タニャヴィシャ短編集 (瀬名薫)
しおりを挟む

ターニャがヴィーシャの看病をするお話

ヴィーシャの名前表記、原作小説と漫画版で異なっているのは何故なのでしょうか。
(原作小説:ヴィクトーリヤ、漫画版:ヴィクトリーヤ)
どこかしらで言及されていたら教えて欲しいです。


 帝都ベルン第十四駐屯地

 

「――なに? セレブリャコーフ少尉が風邪を引いただと?」

 

「はい。幸いにも、そこまで熱はないようですので、1日程度休めば概ね回復するだろうと軍医殿はおっしゃっておりました」

 

 時間になっても副官が執務室に来なかったのはそういう理由か。

 

「報告ご苦労だヴァイス中尉」

 

「はい。……少佐殿、小官も何かお手伝いした方がよろしいでしょうか」

 

 ヴァイス中尉の目線は、机の上に溜まった書類に向けられていた。

 

「気遣い感謝する。しかし、貴官は本日は非番であろう。休める時に休むのも軍人の職務だ」

 

 これくらいならば一人で問題ないだろうと判断してそう告げると、ヴァイス中尉が

 

「了解であります。何かあれば、ケーニッヒ中尉にご連絡を」

 

「了解した。ではヴァイス中尉、下がって結構」

 

「はっ、失礼いたします」

 

 執務室からヴァイス中尉が退室するのを見送ったターニャは、深く椅子に沈み込み、セレブリャコーフ少尉が熱を出した原因を探った。

 昨日、こちらの防衛網を掻い潜ろうとした敵対魔導師を叩いた後の帰還中、この時期には珍しい豪雨に見舞われた。おそらく、それが原因でセレブリャコーフ少尉は熱を出すことになったのだろう。

 まったくあの程度で体調を崩すなんて情けない、今後、似たようなことが起こらないよう、体調管理の重要性を徹底的に叩き込む必要があるな。

 

「さて、仕事をするか」

 

 カフェインを摂取するため、ヴァイス中尉が報告の際についでで淹れてくれたコーヒーを啜る。

 

「不味い……」

 

 

 書類仕事を進めていると、無性にコーヒーが欲しくなる。

 無論、ないのであれば我慢するが、手元にコーヒー豆がある以上、我慢などありえない。

 

「副官、すまんがコーヒーを……」

 

 と言いかけて、セレブリャコーフ少尉が風邪で休暇中だったことを思い出す。

 

「チッ、自分で淹れるか……」

 

 ヴァイス中尉も、他の連中も上手いコーヒーの淹れ方なんて知っているわけがない。

 ならば、まだ自分で淹れたほうがマシだとターニャはお湯を沸かし、慣れた手付きで焙煎済みのコーヒー豆を取り出し、コーヒーミルを回した。

 コーヒー粉とペーパーフィルターをドリッパーにセットし、それをサーバーの上にのせる。沸いたお湯を静かに注ぎ、十分に蒸らしてから円を描くようにお湯を注いだ。

 部屋に充満するコーヒーの香りにターニャは頬を緩ませた。

 

「今朝、ヴァイス中尉が淹れたものよりはマシだが……」

 

 サーバーからカップに移したコーヒーを啜ったターニャは顔を顰める。

 不味いわけではない。しかし、上手いかといえばそうでもない。

 セレブリャコーフ少尉が淹れてくれるコーヒーの味がデフォルトとなっているターニャの舌は満足できなかった。

 一息ついて、机に溜まった書類の量に目をやる。

 ……やっぱり、いつもより仕事が捗っていない気がする。そういえば、いつもはセレブリャコーフ少尉の方である程度処理していてくれていたな。

 ケーニッヒ中尉を……いや、中隊長連中にもある程度の仕事は振ってあるし、それ以外の連中はターニャと一緒の空間にいることに慣れていないため、余計に進みが遅くなるだろう。

 どうやら、自分が思っていた以上に少尉には頼っていたみたいだ。

 

「ふむ、優秀な副官というのも考えものだな」

 

 なにせ、いないと仕事が滞ってしまうのだからな。

 

 

 その後、いつもよりも遅いペースで仕事を進めていたターニャだが、お昼の時間を迎えたため、席を立って食堂へ向かった。

 特に美味しさを感じられない料理を口に運びながら、ターニャはふと思う。セレブリャコーフ少尉は、食事を摂っているのだろうか。

 こういう時は隊の下士官連中が……いや、若い少女の部屋に男を入室させるのは拙いだろう……軍医に確認するか。

 

 

「デグレチャフ少佐、入室します」

 

「あら少佐、本日はどんなご用事で?」

 

 医務室には軍医以外の姿はなかった。

 

「我が隊に熱を出して休んでいる者がいるのですが、その者の食事等はどうしているのかと思いまして」

 

「ああ、セレブリャコーフ少尉のことですね。少尉への対応はわたくしが行っておりますが、11時ごろに昼食をどうするか確認したところ、食欲がないとのことでした」

 

 なんと、あのセレブリャコーフ少尉が食欲がないだと。これは思っていたよりも酷い状態なのではないか。

 

「ああ、いいえ少佐。少尉の熱はそこまで高くありませんし、蓄積された疲れが一気に出てきただけなので、そこまで心配せずとも大丈夫ですわ」

 

 ターニャの表情の変化を汲み取った軍医は、安心させるようにいう。

 

「む、そうでありますか。しかし、何も食べないというのは」

 

「はい、なのでわたくしのほうで簡単な食事を作って持っていこうかと考えていたところですわ」

 

 ほう、なら安心だな。

 ……しかし、傷病兵の手当て等をすることが軍医の務めではあるが、一人の士官に付きっきりで世話をさせるのは如何なものだろうか。

 は!

 あまり手を煩わせてしまったら、部下の体調管理もまともにできない隊長だという烙印を押される可能性もあるやもしれん。

 ……仕方がない、私が看病してやるか。

 うむ、そうだな、それがいい。

 軍医の手を煩わせるまでもない。それに副官がいないと上手いコーヒーも飲めないし、仕事も進まんからな。

 

「(不謹慎なのかもしれないけど、少佐の表情が目まぐるしく変わって可愛いわね)」

 

「軍医殿、小官は本日非番であります。なのでセレブリャコーフ少尉の世話は小官がしたいと思います」

 

 ケーニッヒ中尉に後で連絡すれば問題なかろう。

 

「(今は傷病者も少ないから、わたくしも時間はあるのだけれど……は! そうよね、銀翼突撃賞を受勲した白銀ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐殿といえどまだ11歳。年齢も近く同性のセレブリャコーフ少尉がいなくてきっと寂しいのね。)そういうことなら、お願いしようかしら。あ、じゃあ今から料理作るから、手伝ってくださる?」

 

 料理は苦手だが、何故か軍医から断りづらいオーラを感じる……それに、自ら世話をしたいといった手前断るのもおかしいか。ターニャは軍服を脱いでシャツの袖をまくる。

 

「了解しました」

 

「うふふ、始めましょう」

 

 

「うう……風邪を引くなんていつぶりかな」

 

 ベッドに横たわり、ため息を吐いているヴィーシャ。少佐殿に体調管理もなっていない、とドヤされてしまうと内心戦々恐々としていた。

 軍医殿が来てくださり、そこまで熱は高くないとのことであったが、身体が重く頭も痛い。

 それに毛布に包まれているせいか、汗も掻いてきた。着替えたいけれど、動くのも辛い。

 

 コンコンコン、と扉をノックする音が聞こえた。軍医殿かな。

 

「どうぞぉ……」

 

「失礼する」

 

 あれ、声が違うと思い、部屋に入ってきた人物に目を向ける。

 

「しょ、少佐殿!」

 

「ああ、いい、そのまま寝てろ」

 

 思わず起き上がりそうになるが、少佐殿に制されたので寝た状態を維持する。少佐殿はトレーを机に載せ、ベッド横にあった椅子に腰かけた。

 

「少尉、調子はどうだ?」

 

「良くはありません……」

 

「だろうな」

 

 すっ、と少佐殿のお手がヴィーシャの目の前を通過し、ピト、とヴィーシャの額に当てられた。

 少佐殿のお手は小さいなぁとか冷たくて気持ちいいなぁという感想がヴィーシャの脳裏に思い浮かぶが、ふと我に返る。

 

「しょ、しょしょ少佐殿! な、なにを……」

 

「なに、軍医殿から熱はそこまで高くないと聞いていたのでな。ふむ、確かにそこまでは高くないようだな」

 

 反対の手で自身の額に手を当て、納得したように頷く少佐殿。

 

「少尉、熱は高くないようだが、顔が赤いな。大丈夫なのか」

 

 ずい、と少佐殿に顔を寄せられて至近距離で顔を見られるヴィーシャ。

 

「だ、大丈夫であります」

 

「そうか。……軍医殿から聞いたのだが、今も食欲はないのかね?」

 

「食欲、でありますか。正直、今はあまり食べたくはないです……」

 

 ヴィーシャの返答に眉を顰める少佐殿。

 

「何も食べないのは良くないぞ少尉」

 

「と言われましても……」

 

「やれやれ、軍医殿と一緒にスープを作ったのだが、不要の『少佐殿の手作りですか?!』あ、ああ……といっても、軍医殿が作るのを手伝った程度だが」

 

 少佐殿の手作り‥‥‥果たしてそれは食べられる代物なのかと、一瞬疑ってしまったが、少佐殿は冷酷そうに見えるしとても厳しい方だけど、実はとてもお優しくて、最も敬愛している上官なのだ。そんな方が、自分のために……そう考えると自然と食欲も湧いてくる。

 

「食べます」

 

「いや、しかし食欲がなかったのでは」

 

「食べます」

 

「(……少尉の顔を見るに、上官である私が勧めたため、上官命令だと受け取って渋々食べると発言した感じではなさそうだな)……了解した。少尉、起き上がれるか? ……手伝おう」

 

 ヴィーシャは少佐殿に手伝ってもらって上体を起こす。

 少佐殿は、入室時に持っていたトレーからスープの入った器とスプーンを持ち上げると、それらをこちらに差し出してきた。

 

「……」

 

 先に言っておこう。

 現在、ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉は熱に侵されており思考回路が少しばかり狂っているため、発言内容がふわふわしているが仕方ない。

 そう、仕方ないのだ。

 決して、折角だから少佐殿にどこまで我が儘が通じるのか試したいなどと魔が差してしまったわけではない。

 

「少佐殿、申し訳ないのですが、身体が重くて起き上がることがやっとという有様でして……その、食べさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「……何?」

 

 ぎろり、と少佐殿から鋭い視線を浴びせられたヴィーシャは一瞬だけ冷静な思考を取り戻し、先の発言を取り消そうかと考えた。

 

「(体調が悪い時は精神的にも参ると言う。……少尉には早く回復してもらわねば私の評価に響くかもしれぬし、珈琲も不味いままだ。多少の我が儘くらい聞いてやるか。それに、軍医に自ら看病すると言った手前もあるし)……分かった」

 

「いや、少佐殿、先ほどの発言は……へ?」

 

「分かったと言っている」

 

「つまり、少佐殿のお手で食べさせていただけると……」

 

「ええい、そう言っているであろうが! なんだ、やらなくてもいいのか」

 

「い、いいえ! あ、あの、よろしくお願いします」

 

 少佐殿はその手に持った器とスプーンを少しの間複雑そうなお顔で見つめた後、スープを掬ってヴィーシャの口元まで運んだ。

 

「……」

 

「……何故、口を開けないのかね」

 

「少佐殿、こういう場面においては適切な作法があるのではと小官は具申いたします」

 

「……つまり?」

 

「小官は『あーん』を所望いたします! また、湯気の立ち具合からこのスープはそのまま食すには少し熱いと推測するため、『ふーふー』も所望いたします!」

 

 再度言おう。

 ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉は微熱といえど熱に侵されている身である。故に、言動に多少の混乱が見られても何ら不自然ではないのだッ!!

 決して、どこまでいけるのか試したいなどと考えてはいない。

 

「少尉、貴様、本気かね……」

 

 唇の端をぴくぴくと引きつかせる少佐殿。

 なんと少佐殿はヴィーシャが冗談を言っているといいたいようだ。ヴィーシャは心外だと言わんばかりに反論する。

 

「もちろん本気であります! さぁ少佐殿!」

 

 ヴィーシャは幼子が如くバンバンと毛布を叩いて少佐殿を急かす。少佐殿は表情を目まぐるしく変えながら何かを思考中のようだったが、意を決したように深く息を吐くとベッドの端に両膝を着いた。

 

「……ふーふー。……あーん」

 

 恥ずかしいのか、少佐殿は頬を微かに赤らめておられる。その状態での先の仕草は大変に愛らしく、それを目撃したヴィーシャは言葉に出来ない感情に襲われていた。

 その感情の正体を探りたかったし、頬を赤らめてこちらを睨みつける少佐殿の、いつまでも少佐殿を放置するわけにもいかない。

 

「あー……んく」

 

「……味はどうかね」

 

「とっても美味しいです! 少佐殿に食べさせてもらっているので美味しさ倍増です!」

 

「別に誰の手で食べようが味は変わるまい……」

 

 ヴィーシャがふにゃりと笑いかけると、少佐殿はふいっと顔を逸らした。

 綺麗な金髪から僅かに見えるお耳が赤く染まっていることにヴィーシャは気が付いた。もしかして風邪を移してしまったのかもしれない。

 しかし、今はそんなことよりも優先すべきことがある。

 

「少佐殿! あー……」

 

「……はぁぁ。セレブリャコーフ少尉、貴様、熱が下がったら覚えておきたまえ」

 

 悪態を付きつつも、少佐殿は律儀にも一口ずつ「ふーふー」と息を吹きかけて「あーん」と言いながら、ヴィーシャの口にスプーンを運び続けた。

 

 

「ごちそうさまでした!」

 

「……お粗末様でした」

 

 ホクホク顔のセレブリャコーフ少尉をジト目で見つめるターニャ。そんな少尉とは対照的にとっても疲れた様子だ。おかしい、体調が悪いのはセレブリャコーフ少尉のほうではなかったか。

 

「……さて、食事を済ませたらさっさと寝ろ」

 

 それだけ告げると空になった器とスプーンをトレーの上に置いて持ち上げる。

 

「あ、あの、少佐殿。大変厚かましいのですが、一つお願いしたいことがありまして……」

 

 猛烈に嫌な予感がする。振り向きたくはないのだが、セレブリャコーフ少尉から感じる圧がターニャに振り向く以外の選択肢を与えない。

 

「……何かね、セレブリャコーフ少尉」

 

「いっぱい汗を掻いてしまったので着替えたいのですが、身体が重くて、恥ずかしいのですが、一人で着替えることが難しく……」

 

 おい、やめろ、セレブリャコーフ少尉、その先を口にするな。

 

「着替え、お手伝いいただいてもよろしいでしょうか」

 

 毛布を口元まで手繰り寄せ、熱なのか気恥ずかしさからなのか、上気した顔でお願い事を口にしたセレブリャコーフ少尉。

 これは流石に断りたかったが、最終的には承諾させられる未来しか見えず。

 

「……分かった」

 

 ターニャは色々と葛藤しつつも、了承する言葉を絞り出した。

 

「では、お願いいたします」

 

 目の前でセレブリャコーフ少尉が万歳ポーズを決めている。

 いや、ワンピースタイプの寝巻なのだから、脱がせやすいようにという配慮であることは分かるが、貴官は身体が重くて一人で着替えるのが困難だとか言っていなかったか。

 という言葉をグッと飲み込んだターニャは、ベッドの上に乗ってセレブリャコーフ少尉の寝巻を脱がそうと試みる。

 

「……少尉、少し腰を浮かせてくれるか」

 

 ワンピースタイプの寝巻のため、丈が膝あたりまである寝巻は座ったままだと脱がすことができなかった。

 

「はい。……ん、あれ? 申し訳ございません、もう少しお待ちを……」

 

 手をベッドに置いて腰を押し上げようと試みるが、腰が浮く様子はない。

 

「……少尉、演算宝珠を借りるぞ」

 

 腰を浮かせようと何度もトライするセレブリャコーフ少尉の様子を見かねたターニャは、部屋の片隅に置かれたエレニウム工廠製九七式『突撃機動』演算宝珠を手に取った。

 

「術式同期……完了」

 

 セレブリャコーフ少尉の腰下にかけられていた毛布をはぎ取り、膝を折り曲げてその下に手を通し、反対の手を腰に添えると一息に少尉を持ち上げた。

 お姫様抱っこである。

 

「少佐殿!?」

 

「少尉、裾を腰上まで上げてくれ」

 

「りょ、了解いたしました」

 

 指示通り裾を上げるセレブリャコーフ少尉。ターニャはすぐさま視線を逸らした。一瞬、純白のショーツが見えたが気がするが、うむ、気のせいだろう。

 下を見過ぎないように裾が上がったことを確認するとゆっくりとセレブリャコーフ少尉を下ろした。

 

「少佐殿、その、申し訳ございませんでした」

 

「今更というものだよ。気にするな」

 

「う、お言葉に甘えます。それと、重くはありませんでしたか?」

 

「なぁに、大学時代の実地研修の際に背負った装備に比べれば、貴官なんて軽いものだよ。まぁ、演算宝珠の補助式がなければきついかもしれないが。さて、さっさと着替えを済ませるぞ」

 

 セレブリャコーフ少尉が再び万歳ポーズを決める。汗でべた付いており、少しばかり引っ掛かったが、難なく脱がせることに成功した。

 あまりセレブリャコーフ少尉に視線を向けないよう注意しつつ着替えを準備する。

 

「少佐殿」

 

「なんだねしょう、い……」

 

 注意していたが呼びかけられて無意識に向いてしまった。

 汗に濡れる白い肌、熱のせいか肩越しに見える顔は赤く染まっており熱を帯びた瞳がこちらを射抜く。転生してから長らく感じていなかった情欲を感じた。

 ムラっときた。

 

「少佐殿? 少佐殿? あの、そんなに見つめられると流石に恥ずかしいのですが……」

「あ、ああ……すまない。それで、どうした少尉」

「はい。下着も汗で濡れてしまったので、着替えたくて……」

 

 まさか下着も着替えさせろというのか!

 

「し、下着は流石に自分で着替えますよ!」

 

 表情で察したセレブリャコーフ少尉が慌てて補足する。

 

「ただ、下着を脱いだ後、背中をタオルで拭いていただきたく……」

 

 ……もうすでに色々と疲弊しきっていたターニャは、無駄に抵抗することをやめた。

 セレブリャコーフ少尉に言われるがまま、部屋に置いてあった水桶でタオルを絞り、下着を脱いだ少尉の背中を丁寧に拭っていく。

 セレブリャコーフ少尉から色っぽい声が上げるけど気にしたりはしない。

 

「……はぁ、しかし、貴官は少し無防備すぎではないかね。貴官は自身が魅力的な女性であることを自覚をした方がいい。よいか、男は狼なのだよ。いくら理性的であろうとも、そう無防備すぎては暴走する輩も現れないとは言い切れんぞ」

 

 今更過ぎる忠告かもしれないが、本日のセレブリャコーフ少尉の仕草などを見ていたら本格的に将来が心配になってきた。

 

「わ、私が無防備なのは、少佐殿の前でだけですッ」

 

「……今の忠告を聞いていなかったのか」

 

「はぅ、今のは違うんです。わ、忘れてくださいっ」

 

 呆れたような口調でぼやくと、自身の発言の意図に気が付いたセレブリャコーフ少尉が慌てて発言を取り消す。

 

「ほら、背中は拭き終わったぞ。後は自分でやれるな?」

 

「うぅ……はい」

 

 タオルを手渡してベッドから降りて背を向ける。

 まったく、心臓に悪すぎる……まぁ同性同士なのだから、そこまで気にする必要はないのかもしれないが……同性?

 

「……」

 

「あの、少佐殿? 下着を着ましたので、寝巻を着るのを手伝っていただきたいのですが……」

 

「あぁ、了解した。着させるぞ……腕は通ったな、よし、抱き上げるからな……うむ、これで大丈夫だな? さて少尉、後は横になって、十分な睡眠をとれ。……ん、喉が渇いた? 今、水差しを持ってくる……飲めたな? では、横になれ、そして眠るんだ。……眠れるまで手を握っていて欲しい、だと? やれやれ、まるで幼子のようだな。仕方がない、特別サービスだ、回復したら覚えておきたまえよ」

 

 手を握ってセレブリャコーフ少尉と軽い会話を交わす。しばらくすると会話はなくなり、少尉の寝息が聞こえてきた。

 少尉が完全に眠りについたことを確認するとターニャは器を持つことなく部屋を出ていった。

 

 

 訓練を終えたケーニッヒ中尉が廊下を歩いていると、向かいからデグレチャフ少佐殿が歩いてくるのが見えた。

 

「あの、大隊長殿……っ!」

 

 声を掛けたが、とんでもない威圧感を放っている大隊長殿を視認するとすぐさま壁に張り付いて回避行動をとった。

 幸いこちらに気が付くことなく、ぶつぶつと何やら呟きながら目の前を通り過ぎていった。

 

「……急ぎの報告ではないし、後にしよう。それにしても、すごく怒っていたな。一体誰が大隊長殿の怒りを買ったのやら」

 

 ケーニッヒ中尉は、大隊長殿の怒りを買った人物を哀れに思い、自分はそんなヘマをしないようにしようと決意した。

 

 

「存在Xぅぅぅぅぅう! 何が同性だ! 私は男だろうがぁ! こんな思考に至ってしまうのも全部ッ、そう全部存在Xの仕業だ! 一度ならず二度までも! ああ、やはりそうだ! 存在Xは私が女として成長したいと洗脳しているに違いない! ああっ、存在Xに災いあれ!!」

 

 ターニャは自室に戻り部屋の鍵をかけると、叫び声を上げて存在Xに怒りをぶつけた。

 幸いにも、周囲の部屋に人はなく、彼女の叫び声を聞いた者はいなかった。




後日談、というか翌日のお話は書いてて恥ずかしくなったのでやめました。
羞恥心が克服できたら、書こうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ターニャとヴィーシャが長距離列車に乗る話

漫画版の14巻のとあるシーンの改変です。


「長距離列車というものは、乗り心地が良くないものだな」

 

「これでも一等車なので随分とマシな方らしいですが……」

 

 列車に揺られて流れゆく景色を眺めながら呟くと、隣に座る副官から苦笑交じりの声が返ってくる。

 

「そうなのだがな……それに機密保持措置とやらで一等車から出ることも禁じられているとなるとな」

 

「そうですねぇ、折角の少佐殿との旅ですのに」

 

「ははは、セレブリャコーフ少尉、参謀本部からの出頭命令なのだから、そんな楽しいものではないぞ」

 

「うっ……不謹慎でしたね、申し訳ございません」

 

「別に構わんよ。もうしばらく時間はかかるのだ、今から気を張っていても仕方あるまい。ある程度の余裕も必要だ」

 

「はいっ」

 

 しゅんとした表情から一転、パァァと花が咲いたような笑顔を見せるヴィーシャ。

 そんな笑顔を見せられると同行を許可して良かったと思える。

 

「(しかし、何故隣に座るんだ……)」

 

 4人座ってもまだ余裕がある対面式のボックス席、先に座ったターニャに続いて流れるように自然と隣に陣取った我が副官。

 それとなく対面に座るように促したが、上手くかわし続けられたため、特に害はないし別に拘ることでもないかと諦めた。

 まぁそれはまだ良い。

 

「(何故、そんな期待に満ちた目で私を見るのだ……!)

 

 そう、問題はこちらであった。

 乗車した初めの方は、ちらっ、ちらっ、といった感じの視線であったから大して気にしてはいなかったが、今ではじぃぃ……と穴が開くほど見つめられている。

 書類を読んでいたのだが、もはや読んでいるフリになっており、内容は一切頭に入ってこない。

 そのまま書類を読んでいるフリをしながら、ただひたすらに、ヴィーシャの視線の意図を考えていたのだが、数十分ほど思考したところで答えが出なかったので、それとなく探りをいれることにした。

 

「……少尉、どうかしたのかね?」

 

「はっ、いいえ、少佐殿。質問の意図が分かりかねます」

 

 ヴィーシャから憮然とした声色が返ってくる。視線も心なしか冷たいような気がする。

 いつも、というのは自意識過剰かもしれないが、どちらかというと好意的な感じで接してくるヴィーシャの予想外の態度にショックを受けた。

 ヴィーシャに何か嫌われるようなことをしてしまったのだろうか、もしかして、同行を申し出たのはヴァイス中尉の冗談に付き合っただけで本当は同行なんてしたくなかったのではないだろうか。

 ヴィーシャの態度の原因を作った要因を色々と思い浮かべる。

 

「ヴィーシャ、私は貴官に対して、何か嫌われるようなことでもしただろうか」

 

 ヴィーシャに少し冷たくされただけでショックを受けている自分に驚き、その動揺を隠せていないまま沸き起こる焦燥感に駆られるがままに問いかける。

 

「私が少佐殿を嫌うことなんてあり得ません!」

 

 ヴィーシャから即座に否定の言葉が力強く返ってくる。

 

「ただ、その、少佐殿は、お忘れになられていることがあるのではないかと……」

 

「忘れていること……?」

 

 嫌われていないことにほっとしたターニャは、ヴィーシャの言葉を反芻して記憶を思い起こす。

 

「少尉、私は自分がいったい何を忘れているのか思い出せそうにない。すまないが教えてはくれないか」

 

「はい。……出発前にヴァイス中尉とお話しされていた内容をお覚えでしょうか」

 

 ヴァイス中尉との会話だと。

 

「休養の許可と外出の容認だったと思うが……」

 

「いえ、そちらではなく、その、ジョークの方です」

 

「ジョークの方……『売春宿でモテない』、『一人旅に同行』、『慰みに期待するな』、『せいぜいが頭をいいこいいこしてやることくらい』……これくらいだったかと思うが」

 

「その、最後のやつです……」

 

「最後の……まさか、少尉、貴様……」

 

 本気か?

 そんな思いを込めた視線を受けたヴィーシャは、恥ずかしそうに微かに頬を赤く染めてコクリと頷いた。

 

「あれは冗談のつもりでの発言だったのだが……」

 

「しょ、小官は冗談だと認識しておりませんっ」

 

 さて、これは困った。年ごろの少女の頭を撫でるなど、事案待ったなしである……あぁ、今は幼女だから問題はないか。

 しかし、幼女が少女の頭を撫でるのも、それはそれでいかがなものだろうか。……いや、仲睦まじく微笑ましい光景になるだけか。

 ちらりとヴィーシャの様子を伺う。

 それは羞恥か高揚か、白い頬を赤らめて祈るような真摯な眼差しを向けてくる。こちらが黙り込んでしまったが故に叱責を受けると思ったのか目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 そんなヴィーシャの様子を見たターニャは、大きく息を吐いた。

 

「セレブリャコーフ少尉」

 

「は、はいっ」

 

 怒られると感じたヴィーシャは、目蓋をぎゅっと閉じた。

 

「高い、そのままでは貴官の要望はかなえられそうにないな」

 

「へ……、は、はいっ」

 

 一瞬、上官の言葉の意図が分からず停止したが、ゆっくりと言葉を飲み込んで理解に至り、笑顔を浮かべて手が届く位置まで頭を下げた。

 しかし、隣り合って座っているため、身体を捻って向き合っている体勢はなかなかに辛い。

 

「ヴィーシャ、私の膝に頭を置きたまえ」

 

「そ、そそれは、膝枕をしてくださるということでしょうかっ」

 

 そちらの方が体勢的に楽そうだと思い提案したのだが、異様に興奮した様子のヴィーシャを見てやっぱり撤回しようか少し迷ったものの、撤回したらしたらで面倒そうだと思い、こくりと頷いた。

 

「し、失礼いたします」

 

 ゆっくりと横に倒れて、ぽふりと膝に頭を置いた。

 

「…………」

 

 これは想像以上に気恥ずかしいものだな……。

 思えば、前世も含め人の頭を撫でるという行為をした記憶がない……初めてが幼女の身で年上の少女相手とは、人生何が起こるか分からんものだ……そんなことを考えながら、おそるおそるヴィーシャの頭に手を置く。

 

「はぅ……」

 

 小さく吐息を漏らす音がした。

 そのままゆっくりと、力を入れ過ぎないように掌を髪に滑らせ、その手触りに感嘆の息が漏れる。指を曲げて手櫛を入れても引っ掛かることなく、するすると抜けていくほどにサラサラとしている。いつまでも撫でていたくなる感触だ。くせ毛気味な自分の髪とはえらい違いである。

 それに、ヴィーシャから凄く良い香りが漂ってくる。甘く柔らかな香りだ。この香りは、彼女に支度の手伝いをしてもらっている際にも嗅いだことはあるが、それは短時間であり、ここまで長い時間嗅いだことはなかった。

 

「(すごく好きなな匂いだ――)」

 

 ふと気が付いて、撫でる手をとめた。果たしてこれは、セクハラに当たらないのだろうか、と。……いや、向こうから望んだことだし、セクハラにはなるまい。

 

「少佐殿」

 

 声を掛けられて我に返った。気が付けば、横向きに寝ていたはずのヴィーシャの顔がこちらを向いていた。しかし、その表情はどこか不機嫌そうだ。

 やはりセクハラに当たるのだろうか、そう思ったターニャは弁明するために口を開こうとしたが。

 

「少佐殿は、こういったことをよく誰かにされるのでしょうか」

 

「――は? こういったこと……私が先程まで、貴官にやっていたあれのことか?」

 

「はい」

 

 ヴィーシャは一体何を聞いているのだろうか。意図がまったく分からないのだが、ヴィーシャの何かを乞い願うかのような表情と真剣な眼差しを見る限り、彼女にとってこの質問は、何か重要な意味を持つのであろう。

 

「少尉、誰かの頭を撫でたのは、これが初めてだよ」

 

 嘘偽りなく正直に答えたつもりであったが、どうやら我が副官は不満だったらしい。

 

「少佐殿は嘘を付いておられます。初めてというわりには、手付きが慣れていらっしゃいました」

 

 拗ねたように頬を膨らまして抗議の意を示す我が副官。

 

「ほぅ、上官を嘘つき呼ばわりするとは、良い度胸だな。……それにしても、貴官は私のことを信じてくれないのだな。そこそこ長い付き合いではあるし、貴官からの信頼は得られているものだと思っていたのだが、私の勘違いだったようだ」

 

「少佐殿のことは誰よりも信頼しております! 私が一番、誰よりも、少佐殿のことをお慕いしている自信がありますっ! ですが、それとこれは別のお話です」

 

 ターニャのお腹に顔を埋めてぐりぐりとマーキングするかのように擦り付けてくる。

 

「くすぐったいからやめろ、犬か貴様は……はぁ、ならば、どうしたら信じてもらえるのかね」

 

「そうですね、もう少し続けていただけたらきっと信じられます」

 

 即座に返答したところを見ると、これが嘘つき呼ばわりした理由か。

 

「セレブリャコーフ少尉、途中でやめたから拗ねていたのか」

 

「ち、違いますよ。私はただ……」

 

 ごにょごにょと言い訳を口にするヴィーシャだが、その態度ではバレバレだ。

 

「分かった分かった」

 

「んっ……」

 

 ゆっくりとヴィーシャの髪に手櫛を入れると気持ちよさそうな声が聞こえてくる。

 暫し撫でているとふと思い出した。

 

「ああ、確か撫でるだけではなかったな。――いいこいいこ」

 

「! はぅぅ……っ」

 

 悶える声がの口から漏れる。その声を聴いた瞬間、背筋がぞくぞくした。

 ……11歳にしていけない趣味に目覚めてしまいそうだ。

 

「……ヴィーシャは本当にいい子だな。いつも美味い珈琲を淹れてくれるし、言葉にせずとも私の言わんとすることを察して行動してくれたり、仕事中さり気なくフォローもしてくれる。それに身支度をいつも手伝ってくれているな。感謝している。ヴィーシャ、君が私の副官で良かったよ」

 

「あぅぅ……しょうさどのぉ」

 

 顔がこちらを向いていないため表情は窺えないが、耳が真っ赤に染まっているのを見れば、顔はそれ以上に赤く染まっていることが容易に分かる。

 

「だが、ヴィーシャがいい子過ぎて困ってしまうこともあるな。このままでは、ヴィーシャが淹れてくれる珈琲でないと満足できない舌になってしまう。それと、ヴィーシャがいないと一人で身支度も整えられない駄目軍人になってしまうな。さて、そうなってしまったら、どう責任を取ってもらおうか。ん?」

 

 もっとヴィーシャが照れる姿を見たくなってしまい、つい口が滑った結果、何故か責任論を盾に婚約を迫る人みたくなってしまった。

 しかし、ターニャの最後の言葉を聞き、すっかり蕩けきっていたヴィーシャはガバッと起き上がり、詰め寄ってきた。

 

「せ、責任取りますっ。取らせてください! 小官は、生涯ずっとデグレチャフ少佐殿の副官です! ずっとお傍におります! 珈琲も毎日淹れます、身支度のお手伝いも毎朝毎晩いたします、だから――」

 

 捲し立てるヴィーシャの唇に指を当てて言葉を遮る。

 

「ヴィーシャ、ありがとう。そう言ってもらえて素直にうれしいよ。……しかし、貴官はあれだな、よく重い女だと言われないか」

 

「言われたことなんてありませんが、私、重いでしょうか……」

 

「ん、んん……そう思う者もいるかもしれんな。まぁあまり気にするな。……さて、きりもいいし、ご褒美タイムは終了だ」

 

「えぇ、そんなぁ……」

 

 この世の終わりだと言わんばかりに落ち込むヴィーシャ。

 

「なんだ、そんなに良かったのか? ふむ、それならば、今後うちの隊の連中にも試して『駄目です!』……耳元で大声を上げるでない」

 

「申し訳ございません……、ですが、あの、少佐殿、あまりこういったことを他の者にするのは……」

 

 しどろもどろに言葉を紡ぐヴィーシャ。今の発言、『他の者』の部分は『私以外』と解釈できてしまうぞ、暗にそう言っているのだろうか。

 まあ、まずは副官の不安を取り除いてやるか。

 

「安心したまえ、冗談だ」

 

「じょ、冗談ですか……」

 

「そもそも、これを褒美にして奮起するのは、うちの隊に限らずとも貴官くらいなものだ」

 

「そんなことはないと思いますが……」

 

「仮にいたとしても、貴官以外にはやる予定はないさ」

 

「――はい!」

 

 膝枕なんて誰かにするなんて考えたことなかったし、しようとも思わなかったが、つい絆されてしまった。

 ヴィーシャにはどうしても甘くなってしまうのは何故なのだろうか。

 そう考えながら、固まった身体をほぐそうと全身を延ばした瞬間、鋭い痛みが太ももに走った。

 

「……? 少佐殿、どうかなされましたか?」

 

 ターニャの様子がおかしいことに気が付いたヴィーシャが声を掛けた。

 

「い、いや、太ももを少し攣ってしまったみたいでな……」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「この体勢のまましばらく待てば痛みも治まるだろう」

 

「私があのようなことをお願いしたせいで……」

 

 この場合、膝枕よりも身体を伸ばしたことが足を攣った原因である可能性の方が高いのだが、ヴィーシャは責任を感じているようだ。

 

「はっ、少佐殿! 攣られた部分を伸ばすと良いと聞いたことがあります」

 

「しかし、伸ばそうにもこの体勢では少し厳しいな……」

 

 額に脂汗を浮かべながらターニャは応答する。

 

「少佐殿、失礼します!」

 

 するとヴィーシャがひょいとターニャは抱えて座席に横たわらせた。

 

「攣られたのはどちらのおみ足でしょうか?」

 

「左の太ももだ……」

 

 ヴィーシャはターニャの太ももに手をやるとゆっくりと伸ばし始める。初めは痛みを覚えたが、徐々に痛みは少なくなり、数分後にはやや張りが残る程度となり、痛みはすっかり消えていた。

 

「すまない少尉、だいぶ楽になった」

 

「いえ、元は小官の責任ですので……ああっ、まだ起き上がらないでください。また再発するかもしれません。なので、はい、このままお休みになられてください」

 

 起き上がろうとしたターニャだったが、強制的に横にされ、何故かヴィーシャの太ももに頭を乗せた状態になっていた。

 

「……これはなんだ」

 

「膝枕です! 先ほどは小官がしていただいたので、そのお返しです」

 

 これが意趣返しであるならば、無理やりにでも起き上がったのだが、完全な善意なのであろう。それは嬉しそうな満面の笑みを浮かべたヴィーシャを見れば一目瞭然だ。

 外見上は幼女が少女に膝枕をされているという微笑ましい光景なのだが、精神は男のつもりのターニャは羞恥心でいっぱいである。赤くなった顔を両腕で隠した。

 

「照れていらっしゃるのですか? ……お可愛いです」

 

「少尉! 上官に向かってかわいいとはなんだ!」

 

「少佐殿はお可愛いですよ?」

 

「ぐぅ……! もういい! 少尉、後で覚えていろ」

 

 今のヴィーシャには何を言ったところで『可愛い』と返されるだけだと悟ったターニャは、これ以上の抗議を諦めた。

 穏やかな気候と電車の揺れにより、徐々に意識が遠のいていき、心地よいまどろみの中へと誘われ始める。

 

「……ヴィーシャ、貴官から、何か良い匂いがするな」

 

「え、そうでしょうか? 自分ではわかりませんが……」

 

「ああ、先ほど、貴官の頭を撫でている時も思ったが、貴官の匂いは、嗅いでて落ち着く……好きな匂いだ」

 

「ええと、ありがとうございます……」

 

「…………」

 

「少佐殿? ……お休みなさい」

 

 

 

 私の膝を枕にして、小さな寝息を立てて少佐殿が眠られている。

 普段は大人びた表情を見せることの多い少佐殿だけど、眠られている時は年相応の表情となられる。

 ……それにしても、私ってそんなに匂うかなあ。くんくん……やっぱり自分では分からない。けれど、少佐殿も不快に思われた訳ではなく、それどころか、好きだと、落ち着くとおっしゃっておられたのだし……そう言われて嬉しい自分がいた。

 そういえばと、少佐殿に撫でていただいた感触を思い出す。優しく、労わるような手つき。

 ……こんな感じかな。少佐殿にしていただいたように、ゆっくりと頭に手を滑らせていく。少々くせっ毛気味な少佐殿の髪はもふもふとしており、こんな言い方は失礼かもしれないけど、愛らしいお顔も相まってどこか小動物を連想させる。飼いたいなあ……はっ、私ったら一体何を考えて……。いけない思考を振り払う。

 

「……ぃーしゃ」

 

「……少佐殿?」

 

 今、私のことをお呼びになられたようだけど、少佐殿は眠られたまま。もしかして、寝言なのかな。夢の中でも私と一緒にいるのだろうか。……だとしたら嬉しいな。あ、私、今きっと凄いにやけてる。うぅ、ただ寝言で名前を呟かされただけなのに、それだけでこんなにも満たされてしまう……少佐殿は女たらしです。

 それに、先ほども私のことを何度も『ヴィーシャ』とお呼びになられて――

 

『ヴィーシャはいい子だな』『感謝している』『君が私の副官で良かった』『ヴィーシャでないと満足できない』『ヴィーシャがいないと駄目になる』

 

 少佐殿から掛けていただいた言葉が脳内で再生される。

 

『小官は、生涯ずっとデグレチャフ少佐殿の副官です!』

 

「うぅぅ……私、すっごい恥ずかしいことを……毎日珈琲淹れるとか、毎朝毎晩身支度のお手伝いをするとか……なんであんなこと言ってしまったのだろう。少佐殿の仰る通り、私って重い女なのかなあ」

 

 少佐殿がそう指摘されたということは、少なくとも少佐殿はそう感じられたということで……い、いや、大丈夫よヴィーシャ。そもそも私と少佐殿はそのような関係ではないのだし……。

 確かに少佐殿のことはお慕いしているけれど、それはあくまで上官としてのこと。敬愛する上官だからこそ、公私ともにずっとお傍にいたいし、お世話もさせていただきたい、普段からこうやってスキンシップもとりたい、私のことをもっと見ていて欲しい、特別扱いしてほしい、そう思うのは当たり前のこと。

 

 当たり前のことなのだ。そう自分を納得させていると、少佐殿の眉間に皺ができていることに気付いた。

 夢の中でも何かお悩みなのかな。夢の中でくらい、安らかにお過ごしいただきたいのだけど。

 少佐殿の眉間を指先でくりくりといじる。眉間の皺をほぐしたところで、気休めにもならないとは分かっているけれど……。

 続けていると少佐殿のお顔が心なしか安らいだ気がする。良かった。

 改めて、少佐殿のお顔を見つめ直す。

 

「あ、睫毛長い……それにお肌もすべすべしているし、唇もぷるぷるしてる……」

 

 睫毛、ほっぺた、唇を指でそっとなぞる。

 気が付けば、少佐殿のお顔がすぐ目の前にあり、お互いの息が肌で感じられるほどの距離になっていた。あ、これは、だめだ。ほんのわずか、少し頭を動かすだけで、少佐殿と私の唇は重なる。

 

「しょうさ、どの……」

 

 10センチ……5センチ……3センチ……1センチ……重なる寸前、扉がノックされ、私の行為は中断された。

 

「は、はいっ! どうぞ!」

 

 い、今、私は一体何を……、ノックされなければ、確実に……いや確かにスキンシップはしたいと考えていたけれど、これは色々と飛躍し過ぎだと思う。もっと段階を踏んで徐々になら、おかしくはないと思う。……って今はそれどころではなかった。反射的にどうぞと言ってしまったけど、少佐殿はまだ私の膝の上で夢の中だ。お、起こしたほうがいいのかな。

 

「失礼する……む?」

 

 迷ってるうちに入室されてしまった。あの方は、確か少佐殿の同期のウーガ少佐だったはず。

 

「貴官は確か……ああ、いや、座ったままで構わない」

 

 立ち上がり敬礼しようとしたが、膝上の少佐殿を一目見たウーガ少佐に制された。

 

「はっ、お気遣い感謝いたします。第二〇三遊撃航空魔導大隊所属、ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉であります。デグレチャフ少佐殿の副官を務めております」

 

「マクシミリアン・ヨハン・フォン・ウーガ少佐だ。所属は兵站司令部になる。座ってもよろしいだろうか?」

 

「はい」

 

 机を挟んで向こう側の席に座ったウーガ少佐の視線は、私の膝の上に注がれている。

 

「デグレチャフ少佐殿、お起こしいたしますか?」

 

「そうだな……いや、まだ起こさなくても大丈夫だ。しかし、これほどまで人前で無防備な姿を晒すデグレチャフ少佐を見るのは初めてだな」

 

「そうなのですか」

 

 入室された際に少佐殿を見て少し驚かれたいたとは思ったけど、そういうことだったのかな。

 

「ああ。デグレチャフ少佐とは軍大学の同期でな、常に規律を重んじ向上心にも溢れ、幼い身であるにも関わず、そこらの大人よりも大人びて見えたよ」

 

「……何となくわかります」

 

 同期のウーガ少佐からも評価されているとは、流石は少佐殿。

 

「だが優秀であるが故か、人に頼ることはあまりなかったように思える」

 

 そこで言葉を区切ったウーガ少佐は、私と眠る少佐殿を交互に見て小さく笑みを浮かべる。

 

「貴官はデグレチャフ少佐に信頼されているのだな」

 

「そうでしょうか……。私はもちろん信頼しておりますが、少佐殿のお口からそのようなことは聞いたことがありません」

 

「そうなのか? デグレチャフ少佐の態度を見れば十分に信頼されていると思うのだがな……何にせよ、デグレチャフ少佐は良き部下を得られたようだ」

 

「ありがとうございます」

 

 今日はよく褒められる日だなあ。そんなことを思っていると、少佐殿が身動ぎをされて、

 

「ん……ヴィーシャ、一体誰と話している……」

 

 むくりと起き上がる少佐殿。寝起きで頭が回られていないのか、ぼんやりとしたご様子。まだウーガ少佐に気が付いておられない。

 

「おはようございます少佐殿、あの――」

 

「おはようヴィーシャ。私は一体どのくらい眠っていたのだ」

 

「1時間も経っておりませんよ。あの――」

 

「なに、1時間もか。……長時間列車に揺られて、疲れていたのかもしれんな。長い時間すまない。重かったし退屈であっただろう」

 

「いいえっ、全然軽かったです! それに、少佐殿の可愛らしい寝顔を眺めていたので、退屈ではありませんでした。それよりも――」

 

「かわっ……まあいい、少尉、寝癖はついていないだろうか。もしついていたら、髪を梳いて欲しいのだが」

 

「ごほん、久しぶりだな、デグレチャフ少佐」

 

「――う、ウーガ少佐殿!?」

 

 ウーガ少佐が咳払いしたことでウーガ少佐がいることに気が付いた少佐殿は、目を見開き驚きを隠せなかった。

 

「少し前にお邪魔させてもらっていた。ああ、そうだ、これを。珈琲とチョコレートだ」

 

 気まずそうな表情のウーガ少佐が少佐殿にお渡しされた。珈琲は後で少佐殿にお淹れして、チョコレートはご相伴に預からせていただこう。

 

「どうもありがとうございます。……セレブリャコーフ少尉! 何故起こさなかった!」

 

「も、申し訳ございません……」

 

「そうセレブリャコーフ少尉を責めるな。私が起こさなくても良いと言ったのだ」

 

 お怒りになられた少佐殿であったが、ウーガ少佐に宥められて落ち着きを取り戻された。

 

「はぁ……ウーガ少佐殿、お久しぶりでございます。みっともない姿を晒してしまいお恥ずかしい限りであります」

 

「気にするな。私としては珍しいものも見れたと思っている」

 

「珍しいもの、でありますか」

 

「ああ。なぁセレブリャコーフ少尉」

 

 うぅ……こちらに振らないでください。先ほどから少佐殿の鋭い眼光がこちらを射抜いてくるんです。

 

「少尉、隊に戻ったら楽しい楽しい尋問訓練をやろう。無論、私と貴官の二人きりでだ。嬉しかろう?」

 

「はい……嬉しいです……」

 

「……やめてやれデグレチャフ少佐。珍しいものというのは、貴官の無防備な姿のことだ。そして、そんな姿を晒け出せるほど、セレブリャコーフ少尉のことを信頼しているのだなということを話していただけだ」

 

 私の怯えっぷりを見て哀れに思ったのか、ウーガ少佐が我が大隊長殿の暴挙を止めてくださった。

 

「……確かに、信頼している者は誰かと言われれば、真っ先に思い浮かぶくらいには信頼しております。……ウーガ少佐殿に免じて尋問訓練はやめてやる」

 

「ありがとうございます!」

 

 少佐殿に信頼していると言われた嬉しさと、尋問訓練をやらなくてすむ嬉しさから思わず声が弾む。

 

「デグレチャフ少佐、良い副官に恵まれたな。私もそんな副官が欲しいものだ」

 

「……念のため申し上げておきますが、これは小官の副官でありますので」

 

 ぐい、と少佐殿に引き寄せられ、所有物宣言される。物扱いされたことに腹を立てるべきなのかもしれないけど、私は少佐殿に必要とされている喜びをただ噛み締めた。

 

「ははっ、貴官の大事な副官を取り上げようなんて思わないさ。それにしても、そうか……(デグレチャフ少佐は愛国心に満ちた私利私欲のない人物だというのが多くの者の印象だ。実際、私もそんな印象をいだいていた。しかし、あんな独占欲を見せることもあるのだな……。軍人ならばそういった感情を見せないほうが良いのかもしれないが、デグレチャフ少佐はまだ11歳、ならば今みたいに感情をむき出しにするほうが健全だな。)さて、そろそろ私がきた本題に入るか」

 

 真剣な顔つきになったウーガ少佐の視線がこちらを向く。席を外したほうが良いと思い立ち上がるとするけど。

 

「ウーガ少佐殿。私の副官を同席させても問題ないでしょうか。先にもお伝えした通り、小官が最も信頼する部下であります」

 

「そうだな、ただの一兵卒であれば外してもらうべきだが、あの白銀が最も信頼する部下なら問題ないだろう。同席を許可する」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 こうして、少佐殿とウーガ少佐のお話は始まった。

 

 

 

 

 話も終わり、ウーガ少佐が去った後、少佐殿は黙り込んでしまわれた。私も傍らで聞いており、全部ではないけどある程度は理解してつもりだ。

 少佐殿の思考の邪魔をしてはいけないと、黙ってそっと席を外して廊下に出た。そこにちょうど通りかかった給仕に声を掛けて、珈琲を淹れられる場所に案内してもらう。幸い、この車両内に小さなスペースがあり、珈琲を淹れるための器具も一式揃っていた。給仕の仕事を奪ってしまい申し訳なかったけれど、少佐殿にお出しする珈琲は私が淹れて差し上げたかった。

 珈琲を持ち、席に戻ると少佐殿は窓の外を眺めておられた。

 

「少佐殿、珈琲、お飲みになられますか?」

 

「少尉。ありがとう、いただくよ」

 

 珈琲を差し出すと小さく微笑んで受け取られた。

 

「先ほどのお二人のお話、全てを理解できたわけでありませんが、それでも、次の作戦が厳しいことくらいは分かります」

 

 少佐殿の隣に座る。珈琲の芳醇な香りを楽しんでいた少佐殿でしたが、一度カップを机の上に戻されて私と視線を合わせられた。

 

「……あまり部下の前で弱気な態度は見せたくはないのだがな。現状、厳しいというほかない。……半包囲下での遅滞防御なんぞ、死ねといっているようなものだ」

 

 苦々しい表情を浮かべる少佐殿を見ると、次回の任務が如何に困難を極めるか想像に難くない……半数は失うともおっしゃっておられましたし……。

 

「少尉、そう浮かない顔をするな。最悪の事態を避けるため常に最善の道を模索するのが指揮官たる者の務めだ。それに、どう転んでも貴官が二階級特進することはあるまい」

 

「? あの、それはどういう――」

 

「貴官のバディは誰かね?」

 

「――はいっ、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐殿です!」

 

「そういうことだ。まあ貴官くらいは守ってやるから安心したまえ」

 

 不敵な笑みを浮かべる我らが大隊長殿。そのお言葉はすごい嬉しいし、心強くもあるけど、私は――

 

「はい、いいえ少佐殿。小官は、少佐殿にただ守られる存在ではありません。小官も少佐殿と肩を並べて戦えます」

 

「……ほぅ、吐いた唾は飲めぬぞ少尉」

 

「はい! 承知しております!」

 

「成長したな……では、私の背中は任せるぞ」

 

「はい、お任せください!」

 

 少佐殿と視線を交わして笑い合う。

 

「さて、冷めてしまう前に珈琲をいただくとしよう。貴官が淹れたのであろう?」

 

「はい。真心を込めて淹れさせていただきました」

 

「よくもまあ素面でそのようなことを口にできるものだ。……それにしても、やはり貴官の淹れる珈琲は美味い、実に私好みだ」

 

 珈琲を口にして満足そうに微笑む少佐殿。

 

「これから先、何度でも淹れて差し上げます」

 

「そうだな。そのためにも無事に任務を完遂せねばな……」

 

「大丈夫ですよ。少佐殿とならばきっと無事に完遂できると、信じております」

 

 少佐殿はどこか呆れたようにため息を吐かれた。

 

「やれやれ、根拠のない自信に、純真無垢な信頼とは……重いな」

 

「少佐殿、ご存じでいらっしゃらないのですか。どうやら小官は、重い女らしいです」

 

「ふふ、そうであったな」

 

「はい。……あ、少佐殿、チョコレートですがご相伴におあずかりさせていただいてもよろしいでしょうか」

 

「……隊の連中、特にヴァイス中尉には内緒だぞ」

 

「はっ、もちろんであります!」

 

 私は久しぶりのチョコレートの胸を躍らせたのだった。

 

 

 少佐殿と一緒に、ウーガ少佐からの差し入れであると珈琲とチョコレートを楽しんでいる。笑顔でチョコレートをお口に運ぶ少佐殿を見ると、ふと視線が唇へ行ってしまった。

 ……そういえば、危うく少佐殿に……。

 

「……ん? 少尉、私の唇に何かついているのだろうか」。

 

「あ、いいえ、なんでもありません……」

 

 唇を見ていたことを少佐殿に気付かれて、慌てて視線を逸らした。うぅ……変に思われていないかな。幸い少佐殿はそれ以上は追及してこられず、笑みを浮かべながらチョコレートの味に舌鼓をお打ちになられていた。

 

「……あ、少佐殿、お口の端にチョコレートが……」

 

 ずっと見つめていたからか、少佐殿の唇の端にチョコレートが付いたことにすぐ気付いた。

 

「む、……取れたか?」

 

「いえ、そこではなく……少し失礼いたします」

 

 少佐殿は自分で拭こうとするものの上手く拭けず、私はハンカチを取り出して少佐殿との距離を詰めた。

 人に口元を拭いてもらうことが恥ずかしいのか、少佐殿は少しお顔を赤くされながら目を閉じられた。お口を拭くだけなので、目を閉じる必要はないのだけれど、お恥ずかしいからなのかな。そして拭きやすいようにとのご配慮なのか、唇を軽く突き出してやや上を向かれた。

 

「あ……」

 

 少佐殿、そのお顔は反則ですよ……。

 ハンカチを引っ込めた私は、ゆっくりと顔を近づけて、少佐殿の唇に私の唇を重ね合わせた。

 軽く触れるだけのキス。

 私のファーストキスは、甘いチョコの味だった。

 もっと欲しくなり、少佐殿の肩を抱いて再び唇を合わせる。くっつけては離れ、くっつけては離れる、触れるだけのキスを何度も何度も繰り返す。

 

「……少尉、一体何を……」

 

「少佐殿がいけないのですよ……」

 

 あ、まだチョコレートが残ったままだ。

 

「少尉、私の――んっ」

 

 少佐殿の唇の端に付いていたチョコレートを舐めとって、軽く唇を合わせる。

 

「えへへ……」

 

「――少尉! 少し酒の匂いがするのだが、まさか飲んでいないだろうな?」

 

「お酒? 珈琲とチョコレートしか口にしていないです」

 

 一体何をおっしゃているのだろうか。それよりも、もっと、

 

「ちょ、ま、……っ!?」

 

 少佐殿が抵抗するから、勢いがついてしまって、その結果、唇を深く長く合わせることになった。少佐殿の唇、甘くてやわらかくて、とっても美味しいなあ……。

 

「……ぷはぁっ、はぁ、はぁ、くそ、やっぱりだ、ウーガ少佐め、寄越したチョコの中にリキュール入りの物が混ざっているな。一応私もヴィーシャも未成年だぞっ。それに、ヴィーシャがここまで酒に弱いとは……」

 

「しょうさどの、この、なかにえきたいがはいったちょこもおいしいですよぉ」

 

「ヴィーシャ、それを食べる、んぷっ」

 

 しょうさどのにもおいしいちょこをたべてほしいから、ちょこをくちにくわえたまましょうさどののおくちにはこんだ。

 わたしとしょうさどののくちのなかでとけあいからまりあって、ぐちゅぐちゅになっていく。

 

「ん、んく……。い、いかん、くそ幼女だからなのか、アルコールへの耐性がなさすぎる、前世ならまったく問題ないのに……!」

 

「うへへ……なんだかしあわせです……ねぇ、しょうさどの……もっと……」

 

「おい、おちつ……っ!」

 

 えへへ……。

 

 

 

 

「……はっ」

 

 ……? あれ、私、どうしたのだろう。

 

「起きたか少尉」

 

 隣を見ると、何やらお疲れ気味の少佐殿がおられる。

 

「ええと、おはようございます」

 

「ああ、おはよう」

 

 少佐殿の後ろの窓ガラスを見ると、陽は傾きつつあったけれど、日照時間の長い5月ということもあり、日没までは時間があった。時計を見ると、どうやら2時間くらい寝てしまったようだ。

 だけど、いつ寝たのだろう。確か、珈琲と一緒にチョコレートを食べて……ん? 私、少佐殿にキスを……っ!

 

「しょ、少佐殿! あの、私、少佐殿に何かしましたでしょうか……」

 

 どきどきしながら少佐殿の答えを待つ。

 

「……いや、特に何もなかったが……どうかしたのかね?」

 

 ……あれ? じゃあ、少佐殿とのキスは……もしかして、夢、なのかな。思い出すように唇に指をやる。んん……夢にしてはリアルだった気がするけど……少佐殿が何もないというのなら、私の夢だったのかな。

 

「いえ、私の勘違いでした」

 

 はぁ……夢で良かったと思う自分もいれば、残念だなぁと思う自分もいて、私は少佐殿とキスがしたいのだろうか。

 

「ならば結構。……少尉はアルコール入りのチョコレートを食べて、酔って寝てしまっていたのだ。おそらく、それで記憶が混乱しているのだろう」

 

 そっか、そういうことだったのかぁ。

 

「セレブリャコーフ少尉、貴官は酒に弱いようだから、もし成人して酒を飲むときは、必ず私が傍にいる時にしろ。これは上官命令だ。わかったな」

 

「は、はぁ……了解いたしました」

 

 お酒が残っていたのか、私はすぐに眠くなり、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

「……眠ったか」

 

 起きた後、どうしたものかと思ったが、セレブリャコーフ少尉は酒のせいで記憶が曖昧だったため、うまいこと誤魔化すことができた。

 いやしかし、正直に話しても良かったのではないだろうか。……いや、この判断で間違っていないはずだ。正直に言ってしまえば、今後気まずくなってしまうかもしれないからな。

 

「……だけど、私はがっつり覚えているんだよ……っ」

 

 最後の方は完全にこちらから求めていたし、本当に危なかった。あまりにも気持ち良く、その快楽に溺れてしまいたくなったが、誰かに見られたらまずいからな。

 ……はあ、すごかった。

 

「……今度、休暇の日にでも私の部屋で一緒にチョコレートを食うか。そうだな、副官は甘いもの好きだし、頑張っている副官に褒美としてチョコレートを分けるのは不思議なことではない。もしかしたら、用意したチョコの中に、偶然アルコールを含んだものがあるかもしれないが、偶然だから仕方ないな。そう、仕方ないのだ」

 

 ……帝都まであと少しか……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少佐殿に似ているネコを拾った話

久しぶりの投稿です。
前半ターニャさん出番なし。
一話完結。


 こんにちは、第二〇三遊撃航空魔導大隊所属のヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉です。

 

 本日は休養日であり、お天気も良いため、街中をお散歩中。本当は少佐殿とお出掛けしたかったのですが、探しても少佐殿は見当たらず、仕方がなく一人できている。

 

 ふらふらと歩き市場に出る。以前に少佐殿と食べたパンケーキの屋台が出ていたので、そこでポテトパンケーキを買い、近くのベンチに腰を掛ける。

 

「ん~、美味しいっ」

 

 甘く懐かしい味。実家にいた頃よく食べていたこともあるけれど、この間、少佐殿とご一緒したことも思い出します。

 ……あの時の少佐殿、ほっぺたにクリームが付いてるのにも気付かずに夢中で食べていらっしゃたなぁ……本当に可愛らしかった。少佐殿にもお土産で買っていこうかな。

 

 そんなことを考えていると、猫の鳴き声が耳に入ってきて、辺りを見回すと、一匹のネコがトテトテとこちらに近寄ってきました。

 私の足元にちょこんと座ると、こちらを見上げて甘えるような声を出してきます。

 

「か、かわいい……!」

 

 持っていたパンケーキを汚れないように、包み紙に入れて傍らに置いて、猫ちゃんに「こっちおいで」と両手を伸ばすと、ひょいっとこちらの腕の中に納まり、すりすりと身体を擦りつけてくる。

 

「はうあっ……可愛すぎる……っ」

 

 思わず抱きしめてしまった。

 野良猫のはずなのに、もふもふとした毛並みが気持ち良い。猫ちゃん最初は少し抵抗したけれど、大人しくされるがままになってくれた。人馴れしているのかな。

 

 ひととおり堪能した私は、改めて猫ちゃんを見てみた。

 光の反射のよって金とも銀ともいえる色の美しい毛並みに、深い青色の瞳、どこか気高さを感じる佇まいに既視感を覚える。こんな感じの人が、近くにいたような……。

 はっ、と気が付いた。

 

 少佐殿に似ているんだ。

 

 一度そう思うと、もはや少佐殿にしか見えなくなってきた。そうね、少佐殿(仮)と名付けましょう。

 抱きかかえてじーと見つめていると、少佐殿(仮)は私の胸に足を掛けてきて――

 

「ひゃあ」

 

 顔をぺろりと舐められ、思わず変な声をあげてしまった。そのままするりと私から降りると、横に置いておいたパンケーキを食べ始めた。

 

「……手慣れている」

 

 きっと、この愛らしさでこのパンケーキを持った女性を次々と食い物にしているのだろう。とんだ女たらしだわ。

 少佐殿とは大違い……でもないのかな。事実、少佐殿に誑し込まれた女がここにいる。

 

 そう、私は少佐殿のことが好きだ。大好きだ。恋をしている。

 

 最初に抱いたのは、上官に対する尊敬の念だったけれど、それが恋に変わるのはすぐだった。

 

 気が付けば、少佐殿の仕草を目で追うようになっていた。少佐殿

 少佐殿が私以外の誰かと親しそうにしていると、胸が痛んだ。

 少佐殿に褒められたり感謝されると胸が温かくなった。

 少佐殿ともっと触れ合いたいと思うようになった。

 

 少佐殿のお傍にいられるだけでも十分に幸せなのだけれど、それでも、少佐殿とそう、いわゆる恋人的なご関係になりたいなぁ……とは常々思っているわけで……。

 でも、やっぱり、少佐殿に想いを告げる勇気が持てないため、悶々とした日々を送っている。

 

「はぁぁ……少佐殿……」

 

 好きすぎておかしくなっちゃいそう。

 憎らしいほど青々とした空を見上げていると、膝上に重みを感じた。

 私のパンケーキを食べ終えた少佐殿(仮)が、膝上で満足そうな顔でくつろいでいた。

 ふてぶてしいなぁ、と思いつつ、もし、これが少佐殿だったら……。

 

 

「ヴィーシャ、君に膝枕されると1日の疲れもなくなるようだ」

「ふふ、ありがとうございます。お疲れでしたら、マッサージでもしましょうか?」

「マッサージもいいが、何か甘いモノが食べたいな」

「甘味ですか? では、今日市場で買ったチョコレートでも……」

「ヴィーシャ、君が食べたいな」

「あ、ターニャさん……」

「目を閉じて……」

「はい……」

 

 

「うにゃぅ」

「いたっ」

 

 頬に小さな衝撃が走り、はっと我に返った。

 膝上の少佐殿(仮)が、心なしか胡乱げな目で見つめてくる。

 ……まぁ、ここであの続きは不味かったから助かったけれど。

 

 少佐殿のことを思い浮かべたら、すごくお会いしたくなってきた。少佐殿が行きそうなところにでも行ってみようかなぁ。

 少佐殿(仮)を膝上から降ろして立ち上がる。

 

「じゃあね少佐殿(仮)。ほどほどにしておきなさいよ」

 

 ひとまず軍服に着替えて、それから執務室へ向かおう。

 

 

 ……やっぱり付いてきてるよね。

 とてとてと私のすぐ後ろを少佐殿(仮)が付いてくる。歩みを速めれば、少佐殿(仮)も、私から離れまいと足を速めて追い縋ってくる。

 その健気な姿に、きゅんとした私は少佐殿(仮)を抱きかかえた。

 

「私と一緒に行きたいの?」

 

 そう問いかけると「にゃぅ」と肯定するように鳴いた。この子、人懐こいだけかもしれないけれど、妙に私に懐いている気がする。

 ……今日は少佐殿にお会いしに行くのはやめておこう。

 ほんの短い時間しか共に過ごしていないけれど、情に絆された私は、ひとまず連れて帰ることにした。職業上、お世話をすることは難しいから、飼うことはできないけれど、今日くらいは一緒に過ごそう。そして、しっかりとした里親を探してあげよう。

 

 

 部屋に戻った私は、シャワーを浴びることにした。

 正確には私がではなく、少佐殿(仮)を洗うためだ。野良にしては汚れが少ないけど、やっぱり砂埃が付いていたりするし、洗えばもっときれいになるはず。

 しかし、少佐殿(仮)は、シャワーを浴びようとしたことを察したのか、すごい勢いで逃げ出した。

 

「ふっふっふ、窓もドアも締め切ってあるから逃げられないわよ」

 

 もはや逃げ場はないと高を括っていたけれど、どうやら少佐殿(仮)は賢いようで、窓の鍵を開けようとし始めた。でも、そう簡単に開くはずもなく、

 

「はい、それじゃ綺麗にしましょうねぇ」

 

 背後から抱きかかえると、抵抗することを断念したのか、全身の力を抜いてだらりとした状態でシャワー室まで連行した。

 やっぱり水が苦手なのかな。シャワー室に入ってから、まったく目を開けようとしない。洗うのに支障がないから、別に構わないけど。

 くしゅくしゅと丁寧に洗っていく。水が苦手な割に、洗われるのは好きなのか、気持ちよさそうに目を細めごろごろと鳴いている。

 

 少佐殿(仮)を洗い終え、自分の身体を洗っていく。もう水には慣れたのか、少佐殿(仮)は私が身体を洗い終えるのをじっと待っていた。

 

 シャワーを浴び終えた後は、少佐殿(仮)の身体をタオルで拭ってゆく。

 

「少佐殿(仮)、おかゆいところはありませんか?」

 

 ふるふると首を横に振る仕草を見せる。まるで人の言葉が分かるようだ。

 しかし、今日1日だけとはいえ、少佐殿(仮)は呼びにくい……うん、今日だけだし、んん。

 

「ターニャ」

 

 びくりと少佐殿(仮)改めターニャは、私の方に顔を向けた。少佐殿のお名前を付けるなんて、少佐殿に失礼だけれど、今日だけだし、他の人の前では呼ばないから、きっと許していただけるはず。

 

「ターニャ」

 

 そう呼ぶと「にゃぅ」と反応してくれる。

 なんだかとても恥ずかしくなり、ターニャを抱きしめてベッドに倒れ込む。

 

「うぅ……恥ずかしいなぁ。……ターニャ、ターニャ……うぅぅ……」

 

 顔が熱くなるのが分かる。

 一人悶えていると、ターニャがこちらをじぃとみていることに気付いた。

 

「えぇと……君に付けた“ターニャ”って名前はね、私の大好きな人の名前なの」

 

 猫相手に何を説明しているのかという気もしたけれど、ターニャは人の言葉を理解している節があるし、今はこの思いを吐き出したい気分だった。

 

「うん、本当に大好きな人なの。部下にこんなこと言われても、困らせるだけだって分かってるのにね。別に想いを告げなくても、一緒に居られるだけで幸せだって思ってた」

 

 でもそれは、そう自分に言い聞かせていただけで、一緒にいるだけでは満足できなくて、

 

「でも、苦しいの。一緒に居れば居るほど、好きだって気持ちが溢れてしまって……でも、一緒に居れない時はもっと苦しい」

 

 一緒に居ても、離れていても苦しいなんて、もはや末期だ。恋の病とは、良く言ったものだ。恋ってもっとふわふわして幸せなものだと思っていたのに、こんなにも苦しいものだったなんて。

 

「私、どうしたらいいんだろう……」

 

 ターニャに縋っても仕方ないのにね。

 大きなため息を吐いていると、ぺろぺろと頬を舐められた。

 

「……もしかして慰めてくれているの? ……ありがとう」

 

 ターニャの行動に嬉しさを感じつつも、くすぐったく身をよじるとターニャの舌が私の唇に触れ、その瞬間、ぼふんという音と共にターニャが煙に包まれて……

 

「しょ、しょうさどの?」

 

 ターニャが消えて、まるで入れ替わったように、全裸の少佐殿が現れた。

 混乱しつつも、少佐殿の目の前で横になっているのは失礼かなと思い姿勢を正す。

 

「……」

「え、あ、あの、ターニャ、いや、あの猫が少佐殿に??」

「あー、混乱しているところすまないが、正確には私が猫になっていた、だ。いや、理屈を私に聞かれてもわからんぞ、朝起きたら猫になっていたのだ。いや、今思えば、昨晩あのマッドから渡された栄養ドリンクが原因で……」

 

 少佐殿のおっしゃっていることがイマイチ理解できないのだけど、ひとつ分かることは、ターニャ(猫)=少佐殿ってことで、それが意味することはつまり……。

 

「……少佐殿、あの、もしかして、私が先ほど、ターニャ、いやあの猫ちゃんに話し掛けていたことは全部……」

 

 顔を上げた少佐殿と一瞬だけ合った視線はゆっくりと外され、気まずそうな表情でゆっくりと頷かれた。

 意図しない形で想いを告げてしまった。……もう後戻りはできない。玉砕するにしても、しっかりと自分の意志で想いを告げよう。

 

「少佐殿! 私、その、少佐殿のことが好きです! 大好きなんです! 愛しています! 公私ともに、少佐殿のパートナーになりたいんです。だから――」

「少尉」

 

 言葉を遮られる。ああ、ダメってことなのかな……。

 

「少尉の気持ちは嬉しい」

 

 ダメよヴィーシャ。断られても泣かないって決めたのに、少佐殿に負担は掛けたくないのに、涙が止まらない。

 

「その、私も、貴官のことは好ましく思っているよ」

 

 好ましく思っていただいていることは、素直に嬉しいのです。けれど、少佐殿、私はそれでは満足できないのです。

 

「ああ、泣かないでくれ」

「申し訳、ございません。でも、少佐殿、振った、相手に、泣くなというのは、酷な要求です」

「……ああ、すまない。私は振ったつもりはないのだ。人に好意を伝えることに慣れていなくてな、そうだな、私もはっきりと告げるべきだな」

 

 少佐殿の小さな両手が、私の頬を包み込む。

 

「愛しているよ、ヴィーシャ。公私ともに、私と共に在り、私を支えて欲しいと思ってる」

 

 不意打ち気味に告げられた少佐殿の言葉に驚く暇もなく、唇を奪われる。唇同士が触れるだけの優しいキスは、私の心に広がっていた不安を払拭してくれた。

 

「しょうさ、どの」

「ん? なんだねヴィーシャ」

「私のこと愛しているって、本当ですか……?」

「おや、信じてくれないのか? 私のファーストキスまで捧げてやったというのに」

 

 少佐殿のファーストキス!

 

「わ、私も初めてです! 私の初めても、大好きな少佐殿に捧げました!!」

「……初めてのキスと言え初めてのキスと。その言葉だけだと誤解を生むぞ」

 

 顔を赤らめて訂正を求めてくる少佐殿だけれど、誤解だなんてとんでもない。

 

「私の全ては少佐殿に捧げる予定なので、誤解ではございません!」

「よし分かった! 分かったからちょっと黙ろうか! ……貴様、ちょっと浮かれすぎではないか」

「……浮かれもします。だって、少佐殿と両想いだったなんて、まるで夢のようです」

 

 うぅ……本当に夢じゃないわよね。だって猫が少佐殿になったのだもの、いや少佐殿が猫になって元に戻ったが正しいんだったっけ?

 

「少尉、まだ信じられないか?」

「はい、現実味がなくて……キスも突然で、そのなんというか……」

 

 もう一度キスして欲しいなんて言ったら、いやらしいって思われるかな。

 

「つまり、もっとキスして欲しいってことだな」

「うぇ? い、いいえ! 私はそんなことは口にして、んぅっ!? ……はぁぁ」

 

 反論しようとしたけれど、唇を塞がれて物理的に黙らされた。……うぅ、卑怯です少佐殿。

 

「言葉にせずとも、貴官の表情を見れば一目瞭然だ。……ああ、まだ足りないのか? やれやれ、欲しがりな副官だ」

 

 そのまま少佐殿に覆い被さられると、息継ぎする間もなく、何度も何度も唇を啄まれる。

 苦しくなってきた頃合いで、キスの嵐が止んだ。……ああ、きっと私、今すごくだらしない顔してる。

 足りなくなった酸素を求めて荒い呼吸を繰り返しつつ、キスの余韻に浸る。

 

「ヴィーシャ」

「あ、少佐殿……」

 

 私の息が整ってくると、再び少佐殿と唇を重ねた。ただ唇を合わせるだけのキスを数度繰り返し、そして少し長めのキスをされる。その時、僅かに開いていた私の口に、熱を帯びた何かが侵入してきた。小さなそれは少佐殿の舌だとすぐに分かった。私が、おずおずと舌を差し出すと少佐殿にすぐさま絡めとられる。最初は優しく舌の腹を擦り合わせたり、吸われたり吸ったりとしていたが、徐々にその動きはだんだん積極的になっていった。

 

「――んふぅ……ぷはぁ……はぁ、はぁ……」

 

 このまま永遠に続くと思われた行為(キス)も終わりを迎えた。私の口内を蹂躙し尽くした少佐殿は満足そうな表情を浮かべている。

 

「ふぅ……さて、そろそろ部屋に戻るか。ヴィーシャ、服を貸して欲しいのだが」

 

 そう言ってベッドから降りようとする少佐殿。

 少佐殿はご自分の部屋に戻られるつもりのようだが、私は――。

 

「少佐殿……」

「なんだね、ヴィーシャ……っ!」

 

 少佐殿をベッドに押し倒して、身動きが取れないように馬乗りになった。駄目ですよ少佐殿、まだ夜は長いのですから。

 

「ふぅー、ふぅー……っ」

「ヴィ、ヴィーシャ、少し落ち着こうか。目が据わっているぞ」

「少佐殿、私、我慢できません。……大体、少佐殿が悪いんですよ? 一方的に何度もキスしたり、それに全裸で誘ってくるから……」

「いや、全裸は不可抗力で――」

「言い訳はいいです。少佐殿、責任、取ってくださいね」

「まっ――」

 

 

 翌日、妙にやつれたデグレチャフ少佐と妙につやつやとしたセレブリャコーフ少尉が目撃された。




何でもありなMADさん。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。