「ねぇねぇ、澄子ちゃん澄子ちゃん。お願いがあるんだけどーー」
ある昼下がりの休憩時間。前席の淡島は椅子に逆向きに座ったまま言った。
「ボーダーに入隊して観せてくれない?“烏丸君の全裸をさ‼︎」
「最低だな。警察に引っ張り出すぞ」
私こと霧島澄子は変態に犯罪を教唆されていた。ちなみに烏丸とは同じクラスの男子であり従兄弟である。
私には人には見えないものが見えている。それは幽霊やらお化けとか心霊的な類ではない。文字通り人には見えない物が見えるのだ。言わば「透視」。
目に見える世界は反射した光を瞳が映し取っているから見えるのだという。詳しく語れば眼球の中の水晶体が集めた光を角膜やら毛様体筋といった部位や筋肉が微調整をして網膜に映しているのだが、この際、身体の構造や原理はどうでもよかった。
目が見えるという現象の大前提は対象から反射された光が瞳に入ることにある。だというのに、私の瞳は対象から反射される光が障害物で遮られていたとしても、任意で見ることができるのだ。そして淡島はトリガー技術とかなんとかで視覚情報を共有させて、従兄弟の服を透視させて裸姿を見ようと企んだ。
淡島静は中学からの友人であり私の能力を知る数少ない人間だ。昔はこの能力のことで色々と相談していたのだが、今となっては人選ミスをしたと思っている。私は秘密を共有する相手を間違えた。昔の自分をぶん殴りたい。
「あのなぁ…。前口上は良かったと思うよ。人間何かに真剣になって取り組むことは大切だし街を守る防衛隊員になるんだから褒められることだと思う。だけど覗き見はダメだろ」
「えーー!澄子ちゃんのけちー。あっ…!でもその言い分だとボーダーには入っても良いって感じだよね。やったー!」
淡島静は一人で落ち込んだり一人で嬉々としていた。相変わらずの気分屋というか気持ちの移り変わりが早い人だ。しかも、なんだかんだで着々と外堀を埋められている気がする。
「でもボーダーって入るの難しいって聞いてるぞ。何でも全国大会行くようなスポーツマンでも試験に落とされたって聞いたことあるし、受けるだけ受けてみるけど無理かもしれないな」
「あーー大丈夫、大丈夫。試験とか実際には全然関係ないから。澄子ちゃんなら適当にやっても受かるよ」
淡島はヘラヘラと軽い口調で言った。まるで入隊試験に意味が無いような言い方だった。そんなに簡単なものなのか。それとも何か別の選考基準でもあるというのか。
ただ、ノー勉で挑んで落ちるのは情けないので、帰ったら対策をしておくことにした。だけど、思う。ボーダーの入隊試験には何の勉強が必要なのか。取り敢えず現役ボーダー隊員の従兄弟に聞いてみることにしたがーーあまり意味の無いことだったらしい。
「ね!」
現在、私はボーダーの訓練生用の服装に身に付けていた。
「ね‼︎」
現在、私は個人ランク戦のロビーにいた。辺りには私と同じ訓練生や正隊員達が行き来している。それより淡島の顔が近い。
「ねっ‼︎」
「分かったから!分かったから‼︎静の言う通り、受けたら受かったし、勉強した意味なんてなかったよ」
私はドヤ顔で迫る淡島を押しのけながら言った。淡島はというと今ずく欲求を果さんとムズムズしており、落ち着きのない様子だった。私は溜息をついて言った。
「言っとくけど視覚情報の共有だっけ。アレはやらないからな」
「えー!ひどい。約束と違うじゃん‼︎一緒に見ようって言ったのに…」
「事実を捏造するなよ。それに私は京介の裸なんかに興味ないから」
「興味ないんじゃなくて満たされているだけでしょ。どうせ海だってお風呂だって一緒に入ったことがあったり毎日覗き放題だし、一緒のお布団で寝たことだってあるんでしょ!」
「お前は従兄弟をどんな距離感だと考えているんだ」
そんなことをしたのはお互いに小さかった頃のこと。今では会えば会話するくらいの仲だ。
「それよりもランク戦だっけか。付き合ってよ。淡島の方がボーダー歴長いんだし戦い方とか色々教えて欲しいんだけど」
「えっ?無理なんだけど」
彼女は間の抜けた声で言った。
「私エンジニアだから戦えない。ほら、戦闘服のトリオン体じゃないでしょ」
そう言って淡島は両手を広げて見せた。淡島の服装はオレンジ色のラインが入った黒いスーツを着ていた。
「えっ?でも、さっきスーツの人が戦っている映像が流れてたぞ」
個人ランク戦の巨大モニターには時折現在の戦闘が映されることがある。そして、さっきほどは私と同じ剣の武器を使う黒スーツの男性の戦いが映されていた。
「それは二宮隊だね。あれはああいうコンセプトで着てる人達だけだから例外。普通の戦闘員はジャージを魔改造したような隊服のトリオン体で、非戦闘員は普通の制服を着ていることが多いから」
「つまりお前は一丁前な弁舌を垂れておきながら戦わないと?」
「それは誤解だよ。エンジニアだって立派なお仕事だよ!エンジニアがいなければボーダーに武器なし兵なし力なし。戦線に立たなくても裏方で戦っているんだよ!」
ああ言えばfor you。“貴方のために”と言われても誘い文句は詐欺師に近いところがあった。よくもまぁ、裏方でありながら「澄子ちゃん!一緒に戦おうよ」だなんて言えたことだ。普通に勘違いをするわ。とはいえ今さら彼女を責めてもどうしようもない。
「はぁ…分かったよ。取り敢えずコレを4000にしたら正隊員になれるんだろ」
私は手の甲に表示されている数値を見せつけた。今は2900と表示されている。
オリエンテーションで受けた説明によると正隊員にならなければ防衛任務を受けさせてもらえないらしい。任務を受けさせてもらえなければ防衛もできないし給料も貰えない。それではボーダーに所属した意味などない。
「うん、そうだよ」
「オッケー。ならボチボチとやって溜めていきますか」
取り敢えず目標は今日中に昇格。それを目標に個人ランク戦のブースの扉を開いた。
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二話
「やっぱり勝負は挑む方が楽しいな…」
撃破されマットの上に強制送還された私は天井を見つめながら呟いた。入隊式を終えて個人ランク戦を始めて四時間が経過した。2800点から始まった私の点数は3900点へと到達した。だが、そこまで楽に到達できた訳ではない。私が3900点台に到達したのは実は6回目なのだ。
個人ランク戦の対戦相手は相手のトリガーと点数を見て選択できる。こちらから対戦を申請することもあれば、されることもある。そして勝利すれば相手から点数を奪うことができるのだが、その点数にも仕組みがある。格上相手に勝つと点数を多く取得でき、格下相手に負けると点数を多く奪われるシステムになっている。
そして私はというと相手のトリガー構わずとにかく自らよりもポイントが高い相手ばかり対戦していた。
道は近きにあり、しかるにこれを遠きに求める。
昨日の国語で習った漢文の言葉だったか。
危険ながらも多く点数を注目して格上ばかりと戦う道。安全かつ確実に得られる点数を注目して格下ばかりと戦う道。果たしてどっちが昇格への近道となることやら。
私は前者を選ぶ。効率を考えるのならば後者の格下相手ばかりと戦い、安全かつ確実に勝利し点数を稼ぐ道の方が賢そうだ。だけど、その道だと点数は得られても実力は得られないような気がした。
超技術。仮想空間。模擬対戦。ここにいると近未来のゲームのような世界に錯覚しそうになる。だがこれは現実なのだ。ステータスやレベルがあったとしても、それは一つの指標にしか過ぎない。もっとも大事なのは経験と技術。そして、その二つは強者との真剣勝負のみでしか得ることはできないことだと思う。
ということで、この際の近道は目先の餌に釣られて格上相手に挑むのが正解であると考えた。倒せる敵を選ぶ戦いよりも、勝てない敵との戦いの方が私を強くしてくれる気がした。
それから2時間後、目標を達成した私は正式隊員昇格の手続きを済ませると、淡島がいるらしいエンジニアの開発室に向かった。
「淡島いるかー?」
そう言いながら開発室を覗くと淡島は同僚のエンジニアと思われる人達と会話していた。彼女は私の姿に気付くと会話を中断させて直ぐに駆けつけてきてくれた。
「悪い、取り込み中だったか?」
「ううん。雑談してただけだから。それよりもどうしたの?」
「B級になったから使えるトリガー増やせるって言われてさ。一応、担当の人に一通りの説明を受けたんだけど、何だか沢山あって分からないから相談しに来たんだよ」
「あーー。なるほどねぇーーーってえぇ!まさか!もうB級に昇格したの‼︎今日入隊したばかりだよね⁉︎」
淡島は驚いて目を見開いて叫んだ。いちいち反応と声が大きい人だ。私は彼女に静かにするように促して言った。
「まぁ、そうだけど。才能ある奴ならもっと早く昇格しただろう。そもそも私の場合は開始時点でボーナスポイントあった訳だし、普通にやればこんなもんでしょ」
「くっーーこいつ!挫折と苦労を知らない奴め‼︎」
淡島は口をすぼめて私の横腹を小突いた。どうやら私の昇格はかなり早い方らしい。だけど自分にもっと適応能力があれば、落とさなかった対戦はかなりあったし、そのぶん早く昇格できたはず。そういう意味では、かなり私も思い悩んだし試行錯誤はしたんだけどなーと思いながらも、無駄に語るのはカッコ悪いので心の中に留めておいた。
「まぁ、澄子ちゃんの事情は分かったし、取り敢えず訓練室借りようか。先ずは一通りのトリガーに触れてみて考えた方が良さそうだね」
訓練室。入隊式あとの戦闘訓練でも使ったあの部屋のことだろう。そこでボーダーのトリガーを一通り準備してくれるらしい。だけどトリガー全部を試すのならば時間もかかもしれない。
「それは有り難いけど、エンジニアの仕事は良いのか?」
「大丈夫。今ちょっと色々と頓挫しててね。息抜きを必要としてたから丁度良かったよ」
「そうか。それなら助かるよ」
本当に助かる友人だ。今なら淡島が言っていた「エンジニアも一緒に戦う」という意味がよく理解できる。私達は単なる戦うことにしか頭にないけど、こうやってサポートしてくれる人がいなければ何にもできないんだと。
それから私と淡島の二人は戦闘訓練室にて様々なトリガーを試してトリガー構成を決めたのだったがーー
「……澄子ちゃん。なんというかチャレンジャーだね。こういう構成は初めて見たかな。しかもシールド入れないなんて正気の沙汰じゃない」
私が決めたトリガーセットに淡島は苦笑いをしていた。まぁ、淡島から一般的なトリガーセットは聞いているから私自身も度が過ぎているのは理解はしているつもりだ。
「でもこれが一番しっくりきたというか、シールドとかなくても当たらなければ問題ないんじゃないのか?」
「確かにそうだけど。澄子ちゃん限定というか奇抜過ぎて前例がないからどうにも言えないなー」
「まぁ、暫くはこれで戦ってみて無理そうだったら変えてみるよ。そのときはまた宜しくな」
「おう!どーんと任せてちょうだい」
淡島はそう言うと自信に満ちた顔をして胸を叩いた。
それから正隊員用のトリガーを手に再び個人ランク戦に舞い戻った。そして辺りを見渡す。夕方だったけど人はそこそこ残っていた。むしろ、大学生とか今までとは違う強そうな面子がわんさかいる。
さて、あまり帰宅時間のこともあり、遊べる時間は余りなさそうだ。だけど、時間いっぱいまで遊ぶつもりだ。私の武装がどこまで通用することになるのか、ワクワクした気分でランク戦を再開することにした。
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三話
流石に相手も訓練をし続けていると言うわけか。
正隊員の個人ランク戦。それは今までの訓練用トリガー一つだけの戦いとは異なり、正隊員用トリガーで行われる戦いである。正隊員のトリガーは最大八つまでセットできる。当然、トリガーの種類が増えれば、戦闘中の選択肢は増え、それだけ戦法の幅は広がることなるだろう。
そして剣戟の実力が拮抗している今、トリガーの状況に応じた選択能力が勝敗を分けた。
「なるほど、そうきたか…」
爆煙で視界が不明瞭ななか、私は相手の懐にまで接近すると斬り込んだ。だが相手は寸前で後方に下がり回避した。それから敵は爆煙の外からアステロイドを放った。適当に撃っているので狙いは拙いが、それでも厄介だ。
対戦相手は私と同じ学校に通う男子生徒だ。クラスは違うから名前は知らないが同じクラスの奥寺と良く一緒に居る奴だったと思う。だけど同じ年齢であろうがボーダー歴は向こうの方が長い。そして6000点後半クラスの相手になると流石にメテオラだけの戦法では通じなくなってきた。
私の勝ちパターンの一つはメテオラを敵に当てず、地面に範囲的にぶち当てて煙幕を巻き上げる。それから透視の能力を使い煙幕だけを視界から除外して相手に奇襲する戦法だった。
だが流石にこのレベルの相手になると安っぽい不意打ちは効かないらしい。煙幕からの奇襲だろうが難なくと対応してきたり、そもそもメテオラを出した瞬間から煙幕を警戒して戦い方を変えたりしてくる。この相手を倒すには、もう1段階上の攻め方をする必要があるらしい。
●
「副作用?」
戦闘訓練室で様々なトリガーを試しているさなか、淡島から興味深いことを聞いた。
「そっ。澄子ちゃんの透視とかそう言う普通の人にはない能力のことを副作用、サイドエフェクトとここでは呼んでいるんだよね。何でもトリオン能力が高い人間の中で稀にトリオンが脳や感覚器官に影響を及ぼして発現するらしいとか…」
「へぇーそうなんだ。…ってこれは少し大き過ぎるな」
淡島の説明を小耳に挟む程度に聞きながら、トリガーを試していた私だったが、予想外の出来事が起きて、思わず口に出して驚いてしまった。アステロイドというトリガーを起動させていたのだが、手のひらのうえに出現したキューブが私の知っているサイズよりもかなり大きかったのだ。
本来のアステロイドは小包くらいのトリオンの正六面体ーートリオンキューブを分割して弾丸にして撃ち放つトリガーだ。しかしながら私のトリオンキューブは大型ダンボールくらいあった。ふむ、こうもサイズが違うとなると淡島が持ってきたトリガーが上質だったということなのか。
「すごいね。流石は副作用持ちなだけはある。二宮さん以上はあるんじゃないかな」
ただ淡島は私のブロックを眺めながら声を漏らしていた。知らない人を基準に出されてもよく分からないが、とにかく凄いらしい。
「というか、これもう少し小さくできないのか?ランク戦で同じトリガー使う奴とも戦ったことはあるけどさ。他の人のキューブはもっとこうコンパクトというか、お手軽なサイズだったよ」
「あーそれは無理だね。射手系のトリガーは全部使用者のトリオン量に比例して大きさが変わっちゃうんだよ」
「そうなのか……ってしかもこれ全部マニュアル操作だったのか。面倒くさ!」
そしてアステロイドを放つ際に気が付いた。このトリガー、当てるだけではなくて、その前に弾速やら射程やら威力やら弾数も全て自分で調整しなければいけないらしい。ただでさえ、この手のトリガーは照準器も何もなしで動いている相手に当てなければならぬというのに、弾丸の動きもマニュアル操作ときた。
今思えば射手系のアタッカーに隙が多かったのが理解できる。これは訓練隊員には難し過ぎるトリガーだった。
「ふふっ。流石に射手のトリガーは澄子ちゃんには向いていなかったかな?でも、まぁ使える人は本当に上手く使ってるからねぇ。B級以上の攻撃手は対策もってないと手を焼くと思うよ」
そう言いながら淡島は実際に射手系のトリガーを使う人の映像を見せてくれた。映像ではテレビの特集で見たことがある女性の隊員が鳥籠のような弾道を描いて敵を殲滅していたり、スーツを着た目付きの悪い隊員が雨の如く敵の弾幕を撃ち放っている。
なにあれ?私の知ってる射手系トリガーと違う。B級以上の攻撃手はあの弾幕を掻い潜りながら間合いを詰めなければならないというのか。
しかも一見火力押しに見えるけど、上手い人はただ当てようとするのではなく、確実に仕留められるように色んな方面からの攻撃で相手の動きを誘導かつ制限したところで決め手の一撃を放っている。
このときの相手は射手の攻撃を対処するので手一杯で、回避は不可能、シールドで防御したところで、予めそれを見越した決め手の攻撃でやられていた。だけど、私もいずれはこのレベルの射手相手とも戦うことになる。他人ごとではない。
「……まぁ、それなら、このテレポーターっていうトリガーはどうかな?確か視線の先に瞬間移動する機能があったよな」
圧倒的な火力を誇る射手の映像を見て、思ったのだが射手は近接戦闘が不得手のようだった。その証拠に相手に迫め寄られないように常に距離を保ち弾幕を張りながら戦っている。攻撃が最大の防御とはよく言ったものか。だけど私は思う。このテレポーターというトリガーを使えば一瞬にして間合いを詰めることができるのではないか、と。されど淡島は難色の表情を示していた。
「……澄子ちゃん。それかなり扱い辛いトリガーなんだよね。移動距離短いし、トリオン燃費悪いし、インターバルあるし、極め付きに視線で転送位置がバレちゃう。だから移動した瞬間に狙い撃ちされるなんてよくあることなんだよ」
視線でバレるのか。私は少し息を飲み込んだ。俄かに信じ難い話だが、ボーダーでの戦いは生身ではなくトリオン体で行われるのだ。トリオン体は生身よりも遥かに優れた身体能力を発揮できる。そう考えると戦いのさなか剣の達人のように相手の不自然な視線を読み取り、対応するということもあり得るのだろう。だけど、そうであっても私には問題ではないという自信があった。
「淡島はさぁ。人の向こうを見たことがあるか?」
●
霧島の対戦相手、小荒井には何が起きたのか理解出来なかった。戦いのさなか対戦相手である女子が唐突に消えたと思った次の瞬間、自らの身体が弧月に貫かれていたのだ。
消えた。透明化能力を持つ隠密トリガーか?いや違う。消えてから攻撃に転ずるまでの時間が短過ぎる。何が起きてーー
『小荒井 緊急離脱 2ー1 霧島リード』
だが、その考えを続ける前に小荒井のトリオン体は活動限界を迎えて、個人ランク戦のブースに強制転送されたのだった。
●
それから残りの勝負、私は全て同じ戦法を使い勝利した。対戦相手はネタが分からなかったらしく、最後まで一方的に倒すことができた。
ちなみに、この戦法のネタは極めて単純だ。ただ普通にテレポーターを使い相手の背後に瞬間移動をしてトリオン供給器官を刺し貫いているだけである。
だけど通常のテレポーターならばそれは不可能な技である。テレポーターの移動先は視覚で注目した場所だけに限られている。そのため普通の人はテレポーターを使っても敵の背後に回り込むはできないのだが、透視能力を持つ私にその制限はない。
私はサイドエフェクトの恩恵で相手の向こう側の空間を注目することができるのだ。これにより私は壁の向こうであろうと建物の裏側であろうが、移動先を遮る障害物があったとしてもテレポーターを使うことができる。
さらに、私の透視能力は眼球の制限がないので顔を動かすことなく360度全てを視野に収めることもできるのだ。またトリガーの枠の半分をテレポーターで埋めることにより、インターバルという欠点を克服して連続して使用できる。トリオン量に関しては元の量が多いので心配することはないだろう。
『小荒井 緊急脱出 5ー1 勝者 霧島 』
取り敢えず人間相手に初めて使ってみたが、なかなか効果的だったと思う。まぁネタがネタなので割れたら対策を練られるだろうが、現状の私が考えられる対策の対策は想定済みである。
そして見事に勝利を収めた私はブースのモニターの画面から自分のポイントを確認してみた。流石は格上相手、というかさっき昇級したばかりなのでB級全員が格上なのは当たり前なことだが、2000点近くの差があると、思った以上に点数を奪えたようだ。
…かなり楽しくなってしたぞ。取り敢えずどこまで上がれるのか。時間が許す限り缶詰状態で戦ってみることにした。
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四話
それはあの日の光景だった。よく父親に連れて行ってもらったパチ屋。父親は私の能力の使い方をよく心得いた。だから、いつも私に色々な質問を投げかけた。あの台にはどれ程の球が入っているのか?内側の設定はどうなっているのか?今思い返すと突っ込みたくなるような質問ばかりしていたけど、その時の私はそれを考える頭はなくて、父親が褒めてくれるのがとにかく嬉しくて馬鹿正直に教えていた。
そして、その道中にある寿司屋。回らない寿司屋だ。父親がパチ屋で大勝利を納める度に私と父親の二人でそこで祝杯を上げていた。休日にテーマパークなど行くこともなくパチ屋で大儲け、寿司屋で乾杯。世間から見たら異常な親子関係だったかもしれない。だけど当時の私にとっては何気ない日常の光景であり、その光景は予期せぬ隣人の襲来により、二度と戻らなぬ過去の光景と成り果てていた。
「初任務お疲れ」
防衛任務が終わり、一休みとボーダー基地のベンチに腰をかけていると頬に冷たい感触を覚えた。声の主は烏丸京介であった。彼は私の従兄弟であり、今日は防衛任務のいろはを教えてもらった。私はお礼を言いながら頬に押さえつけられた缶ジュースを受け取った。
初めての防衛任務。それはボーダーに入隊して5日目に委任された。ボーダーの使命は三門市を近界民から防衛することである。そのためにボーダーは被災地から住宅街まで広大な土地を買収し、巨大な基地を立てた。さらに近界民が現れるという“門”を基地周辺の警戒地域に誘導させて被害を住宅地へ及ばないように防いでいる。そして私達、ボーダー隊員はボーダーからの任務を受けて、警戒地域に誘導された近界民を駆除していた。
京介は自分の隣に座るとペットボトルの飲料水のキャップを開けて一息ついた。
「ボーダーには慣れたか?」
「いや。まだ入隊して一週間も経ってないからな。だから全然だ」
「そういう割にはもうマスタークラスになったらしいな。話題になっているぞ。前代未聞のスーパールーキーが現れたって」
「スーパールーキーねぇ…」
反応に困る称号に思わず苦笑いを浮かべた。
ボーダー入隊してから6日、私はクリスマスに話題のゲームをプレゼントされた子供のようにランク戦に熱中した。学校が終えるといち早くボーダー基地に向かい、夜遅くまで個人戦のブースに引き篭もる。その結果、四日目にして8,000点代、マスタークラスと呼ばれる所まで登り詰め、周囲からはスーパールーキーだなんてダサい呼称を付けられてしまったのだが、
「嬉しくないのか?」
微妙な反応をする私に京介は不思議そうな顔をした。
「まぁ、そこまで名誉とか功績に興味があるわけではないからな。適当な実力をつけて適当に働ければいいと思ってボーダーに入隊した訳だし」
お金が一番。なんて守銭奴的なことを言うつもりはないが、ボーダーの実力なんて防衛任務を問題なくこなせる程度であれば良いと思っていた。ランク戦はお遊びだ。だが京介は眉を寄せて言った。
「それは怠慢だぞ。確かに今の近界民を倒すのは容易いかもしれないが、慢心していると、いざ、というときに足元を掬われることになる」
「ご忠告どうも。でも、あのロボットみたいな頭足らずの奴らが進化してくるとは思えないけどね」
今日、こうして実際に戦ってみて実感したのだが近界民は雑魚だ。それは数が揃おうが変わらない。行動がパターン化されており、それさえ分かっていれば簡単に撃破することができた。
四年前の大侵攻はトリオン技術がない故に不覚をとったが、対抗手段がある今ではカスでしかない。ただ京介は何かを言うまいかと思い悩んでいるようだった。
「どうした?何か思うところがあるのか?」
「いや、ただな…」
「なんだ。はっきり言ったらどうだ?」
じれったいので肩に腕を回して言い寄ってみた。京介は相変わらずの仏頂面をしていた。頬を突くとプニプニして柔らかい。昔はもう少し表情豊かな奴だったのに本人曰く師匠の影響でこうなったらしい。ムッツリハンサムになてしまって。
そうやって京介で遊んでいると嵐山隊の人達が通りかかった。嵐山隊はボーダーのアイドルみたいな存在でありファンも多い。だからか一般人にとっては芸能人みたいに珍しい人物なのだろうがボーダーに入隊してからはそうでもなくなった。というか割と見かける。というか時枝に関しては高校が同じだしクラスも同じである。
京介はほっぺを突かれたまま嵐山さんを見上げで言った。
「お疲れ様です。今から防衛任務ですか?」
「ああ。京介は前の時間帯の任務だったのか?」
「ええ。そこそこ忙しかったですが、コイツが新入りの割に動いてくれたので助かりました」
と京介にコイツ呼ばわりされたので、お仕置きにほっぺを引っ張ってやった。その様子を見て嵐山が言った。
「えっと、その子は京介の彼女さんなのかな?」
「いえ、従姉妹です」
京介は即答した。そしてちらりと目配せをしてきたので、京介で遊ぶのをやめて挨拶をした。
「先日入隊した京介の従姉妹の霧島澄子です。今後も防衛任務に参加することになると思いますので、よろしくお願いします」
「そうか、俺は嵐山隊の隊長、嵐山准だ。嵐山隊は基本、広報の活動があるから、あまり防衛任務に出れないが一緒になったときは宜しく頼むぞ!」
と嵐山さんは屈託のない笑みをして言った。成る程。これが広報に選ばれるスマイルか。確かに裏表のない愛想の良さと清しさを感じさせる。だけど、その背後にいる小柄の女の子からはピリピリとした視線を感じた。
小柄でショートヘアーの美少女。何か嫌われるようなことをしたのだろうか。言動を省みても全く心当たりがない。というか嵐山隊のなかで唯一知らない人だ。佐鳥は隣のクラスだし、時枝は同じクラスで席が隣なので知っているが、この娘は全く面識がない。でも何だかんだ関わると面倒くさいオーラが出ているのでスールすることにしたのだが、
「そう言えば木虎はスーパールーキーこと霧島さんのことで昨日何か言ってたよね」
佐鳥が余計なことを言った。私は木虎と呼ばれた女子の方を見た。やっぱりなんか怒ってる。彼女は一歩前に出て不機嫌そうに言った。
「貴方とは昨日お会いしましたね。霧島さん」
昨日?何を言っている。
「…どこかで会った?」
そう言うとなんとも分かりやすい程の青筋が立てた。おまけに少しプルプルと震えている。他の嵐山隊は苦笑いを浮かべていた。
「…昨日、個人ランク戦で手合せしたじゃないですか」
個人ランク戦。強さの養分。
おまえは今まで食ったパンの枚数を覚えているのか?
答えはノー!覚えてる訳がないだろう。
そもそも常に透視を使って戦ってるから人の顔とか見ているようで見ていない。見ているのは相手のトリオン体の伝達器官だ。器官を流れるトリオンの量と道筋を見ることで次の相手の行動や攻撃を見切り、未来予知レベルの予測をして戦う。だから人の顔なんて半透明にしか見ていないから正確には覚えていない。認識できるとした知ってる顔だけだ。
「正直言って戦うとき人の顔とかあまり見てないから覚えてない」
「20回も戦ったのにですか」
少女はキリッとこちらを睨んできた。
また地雷踏んだらしい。というか今更になって少し思い出した。この人、昨日、滅茶苦茶挑んできた人かもしれない。強かったかと聞かれれば強かったが、いわゆる理論派、効率的かつ合理的な動きしかしないタイプの人だったから、透視でトリオンの流れで動きを先読みをする私とは頗る相性が悪かった。だから結果は全勝。ポイントご馳走様でした。
だけど、あれほど狩り尽くしたからには名前くらい覚えておくべきだったかもしれない。
「覚えてなくてごめんな。確か三虎だったか?」
確か佐鳥がそう呼んでいた気がする。いかにも強そうな名前だったから覚えている。
「ーーっ‼︎木虎、木虎藍です!二度と間違わないでください‼︎」
全然覚えていなかった。
「ああ、木虎ね。今度はきちんと覚えた。次ランク戦するときも宜しく」
よし、これで名前は覚えた。だが、それでも木虎は不服そうだった。
「霧島さん。貴方、私と戦う前に風間さんと戦ってましたよね?」
「風間?誰だその人?」
「ボーダーの中でも屈指の実力者だ。それと風間じゃなくて風間さんだ。歳上だし礼節に厳しい人だから、ここではきちんと礼儀を弁えていた方がいい」
首を傾げていると京介に注意された。京介は普段あまりこういうことを言わない奴なのだが珍しいと思った。ただ、かなりの実力者で、昨日木虎の前に戦った人物と言えば一人だけ心当たりがあった。
「あの小さい人が風間さんか。確かに強かったな。本気でやっても勝ち越せなかった」
小柄で猿みたいに身軽なあの男。私に隠密トリガーが効かないことを即座に見抜くやいなや、すぐさまスコーピオンの二刀流でしかけてきた。純粋な戦闘能力と経験はあちらが格上。さらには奴はその二つの長所だけで、透視という絶対的なアドバンテージをひっくり返しやがったのだ。あの肉薄した戦いは実に楽しかった。
「そして、そのあと私と戦ったとき貴方は手を抜いていた」
「え?あ、うん。そうだったの?」
木虎の言葉に私は首を傾げた。そんなこと言われても覚えていない、こともないが、そこまで意識したことでもなかった。ただ風間との激戦のあとだったから、楽とは感じていたけど。私は知らず知らずに手を抜いていたのかもしれない。
「手を抜かれた。それで怒ってる訳か」
「別に怒ってません」
木虎は不機嫌そう鼻息を鳴らした。
メンドくさいな、と思っていると佐鳥がひょこっと横から割り込んで言った。
「木虎は怒ってるけど、べつに霧島に怒ってるわけじゃないんだよ。ただ思っている以上に相手にされてなくて、自分の実力不足に怒ってるんだと思う」
そう言われると、何となくだけど、この木虎の卑屈っぷりが可愛いように思えてきた。まぁ、ここまで向上心が高い娘なら次会う時はもっと強くなっているかもしれない。
「まぁ、それならリベンジマッチ待ってるよ」
「せいぜい首を洗って待っていてください。次は必ず勝ちます」
木虎はそう告げると急ぎ足にこの場から立ち去って行った。
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五話
まさか反社の人まで出入りしていたとは……。
現在、私は人生最大の危機を迎えていた。
ランク戦のロビーの中から扉の向こうを透視してみる。すると、そこにはヤクザの人が佇んでいた。その男は私を出待ちしている。完全に目をつけられている。
事は五分前に遡る。
その日、いつものようにランク戦をしていた。その時、私は二丁拳銃を得物とするガンマンと対戦した。ただ見た目が個性的で、ツーブロックリーゼントにエッジの効いたサングラス、さらに人を殺しそうなくらいにギラギラと鋭い瞳と、完全にインテリ系の反社会勢力の人だった。
ヤバいと思った。関わりたくない。できれば、即座に緊急脱出してしまいたい。だが、これは訓練、怖気付いていても仕方がないと割り切って普段通りに戦うことにした。
テレポーターを駆使して間合いを詰めて斬る。いつもの勝ちパターン。ただ、私が敵の眼前に移動した僅かな瞬間に、男は引き金を引いたのだ。
最初は何が起きたのか理解できなかった。
ただ、トリオン体が崩壊するまでの僅かな間に男の武器を見て理解した。銃型のアステロイド。形状はリボルバーであり、その立ち姿はさながら西部劇の早撃ちの様。なるほど、これは私に勝るとも劣らない初見殺しだ。
奴は私がフェイントとして目の前に姿を晒した、その一瞬の内にアステロイドを放ったのだ。アステロイドであるが威力と速さが特化している。おそらく早撃ちには必要ない弾数と射程を切り詰めたのだろう。そして、その早撃ち一点に研ぎ澄まされた技は賞賛に値する。
だが所詮は一発芸。実力者相手に二度も同じ技は通じない。
「なっ⁉︎ お前……いつの間に‼︎」
「初見殺しは貴方だけじゃないですよ」
相手が不可避の初見殺しかつ即死技をするというのなら、それを避けて、私も初見殺しの即死技を繰り出せば良い。二戦目、私は相手の早撃ちを回避した。
原理は簡単。テレポーターは瞬間移動ではあるけど時を止めて移動しているわけではない。消失から出現までに僅かな時間であるがタイムラグがあり、その時間を利用して弾を避けたのだ。
この技は相手の攻撃が速ければ速いほど成功率が上がり、近接戦でのカウンターだったり射手トリガー相手によく効く。
そして、弾丸を回避すると再びテレポーターを使い、相手の懐に移動して弧月を振りかざした。
まぁ、相手も当然蹴りを放ち迎撃しようとしたが、そのくらいは読めている。テレポーターで背後に移動して横腹から一閃、一刀両断したのだ。
生憎と銃手と射手は私の餌だ。近接から逃げているようでは私に勝つことはできない。
それからもテレポーター&回避によりヤクザの人を斬り刻んだのだが、正直言ってやり過ぎた。
まさか出待ちされることになるとは思ってもみなかった。何度も扉を透視してみても、ヤクザみたい人が腕を組んで仁王立ちをして待ち構えている。
どうしよう。マジで怖い。昔、ゲームセンターで対戦相手をボコボコにして怒らせて喧嘩になった事はあったけど、その比では無かった。
ここは誰か助けを呼ぶべきか。ボーダー関係者となると淡島? 電話に出ない。京介? バイト中だ。時枝? 佐鳥? 広報の仕事中だよ。詰んだ。私はマットにダイブして足をパタパタと動かした。
まさか、こんなところで籠城することになるとは。
まぁ、ここは現実逃避にランク戦を続行することにした。時間が経てば相手も諦めて帰ってくれるだろう。そんな淡い気持ちを抱きながら、再びマッチングをしたわけだが──
「よぉ。てめぇ、面白い動きしやがるじゃねぇか‼︎」
なんで、ボーダーにはこんな柄の悪い人ばかりいるんですか。アホみたいに反応速度が速いチンピラとマッチングしてしまった。
獣のように鋭い瞳に、鮫のような鋭い歯並びをしている凶暴そうな男。しかも、この男はどういうわけか、他の人よりもテレポーターの不意打ちに対する反射速度が速いのだ。未来でも見えているのか、心でも読めているのか、そんなレベルの動きだ。
だからこそ、何度も何度もテレポーターと剣技を組み合わせで戦うのだが、正直言って楽しい。相手は怖いけど、とにかく楽しかった。
なんせ、私のテレポーター戦法は使ったら相手は死ぬ、そんなレベルの反則技だ。それが、こうも反応されて剣戟の読み合いになるのだから楽しいことこの上ない。そして試合が終わった頃だった。出待ちが増えていた。
相変わらずも仁王立ちをしているヤクザ風な男。
そのすぐ側のソファでふんぞり返って座って、こちらをじっと睨んでいるチンピラ風の男。
しかも壁越しだというのに男は目があったように私を見つめていた。
私はマットに腰をかけて頭を抱えた。何なんだよもう。神は私に死ねと言っているのか。なんで、こうも試合後に押し寄せてくれる奴がいるのか。
まぁ、出るに出れないので、もう一戦、ランク戦をする事にしたのだが──
扉の向こうには仁王立ちをするインテリ系ヤクザと、ソファーに座る凶暴そうなチンピラ。
そして私のいるロビーの壁に縋って腕を組む目つきの悪いスーツの男が待ち構えていた。
もうどうなっているんだよ。私はマットにうつ伏せになって天井を眺めた。何故だ。私はランク戦をしていたはずなのに、こうも出待ちされることになるのだろう。
この世は一期一会、一回戦ったら、さようならで良いだろう。
そもそも私は普通の高校一年生だ。クラスではなんだかクールキャラみたいな扱いを受けているが、あれは愛想がないだけ。決して勇敢だとか肝が据わっているわけじゃない。強面の歳上の男が出待ちされたら普通にビビるし怯えるわ。というか彼らにはその恐怖が分からないのか。鏡見ろよ。察しろよ。アイツら絶対にモテないだろ。
だが、これ以上ランク戦をしても碌なことにはなりそうにないし、私は強硬手段を使うことにした。それは勿論、テレポーターによる壁床越し転移。本当に便利だね、このトリガー。
その日、出水がランク戦会場に来ると、そこは異様な空気が漂っていた。
「なんだ、なんだ、何の集まりだ」
出水はそう声を漏らしながら人集りの方に近寄ると、そこには影浦、二宮、弓場と泣く子も黙るボーダーの強面三人衆が揃っていた。三人は何かを待ち構えているかのように、その場を動こうとしない。
周囲の隊員達は彼らの発する威圧感に気圧されて戸惑っているようだった。出水は取り敢えず一番話しやすい二宮に事情を聞いてみる事にした。
「おつかさまです、二宮さん。そこで何してんすか?」
「出水か。この部屋にいる件のルーキーを待っている」
件のルーキー。出水はそう言われて思い当たる人物を探したところ、一人だけ心当たりのある人物がいた。
「もしかして、あの一日でB級に昇格したり、一週間くらいでマスタークラスになったスーパールーキーのことですか?」
「あぁ、そうだ。出水、お前はアイツと戦ったことはあるか?」
「いや、ないっすけど、米屋はアホみたいに強いって言っていましたね。隙を見せたらテレポーターで背後とられて即キルされるって。まぁ、それでも10本やって3勝はできたらしいけど、二宮さんはどうだったんですか?」
「……まぁ、そうだな。普通だった」
何が普通なのか。出水はツッコミたくなった。ただ、どこか目を逸らして歯切れの悪い返事をするあたり、勝率は芳しくなかったのだろうと察し、出水はそれを踏まえた上で別の質問をした。
「もしかして二宮さん、そのスーパールーキーをスカウトしようとしています?」
「ああ、待っている間に記録を見て確認したが、あの女は現時点でA級でエースを張れる実力がある。それに将来の伸び代も考えたらスカウトしない理由はない」
「へぇ、それはまた凄い──」
出水がそう言いかけた時だった。
「二宮さん、霧島は俺が先に目をつけた奴なんです。順番抜かして手出すのやめてもらえますか?」
弓場が会話に割り込んできた。どうやら、というか出水の予想通り、弓場が居たのは彼女が目的であるらしい。
「ああ、分かってる。だから、お前が勧誘が終わったあとに俺が勧誘するつもりだ」
二宮は当たり前のように言った。だが出水は不味いと思った。
弓場の勧誘が終わったあと、それはつまり。
「その言い方はちょっと……」
「二宮さん、つまり、アンタは俺の勧誘が失敗すると言いたいんですか? あァ⁉︎」
弓場はそう言うと軽く眼鏡を押し上げた。出水は思わず冷や汗をかいた。怒ってる。眉間には分かりやすいほど皺が寄っていた。この弓場という人、別に反社会勢力出身というわけではないのに、それに迫る見た目と威圧感も放つ男だった。だが、二宮さんは歓声が麻痺しているのか、それとも肝っ玉が死ぬほど図太いのか平然とした様子で言った。
「さぁな。だが、あの女がお前にどう首を振ろうが俺は勧誘するつもりだ。奴には戦術的には十分に価値があるし、もし敵に回ればかなりの脅威となる。ならば、誰かの手に入る前に仲間に引き入れておくのが得策だろう」
すると弓場張り合うように二宮の顔面に迫って言った。
「そういう理由なら、なおさら取られるわけにはいけませんね。霧島を引き入れるのは弓場隊だ」
「勝手にしろ。誰が勧誘しようとも、それを止める権利はないからな。だが、お前との交渉が終わり次第、直ちに俺が引き取らせてもらう」
二宮がそう言った時だった。
「おい、ちょっと待てよ。弓場はともかく順番を言うならアンタが最後だろ。アイツに用事があるのは俺も同じだ」
さっきまでソファーに座っていた影浦が立ち上がり会話に参戦してきたのだ。出水はもう収集が付かないと思った。この現状を仲裁できる人はボーダーの中でも数えるくらいしかいないだろう。
「なんだ影浦、お前も勧誘するつもりか?」
二宮が言うと、影浦は鋭い歯を見せながら言った。
「いや、そうじゃねぇが、あの女には一言聞かなきゃ気が済まねぇことがあってな」
「なんだ、ほの字か?」
大真面目な顔で弓場が言うと影浦は言った。
「んなわけあるか。それよりも、あの女、いつまでランク戦をしてやがるんだ。こっちはもう一時間は待たされてるぞ。いい加減、待ちくたびれちまったぜ」
「俺は40分待っているな」
「俺は一時間と30分近くだ」
「幾らなんでも待たされすぎじゃないですか?」
出水の発言に三人は思わず黙ってしまった。
確かにランク戦をしているしては幾らなんでも長すぎると。
それから出水はまさかと思い、ランク戦ロビーにある大画面、そこに表示されている番号と霧島がいるはずの番号を照らし合わせたのだが──
「というか、この部屋、ずっと空き部屋になってますよ」
「「「………………⁉︎」」」
三人は急いであの女がいたロビーの扉を確認したところ、そこには誰もいなかった。
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六話
「ねぇ、太刀川君。ここのところ巷を騒がしているスーパールーキーって知ってるかしら?」
大学からボーダー本部の移動のさなか太刀川は偶然、加古と遭遇した。加古望、彼女は太刀川と同じ大学に通う大学二年生であり、立川とほぼ同じ時期にボーダーに入隊した防衛隊員である。だからこそ、共通の話題は多く、自然と会話をしながら連れ歩いていたのだが、ふと加古が思い出したように言った。
「どうやら、その子、二宮君相手に5本勝負で全勝したみたいなのよね」
「は? マジかよ」
太刀川は驚いた様子で加古を見つめた。
二宮はボーダーでは指折りの実力者である。高いトリオン量をシンプルに押し付ける単純ながら強力な戦法で数々の勝利を収め、ボーダーでは彼のことを一対一最強と呼ぶ者もいた。
そんな二宮が全敗するほどの相手。
太刀川は興味津々な笑みを浮かべて尋ねた。
「なんだよ。そんな面白そうな奴がいるとは知らなかったな。そいつはどこの誰なんだ?」
「霧島澄子って言うらしいわよ。得物は弧月でテレポーターを連続使用して戦うの。記録を見たけど、あれはかなり厄介ね。気が付いた時には──「待て待て待て待て、情報はそこまでで良い」
太刀川は加古の言葉を遮って言った。
「そいつの戦闘能力については良いんだよ。実際に戦いながら攻略するのが楽しいからな。それよりも、その霧島って奴がランク戦会場に来ているのか教えてくれよ」
「それなんだけど、実は分からないのよね。彼女、急に現れてはいなくなるらしいのよ」
「どういうことだ?」
「なんでも、何人かの隊員が彼女に話しかけようと、ランク戦の個室の前で出待ちしていたようなんだけど、ランク戦が終えてもいつまで経っても彼女は個室から出てこなかったみたいなの」
「ただ単に熱中してただけじゃないのか?」
「太刀川君じゃないのよ。それで隊員達は心配になって確認したみたいなんだけど個室の中はもぬけの殻。出入り口は一つのはずなのに彼女の姿はどこにもなかったそうよ。だから誰も知らないの。彼女がいつ現れて、いつ去るのか」
昼休憩のさなか、教室で私の前に座っていた淡島が言った。
「ねぇねぇ、知ってる澄子ちゃん。最近ボーダーに辻斬りの幽霊が出るんだって」
「ふーん、まぁ、立地的に考えて幽霊の一人や二人くらいは出るだろうな」
私は静かにそう呟くと弁当の具を口に運んだ。今日の肉の味付けは少し濃すぎたようだ。ちなみに私はこの話題についてはあまり興味がなかった。幽霊なんて信じていないし決していない。だから無関心な態度を振る舞っていたのだが、淡島は項垂れながら言った。
「そこはちょっと興味もとようよ。自分のことなんだからさ」
「私のこと?」
何故、私のことなのだろうか。私は生きてるし、辻斬りなどした覚えはない。
ただ、淡島は呆れながら言った。
「そう、澄子ちゃんのことだよ。最近、澄子ちゃん、ボーダー本部の中をテレポーター使って移動しているでしょ」
「まぁ、そうだけど、何か問題があったか?」
そう、最近の私はテレポーターにすごくハマっていた。
テレポーターはボーダー本部など複雑な構造をした建物の中だどかなり使い勝手がいい。なんせ壁や天井越しに移動することができるので、いちいち長い廊下を歩いたり、階段やエレベーターを使わなくて済むのだ。
それに日常的に回数制限やインターバルを意識することになるのでトリガーの練習にもなる。まぁ、もちろん人前だと驚かせることになるので、人目を忍んで使用しているわけだが、
「昨日、警備の人が開発室に監視カメラの映像を持ってきたんだよね。監視カメラに唐突に現れては消える人が映り込んでいるって。かなり驚いていたよ。澄子ちゃん、心当たりあるでしょ」
淡島は苦笑いを浮かべて言った。
「あぁ。まぁ、間違いなく私だな」
「そうだね。見事に澄子ちゃんの姿が映り込んでいたよ。それとランク戦のブースでも使ってるみたいだよね。何人からかブースの中にいた隊員が消えたって報告を受けているんだけど。もう、なにやってるのよ」
淡島はそう言って深くため息をついた。まぁ、彼女が呆れる気持ちも分からないこともなかった。
ただ、監視カメラの件はともかくとして、ランク戦の件はきちんとした理由があった。
「あれは不可抗力だろ。毎度、毎度、ボコボコに負かせた人達が私がいる部屋の前で待ち受けているんだぞ。普通に怖いし避けたくなるよ。先日だって三人の怖い人達がブースの前で一時間以上待ち構えていたわけだし……」
「それでテレポーターを使って、勝負が終わったら人知れず帰ってると」
「うん」
自分で言うのも何だか、私は身体を動かすことに関してはかなりセンスがあると思ってる。そして、一度ハマったことはかなり熱中してしまうのだが、小学校や中学校では調子に乗り過ぎて、経験者から顰蹙を買うことが幾度とあった。
だからこそ、勝負はするし必ず勝つまでやるけど、なるべく目立たないようにふるまう。それが私の流儀。
「別に報復したり食べたりしないというのに。なんで、そういう時だけ人見知りしちゃうかなぁ……」
「出る杭は打たれると言うだろう。昔からそうだったんだ。調子に乗ると目をつけられて碌なことにはならない。だから、これからは任務の時以外にボーダー本部には行かず、ささやかに任務をこなすとするよ」
まぁ、色んなタイプの人がいて楽しかったけど、これ以上遊んでいると私自身の才能で、せっかくの遊び場を台無しにしてしまう気がした。ランク戦は楽しかった思い出として留めておく。
だが、淡島は唐突に頬を引っ張った。
「なにをするんだ!」
「傲慢な釘を抜けるまで引っ張ってるの!」
「私が傲慢だって?」
「うん、それともとてつもなく傲慢だよ」
そう言って淡島は私の後側辺りで昼食を食べていた男達、その中にいた時枝の方を見て、大声で言った。
「トッキー、カモーン」
時枝はお前の部下かよ。なんとも雑な呼び方だと思ったが、何故だか時枝は素直にやってきた。
そして、いつもの抑揚のない口調で言った。
「どうしたの?」
「聞いてよ! 澄子ちゃんがランク戦で勝ち過ぎて、目を付けられるのが怖いから、もうランク戦をしないとか言い出したの。だから、先輩防衛隊員として何とかアドバイスしてあげて」
言い方悪っ! ──と思ったが、まぁ主張としては間違っていないので否定はしなかった。
ただ、時枝はそれを聞いて不快感を露わにすることなく、いつもののんびりとした表情で言った。
「うーん、そうだね。別に遠慮することはないじゃないかな。訓練なんだから、色んなタイプの相手と戦えるように準備しておくことが大切だと思わない? おれ達は近界民についてまだまだ何も知らないんだから、訓練をしておいて、し過ぎたということはないと思うよ」
「……まぁ、そうだな」
確かにそうかもしれない。私は近界民を雑魚ロボットと思っていたが、実際にはこの目で見た奴らしか知らない。どうやって、あれが三門市に来ているのか、どうやって生まれているのか、なんて何も知らなかった。
「それにもし今後、霧島さんみたいな戦い方をする敵が現れたとき、訓練で霧島さんと戦った経験があったら対策を立てやすくなるし、その時は皆んな霧島さんと戦っておいて良かったと感謝すると思うよ。だっておれ達は同じ組織の防衛隊員であり、街を守る仲間同士なんだから」
時枝はそう言うと淡島の方を見て言った。
「まぁ、おれから言えるのはこのくらいだけど、役に立ったかな?」
「もう全然十分だよ。トッキーマジ感謝。お礼にハイチュウあげるね」
淡島は満足そうな笑みを浮かべて、机の上に置いていたハイチュウを二つ時枝に手渡した。そうして、彼は役目を終えたと思ったらしくら、その場からすぐに立ち去った。
なんなんだ、この自分の領分を弁えた立ち振るまいは──と思っていたが、淡島も同じ事を思っていたらしい。
「すごいよね。あれがトッキーの戦い方なんだよ。澄子ちゃんみたいに戦闘ではそれほど強くないけど、誰かを援助したり、補助する能力はピカイチなの。その場の状況を咄嗟に把握して、してくれたら嬉しい行動をしてくれるんだ」
淡島は何事もなかったように男子達の輪に混じっている時枝の背中を見つめながら言った。
私はボーダー隊員の資質について個人の戦闘力を中心に考えていたが、実際には物差し一つで測れるほど単調なものではないらしい。私がそう感心していると、淡島は私の瞳を見つめて言った。
「まぁ、トッキーのベタ褒めタイムはこのくらいにして、澄子ちゃんはどうするの?」
「どうするって…?」
「トッキーの話を聞いて、それでもランク戦をやめちゃうの?」
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七話
私が淡島と友達になったのは中学一年生の夏だった。その当時は淡島とはクラスメイトではあったが話したことすらなくて、いつも多く友人達に囲まれてケラケラと笑う彼女の姿を見ていて、きっと波長が合わない奴なんだろうなと思っていた。
ただ、ある時、私のクラスで事件が起きた。
「香取の体操服がなくなった。誰か見かけた人はいないか?」
香取葉子、クラスメイトで性格は悪いけど容姿が可愛いということで、他クラスでも有名な女子だ。多くの男子達が告白しては、容赦ない罵声を浴びせられて玉砕してきたと噂の美少女。
そんな彼女の体操服が紛失した。誰もが思った。無くしたのではない。盗まれたのではないかと。
漫画やアニメでも見たことのある可愛い女子の縦笛とか衣服を男子が盗む展開。下着どころか全裸、というか臓器や腸内、消化物すらも覗き放題である私からしたら、他人のプライバシーを独占したいという気持ちなんてどうでもよくて、この事件に大した興味は湧かなかった。
ただ、一応は事件である。先生は明言はしなかったが、クラスメイト内に犯人がいるだろうと見込んで話を進めていた。そんな時、ある男子生徒が挙手をした。
「山田が怪しいと思います。体育の授業が終わったあと、急いで教室に帰って行きました」
そう言ったのは後藤だった。スポーツが得意でクラスでは中心的な男子だ。女子達の噂では先日、香取に告白して玉砕したらしいが、ここで見せ場を作って香取へのアピールを狙っているようだった。
それに対して山田は勉強も運動もできない根暗で残念な奴だ。もしクラスの中で一人生贄を捧げることをになれば、真っ先に名前が上がる人間だろう。そのくらいに人気がない男子。
ただ、私は知っていた。山田は無罪だと。
私は体育の授業の後、誰よりも早く教室に戻っており、青ざめた様子で教室に駆け込んできた山田に出会っているから知っている。山田が急いで教室に戻ってきたのは体育の授業中にクソを漏らしたからだ。透視というのは便利な反面、不幸なもので余計なものすらも見えてしまう。
山田は急いで教室に駆け込んだものの、一人ではどうしようもなくて困った様子で立ち往生していた。
こういう時に機転が回らないで損ばかりする奴というのは見ていてうんざりするが、放置していても可哀想なので「黙って保健室に行け」とアドバイスをしておいた。
だから、彼は無罪なのだ。あの瞬間に香取の体操服を盗む余裕などない。ならば、どこにあるのかと。教室にあるもの全てを透視して中身を確認していたのだが、話の流れは悪い方向に進んでいた。
山田はクソを漏らしたから保健室に下着を借りに行ってましたとは言えるはずもなく、先生にアリバイを問われても終始沈黙をしていた。
一方の後藤は我こそが名探偵と言わんばかりに山田への質問攻めを続けている。くわえて後藤の取り巻き共も同調して山田を責めて、クラスにアンチ山田の空気を作り出していた。
そして、犯人が山田に決定されようとした時だった。私は香取の体操服を見つけた。
「先生。私、南雲君が自分の鞄に香取さんの体操服を入れていたところを見ました」
教室の空気が固まった。
南雲は後藤の取り巻きの一人だ。
先生は戸惑っていたが、私が強い目で訴えていたこともあり、ゆっくりと南雲の席に歩み寄った。南雲は顔を真っ青にしていた。
もちろん、鞄に入れるところを見たというのは嘘だ。だが、鞄の奥底に隠すように入れられているという現実があり、自らが犯人であると自白せんばかりの青ざめたような顔をしていたので、彼が今日のどこかで盗み入れたというのは真実であろう。
先生は南雲の鞄の中を探ると、一枚の体操服を取り出した
「あー⁉︎ ソレ、私の体操服‼︎」
香取は自らの名前が刺繍された体操服を目にすると指差して言った。これは間違いなく南雲の鞄の中に入っていた。先生は「来い」とだけ言って南雲を連れ出して事件は解決したかと思われたが、それだけでは終わらなかった。
「おい、霧島、何してくれてんだよ」
その日の放課後、後藤とその取り巻きが絡んできた。
「何の話?」
「お前のせいで南雲の評判が下がったじゃねぇか。南雲は六頴館の推薦狙ってたんだぞ。これで推薦貰えなくなったらお前のせいだからな」
意味が分からなかった。そもそも推薦が欲しければ、何の問題も起こさずに大人しく学校生活を送っていれば良い話。それは難しい事ではない。
「そんなの自業自得だろ。それよりも部活に行きたいからどいてくれる?」
私は鞄を持つと、そのまま教室の扉へ向かおうとした。だけど、後藤達一味は通らせまいと行手を阻んだ。
「まだ話は終わってねぇんだよ。きちんと責任とれよ!」
いったい、私になんの責任があるんだ。私は心の底から思った。
「いったい、私になんの責任があるんだ?」
だから言ってみた。すると後藤は邪悪な笑みを浮かべて言った。
「南雲の人生を滅茶苦茶にした責任だよ。責任とって俺と付き合えよ」
それから後藤は私の腕を掴んだ。その瞬間、全身の肌に悪寒が駆け抜けた。
ぶち殺してやろうかと思った。理不尽な因縁を付けてきたと思ったら、女子一人を囲んで暴力だぁ?
良いだろう。返り討ちにしてやる。私は後藤の身体を透視した。服の上からだろうが、皮膚の上からだろうが、私は人の急所を確実に捉えることができる。常時会心率100%。私は鳩尾を一突きした。
後藤は床に倒れて悶絶した。
「地を這って悶えてろ」
私は苦しむ後藤を見下ろして、そう言い捨てると立ち去ろうとした。
残りの取り巻き達だが、所詮は強者に群がる連中だ。リーダーが倒されれば霧散するだろう。そう思っていたが、その認識は甘かった。
「よくもやりやがったな!」
「なっ⁉︎」
取り巻きの一人が飛びかかってきたのだ。もしも油断していなければ、このくらいどうとでも対処できただろう。だが、この予想外の一撃に私は強く突き飛ばされて、床に倒れてしまった。
「痛っ…!」
すごく痛い。透視で痛みがする脚を確認すると、骨には異常はないが、靭帯が損傷していた。いわゆる捻挫だ。
ああ、すごく最低な気分だ。らしくもない人助けなんてするべきではなかった。ゴミみたいな奴らから因縁を付けられたうえ、怪我までしてしまった。
まぁ、この脚を痛めた状態で男子達に囲まれている状況をピンチと人は呼ぶのだろうが、降参をする気はなかった。ただ、可能な手段が限られているのは事実。どうやってこの状態を切り抜けようか考えている時だった。
「ちょっと男子たち‼︎ 何してるの‼︎」
聞き慣れた声が教室に響き渡った。その声の主を見ると淡島だった。
「なにって、霧島が手を出してきたんだよ」
後藤は言った。一応は手加減はしていたけど、まだ痛むらしく取り巻き達の肩を借りながら立っていた。
「それ本当なの?」
すると淡島は私を見下ろして聞いてきた。
「……まあ、そうだな」
後藤が嘘を付いている訳ではないので否定はしなかった。
それから淡島は私を一瞥すると、再び後藤達の方を見つめた。そして、息を吸うと、大きな声で言った。
「はぁ⁉︎ それがなに?男子ならそれくらい我慢しなさいよ‼︎」
贔屓ここに極まりだと思った。男子達も予想外の発言に言葉を失っていたが、淡島は構うことなく言葉をついだ。
「それよりも、私から見たら完全にイジメなんだけど。女子一人を囲んでリンチしようなんて、アンタ達最高にダサいよ‼︎」
そう言われて男子達は押し黙った。
淡島のいる女子達のグループはクラスの中では一番の勢力だった。その中心人物である淡島。その事を分かりきっている後藤達は相手が悪いと思ったのか渋々と引き下がった。
そして後藤達の姿が完全に見えなくなったあとだった。
「あぁ〜、怖かった〜」
淡島は深い溜息を漏らしながら座り込んだ。
その姿はちょっと意外だった。淡島という人間は多くの友人の威光にものを言わせた見栄っ張りな人間だと思っていたが、そうでもなかったらしい。だけど、それ故に解せないと思った。
「なんで助けたんだ?一人でも何とかできたのに」
まぁ、少し強がりを言った。だが無策だったわけではない。作戦としては教室のガラスを派手に叩き割って、先生でも呼び出そうと考えていた。そして駆けつけた先生に状況を説明して無事に解散とするつもりであったが、淡島は僅かに眉を顰めて言った。
「うわぁ…。初めて話したけど、予想通り孤高なクールキャラなんだね。素直に助けてくれてありがとって言えば良いのに」
言われてみればそうであった。私は人生の問題の殆どを一人で解決してきたが、それゆえに忘れていた。
「それもそうだな。助かったよ淡島。ありがとう」
すると淡島は何故だか顔を赤面させて顔を伏せた。
きちんとお礼を言ったはずなのだが変な事を言っただろうか。疑問に思いながら淡島を見つめていると、変なことを呟いていた。
「ヤバい。ちょっと惚れそうになった。胸がキュンキュンした。霧島さん罪深すぎ」
うん、変なのは淡島の頭のようだった。ただ、掘り下げると面倒なことになりそうなので、それをスルーして帰ろうとした。だが、淡島は私の手をぎゅっと掴んで言った。
「ちょっと待って。もう少しお話ししない?私、霧島さんと仲良くなりたいの!」
「なんで?」
「だって、霧島さんかっこいいじゃん!」
淡島は目を輝かせて言った。
「私がかっこいいだって?」
私は酷い冗談だと思った。淡島と私はクラスメイトだけど、普段の関わりなんてなく、これが初対面みたいなものだった。お互いに知らないことだらけ。それなのに何をもってカッコいいと言うのか。
だけど淡島は私が否定するよりも前に早口で言った。
「そう!霧島さんはカッコいいよ!運動神経抜群だし、周りの意見に流されないで自分を貫き通しているし、今日の事件だって、みんなが山田君を犯人に決めつけていたのに、それを名探偵みたいに解決しちゃって。だから、私も霧島さんみたいにかっこいいことをしたいと思ったの‼︎」
かっこいいことか。果たして自分の能力に過信して、怪我をした私にその言葉が見合うのかは疑問であるが、一先ずは淡島のどうしても本心を伝えたいという必死な気持ちは理解した。だから、私もありのままの言葉で返した。
「そう。淡島さんもカッコよかったよ。いつも取り巻きだらけの一人では何もできない根性なしだと思っていたけど見直した」
「なにそれ!私の元のイメージ悪すぎない?あ、でも、今はそうじゃないんだ!嬉しいー‼︎」
気分の移り変わりが激しい奴だと思った。
まぁ、話はこれくらいで良いだろう。
「じゃあ、私、行くから」
いざ、部室へ。ではなくて保健室だ。脚を捻挫したのだ。すごく痛いし、アイツらには医療費を請求してやろうかと思っていた。だけど、淡島はまたしても呼び止めた。
「待って!お友達の握手をしよう!」
そして淡島は手を差し出した。なんで中学生になってまで幼稚園児みたいな事をしなければいけないのか。私はそう思ったのだが、表情に出ていたらしい。
「もしかして私と握手するの嫌?」
淡島は今にも身を投げて死んでしまいそうなくらい悲しそうな顔を浮かべて言った。
「いやではないけど…恥ずかしくないのか?」
すると淡島は首を傾けて不思議そうな顔をした。
ああ、なるほど。淡島の周りに人が集まる理由が何となくであるが分かった。淡島は裏表がないくらい素直で直情的な人間なのだ。加えてこの人懐っこさ。
私は仕方なく右手を差し出した。淡島はそれを握ると上下に大きく振った。
「これで友達だね。澄子ちゃん!」
澄子ちゃん、いきなり詰め寄ってきたと思ったが、これが淡島なりの友達の呼び方なのだろう。
ただ、目をキラキラと輝かせて私の返答を待っているあたり…。
「…これ、私も下の名前で呼ぶ流れなのか?」
「もちこーす‼︎」
淡島は満面の笑みを浮かべて言った。まぁ、友人になったのだから、呼び名に親しみを込めたい気持ちは理解できる。だけど、これには致命的な問題があった。
「私、淡島の下の名前、知らないんだけど」
「えぇ‼︎ 一緒のクラスなのに‼︎ 」
淡島は驚いていたが、一緒のクラスだからといって律儀に下の名前まで覚えている方が珍しいと思った。だけど、淡島にとって既に私は親しい人間ということらしい。淡島は偉そうに言った。
「仕方がないなー、澄子ちゃんは。私の名前は淡島静。静寂の静と書いてシズカだよ」
淡島はニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。そして、その態度はなんかウザかった。だから、こちらも親しみを込めて意趣返しをした。
「そうか。それじゃあ、またな。淡島」
「お願い。偉そうにした事は謝るから下の名前で呼んで!」
まぁ、長い長い回想ではあったが、要するに私は淡島の出会いを鮮明に覚えているほど、彼女のことを気に入っていた。だからこそ彼女の言葉を無視できない。
『澄子ちゃんはどうするの?』
彼女の言葉が脳裏に蘇る。ああ、分かってるよ。そんなことで逃げ回っているのは私らしくないと言いたいのだろう。だからこそ今日の私はテレポーターを使わずにランク戦のロビーまで行く事にした。
別に長らくサボっていたわけではないのに、誰かと会うのが少し憂鬱だった。できるならヤクザの人ーー淡島曰く弓場さん、モジャモジャチンピラーー淡島曰く影浦先輩、目つき悪いスーツーー淡島曰く二宮さん、には会いたくない。対戦ならともかく、それ以外での面会は避けたかった。
ただ、私が歩いていると、ランク戦のロビーへ続く廊下に一人の男が立ち塞がっていた。
なんだかゲームで見たことがある光景だ。
これはあと一歩くらい進んだら強制イベントが始まるパターン、もしくは「目が合ったな。ポケモンバトルしようぜ」と有無も言わさずに戦闘が開始されるパターンだと思った。私は回れ右をしたが、
「ちょっと待てよ。お前だろ。二宮をボコボコにしたスーパールーキーって」
手遅れだった。既に奴の射程範囲内、強制イベントは始まっていた。
「そうですけど、何か?」
「お前すごく強いんだろ。だからさ、俺とバトろうぜ!」
何がだからなのかは理解できないが、まぁ断る理由はなかった。それに私はこの男には彼等ほどの恐怖を抱かなかった。何というか、背は高いけど子供みたいな人だと思った。この人は、小学生が友達を蝉取りに誘う感覚で声をかけてきたのだろう。
「まぁ、良いですよ。私は45番に入りますけど、貴方は何番に入ります?」
「1番だ。ルールは五本勝負で良いな?」
「ええ、構いませんよ」
そうしてブースに入ったのだが、私は彼の個人ポイントを目にして正直引いた。
42893ポイント…。
これまで戦ってきた対戦相手の中で一番高かった二宮さんと数万違うんですけど。この人何百回ランク戦やってんだよ。
撤回しよう。奴は無邪気な小学生などではなかった。ボーダー廃人だ。己の人生の全てをボーダーに捧げてしまったタイプの人間だ。もはやボーダーなしでは生きられない人なのだろう。まさに一芸特化。
だが、そういう人は嫌いではない。寧ろ、好きだ。だから、全力で相手をする事にした。
一戦目、彼は私のテレポーター殺法に対処できず、背後から両断された。彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、二戦目にはワクワクとした笑みを浮かべていた。そして二戦目も何度か弧月を打ち合わせたのち、背後から斬り刻んだ。
そして三戦目にしてテレポーターで背後に移動して、袈裟斬りを喰らわせようとした。だが彼は寸前で回避した。影浦先輩程の反射速度ではないが、それでも読まれている。というか、どこに移動して攻撃を仕掛けたとしても一撃で仕留められない手堅さが生まれてきた。
もう慣れてきたらしい。経験の違いか。適応能力が高い人だと思った。そして幾度か弧月を打ち合わせて、旋空で腕をぶった斬られながらも、相手の腕と脚を斬り落として勝利した。
「お前は剣術を誰に習ったんだ?」
そして三戦目を終えた頃だった。男がブースの内線を通して話しかけてきた。
一戦目と二戦目と予想を超えた、かなり濃密な試合をしたので、一息つくために時間が欲しかった。だから普段はこういったコミュニケーションには応じないのだが、今回ばかりは彼の強さに敬意を称して特別に答えた。
「我流ですよ」
昔からそうなのだが、常人の観察と私の観察ではまず情報量が違う。私の透視は相手の血の流れや筋肉の収縮などを目にしながら、私自身もそれらの動きを確かめることができる。天性の才能と常人ではなし得ない観察。それが我流の剣術の開発を可能としていた。
「それじゃあテレポーターは? 普通はそんな便利な使い方できねぇだろ」
「企業秘密です。まぁ、知っても真似はできませんけど」
「なるほど。つまりは副作用ってことか」
「ええ。まぁ、そんなところです」
男は見事に言い合てた。まぁ、でもここまで派手に活躍すれば、いずれは研究されて、その結論に辿り着くだろうとは思っていた。
ちなみに現状もっとも有効な対策は槍使いの人がしてきた戦法ーーテレポーターで背後を取られないように常に動き回りながら攻撃する戦い方だ。流石の私もちょこちょこと動き回る相手にテレポータは使いづらい。そうして私の得意な戦闘のリズムを崩されて、隙を突かれるのが、主な敗因だった。
「それで一先ずは私が勝ちましたけど、まだ続けますか?」
「当たり前だ。勝つまでやる。それまでへばるんじゃねぇぞ」
それから3時間くらいしたところで勝負は終わった。
ただ、流石の私も三時間も続けて戦うと疲れてしまった。実力者相手に連戦は楽しいけど、精神と集中力をかなり消耗する。
そしてクタクタな様子でブースから出ると、満足そうな顔を浮かべた男が立っていた。
「いや、楽しかったな。付き合ってくれたお礼にうどんを奢ってやるよ」
何故、そこでうどん一択なのかは知らないが、今は昼過ぎ。お腹も減っていたので付き合うことにした。
ボーダーの食堂にて私はさっきまで斬ったり斬り刻まれたりしていた相手と相席してうどんを食べていた。
その時に男は言った。
「そういえば、お前はチーム戦に興味はないのか?」
チームランク戦、B級以上の隊員は小隊を組んで、年に幾度か集団で戦っているらしい。
「そういうのもあるみたいですね」
私はそう言うと麺を啜った。ここの食堂のうどんは値段の割にはかなり美味しい。流石はボーダー。隊員の訓練だけではなく、隊員の胃袋まで掴んでくるとは恐れ入った。
そして、チーム戦についてだが、今のところは参加を躊躇っていた。
「なんだよ。あまり興味なさそうだな。楽しいんだぜチーム戦。個人戦では味わえない戦術とか面白みがある。お前も参加してみろよ。勝ち進めばA級に昇格できるし、昇格すれば固定給貰えるぞー。それにトリガーの改造だってできる」
「へぇー、そうなんですか」
男はチーム戦の特典を列挙して勧誘してきたが、私はあまり気が乗らなかった。だから、無難にーー
「まぁ、考えておきますね」
と言った。しかし、私は直ぐに言葉選びを間違えたと思った。
「そうか!考えてくれるのか!よしよし‼︎」
男は嬉々とした表情をして言った。この男は建前をそのまま受け取った。
「まぁ、部隊に入るのも良し!部隊を作るのも良し!どっちにしろ、お前がチーム戦に参加してくれたら面白いことになりそうだ。だからA級になるのを楽しみに待ってるぜ‼︎」
そう言ったのち、男は防衛任務があるからと立ち去った。
そして私は、まだ昼であるが帰ることにした。今日は疲れた。帰ったら野菜ジュースを飲んで、寝ることにしよう。
ただ、男の話を聞いてふと思った。
チーム戦ーー確かに魅力的な訓練だ。参加してみたい気持ちもなくはなかった。だけど、私には知られたくない秘密がある。私の副作用ーー透視能力だ。
そして誰かと部隊を組んで戦うということは、その能力を知られることになるだろう。それは嫌だけど、チーム戦はしてみたい。
んー、能力を知られることなく部隊を組む方法はあるのだろうか。ここは京介に聞いてみることにした。バイト中だったら、悪いのでメールだ。しかし、送信するとすぐに電話がかかってきた。
「なんだ、バイトじゃなかったのか?」
私は電話に出ると言った。
「今日はフリーだ。それよりも、また変わった要望だな」
「あぁ、それについて話たくてな。今どこにいる?」
もし本部にいるのなら会って話そうと思っていた。
「玉狛支部にいる」
「へぇー、たまこまかー」
「どこだが知らないだろう?」
「うん。それで今から会えそうか?無理ならどこか時間が空いている時に予約を入れたいんだけど」
「そうだな。ちょっと待ってろ」
そして、電話の向こうで誰かと会話しているのだろう。何やら話声が聞こえた後、京介は言った。
「お前が良ければ、いまから玉狛に来ないか。実はお前に会いたいって人がいるんだ」
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