METAL GEAR × Arknights (安曇野わさび)
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番外編 
弊社の日常


これは本編とはあまり関係のない、筆者の妄想です。
書きたくなったときに書きます。
別のところに書けとか言わないでください…
ほんとにたまーに書きます
深夜テンションが高い時とか


「金がねえ…」

 

私、安曇野(以下 アズミノ)は純正源石を握りつぶしながら唸りました。

 

「…またですか」

 

その様子を、上司であるアーミヤがため息混じりに眺めています。

 

「今度は誰です…」

 

「イフリータだよ…ッ!」

 

私は机の上に飾られたブロマイドを見やります。

そこには「遊星からの物体○」よろしく、火炎放射器を片手に笑顔を浮かべる彼女の姿がありました。

そう、私はつい先日、燦然と輝く星6をひっさげてやってきた、あの世間知らずで横暴で幼女なオペレーターの育成に苦心しておりました。

 

「…高コスト術師は、モスティマさんがすでに一線で活動中では?」

 

「ライン生命っ子に…仲間外れがいたら…可哀想だろ!!」

 

弊社ロドスには、すでにイフリータ以外のライン生命出身オペレーターは全員雇用されており、第2昇進済みでありました。ライン生命大好き。

そんな中、突如として現れたライン生命のアイドル。

育成せずにはいられません。

 

「付け加えますね…術師はモスティマさんとエイヤフィトラちゃんが、すでに一線で活躍中では?」

 

「ばっかお前…直線番長さんやぞ…?

Tier1オペレーターさんやぞ…?

…無知っ子幼女ぉ…」

 

「最後欲望垂れ流しじゃないですか。

あなた、同じようなこと言ってエイヤフィトラちゃんも血眼で育成してましたよね?」

 

「血眼ってのは潜在フル開放の上第2昇進レベルマまで持っていくことを言うんだよぉ!ガチ勢なめんなよぉ!

俺はまだエアプみたいなもんだよ!見習いたい!」

 

「そうかもしれませんけど…」

 

「…はぁ〜なぜこのタイミングで来てくださっんですかイフリータ様ぁ…」

 

「まぁ、あの騒動の後ですからね…」

 

そうです。

皆さんも記憶に新しいでしょう。

ハーフアニバーサリーにて数多のドクターを歓喜と阿鼻叫喚の渦に陥れた出来事、限定雇用オペレーター。

 

「ニェンさん…昇進させたばかりですもんね…あとアさんも…」

 

そう「ニェン」(あとア)です。

溜めに溜めた純正源石、および雇用チケットを回すこと120数回、ついに雇うことができた、あの魔性の女…。

アを引くのにワンコ源石(10連分の源石を買い続ける事の意)したあとの記憶はありません。

 

「まさかニェンさんの潜在開放狙いで1日一回引いてる、単発雇用ですり抜けてくるとは…思わないじゃない」

 

「日頃の行いが報われたんですよ、きっと」

 

「えへへ、そうかなぁ」

 

「(ちょろいなー)じゃあ、今日も龍門幣稼ぎに機密情報護送を…」

 

「そこだよ!」

 

「そこ?」

 

「無いのぉ!あんなにあったケシ汁が!

どうして!?わぁーん!!」

 

「ああ、もう理性が…」

 

「助けてよぉ…アーミヤ…ケシ汁が足りないんだよぉ…。

もうあれなしじゃ生きていけない体になっちゃったのぉ…」

 

「もうすっかりジャンキーじゃないですか」

 

「そもそも理性を数値化してる時点でまともじゃないのぉこのゲーム。

ケシ汁飲んで理性回復とかどこの山の翁なのぉ!?

啓蒙高めのソウルライフ?

ソウルライクゲームだなんて聞いてないのぉ…好きぃ…」

 

「定期預金解約して源石買います?」

 

「バカァ!!

そんなことしたらリアルの理性がなくなっちゃう!

ポーになっちゃう!」

 

「ならどうするんですか」

 

「…ちょっと図鑑見てくる…リアルの理性回復してくる…」

 

「…ちょっとは私の育成もしてくださいよ」

 

弊社のアーミヤはレベル1のままです。

かわい…。



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蛇の覚醒


ただひたすらの奥底すら窺えない闇。

ただ機能を維持するために動き続ける臓器。

自分が死んでいるのか、生きているのか、それすら分からない闇の底に男はいた。

感覚の完全なる遮断。

植物の様な体。

落ちているのか、浮かんでいるのか。



光を見た。

男の脳とは別のどこかで、稲妻の様な衝撃が起きた。

跳ねる様に動き出す感覚。

男はいつぶりかも分からない感覚に戸惑いながらも、ただ一心に。

その光に手を触れた。



「…ー…ッ」

 

鼓膜が音に震えるのはいつぶりたろうか。

機械的な音に紛れて、人の声が聞こえる。

 

(…だれ、だ…、…どうなって…)

 

「…識レベル、安定してき…」

 

瞬時に脳に記憶が溢れてくる。

最後に目に映ったのは、炎と「あの男」。

 

(わたしは…いきているのか…)

 

「…ミヤさん…!」

 

己が身を焼くガスの臭い。

焼かれる肉の臭い。

空気を焼く音と、男の絶叫。

 

「…圧上昇を確…」

 

(…そうだ…焼かれて…)

 

「…クターッ…!」

 

女が何かを叫んでいる。

痙攣するばかりのまぶたに力を入れる。

 

(誰が…私は…)

 

肉を透かしたオレンジがかった光。

その先に。

 

「ドクターッ!!」

 

少女がいた。

記憶のどこを探しても見当たらない、涙に目を潤ませた少女の顔。

 

「ドクター!…ドクターッ!!」

 

少女に手を取られて、そこに自分の手があるのだということがわかった。

人の体温と、滑らかな感触。

 

「アーミヤさん!…せ、成功です!

脈拍安定、心臓機能も…問題ありません!」

 

もう一人、若い女性の声が霞む視界のどこかから聞こえてくる。

 

「良かった…!ドクター…ッ!」

 

(医療スタッフ…そんなはずは…)

 

男は自らの手を見つめる。

そして視界に映る胸、足の先、腕の全体。

焼かれたはずの全身は、何事もなかったかの様にそこにある。

ただ、見覚えのない胸の縫合跡だけがそこにあった。

 

「ドクター…?」

 

「ここは……ッ!」

 

突然、胃がひっくり返り、男は胃酸を床に撒き散らす。

 

「ドクターッ!?」

 

「アーミヤさんどいてください!

今鎮静剤を…!」

 

ぼやける視界の中で、注射器を持った女が近づいてくるのが見える。

 

「や、やめろ!!

…ここは…ここはどこだッ!!」

 

力の入らない腕を振り上げる、得体の知れない薬剤を投与されるのはごめんだった。

 

「だめです!まだ動ける状態じゃ…!」

 

女が肩を押さえてベットに押し戻す。

 

「注射はだめ!今のドクターには負担が大きすぎる!

…ドクター落ちついて、私です、アーミヤです」

 

「…君たちは…一体」

 

軋む体を再び固いベッドから起き上がらせる。

 

「…ッ。

ドクター…?」

 

戸惑う男を見て、少女は悲痛な表情を浮かべる。

 

「ここは…私は…一体…」

 

「ドクター…私はアーミヤ、アーミヤと言います。

あなたを…あなたを助けにきました」

 

「…助けに?

…ふ、グゥゥウ…!!」

 

男の頭を刺す様な痛みが襲う。

 

「ドクター!?」

 

背中を見知らぬ少女…アーミヤに支えられる。

抵抗することもできず、体重を預けるとそっとベッドに戻された。

 

「グゥゥ…ッ…」

 

「大丈夫ですか…?」

 

「…思い出せない…なぜ私は…。

ここは一体、どこなんだ…!」

 

「落ち着いて、あなたは決して短くない時間、心肺が停止していたんです」

 

心肺停止、男はその意味を霞のかかった思考の中で反芻する。

 

「…私は…焼かれたはずだ」

 

「…いいえ、火傷は負っていません。

ただ、決して浅くはない傷を負いました」

 

「ドクター、記憶が…」

 

医療スタッフと思しき女が口に手を当てて青ざめる。

アーミヤと名乗った少女が、真っ直ぐ男の目を見つめた。

 

「ドクター…ドクター「ジョン」。

あなたは私達、「ロドス」の一員。

私たちの仲間です…」

 

「…ジョン…」

 

「ジョン」、その響きに男はひどく懐かしい気持ちにさせられた。

 

(私の、私の名前は…ジョン…?)

 

「私の…名前…」

 

「思い、出せませんか?」

 

「…分からない、だが…私は…私は、死んだはずなんだ…」

 

「ジョン」は自らの掌を見つめ、悲痛な面持ちでそう呟く。

アーミヤはもう我慢できないとばかりに、ジョンの見つめる手を両掌で包み込んだ。

 

「こうして生きています!

ほら、あなたの手はこんなにも暖かい…!」

 

アーミヤは男の、ジョンの手を取って顔を埋める。

 

「あなた…あなたは私、私たちにとって一番大切な仲間なんです…」

 

男の頭の中で、様々な情報が交錯する。

あたりを見回せば、そこは医療施設の様だったが、記憶のどこにも同じ様な景色はなかった。

無論、目の前の少女もまた。

 

「…すまない、本当になにも…」

 

「ドクター…本当に記憶喪失に…?」

 

「…時間が、きっと時間が解決してくれます。

…あなたが私にとって大切な存在であることに変わりはありません」

 

アーミヤがジョンの手をさらに硬く握る。

 

「ほんの、ほんの少しだけ時間をください、少しでいいですから…」

 

ジョンがどう言葉をかけようかと、思考を巡らせた次の瞬間。

ベッドがひっくり返るほどに大きな衝撃が、施設を襲った。

 

「ドクター!!」

 

アーミヤがとっさにジョンを支え、力の入らない体を地面に叩きつけられることはなかった。

 

「な、なに!?」

 

医療スタッフが悲鳴に近い声を上げる。

 

「アーミヤさん!」

 

医療設備の部屋の扉が大きく開け放たれ、武装した男が飛び込んでくる。

 

「襲撃です!

正面扉のシャッターが…爆破され…ドクターッ!?

目覚められたんですか!?」

 

「詳しくは後です!

状況報告を!」

 

「は、はい!

正面エントランスに下ろしていた防護シャッターが正体不明の集団によって爆破され、侵入されました!

警戒に当たっていたオペレーターが迎撃しつつ後退中!

ですがいずれこの部屋にも…!」

 

男は息を切らしながら現状報告を続けようとするが息が続かず、医療スタッフの1人が側により、肩を支える。

 

「正体不明…!?

ウルサスの兵士ではないのですか?」

 

「装備がウルサスのそれとは違います!奴らは恐らく…!」

 

男が言い終わるより先に、煙を纏いながら別の男が飛び込んでくる。

 

「て、敵襲ッ!!

敵は…敵はレユニオンムーブメントの連中です!

なんとか出鼻を抑えましたが、奴ら重火器を持ってます!」

 

「レユニオン!?」

 

医療スタッフの女性が驚きで手に持っていた医療具を落とす。

 

「落ち着いて!

ドクターの安全確保が最優先です!」

 

アーミヤはジョンの肩を支えて立ち上がらせる。

すると扉の向こうから数人の男達が転がり込んできた。

 

「ぶあっは!!ゲホッ!

オエッ…あ、アーミヤさん!敵襲です!」

 

「知ってます!状況は!?」

 

「およそ30人弱が侵入!

煙幕を焚いて撤退してきましたが、奴らがここにくるまでそう長くありません!」

 

「わかりました、前衛オペレーターの皆さん、戦闘準備を!」

 

「了解!」

 

「ケルシー先生に指示を仰ぎます、連絡を!」

 

「は、はい!」

 

医療スタッフが腰の無線機のスイッチを入れる。

 

「HQ!HQ!聞こえますか!

こちらDIGGER1、応答してください!

…聞こえますかHQ!?」

 

「どうしました?」

 

「む、無線が通じません!」

 

「我々の無線機もです!」

 

「無線妨害…ウルサス政府が我々の動きに気づいた…?」

 

「アーミヤさん、奴らすぐそこまで迫ってます!

もう1フロアもない!」

 

「くそっ!

奴らの狙いはドクターか!?」

 

「いえ、彼らはドクターの所在を把握してはいないはずです。

それよりも今回の作戦指揮はケルシー先生の主導で行われています。

無線で指示が仰げないとなると…」

 

ジョンは霞みがかった意識の中で、聞こえている会話から情報を集めていた。

わかったことはいくつか。

一つは、今自分がまともに動けないということ。

一つは、現在自分は危機的な状況に陥っているらしいということ。

一つは、アーミヤ達はそんな状況下でも自分を優先して守ろうとしているということ。

 

そして。

 

「…全員の装備を、教えてくれ」

 

そんな渦中で自分が、現状の打開策を組み立て始めているということ。

 

「…ドクター」

 

「ここから脱出する…そうだな、お嬢さん?」

 

「…はい!」

 

「そ、そんな…危険です!

さっき意識が戻ったばかりなんですよ!?」

 

医療スタッフは自らの足で体を支えようとするジョンの脇を、アーミヤと共に抱える。

 

「それでも、試してみたいんです。

確かに、今までのドクターとは違うかもしれません。

でも…」

 

アーミヤは苦しそうに息をするジョンを見つめる。

 

「この目は…かつて私たちと戦ってきたドクターと同じです。

私たちの仲間の、ドクターの目と」

 

「…」

 

「…なにがなにやら、さっぱり分からないが…。

ゴホっ…やれるだけのことは、やろうじゃないか」

 

「大丈夫です、私にはわかります。

ドクターならきっと、私たちに勝利をもたらしてくれるって」

 

 

『ボス!勝利のボス!』

 

『あなたならきっと、俺たちを勝利に導いてくれる!』

 

『…ボス!!』

 

 

「グゥッ!?」

 

「ドクター!?」

 

ジョンはこめかみの辺りをさすりながら、心配そうな視線を向けるアーミヤに苦笑を返す。

 

「…大丈夫だ、少しめまいがな」

 

「…あなたには、突然のことになってしまいますね。

でも、私たちにはあなたの知恵が必要なんです。

私も、サポートしますから!」

 

ジョンは自らを支えるアーミヤの体が、触れていないと分からないほどに震えているのを感じた。

体を支える足に力がこもる。

 

「…ああ、頑張るとしよう」

 

ジョンの呟きに、アーミヤは深く頷いた。

 

 

「…戦闘は避ける」

 

「戦わずに脱出を?」

 

アーミヤが意外そうな声を上げる。

 

「装備の不利は拭えない。

敵は重火器を所持しているんだろう?

こちらの兵士…オペレーターというのだな。

まさかほとんどの武装がマチェットとはな。

1人くらい銃は持っていないのか?」

 

アーミヤのポカンとした表情にジョンは違和感を感じつつも、再びオペレーター達を見回す。

 

「そもそもが隠密作戦でしたから…それに銃は…」

 

アーミヤが不自然に言い淀んだのが気にかかったが、ジョンは触れずにオペレーター達の目線を真正面から受け、それに応える。

 

「まあいい。

…ふむ、なるほど…全員ベテランではある様だ」

 

「わかるんですか?…まさか記憶が」

 

「いや、それはまださっぱりだが。

体つきと目を見ればわかる」

 

(何故かは分からんが)

 

ジョンの言葉に前衛オペレーター達はこそばゆそうにする。

 

「スモークは残っているな」

 

「はい」

 

オペレーターの1人が腰に下がった煙幕弾を揺らす。

 

「よし、それを有効活用する。

幸い、奴らはまだこの場所を探っている途中の様だ。

撤退時の煙幕が功を奏したな。君、いい仕事だ」

 

「こ、光栄です」

 

目が合ったオペレーターが、照れ臭そうに頭をかく。

 

「爆破された正面エントランスは避けよう。

見取り図の…ここ、裏の通用口から脱出する。

道中、接敵した場合は…まあ、その時はその時だな。

…では諸君、行動開始だ」

 

「「了解」」

 

 

「クリア」

 

「通路に敵影ありません」

 

「スモークを焚け」

 

「了解、煙幕を投げる!」

 

ジョンの指示で前衛オペレーターが煙幕筒を投げる。

煙が通路の火災報知器に触れた途端、スプリンクラーから消火のための散水が行われる。

 

「ワンブロック移動するごとにスモークを焚き続けろ」

 

「了解!」

 

「離れるな。

この煙と散水のおかげで、敵から視認はされづらいが、はぐれたら目も当てられないぞ」

 

(この人本当に手術明けなのか…?)

 

アーミヤと医療オペレーターの肩をかりつつではあるが、ジョンはオペレーター達の歩行速度に遅れずに歩くことができていた。

それを見て周囲のオペレーター達は驚きの表情をジョンに向ける。

 

(目覚めた時よりは幾分か、体が軽くなったな)

 

軋むように動きの制約された覚醒時とは違い、今はある程度不自由なく足は前に進んでくれている。

その時、ジョン達の目の前にT字路が現れる。

 

「…止まれ」

 

ジョンの一言でオペレーター達の動きがピタリと止まる。

 

「確認しろ」

 

ジョンは正面T字路の右角を指差す。

前衛オペレーターの1人が息を殺しつつ、角の奥を確認する。

 

「…敵影3、レユニオンです」

 

「突破するしかないな」

 

ジョンの頭の中で施設の見取り図が展開される。

 

「この道を逃せばひどく遠回りになる。

やれるか?」

 

「もちろんです、ドクター」

 

前衛オペレーター達は力強く頷く。

 

「やり方は任せる、派手にはやるな」

 

「「了解」」

 

前衛オペレーター達はそれぞれに得物を抜き放ち、角に集まる。

 

「アーミヤ、君は私のそばにいろ、君もだ」

 

医療オペレーターは頷き、ジョン達の後方に目を向ける。

 

(よく訓練されているな)

 

「私も戦えます、ドクター」

 

「…冗談はよせ、丸腰の君になにができる」

 

「…」

 

アーミヤはキョトンとした顔をした後、頬を綻ばせる。

 

「ふふ」

 

「…?」

 

ジョンがアーミヤの反応に怪訝な表情を浮かべていると。

 

「行きます」

 

角から前衛オペレーター達が躍り出た。

 

「…?」

 

仮面を被った兵士が物音に気付いてこちらに目を向ける。

だが次の瞬間には首に前衛オペレーターのマチェットを食い込ませていた。

 

「…ッ!?

て、敵しゅ…ッ!」

 

仲間の1人の首から血が吹き上がるのを見て動顚した兵士が声を上げる前に、別の前衛オペレーターがそれを無力化し、背を向けて逃げ出すそぶりを見せた兵士の背中にはマチェットによって一筋の断裂ができた。

 

「クリア!」

 

オペレーターはマチェットについた血糊を払うと、ジョン達に声をかける。

 

「…ほう」

 

ジョンは意図せず感心の息を吐いた。

 

「いい判断力と、技術だな。いい兵士だ」

 

「恐縮です」「へへ…」

 

「…ドクター、先を急ぎましょう」

 

「ああ、そうだな」

 

「…私だってあれぐらい…」

 

「…?」

 

ジョンが視線を向けるとアーミヤはそっぽを向いてしまう。

しかし、現状把握すらまともにできていないジョンは、その反応に声をかけることすらも出来なかった。



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動乱のチェルノボーグ

「…多少落ち着いたところで…聞きたいのだが」

 

「はい、なんでしょうドクター」

 

「…ここは一体どこなんだ?

君達のいう…ロドスとは…どういう…」

 

「ここはチェルノボーグ、ウルサス帝国領のブラックゾーンにあたります。

…私達、ロドス・アイランド製薬は「鉱石病(オリパシー)」の治療を目的とした組織です」

 

「…聞いたことが…ないな」

 

「…えぇ、今はまだ…これからゆっくり思い出していきましょう」

 

(このアーミヤという少女の言うことに、何一つ思い当たることがない…。

これほどの違和感、記憶の混濁だけが原因だろうか。

私の救出に来たと言っていたが、どこまで信用していい…)

 

ジョンが思考を巡らしていると、先行していた前衛オペレーターが立ち止まり、静止するよう手を向ける。

 

「通用口に着きました、敵影はありません」

 

「わかりました、警戒しつつ外に出ましょう」

 

前衛オペレーターは頷き、通用口をゆっくりと開け放つ。

瞬間、生暖かい外気が中にいるジョン達に吹きかかる。

 

「…油の燃える臭いだ」

 

「え…?」

 

次に届いたのは人々の悲鳴。

爆発音。

怒声と金属の弾ける音。

 

「一体何が…!」

 

「アーミヤさん!

街が、街が燃えてます!」

 

前衛オペレーターが悲鳴のような声を上げる。

ジョンを含め、オペレーター達全員がそれを目の当たりにする。

 

「やめて!来ないでぇ!」

 

「逃げろ!逃げるんだ早く!」

 

「ギャアァッ!!」

 

逃げ惑う人々。

それを獣のような動きで追う、仮面の兵士達。

 

「1人も逃すな!奴らを燃やせ!!」

 

「建物に火を放って炙りだせ!」

 

「思い知れチェルノボーグの人でなし共!!」

 

あるものは火炎瓶を店に投げ込み、あるものはマチェットを振りかざして住人を追いかけ回している。

 

「…何が起こってるんだ」

 

「とんでもない数のレユニオンが、ウルサスを襲ってる…」

 

「これは…ただの暴動じゃないぞ」

 

オペレーター達が驚きにどよめく中、ジョンは街を赤く染める炎を見つめていた。

 

(戦火…)

 

直後、ジョンの頭を再び鈍い痛みが襲う。

声にならないうめきをあげて、ジョンは頭に手を当てる。

 

「ドクター…?」

 

(私は…この臭いを…光景を…熱を…知っている。

…私…私は…)

 

「アーミヤ!」

 

突然ジョン達の背後から声が上がる。

オペレーターの数人は驚きに身を震わせたが、アーミヤは笑顔を浮かべて声の主人に顔を向ける。

 

「ドーベルマン教官!」

 

「無事だったか!」

 

アーミヤにドーベルマンと呼ばれたその女は、鍛え抜かれたしなやかな動きで、横転した車から飛び降りた。

 

「襲撃は受けなかったか?」

 

「戦闘はありましたが、ドクターの指示のおかげで目立たずに脱出できました」

 

「そうか、我々も襲われてな。

ちょうど今踏み込もうと思っていたところだ。

入れ違いにならなくてよかった。

…その方が?」

 

「…」

 

ドーベルマンはジョンに疑いにも似た複雑な視線を向ける。

 

「ドクター、私のことはご存知ないだろうが、アーミヤから詳しい情報は得ているだろう。

あなたの安全のために同行を…」

 

「ドーベルマン教官、それについてなんですが…」

 

 

「記憶がない?」

 

「ないと言うよりは、混濁していると言う方が正しいかもしれません。

朧げに記憶はあるようですが、脈絡を得なくて…」

 

「…ケルシー先生と連絡が取れない今、ドクターが頼みの綱だと言うのに…そんな状態で大丈夫なのか?」

 

「ドクターの指揮能力は問題ありません。

私たちがここに無傷でたどり着けた事が証明してます」

 

「…」

 

「…あー、取り込み中なのはわかってるんだが…ちょっといいかな」

 

「な、なんでしょうドクター…」

 

「気になっていたんだが…君たちのその…頭の耳飾りは…一体どういう意図があるのかね。

…夢にしては…なんだか…素っ頓狂だ」

 

「「…」」

 

「…わ、私はこの目で見たものでなければ判断できん。

アーミヤ、お前を信じる…信じていいんだろうな?」

 

「は、はい!…多分」

 

 

「ドクター、私から簡単に状況を説明させてもらう」

 

「…ああ、お手柔らかに頼む」

 

ドーベルマンは目の前のくたびれた老人に不信感を抱きながらも、表情を正して説明を始める。

 

「…ここはチェルノボーグの中枢エリアに位置している。

当初の予定通り、我々は西側の最短ルートを通って脱出するのがいいだろう。

他の部隊もそのように行動するはずだ」

 

「本当なら西端の集合地点でドーベルマン教官や、他のオペレーターさん達と合流して撤退信号をあげて待機する予定でしたが…」

 

アーミヤが腕のデバイスから投影されるホログラムマップを見つめる。

 

「この状況だと悠長に移動してはいられんな。

…全くタイミングの悪い、よりにもよって今日暴動が起こるとは…。

くそ…見ろ、あいつらの熱を…。

なんだか嫌な予感がする」

 

ドーベルマンは街路の彼方から聞こえる獣の絶叫にも似た、彼らの雄叫びに眉間に皺を寄せる。

 

「ええ、ですから早く移動を…」

 

「あ、アーミヤさん!」

 

医療オペレーターが両手で無線を持ち、会話の間に入ってくる。

 

「どうしました?」

 

「無線が入りました!

ロ、ロドスからです!」

 

「本当ですか!?

まさか、ケルシー先生から…」

 

『誠に残念ながら、違います』

 

無線機から発せられたのは人間味のない無機質な声だった。

 

「PRTS…」

 

『声紋認証、アーミヤ様。

チェルノボーグで現在展開中の作戦行動にあたり、重大な障害が発生したため、ニューラルコネクタへの緊急接続プロトコルが実行されました。

現在、ロドスは正体不明のサイバー攻撃を受けており、現在利用可能な相互通信域はありません。

よってドクターケルシーとの秘匿回線は情報漏洩を避けるために強制遮断中です』

 

「ロドスの全回線がオフラインになっていると…?」

 

『最重要事項である、現状でのアーミヤ様の安全を確認。

現時点での私のミッションは達成されたと判断します』

 

「こんな時に…そんなことを言うためにわざわざ回線を開けたのか」

 

『なお本回線は指揮の実行が確認されない場合、自動でシャットダウンが行われます。

「皆様のパーティに水をさした様であればお詫びいたします」』

 

「…PRTSに必要以上に人間味を持たせるのも考えものだぞケルシー先生」

 

「まって…指揮の実行を要請します。

ドーベルマンさん、ドクターの今後の指揮にPRTSは必要です」

 

「…わかった、できる限り急げよ、あまり長居はしたく無い」

 

アーミヤはジョンに向き直り、無線機から展開されるバーチャルモニターを見せる。

 

「ドクター、これはPRTS。

私たちの仲間で、作戦の支援や補助をしてくれる…」

 

「AIか…それなら幾分か理解がある」

 

「話が早くて助かります。

今後の作戦指揮に役立つはずです。

早速、ドクターにはPRTSの作戦支援ネットワークに接続していただきます。

彼女が今後やるべきことを教えてくれるはずです」

 

「…」

 

 

『ナノマシン管制下における個人の無意識の統制を…』

 

『規範が人を形作る時代に…』

 

『…ザ・ボス、彼女の望んだ世界に…』

 

 

「…グ…」

 

「ドクター…?

頭痛がひどいですか?」

 

「…いや、断片的にだが記憶が…」

 

「ドクター、時間がない。

PRTSの支援は今後の作戦行動で優位に立てる。

…体調がすぐれないのなら、今すぐにでもアーミヤに作戦指揮を…」

 

「…それは」

 

「いや…大丈夫だ、やらしてくれ。

…私の記憶を呼び覚ますきっかけになるかもしれん」

 

「ドクター…」

 

「アーミヤ、どうすればいい」

 

「は、はい!

PRTSは離れた場所からロドスの管理運営を行うことができるシステムです。

既存の通信網とは独立したネットワークを利用しているため、現在の通信統制下でも問題なく、ロドスの所属オペレーターの指揮が行えます。

うまく使えば、声に出すより効率的に指揮が行えるはずです。

…私はドクターを信じます。

どうか、ご自身の感覚に従って、思うがままに指揮してみてください…PRTS?」

 

『かしこまりました。

現時点より、PRTSはチェルノボーグで展開中の作戦行動の支援にあたります。

ニューラルコネクタを作戦行動中のオペレーター各員に敷設。

スタンドアローン状態を確立。

防護網を再構成しました。

管理者の指定を、アーミヤ様』

 

「管理者を…ドクタージョンに指定します」

 

『管理者がドクタージョンに指定されました。

識別方法として声紋認識、掌紋認識が推奨されます』

 

「ドクター、何か喋ってみてください」

 

「…あー…」

 

『➖・・・。

声紋の識別を確認しました。

お帰りなさい、ドクタージョン、ロドスはあなたを歓迎します』

 

「…それは、ご丁寧に」

 

 



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火の中を進め

『ドクタージョンのプロファイル参照。

あなたの実行権限レベルは8、戦闘行動における作戦指揮を許可します』

 

「…これは」

 

ジョンの視界の端にロードマップとそこに点在する光点が現れる。

 

『チェルノボーグ近郊のマップと所属オペレーターの所在マーキングを視覚に投影しました。

より詳細な情報はリストデバイスから接続を行ってください』

 

「ドクター、これを」

 

アーミヤが金属製のリストバンドをジョンに手渡す。

 

「起動するとPRTSの作戦指揮コンソールが立ち上がります」

 

ジョンがそれを手にはめると、リストバンドからホログラムが展開される。

 

「これが作戦行動中のオペレーターのリストです。

そしてこれがより詳細なチェルノボーグの地図になります」

 

「…区分分けされてるのは兵種によるものか?」

 

「はい、現在私たちと行動しているドーベルマン教官の行動隊E2はここ…ドクターの所在と重なっていますね。

…他の行動隊の所在は、情報の混乱からかはっきりとはわかりませんが、合流すればはっきりするはずです」

 

 

「前衛、重装、狙撃…術師?」

 

「ドクター、移動しながら確認できないか?

…奴らの熱気が最高潮だ、じきここにもいられなくなる」

 

「そうですね、ドクター移動しながら説明します。

目立たず、西端を目指しましょう」

 

「…ああ、わかった」

 

 

「…これは、想像以上に深刻だな」

 

ドーベルマンは至る所で悲鳴と爆炎のあがる街並みを見て苦い顔を浮かべる。

 

「…この街は人と空気はともかくとしても、綺麗な街だったのに…それがこんな…信じられません」

 

ドーベルマンの横に立つ前衛オペレーターが、悲痛な面持ちで街路を眺め、声を震わせる。

 

ジョンは街の電化製品を取り扱っていたのであろう商店の店先、そこに置かれたモニターに気がつく。

そこからは緊急事態速報という文字が流れる、国営放送が映されていた。

 

『…時多発テロに関する速報です。

現在も各地で多発しているレユニオンムーブメントによる凶行ですが、憲兵団の迅速な行動により事態は終息へと向かっています。

北部エリアはほぼ鎮圧され、順次避難民の受け入れが始まっています。

現在ウルサス憲兵隊はワスク大道の集団を包囲しており、この無謀な暴動も直、終焉を迎えることでしょう。

市民の皆様は屋内避難に努め、憲兵隊の鎮圧が完了するのをお待ちください。

繰り返します、政府は現在屋内待機命令を発令中です…』

 

突然、モニターの音声を遮る形で爆発が起こる。

ドーベルマンが声も発することなく、隊にハンドシグナルで指示を飛ばし、彼らは路地の中に身を潜める。

ゆっくりと周囲を警戒しつつ頭を覗かせた先鋒オペレーター。

見ると、路地の正面に面した大通りを、統一された武装の兵士たちが、盾を構えつつ後退していた。

 

「憲兵隊が圧されてる…」

 

その様子を路地の影から見ていた先鋒オペレーターが呟く。

憲兵隊の最前列の一団には絶え間なく、投石やボウガンの矢が浴びせられ、統制された動きにも乱れが生じている。

 

「引くな!押し返せ!」

 

「か、数が多すぎる!」

 

「決して通すな!ここを突破されたら区画制御塔に踏み込まれる!」

 

「ぐああッ!!」

 

「負傷者を後列へ運べ!」

 

憲兵隊の正面には夥しい数の仮面兵士たちが獣の様な慟哭をあげながら迫っていた。

 

「奴らの盾を崩せ!」

 

「踏み潰してやるぞ、チェルノボーグ人共!」

 

仮面兵士の一団が憲兵隊の最前列に向けて火炎瓶を投げ込み始める。

 

「ギャアアァッ!!」

 

「熱い!あづい!」

 

「く、くそ!下がれ、下がれぇ!」

 

憲兵隊はレユニオンの仮面兵士に比べてすぐれた装備をしていたが、鋭い武装も銃器も、仮面兵士たちの圧倒的な数には焼け石に水だった。

 

「崩れたぞ!突き破れぇ!!」

 

「「「おおおおおおぉっ!!」」」

 

火炎瓶によってばらけた正面の隊列の隙間に仮面兵士達が食い込んでいく。

 

「本部!本部!

もうもたない!増援を、早く増援を!」

 

「う、後ろからも来たぞお!!」

 

「…いつの間に回り込まれたんだ!」

 

 

「放っておいていいんですか…彼らはあのままじゃ…」

 

先鋒オペレーターが拳を固く握りながら呟く。

 

「…じっとしていろ、見つかるわけにはいかん」

 

ドーベルマンは先鋒オペレーターの肩に手を置く。

先鋒オペレーターはゆっくりと頷くと、再び路地の奥に身を潜めた。

ジョンは側についているアーミヤから離れ、近くの室外機に腰掛ける。

 

「…どうやら報道とはずいぶん状況が違うようだ」

 

「はい…ウルサス憲兵団が、レユニオンに圧倒されてるなんて…」

 

アーミヤもまた、路地のその先で繰り広げられる暴力の渦に声を震わせる。

 

「チェルノボーグ当局は、この状況でまだこんな…馬鹿共が」

 

ドーベルマンはモニター画面を睨み付けて吐き捨てる様に言う。

ジョンは画面の中に表示される、レユニオン兵士の暴動を見つめる。

 

「レユニオン…彼らは何者なんだ」

 

「…レユニオンムーブメントは、感染者…オリパシー感染者で構成された彼らの権利を主張する組織です。

感染者に対しては寛大な対応をとりますが、非感染者には極端に排他的な対応をとり、感染者はその特異な力を用いて自己の権利を誇示することをよしとしています」

 

「特異な力…?」

 

言葉に食いついたジョンの前に、ドーベルマンがゴミ箱をひっくり返して腰掛ける。

 

「…詳しく説明はしていられないが、鉱石病に感染すると「アーツ」の制御が飛躍的に向上するのは…理解しているか?

彼らはその力を用いて、自分たちの権利を取り戻そうとしているんだ」

 

「…今はまだ、説明を受けても混乱の方が大きいでしょう。

脱出したのち、詳しい説明をさせていただきます。

今はただ、彼らを敵勢力として認識していただいて構いません」

 

「…ああ、わかった。その方がいいようだ」

 

「ドクター、指示を」

 

ドーベルマンの視線を真正面から受け止めるジョンは、顎の無精髭を撫で、再び画面に向き直る。

 

「…あれほどの規模の暴動が偶発的に起こっているなら少人数で移動したいところだが、この人数なら許容範囲だろう。

別行動中の部隊との合流はどうなっている、どういう行動予定だった?」

 

「他の小隊とは脱出地点で合流予定でした」

 

「諸々の段階を踏んで合流したい、彼らの所在は随時移動を?」

 

「無線通信を行いつつ並行移動する予定だったからな…付近に展開中だとは思うが」

 

「移動ルートで重なる予定だったところは?」

 

「…ここ、この広場で行動隊E3と重なります」

 

アーミヤがホログラムマップの真ん中、比較的開けた街の広場を指さす。

 

「彼らが先行して待機している可能性は?」

 

「十分にあります、彼らが脱出経路の安全確保を行う予定でした。

それに、彼らの待機場所も近いので」

 

「…よし、まずはそこに向かう。

出来る限り屋内を通って移動する…このルートが最短経路だな、共有してくれ」

 

「大通りを避けるのは賛成だが、少し遠回りにならないか?」

 

ドーベルマンは立ち上がり、通路の先を見やる。

 

「大規模な戦闘で奴らの人員が割かれているうちに距離を稼ぎたい。

それに、これが戦争行為でなく暴動なら、商店街や大きな街道ではすでに掠奪が始まっているだろう。

そういった奴らは少人数で行動することが多い、はみ出しは集団行動から外れる」

 

「…ふむ、なるほど」

 

「それと、用意してもらいたいものがある」

 



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戦火

「まだ生徒の半数も避難が終わってません!
憲兵隊の到着はまだですか!」

「もうすぐそこの通りまで奴らが迫っています、学長!」

チェルノボーグに属する某中高一貫校。
ここはまだ、レユニオンによる目立った攻撃を受けずにいた。

「…軍警察の皆さんはまだ?」

「校門周辺を押さえてくれています…ですがレユニオンの数は増える一方で、いずれは…」

「…」

今日職員室で俯いて頭をかかえる教職員達。

「…学校を脱出します」

「学長…」

「憲兵隊は、もう来ないでしょう。
彼らは区画の拠点防衛にほとんどが駆り出されています。
ここに停まればいずれは蹂躙されます、その前に生徒を1人でも避難させましょう」

「ですが生徒の中にはまだ幼い子達も…」

「軍警察にも協力を要請します、彼らもここまでよく守ってくれました。
この学校と共倒れになる必要はない」

「…分かりました、生徒達にも伝えます」

「先生方も備えられるだけの準備を、不審者対策の装備でもないよりはマシでしょう」



「逃げろ、早く!」

「先生、先生!」

「子供には手を出すな!」

「…チェルノボーグ人は皆殺しだ!」

「1人も逃すな!」

「学生を探せ!」



……

………

「お姉ちゃん…」

「随分とばらけちまったな。
ここももうダメだ。大人達は、もう戻らない」

「急ぎましょう…他の子達が動けるうちに」

「都市の端を目指すんだ。
アンナ、ガキ共の先導を頼む、アタシが先頭に立つ」

「…みんな、大丈夫かな…」

「…さあな。
けどよ…チェルノボーグは、もうおしまいだと思うぜ」



「用意できたか」

 

ジョンは通路を移動する最中、脇の道から合流した数人のオペレーターに問いかける。

 

「はい、言われた通り人数分の奴らの外套を手に入れました」

 

「よし、では全員これを着ろ」

 

「敵の戦闘服をですか?」

 

「軽く羽織るだけでいい、遠目で見て見分けがつかなければ十分に偽装効果はある」

 

「…変な匂いがするな」

 

「ドクター、これは?」

 

「市街地戦で目立たないようにするにはまず背景に溶け込むことだ。

幸い、奴らは共通の装備を身につけている。

ある程度の偽装効果は見込めるだろう」

 

「…ウルサスの憲兵隊に鉢合わせたら面倒なことになるぞ」

 

「それは今までの服装でも同じことだ」

 

「ドーベルマン教官、今はドクターの指示に従いましょう」

 

「…ああ、わかった」

 

 

ジョン達は破壊された商店や路地を抜け、レユニオンや憲兵隊に見つかることなく移動していた。

そしてある路地を抜けたあたりで立ち止まる。

 

「…厄介だな」

 

そこでは軍警察と憲兵隊の混合部隊が庁舎を前にして陣を敷いていた。

その周囲にはレユニオンの兵士たちが罵声を上げながら迫っている。

 

「近寄るな感染者共!」

 

「狂った獣どもめ、ここは一歩も通さんぞ!」

 

「無駄な足掻きを、チェルノボーグ人め!」

 

「お前らを粉砕してやる!」

 

レユニオンの兵士たちも、防御陣を敷かれてはうかつに手を出せないのか、遠巻きからの投石にとどまっていた。

 

「…こんな時にまだ」

 

「彼らには彼らの責務があるのだろう…」

 

「大丈夫ですか、アーミヤさん?」

 

「…はい、でも彼らもいずれは」

 

「助けることはできない、わかるなアーミヤ」

 

ドーベルマンがアーミヤの肩に手をおいて語りかける。

 

「敵はレユニオンだけじゃない、ウルサス当局に私達の存在を知られたら面倒なことになる」

 

「わかっています、わかっていますが…」

 

アーミヤは拳を握り、声を震わせる。

その時だった、アーミヤ達の潜む通路の背後から、濁流のように霧が押し寄せてきた。

そしてその霧は瞬く間に周囲を乳白色の海にしてしまう。

 

「なんだ、これは…いったいどこから」

 

「ドクター、あれを!」

 

オペレーターの1人が庁舎の屋上を指差す。

そこには霧に紛れた人影が数人、影をおろしていた。

 

「あれは…」

 

 

「なんだこの霧は…奴らの作戦か?」

 

「隊長、ぼ、暴徒が…レユニオンが消えました!」

 

「何!?

…霧に紛れて奇襲するつもりか」

 

 

「…チェルノボーグ人共に鉄槌を」

 

庁舎の屋上に、レユニオンの仮面兵士たちとは異なる装備を纏った一団がいた。

各々がまるで霧と同調しているかのように存在が希薄。

そしてその先頭に立つ者はさらに自らを霧の海に溶け込ませていた。

 

「いけ、奴らを殲滅しろ」

 

その言葉を皮切りに、一団は次々に屋上から身を投じ始める。

それぞれが獲物を抜き放ちながら、眼下の哀れな獲物達に向かって。

フードを深く被ったリーダー格らしき者はその様をただ見つめていた。

 

 

…ギャアアァッ!?

 

奴ら上から…グアアァ!!

 

隊長、もうダメです隊長!

 

「…ああ…」

 

アーミヤは身を震わせながら、それを見つめる。

震える拳をジョンは静かに手にとった。

 

「見なくていい、君が受け止めなくてもいいことだ」

 

「ドクター…」

 

「ドクター、憲兵隊達には悪いが、これは好機だ。

今なら目立たず、向こう側へ渡れる。

…アーミヤ、動けるか?」

 

「…はい、大丈夫です」

 

「無理はするな、いざとなったら私が担いでやる」

 

「そんなこと、させられません…。

私たちは、前に進まないと…」

 

「…そうだな。

小隊、前進するぞ…離れるなよ」

 

 

「クラウンスレイヤー、奴らの殲滅が完了しました」

 

「ああ」

 

「もうほぼ全域が手中に、勝利が近い」

 

クラウンスレイヤーと呼ばれたリーダー格のレユニオンの兵士は、もう動かない憲兵隊の姿を見つめた。

 

「次の要請地点に移動する」

 

「了解」

 

兵士がクラウンスレイヤーから離れたその時だった。

クラウンスレイヤーの視界に、霧にまぎれて移動する一団が映る。

その一団は霧に紛れて素早く動き、一瞬にして路地の奥へと消えていった。

 

「奴らを尾けろ」

 

「…」

 

兵士の1人が隣の建物の屋上へと飛び移り、霧の向こうへ消えていく。

 

 

「目標地点まであと少しです」

 

前衛オペレーターの1人がジョンのそばまで来て耳打ちする。

 

「わかった、警戒は怠るな。

もう霧の隠れ蓑は無くなった」

 

「了解」

 

「ドクター、もう大丈夫なんですか、歩かれても」

 

「ああ、もう随分体が軽くなった。

全快とは言えないが、もう君の肩を借りなくても大丈夫だアーミヤ、ありがとう」

 

「良かった…」

 

「止まれ!」

 

先頭に立っていたドーベルマンが手を向けて静止を促す。

 

「目標地点の広場は目の前だ」

 

「…人影がない」

 

「待ち伏せは?」

 

「いや…」

 

その時、広場の中央、瓦礫の山から1人の男が現れる。

 

「ACE!」

 

ドーベルマンを皮切りに、ジョン達も男のもとへ駆け寄る。

 

「ドーベルマン、無事なようだな。

思っていたより早い到着だ。

…奴らの服装を装うとは、いい考えじゃないか」

 

「ああ、これは色々とな。

どうにか合流できた」

 

「追撃は?」

 

「今はない、ドクターの指示のおかげだ」

 

「…ドクタージョン、さすがの手腕です。

あの混乱から1人もメンバーをかけさせずに脱出するとは。

だが、まだ道のりは長い、前と同じように指示をお願いする」

 

「…ああ」

 

「…ドクター?」

 

ACEはジョンの反応を見て怪訝な顔を浮かべる。

 

「あ、ACEさん、ドクターはその…」

 

「ドクターは今、記憶が不安定な状態なんだ」

 

「…負傷が原因か?」

 

「おそらくは…」

 

「そうだったのか…そんな状態で指揮を?」

 

「はい、でも指揮能力は問題ありません、今までのドクターです」

 

「…それなら、問題はない。

今まで通り、あなたの指揮に従おう。

俺のことは覚えているか?」

 

「…いや、すまない」

 

「いや、私に謝る必要はない。

いずれ失ったものは元に戻るだろう。

今は問題の解決を優先しなくては、こちらへ」

 

「ACE、君の小隊は今どこに?」

 

ドーベルマンが周囲を見渡してACEに問いかける。

ACEが手を上げると周囲を取り囲む建物からフラッシュライトの短い点滅が見えた。

 

「ここで君たちを待つ狙撃隊と、先行して安全確保する部隊に分けている。

すでに敵部隊を何隊か通過させたが、君たちが来てくれて良かった。

西端部はすでに安全とは言い難い、避難民が集まりつつある」

 

「脱出地点にはもう使えないか?」

 

「それはまだわからない、西部方面が他地区よりはまだマシだという状況は変わらないからな。

今狙撃隊に招集をかける、安全確保に回っている部隊に合流しよう。

ドクター、行動隊E3の指揮権をあなたに委ねます」

 

「…わかった、では君の分けた隊と合流したのち、付近に展開中の部隊と合流しよう」

 

「付近の部隊?」

 

「PRTSに反応があった。

敵集団が大規模な戦闘地帯から離れた場所に集結を始めている。

憲兵隊の戦闘域としては場違いだ。

行動隊E4、おそらく彼らが戦闘中だ」

 

「PRTSの情報だけでわかるのか?

接触回線を開かなければ、正確なオペレータの位置はわからないだろう」

 

「当初の展開位置はわかっている。

西端を最終到達地点とするなら、行動隊E4はそこへの経路の安全確保を担っていた、そうだなPRTS」

 

『はい、当初の作戦内容はそうでした』

 

「アーミヤ、行動隊E4の隊長はどんな人物だ」

 

「ニアールさんは誠実で騎士道を重んじる方です」

 

「なるほど、そんな人物が展開中の地域に避難民が押し寄せればどうなる?

どうやら学校も近い。逃げ出した子供の多くがそこを目指しているだろう」

 

「…彼女なら保護のために闘います」

 

「ありえない話じゃないな、彼女はレユニオンに襲われる市民を見逃さない、子供ならなおさらだ」

 

「…」

 

アーミヤは下を見て俯く。

唇を固く結びながら。

 

「お嬢さん…アーミヤ、これは私を救うための作戦だ。

そうだな?」

 

ジョンはアーミヤの頭にフードの上から手を乗せる。

 

「は、はい」

 

「なら、道中見てきた犠牲は、すべて私が背負うべきものだ。

君が背負うべきものじゃない」

 

「そ、そんな…ドクター!」

 

「私はどうやら、背負うことに慣れていたようだ、記憶すら定かでない老人の戯言だと笑ってもいい。

だが、どうやら私はこういう状況に慣れていたことは間違い無い。

そんなものを背負うには君はまだ若すぎる、どうしてこんな作戦に従事しているのか、時間があれば小一時間説教してもいい、だが、それまでは…背負うな、私のせいにしていい」

 

「…ど、クター」

 

「どうやら私はろくでもない老人だったようだ。

戦火をみても、人の燃える匂いを嗅いでも、心が揺らがない。

だから、私を盾にしてくれ、アーミヤ。

君はまだ若いんだ、若者がそんな顔をするもんじゃない」

 

ジョンはその場にいる、オペレーター達に目を配る。

 

「指揮を任せられた以上、権利も責任も私にある。

要望も叱責もすべて私が背負う、ボケた老人だと不安に思うだろう、だがこれだけは約束する。

諸君らの命を預かった以上、誰1人欠くことなく、この地獄から脱出する」

 

ジョンはアーミヤのフードの端を引っ張り深く被らせる。

 

「…ではいくか、諸君」

 

オペレーター達は皆、声を必死に押し殺しながら拳を固く握って頷いた。

 



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合流

ウルサスの子供達、配信にあたって修正しました
違和感等あればご報告ください


チェルノボーグ西部。

破壊され、略奪され尽くした街並みの中を、数十人の人々が移動していた。

 

「怪我人に手を貸すんだ、1人も見捨てるな!」

 

「狙撃オペレーター、そのまま建物づたいに移動して援護しろ、敵の動勢を見逃すな」

 

『了解、BAGGER2は移動する』

 

「隊長、ニアールさん!」

 

重装オペレーターの1人が、先頭に立つ女性オペレーターに駆け寄っていく。

 

「後方警戒中の狙撃オペレーターが敵の動きを察知しました。

間も無くローカル通信域に入ります」

 

「わかった、重装オペレーターの半数は後方へ回れ!」

 

「…ニアールさん」

 

「わかっている、尾けられているな…私たちは餌だ」

 

「避難民もどんどん増えてきています、このままでは…」

 

「ああ、でも彼等を放ってはおけない」

 

「はい、ですから部隊を切り離して先行させ、もっと早く移動するべきでは」

 

「避難民には負傷者もいる、それに子供も、激しい移動には彼等がついて来れないだろう。

それに少人数では待ち伏せされた時、対応ができない」

 

「…くそッ!

こういう時に市民の避難誘導をするのが軍警察じゃないのか!」

 

「うろたえるな、動揺を彼等に悟られる」

 

「…すいません」

 

「救助部隊、アーミヤ達が気がかりだ…無事だといいが」

 

『ニアールさん、緊急です!!』

 

ニアールの腰の無線機から狙撃オペレーターからの通信が入る。

 

「どうした!」

 

『2ブロック先に敵集団を発見!

道路を塞ぐ形で待ち構えています!

こちらの動きに気付いているのか…』

 

「やむをえない、先鋒オペレーター前へ!

狙撃オペレーターは戦闘になった場合に備えそこで待機!

前衛、重装オペレーター半数を避難民の誘導に残し、残りは私に続け!」

 

『「「了解!」」』

 

「万が一、こちらが劣勢だと判断した場合はかまわん。

我らを残し、誘導隊は戦線を突破しろ、必ず脱出地点に送り届けるんだ」

 

「…了解です隊長」

 

 

「先導していた狙撃オペレーターが敵の集団を発見した。

1ブロック先の大通りに陣取っている」

 

ACEが無線機を片手にジョン達に向き直る。

 

「まるで何かを待ち受けているようだと、どうするドクター」

 

「十中八九、E4の部隊を狙っての布陣だろう。

まだ動くな、動きがあるようなら知らせるように、そう伝えてくれ」

 

「わかった、CROW1聞こえたな…」

 

「やはり、ニアールさんは避難民の誘導を?」

 

「おそらくな、それも10人やそこらじゃないだろう」

 

「…何を考えているんだ」

 

ドーベルマンは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「この作戦はもうほとんど破綻している、それなのに…」

 

「ドーベルマンさん…」

 

「…すまない、私もこんなことは言いたくはない…しかし」

 

「ドーベルマン、君の危惧ももっともだ、速さを求められる撤退戦で避難民を抱えるのはリスクが大きい」

 

ジョンはリストバンドのホログラムを見つめる。

 

「それはきっとE4の隊長もわかっているだろう、だが彼女は避難民の救助を優先している。

隊長の性質もあるのだろうが、私にはもっと別の理由があるように思える」

 

「…」

 

「もう国営放送すら流れていない、ここの雰囲気は明らかに変化しつつある。

…この場所に何が起こってる…いや、何が起ころうとしている」

 

「それは…」

 

『報告です!

行動隊E4の姿を確認しました!

レユニオンの集団、およそ1ブロック先にて移動中!』

 

「ドクター!」

 

「敵の動きは?」

 

『レユニオンも気付いたようです!

移動を開始しました!』

 

「狙撃小隊、攻撃を開始。

続いて前衛オペレーターは前に出ろ、敵の横っ腹を突け」

 

『「「了解!」」』

 

「重装オペレーターは俺に続け、我々も出るぞドーベルマン」

 

「…ああ、ACE後ろは任せる」

 

 

「…前方に敵を確認!」

 

「重装オペレーター、前へ」

 

ニアールの前に盾を持った屈強な男達が整列する。

 

「狙撃オペレーター、戦闘開始とともに援護を始めろ。

…前進!」

 

「了解!前へ!」

 

重装オペレーター達が一歩前に歩みを進めたのと同時に、前方からこちらに向かってくるレユニオン達の横から、窓を突き破って前衛オペレーター達が切りかかっていく。

 

「…なんだ、あれは何が起こっている!」

 

『ニアール隊長!

あれは…あれはロドスです!友軍です!』

 

「何ッ!?」

 

 

 

「な、なんだお前達は!?

どこから…ッギャア!!」

 

『敵が混乱している隙を逃すな、切り崩せ』

 

「ふんっ!!」

 

ドーベルマンの鞭の先のフレイルが唸りを上げてレユニオンの兵士の頭に直撃する。

 

『重装オペレーターは左に展開。

逃げ道を与えるな、ここで殲滅する。

狙撃オペレーター、援護を始めろ』

 

「狙撃オペレーター、左翼の友軍を巻き込むなよ、移動する!」

 

『了解、右側に射線を張ります。攻撃開始!』

 

「ドクター、私は…?」

 

『…アーミヤ、君は待機していろ』

 

「…私だって、戦えるのに」

 

『前衛オペレーター、中央からニアール小隊へ向けて抜けろ。

狙撃オペレーターは敵の動きを牽制しつつ前衛オペレーターの援護を…。

…総員、反対側の建物に注視!』

 

 

「アーミヤ達か!

…小隊前進!戦闘に合流する!

重装オペレーター、前衛を囲みつつ戦線に突っ込むぞ!」

 

「了解!」

 

「…無事だったのか、よかった」

 

「ニアール隊長!右側の路地から…あれは、民間人です!民間人が戦域に!」

 

「何だと!?」

 

 

 

「お姉ちゃん…あの人たち、悪い人達と戦ってるよ」

 

「憲兵隊という感じではないですが…」

 

「…かんけぇねえ、こっちの味方になってくれるってんなら誰でもいい!

野郎ども、助太刀するぞ!」

 

「「おう!!」」

 

「ソニア、無理はしないでくださいね」

 

「わかってらあ…アンナはみんなを頼む」

 

「…はい」

 

 

『…状況変更。

前衛は民間人の救援…いや、援護にまわれ、彼等はすでに戦闘に参加している』

 

「了解!無理しやがる…」

 

前衛オペレーター隊はレユニオンを切り裂きながら、民間人の元へと走る。

 

「ドクター、我々の隊からも数人出すぞ、いいな」

 

『ああ、戦線に穴を開けなければ問題ない。

狙撃オペレーター、流れ弾に注意しろ』

 

「聞いたな、左に位置しているものは路地の民間人を守れ、残りは戦域に入ったもの達を援護しろ」

 

ACEは向かってくるレユニオンの兵士を盾で受け流しながら指示を送る。

 

『いいか、民間人に負傷者が出る前にこの戦闘を終わらせる。

E4指揮官、こちらは…ジョン、ドクタージョンといえば通じるか?

この通信はもう君にも届いているな?』

 

「ああ、こちら行動隊E4指揮官、ニアールだ。

ドクター、あなたの救援に感謝する。

我々も戦闘に加わらせてもらう」

 

『合流できて何よりだ。

君の後方1ブロックに点在しているオペレーターの信号は避難民を保護するものか?』

 

「…その通りだドクター、すまない。

作戦行動に逸脱した行為だ、処罰なら後で…」

 

『そんなことはいい、気にするな。

それよりも、彼等を今のうちにこちらへ誘導しろ、敵の部隊が集結を始めた』

 

「り、了解した!

…感謝するドクター」

 

 

『諸君、状況はどうだ』

 

「こちらE2、小隊はすでに敵のほとんどを無力化した」

 

「E3、もう敵に動けるものはいない、負傷者もいない」

 

「行動隊E4は現時点を持って合流した、皆の救援に感謝する…」

 

「ドクター、民間人グループのリーダーと接触。

ドクターとの通信を求めています」

 

『わかった、繋いでくれ』

 

「おう、あんたがこいつらのリーダーか?」

 

『ああ、そうだ。

私は…ドクターと呼ばれている。

随分と元気のいい声だ、無事そうで何よりだよ。

君の名前は?』

 

「…ソニア。

あんた達がここで何してんのかは分からねえが、助けてやったんだ。

今すぐにその借りを返してくれ、あんたらがあいつらの敵だってんなら頼みがある」

 

『随分と唐突だな、なんだ?』

 

「あたし達を保護してくれ、ガキも大勢いる」

 

『頼まれるまでもない、そのつもりだよソニア。

君たちの人数は?』

 

「ざっと20人、学校の生徒と…拾った連中もいる。

あたしがどうにかここまで引っ張ってきた」

 

『20人か、わかった。

…逃げられたのはそれだけか?』

 

「文句あるか?

本当はもっといたんだが、大人しくしてろっつっても聞かねえから置いて…」

 

『わかった、いいんだ。

…頑張ったんだな、私もすぐにそこにいく、顔を合わせて話をしよう』

 

「はあ…?てめえ何言って…おい!聞こえるか、おい!」

 

「もう切れてるよ、ほら、返しなさい」

 

ソニアと名乗った少女は前衛オペレーターに無線機を投げつける。

 

「ちっ!胸糞悪い!」

 

「お姉ちゃん…」

 

「すいません、彼女はいつもあんな感じなんです」

 

「あ…ああそうか。

…とにかく、君たちは我々の保護下に入る、もう安心していいよ」

 

「ありがとうございます」

 

前衛オペレーターはあたふたしながらも、どうにか子供達を隊の中にとどめている。

 

「…自分たちだけで、あの混乱を生き延びてここまできたんだ。

大したものだな」

 

「ああ…。

…ッ!?…ACE、あの子…」

 

ドーベルマンは髪がひどく乱れ、くたびれた服装の少女を見て目を見開いた。

正しくは、その少女の右手に握られているものを。

 

「…ッ!?

おい、その子を!早く!」

 

「…はっ…!き、君…」

 

「なあに?」

 

隣に立っていた前衛オペレーターが、静かに少女の前に立つ。

 

「…それを、こっちに渡しなさい、ね?」

 

「…ママが、手を離さないでって言ったの…」

 

「ああ、わかってる……わかってるよ」

 

オペレーターは声を震わせながら少女に問いかける。

その手をゆっくりと、少女の右手に持つモノに伸ばしながら。

 

「お嬢ちゃん」

 

ジョンはオペレーターの隣に立ち、しゃがんで少女の目線に合わせ話しかける。

顔を上げる少女を前に、オペレーターは慌てて身を引いた。

 

「おいで」

 

「ママの手を離しちゃダメだって…」

 

少女はジョンの膝に腰かける。

 

「いい子だ」

 

ジョンは優しく、それでいてかたく少女を抱きしめ立ち上がる。

そして少女が手にしていたものを手に取り、近くにいたオペレーターがそれを布に包んで預かる。

 

「ママ…ひぐ…ママぁ…うえぇぇ…」

 

「持ち帰るんだ、いいな」

 

「了解です、ドクター…。

…おい!医療オペレーターを呼べ!保冷パックに入れるんだ!」

 

そして、先ほどから睨みつける少女に向かって向き直る。

 

「君がソニアだね」

 

「…テメェがリーダーか」

 

ソニアと名乗った少女はドクターを下から睨みつける。

その眼窩には隈が浮かび、極度のストレスを感じさせる。

 

「そうだ、よくこの子達を連れてきてくれた」

 

「成り行きだよ、成り行き!

アンナ達を守れりゃそれでよかったんだ!」

 

「ああ」

 

「ああ、くそっ!!

あたしはここいらじゃ一番強いんだ、強いから!

…守らなきゃいけなかった、それだけだ!

ああ、くそ…!どうしてこんな…ッ!

は、初めてあたしは…喧嘩じゃなくて…人を…!」

 

「お姉ちゃん…」

 

ソニアに連れられていた少女が心配そうに駆け寄るが、彼女はその姿に気づいていないようだった。

 

「…頑張ったな」

 

「…うるさい!黙れ!慰めるな!

あたし…あたしは…間違ってないんだ…!

…友達が殺されるところだったんだ…間違ってないんだ…!」

 

「…そうだな、君は間違っていない。

みんなを守ったんだ。

頑張った、頑張ったんだよ…ソニア」

 

「…だ、まれ…」

 

突然、ソニアは糸が切れたかのように倒れた。

周囲にいたオペレーターが慌ててそれを支える。

 

「お姉ちゃん!」「…ソニア!」

 

「医療オペレーター、治療を、急げ!」

 

「は、はい!」

 

その様子を、小隊の全員が見ていた。

1人のオペレーターが口を開いた。

 

「…レユニオン、あいつらは狂ってる」

 

「…」

 

その様子を、アーミヤは1人、遠巻きに眺めていた。

 



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作戦

「それでは改めて、ドクター。

カジミエーシュの騎士、ニアール…あなたの指揮下に入らせていただく」

 

「よろしく頼む、私はドクター…ジョン、今はこう呼ばれている」

 

「…呼ばれているとは妙な言い回しだなドクター」

 

「…別部隊に合流するたびにドクターのことについて説明せねばならない、面倒だ。

ニアール、ドクターは訳あって今、記憶が不明瞭な状態なんだ」

 

「それは、本当か…?

そうか、だが指揮能力は健在のようだ」

 

「はい、それについて保証します」

 

「アーミヤ…すまなかった。

随分合流が遅れてしまった…」

 

「い、いえ!

こうして合流できたのですから、それにニアールさんは当然のことをしたまでです」

 

「私の保護下にあった37名、加えて戦線に参加した21名の子供達…60名近い避難民か」

 

「それについては私から提案がある」

 

ジョンはリストバンドのホログラムを起動する。

 

「彼等は我々とは別行動を取る」

 

「…それはどういうことだ、ドクター」

 

「部隊から何名か護衛につけたうえで西端の脱出地点に先行してもらう」

 

「数名のオペレーターだけでは、襲われたときにひとたまりも…」

 

「まあ聞け、この先は大通りが二股に分かれているが、どちらも終着点は一緒だ」

 

「西端だな」

 

「我々はこちら、距離の長い方を通って西端を目指す」

 

「…我々が囮になるのか」

 

「そうだ、派手に行軍して奴らの注意をこちらにそらす。

ここは中枢地区からはすでに遠い、敵は数が少なく、中央から追ってきたとしても、広範囲の捜索は行いづらい。彼等が敵に襲撃されるリスクは低くなる」

 

「…ゾロゾロと大勢で移動するよりは、はるかに襲われるリスクは少ないな」

 

「ですがそれでは我々が、ドクターの身を危険に晒すことに!」

 

「そうだ、当初の作戦と矛盾する」

 

「それでもだ、我々は彼等を保護した責任がある」

 

「…」

 

「彼等はどんなことがあっても、ここから避難させる」

 

「…分かり、ました」

 

「そして、彼等の先導役だが…ニアール、君に頼みたい」

 

「私が…?」

 

「君は優れた指揮官だ、避難民を守りつつ、西端近くまでたどり着いた。

その技量を見込んで、頼む」

 

「…ああ、騎士の誓いにかけて、彼等を守ろう」

 

「部隊の選抜は君に任せる」

 

「ああ、わかった」

 

「…危険な行軍だぞドクター。

我々の人数で敵を引きつけつつ撤退するというのは」

 

「やれるさ、やらねばならない」

 

「…やりましょうドクター」「やれますよ!」「おお!」

 

オペレーター達は次々に声を上げる。

 

「士気は高いようだな」

 

ACEはにやりと笑って部下達を見回す。

 

「先ほどのアレを見たら、いやでもやる気になるというものだ」

 

ドーベルマンはため息を吐きつつ頭に手を当てる。

 

「君は違うのか、ドーベルマン」

 

「…そんなわけはないだろう、今にも体が勝手に暴れ出しそうだ」

 

「そうこなくてはな」

 

 

「ドクター、お話があります」

 

「…なんだ、アーミヤ、君も移動の準備をしなさい」

 

「私も戦列に加えてください」

 

「…」

 

「私も戦えます」

 

「…」

 

「戦えるんです」

 

「どうやって?素手で敵を殴り倒すか?」

 

「違います」

 

「ならどうする、その華奢な腕で何ができると?」

 

「…」

 

「先ほどの少女を見たとき、私の中でひどく震えるモノがあった。

それが良心なのか、罪悪なのかはわからないが。

ただ言えるのは、ああいうのはもうごめんだ、ということだけだ。

…君もニアール達とともに、戦線を離れ…」

 

次の瞬間、ジョンの目の前に凄まじいまでの白い閃光が閃いた。

それは横転した車に直撃し、そのまま建物の中ほどまでに車を吹き飛ばした。

ジョンは、アーミヤに向き直り、目を見つめた。

 

「やっと、こちらを向いてくださいましたね」

 

「…それは、一体何をした。

君がやったのか?」

 

「ドクター、これがアーツです。

オリパシーに感染したものが手に入れる超常の力」

 

「…」

 

「…ドクター、覚えてないかもしれませんが、私はこの力で何度もあなたを救いました。

そしてこれからも、あなたのためにこの力を奮います。

…ドクター、私に術士部隊を与えてください」

 

「…」

 

「もう見ているだけは嫌なんです。

与えられるだけの、奪われるだけの存在には戻りたくないんです」

 

「アーミヤ」

 

「…それに、私、一応あなたの上司なんです。

少しくらい頼ってくれたって…」

 

「お嬢ちゃん、あー…その、なんだ。

あれはつまり、君がやったってことだな?」

 

「え、あ…はい」

 

「…うーん…なあ、アーミヤ。

どうやら私はな、少年兵というものが大嫌いだったらしいんだ。

子供が戦う姿を見るとな、どうもこう、嫌悪感に襲われる、自分自身へのな」

 

「…ドクター?」

 

「君の特異な力は理解した…理屈はさっぱりわからないが、理解はした。

だが、それでも、それでもだ…君に戦って欲しくはないんだ。

他でもない、私自身のためにもな」

 

「…」

 

「…だが、どうやら私は、聞く限りだと、その力に何度も救われているらしい。

そうだな、アーミヤ」

 

「はい…」

 

「…なら、これ以上は単なる私のわがままになってしまうな」

 

 

『ボス!俺、大きくなったらボスを守る戦士になる!』

 

『勉強は苦手だよ…ここ、教えてよボス!』

 

『フランク・イエーガーっていう名前、嫌いなんだ…』

 

 

『俺が、あなたを守る…ビッグボス』

 

 

「…私を、助けてくれるか…アーミヤ」

 

「…はい、ドクター」

 

 

「これより作戦行動を開始する」

 

ジョンは腕のリストバンドに語りかける。

その声は、そこにいるすべてのオペレーターの耳に届いている。

 

「諸君もわかっていると思うが、本作戦は当初、指揮官である私の救出作戦だった。

なんとも情けない話だが、記憶が全くと言ってもいいほど不明瞭なのだから、私にはなんら責任はないと思っている、というのは冗談だ笑ってくれ、本当はとても申し訳なく思っている」

 

「ハハハ」「何をおっしゃいますか」

 

「ありがとう、ここまでよくついてきてくれた。

あともう一踏ん張りだ。

…私は諸君らの知る、ドクターという存在とは程遠いのかもしれない。

記憶の不明瞭な私の言葉など、価値がないと一蹴してくれても構わない」

 

ジョンの言葉に、オペレーターの全員が耳を傾ける。

 

「だが遂行してほしい。

私の不確かな記憶の中で一つだけ確信して言えることがある。

それはここがむせ返るほど混沌としてくそったれな状況だということだ。

私は一刻も早く、ここから抜け出したい。諸君を連れてだ。

…約束する、我々は誰1人として欠けることなくここから脱出する、避難民を連れて」

 

アーミヤはジョンの後ろに立ち、その姿を真っ直ぐ見つめる。

 

「諸君、繰り返し告げる。作戦開始だ。

…さっさとここからおさらばして、皆のことを教えてくれ」

 



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撤退戦

大通りの二股の分岐点。

そこでは二つの部隊がそれぞれの道を前に待機している。

 

「ではニアール。

避難民のことは任せた…もしもの時は、手筈通りに」

 

「ああ…ドクター、ご武運を」

 

「…これより我々陽動部隊をアルファ、誘導部隊をベータと呼称する。

アルファは作戦通り、北側の大通りをただひたすら西進する。

遅くもなく、早すぎてもダメだ。

ベータがフレアを上げるまで、大通りに居座り続ける」

 

オペレーター達はそれぞれのリストバンドから表示されるホログラムを見つめる。

 

「ベータはできうる限りのスピードで西端を目指せ。

戦闘行為は出来る限りするな、目立たず移動するんだ。

…学生諸君は大人の言うことをよく聞くようにな」

 

避難民と学生達もまた、ジョンの姿を見つめる。

 

「…では、作戦開始」

 

 

「アルファは作戦行動を開始する!

フレア投射!」

 

「投射開始!」

 

アルファ部隊のオペレーターが一斉に複数のフレアを射出する。

空気が弾ける音を上げながら、赤い光弾が空を舞う。

 

「さあて…敵がわんさとやってくるぞ」

 

地響きにも似た音が各地で上がる。

土煙と黒煙が、空の澱んだ雲色に溶けていく。

 

「…6時の方向から敵集団!!」

 

「中枢からの敵はまんまと引っかかってくれたな…!

狙撃オペレーター、走りながらでいい、牽制しろ!」

 

ドーベルマンが走りながらに部隊へ指示を送る。

 

「了解!

E2狙撃小隊は部隊後部に下がるぞ!道を開けてくれ!」

 

ボウガンを構えたオペレーター達が数人、隊列の中程を後ろに下がっていく。

 

「ACE隊長、我々も!」

 

「よし、半数は後ろへ回れ!

残りは俺と一緒に最前列で隊列を維持しろ!」

 

「了解!

重装隊!後尾へいくぞ、続け!」

 

「術師隊は不意の接敵に備えて隊列の中程に待機します、ドクター!」

 

「ああ、それでいい。

建物からの狙撃に注意、敵は屋上にもいる可能性があるぞ」

 

「庁舎の部隊、ですか?」

 

「ああ、あれは暴動を起こしている奴らとは違う。

奴らの正規兵…ゲリラ部隊といったところか」

 

ジョンは走りながらにリストバンドのホログラムを確認する。

 

「間も無くベータとの通信が途絶する、ニアール頼んだぞ」

 

『了解…ドクターもご無事で』

 

直後にノイズが走り、ニアール率いるベータとの通信が断絶する。

 

「第一牽制ポイントに差し掛かる。

前衛部隊は前方へ、ドーベルマン隊のポイントマンは安全確保にあたれ」

 

『了解!

E2、E3の各前衛オペレーターは私に続け!』

 

「総員流れるように動け、この作戦は速度と動きが重要だ」

 

ジョン達は大通りの中でも、丸く開けた噴水広場に差し掛かる。

 

『広場は…クリアだ!ドクター!』

 

「よし、全体止まれ。

重装オペレーターは狙撃、術師オペレーターを守れ、牽制開始」

 

『『了解!』』

 

広場の入り口を塞ぐ形で重装オペレーターが盾を構える。

その間を縫うように狙撃オペレーターが広がり、その後ろに術師オペレーターが待機する。

 

「撃て!」

 

狙撃オペレーターが一斉にボウガンの弓矢を発射する。

放たれた矢は一発も外れることなく、レユニオンの暴徒達に降りかかる。

 

「ぐああっ!!」

 

「怯むな、押しつぶせ!」

 

「投石を…!」

 

「させんよ、術師隊、敵戦列の中程を法擊」

 

『わかりました!

術師オペレーター!アーツを一斉投射!』

 

アーミヤの指示を合図に重装オペレーターの背後からアーツによる法撃が放射される。

オペレーターそれぞれから放たれた色とりどりの法擊は暴徒達の隊列の中程に突き刺さる。

直後、法擊地点は爆炎と黒煙に包まれた。

 

「…初めから頼るべきだったな」

 

『まだまだ、こんなもんじゃありませんよドクター!

後尾へ向けてそのまま放射、続けて!』

 

術師オペレーターは続け様に暴徒達に向けて砲撃を重ねる。

 

「ぎゃっ!!」

 

「ああああぁっ!!」

 

「な、なんだあいつら!

ウルサス憲兵団じゃないぞ!」

 

「アーツを、アーツを使ってくる!」

 

「感染者がなんで俺たちに攻撃を!?」

 

狙撃、法擊によって最前列にいたレユニオン達が孤立する。

 

「今だ、先鋒オペレーター正面の敵を叩け、素早くな」

 

『はい!突っ込め!』

 

軽装の先鋒オペレーター達が孤立したレユニオン達に向けて突撃していく。

 

「おらあ!!」

 

「引っ込めレユニオン共!」

 

「ぐああ!」

 

混乱しているレユニオンはなすすべもなく、蹂躙されていく。

 

「う、後ろに下がれ!」

 

「無理だ、炎が!」

 

法擊地点には黒煙と炎が巻き、下がろうとするレユニオン達を炙る。

 

「頃合いだな、先鋒オペレーターは撤退。

狙撃オペレーターは撤退を援護しろ、術師オペレーターは前衛オペレーターと共に前進開始」

 

『了解!』

 

「先鋒を抱き込んだらスモークを焚け、煙に紛れ、足の遅い重装隊を下がらせる。

狙撃オペレーター、前進開始」

 

『聞いたな!前進するぞ!』

 

『先鋒オペレーター、全員の合流を確認しました!』

 

『スモークを投げる!』

 

オペレーター達の手から次々にスモークが放たれ、たちまちその姿を覆い隠す。

 

「風通しの限られる市街地でのスモーク、風も味方してくれているなドクター」

 

「ドーベルマン、次のポイントへ向かう。

ポイントマンと狙撃隊を連れて前進しろ、重装隊の離脱を援護するんだ」

 

「了解だ!」

 

ドーベルマンはジョンの指示を受けて大通りの先へ進む。

 

(予定通り、敵はこちらに釘付けだな)

 

ジョンはPRTSの戦術データリンクを見つめる。

ホットスポットになっているのはジョン達の後方のみ、レユニオンは派手な戦闘が行われているこちらの大通りに集中しているようだった。

 

「ドクター、重装隊は離脱する!」

 

「ACE、盾が重いのはわかるがもっと急がせるんだ、子供があんなに頑張ってるんだぞ、ほら」

 

「ど、ドクター、術師隊は…全員ドーベルマン教官と…合流しました!…ふぅ…」

 

ドクターとACEの前に息を切らしたアーミヤがよってくる。

 

「ふふ、手厳しいのは前のドクターと変わらないな…聞いたかお前ら、もっと気合入れて走れ!」

 

「ヒィ…」「たまんねぇな畜生…はは」「急げ、ほら!」

 

「ACE、あとどれくらいだ…?」

 

「…時間はあまりないな、見ろ、雲の粘度が増してきている。

空にへばりついているかのようだ、夕闇でもないのに赤く色づいている」

 

「…もう、すぐそこまで迫っています」

 

「『天災』…信じられんが、この空の様子はただ事じゃないな」

 

 

遡ること数十分前。

陽動作戦会議の最中。

 

「『天災』?」

 

「はい」

 

「天の災害と書いてか?」

 

「そうです」

 

「空からその…源石と言うものが降り注ぐと言うのか?」

 

「はい、あれは我々が天災雲と呼ぶ特殊な雲海です。

あの雲は鉱石病(オリパシー)の原因となる源石を地上にばら撒く厄災です」

 

「…雹のような大きさじゃない、ビルみたいな大きさの…石をか?

…馬鹿げている」

 

「ですが、現実に天災は頭上に迫ってきています」

 

ドーベルマンは空の澱んだ雲行きを見て吐き捨てるように語り始める。

 

「もし天災がこのチェルノボーグを襲えば、この大都市といえどもひとたまりもないだろう。

本来なら、天災雲が都市の上空に発生した場合は、区画ごとに分割して避難するはずだが…」

 

「チェルノボーグはその動きを見せない。

レユニオンが区画管理塔の全てを掌握したとみるべきか…」

 

ACEがホログラム上のマップを見て言う。

 

「それもだ、この大都市が移動すると言うのも、なんとも信じ難い話だ、現実味がない」

 

「ドクター…あなたにいちいちこの世界の成り立ちを説明している時間はない。

間違いなく、ここに長い間停まれば我々はあの天災に押しつぶされて全滅する、それだけは言える」

 

ドーベルマンはジョンの目を真っ直ぐ見つめる。

 

「…そうだな、今は君たちの言葉が真実なのだろう。

だとすれば、あの暴動は偶発的に起こったものではないな、明らかにこの事象を狙っての襲撃だ」

 

「ええ、意図的に狙って戦いを仕掛け、思惑通り混乱を拡大させたというわけですね」

 

「我々はあの天災に対しては等しく無力だ。

今は空色が明るい、まだ余裕があると思いたいが…悠長にはしていられんぞ」

 

「ああ、そうだな…。

すまない、無駄な時間を取らせた…作戦を煮詰めよう」

 

 

「レユニオンは今回の襲撃を一つの成功例として掲げるでしょう。

この暴動も、彼らの掲げる理想を成就させる手段として確立するはずです。

…ロドスの理想とはかけ離れた理想が、感染者の心に根をはることになりかねません」

 

「…これは暴動なんかじゃない、的確に急所を抑え、自ら傷を負うことも辞さない…狂行だ、正気じゃない」

 

『残忍で狂ってる。

正気なんてとうに捨て去っているのだろう』

 

「…天災、現実味を帯びてきたな。

私はこんな空を見たことがない」

 

『天災が降りかかろうとしている前兆だ』

 

ドーベルマンは無線機の先で声を荒げる。

 

『奴らは非感染者…この都市に恨みを持つただのチンピラの集団のはずだ…!』

 

「それでも、彼らはチェルノボーグを火の海に変えるだけの力を見せつけた…。

その上、天災が降りかかれば…」

 

『…都市は砕け散り、後には源石(オリジニウム)に侵された廃都市が残される』

 

「…もう、その結末は変えようがないのか」

 

ジョンはドーベルマン達の会話を、ただホログラムを見つめながらに黙って聞いていた。

 



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コンダクター

『クラウンスレイヤー、報告が』

「なんだ」

『敵集団…ロドスが戦闘を開始しました』

「…わかった、そちらへ向かう」

クラウンスレイヤーと呼ばれたレユニオンの指揮官は無線機を腰にしまい、フードをかき上げた。

「…行くぞ、敵は残さず殲滅する」

その言葉に霧の中から兵士たちが飛び出し、爆炎のあがる戦地を目指していく。

「ロドス…ここで一体何をしていた」

クラウンスレーヤーはフードを深くかぶり直し、遥か彼方の戦地を睨みつける。

「…今度は、逃さない」



ジョン達、ロドスのオペレーター達は第2の牽制ポイントに到達。

そこでレユニオンの暴徒達と戦闘を繰り広げていた。

 

「くるぞ!構えろ!」

 

「レユニオン共、学習しない奴らだ!」

 

重装オペレーター達の盾に暴徒達のマチェットがはじかれ、火花を散らす。

 

「今だ!突き崩せ!」

 

重装オペレーター達の手に持つ得物、剣や鈍器がレユニオン達を地面に叩き伏せる。

 

『狙撃オペレーター、重装オペレーターの補助に回れ。

次のポイントまでもうしばらくここで粘るぞ』

 

『了解!』

 

「…あいつらのあの勢いはなんだ?

まるで躊躇を感じない、傷つくのが怖くないみたいだ」

 

前衛オペレーターの1人が身を震わせながら呟く。

 

「実際、恐怖を感じていないのだろう。

彼らは自分たちの行為に酔いしれている」

 

ACEはボウガンに射抜かれてもなお前進を続ける暴徒を見て呟く。

 

「チェルノボーグは都市国家の中でも特に感染者の風当たりが厳しい都市だ。

…恨みを持つ感染者も多い、それが今彼らの手でこうも破壊され、蹂躙されている。

高揚感と達成感で痛みも忘れるだろうさ」

 

「…あいつらはもうすぐ天災が降りかかることをわかっているんでしょうか…?

撤退する様子もない、ただがむしゃらに戦い続けている」

 

「わかっているさ。

でも止められない、今止まってしまえば、今享受している勝利も失われてしまう。

…いや、まだ勝利を求め続けているのかもしれない」

 

「あいつらはここを破壊できるなら…死んでもいいと?」

 

「よく見ておけよ、あれが俺たちがいずれ相対する「感染者のもう一つの顔」だ。

…もうすぐ移動する時間だ、持ち場につくぞ」

 

「了解…」

 

 

「ドクター、敵の追撃勢力の足並みが乱れてきたぞ。

最初と比べて随分人数も減ってきている」

 

ドーベルマンが指揮を行うジョンに報告を行う。

 

「こちらの損害はほぼ皆無。

それに比べて彼らの被害は襲いかかってくれば来るほどに増していく。

君たちの力量に恐れをなすのも当然だが…思い切りが良すぎるな」

 

「ああ、あれだけ狂ったように襲いかかってきていたのに…いやな感じだ」

 

ドーベルマンが重装オペレーター達の向こうで襲いくる暴徒を見て呟く。

その時だった。

 

『…ど、ドクター!

レユニオンの暴徒が敗走!撤退して行きましたが…!

後方から、猛烈な勢いで…き、霧が迫ってきています!』

 

「ドクター!」

 

「きたか…アルファ各員へ通達」

 

 

『アルファ各員へ、濃霧が発生した、敵の襲撃に注意しろ』

 

「ACEさん!」

 

「わかっている!

ドクターの言っていた霧の兵士か…。

狙撃オペレーター、重装オペレーターを下げるぞ!援護しろ!」

 

『了解!小隊は両翼に展開する!中央に道を開けるんだ!』

 

「打ち合わせ通り、道にフレアを投射する!」

 

「投射開始!」

 

フレアの投射がACEの命令を合図に行われる。

 

「霧に飲まれるぞ!」

 

乳白色の煙の海はジョン達を凄まじい勢いで飲み込んでいく。

やがてあたりは隣の兵士の所在を判別するのも難しい状態になっていった。

 

「 …」

 

先ほどの喧騒が嘘のように消え去り、前衛オペレーターの1人が、喉を鳴らす音だけが響いた。

 

 

「…」

 

「クラウンスレイヤー、配置につきました」

 

クラウンスレイヤー達はジョン達を見下ろす形で大通りの両脇を囲む建物、その屋上に立っていた。

 

「行け、ロドスを殲滅しろ…1人も逃すな」

 

「ハッ!」

 

その直後だった。

 

眼下の煙の向こうから、眩く煌く閃光が放たれた。

 

「…っ!?なん…!」

 

「リーダー!危ないッ!」

 

直後、クラウンスレイヤー達のたっていた足元は、アーツの砲撃によって粉砕された。

 

「ぐああっ!?」

 

「ああああ!」

 

「お、落ちる!!」

 

衝撃に直撃したもの、破砕した足元に掬われ、瓦礫とともに落ちるもの。

レユニオンの兵士たちに瞬く間に混乱が伝播した。

 

「っ!?なんだと…!」

 

「無事ですか、クラウンスレイヤー!」

 

「…私は無事だ、それよりも…あいつら」

 

爆風でほんの少しの間晴れた煙の向こうから、老人の鋭い眼光がクラウンスレイヤーを捉えていた。

 

「私たちを…捉えていたというのか…?」

 

 

 

「やはりいたか」

 

「ドクター、術師隊はこのまま建物屋上への無差別法擊を続行します!」

 

「ああ、それでいい。

各隊員はケミカルライト点灯、周囲の味方を見失うな。

足並みを揃えてゆっくり後退する」

 

『了解!ケミカルライトを点ける!』

 

アルファ部隊の全員がケミカルライトの容器を曲げ、発光したそれを胸元につける。

 

「アーミヤ、法擊を絶やすな。

ライトを目印に狙い撃ちにされるぞ。隙を与えるな」

 

「わかりました!術師隊は護衛の前衛オペレーターとともに後退!

その間もアーツを放ち続けてください!」

 

『わ、わかりました!』

 

『離れるなよ、道のフレアが目印だ!

先頭の動きについていけばいい!』

 

アルファ部隊はつかず、離れずの体制でゆっくりと道に放たれたフレアに沿うように移動を始める。

 

「…くそ、ロドスめ!思い知れ!」

 

霧の向こうから、アーツの衝撃で落下した兵士が襲い掛かる、が。

 

「…きたぞ!」

 

重装オペレーターの盾に搭載されたマグネシウムフラッシュが弾ける。

 

「ぐああっ!?」

 

レユニオン兵士はその強烈なマグネシウム燃焼の光に目を焼かれ、悶える。

 

「敵を視認!この方向!」

 

重装オペレーターの後ろにいた前衛がケミカルライトを振る。

 

『アーミヤ』

 

「術師隊、5時の方向に一斉射!」

 

直後に複数人のアーツによる砲撃がレユニオン兵士たちに突き刺さる。

と、同時に晴れた霧の合間を縫って狙撃オペレーターの射撃がさらにレユニオン達を襲う。

 

『急ごしらえの対応策だったが、うまく行きそうだな』

 

「怖いぐらいに、流石だ…」

 

 

「…ちっ!」

 

「奴らの動き、あんなものは見たことがない…」

 

クラウンスレイヤーは爆破された箇所から少し離れたところで、霧の中に閃光が迸るのを見ていた。

 

「獣を放つ、準備しろ」

 

「は、はっ!」

 

「あいつ、あいつは初めてみる…何者だ…?」

 

クラウンスレイヤーの脳裏にはこちらを睨みつけるあの老人の目が思い出されていた。

 

「なんだか面白そうなことをしているねえ、クラウンスレイヤー?」

 

少女の首筋に氷を当てられたような悪寒が走る。

肩に置かれた手を振り払い、素早い動きで振り返り、獲物を構えてその少年を睨め付ける。

 

「…メフィスト…貴様、首をはねられたいのか?」

 

「…怖いなあ、そうツンケンしないでよ。

それよりも、君の担当域はもっと中枢よりのはずだろ?

ダメじゃないか、任務をほっぽりだしちゃあ。

僕でさえ、しっかりとお仕事は終わらせてきたんだよ?」

 

「…」

 

「まあ、いいんだ。

僕もそれでよく怒られるしね、人のことは言えないし。

…でも、あれは僕がもらうよ」

 

「…ふざけるな」

 

「なんだい?

なあみんな、クラウンスレイヤーは久しぶりに顔に泥を付けられてご機嫌斜めらしい!」

 

メフィストの言葉を皮切りに霧の中から次々とレユニオンの兵士たちが現れる。

 

「君の兵士は貴重なんだ、訓練されてるからね。

その点、僕のは消耗品だ、いくら減ろうと苦労はない、だろ?」

 

「…」

 

「それに、たまたま街に紛れ込んだネズミを君が、猟犬が相手するのもおかしいだろ?

情報収集はうまくいったのなら、さっさと君の担当エリアに戻りなよ」

 

「余計な真似をするなら…!」

 

「君にはまだ仕事が残っている。やるべきことが、そうだね?」

 

「…ちっ!

…好きにすればいい、あれを「ネズミ」呼ばわりする、お前が惨めに負ける姿を霧の向こうで見ていてやる」

 

「…いうねえ」

 

「…撤退するぞ」

 

「…了解」

 

クラウンスレイヤーはメフィストと呼ばれた少年にわざと肩を当てて霧の向こうに消える。

メフィストは埃でもついたかのように肩を払うと、晴れつつある霧の向こうにいるであろう敵に、禍々しい微笑みを向けた。

 

「…おもちゃの独り占めは、されるのは嫌いなんだよ、僕は」

 



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光を愛さざるもの

『…様子がおかしい。…術師隊、攻撃中止』

 

ジョンの合図で、術師達のアーツ攻撃が一斉に止まる。

 

「…攻撃が止まった?」

 

「ドクター…霧が…霧が晴れていきます」

 

『…小隊、霧が完全に晴れるまで止まるな、前進を続けろ。警戒は絶やすな』

 

「…あっけないな、撤退したのか?」

 

アルファ部隊は方陣を組んだまま、薄くなっていく霧の中をフレアを頼りに前進し続ける。

 

『全員、ケミカルライトをしまえ、もう必要ない』

 

「…奴ら、見切りが早すぎるな」

 

「アーツで全滅したのでは?」

 

『警戒を怠るな』

 

ジョンは中枢地区へと流れていく霧の流れを見ていた。

だんだんと薄れていく霧の中、はっきりしていく視界の中に、人影を目にする。

 

『…術師隊、6時の方向へ一斉射』

 

「え、あ!はい!術師オペレーター、攻撃を!」

 

直後、人影のいるあたり一帯にアーツによる法擊が降り注ぐ。

爆音と衝撃、あたり一帯の霧が一気に霧散していく。

 

「…敵ですか?」

 

『…』

 

爆煙が晴れた後、そこには複数人のレユニオンが立ち竦んでいた。

 

「…ちっ!本当に学習しない奴らだ!狙撃隊、撃…」

 

『待て』

 

ジョンの一声でボウガンを構えたオペレーター達の動きが止まる。

 

立ちすくんでいたレユニオン達は、よく見れば全員焼け焦げていた。

やがて膝から崩れ落ち、折り重なるように地面に倒れ伏す。

 

「…なんだ?」

 

レユニオン達が倒れ伏した後、そこには1人の人影だけが残る。

 

「ゲホ、ゲホッ…!

…いいねえ、容赦ないじゃないか」

 

人影は倒れたレユニオンを、まるで水溜まりを避けるかのように飛び越える。

そして、ジョン達の前に完全に姿を現した。

 

「やあ、はじめまして、闖入者の皆さん。

僕のことは、メフィストと呼んでくれよ」

 

そこには年端もいかない子供が立っていた。

子供は屈託のない笑みをジョン達に向けると、大仰に、丁寧にお辞儀をした。

 

『撃て』

 

「ど、ドクター…あれはまだ子供」

 

『アーミヤ、撃つんだ』

 

「でも、ドク…」

 

「あっはははは!!

…いいねえ、やっぱりあんた最高だ。予想通りだよ!」

 

『…狙撃オペレーター、奴を撃て』

 

「り、了解!」

 

狙撃オペレーターは躊躇しながらも、ボウガンの矢を少年、メフィストに放つ。

高速で放たれた矢、それは真っ直ぐに少年の眉間を捉え、吸い込まれた…かのように見えた。

 

「がっ!?」

 

しかし、次の瞬間には、メフィストの前に盾になるように躍り出たレユニオン兵によってそれは防がれていた。

胸を矢で貫かれたレユニオン兵は、鈍い音を立てて地面に倒れる。

 

「…これでも結構可愛らしい見た目をしていると思ってるんだけどね。

…いい、いいなあ…なあ…あんた、なんでそちら側にいるんだよ」

 

『狙撃オペレーター、止めるな、撃ち続けろ』

 

「…了解!」

 

狙撃オペレーター達は少年の只者でない雰囲気を悟ったのか、それぞれが的確に急所を狙って攻撃する。

 

「おいおい、僕は名乗ったんだよ。

君たちも名乗り返さないと失礼じゃないか…!」

 

次々とメフィストの前にレユニオンの兵士がどこからともなく現れ、矢は尽く防がれる。

その様子を微笑みまじりに眺めていた少年が手をあげると、どこからともなくジョン達の隊列に矢が降りかかった。

 

「矢だ!

重装オペレーター!」

 

「遅いよ」

 

重装オペレーターが矢から味方を守ろうと盾を上に挙げた瞬間。その目の前にアーツの砲撃が直撃する。

爆風に盾が煽られ、重装オペレータの数人が宙を舞う。

 

「ぐああ!?」

 

「ギ、アアァ…!」

 

そして隊列の防陣に大きな隙間が開いてしまった。

 

「…苦労するねえ、君が率いるにはそいつらは心がありすぎるよ、扱い辛いだろ?」

 

『ACE、負傷者を隊の中に引き入れろ、穴を埋めるんだ、急げ。

アーミヤ、アーツを一斉投射』

 

「は、はい!」

 

「負傷者を中へ、重装後ろの守りを固めるぞ!」

 

「あはははぁ!!

いいね、そうこなくっちゃ!

Hー1・2・3、敵の穴に飛び込め!」

 

メフィストの後ろから、顎を地面に擦らんばかりに身を屈めた兵士が飛び出す。

それはまだ混乱の冷めない重装オペレーター達の防御の隙間に飛び込んでいく。

 

「だ、ダメです、もう…味方に近すぎる!」

 

術師オペレーターはあまりに素早く動く敵を前に狙いを定めることができない。

それは狙撃オペレーターも同様だった。

 

「こ、このっ!」

 

前衛オペレーター達が止めようと刃を振りかざすが、密集隊形だったために思うように防ぐことができない。

 

「こいつら、早すぎる!」

 

「ドクターを守れッ!…先鋒!」

 

「遅い、遅い!遅すぎるよお前ら!

あいつが喉だ、かっきってやれ!」

 

どうにかして止めようとする先鋒オペレーター達の足元を縫うように敵兵士はジョンに迫っていく。

 

「だ、ダメだ!止まらない!」

 

「ドクターッ!!」

 

大通りにアーミヤの叫び声がこだまする。

レユニオンの凶刃は、誰も止めることができないまま、老人の首に向かって吸い込まれていく…。

 

「…シャァッ!

…ご、が…ッ!?」

 

だがそうはならなかった。

ジョンはレユニオンの兵士の手首を取ると素早く捻り上げ、重心を低く、自らの懐に迎え入れるように引き入れた。

次の瞬間、レユニオンの兵士の腕は肘から鈍い音を立ててひしゃげ、弧を描くようにジョンの後ろに叩きつけられる。

レユニオン兵士の肺から全ての空気が吐き出され、視界が明滅する。

次の瞬間にはジョンが素早く繰り出した足がレユニオン兵士の顎を踏み砕いていた。

 

「ガバッ…!ァ…」

 

ジョンは続け様に近くの狙撃オペレーターのボウガンを取り、刃を振りかぶり宙をまうレユニオンを射抜く。

 

「返すぞ」

 

「え、あ、は!?」

 

狙撃オペレーターにボウガンを投げて返すと、仲間がやられても躊躇せず突っ込んでくる最後の1人を見る。

 

「盾をこちらに構えてくれるか?」

 

「…は?」

 

「早く」

 

「は、はい!」

 

オペレーター達の足の間を縫い、向かってきた兵士の突き出したマチェットがジョンの喉元を狙って空を切る。

ジョンは突き出された腕を取り、それを片手でこともなげに下へ向かってへし曲げる。

顔面を突き出す形となったレユニオンの兵士は、生々しい音を立てて盾に突っ込み、動かなくなった。

 

「けが人は?」

 

 

「…おいおい」

 

メフィストは目を見開いた。

 

 

「え…あ、はい!おりません!」

 

「そうか、状況は継続中だ。

…かっこつけすぎたか…?惚けてる場合じゃないぞ君」

 

「…なんだよ…お前、本当に…なんなんだ爺ィッ!」

 

メフィストは心底嬉しそうな顔を浮かべ、ジョンを禍々しく睨め付ける。

 

「繰り返す、状況は継続中だ…諸君、どうやら今までの敵とは違うようだ。

だが…何も今までと変わりはない、目の前の脅威を打倒する」

 



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逃げろ!

初めのうちは頭の中は混乱でいっぱいだった。

目の前の光景が信じられなかった。

だってそうだろう、杖をつきそうなほどに老いぼれて見える老人が。

自分達ですら捌けなかった奴らの動きを、いとも簡単にのしてしまったのだから。

 

そして、混乱は表現のしようのない高揚感に変わった。

 

(この人と)

 

(この人と一緒なら)

 

(やれるかもしれない)

 

(この底なしの泥沼の中から)

 

(全員、生きて帰れるかもしれない!)

 

そこにいたオペレーターの全員が、今すぐにでも叫びたい衝動を必死に押さえ込んだ。

 

「…平気だ、起こしてくれ…!」

 

「応…!」

 

普段なら悶える痛みが、今はなんとも感じない。

 

「止血剤にはゆとりがあります!

皆さん無理はしないで!」

 

あんなにも怖かった戦場で、安心するなんて考えもしなかった。

 

「急げ、隊列を組み直すんだ!」

 

「広がれ、間隔にゆとりを持たせるぞ」

 

自分たちの経験が、知識が、こんなにもするすると頭に湧いてくるなんて。

 

「…しっかりしなさいアーミヤ…ダメなのは、私…もっと…」

 

(この人に、頼ってもらうために…!)

 

この人のためなら、自分を変えることも怖くない。

 

「やるぞ…」

 

「…おう」

 

「やってやる…」

 

 

((もう…この人には、誰も近づけさせない!!))

 

 

「…さて…と、仕切り直しだ」

 

ジョンは襟の乱れを正してメフィストに向きなおる。

もう後ろを振り返るものはいない。

全てのオペレーターがジョンの指示を聞き逃さまいと、インカムに全神経を集中させていた。

 

 

「では諸君…全力で」

 

全員が固唾を飲んでその指示に耳を傾ける。

 

「逃げるぞ!」

 

 

 

「「「…え?」」」

 

「…はあ?」

 

メフィストは心の底から驚愕の声を出した。

それはロドスのオペレーター達も同じだった。

そうこうしている間に、ジョンは1人で大通りを駆けて行ってしまう。

 

「「「なんで!?」」」

 

「なんでもクソもあるか、逃げるんだよ!ほれ走れ!

重装隊はしっかりケツを守るんだ!」

 

「ど、ドクター!?」

 

「アーミヤ、君も急げ!ほら!」

 

アルファ部隊は混乱しながらもジョンの指示に従い、大通りを猛ダッシュで駆けていく。

土煙の舞う中、メフィストはただ1人そこに残され、しばらくの間、アングリと口を開けて立ちすくんでいた。

そのうち、物陰から1人のレユニオンがおずおずと現れ、メフィストに近づいていく。

 

「メフィスト様…奴らを追わなくてよろしいのですか」

 

「…ハハ」

 

「…メフィスト様?」

 

「ハハ、ハハハハハッ!!」

 

メフィストは腹を抱えて笑い出す。

 

「ハハハハハ!!…あ、あれがロドスか!資料の情報なんてやっぱりあてにならないなあ!!

すごい、すごい興味深いな!なあ!

試験管と睨めっこしてるだけの奴らにはできない芸当だ!そうだ!なあ!?アハハハハ!」

 

「…」

 

「ハハハハッ………僕の失態だな…」

 

だんだんとメフィストの周囲にレユニオンの兵士たちが集まっていく。

それは大通りを埋め尽くし、メフィストの後ろには数百人のレユニオン兵士達が集結した。

 

「…あの老いぼれの正体が気になっていたけど、もうやめだ。

…ああ、やめだ…遊んでやるのはここまでだ」

 

メフィストは髪をかき上げ、まだあどけなさの残る瞳を、獣のそれに変えた。

 

「勝ち逃げは許さないぞぉ…ロドスッ…!」

 

 

「ドクター!ドクター!」

 

「アーミヤ、今は走れ!

今はただ西端を目指す勢いで走れ!」

 

「な…いや…説明を…説明をしてくだしゃい!」

 

「走りながら喋るな!舌を噛むぞ!」

 

「ドクター!奴ら…奴ら追ってきません!」

 

「いやダメだ!いいから走り続けろ!

重装オペレーターは!?」

 

『まだなんとか…ついて…行ってます…はひィ…!』

 

「男が情けない声を出すな!」

 

『す、ずみません!』

 

「ACE、しっかり引っ張ってくるんだ、1人も置いていくなよ!」

 

『…全く、手厳しいな。さあシャキッと走れお前ら!』

 

「…もう少しだな」

 

ジョンはそう言って、フレアガンを手に持つ。

 

「…はあ…ふう…!

…ドクター、それは…」

 

「曲がるぞ、全体右の通りへ!!」

 

ジョンは大通りから外れ、右の通りへ入り込む。

 

「おわわ!?」

 

「ドクター!そっちは作戦とはちが…!」

 

「小隊…この先の広場で防御陣形を作るぞ、準備しておけ」

 

「…は?

は、はい!了解です!」

 

全員が曲がり切った直後、砲撃のような衝撃が大通りに走る。

 

「な、なんだ!?」

 

「アーツ!?…いえ、違う…あれは…」

 

「構うな、今立ち止まればあれを背中に喰らうことになるぞ」

 

ACEが負傷した重装オペレーターを担ぎながら通路へオペレーターを誘導する。

 

「り、了解!みんな急げ!」

 

オペレーター達は後ろを振り返ることなく、ただ一心に道を走り続けた。

その終着、一行は建物が崩落して袋小路になった広場にたどり着く。

 

「い、行き止まり!?」

 

「そんな…道が…」

 

「ドクター!」

 

「…陣形をくめ、重装オペレーターを先頭に、前衛は両翼を固めるんだ。

狙撃小隊は半壊した建物の中に潜んでいろ。

あとの者は中央の術師隊を守るんだ」

 

ジョンはただ、自分たちが走ってきた道の先を見つめる。

 

「…!」

 

オペレーター達は迅速に指示通りの配置につく。

その心に一抹の不安を抱きながらも、今はただ信じるしかないとそれを切り捨てながら。

…広場に、少年の声が響き渡る。

 

「…あっはあ……おいおい、なんだか拍子抜けだなあ…。

ここが君たちの終着点なのかい?」

 

通路の向こうから、先ほどとは違うオーラを纏った少年が現れる。

 

「せっかく遊ばず、真面目に仕事をしようと思ったのに…これかい?

ああ、つまらない…つまらないよ、これじゃあ」

 

メフィストが高く手をあげる。

その後ろから大勢の異形混じりのレユニオン兵士が続々と現れる。

 

「すぐに終幕だ…僕を煽るだけ煽っておいてこれはないんじゃないかな…ロドス」

 

「おいおい、それは早合点もいいところだぞメフィスト…悪魔がそう簡単に楽しみを逃していいのか?」

 

「…あは…やっぱりお前、面白いよ…これ以上何を用意してくれるっていうんだい?

僕はもう、ナイフとフォークを手に持って、あとは晩餐を平らげるだけ、だよ」

 

「…それは残念だったな、そのナイフとフォークはちゃんと使えるやつか?」

 

「…何?」

 

直後、ジョンの手から青い光弾が上空に放たれる。

 

「…なんだ、それは?」

 

「ちょっとした花火だ、楽しんでくれ」

 

 

「…!ベルトはしたな!合図だ、いけ!」

 

大通りに一台の大型輸送車両が止まっている。

荷台のドーベルマンが運転席の屋根を叩き、オペレーターに発進を促す。

猛スピードで走っていく車両の前に、今まさにジョン達を襲うべく通路に向かおうとしているレユニオンの一団が現れる。

 

「うわ!ドーベルマンさん!前方に敵集団!」

 

「構うな突っ込め!」

 

轟音をあげながら突っ込んでくる輸送車両を前に混乱するレユニオン兵士たち。

車両はそんなことはお構いなしに通路へと突っ込んでいく。

 

「ハンドルを…回せえッ!」

 

ドーベルマンはどうにか荷台にしがみつきながら指示を出す。

 

「ウギギギ!!」

 

オペレーターはハンドルを猛回転させ、ハンドブレーキを切る。

遠心力で荷台をまるで振り子のように振り回し、叩きつけるように通路の入り口を塞ぐ。

土煙を上げ、通路は半分崩壊し、うず高い瓦礫の山は壁となって通路を封鎖した。

メフィストの兵士のほとんどを大通りに取り残す形で。

 

 

通路入り口の轟音は広場まで響いていた。

地面の振動に身を震わせながら、メフィストは禍々しい微笑みをジョンに向ける。

 

「…最高だよ、まだ前菜は終わってないってわけだ」

 

「…楽しんでくれたなら、幸いだ」

 



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ロドス、参上

ジョンは炸薬が燃焼し、煙を吐き出し続けるフレアガンを捨てる。

重装オペレーター、レユニオン兵士を挟んでジョンとメフィストの視線が交錯する。

 

「メフィスト様…」

 

レユニオンの兵士がメフィストに駆け寄り、耳打ちをする。

 

「…へえ、随分と派手なことをしてくれたみたいじゃないか、なるほど素敵な花火だ」

 

「残念ながら、あの花火はあれっきりだぞ」

 

「…それは残念だ、でもいいのかなあ…今頃、トラックの運転手は僕の兵士のおもちゃだ。

ああ、そうか…意外だよ!君も捨て駒とか使うんだね!それは素敵だ!」

 

「…ドクター、あいつ…狂ってます」

 

前衛オペレーターが身を震わせながら呟く。

 

「覚えておけ、ああいう目をした奴にろくな人間はいない、どうやらここでもそれは変わらないようだ」

 

「…目、ですか」

 

「あれは君達とは違うところを見ている、常に最悪の景色を追い求めてな」

 

「僕の目がどうかしたって?」

 

メフィストがその目を目一杯に見開く。

オペレーターは潜在的な恐怖を、紙やすりで削られるような感覚に身を震わせる。

 

「なあ、メフィスト。

君の用兵は実に興味深いな」

 

「へえ、今度はおしゃべりかい?

いいよ、付き合ってあげよう」

 

「君の兵士は暴徒達とも、あの霧の兵士とも違う、まるで自己を失っているような、虚な動きをするな」

 

「…わかっているくせに…そうさ。僕の兵士は特別製だ。

…知ってる?

人はあまりに怒りや恨みに支配されると、自分のことなんてどうでも良くなるんだ。

なぜ怒りを覚えたのか、誰を恨んでいたのか、何に苛まれていたのか。

…これは、チェルノボーグ人どもが作り上げた、僕の特別な兵士たちだよ」

 

「違うな、お前達は崖っぷちにいた彼らを深淵の底に突き落としただけだ」

 

「…知ったような口をきくなっ!!ファウスト!!」

 

直後、重装オペレーター達の足元にアーツを纏った矢が突き刺さる。

それはまるで炸薬の詰まった砲弾のように弾けると、重装オペレーターの数人を吹き飛ばした。

 

「ぐああああッ!!」

 

「があッ!」

 

吹き飛んだ重装オペレーターはすぐ背後にいた前衛オペレーターを巻き込んで停止する。

 

「おしゃべりはおしまいだ、このままお前の兵士を少しづつ痛ぶってから殺してやる。

最後にお前を使って愉快な球技大会をしてやるよ、爺…!」

 

「…」

 

ジョンはただメフィストを睨め付ける。

メフィストが更なる一撃をオペレーター達に与えようと、高く手を振り上げた瞬間。

 

「撃て…ファウス…」

 

高く掲げられたその腕を、ボウガンの矢が貫いた。

 

「………は…?」

 

メフィストは矢が貫通し、穴のあいた腕を見つめる。

 

「メフィスト様…!」

 

レユニオンの兵士たちが、即座にメフィストを取り囲む。

 

『な、なんだ!』

 

『俺たちは撃ってないぞ!』

 

狙撃オペレーター達の声が無線に鳴り響く。

 

「…どこからだ!…どこから……ファウスト…!?」

 

 

ジョン達のいる広場から程近い高いビルの中程に、重厚なボウガンを構える少年がいた。

 

「…メフィスト…!?」

 

即座に少年は照準器のクロスヘアを周囲に走らせる。

ボウガンに発砲炎はない、しかし、あの位置にいるメフィストを射抜ける場所はどこか。

その答えを即座に見つけ出し、照準を向けた先。

 

「…!?」

 

少年は複数のアーツの光をみた。

 

 

ジョン達のいる広場を見下ろすビルで、複数の爆発が起こった。

 

「…そんな…ファウスト!」

 

メフィストは明らかに取り乱した様子でビルを見て叫ぶ。

 

「…一体何が…」

 

重装オペレーターの肩を担ぐアーミヤがジョンの方を見る。

ジョンの頬には一筋の汗が垂れていた。

 

「…来てくれたか」

 

 

『こちらレンジャー、こちらはちょうど一発くれてやったところじゃ。

…頭を狙ったんじゃがのう、まあ当たってよかったわい。

オーキッドそちらの隊は?』

 

レンジャーの無線を受けて、建物屋上にいるオーキッドは、少し離れたところにいる術師の集団に目を向ける。

 

『オーキッド隊長、アーツは当該ビルに全弾命中した。

まったく…指揮の真似事なんて柄じゃないんだが…』

 

「ナイスタイミングだったみたいよレンジャー。

いい腕ね、さすがだわ。

術師隊、ラヴァの指示に従って断続的にアーツの法擊を続けなさい。

あいつにもう撃たせてはダメ。

狙撃隊、広場入り口の敵集団に狙いを定めて」

 

『りょーかい、みんな行くよー!」

 

「…カタパルト、講習を受けたときを思い出して、しっかりね」

 

『はーい!わーかってるって!

やっこさんびっくりしてるぜー!』

 

『オレもいますから、大丈夫ですよオーキッドさん』

 

「頼んだわよアドナキエル…。

行動予備隊A6、初仕事よ。みんなと連携をとってしっかりこなしてやりましょう」

 

 

「…ここー…ですッ!」

 

アルファ部隊の狙撃オペレーターが潜む半壊した商店の裏口が勢いよく開け放たれる。

 

「うわあ!なんだ!?」

 

「あ、どうも!…フェン隊長!ビーグル、現場に到着…したみたいです!

お疲れ様です!…助けに来ましたよ!」

 

「…スポットだ、なんとか合流したぞ隊長。

A1と連携を…まあ、やってみる」

 

 

「さーてと、こっちが連携をとるA1の子はどこかなーっと…」

 

『…おーい、こーこーだーよー!

カーターパールートー!』

 

「お、みっけた!

オーキッド隊長、クルース、見つけましたよぉ!!」

 

『そんな大声で喚かない、無線機が壊れる!』

 

 

「たーいちょ、こっちはみんなと一緒にドーベルマン教官と合流したよ。

ただいま、敵部隊と交戦中さ」

 

『ミッドナイト!足を引っ張らないようにするのよ!』

 

「信用ないなあ…あ、ドーベルマン教官、うちの隊長と代わります?」

 

「全く、お前という奴は…訓練生の時から何も変わらんな。

…だが、助かった、礼を言う」

 

「そーんなそんな!教官の笑顔のためならどこへでも出張しますよ」

 

「…こちらヤトウ、行動隊E2の隊長、ドーベルマンと合流した。戦闘行動に入る」

 

「A1隊長も同様です…行動予備隊A1、慌てず騒がずしっかりと任務をこなすのよ」

 

 

「ドーン!」

 

「おわあ!こっちも!?」

 

狙撃オペレーターは勢いよく開け放たれた扉に腰を抜かしながらも、その姿を見て笑う。

 

「…助かった、来てくれたんだな」

 

「もちろん!みんなを守る!それが…私達のお仕事ですから!」

 

「おうともさ!

さあて隊長、ノイルホーンとカーディは救出隊の狙撃オペレーターと合流したぜ。行動開始だ」

 

 

ジョン達の周囲に大勢のオペレーター達が集結する。

それぞれが異なる風貌、個性、装備を身に帯びて、だがひとつ。

彼らの中で共通することがある。

それは彼らの装備の中で、きらりと輝く大小のエンブレム。

そこには守護の象徴であるルークとともにこう刻まれていた。

 

「…ドクター…ドクター!

ロドスが…ロドスが来てくれました!」

 

アーミヤが瞳を潤ませながら叫ぶ。

 

 

「…あ、ははは…形勢逆転…そう言いたげな顔だな」

 

「…いっただろう、あの花火はあれっきりしかないんだ。

賭けだったが、どうやらジャックポットを引き当てたようだな」

 

「…なんだよ、どうして思い通りにならないんだ…どうしてお前らは死んでくれない…!」

 

「…」

 

「…いやだ…たすけて…痛い…」

 

「…それが「お前」か、メフィスト」

 

「…ファウスト…!」

 

 

アーツによる爆撃で揺れるビルの中に、身を潜める少年がいる。

少年のそれではないギラついた視線を照準器に送りながら、少年はひたりと引き金に指を添える。

 

「…お前…だけでも…」

 

クロスヘアの中心には老人の姿が映る。

だが、容赦の心はない。

 

「…お前は…お前らは…メフィストを傷つけた」

 

引き金にかかる指の力が増していく。

眼球に触る土埃を意にも介さずに、少年は引き金を引き絞る。

 

「…ここで…殺す…!」

 

 

空気を切り裂く轟音が響き渡る。

およそ矢の速度ではないそれが、一つの目標にピタリと合わせて飛来する。

 

『…まずい、オーキッド!あれが…あれを撃たれちまった!!』

 

ラヴァの叫びがオーキッドの無線から響き渡る。

 

「なんですって!?」

 

オーキッドは狙撃手がいるビルをみる。

そこからはすでにそれは放たれ、紫電のようなオーラを纏って宙を切り裂いていた。

 

「まず…!?」

 

オーキッドが指示を飛ばす前に、それはすでに広場の中央に差し掛かっていた。

矢は真っ直ぐに老人に、ジョンの眉間目掛けて迫る。

ジョンだけではない、直撃すればその周囲にいるオペレーターも壊滅的な打撃を受けることは誰の目にも明らかだった。

 

その時だ。

 

ジョン達の後ろの瓦礫の山から、1人飛翔する影があった。

得物を地面に投げ捨て、ただ盾のみを手にしてそこにいた。

直後、ジョン達の数メートル上でそれが炸裂する。

とてつもない爆風がオペレーター達を地面へと押し付ける。

…だが、そこには死者はおろか、負傷者すらいない奇跡が起きた。

アーツとアーツのぶつかり合い。

強力な力同士が相殺し、ジョン達に危害を加えんとする力は消え失せた。

 

反動によって弾かれるその騎士の体を、ジョンとアーミヤ、数人のオペレーターが受け止める。

 

「ニアール!」

 

「ニアールさん!」

 

ジョン、アーミヤ、オペレーター達の声がニアールの鼓膜を震わせる。

 

「…ケホッ!…はは、なんとか、間に合ったようだ」

 

「…ニアール、ありがとう…よく仲間達を連れてきてくれた」

 

「…無我夢中で走ったさ、必死にな。

避難民に怒られたよ、あれは恨まれたかもしれない…ケホっ!」

 

「ニアールさん…」

 

「ドクター…カジミエーシュの騎士、二度目の遅参だ…ただいま助けに戻ったぞ」



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怪物

ニアールはジョンの肩を借りつつ、形の歪んだ盾を手に立ち上がった。

 

「…実を言うとな、本当にもうあれでネタ切れだったんだ。

…君が来てくれて助かった」

 

ジョンが二アールの耳に口を近づけ、小さな声で呟く。

 

「…それはいいことを聞いた。

走ってきた甲斐があったと言うものだ」

 

二アールはそう言うと額に汗の珠を作りながら笑った。

 

 

「…写真を一緒にお願いできませんか?」

 

 

「…マザーベースが…マザーベースが燃…」

 

『…彼は…彼は医者…』

 

『…達が……ボスだ…』

 

「…ボス…アウターヘブンが…」

 

 

突如として、鮮明な映像とともに強烈な頭痛がジョンを襲う。

 

「…ッグ!…アアぁ…!」

 

「ドクター!?」

 

「大丈夫ですか!?」

 

二アールの肩を支えたまま、ぐらりとよろめくジョンの体をアーミヤとオペレーター達が支える。

 

「…問題ない…少し、頭痛がしただけだ…」

 

「…ドクター…少し無理をしすぎでは…」

 

「いや、平気だ…」

 

そういってジョンは体をどうにか両足で支え、呆然とした様子で爆煙を上げ、崩壊するビルを見ていたメフィストを見る。

 

「…終わりだな」

 

「…ダメだ…そんな…ファウスト…ああ…」

 

「…お前は、殺しすぎた…兵士も…市民も…」

 

「…ッ!!殺さなきゃッ!守れないんだよッ!!自分を!友達もッ!!」

 

「そうしてしまったなら、どういう結末になるか、わかっていただろう」

 

「うるさい!黙れ!…認めるものか、こんな…こんな終わり方…こんな場所で…!」

 

髪をかきむしりながら禍々しい瞳を歪め、睨むメフィスト。

凄まじい勢いで腕を振り上げると、その周囲にいた兵士達が得物を構えて唸り出す。

 

「…お前だけは…お前だけは…殺させてくれよ…」

 

メフィスト達の動きを察知したロドスのオペレーター達がジョンの周りに集結し、守りを固める。

周囲の建物の屋上に配置されている狙撃、術師オペレーターのそれぞれが得物を構え、レユニオンの兵士たちに照準を、狙いを定める。

 

「…全隊…目標を」

 

ジョンが小さく、だがよく通る声音で命令を発しようとしたその時。

 

周囲は炎に包まれた。

 

それは広場の中央に降り立った。

ただ無造作に、ちょっとした段差を飛び越えたかのような動きでそこに立つ。

ロドスの兵士たちは重装オペレーターの盾に、半壊した建物の壁に、屋上の縁に身を隠しながらも、眼球を蒸発させるような熱に思わず身を屈めた。

それはまさに、炎そのものの具現化だった。

 

「…」

 

やがて、その熱が収まっても、ロドスは誰も声を上げることはなかった。

ただ、そこにいる者に目を奪われていた。

全ての人間が驚愕と恐怖の視線をその者に向ける中、1人だけ、慈悲を乞うように羨望の眼差しを向けるものがいた。

 

「…タルラ…」

 

漏れ出すようにメフィストの口から発せられた言葉に反応するように、女はメフィストに向かって歩き出した。

 

「遊びすぎだ、メフィスト」

 

子供のいたずらを叱る教師のような口調。

女はメフィストの腕を無造作に取ると、乱暴に起き上がらせる。

 

「…フ…ファウストが…」

 

「奴なら大事ない、すでに後方に退去させている…失態だな、なんだその様は」

 

「…ご、ゴメン…なさい…」

 

先ほどまでの狂乱ぶりが嘘のように縮こまったメフィスト。

その様子を見て女は流れるような動き踵を返すとでジョン達に向きなおる。

 

「ロドス、大したものだ。

メフィストをここまで追い込んだのはお前達が初めて…少し興味が湧いたな」

 

女は悠然と、散歩でもするかのように一歩、一歩とジョン達に向かって歩みを進める。

 

「タルラ…タルラと言いましたか…?」

 

アーミヤが青ざめた顔で女を見て呟く。

 

「…そんな…ありえない」

 

「ど、クター!」

 

二アールがジョンの肩から離れると女、タルラを睨みつける。

 

「…あれは…あれはまずい…あれを近づけるな…!」

 

「…」

 

ジョンはタルラの視線から目が離せずにいた。

淀みのそこに、澄んだ水が溜まったような鈍色の瞳。

それはただ真っ直ぐにジョンの目を射抜いていた。

 

「鉄と硫黄の燃える匂い…これはあれから発せられているのか…」

 

二アールは盾を握る手の汗に不快感を覚える。

 

「タルラ…レユニオンの暴君…」

 

アーミヤが漏れ出したかのように女の名前を口にする。

 

「あれがレユニオンの最高指揮官だと…!?

たった1人で何を…」

 

慌ててACEが盾を構え直し、額に冷や汗を流す。

 

「止まれ!それ以上近づけば攻撃する!」

 

ACEが腕を振り上げ、半壊した商店に潜む狙撃オペレーター達の指に緊張が走る。

 

「蛮勇だな、やってみるといい」

 

ACEはタルラの余裕の表情に悪寒を覚える。

 

「狙撃隊、こうげ…!」

 

「全隊、攻撃開始!」

 

ACEの命令の続きを待たずに、アーミヤが叫んだ。

 

直後、周囲を取り囲む建物から、一斉にタルラに狙撃とアーツが降りかかる。

しかし。

 

「いや、さすがにこれは鬱陶しいな…」

 

タルラの腕の亀裂が怪しく発光し、その周囲に赤い爆発が円状に放たれる。

その爆炎は降りかかるアーツの束を軽く粉砕し、矢を燃やし尽くした。

衝撃は周囲の建物を揺らし、壁の一部を粉砕し、屋上に居たオペレーター数人を宙に舞い上げた。

 

「…この程度か?」

 

タルラは何事もなかったように歩みを続ける。

その間もジョンへの視線は外さぬままに。

しかし、その間に1人の少女が間に入った。

両の手を大きく開いて。

 

「…させません!」

 

「…」

 

タルラは眉を潜めると、右手を真っ直ぐにアーミヤに対してかざした。

再びタルラの周囲に爆炎が発生し、それは圧縮されるようにタルラの右手に集束する。

前列の重装オペレーター達に緊張が走る。

 

「アーミヤ、やめるんだ」

 

ジョンはアーミヤの肩に手を置き、諭すように語りかける。

 

「ダメです!ドクターには、ドクターには手は出させません!」

 

「彼女はどうやら私に用があるらしい」

 

「だからこそです!」

 

「…アーミヤ」

 

「…」

 

アーミヤの瞳に涙がにじむ。

大きく広げられた手をゆっくりと下すと、アーミヤはジョンの隣に立った。

タルラはその様子を見て右手を下ろす、と同時に集束していた熱が周囲に消えていった。

 

「…私をみると大抵のものは瞳に恐怖をにじませる。

お前はそうではないようだな」

 

「炎には縁があるものでな、用件を聞こう」

 

「…この大きな流れの中に、小枝が一本突き立っていたので様子を見にくれば…なるほど、これは…。

…いかにも刺々しい…」

 

「詩的だな、あいにく実用書にしか興味はない、趣味は合わなそうだ」

 

「…無謀な勇気だけでは嵐を止めることはできない。

お前達には同胞殺しの報いを受けてもらう…そう思っていた、ロドス」

 

「…というと?」

 

「お前…そう、お前だ…お前に興味が湧いた…非感染者の老いぼれ」

 

「…!?」

 

再び間に入ろうとするアーミヤを、ジョンは肩を押さえて静止する。

 

「ほう、この老いらくに何を?」

 

「…その目だ…その目で…幾つの死を見届けた?」

 

「長く生きていれば人の死を見送ることもある」

 

「…そうじゃない…そうじゃない。

…その目は…死を命じる者の目だ…」

 

ジョンの眉間に深いシワが寄る。

 

「生かすも殺すも…己の一存で決めてきた者の目だ…。

敵も…味方も…その目で見送ってきた…違うか?」

 

「…」

 

「一体何人死地に追いやった…?

私の抱える指揮官達にも…お前程の目を持ったものはいない…。

なあ…私の目はお前にはどううつる?」

 

「…」

 

ジョンはタルラの見開かれた目に己の姿を移す。

そこには。

 

 

「指示を与えてくれ、ビッグボス」

 

「さすが勝利のボス!」

 

「ボス、危ない!」

 

「…ボスを…まもれ…ッ!」

 

「ボス…あなたのもとで…私は」

 

「…ボス…」

 

「あなたは…生きて…」

 

 

「…蛇は…1人でいい」

 

 

今までの頭痛には比べ物にならない痛みがジョンを襲う。

 

「…ッが!…あ、ああ…!が…あ!?」

 

「ドクター!?」

 

アーミヤが我を失ったように身をくねらせるジョンの体を支える。

 

「…目の奥に見たのは…なんだ…教えてくれ…」

 

タルラはゆるい笑みを浮かべながらその歩調を早める。

花を愛でるようにゆるりと開かれた右手を、ジョンに差し出しながら。



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犠牲

「これは…なにがどうなって…」

 

行動予備隊に救助され、その面々とともに脇道から半壊した商店へと辿り着いたドーベルマン。

そこには目を疑うような光景が繰り広げられていた。

 

「あいつは…レユニオンの…!?」

 

「ドーベルマン隊長!?」

 

狙撃オペレーターが驚きに声を上げる。

 

「…止めろ、あいつを止めろ!!」

 

ドーベルマンが叫ぶ。

直後、半壊した商店の中から、建物の屋上から、防御陣の中から。

大量の矢とアーツが飛び出し、タルラに降りかかる。

 

「…はは」

 

タルラはそれを片手に爆炎を集約させ、振り払うことで薙いだ。

そのまま速い歩調でジョンの元へと向かっていく。

 

「…タルラが…笑ってる」

 

メフィストが信じられないものを見る目でタルラを見る。

ドーベルマンは商店を飛び出し、隊列に入り込んで指示を飛ばし始める。

 

「もっと矢を、アーツを!あいつに撃ち込め!

あの怪物をこれ以上近づける…」

 

「…うるさいな」

 

タルラは素早い動きで右手を前に差し出すと、一瞬にして爆炎を集束。

まるで大気に燃え落ちる星のように、強烈な熱の光線が、前線で指揮をとり始めたドーベルマンに放たれる。

 

「………!?」

 

ドーベルマンの視界が一気に明るくなった。

光の隅にうっすら映るのは、衝撃に吹き飛ばされるオペレーター達。

光はその間を縫うように、真っ直ぐドーベルマンに向かっていく。

目を瞑る暇もない。

 

「…ぬ、おおお!!!」

 

間に割って入る影があった。

それは両の手で盾を掴み、ドーベルマンと光線の間に入る。

 

「…ニア…!?」

 

直後、アーツとアーツの強力な力の相殺で凄まじい衝撃波が発生する。

浮遊感と硬い感覚。

 

「…う、おおお!!

…だ、大丈夫ですか!?教官!!」

 

前衛オペレーター達に支えられたドーベルマンが腹部の重い鈍痛と重量感に目を覚ます。

 

「……ッあ!?

…あ、ああ!そんな…!おい、おいニアール!」

 

そこにはぐったりとして動かないニアールが、ドーベルマンを庇い倒れていた。

 

「… え………まさか…!

…治療オペレーター!早くきてくれぇッ!!

オペレーター複数名が重傷!!

…に、ニアール隊長が!…ニアールさんが!!」

 

前衛オペレーターが泣き出しそうな声で叫ぶ。

その様子を見て、タルラは足を止めた。

 

「ほう、なかなかどうして…」

 

ジョンに向けられていた瞳をニアールに向け、微笑む。

無線を聞いた治療オペレーターが複数人、隊の後列から救護に向かってくる。

 

「急いで!けが人を中に引き入れて!」

 

「…大丈夫、かすっただけだ…まだやれる…!俺の…俺の盾は…」

 

「ああ、ここに……ッァ!?」

 

盾を拾い上げた前衛オペレーターのグローブが煙を上げる。

 

「…そんな…嘘だろ」

 

重装オペレーターの中に戦慄が走る。

吹き飛んだ重装オペレーターの持っていた盾、それが赤熱し、融解していた。

 

「た、盾が…」

 

「見るな」

 

「ACE隊長…」

 

「俺たちが崩れれば隊の連中は丸裸だ」

 

「ですが…あれは…あれは本当にアーツなんですか…?」

 

「びびるな…俺たちは根性だけが取り柄だろうが、シャキッと前を向いて立て」

 

「……はい…!」

 

「全近接オペレーター!…止まらないようなら次は俺達だ、気合を入れろ」

 

『『『了解!』』』

 

重装オペレーター達は覚悟を決め、盾を持つ手に力を込める。

前衛オペレーター、先鋒オペレーター達は慣れ親しんだ武器を馴染ませるように握り込む。

ACEは胸の内に秘めた覚悟を、反芻する様に何度も心の中で繰り返していた。

 

 

「大丈夫です…気を失っているだけです。

連続で強力なアーツを使ったので、体に限界が来たんでしょう。

…ですが、早く医療設備に入れないと…このままでは」

 

治療オペレーターがエコーのような機械をニアールの体に当てて診療する。

 

「……よかった…馬鹿め…無理をして」

 

ドーベルマンは心底安心したように息を吐く。

その時、全体無線でその声が鳴り響いた。

 

『こちらACE、全オペレーターに向けて通信を行なっている。全員聞いてくれ』

 

「…ACE?」

 

冷や汗を流して倒れているジョン、そのそばにいたアーミヤが耳をそばだてる。

 

「…ACEさん?」

 

『アーミヤ、ドクター達を連れて脱出しろ、俺たちが時間を稼ぐ』

 

「…は?」

 

アーミヤの目が大きく見開かれる。

 

「な、なにを…」

 

『アーミヤ、聞け』

 

「聞けません!…なにを、なにを言ってるのかわかってるんですか!!」

 

『いいか、このままじゃ俺たちはあいつに全員焼き殺される』

 

「私は…私はロドスを見捨てません!誰かを犠牲になんてしたくありません!!」

 

『聞くんだッ!!

…いいか、全員死ぬんだ。このままじゃな。

当初の目標を思い出せ、ドクターを助けるんだろう』

 

「いやです…いや…まだ、全員で戦えば…」

 

『これ以上無駄な犠牲は出せないだろう。

なあ、アーミヤ…俺達はお前達が離脱するまで、ここで踏ん張る。

頼む、行ってくれ…!』

 

「いやです!!」

 

『…アーミヤ』

 

アーミヤの目から、大粒の涙が溢れる。

 

「みんなでロドスに一緒に帰るんです!帰りましょうACEさん!」

 

『…帰るさ、帰るとも。

お前達が脱出できそうだと判断したら俺たちも逃げる…だから』

 

「そんなの嘘だもん!!」

 

『アーミヤ…!』

 

ACEは苛立ちとも困ったようにも聞こえるこえでアーミヤの名前を呼ぶ。

 

「アーミヤさん…」

 

治療オペレーターが苦しそうに声を出しながらアーミヤの肩に手を置く。

アーミヤはその手を振り解き無線機に声を投げかける。

 

「天災…天災だってすぐそこに迫ってるんです!

…ACEさん達を残したら…きっと…」

 

『そうだな、時間がない。

…時間がないんだ、わかるだろう…アーミヤ』

 

「…いやです…私…」

 

 

「作戦会議は終わったか?」

 

剣を抜き払ったタルラが、心の底からつまらなそうに声を投げかける。

剣には先ほどとは比べものにならないほどに、爆炎が圧縮されていき、剣にまとわりついていく。

 

「…お前達のその毅然な態度に敬意を評して、しばらくの間待ったが…。

どうやら、それは時間の無駄だったようだな…。

私はその男に用がある…道を開けてもらおうか」

 

「それはできないな」

 

ACE達重装オペレーターが音をたてて盾を地面に突き立てる。

 

「…お前を、ドクターには近寄らせない」

 

「そうか…ならばお前達にはその勇気を称えて一つ、結末を用意してやろう…。

その男が目覚めた時、どのような目をするか興味がある…」

 

タルラは剣を大きく真上に上げた。

 

「アーミヤ、逃げろ!」

 

ACEが声を大にして叫ぶ。

 

「…しまった!!

全オペレーター!アーミヤとドクターを守れ!」

 

ドーベルマンがアーミヤ達の方へと走る。

半壊した商店の影から、岩場の影から、オぺレーター達がアーミヤ達、その一か所に集結する。

 

「…!!」

 

治療オペレーターが震える足を無理やり動かしてアーミヤ達の前に立つ。

 

「…やらせるか!」

 

先鋒オペレーターの男は武器を放り出して両の手を広げる。

 

「くそぉッ!」「くるならこい!」「止めてやる!」

 

控えの重装部隊は盾を幾重にも重ねて。

 

「オーキッド、今ならまだ!一斉放火じゃ!」「狙撃、術師小隊!あの女に一斉攻撃を…!」「…こうなりゃとことん、やるっきゃないじゃんねえ!」「…くそ、なんて日だ」「…よーく狙って〜…」

 

「…やるのよカーディ!」「フェン隊長…び、ビーグルも!」「…こんなことならお気に入りのマスクをしてくるんだったぜ」「俺も、まだ読んでない漫画あるんだよな…!」

 

「明日の笑顔のために…美しく散るか!」「…止めろ、縁起でもない」「ビーグルも頑張ってるのよ…!」

 

行動隊、行動予備隊の面々も、それぞれが覚悟を決めた面持ちでタルラの前に立つ。

 

「…滅べ」

 

タルラが脱力した動きで剣を振り下ろす。

次の瞬間、周りに浮かんだ塵が音をたてて燃え出した。

轟音を上げて迫りくる熱波を前に、オペレーター全員はすべての終わりを予想した。

目を閉じ、迫る激痛に備える。

 

しかし、いつまで経ってもそれは訪れなかった。

 

「…んんんん〜!

……?……っ!?」

 

涙を浮かべて目を瞑る治療オペレーターの前に、アーミヤの姿があった。

 

「…アーミヤ、さん?」

 

「わたしは、あなたを許さない」

 

アーミヤの手からは密度の高い白と黒の粒子が入り乱れた帯のようなものがいくつも放たれていた。

それはタルラの放った熱波をオペレーター達の目の前、ギリギリで食い止め、押し留めていた。

 

「…ほう…これは」

 

タルラはゆるい微笑みを浮かべる。

 

「絶対に、許しません!」

 

アーミヤは粒子をより勢いよく放射し始める。

熱波はジリジリと押され、オペレーター達から離れていく。

 

ジョンを守るオペレーター達と、そばでそれを見ていたドーベルマンが驚きの顔を浮かべて立つ。

 

「アーミヤ…1人であれを押し返して」

 

「無茶です!あんな質量のものをあの勢いで…!体が持ちません!アーミヤさん!!」

 

治療オペレーターの叫びが響く。

 

「…とても、長くは持ちません!」

 

治療オペレーターがアーミヤに駆け寄ろうとするのをドーベルマンが止める。

 

「ケルシー博士から、使っちゃダメだって言われてるんです!アーミヤさんッ!だめぇ!!」

 

「危険だ、近寄るな!…アーミヤ!!」

 

「…わたしは…大丈夫…です」

 

目も開けていられないような閃光の中で、手をかざし続けるアーミヤ。

 

「わたしは…わたしはみんなを守りたい!」

 

アーツの勢いで生まれた風が、アーミヤの瞳から出た涙を飛ばしていく。

 

「…面白い、これはどうだ…?」

 

タルラは剣をもう一薙ぎし、熱波に再び圧を加える。

 

「……つぅ!?」

 

アーミヤの両の手に衝撃が走る。

 

「…ああ、そんな…アーミヤさんが張った障壁が…燃えて…!」

 

熱波に喉を焼かれないように手で口を押さえた前衛オペレーターが声を漏らす。

 

「アーミヤ!止めろ!それ以上は…もう…指輪が…!!」

 

ドーベルマンが叫びながら、アーツの激突による衝撃に抗い、一歩、また一歩とアーミヤのもとに歩みを進める。

 

「たとえ…それでも…」

 

アーミヤは冷や汗を浮かべ、うなされるジョンを見る。

 

「ドクター…ごめんなさい…たとえわたしが…世界に害をなす存在になっても…あなたは…あなたを…わたしは……守りたい…」

 

そう言って微笑み、再び目の前の熱波に向き直る。

 

「終演だ」

 

タルラが熱波にもう一度圧を加えようと、剣を振りかぶる。

熱波は倍近い大きさになり、アーミヤのアーツはそれにズブズブと飲まれ始める。

 

「…ッ!クぅッ!!」

 

アーミヤの掌に真紅の裂傷が走る。

迸った鮮血が、後ろに近づくドーベルマンの顔に降りかかる。

 

「…ッ!?アーミヤぁ!!!」

 

「あああああああ!!!!」

 

アーミヤは目に涙を溜めながら、力を振り絞り、アーツを体の底から引き出そうと力を入れる。

 

その時だった。

 

「よし、もういいぞ…アーミヤ」

 

右の手首に温かい、人の熱を感じた。

 

「………?…?…!?」

 

「お前はもう、十分に立派だよ」

 

そこには、盾を手にしたACEが立っていた。

空いた手はアーミヤの腕におかれ、それが優しい温もりをアーミヤに与えていた。

 

「だからもう、背伸びはするな。

お前の重荷を、俺たちにも少し分けろ」

 

「ACE…さん…」

 

「救助隊、行動隊、行動予備隊、総員撤退せよ。

…アーミヤとドクターを忘れるなよ」

 

「…なにを」

 

ACEは盾を高く振り上げる。

 

「…!

今だ!重装オペレーター!総員アーツを展開せよ!」

 

重装オペレーター達が盾にアーツを集中させ、光を纏わせる。

 

「盾にアーツを集中させる時間は十分に稼いでもらった。

もう十分だ、アーミヤ」

 

「ACEさ……ッ!」

 

ACEはアーミヤを二の腕に引っ掛け、ドーベルマンの方へと放り投げる。

 

「…あ…!」

 

直後、熱波の球は重装部隊の盾のアーツに容赦なく食い込んでいく。

 

「「「おおおおおおお!!!!」」」

 

「耐えろ!耐えるん…だ!」

 

「術師オペレーター!ありったけのアーツをぶつけるぞ!」

 

オペレーター達の声が、アーミヤの耳にまで届く。

 

「アーミヤ、撤退は俺達が成功させる。

ドーベルマン!…頼んだぞ」

 

「…ああ」

 

「…ACEさ…ACE…さ…」

 

「アーミヤ、お前の道のりの無事を祈っている」

 

「…ACE……さ…」

 

ドーベルマンは昏倒したアーミヤを抱え直すと、振り返ることなく、ジョンや怪我人を担いで撤退するオペレーター達に続いて瓦礫を登り始める。

ただ一度、立ち止まり、ACEに声をかけた。

 

「ACE、ありがとう」

 

「…いけ、早く」

 

 

ACEは盾にアーツを集中させると、熱波を必死に抑える重装隊に合流する。

 

「またせたな」

 

「……へ、へへ…本当、待ってましたよ…たいちょ…がぁっ!?」

 

「…はは…ぐ…!…ああ、やっと休暇が取れるな…」

 

「…本当、ひどい会社だった…ぎ…!」

 

「…ああ…まじで…同感…だ」

 

(俺は神は、信じないからな。

今はあんたに、あんたに祈るとするよ…ジョン)

 

盾を熱波に向かって構えた途端、触れている腕が容赦なく赤熱に侵されていく。

 

(あんたとアーミヤはこれから、ここ以上に過酷な大地に、道を阻まれることになるだろう)

 

1人、また、1人と重装オペレーターが熱に侵され、蒸発していく。

その穴を埋めるように後続のオペレーター達が前に出る。

 

(その時は…頼む…守ってやってくれ)

 

術師オペレーター達が必死に放っているアーツは全てが熱に溶けていく。

 

(…気休めでも、あなた達の道筋に障害がないことを、祈ろう)

 

 

大通りをかけるドーベルマン達の背後で、巨大な爆発が起こった。

ドーベルマンは、初めてそこで振り返る。

 

「…」

 

そしてACEとそのオペレーター達に敬礼を送ると、先をゆくオペレーター達の後を追った。



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喪失

腹部の圧迫感と、激しく揺れる頭と体に、意識が少しづつ戻っていく。

朦朧とする意識の中で、周囲から声が聞こえた。

 

「…そげ…!」

 

「…くるぞ…」

 

「…物陰に…」

 

視界にはひび割れた石畳が流れていくのが映るだけ。

首を少し横に振ると、汗を垂らして走る治療オペレーターがそこにいた。

 

「…あ…」

 

「…?

…あ!ドーベルマンさん!アーミヤさんが!」

 

「…アーミヤ、起きたのか?」

 

ドーベルマンは歩みを止めることなく、アーミヤに声を投げかける。

 

「…ここ、は…」

 

「もうすぐ西端だ、車両部隊ががそこまで来ているぞ」

 

「…ACE…さんは…」

 

「…あそこに残った」

 

「…」

 

アーミヤは、その言葉の意味を理解できないようだった。

ドーベルマン達の走る大通りの先。

チェルノボーグ西端、半壊した区画管理棟の屋上で数回、フラッシュライトによる点滅信号が光った。

 

「偵察隊の信号だ!」

 

先頭を走る前衛オペレーターが、後列に向けて大声を発する。

 

「頑張れよ!…後もう少しだぞ!」

 

負傷した重装オペレーターに肩を貸し、励ましながら走る先鋒オペレーター。

 

「…隊長は…?」

 

「……帰るぞ、ロドスに…帰るんだ」

 

「……ぁあ……ぁああ…!」

 

「……帰るぞ…一緒に!」

 

重装オペレーターは負傷した自分の太腿を拳で何度も殴りつける。

先鋒オペレーターは肩を震わせながら重装オペレーターを担ぎ直す。

その様子を見た治療オペレーター達が慌てて彼のもとへ走っていく。

 

「…彼は?」

 

「…生き残りです、彼の部隊の」

 

ドーベルマンの問いに医療オペレーターが悲痛な面持ちで答える。

 

「…そうか」

 

「重い…です、後少しでこの地獄から脱出できるのに…体が…とても重い…!」

 

治療オペレータが目に大粒の涙を溜めながら走る。

 

「わたしもだ」

 

ドーベルマンが空いた片方の手で、治療オペレーターの背中を押す。

 

「…皆で…一緒に…」

 

「…そうだな」

 

息を切らして走るオペレーター達は、頻繁に後ろを振り返り、走る。

 

(誰か…)

 

(1人でもいい…)

 

(…追いかけてきてくれ)

 

(追いついてきてくれ…)

 

決して言葉には出さない思いをそれぞれに抱きながら、オペレーター達は噴煙を上げる街並みを振り返りながら走る。

ドーベルマンは目の前でオペレーター2人に担がれている男を見て思う。

 

(あいつは…ACEは、この男に希望を見ていたんだろう。

…わたしもそうだよ、ACE。

この男の指示には何度、窮地を救われたか…でも…)

 

アーミヤは自分の顔に降りかかる温かい水滴の温度を感じた。

 

(この男を蹴り起こして、どうして救ってくれなかった…そう言ったなら君はきっと…怒るだろうな)

 

 

「今攻めれば容易く狩れたものを、理解できないな」

 

「見逃せという命令なんだ、従うしかない」

 

撤退するロドスから離れたビルの屋上で、その様子を見ている2人のレユニオンがいた。

 

「W、お前は作戦開始時からここを動くことはなかったな。

あいつらの存在を最初から知っていたのか」

 

クラウンスレイヤーはビルの淵に腰掛け、手で日傘を作って遠くのロドスを眺める少女に問いかける。

Wと呼ばれた少女は屈託のない笑みをクラウンスレイヤーに向ける。

 

「…お前も理解不能だ、タルラはどうしてお前に部隊を任せるのか…」

 

クラウンスレイヤーはWに背を向け歩き出す。

 

「…あーあ、タルラが興味を持っちゃったか…」

 

Wの瞳は爛々と輝きながら脱出するロドスの一行を捉えている。

 

「次は話せるといいな…またね、ロドス」

 

 

瓦礫が散乱する開けた場所に、ドーベルマン達はたどり着いた。

チェルノボーグの西端、救出作戦の脱出地点。

治療部隊にアーミヤを預け、ジョンもそこに運び込まれたのを確認してから、ドーベルマンは覚束ない足取りで脱出地点の安全確保を担っていたE4偵察隊の元へと向かう。

瓦礫の山を滑り降りるようにして複数人のオペレーターが区画制御塔から現れる。

 

「E4副隊長のBUGGER1です。ドーベルマン教官、ご無事で何よりです」

 

「脱出地点の安全確保感謝する。

そちらは問題なかったか?」

 

ドーベルマンは先頭に立つオペレーターに状況の説明を求める。

 

「大規模な襲撃はありませんでした。

私たちが来た頃にはすでにこの有り様で…レユニオンは市街地の中枢へ

あと30分ほどで車両部隊が到着する予定です。

避難民の車両隊は数分前に出発しました」

 

「そうか、お前達が無事でよかった」

 

「は!…ニアール隊長はどちらに?

状況報告に伺いたいのですが」

 

「…ニアールは重傷を負った。

今は治療オペレーターの処置を受けている」

 

「本当ですか!…そんな」

 

「命に別状はないそうだ、心配するな」

 

「…よかった」

 

「ドーベルマン教官」

 

ドーベルマンのもとにホログラムをリストバンドから展開したオペレーターが駆け寄ってくる。

 

「失礼します。

ただいまから全部隊の点呼をとりますので、チームリーダーに招集をかけてくださると…」

 

「E4リーダーは現在治療中だ、代わりに俺が」

 

「わかりました、ではE2リーダー、ドーベルマン教官…と。

ああ、E3リーダーはどちらに?」

 

「…彼は…ここにはいない」

 

「…は?」

 

「…」

 

「で、ではどちらに…?」

 

「まさか…」

 

「彼は…あそこに残った」

 

「残った!?

も、もう天災はすぐそこまで迫ってるんですよ!」

 

「…ああ…そんな…ACEさん…」

 

「……行動隊E3は、3名を残して全滅した」

 

偵察オペレーター達に動揺が広まる。

 

「……わかり、ました…」

 

点呼をとるオペレーターは、重い足取りで治療オペレーター達の元へ向かう。

 

「一体…何があったんですか」

 

「…」

 

ドーベルマンはふらふらと歩き、近くの瓦礫に腰掛ける。

 

「ドーベルマン教官…!」

 

「副隊長…」

 

詰め寄ろうとするE4副隊長の肩を偵察オペレーターの1人が掴んで止める。

 

「今は…」

 

「……申し訳ありません、失礼します」

 

E4副隊長達は治療オペレーター達のもとへ走っていく。

 

「…………慣れないな……ぁあ…」

 

ドーベルマンの口から漏れ出した言葉は、広場の喧騒の中に溶けていった。

 

 

煙を上げるチェルノボーグの街並みを一望できる瓦礫の山に、アーミヤはいた。

膝を抱えて座り込み、どす黒い雲に覆われた空が迫る街をただ一心に眺めていた。

 

「アーミヤ」

 

そこに1人の男が声をかける。

男は右目に包帯を巻き、杖をつきながら瓦礫を登る。

 

「こんな、ところに、いたのか」

 

「…」

 

「ふう…ああ、これか…どうやら熱にやられたようでな。

ひどい熱傷で、もう使い物にならんそうだ」

 

ジョンは包帯に覆われた右目をさすりながら、アーミヤの隣に腰掛ける。

 

「まったく…ざまあない」

 

「…」

 

「よっこい、せ…」

 

ジョンはアーミヤの隣に座る。

 

「…」

 

「大体のことは治療オペレーターのお嬢ちゃんから聞いたよ」

 

「…」

 

「すまんな、約束は守れなかった」

 

「…」

 

「全員で帰る…今思えば何と無責任な約束だろう」

 

「…ドクター」

 

アーミヤはチェルノボーグの街並みから目を逸らさずに、呟いた。

 

「声が聞こえた気がしたんです、ついさっき」

 

アーミヤは続ける。

 

「燃えるあの街の広場で、まだ誰かが戦っているきがするんです」

 

2人は今、同じ場所を見ている。

 

「私は守れない、だって私はここにいる。

彼等とは、一緒に、いない…」

 

震えるアーミヤ、その双眸にチェルノボーグの炎が映る。

 

「……守れなかった……」

 

「そうだな、守れなかった。

…また、守られてしまった」

 

ジョンは続ける。

 

「守るため、銃と仲間の手を取り、戦っていた。

だが…気づけば私の後ろには己と、仲間の血の道ができている。

仲間は私が作ったその道を、最善だと信じてついてくる。

私はいつもその先頭に立っているんだ」

 

ジョンの瞳にもまた、チェルノボーグの炎が映る。

 

「私が倒れ、下を向いた時。

起き上がり前を向くと、そこにまた新たな血の道ができている。

仲間の血で作られた道が、そしてまた歩き始めるんだ。

…外れることはできない、歩き続けるしかなかった」

 

「ドクター…?」

 

「アーミヤ、聞いてくれ」

 

「なん、ですか…?」

 

「私は、お前達の信じるドクター、その人ではない。

こことは違うどこかで生きていた、ロクでもない老人だ。

思い出したよ、アーミヤ。

私は、お前達の命を預かる資格などなかったんだ。

お前達のドクターに寄生した、ただの赤の他人だったのだよ」

 

アーミヤは気づけばジョンの横顔に見入っていた。

そこには、確かに先ほどまで自分たちの指揮を取っていた人間とは、まったく別の表情をした人間がいた。

 

「私が、全て壊してしまった」

 

 

気づけば声を発していた。

 

「…ふざけないで」

 

「ふざけないでください!

彼等は…私たちは、あなたをドクターと信じて戦った!

その全てを、壊してしまったの一言で台無しにするんですか!」

 

「そんなこと…そんなことは絶対に許さない!」

 

「あの時、あの場所で、私たちと共に戦ったあなたは…確かに「私たちのドクター」だった!」

 

「「守れなかった」?…調子に乗らないで!

あなたがここと違うどこかで何をしていたかなんて知らない!

誰もあなたに守ってもらおうなんて期待していなかった!」

 

「…ドクターは…ドクターはただ、私たちに道を作ってくれました…」

 

「それは確かに、誰かの血で作られた道だったかもしれない!

でも、それは私たちロドスの道なんです!闇を照らす光だった!」

 

「私の…光の道だったんです」

 

 

ジョンはアーミヤの言葉を黙って聞いていた。

 

「逃げないで…」

 

アーミヤはジョンの襟首を掴みながらに続ける。

 

「私たちから、逃げないで…置いていかないで……」

 

「アーミヤ…」

 

「血で作られた道でもいい…私たちを導いて…」

 

そのままアーミヤはジョンの胸元にすがりつく。

 

「…ここにいて…「ドクター」…」

 

 

血で引かれたその道は、ひとつとは限らない。

流れた血の数だけ、道はある。

どれを選ぶかは、あなた次第だ、ジョン。

 

 

「私の道は…すでに途切れた。

私を殺した誰かが、業を背負い、新たに道を歩んでいるだろう。

…だが、どういうわけか、私にはまだ歩くだけの余地が残されていた、というわけだ」

 

「……え…?」

 

「ならば…ACE達の作った道を、私は進もう。道を歩もう。

いつか、その時が訪れるまで」

 

「…ありがとう、ございます」

 

アーミヤはジョンから離れ、2人は真っ直ぐに見つめ合う。

 

「…ですが、勘違いをしないでください。

あなたはただ歩むだけじゃない。

これは契約です。

あなたは私たちを指揮して、ACEさん達の血の道を作った。

投げ出し、逃げることは許しません、当然死ぬこともです。

全てを成し遂げるまで、あなたにはこれからもロドスの道を、共に歩んでもらいます」

 

 

「…私たちの「ドクター」として」

 

 



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龍門・始まり
移動都市 ロドス


1人、また1人とオペレーターが輸送車両の乗車階段を登る。

周囲には階段を踏む高い金音のみが響きわたる。

 

一台、また一台と輸送車両が瓦礫の山と化した、西端区画管理区を後にする。

出発する最後の車両、そこにジョンとアーミヤはいた。

 

俯き、一言も発しないオペレーター達を横に、2人は酷く揺れる車内の中で都市を望む。

赤く、禍々しい色へと変化した空が割れていくのが見え、そこから赤熱を帯びた岩塊が顔を出した。

それは一塊から二つへ、二つから四つへ。

まるで急速に劣化し、朽ちていくように細かく砕けると、チェルノボーグ全域に降り注いだ。

 

ジョンとアーミヤ、そしてオペレーター達は一言も発さず、ただその光景を目に焼きつけていた。

チェルノボーグ、一つの移動都市の終焉を。

 

途端に咽び泣く声が車内に響いた。

崩れ落ちるように頭を抱えるオペレーターの背中を、隣の仲間の手がさする。

炎に包まれ、崩れゆく都市に残った彼等を思わぬものはいなかった。

 

アーミヤは両の目に焼き付けていた。

その目には悲しみと無力感が映る。

乱雑に顔にかかった前髪の向こうに、彼等の顔を思い浮かべながら、かすれて発せられない言葉に口を動かした。

アーミヤはフードを被り、再び都市を目にすることはなかった。

 

ジョンは左の目に焼き付けていた。

その瞳に悲しみの色はない。

感じるのは奇妙な懐かしさと、ほんの少しの苛立ち。

そして、握りしめた拳の熱さだけ。

長い付き合いでは決してない、だが自分を信じ、共に戦い、死んでいった。

その事実が、ただ血潮を熱くさせ、失った右目の鈍痛を時折鋭いものにした。

 

やがて車列の舞挙げる砂煙が都市を覆い隠す。

黄色いカーテンの向こうに、赤く燃える都市を思い浮かべながら、ジョンはゆっくりと目を瞑った。

 

 

荒地を進む車列。

その向かう先に、巨大な建造物が姿を現した。

隣の席にいるオペレーターに説明を受けながら、ジョンはそれを目の当たりにする。

移動都市「ロドス」。

自分を助け、これから共に行動する彼等の「家」(ホーム)を載せた巨大な列車。

その異様さに言葉を失う。

 

(天災、あれを避けるために…本当にこの世界では都市が移動するのか)

 

移動都市の名前を体現するかのようなその巨大さに、ジョンはしばらく目を奪われた。

車列はやがて、ロドスの巨大な入り口から下されたスロープを登り始める。

両脇の監視塔には多くのオペレーターが配置され、それぞれが武器を手にして車列の後方を見やっていた。

 

やがて車列が検問所で止められると、黄色い防護服を着た者たちが現れる。

 

「総員降車してください、直ちに「源石(オリジニウム)」の除染作業を開始します」

 

「ケルシー先生は天災のことをご存知なのですね」

 

「はい。災禍に見舞われる前に脱出したこともわかっておりますが、念のため」

 

「わかりました」

 

アーミヤは輸送車両から下ろされた階段をおり、ジョンの方へ向き直る。

 

「さあドクター、手を」

 

差し出された手をとり、ジョンは杖をつきながら車を降りる。

その様子を心配しながら、後続のオペレーターたちも続々と降りてくる。

 

「足の方は大丈夫ですか、ドクター…」

 

薄汚れた前衛オペレーターがジョンの肩をとって支える。

ジョンは杖を防護服を着た除染用員に渡すと、大丈夫だ、と言葉を返した。

 

「それではあちらのテントで衣服を脱いで、身体洗浄を行ってください。

女性オペレーターのテントはあちらです、アーミヤさん」

 

「わかりました、ありがとう」

 

アーミヤはジョンに軽く会釈をすると、テントへと歩いていく。

 

「車両の除染を行いますので、離れてください」

 

ジョンが除染用員の指示に従い、車両から離れると、高圧洗浄機と地雷探知機のようなものを持った者達が一斉に車両の洗浄を開始する。

 

「あれは…」

 

源石(オリジニウム)の除染活動です。

ああやって細い粒子を洗い流して、大きなものが紛れていないかあの機械で検査します」

 

「それほどまでに強い毒性を?」

 

「微量であれば、そこまで悪さはしませんが、危険には違いありませんからね。

長い間触れ続けると血流内で鉱石病(オリパシー)の初期感染症状の鉱石化の兆候が現れ、やがて体表に露出します。

そして体内のあらゆる内臓活動に影響を及ぼし始めるのです」

 

(まるで…放射能汚染のようだ)

 

ジョンは前衛オペレーターの肩をかりながらテントへと向かう。

テントに入ると、中で待機していた除染用員に服を脱ぐように指示され、介助されながら服を脱ぐ。

シャワーを当てられ、ブロワーを当てられて乾燥されたのち、車を検査していた機械を当てられて服を渡される。

それは大きめのローブのような服で、胸元にネームプレートを入れるホルダーが付けられていた。

 

「…まるでオズの魔法使いだな」

 

「似合ってますよ、ドクター」

 

外にはアーミヤが待っていた。

洗浄を終え、来ている服は新品のように綺麗に。

髪も綺麗に整えていた。

 

「ケルシー先生が呼んでます、行きましょう」

 

ケルシー。

アーミヤ達がケルシー先生、ケルシー博士と呼ぶ人物。

ジョンの救出作戦の指導者であることからしても、立場のある人物であることは確かだ、とジョンは考えていた。

 

「ああわかった、行こうアーミヤ」

 

 

アーミヤに連れられ、ロドスの内部施設へと入るジョン。

全てが無機物的で機械的なエレベータホール。

そこはチェルノボーグの街並みとは違い、居住施設というより…。

 

「まるで研究施設だな」

 

「間違いではありません、移動都市と銘打っていますが、実際には鉱石病(オリパシー)の治療や研究を主に行う機関ですから。

…こちらです」

 

アーミヤはジョンをエレベーターの中へと促し、階数ボタンを押す。

エレベーターが小さい音を立てて上昇する。

やがて背面のガラス窓の向こうに、移動都市の内部構造である街並みが現れる。

 

「…本当に都市を内部に囲って移動するのだな。大したものだ」

 

「今は人工太陽ですが、天気が良い時には天井を開いて自然光を取り入れます。

…慣れれば良いものですよ、ここでの暮らしも」

 

アーミヤはそう言って窓の外を見るジョンに微笑む。

 

『A14フロア、第3研究区画階です。

ドアが開きます、ご注意ください』

 

アナウンスが鳴り、エレベーターの扉が開く。

その向こうにはガラスの個室が多く立てられ、所狭しと機械が並べられ、白衣を着た研究員がそれぞれ忙しそうに作業を行なっていた。

 

「…あ!お帰りなさい、アーミヤさん」

 

女性研究員の1人がアーミヤに気がついて声をかけてくる。

 

「お疲れ様でした…その、お話はケルシー先生から聞きました…ざんねんです」

 

「私は大丈夫ですよ、心配しないでください」

 

アーミヤは女性研究員に微笑みかける。

女性研究員は複雑そうな顔を浮かべると、後ろにいるジョンに気がついた。

 

「…アーミヤさん、この方が?」

 

「ああ、その件でケルシー先生にお話があるのですが、今どちらに?」

 

「あ、はい。今は総検診を終えて執務室の方にいらっしゃると思います」

 

「ありがとうございます」

 

アーミヤはそういうと通路を歩き出す。

ジョンは研究員に会釈をすると、アーミヤを追って歩き出した。

 

2人はやがて両開きの扉の前に立ち止まる。

アーミヤがドアに向けてノックをすると、中から「どうぞ」という声が上がった。

ゆっくりとドアを開け、2人が部屋の中に入ると、そこには書類を片手にシャウカステンに貼られた写真を見つめる者の姿があった。

 

「ケルシー先生、ただいま戻りました」

 

アーミヤの言葉に、ケルシーと呼ばれた若い女研究員は椅子を音を立てて回転させ、こちらを向く。

 

「ああ、おかえりアーミヤ。待ってたよ」

 

シャウカステンの光に、薄緑がかった白髪が煌めく。

翠色の瞳で見つめられたジョンは、不可解な感覚を抱く。

芯の底を見定められるような感覚、見た目だけでなく、深層まで暴かんとばかりの強い視線

 

「…ああ…私は、はじめまして…と言ったほうが良いかな。

それとも、おかえり…かな」

 

ケルシーの放つ怪しい雰囲気、己を見つめるその瞳にジョンは長く、細く息を吐いて真っ正面から答えた。

 

「…初めまして、と言わせてもらおう」

 

「…ああ、初めまして、ドクタージョン。

私はケルシー、ロドスの医療部門の責任者だ。

…そうか、はじめましてか…それは、なんとも…やっかいだな」

 

「…」

 

アーミヤはジョンの隣でケルシーの様子を伺っていた。

頭から生えた耳は垂れ、瞳は不安そうに、遠慮がちに開いている。

 

「…では聞かせてもらおうか、チェルノボーグに…そしてジョン、君に何があったのか、全てを」

 



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寄生と共生

「脳波計測中、心電図異常無し」

 

「ベンゾジアゼピンを追加投与します」

 

ジョンは医療用ベッドに寝かせられ、幾つもの電極を頭につけて横たわっている。

その周囲には白衣を着た医療オペレーター達が様々な機器の前に立ち、表示される数値を目で追っていた。

処置室の外、ガラス窓の向こうでケルシーがその様子を見ている。

 

「ケルシー先生、ドクターは…」

 

「これを見るんだ」

 

ケルシーはアーミヤに手にしていたタブレット端末を渡す。

 

「…これは」

 

「脳波形のサンプルだ、ドクターのな。

PRTSのパーソナル認証システムのキーとして使用するために、以前サンプリングしたものなんだが…」

 

「…?」

 

「こっちを見てくれ」

 

ケルシーはアーミヤの持つタブレット端末に指を走らせる。

 

「…これは」

 

「今現在の脳波形だ、全く違うだろう」

 

「では、ドクターはやはり…」

 

「脳波の波形パターンには明確な個人差がある。

脳という場所には未だ謎の部分が多いのも確かだが、このケースは初めて見るな。

…まるで、別人の波形だぞ」

 

「…」

 

「彼の言う通り、今の彼の中には別の人格が生きている。

…断言はしたくない、今後も心理学や行動学的見地からも検査を…アーミヤ」

 

「…私、なんとなく感じていたんです」

 

アーミヤは医療ベッドに横たわるジョンを見つめる。

 

「…目を覚ました時から、どこかちょっと変でした。

「ここがどこだかわからない」…いえ…「自分がいる筈の場所に、いない」。

そんな発言と表情をしていたんです。

最初は記憶の混乱のせいだと思いました。

でも、「あの人」はいつもどこかに、自分のいた場所の名残を探しているような…。

まるで見知った誰かを探しているような顔をするんです。

本当にあの人は別の世界からきたのかもしれない…」

 

「アーミヤ、君は…」

 

「ドクターを諦めたわけではありません。

…でも、もしそうなら「彼」が、かわいそう」

 

「…彼は重傷を負って心肺停止に陥ったと聞いた。

だとすれば、彼の脳波の乱れや記憶の混乱…いや、記憶の混濁は一時的な可能性もある。

PRTSが反応を示したことも、彼の中にドクターの意識が潜在している可能性を…」

 

「彼は私と約束をしてくれたんです、ケルシー先生」

 

ケルシーはアーミヤの発言に続く言葉を失った。

 

「…君は「彼」と約束をしたのか?

それが記憶の混濁にどう影響を及ぼすか、考えはしなかったのか?

…もし、彼の意識があのまま定着したら、ドクターはもう…それはもう、「死んだ」ということになるんだぞ」

 

「わかっています。

でも、ロドスは今、彼を失うわけにはいかない。

彼はドクターに引けを取らない…いえ、もしかしたらそれ以上の指揮能力を」

 

「その指揮の結果、一部隊を失った」

 

「あの状況では誰が指揮をとっても、犠牲者は出ていました。

…私は、彼が抑えてくれたのだと考えます、あれが最小の被害だと。

それに、ACEさん達の死は私にも大きな責任があります」

 

「アーミヤ…」

 

「彼は約束を、契約を交わしてくれました。

ロドスと共に歩んでくれると」

 

「言葉など、いくらでも彩りをつけられるんだぞ」

 

「言葉だけの契約ではありません。

彼と…ドクターと私は血で契約を結んだんです」

 

「血の…契約…?」

 

「それは彼と私の血ではありません。

彼の歩んできた道と、ロドスの…私たちの歩んできた道。

お互いの仲間の血で固められたその道を、一つにすると言ってくれました。

…私は、彼のその言葉に「意思」を感じました」

 

「言葉の、意思…」

 

ケルシーはジョンを見る。

 

「それに…その道の進む先のどこかに…ドクターがいる。

彼の探す場所への道しるべも…どこかに。

…私はそう信じたいんです」

 

 

ジョンの救出作戦から3日後。

 

ーAM・5;57

ー今日の天気は曇り・有視界距離は17Km

ー現在ロドスは龍門外観区画から4Kmの地点を走行中です

 

ベッドの脇の電子モニターが文字を羅列する。

 

「…」

 

『ドクター、ドクタージョン』

 

「…ん」

 

『対象の覚醒レベルの上昇を確認しました。

グッドモーニング、ドクター』

 

「あいも変わらず…おしゃべりな…めざましだな」

 

『私をお忘れとは悲しいです、ドクター。

PRTS、あなたの相棒ですよ。

目覚まし機能はあなたのベッドの脇です、ご要望とあればスヌーズ機能をオフにしますが?』

 

「…めざましに相棒はいない、今までも、これからもな」

 

『対話の過程で察していただけると思ったのですが、どうにもうまくいきません。

ドクター、私はロドスの作戦指揮補助システムのPRTS、目覚ましでは…』

 

「おい目覚まし、クローゼットの着替えをどこにやった?」

 

『昨晩、クローゼットではなく洗面所におけという指示を「あなたから」受領しましたが』

 

「おお、そうだった。

朝風呂のたびにお前に覗かれるのが耐えられなくてそうしたんだった」

 

『私はロドスの目であり手であり足です。

見たくなくても見えてしまうのですから、もう大変です』

 

「ならこの部屋にあるカメラは全てマジックで塗り潰したから安心だな」

 

『本当なら保安規約上、タイッヘン問題のある行為なのですが、ケルシー先生がため息を吐きつつ許可されたので黙認しましょう。

私はシャワーの音だけで我慢することにします…はー…』

 

「今度はスピーカーというスピーカーを叩き割ってやろうか」

 

『私からおしゃべりを奪うと後が怖いですよドクター』

 

「それは良いことを聞いた、お前の弱点は口を塞がれることだな」

 

『会話という大変ローカルな意思疎通手段は我々AIにとって成長を助ける促進剤となるのです。

それに私という話し相手がいないと、外に出ないあなたは寂しいでしょう』

 

「外に出ないんじゃない、出れないんだ。

おかげさまで外出意欲は増す一方だ、進行形でな」

 

『そんなあなたに朗報です。

ケルシー先生が外出許可を出しました。

「たまには外に出して太陽光を浴びせないとな」とのお言葉付きです。

作戦会議室にお越しください』

 

「私は亀じゃないんだぞ」

 

『コードネームは「オールド・タートル」で決まりですね』

 

「…じゃあお前は「ピーピング・トム」で決まりだな」

 

『なんです?』

 

「…覗き魔って意味だ、じゃあ行ってくる」

 

『私の発声はロドスの女性サンプルボイスを組み合わせて作られた理想形であって決して男性のそれでは…。

…行ってらっしゃいませ、ドクター』

 

 

「あ、ドクター!

おはようございます」

 

作戦会議室の扉の前に、偶然アーミヤと同じタイミングで到着するジョン。

 

「今朝は顔色もいいようで、お身体の具合は?

足はもう、杖なしで動かれても大丈夫なんですか?」

 

「ああ、もうすっかりな。

…それよりも、あのAIをなんとしてくれ、日に日に厚かましさが増していく。

そのうち「私はお前の母親だ」とかなんとか言い出すぞ、まるで悪夢だ、信じられん」

 

「あはは、仲良くやれてるようで安心しました」

 

「おい、私はそう捉えられるようなことは一言も…」

 

「私も今日から元気に本格復帰です!

ドクターの補佐に回りますので、よろしくお願いしますね!」

 

「…それは何よりなんだが、AIをだな…」

 

「それよりもドクター」

 

「いや、結構重大な問題…」

 

「今日から新たな任務が発令されます。

もちろん、今日からドクターにも本格的に任務をこなしていただくことになりますからね」

 

「…」

 

「ドクター?」

 

「…ああ、わかった」

 

アーミヤはキョトンとした顔をして、扉を開く。

 

「きたか、ドクター」

 

席の並べられた円卓。

その一席にドーベルマンの姿があった。

 

「君は、確かドーベルマン、だったな。

すまんな、この歳になると人の名前を覚えるのも一苦労でな。

…以前はそんなことはなかったのだが」

 

「気にするな、あれだけ過酷な任務だったからな。

ロクに話せずに別れてしまったから、また会えて嬉しいよドクタージョン。

改めて礼を言わせてくれ、あの時は世話になった、ありがとう」

 

ドーベルマンはジョンに右手を差し出す。

ジョンはその手を取り、硬い握手を交わす。

 

「彼は君の友人だったと聞いた…残念だ」

 

「そのことについてはもういいんだ。

私の中でもう折り合いはついている。

伊達にロドスに長くいるわけじゃない、ああいうことが起こるのが戦場だ」

 

「そうか…」

 

「ああ、だからそんな顔をするな、虐めているみたいだろう」

 

ドーベルマンはそう言って笑う。

 

「ではドクター、アーミヤ。

私から現状を説明しよう」

 

ドーベルマンはそう言って2人に椅子を引き、座るように促す。

2人が席につくと、ドーベルマンはタブレット端末を操作し、卓上にホログラムを投影する。

 

「チェルノボーグの作戦では、損害は大きかったものの。

目的であるドクターの救出に成功。

その際、レユニオンに関する重大な情報も大量に手に入った」

 

ホログラムには仮面の兵士が街に放火する姿、憲兵隊が懸命に拠点を守る姿、市民が必死に逃げる姿が投影される。

3人はそれぞれに思うことがありながらも、それを表情に出さずに映像を注視した。

 

「戦略的には十分に成功と言える戦果だ。

資料で確認されているレユニオン幹部の姿のほとんどを映像に収めることができた。

…特に、こいつだ」

 

ホログラムにタルラの姿が投影される。

 

「狙撃小隊の中にいた記録保管要員が撮影したものだ。

タルラの力はその多くが謎だった。

炎を操る「らしい」という会話が作戦会議で堂々使われるくらいにはな。

だが今回の一件でこいつの力の一端を、我々は身をもって知ることになった。

知った上で、生きて帰れた。その重大性を、その意味を、君らなら理解できるだろう」

 

アーミヤは黙ってうなずき、ジョンは画面の向こうで自分に向かって歩みを進めるタルラを見つめる。

 

「現在研究班が対応策を模索中だ。

…そして、次の我々の行動についての話になるのだが」

 

ドーベルマンは端末を操作し、巨大な建造物のモデル画像を投影する。

 

「「龍門」、我々は現在。

チェルノボーグ近郊から離脱、一番近い距離にあったここを目指して移動中だ。

通信会談の結果、ロドスと龍門は情報の交換を条件に移動都市間渡航契約を取り交わすことができた。

そして情報交換の過程で、次にレユニオンが狙うのはこの龍門の可能性が高いという結論を上層部はあげた。

…詳細な部分は先行して龍門入りしているケルシー先生の判断待ちだが」

 

「物資の提供と渡航の許可、その条件としてロドスは龍門外観区画の警備、防衛任務を行うことになりました」

 

「龍門が条件に警備、防衛をあげたのはおそらく」

 

ホログラムにニュース画面の映像が流れる。

 

『ドローンによる空撮画像をご覧ください。

これは、現在の龍門外環部の検問所上空です。

先日のレユニオンの凶行によって、壊滅的な被害を受けたチェルノボーグからの避難民達が押し寄せています。

政府は現状、彼らの入国を許可しておらず、ゲートの前では大勢の避難民が…』

 

「これだ」

 

「チェルノボーグからの避難民が、大勢龍門に向けて移動しています。

これは今朝のニュースですが、これからもっと増えるでしょう」

 

「…おそらくはレユニオンの工作員も混じっているはずだ。

市街戦での指揮能力はすでに見せてもらったが、龍門は特殊な都市だ。

ドクターには我々の演習に参加してもらい、作戦メンバーの取り扱いに慣れてもらう。

今回は時間があるからな、ゆっくりと彼らの特徴を把握してくれドクター」

 

「…わかった、それでは君の教え子達に会いにいくとしようか、ドーベルマン教官」

 

「私の部下だけではないぞ、ロドスと連携を結んでいるPMCや警備企業も参加する。

みんなベテラン揃いだ。

私の部下も自慢できるものではないが、仕事はできる者達だ、可愛がってやってくれ」

 

「ああ、その点に関しては自信がある、任せてくれ」

 

「が、頑張りましょうね!」

 



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キルハウスで会いましょう

ジョン達はドーベルマンに連れられて、ロドスの訓練棟に訪れていた。

大きな運動公園のような広さの屋内訓練場に、あらゆる状況を想定した施設が立ち並ぶ。

遠、中距離の狙撃、射撃訓練場。

CQB(近接戦闘)訓練を行う建物。

格闘訓練のためのゴムマット。

基礎体力を養う運動場に障害物コース。

果ては天候変動を想定したシュミレーション施設まで。

ドーベルマンの説明を受けながら、高い視点から施設内を一望できる通路を歩くジョン達。

 

「これほどの設備はなかなかお目にかかれないな、素晴らしい訓練場だ」

 

「ロドスの自慢の一つなんだ。

一国家が抱える国軍や憲兵団の訓練施設と比較しても、遜色ないものになっている」

 

「任務のない者や連携企業のオペレーター達も、非番の日はここで過ごすことが多いですね」

 

ジョンは運動場で汗を流す屈強な男達を目にする。

 

「彼らは?」

 

「あれはまだ新米のヒヨッコどもだ、まだ実戦に出すには心許ない新兵だよ。

ドクターに紹介したい連中はこの先にいる」

 

ドーベルマンの案内の元、ジョン達は通路を移動する。

その先には市街地を想定した仮想訓練場があり、複数のオペレーター達が訓練に勤しんでいた。

 

「ビーグル、目の前の敵を引きつけて!

行動予備隊、前進!」

 

オペレーター達の前にはホログラム投影された仮想敵が武器を手に迫っている。

 

「行きますよー!それー!」

 

「クルース!ビーグルの隙を埋めて!」

 

「わかってるよ〜…!ここだ〜!」

 

「隊長、私は2階から援護するぞ」

 

「私も行くよー!」

 

「ひっついてくるな」

 

「でも〜」

 

「ちょっと2人とも、喧嘩してないで行くなら早く行く!」

 

「…ちっ」「ほらー、早く行くよ!」

 

ドーベルマンがこめかみを抑えつつその様子を見ている。

 

「彼らは…」

 

「…紹介したかった連中だ。

まったく…」

 

ドーベルマンはリストバンドからホログラムを展開すると、ドクターの目の前に投影する。

そこには名簿と顔写真が表示されていた。

 

「行動予備隊A1。

つい最近、編成された新しい部隊だ。

隊長は、この少女。

あそこの青髪のがそれだ」

 

「…確かにいい動きをしている。

少数精鋭部隊の卵といった感じだな。

だが、まだ子供じゃないか」

 

「年齢層は確かに、だが経験値は高い。

すでに防衛任務から要人警護まで、ある程度のことはこなしてきている」

 

「あの盾を持っている子は、見た顔だな」

 

「彼らはあなたの救出任務に参加していたからな」

 

「.…そうだったのか」

 

『…貴様ら!!

何をチンタラとやっている!よくそんな様で生き延びてこれたものだ!

陰でこそこそ逃げ回ってきたのか!?ああそうか!納得だな!』

 

突如としてドーベルマンが備え付けられたマイクに怒声を向けた。

その声を聞いた行動予備隊A 1の面々は飛び上がる。

訓練が中止され、仮想敵が消えていく。

 

『早く上に上がって来い!

お前達に会わせたい人がいる』

 

ドーベルマンが呼びつけると、彼らは息を切らしながらジョン達のいる階へ上がってきた。

青髪の少女が息を整えて落ち着けると、ジョン達に向かって敬礼をした。

 

「行動予備隊A 1リーダー、フェン。

ただいま参りました!」

 

「君とは初めてだな。

ジョンだ、よろしく頼む」

 

「ではあなたが…よろしくお願いしますドクター!

お顔は合わせておりませんが、あなたの救助作戦には参加を!

作戦記録を見ていくつかお聞きしたいことが…」

 

「あ、ドクター!」

 

メガネをかけた小柄な少女が駆け寄ってくる。

明るい赤髪に赤縁メガネ、年端のいかない体躯に合わない大きな盾と長剣を携え、フェンの隣に立つと眩しいまでの笑顔を見せた。

 

「救助作戦の時にチラッとお顔を拝見しました!」

 

「ああ、君のことは覚えてる。

元気な声が私のところまで届いていたからな」

 

「えへへ、またお会いできて嬉しいです!」

 

「…ドクター、この子はビーグル。私の隊の重装オペレーターです」

 

「ビーグルっていいます!よろしくお願いします!」

 

「よろしく」

 

「そして…ほら皆」

 

フェンが手で前に出るように促すと、3人の少女がジョンの前に立った。

ボウガンを手にしていることから、狙撃オペレーターであることが窺える。

 

「はいはーい!クルースですよぉ。

フェンちゃんとビーグルちゃんとは同期です〜。

よろしくお願いしますねぇ〜」

 

小麦色の髪、ウサギの大きな耳をパタパタと振る少女が前に出る。

 

「よろしく、クルース」

 

「ドクターは背がおっきいですねえ」

 

「そうかな」

 

「そうですよお、頼りになりますう。

ところでこれはいま夢、それとも現実ですかあ?」

 

「…なんだって?」

 

「ちょっとクルース!」

 

慌ててフェンがクルースの頭をはたく。

 

「…いたーい…。

ということは、夢じゃあないのねぇ。

ありがとうー、フェンちゃん」

 

「…こういう子なんです、お許しを」

 

「…いや、気にするな」

 

ジョンが深く頭を下げるフェンに慌てていると、残りの2人が前に出てくる。

 

「…ラヴァ、術師だ。色々と訳があって、ここで働いてる。今はまだ、な」

 

「治療師のハイビスカスです!ハイビスって、呼んでください!

まだ医師見習いという立場ですが、治療から健康管理まで、なんでも任せてくださいね!」

 

見た目のよく似た2人が自己紹介をする。

髪の色は赤味がかった紫で、1人はバツが悪そうに、もう1人はにこやかにしている。

 

「2人は姉妹なのかな?」

 

「双子なんです!私が姉、ラヴァが妹になります!」

 

「…ただ生まれたのが数時間先ってだけの話だろーが…」

 

「それがお姉ちゃんっていうのよ」

 

「…ちっ」

 

ラヴァが不機嫌を隠さずに舌打ちをする。

ハイビスカスがその様子に頬を膨らませていると、フェンが大きく咳払いをした。

 

「…お見苦しいものを、申し訳ありません」

 

「いや、訓練を少しだが見せてもらった。

子供だと思っていたが、基礎はしっかりと積んでいるようだ、大したものだな。

君がよくまとめているのが、私にもよくわかる」

 

「…そ、そう言っていただけると嬉しいです!」

 

フェンが顔を紅潮させてジョンを見つめる。

ジョンは腕組みをしてフェン達を見渡すと。

 

「だが子供は子供だ。

無理はせず、しっかりと励むように…こういう言葉は耳にタコかな?」

 

ジョンがドーベルマンに視線を向けると、クルースが笑い声を吹き出し、フェンに再びはたかれる。

ドーベルマンはその様子にため息を吐く。

 

「自己紹介は終わった、以上だな?

ならさっさと訓練に戻れ!」

 

「「「はい!」」」

 

ドーベルマンの鶴の一声でフェン達は慌ただしく訓練場に戻っていく。

 

「…君は私のメンツを貶めたいのかな?」

 

「いやいや、そんなことはないドーベルマン。

…君はメンツなんぞにこだわる人間じゃないだろう。

訓練の内容がしっかり身についているのは、あの訓練の動きを見ればわかる。

君の教えが身に染みている、いい部下達だな」

 

「…ならいいのだがな」

 

ドーベルマンは満更でもないのか、尻尾を軽く振ると訓練に再び精を出すフェン達を見る。

 

「…あいつらは感染者で構成された部隊だ。

アーツの取り扱いに関しては健常者の比ではない。

フェン、ビーグル、クルースは警備部に配属されていたから技能も高い。

だがまだ若いからな、指揮官は有能なものに願いたいというのは…なんといったらいいのか」

 

「ああ、それは親心だな。

私にもいくらか経験がある」

 

「なら、大事に扱ってやってくれ。

…その時が来たらな」

 

「それは責任重大だな。

もちろんだ、ドーベルマン教官」

 

 

市街戦を想定した訓練場から少し歩くと、休憩中のオペレーター達が集う広場に到着する。

 

「…どこの世界でも、こういった場所の雰囲気は変わらんな。いいものだ」

 

「うん?

…まあ、訓練の質以上に、こういった娯楽や休憩スペースは重要だからな。

その辺りはロドスの上層部もよくわかっている…おおらかすぎるのも問題だがな」

 

見るとそこには売店、自販機にフードコート。

外部からやってきた商店やフードトラックまで、まるでアミューズメントパークのような賑わいになっていた。

 

「私も休憩中はよく利用しますよ、特に今週来ているあのタコスのトラックは絶品です」

 

「そうか!なら試しに…」

 

「ドクター、ダメですよ。今は職務中です」

 

「…ならその情報は酷と言うものだぞアーミヤ」

 

「後で一緒にきましょうね」

 

「…」

 

ドーベルマンはアーミヤとドクターのやり取りを見て微笑むと、設置されているテーブルの一角に一つの集団を発見する。

 

「どうやら予想通り、あいつらもここにきているようだ。

さあ、いくぞドクター」

 

「…タコス、タコスか」

 

「行きますよ、ほら」

 

「…タコス」

 

 

「お疲れ様です、皆さん」

 

アーミヤが声をかけると、テーブルに腰掛け、飲み物や食べ物を口にしていたオペレーター達が一斉に振り向く。

 

「あ!アーミヤさんだ!」

 

ピンクがかった白髪を踊らせながら、勢いよく立ち上がる少女。

少女の肩を押さえて口についたソースを拭き取る、落ち着いた様子の少女が口を開いた。

 

「こ、こんにちはアーミヤさん」

 

「すいませんメランサさん、お食事中に声をかけて…今は大丈夫ですか?」

 

「はい、問題ありません」

 

「珍しいですね、アーミヤさん。

フードコートでお会いするなんて、いつぶりだろう」

 

頭の上に光輪を浮かべた青年が、手にしていた飲み物を置いて立ち上がる。

 

「あはは、私は皆さんとあまり休憩時間が被りませんからね」

 

「アーミヤさんは休憩時間が短すぎるんです、職務時間に合わせた休憩を取らないと、体に毒ですよ」

 

ウサギ耳を肩まで垂らした中性的なオペレーターがアーミヤのそばに寄ってくる。

 

「体調不良を感じたらすぐに医療部に連絡してくださいね」

 

「だ、大丈夫ですよアンセルさん」

 

「ところでアーミヤさん、その方は?

…僕、どこかでお会いしたような…拝見したような…作戦記録かな…」

 

狐のような尖った耳をはやした青年がジョンを見て問いかける。

 

「ああ、彼…ドクタージョンのことで、君たちに話があってきたんだ」

 

ドーベルマンがジョンの肩に手を置いて答える。

 

「やっぱり!ドクター、あなたの作戦指揮は作戦記録で何度も拝見しました!」

 

狐耳の青年がドクターの元へ寄ってくる。

青味がかった白髪は、日の光を受けた山並みの雪のように光り、藍色の瞳を煌めかせながらジョンを見つめた。

 

「術師のスチュワードです、よろしくお願いしますねドクター」

 

「ああ、よろしくスチュワード…いい尻尾だな」

 

よく見るとスチュワードの後ろにはわさわさと揺れる大きめの尻尾がある。

 

「え、そうかな…確かに僕みたいな尻尾は目にすることは少ないかもですね」

 

「訳あって、耳や尻尾の生えた者には縁がなくてな。

すまない、変なことを言ったならあやま…」

 

「私の尻尾も触ります、ドクター!?」

 

気がつくと、ジョンのすぐ隣に鼻息を荒くして立っている少女がいた。

グラデーションのかかったピンクがかった白髪を揺らしながら、期待の瞳でジョンを見上げる。

生えた尻尾はまるで遊ぶ指示を待つ犬のように揺れていた。

 

「うおぉ…!?

き、君は…?」

 

「重装オペレーターのカーディです!」

 

「そ、そうか…よろしくなカーディ」

 

「それで!?」

 

「それで…?」

 

「触りますか!?尻尾!」

 

「いや、それは…」

 

「落ち着いてカーディ…」

 

ジョンに迫るカーディの首根っこを、音もなく近寄って吊り上げる少女。

 

「ドクターが困ってる…」

 

「…クーン」

 

「君は…」

 

少女はカーディを抱え込み、恥ずかしそうにその後ろに隠れる。

ワインレッドの髪と、猫科のようなしなやかな動き。

赤い目はきょどきょどと、ドクターと目線を合わせないように動き回っていた。

 

「…え、えと…め、メランサ、です。

行動予備隊、A4の、リーダー…ということに…なってます」

 

「そうか、よろしくなメランサ。

様子を見るに、私のことはもう知っているのかな」

 

「は、はい…作戦記録を見ましたし…あ、あなたの救助作戦にも…参加を」

 

「私も私も!参加しましたよ!ドクター!」

 

メランサに抱えられながら、わさわさと動き回るカーディ。

 

「……はわ…」

 

「うっふ!?…く、苦しいですメランサちゃん…!」

 

顔を真っ赤にしたメランサがカーディの首を抱きしめている。

その後ろから、先ほどアーミヤの体調を気にしていた青年(少女?)が寄ってきた。

 

「あ、あんまり見つめないであげてください。

メランサさんはあまり人慣れしていないので…」

 

「そうだったのか、すまない」

 

「…」

 

メランサはカーディを締め上げたまま頷く。

 

「ドクター、私はアンセルと言います。

行動予備隊A4所属の医療オペレーターです。

よろしくお願いしますね」

 

アンセルはそう言ってドクターに頭を下げる。

色素の薄い髪に垂れた耳、少し高めの声色と、小柄な体型。

すぐ目の前にアンセルが寄ってきても、ジョンはまだ判断が付かずにいた。

 

「ああ、よろしくな…ところで君は」

 

「…男か、それとも女か…ですか?」

 

「…いや…」

 

「…やっぱり髪形かなあ…コータスは耳の関係で、短く髪を切りづらいんです。

こんな見た目ですけど、れっきとした男性ですよ、ドクター」

 

「…気を悪くしたなら謝る、歳を取るとどうもな…」

 

「気にしないで、よく言われるんです」

 

アンセルはそう言って笑った。

その後ろから姿を現したのは、頭に光輪を浮かべた色の薄めな青年だった。

すらりとした体躯に白と黒を基調にした装束。

それらも相まってか、彼はまるでこの世の住人ではないような雰囲気を纏わせていた。

青年は恭しくお辞儀をする。

 

「こんにちはドクター。

面識はないでしょうが、実はオレも初めましてではないんです。

救援として、あなたの救助作戦に参加していました」

 

「…そうか、どうやら君たちにも迷惑をかけていたらしいな」

 

「迷惑だなんてそんな…最良の結果とは言えなかったかもしれませんが。

オレは、あなたとまた会えて嬉しいです、ドクター」

 

そう言ってアドナキエルは右手を差し出す。

ジョンがそれに応えると、カーディがメランサの拘束から逃れて寄ってくる。

 

「いいないいな!ドクター、私も握手したいです!」

 

「いいぞ、減るもんじゃないしな」

 

「わーい!」

 

一通りの挨拶を済ませたと判断したドーベルマンが、ドクターにすがりつくカーディを引き剥がすと、一行は別の訓練施設へと向かった。

 

 

ドーベルマンに案内されたそこは、オペレーター達の詰所の一つのようで、ある程度の生活雑貨と日用品、そしてロドスの各部隊の動向を表示するモニターが設置されていた。

その奥のあたり、様々な機器の設置された机に向かう、1人の女性にドーベルマンは声をかける。

 

「オーキッド、今忙しいか…?」

 

「…見てわからない?ドアにも貼っておいたでしょう、「忙しい」って」

 

「そう言うな、紹介したい人がいる」

 

その言葉を聞いて、画面から目を離した女性は、いかにも仕事に追われるビジネスマンといった風貌だった。

青いグラデーションのかかった髪を手で纏めながら、オーキッドはこちらを見る。

その目は疲れ切っていて、ドーベルマンを見据えるとため息をはいた。

 

「…もう使えない事務員は必要ないわよ、みんな3徹ぐらいでへばっちゃって…だらしないったら」

 

「いや、そうじゃないんだ…だがもっと優秀なやつをよこすようには報告しておく」

 

「なら何よ」

 

「彼を紹介したくてな」

 

「…?」

 

ジョンはドーベルマンの隣に並ぶと、申し訳なさそうに挨拶をした。

 

「すまない、忙しい中時間をとらせてしまって」

 

「…あら、ドクター君じゃない、久しぶり…と言っても、あなたは私と会ったことはないわよね」

 

オーキッドは立ち上がると、右手をジョンに差し出した。

 

「オーキッドよ、行動予備隊A6の隊長…兼事務員ってところね。

よろしく、ドクター君」

 

ジョンは握手に応えると、オーキッドの発言に問いかける。

 

「ああ、よろしく頼む…では君も?」

 

「ええ、あなたの救助に参加したわ。

久しぶりの実戦だったから、気合を入れていたけど…まさかレユニオンの指導者とかち合うなんてね。

ロクに活躍もできずに撤退して…今は事務屋の仕事に逆戻りって訳よ」

 

「…それはなんとも、耳が痛いな」

 

「あ、勘違いしないで、嫌味を言ったつもりはないの。

…嫌味を言いたいのはロドスの上層部によ、給料もらってるから下手なことは言えないけどね。また会えて嬉しいわ」

 

「こちらこそ、これからよろしく頼む」

 

「もうしばらくすれば、彼らも帰ってくるはずだけど…。

私に差し入れをするって言ってしばらく戻ってきてないのよね、何してるんだか」

 

 

オーキッドがそう言って椅子に座り、肩肘をつくと。

 

「たーだいまぁ!」

 

詰所のドアが大きい音を立てて開け放たれた。

 

「…ちょうどきたみたい」

 

「あれぇ!なんすかなんすか?

いっぱい人がいるー!」

 

馬の耳を生やした茶髪の少女が、元気いっぱいに大きな身振りで部屋を見回す。

露出の多い服装にジャケット、腰に下げられたグレネードの発射機のようなものから、狙撃オペレーターだろうか。

 

「うわ!ドーベルマン教官!…こ、こんちわ」

 

「…元気そうで何よりだな、カタパルト」

 

ドーベルマンは血管を軽く浮かせながら少女を睨みつける。

 

「く、くるなら言ってくれればいいのにぃ…へへ。

あ、アーミヤさんも、こんにちは!」

 

「くると言っていたらお前はここに来ないだろう…紹介したい人がいる、他のものは?」

 

「へ?…あれ、みんな一緒に来てたはずっすけど…」

 

そう言ってカタパルトは後ろのドアを見る。

すると、そこからひょっこり、頭を出す形でハイエナの顔が現れた。

 

「カタパルト…お前…ドアを押さえといてくれって…言ったじゃねえか」

 

そういて足を器用に使って扉を開けると、ハイエナ頭の青年は大量の漫画本を抱えて部屋に入ってきた。

 

「あ、ごめーん」

 

「ごめんじゃ、ねえ…!」

 

漫画を近くの机に下ろすと、青年はジョン達に向き直る。

パンクな服装にパーカー、顔の至る所にピアスを入れた青年。

そして何より、ハイエナが立って歩き、言葉を話していると言う事実に、ジョンは驚きに胸を躍らせた。

 

「あ、客か…ってドーベルマン教官、どうしたんすか?」

 

「スポット、邪魔しているぞ」

 

「それはいいんすけど…なんすか、ミッドナイトがまた何か?

それともカタパルトがやらかしたんで?」

 

「ちょ…何その言い方!まだバレてませんよーだ!…あ」

 

「…ほう、その発言には興味がある、話が終わった後も時間をもらえるかな、オーキッド」

 

「どうぞー」

 

「ね、ねえさん〜そりゃないよぉ…スポットぉ…」

 

「オレぁしーらね」

 

「何なに〜今日は賑やかだねえ!パーティーかな!!」

 

そう言って扉の向こうからスタイルの良い青年が現れる。

赤いワンポイントの入った、腰まで伸びる長い髪。

整った風貌と胸元の大きくはだけた服装、緩く流れるようなその目線から、「たらし」の雰囲気をジョンは感じとる。

 

「あ、ドーベルマン教官にアーミヤさん、俺に会いに来てくれたの?」

 

「こんにちはミッドナイトさん」

 

「それ以上寄るなよ、私たちに寄ったらフレイルを股間に打ち込む」

 

「…そう言う気分じゃないみたいだね」

 

「そう言う気分の時などないからな」

 

「寂しい夜に人恋しくなるときがその時さ…そのときは遠慮なく俺を呼…」

 

「ミッドナイト、客人よ、お行儀良くしなさい」

 

オーキッドが鋭い言葉を男に投げかける。

 

「お客人?

…あ!これはこれは、ドクターじゃないか!」

 

ミッドナイトはジョンに駆け寄ると、その前で恭しくお辞儀をする。

 

「ご機嫌ようドクター…あなたにとっては初めましてかな?

ミッドナイト、あなたの剣になる男だ…気軽に名前を呼んでくれても構わないからね」

 

「これはこれは…君の声は聞いた覚えがあるな」

 

「…本当かい?」

 

「ああ、無線でだ。

よく通る良い声だった」

 

「ああ!それは嬉しいな!昔からこの声は褒められててね!」

 

「じゃあ、やはり…君もあの場にいたのか」

 

「ああ……みんなが笑顔になれる結末ではなかったけど、あなたを守れた。

…ああいう結果には慣れていないが…色々とあなたには話を聞きたいし、今度一杯やらないか?奢らせてくれよ」

 

「…ああ、もちろんだミッドナイト」

 

ジョンはミッドナイトと硬く握手を交わす。

 

「へえぇ!じゃああんたがドクターっすか?

じゃあじゃあ!あたしも見てたりします?」

 

そう言って馬の耳をした茶髪の少女が、ミッドナイトの隣から顔を出す。

 

「…いや、君は」

 

「見てないっすか!?

…まあ、屋上にいたし、仕方ないか。

アタシはカタパルトでーす!

よろしくね、渋いドクターさん!」

 

そう言ってカタパルトはジョンの手を取って握手をする。

 

「ミッドナイトとパーティーするなら、アタシも呼んでくださいねっ!」

 

「それは良い、よろしくカタパルト」

 

「はーい!やったやった!」

 

「スポット、君も挨拶をしたらどうだい?」

 

ミッドナイトが声をかけると、ソファに腰掛けていたスポットが、読んでいたコミックをずらして顔を出す。

 

「…どうも、行動予備隊A6の重装担当、スポットっす。

…まあ、よろしく…って、おわ!?」

 

やる気なさそうにしているスポットを見かねて、カタパルトが腕を掴んでジョンの前まで連れてくる。

 

「ほぉーら、しゃきっとするっ!へへ!」

 

「お、お前…仕返しか…?

…え、ええ…あ〜…よろしく、お願いします…ドクター」

 

「あ、ああ。

…失礼だが、君は…」

 

「…あ、レプロバ人は初めてっすか?」

 

「レプロバ?」

 

「俺みたいな見た目の連中っすよ。

まあ、どんな顔をしてるかでなんとなく、わかるもんっすからね、慣れてますし」

 

「じゃあ…特殊メイクでも…ないんだな」

 

ジョンはそう言ってスポットの顔を撫でくりまわす。

 

「…ふが」

 

「うへ、へへへ!」

 

カタパルトがその様子を見て笑い出す。

 

「…そんなにモフッたら…ダマになっちまうよ、ドクター」

 

「お、おお!すまん!…ついな」

 

「…まあ、気にしないで良いっすよ…慣れてますんで」

 

その様子を見ていたオーキッドが声を上げる。

 

「そういえばポプカルは?」

 

「え、部屋に残ってるんじゃ?」

 

ミッドナイトがそう言ってあたりを見回す。

すると、部屋の一角のソファにちょこんと座る少女の姿がジョンの目に入る。

 

「あのお嬢ちゃんがそうかな」

 

ジョンの言葉に全員の視線がそちらに向く。

少女がビクリと肩を震わせると、ミッドナイトがその側に近寄る。

 

「あー…今日はお客人が多いからびっくりしてたんだね。

大丈夫?ちゃんと挨拶できるかな」

 

「…」

 

少女はゆっくりと頷くと、ジョンに向かってトコトコと歩き出した。

透き通ったダークグレーの髪色に赤い目、右目を覆った眼帯に小動物のような仕草。

 

「こ、こんにちは…」

 

「ああ、こんにちはお嬢ちゃん。びっくりさせてすまないね」

 

「ううん、もう平気…。

ポプカル…っていいます…よろしくお願いします」

 

「よろしく、ポプカル、ジョンと呼んでくれ」

 

ジョンが差し出した右手に、おずおずと答えるポプカル。

 

「…お揃いだな」

 

ジョンがそう言って右目の眼帯を指し示す。

 

「…えへへ」

 

ポプカルは恥ずかしそうに笑った。

 

「これで、全員と面通しは済んだかしら」

 

オーキッドがドーベルマンに問いかける。

 

「ああ、そのようだ、邪魔をしたなオーキッド」

 

「いいえ、良い休憩になったわ、改めて、今後ともよろしくねドクターくん」

 

「よろしく」「よろしくっす!」「…よろしく」

 

「ああ」

 

ション達はA6の詰所を後にした。

帰り際、ドアの前で1人、こちらに手を振るポプカルに見守られながら。

 

 

ドーベルマンに連れられ、ジョン達が通路を進む。

しばらく歩いていると、CQB訓練施設を俯瞰できる足場に着く。

 

「キルハウスか」

 

「その通りだドクター、見ていてくれ」

 

けたたましいブザーの音とともに、訓練施設の扉が破られる。

そこから盾とハンドガンを手にしたオペレーターが飛び出す。

素早い動きでクリアリングを行い、後から剣を持った前衛、ハルバードを持ったオペレーター、後衛にハンドガンを持ったオペレーターが続く。

 

「彼らは銃を所持しているのか」

 

「ああ、彼女達は少し特殊でな。

銃器の取り扱いに慣れているラテラーノ人と違って、訓練で使い方を叩き込んだ連中だ。

しかし、そういう訓練はロドスでは行われていない。

つまり、彼女達はロドスの所属オペレーターというわけではないんだ」

 

「話に出ていた外部企業の者、というわけだ」

 

「ああ、そうだ」

 

物陰からホログラムの仮想敵が飛び出す。

それに全く動じることなく、先頭の重装オペレーターは的確に急所に弾丸を打ち込んでいく。

その後ろを取る形で現れた仮想敵を、今度は剣を持ったオペレーターが斬り伏せ、ハルバードを持ったオペレーターが部屋の中にいた敵を掃討、後ろから迫る敵を後衛のオペレーターがハンドガンで撃ち倒していった。

 

「見事な連携だな、彼等は民間の警備会社だと言っていたが。動きはまるで精鋭部隊の軍人のそれだ」

 

「場数も多く踏んでいる、特に先頭の2名はベテランと言っても過言ではない。

ロドスの重装オペレーターの教導隊にも選ばれている」

 

「なるほどな、納得の動きだ」

 

 

訓練終了後、汗を拭き休憩を取るオペレーター達のもとへ、ジョン達は赴く。

 

「見学者はあなた達でしたか、ドーベルマンさん」

 

色素の薄い、グレーの髪に青くグラデーションの入った角を生やしたオペレーターがこちらに向かってくる。

 

「お疲れ様リスカム、素晴らしい動きだった」

 

「恐縮です、そちらの方は?」

 

ジョンはドーベルマンの隣に並び、リスカムと呼ばれたオペレーターと握手を交わす。

 

「初めまして、ジョンと呼んでくれ。

先頭の重装オペレーターは君だな。

クリアリングといい、射撃技術といい、良いセンスだ」

 

「ありがとうございます。

ではあなたが…初めましてドクター、お話は伺っておりました。

BSW所属、重装オペレーターのリスカムです、現在はロドスで教導官として活動しています」

 

そういうとリスカムはジョンに向かって敬礼し、微笑んだ。

 

「ああ、よろしく頼む」

 

リスカムの後ろからこちらの様子を伺うオペレーターがいた。

 

「彼女は?」

 

ジョンがリスカムに問いかけると、彼女は複雑そうな顔をして答えた。

 

「同僚のフランカです…どうやらあなたに興味が、フランカ…ちょっと」

 

リスカムが呼びかけると、しなやかな動きでこちらにフランカはやってきた。

そしてジョンの前に立つと、微笑みながら右手を差し出す。

 

「どうも、生体防護オペレーターのフランカです

所属がこの子と同じBSW、ロドスには治療半分、仕事半分で来てるの、よろしくね」

 

「ああ、覗き見る形だったが訓練を見せてもらった、いい剣技だったな」

 

ジョンが握手に答えると、フランカはリスカムに耳打ちする。

 

「…なかなかかっこいいドクターさんじゃない?」

 

「…少し黙って、失礼ですよ」

 

「そんなことないですよね?」

 

フランカがジョンに問いかける。

 

「仲良くしてもらえるなら、お嬢さんなら大歓迎だ」

 

「あら、経験豊富って感じかしら、頼りになりそ」

 

「フランカ!」

 

リスカムがフランカの頭をはたく。

フランカが耳を畳んでリスカムを睨み付けていると。

 

「ドクター…」

 

ジョンの後ろにいつの間に忍び寄ったのか、アーミヤが裾を掴んで立っていた。

 

「あー…後ろにいる彼女達にも、挨拶をしたいのだが、良いかな」

 

「ええ、もちろん」

 

リスカムが2人に向かって頷くと、遠くでこちらを伺っていた2人が駆け寄ってくる。

 

「こんにちは!」「…こんにちは」

 

「ああ、2人とも初めましてだな」

 

「では私から…BSW所属のバニラと申します。

ロドスには訓練生としてお世話になっています、よろしくお願いします」

 

「ジョンだ、よろしく頼む。

良い動きだったな、長物を扱うには女性には厳しいだろうに。

それを補ってあまりある、良い槍捌きだった」

 

「ほ、本当ですか?

嬉しいです!…でもまだまだ…」

 

「いや、君の武器では屋内戦闘は合わない、だがよくそれを理解し、ポジションを考え、行動していた。

訓練生と言っていたな、これからもその判断力を大事にすると良い」

 

「は、はい!…ありがとうございます、ドクタージョン!」

 

瞳を煌めかせて喜ぶバニラの後ろで、拳銃をホルスターにかけた少女がおずおずと前に出てきた。

 

「…BSW所属、狙撃オペレーターのジェシカです…よ、よろしくお願いします」

 

「ああ、あの見事な射撃を見せていた子だな。

よろしく、ジョンと呼んでくれ」

 

「…は、はい…よろしく、です…」

 

「…ちょっとその、君の相棒を見せてくれるか?」

 

「え…?あ、はい…!」

 

ジェシカは素早く銃を抜くと、グリップの方をジョンに差し出した。

 

「ありがとう」

 

「…」

 

「ベレッタか…ああ、やはり」

 

「…ふえ…?」

 

「見ていた時から気になっていたんだが、君の指の長さにトリガーの位置があってない。これじゃあ撃ちづらいだろう。

手を見せてご覧」

 

「へ…あ…へ…?」

 

ジョンはおずおずと差し出されたジェシカの手をとり、よく観察する。

 

「女の子の指だからな、細くて弱く、衝撃にブレやすい。

よくこの調整であの早撃ちをこなしていたものだ。

ベレッタは元から早撃ちに向く低反動の銃ではあるが…。

…どうやら初期調整のままだな、器具は持っているか?」

 

「へぁ!?…は、はい!」

 

ジェシカは背負ったバックパックから銃の調整器具を取り出す。

 

「少しいじっても良いかな?」

 

「は、はい」

 

「…自分にあった調整をしないとな。

間違った慣れ方をすると、手に馴染むのに時間がかかる」

 

「…それが一番しっくり来ていたので、ついそのままに…」

 

「まあ、これで撃ち辛かったら元に戻すから、一回これで撃ってみなさい。

近接戦闘で使うとき、拳銃は何にも代えがたい相棒になる。

トリガープルの重さも考慮すると、まるで別人のような動きを見せてくれるぞ…ほら」

 

ジョンは素早く銃の調整を終え、ジェシカに手渡す。

 

「どうかな」

 

「…ゆ、指がかけやすいです」

 

「撃ってごらん…良いかなリスカム」

 

「え、ええ、大丈夫です」

 

ジョンはリスカムの確認をとり、通路にある人型の標的を指差す。

ジェシカは素早く狙いを定めると、一発でその標的の頭に銃弾を命中させた。

 

「…すごい」

 

「25ヤード、その銃の弾丸が正確に命中すると保証された距離だ。

だが自分にあった調整を重ねれば、それを撃ち出す銃はもっと君に力を与えてくれる。

良い銃だ、その気になればこの距離ならワンホールも狙えるだろう」

 

「すごいです!…まるで別の銃みたい…!」

 

喜ぶジェシカを前に、リスカムは自分の腰に収まったハンドガンを見つめる。

 

「…」

 

「…あなたも見てもらいたいの?」

 

フランカがいじわるそうな顔で呟く。

 

「…い、いえ…」

 

「頼めば良いのにぃ」

 

「…うるさいですよ、フランカ」

 

ジェシカは拳銃をホルスターに収めると、ジョンに感謝を伝える。

耳や尻尾を大きく動かして、ジョンの手をぶんぶんと振りながら。

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!

あの!あのあの!私、この子以外にもいくつか銃を持ってるんですが!今度お話を聞きに伺っても良いですか!?」

 

「あ…ああ、それは良いが…」

 

「ジェシカ、落ち着いて」

 

リスカムがジェシカの肩に手を乗せて、落ち着かせる。

 

「…え、あ…す、すいません…取り乱しました」

 

「ふふ…ああ気にするな、時間があればいつでもくると良い。

…私も、それに関しては少々知識があるからな」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 



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相手を思い

アンケートにご協力いただき、ありがとうございました!
結果はダントツのBSWということで(他の部隊に関しては少し内容が薄かったか、とも思っておりますが)本編での「相思相殺」編はBSWを主体とした物語で進めていきたいと思います。
図らずもゲーム本編と同じような構成となりますが、チクチクとオリジナル要素を挟んで行きますので、よろしくお願いいたします。


PM10;14

晴天

有視界度19Km

龍門、第5区、ゲート前外部検疫所上空。

ロドス所属の哨戒ヘリ「ハープーンシューター•1」内部。

 

『誘導灯を確認した、着陸態勢に移る。

後続機は誘導員の指示に従え』

 

操縦オペレーターの声がインカムから響く。

各ヘリに搭乗しているオペレーター数人が得物の最終確認、ハンドガン、クロスボウの動作確認を行う。

ヘリは全て、龍門の兵士の振る誘導灯に従って、フェンスで囲まれたヘリポートに着陸する。

 

『ドクター、到着しました。

足元にお気をつけて』

 

『ありがとう、気をつけてな』

 

ジョンが軽く会釈すると、操縦オペレーターは親指を立てて答える。

龍門の兵士がヘリのドアを開け、手振りで出るように促す。

盾を持った重装オペレーターが先行し、それに続く形でジョン、アーミヤ、前衛オペレーターと続く。

周囲を見ると、続いて着陸したヘリからも、素早い動きでオペレーター達が降りてくるのが見える。

 

『HQ、ハープーンシューター•1はVIPを送り届けた、帰投する』

 

龍門の誘導係の手に持つ誘導灯の動きに従ってハープーンシューターは飛び立つ。

 

「お待ちしていました!

チェン隊長がお待ちです!」

 

龍門の兵士が風圧に身を屈めながらゲートへと案内をする。

ジョン達の目の前に、重厚な警備の敷かれたゲートと、その後ろに高くそびえ立つビル群が広がる。

 

「これが龍門ですよ、ドクター!」

 

アーミヤが隣を歩きながらにジョンに呟く。

 

「これが大地を走って移動するというのだから信じられんな!」

 

遠ざかる風切りの音の中に、ジョン達の耳にスピーカーからの放送が入る。

 

『龍門からお知らせいたします。

現在、天災の影響で龍門は停泊状態にあり、来航手続きに制限が設けられています。

本日の来航手続きは二時間後に締め切られる予定です。

締め切りと同時に龍門、第5区のゲートは全て閉鎖されます』

 

ゲートの前には夥しい数の人が家財道具を手に立ちすくんでいた。

 

「あの行列が全て避難民なのか!?」

 

前衛オペレーターの1人が龍門の兵士に問いかける。

 

「ああそうだ!もう猫の手も借りたい状況なんだ、来てくれて嬉しいよ!」

 

龍門の兵士はそう言ってフェンスを区切っていたバーを持ち上げる。

 

「この先の検疫所でチェン隊長がお待ちです!」

 

「案内感謝する!」

 

ジョンは風圧になびくローブを押さえながらゲートを潜る。

 

『係員による鉱石病(オリパシー)の検疫にご協力ください。

未登録の感染者を見かけた際は、お近くの警備員にまで速やかに通報を』

 

「この数を全て検疫に通すのか…」

 

重装オペレーターが苦い顔をしながら呟く。

 

「ドクター」

 

ジョン達の背後に続くオペレーターの集団、その先頭にリスカムの姿があった。

リスカムはジョンの隣に並び、声をかける。

 

「重装小隊、合流しました」

 

「ああ、フランカ達は?」

 

「後続のオペレーターの誘導にあたっています」

 

「わかった」

 

ジョン達は避難民の殺到している検疫所へと足を早める。

 

 

監視モニターに目を向ける凛とした女性指揮官の元に、龍門の兵士が駆け寄ってくる。

 

「チェン隊長、彼らが到着しました」

 

「…」

 

チェンと呼ばれた女性指揮官は、電灯の光に青く輝く黒髪をなびかせると、検疫所の表に出る。

そこには多くのオペレーター達を引き連れながらこちらに向かってくるジョン達の姿があった。

チェンの姿に気がついたアーミヤが1人、走り寄って頭を下げる。

 

「お、お待たせしました!」

 

「…君たちとの面会は10時と聞いている。

当然、我が龍門近衛局の部隊編成もその時間に合わせて構成している。

…今は10時14分だ」

 

チェンは見た目こそ普通の少女のようであったが、真っ直ぐに向き合うと、その纏わせる張り詰めた雰囲気と、凛とした目つき、そして頭に生やしたツノが目を引いた。

 

「す、すいません…天災の影響か、途中で乱気流に遭遇を…」

 

「そちらの天候シュミレーターもたかが知れているというわけだ。

おかげで時間を14分も無駄にした、それだけあれば一部隊を別ゲートに動かすこともできるぞ」

 

「失礼したチェン警司、遅れてすまない」

 

アーミヤの隣に並び、フードを外して胸に手を当てるジョンを見て、チェンは鼻を鳴らした。

 

「…ふん、まあいい。

事情はこちらでも把握していた、だが想定できるあらゆることに備えるべきだぞロドス。

この街の警備に加わろうというのであればな…こっちだ」

 

チェンは肩で検疫所の詰所の中を指し示す。

ジョン達がそれに従い詰所の中に入ると、チェンは置かれたテーブルの向かいに立っていた。

 

「時間が惜しい、早速本題に入ろう。

…それであなたが?」

 

「はい、ロドス指揮顧問のドクタージョンです。

先行している私どものケルシーが事前にお知らせしている通りに…」

 

「…これでメンバーは揃ったというわけだな、ではこれから私の…」

 

チェンが姿勢を正し、改めてジョン達に向き合ったのと同時に、龍門の兵士が飛び込んでくる。

 

「チェン隊長、感染者が…」

 

「…ちっ…」

 

チェンは兵士に連れられて外に出ると、渡された無線機に怒鳴るように指揮をする。

 

「第一中隊!貴様らはいちいち私の指示がなければ動けないのかっ!!

警戒態勢、狙撃中隊は即時所定の配置につけ!!」

 

チェンの一声で検疫所のゲート両端にある櫓から狙撃兵のボウガンが構えられる。

兵士の詰所からはワラワラと盾を持った兵士が検疫所に流れ込んでいく。

その様子に避難民の間に混乱とどよめきが起こる。

 

「状況報告!」

 

『検疫で感染者と判断された数名の避難民が検疫官の静止を振り切り逃走。

取り押さえましたが、周囲の知己の者達が暴れています』

 

「…知己のもの含め、全員を拘束しろ」

 

『了解』

 

検疫所に兵士達が雪崩れ込み、避難民達が慌てて外に飛び出してくる。

 

「迅速に行動しろ、混乱が伝播する前に収拾をつけるんだ。

野次馬を散らし、拘束が完了したのち、拘束者を全て再検査。

30分後に検疫を再開させる」

 

チェンが無線機に指示を送りながら詰所に戻ってくる。

 

「加えて、検疫所の検査エリアを40メートル前方に拡大させろ」

 

『了解です』

 

チェンは指示を送り終えたのち、息を細くはくと、再びジョン達に向き直る。

 

「騒がせた」

 

「あのようなことが何度も?」

 

アーミヤが心配そうに問いかける。

 

「ああ、ゲートの締め切りが近くなるといつもな。

彼らももう野宿はごめんなんだろう。

同情はするが、これが我々の職務だ。

感染者、不穏分子を1人として中に入れるわけにはいかない」

 

チェンは監視モニターをチラリと見る。

そこには兵士たちに拘束され、何かを叫ぶ避難民の姿が映されていた。

 

「さて、ロドスの者はドクター、それにアーミヤのみ、私に同行してくれ。

それ以外のものは残って龍門周辺の警備に協力してもらいたい」

 

「わかった…リスカム、フランカ」

 

「はい」「はいはーい」

 

「部隊を任せる、警戒は怠るなよ」

 

「了解しました」「…なんだか剣呑な雰囲気ねえ」

 

ジョンの指示を受けたリスカムとフランカは詰所を出て、外で待つオペレーター達に合流する。

 

「この程度の仕事、任せられんようではお話にならんからな」

 

「その話をするためにここに来た。

手はかけんさ、保証する」

 

ジョンは背後でこちらを振り返るリスカムとフランカに目配せする。

 

「…PC 94172、彼らに任務の分配を。

今夜はさっきのようなことがないように、こき使ってやれ」

 

「了解です、隊長。それではロドスの皆さん」

 

書類とタブレットを抱えた兵士がリスカム達に歩み寄っていく。

兵士は書類をリスカム達に配ると、先導するように別の詰所を指差した。

 

「ブリーフィングを、あちらで」

 

リスカム達が兵士に連れられていくのを見届けると、ジョン達は目の前にいるチェンに向き直る。

アーミヤが、チェンの様子を見ながらこそこそと耳打ちする。

 

「…想像よりも、何倍も厳しい方みたいですね」

 

「…優秀な指揮官だな、公のために身を捨てられるタイプと見える。

…公務員という感じだ、君は苦手か?」

 

「…いえ、そんなことは」

 

「それでは君たちは」

 

チェンは腰に携えた得物の位置を正すと、兵士によって開かれた扉へと歩みを進める。

 

「…私と来てくれ」

 

 

チェンに連れられ、いくつかのゲートを超えた先、ジョン達は龍門を臨める外環の出入り口にたどり着く。

 

「うわあ…!」

 

アーミヤが思わず声を上げる。

 

「さすが龍門…こんなに大きなビルが…!」

 

その様子をチェンはじっと見つめている。

 

「あ…えっと…」

 

「…話は聞いた。

ロドスもなかなかやるようだな」

 

チェンのいう「話」というのが、チェルノボーグの一件であることは察せられた。

 

「えと…それは…どうも、チェンさん…」

 

「だが」

 

チェンが歩き出すのに慌てて続くアーミヤ。

ジョンはその後ろをゆっくりと歩く。

 

「チェルノボーグの一件以来、生き残った者たちは皆、狂ったようにこの龍門を目指している。

それについてはどうとも思わないのか?」

 

「…」

 

アーミヤはその言葉の意図を察したのか、口をつぐんだ。

 

「奴らも感染者ならば、この龍門にくればどうなるか、わかっているはずだろうに」

 



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相手を愛し

ジョンとアーミヤはチェンに連れられ、龍門外環第5区の近衛局分署へと辿り着いた。

龍門の渡航ゲートに程近いそこは、外部からの訪問者…外交的な会談を行う場所でもあるようで、中華風の高級感ある意匠が通路に施されている。

複数人で構成された兵士が忙しく動き回っており、兵士たちの勤務地であることを示すが、それを差し引いてもそこは高級ホテルのような印象を受ける豪奢さだった。

 

「こっちだ」

 

あたりをキョロキョロと見回しながら歩くアーミヤを急かすように、チェンは道の先へと急ぐ。

そのあとをついて歩き続けると、やがて重厚な扉の前にたどり着く。

チェンは扉の前で一息つくと、数回ノックする。

 

「失礼します、ロドスの代表2名をお連れしました」

 

「おおそうか、入れ」

 

重々しい男性の声が響いたのと同時に、スーツ姿の男が両開きの扉を大きく開ける。

その部屋では石造りのテーブルを境に、ソファに腰掛けた2人が向かい合っていた。

 

「ケルシー先生」

 

アーミヤがソファに腰掛けるケルシーのそばに駆け寄る。

 

「アーミヤ…ジョン、君も来たのか」

 

ジョンは肩を竦めると部屋の中に足を進める。

 

「ちょうど良いところに来た、まあ掛けるといい」

 

ケルシーの対面にいる男は炎のように派手な髪色と又の別れたツノが特徴的な、龍のような鋭い目と顔をした男だった。

龍のような目と顔というのは、比喩でもなんでもなく、男は紛れもない、絵画の龍のような頭をしていた。

椅子に腰掛けるその迫力から、相当な体躯の持ち主であることが想像できる。

 

「その前に自己紹介をせんといかんな。

私はウェイ、龍門の執政官であり、近衛局の取りまとめなんてのもやっている。

簡単に言えば君たちを案内した、そこのチェンの上司ってところだ」

 

ウェイが席から腰を上げ手を差し出すと、ジョンはその手を取って握手する。

アーミヤが続き、挨拶を終えたところで2人はケルシーと並ぶ形でソファに腰掛ける。

 

「さて、ではケルシー君、解説の続きを聞こうじゃないか」

 

ウェイは煙管立てから煙管を取り出し、火皿に歯を詰めると火をつける。

そして深く吸った紫煙を口の端から漏らしながらに話を進める。

 

「では、続けます」

 

ケルシーは足の上で組まれた手を緩めるとウェイの目を正面から見つめる。

 

「現状についてはミスター・ウェイもよくご存知だと思います。

龍門は独自の情報網をお持ちだ。レユニオンに関する情報は日々、山のように集まる。

であればこそ、今回のチェルノボーグの一件も座視はできないはずです」

 

「当然だな」

 

「ですが、それらの情報は表面だけをさらっているだけに過ぎません。

現にあなた方は避難民の対応に追われ、より根本的な解決には至れずにいる。

簡易的な検査、ただ感染者かそうでないかを区別するのみの検疫所に、一体どれほどの効果があるか」

 

閉じられた扉の隣に立つチェンの視線が、ケルシーに注がれる。

 

「行動を起こそうとするレユニオンが、大人しく龍門の対応に従うでしょうか。

協力なぞはもちろん、対応どおりに彼らが行動するとは限りません。

我々ロドスの協力なしに、龍門が現状の対応策を維持し続けるようであれば、これから起きるであろうレユニオンの攻撃により、龍門は甚大な被害を被ることになると、我々は考えます」

 

「龍門は」

 

ケルシーの言葉を遮り、チェンが声を上げる。

 

「失礼…龍門はこと防衛に関しては、どの移動都市よりも理解があると自負している。

ロドス、君たちの何倍もの理解をな。

想定されるレユニオンの攻撃も、それに対抗する策も、すでに我々は準備を終えている」

 

ウェイはチェンの行動を咎めずに、笑みの混じった表情で紫煙をくゆらせる。

 

「ただ、その計画は部外秘のもの。

君たちロドスと共有する義理も義務もない。

ケルシーさん、貴方の心配は無用のものだ」

 

「かまわん、続けてくれ」

 

ウェイは口を開くとケルシーに続けるよう手で促す。

 

「龍門の防衛力に関しては周知の事実。

我々も、その点においては疑問はありません。

ですが、龍門の兵士は集団、しかも暴徒と化した感染者と対峙したことはあるでしょうか。

集団という言葉には様々な解釈があります。

数人、数十人…その程度の暴徒であれば訳もない、ですがそれが数百、数千、いえ数万なら?」

 

ケルシーは組まれた手に入れる力を強めながら続ける。

 

「どこからともなく現れる、数万の暴徒の手によって投げられた火炎瓶が、どれほどの被害をもたらすか、想定できますか。

チェルノボーグにも、鍛えられ優れた装備を身につけた防衛力はありました。

ですが結果はご存知の通りです。状況は既にこれ以上ないまでに差し迫っているのです」

 

ウェイは煙管の煙草を音を立てて灰受けに落とす。

 

「我々ロドスの経験から言えるのは一つ。

…感染者に最も効率よく対応できるのは、感染者のみです」

 

「ほう、ではロドスはレユニオンとの対峙を経て、有効な対抗策を得られるまでの経験を手にしたと?」

 

「まだ具体的な有効策を提示できる段階ではありません。

ですが「経験をした」というアドバンテージが、我々にはあります」

 

「アドバンテージ、か。

ロドスがチェルノボークの事件に巻き込まれた際、数多くのレユニオンの情報を得たと漏れ聞こえてきたが」

 

「ミスター・ウェイがどこでそれをお耳に入れたのかは存じませんが。

それらを持ってしても、我々は龍門に有効策は供与できません。

我々がこうして会談をもたせて頂いたのは、経験則からの助言を行うためです」

 

「このままでは龍門はチェルノボーグの二の舞になると?」

 

イェンの言葉にチェンの耳が反応する。

 

「君たちロドスの、その助言とやらが有益かどうかを決めるのは我々龍門だ。

ただ「このままではまずい」という言葉のみでは、どうにも、君たちの実力を認めるわけにはいかんな」

 

「ミスター・ウェイ、これは誤解を避けるために申し上げておきますが。

我々ロドスが身をもって知り得た経験と情報は、我々の実力によるものだということをご理解いただきたい」

 

「そもそもの話だが」

 

チェンが再び声を上げる。

 

「感染者には感染者を持って相対せよ、という考えには些か疑問がある。

龍門にとってそれが味方になるにせよ、敵にせよ。

総じてそれらが感染者であることに変わりはない、信用せよというのが無理な話だ」

 

「ミス・チェン、貴方が龍門の安寧よりも、感染者への盲目的な処罰を優先すべきだとお考えなら。

感染者である私は黙ってあなた方の法令に従い、捕縛されましょう」

 

ケルシーはチェンを見据えて続ける。

 

「そして牢獄の窓から、レユニオンの手によって放たれた炎に焼き尽くされる街の様を見て、悲しみに暮れることといたします」

 

「龍門は不遜な態度を理由にその善意を拒む都市ではない、ないが…。

無意味な助言を無条件に聞き入れるほど、愚かでもない」

 

「…チェン」

 

「ウェイ長官、このような外部の組織、それも感染者を都市に引き入れ、機密性の高い任務を共にするのは不適切かと思われます」

 

「チェン」

 

ウェイの語尾の鋭い呼びかけに、チェンは頭を下げて一歩身を下げる。

 

「冷静になれ、彼らはあくまで客人だ、この私のな。

…愚弄は許さん」

 

「…」

 

チェンは落とした目線をあげ、ケルシー達に向き直る。

 

「了解しました、自重いたします…彼らがこの龍門の法に触れない限りは」

 

「…」

 

ウェイは新しい煙草を詰めながらに息を吐く。

 

「客人方、すまないな…これは少々生真面目すぎるところがある。

…こういう言葉があってな」

 

ウェイは口から龍を飛び立たせるように、紫煙を吐く。

 

「朋友となるべき者を選ぶとき、重んじるのはただ一点のみ

…そは我と並び立つ実力なり。

聞いたところ、君は相当な指揮能力を持つそうだな」

 

ウェイはジョンを見つめる。

 

「その実力、是非見てみたい。

…君たちに我々の検疫所の一角を任せよう」

 

「長官…!」

 

「己に如かざる者を友とするなかれ…詰まる話はその後でも構わんだろう?」

 

ウェイはケルシーに問いかける。

 

「…時間はあまりありませんが」

 

「なあに、1日だ。

一日、検疫所の業務を滞りなくこなせばそれでいい…話はまたそれからにしよう」

 

「ミスター・ウェイ!」

 

「ケルシー君、今言った通りだ。

御大層な助言や結果、推測を伝えられても今の私はそれに実感を持てん。

まずはこの話を進めるだけの実力を、私に示してもらおうか」

 

「…」

 

「何か必要なものがあれば言ってくれ、できる限りのものは用意させよう」

 

ウェイはそう言ってソファから立ち上がり、開け放たれたドアの外に出ようとする。

 

「ああ、では一つ」

 

その足を、ジョンの一言がとめた。

 

「何かな?」

 

ジョンはソファから立ち上がり、ウェイの目を見つめた。

 

「…葉巻を何本か、いただけるかな?」

 



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相手を殺そう

翌日

 

AM10;21

晴天

有視界度17km

龍門、外環部、ゲート前検疫所

ロドスの簡易テント内部

 

「喫煙は体に悪いです」

 

椅子の背もたれに身を預け、ビニールの窓の外を眺めながら紫煙をくゆらせるジョンの横でアーミヤが声を上げる。

 

「昨日のホテルは最高だったな」

 

「ドクター、聞いてます?

喫煙は体に悪いんです」

 

「バーは居心地が良かったし、酒もうまかった」

 

「ど、く、たー!?」

 

アーミヤが葉巻を奪い取ろうと手を伸ばすのを、華麗に避けるジョン。

 

「何より…この葉巻だ。

…産地すらわからんが、実にいい。

熟成されたバーボンの樽を思わせる重厚感…ほのかに残る甘み…唇に触れる煙の存在感すら、まるで羽毛で撫でられるように心地いい…後でミスター・ウェイに詳しく聞いてみよう」

 

「ドクター!

…それを!…よこし!…よこしなさい!」

 

繰り出されるアーミヤの手を全て絶妙なタイミングで躱わし続けるジョン。

 

「何をしているんですかドクター」

 

「おお、リスカム。

悪いがこの子ウサギをどうにかしてくれんか、ずっとこの調子なんだ。

子供にはよくないから近づくなと言っても聞きはしない…」

 

「だ、れが …!

子ウサギ!ですか!…それ!ふん!」

 

アーミヤとの攻防を繰り広げながらも、決して葉巻を手放さないジョンを見て、リスカムは肩を竦める。

 

「申し訳ありませんが、彼女は私の上司に当たりますので。

それは貴方も同じでは?」

 

「そうです!ふー!…はー…!

じ、上司命令ですよ!ドクター!それを…!…よこし!よこせ!」

 

「それはいかんなリスカム君。

我々も必要なときには上司に物申す気概を持たなくては。

それに、部下の有意義な休憩時間は上司が保証すべきだぞ」

 

ジョンはそう言って立ち上がり、葉巻の入った箱を持ち上げつつリスカムの元に歩み寄る。

アーミヤは根元を断つべく、箱を奪い取ろうとするが、いくらローブに縋り付いてもジョンとの身長差は埋まらない。

お菓子を取り上げられた子供のように飛び上がり続けるアーミヤを躱しつつ、ジョンはリスカムの前に立った。

 

「それで、現状は?」

 

「如何ともしがたいですね。

部下達は真面目に取り組んでいますが、これがウェイ長官の言う「実力」の示し方なのかと、疑問には思います」

 

リスカムに連れられてジョンがテントの外に出ると(階段を使って高低差を埋めようとするアーミヤを躱しながら)、そこには検疫所に並ぶ避難民の長蛇の列があった。

ジョンから葉巻を奪うことを諦めたアーミヤが、その隣に続く。

 

「数日経ってもこの調子か、辛いな」

 

「ドクターの指示に従い、列の数カ所に休息所と物資支援スペース、炊き出し所を設置しました。

その効果もあってか、避難民の皆さんは好意的に検疫に協力してくれています」

 

「5日も屋根もなしに野ざらしにされれば誰もが荒む。

日が経つに連れ、鬱憤や不満が募る。

今くらいが一番効果が現れる頃だろう」

 

「他のゲートでもこの方法に倣って措置を行なっているそうです。

トラブルの件数も減ってきているとか」

 

「むしろ今までなぜこのような処置を取らずにきたのかがわからんな」

 

「龍門はチェルノボーグほどではないにしろ、感染者に対しては忌避感が強いですから。

全ての人間に感染の疑いのある状態で、不必要に人員を割くのを躊躇ったのでしょう。

今回の彼らの措置も、効果が見込めるからという確認が取れたからこそのものかと」

 

「不必要と思ってしまうことに問題がある」

 

「…それが人々の心に根差した考えです、悲しいですが」

 

リスカムが行列を眺めながらに呟く。

 

「…君の助言通り、接触者を非感染者に限ったのは正しいようだ。

だが警備用員はそうはいかんからな、検疫を通るまでは彼ら全てが保護対象だ。

少し、警戒線を狭めよう、人々にはわからないように静かにな。警戒は怠るなよ」

 

「了解しました」

 

リスカムはジョンに敬礼すると、列を遠巻きに監視する部隊に向かって走っていく。

 

『ドクター?』

 

ジョンの腰に下げられた無線機からフランカの声が上がる。

 

「フランカか、どうした」

 

『リスカムと何を話してたんですかー?』

 

ジョンが西側の丘に目をやると、きらりと光る双眼鏡の反射光が見えた。

 

「…遊んでないで仕事しろ」

 

『指示通り、西側の丘に陣取って監視中だけど、なーんにも変化がなくてつまらないですどうぞ』

 

「つまらないってお前…」

 

『なんか面白い話とかしてくれてもいいですよー』

 

「…」

 

無線機を指差してアーミヤに意見を求めるが、むくれがおの上司はそっぽを向いてしまった。

 

「あー…生憎と面白い話は持ち合わせがない」

 

『えー』

 

「代わりと言ってはなんだが、今度親睦を深めるのを兼ねて隊の皆で飲みにでも行こう。

…私の給料形態がまだはっきりしていないから、奢りとまではいかんが…」

 

『わお、十分面白い話ですよドクター!

…みんなードクターがみんなと飲みに行きたいってー!』

 

『まじっすか!?』『おごり!?おごりっすか!?』『ウヒョー!』

 

『ったりまえでしょー!じゃあドクター!楽しみにしてますからー!』

 

そう言ってフランカは一方的に無線を切る。

 

「…」

 

「お給料の話、今度ゆっくりしましょうね、ドクター」

 

横でアーミヤが瞳に影を落としながらに呟く。

そのときだった。

 

『ドクター!』

 

東側の丘で警戒を行っていたジェシカから連絡が入る。

 

「どうした」

 

『ひ、避難民の行列に近づいてくる集団を確認しました!

数は…10…いえもっとかも!砂塵が舞っていて正確な数はわかりません!』

 

「車両は?」

 

『へ?』

 

「車両の姿は見えないか?」

 

『…え…と。

…あ!見えました!集団から離れる車両部隊を発見!』

 

「わかった、龍門に確認を取り次第すぐに向かう。

そのまま監視を続けろ」

 

「レユニオンでしょうか」

 

「おそらくな。

…チェン隊長、チェン隊長聞こえるか」

 

ジョンは事前に知らされていた龍門近衛局の周波数に声を投げかける。

 

『聞こえている、どうした』

 

「我々の部隊が東から迫る集団を発見した。

龍門にそのような情報は入ってきているか?」

 

『少し待て……いや、そのような報告は来ていない』

 

「ではこちらで対処する、いいな」

 

『ああわかった、任せる』

 

「アーミヤ、今すぐ車両に乗せられる人員は?」

 

「1小隊ならすぐにでも」

 

「よし、私も同行する」

 

ジョンは無線をロドス全隊に向けて発する。

 

「全隊聞け。

現在東から正体不明の集団が避難民の列に向けて接近中。

私と1小隊がジェシカと合流して対処する。

リスカム、守備は任せるぞ」

 

『了解ですドクター』

 

『ドクター、私たちは?』

 

「フランカ、君たちはそのまま西側の警戒を続行。

奴らは車両を用いて移動している、小さな砂塵を見落とすな」

 

『了解』



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砂中の幼い獣達

「よーし全員乗ったな!出せ出せ!」

 

先鋒オペレーターの1人が輸送トラックの荷台を叩いて発車を促す。

先鋒オペレーターは動き出した輸送トラックの、幌の骨組みに掴まり足場に足を置いてそのまま現地へと向かう。

 

「なあ、あいつらはどうしてこんな真似をしたと思う?」

 

「ああ?…ああ、リスカムさんとこの…なんだよ」

 

車内にいる前衛オペレーターの1人が目の前に座るオペレーターに話し掛ける。

 

「よろしくな、なにって…レユニオンの連中だよ」

 

「まだそうと決まったわけじゃないだろ」

 

「奴らに決まってる、そうじゃなきゃ、こんな自殺まがいの動きするもんか」

 

「混ぜてくれよ。

…そうだな、こんな龍門の目と鼻の先で襲ってくるなんてな」

 

話掛けられたオペレーターの隣に座っていた重装オペレーターが加わる。

 

「あいつらは狂ってるよ、チェルノボーグの一件といい、本当に」

 

「ただ狂ってるだけであんなことするかね」

 

「ああ?どういうことだ?」

 

「お前ら、ロドスに拾われてなかったらどうなってるかって考えたことあるか」

 

「…そりゃあ、まあ、いやでもな」

 

「俺は自信ねえよ、あいつらみたいにゃならねえって」

 

「チェルノボーグの救出部隊の話聞いたか?」

 

「ああ、酷かったってな」

 

「俺のダチが参加してたんだけどよ、今奴ら臨時休暇中だろ、えらく喜んでてな」

 

「羨ましい限りだな」

 

「からかってやろうと思って、作戦前にそいつの部屋行ったらよ…そいつ、泣いててよ。

声もかけずに出てきちまった…」

 

「…」

 

「隣部屋のやつに聞いたら数日ずっとそんな調子だってよ。

…俺と同期だからな、少なくとも五年は泥に浸かるような生活してた奴がよ…信じられなくてな」

 

「そりゃあ…しかたねえよ」

 

「オレぁ…ロドスに拾われてよかったよ…」

 

「あいつら、どんな気持ちでここに向かってるんだろうな」

 

オペレータ達の乗るトラックは、前方に迫る砂塵目指して走る。

オペレーター達の言葉は、車輪が砂を蹴る音に紛れてかき消されていった。

 

 

「全員降車、急げ!」

 

輸送トラックの中から、続々とオペレーター達が降りてくる。

ジョンとアーミヤはトラックから降りると、前方から迫ってくる集団の巻き起こす砂塵を見やる。

 

「ジェシカ、お前達の正面のあたりに到着した。

可能ならこちらに合流するんだ」

 

『了解、ただ今!』

 

丘の上で、砂色のシートを被ったジェシカ達偵察隊が起き上がり、丘を駆け下りてくる。

ジェシカはそのままの勢いでジョンの元まで息を切らしながら走ってくる。

 

「た、ただいま合流しました!ドクター!」

 

「ああ、ご苦労…別に走ってこなくてもよかったんだぞ。

…頭に砂がついてるし」

 

「へぇ!?…す、すいません」

 

「それより、あれは先ほどからあんな感じか?」

 

「は、はい!砂埃を上げながらこちらに」

 

「…妙だな、随分と動きが鈍い」

 

ジョンはオペレーターから双眼鏡を受け取ると、巻き起こる砂塵の奥を見る。

 

「…重装オペレーター、横隊で広がれ。

狙撃オペレーターはジェシカの指示で両翼に散開しろ」

 

「「「了解」」」

 

「了解です、狙撃オペレーターの皆さん、物陰を探して隠れてください!」

 

「レユニオンですか?」

 

アーミヤが隣に立って問いかける。

 

「レユニオンには違いない、違いないが」

 

ジョンはアーミヤに双眼鏡を渡すと、苦い顔を浮かべる。

 

「…あれは子供だ、子供の集団がこちらに向かってきている」

 

「子供!?」

 

アーミヤは双眼鏡を受け取ると覗き込み、砂塵の元にいるそれを見る。

 

「狙撃オペレーター、武装はしまえ、様子を見る。

ジェシカいいな、決して許可なく攻撃するな」

 

『り、了解です!』

 

 

やがてそれらはジョン達の目の前で停止する。

そこには身の丈に合わない武装を抱えた子供達が、仮装のように仮面と装備を身につけて立っていた。

 

「…ふー…ふーっ…」「はーっ!はーっ!」「…かひゅーっ…」

 

砂に喉をやられたのか、息を荒く吐きながら、こちらを睨む子供達。

後ろには女の子や、小さい子供までもが背負われて続いていた。

そこにいる全てのオペレーター達に動揺が走る。

 

「おい…あれ」「まだ子供じゃないか…!」「どうして…」

 

ジョンはそれらの中間地点まで、歩いて向かう。

狙撃オペレーター達の間に緊張が走るが、ジョンはそちらを見ずに手振りだけてそれを静止する。

そして子供達の数メートル先に立つと、声を投げかけた。

 

「…おーい、君たちはどこに向かってるんだ!」

 

後ろに兵士を従えた男が、話しかけてきた。

そんな状況で子供達の中にどよめきが起こるのも無理はなかったが、やがて真ん中にいた背の高い少年が、声をあげた。

 

「龍門だ!」

 

「…龍門に何をしに!?」

 

「…捕まった仲間を助けに行く!」

 

「…それは困ったな!そうなると私たちは君たちを止めなきゃならん!」

 

ジョンの言葉に、子供達にさらに動揺が広がる。

子供達の数人の手に握られた、体に比べて大きすぎるボウガンがジョンへと向く。

 

「まあ待て!そう殺気立つな!」

 

「そこをどけ!」

 

「話を聞いてくれ!

私たちは、龍門の兵士ではない!」

 

「…ならなんだって言うんだ!」

 

「…なあ!君がリーダーか!」

 

「…ああ、そうだ!」

 

「名前は!なんと言う!何歳だ!」

 

「…答える筋合いはない!」

 

ジョンは少年の受け答えに頬を緩ませる。

 

「立派だな!しっかりリーダーをこなしていると言うわけだ!」

 

「ごちゃごちゃ言うな!そこをどけ!さもないと…!」

 

「さもないと!?さもないとどうするッ!?」

 

ジョンは語尾を荒げる。

 

「その可愛い部下達を連れて「俺」と戦うか!?

それもいいだろう!たとえ、全員皆殺しになっても、君はいいよなあ!

立派に「リーダーをこなせた」んだ!」

 

ジョンの言葉の迫力に、少年は武器を握る手の力を強める。

 

「レユニオン!素晴らしい組織じゃないか!感染者を守るか!

誰でもその仮面を被れば兵士か!?

武器を取れば子供でも使うか!?君はそれに納得しているわけだ!

なるほど!素晴らしい「リーダー」だ!俺も見習うか!なあ!」

 

ジョンは少しづつ少年へと歩みを進める。

 

「…」

 

「目的を果たすためならなんでもやるか!?

感染者である君たちには悪いが、それは清らかなように聞こえて酷く醜いぞ!

要は「逃げ」だ!考えることを放棄したわけだ!

…どうやら君たちはそんな大人達の「逃げ」に従うわけだな!レユニオンの少年!」

 

「逃げてない!!」

 

少年は大きな声を上げてジョンの言葉に反応した。

 

「大人達…父さん達は…逃げてない!

誰も助けてくれない世界から、少しでもいい方へ…いい方へと、僕を連れて!

でもそれじゃあ…生きて…」

 

「だから奪うし!壊すし!人を殺すか!?立派な教えだ!

君のようなリーダーがいるなら、レユニオンの将来も安泰だな!

父君もさぞ誇らしかろうよ!」

 

「違う!父さんは決して他人からは奪わなかった!…でもみんな頭を下げる父さんを無視して…。

仕方ないじゃないか!そうしないと生きていけなかったんだ!…父さんも…そうしていれば死ななかった!」

 

「悪いがそれが「逃げ」だ!」

 

ジョンは少年への歩みを早める。

 

「綺麗事に聞こえるか!?ああそうだ!これは綺麗事だ!

難しすぎて意味がわからんか!?

だが聞け!そこが「人間として生きる」最低のラインだ!

いいか!理由はいずれにしろ…どんな理由にしてもだ!

…手にした「それ」を人に向けたその時から!

お前は地獄に落ちる!いいか!必ずだ!」

 

ジョンは少年の前に立つ。

涙の溜まったその目を、真っ直ぐにジョンは見つめる。

 

「…人を傷つけ、殺める事を生きるための手段にするな。

お前もリーダーなら、仲間を、家族を、友を地獄に落とさないための最大限の努力をしろ。

それを行わずに済む道を、決して見逃すな」

 

少年の武器を持つ手が震える。

 

「武器を人に向けるのは初めてか?」

 

「…」

 

「安心しろ、俺にそれを向けたところで、お前は地獄には落ちん。

すでにこの体は天国の外に置いている」

 

少年の手からずるずると、武器が落ちていく。

 

「父君の意志を無駄にするな、彼は君に地獄を見せまいとしたんだ。

立派な事だ、それを君も引き継ぐんだ…いいな?」

 

少年の手から武器が落ちるのを合図に、子供達の手から次々に武器が手放されていく。

 

「…アーミヤ、終わった。

この子達を保護しろ」

 

『はい、ドクター…。

あの、お伝えすることが』

 

「なんだ」

 

『龍門のゲート前で襲撃が…ですが』

 

 

龍門の避難民のゲートから離れた荒野に、争いの煙が上がっていた。

リスカムとフランカが見渡す先に、レユニオンの兵士達が数十人、地面に倒れ伏している。

 

『…襲撃は鎮圧されました。繰り返します、警備担当者の手によって、レユニオンによる襲撃は鎮圧されました。避難民の皆様におかれましては、慌てず混乱することなく列にお並びくださいますよう…』

 

龍門のゲートの方から、スピーカーの放送が聞こえてくる。

戦場跡を前に立つ2人のすぐ横に、ジョン達の乗る輸送車両が到着する。

 

「2人とも無事か」

 

ジョンが2人に声をかけると、リスカムは複雑そうな顔をジョンに向けた。

 

「ええ、被害はありません。

避難民にも、我々にも、ですが…」

 

「レユニオンの連中、まるでこうなることをわかっていたかのような動きを」

 

フランカが振り返らずに言葉を続ける。

 

「死にに来たような動きでした」

 

「…そうか」

 

ジョンはフランカの肩に手を乗せる。

そして1人、戦場跡へと歩みを進める。

アーミヤもそのあとへと続く。

 

「あの車両…」

 

炎上するトラックを見てジョンは呟く。

 

「子供達をあそこに置いていった連中のようだ」

 

「…そうですね」

 

その時、ジョンは岩に背を預けるレユニオンの兵士が、少し動いたのを見た。

ジョンがそこに向かって走っていくのを、アーミヤが慌てて追いかける。

そこには爆発によって突き刺さったのか、金属の破片によって胸を貫かれたレユニオン兵士がいた。

ジョンはその隣にしゃがみ、肌に鉱石の露出した腕をとる。

 

「ドクター…接触は…」

 

「…なあ、お前、聞こえるか?」

 

「…」

 

アーミヤはジョンの背中を前にして黙り込む。

 

「…ヒュー…ヒュー…」

 

肺まで傷が達しているのか、男は仮面の下からダラダラと、血と苦しげな息を吐き続けるのみだった。

 

「……なあ…聞こえるか…子供達は保護したぞ、今は私たちと共にいる…」

 

「…ヒュー…ゼヒュー…」

 

レユニオンの兵士がゆっくりと、その顔をジョンの方へ向けた。

そして血溜まりの中から引き抜くように、片方の手を持ち上げると、それをジョンの手の上においた。

そして残り少ないであろう力の全てを、ジョンの手を握る力に込めた。

 

「…ああ、大丈夫だ…」

 

「…ヒュー…ヒュー…………ヒューーッ…………」

 

その手は、再び油の浮いた血溜まりの中へ、音を立てて落ちた、

 

「…」

 

「…ドクター、この人たちは…」

 

「わからん、子供達は彼らにとって、戦力を分散させるための囮だったのかもしれん。

…だが」

 

ジョンは手にとっていた腕を、そっとレユニオンの兵士の膝の上に乗せる。

 

「彼らに地獄を見せたくない者は…ここにもいたようだ…そう思いたい」

 



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龍の評価

翌日

AM9;31

龍門外環第5区、近衛局分署

 

「合格です」

 

ソファに腰掛けるウェイの後ろで、チェンは両腕を後ろに組み、目の前に腰掛けるロドスの面々を見据える。

 

「レユニオンの急襲、その動きに対する俊敏さ、対処したその実力は、合格と言えるものでしょう」

 

ウェイは煙管から紫煙を立ち上らせ、葉巻を上機嫌に燻らせるジョンを見る。

 

「ふむ…話は聞いていたが、実に素晴らしい対応だった。

避難民を襲おうとしたあれらをああも容易く鎮圧するとは、いい「部下」を持ったものだ」

 

「恐縮です」

 

ケルシーは隣のジョンを睨みながらに答える。

 

「しかしウェイ長官、それらのことを踏まえ。

戦略的、また彼らの身分を考慮しても、私は今回の件、近衛局だけで問題なく対処できると判断します」

 

ウェイは煙を深く吸い込む。

 

「確かに…内部犯罪や外部からの侵攻…今の近衛局であれば容易く対応することはできるだろう。

そのための準備に長い年月を費やしてきたからこその、今の栄華だ」

 

口の端から煙を漏らしながら、ウェイは続ける。

 

「仮にロドスが、その上にさらなる可能性を上乗せできたとしても。

…見合わんよ、君たちの求める「モノ」には」

 

煙管立ての灰受けに、音を立ててタバコを落とす。

 

「認めよう…その実力、この龍門の守備力に勝る所もある。

鉱石病(オリパシー)の力、確かに人知に勝るもの…あれらに充てるにはこれ以上ない。

だがそれでもまだ、届かない。

質は数で追いつける、君らの要求する「モノ」は高すぎるのだ」

 

ウェイとケルシーは視線を交錯させる。

 

「それは君たちにもわかっているだろう」

 

「ミスター、強固な岩の壁も、滲み入る毒の前では無意味です。

あなた達は彼らのことを知らなすぎる」

 

ケルシーは言葉の語尾を強めながら続ける。

 

「滲み入る毒を止めるには、毒の根源を絶たねばなりません。

こちらが積極的に策を講じない限り、レユニオンは数週間もあればこの龍門を攻め落とすでしょう」

 

ケルシーの言葉にチェンが青筋をたてて言葉を返す。

 

「それは脅しのつもりか。

なんの確証があってそんな…」

 

「チェン警司、君はその職についてどれくらい経つ?」

 

ジョンが口元に笑みを浮かべながら問いかける。

 

「…何?」

 

「3年くらいか」

 

「…近衛局には4年」

 

「ほう、4年でその地位か、なるほど優秀な部下をお持ちだ、ミスター・ウェイ」

 

「…」

 

「…以前、自分の歳も分からない子供が人を殺めるところに出会したことがある。

あまりにも鮮やかにそれをこなすものだから、その少年が殺したと気づくまでは皆で噂していた。

「敵には化け物がいる」とね」

 

「…何を」

 

「その子供を「人間」に戻すのに10年かかった。

ナイフから手を離し、人と会話をさせ、読み書きを教え、道徳を学ばせる。

10年だ、「化け物」を「人間」に戻すのに10年、長かった」

 

「一体何の話を…!」

 

「先日、レユニオンとして武器を持った子供達と出会った」

 

「…っ」

 

「なんだ、知らなかったのか?

…当然だな、君たちは敵の構成まではいちいち調べないだろう。

お前達も妙だとは思わんかったのか?

ミスター・ウェイは襲撃があることは最初からわかっていて私たちをあそこに置いたのだよ。

実力を測ると言っておきながら、任されたのは検疫所の警備。

あまりにもチャチな定規だ」

 

ケルシーとアーミヤはウェイを見る。

そこには口の端を緩めたまま、煙管を揺らすウェイの姿がある。

 

「まあ、その辺りはよくある話だ。

今更どうこう口を出すつもりもない。

…それはそれとして、チェルノボーグがいかにして落ちたか。

私の考えを聞いてもらえないか、ミスター・ウェイ」

 

「…ああ、いいだろう」

 

「初めて目の当たりにしたが、あの「天災」と言うものは実に恐ろしいものだ。

都市一つ飲み込む空からの巨石の飛来、しかもその巨石は人の体を蝕むときている」

 

「君たちロドスはその天災から逃げ果せたと聞いている。

敬服に値することだ」

 

「だが彼等は逃げなかった。

逃げられなかったのではない、「逃げなかった」。

頭上に迫る明確な死を前にしても、彼等は家に、人に、火を放ち続けていた。

どうしてそんなことができたのか、考えたことは?」

 

「…さてね」

 

「考えた所で行き着くのは単純、彼等の場合は「そうしたい」からだ。

実に単純明快、人の存在原理にもかなっている。

「欲求」だ、つまるところは…だが問題はその欲求の根幹にある」

 

「まるでナゾナゾを問いかけられているようだ、面白い。続けてくれ」

 

ウェイは煙管に煙草を詰めながらに促す。

 

「「怒り」だ。

人間は一度これに囚われると芋づる式に様々なものに駆られる。

「絶望」「喪失」「悔恨」「憎悪」「自己肯定」そして…「復讐」。

これが厄介だ、復讐は…報復は残った感情の全てを麻痺させる」

 

ジョンは葉巻から上がる紫煙を目で追いながらに続ける。

 

「彼等のそれをうまくコントロールする者がいる。

なんと言ったか…」

 

「…タルラ、です。ドクター」

 

「!?」

 

チェンがその名前に目を見開く。

 

「タルラ、あの龍女か」

 

ウェイが目を細める。

 

「…ああそうだ…タルラ。

レユニオンの首謀者」

 

ジョンは葉巻を一口、頬に含む。

 

「思想でも、ましてや忠義でもない。

「怒り」を管理し、実にうまくあそこで事を運んでいたよ」

 

「チェン、君は?」

 

ウェイはチェンに目線を向ける。

 

「…はい、存じております」

 

チェンは俯きがちに答える。

 

「…ミス、傷つき、全てを失った子供に武器を持たせる方法は実に単純なのだ」

 

ジョンはチェンを真っ直ぐに見て呟く。

 

「親が殺された、兄弟姉妹が殺された、友達が殺された。

…あとは「敵」を示してやるだけ、武器を手渡してこう言ってやるだけだ。

「見ろ、あいつらがお前の大切な人を傷つけた」とな。

…これは「怒り」にとらわれた大人にも効果がある。

実に効率的で、えげつない方法だが、こと戦時下ではよく使われる手法だ。

それが実際は誰の手によって行われたものか定かでないとしても…それが例え「病」によるものだったとしても、そこに何かしらのきっかけがあれば、あとはもう引き戻すか、地獄に落とすかは「早い者勝ち」なのだよ」

 

チェンはジョンの瞳から目が離せずにいた。

ジョンは一息を吐いて、思い出すかのように紫煙を目で追いかける。

 

「それをあの女はよく理解している。

その上で、鉱石病(オリパシー)と言う共通の旗印を掲げているのだから、尚更だ。

忌み嫌われ、迫害され、虐げられ…境遇は別にしても、よほどの聖人でない限り、心の奥底に根付くのは「怒り」だ。

それを絶妙な角度で突かれたら…どうなるか」

 

「…」

 

「そうなるともう事は感染者だけで済まなくなる。

感染者の男、女。

父、母、子供、友人を失った非感染者の家族、友人、戦友、知人。

それら全てに「怒り」の種が植え付けられ、芽吹き、開花する…その可能性が今、この龍門に迫っている。

さあ、この時点で検疫所は役に立たない。

時限爆弾のような怒りの種が壁の中にまかれ、外からは永遠にここを尾け狙う覚悟を決めたレユニオンの兵士たちがいる」

 

ウェイは大きく煙を吐く。

ジョンとの間に、カーテンのように煙が舞う。

 

「その上、チェルノボーグの主国であるウルサス帝国にいまだに動きがない。

…本当は猫の手でも借りたいはずだろう。

高々、防衛網の一端と、龍門の生命線、天秤で遊ぶ時間はもうないはずだ。

…それとも、この状況で、まだ我々の実力を測る余裕があると?…ミスター・ウェイ」

 

ウェイは煙の間から注がれる、ジョンの鋭い目を見据える。

 

「…諫言耳が痛い。

いや、その通りだ、ロドスのドクター」

 

ウェイは灰受けにまだ燻っている煙草を落とすと、ジョンに向き直る。

 

「ケルシー君、実力を測ると言いながら、我々はどこかで迷っていた。

…優秀な指揮官をお持ちのようだ」

 

「…」

 

ケルシーは黙ってウェイに会釈を返す。

 

「いいだろう。

指摘の通り、現状の緊迫した局面、龍門の兵力には割ける人員も場所も限りがある。

…それを踏まえて、以前の臨時契約を基に、再び龍門は君たちに襟を開こう。

君たちの具体的なプランを聞かせてくれ」

 



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スラム

真昼の龍門。

龍門外環部の外れ、巨大なビルをいくつも抱える移動都市に寄生するように、スラム街はある。

移動都市として繋がりを許されてはいるものの、中心部との間には高い壁が反り立ち、物見櫓の上では物々しい装備を見つけた兵士が目を光らせている。

壁の10メートルほど手前には有刺鉄線が備え付けられ、「侵入禁止」のシンプルな立て看板が建てられている。

そしてすぐ隣に、ボウガンの矢が一本突き刺さり、侵入すればどうなるかを暗に示していた。

 

ジョンはその様子を有刺鉄線すぐそばの車道を走る、輸送車両の窓から眺める。

スラム街の砂をかぶった風景にそぐわない、最新鋭の装甲車両。

当然、視線は集まり、ジョンは流れる風景の中にみすぼらしい姿でこちらを眺める少女を見る。

 

「…こういう雰囲気もまた、あまり変わらんな」

 

「ドクター、お茶、飲みます?」

 

アーミヤが金属容器をジョンに差し出す。

 

「ありがとう…これはなんだ?」

 

「ペパーミントティーです、ここはあまり空気が良くありませんから。

喉に優しいですよ」

 

「…いい香りだ」

 

ジョンは金属容器の蓋を外してそこにミントティーを注ぐ。

車内に爽やかなミントの香りが広がり、オペレーター達の鼻腔をくすぐる。

 

「ほれ」

 

ジョンはすぐ隣の重装オペレーターにそれを回す。

 

「え、あ…いいんですか?」

 

「こう言う時は回し呑みだ、かまわんだろう、アーミヤ」

 

「もちろん、まだありますから」

 

アーミヤはポシェットの中の金属容器を見せる。

重装オペレーターはマスクをずらしてお茶をすすり、それを別のオペレーターに回す。

車内はさながらティーパーティーの様相をなした。

 

「…はあ、あとは甘いもんでもあれば気分もマシになるってもんですね」

 

「私はあまり甘いものは好かんからな…そこの子ウサギが目を光らせてなければ、ウェイ氏にいただいたこの葉巻との逢瀬を楽しむんだが」

 

ジョンは胸の内に忍ばせている葉巻の箱を叩いた。

 

「…そんなところに隠してるんですか…ダメですよ、オペレーターの中には鉱石病で肺を病んでいる人もいるんですから!」

 

「…そう言われると弱い、尻に敷かれっぱなしだ。

全く、デキる上司を持つと君たちも頼もしいだろう」

 

「ハハ!ええ、まあ」「頼もしいったら」「お世話になりっぱなしで」

 

「…みんなで褒めたってダメですからね」

 

太陽の光を反射して煌めくビルに見下ろされるスラム街。

二つの世界の境界線を、ロドスの車両が列をなして進んでいく。

 

 

車列はやがて、砂を被った路面とは様相の異なる、整備された区画に到着する。

そこには龍門の搭乗口とは様式の異なる、要塞のような雰囲気を醸し出したゲートがあった。

スラムから中心部へと通じる唯一の入り口である、それも当然か。

兵士が詰所から1人、先頭の車両、ジョン達の乗る装甲車に駆け寄ってくる。

運転席の窓を数回ノックすると、開けられた窓に向かって声を張り上げた。

 

「お疲れ様です!誘導員の指示に従って駐車を!」

 

運転手は前で赤色灯を振る誘導員の指示に従って、フェンスで囲われたスペースに駐車する。

ジョン達が降車を始めると、そこに先ほどの兵士が近寄ってくる。

 

「案内人がお待ちです、こちらへ」

 

兵士の案内に従って詰所に入ると、そこには1人の少女が椅子に腰掛けていた。

少女はジョン達を見ると立ち上がり、ジョンに向かって歩き出すと右手を差し出す。

 

「あなたがロドスの指揮官かな?貫禄あるねー」

 

軽い物言いをしつつ、質を見定めるような視線を投げる少女に、ジョンは微笑みを浮かべつつ握手に応える。

 

「私はエクシア、ボスからあなた達に協力するようにって命令を受けてる、大船に乗ったつもりでいてよ」

 

短い赤髪を揺らしながら、笑顔でジョンにウィンクをかますエクシアと名乗る少女。

その頭の上には光輪が昼の日光にも負けずに輝いていた。

ラテラーノ人、ジョンが流し見た資料の中で一層異質さを醸し出す人種。

アドナキエルと同じ、くらいの知識しかないジョンは、いまだに彼らの容貌の異質さに慣れずにいた。

 

(エクシーア…能天使か)

 

「ジョンだ、こっちはアーミヤ。

君のような可憐な娘に案内を頼むのは心苦しいが、よろしく頼む」

 

「…普通にお願いできないんですか、ドクター。

よろしくお願いします、エクシアさん」

 

アーミヤが横から暗い眼差しを向けてくるが、ジョンはそっぽを向く。

 

「あっはは!可憐だなんて初めて言われたよ!面白い人だなー!」

 

エクシアは一通り笑い終えると椅子に腰掛け、手でジョン達も座るように促す。

ジョン達が腰掛けると、エクシアは手に持っていたタブレットを机の上に置く。

 

「さて、早速本題なんだけど。

依頼の方は人探し、それも…感染者の女の子ってことで、間違い無いかな」

 

「ああ、間違いない」

 

「スラムは広いからね、結構手間が掛かったけど、久しぶりの大口の依頼だから気合入れちゃったよ。

ウルサス人、感染者、小さい女の子の目撃証言を信用ある情報屋さんから仕入れてー…それを地図に参照したのが…こちら!」

 

エクシアは机に置かれたタブレット端末からスラムの地図をホログラム投影する。

 

「こことー…ここ、中心部でよく目撃されてる。

ウルサス人は珍しいからね。目立つんだよ。

結構動き回ってるみたいだから、お住まいは決めてないみたいだね。

まるで逃げ回ってるみたい」

 

「ふむ」

 

「すごい、これだけでも大分絞られますね」

 

「苦労したんだから、こちとら本業は運送屋だっての。

ま、お仕事はお仕事、手は抜いてないから安心してね」

 

エクシアはそう言うといたずらに笑う。

 

「これはオプション。

案内が私の仕事だから、それで?何をすればいいのかな?同行する?」

 

「捜索を3つに分けるつもりだ、君には一つの班を任せたい」

 

「りょーかい、その物言いだと私は君と別行動ってことでオッケー?」

 

「ああ、そうなるな」

 

「…それじゃあまずはお色直しだね、それじゃあ目立ちすぎ」

 

エクシアはジョンとアーミヤの服装を指差して微笑む。

 

「きな臭いなんてもんじゃないんだー最近のスラム。

汚れたパレットの上に白絵具を塗りたくってるみたいにさ、ドロドロしてる。

いろんな色が取り込まれてドロドロー…要は、まあ、よそ者はこれ以上いれない!って感じ?」

 

「もっとカジュアルな色合いがお好みかな?」

 

ジョンはエクシアに笑いかける。

 

「そーそー!

…それと人数も少なめにね、お友達は全員は連れて行けない。

君たちと、私の安全のためにもね」

 



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潜入開始

2日ほど間が空いてすいません、製造兼サービス業は辛いっす。


龍門の市街、スラムに相応しい服装。

エクシアの指示の通りに、露天に並ぶ見切り品の服に着替えたジョン達(ジョンが異常なまでに被り物に興味を惹かれていたのを、アーミヤ達オペレーターが必死に止めた)。

通気性の良い、近世の漢服にも似た、色合いの薄い緩やかな服装。

元のローブとあまり変わらない服装にジョンはすぐに慣れたが、アーミヤ達オペレーターはどこか慣れなそうにしている。

 

また、ジョン達は服装に着替えてからも目立たないように細心の注意を払った。

ゲートから追い出されるように、まるで龍門の中心街に侵入しようとして失敗したように、龍門の兵士たちに追い出される形で、そこを後にした。

自然とジョン達の周りに人が集まる。

 

「あんた達大丈夫か…」「馬鹿なことしたなあ」「命があっただけマシさね」

 

「…ああ、ありがとう」

 

ジョンは集まった人々をかき分けながら、スラムの人々にその存在感を溶け込ませていく。

長きにわたる逃亡生活からか、その手のことには慣れていた。

アーミヤはまだしも、オペレーター達は不慣れなようであったが。

 

「ゴホゴホ…」「いやあ…酷い目にあったー」「痛い痛い」

 

「…」

 

明らかに浮いた何人かのオペレーターの腕をジョンは引っ張って進む。

 

「…良いか、舞台役者じゃないんだ、無理に演技しようとするな」

 

「す、すいません」「こう言うのは初めてで…」

 

「ドクター」

 

アーミヤが民衆の輪から抜け出してジョンの隣に並ぶ。

 

「アーミヤ、他の者達は?」

 

「リスカムさんとフランカさんは既に、別口で先行を…。

ジェシカさんとバニラさんはエクシアさんの指示で動いています」

 

アーミヤの言葉を聞いて、ジョンはスカーフで隠した耳元のインカムのスイッチに手をかける。

 

「…全隊、返答せずにそのまま聞け。

インカムの感度調整も兼ねる。

目立った行動は避け、周りの視線に気を配れ、会話や喧騒の内容を聞き逃すなよ。

報告は目立たない場所で行うこと、常に仲間の位置を把握しろ。作戦開始」

 

その言葉を皮切りに、民衆に溶け込んだオペレーター達が動き始める。

ジョンはスラムに立ち並ぶ露店に、自然な動きで目線をやりながら、ウェイとの会話を思い出していた。

 

 

「…君たちの具体的なプランを教えてくれ」

 

ウェイのその言葉を聞いて、口を開こうとしたケルシーを手で制止し、ウェイは続けた。

 

「しかし、しかしだ。

先ほども言ったが…」

 

ケルシーはウェイのその様子に苛立ちを隠さずに表情を固くする。

 

「…ロドスからの要求が高すぎる、ですね」

 

「その通りだ。

龍門が君たちの提示する「値段」に対し、妥当だと認めるには条件が二つある。

破格の条件だ…そう苛つかずに聞いてほしい」

 

ウェイはケルシーを微笑みまじりに眺めながら、煙管にタバコを詰め始める。

 

「1つ、この龍門に対する脅威に対し、近衛局と協力して全面的に当たること。

チェルノボーグから流れてくる連中もそうだが、既に内部で潜伏、活動している者達も含める。

加えて、感染者に関する情報を得たのであればそれを必ず、近衛局にも共有すること」

 

「妥当だな」

 

ジョンが葉巻を燻らせながら応える。

ケルシーはジョンを睨みつけ、それを見たアーミヤがジョンを肘で小突く。

 

「…では2つ目は?」

 

「2つ目は…そうだな」

 

ウェイはジョンを見ながらに応える。

 

「2つ目はこの体制でこちらの下す任務を終えてから、伝えよう。

もちろん、任務の内容はロドスの能力の範疇内、そしてその意思に反するモノではない」

 

「…意図が分かりません、周りくどいとお答えさせていただきます。

少しだけでも説明をしていただかないと…」

 

「…ではこう答えよう、ロドスは近衛局と協力してことに当たり、適切な対処を行う。

さらにその後処理に関しても、全面的に力を貸してくれ。

もちろん、君たちのできる範囲でだ。

…それがまあ、大まかな内容だよ」

 

「…」

 

ケルシーはウェイに疑念の目を送る。

 

「…この点に関しては詳しくは話せない。

だがこれ以上の妥協はないと、考えてくれ。

破格だぞ、これが受け入れられないのであれば、これまでの君たちの努力や我々の譲歩。

その全てが水に流れることになる」

 

紫煙の奥に見えるウェイの表情は、これまで見たことがないほどに硬く。

その言葉が冗談の類でないことを如実に表していた。

 

「…」

 

「ケルシー先生」

 

アーミヤが唇をきつく結んだケルシーに声を投げかける。

ケルシーはアーミヤを見て頷くと、アーミヤはウェイに向き直った。

 

「ミスター・ウェイ、一つだけ、この契約に付け加えたいことがあります。

「本契約の条文解釈にあたっては、甲乙で誠実な協議のもと取り決めて行う」…よろしいですか?」

 

「ほう…ああ、もちろんだ。

なるほど、その一文はロドスが我々に対する敬意…いや、君の敬意でもあるのだな。心得た。

…チェン、君の意見は?」

 

チェンはウェイに質問を投げかけられるまで、ジョンに向けられていた視線を慌ててウェイに向ける。

 

「…は、は!…私もその内容で異存は…ありません」

 

「うむ。

どうやらチェン君も自身の気持ちの整理がついたようだ」

 

ウェイは立ち上がり、ケルシーに手を差し出す。

 

「では、「おめでとう」と言わせてもらおう。

龍門は君たちを迎え入れる、今後の窓口は…そうだな。

普段通り、チェン警司にやってもらうことにしよう」

 

「は?…わ、私ですか?」

 

「かまわんな」

 

「…かしこまりました」

 

チェンの返事を待って、ケルシーはウェイの手を取り、握手に応じる。

 

「うむ。

ああ、君たちの構成員のほとんどは感染者だと聞いている。

いたずらにその行動を許しては、市民の不安を煽る、それでは意味がないからな。

そこで、君たちの任務行動の際は、必ず近衛局の指示に従うように…これは契約に付け加えるまでもないだろう?」

 

ウェイは握手をほどかずに付け加えた。

 

「特にチェン隊長の命令には、な」

 

ケルシーがゆっくりと頷いたのを確認して、ウェイは握手を解いてそのまま、警護人から外套を受け取り、扉に向かって歩き出す。

 

「さあ、客人達よ。

龍門はその扉を開いた…君たちがひかれた道をそれない限りは、龍門はその旅路の安寧を約束しよう」

 

 

ジョンは露店に並ぶ中華人形を目にしながらに考える。

 

(あの長官、相当なやり手だな。

引き際と詰める所はよくわかっている。

…だが、どうしてこちらを試すような真似を?

あれは決してこちらの提示するものの値を下げる、それだけが意図ではない。

…純粋に戦力の把握が目的か、それとも)

 

「ジョンさん」

 

アーミヤが隣に立ち、人形を目の前に差し出す。

 

「…君にそう言われるのは慣れないな」

 

「だってドクターでは堅苦しいし、怪しいでしょう?

だから名前で…いやですか?」

 

「…めっそうもない、お嬢様。

ほら、お人形は置いて、あちらに飲茶のお店がございますよ?」

 

ジョンの悪戯なまでにへりくだった態度にアーミヤは頬を膨らませる。

 

「いやなんですね」

 

アーミヤはぷいとそっぽを向く。

 

「…だからそうではないと…悪かった。

君なりに潜入任務に気を配ってくれているのだろう、私が悪かったよ」

 

「…なら色々見て回ってみましょう!

龍門の市街にはないものばかりで面白いですよ!」

 

「…君は本当に、真面目なのかそうでないのか…。

ああ、こらお嬢様!手を引っ張るな…!」

 

その様子は確かに良家のお嬢様と、その爺やがお忍びで城下に降りてきたようで、スラムの人々も笑顔でその様子を見ている。

ただ1人、路地裏でその様子をのぞいていた、男を除いては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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子熊のミーシャ

スラム街に立ち並ぶ露店を、ジョンとアーミヤは2人で巡る。

露店に並ぶものは、龍門の中心街の物に比べれば取るに足りないものばかりであったが、それでもジョンはそこにある物全てに興味を示す。

アーミヤはその様子が楽しいようで、やれここだ、あそこだとジョンを連れ回していた。

 

「ああ、親子みたいだな」

 

オペレーターの1人が壁にもたれかかりながら呟く。

そのすぐ隣に酒を持った別のオペレーターが立つ。

 

「お前、それ …」

 

「飲んじゃいないよ、飾りだよ飾り」

 

「…なら良いんだが」

 

オペレーター達は周囲に意識を向ける。

服装と「飾り」も相まってか、周囲の住人は彼らオペレーターに対してさして興味を示さない。

 

「この中から女の子を1人見つけろってんだからな」

 

「名前もわからないんだろ、どうしろってんだ」

 

オペレーター達がそう言ってグダっていると、ジョンがおもむろに手を上に上げて、ハンドシグナルを示した。

 

「…おい」

 

「何かあったらしい、いくぞ」

 

オペレーター達がジョンへとゆっくり足を進め、やがて2人は別れる。

1人は別の露店へ、もう1人はジョン達のいる露店へ向かう。

オペレーターがジョンの隣に立つと、自然な動作でリストバンドデバイスをジョンのデバイスに接触させる。

通信を使わないのはジョンの指示で、傍受を避けるため、そのための接触回線である。

過剰ともいえるが、ジョンはこのスラムに置いてその程度の対応は必然と考えていた。

オペレーターのサングラス型の投影機に、文面が流れる。

 

(尾けられている)

 

「おじちゃん、これ見せてもらっても?」

 

オペレーターはそれを感じさせない自然な動きで、店主に話しかける。

 

(素人だ、1人、ワンブロック後ろの路地、手を出すな)

 

「…へえ、これ良いね、一個もらうよ」

 

オペレーターは金を払うと、茶葉を片手に露店を離れる。

ジョンは棚から顔を上げると、やりとりを終えた年老いた店主に声をかける。

 

「店主、チラッとあそこを見て欲しい」

 

ジョンはそう言って首の動きで路地の入り口を指す。

店主は少し、その言葉を訝しんだが、やがて背を伸ばす振りをしながら、薄目で路地に目をやる。

 

「あれはいくらだ?」

 

「…500でいいよ」

 

「…アーミヤ」

 

棚のものを見ていたアーミヤは、すっとジョンに龍門の紙幣を渡す。

 

「…財布はお嬢ちゃんが握ってるのかい」

 

「お嬢様は倹約家なんだ、それで?」

 

ジョンは茶葉の代金に重ねて紙幣を渡す。

 

「ゴロツキさね、最近は集まって何やってるんだか、ロクでもないよ。

…最近は私刑行為が流行ってる、気をつけな…特にそこのお嬢ちゃん」

 

「そうか、ありがとう。

…察しが良くて助かるよ、また頼む」

 

「ここで長生きするにはこれくらい。

あんたみたいな上客は珍しいがね」

 

店主はそう言って商品の袋とは別に、少し茶葉の入った紙袋をジョンに渡す。

 

「ありがとう」

 

「なあに、ちょっと貰いすぎた、おまけだよ。

またいつか来ておくれ」

 

店主はそう言って煙管から紫煙を吹かす。

その手首には、鉱石病(オリパシー)の病症の一つである、黒い鉱石が光っていた。

 

 

薄暗い路地に向かって、少女が歩みを進める。

ピコピコと耳を動かしながら、不安そうに周囲を見回す。

路地から差し込む光に影を落とす1人の男が現れる。

 

「お嬢ちゃん、道に迷ったのかな?」

 

少女はその言葉に身を震わせる。

 

「ダメだよ、君みたいな小さい子が…ましてや感染者の子供が、こんな所をうろついてちゃあ」

 

「…」

 

少女は後ずさる。

 

「悪く思うなよ、化け物になる前に、間引いとかなくちゃあなあ」

 

男はそう言って懐から、ナイフを取り出す。

その瞬間、少女の目に暗い影が落ちる。

後ろ手に回された掌からアーツの光が灯り始めたその時。

 

「…がっ!?…イッテぇ!!」

 

男の顔面に拳大の石が直撃する。

少女は慌てて後ろを振り返る。

そこには、色素の薄い、子熊のような小さな耳をはやした少女が荒く息を吐いて立っていた。

 

「…!!」

 

「なんだあ!てめえは!?

こいつの仲間か!?…お、お前!お前は確か…!!」

 

「逃げて!」

 

色素の薄い少女は少女に近づき、手を引こうと手を伸ばす。

 

「くそが!てめえらまとめて…!!」

 

「おおっと、オイタはそこまでだ」

 

ナイフが握られた男の手を、ジョンが掴んで捻る。

一瞬でナイフは地面に落とされ、男は膝をついて崩れ落ちた。

 

「いででででっ!!

いでえ!な、なんだてめえ!!」

 

「ただのおじいちゃんだよ」

 

ジョンはそう言って男の体を腕を捻り上げて地面に押し倒す。

背中に膝を食い込ませ、肺を圧迫する。

 

「があ…!?」

 

「いくつか聞きたいことがある、いいかな。」

 

男の背中に音を立てて膝が沈み込んでいく。

 

「が、ば…あ…!!」

 

「アーミヤ、ナイフを」

 

少女はナイフを手に取って、路地の入り口に自然に立っていたオペレーターに手渡す。

 

「あなた…あなたは…?」

 

色素の薄い少女はアーミヤを見て問いかける。

 

「助けてくれてありがとう、巻き込んでごめんなさい…」

 

「…」

 

少女は警戒心を隠さずに後ずさる。

 

「怖がらないで…私たちは」

 

「…ミーシャお姉ちゃん?」

 

色素の薄い少女の後ろに、少女より幼い子供達が顔を出す。

 

「出てきちゃダメ!!」

 

「…お姉ちゃん、この人たちは?」

 

首筋に黒い鉱石を露出させた少女が、ミーシャと呼ばれた少女の影に隠れながら顔を出す。

 

「…いくよ」

 

ミーシャはそう言って少女の手を取って路地を歩き始める。

 

「まって!…あなたは、ウルサスの…」

 

「あなたは守ってくれる人たちがいるのね、よかった」

 

ミーシャはアーミヤを見ながらに続ける。

 

「気にしないで、勝手に体が動いただけ」

 

「…」

 

「この子達は、私が守らなくちゃ」

 

ミーシャはそう言って路地の暗闇に消えていった。

ジョン達は黙ってその背中を見送る。

 

「ストリートチルドレンか」

 

「…スラムはああ言った子供達が溢れています。

ああやって集まって、自分たちの身を守っているんです。

…子供達だけで」

 

アーミヤはそう言って、ジョンの押さえつける男に近づいて腰を落とす。

 

「いくつか聞きたいことがあります」

 

「…へっ…誰が感染者なんかに…」

 

アーミヤは男の目の前で、袖を引いて、鉱石の露出した手のひらにアーツを集中させる。

 

「ひっ!…こ、こりゃあ…!」

 

「アーツです…見たことは…ありますよね?」

 

「ひっ…ひっ…や、止めろ」

 

「この光に当たり続けると、どうなるか、分かりますよね?」

 

「止めろ!話す!話すから!」

 

「…どんな気持ちか、あなた自身の体で…味わって…」

 

「アーミヤ」

 

ジョンがアーミヤの腕に手を乗せる。

アーミヤはゆっくりと目を閉じて、腕を引き、袖の中に戻す。

 

「さて、それじゃあやさしいこのおじいちゃんが、君にチャンスをやろう」

 

ジョンは男の指の関節を一本、音を立ててはずす。

 

「ぎああっ!!…い、痛い!」

 

「おっと、今のは手が滑った」

 

「話す!話すから!」

 

「話す?当たり前だろう、それは当たり前だ。

…さあ、後9本、手を滑らせたくなければ、それ以上の価値ある内容を提供してもらわねばな。

ではまず、この子を狙った理由は?」

 

「…そいつが」

 

「そいつが?」

 

ジョンは音を立ててもう一本、指の関節を外す。

 

「があっ!?」

 

「レディにはそれ相応の呼び方があるだろう」

 

「そ、その子が…!…その子が?」

 

男はジョンに確認を取るように上を向く。

ジョンが表情を変えないのを確認すると、男は続けた。

 

「そ、袖の下に、鉱石が、見えて…それで」

 

「それで殺そうと?」

 

「い、いや…」

 

「ほう、それではあのナイフは?

まさかあれで果物でも剥いてやろうとしたのか?」

 

「…う…ぐ……くそが!なんなんだよあんたらは!俺は感染者から街を守ろうとしただけで…!」

 

「それで、殺そうとしたのか?」

 

「…そうだよ!チェルノボーグ事変以来、バカみてえに流れ込んできやがって!

スラムには医療設備なんてないに等しいんだ!いったんかかっちまったらもうお終いなんだよ!!」

 

「…」

 

アーミヤは黙って男の言葉を聞いている。

 

「あ、あんた感染者じゃないんだろ!

なんでこいつらの味方なんてするんだよ!?」

 

「それはお前には関係ない話だ。

では次の質問に移ろうか、少女を探してる。

ウルサス人、歳は…先ほどの少女くらいの、感染者だ、知らないか?」

 

「…そんなガキ、今のスラムにはウヨウヨいる」

 

「ガキ?」

 

ジョンは間髪入れずに指の関節を外す。

 

「…グウウっ!?」

 

「汚い言葉は嫌いだな」

 

「…し、知らねえ!もっと、もっと情報はねえのかよ、その「こども」のよお!?」

 

その時、後ろの路地の入り口に立っていた、オペレーターの無線がなる。

通信制限下での無線、重要な無線に違いないと、オペレーターは即座にその無線に答える。

 

「こちらCROW1…はい…はい…ジョンさん、あなたに」

 

オペレーターはジョンの耳に無線機を当てる。

 

「ああ、私だ。

…ああ、わかった、情報感謝する、チェン警司」

 

「チェンさんからですか?」

 

「ああ…失礼したな、君にもう用はない」

 

ジョンが立ち上がると、男はその足の間から這い出てヨタヨタと壁をついた。

 

「…く、くそ!なんだってんだよお前ら!」

 

「失せろ」

 

ジョンが鋭い目線を男に投げる。

男は言葉を詰まらせ、赤くはれた手を抱きながら、オペレーター達をかき分けて走っていった。

 

「…クソ野郎が」

 

オペレーターの1人が吐きてるように呟く。

 

「こら、汚い言葉は使うなと言ったぞ」

 

ジョンは葉巻に火をつけながら、オペレーターの肩に手を置く。

 

「す、すいません」

 

「気持ちはわかるがな」

 

ジョンは紫煙を吐くと、路地の向こうに目をやる。

 

「諸君、状況は大きく変更された。

チェン警司から連絡があった、捜索対象の新たな情報が更新…少女の名前は「ミーシャ」」

 

「!?」

 

アーミヤが目を見開いて、ジョンの前に立つ。

 

「…あの子、ドクター!」

 

「全オペレーターに招集をかける、対象と思しき少女と接触した、ポイントは…スラム中心部。

繰り返す、「子熊」に接触した、全員、スラム中心部の廃ビルに集合…全く、運がいいのか悪いのか」

 



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廃ビル内にて

ジョン達が廃ビルの根本に到着すると、そこには既にリスカムとフランカ、ジェシカとバニラ、そして、見慣れない少女と駄弁っているエクシアがいた。

 

「ドクター」

 

リスカムがジョンの姿を確認して走り寄ってくる。

 

「待たせた、状況は?」

 

「付近で全部隊が捜索に当たっていたので、問題ありません。

エクシアさんの指示が的確でした。

少女の姿は確認できませんが、何人かの子供が中に入っていくのを、偵察オペレーターが確認しています」

 

「わかった、刺激を避けるため私とアーミヤ、それぞれのリーダー…リスカム、フランカ、ジェシカ、バニラ、前衛オペレーターを3名、選抜は任せる。

…そして案内役の諸君も中に入る。…かまわんかな?」

 

ジョンは知らぬ間にそばに来ていたエクシアと少女に問いかける。

 

「いいよー」

 

エクシアは腕を頭の後ろで組みながら、腰に銃をぶら下げて笑う。

 

「これはまた、可憐なお嬢さんだ。

ジョンだ、よろしく頼む」

 

「テキサス、ボスの命令であなたに協力する、よろしく頼む」

 

テキサスと名乗る少女は口にタバコのようなものをくわえ、ジョンに握手を求める。

ジョンはそれに答えると、周囲に固まるオペレーター達に向き直る。

 

「今名前を呼ばれなかったものは全員、部隊ごとに固まって周囲に散開するように。

どうにもきな臭い、レユニオンは既に民衆の中に紛れているのかもしれん。

何かあったら、すぐに救援に来れるように、準備しておいてくれ」

 

「「「了解」」」

 

「ねーロドスのドクター、探してる少女ってどんな感じだったの?」

 

エクシアがジョンの隣に立って問いかける。

 

「ん?…まあ、普通の少女という感じだったな、だが連れている子供達に対して責任感を匂わせていた。

あれは信用してもらうには少し手間がかかるぞ」

 

「んーん?

…迷える仔羊ってことでオッケーかな?助けるんだよね?」

 

「私はそのつもりでいるよ…龍門の思惑は別にしてな」

 

「…なら私の専売特許だ、喜んで力を貸しちゃうよん」

 

エクシアはそう言って手に持つ得物のチャージングレバーを引く。

 

「そいつは頼もしい限りだ。君の持つデータには助けられた、ここでも頼む…行動開始」

 

ジョンの言葉を皮切りに、オペレーター達はそれぞれに動き始める。

それぞれの武器を確認するもの、車両に乗り込みその場を離れるもの、路地を進んで民衆の中に紛れるもの。

 

「では子熊を迎えに行くとしようか」

 

そして、ジョン達は廃ビルの中に足を踏み入れる。

 

 

「うう…暗いし、狭いです」

 

ジェシカがジョンの隣で声を漏らす。

ジョン達は今、廃ビルの階段を音を立てぬよう、慎重に進んでいた。

 

「ジェシカ、こういう場所でこそ、君のような存在が光るんだ。

自信を持って、先頭に立ちなさい」

 

「は、はいい…」

 

ジェシカはジョンの言葉を受けて、レーザーを放つハンドガンを構えながら先頭を歩き始める。

その後ろを、前衛オペレーターの1人が続く。

随所でレーザーのオンオフを切り替えながら、クリアリングして進むジェシカをジョンは見守る。

 

(暗所での動きも慣れているな…自信のなさはどこから来るのか…)

 

「バニラ、後ろはどうだ?」

 

『後方に動きはありません…酷く静かです』

 

「緊張するな、お前の動きは知っている」

 

『…ありがとうございます』

 

「リスカム」

 

『3階はクリア、合流します』

 

『私も続くわ』

 

「2人とも、後方に合流したら私のところまで来てくれ」

 

『了解しました』

 

『了解…』

 

「なんだフランカ、デートの約束が遅れたから怒っているのか?」

 

『デートっていうか、飲み会ね…全く、扱いづらいったら』

 

「これが終わったらちゃんと連れて行ってやる、部隊の連中で話をまとめておくように」

 

『…そういえば、リスカムも行きたいって言ってたわよね』

 

『フランカ、またあなたは急に…!』

 

『言ってたわよね?』

 

『…』

 

「なんだ、遠慮するな、こうなれば1人増えるも一緒だ」

 

『…なら私の部隊も一緒に』

 

「 …それはちょっと考えものだが…ああ、いや、かまわん、来い来い」

 

「ど、ドクター、それって私も参加していいですか?」

 

ジェシカが階段の奥から、顔を覗かせる。

 

『私も!私も参加したいです!』

 

バニラが無線機越しに名乗りを上げる。

 

「…」

 

「ドクター、お給料の前借り、できますからね。

…もちろん、私も伺いますから」

 

アーミヤが隣で黒い笑顔を浮かべている。

 

「…ああ、わかった、全員で行こう、それでかまわんな?」

 

『「「了解!」」』「やった…!」

 

 

「なんだか楽しそーだね」

 

エクシアは隣のビルの階段をテキサスと登る。

 

「緊張感のない連中だ、あれで作戦中なのか?」

 

「いいなあ、私も参加できないかなー」

 

エクシアはそう言いながら、ジョン達の無線を聞き続ける。

 

「参加したいなーなんてー…」

 

いたずらな笑みを浮かべながら、エクシアは無線機のコールボタンを押し続けている。

 

『…案内人、仕事はしてるのかな?』

 

やがて、ジョンからの無線がエクシアの耳に入る。

 

「もちろんだよ!ただいま君たちのカバーポイントに向かって移動中ー」

 

『…それはそれとしてなんだが、エクシア、君はいい酒場に詳しいか?』

 

「…オットー、これはもっと楽しくなりそうな予感!

もっちろん!いい酒場!知ってるよ!」

 

『ならそこにも「案内」を頼むとしよう、頼んだぞ』

 

「オッケオッケー!

やったー久しぶりのパーティだよテキサス!ボスに話しとかなくちゃ!」

 

「…ロドスのドクター、後悔するなよ」

 

テキサスはステップまじりで階段を登るエクシアをため息まじりに追う。

 

 

廃ビルの中程、薄暗く、天井の崩落した内装の中に少女はいた。

 

「…ふう」

 

息をつき、埃をかぶった椅子に腰掛ける。

その周りに、子供達が集まる。

 

「大丈夫お姉ちゃん?」

 

「うん、平気だよ、君たちは?」

 

「大丈夫、階段、少し疲れちゃったけど」

 

「ごめんね、でもここなら、少しは休んでも大丈夫、だと思うから」

 

少女は立ち上がり、椅子をいくつか引っ張ってくると、子供達を座らせる。

 

「少し埃っぽいけど」

 

「ありがとう、ミーシャお姉ちゃん」

 

子供達は椅子に腰掛け、横に座るミーシャに肩を預ける。

 

「…でも、いつまで歩けばいいのかな」

 

子供の素朴な疑問をのせた一言に、ミーシャは目頭を熱くする。

 

「…大丈夫、今は安心して、休んでいいからね」

 

「…うん」

 

その時だった。

ミーシャが閉じた扉が、ゆっくりと軋みを上げて開け放たれる。

ミーシャと子供達に緊張が走る。

 

「…だれ!?」

 

背中に子供達を隠しながら、ミーシャは扉の奥に叫ぶ。

扉から姿を表したのは、レーザーポインターをつけたハンドガンを手に持った、1人のオペレーターだった。

 

「クリア…ドクター、対象を発見しました」

 

クリアリングを終えたジェシカの後ろをから、ジョンはゆっくりと姿を表す。

 

「こんにちは、先ほどはありがとう。

…ミーシャ、だね?」

 

「あなたは…」

 

ミーシャは立ち上がると、驚きの表情をジョンに向ける。

ジョンの後ろからアーミヤが現れたことで、その表情は多少和らいだ。

 

「…なんで」

 

「ミーシャさん、少しお話をよろしいですか?

…すいません、驚かせるつもりは」

 

アーミヤの後ろから、さらに2人のオペレーターが現る。

 

「ミーシャさん、この2人はリスカムさんと、フランカさんです」

 

「は〜い、どうも〜」

 

「こんにちは」

 

2人は朗らかな表情をミーシャに向ける。

だが、ミーシャは子供達を背に警戒を解かずにいた。

 

「私たちはロドス・アイランド製薬という、感染者のための組織です。

あなたのお力になれればと…話を、聞いていただけますか?」

 

「…話?」

 

「はい…ミーシャさん、あなたが追われているのは知っています。

まずはあなたの安全を確保するために、ここから移動しませんか?

移動中の保護は私達が…」

 

「…一体…何を…」

 

「…ミーシャさん?」

 

「どうせ、私たちを捕まえて、牢屋に入れるつもりなんでしょう!」

 

ミーシャは子供達を庇いながらに続ける。

アーミヤは落ち着かせようと、ゆっくり足を進めるが。

 

「近寄らないで!…それ以上近づいたら、引っ掻いてやるから!私の爪は鋭いのよ!」

 

「お、お姉ちゃん…」

 

「私の後ろにいなさい!」

 

子供達が怯えの表情ジョン達に向ける。

 

「ミーシャさん…」

 

「ぷ…」

 

フランカがもう耐え切れないとばかりに息を吹き出す。

 

「…何が、おかしいの?」

 

「ご、ごめんなさい?

でも、私たちが本当にあなた達を捕まえるつもりなら、こんなに悠長に構えるわけがないと思わない?

きっと、抵抗する暇も与えないわよ」

 

「フランカ…」

 

リスカムがその横で困り顔を浮かべる。

 

「申し訳ありません、アーミヤさん」

 

「いえ…フランカさん、ありがとう」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

フランカはアーミヤに微笑みを返す。

 

「ミーシャさん、私たちは本当に、あなたの力になりたいんです、だから…」

 

「信じられないわ…」

 

ミーシャは顔を伏せて答える。

 

「…ここに来て、助け?…ねえ、信じられると思う?…この子達が、どんな扱いを受けてきたか…。

龍門の感染者に対する扱いを知ってる…?」

 

ミーシャは食いつくようにアーミヤに視線を向ける。

 

「犯罪者の方がまだマシよ…わかる?…人殺しの方が感染者よりもマシな待遇を受けるの!!

あなたは…何を根拠にこの子達を…私を助けるっていうの?」

 

「ミーシャさん…」

 

アーミヤは袖をまくりながら、ミーシャに近づく。

 

「アーミヤ」

 

ジョンの言葉を聞かずに、アーミヤは袖の下の感染者の証である、皮膚に露出した鉱石を見せる。

 

「見てください」

 

「あなた…それは…何をして…それ…その手は…」

 

ミーシャは力なく、アーミヤに近づき、その手をとる。

 

「あなたも、感染者…」

 

「はい、同じです、ミーシャさんと」

 

「…そんな…でも…」

 

ミーシャはアーミヤの後ろにいるジョン達を見る。

 

「ミーシャさん、龍門のスラムには沢山の感染者が隠れています。

…後ろにいる子供達もあなたを信じています」

 

ミーシャはアーミヤのそばから慌てて離れる。

 

「あなたの行動の一つで、その子達の立場も危うくなるんですよ」

 

ミーシャは再び、子供達を庇うように立つ。

 

「…脅すつもり?」

 

「私たちはそのようなことはしません。

でも、そういうことをする人たちはいます、あなたも…それは知っているでしょう?」

 

「…」

 

「私たちは、そのようなことをする人たちから、あなたがたを助けたいんです」

 

「…」

 

「私たちは、その子達を含めてあなたを追手から保護したい。

すでにロドスでは何人もの感染者の子供達を保護しています、その子達も同じようにと」

 

「…私が、あいつらに目をつけられているのを知っているの?」

 

「はい」

 

「ならどうして!…あいつらは凶悪よ、もう誰にも抑えつけられない!

…なぜ、私を保護しようというの…?」

 

「…実は、私たちもよくは知りません。

どうして感染者たち、レユニオンがあなたを狙っているのか…その動きよりも先に龍門の方々が、なぜあなたを確保しようとしているのか…。

でも、我々ロドスの理由は単純です」

 

アーミヤはミーシャに向かって歩き出す。

 

「それは、あなたが感染者だからです。そしてあなたは追われている、彼らに。

これでは、まだ信用に値しませんか?」

 

アーミヤはミーシャの腕をとり、その目を真っ直ぐに見つめる。

 

「ここから離れましょう、あなたのため…何よりその子達のために」

 

ミーシャは後ろにいる子供達に目を向ける。

 

「…」

 

「お願いします …!」

 

「…わかった、わかったから離して……いくわ、一緒に」

 

「…ミーシャさん!」

 

「…どっちにしろ、選択肢はないんでしょ?」

 

そう言ってミーシャはジョン達に目をむける。

 

「わかってるじゃない」

 

「フランカ!」

 

リスカムはフランカの頭をはたく。

 

「…そういうわけでは…ないんですけど」

 

「…いいわよ、わかった…あなた達を、信じるわ」

 

「ありがとう、ございます!ミーシャさん…!」

 

 

 

 

 



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脱出ルートはどれにする?

ミーシャ達は体調を確認するために、ジョン達が呼んだ医療オペレーター数名の簡易検診を受けていた。

フェリーンの医療オペレーターが、同種族である少女の腹部に、エコーのような機械を当てる。

 

「…内臓に影が…全員、鉱石病(オリパシー)感染者と断定。

ですが進行は軽度です、これならロドスの医療機関で十分対処可能でしょう」

 

医療オペレーターは傍にいるリスカムに診断を告げる。

 

「病気治るの?」

 

猫の耳を生やした少女が医療オペレーターに首を傾げて問いかける。

 

「…一緒に治して行こうね!」

 

「うん!」

 

頭をなでる医療オペレーターの手、くすぐったそうに悶える少女。

ジョンは窓辺の壁に身を預けながら、その様子を見ていた。

傍らでは、アーミヤがチェンに対して連絡を取っていた。

 

「チェンさん、情報の少女、ミーシャさんを確保しました。

加えて、彼女の保護下にあった子供達も」

 

『了解した。

速やかな対象の移送を求める…それ以外の感染者、子供達に関しては』

 

「そちらはロドスで保護します、よろしいですね?」

 

『…ああ、それで構わない。

合流地点を転送した、近衛局が安全を保障する場所だ』

 

アーミヤはリストバンドから投影される、ホログラムマップに光る光点を見る。

そこはアーミヤ達が出発した場所とは別のゲート。

廃ビルから程近い、中心街に通じるゲートだった。

 

「確認しました」

 

『では到着を待つ、くれぐれも迅速に』

 

「チェンさん、一つ質問が」

 

『…なんだ?』

 

「ミーシャさんを保護する理由はなんですか?

なぜ彼女は彼らに狙われているんです」

 

『…』

 

少しの沈黙を置いて、チェンとの通信が途絶する。

 

「切られました…」

 

「どうにも臭いな」

 

ジョンは窓辺から離れると、置かれた椅子に腰掛ける。

 

「ええ…でもこのままここに居続けるのも確かに危険です。

すでに周りの人々には、我々がここに集結しているのを見られてますし…」

 

「ああ、さっさとここから離れよう、リスカム、フランカ」

 

ジョンの声に反応したリスカムが、医療オペレーターの側から駆け寄ってくる。

フランカは椅子の足を浮かせてバランスを取るのをやめて、ジョンの後ろに立った。

 

「ほーんと、いい使いっ走りよね、私たち」

 

「よほど私たちに事情を説明したくないようです…」

 

アーミヤはフランカの言葉に肩を落とす。

 

「アーミヤちゃんのせいじゃないわよ」

 

「この作戦も事前資料もほとんどない状態で進んでいます。

しかし、あの様子から察するに…ミーシャさんは龍門にとって余程重要な人物のようですね」

 

リスカムはミーシャに聞かれないように声を小さくして発言する。

 

「…その割に、私たちへの指示がひどく杜撰ですが」

 

「まあ、感染者の保護を私たちに任せるあたり、保護してどうするか…なんて情報は与えない方が、都合はいいでしょうね」

 

「しかしどれほどの重要人物なのかすら教えないというのは…緊急時の判断に支障をきたすリスクがあります。

あまりにも非常識です…」

 

「さあ、おしゃべりはそこまでだみんな。

彼らの意図はともかく、今は迅速にここから脱出するのが優先だろう」

 

ジョンはリストデバイスから地図を投影すると、そこに引かれた集合地点への道を表す光線を指でなぞった。

 

「ルートはいくつかあるが、大通りは避けたい。

まだ日は高いが、人の多い大通りでは不審者を見分けづらいからな」

 

「…となると」

 

リスカムはいくつかあるルートの中から、二つのルートをタップする。

その後ろで、ジェシカとバニラが顔を覗かせている。

 

「…最短はこちらのルート、ですが途中で大通りを横切ります。

もう片方は距離は少しありますが、人通りの少ない路地から出ずに済みますね」

 

「ふむ、最短のルートがいいと思うが、どう思う?」

 

「難しいんじゃないかしら」

 

フランカは最短ルートをタップすると、ズームして詳細な地形を表示する。

 

「地図じゃわからないけど、ここ…ここの路地ね、大通りを横切る手前の。

ここは居住区の共用道路よ。

私の部隊はここを通ってきたけど、この時間は人で溢れてると思うわ」

 

「では、距離はあるが人目を避けやすいこちらのルートか…時間のロスは痛いが…」

 

「その道もどーかなー?」

 

ジョン達のいるフロアの入り口に、いつの間にかエクシアが体を預けながらに立っていた。

 

「エクシア、どうやって…」

 

「隣のビルから飛んできた!女の子、無事確保できたみたいだね!」

 

エクシアはケラケラと笑いながら、ジョン達に歩み寄る。

 

「…」

 

フランカは嫌なものを見たとばかりの目線をエクシアに向ける。

 

「おんや?どうしたの、不機嫌そうな顔してるよ?」

 

「…本当、いつもタイミングがいいんだか、悪いんだか」

 

「え、いや、いいタイミングでしょ!?」

 

「フランカ、彼女達の協力がなければ、こんなに早くに保護できなかった。

あんまり邪険にするのはどうかと思う」

 

「…」

 

フランカは腕を組んで、そっぽを向いてしまう。

 

「ハハハ、嫌われてるねえ…。

んでも、こういう時こそ、私たち「ペンギン急便」を頼ってくれないとだよ、ロドスのドクター!」

 

ジョンはエクシアに対して笑みを向けると、ホログラムのマップを囲む輪に招待するように手を向けた。

 

「では、意見を聞かせてもらおうか」

 

「んふふ、そうこなくっちゃ!」

 

 

「ぶっちゃけね、どれも危険なんだよなーこれが」

 

エクシアはスイスイとホログラムを操作して脱出ルートを確認する。

 

「いくら龍門全域を管理、警護する近衛局といってもねー、スラムばかりはデスクトップのデータに頼りきりだから。

ドローンでみた俯瞰の景色なんて、なーんも役には立たない…よっと」

 

エクシアは地図を指でなぞって、その上に新たなルートを作り出す。

 

「このルートならどう?」

 

「…少し距離はあるが」

 

「まあそこはね、でもみんなも移動の最中に頭の上から矢が飛んできたり、石が落ちてきたり、火のついた燃料缶が落ちてきたら嫌でしょ?」

 

エクシアが軽く口にした内容に、前衛オペレーターの1人が生唾をのむ。

 

「このルートならまだ安全だよ。

カルテルの持ち家が多いし、余所者はそう簡単に周囲の建物を移動はできない。隠れることも無理かな」

 

データだけでは判断のつかない情報をジョン達にもたらすエクシア。

 

「通るだけならカルテルの連中も手は出してこないし、どーよ?」

 

「…決まりだな」

 

ジョンは握り拳を掌に打ち付ける。

 

「ありがとう、素晴らしい案内だ、エクシア」

 

「レビューには星5でよろしくね!」

 

エクシアはそう言ってジョンに再びウインクをかます。

 

「…と言いたいところなんだけどねー、隣のビルからどうも臭い連中を見ちゃったんだー」

 

「…何?」

 

「正直ちょっと焦ったよ、あんなに群れてるのは久しぶりに見たからね」

 

「…レユニオン、ですね。…どれくらいの数ですか?」

 

「んー、いくらか合唱団を組めるくらいには」

 

「あいつら、とうとう身を隠すことも、しなくなったってわけね」

 

フランカが腰の細剣に手を当てる。

 

「こっちが動けば奴らも気付くだろうね。

スラムにはあいつらに共謀する連中も少なくないから」

 

「…あの様子では、その様な人々も出てくるでしょうね」

 

アーミヤは路地でのことを思い出して、顔を俯かせる。

リスカムはその肩を抱くと、エクシアに向き直った。

 

「エクシアさん、あなたはスラムの敵の分布を全て把握なさっているんですか?」

 

「そりゃもうばっちりと」

 

「では敵の動きも?」

 

「目当ては付けてないにしろ、あいつらなんとなく目星はつけてるんじゃないかな。もちろん、ここにね」

 

「「「…」」」

 

オペレーター達の間に沈黙が流れる。

 

「…半分包囲されている様なものか」

 

ジョンは手を顎の下で組んで、ホログラムを見つめる。

 

「周辺部隊の様子は?」

 

アーミヤはリストデバイスを起動して、オペレーターのパーソナルデータを呼び出す。

 

「…全員、うまく民衆の中に紛れている様です」

 

ジョンはその言葉を聞くと、懐から葉巻を取り出して部屋の隅にいき、火をつけて紫煙を頬張る。

そしてゆっくりとそれを吐き出すと、アーミヤ達オペレーターに向き直った。

 

「…一発、花火でも上げてみるか」

 

「「「「?」」」」

 

 

 

 

 



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光華の下で

腰にぶら下げた武器を揺らし、金音を鳴らしながら、薄暗い路地を進むもの達がいる。

「レユニオン」、薄汚れた白い装束を身にまとい、その顔は簡易に穴の空けられた仮面で覆われている。

集団は路地の至る所に置かれた木箱やゴミ溜め、浮浪者の簡易住居を破壊しながらに進む。

 

「くまなく探せ、少女だ」

 

先頭の男が後ろに続く兵士たちに指示を飛ばしながらに、耳のインカムに神経を集中させる。

 

『聞け、新たな情報だ。

子供を連れた少女を目撃したという協力者からの情報だ。

廃ビルだ、全隊スラム中心部の廃ビルに集結しろ』

 

「…お前ら、情報があった。

中心部の廃ビルに向かうぞ」

 

先頭のレユニオン兵士の言葉に後続の兵士達は頷き、その歩みを早めた直後だった。

 

「…!?」

 

彼らの得た情報にあった、廃ビルの方向から、赤い光弾が尾を引いて空を割いている。

 

「なんだ…あれは」

 

先頭の男は慌ててインカムで無線連絡網に呼びかける。

 

「おい!廃ビル方面から上がる光弾が見える!

あれは何かの作戦か!?」

 

『わからない、なんだあれは!?』『聞いてないぞ!?』『だれだ、あんな目立つものを!』

 

男の耳に仲間の驚きの声が届く。

 

「どうする…?」

 

「…とにかく、廃ビルを目指すぞ!」

 

先頭の男に率いられたレユニオン達は、狭い路地を廃ビルへと急ぐ。

その間にも、断続的に赤い閃光弾は空に上がり続けた。

 

 

「隊長!チェン隊長!」

 

ゲート前の詰所で待機していたチェンの元に、重装の兵士が飛び込んでくる。

 

「…何事だ、騒がしいぞ!」

 

「も、申し訳ありません!」

 

チェンは椅子から立ち上がると、兵士の前に立つ。

 

「どうした?」

 

「そ、それが…!」

 

兵士は詰所の窓から外を指差す。

 

「スラムの中心部から、赤いフレアが数発打ち上げられています!」

 

「何…?」

 

チェンは慌てて、窓のそばに立つ。

 

「…なんだあれは」

 

「彼らの…ロドスの作戦でしょうか?」

 

「…聞いてないぞ、そんなことは…!」

 

チェンは手首に巻かれたデバイスから、ジョン達に無線通信を試みる。

 

「…」

 

『ジョンだ』

 

「何をしている!?」

 

『何を…とは?』

 

「あまり派手に動くな!

スラムで勝手な動きをすると、どうなるかわかっているのか!?

貴様、作戦を破綻させる気か!!」

 

『それはこちらのセリフだ、チェン』

 

ジョンの語尾を強めた言葉にチェンは無線越しに思わずたじろぐ。

 

『ご自慢の近衛局の実力もたかが知れているな、こちらの状況も把握できていない。

その「作戦」とやらを破綻させたくなければ黙っていろ』

 

「何…!?」

 

次の瞬間、ロドスとの通信は一方的に遮断される。

 

「…」

 

「隊長…我々は?」

 

「…待機だ!」

 

「は、ハッ!」

 

兵士はチェンに睨まれて、慌てて詰所から出ていく。

チェンは詰所の中で1人、机に突かれた拳を握る力を強めながら、窓の外を睨む。

 

「…一体、なんだというのだ…あの男は…!」

 

 

廃ビル周辺。

蜘蛛の巣状に広がる路地の全てに、レユニオンの兵士たちが群がっていた。

 

「スカルシュレッダー、聞こえるか?」

 

仮面をかぶった一際体格のいい、隊長格の兵士がインカムから無線を送る。

 

『…見つけたのか?』

 

「目撃証言のあった廃ビルに展開していた全ての兵士が到着した、これから踏み込む」

 

『わかった、あの光弾の正体は?』

 

「それはわからない、だがここから撃ち出されたのは間違いない。

何か企んでいるにしろ、この人数の前では…」

 

『目標は無傷で保護しろ、わかったな』

 

「…了解だ」

 

隊長格の兵士は大きく手を挙げる。

その動きに合わせて、レユニオンの小隊が廃ビルの入り口に殺到する。

その瞬間だった。

 

「…ギャバッ!?」「ゴアッ!?」

 

入り口に足を踏み入れた集団が轟音と共に吹き飛んだ。

 

「な…っ!?」

 

吹き荒ぶ爆風と砂塵に身をかがめながら、隊長格の兵士は廃ビルの出入り口に目を向ける。

そこにはフードを深くかぶり、スカーフで顔を隠した一団が出入り口を塞ぐ様に立っていた。

 

「な…!?誰…!?」

 

声を続ける前に、集団は素早く動き始めた。

まとまった集団が、蜘蛛の子を散らす様に、小さな集団になってそれぞれが別々の路地への入り口に向かう。

 

「…と、止めろ!こいつらを止めろ!」

 

隊長格の兵士は周りの兵士に檄を飛ばす。

その命令に従い、小集団それぞれに斬りかかるレユニオン達。

しかし、それは廃ビル中腹階からの猛烈な銃火によって阻まれる。

ボロボロに崩れたレユニオン達の隊形を、小集団は切り裂いていく。

 

「銃…撃!?」

 

隊長格の兵士はマズルフラッシュを煌めかせる廃ビルの窓に目をやる。

そこには頭に光輪を浮かべた少女がいた。

 

「あ、あれは…!?」

 

隊長格の兵士の兵士は、その少女と目が合うのがわかった。

銃口が向けられる。

緩やかに感じる時間の中で、兵士は少女の口が何かを唱えるのを見た。

直後、兵士の頭に複数の弾丸が撃ち込まれる。

重い音を立てて倒れる兵士の周りから、混乱が伝播する。

もはや枝を振り回す様に武器を構えるしかないレユニオン達の包囲網を、切り裂いていった。

 

腰を抜かし、廃ビルから飛び出し、路地に消えていく集団をただ見届けるだけだった兵士の中に、立ち上がり声を張り上げる者がいた。

 

「お、お前ら!追え!あいつらを追え!」

 

その言葉に、1人、また1人、やがて残った兵士の全てが立ち上がり、それぞれが散った小集団を追いかける。

窓からの銃火に怯え、その場から逃げる様に散らばった兵士もいたが、少女はすでに廃ビルの窓から姿を消していた。

 

「なんだ!なんなんだ今のは!?」

 

『…どうした?』

 

「す、スカルシュレッダー!た、たった今、廃ビルで戦闘が!!隊長がやられた!」

 

『何…?』

 

「に、逃げられた!あいつらバラバラに路地に!…そ、それに!」

 

『なんだ?』

 

「あいつらの中に小さいのが紛れてた!間違いない、この目で見たんだ!多分、目標の…!」

 

『龍門の連中か?』

 

「す、すまない!それも…!」

 

『…使えない…追え、逃すな』

 

「あ、ああ!」

 

レユニオンの兵士は慌てて集団の跡を追う仲間の後を追う。

 

 

「ご苦労、エクシア。リーダー格は取れたかな?」

 

ジョンは薄暗い路地をオペレーター達に囲まれて走る。

 

『それっぽいのは天国にご案内したよ、いえーい』

 

「ではそのまま、作戦通りに」

 

『りょうかーい!』

 

「テキサス」

 

『なんだ、ドクター』

 

「そのまま、各部隊のナビゲートを続けてくれ、なるべく目立つ、安全なルートを」

 

『全く、無理を言う…まあやるだけやってみるさ』

 

「全小隊、聞け。

存分にかき回し、追わせてやれ。

奴らが自分たちを鬼だと思っている間は、存分に」

 

ジョンの無線を聞く全オペレーター達の目が、薄暗い路地の中、フードから、スカーフから怪しい光を覗かせる。

 

「タッチダウンのその時、鬼はどちらか、奴らに思い知らせてやろう」

 

 



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鬼ごっこ

「追えっ!逃すな!」

 

レユニオンの兵士たちが目の前を走る集団を追って、路地を駆ける。

すれ違う市民や浮浪者を突き飛ばしながら、野犬のように。

 

「くそ!あいつらなんなんだ!速すぎる!」

 

「崩れた瓦礫、崩落した壁…こっちの情報にないスラムの地理を把握してる…!

龍門の兵士じゃないのか…!」

 

「黙って追え!見失うぞ!」

 

路地の角を曲がるたびに見失いそうになる集団の影を、レユニオン兵は必死になって追い続ける。

 

「…スカルシュレッダーさん、いやに苛ついてたな…!」

 

「目標の少女、何か関わりがあるのか?」

 

レユニオンの小隊、最後尾の2人が、無線でのリーダー…スカルシュレッダーの様子を気にかける。

 

「わからん…上は目標の、あの少女をどうするつもりなんだろう…!」

 

「下っ端にはそんなことは知らされないさ!

…いやに焦ってたからな、リーダーが変なことに巻き込まれてなければいいが…!」

 

入り組んだ路地、レユニオン達は必死に集団に追いすがる。

 

「…おい!この先は袋小路だぞ!」

 

「チャンスだ!」

 

先頭の男の発言にレユニオン達は走る速度を早める。

小集団は路地を左に曲がり、レユニオン達は袋小路の入り口を塞いだ。

 

「…手間取らせやがって」

 

先頭の男が腰の武器を抜き放つ。

集団は袋小路の壁を背に、中央に深くフードをかぶった小柄な少女を囲んでいる。

 

「道の選択を誤ったな。

さあ、追いかけっこはここまでだ、その少女を渡してもらおうか」

 

「…」

 

レユニオンの真正面に立つ、スカーフを口元に巻き付けた兵士が一歩、前に進んだ。

 

「…あら、捕まっちゃった」

 

そしてスカーフを大きくずらすと、悪戯な笑みを浮かべた。

 

「そして残念…こっちは」

 

中央で兵士に囲まれていた少女が勢いよくフードをめくる。

 

「ハズレだよーだ!!」

 

そこにいるのはミーシャではない。

フェリーンの少女は目蓋を指で引っ張って舌を出す。

 

「…な!?」

 

フランカは腰から細剣を抜き放つと、切っ先をレユニオン達に向ける。

 

「じゃあ、今度はコッチが鬼…ね?」

 

「ぐ…!くそ、お前ら!こいつらを…!」

 

先頭の男が言葉を続けるより先に、フランカの細剣がその胸を貫く。

 

「1人…つーかまえた」

 

「ひ…!?」

 

フランカの醸し出す殺気に、レユニオン達は後ずさる。

フランカの後ろに控える前衛オペレーター2人が武器を抜き放ち、その横に立つ。

 

「び、ビビるな!たった3人だ!全員でかかれば…!」

 

「あら、3人?どうかしら…」

 

直後、レユニオン達の背後に現地人の姿に扮装したオペレーター達が飛び降りてくる。

 

「な…っ!?」

 

「まさか…卑怯だなんて言わないわよね?」

 

 

リスカム率いる別働隊は、長い路地の途中ですでにレユニオンとの戦闘を行なっていた。

 

「ふっ!!」

 

リスカムは振り下ろされるマチェットを避け、盾で弾き、フラッシュを焚きながらハンドガンで的確に敵の急所を撃ち抜く。

その横でバニラがリスカムの盾の隙を埋める形でハルバードを構える。

 

「させませんよ!」

 

矛先で迫りくるレユニオンの足を薙ぎ、石打ちで勢いよくレユニオンの頭を叩き払うバニラ。

レユニオン達はその勢いに思わずたじろぐ。

 

「な、何者だてめえら!!」「押せ!押せ!」「人数はこちらの方が上なんだぞ!」

 

「あなた達、こんなことをしていていいのですか?」

 

リスカムは盾を構えながらレユニオン達に問いかける。

 

「…何?」

 

「何を勘違いしているのかはわかりませんが、こちらは…」

 

「ハズレ、です!」

 

リスカムとバニラの言葉を合図に、扮装したオペレーターに守られている複数人の小柄な少女達が一斉にフードを外す。

そこにはミーシャの姿はなく、全員が悪戯な笑みを浮かべてレユニオンを睨んでいた。

 

「な!?…く、くそ!!」

 

「早く本物を探した方がいいのでは?」

 

 

『なんだ、なにが起こってる!?おい!そっちはどうなってる!?』

 

「どうした!?」

 

別の小集団を追いかけていた兵士の元に、仲間から無線が飛んでくる。

 

『し、正体不明の集団と交戦中!!こいつら龍門の兵士じゃないぞ!!』

 

「何…?」

 

『突然襲いかかってきやがった!!あいつら、少人数で…くそ!くそ!!恐ろしく強い!』

 

「スカルシュレッダー」

 

レユニオンの兵士は横で走る、ガスマスクを被った兵士に声をかける。

 

「…ロドス」

 

「ロドス?あいつらが関わっているのですか?」

 

「龍門の警備部に協力をしているのは事前情報にあったが…まさかこんなに早く…」

 

『スカルシュレッダー!!こっちの集団は違う、目標じゃない!!その上増援が…くそ!あいつら市民に化けてやがる!』

 

『こっちもだ!くそ!嵌められた!』

 

スカルシュレッダーの元に先ほどとは別の部隊からの連絡が入る。

 

「…」

 

「どうしますか?」

 

「…各部隊にはそのまま追跡を続行させる、戦闘中の部隊は即時戦闘を中止、追跡中の部隊に合流させろ。

…残りの集団は後1つ、逃すな」

 

「了解、全部隊聞け…」

 

スカルシュレッダーは手に持つリボルビングランチャーの弾を確認する。

 

(…資料とは戦闘の傾向が異なる…ロドス、ここで何をしている…なぜ彼女を…)

 

 

「ドクター、フランカさんとリスカムさんの隊から連絡が。

付近に散開していた部隊と合流、レユニオンの部隊は遁走したようです」

 

「そのまま先行してゲートに向かうように伝えろ」

 

「わかりました」

 

ジョン達の周囲にはすでに、民間人に扮装していたオペレーター達が数人合流していた。

 

「思えば私の指揮は逃げるばかりだ、君たちには刺激が少ないかな?」

 

「ご冗談を」

 

横を走る前衛オペレーターが苦笑混じりに答える。

 

「まるで昔に戻ったようです、ドクター」

 

「君はここに勤めて長いのか?コードネームは?」

 

「ポジティブモンキー、前の戦役からロドスにはお世話になっています」

 

「「楽観的な猿か」…いいセンスだ」

 

「…ドクター?」

 

「いや何、「猿」には縁があってな。

君はどこの部隊だ?」

 

「先日配属を、あなたの部隊ですよ、ドクター」

 

「おお、そうか、それはすまん」

 

「いえ、俺たちはみんな似たような格好をしてますからね、それに…」

 

前衛オペレーターは顔を隠したスカーフを下にずり下げる。

 

「俺みたいに顔に鉱石が露出した奴も珍しくない、まともに顔を見れないんじゃ、仕方ありません」

 

「…そうか、だがもう君は覚えた」

 

ジョンはそう言って前衛オペレーターの頭に手を乗せる。

 

「…!」

 

「思っていたより若いな、よろしく頼む、ポジティブモンキー」

 

「…ヤー、ボス!」

 

前衛オペレーターはスカーフを戻すと先頭に向かって走す速度を早めた。

 

「人たらしですね、ドクター」

 

横で走るアーミヤがニコニコしながらジョンに話しかける。

 

「反省だな、そういえば私はここの連中を殆ど把握していない」

 

「みんなあまり他人と接点を持とうとはしませんから、感染者なら特に…あなたは違いますが」

 

「ん?」

 

「あなたは非感染者です、みんな遠慮してます」

 

「…ああ、そういうことか」

 

「あれはきっと嬉しい…嬉しいですよ、ドクター」

 

アーミヤはそう言って前方を走る前衛オペレーターを見やる。

ポジティブモンキーは何かを仲間に自慢したようで、周囲の仲間達に小突かれて回っていた。

 

「ここには若い連中が多すぎるな」

 

「仕方がないんです、鉱石病(オリパシー)…そういう病ですから」

 

「なおさら気を使われるか…」

 

ジョンは自らの手を見る。

 

「「私」は…まだ若く見えるが、苦労性だったのかな、随分と皺が深い」

 

そして焼き潰れた右目を覆う眼帯を撫でる。

 

「これ以上傷つけるわけにはいかんな」

 

「…あまり「彼」は気にしないかと、そういう人でしたから」

 

「…なら少し私に似てる、かもな」

 

ジョンはそう言ってアーミヤに笑いかける。

 

「ドクター!もうすぐ合流地点です!」

 

先頭を走るオペレーターがジョンに向けて叫んだ。

 

「さて、大詰めだな」

 

ジョンはそう言ってリストデバイスを起動、ホログラムマップを展開する

 

「タッチダウンまで、後少しだ」



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逃避行の果てに

ジョン達は目標であるゲートを目指して路地を走り続ける。

大通りに近づくにつれ、路地を歩く人々も増え始める。

民衆に気を使いながら、それでも最低限の速さで進む。

 

「一般人が増えてきました!」

 

「刺激するなよ、彼らの中に紛れるように心がけろ」

 

ジョンは果物の入ったカゴを運ぶ少女を避けながらに指示を出す。

 

「きゃあ!」

 

「すまんお嬢ちゃん!」

 

ジョンは少女に謝罪をしながらにリストデバイスにホログラムマップを展開する。

 

「目標まで後わずか、気を引き締めろ」

 

「ドクター、あれを!!」

 

後ろを走っていたオペレーターがジョンに後方の様子を伝える。

 

「市民が…!」

 

ジョンはオペレーターの言葉に後ろを振り返ると、そこにはこちらに迫ってきていたレユニオン達、そしてそこに向かって殺到する民衆の姿があった。

 

「どけ!おい、お前ら!」「邪魔をするな!」

 

「よくも俺たちの家を!」「品物の弁償をしろよ!」「破壊者め!!」

 

民衆達はレユニオン達に対して明確な怒りを示している。

 

「あいつら、至る所で乱暴を働いていたようです」

 

「自業自得だな」「ざまあみろだ」

 

オペレーター達は吐き捨てるように呟く。

 

「どけ!同胞に乱暴はしたくない!」

 

「乱暴はしたくないだと!?誰のせいで俺たちがこんな目に!」

 

「もとはといえばお前達のせいじゃないか!」

 

「…何!?」

 

「とっととここから出ていけ!破壊者め!!」

 

「これ以上ここに厄介ごとを持ち込むな!」

 

民衆の1人がレユニオンの兵士に石を投げる。

それに続いて他の市民もそれに続いてものを投げ始める。

 

「おい、あれ…」「まずくないか!」

 

「感染者のために戦うと掲げておきながら、肝心の支持は受けていないようだな」

 

ジョンが立ち止まり、それ続いてオペレーター達も後ろを見やる。

 

「見過ごせん、奴らが手を出す前に、片付けるぞ」

 

「「「了解!」」」

 

オペレーター達が獲物を抜き放ち、民衆の群れをかき分けてレユニオン達の前に立つ。

 

「き、貴様ら!」「こいつら戻ってきたぞ!」

 

レユニオン達は今まさに民衆に向けようとしていた武器を引っ込めて後ずさる。

 

「言ってることとやってることが!食い違ってるんだよ!お前らは!」

 

前衛オペレーター達は民衆にさがるように手で促す。

 

「あ、あんたら…」

 

「下がってくれ!」

 

「おい手を出すな!この人達は…」

 

「いいから下がってくれ!このままじゃあんたらを巻き込んじまうんだよ!」

 

「あ、ああ…!」

 

前衛オペレーター達がレユニオン達との戦闘を始めたのを確認したのち、ジョンはアーミヤに向き直る。

 

「アーミヤ、君は残りの者を連れて目標地点へ急げ」

 

「ど、ドクターは!?」

 

「あいつらと一緒に合流する、今は先を急げ、早く」

 

「わ、わかりました!」

 

ジョンはアーミヤ達が路地の先へ走っていくのを見届けると、前衛オペレーター達の元へと向かう。

 

「それを貸せ」

 

ジョンは民衆の波を抜け、隣について来ていた前衛オペレーターから、差し出された武器を手に取ると、オペレーターの1人に振り下ろされようとしていたマチェットを受け止める。

 

「ど、ドクター!?」

 

「長物はあまり扱ったことはないんだが」

 

ジョンはマチェットを弾くと、レユニオン兵士の横っ腹に蹴りを入れる。

 

「がっ!?」

 

「手馴しにはちょうどいい」

 

「な、なんだ!お前は!?」

 

「なに、ただの指揮官だ、来い、稽古をつけてやる」

 

ジョンは真横から繰り出される斬撃をすれすれで避けると、振り抜かれた腕を片手で取り、手前に引き込んで足を払う。

続け様に別の兵士から繰り出される突きを体を捻って避け、腕を抱え込んで引き込み、体制が崩れたところを顎に肘を打ち込んだ。

そしてその延長で、足払いを受け、倒れ込んだ兵士の顎を踏み抜く。

 

「ひ…!?」

 

「さて、お前らには流しただけの血を見てもらおう」

 

その隣に、オペレーター達が武器を構えて立つ。

 

「…援護します!」「ドクター!」

 

 

『ジャック、CQCの基本を思い出して』

 

 

「……フン」

 

「…ドクター?」

 

「…なんでもない、やるぞ」

 

 

民衆による断続的な投石の援護もあってか、自分たちの戦闘をさせてもらえなかった彼らは、ジョン達の攻撃を前に逃げ出した。

 

「ありがとう」

 

先を急ごうとするジョン達の前に、年配の男性が立つ。

 

「こちらこそすまない、騒がせたな」

 

「い、いいえ!最近のあいつらの行動には本当に嫌気がさしていたので、ついこちらもカッとなって」

 

「…あなた達はここを離れるべきだ」

 

「…もう、行くあてなんてモノは巡り尽くしました、ここしか無いんです…我々には」

 

そう言って男性は傍に少年を抱く。

 

「本当にありがとう、守ってくださって…これからは自重します」

 

「…ああ、元気で」

 

ジョンはそういうと、オペレーター達を引き連れて、路地をアーミヤ達の元へと急いだ。

 

「…」

 

「革命のためには、血が必要だ。

敵はもちろん、仲間の血もな」

 

「…ドクター」

 

「だが、それを履き違えている。

それほどまでに、追い詰められているのか」

 

「…」

 

「あいつらが一枚岩でないことはわかっている…だが、なぜこれほどまでに構成員が多い。

あいつらの支持者はどういった連中なんだ…」

 

ジョンは自問する。

 

「感染者と非感染者、それほどに単純なのか…本当に…?」

 

 

アーミヤ達は息を切らしながら、そこにたどり着いた。

 

「はー…!はー…!」

 

「!」

 

ゲートを守備していた龍門の兵士がアーミヤに駆け寄る。

 

「あなたはロドスの…!隊長!隊長!ロドスが到着しました!

…大丈夫ですか?」

 

「はー…ええ、大丈夫です。

他の皆さんは?」

 

「すでに到着されています。

…感染者の子供達もすでに保護されています。

それで、目標の人物は?」

 

「ここだよー!」

 

アーミヤと龍門の兵士の上から、エクシアの声が響き渡る。

エクシアは腕にミーシャを抱きながら、建物の屋上から垂らされたロープを使って降りてきた。

 

「エクシアさん!」

 

「いやーごめんごめん!思ったより時間がかかっちゃった!」

 

エクシアはミーシャを下ろすとアーミヤの元へ駆け寄る。

 

「そっちは大丈夫だった?」

 

「ええ、他の隊の皆さんが引き付けてくれたので」

 

「…ネタばらしもなく、たどり着けました」

 

フードを深く被ったジェシカが、それを外してはにかむ。

 

「それはよかった!…あれ、ドクターは?」

 

「追撃を引き付けるために、途中で別れました。

でも大丈夫です、すぐに合流して…」

 

アーミヤがそう言っている間に、ジョンが路地から姿を現し、その横に立った。

 

「ほら」

 

「エクシア、よかった、無事だな」

 

「ありゃ意外!ロドスは指揮官も戦闘員の1人ってわけね!」

 

「君も見かけによらず、なかなかタフじゃないか」

 

ジョンはエクシアが差し出した右の拳に拳をぶつける。

 

「ミーシャさん!」

 

アーミヤは少し遠くから、こちらを眺めているミーシャに駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!どこにも…怪我はありませんか?」

 

「…ええ、大丈夫。少し荒っぽい人たちだったけど、守ってくれたわ」

 

「そ、そうですか…よかった」

 

少し遅れてロープを使って降りてきたテキサスが、ミーシャの隣に立って肩に手を置く。

 

「少し戦闘があってゴタついたが、よくついてきてくれた、勇敢な子だ」

 

「ありがとうございました、テキサスさん」

 

「なに、君達があいつらを引き付けてくれたおかげさ」

 

テキサスは口の端に咥えたチョコレート菓子を動かしながらに笑う。

 

「それより、この子」

 

「…」

 

テキサスはふらつくミーシャの肩を支える。

 

「…ミーシャさん?」

 

「ずっと具合が悪そうなんだ、外傷もないし…診てやってくれ」

 

「…医療オペレーター!こっちに!」

 

フードをかぶっていた医療オペレーターがそれを取り払いながらアーミヤ達の元へ駆け寄ってくる。

そして診断機器をミーシャにあてると、目を見開いた。

 

「そんな、さっき診た時にはこんな…」

 

アーミヤは診断機器の表示を診て口に手を当てる。

 

「…進行が、早すぎます…これは…どうして」

 

「どうした?」

 

様子を見ていたジョンがアーミヤ達のそばに駆け寄ってくる。

 

「ドクター!ミーシャさんの病状が…出会った頃に比べて凄まじい速度で…悪化を…!」

 

「…なんだと?」

 

ジョンはミーシャの隣に立ち、腕をとる。

 

(ひどく冷たい…)

 

「ミーシャ、聞こえるか?」

 

「…大丈夫、聞こえるわ…そんなすぐに…死んだりしないわよ…でしょ?」

 

「ああ、そうだな」

 

ジョンはアーミヤに向き直る。

 

「…いますぐに医療機器に入れないとまずい、だな?」

 

「ええ、ですが…」

 

「どうした、何か問題があったのか?」

 

ジョン達の元へ、チェンが足早に向かってくる。

 

「チェンさん!ミーシャさんの様子が…!」

 

「なに!?」

 

チェンはミーシャの横に跪くとその顔色を見る。

 

「…これは…」

 

鉱石病(オリパシー)の末期症状に近い…でもこんな早さで…」

 

「すぐに医療部に連絡をつける、ここからは我々が…」

 

「それはちょっと待ってもらおう」

 

ジョンはチェンの言葉を遮る。

 

「…またか、今度はなんだ」

 

「この少女は、ミーシャは我々で身を預かる」

 

チェンはその言葉に額に青筋を浮き立たせる。

 

「き、さま…!何様のつもりだ!!」

 

チェンはジョンのローブの襟を掴みよせる。

 

「これ以上我々を侮辱するなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらうぞ!!」

 

「龍門はもう安全とは言いきれん」

 

「なに!?」

 

「見ろ」

 

ジョンは首の動きでゲートの前の人だかりを指す。

民衆の中、その間を縫うように、フードの中に仮面を隠し、こちらを伺う者達がいた。

 

「…!」

 

「あれの規模を、龍門はどこまで把握している?」

 

「…スラムに奴らが潜伏していることなど…既に把握済みだ、取るに足らんと判断して…」

 

「なるほど、スラムの状況なぞは壁の外と同じか。切り離せば大層な移動都市とは別物と、そう言いたいんだな?

チェン、前にも言ったな。

すでに外だけの問題じゃないんだ、もう内部にまであいつらの手は及んでいる」

 

「貴様…どこまで…!」

 

「恐ればかりで周りが見えなくなっているなチェン」

 

「恐れ…ているだと…私が…?」

 

「重責か、それによる戒めか、指揮官足らんとするのは立派だが、お前には決定的に足りない物がある」

 

「…」

 

「敵を侮るな、敵の行動の全てが自らの手の内をすり抜けてくると思え、それが指揮官の役目だ」

 

「ふ、ふざけるな!…御高説はそこまでか…!?ならもう…」

 

「君では話にならんな」

 

ジョンはリストデバイスの無線機能を立ち上げる。

 

「…おい、何をして」

 

「ああ、ミスター・ウェイ」

 

チェンはジョンの言葉を聞いて耳を疑った。

目を見開き、言葉をなくす。

 

「職務中?…それはすまない、いつぞやはいい葉巻をありがとう。

…ああ、現在行動中の作戦で、少しトラブルがな」

 

「…」

 

「…ん、ああそうだ。

ミス・チェンの指揮下で作戦を行なったが…ああ、無理を言ってホットラインを繋いでおいて幸いだった。

それで…もうゲートの前には到着している…それでだな、目標の少女だが…ああ、容態が思わしくない」

 

ジョンは懐から葉巻を取り出して咥え、火をつける。

 

「そりゃあ龍門にも優れた医療設備はあるだろうが…ああ、そうだ…警備に不安がある。

情報を?あの少女が?…ああすまないなミスター、我々はあまりにも知らなすぎた。

ではなおさら、少女を危険に晒すわけにはいかないのでは?

…ああ、そうだ、一時的保護、それで構わない、容態が安定次第そちらに移送する…いいかな…ああ、わかった…悪いがミス・チェンにはそちらから伝えてもらえないか?」

 

紫煙を吐き出すと、ジョンはチェンに向き直る。

 

「…ああ、忙しいところをすまない、どこかで埋め合わせを…ああ、ありがとう」

 

ジョンは無線を切ると、チェンの目を真っ直ぐに見つめる。

 

「…」

 

「責任感の強い君のことだ、思うことがあるのだろう。

だが一度よく考えてみるといい、君が守らんとするものはなんだ?龍門か?市民か?矜恃か?

…悪いが、ロドスという連中はさらにその先を見ている」

 

チェンはただ呆然と、ジョンの後ろ姿を目で追う。

 

「最善を尽くす、ただ守るために…今言えるのはそれだけだ」



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相思相殺は、どこまで

『スターバック・1。

誘導灯を確認した、これより降下する』

 

ロドスのオペレーターが振る赤色灯を目指して、医療ヘリが降下を開始する。

着陸したヘリの後部プラットホームから、担架を背負ったオペレーター、そして医療オペレーターが数人、スロープを降りてくる。

先頭に立つ白髪に紅眼、色白の少女が、走り寄ってきたフェリーンの医療オペレーターに問い掛ける。

 

「容体は!?」

 

「体温の低下、多臓器不全の疑い及び意識障害も出始めています!」

 

「…急ぐぞ!すぐに医療ポッドに入れないと危険だ!」

 

「ワルファリンさん!」

 

アーミヤが先頭の少女に呼びかける。

 

「アーミヤ!急に呼び出すものだから驚いたぞ!…ちょっと待て!」

 

「失礼!1、2でいくぞ!持ち上げますよ!1…2!」

 

ワルファリンの後ろから担架を持って飛び出してきたオペレーター達が、簡易ベッドに横になるミーシャを持ち上げ、担架に乗せる。

 

「アーミヤ、詳しい話は後で聞かせてくれ!今はこの子の命が優先だ!」

 

ワルファリンは手に持つロッドにアーツを集中させ、その光をミーシャにあてる。

 

「わ、わかりました!」

 

「よし、運ぶぞ!抗菌剤を用意しておけ!人工呼吸器もだ!」

 

ワルファリンは担架で運ばれるミーシャのそばに付き添いながらヘリの中へ戻っていく。

アーミヤはその様子を心配そうに見守っている。

 

「アーミヤ、我々も戻るぞ」

 

ジョンはアーミヤの肩に手を置く。

 

「…はい、ドクター」

 

医療ヘリが上昇した後、哨戒ヘリが数機、アーミヤ達の元へ降下してくる。

降りてきたスロープに足をかけ、ロドスのオペレーターはヘリに搭乗する。

その背後で、龍門の兵士たちを背に、チェンが複雑そうな表情を浮かべていた。

ジョンはヘリに搭乗する前に、チェンの目の前に立った。

 

「…捨て台詞でも残していくつもりか」

 

「そのようなものだ。

ミス・チェン、あまり気負いすぎるな」

 

「…慰めの言葉のつもり?」

 

「それは違う…勘違いをしないでくれ、私は君のこれまでの実績にケチをつける気はない。

だが…何をそんなに焦っている?」

 

「貴様には…関係のないことだ」

 

「君はきっと、そんな人間じゃないだろう」

 

「何が…私の何がわかるっていうの?」

 

「ああ、わからないさ。

だが、その顔つきはよく知っている。

鏡を見ると、いつもそこにいる見慣れた顔だ…眉間に深い谷を刻んでな、美容にはよくない」

 

「…」

 

「物事の形だけをみるのではない、肝心なのはその中身を知ることだ。

龍門という枠組み、スラムという場所、そこになんの違いがある。

チェン、わかっているだろう、もう彼等はすぐそこまできている」

 

「…」

 

チェンはジョンの目を真っ直ぐに見つめる。

 

「他の誰でもない、君が守るんだこの都市を」

 

「…私は…!」

 

「言いたいことはそれだけだ、さっきの非礼を許してくれると助かる!

…ウェイ氏によろしくな」

 

ジョンはそういうと、哨戒ヘリの方へ走っていってしまう。

アーミヤの手を借りて、ヘリに搭乗するジョン。

チェンは、ジョンに向かって伸びた手を見つめ、空を潰すように握り込むと、飛び立つヘリに目を向けた。

 

 

スラムの上空を飛ぶヘリの中、ジョンは窓の風景を眺めながらに呟いた。

 

「鉱石病とは…残酷なものだな」

 

横に腰掛けていたアーミヤは、その言葉にジョンの方を見る。

 

「皮肉なものだ、あれほどまでに憎んだ病に、よく似た物と相対することになろうとは」

 

「ドクター、何か患っていたんですか?」

 

「…かつての私は、遺伝子をずたずたにされ、子も為せない体だった。

人類が生み出した業、その円環の中に、私もいた」

 

「…?」

 

横にいたオペレーターが、訳がわからないという表情を浮かべる。

アーミヤだけが、その言葉に真剣に耳を傾けていた。

 

「どういう、世界だったんですか?」

 

「ここよりはまだ少しマシだった…と言いたいが、どっこいどっこいだな」

 

「それは…どんな…?」

 

「光だよ、すべてを焼き尽くす光だ」

 

「光…」

 

「叡智の光、そう呼ぶ者もいた。

そこが鉱石病とは大きく違うな、私たちは自らの手でソレを作り出してしまった。

ああ…違う…大いに違う」

 

「…」

 

「あれは空から落ちてくる天の災害だ。

決して人の意思が介在することのない「天災」……。

貧困や人種ではない…生まれ持った能力でもない…病から来る差別」

 

窓の外、路地の片隅に倒れ込む数人の男女、そして子供を目にする。

ジョンは手を強く握りしめた。

 

「一体誰を恨めばいい…誰を責めればいい…誰を悪にすれば…。

そんな意思が、この世界そのものを回している。

どんな気持ちだ…どんな、どんな思いだ……どうしたら…こんな世界が出来上がる…」

 

ジョンは自問する。

 

「…何も知らない…知らなすぎる。

…私は、彼女に上から物を言えるような人間じゃない」

 

「ドクター」

 

「…」

 

「落ち着いてください、大丈夫ですから」

 

アーミヤはジョンの手を両の掌で包み込む。

 

「…すまない、考え事をするとどうもな、嫌なことばかり浮かんでしまう」

 

「それは私も…私達も同じです、ドクター」

 

アーミヤはそう言って微笑む。

周りのオペレーター達もまた、その様子を笑って見ていた。

 

「ドクターもそんな顔をするんですね」

 

「何?」

 

「初めて見ました、いつもはなんでもないって顔をしてらっしゃるので」

 

横にいるオペレータがそう言って笑う。

 

「ありがとうございます、でも大丈夫です。

いずれこの病もなくなる、我々は信じています。

例えその道がどんなに長くても、それでも、信じています」

 

「そうですよ!」「ロドスはいずれやり遂げます!」「絶対に!」

 

ヘリの中のオペレーター達は、口々に声を上げる。

 

「だから、そんな顔をしないで」

 

「そうしたら、あいつらとだって、いつかは…」

 

オペレーターの1人の言葉に、ヘリの中のオペレーターは全員、窓の外に目を向ける。

 

「…そうだな、その日はいつか訪れる、それは何年か後かも知れんし…明日かもしれん。

あのおっかないケルシー先生が、顕微鏡の片隅にそれを見つけるかも知れんな」

 

ジョンのその言葉で、ヘリの中に笑い声が響き渡る。

 

「その時まで、共に行こう。

私が今ここにいるのも、その礎になるのだと信じて」

 

 

ロドスのヘリが上空を行くのを、見上げる集団がいた。

 

「…」

 

「しくじったな、スカルシュレッダー」

 

「…クラウンスレイヤー」

 

「まさか、あいつらがここまでの強硬姿勢を取るとは…タルラのやつはなぜか上機嫌だったが」

 

「彼女は、ミーシャは龍門の手には渡っていない」

 

「ああ、だがいずれは奴らに引き渡されることになるだろう」

 

「…そうは、させない」

 

「タルラは大規模な作戦を考えている。

…だがその前に、もう一つ大事を起こすようだ、お前にも参加してもらうぞ」

 

「…」

 

「了承…と取っていいな?」

 

「好きにしろ」

 

「…貴様といい、Wといいタルラのやつがなぜ信用するのかわからん」

 

 

「…姉さん、今度は、必ず…」

 



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ちょっと閑話

心電図の電子音のみが響き渡る廊下で、アーミヤは1人、ベンチに腰掛けていた。

硬い廊下を叩く靴の音が、奥の方から響いてくるのを聞いて、アーミヤはそちらへ顔を向ける。

そこには数人の医療オペレーターを引き連れた、ケルシーが立っていた。

 

「少し休め、アーミヤ」

 

ケルシーは白衣のポケットから手を取り出すと、アーミヤの肩に手を乗せる。

 

「…ケルシー先生」

 

「容体は安定している、じきに意識も戻るだろう」

 

そう言ってケルシーは医務室のベッドに横たわる少女を見る。

 

「龍門の重要参考人…全く面倒な事をしてくれた物だ、あの男は」

 

「…ケルシー先生…」

 

「ああ、違う、勘違いするな。

ジョンの対処には私も賛同する。

我々は医者だ、危険な命を前にしてそれを更なる危険に晒すような真似は、言語道断だ」

 

「…」

 

「しかし、この場合はもう少し考慮すべきだった、一言私に連絡をくれれば良い物を。

ロドスは今龍門近くに停泊している。

スラムで大規模作戦を展開するまでに、あの子を欲しがる奴らが、こちらに目をつける可能性を考えなかったのか…という話だ」

 

「それは…」

 

「すでに龍門の内部で活動している分子については、ロドスもある程度は確認している。

…わからないのは龍門の対応だ。チェン氏の対応はともかくとして、あまりにも油断がすぎる。

あの聡明なウェイ氏が、そのような愚行を犯すようには思えないが…どうにも大きな裏工作があるような気がしてならない、あまりにも露骨だ」

 

ケルシーはタブレットデバイスを操作しながらに続ける。

 

「ロドスには現在、戒厳令を部分的に敷いている」

 

その画面にはロドスの3Dマップの各所に、オペレーター部隊が配置される様子が表示されていた。

 

「それで構わないな?」

 

「はい…ケルシー先生、龍門は…」

 

「まだ憶測の段階だ…私も少し語りすぎた、今は契約締結国として、彼等との関係を壊すわけにはいかない…今回の一件に関しても、ウェイ氏は寛大な姿勢を見せている。

あの男がどういう手を使ったのかはわからないが、少なくとも仲良くはやれてるようだな」

 

ケルシーはコートを翻すと、廊下を歩いて行ってしまう。

ついて来ていた医療オペレーター達は、各員が防護服に着替え終わり、ミーシャのいる病室に入室していく。

 

「今はロドスの総力を上げて、その子を守る、今は夢でも見させてあげよう」

 

 

「クロージャ、ロドスは移動できないのか?」

 

ジョンは購買部の前で、紙容器に入ったコーヒーをストローで飲みながらに問いかける。

 

「ジョン君、考えてもみなよ、この図体だよ?

体を起こすだけでどれだけの源石燃料が必要だと思う?」

 

少女の名前はクロージャ。

黒髪のロングヘアーに二つのおさげ、ブラッドブルードの特徴にある紅眼と尖った犬歯。

ロドスの重要エンジニアの1人。奇人、変人。彼女の呼び名は多岐にわたる。

主にその奇行を揶揄する形で。

 

「…そうか」

 

「やってやれないことはないけどさ、ケルシー先生の許可は絶望的だね」

 

「数キロ離れるだけでも、多少のリスクは減るんだが…。

あの都市の周りはごちゃごちゃしすぎだ、警戒の濃度が落ちる。

…ここが海の上ならなあ」

 

「海の上って…まってそれ面白いね」

 

「コーヒーのおかわりをくれ」

 

「…流動的な基盤を推進する上でのエネルギー効率を…」

 

「クロージャ、おかわり」

 

「もー!勝手に取ってよ!」

 

「勝手に取ったら値段が3倍になると聞いたぞ」

 

「ちっ!」

 

クロージャは舌打ちをしながらも、後ろの保冷機からコーヒーの容器を取り出し、カウンターに置く。

 

「そういえばクロージャ」

 

「何ー?」

 

「ロドスではその…あれを見かけないな」

 

「あれ?どれ?」

 

「…段ボールだ」

 

「ダンボ?」

 

「段ボールだ、君は購買部担当でもあるんだから、梱包で余っているのはないか?」

 

「はー!?

…そんなの、そこらに転がってるじゃん」

 

「あれでは小さいんだ」

 

「小さいって…何?何か悪いことに使うの?」

 

クロージャはカウンターに身を乗り出していたずらに笑う。

 

「は…!まさか…この可愛いクロージャちゃんをしまっちゃうつもり!?

だ、だめだよ…独り占めしたい気持ちもわかるけど…」

 

「んなわけないだろう、馬鹿か」

 

ジョンはカウンター越しに身を抱えて悶えるクロージャを冷たい目で見ながらに答える。

 

「馬鹿と言ったな、代償を払ってもらうぞ」

 

「今のは口が滑った」

 

「考えてはいたということだな」

 

「否定はしない。段ボールだが、もっと高尚なことに使うんだ」

 

「…何よ、クロージャお姉様をしまうこと以外に高尚なことがあるとでも?」

 

「自分と向き合い、安らぎを得るために」

 

「…はあ?」

 

「…最近は混乱続きでな、自分と向き合う時間が欲しいんだ、あれに勝る物を私は知らない。

ここまで言えばわかるだろう、なあ、あるんだろ段ボール、出来る限り大きいのがいい…いや!

大きすぎてもだめだ、こう、体にフィットするのがいい、そうでなければ至極の安らぎは…」

 

「…怖い、怖い怖い!」

 

「怖い?何を馬鹿な事を、お前も試せばわかる、一緒にやろう」

 

ジョンはゆっくりとクロージャに手を伸ばす。

 

「い、いやだ!あんた目が深淵の色をしてる!!何をするかはわからないけど!

…わ、私は忙しいの!変なことに巻き込まないで!」

 

クロージャはそういうと、勢いよく購買部のシャッターを下ろした。

 

「…?」

 

 

 



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ミーシャという少女

「聞かせてもらえませんか?」

 

アーミヤは病室のベッドに横たわるミーシャに問いかける。

 

「…私の知っていること?」

 

「はい」

 

ミーシャが目覚めたという知らせは、彼女がここに運び込まれて数時間後にアーミヤの耳に届いた。

そこにはケルシー、アーミヤ、ジョンの3人が、簡易椅子に腰掛けていた。

 

「そうね…約束してくれるなら」

 

「…なんでしょうか」

 

「あの子達を…守ってくれる…?」

 

「スラムの、子供たちですね」

 

「そう…一緒に逃げてきた子…スラムで一緒になった子…色々な子がいるけれど…みんないい子なの。

…もう、置いて行かないで、1人にしないであげて…」

 

「もちろんです、ミーシャさん。

あの子たちは、今はロドスの保護下にありますよ。

どこにも…置いて行ったりしませんから」

 

ミーシャはアーミヤのその言葉に微笑むと、病室の天井を見つめた。

 

「私ね…スラムに来るまでは…チェルノボーグに住んでいたの。

父は…研究者だった……父の研究については…ほとんど知らないけれど…決して貧しくはない…優しい母に…可愛い弟…それなりの生活…幸せだった」

 

ジョンはケルシーを見る。

ケルシーはその視線に気づくと、ゆっくりと頷いた。

 

「…今回の一件、彼女の父親が原因で間違いはないようだ。

ミーシャの父親はチェルノボーグにおいて著名な科学者だった。

政治面でも顔が広かったらしい、ウルサス政府との繋がりも深かった」

 

ケルシーはミーシャのパーソナルデータを見ながらに続ける。

 

「その親族であるミーシャをレユニオン、龍門双方が欲した。

…この様子を見るからに、彼女の持つ情報にではなく、欲したのはその血縁と見るべきね」

 

「血縁…」

 

「人質…ウルサスとの交渉材料にしては弱い。

理由はわからない、わからないけど…」

 

「もう…私の家は…私しか生き残ってない…」

 

ミーシャはジョンたちを見ながらに続ける。

 

「…チェルノボーグ事変か?」

 

「…違うわ…」

 

ミーシャは顔を少し歪める。

 

「…私の両親は…殺されたの…チェルノボーグの人々に…」

 

「…何?」

 

「すでに亡くなっているのは知っていたが…そんな情報は…」

 

「政府の高官なら、隠蔽された可能性もある」

 

「…私の弟が…鉱石病(オリパシー)に感染したの…まだ小さい頃…まだ私の後ろを…追いかけてくるくらいの…小さい頃」

 

ミーシャはベッドのシーツを握りしめる。

 

「両親は隠したわ…でも…長くは続かなかった…。

目の血走った人達に…家のドアが壊されて……泣き叫ぶ弟を抱えて…両親は必死に止めようとした…私を…クローゼットに押し込めて…」

 

ジョンは立ち上がり、ミーシャのベッドの隣に立つ。

 

「…わた……私…隠れているだけだった……弟が呼んでたのに……私…パパ……ママ……!」

 

ミーシャの頬を伝って、滴が一滴、シーツに染みる。

両の手で、必死に耳を塞ぎながら、ミーシャは続けた。

 

「…聞きたくない…!聞きたくない!…やだ…やだぁ…!」

 

「ミーシャさん…!」

 

アーミヤがもう我慢できないとばかりに、その手を握る。

 

「もういい…許してくれ、ミーシャ…もういいんだ」

 

「…アレックス……私…わたしの……ぁあぁぁ……ッ!」

 

ミーシャが差し出されたジョンの手に縋り付く。

 

「自分を責めるのはもう十分だ、十分に責めてきたんだ。

…ここまで、ずっと…もういいんだ」

 

「………許して…パパ…ママ…」

 

「お前は悪くない…悪くないんだよ、ミーシャ」

 

 

「…わたしの何を欲しているのかは分からない…でも…」

 

ある程度の時間を要したが、気を落ち着かせたミーシャは、目尻を腫らしながらも話を続けた。

 

「わたし…あのあとも何年かは…チェルノボーグに住んでいたの…いいえ…住んでいたというよりは…彷徨ってた…スラムの生活と変わらない…人の目を避けて。

…ある時から…暗い路地を…仮面の兵士がうろつき始めて…誰かを探してるみたいだった……今思えば…あれは私を探してたのかも」

 

「チェルノボーグ事変の時に、街を抜け出したのか?」

 

「そう…一緒にいた子を連れて…運が良かった…たまたま街の外周にいたから.…危険は少なかった…」

 

ミーシャは病室の窓の外を見る。

そこには様々な機械の光が灯る、ロドスの街並みがある。

 

「……龍門のスラムにたどり着いた時に気がついた…私も感染してたの……スラムには優しい人たちもいた…感染者同士で…助け合ってた…皮肉よね…」

 

ミーシャはそう言って笑う。

 

「…しばらく経った後…スラムにもチラホラとあいつらが現れ始めて……数日の間にどんどん増えてるみたいだった…そのあとも子供たちと隠れて暮らして…それで…」

 

「今に至る、というわけか…?」

 

ジョンはミーシャの片手を握りながらに問いかける。

 

「…そう…あなたたちには感謝してる…こんなに安らかな気持ちは…久しぶりなの…」

 

「…ミーシャ、君が望むなら、ここにずっといても構わないんだぞ」

 

ケルシーがそう発言し、ジョンとアーミヤは思わずケルシーに向き直る。

 

「…嬉しい……でも…私…龍門の人たちにちゃんというわ…私は何も知りませんって…その上で…彼らが許したら…私…きっとここに戻ってくる…」

 

「…そうか」

 

ケルシーは複雑な微笑みをミーシャに向ける。

 

「…ありがとう、ミーシャ。

今日はこれで終わりにしよう、もうお休み」

 

「…うん…ありがとう…ケルシー先生…」

 

ケルシーはベッドに軽く手を乗せた後、病室を後にする。

 

ジョンとアーミヤもまた、それに続こうとすると、ジョンの裾をミーシャが軽くつまんでいるのに気がついた。

 

「ドクターさん」

 

「…ん?どうしたミーシャ」

 

「…お名前…まだちゃんと聞いてなかったわ」

 

「おお…そうだったな、私としたことが…私の名前はジョンだ…ジャックと呼んでくれても構わない」

 

「ジョン…先生…」

 

「これから何度も顔を合わせることになるぞ、いやでもな?」

 

「…ふふ…嫌だなんて…とんでもないわ……色々とありがとう…アーミヤさんも…ごめんなさい…あの時はわがままばかり言っちゃったわ」

 

「…いいんですよあれくらい…私の方がお姉さんですから」

 

「…そうなの?…ふふ…年下だと思ってた…」

 

「そうなのか、アーミヤ?」

 

「ど、ドクターまで!…いいんです、ここにいる以上は私がお姉さんですからね!」

 

「…わかったわ…お姉ちゃん……ありがとう」

 

「…おやすみなさい、ミーシャさん」

 

「お休み、ミーシャ」

 

「…おやすみなさい」

 

 

 

ジョンは再び、購買所の前のテーブル席で、コーヒーを飲んでいた。

いまだに購買所はシャッターが下りたままだったので、コーヒーは自販機で買った物だった。

その正面の席にはアーミヤが腰掛け、同じように紙コップに注がれたココアを啜っている。

 

「龍門は…ウェイ氏はなんと?」

 

「…ロドスには、彼女を生かすように最善を尽くしてほしい、とのことです」

 

「一応の理解は示した、ということか…」

 

「彼らにとって我々は同盟者、手の内にあるには違いありませんからね。

…明日には龍門政府の監査官がロドスに派遣されてきます」

 

「意識があるうちに、情報は得ておきたいだろうからな」

 

「…それはわかります、わかりますが…」

 

「ミーシャは責任を感じている、少しでも肩の荷を下させるには、そうした方がいい」

 

「…」

 

ジョンはコーヒーを口に含む。

 

「しかしさらに分からなくなった、レユニオンは彼女がウルサスの研究の情報を握っていると考えているのか…?

…あの年端もいかない少女が?

そんなこと、考えるまでもないだろうに…ならなぜ、あそこまで執拗に狙う」

 

「わかりません…龍門は再び口を閉ざしました」

 

「…聴取の場所がロドスの施設内に指定されたのは、幸いかもしれんな…考えたくはない話だが」

 

「ドクター…?」

 

「悪いくせだ、聞かなかったことにしてくれ」

 

ジョンはそういうとコーヒーを片手に立ち上がる。

 

「私はもう部屋に戻る。

もう夜も遅い、アーミヤ、君も部屋で休みなさい」

 

「…はい、ドクター」

 



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ロドス・襲撃
非常アラート


AM 1;37

曇天

有視界度17.5Km

 

移動都市 ロドス艦橋 管制塔

 

「艦内空調コントロールにトラブル…メイヤー技師のラボだ、またか…」

 

「ダメージコントロールの出動は?」

 

「必要ないだろう…フロントブリッジより通達。

至急、当該地区を警備担当中のオペレーターは、第3セクター、外部企業研究棟、M12−1へ応援に迎え、スプリンクラーが作動中、対応は任せる…今月に入って5度目だぞ…」

 

管制オペレーターの1人がコーヒーを片手にため息を溢す。

 

『ユニット5−11がすでに現着、現場は「そんなぁ!!子ミーボ!!ああー!!」…白煙に包まれている。

火は上がっていない、ブリッジ、この土砂降りを止めてくれ』

 

「了解、散水を停止する」

 

オペレーターが画面上の赤く光る箇所をタップする。

 

「また新しい「子犬」作りにご執心なんだろう、龍門の企業に玩具のベースユニットとして発注を受けているそうだからな」

 

「それでなんで爆発だ?

メイヤー技師は子供を爆弾と遊ばせる気なのか?」

 

「案外そういう刺激が、今時の子供達にはいいのかもな」

 

栄養バーを口に含んでもう1人のオペレーターは含み笑いをする。

 

「笑えないよ」

 

ロドスのブリッジ、艦内のあらゆることを管制する司令塔。

そこには様々な機器に向き合う複数のオペレーターが、夜遅くでも忙しなく管理に取り組んでいた。

 

『ブリッジ、こちら入港ゲートB2。

予定にあった物資搬入車両が到着した、チェッククリア、今そちらに繋ぐ』

 

「了解した、担当オペレーターに回す」

 

一拍置いてインカムを起動した女性オペレーターが入港ゲートからの通信を受け取る

 

「こちらはロドス管制塔です、ようこそロドス・アイランドへ。

ご用件は?」

 

『こちらは龍門フロッグトランスポート、ご注文の物資の搬入に参りました。

今そちらにデータを送ります』

 

「お疲れ様です…パスを確認しました、医療用物資ですね。

現場の職員の指示に従って搬入をお願いします。

…今日は少し遅れましたね、困ります、時間通りに搬入していただかないと」

 

『す、すいません。

途中でタイヤがパンクしてしまって』

 

「ああ、なるほど、そういうことでしたか、それは災難でしたね」

 

『申し訳ありません』

 

「いいえ、事故であれば仕方ありません、ご苦労様でした」

 

女性オペレーターは通信を切ると隣の男性に話かける。

 

「最近、車なんて全然乗ってないですよね」

 

「まあ、ここに勤めてたらそうそう使わないからな」

 

「…たまには私も、何も考えず、縛られず、気の向くままにドライブしたいわぁ…」

 

女性オペレーターはそう言って肩を鳴らすと、目の前の電子機器に向き直る。

オペレータ達の指示を送る声と、電子音、軽い雑談。

空調の効いた部屋で、ロドスの管制オペレータ達はいつも通りに日常を過ごしていた。

 

その時、チーフ管制オペレーターの端末に、金切りのような呼び出し音とともに、別の管制塔からの連絡が入る。

 

『ブリッジ、こちらは中央管制塔、動体センサーに多数の感あり、右舷側、距離約20Km。

そちらのセンサーに反応はあるか?確認してくれ』

 

「どうだ?」

 

問いかけられた各センサー担当オペレーターは目の前の機器を注視する。

 

「…反応ありません、範囲外かも」

 

「セントラル、こちらには映っていない、範囲外のようだ。

セクター2管制塔、確認を求める」

 

『こちらセクター2、確かにセンサーに感がある。

赤外線も同様だ、距離が遠くて細部まで確認はできない。

…だがこれは野犬じゃないか?』

 

「チーフ、これ…!」

 

センター担当オペレーターが、画面を指差す。

 

「ちょっと待て…セントラル、ブリッジのセンサーも動体を感知した」

 

その画面には赤い光点が一つ、また一つと灯り始めていた。

 

「…増え続けてるぞ」

 

「これは…野犬なんかじゃない!」

 

センサー担当オペレーターはコンソールを鬼気迫る表情で操作する。

 

「多数の熱源感知、なおも増加!!これは……人、車両…!!チーフ!!」

 

「龍門政府からの事前通告は!?

軍事演習…本艦付近での行動通知は!?」

 

「…ありません!」

 

「…セントラル!オーダー、ファイアコントロール!」

 

チーフ管制オペレーターはインカムに叫ぶ。

 

『了解、中央管制塔から要請!

PRTS火器管制システム、オンライン!』

 

『ーーー・・・…PRTSは火器管制システムを起動しました』

 

「PRTS、右舷側の全武装を動作チェック!」

 

『ーーー・・・…全砲門、管制状況オールグリーン』

 

「非常アラートを鳴らせ!」

 

管制オペレーターの1人がインカムに指示を投げかける。

 

「全職員に通達!コードイエロー!繰り返す、コードイエロー!

本艦はこれより、フロントブリッジの臨時管制下に入る!」

 

 

移動都市ロドス、物資搬入口、B2

 

「はい、じゃあここにサインしてー」

 

重装オペレーターの1人が、トランスポーターの男性と、入庫のやり取りをしている。

 

「パンクね、災難だったな」

 

「…最近変えたばっかりだってのに、ついてないですよ」

 

トランスポーターが書類を受け取ったその時、艦内にアラームが鳴り響く。

 

「アラート…!?」

 

重装オペレーターが思わずペンを落とす。

 

『全職員に通達、コードイエロー。繰り返す、コードイエロー。

本艦はこれより…』

 

「おい、今すぐゲートを閉じろ!」

 

「え、え!?」

 

「了解!搬入口B2はこれより閉鎖する!!」

 

窓口にいたオペレーターが非常用ボタンを押しつぶす。

開かれていたゲートが音を立てて閉まり始める。

 

「え!ちょ!困ります!」

 

トランスポーターの男が慌てふためいて重装オペレーターに掴みかかる。

 

「すまない、あなたは既にロドスの管理下にある。

こちらの指示に従ってくれ」

 

重装オペレーターは男性の肩を掴んで受付の前に引っ張っていく。

その時だった。

閉まりかけた搬入口ゲートに向き直った重装オペレーターが目にしたのは、その隙間を縫うように飛び込んできた漆黒の矢だった。

 

「…伏せ…!!」

 

重装オペレーターはトランスポーターの男性を勢いよく受付の中に突き飛ばす。

次の瞬間、搬入口は業火に包まれた。

 



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ロドスの長い日の始まり

『コードイエロー!繰り返す!コードイエロー!』

 

ジョンは非常ブザーと艦内放送の叫び声に飛び起きた。

慌てて窓の側に行き、カーテンを開ける。

窓の外にはそこ彼処で赤い警告灯が点灯するロドスの市街が見える。

 

「…PRTS!」

 

ジョンが声を投げかけても、あれほど口やかましくしていたAIは答えない。

 

「…なにが」

 

起こっている?そう続けようとしたジョンの口を、艦内放送が遮った。

 

『ロドス・アイランド総員に告げる!コードイエロー!繰り返す!コードイエロー!

本艦は正体不明の勢力の攻撃を受けている!

非戦闘員はシェルターに退避、戦闘員は各々の指揮官とともに…!』

 

直後、ジョンの私室…ロドス全隊が衝撃に揺れる。

 

『…訂正する!現状況は「コードレッド」!繰り返す!レッドにハザードクラスを引き上げる!

セクター1で爆発発生!ダメージコントロールの出動を要請する!』

 

ジョンはバスローブから着替えると、部屋の外に飛び出す。

廊下には青い顔をして走る白衣のオペレーター達、そして物ものしい様子で廊下を駆ける前衛オペレーター達がいた。

 

『セクター1、搬入口B2が爆発、炎上中!ダメコン、現着急げ!』

 

けたたましくなる非常ベル。

ジョンに近づく1人の前衛オペレーターがいた。

 

「ドクター!」

 

「その声は…P・M(ポジティブモンキー)か!

襲撃されているとはどういうことだ!?」

 

「指揮系統が混乱しています!

我々にはそれぞれに部隊を編成するようにとの指示が!」

 

「わかる範囲でいい、詳しい状況を」

 

「こちらへ!」

 

P・Mは手でドクターを廊下へ促すと、先導して歩き出す。

 

「数分前、ロドスの中央管制塔で正体不明の動体が確認されました!

続いてセクター2、フロントブリッジでも確認され、現在のその数は増加中!

そしてつい先ほど…」

 

P・Mはリストデバイスから投影された映像をジョンに見せる。

そこには爆発、炎上している搬入口ゲートで、必死に消火作業にあたるオペレーター達と、医療オペレーターに担ぎ出される重装オペレーターが映し出されていた。

 

「…セクター1の搬入口が爆発しました。

当直のものによると、資材搬入の車両に、何者かが攻撃を」

 

「そのゲートは今はどうなっている」

 

「幸い作動機構に損害はなく、閉鎖済みです、消火も直に完了すると思われます。

ケルシー先生が指揮官を召集中です、我々も要請を受けています!」

 

「わかった、すぐに向かおう」

 

ジョンはP・Mに連れられて廊下を進む。

その額には一筋の汗、眉間には皺が寄る。

 

(…くそ、思い出したくもないことを)

 

ジョンは頭に手を当てると、過去の情景を振り払うように前に向き直り歩き出した。

 

 

「各セクターは状況を知らせろ!」

 

フロントブリッジ正面の大型モニターに映し出されている、赤い光点が増加し続けるセンサーを睨むチーフ管制官。

 

『セクター2はいまだに増え続けるUnKnownをセンサーが捕捉し続けている!

…一体なんだこれは、すごい数だぞ…!』

 

『こちら中央管制塔!

こちらの赤外線が車両を数台捉えた!

…これは…フロントブリッジ、考えたくはないが…』

 

「…レユニオンの襲撃だ」

 

「チーフ…」

 

冷や汗を流しているチーフの横顔を、センサー担当オペレーターが見つめる。

 

『こちらセクター3、それは確かかフロントブリッジ』

 

「龍門と目と鼻の先で、これほどの襲撃…。

全くもって荒唐無稽な話だが、こんな規模を張れるのは奴らしかいない…。

セントラル!UnKnownの動きから目を離すな!火器管制系をいつでも作動できるようにしておけ!」

 

『中央管制塔、了解』

 

 

『ナーイスショット』

 

風が音を鳴らす荒野で、上機嫌な少女の声が無線機から響いた。

ロドスから数キロ離れた小高い丘、そこに切り立つ岩の上に1人の少年がいた。

少年の手には大型のクロスボウが握られ、その発車口からはアーツの残り香が燻っている。

 

「…ゲートは閉じたぞ、どうするつもりだ?」

 

『あれはただの宣戦布告、これから本番だよ。

君にはまだまだ働いてもらうからね?』

 

少年は眉を潜めると立ち上がり、岩の下のもう1人の少年を見下ろす。

 

「メフィスト」

 

声を投げかけられた少年は金属質な杖をコツリと鳴らし、彼方のロドスを睨む。

 

「わかってるよ、ファウスト」

 

少年は腰の無線機から受話器を取り外す。

 

「始めるよ」

 

『はいはい』

 

「…」

 

メフィストは受話器を静かに戻すと、杖を大きく音を立てて岩場についた。

 

『さあ、計画は第2段階へ移行だよ…よろしくね、指揮者さん』

 

腰の無線機から耳に入る指示に、メフィストは歯噛みする。

 

「…ああ、全く腹立たしいね。

あの老いぼれを殺れると思っていたのに、こんな端役とはね」

 

その周りには夥しい数のレユニオン兵が、夜の闇に身に纏う白を溶け込ませて待機していた。

 

「やるせない、本当に。

…でもまあ、仕事は仕事だ。

気に食わないけど、まあ…精一杯、お仕事をこなすとしますか」

 

少年は高く手を掲げる。

 

「さあ、獣を放て…その歪む顔を見られないのが残念だよ、ロドス」

 

メフィストの影の落ちた瞳に、ドロリとした光が映る。

 

 

 

「チーフ!動体センサーに感あり!こ、今度は左舷側です!

これは、や、野犬?…すごい数だ!」

 

赤い光点が蠢く電子機器を前に、センサー担当オペレーターは叫ぶように報告をする。

 

「…野犬なんてチープなものじゃない。

セントラル!左舷側の火器管制は使えるだろうな!」

 

『問題ないぞ!』

 

チーフ管制官はインカムを口元に寄せると、電子機器を操作し、PRTSを呼び出す。

 

「PRTS!左舷側のUnKnownが射程に入り次第、攻撃を開始しろ!

使用弾種、近接信管焼夷榴弾!」

 

『ーーー・・・コピー』

 

PRTSが応答すると同時に、ロドスの左舷側に配されているガンタレットが動き始める。

 

『ーーー・・・源石弾頭 チャージ』

 

ガンタレットに接続されている給弾ベルトの中を、重々しい弾頭が流れていく。

 

『ーーー・・・ターゲット ロック』

 

ガンタレットから放たれる赤い可視光線が、荒野を駆けてくるそれらに、ピタリと合わさる。

 

『ーーレディ』

 

「UnKnown!射程圏内です!」

 

センサー担当オペレータが叫ぶ。

モニターに表示されたPRTSのコンソール画面が赤く染まる。

 

『ーーーオープン・ファイア』

 

直後、ロドスの左舷側に配されるガンタレットの全てが火を吹いた。

 

 

草木の疎な荒野を獣達が駆けていく。

ただ真っ直ぐに、指示された通りに、プログラムされた通りに。

背中に背負った電子機器が、脳に命じるままに、獣達はロドスの横腹目掛けて猛進する。

一頭が空気を裂く音を聞いた、それは即座に全体に伝播する。

だが、止まらない。

恐怖という感情は、すでに切り落とされている。

 

直後、源石を弾頭とする死の雨が、獣達の頭上で爆発した。

 

近接信管、着弾せずに空中で起爆するタイマーヒューズを内蔵した砲弾が、荒野を火の海に変える。

 

 

ロドスの右舷側、丘の上でその様子を伺う1人の少女がいた。

 

「さすがは天下のロドスアイランド 、備えは万全ってわけか」

 

手でひさしを作り、ロドスを挟んだ向こう側の閃光を眺める少女。

 

「…でも、ちょっと弾幕薄くない?

いいのかな?」

 

 

肉片が飛び散り、それが焼ける臭いが立ち込める荒野。

摂氏1000度以上の猛火が支配する世界、すでに生けるものがいられる場所ではない。

しかし、仲間の骸を飛び越え、自らも火に侵されながらも、獣達はその足を止めることはない。

一頭、また一頭。

力尽き、足が折れ、倒れ伏す仲間に目もくれず…いや仲間と認識すらしていない。

ただ、前へ。

機械的とも、狂気とも取れるその行動は、ロドスのすぐ足元まで迫っていた。

 

 

「敵集団!火線を抜けてくる!!」

 

「PRTS、再度攻撃を…!」

 

チーフオペレーターはインカムに叫ぶ。

その横で、センサーオペレーターは青い顔をして呟く。

 

「…ダメだ、間に合わない」

 

『ーネガティブ・目標が本艦に近すぎます』

 

「…速すぎる」

 

チーフオペレーターの額を、冷や汗が珠となって落ちる。

 

 

獣達は己が走ることで、身を侵す炎が勢いを増すことなぞお構いなしに駆け続ける。

背中に背負った電子機器、常時赤い発光信号を飛ばすその機械の下…正確には獣達の腹の下にはもう一つ、異質な輝きを放つものがあった。

 

源石結晶。

 

それが透明な容器に収められ、幾つものコードに繋がれてそこにある。

赤い発光信号とは別に、赤い光を放つそれは、その時を待っていた。

 

少女は腰に下げられていた、トリガー型のスイッチを引き抜く。

そして数回、お手玉をするように弄ぶと、トリガーに指がかかる形で、それを掴み取る。

目を細め、唇は釣り上がり、頭の中で何回も行ったシュミレーションの中で、最も心躍った場面を想像する。

そして、トリガーにかかる指を、一切のためらいなく、引き絞った。

 

「…BOOM!」

 

 

ロドスから数キロ離れた上空。

任務のために龍門へ向かう部隊を移送中だった哨戒ヘリ、ハープーンシューターは、コードレッドの発令を受けて、急遽帰還の途についていた。

 

ヘリの内部で、一際背の低いオペレーターが窓の外を見て叫ぶ。

 

「…ヤトウ…ヤトウ!…見て!ロドスが…!!」

 

「どうした!何が見える!」

 

その横に仮面で目元を隠した女性オペレーター、ヤトウが並ぶ。

 

「…なんて、ことだ…」

 

「…なんで…そんな…ロドスが…ロドスが燃えてるよ!」

 

「なんだって!?」

 

その声にもう1人の仮面を被った重装オペレーターが窓に飛びつく。

そこには炎と煙に包まれるロドスの…彼らの家の姿があった。

 

「…ふざけんな、なんだよこれ…なんだってんだよクソがぁ!!」

 

重装オペレーターはヘリの壁を思い切り殴りつける。

 

「よさんかノイルホーン!!

…皆、落ち着け、見ろ…炎は荒野から上がっておる。

あれはロドスの砲撃によるものじゃ…窓から離れろ、危ないぞドゥリン」

 

ドゥリンは頷きながらも、窓の外の光景に目を離せずにいる。

ノイルホーンの肩を蜥蜴頭の弓兵が掴み、同じように窓の外を見る。

そしてヘリのパイロットの方に向き直ると、コックピットへと歩み寄った。

 

「パイロット、ロドスと連絡はつかんのか」

 

「…ダメだ、レンジャー。

何度も呼びかけているんだが反応がない…相当混乱しているようだ…!」

 

「呼びかけを続けてくれ」

 

「わかっている…『管制塔…管制!誰か応答してくれ!こちらは哨戒ヘリ、ハープーンシューター!

そちらの状況を知らせてくれ!管制塔、指示を!』」

 

「…まるで戦じゃな」

 

レンジャーはコックピットのキャノピー越しにロドスを見て呟く。

 

その瞬間だった。

キャノピーから、窓から見えるロドスが、一瞬にして閃光の中に消えた。

 

「…きゃッ!?」

 

「…ッ!」

 

ドゥリンの目を、とっさにヤトウが手で塞ぐ。

 

「…目を焼かれるぞ!」

 

ヤトウもまた、バイザーで庇いきれない閃光を腕で防ぐ。

レンジャーや、同じように仮面をしているノイルホーンも、思わず目を腕で覆った。

 

「なんだ…!?」

 

やがて閃光がおさまり、明滅する視界の中にそれは現れた。

 

「…なんだよ…あれは…」

 

ノイルホーンは窓にうなだれながら、絞り出すように呟いた。

そこには、轟々と燃え盛る火柱…そして巻き上げられる火球と粉塵が、ロドスを覆う光景が広がっていた。

 

「…まずいッ!!」

 

パイロットが叫び、操縦桿に体重をかける。

直後、遅れて到達した衝撃波と轟音がヘリを襲った。

上下左右に揺さぶられるヘリの中を、オペレーター達は取手に、手すりを掴みながら、床に叩きつけられないように踏ん張る。

 

凄まじい衝撃波が過ぎ去り、物資やオペレーター達の武装が散乱したヘリの中で、彼らは一言も発さずに窓の外を眺めていた。

 

「『…管制塔!管制塔!聞こえるか!

…ああ、くそ!!くそぉッ!!

聞こえてたら応答してくれ!管制!…ブリッジ!!

…誰か…誰か答えてくれ…!!応答してくれ!誰か!!』」

 

ヘリの中にはただ、呼びかけを続けるパイロットの声だけが響いていた。

 



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交錯

燃え盛る火柱の中に影を落とすロドス。

 

「♪」

 

少女はご機嫌に口笛を吹くと、トリガー型の起爆装置を放り投げ、腰の無線機を手に取る。

 

「お膳立ては終わった、面白いものが見れたわ。

特製源石爆弾、奮発した甲斐があったってものね」

 

『…わかった』

 

「ちょっと…ご苦労様の一言くらいないわけ?」

 

『お前は少し、遊びが過ぎる…もっと手早くやれたはずだ』

 

無線機の向こうで無機質に言葉を発する司令官を想像し、少女は笑う。

彼方の炎に照らされる丘の上を、少女の影が大きな歩幅で歩く。

 

「せっかくの大仕事だもの、少しは私の嗜好を混ぜても問題ないでしょ?」

 

『役割はこなした、それは認めよう』

 

「ご親切にどーも」

 

『W…貴様、あの老人を見たか?』

 

明らかに声色の変化した、司令官の問いかけに、少女は眉を潜める。

 

「…老人?…あ、あー…」

 

『見たのだな』

 

「ちょっとね、チェルノボーグでしょ?」

 

『どう見た』

 

「どう見たかって…」

 

Wは顎の下に指を当てて、しばらく考えるようなそぶりを見せる。

 

「…おもしろそうな雰囲気だな、とは思ったかな」

 

『面白そう…面白そうか』

 

「…どうしたの、タルラ」

 

Wは茶化すような口ぶりでタルラに問いかける。

 

『…私の「これ」も、「面白そう」というべきのだろうか』

 

「…珍しいね、タルラが他人に興味を…それも非感染者を相手になんて」

 

Wの瞳に怪しい光が灯り、唇の両端は吊り上がる。

 

『……喋りすぎた』

 

タルラはそう呟いた後、一方的に無線を切断した。

 

「…あらー…こりゃまじだわ」

 

そう言ってWは困ったように笑い、彼方のロドスに向き直る。

 

「こりゃ早いとこ手をつけとかないと、タルラに取られちゃうなあ」

 

 

タルラは荒野に立っていた。

その周囲には常時、火の粉が燻り、付近の枯れ草はすでに灰になっている。

鈍く輝く瞳を、炎に照らされるロドスに向けながら、タルラは己の瞼を撫でた。

 

「…まだ、答えを聞いていない」

 

そう呟くと、タルラはまぶたに触れた手を、ゆっくりとロドスに向けた。

荒野の風に吹かれるタルラの前髪が、雲の間に現れた月明かりをうつす瞳の前をゆらりと流れる。

 

「スカルシュレッダー」

 

タルラの呼びかけに、スカルシュレッダーは音もなく隣に立つと、防護マスクの黒いスモーク加工の施されたグラス部分に、ロドスの影を映した。

 

「行け、姉を救ってこい」

 

「…言われるまでもなく」

 

「道は私が作ってやろう」

 

タルラはそういうとロドスに向けられた右手を高く天に向かって上げる。

その瞬間、タルラの背後に夥しい数の照明が灯った。

オートバイク、エンジンが唸りを上げ、獣の咆哮のようなそれを荒野に共鳴させる。

一台がスカルシュレッダーの隣に並び、運転手の後ろにスカルシュレッダーが飛び乗る。

 

「お前はただ進めばいい」

 

「…わかっています」

 

タルラは、ゆるりとした動きで右手を下ろす。

オートバイクの運転手達はそれぞれにアクセルを引き絞る。

スカルシュレッダー、そしてタルラの背後から、凄まじい勢いでオートバイクの集団が飛び出していく。

やがて荒野に静寂が戻った頃、タルラは1人、荒野で月を見上げる。

月は陰り、やがて厚い雲に阻まれて荒野に闇が戻ってくる。

 

「…私の瞳には何が見えた…教えて…教えてくれ…」

 

タルラの背後から、どこからともなく飛んできた白い花弁が、タルラの放つ熱気で燃え尽きる。

 

「……ジャック…」

 

 

ロドス内部

第1セクター 共用通路

 

赤い赤色灯に照らされた廊下に、多くのオペレーター達が倒れている。

爆発の衝撃で壁に叩きつけられたジョンは、呼びかける声と揺さぶられる感触に目を覚ます。

 

「…ぐ…ン……」

 

「…ドクター…!起きて…!起きてください…!」

 

「…P・M(ポジティブモンキー)…?」

 

「…ああ、よかった!」

 

P・Mは心から安心したように、大きく息を吐き出す。

 

「…何が…おきた?」

 

「…わかりません、衝撃で床に叩きつけられて…それほど時間は経っていません…」

 

P・Mのスカーフで隠された顔、唯一露出する目元に流れる血を、ジョンは見る。

 

「…お前、怪我をしているぞ」

 

「…?…ああ、これくらい、なんでもありません」

 

P・Mは袖で血を拭うと、ジョンの脇の下に腕を通す。

 

「立てますか?

今はとにかく、集合地点に向かいましょう」

 

「…ああ、起こしてくれ…!」

 

ジョンはP・Mの肩を借りて起き上がると、廊下を歩き出す。

照明が割れ、赤色灯に照らされるのみの通路を2人は歩く。

所々で倒れているオペレーター達が、唸りながら起き上がり始める。

 

「…大丈夫か?」

 

ジョンは壁に手を突きながら起き上がったオペレーターに問いかける。

 

「…ドクター?…ご無事でしたか」

 

「お前は大丈夫か?」

 

「ええ…頭がガンガンしますが…大丈夫そうです」

 

オペレーターは2人の隣を歩き始める。

 

「所属は?」

 

「フランカさんの隊です」

 

「では一緒に行こう、彼らも集合地点で待っているはずだ」

 

「了解」

 

P・Mはジョンに肩を貸しながら歩き、こぼすように呟いた。

 

「…皆さん、お怪我がないといいですが」

 

「…今はまだ、わからん…」

 

ジョンがそう答えた直後、艦内放送がノイズを伴って流れ出した。

 

『ロドス…ランドの総員に通達!

…被害はない!…ダメージコントロールは正常に……。

ロドスは指揮系統の再構成を…各指揮官は各々の集合地点に……襲撃は続いている!』

 

艦内放送の断片的な情報をつなぎ合わせながら、ジョンは状況を組み立て始める。

 

「…俺たちのすぐ真横で爆発が起こったらしいです。

左舷側の通信アレイが数箇所損傷…ガンタレットのほとんどを喪失…ひどいな。

…ですが装甲はほぼ無傷です。

……今のところ死者も出てません…」

 

P・Mがリストデバイスを見ながらに情報をジョンに伝える。

 

「あれだけの衝撃、尋常の爆発ではなかった…ほぼ無傷ときたか…都市を牽引するだけあって、丈夫な列車だ」

 

そう言ってジョンは自らもリストデバイスを開く。

 

「…ケルシーからの通信?」

 

ジョンの言葉にP・Mとオペレーターは反応し、画面を覗き込む。

パーソナルデータの欄に、ケルシーからの通信履歴。

そしてそれに添付されたメールの内容をジョン達は確認する。

 

「……病棟を…守れ…?」

 

オペレーターが声に発した内容を、ジョンは苦い顔を浮かべて受け止めた。

 

 

リスカムとフランカは共に部隊を引き連れて廊下を走る。

医療オペレーターに担架で運ばれる負傷者とすれ違いながら、リスカムは焦りに唇を震わせていた。

 

「…信じられない…ロドスを直接攻撃するなんて…」

 

「それほど彼らは「彼女」が欲しいってことかしら、モテるのね、あの子」

 

「フランカ…!」

 

「許さない…絶対に渡すものですか」

 

リスカムはフランカの前髪の奥に暗い影を落とす瞳を見て言葉を引っ込める。

 

「…ドクターはもう着いているでしょうか」

 

リスカムは通路の先に向き直る。

角をいくつか曲がり、隔壁をいくつか超えた先の集合場所、作戦会議室にリスカムとフランカは扉を開け放ち、飛び込んだ。

そこにはすでに数十名のオペレーターとドーベルマン、アーミヤ、そしてケルシーがおり、待機し各々に指示を送り合っていた。

 

「アーミヤさん!」

 

会議室の椅子に腰掛けるアーミヤが、リスカムの声にリストデバイスから顔を上げ、姿を確認して立ち上がり駆け寄る。

 

「リスカムさん!フランカさん!

お怪我はありませんか!?」

 

「ええ、私たちなら大丈夫、アーミヤちゃんは平気?」

 

「私も大丈夫です、ドクターを見かけませんでしたか?」

 

「まだいらしてないのですか…!?」

 

「はい…」

 

アーミヤは会議室を見渡して肩を落とす。

 

「ドクターとは数時間前に別れたきりで…」

 

「…そう、ですか」

 

リスカムは俯きかけた頭を慌てて持ち上げ、リストバンド越しに指示を送るドーベルマンに駆け寄る。

 

「ああ、ではその通りに動いてくれて構わない…ああ、被害箇所をリストアップして管制へ送れ、頼んだぞ。

…無事か、リスカム」

 

「はい、爆発のあったエリア付近には居りませんでしたので…ドクターをご存知ありませんか?」

 

「見ていない…先ほどケルシーが連絡を取ったが…」

 

会議室の椅子に座り、机に置かれたデバイスを操作するケルシーは、眉間にシワを寄せ、近寄りがたい雰囲気を纏っている。

 

「どうやらまだ連絡は取れていないようだ」

 

「…ドクターの私室は左舷側の居住区に…まさか…」

 

「いや、爆発の前にドクターは部屋を後にしている。

PRTSのログに残っていた、ドクターは無事だ、おそらくな。

それに例え部屋に居たとしても、簡単に破られる防壁ではない」

 

「…そう、ですよね」

 

リスカムは胸を撫で下ろし、息を吐く。

横でアーミヤがそんなリスカムの手を握る。

 

「あの人はそう簡単にやられる人じゃないわよ、約束も守ってもらわなきゃいけないし」

 

フランカといえばなぜか自慢げにそう言って、リスカムの肩を叩く。

 

「それでドーベルマン、私たちはどうするの?」

 

フランカは打って変わって真剣な表情をドーベルマンに向けると、そう問いかける。

 

「もちろん、反攻に出る。

襲撃は続いている、奴らがこの後、どう動くかはわからないが、これ以上ロドスを傷つけられるわけにはいかん。

…時間がない、始めよう」

 

そう言ってドーベルマンは会議室の大型モニターを操作する。

モニターにはフロントブリッジのチーフオペレーターが、頭に氷嚢を当てて立つ姿が映し出された。

 

『…ケルシー先生、申し訳ありません。失態です』

 

「怪我は大丈夫なの?」

 

『はい、フロントブリッジ担当オペレーター全員、負傷者はいますが問題ありません』

 

「それはよかった…それではチーフ、現状の説明を」

 

『はい、センサー系の損傷箇所が多く、右舷の勢力のほとんどの動向が確認できません。

左舷側で確認されていた勢力はその全てが消失…その殆どが自爆…特攻でした』

 

チーフオペレーターはそういうと、モニターの向こうでコンソールを操作し、モニターに映像が映し出される。

赤外線センサーによって撮影されたその映像は、機械を取り付けられた獣の群れがロドスの外壁間近で爆発するものだった。

ドーベルマンが耐えられないとばかりに視線を背ける。

 

「…ドーベルマンさん?」

 

リスカムは冷や汗を流すドーベルマンを気遣い、椅子に座らせる。

 

「…狂人どもめ…なんというものを…」

 

ドーベルマンはモニターの映像を睨みつける。

 

「…あれは…私の種族に近しいものだ…」

 

「野犬より数倍は賢い彼らを、あの機械で操作している…チェルノボーグでも目撃されていましたね」

 

ケルシーがそう言って机の上のデバイスの映像を見る。

そこにはチェルノボーグの民衆に襲い掛かる獣の群れが映っている。

 

「機動力も高い…あれに爆弾を括り付け、ロドスに突っ込ませ…起爆した」

 

会議室にいるオペレーターの数人が生唾を飲む。

 

『もっと早くに対処を行なっていれば…』

 

チーフオペレーターは眉間に皺を寄せて顔を硬らせる。

 

「いえ、対処に遅延はなかった。

あれが全てロドスに突撃していれば、こんな被害ではすまなかっただろう」

 

『…センサー、および通信アレイの一部に被害が、復旧には時間がかかります。

龍門に救難信号を送りましたが、返信を受信できません。

ガンタレットは左舷側のほぼ全てを喪失し、火器管制にも遅延が見られます』

 

「目視での監視を進言する。

ロドスの武装を制限されている今、右側にいる敵集団は脅威だ。

すでに私の独断で狙撃中隊を右舷側の屋外連絡通路に配置している」

 

「結構」

 

ケルシーはドーベルマンの意見具申を聞いて立ち上がる。

 

「今回の襲撃、かつてない規模のもの。

その目的はハッキリしないが…我々は今、龍門、ロドス両者にとって重要な人物を保護している」

 

ケルシーがコンソールを操作し、モニターにロドスの医療研究棟を表示する。

 

「ロドスそのものはもちろんだが、我々は保護している患者をなんとしても守る。

どんな犠牲を払っても、彼らには決して奴らの手を触れさせない」

 

モニター越しに会議室に影を下ろすケルシーは、鋭い眼光をオペレーター達に向ける。

 

「混成遊撃部隊を組織する。

医療研究棟を抱えるセクター1を中心とした防衛線、これを最終防衛ラインとします」

 

「混成…遊撃部隊…」

 

アーミヤが聴き慣れない言葉に疑問を浮かべる。

 

「ロドスの協力者、および助力を申し出てくださった方々とともに、本部隊は行動する」

 

「民間人に協力を求めるのですか…?」

 

オペレーターから上がった声にケルシーは鋭く答える。

 

「人員が足らない。

ロドスは龍門とは違う、守ってくれる壁がない。

直接攻撃に耐えうる装甲は持ち合わせているが内部に侵入を許せば不利になる。

…そうなる前に、行動隊の全戦力をもって瀬戸際で防ぐ、これを一次防衛線とし、指揮は…ドーベルマン、頼める?」

 

「…承った!」

 

そう言ってドーベルマンは部下たちと共に立ち上がる。

ケルシーはロドスの3D全体像を表示する。

 

「2次防衛ライン、これはロドス内部に敵が侵入した際の対処にあたる。

民間人や非戦闘員のいるシェルター、および医療設備、動力機関等を防衛する。

構成は警備オペレーターの全兵力、すでに各セクターの指揮官には配置にあたらせている。

そして遊撃隊、これには最終防衛ラインに専念してもらう。

ロドスの肝だ、少数精鋭、協力してもらう民間人も力のあるものを選抜した。指揮官は…」

 

ケルシーが続けようとしたその瞬間。

ゆっくりと音を立てて会議室の扉が開いた。

 

「…すまん、待たせたな」

 

会議室にいたオペレーターの数人が立ち上がり、ジョンに敬礼する。

装備や身なりから、彼らはチェルノボーグで救出任務に参加したオペレーターだと気付いたジョンは、彼らに敬礼を返すとP・Mの肩から離れ、会議の円卓に向けて歩き出す。

 

「…ドクターッ!」

 

アーミヤがジョンの元へ駆けていく。

駆け寄ってくるアーミヤの頭に手を乗せると、ジョンはケルシーに向き直る。

 

「粗方、把握はしているわね?」

 

「ああ、丁寧な文章で助かった」

 

「…頼めるかしらドクター、アーミヤ」

 

「…」

 

アーミヤはジョンを見つめる。

ジョンはその視線に黙って頷くと、アーミヤとともに並び、ケルシーに再度向き直った。

 

「…まかせてもらおう」

 

「…拝命します、ケルシー先生!」

 

ケルシーは頷くと、会議室のオペレーターたちに向けて檄を飛ばす。

 

「我々の信条を示すときだ…我々はその手を取り合い、メスと武器を握る…全ての者の明日を守るために!」

 



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霧の襲撃

ロドス上層、荒野を見渡せる屋外通路をドーベルマンに率いられた狙撃中隊が駆けていく。

足元の透ける金網の床を、音を立てながら走るオペレーター達。

各々が配置につくと同時に、手すりに防弾用の鉄板を据え付け、手すりにそれぞれの得物を据え置き、照準を定める。

 

『第1から4班、準備良し!』

 

「了解、探照灯照らせ!」

 

ドーベルマンはオペレーターの報告を受けるのと同時に、ロドスの上部甲板、探照灯の操作主に指示を送る。

指示と同時に暗闇の荒野に白い探照灯の光が降り注いだ。

それは忙しなく動いて、荒野の中の影を探す。

 

『…敵影、ありません』『第3班、確認できず』『第1も同様です』

 

「油断するな、センサー系に不調をきたしている今、奴らがこの機を逃すとは思えん」

 

『…奴らが気付くでしょうか?』

 

オペレーターがセンサー系の異常に関して、レユニオンが気付いているという部分に疑問を示す。

 

「奴らはもはやただの烏合の衆ではない、指揮官がいる。

…憎たらしいほどに敵の急所を把握できるのがな。

こちらのされたくないことを好んで行なってくる連中だ、だから言うのだ…油断するな、わかったな」

 

『『『了解!』』』

 

ドーベルマンはそばにいる部下から双眼鏡を受け取ると、ロドスの右舷側に面している丘を覗いた。

雲の隙間からの月光で、淡く地肌を晒す丘の上に、ドーベルマンは1人の影を見る。

 

「…あれは…」

 

それは淡くオレンジと赤熱のような光を放ち、鈍い眼光をこちらに向けている。

ドーベルマンが倍率を上げようと双眼鏡に片方の手を伸ばした瞬間、それは凄まじい閃光の中に消えた。

 

「…ッ!?」

 

ドーベルマンは目を細める。

それは夥しい数のライトが集合して放つ閃光。

そして耳に響く、地鳴りのようなエンジンの音。

 

「…丘の上!来たぞ!!」

 

ドーベルマンの叫び声にオペレーター達に緊張が走る。

探照灯が丘を照らし、オペレーター達の照準器がそれを捕らえる。

 

「ガンタレット!マニュアル操作には切り替えたか!?」

 

『右舷側ガンタレットは全て人員の配置は完了しています!』

 

「目標、正面丘の上の稜線!無差別、飽和攻撃開始!!」

 

『連絡通路の人員は耳を塞げ!オープンファイア!!』

 

ドーベルマンの指示と共に、右舷側のガンタレットの全てが火を吹いた。

放たれた源石弾頭の砲弾は丘の上の稜線に突き刺さり、丘は爆煙と粉塵に包まれる。

 

しかし。

 

『…ほ、炎が…!!』

 

稜線を覆った炎は、焼き尽くす酸素を失ったうように掻き消えた。

オペレーターの困惑の声が通信網に響く。

 

「止めるな!撃ち続けろ!!」

 

『り、了解!継続して撃ちまくれ!!』

 

「…いるのか、あいつが…!」

 

ドーベルマンの歯が軋みを上げる。

撃ち込まれる砲弾は着弾の衝撃はあれども、源石による爆発は起こらない。

そしてその砲撃の合間を縫うように、オートバイクの集団は丘を駆け下り始める。

2人乗りのバイク、後部に乗った兵士が手に持ったボウガンで、屋外通路にいるオペレーター達に攻撃を仕掛けてくる。

防弾版にはじかれ、火花をあげるボウガンの矢。

 

『だ、ダメだ!全弾不発!信管が…作動しません!!』

 

「不発じゃない!爆炎が全て消されているんだ…!

砲撃の衝撃だけでも効果はある!いいから撃ちまくれ!!」

 

ドーベルマンの指示のもと、ガンタレットの砲撃は継続されるが、砲弾の弾着の衝撃のみでは思うような効果は示せない。

やがてオートバイクの集団は丘を降り始め、先頭が荒野にその足をつけた。

 

「狙撃中隊!砲撃の効果が薄い以上、我々で火線を作るしかない!!」

 

『了解!総員アーツ使用準備!』

 

連絡通路に配置された狙撃オペレーターのボウガンにアーツの光が宿る。

 

「搭乗者ではなくバイクを狙え!!足が早い、撃ち漏らすなよ!!」

 

『だ、第3班より報告!ドーベルマンさん!』

 

「どうした!?」

 

『丘陵の右側から、猛烈な勢いで煙が…いや、あれは霧か!?』

 

ドーベルマンがその報告に慌てて丘に向き直ると、報告の通り丘陵の右側から津波のように霧が押し寄せていた。

 

「…チェルノボーグの…!…ちぃッ!

幹部を全員連れてきたとでも…!?

ガンタレット!稜線への攻撃を中止、目標を荒野へ移行しろ!!」

 

『了解!』

 

ガンタレットからの砲撃が荒野に突き刺さり、通常通り起爆した砲弾はオートバイクの集団の前方で爆発し、それらを覆い隠そうとしていた霧の大部分を吹き飛ばした。

 

「奴らを霧の中に入れるな!

狙撃中隊!目当てを付けずとも構わん!…撃てぇッ!!」

 

即座にオペレーター達はそれぞれの得物のトリガーを引き絞る。

様々な色の閃光とともに、放たれた矢はオートバイクの集団に降りかかる。

数台のバイクが転倒し、後続を巻き込んで炎上するが、その姿はやがて霧の中に消えてしまった。

霧に覆われた荒野は、すでに砲撃の爆炎でさえも包み込み、それが尋常のものではないことは誰の目にも明らかだった。

 

『ダメです!霧が濃すぎる…なんなんだあれは!』

 

「攻撃は継続しろ!奴らの進路を予測するんだ!」

 

狙撃オペレーター達は密度の高い攻撃を霧の中に見舞うが、濃い霧の中ではその効果すら掴めない。

 

『く、くそ!何も見えないぞ!』

 

「慌てるな!耳を澄ませ!あいつらのエンジン音を聞くんだ!

ガンタレット、霧の中を集中して攻撃しろ!」

 

ドーベルマン以下狙撃オペレーター中隊は攻撃しながら耳を研ぎ澄ませるが、丘に挟まれた土地の音の反響がそれを乱す。

 

(音を正確に聴こうにも砲撃をやめる訳にはいかない…!くそ…どうすれば…)

 

やがて霧はドーベルマン達のいる屋外連絡通路も飲み込んだ。

 

 

セクター3、上部甲板ヘリポート、そこには数機の医療ヘリが離陸の時を待っていた。

 

『患者の受け入れはあと1人か!?』

 

ヘリポートの警備にあたっていた前衛オペレーターの1人、その腰の無線機に医療ヘリのパイロットからの無線が入る。

 

「もうすぐだ!あと少しだけ待ってくれ!」

 

『炎で気流が乱れてる!それにあの霧は…早く離陸しないと!』

 

「だから!あと1人だ!すぐ着くから!」

 

ケルシーの命令でセクター1以外のセクターに滞在していた患者の全ては、医療ヘリ数機による上空避難行動が行われていた

直後、ヘリポート入り口の両開きの扉が音を立てて開かれ、そこから担架に乗った少年が運ばれてくる。

複数人の治療オペレータに運ばれる少年は、辺りを見回しながら不安そうに呟いた。

 

「…僕、どこかにいくの?」

 

「大丈夫!ちょっと空の上に行くだけ、すぐに戻ってくるからね!」

 

フェリーンの治療オペレーターが笑顔を向けながらに担架を押す。

 

「来たぞ!」

 

『了解!離陸体制に入る!』

 

医療ヘリのローターの風切りの音が激しさを増す。

その時だった。

 

「て、敵襲!!敵襲!!」

 

霧に飲まれつつあるヘリポートに、警備にあたっていた別のオペレーターの叫び声が響く。

前衛オペレーターがそれに振り返ると、そこにはロドスの側面から飛び出してきた、レユニオンの仮面兵士がいた。

仮面兵士達は背中に重厚なジェットパックを背負い、そこから青い炎を吹き出しながら、勢いよくヘリポートに降り立ってくる。

 

「…奴ら飛んできたのか、地面から上部甲板まで…ッ!?」

 

 

ドーベルマンは目の前の光景に口が塞がらなかった。

その目には屋外通路の面する荒野から、霧を切り裂いて飛び上がるレユニオンの兵士達が映った。

 

「…撃ち落とせ!!」

 

ドーベルマンの一声で、周りの狙撃オペレーター達はジェットパック兵に攻撃を開始する。

 

(バイクの後部座席に乗っている奴らか…!!)

 

見ると屋外通路の真下では、霧の隙間にバイクの操縦者がバイクを乗り捨ててロドスの壁際を先頭に向けて走っていく姿が見えた。

 

「バイクは輸送手段だ!あいつらジェットパック兵を運んでる!!

ガンタレット、壁際に近づかせるな!」

 

 

ヘリポートでは乱戦が起こっていた。

多くの前衛オペレーター達に守られる形で、感染者の少年を乗せた担架は医療ヘリに到着する。

 

「乗れ!早く!」

 

数人のオペレーターに引き上げられ、医療ヘリの後部ランプから少年の乗った担架は格納された。

フェリーンの治療オペレーターがヘリポートに向き直ると、薄い視界の中にオペレーター達の戦闘音だけが響いていた。

 

「あんたも乗れ!脱出しろ!」

 

ヘリを守っていた前衛オペレーターが、治療オペレーターの肩を掴んでヘリの中に押し込む。

 

「わ、私も残ります!」

 

「いいからいくんだ!!」

 

前衛オペレーターはヘリの中に治療オペレーターを突き飛ばすと同時に、手に持った赤色灯を振る。

直後、医療ヘリは霧を切り裂きながら離陸を始めた。

 

『…離陸する…!』

 

「…そんな!待って!」

 

治療オペレーターは後部ランプギリギリまで身を乗り出すと、ヘリを見上げる前衛オペレーターに手を伸ばした。

 

「この乱戦じゃあんたを守れない!大丈夫だ!すぐ戻れる!」

 

前衛オペレーターはそう言い残すと武器を抜き放ち、霧の中に消えていく。

 

「…あぁ……そんな…」

 

上昇するヘリの中で、治療オペレーターは霧に飲まれていくロドスをいつまでも見つめていた。

 



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小言

ケルシーは作戦会議室の円卓で1人、暗闇の中で電子機器の光に身を照らされている。

デスクトップのモニター、監視カメラの映像にはヘリポートから撤退する前衛オペレーター達と、それと入れ違いに廊下を駆けていく重装オペレーター達が映る。

重装オペレーター達の向かう先のヘリポート入り口からは、大挙してレユニオン兵士が押し寄せてきていた。

そして、そのまま両者は勢いよく激突する。

 

「…侵入されたか」

 

ケルシーはモニターの画面をロドスの警備オペレーターに対する全体通信に切り替える。

 

「一次防衛ラインが突破された、警備オペレーターの総員は持ち場を死守しなさい」

 

ケルシーは事務椅子から立ち上がり、椅子に掛けていた白衣を手に取ると会議室の出入り口へ歩き出す。

護衛である2人の重装オペレーターが扉を開くと共に、ケルシーと部屋を後にする。

 

「どちらへ」

 

「私も防衛ラインに参加します」

 

「「…はッ!」」

 

重装オペレーター2人は伸縮式の盾を音を立てて展開する。

ケルシーもまた、白衣をオペレーターに渡し、嵌められた指輪をつけ直す。

 

(…もしもの時は頼むぞ、アーミヤ…ジョン)

 

 

『セクター2ヘリポート!申し訳ありません、突破されました!

ユニット2−15は指定のブロックまで撤退後、展開中の警備ユニットと合流します!』

 

『分が悪いと思ったらすぐに後退しろ!』

 

『ジェットパックだ!あいつらジェットパックでとりついてきている!』

 

『屋外通路に展開中の部隊は後続の侵入を阻止しろ!』

 

『どうやって!?あいつら霧に紛れて…』

 

『あいつら霧の下で何をしてるんだ!!』

 

『あいつらの攻撃で消火ヘリが近寄れない!誰かなんとかしてくれ!』

 

ジョンは耳に入る多くの無線通信の中から状況を把握していく。

リストデバイスにはロドスの3Dマップが展開され、随所随所で赤い発光点を点滅させていた。

ジョンの周囲にはアーミヤの他、リスカム、フランカ、ジェシカにバニラといったBSWの面々、そしてジョン旗下のロドスのオペレーター達、そして。

 

「…おーい!まだ行かねえのかよ!やべーんじゃねーの!?ドクターさんよぉ!」

 

「ズィマー、失礼ですよ」

 

「け、喧嘩はダメだよ…?」

 

チェルノボーグ撤退戦の折、ジョン達の保護した避難民とともに退避したズィマー、イースチナ、グムの3人がいた。

 

「…ちっ!」

 

ズィマー。

2人に宥められ、バツが悪そうに鼻息を荒げて椅子の上で足を組み、ジョンを睨みつけるウルサスの少女。

茶に赤い差し色の入った髪を揺らし、不機嫌そうに貧乏ゆすりをして、得物のハンドアックスを肩で支えている。

 

「全く」

 

イースチナ。

呆れ顔で眼鏡を整え、手元の本を膝に抱えてズィマーの隣の椅子に座る少女。

翠色まじりの白髪を手で整えながらに、ペコリとジョンに頭を下げる。

 

「…ズィマーお姉ちゃん、怒ってるの?」

 

グム。

明るい亜麻色の髪を可愛らしい髪留めやピンで整え、イースチナの横の席から心配そうにズィマーを見る少女。

その手には重そうな盾(重厚な金属扉に簡易的な持ち手とベルトをつけたもの)が握られている。

 

3人の様子を目を瞬かせながら見ていたリスカムがジョンに向き直る。

 

「ドクター、あの子達は…?」

 

ジョンはデバイスの3Dマップを見る目を閉じると、目尻を指でもむ。

 

「…チェルノボーグで救助した子供達だ」

 

「…ああ、ではこの子達が」

 

「悪夢だ。

…ソニア、君がなんでここにいる?」

 

「ケッ!もうその名前で呼ぶな。

今はズィマーで通してんだ」

 

ズィマーはハンドアックスを肩で支えるままに立ち上がる。

そして親指で自らをさし、得意げに言い放つ。

 

「聞かれるまでもねぇ、アタシら…「ウルサス学生自治団」があんた達に、正式に戦闘員として雇われたからに決まってんだろ!」

 

「…ハァ」

 

「さっきからなんだぁその反応はよぉ!!

助けてやろうってんだから、礼があってもいいもんだろーが!!

ため息つかれる謂れはねーぞ!」

 

「ぐ、グム達だってお役に立てるよ!」

 

そう言って立ち上がるグムを見て、ズィマーはニヤリと笑みをジョンに向ける。

 

「…子ウサギに続いて今度は子熊か…」

 

ジョンの言葉にアーミヤがすぐさま駆け寄り、ジョンのフードを取り払って右側から耳元で叫ぶ。

 

「わ、た、し、は!

子ウサギじゃありませんッ!!」

 

その様子を見ていたズィマーが、イースチナの静止を振り切り、不機嫌そうな顔のままジョンの左側に駆け寄って…。

 

「ア、タ、シ、は!……子熊じゃねぇーッ!!」

 

右から左へ、左から右へ突き抜ける衝撃に、ジョンは頭を左右に振る。

耳鳴りを取り去らんと、右耳を掌で叩き、リスカムに向き直る。

 

「…私はケルシーに試されてるんだろうか」

 

「…彼らが正式にロドスの客将として迎えられたのは、事実ですよドクター」

 

リスカムが苦笑いを浮かべながらに答える。

 

「姉ちゃんの言う通りだ、しっかり指揮を執ってくれよ、ドクターさんよ」

 

ズィマーはそう言ってニヤリと笑うと、立ち上がり席に戻ろうとする。

しかし、急にジョンの正面で立ち止まると、チラチラと視線を向けた。

 

「…」

 

「…なんだ」

 

ジョンが目の前に立ったまま、直立して動かないズィマーに問いかけると、ズィマーは少し頬を染めて頭を掻き毟った。

 

「…あれだよ、その…礼だ、言えてなかった」

 

「礼?」

 

「…ありがとうな、ガキどもを助けてくれて」

 

ジョンはその言葉に少しの間、面食らった。

 

 

 

『成り行きだよ、成り行き!

アンナ達を守れりゃそれでよかったんだ!』

 

『あたしはここいらじゃ一番強いんだ、強いから!

…守らなきゃいけなかった、それだけだ!

ああ、くそ…!どうしてこんな…ッ!

は、初めてあたしは…喧嘩じゃなくて…人を…この手で!』

 

『あたし…あたしは…間違ってないんだ…!

…友達が殺されるところだったんだ…間違ってないんだ…!』

 

 

「…なんだ、結構可愛いところもあるじゃないか」

 

「…言っとけくそじじい、言いたいことはそれだけだ」

 

鼻を鳴らして自らの椅子へと向かうズィマー。

 

「ズィマー、私にはお前も、守るべき子供達なんだぞ」

 

ジョンの言葉に、ズィマーは立ち止まる。

 

「…じじい、あたしがあそこで何をしたのか知ってんのか?」

 

ジョンはズィマーの言葉の端に、重いものを感じて目を細めた。

 

「…いいや、わからん」

 

「だったら…!」

 

ズィマーが勢いよく振り返った先には、ジョンがすぐ目の前に立っていた。

 

「わからんが、それが何か私のやる事に関係あるのか?」

 

ジョンの片目から送られる視線を真っ直ぐに見つめるズィマー。

 

「……別にねぇよ、勝手に言ってろ」

 

「ソニア」

 

ジョンは目線を逸らして歩き出そうとするズィマーの肩を掴んで引き止める。

 

「…さわん…!」

 

「無理に吹っ切れようとしてるな、君は」

 

ズィマーの瞳に、明確に敵意の光が宿る。

その時だった。

 

「ドクターさん、そこまでにしてあげてください」

 

イースチナがジョンの隣に立ち、ズィマーの肩を掴むジョンの腕を取る。

 

「お願いします」

 

「…」

 

ジョンがイースチナの目に気を取られているうちに、ズィマーは乱暴にその手を振り解く。

 

「ズィマー!」

 

イースチナの手すら振り解き、ズィマーは椅子に向かい、そっぽを向いて座り込む。

その隣で、グムが心配そうにズィマーの膝に手を乗せる。

 

「…」

 

「すいません、まだ彼女は整理し切れていないんです」

 

「…だろうな」

 

「あなたには感謝しています。

あなた達と出会えなかったら、助けてくれなかったら、私たちは今、生きていないかもしれない。

…でもあなた達に出会うまでは、彼女が私たちをあそこで守ってくれていたんです。

どうか、わかってあげてください」

 

「……少し急いたな、すまなかった」

 

「…私に謝られても困ります」

 

そう言ってイースチナはズィマーをチラリと見た。

そしてジョンに向き直り、身をかがめるよう手振りで示す。

ジョンがそれに従って頭を下げると、イースチナは小声で耳元にささやいた。

 

「…彼女、あなたのことは信頼しかけてるんです。

…あんまりいじめないでください」

 

「…」

 

ジョンはイースチナの肩を叩くと、ズィマーの目の前に立つ。

 

「ズィマー、すまん」

 

ズィマーは片手で宙を払う仕草をする。

しかし、ジョンは続ける。

 

「この老いぼれに守ると言われても、実感は湧かんだろうな。

戦うという君達の意思、決意を否定する権利は、もう私にはない。

指揮を執れというなら、君達の事をしっかりと受け止めるさ」

 

ジョンはそう言ってズィマーの隣に座るグムの肩に手を置き、その目を見つめ、ついでイースチナにも目をやる。

 

「だがなズィマー、放って置けないんだ、心配なんだよ、君がいかに強く覚悟していようとも、まだ若い」

 

ジョンはそう言ってズィマーの目の前から、自らの椅子に向かって歩き出す。

 

「これまで様々なものを見て、感じてきた。

私には…君の中に影が見える。

「覚悟」というものは時に恐ろしいまでの力を与えるが、厄介なものでな。

一度、覚悟で身の内の淀みを埋めてしまうと、それは抱えた時よりも大きな膿となり、君を蝕む」

 

ジョンは自分の胸元に目をやり、瞳を哀愁の色に染める。

 

「少なくとも私はそうだった」

 

そしてズィマーに再び向き直り、グムの肩に置かれた手をズィマーの頭へと移した。

 

「闘いしかない大人にはなって欲しくない。

だから、それだけだ…それだけなんだ」

 

手を頭から離して立ち上がり、遠ざかるジョンの背中を、ズィマーは一度も見ることはなかった。

 

「…私の指揮下に入るなら、小言はいつも耳に入ると思えよ」

 

ただ、その手の中にハンドアックスを握りしめたまま、ズィマーは必死にそれを頬に流すまいと堪えていた。

 



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セクター1・ゲート前・開戦

リノリウムの床をオペレーター達が駆けている。

最低限の装備で身軽に動き回る先鋒オペレーター達は、味方からの救援要請を受けてセクター2の中央を貫く連絡通路を目指していた。

先鋒オペレーターの1人が周囲の様子を確認しながらリストデバイスのコンソールを開く。

 

「管制、こちらはユニット1−25リーダー、聞こえるか!」

 

『こちら中央管制、どうした1−25リーダー』

 

「セクター2の避難はまだ完了していないのか!?

隔壁を下ろして奴らを分断するべきだ!」

 

先鋒オペレーターは通り過ぎた分岐の道の先に下された重厚な隔壁を思い出していた。

 

『患者の避難はすでに完了しているが、技術者達の避難がまだだ』

 

「我々は要請のあった地点に向かっているが…」

 

『現在、散発している戦闘地域の避難は完了しているとの報告は来ている。

だが万が一、置き去りにされている者がいた場合を考慮して、セクター2での隔壁閉鎖は控えるべきとの命令だ』

 

「くそ…」

 

『センサー系の異常からかはわからないが、艦内のセンサーもまともに作動していない。

不意の接敵に注意するんだ』

 

「…1−25、了解」

 

先鋒オペレーターはデバイスを閉じると、後続の仲間に目を向ける。

 

「お前ら、道中で怪我人や取り残されている技術者がいないか気を付けろよ!」

 

オペレーター達は周囲に気を配りながら要請地点へと向かう。

避難完了報告のあった通路は、書類や医薬品、物資などが散乱し静まり返っていた。

そこにはただオペレーター達の足音がこだまし、どこからかノイズのような音が漏れ聞こえる、普段の様子からは想像もできない光景が広がっている。

 

「要請地点まであと少しだ」

 

隊列の中程にいるオペレーターがそう呟いた時、後列にいたオペレーターの1人が一つの部屋の前で立ち止まった。

 

「どうした…?」

 

1人、隊から離れて立ち止まるオペレーターを見て、それに気づいた別のオペレーターも立ち止まる。

 

「みんなちょっと待ってくれ!…どうかしたのか?」

 

「…声が聞こえたんだ」

 

「…それは本当か?」

 

立ち止まり、部屋の中の様子を伺う2人。

医療オペレーターのオフィスの一つだったのだろうその部屋は、酷く荒れていた。

慌てて逃げ出したのだろう、部屋には患者達のカルテのようなもの散らばり、新品の医療器具も床に投げ出されている。

 

「どうした!?」

 

先頭を走っていた1−25リーダーが引き返して2人の隣に立つ。

 

「隊長、声がしたというんです」

 

「…この部屋でか?」

 

集まってきた隊の全員が部屋の前で耳を澄ます。

 

「…ほら!」

 

部屋の中からはすすり泣きの声が聞こえてくる。

 

「おい!誰かいるのか!」

 

1−25リーダーが部屋の中に足を踏み入れると、倒れたカーゴの後ろから少年と少女、2人の子供が顔を覗かせた。

 

「…子供だ!子供がいるぞ!」

 

1−25リーダーが駆け寄ると、2人はそれに抱きついた。

 

「…逃げ遅れたのか」

 

「ここは避難完了区域のはずだぞ」

 

「確認しろ」

 

部屋の前で周囲を警戒する数人を残して、ユニット1−25の面々はオフィスの中に入り、他に逃げ遅れた者がいないか確認する。

 

「もう大丈夫だ、君たちは…」

 

抱きつく子供の前でしゃがみ、手袋をした手で泣きはらした目元を撫でる。

 

「ネームプレートをつけていないな…いや、君はつけているのか」

 

1−25リーダーは少年の首の後ろに回っているネームプレートを手前に回すと、それが外来患者用のネームプレートであることがわかった。

 

「…外部の」

 

1−25リーダーは少年の手首に鉱石病の中期症状である鉱石片の露出を確認する。

 

「…この子達は」

 

「今日、患者になった子だろうな」

 

「…例の孤児達か」

 

「君たち、どうしてここに?」

 

少女はしゃくり上げながらに答える。

 

「…ひっ…ひ……わ、私…喉が…乾いて…」

 

「…病室を抜け出して、水を飲みに行く途中だったんだ」

 

少年が目元を擦りながらに続ける。

 

「…僕が言い出したんだ…そしたら地面が揺れて…慌てて2人で病室に戻ろうとしたけど。

人がいっぱいで、訳が分からなくなって…隠れてたら、誰もいなくなっちゃった…」

 

「…お、お兄ちゃんを…怒らないで…」

 

1−25リーダーは少女の頭に手を乗せると、優しく髪を撫でてゴミを払った。

 

「怒るもんか。

さあ、ここは危ないから、俺たちと一緒にみんなのところに戻ろう。

きっと心配してるから」

 

そう言って少女を抱き上げる、それに続いて隣にいるオペレーターも少年の手を握った。

 

「管制、こちらユニット1−25リーダー」

 

『どうした、1−25、要請地点にはまだ到着できそうにないか?』

 

「逃げ遅れた子供を2人見つけた、この子達の保護を優先したい」

 

『それは本当か1−25!

失態だな、警備部の連中め…。

…わかった、要請地点には別の部隊を向かわせる、君たちはその子供達をセーフゾーンまで保護してくれ』

 

「1−25、了解」

 

1−25リーダーは少女を抱え直し、部隊の面々に向き直る。

 

「状況変更だ、俺たちはこの子達をセーフゾーンまで連れて行く」

 

「「「了解」」」

 

「隊長、ここからだとセクター2のセーフゾーンは少し遠いですね…ホットゾーンも散在しています」

 

「10ブロックは少しとは言わんだろう…そうだな、ではセクター1へ向かおう」

 

「3次防衛ラインへですか?セーフゾーン指定はされていませんが…」

 

「あそこは今艦内のどこよりも安全だよ、それに…ドクターは受け入れてくれるさ」

 

「ドクター・ジョン…隊長は救助作戦に参加されてましたね」

 

「すごい人だよ、彼は」

 

1−25リーダーはそう言って胸元の汚れた隊証を撫でた。

エンブレムには小さく「E3」の刻印が輝いている。

 

「ACE隊長が見込んだ人だからな」

 

1−25リーダーのその言葉に、ユニット1−25オペレーター達も胸元のエンブレムを撫でた。

抱き抱えられた少女が、1−25リーダーのエンブレムを興味深そうに眺めている。

 

「一緒に行動していたあなたが言うんだから、間違い無いですね」

 

「…さあぐずぐずはしていられない…いくぞ皆」

 

 

セクター2を貫く通路の端、セクター1に通じるゲート。

下りた隔壁の前で蠢く影がある。

彼らは軽装備に身を包み、スカーフやバラクラバで口元を隠している。

影から影へ素早く動き、後続に続く部隊を誘導している。

後方から顔を覗かせたのは、様々な機器を背負った兵士だった。

ゲートの横にある連絡通路の扉、彼らはその制御板の外装をバールで引き剥がすと、背負った電子機器から端子を数本取り出し、剥き出しになった回路へと繋ぐ。

ものの数秒の間に扉は音を立てて開き、屋外連絡通路までの全ての扉が開かれた。

霧の立ち込める外から、ロドスの艦内へと最初に足を踏み入れたのは。

 

「…ご苦労」

 

レユニオン幹部、クラウンスレイヤーだった。

 

「発見は?」

 

「されていません、奴らあの爆発でセンサー系に異常をきたしているようです」

 

答えたのは扉をハッキングした技術偵察兵だった。

 

「でなければこうも簡単にハッキングはできませんでした」

 

「…Wは仕事をやり遂げた、我々も役目をこなすぞ」

 

クラウンスレイヤーはそう言って口元を隠すスカーフを整える。

そして腰から赤く発光する電子機器を取り出す。

それはロドスを襲った獣達に装着されていたものと同じ。

 

「セットしろ」

 

源石爆弾。

ガラス容器の中には液体に浮かぶ源石が赤い光を帯びている。

技術偵察兵の1人が、セクター1へと通じる扉にそれをセットする。

そしてレユニオンの兵士達が物陰へと移動し、角からゲートを伺う兵士が、その手にトリガー式の起爆装置を握る。

クラウンスレイヤーへと向き直り、彼女が頷いたのを確認すると、兵士は再びゲートへと視線を向ける。

 

「…なにしてる…?」

 

兵士の思考は一瞬白紙となった。

ゲートへと向けられるはずだった視線は、赤いもので覆い尽くされる。

よく見るとそれは鮮やかに朱に染められた外套。

それを纏う主人は、ただ偵察兵を頭上から見下ろす形で立っていた。

それは少女だった。

 

「…!」

 

言葉を発するよりも先に、反応でトリガーにかける指に力が籠る。

 

コツン、という軽い音が響いた。

 

スローな偵察兵の視界、赤い外套と自らの目線の間に、見慣れた自らの一部が浮かんでいる。

宙にはねあげられた「手首」と起爆装置を素早く手に取る赤い外套の少女。

 

「…なんだ…これ…?」

 

手首の関節をきれいに捉え、ナイフで切り飛ばした少女は手首付きの起爆装置をマジマジと見つめる。

 

「ギャアアアァッ!!」

 

クラウンスレイヤーは素早かった。

手首を押さえて叫ぶ偵察兵を突き飛ばし、逆手に構えたマチェットを少女に斬りつける。

だが、少女はもっと素早かった。

というより、「消えた」に近い。

 

「…!」

 

クラウンスレイヤーは周囲を見渡す。

 

「…くそ…!」

 

吐き捨てるようにそう呟くと、レユニオン兵士達の頭上からダクトを通って声が響いた。

 

『レッドの仕事…偵察…勝手な行動…怒られる』

 

レユニオン兵士達は自然とより固まり、周囲を警戒する。

手首を切断された兵士が、悶えながら治療を受けていると、ゲートから少し離れた通風口から、それが音を立てて落ちてきた。

 

『……返す』

 

その一言の後、ダクトが軋みを少しあげたのを最後に、物音一つしない空間が戻ってくる。

 

「…な、なんだ…なんなんだあれは…!?」

 

レユニオン兵士の1人が呻くように呟く。

 

「…!!」

 

クラウンスレイヤーは、えも言われぬ悪寒を感じてゲートへと向き直る。

その瞬間、ゲートは重々しい音を立てて開き始めた。

それは足から始まり、やがて腰、そして刀に添えられた手。

 

「…ああ、こちらでも確認した…的中だ」

 

完全に上がりきったゲート、姿を現したリーベリの初老の男。

セクター1側から照らされる通路の照明を受け、影を落としながら男はクラウンスレイヤー達に歩みを進める。

 

「…では、指示のままに、ドクター」

 

クラウンスレイヤーは熱を帯び始めた自らの呼吸に蒸れるスカーフをずらしながら、マチェットを構える。

男は無線機を流れるような動作で腰にしまうと、刀に添えられていた手を顎髭に伸ばす。

 

「…子供達の家、再び脅かすか…」

 

一歩、また一歩と男は歩みを進める。

 

「…安住の地を求めるのは同じ…その為に戦を求めるのであれば、私も全力を持って、それに応えよう」

 

そして刀の柄を握りしめ、鞘から鈍く輝くはばきを覗かせる。

 

「…求るならば来るがいい、されどここから先、一歩も進むことはできぬと心得よ」

 

クラウンスレイヤーはマチェットを握る力を強める。

そしてバネを解き放つように男に向かって飛び込んでいく。

 

「…刀を鞭となし…その肉体、打ち据える…!!」

 



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ロドス防衛線 戦闘①

ジョンは1人、セクター1の廊下を歩く。

赤色灯の回る無機質な廊下、足元を照らす間接灯は床に散らばる書類を照らしている。

口元には葉巻を咥え、フードの影に隠れた顔から、葉巻の燃焼の火だけが覗く。

ジョンは手首に巻かれたリストデバイスを起動すると、葉巻を右手でつまみ、口元をデバイスに近づけた。

 

「ヘラグ…と言ったかな、そちらの様子はどうだろうか。

予想が正しければ、彼らはセクター間の関節部を狙うはずだが…」

 

『…ああ、こちらでも確認した、的中だ』

 

デバイスの向こうからは落ち着いた口調で返答が返ってくる。

 

「そうか、では手筈通りにな…あなた1人に任せるのは心苦しいが」

 

デバイスの向こうからは含み笑いとともにヘラグの足音が聞こえてくる。

 

『…では、指示のままに、ドクター』

 

「ああ、頼む」

 

ジョンはヘラグとの通信が切れたのを確認すると、遊撃隊分班の各リーダーに向けて回線を開く。

 

「諸君、火事場泥棒は見つかった。

空き巣がまだいないか、確認して回るぞ」

 

ジョンの真横に、ダクトの蓋を蹴破って飛び降りてくる者がいた。

 

「…おお、ご苦労だったな」

 

「ん」

 

飛び降りてきたのは少女、コードネームで「レッド」と呼ばれる少女は、手にしている起爆装置をジョンに渡す。

ジョンは起爆装置を受け取ると、フードの下から睨み上げてくるレッドに向き直る。

 

「…すごいな、この狭いダクトを潜ってきたのか」

 

ジョンが頭に手を伸ばすのを、素早い動作で避けるレッド。

 

「…」

 

「君はケルシーの直接の部下だったな、いいのか、彼女を守りにいかなくて」

 

「…ケルシーの命令、お前の護衛…指示には従う」

 

ジョンはレッドの羽織るコートから覗いたナイフの一本が、赤く血塗れているのをみた。

 

「…ここは君のような子供が多すぎる」

 

「レッド、子供、ない」

 

「子供だよ…全くな」

 

ジョンは廊下を再び歩き始め、その後ろをレッドが睨みながらついていく。

その廊下から分岐する通路から、大勢のオペレーター達が合流する。

中から3人、ジョンの隣に並ぶ者達がいた。

 

「ドクター、命令を。

行動予備隊A1、いつでも動けます」

 

軽装備、青髪を揺らし、その手には手槍を握る少女。

 

「…行動予備隊A4、合流しました」

 

腰に長刀を帯び、ワインレッドの髪をなびかせ、伏し目がちにジョンを見る少女。

 

「たまの実戦がまさかこんな大事になるとはね…行動予備隊A6、集合したわ」

 

青くグラデーションの入った髪を整え、つば広の帽子をかぶり直す女性。

 

「君たちはケルシーの指示で私の直属部隊、ということになっている。

…だが、こうも美女揃いか、やりづらい事この上ないな…今更なんだが」

 

「あら、ご不満かしら」

 

行動予備隊A6の隊長、オーキッドが意地の悪い笑みを浮かべながらジョンの顔を覗き込む。

 

「いや、書面上ではあるが、君たちの能力は確認しているからな…やってみるさ」

 

「私たちの実力、示して見せます!」

 

A1隊長、フェンが槍を握り締めながらに答える。

 

「フェン、あまり気負うなよ。訓練通りにやればいい、いつも通りだ」

 

「了解です!」

 

ジョンは自信なさそうに歩くメランサに目をやる。

 

「メランサ」

 

「…ひゃ、はい!」

 

ジョンからの声かけに、メランサは肩を跳ねさせて答える。

 

「よろしく頼む」

 

ジョンはそういうとメランサの頭に軽く手をのせた。

 

「…はい!」

 

メランサは伏せていた目を開くと、長刀の柄を握りしめた。

真っ直ぐにジョンから向けられる視線に答えると、後ろにいるA4隊の面々がその様子を見て微笑む。

ジョンは再び廊下に向き直る。

 

「では諸君…」

 

手首のデバイスを

立ち上げ、表示されたマップの数カ所をタップする。

真っ直ぐに続く、廊下の分岐それぞれに、オペレーター達はそれぞれに分かれて行動を始める。

 

「かくれんぼだ、存分に追い立ててやろう」

 

 

セクター2技術管理区画ではロドスの戦闘区域が散在していた。

 

「待て!逃さんぞ!!」

 

レユニオンの兵士たちが広い廊下の中を駆けていく、追われているのはロドスの資材管理オペレーター達だった。

避難の遅れた彼らは息を切らしてセーフゾーン、もとい戦闘オペレーター達の元へとひた走る。

 

「はぁ!はぁ!…くそ、しつこいな!」

 

「そうだねー!もぐもぐ」

 

「…いつまで追いかけてくるつもりなんだ!」

 

「こっちが逃げるのをやめるまででしょー!パクパク」

 

資材管理オペレーター達は先頭を走る黒髪の少女を睨む。

 

「…あんたいつまで食ってんだよ!」

 

「んあ?」

 

黒髪の少女、クロージャはポップコーンの袋を抱え、口の端に欠片をつけながら振り向く。

 

「食べこぼしが飛んできてるんですけど!?」

 

「んあー?めんごめんご!」

 

「元はと言えばクロージャさんがへそくりの菓子を忘れたとか言って、隔壁の封鎖を遅らせたからこんなことになってるんですよ!」

 

「まーまーそう怒らないでよ、箱のお菓子、後で分けてあげるからさ!」

 

「あの箱だったらさっき放り投げましたよ!」

 

「…まじで言ってんの!?」

 

クロージャはバック走に切り替えると、資材管理オペレーター達を睨みつける。

 

「あー!?…誰1人として持ってきてないじゃんか!!」

 

「お菓子の為に命をかけられるか!!」「ふざけんな!」「この変人が!」

 

「お前ら弁償させっかんな!絶対だかんな!」

 

「んな事言ってる場合ですか!!」

 

クロージャは頬を膨らませて正面に向き直ると、ポップコーンの袋を抱える手とは別の手に巻かれたデバイスを立ち上げ、マップを表示する。

 

「…次、右に曲がるから」

 

「右!?遠まわりになりますよ!」

 

「助かりたかったらついて来な!この薄情ものども!」

 

クロージャは後ろを走る資材管理オペレーター達を他所目に、角を右に曲がる。

オペレーター達は汚い言葉を発しながらついていく。

 

レユニオンの兵士たちが続いて角を曲がると、そこには照明の落ちた部屋に続く廊下があった。

 

「…探せ!」

 

レユニオン達が部屋に踏み入ろうとしたその時、暗闇の中に赤い光源が現れる。

それは金切の音と、機械音を鳴らしながら、暗い部屋の中をレユニオン達へと近づいていく。

 

「なんだ…?」

 

レユニオン兵士達の間に動揺が走る。

各々が手に持つ武器を構え、接近するそれを睨み付ける。

直後、暗闇の部屋に一つの照明が灯る。

それは中央に置かれたテーブルを照らし、そのテーブルにはクロージャが腕を組んで立っていた。

 

「ふっふっふ…さあいけ!キャッスル3!君の力を見せてやれ!」

 

『了解です、マスタークロージャ』

 

再び照明が灯り、照らされた赤い発光の源、極厚のタイヤで支えられているのは角ばった形状の自立思考兵器。

「Castle-3」と銘打たれたそれは、野太い音と勇ましい男性の声を発しながらレユニオン兵士達に突っ込んでいく。

 

「…う、うわ!!」

 

『突撃!!』

 

「おわあ!?」

 

レユニオン兵士達が武器を振り下ろすより先にキャッスル3は彼らに肉薄し、搭載されたスタンビームを照射する。

電撃に弾かれ、吹き飛ぶレユニオン兵士達。

キャッスル3はその圧倒的な機動力を発揮し、レユニオン兵士達の攻撃を避ける。

少し殴られたぐらいではその駆体がへこむ程度、機械の体をレユニオン兵士達に叩きつけ、擲弾を撃ち出し、制圧していく。

 

「ギャア!」

 

「な、なんだこいつ…!?なんだこいつ!!」

 

『あなたの罪を数えなさい!!おらぁ!!』

 

「ぐああ!?」

 

キャッスル3は確実にレユニオンの兵士達を1人、また1人と行動不能にしていく。

 

「圧倒的じゃないか、ロドスの科学力は…!」

 

クロージャは腕を組み、得意げにその様子を眺める。

テーブルの上でその様子を顔を青くしながら眺めていた、照明担当の資材管理オペレーター達。

 

「あの人…やっぱり頭おかしいよ」

 

『お怪我はありませんか?』

 

「うわあ!?」

 

突然横からかけられた機械的な声に、資材管理オペレーター達は腰を抜かす。

 

『ああ!驚かせてしまいましたか?申し訳ありません…』

 

「ランセット2…?」

 

球体状のボディを駆動輪で動かしながら、それは医療用アームを資材管理オペレーター達に伸ばす。

駆体から発せられるのは女性のものであり、球体のボディと相まって女性的なイメージを持たせる。

 

『いかにも、私は「Lancet-2」、クロージャお姉様の指示でこちらに参りました、お怪我はございませんか?』

 

「あ、ああ、大丈夫…ありがとう、助かったよ」

 

オペレーターがランセット2のアームに握手をすると、彼女(?)は照れ臭そうにボディを揺らした。

 

「あーはっはっは!怯えろ!逃げ惑え!恐怖するがいい!私のこの頭脳を前に、お前達は手と足も出んのだぁ!」

 

クロージャはテーブルの上に置かれた観葉植物やペン立てをキャッスル3に蹂躙されているレユニオン達に投げつけている。

 

『クロージャお姉様…あんなに興奮なさって…』

 

「…魔王だ」

 

 

「よし、そこだ!やれ!ミーボ達!!」

 

セクター2、外部企業研究棟でも戦闘が行われていた。

廊下の上を固い音を鳴らしながら犬型の機械兵器達が駆けていく。

それはレユニオン兵士達の剣撃を掻い潜り、1匹は背面に背負ったパイルドライバーで腕を貫き、もう1匹は足にタックルを仕掛け転倒させる。

転倒したレユニオン兵士の腹の上に、機械兵器相応の重量を持つミーボがボディプレスを見舞う。

兵士は鈍い声を発して動かなくなる。

その様子に後続のレユニオン兵士達は後退り、ミーボを操る主人を睨んだ。

 

「へっへーん、どーだ!ここは通しませんよ!」

 

「く、くそ!なんだこいつらは…!」

 

複数のレユニオン兵士を目の前にしても物怖じしない女性技師。

亜麻色の髪を揺らしながら、女性技師はベルトで腰に固定したコンソールを素早く操作する。

いたずらな笑みを浮かべて、ニヤリと笑うと指をレユニオン達に突き出した。

 

「ミーボ1号、2号、3号!突撃!!」

 

女性技師の声を合図にミーボ達はレユニオン達に飛びかかっていく。

 

「メイヤーさん!逃げ遅れた技術班達の避難が完了しました!我々も後方に下がりましょう!」

 

女性技師、メイヤーの後ろから重装オペレーターが駆けより、撤退を促す。

 

「いーや!研究棟を荒らされるわけにはいかない!…特に私のラボ!!

こいつらはここで食いとめる!!君たちは早く撤退しなさい!」

 

「しかし…」

 

「いいから!」

 

メイヤーが重装オペレーターに向き直ると、その後ろに1人の女性の姿を見る。

その視線を追った重装オペレーターの前に、銀髪に丸い耳、白と黒を基調にしたジャケット、そして目元を隠したサングラスといった、見るからに旅行者か、身長は低めだが雑誌モデルのようなプロポーション…そんな容姿の女性が立っていた。

 

「だ、ダメですよ、民間人は早く避難を!」

 

重装オペレーターが女性の前に立つ。

目元にかかっていたサングラスを銀髪にひっかけ、女性はにこりと笑うと首に下がったネームプレートを見せた。

 

「この度、正式にロドスの戦闘オペレーターとして配属されました、エフイーターです、よろしくね!」

 

重装オペレーターはネームプレートを確認すると、敬礼しエフイーターと名乗る女性に道を開けた。

 

「…あらら!こりゃまたどうしたの!?」

 

メイヤーは驚きに目を丸くしながらも手元の操作を狂わせる事なく、女性に問いかける。

 

「あっははー、なんかあたし達にも救援要請?的なものがあってさ、一応ドクターさん?って人の指示で動いてるんだけど、こっちの方が騒がしかったから勝手に来ちゃった。メイヤー、大丈夫ー?」

 

「こっちはもうバリバリやってるよー!何、助けに来てくれたの?」

 

「えっへへー、ほんとに偶然なんだけど…まあそういうことにしとくかー」

 

エフイーターはサングラスをかけ直すと背後に背負っていたバックパックを…。

 

「よーい…しょっと!」

 

否、それは巨大な手甲。

金属質な黒い輝きを放つそれは、エフイーターの背面に背負われた機器にコードで繋がれている。

それを手にはめると背面の機械が甲高い音を発し始め、蒸気のようなものを噴出する。

 

「ふーい…さてと」

 

エフイーターはおよそ女性の手には余ることこの上なさそうなそれを、軽々と持ち上げると肩を回し、手甲のマニュピレーターを閉じたり開いたり、握ったり波のように動かしたり、まるで本物の手の調子を確かめるように動かし始めた。

ミーボに動きを阻まれていたレユニオン兵士達も、その様子にさらに後退りを始める。

 

「よーしおっけ…ボッコボコにしてやる」

 

「そこの重装オペレーターくーん、鬼が金棒持ってやって来たから!もう本当に大丈夫だよ!みんなを誘導してあげて!」

 

そういうメイヤーもまた、後方に配置されていたコンテナから、さらにミーボを展開する。

コンテナカーゴから解き放たれたミーボ達は犬のように耳をかいたり、身震いをすると、レユニオン兵士達を睨みつけ、研ぎ澄まされたパイルドライバーを駆動させる。

 

「は、はっ!」

 

重装オペレーターは慌てて廊下を走り出していく。

まるで「巻き込まれるのはごめんだ」とばかりに。

 

「あっはー!ロボットと共闘ってのはフィルムでも経験したことないなー!」

 

「そーぉ?…じゃあかっこ悪いとこは見せらんないなあ…!」

 

メイヤーは素早くコンソールを操作し、展開したミーボをエフイーターの周りに配置する。

 

「…うふふ、たまらんねー、それじゃあ…」

 

エフイーターは手甲を流れるように動かし、空気に固定されたようにビタリと構える。

 

「いくよー…!…よーい…アクション!!」

 

エフイーターとミーボ達は突風のような勢いでレユニオン達に突っ込んでいく。

ロドスの船内で繰り広げられる戦闘は、ジョン達遊撃隊の行動開始とともに、予想できない局面へと進みつつあった。

 



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ロドス 防衛線 戦闘②

更新が遅くなり申し訳ありません…!
今週あたりから再び一日1話を目標に更新する予定です!




次話あたりから、後書き部分に無線シリーズ…みたいなのをかけたらなと思っています。
蛇足にならないといいなあ…。


真っ直ぐに伸びる広い物資搬入路、そこでリスカム率いる重装オペレーター達はレユニオンの大部隊と対峙している。

止めどなくロドスに取り付いてくるジェットパック兵士達はヘリポートからの空輸物資搬入路に集結、大部隊となってセクター1へと進行しつつあった。

 

「…」

 

レユニオン兵士達は一言も発することなくリスカム達重装オペレーターを仮面の奥から睨みつける。

先頭にリスカムは腕に巻かれたデバイスに口元を近づける。

 

「ドクター、こちらリスカム…敵集団、現れました」

 

『規模は?』

 

「…ヘリポートから続々と増援が来ているので正確には把握できませんね」

 

『こちらはすでに工作部隊を捕捉している。

そちらは陽動だろうが…現状では十分脅威になり得るな。

どうにかやれそうか?』

 

「問題ないかと」

 

『…では任せたぞ、リスカム』

 

無線が切れたことを確認したのち、リスカムはそのまま腕を振り上げる。

 

「…前進!」

 

号令を合図に重装オペレーター達はリスカムを取り囲むように展開し、盾を突き出して隙間のない横隊で通路を進み始める。

レユニオン達もまたその動きに反応し、それぞれが武器を振りかざして走り出した。

その先頭に立つ兵士のマチェットが重装オペレーターの盾に振り下ろされる。

火花を散らして弾かれる刃、その隙を逃さずにオペレーターは兵士の横っ腹をハンマーで殴りつける。

 

「おらぁ!腹がガラ空きだぞ!!」

 

「がぼっ!?」

 

肉の潰れる鈍い音とともに兵士は動かなくなり、真横に音を立てて倒れる。

先頭の兵士に続いてオペレーター達に斬りつける兵士たち、重装オペレーター達とレユニオンとの間に閃光のような火花が咲き乱れる。

 

「あなた達に、ここは突破できませんよ!!…突撃陣形!」

 

重装オペレーター達は横隊先頭の中心を空ける、リスカムはその間に立つと火炎瓶を投げようとする兵士に弾丸を撃ち込む。

即座に盾にアーツを集中させ、目を焼く閃光、マグネシウムフラッシュをレユニオン達に浴びせる。

たまらず目を覆ったレユニオン達に、重装オペレーター達が食い込んでいく。

 

「このままヘリポートまで押し戻しますッ!!」

 

「「「「応っ!!」」」」

 

ルークのエンブレムがあしらわれた盾を構えながら、重装オペレーター達は武器で叩きのめし、盾で押し倒しながらに足を進める。

レユニオン兵達の足並みが乱れ、戦闘が後退したタイミングで、再びリスカムは先頭に躍り出た。

 

「皆さん、私から離れて!」

 

リスカムの指示を合図に彼女の周囲からオペレーター達は距離を取る。

アーツを集中し始めたリスカムの周囲の塵が帯電し、髪が浮かび上がる。

目を見開いた彼女の瞳に青い光が宿る。

 

「サンダーストーム!!」

 

直後、リスカムの盾から空気を焼く極太の稲妻が放たれる。

それは空気を焼きながら龍が食らいつくような動きでレユニオン数人の体に突き刺さる。

高電圧の雷撃にレユニオン兵士達は激しく体を痙攣させ、やがて黒い煙を吐いて倒れ込む。

 

「…カバー!」

 

重装オペレーター達は再びリスカムを取り囲むと、雷撃によって生まれた隙を見逃さずにさらに隊列を推し進める。

 

「…く、くそ!こんなの突破できるわけ…!!」

 

レユニオン兵士の1人が恐れ慄いて後ずさる。

しかし、その動きは後ろに立っていた大柄の兵士の体に遮られる。

その男は息を大きく吐き出すと、兵士を横に押し除け、大型のスレッジハンマーを両手で握り、リスカム達に迫る。

重装オペレーター達の間に緊張が走る。

 

「おい…おいおいおい!」「…どうやって入って来たんだよッ!?」

 

重装オペレーターの叫びに「ブッチャー」はニヤリとマスクの下で笑みを浮かべ、オペレーター達の前に立つ。

 

「…ぶっ潰してやる」

 

大男はそう言って大きくスレッジハンマーを振りかぶり、横なぎに重装オペレーター達に向けて振り抜いた。

最前列の重装オペレーター達は息を呑みながら素早い動きで一歩後ろに身を引いた。

直後、盾を擦り火花を上げながらスレッジハンマーがオペレーター達の目の前を通り過ぎていく。

 

「…ちっ!」

 

ブッチャーは壁にめり込んだハンマーを引き抜こうと、片足を壁に立てる。

重装オペレーター達は目の前の隙だらけのブッチャーを前にして、動くことができずにいた。

ブッチャーのハンマーの威力に気圧され、下がろうとする彼らの横にリスカムが立つ。

真っ直ぐに視線をブッチャーに向ける彼女の姿勢に、重装オペレーター達は盾を構え直し、より密な集団となって対峙する。

 

「…次は外さねえ」

 

ブッチャーは腕に血管を浮かび上がらせ、再びハンマーを振りかぶりながら狙いを定める。

 

リスカムは背後の存在に、「そこそこ」の信頼を置いていた。

握る盾から再び、マグネシウムフラッシュをブッチャーに浴びせる。

視界は白く塗りつぶされ、彼が当てずっぽうで振り下ろしたハンマーが地面をえぐる。

直後、ブッチャーは胸に強烈な衝撃を感じた。

遅れてくる自らの焼ける匂いと、激痛。

 

「はぁい、おデブちゃん…あっぶないでしょ」

 

鈍い音をたてて、細剣がブッチャーの胸板に突き刺さる。

アーツを纏ったそれはアーマーを貫き、肉を焼く音を発しながらゆっくりと進みやがて反対側から頭を出した。

声にならない呻きをあげて、ブッチャーは未だハッキリしない視界の中に、ハンマーに足を掛け、細剣を両手で握るフランカを見た。

 

「残念、アーマーとか…あんまり意味ないのよね」

 

フランカは微笑むと一気に細剣を引き抜き、蹴り倒す。

音をたてて倒れるブッチャーを見て、レユニオン達は青い顔を浮かべて後ずさる。

 

「やっぱり私、前線の方が向いてるわ、そうよね」

 

細剣を払い、笑うフランカを前にリスカムは複雑そうな表情を浮かべ、息を吐く。

 

「…いつもそれくらい実力を発揮してくれれば」

 

「あら、助けてもらったのにお礼はないの?」

 

「…」

 

リスカムは無言かつしかめた表情のまま、重装オペレーター達とともにフランカを陣形の中へ入れる。

 

「あー、無視とかする…ふーん?」

 

「…わかりました。

褒めて欲しいなら後でたくさんしてあげますから、今は現状の打破に協力してください」

 

「その子供扱いは毎度むかつくけど…まあ、どんな風に褒めてくれるのかは楽しみね…ほんとの本当に楽しみだわ」

 

フランカはそう言って、重装オペレーター達の肩を掴んで退かし、先頭を行くリスカムの横に並んで陽炎を纏わせる細剣を横薙ぎに払う。

 

「あなた達、逃げるなら今のうちよぉ。

今ならまだお尻を刺さないであげるわ」

 

レユニオン達はそう言って不適に笑うフランカと、再び電気を帯びて髪の毛を逆立て始めたリスカムを前に、一歩、また一歩と後退する。

 

「まだオイタがしたりないなら、そうね…2000度の熱と電撃で『チン』してあげる」

 

「そういうわけです、撤退をお勧めしますが?」

 

 

「リスカム達がホットゾーンを抑えている。

オーキッド、合流できそうか」

 

『あと3分で現着するわ、このまま何事もなかったらだけど…って、ポプカルは!?』

 

『姉さぁん!雄叫びをあげながら走ってっちゃったよぉー!!』

 

『カタパルト!あれほど抑えておきなさいって言ったのに!!』

 

「…ではよろしく頼む」

 

ジョンは数名のオペレーターと一緒にセクター1、警備担当者詰め所のモニタールームにいた。

そこにはジョンの他にアーミヤ、ジェシカ、バニラ、レッド。

そして一つに結えられた髪を腰から生えた尻尾と同じように揺らし、ピンと立った耳を忙しなく動かす女性オペレーター。

 

「な、なあ…ドクター?」

 

「ん?…どうした、ニアール」

 

ニアールはモニター画面から振り返るジョンを見て、慌てて姿勢を正す。

 

「いや、その…こうしてあなたの指揮下で動くのが、なんだかとても、その…久しぶりな気がしてな」

 

「そうか?

…確かに、あの日からもう数日は経つのか、早いものだな」

 

「ああ、本当に…あの…あの時は…!」

 

「…どうかしたのか?」

 

ジョンが一歩近づいて来た事に動転し、ニアールは片手を振つつ距離をとる。

 

「…い、いや!なんでもないんだ、気にしないでくれ…」

 

「そうか…ああ、体の調子は問題ないのか?」

 

「それに関しては問題ない、万全そのものだ!

いつでも指示をくれて構わないぞ!」

 

「ああ、その時が来たらよろしく頼む」

 

そう言って微笑み、モニターに向き直るジョンを前に、ニアールは口をつぐみ、出しかけた右腕をそっと戻す。

その様子を、部下である重装オペレーター達が不思議そうな様子で眺めていた。

 

「…おい、どうしたんだ、隊長」

 

「…さあ?ドクターに何か言いたいことがあるんだろうけど」

 

「………信じられるか、みろよあれ…あの隊長がまるで女の子みたいだぞ」

 

「…お前それだいぶ失礼だからな、絶対聞かれるなよ」

 

ニアールの頭の中ではえも言われぬ感情同士がぶつかり合い、かるい混乱状態にあった。

 

(…な、なぜだ…ちょっと礼を言うだけではないか…それでなぜ…これほどまでに緊張するのだ…!)

 

ニアールは頬に垂れた髪の毛をいじりながら部屋の中をうろうろし始める。

 

「ニアールさん?」

 

挙動不審なニアールにアーミヤが駆け寄り、心配そうに見上げる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「…すまんアーミヤ、私なら平気だ」

 

ニアールはそう言ってアーミヤの肩に手を置き、モニターを見るジョンに再度向き直る。

その様子を見て、アーミヤは軽く頬を膨らませると、ジョンの元に走っていき、隣に立った。

 

「ドクター、私たちはこれからどうするんですか?」

 

ジョンは声を発さずにアーミヤの視線の高さまで体を屈め、モニターの一つを指差した。

その様子をニアールが複雑そうな表情で見ている。

 

「アーミヤ、ここを見てくれ…ヘラグの担当エリアなんだが…」

 

ジョンが指差した先には飛びかかってくるレユニオン兵士達全ての攻撃を、凄まじい速度で繰り出される斬撃によってはじき返す、ヘラグの姿が写っていた。

 

「…普通の人間の動きではない、彼は強化兵士か何かなのか?」

 

「キョウカヘイシ…?」

 

「1人で十分だと言う彼の言葉には嫌に説得力があったが…なるほど納得だ」

 

ジョンは身を正すと顎に手をやり、興味深そうにヘラグの様子を眺める。

 

「フォックスと張るんじゃないか、これは…」

 

「フォックス?…誰ですか?」

 

「…いや、すまない…古い友人だ」

 

ジョンはそう言うと寂しげに笑い、アーミヤに向き直った。

 

「ヘラグ…ロドスの正規オペレーターではないとのことだが、彼は一体何者なんだ?」

 

アーミヤはジョンに問いかけられると、腕のデバイスを起動してパーソナルデータバンクを呼び出した。

 

「彼は最近、ロドスで受け入れた協力者の1人です。

元々はチェルノボーグで診療所を管理していました」

 

「…チェルノボーグ事変で焼け出されたと言うわけか…しかし診療所の医者先生がなぜこれほどの戦闘力を…」

 

「診療所といっても、ただの町医者さんと言うわけではありません。彼も医者というわけではないみたいです。

感染者を診療する闇診療所「アザゼル」…蔑視や忌避感の強いチェルノボーグで、感染者達を一手に引き受けていた医療団体のリーダー…と見られています」

 

ジョンもまた、同じようにパーソナルデータを呼び出す。

 

「子供が主な患者…ふむ」

 

「…彼の話を聞いた時は、あのケルシー先生の腰が浮かびましたからね」

 

「あの動乱の中で、よくこれだけの子供を連れ出したものだ」

 

ジョンがさらに詳しい情報を見ようと手を画面に伸ばした時、それに割って入る形でビデオ通話画面が開いた。

 

『…お?あれ?繋がってるこれ?もしもーし!』

 

そこからは白と黒を基調にした髪が見え隠れし、たまに目と口が映るどアップの女性が写っていた。

 

「…あ、あー…うん?」

 

ジョンは突然のことに動転しながらも、相手に気づかさせるために声を出す。

 

『あ、なんか聞こえた。

メイヤー!これであってんのかなー!わっかんないー!』

 

『だから貸してみって!ほら!』

 

『う、腕はそっちに曲がらないんだよー!』

 

画面があっちへこっちへ行き来したあと、凄まじい振動で揺れる。

ジョン達がその動きに酔いそうになっていると、ピタリとその動きが止まった。

 

『…これで、オッケー!聞こえますー!?こちらメイヤーです!』

 

揺れに揺れたあと、一気に引いた画面の中に、にこやかに笑う亜麻色髪の女性オペレーターが映る。

 

『あとエフイーターでぇす!』

 

画面がひっくり返り、逆さまに映ったオレンジの瞳の女性が映る。

 

「…君がエフイーターか、急な協力要請で困らなかったかな?」

 

『あ、もしかしてあなたがドクター?ぜーんぜん!荒事は慣れっこだったから懐かしいよぉ!』

 

逆さまに映ったまま、ニコニコと笑うエフイーターと、画面の端から顔を出すメイヤーが画面を占領する。

 

「救助要請のあった区画の管理者は…」

 

『あ、それ私です!

本当にありがとうございましたー!おかげで研究棟は無傷です!

エフイーターはドクターが送ってくれたんですよね!』

 

「他にも数名合流させたんだが…」

 

『あ、あの人たちには』

 

エフイーターは画面を廊下に向ける、そこにはロープでがんじがらめにされたレユニオン兵士達が黒こげになりながら呻いていた。

そしてその脇には複雑そうに頭を掻いている前衛オペレーター達が映っている。

 

『彼らを縛るのを手伝ってもらいました!』

 

『映ってるよー!』

 

エフイーターの言葉にオペレーター達が慣れない動きで手を振る。

 

「…」

 

ジョンは呆れたような、安心したような表情を浮かべて画面を見つめる。

 

「ここの女性は皆…強いな」

 

『『えへへー』』

 

画面の向こうで2人の笑い声がこだまする。

 

「了解した、ではこれより索敵線を2ブロック押し進める。

君たちはそこに向かう部隊と合流後、セーフゾーンに下がってくれ」

 

『了解!』『わかりましたー!』

 

「通信終わり」

 

ジョンはそう言ってビデオ通話を閉じるとアーミヤに向き直る。

 

「さて、我々も行くとするか」

 

その言葉にアーミヤ、そしてモニタールームの全オペレーターが反応する。

その時だった。

 

『ーー・・クター!!・・・ター!!聞こえるか!!』

 

「…誰だ?こちらジョン、聞こえているぞ!」

 

『くそ!ようやく繋がった!!…ぐぅうッ!!』

 

爆音と金切の音を響かせながら、ドーベルマンの声が無線越しにジョンの耳に届く。

 

『…くそ!あいつらさらに勢いを増して…!!』

 

「ドーベルマンか!?どうした、何があった!!」

 

『1次防衛線は決壊寸前だ!あいつらの勢いが止まらない!!…それに…あいつ…あいつが!!』

 

その時だった。

 

「 …!?」

 

ジョンは背中を氷柱で撫でられたような悪寒を感じて、誰もいない壁へ勢いよく振り向く。

 

「ドクター…?」

 

アーミヤが心配そうに見上げるが、ジョンはそれに気づかずに壁を見続ける。

透けて見えそうな存在感が、壁の向こうから、まるでジョンだけを射抜くように発せられていた。

 

「………来て…いるのか…?」

 

ジョンの呟きに部屋のオペレーター達が首を傾げてお互いを見る。

その時だった。

 

『ドクター!…聞こえるかドクター!!』

 

ドーベルマンの叫び声が無線機から鳴り響く。

 

「…っ!!どうした!?」

 

ジョンが慌ててデバイスに問いかける。

 

『くそ!奴がいる!!すまないドクター!私のミスだ!!』

 

「…いるんだな!あいつが!!」

 

『ああ、クソ!!まさかここまでの規模とは…!!伝令の1人でも出せていれば!!』

 

「ドーベルマン!落ち着け!あいつは今どこにいる!!」

 

数度の爆音のあと、寒気すら感じるほどの静けさが訪れ、そして…。

 

『…もう…目の前にいる!!』

 



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ロドス 防衛線 戦闘③

1日遅れてすいません…。
アンケートにご協力いただき、ありがとうございました。
結果はダントツのアーミヤCEOということで、やっぱり愛されてるんですね。

アンケート結果から、票数の多い順で投稿していきます。
お付き合いください。


ドーベルマンは屋外通路を駆けている。

時折降りかかる矢を、アーツを避けながら、ただひたすらにロドスの先頭を目指して。

その後ろには数人の狙撃オペレーター達が続き、走りながらに眼下のレユニオン達にボウガンを射かけていた。

 

その眼下の光景。

ロドスの側面部目掛けてバイクで突っ込んでくるレユニオン達。

ミルクのように濃い濃霧の中に赤熱を纏い、それを払いながら進む者がいた。

バイク側面に取り付けられたサイドカーに腰掛け、目線は真っ直ぐにロドスに向ける女。

 

タルラ。

 

アーツの光、爆煙の中でも一際存在感を放つレユニオンの首領。

彼女を運ぶバイクもまた、真っ直ぐ突っ込んでくるレユニオン達とは別に、タルラの目線の先を目指して進んでいた。

 

「あいつを止めろ!!」

 

ドーベルマンの指示で、タルラを乗せたバイクにボウガンの矢を浴びせるオペレーター達。

しかしそれらはタルラが無造作に振った腕の動きから生み出された、凄まじい熱波によって、尽くが弾かれ地面に転がった。

 

「ガンナー!狙っているな!?やれッ!!」

 

ロドス側面部のガンタレットが一斉に火を吹いた。

それらもまた、着弾の瞬間に火を撒き散らすことなく、ただ地面に突き刺さる。

ドーベルマンが歯がみし、タルラを鋭い目線で睨みつける。

 

『ま、また…!』

 

「くそ!どこに向かうつもりだ!!」

 

ドーベルマンは、ロドスからの攻撃を全く意に介さずに、ただ視線を一箇所に注いでいるタルラの目線の先を追った。

 

「…セクター1…医療棟…!!」

 

 

ジョン達はセクター間のつなぎ目から、踵を返してセクター1へ走る。

 

「レッド!先行してくれ!」

 

ジョンの指示で廊下の分岐を外れたレッドが、人間離れした動きでダクトの上に駆け上がり、音を立てて構造部分の闇に消えていく。

 

「ドクター!どうしたんですか!?」

 

ジョンの隣を走る前衛オペレーターが、ただならぬ雰囲気にジョンに問いかける。

 

「一体なんだというんです!!」

 

「…あいつが来ている…アーミヤ、感じるか?」

 

「…わ、わかりません!…ドクター、どうしたんですか!?」

 

「…」

 

ジョンは拳を握り、音を立てて歯を食いしばる。

 

「タルラだ…あいつが来ている」

 

ジョンのその言葉に、周りに追従するオペレーター達に戦慄が走る。

 

「タルラ…」

 

アーミヤは瞳の中に暗い影を落とし、着ているジャケットの胸元を握りしめる。

 

「…本当にあいつが来ているのか?」

 

ニアールもまた、眉間に皺を寄せ、険しい表情をジョンに向ける。

 

「…感じるんだ」

 

ジョンのその言葉に、訝しむような顔をするオペレーターが数人。

しかし、救助作戦に参加していたオペレーター達は一様に拳を痛いほどに握りしめる。

 

「ドーベルマン!」

 

ジョンは腕のデバイスに声を投げかける。

すぐに通話先のドーベルマンの叫びにも似た声が帰ってきた。

 

『ドクター!あいつは真っ直ぐセクター1に向かっているぞ!

こっちの武装じゃ止められない!!…ドクター!急いでセクター1の警備オペレーターに退避を……ーーー・・・』

 

「…ドーベルマン!?どうした!おい!!」

 

ジョンは慌ててセクター1の警備にあたるオペレーターとの回線を開くが。

 

「……くそ!!」

 

そこにはノイズが響くのみで一向に繋がる気配のない、通話画面が映る。

 

「…通信ジャマー…!妨害工作員が近くに…ドクター!」

 

アーミヤもまた、デバイスから通信画面を開くが、ジョンのそれと同じような画面が映るのみであった。

 

「…急ぐぞ!ミーシャが危ない!」

 

 

「おーい!誰かいないのかー!!」

 

セクター1医療棟、普段であれば医療スタッフや患者達、オペレーター達で賑わう通路も、赤色灯の明かりに照らされる不気味な空間に変わっていた。

アラーム音の鳴り響く通路を、数人のオペレーターとともに、1ー25リーダーは声を大にして呼びかけて回っている。

 

「…おかしいな、ここが最終防衛ラインのはずなんだが」

 

「誰もいませんね」

 

「…怖い」

 

1ー25リーダーの腕に、震えながら抱きつく感染者の少女。

 

「ああ、ごめんな…しかし、どうなってるんだ?」

 

その時、ユニット1ー25のオペレーター達の歩く通路の先に、暗い通路を照らすライトの光が伸びてくる。

 

「…!誰だッ!?そこに誰かいるのか!?」

 

思わず少女を後ろに隠し、1ー25リーダーは武器を構える。

追従しているオペレーター達もまた、武装を手に廊下の先を睨みつけるが…。

 

「お、おいおい!まて、味方だ!」

 

通路の先で慌ててライトを振り、敵意のないことを示す2人の影。

 

「…ふぃ〜…びびらせるなよな」

 

そこには2人組の重装オペレーターがライトを片手に歩いてくる姿があった。

 

「…はあ、驚かせるなはこちらのセリフだ」

 

1ー25リーダーは武器を収めると、後続のオペレーター達にも武器を下ろすように指示する。

 

「どうしたんだ?お前らはセクター2に向かってるはずだろ?」

 

重装オペレーターの1人がユニット1ー25に近づいてくると、壁に盾と身を預けた。

 

「途中で逃げ遅れた子供を見つけたんだ」

 

重装オペレーターは1ー25リーダーの後ろに隠れる少年少女を見ると、納得したように頷く。

 

「あぁ、なるほどな」

 

「ここが最終防衛ラインだよな?

指揮官…ドクター達はどこに?」

 

「今、艦内での戦闘が縮小しつつあってな、なんでも前線ではケルシー先生が直接、指揮を取ってるとかで戦線が大分前進してるんだ。

ドクターは防衛ラインをセクター2の関節部に集中させてる」

 

「…なるほどな、お前達は?」

 

「居残りさ、ツーマンセルで警備するようにっていう指示でな。

いくらスタンドアローン状態のセクター1でも、その装甲がどんなに丈夫でも…あいつらがどんな手を使ってくるか、わかったもんじゃないからっていう指示でな」

 

「そうだったのか」

 

1ー25リーダーは足元の少年と少女を見る。

 

「ああ、その子達なら、この先にセーフゾーンがあるからそこに預けてったらいい」

 

重装オペレーターはそう言って、先ほど自らが曲がってきた通路の角を指差す。

 

「そこを曲がって真っ直ぐだ」

 

「助かる、ありがとう」

 

「念のため、俺たちもついていってやるよ」

 

重装オペレーター達は壁から盾を拾い上げ、1ー25リーダーの隣に立つ。

 

「いいのか?」

 

「構やしねえって、一回連絡を入れとけば…」

 

重装オペレーターが腕のデバイスを開く。

 

「…は?…これは…」

 

そこにはノイズと砂嵐が映り、金切のような音が発せられている。

 

「おい、それ…!」

 

「…ジャミング!?」

 

1ー25リーダーと重装オペレーターは互いに目を合わせると、即座に非常事態と判断、すぐさま壁に備え付けられたアラーム起動装置に手をやる。

 

その時だった。

突如として重装オペレーター達の背後が、爆ぜた。

1−25リーダーは咄嗟の動きで少女を背中に庇いその場に膝をついた。

重装オペレーターの1人が背中を盾に少年を爆風から守る。

目元を覆った1−25リーダーの腕が音を立てて燃え始める。

あまりの痛みに意識を飛ばしそうになるのを、叫び声を上げてどうにか抑える。

重装オペレーターの背中の装甲もまた、赤熱を帯び始め化学繊維が溶けて床に滴り落ちた。

 

爆風がおさまり、霞む視界の中に1−25リーダーは数人の影を見た。

仮面の兵士達に囲まれながら、ロドスの艦内へと足を進める女。

作戦記録で嫌というほど目にした、レユニオンのリーダー。

 

「…た、ルラ…!?」

 

声を発した瞬間、タルラの目線がゆるりとオペレーター達を捕らえる。

 

「…」

 

一言も発さずに、右手をオペレーター達に向けるタルラ。

1−25リーダーは即座に味方の様子を確認する。

背中に縋り付き、すすり泣く少女。

胸の中に少年を抱いたまま呻き声を上げる重装オペレーター、もう1人は壁に叩きつけられぴくりとも動かない。

後ろにいた仲間は破片を受けたもの、火傷に悶えるもの、武器を構えるものの動きの覚束ない前衛オペレーター。

1−25リーダーは渾身の力を込めて立ち上がり、タルラを睨みつける。

 

タルラはうっすらと口角を上げると、右手にアーツを集中し始めた。

 

「タルラさん、やめてください」

 

その動きを止めるものが、その隣に現れた。

 

「あなたの力は強力すぎる、姉さんが近くにいたら、まとめて灰になってしまう。

…それに、彼らはもう戦えない、無駄ですよ」

 

ガスマスクを付けた兵士は、目の前にいる満身創痍のオペレーター達を見ながらにそうタルラに進言する。

タルラはちらりとガスマスクの兵士を見た後に、ゆっくりと腕を下ろした。

1−25リーダーのふらつく足元に、少女が抱きつく。

潤んだ瞳をタルラに向けて、足を震わせながら睨みつける。

 

「…私が怖いか、同胞達よ」

 

タルラがそこで初めて言葉を発した。

その一言ののち、タルラ達はゆっくりとオペレーター達の横を歩き始めた。

 

「探し物を終えたらすぐに去る」

 

レユニオン兵士の1人、腰に長刀を携えた者がすれ違いざまにそう呟く。

オペレーター達はそれぞれの負傷に悶え、ゆっくりと横をいくタルラ達をただ行かせることしかできなかった。

 

「余計なことは考えないことだ、追えば…今度は殺す」

 

長刀を帯びた兵士は1−25リーダーの肩に手を置き、タルラ達に合流する。

 

「…お前達は…」

 

1−25リーダーは顔を覆うバラクラバを外す。

 

「お前達は!…何が…何がしたいんだよ!!」

 

その叫びに立ち止まることさえなく、タルラ達は通路を進んで行った。

 

 

ミーシャは子供達とシェルターにいた。

最終防衛ラインと定められたセクター1医療棟、そこには民間人患者、大勢の戦闘オペレーターと医療オペレーターが支持を待ち、待機している。

ミーシャと子供達は医療スタッフの1人に見守られながら、一つの移動ベットに腰掛けて、落ち着かなそうに周囲を眺めている。

 

「…だめだ、無線が使えない」

 

「ジャミングの発生源はどこだ、ブリッジはまだ特定できないのか?」

 

「ロドスのニューラルネットも応答しない…どうなってるんだ」

 

戦闘オペレーター達はそれぞれに腕のデバイスに目をやりながら、四方八方に無線通話を試みている。

 

「まさか…ブリッジが」

 

「それはあり得ない!非常時にはどの管制塔も完全に閉鎖される、爆撃されたって被害は出ないはずだ!

まして、あいつらの侵入を許すなんて…」

 

「内部に通信妨害工作員が侵入してるんだろう、それしか考えられない」

 

「…なら、これもすぐにおさまるかな」

 

「そう願いたいものだが…」

 

戦闘オペレーター達が焦燥に身を駆られながらも、どうにか冷静であろうと自身を落ち着かせる中、医療スタッフ達は自らの職務を懸命にこなしていた。

少しでも医療機器から外れれば容態がいつ急変してもおかしくない患者、幼い子供達。

そのすべてに気を配り、忙しなくシェルターの中を走り回る医療スタッフ達。

 

「あの…」

 

ミーシャは医療オペレーターの1人に声をかける。

白い長髪に紅眼、手にはロッドを構えた女性オペレーターはその声に立ち止まり、ミーシャに向き直る。

 

「どうしたミーシャ、具合でも悪くなったのか?」

 

「ワルファリンさん…一体、何が起こってるの?」

 

ワルファリンは周囲を見渡し、確認した上で再度ミーシャに向き直ると、その隣に腰をかけた。

 

「なぁに心配するな、これぐらいの騒動、すぐにおさまる。

それよりも体調は大事ないか?」

 

ワルファリンはミーシャの額に手を当てる。

 

「…熱は治ったな、何か変調があればすぐに言うんだぞ」

 

「ありがとう…でもさっきからこの船…酷く揺れているわ」

 

「…心配ない、妾達がついている。

今はただ安静に努めるんだ、良いな?」

 

「…」

 

ワルファリンはミーシャが頷いたのを確認して立ち上がり、微笑むと再び患者達のベットの群れに向かう。

ミーシャは子供達を近くに抱き寄せると、目を閉じ、足元の揺れが一刻も早くおさまるのを、ただひたすらに祈った。




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『アーミヤの午後』



ロドス セクター2 訓練棟 フードコート
PM 01;37

オペレーター達で賑わう声

『ドクター、あそこ、あの席が空いていますよ!』

『ああ、わかったからそう急かさないでくれ、コーヒーが溢れる』

食器を置く音

『はー…』

『お疲れ様でした、どうでしたか?』

『ん、訓練見学のことか?…んん…』

『何か分からないことでも?』

『…分からないことだらけだ。
ここは私のいた場所とはあまりにも違いすぎてな』

紙袋の擦れる音

『アーミヤのは…甘口だったな、ほら』

『ありがとうございます!
タコスなんて久しぶりだなー…ハム』

『私もだ…フム…ハグ…』

『…』『…』

咀嚼音

『おいしぃ!』

『……』

『ドクター?』

『…ぅ美味すぎるッ!!』

オペレーター達のざわめき

『…ど、ドクター?』

『鼻に抜けるスパイスの香りと牛肉の脂身の甘さ!爽やかさを演出するトマトの酸味、細切りのキャベツの歯応えもいい!そしてそれを一つに纏め上げるチーズ!
これはメキシコのタコスというよりアメリカのそれに近いな!』

『メキシ…?』

『!』

激しい咀嚼音

『そ、そんな慌てて食べなくても…』

『!』

喉を激しく鳴らす音

『ああ!ドクター!口の!口の端から溢れて!』

『…ッ…はぁ〜……そしてそれを流し込む甘すぎる炭酸飲料……背徳的だ』

『あわわ…』

『ん?どうしたアーミヤ、食べないのか?』

『…た、食べます!食べますよ!』

咀嚼音

『…余程腹が空いてたんだなあ、そんなにがっつかなくてもタコスは逃げないぞ?』

『…!?』

胸を叩く音

『あーほら、飲み物』

喉を鳴らす音

『…はぁ…!ケホケホ!…ど、ドクタ〜…』

『懐かしいなあ、この味…あの菓子、なんと言ったか…』

『…まったくもう』

『おかわりを…』

『もうダメです!暴飲暴食は体に毒ですよ!』

『…それもそうか』

オペレーター達の話し声

『そういえばアーミヤ』

『なんです、ドクター?』

『君のその…頭の耳なんだが』

『耳ですか?』

『前にも一度聞いたんだが、それは本物なんだよな?』

『…そうですよ?』

『触っても?』

『え!?』

『ダメか?』

『…ど、ドクターなら、いいですけど』

椅子の軋む音

『では失礼して』

『……ん』

『ふむ』

『…』

『なるほど』

『…』

『ふむふむ』

『…ど、ドクター?』

『はぁー…』

『ど、ドクター!触りすぎです!』

『おっと!すまんすまん』

『…みんなに見られてるじゃないですか』

『ふむ、ちゃんと血の通った耳のようだな』

『当たり前じゃないですか!もう!』

『はー…』

『な、なんですか?』

『…ちょっと髪をかき上げてくれないか?』

『…こう、ですか?』

『…なるほどなあ』

『ど、どうしたんですか急に…!』

『…ん、いや、なんでもない』

『き、気になりますよ!』

『なに、可愛らしい耳だと思っただけだ』

『…!』

激しく喉を鳴らす音

『君は確か、コータスという種族なんだよな』

『……そうですよ』

『ここには色々な種族の者がいるな。
あの青年は…狐耳、あの子は…猫か、あそこにいるのは…頭が蜥蜴だな』

『…あの人はヴァルポ、あの人はフェリーン…レンジャーさんはサヴラですね』

『さっき会ったアドナキエル…と言ったか、あの青年は少し毛色が違うようだが』

『アドナキエルさんはサンクタです、頭の光輪が特徴ですね』

『…ふぅむ』

椅子の軋む音

『…どうかしましたか?』

『いや…あまりにも違いすぎてな』

『…そんなに違うんですか?』

『ああ、少なくともそんなに可愛らしい耳は生えてない』

『…そうです、か』

『まあ…早いとこ慣れないといかんなぁ』

椅子の軋む音

『ドーベルマンはどういう種族なんだ?』

『ドーベルマンさんはペッローですね』

『…そこはスペイン語なのか』

『え?』

『なんでもない、リスカムは?』

『リスカムさんはヴイーヴルですよ』

『変わったツノを生やしていたが』

『それがヴイーヴルの特徴ですから、ちなみにバニラさんも同じ種族ですよ』

『そうなると…フランカはヴァルポで、ジェシカはフェリーンか』

『あたりです、すごい!』

『ハハハ、なんだかやっていけれそうな気がしてきた』

『じゃあじゃあ!二アールさんはなんだかわかりますか?』

『…二アールか…あの耳は馬のそれだが…』

『クランタって言うんですよ』

『はあー…他には?』

『そうですねー…』



……


………カチッ



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再びの、悪夢①

更新が大変遅くなり、申し訳ありません。
一日1更新を目標に掲げながらこの始末…。
「波の激しい奴なんだな」と気長にお付き合いいただけたら嬉しいです。
「絶対にエタらせない」を目標にこれからも精進して行きますので、これからもよろしくお願いします。
大分長編になる予定です、皆様と一緒に歩いて行けたら嬉しいです。


へラグの放った剣閃がクラウンスレイヤーの鼻先をかすめる。

続け様に放たれる剣撃を掻い潜りながら、クラウンスレイヤーはヘラグの喉元目掛けてナイフを投げ放つ。

ヘラグはそれを事もなげに切り払い、水流のような動きで突きを放つ。

クラウンスレイヤーはマチェットで上からそれを抑え込み、力を加えて大きく上に体を跳ねさせる。

懐からさらにナイフを取り出し、連続して投げつけるが、ヘラグはそれを数度のステップだけで回避する。

お互いの間合いを離れた位置に着地し、両者は真っ直ぐに向かい合った。

 

「クラウンスレイヤー!!」

 

「近寄るな!!」

 

クラウンスレイヤーは駆け寄ろうとする兵士達を片手で制すると、目尻から垂れる血をスカーフで拭う。

 

「…お前達では相手にならない」

 

そう言ってクラウンスレイヤーは再びマチェットを構え直す。

一言発することも、表情を変えることもなく、ヘラグもまた長刀を鞘に納め、音を立てて柄を握りしめた。

 

(武器を収めた…?

……いや、あれは)

 

クラウンスレイヤーは空いた片方の手に投げナイフを数本握り込む。

 

「…」

 

ヘラグはクラウンスレイヤーの足元を注視している。

握り込んでいた指を一本ずつ緩めていき、やがてそれは添えられるだけのものになった。

ピンと張り詰めた空気の中で、先に動いたのはクラウンスレイヤーだった。

解き放たれたバネのように、引き絞った足を蹴り出すと、投げナイフを放つ。

ヘラグは目で追えていない筈のそれを上半身の動きだけでかわし、再びゆらりと柄に手を添える。

その一瞬の動作の中、クラウンスレイヤーはヘラグの前に躍り出た。

直後、ヘラグの刀を握る手が、腕ごと『ブレた』。

不可視の一閃、それはクラウンスレイヤーの胴体目掛けて一筋の閃光を放った。

アーツを纏った剣撃、それは柔布を剃刀で裂くように、抵抗もなく肉を断つ。

 

「…」

 

しかし、それは余りにも抵抗がなさすぎた。

ヘラグの剣閃を受けたクラウンスレイヤーの体は、胴体から二つに分かれたが、そこからは乳白色の霧が溢れ出す。

 

(獲った…!)

 

本体というべきだろうか、霧の残像のその奥、剣撃のほんの少し先に、マチェットを構えるクラウンスレイヤーはいた。

己の作り出した残像の先には、渾身の一撃を放ち、振り抜いた刀に身を引かれるヘラグがいる。

あとは首筋なり、腕なり切り裂いて大なり小なりの傷を負わせればいい…筈であった。

 

「…ッ!?」

 

クラウンスレイヤーは驚きに目を見開いた。

そこにはまるで時間が一瞬にして戻ったかのように、鞘に刀を納め、目を閉じるヘラグの姿があった。

そして、ゆっくりとその目が開かれる。

 

直後、再びクラウンスレイヤーを不可視の一撃が襲った。

 

レユニオンの兵士たちの耳に、今までに聞いたことの無いような音が響いた。

ガラスの玉が割れたような、薄い金属板が地面に落ちたような、軽い音。

しかし、それに反してクラウンスレイヤーは凄まじい勢いで兵士たちの元に吹き飛ばされていった。

 

「……寸でで見切るか」

 

金属の合わさる軽い音と共に、ヘラグは刀を鞘に収める。

そして丈の長い外套の中にそれを隠すと、レユニオン達を一瞥する。

 

「投降せよ、さすれば命は取らない」

 

どうにか吹き飛んできたクラウンスレイヤーを受け止めた兵士は、自らのリーダーの様子に愕然とした。

剣撃を受け止めたのであろうマチェットは肩の肉に食い込み、そこから鮮血を踊らせている。

 

「り、リーダーッ!クラウンスレイヤー!!」

 

ぐったりとして動かないクラウンスレイヤーを揺さぶり、叫ぶ兵士。

その様子にレユニオン達に動揺が急速に広まる。

そしてそれに追い討ちをかけるように、ヘラグはゆっくりを歩き始めた。

 

その時だった。

 

1人のレユニオン偵察兵の無線機にコールが入る。

慌ててそれを受ける偵察兵、少しの会話の後、兵士たちはその内容を聞いて頷きあい、ヘラグを見据えた。

その様子に、ヘラグは再び外套を翻し、刀に手を掛ける。

そして地面を蹴り上げ、一瞬にしてその間合いを詰めるが。

 

「…お前達の負けだ」

 

ヘラグの耳に、嘲笑のような声が届いた。

見れば兵士に抱えられたクラウンスレイヤーが、頭から血を流し、鮮血に染まった瞳で笑っていた。

横一文字にクラウンスレイヤーを周囲の兵士ごと切り払ったその斬撃は、再び人の形をした霞を切り裂いた。

 

「…!?」

 

この時、初めてヘラグの表情に変化があった。

大きく見開かれた瞳。

目の前の視界に覆いかぶさる霧を二の太刀で払うが、そこにはもうクラウンスレイヤーの、レユニオン達の姿は無い。

 

『…ははは…』

 

通路の奥で響く笑い声に、ヘラグは眉を潜めた。

 

(…気を絶てずにいたか)

 

刀を鞘に収めると、ヘラグはリストデバイスを立ち上げる。

ジョンへの回線を繋ごうと試みるが、そこには砂嵐とノイズの音があるばかり。

 

「…不覚、だな」

 

ヘラグは外套を翻し、ゲートの向こう、セクター1エリアへと急いだ。

 

 

「リスカム隊長!」

 

セクター2ヘリポート。

そこでは通路を突破した、リスカム率いる重装オペレーター達が鬨の声を上げていた。

 

「奴ら撤退していきます!」

 

見ればそこにはヘリポートの縁から、レユニオンの兵士たちがジェットパック兵に抱えられて飛び降りていく様があった。

地面に降下していくレユニオン達に向けて勝鬨をあげるオペレーター達。

手当たり次第に物を投げつけている者もいる。

興奮した様子で重装オペレーターがリスカムの元へ駆け寄ってくる。

 

「あいつらを追い出したぞ!!」「やったんだ俺たち!!」「二度と来るなクソったれども!!」

 

「皆さん、落ち着いて!

まだ状況が終了したわけではありません!」

 

リスカムが声を張り上げて落ち着くように促すが、重装オペレーター達の興奮は冷める様子がない。

再び大声をあげようと、息を吸い込むリスカムの横に音もなくフランカが立つ。

驚きで息を吐き出すリスカムの横で、フランカは薄い微笑みを浮かべたまま細剣を抜き放ち、アーツを集中させると勢いよくそれを地面に転がった盾に振り下ろした。

轟音というより、爆音。

金属の弾ける音とともに天高く舞い上がる盾は、風を切りながら落下し、近くにいた重装オペレーターのヘルメットに直撃した。

重装オペレーターのバタリと倒れる音の後、ヘリポートの開けた空気にそれは小さく、しかし確実に響いた。

 

「黙りなさい」

 

微笑みの少し上、目は一ミリも笑ってはいなかった。

 

「「「「「……」」」」」

 

まるで時が止まったように動きをなくしたオペレーター達は、数秒の静寂の後、一切無駄な動きをすることなく、フランカ達の前に整列する。

 

「いつあなた達に自由行動の許可を与えたかしら?」

 

「「「「「申し訳ありませんッ!!!!」」」」」

 

「あんまり調子に乗ると、またきついお灸を据えるわよ」

 

「「「「「ヤー!!マム!!」」」」」

 

「そこ、いつまで寝てるの」

 

「…んん…?

……ハッ!?」

 

「盾を拾ってさっさと起きる」

 

「…や、ヤー!マム!!」

 

リスカムはその様子を見て苦笑いを浮かべる。

フランカはリスカムに向き直ると、恭しく手で促した。

 

「…ありがとうフランカ。

おホン…さて皆さん、我々はこれより艦内に侵入している残存勢力の掃討に移ります。

皆さんが興奮している間に、行動予備隊A6の皆さんは先行されました。

…全く、しっかりしてください」

 

「「「「「はいッ!!」」」」」

 

リスカムはリストデバイスを起動し、マップを展開して状況を把握する。

そして連絡のためにパーソナルデータを呼び出し、ジョンへと回線を開こうとする。

 

「慌てず、騒がず、正確に…それでは、行動開…」

 

しかし、すぐに繋がる筈の回線からはノイズの音のみが流れる。

 

「これは…」

 

リスカムの表情からただ事では無いことを察したフランカが横から覗き込み、そして自らもデバイスを展開して連絡を試みるが。

 

「…何よこれ」

 

「電波障害…?」

 

リスカムはジョン以外にも、セクター1に配備された担当オペレーターすべてに通信を試みるが、そのすべてにノイズが走る。

 

「……直ちにセクター1へと向かいます!!

オーキッドさん達にも連絡を!」

 

リスカムは盾を握りしめ、ヘリポートの艦内入口へと駆け出す。

フランカ、そしてオペレーター達もそれに続く。

 

「他の部署には通じるわ…セクター1だけが、どこにも回線が繋げられない。

…リスカム、これって…!」

 

フランカが額に汗をにじませながらデバイスを見て呟く。

 

(…嫌な、嫌な予感がする…!)

 

 

セクター1の通路の一角で、鋭い剣撃の音が響いていた。

少女の纏った赤いコートから覗く手には、赤い潜血が滴っていた。

肩を押さえ、大きく切り裂かれたフードの隙間から、レッドは真っ直ぐ前を睨みつける。

 

「…ふー」

 

長刀を肩に置き、大きくため息を吐くレユニオンの兵士。

 

「はは、頑張るなぁ」

 

「…うぅぅうぅ!!!」

 

嘲笑とも取れるその物言いに、レッドは歯を剥き出して唸り声を上げる。

片手に掴んだナイフを構え、伸縮した体を解き放ち、兵士に肉薄する。

 

「うがぁッ!!」

 

レッドの繰り出した斬撃は、レユニオンの兵士の肩を大きく切り裂く。

しかし。

 

「いってぇ…でも俺、痛いのは割と…平気なんだわぁ!!」

 

レユニオンの兵士はすれ違いざまに、体力が損耗しフラついて思うように動けないレッドの脇腹に、膝蹴りを見舞う。

 

「ギィッ!!」

 

短い悲鳴を上げて飛びさがるレッド。

 

「…最初の一撃で仕留められたらなぁ、そんな痛い思いはしなくて済んだのになぁ…!

お前じゃ役不足なんだよ、さっさと逃げてもっと強い奴連れてこいよぉ…!」

 

兵士は床に刀を引きずりながらレッドの方へとゆっくりを歩き始める。

 

『リベンジャー』

 

「…あー?」

 

レユニオンの兵士、「リベンジャー」と呼ばれた男の耳元から、無線通信の音が漏れ聞こえる。

 

『何を遊んでる』

 

「任せるって言ったのはあんたじゃねえかよ、スカルシュレッダー。

あとそのリベンジャーってのやめろよ、きれえなんだよその部隊名…。

俺にはちゃんと名前が…」

 

『さっさと終わらせろ、仕事は終わってないぞ』

 

「…チッ…わぁったよ、すぐいくよ」

 

リベンジャーは乱暴に耳元の無線機を切る。

 

「なあ、真っ赤な嬢ちゃんよお…その服イカしてるよなあ。

俺さあ…これが終わったら昇進すんだよ。

リベンジャーなんてだせえ名前じゃなくてよ、「ヴェンデッタ」っていうイカした部隊に入るんだぁ。

その真っ赤な服みてえにイカしたなぁ…はははッ!!」

 

「…ゔうぅぅ…ッ!」

 

レッドは脇腹を抑えながらも立ち上がり、ナイフを構える。

リベンジャーはフラフラと体を揺らしながら、片手に持った刀を地面に擦り付けてレッドに迫る。

 

「もっと手柄が欲しいんだよ、つええ奴と戦いてえんだよ…。

だからさっさと逃げちまえよ…そんでつええ奴を連れてこいよぉ…なあぁッ!!」

 

不安定な体制から、急に加速したリベンジャーの体。

脱力し切った片手から両手にもちかえ、長刀を勢いよくレッドの脳天目掛けて振りかぶる。

とっさに後ろに下がろうとするレッドの足を、己の血溜まりが絡めとる。

不安定な体制の中、どうにかナイフを真上に構え、両手でそれを受け止める体制を取るが。

 

「…あーあ、それじゃあ受け止めらんねえよなあ…」

 

リベンジャーのバラクラバから覗く目元から、笑みが消えた。

 

「…バイバイだぁ」

 

レッドは目を閉じることなく、その刃を真正面から見据えていた。

血が滲まんばかりに噛み締めた歯を剥き出しにしながら、どうにかしてそれを受け止めてやろうと体に力を込めた。

…しかし。

 

「…うぁ…」

 

ダメかもしれない。

そんな考えが頭をよぎった。

 

「…うあぁぁ…!」

 

自然と目元から湧き出る涙、頭から垂れる血と混ざり、混ざりあったそれが頬を伝う。

 

「バァイバ…」

 

「おおおぉおおぉらあああああああぁぁッ!!!!!」

 

今まさに振りかぶられようとした凶刃。

それに向けて凄まじいまでの気迫がぶつけられた。

 

「え、何?」

 

口元のバラクラバを笑みに歪めて、声の方向へ顔を向けるリベンジャー。

次の瞬間。

 

「ごばぁッ!?」

 

その顔面に中身入りのハンドガンの弾倉が直撃する。

高質量の物体の直撃を受けて、リベンジャーの体は真っ直ぐ後ろに吹っ飛んだ。

レッドはその様子を、ただ口を開けて眺めていた。

 

「…ぇ…?」

 

そしてゆっくりと後ろを振り返ったその先に。

 

「…………キャウンッ!!??」

 

鬼がいた。

 

額からは蒸気となった汗が立ち上り、眼帯の下からは血が垂れ、残った目には赤い赤色灯の光が反射して怪しい光を放っている。

食いしばった歯の隙間からも蒸気を立ち上らせ、投擲の姿勢のまま固まったその姿は仁王像そのものである。

 

「………ウルルルルルッ!?」

 

レッドは唸り声なのか震え声なのかわからない声を発し、感じたこともない感覚に身を震わせた。

 

「…この腐れ外道が…」

 

地獄の底から響くような低い声が通路にこだまする。

投擲の姿勢をゆっくりと動かし、一歩、また一歩と歩みを進める仁王。

心なしか髪の毛が逆立って角のように見える。

 

「…ぐ…が…?

……なに…なにが起こった今…?」

 

リベンジャーは顔を押さえながら上半身を起き上がらせると通路の、レッドの先を見据える。

 

「…は?…なにあれ?」

 

リベンジャーの霞む視界の中には、およそ人の姿とは思えない男が、ゆっくりとこちらに向かってくる姿があった。

 

「…はは…マジかよ……大ボス?」

 

レッドは壁際に身を寄せると、通路をゆっくりと進む男を潤んだ瞳で見据える。

 

「ウルル…」

 

「…」

 

それは壁際のレッドを見ると、その手をゆっくりと伸ばした。

レッドはナイフに手を伸ばすことも忘れて、子供のように頭を抱える。

 

「…ッ!!」

 

その手は柔らかく、そして暖かな感触をレッドの頭に与えた。

そして絹織物を扱うような動きで、髪の毛を撫で始める。

 

「待たせたな、レッド」

 

その声に、レッドは勢いよく頭をあげた。

そこにはレッドが保護対象である男の顔があった。

 

「… ドクター…」

 

「ああ、すまないな。

随分と無理をさせたようだ」

 

「…レッド、無理、ない」

 

「傷だらけじゃないか」

 

レッドは三角座りで気恥ずかしそうにフードをかぶる。

 

「…レッド、あいつは…タルラは見つけたのか?」

 

レッドはフードをかぶったままで、通路の先を指差す。

 

「…そうか、ありがとう」

 

「はっはは…なあ、あんた…」

 

通路の先では、リエンジャーが起き上がり、顔面を手で押さえながらフラフラと立っている。

 

「つええよな…つええんだろ…つええんだ?

ヒャハ…なあ、なあなあ!!俺と遊…」

 

ジョンは凄まじい速さでレッドのレッグシースからナイフを引き抜くと、それをリベンジャーに向けて投擲する。

ナイフはレッドに切り裂かれた肩に突き刺さり、衝撃でリベンジャーは体を大きく揺らした。

 

「黙って、待ってろ」

 

リベンジャーは明後日の方向からゆっくりとジョンへと振り返ると、自らに向けて放たれる感じたこともない殺気の波を受けて、バラクラバの向こうでニタリと笑った。

 

「…はぁい」

 

ジョンはレッドに向き直ると、フードを少しめくり、顔を覗き込む。

 

「レッド、立てるか?」

 

「…う?」

 

「もうすぐアーミヤたちが合流する、お前は後方に下がって治療を受けなさい」

 

「…レッド、まだ戦える」

 

「いや、レッドはもう戦えない」

 

ジョンはレッドの右肩に手を乗せる。

 

「…ぐっ…!」

 

「外れかけてるな、これは今嵌めてしまおう」

 

「…うぅ」

 

「右手を貸すんだ」

 

「…う」

 

ジョンはレッドの腕を取ると、慣れた手つきで素早く、外れた肩の関節を元の位置にはめ込んだ。

 

「うああぁぁあッ!!」

 

激痛に悶えるレッドを優しく押さえながら、ジョンは肩をさすってやる。

 

「嵌まったぞ、後は無理に動かすな…いいな?」

 

「…うぅ」

 

レッドが頷いたのを確認して、ジョンはコートに収納されたナイフを指差す。

 

「借りてもいいかな?」

 

レッドは少し逡巡するようなそぶりを見せながらも、小さく頷いた。

そして左手で削り出しの両刃ナイフを抜き取ると、それをジョンに手渡した。

 

「必ず返す、あれも一緒にな」

 

ジョンは視線もくれずに、顎の動きだけでリベンジャーが手で弄ぶナイフを指した。

そしてゆっくりと立ち上がると、通路の中央に立ち、リベンジャーを正面から見据える。

 

「待ってたよぉ、大ボスさん…♪」

 

ジョンは一言も発することなく、流れるような動きでナイフを緩く構える。

ピリッとした感覚を感じ、リベンジャーの顔から笑みが消える。

 

「…ああ、これは……死んじゃうかもしれないなぁ…!」

 

ジョンの構える腕の先から、鋭い眼光がリベンジャーを見据える。

 

「…同じだけの血を、お前には流してもらう」

 

「それだけでいいのかよぉ?」

 

「ここは「俺の家」となった場所…「家族」の流した血と、お前の汚れたそれが同等だとは思うな」

 

レッドの耳が「家族」という単語に反応する。

 

「…ドクター…レッド…家族……?」

 

「ああ、レッド…「俺たち」は家族だ」

 

ジョンは振り向くことなく、レッドにそう告げた。

レッドはほんの少し耳をたたむと俯き、そして真っ直ぐジョンの背中に向き直った。

 

「……レッド!ドクター!家族!!」

 

「…応ッ!!」

 




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「女医は語る」



ーーーー・・・

ロドス セクター1 医療研究棟
ドクター・ケルシー オフィス
▪️▪️▪️ー▪️▪️
PM 7;17

ーーの置かれている状況については、把握していると思っていいわね」

「ああ、問題ない」

デスクチェアの軋む音

「…本当に把握していると言えるのかしら」

「というと?」

「あなたという存在は、我々にとっても…そして「この世界」にとっても極めて異質なの。
考えてみたことある?
あなたは今、我々の戦略顧問の体に「取り憑いている」状態と言える…簡単に言えばね」

「…人を幽霊みたいにいうもんじゃない」

「でもそういう表現がぴったりな状態には違いないわ。
…あなた、ここの職員に元いた世界の話はした?」

「…どうだったかな」

「出来る限り…いえ、これからは絶対に控えるべきよ」

「…例え言ったところで、信じはしないさ」

デスクチェアの大きく軋む音

「あんたと同じようにな」

「アーミヤは別だわ」

「…」

パイプ椅子の軋む音

コーヒーを啜る音

「あの子はドクターに…「ジョン」に絶対の信頼を置いていた。
だからこそ、あそこまでの作戦を断行に近い形で行なった。
全ては「ジョン」を救いたい一心で…。
…その上で、あなたという存在に対してどう向き合えばいいのか、迷っている。
それほどまでに、あなたという人格は明瞭すぎる」

「そうだな、彼女は「ジョン」に対して並々ならぬ感情を持っているようだ。
…責められた方が、私としても気が楽なんだがな」

「責任を感じているの?」

ライターの開く金属音

火打ち石の音

「…私が「ジョン」を殺したのではないか、という考えに至らない訳はない」

「…そこまでは言っていない」

オフィスチェアの軋む音

「それに、ジョンはまだ死んだと決まったわけじゃない。
あなたという人格の影に、埋もれた彼がまだ…その頭の中にいるかもしれない」

「頭を開いて調べてみてくれと言ったら、やってくれるか?」

「…それで彼が戻ってくるのなら、今この場で開いてあげてもいい」

「そりゃいい」

「確信があればの話。
…今、あなたの脳内を切り開いたところで、せいぜい皺の数を数えてあげるぐらいしかできないわ」

「…少し無神経すぎたな、借り物の体で」

「…アーミヤはあなたの心配もしていた。
あなたがここで一人ぼっちになってしまうのではないかとね」

パイプ椅子の軋む音

「ケルシー先生、あんた…好きな食い物はあるか」

「…急に何の話?」

「どうなんだ」

「…ノーコメント、あなたの好きな食べ物は?」

「…食い物に頓着はないが、強いていうなら極限環境下での食事だな。
腹が減っていれば味覚も敏感になる。その上での食事に勝るものはない。
特に動物性タンパク質はいい、精がつく。
流石に若い頃のようにがっつけはしないが」

「…それ、質問の答えになってる?」

「アーミヤに好きな食い物を聞かれてな」

「…まさかそう答えたんじゃないでしょうね」

「少女の幼気な気遣いを無碍にはしないさ」

「どうだか」

「一緒にタコスを食った後に、これが一番好きな食い物になったと言った。
…その時の顔が忘れられん」

オフィスチェアの軋む音

「ケルシー先生、「俺」はどうしたらいい。
なぜこんな事になった…」

オフィスチェアのキャリアの動作音

ヒールの床を叩く音

コーヒーメーカーの駆動音

「…思わずにはいられない。
俺は本当に死んでいて、これは私に課せられた地獄の刑罰なのではないかと…。
…そうでなければ、なぜこのような」

「馬鹿な事を言わないで」

机にカップの叩きつけられる音

「ここが地獄?
それは明日を守るために戦い続ける私たちに対する当て付けかしら」

「…すまない」

「……こちらこそ、ごめんなさい…取り乱したわ。
あなたの気持ちもわかる、短い付き合いだけど、あなたはよくやってると思う。
アーミヤもあなたに心を開いている…まるで「あの人」を前にしているみたいに。
…でも、それがあなたを苦しめていることを、あの子も分かっている」

パイプ椅子の引きずられる音

「…私の両手は血に濡れている。
これだけは、隠せない…感じるんだ、自分の体でもないのに、今もこうして…。
それでも彼女は言った…血塗られた道でもいいと…共に歩んで欲しいと」

オフィスチェアの軋む音

「すべてを、ありのままを受け入れたはずだった。
その上でこの手で救い守ろうとした。
…しかし残ったのは己と仲間の血に染まった両の手だけだ…自由を手にしようとしたこの手で、こんな…。
そんな道を…どうしてあの子に歩ませることができる…できるはずがない」

「…「ジョン」あなた…元の世界で何をしたの?」

数分間 電子音が続く

「…最初から手遅れだったのかもしれない」

「え?」

「…鏡には俺しか映らない…俺しか映らないんだ、先生。
そこにはもう…亡霊(ファントム)しかいない」



カチッ


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再びの、悪夢②

1ヶ月以上、お待たせして申し訳ありません…!
これから何度もお待たせすることはあると思いますが、今回ほどお待たせすることはないと思います。
浮き沈みの激しい作者ですので、気長にお待ちいただければと思います…!
どうか、よろしくお願いいたします!


野生のそれに似た感覚が、リベンジャーの脳に迸っていた。

全力を、最初から全てをぶつけなくては、この男には勝てない。

リベンジャーは右手に持った得物を深く懐に抱え込むと、関節を軋ませながら筋肉を絞り始める。

 

「家族って…おいおい」

 

パラコードを巻き付けた長刀の柄を、ゆるい力で握る。

ジョンはナイフを逆手に構えた姿勢のまま動かない。

リーチも、威圧感も、振り下ろした時の威力も1目見ればわかる、圧倒的な武装の差。

それでも、リベンジャーは幾通りも頭で思い浮かべるシュミレーションの中に、余裕というものを感じることができない事に、これまで感じたことのない高揚感を覚えていた。

 

「…ご都合主義っていうの?

あんたもさあ…いるなら最初から出張って来いっつうの…なあ」

 

「…」

 

ジョンは問いかけに一言も返すことなく、小さく頭を傾げて見せた。

 

次の瞬間だった。

リベンジャーはアーツを集中させ、赤く発光する長刀を勢いよく懐から抜き放つ。

この狭い通路で横に切り払う、取り敢えずは牽制だ。

それが最善だと考えた。

避けたらそれはそれでいい、楽しみが長く続けば、それはそれでいい。

赤い残光を纏うそれは、リベンジャーの腰から抜き放たれ、通路の幅全てを通り過ぎる軌道で、ジョンの体を腰から両断する…はずだった。

薄く開けた瞼から覗く視界で、リベンジャーはジョンの体が一瞬消えたのを微かに捉えた。

 

(おいおいおい…!!マジかよ…!)

 

脳を麻薬が、興奮物質が迸るのを感じる。

時間がスローになり、下から影が姿を覗かせる。

次の瞬間、目の前の視界をジョンの顔面が覆い尽くした。

瞬きの瞬間、不可視の体さばき。

振り抜こうとするリベンジャーの腕を、ジョンが割れ物を扱うような丁寧な動きで捉える。

最速の一撃を放つべく、脱力し緩めていた手を、今度は打って変わって猛禽類が獲物を拐うかのような動きで解かれる。

自らの手の内にあった得物がそこから離れていくのを、そしてジョンの握る両刃のナイフが自分の手首を捉え、体全体が引き込まれるのを感じる。

 

そこから先は、まるで早送りのビデオを見ているようだった。

パラコードの擦れる「キュルッ」という音がしたと同時に、目の前のジョンが得物と共に一回転した。

 

本当に軽い衝撃だった。

研ぐことをサボって、あれだけ刃をこぼれさせた刀身が、こんなにもたやすく自分の胸を貫くなんて。

脊髄を刀身が掠めるのを感じた。

痛みはない、ただ熱だけが胸から体全体に広がっていく。

 

ジョンはリベンジャーの胸元に、腕と腰の間から後ろ向きで突き刺したそれを、ゆっくりと手離して距離をとる。

リベンジャーは胸元に突き立ったそれを、信じられないという表情で、歓喜の笑みを浮かべながら眺めている。

ジョンは口を半開きにしたレッドのもとへ歩く途中で立ち止まり、ちらりとリベンジャーを見る。

 

「……最高だ……あんなの見たことねえ…」

 

リベンジャーはゆっくりと後退りながら、バラクラバを引き剥がし、ジョンに歪な笑みを見せた。

 

「………あんた…何者…」

 

そしてぐるりと白目を向くと、後ろに向かって勢いよく倒れた。

背中から突き出た刀身が地面で押され、血液の噴出と共に胸元から勢いよく刀身が飛び出す。

 

ジョンはリベンジャーの痙攣がおさまるのを見届け、起き上がる様子がないのを確認すると、再びレッドのもとへと歩き出した。

 

「…あ…う…」

 

レッドは口を動かしながら、ジョンを指差している。

ジョンはレッドの目の前で跪くと、ナイフの刀身をつまみ、持ち手の方を差し出した。

 

「ありがとう、これは返すぞ」

 

「あ、あれ!」

 

レッドはナイフを勢いよく受け取ると、ジョンに向かって詰め寄った。

ジョンはその勢いに地面に尻餅をつく。

 

「お、おい…!どうしたんだ?」

 

「あれ!なんだ、どうやった!?」

 

「…なんだと言われても…アイタタ…」

 

ジョンは腰をさすりながら起き上がる。

レッドはジョンのローブの裾を掴みながら起き上がると、そのままジョンに抱きつく形でよじ登っていく。

 

「どこで覚えたんだ!?」

 

そして首の後ろに手を回し、ぶら下がる形になると鼻の先が触れんばかりに顔を近づける。

 

「ちょ…落ち着けレッド!重いし近い…」

 

「教えろ!お前も…!」

 

ジョンはレッドの頭を掴むと、前髪をかき揚げ、その瞳を見つめる。

 

「…レッド、お前どうしたんだ」

 

ジョンのその一言で、レッドは表情をハッとさせると、ジョンの手を振り払い、ジョンの体から飛び降りてフードを深くかぶる。

 

「…ふぅ…それだけ元気なら、怪我も心配なさそうだな」

 

ジョンはそう言ってローブの襟を正して、レッドの頭に手を乗せる。

 

「…」

 

「血相変えてどうしたんだ」

 

レッドはその手を払うことなく俯くと、ポツリと一言こぼした。

 

「…体が痛い」

 

「おいおい、大丈夫か」

 

ジョンは慌ててレッドの肩を掴み、その体を確認する。

 

「…平気だ」

 

レッドは気恥ずかしそうに頬を染めながらも、肩を掴むジョンに身を任せている。

その時、通路の奥から数人のオペレーター達が息を切らせて走ってきた。

 

「ドクター!」

 

最初に声を上げたのはジェシカだった。

手を振りながら向かってくる彼女に、ジョンは片手を上げて答える。

 

「おお、ちょうどいいところにきたな」

 

ジョンがあっけらかんとした表情を向けると、ジェシカの後ろにいたオペレーター達が険しい表情で取り囲む。

 

「ご無事でしたか!」「探しましたよ…!」「足はえぇんだもの…!」「勝手に先行せんでください!」

 

集まったオペレーター達は口々に心配の声をぶつける。

ジョンは「悪かった」と言いながら、詰め寄るオペレーター達を両手で宥める。

 

「ど、ドクター!」

 

オペレーター達に人壁の向こうで、追い越され出遅れたジェシカがジャンプしながら呼びかけている。

 

「わ、私の弾!マガジン!返してくださいよ…ッ!」

 

「あ!」

 

ジョンは慌ててオペレーター達の壁をかき分け、倒れ伏すリベンジャーの傍まで走っていくと、少し傷ついたマガジンを手に取り、再びジェシカたちの前に戻ってくる。

 

「すまんすまん」

 

「急に持ってっちゃうからびっくりしましたよ…それ高いんですから…」

 

「銃を貸してくれれば済んだ話だったんだぞ?」

 

「だって…ドクターの適正とかまだ把握してませんし…。

…まあ、別にいいんですけど…うわあ、ちみどろ…。

…あの、どうしたんですか?」

 

ジェシカは腰のホルスターから銃を抜くと、それをジョンの後ろに倒れるものに向けながら、鋭い視線をジョンに向ける。

 

「すまん、ちゃんと拭いて返す…つい先ほど襲われてな」

 

ジョンはローブの布地でマガジンについた血糊を拭き取り始める。

 

「ああ、ローブで拭かなくても…やっつけたんですか?」

 

「そのはずだ」

 

ジョンは倒れるリベンジャーに振り返り、薄く開かれた目を向けた。

 

「レユニオンにも、ああいうのはいるんだな」

 

その言葉には軽蔑がはっきりと現れていた。

 

「…はわあ…やっぱりドクターさんって強いんですねえ」

 

ジェシカは脱力しきった声でそう呟くとホルスターに銃を戻した。

 

「ってうわあ!レッドさん!…大丈夫ですか…!」

 

ジェシカはジョンの傍に立つ傷だらけのレッドを見て悲鳴を上げる。

そしてあわあわと手を振り回しながら、レッドの体を確認し始める。

 

「ジェシカ、レッドを頼む。

医務室に連れて行ってやってくれ、お前とお前は護衛につけ。

あとの者は私と来い」

 

「「「「ハッ!」」」」

 

前衛オペレーター、重装オペレーター、先鋒オペレーターで構成された小隊が、ジェシカ達の脇を抜けてジョンの周囲に整列する。

 

「途中で別の隊にあったら伝えてくれ、私たちはセクター1のシェルタールームに向かったと」

 

少し朦朧とした表情していたレッドが、その言葉を聞いて慌ててジョンの元へ詰め寄る。

 

「ど、ドクター…!レッドも…!」

 

心配そうにしているジェシカの手を振り払いながら、レッドが足を引きずる。

その肩をジョンは力強く掴む。

レッドが痛みで体を跳ねさせると、今度は柔らかい動作で頭に手を置く。

 

「休むんだ」

 

「…」

 

レッドはその一言で耳を畳むと目を伏せた。

ジョンから向けられた視線に、ジェシカが頷いて答える。

大人しくなったレッドに肩を貸し、ジェシカ達は通路の奥へと向かった。

その様子を見届けたジョンは深く鼻から息を吐くと、赤色灯の回る通路をオペレーター達と進んだ。

 

 

「ではドクター達はシェルターへ?」

 

ニアールは目の前のベンチで医療オペレーターから治療を受けるレッドと、その傍に座るジェシカに問いかける。

ジョンと別れたのち、すぐにジェシカ達は行動中だったニアールの小隊に合流していた。

ジェシカが頷いたのを確認すると、ニアールは後ろに控える重装オペレーター達に向き直った。

 

「我々もすぐに向かう、各員点呼を速やかに完了させたのち、私に報告!」

 

「「「了解!」」」

 

整列し、副官が点呼を行う横で、アーミヤが息を切らしてニアールに近づく。

 

「ニアールさん!」

 

アーミヤは真剣な表情で点呼を見つめるニアールの横に立つ。

 

「ドクター達はシェルタールームへ向かった、我々もすぐに向かおう」

 

ニアールは凛とした表情に汗をにじませながら通路の先を睨む。

 

「わ、わかりました!」

 

その様子を、ズィマーが面白くなさそうに眺めている。

彼女は肩にのせた斧を小刻みに揺らしながら、口を歪ませて貧乏ゆすりをしている。

 

「行儀悪いですよ」

 

「…あのじじい、人に散々偉そうにしておいて独断先行とはいい度胸じゃねえか…やっぱ一発どついときゃ」

 

「だ、ダメだよ!ドクターに乱暴しちゃダメ!おじいちゃんなんだから!」

 

そんなズィマーの両隣に、イースチナとグムはいた。

イースチナといえば膝の上で本を開き、苛立つズィマーの様子を端目でちらりと眺めている。

グムは今にも床に斧を振り下ろしそうなズィマーのすぐ横で、ワタワタと手を忙しなく動かしている。

 

「お腹減ったの?何か作ろうか?保存食あるよ?」

 

グムがズィマーの組まれた足の上に、次々に包装された栄養食を並べ始める。

 

「…いい、腹は減ってねえよ、しまっとけ」

 

「そう…?」

 

グムは肩を落としてもそもそと携行食を鞄にしまい始める。

 

「お前達」

 

ニアールから声が投げかけられたのと同時に、ズィマーは勢いよく立ち上がり、イースチナは本に栞を挟み、グムは大きな鉄塊…盾を抱えた。

 

「出発するぞ、離れるなよ」

 

「…ようやく戦えるってわけだな」

 

ズィマーが片手斧の柄をもう片方の手にパシリと、音を立てて叩きつける。

その様子をニアールは目の端で見つめる。

 

「あんだよ」

 

「いや、やる気のある分には文句はないさ」

 

ニアールは睨みつけるズィマーの視線をなんともないようにいなすと、隊列の先頭を歩き始める。

ズィマーはその後ろを、やはり不機嫌そうについて歩く。

 

「他の小隊との連絡は?」

 

ニアールの問いかけに、副官の重装オペレーターが腕のデバイスを起動させる。

しかし、画面には依然として普段見ることのない砂嵐が音を立てていた。

 

「ダメです、皆さん近くに展開しているはずですが」

 

「最大出力の短距離通信でもそれか、通信妨害要員を連れているのか…アーミヤ、どう思う」

 

「通常の通信ジャマーとは様子が違います。

新型の妨害機器でしょうか…」

 

アーミヤは顎に手を当てて考え込む。

ふと横を見ると、ニアールの表情がひどく強張っているのに気がつく。

 

「…硫黄の臭いが先ほどから強くなっている。

やはり来ているのだな、あいつが」

 

「ニアールさん…」

 

アーミヤは眉間にシワを寄せるニアールに心配そうな顔を向ける。

 

「心配するな、私は冷静だ。

…ただ意図が読めない」

 

「意図?」

 

「あいつなら…タルラならすでにこの辺りを火の海に変えていてもおかしくはないはずだ。

すでに侵入を許しているならなおさらな。

これほどの好機はないと言うのに、大きな動きがない。

…なぜ動かない、本当に少女1人の奪還のために赴いたというのか」

 

アーミヤは即座に思考を巡らせる。

レユニオン、タルラの襲撃の目的。

ロドスの抱えるもので、変化があったものを目的とすれば、それは間違いなくミーシャだろう。

現に彼らは龍門で強行的にミーシャの確保に乗り出してきた。

それを保護したロドスに矛先が向いたのは理解できる。

ミーシャを求める理由は何か、情報?

だとすればミーシャはロドスに何かを隠している?

アーミヤは即座にその考えを切り捨てる。

ミーシャにそのそぶりは一切なかった。

彼女のレユニオンに対する怯えに嘘偽りはなかった。

何も知らないという証言も、アーミヤには嘘には思えなかった。

おそらくはケルシー 先生も同じような所見を抱いただろう。

 

ならばなぜレユニオンはミーシャをここまでして?

 

「考えていても始まらないな、すまないアーミヤ」

 

ニアールは眉間にシワを寄せるアーミヤに微笑みながらに謝罪する。

アーミヤはその言葉に慌てながらも、歩みを早めるニアールに追従する。

 

「今はただこの場を…ロドスを守らねば」

 

「…そうですね」

 

アーミヤはニアールと同じく通路の先を見やる。

 

 

 

硫黄と硝煙の臭いの立ち込める通路で、1人の狙撃オペレーターが壁に体を擦り付けながら歩いていた。

腕の通信デバイスを起動し、今にも地面に倒れ伏しそうな体を鞭打って、デバイスに声をなげかける。

 

「…誰か、誰かいないか…」

 

その言葉はあまりにもか細く、無線機が機能していても聞き取れるかどうかわからないものだった。

体からは煙が細くたなびき、装備には血が滲んでいる。

 

「…止められなかった……誰か…」

 

立ち止まり、壁に肩を擦り付けながら、狙撃オペレーターは地面に座り込む。

同時に腰の装備が音を立てて地面に散らばる。

そこには金属製のプレートホルダーがあり、裏面を晒しているそれには仲間と撮ったのであろう集合写真が貼られていた。

 

「…みんな」

 

口元に寄せたデバイス、腕が音を立てて地面に落ちた時、その傍に寄る者がいた。

狙撃オペレーターは霞む視界の先に、人影を見る。

 

「……あんたは」

 

人影はオペレーターの腕をとり、何かの薬液を注射する。

 

「誰でもいい…救援を…」

 

「動くな、今痛み止めを打った。

じきに応援が来る」

 

「そうか…」

 

「君は医療棟の警備関係者か?」

 

「…ああ、保護した少女…シェルターの場所がバレてるみたいだ…奴らは真っ直ぐそこに…」

 

「…わかった、もういい、君はじっとしていなさい。

その傷は浅くは……」

 

オペレーターの腕を取っていた男は、オペレーターの体が脱力したのを見ると、その首筋に手を当てる。

 

「…か…さん…ご…めん」

 

目の前のオペレーターから向けられる目を真っ直ぐに受け、そこから徐々に光が失われていくのを、ヘラグはただ見つめた。

その時、男がきた通路の方から、眼帯をつけた男に率いられた集団が慌ただしく駆け寄ってくる。

 

「…あなたは、ヘラグだな」

 

集団の先頭にいた男が、ヘラグの背後に立って問いかける。

 

「…そういう貴君はドクター…ドクタージョンか、こうして直に顔を合わせるのは初めてだな」

 

ヘラグは振り返ることなく、倒れるオペレーターに目線を向けながら答える。

オペレーターの首筋から手を離して立ち上がるヘラグの横にジョンは跪いた。

そして倒れ込んでいるオペレーターに向かい合う。

 

「…彼は?」

 

「意識を失った。

…治療は間に合わないだろう」

 

ヘラグはそう言って注射器を懐に仕舞い込む。

ジョンは傍のネームプレートを拾い上げる。

そして貼られた写真を一瞥し、目を細めるとそれをオペレーターの1人に手渡す。

ジョンは鋭い目線をヘラグの手に向ける。

 

「何を打ったんだ?」

 

「鎮痛剤だ。

重度の熱傷、数カ所の切創に出血…痛覚ももう麻痺していただろうが、これ以上の苦しみを与えるわけにはいかない」

 

そう言ってヘラグは懐にしまった金属製シリンジをジョンに手渡す。

 

「オピオイド鎮痛薬…モルヒネ、か」

 

オペレーターの前にジョンに続いてきた数人のオペレーター達が集まり、それぞれが悲痛な表情を浮かべる。

 

「彼はなんと?」

 

「最後までシェルターにいるもの達のことを気にかけていた、彼らはそこまで迫っている。

守らねば、彼のためにも」

 

ヘラグはローブを翻し、通路の先へと歩き始める。

ジョンはその背中を見つめ、口を開いた。

 

「なるほどな、貴方は医者ではない」

 

ヘラグは立ち止まり、体を半分ジョンの方へ向けて視線を送る。

ジョンはその視線を真正面から受け止める。

鋭い視線をジョンに向けるへラグは重々しく口を開いた。

 

「かつてこの目で多くの死を見届けた。

戦場で医者に見せるか見せないかの判断を問われたことも、少なくはない。

同胞から、決断を迫られたことも、一度や二度では」

 

「…」

 

「…そうだ、医者ではない。

私は奪い、奪われる側の人間だ」

 

「貴方は戦士か」

 

「貴君は自分をなんとしている?」

 

ヘラグの問いかけに、ジョンはオペレーターの薄く開かれた瞼を優しく閉じる。

 

「私も君と同じだ」

 

立ち上がり、ヘラグの元へと歩みを進める。

 

「天国の外の、住人だよ」

 

ヘラグはその言葉に眉をひそめる。

 

「天国の、外…」

 

数秒間の視線の交錯、やがてヘラグを追い越し、その後ろをオペレーター達が続いていく。

ヘラグもまた、その背中を目で追いながら歩き出す。

 

「ドクター…貴君もまた医者ではないと、そう言うことか?」

 

「答えるには、私の今の状況はひどく混迷していてな。

まだなんとも言えん」

 

「…そうか」

 

「だが、私の今の立ち位置に関しては理解している。

…もう犠牲を出すわけにはいかない」

 

そう呟いたジョンの背中を、ヘラグは黙って見つめる。

 

「手伝ってくれるか、ヘラグ」

 

「もとよりそのつもりで動いていた。

チェルノボーグでの一件、ロドスには恩がある」

 

オペレーター達は自然に道をあけ、ヘラグはジョンの隣に立つ。

纏う雰囲気の似た2人を、それに従うオペレーター達は不思議な感覚を抱きながら追従した。

 

 

セクター1と2の境目にある連絡通路で、オーキッド率いる行動予備隊A6は続々と通路の奥から溢れてくる、怪我人の群れに揉まれていた。

 

「ポプカル!しっかりついてきている!?」

 

「だ、だいじょうぶ!」

 

「カタパルトとスポットは!?」

 

「わ、わかんない!」

 

オーキッドの後ろで、人の波をかき分けてもらいながら必死にその後についていくポプカル。

少し離れたところで長身の男性オペレーター、ミッドナイトが転倒したオペレータを支え、肩を預かる。

オペレーターが負傷し、息も荒いことを確認したミッドナイトは、彼を支えたまま、壁の方へと人をかき分けつつ進む。

 

「姉さん!これは、一体…どういうこと!?何が起こってるんだよ!」

 

「わ、わからない!ミッドナイト、誰か事情を知っている人を捕まえて!」

 

「そうは言ってもさあ!!」

 

ミッドナイトは周りを見渡すが、通路の奥から向かってくる人々は誰もが鬼気迫る表情で必死に向かってくる。

 

「とても立ち止まってくれる感じじゃないんだよねえ!」

 

オーキッドは腰に捕まるポプカルを身を挺して守りながら、人をかき分け進み続ける。

 

「どいて!私たちはこの先に進まなきゃいけないのよ!」

 

オーキッドの様子を見て、ミッドナイトは額に汗をうかばせながら、負傷したオペレーターを壁際のベンチに座らせる。

 

「待ってて、今誰か呼び止めるから」

 

「あ、あんたたちはこの先に進むつもりなのか…?」

 

「それが今の任務だからね」

 

「だ、だめだ…!」

 

ミッドナイトの肩を掴み、オペレーターが焦った様子で口を開いた。

 

「俺たちは、逃げてきたんだ、シェルターの方から…!」

 

「…どういうことだい?」

 

ミッドナイトがオペレーターに聞き返す。

 

「…とてもじゃないが、止められなかった…。

あんなの…あんなものは人間の力じゃない…」

 

ミッドナイトはオペレーターの口調から、最悪の事態を予感する。

 

「あいつは、もうシェルターにたどり着いているのか!?」

 

「…俺たちが交戦をしているときは、まだ正確な場所は把握はできていない様子だったが…。

あの子が…保護対象がシェルターのどれかにいることは…わかっていたようだ」

 

「じゃあ、この人たちは…」

 

「ああ、逃げてきた連中だ…あいつらにとってはハズレのシェルターからな…。

かくいう俺もその一人…すまない」

 

「仕方ないよ、あれは…とてもじゃないがまともに戦える奴じゃない」

 

ミッドナイトは負傷したオペレーターを落ち着かせると、走りながら誘導を行なっていたオペレーターの一人に声をかける。

 

「すまない!この人は歩けないようなんだ!医療部に連れて行ってやってくれないか!」

 

ミッドナイトの声に振り返ったオペレーターは周囲にいたもう一人に声をかけ、人の波をかき分けながらミッドナイトの位置へと向かってきた。

 

「あんた、いくつもりなのか!

だ、だめだ!死ににいくようなもんだぞ!」

 

ミッドナイトは微笑みながら、オペレーターの肩に手を乗せる。

 

「大丈夫だよ、俺たちだけじゃない。

頼りになる人たちがそこに向かってるはずなんだ、それに…」

 

ミッドナイトは負傷したオペレーターが二人に抱えられるのを確認した後、オーキッドたちを追って歩き出す。

 

「もう逃げるのは…ごめんなんだよね」

 

 

「怪我人をもっと奥の方へ!急いで!」

 

「抗炎症薬が足りないぞ!もうここのは使い果たした!」

 

「だったらさっさと別のセクターに取りに行くんだよ!

ここは医療研究都市だぞ!」

 

「待合室のトリアージ間に合いません!もっと人手をよこしてください!!」

 

「終わったぞ!次の患者をここへ!」

 

「輸液パック!生食液をもっと集めるんだよ!」

 

「手の空いているオペレーターは集まれ!俺たちでも役に立つことはあるはずだ!」

 

セクター2、非常事態用の避難シェルターの一角、そこは主戦線であったロドス艦内の負傷者が集められる臨時治療所となっていた。

 

「ミルラさん!隣の処置室からもっと輸液持ってきて!」

 

ピンク髪の少女が包帯の巻き上がった腕を負傷者の胸の上に置き、ずり下がったメガネを整え、呼びかけられた声に振り向く。

 

「はい!今行ってきます!」

 

治療ベッドの列の間を縫うように走り出す少女とすれ違いざまに怒声をあげる、緑髪の女性オペレーター。

 

「だーかーら!あんたはもう動けないんだよ!わかる!?」

 

「お、俺はまだ動ける!みんなのところに戻らないと!だからガヴィルさん、痛み止めを…」

 

ガヴィルと呼ばれた緑髪のオペレーターは目の間のベッドに横たわる重装オペレーターの足を叩く。

 

「あ痛っ!?」

 

「ヒビ入ってんだよ!今度こそポッキリいっちまうぞ!

むしろ動いたらここで折るぞ、コラ。

ほら、当て木当てるから動くなや」

 

「ひ、ひい」

 

「はーい、ガヴィルさん怪我人を脅さないで」

 

その奥のベッドで中性的な医療オペレーターが点滴の取り替えを行なっている。

 

「こういうバカはここまでやらねえとわからねえんだ、殴って気絶させないだけマシだと思って欲しいぜ、ほーれ」

 

「あいだだだ!!ガヴィルさんきつい!包帯がきつい!」

 

「はあ…」

 

アンセルは輸液パックをスタンドにぶら下げると、腰に手を当てて呆れ顔でガヴィルを見る。

 

「クッソ、アタシも前線に行きてえが、こうもひっきりなしじゃなあ」

 

「またそんなことを言って」

 

「ち、ちげえって…あたしは戦場医だから前線が本業っていうか」

 

「どうだか」

 

そういってアンセルはガヴィルの隣に立ち、処置の補助を行い始める。

 

「おい!誰か手を貸してくれ!」

 

そのとき、治療所の入り口から数人のオペレーターたちの声が上がる。

そこには一人の仮面を被った兵士が二人のオペレーターたちに抱えられて立っていた。

 

「おい、あれ…」「レユニオンのやつじゃないか」「どうして…!」

 

ベッドで治療されていた外部の患者たちの間でどよめきが起こる。

 

「おいあんたら」

 

治療を受けていた年配の患者が目の前を通り過ぎる医療オペレーターに声をかける。

 

「あいつらも助けるつもりなのか?」

 

医療オペレーターは視線を入り口のレユニオンの兵士に向ける。

 

「…なんとも思わねえのか?」

 

医療オペレーターはにこりと微笑むと、腰から下げた医療用のパックを抱えて入り口の方へと走る。

そしてオペレーター達からレユニオンの兵士を預かる。

 

「容態は?」

 

「道に倒れてたんだが、出血がひどい、意識も朦朧としててうわ言ばっか言ってやがる」

 

「わかりました、誰か手を貸してください!」

 

「はい!」

 

アンセルがガヴィルに目くばせし、レユニオン兵士のもとへ走っていく。

それを見てガヴィルが声をあげる。

 

「はいはい!みなさん落ち着いてー…ってもう驚きすぎて落ち着いてるか。

こーいうことはよくあるんで、皆さん混乱せずに治療を受けてくださいねー!」

 

「あいつらも助けるのかよ!」「ここを襲った張本人だぜ!」「ほっとけよ !」

 

ガヴィルは一般の患者から上がる怒声を受けてニヤリと笑う。

 

「あんたらもわかってるだろーけど、ここはロドスなので」

 

そう言ってガヴィルは壁に掛けてある自分のロッドアーツの元へ向かう。

 

「まあ、病院なんだよな、ここは。

だからさ、怪我人なら関係ないんだわ、文句なら後でいくらでも聞くからよ。

あいつがあいつ用の部屋に運ばれるまで、ちょっと我慢しててくんねえかな」

 

「暴れたらどうすんだよ!!」「そうよ!」「この部屋に入れるな!!」

 

ガヴィルはアーツロッドの石突を地面に音を立てて突き立てる。

甲高い金属の音に、所内は一気に静まり返った。

 

「ガタガタ抜かすな、ここは病院なんだよ。

傷負って血を流して意識がなくて、そこまで行ったら入場料には十分だろうが。

それによ」

 

ガヴィルはそう言って周囲を見渡す。

 

「忘れちまったのかよ、あんたらの周りにいるのは一騎当千のオペレーターだぜ。

あいつがこの後に及んで何かしようってんなら、引っ叩いて夢の世界に叩き戻してやるからよ。

安心してベッドに寝転がってな」

 

ガヴィルの力強い言葉に、一般患者たちは言葉を失い、周囲を見渡す。

そこには自分たちの家である場所を破壊して回っていた敵を目の前にしても、表情ひとつ変えずに必死に治療にあたるオペレーター達がいる。

その光景を前にして、再び抗議の声をあげようとするものはいなかった。

 

「おっし、わかってくれたようなので謝らせてもらうわ。

ごめんな、うるさくして、病院ではお静かにってな」

 

ガヴィルはそう言って笑い、近くのベッドに横たわる怪我人に声をかけて回る。

その光景をレユニオンの傷を治療しながら、アンセルは微笑み混じりに眺めていた。

 

「こういう時は頼りになるんですよね」

 

「は、何か言いました?」

 

アンセルの前で、マスクを処置中に浴びた血に染めながら問いかける医療オペレーター。

 

「ん、なんでもないですよ…輸液追加で、見た目よりもこの人は軽症ですね、感染の度合いも軽度です。

通常の治療で問題ないでしょう、応急処置をしたら別室に移動しましょう、準備しておいてください」

 

「わかりました!では準備を…」

 

「ああ待って…はい」

 

アンセルは元気に返事をした若いオペレーターに新品のマスクを渡す。

 

「あ…ああ!ありがとうございます!」

 

本人は必死になっていて気づかなかったのか、慌ててマスクを交換する。

 

「手指の消毒は忘れずに。

…本当、頼りになりますよ」

 

その言葉に呆気に取られるオペレーターの元を離れ、アンセルは別の負傷者の元へ向かう。

 




チェン編はもう数話ほどお待ちください…


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地獄は終わらない…だけど

いやだよ

「バカ親ども、感染したガキを隠してやがるから」

こわいよ

「自業自得だぜ、ちょっと偉いからってなんでも許されると思ってやがる」

はなして

「おいこら、聞いてんのか…おい、これ死んでんじゃねえか?」

ぱぱにひどいことしないで

「お前がしこたま蹴るからだろ、女の方はどうしたんだろうな」

ままはどこいっちゃったの

「おい気をつけろよ、下手に噛みつかれたりしたら伝染っちまうぞ」

おろしてよ

「…確か、もう一人子供がいた気がするんだが」

おねえちゃん

「迎えの車が来ちまうぞ、もういいだろ」

おねえちゃん

「悪く思うなよな」

おねえちゃん

「みんなのためなんだぜ?」

おねえちゃん

おねえちゃん

おねえちゃん

おねえちゃん





…だれか、たすけて

…おねえちゃん



「スカルシュレッダー。

…おい、大丈夫か?」

 

針で刺されたような衝撃で、スカルシュレッダーは霞がかった思考の中から戻ってくる。

ガスマスクの中で耳障りに響く自らの呼吸の音に苛立ち、耳の辺りを軽く叩く。

 

「ぼーっとしてたぜ」

 

曇り止めの塗られたスモーク加工のガラスの向こうに、仮面をずらしてこちらを覗き込んでいるフェリーン。

仲間である、レユニオンの兵士を見る。

 

「…すまない、少し考え事をしていた」

 

「しっかりしろよな…。

ま、無理もねえか。

姉ちゃんがいるかも知れねえんだしな」

 

「…いや、姉さんはいるんだよ、ここに」

 

「そうだな」

 

レユニオンの兵士は仮面を付け直すと、再び通路を歩き出す。

 

「おあっちぃ!!

…タルラさんも、なんでかわからんけどやる気満々って感じなんだよな…おっかねえ。

そこらじゅう火がついててたまらねえ…鉄の壁のやつとかこれ、どうやって燃えてるんだろうな」

 

レユニオン兵士は壁で燻っている炎に近寄る。

 

「危ないぞ」

 

スカルシュレッダーもまた、通路を兵士を追って歩き出す。

 

「でも、なんでまた急に見つかったんだろうな。

今まで散々探し回ってたってのに…。

ま、そこら辺はこいつらに感謝だな。

わざわざ保護してくれたってんだろ?」

 

レユニオン兵士は通路に倒れるロドスのオペレーターを見る。

 

「勇敢な奴らだぜ、俺ならタルラさんに睨まれただけで逃げ出すね」

 

倒れ込むオペレーターの前に跪き、人差し指で何回か突く兵士。

その様子をスカルシュレッダーは何も言わずに眺めている。

 

「この辺りのシェルターはあらかた回ったな、もうそろそろ見つかるんじゃないかね」

 

「そうだといいんだが…」

 

兵士はスカルシュレッダーの返答に勢いよく振り返る。

 

「おいおい、楽しみじゃねえのかよ。

ガキの頃からずっと探してたんだろうがよ。

いつも集まればその話だったじゃねえか」

 

「…」

 

スカルシュレッダーは通路に散らばるガラス片に映る、いくつもの自分の姿を見つめる。

兵士は立ち上がり、スカルシュレッダーの肩を叩く。

 

「大丈夫だって、姉ちゃんだってお前を見ればきっとわかるさ」

 

「…ああ」

 

「行こうぜ。

みんなの前じゃ、お前によそよそしくしなきゃいけないのはしんどいなぁ」

 

「…気にすることか?」

 

「何いってんだ、お前は俺たちのリーダーだぜ。

それはまあ?確かに?俺は隊の一番の古株だし?言いたいこともわかるけどよ?

お前にも立場ってもんがあるし?

…まー、その辺り察するのがベテランってもんだよなー親友!」

 

「…付き合いが長いだけだ、馴れ馴れしくするな」

 

「ここまでがルーティンじゃねえかよぉ」

 

そういって肩を組んでくるレユニオン兵士に蹴りを入れながら、スカルシュレッダーは通路を進む。

 

(…姉さん、もうすぐだよ)

 

 

「なに、これ…」

 

メイヤーとエフイーターは眼前に広がる通路の光景に目を疑った。

 

「ねえ、メイヤーちゃん。

…ここ、セーフゾーンで間違い無いんだよね?」

 

「…」

 

通路には複数人のオペレーターが倒れ、周囲には炎がちらついている。

メイヤーはロドスの分厚い外壁を貫き、通路まで達している溶解した大穴を見つめる。

顔からは一気に血の気が引いていき、メイヤーは勢いよくエフイーターとその後ろに続くオペレーターたちに向き直る。

 

「メイヤーちゃ…」

 

「みんな、通路に倒れている人たちの識別救急、急いで!」

 

「「「「了解!」」」」

 

エフイーターの声を遮り、オペレーター達は通路に散らばり、倒れるオペレーター達の救助活動を始める。

 

「聞こえるか!おい!」

 

「しっかりしろ!!」

 

エフイーターは目の前に広がる惨事を前に、ただ口を開け、顔を青くすることしかできなかった。

 

「エフイーターさん!」

 

「は、はい!」

 

「壁に備え付けの緊急医療キットがあるはずです!

探してくれませんか!」

 

火傷を負い、露出した組織から血液を垂れ流す、素人目には死んでいるとしか思えない負傷者を抱え、装備を血に染めるオペレーター。

 

「エフイーターさん、早く!」

 

「…わ、わかった!!」

 

エフイーターはオロオロと通路の壁面を歩き回り、そして強化ガラスで保護された医療キットのキャビネットを見つける。

額に汗をうかばせながら、エフイーターは鉄甲で強化ガラスを勢いよく叩き割る。

そして中からキットを取り出すと、それを肩にいくつも抱えてオペレーター達の元へ戻る。

 

「こ、これ!」

 

「ありがとうございます!

聞こえるか!?助けにきたぞ!聞こえてたら返事をしてくれ!!」

 

口元のバラクラバを血に染まった手袋でずらし、声をかけ続けるオペレーター。

 

「フィブラストスプレーを使え!なにもやらないよりましだ!

メイヤーさん!全員重症です!急いで治療室に運ばないと!」

 

「わかってる!」

 

メイヤーはオペレーター伝いに回ってきた医療キットを開け、中からハサミを取り出して装備の薄いところから衣服を切り裂き、患部を露出させる。

 

「みんな!わかってると思うけど無理に脱がしちゃダメだよ!

…ナイロン繊維が接着剤みたいになってる。

こんな医療キットじゃ役に立たないな…!」

 

「メイヤーさん!」

 

メイヤーの元に一人のオペレーターが走り寄る。

 

「イエロー3名!レッド5名!

…ブラック、3名です…ッ!」

 

「…わかった。

…あー……もう…。

…こういう時、ホント役に立たないんだよね、私」

 

メイヤーは通路の警戒に当たっているミーボを見て苦虫を噛み潰したような顔をする。

ハサミを握る手を振るわせながら、メイヤーはオペレーター達に向き直る。

 

「…担架作ろう、全員使えそうなものをかき集めて!」

 

「「「了解!」」」」

 

エフイーターは一人、医療キットを腕に抱えたまま立っていた…‘

 

(…役に立たない、か)

 

「…カッコ悪いなぁ、あたし」

 

エフイーターはぽつりと自嘲気味に呟き、自分にも何かできないか、と辺りを見渡す。

そして、通路に点々とした血痕があることに気がついた。

なにも考えることなく駆け出し、血痕の続く廊下の角を曲がる。

 

「あ…!」

 

そこには壁に項垂れかかりながら、荒い息を吐くオペレーターがいた。

そして…。

 

「…ひっ!?」「…お兄ちゃん!」

 

「…どうして、こんなところに」

 

二人の小さな子供が、オペレーターの影に隠れるようにエフイーターを見ていた。

 

「…大丈夫、お姉ちゃんはその人の仲間だよ…!」

 

エフイーターは鉄甲を後ろ手に隠しながら、ゆっくりと近づいていく。

 

「…お兄ちゃんのお友達なの?」

 

小さな女の子がオペレーターの陰から頭を覗かせる。

 

「…助けが、きたのか?」

 

オペレーターは荒い息を吐きながら、近寄るエフイーターを見る。

 

「お兄ちゃんを助けて!」

 

女の子がエフイーターの元に駆け出し、鉄甲の指を両手で掴んで引っ張る。

 

「お兄ちゃん、怪我してるの!」

 

「わ、わかった!」

 

エフイーターが側に駆け寄ると、オペレーターはその肩を勢いよく掴んだ。

 

「俺に構うな…!早く!…早くシェルターに……ゲボッ!!」

 

「無理に喋っちゃダメだよ!」

 

エフイーターは鉄甲を外し、オペレーターに肩を貸すべく腕を伸ばす。

 

「…あいつが!…タルラが!…行っちまった、行っちまったんだよ!」

 

「…ッ …メイヤー!!」

 

エフイーターは腹のそこから力を入れて叫ぶ。

するとすぐに、服を血で染めたメイヤーが通路の角から姿を表した。

 

「意識があるの!?」

 

「うん!!」

 

「無理に動かしちゃダメ!」

 

駆け寄ってくるメイヤーに、エフイーターはオペレーターの正面の位置を譲る。

メイヤーは腕や体、足など目視で確認できる負傷位置を確認する。

 

「…あなた、どこの所属?

ここでなにがあったの?」

 

メイヤーは医療キットからスプレータイプの抗炎症剤を取り出すと、オペレーターの腕に吹きかける。

オペレーターのすぐ横では、女の子がオペレーターの額から流れる血を小さなハンカチで拭き始める。

もう一人の少年も、心配そうにオペレーターの手を握っている。

 

「俺は…ユニット1−25の…チームリーダーだ。

この子達を、セーフゾーンに送る途中だった…。

突然だったんだ…あいつら壁を吹き飛ばして…中に入ってきやがった」

 

「あいつら…あいつらって?」

 

「…タルラだよ…!」

 

メイヤーはその名前を聞いて目を見開く。

 

「…侵入されたって…タルラに!?」

 

「時間がないんだ…!メイヤー…さん…!

シェルターの連中に…知らせないと…!!」

 

「…無線が通じないのも、きっとそのせいだね」

 

メイヤーは最も重症な腕周りにスプレーを吹き終えた後、蒸留水を体全体に振りかける。

 

「メイヤーさん…!!」

 

「うるさい!言っとくけどあんた重傷なんだよ!!

放っていけって!?馬鹿じゃないの!?」

 

1−25リーダーは深い呼吸を繰り返しながら、メイヤーを睨みつける。

メイヤーもまた、それを正面から睨み返す。

 

「追ったところで、ここはシェルターと目と鼻の先…もう、任せるしかないんだよ」

 

メイヤーの目尻にはじわりと涙が浮かぶ。

 

「…」

 

「今はあんた達を助ける、それが私の最も重要な事、わかったら黙って助けられてて」

 

メイヤーは袖口で目元を拭うと、1−25リーダーの脇に肩を当てて起き上がらせる。

 

「ここはもう侵入経路の一つになってる、一刻も早く離れないと」

 

歯を食いしばる音を響かせながら、苦悶の表情で起き上がる1−25リーダー。

メイヤーもまた、眉間に深い皺がより、空いた片方の手の拳は硬く握られている。

 

その後ろで、エフイーターは外した鉄甲を再び、音を立てて両腕に装着していた。

 

「ねえお兄さん。

さっきの話だと、もうセーフゾーンは修羅場になってるかもってことだよね」

 

メイヤーと1−25リーダーは揃ってエフイーターの方を向く。

 

「あたし、行くよ」

 

「あんたなにを馬鹿なこと言ってるの」

 

メイヤーは一呼吸も置かずに、メイヤーの発言を切り捨てる。

 

「一人で?

…あんた、まだこれが映画の撮影かなんかだと思ってない?」

 

メイヤーは1−25リーダーを抱えながらエフイーターに詰め寄る。

 

「そんなこと、絶対に許さないよ」

 

「でも、行く」

 

「あんたねぇ!!」

 

「あたし、行くよ」

 

エフイーターは両手の鉄甲を勢いよく突き合わせて音を鳴らす。

 

「ねえ、ホント…やめてよ…それどころじゃないんだってば」

 

メイヤーの目尻に再び、涙が滲む。

 

「メイヤーってすごいよね。

誰とでもすぐ仲良くなれちゃうし、あたしにだって本当によくしてくれるし。

あんなロボットだって作れちゃうし、お医者さんみたいなこともできるしさ」

 

エフイーターはメイヤーの顔を正面から見据えて続ける。

 

「ロドスのみんな、全員がすごいよ。

あたし、ここに来てまだ全然、日が浅いけど、今日でそれがすっごいわかった。

みんな自分ができることを必死にこなしてさ。

お兄さんなんて、そんなにボロボロなのに、人の心配ばっかして。

ロドスって本当、すごいところだね」

 

エフイーターの言葉に、メイヤーはいつの間にか横槍を入れることができずにいた。

 

「あたし怖かったんだ。

あたしには、「これ」しかないから。

全部、この病気に奪われちゃったらどうしよーって」

 

エフイーターは軽く爪先で地面をノックする。

 

「でもここにきて思ったよ。

「あ、私、ここでならもっと、もっともっと動ける、諦めなくていいんだ」って。

…嬉しかったよ」

 

 

『臓器の陰影が不明瞭な上、呼吸器系に結晶化の兆候が見られます』

 

(いやだよ、困るよ)

 

『鉱石病の、初期徴候に間違いありません』

 

(まだ、撮りたいのがいっぱいあるんだって)

 

『本当に残念です』

 

(他人事だからって、簡単に……言わないでよ……ッ)

 

 

『仕方、ないよね』

 

( あたしの誇りだった)

 

『病気なんだもん、誰のせいでもない』

 

(あたしの全てだった)

 

『…でも』

 

(もう…終わりなの?)

 

『…やっぱり…悔しいよ』

 

 

エフイーターの鉄甲が音を立てて軋む。

 

「もう…一つだって、奪わせるもんか…。

まだ…クラッパーボードだって鳴ってないんだ。

だから、あたしは行くよ。

あたしにできることを、やってくる。

この先でここみたいな事が起こってるなんて、絶対に許せない」

 

「…あんた」

 

メイヤーは真正面から浴びたエフイーターの言葉に、続く言葉を失った。

ガチガチと震える鉄甲が、恐れからくるものではないとはっきり分かるほどには、エフイーターの言葉には熱がこもっていた。

メイヤーは一度細く息を吐き出すと、呼吸を一度ぴたりととめた。

 

「…この人手が欲しい時に、あんたは一人で突っ走ろうっていうんだ」

 

「…う…」

 

「…ホント、勝手なやつだなー君は」

 

「…うぅ」

 

エフイーターは痛いところを突かれたとばかりに、後ずさりを始める。

 

「…ずるいなぁ」

 

「…ふぇ?」

 

「みんなー!こんなこといってますけどー!?」

 

メイヤーの突然の叫びに、思わずエフイーターは身を飛び上がらせる。

そして、背後に大勢の存在感を感じ、振り返るとそこには。

 

「ホント、ずるいっす」

「めちゃくちゃだよ、あんた」

「このデカブツを運びたくないだけ、じゃないでしょーね?」

「…ゲホゲホ…そんなに重いか?」

 

担架に、自らの背中に、肩に、負傷者をのせて立つオペレーター達の姿があった。

 

「ロドスの皆さん的には、どーなの、これは?」

 

「「「カッコよかったっす」」」

 

オペレーター達、そして意識の戻った負傷者もまた、微笑みがら口を揃えた。

 

「だってさ」

 

「……な、なんだよ、いきなりぃ!!」

 

「でもだめだーよ」

 

「え!?」

 

「一人じゃ絶対に行かせない」

 

「…い、今のは映画だとカッコよく見送ってくれる流れなんだけどなー…」

 

「現実問題、そんなことあり得るわけないでしょ」

 

メイヤーは1−25リーダーを担ぎ直しながら、再びエフイーターに詰め寄る。

 

「行くなら私も当然行く、もちろんみんなもー?」

 

「「「もちのろんです」」」

 

「…リーダーのお兄さんもー?」

 

「…行ってくれ、なんて言える雰囲気か…?」

 

「ほい、多数決でけってーい!

…だから、一人だなんて絶対にだめ。

行くなら、みんなで怪我人を送り届けてから」

 

「で、でもそれじゃ間に合わないよーッ!!」

 

その時だった。

 

『おーい!そこに誰かいるのか!?』

 

通路の奥から、大勢の足音とともに呼びかける声が響いてくる。

 

「この声は…」

 

「…応援だ!!」

 

オペレーター達が慌てて通路の方へと戻り、声を響き渡らせている集団に駆け寄る。

その集団は武器を携えたオペレーター達に囲まれて複数人の術者が行動をともにしているようだった。

 

「おわあ!?

き、君たちはな、なんだ!?どうしたんだ!?」

 

「お前ら!医療オペレーターは随伴してるか!!」

 

怪我人を抱えたオペレーター達は、先頭の男に勢いよく詰め寄っていく。

 

「あ、ああ!

俺たちはこれからセーフゾーンに怪我人を連れていくところで…何があったんだ!?

その怪我人はどうした!?」

 

「セーフゾーンはすでに敵に侵入されている!

これ以上進むのは危険だ!この人たちを頼めるか!」

 

「もちろんだ!」

 

「よし!みんな!彼らに負傷者を引き渡せ!」

 

「重傷なんだ、気をつけてくれよ!」

 

オペレーター達は担架や背負った負傷者を後送部隊に引き渡し始める。

その様子を後ろから眺めていたエフイーターは、ヘタリと地面に座り込む。

 

「…よ、よかったぁ」

 

力の抜けた顔から、一筋涙が流れたのを見て、メイヤーはニヤリと笑ってエフイーターの頭を叩く。

 

「あいたぁ!!」

 

「ほれみたことか!

あんた一人でいってたら無駄死にしてたかもしれないよ!

これに懲りたらもうわがままいうんじゃないぞぉ…?」

 

「…あい」

 

「カッコよかったけどさ、そういうのは映画の中だけのことだよ。

衝動に任せて突っ走ったらだめなの、わかった?」

 

「…あいぃ」

 

「泣いとる場合かぁ!

…いくんでしょ?」

 

エフイーターは鼻をすすり、目元を肩の布地で拭うと、真っ直ぐに立ち上がった。

その様子を、負傷者を渡し終えたオペレーター達も見守る。

メイヤーもまた、ミーボ2匹を脇に抱えて鼻息を荒げる。

 

「…うん!」

 

そしてエフイーターは再び、勢いよく鉄甲を打ち合わせ、先ほどよりも大きく、よく通る音を響かせた。

 

「おい!あんた達はこの先に進むのか!

この先は危険なんだろ!?」

 

後送部隊のリーダーが移動し始めた自らの部隊を背中にして声をかける。

その声にメイヤー、エフイーター、オペレーター達は振り返る。

 

「うん!ちょっくら、悪党どもをぶちのめしにいくのさ!」

 

エフイーターはそういって鉄甲の親指を高く上げた。

後送部隊の列の中から、1−25リーダーが肩を貸されながら出てくる。

 

「…頼んだぞ」

 

一言だけ、絞り出すように口に出した言葉は、エフイーターだけでなく、オペレーター達全員の耳に届いた。

 

「だってさ、アクションスターさん?」

 

メイヤーが意地悪そうな笑顔で言う。

 

「任せてよ。

…本物のカンフーの腕があってこその、ムービースターだってこと、あいつらに思い知らせてやるから!」

 



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どこまでも続くその道に

まただ、ここでもまた同じ光景だ

「ボス」

黄砂ですら吸い切る事の出来なかった血が、足元からゆっくりと流れていく

「収容施設から子供を保護しました」

『…ああ』

「全員、ひどく飢えていて…糧食を分けても…」

『勿論だ、ただ無理に食わせるな、水物から与えてやれ』

「ハッ!」

鼻をつく硝煙と血の匂い
どこまでも終わることの無い闘争

「負傷者を運びだせ!」

歪な規範に抗うために始めた、この闘争はいつの日か終わる日が来るのだろうか
…ああ、本当に「我々が必要のなくなる日」が訪れるのか

「ほら、ゆっくり歩くんだぞ」

いずれ、この足で地面に立ち、この目でこの光景を焼き付けることすら難しくなるだろう
私はデスクの上で、この戦場の全てを数字でしか見ることしかできなくなる
まるで歪な機械のように

「あ、こら!」

その時、私は死ぬのだろう
戦士としても、一人の兵士としても

「…おじちゃん」

そうなる前に、終わらせなければならない
「ありのままの世界」を残すのだ
私たちの先を歩くもの達に

「…たすけてくれて、ありがとう」



ああ、少年
その銃火に汚されてもなお、無垢な輝きを保つ瞳に、今の私はどう写っているだろうか



『なあ…私の目はお前にはどううつる?』

 

ジョンの頭の中で、一つの問いかけが延々とループされていた。

タルラの澱みの中に清らかさを保っているような、あの鈍色の瞳。

 

「ドクター?」

 

そんな時、傍にいたオペレーターが心配そうな声をあげる。

ジョンは深く被ったフードの底から視界の端を見ると、そこには若いオペレーターP・M(ポジティブ・モンキー)が覗き込んでいた。

 

「…いや、少し考え事をしていてな」

 

「そう、ですか…」

 

P・M(ポジティブ・モンキー)がそう言って身を引くと、すぐ左手側をへラグが‘歩いていることに気がつく。

武人然としたハキハキした動きに、しばしジョンが目を奪われていると、へラグがチラリと視界を向けて口を開いた。

 

「どうかしたか?」

 

ジョンは少し目を細めると、自嘲気味に微笑んだ。

 

「いや…」

 

「そうか」

 

二人の短いやり取りに、周りのオペレーターはハラハラとした視線を向ける。

 

「貴方は先ほど、私が医者ではないと言ったな」

 

「ああ」

 

「あの時、貴方は私を…自分と同じ、天国の外の住人だとも言った。

その真意を…今のいままで考えていた。

ドクター、あれは一体どう言う意味なのだ」

 

「そのままの意味だ。

…昔ある男が言っていた…その男は酷く自分勝手なやつでな。

天国に行く事は許されない、戦場という名の地獄に留まる者達、それが天国の外の住人だとのたまった」

 

「…戦場にしか、居場所を見いだせない…勝利か、死か…というわけか」

 

「それすらも許されない、そう仲間達に告げていた」

 

「…死の先、本当の地獄に落ちることさえも許されないと?」

 

「まあ、真っ当な生き方をしてこなかったからな、それぐらいの心構えは…必要だったのだろう。

最も地獄に近い世界の住人、それが私達だとな」

 

へラグはフードの影に隠れたジョンの顔を見つめる。

 

「侮蔑と取ったかな」

 

「…兵士だった頃の私であれば、少なからず、憤りを覚えただろうな」

 

へラグは腰の太刀に手を添えると、柄を撫でる。

 

「兵士とは皆、仕える者の掲げる思想、理想を胸に死地に赴くもの。

『勝利か死か』。

理想の勝利、思想の勝利…あるいは個人の勝利、数ある勝利の中でただ一つ兵士にとって変わらないものは、『死』という結末が必ず付き纏うということのみ。

時に死は、傷つき喘ぐ者達にとって救済にもなり得る。

死が許されないというのは、覚悟の表れか?」

 

「そんな高尚なものじゃない」

 

ジョンの言葉に、ほんの少しばかりの熱がこもる。

 

「焦っていたのだろう。

その焦りからくる怒りを、仲間に押し付けていただけのことだ。

己に課した戒めを、仲間にも背負わせていた」

 

ジョンはそう言って歩みを早める。

 

「…私にそれを見たのであれば、間違いではない」

 

へラグもまた、その歩調に合わせてジョンの隣を歩く。

そしてどこか哀愁のただようジョンの背中を見つめ、口を開いた。

 

「私もかつては導く立場だった。

戦場という不確定な場所において、指揮者というものは常に選択にさらされる。

例えそれが幾多の死に繋がろうとも、大きな意思の成就に、勝利に繋がるのであれば、選択を躊躇ってはならない。

…私がその地獄のような場所に道を見出していたのは、事実だ」

 

ジョンは暫くの沈黙の後、ポツリとつぶやいた。

 

「子供達は、その時の贖罪か。

だとすれば、君はその道に一体何を見た」

 

へラグの足がぴたりと止まった。

 

「ドクター、貴方は一体何者なのだ」

 

ジョンはへラグの問いかけに歩みを止める。

そして振り返ると、頭を覆うフードを外した。

 

「貴方からは、酷く懐かしい匂いがする」

 

「…そうだろうか、私からはきっと居心地の悪さしか感じ取れないと思うが」

 

「いや、戦場でたまに感じるあの感覚…もう忘れ去ったものだと思っていたあの匂い」

 

へラグは真っ直ぐに、ジョンの瞳を見つめる。

 

「ドクター…いや、ジョン…会ってまもない失礼を詫びる。

しかし、本当に貴方は何者なのだ」

 

へラグは酷く動揺している様子だった。

額には冷や汗すら浮かんでいる。

ジョンもまた、そんなへラグの様子を見てハッと我に帰ったように目を見開く。

そして息を細く吐き出すと、再び落ち着きを取り戻した表情でヘラグに向かい合う。

 

「…失礼した、酷く不躾な問いかけだったな、許して欲しい。

私の問いかけには答えなくていい。

私はその問いには答えられない、だから君も、答えなくていい」

 

そういってジョンは再び、フードを被り歩き出す。

オペレーター達も慌ててそれに続き、後には呆然とした様子のヘラグだけが残された。

ヘラグもまた、細く息を吐き出すと、ローブの前を開き、懐にしまっていた金属板に貼られた写真を見やる。

そこには病院の診察台のような場所に、複数の子供達が笑顔で集合している写真が貼られている。

 

「贖罪、か」

 

へラグは一言、声に発すると写真を戻し、ローブを翻して歩き始める。

 

(どちらにしろ、私もその問いには答えられなかった)

 

今はオペレーター達の影に隠れてるようにして進むジョンの背中を見つめ、ヘラグは瞳を哀愁の色に染める。

 

(だが、知りたい…貴方が一体どういう人物なのか、天国の外の住人と言う貴方が、なぜ…あの暖かな匂いを発しているのか…。

…これが一つの巡り合わせというならば、私はきっとこの機会を手放してはならない)

 

「…貴方は、その歩んだ道に一体、何を見てきたのだ」

 

 

シェルターの中は静かだった。

少なくとも、一人のオペレーターの耳には一つの音も入ってはこなかった。

分厚いシェルターの両開きの扉が、まるでおもちゃのびっくり箱のように吹き飛ばされても、その衝撃で入り口付近に集まっていた空いた病床のいくつかが吹き飛ばされ、守備に当たっていたオペレーターが大きな口を開けて吹き飛ばされても、オペレーターの耳には何も入ってはこなかった。

 

煙の奥に数人の影が見えた。

その影は一気にシェルターの中に入りこみ、起きあがろうとするオペレーター達を押さえつける。

即座に飛び交うアーツの光、自分もと武器を探すが、傍には医療器具が広がるばかりで、そこに自分の得物は存在しない。

再び入り口の方へ視界を移すと、そこには仮面の兵士の汚れた包帯のまかれた掌が広がり、それはオペレーターの視界の全てを覆い尽くした。

 

 

「少女はどこにいる?」

 

長身の半龍の女に、白髪のオペレーターが首を掴まれている。

バタバタと暴れる足元は宙に浮き、手に持つ杖は空を切っている。

 

「…し、しらない“…ッ!!」

 

「ここが最後のシェルターだが」

 

半龍の女、タルラは真一文字に結ばれた口をほんの少し歪める。

 

「やはり生きて逃したのは失策か、紛れていたのかもしれない」

 

「…ぐ……げ ……!」

 

白髪のオペレーター、ワルファリンはタルラの腕を片腕で掴み、気管が狭まるのを少しでも和らげようともがいている。

 

「この広さを探すのは面倒だ、ここは火を放つか」

 

「ギ!?」

 

ワルファリンの目に怒りの光が怪しく光る。

その時、タルラの隣にガスマスクの兵士が立ち、タルラに宙吊りにされるワルファリンを見つめる。

 

「ミーシャという少女だ、どこにいる」

 

「……ぐ……知らんわ!!

貴様ら…!ここは病室じゃぞ!!そこまで落ちぶれたかケダモノども!!」

 

「俺たちの病室じゃない」

 

スカルシュレッダーはゆっくりと周りを見渡す。

 

「ミーシャという少女はどこにいる。

既にここ以外のシェルターは回った。

知っているなら教えることだ。

でなければ、このシェルターの者は焼く」

 

スカルシュレッダーはガスマスクのブラックガラスに照明の光を反射させ、冷たく告げる。

 

「ほ、他のシェルターの者はどうしたのじゃ!?

まさか貴様ら…!!」

 

「お前はもういい」

 

タルラはそういうと、ワルファリンをすぐ側の壁に投げつける。

背中を打つ鈍い音を響かせて、ずり落ちたワルファリンは痛みに喘ぎながら体を丸めた。

 

「もう一度聞くぞ、ミーシャはどこだ。

ここにいるのはわかっている」

 

痛みに悶えるワルファリンの元に、数人の医療オペレーターが集まっていく。

その様子をスカルシュレッダーは視線の端に捉えると、投げナイフを一人の医療オペレーターの肩に投げつけた。

短い悲鳴の後に、ワルファリンの咳き込む音が部屋に響きわたる。

 

「…やめろ!もうやめるのじゃ!!」

 

「待たないぞ!ミーシャはどこだ!どこにいる!!」

 

スカルシュレッダーの叫ぶような声が部屋に響き渡る。

しかし、そのシェルターからは誰一人として声を上げる者はいない。

 

「…ロドスの連中はともかく、患者もだんまりとはな…大した偽善者どもじゃないか」

 

スカルシュレッダーの方が小刻みに震え始める。

 

「いい加減にしろよ!!本当に燃やすぞ!!お前ら全員消し炭にされたいのか!!」

 

スカルシュレッダーの絶叫に呼応するかのように、タルラの右手に熱が集束し始める。

やがて炎の形の成したそれは、病室の空気を撫で始める。

 

その時だった。

 

「待って!!」

 

シェルターの最奥、薬品棚の列に隠れるように配置された病床の一角から、患者や子供達を引きずる形で少女が現れた。

 

「…今、行きます」

 

「およし!出てっちゃダメだよ!」

「お姉ちゃん!!」

「いっちゃやだあ!!」

 

涙を流す子供や老婆から伸ばされた手を、優しく振り解きながら、少女はその身をタルラ達の前に晒した。

 

「だから、もうやめて、ください」

 

タルラは即座に右手に集束した炎を消し去ると、隣に立つスカルシュレッダーを見やる。

スカルシュレッダーはただ、真っ直ぐに少女を見つめた。

そして砕かれた薬品のガラス容器の散らばるシェルターを、一歩、一歩と進み始める。

 

「…ようやく」

 

ミーシャもまた、守ろうと飛び出してきたオペレーター達を押し退かしながら、スカルシュレッダーの元へと歩み続ける。

 

「…見つけた」

 

レユニオン兵士達の一部も、その様子を固唾を呑んで見守っている。

タルラはスカルシュレッダーの後ろ姿を、表情を変えることなく見つめている。

 

やがて、二人はシェルタールームの真ん中で、残り数歩というところで向かい合う。

 

「…私は、一緒に行きます、から…この人たちに、乱暴なことは、しないで」

 

目尻に涙を浮かべて、震える体でスカルシュレッダーと向かい合うミーシャ。

 

「そんなこと…もうどうでもいいんだ」

 

スカルシュレッダーは、一つ、また一つと、ガスマスクの留め具を外し始める。

ミーシャはその様子を、ただ呆然と眺め続ける。

やがて全ての留め具を外し終わり、隠されていた全てが、ミーシャへ晒される。

 

「…ねえさん」

 

ミーシャの表情が強ばり、凄まじいまでの動揺に体が自然と後ずさる。

 

「…りえない……そんな…そんなことって…」

 

「姉さん…僕だよ…わかるだろ」

 

「……アレクセイ………アレックス……貴方なの…?」

 

「わかるんだね……よかった」

 

「…なんで…うそ…どうして…」

 

「怖かったんだ…もし僕だってわからなかったらどうしようって」

 

「貴方は……」

 

「死んだ、と思ったよね、でも…生きてるよ、生きてたよ」

 

「アレクセイ…私の…」

 

「生きて、きたよ…姉さん」

 

その瞳は驚愕か、喜びか、或いは絶望か。

ありとあらゆる感情が入り混じった涙が、ミーシャの瞳から溢れ出す。

震えて今にも倒れそうなミーシャの体を、慌ててスカルシュレッダー、アレクセイは抱きしめる。

 

「私…わたし…アレクセイ……わたし…」

 

「…大丈夫」

 

「…わたし……隠れて……あなた…呼んでたのに…」

 

「大丈夫だよ…」

 

アレクセイは、強く、強くミーシャを抱きしめる。

 

「今度はさ…僕が…僕が守るから」

 



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希望を

スカルシュレッダー、アレックスの腕の中で、ミーシャはさまざまな感情に胸を焼かれながら、自らの目から溢れる涙を抑えることができずにいた。

涙は頬を伝い、やがてアレックスの肩で弾けて小さなシミを作る。

腕の中にある小さな姉の感触に、身を震わせ始めるアレックス。

 

「姉さんは…小さいなあ…」

 

そういって笑うアレックスの瞳からも大粒の涙が溢れ出す。

 

「…もっと…僕より…大きい…かと…」

 

「アレックス…」

 

ミーシャが震える手でアレックスの背中に手を回そうとした時、アレックス我に帰ったかのようにミーシャから数歩の距離をとり、ガスマスクを身につける。

 

「…姉さん、すまない。

もっと色々と話をしたんだけど、今は…ここを離れよう」

 

そういってアレックスはミーシャの手を握る。

 

「一緒に行こう。

行くんだ、姉さん」

 

ミーシャの柔らかく握られていた手に、段々と力が込められていく。

 

「アレックス…でも…」

 

「姉さんはここにいるべき人間じゃない」

 

ガスマスクをつけたアレックス、スカルシュレッダーの表情はもう、ミーシャには読み取れない。

 

「でも、あの人達は…」

 

ミーシャはそういってスカルシュレッダーの背後、タルラを含めるレユニオンの兵士たちを見る。

ミーシャはゆっくりとアレックスの手を振り解き、胸に抱えて距離を取り始める。

 

「彼等は…仲間だよ。

…俺たち感染者にとっての、真の仲間だ」

 

「でも…でも…」

 

「ミーシャ」

 

スカルシュレッダーはミーシャに向かってガスマスク越しに鋭い目線を向ける。

 

「姉さんがここに連れてこられたと聞いて、彼等は何も言わずにこの作戦に協力してくれた。

傷ついた仲間も大勢いる。

それを、裏切るわけにはいかないんだ」

 

「…アレックス、貴方…」

 

ミーシャは後ずさる。

その瞳には困惑と、恐怖が感じ取れる。

 

「レユニオンに…なんで、そんな…」

 

「姉さん」

 

スカルシュレッダーは再び、ミーシャのすぐ目の前まで近づく。

 

「わからない…わからないよ!

アレクセイ!貴方一体ここで何人の人を傷つけて…ッ!?」

 

言い終わるより先に、ミーシャの首筋に金属製の注射器がつき刺さる。

スカルシュレッダーの手によって刺されたそれは、薬液を容赦なくミーシャへと注ぎ込む。

瞳孔が開き、やがて瞼を閉じて倒れこむミーシャを、スカルシュレッダーは抱き抱える。

 

「済んだのか?」

 

そのすぐ後ろにタルラが立ち、問いかける。

その瞳はスカルシュレッダーの腕の中で昏倒しているミーシャに向けられている。

 

「…すぐに理解してくれるとは、思いません。

姉さんは、あまりにも知らなすぎる」

 

「責める気にはならないのか」

 

「…どうして責められますか」

 

スカルシュレッダーはミーシャを抱えながら、タルラの脇を通り過ぎる。

 

「…子供なんです、まだ何も知らない」

 

「子供、か」

 

タルラの鈍色の瞳が、スカルシュレッダーの背中を見つめる。

スカルシュレッダーは無言のまま、シェルターの入り口で待機している仲間達に合流する。

返答がないことを確認したのち、タルラもまた、入り口へと歩き始めた。

 

「…待て!」

 

そんな彼らを呼び止める声。

二人の医療オペレーターに抱えられながら、スカルシュレッダーを睨みつけるワルファリン。

レユニオンの兵士たちは聞く耳を持たずにシェルターを後にしていく。

 

「…その子を、ミーシャをどうするつもりなのだ…!」

 

スカルシュレッダーもまた、少しの視線もくれずに、ただシェルターの外へと歩みを進める。

 

「わかっているのか!?

その子は重度の感染者なのだぞ!

お主は…ミーシャの弟、そうなのであろう!?」

 

その言葉を受けて、初めてスカルシュレッダーの歩みが止まる。

 

「その子は…置いて行くのだ…!

本当にその子のことを思うのならば…連れて行かないでくれ…お願いじゃ…!」

 

額から血を滲ませながら、ワルファリンは叫ぶ。

その様子をシェルターの中に残ったスカルシュレッダーは、ほんの少し振り返り、視界に収める。

 

「姉さんは…ミーシャは家に帰るだけだ、本当のな」

 

そう言って仲間の後を追い、シェルターを後にしようとする

ワルファリンは唇を噛み、苦悶の表情を浮かべて目を閉じた後、意を決したように大きく口を開いた。

 

「…死ぬぞ!!」

 

短く発せられたその言葉は、間違いなくスカルシュレッダーの耳にまで届いていた。

 

「死んでしまう!

その子は…ロドスの医療がなければ一月ともたんぞ!

お前は弟なのだろう!!」

 

立ち止まったスカルシュレッダーの背中を見つめ、ワルファリンは絞り出すように続けた。

 

「連れて行かんでくれ…お願いじゃ……」

 

スカルシュレッダーは答えない、それどころか、身じろぎの一つも起こさない。

時間にして数秒、その短い時間が永遠のように感じられる中で、先に口を開いたのはスカルシュレッダーだった。

 

「帰るんだ、俺達は」

 

その一言を聞いて、ワルファリンは瞳を絶望の色に染める。

脱力した彼女を二人のオペレーターが支える。

シェルターの内部の人間はただ、その場を後にするスカルシュレッダーを見つめるのみだった。

 

 

セクター1のシェルターは近く、その距離は確実に埋まっている、しかし彼等にはそれがとてつもなく遠く感じられた。

加えて数分前に感じられたあの震動が、彼等の焦りをさらに煽る。

 

「あと少しです!!」

 

息を切らし、汗を迸らせながら、ようやくの思いでたどり着いたシェルターの入り口。

 

「…ああ、そんな」

 

そこにはチロチロと空気を舐める残り火が、内側に吹き飛ばされたシェルターの扉周辺に撒き散らされている。

身を焼く熱もお構いなしに、オペレーター達はシェルターの中に飛び込んでいく。

ジョンも彼等に続き、シェルターの入り口に立つ。

 

「ああ…よかった…!!」

 

P・M(ポジティブ・モンキー)が安堵の声をあげている。

そこには若干の傷を負いながららも、医療オペレーター達に治療を受けている戦闘オペレーター達と、患者達がいた。

 

「みんな、無事だったのか…!」

 

前衛オペレーターの一人が壁際に項垂れている重装オペレーターに近づいていく。

 

「何があった!?」

 

「…き、来てくれたのか!?」

 

重装オペレーターは跳ね上がるように起き上がると前衛オペレーターの肩を掴んだ。

 

「少女が…ミーシャって子が連れて行かれた!!」

 

「…はぁ!?」

 

「あいつら…俺達や他の患者には目もくれずに…あの子一人だけを連れて行った!!」

 

「お、お前らは一体何をしてたんだよ!!」

 

前衛オペレーターの言葉を受け、重装オペレーターは震えながら地面に崩れ落ちた。

 

「……そうだよな…俺は…俺…くそ…どうしようもねえじゃねえかよ…あんなの…どうにもなんねえよ」

 

頭を抱えて地面に蹲る重装オペレーターを前にして、前衛オペレーターは言葉を失う。

ジョンは入り口に近い所に配置された医療ベッドに腰掛け、俯く一人の医療オペレーターらしき女性に近づいて行く。

 

「君は…確か龍門の作戦で」

 

ジョンがそう言葉を投げかけると、医療オペレーター…ワルファリンはゆっくりと頭を上げる。

ジョンは身をかがめてワルファリンと同じ目線に立つと、肩にゆっくり手を置いた。

 

「ワルファリン…だったか。

何があった、ミーシャはどこへ…」

 

「…ドクター…ドクター!!

ミーシャ…ミーシャが…!!」

 

「…落ち着け!

ワルファリン、でいいんだな?

落ち着くんだ、何があった、話してくれ」

 

「なんで…なんでもっと早く…!

あの子は…あの子は連れて行かれた…タルラが入り口を焼き切って…我らは大した抵抗もできなんだ…!

それで…あの子は」

 

ジョンの表情に暗い影が降りる。

ジョンが立ち上がり、シェルターの入り口に向かおうとすると、ワルファリンがローブの裾を掴んだ。

 

「…なんだワルファリン、今ならまだ…」

 

「レユニオンの幹部に…ミーシャの…身内がいた…!」

 

ジョンはその言葉に目を見開く。

 

「それは本当か?」

 

「このシェルターのもの全員が証人じゃ…!

ミーシャの様子を見るに…間違いはない…!」

 

 

『…私の両親は…殺されたの…チェルノボーグの人々に…』

  

『…私の弟が…鉱石病オリパシーに感染したの…まだ小さい頃…まだ私の後ろを…追いかけてくるくらいの…小さい頃』

 

『両親は隠したわ…でも…長くは続かなかった…。

目の血走った人達に…家のドアが壊されて……泣き叫ぶ弟を抱えて…両親は必死に止めようとした…私を…クローゼットに押し込めて…』

 

『…わた……私…隠れているだけだった……弟が呼んでたのに……私…パパ……ママ……!』

 

『…アレックス……私…わたしの…』

 

 

「……まさか」

 

「ドクター…!」

 

ワルファリンは力強くローブの裾を引き寄せる。

 

「あの子を、連れ戻してくれ…このままじゃあの子は…唯一の肉親である弟の手で…死ぬことになってしまう…!」

 

「…詳しく話せ」

 

 

通路に怒号と轟音が響き渡る。

 

「セイヤァ!!」

 

エフイーターの操る鉄甲が勢いよく振るわれ、マチェットでそれを受け止めた兵士を壁に向かって叩きつける。

次いで後ろから襲いかかる兵士を、鉄甲を地面に突き立て軸として回転し、生身の足で顎を正確に蹴り抜く。

しなやかな動きで地面に着地したエフイーターは、周囲で荒く息をするレユニオン兵士たちを見据えて細い息を吐き出す。

 

「スーッ…」

 

「さっすがあ、スーパースターは動きが違うね!」

 

そのすぐ近くで、数人の前衛オペレーターに守られながらミーボの操作を行うメイヤーが声をかける。

彼女によってまるで生きているかのように動く犬型の戦闘ロボット、ミーボはそれぞれがまるで訓練された軍用犬のように動き回り、レユニオン兵士たちを翻弄している。

そしてそれらの隙をメイヤー自身が放つアーツ攻撃によって補完し、それでも補いきれない穴をエフイーターが埋めることで、少ない人数の彼等は大勢のレユニオン兵士達と渡り合っていた。

 

「メイヤー、こいつら様子が変だよ!」

 

「そうだね、隙があればここをすり抜けようって感じ!

もう用事は済んだのかなぁ!?」

 

メイヤーはミーボの守備の穴を抜けて突っ込んでくるレユニオン兵士にアーツ攻撃を浴びせる。

 

「ぐあッ!?」

 

「用事が済んだらさようならって…虫がよすぎだよ!」

 

メイヤーの腰部の固定パーツから展開される複数のアームパーツが複雑に動き、それぞれがレユニオンの兵士を捉える。

 

「くッ!」

 

「怯むな!隊長達が戻る前に脱出地点を確保するんだ!」

 

レユニオンの兵士たちも、統率の取れた動きで通路上に展開し、距離をとってエフイーター達に対峙する。

 

「…レユニオンの正規兵ってところかな、流石によく動くねえ」

 

メイヤーの頬に一筋の汗が伝う。

 

「ここは、通さない!」

 

エフイーターは飛び下がりながらメイヤーの隣に立ち、鉄甲を打ち鳴らし、両の足で地面に円を描きながら、流れるような動きで構えをとる。

 

「メイヤー!ここで踏みとどまればきっと応援がきてくれる!

みんな!こいつらをここから逃しちゃダメだ!」

 

「わかってる!

ミーボ、フル展開!

お兄さん達!即興コンビネーションで行こう!」

 

「「「応ッ!」」」

 

メイヤーがガジェットボックスからさらにミーボを1体展開させ、その穴を埋める形で3人の前衛オペレーター達が配置につく。

レユニオンの兵士たちは歯軋りを上げながらジリジリと距離を詰め始める。

 

(本隊が戻って来たら…長くはもたない、誰か…早く来て!)

 

エフイーターは額から垂れてきた血を舐めとる。

その時だった。

レユニオンの兵士たちの背後から、風切り音を上げて飛翔してくる物体が4つ。

点にしか見えないはずのそれを、メイヤーの目は捉えていた。

 

(…擲弾…!?)

 

即座に指を動かす、ミーボ三体を同時に操作し、宙に飛び上がらせる。

メイヤー達とレユニオンの兵士たちのちょうど中間地点で、擲弾の一つを一体のミーボが捉え、接触したのと同時にそれは爆ぜた。

爆散するミーボの破片を受けながら、さらにもう2体のミーボが擲弾に接触する。

続け様に起こる炸裂。

 

(お願い!!)

 

4発の擲弾、3つは対応した。

しかし、残りの一発は運だのみだった。

炸裂の衝撃で誘爆を起こすことを期待していた。

だが。

 

「…あ…!」

 

爆炎の中を掻き分けて突き進んできた弾頭。

メイヤー達の集団の中央に目掛けて確実に突き刺さる軌道に狭い通路。

最悪のイメージが頭によぎる。

 

「…みんな!ふせ…!!」

 

メイヤーが声を上げるのと同時に、真横から飛び出す影があった。

 

「待っ…!?」

 

前衛オペレーターの一人が声を上げて手を伸ばすが、それを抜け、エフイーターは鉄甲を構えながら飛び出す。

メイヤーは声にならない叫び声を上げた。

前衛オペレーターの二人が悲痛な表情でメイヤーを地面に押し倒す。

残った一人は、飛び出していったエフイーターを全力で追った。

エフイーターは鉄甲を交差し、擲弾目掛けて飛びかかる。

 

(…あはは、またカッコつけちゃった)

 

交差した鉄甲の隙間から、まっすぐに擲弾を捉える。

 

(うう、絶対怒られる…)

 

恐怖を感じたのは、擲弾が仲間に迫っていると感じた時だけだった。

いざ前に足を踏み出せば、その恐怖はもうない。

なぜならば、仲間を脅かす元凶は、今自分の腕の届く所にある。

 

(…でも、こういう展開)

 

自らの鉄甲で守れるものがある。

 

(王道で大好きなんだから、困っちゃうよねえ!)

 

「うあああああぁぁぁッ!!」

 

鉄甲の先に感じた僅かな感触。

次の瞬間、エフイーターの視界は真っ白に塗りつぶされた。



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➖➖➖

「はえ!?」

 

気がつくと地面との境目さえわからないくらい、真っ白な世界に立っていた。

呆然とし、あたりを見回すがそこには自分の存在以外何もない。

閃光の中にいるような感覚。

思わず地面に四つん這いになり、足元の感覚を確認する。

 

感触はある。

滑らかな布地を触っているような感覚。

立っている時は硬い地面のような感触だったが、手で触れると、時々呼吸をするように撓む。

 

「ここ、どこなんだろう」

 

背中に背負っていた鉄甲がない。

武装がないことに一抹の不安を覚える。

 

その時、目の前に突然、今まで存在していなかったものが現れた。

それはさも最初からそこに存在したかのように、自らの数歩先にあった。

 

ガーデンテーブルとチェア、テーブルの上にはクロスの敷かれたティーセット。

二つあるティーカップのうちの片方は伏せられているが、もう片方からは澄んだ琥珀色の液体が注がれ、湯気を出している。

 

頬を一筋の汗が伝う。

 

「まさか…あの世って事はないよね?」

 

「まさかまさか、それは困る」

 

背後から発せられた声に勢いよく振り返る。

しかし、そこには誰もいない。

 

ふたたびガーデンテーブルの方に向き直ると、そこにはグレーのスーツを着込んだ老紳士が、ティーカップを片手にチェアに腰掛けていた。

 

「君も困るだろう、可愛らしいお嬢さん」

 

老紳士はティーカップを軽く掲げながら、目線をこちらに向けてくる。

その視線は柔らかいもので触れられるような不思議な感覚を覚えるもので、張り詰めた緊張感をほぐしていく。

 

「じ、じゃあ…ここは、どこなの?」

 

「それを私もずっと考えているのだが」

 

老紳士はゆっくりと周りを見渡すと、再びこちらに向き直って首を傾げる。

 

「皆目検討がつかんのだよ」

 

「…じゃあ、あの世ってことも、あるわけです…よね?」

 

「いやあ、それはない」

 

老紳士は対面の席に手をやって座るように促す。

 

「私は生きているからね、座らないか?」

 

「…」

 

不思議と疑う気も起きず、席に腰をかける。

 

「紅茶でいいかな」

 

「…う、うん」

 

「今日の気分はティーバッグでね、近所のストアで買ったものなんだが」

 

老紳士はティーバッグをカップに落とし、そこにポットから熱いお茶を注ぐ。

 

「企業努力の賜物なのだろうな、リーフとはまた違う趣があって私は好きだ。

…最近はずっとこれなんだよ」

 

「…」

 

「数分ほど蒸すのがコツだよ、覚えておくといい」

 

紅茶にはあまり縁がなかったが、老紳士の差し出したティーカップから漂う華やかな香に、思わずため息を漏らす。

 

「君のようなお嬢さんがね…ここにくるとは思わなかった。

おまけに可愛らしい耳が生えている。

案外ここは、不思議の国の何処かなのかもしれないな。

ミルクは入れるだろう?」

 

「…え、あ…はい」

 

老紳士はミルクポットを差し出すと、茶葉をむらす数分の間、興味深そうにこちらを眺めている。

 

「あの…何か?」

 

「落ち着いているね、紅茶のおかげかな?

それとも私のおかげかな?」

 

思わず笑みが漏れる。

 

「…おじさんのおかげ、かな」

 

「そうかそうか、スコーンはいるかな」

 

老紳士がそういうと、テーブルの上にスコーンの置かれた皿が現れる。

先程のテーブル、老紳士のそれと同様に、まるで最初からそこにあったかのように。

 

「ちょうど飲み頃のはずだ、これは私の手作りでね。

その茶葉にあうよ」

 

「いただきます」

 

そう言って皿の上に手を伸ばす。

 

「はむ…あの、私…」

 

「安心したまえ、それを飲み終える頃には戻れるよ」

 

老紳士はそう言って笑う。

気づかないうちに、老紳士はメガネをかけて新聞紙を大きく開いている。

 

「そちらは随分と騒がしいようだね」

 

琥珀色に染まったそれにミルクを注ぎ、ティースプーンで軽くかき混ぜてから口に含む。

花や木々を思わせる香りに、ミルクのまろやかさと甘さがここちいい。

 

「彼も相変わらず、変わったことに巻き込まれているようだ。

…全く、いつになったら迎えに来てくれるのやら」

 

「彼?」

 

老紳士は新聞紙を半分に折り曲げ、メガネ越しに視線を向けてくる。

 

「彼も私も、立場の説明が難しくてね。

いや、一方的に押し付けるような形になってしまって申し訳ないとは思っているよ」

 

「…?…おじさん、一体何者なの?」

 

「ん?…ふふ」

 

老紳士の言っていることを何一つとして理解できぬまま、手元の紅茶だけが飲み進んでいく。

暫く紅茶とスコーンの組み合わせに舌鼓を打っていると、老紳士が腕時計を確認してこちらに向き直った。

 

「…そろそろ時間かな」

 

老紳士がそうつぶやいた瞬間、手元にあったはずのティーカップが消え、テーブルの上の物も全てが消え去っている。

 

「…あれ?あれ!?」

 

「君はもう戻らなくては、楽しいティータイムだったよ」

 

老紳士はそう言って微笑む。

 

「目を瞑って」

 

彼に言われるがまま、瞼を閉じる。

途端に暗い闇に閉ざされる世界。

しかし、だんだんとその真ん中から、眩い光が差し込んでくる。

朝ベッドから起き上がるような、半分宙に浮いているかのような感覚。

 

「…これはここに来た者、皆にお願いしているのだがね」

 

老紳士の言葉を最後に、瞼の裏側の世界は再び純白の世界へと帰って行った。

 

「彼を、頼んだよ」

 



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VIC BOSS
塗りつぶしていく


荒野の闇の中で、燃え盛る炎に照らされる移動都市ロドス。

霧の中でドーム状に影を浮かび上がらせるそれを目指して数十機のヘリコプターが夜空を駆けている。

 

『目標地点まで残り3㎞』

 

『降下準備』

 

座席から立ち上がる屈強な兵士たちは、フルハーネスのベルトに取り付けられている大ぶりのカラビナを握る。

機内の赤ランプに照らされた男たちの表情は、ブラックスモークのバイザーによって覗うことはできないが、無個性かつ統率の取れたその動きは一つの生き物のように機能していた。

パイロットの座席の後方、ヘリボーン指揮官の席には一人の女性が座っている。

その対面には極めて大柄な(少し身を屈めなければ座っていたとしても備品に頭をぶつけてしまいそうな)女性兵士が、まるで主人の傍に控える従者のように。同じように目を瞑って座っている。

腕を組み、瞼を閉じて揺れるヘリの中で微動だにしない彼女たちの姿を兵士たちは見つめる。

やがて輸送ヘリは右舷側を業火にさらされる移動都市の直上に到達する。

 

『前方に注意』

 

ヘッドセットから僚機からの注意喚起が聞こえてくる。

 

「チェン警司、隊長」

 

大柄な女性兵士がヘッドセットのマイク部分をつまんで目の前の指揮官に声を投げかける。

薄目を開き、キャノピー越しにヘリの前方を見るチェンの視界には、赤いヘリコプターが数機、胴体部分に収納されたコンテナから消火剤を振りまいているのが映った。

先頭を行くヘリのキャビンの扉を開け放ち、防火装備の男が無線を片手に叫んでいるのがヘリの中にいてもわかる。

その傍らには大男に比べて、こじんまりとしたザラックの女性消防隊員が神妙な面持ちでロドスを見つめていた。

 

『付近を飛行中の龍門近衛局機。

消火活動優先のため、我々は先んじて降下する、よろしいか』

 

パイロットが前方で既に着陸態勢に入っている消防隊機を見て、チェンに視線を向ける。

パイロットが何か言う前に、チェンはヘッドセットの周波数を操作しコールボタンを押す。

 

『現場の脅威レベルの把握は済んでいる。

貴官らの先行を認める』

 

『感謝する』

 

言うや否や、消防隊機はすさまじい速度でロドスの甲板に急降下し、ホバリングを始めた数機のヘリから数十人の消防隊員がラぺリング降下していく。

 

『・・・応答されたし…上空を飛行中の・・・…龍門機…聞こえるか』

 

続けざまにチェンの耳にノイズ交じりの通信が入ってくる。

 

『ロドスからです』

 

パイロットがヘリの操作モジュールに投影された周波数を見てチェンに告げる。

 

『こちらは龍門近衛局、チェン上級警司だ。

貴官の所属を述べられたし』

 

『…こちらは移動都市ロドス…管制塔…・・・。

救援感謝する…そちらは現在消防隊の受け入れで埋まっている…降下ポイントをマークする…』

 

『感謝する管制官』

 

チェンは通信を切ると立ち上がり、パイロットの背もたれに手をやる。

 

『指定ポイントへ迎え』

 

『了解。

各隊、本機に続け』

 

パイロットは操縦桿を傾け、ヘリは傾き轟音を発しながら指定の甲板へと向かう。

 

 

ロドスの作戦会議室、二人の重装オペレーターを傍に控えさせ、ケルシーはオペレーター達に指示を与えていた。

 

「レユニオンの残存勢力を見落とすな、警備オペレーターは各々の守備エリアでアラートが消えるまで待機。

…第1セクターにもっと人手を、最も被害の多い区画だ。

警備オペレーター以外の手の空いたものを優先的に回せ」

 

手元のタブレットを操作しながら、インカムマイクに向けて指示するケルシーのもとにオペレーターが駆け寄ってくる。

 

「ケルシー先生!」

 

「どうした」

 

「龍門消防隊の皆さんが到着されました!」

 

走ってきたオペレーターの後ろには数人の消防隊員、そしてその先頭にザラックの女性消防官が背筋を正し、整列している。

 

「龍門消防署所属第2分遣隊隊長のショウです貴艦の消火活動の助勢を命じられましたよろしくお願いします!」

 

ケルシーはタブレットをわきに抱えて会釈をする。

 

「医療部長のケルシーです。

この度は急な要請にも関わらず、迅速な救援を感謝します。

消火中の区画の責任者に話はつけてあります、そちらで指示を」

 

身を屈めてそう告げたケルシーの視線をまっすぐに受け止めると、ショウは素早い動きで敬礼を返した。

 

「かしこまりました!」

 

ケルシーが目くばせをすると、オペレーターはショウ達消防官を会議室の外へと先導する。

 

「チェン警司はどうした?」

 

付近でタブレットを操作していた女性オペレーターが、メガネの位置を直しながら返答する。

 

「第1セクターのヘリポートに現在降下中です」

 

「…せっかちな奴だ」

 

「いえ、あそこしか空きがありませんでしたので仕方なく…」

 

ケルシーは再び開いたタブレットの画面表示された、赤い光点の表示されたボロボロのセクター1を見つめる。

 

(アーミヤ…私はここを離れられない)

 

ケルシーの目線の先、赤い光点に囲まれた複数のオペレーターマーク、その内の二つにケルシーは鋭い目を向ける。

 

(胸騒ぎがする…杞憂に終わればいいが)

 

 

チェンが搭乗しているヘリは、ロドスの管制塔に誘導されたヘリポートにゆっくりと着陸し始める。

ローターの吹き起こす風に抗いながらも、オペレーターの一人がチェンの搭乗するヘリに向かって駆けて行く。

搭乗口のスライドドアが勢いよく開き、まず初めに大柄な女性兵士が降りてくる。

オペレーターは見上げるようなその巨躯に息をのみ、素早い動作で敬礼する。

 

「お、お待ちしておりました!」

 

「お疲れさまです、龍門近衛局、保安隊所属のホシグマです」

 

女性兵士もまた素早く敬礼を返すと、いまだにいたるところで煙をたなびかせるロドスを見る。

 

「大変な被害を被ったとのこと、救援が遅れ申し訳ありません」

 

「い、いえ…そんな」

 

「無駄口はいい」

 

続いてチェンが搭乗口から降りてくる。

オペレーターが再度敬礼をすると、チェンは冷たい視線を投げかける。

ホシグマは目を伏せ、チェンの前から身をどかす。

 

「あの男の所へ案内してもらおう」

 

 

いまだ戦闘の傷跡が生々しく残る通路。

割れた照明、抉られた壁面、散乱する装備の破片、そこら中に張り付いた血糊。

赤い非常灯が照らす混沌の空間を、歪な円を描いた巨大な穴から月の光が照らす。

月明かりを受け、艦内に一筋の影を落とす一人の男。

融解し冷え固まった足元、男は踏み抜かんばかりに力を入れた両の足で立っていた。

その目はただ冷えた光を反射する月に向けられている。

 

「ドクター…」

 

月明かりが作り出す影に隠れるかのように、アーミヤはジョンの横から声をかける。

その瞳に映る淡い月の光を見つめ、アーミヤは押しつぶされそうな気持ちを抑え、ジョンに声をかけ続ける。

 

「…そこは冷えます」

 

ゆっくりとジョンの視線がアーミヤのほうへと向けられる。

その瞳には月の光と赤い非常灯が混じる。

 

「アーミヤ、すまない…しばらく、一人にしてくれ」

 

心の底から申し訳なさそうな声を、ジョンはアーミヤに返す。

 

「…はい」

 

アーミヤは服の裾を握りながら、ゆっくりとジョンの傍を離れていく。

再び、ジョンはまっすぐ月へと向き直る。

 

 

頭の中に、ベッドで儚げな微笑みを浮かべる少女が浮かぶ。

またしても、守ることはかなわなかった。

そんな思いが泥のように胸の中を渦巻く。

ミーシャをこの場所に連れてきたのは、まぎれもない、自分の判断である。

 

自分の考えは、またしても浅く、そして大勢の人間を巻き込んだ。

自らの世界の常識にすら翻弄され続けた。

そんな自分の判断を、過信していた。

あまりにも浅はかだった。

 

「…私はまた奪ってしまったのだろうか」

 

そう言って胸を撫でるジョンの脳裏にPRTSが表示した「KIA」リストが蘇る。

 

「ACEたちも含めれば…決して少ない人数ではない」

 

さする手を心臓のあたりで止めたジョンの腕に力がこもる。

 

「…あなたなら、救えた命だったのかもしれない。

もう私は、あなたの顔を思い出すことすらもできはしないが」

 

鏡に映る知る由もない男の、「ドクター」の顔つきは日に日に自らのそれに近くなっていく。

ジョンが覚醒し、初めに見た自らの顔は、まったくの別人のものであった「はず」だった。

自分という存在が、赤の他人の世界を塗り潰していく。

 

「ただ奪っているだけだ。

あなたが築いたものを、作り上げていく筈だったものを…大事にしてきたものを。

恐ろしい、他人が築き上げてきたものを、たやすく壊してしまえるこの状況が」

 

己と同じ名前の知らない誰かに、ジョンは語り続ける。

唐突にジョンの脳裏にアーミヤの笑顔が鮮明に思い起こされる。

 

「…アーミヤ」

 

栗の色の髪、屈託のない笑顔で自らの手を引く少女の姿。

偽物と分かっていながらも、ジョンという存在を認めてくれた、ただの一人で受け止めた。

 

「…私は…戦うことでしか自分を貫けなかった男だ」

 

それを皮切りに、ロドスで過ごした情景の一つ一つがジョンの頭の中を駆け巡る。

その中には、覚えのない光景も入り混じる。

ジョンはそれが「ドクター」の記憶の一部だと理解した。

 

「すべてを壊してしまうかもしれない」

 

すぐ横で血を流して戦うオペレーター達。

庇い、倒れ、繋いでくれと懇願する瞳。

畏れ、恐怖の瞳を向けるオペレーター達。

…それでもなお、少女とその仲間たちから注がれる、憧れと、信頼。

 

「そうだ…そうやって繋いできたもののすべてを、私は壊すかもしれない。

それでも守れというのか…この私に」

 

ただ「ドクター」というだけで、無条件に注がれる信頼や、笑顔、そして期待。

目を抑えるジョンの脳裏に、見たこともない光景が投影される。

 

光り輝く壮大な世界、広大で色鮮やかな自然を前に、少し大きくなった少女が髪を揺らして立っている。

こちらの視線に気づいた少女は、目を細めて笑い、やがて手を取って仲間たちのもとへと引いていく。

こちらに振り向いた少女の、その双眸に映るのは…。

 

「やめろ!!」

 

ジョンは思わず声を荒げる。

 

「…やめてくれ、私には…無理だ」

 

 

『あなたでなければだめなんだ』

 

 

「!?」

 

突然響いた声にジョンは目を見開き、周囲を見渡す。

 

 

『あなたなら、彼らを導ける』

 

 

「な…!?誰だ!?」

 

 

『俺は、俺には無理だった』

 

 

「…お前は」

 

ジョンは頭に手をやりながら声を震わせる。

額からは冷たい汗が垂れる。

 

「待て!答えろ!

「俺」は一体、なんなんだ!!どうしてこの世界に…!!」

 

 

『…あまり、時間がない』

 

 

「待てッ!!どういうことだ!!

お前は知っているのか!?待ってくれ!!」

 

 

『あんたは、あんただ…俺じゃない、いいんだ…あなたがしたいようにすればいい』

 

 

「だが俺は…!!」

 

 

『どうか、頼む』

 

『その世界を、あの子を取り巻くすべてを、変えてやってくれ』

 

『俺を…かつて俺たちを救ってくれたように』

 

『…VIC BOSS(勝利のボス)…』

 



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月夜の決意

月光の下で、「それ」に触れることのできない両の手が空を彷徨う。

途端に疼きだす、鈍い頭の痛みと胸の傷。

 

「『BIG BOSS(ビッグ・ボス)』…?」

 

心臓が高鳴り、動揺した意識下できこえたのは…たしかに一つの称号。

…本当に聞こえたのか、「あれ」はそう言ったのだろうか。

 

身が震え、寒気を覚えるほどに聞きなれた呼び名。

そして、この状況において決して聞こえることのない呼び名。

 

「…」

 

脳裏を濁流のように駆け巡る記憶。

 

 

『ビッグボス…俺は…この3年間の悪夢を払いに来た』

 

おぞましい研究の産物…紛い物に過ぎない筈の何か…。

私の分裂体であるあいつは、しかして私とは異なる意思を持ち、正面から抗った。

「あいつ」は私とは違った。

ザンジバーランド…あそこで、我々の唯一の居場所である戦場を、作り替えていく紛い物の規範に抗う我々に、身一つで立ち向かった。

ただ、己の忠を尽くすために。

 

戦うことでしか意思を示せないと思っていた。

私も、そんな私から作り出された…「あいつ」も。

 

『俺は…俺は自由を手に入れるために、お前を…』

 

自由…思えば私はその言葉にどれだけ縛られてきただろう。

どれだけとらわれてきたのだろう。

 

どちらが勝っても戦いは、闘争は終わらない。

敗者は戦場から解放される。

しかし、勝者はその時が訪れるまでは、戦場にとらわれ続ける。

それが自分の自由意思によるものだと、惑わし続ける。

 

そして…。

 

 

「勝者は…死ぬまで戦士としての生を全うする…」

 

思わず口に出た。

相手の意思を挫くために放った、苦し紛れの自らの意思。

 

 

『例外もある…俺は、俺の人生を愛している』

 

 

「スネーク…」

 

ジョンの脳裏に、ただ真正面から相対する好敵手の顔が浮かぶ。

何に忠を尽くすか。

あの時、その問いの一つの解を見た。

 

VIC BOSS(勝利のボス)

 

受け止め、自らに戒めた、呪いのようなその称号は、いつしか大きな重圧となって圧し掛かってきた。

祖国でもない、時代でもない、ましてや…自らに捧ぐ忠でもない。

自らの忠は仲間に…己と同じ「戦士達」に捧げた。

…私の意思はどこかで大きくねじ曲がってしまったのだろう。

 

そして…「忠」はあの時、あいつの執念とガス缶、安っぽいライターによって燃やされ、朽ち果てた。

大きな意思の衝突、己がために忠を尽くしたあいつに、私の意思は敗れた。

 

全てが終わったはずだった。

解放、己を縛り続けた精神からの解放…争いからの解放。

 

しかし。

 

「…私は、今ここにいる。

借り物の体の中に、全てを変えうる立場で」

 

 

『私たちから、逃げないで…置いていかないで……』

 

 

「アーミヤ…」

 

新たに自らの精神に穿たれた、一人の少女の縋るような願い。

それを受け止める義理はないはずだった。

しかし、そのような考えが少しも沸かなかったのはなぜだろうか。

この体の意思によるものだろうか。

 

(いや…それは違う)

 

私はあの時、あのがれきの山の上で、一人の少女の意思を真正面から受け止めた。

震えたのだ。

守らねばならない、救わなければならない…戦わねばならない。

その強烈な意思に、嘗ての光景を見た。

 

『ありのままの世界のために、最善を尽くすこと』

 

あの子は、自らの希望、それまで自らを導いてきた者を切り捨てて、それでも私に縋った。

ただ、自らの信じる道のために、私が必要なのだと、己の身を切り崩して。

 

『自らの意思を信じること』

 

それがなぜこんなにも簡単なように聞こえて、その実どれほどまでに難しいか。

それを…あんな少女が…。

 

(そうだ…私は震えたのだ)

 

あの時、一つの理想を目の当たりにした。

 

『他者の意思を尊重すること』

 

 

「…今の私でも…一つの意思に寄り添うことくらいは、できるだろうか」

 

胸を抑える力が強くなっていく。

 

「…私は死人だ…解放されし者…そうだ…私には、もうなんの束縛もない」

 

フードを勢いよく取り去り、ジョン…いや、かつての「ビッグボス」の輝きを宿した瞳で月を見上げる。

 

「ああ、わかったよ。

もう、考えることはやめた。

あんたがなぜ私を…「BIG BOSS(ビッグ・ボス)」の名を知っているのか、問いかけたところで答えてはくれないのだろう?」

 

そう言って苦笑を浮かべ、夜空に向かって拳を突き出す。

 

「…まったく、B級映画のお約束だな。

だが、あんたがそういうのなら、私は今一度、自らの意思を「ここ」で貫こう。

それがあんたの願いなら、私は今一度、この身を闘争の業火に晒そう」

 

闇夜の月に、ロドスを焦がす業火の火花が、まるで蛍のように宙を舞う。

 

「ここでもう一度…私は「サーガ」を作り上げる。

この世界が例え紛い物の、夢のようなものだとしても。

…あの子の意思の下、それが…あなたの願いなら」

 



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新年、あけましておめでとうございます。

二度目の限定キャラ実装、大変魅力あるキャラ揃いで新年早々財布に寒風が吹きすさんでおりますが、筆者は元気です。

…おめでたい新年早々ですが、当分の間シリアスムードが続きそうです。
シリアス面も重いものにしたい、でもボスとロドスの面々のわちゃわちゃが描きたい…。
両作品とも闇が深いので難しいです。

本年度も山あり谷ありの投稿になると思いますが、どうかよろしくお願いいたします。



アーミヤはただ一人、廊下の隅に置かれたベンチに腰掛け、膝の上に組まれた手を眺めていた。

手の指のすべてに淡い光を放つ翡翠色の指輪がきらめく。

 

(ドクター)

 

その脳裏には、月夜に影を落とすジョンの後ろ姿が映る。

 

(結局私たちはあの子を、ミーシャさんを守ることができなかった。

あの時みたいに、また奪われてしまった)

 

チェルノボーグの燃える広場。

希薄になっていく意識の中で、最後に見たあの後ろ姿が、今でもありありと思い出される。

胸の奥がキリキリと痛み、無力感に吐き気すら覚える。

 

(私は、また…何もできなかった)

 

今まで経験のない大規模な襲撃。

備えが足りなかったとは…思いたくない。

 

(そんなことを言ってしまったら、ケルシー先生に怒られてしまうだろうけど)

 

自らの周りには、自分よりも賢く、そして力のある人たちが大勢いる。

 

(でも、それって…私は役に立ててるのかな)

 

曲がりなりにも、自分はこのロドスの幹部の一人。

誰に見られても恥ずかしくないくらい、努力はしてきたつもりだ。

 

(…そうじゃなくちゃいけないのに)

 

広く、厚みのある背中。

かつて、ただ目の前にあるだけだった存在と、並び立てるようになりたかった。

しかし、それは失われた。

 

「…『ジョンおじさん』」

 

意図せず口に出した名前。

自分を今の形に導いた光。

アーミヤの瞳が揺らめき、目じりに涙が溜まっていく。

 

(…いけない)

 

涙はあの時、瓦礫の上で流したものを最後にすると決めた。

自分は自らの正体を明かし、許しを求めた「あの人」を許すことも、罪を背負うことすらも許さず、ただ歩き続けることを押し付けた。

恐らくは彼が想像もしえなかった世界なのだろう。

常識も何もかもが異なる場所に留まるように、自分たちの都合を飲み込ませた。

自分を見つめる一つの瞳が、複雑な感情に揺れているその情景に身を震わせる。

 

あの時、一人の人間の道行を縛ったのだ。

 

しかし、なぜだろう。

 

(私はなんであの時、あの言葉を…あの人の独白を信じたのかな。

なぜ…あの夢物語のような話を受け止められたのかな)

 

一時的な記憶の混乱だと、片づけて笑い飛ばすこともできたはず。

しかし、あの時自らの胸の中を突き抜けた絶望感は一体何だったんだろう。

 

言葉の重みを、意思を感じた。

そんな短絡的で、理論的でない感覚論で片づけていい話だったろうか。

 

でもあの時、初めて人の言葉に明確な意思が乗っていたのを感じたのだ。

嘘偽りのない心からの独白、その言葉の意味が真実であると。

 

思えば「あの人」も、行動、思考、その存在の全てが我々の想像の範疇の外にある事ばかりな人だった。

関わる人すべてに特別な感情を芽生えさせる、それこそ「異世界からの来訪者」のような。

でも、ドクターは…「あの人」はとても存在感が希薄だった。

行動も為すことも、この世界の常識を覆すような事ばかり。

でも、ふと目を離せば消えてしまいそうな、そんなことを想像させてしまう人。

それが彼だった。

 

(そして…)

 

あの人は…消えてしまった。

自分はもちろん、彼を知るすべての人が想像できない形で。

アーミヤの脳裏に自らの隣に立つ男の顔が浮かぶ。

 

 

いや、どこか、おかしい。

思い出せない、ドクターは…私たちのドクターはどういう顔だった?

アーミヤはマーカーで塗りつぶされたかのような空白、虚無に抗うために頭を抱える。

真っ黒に塗りつぶされた顔はまっすぐにアーミヤに向けられている。

しかし、その表情も、語りかけられていた言葉も、胸に覚えた感情もすべてが思い出せない。

 

足が震える。

声が出ない。

視界の焦点が定まらない。

 

怖い。

怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い……!!!!

 

「アーミヤ」

 

不意に声が投げかけられる。

アーミヤは暗闇の通路の奥から。

アーミヤは涙のたまった瞳を声の方向へと向ける。

 

そこにはフードを取り去り、右目に眼帯を当てた、老いた男が立っている。

まるで卵から孵ったばかりの雛のように、アーミヤの中に男の顔が刷り込まれていく。

 

「ド、クター…?」

 

まるで初めて会ったかのような衝撃。

アーミヤは思わず立ち上がり、男の胸元に飛び込んでいく。

 

「う…ああぁぁ…!!」

 

もはや留めることのできない感情の奔流を、アーミヤは男の胸の中にぶちまける。

 

「ドクター!…ドクター!!」

いや…!いやです…!!

消えちゃいやです…!!行かないで…!!」

 

男は、「ジョン」は胸元で泣き崩れる少女を前にして、何もできずにただ茫然と立っている。

 

「…私を…置いていかないで…一人にしないで下さい…!」

 

深いしわの刻まれた肌、口周りを覆う髭、戦傷で失われた瞳を覆う眼帯。

目で見るだけでなく、触感でもそれを刻み込むように、アーミヤはジョンの顔に手を当てる。

 

「落ち着きなさい…」

 

「…私…どんどん忘れてしまう…あなたがどういう顔だったのか…どんな表情で…どんな風に笑うのか…!

みんな…みんな忘れちゃいます…」

 

「アーミヤ…」

 

「…あなたが…みんな塗りつぶしてしまう…」

 

その一言を聞いた瞬間、ジョンは目を見開き、その瞳に鈍い光が宿る。

真一文字に結んだ口、泣き崩れるアーミヤの肩に手を置き距離を置く。

ジョンは目元をこすり続けるアーミヤに正面から向き合う。

 

「アーミヤ」

 

「…うえぇ…ぇっ…」

 

「聞きなさい、アーミヤ」

 

アーミヤは泣きはらした瞳を、薄く開いてジョンを見る。

 

「そうだ…その通りだ。

私は…「俺」は寄生虫だ。

お前の、お前たちの…ドクターに寄生し、奪った男だ。

だが、詫びることなどできない。

今の私には…何を言葉で繕っても、薄っぺらいものにしかならない。

俺を恨め、アーミヤ。

君の目的のために、俺を恨んで、利用しろ。

それを受け止めることが、今の俺にできる、最大限の贖罪だ」

 

アーミヤは目を擦りながら、手を濡らしながら首を横に振る。

 

「…違う…違います…!!

『あなた』に罪なんてないんです!!

…あ、ああ…ごめんなさい…ごめんなさい…!ごめん…なさい…!」

 

「お前は…私に言ったな。

これは契約だと…ここで私が開いてしまった血の道を…歩むようにと」

 

ジョンは眼帯をなぞり、片方の目を閉じる。

 

「往生際の悪いことに、私はどこかでまだこれは夢だと思っていた。

だがここで夜を明かし、人と語って確信した。

ここで行う行動の一つ一つが、ここでの人々の生き死にに関わっているのだと。

此処での出来事は、まぎれもない、現実の事象なのだと。

そう確信したとき、私をとてつもない罪悪感と虚無感が襲った。

それから私を救ったのが、君のあの言葉だったんだ」

 

「け、いやく…」

 

「責任も、罪も…あの時、あの場で指揮を請け負った私にある。

君は私を責め立てることも、その小さな拳で怒りを示すこともできたはずだ。

その権利が、あの場所にいた全ての人間にあった。

だが君は言った、歩け、投げ出すな、逃げるなと」

 

ジョンは薄く目を開く。

 

「救われたんだ。

私はまだ贖えるのだと。

だが、それでも私は踏ん切りがつかなかった。

私は一度選択を誤った男だ。

…「あちら」で私は、選択を誤った。

とても、とても大きな分岐路で進む道を違えた。

そんな私が、ここで君の隣に立ち、道を共に歩むことなど…まして道を指し示すことなど、できるだろうか。

…できるはずがない」

 

アーミヤはジョンの顔から手を、少しづつ遠ざけ始める。

ジョンの目が見開き、まっすぐにアーミヤの目を捉える。

 

「だが…私にそれでも君との道を歩んでほしいと願う声を…私は聞いた、ついさっきだ」

 

「…声?」

 

「それは私の弱い心が生み出した幻聴だったのかもしれない。

だが、私はそれが望む…「未来」を見た」

 

ジョンの脳裏にあの光景が浮かぶ。

 

「…『彼』は、君の幸せを願っている。

アーミヤ、彼はきっと消えてなどいない」

 

ジョンの言葉に、アーミヤは泣きはらした瞼を大きく開いた。

 

「私は再び救われた。

彼を…「まだ」殺していなかった。

私に見せてくれた、聞かせてくれたよ」

 

アーミヤの目は涙を流すことをやめ、ただまっすぐにジョンを見つめている。

 

「アーミヤ…彼の願いは、君を取り巻く世界を変えること。

私は…」

 

ジョンは立ちあがり、アーミヤに手を指し伸ばす。

 

「彼が戻るまで、私は君を守り、君たちの目指す世界の礎となる」

 

ジョンはアーミヤの手を取り、固く握る。

 

「改めて誓おう。

私は、君が行く道を共に歩み、守り、君たちの世界のために、彼がいずれ戻るときのために、私は生きる」

 

「ド、クター…」

 

「彼はいずれ戻ってくる、アーミヤ。

その時までは、私を利用してくれ。

私とは、それまでの共生だ。

…私のこの贖罪を、受け入れてほしい」

 

 

見開かれたアーミヤの視線を受けながら、ジョンはひたすらに自らを嫌悪した。

心の底から寒気がした。。

これは誰のためでもない。

自らを救うための贖いだ。

 

彼が戻る保証など、どこにもない。

声が聞こえたからなんだというのだ。

あれが彼の声だったのかどうかも分かっていない。

例えあれが本当に「ドクター」のそれであったとしても、その真意でさえ測れていない。

 

全ては自らの心を保つため。

己を納得させるための解釈を、アーミヤの内心にあるであろう「希望」に囁きかける、エデン(天国)イヴ(少女)を誑かした蛇のように。

 

「アーミヤに自分を使い潰させるため」に語る、耳触りのいい希望論。

ジョンは自ら作った血の道を、己のつまらない罪悪感を覆い隠すための嘘で補強した。

 

自らの懐に飛び込んでくる少女を胸に抱き、男は悍ましい感覚に身を強張らせる。

 

もう、失敗は許されない。

ここで流された、これからも流れるであろう血が、無為のものであってはならない。

言葉通りの「礎」となる。

 

嘘で補強された血道は、この少女が歩むためには盤石なものでなくてはならない。

 

再び男は蛇となる。

その瞳は非常灯の赤い光を飲み込んで、より一層の闇を際立たせた。

 



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会合

蛍光灯の冷たい明りの照らす応接室で、両者はテーブルを挟んで対峙する。

黒革張りのソファに腰かけ、チェンは膝の上で腕を立て、向かいの席に腰かけるドーベルマンを睨みつける。

その隣でホシグマが、オペレーターから出されたコーヒーを手に取り礼を返すと、ミルクと砂糖を入れてチェンの前に差し出す。

 

「遅い」

 

チェンはコーヒーに目もくれず、短くそういい放つ。

 

「我らの到着は40分前には通達していたはずだが?」

 

「チェン殿、当艦は先ほどまで襲撃に晒されていた。

経験のないことに、指揮系統に当たる人間は今だ始末に追われている。

今しばらく辛抱してくれ」

 

「…」

 

諭すように言うドーベルマンを前に、チェンは腕を組んで黙る。

 

「…被害はどれほどなんだ」

 

「ロドス左舷側の外壁、センサー系統もいくつか破損した。

抱える患者や資材関係者、運航要員、内部の主要施設に大きな被害はないが…」

 

ドーベルマンは目を伏せ、絞り出すようにつぶやく。

 

「在籍のオペレーター、重軽傷者57名…死者は12名だ」

 

「…お悔やみを、残念です」

 

ホシグマが心からの弔意をドーベルマンに示す。

チェンもまた、苦虫を嚙み潰したように顔をゆがませ、目を伏せた。

 

「それほどまでに大規模な襲撃だったのですか?」

 

ホシグマがコーヒーカップをテーブルに置いて問いかける。

 

「ああ、おそらくチェルノボーグ事変での暴徒とは異なる。

あれは訓練された動きだった。

正規兵…いや、指揮系統に一貫性がなかったからな、主格メンバーの子飼いの兵士というべきか。

レユニオンの中でも古参の連中だろう。

…タルラ自身の指揮というのもあるだろうが」

 

「龍女…本来であれば、龍門に向けられていた筈の矛先か」

 

その言葉を聞いて、ドーベルマンはチェンへと向き直る。

 

「龍門でも動きが?」

 

チェンが言葉を返す前に、応接室の扉が音を立てて開く。

 

「遅くなった」

 

フードを取り、黒革の眼帯に蛍光灯の光を反射させながら、ジョンが室内に足を踏み入れる。

その後ろにはアーミヤが続き、チェンとホシグマに頭をさげる。

ドーベルマンが席をずれ、空いた席に二人が腰かけたのを確認すると、チェンは鋭い眼光をジョンに向けた。

 

「今回の件、非は我々に、強いては私にある」

 

席について早々、ジョンは端的に告げた。

 

「そのような言葉を聞きにわざわざ貴様を指定して、会合に赴いたわけではない。

今回の一件についての詳細は、既に貴官らの上役から書面で届いている」

 

チェンはコーヒーを手に取り、それを口に含む。

少し甘い味にホシグマを軽く睨みつけた後、ゆっくりとカップを置いて、再び腕を膝の上で組む。

 

「まあ、貴様の顔色がどのようなものになっているのか、興味がなかった訳ではないがな」

 

「隊長…」

 

ホシグマが苦い顔をしてチェンを見る。

ジョンはといえば、岩のような表情を崩さないまま、チェンをまっすぐに見つめている。

 

「重要参考人の強引な保護、それだけでなくそれを奪取された失態…一体どんな言葉をくれてやろうかと悩んだ…だが」

 

チェンは深くため息を吐き、天井の蛍光灯へと視線を移す。

 

「それを言う資格は、私にも、龍門にもない」

 

ジョンが軽く眉をしかめ、何かを問おうと口を開く。

 

「数時間前…ちょうど貴官らロドスが襲撃を受けたその時、龍門でも大規模な襲撃があった」

 

チェンはジョンの言葉を待たずにそう告げ、ソファの上に置いていたファイル、それに収められた写真をテーブルの上にばらまく。

それはドローンによる空撮のものから、一般市民の携帯端末で撮影されたと思しき、炎上する乗船、渡航ゲートの画像が印刷されている。

 

「同時多発的な爆弾テロ。

主要メンバーの半数は感染者だが…もう半数は龍門に少なくとも半年は滞在している者たちだ」

 

「…スラムか」

 

ジョンはファイルの一つを手に取り、中身の書類に目を通す。

中にはスラムを上空から撮影した写真が数枚、そのどれもが集団で動く、衣服も、年齢も、人種もバラバラな者たちを写していた。

 

「…貴様の予想があたったな、龍門は懐から食いつかれた」

 

「スラムは今どうなっている?」

 

「厳戒態勢だ。

今は猫一匹、ネズミ一匹、スラムから市街に入ることは勿論、スラムから出ることもできない。

一時は暴動寸前の混乱が起こっていたが、今はもう嘘のように落ち着いている。

…まるで役目を果たしたようにな」

 

「夜間の大規模襲撃で我々も混乱に陥り、あなた方の救援要請に迅速に対応することができませんでした。

深く、お詫び申し上げます」

 

ホシグマが頭を下げ、ジョンが目を伏せる。

 

「…すでに彼らには奪還のための準備が整っていたということか」

 

「おそらくはな。

捕らえた者たちは皆、舌を切り取られているかのように何も語らなかった。

主犯格のほとんどが自爆で消し飛んでしまったからな、我々もうかつに動けず、その場で足踏み、というわけだ」

 

ジョンの目の前に置かれた書類に、×マークのされた人物写真が並ぶ。

 

「あの時…少女がヘリで護送されたために手を出すことはなかったが…同時に襲撃を行えるだけの規模で潜伏していたとすれば、作戦の修正はたやすい。

単純に手元に少女が置かれているほうになだれ込んでいったのだろう。

…口にしたくもないが、仮に我々が少女をあの場で強引に保護し、貴艦が受けたものと同規模の襲撃を受けていたら。

…恐らく少女を保護しきることは難しかっただろう…そう上層部は判断している」

 

チェンは足を組んで苦々しい顔でそっぽを向く。

 

「よって、我々は今回の失態を共に負うことを提案する。

…私はそのための使い番だ」

 

席に腰かけるアーミヤ、ドーベルマンが驚きに目を見開く。

 

「合同での奪還作戦か、どこまでそちらは煮詰めているんだ?」

 

チェンはジョンに向き直ると、まっすぐに目を見つめる。

 

「勘違いをするな、我々が提案するのは合同作戦ではない。

我々が提供するのは情報、それだけだ。

…奪われた失態を問わぬというだけで、責任はあるということは自覚してもらうぞ」

 

「もちろんだ…奪還作戦はこちらの主導で行えということだな、了解した。

龍門はすでに少女の居場所を把握しているのか?」

 

「空撮ドローンを四方八方に飛ばしている。

そのうちの一機、鉱山跡地に展開していたドローンが、レユニオンの部隊を捉えた」

 

チェンはそう言って、テーブルに書類を滑らせる。

ジョンはそれを手に取ると、目を細める。

 

「…アーミヤ」

 

ジョンがアーミヤの目の前に書類を差し出す。

 

「はい」

 

アーミヤがそれを受け取ると、ジョンは目じりのあたりを揉んだ。

 

「…細かいものは見づらくてな」

 

「…」

 

チェンは呆れたような目をジョンに向ける。

ホシグマが噴き出すように笑うと、ジョンはパッとそちらに目線を向けた。

 

「歳をとれば、みなこうなるんだぞ」

 

「…ふふ、わかっております。

チェン警司の言う通り、実に豪胆なお方ですね」

 

「…余計な事を言うなホシグマ」

 

「はい」

 

「君が私の話を?」

 

ジョンが目線を向けてきたのを察知して、チェンはそっぽを向く。

 

「…ふん、無駄に偉そうな年寄りだと言っただけだ」

 

「…耳が痛いな」

 

ジョンが頭をさすりながら笑うのを見て、チェンは訝しむような表情を向ける。

そしてしばらくの間、目を瞑った後、意を決したかのように口を開いた。

 

「…貴様は何も感じないのか?」

 

明らかにトーンの変わった声色に、場の空気が軋む。

 

「今回の襲撃、被害の大きかった現場の指揮官は貴様だったそうじゃないか。

…12人の命だ、決して軽いものではないだろう」

 

その言葉にアーミヤが書類を握る手に力をこめ、ドーベルマンが口を開こうとしたのをジョンが制止する。

 

「そうだな。

だが戦場で指揮を執るものは必ず経験することだ。

…君もそうじゃないのか、警司殿」

 

チェンの眉間にしわが寄る。

 

「私が言いたいのはそういうことではない。

貴様がそうやって…平気で笑うことが不快なんだ」

 

「隊長…!」

 

ホシグマが声を挟むが、チェンは止まらない。

 

「偉そうに高説を垂れたかと思えば、失態を犯し、兵を死なせ、なぜ笑える。

なぜ平気な体で話せる。

…自分に対する怒りはないのか」

 

チェンが鋭く発した言葉に、ジョンは目を細めると、手を膝の上で組んだ。

 

「君の望みは絶望の表情で打ちひしがれ、今後の行動に右往左往する私か?

立場もわきまえず君に怒鳴り散らす私か?

それとも君に必死に助けを乞う姿か?

…そんなものを目にしたところで、何も面白くはないと思うぞ。

君の気は晴れるかもしれないが。

我々の置かれる状況は好転しない」

 

「なんだと…?」

 

「怒っているとも、嫌悪している。

戦う自分に、戦わせる自分に、傷つける自分に、死なせる自分に。

君が不快に思うのも当然だ。

あれだけ偉そうにしたからな、それでこの様だ。

情けないことこの上ない。

むかっ腹が立つのも仕方がない」

 

「貴様…それが指揮をする立場の…!!」

 

「そうだとも、私はそれでも笑える人間なんだ」

 

よく通る声でそう返すジョンに、チェン含め、その場にいる全員の動きが止まる。

ジョンは口の端を少し持ち上げて顔を伏せる。

 

「部下を死なせることに何も思わないのか、なぜ笑えるときいたな。

私は、集団の長というものは、常に仲間に正義を、希望を、熱を与えるためにあると思っている。

正義という極めて存在の希薄で、時流で形を変えるものを、一つ意思に固定し、希望という個人が持つ欲に熱を与えるのが役目だと。

そして長は指揮を行うにあたって、常に楽天家でもなければならない。

常に自分を、部下たちを欺いている。

必要な犠牲だったのだ、あの犠牲が今に皆を繋いでいるのだと。

…しかし怒りに蝕まれるにつれ、生じたその矛盾は、やがて心を壊していく。

そうして出来上がったのが、この壊れかけの老いぼれだ」

 

ジョンは自嘲気味に頬を緩ませ、チェンに向き直る。

 

「だが、心を壊しては機械と一緒だ。

だからこそ、私は感情を出す場を見極める。

彼らを死地に追いやったのは、「指揮官」という別の生き物ではない、同じ人間なのだと。

決してお前達の「無念」を「無」には返さない。

その意思を仲間たちに示すために。

そのためなら笑おう、泣こう、怒ろう。

それが仲間のためになるのなら」

 

チェンは黙ってジョンを見つめる。

 

「その場その場で、私は常に最良でなければならない、指揮官として」

 

ジョンはそう言うと再び顔を伏せた。

 

「決断しなければならない。

なにもしないことで被った損害か、行動を起こして発生するリスクの狭間で。

そういった決断の積み重ねが、今の私だ」

 

再び顔を上げたジョンの視線が、まっすぐにチェンを射抜く。

その瞳は、底の知れない闇が鈍い光を放つ。

チェンは拳を握りしめ、体を強張らせた後、細く息を吐いて力を抜いた。

 

「…もういい、貴様の高説は聞き飽きた。

その人生観とやらを後生大事にすればいい。

…脱線させたな、話を続けよう」

 

終始落ち着いた様子で二人の様子をうかがっていたアーミヤと、深くため息を吐くドーベルマン。

そして、途中から真剣な瞳で聞き入っていたホシグマが、それぞれに資料を手に取り、目を通し始める。

ジョンはチェンの急な切り替えに何も言わず、資料を手に取る。

 

チェンは体の震えを抑えるのに必死だった。

 

(…なぜだ、なぜ震える。

おびえているのか、この私が?

こんな老人を相手に?)

 

意思の濁流のようなその視線に、チェンは思わず上ずった声を上げそうになった。

悲鳴を上げそうなほどに、目の前の老人の瞳は底が知れなかった。

 

(一体、どんな経験を、何を見れば、あのような目になるというのだ)

 

チェンの脳裏に、一人の少女の姿が浮かぶ。

後ろ姿を見せる少女が、こちらにゆっくりと振り向き、その双眸をこちらに向ける。

その瞳には、この世のどんな光でも照らせないような、艶のない闇が広がっている。

 

(…なぜ、重なる。

ドクター・ジョン…貴様は、一体なんなんだ…)

 



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始動

空調の音が響くほどに静まり返った一室、そこにケルシー、アーミヤ、ジョン。

龍門近衛局所属のチェンにホシグマ、そして彼女たちの部下数名。

ロドス所属のオペレーター、それらを小隊規模で束ねる者たちが、作戦会議室に一同に会する。

3Dマップの表示された円卓には、龍門から提供された鉱山跡が投影されている。

 

「本作戦の概要を説明する」

 

円卓から放たれる光源に照らされながら、ケルシーは手元のコンソールを操作する。

 

「数時間前、我々はレユニオンの襲撃を受け、龍門、そしてロドスの双方にとって重大な役割を持つ存在を拉致された」

 

円卓に一人の少女の画像が表示される。

 

「ここには既にこの少女を確認している者もいるが、改めて全体に通しておく。

少女の名前はミーシャ、龍門にとってはレユニオンの攻勢において重要な情報を持つと思われている人物であり…」

 

ケルシーはロドスのオペレーター達一人一人に目を向けるように、全体に視線を走らせる。

 

「我々にとっては、組織の根幹を支える信念を揺るがしかねない存在だ。

鉱石病(オリパシー)感染者の保護を謳う我々が、一人の重篤患者を守れず、拉致されたという事実を重く受け止めねばならない」

 

ロドスのオペレーター達の手に強く力がこもる。

 

「本作戦は奪還作戦である。

レユニオンに拉致された本対象を彼らから奪還、保護するのが目的だ」

 

ケルシーがコンソールを操作すると、円卓に再び鉱山跡地の3Dマップが表示される。

ジョンの薄く開かれた瞳に、映像が投影される。

 

「龍門政府からの情報提供で、彼らの所在と思しき場所を知ることができた。

移動都市龍門から南西方向に約80キロ、鉱石資源発掘の為に開拓された旧ウルサス帝国領の鉱山跡地に、彼らが潜伏していると思われる」

 

「あれだけの規模のレユニオンがこの場所に?」

 

青髪の少女、行動予備隊の一つを束ねるオペレーターのフェンが声を上げる。

 

「いや、既に彼らはいくつかの集団に分離している。

首謀者であるタルラ、そしてあの場にいたと思われる複数人の幹部は既に行方をくらませた」

 

「では鉱山跡地にいる連中が、ミーシャを確保しているとは限らないのでは?」

 

バラクラバで顔を覆い隠すペッローのオペレーターが鉱山跡地のマップを見ながらにつぶやく。

ケルシーは円卓にある人物の画像を上げる。

そこにはガスマスクで顔を覆い隠したレユニオンの兵士が表示された。

 

「…どこかで見た顔だわ」

 

「あれですね…デブリーフィングで」

 

オーキッドとメランサが顔をしかめて画像を見つめる。

 

「この人物はレユニオンの幹部、または部隊の長とみられている人物だ。

艦内での監視記録から「スカルシュレッダー」と呼ばれている、少なくとも一部隊を率いるリーダー格であるのは間違いない」

 

ケルシーはそこで一拍おき、再びオペレーター達に口を開く。

 

「このスカルシュレッダーがミーシャの拉致の実行犯であり、今現在も彼女を保護していると思われている。

龍門政府が掴んだレユニオン部隊の所在は、運がいいことにこのスカルシュレッダーの部隊だ。

そして、この人物は保護対象であるミーシャの血縁…姉弟関係にある人物だと思われる」

 

オペレーター達の間に驚きの波紋が広がる。

途端にざわめきだす会議室。

ケルシーは短くため息を吐き、一席に腰かけるオペレーターに声をかける。

 

「…ワルファリン」

 

「ああ」

 

ざわめく会議室に、椅子から立ち上がった白髪の医療オペレーターのよく通る声が響き渡る。

 

「みんな聞いてくれ」

 

ワルファリンのその一言に、会議室のオペレーター達は徐々に静まっていく。

静まったのを確認してワルファリンは再び口を開いた。

 

「皆の思ったことは、大体だが妾にもわかる。

今回の騒動、ロドスにとっては過去に経験したことのない大損害だった。

その上で、この情報はきっと皆にとっては最悪の想像を促しただろう。

「ミーシャはレユニオンの間者だったのではないか」…と」

 

ワルファリンは眉間にしわを寄せながらに続ける。

 

「だが、この少女、ミーシャに関してはそのようなことはないと断言する。

セクター1、シェルターでの襲撃、妾もその現場に居合わせていた。

彼らの交わした会話には、再会した兄弟のそれはあっても、決して間者とその主といった雰囲気はなかった」

 

ワルファリンはジョンをちらりと見る。

ジョンと目のあったワルファリンは、小さくうなずいた後、ジョンが頷き返したのを確認して目を伏せる。

 

「…それに、彼女は本当に心の優しい子だ。

襲われる妾の代わりにその身を投げ出して、隠れておればよいのに、皆の制止を振り切ってその身を彼らに晒した。

あれは…あれは決して演技などではない、彼女は感染者だ、それも皆が想像するより、ずっと重い病症を患っている。

だが悲観せず、助けようとする我らに心からの感謝を示していた」

 

ワルファリンの言葉に、その場にいたオペレーター達は段々とその目に真剣みを宿らせていく。

 

「助けたい、彼女を悲観と絶望の中に死なせるわけにはいかないのだ」

 

ワルファリンは最後にそうつぶやくと、音もたてずに椅子に再び腰かけた。

隣に腰かけていた医療オペレーターがその肩をさする。

 

「ありがとう、ワルファリン。

聞いての通りだ」

 

ケルシーは椅子から立ち上がり、声に張りを持たせてオペレーター達に声を投げかける。

 

「我々の信条を再び確認しよう。

我々は病に苦しむ者たちと手を取り合い、その手にメスと武器を握る」

 

ケルシーが言葉にした信条を、胸の中で再確認するように、アーミヤは胸に手を当てる。

 

「彼女は私たちの守るべき感染者だ。

私たちには力がある、架け橋たらんとする覚悟もある。

そのうえで彼女の居場所もわかっている、なら我々は何をすべきか」

 

「「「「全ての者の明日を守る為に!」」」」

 

「我々が為すべきことを為しに行く。

…なお、本作戦には龍門近衛局、及び保安隊の3部隊が同行する。

これに関しては…ジョン、君に任せて構わないな」

 

「…ああ」

 

ジョンはケルシーからの投げかけに腕を組みつつ答える。

その様子を、ホシグマを挟んで腰かけるチェンが睨みつけている。

 

「AM08:30、ロドスの行動隊の総力を持ってこの鉱山跡地を叩く、準備にかかれ」

 

「「「「了解!」」」」

 

 

「新たな人員だと?」

 

ジョンは隣を歩くP・M(ポジティブ・モンキー)に問いかけながら手元のブリーフィング資料に目を通す。

 

「はい、加えて私たちの…ドクター直轄部隊のコールサインが正式に決定されました」

 

P・Mは辞令書をドクターに手渡す。

 

「…『M・E・T・A・L』…メタル、か」

 

「『MEdical TAsk Law enforcement force』。

医療任務従事 兼 治安維持部隊のもじりだそうですが、なかなかイカして…ドクター?」

 

「…またこれは…いたずらが過ぎるな」

 

「な、なにがです?

…ええと、気に入らなかったら再考をお願いしてきますが」

 

「…いや、これでいい、我々にはおあつらえ向きなコールサインじゃないか。

それよりも、新たに加わった者たちに顔を通しておきたい、まだ時間はあるかな」

 

「大丈夫です、アーミヤさんに話を通しておきます」

 

「ああ、頼む」

 

P・Mが走っていったのを確認してジョンは再び辞令に目を向ける。

 

(…つくづく、これがまだ夢なのではないかと思わせるものだ。

神様とやらの当てつけか?

…まあ、私にふさわしいコールサインといえば、皮肉なものだがその通りではあるな)

 

ジョンの脳裏に奇妙な感情とともに、あの武骨な兵器の記憶が蘇る。

 

(私にここで「METAL・GEAR(鉄の歯車)」を演じろとでも?

…それは、いくら何でも考えすぎか)

 

 



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顔合わせ

AM 05:35

 

折り畳み式の床に据え付けられた椅子が、正面の大きなモニター画面を前に立ち並ぶ一室で、大勢のオペレーターが一言も発することなく、手元の資料に目を通していた。

中には空気を読まずに大きな欠伸をかましている女性オペレーターもいたが、それをとがめる者もいない。

それほどまでにその場にいるオペレーターのほとんどの神経は張りつめていた。

 

そんな様子を室内を一望できる、モニター前の席でドーベルマンは眺めている。

 

(新設部隊「METAL」か…ケルシー先生が主導だとは聞いていたが、この人選も彼女のものなのか?)

 

ロドス支給の装備を身にまとう下士官が約半数。

前衛、先鋒、重装、狙撃部隊の分隊を率いる彼らはロドスの戦闘班の中では古株といっても過言ではないベテラン揃いだった。

現場で医療活動を行う医療オペレーター達、ワルファリンを筆頭に数名で固まる彼らは各々の資料に目を通しながら、タブレットで何かを操作している。

加えて流通や物資の管理を主とする裏方のオペレーター達。

彼らがこのブリーフィングに参加している理由は、作戦資料を見る限り医療ポッドを現地に持ちこむための事前確認の為だろう。

ヘリのパイロットも何人か参加しているようで、バイザーの大きいヘルメットを膝に抱えて会議が始まるのを待っている。

 

その中でも再編成された行動隊E3の顔ぶれをドーベルマンは見つめる。

現在は隊員のほとんどを先鋒オペレーターで構成するE3だが、もとはエリートオペレーター「ACE」の直轄の部隊であった。

構成員の大半をチェルノボーグで失った彼らは、警備オペレーターのユニット1-25として再編成されたが、あの作戦の生き残りと非番だった部隊の数名(ロドス襲撃の際に被害を受け、さらに隊員数を減らしたが)に加え、訓練期を終えた新兵たちを迎え、繰り上がりで隊長になった先鋒オペレーターのもとに再々編成された。

顔を半分、火傷でただれさせ、黒髪を焦がしたヴァルポの隊長が、ドーベルマンの視線に気づいて会釈する。

 

(…医療オペレーターが騒いでいたのはそういうことか、制止を押し切ってきたな…全く、誰に似たのか)

 

ドーベルマンは会釈を返すと、最前列の席に副官を伴って腰かける人物に視線を向ける。

行動隊E4、元はドクター救出作戦のために編成された重装部隊だが、その際リーダーを務めた女性オペレーター、ニアールの意向でそのまま正式に部隊として認可された部隊である。

ニアールが副官と資料を見ながら小声で話しているのをドーベルマンは見つめる。

 

(ニアールほどの実力者の異動をよく許したものだ、彼女の意思もあったのだろうが)

 

続いてバラクラバで顔を隠した前衛オペレーターと会話を交わしながらタブレットを操作しているコータスの女性オペレーターを見る。

空鼠色の髪を長く伸ばし、コータス特有の長い耳を動かしている彼女は、真剣な表情を隣のオペレーターに向けながら作戦資料に赤線を引いている。

彼女もまた、れっきとしたロドスの前衛オペレーターの一人だ。

 

(サベージ、彼女も参加するのか)

 

ロドスのオペレーターの中でも古株の部類に入るサベージは、本来であれば別の作戦小隊に所属しているはずだが、今回の事例で急遽選抜されたのだろうか、数名の部下を伴って、ブリーフィングに参加しているようだった。

 

(前衛オペレーター達はドクターの直轄…か、これはまた騒がしくなりそうだな)

 

そして自らの隣に腰かけるBSWの面々にも目を向ける。

リスカムとフランカ、外部企業組の彼女達は数度の作戦をジョンと共にしていることを考慮されて、戦闘アドバイザーとして参加している。

バニラとジェシカはオペレーター達と同じ席の列に腰かけているようだ。

 

「…どうかしましたか、ドーベルマンさん」

 

リスカムが視線に気づいて声をかけてくる。

ドーベルマンはほんの少し頬を緩ませる。

 

「いや、すまない。

あの救出作戦からあまりに動きが目まぐるしくてな、整理をつけているところだ」

 

「あー、それ分かるわ。

気づいたら私たち、ドクターの助手みたいになってるし」

 

フランカもまた、椅子の背もたれを大きく傾けてドーベルマンに声をかける。

 

「彼とは出会って間もないですが、確かに内容の濃い数日でしたからね」

 

「同感だ…ドクターが目覚めてからというもの、こうも事態が活発に動き回るとはな。

目が回って仕方がない」

 

ドーベルマンは再び、席に座るオペレーターの面々に顔を向ける。

列の中ほどにいる部隊を見て、ドーベルマンは短く息を吐きだす。

 

行動予備隊A1、A4、A6。

その隊長であるフェン、メランサ、オーキッド。

自らが育て上げたひよこたちが、この重大な作戦のブリーフィングに参加しているのを見て、ドーベルマンは教官としてどれだけの経験を積んでも、慣れそうにない感覚に身を震わせる。

 

(ドクターの指揮能力は買っているということだろうな。

でなければ彼らのような新米、ましてや歴戦の精鋭をあてがうことはしないだろう。

…だが)

 

室内を占めているもう半分。

ロドスの支給装備を身に纏わない者達。

 

(…入職して間もない戦闘オペレーター達を参加させるとは)

 

隊ごとにまとまった席に着くオペレーター達とは違い、間を縫うように空いた席に腰かける彼らは、そのほとんどが目の前にある資料には目もくれずに、各々の作業に勤しんでいる。

 

取り外されたスコープの調節メモリをドライバーでいじるエラフィア。

顎ひじをついて空調が回るのを眺めている珍しい鬼族。

刀を置くために椅子を3つ占領し腕を組んで目を瞑るサルカズ。

ブリーフィング資料を片手に金属容器から飲み物をすする初老のリーベリ。

腕のデバイスから見たこともない機械の設計図をホログラム展開しているエーギル人の少女。

 

ドーベルマンが顔を知っている者だけでも、個性豊かな面々が席に腰かけている。

 

(…特にあのサルカズの剣士、よく許可が下りたものだ)

 

黒髪にサルカズ特有の角を生やす青年剣士をドーベルマンは流し見る。

その時、モニター室の扉が音を立てて開かれた。

サルカズ剣士の目が薄く開かれ、扉の方へ瞳が走る。

P・M(ポジティブ・モンキー)によって開かれた扉からフードを被ったジョンとアーミヤが足早に入室する。

 

室内に入ると同時にフードを取り払い、ジョンは片方の青い瞳を室内に走らせる。

席に腰かけていた数名のオペレーターが立ち上がり、ジョンに敬礼を向ける。

ジョンが敬礼を返すと、彼らは再び席に着き、机上の資料を手に取った。

アーミヤが椅子を引き、ジョンが礼と共にテーブルの上にファイルを置き、腰かけたと同時に室内の照明が落ち、モニターに光がともる。

 

「本作戦はロドスの行動隊3隊と、新たに編成された我々「METAL」で実行する。

本部隊に編成された行動隊、及び予備隊…新たに参加する新規のオペレーターの諸君、既に顔合わせの済んでいる者たちもいるが、改めて自己紹介をしよう。

このような形での対面は不本意だが、私がこのロドスで戦闘指揮官…本作戦の指揮を任されているジョンだ、よろしく頼む。

指揮の補佐としてアーミヤ」

 

「よろしくお願いします」

 

「そして教導官のドーベルマン、BSW所属のリスカム、フランカが戦闘アドバイザーとして参加する。

さて…全員、既に資料は確認済みだな、手短に作戦を説明する」

 

ジョンはファイルを手に取るとドーベルマンに目配せする。

ドーベルマンは素早い動きでコンソールを操作すると、モニターにロドスから鉱山跡地まで光線の引かれたマップを映し出す。

 

「ケルシーから指示のあった通り、我々はAM08:30にこの鉱山跡地に潜伏しているレユニオンを叩く。

現地へは陸路と空路に分かれて向かう。

大まかに分けてチームは3つだ」

 

画面分割されたモニターに組み分けが表示される。

ロドスから鉱山跡地へと三本の光線が引かれ、その一本に画面がズームする。

 

「レユニオンは撤退時に幾つかの足止め要員を置いている。

ドローンから推察される彼らの規模は大したものではないが、これにわざわざ付き合う必要はない。

…だが、見逃すわけにもいかない」

 

マップに幾つかの赤い光点が映し出される。

 

「ヘリでの航空輸送部隊はこれを無視して近衛局隊と現地へ。

足止めに残された部隊は装甲車で陸路を行く部隊が対応しつつ、鉱山跡地を目指す。

現地勢力の抵抗が弱まった所を、ティルトローター機で医療部隊が合流する。

なお、ティルトローター機には緊急時の航空支援も担ってもらう」

 

ジョンの言葉にドライバー、パイロット達が腕を組んで微笑む。

モニターでは陸路を指す光線が途中の赤い光点に差し掛かるたびに×印が光らせながら進み、空路を指す光線がまっすぐに鉱山跡地へと向かう。

 

「大筋はこんなものだ、質問は」

 

室内の数名のオペレーターが手を上げる。

その中でもジョンは同じ席列に腰かけるリスカムに目を向けて頷く。

ジョンが頷いたのを確認してリスカムは口を開く。

 

「現地のレユニオンの規模は把握済みなのですか?」

 

「龍門からの情報によると、レユニオンはこの鉱山跡地までに数度の分裂、再統合を繰り返していると思われるとのことだ。

恐らくは進行ルートの偽装が目的だろう、足止め要員を置くためとも考えられる。

車両の轍の数からみて相当数が途中で別離し、情報を混乱させるのが目的とみられる小規模な合流を繰り返しているようだ。

この様子からみて、レユニオンはドローンに追尾されているとは気づいていない。

不意を衝く高速機動が最適だろう。

鉱山跡地で感知しつづけている熱源反応は大した数ではないが…鉱山跡地だからな、少なくとも大隊規模は潜伏していると思っていい」

 

リスカムが頷き、資料にペンで注釈を入れる。

再度室内に顔を向け、手を上げる者が減ったのを確認して、ジョンは一人の前衛オペレーターに手を向ける。

 

「君」

 

「敵勢力…レユニオンの対応については?」

 

オペレーターの質問を受けたジョンに一斉に視線が集まる。

一呼吸を終え、視線を一度机の資料に向けたジョンは再びオペレーターに向き直る。

 

「でき得る限り、降伏を促すように努める。

負傷したもの、身動きの取れないものは攻撃するな、私刑の類も禁止する。

負傷者に関しては事態の解決後、医療隊の到着時に対応を行う。

…だがこれは明らかな害意を向ける者は例外とする。

仲間を傷つけようとする者には容赦はするな、圧倒的な力で叩き潰せ。

各自自分の身を守ることを最優先に、判断は各々のそれに任せる」

 

ジョンの言葉にサルカズの剣士が鼻を鳴らす。

隣のオペレーターが睨みつけるのを無視して、剣士は自らの獲物に手を這わす。

 

「この作戦は一切の被害を被ることなく遂行させたい。

私も先行部隊に同行するが、現場での判断は君たちの方が優先される。

私の指揮に意見があった場合は遠慮なく言ってくれ」

 

サルカズの剣士が机に肘を突き立てながら、にやりと笑い、周囲の顔を見渡した後にゆっくりと口を開いて発言する。

 

「この…ロドスって場所は、んな甘い考えが通用するような場所なのか?

なら今からでも出て行かせてもらうぞ、こんなにつまらねえ話もないからな」

 

「君は?」

 

ジョンはサルカズの剣士に視線を向ける。

周囲からも注がれるとげとげしい視線を受けても涼しい顔で、エンカクはジョンの手元を指さす。

 

「あ?

…その御大層なファイルに収まってんじゃねえのか」

 

「…んーむ、いやどうだったかな」

 

「…ちっ」

 

ジョンは小首をかしげてエンカクに手を向ける。

 

「あーどうやら載ってないようだ…まあ、そこに座っているということは君もロドスの職員だろう?

新入の者か、それは悪かったな」

 

「…」

 

「どうやら皆も君については知らないようだ。

自己紹介をお願いしても?」

 

「誰が…もう行ってもいいか?」

 

エンカクは立ち上がろうと、足に力を入れる。

 

「大層な口を叩く癖に、随分と堪え性がないな、ますます気になる。

自己紹介を、頼むよ…「エンカク君」」

 

エンカクと呼ばれたサルカズ剣士の額に青筋が浮かぶ。

そしてゆらりとした動きで剣に手を伸ばす。

 

「…てめぇ」

 

次の瞬間だった。

 

「「「…」」」

 

音は一切立たなかった。

 

隣に座るオペレーターから鋭い刃が、エラフィアの少女が足元から取り出したボウガンの矢先が、二アールの取り出したメイスの突起が、エンカクに一斉に向けられる。

 

ジョンの目の前には彼を庇うように、ハンドガンを構えたリスカムと細剣を抜いたフランカ。

そしてローブを翻して立つリーベリ、へラグの姿があった。

 

「…お、おいちょっと待て!」

 

ジョンがあたふたと机から飛び出していくと、へラグがその横に立ち、動きを留める。

 

「…おいおいマジになんなよ」

 

エンカクは不敵な笑みを浮かべて刀に伸ばした手をゆっくりと上げる。

 

「みんな落ち着け、からかったのは私だ、彼が怒るのも無理はない!」

 

皆を鎮めようと前にでるジョンを大きな影が制止する。

 

「ドクター、彼は危険だ。

あなたに対して明確な敵意がある」

 

へラグが半身をジョンの前に晒し、ローブの中で手を刀の柄に添えている。

 

「彼は会議室にあなたが姿を現した時から殺気を放っていた」

 

「それはわかってた、わかってて鎌をかけたんだ、悪かったから、へラグ落ち着け」

 

ジョンはへラグの肩をつかんで椅子まで押していくと、いまだに武器を向け続けるオペレーター達に向かってひらひらと手を揺らした。

 

「みんなもやめなさい、これから大事な作戦だという時に…まあ、発破をかけたのは私だが…。

とにかく、これは私が悪かった。少し遊びが過ぎたんだ。

…ふう、年甲斐もなく焦ったぞ。

すまないエンカク、ちょっとお前にその、なんだ…ムカついたもんだから」

 

「てめえ本当いい性格してんな…」

 

「資料通りの問題児だな君は」

 

「…てめえがいうな。

なるほどな、あの女医先生、意地の悪い配置をしてくれたもんだな」

 

ゆっくりと下げられていく武器を横目に、エンカクはジョンに笑いかける。

 

「もうここはあんたのテリトリーってわけだ」

 

「…つづけてもいいかな?

それとも、退出するかね?」

 

エンカクは、あの瞬間、ローブの中に突っ込まれたジョンの左手を思い出す。

硬質な質感を持つ鋭利なものが、ローブの布地を持ち上げていた。

左手は既に抜き取られ、ローブは柔らかそうな布地に戻っているが。

 

(…あんな短物で受け止められたとは思えねえが、なんだったんだ、あの圧迫感は)

 

「…いいや、やっぱやめた。

「改めて」、あんたに興味がわいたぜ、ロドスのドクターさんよ」

 

「では、もう文句はないんだな…まったく」

 

ジョンは再び椅子に腰かけると、いつの間にか席を立っていたアーミヤに目を向ける。

 

「アーミヤ、君もいい加減そのアーツをしまいなさい、まぶしくて構わん。

…では続けるぞ」

 



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格納庫にて

読者の皆様、更新が大変遅くなり、本当に申し訳ありません。
約半年の間、なんの報告もなく投稿を停滞させていたことをお詫びします。

正直に言わせていただきますと、最終投稿日である2月の半ば…という時点で察しの良い読者の方はお気づきかと思いますが、作者はウマ娘にドはまりしてしまいました。
ウマ熱も収まり始め、久しぶりに投稿ページを覗くと、約半年も、それも連絡も為しに投稿が途絶えていた作品を、毎日何人もの方が覗きに来ていただいているという事実を知りました。
そして私の投稿を待っているという言葉もいただきました。

「波の激しい奴なんだな」と、以前も申しましたが、作者はこういうやつです。
「絶対にエタらせない」という目標を立てておりましたがこれがまたむずかしい。

ウマ熱は実はまだくすぶっており、白夜極光にも手を出したりしてますが、アークナイツ熱もふつふつと沸き戻ってきた今、進めていきたいと思います。
「少し先の電柱を目標に」という具合に、まずは4章までは進めます。

大分長編になる予定です、皆様と一緒に歩いて行けたら嬉しいです。

…ないと断言したいですが、次はしっかり報告していきます。


「下がれぇ!スクランブルだぞ!

メカニック以外は発着場から離れろぉッ!」

 

「この医療ポッドは『ブーマー』の持ち分だ、積み込みにかかるぞ、急げ!」

 

防塵バイザーを着けた作業員達がロドス甲板上で慌ただしく走り回る。

無機質な白色灯で照らされる格納庫に、甲高いアラームの音が響き渡る。

 

『上部甲板の展開を開始する、クルーはスタンバイポイントで待機せよ』

 

艦内アナウンスと共に重々しい音を立てて格納庫の天井、ロドスの上部甲板が持ち上がり始める。

開ききった天井からは赤い赤色灯が煌めく縁に彩られた満点の星空が広がり、新たにそれを覆う。

同時に格納されている全ての機体に火が入り始め、格納庫を熱気が充満し始めた。

 

『バッテリーオン』

 

『バッテリーオン確認、ローターブレード角度確認開始』

 

『鉱石エンジン、気化オリジニウム異常警告なし』

 

『ハザードランプ異常なし』

 

『メカニック、テールローターの動きに違和感があるんだが…』

 

『あー…了解、確認します』

 

滑り止めの塗布された合金の甲板に並ぶ鈍く輝く黒鉄色の機体群。

それらは間近に迫る発進に備えて唸り声をあげる。

 

『只今より搭乗を開始する。

フロアランプグリーン、繰り返す、フロアランプはグリーン』

 

アナウンスと同時に鉄の両扉が開け放たれ、そこから物々しい装備を身に包んだロドスのオペレーター達が駆け出していく。

真剣みを帯びた瞳をぎらつかせながら自らの搭乗機に向かう彼らをメカニックたちは緊張感を滲ませながら見送る。

 

「自分の搭乗機体を間違えるなよ!

学生旅行じゃないんだ、バスを乗り間違えましたじゃ済まねえぞ!」

 

バラクラバを外しながら一人の前衛オペレーターが悪戯な笑みを浮かべて、後続の隊員たちに声を投げかける。

彼の後続についている、年季の入った装備を身に纏ったオペレーターたちは呆れ顔で自らの隊長を見る。

自分たちの搭乗する機体に向かって駆けて行く彼らは、アーミヤや副官のリスカム、フランカを連れたジョンの前を横切る。

 

「あの隊は?」

 

ジョンが目の前を駆けて行く部隊を見ながらに問いかけると、アーミヤが微笑みを浮かべて答える。

 

「物資輸送隊の皆さんですね、彼らはその護衛部隊です」

 

「随分と威勢がいいじゃないか」

 

「今回のような事例は別にしても、長距離輸送任務となると何かと物騒ですから」

 

「その護衛も精鋭揃いになると、納得だ。

我々の搭乗機は?」

 

「あ、えーと…。

…あれです!あの大きいやつです!」

 

アーミヤの指さす方向にジョンが視線を向ける。

 

「おいおい」

 

ジョンは思わず自分の目を疑う。

そこには格納庫の一角を堂々と占領する、モスブラックの八枚羽の大型ヘリが鎮座していた。

端から端までで50メートル走ができそうな長躯と、見上げるような体躯。

ローターに至っては格納庫の端から端を我が物顔で占有するような大きさ。

人間を数人束ねたようなエンジンを二基、背中に乗せるように据え付けられたそれは、地鳴りのようなエンジン音を響かせ始める。

両開きの後部ハッチから降りたスロープを、戦闘装備を身に着けたオペレーター達が荷物を揺らしながら搭乗していく。

 

「ロドスが保有するヘリの中でも最重、最大の空飛ぶ頑張り屋さんです。

いつ見ても、おっきいですねぇ」

 

「頑張り屋さん…?

どう見ても軍用の重輸送ヘリのそれだぞ…」

 

「いえいえ、立派な民間バリエーションですよ、たぶん。

クロージャさんがどこからかパーツで仕入れてきて一人で組み立ててしまったんです」

 

「あの変じ…クロージャが?

…人は見かけによらないな、本当に」

 

「…『ドクター』も一枚嚙んでるって話です、あくまで噂ですけどね」

 

アーミヤがこそこそとジョンに耳打ちする。

 

「『私』も関わっているのか…医薬品製造会社が聞いてあきれるな。

…なあ、アーミヤ。

参考までに聞きたいんだが、ロドスは一体どれだけの「輸送機」を保有しているんだ?

此処だけでもヘリが3機…あのデカブツを合わせたら4機あるが」

 

歩きながらに頭に手を当てるジョンの後ろを含み笑いを浮かべながら、リスカムとフランカが後ろに続く。

 

「ええと…」

 

アーミヤはリストデバイスからホログラムを展開し、そこにロドスの管理データを投影する。

ジョンの目の前に投影されたそこには、複数の航空機のデータが画像付きで表示された。

 

「…哨戒ヘリ3機に医療ヘリ2機…重輸送ヘリ1機…ティルトローター機が1機…あ、今任務で行動中の機も合わせたら2機、ですね。

あとドローンが…沢山と、あと…あ、輸送車とか、装甲車とかも数えた方がいいですかドクター?」

 

何故かウキウキと嬉しそうに説明を続けるアーミヤの横で、ジョンは目じりを揉みながら歩みを進める。

 

「もういい…おい、本当にここは薬を作る会社なんだな?

軍用ヘリや装甲車でデリバリーするのか?この世界では。

うっすらと感じてはいたが…この会社は…。

いくら自衛の為とはいえ、立派な軍事企業じゃないか」

 

「デリバリーは間違ってませんが…それ、ケルシー先生が聞いたら怒りますよ」

 

「おいおい間違っていないのか?本当にあれでデリバリーしてるのか?

…頭が痛くなってきた」

 

「いずれは把握していただくデータでしたので、ちょうどよかったです」

 

「…立派な代表だな」

 

にこやかにしているアーミヤの横で頭を抱えるジョン。

そんな彼らの姿に気が付いた、HMDバイザー付きのヘルメットを被ったオペレーターが駆けてくる。

 

「ドクター!」

 

顔を真っ青にしているジョンの前に立ち、爽やかな声と共に手を差し出してくる。

 

「今回のフライト、よろしくお願いします!

パイロットのカーペンターです!」

 

「ああ、君がこのデカブツの…」

 

ジョンが握手に答えると、

 

「はい!

フフフ、このデカブツ…『エセックス』でどこへなりともお連れしますよドクター!」

 

「『エセックス』…か、大空で沈没しないといいがな、はは」

 

明後日の方向を見ながら笑っているジョンを小突きながら、アーミヤがカーペンターに頭を下げる。

 

「この方はロドスの航空輸送部門のロードマスターですよ。

すいません、カーペンターさん…」

 

「いえいえ!ドクターはどうも調子が悪いご様子!

今回は安全運航でお送りしますので、どうかご安心ください!」

 

「…いや、すまない。

…その、記憶障害になってから、まだここでの生活に慣れて無くてな。

よろしく頼む、カーペンター」

 

「はい!では搭乗を!

まもなく出発いたしますので!」

 

カーペンターはそういうと切れのある敬礼をして走っていく。

 

「本当に具合が悪いのでは、ドクター?」

 

リスカムが心配そうにジョンの傍らに立ち、顔を覗き込む。

 

「…いや、ちょっと呆気に取られただけだ、心配するな」

 

そんな様子を見ていたフランカがアーミヤにこっそりと近づき、耳打ちをする。

 

「ちょっとアーミヤちゃん、ドクターはお年寄りなんだから、あんまりこき使っちゃだめよ」

 

「そ、そうですね…はい」

 

囁かれた言葉にアーミヤがうつむき加減に答える。

 

「フランカ」

 

ジョンに声をかけられた驚きからフランカは尻尾をピンと立てて身を震わせる。

 

「心配するな、私なら大丈夫だ。

アーミヤには本当によくしてもらっている。

十分すぎるほど、世話になりっぱなしだ」

 

「べ、別に心配したとかじゃないですけど。

…ごめんねアーミヤちゃん、厭味ったらしく聞こえたなら謝るわ」

 

「い、いえいえ!そんなことはありませんから!」

 

アーミヤがフランカに向かってあたふたとしている所に、部下のオペレーターに指示を飛ばしていた一人の女性が近づいていく。

 

「ばあ!」

 

「ひゃあ!?」

 

銀鼠(ぎんねず)色の髪を大きくなびかせながら、アーミヤに飛びつくウサギ耳を生やした女性オペレーター。

 

「さ、サベージさん!?」

 

「どうしたのアーミヤちゃん、いじめられてるの?」

 

悪戯に笑いをアーミヤの周りにいるオペレーター達に向けるサベージと呼ばれた女性。

フランカやリスカムはどこかばつが悪そうに苦笑いを浮かべる。

 

(あのウサギ耳は…たしかアーミヤと同じ種族の、コータスといったか)

 

やがてその目線はジョンの方へと向き、サベージはひときわ明るい表情を見せる。

 

「…」

 

そしてしばらくジョンのことを眺めた後、どこか思い切った様子で口をひらいた。

 

「「初めまして」ドクター、私はサベージって言います、どうぞよろしくね」

 

(サベージ…今回の作戦で陸上部隊の指揮を任されていたか)

 

「ああ、よろしく頼む」

 

ジョンの差しだした握手にこたえるサベージ。

グローブ越しに伝わる掌の感触。

背中の得物、肉たたきのような突起付きのハンマーを振るうのに何も心配はいらない力強さ。

ジョンが握手からいろいろなことを感じ取っている、そんな様子をアーミヤはどこか複雑そうに眺めている。

その雰囲気にジョンが気づいたその時、サベージは握手している手を大きく振る。

 

「いやー!ちゃんと挨拶したかったんだよ、作戦の前に会えてよかった!」

 

「ん…ああ、そうか。

地上部隊の指揮官だったな、我々よりも先に先行するんだろう?」

 

「そうだよ、ドクターたちがお尻を噛みつかれないように、しっかりとっ捕まえてくるから!

安心していってきてね!」

 

「それは頼もしいな」

 

「ドクター、我々もそろそろ」

 

リスカムがジョンの傍らに立って搭乗を促す。

 

「おお、そうだな。

ではサベージ、お互い無事に戻ろう」

 

「うん、ドクターも気を付けて」

 

リスカムやフランカたちを連れ添って大型ヘリへと向かうジョン。

その後姿を、サベージは少し悲しげな笑みを浮かべて見送る。

 

「サベージさん」

 

「ん?

あれ、アーミヤちゃんは行かなくていいの?」

 

「…」

 

打って変わって明るい表情を浮かべるサベージを前に、アーミヤが言葉を探して目を泳がせていると。

 

「…やっぱり記憶、なくしちゃってるんだねえ」

 

「…サベージさん、ドクターは」

 

「うん、アーミヤちゃん、私なら大丈夫。

ケルシー先生から聞いたときはビックリしたけど、ドクターの顔は昔のまんま、安心しちゃった」

 

アーミヤはサベージの言葉に目を見開き、そして心底ほっとしたように胸をなでおろす。

 

「…そう、ですか。

ドクターは、ドクターの顔は…昔と変わらないんですね。

サベージさんと…私たちと一緒にいたときのまま、なんですね」

 

「…うん?

…ねえ、アーミヤちゃんこそ大丈夫?

私なんかより、アーミヤちゃんの方が心配だよ…だってドクターは…」

 

「…いえ、私も大丈夫です。

うん…サベージさんのおかげで元気が出ました」

 

「ほんと!?

…んやぁ!もう相変わらずかわいいなあ!アーミヤちゃんは!」

 

サベージはアーミヤに抱き着き、頭に鼻を押し付けて激しい呼吸をする。

 

「んひゃああぁ!?」

 

「くんかくんか!

いいにおい!久しぶり!」

 

「さ、サベージさん!?」

 

アーミヤはサベージの胸元で苦しく息をしながらもだえる。

 

「…やっぱりちょっとおおきくなったね。

アーミヤちゃん、帰ってきたら三人でご飯を食べよう、約束ね」

 

頭の上で消え入りそうな声が聞こえた。

アーミヤは目を瞑り、小さい動作で頷いた。

 

「…はい」

 

サベージは最後にアーミヤの頭を優しくなでると、ゆっくりと離れた。

 

「…んじゃあ、お互い一仕事しにいくとしますか!」

 

「…はい!」

 

サベージは大きく伸びをすると、装甲車両の列に並ぶオペレーター達の前へと向かう。

そしてアーミヤもまた、大型ヘリのスロープの前で待つジョンのもとへ駆けて行く。

 

装甲車両のボンネットに腰かけ、腕を組んで待つ男。

サングラスにバラクラバ、黒い頭髪の中に埋もれるウルサス人特有の丸い耳。

 

「どうでした」

 

耳を揺らしながら向かってくるサベージに向かって男は問いかける。

 

「…うーん」

 

サベージは目を閉じ、口元に笑みを浮かべたまま唸る。

 

「うん、確かにあの人だった」

 

「…そうですか。

それは…まあ、いいことなのでしょうね」

 

「ケルシー先生の言うことは本当。

あの人は私に気が付かなかった、表情だけははっきりした人だったから」

 

「では、中身はやはり別人、と?」

 

「そうだろうね」

 

気づけばサベージの周りには、屈強な男が集まり、その言葉に耳を傾けている。

 

「…当分は、しっかり見ていようか。

こればっかりは私にはわからない。

でもいつか、いつか「ドクター」は帰ってくる。

あの人は約束を破らない」

 

サベージは装甲車両に乗り込み、背中に背負っていたハンマーを両腿で挟んで支える。

 

「アーミヤちゃんは、何か知ってるかもだけど」

 

男たちが次々に車両に乗り込み、ヘッドライトが開き始めたロドスのゲートの先、雲越しの月光が照らす荒野に降り注ぐ。

サベージは閉じていた瞼を薄く開き、スロープでアーミヤと葉巻の争奪戦を繰り広げているジョンを見つめる。

 

「私は帰ってきてくれただけでうれしいよ」

 



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ちょっと閑話

『現在時刻、06:35(マルロク、サンゴ)

上部甲板は開放済み、上空は波一つない凪の空だ。

先発のブーマー、準備はできているか?』

 

エンジン音の響く機内、コックピットではパイロットが世話しない機器チェックを終え、ヘルメットに装着されているスピーカーに耳を傾ける。

管制塔からの無線連絡が終了した直後、鼓膜を突き刺さんばかりに響く金切り音に頭を振りながら、パイロットは副操縦士と共に苦笑いを浮かべる。

 

『ああ、いつでも出れるぞ。

それよりも管制、今日の音響はまた一段と冴えわたってるな』

 

『…おかしいな、ヘルメット内のスピーカーマイクは全てメンテナンスに出したはずなんだが』

 

『そうかい、じゃあ俺達の耳がどうかしちまったのかもな』

 

『ちょっと待て…ああ、クロージャ技師が遠方での作戦行動の為にヘリの受信機に手を加えたようだ。

恐らくそれの影響だろう。

…ちょうど今それを伝えるメッセージが届いた。

そのままでも通信は可能なようだが、どうしてもノイズが気になるようであれば…面倒だがパイロット、無線通信の際はそちらで使用回線を切り替えてくれ。

デバイスに反映させておく』

 

『ああ、ブーマー了解』

 

パイロットはマイクの回線を副操縦士との独立回線に切り替える。

 

『聞いたか?』

 

『まさか洗脳音波とか搭載されてませんよね』

 

『クロージャ技師ならやりかねないな、ブーマーよりセントラル』

 

ブーマーはトグルスイッチをいくつか弾いて動作を確認し、操縦桿に手を添えて管制塔へコールを行った。

 

『オープンデッキ確認、ブーマーは離陸する』

 

『了解、後続が続く、直上に居座るなよ』

 

『…一番槍か、滾るね』

 

ブーマーが操縦桿を操作した直後、ヘリのローターは空気を切り裂く速度を増していく。

赤色灯を両手に持った作業員が大きく上下に腕を振る。

ブーマーが親指を立てて作業員に掲げ、作業員もまた大きくうなずいてそれに応える。

ロドスの開放された甲板から、巨獣の腹から飛び出すかのようにヘリが上空へと羽ばたいていく。

 

 

『了解セントラル、こちらでもブーマーの離陸を確認した。

こちらも続いて離陸する』

 

ジョンはパイロット席に寄りかかり、風防から先発するブーマーのヘリを眺めている。

顎髭をさすり、何やら感慨深そうに息を漏らすジョンにカーペンターは気が付いた。

 

『…おや、ドクターどうされました?』

 

ジョンは耳に着けているヘッドギアから聞こえるカーペンターの声に微笑むと、通話スイッチを押して答える。

 

『いや、この格納庫からの離陸は難しいだろうに、うまいものだと思ってな』

 

『ここのパイロットたちは百戦錬磨ですから、みんなこれくらい慣れたものですよ!』

 

『たのもしいな。

いろいろとロドスに無理を言われてきたんじゃないか?』

 

『うぇ!?

…いや、まあ…』

 

『ははは!

どんなにいい作戦を立てても、それを実行する者と送り届ける者がいなくてはお話にならない。

私はここがどういう組織なのか、まだよくはわからないが。

少なくとも、君たちのような腕の良いパイロットを大事にできる組織なのだということはわかったよ』

 

『…はは、うれしいです。

そうですね、まあ確かに難題は時々言われますが』

 

『アーミヤか?ケルシーか?』

 

『…ど、ドクター』

 

『それとも私かな…?

あまり無責任なことは言いたくないが、いろいろと迷惑をかけていた節はあるようなんだよな…。

ふむ…しかしアーミヤもあの幼さで皆をよくまとめられているが、それにはきっとあのえもいわれぬ威圧感が関係してると思うんだ。

さっきも機内で私が葉巻を口にするとそれはもう魔王のような剣幕で』

 

『ドクター…これ、オープン回線です』

 

カーペンターの言葉にジョンは思わず後ろを振り返る。

ジョンと同じくヘッドセットを付けたアーミヤが満面の笑みでジョンを見ていた。

 

『そ、それではドクター、本機はまもなく離陸しますので、あの…』

 

『…』

 

『あと…本機は禁煙ですので…』

 

アーミヤは張り付いたような笑みを浮かべ、隣の席をポンポンと叩いている。

カーペンターは力の抜けた動きで後ろに戻っていくジョンの気配を察しながら苦笑いを浮かべる。

 

『…ああ、わかった』

 

オープン回線には堰が切れたようにオペレーター達の押し殺した笑いが響きはじめる。

 

『ドクター』

 

しかしそれもまた、アーミヤの小さい言葉でまたなくなった。

 

『ふらふらとしていないで、早く席についてください、危ないですから』

 

『…わかった』

 

『…』

 

『…なあ、アーミヤ』

 

『ん、怒ってませんよ?』

 

『まだ何も言ってないんだが』

 

『別に怒ってませんって、あれくらいのことで』

 

『…怒ってるじゃないか』

 

『何か言いました?』

 

『何も』

 

『葉巻も全部渡してください、まだ持ってますよね』

 

『…だろう』

 

『ドクター?』

 

『…さっき渡しただろう』

 

『持ってますよね?

胸元に、ほら…ほら…!

…なんで腕を組んでるんですか、隠してますね』

 

『持ってない』

 

『確認します、動かないで…ドクター、腕が邪魔です』

 

『持ってない』

 

『確認しますから…腕…う、腕が、邪魔なんです!

なんですかこのすごい力!』

 

『持ってないって』

 

『陰口ばっかり言って!

私、知ってますからね!みんなに私が怖いとか、うるさいとか触れ回ってるでしょう!』

 

『言ってない』

 

『じゃあさっきの会話は何だったんですか!』

 

『…やっぱり怒ってるじゃないか』

 

二人の様子を見ていたオペレーターの一人が、バラクラバの隙間から栄養食を頬張りながらつぶやく。

 

『なあ、これ大事な作戦なんだよな』

 

『そのはずなんだけどなぁ』

 



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裏方達の出撃

山影から朝日が差し込み、荒野を純白に染め上げていく。

穏やかな風に砂煙を舞い上げる地面を見下ろし、数機のヘリが轟音を発しながら空を駆けて行く様を地上部隊は開放されたゲートから見送っていた。

 

運転席に座るオペレーターがフロントガラス越しにそれを見て唸る。

 

「うーん、やっぱりヘリ部隊は派手でいいねえ。

隊長、急行部隊が出発したぞ」

 

「隊長、我々も」

 

「オーケイ」

 

サベージは腰に刺さった無線機を取り出し、呼びかける。

 

「全員聞いてるよね、私たちはこれからレユニオンの置き土産を叩きに行く。

ヘリ部隊の動きに気づいて、奴らがおうちに慌てて戻る前に、彼らを鉄格子のなかにぶち込むよ」

 

『『『了解』』』

 

「医療部隊のミルラちゃん、聞こえてる?

聞こえてたら何か一言お願いしたいなあ」

 

無線機からの投げかけに、薬瓶を医療オペレーターと確認していた、メガネをかけたヴァルポの少女が慌てふためく。

ミルラの落とした薬瓶を、慌てて近くの前衛オペレーターがキャッチする。

 

「ひゃ、はい!

き、聞こえてますです…!」

 

『外の任務はこれが初めてだっけ?

頼りになる先輩オペレーター達もたくさんいるし、緊張しなくていいからね』

 

「は、はいぃ!」

 

『大丈夫大丈夫、戦闘はそこにいる野郎たちに任せておけばいいからさ』

 

サベージの言葉にミルラの周囲にいる前衛オペレーター達がサムズアップを見せて笑う。

ミルラは緊張の抜けきらない苦笑いを見せてお辞儀すると、無線機に再び向き直る。

 

「み、皆さん、私はこの任務が初仕事ですけど、皆さんの足を引っ張らないようにッ頑張ります!」

 

『よろしく』『がんばれよ』『ヒュー!』

 

無線機からの元気いっぱいの意気込みを聞いたサベージは微笑むと、再び無線機に声を投げかけ始める。

 

「重装部隊のジュナー、行動隊のみんなは元気かなー!」

 

そんな無線機からの呼びかけに筋骨隆々の重装オペレーターに囲まれたヴァルポの女性オペレーターが苦笑いを浮かべて答える。

 

「こちらジュナー…サベージ、久しぶりの任務で浮かれるのもわかるけど。

こういう時は隊長らしく堂々と点呼を取った方がかっこいいと思わない?」

 

重装オペレーターの面々が肩を震わせたり、やれやれと首を振る中、サベージの元気な声が再び無線機から飛んでくる。

 

『あはは、戦場なんて嫌なところに向かうときは、暗ーい無線通信よりこういうパーソナリティ感があった方がいいでしょ!』

 

「そうかもしれないけど、まあいいわ。

重装部隊はとっくに準備完了よ、いつでもどうぞ、隊長」

 

『行動隊も準備はできている』

 

ジュナーはその無感情な声に頬を緩ませる。

声の主、仮面の女性オペレーター、ヤトウ腰に差した刀剣を揺らし、装甲車の運転席の背もたれに体を預け、運転手に指で指示を出す。

 

「我々は車列の先鋒、敵を目視確認次第、その鼻先に突っ込む、それでいいのだな」

 

『うん、でも無理はダメだよ。

相手が飛び道具主体だった場合は…』

 

「後続に道をあけ、重装部隊に華を譲る、だな…委細承知している」

 

ヤトウの後ろ、装甲車の搭乗席には狙撃オペレーターのレンジャー、術師のドゥリン、重装オペレーターのノイルホーン他、複数人の軽装備オペレーター達が待機している。

うとうとと眠りに落ちそうになっているドゥリンの横のオペレーターがわたわたと慌てているさまを、仮面の下でにやにやと笑って見ているノイルホーンに、指際の動きだけで『起こせ』と伝えるヤトウ。

 

「士気の向上も兼ねているのだろうが、あまりはしゃぐのも考え物だぞサベージ」

 

ヤトウの言葉に、サベージははてなを浮かべて首をかしげる。

 

『その通りだ』

 

サベージは短いその言葉にハッとした表情に切り替わると、声のトーンを落として答える。

 

「…ドーベルマンさん、は準備オッケーなかんじですか?」

 

『準備オッケーなかんじですか、とはなんだ。

お前はリーダーたる自覚があるのか』

 

無線機に向かって静かに怒りをぶつけるドーベルマン。

その周囲には軽装備のベテラン戦闘オペレーター達が各々の装備を確認している。

 

「私の部隊が監視…もとい監督として参加しているのを忘れるなよ」

 

『わかってますよ先輩、やだなーもう』

 

「わかっているならさっさと締めて、出発の号令を出せ馬鹿者」

 

『うむむ…これからそうしようと思ってたのに』

 

サベージは苦々しい表情から一転、神妙な面持ちになり、無線機に声を投げかける。

 

「みんな、ロドスを取り巻く環境が変わった…てのはもう理解しているよね」

 

音楽を聴いていた仲間のイヤホンを外し、無線機を指さす前衛オペレーター。

 

「昨晩、沢山の仲間が傷ついた」

 

金属製の注射器を医療キットに丁寧に収め、目に決意を滲ませる医療オペレーター。

 

「大勢の患者さんたちが危険に晒された」

 

ハンドルを強く握りこむ運転手たち。

 

「友達を傷つけられたって人も、いると思う」

 

盾の握り心地を念入りに確認する重装オペレーター達。

 

「この作戦でも、沢山の人が傷つくと思う。

戦うってことはそういうこと、私たちみたいな人間はそれを理解している。

レユニオンと戦うってことはそういうことだって、理解している」

 

サベージの言葉に、車列部隊の面々は総じて拳を握りしめて耳を傾ける。

 

『だけど、納得はしていない』

 

『私たちはロドス、「全ての者の明日を守る」ために手に武器を取っている』

 

『相手が殺しに来るなら、私たちはそれ以上の力をもって相手を救おう』

 

『それが私たちロドスなんだ』

 

 

ジョンは、ヘリの座席でヘッドギアから聞こえてくる無線通信に耳を傾けている。

真剣な面持ちで聞き入るジョンの隣で、アーミヤもまたサベージの言葉を反芻している。

 

 

『帰ってきたドクターに、それを見せてあげよう』

 

『この作戦、私たちはミーシャって子も、レユニオンも含めて救うんだ』

 

『ドクターたちはそれを実現しに行く』

 

『だから、私たちは安心して、安堵して、あと腐れなく、それができるように。

徹底的にレユニオン達をやっつけにいこう』

 

『それで…、みんなでここに帰ってこよう、ロドスに』

 

装甲車のエンジン音が格納庫に響き渡る。

荒野の砂地を噛んだタイヤが、砂煙を巻き上げて進んでいく。



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