トルメキアの第五皇女 (デュアン)
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プロローグ(原作開始前)
お願いしますっ! クロトワ教官!


映画館で見てたら書きたくなった


「お願いしますっ!! クロトワさん!! 私に飛空艇の操縦を教えて下さい!!」

 

 世界東部にその広大な領域を持つ巨大国家、トルメキア王国。その王都トラス郊外に位置する訓練場の一角にて、1人の少女が1人の青年へと頭を下げていた。

 少女は美しく長い金髪を後ろでくくり、その10歳にも満たないであろう幼い顔には、2つの深い藍色の瞳が輝いている。

 一方の青年は、歳は10代後半であろうか、茶色い短髪に、顎には薄く髭が伸びており、その実年齢よりも老けて見せている。

 

 そんな彼は、つい先程までここで飛行訓練を行っていたのだ。訓練用のケッチを操り、そして着陸する。

 それが一段落つき、休憩をしようと飛行場の隅へ来た所で、この少女に出会ったのだ。そして、間髪入れずにこの頼み事をされてしまったという訳だった。

 

 

「(何だこのガキ……)」

 

 

 そんな彼女に、彼ーークロトワは困惑していた。当然であろう。

 

「ガキンチョ、ここは子供の遊び場じゃねえぞ。妙な事言ってないでさっさと帰「私は本気です!!」れ……」

 

 彼の言葉を遮るように、彼女が顔を上げて言う。

 

「私、飛空艇に乗って空を自由に飛びたいんです。でも、私みたいな子供がそんな事を言っても、馬鹿にされるばかりで……」

「そりゃそうだろ」

「それで、諦めかけてた時にクロトワさんの操縦するケッチを見て、また憧れが復活したんです!」

「(めんどくせぇ)」

 

 何故よりにもよって自分なのか。彼は運命を呪った。

 

「はァー……ガキに付き合ってる暇はねぇんだ。帰れ帰れ」

「嫌です!! 首を縦に振るまで帰りません!!」

 

 ガッ、と彼の裾を掴む。

 

「お前な、これまでも断られてきたんだろ? なんで俺がいけると思った」

「だって顔を見て、『あ、この人面倒見良さそうだな』って思ったから」

「お前の感性狂ってねぇか?」

 

 どうやったらこの濃い老け顔を見てそう思えるのか、彼はそれをその言葉に込めた。

 

 ……が、彼自身は気付いていないが、実を言うと彼女のその予想は当たっている。実は1年下の後輩達から『面倒見の良い先輩』という認識を持たれている事を彼は知らなかった。

 

 

「も〜、どうやったら教えてくれるんですか!! クロトワさん!!」

「だから教えねぇって言ってんだろ!! っていうかさっきからクロトワクロトワって、一体何処で俺の名前を知った!!?」

「あっちで立ってる人に聞きました」

「個人情報の管理ガバガバ過ぎんだろ!!」

 

 心から叫ぶ。

 しかし、彼はここまでで気付くべきだったのだ。そもそもこの訓練場は関係者以外立ち入り禁止である事を。

 そして、彼女の言う"あっちで立っている人"とは警備兵であり、彼女が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるという事を。

 

 ただし、確かに彼にそれを気付けと言うのは酷なのかもしれない。

 彼女自身はそれを隠していた。身分を示す物は全て外し、顔を知らない者が見ればただの町娘にしか見えないのだから。

 まあ、それを加味しても鈍感と言わざるを得ないが。

 

 

 そして次の瞬間、彼はとんでもない悪手に出てしまう。

 

 

「あー、なら金を払え」

「金?」

「ああそうだ。なんだ? タダで教えて貰えるとでも思ったのか?」

 

 彼は、首を傾げる少女を見て勝ち誇った様な顔をする。何事にも金銭が発生する社会の常識を知らない幼い娘、そう思ったのだ。そして、これをすれば逃げられると思ったのだ。

 

「1000グレインだ。そんだけ持ってきたら考えてやる」

「1000グレイン!?」

 

 1000グレイン、彼の月給の約3倍である。少女の有り得ない、といった顔を見て彼は勝ちを確信した。

 

 ……最も、彼女は『高過ぎる』という意味で驚いたのではなく、『たったのそれだけで教えてくれるんですか?』という意味だったのだが。

 

 

「なら、明日からよろしくお願いします!!」

 

 

「……は?」

 

 そう言って、彼女が満面の笑みで何かを懐から取り出し、彼の掌に乗せる。

 それは青い半透明の石であり、光を受けて輝いていたーーーそれは、滅多に市場に出回らず、極稀に旅人が通貨を得る為に売りに出す、腐海を貫く長大な川の石。

 

 タリア川の石、その物であった。

 

 

「!!!!!??????」

 

 彼は声にならない叫びを上げた。

 

「これを売れば1000グレインに足りると思います!! あ、足りないですか? ならもう1粒」

「ちょっと待てちょっと待てちょっと待て」

 

 そんな貴重な物を更に取り出そうとする少女を慌てて止める。

 

 彼の手に乗せられたのはグレイン金貨と同じ程の直径の、それも美しくカットされた物だ。こんな物、売れば5000グレインはくだらないであろうし、そもそも普通は平民の手には渡らない。

 持っているとするならば、その者は盗人かそれとも貴族の隠し子か……?

 

 

「……ガキ、名前は何だ?」

 

 彼は背中に悪寒が走るのを感じ、震える声でそう尋ねた。思い当たる者が1人だけいたのだ。

 だが、そんな者がこんな所に1人で居るはずがない。そう自分に言い聞かせながら、彼は少女の返答を待った。

 

 しかし、現実は非情である。

 

 

「私は、トルメキア王国第五皇女、ナサニアですっ! よろしくお願いします! クロトワ教官!」

 

 

 彼は本日二度目となる、声にならない叫びを上げたのだった。




ナウシカで一番好きなキャラはクロトワさんです


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お願いしますっ! 初訓練!

前半ちょっとシリアスです


ーーー少女には、母親が居なかった。物心ついた時から、少女を育てていたのは乳母であり、少女にとっての"親"はその乳母1人だけだったのだ。

 肥えた父親、見分けのつかない3人の兄達は彼女を疎み、唯一仲良くしてくれる肉親は姉のみであった。

 そして、その姉や乳母に自分の実の母親を聞いてみても、必ずいつもはぐらかされてしまうのだった。

 

 そんなある日、少女は『王妃が空中宮殿の離れにいる』という話を聞く。

 少女は喜んだ。実の母親の手がかりをようやく見つける事が出来たのだ。

 

 少女は聞いたその日の内に部屋を抜け出し、その部屋へと向かったのだった。

 

 

 ガチャリ、ギィィ、と扉が開かれる。それをした少女は胸を昂らせながら、嬉々とした表情でノブを引いていた。

 

「〜♪」

 

 この小さな部屋に、赤ん坊をあやす為の子守唄が流れている。それを歌っているのは、窓際に置かれた安楽椅子に座りながら赤ん坊の()()を抱く女であった。

 彼女は金色の髪に藍色の瞳を持っている。それは先代の王と同じ特徴であり、王家の血筋を引く者だという事が分かる。

 

 しかし、その高貴な顔はやつれ、目下には深いくまが出来ている。そして、その瞳には光が点っておらず、目の前の物を認識しているかすら定かではない。

 

 

「母さま……?」

「!! 誰じゃ!!」

 

 そんな、少女が予想していなかった様相の女に声をかける。すると女は立ち上がり、人形を守るように抱き寄せる。

 

「一体誰じゃ!! 私のクシャナを盗りに来たのかっ!!」

「わ、わたしはナサニアです。母さまの娘の」

「黙れ!!……ああ、クシャナ、起こしてしまってごめんなさい。よしよし……」

 

 少女が何を言おうが、女には届かなかった。その代わりに抱き抱える人形を、まるで本物の赤ん坊の様にあやし、そして本物の子供に向ける様な穏やかな表情を向けていた。

 そして、この場にいる"本物の子供"に対しては憎悪に満ちた表情を向け、怒りを孕んだ言葉を投げつけるのだ。

 

「か、母さま、クシャナ姉さまは」

「出て行け!! 出て行かぬというのならば……」

 

 少女の声などは気にも留めず、女は容赦なく彼女へと怒声を浴びせる。

 

 やがて、女はゆらりと少女の方へと向く。その手には果物ナイフが握られていた。

 

「ひっ……」

「クシャナ……私の娘……、それを狙う者は……」

「か、母さま……なにを……」

「クシャナは私が守る……守らなくては……っ!」

 

 ナイフを振り上げ、少女へと駆け出す。それに少女は怯え、腰を抜かしたまま扉へと向かった。

 

 しかし、当然逃げ切れる筈もなく。

 

 

「いっ…ぎゃっ……」

 

 少女の脇腹をセラミックの刃が貫き、白い服が赤く染まっていく。

 

 

「で、殿下!?」

 

 と、そこでようやく給仕がその惨状に気付き、慌ててもう一度ナイフを振り上げる女を止める。

 

「離せェ!! 貴様もクシャナを狙うのか!!」

「王妃殿下、落ち着いて下さい!」

「黙れェ!! 此奴は、私のクシャナを!! クシャナを!!」

 

 暴れる女、それを必死に止める給仕。その様子を、脇腹を押さえて倒れる少女は虚ろな目で見ていた。

 その目には困惑と絶望が浮かび、入って来た時に瞳に浮かんでいた喜びの感情は既に消え去っていた。

 

 

 そして、徐々に少女の意識は深い闇の中へと落ちていきーーー

 

 

 

 

「……夢、か……」

 

 そこで目が覚める。その顔には涙の跡が出来ていた。

 

 

 

「ナサニア、昨日は何処に行っていた? 姿が見えなかったが」

「ちょっと街の中を探検に」

 

 朝。空中宮殿の一角にあるとある部屋にて、ナサニアとその姉ーーークシャナは朝食を食べていた。

 本来ならば他の3人の皇子、そしてヴ王と共に食べる筈なのだが、2人は拒否し、それを4人の方も快く許可したのだ。

 

 この家族間の仲は、端的に言って最悪であった。

 最も、自分の母親を毒で狂わせた者達と仲良くしろという方が不可能なのだ。その毒が本来ならばクシャナが飲む筈だった物だというのだから、尚更である。

 

 

 だが、そんな家族ではあったが姉妹の関係は至って良好であった。

 

「はァ……行くのは良いが、せめて護衛は付けて行ってくれ。1人では何があるか分からん」

「え、何で知って……あ」

「セルカが心配そうにしていたぞ」

「……はーい」

 

 渋々、といった感じでナサニアが返事をする。彼女が護衛も付けずに1人で外出した事を、クシャナは知っている様だった。

 まあ、彼女がした事といえばナサニアの付き人であるセルカに確認しただけなのだが、彼女は勝手に自爆した。

 

「あと、宝物庫に侵入しただろう」

「えっ、あっ」

「……タリア川の石」

「……てへ?」

「あまり目立つ事はするなよ?」

「はーい……」

 

 姉には、隠し事は出来ないようだ。それを彼女は思い知ったのだった。

 

 

 

「あ、ししょー!」

 

 そんな訳で、訓練場へと来た彼女。しかし、昨日とは違いその背後には腰に剣を提げた青年が立っている。

 そんな彼女が手を振った先には、青い顔をしたクロトワが呆然と立っていた。

 

「ほ、本日もご機嫌麗しゅう……」

「? ししょー、どうしたの?」

「きょ、今日は畏れ多くも私めが貴女様にく、訓練を」

「緊張してるの?」

 

 慣れていないのか、ぎこちない敬語を放っていく。そんな彼と目を合わそうと彼女が移動するも、彼は必死に目を逸らし続けていた。

 

「殿下、やはりお考え直されては。この様な平民上がりの薄汚い男など、信用するに足りません」

「(何だこの男……うぜェ……)」

「もー! セルカ、クロトワさんは私のししょーなんだから、馬鹿にしちゃダメっ!!」

「御意。クロトワ殿、殿下を頼んだぞ」

「(何だコイツ……)」

 

 目の前で繰り広げられる手の平ドリル漫才に困惑しつつ、彼は頭を下げ続けていた。

 

 

 

「そ、それでは、まずは手本をみ、見せたいと思います」

「ししょーの生操縦!」

 

 早速訓練用のボロボロケッチ……ではなく、新品同然の装甲コルベットに乗り込み、彼が操縦桿を握る。

 

 今回、王族に訓練するという事で、彼の上官が慌てて格納庫より引っ張り出してきた物だ。因みに、それを昨日彼に話した時は、

 

「は? お前何やってんの?」

 

 と、キレ気味に返され、同僚には、

 

「お前何した。何やらかした」

 

 と焦られ、後輩には、

 

「クロトワさん、幼女を脅したんですか?」

 

 などという謂れのない疑惑をかけられ、更にその『幼女を脅した』という噂だけが独り歩きし、挙句の果てには、

 

「幼女と寝たって本当ですか? 幻滅しました」

 

 と紅一点の女性兵士に言われる始末。僅か半日の出来事である。一体彼が何をしたというのか。

 昨日という1日は、彼にとって最悪の日であったと言わざるを得ないだろう。

 

 

「(誰か……誰か俺を助けてくれ……!!!)」

 

 彼は操縦しながら、心の中でそう叫んだのであった。




この時のクロトワさんは17歳です。原作では16歳からコルベット乗りをしてたと言ってたので、1年目ですね。


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お願いしますっ! タメ口で!

「……かぁーーっ!!」

「飲み過ぎだぞ、ロリコン」

「ロリコンじゃねぇ!!」

 

 王都トラス、その一角にある酒場で、2人の青年が酒を飲んでいた。

 時間は夜。歓楽街が最も賑わう時間である。それはここトラスでも例外ではなく、多くの酒場などが集まったこの通りは、今日も多くのの人々が集まっていた。

 

 

「クソッタレ、何で俺がこんな目に遭わなきゃいけねぇんだ。チクショウ……」

 

 その2人の片方、クロトワは既に顔を赤く染めている。そんな彼が嘆きながら再びジョッキを口元で逆さにして中に入っていたエールを飲み干した。

 そして空になったジョッキをウェイトレスに突き出し、6杯目を要求する。

 

「まさかお前がなぁ。普通その顔で子供なんて寄り付かないだろ。やっぱり何かしたんじゃないのか?」

「してねェよ!! 何で好き好んで王族の相手なんてしねェといけねぇんだ!!」

「ははは、ま、そうだよな」

「代わってくれェ、ソリアぁ……」

「ははは、断る」

 

 友人の懇願をキッパリと断りながら、ソリアと呼ばれた青年はトリウマの唐揚げを口へと運ぶ。

 

「そもそも敬語疲れるんだよォ……慣れねぇし……」

「なら」

「だったら使わなきゃいいのに。ししょー、最初は使ってなかったじゃないですか」

「しょうがねぇだろォ? 最初は分からなかったんだからよォ……」

「お、おいクロトワ」

「あ? 何だ……」

「うぇっ、苦っ」

 

 ソリアの声で、クロトワが()()()()を向くと、そこには先程ウェイトレスが持ってきて、たった今まで彼が飲んでいたエールを少し口に含み、渋い顔をする幼女ーーーナサニアの姿があった。

 当然の如く、その背後にはセルカが立っている。

 

「あ、ししょー。これ苦いですね。何でそんなに飲めるんですか?」

 

 

 

「う"わ"あ"あ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!!!!!!!?????」

 

 

 

「ひっ、い、いきなり大声出さないで下さいよ!!」

「そうだ、うるさいぞ平民」

「お、お、おま、で、殿下、な、何故ここに」

 

 明らかに店で出すべきではない叫び声を上げ、椅子から転げ落ちるクロトワ。そんな彼に、ナサニアとセルカの非難する様な視線が突き刺さる。

 そして、その声で周囲の客までもがその騒音の主、つまり彼の方を向き、次の瞬間にはその前に居る彼女(皇女)に気付き、目が飛び出る程驚いた後に視線を外す。

 好き好んで王族と関わりたい者などいないのだ。

 

 一方のクロトワは、何故かこの様な場所にいる彼女を、何か信じられないでも見るような目で見、震えながら指さす。

 

「何故って……昼間のししょーの言葉遣いが気に入らなくて、だから追いかけてきたんです!」

「お、お、お、」

「やっぱりししょーに敬語は合いませんよ! タメ口でお願いします! タメ口で!!」

「出来るかっ!!! で、出来る訳ねぇだろです!!!」

「お、おい、敬語おかしくなってるぞ」

 

 ソリアが言うが、そもそも最初にタメ口で言っていたという事に彼は気付いていない。彼も混乱しているのだ。

 

「今更取り繕っても遅いですよ! ししょー、これは皇女命令ですっ!!」

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!!」

 

 彼の叫びが、再び酒場の中に響き渡ったのだった。

 

 

 

 それから10数分後、嵐の様な皇女とその付き人は宮殿へと帰った。あまりにも遅くなると姉に怒られるから、だという。

 

「クソっ、酔いが覚めちまいやがった」

「ははは、でも良い子じゃないか」

「お前の目狂ってんじゃねぇのか?」

 

 わざわざこんな所まで来て、自分の平穏を脅かす様な奴が"良い子"な訳が無い、と彼は訴える。

 

「何というか、王族っぽくないというかな? 何処にでもいる町娘みたいな感じじゃないか」

「そりゃあ……俺も最初は気付かなかった位だしな」

「お前考えてみろよ。もしアレが傲慢で、平民を物くらいにしか考えてない様な奴だったらさ」

「……」

 

 だが、ソリアの言う事は確かに正しいのかもしれない。もし仮に彼女が()()第3皇子の様に平民の兵士を平然と戦場に置き去りにしていくような者であったならば。

 もしそうだったならば、きっと彼は今よりも胃を痛め、いや、そもそも最初にタメ口で話した時点で殺されていただろう。だが、

 

「そもそもそんな奴だったらまず俺みてぇな奴に声掛けねぇだろ」

「はは、確かにそうだ」

 

 2人が軽く笑い、残った料理に手をつける。

 

 

「でも、気を付けろよ」

「ん?」

 

 突然、ソリアが彼に顔を近付ける。

 

「王族に深く関わって長生き出来た平民はいない」

「……」

 

 彼は言う。

 それは、平民の間では有名な話だった。王族の秘密を知った平民は、必ず事故死か、毒死か、はたまたあらぬ疑いをかけられての銃殺か……とにかく、死んでいるのだ。

 そして今、彼自身がその立場に置かれているのは紛れもない事実であった。

 

「……分かってらァ。むざむざ殺されてたまるかよ」

「ああ、それでいい」

 

 そうして、彼は顔を離してジョッキを掲げる。

 

「老後も年金で、こうして2人で飲める事を祈ってるよ」

「ハッ、飲める程も年金貰えねぇだろ」

 

 2人はカツンとジョッキを軽くぶつけ、そして一気にエールを喉へと流し込んだのだった。

 

 

 

ーーーこの時の彼は、まだ少し甘く見ていたのかもしれない。

 

 トルメキア王家の、血と猜疑に塗れた歴史をーーー



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お願いしますっ! 訓練を!

長らくお待たせしてすみませんが今回少し短いです。


 一機のケッチがトラス郊外の空を舞う。その動きはまだぎこちないものの、戦場でも十分に戦果を上げられるであろう程度には洗練されていた。

 しかし、その機体の先端にある、ガラスに囲まれた特徴的なコックピットの中に座るのは熟練のパイロットーーーではなく、ただ1人の少女である。

 

 訓練を始めてから1ヶ月が経過した。元々才能はあったのか、ナサニアはクロトワが教える事を次々と吸収していき、既に正規の軍人にも勝るとも劣らない程の技量を獲得していた。

 彼も当初は渋々という様子でやっていたものの、その内に自分の教える事を全て吸収していく彼女の姿を見て熱が入っていき、負けじとより難易度の高い事を教えていっていた。

 しかし、彼女自身飛ぶ事が余程楽しいのか、何を言われようとも常に笑顔で嬉しそうに訓練を受けていた。

 

 とまあそんな訳で、この1ヶ月間訓練は非常にスムーズに進んでいたのである。

 

 

「……よし、今日はこの位にしとくぞ」

「はい! ししょー!」

 

 操縦席に座る彼女は、そう返事をすると機体の高度を落としていく。

 着陸は操縦の中でも難しい部類に入るのだが、この1ヶ月で彼女はそれを難なく行えるまでになっていた。

 

「(もう教える事ねェな……)」

 

 彼は心の中でそう呟く。

 そもそも、彼自身そこまで経験がある訳でもない。ただ単に才能があったというだけで、パイロット歴としては1年と少ししかないのだ。

 本職の教官に教わった方が良いと何度か言ったのだが、彼女は「ししょーが良い」の一点張りであり、結局ここまで自分が教える事になったのだった。

 

 

 さて、これからどうしようか。彼が思考を巡らせようとしたその時だった。

 

 

「あ、あれ?」

「……ん、どうした?」

 

 彼女の困惑する様な声に、彼は意識を戻してコックピットを見る。

 ふと、窓から見える景色に違和感があった。

 

「おい、進入角(着陸する際の機体の角度)が深すぎる……」

 

 と、そこまで言って思う。

 

 彼女が、そんなミスをするだろうか? これまで何度も着陸を成功させている彼女が?

 それに加えて、先程の困惑する様な声。

 

 

 まさか。

 

「ーーーッ!! 代われッ!!」

 

 彼は泣きそうな顔をする彼女を押し退け、操縦席へと座る。そして色々と動かして、気付く。

 

 機首が、上がらない。舵も利かない。エンジンも止まらない。

 

 

 コックピットからの操作が、全く出来なくなっていた。

 

 

「クソッタレ!!」

 

 考えが甘かった。彼の脳内に1ヶ月前のソリアの言葉が浮かび上がってくる。

 

「(王族と関わって長生きした平民はいないッ……クソ、お前の言う通りだぜ、全く!)」

 

 あの言葉を受けて、訓練の前には必ず機体の確認をする様にはしていた。

 最初の頃は全て自分でやっていたのだが、その内に知り合いの整備士に任せる様になっていた。見るからに優しそうな顔をしており、いつも自分達訓練兵の機の整備をしていたので安心していたのだ。この1ヶ月間何も起きなかったのもあった。

 

 だが、どうやらそれは良くなかったらしい。家族でも人質にとられているのか、それとも自分から進んでやったのか。

 まあ、今となってはどちらでも変わらないが。

 

 

「クソッ、こんな所でッ……」

 

 彼は何とか機首を上げようと試みるも、機体は一向に動く気配が無い。

 

 そうこうしている内に、地面との距離は10メルテにまで近付き、彼は思わず目を閉じるーーー

 

 

 

ダメ!!!

 

 

 

ーーー一瞬、ふわりと機体が浮かび上がった。

 

 

 

 そして、次の瞬間には轟音と共に着陸する。タイヤを出す事が出来ていない為に機底を地に擦り付けながら滑走路を滑っていく。

 しかし、あのまま行っていればコックピットから突っ込んでいたであろうから遥かにマシだろう。

 

 やがて、機体はボロボロになりながらも摩擦力によって静止した。エンジンは既に止まっていた。

 

「……ッ、助かった……のか……?」

 

 彼は恐る恐る目を開ける。そこは、天国でも地獄でも、ましてやヴァルハラでもなく、1ヶ月間嫌という程見たコックピットであった。

 所々ガラスは下部が完全に割れ、上部にもヒビが入っている。しかし、自分は五体満足だった。

 

「嘘だろ……」

 

 何故あの状況で助かったのか。如何に強度が高くとも、あれ程の角度で墜ちればどう考えても自分はミンチになっている筈だ。

 

 と、そこで彼は思い出す。

 

「ッ! そうだ、ガキは!!」

 

 思わずナサニアの事をガキと呼んでしまうが、この1ヶ月間で何度か呼んでいるので今更どうという事はない。因みにその度にセルカは鬼の如き形相をしていた。

 

 それはともかく、振り返るとそこには彼女を庇うセルカの姿があった。どうやら彼が衝撃から守ったらしい。いけ好かない奴だがこの時ばかりは彼に心から感謝した。

 

「良かった……無事か……」

 

 ほっ、と胸を撫で下ろす。

 

 確かに、彼女は無事であったーーー見た目だけは。

 

 

「姫様!? 姫様!!?」

「ん……おい、どうした……ッ!!?」

 

 彼女の身体には、何処にも()()()()()傷は無い。だから、本来ならばこんな狼狽えるような声を出す必要は無いはずだ。

 

 

 ポタリ、ポタリ。床に赤い斑点が出来る。

 

 

「姫様!! しっかり!!」

「おい、ガキ!! ナサニア!!?」

 

 

 その斑点からは、鉄の臭いがした。戦場でよくする臭いだった。

 

 

ーーー彼女の見開かれた右眼が、赤く染まっていた。そして、そこから流れているのは涙ではなく、真紅の液体ーーー血液であった。

 

 

 そして、彼女は何を言っても反応する事は無かった。




ようやく特殊タグの使い方を知りました


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お願いしますっ! これからも!

亀通り越して最早大陸なんだよなぁ……受験つらみ


 謎のーーーといっても原因など分かりきっているがーーー墜落未遂事故によって右眼から血を流して気絶したナサニアは、騒がしくなる訓練場を背にすぐさま2人の手によって病院へと運び込まれた。

 しかしながら、王都トラス最高の医者でさえその原因は分からず、また血涙も止まった事から一先ずは安静に寝かせておく事となった。

 

 因みにその間、セルカがずっと絶望的な表情で「申し訳ありません」と呟き続けており、医者やナースを怯えさせていた事は言うまでもないだろう。

 彼は彼女が今よりも小さい頃から付き従っており、その忠誠心は天よりも高い。

 そして、そんな彼女の近くに居たのにも関わらずこの様な事態にしてしまった事に、かなり自らを責めていた。少し目を離せば自殺してしまいそうな程には。

 

 そんな彼を見ているクロトワも、彼の様にブツブツと何かを呟くことこそ無かったもののやはり自責の念に駆られていた。

 しかしそれと同時に、何故あの状況で自分が助かったのかも考えていた。

 

 普通ならば絶対に助かる筈の無い状況。自分が無事で、かつセルカが庇ったにも関わらず何故か目から血を流して気絶したナサニア。

 もしかすれば、何か関係があるのかもしれない……そんな事を、彼女が寝るベッドの隣で座りながら考えていた時だった。

 

 

バン!

 

 

 突然病室の扉が開かれる。

 

「なっ」

 

 その音にもだが、何よりも驚いたのは扉を開いた人間について。

 その人物は美しい少女だ。ナサニアによく似た金髪と瞳、そして彼女の柔らかな物とは対称的な凛々しい顔立ち。それらは、この国の第4皇女、クシャナの特徴と完全に一致していた。

 その後ろには付き人であろう口元に髭を生やした中年の男が控えており、クシャナが部屋に入った後にゆっくりと扉を閉める。彼自身は入らず、扉の前に立っておく様だった。

 

 彼女は寝ている少女の元へ近付く。そして何かを押し殺した様な声で小さく呟いた。

 

 

「……無茶するなと言っただろう……」

 

 

 それは、何故彼女がこうなったのかを知っているかの様な口振りであった。

 彼は暫く狼狽えていたが、意を決して彼女へと聞く。

 

「クシャナ殿下」

「……何だ、貴様は」

 

 鋭い視線を向けられ、一瞬息が詰まる。

 

「じ、自分は」

「貴様がナサニアに付いているという虫か」

「むっ……」

 

 多少は嫌われているだろうとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった彼は言葉に詰まると共に少しのショックを受ける。

 

「じ、自分は訓練兵のクロトワと言います。妹様にパイロットの訓練をさせて頂いております」

「フン……で、何だ?」

「畏れながら……殿下は、何故ナサニア殿下がこうなったのかをご存知なのですか?」

 

 久しぶりの敬語でそう問いかける。

 彼女は暫く考え込んだ後、ベッドの傍らに腰掛けて口を開いた。

 

 

「……今から言う事は他言無用だ」

「ハッ……」

「貴様は、超常の力という物を知っているか?」

「超常の力……ですか」

 

 彼は自らの脳内辞書に検索をかける。が、その様な単語はヒットしない。

 

「一部の人間に極稀に発現する力の事だ。幽体離脱を行い、遥か遠くの人間の心臓を握り潰したり、言葉を発さず、念話という物を使って会話したり……そして、念力を使い、手を触れずに物体を動かす事等も出来るらしい」

「っ!? ま、まさか」

「あまり大声を出すな。……そのまさかだ。貴様らの乗るケッチが無事に不時着出来たのはその念力で墜落中のケッチを浮遊させたからだろう」

 

 そう言われて、彼は思い出す。あの時、不時着する直前に一瞬体が重く感じた事を。彼女の言う事が本当だとするならば、あれは念力でケッチが急に空中で静止したからだったのだ。

 しかし、信じられない。人間1人、それも年端もいかない少女が重い機体を一瞬とはいえ浮かべるなど……。

 

 

 と、そこで彼はある話を思い出した。

 

 

「殿下、その力はもしかして土鬼皇弟も……」

「……ああ、その通りだ。ナサニアと皇弟ミラルパは同じ力を使っている」

 

 

 ああ、やはりそうなのだ。彼が思い出した話というのは、皇弟ミラルパについてだった。

 何故土鬼皇弟ミラルパは、百年余もその権力を維持する事が出来たのか。その秘密が彼自身にあるという話。彼はまるで、()()()()()()()()()()()反抗的な者を次々と粛清していったという。

 最初それを聞いた時は、告発や独裁者にありがちな被害妄想などかと思っていた。

 

 だが、違ったのだ。彼は実際に心を読んでいたのだ。でなければ、例えば被害妄想で次々と殺していたのであれば恐らく今頃土鬼は無いだろう。

 殺し過ぎれば組織は瓦解する。残存している火の七日間以前の歴史でも多くのその例が載っていた。

 

「これを知っているのは私とセネイとセルカ、そして貴様だけだ。こんな事があの豚共(皇子達と王)に知れればどうなるか……」

「り、理解しております」

 

 十中八九、ろくな事にならないだろう。彼は思った。良くて実験体、悪ければどんな手を使ってでも殺しにかかってくるだろう……今回の件を見る限り、あまり変わらない様にも思えるが。

 

 

 

「……ん……」

 

「「「!!!」」」

 

 と、そこでこれまで寝息しか立てていなかったナサニアの口から小さな声が零れ、ゆっくりと薄く目が開かれる。

 

「ナ「ナサニア!!!」」

「姉様……」

 

 ガバッと彼女にクシャナが抱き着く。それに彼女がぼんやりとした声で反応する。

 

 

「良かった………………!?」

「…………なッ!?」

「……で、殿下っ!!?」

 

 

 だが1度離れ、その眼が視界に入った瞬間、彼女は絶句した。それはその場に居た他の2人も例外ではなく、目を見開いてその右眼を見つめていた。

 

「ナ、ナサニア……ああ……」

「どうしたのですか……?」

 

 3人が驚愕する理由が分からず、困惑するナサニア。そんな彼女に、いち早く我を取り戻せたクロトワは近くにあった手鏡を彼女の前に掲げる。

 彼女の、弱りいつもよりも白い顔が映し出される。

 

 

 母親譲りの金色の髪に美しい顔、それは変わらない。姉と対称的な柔らかな顔立ちも。

 

 ただ、一つだけ。右眼だけが、いつもと変わっていた。

 

 

 

「黒……?」

 

 

 

 そう、彼女が血を流していた右眼は、その白目が黒に見間違える程濃い紫色に染まっていた。

 そして、母親譲りの深い藍色の瞳は、底無しの闇の如き黒に染まり、まるで右眼の部分がぽっかりと穴が空いたかの様な見た目になっていた。

 

 彼女は自分の手でその右眼の周辺を触り、覆い、そして数回ぱちぱちと瞬きをする。

 

 

「……へぇ、なるほど」

「ナ、ナサニア……?」

 

 そんな様子に、クシャナはたまらず声を掛ける。

 

「大丈夫ですよ、姉様。右もちゃんと見えてます」

「そ、そういう問題では……いや、見えてたら良いのか……?」

 

 自らの右眼が明らかに大変な事になっているというのに平然としている彼女に調子が狂い、困惑する。

 

「いや、良くないでしょう。おいガキ、本当に何とも無いのか?」

「貴様っ、今何を」

「ししょー、何も無いですよ。ほら、こうしてもちゃんと見えます」

 

 そう言って左眼を隠す。そうすると黒い右眼だけが残り不気味な顔になってしまう。

 それを分かっているのか、彼女もすぐに手を離していた。

 

「お、おう……ッ!?」

「貴様……今ナサニアの事を何と呼んだ……?」

 

 背後から肩を掴まれ、そこから放たれる殺気に背筋を凍らせるクロトワ。そこで先程、つい癖でいつもの調子で彼女の事を呼んでしまった事に気が付いた。

 

「は、ハハ……」

「貴様はーーーッ!!!!」

 

 地面に正座させられ、クシャナから罵倒にも近い叱責を受ける彼を見て軽く微笑む彼女。

 そんな彼女の元に、これまで固まっていたセルカが泣きながら縋り付く。

 

「殿下、殿下、誠に申し訳ございませんッ!!! この私が付いていながらッ、殿下を、殿下の眼をッ」

「ううん、セルカは何も悪くないよ……」

 

 

 そう言うと、彼女はベッドから降りて3人ーーー1人は頭を踏み、1人は踏まれ、1人は泣きじゃくっているーーーの前に立ち、そして頭を下げた。

 

 

「……ごめんなさい。私のせいで、2人を危ない目に遭わせて、姉様に心配をかけさせて」

「で、殿下……そ、そんなッ、顔を、顔を上げてくださいッ!!!」

「そ、そうだぞ「口調」……ですよ。悪いのは事前のチェックが甘かった俺の方で……」

「ナサニア、悪いのはあの豚共だ。お前は自分の力でこの2人を救った。寧ろ誇るべきだ」

 

 3人がそれぞれのやり方で彼女を慰める。だが、

 

 

「私が謝らないと気が済まないの。だから謝らせて……ごめんなさい」

 

 

 また頭を下げる。

 

「ししょー……()()()()()()

「……ッ」

「また危険に遭わせる訳にもいきませんから、今日で訓練は終わりにしましょう……今までありがとうございました」

 

 彼女の表情は見えない。だが、床に水の染みが次々と出来ていた。

 そんな彼女を彼は暫く見て、そしてため息をつく。

 

 

 

「……ああ、確かに俺にはもうお前には何も教えられねェな」

「っ……」

 

 

 ポン、と手を彼女の頭に乗せる。

 

 

「……?」

「勘違いすんな。お前はもうとっくに俺を超えてんだよ。だから次からは実戦形式での訓練だ」

「!!」

 

 ばっ、と彼女は頭を上げて彼の顔を見る。

 

「じゃ、じゃあ……」

「訓練は続ける。俺が傍で見てないと操縦出来ない奴を放り出せるか」

 

 彼女はパァァァァ、と顔を明るくし、涙を拭いながら言う。

 

「し、ししょーが居なくてももう操縦出来ますから! そっちこそ、実戦形式って言って新人の私に負けてベソかかないで下さいよ!」

「ハッ、まだまだお前みてぇなガキには負けねェよ。訓練と実戦がどう違うかを教えてやる」

「ガキって、ししょーもまだ16歳じゃないですか。まだまだ子供ですよ?」

「17だ。お前はまだ8だろうが」

「8歳はもう大人ですっ!」

「じゃあ17は更に大人だな」

「ししょーは子供ですよ?」

「あ?」

 

 

 そんなくだらない会話は、夜になるまで続いたのだった。




あと1話挟むか挟まないかくらいで原作入ります


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本編(原作開始)
ペジテ攻略作戦


気分転換で書いてたらなんか筆がのったので初投稿です


ーーー埃と煤に塗れた薄暗い空。暗然たるそれの下では、活気に欠けた人々が日々の暮らしを送っている。

 ここは王都トラス。旧世界の巨大都市に寄生する様に造られた、トルメキア王国の王都である。

 

 その一角に存在するこれまた巨大な塔。その屋上に建築された古めかしい宮殿がある。ヴ王の住まう空中宮殿である。

 その一室の窓際に座る肥満体型の男の前に、1人の少女が跪いていた。

 

 

「して、何用だ」

「ペジテについてで御座います」

 

 

 彼女は王族が着るにはやや質素な服を身にまとった、美しい金髪の少女である。

 その右眼は眼帯で覆われており、本来ある筈の母親譲りの藍眼を隠していた。

 

 

「住民は全て殺すという指令、あれを撤回して頂きたいのです」

 

 彼女が言っているのは、つい昨日に第三軍に下された指令にある。

 

 先日、ペジテにて巨神兵が発見された。それも腐海によく見られる様な化石ではなく、セラミックの殻のみの物だ。

 しかも、その殻は成長し始めたのである。巨神兵の胎盤らしき黒い石の溝に謎の石を入れると、次の日には殻に肉と心臓が付いていたのだ。

 その石ーーー秘石を外すと成長は止まったが、未だに巨神兵の心臓は動いているのだという。

 

 ここまでが、発見した職人達の中にいた密告者によってもたらされた情報だ。

 これを受け、王はすぐにその巨神兵、及び成長に必要不可欠であろう秘石を奪取する事を決め、それをクシャナ率いる第三軍に命じたのだ。ここまではまだ良い。

 

 

ーーー『秘石の事を知っている可能性のある者は、全て排除せよ』、指令の中の一文である。これは、事実上の虐殺命令であった。

 「ペジテの誰が秘石の事を知っているか分からないから、その時街にいた住民は全て殺せ」、こう言っているのだ。

 

 情報がもたらされてから、すぐに秘石は極秘扱いになった。決して土鬼等には知られてはいけないのだ。密告者はその場で殺された。

 

 ここにいる少女ーーーナサニアは、それが許せなかった。

 

 

「ペジテの職人は世界トップクラスの実力を誇ります。それが失われるとなれば世界の損失。どうか、ご再考を」

「フン、いつもは余の言う事にはただ首を縦に振るだけの貴様が、珍しいではないか。クシャナと違って、多少は利口になったと思っていたのだがな」

「陛下!」

「くどいぞ、下がれ。命令は覆らん」

 

 しかし、懇願は一蹴される。彼女は、暗い顔のまま部屋を出ていった。

 

 

「フン……狐め」

 

 

 彼女が出ていった扉を見ながら、彼は小さくそう呟いたのだった。

 

ーーーーーーーーー

 

「殿下、まもなくです」

「……」

 

 トルメキア西部に位置する腐海、その上空を六隻の船が白い雲をひきながら飛んでいる。

 その中の一際小さな四枚羽根の船に座る女に、装甲兵がそう告げた。

 告げられた女ーーークシャナは、無言で窓の外を見つめていた。

 

 この船団はペジテ攻略の為に編成された第三軍所属の小支隊である。その兵力は、船の乗組員などを除けば300人。少ない様に思えるが、ペジテには大した戦力は無く、これでも十分過ぎる程だ。

 唯一の懸念はガンシップだが、こちらは先制攻撃で最初に破壊する手筈となっている。

 

 作戦は上手くいく筈だ、それなのに彼女の中では妙な胸騒ぎが止まらなかった。

 

 

「見えました。ペジテです」

「……よし、作戦通り各艦は着陸し兵を展開、本艦はガンシップを破壊する」

「了解」

 

 眼下の地上には、砂漠の中に煙を吐き出す街が見える。世界有数の工業都市ペジテである。

 五隻の大型汎用輸送艦バカガラスが高度を下げていく中、彼女の乗る装甲コルベットのみはペジテのガンシップを破壊すべく、飛行場目指して加速する。

 

 ここまでは順調だった。そして、これからも、その筈だった。

 

 

「殿下、商船が離陸しようとしていますが」

「破壊しろ。街からは誰も出すなとの命令だ」

「了解しました」

 

 見ると、飛行場にいた二隻のブリッグ(貨物船)のうち、塗装されていない灰色の船が滑走路を駆けていた。

 街からは誰も出してはいけない。何処の紋章も付いていないのを見るに、恐らくは偶然立ち寄っていただけの船なのだろうが、それも例外ではない。

 

 コルベットはそれを撃沈すぺく降下したーーーだが、

 

「なっ、速い!?」

「何?」

 

 その船はブリッグとは思えない程の速度を出し、あっという間に離陸してしまう。

 離陸中に攻撃しようとしていたパイロットは虚をつかれる形となったが、そこは精鋭第三軍。すぐに機体を持ち直して機首を船へと向ける。そして、

 

「発射!」

 

 機首下部に装備された四連装ロケットランチャーから四発のロケット弾が発射される。

 それは飛び立った直後のブリッグへと一直線へと向かいーーー

 

 

「ーーーなっ!!?」

 

 

ーーーブリッグは巧みな操艦でそれを躱すと、商船にあるまじき加速力で加速し、雲の中へと入っていった。

 

「そ、そんな馬鹿な」

「ペジテの紋章を付けたブリッグとガンシップが離陸しました!!」

「な、な、」

 

 有り得ない事態に狼狽えるパイロット。そんな中、残っていたブリッグとガンシップが飛び立ち、腐海方向へと逃げていく。こちらのブリッグは至って普通の速度であった。

 

「(あちらは、追えないか……)」

 

 クシャナは、無紋章のブリッグはもう追跡が不可能だと判断した。

 地上の街では、トルメキアの装甲兵が一方的に蹂躙している。

 

「……チッ、ガンシップは無視する。今飛び立ったブリッグを追跡する。兎に角一旦着陸せよ」

「は……りょ、了解!」

 

 

 その後、今回雇っていた蟲使いの蟲に黒い石に付着していた秘石の匂いを覚えさせ、腐海方向へと飛び立ったブリッグを追跡する。

 その先で墜落したそれを見つけ、埋葬されていた少女に秘石の強い匂いを嗅ぎつけるものの、それは既に何者かによって持ち去られていた後だった。

 そこで付近の集落ーーー風の谷へと向かう事にする。

 

 

「(秘石はこちらの船が持っていた……)」

 

 目的の物は追跡していた船が持っていた。その事に少し安心する彼女。しかし、

 

「(あの船は、一体……)」

 

 コルベットの攻撃を避け、ブリッグにあるまじき速度で逃げ去った所属不明の船。その謎は深まるばかりであった。

 

 

 その後、到着した風の谷にて秘石を持っていると推測される風の谷の姫、ナウシカと出会うも、発生した一騎打ちによって兵士が1人倒された為に撤退を余儀なくされる。

 彼女は、コルベットを見送る風の谷のガンシップを見ながら、1人思考を巡らせるのであった……。




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この日が続きますように

投稿が遅れまくって申し訳ありません


 エフタル砂漠。かつてここに栄華を誇った巨大国家エフタルが存在していた事からそう呼ばれる砂漠の中に、工業都市ペジテはあった。そう、()()()のだ。

 今のペジテは、建物は崩れ落ち、死体こそ片付けられたものの未だに血痕が残り、ここで行われた惨劇を想起させる場所となっていた。

 

 そんなペジテ郊外に、今回攻略の為に派遣された第三軍所属のバカガラス五隻、及び風の谷より帰還した装甲コルベット一隻は居た。今は天幕を張り、兵達は皆休んでいる。

 

 そんな宿営地に、トルメキア本国から一隻の連絡艇が訪れ、一人の男を下ろして再び帰っていった。

 

 

 額に緑色の宝石を着け、口元と顎に髭を生やしたいかにも中年の様に見える男。

 

 本国の軍大学院より、今回の腐海南進作戦の参謀として派遣されてきたクロトワその人である。

 

 

「……なんだ、貴様か」

「ハッ。軍大学院より選任されました。この辺境作戦が終わるまで参謀としてお仕え致します……」

 

 気まずい雰囲気がその場に漂う。初対面ならば良かったのだが、生憎二人は初対面ではなく、寧ろナサニアを介してあの一件からも何度か会っていた。

 それが考慮されたのか、はたまた偶然か、兎も角二人はこの様な形で再開する事になったのだった。

 

 その後は現在の戦況を聞き、3皇子の華々しい活躍の数々を聞いて彼女がやや不機嫌になった所で、彼は最後に付け加えた。

 

「それと、今作戦では第四軍より援軍が派遣される事となっております」

「そうか。下がれ」

「ハッ……」

 

 少しだけ機嫌を直した様な声でそう言われ、困惑しつつも退出する。

 

 第四軍は彼女の妹であり、不本意ながらも彼の"弟子"であるナサニアが司令官を勤める軍である。

 新設されたばかりなのでまだ戦力には乏しいが、それでもペジテ攻略の為だけに編成された小支隊といつ反乱を起こすか分からない様な辺境諸国の軍達だけで作戦を行うよりかはマシだろう。

 

 しかし、それだけで機嫌を直す様な女でもない。まさか妹が率いる軍だから、というだけで直したのだろうか。本人が来る訳でもなかろうに。

 

 

「……お、来たか」

 

 と、そこで遠い空に複数の影が現れる。小さい物が三つと大きい物が一つだ。

 今回の艦隊には、高機動艇がガンシップを除けばコルベット一隻しか無いので小型艇が来るのは素直に有り難い。

 

 彼がぼんやりと見ている内にその影はどんどんと近付き、やがて五隻のバカガラスの隣に着陸した。内訳は軽戦闘艇バムケッチ二機、超大型輸送艦ギガントーーートルメキア王国最大の艦である大型タンデム翼機だーーーそしてケッチが一機である。

 

「こりゃ兵は100人も居ねぇな」

 

 実を言うと、この作戦は他の王族達による罠である。部隊が宿営地として途中で立ち寄る酸の湖の事は既に土鬼に知らされており、そこで何らかの襲撃を受ける事になるだろう。

 そこで部隊は壊滅に近い被害を受け、クシャナは撤退を余儀なくされる。そして帰ってきた暁には軍令違反、謀反の恐れありとして銃殺刑に処されるのだ。彼に課せられた任務はそんな彼女から秘石を持ち帰る事であった。

 

 そんな訳で、援軍は少なければ少ない程良い訳だ。寧ろこれでも多いくらいだろう。

 

 第四軍は今の所、現在の第三軍の様に部隊分割の憂き目にはあっていない。単純に規模が小さいというのもあるが、一番の理由は司令官であるナサニアだ。

 彼女は姉とは違い従順であった。ヴ王は未だに警戒している様だが、三皇子は既に興味を失い、その結果第四軍はそのままエフタル砂漠警備を任されている。

 

 ふと、胸元のペンダントに気が行く。彼が最後に彼女と会ったのは五年前、彼が軍大学院に入学する直前の、最後の飛行訓練の際である。泣きじゃくる彼女を宥めるのに苦労していた。このペンダントはその時に貰った物で、“災厄から身を護る”らしい。

 実の所、彼女自身も第四軍が新設される事になり多忙になっていたのだ。彼の入学が決まっていなくても殆ど会えなくなっていただろう。

 

 彼女が姉と違い従順だ、という話が聞こえ始めたのはそれから暫く経ってからだった。

 何があったのかは分からないが、まあそれで危険から遠ざかったのならば良いだろう、彼は柄にも合わずそう思っていた。

 

「さて、じゃあ巨神兵でも見に行くかね」

 

 そう呟くと、彼はペジテへと足を向けたのだった。馬は使わない。彼は平民上がりなのでそういう物には余り慣れていないのだった。

 

 

 

 その後、巨神兵に圧倒されたり蟲使いに落とされかけたりしながらもなんとか生還した彼は取り乱したふりでもしながら自分に割り当てられた天幕へと足を進めていた。

 クシャナとは(不本意ながら)古い付き合いであり彼の本性にも薄々気付いているだろうが、他の一般兵はそうではない。今日この時の行動で印象が決まる。今は旧世界を七日で滅ぼした兵器を見た帰り。ここで身体を震わせてでもおけば自分の事は小心者、位の印象しか持たないだろう。

 この任務を遂行するにはまず兵からの信頼を勝ち取らなければいかない。忠誠の厚い第三軍の事だ、一般兵に不信感を持たれては秘石を持ち帰るどころかクシャナに近づく事すら難しくなってしまう。それだけは避けなければならない。

 逆に言えば、それさえクリアすれば後は簡単だ。先ほども言った通り、彼と彼女は旧知の仲。少なくとも初対面よりかは印象はマシだろう。もしかすればそうだから選ばれたのかもしれない。

 

 そんな事を考えながら、彼は第四軍の飛空艇のもとへと向かっていた。経緯はどうであれ彼は参謀だ。援軍の面々とも会っておく必要がある。

 そうして現場へと近付いた頃、整備士達の声が聞こえてくる。

 

 その瞬間、彼の身体の震えは止まった。

 

 

「へえ、嬢ちゃんには師匠がいるのか。やけに着陸が上手い訳だ」

「ししょーはもっと上手いんですよ? 結局実戦形式の訓練では一度も勝てませんでしたし」

「ほぉ~、嬢ちゃんが。整備士としては一度会ってみたいものだ」

「多分こっちに来てると……あ」

 

 整備士の男と仲良く話していた金髪の少女の()()の瞳が彼の姿を捉える。

 すると、みるみるうちに彼女の顔が明るくなっていきーーー

 

 

「ししょーーーっ!!!」

「ーーーーーっ!!!??? ぐほぉっ!!」

 

 

 少女に勢いよく突撃された彼は反応することが出来ずにそれを受け、体内の空気を一気に吐き出しながら後ろに倒される。

 突然の事態に彼は状況を理解できずにいた。図らずもーーーもしかしたら図ったのかもしれないーーー押し倒すような体勢になった少女は、そんな彼の上から話しかける。

 

「ししょー、お久しぶりです! 元気にしてましたか?」

「お、おま、なんで」

今の私はアーシャです! ししょーに操縦を教わった、アーシャですよ!」

「ナ、ア、アーシャ」

「はい!!」

 

 困惑を押しのけ、小さく深呼吸をして何とか息を整える。

 

「……取り敢えず、退け」

「……あ」

 

 ここで、ようやく周囲の視線が生暖かい物に変わっていることに気が付いた彼女はそそくさと上から退く。彼も起き上がり、彼女の顔を見る。見慣れた面影を残し、四年分の成長を果たした顔がそこにはあった。

 ハア、とため息をつく。色々と問い詰めたいことはあるのだが、わざわざ偽名を伝えてきたのだ。つまり、ここにいる兵は彼女が“やんごとなきお方”であることを知らないのだろう。ならばここで話をするわけにはいかない。

 

「場所、変えるぞ」

 

 

 

「で、なんでお前がここにいるんだ?」

 

 宿営地から少し離れた場所にて、彼は彼女に尋ねる。やや強めの口調で。

 

「ししょーに会いたかったからですよ。言わせないでくださいよ、もう〜」

「トラスにいるのは影武者か?」

「何か反応して下さいよー……ええ、そうですよ。第四軍が設立されてエフタルに配備されてから、ずっと私はアーシャです」

「そういう事か……」

 

 道理で従順になったなどと言われる様になる訳だ。影武者を使う以上、あまり波風は立てない方がいいのだから。彼は理解した。

 

「……目は、まだ治らないのか」

 

 と、彼は彼女の顔を見て言う。

 彼女の顔の半分は、その金髪によって隠されていた。パイロットならば普通は邪魔な前髪など切る筈であるのにも関わらず、だ。

 

「ええ。特に不便は無いからいいんですけど、やっぱりバレると厄介ですからね」

 

 彼女はそう言いながら髪を上げ、その下の眼を彼の視界に晒す。

 そこには、()()()から少しも変わらない闇が広がっていた。

 

「……そうか」

「はい。ですから心配しなくても大丈夫ですよ。それに私には()もありますから!」

 

 髪を下ろし、演技がかった様子で力こぶを作ってみせる。服越しなので分かりづらいが、全くと言っていい程盛り上がっていなかった。

 そもそも力とは超常の方であろうからフィジカルは全く関係ない筈なのだが。

 そんな彼女の様子に彼は気の抜けたように軽く笑い、それに対して彼女が軽く怒る。

 

 片方にとっては全く予想だにしていなかった再会は、緩い雰囲気で幕を開けたのだった。



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いくつかの綻び

───男にとっては思いもよらぬ、女にとっては予定通りの再会が終わり、二人は第四軍の部隊が駐留している場所へと戻り、彼女から様々な説明を受けていた。

 

 まず、彼女の乗ってきたケッチ。

 

「……何か違ぇな」

「はい! これはあのコルトレーンに特注したんですよ!」

「コルトレーンって、最近話題のアレか?」

「はい、アレです」

 

 コルトレーン社。ほんの数年前に突如現れ、その優れた技術によって話題となっている、パガセ市を拠点とする造船会社である。

 この世界におけるエンジンは入手手段が発掘しかないロストテクノロジーだ。しかし、コルトレーンはどこから手に入れたのかその貴重なエンジンを保有し、いくつもの高性能な飛行艇を世に送り出していた。

 その優秀さは既に誰もが知る所となり、今では各国から注文が殺到している。そんな会社の、特注品。

 

「速度は通常の倍、装甲には王蟲の殻を使っています。ですから多少の被弾ではビクともしません!」

「王蟲の殻って……」

「意外と見つけるのは簡単ですよ? 腐海の中に入って蟲の声を聴くだけです」

「あんまり力を酷使すんなよ……」

 

 超常の力を使った読心術は蟲にも有効らしい。彼は既に驚くのに疲れてきていた。

 王蟲の殻。それはかつて存在した超大国、エフタルの滅亡の遠因となった物だ。その強度は強化セラミックを凌駕し、小指程度の厚さの物でも下手な機銃なら弾き返してしまう。そして、見たところこの飛行艇はかなりの厚さの物を使っている。これならば大砲でも直撃しない限りは傷一つつかないのではないだろうか。

 辺境諸国では王蟲の殻を使ったガンシップなどもあるというが、これは正にそれだった。

 

「コツは森への敵意を持たない事、蟲は結構敏感ですから」

「やらねぇよ!」

 

 彼女の得意げな言葉に彼は突っ込む。トルメキア人は大体蟲や腐海を嫌悪するというのに彼女はまるでそんな()は見せない。

 一体何故この様な少女があの姉(クシャナ)と同じ腹から生まれてきたのか、クロトワは頭を痛くし眉間を指で押さえる。

 

 だが、彼の受難はまだ終わらない。

 

「よう、()()()()?」

 

 そんなどこかバカにした様な軽薄な男の声が聞こえてくる。そして、それは彼がよく聞いた事のある物だった。

 

「……げえ、お前らまでいるのかよ」

 

 彼は隠そうともしないウンザリした表情をその()()()()()に向ける。

 

「何だよ()()()()、折角来てやったのに」

「ちょっと、上官に対して失礼でしょう? こうやって呼ばないと……ね、参・謀・殿?」

「ソリアにリゼット、何でお前らが居るんだよ……」

 

 その二人の名はソリアとリゼット。

 両者共にクロトワの訓練兵時代の仲間である。前者は彼の同期の青年でニヤニヤと笑い、後者はその訓練所の紅一点であった女性*1でクスクスとこちらも笑っている。

 仲間とは言うが、二人とクロトワの関係は一言で言い表せば"腐れ縁"。そして、今の彼にとっては二番、三番目に会いたくない人物であった。因みに一番はナサニアである。

 

「私がスカウトしました!」

「やっぱりお前かよ」

 

 えへん、とナサニアが胸を張る。薄々勘づいてはいたがいざ言葉にされるとウンザリする。

 

「いやあ、お前のお姫様金払いが良くて助かるよ~」

「そうねえ、職場環境も良いし」

「クソッタレ」

 

 俺はクソハゲデブ()王に頭下げてる間にホワイト企業満喫しやがって、彼は心の中で毒づく。口に出さなかったのは彼の最後の理性だった。 

 自分も軍大学院などに進まず素直にパイロットになっておくべきだったのだろうか? 彼は自らの選択を呪ったが後悔先に立たず、である。

 

 

 さて、そんな思いもよらぬ*2再会などもありつつ、艦隊は出撃を開始する。

 ごうごうとノズルから青い火を放ち、鈍重な機体を旧世界の超技術で無理矢理飛ばしていく。

 ただでさえ不安になる見た目をしているバカガラスやギガントは当然の事ながら、コルベットやバムケッチでさえ離陸の際は若干揺れているというのに。

 

「ひゅう、流石はコルトレーン製、滑らかに動くな」

 

 コルベットの窓から隣で飛び立つナサニアのケッチを見る。同じ飛行艇とは思えない程それは滑らかに離陸していた。白い機体が光を反射しキラリと輝く。

 それを見たクシャナが言う。

 

「操縦している者の技量だろう」

「……そうですな」

 

 彼女の言葉はやや自慢げであった。その態度アンタが取ってたらマズイだろ、彼はクシャナの姉バカぶりに呆れる。

 視界の端で、ケッチのコックピットからパイロットが手を振っているのが見えた。

 

「はあー、本当にあのお嬢さんが操縦してるんですねえ。良い腕だ、将来に期待ですねえ」

 

 コルベットのパイロットがニヘラと笑って手を振り返す。

 だが残念かな、彼女が手を振っている対象は彼ではなくその奥に座る皇女と参謀である。まあ知らない方が良い事もこの世にはあるのだ。

 

 

「5時方向に諸族の船団を視認セリ!」

 

 腐海を進み、やがて艦隊は集合地点に到着する。森に覆われた古代都市、その塔の頂点が雲から顔を出している。何とも分かりやすい目印だ。

 そこで暫く周回していると遠方に無数の黒点が現れる。合流予定であった辺境諸国の船団である。古いブリッグ*3とガンシップ。しかし、後者は例外なく身重のバージを牽引している。現状の彼らの反乱対策は万全であった……逆に言えば、それは襲撃を受けても対応出来ない、という事に他ならないのだが。

 

 

「……」

 

 そんな彼らを遥か上空から見つめる影。

 ペジテから脱出したガンシップ──そのパイロットの双眸には憎悪の炎が渦巻いていた。

 

 

「……そろそろ、かな」

 

 白いケッチの中でナサニアは呟き、上空を仰ぐ。胸が張り裂けんばかりの敵意が彼女を蝕んでおり、それがいよいよ明確な物となってきているのを感じていた。

 遥か上空にて我等を照らす太陽、その中に一つの黒点。それを確認した彼女は、わざとらしく身体を乗り出し目をすぼめてみせる。

 

「どう致しました?」

 

 その様子を不審に思ったセルカが彼女へ尋ねる。かつてナサニアの付き人であった彼は、今回の援軍の指揮官として乗ってきていた。

 そんな彼がパイロットに対して敬語を使うのは傍から見れば不自然極まりないが、このケッチには信頼出来る者しか乗せていない。

 

「えっとね? 何か太陽の中に不審な影が見えてさ」

「影……?」

 

 彼も身を乗り出し太陽を凝視する──

 

 

「──ッ、あれは!?」

 

 

──瞬間、その影はみるみるうちに大きくなり、やがて形が判別できるまでになった。

 横に倒した"I"に中心に円を置いた様な形──ペジテのガンシップである。ガンシップは勢いよく銃撃し、それらは艦隊中央を飛んでいたバカガラスに命中する。

 

 それを渋い顔で確認したナサニアは、すぐさまハンドルを回す。

 

「エンジン全開取舵一杯、総員何かに掴まれ!」

 

 それが言い終わる前に機体は大きく傾き、乗組員に大きな負荷がかかる。

 

「我々はペジテ残党による攻撃を受けた──これより本機は迎撃行動に移る!」

 

 まるで宣言するかの様に彼女は言い、そして足元のスラストレバーを蹴り飛ばした。

 

 

 突如としてバカガラスの一隻が炎上した。その下手人は深紅の機体──ペジテのガンシップ。

 その様子を見てクロトワが軽く皮肉を言う。

 

「ハハ、ペジテ攻略の時に撃ち漏らしたのはまずかったですな、殿下」

「ガンシップ、二番艦に──ケッチが迎撃に回りました!」

 

 ガンシップは一度艦隊下部に回り込んだ後、再び上空に飛び立つ。そしてそのまま二番艦を狙おうとした所でナサニアの操るケッチに邪魔をされる。

 彼女のファインプレーに機内が湧き立つ中、クシャナとクロトワはナサニアの身を案じていた。如何に腕がよくとも相手は随一の機動力を誇るガンシップ、確実に勝てるとは言い難い。

 

 バカガラスとギガント、辺境諸国のブリッグはガンシップの機動性には絶対についていけない。味方のガンシップは身重でとてもではないが高機動を行える状態ではない。

 今、あれと戦えるのはナサニアのケッチ、二隻のバムケッチ、そしてこの装甲コルベットのみだ。そしてバムケッチはナサニアの援護に回るのではなく艦隊下部を庇う様に動いている。また別の機体による奇襲を警戒しての事か、はたまたこの機に乗じて辺境諸国が反乱を起こさない様に牽制しているのか。

 

「くっ、ケッチが邪魔で対空砲が撃てません! 発光信号を!」

 

 見張り員の言葉にクロトワは声を荒げる。

 

「馬鹿野郎、あのガンシップにこの密度の対空砲が当たるかよ。それよりもこの機体をあのケッチの援護に回せ!」

「し、しかし……」

 

 パイロットは不安げな表情を見せる。

 この機体でガンシップ相手に機動戦など出来ない、などと言いたげな顔にクロトワは舌打ちをし乱暴に彼をコックピットから退ける。

 

「どけ、俺がコルベットの操り方を教えてやる!」

「し、しかしこの機体には殿下が「よい」い……」

 

 そんなパイロットの声にクシャナが割り込む。

 

「よい、やってみろ」

 

 彼女の言葉で彼は前を向き、改めてハンドルを握り直す。

 

「エンジン全開、前方砲用意! じたばた騒ぐんじゃねえぞ、コルベットは客船じゃねえんだ!」

 

 

「くっ……!」

 

 ガンシップを操るアスベルは焦っていた。

 本来の予定であれば太陽を背に奇襲をかけ大型艦を撃沈、コルベットは兎も角辺境諸国のガンシップはバージを牽引している為マトモに動けない。何やら援軍が来ていたがさして問題ではない筈だった。

 だが、今彼は窮地に陥っている。一隻は撃沈出来たもののその後純白のケッチに襲われたのだ。

 

「何だコイツ、機動力が高すぎる!」

 

 今、彼はそのケッチに追われている。バカガラス相手に攻撃する余裕などなかった。

 ガンシップは強力な兵器だ──それ一機を持っているだけでトルメキア相手に表向きだけでも対等な同盟を結べる程度には。

 如何にパイロットの技量が高くともトルメキアの保有する航空機ではガンシップには勝てない──筈だったのだが。

 

 カン、カン、と機体に弾が当たる。

 

「ッ!」

 

 彼は宙返りしケッチの裏に回り込み、すかさず銃撃を加える。

 両翼に備え付けられた銃口から放たれた銃弾は幾つかがケッチに命中し──だが、大した被害は与えられない。その頑丈さを見て、彼はアレの装甲に使われている素材が何かをここで漸く理解する。

 

「王蟲の殻!? 何故トルメキアの船に!?」

 

 王蟲の殻。ペジテでも何度か扱った事のある素材だが、腐海を嫌悪するトルメキアとはあまり縁のない素材である。しかもそう頻繁に取れる物でもない為、ケッチの様な中型機に使う事など有り得ないのだが。

 そんな事を考えていると、ケッチが逆噴射し空中で急ブレーキをかける。彼は慌ててそれを避け、しかし結果としてまたもケッチに背を取られてしまう事になる。

 

 このままではまずい──そう彼が背後に意識を向けた瞬間であった。

 

 

「ここだ!!」

 

 

 クロトワがスラストレバーを蹴り飛ばし上昇する。

 

「なっ」

「ドンピシャ!」

 

 アスベル視点では、自らが意識を前から外した瞬間に下部からコルベットが飛び出て来た、という状況。そして、その機首下部に装備された四連装ロケット砲はしっかりとこちらを捉えている。

 

「テェッ!!」

 

 次の瞬間、バウ、と一斉に放たれたロケット弾は見事にガンシップに命中、爆発する。

 それなりに装甲の厚い機体ではあったが流石にモロに命中したのには耐えられず、アスベルは黒煙を噴き出す機体に乗ったまま雲の下へと落ちていった。

 

 

「──フゥ、即興だったが何とかなったな」

「お、お見事です参謀殿! パイロットだったので?」

「まあな」

 

 ガンシップを撃墜した事でコルベット内部は再び沸き立ち、各々の歓声が彼とナサニアのケッチを褒め称える。

 そんな中、クシャナは少し不機嫌だった。

 

「どうされたので?」

「……貴様、随分と連携が上手いのだな」

 

 この姉馬鹿が、クロトワはヒクつく頬を何とか抑えながら心の中で毒づいた。

 

「ケッチより発光信号……『シショウ、サスガデス』」

「「「師匠?」」」

「……あのパイロットのお嬢さんとお知り合いなのですか?」

「少し、いやだいぶ犯罪臭がするのですが!」

「……ぬああああ! あのクソガキがあ!」

 

 理不尽。しかし可憐な少女がこんな髭面中年と何かしらの関係がある、などと知ればそんな反応になるのも仕方がないのかもしれない。実際には寧ろ少女側から押しかけているし、師弟以上の関係ではないのだが。

 お祭り騒ぎだった機内は一転、彼へのロリコン疑惑で盛り上がる。デジャヴ、既視感。

 

「エエイ、さっさと被害状況を報告しろ!」

「は、はい……我が軍の被害は三番艦が撃沈、それ以外は被害無し。辺境諸国は……破片に巻き込まれたガンシップが二機、バージごとやられたそうです。また、一機のバージのワイヤーが切れ墜落、それをガンシップが追ったとの事」

「何処の物だ」

「風の谷です」

 

 兵の言葉にクシャナが少し身を揺らす。

 彼女の脳内には、先日対面した一人の勇猛果敢な少女が映っていた。

 

「風の谷、か」

「知っているので?」

「少し、な……我々はこのまま南進を続けるぞ。戦死者は宿営地で弔う」

 

 

──────

───

 

 

 腐海の最深部、そこは不思議な空間であった。

 地面には清流が流れ、巨木は白い石となり細かな砂となってゆっくりと崩れている。

 そして何より──そこには瘴気が無かった。

 

「……」

 

 そんな石となった巨木の切り株の上、気絶し横たわる少女の隣でアスベルは一つの小さな石を見つめていた。

 

 コルベットによって撃墜された彼は何とか生き残り、腐海の中で怒り狂った蟲相手に戦っていた。だが、腐海の中で蟲相手に勝てる筈もなく、彼は蟲の群れに追われて大空洞に落下してしまう。

 それを助けたのがメーヴェに乗ったナウシカであった。だが、如何に蟲を鎮めるのに長けた彼女であってもあまりにも殺され過ぎた蟲を鎮める事は最早出来なかった。

 結果としてナウシカは失神し、アスベルも窮地に陥る。しかしナウシカの願い──アスベルを殺さないでくれ──を聞き入れた王蟲によって二人は解放され、今に至る。

 

 さて、そんなナウシカを介抱している中で彼はある物を発見する。黒く複雑な機械の様な球体──先日、彼の故郷で見つかった巨神兵の鍵、『秘石』である。

 何故彼女が持っているのか、最初はそう思った。だが秘石を見ている中で更なる疑問──否、()()が浮上する。

 

 

「ん……」

 

 そこでナウシカが目を覚ます。キイ、とキツネリスのテトが嬉しそうに鳴く。

 

「やあ、さっきはありがとう」

「あなたは……ここはどこ? なぜ?」

「色々とあるんだけれど、一つだけ聞いていいかい?」

 

 そう言うと、彼は『秘石』を彼女に見せる。

 ナウシカは話した。腐海を飛んでいた時に一機のブリッグに出会った事。それは蟲に群がられており、助けようとしたが既に手遅れで墜落した事。そして唯一生き残っていた少女──ラステルからその石を受け取った事。

 それを聞いた彼は、しかし険しい表情を崩さない。

 

「……確かに、これを妹が渡したのかい?」

「ええ、間違いないわ」

 

 彼女が言うと、彼は立ち上がり口に手をあててブツブツと何かを呟く。その額には汗が流れていた。

 

「どうかしたの?」

「……そんな訳が、ない。秘石は確かにラステルが……いや、まさか最初から……?」

 

 状況が理解出来ず目をぱちぱちとするナウシカ。やがて、彼は告げる。

 

「……これは、偽物だ」

「ええっ!?」

 

 彼女は自らの耳を疑った。

 ラステルがナウシカにその石を託したのは確かなのだ。そして彼女が嘘をついている様には全く見えなかった。あの後秘石を追ってトルメキアのコルベットが谷に来たという事は、あの場に秘石が残っていた、という可能性は残されていない。

 つまり、ラステルが渡した物は確実に本物なのだ──

 

 

「でも、妹はぼく程も()が鍛えられてない。見たところ見た目はそっくりだし、騙されても仕方がない……」

 

 

──元々彼女に渡されたのが、偽物であったという可能性を除けば。

*1
第二話最後参照

*2
本日二度目

*3
貨物船



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