずかしさに耐えられず、わたしが立ち上がると、

「あっ、百合。ちょっと待って」

加奈が背中越しに声を掛けてきた。

わたしが振り向くと、加奈は顔を思い切り近づけてきて、そのまま唇を重ねてきた。

わたしは全てを加奈に任せることにした。

生徒のいない静かな中庭に、加奈の吐息と心臓音が響く。

「えへへ・・・寝顔見られたお返し・・・」

加奈は耳まで真っ赤にして言った。

 

 

 

「ねえ、お姉ちゃん、百合さん。もし間違ってたらごめんね。二人って付き合ってるの?」

帰り道、理奈がそんなことを聞いてきた。

「ちょ、理奈さん、直球すぎますよ」

「でも聞いておきたいし・・・」

理奈も姉のことが好きだし、心配なんだろう。

「・・・うん、付き合ってるよ。ね、加奈」

加奈も顔を真っ赤にしながら、無言で頷いた。

「おーやっぱり。おめでとうございます」

苺がなんとも気が抜けた拍手を送ってきた。

「そっか・・・あのね、百合さん。お姉ちゃんって煩いし、適当なところもあるけど、とってもいい娘だから・・・だからその・・・」

理奈は姉のことが心配で仕方ないんだろう。理奈の言葉よりも、その表情からそれを察した。

「うん、お姉さんのこと、ちゃんと大切にするね」

理奈に心配を掛けないよう、はっきりとそう言った。

「・・・うん、よろしくね百合さん」

「ちょ、ちょっと! 何で私が蚊帳の外にいるの!?」

 

わたしは、誰かに好きになってもらう程、素敵な人間じゃないと思ってた。

でも、加奈がわたしを好きになってくれて、理奈や苺に祝福されて。

だからわたしは、もう少し自分のことを好きになろう、そう思った。

 

春の陽気を含んだ夕暮れの中、黒い鳥が飛び立つのが見えた。

その影はわたしを通り過ぎ、やがて見えなくなっていった。




晴れて恋人になった二人です。
手を繋いだり、キスしたり、イチャイチャしていますが、付き合ってからの一悶着とかも書きたいですね。
あと理奈と苺もいずれ掘り下げたいです。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


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5話 恋におちたら

5話ですが、うーん、中々話が進みませんね・・・
まあゆっくりマイペースに書いていきますので、長い目で見て頂ければと思います。

登場人物紹介

名前:森田 苺
身長:138cm
趣味:映画鑑賞、人間観察
血液型:AB型
誕生日:12月24日
家族構成:一人っ子。父母は既に他界、祖父母に育てられた。

変わり者の小動物系少女。本作で一番書くのが難しいキャラです。


「じゃあ、またね」

電車を降りて、別れの挨拶を交わす。

わたしは加奈達より一駅早く降りる。

この時の胸の痛みが、寂しさなのだと最近分かった。

 

加奈を好きになってから、わたしの中に孤独が生まれた。

いや、孤独は生まれた時からあって、それが自分でも気付かない内に育っていたのだ。

それは、優しい孤独だった。

 

ベッドから起き上がる。

永遠に続くように感じていた夜は終わり、新しい朝を迎える。

わたしは少し背伸びをして、制服に袖を通す。

 

最近買った鏡を覗いて、支度を整える。

この鏡を部屋に置いた時、母はとても喜んでいた。

きっと、これからもこの鏡は、わたしを写していくのだろう。

 

 

 

「桜の花びらが舞ってると、何だか春爛漫って感じだよね」

加奈が能天気な声でそう言う。

校庭にはもう桜が咲き誇っている。

「ねぇ百合。前に言ったけど、皆でお花見でもしよっか?」

「いいよ、いつやる?」

「うーん、今日!」

行き当たりばったりなのが加奈らしいと、わたしはクスっと笑う。

 

 

 

花びらが舞い散る校庭。辺りはピンクの呪文にかかっている。行き交う生徒たちもどこか楽しげに見える。

「わあ、本当に今が見頃だね」

理奈が花吹雪を見て、感嘆の声を上げる。

「でも桜の見頃って一瞬なんだよね」

「人間と一緒ですよね。赤い唇が色褪せる前に、です」

苺が何だかシニカルなことを言ってるような気がするけど、実際その通りなんだと思う。

わたし達だっていつか死んでしまうんだから。

いや、それより前にこの四人はいつまで一緒にいられるのかな。

今でこそ加奈とわたしは恋人だけど、いつか別れる日が来るんだよね。

そう気付くと悲しくなってくる。

 

楽しいことはいつか終わってしまうけど、悲しいことは無くならない。

そんな風にできてるのかも知れない。

今はこんなに幸せなのに、わざわざ悲しいことを考えてしまうのは、わたしの悪い癖だ。

ふと加奈の顔を見る。

加奈はわたしを見つめ返し、にっこりと微笑んでくれる。

その優しく閉じた瞼が素敵だった。

「百合、どうかした?」

「ううん・・・」

彼女にはこんなことは話せない。

わたしの醜い部分、暗い部分は見せたくない。

自分の中でずっと付き合っていくしかないんだと思う。

 

加奈の温かい手がわたしに触れる。

「百合、私ね、桜を見てると少し寂しくなるの。こんなに綺麗なのに、変かな?」

加奈のように優しくて陽気な人でも、寂しさを感じることがあるんだ。

「ううん、変じゃないよ」

なるべく優しい口調でそう言う。

わたしの寂しさが加奈に分からないように、加奈の感じている寂しさもわたしには分からない。

もどかしいけれど、仕方がないことなんだよね。

桜の花びらがくるくると回転して、地面に落ちていくのを二人で見ていた。

 

孤独な二人がくっついても、結局孤独が二つになるだけなんだ。

このどうしようもない気持ちを少しでも抑えたくて、加奈の頬に手を添えて、キスをした。

「ん・・・百合・・・」

最初は戸惑っていた加奈も、わたしに体を預けてくれる。

こんなわたしは醜いのかな。

春の暖かい風と、加奈の体温を感じながら、ずっとこのまま居られたら、そう思った。

 

 

 

恋におちたら、とても寂しくてとても虚しくなった。

優しい二つの心が結びついて、溶け合ってゆく。

二人の体温に比例するように、街もだんだんと熱を帯びていった。




このSSですが、一応終わり方は考えてあるので、その過程を書きたいのですが、やっぱり自分の技術の未熟さを痛感しますね・・・

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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6話 雨の土曜日に

今回は加奈の妹、理奈の視点の話です。
しっかり者で、本作一の常識人として書いています。

≪登場人物紹介≫
名前:早川 早紀
年齢:37歳
血液型:A型
誕生日:6月12日
身長:148cm
趣味:読書、料理
家族構成:娘が二人。10年前、夫に先立たれる。両親はまだ健在。

百合のお母さんですが、よく姉妹に間違われる程幼い容姿をしている。
明るくて人に好かれやすい女性。


廊下の方からお姉ちゃんの話声が聞こえたので、部屋の外に出てみる。

「うん・・・あはは、そうなんだ~」

お姉ちゃんは電話で話をしていた。相手は百合さんだろう。

最近、お姉ちゃんの笑顔が優しくなった気がする。

やっぱり、恋人ができると変わるのかな。

勿論、それは良い変化なんだけど、私は少しだけ寂しくなる。

 

「ん、じゃあね」

プツッと電話を切る。

「お姉ちゃん、百合さんと話してたの?」

「うん。どうして分かったの?」

「だってお姉ちゃん、百合さん相手だと態度が違うもん」

「え・・・そうかな・・・?」

本人は気付いていないらしいけど、お姉ちゃんは百合さんと話す時、とても優しい顔をする。

「百合さんのこと、本当に好きなんだね」

私がそう言うと、お姉ちゃんの顔が真っ赤になる。

「も、もう・・・今更だよ・・・」

お姉ちゃんと15年も一緒に暮らしてきたけれど、ここ最近のお姉ちゃんは私の知らない表情をたくさん見せている。

「百合さん、いい人だもんね」

「うん!」

でも、そんなお姉ちゃんも素敵だと思う。

 

他にやることがないので、お姉ちゃんの部屋に行くことにした。

「それじゃあお姉ちゃん、掃除するからちょっとどいてもらっていい?」

「え~、いいよ、自分でやるから~」

ぶぅーと頬を膨らませて抗議する。

「そう言って自分でやったこと無いでしょ」

「うぅ~」

 

5月に入り、この頃は雨の日が多くなってきた。

雨の日に家でやることって、あんまりない。

私は大抵、勉強するか、掃除をするか、といったところだ。

「もう、ごみくらいちゃんと片付けてよねー」

「ごめん理奈・・・」

お姉ちゃんは少々がさつなところがある。

「百合さんの部屋、ちゃんと片付いてたでしょ? お姉ちゃんも恋人なら、見習わないと駄目だよ。じゃないと、愛想尽かされちゃうかも」

「ええっ!? それは困る!」

冗談のつもりだったけど、予想以上に反応されて、ちょっと困惑する。

「ふふっ・・・それは冗談だけど、本当に身の回りのことくらいは自分で出来た方がいいよ」

「うぅ・・・分かったよ・・・」

少ししょんぼりするお姉ちゃんが可愛い。なんだかんだ、今後も彼女の世話を焼いてしまうんだろうなと思った。

 

 

 

「理奈~、漫画貸して~」

「もう、お姉ちゃん、私の部屋に漫画置くのやめてよー」

「ごめんごめん。でも置ききれなくって」

お姉ちゃんは漫画に限らず、自分で買った色々なものを私の部屋に置く癖がある。

「お、今日もかっこいいね、ジョー・ストラマー」

壁にかかってる『ロンドンコーリング』のポスターを見てお姉ちゃんが言う。

「もー、ポール・シムノンだって言ってるでしょ」

お姉ちゃんの中ではクラッシュ=ジョーらしい。

 

「この漫画面白いよね。今度百合にも貸す約束してるの」

「ふーん、そうなんだ・・・」

何でだろう。百合さんは良い人だし、好きだけど、お姉ちゃんが百合さんの話をしてると、胸の奥がチクチクしてくる。

 

 

 

「ってわけなんだよ~」

先程までの経緯を苺ちゃんに電話で話す。最近、苺ちゃんと話すのが最大の癒しになってる。

『そうですか。クラッシュが・・・』

「いや、クラッシュは別にいいんだけど」

『で、理奈さんは寂しくなってしまったと』

苺ちゃんに図星を突かれてしまう。

「寂しいというか・・・う~ん、そうなのかも」

ずっと、お姉ちゃんと一番仲が良いのは私だったから。嫉妬なのかも知れない。

『でも、相手が百合さんなのは良かったですよね。悪い人に引っかかったら大変ですからねぇ』

「ホントだね~」

 

『ところで理奈さん・・・その・・・理奈さんは好きな人とか、いらっしゃらないんですか?』

苺ちゃんが唐突にそんな話を始めた。

「どうしたの? いきなり」

『いやぁ、ちょっと聞いてみたくて』

何か意味ありげに言い淀む。

「別にいないかな」

『ふむ、それじゃあ今まで恋人は?』

「いないよ~。いると思う?」

仲が良い人は何人かいたけど、そういう関係になった人はいない。これ、って決め手がなかったからだと思う。

『・・・そうですか』

「うん?」

『あ、いえ。それじゃあ、理奈さん、明後日学校で』

そう言って電話が終わる。

「苺ちゃん、どうしたんだろう?」

 

最近、私の身の回りは目まぐるしく変化している。

百合さんや苺ちゃんに出会ったこと。

そして、お姉ちゃんが百合さんと付き合ったこと。

変わっていくことは避けられないことだし、喜ぶべきことだ。

少しだけ寂しいけれど、受け入れていかなければ。

 

窓の外ではまだ雨が降り続いている。

薄暗い空を見上げて、私はそっと微笑んだ。




今回の主役、理奈ですが、いつか苺との関係も書いていきたいですね。彼女たち二人もとても仲良しなので。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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7話 あじさい

7話です。
今回は自分の書きたいことを書いただけのような気がします(毎回そうかも知れませんが・・・)



この頃は雨が降り続いてる。

濡れた窓から見える、薄曇りの街。

子供の頃は雨が好きだったことを思い出す。

長靴を履いて、ちゃぷちゃぷと音を立てて楽しんだものだ。

服や髪が濡れるのを嫌がるようになったのは、いつからだろう。

今日も青い傘を持って学校へ向かう。

 

「百合、見て見て、あじさいが咲いてるよ」

加奈はこの雨の中でも相変わらず元気だ。

彼女が歩く度、ぴちゃぴちゃと雨音が響く。

「もうお姉ちゃん、濡れるよー」

そんな理奈の言葉もお構いなしに、加奈ははしゃいでいる。

 

それにしても、雨の中のあじさいは何でこんなに映えるんだろう。

葉に雨の滴が溜まり、きらきらと輝いている。

「それにしても、あじさいの花って・・・すっごい群れてますよねぇ」

「ぶふっ!」

あまりに突拍子もない言葉に、わたしは思わず吹き出してしまう。

「あ、ツボに入りましたね、百合さん」

「苺ずるーい! 私も百合のこと笑わせたい・・・こちょこちょすれば笑うかな?」

加奈がくすぐろうと構える。

「それは笑わせるのとはちょっと違うんじゃ・・・」

「皆遅れるよ~」

理奈の声を聞いて、三人とも目的を思い出し、再び歩き出した。

 

「しかし、あじさいの花が群れてるのって・・・」

「ふふっ・・・」

わたしが笑いを堪えていると、加奈が悔しそうに見てくる。

「私たちと同じですよね。私たち人間も一人じゃ寂しいですから」

「なんか無理やり良い話にしようとしてない?」

「いえいえそんなことないですよ~」

言われてみれば、わたしもずっと一人だったな、と思う。

人と話すのが苦手なわたしは、友達もできず、一人でいることが多かった。

しばらく忘れていた。今は加奈たちがいるから。

「百合さん、どうしました?」

「あ、ううん・・・」

俯いているわたしを見て、苺が声を掛けてきた。

こうやって他人に心配されるのも今までは無かったことだ。

 

でも、彼女たちと別れたら、また元のわたしに戻るのかな。

いや、わたし自身は何も変わってない。

周りが変わっただけだ。

だから、わたしはまた一人ぼっちになるだろう。

今のわたしに耐えることはできるんだろうか。

孤独を忘れてしまった、今のわたしに。

 

 

 

「百合ー、最近じめじめしてるね」

教室の外、降り止まない雨を見て、加奈がつぶやく。

「梅雨だからね」

「だね。たまにはどこか遊びにいきたいんだけどな~」

「雨でも行けるところはあるでしょ? 例えば図書館とか」

「べ、勉強でもするの!?」

加奈は図書館と聞いただけで苦しそうな顔をする。そんなに苦手なのか。

その様子が何だかおかしくて、わたしはクスッと笑う。

「もう~笑い事じゃないんだよ~」

「ごめん、ごめん。そうだなぁ、雨降ってると、わたしは喫茶店とか良く行くけど」

「百合が良く行く喫茶店・・・私も行きたいなぁ」

「駅から近いから、すぐ行けるよ?」

「ホント!? じゃあ今日行こっか?」

直感的に動く加奈らしいな、と思う。

その行動力は本当に羨ましい。

 

 

 

学校の帰り、二人で喫茶店に行くことになった。

「理奈は苺の家で勉強会だって。うぅ・・・」

『勉強』の二文字を聞いただけで、加奈はブルブル震えだす。

「わたしたちも誘われたけど、加奈がこんなじゃねぇ・・・」

「もう当分は勉強したくないの・・・受験勉強が壮絶で・・・」

「そんなに大変だったの?」

「そりゃあ。理奈と同じ高校に、って思ったんだけど、学力が全然違うしさ~」

「それなのに、何で同じ学校に行こうと思ったの?」

「う~ん、理由は色々あるけど・・・理奈と離れると私が寂しいから、かな」

加奈の口から『寂しい』という言葉が聞けるとは思わなかった。

「寂しいの・・・?」

「だって私意外と人見知りだし・・・」

「そうなの?」

「うん。知らない人とか苦手なの。話しかけられたら愛想良くしちゃうんだけどね」

初日から多くの人と話してたけど、意外と無理してたんだなと思った。

「でも百合とは話しやすかったなぁ。なんでなんだろ?」

そう言われて、わたしは加奈にとって特別だったんだなと分かって、少し照れる。

 

 

 

「わあ、何かレトロな感じ・・・」

喫茶店に入ると、いつもの黒縁メガネで髭もじゃのマスターがいた。

「やあ早川さん。今日はお友達も一緒ですか?」

相変わらずの優しい声と笑顔で迎えてくれる。

「あ、こんにちは。えっと、恋人です・・・」

「そうですか、早川さんにも恋人が・・・」

そう言って加奈の方を見る。

「は、初めまして。友部加奈って言います」

「初めまして友部さん。私はこの喫茶店のマスターで、名前は・・・まあ、『けいちゃん』とでも呼んでください」

「け、けいちゃん・・・」

 

二人で向かい合わせの席に着く。

コーヒーの香ばしい香りが鼻を掠めた。

「マスター、面白い人だね」

「そうでしょ。それに音楽にも凄く詳しいんだよ」

店内には、けいちゃんが選んだ音楽が流れている。

「けいちゃんに影響されて好きになった歌手も多いなあ。エリオット・スミスとか、スパークルホースとか・・・」

「今流れてるのも凄くいいよね。特に声が好きかも」

「ジェフ・バックリーの『Grace』だね。もう死んじゃってるけど、未だにファンが多い伝説のアーティストなんだって」

「へぇ~」

 

それから、加奈とは普段しないような話をした。

好きな音楽とか、スポーツとか。それに子供の頃の話。

二人でゆっくり話をしたことが少なかったから、どれも新鮮に感じた。

白いミルクが回るコーヒーカップの中に、二人の時間も溶けていった。

 

「じゃあ、また来ますね、けいちゃん」

二人でペコッとお辞儀をして店を出る。

外では相変わらず雨が降っている。

 

「百合、今日は楽しかったよ。百合と一緒に居られれば、雨でも楽しいのかもね」

そう言われて、わたしの耳は赤くなる。

加奈と別れると、わたしは傘を閉じてみる。

その火照った耳を雨のしずくが冷ましてくれたらいいな、なんて考えながら。




書き終えて思ったんですが、喫茶店のマスターが今作初の男性キャラですね。

それと、今回少し触れたジェフ・バックリーの「Grace」が今作のタイトルの由来だったりします。
90年代を代表するアルバムの名前をこんな拙いSSに拝借してしまい、ファンの方には申し訳ない・・・

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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8話 苺畑でつかまえて

一週間空いてしまいましたが更新です。

今回は苺視点の話です。


「苺ちゃん、最近授業難しくなってきてない?」

「そうですかねぇ?」

今日の授業が全て終わり、理奈さんが疲れた様子で話しかけてきた。

「まあ、苺ちゃんは優秀だから大丈夫だろうけど・・・」

「そんなことないですよ」

窓の外を眺める。

今日は相変わらずの雨だ。

雨は嫌いじゃないけれど、たまには太陽も見たい。

それに雨だと部屋に籠っているしかないし・・・

 

その時、ふと思いついたことがあった。

「それじゃあ理奈さん、うちで勉強会しませんか?」

「勉強会? 苺ちゃんが教えてくれるの?」

「ええ、もちろん。百合さんと加奈さんも呼びましょう」

「あ・・・でもお姉ちゃんは・・・」

何やら言葉に詰まっている。

「どうしました?」

「あ、ううん・・・一応誘ってみようか・・・」

 

 

 

駅のホームを出ると雨の匂いが漂っていた。

二人で傘を開いて歩く。

傘をさすと二人の間には距離ができる。

私は普段、他人とは距離を取りたいのだけれど、何故か理奈さんには近づいていたいと感じた。

 

「それにしても、加奈さんに何があったんですか・・・?」

『勉強』という言葉を聞いた時の加奈さんの様子は中々忘れられない。

「お姉ちゃん、受験勉強頑張りすぎたみたいで・・・」

「そこまでしてこの高校に入りたかったんですか?」

「この学校というより、私と同じ高校に行きたかったみたい」

「へえ、仲良しですね」

私は一人っ子なので、そういう感覚は分からないけれど、好きな子と一緒の高校に行きたいという気持ちは分かる。

私も昔から理奈さんと友達だったら、一緒の高校を選んだだろうなと思う。

 

「それだけじゃなくて、お姉ちゃん寂しがりだから」

「そうなんですか? 意外ですね」

きっと家族にしか見せない一面というものがあるのだろう。

そう思うと、私は加奈さんが羨ましくなってくる。

私の知らない理奈さんの意外な一面もあるのだろうか。

 

 

 

「というわけで、こちらが私の家になります」

「おお~」

理奈さんが私の家を見回す。

何だか恥ずかしく感じる。

 

「苺ちゃん、今日ご両親いる? ご挨拶したいんだけど」

「ああ、うち両親はもう他界してて・・・祖父母ならいますけど・・・」

「そ、そうだったんだ・・・ごめんね」

理奈さんがシュンと俯いてしまう。

悲しませるつもりではなかったのだけれど。

でも、こうして悲しんでくれる理奈さんはとても優しい人なんだなと改めて思った。

「だ、大丈夫ですよ。子供の頃のことですし、もう気にしてないですから」

努めて明るく振舞った。

私の笑顔は理奈さんにはどう見えてるんだろう。

少しでも理奈さんを元気にできたら、私は嬉しい。

「・・・苺ちゃんは本当に良い子だよね。ナデナデしてあげる」

「ふわぁっ! や、やめてください理奈さん」

「ふふ、苺ちゃんがこんなに慌てるなんて珍しいね」

少し頭を触られただけなのに、どうしてこんなにドキドキするんだろう。

「ほら、顔も真っ赤になってる」

「い、苺ですから・・・」

何とか冗談で返したけれど、心臓は張り裂けそうな程脈打っていた。

 

 

 

「あ、理奈さん、そこはさっきの公式当てはめればいいんですよ」

「あ~なるほど」

勉強を教え始めたけれど、胸のドキドキは止まらなかった。

いや、むしろ大きくなっていた。

教科書と睨めっこしている理奈さんを後ろから眺める。

(理奈さんのうなじ綺麗だなぁ・・・髪もさらさらだし・・・って何考えてるんだろう私)

最近はいつもこうだ。理奈さんのことばかり考えてしまう。

こんな気持ち、今までは知らなかった。

これが、本で読んだり、歌で聞いたことのある『恋』というものなのかも知れない。

 

しかし、理奈さんにこの気持ちを伝えてしまったら・・・

今の関係は壊れてしまうかも知れない。

もしかしたら百合さんと加奈さんみたいに付き合えるかも知れないけれど。

でも、その後は?

しばらく恋人になっても、いつかは別れてしまう。

好きになればなるほど、別れは寂しくなる。

それならこのまま、仲の良い友達でいた方が良いのかも知れない。

 

「苺ちゃん? どうかしたの?」

「あ、いえ・・・」

ふと記憶の片隅のお父さんとお母さんがちらつく。

彼らの優しい声、温かい腕。

今でも朧げに覚えている。

「理奈さん」

「うん?」

「理奈さんは、もし加奈さんと別の学校に行くことになったら寂しいですか?」

「う~ん、そりゃあ寂しいよ。ずっと一緒にいたからね」

「それじゃあ、私と離れたら寂しいですか・・・って変なこと聞いてしまいましたね。忘れて下さい・・・」

「苺ちゃん・・・」

 

「寂しいよ。苺ちゃんともずっと一緒にいたいもん」

理奈さんがそう言ってくれて本当に嬉しかった。

でも、ずっと一緒にいることはできないと思う。例え家族であっても。

お父さんやお母さんとお別れした日から、私は人と仲良くするのを無意識に避けていた。

「ずっと一緒にはいられませんよ。私達も卒業したら離れ離れですし」

「そうかも知れないけど・・・でも・・・」

理奈さんは何かを言いたそうにモゴモゴ口を動かしている。

 

私だって理奈さんだって、分かっているはずだ。

ずっと一緒にはいられないけれど、一緒に過ごす一瞬一瞬が永遠になるんだと。

だって、お母さんもお父さんも私の心の中にいるから。

 

だから、もし壊れてしまってもいいから、理奈さんのことをもっと好きになりたい。

そう思ってしまったら、もう止めることはできなかった。

「理奈さん・・・変なことかも知れませんが、私あなたが好きです。友達よりももっと深く・・・返事はしなくてもいいですから、そのことだけ知ってもらえたら嬉しいです」

 

 

 

見たこともないこんな街で

知らない誰かを探してる

苺畑で逢えるのかな

うつろいゆく

赤くなってゆく

サニーデイ・サービス「苺畑でつかまえて」より

 

私も、ずっと探していた誰かを見つけたような気がした。

苺畑の中で。




最後ですが、サニーデイ・サービスの「苺畑でつまかえて」の歌詞を引用させて頂きました。
苺ちゃんの名前の由来ですが、
森田→歌手の森田童子から
苺→サニーデイ・サービスの「苺畑でつかまえて」あるいはビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」
どちらも「原風景」みたいな意味が含まれていると思います。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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9話 瞬間と永遠

理奈と苺、その関係性が変わっていくお話です。
ここら辺から四人の関係が安定してくるかな・・・といった感じです。


相変わらずの曇り空の下、加奈と並んで歩く。

それだけで気分は晴れる気がするから不思議だ。

でも今日の加奈はどこか俯きがちに見える。

何かあったのかな。

「何か最近理奈が元気なくてさ・・・」

「理奈さんが?」

「理由を聞いても答えてくれなくて・・・」

双子の間にも、秘密にしたいことがあるんだろうな。

「大丈夫だよ。理奈さんにも加奈に言えないことの一つや二つあるんだよ、きっと」

「え~そうかな~」

「例えば恋とか・・・」

「恋っ!? でもありえなくはないか・・・理奈ももう高校生だしね・・・」

そのセリフは姉というより親目線な気がする。

「ちなみに理奈さんって今まで好きな人とかいたの?」

「ううん、全然。興味もないって感じだったなぁ」

言われてみればわたしも、中学までは全然恋愛に興味なかったな、と思う。恋愛どころか他人に興味が無かったのかも知れないけれど。

 

 

 

学校の廊下で理奈を見つけたので、思い切って声を掛けてみた。

「あ、百合さん・・・」

加奈の言っていた通り、元気が無さそうだ。

「理奈さん、どうかしたの?」

「ううん、何でもないよ・・・」

「何でもなくはないでしょ? 加奈にも言えないようなこと?」

「・・・うん」

理奈が時間を掛けてこくりと頷く。

「気持ちは分かるよ。私もお姉ちゃんに言えないことたくさんあるし」

「百合さんにもお姉さんいるんだっけ?」

「いるよ。今は東京の大学に行ってる」

「へえ~、百合さんに似てる?」

「似てないよ~。わたしと違って明るくて背が高くいの」

話題は少しずれたけど、理奈の声色が明るくなったように感じて、嬉しかった。

 

 

 

「・・・百合さん。私、苺ちゃんに告白されたの・・・」

理奈がぽつりぽつりと語り始めた。

「苺ちゃんのこと、大好きだよ。でもこれが『特別』なのか分からないの・・・そんな中途半端な気持ちで答えたくなくて」

理奈の顔を見ながら、何も言わずに話を聞く。

わたしは今、理奈のことをちゃんと考えられているかな。

彼女の誠実さに答えられているのかな。

 

「理奈さん、加奈にも言えないようなこと、どうしてわたしに話してくれたの?」

「お姉ちゃんがね、百合さんに告白されたって嬉しそうに言ってたの」

加奈が、嬉しそうに、その言葉を聞いて、わたしの胸の奥がジーンと熱くなるのを感じた。

「だから百合さんなら、告白した苺ちゃんの気持ちも分かるんじゃないかなって」

「わたしが告白した時はすごく怖かったな・・・」

「怖いの?」

「うん・・・もし加奈との関係が壊れたらって思うと、不安で不安で」

あの日の夕焼けを思い出す。

長くて黒い影が、わたしの心にも伸びていた。

 

「それじゃあ苺ちゃんにもちゃんと答えないと駄目だよね」

「理奈さんは苺さんのこと、どう思ってるの?」

「・・・ずっと一緒に居たいと思ってる。それはお姉ちゃんも、百合さんもだけど。でも苺ちゃんはずっと一緒には居られないって。それでも私と恋人になりたいって言ってくれたの」

苺は永遠は無いって言いたかったんだろう。

それはわたしと加奈も一緒だ。

「どんな人でもずっと好き同士でいられることなんてないからね・・・寂しいけど・・・」

「私、そういうことあんまり考えないようにしてた。一番仲の良いお姉ちゃんと、ずっと一緒だったから・・・最近怖くなるんだ・・・苺ちゃんともいつかお別れするのかなって」

「でも別れても、一緒にいた時間ってなくなるものじゃないよね?」

そう自分にも言い聞かせる。

加奈達と別れても、きっとわたしは大丈夫。うまくやっていける。そう思うしかない。

長い人生の中で、加奈達と居られるのは一瞬だけど、その時間は永遠に残るはずだ。

瞬間と永遠。

 

「百合さん、ありがとう。私苺ちゃんに話してくるよ」

「ううん、苺さん、待ってると思うから、早く行ってあげて」

「うん!」

そう言って駆け出した理奈の笑顔はとても眩しかった。

わたしもあんなに爽やかに生きられたら。少しだけ彼女が羨ましく思った。

 

 

 

「苺ちゃん!」

「・・・理奈さん?」

「苺ちゃん・・・私、苺ちゃんとずっと一緒に居たい。いつか別れるとしても、その思いは変わらないから・・・だからその・・・苺ちゃんの特別になりたいと思うの。これが私の答え」

「理奈さん・・・嬉しいです・・・」

 

 

 

理奈と苺を心配しながら、下校の時間になった。

薄暗い空の下、理奈と苺が歩いてくる。

その頬は空の色とは対照的に、真っ赤に染まっていた。

「あれ、理奈と苺だ・・・ってなんで手繋いでるの?」

「えへへ・・・実は付き合い始めたんだよ。ね、苺ちゃん」

「はい・・・」

「え・・・それって恋人になったってこと? ついに理奈にも恋人が・・・」

「そういうこと。って言っても今までも仲良しだったし、何か変わったわけじゃないんだけどね」

そう言いながら、理奈はわたしにウィンクを送ってきた。

他人事なんだけど、わたしは何だかとても嬉しくなる。

「これからは加奈さんのこと、お義姉さんって呼びますね」

「何だか照れちゃうなぁ・・・」

冗談を言い合う二人を見て、わたしもクスっと笑った。

 

 

 

きっとこの四人の関係は、これからも変わらないんだろうなと思った。

今までのわたしだったら、そんな考えには至らなかった。

わたしも少しずつ変わっているのかな。

今までよりも、少しは前を向いていけるのかな。

だとしたら、何だか嬉しいなと思った。




というわけで、晴れて恋人になる理奈と苺。
そして百合もどんどん前向きになっていきます。

百合のお姉ちゃんですが、そろそろ作中の季節が夏になるので、そろそろ登場してもらう予定です。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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10話 暑さのせい

現実では暑さが和らぎ、秋らしくなってきましたが、作中ではやっと夏になりました。


青く澄んだ空に蝉の声がこだましている。

もう夏だ。

新しい白いYシャツに着替える。

新品特有のパリっとした感触がわたしを包んだ。

肌を出すのは落ち着かない。

わたしの肌は他の人よりも白いから、余計にそう感じる。

 

 

 

「百合、おはよう。半袖可愛いね」

眩しい日差しの中、加奈が立っていた。

その足元には黒い影が伸びている。

「おはよう。加奈も半袖可愛いよ」

「えへへ・・・でも百合って肌白いよね・・・」

加奈がわたしの腕を触ってくる。

肌に触れる柔らかい感覚。

汗ばんでないかな、とか気になってしまう。

「あんまり外出ないからね・・・」

「でもホントに綺麗・・・」

加奈に見つめられて、わたしの顔は赤くなってしまった。

暑さのせいかも知れない。

 

 

 

「それにしても熱いよね~」

下敷きをうちわ替わりにしながら加奈が言う。

「でももうすぐ夏休み! そうしたらいっぱい百合と遊べるね!」

「うん」

「どこ行きたい? 海とか山とか」

「う~ん・・・加奈が行きたい所ならどこでもいいよ」

言われてみれば、今までの夏休みはほとんど家の中で過ごしてきた。

普通はどこに遊びに行くものなのか、良く知らなかった。

「それじゃ、理奈と苺にも聞いて計画立てよ? えへへ、楽しみ」

加奈が満面の笑みを浮かべる。

その様子を見ていると、わたしも幸せな気分になってくる。

「加奈、わたしも夏休み楽しみだよ」

 

教室の窓の外、遠くから蝉の鳴き声が聞こえる。

わたしの声は小さいから、彼らの声にかき消されそうになる。

だからなのか分からないけど、話している内に加奈の顔がどんどん近づいてくる。

「百合は水着とか浴衣持ってる?」

「ううん、持ってない」

加奈の体温、冷たい汗の匂いを感じる。

「そっかぁ、それじゃあ買いに行かないとね」

「うん」

 

夏という季節、わたしはあまり好きじゃなかったけれど。

今年は少し違うのかなと思う。

いつもなら煩わしく感じていた蝉の声も、なんだか優しく胸の中に染み入っていく。

 

 

 

「それじゃあね、百合」

「百合さん、また明日」

帰り道、まだ空は青い。

一人ホームに取り残されたわたしは、その寂しさを夕日に溶かすこともできなくなった。

けれどそれでいいのかも知れない。

新しい季節を加奈たちと迎えられたんだから。

加奈と見た思い出の夕日は、しばらくお預けだ。

 

家の付近は人通りも車の通りも少ない。

一人だけの足音がずっとこだましている。

そんな時、ポケットから着信音が響いた。

「加奈・・・?」

連絡してくるのは加奈たちか母なので、そのどちらかだろうと思った。

しかし、画面に表示されていたのは意外な名前だった。

 

『やっほー百合、久しぶりー』

相も変わらぬ陽気な声が電話越しに響いた。

大学生の姉、春菜の声だ。

「お姉ちゃん? どうしたの?」

『最近どうかなって』

「どうって・・・まあそれなりに・・・」

そこまで言ったところで、加奈の姿がちらついた。

「ううん・・・楽しくやってるよ」

『そっか、それは良かった。後、私今週の土曜に帰るから』

「急だね・・・」

『もうすぐ夏休みだからね~』

そのセリフでまた加奈の顔を思い浮かべた。

 

その後は軽く世間話をしてから電話を切った。

電話の向こうからも、蝉の声が聞こえていた。

 

 

 

「ただいまー」

鍵が開く音がしたので玄関まで行ってみる。

「お母さんお帰り」

母が仕事から帰ってきた、

家に居る時間の中で、この瞬間が一番安心する。

一人の留守番は寂しい。

高校生にもなって、可笑しいと言われるかも知れないけど。

 

「お母さん、お姉ちゃんもうすぐ帰ってくるって」

「そっか、そう言えばもう夏休みだしね。電話でもあったの?」

「うん。わたしの携帯に」

「それじゃあ、春菜の好きなミートソーススパゲティでも作っておこうかな」

そう言って鼻歌混じりにキッチンに向かう母。その背中から彼女の喜びが伝わってくる。

 

「お母さん」

「うん?」

「お姉ちゃんが居なくなって、やっぱり寂しかった?」

「まあ少しは、ね。でも百合がいるから、そこまで感じなかったよ」

母はきっと嘘を言ってる。

母はわたしよりも姉と仲が良かったし、気も合ったはずだ。

 

・・・それは仕方がないことだ。

母も人間だし、好き嫌いはある。

むしろ、あまり気が合わないわたしにとても良くしてくれた。そのことを感謝してる。

 

「それじゃあお休み、お母さん」

「うん♪」

そう言ってリビングを出る。

扉を閉めると、向こう側から母の鼻歌が聞こえてきた。

 

 

 

眠ろうとしたけれど、眠れなかった。

明かりを付けたり消したりして、いつの間にか時計の針は11時を回っていた。

ふと、机の上の携帯が気になった。

 

『加奈、今大丈夫? 寝ちゃったんなら、気にしなくていいけど』

それだけメッセージを送る。

こんな時間だし、返信は期待していなかった。

(非常識だと思われないかな?)

そんな心配をしながら加奈のことを思っていると、携帯の着信音が鳴った。

心臓がバクバクと鼓動する。

画面には「友部加奈」の文字。

わたしは液晶画面を指でそっとなぞった。

 

『百合、どうしたの?』

加奈が昼間よりもワントーン落とした声で話してくる。

「加奈、ごめんね。こんな時間に」

『ううん全然。でも珍しいよね、百合から連絡してくるなんて』

「うん・・・」

 

「お姉ちゃんがね、帰ってくるんだって」

『あれ? 百合ってお姉さんいたんだ』

「うん、今東京の大学に通ってるの」

加奈にとってはなんてことのない話だ。

こんな時間にこんな下らない話をして、嫌われないかな・・・

 

『百合はお姉さん、苦手なの?』

加奈が核心をついたことを言ってきて、わたしは少しの間答えることが出来なかった。

「・・・苦手ではないよ。でもどうして?」

『何となく、声の雰囲気とかで』

わたしのこと、よく見てくれてるんだ。そう思って、何だか嬉しくなる。

「苦手じゃないけど、嫉妬しちゃうというか・・・」

蒸し暑い夜の空気がわたしに纏わりつく。

窓の外に見える暗闇よりも、わたしの心は黒く荒んでいるように感じた。

 

「お姉ちゃんはね、わたしが持ってないものをたくさん持ってるから」

加奈にはあまり見せたくなかった、わたしの醜く歪んだ部分。

それがだんだんと露わになっていく。

じんわりと汗が流れる。

夜の暑さがそうさせた。

 

「お姉ちゃんはね、明るくて人に好かれやすい人なんだ。わたしとは真逆」

心の中の冷静な自分が、「やめておけばいいのに・・・」とつぶやいている。

「友達も多くて、男の子にも人気があって」

加奈は何も言わずに相槌を打ってくれている。

「ずっとお姉ちゃんと比べられてきた。何で妹の方は暗くて愛想がないの、って」

『そっか・・・』

「皆、悪気があって言ってるんじゃないのは分かってる。わたしが悪いんだよ。わたしが一番、自分とお姉ちゃんを比べてるの・・・」

『百合』

優しい声が聞こえた。

 

『私は百合のこと、好きだよ?』

「ど、どうしたのいきなり・・・」

突拍子もない言葉に、思わず顔が火照りだす。

『だから自分のこと、あんまり悪く言わないで』

「・・・わたしね、自分のこと、醜いって思う。本当は加奈に好きになってもらえるような人間じゃないんだよ」

『百合がどんなに醜くても、そんなところも好きだから』

「え?」

わたしは目を丸くする。

そんな言葉、言われたことがなかったから

 

『好きなところだけ好きになるのって、簡単なんだよ。都合よく愛せばいいんだから。それでもね、本当にその人を好きになるなら、悪いところにも目を瞑らずに見ないと駄目なんだよ』

「加奈・・・」

彼女の声が震えているのが分かる。

加奈は綺麗ごとじゃなく、心からそう言ってくれてるんだ。

そう思うと、歪んだ心が温かくなっていく。

 

『百合が自分のことを好きになれないなら、私がその分好きになるから。醜くても暗くても愛想が無くても・・・それが素晴らしいんだって言うから』

『だから・・・だからその・・・う、上手く言えない!』

最後には子供っぽく投げ出してしまうのが何だか可愛らしくて、わたしは思わず吹き出してしまった。

『あぁ、笑ったぁ! せっかく百合のために一生懸命考えたのに~』

「ふふっ、ごめん加奈・・・ありがとうね」

『うん』

 

 

 

『それじゃあ百合、また明日学校で』

「うん」

他愛のない会話で夜は更けていく。

電話を切ってベッドの中へ。

その夜はぐっすりと眠れた。

 

醜く歪んだわたしの心。

でも本当に好きなあの子には、それを隠す必要なんてなかったんだ。

夏の夜の蒸し暑さが、その日だけ何故か心地よく感じた。




百合と加奈の関係も、付き合い始めより親密になっていっています。

ただ綺麗なキャラよりも、少し醜さがあるキャラの方が私は好きですね。
今作の主人公、百合はそんなキャラを目指していますが、上手く書けているかどうかは分かりません。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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11話 夏

現実では大分涼しくなってきましたが、作中は夏まっさかりです。

今回は百合のお姉ちゃんが登場。
陽気なキャラにしたいのですが、自分が陰気なのでいまいち書き方が分からない!

それとお姉ちゃんは異性愛者です。彼氏とか出すつもりはありませんが、気になる方は注意。


「ただいま、百合~」

大学生の姉、春菜は開口一番にわたしに抱き付いてきた。

「お、おかえりお姉ちゃん」

蒸し返すような暑さの中、姉の体温、汗の匂いを感じた。

 

「あ、おかえり春菜」

「お母さんもただいま~」

そう言って今度は母に抱き付く。

本当にこの姉はスキンシップが好きだなと思う。

そんな所が人から好かれるのかも知れないけれど。

 

「聞いてよ二人とも~。最近彼氏と別れちゃってさ・・・」

重い荷物を置いてソファに座ると、いきなりその話題を振ってきた。

「あら、それはお気の毒に」

「そうなんだ・・・」

正直あまり好きな話題では無かったので適当に相槌を打っておく。

 

「そういえば百合はそろそろ彼氏できた?」

「あ、えっと・・・」

加奈との関係を言っていいのか、わたしには分からなかった。

「百合にはまだ早いか・・・でも恋は良いよ~」

「あ、うん・・・」

姉と母が理解してくれない、とは言わないけれど、やはりどこか言いにくさを感じてしまう。

家族相手に、自分をさらけ出すことが難しい。

わたしは弱虫なんだと思う。

 

 

 

「ん~この部屋も久しぶり~」

大きく背伸びをして、自分の部屋を見回す姉。

「百合も、掃除手伝ってくれてありがとね」

「ううん」

姉の部屋はわたしの隣。

姉もそんなにうるさい人間ではないのだけれど、生活音は気になる。

特に恋人と電話している声などは、嫌でも耳に入ってくる。

 

わたしは、姉が隣にいるときはなるべく音を立てないようにしてきた。

別に何か文句を言われるわけではないけれど。

自分の音を聞かれるのが、怖いのかも知れない。

そのせいか、外でも音を立てるのが怖い時がある。

 

「あ、ちょっとごめん。もしもし」

電話が掛かってきたようなので、わたしはそっと部屋を出る。

ドアの向こうには姉の楽しそうな声が聞こえてきた。

 

 

 

「百合、おはよ~」

「おはよう、加奈」

暑い日差しを浴びながらあいさつを交わす。

白い肌が朝日に照らされてキラキラと眩しく光っている。

「お姉さん、もう来たの?」

「うん」

「そっか・・・ねえ、私も会っていい?」

一瞬加奈の言っている言葉の意味が分からなかった。

「お姉ちゃんに?」

「うん。ほら、恋人だしさ、挨拶しておいた方がいいんじゃないかなと思って」

「いいよそんな。わたしだって加奈のお母さんに会ったことないし」

「でも・・・」

加奈が言いたいことは分かる。

わたしがお姉ちゃんに引け目を感じていること。加奈はそれを気にしてくれているんだ。

 

「加奈、そんなに気を使わなくていいよ。この前加奈が言ってくれたこと、とっても嬉しかったから、わたしはそれだけで充分」

「百合・・・よし決めた! 百合の家行きたい。できれば今日!」

「今日・・・まあ遊びに来るのは嬉しいけど、本当に気を使わなくていいからね」

「ううん、私が好きでやってることだから」

加奈の優しさがわたしを包む。

あんまりにも嬉しかったものだから、わたしの顔は真っ赤に染まっていた。

「加奈、ありがとね」

その体温を伝えるように、わたしは加奈を抱きしめて、その頬にキスをした。

太陽に焦がされた彼女の頬は、暑くてほんのり塩の匂いがした。

 

 

 

「じゃあ二人とも、今日は私百合と一緒に降りるから」

いつもの駅のホーム。

いつもと違うのは、加奈と一緒に居ること。

「百合さん、お姉ちゃんが迷惑かけるね」

「ううん、むしろ嬉しい。理奈さんと苺さんも、気が向いたらまた遊びに来てね」

「うん。百合さんもそのうち、私達の家に遊びに来てよ」

「私の家でもいいんですよ。まだ理奈さんしか呼んだことありませんからね」

「うん、ありがとう」

 

「じゃあ行こっか、百合」

「うん」

汗ばんだ手を握る。

まだ青い空の下に二人がいる。

わたしは何だかとても安心していた。

 

 

 

「ただいまお母さん」

「おかえり~。って、加奈ちゃんも一緒だったの?」

「お邪魔します」

ペコッとお辞儀をする加奈。

同時に二階から足音が聞こえてきた。

 

「おかえり百合。あれ? お友達?」

階段からひょっこりと顔を出した姉は、そのままわたしたちの所まで駆け寄ってきた。

「あ、えっと・・・」

加奈は友達じゃない。恋人だ。

そう言おうと思ったけれど、中々言葉が出てこない。

そんなわたしを見て、加奈はにっこりと笑って言った。

「いえ、恋人です。百合さんの恋人の友部加奈って言います」

 

「恋人って・・・もう、面白い子だね、ふふ・・・」

冗談として受け止められてしまったらしい。

仕方がないことだ。

姉は異性しか好きになったことが無いんだろうし。

それでも、加奈との関係を仕方ないでは済ませたくなかった。

「本当だよ。加奈はわたしの恋人」

二人で目を合わせて笑う。

加奈の細めた目がとても愛おしく感じた。

 

 

 

「も~びっくりしたな~。百合が女の子と付き合ってるなんて・・・しかもこんな可愛い子と」

姉は加奈のほっぺたをぷにぷにしている。

「言ってくれれば良かったのに~」

「うん、ごめんね」

「それで~・・・馴れ初めは何だったの? 加奈ちゃんは百合のどんなところが好きなの?」

矢継ぎ早に質問してくる。

姉は本当にこの手の話題が大好きなんだなと思った。

 

「お姉ちゃん、加奈が困ってるからまた今度に、ね?」

「はーい。それじゃまたね」

嵐のように去っていった姉。

加奈とわたしは、顔を合わせて微笑んだ。

 

「お姉さん、面白い人だね」

「うん、でもちょっと疲れるというか・・・」

「あはは・・・」

 

「百合~、アルバムとか無いの?」

「無いことはないけど、見たいの?」

「うん! やっぱり定番だし」

「えーと、確か・・・」

本棚を漁る。

正直、加奈に昔のわたしを見せるのは恥ずかしいけど。

 

「あった。これが小学生の頃、これは幼稚園かな?」

「おお~、百合可愛い」

「か、可愛くなんてないよ・・・捻くれた子供でさ」

写真に写っているのは、いつもむすっとしていた子供の頃のわたし。

別に怒っている訳ではないけれど、上手く笑えなかったんだと思う。

 

「子供の頃の百合可愛いな~。あ、勿論今も可愛いけど」

ページをぺらぺら捲りながら笑う加奈。

そんな彼女を見ていると、わたしまで笑顔になってくる。

わたしもあの頃より成長しているのかも知れない。

少し、嬉しい。

 

 

 

夏の日も沈むころ、二人はまた別れる。

熱いアスファルトの上を黒い影が伸びていく。

「加奈、今日はありがとう」

「ううん、今日は楽しかったよ百合」

加奈を抱きしめる。

柔らかい身体から熱を感じる。

「加奈、キス、していい?」

「うん・・・」

夏の熱を帯びた頬に手を添える。

少しかさついた唇に唇を重ねる。

「んっ・・・」

 

華奢な肩に手を回す。

蝉の声が延々とこだましている。

ずっと、ずっとこうしていられればいいのになと思う。

「加奈、好き・・・」

わたしがそう言うと、加奈の手にぎゅっと力が入る。

 

街はいつの間にか夕日に染まっていた。

「百合、何か懐かしいね。百合が初めて告白してくれたのも夕日の中だったよね」

「うん。でももう少し薄暗かったかな?」

夕暮れ時は何だか寂しくなる。

だからわたしも加奈を求めたのかな。

悲しいぐらいに。

 

 

 

同じ屋根の下で暮らせないのなら

同じ空の下で求め合いたい

寝てもすぐ目が覚め

起きても夢を見る

哀しみは抜けない

涙ボロボロ

早川義夫「嵐のキッス」

 

 

 

「それじゃあ、またね加奈」

「うん、それじゃあ」

手を振るあの子。

長い影。

わたしも自分の家に帰ろう。

今日の夜はきっと暑くて寝苦しいだろうけど。




今回は私も大ファンの早川義夫さんの歌詞を引用させて頂きました。
畏れ多いですが、主人公・早川百合の苗字も彼から頂いていたりします。

最近、もっともっと優しい作品を書きたいと思うんです。
(例えば私のような)気が弱い人、かっこ悪い人に対して、少しでも寄り添った作品にしたいなと思うんです。
私の技量でどこまで書けるかは分かりませんが・・・

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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12話 海岸行き

さて、水着回です。
シリアスな回が続いていた気がするので、ちょっと息抜きのイチャイチャ回になりました。
夏はイベントが多くて良いですね。


 真昼の強い日光が照り付ける中、体育館で終業式が行われた。一応エアコンと扇風機はあるのだが、ちゃんと機能しているようには思えない。

 教師の長い話を聞いていると、頭がぐらんぐらんと揺れてくる。

「百合~、暑い~」

「加奈、我慢我慢……」

 加奈はもう限界が近いらしい。早く終わらないかと願っていたら、やっと話を切り上げた。

「やっと終わった。早く教室戻ろ~」

 汗で貼り付いた加奈の前髪がおかしくて、少しだけ笑ってしまう。

 

「というわけで、明日から夏休み! 取り敢えず海行こ、海!」

 教室の寒いくらい効いた冷房で元気を取り戻した加奈は、早速夏休みの話をし始めた。

「うん、海いいと思う」

「百合は水着持ってないんだよね? 今日の帰りにでも買いに行こうか?」

「今日か……加奈は大丈夫なの?」

「勿論!」

 こんなに暑いのに、随分と元気だなと笑う。加奈もわたしに釣られて微笑んだ。

 

 

 

「いいですねぇ海。ぴちぴちの水着ギャルがわんさかいるんでしょうねぇ……」

「苺ちゃんもぴちぴちの高校生でしょ……」

 理奈と苺も用事がないようだったので、四人でショッピングモールに出向いた。

 苺はあまりこういう所には来たことがないらしい。目を輝かせて、珍しくはしゃいでいる。

 わたしも水着ショップなんて来たことがないので、内心ドキドキだった。

 

「百合はどんな水着がいい?」

「う~ん……取り敢えず露出が少ないのかな?」

「海女さんが着てるようなやつ?」

「この店で売ってるの?」

「えへへ……後はスクール水着とか!」

 スクール水着か……確かにあれは露出が少なくて良い。昔はもっとレオタードみたいな形だったらしいけど。

「おっ、スクール水着の話ですか!?」

「苺ちゃん、食いつかなくていいから……」

 隣のフロアで水着を見ていた二人が急に食いついてくる。

 しかし、今日の苺は本当にテンションが高い。どうしたんだろう。

 

「それじゃあさ、お互いの水着を選び合うっていうのはどう?」

 加奈がそう提案する。しかしわたしには荷が重い。自分の水着すら選んだことが無いのに、どうして他人のが選べるんだろう。

「でも……」

「えへへ、実は私はもう決まってるよ。これです!」

 加奈が見せてきたのは青と白の縞々のビキニだった。

「む、無理! こんな露出多いの無理!」

「おお、珍しく大きい声……」

 そう言われてハッと周りを見る。幸い人はほとんどいないので良かったけど、わたしの顔は真っ赤に染まってしまった。

 

「でもでも、百合絶対似合うよ! こんなに肌綺麗なんだし」

 加奈がわたしの腕を触ってくる。発汗してしまう。

「そ、それなら加奈がもっと露出高いの着てくれたら、わたしも着るっ!」

「うっ……私自分の身体自信ないから……」

「そんなのわたしだって……」

 

 

 

 結局試着したのを見せ合うことにした。服を脱いでビキニを着る。

 鏡に映るのは小さな身体。くびれは全然ないし、胸も小さい。こんな子供っぽいわたしにビキニなんて似合うわけがない。

「百合~、終わった?」

 隣の試着室から加奈が呼ぶ声が聞こえる。

「うん終わったよ」

「じゃあ一緒に開けよう」

 せーのでお互いの姿を見せ合う。

 加奈が着ているのは、わたしが選んだ赤いビキニ。自分でも意地悪だと思う。それでも加奈のビキニ姿はとても綺麗だった。

 加奈もわたしと同じで、子供っぽい体型をしている。きっと世間一般ではグラマラスな人の方がビキニは似合うのだろうけど、わたしは加奈のビキニ姿が誰よりも美しく感じた。可愛く感じた。

 

「おお! 百合可愛い!」

「べ、別に似合ってないでしょ? 加奈の方がずっと可愛いよ。本当に綺麗」

「え……私なんてその……か、可愛くないし!」

 そう言ってカーテンをピシャッと閉めてしまう。一瞬見えた彼女の顔は真っ赤だった。珍しく照れてる加奈が可愛らしく感じた。

 

「百合、やっぱりもっと露出少ないのにしよう……? こんなの他人に見せるのなんて耐えられないから……」

「そうだね……」

 最終的に二人ともワンピース型の露出低めの水着を選んだ。

 

「お二人も決まりましたか?」

「うん、決まったよ。苺さんは?」

「勿論です! こんな感じにしました」

 苺が袋から取り出したのはフリルの付いたビキニだった。

「おへそ出すの? 大胆だね……」

「もっと露出多いのにしようと思ったんですが、理奈さんに咎められまして」

「そりゃあそうだよ」

 理奈がひょっこりと現れた。

 

「苺ちゃん際どいの選ぶし、挙句の果てには私にも着せようとするし……」

「理奈さんはどんな感じにしたの?」

「こんな感じ……」

 加奈が選んだわたしの水着と似てる。やっぱり姉妹なんだなと感じた。

 

「しかし、苺は何でそんな恥ずかしい水着選んだの……」

「だって夏ですよ。海ですよ。はっちゃけたいじゃないですか?」

「だからって、あんまりやりすぎないでね?」

 海。わたしは初めて行くし緊張するけど、皆で行くならきっと楽しいんじゃないかなと思った。

 

 

 

 強い日差しが照り付ける電車の車内。

 窓の外を眺める。

 深い青が広がっている。

 潮の匂いがこちらまで漂ってきそうな、そんな景色だ。

 

「百合って泳げる?」

「泳げないよ」

「そっか、それじゃ浅瀬にいようね。溺れるとまずいから」

「うん」

 加奈が気遣ってくれる。そんな彼女の優しさが嬉しい。

 

 

 

「ばーん! どう百合?」

「うん、綺麗。可愛いよ」

 更衣室の中、加奈の白く柔らかい肌が露出する。

 触りたくなるような、そんな衝動に駆られる。

「って百合もパーカー脱ぎなよ」

「……心の準備が出来てからね」

 やはり他人に、しかも知らない人だらけの中で肌を見せるのは怖い。

「そっか、分かった。それじゃ行こ? 苺と理奈が待ってるから」

「うん」

 加奈がわたしの手を引いて歩き出す。

 わたしもその手をそっと握り返した。

 

「おっ、来た来た」

 既に水着に着替え終わった理奈と苺が待っていた。

「それじゃあ行こうか」

 四人で一緒に歩く。

 鼻の先には潮風が香っている。

 

 穏やかな波が寄せては返す浜辺。

 足元の砂は夏の日差しを包み込んで、熱が籠っている。

「う~水冷たい。気持ちいい」

 パシャパシャと水を足で蹴って、加奈が感嘆の声を上げた。

 わたしも意を決してパーカーを脱いで、水の中に入っていく。

「あ、気持ちいい」

「でしょ!」

 

 最初は足首まで。段々と深い所へ行き、下半身まですっぽりと水に浸かる。

「あんまり深くには行かないようにね」

「うん。ってうわぁ!」

 急な波に足を取られてしまう。

「百合!」

 とっさに加奈が受け止めてくれた。

 密着する二人の身体。加奈の心臓の音が耳の近くで鳴っている。

「あ、ありがとう……」

「う、ううん……」

 顔が真っ赤になってしまう。

 頭の上で輝いてる、太陽みたいに。

 

「い、一旦戻るね……」

「う、うん……」

 何だか恥ずかしくなってしまって、一旦パラソルまで戻ることにした。

 

「って苺ちゃん、そんなに気合入れてるのに泳げないんだ」

「はい、泳げません。浮けません」

「そっか……あれ、百合さん? どうかしたの?」

「ううん。ちょっと休憩」

「そう。お姉ちゃん一人だとちょっと心配……私行ってくるから、苺ちゃんお願いしてもいい?」

「はい。お願いされました」

 苺のセリフに理奈と二人でふふっと笑ってしまう。

 

「見て下さい百合さん、羅生門ですよ」

「上手過ぎない?」

 苺が砂で作った羅生門を見せてくれる。とても素人の出来じゃない。

「それより、何かあったんですか? 顔真っ赤ですよ」

「実はね……」

 苺にさっきの話をした。

 

「良いですねぇ、青春ですねぇ」

 何で年上目線なんだろう。

「苺さんは理奈さんと一緒じゃなくていいの?」

「まぁ、たまには百合さんと二人きりも良いと思いまして」

 その言葉が何だか嬉しくて、二人で目を合わせて微笑む。

 

 

 

「ただいま~。お腹空いちゃったよ~」

 理奈と加奈が帰ってくる。

「二人ともお昼食べに行こう?」

「海の食事と言えばやきそば! これは鉄板だよね。あ、鉄板で作るからじゃなくて」

「ふふっ、それじゃあ行こうか」

 加奈がわたしの隣に立ってもじもじしている。

 彼女の手にそっと触れると、彼女も指を絡めてきた。

 二人の顔は相変わらず真っ赤なままだ。

 

「ふぅ~おいしかったね」

 加奈がお腹を擦りながら言う。

「午後からは何やります? 皆でお城でも作ります?」

「うーん……」

 三人で悩んでいると、理奈が手にスイカを持ちながらやって来た。

 

「皆、スイカ買ってきたよ」

「おお、それじゃスイカ割りやろう!」

 

 というわけで、スイカ割りをすることになった。何故かわたしが割る役で。

「百合~がんばれ~!」

「百合さん、もうちょっと右」

 と言われても、どこか見当も付かない。

「もうちょっと左……そこ!」

 波の音の中で、加奈の声が鮮明に響いた。

 力いっぱい振り下ろすと、確かな手ごたえを感じた。

 

「スイカうま~」

「百合さんお上手ですね。本当に初めてですか?」

「皆の誘導が良かったから」

「ね、凄いでしょ百合は。なんたって私の恋人だからね!」

 そう言ってぎゅっと抱き付いてくる加奈。

「か、加奈!? 二人も見てるから……」

「えへへ……」

「むぅ、見せつけてくれますね」

 海風に乗って潮の匂いが運ばれてくる。その匂いも何だか優しく感じた。

 

 

 

「はぁ~……何だか疲れちゃったよ」

 パラソルの下、加奈と隣同士になって寝そべる。理奈と苺は二人で砂の城を作っているようだ。

「たくさん遊んだもんね」

「うん。肌もヒリヒリする……今日のお風呂は多分地獄だよ」

「ふふ……」

 小指の先に触れる。指が絡む。

「ん……」

 そっと唇にキスをすると、加奈はわたしを受け入れた。

 二人の体温が夏の暑さによって高められる。

 加奈の心臓の音がいつまでも、いつまでも聞こえていた。

 

 

 

 西日に照らされた電車の車内。遠ざかっていく海を眺める。

 肌がヒリヒリと痛い。

「ふふ、お姉ちゃん寝ちゃってる」

 すぅすぅと寝息を立てた加奈の頭が、やがてわたしの肩に落ちてきた。

「あ……」

 ちょっぴり日に焼けた肌。熱の籠ったその素肌が、何だかとても愛おしいなと思った。

「あぅ……百合……」

「寝てて大丈夫だよ。着いたら起こすからね」

「ん……ありがと……」

 そしてそっと目を閉じる。

 加奈からは潮の匂いがしていた。

 この匂いは、秋になっても忘れないだろうなと思う。




やっぱり漫画やアニメでも水着回はいいものです。
私は実際に海で遊んだ記憶がほとんどないので、描写するのに一苦労でしたが。
そもそもスイカ割りって実在するのでしょうか。書いてて凄く気になりました。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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13話 線香花火

夏は色々書きたいイベントが多いですね。
まぁ現実は秋ですが。

久しぶりのプロフィール紹介
名前:早川春奈
身長:162cm
趣味:アクセサリー作り、料理
血液型:A型
誕生日:8月8日
家族構成:妹が一人(百合)と母(早紀)、父は既に他界。
東京の大学に通っている、現在は一人暮らし。
明るくて誰にでも好かれやすい。
結構抜けている所があって、百合に世話を焼かれることもしばしば。


 電車の窓から差し込む朝日。

 眩しくて目がくらむ。

 今日は加奈の家に泊まる予定だ。

 胸が高鳴る。友達の家に泊まるなんて初めてだ。

 

 電車のドアが開くと、蒸し暑い空気が流れ込んでくる。

 長いスカートがひらひらと舞った。

 

 

 

「お邪魔します」

「百合さん、いらっしゃい」

 出迎えてくれたのは理奈。

「あれ、加奈は?」

「お姉ちゃんは今掃除中……もう、だから普段からやっておけって言ってるのに……」

 理奈がぶつくさと文句を言っている。何だか加奈らしいなと思っておかしくなる。

「あら、あなたが百合さん? いつもお話は聞いています。加奈と理奈の母、朝美と言います」

「は、初めまして。早川百合です。今日はお世話になります」

 ひょっこりと顔を出したのは加奈たちのお母さん。

 黒髪を後ろでまとめていて、何だか色っぽい人だなぁと思ってしまう。身長はわたしの母とそんなに変わらないけど、随分と印象は違うように感じる。

 

 三人で話していると、二階の方からどたばたと音がして、加奈が階段から降りてきた。

「ごめん百合! 遅くなった!」

「ううん。掃除は終わったの?」

「うん!」

「うん、じゃないの。普段から掃除はちゃんとやっておきなさい」

 小言を言うのが何だか理奈に似てる。

 説教なのに、何だか優しく感じるところもそっくりだ。

 

 

 

 加奈の部屋に入る。

 意外と、と言ったら失礼かも知れないけど、綺麗な部屋だ。

「あっ、百合、押し入れは開けないでよ」

「あ、うん……」

 

「お母さん、綺麗な人だったね」

「そうかな……百合のお母さんの方が綺麗だと思うけど」

「そんなことないよ」

 身内が褒められるのは何だかこそばゆい。加奈も同じなのかも。

 

「でも似てないでしょ、私とお母さん。理奈は似てるって言われるんだけどねぇ」

「あぁ、確かに理奈さんの方が似てるかも」

「うん、私はお父さん似。百合はお母さん似だよね」

「あ、私もお父さん似らしいよ。お父さんの顔、いまいち覚えてないんだけど」

 父は幼少期に亡くなった。

 思えば幼少期の記憶ってほとんど無いなって思う。

「お互い父似かぁ……私たちも似たもの同士だね!」

「うん」

 二人で目を見て微笑み合う。

 似たもの同士……加奈とわたしがそうなら、少し嬉しいな。

 

「二人とも何話してるの?」

 ドアが開いて理奈が顔を出す。

「あ、ううん。理奈さんはお母さんに似てるねって話」

「え~何それ~恥ずかしいよ」

 理奈の手を見ると、緑色のカバーがついた本を持っている。

「これね、私達の小さい頃のアルバム。定番でしょ?」

「ふふっ」

 加奈がわたしの家に来た時と一緒だ。やっぱり姉妹なんだなと感心してしまう。

 

「これが幼稚園の頃。こっちは小学校」

「二人とも小さくてかわいい」

「まあ小さいのは今でもだけどね……」

 

「二人はどんな子供だったの?」

 わたしが知らない昔の話。特に好きな人なら知りたい。

「う~ん、結構今と同じ感じだったよ? ね?」

「うん。強いて言えばお姉ちゃんは今より人見知りだったかな?」

「そうかな……? 今でもちょっと苦手だけどね」

 加奈のこういうところ、好きだなぁって思う。

 弱いところを見せても、弱く見えない。それどころか魅力的に見えるところ。

 わたしにはとても無理だ。自分の駄目な部分はあまり見せられないし、見せても卑屈に思われてしまう。

 

 

 

「百合さん、何か苦手な食べ物とかある?」

「ううん、特にないよ」

「そっか。取り敢えず今日はカレーにしようと思うんだけど」

「理奈さんが作るの?」

「うん。って言ってもお母さんの手伝いだけど」

「じゃあわたしも手伝うよ」

 料理は少しならできる。

 いつか一人で暮らすことになるし、勉強しておこうと思ってるから。

「いいんだよ、百合。お客さんなんだから気を使わないで」

「そうそう。お姉ちゃんみたいに、客人じゃないのに食べるだけの人もいるんだから」

「うっ!」

 理奈は案外加奈に容赦ないところがある。

 でも二人は仲良し。

 きっと双子なりの距離の取り方、傷付けない方法があるんだろう。

 単純に二人とも優しいから、っていう理由もありそうだけど。

 

 

 

「ぐあぁぁ! 百合強い!」

「そうかなぁ……」

 理奈の言葉に甘えて、加奈と一緒にゲームをして遊ぶことにした。

 今思えば理奈が気を使って、加奈と二人にしてくれたのかも知れない。

「もう一戦! 今度はこっち」

 加奈の家にあるゲームで、わたしはやったこともないのに、何故か加奈に勝ってしまう。

「百合強すぎるよぉ……もしかしてプロ?」

「違います」

 そうやってまったり過ごしていると、カレーの良い匂いが運ばれてくる。

 

「二人とも、カレーできたよ」

 理奈が部屋に呼びにきた。

「はぁい。理奈、百合ゲーム強いんだよ! 私一度も勝てなかった」

「というかお姉ちゃんが弱いんでしょ。私にも勝ったこと無いし」

「うっ……それもそうだった」

「ふふっ」

 こういう空気の中に自分がいれることが、何だか嬉しい。

 もし加奈と一緒に暮らしたら、ずっとこんな感じなのかも知れない。

 

 

 

「ご馳走様でした。お母さん、理奈さん、おいしかったです」

 加奈のお母さんを『お母さん』と呼んでいいのか、いまいち分からない。他の人はどう呼んでるんだろう。

「ええ、お粗末様でした。それじゃあ百合さん、先にお風呂入ってきて」

 お母さんからそう促される。客人に気を使ったんだろうけど、この場合一番風呂は遠慮した方がいいのかな?

「よし、行こう百合!」

「ち、ちょっと待って。一緒に入るの?」

「うん。嫌だった?」

「嫌ではないけど……」

 水着の試着の時とか、ほぼ裸みたいな状況を見せたことはあったけど、さすがにお風呂に二人で入るのは恥ずかしい。

「う~ん。それなら仕方ないか……」

 でも……。

「や、やっぱり一緒に入ろうかな? 入ってもいい?」

「うん! もちろんだよ!」

 

 

 

 ちゅぽんと水の音が響く。

 さすがに対面は恥ずかしいので、背中合わせで入ってもらうことにした。

「百合の肌すべすべだねぇ」

 何だかいつもよりも早くのぼせそう。

 顔も体も紅潮している。

 

「それじゃあ、先に身体洗うね」

「うん」

 失礼かなと思いながらも、視界の端で加奈を見る。

 小さくて丸っこい、子供のような身体が可愛らしかった。

 

 シャワーの音が鳴り止む。

 加奈が再び湯舟に入ってくる。

「百合も洗っちゃえば? それとも私が洗おうか?」

 冗談なんだろうけど、わたしの胸はドキドキしっぱなしだった。

 

 

 

「百合が髪まとめてるの新鮮! 可愛い!」

「そ、そうかな……」

 わたしはお風呂あがりには、いつも軽く髪をまとめている。

 自分の家とは違うシャンプーの匂いがして、少し不思議。

 

「加奈、パジャマかわいいね」

「そういう百合もかわいいよ」

 いつもは制服姿ばかり見ているけど、こういう格好の加奈も素敵。

 でも、自分のパジャマ姿を誰かに見せるのは何だか恥ずかしい。

 

「ふふ……百合、夜はまだまだこれからだよ」

「何かするの?」

「じゃーん! 花火!」

 加奈が取り出したのは、コンビニとかで売ってる花火セット。

 そう言えば友達と花火をした記憶がない。

「理奈がお風呂から出たら一緒にやろうね」

 楽しそうに笑う加奈を見ていると、わたしも楽しくなってくる。

 何だか子供に戻ったみたいに。

 

 

 

 今年の夏は夜でも暑い。

 ジトッとした空気がわたしを包む。

 庭に出て、花火の準備をする。

 加奈はずっとワクワクしている。わたしも同じ気持ちになる。

 

「よし、まずはこれ!」

 手持ちの花火に火が点いて、黄色い炎がパチパチとはじける。

 三人の顔が火に照らされて、暗闇の中にぼんやりと浮かんでいる。

「綺麗だね」

 やがて火は消えて、辺りは再び真っ暗になる。

 

「よし、次!」

 さっきまで綺麗だった花火は、バケツの中でシュウシュウと音を立てて消えた。

 花が咲いては消えるように、花火も綺麗なのは一瞬だけ。

 だからこそ素敵なのかも知れない。

 わたしはどうだろう。綺麗に咲けているのかな。

 花火に照らされた加奈の顔を見ながら、そんなことを思った。

 

 

 

「最後はやっぱりこれかな」

 加奈が取り出したのは線香花火。

「この最後のポトンって落ちるのが好きなんだよね」

「わかる」

 先端に火が付くと、パチパチと音を立てて小さな火花が散っていく。

 だんだんと短くなっていく花火を見ていると、少し切なくなってくる。

 最後にちょっとだけ勢いが増して、そして火は落ちていく。

 

「終わっちゃったか……」

「ねぇ加奈、理奈さん。わたし花火ってあんまりやったことなかったけど、少し好きになったかも。また来年も一緒にしよう」

 線香花火で寂しくなって、少しだけ素直になってしまう。

「うん」

 

 

 

「それじゃあ、私そろそろ寝るね。二人ともお休み」

 理奈が自分の部屋に戻っていく。

 そうか、二人きりか……。

 そう思うと心臓が大きく脈打った。

「私たちもそろそろ寝る?」

「うん……」

「百合、ベッド使っていいよ。お客さんだし」

「え、いいよ……加奈が使って」

「いいって、いいって」

 こうなると譲り合いになってしまう。

「それじゃあ、一緒に寝る?」

 加奈を驚かせようと思って、そう言った。

 予想通り、加奈は顔を真っ赤に染めて驚いた。

 でも、その返事だけは予想できなかった。

「うん……」

 

 加奈の吐息が静かに響く。

 加奈にもわたしの息の音、聞こえてるのかな。

「私、家族以外の誰かと一緒に寝るのなんて初めてだよ」

「う、うん……わたしも」

 枕を横に並べて、加奈はわたしに微笑む。

 恥ずかしいし、緊張するけど、こんなに幸せなことってあるんだろうか。

 加奈の髪からは、さっきの線香花火の匂いが微かにしている。

 

「今日眠れるかな? 百合が隣にいると、緊張しちゃって」

 そうか、緊張しているのはわたしだけじゃなかったんだ。

「眠れなかったら、ずっとおしゃべりしてよう? 加奈に話してないこと、話したいこととか、たくさんあるから」

「うん、それもそうだね。私も百合に伝えたいこと、まだまだたくさんあるんだよ?」

 最後に、「こんなにおしゃべりなのにね」と付け加えた。

 

 その夜は、加奈の体温を傍にずっと感じていた。

 寝苦しい熱帯夜だったけど、何故か自然と眠っていたらしい。

 朝目覚めた時、隣に加奈が居るのが、何よりも嬉しかった。

 

 

 

≪余談≫

『昨日、そんなことが……どうして私はそこにいないんでしょう』

「親戚と旅行中だからでしょ?」

『うぅ~、こんなことならお留守番してれば良かった~』

「いやいや、家族付き合いも大事にしてね?」

『次のお泊りには必ず行きますからね。誘ってくださいね』

「うん、勿論」




というわけで、お泊り&花火回でした。
線香花火って好きなんですが、最近十年以上やってないですね。
一緒にやる人がいませんからね。百合から見た加奈みたいな。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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14話 墓参り

そろそろ夏編を終わりにしたいですね。
まだ書きたいことはあるのですが、それは二年生の夏編に回そうと思います。

今回は百合のお父さんのお墓参りのお話です。


 灰色のコンクリートがどこまでも続く道を車で走る。

 わたしの心と裏腹に、空はどこまでも青く澄み渡っている。

 それが何だか気に食わなくて、わたしはいつまでも下を向いていた。

 

 今日は父の墓参り。

 せっかく家族三人が揃ったんだから、と母に勧められて、わたしも渋々付いてきた。

 

 でも墓参りってあまり好きじゃない。

 下らないとすら思う。

 墓参りをしても、死んだ人が喜んだりするわけはない。

 好きな歌の歌詞を思い出す。

 

 

 

相も変わらず僕は偏屈なので

人と同じ気持ちになれない

父さんの墓参りにも行かず

ぼんやりと空を眺めています

 

暗い土の中に父さんが眠っているわけはない

それぞれの心の中さ

 

ねえ父さん

あらゆる儀式は

わざとらしく無駄で滑稽なものだよね

 

ねえ父さん

どうしたら僕は

素直になれるのでしょうか

 

早川義夫「父さんへの手紙」

 

 

 

 父のことは結構好きだった……と思う。

 何しろ小さい頃の記憶なので、とても曖昧だ。

「お父さんが死んだのって、百合が幼稚園の頃だったよね?」

「あ、うん……」

「若い頃から病弱でね、細くて色も白い人だったから……」

 母が父を語るその眼差しは、どこか寂しそうに見えた。

 もう十年以上経つのに、忘れられないものだろうか。

 もしわたしが死んだら、こんな風に悲しんでくれる人はいるのかな。

 

「でも、百合も春奈も病弱なところは似なくてよかった」

 母が笑う。悲しそうに。

 いつも明るい母が、今日はやけに寂しそうに見える。まるで別人だ。

「それはほら、お母さんのおかげだよ。ね、百合?」

「うん、そうだね……」

 姉はこういう時、やけに機転が利くなと思う。

 わたしには無理だ。

 母を元気付けたり、慰めたり。とても出来ることじゃないと思う。

「ふふっ、ありがとう、二人とも」

 

 

 

 車から降りて、縮こまっていた身体をグッと伸ばす。

 太陽の光が痛いぐらいに差している。

 青く茂った林の中に、父の墓標はあった。

 

 墓参りの作法が良く分からないので、母や姉の真似をする。

 毎年やっているはずなのに、何故か覚えられない。

 

「お父さん、お元気ですか。百合は高校生、春奈は大学生になりました」

 墓の前で手を合わせて、母がそう呟く。

 姉も同じ格好になったので、わたしも手を合わせた。

 耳に蚊の飛ぶ音が聞こえて、煩わしく感じる。

 

 線香の匂いが漂う。

 墓参りはそんなに時間がかからずに終わった。

「ありがとうね、二人とも。お父さんも喜んでると思うよ」

「うん。喜んでくれてるといいね」

 姉の声が明るく響く。

 

「本当は子供には父親と母親、どっちも必要だと思うの。だからお父さんがいなくて、二人には色々苦労掛けたと思う」

「お母さん、そんなことないって」

「……」

 姉と同じで、そんなことないよ、そう言ってあげたかった。

 でも、苦労をしたのは本当だったから、どうしても口が重くなってしまった。

 

 わたしの中には欠けた部分、他人より劣っている部分がたくさんある。

 それが全て父親がいないせいだとは思わない。

 でも、そこに責任を押し付けたい自分がいることに気付く。

 醜い、とても醜い。

 それでも、そうしないと自分を守れなかったことも事実だ。

 だから母と父には本当に申し訳なく思っている。

「ごめん……」

 自分の中にしまいこんでいた思いが口から洩れてしまった。

「百合……?」

 

「百合が謝ることないでしょ? ふふっ……」

 泣いたような笑顔で、母はわたしの頭を撫でてくれた。

 夏の日差しに当たっていたその手は、とても温かくわたしを包み込んだ。

 安心する。まだ無垢だった子供の頃を思い出す。

 

 

 

 帰りの車内で、わたしの携帯が鳴った。Jeff Buckleyの「Hallelujah」。これは加奈だけに設定している着信音だ。

『百合、今何してるの?』

「今ね、お父さんのお墓参りに」

『あっ、ごめんね』

「ううん、いいの。今終わったところだから」

 姉が隣でニヤニヤしながら見てくる。話しづらい。

 

『って言っても、大した話はないんだけどねぇ……空が綺麗だなって』

 加奈はこんな風に、何でもないことで電話してくることがある。

 そんな何てことない話を聞くのが、わたしは結構好きだ。

「そうだねぇ……」

 車の窓から空を見つめる。

 確かに青くて綺麗だ。

 

 死んだ人は空に行くって聞くけれど、それが本当なら、父がこんな綺麗な空を見せてくれているのかも知れない。

 なんて、自分らしくないロマンティックな考えだけど、死んでからずっと土の中に埋まっているよりも断然良い。

 

 

 

 墓参りが終わって自宅に帰ってくると、姉は背伸びをしながらぽつりと呟いた。

「夏休みもそろそろ終わるねぇ。お父さんのお墓参りもできたし、そろそろ帰らないと」

 8月も終わりそうなのに、セミの鳴き声が響いている。

「そう。まぁ、また休みの日にでも帰ってきなさいな」

「うん!」

 姉の明るい声。わたしは羨ましく思ってしまう。

 

 

 

「ねぇ、百合」

 まだまだ蒸し熱くて寝苦しい夜、姉が部屋を訪ねてきた。

「どうしたの?」

「ううん。ちょっとお話がしたくて」

 姉が窓の外を見つめた。その視線の先には満天の星が輝いていた。

「加奈ちゃんとはどう? 上手くやってる?」

「うん。仲良くやってるよ」

「そっか……」

 

「百合が何だか羨ましくて」

 その言葉を聞いて、わたしは驚いてしまう。

 それは寧ろわたしの方が言いたい言葉だったから。

「百合は私に無いものたくさん持ってるからね。真面目で優しいところとか。だから恋人とも、お母さんとも仲良くやっていけるんだろうし」

「そんなこと……わたしこそ、お姉ちゃんが羨ましいよ」

「ふふっ……お互い隣の芝生は青いってことかな?」

 わたしもつられて微笑む。

 それだけで心が軽くなった気がした。

 やっぱり姉の陽気さは凄い。

 

 夏の深い闇の中、鳴り止まない虫の声がその夜だけ何故か優しく感じた。




お墓参り、私もあまり好きではなくて。
形骸化されているというか。

まあ実家は新宅なので、お墓には血のつながっていない、知らない人しか入っていないのですが。
祖父母とかが亡くなれば、そこへの意識っていうものも変わるのかも知れませんね。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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15話 残暑

一年生二学期編開始。
といっても行き当たりばったりで書いてたりしますが。

寒い日に夏の話を書くのは結構面白いです。


「おはよ~百合。制服着るの久しぶりで、何か恥ずかしいね」

「おはよう。うん、何か分かるかも」

 9月1日。眠たい目、だるい身体を引きずって学校へ向かう。

 長いようで短かった夏休みが終わった。

 もうセミの声も聞こえなくなってしまった。

「理奈さんは?」

「苺の家に寄ってから来るって」

「そっか」

 

 加奈と二人きり。

 夏休みも何度か二人で遊んだけれど、改めてこうして登校するのは、少し恥ずかしい気がする。

 

「夏休みは終わったのに、こんなに暑いのおかしいよ~。まだ夏休みでいいのに……」

 子供っぽいことを言う加奈を見て笑う。何だか懐かしい。

「9月でも結構暑いよね。早く秋らしくなって欲しいけど」

「百合は秋が好き?」

「うん。一番好きかも」

 夏でも冬でもなく、中途半端な短い季節。そんな所が好きかも知れない。

「そっか、美味しい食べ物たくさんあるからね」

「それはそんなに……」

 

 

 

「百合さんおはよう」

「おはようございます……今日は何して遊びましょうか……」

 苺が寝ぼけた様子で歩いてきた。

「苺、夏休みは終わったんだよ……」

「いや、そんなわけ……」

 苺が胸ポケットから携帯を取り出して、日付を確認する。

「そんな……夏休みはもう終わりなんて……」

 がっくりと頭を垂れる。

「もう、そんな寸劇やってないで早く行くよ。新学期早々遅刻なんて嫌だからね」

 

 

 

 教室に入って、加奈は早速たくさんのクラスメイトから話しかけられていた。

 忘れていたけど、加奈は結構人気があるんだった。

 それは嫌なことじゃないけど、少し嫉妬してしまう。

 

「百合、どうしたの?」

 加奈が話しかけてくる。

 気を使わせてしまったかも知れない。

「ううん、何でもないよ」

 ぎこちない笑みを浮かべてそう答えた。

 相変わらず愛想笑いが下手だなと思う。

「百合、二学期は行事も色々あるし、きっと楽しいと思うよ」

 そして、加奈は相変わらず笑顔が素敵だ。

 わたしもいつかこんな風に笑いたいなと思った。

 

 

 

「加奈、帰ろう?」

 下校時間になっても、まだ日は落ちていない。

 この時間くらいには、もう少し涼しくなってもらえると過ごしやすいのに……。

「うん……ん?」

 加奈の携帯が鳴る。メールが来たみたいだ。

「ん~、理奈と苺は少し居残り勉強していくって……」

「どうしたんだろう、二人とも」

「苺が放心状態だから、勉強の勘を取り戻させるんだって」

 まさか、ずっとあのままだったんだろうか。

 

「じゃあどうする? 先に帰る?」

「うん。もし良ければ百合の家、行ってもいいかな?」

「うち? うん、大丈夫」

 

 

 

 加奈と一緒に電車を降りて、わたしの家へと帰る。

 いつもの喫茶店や河川敷を通り過ぎる。

 何だかこの時間がとても愛おしく感じた。

 

「そういえば、お姉さんはまだいるの?」

「お姉ちゃんね、今日東京に戻るって」

「そうなの? 私お邪魔して大丈夫だった?」

「大丈夫だと思うよ。お姉ちゃんも会いたがってたし」

 姉はことあるごとに加奈のことを聞いてきた。

 わたしのことが心配なのか、単純に興味があるのか分からないけど。

 わたしも、加奈のことなら、好きなことならたくさん話せる。

 

 姉が居た夏休み。いつもより家の中が賑やかだった。

 案外こういうのも嫌いじゃないと思った。

 昔ならこんなこと思わなかったのに、加奈のおかげで変わったのかな。

 

 

 

「加奈ちゃん!? いらっしゃい!」

 二人で玄関に入るや否や、姉は加奈に抱きついてきた。

「お、お姉さん!? その……お邪魔します……」

 加奈がたじたじになっているのも珍しいので、そのまましばらく眺めていた。

 

「いや~嬉しいなぁ。最終日に加奈ちゃんに会えるなんて」

 わたしの部屋に三人で入る。

 今日の姉はいつもよりテンションが高い。

「じゃあ何しよっか? 百合の昔話でもする?」

「ちょ……」

「聞きたいです!」

「加奈まで……」

 

「百合はね、すっごい優等生だったんだよ。先生にも頼られてたし、姉として誇らしかったなぁ……」

「お姉ちゃん、それ美化してるよ。大人しかったから、先生も扱いやすかったんでしょ?」

 小学生のころから、人と話すことが苦手で、休み時間は本を読むか勉強するかのどちらかだった。

 教師はそういう人間の方が好きみたい。良く頼みごとをされていたことを思い出す。

 今思うと、便利に使われていたのかなと思う。

 

「百合は今でも優等生ですからね。恋人の私も鼻が高いですよ」

「もう、そんな褒めないで……」

 褒められるのは苦手だ。

 自分はそんな人間じゃないのに、と思ってしまう。

 でも、少し嬉しい。

 二人がそう思ってくれていることは事実だから。

 

 

 

「ってもうこんな時間かぁ……そろそろ電車乗らないと……」

 窓の外からオレンジ色の光が差し込む。

 おしゃべりに夢中で気付かなかった。

 それだけ二人との話が楽しかったんだろう。

 

「あっ、それじゃあ私もお暇しようかな」

「そっか。駅まで送って行くよ」

 夕暮れの光が胸に刺さる。

 お別れ時の寂しさは、いつまでたっても抜けないものだなと思う。

 

 

 

 駅の改札の前、加奈と姉に別れの挨拶をする。

 姉ともしばらく会えない。

 別れる時に限って、その人が急に愛おしく感じるから不思議だ。

「それじゃあね、百合。お母さんとも仲良くね」

「うん、分かってるよ」

 今になって思う。もっと話したかった。

 もっとわたしが素直なら、お姉ちゃんと色んな話が出来たのに。

 

「百合。加奈ちゃんを大事にするんだよ。百合ならきっと大丈夫だから」

「……うん!」

 まだ残る夏の熱気を感じる。

 人が多くなってきた駅の中で、お姉ちゃんと恋人の背中を見送った。

 

 

 

≪その後≫

 駅のホームには直射日光が当たっている。

 汗がねっとりと額に滲む。

「ねぇ加奈ちゃん」

「はい?」

 妹の恋人、加奈ちゃんがこちらを向く。

 ぱっちりとした目が可愛らしい。

 その瞳の中に私の姿が映る。

「百合のこと、お願いね。あの子結構ナイーヴだから」

「はい! 任されました!」

 明るい声で返事をする加奈ちゃん。

「羨ましいなぁ……」

 誰にも聞こえないような小さな声でポツリとつぶやく。

 その声をかき消すように、電車の音が近づいてきた。




お姉ちゃんはこれからもちょくちょく出てきます。

登場人物全員優しくがモットーなので、今後も優しいお話が書きたいなぁ……。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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16話 ねむりの中で

夏が終わると、一気に寝やすくなるんですよね。
作中の季節も、もうちょっとで現実に追いつきそうです。

まだ一年生編ですがね。
結構ぐだぐた進んでいきますが、それはそれでいいのかなと思っています。


 最近おかしい。

 夜にぐっすりと眠れる。

 そして気付いたら朝になってる。

 秋だからなのかな。

 それとも、他に何か……。

 

 

 

 教師の声が響く教室。窓の外は色付いてきて、大分秋らしい景色になった。

 太陽の光もどこか心地良くて、わたしはこっくりこっくりと舟をこぎ出してしまう。

 教師の声、チョークの音が遠くなっていく。

 

 

 

「百合、おはよう」

 頭上で優しい声が聞こえる。顔を上げてみると、加奈が立っていた。

「結構寝てたね。ふふっ、百合が居眠りなんて珍しい」

「って、うわぁっ! 寝てたんだ……」

 よだれが垂れていないか確認する。

 授業中に寝るなんて、初めての経験だ。

 

「秋だからねぇ」

「本当。最近は夜にちゃんと眠れるの。こんなの珍しい」

 今まで、夜は中々寝付けなかった。布団に入っても、色々考え事をしてしまって。

 ちゃんと眠れるようになって、夜がこんなに短いんだってことに気付いた。

 

「あ、加奈。後でノート見せて」

「ふふっ……分かったよ」

 

 

 

「ってわけで、百合ったら熟睡してたんだよ」

「へぇ~、百合さんが。珍しいね。お姉ちゃんならいつものことだろうけど」

 理奈が冗談交じりにそう言う。加奈が「ちょっと~!」と抗議している。傍から見ていると面白い。

 

「それで、睡眠学習の成果はどうですか?」

「ふふっ、もう……」

 何だか最近は良く笑うようになった気がする。

 頬が緩くなっているのを感じる。

 思えば母にも「百合の顔が優しくなった」って良く言われる。

 

 

 

 午後の7時。もう外は真っ暗だ。太陽が昇っている時間が短くなってきている。

 窓にはわたしの顔が映る。

 昔と変わらない、子供っぽい顔。

 でもどこか、本当に少しだけでも、変わったのかな。

 

 自分の頬を触る。

 そのままぐいっと持ち上げて笑顔を作る。いつもこんな感じで笑ってるのかなと思う。

「ふふっ」

 自分の顔がおかしく感じて、自然と笑みがこぼれる。

 

 

 

「百合~」

「加奈?」

 声がしたので振り返ってみると、何故か制服姿の加奈が立っていた。

 そして私は何故かパジャマで立ちすくんでいる。

 辺りを見回すと、砂利が敷き詰められていて、近くに川が流れている。

 多分家の近くの河川敷だと思う。

 

「最近は涼しくなってきたからね~」

「うん……」

 何かおかしいと思うけど、そのまま話が進んでいく。

 

「百合は最近、学校楽しい?」

 何だか話が噛み合わない。

 それでも、くりっとした彼女の目を見ていると、本音を話してしまう。

「楽しいよ」

「ホント?」

「うん、本当」

 学校が楽しいなんて、今まで思ったことはなかった。加奈たちと出会ったおかげだと思う。

「私たちのおかげか~、何だか嬉しいな」

 加奈が普通に心の声に答えてくる。

 

「百合とはいつまで一緒に居られるのかな……?」

「いつまでも居たいけど……」

 けど、いつまでも一緒に居ることはできない。

 いつか別れてしまうものだから……。

「寂しいなぁ……」

「うん。わたしも寂しい」

 

 だんだんと分かってきた。

 これは夢の中なんだって。

 それなら、思っていることを言おう。

 

「高校卒業したら、きっと離れ離れだね」

「そっか……」

 加奈が悲しそうに俯く。

 現実では言ったことがない。加奈が傷付くと思ったから。

 

「だからさ、加奈。キスしよう、キス」

「な、何突然!?」

 自分でも変なことを言ってる自覚はあった。

 でも夢だし、少しくらいいいかなと思った。

 

 加奈の頬を撫でて、そのまま顔を近づけていく。彼女も目を瞑る。

 何度もしたのに、キスはいつだってドキドキする。

 彼女の顔が近づくにつれ、心臓の鼓動が早くなっていく。

 そして……。

 

 

 

 目覚ましが鳴っている。

 窓の外からは朝日が差し込む。

 涼しい朝だ。

 

「……何か凄い夢見てた気がする」

 思い出そうとしても、靄がかかったように思い出せない。

 それでも、悪い夢ではなかったと思う。

 

 

 

「おはよう百合」

「おはよう」

 いつも通り、通学路で加奈とあいさつする。

 でも何だか、今日は少し恥ずかしい。俯きがちになってしまう。

「百合、顔赤くない? 風邪?」

「そ、そんなことないと思うけど……」

 

「昨日ね、何か変な夢見たの。よく覚えてないけど……」

「あ~あるよね、覚えてない夢」

「でもね、加奈が出てきたことは覚えてて……」

 胸が未だにドキドキしている。加奈の顔、朝からまともに見れていない。

「私? 何か変なことしてなかった?」

「ううん……変なことしてたのは多分わたし……」

 

「ねえ加奈。ちょっとキスしてみる?」

「な、何突然!?」

 何かデジャヴ。

 動揺する加奈も珍しいので、面白くなってもっと攻めてみたくなる。

「嫌……かな?」

 顔と顔が近づく。

 彼女の吐息と、心臓の音も近くなっていく。

 

「嫌じゃないし、むしろしたいけど……」

 そこまで聞いて、半ば強引に唇を奪う。

 最初は驚いていた加奈だったけど、やがてわたしを受け入れてくれる。

 

 二人の心臓の音がいつまでもこだましていた。

 

 

 

「も、もうっ!」

 加奈が真っ赤な顔になる。わたしも同じだ。

「ごめんね加奈……機嫌直して」

「べ、別に怒ってるわけじゃないけど……もし理奈と苺に見られたらどうなってたのかなって」

「それは……本当にごめん」

 と言いながらも、二人で見つめ合って笑う。

 

 どんな夢を見たのか忘れてしまったけれど、こうしていれば悪いことは無くなる気がした。

 二人の火照った頬を冷ますように、涼しい風が通り抜けていった。




夢の中で好きな子にキスしそうになる時ってありますよね。特に学生時代は多かった。
大抵口が付く前に目覚めて落胆するのですが……。

百合も私の分身ですし、そういうモテない人間が見るような夢も見るのかなと思います。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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17話 寒いけれど

なんやかんやで久しぶりに更新しました。
作中の季節も冬に。

個人的には女の子の服装は冬服で露出が少ない方が好みです。


 かじかんでしまった手に息を吹きかける。

 冷たい風が吹いてきて、裸の木々を揺らしている。

 

 寒いのは嫌いだ。

 心の中まで冷たくなったような、そんな気持ちになる。

 

 

 

「百合~寒い~」

 ブルブルと震えながら加奈が近づいてきて、そのままギュッとわたしを抱きしめる。

 冷たくなったわたしの頬が、ほんのりと温かくなる。

「本当に寒いね。加奈もほっぺた、真っ赤だよ」

 手袋越しに彼女の頬に触る。柔らかくて可愛らしい。

 

「おはようございます~」

 弱々しい声が聞こえてきたので振り返る。そこにいたのはマフラーに手袋に、毛糸の帽子で完全防寒した苺だった。

「おはよう……そんなに寒い?」

「寒いの苦手なんですよ~」

 鼻の頭が真っ赤になって、鼻水が出そうになっている。

「苺ちゃん、鼻、鼻!」

 理奈がティッシュを持って駆けつけてくる。

「ありがとうございます」

「理奈、何だかお母さんみたい」

「もう、からかわないの……」

 こんなやりとりを見ていると、寒い日でも楽しくなってくる。

 

 

 

「でもさ、他の娘の見てるとスカート短いよねぇ……寒くないのかな?」

「おしゃれは我慢っていいますし」

 確かに通学路を歩く学生たちは、膝よりもずっと上の丈のスカートを履いている。

 寒いのもそうだけど、恥ずかしくないのかなと思う。わたしが露出苦手だからそう思うんだけど……。

 

「その点、私達は長いスカートで寒さもへっちゃら……じゃないけど、少しはマシだよね?」

「おしゃれを捨てて暖を取る……うら若き乙女としては珍しいかも知れないですね」

「そもそも短いスカートっておしゃれなの……?」

 

 

 

「百合ー、お昼ご飯どこで食べよう? もう外では食べたくないよ……」

「寒いもんね。空き教室とか無かったかな?」

 お弁当箱を片手に辺りをキョロキョロ探し始める。

 

「そう言えば、教室とか食堂で食べたこと無いよね?」

 ふとした疑問を聞いてみる。

「あ~、私が苦手なんだよね、人が多い所。できるだけ人が少ない場所に居たいというか……特に食べるときはね」

「そうなんだ……わたしも同じだよ」

 人で溢れた場所で食べるのは、小さい時から苦手だ。食べるのは自分をさらけ出す行為だから。本当に心を許した人じゃないと一緒に食事は出来ない。

 そういう意味じゃ、わたしと加奈はお互いに信頼し合ってるんだなと思って、少し嬉しかった。

 

「私だけじゃなくて、うちは皆そうなの。だから外食とかもほとんどしないし」

「そうなんだ……」

「でもさ、他人から隠れて食べるのって何か、動物みたいだね」

「ふふっ……」

 加奈が冗談めいてそう言う。わたしの冷たい頬も緩んだ。

 

 

 

 空き教室を見つけたので、四人で一緒に昼食を摂ることにした。

「穴場ですね、ここ。やっぱりご飯は仲の良い人と静かに食べたいですから」

「本当にね」

 苺と理奈もそう言っている。結構皆思うことなのかな。

 

「ところで、今日のお弁当、理奈さんが手作りしてくれたんですよ。いやぁ嬉しかったです」

「あ、今朝忙しそうだったのはそういうことか」

「あの……苺ちゃんの家、おじいちゃんとおばあちゃんしかいないし、私も何か手伝おうかなと思って」

「優しいんだね、理奈さん」

 ついついそんな言葉が出てしまう。

「そ、そんなことないけど……」

 わたしが褒めると、理奈は顔を真っ赤にした。

 

「そっか、お弁当か……う~ん……」

「どうしたの百合?」

「加奈のお弁当もたまにはわたしが作ろうかなって……」

 少し勇気を出して言ってみる。

 わたしの言葉を聞いて、加奈は目を丸くした。

「嬉しいけど、百合料理出来るの?」

 料理はあまりやったことがない。やろうと思ったこともなかった。だけど好きな人に喜ばれるんなら、頑張ってみようかなと思った。今までのわたしじゃ、こんなことは考えなかったんだろうけど。

 

「これからお母さんに色々教えてもらうよ。だからちょっと待ってて」

「うん! えへへ……嬉しい」

 子供みたいに無邪気に笑う加奈がとても愛おしくて、勇気を出して言って良かったなと思った。

 

「じゃあ、ついでにお姉ちゃんも料理勉強しよっか?」

 理奈がにっこりと笑いながらそう告げる。

「うぇっ!? ど、どうしてそうなるの……?」

「ふふ……」

 

 

 

「百合、帰ろ?」

「うん」

 加奈がマフラーを巻いてコートを着る。冬特有の、もこもこしたシルエットの加奈も可愛いなと思う。

「う~、寒くて帰るの嫌だよ~」

「ふふ、ほら我慢しないと」

 彼女の頬をそっと撫でる。赤く染まっていく頬が愛らしい。

 

 

 

 灰色の寒空の下、恋人と一緒に歩く。

 冷たくなった髪と頬。

 こんなに寒い日でも、加奈たちと一緒なら心までは冷たくならずに済むのかな。

 皆と過ごす初めての冬は、いつもよりも暖かければいいなと思った。




次回はクリスマス回書こうかなと思っています。
ただ花騎士の方も書かないとですし、ちょっと忙しくなりそうですねぇ。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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18話 クリスマス

クリスマス回です。

恋人と過ごすクリスマス、私は経験したことがないのですが、どんなに素敵なんでしょうか。
本当に想像だけで書いてますが、そんな幸福感・高揚感が表現できればと思っています。


 街はキラキラと輝いている。今日は特別な夜、クリスマスだから。

 

 クリスマスには良い思い出がない。いつも寂しいだけだった。

 自分の心と裏腹に、綺麗に飾り付けられた街を見ると、胸が締め付けられるように感じた。

 

 でも今年は少し違う。好きな人と一緒に過ごせるから。

「百合!」

 加奈がイルミネーションの向こうからやって来る。

 マフラーがひらひらと揺れている。

 

「おまたせ」

「ううん」

 手袋越しに彼女と手を握る。頬が赤くなってしまったのは霜焼けのせいかな。

 

「今日は二人きりだね。クリスマスっていつも家族と一緒だったから、ちょっと新鮮」

 加奈の顔も赤くなる。

 お互いに初めて過ごす恋人とのクリスマスだ。それが何だか嬉しく感じる。

 

 

 

 イルミネーションの煌めく夜の中、街は恋人たちで溢れている。わたし達も身を寄せ合いながら歩いて行く。

 すれ違う人々の顔は幸せで満ちている。昔なら妬んでいた人の幸せを素直に受け取れるようになったのは、きっと加奈に出会ってから。

 彼女の顔を見ていると、向こうもわたしの視線に気付いたようだった。

「どうしたの、百合? キスする?」

「ここではまだ……ってそうじゃないけど……」

 そうして見つめ合って頬を赤らめる。

 今日はいつもより恥ずかしい気がする。

 

 

 

 今日のクリスマスデートは、加奈が計画を立ててくれた。まずは映画を見たいらしい。

「で、今日は何見るの?」

 人でごった返した映画館の中、加奈に飲み物を手渡しながら尋ねてみる。

「う~んとね、苺がオススメしてくれたフランス映画。静かで素敵な映画なんだって」

「へぇ~」

 

 映画館なんて久しぶりだ。特に恋愛ものなんて中々縁が無かったし、ちゃんと楽しめるかな。

 

 照明が消されて、スクリーンに映像が浮かび上がる。

 隣に座る加奈の手にそっと触れて、映画が始まった。

 

 

 

「うぅ……」

「百合、そんなに恥ずかしかった?」

 映画館から出てきたわたしの顔は、火が出てるんじゃないかってくらい熱くなっていた。

「濡れ場あるとか、聞いてないよぉ……」

「ごめん、事前に調べておけばよかったね」

「あ、いや。加奈は悪くないよ。何だかんだで、映画は面白かったし」

 素敵な映画だったのは間違いない。キスシーンのところなんて、横の加奈を見ながらドキドキしてしまった。

 それでも濡れ場は……濡れ場は苦手なんだ。

 

「まあ、私もあんまり得意ではないんだけど……」

 加奈の顔もほんのり赤くなっているのが分かる。二人で羞恥心を感じながら、火照ってしまった身体を寄せ合わせた。

 

 

 

「こんにちは、けいちゃんさん」

「こんにちは、二人とも」

 駅前の、わたしが良く行っている喫茶店にやってきた。

 クリスマス気分でいっぱいの街の風景とは違って、喫茶店の中は飽くまでいつも通りのままだった。

 そんなところが、わたしも気に入ってるのかも知れない。

 

「良かったんですか、折角のクリスマスにうちみたいな店で」

「いいんです。私達にはそんな煌びやかな世界は似合わないんです。ね?」

 加奈が振り返って同意を求めてきたので、わたしも微笑みながら頷く。けいちゃんも髭もじゃの顔で優しく笑ってくれた。

 

 他のお客さん達も、飽くまで普通だった。一人で本を読んだり、何かを書いたりしている人が多い。

「いいよね、こういう雰囲気」

「うん」

 いつも通りの落ち着ける空気。ただ一つ違うのは、クリスマスソングが流れていることだ。

 

電話のベルが鳴って 驚き目覚める

目覚ましの音だと知って またまどろむ

いつからか僕は 君のことを

何故だか懐かしく思ってしまう

サニーデイ・サービス「Christmas of Love」

 

 

 

 「また来るよ」と言って店を後にした。

 肌に伝わる冷たい空気がわたし達を現実に引き戻す。

 

「じゃあ、これから私の家行こうか? 今日は誰もいないから、二人きりだよ?」

 二人きり。いつもなら何てことない言葉だけど、今日は何だか恥ずかしく思えてしまう。

 手を握って、頬を赤くしながら彼女の家へ向かった。

 

 

 

 家へ着くや否や、加奈は私にキスをせがむ。目を閉じて、真っ赤になった顔がとても愛おしく感じた。

 その唇にそっとキスをして、冷たくなった身体を抱きしめる。

「百合……」

 わたしを見つめる瞳の中に、わたしの姿が映っていた。そんな自分の姿を見つめながら、再びのキスを交わした。彼女の身体の温もりだけをずっと感じていた。




これからってところでお話は終了。
二人がこの先どうなったかは、皆さんのご想像にお任せします(笑)

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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19話 春の足音

時は結構とんで、作中は3月です。
今回が一年生の最後になります。
一年書くのに19話かかりましたが、二年生編はどうしようかなと模索中です。


「くしゅんっ!」

 加奈がくしゃみを一つ打つ。随分と可愛らしいくしゃみだなと思った。

 

「もう三月なのに寒いですね~」

「四月でも寒いからね。春はまだまだって感じだよね」

 寒さは大分和らいではきたけれど、まだコートは必須だ。春の暖かさが恋しくなる。

 

 思えば、春ってとても短い季節だなと思う。

 暖かくなってきたと思えば、すぐに梅雨が始まって、そして夏になる。一瞬で終わってしまう季節だ。

 でも、わたしたちが出会ったのはそんな季節だった。桃色の季節に。

 

 

 

「でも、もうすぐ春休みだね。それが終わったら私達は二年生」

 長いような短いような、そんな一年間も終わろうとしている。そして二年生になったら、

「クラス替え、どうなるんでしょうね?」

 加奈と違うクラスになるかも知れない。最近は、そのことばかり気になって仕方がなかった。

「仲良い子同士は一緒にしてくれるっていうけど、どうなんだろうね?」

「先生のみぞ知る、ティーチャーオンリーノウズですね」

 その言葉に理奈がクスッと笑った。

 

「あの……皆は不安じゃないの、クラス替え」

 楽しそうな雰囲気だったから、つい聞いてしまった。

「まあ、不安ではありますけど、放課後はこうして会えますからね」

「そうだけど……」

 俯きがちなわたしに、加奈が微笑みかけてくれた。

 

「大丈夫だよ百合。クラスが替わってもずっと一緒だから。何なら休み時間の度に会いに行ってもいいよ?」

「ふふっ、もう加奈ったら……」

 加奈がそう言ってくれて、少し心が晴れたけど、やっぱり同じクラスがいいなと思う。

 寒い風が二人の間を吹き抜けていって、わたしは身震いをした。

 

 

 

「加奈?」

 日曜日、加奈から誘われて街へ出た。駅前には平日のような人通りはなく、穏やかな空気が流れている。

 わたしの横を通り過ぎていく車のエンジンの音。ざわざわと優しく響く雑踏の音。そんなものが最近愛おしく感じている。

 

「百合、おまたせ」

「ううん。それで、今日は何か予定ある?」

「う~ん、そこら辺をぶらぶらと……」

 加奈とのデートは特に予定が無いことが多い。でも、それはそれで楽しい。一緒にいれば楽しいから、どこへ行くかなんて関係ない。

 

「でもさ、今年はどこか遠くに旅行行きたいなって」

「そうなんだ。家族旅行?」

「ううん、百合と二人で。ね、いいでしょ?」

 優しく覗き込んでくる加奈の瞳。冷たい風が吹いてるけど、心の中は温かくなった。

「うん。それじゃあ、二人で計画立てよう」

「お小遣いも貯めないと……」

「ふふっ……」

 加奈といると自然と笑えるから不思議だ。

 

「おっ、こんなところに公園あったんだ」

 人通りも少ない住宅街に、古びた公園が佇んでいた。遊具は錆びていて、心なしか寂しい印象を受けた。

 

「全然使われてなさそうだね。この辺じゃ子供も少ないからかな?」

 そう言いながら、加奈はシーソーの上に跨った。

「って、スカートだしやめておいた方が……」

「大丈夫、長いスカートだから中は見えないと思うよ。多分」

 だからといって高校生でシーソーをするのはどうなんだろうか。

「見た目は高校生っぽくないから大丈夫だよ」

 

 

 

 ギコギコと錆びた音を立ててシーソーが動いていく。思えば友達とシーソーで遊んだ記憶がない。遊んでくれたのはお姉ちゃんくらいだったかも知れない。

 

「百合、二年生になってもよろしくね」

「どうしたの、改まって?」

「いや、百合がこの前クラス替えが不安だって言ってたから」

 気を遣わせてしまったのかな。

 

「う~ん、大丈夫だよ。不安ではあるけど、放課後はちゃんと会えるし」

「そっか。でもやっぱり同じクラスがいいよね」

「うん」

 やっぱり好きな人とは一緒にいたい。少しでも長く話していたいし、見つめていたい。

 シーソーの音が止んだ。加奈が地面に降りてこちらを見つめている。

 

「きっと一緒のクラスだと思うよ、私達」

「もう、根拠もないのに……」

 えへへとはにかむ彼女。

「何となく、今思ったの」

 でもそんな根拠のない言葉が、わたしは愛おしく感じた。理屈や根拠で固められた言葉ばかりでは疲れてしまうし、たまには柔らかいフワフワした言葉が聞きたくなる。

 

 

 

「あっ、それでそれで、旅行どこ行きたい?」

 シーソーを降りたわたしに抱き付いてくる。もし加奈が犬だったら、きっと尻尾をぶんぶん振ってるんだろうなってくらい甘えてくる。

「え~、いきなり言われても。加奈は?」

「ポートランド!」

 突然アメリカの地名を言われて、ふふっと笑ってしまう。

「高校生の予算なんだから、もっと近くで」

「え~、それじゃあ東京見物とか行きたいな。あとは江ノ島とかかな~」

「急に現実的になったね……」

 加奈とならどこへでも行きたいし、どこへ行っても楽しいと思う。

 

「大人になったらさ、もっと遠くに行きたいな。外国にも。その時は百合も一緒に行こう!」

 子供のような無邪気な笑顔がわたしに刺さる。

 

 望む望まぬに関わらず、わたしたちは一歩ずつ大人に近づいてる。それが自由になることなのかは分からないけれど……。

「?」

 加奈のきょとんとした瞳を見つめる。

 彼女の言ったように、一緒に外国へでもどこへでも行けるようになれればいいなと思った。

 

 公園に差し込む日差しは、少しだけ暖かくなってきた。春ももうすぐそこまで来ているのかも知れない。




というわけで、次から二年生編スタートです。
といっても、別に何か変わるわけではないのですが……。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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変化、成長 ~二年生編~
20話 二人はいつも


二年生編の始まりです。
そして新キャラが二人登場。といっても、出番はそこまで多くないと思います。飽くまでメインは四人ですからね。


 鏡にわたしが映ってる。寝ぼけた顔をして、寝癖の一本一本を丁寧に直していく。こんなわたしでも制服で着飾れば、少しはシャンとして見えるから不思議だ。

 

 ドアを開けると風はまだ冷たくて、わたしは肩を縮こまらせた。街の中、電車の中ですれ違う、名前も知らない見知った人々。彼らをかき分けていくと、本当に会いたかった人に会える。

 

「加奈」

「おはよう、百合」

 今日もまた、好きな人の好きな顔に出会えた。

 

 

 

「それにしても春休みって短いですよね。それなのに宿題はあるって……」

 苺がぶつくさと文句を言って、理奈が苦笑いをしている。そんなほのぼのとした様子を懐かしがりながらも、わたしはどこか上の空だった。一つ、気がかりなことがあったから。

 

 昇降口には人だまり。その中へわたし達も入っていく。クラス分けが書かれた紙が張り出してある。

「おぉ、今年も一緒ですね、理奈さん」

「うん。よろしく苺ちゃん……ってあれ?」

 理奈が何かに反応したみたいだ。わたしも恐る恐る紙を見上げる。

 

「お姉ちゃんと百合さんも一緒だ」

 一組の欄にはわたしと加奈、理奈と苺の名前が載っていた。

「うわっ、ホントだ!? ってことは今年は四人一緒?」

 加奈がわたしの手を握ってぶんぶん振り回す。

「ね、だから言ったでしょ、一緒のクラスだって。全員一緒だとは思わなかったけど」

「もう加奈ったら、調子いいんだから……」

 でもそんな彼女の笑顔を見ていると、嬉しさがこみ上げてくる。三人の顔を見回して、にっこりと微笑んだ。

 

 

 

「まさか全員一緒だとは。嬉しいですけど、もう教科書忘れても貸して貰えないですね」

「それは自分で気を付けようよ……」

 教室の中には、どこか新鮮でぎこちない空気が漂っていた。そんな中にも見知った顔がいくつか。話したことのある人はあまりいないけど……。

 

「席は……私と苺は廊下側で、百合と理奈は窓側みたいだね」

「いいですねそっちは、日当たりが良さそうで」

「ふふ……」

 教室の中でもこうして理奈や苺と話せるのが何だか新鮮で、とても嬉しい。窓から差す光は暖かくて、わたしのこころも暖かくなっていく。

 

「百合さん、何だか嬉しそう」

 理奈のポニーテールが揺れて優しい笑顔が現れる。

「うん。だって加奈はもちろんだけど、理奈さんと苺さんも一緒なんて思わなかったし」

 二人で目を合わせて笑い合う。

 

 

 

「おぉ、理奈っち! 一緒のクラスだったんだ!?」

 急に元気な声が聞こえてきた。驚いて隣を見ると、そこには短髪の快活そうな少女が立っていた。

「静音さん、今年もよろしくね」

「うんっ!」

 静音と呼ばれた少女はニカっと八重歯を煌めかせて笑った。

 

「そっちの子は?」

「あっ、早川百合です」

 こちらに目線が向いたので、慌てて自己紹介をした。

「友川静音だよっ! 静かな音って書いて静音」

 静音の元気な声が響き渡る。性格が名前と真逆だなと思ってしまう。

「性格と名前が真逆だと思うでしょ?」

「ぶっ!」

 心の声を詠まれたようで、思わず吹き出してしまった。

「いいのいいの。皆言ってるから」

 透き通るような笑顔。加奈とはまた違う意味で、元気で素敵な子だなと思った。

 

「で、ゆりゆりと理奈っちはどういう関係?」

 一瞬意味が分からなかったけれど、『ゆりゆり』というのはわたしのあだ名だと思う。いきなりあだ名で呼ばれるなんて初めての経験だ。恥ずかしいけど嫌ではなかった。

「友達だよ。一年生の時からずっと」

 改めて『友達』と言われると、何だか照れる。加奈とは勿論だけど、理奈や苺とも一年を重ねてきたんだと実感する。それは生きている時間の中ではほんの一瞬かも知れないけれど、大切な時間だったのは間違いない。

 

「そっか、それじゃああたしともよろしくね、ゆりゆり」

「うん、よろしく友川さん」

「静音でいいよ。理奈っちが友部で、あたしが友川だから、よくセンセも間違えるんだよねぇ」

 静音に目配せされた理奈が困ったように笑う。本当に間違われやすいみたいだ。

 

「そ、それじゃあよろしく、静音さん」

「うんっ! あっ、ごっちも同じクラスなんだよね。ちょっと行ってくる」

 行ってしまった。風のように。

「ごっち?」

「苺ちゃんのこと。いちごの『ご』から取ったんだって」

 何だか自由奔放な人だなと思った。でも悪い人ではなさそうだし、仲良くなれたらいいな。

 

 

 

「早川さん、今年も一緒ですね。よろしくお願いします」

 嵐のように去っていった静音に気を取られ、背中から聞こえてきた声への反応が遅れてしまった。

「み、三上さん……うん、よろしく」

 長い黒髪をなびかせた、落ち着いた雰囲気の少女、三上志穂がそこにいた。

 彼女は一年の時のクラスの委員長で、学年でも一二を争う秀才として有名だ。それでいて誰にでも優しい。人見知りのわたしでも話かけやすくて、困った時には力を貸してくれる、そんな人だ。

 

「友部さんとも一緒みたいで嬉しいです。早川さんも友部さんもいい人だから」

 例えお世辞だとしても、彼女に褒められるのは嬉しい。

 

 わたしと話していた三上さんの目線が、チラッと理奈に向く。

「ところで、そちらの方はもしかして友部さんの妹さんですか?」

「あっ、はい。加奈の妹の理奈です」

「えへへ、やっぱり。すごく良く似てるのでそうなんじゃないかなと思いましたよ」

 いつもは落ち着いた雰囲気の彼女が、子供みたいな笑顔を見せる。

 

「いつも姉がお世話になってます。お姉ちゃん、うるさくて大変だったでしょ?」

「いえいえ、すごく良くして貰いましたよ。それに友部さんは全然うるさくなんてないですよ。うるさいっていうのは……」

 三上さんの視線がわたし達から逸れて、ある方向に注がれる。その方向からは、聞き覚えのある元気な声が聞こえてきた。

「ごっちと加奈っちとも話してきた!」

 静音が席に戻ってきた。その瞬間、三上さんが静音の制服の襟をガッと掴んだ。

「こういうのを言うんですよ」

 彼女の唐突な行動に、わたし達は目を丸くしてしまった。

 

 

 

「へぇ、幼馴染なんだ」

「そう! 志穂とあたしは子供の頃から仲良しなの。腐れ縁ってやつ?」

「おかげで大分苦労させられたけどね……」

 三上さんが静音の頬をツンとつつくと、静音は「えへへ」と後ろ髪を掻いて笑う。何だか加奈と理奈みたいな関係だなと思った。

 

「静音、クラスで迷惑かけてませんでしたか?」

「ううん。むしろクラスのムードメーカーだったよ」

「そう言ってくれると助かります。今まではずっと同じクラスだったので、クラスが離れてしまうと心配で心配で」

「心配症だな~志穂は。んぐぅっ」

 三上さんが静音の頬をつねる。

「誰のせいだか、まったく……」

「んぐぐぐ……」

 そんな二人の様子を見て、わたしと理奈は顔を合わせて笑った。

 

 

 

 授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。新しいクラスでの一日が終わった。知らない人が多くて疲れたけれど、何とかやっていけそうだ。

「百合、理奈、帰ろう」

 加奈と苺がやってきた。二人ともどこか疲れたような様子で、やっぱり環境が変わるのは誰だって疲れるものなんだなと思った。

 

「いやぁ、疲れたよ。色んな人と話して。特に……」

 加奈の目線が、隣の席の静音に向かう。

「志穂! 帰ろうぜ!」

「もう、はしゃがないの」

 元気いっぱいの静音を見て苦笑いする加奈だった。

 

「パワフルな人ですよね、静音さん。でも今日は特に元気だったような」

「いつもああなんじゃないの?」

「いつもよちちょっとだけ元気でしたね。まあちょこっとだけですけど」

 そこで思った。静音は三上さんと同じクラスになれて嬉しかったんじゃないかなって。飽くまで想像だけど。

 

 

 

「ふぅ、何だかんだあったけど、同じクラスで良かったね」

「うん」

 最近は日も伸びてきた。夕暮れが加奈の頬をオレンジ色に染めていく。

 

「今年も一年、よろしく」

「うん、こちらこそ」

 そっと手を握る。これからもまた一年、彼女と時間を積み重ねていく。それが堪らなく嬉しい。

 長いスカートが風になびいた。新しい日々の始まりだ。




同じクラスになった四人。これからは教室でのおしゃべり描写も多くなるかなと思います。
二年生編といっても今まで通りほのぼのしたお話が続きますので、今まで通り読んで頂きたいと思います。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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21話 反復

久々の投稿です。
作中ではもう春になりました。現実ももっと暖かくなって欲しいですね。

前回新キャラが出てきましたので、プロフィール紹介しておきます。

名前:友川静音
身長:149cm
誕生日:8月8日
髪型:黒髪、肩にかからないくらいのボブカット
趣味:運動全般、おしゃべり、志穂いじり
天真爛漫な女の子。志穂とは幼馴染の腐れ縁。でも心の底ではもっと特別な関係になりたいと思っている……?
知らない人にもどんどん話しかけていくので、友達は多い。


 何でもない日。教室の窓から差し込む日差しが暖かく、わたしと加奈の頬を照らしている。

「何か面白い漫画ない? 百合のオススメって面白いのが多いからさ」

 わたしの席にやって来た加奈が、頬杖をついてわたしを見つめる。こんな何てことのない会話ですらも温かい。もう春だ。

 

「おっはよー!」

 静かな教室に元気な声が響き渡った。

 

「おはよう静音さん」

「おはよう、ゆりゆりと加奈っち!」

 わたし達を見るや否や、手を振って駆け寄って来る静音。相変わらずの元気さだなと苦笑いする。

 

「それにしても二人は本当に仲良しですなぁ。幼馴染とか?」

「ううん。初めて会ったのは去年だよね」

 加奈の言葉にこくりと頷く。

 思えば加奈と過ごしたのはたった一年だけだった。もっと長く過ごしているような気がしていた。

 

「一年だけ……それでそんなに仲良いのは凄いね」

「えへへ……だって百合と私は恋人だもんね」

 加奈は優しい瞼をゆっくりと閉じながら笑った。わたしもつられて微笑む。

 

「え……女の子同士で!?」

「ち、ちょっと声大きい」

「あ、ごめん……」

 別に隠しているわけではないのだけど、何だか恥ずかしくなってしまう。

 

 

 

「そっか、恋人かぁ……いいなぁ、あたしも欲しいな、恋人」

「静音さんは誰か好きな人いるの?」

「ううん、全然」

 あっけらかんとした顔でそう返された。

 

「恋愛とか全然分かんないんだけどさぁ、そうやって一緒に仲良く過ごせる人がいたら楽しそうじゃない?」

 静音にとっては恋人は友達の延長なのかも知れない。いや、静音だけじゃない。友達と恋人の違いって何だろう、そう訊かれたら答えられる自信がない。特別仲の良い友達が恋人なのかと言われたら、そうじゃないと思う。

 チラッと加奈を見る。わたしにとって、この子と理奈や苺は何が違うんだろう。三人とも大切な人達だけど、理奈や苺とは恋人になれただろうか。どうして加奈だったんだろう。

 

「どうしたの、百合?」

「あっ、ううん。何でもない」

 難しい顔をしていたのか、加奈が心配そうに話しかけてきた。

 どれだけ考えても答えは出ないだろうなと思い、一旦考えるのはお終いにした。

 

 

 

「そ、それじゃあさ、加奈っちとゆりゆりはき、キスとかするの?」

 静音の頬と耳が赤く染まる。

「す、するよ……」

 わたしも赤くなりながら答える。すると静音は両手で顔を覆って脚をパタパタ動かし始めた。

「そっか、そうだよね……」

 恥ずかしがってるのかな。意外だ。

 

「おはようございます……って静音、どうかした? そんなに顔真っ赤にしちゃって」

「おはよう、三上さん。実は……」

 

 

 

「ああ。静音って昔からそういう話苦手だよね」

「うぅ……」

 何だか小動物みたいで可愛いなと思ってしまう。

 

「でもどうしてそんな話に?」

「ゆりゆりと加奈っちが付き合ってるって聞いたから、興味が出て……」

「早川さんと友部さんが……? なるほど……」

 なるほどって……クラスの人にはやっぱりバレてたのかな。教室では手を繋いだりしないようにしてたけど。

 

「仲良しでしたもんね、お二人とも。友達というよりも、もっと特別な関係なんだと思ってました」

「え、えへへ……」

 クラスメイトからもそう見えていたんだと分かると、少し恥ずかしい。それは加奈も同じようで、珍しく赤面して照れているようだ。

 

「静音にも早く恋人が出来てくれれば、私も世話を焼かなくて済むんですが……」

「残念だけどあたしは全然モテないのだ! しばらくはよろしくね、志穂。んぎぃ!」

 三上さんが静音のほっぺたをつねる。その様子を見て、加奈と二人で笑い合った。

 

 

 

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。カバンに教科書を詰めて、夕暮れに染まる教室を後にした。

 

 最近は日も伸びてきて、下校時間には夕日が昇っている。そう言えば、加奈に告白したのはこんな夕方だった。

「?」

 加奈の方をチラっと見ると、偶然視線が重なった。彼女の頬が赤く染まっているのは夕日のせいかな。

 

「百合、こんな日だったよね。百合が私に告白してくれたのは」

「……」

 わたしの頬も赤くなる。覚えていてくれたこと、わたしと同じ気持ちになってくれたこと、それが嬉しくて堪らなかった。

 

「あの、百合……私百合のことが好き。友達としてじゃなくて、もっと特別に……好き」

 一年前わたしが言ったセリフを、加奈がわたしに告げる。

 夕日を背にした加奈の、長い影がわたしを包むと、わたしの胸の中は温かくなった。春の風が吹いているように。

 

「お姉ちゃん、百合さん、どうしたの? 早く行くよ」

 遠くから理奈の呼ぶ声が聞こえる。

「うん、今行くよ。行こう、百合」

 二つの長い影が一つにくっつく。長い影が歩き出す、夕暮れの街の中を。

 

 

 

≪余談≫

「ねぇ志穂……あたし達も特別な関係だよね?」

「どうしたの、いきなり? まぁ、腐れ縁ってやつ?」

「えへへ、それならそれでいいや」

 静音はにこっと笑って、腕を頭の後ろに回した。

「? 変な静音」

「いいからいいから。ほら、早く帰ろう!」

 静音の黒い短い髪が揺れる。志穂もそれに合わせて駆け出したのだった。




新キャラ、特に静音は書きやすくて良いです。元気っ子は話を広げやすい。

今まで出てきた学生キャラは女の子ばかりですが、一応舞台の桜花高校は共学って設定です。
男の子も居る中で百合恋愛するのが尊いんですよ(謎のこだわり)

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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22話 もう春だね

久しぶりの更新になりました。

今回は特に話は進まない、ほのぼの回です(毎回そうかも知れませんが)
作中では春真っ盛りですが、現実でも少しずつ暖かくなってきましたね。


 春の風が頬を撫でている。風はわたしの心の中まで吹いてきて、何だかこそばゆい。

 長く住み付いていた冬の姿はどこにもない。

 もう春だね。そんな言葉を誰かに言いたくなった。

 

 

 

「いらっしゃい、加奈」

 扉を開けて彼女を迎え入れる。暖かい空気と暖かい笑顔。はにかんだ彼女の瞳にわたしが映っている。

 

「お邪魔します。あっ、百合ちょっと待って」

 加奈はすぐには靴を脱がず、横の姿見を気にしていた。

「どうしたの?」

「ううん。ちょっと……」

 しきりに髪を気にしているようだ。

 

「あぁ、もしかして髪が乱れてるか気になるの?」

 そう指摘すると、加奈の顔は真っ赤になった。

「そ、そんなこと! ……はい」

「あはは、風強かったからね」

「うぅ……」

 何だか弱みを握ったような優越感と少しの罪悪感を感じた。赤面する彼女があまりにも可愛すぎる。

 

「加奈にも可愛い所あるんだね」

「もう、百合の意地悪……」

「ふふ……うそうそ。加奈はいつでも可愛いもんね」

 そう言って口づけを交わす。春の陽気のような加奈の体温が伝わってきた。

 

 

 

 加奈を家に呼んだのはいいけれど、何をするかは全く考えていなかった。

「今日はいい天気だね~」

 だから二人でのんびりと空を見ている。たまにあくびをしながら。どちらかがあくびを打つと、必ずもう一人がつられてあくびをする。そんな様子がおかしくて二人で笑い合った。

 

「おっ、新しい漫画買ったんだ。ちょっと読ませて」

「うん」

 最近、漫画を買うたびにそれを読む加奈の姿を想像してしまう。楽しんでくれるかな、感動するかなって。いつの間にかわたしの中に深く入り込んでいる加奈。

 

 この部屋にある漫画は二人で読んでしまったし、CDは二人で聴いてしまった。このフレーズが良いね、なんて語り合う時間がわたしにとっては何よりも大切だった。加奈にとってもそうなら嬉しいな。

 

 そして今日も、穏やかな時間の中を二人の好きな歌が通り過ぎていく。

 

 長かった冬の荷物を下ろし イチョウの木も着物を脱いだ

 わたしはわたしで良かったわ

 僕も僕で良かったよ

 とても晴れた月曜日 バスで動物園まで

 もう春だね

 

 友部正人「もう春だね」

 

 

 

「ん……ふあぁ~」

 しばらくして漫画を読み終えた加奈は大きく背骨を伸ばした。

「おっきいあくびだね。ちょっと寝る?」

「ん~」

 眠たそうな瞼を開けたり閉じたりしながら、わたしの方へ近付いてくる。そして、わたしの膝の上に顔を乗せてきた。

 

「えっ……えっ!?」

「百合、膝枕して。ちょっと寝るから……」

 動揺しているわたしをよそに、加奈はすぅすぅと寝息を立て始めた。

 

「もう、加奈ったら……」

 可愛らしい寝顔を見つめてから、ふと窓の外に目を映す。柔らかい春の日差しが注がれている。

 こんな春の日を、あと何度加奈と一緒に迎えられるのかなと考える。

 来年は受験生だし、再来年は……。そう思うと急に寂しくなってきた。

 寝ている加奈の頭を撫でながら、優しい光をいつまでも見つめていた。

 

 

 

「……はっ!?」

「おそよう、加奈」

 加奈が目を開けた時、外からはオレンジ色の光が差し込んでいた。

 

「うぅ、結構寝ちゃってたんだ」

 よだれを拭きながら恥ずかしそうにわたしを見つめる加奈。

「今日はもっと百合と遊びたかったけどなぁ」

「そっか、わたしは加奈の寝顔見れて楽しかったけど」

「っ!?」

 顔を真っ赤にしながらポカポカとわたしを叩く加奈が可愛らしかった。

 

「あの……それじゃあ加奈、今日泊っていく?」

「えっ……」

 そんな提案をしたのは、わたしが寂しかったからだろう。加奈ともう少し一緒に居たかった。

 

「あ、無理ならいいんだよ」

「ううん、お母さんに聞いてみる」

 そう言って携帯を取り出す。あたふたしながら番号を押しているのが何だか面白い。

 

 

 

「大丈夫だって……」

「そっか……」

 自分から誘ったのに何故かドキドキしてしまう。ゆっくりと目を閉じた加奈の唇にキスをして、指を絡ませていった。

 夕暮れの光が二人を優しく包んでいた。

 

 

 

≪一方その頃、友部家では≫

「おっ、お姉ちゃんからメールだ」

「加奈さんから? 何でしょう……メジャーデビューが決まったとか?」

「何の!? それにそんな報告はメールじゃしないと思うけど……」

 

「お姉ちゃん、百合さん家に泊っていくって」

 理奈のその言葉を聞くと、苺の頬は真っ赤に染まった。

「お泊りですか……お泊りですか……」

「に、二回も言わないの。恥ずかしいでしょ」

 理奈の頬も同じように赤くなった。

 

「そっか、それじゃあ理奈さん、私もお泊りしてもいいですか?」

「急だね、まあいいけど」

「ホントですか? やったぁ!」

 

 二人は唇を重ねていく。カーテンの隙間から差し込む光が二人の頬を照らしていた。




今回はやたらとイチャイチャ要素が多い……良いことです。やっぱりこういう話書くのが一番楽しいですからね。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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23話 雨の日に

いやぁ、新キャラ二人を書くのが思ったより楽しいです。
百合たち書くのも楽しいんですけどね。

今回は志穂のプロフィール紹介しておきます。

名前:三上志穂
身長:145cm
誕生日:12月18日
髪型:背中まで伸びた黒髪ロング
趣味:音楽、特にパンクロックを愛している。初めて買ったCDはセックスピストルズの「勝手にしやがれ」
皆から頼られる学級委員長。真面目で誰にでも礼儀正しいが、幼馴染の静音は例外。むしろ彼女に対する態度こそが本来の志穂の姿。


 窓の外には5月の曇り空。今日も雨だ。

 別に雨は嫌いじゃないけど、連日続くとうんざりしてくる。

 こんな日でも学校には行くしかない。青い傘と長靴を持って家を出る。

 

 水だまりの上を歩くとパシャパシャと音が鳴る。

 自動車たちが水をはね上げて走っていく。

 そんな街の音の中で、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「ゆりゆり~~~!」

「静音さん?」

 振り返ると静音が走ってきていた。何故か傘を持たずに。

 

「どうしたの、傘は?」

「ちょっとね……。それより入れてくれない? お願い!」

「別にいいけど……」

 両手を合わせて頭を下げられたら断るわけにもいかなかった。

 傘の中に入れると、静音は可愛らしい八重歯を覗かせて笑う。

 

「ありがと、ゆりゆり。やっぱり君は優しいね」

「べ、別に……」

 そう直球で言われると恥ずかしくなってしまう。と同時に罪悪感が芽生える。別に善意で入れてあげたわけでもないのに。

 

 

 

 傘に入れたのはいい。わたしがいいって言ったんだし。問題はその後だ。

 ここまで話込まれるとは思わなかった。

「志穂がさぁ~。ゆりゆりはどう思う?」

「う、うん? そうだなぁ……」

 よく話題が尽きないものだなと感心してしまう。と、その時背後からこれまた聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「静音!」

「げぇっ、志穂!?」

「『げぇっ』じゃないの。全く、早川さんに迷惑掛けちゃダメでしょ。ほら、こっちおいで」

 三上さんが手招きをして自分の傘の中に静音を入れる。去り際、静音の「ごめんね、ありがとう」という声が聞こえた。

 

「あっ、早川さんおはようございます。静音がごめんなさいね」

「おはよう。ううん、大丈夫だよ」

「ゆりゆりは優しいもんね~」

「だからって甘えないの」

 三上さんが静音の頬をつねる。何だかこの光景も見慣れてきたような気がする。

 

 

 

「へ~、朝からそんなことが……」

 加奈たちに朝のことを話してみた。

 

「いいな~、百合と相合傘。私も帰りにやっていい?」

「もう加奈ったら……」

 笑い合うわたしと加奈をよそに、苺はどこか怪訝そうな顔をしている。

 

「あの、静音さんはどうして傘を持ってなかったんでしょう。朝から雨でしたし忘れたってことはないと思うんですが」

「そう言えば……傘が壊れる程強風でもなかったしね」

 四人でう~んとうなる。その時、

「やっほー! どしたの四人とも、うんうんうなっちゃって」

「あ、ご本人登場」

 

「傘を持ってなかった理由か……えっと……」

「い、言い辛いんなら言わなくてもいいんだよ?」

 わたしだって他人に隠したいことがたくさんあるし、静音にもきっとあるんだろう。

「あ、そんな深い理由じゃないんだよ。じゃあ四人とも帰りにちょこっと寄り道してかない?」

「?」

 

 

 

「ようこそわが家へ!」

「寄り道って静音さんの家だったんですか」

 静かな住宅街の中にある白くて綺麗な一軒家。庭には小さな花壇があって、色鮮やかな花が顔を出していた。

 

「おかえり静音。って友達連れてくるんなら言ってよ~」

 玄関を開けると静音そっくりの女性がいた。違うのは髪を後ろで結んでいることくらいかな。

「ごめんお母さん。それで、今朝の……」

「えぇ、大丈夫。今は落ち着いて寝てるから」

 

 静音の部屋に案内される。意外……と言ったら失礼かも知れないけど、ちゃんと整理されている。その中できちんと座らされているぬいぐるみ達が可愛らしい。

 

「あれ、猫ちゃん飼ってるんだ」

 部屋の中でタオルケットに包まれて眠る二匹の子猫。一匹は真っ白な猫で、もう一匹は黒ぶち模様だ。

「飼ってるというか、飼い始めたというか……」

「え?」

 

「傘はね、この猫達に貸してたの。登校中に、段ボールの中に入ってるこの子達を見つけて……」

 きっと捨て猫だったんだろう。それを見た静音が、居たたまれなくなって拾ったってことだと思う。

 

「この雨の中でしょ。寒いだろうし、せめてこれ以上濡れないようにと思って」

 静音がいつになく真剣な顔になる。

「本当はすぐにでも連れて帰りたかったんだけど、学校もあるし」

「それで、私に電話してきたってこと」

 いつから聞いていたのか、振り返ると静音のお母さんが立っていた。

 

「お母さん、本当にありがとね」

「いいのいいの。それより、飼うんならちゃんと責任持ちなさいよね」

 そう言って静音のお母さんは、静音と同じ八重歯を見せて笑った。

 

 

 

「静音~、キャットフード買ってきたよ。って、早川さん達!? き、来てたんですか……」

 わたし達を見て驚いた様子の三上さん。彼女と静音の間には、幼馴染なりの空気感があるんだろうなと思う。それは例えばわたしと加奈、理奈と苺みたいな。

 

「サンキュー、志穂」

「三上さんは猫のこと知ってたの?」

「えぇ、まぁ……朝に静音から話してくれて」

 わたし達ではなく三上さんだけに話したのも、やっぱり静音にとって彼女が特別だからだろう。

 

 

 

「それじゃあまたね、静音」

「うん。今度はもっとゆっくりしていってよ」

 そう言いながら猫を自分の顔の前に抱き上げて、

『わしも待っておるぞ』

 声色を変えながら腹話術であいさつしてきた。

「子猫じゃないんですか? 随分渋い話し方ですね」

 苺のその言葉を皮切りに、6人は声をあげて笑い合った。

 

 

 

「静音、ああいう優しすぎるところがあるから心配なんです」

 静音の姿が見えなくなると、三上さんはポツリポツリと話し始めた。

「三上さん、静音さんのことが大好きなんだね」

「す、好きって……どうなんだろう……」

 

「百合、百合」

 加奈がこそこそと耳打ちしてくる。

「どうしたの?」

「三上さんってもしかしたら静音さんのこと、特別に好きなんじゃない?」

 そう言われて三上さんの顔を見ると、耳まで真っ赤に染まっているのが分かった。

「……そうなのかも」

 

 雨が振り続ける街の中、色とりどりの傘が五つ、あじさいのように並んでいる。

 

「もしそうだとしたら、二人にもちゃんと結ばれて欲しいな」

「そうだね」

 加奈との秘密の会話は雨の音にかき消されて聞こえなくなったけれど、三上さんの心にいつか届けばいいなと思った。




静音と志穂にも結ばれて欲しいですね。
幼馴染っていいですよね。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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24話 一緒にいたいなら

今回は志穂メインのお話。

新キャラメイン回が続きましたし、次はメイン四人のお話も書きたいですね。


「早川さん、おはようございます」

「三上さん!? お、おはよう」

 学校へ向かう途中で三上さんに声をかけられた。

 彼女と静音とは住んでいる街が同じで通学路も同じだから、こうして登下校中に会うことも多い。

 でも三上さんにいきなり話しかけられると未だに緊張してしまう。

 

(やっぱり美人さんだよね……)

 わたしの目の前で風に揺れる長くて綺麗な黒髪。わたしはついうっとりと見惚れてしまう。加奈、ごめん……。

 

「今日は久しぶりにいい天気ですね」

「そうだね」

「雨の日はいつも静音がビショビショになってはしゃいでるので、風邪引かないか心配で……」

 最近三上さんとよく話すようになったけれど、彼女の話のほとんどは静音のことだ。

 

「ふふ、三上さんは本当に静音さんのこと好きだよね」

「ふぇっ!?」

 三上さんの顔が真っ赤に染まる。きっと本人も気付いてないんだろうけど、三上さんの静音への感情はわたしの加奈への感情に近いんじゃないかと思う。

 

「あ、あの早川さん……ちょっと聞いてもいいですか?」

 顔を赤らめたまま、三上さんがわたしをまっすぐ見つめる。珍しいな、彼女が質問してくるのは。

 

「えっと、早川さんはどうして友部さんと付き合おうと思ったのかなって……」

「どうしてって……」

 予想外の質問にわたしの顔も赤くなる。

 加奈とのことは上手く言葉にすることができない。きっとそれはあまりにも深く繊細な部分だからだと思う。

 

「あ、答えづらいならいいんです。ただ、恋って何だろうと思って」

「もしかして三上さん、静音さんとの関係で悩んでる?」

 今まで幼馴染として友達として接してきた静音が、いつの間にかそれ以上の存在になってきた……そんな感じなんじゃないかと思う。

 

「うっ……はい」

 三上さんは苦しそうに頷いた。

 今日の三上さんは弱々しくておどおどした様子で、こういう可愛らしい一面もあるんだなと思った。

 

「あの、早川さん。今日の帰り家に来てくれませんか? こういう相談出来るのは早川さんくらいですから」

「う、うん! わたしでいいなら」

 あの三上さんに頼られた、それだけでわたしは何だか嬉しくなる。いつも委員長として頑張ってる彼女に、わたしなりに力になってあげようと思った。

 

 

 

「いらっしゃい。遠慮せずにくつろいで下さい」

「うん……お邪魔します」

 住宅街の中でも一際目を引く大きな白い家。庭には切り揃えられた木々が並んでいる。

「綺麗な家だね」

「い、いえそんな……どうぞこちらへ」

 

 二階の三上さんの部屋に案内される。わたしの部屋の倍くらいある広い部屋。壁には浅川マキのポスターが貼られている。何だか意外だ。

 

 

 

「相談っていうのは、薄々気付いてると思いますけど、静音のことで……」

 三上さんがポツリポツリと語り始める。

 

「静音とはずっと同じクラスで過ごしてきて、少しうるさいけど良い友達だな、くらいしか思っていなかったんです」

 何も言わずに頷く。

「でも一年間別のクラスで過ごしてみると、何だか寂しくなってしまって……」

 離れてみて気付く大切さってやつだろうか。わたしには幼馴染がいないから良く分からないけど、加奈と理奈の関係に近いのかなと思った。

 

「私は静音と一緒にいるのが一番しっくりくる気がします。他の友達だとこうはなりませんから」

「三上さんが敬語使わないの、静音さんだけだもんね」

「うっ……」

 痛い所を突かれたような声をあげる。

 今日は三上さんの色々な表情が見られて楽しい。

 

「そうなんです……つい敬語を使ってしまって……別に皆さんと距離を感じてるってわけではないんですよ?」

「誰もそんなこと思ってないから大丈夫だよ」

 

「それでも静音には普通に話せるんです。不思議ですね」

「分かるよ。わたしも人見知りだけど加奈とは話しやすかったし」

 思えば不思議な話だ。人と話すのがあんなに苦手だったわたしが、加奈には何の気兼ねなく話せる。加奈と一緒にいることが自然に感じる。きっと理屈を超えた何かがそこにはあるのかも知れない。

 

「早川さんと友部さんと同じってことは、やっぱり私は静音のことが特別に好きってことなんですかね……」

 わたしも未だに分からない。何が友達としての好きで、何が特別な好きなのか。

 でも、きっと……。

「三上さんが静音さんと一緒にいたいなら、それだけが本当だと思う」

「一緒に……そうですね。どういう感情なのかは分かりませんけど、静音とはずっと一緒にいたいです」

 そう言って三上さんはわたしに微笑みかける。その笑みは太陽のようにキラキラと輝いていた。

 

 

 

「早川さん、今日のことは静音には言わないで下さいね。は、恥ずかしいですから……」

「うん。でもいつか本人にも伝えてあげた方がいいと思うよ。言葉にしないと伝わらないこともあるから」

「……はい!」

 

 夕暮れで染まる街の中、自宅へ帰るわたしの後ろ姿を三上さんが見送る。

「早川さん! その……百合さんって呼んでもいいですか?」

「うん。それじゃあわたしも志穂さんって呼んでいい?」

「勿論です、百合さん」

 振り返ると志穂の笑顔が見えた。彼女の笑顔は何故か静音の笑顔と重なって見えた。

 

 

 

≪翌朝≫

「静音、おはよう」

「志穂~、おはよ。うぉっ!?」

 静音が驚愕の声を上げる。それもそのはず、志穂が静音の手を握ってきたのだから。

「どどどど、どうしたの!?」

「別に、ただ何となく。静音は嫌だった?」

「嫌なわけないよ……むしろ……」

 真っ赤に染まった二人の頬。二人を優しく見守るように、朝の光が顔を出していた。




志穂と百合を名前で呼び合わせるための話に一話使ってしまいました……。
まあ基本はマイペースに続けてる作品ですからね。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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25話 明日によせて

作中では初夏になりました。
現実でも暖かくなってきましたね。


「あ、この漫画面白そ……おっと、いけない。我慢我慢……」

 ふと立ち寄った本屋。加奈は半袖のシャツから覗く白い腕を漫画からひっこめた。

 

「お姉ちゃんが我慢するなんて、熱でもあるの?」

「ひどっ!? 違うよ、節約してるの。ね、百合?」

「うん」

 二人でにっこりと笑い合う。最近は自然に笑えるようになった気がする。

 

「何ですか? 二人だけの秘密ってやつですか~」

 苺がニマニマといたずらそうな顔になる。

「秘密ってわけじゃないよ。ただ夏休みに旅行に行くためにお金貯めてるの」

 一年生の終わり。春の足音が近づいた街で彼女と約束したこと。

 

「どこに行く予定なの?」

「江ノ島に行きたいなって」

 でもきっとあの子と一緒ならどこでもいいんだと思う。いつもの街だって、名前も知らない外国の街だって。

 

「旅行ですか~。いいですよね。理奈さん、こうなったら私達も!」

「はいはい。じゃあ私達も夏休みはどっか行こうね」

「はい!」

 

 

 

「いや~、それにしても暑くなってきましたね」

 長く続いた雨の季節もようやく終わりを告げると、すぐにギラギラと照り付ける太陽の季節になった。

 半袖のシャツ。白い腕が輝く。あの子は額の汗を拭いながら歩く。

 

 下校時間になっても太陽はまだ頭の上にある。夕暮れ時の寂しさを感じることはないけれど、それはそれで何だか寂しい。

 

 

 

「おかえりなさい。暑かったでしょ?」

 玄関前に母の笑顔があった。家の回りに打ち水をしている。

「ただいま」

「アイス、冷蔵庫の中に入ってるよ」

「うん」

 

 甘く冷たいアイスキャンディーが口の中で蕩けていく。ひらひら揺れるカーテンを眺めながらベッドに寝そべっていると、机の上で携帯が鳴っていることに気付いた。慌ててアイスを口に押し込む。画面を見るとあの子の名前があった。

 

「あ、百合。今大丈夫?」

「はぐっ……んぐっ……ん、大丈夫」

「本当に大丈夫?」

「う、うん」

 

「江ノ島観光、どこ行こうね」

「後でちゃんと計画立てようね。ネットとかで調べて」

「うん。ところで百合、ちゃんとお金貯めてる? 高校生には結構高いよね」

 交通費とかホテル代、現地でタクシーを使うこともあるかも知れないから、お金は余分に持っておこうねと二人で決めたんだった。

 

「もう充分貯まったかな」

「げっ、もう貯まったの!? 私はもうちょっとかなぁ……無駄遣い控えないと……」

「ふふ、まあ無理はしないでね」

 加奈は衝動買いするタイプだからお金を貯めるのは難しいだろう。でも二人のために我慢してくれているのが本当に嬉しい。

 

「それにしても暑くなってきたね」

 電話の向こうからうちわを仰ぐ音が聞こえる。

「ね。でも今年はもっと暑くなるって」

「うわぁ……大丈夫かな、私……」

「ふふ」

 その時、カーテンが一際大きく揺れた。初々しく鳴き始めたセミの声が、真っ白な光の中でこだまする。夏の音だ。

「あっ……」

 もう一つ、大切な音が無いことに気付いた。

「加奈、今度の休み空いてる?」

 

 

 

「百合~……」

「加奈……大丈夫?」

「な、何とか……」

 日差しの中、へろへろになった加奈の姿があった。

 白いTシャツに短パン。その中から彼女の華奢な手足が覗いている。それを見ているとわたしの頬も何だか熱っぽくなってしまう。

 

「これでまだ夏本番じゃないんだから嫌だよねぇ……」

「うん。取り敢えずどこか涼しい所に入ろう?」

 

 わたし達がデートに選んだのは、加奈の街にある古びた商店街。最近ショッピングモールが近くに出来てしまったようで、休日だっていうのに人通りは少ない。お気に入りの場所だったのに、って加奈が悲しんでいた。

 

「どこ行く? 本屋さん? 喫茶店?」

「そこも行くけど、まずは雑貨屋かな」

 加奈にはまだ言ってないけど、買うものはもう決まっていた。

 

 曇ったショーウィンドウの中、色褪せた雑貨達が所狭しと並んでいる。店の中に入ると、白髪の初老の男性がにっこりと微笑みかける。高校生のわたしでもノスタルジアを感じてしまう。

 そんな景色の中で、わたしの探していた『あの音』が鳴っていた。

 

「良い音だね」

「風鈴か~、夏って感じだね」

 店内に綺麗に並べられた風鈴たち。その中の一つを手にとってチリンと鳴らしてみた。

 二人の前に夏が広がる。

 

「色は……これかな」

 わたしの心に一番響いたのはオレンジ色の風鈴。それを二つ手にとってレジに向かう。

「二つ買うんだ?」

「うん」

 

 

 

「それじゃあ、次はどこ行こうか?」

 雑貨屋から出て日差しの中に戻ると、加奈はTシャツの襟をパタパタと羽ばたかせた。

 そんな彼女に、雑貨屋の茶色い袋を手渡す。

「はいこれ。プレゼント」

「え、これってさっきの……いいの?」

「うん。加奈、旅行資金貯めるために頑張ってくれてるし、そのお礼」

「そんなお礼なんて……百合!」

「ひゃぁっ!?」

 いきなり抱き付いてくる加奈。わたしは思わず変な声をあげてしまう。

 

「お礼を言うのは私の方だよ。ありがとね、百合」

「加奈……?」

 加奈の声が震えている。わたしの背中を掴む手の力も強くなっていく。

 

「泣いてるの?」

「う、嬉しくて……」

 彼女の頭を優しく撫でる。夏の日差しの暑さの中、二人は汗をかきながら抱き合っていた。

 

 

 

 その夜、加奈から電話がかかってきた。

「百合、今日はありがとね」

 彼女の声の後ろから、チリンチリンと風鈴の音が聞こえて来る。

 

「今年の夏は、少しは涼しくなればいいね」

 深い夜に包まれた暑さの中、涼しい風が吹いたような気がした。




江ノ島旅行編はそろそろ書きたいですね。
でも私が江ノ島行ったことないっていう問題がありまして、取材のために行こうかなと考えています。

あと風鈴。二次創作でも風鈴の話を書いたことがあるのですが、私結構風鈴好きなのかも……。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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26話 夏休み

ついに百合の高校生活2回目の夏休みが始まります。

今年も色々楽しんで欲しいですね。


 ギラギラと太陽の日差しが照り付ける教室。汗をかきながら、生徒達は教師の次の言葉を待っている。

「では、また二学期に会いましょう。皆さん、気をつけて夏休みを過ごして下さいね」

 さようなら。元気な声で挨拶をしてそれぞれ教室を出ていく。毎年味わっているけれど、この解放感は中々良いものだ。

 

「夏休み~! 百合、今年も色々遊ぼうね」

「うん!」

 わたしもどこか浮かれているのかな。でも、皆と過ごす夏休みはやっぱり楽しみだ。

 

「でもお姉ちゃん、勉強はちゃんとやろうね。来年はもう受験なんだから」

「げっ! 勉強……」

「で、でもさ……来年は遊べないんだから、今年はちゃんと遊んでおこうよ。ね?」

 加奈にフォローを入れる。でも本当はわたしが遊びたいだけなのかも知れない。来年は遊べない。その現実が悲しいくらいにのし掛かる。

 

「そうだーあそぼー」

「あそびましょー」

「も、もう、苺ちゃんまで……分かったよ。でも宿題はちゃんとやろうね」

「うっ……はい」

 そうして双方とも妥協して決着する。

 

「ふふ……加奈は宿題もギリギリまでやらないタイプだからね」

「もう、笑い事じゃないんだよ~」

 

 こうして二年生の一学期は終わりを告げ、皆と過ごす二回目の夏休みが幕を開けた。

 

 

 

「ただいま~」

 といっても家には誰もいない。母もまだ仕事だろうし。

 ……と思って居間のドアを開けると、

「おかえり!」

「ひゃぁっ!?」

 思わず尻餅をついてしまった。突然現れたのは姉の春菜だった。

 

 

 

「ごめんね百合。そんなに驚くとは思わなかったから……」

「もうっ、帰って来るんなら言ってよ……」

 ぷくっと頬を膨らませる。別にそんなに怒っているわけではないんだけど、何となくやってみたかったから。

「ぷっ……」

 何だか加奈みたいだなと思って自分でもおかしくなってしまう。

 

「百合は結構変わったよね。加奈ちゃんとは相変わらず?」

「うん」

「あ~、加奈ちゃん達とも早く会いたいな~」

「お姉ちゃんはもう……」

 

 

 

「あれ? 春菜帰ってたんだ?」

「ただいま、お母さん!」

 母が帰るや否や、姉は母に抱き付いた。

 

 ……まだこの寂しさは抜けないな。

 母も姉も好きだけど、心のどこかで引け目を感じている自分がいる。

 この寂しさとはずっと付き合っていかなければいけないのかも知れない。

 

「ところで百合。今年の夏はどこか行かない? 加奈ちゃん達も連れてさ」

「うん、いいね。あっ、でもわたししばらく旅行で居ないけど……」

「へ? 旅行?」

 姉の動きが一瞬止まり、母の方を振り返る。

 

「加奈ちゃんと二人で江ノ島に行くんだって。そのためにずっと貯金してたんだから」

「へぇ~二人でね~」

 姉がにやにやし始める。

「な、何……?」

「ううん、仲良くて羨ましいなって」

「うぅ……」

 仲は良い。それはそうなんだけど、改めて言われると何か恥ずかしい。姉に言われるのは何故か特に恥ずかしい。

 

 

 

「百合~、入っていい?」

「うん?」

 ドアがコンコンと鳴った。勉強の手を止め、椅子を入り口の方へ回転させる。

 

「おぉ、勉強中だったの? 丁度いい、お姉ちゃんが教えてあげよう」

「い、いいよ別に……特に分からないところもないし」

「いいからいいから」

 姉の身体がぐいっとくっ付く。今日は何だか距離がやたらと近い気がする。

 

「えっと、ここは……何だっけ?」

「ここはこの公式を当てはめて、こうすれば解けるよ」

「あっ、そっか。ありがとう百合」

 どうしてわたしが教える側になってるんだろう……。

 

「はっ、違う! 私が教えるんだった! ごめん、百合」

「いや、だから分からないところは無いから大丈夫だって」

「勉強じゃなくてこっちを教えてあげようと思ったんだよね」

 姉が机の上に置いたのは一冊の本。『鎌倉・江ノ島の楽しみ方』と書いてある。

 

「私も前行ったことあるからさ、色々アドバイスしてあげられると思うよ。百合、旅行慣れしてないから不安でしょ?」

「う、うん……」

 これは確かに嬉しい。ご飯食べる場所とかあんまり分からなかったし、経験者から聞けるのは参考になる。

 

 

 

 話に熱中していると、いつの間にか窓の外は暗くなっていた。電灯の仄かな灯りが見える。

「百合、楽しんできなよ……」

「うん?」

 姉の声が優しさを帯びる。

 やっぱり、いつまで経ってもこの人はわたしのお姉ちゃんだなと思った。

 いつだってわたしのことを考えてくれるし、助けてくれる。

 わたしは何も返してあげられないのが申し訳ないけど……。

 

「そうやって一緒に過ごせて、楽しいと思える人は貴重だからね。友達でも、恋人でも。百合は良い人に巡り会えたよ。百合の人柄もあるんだろうけど」

「……そんなことないよ。人柄ならお姉ちゃんの方が良いだろうし、わたしは運が良かっただけ」

「こら、卑下しないの」

 綺麗な長い指がわたしのおでこをツンと突く。

 

「百合は優しいから。だから加奈ちゃんも一緒にいてくれるんだよ。私にもそういう人がいればいいんだけどね……」

 そう言って寂しそうに笑った。

 お姉ちゃんも寂しかったのかな。今まで自分のことばかり見てきたから、あまり考えたことはなかったけど。

 

「……お姉ちゃんにも見つかるといいね」

「うん! ま、気長に探すけどね~」

「ふふ……」

 再び子供っぽい笑顔に戻る。

 自由な人だなと思った。自由だけど、たまに真剣になるのが素敵だなと思った。

 

 

 

「百合、忘れ物してない?」

「うん、大丈夫」

 大きなバックの中に着替えや歯ブラシやタオルが入っている。

「っと、これも」

 姉から貰った本も忘れずに入れる。

 

 いよいよ、旅の始まりだ。




さて、次回から前後編に分かれた旅行編を書こうと思います。

取材行こうと思いましたが、このご時世ですから中々行けそうにないですねぇ……仕事も忙しくなりそうですし……。
ガイドブックを見て旅行に行った気分になろうかなと思いますw

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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27話 江ノ島(前編)

ついに始まりました、恋人たちの二人だけの旅行編。

参考までにストリートビューで江ノ島の名所を散策?してみましたが、中々楽しかったです。


「加奈、おはよう」

「おはよう百合~。ふあぁ~……」

 薄暗い空の下。加奈があくびを一つ。

 

「眠そうだね」

「昨日あんまり眠れなくてね~」

「ふふ……」

 笑ってはいるけど、わたしも寝不足だった。ドキドキとワクワクが止まらない。同じ関東圏内に行くだけなのに、どこか遠い異国の地へ行くような気分になってしまう。

 

「それじゃ、行こう」

 小さな手を握る。胸の高鳴りを抑えながら、二人で電車に乗り込んだ。

 

 

 

 鎌倉駅まで電車で二時間と少し。加奈はいつもよりお喋り。姉から貰った本を広げながら、「ここに行こう」なんて話をする。

 ふと車窓を見ると、わたし達の住んでいる街がどんどん遠くなっていく。

「しばしお別れ、だね」

「うん」

 

 二泊三日の旅。その間、加奈と二人きりだ。不安が無いと言えば嘘になるけど、加奈の優しい笑顔を見ていると不思議と安心してしまう。

 

 

 

「うわぁ~、これが鎌倉駅か~!」

 駅のホームに加奈のはしゃいだ声が響き渡る。わたしも、内心ドキドキしている。

「古風な感じでおしゃれだね」

「ね!」

 駅だけでなく、周りの街並みまでもシック調に統一されている。

 

 知らない街に響く二人の足音。何だか感動してしまう。旅がこんなに素敵なものだと初めて知った。

 

「江ノ電乗る前に、遅めの朝ごはんにしよっか?」

「うん。お腹ペコペコでさ~」

「ふふ。それじゃ近くのカフェに行ってみよう」

 

 と言っても、駅の近くにカフェがたくさんある。わたしの街だと一つ二つポツンとあるくらいなのに。流石観光地だなと感心させられた。

 

「どこにしようかな。これだけあると迷っちゃうね」

「こういうのは第一印象が重要! ここのお店にしよう!」

 加奈が指さしたのはレトロな雰囲気のこじんまりしたカフェ。少しけいちゃんのやってるお店と雰囲気が似てる気がする。

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 扉を開くとカランコロンと音がする。ちょび髭の生えたマスターが笑顔でお出迎えしてくれた。

 

 アンティーク調な机と椅子に、まばらなお客。ぐつぐつと何かを煮込んでいる音に、空腹を刺激する匂い。

 店内には古びたレコードがいくつも置いてあって、今流れているのは確かnick drakeの曲だ。孤独で優しいギターの音が、そっとわたし達に寄り添う。

 

「ね。いい雰囲気のお店でしょ?」

「うん。加奈凄いね」

 雰囲気もいいし、店員さんやお客さんの距離感もいい。やたらと話しかけてくることもないし、だからと言って離れているわけでもない。

 もし鎌倉に住んでいたら、毎日通ってしまうかも知れない。そんな素敵なお店だった。

 

「あ~……このカレー美味しい……」

 加奈も唸る程の美味しさ。……って言ったら失礼かな? でも本当に美味しい。

「優しい味だね」

 丁寧に煮込まれた玉ねぎやジャガイモの甘さが、じんわりと口の中に広がる。この甘さと、適度に入れられたスパイスの辛みが絶妙なハーモニーを奏でて、スプーンを握る手を休ませてくれない。

 

 カレーライスを食べ終わる頃に、注文しておいたクリームソーダが運ばれてくる。真っ白なバニラアイスが溶ける度、パチパチと炭酸が弾ける。

「あ~、幸せ~」

「ふふ……」

 窓の外を眺めながら、アイスが溶けきるくらいゆっくりとした時間を過ごした。

 

 

 

「あの、美味しかったです」

 お会計の際、マスターにそう伝えた。

「ありがとうございます。お二人は学生さんですか?」

「はい。高校生です」

「高校生カップルです!」

 後ろからひょっこりと加奈が現れる。

「ちょっ、加奈!?」

 そこまで知らせる必要はないんじゃないか。顔から火が出るくらい恥ずかしい。

 

「そうですか。良い思い出になるといいですね」

「はい!」

 

 

 

 周辺を散策してから、再び鎌倉駅に戻ってきた。

 汗をかきながらホームに佇んでいると、淡い緑色の電車が近づいてきた。

「おぉっ! 江ノ電だ~!」

 加奈のはしゃいだ声が駅のホームに響き渡る。わたしも内心はしゃいでいた。

 

 ガタンゴトン。江ノ電が走る。

 車窓には知らない街並みが映る。隣には加奈の横顔が。

 加奈の汗ばんだ白いシャツが蜃気楼のようにぼやけて見える。それは頭の中に流れる大好きな曲のせいかも知れない。

 

いつもただゆっくりと流れるだけ

そんなもんさ

道端の花がその日だけ何故か

鮮やかに見えた

海沿いの空に

 

サニーデイ・サービス「江ノ島」

 

「見えてきた! あれが江ノ島か~」

 窓の外を見ると、青い海の中、小島が浮かんでいる。本当に江ノ島に来たんだと感慨深くなる。

 

 

 

「海だ! 江ノ島だ!」

「この弁天橋を渡れば江ノ島だね。海は明日にして、まずは江ノ島に行こう」

 潮の香りがする。たくさんの観光客が歩く弁天橋を、加奈と二人手を繋いで歩く。

 

「晴れてて良かったね」

 青い空、白い雲。江ノ島はもうすぐ。

「あっ、百合、江ノ島をバックに写真撮ろう。理奈達にも送ってあげるの」

「いいね」

 

 

 

「あっ、メール……お姉ちゃんからだ」

「百合さんからも来ました。ふふ……」

 携帯を見て微笑む二人。

「いい笑顔だね」

「楽しんでるみたいですね」

 

 

 

 弁天橋を渡って10分程。ついに江ノ島の地を踏んだ。

「到着~! いぇーい!」

「い、いぇーい?」

 何故かハイタッチを求められる。

 

「まずは江ノ島神社に行こう。辺津宮、中津宮、奥津宮の順にお参りするんだって」

「お~!」

 

「おっきい鳥居!」

「さっきの青銅の鳥居も味があって良かったね」

 

「ここくぐればいいの?」

「罪穢れを取ってくれるんだって」

 

「縁結びか。私達はもう結ばれてるから関係ないね」

「もう、加奈……」

 

「ちょっと休憩しよっか」

 奥津宮に行く前に、饅頭屋で一旦腰を下ろす。

 見上げると一面の青い空、深緑の木々がわたし達を癒してくれる。

 

「いいね~ずっとこうしていたい」

「ね。でも明々後日には帰るしかないんだけどね」

 白い雲が流れる。観光客の賑やかな声も、いつしか二人の耳には届かなくなっていた。

 

「加奈」

「ん? んっ……」

 そっとキスをする。優しく閉じた目が可愛い。白い首筋に伝う汗が愛おしい。

 

 

 

「ふぅ~堪能した~」

 趣のある神社と木々、海、雲。何もかもが美しく感じた。

 久しぶりに日焼けした肌をぼんやり見つめる。もしかしたら幸せってこういうことを言うのかも知れない。

「夕暮れ……そろそろホテル行こうか?」

「うん」

 オレンジ色に染まる海と空が綺麗だった。泣きそうな程に。

 

 

 

「うわ~、景色凄い~」

 ホテルの窓から江ノ島が見える。窓に映る加奈の顔には、ポツリと小さな光が灯っている。夜の江ノ島の灯が、加奈を照らしている。

「綺麗だね」

「うん」

 その言葉を加奈に言ったのか、景色に言ったのか、自分でも分からなかった。

 

「ところで百合、旅行の夜と言えば必ずすることがあるんだよ」

 浴衣になった加奈が前屈みになってわたしを覗き込む。白い胸元にはらはらさせられる。

「な、なんだろ……?」

「それは……枕投げだ~!」

「加奈、それ違っ……きゃ~!」

 二人の楽しそうな声を響かせながら、旅行一日目の夜は更けていった。




幸せを嚙みしめながら、前編は終了です。
後編もどうかお付き合い下さい。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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28話 江ノ島(後編)

江ノ島編、これにて完結。
といっても普段の日常回とそう変わりませんが……。

でもやっぱり好きな人と旅に行くのは良いですよね。私にはそういう人はいないのですが……。


「おぉ~……」

 観光客で溢れかえるビーチ。青い水の上に江ノ島が浮かんでいる。

 

「泳ごう、百合」

「うん」

 砂浜を蹴ってそのまま水の中へ。バシャバシャと水しぶきが弾ける。

 

 去年、四人で行った海も楽しかったけれど、今日という日はまた格別だ。

 ギラギラと焼け付く太陽。楽しそうな恋人たちの声が聞こえる。わたし達もそんな恋人たちの一対。青く澄んだ空に溶けていく。

 

 

 

「あはは……はぁ……楽しいねぇ」

 昨日から、笑い疲れてお腹が痛い。頬も痛い。わたしってこんなに笑えるんだなと思い知らされた。

 

「喉からから……ちょっと飲み物買ってくるよ」

 加奈を置いて一人で自販機を探すことにした。たまには一人にならないと、頬が火照ってしまって仕方がない。

 

 ガコンとペットボトルが落ちる。それを手に持って頬に近づける。火照った頬がヒンヤリと冷やされる。

 そしてふと思う。この旅行も明日で終わりだ。終わってしまうことは、いつだって寂しい。胸に抱えたペットボトルの冷たさを感じながら、加奈の元へ向かった。

 

 

 

「加奈」

「百合? っ!」

 加奈の胸に顔を埋める。

「ど、どうかした!?」

「何でもないけど……ただ、何となく」

 今は楽しい、凄く楽しいんだから、水を差したくない。今だけは思い切り楽しみたい。

 

「百合……」

 加奈の腕がわたしの背中に回る。

「……よし、次行こうか!」

「うん」

 

 

 

 新江ノ島水族館にやって来た。

 夏の日差しで火照った身体が、ひんやりとした空気で冷やされて気持ちいい。

 

「クラゲだ……綺麗だね」

 クラゲには不気味な印象を持っていたけれど、こうして見てみると確かに綺麗だ。青い水の中で、透明な身体がキラキラと光っている。

 

 ショーケースの中には色々な魚が泳いでいる。加奈は目を輝かせてそれを見ている。わたしもそんな彼女を見ていると、何だか嬉しい。

 

「加奈は何の魚が好き?」

「う~ん……マグロ?」

「食べる方!?」

「えへへ……そんな話してると、ちょっとお腹空いてきたね」

「そ、そうかな……?」

 

 

 

 水族館を出てお食事処へ。今日の目当てはしらす丼だ。

「江ノ島と言えばコレだよね」

「ね」

 

 さっきまで生きていたかのような新鮮なしらすが口の中で蕩ける。

 仄かな甘さとタレの塩辛さ、ごはんの温かさが混ざり合う。

「ん~……」

 頬が落ちそうって言葉はこんな時に使うものなのかな。食べ終わるのが勿体無いくらいの美味しさだ。

 

 

 

 そして今日も日が沈む。海に映る夕日の色が寂しい。

「今日も楽しかったね、百合」

「うん……」

 楽しかった。でも楽しい時間は一瞬で過ぎてしまう。二人の旅行も明日で終わる。

 

「百合~!」

「わわっ!?」

 加奈が思い切りわたしを抱き締める。腕の力が、少し痛いくらいに強い。

 

「明日が最終日だね」

「うん」

「一緒に過ごせて楽しかったよ。ありがとね、百合」

「そんな……それを言うのはわたしの方だよ」

 

 涙が自然と溢れてくる。キスをする。抱き締め合う。

 夕日を背に。いつまでも、いつまでも……。

 

 

 

 そして、旅の終わりを告げる電車がやってきた。風景がみるみる変わっていく。旅をするには便利な時代になったけれど、もっとゆっくりでもいいと思う。ゆっくり走れば、それだけ彼女と一緒にいる時間が増えるから。

 

「楽しかったね」

「うん……」

 

 海が見えなくなっていく。楽しかった時間が思い出に変わっていく。寂しくて堪らない。

(あぁ、終わっちゃう……)

 

 

 

 やがて見慣れた風景が見えてくる。旅も本当に終わりだ。でも……。

「加奈、わたし忘れないから。ずっとずっと」

「百合……うん、私も」

 

 旅が終わっても、二人の時間は続いていく。今はそれでいい。記憶の中でずっと続いていけばいい。

 

「また行こう。今度はもっと遠くにも。大人になったら外国にだって!」

 大人になったら……わたし達は大人になるまで一緒にいられるのかな。でも、もしそれまで一緒にいられたら、その時は本当に行ってみたい。外国にだって、どこにだって。

 

 いつもの駅に着いて、わたし達の旅は終わった。そしていつもの日常が始まった。

 

 

 

《その後》

「百合、おかえり~。どうだった?」

 玄関を開けた途端、姉が抱き付いてくる。母は姉の後ろで優しく微笑んでいる。

「楽しかったよ。はい、これおみやげ」

「わぁ~、ありがと!」

 

「百合、この旅行のこと、忘れないでね。きっとあなたの財産になるはずだから」

「お母さん……うん!」

 静かに涙が頬を伝った。

 ただの旅行じゃない。好きな人と旅をしたこと。だからこそ大切なんだ。

 

 いつまでも忘れない。大人になっても。いつか離れ離れになっても。




今の幸せを噛みしめ、いつか来る別れを思う百合。
旅は終わるからこそ楽しいのですし、二人の恋もまた然り、といったところでしょうか。

次からは普通の日常回に戻ります。
今後もマイペースな更新になりますが、お楽しみ頂ければと思います。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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29話 八月の終わり

今回はお泊り回。
一年生編でのお泊りは苺がいなかったので、今回は彼女にも参加してもらいましょう。そして静音と志穂の二人も一緒に。
こうして六人揃うと中々賑やかでいいですねぇ。


「お邪魔します」

 ドアを開けると、見慣れた顔がいくつもあった。

 

「いらっしゃい百合」

「百合さん、いらっしゃい」「待ってましたよ、百合さん」「遅いぞゆりゆり!」「暑かったでしょう? 大変でしたね」

「ご、ごめん……一人ずつ喋って……」

 

 今日は8月31日、夏休み最後の日だ。加奈と理奈の提案で、この日は皆で一緒に過ごそうという話になった。

 それで思い出したのが去年のお泊りのこと。苺が丁度家族旅行中で参加できなかったので、今年こそはお泊りしたかったらしい。どうせならと静音と志穂も誘って、今の大所帯になったわけだ。

 

「いやぁ、ついに皆さんとお泊り出来るんですね! 興奮してきました!」

「そ、そんなに……」

 苺はたまにテンションがおかしくなる。だからこそ見ていて飽きないんだけど。

 

「って、苺ちゃんたまにうちに泊まるでしょ?」

「理奈さんと二人の時は、ですね。でもやっぱり皆一緒ってのは格別なんですよ」

 一理あるかも知れない。加奈と二人の時と、皆で一緒にいる時、それぞれ違った楽しさがある。

 

「友部さん、私達もお招き頂き、ありがとうございます」

「い、いえいえこちらこそ?」

 志穂の丁寧なお礼に、加奈が良く分からない返事をする。

 

「もう志穂ったらお堅いんだから。加奈っち、理奈っち、もぐもぐ……よろしくね」

 静音がお菓子を食べながら挨拶をする。

「あんたはもっとかしこまりなさい……」

 

 

 

「さて、何しますか~?」

「その前に皆、ちゃんと宿題終わってる? 明日から学校だからね」

「「「……」」」

 その問いに、約三名が黙り込んでしまった。

 

「もう、宿題はちゃんとやりなさい!」

「ごめんなさいお母さん」

「お母さんじゃないです!」

 結局わたしが加奈の、理奈が苺の、志穂が静音の宿題を手伝うことになった。

 

「うぅ……ごめん百合」

「こつこつやっておこうね?」

「ホント、面目ないです……」

 

 

 

 三時間が経った。六人が背伸びをする。やっと宿題が終わった。

「終わった~……って、もう夕方!?」

「時間を無駄にしてしまいましたね……」

 その時、部屋の扉が開いた。

 

「皆、スイカ冷えてるけど、食べる?」

 加奈のお母さんが入ってきた。相変わらずの朗らかな笑顔だ。

「おぉ、いいですねスイカ」

 

「いただきます!」

「……タネマシンガンをやりたい衝動が……」

「我慢しなさい……」

 

 部屋の中にシャクシャクと音が響く。

「夏って感じだねぇ」

「夏って言えば、あの風鈴も凄く良いですよね」

 加奈の部屋の窓際で、オレンジ色の風鈴がチリンと鳴っている。

「あれはね、百合がプレゼントしてくれたんだよ」

 皆の視線がわたしに集まる。珍しく注目されて、わたしの顔は真っ赤に染まった。

 

「ゆりゆりも粋だねぇ」

「そ、そんなことは……」

「百合、ありがとね」

「……」

 恥ずかしくて返事が出来ない。それでも、ちゃんと部屋に飾ってくれて、喜んでくれていて、こんなに嬉しいことはない。

 

 

 

「友部さん、お風呂ありがとうございました」

「良いお湯だった!」

「えへへ、どういたしまして」

 湯上がりの火照った肌が、半袖のパジャマから顔を覗かせている。

 わたしは内心ドキドキだった。この次は……

「じゃあ百合、一緒に入ろうか?」

 やっぱりそう来たか。深呼吸をして覚悟を決めた。

 

 

 

「ふぅ~……今日は特に賑やかで良いね」

 湯船に浸かって、ゆっくりと身体を伸ばす。加奈は何だかおじさんみたいな声を出した。

 

「ねぇ百合」

「ん? ひゃぁ!?」

 振り返るとピュッとお湯が飛んできた。加奈が手を水鉄砲の形にしていた。

「もう~……」

「えへへ」

 

 

 

「さぁ、今日の夜は長いですよ! 恋バナしましょう、恋バナ!」

 加奈の部屋に布団を敷き詰めると、苺のテンションはますます高くなっていた。

「え~、明日も早いし、今日は早く寝ようよ~」

「わたしも今日は早く寝たいかも」

「あれ? 盛り上がってるの私だけですか?」

 

「そもそもこの中の四人はカップルだし、今さら話すことも無いよね」

「なっ……それなら志穂さん、静音さん」

「私も特にそういうのは……」

「恋……」

 静音は顔を真っ赤にしてしまう。結局この場で恋バナを話せる人は誰もいなかった。

 

「もう~、皆さん本当に女子高生ですか?」

「女子高生だから早く寝るんです。明日から学校なの忘れてない?」

「ぐぬぬ……」

 

「それにしても、今年の夏休みは楽しかったね。ね、百合」

「うん」

 頭の中には、加奈と江ノ島に行った思い出が鮮明に甦る。

「お土産ありがとうございました」

「ううん。今度は皆でどこか行こうね」

「是非!」

 

 

 

「本当に今年の夏休みは楽しかったですね……やっぱり嫌です! まだ夏休み終わらないでぇ!」

「苺ちゃん、よしよし……」

 泣きじゃくる苺を抱き寄せて、理奈が頭を撫でた。

「あぁ……癒される……」

 そんないつも通りの茶番を見て、わたし達も笑顔になる。

 夏休みが終わって、二学期になっても。三年生になっても、ずっとずっと変わらないんだと思う。

 

 

 


 街にはまだ夏の暑さが留まっている。半袖のワイシャツから覗く白い腕が、熱い日差しに照らされる。

 

「ほら、苺ちゃん。行くよ」

「はぁい……」

 眠そうな目を擦りながら歩く苺。横を見ると加奈も同じ顔をしていた。

「加奈、眠いの?」

「だ、大丈夫……」

 

 八月は終わってしまったけれど、太陽はまだギラギラと照り付けている。早く涼しくなればいいなという思いと、もう少し夏でもいいのになという思い。矛盾した二つの思いを抱えながら、九月の空の下を歩いた。




さて、今回で二年生の夏休みが終了。三年生編も近づいてきている感じがしますね。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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30話 人生の秋

凄く久しぶりな気がします。
色々連載が重なってしまいましたからね……。

今回は短めのお話。


 部屋の中を夏が通り過ぎた。人生で何度目かの秋を迎える。

 二人で買った風鈴も、しばらくしまっておこう。次の夏が来たら、またあの音を聞きたい。

 

「……」

 長袖の制服に袖を通して、髪を整える。

 

 玄関を出ると、ローファーが地面の上にくっついたのが分かった。

 重い瞼と重い身体を引きずるように、あの子達の待つ学校へ向かった。

 

 

 

「この公式はこのように……」

 教師の声が遠く聞こえる。

 涼しい風に揺られながら、こっくりこっくり。心地良いまどろみの中へ落ちていく……。

 

「百合さん、百合さん」

「……はっ」

 いけない。眠りそうになっていたみたいだ。

 

「寝不足? 珍しいね」

 理奈がこしょこしょと耳打ちしてくれる。

「そういうわけじゃないんだけど……」

「ま、たまにはいいと思うけどね。お姉ちゃんを見なよ」

 言われて加奈の方を見ると、加奈もこっくりと舟を漕いでいた。そして隣の静音は完全に爆睡している。

「ふふ……」

 おかしくて、眠気も覚めるようだった。

 

 

 

「ってことがあって」

「もう秋だもんね。睡眠の秋っていうし」

 わたしの机に肘を置いて、加奈がにっこりと笑っている。

「お姉ちゃんは年中寝てるけどね」

「うっ……」

 

「でも秋って短いですよね。すぐ冬になっちゃいますし」

 苺に言われて、窓の外を見る。秋空は鈍色で、何故だか寂しそうに思えた。

 

 秋は寂しい。

 夏の瑞々しさは段々と消え、冬の足音が聞こえてくる。何故だか人恋しくなる季節、それが秋だ。

 でもそんな季節が、わたしは好きだったりする。

 

 

 


 一人部屋にポツンと佇む。窓の外では、枯れ葉が涼風に舞っている。

 こんな日は一人でいるのも悪くない。お気に入りの、寂しい曲がレコードから流れている。

 

「お茶でも淹れようかな……」

 ゆっくりと立ち上がる。

 ふと、歳を取った気がした。まだ高校生だなのに。

 

 わたしは良く、若年寄みたいだと言われることがある。言われてみれば確かに、同年代とはあまり馴染めなかった。加奈と出会うまで、皆と一緒に盛り上がったという記憶が無い。

 

 まるでこれから死にゆく老人みたいに、わたしはコーヒーをすすった。

 

 死に向かう老人と、冬へ向かう秋。その二つは似ているのかも知れない。

 謂わば人生の秋だ。

 そう思うと、鈍色の空は何だか恐ろしく見えた。同時に優しさを感じる。

 終わってしまうことは、どうしてこんなに切なく優しいんだろう。

 レコードが終わり、静かになった部屋を見渡す。

 

 そう言えば、父が亡くなった日も、こんな風に静かだった。

 ただ、母と姉の泣き声だけが聞こえていた。

 父が亡くなった時わたしは小さかったけれど、死ぬ前の彼の優しい表情が今でも忘れられない。

 思えば、わたしにとっての死のイメージは、父の影響が強いのかも知れない。

 

 

 

 窓を開けて、風を部屋に招いた。風は静かに優しく、わたしを包んでくれた。

 

 一年が巡ること。誰かと別れること。死んでしまうこと。

 わたしがこれから経験する様々な終わりの時も、こんな穏やかな日であってくれれば。感傷に浸りながら、そんなことを考えていた。




≪物凄く個人的なあとがき≫
思えば、学生の頃は死ぬことがとても怖かったですね。今はむしろ、そこに優しさを感じるようになりました。

私事ですが、最近祖母を亡くしまして。私にとっては初めて亡くした身内です。
長らく介護されていたのですが、最期は安らかに逝きました。
それを見て、死とはある意味救いなんだなと。あまり怖がることはないのだなと思いました。

私もそろそろ20代後半を迎えますし、人生の秋かな、と。死も大分身近に感じるようになりました。
ただただ、穏やかに逝ければと願っています。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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