仮面ライダーW ANOTHER STORY 仮面ライダーウィング (雪見柚餅子)
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プロローグ

前作「仮面ライダーW メイドはU」を読んだ方はお久しぶりです。
一年以上前に予告した作品をようやく書くことが出来ました。

本作もよろしくお願いいたします。


 街灯の光だけが道を照らす深夜。

 

「がっ!?」

「ぐっ!?」

 

 暗闇の中でただ激しい戦闘音が響く。その音を放っているのは、複数のスーツを着た怪人―マスカレイド・ドーパントと、左目だけが妖しく輝く一人の影。その影が放つ手刀や蹴りが一体、また一体とマスカレイド・ドーパントを蹴散らしていく。

 

「ふっ!」

 

 そして最後に残っていた一体も、影が放った回し蹴りを頭部に受け倒れ伏す。

 影は肩で息をしながらも、分厚い雲で月が隠れた夜空を見上げる。そこにどこからかパチパチと拍手の音が聞こえる。

 

「さすが我が最高傑作の一つだ。これほどの力を見せてくれるとはね」

 

 暗闇から姿を現したのは白衣を纏った白髪交じりの男。笑みを浮かべ影に近づくその姿からはどこか不気味な気配を感じさせる。

 

「だが君には自由は許されない。早く戻ってきなさい」

 

 そう言って手を差し伸べる男に恐怖を感じているのか、影は後ずさりして距離を取ろうとする。男がその姿に落胆した様子を見せると、白衣のポケットからリモコンのようなものを取り出してボタンを押す。

 

バチバチィッ!!

 

 その瞬間、影の腰に巻かれた機械から電流が走り、影の全身を駆け巡る。先程までの戦闘のダメージも相まって、思わず膝を付く。

 

「全く、少しは大人しくしたまえ」

 

 その言葉と共に男は近づく。しかし影はまだあきらめてはいない。静かに腰に装着された機械を操作する。

 

〈WING UP〉

 

 その音声と共に、首元に巻かれたマフラーが広がり巨大な翼を形成する。

 一瞬のことに男が驚いている間に影は翼を大きく広げると、そのまま月夜へと飛び上がる。

 男もすぐにリモコンを操作するが、影はそのダメージを耐えながらも飛行する。可能な限りこの場から離れるために……。

 

 残された男は飛び去って行く影を静かに見つめながら溜息を吐く。

 

「貴重な実験体だ。みすみす逃がすわけにはいかないな……」

 

 遅れてやってきた白いスーツ姿の集団が男にタブレット端末を手渡す。

 

「なるほど。この先にあるのは……」

 

 タブレット端末が表示しているのは影に装着された機械から発せられる位置情報。そこにはある街の名が記されていた。

 

「彼らに邪魔されると面倒だな……まあ、大した問題にはならんだろう」

 

 男は残酷な笑みを浮かべながら、明かりが灯る街に視線を向ける。

 

「折角、我らの計画が始まるんだ。楽しもうじゃないか!!」

 

 男の高笑いが、暗い空に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風都。常に風が吹き続けるこの街では、様々な事件が起きる。そしてそれは時に、ドーパントと呼ばれる超常の力を持った怪人が関わることがある。

 そんな風都において、多くの事件を解決してきた存在が居る。人々は彼を、いや彼らに憧れや経緯を評してこう呼ぶ。

 

―仮面ライダーと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、茶菓子ぐらい自分で買って来いってんだ」

 

 帽子が特徴的な青年―左 翔太郎はレジ袋を抱えながらぶつぶつと文句を言っていた。

 彼が勤めている鳴海探偵事務所。そこの所長である鳴海亜樹子から、依頼人に振舞うための茶請けのストックを買ってくるように命令され、今はその帰り道である。

 少し足を急がせながら街を歩く。10月になり、少し冷たくなった風が、彼の頬を撫でてゆく。

 人が行き交う、いつもと変わらぬ平和な街並み。その光景に目を向けながら、翔太郎は口元を緩める。

 この光景こそ、彼が守りたかった街なのだから。

 

 探偵である彼にはもう一つの顔がある。この街で事件を引き起こす怪人―ドーパントを倒す仮面ライダーとしての顔が…。

 彼とその相棒は仮面ライダーとして数年もの間、この街を守り続け、その果てにドーパントを生み出していた組織の撲滅に成功した。

 だが組織が滅びようと、ドーパントによる事件が無くなったわけでは無い。今も彼らは、密かに戦い続けている。

 だからこそ、この何気ない日常に彼は笑みを浮かべる。この光景こそ、彼が守りたかった街なのだから。

 

 しかし事件は何の前触れもなく突如として起きるものだ。

 ふと歩いていると、彼は一つの路地裏に違和感を感じた。それは探偵としての勘なのか、それとも別のものなのか。

 彼は少し警戒して薄暗い路地裏に入る。

 聞こえるのは自分の息遣いと足音、そしてレジ袋が擦れる音だけ。いや、微かに別の音も聞こえる。

 

「……何だ?」

 

 そして路地裏の暗さに慣れた彼の目に映ったのは、倒れ伏す髪の長い少女。見た目は高校生ほどであろうか。汚れた白衣に包まれたその体は、触れただけで壊れてしまいそうな印象を与える。

 すぐに駆け寄り、少女の体を様子を確かめる。見た所、大きな怪我は無さそうだ。しかし、何故こんなところで倒れこんでいるのだろうか……。

 考え込んでいると、視界の端に奇妙なものが映りこみ、目を見開く。

 それは一つの機械。赤く塗装され、片手に収まりそうな大きさのそれに彼は見覚えが有った。なぜなら彼自身もそれと同じものを所有していたのだから。

 

 赤い機械の名はロストドライバー。かつて翔太郎達が撲滅した組織が作り出した装置の一つだった。

 

「どうしてこいつが……」

 

 静かに眠り続ける少女をただじっと見つめる翔太郎。そんな彼の頭上で何かが羽ばたいた音がした。

 

 

 

 

 

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仮面ライダーウィング



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Chapter 1

「待たせたな、左」

「おう、照井か」

 

 病院の待合室で翔太郎は真っ赤なジャケットを着た刑事に声を掛ける。

 彼―照井 竜もまたこの街を守る存在、仮面ライダーの一人として密かに戦っている。

 そんな彼らがこの病院に集まったのは、朝の出来事が切っ掛けだった。

 

 

 

 

 

 路地裏で倒れていた少女を見つけた翔太郎はすぐさま病院、そしてフィリップと照井に連絡をした。ただ倒れているだけなら病院だけに通報をすればいいが、彼女の近くに落ちていたのは、かつてこの街で様々な実験を行い、数多くの事件を引き起こした組織が作り出したアイテムだったからだ。

 既にその組織は滅びたはずだが、それでは何故この場にドライバーが有るのか、そして倒れているこの少女とはどのような関係が有るのか。

 翔太郎は悪い予感を感じる。そしてそれはいつも大きな事件に巻き込まれる前触れでもあった。

 

 

 

 

 

「今、フィリップがあのドライバーを調べてくれてる。ただ少し時間が掛かりそうだ」

 

 回収したドライバーは事務所に速やかに届けられ、情報を得るべくフィリップがガレージ内で調査を行っている。彼曰く、「僕たちの持っている物とは少し違う感じがする」とのことで、組織とは別の何者かが作った可能性が有るらしい。

 

「それでそっちは何か分かったことはあるか?」

「ああ。彼女の身元について、刃野刑事が行方不明者のリストなどを調べてる。だが現状はこれといった情報は無い」

 

 つまるところ、彼女についての情報は全くないということである。

 

「それじゃあ、後はあの子自身か……」

 

 残された手がかりは倒れていたあの少女だけ。何か話を聞ければと、二人は彼女の病室へと向かおうとする。

 

「おお、探偵さん!」

 

 そんな二人に声を掛けたのは、小太りで白髪交じりの医師の男。彼と翔太郎は顔見知りで、何度か捜査にも協力している。

 

「ちょうど良かった、お話ししたいことが有ったんです」

「お話したいこと?」

「はい……ちょっとこっちに来てもらって良いですか?」

 

 あまり聞かれたくないことのようで、誰の目にも届かないように病院内の倉庫へと案内する。

 

「こんな所にまで来て、一体何の話だ?」

 

 怪訝な表情を浮かべる照井。どこか威圧しているように見える彼に若干怯えた様子を見せるが、すぐに持ち直して、1枚の診断書を取り出す。

 

「今朝搬送された子の事なんですが、今は様子が安定しています。ただ、ちょっと気になることが有って……」

 

 そう言って二人に診断書を見せ、説明を続ける。ところどころ専門用語で書かれているため、詳しい内容は分からない。しかし、医師の説明でその内容が分かると、二人の表情は驚愕に染まる。

 

「おい、どういうことだよ……」

「言葉通りです。検査の結果からしても彼女の体は通常のそれとは大きく掛け離れています……一番顕著なのは血液ですが、これは今まで発見されているどの血液型にも当てはまらないんです……」

 

 何か訳ありなのは薄々感じていたが、まさかこのような事実があるとは思っても見なかった。

 

「すまないがこの事は内密にしてもらえるか?」

「分かりました。検査を行った者にも伝えておきます」

 

 医師に口止めをすると、彼の案内の下、病室へと歩き出す。

 ドライバーと言い、彼女の体と言い……。謎は深まるばかりである。それを解き明かすためには、やはり彼女に直接会わなくてはならないだろう。

 先程まで聞こえていた話し声が全く聞こえなくなり、さらに歩いたその先。普段は誰も来ることのない静かな通路の先に彼女が眠る病室は有った。訳ありの患者のみが使うことが出来るその病室の警護は万全な形でされている。不審なものが居れば、警備員によって阻止され、さらにすぐに風都署へと連絡が良く。

 

「恐らくもうすぐ、もしくは既に起きていると思われます」

 

 医師はそう言うと懐から鍵を取り出し、病室の扉の鍵穴に刺して回す。

 翔太郎と照井は僅かながら緊張する。もしかすると、この風都そのものを脅かすかもしれない事件と関わるかもしれないのだから。

 ゆっくりと扉が開くのに合わせ、翔太郎は軽く深呼吸する。まずは彼女を興奮させないようにしないといけない。落ち着かせたうえで、話を聞く必要がある。

 だが扉が開ききり、部屋の中を見た翔太郎と照井は驚愕した。

 

「なっ……これはっ!?」

「おいおい、まじかよ!?」

 

 そこに有ったのは、もぬけの空となった病室。分厚い窓ガラスは割られ、外から吹き込む風がカーテンを揺らし続ける。

 

「まさか、このガラスを割ったとでも言うのか?」

 

 翔太郎が窓に近づく。下を見ると、そこには地面に窓ガラスの破片と思われるものが光の反射で光っているのが分かる。

 

「まさかっ!? ここは5階ですよ! それにこの窓は強化ガラスで出来ているので、普通は割れることなんて無いのに!?」

 

 慌てる医師の言葉通り、ここは地上からそれなりの高さがある。地面は芝生になっているため若干の柔らかさはあるだろうが、それでも普通ならこの高さから落ちれば怪我を負うことは必至である。そもそも、このガラス自体もどうやって割ったというのだろうか。

 

「左!」

「ああ。あの子がどこに行ったのか追わねえと!」

 

 翔太郎は懐から2本のメモリを取り出すと、それをカメラに装填する。

 

〈BAT〉

 

 カメラは電子音声と共に、それぞれコウモリに似た姿へ変形すると、穴が開いた窓から飛び立っていく。

 

「今、刃野刑事にも連絡をして、捜索を頼んだ」

 

 照井も短い言葉で翔太郎に伝えると、二人は顔を見合わせて頷き、急いで病室から出ていく。

 

「……これ、どうすれば良いんだ?」

 

 残された医師は、病室の惨状を見ながらそう呟くしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風都の街を走る一人の少女。着の身着のまま裸足で走る彼女だが、向かうべき場所など存在しない。ただひたすら、逃げなければ、という感情のまま足を動かしているに過ぎない。

 通行人の中にはそんな彼女を訝し気に見る者もいるが、ほとんどはそのまま通り過ぎ、何か感じた者も走り去っていく彼女には声を掛ける暇もない。

 ただどこまでも走り続ける彼女。普通なら息切れしてもおかしくないが、まるで疲れている様子も無く、汗の一滴すら掻いていない。その気になれば、どこまでも走り続けられそうな印象まで感じさせる。

 だが、そんな彼女の前に、突如として一台の車がまるで行く手を遮るかのように停まった。

 彼女がその車をじっと睨む。すると、車の扉が開き、中から白いスーツを着た男達が数名降りてくる。

 

「ひっ!」

 

 その姿を見た瞬間、少女の顔から血の気が引いていく。そして踵を返して逃げ出そうとするが、いつの間にか、既に背後にも同じ姿をした男達が少女を囲むように陣取っている。周囲に居たはずの通行人の姿も消えており、この場には少女と男達だけしかない。

 そして遅れて車の中から一人の長身の男が降りてくると、少女を見つめて口を開く。

 

「大人しくこちらに来い」

「……」

「分かっているんだろう? お前の生きる場所はここしか無いと」

 

 その言葉に少女は黙って俯く。それを見て、男が少女を捕らえようと腕を伸ばした。

 

「っ!!」

 

 男の手が震える少女に触れようとした。

 だがその瞬間、突如として男の手が何かによって払われる。

 

「何だ?」

 

 飛来したそれは一度少女の頭上を回ると、どこかに向かって飛んでいく。それと同時に二つのバイクのエンジン音が響いた。

 飛んで行った物体は、そのエンジン音がした方向へと向かっていく。

 

「なるほど、面倒な連中が来たようだな」

 

 二台のバイクが男達の前に止まる。

 

「おい、こりゃ一体どういうことだ?」

 

 バイクから降りた男―翔太郎が呟く。バットショットからの通信を基にやって来たら、まさか会うとは思っても見なかった相手が居るでは無いか。

 

「何でてめえらが居やがる!」

 

 翔太郎はこの男達の服装に覚えが有った。

 かつてこの風都を恐怖に陥れた組織。その背後に居た強大な存在が居た。無尽蔵の資金を持ち、様々な組織に対して出資することで技術力を得る。その規模や目的は一切不明。しかし危険な存在であることに間違いはない。

 その名は『財団X』。

 

「その質問に答える気はない」

 

 翔太郎の質問に対して男は無感情に答えると、改めて少女の腕を掴み、強引に車の中に引き込む。

 

「お前達はそいつらを抑えていろ!」

「待て!」

 

 引き留めようとした翔太郎達の前に、男の部下が足止めとして立ちふさがる。さらに彼らはガイアメモリを手にすると、首筋に挿入した。

 

〈MASQUERADE〉

 

 その音声と共に顔がまるで髑髏のように変化した財団Xの戦闘員―マスカレイド・ドーパントが翔太郎達を囲む。

 戦闘能力自体は大したことは無いが、全員相手にしていては男に逃げられてしまう。

 そこに照井が声を掛ける。

 

「左、ここは俺に任せろ」

「おい、一人で大丈夫か?」

 

 翔太郎の疑問に、照井は不敵な笑みを浮かべる。

 

「くだらん質問をするな」

「……そうだな」

 

 その返答に翔太郎も笑みで返す。

 そして照井はバイクのサイドパネルから大剣エンジンブレードを取り出すと、勢いをつけて放り投げる。マスカレイド・ドーパント達がそれを避けたことで生まれた隙を狙い、翔太郎はバイクで駆け抜ける。

 

「待て!」

 

 何人かが追おうとするが、照井がそれをさせない。

 

「お前たちの相手は俺だ」

 

 そう言うと、照井は取り出した機械―アクセルドライバーを腰に装着する。

 

〈ACCEL〉

 

 さらに手にしたガイアメモリを起動させると、ドライバーに挿入する。

 

「変……身!」

 

 掛け声と共にドライバーのスロットを捻ると、照井の全身が赤い装甲に覆われる。

 この姿こそ、風都を守る戦士の一人、仮面ライダーアクセル。

 

「さあ、振り切るぜ!」

 

 その言葉と共に、アクセルはマスカレイド・ドーパント達に立ち向かった。



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Chapter 2

 街中を猛スピードで駆け抜ける一台の黒塗りの車。それを追いかけるのは、黒と緑の二色が特徴的なバイク。

 

「追いかけて来たか。お前達、やれ!」

 

 指示を受け、車の窓から一人のマスカレイド・ドーパントが身を乗り出すと、手にした銃をバイク目掛けて乱射する。

 

「うおっ!?」

 

 放たれる弾丸を紙一重で躱し続ける翔太郎。だが、一発でも当たれば危険だ。それ故に翔太郎は懐から片手で器用に自分用のロストドライバーを取り出して腰に装着する。

 普段であれば自分の真価を発揮できるダブルドライバーを用いるが、そのためには相棒のフィリップの協力が必要だ。そのフィリップは今、回収したもう一つのロストドライバーの解析に集中しているため、ロストドライバーを使うしか無い。

 

〈JOKER〉

 

「変身っ!!」

 

 起動させたガイアメモリをロストドライバーに挿入する。その瞬間に翔太郎の体は漆黒の外装に覆われる。その名は仮面ライダージョーカー。相棒が不在の一年間、この風都を守り続けた戦士である。

 ジョーカーはバイクの速度を上げると、銃を乱射するマスカレイドへと近づく。強化された外装は並みの銃弾では傷一つつかない。

 

「おらあっ!!」

 

 ジョーカーの右拳によるパンチが顔面を捉え、マスカレイドを怯ませる。その隙を狙ってジョーカーは車を抜き去ると、ロストドライバーからジョーカーメモリを抜き、代わりに所持していた携帯電話にメモリを挿す。

 

〈JOKER MAXIMUM DRIVE〉

 

 電子音声と共に、携帯電話はクワガタのような形状に変化すると、猛スピードで車に向かって突進する。そしてすれ違いざまに二本の角で車のタイヤを切り裂く。

 

 

―キキーッ―

 

 甲高い音を立てながら、車はスリップして停止する。

 

「……やってくれたな」

 

 車の中から長身の男が出てきて、苛立ったように口を開く。

 

「全く、目障りな存在だ。ここで排除させてもらう!」

 

 男はそう言うと、ポケットから卵のような形状をした小さな物体を取り出すと、その頂点に有るスイッチを押す。途端に男の周囲に黒いエネルギーが立ち込め、その中から幾つかの光が発せられる。そのエネルギーと光が男と融合するように纏わりつくと、その姿はまるで青いハンミョウのような怪人へと変化した。

 

「これは、ドーパント……なのか?」

 

 未知の姿の怪人に思わず動きが止まるジョーカー。

 男が変身した怪人の名は「ゾディアーツ」。風都から離れた場所にある私立天ノ川学園高等学校。そこで作られた特殊なスイッチを押すことによって変身する、星座の力を宿した怪人である。だが、翔太郎がそれを知る由も無い。

 

 さらに数人のマスカレイド・ドーパント達も車内から姿を現す。

 

「行けぃ!」

 

 ゾディアーツの指示の下、マスカレイド達がジョーカーに向かって走り出す。

 

「くっ」

 

 ジョーカーも気を持ち直し、立ち向かう。

 数でいうなら、明らかにマスカレイドの方が優勢だろう。だが、高々マスカレイド数体に対して、ジョーカーが押される訳がない。

 マスカレイドは元々大量生産品のメモリで変身するドーパントだ。扱いは簡単で有り、低コストで生み出せる戦闘員としては十分な存在だろう。だが、他のガイアメモリと比べると出力は大きく劣り、固有の能力も持ち合わせない。

 対するジョーカーもまた、翔太郎が通常時に変身するダブルと比べると、能力は大きく劣る。しかしジョーカーメモリ自体が翔太郎との相性が良く、その能力を十二分に発揮できるジョーカーは、翔太郎自身の戦闘経験も相まって、データ以上の実力が有る。

 

 群がるマスカレイド達に、ジョーカーは的確な攻撃で打ち倒していく。その光景はまさに圧倒的と言わざるを得ない。

 

「ちっ。俺が相手だ!」

 

 マスカレイド達だけでは相手にならないと判断したゾディアーツがジョーカーに向かって両腕の刃を振るう。

 

「おっと!」

 

 ジョーカーもそれに気づき、軽い身のこなしで躱した。

 

「色々聞きたいことが有るからな。さっさと倒させて貰うぜ」

 

 ジョーカーは振りかぶった拳を放つ。だがゾディアーツは腕の刃で受け止めて見せる。

 

「この程度か?」

 

 ジョーカーの腕を振り払うと、ゾディアーツの刃がジョーカーの胸を切り裂いた。

 

「ぐあっ!?」

 

 さらに連続で振られる刃がジョーカーの体にぶつかり、火花が散る。

 

「はははっ。所詮仮面ライダーなんてこの程度か!」

 

 笑い声を上げて、ゾディアーツは腕を大きく振りかぶった。だがその隙をジョーカーは狙っていた。

 

「はっ!!」

 

 無防備となった胸を目掛けて回し蹴りを放つことで距離を取る。

 

「そう簡単にやられるかよ!」

 

 ロストドライバーから再びガイアメモリを引き抜き、それを腰のスロットに入れる。

 

〈JOKER MAXIMUM DRIVE〉

 

「ライダーキック!」

 

 ジョーカーはゾディアーツに向かって跳躍すると、エネルギーを溜め込んだ右足で蹴りを放つ。

 ゾディアーツも先程のパンチ同様に腕で防ごうとする。だが、

 

―パキリッ―

 

「何っ!?」

 

 ジョーカーの必殺の蹴りを受けた刃に罅が入る。その一撃はゾディアーツの予想を遥かに超えるものだ。

 徐々にゾディアーツの体が後退していく。

 

「ぐっ……こんな奴にっ!?」

 

―バキンッ!!―

 

 そしてゾディアーツの刃が完全に折れ、ライダーキックがその胸を貫くと同時にゾディアーツは爆散した。

 

「よし……」

 

 ジョーカーは息を整えると、背後に視線を向ける。そこに居るのは、変身が解け倒れ伏す男。

 

「それじゃあ、お前には色々話を……」

 

 翔太郎は変身を解いて、男にゆっくりと近づく。だがすぐにその表情が驚愕に染まる。

 男の体が砂のような茶色に変色している。

 

「く……あっ」

 

 声を出すことすら出来ないようで、男は倒れたまま翔太郎に向かって右手を伸ばす。だがそれが何かを捕らえることは無く、力を失い地に落ちると、その全身は粒子状になり崩れる。

 

「……一体、何なんだ?」

 

 翔太郎の呟きと共に吹いた風により、男の体だった砂が巻き上げられ散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん」

 

 少女が目を覚ますと、そこはどこかクラシカルな雰囲気を感じさせる部屋の中だった。少しの頭痛を感じながら、自分がどうしてこのような場所に居るのかを思い出す。

 

「確か……」

 

 気が付いたとき、自分は真っ白な部屋のベッドにいた。その部屋は風都にある病院の病室で有ったのだが、彼女はそれを知らず、その部屋の構成から自分が『あいつら』に捕まってしまったと判断した。

 ここに居ては危険。そう考えた少女はいち早くここから逃げ出すために、部屋の窓を拳で叩き割り、そのまま窓から身を投げた。普通の人間なら大怪我するだろうが、彼女はまるで猫のように身軽に着地してみせると、そのまま走り出した。

 そして逃げる中で自分が居る場所が街中で有ることは分かったが、どこの街なのかが全く分からない。ただ、あいつらに捕まるのだけは嫌だった。ただひたすら、あても無く逃げ続けた。だが結局あいつらに見つかり、車の中に引き込まれ……。

 

 それを思い出した瞬間、彼女はまたあいつらに捕まったのかと身構える。

 そして逃げ出そうとした時、部屋の扉が開いた。

 

「おっ、やっと目が覚めたか」

 

 入ってきた青年が少女を見ながら安心した様子を見せる。

 

「先に行っておくが、ここの窓まで壊すなよ」

 

 そう言う青年の顔に少女は見覚えが有る。自分が気絶させられる前に、あいつらの前に表れた男では無かっただろうか。

 

「とりあえず、ちょっとお前に聞きたい話が有るんだ。こっちに来てもらえるか?」

 

 記憶が確かならこの青年はあいつらと敵対していたような言葉を発していた。

 少女は警戒しながらも、青年―翔太郎に促されるまま彼の後を付いて行った。




【怪人紹介】
ピクシス・ゾディアーツ
●仮面ライダーフォーゼの11、12話に登場した怪人。羅針盤座のゾディアーツで、望む対象を探す能力を持つ。本作で少女を見つけたのも、実はこの能力によるもの。
●フォーゼ内では、物体の軌道を捻じ曲げたり、人間を無理やり移動させるなどの能力を持っていたが、本作は持っていない。代わりに戦闘能力が大きく上昇している。これはスイッチャー(変身者)の性質の違いによるもの。


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Chapter 3

 鳴海探偵事務所。そこには翔太郎の相棒であるフィリップ、所長の鳴海亜樹子、そして合流した照井が既に集まっていた。

 そこに少女を連れた翔太郎が姿を現す。少女はその場にいた三人にも警戒の眼差しを向けながらも、翔太郎に促されるままソファに座る。そして対面に翔太郎が座って、口を開いた。

 

「それじゃ、まず自己紹介から始めるか。俺の名は左 翔太郎。探偵だ。そしてこいつが俺の相棒のフィリップ」

「やあ」

 

 翔太郎に顎で示されたフィリップは、軽く手を挙げて応える。同様に亜樹子と照井も紹介する。

 

「次に君が何者か、教えてくれ」

 

 少女は翔太郎を見つめながら、おずおずと答える。

 

「……ソラ。そう呼ばれてた」

「ソラちゃんね……中々いい名前じゃないか。それじゃあ本題だが、君は一体何者なんだ?」

 

 直球の質問に対し、ソラは口を噤む。

 

「君が病院から逃げ出した時、窓を割ったようだが、あの窓はそう簡単に割れるもんじゃない。それにあの高さから落ちたのに目立った傷も無い。検査結果を見ても、君の体が特殊なことが分かっている。何より、あいつらが君のことを追っているというのが、何よりも重要だ」

 

 『あいつら』。それが指し示す相手が何者かは少女も理解した。

 

「あの組織……財団Xと君は一体どういう関係なんだ?」

 

 問い詰める翔太郎に対し、どこか怯えたような表情を浮かべてソラが答えた。

 

「……分からない」

「何?」

「分からない。気が付いたら、よく分からない部屋の中に入れられて、実験とか言われて色んな機械を使わせられたりして……だからとにかく逃げようと思って、気が付いたら……」

「なるほど……」

 

 ソラの言葉を聞き、フィリップが納得の言ったような顔を見せる。

 

「君はこれを使って、奴らから逃げたということで良いのかい?」

 

 そう言って、彼は解析していたロストドライバーを取り出す。

 

「……」

 

 黙って頷くソラを見て、フィリップは溜息を吐く。

 

「そういや、それの解析が終わったんだよな?」

「ああ」

 

 フィリップはどこか複雑な表情を浮かべ、手にしたドライバーについて説明を始めた。

 

「率直に言うが、これはまともな人間が使うような代物じゃない」

「そりゃ、どういうことだ?」

「このドライバーは僕達が持っているドライバーとは違い、メモリの力を増幅して発揮するための機構が備わっている。単純な出力だけでも、およそ二倍のパワーを発揮できるだろう」

「何だと?」

 

 スペックだけなら十二分に強力だろう。だがそれをまともではないと評した理由は別にある。

 

「だが副作用も存在する」

「その副作用って?」

 

 疑問符を浮かべた亜樹子にフィリップが答える。

 

「このドライバーを使えば通常以上の力を発揮できる。だけどその反動が大きすぎるんだ。通常の人間が使えば、それこそ動くことすらままならない。場合によっては命を失う可能性も有る」

 

 その言葉に全員が言葉を失う。

 

「それと、このドライバーの内部には高圧電流を発生させる装置も付いていた。彼女の言葉から推測すると、恐らく実験体の暴走を抑え込むための備えみたいなものだろう」

 

 確かにこれは普通の人間が使うようなものでは無いだろう。使用するだけで大きなダメージを受け、内部には電流を発生させる機構。拷問器具や処刑道具と言った方が合っているのではないかとすら思ってしまう。

 だがここで一つの事実が浮かび上がる。目の前に居る少女―ソラは、このドライバーを使用したということだ。

 

「検査結果などから、彼女はあらかじめこのドライバーを使うことを目的として、財団Xによって何らかの処置を受けたのではないかと予測出来る。奴らは再び彼女を狙って来るだろう」

 

 極めて冷静に告げられたその言葉に、ソラの顔に恐怖が浮かぶ。

 

「……やだ。もう、あそこには戻りたくない」

 

 ただ怯えるソラ。その姿からどのような扱いを受けていたかは想像に難くない。

 

「とりあえず、しばらく彼女はここで預かった方が良いだろう。もしもの時、俺かお前達が近くに居た方が良いからな」

 

 照井の言葉通り、今の風都で財団Xに対抗できるのは、翔太郎とフィリップと照井の三人だけだ。いつ来るか分からない襲撃に備え、照井も事務所に滞在するつもりである。

 

―くぅ~―

 

 そんなことを考えていると、事務所内に小さな音が響く。

 

「おい亜樹子。お前、さっき昼飯食べたばかりなのに腹が鳴るって、どんだけ食いしん坊なんだよ」

「私じゃないわよ!」

 

 翔太郎は亜樹子の腹の虫と思ったようだが、そうではないらしい。音の主がフィリップや照井、ましてや翔太郎自身でもないとするなら、残るは一人しかない。

 

「もしかして、お腹減ったの?」

 

 亜樹子が尋ねると、ソラは首を傾げる。

 

「お腹が減る……?」

 

 言葉の意味が分かっていない様子に、亜樹子たちは戸惑う。

 

「そういや、確か朝から何も食べてないよな」

 

 翔太郎の言葉通り、彼女を保護したのは今朝の事だ。それからずっとソラは飲まず食わずだったはずである。

 

「あっ、そうだ!」

 

 亜樹子はあることを思い出し、戸棚を開ける。そこから一つの袋を取り出すと、ソラに手渡した。

 

「ほら、これ食べて」

「……何これ?」

「お饅頭。食べたことない?」

 

 こくりと頷いたソラに対し、亜樹子は一緒に食べようと言って、隣に座る。ソラはどこか緊張した様子を見せるが、亜樹子の動きを観察しながら、おずおずと包装の袋を剥がし、一口頬張る。

 

「……!」

 

 あまりの美味しさに驚いた、とでも言いたげにソラは目を見開く。

 この饅頭自体は風都では普通に売られているものだ。特別高級というわけでも無い、市販の菓子である。しかしそれですら嬉しそうに食べる姿を見ると、彼女がどのような食事をしていたのかも予想がつく。

 

「全く、食べ過ぎて太るんじゃねーぞ」

「なっ! レディに対してその言葉は何事か!!」

 

 翔太郎の軽口に、亜樹子はスリッパを使って応戦する。

 

「おい、お前止めろって!」

「問答無用!」

「……ふふっ」

 

 そんな二人の姿を見たソラは、思わず笑みを浮かべた。初めて見せたその表情に、その場に居た皆の心が温かくなる。

 そんな中、フィリップは一つの引っ掛かりを感じていた。

 

(彼女はロストドライバーを使って財団Xの下から逃げたと言っていたが、ドライバーは単体ではその効力を発揮しない。ガイアメモリも必要不可欠……。しかし彼女を保護した時、ガイアメモリはその場に無かったと翔太郎は言っていた。じゃあ、彼女が使ったメモリは一体どこに……?)

 

 疑問を抱くフィリップを他所に、未だに翔太郎と亜樹子の諍いは続いている。

 そんな鳴海探偵事務所の屋根の上に、鳥の形をした何かが止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、彼がやられてしまったか」

 

 風都の郊外にある廃墟。そこに何者かが集まっていた。その中心にいる白髪交じりの男は、部下からの報告を受けていた。

 

「折角の新技術だったんだが、残念だ。それで、発信機はどうなっている?」

「やはり駄目です。位置が送信されて来ていません。原因は不明ですが、恐らく何かの衝撃で破損したか、何者かによって無効化されたか……」

 

 その言葉に残念そうな表情を見せる。

 

「だが、どうやらアレはこの街の仮面ライダーと接触したのだろう?」

「はい」

「それならば、彼らの拠点に居る可能性が高いな」

 

 部下の返答を聞き、男は不気味な笑みを浮かべた。

 

「折角だ。私が直々に行こう。彼らには直接、私達の恐ろしさを身を以て体験してもらおうじゃないか!」

 

 そして男は目的の場所へ足を動かす。

 

「待っていたまえ、仮面ライダー!!」



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Chapter 4

 菓子を食べ終え、ソファに座りながら周囲を伺うソラ。その顔には翔太郎達に対する警戒心は見えないが、どこか不安のようなものが感じ取れる。

 

「ねえ、ちょっと聞いて良い?」

 

 亜樹子が翔太郎に耳打ちする。

 

「どうした?」

「この事件が終わった後、ソラちゃんはどうなるの?」

 

 その問いに少し思案して答える。

 

「まあ、普通なら警察に身柄を渡して……ってとこだが、あの子は立場がな……」

 

 翔太郎の言葉通り、ソラの立場はかなり特殊である。財団Xの実験体だったということから、戸籍も恐らく存在しないだろう。身体の性質もかなり特殊である。

 

「もしかしたら、うちで保護を続けるってことも有り得るかもな」

「そうなんだ」

「だが、まずは……」

 

 翔太郎はそう前置きすると、ソラに視線を向けた。

 

「あの子自身がどうしたいかだな……」

 

―Prrrrr―

 

 そんなことを話していると、突然事務所内に電子音が鳴り響く。

 

「どうした?」

 

 それは照井の携帯電話の着信音だったようだ。表示される電話番号は、風都警察署内の番号だ。

 照井が電話に出ると、真倉の慌てた声が聞こえてきた。

 

「課長! 今、署に怪人が……っ!? うわあっ!!」

 

 悲鳴が聞こえたかと思うと、そのまま通話は途切れてしまった。

 

「くっ。 俺は所に戻る!」

「それなら俺達も……」

「来るなっ!」

 

 翔太郎の提案をすぐさま否定し、照井は事務所の玄関に向かう。

 

「襲撃してきたのは恐らく連中だろうが、そう決まったわけじゃない。それにこれは陽動の可能性も有る。それならお前達はここに残るべきだ」

「……ああ、分かった」

 

 その説明に翔太郎は納得した様子を見せ、照井を見つめる。そのまま風都署へと向かおうとする彼の背に、亜樹子が声を掛ける。

 

「竜君……気をつけてね」

「……ああ」

 

 大切な家族からの言葉に応え、照井は事務所から出ていった。

 

「さて、俺達も注意しないとな……」

「そうだね」

 

 フィリップはソラに視線を向けながら返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれ!!」

 

 風都警察署。街の平和を愛する警察官たちが集まるその場は、今謎の怪人によって襲撃されていた。

 

「怯むな、撃て!!」

 

 何人かの警官が拳銃を発砲によってマスカレイド・ドーパント達を怯ませるが、彼らに指揮を出している坊主頭の男には全く当たらない。

 

「そんなものが効くか」

 

 それどころか、普通なら見えるはずのない、弾丸を受け止めて見せている。

 その圧倒的な存在感に、警察官達は恐怖を感じるが、逃げ出すなんて考えは浮かばない。ここに居る警官達は皆、己の職務に対し誇りを持っている。それゆえ、最後まで諦める気は無かった。

 そしてその思いは報われる。

 

「ハアッ!!」

 

 突如として現れた赤い閃光がマスカレイド達を跳ね飛ばした。

 

「あれは……っ!!」

 

 真っ赤なバイクの姿をしていたそれは体を人型に変形させる。

 

「仮面ライダーだっ!!」

 

 仮面ライダーアクセルの登場に、警官達の歓声が響いた。

 

「こいつらは俺がやる。お前達は怪我人の救出を優先しろ」

「はっ、はい!」

 

 アクセルの有無を言わせない言葉に、警官達は反射的に敬礼をする。

 だが、仮面ライダーの登場を望んでいたのは警官達だけではない。

 

「やっと来たか、仮面ライダー」

 

 財団Xの男も同様にこの状況を喜んでいた。

 

「一人しか居ないのは残念だが、まあ良い。お前の力を見せてもらおう」

 

 そう言うと男は全身に力を込める。するとその体は膨張し、徐々に人間とは似ても似つかない姿へと変貌していく。

 

「はああっ!!」

 

 体は一回り大きくなり、茶色い鱗のような装甲で覆われた怪人へと変わった男は、その醜い顔をアクセルへと向ける。

 

「さあ、お前は俺を楽しませてくれるのか?」

「俺に質問するなっ!!」

 

 怪人―アルマジーグの言葉に対し、アクセルは剣の切っ先を向けて答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。鳴海探偵事務所は数十分前とは打って変わり、沈黙が場を包んでいた。

 

―ッ!!!!!―

 

 だがそれも突然の爆発音によって破られる。

 

「ちっ、来たか!」

 

 舌打ちを一つすると、翔太郎は窓から外の様子を覗く。そこには白いスーツを着た集団―財団Xの姿が見える。

 

「やっと見つけたよ。さあ出て来たまえ」

 

 白髪頭の男が前に出る。

 

「よし、行くぞ」

 

 翔太郎はフィリップと亜樹子に視線を向ける。二人は頷くとソラを連れてガレージの奥に行き、翔太郎は外へ出て財団Xと相対する。

 

「やあ、君が仮面ライダーかい?」

「ああ」

「そうかそうか! 私はサワ。ドクター・サワと呼ばれてる。以後よろしく」

 

 いたって友好的な笑みを浮かべるサワ。だが、その瞳はぞっとするほど冷たい。

 

「君達は、私が生み出した実験体を保護しているだろう? 私はそれを回収に来ただけだ。大人しく渡してくれると有難いんだが……」

「そう言われて、誰が渡すかよ」

 

 サワの提案を突っぱねる。

「ほう……それは何故だ?」

 

 彼にとって一番重要なのは風都の平和を守る事。ただそれだけのためなら、守る必要は無いだろう。だがソラを最初に見つけたのは翔太郎だ。その責任は持たなくてはならない。

 そして何よりも……、

 

「あの子は依頼人だ。依頼人を守るのが、探偵の仕事だからな」

 

 言葉で依頼された訳ではない。だが確かに彼女は助けを求めていた。それならば助けるのが探偵の役目だ。

 

「なるほど。全く理解不能だ……まあ、それなら力づくで取り戻そうか」

 

 男が軽く手を挙げると、周りに居た構成員達がメモリを取り出し、マスカレイド・ドーパントへと変貌する。

 

「行くぜ、フィリップ」

 

 翔太郎も対抗するようにダブルドライバーを取り出して、腰に装着した。

 

〈JOKER〉

 

 そして転送されたフィリップのサイクロンメモリと、自身のジョーカーメモリをドライバーに差し込む。

 

「「変身!」」

 

〈CYCLONE JOKER〉

 

 翔太郎とフィリップの重なった掛け声と共に、翔太郎の体は緑と黒の二色の体を持つ仮面ライダーダブルへと変化した。

 

「いくぜ!」

 

 勢いよくマスカレイド・ドーパント達へ向かう。

 

「はあっ!!」

 

 その素早い身のこなしにマスカレイド達は付いて行けず、一人、また一人と倒れていく。

 だがそんな状態でもサワは全く焦ることなく、ダブルの戦闘を観察していた。

 

「なるほど、予想以上に動きが良いが、この程度なら……よし、我々も行こうか」

 

 サワは後ろで待機していた細身の男に指示を出す。

 

「了解いたしました、サワ様」

 

 そしてサワと男は同時に全身に力を込めた。

 

「「があああっ!!」」

 

 途端にその体は大きな変化が生じた。サワの体は滑らかな鱗が全身を覆い、背中からは巨大な翼が生える。それに対して、隣に立つ男の体からは長い毛が生え揃い、右腕は槍、左腕は円形の盾のような形状へと変化する。

 

「なんだありゃあ……」

『分からない。少なくとも、ドーパントではないようだが……』

 

 マスカレイド達を捌きながらも、目の前の光景に絶句するダブル。

 

「ふふっ、驚いたか?」

 

 そんな中、変貌を続けながらサワは不敵な笑みを浮かべる。

 

「これこそが人間を超えた究極の生命体、ミュータミットだ!!」

 

 その言葉と同時に変化が完了する。サワの姿は御伽噺に出てくる竜を模したかのような姿に、男は騎士の甲冑を身に纏った獣のような姿となっていた。

 

「では行くぞ!」

 

 高らかに宣言したサワ―サドンダスは背に生えた翼を広げると、悠々と空へと飛び上がる。ダブルがその姿に気を取られていると、騎士の姿をした怪人―ジャガーバンが飛び掛かってきた。

 

『翔太郎!』

「ああ!」

 

〈CYCLONE METAL〉

 

 ダブルは左側のメモリを変え、防御に特化したサイクロンメタルへと変身すると、武器である鋼鉄棍メタルシャフトを振り回すことで、ジャガーバンの刺突を捌く。

 

「ハッ!」

 

 だがそこに向かってサドンダスが急降下しながら突進を仕掛けてくる。

 

「くっ!」

 

 ダブルはメタルシャフトを用いて抑え込もうとするものの、その勢いを相殺しきれず、大きく態勢を崩す。さらにそこにジャガーバンの槍が襲う。

 

「ぐあっ!」

 

 高いパワーと飛行能力を兼ね備えるサドンダス。サイクロン並みのスピードを持つジャガーバン。二体のミュータミットの攻撃により、ダブルは窮地へと追い込まれた。




本作のミュータミットはいずれも元ネタが存在します。


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Chapter 5

「ぐあっ!?」

 

 宙を自在に舞うサドンダスが放った攻撃を受け、ダブルは全身から火花を散らせる。

 

『翔太郎、ルナトリガーで行こう!』

「オーケー」

 

〈LUNA〉

〈TRIGGER〉

 

 右半身が黄色、左半身が青の形態に変化すると、右手で構えた銃―トリガーマグナムから光弾を連射する。

 

「そんなものっ!!」

 

 サドンダスは空高く飛び、ジャガーバンは持ち前のスピードを駆使して避ける。

 

「逃がさねえよっ!!」

 

 しかし放たれた光弾は分裂しながら、まるでミサイルのようにサドンダスとジャガーバンを追尾する。

 

「何だと!?」

 

 不規則な軌道を描きながら光弾は見事に二体のミュータミットに着弾した。トリガーは他のメモリと比べ、高いパワーを有する。故に大きなダメージが入ったと考えたが、その予想は裏切られた。

 

「ほほう、この程度か……」

「効いてない!?」

 

 サドンダスはその巨大な翼で、ジャガーバンは左腕の盾で光弾からその身を守り、ダメージを最小限に抑え込んでいた。

 

「ミュージアムを壊滅させたと聞いていたが、所詮はただの人間。我々ミュータミットの敵では無いな」

 

 余裕を見せるサドンダスはさらに口から火炎を吐き出し、ダブルを攻撃する。その攻撃をダブルは躱すが、今度は接近したジャガーバンの刺突を受ける。

 

「くっ!」

『まずいよ翔太郎!』

 

 ダブルは六つのメモリを用い、九種類の形態へ自在に変化することが可能。それぞれ様々な状況に対し万能に対応することが出来るが、苦手な相手が存在しないわけでは無い。ダブルの持つ全てのメモリは基本的に地上での戦闘が前提となっている。それ故に、空中戦や水中戦ではドーパントに一歩劣る部分があるのだ。

 そして今、対峙しているサドンダスは空中戦を得意とするミュータミット。現状対抗出来るのはトリガーメモリだけだが、トリガーは他のメモリと比べ機動力が大きく劣るという弱点が存在する。高いスピードを持つジャガーバンにも対抗するには、同じくスピードタイプのサイクロンメモリか、変幻自在のルナメモリしかない。しかし今、ルナトリガーの攻撃を防がれてしまった。サイクロントリガーはルナトリガーよりもパワーが劣るため、変身したとしてもダメージを与えることは難しいことが予測出来る。

 つまり、今変身出来る形態では、目の前のミュータミット達に有効な攻撃方法が無い。切り札である『究極のダブル』も未知の存在相手に通用するか不明であり、そもそも変身する隙が無い。

 

「さて、そろそろ終わらせようか!」

 

 サドンダスはそう言うと、腹部にあるもう一つの口から強力なエネルギーを放出する。まるで雷のように地上へと落ちたエネルギーは、周囲を巻き込みながらダブルを襲う。

 

「ぐああああっ!!!!」

 

 全身が痺れるかのような激痛が走り、地面に倒れこむダブル。そこにジャガーバンが近づくと、腰のダブルドライバーを掴み取り、強引に引き剥がした。

 

「これで邪魔は出来ないね」

 

 ドライバーが外されたことによって変身が解除され、傷ついた翔太郎はただ地面に這いつくばるしか出来ない。

 

「さあ、あれを回収してこい」

「はっ!」

 

 ミュータミットとしての姿から人間の姿に戻ったサワから下された命令に、配下の者たちは忠実に従う。

 古びた建物の二階の部屋。そこにある探偵事務所の前に行くと、鍵の掛かった扉を強引に破り中へ侵入する。

 だが室内には人の姿は見えない。手当たり次第に探すが、あるのは翔太郎の帽子やハードボイルド小説、お菓子の袋など取り留めのないものばかり。

 だが、すぐに男達はあることに気付く。いくつもの帽子が掛けられた壁にドアノブが付いている。その先に有るのは、フィリップが普段生活の場としているガレージだ。男達は一度互いの顔を確認すると、静かに頷いてドアノブを回し、中に入った。

 

「……何?」

 

 しかしそこには何も無かった。普段であれば、ダブルのサポートメカである装甲車リボルギャリーが格納されているが、今は完全にもぬけの殻だ。

 

 

 

 

 

「居ないだと? どういうことだっ!!」

 

 部下からの報告に怒号を浴びせるサワ。それを倒れながら見ていた翔太郎は不敵な笑みを浮かべる。

 

「まさか、貴様……」

「ああ、俺は囮だ。俺達が戦っている間に、他の奴は全員逃がした」

 

 ダブルがミュータミット達と戦っている隙に、リボルギャリーの自動運転機能を利用して、ソラと亜樹子、そしてフィリップの体を別の場所へと移動させていたのだ。自分が戦っている間に事務所が襲撃される可能性や、今のように敗北する可能性を考えれば、これが最もベストな方法であると思い至った。

 

「ざまあねえな……」

 

 ボロボロの体でありながら、サワに対して皮肉を言って見せる。それを腹立たしいと思いながらも、ここで翔太郎の命を奪うのは愚策であるため、怒りを抑え込む。

 ここで仮に翔太郎の命を奪えば、ソラの手がかりが完全に失われることとなる。そうなれば捜索により多くの時間が掛かるだろう。計画に大きな歪みが生じてしまう。それだけは何としても避けなくてはならない。

 

「こいつの荷物を漁れ。連絡用の機器くらいは持っているはずだ」

 

 サワの指示に従い、部下が翔太郎を強引に立たせる。

 

「ついでにこれも持っていくことにしよう。ミュージアムが制作したものを発展させた次世代型ドライバー。我々の計画にも役立つはずだ」

 

 そしてサワが奪い取ったダブルドライバーを持って車に乗り込む姿を、全身を走る激痛に耐えながら視線で追った翔太郎は、無事に逃げた三人が脳裏に過る。

 

(フィリップ、後は任せたぜ……)

 

 誰よりも信頼する相棒なら、きっと彼女のことも守ってくれるはずだ。そう考えながら翔太郎は財団Xの構成員達に引き摺られていく。

 そして誰も居なくなった探偵事務所。その窓から何かが入り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ギィンッ!!―

 

「くっ!」

「こんなものでは傷一つつかんぞっ!!」

 

 エンジンブレードの一撃を以てしても傷一つつかないアルマジーグの頑強な装甲に、アクセルは苦戦を強いられていた。

 

「それならこれだ!」

 

〈ELECTRIC〉

 

 エンジンブレードにメモリを装填すると、刀身から強力な電撃を放出させる。

 

「ぐおっ!?」

 

 アルマジーグは両腕の装甲で防御するが、不規則な軌道を描く電撃を完全に防ぐことは出来ず、幾らかのダメージを受ける。それが癇に障ったのか、怒りを露にする。

 

「ちっ、面倒な奴だな。それならこちらも本気を見せてやるっ!!」

 

 アルマジーグはそう叫ぶと、全身を丸め巨大な球体へと変化した。

 

「食らえいっ!!」

 

 そのまままるでボウリングの球のように回転し襲い掛かる。アクセルは持ち前のパワーを活かしてその突進を抑え込もうとするが、アルマジーグ自身のパワーと回転が加わったその攻撃の前には形無しである。まるで大型トラックに跳ねられた人形のごとく、アクセルは大きく吹き飛ばされた。

 

「ぐあっ!?」

 

 警察署の壁に減り込むほどの勢いで叩きつけられたアクセルは一瞬意識を失いかける。

 並みのドーパントとは比べ程にならないパワー。アクセルを追い込んだアルマジーグは高笑いをする。

 

「さてそろそろ……ん?」

 

 アクセルに近づこうとしていた歩みを止め、突如として変身を解除する。そしてポケットから携帯電話を取り出すと、興味を失ったかのようにアクセルに対して背を向ける。

 

「残念だがお前の足止めは不要になったようだ。次に会うときはもっと楽しませてくれよ?」

「待てっ!!」

 

 アクセルはすぐに立ち上がって引き留めようとする。だがアルマジーグは背中の装甲の隙間からトゲをミサイルのようにアクセルに向かって放つ。狙いは甘く簡単に躱すことが出来るが、アルマジーグの目的はアクセルを倒すことではない。トゲが着弾すると同時に煙が巻き上がり、アクセルの視界を閉ざす。その隙にアルマジーグは煙に紛れて姿を消した。

 

「……くっ!」

 

 アクセルは逃走したアルマジーグをを探すべきか迷うが、敵が去り際に残した言葉を思い返し考えを改める。

 

「所長たちは無事なのか……?」

 

 足止めが必要なくなったということは、翔太郎達に何かあったということに違いない。すぐに探偵事務所へと戻ろうとしたアクセルだが、そこに着信音が響く。

 それは鳴海亜樹子からのメールを告げる音。すぐに確認したアクセルはその文面に驚愕する。

 

「何だと……?」

 

 そこには簡潔な一文のみが記されていた。

 

『翔太郎君が攫われた』



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Chapter 6

今回は場面が頻繁に入れ替わります。


 風都の郊外。日も傾き、不気味さを感じさせる廃線の駅の近く。そこにリボルギャリーとフィリップ達の姿は有った。

 

「それで左が攫われたということか……」

 

 亜樹子の連絡を受けた照井は、ここまでの状況を聞き溜息を吐いた。

 

「リボルギャリーで避難したのは失敗だった。そのせいでハードタービュラーが使えなかったからね……。だけど今それを言っても遅い」

 

 フィリップは後悔の言葉を口にする。だがすぐに頭を切り替え、照井に向き合った。

 

「僕らがやるべきは翔太郎を救出すること。そして奴らを倒すことだ」

「ああ。だが手がかりは有るのか?」

 

 照井の疑問に対してフィリップはスタッグフォンを取り出して見せる。

 

「先程、奴らからメッセージが来た」

「何だと?」

 

 

 

 

 

 それは照井が到着する十分ほど前の事。彼の到着をリボルギャリー内で待っていたフィリップ達の許に電話が掛かってきた。発信者を示す名は翔太郎。

 

「えっ、翔太郎君無事だったのっ!?」

 

 亜樹子は翔太郎が無事に逃げることに成功したのかと思ったが、フィリップは一つの答えが思いつき、口元に指を当て静かにするようにジェスチャーを送る。そしてゆっくりと着信に応じた。

 

「もしもし……」

『やあ』

 

 聞こえてきたのは翔太郎の声では無く、年を取った男の声。フィリップはその声に聞き覚えがある。

 

「確かお前は、サワと名乗っていたね……」

『覚えていてくれるとは光栄だ。仮面ライダーの片割れ君……早速だが取引をしないか?』

 

 どこか見下した口調の彼はいきなり提案を持ちかけた。

 

『君の相棒はこちらが預かった。返して欲しければ、君たちが保護している実験体を渡してもらおう。あれは私達にとって重要なものだからね……』

「そう言われて大人しく引き渡すとでも?」

『それなら君の相棒の命の保証は出来ない。どちらを取るべきかは考えるまでも無いだろう?』

「……」

 

 フィリップが沈黙すると、サワはさらに取引を続ける。

 

『明日の午前9時。風都湾に面する番場工業の第三倉庫で待つ』

 

 一方的に告げられたその言葉を最後に電話は切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四方をコンクリートで囲まれ、灯りは天井に着いた電球だけの薄暗い部屋。そこに翔太郎は手足を縛られた状態で転がされていた。

 

「ぐっ……ここは?」

 

 戦闘のダメージが残っており、さらに堅い床の上ということも有って、節々に痛みを感じる。

 

「やあやあ、待たせてしまって申し訳ないね」

 

 そこに不気味な微笑を浮かべたサワが姿を現す。

 

「寝心地はどうだい?」

「ああ、最悪だよ」

 

 サワの皮肉にも怯まずに言い返すだけの元気は残っている。

 

「まあ安心したまえ。君の相棒が利口なら、明日には解放してやろう」

「そうかよ……」

 

 フィリップの事だ。自分の考えていることは理解してくれているはず。それならこっちも信じて待つだけ。

 そして翔太郎は少しでも情報を得るべく、サワに問いかける。

 

「お前達は一体何を企んでいるんだ?」

「企むとは失礼だね」

 

 そのような言い方は心外と言わんばかりに顔を歪める。

 

「我々は新たなステージへと到達すべく、研究を行っているに過ぎない」

「じゃあ、あの子は一体何なんだ?」

「ああ、あれの事か。あれも私達の目的に重要な礎となる存在だよ。何せ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風都湾か……」

「ああ。翔太郎を救うためには取引に行くしかない」

 

 奴らが素直に翔太郎を引き渡すとは思いにくい。かといって行かなければそれこそ翔太郎の身が危険だ。

 だが、取引の場所に行くという言葉を聞き、それが意味することを察したソラは体を縮こまらせる。それに気づいてかどうか分からないが、フィリップは作戦と称して、自分達のやるべきことを明らかにしていった。

 

「まず僕が取引の場所に行く。奴らもそれを望んでいるだろう」

 

 少なくとも個人での変身能力を持たないフィリップだけが姿を見せれば、それだけ油断する可能性はある。

 

「そして僕が時間稼ぎをしている間に、照井竜、君に翔太郎を救い出して貰いたい」

「分かった」

 

 フィリップの言葉に了承する照井。人質を救出するという役目なら、現状最適なのは間違いなく彼を除いて他にない。

 そしてフィリップは静かにソラに視線を移すと、ソラは蹲ったまま見つめ返す。やはり自分も取引の場所に行くのだろう。もしもの時、自分を引き換えに攫われた探偵を取り戻すために……。

 

 結局、自分はただの道具でしかない……。

 

 そんな諦めと絶望、恐怖の入り混じった表情を浮かべながら震えていた。

 

「亜樹子ちゃん。君は彼女とここに残っていてくれ」

 

 だがフィリップが口にしたのは、ソラが思ってもみなかった言葉である。

 

「……え?」

「スタッグフォンを残していくから、奴らが襲って来た時はこれを使って逃げてくれ」

「分かった!」

 

 フィリップの言葉に大きな声で応える亜樹子とは逆に、ソラは口をぽかんと開けて呆然とする。

 

「何で……、私を取引に使うんじゃないの?」

 

 そして絞り出すように放った言葉に対し、フィリップはさも当然のように顔色を一切変えずに答える。

 

「君の身柄と交換で翔太郎を助けるなんて選択肢は最初から無い」

 

 そしてフィリップは手に持っていた本を閉じる。

 

「例え君が何であろうとね……」

「まさか……」

 

 ソラは顔を上げてフィリップを見つめる。

 

「君の正体は推測が付いている」

「ソラちゃんの正体……?」

 

 首を傾げる亜樹子にフィリップは説明を始める。

 

「彼女の異常な検査結果。高い身体能力。そして事務所を襲撃したサワの言葉。これらから一つの推測が浮かび上がる」

 

 そして持っていた本を閉じて、その真実を口にする。

 

「彼女はミュータミットだ」

「……」

 

 フィリップの言葉にソラは沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子がお前らと同じ、ミュータミットだと?」

 

 同時刻。翔太郎もサワから同一の事実を聞かされていた。

 

「元々、ミュータミットとは人間を超えた身体能力、そして戦闘に特化した形態への変身能力を持った生命体。私やジャガーバンなどはその第一世代だ。だがそれを生み出すには多大なコストが掛かる上、成功確率も2%程度と低い。それでは我らの計画に大きな遅れが発生しかねなかった。そこで考え方を変えた」

 

 サワは意気揚々と自身の研究結果を翔太郎にひけらかす。

 

「変身能力を持たない代わりに汎用性を高めた第二世代を生み出した。そして変身能力を持たない代わりに、君も良く知るガイアメモリなどを活用することとしたのだ。戦闘形態への変化を外部から取り入れるという形にね……」

「……あのドライバーはそういうことか」

 

 翔太郎はソラが所持していたロストドライバーの意味を理解する。フィリップが『人間が使う物じゃない』と言っていたが、まさに文字通り。あれは()()()()()()()()使()()()()()()()()()()ドライバーだったということだ。

 

「そしてあのソラリス0315は、第二世代をさらに発展させた新型。あらかじめガイアメモリに対して高い適合率を持つように調整し、耐久力も向上させた最高傑作だ。確実なデータを得るためにも、必ず回収しなくてはならんのだよ」

「そうはさせるかよ……っ!!」

 

 翔太郎が身動き取れない状態ながら放った啖呵を、サワはまるで気にした様子も無く、話は終わったと言わんばかりに扉に手を掛けた。

 

「君が何を言おうと、あの方の計画を止めることは不可能だ。這いつくばったまま大人しくしていたまえ」

 

 そして歪んだ笑みを浮かべながら部屋を出るサワの後ろ姿を、翔太郎は睨み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それを知ってるなら、どうして私を守ろうとするの?」

 

 ミュータミットという異形の存在。普通なら忌避の対象になることはソラも理解している。しかし、目の前の青年はその事実を突き止めながら、なおもソラを財団Xから守ると言って見せた。その行動が理解出来なかった。

 

「簡単なことさ」

 

 フィリップは笑みを浮かべて、その疑問に答えた。

 

「翔太郎が君を守ると決めたからだよ」

「え?」

「翔太郎のポリシーの一つに、『依頼人は絶対に守る』というものがある。そして彼は君のことを依頼人として認めた」

「依頼人……?」

「そうだ。どんな形であれ、君は僕達に助けを求め、それを了承した時点で依頼人だ。それなら僕は相棒として、翔太郎の意思を尊重する」

 

 出会ってから一日も経っていない、それなのに命を懸けて守ろうとしてくれる彼らの在り方にソラは引き込まれる。

 

「それじゃあ、細かい内容について打ち合わせを……」

「ちょっと待って」

 

 フィリップが翔太郎救出作戦の詳細な打ち合わせを始めようとした時、ソラがおずおずと手を挙げた。

 

「一体、どうしたの?」

 

 亜樹子に促されるように、ソラは自分の思いを口に出し始める。

 恐怖は未だに消えない。体と心に刻み込まれた痛みが記憶にこびり付いている。しかし、初めて自分を守ろうとしてくれた彼らのために、少女は自らの意思で歩み始めようとしていた。



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Chapter 7

 風都湾。日も登り、僅かに冷たい風が吹き抜ける。

 その青い海に面する薄暗く錆び付いた匂いが満ちた倉庫の中に、サワをはじめとする財団Xの姿は有った。翔太郎も坊主頭の男に後ろ手に縛られた姿でそこに居る。

 

「さて、そろそろ時間だが……」

 

 既に時計は8時58分を指している。約束の時間まであと数分。カチカチと時計の秒針が動く音が、妙に大きく聞こえる。

 サワとしては、ここでフィリップ達が取引に応じなければ翔太郎を容赦なく処分するつもりだ。人質と言う価値こそあるが、取引を破ったのなら見せしめが必要だ。その後は彼らに関係のある者を一人ずつ捕らえ、代わりの人質にすれば良い。そう考えていた。

 

 だがそこに近づく一つのエンジン音。その音にサワは歪んだ笑みを浮かべる。

 そして倉庫の入り口に入ってきたのは、翔太郎が普段乗っている二色のバイク。そこにはヘルメットを被った二人が乗っていた。

 

「待たせたね」

「……」

 

 翔太郎は目を見開かせる。ヘルメットを取ったその顔。それはフィリップとソラの二人だった。

 

「ほう、時間通りだね」

「ああ、約束通り翔太郎を解放してもらおうか」

「おい、ちょっと待て!」

 

 フィリップの言葉に翔太郎が口を挟む。

 

「俺のことは良い! その子をっ……」

「先に言っておくが、これは彼女の選択だ」

「なっ、そうだとしてもっ!」

 

 翔太郎の言葉を遮るように、フィリップが説明する。だが、その言葉を聞いても翔太郎は納得しない。

 

「ふふふっ。やはり君は聡明なようだ!」

 

 サワはフィリップを見て笑顔を向ける。

 

「まあ、まずはそちらを渡してもらおう。その後に彼は解放する」

「順番が逆だね。まずは翔太郎を解放するんだ」

 

 その言葉にサワは鼻を鳴らす。

 

「そんなことを言える立場かね。いつ、この男を処分しても構わんのだぞ?」

 

 サワの言葉を引き金にしたかのように、翔太郎を捕えていた男が変貌し、アルマジーグとなる。それを見たソラはフィリップと翔太郎にそれぞれ目配せをして、頷く。

 

「私が行く……」

「駄目だっ!」

 

 翔太郎が叫ぶものの、ソラの意思は固い。フィリップはそれを受け入れたかのように、一歩下がる。

 

「ほう。ようやく観念したようだね……」

 

 重い足取りでサワへと近づくソラ。その目には不安が表れている。その姿を腕を広げてサワは待つ。そしてその手が届く距離まで近づくと、サワは一層の笑顔を浮かべ、天を仰ぐ。

 

「これであの方の計画は……」

 

〈STAG〉

 

「ん?」

 

 近くで鳴った音にサワは疑問符を浮かべる。だがその瞬間、ソラの手元から何かがサワの顔面目掛けて射出される。

 

「なっ!?」

 

 すぐさま体を逸らすことで、その何かは僅かにサワの顔を掠めるに留まるが、突然のことに財団Xは対応が取れない。

 

「あれは……」

 

 翔太郎はそれに見覚えがある。自身も所持しているメモリガジェットの一つ、スタッグフォンだ。弾丸のように飛び回り、財団Xに何度も体当たりをする。

 そして場が慌ただしくなった隙を狙って、ソラがサワの腹を蹴り飛ばす。女性とは言え人間を遥かに超える運動能力を持つミュータミットの蹴り。油断していたサワは思いきり吹き飛ばされ、後ろに居た部下達を巻き込みながら倒れる。

 さらに立て続けに、今度は天井を破り、空いた穴からアクセルが飛行支援装置であるタービュラーユニットと接続した姿で突入してくると、翔太郎を掴んでいたアルマジーグに向かって手にしたエンジンブレードによる一撃を加えることで、翔太郎を解放した。

 

「おわっとっ!?」

 

 反動で倒れた翔太郎に、フィリップが手を差し伸べる。

 

「おかえり、翔太郎」

「ああ……」

 

 翔太郎は手を取りながらも、その表情は複雑だ。彼のポリシーとして、何が有っても依頼人を守るという考えがある。たとえ作戦のためだとしても、こんな明らかに危険な場所にソラを連れてきたことに対して、少し思うところが有った。

 

「先にも言ったが、これは彼女が望んだことだ」

 

 その考えを予測していたフィリップが説明する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も連れて行って……」

 

 昨日、フィリップ達が作戦会議していた時にソラはそう言った。

 

「それは了承しかねる。奴らの目的は君だ。危険な目に遭わせるわけには……」

「分かってる」

 

 ソラは俯いていた顔を上げて、フィリップを見つめる。

 

「でも……ここで守られてばかりじゃ、きっと私は先には進めない。捕まってた時と変わらない……」

 

 そしてソラは一歩踏み出す。

 

「あの人は私のために手を差し伸べてくれた。あなた達も私を助けようとしてくれてる。私もそんな風になりたい……あなた達のような、強い存在に……」

「ソラちゃん……」

 

 その目には、翔太郎に似た強い意志が宿っている。

 

「だから、私も協力したい……。私が私自身であるために!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどな……」

 

 概要を伝えられ、翔太郎は納得する。依頼人を危険に晒すことは望まないが、彼女自身が強く望んだことなら、水を差すのは野暮だろう。

 その間にソラは財団Xから距離を取り、タービュラーユニットから分離したアクセルも有象無象のマスカレイド達を一蹴して翔太郎達の下へと歩み寄る。

 

「ちょうど、戻ってきたようだね」

 

 フィリップがそう言うと、どこからか何かの機械が駆動する音が聞こえだす。

 

「お待たせーっ!」

 

 その音の発生源に視線を移すと、そこには白い恐竜型のガジェット―ファングメモリと、ダブルドライバーを手にした亜樹子が、走り寄って来た。

 

「奴らの目がこっちに集中している間に、亜樹ちゃんとファングにドライバーを探してきて貰ったんだ」

「はい、後は頼んだわよ!」

 

 亜樹子が翔太郎にドライバーを渡すと同時に、ファングメモリがジャンプしてフィリップの手の平に乗る。

 

「奴らに対抗するには、ファングが一番適してる」

「オーケー。亜樹子、俺の体は頼んだぞ!」

「任せてっ!」

 

 亜樹子に声を掛けて、翔太郎はドライバーを腰に巻いた。

 

〈FANG〉

〈JOKER〉

 

 フィリップは変形させたファングメモリを、翔太郎はジョーカーメモリをそれぞれ起動させる。

 

「「変身!!」」

 

 翔太郎が装填したジョーカーメモリがフィリップの下へと転送され、さらにフィリップは右側のスロットにファングメモリを挿入する。

 

〈FANG JOKER〉

 

 倒れる翔太郎の体を亜樹子が受け止めると同時に、フィリップの体が白と黒の相反する二色の戦士へと変化していく。

 

「貴様ら、よくもやってくれたな!」

 

 スタッグフォンを叩き落としたサワの顔は怒りに満ちる。

 

『それはこっちの台詞だ、コウモリ野郎』

「もう負ける気はない」

 

 白と黒の戦士―仮面ライダーダブル ファングジョーカーは右手でサワ達を指した。

 

「「さあ、お前達の罪を数えろ!」」

「ふざけるなっ!! お前達、この出来損ない共をスクラップにしろっ!!」

 

 部下達もそれぞれメモリを使用してマスカレイド・ドーパントへと姿を変えた。

 

「はあっ!」

「行くぞっ!」

 

 ダブルとアクセルが走り出すと同時に、戦いの火蓋が切って落とされる。

 

〈ARM FANG〉

 

 ダブルは腕に生成した刃で切り裂き、アクセルはエンジンブレードで薙ぎ払う。いくら数が多くても所詮は雑兵。ダブル達の足止めにすらならない。

 そしてダブル達が戦っている間に、翔太郎の体を抱えた亜樹子とソラはその場から離れる。近くに止めたリボルギャリーの下まで辿り着けば、もう安全だ。

 もちろん、それをさせまいとマスカレイド達が彼女を追おうとするが、一歩踏み出しただけで仮面ライダーの攻撃によって吹き飛ばされていく。

 

「シィッ!!」

 

 だが財団Xの中にも、仮面ライダーと渡り合うだけの力を持つ者は存在する。

 倒れ行くマスカレイド・ドーパントをかき分けるように、人間の姿から怪人態へと変貌したジャガーバンとアルマジーグがそれぞれダブルとアクセルに詰め寄る。

 

「貴様を狩るっ!」

「させないよ!」

『今度は負けねえっ!』

 

 ジャガーバンの槍とダブルの刃が交差する。

 

「はははっ! 今回は楽しませてくれるんだろうなっ!!」

「俺に質問するな!」

 

 アクセルの攻撃をアルマジーグが甲殻で受け止める。

 仮面ライダーと上位のミュータミットの争い。だがサワが加勢する気配はない。

 

「お前達はここでライダーの相手をしていなさい」

 

 サワはそれだけ言うと、全身に力を込める。すると背中に禍々しい翼が生えて来たではないか。そして翼を広げると、アクセルが開けた天井の穴から外へ飛び立つ。

 

『おい、フィリップ!』

「ああ!」

 

〈SHOULDER FANG〉

 

 ダブルが肩から鋭利な刃を生成すると、それを抜き取ってブーメランのように放つ。放物線を描くように、宙を飛ぶサワへ迫る刃。だがそれは、跳躍したジャガーバンの盾によって受け止められた。

 

「サワ様に手出ししたいのなら、私を倒すのだな!」

「くっ!」

 

 ジャガーバンの鋭い攻撃の前には、身体能力が優れるファングジョーカーでも一筋縄ではいかない。サワを止める術を、ライダーたちは持っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐだよ!」

 

 共に翔太郎の体を支えながら、亜樹子はソラに声を掛ける。あと少し歩けばリボルギャリーがある。そこまで行けば、あとは自動運転で安全な場所まで走ってくれるはずだ。

 だが角を曲がった時、目に入った光景は彼女たちが望まないものだった。

 

「えっ!?」

 

 まるでリボルギャリーと亜樹子達を阻むかのように立ちふさがる多数のマスカレイド・ドーパント。

 

「全く、無駄な時間を掛けさせてくれたな……」

 

 そして舞い降りた悪魔のように、翼を生やしたサワがマスカレイド・ドーパント達の中心に降り立つ。

 

「何あれ、私聞いてないっ!!」

 

 異形の姿を見せるサワに恐怖心を抱く亜樹子。ソラも手が震える。

 

「さあ、こっちに来たまえ!」

 

 サワが手を差し伸べるが、その表情には憤怒が見て取れる。

 

「……」

 

 だがソラは、一歩前に出るとサワをじっと睨みつけた。

 

「何だ、その表情は?」

 

 不快と言わんばかりに鼻を鳴らす。

 ソラにとって、目の前のサワは敵うことのない強大な存在であり、恐怖の象徴だ。だがそれでも、ソラは立ち向かうと決めた。それはこの場に来た時点で決心していたこと。ただ怯えるだけのままになりたくない。変わりたい。そう思ったからこそ、今の彼女はサワを前にしても折れることは無い。

 

「それなら、強引にでも連れて行こう。死ななければ良い!」

 

 そう言ってサワが指を鳴らすと、マスカレイド達がソラ達に襲い掛かった。

 無数の怪人の手が迫る中、ソラは抵抗のために拳を握った。

 

 

 

―ィィィィィィンッ!!―

 

 

 

 だがその瞬間、マスカレイド達の体が吹き飛ばされた。

 

「え、なにっ!?」

 

 突然のことに混乱する亜樹子。スタッグフォンが飛んで来たのかとも思ったが、フィリップのそれは既に砕かれている。

 では一体何なのかと目を凝らすと、それは緑色をした鳥のような影。それはゆっくりとソラの頭上を旋回すると、何かを落とした。

 

「これは……っ」

 

 ソラが受け止めたそれは、探偵事務所に置いてきたはずのロストドライバー。どこか気が抜けた目で見つめるソラの肩に、ロストドライバーを落としたそれが留まる。見た目は緑色の鳥。しかし生物ではなく、全身が金属で構成された機械だ。

 

「っ!!」

 

 ソラは何かを決意した表情で、ロストドライバーを腰に装着した。

 

「亜樹子さん、下がってて……。私が戦う」

 

 言葉は少ないが、力強さを感じさせる。

 肩に留まった機械の鳥はソラの手の平へと移動すると、その形状を変化させる。その変形に亜樹子は見覚えがあった。というのも、先程も同じものを見ていたからだ。

 

「それって、まさか……ッ!?」

 

 そしてソラは起動ボタンを指で押す。

 

〈WING〉

 

 誰もが沈黙し、その姿に思わず見入った。ゆっくりとソラはロストドライバーのスロットにそれを差し込んだ。

 

「変身!」

〈WING〉

 

 高らかに叫ぶソラの声と再び鳴る電子音。それと共に、強風を巻き上げながら、ソラの体が変化を始める。

 

「貴様、それはっ!!」

 

 風が止むと同時に、その姿は露となる。全身が深い緑色の装甲に覆われ、体の各部に走るオレンジ色のライン。右目はまるで羽のような形状の装甲で覆われている。

 

「……これって、仮面ライダー?」

 

 亜樹子が呆然としながら呟いた。その姿はまさに、この街を守る戦士のそれとほとんど同じだったのだから。

 変身したソラ―ウィングは、サワ達を視界に捉え叫ぶ。

 

「私はもう、逃げたりしないっ!!」

 

 その言葉と共に、戦士は走り出したのだった。



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Chapter 8

「はああああっ!!」

 

 ただ一歩踏み出す。それだけでウィングはマスカレイド達を肉薄すると、右足の回し蹴りで一掃して見せる。

 

「……すごい」

 

 今まで仮面ライダーの戦いを見て来た亜樹子ですら溜息を漏らすほど、その力は圧倒的である。マスカレイド・ドーパント達は何とかウィングの動きを止めようと殺到するが、ウィングの流れるような動きに付いて行けず、ただ蹂躙される。

 しかしそんな状況でも、サワは余裕の笑みを浮かべた。

 

「相変わらず素晴らしい能力だ。だが、そのドライバーを使っている以上、私からは逃げられん!」

 

 そう言うとポケットからボタンが付いたスイッチを取り出す。それはロストドライバーに仕込まれた伝習発生装置の起動スイッチ。これを押すだけで、ウィングの全身に高電圧の電流が流れ、一瞬で動きを封じることが可能である。止めようにもウィングとサワの間には、未だにマスカレイド達が道を阻むように陣取っている。

 そしてサワはまるで見せびらかすようにスイッチを押した。

 

「ぐああっ!!」

 

 それと同時に響く悲鳴。だがそれは少女のそれではなく、野太い男性のもの。

 

「何っ!?」

 

 サワはその光景が信じられなかった。

 

「がっ!?」

「うわっ!?」

 

 次々と響く呻き声。それはまるでダメージを受けた様子の無いウィングの攻撃によって倒されたマスカレイド達が流したものだった。

 

「一体どういうことだっ!」

 

 サワは何度もボタンを押すが、ウィングのドライバーから電流が流れることは無い。彼は知らないことだが、昨日フィリップがドライバーの解析を行った際に、高圧電流発生装置を取り除いていたのだ。そのため、今サワが持っているスイッチはただのガラクタでしかない。

 そんなことを知らないサワは怒りを抑えきれず、スイッチを地面へと叩きつけると、最後のマスカレイドを倒したウィングを睨みつける。

 

「私の言うことも聞かない屑め……そんなに命が惜しくないかっ!」

 

 怒号と共にサワの姿が怪人態―サドンダスへと変化する。

 

「がああっ!!」

 

 そして獣のような叫び声をあげて飛び掛かってくる。

 

「はっ!!」

 

 ウィングも迎え撃つように跳躍し、サドンダスに組み付く。だがサドンダスは持ち前のパワーを活かしてウィングを倉庫の外壁へと叩きつける。

 

「くっ……」

 

 さらにサドンダスは翼を広げて飛翔すると、口から火球をウィングへと放つ。一つ、また一つとウィング目掛けて放たれる火球によって、近くに有った倉庫の壁が崩れ、砂煙と共にウィングの姿は見えなくなった。

 

「ソラちゃん!!」

「ふん、所詮この程度。あのお方に次ぐ力を持つ私に敵うわけが無いのだよ!」

 

 心配の声を挙げる亜樹子に対して、サドンダスは嘲笑の言葉を投げかける。

 

〈WING UP〉

 

 しかし電子音と共に、深緑の影が砂煙の中から飛び出した。

 

「ぐっ!?」

 

 それはサドンダスへと急接近し、その勢いのまま体当たりをして見せる。まともに受けたサドンダスは体勢を崩すが、すぐに攻撃をしてきたそれに視線を向ける。

 それは首元のマフラーを翼のように広げたウィング。その姿は美しい鳥にも見える。

 

「はあっ!!」

 

 再びウィングはサドンダスへと猛スピードで接近する。対するサドンダスも禍々しい翼を広げて対抗する。

 空中で何度もぶつかり合う緑と黒の影。文字通り二人の間には火花が舞う。

 

「喰らえぃっ!!」

 

 サドンダスは再び連続で火球を放つ。だがそれが命中することは無い。ウィングは広げた翼を器用に操り、まるで宙を舞うような自由な動きでサドンダスの攻撃を躱す。

 この機動力はメモリの力によるものである。ウィングメモリは文字通り『翼』の記憶を宿している。そして翼は飛行のための器官だ。それ故に空中戦はウィングにとって、最高の能力を発揮できる場なのである。

 

「はあああっ!!」

 

 ウィングも躱してばかりではなく、再び接近してサドンダスの肩を掴むように組み付く。そして翼の推進力を利用し、サドンダスもろとも急降下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 番場工業の倉庫内では、二人の仮面ライダーがミュータミットが争っていた。

 

『こいつらを早く倒さねえとっ!!』

 

 焦りを見せる翔太郎。飛び去ったサワが狙っているのがソラであることは明白。彼女に何かある前に止めなくてはならない。だがそれには、目の前の敵が邪魔だった。

 

「フシャアッ!!」

 

 猫のような唸り声を上げながら、槍状の右腕で攻撃を仕掛けるジャガーバン。ダブルも右腕の刃で攻撃を往なす。スピードもパワーも互角。決して簡単に勝てる相手ではない。

 対面の壁際ではアクセルとアルマジーグが戦っている。アルマジーグの甲殻はやはり頑強で、アクセルのエンジンブレードの一撃すらダメージにならない。

 

「くっ、やはり厄介だな」

 

 一度下がり、息を整えるアクセル。ダブルもジャガーバンに回し蹴りを放つことで、距離を取る。

 

「しぶとい奴らめ……」

 

 ジャガーバンも中々倒せない仮面ライダー達に苛立ちを募らせている様子だ。そこにアルマジーグが声を掛ける。

 

「それなら俺がまとめて潰してやるよ!」

 

 意気揚々と言うアルマジーグ。一体何をするのかと訝しんで見ていると、アルマジーグは全身を丸め、球状に変化する。

 

「行くぜぇ!!」

 

 そしてアルマジーグは回転しながら仮面ライダー達に向かって突撃する。

 

「避けろっ!」

 

 その威力を知っているアクセルが叫びながら横にずれるようにして躱す。ダブルも素早い身のこなしでその一撃を躱すことに成功した。だがアルマジーグの回転は止まらない。倉庫の壁にぶつかりながら、まるでピンボールのように縦横無尽に駆け抜ける。

 

「おらおらぁっ!!」

 

 猛スピードで迫るアルマジーグの攻撃を紙一重で躱し続ける仮面ライダー達。一度でもぶつかれば、ただでは済まない。だが同時にジャガーバンも危機に瀕していた。アルマジーグはただ転がるままに走っているだけ。倒れ伏すマスカレイド・ドーパントも跳ね飛ばし、その攻撃はジャガーバンにすら迫ってくる。

 

「これは……」

 

 その光景を見て、フィリップは有る作戦を思いつく。

 

〈SHOULDER FANG〉

 

 ダブルは右肩に生成した刃を引き抜くと、それをアルマジーグの攻撃を避けるジャガーバン目掛けて投げつける。

 ジャガーバンはアルマジーグに注目していた影響でダブルの行動に気付けず、その背に攻撃を受ける。

 

「ぐっ!?」

 

 さらにその攻撃によって背中を押されるように一歩踏み出したことで、アルマジーグの攻撃の軌道上へと出てしまった。そこに急加速するアルマジーグの突進がぶつかる。

 

「ぐあっ!?」

 

 思いっきり吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。アルマジーグも反動で止まるが、ぶつかったのが仮面ライダーでは無いことに気付き、疑問を浮かべた。

 

「おい、何でお前がぶつかってるんだ!」

「くっ、この能無しがっ!! 貴様こそ少しは考えて行動しろ!!」

 

 仮面ライダーそっちのけで喧嘩を始める二体のミュータミット。

 

『あいつら……馬鹿なのか?』

「……俺に質問するな」

 

 あまりのことに仮面ライダー達も思わず動きが止まる。

 だがその喧嘩も突如として止まる。

 

「何か来る!」

 

 フィリップの警戒の言葉と同時に、天井に空いた穴から何かが降って来た。その衝撃音は倉庫内に響き渡り、仮面ライダーも喧嘩をしていたミュータミットも落下した物体に視線が向く。

 

「ぐっ、実験体風情がっ!」

 

 そこに居たのはサドンダス、そして

 

「はあ、はあ……」

『おい、あれって……』

「まさか……」

 

 肩で息をする深緑の怪人―ウィング。その姿を見た仮面ライダーは思わず口が空く。

 

「があっ!!」

「たあっ!」

 

 飛び掛かって来たサドンダスに対して、膝蹴りで対抗するウィング。その衝撃で互いに後退する。

 

「大丈夫ですか、サワ様!」

「煩いっ、お前達は自分のやるべきことをしていろっ!」

 

 駆け寄ってきたジャガーバンに怒号を放つサドンダス。

 対して仮面ライダー達は、見知らぬ姿の怪人に声を掛ける。

 

『おい、今の声って……ソラちゃんか?』

「……はい」

 

 翔太郎の質問に、ミュータミットを睨みながら頷くウィング。

 

「あの男は私が倒します……」

 

 その言葉には有無を言わせない強い意志が感じられる。

 

『……分かった、無理だけはしないようにな』

「そのメモリ、色々と聞きたいことはあるけど、後回しだね」

「こちらもさっさと決着を付けんとな」

 

 三者三様にウィングに言葉を返す。

 

「お前達、行けっ!」

 

 サドンダスの指示と共に再び二体のミュータミットが迫るが、それをダブルとアクセルが受け止める。

 その間にウィングはドライバーに挿したメモリから伸びる突起を二回弾く。

 

〈WING SLASH〉

 

 すると、ウィングの両腕から羽状の刃が生成される。そしてまるで威嚇するかのように体勢を低くしながら、サドンダスを見つめた。

 

「この欠陥品がっ!」

 

 叫びを上げながら飛び掛かるサドンダス。ウィングは右腕を振りかぶり、跳躍する。そしてサドンダスの鋭利な爪とウィングの刃がぶつかり合い、高い金属音が鳴り響いた。



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Chapter 9

 広い倉庫の中で仮面ライダーとミュータミットの激戦は続く。

 

「ハッ!!」

 

 ウィングが両腕を勢いよく振りぬき、前腕に生えた刃で切りつける。その一撃は、拳や蹴りでは通用しなかったサドンダスの頑強な皮膚を僅かであるが傷つけた。

 

「貴様ぁっ!!」

 

 怒りで興奮するサドンダスは、その傷に怯むことなく、鋭い爪で攻撃を仕掛ける。だが感情に任せたその攻撃は単純で、戦闘経験の少ないウィングでも容易く躱すことが出来る。

 

『おらよっ!』

 

 さらに追撃するように、ダブルがショルダーセイバーをサドンダスに向かって投擲する。

 

「邪魔をするなっ!」

 

 だがそれは、サドンダスが広げた翼の一振りで弾かれる。

 

「貴様の相手は私だっ!」

 

 主の戦いに水を差させまいと、ジャガーバンが槍状の右腕でダブルを貫こうとしたが、ダブルは右腕のアームセイバーでその攻撃を弾く。

 

「ここは邪魔が多い……」

 

 いくら広い場所でも、合わせて六人もの超人が争うにはいささか窮屈である。そう判断したサドンダスは翼を大きく広げると、再び空へと飛び立つ。

 

〈WING UP〉

 

 ウィングも後を追いかけるように飛翔した。

 その姿を上空から見下すサドンダス。しかし僅かながら落ち着きを取り戻したのか、その目には理性が戻っていた。そして思考する。認めたくはないが、現段階での飛行能力はウィングの方が上。いくら火力が勝っていても、当たらなくては意味がない。

 

「仕方ない。貴様はここで処分する!」

 

 もはや生かしていても、再び反逆するだろう。重要な実験体ではあるが、逆に我々の計画の障害となるのなら、ここで確実に潰しておかなくてはならない。

 そう判断したサドンダスは全身の力を解放する。それが齎すのは、さらなる変貌。全身の細胞が増殖し、その姿をより人間離れした異形の姿に変えていく。

 

「これが私の真の姿だっ!!」

 

 二回りほど大きくなったその姿。それはまさに御伽噺に出てくる竜、あるいは悪魔に似た姿だ。角は捻じれ、手足の指先からは鋭利な鉤爪が伸びる。さらに翼も倍の二対となり、全身の鱗は逆立ち、目は真紅に染まってギラギラと輝く。

 

「グオオオオッ!!」

 

 咆哮と共に、サドンダスはウィングに向かって突進する。体は鈍重そうに見えるが、巨大となった二対の翼が齎す推進力は、ウィングの予測を遥かに超えていた。一瞬で目の前まで接近し、その鋭い牙で噛みつこうとする。

 

「くっ!」

 

 反射的にウィングは右足でサドンダスの顎を蹴り上げることで、その攻撃を回避する。だがサドンダスは怯むことなく、上がったウィングの足首を左腕で掴むと、力のままに投げ飛ばす。

 

「うっ!」

 

 体勢を整える間も無く、サドンダスが続けて口から火炎を吹き出す。先程受けたものより高温となったその炎がウィングの全身を包んだ。

 どんなものでもあっという間に焦がす炎。サドンダスは火達磨となったウィングを見て、にやりと口を歪める。

 しかしその炎が膨らんだかと思うと、突風と共に炎が掻き消え、中から巨大な翼を広げたウィングが姿を見せる。ところどころ外装が焦げ付いているが、大きなダメージにはなっていない。火炎を受ける寸前に翼で全身を覆うようにガードしたことで、ダメージを最小限に抑えたのだ。

 

「私が……お前を倒すっ!!」

 

 ウィングは叫ぶと同時に、サドンダスに向かって突進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ!」

 

 ダブルの回し蹴りがジャガーバンの腹部を捉え、壁へと叩きつける。

 

「何故だ! 所詮は人間なのに、何故進化した我々がこのようなっ!」

 

 スペックだけなら間違いなく自分達が上のはず。それなのに追いつめられているという状況が理解出来ず叫ぶ。

 

『知りたいか?』

 

 そんな彼に翔太郎が口を開く。

 

『俺達には守るべきものがある。それだけだ』

「何が守るべきものだっ! ちっぽけな虫けらの分際でっ!!」

 

 焦りと苛立ちの感情を表出させながら、ジャガーバンがダブルに飛び掛かる。しかしダブルは焦ることなく、自らに迫ってくる槍を顔を僅かに傾けることで躱すと、無防備となった左脇腹に向かって渾身のパンチを放つ。自らの勢いも加わったその一撃を受け、ジャガーバンは大きく後方へと吹き飛ばされた。

 

「これで終わりだ!」

 

〈FANG MAXIMUM DRIVE〉

 

 この隙を逃すまいとダブルがファングメモリの突起を三回たたくと、メモリから鳴り響く電子音と共に、右足に鋭利な刃が伸びる。

 

「「ファングストライザー」」

 

 息の合った台詞と共にダブルは跳躍すると、まるで風車のように回転しながらジャガーバンへ向かって蹴りを放った。

 

「ぐっ!?」

 

 白いオーラを纏ったその蹴りは、槍や盾をいとも容易く引き千切り、ジャガーバンの脇腹へと吸い込まれる。

 ミュータミットといえど、ファングジョーカーの渾身の一撃を耐えきることは出来ず、膝を付く。

 

「天は……我を見放した……」

 

 力無い言葉と共に、ジャガーバンはその場へと崩れ落ちる。それと同時に体内の膨大なエネルギーを抑えることが出来ずに、その身を包み込むように爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈TRIAL〉

 

「振り切るぜ!」

 

 アルマジーグと戦うアクセルは、青いガイアメモリを取り出すと、それをドライバーに装填した。するとアクセルの体が赤から黄、そして青色へと変化する。

 

「色が変わったところで、俺には傷を付けられん!」

 

 アルマジーグは余裕の表情で嘲笑するが、アクセルは無言でアルマジーグに向かって走り出す。だがそのスピードは先程とは打って変わり、目にも止まらぬスピードで翻弄する。

 トライアルメモリはアクセルに超加速能力を与えるメモリ。その速度は他の仮面ライダーのそれを遥かに超える。その速度から放たれる斬撃が何度もアルマジーグに放たれる。

 

「ふん、その程度の攻撃が何になるっ!!」

 

 しかしその攻撃はアルマジーグにはダメージを与えられない。アクセルトライアルは通常時と比べパワーが格段に落ちている。それを補うための連続攻撃だが、アルマジーグの甲殻には傷を付けるに至らない。

 

「おらあっ!」

 

 そしてそれはアルマジーグも同様。鈍重な動きでは超加速したアクセルを捉えることは不可能だ。

 互いに決め手がない状態。しかしアクセルは何の理由も無くメモリを変えたわけでは無い。

 

「もう一度、潰してやるよ!」

 

 アルマジーグは再び全身を丸め球体状に変化すると、高速回転しながらアクセルに向かって突進する。だがそのスピードでもアクセルには及ばない。いとも容易く躱すと、壁にぶつかった反動で止まったアルマジーグをエンジンブレードで切りつける。そんな光景が繰り返され、その度にアルマジーグの甲殻から火花が散る。

 

「くっ、鬱陶しい!!」

 

 攻撃を躱され続け苛立ったアルマジーグは変形を解き、怒りを露にする。

 そんなアルマジーグの前に立ったアクセルは剣をゆっくりと構え、口を開いた。

 

「安心しろ、これで終わる」

 

〈ENGINE MAXIMUM DRIVE〉

 

 エンジンメモリを剣に挿入すると、刀身に膨大なエネルギーが溜まっていく。

 

「良いじゃねえか、そういう真っ向勝負が好きなんだよ!」

 

 その姿を見たアルマジーグは先程の怒りはどこへやら、楽しそうな表情を浮かべ、両腕を盾のように構える。

 

「はあっ!!」

 

 そこに向かって放たれるエンジンブレードによる突き。トライアルのスピードも相まって、その威力は最大限まで高まっている。その一撃がアルマジーグの甲殻とぶつかり合った。

 

―ガキィンッ!!―

 

 倉庫そのものを震撼させるほどの金属音が鳴り響く。アクセルの一撃とアルマジーグの防御。それがぶつかり合った先に有ったのは、エンジンブレードを受け止めたアルマジーグの姿だった。

 

「ふ、ふははっ! やはり俺は不死身だっ!」

 

 勝ち誇ったように自らの堅牢さを不死身と表現するアルマジーグ、それをアクセルは黙ってみている。それを諦めと考えたアルマジーグは右腕を高く上げる。

 

「それじゃあな」

 

 そのままアクセルに止めを刺そうとした瞬間、どこからか乾いた音が鳴る。それはまるで、何かがひび割れるような……

 

「なっ!?」

 

 その音の発生源を見たアルマジーグは驚愕の声を挙げる。彼の視界に入ったもの。それはひび割れて砕けた両腕の装甲だった。

 

「馬鹿め。俺がそこだけを狙っていたことにも気づかないとはな……」

「貴様、まさかっ!」

 

 アクセルはトライアルのスピードを活かして、アルマジーグの両腕の装甲だけを狙って攻撃し続けていたのだ。アルマジーグの装甲は頑強だが、一点に集中して力を加え続ければ、どんなものでもいずれ砕ける。一回で駄目ならば十回。それでも駄目ならば百回。何度も攻撃を行うことで、その守りを打ち破ることに成功した。

 

「所詮、お前の力はただの紛い物。本当の力の意味を知らない」

「何だとっ!?」

 

 アクセルはドライバーからトライアルメモリを引き抜くと、スイッチを起動させ頭上へと投げた。それと同時にアクセルのスピードがさらに上昇に、残像を残すまでの速さへと到達する。

 

「なっ!?」

 

 アルマジーグが驚いている暇も無く、その体にアクセルの蹴りが何十発と連続で叩きこまれる。狙いは装甲を失ったが故に無防備となった腹部。一撃、また一撃とヒットするたびに、アルマジーグは呻き声を上げた。

 そして落下するトライアルメモリをアクセルがキャッチし、再度スイッチを押す。

 

〈TRIAL MAXIMUM DRIVE〉

 

「9.4秒。それがお前の絶望までのタイムだ」

 

 背を見せながら言い放つアクセル。その言葉と共にアルマジーグの全身が青いエネルギーで包まれる。

 

「俺は……不死身だーっ!!」

 

 その断末魔と共にアルマジーグは大きな火柱を上げながら爆散するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だあああっ!!」

「グアアアッ!!」

 

 空中でぶつかり合うウィングとサドンダス。強化されたサドンダスのパワーとスピードは変化前の比ではない。他のミュータミットですら足元にも及ばないだろう。

 しかし、それでもなおウィングは食らいついていた。爪の攻撃には腕に生やした刃で対抗し、尻尾による薙ぎ払いには急上昇や急降下によって回避し、火球には翼を盾とすることで防ぐ。

 いつまで経っても仕留められないことに、サドンダスは業を煮やす。

 

「さっさと落ちろぉっ!!」

 

 その叫びと共にサドンダスはダブルを仕留めた雷撃を放った。不規則な軌道を描きながら、ウィングを撃ち落とさんと迫る。

 

「くうっ!!」

 

 ウィングは火球に対してと同じように翼でガードしようとするが、その威力は火球を遥かに超えている。全身に走る痛みに、思わず意識を失いかける。

 翼に込められたエネルギーが消え、その体が重力に従ってゆっくりと落ちようとする。このまま落ちてしまえば、大怪我は免れない。それでも指一本として動かすことが出来なかった。

 

(私は……負けるの?)

 

 薄れゆく意識の中、青い空を見上げる。どこまでも透き通った色。彼女にとっての自由の証。しかし届くことは無く、その身は落ちていく。

 

(私は……)

 

「ソラちゃん!!」

 

 その時、耳に入ったのは誰かの声。この声には聞き覚えがある。そう、それは彼女を助けようとした探偵事務所の所長である、鳴海亜樹子のものだ。

 

(そうだ、私は……)

 

 最初はただ自由になりたかった。ただあても無く、恐怖から逃れたかっただけだった。しかし、今は違う。自分の身が危険になっても、誰かのために困難に立ち向かう強さを持った人達が居た。見知らぬ自分にも優しく接する温かさを持った人達が居た。まるで青空に輝く太陽のような、あの姿。その姿に強く惹きつけられ、憧れた。自分も逃げるのではく、あのような強さと優しさを持ちたいと……。

 

〈WING UP〉

 

 マフラーに再びエネルギーが巡り、巨大な翼を形成する。そして急上昇しながら、サドンダス目掛けて突進を放った。

 

「ぐっ!?」

 

 今度こそ仕留めたと油断していたサドンダスはその突進をもろに受け、体勢を崩す。だがウィングはさらに上昇していく。それはまるで太陽に憧れるかのように。

 

「何故だ! 何故そうまでして抗う!」

 

 空へと昇るウィングを見上げながらサドンダスは叫ぶ。だがウィングは答えない。どうせ言ったところで理解せず、ただ否定するだけだろうから。

 そして太陽を背に、ウィングはサドンダスを見つめながら、ウィングメモリの突起を三回弾いた。

 

〈WING MAXIMUM DRIVE〉

 

 そしてサドンダスに向かって急降下する。翼から放出されるエネルギーが齎す推進力に加え、重力による加速も加えられたそのスピードは、音すら置き去りにする。

 

「堕ちろっ!!」

 

 そして放たれる蹴りはまるでウィングそのものが槍となったかのように鋭く、サドンダスの体を突きさす。

 

「グオオオオオオッ!?」

 

 その勢いの前に、サドンダスは身動きを取ることが出来ず、ウィングと共に地に堕ちていった。

 

―ドゴオォンッ!!―

 

 二対のミュータミットを倒した仮面ライダー達が外へ出ると、目の前で轟音が鳴り響き、土煙が舞い上がる。

 その煙の中から飛び上がる一つの影。それはダブルとアクセルを見つけると、そこに舞い降りる。

 

「奴は、倒したようだね」

『大丈夫か?』

 

 翔太郎の言葉に静かに頷くウィング。

 

「ふ、ふははっ!」

 

 だがそこに響く不気味な笑い声、仮面ライダー達が警戒すると、ウィングのキックによって生まれたクレーターの中心部に、ボロボロの姿をしたサワが立っていた。だが戦う力は残っていないようで、既に左腕は千切れ、右腕も指先から風化している様子が見える。

 

「所詮、貴様らなどあの方に比べれば矮小な存在……貴様らもそれまでよ……」

 

 負け惜しみのような言葉を発すると同時に、その全身がひび割れ、砂のように朽ち果てていった。

 

「あの方……か」

 

 フィリップが呟く。財団Xは一体何を企んでいるのか……。

 

「皆、大丈夫!?」

 

 そこに亜樹子が走ってくる。翔太郎の体はリボルギャリーに置いてきたようで、今は一人だ。

 

『おう、お前も無事だったようだな』

「うん、ソラちゃんが助けてくれて!」

 

 亜樹子は変身を解いたソラを抱きしめる。その抱擁に彼女は、気恥ずかしさと温かさを感じるのだった。



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エピローグ

 あの戦いから一週間。

 風都に掛かる大きな橋の前に翔太郎達は居た。

 

「本当に行っちゃうんだね」

「うん」

 

 大きなリュックを背負ったソラに、亜樹子がどこか寂し気に声を掛ける。

 翔太郎を救出し、財団Xを倒した後、ソラの今後について話し合った。亜樹子は探偵事務所で預かるという案も出したが、ソラ自身は別の道を選んだ。

 そんな彼女が選んだ道が、風都を出て旅に出るというもの。自分が居続けることで翔太郎達に迷惑を掛けるかもしれない、という考えも有ったが、それ以上に自由を得たからこそ、もっと広い世界を見てみたいと彼女が強く望んだからだ。

 

「いつでも来ていいからね」

「おいおい、別れに長ったらしい言葉なんて要らないだろ」

 

 ハードボイルドを気取って語る翔太郎の足を、顔を顰めた亜樹子が蹴った。

 

「いっ!! お前、少しは怪我人に優しくしろよ!」

 

 慌てる翔太郎の姿を見て、ソラは顔を綻ばせる。

 監禁されていた翔太郎は未だに全身に痛みが残っており、今も足を若干引き摺っている。だが同じように激しい戦いによって怪我をしているはずのソラと照井は、まるで何事もないかのようにぴんぴんしている。ソラはミュータミットとしての回復能力が有るが、常人であるはずの照井が疲れすら見せていないことには、長い付き合いの翔太郎ですら不気味に感じている。

 

―キュイイイン―

 

 翔太郎と亜樹子の漫才に笑っていると、ソラの肩にライブモードのウィングメモリが留まる。

 

「そのメモリももっと調べたかったけど、仕方ないね」

 

 残念そうに話すフィリップ。財団Xに関する情報が無いか、一週間掛けて調べていたが、結局成果は得られなかった。だが同時に、ドライバーに仕込まれていた電流発生装置のような厄介な機能も見つからなかったため、その点で安全は確認されている。

 

「それじゃあ、そろそろ行くね」

 

 ソラは再び翔太郎達を真っすぐ見つめる。

 

「本当にありがとう」

 

 一礼をしながらそう言って、ソラは四人に背を向けた。

 

「またねー!」

 

 翔太郎と亜樹子が手を強く振る。

 

「きっと大丈夫だよね」

 

 ソラの姿が遠くなっていく中、亜樹子が漏らした呟きに翔太郎は笑みを浮かべる。

 

「当たり前だろ。あの子も『仮面ライダー』だからな」

「……そうだね!」

 

 その翔太郎の言葉に亜樹子、そしてフィリップも笑みを浮かべる。

 だがすぐにフィリップは気がかりなことを思い出した。

 

「どうした?」

 

 その表情に気付いた照井が声を掛ける。

 

「いや、サワの最期の言葉が気になってね。奴は『あの方』と呼ぶ人物の計画のために、彼女を利用していた……もしかすると、より大きな事件が起こるのかもしれない」

 

 フィリップは不安を煽るような予測を口にする。

 そしてこの予測が的中することを、彼らはまだ知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、彼がやられたか……」

 

 暗い部屋の中、サングラスを掛けた一人の男が悲し気に呟く。

 彼の前に妖しく映る一台のモニター。そこには地球へと向かう幾つもの隕石が映っていた。

 

「だが我々の計画が完遂される時も近い」

 

 そう言って振り向く彼の前にあるのは、仮面ライダーのベルトにも似た機械。それを手に取った彼は、目を怪しく輝かせながら高笑いをする。

 

「最早、仮面ライダーごときに我々を止めることは不可能だ!」

 

 そんな彼に、不気味な怪人のビジョンが重なる。

 

「それでは行くぞ」

 

 男の言葉に従って、眼鏡を掛けた女性と、黒人の男性が後を追うように、部屋から出ていく。

 そして誰も居なくなった部屋の中で映像を流し続けるモニター。その中心に映る隕石から、青い光が漏れるのだった。




これにて本作は完結です。一か月の間、お付き合いくださり有難うございました。
この作品を見て「MOVIE大戦MEGA MAX」に興味を持った方は、ぜひご視聴してください。


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キャラ紹介

ソラ

●風都に突如として現れた少女。見た目は女子高生程度。その正体は財団Xによって生み出された進化生命体ミュータミットの一人「ソラリス0315」。

●「MOVIE大戦MEGA MAX」に登場したソラリスのデータを基に生み出された存在。ただしクローンと言うわけでは無い。

●ウィングメモリと高い適合率を誇っており、その能力を十二分に引き出すことが可能。

 

仮面ライダーウィング

身長172㎝
体重60㎏
パンチ力12t
キック力22t
ジャンプ力(ひと跳び)500m
走力100mを2.5秒
最高飛行速度マッハ3

●ソラがロストドライバーとウィングメモリを用いて変身した姿。能力値は他のライダーと比べても高いものとなっているが、これは変身者であるソラがミュータミットであること、専用のロストドライバーとガイアメモリに強化改造が施されていることが大きな要因。

●深い緑色の外装とオレンジ色のラインが特徴。また右目を覆うように羽状(あるいは斜めにした4)の装甲が付いている。

●その性能は空中戦特化。あらゆる能力により、安定かつ高性能な飛行能力を保持している。

●赤い複眼は高い視野と索敵能力に優れ、超音速飛行時でも安定した視覚を保つ。

●首元には仮面ライダーダブルのサイクロンサイドと同形状のマフラー型姿勢制御機構である「ウィングスタビライザー」が付いており、必要時にはメモリのエネルギーを流し込むことで、飛行のための翼へと変化する。

●腰に装着したウィングメモリに存在する突起(タクティカルビーク)を弾くことによって様々な能力を発動する。一回でウィングスタビライザーを翼上に変形させ飛行する「ウィングアップ」、二回で両前腕部から羽を模した刃を生成する「ウィングスラッシュ」を発動させる。

●必殺技は、タクティカルビークを三回弾くことによって発動する、超高度から相手を地面に叩きつけるように放つ「ウィングフォール」。

●モチーフはスカイライダー。

 

ウィングメモリ

●色は深い緑色。イニシャルのデザインは広げられた鳥の翼(W)。

●ファングメモリ同様にライブモードを持ち、適合者であるソラの意思に応じて姿を現す。

●本来は能力が低いメモリ。使用しても飛行能力が付与されるのみで、戦闘能力は他のメモリと比べても格段に低い。しかし財団Xによる改造の結果、他のメモリを遥かに超えるパワーを持つようになった。

 

ロストドライバー

●形状は翔太郎のものと変わらない。しかし財団Xの手によってミュータミット用に調整されており、通常以上にメモリの力を増幅させることが可能。その代わりに普通の人間が使用すると膨大なエネルギーが体内に流れ込むことによるダメージを受ける。

 

 

 

 

 

ドクター・サワ

●レム・カンナギの腹心で、ミュータミットの製造を行う研究者。カンナギに対して高い忠誠心を持つ。

●彼自身もミュータミットであり、自らを実験台により高い性能を持つミュータミットを生み出すことを目的としていた。

 

サドンダス・オリジン

●サワが変身する「MOVIE大戦MEGA MAX」で登場したサドンダスのオリジナル個体。他の個体より高い戦闘能力を有している。その反面、製造のコストが高く、映画に登場したカタルなどはこのオリジンよりも低いコストで製造された。

●武器は両腕の爪や口から放つ火球、腹部から放出する電撃など。

●大まかな見た目は映画に登場したものと同じ。

 

 

 

ジャガーバン

●サワの部下である細身の男が変身する怪人。槍状の右腕と盾状の左腕を有する、騎士のような姿をしたスピード型型怪人。

●スピードはファングジョーカーと同等。また盾も強固で並みの攻撃はことごとく防ぐ。反面、本体の強度は高くない。

●元ネタは「8人ライダーVS銀河王」に登場したネオショッカーの怪人。

 

 

 

アルマジーグ

●サワの部下である坊主頭の男が変身する怪人。強固な外殻を持ったパワー型怪人。

●アクセルのエンジンブレードすら弾く防御力を持つ。球体状となることで高速で移動することが出来る。弱点は腹部でそこは他の部位と異なり、外殻で覆われていない。

●元ネタは「8人ライダーVS銀河王」に登場したネオショッカーの怪人。

 

 

 

 

 

小ネタ解説

●主人公のソラの本名である「ソラリス0315」の数字の由来は、「8人ライダーVS銀河王」の公開日から。

●サワの名前の由来は、「8人ライダーVS銀河王」でサドンダスの声を演じた「沢りつお」氏から。

●作中で戦闘が行われた「番場工業」の由来は、「MOVIE大戦アルティメイタム」で登場した「番場影人」から。なお、あくまで名前を借りただけで本人との関係があるかは未設定。ただし財団Xによって待ち合わせの場所として利用されたため、財団Xと番場工業の間に何らかの関係性はある。



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