最近流行りの「男だと思ってた幼馴染みが」系が樹里ちゃんだった。 (バナハロ)
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プロローグ
子供は意外と純粋じゃない。


 神奈川県のとある街。小学校が終わった放課後、帰ってすぐに家を出ようとしていた。毎日のように一緒に遊ぶ友達と、今日もバスケだ。

 や、別にバスケじゃなくても良い。野球をやる日もあればサッカーをやる日もあるけど、今日はバスケを約束した。

 早速、ボールを持って家を出た。チームプレイが大好きな俺は、スポーツなら何でも好きだ。なんでかって、やっぱみんなと一緒に頑張って勝つのが楽しいのよ。

 本当は本格的にどれか一つ習いたいんだけど、うちはあんまりユーフク? じゃないから無理。でも、中学の部活からは参加して良いって言われてるから楽しみだ。

 一番乗りで学校に到着し、バスケのボールをタンタンとついて、遥か頭上のゴールを見上げる。

 

「ほっ……」

 

 シュートを一発放ち、ネットを揺らした。うん、今日も調子良いな。早く来ないかなぁ、みんな。まぁ学校までうちが一番、家近いし仕方ないんだけどね。

 そんな話はともかく、だ。とりあえず今は身体動かして……。

 

「ん?」

 

 ゴールの近くに、一人の男の子が見えた。短い髪で整った顔をした奴だ。別のクラスの奴か? そいつがこっちを見てる。もしかして、一緒に混ざりたいのか? 

 

「おい、なんか用か?」

「……別に、何でもねーよ」

「暇ならやろうぜ。教えてやるから」

「え……良いのかよ?」

 

 意外そうな顔で見られてしまった。俺そんな他人を仲間外れにするような奴じゃねえんだけどな……。

 

「一人でやっても面白くねーし、お前だって暇そうじゃんか」

「でもお前……今、友達待ってんだろ?」

「? 別にお前も一緒にやれば良くね?」

「……」

 

 何を言ってんだこいつは。友達の友達は友達で良いだろ。

 

「……じゃあ、やるか……」

「バスケのルールは分かるか? これを手でバウンドさせながら……」

「分かるっつーの。バスケ、習ってるし」

「お、マジか。……あ、俺は東田葉介な」

「……西城樹里だ」

 

 じゅり? 女の子みたいな名前だな。まぁそんな事は気にしないけど。

 経験者なら話は早いな。とりあえず、準備運動だけして1on1だ。ボールを構えて、二人で向かい合う。

 

「……覚悟は良いな? 樹里」

「っ、い、いきなり下の名前かよ⁉︎」

「え、ダメなの?」

「……や、良いけどよ……」

「じゃあ西城で良いや。覚悟は良いな?」

「お、おう……」

 

 コートのハーフラインに立ち、体育でよくやるようにまずは攻め側が守り側にボールをパスし、守り側が攻め側にボールを返してスタートする。

 ボールを地面に着きながら、一気に横から抜けようとする。

 

「よっ……おおっ⁉︎」

「まぁまぁ速ぇけど……簡単にはいかせねーぞ」

 

 マジか、抜けない。こんなの、一緒にやってる奴らからは考えらんねーのに。

 なので、逆サイドにターンして抜こうとした。しかし、すると今度は一歩引いて対応してくる。

 

「んなろ……!」

 

 仕方ない、一か八かだ。後ろにバックステップしながら、強引にシュートを放った。スリーポイントラインの上からなので入る入らない以前に届くかだが……。

 ガタンッ、とリングに弾かれ、ボールは外側に落ちる。その後、俺と西城はほぼ同時にボールを取りに行った。掴みかかろうとした俺よりも、外にはじき出す西城の方が早いのは当然だ。

 

「あっ……」

「やり! 交代な?」

「クッソ……!」

 

 こいつ、習ってるだけあって中々、上手いな……。とりあえず、攻守交代だ。

 ハーフラインに立つと、今度は西城からパスをもらい、返してスタート。

 ドリブルしながら突っ込んで来たのでカットしようとするが、バックステップで回避される。が、すぐにまた緩急をつけて俺の横を通り抜けた。

 

「このっ……!」

 

 後ろから何とか追いすがり、前に姿を現した直後だ。真逆にターンして回避された。逆サイドからゴール下に潜り込むと、レイアップシュートを放たれた。

 

「あ……」

「っしゃ、どうだ!」

「も、もっかい!」

「良いぜ、いつでも相手になってやるよ」

 

 そう言って、また攻守交代した時だ。今日、一緒に遊ぶ予定だったメンバーが来た。

 

「葉介! お待たせ!」

「てかお前もう汗だくじゃん!」

「何してんの?」

「あ、おせーよお前ら!」

 

 校門の方から走って来る四人組が来た。それと共に、一緒に遊んでいた西城は俺の背中に隠れてしまう。隠れたんだけど……なんでお前、腕組んで仁王立ち? どんな隠れ方? 

 

「あん? 何してんだお前」

「な、なんでもねーよ……」

「誰かいんの?」

 

 一人が俺の背中の後ろを覗き込むと「げっ……」と声を漏らした。

 

「何、どうした?」

「そいつ、西城じゃん」

「あ、お前知ってんの?」

「知らないのお前くらいだよ」

 

 そう言う通り、そいつの後ろの三人もウンウンと頷く。もしかして有名人なのか? まぁあれだけバスケ上手いし、有名でもおかしくないか。や、俺の方が上手いけど。まだ全然、本気じゃねーし。

 すると、正面にいた奴が西城を指さした。

 

「そいつ、ヤンキーなんだぜ」

「噂だけど、タバコ吸ってるらしいし」

「近寄ったら殴られるって。やめとけよ」

「え、ヤンキー?」

 

 振り向くと、背中にいる奴は微妙に肩を震わせる。ヤンキーが肩を震わせるかよ。

 

「馬鹿、お前らヤンキーってのはリーゼントかアフロなんだぜ。この短い髪でそんなん出来るかよ」

「でも、そいつ口悪いし、いつも一人なんだぜ」

「俺の友達が、一人でパチンコやってるとこ見たって言ってたしよ」

 

 ……うーん、パチンコってやったらヤンキーなのか? よく分かんねえけど……でも、口悪いのは俺もそうだし……。

 

「や、でもそれ全部噂でしょ?」

「そりゃそうだけど……」

 

 ……要するに、お前らは西城と遊びたくないわけか。理由は、はやい話が怖いから。なら、怖くないことがわかれば良いんだな? 

 

「なぁ、西城」

「……なんだよ」

 

 あ、泣きそう。まぁ本人を目の前にスゲェ言ってたしな。でも、俺は西城と一緒に遊びたい。だって、こいつバスケ上手いから。

 そんなわけで、俺は小一の頃から友達になりたい奴によくやってたチョッカイを出す事にした。

 

「必殺……流星群!」

「うおわあっ⁉︎」

 

 西城の、ズボンを下ろした。お尻の形をぴっちりと表すティー字型のくまさんパンツが目の前に現れる。……こいつ女みたいな趣味してるな。

 それに、周りのメンバー全員も「ブフォッ」と噴き出す。

 

「お、西城はブリーフ派か」

「なっ……て、テメェいきなり何すんだよ⁉︎」

「ちなみに俺はトランクス派だよ」

「み……見せなくて良いっつーの! この変態野郎!」

 

 ズボンを慌ててあげてから、両手をブンブンと振り回しながら迫って来るが、俺は頭を抑えて近付けさせない。そのまま、とりあえずいつも遊んでるメンバーに声を掛けた。

 

「ほら、全然怖くないだろ?」

「お、おう……」

「いや、正直それどころじゃ……」

「ふざけんなこの野郎‼︎」

「ぐほうっ⁉︎」

 

 振り回していた腕の軌道を変え、俺の肘をはたき落としてきた。今のはクリーンヒットした……。

 そのまま思わずしゃがみ込む俺の頭をポカポカ叩いてくる西城を無視し、全員に言った。

 

「と……とにかく、俺は西城と一緒に遊びたい!」

「っ……」

 

 すると、何故か西城が手を止める。急に頬を赤らめ、そっぽを向いてしまった。てか、お前も何か言えっつーの。まぁ良いけど。それより、何とか怖くないことを分かって貰わないと。

 

「今のパンチも全然、痛くなかったし」

「お前やっぱふざけんな⁉︎」

「あーもう分かったよ。西城、お前もやるか?」

「ちょうど、合わせれば人数も偶数になるしな」

 

 お、承諾してくれた。ならちょうど良いや。

 

「言っとくけど、西城俺と同じくらい上手いからな。気を付けろよ」

「さっき負けてた癖によく言うな」

「さ、さっきのは本気じゃなかったから!」

 

 その日から、一緒に遊ぶメンバーの中に西城が加わった。

 

 ×××

 

 それから、数日が経過した。今日も放課後、全員で学校の校庭に集合。俺以外のメンバーはみんな校門から逆の方向に進むため、一人で帰宅……と、思った時だ。

 

「ようっ、東田」

「え? ……あ、西城。え、お前もこっちなの?」

「ああ。家どの辺?」

「このまま、まっすぐ行って信号のところ左に行った先のマンション」

「あ、うちその隣のマンション」

「うお、マジか」

 

 スゲェ偶然。今までに何回かすれ違ってたのかも。

 

「今日、くるか? この後、校庭でサッカーやんだ」

「良いのか?」

「当たり前でしょ。3組の連中と試合だ」

「クラス別ってことか? 2組なのに参加して良いのか?」

「平気だよ。1組+1って事で」

 

 実際問題、大勢で楽しめれば良いんだから。

 

「じゃあ、行く」

「よっしゃ。西城も中々、何でもできるからな」

「お前が言うな。いつもつるんでる連中の中で何やらせても一番、うまい癖に」

「バスケはお前の方が上だろ」

「それだけだから」

 

 別に頭ひとつ抜けて上手いってわけじゃないんだけどな……。強いて言うなら、才能が違うって奴? この前、それを言ったら殴られたけど。

 

「……なぁ、東田」

「何?」

「お前……なんでそんな何でもできるんだ?」

「なんでもは無理だから。勉強苦手だし」

「いや……そうじゃなくてな」

 

 じゃあどういう事? と言ったのが顔に出てたのか、聞くまでもなく言い直してきた。

 

「だから……その、なんだ。この前、誘ってくれた時とか……他の事とか……普通は触れない所とかも、平気で飛び込んで来るだろ?」

「え? ドユコト?」

「や、だから……その、この前はバスケに誘ってくれたりとか……普通、仲間があんな風に拒否反応見せてたら、シカトするだろ」

 

 ……ああ、そういうコトか。質問の意図は分かんねえけど……。

 

「アレは単純にお前に負けっぱなしなのが嫌だったからだよ。例え、お前が人殺しでも、俺はやり返すまで無理矢理にでも挑んでたね」

「なんだその物騒な発想……」

「例えだっつーの」

「にしてもだぞ」

 

 そうかな? まぁ、そうだな。流石に例えが悪すぎた。

 

「……じゃあ、バスケが上手くなかったら、誘ってなかったのか?」

「いやいや、そんな事ないって。みんなが来るまで俺、暇してたし、あの時はとりあえず相手して欲しかっただけだから」

「……そ、そっか……」

 

 ぶっちゃけ、ウォーミングアップのつもりだったし、それに負けたんだからもうホントこの野郎って感じだった。

 

「でも……失敗したら、とか考えない、のか? 遊びに誘った奴が……すごく悪い奴だったら、とか……」

「あー……まぁ、友達には迷惑かかるかもしんないけど、悪い奴かどうかは自分で決めれば良くね。もしかしたら、そいつにだって良いとこあるかもだし、何事も、やらずに後悔するよりやって後悔した方が良いでしょ」

「……なるほどな」

「お前も一緒でしょ?」

「え?」

「友達が欲しかったから、あんな時間に校庭をうろうろしてたんでしょ?」

「いや……別に……」

「それも十分、何かしてるって事なんじゃねえの」

 

 まぁ、難しいことはよくわかんないけどね。俺も経験あるから。誰も友達が遊べない時は、他校の生徒が多い公園でうろうろして混ぜてもらうし。

 

「それより、早く公園に行こうぜ。みんな待ってるし」

「あ、お、おう……」

 

 とにかく早く行って夕焼けチャイムがなるまでに少しでも多く遊びたい。

 

「なぁ……東田」

「なんだよ。早くって言ってんだろ」

 

 走り始めた直後に何で改まって声かけてくるの。思わず睨んでしまったが、西城はこれでもか、という程、照れ腐ったような表情で聞いてきた。

 

「これからも……ずっと、一緒に遊んでくれるか?」

「……あん?」

 

 何を言ってんのこいつ? 

 

「当たり前だろ?」

「……へへ、へへへっ……!」

「何急に笑ってんの? 怖っ」

「う、うるせー! いいから行くぞ!」

「いやそれ俺が言ったんだけど」

 

 そんな風な話をしながら、とりあえず帰宅した。マンションの前で別れて、1分後に待ち合わせした。

 自分の部屋に到着すると、珍しく母親がいた。どうかしたのだろうか? 普段はこの時間はパートのはずなのだが。

 

「ただいま」

「あら、おかえりなさい。遊びに行くの?」

「行く。じゃ、行ってきま……」

「あ、待ちなさい」

「えー、何?」

 

 用あんのかよ……早くしてくれよマジで。

 

「夏休み中に転校するから」

「……は?」

「お父さん、本社からヘッドハンティングされたんだって」

 

 ……ごめん、西城。俺、これからもずっと一緒には遊べそうにないわ。

 

 ×××

 

 夏休みに突入した。俺が転校することになった話は、クラス内ですぐに広まった。まぁ、所詮、クラス内だが。お別れ会が開かれたが、夏休みの間はこっちにいられるので、お別れ会って感じがしなかった。

 ていうか、転校のタイミングがまんま夏休みだから仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね。

 で、そういうわけだから当然、西城も知らない。まぁ、何であれ、だ。とりあえず、しばらくは平気だ。何せ、引っ越すのは8月後半だし、言う機会はいくらでもある……なんて、思っていたのだが、そうもいかないのが世の定めのようだ。

 夏休みがあまりに楽しくて、引っ越しの日まで伝えるの忘れてました。

 や、だって仕方ないっしょ。普段はバスケ、サッカー、野球、テニス、イベントがあったときは夏祭り、流しそうめん大会、スイカ早食い競争……などなどととにかく色々。

 伝えるのを忘れちゃった以上は、このまま行ければ一番だったのかもしれない。……が。

 

「おい、テメェどういう事だよ! 引越しなんて聞いてねえぞ!」

「やーごめん。伝えるの忘れてたわ」

 

 引っ越し前に、俺は西城に胸ぐらを掴まれていた。マンションが隣同士だからね。タイミングが悪ければこうなるわ。

 

「ずっと一緒に遊んでくれるんじゃなかったのか⁉︎」

「や……だから、悪かったって……黙ってたわけじゃ……いや、黙ってたのか、結果的に」

「こんな……急に……!」

「泣くなよ。もうお前には友達がたくさんいるだろ」

「な、泣いてねえ!」

 

 涙を拭きながら言われてもな……。

 友達がいなかった経緯とかの話を聞いた感じだと、こいつが俺と出会うまでは、噂を鵜呑みにした周りの連中に怖がられていたからだ。

 しかし、最近じゃ俺の友達経由でそんな噂は霧散し、ちゃんと友達も出来ている。

 

「とにかく、もう時間も無いし行くから。こっちに寄ることがあったら、その時に挨拶するわ」

「お前……! 人の気も知らないで……!」

「今生の別れってわけじゃねんだからよ……」

 

 あんまり長くいると、俺も泣きたくなってしまう。なるべくドライに行きたいもんだ。

 

「住所とかはいつも遊んでたメンバーは知ってっから。何かあったら手紙寄越せよ」

「……るせぇ」

「じゃあな、西城」

 

 それだけ言って、軽く手を振ったときだった。その手を、後ろから西城はギュッと掴む。

 

「……樹里」

「あ?」

「樹里って、呼べよ……! これから先も、また会えるんだろ?」

「……下の名前で良いのか?」

「良いんだよ! お前だけは特別だ!」

 

 ……ま、本人が良いと言うなら良いか。

 

「じゃ、またな。樹里」

「! ……おう、葉介!」

 

 それだけ話して、俺は新たな地、東京に旅立った。

 

 



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早くも四年後というね。

 高校生になり、早一年が経過した。学校は暇で暇で仕方なく、毎日することが無い。都会人って本当にクソだと思う。こっちに引っ越して来てから、都会人を信じる事をやめたわ。あー……神奈川に帰りたい。

 部活にも入らず、勉強も苦手でどうしようもない学生生活を送っていた。あーあ、なんでこんなことになっちまったのかなぁ……。いや、そんなの考えるまでもないことか。

 まぁそんなダメダメ男子高校生に成り下がった俺だが、そんな俺でも趣味を見つけた。それは……。

 

「あ、新刊出てる」

 

 漫画だ。特に、ジャンプコミックスとキララ。この双極にあるとも言える二つが最高よ。漫画の世界ってのは良い。悪い奴は必ず懲らしめられるし、不正は必ず公に出るし、それ以上にあり得ないくらいの信頼関係が主人公達にはある。

 そんな信頼できる友達が欲しいが、まぁ無理だ。現実は甘くない……というより狂気だからもはや。ズボンのお尻のポケットに財布を入れてたら「それ盗んでくれって言ってるようなもんだからね?」って言われる世界よ? 

 絶対にバカでしょ。盗んでくれなんて言う奴いないし、普通に考えて盗む奴が悪い。なのになんかもう言い分が盗む奴を擁護しているようなんだよね。

 そんな狂った世界なら、漫画の世界の方が良いわ。ハンターハンターとかワンピースとか、中々にえげつない事してるけど、アレだけの悪党がいるなら一周回って分かりやすくて良いじゃない。

 こっちの世界は平和と見せかけて平和じゃない世界だからね。だからクソなの。

 まぁそんなどうでも良い話は良くて、今は漫画の新刊である。とりあえず適当に選んだ漫画を手にとり、レジへ運ぶ。

 

「どうなってっかな、ワンパンマン……」

 

 ウェブ版はなるべく見ないようにしてる。というか、漫画とか本は紙が良い。なんでって言われても困るけど……俺という人間性が古いからかな、紙が好き。

 さて、帰るか。さっさと帰って漫画を読みたい。あ、いや……その前に体動かしていくか。ボウリング行こう。一人で遊びに行けるから最高だよね。

 そう思ってのんびり歩いていた時だ。後ろから賑やかな声が聞こえてくる。

 

「果穂さん……此度は、凛世の買い物に付き合っていただき……誠に、ありがとうございます……」

「いえ、私も凛世さんが読んでいる少女漫画が気になったので!」

「ふふ……では、早めに事務所に戻って、ご一緒に読みましょう……」

「はい!」

 

 ……元気な奴らだなー。てかなんで着物? 

 俺と同い年くらいかだろうか。いや、俺より少し下くらいか。友達同士ってのは本当に羨ましいもんだ。信頼できる奴なら。

 いや、何もゴンとキルアほどの関係は望んでない。あいつらはだってほら、修羅場をいくつも乗り越えてこその友人関係だから。俺はあんな命のやりとりをしなきゃいけないほどの修羅場を経験するのはごめんだし。

 けどほら、最低限、裏切らない人が良いじゃない? 

 

「……ん、あれ?」

 

 ま、俺には縁のない話だし、別に気にしねえけど。少なくとも、三次元の世界で本当に信用できる人間なんか出来やしない。精々、家族くらいだろう。

 そんな事を考えながら歩いていると、後ろから肩を叩かれた。ふと振り返ると、さっきの特に騒がしかった方の女の子が肩を叩いて来ていた。

 

「あの、落としましたよ!」

「え?」

 

 その子の手元にあるのは、ワンパンマンの最新刊。え、袋から脱出したの? と思ったのも束の間、袋には綺麗に穴が空いている。

 ……これだぜ。袋に穴が空いてたら、別の袋に変えない? 袋の裂け目が微妙に薄くなってる。元々、空いてた穴の所に漫画の角が食い込み、そこから広がったのだろう。

 

「すみません」

 

 それだけ挨拶し、漫画を受け取る。……改て見ると可愛い子だな。隣の着物の子もだ。元気溌剌天真爛漫アンパンマンといった感じの子と、お淑やかクールビューティー清廉潔白と言った大人しい美人さを誇る二人。まさに双極だ。

 こんな可愛い子が、しかもわざわざ落とした漫画を届けてくれるんだから、本当完璧超人っているんだね、と感心してしまう。

 

「では、俺はこれで……」

「あの!」

 

 帰ろうとしたが、元気な女の子が食い下がる。なんだよ、いきなり。

 

「なんですか?」

「それ、ヒーローの漫画ですよね⁉︎ どんなお話なんですか?」

「……」

 

 ……なんとグイグイ来る子なんだ……。というか、ワンパンマンをヒーロー漫画と言って良いのか? ……いや、まぁ良いのか。

 

「えーっと……最強のヒーローがワンパンで怪人を倒す話、ですけど?」

「面白いんですか⁉︎」

「え? あ、うん。まぁ」

「タイトルを教えてもらえますか?」

「ワンパンマン」

「ありがとうございます! では!」

 

 あ、それだけなの? てか、それくらい調べろよ。あなた高校生で……いや、なんか背が高い小学生って感じするな。何でも良いけど。

 元気よく走り去っていく女の子と、その背中を追いつつ、俺にペコっとお辞儀をする着物の子。……礼儀正しいな。こんな子がたくさんいれば良いんだけどね……。

 

「……ボウリング行こう」

 

 今日こそパーフェクトを狙わせてもらうとしよう。毎回、気が抜けるとしくじるからな。

 

 ×××

 

 ボウリング場に到着し、手続きを終えてボールを構える。一人ボウリングの何が楽しいって、そんなの答えるまでもない。ハイスコアを目指せる所だ。何事も上を目指すのは楽しいものだ。出る杭は打たれる世界でなければな。

 さて、とりあえずボールを持って的を見据える。使うのは、7ポンド。何事もスピードが最強である。関節のパニックではないが、何事も早さがモノを言うのだ。なんて言ってるけど、まぁ遊びだよね。

 アキレス腱を伸ばしながら両腕をクロスして肩を伸ばすストレッチをしていると、全く同じポーズで肩と足を伸ばす人が隣に見えた。

 

「「ん?」」

 

 オレンジ色の髪をなびかせた、これまた綺麗な人だ。あまりにも同じことをしていたので、目が合ってしまった。

 

「あ、どうも……」

「いえ、すみません」

 

 お互いに会釈して距離を離す。……良い体してんな。いや、おっぱい的な意味じゃなくて、筋肉的な意味で。腕も足も体格も、かなり鍛えられている。それでいて、ガチムチじゃない程度だから女性らしさは失われていない。

 

「よく来るのかしら?」

「え? ……あ、まぁまぁすね」

 

 声を掛けてくるとは……いや、別にコミュ障じゃないし、良いけど。

 

「そちらは?」

「たまーにね。一人で来ることもあるけど、今日は連れと来てるのよ」

「なるほど……」

 

 連れ、ねぇ。素直に友達と言えば良いものを。こいつ、高二病か? ……いや、俺よりは遥かに年上だな。大学生くらいだろう。

 

「夏葉ちゃーん、お待たせ!」

「あ、来た。では、失礼」

「あ、はい」

 

 後ろから頭にお団子二つつけた俺と同い年くらいの女の子に声をかけられ、オレンジ色の髪の人は俺に手を振って元に戻る。

 

「智代子……その両手のワッフルは何?」

「夏葉ちゃんの分、食べるかなーと思って……」

「これから運動をするのにそれ食べるの?」

「食べないの?」

「……食べる。でも先に投げてからね」

 

 ……楽しそうですね、友達とのボウリング。競える相手がいた方が楽しいのかな……いや、やめろって。考えるな、考えるな……。他人は他人、俺は俺。

 とりあえず、見てて食べたくなっちゃったので俺もワッフルを買いに行った。チョコレート味を一つ購入し、もっさもっさと咀嚼していると、隣のレーンのオレンジ色の髪の人がちょうど、投球しているのが見えた。

 鮮やかな曲線を描いて、見事にストライクを獲得する。

 

「おお〜! すごい、夏葉ちゃん!」

「ふふん、当然よ……ねぇ、智代子? どうして、手に持ってるワッフル二つとも歯形がついてるの?」

「えへへ」

「えへへ、じゃないから!」

 

 ……やるな、あの人。やっぱり鍛えてるだけあって、運動神経は抜群のようだ。

 さて、そろそろ俺もやるか。7ポンドのボールを掴むと、全力全開でボールはストレートにピンを弾き飛ばした。

 

「むっ……」

 

 隣で智代子と呼ばれた人が投げてる間、夏葉と呼ばれた人が俺の投球を見てむすっとしていた。

 

「あーダメだー。2本しか倒れなかったよー」

「あ、あら、そう。コツはレーンに書いてある三角形ね。その上を通すように……」

「あれショートケーキじゃないの?」

「レーンにショートケーキを描く意味よ……」

 

 うん、それはツッコミポイントだわ。描いてどうすんだそれ。俺も次の二投目なので、とりあえず飲み物を口を含んで集中する。

 

「っし」

 

 二投目を放った。またも、ストライク。ふっ、今日の俺は絶好調だぜ。

 ちょうど隣も、智代子さんの一投目を終え、夏葉さんの二投目に入った。ボールを胸前で持ち、一気に転がす。今度はシュートの曲線でストライクを獲った。

 

「夏葉ちゃん、すごーい! またストライ……どこ見てるの?」

「……どこも?」

 

 そう言いつつ、俺を睨みつけ、ニヤリとほくそ笑んだ。ほう……よろしい、ならば戦争だ。

 智代子さんの手番と共に、俺が投球し、再び夏葉さんの投球……と、交互に投げて、それと共にストライクを取り続けた。

 それから、約1時間が経過した。お互いのスコアはストライクやスペアを繰り返しつつもイーブンである。お互いに一進一退を繰り広げ、ラチが開かないまま最終回である。

 先に投げるのは夏葉さん。ボールを持って、深呼吸しながらレーンに立った。

 

「すぅ……ふぁ……」

「……」

 

 黙って俺はその投球を見届ける。

 直後、目を見開いた夏葉さんはボールを振り被り、一気に放り投げた。同じように鮮やかな曲線を描く……かに思えたが、俺には分かった。今までと、微妙に軌道が違う。

 パッカァーンっという清々しい音とは裏腹に、三本も残ってしまった。

 

「なっ……!」

 

 流石に疲れたか。いや、疲れが出ても見事な投球だ。それに、次はスペアで済ませられる場所である。

 額に汗を浮かべながら、二投目を始めた。が、汗が手に滲んだのだろうか? ボールはまたも軌道を外れ、ピンは二本しか倒せなかった。

 

「しまった……!」

「よし……!」

 

 勝機……! ここで終わらせてやろう。今日は本当は遊びでやるつもりだったから7ポンドだったが、俺のガチモードは真逆の15ポンドだ。

 そのボールを手に持つと、レーンの前に立ち、ボールを一気に放……あ、あれ? なんか思ったより重……つーか、肘が痛っ……! 

 

「オゴっ……!」

「バカね……7を投げてたのをいきなり15にしたら普通、そうなるわよ……」

 

 や、ヤバい……肘が、もう取れそう……。しかも、ガーターかよ……。

 ……いや、諦めるのはまだ早い。7ポンドでもう一度、投げれば何とかなる……! 

 ボールを持つと、改めて的を見据える。

 

「……」

 

 肘、痛いなぁ……や、ホント馬鹿な真似したわ。もう二度としない。

 とりあえず、痛みを堪えながらボールを振るった。過去通りの速度で、ピンを全部倒……してないわ。1本残った。

 膝と両手をついて項垂れる俺と、隣のレーンで両手を掲げる夏葉さん。

 ……なんつーか、惨めだ……こんなことなら最初から15で……いや、結果は結果だ。負けたもんは仕方ない。

 とりあえず、帰って腕冷やそうかな……なんて考えていると、スッと手を差し伸べられた。

 

「……?」

「良い勝負だったわ。またやりましょう」

「……」

 

 な、なんて美しいスポーツマンシップ……都会にも、こんな人がいたなんて……! 

 思わず、涙ぐみそうになったのを堪えながら、その手を取った。

 

「次はボロカスにしちゃうかもしれませんよ?」

「上等よ。返り討ちにしてあげる」

 

 強く握手を組み交わし、とりあえず今日は帰ることにした。

 去り際、後ろから「ふぅ……見た? 智代子。私、勝ったわよ?」「もう二度と夏葉ちゃんとボウリングに来ない」「あ……放って置かれて怒ってる? ごめんなさい、パフェ奢るから」と、勝者とは思えない会話が聞こえたが、無視してお金だけ払って帰宅した。

 

 ×××

 

「……ふぅ」

 

 なんか、本買って帰るだけの工程がすごく長く感じたな……。変な子達と何度も出会っちまった。こんな日もあるんだなぁ。

 ま、でも久々に楽しかった。特に、ボウリング。連絡先を交換するの忘れたし、多分、二度と会うことはないだろうけど、とりあえず良い思い出として頭の中に残しておこう。

 そんなことを思いながら、家の前に到着した。親父がアレから出世に出世を重ね、いよいよ一軒家を東京に立てちゃった。もちろん、ローンを組んでるけど、この人本当すごい。その息子は衰退の一途を辿っているが。

 とりあえず家の中に入ると、母親が珍しく家にいた。あんたパートは? うちの家計に余裕が出来ても「あなただけに家計を支えさせたくない!」という一心で新たなパート先を見つけたお袋さん。

 

「あら、おかえり」

「ただいま」

「何か良いことでもあったの? 随分、良い表情してるじゃない」

「ん、まぁね」

 

 親に気付かれる程か。まぁ俺は反抗期でも難しいお年頃でもないので、変に否定したりしないが。

 

「じゃ、これ行く?」

「どれ」

「はい」

 

 言われて手渡されたのは、ハガキだった。それも俺宛の。

 何かと思って裏面を見ると「○○小学校六年一組同窓会」のお誘いだった。

 

 



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放クラ会議(1)

 六年一組の同窓会に、何故か二組の樹里が誘われたのは、本人的にも解せないことだった。

 しかし、ありがたい話でもある。唐突にあのデリカシーのカケラもなく、最後の最後まで自分を男だと思ったまま自分の前から消えた、初恋の相手でもあった少年がいなくなってから、あのクラスメートの男子達はよく自分を遊びに誘ってくれた。後半からは、男子だけでなく女子も一緒に遊んでくれた。

 ぶっちゃけ、クラスメートよりも一組の方が遊んでた子が多かったまである。

 何より、だ。当然、一組の同窓会なら彼も来るのだろう。彼とは四年間、顔を合わせていないが、だからこそ楽しみだ。自分も今は東京にいるし、普通に楽しみである。

 久々の神奈川に到着し、同窓会会場に顔を出す。懐かしい顔ぶれが揃っていた。

 

「おっす」

「お、アイドルきた!」

「おーいみんな! 主役が来たぞ!」

「お、おい……何だよ、急に……!」

 

 急に周りが持て囃し始め、思わず頬を赤らめてしまう。知り合いに「アイドル」と言われるのは流石に照れてしまう。

 

「おら、座れ」

「もうみんな揃ってるぜ」

「お、おう。アタシで最後か? ……もしかして、待たせちまってたか?」

「そんな待ってねえから。3分くらい」

 

 という事は、この中に久々に顔を合わせるあの少年がいるはずだ。ソワソワしながら、とりあえず誘われた席に腰を下ろした。

 すると、幹事と思わしき少年がグラスを持った。

 

「うしっ、じゃあ再会を祝して……!」

「「「かんぱーい!」」」

 

 同窓会が始まった。

 

 ×××

 

 正直、同窓会に憧れがあった樹里は、それはもう楽しい時を過ごした。みんなが今、何をしているのかとか、逆に自分のアイドルの話とか、自身のグループの子達が、テレビに出てる様子とプライベートじゃほとんど変わらないことなど、様々だ。

 しかし、何か足りない。理由は言うまでもない事だ。何処を見ても、自分が一番、会うのを楽しみにしていた少年の姿が見えない。

 まさか、来ていないのだろうか? いや、まだ判断するのは早い。頃合いを見て、幹事の男に聞いてみた。

 

「なぁ、葉介は?」

「あー……」

「一応、誘ったんだろ? 転校したとはいえ……」

 

 聞くと、質問された少年は少し気まずそうな顔をする。同じクラスにいたのは一学期だけとはいえ、彼はクラスの中心人物とも言えた少年だ。一学期にやった運動会では彼のおかげで優勝したとも言える。

 

「一応、電話もかけたんだけど……断られた」

「え……こ、断られた?」

 

 思わず狼狽えてしまった。あのアホほど明るくて底抜けのアホだった少年が、同窓会なんて如何にもなイベントを断るなんて、絶対に何かあったのだろう。

 

「な、なんで? 用事とか?」

「さぁ……なんか『お袋が、法事で……親父が出世で……アレだから』とか言って切られた」

「なんだそれ……」

 

 訳が分からないにも程がある言い訳だった。

 

「てか、むしろ樹里今、東京にいんだろ? なんか知らないのか?」

「知らねーよ。東京ったって広いんだしよ」

「だよなー。……にしても、電話した時のあいつの声、なんかヤバかったんだよな」

「ヤバいって?」

 

 高校生は「ヤバい」「まじで」「実際」「ワンチャン」「怠い」をやたらと使う生き物なので、それだけでは分からない。

 

「なーんか……暗いというか、悩んでるというか……喋り方も大分、変わってたし……」

「……マジか」

 

 それには、樹里も思わず不安げに顎に手をついた。彼ならどんな場所でも強く生きられるものだと思っていた。あのキャラで友達が出来ない事はないだろうし、頭が悪い事以外に弱点がないあいつなら元気でやっていると。

 でも、もし何かに躓いているのなら、今度は自分が力になりたい。

 

「……なぁ、あいつの住所とか教えてくれるか?」

「あー……まぁ、お前なら良いか。良いよ」

「よしっ……!」

「でも、あいつがどう変わってるかなんて俺にも分かんねえからな」

「ああ、分かってる」

 

 だが、アイドルをやっていて何度もLiveに参加している自分にとって、その程度は何の問題もない。

 決心を固めていると、一緒に話してた奴がニヤニヤしながら自分を見ていた。なんだよ? と視線で聞くと、すぐに答えて来た。

 

「……にしても、お前……まさか、まだあいつの事好きなの?」

「なっ……な訳ねーだろ!」

「いやー、初恋だもんなー。忘れらんないよなー。俺は良いと思うよ、別に」

「違うって言ってんだろ! おい、その顔やめろ!」

 

 この後、かなりからかわれまくった。

 

 ×××

 

 レッスンを終えた樹里はチームメイトとシャワーを浴びて着替えをしていた。なんだかんだで結局、いまだに会えていない。中々、顔を合わせる決心がつかなくて。

 

「はぁ……」

「……いかが致しましたか? 樹里さん」

 

 思わず漏れたため息に、杜野凛世が反応してしまった。

 

「あ、ああいや、大したことじゃないから、気にしなくて良いよ」

 

 最近、自分とは真逆にチームメンバーは楽しいことがあったのか、なんか楽しそうだ。そんな彼女達に、自身の悩みを打ち明けるのは気が引ける。

 が、そうもいかないのが放課後クライマックスというグループな訳で。全員が全員、仲良く優しいメンバーばかりなだけあって、そうは問屋が卸さない。

 

「何かあったんでしょ? 話しなさいよ」

 

 有栖川夏葉が靴下を履きながら口を挟む。ライバルのような立ち位置である夏葉ですらこれだ。これは……話題を逸らして誤魔化す他ない。

 

「いや、なんかみんな最近、楽しそうだなって」

「はぁ?」

「はい! 樹里ちゃん、分かりますか⁉︎」

 

 食いついたのは小宮果穂だった。小学生にして身長163センチを誇る少女だ。

 

「最近、漫画を貸してくれる人がいるんです!」

「……あ、果穂さん。ひょっとして、あの方ですか?」

「そう、あの人です! たまに本屋さんにいて、面白い漫画とかたくさん教えてくれる人!」

「ファンの人か?」

「あー……そうなんでしょうか?」

「……おそらくですが、違うと思います。あのお方は……一度も、サインや握手を求めて来たことなどございません……」

 

 つまり、果穂や凛世が芸能人であると認識すらしていないということだ。

 それを聞いて、夏葉と智代子も思い出したように声をかけて来た。

 

「私もそういう人と最近、つるんでるわね。たまにボウリングしてるわ」

「あたしも。夏葉ちゃんに蚊帳の外にされた次の日に、ファミレスで隣の席だったんだ。しかも、注文したのが偶々、同じジャンボパフェだったっけ」

「悪かったから含みのある言い方はやめなさいよ……」

 

 相当、根に持たれているのか、夏葉はげんなりしてしまう。揃いも揃って色んな奴とつるんでるんだなーと思うと、樹里は思わず眉間にシワを寄せてしまう。

 

「何だお前ら……アタシだけ仲間外れかよ」

「樹里もそういう人、見つければ良いじゃない」

「見つけようと思って見つかるもんじゃねえだろ……」

 

 実際、四人とも偶々、出会しただけだ。その上、それが同じ人物とは夢にも思っていない。

 しかし、それにしても自分のチームである四人は、同性の自分から見ても可愛い子たちばかりだ。異性にとっては高嶺の花と言っても過言ではないだろう。なのに、物怖じすることなく接するとは、意外と相手が誰であれ分け隔てなく接する人物は多いのかもしれない、なんて思ってしまった。案外、自分が好きだった彼のような人間が特別なわけではないのかもしれない。

 

「で、樹里ちゃん。何があったの?」

「あん?」

「樹里ちゃんだけ嫌なことがあったんでしょ?」

 

 智代子が改めて聞き返され、樹里はギクッと肩を震わせてしまう。

 

「な、なんでだよ……?」

「なんとなく?」

「いや、何となくとか言われても……」

「ていうか、樹里。あなたが分かりやす過ぎるのよ。あんなので誤魔化せると思ったのかしら?」

「う、うるせーよ!」

 

 夏葉にまでそう言われ、樹里は頬を赤くしたままそっぽを向いて袖に手を通した。

 

「別に、お前らが気にすることじゃねーよ。アタシのプライベートな話だし」

「良くないわよ。あなた、自覚してないようだから言うけど、今日のレッスン、所々気が抜けてたのばれてるわよ」

「えっ……そ、そうか?」

「そうよ。話すだけでも楽になるから。とりあえず言いなさい」

「……」

 

 まぁ、そこまで言われれば樹里としても渋る理由はない。言い方を工夫すれば、大した話というわけでもないのだ。素直に白状してしまおう。

 

「大した話じゃねーよ。ただ、小学生の時の同級生に会いに行くってだけだ」

「それだけ、ですか?」

「そうだよ。……まぁ、久々だから楽しみだけど……少し緊張してるってだけだ」

 

 嘘ではない。実際「変わってた」と言われてもどれだけ変わったものかなんて想像もつかないし、それ以上に楽しみ過ぎてソワソワしている、という方が大きかった。

 

「ちなみに……そのお方は、殿方でいらっしゃいますか?」

「ん? おう」

 

 凛世からさりげなく聞かれた問いに何となく答えたのが運の尽きだった。凛世の意外な趣味は少女漫画。つまり、その手の話には普通に敏感なわけであって。目を輝かせながら、樹里の前に迫って来た。

 

「と、いうことは……もしかして、樹里さんも……この少女漫画のように恋する少女、なのでしょうか?」

「えっ、こ、恋⁉︎」

 

 樹里も頬を真っ赤にしてしまう。

 

「ち、ちげーっつーの! あいつとは別にそんなんじゃ……!」

「凛世が思うに……おそらく、樹里さんは不器用でしたから、子供の頃は友達が少なかったとお見受けします……。その上で唯一、樹里さんの心を溶かしていったお相手が、今回、お会いする方と見ましたが……如何でしょうか?」

「いや、如何でしょうか、とか言われても……」

 

 残念ながら、その通りだった。図星過ぎて怖いくらいだ。とはいえ、そんなことは口が裂けても言えない。少なくとも、他のメンバーが周りにいる間は絶対に嫌だ。

 

「と、とにかく、集中できてなかったんなら謝るよ。ただ、お前らが気にするようなことじゃないから、あんま気にしないでくれ」

 

 興奮気味の凛世を抑えつつそう言うと、四人の間にも「まぁ本人がそう言うなら良いか」みたいな雰囲気が流れた。

 

 ×××

 

 事務所の直ぐ近くに寮があるわけだが、その日の樹里は少し遠回りしていた。ポ○モンGOをやっているからだ。実はゲームが趣味な樹里だが、別にそこまでガチでやっているわけではない。

 それでも、レイドバトルくらいは参加しようと思うのは当然なわけであって。近くの駅まで来ていた。レイドが始まるまで待機しつつ、腰がおろせそうな場所を探す。

 ここ数日、彼の話をよくしていたからか、久々にあの時の幼い顔を思い出す。よく一緒に遊んだものだ。あの夏休みは樹里もよく覚えている。後にも先にもあんなに遊んだのはあの夏だけだろう。

 一緒に花火をして、お祭りに行って、家の縁側に座ってスイカを食べて、親に怒られるほど服がビショビショになるで川で遊び、虫取りに行って森の中で迷子になったり、どっちの方が力持ちか揉めて相撲をしたり、意外と甘いものが好きなあの子と一緒にかき氷を作ったり……などなどと、とにかく遊んだ。

 もし、またあんな風に遊べるのなら……なんて思うと、彼がどんな人間になっていてもしつこく声をかけるつもりだ。

 

「……」

 

 とりあえず、それは明日から……いや、次のオフから頑張ろう、と思いつつ、近くの手すり丸い一人用の腰掛けに腰を下ろそうとした時だ。お尻が腰掛けに当たる前に、別のお尻にぶつかったように押し出された。

 

「うわっ……」

「あ、すんません」

 

 悲鳴をあげてしまったからだろうか、先に謝られてしまった。こちらこそ、と謝ろうとしながら振り返った時だ。

 思わず、手に持っていたスマホを落としてしまった。声音だけでは、声変わりしているから気付かなかった。完全な不意打ち、という奴だろう。

 当時は、自身より少し背が低かった少年が、そのまま成長して自分より拳一つ分ほど高くなった、そんな印象だ。

 が、今はそんなことどうでも良い。いくら何でもこれはない。急過ぎる。キックオフでPKから始まった気分だ。

 呆然とした表情のまま、その少年の名を口から漏らした。

 

「……葉介……?」

「はい?」

 

 間の抜けた返事とともに振り返ったそいつは、間違いなく自分と一緒に遊んでいた奴だった。

 

 




これでプロローグ終わりです。


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元陽キャラの陰キャラはやれば出来るから。
グループL○NEって作って誘えば良いってもんじゃないよね。


 ある日、俺は夕方に出掛けていた。俺が唯一、やっているスマホゲーム、ポ○モンGOのためだ。こういうのすごい好きなのよ。特に、わざわざ歩かないとポケモンも自分自身も成長しないあたりが。

 それに、これも基本的にソロプレイ推奨だし、レイド戦だけ他人と協力もするが、連携とか無いので他人を信用する必要もない。20人も集まれば負けないしね。

 さて、まだレイドまで時間がある。なので、遠回りして行くことにした。ヘアワックス減ってきたし、また買っとかないと。

 

「ふぅ……」

 

 最近はなんかやたらと女の子の知り合いが増えたからなぁ。

 ヒーローが好きで、たまに漫画やアメコミのDVDを貸す間柄になった小宮果穂。

 逆に少女漫画が好きで、俺が読んでるジャンプのラブコメを教えてあげることもある杜野凛世。

 ボウリングのライバルで、他にもゲーセンにあるフリーシュートゲームなどで互いに勝ったり負けたりを繰り返している有栖川夏葉。

 偶々、ファミレスで隣の席で同じものを注文して以来、甘い物について語り合うようになった園田智代子。

 特に会うのはこの四人だ。正直、この関係は割と気が楽だ。何せ、友達ってわけじゃなく、連絡先も交換するような仲ではない。偶々、会ったときに会話する程度の間柄で、お互いの共通した趣味のことしか話さないから長時間一緒にいたりもしない。会ったら挨拶するご近所さん、と言った感じだ。

 そうそう、そんなもんで良いのよ。人間関係なんて。友達になろう、仲良くなろう、親友になろう、そんな風に思うから、関係が崩れた時に虚無しか残らなくなるんだ。

 

「……お」

 

 あった、いつも使ってる奴。勿論、学校では使わないし、表歩く時しかつけないよ。ワックスなんて。

 ただ、まぁこういうのもさ、経験でしょ? 女の子の化粧は高校じゃ禁止されるくせに社会に出たら、出来なきゃ非常識になっちゃうからね。

 もしかしたら、この先にワックスくらいつけられないと恥をかくことだってあるかも……と、思えば、少しくらいオシャレに気を使おうと思うものさ。

 それをコンビニで購入し、再びポ○モンGO。

 

「……あー、腹減った」

 

 まぁ無駄遣いはしないが。ボウリングとか学割効いても高いんだから。

 欠伸をしながら出て来るモンスターを捕まえて性能まで博士に送りながら、駅前に到着した。

 さて、とりあえず立ちっぱなしは怠いしどっか座るか。ちょうど良い場所に手摺りが見えたので、そこに腰を下ろそうとした時だ。ポヨンとお尻に何か当たった。

 

「うわ……!」

「あ、すんません」

 

 やべっ、誰か押し倒しちゃった。振り返って手を差し出そうとすると、そこにいたのは金髪のJKだった。ヤンキーか? と思ってしまったが、何処か見覚えのある顔に、思わず眉間にシワを寄せる。

 けど……スカート履いてるし、俺の知り合いに女の人はこの前知り合った四人以外いないし、気の所為だな。

 ……そんなことより、そこの女性。何でそんな幽霊を見たみたいな顔で俺を見ているわけ? 

 

「……葉介……?」

「はい?」

 

 え、何で俺の名前知って……マジで知り合い? 女の子の知り合いっつーと、男子に踊らされて俺を冤罪で部活から追い出した中学の時のクソどもしか思い出せないんだけど。

 

「……え、誰?」

「なっ……わ、忘れたのかよ!」

「忘れたって……何を?」

「あ、アタシだよ! 分かるだろ⁉︎」

「アタシアタシ詐欺か? それ電話じゃないと通用しないよ。真似するだけじゃなくカラクリを理解して出直して来なさい」

「違うわ! どのスタンスでアドバイスかましてんだお前は!」

 

 ……そんな事、言われてもな……。中学の時の連中はみんな俺に声なんてかけてこないだろうし、クラスでは自分の世界に篭ってるからだれも俺に興味なんか持たない……となると、その前? でも小学校は転校したし、転校した先じゃそれなりに友達できたけど、仲良かった人に限って中学受験して離れていったし……。

 

「……あ、佃島さん? 久しぶりだね。いい加減、波一つ立たない海のジグソーパズル完成させた?」

「違うわ! 誰だ、その長い名前の女!」

「じゃあ、もしかして鯨鳥さん? あのプールのゴーグルでヌンチャクごっこして壁に手をぶつけて骨折した? いい加減、周り見ないくせ直った?」

「だから違う! なんでそんな濃い奴ばっかなんだ、あんたの周りは!」

「それも違うとなると……ああ、セルゲイ=グラハム・コーラサワーさんか」

「お前にはアタシがどんな風に見えてんだ⁉︎ てかそれ男の名前だろ!」

 

 ……ダメだ、これも違うとなると出てこない。俺の知り合いに女の子……女の子……。

 悩んでいる間に、目の前の少女が答えをバラしてしまった。

 

「樹里だよ! 西城樹里!」

「樹里? バカだなオメー、樹里は女みたいな名前の男で……え、本気で言ってんの?」

「そうだよ‼︎」

 

 ……え、じ、樹里……? あの、前の小学校で最後の夏を一番、一緒に遊んだ? なんだかんだで一番、気が合って、最後に名前呼びを許してくれた、あの……? 

 

「じ、樹里⁉︎」

「そうだっつーの! 何回言うんだよ!」

「……」

 

 ……う、嘘……なんでここに……いや、待て。騙されるな。落ち着け。こんな事で簡単に騙されては、中学の時の二の舞だ。ここは、証拠を出してもらわないと。

 

「じゃあクイズ」

「あん?」

「俺と樹里が出会った時、何で遊んだでしょうか」

 

 ふふ、これはトラップだ。もし、こいつが偽物なら、ゲームをしに来ている現状を見て「ゲーム」と答えるだろう。そう答えさせるために「何のスポーツをしたか」ではなく「何で遊んだか」と聞いたわけだ。抽象的だから引っかかりにくい問い掛けに敗者のツラを滲ませるが良い……! 

 

「バスケだろ」

 

 あれ普通に答えてる……? いや、まだ早い。たまたま勘が的中した可能性もある。

 

「だ、第二問! バスケはバスケでもどのルールでやった?」

 

 これならどうだ。バスケにはさまざまなルールでの遊びがあるし、そもそもそのバスケもゴールがある場所でやるか、ない場所でやるかで大きく別れる。

 今度こそ空振りに終わり、悔しさと自身の軽率さを悔いるが良い……! 

 

「1on1」

「……」

 

 ……あれ、こいつもしかして本物……? なんて思っていると、樹里が目の前で指をコキコキと鳴らし始めた。何で急にキレ始めてんだ? 情緒不安定か? 

 

「そういやお前……あの時、アタシのズボン脱がしたよな……? 大勢の男子の前で……」

 

 う、うおおお! やべぇ、そういやそんなことしたわ! いやでもあれは男子だと思ってたからで……てか、今思えばあのパンツ、普通にブリーフとかじゃなくて女の子のパンツだったなぁ……。

 って、しみじみと思い出している場合じゃねえってばよ! こうなったら第三問で誤魔化すしかない! 

 

「第三問! その時の樹里のパンツの柄は何……」

「くまさんパンツまで見ておきながら男だと思ってたのかお前はああああ‼︎」

 

 顔面に蹴りが飛んでくると共にレイドバトルは開始され、俺も樹里も参加することは出来なかった。

 

 ×××

 

 ズルズルと引き摺られ、近くのファミレスに入った。注文した樹里のコーヒーと、俺のジャンボパフェが前に置かれる。

 

「……何で普通にパフェ頼んだんだお前は」

「お腹、空いたから……!」

「はぁ……アホなとこは変わってねえな……」

 

 うるせーよ。つーか、改めて女の子だったんだな……。全然、気付かなかった。

 ……しかも、その……なんだ。とても可愛くなっちゃって……。相変わらず口調は荒いし、髪もショートでラフにしているが、顔立ちや体型は女の子そのもの……いや、胸は少し寂しいかな。

 

「……どこ見てんだ」

「世界は平等じゃねえんだなって」

「ホットコーヒーぶっ掛けるぞ!」

 

 怒られたので、目を逸らしながらパフェを口にした。さて、久々に再会出来たのは正直、嬉しいことだ。普通に何度も樹里に会いたいと思った事もあったし、樹里じゃなくとも神奈川にいたクラスメートの顔も見たかった。同窓会は行こうか迷ったくらいだ。

 

「久しぶりだな、葉介」

「……だな」

 

 改めて挨拶され、目を逸らしてしまう。……さて、まずは確認しなければならない。

 

「……で、いつお前ち○こ取ったの?」

「取ってねえよ! てか、最初からねえよ!」

「本当に最初から女だったの⁉︎」

「女だったわ!」

 

 ま、マジかよ……。全然、気がつかなかった……。

 向こうに真っ直ぐ睨まれ、思わず目を逸らしてしまう。いや、怖いんじゃなくて、可愛くて直視出来ない。なんか恥ずかしくて……。こんな可愛い子のズボンを脱がしたのか、と思うと過去の自分を殴りたくなる反面、少し興奮する。

 

「こっちは色々と話してーことがあんだが……ひとつだけ聞かせろ」

「何?」

「お前、なんで同窓会来なかったんだ?」

「え?」

 

 ああ、この前のか。別に良いだろ。

 

「てか、何でお前知ってんの?」

「あ?」

「同窓会」

「ああ。アタシも呼ばれたんだよ。……ったく、あいつら……余計な気を回しやがって」

 

 顔はそう言ってねーよ。すごく嬉しそうじゃない。俺がいなくなった後も、クラスの連中とさらに仲良くなれたってとこだろう。

 

「まぁ……転校した俺まで招待してくれたのは嬉しかったよ」

「なら、なんで……」

「社交辞令かどうかは弁えてるだけだっつの」

「はぁ?」

 

 いや、分かってるから。俺は途中で退部した身なのに、中学の時の「××中学バスケ部OB会」からグループに招待が来て参加したら「こいつ誘ったの誰?」「てか誘われても来る?」「こいつメンタル強」とか本人の目の前でトークが始まって1分経たずに退会して以来、過去のその手の催しには参加しないようにしてんだ。

 実際、もしかしたら小学校の時の友達連中だって、俺が気付かなかっただけでホントは嫌われてたかもしんないしね。

 

「なんだよ、社交辞令って」

「いや、何でもない。……で、お前はそんなことわざわざ言うためにこっち来てんのか? それとも東京に転校したのか?」

「最初の段階で予想はしてたけど……お前、あんまテレビとか見ないのか?」

「見ない」

 

 見てもあんま意味ないからな。精々、ニュースをチラッと見るくらい。そんな暇あったら身体動かしたいわ。

 

「……アイドルやってんだよ。283事務所で、放課後クライマックスガールズってグループに所属してる」

「は……? 樹里が、アイドル……?」

「わ、悪ぃかよ! てか、そんなん良いからなんで同窓会に……!」

「夏休みの間、ずっと一緒にいたのに、俺に女の子だと気付かせなかったお前が、アイドル……?」

「う、うるせーな! 別に良いだろ!」

「スイカ食べ終えた縁側で、眠くなっちゃったのかそのまま歯磨きもしないで、ズボンの隙間からパンツをはみ出させ、剥き出しになったお腹をポリポリかきながらいびきをかいて寝ていた女がアイドル……」

「変な所から借用すんな! てか、え……嘘だろ? 小学生の頃のアタシの寝相、そんな感じ? まさか、今もじゃないよな?」

 

 いやまぁ……実際、こうして向き合ってみるとアイドルって雰囲気は確かにあるし、それくらい可愛いとも思う。

 ……しかし、あれだな。こいつも今を全力で楽しんだんだな。なら、過去の俺が関わるべきじゃない。人間関係なんて所詮、断捨離が重要なんだし。

 

「てか、アタシのことは良いんだよ! お前は今、何してるんだ? あれだけ楽しみにしてた部活は何にしたんだよ」

「部活は入ってない」

「え……なんでだ? ……あ、家庭の事情だったか?」

「いや、うちは今、全然平気だよ。そうじゃなくて、部員と反りが合わなかっただけ」

「え……よ、葉介と部員が、か?」

「……」

 

 まぁ、言っても良いかな。てか、言ったほうが良い気がする。なんか分かんないけど、今はどうだか知らんけど、昔はこいつ俺の事をかなり信用してくれてたからなぁ。俺がどこに行くにしても、何をするにしても、必ず後ろからヒョコヒョコついて来ていた。

 俺なんてそんな誰かについて来られるような人間じゃないんだけどなぁ……。

 

「早い話が、合宿中の女湯の覗きで追い出されたんだよ」

「はぁ⁉︎」

 

 ガタッと席を立つ樹里だが、他のお客さんの視線を感じて頬を赤らめたまま座り直した。

 

「な、何だよそれ、デタラメだ!」

「なんでデタラメだって思うんだよ」

「お前がそんなことするわけねえだろ!」

「思春期真っ只中だぜ。ちょうど、女の子の身体に興味が出て来る頃だ。今も興味津々だが」

「聞いてねえよ」

「とにかく、それでも俺が覗いてないって言えるか?」

 

 気がつけば、試すような口調になっていた。ダメだな、最近の悪い癖だ。これが人間不信、という奴だろうか。まぁ、樹里だって会えたのは四年か五年ぶりくらいだ。退部までさせられてるわけだし、普通に考えりゃ情状酌量の余地もなく切り捨て……。

 

「言える」

 

 即答かよ……てか、なんかキレてね? 

 

「ていうか、なんだよその部員! お前が何したってんだよ⁉︎ 冤罪に決まってんだろ!」

「いやいや、だから何で信じられ……」

「お前がそんな真似するかよ! 例え遊びでも不正とか一番、嫌いな奴だっただろうが!」

 

 ……まぁ、そうだが。そんな事まで覚えてくれてるのか。少し嬉しいのが何故か悔しい。

 

「てか、お前は悔しくねえのかよ⁉︎ あれだけ楽しみにしてた部活をそんな事で捨てちまうなんて……!」

「いやいや、むしろ良い教訓になったよ。例え都大会出場を決めた仲間でも、信用しちゃいけないって事だろ」

 

 一年でユニフォームもらえて、試合もちょいちょい出てたのが運の尽きだったな。要するに、上級生にメチャクチャ嫌われた結果だ。しっかりと罪をなすり付けられました。

 当然、部に居られなくなって、親にも電話が行って、ブチギレた母親が顧問に怒鳴り散らして「テメェのとこに子供預けるなんてこっちから願い下げだボケ!」ってキレ散らかしてたのは、もう俺までスッキリしちゃったよ。

 アレから、なんかもう嫌になって友達も何処かの組織にも所属しなくなりました。一人の方がよほど、気楽で良いや。

 

「……それで、お前は同窓会にもこなかったってのか?」

「うん。あと、ちょうどその日、ラーメン大盛り券の期限日だったから」

 

 ……あれ、なんか怒ってる? 徐々に眉間にシワが寄せられて……怒った顔も可愛いなぁ……。ホント、なんでこの子を男だと思ってたんだ俺。ホントに直視できない。

 が、しばらく黙り込んだ後、樹里は深く息を吐く。何を考えているのか知らないが、この子は優しい子だからな。昔と何も変わってないし……いや、昔と比べてかなり肝が据わったか。

 すると、何か思いついたのか、樹里は俺を正面から見据えて言った。

 

「……なぁ、葉介」

「何?」

「これからお前ん家、泊まりに行って良いか?」

「……は?」

 

 今、なんて? 

 

「てか、行くからな! 決定!」

「え、いや……だってお前、寮は?」

「平気だ」

「いやうちにも色々と事情が……」

「久々におばさんに挨拶する良い機会だしな」

 

 だめだ、うちの母親なら100パーOKする。しかも、明日は学校無いと言うね。なんだこれ、運命かよ。

 

「おら、行くぞ!」

「待てよ! まだパフェ残ってんだから!」

「じゃあさっさと食え!」

「だーもうっ、わーったよ!」

「あ、いやせっかくファミレスにいるんだし、飯は食っていくか」

 

 クソ、なんだよこいつ急に……。

 

 



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鍛えた身体は裏切らない。

「うおー、でっけーな家」

 

 うちの前に来た樹里は、目を輝かせながらうちを見ていた。確かに大きいよね、うちの家。父親がハッスルしちゃったから。基本的に地道に努力する人だし、楽して儲けたがるタイプでもないんだけど、上手くいくとすぐに調子に乗るから割と心配だ。

 

「てか、お前ホントに泊まっていく気かよ?」

「おう! 昔はよく泊まったろ?」

「まぁ、そうだけど……」

 

 ……今、思えば……絶対に一緒に風呂に入りたがらない理由って女だったからなんだなぁ。そうならそうって言ってくれりゃ良かったのに……。

 

「てか、こっちこそ驚いたっつーの。お前、本気でアタシを男だと思ってたのか?」

「そうだよ」

「……人のパンツも見といて?」

「や、それはなんつーか……ブリーフみたいなもんだと……」

「全力のアホかお前は!」

 

 うん、俺もそう思う。当時の俺は本当にアホだね……。最近はいろんな勉強して、ブリーフと女性用の下着に違いを見いだせた。え、勉強に使った道具はなんだって? そりゃお前、肌色が多い雑誌ですよ。

 ……ん? 

 

「あっ、や、やべえ」

「何がだ?」

 

 エロ本しまわないと! 

 

「ごめん、部屋片付けるからちょっと待ってて」

「や、お前の部屋、バスケとサッカーのボールしか無かったじゃん」

「昔は昔だから!」

「……まぁ、分かったよ」

 

 慌てて部屋に駆け込んだ。母親に挨拶だけして、自身の部屋のものを慌てて本棚にぶっ込みながら、三冊のエロ本をどうするか考える。

 ……すまん、親父。お袋にバレないように隠すから、部屋を借りるぞ。

 親父とお袋の部屋の、冬用のコートが眠っているクローゼットにエロ本をしまうと、玄関を開けた。

 

「悪い、待たせた」

「いや、いいって。急だったからな。……おばさんはいんのか?」

「……いるけど」

「久しぶりだなー、葉介の母ちゃん。今でも怒ったら口調曲がんの?」

「中学の時、覗きの件で揉めたときに顧問を泣かしちゃったよ」

「すげぇな……」

 

 ほんとすごい。俺も親父も絶対に母親は怒らせないもん。圧巻の貫禄、覇王色の覇気を持っているまである。

 そんな話はさておき、家の中に招き入れた。靴を脱いで、まずは居間に連れて来る。

 

「お袋、今日、知り合いが泊まって行きたいらしいんだけど、良い?」

「は? あなた、友達なんて二度と作らないって……」

「あ、おばさん。お邪魔します」

「……」

 

 俺の後ろから樹里が顔を出すと、お袋は一瞬だけ固まる。が、すぐに思い直して声を張り上げた。

 

「まぁ、もしかして宮川メグちゃん? 幼稚園振りねえ」

「なんなんだよ、この親子! 西城樹里です!」

「バカ言わないの。西城くんは男の子よ?」

「マジで殴りたいこの人達!」

 

 当時から俺もお袋もツッコミどころ満載でしたね……。一緒に風呂に入りたがらなかった樹里に「もしかしてち○ちん小さいとか思ってる? ませてるわね〜」なんて抜かしてたし。

 

「もうその下り良いんで! とにかく急で申し訳ありませんが、今日はよろしくお願いします」

「ということは私……西城くんにバスタオルの場所を教えてあげようと思って脱衣所の扉を開けた時、服を脱いでたんだけど……その時に胸を触ってたのって『中々、育たねーな』っていう乙女心だったのね!」

「もうその下り良いんで‼︎」

 

 なるほど……その時からこいつは微妙に思春期だったのか……。ふふ、愛い奴め……。

 

「ニヤけてんじゃねーよ!」

 

 尻を蹴られた。

 まぁ、それはさておき、だ。とにかくさっさと部屋まで連れて行こう。多分、母親から話もあるだろうし。

 

「樹里、上に俺の部屋あるから、そこで待ってて」

「どこがお前の部屋だよ?」

「二階に上がった廊下の左手側」

「了解」

 

 それだけ話して、とりあえず樹里を上にあげた。「で?」と、お袋がこっちに顔を向ける。

 

「どういう事なの?」

「ん、いやだからたまたま会ったからお話ししてたら泊まりたいって言って来て、成り行きで」

「あっそう……まぁ、良いけど。付き合ってるわけじゃ……ないのよね?」

「さっき再会したばかりだから」

「なら、変な事考えるんじゃないわよ」

「わーってる」

 

 幸いにも、あの子の身体に色気はない。……まぁ、理性が崩壊して女の子に襲いかかる、なんてAVみたいな事が本当にあるかすら疑わしいわけだが、なんであれ変な事はしないし、考えもしない。……いや、考えはするかも。

 

「夜ご飯は食べたの?」

「食べた」

「じゃあお菓子……は太るからいらないって言われるだろうさ、飲み物だけ持って行きなさい」

「了解」

「……大事にしなさいよ。男でも女でも、友達って言える子なんでしょ?」

 

 ……まぁ、そうだな。あいつは相変わらず照れ屋で優しくて純情な子のままだ。昔のままのあいつなら、数少ない信用出来る人間だ。

 

「はいはい……」

 

 そんな返事をしながら、炭酸ジュースを持って二階に上がった。部屋の扉を開けると、樹里が物珍しそうに本棚を眺めていた。そりゃそうだろうな、少なくとも樹里と遊んでた頃に、この大量の漫画本はなかったから。

 

「お前……これ、全部買ったのか?」

「ほとんど中古だよ」

 

 ホントは新品で買いたいんだけど、学生の財力はそこまでじゃないからね。全部、新品で買ってたら破産するわ。

 

「読みたいのあったら持ってって良いよ」

「マジで? ……いや、読みたいのあったらここで読む事にするわ」

「は?」

「漫喫の代わりってことで」

「本人に言うのかよ……」

 

 なんか、心なしか自由になってやがんな……。まぁ良いけど。何年経っても前までの関係で居させてもらえるのは普通に嬉しい。

 

「……で、なんでまた泊まろうと思ったんだ?」

「それは……まぁ、久々に会えたしな。昔はよく泊まりで遊んでたろ? 朝まで起きてて怒られまくったの覚えてないか?」

「覚えてる。あの時のお前、ワンワン泣くもんだから……」

 

 懐かしいな。あのときは樹里を守るために俺も半泣きになりながら母ちゃんの前に立ち塞がったっけ。足震わせて涙目になってたのにカッコつけて樹里を庇って……もうダセーことダセーこと。

 

「あ、飲むか? サイダー」

「飲む」

 

 コップに注ぎ、差し出す。二人でサイダーを手に持ち、昔みたいにベッドの上に並んで座った。

 ……なんだろうな、なんか……ヤバイ。女の子だって分かると、少し気まずいというか……クソ、なんでこいつこんな可愛いんだよ……。

 今までTwitterとかでたまに見かける「男だと思ってた幼馴染が女の子だった」って話、あれ話としちゃ面白いし、俺も好きだけど……主人公側に見る目がなさすぎだってずっと思ってたんだ。

 しかし、こうして体験するとマジで謝らせていただきたい! これは気付かないわ。成長しないと、男も女も大差ないってことだな、うん。

 

「っ、はぁ〜! うめぇなぁ。やっぱ、炭酸はサイダーだよなぁ」

 

 ……このおっさんのような反応を見ると、中身は全然、変わってねえなとも思うが。

 ま、そんな話はさておきだ。せっかく泊まりが決まったんだし、何か話すか。昔の話でも、今の話でも。

 

「な、葉介。何かしようぜ!」

 

 が、俺が提案する前に、サイダーを飲み干した樹里は立ち上がった。

 

「何かって?」

「昔やった遊び。……まぁ、バスケとかキャッチボールは無理だけど……例えばほら、腕相撲とか」

 

 そう言いながら、樹里は腕まくりをした。良いけど……結果は見えてるじゃん? 

 

「言っとくけど、甘く見るんじゃねーぞ。アタシだって中2まではバスケやってたし、今はアイドルでバリバリ鍛えてんだ」

「ふーん……まぁ良いけど。関節外れてクセになっても知りませんよ?」

「外れんのは、お前の方だ!」

 

 そう言って、机を出して肘を置き、手を組んだ。……手、柔らかいなぁ……。女の子の手って感じするわ。

 そんな事を考えながらも、顔だけはニヤリと好戦的に微笑み、俺は樹里に声を掛けた。

 

「スタートのタイミングはそっちで良いぜ」

「後悔すんなよ。スタート!」

 

 直後、お互いの力がグンッと真逆の方向に交差する。……あ、ダメだ。これ勝ったわ。まぁまぁ強いけど……まぁ、普通だよね。

 

「ん〜っ……!」

「……」

「っ、はぁっ……んっ……!」

「……」

「ハッ……ッ、んんっ……んぁ〜!」

「……」

 

 喘ぐなよ……。なんか悪い気がするわ。……うん、身体に色気はなくても、やっぱり女の子なんだな……。そういう反応されると、やっぱ色気というか……こう、何かを感じるというか……。

 しかし、片手で余裕なんだな……。こうして差を感じると、やっぱり樹里って女の子なんだな、と思うわ。

 

「……」

「ふんっ……ぎぎっ……!」

 

 それに、全開で歯を食いしばって力んでいる表情も、昔と一緒のはずなのに、何処か「ああ、女の子なんだな……」と納得させる何かがある。率直に言えば、力んでても可愛い。

 

「……」

「んぐっ……あっ……んああっ……!」

 

 あ、少し顔赤くなって来た。力入れ過ぎじゃない? なんであれ、このままじゃ熱くなりすぎるな。

 ……とはいえ、手を抜かれるのは樹里が一番、嫌いなことだ。

 

「そろそろ良いか?」

「何が!」

「ふんっ……!」

「あがっ⁉︎」

 

 一発で勝負を決めた。もう1秒。少しずつグググッ……と、とかそういうんじゃなくて、もうアンバランスに立ってる棒を押して倒したレベル。

 

「ってぇ〜……お、お前……強くね? 大地と腕相撲してんのかと思ったぞ……!」

「なんだよ、大地と腕相撲って。……てか、そりゃそうだろ。部活辞めても普通に身体は動かしてるし」

「そうなのか? 最近、何してんだ?」

「ボウリングとか、バッティングセンターとか、ゲーセンのフリースローとか……普通に筋トレとか、親父の9番アイアンだけ持って打ちっぱなし行ったり……」

「くそっ……運動好きは健在なのかよ……!」

 

 そんなに悔しいかな……まぁ、悔しいわな。俺もつい最近、顔も名前も知らなかった人とボウリングで競ってたし。

 

「で、もう終わりか?」

「バッカ野郎、リトライだ!」

「両手でも良いよ」

「言ったな⁉︎」

 

 全戦全勝した。

 

 ×××

 

「クッソ〜……アタシの鍛え方が足んねーのかなー……」

 

 いや、性別の壁だと思う。女性がそれなりに鍛えている男性に勝つには、もうアスリートになるしかないよ。それこそ、霊長類最強の女子レスラーのように。

 

「女性でそんだけやれたら十分でしょ」

「そんだけって……片手に負けたんだが」

「両手使われたときは、それなりに本気出したから」

「それなりなんだよなぁ、それでも……」

 

 負けず嫌いという性分は本当に大変だなぁ。や、俺もだが。多分、立場が逆なら俺が熱くなってただろうし。

 

「……じゃ、樹里でも勝てそうなゲームに変えるか」

「おい、腕相撲じゃ絶対、アタシが勝てないみたいじゃねーか」

「勝てないよ」

「今に見てろよお前!」

「はいはい。期待しないで待ってるよ」

 

 そう言いつつ、俺はクローゼットを開けた。確か、この中の下の方に……あ、あった。

 取り出したのは、緑の布とプラスチックの穴が空いた台が合体している「パターゴルフ」の練習台だ。これも親父が買ったもので、部屋に置けないから俺の部屋に置いてる感じ。

 

「次はこれ」

「あ……あれだろ。パターゴルフって奴」

「そうそれ。先にミスった方が負けな」

「簡単だろ、そんなの」

「とりあえず練習してて良いよ。あと分かってると思うけど、強く打ち過ぎて床に傷つけるなよ。新築なんだから」

「わ、分かってるって!」

 

 壁に立てかけてあるクラブを手渡しながら言うと、樹里は練習を始める。その間に、とりあえず床に置いてあるカップとサイダーだけ回収して勉強机の上に置いた。

 樹里の方を見ると、やはりというか何というか……未経験者っぽかった。野球とかテニスとか、その辺のスポーツもそれなりにこなせる人の癖だ。道具を使うスポーツは手首のスナップが重要だから、ゴルフも同じと考えているようだ。

 しかし、パターに限ってそれはないんだなぁ。ていうな、普通にオーバーしてっから。そろそろ一階に固いゴルフボールが転がる音が響いて親がキレる頃だ。

 

「あっれ〜? 入んねーなー」

「樹里、球打つ前に軽く振ってみ」

「いや、敵からいらない借りは作れねーから」

「アホか。下から母親が怒りを煮え滾らせてやってくんぞ」

「……教えてくれ」

 

 樹里もあんまりやんちゃしてたらお袋に怒られてたからなぁ。あの時のがトラウマになってるんだろう。素直に教えをこうとはなぁ。

 まぁ、でもバスケ以外のスポーツは昔から俺が教えてたしな。俺も独学だから、それが正しいのか分かんないけど、樹里もそれで楽しそうにしてたし。

 

「まず、クラブの握り方な。ちょい貸してみ」

「おう、はい」

「や、お前の手ごと」

 

 クラブを握る手を上から掴み、胸前まで上げさせた。

 

「野球みたいに両手はくっ付けるんだけど、左手の人差し指と右手の小指を組み合わせて……よし、おk」

「ん、おお……」

「で、振り方だけど……距離の調整は振り幅でしろ。大きく振りかぶれば、それだけボールは遠くに行くから」

「なるほど……」

「手首は曲げるなよ。肩から、クラブの先までが一本の棒のつもりで……」

「ひゃわっ⁉︎」

「うおっ⁉︎」

 

 分かりやすいように、後ろから樹里の肩に人差し指を置き、クラブの先までは届かないので手首まで一筋になぞって説明をしたら、何故か変な声を出されてしまった。

 

「な、なんだよ」

「こっちのセリフだ! くすぐったいだろ⁉︎」

「え、あ……なぞられるの弱いの?」

「よ、弱くねえけど……! き、急にやられたらびっくりするというか……」

「ふーん……」

 

 そういや、昔はくすぐり合いっことかはしなかったな。今、こうして一緒に遊ぶだけでも、少しずつ樹里のことを知っていけるんだな……。そう思うと、再会できて良かった気もする。

 ……ま、何はともあれ、だ。一先ず、せっかく見つけた弱点をつかない手はない。

 人差し指を立てると、一気に首筋から腰あたりにかけて一直線になぞり下ろした。

 

「デスビーム!」

「ひゃわあぁああっ! て、テメェ葉介!」

 

 変な悲鳴が漏れて恥ずかしかったのか、それとも単純にくすぐったかったのか分からないが、クラブを手放して俺の頭にゲンコツを入れようとする樹里。

 が、俺はそれをひらりと回避する。

 

「おおっと、恐ろしくはやい拳。俺でなければ見逃しちゃうね」

「あったま来た! 勝負の内容変更だ。ゴルフじゃなくて相撲で勝負だ!」

「え、いや良いけど逆に良いの?」

「はっけよーいのこった!」

 

 問答無用かよ! と思ったのも束の間。歌詞を比較した特攻は見事に俺の重心を崩し、ベッドの上に押し倒す。いや、あの……これちょっと流石に予想外というか……てか、お前パーソナルスペースとか無いの? お前にとって俺は昔と変わらなくても、俺にとってあなたはカイトくらいの変化が起こってるんですが……! 

 

「っしゃ、どうだおら! 押し倒しだ!」

「え、いや……まぁ、うん……押し倒されました……」

「はぁ? もう負けを認めんのか? 意外と根性なくなっ……」

 

 そこで、まるで一時停止ボタンを押したようにセリフが止まる樹里。しかし、表情は止まらず、一気に顔が真っ赤に染まった。

 いや、まぁ……うん。悪いね。俺も……その、何。お年頃なんで……会話だけならともかく、実際にそういう事されちゃうとサラッとなかったことにして受け流すほどの器量はなくて……。

 

「……わ、悪い……」

「いや、まぁ……うん。大丈夫」

「……」

「……」

 

 あー……うん、まぁ、あれだ。何も変わってない、なんて言ったけど、思春期を超えて高校生になったんなら、やっぱ多少は変わるわ。例えば、押し倒したり押し倒されたりすると頬が赤くなるとことか……。

 いや、そんなのどうでも良くて。てか、違うから。とりあえずこういうドギマギした感じはやめよう。

 上から樹里を退かし、タンスの方に歩いた。

 

「あー……樹里、先に風呂入って来いよ。とりあえず、いつでも寝れるようにしとこうや」

「あ、そ、そうだな!」

「はい。これジャージ」

 

 タンスから取り出したジャージを手渡した。

 

「お、おう……サンキュー」

「ちょっとでかいかもだけど……まぁ、あんま変わんないし平気だろ」

「おう」

「下着はどうする? ブリーフ履く?」

「死ね!」

 

 見事な廻し蹴りが俺のボディに直撃し、再びベッドの上に投げ出されたが、樹里は怒ったまま部屋を飛び出して行った。うん、まぁ……とりあえず変な空気にならなかっただけ良しとしよう。

 

 



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良い奴が良い奴と思われるとは限らない。

 樹里が風呂に入ってる間に布団を敷いて、あとは再び樹里が戻ってくるまで待機。

 今更だけど……同じ部屋で良い、んだよね? うん、良いよね。泊まりに来てるんだし。

 ……ふぅ、なんか疲れたな。なんか、こうして落ち着いてみると色々とあったな……。四年ぶりに友達と再会して、それが男だと思ったら女で、そのまま泊まりに来ることになった。うん、わけわからん。

 しかし、なんか久々に友達と話した感じがする。楽しかったわ、色々と。まんま昔と同じように遊んでたからかな。

 

「ん〜……」

 

 なんていうか……でも少し疲れたな……。こういう遊びをしたのは年単位ぶりだったからか、割と気疲れした気がする。

 とはいえ、だ。なんであれ楽しかったことには変わりない。樹里が良いなら、また遊べると嬉しいんだけど……まぁ、あいつも色々と忙しいんだろうし、遊べる時で良いや。

 しばらく、スマホをいじりながら待機していると、部屋の扉が開いた。

 

「ふぅ……良いお湯だったぜ……」

「おー、それは良かっ……」

 

 顔を上げると、そこに立っていたのは当たり前だが樹里……なのだが、なんか……こう、湯上りの色っぽさが……。

 微妙に紅潮した頬、体から立ち飲める蒸気、ドライヤーで乾かしたんだろうけど、それでも湯上り後と分かる髪……それら全てが「やっぱり樹里は女の子」と語っていた。

 

「? どうした?」

 

 あんまり見過ぎでいたからか、怪訝そうな顔で見られてしまった。……とりあえず、見惚れてた、なんて口が裂けても言えない。

 目を逸らして、頬をかきながら答えた。

 

「いや……本当に樹里は女だったんだなって」

「まだ疑ってたのかよ!」

 

 そういう意味じゃないんだけど……まぁ良いか。

 

「じゃ、風呂入って来るわ。あ、ベッドでも布団でも、好きな方使って良いよ」

「おう!」

 

 とりあえず、見惚れていたなんて死んでもバレたくないので、早めに風呂に入った。

 

 ×××

 

 風呂から出ると、重大なミスに気付いた。パジャマ部屋から持ってくんの忘れたわ。冬場は脱衣所に置いてあんだけど、春とか夏とかは早急に服を着る必要もないし、パンイチのまま部屋に戻って、そのまま着替えて寝るのが日常になってんのよ。なんなら、真夏はパンイチのまま寝ることもあるし。

 まぁ、俺は見られるのは何の問題もないんだけど、向こうがどう思うか、だよな……。いや、自分でも驚いてんのよ。昔まではそんなに気を使った事もないけど、今こんなに神経質になるなんてな……。

 

「まぁ良いか」

 

 俺も向こうのパンツ何度も見たし、イーブンでしょ。まぁ、一応は部屋の前でノックして、中の様子を確認、いれば取ってもらって、いなければそのまま入ろう。

 呑気に廊下を歩いてると、トイレから出て来た樹里を普通に出会した。

 

「あっ」

「あ? ……なっ……⁉︎」

 

 あ、ヤバい。殴られる。そして怒鳴られる。そして怒鳴られたら、リビングでお茶を飲んでる母親がキレ……それはマジでやばい! 

 

「おまっ、何し……むぐっ!」

「待った待った。ちょっ、黙って」

「んーっ……んーっ……!」

 

 涙目で顔を真っ赤にしている樹里を壁際に追いやって口を塞ぐのはとても良心が痛いが、背に腹は変えられない。そのまま用件を話した。

 

「すまん、パジャマを脱衣所に持ってくの忘れたんだ。謝る、謝るから大声は勘弁してくれ。お袋に叩き潰される」

「っ、っ……!」

 

 頷いたので、とりあえず手を離した。ふぅ……助かった……。

 

「じゃあ、先に部屋戻ってるから……」

「お、おう……3分くらい待てば良いか?」

「カップ麺か俺は」

「良いから行けよ!」

 

 先に戻って着替えを済ませると、樹里が部屋の中に入ってきた。

 

「悪いな、驚かせて」

「い、いいよ別に。……まぁ、少し驚いたが」

「俺も樹里に上半身裸で迫られたら驚くから……」

「お前許されたくねえの?」

 

 ごめん、黙ります。

 改めて、二人で部屋に戻り、とりあえず俺が布団、樹里がベッドに腰を下ろす。

 もうようやく気を取り戻したのか、樹里が微笑みながら言った。

 

「ふぅ……いやー、一緒に寝んのも久々だよな」

「まぁ、うん……そうね」

 

 正直、一緒の部屋で寝て良いのか、という疑問は晴れないが……まぁ、その辺は俺が決める事じゃないしね。

 しかし、ドギマギしているのは俺だけのようで、樹里は笑顔のままスマホを取り出して明るく声をかけてきた。

 

「な、それよりさ、お前あそこにいたってことはポ○モンGOやってんだろ? 何持ってんだ?」

「え? あー……あんま強いのいねえよ」

「お、そうなん? じゃ、アタシが色々、教えてしんぜよー」

 

 意外とそういう口調になることもあんのな……当時より少し明るくなったようだ。

 俺もスマホを取り出し、位置情報サービスをオンにしてゲームを起動する。この起動する最中に色んなポケモンが描いてある絵がすごく好き。

 

「いつからやってんだ? このゲーム」

「いつからだろうな……まだ二年くらい?」

「じゃ、アタシの方が先輩だな。地元でも流行ったぜ、これ」

「ああ、あいつらか。元気にしてんの?」

「ったりめーだろ? この前の同窓会でも、お前のこと心配してたしな」

 

 それはー……少し悪いことしたな。樹里が特別なのか、それとも他の連中も似たようなこと思っているのかは分からないが、まだ俺のことを友達だと思ってくれてんなら、会いに行ってみても良いのかもしんない。金と時間があれば。

 

「さて、まずは品定めを……って、は?」

「何」

「いやいや……待て待て」

 

 そんなに弱いの? 俺のポ○モン。

 

「10匹しかいないのに、その10匹全部強いのはなんで⁉︎」

「え?」

「カイリキー、ケッキング、カイリュー、メタグロス、サーナイト、ゲンガー全部、最大値じゃねーか! 他にミュウツー、レックウザ、ディアルガ、テラキオンもまぁまぁだし……どうなってんだ⁉︎」

「値がマックスじゃない奴以外、全部博士に送ったからじゃね。そいつらが残ったのは偶々」

「強い奴ばっか引き当ててんな……」

 

 そうなの? 

 

「ポ○モンもやっぱ、強い奴と弱い奴がいるからな。お前の持ってる奴は全部強ぇんだ」

「ふーん……」

「ただ、お前自身のレベルが低いから、CPがさほど高くないのが弱点だな」

「どゆこと?」

「CPはプレイヤーのレベルを上げないと上がらないんだよ」

 

 なるほどね。つまり、俺がもっと強くなれば良いのか。でも、経験値の回収に一々、レイドバトルやらないといけないんだよなぁ。気が向いた時ならともかく、毎日毎日、ゲームのために足を運ぶとか正直、かったるいんだが。

 

「ちなみに、アタシのポ○モンはこれだぜ」

 

 樹里のスマホを見ると、カイリキーは勿論、ルカリオ、バシャーモ、キノガッサ、ゴウカザルなどかくとうタイプが多かった。樹里らしいと言えば樹里らしいな。

 

「へー、どれもカッコ良いな。特にルカリオ」

「だろ? ルカリオはアタシの相棒だからな」

 

 クールなイメージあるしな。俺としてはカイリューの方が良いけど。デカいドラゴンの背中に乗って空を飛ぶのはいつの時代の男にとっても憧れだろう。

 

「……あ、そうだ。もし暇な日があったら、一緒にやりに行こうぜ。ポ○モンGO!」

「え、ポ○モンGOのためだけに出掛けんの?」

 

 今の学生ってそういうもん? ゲーム好きなら当たり前なの? それとも俺の感性がズレてる? 

 

「なわけないだろ。遊びに行くついでに、って事だよ」

「ああ、そゆこと。良いよ。どこ行く?」

「昔みたいに公園でバ……あー、バレーとかやろうぜ」

 

 え、なんで急にバレー? と思ったのも束の間、すぐに分かったわ。ホント、優しい子だな。

 

「別にバスケ自体にトラウマはねーから。バスケでも良いよ」

「あ、そ、そうか? じゃあ、バスケにするか」

「良いね」

 

 面白くなってきた。やっぱ俺たちはこうでなくちゃね。

 

「バスケ、かぁ……長いことやってねーなぁ」

「言っとくけど、前までのアタシだと思うんじゃねーぜ」

「そりゃこっちも一緒」

「どうかな? アタシはお前とまたやる為に、ちょいちょいバスケの練習してたんだ」

 

 それは面白いな。……そんなに俺とバスケやるのが楽しかったのか。少し普通に照れるんだけど……、

 あれ、でも樹里の方はバスケ部に入んなかったのかな。まぁ、その話をしようとしない辺り、話したくない事なのかもしれない。だから、聞かないでおこう。

 

「明日で良いのか?」

「ああ。明日、行こうぜ」

 

 ふぅ、少し楽しみになってきた。結局、どのスポーツをやるにしても、どんな遊びをするにしても「誰とやるか」が一番、重要なのよ。

 

「ただ、明日は午後から仕事だから午前中だけになるけど……良いか?」

「仕事? ……ああ、アイドルか。大変だあね」

「なんだその口調。……それに、大変じゃねーよ。楽しくてやってる事だしな」

「へぇ……どんな感じなん?」

 

 俺の中のイメージだと、アイドルなんてグループ間で誰がセンターを張るかの奪い合い、人気のためにSNSを乱用して個々のあざとい写真を上げ、バラエティでは「バカは可愛い」というバカな理屈を鵜呑みにして如何にバカなことを言えるか、表面上は仲良しグループ、裏では弱味、隠し事の探り合い、ある意味政治家みたいな世界だと思ってたから。中学の部活ですらそうだったし。

 でも、樹里が平気だって言えるならそうなんだろ。こいつ隠し事がこの世の誰よりもヘタクソだし。

 

「アタシがいるのは『放課後クライマックスガールズ』っていうグループで、全員で五人なんだ」

「放課後ティータイムみたいだな。黒ストッキングアホの子絶対音感ギターボーカル、髪下ろした時が一番可愛いいつも走ってるドラム、初ライブでコケてパンツ晒した萌え萌えキュンベース、太眉たくあんお嬢様キーボード、あずにゃんでもいるの?」

「……お前何言ってんだ?」

「何でもない。続けて?」

 

 まぁいないわな。

 

「てか、調べて良いか?」

「そ、それはダメだ!」

「なんでさ」

「め、目の前でアタシがヒラヒラした衣装着てるの見られるのなんて拷問だろ!」

 

 ……ほほう。

 

「あっ、な、なんだよそのニヤケ面!」

「なんだっけ……放課後『俺は最初から、クライマックスだぜェッ‼︎』だっけ?」

「なんだその奇天烈なグループ名! てか調べんな!」

 

 大慌てで俺からスマホを奪おうとする樹里を、俺はひらりと回避する。

 

「やーめーろー!」

「恐ろしく鈍いクリンチ、俺でなくても見逃さないね」

「ブッ飛ばす!」

「やれるもんなやっ……いっづぁっッ‼︎」

 

 ブッ飛ばすって言ったじゃん! なんで脛蹴り⁉︎

 

「クッ……お前の脛、硬……!」

 

 しかも、なんでお前まで蹲ってんだ⁉︎

 結局、俺が手に持っていたスマホは奪われてしまう。

 

「お前なぁ……アイドルが衣装を見られるくらいで恥ずかしがるなよ……」

「ファンは良いんだよ! でも知り合いに見られんのは恥ずかしいんだ!」

 

 仕方ない。こいつが帰ったら調べよう(懲りない)。今は、とりあえず話だけ聞かせてもらうか。

 

「で、どんな感じなの? 放課後ス○ライド」

「クライマックスガールズだ! いい加減、覚えろ!」

 

 そこを注意してから改めてアイドルの仕事について話し始めた。

 

「色々だよ。雑誌の撮影とか、ラジオの収録とか、トークイベントとか……ああ、あとCMとか。見なかった? 『銀河級にスゴい!』って奴」

「俺、テレビ見ないからなぁ」

「マジかよ。最近、あのCM以来、うちのグループじゃ『銀河級に』ってのが流行っててさ」

「何のCMだよ。グレンラガン?」

「いや、そのグレンラガンをアタシは知らない。で、その時にアタシ、カウボーイのカッコしたんだけどさー」

「銀河級のカウボーイ……?」

 

 布団の上に座り直し、しばらく「放課後クライマックスガールズ」での仕事の話を聞いた。

 その話をする樹里は、それはとても楽しそうに語る。グループ内の年齢が割とバラバラな所、ライバルみたいな社長令嬢、甘い物が好きな同い年、着物を着た一個下、自分よりスタイルの良い小学生の話など……とにかく色々。多分、俺が思ってたようなドロドロした関係はないんだろうな、と切に思う。

 でも、だからこそ思う。友達も大勢出来て、信用出来る仲間も出来て、今が一番充実しているこいつに、もう、俺なんか必要無いのかもしんない。昔とは、もう関係も何もかもが違う。ボッチなのは俺の方なのだから。

 樹里に、かっこ悪くなった俺の姿なんて、あまり見せたくない。そんな風に思った時だった。

 

「……な、葉介」

「え?」

 

 な、なんだ急に改まって……。楽しそうに仲間の話してたと思ったら、突然、何を思ったの? 

 

「もう、何処にも行くなよ」

「は?」

「お前がいなくなった後、本当に寂しかったんだからな。……もし、今、放クラのみんなが一人でも欠けたら、アタシはまた泣き喚くかもしんない。でも、それはお前も一緒だからな」

「き、急に何言ってんの……?」

「文句だよ。昔から何考えてんのか分かんねーやつだったけど、今のアタシがあるのはお前のおかげなんだから」

 

 いやいや、大袈裟でしょ……。俺は所詮、夏休みの間、たくさん遊んだだけって関係だと思うし……。

 

「せっかく、久々に会えたんだ。毎日は無理だけど、またたくさん遊ぼうぜ。アタシも、出来るだけ連絡するからさ」

「……や、でも……」

「でも、じゃねえ! これは命令だ!」

「あれ、俺の立場ってお前の部下だっけ?」

 

 ……いや、でもまだそんな風に思ってくれているのか……。それは、正直言って嬉しい。東京に来てから、特に中学に上がってからは何をしても「そんなに先生に媚び売って楽しい?」とかわけわからん勘ぐりをされたのに。

 樹里は、本当に昔から変わらない奴なんだな……。お前がそう言うなら仕方ない。こいつにだけは、俺もちっとは真摯に向き合った方が良いな。

 

「……分かったよ」

「っし、じゃあそろそろ寝るか。明日、朝からバスケだかんな!」

「はいはい」

 

 それだけ挨拶すると、とりあえず布団の中に入った。

 

 




樹里ちゃんがバスケ辞めた理由が怪我だったらサヨナラバイバイ。


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放クラ会議(2)

「あ〜……つっかれた……」

 

 まずは寮に引き返し、着替えとシャワーを済ませてから事務所に来た樹里は、ソファーの上で横になる。流石にバスケに熱中し過ぎた。

 ……でも、楽しかった。やっぱり、バスケそのものは楽しい。相手が葉介だったから、というのもあるが。

 

「あら、樹里。女の子が人前でそんな風にダラっとしてちゃダメよ?」

 

 そんな樹里に、夏葉が後ろから声をかける。

 

「あー……悪い。さっきまで、ちょっと知り合いとバスケやってたからな……」

「あら、もしかして初恋の彼に会えたのかしら? 良かったわね」

「ち、ちげーよ! なんで分かるんだよ!」

「違うのかそうなのか悩ましい返事をするわねあなた……」

「初恋じゃねえって言ってんだよ!」

 

 まったく、どいつもこいつも他人の色恋には必要以上に反応する人ばかりである。実際はみんな箱入り娘の癖に。彼氏がいそうな人なんて、和泉愛依や桑山千雪くらいのものだろう。案外、園田智代子もいそうではある。

 

「そういうことね……でも、朝からバスケなんて健康的で良いじゃない」

「そうだけどよ……流石に全開でやり過ぎたぜ……明日筋肉痛だなこれ……」

「え、そんなに全力でやったの……?」

「そりゃそうだろ。ゼッテー負けたくなかったし」

「気持ちは分かるけど……」

 

 だからと言って仕事の前に全力を出す事はないでしょ、と呆れてしまった。

 

「でも、良かったわね。会えたのなら」

「おう。元気そうだったから良かったぜ」

 

 元気ではあったが、深い心の傷を負ってしまっていた。人間不信一歩手前、と言った所だろうか? それでも、自分に出来る範囲で「アタシはお前の事を信じているから、お前もアタシを信じろ」と伝えたつもりだ。

 

「で、その子はどんな子なの?」

「え?」

「聞きたいわ。樹里のお友達の話」

 

 まぁ、隠すような事でもないし、それにまた友達になれた今、むしろこっちから彼について話したいくらいだ。

 

「あいつは、アタシに友達が出来るきっかけをくれた奴なんだよ」

「友達?」

「ああ。小学生の頃、アタシは学校に友達がいなかったんだよ。怖がられてて」

 

 ガサツな口調は子供の頃からそうだった。その上、目つきも他の子に比べると鋭くて、髪型も短めだったから、怖がられるのも分からなくはない。人間は人と違うものに対して距離を置く生き物だ。

 

「アタシも口では『友達なんてミニバスのクラブチームの方にいれば良い』なんて言ってたけど、本当は友達が欲しくてな……その葛藤から、たまに学校の校庭でウロウロしてたりしてたんだよ」

「なんか……寂しい子なのね……」

「るせーよ。てか、分かるだろ? そういう気持ち」

「分かんないわよ。私なら声かけるくらい普通に出来るもの」

 

 しかし、怖がられていたらそうとも限らない。まぁそればっかりはその当人と同じ境遇にならなければ分からないものだ。

 

「と、とにかく、そん時に仲間に入れてくれたのがあいつだけだったんだよ。他の奴の反対を押し切って、強引に仲間に引き入れてくれた。それから、アタシにも友達がたくさん出来たんだ」

 

 それを聞いた夏葉は思わず黙り込んで樹里を眺める。その視線がどこか腹立ったので、思わず眉間にシワを寄せた。

 

「……なんか言えよ」

「いや、この前の凛世の予想、ドンピシャじゃない」

「それな……」

 

 そればっかりは否定できない。あの勘の悪そうな少女に見破られては、自分もまだまだだ。

 

「それで……その時なのね、初めて恋に落ちたのは……」

「しつこい! それは違う!」

 

 本当に何なのだろうか、このお嬢様は。少女漫画の読みすぎなんじゃないだろうか? 実際、転校されたときは悲しさと寂しさ以外の胸の痛みを感じていたし、数日は彼の顔が頭から離れなくなったが。

 今は別にそんなことはない。久々に会えて嬉しかったし、文句も不満も愚痴も含めて色々と言いたい事はたくさんあったが、やはり最初の感情は嬉しさだったのは覚えているが、断じて恋愛感情などではない。

 

「そもそも、アタシは別に恋愛とかした事ねーし、誰かを好きだなんて思った事もねーよ!」

「ええ、わかったわよ。冗談だから」

「大体、あんなデリカシーがない奴、誰が好きになるか! あいつ、この前、再会した時までアタシのこと男だと思ってたんだぜ⁉︎」

「分かった、分かったから」

「初めて会った時なんて、アタシが怖くない事を証明するために、みんなの前でズボンを脱が何でもない」

「今のは分からなかったわ。もう一度詳しく」

「私も聞きたいです!」

「え、何何? 樹里ちゃん、その男の子と一線を超えたの?」

「ふふ……凛世の言った通りだったみたいですね」

「わあ! お前らどっから湧いて出た!」

 

 夢中になり過ぎて索敵を怠った。周りにはいつのまにかいつものメンバーが集結している。オリマーが笛を吹いて集まるピクミン達と同じレベルだ。

 そんなピクミン達は、目を輝かせて樹里に迫る。腕を掴まれ、くすぐられ、小突かれ、その他諸々、色々された挙句……。

 

「だー分かった、話すから! 話すからこれ以上、ちょっかい出すのはやめろー!」

 

 陥落してしまうのであった。

 

 ×××

 

 で、出会った当初の話をした。この際だから、愚痴ってるような口調で言うことにした。掻い摘んで言うと「あいつ私のこと男だと思ってたのよ? 酷くない?」って具合である。

 その作戦はうまく行ったようで、四人とも微妙な顔をする。

 

「確かに……それは酷いですね」

「樹里ちゃん可愛いのに……酷いです!」

「確かに口調は荒いけど……でも樹里ちゃんだって女の子らしい所あるのに」

「胸は小さいけどね」

「夏葉、お前表出ろ!」

 

 一人だけ慰めていなかった。確かに85様からすれば75なんてアリンコ同然かもしれないが、そもそも樹里にとって胸なんて運動するときには邪魔にしかならないので小さくて結構なのだ。負け惜しみではない。

 

「でも、大事な人なんですよね? 仲直り出来て良かったです!」

「別に喧嘩してたわけじゃねーぞ、果穂」

 

 そこを一先ず注意すると、智代子がニヤニヤしながら聞いた。

 

「で、どうなの? ジッサイ」

「何が?」

「好きなの?」

「ちがうっつーの!」

「いやーだってさ、こう言っちゃ冷たく聞こえるかもしんないけど、小学生の頃の友達なんて、普通は転校しちゃったらもうそのまま会わなくない? 会っても声をかける程度で、わざわざ朝早く起きてバスケするー?」

「っ……」

 

 それはその通りだ。相当、大事な相手で無いとそこまでしようと思えない。

 

「そういえば……樹里さん。昨夜は帰って来ませんでしたが……今朝、共にその殿方とばすけをされたということは、お泊まりでもなさったのですか?」

「ちょっ、バカ凛世お前……」

「え……お、お泊まり?」

「男の子と?」

「わー! 本当に仲良しなんですね!」

 

 分かってない果穂はともかく、夏葉と智代子は苦笑いを浮かべる。大人になったのね……と言わんばかりの反応に、大慌てで樹里は声を掛けた。

 

「ちょっ……バカ、何もねーよ! 何想像してんだ!」

「や、だって……前はパンツ見た仲なんでしょ?」

「何もないはずなくない?」

 

 二人とも、おそらくそう言った経験が無いのだろう。頬を赤らめたまま顔を見合わせる。分かっていない果穂の耳を、後ろから微妙に赤面させた凛世が塞ぐ。

 

「わっ、な、なんですか? 凛世さん!」

「果穂さんには……まだ、早いです……」

「聞こえませーん!」

「ちょっ、凛世! お前までやめろって! ホントなんもねえんだから!」

「寝てる間に……実は胸に秘めた想いを告げるため、密かに頬に口付けをするのは……鉄板です……」

「アタシがする側かよ! てかしねーし想いなんて秘めてねえから!」

 

 このままではどんな噂が広まるかわかったものではない。仕方ないので、もう全部を話すことにした。

 

「はぁ……もうわかったっつーの。……アタシは、あいつに感謝してんだよ」

「感謝?」

「そもそも、アタシがアイドルになったのだって……もしかしたら、葉介のお陰かもしんねーんだから」

「……男女間では、下の名前で呼ぶようになれば交際が始まったようなものだと……」

「おーい凛世ー! お前はその世界観から離れろー!」

 

 とりあえずそこにツッコミを入れておいてから話を続けた。

 

「昔、あいつに言われたんだよ。『何事も、やらずに後悔するよりやって後悔した方が良いでしょ』って。子供に言われた事だし、普通は説得力なんて感じねえんだろうけど、実際、あいつはそう言ってアタシに声を掛けてくれて、あいつには新しい友達が出来て、アタシにはたくさん友達が出来たんだ。だから、それはアタシの信条にもなりつつあるし、それでアイドルの世界に飛び込んで、お前らと会えた」

 

 それを聞いて、四人とも目を丸くする。自分達の話が出てくると思わなかったのだろう。

 

「あいつ自身はそんな大層な事、考えてなかっただろうし、そんな話をアタシにしたことさえ忘れてると思う。……でも、それで今のアタシがあるんだ。だから……その、何? あいつとの縁は切りたくねえし、出来る事ならいつまでも一緒に遊びてえんだよ」

「わぁ……なんだか、素敵な話ですね!」

「「「……」」」

 

 一人感動している果穂はともかく……他の三人は顔を見合わせる。

 

「え……これ、え?」

「好きじゃん……超好きじゃん……」

「まるで少女漫画の長台詞を聞いているような気分でした……」

「小学校の頃からの初恋、ダラダラと長続きしちゃってるわよねこれ」

「急に消えた分、切ない思いだけが残ってしまったわけだよね……」

「……当時、無自覚だった事から、このままダラダラと続いてしまった、と見るべきでしょう……」

 

 そこまで話してから、三人は再び樹里の方を見る。何も分かっていない果穂と、仲良くお喋りしていた。

 

「じゃあ……私が樹里ちゃんに出会えたのも、その葉介さんのお陰ですね!」

「はは、そーかもな。今度、機会があれば紹介してやるよ」

「ありがとうございます!」

 

 微笑ましすぎる。良いのかこれで、と思うほどに、だ。何処まで純情なのだろうか、あのバッドガール(笑)は。

 

「……まぁ、今は何もしない方が良いんでしょうね」

「だね。なんかあれはあれで可愛いし」

「……はい。他人の色恋に首を突っ込むとろくな事がない、と聞きました」

 

 なので、とりあえずスルーしておくことにした。とはいえ、だ。お泊まりはやり過ぎな気もする。見守る側としては何の問題も無いが、ファンに見られたらコトだ。

 とりあえず、年長者の夏葉が注意してみる事にした。

 

「でも、樹里。お泊まりは良くないわよ? やむを得ない場合以外はなるべく避けないと……」

「大丈夫だよ。あいつは絶対に変なことしねーから」

「いやそうじゃなくてね? それで周りに変な誤解を受けるのは嫌でしょ?」

「あー……そういうことか」

 

 一応、アイドルだし、それはあるかもしれない。

 

「……わーったよ。泊まりは控える」

「ええ」

 

 すると、プロデューサーがやって来たので、五人とも立ち上がった。これから仕事だ。アイドルとしての仕事も手抜きは許されない。

 心なしか疲れが増した気がする樹里は、何とか気を落ち着けて仕事に向かった。

 

 



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純正の爆弾。

 学校とは、退屈な場所である。人間関係は気遣いに気遣いを重ね、喋り過ぎても黙り過ぎてもペナルティ、異性に興味を持たれると「女の前だけ良い顔してる(或いはその逆)」と陰口を言われる。

 勉強の出来、試験の成績以外に教員への好感度点が存在し、高評価をもらうには好評でなくてはならない。

 つまり、ボッチが上手くやるには「教員に嫌われないようにして、クラスメートからも存在を認知される、それなりの成績を取る事」である。出る杭も出ない杭も打たれる学生社会ではそうするしかない。

 そんな学生生活なわけだが、今日は少し心持ちが違った。何故なら、樹里と連絡先を交換したからだ。これで好きな時に連絡出来る。

 と言っても、あいつ今日は仕事で学校休んでるんだろうし、連絡は控えるけど。

 さて、そんなわけで、結局は退屈な学校も終わり、放課後。今日はジャンプの発売日だが、単行本派の俺はスルー。

 なので、今日は直帰だ。樹里と遊ぶ時のために、あんま金も使わないようにしないといけない。

 

「ふわあ……」

 

 ダメだ、眠い。さっさと帰って漫画でも……と、思った時だった。

 

「キックストライク! 超良いね、サイコー!」

 

 背後から背中にガバっと衝撃が走った。うん、腰抜けるかと思ったよね。どこの誰だよ、ゴブリン突撃兵。

 振り返ると、そこには小宮果穂がいた。

 

「えへへ、こんにちは! 東田さん!」

「ああ、小宮ちゃんか……腰が逝くかと思ったんだが……」

「今、学校帰りですか?」

 

 うん、聞いてねえな。悪いことしたと思ってもねーなこれ……まあ、別に良いんだけどさ。

 

「そうだよ。そっちは?」

「私もです! 今日はお仕事がお休みなので……」

「お仕事?」

「はい! ……あ、何でもないです。それより、このあと、ご予定はありますか?」

 

 え、お仕事って……もしかして、新聞配達でもしてやがんのか? ……グスッ、子供なのに……苦労してんだな……。

 

「ええっ⁉︎ なんで泣いているんですか⁉︎」

「いや……なんでもないよ。予定もないよ」

「でしたら、私と遊びに行きませんか? ……実は、これから少し欲しいものがありまして、でもお友達はみんな個々の仕事に行っているので、一人で行かなきゃいけなくて……」

 

 え、買い物行けるの? 別に家計を支えるための新聞配達とかじゃないのかな。違うとしたら……なんだろ。もしかして、アイドルとか? ははっ、まっさかー。

 まぁ、なんでも良いや。とりあえず俺も暇してたし、買い物に付き合うくらい良いか。

 

「良いよ」

「ホントですか⁉︎」

「でも、一旦、うちで着替えて良い?」

「? なんでですか?」

「男子高校生が女子小学生と一緒に出掛けるにはね、それなりに覚悟が必要なんだよ」

 

 通報されてもおかしくないからね。せめて制服は脱ぎたい。……いや、それだけでも怪しいな……。俺には妹も歳の離れた従姉妹もいないし、こういう時、どうしたら良いのか分からない。

 だから、思いつく限りで通報されない手を打つしかないわけで。

 

「よく分かりませんけど……分かりました!」

「家の前で待っててな。俺は着替えるのに10秒かからないから」

「ヒーローの変身みたいですね!」

「だろ?」

 

 うん、その感想が果たして正しいのはさておくとしようか。

 そうこうしているうちに自宅に到着した。

 

「着いたわ」

「わっ……大きいですね!」

「親父が頑張ったからな。じゃ、少し待ってて」

 

 それだけ話すと家の中に戻り、着替えた。割と最近は暖かくなってきたし、飲み物だけ持ってってやるか。

 冷蔵庫の中に眠っている500のコーラを二本持って表に出た。

 すぅ……はぁ……よし、やるぞ! 

 

「お待たせ! 果穂ちゃん!」

「えうっ⁉︎ あ、は、はい!」

「待たせちゃったから、コーラあげるね!」

「ありがとうございます……⁉︎」

 

 戸惑っているが、俺も死にたくなってくるので素のリアクションやめて。とりあえずご近所さんの目を考えて、さっさと移動することにした。

 

「さ、果穂ちゃん! 早く遊びに行こう?」

「あの……どうかしたんですか? 東田さん。怪人に洗脳されてます?」

「……」

 

 だから素のリアクションはやめてって……。うん、まぁ説明なしじゃキツいよね。辺りを見回してから、小宮さんの耳元で説明した。

 

「いや、あの……通報されたくないから、俺も小学生のフリをしようかな、と……」

「通報? 悪い事したんですか?」

「してないけど、してるように見える、というか……」

 

 まぁ、小宮ちゃん背が高いし平気かもしんないけど……でも、中身を知られれば確実にアウトなんだよなぁ。

 

「大丈夫です! 通報されても、ヒーローである私が守りますから!」

「え、守るって?」

「恋人だって!」

「……」

 

 それはそれでダメなんだが……「子供を騙して何言わせてんだ」ってなりそう。てか、意外とませてる、この子? 

 

「よし、こうしよう」

「なんですか?」

「親戚、っていう設定で」

「あ、なるほど!」

 

 うん、それならいける。てか最初からそうすりゃ良かった。とりあえずどうするかが決まり、ホッと胸を撫で下ろした時だ。小宮さんが俺の腕にしがみついた。

 

「では、行きましょう。お兄ちゃん!」

「お兄……」

 

 お兄ちゃん……従兄弟も従姉妹もみんな歳上で、部活の後輩もできたことのない俺が、お兄ちゃん……。

 全身の血管に光が走り、徐々に身体に駆け巡り、最後に脳内に電気が到達する。

 俺の中で変なスイッチが入った。

 

「うん、お兄ちゃんと一緒に行こうか」

「はい!」

 

 ロリコンの気持ちが少しわかってしまった。

 

 ×××

 

 家で着替えた後は、果穂ちゃんの家に向かってランドセルを置いて家を出た。とりあえず、親戚なら名前の呼び方から気を付けなければならないので、お互い下の名前で呼ぶことにした。

 

「で、何を買いたいん?」

「仮面ライダーの変身ベルトです! デンオウベルト!」

「え、あれだいぶ前じゃなかった?」

「はい! だから最近売ってなくて……でも、秋葉原なら売ってるかなって!」

「あ、電車に乗るのねこれから」

 

 そういうの先に言って欲しかったわ。てか、俺と会わなかったら一人で秋葉に行くつもりだったのこの子? 逆に出会えて良かった感じあるな……。

 

「はい。……あ、葉介さんは何か欲しいものありますか?」

「ん、俺?」

 

 あー……どうするかな。特に無いし、なるべくなら金かけないようにしたいからね。

 けど、気を遣わせないようにしたいし……。

 

「ゲーセンのプライズ次第かな」

「UFOキャッチャーって奴ですか?」

「そうそれ。欲しいのあったら果穂ちゃんのも取ってあげるよ」

「本当ですか⁉︎」

「本当ですよ?」

 

 ああ、可愛い……。妹がいたらこんな感じなのかな……。こんな感じなんだろうな……いや、実際の妹は可愛くないってよく聞くし、あくまでも「年下の友達」だから可愛く感じるのだろう。

 コーラを飲みながら、とりあえず駅に向かって電車に乗った。

 電車に揺られる事しばらく、退屈になった果穂ちゃんが声を掛けてきた。

 

「葉介さん、ゲームやりませんか?」

「ゲーム?」

「はい! 名付けて……ヒーローしりとりです!」

 

 そのまんまだな。まぁ良いけどね。

 

「ルールはヒーローならなんでもアリです。その代わり、怪人は無しですよ?」

「ヒーローって……じゃあ『ゴレンジャー』と『キレンジャー』は別枠?」

「あー……そうですね。一緒で。じゃないと『あ』がとても多くなってしまいますから」

 

 ま、それが妥当だわな。しかし、それを始める前から予見するとは、中々、賢いな。アホっぽいのに。

 

「二つ目。シリーズものは頭の一文字から? 名前だけでOK?」

「名前だけで!」

 

 よっしゃ。これで大分、幅は広がった。ま、しりとりなんて一度始めたら中々、終わらんし、ここは大人のしりとりを教えてやる良い機会だろう。

 そんなわけで、果穂ちゃんからスタートした。

 

「では、スタートです! 好きな言葉をどうぞ」

「あ、俺からなのね。じゃあ、ドライブ」

「ぶ? ぶー……V3!」

「い、いー……」

 

 イカデビルが浮かんだけど、あれヒーローじゃねえな……。

 

「ああ、一号」

「う、うー……う?」

「問題、地球上では3分しか活動できず、時間が近くなると胸のカラータイマーが鳴る光の巨人は?」

「ウルトラマン! ……あ」

 

 これが大人のしりとりよ。すぐに果穂ちゃんは頬を赤くしたまま文句をぶち撒ける。

 

「ず、ズルいです! 今のは!」

「自身の迂闊さを呪いたまえ」

「むー! 人を騙すのは良くありません、ジャスティスパンチ!」

「あー待て待て! 電車の中で暴れない!」

 

 攻撃を甘んじて喰らいつつ、とりあえず落ち着かせていると、秋葉原に到着したので電車を降りた。

 

「では、参りましょう! お兄ちゃん」

「うん、あんまり表で大きな声で言わないでくれる?」

 

 偽物だってバレたらマジで通報案件。いや、なんならその場で袋叩きにされるレベル。

 バレないためにはむしろ堂々としてた方が良いのか分かってんだけど……まぁ、やっぱ堂々とし過ぎるのも怖いんです。

 とりあえず、果穂ちゃんの買い物から。仮面ライダーの変身ベルトなんてどこに売ってるかも知らんので、後ろから付いていくことにした。

 

「で、なんだっけ。電王?」

「はい!」

「どこ売ってるかわからんからついて行くよ」

「任せて下さい!」

 

 との事で、買いに行った。

 

 ×××

 

 とりあえず買い物を終えた。その道中、いろんな商品を見て来たんだけど……すごいのな、フィギュアって。今にも動き出しそうってくらい本物そっくり。日本でト○ストーリーが起きたら世界が崩壊しそうって程。

 あとアレだ。アベンジャーズのフィギュア。トニーとか役者の人そっくりよ。

 

「フィギュアってすげーな……普通に驚いたわ」

「そうですね! 特にあの……なんでしたっけ。えーっと、スパイダーマンの敵の……」

「ヴェノム?」

「はい! あれ、とってもカッコ良かったです!」

「それな」

 

 ヴェノムは決してヒーローではないが、ヴィランでもない。場合によっては味方になることを教えると、それはそれで好きみたいで、果穂ちゃんのテンションは爆上がりした。

 フィギュアなんてたかがおもちゃだと思ってたけど、それがあそこまで存在感を放つなんてな……。俺も少し欲しくなって来てしまう。……まぁ、流石に何万も出して買うほどじゃないが。

 

「それで……ゲーセンのプライズですよね!」

「え? あ、ああ。そうね」

「今、どんなのがあるんでしょうね〜」

 

 さぁ……何せ、それを言ったのも、気を遣わせないために捻り出した理由だし。

 とはいえ、ゲーセンのプライズゲームは決して嫌いではない。景品より取ることに興味がある。

 そんなわけで、早速ゲーセンに向かった。まず目に飛び込んできたのは、ヴェノムだった。

 

「おっ」

「あ、お兄ちゃん! ヴェノムです!」

「よし、やるか」

 

 取れるかは分からんけど、まぁ千円以内で頑張ろう。幸い、ここは橋渡しパターンだ。

 まずは端っこから狙い、持ち上げて箱を二本の棒に角が引っかかるように傾ける。その次は、少しずつズラしていけば……。

 

「……はい、取れた」

「す、すごいです! こんな地味にスパッと取ってしまうなんて……!」

「地味とか言う必要ある?」

 

 まぁでも、取れたのならよかったわ。

 

「いる?」

「え、良いんですか……?」

「ああ。俺はやろうと思えばいつでも取れるしな」

「あ、ありがとうございます!」

 

 ヒャッハー、と目を輝かせてフィギュアを上に持ち上げる。うん、この笑顔だけで800円かけた価値はあった。

 

「よっしゃ、次行くか!」

「はい!」

 

 そんなわけで、行くことにした。

 それから一時間弱くらいだろうか? 秋葉にある様々なゲームセンターを乱獲し、両手いっぱいに袋を持っていた。まぁ、乱獲したと言っても取ったのは六つだが。

 しかし、だ。一時間も経過すれば、当然、日も沈みかけているわけで。

 

「そろそろ帰んないとだなー」

「あ、その前にもう一箇所だけ行きたい所があるんですけど……」

「いや、あんま遅くなると怒られるだろ。親御さんに」

「大丈夫です! ママにお兄ちゃんのことを話したらとても気に入ってくれましたから!」

「それは何も言わないだけで、本当は心配してんだよ。小学生の割に発育が良いんだから尚更だ。何の仕事してんのかしんねーけど、休みの日くらい早めに帰って安心させてやれ」

「葉介さん……」

 

 一緒に出かけてる俺の言えた話じゃねーけど。ま、中学の時に散々、心配かけた俺だから言える事だな。

 

「分かりました! じゃあ、今日はここまでですね」

「うん。じゃ、帰るか。家まで送るよ」

「ありがとうございます!」

 

 そんなわけで、今日は帰ることにした。

 

 ×××

 

 はい、困った事になりました。両手塞がってんのに果穂ちゃん寝ちゃったよ。まぁ、それなりに歩いたし、景品取れるたびに大騒ぎしてたし、最後の一個は果穂ちゃんとらせてあげてさらにテンション上がってたし、そりゃ疲れるか。

 さて、これからどうするか……。次、目的の駅な訳だが。起こすのがベストなんだろうけど……天使が休んでいるのにそれを邪魔する理由がわからん。

 幸い、先頭の車両に乗ったからか混んでいない。一度、プライズを席に置き、果穂ちゃんの定期を確保、その上で本人をおんぶし、プライズを持って電車を下りる……これで行こう。

 

「……よし、やるか」

 

 そろそろ電車が駅に着く。その為、作戦に移った。プライズを自分が座っていた席の上に置き、果穂ちゃんの鞄を漁り、定期を確保する。返すの忘れないようにしないと。

 その上で果穂ちゃんを背負い、両手にプライズを持っ……っと、果穂ちゃん落ちる。……あれ、これ持つの割と難しいな……。

 なら、先にプライズを持つか。果穂ちゃんを席に下ろすと、プライズの入った袋を手首に通し、その上で背負った。うん、行ける。

 

「……」

 

 良かったー、体鍛えておいて。特に体幹ないとこれ持たねーよ。

 そのまま電車を降りて、改札に向かう。他人からすごい視線を感じるが、気にしてる場合じゃないってばよ。

 定期を改札に通そうとした時だ。……あれ、ダメだこれ。上手く腕を動かせねー。本格的にどうしよう……あ、とりあえず退かないと他の人の邪魔か。

 壁際に避けてどうするか悩んでる時だ。

 

「お、おいテメェ! 果穂をどうする気だ⁉︎」

「ちょっ、バッ……誰⁉︎ あぶねっ……!」

 

 唐突に後ろから肩を掴まれ、バランスを崩してしまった。果穂ちゃんは落とさないようにしたが、急に身を預けていた俺の身体が動いたからだろう。天使が目を覚ましてしまった。

 

「ん〜……」

「あ、起きちゃったよ……」

 

 誰だ邪魔しやがったのは、と顔を向けると、俺の胸ぐらに両手が添えられる。喧嘩なら買うが、果穂ちゃんは巻き込めない。どうしたものか悩ませながらそいつを見下ろした。

 

「おい、アタシのチームメイトに……!」

「あ? テメェ誰だコラ……あ、樹里?」

「え……あ、葉介⁉︎」

 

 樹里が手を離したのと同時に、微妙に寝ぼけている果穂を下ろし、壁に立てかけておく。床に散らばったプライズを再び袋に戻した。

 

「ど、どういう事だよ? なんで葉介と果穂が……?」

「あー……まぁ、ちょっとした知り合いで……。決して変なことしようとかそんなんじゃないから」

「な、なんだよ……悪かったな。早とちりして」

 

 いやいや、別に良いんだよ。むしろ、今ので全部合点があったわ。要するに、樹里の言ってた「自分よりスタイルの良い小学生」とは果穂ちゃんの事なのだろう。確かに、ちょっと樹里が気の毒に感じるくらい差が……。

 

「ドンマイ」

「何がだオイ。……一応、聞くけど……変な事はしてないんだよな?」

「してねーっつーの」

「ああ、悪い。疑ってるとかじゃねーんだ。……ただ、果穂もアイドルだから、変な噂が立つと思うと……」

 

 別に嫌な気はしてないから。その辺はちゃんと樹里も歳上として気を配っている所なんだろう。それに、正体が俺と分かっていなかったと言うことは、果穂ちゃんのために誘拐犯に掴みかかったって事だろ? 相変わらず度胸あるのかねーのか分かんないやつだな。……ぶっちゃけ、危ない真似はして欲しくねーけど。

 とにかく、やましい事はない事は伝えられたし、何なら果穂ちゃんとプライズを運ぶのを手伝ってもらおうと思った時だった。

 目を覚ました果穂ちゃんが、俺に一言抜かした。

 

「あ、お兄ちゃん……? さっきまで電車にいませんでしたっけ……?」

「ちょっ、おまっ……」

「……お兄ちゃん?」

 

 ピクッと片眉を上げる樹里。いや、待て待て違う違うそういうプレイじゃなくて……! 

 

「あれ? 樹里ちゃん、なんでここに?」

「おい、果穂。こいつがお兄ちゃんってどういう事だ?」

「はい! 今日は私のお兄ちゃんなんです! 秋葉原で色んなことをしてくれました!」

 

 言い方! よりにもよって唯一与えた情報が秋葉原! 

 なんて思った頃にはもう遅い、樹里は再び俺の胸ぐらを掴んだ。

 

「テメェ……!」

「俺がしたのはUFOキャッチャーとラジ館での買い物としりとりだけだから!」

 

 言いながら、手元の大量のプライズを見せる。果穂ちゃんの鞄にはデンオウベルトも入ってるし、ホントのことである事は証明できる。

 しかし、それでも面白くなさそうな顔をしている樹里。まぁ、優しい割に感情的な奴だからな。簡単に上がった沸点は戻らないか……と思ったのも束の間、果穂ちゃんは新たな火種をばら撒いた。

 

「あ……もしかして、樹里ちゃんの初恋の相手って葉介さんなんですか⁉︎」

「え、初恋?」

「バッ、おまっ……!」

 

 顔を真っ赤にして、俺と果穂ちゃんに交互に視線を配る樹里。目は徐々に渦巻いて来て、口元はスポンジのような形になってアワアワと声を漏らし、両手は虚空を彷徨う。

 えーっと……え、そうなの? てか、俺の話を事務所の子にしてんの? ちょっ、ズボン下ろした話だけはしてねーだろうな? ……え、てか本気で初恋? 

 なんて軽くパニックになっていた時だった。俺の顎に、拳が飛んで来た。

 

「ち、ちっげ────ーよ! バ──────ーカ‼︎」

 

 バッコーン☆というアッパーは見事に直撃し、俺の身体は壁に激突する。その間に、樹里は泣きながら走り去ってしまった。

 

「あのっ、樹里ちゃん⁉︎ だ、大丈夫ですか、お兄ちゃん?」

 

 一人、何もわかってない爆弾は、俺と樹里が抜けて行った改札の間をしばらく右往左往していた。

 

 



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言動がその人の全てとは限らない。

 月曜から割とガッツリ遊んでしまった結果、次の日の火曜はかなりキツかった。

 クソ眠い中、よりにもよって今日の家庭科は調理実習。いやー、マジでついてない。作るのはカレーなんだけど……とりあえず、班員を見回す。

 四人中、一人は他所の机に遊びに行った。そしてもう二人はというと……。

 

「ひぃん……な、なーちゃん……玉ねぎ切って……」

「もー、しょーがないなー甜花ちゃんはー!」

「……」

 

 うん、これを見るとうちの班の奴が他所の班に遊びに行く気持ちもわかるわ。

 友達がいない俺はもちろん、遊びに行く班もない。従って、ここで何かするしかないわけだ。

 仕方ないので、俺は米を炊くことにした。サボりは良くないしね。その後はー……まぁ、目の前の二人組の進行度にもよるけど、なるべく目立たない事をして、近くにいないようにしよう。

 

 ×××

 

 放課後。いや、もうほんと疲れたわなんか。それに微妙にストレスが溜まってる。だって同じ班の奴、完成したカレーを食うときも他の班のとこ行くんだもん。

 いや、同じ机にいたって話す事なんか何もないんだけどさ、あの双子姉妹と同じ机で飯を食った俺の気持ち考えてや。

 もうホント、ストレス×ストレスだったので、こんな日は身体を動かすしかない。

 しかし、昨日ハッスルしたからボウリングは無し。ジムも割と金かかるし無理。かと言って、公園で走りながらシャドーボクシングなんてしたってストレスは解消されない。

 ……そういや、樹里は今日、仕事なのかな。暇してるなら遊びたいんだけど……一応、声かけてみるか。

 今日暇? と、L○NEを送った後は、一先ず家に戻った。返事来るまで外で待ってても暇なだけだからね。

 

「ふぅ……」

 

 自室に篭り、漫画を手に取ってボンヤリする。……眠ぃーな。寝ちまうか? いや、夜寝れなくなるしな……。それに、樹里から返事が来るかもんねーし……。

 

「ん?」

 

 あ……来た。

 

 西城樹里『18時過ぎなら良いよ』

 

 よっしゃ。……その時間だと薄暗くてボールは遊びは無理だけど……まぁ、樹里と一緒なら何したって楽しいし、それだけでストレス発散にもなる。

 待ち合わせ場所を決めると、その時間になるまで漫画を読んで過ごす事にした。

 

 ×××

 

 時早くして、集合時間。場所は、晩飯を一緒に食うことになったのでファミレスだ。

 しばらくのんびりしていると、樹里がやって来た。

 

「お、おう……葉介」

「あ、来た。なぁ、樹里」

「な、なんだよ」

 

 ……なんかよそよそしいな。どうしたんだ一体? まぁ良いか。それより要件を……あれ、つーかなんで樹里と飯食おうと思ったんだっけ? 何か話そうと思ってたんだけど……もう時間経ち過ぎて忘れちゃったな。

 代わりに、昨日の話でもするか。楽しかったし。

 

「な、樹里。聞いてくれよ。昨日さぁ」

「っ……!」

「……?」

 

 なんか急に息を呑んだが……ホントどうしたのこの子? 

 

「樹里? なんかあった?」

「いや、何もねーよ……そ、それより話ってなんだよ」

「……?」

 

 あれ、もしかして俺怒らせるようなこと言ったかな。……あ、もしかして昨日のことまだ怒ってんのかな。そんな怒るようなことだったのかな……。そんなに俺を初恋だなんだと言われたのが嫌だったのか? 

 ま、だとしたら、この気まずい空気を打ち払えば良いわけで。ここは一つ、状況を緩和するとしよう。

 

「樹里、問題だ」

「は? も、問題?」

「パンはパンでも……食べられるパンツはなーんだ」

「なんだその問題⁉︎ パンなのかパンツなのかハッキリしろよ!」

「ヒント、無い」

「ねーのかよ! てか、なんだお前? 怒ってたんじゃねーのか⁉︎」

「は? 俺が? なんで?」

 

 何を言うてんのこの子。俺が怒る要素あったっけ? 

 

「だ、だって……昨日、殴っちまっただろ? その、果穂に……初恋だなんだって……言われて……」

 

 ……ああ、そんな事か。

 

「別に気にしなくて良いから。殴られるくらいなんて事ないし」

「そ、そうかよ……? え、じゃあなんでアタシを呼び出したんだ?」

「それはー……まぁ、なんだ。ぶっちゃけ愚痴のためだったんだけど……でももうあんまストレス溜まってないから、普通に駄弁ろうや」

「おいおい……まぁ良いけどよ。でも、なんか嫌なことあったんなら言ってくれよ。相談にくらい乗れるぜ」

「調理実習で同じ班の奴の一人が他の班に遊びに行って、もう二人が双子の姉妹で百合百合してて班行動で孤立した」

「あ、アタシと今度一緒に料理するか?」

 

 やめろ、その親目線の同情が一番、心にくる。主に、心の臓に。

 さて、何について話すか、だけど……まぁ、話したいことはたくさんある。けど何より、一番はやっぱあの話だよね。

 

「なぁ、樹里。この前から気になってたんだけどさ、お前の初恋って俺なの?」

「テメェその話蒸し返すか⁉︎」

 

 いやーだって気になるでしょ。そんな風に言われちゃったら。

 

「違うに決まってんだろ!」

「でも、あの言い方だと初恋の相手はいるって事だろ?」

「だから違ぇって。あいつらにお前の話したら、勝手に初恋だなんだと盛り上がっちまったんだよ」

「女子ならではのあれか」

「そうそう。だから、真に受けんなって」

 

 ま、そんなもんだよな。実際、俺だって初恋もまだなわけだし。

 

「ちなみに、果穂ちゃんとは上手くいってんの?」

「どういう意味だよ」

「や、喧嘩してねーかなって。昨日の帰り道、微妙に果穂ちゃん怒ってたし。『急にパンチするなんて樹里ちゃん、ひどいです!』って」

「ああ、平気だよ。ちゃんと誤解解いておいたし。『謝るまで許しません!』とは言われたけど……良い時にお前からL○NE来たから、謝ってくるっつって来たんだよ」

 

 こうは言ってるけど、ここに来たときのぎこちなさを思い浮かべると、割と本気で怒られて、しゅんっとしてたんだろうなぁ……。こう見えてメンタル弱い子だから。

 良い時に、とか言ってるけど、多分、実際に来た時はかなりドギマギしてたと思う。

 今でこそ平気な顔をしてるけどね。

 

「……な、なんだよ。そのニヤケ面」

「なんか……お前、可愛い奴だな」

「はっ⁉︎ い、いいいいきなり何を……!」

「いや、なんか……分かりやすいというか、素直じゃないというか……いや、何でもないわやっぱ」

「な、なんだよそれ! てか、どういう意味だよ⁉︎」

「ん、女っぽくなったって事」

「ぜってー嘘だ! てか、バカにしてたんだろ今!」

「とりあえず注文しようぜ」

「この野郎……!」

 

 だってまだ何も頼んでないもの。メニューを開いて、何にするか決める。とりあえず……俺はいつもの肉……と言いたい所だけど、金ないわ。ペペロンチーノで良いや。

 

「決まったわ」

「何にすんだ?」

「ペペロンチーノとドリンクバー」

「……そんなんで良いのか?」

「……昨日、果穂ちゃんのためにハッスルして財布が薄くなっちまったからなぁ」

「バカだなお前……よし、アタシも決まった」

 

 店員さんを呼び出すボタンを押した。お互いにさらっと注文を済ませ、料理を待つ。

 

「お前……意外とガッツリ行くんだな……。ハンバーグに辛味チキンって……」

「は、腹減ってんだよ。それに、一応アイドルだし、金はあるからな」

「金あるのにファミレスね」

「高いとこ行って良いんだな?」

「嘘ですごめんなさい」

 

 無理無理無理。金があっても無理。……夏休みはまた短期のバイトしないとなぁ。今回は何にしようか……なんかこう……1日で八千万くらい稼げるバイトないかなぁ。あるわけないわ。

 

「それより、飲み物取ってくるわ。何飲む?」

「とって来てくれんのか? んー……アタシは、アイスティーで。ミルクとガムシロ入れて」

「はいはい。一応聞くけど、砂糖の代わりに甘い炭酸ジュースでも良い?」

「ぶっ飛ばすぞお前」

 

 ですよね。

 とりあえず、言われた通りにアイスティーと自分のメロンソーダを注いで席に戻る。

 

「はい、お待たせ」

「……なんも変な事してねーだろうな」

「してねーよ」

「砂糖の代わりに塩とか」

「なんでドリンクバーに塩が置いてあんだよ」

 

 新し過ぎて笑えるわ。塩を入れたって飲み物の甘さは増さない。

 とりあえず、持って来た飲み物を一口、口に含み、一息つく。こうしてぼんやりしていると、このお店の壁に飾ってある絵画ってなんで女の裸ばっかなんだろうな……。いや、実際、世界の名画が裸婦ばっかだからなんだろうけど。

 でも、何もそれをチョイスしなくても良くない? 

 

「……おい、どこ見てんだよ」

 

 そんな事を思っていると、樹里から声が掛けられる。

 

「え? ヴィーナスの誕生。なんであいつ貝殻から生まれてんだって思って」

「え、あ、そ、そっか……」

 

 つーか足場のあれは貝殻なのかな。ようわかんねーけど。

 ……てか、樹里は何を見てると思ったの? ああ、あの絵のおっぱいか。確かに女の子と二人でいるのにそれは無いな。

 

「な、なぁ、葉介」

「? 何?」

「この前、果穂にとってやってた景品だけどよ……」

「ああ、あれ。いやー、果穂ちゃんに欲しいって強請られちゃってさー」

 

 そしたらもう取らないわけにいかないじゃん? まぁ、その結果がこの財布の中身を物語っているわけだが。

 

「てか、なんで果穂のためにそんな金使ったんだよ」

「果穂ちゃんの喜ぶ顔を見るとついな……。まぁ、あの笑顔を見れたんなら安いもんよ。あはははどうしようお袋にバレたら消される……」

「お前ホントバカだな……そういうとこ、変わってねーけどよ……」

 

 大きなお世話だ。とりあえず、最近は昼飯をパン一個だけで凌いでる。どうせ午後は授業2時間しかないわけだし、何の問題もない。

 

「ち、ちなみに、だけどよ……」

「? 何?」

「……あ、アタシも……その、ぬいぐるみ……でもなんでも良いけど……なんかとって欲しいって言ったら……どうする?」

「……」

 

 しどろもどろに呟く樹里。……え、お前ぬいぐるみとかフィギュアとか興味あったっけ? 

 

「や、どうも何も取ってやるけど……なんで?」

「いや……アタシの方が付き合い長いのに、アタシに何かプレゼントしてくれた事なかったなーって」

「ああ、付き合いが長いって言っても、小学生の頃に何かあげられるわけがないでしょ」

「そりゃそうだけどよ……や、そうじゃなくてな」

「じゃあ何?」

「っ、だ、だから! アタシもお前と一緒にショッピングとか行ってみたいってんだよ!」

 

 ……ああ。そういう事か……。いや、まぁ確かに小学生の頃は二人で表ではしゃいでいただけだしな。こっちに来てからも、飯とバスケしかしてない。

 

「……でも、今は金ないからもう少し先……夏休みとかでも良いか?」

「い、行ってくれるのか?」

「行かない理由がないからな」

「よっしゃ!」

 

 しかし……ショッピングか。樹里もやっぱ女の子だし、そういう女の子っぽい服とか着るのかな。

 

「樹里はワンピースとか着ないの?」

「っ、な、なんでだよ……?」

「いや、何となく。樹里もそういう服に興味あったりすんのかなって」

「ね、ねーことはねーけど……いや、ねーな。あんま着ない」

「……」

 

 これはー……ある時の反応だな。正確に言えば、着たことがある奴の反応。

 

「でも……樹里のワンピースか……見てみたい気もすんだよな……」

「なんでだよ」

「そもそも、俺にとっちゃ学生服でもスカートを履いてる樹里が新鮮なんだよ」

「どういう……いや、まぁそうか」

「特に、そんな良い足してると思わなかっ」

「おい、蹴るぞお前」

 

 いや、いやらしい意味じゃなくて、筋肉質で鍛えられてるって言いたかったんだが……うん、まぁ言い方が悪かったな。

 すると、突然、樹里は頬を赤く染めて目を逸らす。そのまま、ポツリポツリと呟くように言った。

 

「……まぁ、どうしてもお前が見たいって言うなら……着ても、良いけど……」

「え……良いのか?」

「い、一回だけだからな!」

 

 ……ま、マジかよ……。てか、ワンピース着る前からその表情は普通に可愛いんだけど……。

 

「でも、買い物の時だけだからな! 夏休みまで待ってろよ!」

「よっしゃ。超見よう」

「見るな!」

 

 なんだかんだこっちのお願い聞いてくれる辺り、やっぱ樹里は優しいんだよなぁ……。やっぱり、昔と比べてちっとも変わっていない。

 うんうんと小さく頷いていると、料理が運ばれて来て、机の上に並べられた。

 

「お待たせいたしました。辛味チキンと……ペペロンチーノです」

「お、来たな」

「ハンバーグステーキはもう少々、お待ち下さい」

 

 最後に「ごゆっくりどうぞ」とだけ言うと、店員さんは引き下がっていった。

 ……うーん、晩飯にペペロンチーノだけってのは正直、足りないんだよなー。その上に先に来ちまって、多分、樹里よりだいぶ早く食べ終わっちまいそうだし……。

 どうしたものか悩んでいると、樹里が辛味チキンの小皿を差し出して来た。

 

「おら」

「え?」

「全部じゃねーぞ。2〜3本食えよ」

「……良いのか?」

「アタシ一人じゃ食い切んねーしな」

 

 じゃあ頼むなよ、なんて台詞は無粋である。そんなわざわざ気を使ってくれて……。「食い切んねーし」と言った割に、頬を赤くしてそっぽを向いちゃってる辺りがもう本音がボロボロ落ちてるよね。

 相変わらず、素直じゃなくて優しくて、本当に良い奴だよ。

 

「……やっぱ、お前可愛いな」

「っ、だ、だからいきなりそういう事言うなよ! なんだお前……!」

「サンキュー。もっかい、飲み物持って来てやるよ」

「ったくよー……」

 

 そんな話をしながら、二人で食事を進めた。

 

 




誤字報告してくれている方、いつもありがとうございます。


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何事もハプニングとタイミング。

 俺は、夏が好きだった。なんでって、遊ぶの楽しいから。汗だくになって球技に励み、ライバルと勝ち負けを競うのはとても充実感があった。

 しかし、今は夏があまり好きではない。暑いだけだから。これで部活でも入っていようものなら少しは好きなままでいられたのだろう。だが、運動しない夏なんてただ暑いだけだからね。

 そんなわけで、暑くなって来たこの頃は直帰に限る。……大丈夫、暑いのはもう少しだ。それが過ぎれば、梅雨に入って少しは涼しくなる……。

 で、まぁそんな日でも運動はしたくなるわけで。今日はマラソンをする事にした。明日、学校休みだし多少走り過ぎても問題ない。

 暑いので、日が沈んでから走り始めた。イヤホンを耳につけて走る。

 

「っ……っ……」

 

 こういう時、好きな曲を流して走るととっても楽しいのよ。特に、少年漫画のopとか。

 特に、ワンピ、ナルト、銀魂辺りが激アツ。なんか、こう……流れてくる曲によっては走り方とか変えちゃったりしてね? 

 でも昼間やると通報されるから、こうして夜に走る、というのもある。銀魂とか、あのマッハのり子の回の銀さんのスクーターに乗ってる気分で走るの超楽しい。

 こう……スイッチ押しちゃって、スクーターがぶっ飛んだりしてね? 

 

「ギィィィヤアァァァァァァッッ‼︎」

 

 人の少ない道で絶叫しながら走っ……。

 

「……」

「ァァァァ‼︎」

「……」

「ァァアアッ⁉︎」

「……」

「ア、アアぁぁぁぁ……」

 

 ……み、見られてた……しかも、思いっきり知り合いの有栖川夏葉さんに……。

 唖然としながら、同じくジョギング中だったのか、ジャージ姿の有栖川さんを眺めているとふいっと目を逸らされて先に走り出されてしまった。

 いや、何その間! 待て待て待て! 

 

「ちょーっと待って! 違う、違うから!」

「誰にも、言わないから……!」

「そういう問題じゃなくて! 俺別に普段からああいうことしてるわけじゃないからね⁉︎ 今日はちょっと気分が乗っちゃってー!」

「気分が乗っちゃうとっ、ふぅ……ああいう事しちゃうのね、あなた」

「や、だから違くて! え、てか気持ち分からない? 台風の中、ジョギングしてる時に、無駄にカッコ良い台詞言いたくならない?」

「まずっ、私は台風の中で……じ、ジョギングしない」

 

 くっ、返す言葉もねえ……! てか少しは足止めろよ! 

 

「大丈夫よ、私と……あなたの間に、共通の知り合いは……いない、でしょう?」

「そういう問題じゃなくて!」

「ていうか、走ってる時に話……かけないでくれる?」

「いやいや、こんなの歩いてるのと一緒でしょ」

 

 俺は余裕で会話できてるし……なんて本音が漏れたのが運の尽きだった。ピクッと頬をひくつかせた有栖川さんは、眉間にシワを寄せて、全然笑ってない笑顔で俺を睨んだ。

 

「……言うじゃない。変態男」

「変態じゃないから!」

「上等、よ!」

 

 さらに加速する有栖川さん。ま、でも俺を相手にスタミナ勝負は、仮面ライダー1号にジャンプ力勝負を挑むようなものだ。

 俺も一緒に加速してマラソンを始めた。二人で並走する。抜いたり抜かれたりするが、俺は余裕だけど有栖川さんはそうもいかないっぽい。

 

「あ、あんた……意外と、速いのね……!」

「鍛えてあるからな。え、もしかしてギブ?」

「ま、まだまだ!」

 

 良い根性してるなぁ。実際「練習怠ぃ〜」「部活面倒臭ぇ〜」とか喧しい連中より、こうして各々で鍛えている人の方が余程、ガッツがあると言える。

 さて、もう少し付き合ってやるか、と思いながらたったかたったかと二人で走る。

 ランニングは川沿いに出て、土手を二人で並んで走る。もう日が落ちているので、足元は微妙に見通しが悪い。

 

「有栖川さん、足元気を付けてくださいよ」

「敵にっ、塩をっ……送るなんて、良い度胸ね……!」

「いや、転ばれると困っ」

 

 直後、視界が暗転した。真っ暗闇だけが瞳に映る中、頭や腰、足や背中に衝撃が走る。最後にザッパァーンっと液体の中にダイブして、ようやく状況を理解した。

 注意しておいた俺が落ちたみたいですね。

 

「あなたって、見学してると面白いわね。観察日記とかつけられそうな程、ピエロやってるわ」

「う、うるせぇ……ゲホッ、ケホッ……」

「ほら、早く上がって来なさいよ」

 

 言われるがまま、川から上がって顔を振る。もう二度と、夜に土手は走らねえ……。

 

「さぁ、帰りましょう。近くに私が暮らしてるマンションがあるわ」

「へ?」

「シャワー浴びないと風邪引くわよ。勿論、泊まりは無理だけど、さっぱりしてから帰りなさい」

「……良いの?」

「このまま置いていく方が無理よ」

 

 有栖川さん……良い人なのか? や、でもこのご好意に甘えて良いのか? 一応、異性なんだが……。

 

「あの、俺こんなんでも男子高校生ですよ?」

「あなた、樹里の友達なんでしょう?」

「えっ……じ、樹里って……西城樹里?」

「私、その子のチームメイト」

 

 んがっ……な、なんと⁉︎

 

「そんな子が、部屋に上げてシャワー貸すだけで私に何かしてくるとも思えないし、構わないわよ」

「え、いや……え? またあいつのチームメイト?」

「果穂が喜んであなたの話してから確信したわ。外見も名前も一緒だったしね」

「ええ……あ、そうか。果穂ちゃんとも仲間って事になるのか……」

 

 なんか、ほんと世間って狭いんだな……。世の中で俺と関わる連中はみんな、俺の友達の友達なんじゃないかと思うレベル。

 

「でも、俺の不注意でこうなったわけだし……有栖川さんのジョギングの邪魔もしちまってるわけだろ? 世話になりっぱなしは……」

「気にしなくて良いわよ。今なら、格安でうちに上げてあげるわ」

「金取るのかよ!」

「お代は、樹里との思い出話で良いわ」

 

 ……ああ、なるほど。要するにあいつのことを知りたいわけね。

 

「一夏しか一緒にいなかった仲だけど、それでも良いのか?」

「だから、それで良いって言ってるの」

「あそう。……じゃあ、ありがたく世話になるわ」

 

 そんな話をしながら、その日は有栖川さんの部屋でシャワーを借りた。

 

 ×××

 

 さて、翌日。昨日の夜に思ったより話に食いつかれたわけだが、何とか夜のうちに家に帰ってこれた。

 おかげで、俺は昼に起きるハメになったが。こんなにだらしない生活をしたのは久しぶりだ。

 

「ん〜……」

 

 伸びをしながら一階に降りて、まずは洗面所で顔を洗い、髪型を直す。今日はオフなので、軽くワックスもつけておいた。

 で、歯ブラシを手に取って口の中に突っ込むと、シャカシャカ動かしながら部屋に戻った。

 パジャマを全部脱いで着替えを済ませると、再び洗面所に戻って脱いだパジャマを洗濯機に放り込む。昨日の汚れ物も全部、中にぶち撒けて、歯ブラシを終えてようやく居間に入った。

 

「あ、来た。おはよう」

「随分と遅いお目覚めだな」

「ああ……うん。いや、昨日ちょっとな……」

「昨日、何があったんだよ? 教えろって」

「いや大したことじゃないんだけど、たまに一緒に運動する人で……」

 

 って、お袋ずいぶんと声が若いな。……いや、ていうか遡って最初の二つの挨拶よ。

 

『あ、来た。おはよう』

『随分と遅いお目覚めだな』

 

 いやこれ別人でしょ。もしかして姉か? いや俺に姉はいねえよ? 妹か? 妹もいねえよ。ってことは……。

 

「え、樹里? なんでいんの?」

「よう」

「いや、よう、じゃなくて」

「朝飯なら出来てるぜ。アタシが作った」

「もう昼だけどな」

「それはあんたが言えるセリフじゃねえ」

 

 まぁね。てか、樹里が作った飯かぁ……。なんか、普通に楽しみだわ。昔はそういうのやらなかったからなぁ。精々、流しそうめんやった時に親の手伝いでネギの早切り競争やって指切って怒られたくらいだ。

 

「はい、オムレツ」

「さんきゅ。お前そっくり」

「るせーよ」

 

 そんな適当な話をしつつ、オムレツを口に運んだ。お袋は空気を読んで部屋から出て行ったようだ。

 あ、美味い。料理作れるようになるなんて……ホントに何つーか……女っぽくなったんだな。

 

「美味いなこれ」

「ほ、本当か⁉︎」

 

 ……反応も可愛いのが困る。本当、女の子っぽくなったよお前は……。

 可愛い樹里、というのはいつまで経っても慣れないので、早めに話を逸らすことにした。

 

「それより、何の用だよ」

「いや、さっきお前に暇かどうかL○NEしたのに既読つかないから、直接来たんだよ。今日はアタシ、午前で仕事終わりだったから遊ぼうと思って」

 

 ああ、なるほどね……。いや、でも直接来るこたぁねえべさ。

 

「どんだけ俺に会いたかったんだお前」

「バッ……そ、そんなんじゃねえよ!」

「いや冗談だから……」

 

 相変わらずからかい甲斐のある奴だなぁ。まぁ、その分、制裁の威力は段違いなわけだが。

 ったく……と、小声で毒づきながら樹里は、お袋が用意したのか、机の上に置いてある飲み物を口に含む。

 すると、今度は頬を若干、赤らめ始めた。怒ったり照れたり忙しい奴だな。

 

「そ、それとよ……」

「何?」

「その……夏葉から聞いたんだけど、お前……夏葉と一緒にジョギングしたのか?」

「ブフッ!」

 

 思わず吐き出してしまった。あの野郎、共通の知り合いいるのに言いやがったな! ていうか俺も迂闊でした! 何故、樹里のチームメイトと言われた時に突っ込まなかったのか! 

 

「な……何か聞いたか? あいつから……」

「絶叫しながら走ってたなんて聞いてねーよ」

「殺せよおおおおおお!」

「いや、別に気にしてねーよ……お前、小学生の頃からそういう節あったし」

「え、そ、そう?」

「あった」

 

 そ、それはそれで……地味にショックだな。主に自覚がなかったあたりとか特に。

 

「って、そんな事よりよ。……その、次から……アタシも連れてけよ」

「何処に」

「だから、その……ジョギングだよ」

 

 なんでだよ……。今の話の流れでよく今それ言えたな。

 

「言っとくけど、お前の前じゃ絶叫しねえよ」

「そんなもん期待してねーよ! てか、絶対すんなよ⁉︎」

「振りか?」

「違う! ……ど、どうしてもやるってんなら、アタシも一緒にやる!」

「え……正気?」

「悪いのかよ!」

「良くはないよね」

 

 ……まぁ、俺もそういうノリは嫌いじゃ無いけど。とはいえ、住宅街でやったら通報待った無しなので、やるならー……アレだ。まさに昨日の土手みたいな場所がベストだろう。

 

「まぁ、一緒に走るくらい良いけど」

「ほ、本当か⁉︎」

「嘘ついてどうすんだよ。まぁ、お前もアイドルとかやってんなら体力使うんだろうし、スタミナはあって損するものじゃないだろうし」

「お、おう……よく分かったな? アイドルが割と体力使うって。ライブとか行ったことあんのか?」

「つべで映像見ただけ。でも、歌いながら踊ったり楽器弾いたりすんのが大変なんてことは見てりゃ分かるよ」

「相変わらず、身体動かすこととかに関しちゃ勘が良いんだな……」

 

 いやいや、見りゃ分かるでしょ。カブトムシのオスとメスくらい見分けがつきやすいぞ。

 呆れたような表情の後、樹里はニヤリと唇を歪ませた。意地悪そうな笑みを浮かべると、まんま意地悪そうな声音で言う。

 

「……それに、アタシが見たいのはどっちかっつーと、土手から転がり落ちて川の中にダイビングする方だしな」

「るせーよ……もう転ばねーよ」

「ほんとかー? 小学生の時だって、お前たまにドジやらかしてたじゃねーか。そういうとこ、ホント変わってねーのな」

 

 喧しいわ。

 

「ちなみに……怪我とか無かったのか?」

「無かったよ」

「どんだけ丈夫なんだよ……。人によっちゃ骨折してるぞ」

「シャワー浴びた後に有栖川さんも見てくれたけど、背中と足に青タンが出来たくらいだな」

「え?」

「ん?」

 

 昔から丈夫なんだよ。風邪はたまに引いてたけど、骨折、捻挫、ヒビ……病気系ならインフル、ノロ、熱中症、日射病、脱水症状とか、その辺のは予防接種しなくてもなった試しがない。

 ……そんな俺でも引いたことのある風邪はどんなウイルスだったのだろうか? そっちの方が気になるな。

 しかし、樹里が引っかかっていたのはそこではなかったようだ。

 

「え……シャワーって……?」

「え? 聞いたんじゃないの? あの後、有栖川さんのマンションでシャワー借りたのよ。川の中にダイブしたから気を使ってくれて……」

 

 説明したものの、樹里には覚えのない話なのか、頭上に大量の「?」が浮かんでいる。

 あー……これは、もしかして……やらかしたパターンか……? いや、まだ間に合う。あいつが言葉を全て理解する前に、なかったことにする! 

 

「いや、嘘嘘。何でもないヨー」

「無理だ! お、おい、どういう事だよ⁉︎」

 

 うん、無理でした。知ってた。

 こうなったら、樹里はもうしつこい。それこそ踏んだ足の裏のガムのようにしつこい。なので、早めに折れることにした。

 昨日、起こった事を全て説明すると、樹里はジト目で俺を睨む。

 

「……本当か?」

「本当だよ。だからやましいことは一切してねーよ」

「なら良いけどな……あんま他の人に見られたらまずい事してんじゃねーよ」

「お前に言われたくねーんだよ。普通にうちに泊まりにきた奴が」

「アタシは良いんだよ!」

「どういう理屈⁉︎」

 

 いや、まぁ幼馴染だし良いじゃん、と言われたらその通りなんですが。一応、情状酌量の余地はあると思ってる。有栖川さんとかの場合はそうもいかないが。

 

「それより、これからどうする? せっかく遊びにきたんならどっか行くか?」

「……ボウリング」

「は?」

「夏葉と行ったんだろ? アタシとは行けないってのか?」

「あの、せめて金があるときとかにしてくれない? 俺は普通の……いや、普通より成績低めの学生だし、バイトは長期休暇中じゃなきゃ出来な……」

 

 直後、俺の机の前に五千円札が降って来た。母親からだ。

 

「返すのは夏休みで良いわよ」

「……」

「うしっ、行くぞ!」

 

 このあと、滅茶苦茶二人でボールを転がした。

 

 



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好きなものこそ大事にしよう。

 疲れた時には糖分、頭を使った後は糖分、イライラしてるときは糖分、当分は糖分、色んな糖分に関する言葉を聞いたが、それのどれも適切ではない。

 糖分は、いつでも糖分だ。甘いものは本当に良いものだよ。世の中も何もかも甘くなれば必ずうまく行くというのに、何故、社会は厳しいものであろうとするのだろうか? そんなに縛り付けて追い込んで良いことある? 

 いや、スポーツ選手なら分かるよ? 敵とのガチンコなインファイト、それが球技であれ格闘技であれ陸上競技であれ、敵が明確に見えるのだから。甘えは負けに繋がる。

 けど、別に他のことは甘くて良くね? まぁ俺がどうこう言った所で世界が甘くなることなんてないのだから。

 だから、食べ物や飲み物くらいは甘くて良い……切実にそう思います。

 そんな甘さマックスな俺だが、今日はその糖分を摂取しに来た。期間限定「宇治抹茶白桃パフェ」が本日から発売されるのだ。

 白桃と抹茶って合うの? なんて質問は無粋である。甘いもんが発売されたら、とりあえず食うのが甘党であり、男だ。

 

「……」

 

 昨日、母親から借りた金のあまりで十分、買える金額だったので、その金を持って放課後に参戦した。ちょうど他の学生も友達と寄り道している時間なのか、思いっきり丸かぶりした。

 ……売り切れねえだろうな。売り切れたら発狂するぞオイ。こんな事なら、漫画買う前にここに来りゃ良かった。

 まぁ、待ち時間は苦手じゃない。その間にスマホをいじったり漫画を読んだりすれば良いだけの話だし。

 

「……来たんだね、葉介くん」

「その声は、聞き覚えがあるな」

 

 背後から俺を呼ぶ声がした。その声は、もう何度も耳にした戦友の声だ。新たな獲物が期間限定で発売される度に、或いは期間限定の獲物がもう直ぐ終了となる度に、共に手を取り合って戦った相棒、園田智代子だ。今日は、おまけがいるらし……あ、あれ? あれ杜野凛世じゃ……。

 いや、まぁ有栖川さんも樹里の友達って時点で何となく察してたが。要するに、俺の知り合いだった女の子達はみんな樹里のチームメイトなのだろう。

 ま、今はそんな事どうでも良い。

 

「やっぱり、お前も来たか」

「勿論だよ! こんな日、逃すわけにいかないからね!」

「智代子さん……東田さんと、お知り合いだったのですか……?」

「まぁね」

 

 凛世さんが隣から口を挟む。年下なのに「さん」をつけたくなってしまうのは何故なのだろうか。

 

「てか、アレだろ。お前ら、樹里のチームメイトだろ」

「えっ、今更⁉︎」

「……ということは、やはりあなたが……樹里さんの初恋の方、なのですね……?」

「それ違うからな」

 

 あいつどんだけチームメイトに勘違いされてんだよ。なんかもう俺まで恥ずかしくなってくるまであるわ。

 

「一応、聞いておくけど、他の果穂ちゃんと有栖川さん以外にチームメイトはもういないな?」

「いないよ?」

 

 いないんだ……ちょうどピッタリ樹里のチームメイトと出会ってたわけですね。どんな運命だよ。意味あるのか、このデスティニー。

 

「……まぁ良いや。とりあえず、一緒に食うか? なんか混んでるし、一緒じゃないと他の客に迷惑かも」

「だね。凛世ちゃんも良い?」

「はい……。ご一緒に、参りましょう……」

 

 そんなわけで、三人で同じ席に座った。さー、これからパフェだ。白桃と抹茶のコラボレーションなんて期待しかねーよ。一体どのようなフレーバーとテイストになっているのか、とても楽しみだ。

 とりあえず、三人で同じパフェを注文し、しばらく待機。あとドリンクバーも注文した。

 飲み物を持って来て座ると、杜野さんが微笑みながら言った。

 

「……それにしても、東田さんは……とても、肝が据わった方なのですね」

「は? 何が?」

「普通、アイドルと一緒にいると思えば……少しは、その……緊張するものかと思いますが」

「あーそれ私も思った。もしかして、私達ってアイドルのオーラ出てない?」

 

 ああ、そういう意味。

 

「いや、オーラが出てるかどうかは知らんけど……あんま別に気になんない。アイドルになって、こう……かめはめ波が撃てるんなら少しは……?」

「か、かめはめ波……?」

 

 うん、俺も今自分で何言ってんのか分かんなかった。

 

「ごめん。何でもない」

「申し訳ありません……未熟な凛世には、東田さんの仰りたい事が理解出来ませんでした……」

「いや、俺も意味わかんないから謝らないで。かえって恥ずかしい」

 

 とりあえずそれを止めておいた。いや、だって恥ずかしいもの。

 すると、園田さんが俺の方をニヤリと微笑んで見上げてくる。

 

「ちなみに……久々に樹里ちゃんと再会できたわけだけど……どう思ってるの?」

「何が?」

「樹里ちゃんの事」

 

 ああ、初恋の件ね……。そんなん言われても、別に特別な感情は持ち合わせていない。……いや、少なくともこの世で一番大切な人ではあるんだが……。

 まぁ、なんであれ答えておくか。女子のネットワークは常に真偽を抜きにした最速の情報を流すから、テキトーなことは言えない。

 

「正直、俺は再会するまであいつの事、忘れてたからなぁ。けど、会ってからはやっぱ楽しかったし、嬉しかったから好きではあるんじゃねえの」

「わっ……り、凛世ちゃん。今の聞いた?」

「は、はい……とても、大胆な告白を為されました……」

「や、そういうんじゃなくて……こう、友達としてだよ。……てか、あんな風に俺なんかを気にかけてくれる奴、嫌いになるわけないだろ」

「ああ、そういう……」

「東田さんは、初恋もまだなタイプなのですね……」

 

 良いだろ、別に。

 飲み物を口に含んでいる間に、園田さんと杜野さんは耳元で何か二人で話始める。

 

「……どう思う?」

「どうでしょうか……いえ、やはりそっとしておくのがベストなのでしょうが……」

「……やっぱり、東田くんも自覚なさそうだよね」

「……はい。何か、お二人の間できっかけがあれば良いのですが……」

 

 ……なんの話をしてんのか知らねーけど、なんとなく俺が知って良い話じゃなさそうってのは分かるな……。

 とはいえ、このまま一人のままなのも少ししんどい。話に割って入って、別の話題を刷り込むか。

 

「何の話してんの?」

「んっ……いや、葉介くんも樹里ちゃんのこと大好きなんだなーって」

「え、ちょっ……智代子さん……」

「え? あ……」

 

 ……え、好き? 俺が? 樹里を? あ、いや……うん。えっと……え? いや、えっと……あ、うん。いや、何が好きって……ああ、樹里か。いや、え? 好き? 好きってなんだっけ? ……ああ、その人に対して色んな情を浮かべる、的な感じか……。えーっと……うん、つまり……。

 

「い、いや……好きじゃ、ねえし……」

「「……え」」

 

 苦し紛れにそう漏らすと、二人はピタリと固まって俺を見る。……なんだよ、その目。飛んできたセミを見つけた猫みてえな……。

 二人は俺を見た後、顔を見合わせて頷き、再びこっちを見た。

 

「ところで、葉介くん。樹里ちゃんってとても可愛いよね?」

「え、な、なんだ急に? べ、別にそういう目であいつのこと見た事ねーから。めちゃくちゃ可愛くなってた。色気はないけど」

 

 やべぇ、テンパって言ってることがまとまらん。俺、今なんて言った? 少なくとも、目の前の二人のJKが喜ぶような事言っちゃったのはわかる。

 

「……どのような部分が……可愛いと思うのですか?」

「え、いやだから別にそういうんじゃなくて、単純に昔とのギャップを切に感じたって感じ。あいつもいろんな面で女の子っぽくなってたから……」

 

 だから俺何言ってんだ⁉︎ ちょっ、マジで黙れよ、俺! 

 

「ね、葉介くん。他にもいろいろと聞かせてくれない?」

「いや、聞くな。それより、今からスイーツを……」

「そんなの来てからで良いから」

「……それとも、凛世達が樹里さんのお話をしましょうか……」

「あ、それ良いね!」

 

 その後、JKの無尽蔵なトークを聞かされた。

 

 ×××

 

 はぁ……疲れた……。糖分とってこんなに疲れたのは初めての経験だ。

 ……とはいえ、だ。俺って樹里のこと好きなのかなぁ。いや、初恋もまだな俺に「好き」って感情がどんなもんなのか分からんけど……。

 あーもうっ、なんかすごく恥ずかしい思いをした気がする! 死にたい! なんだよ、初恋とか好きとか! わっけわかんねーよバーカ! 

 結局、あの後、園田さんから大量のURLが送られて来た。放課後クライマックスガールズのライブ映像だ。

 

「……」

 

 せっかくだし、見るか。アイドルのライブなんて、親に見られるのは恥ずかしいし……今見ちまおう。

 近くの公園に立ち寄って、ベンチに座ってスマホにイヤホンを刺し、URLを押す。正直、アイドルのライブとかあんまり興味ないんだが……まぁ、さらっと流し見すれば……。

 

「……」

 

 ……と、思っていたが、それは小さな画面の中で舞う5人の少女達が許さなかった。

 聞いたこともない曲ばかりだが、それを会場に来ているファン達に向けて全力で歌い、踊っている。それは、会場にいない俺の胸にも強く刺さった。

 あれが、大きく変わった幼馴染みの姿だからかもしれない。俺の知らない面を見たからかもしれない。どんな理由であれ、少なくとも思いっきり胸が高鳴るのを感じた。

 

「……樹里」

 

 前々から思ってはいたよ。こっちにきてカッコ悪くなった俺なんかと、昔と変わらずに接してくれて、必死にまた遊ぼうと声をかけてくれて、何とかして盛り上げようとしてくれた。

 その上で、こうしてあいつ自身もキチンとやりたい事を見つけて、多くの人を魅了している。

 いつのまにか、すごくカッコ良い奴になっていた。俺とは真逆だ。

 

「っ……」

 

 ライブの映像を途中で切った。これ以上、樹里の顔は見ていられない。胸が痛むから。

 何となく、分かってしまった。多分……これが、初恋って奴な……。

 

「っ」

 

 うおっ、電話かかって来た。しかも、その人物から。何つータイミングだよ……いや、まぁ良いんだけど。ただ、今の状態でまともに会話できるか……ただでさえ、さっきも変な事たくさん言っちゃったのに。

 でも、シカトはしたくないし……。

 

「……もしもし?」

『テメェ、今日はチョコと凛世とパフェ食ったんだってな⁉︎ アタシも連れて行け!』

「……」

 

 ……こんな子供っぽいとこも可愛いとか感じちゃってるのは何なんだろうか。これも初恋の影響か? 

 

「……別に、連れてったわけじゃねーよ。たまたま店で会っただけで……」

『運命かよ! とにかく、一緒に行くからな!』

「……あっそ」

 

 ……まぁ、どの道、告白なんてしない方がお互いのためなんだ。振られたらもう会わなくなるだろうし、俺はまたボッチに逆戻りだ。

 なら、しばらくは樹里の残念な部分を思い出して、好意に蓋をして床下に隠しておく事にしよう。

 

『とりあえず、今からジョギング行かねえか?』

「はいはい……」

『で、その後に疲れた身体を引き摺って甘いもの食べに……』

「それは金無くなるから勘弁して」

 

 そんな話をしながら、とりあえず好意を隠すことにした。

 

 



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放クラ会議(タコパ編)

 パーティとは、何か祝いたい事があった時だけではなく、とにかく何か騒ぎたい時にやるものでもある。「なんかテンション上がっちゃったし、居酒屋行こうぜ?」とか「今日は寝る前にパジャマパーティやろうよ」とか、全部パーティである。

 そんな中で、放課後クライマックスガールズが今日、開くパーティは「たこ焼きパーティ」であった。

 これの楽しむポイントは、みんなで料理を作れるという事。そしてその作る料理がとても楽しいという事だ。

 たこ焼きはタネさえ出来てしまえば、あとは専用の焼く機器に流し込んで焼き上がるのを待つだけ。その間、具を入れたり引っくり返したりするが、それが醍醐味であるため、面倒という感じはしない。

 場所は、夏葉の自宅。高級過ぎるマンションに全員集合し、智代子と凛世はタネを作っていた。

 食材は、みんなで買い出しに行って既に揃えられているのだが、飲み物を買い忘れたので樹里と果穂が買い出しに向かっている。

 で、夏葉はたこ焼き機を用意していた。

 

「うーっす」

「ただいま戻りました!」

 

 玄関が開く音がした。二人が帰って来たようだ。それとほぼ同時に、智代子と凛世もタネを仕上げた。

 

「おかえりー!」

「……こちらも、タネ作り……完了、いたしました……」

「おお、お疲れさん」

「夏葉さん、準備の方はどうですか?」

「私を誰だと思っているの? いつでもいけるわよ」

 

 準備はちょうど、整ったようだ。机の上にタネと飲み物と氷入りのコップを運び、全員が席に座ると、夏葉が号令を掛けた。

 

「よーし……じゃあ、放課後クライマックスガールズ、たこ焼きパーティを始めるわよ!」

「「「「おー!」」」」

 

 全員で拳を突き上げると共に、たこ焼きパーティが始まった。

 そうと決まれば、まずは焼くところが。誰かが「誰が焼く?」なんて聞くまでもなかった。最年少の果穂が元気よく手をあげた。

 

「私が焼きたいです!」

「良いわね。じゃ、一緒にやりましょうか」

 

 想定していた夏葉が、微笑みながらおたまを渡す。それを受け取った果穂は、智代子の近くにあるタネを掬い、たこ焼き器に流し込んだ。

 

「跳ねないように、ゆっくりとね」

「は、はい……!」

「おお……上手いじゃん、果穂」

 

 慎重にタネを流す果穂を見ながら、樹里は机に肘をついて微笑んだ。

 

「そ、そうですか?」

「次は具を入れましょう」

「色々とご用意しておりますが……何に致しますか?」

 

 凛世の言う通り、机の上にはチーズやチョコレート、明太子が置いてある。誰が用意したのかは知らないが、ぶどうまで置いてあった。

 

「……てか、誰が用意したんだよ。これ」

「い、入れるの……?」

「私は食べないからね」

「わ、私もぶどうは……」

「何事も……試してみないと分からないと思いました故……」

「「「「お前か!」」」」

 

 意外な奴が犯人だったが、悪気ゼロだったようで、みんなに否定されて微妙に涙目になっている。見た目だけ見れば一番年下の凛世にそんな顔をされれば、誰だって気まずくなる。

 だからと言って、ぶどうを焼いて美味しいと言える勇気はなかった。

 

「と、とりあえず今は普通にタコにしておきましょうか」

「そ、そうだな。序盤はやっぱりジャブでいかねーと」

 

 夏葉と樹里が上手いこと問題を先延ばしにし、今はとりあえずタコを入れることにした。

 全てのたこ焼きにタコを入れると、表面がこんがりするまで待機。その後はたこ焼きならではの作業、棒で突っついて裏返すアレである。

 

「早くひっくり返したいです……!」

「や、流石にまだ早ぇーだろ。少し待てよ」

 

 目を輝かせている果穂を樹里が制する横で、智代子がウンウンと頷いた。

 

「でも、その気持ちわかるなー。たこ焼きって食べることよりそっちの方が楽しいよね」

「そう、なのですか……?」

「え? 凛世ちゃん、たこ焼き焼いた事ないの?」

「はい……初たこ焼きです」

 

 意外だ、と思いつつも、それなら尚更、楽しまなければ損だ。

 

「じゃ、凛世さん。一緒にたこ焼きをひっくり返しましょう!」

「……はい。よろしくお願いします、果穂さん……」

 

 仲良くクシを構える二人。凛世はペンを持つように握り、果穂は逆手持ちをしていた。この人達はたこ焼きを見たことがあるのだろうか? まぁ楽しそうで何よりなので、特に口を挟む人はいなかったが。

 のんびりとたこ焼きを眺めながら、智代子がふと思い出したように言った。

 

「そういえばみんな、こんな心理テスト知ってる?」

「どんなの?」

 

 夏葉が聞くと、智代子はスマホを取り出し、しばらくいじった後、説明口調になって言った。

 

「えーっと……『公園に屋台が出ています。以下の何を買う?』aたこやき、bヨーヨー、cわたあめ、d金魚掬い」

「え、うーん……」

 

 全員、腕を組んで顎に手を当てる。しばらく考え込んだ後、果穂、樹里、凛世、夏葉の順で答えた。

 

「私はヨーヨーです!」

「アタシもそれだなー」

「凛世は……金魚掬いでしょうか……」

「私はー……その中ならたこ焼きかしら?」

「ふふっ……」

 

 全員の答えを聞いて、思わず吹き出す智代子。あまり心理テストは信じていないが、こういう事があるから嫌いではなかったりした。

 

「これは、あなたが勝てない誘惑を指しています。まず、ヨーヨーを選んだ樹里ちゃんと果穂は遊びの誘いに弱い」

「あー……確かにそうかもしれないですね。楽しいことが大好きなので」

「まぁ、そうかもな」

「で、凛世ちゃんの金魚掬いはデートの誘い」

「……で、でえとですか……? ……しかし、プロデューサー様が、誘って下さるのなら……」

「私は?」

 

 一人、頬を赤らめる凛世を無視して夏葉が聞くと、智代子はニヤニヤしながら言った。

 

「た、たこ焼きは……えっちの誘いだって」

「「「ぷふっ……!」」」

「なぁっ……⁉︎」

 

 一斉に噴き出す凛世、果穂、樹里と、一気に顔を赤らめる夏葉。

 

「で、デタラメよ!」

「……夏葉さんは、やはり年長者なだけあって大人なのですね……」

「凛世!」

「えっちの誘いってことは……夏葉さん、えっちな本とか持ってるんですか⁉︎」

「持ってないわよ! ていうか、誰よ果穂にエロ本の存在教えたの!」

「プロデューサーさんがこの前、買っていました!」

「あの男、しばき倒す!」

 

 元気になってしまった歳下二人に言い返す中、一番からかってきそうなライバルは黙り込んでいる。そっちに顔を向けると、頬を赤らめたまま俯いていた。

 

「な、夏葉……そういえば、お前最年長だもんな……。で、でも……なんだ。一応、女の子なんだし……そういう……何? 例えば……プロデューサーから誘われても……」

「行かないわよ! ていうか、果穂がいる前でそういう話はやめなさい!」

 

 それを言われると、全員黙るしかない。教育に良くないから。

 チームメイト全員、果穂を娘に対する父親の愛情並みに溺愛しているため、年齢に応じた教育をしなければならない。

 そのため、果穂の興味を他に移すことにした。

 

「って、そろそろ返した方が良いんじゃない?」

「あ、そうだね。果穂、凛世ちゃん。もう良いと思うよ」

「あ、そうです! かえしましょう」

「……これは、どのようにすれば……?」

 

 何度か経験があるのか、果穂は早速、器用に返し始めるが、凛世は頭上に「?」を浮かべている。

 それに気付いた樹里が、隣から自分もクシを持って実演で教授する。

 

「まずは、こう……縁をなぞるんだよ。それで微妙にずらしつつ、たこ焼きの表面が見えたら、こう……一気に返す」

 

 器用に返してみせる樹里の手元を見て、凛世は「おお〜……」と感動したようなため息を漏らす。

 

「お上手ですね……樹里さん……」

「まぁな。小6の頃からやってるからな」

 

 その時点で誰の影響なのか何となく察してしまったが、とりあえず触れる事なく話を進めた。

 早速、チャレンジする凛世。慎重にクシをたこ焼きの縁に差し込み、ヒュッと回してうまいことひっくり返した。

 

「おお、上手いじゃん」

「ふふ……先生の、教えが上手だからです」

「お、おい……先生とかやめろよ」

 

 すぐに照れたように頬をポリポリと掻く樹里。そんな様子が可愛くて、果穂も元気よく手をあげた。

 

「先生、私にも教えてください!」

「だから先生じゃねーって! 大体、果穂は出来てるだろ!」

「いえ、樹里ちゃ……先生ほど綺麗に返せていませんので!」

「なんで言い直した⁉︎」

 

 そう言いつつも、満更でもないようで頬を赤らめている辺りがまたからかわれる所以であって。

 しかし、そんな部分が微笑ましいので、他の四人は決してそれを口にしないが。

 とりあえず、焼けているたこ焼きを全てひっくり返し、再び待機。その間、凛世が智代子に声を掛けた。

 

「智代子さん……他に、何か面白い心理テストはございませんか?」

「え? あー……探せばあると思うよ」

「やってみたいです。……特に、その……恋愛系のものを……」

「え、なんで? もしかして、凛世ちゃんって……」

「気になるのです……二藤尚哉さんと、桜城光さんがこの先、どうなるのか……」

「漫画の続きを心理テストで測るって斬新だね……」

 

 しかし、凛世の瞳に迷いはない。というか「探して下さい」と直で訴えて来ている。

 凛世にそんな子犬ののような目で見られれば、智代子も調べないわけにはいかない。スマホをいじってとりあえずテキトーなものを言った。

 

「じゃあ……これは? 『あなたは子供で遊園地にいます。途中で迷子になってしまいましたが、しばらくして母親が見つけてくれました。それは次のうちのどのアトラクションの近くだったでしょう?』a、観覧車。b、ジェットコースター。c、お化け屋敷。d、メリーゴーランド」

 

 それを聞いて、四人は再び考え始めた。それがどういう話に繋がるのか分からないが、一先ず考え込み、果穂、凛世、夏葉、樹里の順で答えた。

 

「cです! お母さんはヒーローなので、お化けから守ってくれます!」

「……dでしょうか?」

「観覧車……あ、aね。ま、私はそれ以前に迷子にならないけど」

「bかな。ジェットコースター付近って人いっぱいいそうだし」

「お、割れたね〜。この神秘テストでは『あなたの好きな性格のタイプ』が分かります」

 

 まぁ、心理テストといっても所詮は遊びだ。全員、軽いノリで耳を傾けていた。

 

「まず、じゃあ果穂のcを選んだ人は『さっぱりしていて干渉してこない人』」

「さっぱり……?」

「うーん……イメージと違うね。一応、解説は『おおらかで、知的で物腰が柔らかくて、そして自立心が強い、お互いの価値観を認められるタイプ』だって」

「なるほど……つまり、ヒーローの相棒ですね!」

「……あ、確かに。それを聞くとむしろそれっぽいな」

 

 樹里が感心したように呟いた。続いて、凛世。

 

「凛世ちゃんのd……メリーゴーランドは、思いやりにあふれてる家庭的な人、だって」

「いえ……思いやりは欲しいですが……家庭的なのは凛世がいるので……」

「凛世ちゃん、メリーゴーランドから白馬の騎士的なの想像したでしょ」

「は、はい……」

 

 分かりやすい子である。とはいえ、まぁ凛世が好みでないと言う以上は、やはり所詮は遊びと言えるだろう。

 

「で、夏葉ちゃんの観覧車は……穏やかで誠実な人」

「そうね。穏やかかどうかは置いといて、誠実な人が良いわね」

「ああ、そんな感じするもんな」

「当然よ」

 

 そして最後の樹里。

 

「樹里ちゃんは……なんだっけ?」

「忘れんなよ! ジェットコースター!」

「ああ、うん。えーっと、ノリがよくて根が明るい人だって」

「あー……そうだな。せめて週一でフットサルなり何なりと付き合ってくれる人が良いな」

 

 うんうんと頷く樹里を全員眺めながら、脳裏に浮かんだのは何処かの甘党運動バカ少年漫画好きアメコミ好きの阿呆だ。樹里の話だと、彼も根は明るく、ノリも良い人のはずだ。

 

「……これ、東田さんのことではないですか?」

 

 平然と果穂が爆撃した。当然、分かりやすくて分かりやすくて分かりやすい樹里は、一髪で顔を真っ赤に染め上げる。

 

「な、なんでそうなんだよ! あいつ今、かなり暗いからな⁉︎」

「いやいや、樹里の話を聞く限りだと、彼、昔は明るい子だったんでしょ?」

「そ、それはっ……そうだけどよ……」

 

 夏葉にまで言われ、樹里はさらに頬を赤らめる。実際、彼の根が明るいことはその場にいる全員が分かっていた。と、いうより、本当は友達が欲しい癖に人を遠ざけて面倒臭い奴、というのが本音でもあったり。

 

「も、もうその話は良いだろ!」

 

 いつの間にか、からかわれる側になっていた樹里は、頬を赤らめたまま視線を逸らす。その先では、そろそろたこ焼きが完成しそうになっていた。

 良い逃げ場を見つけた樹里が、クシでツイツイと突いて転がし、こんがり焼き上がったたこ焼きの表面を眺める。

 

「お、そろそろ良いんじゃないか?」

「……逃げたわね」

「逃げたね」

「るせーな! 焦げんぞ!」

 

 そう言われれば、全員、つままない理由はない。凛世と果穂が嬉々としてクシを伸ばすのを見て、他のメンバーもたこ焼きを皿にもらいにいった。

 一先ず話を逸らせたことにホッと胸を撫で下ろしつつ、樹里もたこ焼きをもらった。実際、樹里もよく分からないのだ。自分の感情が。

 ただ、とにかく彼と会えたのだから一緒に遊びたい。それだけではダメなのだろうか? 

 

「ったく……」

 

 自分でもよく分からないまま、一先ずたこ焼きに手を伸ばした。

 

 ×××

 

 この手の催しは、序盤は美味しく感じるものだ。実際に料理評論家が食べたらどんな評価が下されるか聞きたくもないし、実際、銀○こに比べたら拙いものなのかもしれない。

 そんなものは関係なく、自分達で焼いたものを自分たちで食べるからこそ美味しく感じるものである。

 しかし、それが美味しく感じるのも途中までだ。何故なら、確実に悪ふざけが入るから。

 

「……ない、ぶどうはない……」

「ていうか……誰? スイカバーとか入れた人……」

「それを言うなら、ナス入れた奴もいただろ……」

「だ、誰ですか……『もう冷蔵庫に入ってるものテキトーに入れよう!』って言ったの……」

「……(気絶)」

 

 序盤の楽しい雰囲気から一転、死屍累々としていた。数日後には、おそらく今日の記憶は全て消えている事だろう。

 

 



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実際、男が恋愛して痛くなるのは胸じゃなくて財布だよね。
女の子の怖い所は嫉妬。


 試験まで残り二週間。勉強が苦手な俺はこの頃から勉強を始めるようにしている。

 ……のだが、その……何? 最近、すごい疲れる。いや、だってさ……何をするにしても樹里と一緒なんだもん。

 買い物行くにしても夜中にジョギングするにしても甘いもの食べに行くにしてもぜーんぶ樹里と一緒。いや、クソ嬉しいし楽しいんだけど……ちょいちょい挟まってくる女の子らしい樹里を見るたび胸が痛むんですよ……。

 あいつに一切の自覚がない辺りがタチ悪い。

 なので、この試験期間がクールタイムも含まれていてとてもちょうど良かった。流石にあいつもアイドルと勉強の両立は大変なようで、試験期間に突入してから連絡は来なくなった。小学生の時の俺は成績悪かったから、そのままだと思っているんだろう。

 そもそも、一緒に勉強する、という考えすら浮かんでいない可能性もある。

 まぁ、でも俺だってあいつと勉強したくない。だって、問題が解けなくて悔しそうにしている樹里は絶対に可愛いから、集中出来なくて成績下がるもの。

 そんなわけで、今日は図書室に来ていた。一人で勉強しようにも、勉強嫌いな俺が家で勉強すれば絶対に漫画を読んでしまうから。

 

「……」

 

 図書室で教科書を開き、問題を解き始める。いやー、最近わかったんだよ。学校の試験って、授業中のノートが一番、使えるってことを。そのポイントを押さえておけば、とりあえず何とかなる。

 後は、教員が出しそうなポイントを抑えて赤線引いておけば、それだけで半分はいける。

 ノートを見直していると、しばらくして見覚えのある二人組が入って来た。

 

「な、なーちゃん……やっぱり、家で……」

「ダーメっ。甜花ちゃん、寮じゃゲームやっちゃって全然、集中しないもん」

「あうぅ……なーちゃん、厳しい……」

「アイドルに集中してて留年なんてしたくないでしょ? 甘奈だって甜花ちゃんと離れ離れになりたくないもん」

 

 ……来て早々うるせーな……。ここ図書室だよ? てかアイドルって言った? アイドルってこんな周りにいるもんなの? それとも女子はみんなアイドルなの? 子供はみんなニュータイプ的な? 

 まぁ良いや。音楽で雑音消そう。耳にイヤホンを差し込み、再び机に向かう。

 

「……」

「それで、甜花ちゃん。なんの科目がヤバいの?」

「……ぜ、全部……」

「……」

「ひ、ひぃん……なーちゃん、目が怖い……」

 

 ……なんでよりにもよってお向かいに座るんですかね……。予めイヤホンしておいて良かったわ。してなかったら、自分達が近くに座ったからイヤホンしたように見えちゃうし。

 とりあえず、前の二人を無視してなんとかペンを進めた。えーっと……コロンブスがアメリカ大陸に到着したのは……「いつも尻が国に見える」で1492年。

 

 ×××

 

 1時間ほど経過し、ペンを置いた。疲れたし、休憩するか……と、思って正面を見ると、双子姉妹も思いの外、頑張っていた。

 

「うん。だから、不定詞のtoのあとは、必ず動詞の原型が入るの。で、to+動詞は名詞と形容詞と副詞の三つになって、今回の場合は……」

「動詞が……ふ、不定詞で……名詞で……?」

「あー……じ、じゃあ日本語訳から……」

「日本史……?」

「ち、違うよ!」

 

 ……苦労してるなぁ。どっちが姉だか知らんけど、多分……教わってる方が姉だな。や、根拠はないんだけどね。

 

「だからね? このtoが付くと、動詞は別の品詞になって、使い方が変わるの」

「瀕死?」

「ポケモンじゃないから!」

 

 ……本当に苦労してんな。まぁ、俺が口挟む所じゃないし、邪魔しない方が良いんだろうけどね。

 

「はぁ……甘奈、ちょっとトイレ行ってくる」

「うう……ごめんなさい……」

「大丈夫だよ、別に。人には向き不向きがあるから」

「にへへ……なーちゃん、優しい……」

 

 ……それは、慰めているつもりなのだろうか。まぁ当人が「慰められている」と感じている以上は慰めているのだろう。

 甘奈という方が席を立つと、甜花という方も立ち上がった。

 

「じ、じゃあ……甜花も、トイレ……」

「ダメ。さっき行ったばかりでしょ? ちゃんと教科書読んでて」

「あうう……」

 

 意外と厳しくそう言い放つと、今度こそトイレに向かった。残った甜花という方は、甘奈が図書室から出て行ったのを見ると、すぐにスマホを取り出した。この子中々良い性格してんな……。

 俺はちゃんと勉強してからの休憩なので、心置きなくスマホを取り出した。しばらくツイツイとポケGOをやっていると、ふと正面に座っている甜花が目に入った。

 

「ぁっ……あの……東田くん……だよね?」

「何?」

「この前……えっと、調理実習で……一緒だった……」

「ああ、うん。そうね」

 

 そういや、そんな事もあったな。……あの班員で一回も喋らなかった奴ね。ある意味理想の班だよね。言わずとも通ずるとか。

 

「あ、あの……実は……あの時に、本当はお話ししたくて……」

「俺と?」

「う、うん……あ、いや……佐伯くんとでも、良かったんだけど……」

「誰それ」

「……お、同じ班の……男の子……」

 

 あいつそんな名前だったんだ。どうでも良いけど。

 まぁ、要するに男と話したかったって事か? 意外と男好きなのかな。

 

「すれば良かったじゃん」

 

 終わった事だからこう言うけど、百合の間に挟まる男は蹴られるから、決して本音ではない。むしろ絶対に一緒に飯とか食いたくないわ。

 

「で、でも……甜花、人と話すの苦手なの……直したい、から……」

「……」

 

 なるほど。それで、誰とでも良いから話したい、けど話しかける勇気がなかった、と。じゃあ男好きってわけでもないんだな。

 

「まぁ、休憩中だから良いけど……ここ図書室だから。話すなら出よう」

「あ、そ、そっか……」

 

 甜花はあたりを見回す。勉強している生徒は他にも何人かいる。

 

「じゃあ……廊下に……」

「はいはい」

 

 それだけ話すと、とりあえず図書室を出た。と言っても、勉強の合間の休憩時間なので、食堂で飲み物を買いに往復する程度である。

 さて、俺も別に会話が得意なわけではない。まさか樹里と同じ気やすさで話しかけるわけにもいかないし……。

 けど、まぁ簡単な事で良いよな。こういう時は、大体、向こうの好きそうな話題を挙げれば良い。

 

「えーっと……大崎? 甜花? どっちの方が良い?」

「あ、うん……えっと……どっちでも……あ、そ、そっか……なーちゃんが、いるから……」

「じゃあ大崎一号で」

「え、て、甜花……仮面ライダーじゃない……」

 

 面白いツッコミをするな……まぁ、冗談のつもりだったし別に良いけど。

 

「じゃあ、甜花で。甜花の妹って、どんな子なの?」

 

 決して下心ではない。しかし、アホみたいに仲が良いこの二人なら、どちらかの話題を振れば必ず……。

 

「な、なーちゃんはねっ……え、えっと……優しくて、何でも出来て……甜花には勿体無いくらいの、良い子で……!」

 

 と、水を得た魚のように元気になるのは目に見えていた。

 

「甜花ね……なーちゃんとはずっと、昔から……というか、羊水に浸かってる時から一緒なんだけど……」

 

 その生々しい表現いる? 

 

「甜花とは真逆でね……なーちゃんは、活動的で……なーちゃんは、甜花と違ってお友達もたくさんいてね……」

「よう分からんけど……甘奈の友達は甜花の友達なんじゃねーの?」

「う、ううん……甜花は、その……あんまり……」

 

 そうなのか? まぁ、そうか。友達の友達は友達、が通用するのは小学生までだよな。

 

「甜花は……インドア派だから……その、あんまり……みんなで、外で遊ぶのが苦手で……おうちで、ゲームやってる方が……楽しいから……」

 

 うわあ、俺とは真逆。共感できそうにないな……。いや、今はそこじゃない。妹の話だ。

 

「でも、真逆の趣味嗜好を持ってんのに仲良くしてくれる辺り、やっぱ良い奴だろ」

「う、うん……。甜花、なーちゃん大好き……!」

 

 羨ましいなぁ……。俺にも弟がいたらこんな感じなのかな……。

 そんな事を思っている間に食堂に到着し、自販機の前に立った。俺は……サイダーで良いや。

 サイダーを買うと、甜花も飲み物を二本買う。多分、片方は甘奈の分だろう。本当に仲良いですねあなた達……。

 そのまま二人で引き返した。その帰り道、ふと思い出したので聞いてみた。

 

「……で、不定詞が分からんの?」

「……」

 

 ピシッ、と固まる甜花。わかりやすい奴だな。

 

「う、うん……甜花、勉強嫌い……」

「好きな奴なんてごく稀だよ。寿司屋でかっぱ巻きを好んで食べる奴と同じレベルの希少さ」

「そ、そんなレベルなの……?」

「でも、考え方次第でそんなに難しいものじゃなくなるんだよ。……要するに、不定詞は時と場合に応じて使い方が変わるんだよ。動詞にtoを付けるだけで名詞、形容詞、副詞にもなる」

「う、うん……?」

「例えば……そうだな。『歌う』が動詞なのは分かるな?」

「うんっ……」

「英語で?」

「そ、そんぐ!」

「singな」

 

 うっそだろオイ。てか、発音も平仮名に聞こえたのは気の所為だろうか。アイドルなんだよね? 

 

「これにtoを付けると、to sing。『歌う事』になる。はい、日本語で『歌う事』を使って短文を使いなさい」

「え……え? えっと……ま、マクロスの戦いを止める手段は『歌う事』……とか?」

 

 何故マクロス。俺マクロス見た事ないんだけど……まぁ合ってるわな。

 

「そういう事。toがないと『マクロスの戦いを止める手段は歌う』ってなんか日本語的に気持ち悪いでしょ? toは『歌う』を『歌う事』と名詞にする事で、その気持ち悪さを消してくれるんだよ」

「あ……そ、そういう事……」

「それだけ」

 

 まぁ今のは名詞的用法で一番、わかりやすい奴な。副詞的用法はそれでもわかりづらいが……その辺は甘奈さんに任せよう。

 

「す、すごい……! ひ、東田くん……もっと教えて……!」

「え?」

 

 そ、そう……? 俺、すごい? や、まぁ確かにあの妹教えるの下手だなーと思ってたけど……そ、そっか。俺すごいんだ……。

 

「オーケー、任せろ。次は形容詞的用法だが……」

「う、うん……!」

 

 そのまま説明しながら図書室に戻った。

 ……あれ? てか俺……今思ったけど、クラスメートと話してんだよな……なんか、こういうの久しぶりな気がすんな……。久しぶりだから、こういうのも悪くないなんて思ってしまっている。

 いや、まぁ帰ったら多分、恥ずかしくなってるんだろうけど……まぁ、何事もノリとタイミングだよな! 今は気分が良いし、説明しちゃおう。

 なんて思っている時だ。図書室の前で、甘奈が腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「あ、なーちゃん……」

「甜花ちゃん! 何処に行っ……は?」

 

 えっ、こっわ! 何その目? 樹里が怒ったときの5倍怖い! 

 

「……なんであんたと甜花ちゃんが一緒にいるわけ?」

「え、いや……おたくの姉に、誘われたからだけど……」

「誘っ……⁉︎ え、えっち!」

「どの辺が⁉︎」

「甜花ちゃんがそんなふしだらな真似するわけないじゃん!」

 

 誘うの一言で何を想像してんだこいつ⁉︎ えっちはお前だろ! 

 

「な、なーちゃん……ほんとに、甜花から誘ったの……」

「え……そ、そうなの?」

「う、うん……ふ、不定詞のことが、聞きたくて……あと、喉渇いたから……」

 

 お、意外と誤魔化すのうまいな……。順序は逆だが効果的だ。

 

「ひ、東田くん、すごいの……! 甜花、不定詞理解した……!」

「え、ほ、本当に……?」

「うん……!」

 

 理解したかどうかは後で試してみれば良いだろう。とにかく、俺がおたくの姉に手を出したわけじゃないという事が分かれば少しは機嫌が……。

 

「……」

 

 ……まだ睨んでる……。ああ、もしかしてこの子アレか……嫉妬深い方のシスコン。

 これはー……うん。やっぱり友達は作らないに限るよね。良い関係を築いた相手の知り合いに恨まれることもあるし。

 

「じ、じゃあ……俺そろそろ帰るわ」

「え……もう帰っちゃう、の……?」

 

 やめてー! 甜花ちゃん、そのセリフはやめてー! 妹の血圧が上がってる! 

 

「このあと、日課のランニングしないとだから……」

「そ、そっか……じゃあ、またね……」

「あ、ああ。うん。じゃあまた……」

 

 挨拶だけしてその場を足早に立ち去った。もう二度とあの姉に関わってはいけない……そんな気配を敏感に察知したからだ。

 ……よし、とりあえず帰ったら本当にジョギングしよう。

 

 



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自覚は大事。

 鈍感な人間とは、どんな人間だろうか? 一、ラブコメ系主人公。アレは違う。アレは「自分なんかがモテるはずない」と決め込み、本心に蓋をしているだけだ。一条楽とか絶対そうだよね。俺は友達枠のメガネの方が良い奴だと思った。

 二、少年漫画の主人公。あれも違う。あれは何かに一生懸命に打ち込んでいるから、恋愛なんぞに気を向けている場合じゃないのだ。元々、そういう漫画でもないしね。

 俺はあらゆる漫画を読んできたわけじゃないから、この2パターンしか知らない。が、最近になってようやく一つ、真理を掴んだ。

 ……それは、姉妹に溺愛されている姉妹だ。つまり……。

 

「ひ、東田くん……見て、昨日のデオキシス……攻撃値最大……!」

「おお、すげえ」

「……」

 

 こうなるわけで。もう甘奈の不機嫌さがヤバイし、百合の中に入った男として男子達からはすごい顔で睨まれるし、踏んだり蹴ったりなんですが。

 しかし、それも今日で終わり。試験は今日までだからだ。それで明日からは夏休み。アイドルの大崎姉妹は忙しくなり、俺はバイトで忙しくなり、もう関わることはないだろう。

 ちなみに、樹里のとこは明日まで試験だそうだ。頑張って。

 

「……ね、ねぇ甜花ちゃん。そろそろ席に戻ろ? 試験前に教科書読まないと……」

「甜花なら……平気……! 東田くんに、教わったから……」

「……」

 

 もうお願いだから投爆するのやめて……。殺されかねないって俺……。ここは一つ……俺が爆撃を凌がねばならない。

 

「いやいや……戻って復習しなさいよ。油断すると凡ミスかまして結果出なかったりするんだよ」

「……ひ、東田くんが……そう言うなら……」

「ふーん……甘奈の言うことは聞かないのに、その人の言うことは聞くんだ……」

「……」

 

 避けた先にタイミングをずらしてもう一発降ってきたんだけど……。もうこれ避けられるわけなくない? 

 とりあえず、2人は席に戻ったが、去り際に甘奈が「あっかんべー」と舌を出して来た。アイドルなだけあって可愛らしい表情を見せてはいるが、割と本気で俺のこと嫌ってる辺り、全然可愛くない。

 

「はぁ……」

 

 悩みは尽きねえなぁ……。誰かと仲良くなる度に、その倍の数に嫌われる……まぁ、良いさ。人間が嫉妬深い生き物だなんてことはよく分かってる。

 とりあえず、今は試験に集中しよう。

 

 ×××

 

 試験が終わり、ホームルームも終了。さっさと帰宅する事にして、俺は足早に教室を出た。勉強が終わったから、今日は思いっきりバイトを探すぜ! 

 誰の目にもつく事なくさっさと移動を開始し、まずはコンビニに来た。バイト雑誌を手にとり、ファミレスに向かう。昼飯食わんといけないから。ついでにそこでバイトを探す作戦だ。

 いつもスイーツを食べているファミレスに入る。うわ、オーダー入ってる……待ってるのは一人……あっ。

 

「樹里?」

「あ、葉介! 久しぶりだな」

 

 その待っている客が樹里だった。確かに久しぶりだ。スマホで何度か連絡は取っていたけど、こうして顔を合わせるのはマジで2〜3週間ぶりくらい。

 

「飯か?」

「それ以外何があんだよ」

「アタシはそれに追加して勉強だ。明日で終わりだからな」

「あ、なるほど」

 

 普通の高校生はファミレスで勉強するもんなのか。捗るの? それ。

 

「じゃあ、一緒に飯食おうぜ」

「良いの? てか、勉強するんじゃねえの?」

「良いだろ、別に。……あ、予定があんなら別で良いけど……」

「や、特にないよ。強いて言うならこいつでバイト探すくらい」

「ははっ、なるほどな」

 

 バイト雑誌を見せると、樹里は微笑んで返す。こういう仕草はこいつカッコ良いんだけどな……。

 すると、ちょうど良いタイミングで店員が来た。

 

「いらっしゃいませ。一名様、ご案内致します」

「あ、すみません。二人でも良いですか?」

「あ、はい。大丈夫ですよ。では、二名様ですね。こちらの席へどうぞ」

 

 樹里が追加し、一緒に飯を食うことになった。案内された席に座り、鞄を隣の席に置く。

 

「お決まりでしたら、そちらのボタンを押してお呼び下さい」

 

 そう言って店員さんは立ち去って行った。とりあえず、メニューを開く。

 

「何食うかー」

「俺はパスタ」

「またかよ……」

「当たり前だろ。これから稼ぐんだから、今はなるべく低出費でいきたい」

「また辛味チキン食うか?」

「……半分払わせて」

「別に良いのによ……」

 

 プライドの問題です。そんなわけで、樹里は肉料理に決めて、店員さんを呼び出した。肉+肉ってどんな組み合わせよ……。

 注文を終えて、ドリンクバーから飲み物を持ってきて、料理を待つ。

 そんな中、樹里が俺に悪戯っぽい笑みを浮かべて聞いてきた。

 

「そういや……お前どうなの?」

「何が」

「成績。小学生の時は超バカだったじゃんか」

「失礼な……今はまぁまぁだよ」

 

 文系ってのもあるけど、赤点にはならないレベル。低くて40、高くて80ってとこかな? 

 

「へぇ……お前が勉強なんて何があったんだ?」

「るせーよ。……部活やってねーと勉強くらいしかする事なくなるんだよ」

「……悪い」

 

 や、別に気にしちゃいないが。むしろ気にしているのは樹里の方で、少しだけ気まずい空気が流れる。

 そんな時だった。別の客が近くの席に案内されてきた。

 

「こちらのお席でよろしいでしょうか?」

「はーい。ありがとうござ……あ」

「……あ」

「あん? ……あ」

「げっ」

 

 お、大崎姉妹……。ヤバいな……こんな所で会ったとなったら、また甘奈の機嫌が……。

 

「あれ、樹里ちゃん?」

「さ、西城さん……」

「甜花に……甘奈。偶然だな」

 

 ……あれ、知り合い? いや、アイドル同士だし交流があってもおかしくないか。何なら事務所も同じ可能性だってある。

 しかし、甘奈の物腰が柔らかかったのもそこまでだろう。俺を見たら、また機嫌が……。

 

「あ、東田くん!」

「えっ?」

 

 な、何その明るい声。気持ち悪っ。

 

「樹里ちゃんと知り合いなの?」

「一応……」

「そっかー。実はね、甜花ちゃん褒められたんだって。もう丸つけが終わった科目の先生が、甜花ちゃんが珍しく高得点だったからって」

「へー、良かったじゃん」

「にへへ……」

 

 そうかよ……てか、前の試験はどんだけ悪かったんだ。

 ま、何であれ嫌われなくなったのは良かったけど。その分、クラスメートからは嫌われそうだが。

 これから先の悩みの種が減らない事に悩んでいると、さらに甘奈は言った。

 

「だから、甜花ちゃんへの勉強の教え方、教えてくれない?」

「また高度な事言い出したな……」

 

 どんだけ甜花を自分のものにしたいんだよ……。シスコンどころか、もう結婚してるレベルの発言だぞ今の。

 

「おい、お前ら。店員さん待たせるなよ。もし話したいことがあんなら同じ席で良いからよ」

「え、良いの? 樹里ちゃん。じゃあ、すみません。ここに座るので」

「かしこまりました」

 

 ええ……男一人に女三人? いづらい……。まぁ、なんかもう決まっちゃってるし別に良いけど。

 

「甜花ちゃん、隣に座ろー!」

「う、うん……なーちゃんの、隣……」

「……」

 

 はいはい、移動すりゃ良いのね……。

 ため息をつきながら、樹里の隣に席を移すと、仲良く双子姉妹は並んで座る。全国の双子ってこんな感じなのかな……。それともこいつらが特別なの? 

 まぁ良いさ。俺も、その……何? 樹里の隣とか普通に嬉しいというか……。

 

「てか、お前ら知り合いだったのか?」

 

 その隣の樹里が、甘奈に声を掛ける。

 

「うん。甘奈と甜花ちゃんは生まれる前から知り合いだよ?」

「や、お前ら二人じゃなくて、こいつと甘奈達だよ」

 

 意外と話が通じないんだな、妹……。大体、顔ほとんど一緒なのに姉妹じゃなかったらドッペルゲンガーだろ。……Twitterにありそうだな、ドッペルゲンガーと仲良くやってる漫画とか。あとで探してみよう。

 

「あ、うん。同じクラスなんだー」

「ふーん……なんだよ、友達いんじゃねーか」

 

 ジロリと俺を睨む樹里だけど、違うからね? 

 

「友達っつーか、クラスメートなだけだよ。知り合ったのも試験始まる二週間前とかだし」

「え……甜花と、東田くん……友達じゃない、の……?」

「……」

「……」

 

 ちょっ……甘奈さん? あなた俺に気を許したわけじゃなかったの? もしかして、内心穏やかじゃないながらも甜花の役に立つために距離を詰めてきた感じ? 

 そして、樹里さん? 何故、あなたまで少し不機嫌に? 君も甜花ちゃん☆LOVE勢なの? 

 

「……それより、お前ら注文しろよ。俺達もう頼んでるから」

「あ、そうだね。何にしよっか? 甜花ちゃん」

「え、えっと……甜花、パスタが良い……!」

「じゃあ甘奈もパスタにする!」

 

 磁石かよ、お前ら。二人が料理を注文したのを眺めつつ、とりあえず俺はバイト雑誌を開いた。なるべくなら、女子同士で会話をして欲しいし。

 双子姉妹がドリンクをとりに行っている間、どのバイトにしようか考えていると、樹里が声を掛けてきた。

 

「お前、友達いるんだな」

「友達っつーか、知り合い程度だっつーの。仲良いわけでもねーし……」

「友達だろ。仲良さそうに見えたし」

 

 そうかな……てか、何でお前少し機嫌悪そうなわけ? 俺なんか怒らせるようなことしたかな……。

 

「樹里、お前怒ってる?」

「怒ってねーよバーカ」

 

 怒ってるじゃん……。こいつが怒ってる時は、いっその事、壮大にちょっかいを出すか、或いはしばらく放っておくしかない。

 今回は放っておく事にした。ちょうどその時間にバイト探せるし。

 のんびりとバイト雑誌をめくっていると、アホ姉妹が帰ってきた。

 

「東田くん! 飲み物取ってきてあげたよ!」

「え、いやまだ残ってるし」

「にへへ……の、飲んで……?」

「聞いてる?」

 

 大体、コップを必要以上に持ってきちゃダメでしょうが……。まぁ、持ってきちゃったもんは仕方ないんだが。

 とりあえず、俺の前に置かれたコップを見る。……なんつーか、黒いんだけど……コーラ入れたろこれ……コーラは混ぜちゃいけない飲み物ランキングナンバー2だろ……。1位はウーロン茶。

 しかし……。

 

「「飲んで?」」

 

 甜花はともかく、甘奈は本気で飲ませようとしてやがんな……。お前、まだ甜花への勉強の教え方を教わってねえの忘れてんじゃねえだろうな……。

 正直、飲みたくないが、飲まざるを得ないだろう。仕方なくストローに口をつけ、控えめに啜る。

 ……不味い……コーラにメロンソーダに……やたらと甘いのに味が薄い辺り、水とガムシロ加えやがったな……。

 そっちがその気なら上等だよ。

 

「あ、意外と旨い」

「え……?」

「ほ、ホント……?」

「ホント」

「嘘だ! コーラにメロンソーダに水にガムシロップに少量のウーロン茶まで混ぜたのに美味しわけない!」

 

 お茶まで混ぜたのかよ……ホント、良い性格してやがる。

 

「それだよ。それがなんか良い感じにマイルドにしてる」

「ほ、ほんとに〜……?」

「疑うなら飲んでみろよ」

「え、いやそれは……」

「え……な、なーちゃんと……?」 

「い、いきなり何言い出すんだよ⁉︎ か、間接キスなんて……!」

「いやお前らのコップに入ってるストローは飾りかよ」

「「「……」」」

 

 三人揃って頬を赤らめて目を逸らしてきた。ていうか、樹里。お前は小学生の頃から間接キスよくしてたろ。そもそもお互い、気にしていなかったというのもあるが。

 

「じ、じゃあ……いただきます……」

「て、甜花も……」

 

 二人揃ってカップルジュースのように飲み物を啜る。はい、サヨナラバス。

 

「「ぶふっ!」」

 

 二人揃って吐き出した。リアクションを予測できていた俺は身体を横に倒して回避するが、樹里には甜花の唾液入りミックスジュースが直撃。それに気にする余裕もなく、甘奈は俺の胸ぐらを掴み、甜花は涙目で咳き込んだ。

 

「だ、騙したなああああ!」

「騙される方が悪い」

「ひぃん……ま、不味い……」

 

 もうファミレスからしたら迷惑な客でしかないが、俺はやられっぱなしで黙っていられるほど大人ではない。真顔のまま二人からの一斉口撃を上手いこと躱していると、不意に隣からキュッと腕を引っ張られるような感じがした。

 隣を見ると、樹里が窓の外を眺めていた。その割に、右手は俺の左手首を摘んでいるが。

 

「……」

「……」

 

 あー……マズいな。仲間外れになっちまってたか? 昔から入れて欲しくても「入ーれーてー」が言えない奴だったからな。

 

「樹里も飲むか? これ」

「……いらねーよ。不味いんだろ?」

 

 まぁね。

 

「ていうか、樹里ちゃんと詐欺師田くんはどういう友達なの?」

「その前にどういう渾名の付け方?」

「別に、大した関係じゃねーよ。小学生の時、一夏だけ遊んでただけだ」

「わ……それ、幼馴染み……ってこと……?」

「そんなとこだ」

 

 話を振られたものの、少しまだ不機嫌そうだ。面倒臭いぜ、相変わらず。

 

「東田くんにも……お友達、いたんだ……」

「何気に刺さる事いってんじゃねーよ」

「だ、だって……いつも、学校だと……一人だから……」

 

 るせーよ。一人で悪いかコラ。

 

「え……こいつ、学校じゃいつもどんな感じなんだ?」

「何ていうか……すごく目立たないようにしてるよね」

「うん……教室だと……一人で、携帯いじるか……トイレ行ってるかだけで……」

「あ、たまに本も読んでるよね」

「なーちゃん……あれ、漫画……」

「……」

 

 やめろ。樹里、すごく可哀想な人を見る目で見るな。

 

「お、お前……」

「で、でも……これからは、甜花も一緒に遊ぶから……!」

「……」

「……」

 

 やめろ! 同情するな! 刺さるわ、色んなものが! 

 このままじゃマズい。非常に。どうしたら良い? この危機的状況を打破するには何をしたら良い? 

 ボッチの現状を知られれば樹里が同情し、そのボッチ的状況を唯一、打破できるのは甜花のみ。しかし、甜花が何か声をかければ他の二人がキレる。

 かと言って、甘奈は内心、俺が憎たらしいはず。ボッチ的状況の打破に協力してくれるとは思えないし、そもそも俺はその状況が嫌なわけではない。好んでもいないが。

 なら、残る一つ……どう転ぶか分からない起死回生の逆転の一手は、ほぼ賭けだが乗るしかない。

 

「気にしなくて良いから。俺には、樹里がいるから」

 

 その直後だった。水を打ったようにシンッとその場が静まり返る。世界が止まってしまったのではないか、と思ったほどだ。

 何が起こったのかと思って三人を見回すと、アホ姉妹は微妙に頬を赤らめたまま口元に両手を添えて「ひゃー……」と吐息を漏らし、樹里は一気に顔を真っ赤に染め上げた。

 

「なっ……な、何をいきなり言ってんだテメェは‼︎」

「え……いるじゃん」

「そ、そうだけどよ……で、でもこっちにだって色々と心の準備が……!」

 

 え、俺今何したの? 告白? ってレベルで照れてテンパる樹里。そんな時だった。

 

「お待たせ致しました」

「あ、きた……!」

 

 机に並べられたのは、パスタが三つに肉が一つ。その肉は樹里の。つまり、残りのパスタ三つは俺とアホ姉妹のもの。

 

「……」

「……」

 

 いや、狙ってない。狙ってないよ、樹里さん。

 

「あの、樹里……辛味チキン……」

「あげねえ」

 

 ……お前ほんとどうしたの? 

 

 



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仲の悪さより利害の一致。

 夏休みに突入し、俺は相変わらずバイトを探していた。いくつかのバイト先に電話したんだけど、出ないのが2件、「忙しいからかけ直す」と言ったのにこちらの電話番号を聞かなかったのが1件で、もうこの社会がどうなっているのかを問いたいくらいだ。

 そんな企業、給料がちゃんと支払われるかも疑問なのでパス。そのお陰でバイト先が見つかっていなかった。

 

「ん〜……どうすっかな……」

 

 顎に手を当てて別のバイトを探していると、電話がかかって来た。樹里からだ。

 

「もしもし?」

『葉介か? 今暇?』

「バイト探してるとこ。……けど、中々決まらんし、暇っちゃ暇だな」

『じゃあ、遊びに行こうぜ!』

「えー……なるべくなら金使いたくないんだけど……」

『金は使わねーよ。実は、今から夏葉とプロデューサーとフットサルやんだよ。お前も一緒に……』

「やる」

『早ぇーな! 良いけどよ』

 

 OKしてから気付いたわ。プロデューサーって誰? 

 

 ×××

 

 少し買い物してから指定された公園に着くと、既に全員がそこに揃っていた。有栖川さんと樹里、そして何故かスーツの男の人。

 

「どうも」

「あ、来た!」

 

 パァっと表情を明るくする樹里に軽く手をあげると、とりあえずスーツの人に声を掛けた。

 

「あ、はじめまして」

「樹里から話は聞いてる。君が、東田葉介くん……だったっけ?」

「そうですけど」

「色々と聞いたよ。というより、聞かされたよ。樹里があまりに楽しそうに話すものだから」

「お、おい! いい加減な事言ってんじゃねーぞ!」

 

 樹里が頬を赤らめて怒鳴るが、プロデューサーさんはガン無視して俺に告げた。

 

「それに、他の子達も世話になったって聞いたよ」

「世話って……大袈裟ですよ」

「そんな事ない。特に、果穂からはよく聞いてる」 

 

 あー……あの子、良くも悪くも口軽そうだもんな。とはいえ、別に知られて困ることはしていない。

 すると、プロデューサーさんは急に真剣な顔になって、俺の肩に手を置いた。

 

「その上で、君には言っておきたい事があるんだ」

 

 え、なんだよ急に。もしかしてお褒めの言葉がもらえるのかな? そんな大した事してないってのに参ったなオイ……。

 と思ったのも束の間、肩に置かれた手に力が入る。

 

「……うちの事務所の子に変な気をおこしたらマジブチ殺すぞ……!」

「褒めるんじゃねえのかよ!」

 

 思わず俺の口からツッコミが漏れてしまった。こいつ一体、何の心配をしてやがんだ! 

 

「褒めるわけねえだろ! 一応、どの子も親御さんから、芸能界というコンクリートジャングルで生きて行けるように責任持って預かってんだ! お前みたいなガキに傷モノにされた暁には……!」

「誰が手を出すか! 出されてんのは俺の方だっつーの!」

「テメェはうちの子がみだらな真似をしてるとでも言いてえのか⁉︎」

「お前こそ俺がみだらな真似するって言いてえのかコラ!」

「男子高校生はみんな獣だ!」

「お前の高校生時代と一緒にすんな!」

 

 チッ……これだから都会人は……! 何事も憶測で突っ走りやがって……! 

 

「ちょっと、プロデューサー。失礼な事言わないの。彼、別に悪い人ではないわ」

「な、夏葉……! でもだな、俺は……」

「いい加減にしろよ、プロデューサー! こいつをナメてるとアタシが許さねーぞ!」

「樹里まで……!」

 

 ……ああ、やっぱ樹里も有栖川さんも良い人だなぁ……。こんな人達、他にいないわ。大体の奴は他人と対立するのを嫌うから、他人事同士の諍いに口を挟むことはしない。こんなお人好し以外は。

 

「いいから、やろうぜ。フットサル」

「あ、ああ……そうだな」

 

 そんなわけで、ゲームを開始した。俺とプロデューサーの間に、新たな火種を生じさせながら。

 

 ×××

 

「っはぁ〜……疲れた!」

 

 樹里が地面の上に腰を下ろす。や、マジで疲れたわ。何で俺達、こんなクソ暑い中で全開のサッカーなんてやってんの? プロデューサー虫の息じゃん。

 

「っ……し、死ぬ……!」

「情けないわね、プロデューサー。いつもの熱はどこに行ったの?」

「っ……ぃ、ぃゃ……今日ちょっと暑過ぎ……!」

「なんて?」

「……な、何でもない……」

 

 ……大変だな、あの人も。運動神経は悪く無いけど、やっぱ歳が歳だからなぁ……。せめて杜野さん辺りがいれば労ってもらえただろうに……。

 まぁ良いや。とりあえず、熱中症にでもなったら大変だ。

 

「樹里、おら」

「え?」

「それと、有栖川さんと、プロデューサーも」

「な、何……?」

「……?」

 

 投げたのは、スポーツドリンク。絶対こうなると思ってたから。

 

「準備が良いな、葉介」

「いや、バイト雑誌持ってくるついでだったから。今日、暑いし」

「ははっ、さんきゅ」

 

 まぁ、その……何? 甜花に勉強を教える際に、飽きて来ると10分置きくらいに飲み物だのおやつだのと歩き回るから、それを防止するために買っておくようになったってのもある。

 

「あ、ありがとう……東田くん。君、良い奴なんだな……」

「殺すぞ尸」

 

 手のひら返しどころの騒ぎでは無い。

 とりあえず全員で休憩。スポドリを飲みながら、鞄から塩分チャージのラムネみたいなのを取り出した。

 

「あい。これも」

「あら、ありがとう。わざわざごめんなさいね」

「あー……いくらだった?」

「や、別にいいですよ。気にしないで」

「ダメだ。年下……それも学生に準備力で負けた上に、金まで出させたとあったら大人の男としての立場がない」

 

 何故か涙目でそんな風に言われてしまった。大人ってそういうもんなのかな。

 

「だが断る! 貴様は男子高校生に奢られるような情けない男なのだ!」

「頼むから! なんなら君の分も樹里や夏葉の分も俺が出す!」

「ええ〜……どうしよっかな〜?」

「この野郎!」

 

 いやーだってねぇ? さっきあんな無礼を働かれたあとですしぃ……そう簡単にはねぇ? むしろ貸しにしといた方が良いかもしんない。

 

「じゃあバイト紹介するから!」

「よーし、許可する」

 

 それは助かる。バイト見つかんなくて困ってたし。

 

「いくらだった? てか、レシートある?」

「ありますよ」

 

 会計の後には必ずレシートをもらう。一応、個人情報だし、あと会計が合ってるか確認したいし。家に帰ったら破いて処分する。

 

「えーっと……千円で良いか」

「え、いや多すぎますよ」

「気にしなくて良いから。や、ほんと仕事外だと思ってキチンと準備しなかった俺が悪かったから」

「……」

 

 まぁ、ありがたくもらっておくか。さすがは大人って事で。

 

「なんか、すみません」

「いやいや。こちらこそだよ」

 

 ……とはいえ、少なからず裏はあるだろうけど。そのバイトがどんなものなのか、想像するだけですしんどい。

 

「ていうか、どんなバイトさせるつもりなのよ」

 

 有栖川さんが口を挟む。確かにそれは気になる所だ。

 すると、プロデューサーさんには既に考えがあるようで、何か思いついたように言った。

 

「んー……アレだ。今度、アレあるだろ。アイドル全員でお忍びで遊びにいく奴」

「ああ、あれね。なるべく別のグループの子達と行動するってやつね」

「そう。それのスタッフ」

「え、それ人手足りないのか?」

「足りるには足りるけど……まぁ、足りないっちゃ足りないな。社員旅行みたいなものだけど、連れて行けるスタッフは最小限だし、人数ギリギリなんだ」

 

 ……それ俺も行って良いの? ファンに知られたら袋にされない? 

 

「いや、前に行った事あったんだけど、何人かのアイドルが宿を抜け出してあの世に連れて行かれそうになったりしてるから、今度はしっかり見張ってて欲しいんだ」

「誘拐未遂って事ですか?」

「や、俺もそんな詳しく聞いたわけじゃないから分かんないんだけど……」

 

 なにそれ。むしろボディガード雇えよ。……いや、アイドルに気を使わせると思うと雇えないわけか。

 

「……え、でも良いんですか? 費用もそれなりにかかる上に、その旅行って要するに慰安旅行ですよね? 利益が発生するもんでもないでしょうし、旅費も事務所の機密費から出ると考えても、日給1万ちょいのバイト雇う金なんて出せないでしょ」

「何さりげなく日給決めてんの? てか、大丈夫だよ。……本音的な部分を言うと、チャラチャラしたナンパ野郎がいたり、迷子の子がいた時のための捜索要員だから、万が一の時を考えるといてくれた方が良いんだ」

 

 ああ、なるほどね……。まぁ、俺一人居たところで焼け石に水だと思うけど。

 

「……特に、果穂やあさひみたいな少しアホっぽいロリっ娘に何かあったら、俺は世界を滅ぼしかねない……!」

 

 何言ってんだこの人。もしかしてロリコンか? 一番、危ないのこの人じゃね? 

 

「実際、変な人には頼めないからさ。普通のバイト募集じゃ信用できないし、ボディガードじゃあアイドルの子達も楽しめない……というかボディガードは普通に高いし」

「なるほど……や、俺がいれば安心ってわけじゃ……」

「他の子よりマシでしょ。何処の馬の骨かも分からない人なら、樹里の幼馴染みで、放クラのみんなと友達の君の方が信用出来る」

 

 ……なるほど。まぁそういう捉え方も出来るわな。

 

「君には現地人のフリをして、アイドルの子達の動向を伺って欲しいんだ。危険な地域に踏み込みそうなら現地人のフリをして邪魔をし、ナンパされそうになっていたら現地人のフリをして助け出し、迷子になりそうなら現地人のフリをして道案内して、熱中症になりそうなら現地人のフリをして飲み物を差し出してあげて」

「あんたにとって現地人って何なの?」

 

 アンパンマンか何かなのかな。万能過ぎるだろ、現地人。てか、現地人のフリって……顔見知りの放クラと会ったらその時点でアウトなのでは? 

 

「てか、そんなスパイみたいな事しなきゃいけないの? 俺ってCIA?」

「班は大体、四つに別れて、俺とはづきさんと君で別れて三班の様子を見る」

「聞いてる?」

「あと一班は千雪さんっていう、アイドルなんだけど、その人は大人の方だから多分、平気だから、基本的にこの四人で周りの面倒を見ることになると思う」

 

 ……なるほど。はづきさんというのはおそらく事務員で、プロデューサーさんとその人は普通にバカンスに混ざりながら且つ、友達同士を邪魔しないよう遠巻きに見守るつもりなのだろう。

 千雪さんとやらに至っては、アイドルそのものだから歳上でも友達的なポジションで見守れるのだろう。

 つまり、スパイ映画のような負担をかけさせられるのは俺だけというわけだ。

 ……普通のバイトじゃ、絶対に経験できない事だな。面白そうだ。

 

「やります」

「よしっ。詳しい話は……とりあえず、形だけ面接をするから、その時にね」

「はい」

 

 そんなわけで、なんかバイトが決まった。

 

 



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放クラ会議(盗み聞き)

 樹里は、最近の自分が何処かおかしい事に何となく気づいていた。や、ホント何かおかしい。悩みの種はあのバカ男。ここ最近……というか、小六の夏休みの後半の時と同じで、あの男のことを思うと胸が痛む。

 特に、あの男が他の女の子と一緒に出掛けてると知ると、胸の痛みが増すのだ。それが原因で、自分でも訳がわからないまま、葉介に事あるごとに突っ掛かり、今ではトレーニングも買い物も甘いもの食べるのも全部一緒にこなすようになってしまった。

 本当なら勉強も一緒にしたい所であったが、これから夏休みなのでその件に関しては保留。ただし、二学期の中間は絶対に一緒に勉強する。

 そんな風に固く決心していると、また「なんでそんなに気にしてるんだ私は」と考えてしまい、頭の中がグルグルと回る。

 

「……はぁ」

 

 そんな悩みが頭の中を回っている樹里だが、今日もフットサルをやると決まったら知らない間に葉介を誘っていた。

 ため息をつきながら、足元でリフティングを数回こなしていると、そんな樹里にプロデューサーが声をかけた。

 

「樹里はその東田くんって人のこと、随分と気に入ってるんだな」

「まぁな。一応、幼馴染みだし、恩人でもあるからな」

「……恋してるのか?」

「は、はぁ⁉︎ なわけねえだろ! テキトーぬかすのもいい加減にしやがれ!」

 

 うがーっと「図星です」と言うように怒られたプロデューサーは、慌てて目を逸らして黙る。その逸らした先には、夏葉がいた。

 

「夏葉、どうなの? 実際」

「……まぁ、そうね。ノーコメントで」

「お、おい夏葉! どういう意味だよ⁉︎」

「「気にしない気にしない」」

「するわ!」

 

 ツッコミを入れてみたものの、二人はどういうわけか平然とストレッチをし続ける。まるで自分だけ答えがわからないままクイズ番組を見ているようで、とても悔しかったが、教えてくれない以上は諦めるしかない。

 

「ったく……お前らなぁ……」

 

 仕方なく、諦めてリフティングを続ける樹里を眺めながら、プロデューサーが夏葉に声を掛けた。

 

「なぁ……どうなの? ジッサイ」

「無自覚」

「なるほどね……」

 

 その一言で全てを察せる辺りはさすがだった。

 

「……で、どうなのよ。うちの事務所って恋愛OKなの?」

「平気だと思うけど……少なくとも、はづきさんからも社長からも何も聞いていない」

「なら良いけど……」

 

 ……とはいえ、だ。それを快く無いと思うファンもいるだろう。もし、その時になったらどうするべきかを考えた方が良い。

 いや、それ以前に、だ。そもそもその男の子はどんな奴なのだろうか。ダメな奴なら、許可は出来ない。仮にも親御さんから娘を預かっている身としては。

 

「……少し、フルイにかけてやるか……」

「……」

 

 そういうプロデューサーを横目で見ながら、夏葉は「失敗しそうだな……」と確信したのは言うまでも無い。

 

 ×××

 

 ようやく来た少年と自己紹介を終え、ストレッチをしてからゲームを始めることにした。カラーコーンを一定の距離に四つ設置。

 それからチーム分けである。手っ取り早い方法として、プロデューサーが全員に提案した。

 

「じゃ、グーパーで決めるか」

「良いなそれ」

 

 とのことで、みんなで拳を出し合う。

 

「「「「グーパーグーバークーパージャス!」」」」

 

 で、決まったチームが……プロデューサー、樹里組と夏葉、葉介組。

 プロデューサーから見て、葉介の印象は決して良くない。ワックスで整えた髪、鋭い瞳、イケメンと言えばイケメンだが、何処か捻くれていそうな表情、なんというか……どこにでも居そうな高校生という感じだ。とても、割と気難しい方でもある樹里の恩人には見えなかった。

 だが、見た目の割に中身は良い子、というのは事務所にたくさんいるので、それで彼の全てを判断するつもりはないが。

 

「樹里、彼……運動神経は?」

「私とプロデューサーと夏葉の三人で組んで勝てるかどうかのレベルだ」

「なんでそんなの呼んだんだよ……」

 

 だが、負けるのは好きではないため、勝ちにいくしかない。そのため、プロデューサーも樹里も油断なく敵チームを睨みつけた。

 

「……じゃあ、行くぜ」

「おう……!」

 

 二人からキックオフした。

 プロデューサーの元に転がるボール。その前に立ち塞がるのは有栖川夏葉。ドリブルで抜けるかは分からないが、そもそもまずは様子見なので抜く必要がない。すぐに樹里にパスを出した。

 

「よっしゃ、ナイスパ……あっ!」

 

 が、その間に葉介が入ってカットする。すぐに樹里が背後から襲いかかったが、それを受ける前に夏葉にパスを出す。

 

「ナイスパス!」

 

 インサイドで止めた夏葉は、プロデューサーの方に距離を詰める。

 

「勝負よ……!」

「来い」

 

 が、まぁ所詮は素人同士だ。フェイントも何も無く、ただ夏葉がどの方向に躱すかをプロデューサーが読めるかの一発勝負。

 

「ふっ……!」

「はいそこ!」

「あーっ……!」

 

 が、それは夏葉の先を読んだプロデューサーがカットする。ボールはポーンと宙に上がり、樹里の方に飛ぶ。

 胸トラップしようと落下点に入ったが、その前に葉介がジャンプして割り込み、ヘディングで夏葉の方に返す。

 

「あっ……こ、このっ……!」

「樹里、下がって守り手伝って!」

「お、おう!」

 

 走って樹里は夏葉の元に向かう。挟まれた夏葉は足元にボールをキープしつつ辺りを見回す。すると、葉介が走り込んでいるのが見えた。

 ノーマークの葉介の方にパスを出す。いち早く気づいたプロデューサーが、パスをもらった葉介の前に走った。

 

「行かせない……!」

「……」

 

 が、葉介は実に滑らかにアウトサイドで右に揺さぶると、すぐにインサイドパスを放ち、プロデューサーの股下を抜いた。そのボールは樹里にマークされている夏葉とゴールの間、二人が走り出せば、ギリギリ夏葉の方が早く着く位置だ。

 

「そこ!」

「あーっ!」

 

 夏葉の軽いシュートがコーンの間を突っ走った。

 

 ×××

 

 それから大体30分ほど休まず続けた。当然、全員揃って生きた尸状態である。

 そんな中、葉介が持って来たスポドリと塩分チャージを口にしながら日陰で休憩である。

 なんかよくわからないうちにプロデューサーが葉介にバイトを紹介するだなんだと話していた。

 

「バイトねぇ……」

 

 バイトをしたことがない樹里は、頬をかく。どんなバイトするのか想像つかないが、そもそもプロデューサーにバイトが紹介できるのか、というところだ。

 よく分からないが、そういうのって相手とのコネが必要だろうに。

 

「ていうか、どんなバイトさせるつもりなのよ」

 

 同じことを思ったのか、夏葉が聞いた。

 

「んー……アレだ。今度、アレあるだろ。アイドル全員でお忍びで遊びにいく奴」

「ああ、あれね。なるべく別のグループの子達と行動するってやつね」

「そう。それのスタッフ」

「え、それ人手足りないのか?」

「足りるには足りるけど……まぁ、足りないっちゃ足りないな。社員旅行みたいなものだけど、連れて行けるスタッフは最小限だし、人数ギリギリなんだ」

 

 それを聞いた直後、思わず樹里は大慌てでニヤけるのを抑える羽目になった。

 何故なら、ただでさえ楽しみな旅行にもっと楽しい奴がついてくるかもしれないから。

 何とか緩む唇を抑えて、なかなかに複雑な表情になっている樹里を、夏葉は呆れ気味に横目で眺めた。

 

「……言っておくけど、多分あなたと遊ぶ暇なんてないわよ」

「そ、そんなの誰も期待してねーよ!」

「……」

 

 もう微笑ましい。そんな感想しか出なかった。

 二人の間で話が進む中、ソワソワし続ける樹里。このままだといつ破裂するか分からないので、夏葉が耳元で囁いた。

 

「言っておくけど、あなたと遊ぶ暇なんてないと思うわよ」

「そ、そんな期待してねーよ!」

「いいから。そもそも、あの子はバイトで来るんだから、邪魔しちゃダメよ?」

 

 それを言われればその通りなのかもしれない。実際、なんかよく分からないけど現地人のふりをして潜入とかスパイみたいなことさせられているし、それを成功させるには顔見知りと同じ班になるわけにもいかない。

 その上、同じ宿にいるのもマズイため、十中八九、顔を合わせる機会もないだろう。

 

「……」

 

 そう考えると、徐々に落ち着いてきた。というか、むしろ他のアイドル達と仲良くなってしまうかもしれない最悪の機会……。

 

「……いやいやいや」

 

 落ち着いて首を横に振った。それはあくまでも「葉介がカバーしなければならない事態が起こった時」に限る話だし、そもそも今の寂しい葉介に友達が増えるのは良い事のはずだ。いつから葉介に友達ができない方が良い、なんて思うようになったのか。

 

「はぁ……」

「お疲れね」

「るせーよ……」

 

 なんか同情するように肩に手を置かれ、思わず毒を吐いてしまった。

 

 ×××

 

 数日後、樹里は一人でカフェに来ていた。何故なら、ここが葉介とプロデューサーの面接会場だからだ。とても気になったので、ついつい見に来てしまった。

 勿論、変装して。夏葉にサングラスを借りて、凛世に髪を貴婦人っぽく結ってもらい、普段は絶対に履かないスカートまで履いて、変装は完璧である。

 さて、早速、面接の様子を眺める。

 

「すみませんね、俺なんかのために時間とってもらって」

「いやいや、形だけとは言え社長に履歴書提出しないといけないから。せっかくだし、少しお話しして行こうよ」

 

 要するに、人間を見るためである。この前のサッカーで大体の事は把握したとはいえ、面と向かって話をするのも人を雇う上では大事なことだ。

 とはいえ、大体のことを知っている樹里からすれば、何だか友達が疑われているようであまり良い気はしない。

 

「で、一応確認ね。名前は?」

「東田葉介です」

「学年は?」

「高校二年生です」

「うん。うーん……じゃあ趣味と特技」

「趣味は身体動かすこと全般と甘いもの食べること。特技は……そうだな。やっぱり身体動かすこと」

「なるほど」

 

 ハキハキと答えられるのは良いことだ。とにかく身体を動かすことが出来るあたりも、いざという時に任せられる。勿論、そんな機会はない方が良いのだが。

 

「じゃあとりあえずこの辺にしておいて……とりあえず仕事の内容を話すよ」

「はいはい」

「日給一万円、現地に着くまでの交通費とかの必要経費、着いてからアイドル達を見張るのに掛かるお金も出す。お釣りは回収するけど」

「了解です」

 

 返事をしながらメモを取る葉介。

 

「基本的にアイドル達との接触は禁止。緊急時のみ可。その時は現地人のフリをすること。見てもらう班に東田くんの知り合いはいないようにするから」

「放クラはいないって事ですね」

「そういう事」

 

 夏葉の読み通りだった。それならほとんど絡めないんだな……と、樹里は内心で少し落胆する。

 

「これが俺の携帯番号とアドレスね。何かあったら報告する事。無事で済んでも、だ」

「分かりました」

「君自身に何かあっても、だよ」

「あ、はい」

 

 少し意外そうな顔をしてしまったが、雇う側の責任として当たり前のことかもしれない。

 それから色々と話は進んで行くのを、樹里は黙って耳を傾ける。というか、もう採用は決まったようなものだ。なら、とりあえず自分もそろそろ立ち去ろうか、そう思った時だった。

 

「最後に……あ、これは全然、仕事とは関係ない話なんだけど」

「? なんですか?」

「君、樹里のことどう思ってんの?」

「はい?」

 

 思わず吹き出しそうになった樹里だが、何とか堪えた。が、冷静になって考えると、何故、吹き出しそうになったのかがわからない。そんなの、答えは決まっている。

 

「好きですよ?」

 

 そう、好きと答えるに決まっ……。

 

「はえっ?」

「「?」」

「ーっ」

 

 間抜けな声で隣の席を見てしまい、慌てて顔を背ける。危なかった。もう少しでバレるところだった。

 

「好きって……え、どゆこと?」

「東京で初めて俺に優しくしてくれた人ですからね」

 

 このしれっとした感じ、多分、恋愛的な意味で言っていない。そう直感したプロデューサーは「いやいや」と前振ってから聞いた。

 

「そうじゃなくて、初恋的に」

 

 当然、盗み聞きしている樹里は「なんてこと聞くんだ」とさらに赤面する。だが、二度目の冷静になった。あの男にそんな情緒があると思えない。思春期予備軍とも言える小学校六年生の時に、平気で女子のズボンを脱がし、下から出てきたパンツをブリーフだと思うほどの男だ。

 だから、落ち着いて……と、思って横をチラ見すると、頬を赤らめたまま俯いていた。

 

「い、いや……恋って……それは、うん……まぁ……」

「……」

 

 恥ずかしくなった樹里は、走って逃げ出した。

 

 



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面倒を見るのは本当に大変。

 AM7:30。俺は早起きし、プロデューサーさんと一緒に伊豆に向かった。アイドルの皆さんは七草はづきさんと一緒にバスで移動。

 と、いうのも、俺はあくまで現地人の設定なので、先に向こうについていなければならない。一人で良いって言ったんだけど、プロデューサーさんもついて来てくれた。アイドル達には「下見のため先に現地で待っている」という体で。

 で、今はプロデューサーさんもアイドル達と合流し、宿に向かいながら今日の予定を話す。その間、俺は宿の近くのコンビニで時間を潰しつつ待機。待っているのは、俺が見張る対象のアイドル達が、何処に行くのか、だ。

 今のうちに、顔と名前だけ覚えておくか。えーっと……リストは……。

 

「あった」

 

 プロデューサーさんから送られてきたリストに目を通す。えーっと……メンバーは……風野灯織さん、白瀬咲耶さん……この人達クソイケメンだな……あと、有栖川夏葉さん、芹沢あさひさん、樋口円香さんの五人。

 夏葉さんが入っている辺り、事情を知っている上で空気を読めそうな人をちゃんと選んでくれている。……今日が終わったらメンバーを変えるらしいが。

 その上で人数も他の班より少なくしてくれているし、あのプロデューサーさん本当によく気を利かせてくれる人だ。

 すると、メールが送られて来た。さて……まずはどのルートからかな。先回りして、なるべく動向を把握しないと。

 

「……なるほど」

 

 昼食の後はいきなりヒリゾ浜ですか。船に乗ってじゃないと行けないビーチですね。その後の予定は、すぐに飯屋に行って宿に帰宅。シンプルだが、海にいる時間が一番長いのが一番、しんどい。

 まぁ、おてんばそうな子は一人しかいないし、多分なんとかなるはず……。

 そんなわけで、ストーキングを開始した。……これ通報されたら守ってもらえるのかしら……? 

 

 ×××

 

 ヒリゾ浜とは、南伊豆にある島の浜辺だ。船での移動により、もともと綺麗な本島の海とも比べ物にならないくらいクリアな浜辺に到着する。

 海を「サファイア」と表現したくなる程、蒼い海が広がっているその浜は、都会人にとって、一番「手頃に行ける魚と触れ合える海」ともいえるだろう。

 野生の魚を間近で見ることが出来て、ちょうど足がギリギリ届かないくらいの深さのため、シュノーケリングなどを楽しむ客が多い。

 そんな透き通るような青い海に、俺は一人である。いや、別に良いんだけどね。水中カメラを持って、目の前で泳ぐファインディング・カクレクマノミを写す。こんな風に魚と触れ合える海はそうそう無い。一人南伊豆最高! 

 が、こうエンジョイだけしていられない。魚を撮りつつ、水の中で遊んでいるアイドルの子達を見張る。

 

「わぁっ……! 見てくださいっす、灯織ちゃん!」

「何かあったの?」

「ナマコっす!」

「きゃあ! も、元の場所に置いて来て!」

 

 ……なんとなく、アイドル達の立ち位置とかキャラが分かってきた。

 つまり、風野さんが苦労人、芹沢さんは自由人。

 

「ふふ……夏葉、君は泳がないのかい?」

「まずはお肌を焼くのよ。最初から水の中に飛び込むなんてレディのすることではないわ」

「そう言いつつも、あさひや灯織を見てうずうずしているように見えるがね?」

「……」

 

 本当は遊びたがりの有栖川さん、そしてイケメン・イケメン・イケメンの白瀬咲耶さん。……おっぱいデケーのが並んでんじゃねーよ。この人達はなるべく見張らないようにしないと通報される。

 さて、あと一人は……。

 

「……」

 

 岩の上でボーッとしていた。樋口円香さん。無表情にも見えるその冷たい表情のまま、ボンヤリと海の中を眺めている。……いや、正確に言えば風野さんと芹沢さんを眺めている。

 多分、しっかりと見守ってくれているんだろう。あの子はあの子で、中々面倒見が良いのかもしれない。

 ただ、これはあくまでアイドル達の慰安旅行。あの子も楽しめないと意味が無い。

 

「……仕方ないな」

 

 ナンパして有栖川さんと白瀬さんに助けさせ、一緒に行動させる……! 

 海から出て、自分の荷物を置いてある場所に戻り、半袖のパーカーに腕を通し、サングラスを掛け、準備完了。本当は今後の事を考えると髪も隠したい所だったが、海でそれは不自然すぎるのでパス。

 キャラじゃないが、やるしかない。呼吸を整えると、一思いに樋口さんの所に行った。

 

「hey、姉ちゃん。一人ぃ〜?」

「えっ……? げ、原始人……?」

「……」

 

 やべぇ、泣きそう。ナンパなんて経験無いから、精一杯、頭を捻って声を掛けたんだけど……。

 

「あ、あー……暇だったら俺と遊ばなーい?」

「……結構です。友達と来てるので」

 

 ……断られるのが目的だとは言え、断られると結構、キツイな……。ナンパするチャラチャラしたチャラ男ってスゲェメンタル強いんじゃねーの。

 

「えーでもさっきから見てたけどずっと一人だったじゃん?」

「っ、そ、それは……」

「俺、毎年ここ来てるけど、人が少なくて魚が多い穴場、教えてあげるからさー」

「……しつこい……」

 

 こ、ごめんなさい……。でも、そろそろ……と、思っている間にようやく救世主が来た。

 

「失礼、私のお姫様に何か御用かな?」

「あ……し、白瀬さん……?」

「待たせたね、我が姫……」

 

 白瀬さんの後ろには有栖川さんも控えている。俺のことを知っているからか、なるべく率先して関わろうとはしなかったが。

 スゲェなこの人。普通に手の甲にキスとかかましたよ……。普通に姫とか呼んでるし。恥ずかしくないの? 

 

「あ、ほ、ホントに連れいたんだ……じゃあ、なんでもないっす」

 

 正直、白瀬さんのイケメンパワーに勝てる気がしない。いや、そもそもナンパとかする気ないんだけどさ。

 俺の予定じゃ有栖川さんが助けに来るはずだったんだけど……まぁ良いでしょ。

 

「ご、ごめん……ありがとう、白瀬さん……」

「気にすることないさ。君が無事なら、それで良い」

「あの人……しつこいったらなくて……」

「ホント、あの手の原始人はいつになっても減らないわよね」

「ははは、夏だからね。彼も焦っているんだろう。なるべく、共に遊ぶことを心がけよう」

「うん」

 

 ……余計なお世話が聞こえた気がしたが、まぁスルーで良いだろう。

 さて、あとはこのままだと五人、合流して遊ぶだろうし……放っておいても大丈夫……。

 

「あれ? みんな集まって何してるんすか?」

「あ、芹沢さん……」

「あさひで良いっすよ、円香ちゃん」

「ていうか、灯織は? あなた一緒にいたんじゃ無いの?」

「それが、なまこ持って追い掛けたらいなくなっちゃったんすよ」

「え……?」

 

 え……それヤバイんじゃ……と、思って四人から少し離れた場所で辺りを見回すと、引き潮に引かれ、海の奥の方に少しずつ流されていた。

 

「やべええええ!」

 

 大慌てで海の中に飛び込み、ザババババッと泳いで向かって行った。青いフワフワしてそうな水着の女の子が懸命にこっちに向かって泳ごうとしていたが、おそらくうまく泳げないのだろう。海ってそういうとこあるからな。

 すぐに追い付くと、とりあえず落ち着かせるために耳元で声をかける。

 

「大丈夫ですか?」

「あ……は、はい……!」

「力抜いてて。近くの岩まで連れて行くんで」

「お、お願い……します……!」

 

 相当、体力を使ってしまっているようだ。

 あらゆる泳ぎを学校の授業だけでマスターした俺は、人を抱えて泳ぐ方法も把握している。何とか上手いこと片腕と脚だけで岩の方まで連れて行った。

 

「はぁ、はぁ……疲れた……」

「す、すみません……ありがとうございます……」

「いえいえ……とりあえず、浜辺まで付き添いますね」

「わ、分かりました……」

 

 それだけ話して、何とか一緒に浜辺に到着した。何か飲み物でもあげられたら良いんだけど……この辺、自販機ないからな……。

 

「あの……ありがとうございます」

「いや、気にしな」

「あ、ようやく見つけたわよ。灯織」

 

 やべっ、有栖川さんの声……! 

 慌てて俺はその場から逃げるように立ち去った。ナンパした後に女の子助けたなんて知られたくねえ! 下心あるって思われるのは目に見えてるし。

 

「どこ行ってたんだい?」

「いや……実は、今、溺れそうになってて……助けて貰ったんです」

「え……だ、大丈夫なの?」

「うん。この人に助けて……あれ?」

 

 海の中に潜り、何とかその場をやり過ごす。……よし、後はまた後方支援の仕事に戻れば良いな。

 

「いない……」

「一応、休んでて。私も付き添う」

「ありがとうございます、樋口さん」

「ううん」

「あ、灯織。あさひ見てない?」

「え?」

 

 え? 

 

「『灯織ちゃん探してくるっす〜』とか言いながら行方不明なんだけど……」

「み、見てないけど……」

「……咲耶、行くわよ」

「やれやれ、世話の焼けるじゃじゃ馬娘が多いみたいだね……」

 

 まったくだよ! 

 大慌てで海の中を彷徨いまくる事になった。あの子は色々と好奇心旺盛らしいし……魚がいそうな所にいる。無事が発覚すれば、とりあえず後をつけるだけで良いだろう。

 

「やれやれ……まったくもって割りに合わん仕事じゃて……」

 

 どっかの暗殺一家の最大の賛辞のようなことを言いながら、一先ず働きにかかった。

 

 ×××

 

 その日の夜、借りている宿はみんなと同じ所。でも部屋は一人部屋だ。海が近いこの宿は、窓を開けておけば波の音が聞こえて来る、中々にリゾート的な雰囲気のある宿である。

 そこで、俺は泥のように布団の上で波の音など聞こえないくらいにだれていた。いや……マジ疲れたわ……。あの子達、すごいトラブル体質なんだもん……。

 その上、芹沢さんは、そのトラブルそのものを欲しがっているように動き回るし……もう散々だわ。

 こういう時、運動やっててよかったなって思う。

 さて、明日の班は誰になるかな……と、考えていると、部屋の扉にコンコンというラップ音が耳に届いた。

 

「はい?」

「入るぞー」

 

 中に入って来たのは、プロデューサーさんと七草さん。二人とも缶ビールを持ってきている。

 

「あ、どうも」

「うふふ、東田くん。お疲れ様でーす」

「お疲れ様です、七草さん」

 

 ……ああ、そういうコト。要するにお疲れ様会ね。まだ一日目だけど。

 机を囲んでお酒を置き、袋から摘みとサイダーを出してくれた。

 

「はい、君の分」

「あ、わざわざすみません」

 

 とりあえず、三人で部屋の真ん中に座り、乾杯した。こういう飲み会って、なんか大人っぽくて良いなぁ……俺だけジュースだけど。

 

「……お疲れさん、東田くん」

「や、ホントですよ……」

「灯織の件、特に助かったよ。……でも、あの海にはライフセーバーもいるから、次からはそっちに報告してくれ。君の身に何かあっても困るんだから」

「あ、そうですね」

 

 芹沢さんも結局、珍しい魚を追ってただけだったなぁ……。

 

「お二人のとこはどうでした? 何かありました?」

「特に何もなかったよ。強いて言うなら、果穂に連れ回された摩美々が珍しくグロッキーになってたくらいか?」

「私の所も特にはありませんでしたよー? ……あ、真乃ちゃんに膝枕してもらってる透ちゃんがとても可愛かったです」

 

 平和そうで良いなぁ……あなた方の所は。こっちだけだよね、あくせく働いていたの。

 

「ちなみに、明日は俺誰の面倒を見るんです?」

「明日はめぐる、夏葉、愛依、透、あと甘奈だ」

「え……」

 

 あ、やべぇ……甘奈って……そっか。そういやあの姉妹と同じクラスだって言ってなかったな……。

 

「どうかしたか?」

「あ、いえ喧しそうな人たちが揃ってるなと」

 

 危ない危ない。今から人を組み直すとなったらプロデューサーさんも大変だろうし、その辺は黙ってないと。

 

「とりあえず、頑張らないと、ですね」

「ああ、頼む」

「ふふ、東田くんがいてくれて助かりますねー」

 

 そんな風に言われると、引き受けて良かったと思ってしまうあたり、俺はちょろい男なのだろうか。……まぁちょろいんだろうな。所詮、ボッチになってから幼馴染に声を掛けられると惚れてしまうような男だ。

 

「……ちなみに、樹里はどんな感じでした?」

「さぁ……樹里ちゃんは千雪に見てもらっていましたから」

「……あそうですか」

 

 ……気になるなぁ……チャラチャラしたナンパ野郎がいなかったか。……おっと、それは今日の俺だったな。明日はまた変装しないと。

 

「そういや、俺は有栖川さんと同じ班なんですね」

「まぁね。この先、どうなるかわかんないけど、事情を知ってる夏葉か樹里には君についててもらうつもりだよ」

「そうですか」

 

 それはありがたい話だ。なんか気を使わせてしまって悪い気もするが。

 

「まぁ、明日からもよろしく頼む。その分、報酬も弾むから」

「はい。ありがとうございます」

 

 それだけ話し、そのまましばらく飲み明かした。俺だけジュースだが。

 

 



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日本刀以上の斬れ味を持つのは言葉。

 南伊豆は、遊ぶ所が多い場所だ。綺麗な海が複数箇所に設置されている上に、そのどれもが「あ、海ってほんとに青いんだ」と実感する程、綺麗な海ばかりだ。都会人は絶対ビビる。

 さて、そんな南伊豆だが、何も海だけでは無い。人の知恵とは素晴らしいもので、創意工夫によって観光地を生み出すのだから。東京じゃ無理だけどね。

 今、俺が来ているのは、泊まっている宿からは少し離れた場所にあるサンドスキー場。砂漠のように滑らかな砂の斜面がスキー場のように角度をつけて形成されており、ソリを敷いて落下すれば夏でもサンタさんになれる最高の遊び場。

 その上、斜面の下には磯があり、水着で滑れば泥だらけになった体を、そのまま相変わらずアホほど綺麗な海で洗い流すことが出来る。

 そんなサンドスキー場にて、俺は一人、パラソルの下で腰を下ろしていた。正直、ついでにそんなバカンスを楽しむ体力は残っていないんです。よりにもよって、サンドスキーなんていう超ハードな遊びは無理です。

 なので、今日は昨日の反省を踏まえて、最初からチャラチャラした格好で参戦。サングラスに浮き輪にハットにパーカーを装備し、海の上でプカプカと揺られながらサンドスキー場を眺める。

 今日、観察する対象は八宮めぐるさん、有栖川さん、和泉愛依さん、浅倉透さん、そして甘奈の5人だ。

 最初は甘奈に正体ばれるんじゃねーかと思ってたけど、みんなで楽しむことに夢中で全然、見向きもされない。

 

「「ひゃっほ──────ーい!」」

 

 和泉さんと二人でソリに乗って急降下していた。まぁ楽しそう。

 その二人が降りて来ると思われる落下点で、浅倉さんがスマホを構えている。多分、動画でも撮っているんだろう。

 

「どう⁉︎ 透ちゃん、撮れた? 撮れた?」

「やばい、めーっちゃ楽しかった! 甜花ちゃんにも送ってあげなきゃ!」

「ふふ、ごめん。電池ない」

「「ええっ⁉︎」」

 

 ……待って。まだ午前中。もう電池ないの? あの子は迷子にさせられないな……。

 さて、もう一方の二人組も……。

 

「「きゃあああああああ‼︎」」

 

 降りて来た。ソリに跨がり、ものっそい勢いで風を浴びている。……乳揺れすごいな。てか、なんでアイドルって巨乳ばかりなの? 樹里をいじめるのはやめてやれよ。

 

「すっごい! ほんとすごいわね!」

「うん! 想像以上に気持ち良い!」

「本当ね! 本当のスキーと同じくらい気持ち良いわ」

 

 ……楽しそうだなー。俺も樹里と一緒なら……や、仕事中なんだが。……しかし、暑いな……。

 

「ね、次は透ちゃんも滑ろうよ!」

「え……私も?」

「うん! 気持ち良いよ?」

「じゃあ……うん」

 

 ……でも、今日は楽出来そうだな……。なんかおてんばだけど子供がいないからか、節度をもって遊んでいる。今の所、俺が出る幕はない。

 まぁ、昨日みたいなトラブルが何度もあってたまるかってんだよな。昨日が特殊だっただけで、普通はこう平和なもの……。

 

「きゃっほ────────い!」

「わー」

 

 ……浅倉さん棒読みだなぁ。表情も変わってな……いや、心なしか楽しそうには見えるけど。

 そんな二人の様子を、下で待っている甘奈がスマホに納める。その直後だった。ソリが思いっきり傾いた。

 

「「あっ」」

 

 まぁ、そうなるよね。絶対に転ぶとは思ってた。

 ザババババッと砂煙を舞い上げて転がる。舌がコンクリや硬い土ではなく砂浜だから大きな怪我とかは無いだろうけど……まぁ、一応、見に行っておくか。

 荷物の所に戻り、救急箱を手に取ってかけよった。

 

「痛た……八宮さん、大丈夫?」

「だ、大丈夫だよー。転んじゃったね」

「うん。……でも、楽しい」

「ね、楽しいよね!」

「二人とも大丈夫ー?」

 

 甘奈が二人の元に駆け寄る。他二人は再び滑ろうと斜面を登っていた。……甘奈の前で顔を出すのは危険だが、怪我とか起こったら一応、見ないといけないからな。仕事優先だ。

 念の為、サングラスを掛け直して三人の元に入った。

 

「大丈夫ですか?」

「え?」

 

 わぁ、不審者を見る目。善意に対してそういう感情しか向けられないのって、その人よりも社会が悪いと思うんだよね。

 とにかく、負けじと声をかけておかないと。

 

「あ、すみません。遠くから派手にヘッドスライディングかましてるのが見えたので。良かったら使って下さい」

 

 言いながら、とりあえず絆創膏と消毒液を手渡した。

 

「ありがとうございまーす☆」

 

 甘奈が笑顔で挨拶してくれる。変装しているとは言え、一切気づかれない辺り……本当に俺の事なんてどうでも良いんだな、この子。

 その間に、八宮さんが浅倉さんの肘と膝を手当てする。

 

「ったぁ……」

「染みる?」

「ううん、平気」

 

 うん、平気だな。そこまで俺が手を出すと通報だし。

 絆創膏を貼っている間に、使い終えた消毒液と絆創膏のゴミだけ受け取って挨拶した。

 

「じゃあ、気を付けてね」

「ありがとう」

 

 浅倉さんのお礼に小さく手を振って返し、救急箱を自分の荷物の所に置きに戻った。

 

「「きゃああああああ! あぶな────ーい!」」

 

 有栖川さんと和泉さんのソリに撥ねられた。その後の意識はない。

 

 ×××

 

「う……ん……」

 

 目を覚ますと、パラソルの下だった。真下にはビニールシート、微妙に足がはみ出ているが仕方ない。てか熱い。

 

「あ、起きた?」

「え?」

 

 身体を起こすと、声が掛けられる。隣に座っていたのは、有栖川さんだった。

 

「大丈夫?」

「あ……はい」

「ごめんなさい。少しはしゃぎ過ぎたわ」

「いえ、どちらかと言うと俺が轢かれに行ったようなものなので……」

「交通事故も撥ねた側の責任なのよ」

 

 ……でも、気にして欲しくないなぁ。……ん? てか、グラサンは⁉︎

 

「あれっ……やべっ」

「大丈夫よ。他の子たちには顔バレないように私だけ付き添ってるから」

「あ……た、助かります」

 

 良かったぁ……てか、有栖川さんがいて良かった……。特に甘奈にバレた暁にはマジで吊し上げられるレベル。

 

「じゃあ、私もう合流するから」

「あ、はい。……え、もう?」

「そりゃそうよ。……あまり私と長く一緒にいない方が良いでしょう? それに、早く遊びたいし」

 

 うーん……だいぶ、気を使わせてしまったみたいだな……。ま、仕方ないか。気楽に考えないとやってられない。

 

「じゃ、また」

「ええ。またね」

 

 とりあえず、気付かれなくて良かったと思っておくか……。

 ほっとしつつサングラスをかけた時だった。

 

「おーい、オニーサン!」

「へっ?」

 

 声が掛けられる。走ってきたのは、おっきなお胸を揺らしている褐色美少女、和泉さんだった。

 呆気にとられている間に、和泉さんは座っている俺の方に前屈みになって額に触れる。おかげで目の前に大きな谷間がある。

 

「ダイジョーブ? さっき、思いっきり撥ねちゃったから」

「あ、大丈夫ですよ。生憎、身体は丈夫なので」

 

 それより今の状況が大丈夫ではない。あんまり関わりすぎると雰囲気を覚えられてしまう。

 

「良かった〜。透ちゃんの手当てしてくれた人、殺しちゃったらちょっと立ち直れないじゃん?」

「人生もな」

「あはは、面白〜」

 

 ブラックジョークのつもりだったんだけど……よく笑えんな。

 

「ね、写真撮っていーい?」

「え、写真?」

「そっ。ほら、旅先での出会いは……い、イチゴイチエ? って言うじゃん? 要は記念!」

 

 ……うーん、まぁ良いか。ダメとは言われてないし。

 

「了解」

「じゃ、もっとこっち寄って!」

 

 スマホを取り出した和泉さんは、俺の腕に腕を絡める。二の腕に胸が当り、思わず鼓動が跳ね上がる。

 

「はい。こっち向いてー」

「は、はい……」

「チーズっ。よしっ」

 

 ……い、良い匂いしたぁ……。汗だくになってるほど遊んでた人なのになんで……。

 本人はさほど気にしていない様子のようで、平気な顔で聞いてきた。

 

「名前は?」

「え? えーっと……」

 

 本名は言って良いのか? 一応、偽名使っておくか。偽名……偽名……。

 

「と、東城です……」

「とーじょーくん、ね? うちは和泉愛依。こっちにいる時はたまに連絡するから、また遊ぼーね」

「えっ」

 

 ま、また遊ぶの……? という俺の冷や汗を他所に、写真を撮った和泉さんはみんなの群れに引き返していった。

 

 ×××

 

 サンドスキー場で遊んだあとは、近くにあるパワースポットに来た。竜宮窟というハートの形をしたビーチで、ビーチ自体の立ち入りは禁止されているものの「なんか縁起良さそう」っていう理由でパワースポットと化している場所である。

 入り口の鳥居近くにある駐車場には、龍宮窟をグルリと一周することができる遊歩道があり、水質ランクAAの海を一望できる。

 さて、そこに行くにあたって女子達はがシャワーと着替えを済ませている間に、俺は変装。髪型を変えて、服装も変えて、サングラスも変えて準備万端。

 こっそりと五人が行く前に先回りして移動する。

 一先ず、今は入り口の鳥居の前で待機。まるで「知り合いと待ち合わせしている」風だ。

 

「……」

 

 しかし……ハートの形をしているだけでパワースポット、か……。なんか、世も末だな……。ハートの形してるだけでパワースポットなら、この世の桃畑は全部パワースポットだろ。

 そういうのに踊らされてるようじゃ、科学がどんなに発展しても人類の愚かさは変わらんよな。

 

「……」

 

 ……恋愛が上手くいくお賽銭箱みたいなのあんのかな。いや、でもさすがに経費としてもらってるもん使うのは……。

 うだうだ考えている間に、キャイキャイしたアイドルの女子グループが来たので、顔を背けて海を眺めているセンチメンタルな男を演出する。自分で言っててゲロクソ恥ずかしいわこれ。

 

「へぇー! じゃあここって恋愛が上手くいくかもしれないんだ!」

「根拠どころかご利益の存在自体が不明だけどね」

「恋に興味がない女性はいないからねー。この中に、好きな人がいる人がいたりして?」

「いや、いなさそう」

「透ちゃんが言うの? それ」

 

 そんな話をしながら、鳥居の下をくぐって行った。ここから下はすぐに行き止まりだし、俺は行かなくても平気かな。問題があるとしたら遊歩道の方だろう。

 そのため、しばらくその場で待機。スマホでプロデューサーさんに連絡していると、スマホがヴーッと震えた。表示された名前は、西城樹里。

 

「……もしもし?」

『あっ……葉介か……?』

「なんで小声?」

『ひ、人の目を盗んで電話してるからだよ……!』

 

 なんで人目を盗む必要があるの……と、思ったが、まぁ気持ちは分からんでもないのでスルー。

 

「どうしたの?」

『いや……その、今……どうしてるかな、と……』

「今は竜宮窟前で待機中。出て来たらストーキング開始してバックアップ」

『そ、そっか……。……な、なぁ』

「にしても、すごかったわ、ヒリゾ浜。めっちゃ海綺麗なのな! 私用で来てたらめっちゃ泳げんのに! あと、サンドスキー場もヤバいのな! 超急降下すんの!」

『羨ましかったのはわかったから少し落ち着け……』

 

 うるせえ。楽しそうだったんだよ! いや、全然、羨んでなんかないけど! 

 

「……何のようだよ。どうせお前は楽しめてんだろ?」

『あ、ああ。まぁな。聞いて欲しい話は山ほどあんだけど……とりあえず、声が聴きたかっただけだ』

 

 なんだそれ。彼氏が出張中の彼女かお前は。

 ……ふむ、彼氏と彼女……か。ふーむ……。チラリ、と竜宮窟の入口である鳥居を見上げる。

 

「……あー、樹里?」

『な、なんだよ! 笑うなら笑えよ! 笑ったらぶっ飛ばすぞ!』

「ぶっ飛ばしちゃうのかよ……。や、そうじゃなくて」

 

 コホン、と咳払いしてから聞いてみた。

 

「もし、万が一……いや、億が一の可能性として、二人になれる時間感あったら……行きたいとこあんだけど」

『は……?』

 

 ……あれ、なんだ? 急に黙り込んで……。いや、まぁ機会があれば、だけどね? 多分、そんな機会ないし。

 けど……ほら。100パー無いとも言い切れないじゃない。勿論、無理にとは言わないけど。

 まぁ、なんだ。向こうにとっちゃ幼馴染みと遊ぶ感覚かもしんないが、俺としてはデートのつもりで……。

 

『なっ……いっ、いいいいきなり何言ってんだよバーカ⁉︎ い、行くわけねーだろ!』

「えっ、い、行かないの?」

『じゃあな!』

 

 ……切られた。心も。

 

 



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旅行中の樹里ちゃん(1)

 なるべく別のグループの子達と一緒に行動するように分けられた行動班だが、その反面、部屋割りはやはりグループごと。

 しかし、旅行で仲良くなれば部屋割りなどもはや意味をなさなくなるのが女子……というより学生という生き物であって。

 みんながみんな、色んな部屋に遊びに出ていた。唯一、学生でない桑山千雪ですら、甘奈に手を引かれて部屋を出ている。

 そんな修学旅行のようになっている宿の中で、一人、難しい顔をしている金髪がいた。

 

「……はぁ」

 

 そもそも、楽しい旅行ではあるが、微妙に樹里の胸にはモヤモヤが残っていた。それは勿論、面接を盗み聞きして葉介の気持ちを聞いてしまったから、である。自業自得とも言えるだろう。

 そんなわけで、純粋に楽しめなくなっている樹里だが、それでも旅行中はみんなと遊ぶ事に夢中になれた。でもこうして落ち着いている時間があると、余計なことを考えてしまっている。

 その上、さっきは羞恥心から、せっかく誘ってくれた遊びを断ってしまった。それが尚更、胸の痛みを増加させていた。

 

「さぁ、枕投げ大会よ!」

 

 まぁ、全員そんなこと知ったことでは無いわけだが。わんぱく小僧よりわんぱくが集まっている放課後クライマックスガールズの部屋には、暴れん坊達が集まっていた。具体的には……。

 

「やるっすー! 冬優子ちゃんも!」

「私はやらないわよ!」

「私もやります! チョコ先輩もどうですか?」

「やる!」

「あ、じゃあ私もー!」

「じゃ、私も」

「透先輩やるのー? じゃあ雛奈もー!」

「うちもやるばい!」

「お、良いねぇ、こがたん。じゃ、三峰もー!」

 

 と、少なくともバスケが出来る人数が揃いつつあった。バカばっかである。

 騒がしくて仕方ない樹里は、仕方なさそうに部屋を出て、とりあえず先にお湯に浸かることにした。どうせ枕投げ大会が終わった後、みんな風呂に入るのだろうし、混む前に終わらせる、と言う考えだ。

 

「ん〜……」

 

 伸びをしながら荷物を持って歩いていると、ちょうど部屋から出て来た和泉愛依と遭遇した。後ろには風野灯織が一緒にいる。

 

「あ、樹里ちゃん! 今からお風呂な感じ?」

「おう。愛依と灯織もか?」

「うん。良かったら、樹里も一緒にどう?」

「良いぜ」

 

 軽くそう決めると、三人で大浴場へ向かった。のんびりと歩きながら、愛依が声をかけた。

 

「ね、みんな今日どうだったん?」

「私は……そうですね。今日は妻良海上アスレチックに行きました」

「へぇ、あの海面のアスレチックか?」

「うん。私も果穂もみんな落ちちゃって……あ、でもあさひだけは器用にこなして落ちなかったな」

 

 何となくその時の絵が想像できてしまった。

 

「樹里でも落ちずにクリアできそうだったよ」

「あー確かに。うちは見てないから分かんないけど、樹里ちゃん運動神経良さそうだもんねー」

「いやいや、アタシなんて大したことねーよ」

 

 素で漏らしたつもりの謙遜だったが、他の二人からは意外そうな目で見られてしまった。「何?」と視線で問う前に、大浴場に到着した。

 のれんをくぐりながら、灯織が愛依に聞いた。

 

「愛依さんはどうだったんですか?」

「うち? うちはね、こっちで友達できちゃったし」

「え、そ、そうなんですか……?」

「いーでしょ?」

「へぇ……」

 

 恐らく二度と会うことはない友達とはいえ、そういうのは確かに楽しいものだ。……まぁ、その分、別れが辛いわけだが。

 

「どうやって出会ったんだ?」

「サンドスキーでソリで撥ねちゃったんだよね〜」

「普通に事故だろそれ!」

「しかも、透ちゃんの手当てをしてくれた人を。だから、申し訳なくてさー。でも、写真撮ったんだからもう友達っしょ?」

「なんで逆ナンみたいなことしてるんですか……」

 

 今にして思えば、確かにそのまんまだ。友達が男の子に世話になって、その子を撥ねて、手当てした挙句に写真まで撮ってる。

 しかし、かと言って別に照れるようなことではない。テンションが上がると普段より行動が軽率になってしまうものだ。

 洋服を脱ぎながら、スマホを取り出した愛依は二人に画面を見せた。

 

「あ、ほらこれ。その時の写真」

 

 見せられた写真に顔を向けると、樹里は眉間にシワを寄せる。絶対に本人の趣味ではないサングラスにパーカーを羽織ってはいるが、その程度で幼馴染みと分からない程、鈍くはない。

 とりあえず、灯織が心配そうに聞いた。

 

「……これ、平気なんですか? 変な人とかだったら……」

「ヘーキだって。この人と連絡先、交換し損ねちゃったから送れないし……そもそも、なんかアイドルだって気付かれてもないっぽかったし」

「え……そ、それは……」

 

 どこかで聞いたようなやりとりである。

 ドン引きしている灯織だが、その灯織も何かを思い出したように言った。

 

「あ……でも、私もそんな男性とこの前、会いました」

「へぇ、どんなん?」

「溺れかけていた所を助けていただいたんです。お礼したら、急に何処かにいなくなられてしまって……」

「うわっ……チョーカッコつけじゃん! カッコイイけど!」

「その方も、サングラスを掛けてどこか変わった雰囲気を出していた人でしたね……」

 

 まだちゃんとお礼も出来ていない。まぁ、これから会える可能性もゼロじゃないので、その時に改めて、と考えているが。

 そんな二人を見ながら、樹里はふと気になったので聞いた。

 

「な、なぁ……お前らその人の名前は聞いたのか?」

「あ、うん。えーっと、なんだっけ。確か、トージョーくん……だったっけ?」

「私は……名前も聞けませんでした」

 

 お察しした。あの男はなんて安直な偽名を考えるのか。恐らくだが、灯織を助けたのもあの男だろう。仕事だし。

 

「……」

 

 ……気に入らない。なんか、こう……気に入らない。なんであの男、きっちりエンジョイしているのだろうか? 自分と遊びに行くための資金集めだったのではないのか? 

 とにかく、こう……気に入らない。

 

「……相変わらず、愛依さん大きいですね」

「えー? 何がー?」

 

 ……気に入らない。

 いつの間にか裸になった三人は、タオルを巻いて大浴場に入った。それなりに広い風呂場も、今は三人の貸切。

 まずは汗や汚れを流すためにシャワーの下に座った。

 

「ふぅ〜……マジ汗だくなんだけどー。てか、他の子達はシャワー浴びないん?」

「アタシの部屋だと夏葉主導で枕投げやってたぞ」

「げ、元気だねみんな……」

 

 灯織が引く程度には騒がしかった。本当に元気な子たちである。

 

「でも、樹里ちゃんがそういうのに参加しないって意外じゃない?」

「どういう意味だよ」

「分かります。夏葉さんと競いそうですよね」

 

 そう言われると、反論は出来ない。確かにそう思われても不思議はないから。

 

「……るせーな。今は気が乗らねーだけだよ」

「何かあったんですか?」

「な、何もねーよ!」

 

 わかりやすっ、と二人とも言わないだけで普通に思ってしまった。可愛い子である、本当に。

 

「……よく分かんないけど、何かあったなら相談してくれて良いよ?」

「嫌だよ。てか、何もねーし」

「あるっぽくない? 先に『嫌』って答えてるし」

 

 意外と鋭い愛依だった。

 しかし、樹里としても言うわけにはいかない。彼が協力者であることは他のアイドルには内緒なのだから。

 なので、バレない範囲で言ってみることにした。愛依も灯織も人を茶化すタイプではないから。

 特に、愛依は恋愛のエキスパートっぽいし、頼りになるかもしれない。

 身体も頭も洗い終え、三人で湯船に浸かった。

 

「大したことじゃねーんだよ。……ただ、その……幼馴染みがアタシの事を好きって言ってる場面に、たまたま居合わせちまって……」

「「えっ……」」

 

 二人揃って頬を赤らめ、樹里は「えっ?」と声を漏らした。

 アドバイスは? と思ったのも束の間、二人は頬を赤らめたまま俯く。

 

「い、いや……うちは、恋愛とかちょっと……」

「わ、私も……そういう経験とか、ないし……」

「えっ」

「て、てか……樹里ちゃんってそういう感じなんだー。す、すごーい……」

「わ、私達なんかより余程、大人みたいで……き、キスとか……した事、ありそう……」

「ねーよ!」

 

 予想外の反応だった。灯織はともかく、愛依までもと言った具合である。相当、二人を驚かせてしまったのか、浸かったばかりの湯船から立ち上がってしまった。

 

「う、うちじゃ力になれそうに無いから、冬優子ちゃんに聞いてくるね!」

「わ、私も私なんかよりめぐるや真乃に聞いた方が良いと思うから……!」

「え、ちょっ……誰にも言うなって! 秘密にしときたいんだから……!」

「「まぁまぁまぁ!」」

「まぁまぁじゃねえ!」

 

 大浴場から二人が出ていくのを慌てて追った。

 

 ×××

 

「はぁ……ったく」

 

 浴衣に着替えた樹里は、ため息をつきながら宿の中庭に出た。軽く伸びをしつつ、辺りを見回す。のんびり出来るのはここだけだ。

 とはいえ、だ。すこし休んだらすぐにみんなの元に遊びに戻る予定だ。

 実際、今はどうしようもない事だし、みんなと遊んでいる間は悩まずに済む。……まぁ、シャワーを浴びた今、枕投げは勘弁してほしい所だが、それでものんびりとおやつパーティーはしてみたい所だ。

 

「……ふわぁ……」

 

 とはいえ、彼がもし告白して来たときの事は考えなければならないが。

 自分は彼の事が好きなのだろうか? いや、確かに嫌いではない。むしろ好きな部類と言えるだろう。この前のフットサルの時だって、自分はなるべく活躍せずに夏葉にボールを多く回していた。

 こっちに来て嫌われて理不尽を受けて大きく捻くれても、やはり根にある部分は何一つ変わっていない。自分だけじゃなく他人も楽しませようとする所だ。

 ……だが、正直に言うと葉介が彼氏になった時、というのは想像し難い。なんか、恋人同士になっても何も変わらない気がするが……。

 実際に恋人になったとしても、別にキスしたいとか思わないだろう。そこまで自分は大人じゃないし、経験もない。

 

「……」

 

 が、そこでふと愛依のことを思い出してしまった。もし、あのまま愛依と彼がなんか色々あって付き合う事になったとしたら、どうなるのだろうか? 

 ……それは、なんかすごく嫌だ。自分が恋人っぽいことしたいとは思わないが、他人と葉介がイチャイチャしてる所を見るのは、耐えられそうにない。

 だとしたら、もう答えは決まっているようなもの……と、結論が出そうになった時だ。

 

「あ」

「? ……あ……!」

 

 後ろを、ちょうど葉介が通り掛かった。久々に顔を見ただけで、少し嬉しそうな声が漏れてしまう辺り、もう結論など出すまでも無いのだろう。

 せっかくの機会だし、ほんの少しで良いからお話を……と、思った直後だった。

 葉介が、ダッシュで逃げ出してしまった。

 

「え……」

 

 仕事だから、なのだろうか? それとも、昼間に照れ隠しで言ってしまったことが響いているのだろうか? 何にしても「逃げられた」という事実だけが、樹里の胸に深く突き刺さった。

 

 



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人は追い込まれると哲学者になる。

 人は、何故生きているのだろうか? 

 例えば、ヒト以外の動物。アレらは「生きる」事に関して考える事はなく、ただとにかく生きる事に必死である。

 それらが全ての生命の食物連鎖というサイクルの一部となり、結果的に生まれて死ぬまでに他の生物の糧となる。

 が、人間はそのサイクルから外れている。食物連鎖の中から生物を摘み食いし、他の野生動物の糧にならないよう自衛する武器を作り出し、環境を汚し、死んでも墓の下に入るため植物の栄養にもならない。

 つまり、完全に突然変異種と言っても過言ではない生き物だが、その生き物は武器ともいえる思考力を持ってして「何故生きるのか」をよく考える。

 そんな中、俺が出した結論は「好きに生きるため」だ。ゲームでもスポーツでも勉強でも仕事でも恋愛でも、とにかく好きなことをすれば良い。

 そして、俺の中のその「好きなこと」に一番該当するのは、今の所「樹里と遊ぶこと」である。

 そのために必要とあれば金も稼ぐし、そのために出来ることは何でもする。

 ……だが、なんか知らんけど遊びの誘いをこっ酷く断られた今は、何のやる気も起きなかった。

 

「はぁ……」

 

 無責任なことは決して好きではないため、仕事はこなしている。……が、この前ほどの意欲はない。

 まぁ、明日でこの旅行も終わりだし、気楽に行こう。幸い、ここまで大きな災害も無いし、あとは今日の班員を無事に守れば良い。

 いつものように近くのコンビニで待機していると、プロデューサーさんから今日、見張る対象のリストが送られて来た。

 

「え……」

 

 そのメンバーは……櫻木真乃、市川雛奈、白瀬咲耶、大崎甜花、そして……西城樹里。

 ……なんであいついんの? え、プロデューサーさんのミス? いや、にしては普通に送られて来たし、訂正のL○NEも来ない……。

 

「……マジかよ」

 

 や、まぁ良いけど。どの道、俺は見守る立場。序盤の風野さん以外は大した事件は無かったし、何とかなるでしょ。

 ……と、思ったら、もう一度、追加が送られて来た。

 

『午後から雨降るらしいから、傘屋さんの屋台に変装するとか工夫してね』

 

 この人、本当はかなりバカなんじゃないの? 

 

 ×××

 

 そんなわけで、移動開始。樹里には俺がついていることが知らされていないのか、いつも通りの表情で周りのメンバーと歩いている。

 その間、行く予定の場所へ先回りして、観光客のフリをする。とりあえず、傘屋のモノマネは厳しいので、用意したのは傘を2本と元々の自分の折り畳みを1つ。今回の俺の立ち位置は「ゴミ拾いのボランティアの人」だ。この傘の二本はゴミで拾ったって事にする。

 本当は人数分買いたかったが、買い占めになりそうなので自重。あの五人には悪いが、俺の折り畳みも含めて3本で五人に入ってもらう。……まぁ、あの中の一人くらいは傘持ってるでしょ、と期待もしているが。

 

「……ふぅ」

 

 コンビニでゴミ袋とトングも買って、このクソ暑い中を静岡まで来てゴミ拾い。そういうイベントに参加しているならまだしも、地元民じゃないのにこれをしているのは本当に凄いと思う。

 で、その場所とは、再びサンドスキー場だった。まぁみんな行くとこ違うわけだし、こういうことも起こるわな。俺の観光じゃないし、別に全然、良いけどね。

 で、とりあえず砂浜にビニールシートを敷いてのんびりと待機。スマホをいじりながら、ゴミも少しずつ拾う。……あんま落ちてないけどね。だから綺麗な海なんだし。

 ……ゴミ拾い設定は、この後に行く竜宮窟まで取っておいた方が良いかもな。

 

「わーっ……着いた〜!」

「ふふ、すごいね。写真で見るよりも急に見える」

「わ〜! 雛奈、すごい感動〜」

「にへへ……でも、暑い……」

「甜花、飲んどけよスポドリ」

 

 ……あ、来た。今日の服装は下半身水着に上半身はアロハシャツ。サングラスも南国っぽい奴で、帽子はルフィっぽい麦わら帽子、口にはタバコの代わりのチ○ッパチャプスで変装は完璧である。

 とりあえず、顔を背けながら無関係を装う。ジロジロ見てると警戒されるし。

 ……でも樹里の水着見ておきたいし……少しだけ……。

 

「……」

 

 ちらっ、と後ろを見ると、特盛が目に入った。白瀬さんの。

 ……相変わらず大きいな。まるで、八卦掌回天が常に胸部で二つ、ぶつかり合っているようだ。白瀬さんの彼氏となった人は、さぞ幸せだろう。

 と、いかんいかん。何考えてんだ俺は。自分の恋愛が上手くいかなくなったからって、ひがみはやめよう。

 ……なんて事を思いつつ、樹里の方を見ると、こっちをガン見していた。眉間にシワを寄せて。

 

「……」

「……」

 

 え……ちょっ、これバレてる? バレてない? なんでわかんの? 普段、絶対しないような格好してんのに……。てか、樹里は上着で水着隠しちゃってるし……。

 い、いやでもまさかな。もしかしたら「変な目で巨乳を見てる奴がいる」とかいう視線かもしれない。いやそれはそれで困るんだが。

 とにかく、今は目を逸らしておいた方が良い。そう思った時だ。スマホが震えた。

 

 西城樹里『すけべ』

 

 ……うん、バレてたわ。なんていうか……もう嫌われたなこれ……。

 いや、まぁ切り替えないとね……。今は仕事中だ。金をもらえる以上は、あの子達に怪我が無いように気を付けないと。

 雨が降る事は、アイドルの子たちも聞いているはず。つまり、今日の仕事は午後半休と見て間違いないだろう。

 とはいえ、あくまでも天気予報のため、アイドルたちは雨が降らないと引き上げない。遊びたいだろうし。

 よって、何かあるとしたら、雨が降り始めてから撤退までの間だろう。俺もそれに備えておかなければ。

 ……はぁ、嫌われたなぁ……。

 

「……」

 

 とりあえず、のんびりしよう……。見守るポジションで最もベストなポイントは海の上だ。サンドスキー場を一望できる上に、こっちは涼しくて最高。炎天下に晒されているとしても、浮き輪の下の下半身はガッツリ水に浸かれているし、ここから出る理由は彼女達が何かをやらかした時以外にない。

 しばらく待機しながら、ボンヤリと斜面を眺める。そこを滑り降りるアイドル達。楽しそうで何よりだ。

 

「ひゃわ〜〜〜! 操縦桿〜〜〜!」

「ひ、雛奈! 胸を強く掴むのはやめてくれないか⁉︎」

 

 ……や、ホントに眼福眼福……あ、樹里の眉間にシワが……。

 ……ダメだな。こうしていると樹里が楽しめなくなる。なるべく白瀬さんの方を見るのはやめておくか。

 その樹里は、今、頂上に待機している。……自身の前に座る、甜花と櫻木さんを抱えて。……なんか、すごい鈍そうな二人と一緒にいるんだな……。ありゃ苦労しそうだ。

 

「行くぞー」

「う、うん……!」

「どんと、来い……!」

 

 ギュッとソリを握る力に手を込める櫻木さんと甜花。直後、樹里が地面を蹴って一気に急降下した。

 ズザザザッと三人分の体重が乗り、勢い良く滑り降りる。……気持ち良さそうで良いなぁ。

 しかし、まぁ一つのソリにJK三人が乗っていれば、どうなるかは日の目を見るより明らかだ。

 

「うおっ⁉︎」

「ほわっ……!」

「ひぃっ……⁉︎」

「「「いゃあああああああ‼︎」」」

 

 ……はい、怪我人三人。救急セットもあるし、それ渡すだけなら平気だろ。そう思って、海から陸地に移動し始めた時だ。砂煙の中から、三人が顔を出した。

 

「「「あっはっはっはっ!」」」

 

 ……え、絡んで笑ってんの? 大丈夫あの子達? 

 

「だ、大丈夫かい? 三人とも」

「人間弾頭ミサイルみたいだった〜」

 

 白瀬さんと市川さんが慌てて駆け寄るも、三人とも意外とけろりとしている。

 

「う、うん……甜花、楽しかった……!」

「私も楽しかったです……! もう一回……」

「本場のスキーと一緒で転ぶのが醍醐味みたいなとこあるみたいだな」

 

 ……俺の出る幕じゃないっぽいな。それに、なんだかんだ樹里も楽しそうにやっている。部外者の俺が、しゃしゃり出る所じゃない。

 

「……」

 

 そのまま、海の上でぷかぷかと浮いたままその様子を眺めた。

 

 ×××

 

 続いて、やはりサンドスキー場と言えば、竜宮窟のようで、五人はそのままパワースポットへ。

 その間、俺はゴミ拾いのお兄さんに変身し、竜宮窟付近を歩き回った。あの五人は遊歩道を歩いて、竜宮窟を外側から見て回っている。

 しばらく待機している間に決めたわ。今回のお金は、旅の費用にする事に決定した。失恋はもう決まったようなものだし、これから樹里と遊ぶ事もないかもしれない。

 なら、今回の給料でぶぁーっと旅行にでも行こう。京都とか。……5万ちょいで行けんのかな? まぁ、そこは調べてからってことで。

 そんな事を思っていた時だ。ポツッ、と鼻の頭に水滴が落ちて来た。

 

「……きたか」

 

 雨降って来た。さて、ここからは迅速に行動しないとな。遊歩道はグルリと一周して来るようになっている。つまり、入れ違いを回避するにはここで待機するのがベストだろう。

 しばらくここで待っている間に、雨はドンドン強くなっていく。こりゃ、早く戻らないと砂利道とかぬかるんで来るぞ。遊歩道なんて一発だ。

 迎えに行った方が良いかも……とちょうど、思った時、アイドル達が戻って来た。しかし、人数が少ない。甜花、市原さん、櫻木さんの三人だけだ。

 

「あっ……ひ、人……いた……!」

「ねー、そこの人ー! ちょっと手伝ってー!」

「た、大変です! 樹里ちゃんが……友達が……!」

「え?」

「て、甜花のね……サンダル、取ろうとして……」

「崖から、落ちそうに……!」

「……どこだ?」

 

 チッ、気を抜き過ぎた。

 奥歯を噛み締めながら、遊歩道に引き返そうとする甜花の肩を掴む。

 

「いや、待て。方向を教えてくれるだけで良い。君達はここで待ってなさい」

「え、でも……!」

「雨で遊歩道がぬかるんでる。ここ歩くのは危険だよ」

「……途中の分かれ道を、右です……」

「じゃ、そういうことで」

 

 それだけ話すと、傘を二本とも渡してさっさと救援に向かった。分かれ道を右に曲がり、転ばないように走る。こういうとき、速く走れる辺りは運動やってて良かったと思うわ。

 すぐに白瀬さんの姿が見えて、隣に座った。

 

「! き、君は……?」

「樹里は何処だ?」

「え……あ、そ、そこに……!」

 

 手摺から眺めると、90度に近い斜面で木に掴まっている。このままじゃ、手を滑らせかねない。

 

「君は鳥居の方に戻ってて」

「え……君は、どうするんだ?」

「雨で斜面がぬかるんでる。あの子みたいになられると困るから。15分経って俺達が戻って来なかったら、誰か呼んできて」

 

 そう言うと、俺は斜面から身を投げた。

 

「なっ……⁉︎ ち、躊躇なく……!」

 

 驚く白瀬さんを無視して、木や石に掴まりながら徐々に距離を縮めていく。そして、樹里が掴まっている木が生えている真上までくることができた。

 

「ばっ……よ、葉介⁉︎」

「何してんだよ、お前は……」

「う、うるせー! 良いから早く上がれよ! お前まで……!」

「うるせぇ」

 

 そう言いつつ、俺が掴んでいる木に両膝をかけた。その上で、樹里の方に手を伸ばす。掴んだら、腹筋を使って足で掴まっている木に掴まり、少しずつ上がれば……と、思った時だった。

 

「あっ……!」

 

 樹里が、とうとう手を滑らせた。そこから先に俺の頭に考えなんてものはなかった。気が付けば、反射的に足を離していた。

 下になった手で樹里が掴んでいた木に掴まり、足を下にして体勢を整えると、再び手を離して斜面を滑り落ちた。

 転がる樹里に追い付くと、何とか手を掴み、自分の方に抱き抱える。

 

「っ……!」

 

 ヤベェ、真下が地上だ。ぶつかったら怪我じゃ済まない。が、その先には海がある。あそこが浅瀬じゃなけりゃワンチャンある。

 強引に足の裏を斜面につけると、蹴り上げて身を乗り出した。俺と樹里の体は宙に投げ出され、そのまま水の中にドボンと沈み込んだ。

 

 



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危機を乗り越えた男女が親密になるのは物語の中だけ。

 ザザーン……と、大人しい波の声がする。それ以外には、雨が地面を打つ連続的な音が響く。

 その雨は決して俺たちを打つことはなかった。何故なら、洞窟の裏側のような天井の下に退避したからだ。

 海の中で流されながら、なんとか泳いで上がった岸がここ。竜宮窟の内側だ。ここから見る風景は確かに幻想的で、珍百景にでも登録されていそうなものだが、豪雨の中ではそうポジティブにもなれない。

 ……さて、ここからどうするか? スマホは水没で壊れたし、多分、樹里のも同じだろう。この雨の中じゃ、物を殴って音を立ててもかき消されるし、連絡は取れない。

 自力で脱出するには階段を通るしかないが……。

 

「んっ……」

 

 隣でアロハシャツをかけられたまま寝てる幼馴染みから声が漏れる。身震いさせながら身体を起こした。

 

「ここは……」

「やっと起きたか……」

「っ、よ、葉介⁉︎」

 

 あれから30分、ようやく目が覚めたか……。意識なかったけど、寝息とか普通に立ててから気絶してるだけだってのは分かってた。

 身体を起こした事によりアロハシャツが膝下まで落ちる。

 

「へっくち」

「悪い、濡れたシャツを掛けんのはどうかと思ったけど……でも、何もないよりマシかと思って。邪魔だったか?」

「そ、そんなことねーけど……お前は平気なのかよ?」

「平気」

 

 隣に座ってる俺もタンクトップ一枚だ。けど、まぁ夏だしそこまで寒くはない。冬だったら死んでた。

 

「聞かれる前に言っとくけど、ここは竜宮窟の真下。そこに階段があるでしょ? 他のメンバーは多分、誰か呼んできてる」

「な、ならすぐに上がろうぜ!」

「無理。階段から雨水が流れてるでしょ。滑って転んで転がったら骨折じゃ済まないよ」

「で、でも転ばないように気をつけて行けば……!」

 

 言いながら俺の方を見た直後、樹里は俺の左足に目を移した。直後、大きく目を見開いて口元に手を当てる。

 いやー、滑ってた時なのか、泳いでた時なのか分かんないけど……すごい裂けてるんだね、皮膚が。ここまで這い上がる程度のことは出来たけど、あの階段を足滑らさずに登れる自信はない。

 

「まぁ、そんなわけで、俺は……」

「っ……」

 

 唐突に、樹里が壁に寄っかかってる俺に抱きついて来た。え、ちょっ……な、何してんのこの人? や、やめろよほんとに……ドキッとしちゃったじゃねーか。

 

「……ごめん」

「何が?」

「その……アタシの所為で……こんな、怪我……」

「お前の所為じゃねーよ」

「で、でも……」

「気にすんな」

 

 お前にそんな顔似合わないから。まぁこんな恥ずかしい事、足が裂けても言えないけど。

 しかし、樹里は肩を落としたまま体育座りをしてしまう。悪いね、嫌いな俺と二人きりでこんな所にいるなんて嫌だよね。その上、こんな状況じゃ不安にもなる。

 

「大丈夫だよ、樹里」

「な、何がだよ……?」

「他の四人がプロデューサーさんのとこに戻ってると思うし、すぐに戻れる。……まぁ、あと一時間はこのままだと思うけど」

「……別に、お前と一緒だし、そこは気にしてねーよ」

 

 ……え、俺と一緒だから気にしてないの? どう言う理屈? 

 

「ドユコト?」

「お、お前を怪我させちまったから、ショックを受けてるに決まってんだろ!」

 

 それこそ気にして欲しくないんだけど……。本当に樹里が無事ならそれで良いと思ってるんだから。

 すると、樹里は俺の方に向き直って責め立ててくる。

 

「……ていうか、そもそもなんで助けに来たんだよ! あ、アタシの事、嫌いになったんじゃねーのか?」

「何言ってんの? 俺がお前を嫌いになるわけねーだろ。つかそれこっちのセリフなんだけど」

「なっ……ど、どういう意味だよ?」

「お前こそ、俺のこと嫌いになったんじゃねーの」

「そ、そんなことあるわけないだろ!」

 

 え……な、ないの? ……いや、助けてもらったから今だけ気を使ってるパターンも……。

 

「む、むしろ、好……!」

「え?」

「……きっちゃあ、好きな方だよ……」

 

 ……あ、ああ……どちらかといえば、って事か……。

 ‥……でも、そっか。嫌われてなかったんだ……。そっか……そっかぁ……。

 思わず、ヘナヘナと身体から力が抜けてしまった。

 

「良かったぁ……嫌われて、なかったぁ……」

「な……き、嫌われてると思ってやがったのか⁉︎」

「だってお前、電話ですごい怒るんだもん……そりゃもうお前……嫌われるって思うでしょ」

「お、お前だってこの前、アタシと目が合った直後に逃げ出しただろ!」

「そりゃお前に嫌われてると思ったし、知り合いな事、他の奴に知られるわけにいかねーだろ!」

「あ、アタシの所為かよ⁉︎」

「じゃあ俺の所為か⁉︎」

 

 思わず睨み合いに発展してしまう。あーあ……何やってんだ俺は……。また喧嘩になって……。俺は、別に樹里と喧嘩したいわけじゃないだろ。……いや、したいな。じゃれ合いみたいな喧嘩は。

 とにかく、ギスギスしたいわけじゃない。

 

「……悪い、俺の所為だな」

「え? ……いや、別にアタシも悪かったよ……」

「……」

「……」

 

 ……でも気まずい……。状況が状況だけに尚更……。下手なこと言うのは逆効果だな。樹里だってこう見えて強い奴だし、ここは黙ってた方が……。

 と、思ってた時だ。

 

「何処だったんだよ?」

「え?」

「その……あ、アタシと……行きたかった場所……」

「……それ今聞く?」

「い、良いだろ! だ、だって……あれ……で、でーとの誘い……じゃんか……!」

「やめて、改めて言われると恥ずかしい」

「い、良いから答えろよ!」

 

 ……まぁ良いけど。嫌われてなかったことは分かったわけだし、言っても平気でしょ。

 なんて、自分でも忘れかけていたそもそもの理由を、思い出しながら言ってしまった。

 

「ここだよ」

「は?」

「この竜宮窟……上から、というか遊歩道から見るとハート型になってんの知ってるか?」

「あ、ああ。甜花が『なーちゃんと来たい……』なんて大分やべーこと言ってた」

 

 本当にやべーな……あの姉妹ってまともな恋愛出来るの? 宇宙ナンバーワンと顔と優しさを兼ね備える真のイケメンが現れても無理な気がする。

 

「それだけの理由で、恋愛のパワースポットになってんの」

「へぇ……え?」

「まぁ、ご利益とかあってもなくてもあんま信じてないけど、だからお前と来……あれ?」

 

 ……これ、告白してない? なんて自覚した時には遅かった。樹里は頬を真っ赤にしてこっちを見ている。

 

「なっ……お、おまっ……や、やっぱりそうだったのかよ⁉︎」

「え、や、やっぱりって?」

「や、な、なんでもない……」

「知ってたの? 俺がお前のこと好きなの」

「……」

 

 無言で頷く樹里。そんなに俺、分かりやすかったのかな……。

 

「わ、悪い……その……実は、盗み聞きしてた」

「は?」

「お前と、プロデューサーの……面接」

「……は?」

「わ、悪いとは思ってんだよ! けど……お、お前と一緒に旅行に行けると、思うと……聞きたくなっちまって……」

「え、じゃあ隣に座ってた下手くそな変装してた樹里っぽい人って、やっぱお前だったの?」

「気付いてたんじゃねーか!」

 

 うん。まぁ。や、樹里が盗み聞きするなんて思ってなかったから、半信半疑だったけどね。正直に話してくれたから許すけど。

 

「そ、それでだな……あ、アタシも……色々と、悩んでて……その……」

「その?」

 

 そういや、今俺告白したことになっちゃったのかな? なんかもっとこう……まともな告白がしたかったんだけど……。

 となると……返事は……『その』の続き? え、ちょっ、まだ心の準備が……! そもそも俺の中での計画は今回、稼いだ金でデートを重ねて少しずつ距離を詰めていく予定だったのに……! 

 

「あ、アタシの方がお前のこと好きなんだからな! 勘違いすんなよ!」

「……いきなりなんの競い合い?」

「う、うるせー! だ、だから……その……付き合うってんだよ!」

「え……ほんとに?」

「本当だ!」

 

 ……ま、マジか……。これで、俺と樹里は……恋人……。

 

「……なんか、実感わかねーんだけど」

「な、なんでだよ⁉︎」

「いや……なんか、口滑らせた形で告白したから……」

「……ちょっと分かる」

 

 まぁ、元々それなりに仲良かったわけだし、付き合ったからって何かが大きく変わるわけでもない。

 すると、ちょうど良い事に雨が徐々に上がって来た。一瞬だったのか……或いは、一時的に雨が弱まっただけか。

 

「あ、雨が……」

「いや、にしても階段を上がるのは厳しい。樹里、先に上に行って誰かいないか呼んできて」

「わ、分かった……!」

 

 数分後、プロデューサーさんと白瀬さんが降りて来て、肩を借りて救出された。

 

 ×××

 

 病院で診てもらい、消毒してもらったり縫ってもらったりと色々と治療を受けた後、部屋でおとなしくすることになった。バイキンが入らなかったのは奇跡だそうです。

 ホッと胸を撫で下ろしつつ、プロデューサーさんと七草さんに怒られてお礼を言われて謝られてを繰り返した後、一人で部屋にこもっていた。安静にしてろ、との事だ。

 

「ふぅ……」

 

 眠い……。てか、暇。こうして待機する時間はとっても退屈だ。スマホいじるくらいしやることがない。

 眠いので、しばらくダラダラしている間も、騒がしいアイドル達の声は聞こえる。さすがだよね。こういう状況でも楽しめるっていうのは。

 ま、それも友達と一緒だから、なんだと思うけど。あーあ……暇だ。

 そんな事を思っている時だった。扉が控えめに開いた。ノックも無しに誰だコノヤローと思いながら目を向けると、樹里がひょこっと顔を出した。

 

「は?」

「よ、よう……」

 

 何してんの? と、聞く前に、そそくさと中に入って来た。

 

「おい」

「暇してんだろ? その……遊びにきてやったぞ」

「バカ、お前がこんなとこにいんのバレたら……」

「バレねーだろ。入るとこと出るとこさえ見られなきゃ」

 

 そう言われりゃその通りだが……いや、にしてもプロデューサーさんか七草さんに来られたら終わりだ。

 

「チョコ、持って来てやったけど……それでもここにいちゃまずいか?」

「……少しだけだからな」

 

 ありがたく甘いものを受け取り、そのまま樹里は部屋で落ち着く。寝転がってる俺の隣に腰を下ろす。

 

「俺んとこにいて良いのかよ」

「平気だよ。少しここにいたらすぐ戻るし」

「あそう」

 

 まぁ良いけど……。

 

「で、どうしたの?」

「いや……だから、お前が暇してると思ったから。……その、そういう役割も……か、カノジョの……役目だろ……」

「……」

 

 ちょっ……樹里さん? あなた、いつからそんな女の子になっちゃったの……? 小学生の頃は女の自覚もなかった癖に……。

 ヤバイ……ギャップという名の水爆が胸で弾けてやがる……。

 

「……お前、なんかほんとに女だったんだな……」

「どっ……どういう意味だよ⁉︎」

「か……可愛くなったって意味だよ……」

「なっ……こ、この野郎! からかってんじゃねーよ!」

「うごっ⁉︎」

 

 座布団で顔面を叩き潰された。

 

「て、テメェこっちは怪我人なんですが⁉︎」

「う、うるせーバーカ! バ──ーカ‼︎」

「子供か!」

 

 この野郎め……! そっちがその気なら……と思ったが、怪我してるので無理。テメェ治ったら覚えとけよ……。

 

「お前は正直言うとカッコ悪くなったけどな」

「るせーよ。自覚はある」

「……でも、根の部分は変わってねーよな」

「は?」

「常に、誰かと自分のために動くとことかだよ」

「そう?」

「そうだよ。アタシはお前のそう言うとこが好きで……」

 

 ちょっ、い、いきなりなんだよ……。恥ずかしいこと突然言うなや……。

 なんて顔を背けた直後、また座布団が降って来た。

 

「ぼふっ! て、てめっ……何しやがんだコラァッ‼︎」

「な、何言わせんだよお前!」

「勝手にお前が抜かしただけだろうが‼︎」

 

 理不尽の極みかこの野郎! 

 恥ずかしさが天元突破したのか、樹里はすぐに立ち上がり、部屋の扉の方に歩いていく。

 

「もういい! じゃあな!」

「通り雨の如く騒がしい野郎だなお前は!」

「うるせーよ!」

 

 怒鳴ってから扉に手をかけた後、まだほんのり赤くなったままの顔で、ポツリと呟くように言った。

 

「……暇になったら、連絡寄越せよ。相手してやるから」

「……お、おう」

 

 ……どこまで可愛い奴なんだよ、お前は……。まぁ、俺もそう言う不器用で優しいとこが好きなんだけど……。

 ぎこちない返事を返すと、樹里は部屋の扉を開けた。部屋の前には、有栖川さんと果穂ちゃんと園田と杜野さんがいた。

 俺は怪我してる足を一切、気にせずに高速で部屋の扉を閉めて、鍵をかけた。

 その後、樹里がどうなったのかは俺も知らない。

 

 



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旅行中の樹里ちゃん(2)

 帰りのバスの中、葉介は「財布を落として東京に戻れなくなった一人旅の少年」という体でバスに乗せてもらった。流石に脚に怪我を負ったまま歩いて返らせるわけにはいかなかったからだ。

 が、まぁアイドル達には大体、事情はバレている。あの子、今回雇ったスタッフだろ、と。というより、何人か助けられた心当たりがあった。

 で、その少年は今、一番前の席で爆睡している。なるべく関係がバレないように、樹里は離れた席に座っていた。

 

「……」

 

 でも気になっていた。不機嫌そうに窓の外を眺めながらも、チラチラと葉介の方を見る。そんな樹里の隣に座っていた咲耶は、クスッと微笑みながら声をかけた。

 

「ふふっ、彼が気になるのかい?」

「っ、な、なってねーよ」

「隠さなくても良いよ。君とは知らない仲じゃないんだろう?」

「……知らない仲だよ」

「彼、君を助ける時に『樹里』と呼び捨てにしていたんだ」

 

 ……あのバカ、と心の中で毒突く。いや、それだけ自分のために焦っていたのだろう、と思うと少し嬉しかったりするが。

 

「……まぁ、その……幼馴染み、だったり?」

「へぇ……それは、素敵な話じゃないか。地元の、だよね?」

「まぁな。小学生の時、あいつ転校して東京に来て、この前、再会したんだよ」

「え……運命かい?」

「うるせーよ!」

 

 本当に頭の中が王子様なJKである。……とはいえ、樹里もそれを少し信じたくはなったが。

 

「で?」

「……それだけだよ」

「なんだ。付き合っているわけではなかったのか」

「ね、ねーよ!」

「あっ……(察し)」

 

 なんかもう色々と分かりやすかった。ぶっちゃけ、今ここで口説いてみたくなる子であったが、想い人がいるならやめておいた方が良い。

 

「でも……そうか。彼が、君と……」

「なんだよ?」

「いや、彼は何度か私の胸を舐めるように見ていたからね。てっきり、胸の大きい子が好みなのだと思っていたよ」

「小さくて悪かったな!」

「いや、そういう意味じゃないんだ。つまり、彼は君の中身を見ていた、ということだろう?」

 

 それを言われると、樹里は少し恥ずかしくなる。というか、基本、褒め言葉は何を言われても恥ずかしくなる。赤くなった頬を窓の外に向け、不機嫌そうに鼻息を漏らした。

 

「おや、怒らせてしまったかな?」

「怒ってねーよ」

「では、お詫びに一つ、良い事を教えよう」

 

 イケメンフェイスのままウィンクすると、急にキリッと真剣な表情になった咲耶は、真顔のまま告げた。

 

「胸は……盛れる!」

「余計なお世話だ!」

「良いから、これを見てくれ」

 

 今の流れで「良いから」と流そうとする咲耶に少しイラッとしつつ、とりあえずスマホに目を移した。載っているのは「L'Antica」の水着集合写真。バスト90以上が二人もいると、やはりインパクトが違う。

 思わずギリッと奥歯を噛み締めてしまいたくなったが、咲耶が拡大して見せたのは、三峰結華と幽谷霧子の胸元だった。

 

「……あれ?」

 

 違和感はそこにある。タンポポとヒマワリくらい胸囲に差があるアンティーカの面々だが、写真でそこまでの差は感じない。特に、結華と恋鐘はピッタリ20の差があるにも関わらず、写真では10〜15ほどの差しか見られない。

 

「こ、これは……?」

「二人は、撮影前に盛っていたんだよ。それなりに大きく見えるよう、工夫をもってして」

「あ、アタシでもここまでになれるってのか……?」

「なれる!」

「……」

 

 さっきまで半ギレだった樹里も、今では誕生日を待つ少年のように目をキラキラと輝かせ、そわそわしていた。

 

「私はその現場にいたわけじゃなく、たまたま聞こえた話を記憶しているだけだ。本格的にやるなら二人に教わることを薦めるが……」

「いや、なるべくなら情報を知る奴は少ない方が良い。……頼む、教えてくれ、咲耶」

「ああ、任せて」

 

 二人で握手をして、座っている間に出来ることを探った。

 

 ×××

 

 サービスエリアに到着し、一時休憩。お手洗いに行く人、飲み物を買う人、色々といる中、葉介は爆睡していた。

 その寝ている葉介がどうにも気になった樹里は、隣の席に座った。トイレくらいは行かせた方が良い……という建前の元、実は自身の胸を見せつけるためである。

 

「おい……葉介。よーすけ!」

「んあっ……?」

 

 目をコシコシと掻きながら、薄っすらと目を開く葉介。隣を見ると、樹里の姿が目に入った。……巨乳の樹里が。

 

「さ、SAに着いたぞ。トイレくらい、済ませとけよ」

「……」

 

 あくまでも葉介に気付かせるために、樹里は建前の用件を話した。

 一方、寝ぼけている葉介は。小さく欠伸を浮かべながら、樹里の胸を二度見する。その後、樹里の顔を二度見した。

 引くほど疑い深く樹里を眺めた後、小首を傾げながら尋ねた。

 

「胸に水膨れ出来てんぞ」

「死ね‼︎」

 

 バカを殴り飛ばすと、樹里は1人でトイレに向かった。

 

 ×××

 

「ったく、あの野郎〜……‼︎」

 

 イライラが止まらない樹里は、サービスエリアの自販機で飲み物を買いながら歯軋りしていた。

 

「だ、大丈夫かい?」

 

 やんわりと声を掛けたのは咲耶だ。余計なことをしてしまったかも、と少し気にしてしまっている。

 

「大丈夫だ!」

「そ、そっか……」

 

 大丈夫には見えなかった。胸に詰めていた詰め物などあっさりと外し、ゴミ箱にダンクしてしまう程度にはイライラしていた。

 

「なんだよ、胸に水膨れって! どこまでデリカシー捨てればそんな言葉が出てくんだよ⁉︎」

「ま、まぁまぁ……」

「クッソー……いつかゼッテー大きくなって見返してやるからな、あのバカ……!」

 

 まだ高校二年生、まだワンチャンある。そう思いつつも、もう手遅れかも、なんて弱気になってしまったり。

 どう声をかけたものか、咲耶が困っていると、二人のもとに新たな女性が入って来た。

 

「何騒いでるのよ、樹里。もっとエレガントになりなさい」

「……な、夏葉……今は、そういうのは……」

「ああ⁉︎」

 

 まるでヤンキーのように顔を向けた樹里を見て、夏葉は「何があったの?」と咲耶に視線で聞いた。

 

「ああ……いや、私が余計なことをしてしまったみたいなんだ。樹里と幼馴染みの彼に、胸に詰め物を詰めて見せたら……」

「……デリカシーのない返事を聞いたと?」

 

 先読みした答えに、咲耶は頷いて答えた。昨日の夜に、樹里が葉介の部屋で話しているのを盗み聞きしていた夏葉は、二人の関係が咲耶以上によく分かっている。

 だからこそ、夏葉は正面から言い放った。

 

「……いや、あの子は胸なんか気にするような子じゃないでしょ」

「はぁ⁉︎」

「大きいのが好みかもしれないけど、あんたに限った話で言えば、それは逆効果よ」

「どういう意味だい?」

 

 咲耶が聞くと、夏葉はスラスラと答える。

 

「だって、あの子は樹里の中身が好きで付き合い始めたんだもの。外見なんていくら取り繕っても……それこそ、作り物の胸なんて急に見せたところで、何なら心配されてもおかしくないレベルだわ」

「そ、そうか……?」

「そうよ」

 

 断言され、樹里も冷静に考えてみる。確かに……こう、せめてデートの前とかにすれば良かったのかもしれない。

 

「……あとで、謝っておくか」

「そうした方が良いわよ。……まぁ、勿論、あの子のデリカシーの無さも問題だけど」

 

 普通の人なら「胸に水膨れ」とは出て来ない。仮にも彼女に。

 

「どうやら、私は私で余計なことをしてしまったようだね」

「いや、咲耶は悪くねーよ。アタシの考えが足んなかった」

「じゃ、何か買って行ってあげたら?」

「だな」

 

 それだけ話して、とりあえず何か甘味を購入しに行った。

 

「そういえば、あの彼は何が好きなんだい?」

「甘い物だな」

「なるほど……意外と女の子っぽいものが好みなんだね」

「変なとこで女々しいからな」

「それで、智代子とよく甘いもの食べてたわよね」

 

 あのやたらと趣味が広範囲な男は、放課後クライマックスガールズの面々と趣味が被っているため、その度に樹里はイラッとしたものだ。今にしても思えば、あの時の感情はジェラシーだったわけだ。

 ……恥ずかしくなるから忘れることにした。

 

「甘い物、か……特にどんなものが好きなんだい?」

「あー……なんつーか、小学生の頃は『甘過ぎないで苦い奴が好き』とか言ってた」

「あはは、わかるわかる。『大人な味』って書かれてて、それが食べられれば大人だと思ってしまうんだよね」

「それ少しわかるわ。そういう子って、大きくなっても大体ブラックコーヒーを飲めないのよね」

 

 大当たりだった。今でもコーヒーどころか紅茶にも砂糖とミルクである。

 

「じゃあ、抹茶とか良いんじゃないか?」

「お、良いな。抹茶プリンとか」

「うん。探そう」

 

 それだけ話すと、飲食物がある辺りを見回る。ちょうど良いことに抹茶プリンを見つけた。その隣には、ミルクプリンやチョコプリンが置いてある。

 

「お、あったじゃないか」

「じゃ、買ってそろそろ戻りましょう?」

「だな」

 

 言うと、樹里は抹茶とチョコのプリンを手に取った。

 

「二つも買うの?」

「い、良いだろ別に」

 

 あ、これはシェアする気だな、と二人はすぐに察した。可愛い上にわかりやすいとか反則である。

 ヒョコヒョコとプリンを二つ、買いに行く樹里の背中を見ながら、咲耶は夏葉に聞いた。

 

「……で、樹里にとって彼はどういう存在なんだい?」

「前に言ってたのは『恩人』だそうよ」

「……というと?」

「友達がいなかった樹里に友達を作ってくれたのも、アイドルに勧誘された時、やると決断できたのも、全部、彼の影響なんだって」

「……ふふ、道理で」

 

 普段と、葉介といる時とでは表情が違い過ぎる。彼が良い人間であることも理解出来ている。恐らくだが、樋口円香をナンパした時も、ナンパ自体が目的なのではなく、彼女を一人にさせないことが目的だったのだろう。

 逆に言えば、そんな恩人が転校した時は、相当ショックを受けたことだろう。

 

「再会できて良かったね」

「まったくよ」

 

 そんな話をしつつ、ニコニコしながら戻って来る樹里を見て微笑ましく見守った。

 

 ×××

 

「樹里のチョコの奴、美味そうだな」

「美味いぞ。……た、食べるか?」

「良いのか?」

「く、食いたいんだろ?」

「じゃあ一口……」

「あ、待て待て! ……そ、その……食べさせて、やるから……」

「え、いや……え、ほ、本気?」

「お、お互いに違う味のスプーン使ったら味混ざるだろ!」

「プリンで味混ざるとかある?」

「っ〜〜〜! う、うるせーな! 食うのか食わねえのかハッキリしろ!」

「……い、いただきます……」

「……ど、どう?」

「……樹里の唾液の味がする」

「死ね!」

「ゴフッ!」

 

 こんなやり取りを聞かされ続けたアイドル達は「やっぱお前ら別れろ」と思いながら、全力で眠るフリをし続けた。

 

 



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新たなスタート。
話が逸れると主題が進まなくなるから、会議には司会進行役がいる。


 真夏、それは全てを狂わせる魔の季節。暑過ぎて頭パーンってなる奴も少なくないし、熱中症でぶっ倒れる人数も年々増えている。俺から言わせれば「お前らちゃんと熱中症対策してんの?」って感じだが。

 まぁ、それでも体質によるのだろうし「自分はいいの」と思っている楽観主義達を除けば、同情すべき点はある。

 て、そんな事どうでも良くて。今日は引くほどの炎天下。熱中症注意報が出ていて、用もないのに外に出るのは余程、体が強い奴かバカかのどちらかという日、俺は優雅に家で涼んでいた。

 両親は仕事なので、朝からクーラーをガンガンに効かせても何の問題もない。そもそも、クーラーをつけるのは決して悪い事ではない。暑くて暇な時間は何のやる気も起きないが、涼しくて暇な時間というのは何かに費やそうと思えるのだ。

 今、俺のマイブームとなっているのは、料理とピアノである。母親がこの前買った電子ピアノを弾くのが地味に楽しい。

 この前、バイトから帰って来たばかりで、脚の怪我も完治したわけではないので、ここでのんびりする他なかった。

 ……まぁ、あの数日間で色々あったわけだが。色々あったのに、樹里は翌日からきちんと仕事している。

 とりあえず、ようやく今日、樹里がオフらしいので、夏休みの予定を決めることになっている。

 今は、その電話待ちだ。

 

「……」

 

 のんびりしていると、インターホンが鳴り響いた。誰かと思って応対しに行く。

 

「はーい……え」

「よ、よう……」

「お前何してんの?」

 

 樹里が来ていた。汗だくの顔で。

 

「い、いや……その……せっかく、恋人になったんだし……オフの日くらい、会いたくて……」

「……え、あ、うん。じゃあ、上がって」

 

 てっきり電話で決めるもんだと思ってたが……まぁ良いか。

 家の中に案内し、リビングに案内した直後、樹里から「ああ〜……」というおっさんのようなため息が漏れた。

 

「涼しい〜……」

「おっさんかお前は」

「だ、誰がおっさんだ!」

「シャワー浴びるか?」

「いや、時間がもったいねえ。今日は夏休みの予定を決めるんだ。既に4分の1終わってるとはいえ、これから先は計画的に過ごさないとあっという間だぞ!」

 

 まぁ、そうだな。特に、樹里にとってはすぐに終わってしまう事だろう。アイドルの仕事もあるわけだし。

 

「わーったよ。じゃあ、とりあえず飲み物だけ入れるな?」

「お、じゃあコーラで!」

「はいはい」

 

 冷蔵庫に向かい、コーラをコップに注ぐ。それとおやつを用意して、机の上に運んだ。

 

「はい」

「さんきゅー!」

 

 ニヒッと無邪気な笑みを浮かべて俺を見上げたあと、一口コーラを飲んだ。そんな仕草一つ一つが、何故か俺の目には特別に映る。もしかして……恋人になったから、だろうか? 

 とりあえず、俺もソファーに座ろうと樹里の隣に立つ。が、すぐには座らなかった。なんか、こう……変に意識しちゃって……。こいつ、本当に可愛くなったな……。少しは、恋人っぽいことしても良いのかな……。

 少し考えた後、ソファーに座る樹里の後ろに俺は座り、後ろからお腹の前に手を回した。

 

「っ、い、いきなりなんだよ⁉︎」

「いや……なんか、恋人になったし抱きつくくらい良いかなって」

「っ、い、良いけど……で、でも……今、汗すごいし……!」

「気にしないよ」

「こっちが気にすんだよ!」

「え……じゃあ、離れる?」

「は、離れることは、ねえけどよ……」

 

 ……可愛いなぁ、もう。だめだこれ。なんか俺の方が耐えられそうにない。

 

「ごめん……その、やっぱ普通に座るか……」

「な、なんでだよ……」

「いや……少し、その……もたないから」

「……」

 

 勇気を振り絞ってみたものの……これ、思ったより恥ずかしいわ……。何より、顔が近い。

 そう思って立ち上がった時だ。俺の腕を、樹里が引っ張り、無理矢理、元の位置に座らせる。

 

「……ダメだ」

「は?」

「だ、ダメだ! ……そ、その……恋人なんだから、少しくらい……くっついてたって、良いだろ……」

「……」

 

 あー……尊過ぎて死んじゃう……。なんでこんなにこの子は……昔のこいつを知ってる分、尚更、胸に刺さるというか……。

 

「……」

「……」

 

 クーラーをつけているとはいえ、さっきまで炎天下の中を歩いていた樹里の肌は暖かい。ていうか熱い。

 にも関わらず、離れようと思えなかった。昔、肩とか組んでた時は気付かなかったけど、こいつの体はやはり柔らかい。本当に女の子だったんだな……。

 

「……樹里、このまま計画立てるの進む?」

「……や、やっぱり……離れるか……」

 

 離れた。改めて隣に座り直す。

 

「……」

「……」

 

 冷静になると、俺達かなり恥ずかしいことしてたなぁ。二人揃って頬を赤らめたまま顔を背けてしまっていた。

 その照れを振り払うように、樹里が鞄の中から何かを取り出し始めた。目の前に置かれたのは、ルーズリーフとシャーペン。それらが、俺と樹里の前に一つずつ置かれている。

 

「あ……ど、どうする?」

「まずは、お互いにやりたい事を箇条書きで書いてって、一致してる奴を空いてる日にぶち込めば良いだろ」

「ああ、なるほどね……」

 

 流石、こういうのは慣れてるなぁ。なら、このまま書くか。

 とりあえず、考え始める事、10分。書くことがなくなって背もたれに身を預けると、全く同じことをしていた樹里と目が合った。

 

「あ、終わった?」

「おう。そっちは?」

「終わった。じゃ、見せ合うか」

 

 そんなわけで、紙を手に取ってお互いに見比べた。その中から最大公約数を見つけて、それを予定に書き込む……。

 

「……おい、葉介」

「ん?」

「野球、サッカー、バスケ、テニス、バトミントン、卓球、ソフト、フットサルって、これ全部ひとつで良いだろ!」

「え、やりたくないの?」

「や、やりてーけど……せっかく夏休みなんだから、夏休みにしか出来ない事を書けよ!」

「夏祭りとか海なら書いてあるよ」

「あ、書いてある……そう、こういうのを書けよ! とにかく数増やしゃ良いってもんじゃねえからな?」

 

 なるほどね。要するに、普段できないようなことを書けってことか。長期休暇ならではの奴だな。

 

「んー……じゃあスポーツ関連は全部バツかー……」

「そういうのは、たまたま空いた時間とかにやろうぜ。特に、サッカーとかバスケなんてボール1個あればどこでも出来んだから」

「だな」

 

 そう言いつつ、二人の中で一致している部分に丸をつけていく。お祭り、プール、海、買い物、スポーツ観戦、釣り……などなどと、とにかく色々。遊園地とか夏じゃなくても良いだろうに一致してるし。

 そんな中、ふと俺のリストにはあって樹里の方には無いものが目に入った。

 

「肝試しはやらんの?」

「え、い、いいよ別に」

「怖いの苦手だったっけ?」

「好きじゃねえけど……そんな大袈裟にビビる程じゃねーよ。お前もそうだろ?」

 

 ……確かに。そう思うと、肝試しとか楽しくないかもな。何なら夜の散歩になるレベル。

 

「じゃあ……とりあえず、この辺だな」

「ここから、無理そうなのを断捨離するぞ」

「無理なのある? やろうと思えば……」

「例えば、このサッカー観戦とかアタシの休みと合わないと無理だろ」

「ああ、なるほど」

 

 まぁ、今は先を見ないでとりあえずネタ出しした段階だからな。

 

「葉介は基本、暇なのか?」

「基本暇だね」

「じゃあ、とりあえずアタシの休日な」

 

 そう言って、樹里はツラツラと休日を書く。うーん……やっぱ少ねえな……。想像はしてたけど、アイドルって忙しいみたいだ。

 

「これは全部は無理だな……」

「とりあえず、海とプールはどっちかにしねえか?」

「だな。どっちが良い?」

「ん〜……」

 

 聞くと、樹里は難しそうな顔で唸る。が何を思ったのか、すぐに頬を赤らめて俯いてしまう。

 

「どした?」

「……なるべく、人目を気にせず……イチャつける場所……」

「……」

 

 ……何恥ずかしいこと言ってんのあんた……。

 

「……お前さ、いつからそういう感じだったの?」

「なんだよ、そういう感じって」

「その……い、いちゃつきたい、みたいな……」

「し、知らねーよ! いつだって良いだろ!」

「や、だって……そんな事、言う子じゃ無かったじゃん」

「な、なんだよ! 嫌なのかよ!」

「嫌じゃ、ないけど……」

 

 ……いや、でも……何? 恥ずかしいでしょ、そういうのは。人前じゃ俺もいちゃつくのに勇気いるわ。

 

「なんだよ。お前、もしかして家じゃ抱きついて来る癖に人前じゃそんなことする度胸もねえのか?」

「……」

 

 OK、その喧嘩を買おう。

 

「お前に言われたくねーんだよ。少し後ろから抱き締められたからって顔真っ赤にしやがって」

「あ、あれは不意打ちだったからだろ! 人の隙を突くことしか出来ねーセコい野郎が!」

「じゃあ、されるって分かってたらお前は照れねーんだな?」

「照れねーよ! アスナロ抱きでも壁ドンでもなんでも来いよ!」

「アスナロ……?」

「あの上からギュってする奴」

「もしかしてお前、少女漫画とか読んでた?」

「……」

 

 ホント可愛くなったなぁ……こいつ。

 まぁ良い。とりあえず、お前がそう言うなら俺は乗ってやるだけだ。

 

「じゃあ、今から……その、アルパカ抱き?」

「アスナロ抱きだ! どんな抱き方だそれは⁉︎」

「そうとも言う。それやるから」

「そうとしか言わねえよ! ……え、今から?」

「うん」

 

 軽く返事をすると、俺は再びソファーの上に乗った。背もたれの部分に腰を下ろし、後ろから樹里を眺める。無防備で綺麗なうなじが目に入り、思わず唾を飲み込んでしまう。俺はこれから、この背中を抱きしめ……っと、バカ! 変な事考えるな! これでも、樹里は俺の事を信用してくれてるんだから! 

 

「すぅ……はぁ……」

「おい、早くしろよ。それともお前がビビったのか?」

「……」

 

 OK、容赦という言葉が蒸発した。

 後ろから樹里の両肩前に腕を垂らした。で、お腹の前でギュッと手を絞め、顎を頭の上に置く。

 

「ーっ……!」

 

 あ、これやってる側も恥ずかしい……。樹里の身体を上半身で体感できるという、なんか、こう……悪いことしてる感が……その上、直でシャンプーの匂いが漂って来て……。

 

「〜〜〜っ……!」

 

 ……でも、樹里が俺以上に照れてるので、なんとか正気は保てた。

 

「っ、は、はっ……大したことねえな……!」

「照れてんじゃん」

「て、照れてねーよ!」

「顔赤いぞ。りんごかお前は」

「っ……こ、攻守交代だ!」

「?」

「やられっぱなしでいられるかよ!」

 

 ……なんだよ、もう。まぁ好きにしたら良い。女の子にはわからんかもだけど、やる側はやる側で神経使うんだからな。

 が、それを聞くつもりもないようで、樹里は俺の両腕に手を掛ける。一瞬、名残惜しそうに手を震わせたが、すぐに振り払う。で、後ろに回り込んだので、俺は普通にソファーに座った。

 

「い、行くぞ……!」

「どーぞー」

 

 声震えてんじゃん……。大丈夫かこいつ? いや、気持ちはわかるが……まぁ、樹里もそこまでメンタル強いわけじゃないからな。特にこういう事に関しては。

 恋人って関係になった所で何も変わらないとか思ってたけど……その肩書だけでここまでお互いに照れちまうとは思わなかった。

 ま、そういうのもこれから少しずつ慣れていけば良いでしょ。幸い、親の転勤があっても、俺がここに残りたいと言えば一人暮らしさせてもらえる程度には、うちの親父の稼ぎは良い。

 樹里だってアイドルを続ける限りは東京にいるだろうし、少なくとも俺が進学する大学が地方だった場合を除けばいつでも顔を合わせられる。お互いに少しずつ距離を縮めるには良い機会だ。

 ……ていうか。

 

「……まだ?」

「う、うるせーよ! ……か、果穂……チョコ、凛世……そして夏葉、アタシに勇気を……!」

「……」

 

 ……まぁ、亀の足取りで縮む距離かもしれないが。気長に待つことにしよう……。

 

「うおおーブフッ!」

「ゴフッ⁉︎」

 

 唐突に後頭部に樹里の顎辺りが直撃し、しばらく二人揃ってその場で蹲ってしまった。

 

 



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異性への興味は人それぞれなのと同じで、相方が異性に興味津々かを許せるのも人それぞれ。

 暑い。いやほんとに暑い。太陽からのソーラービームが大地を焦がし、コンクリートに当たれば反射熱によって灼熱のハンバーガーと化される程、暑い。

 近所の並木道ではセミさん達の不協和音オーケストラが開催され、夏であることを実感させられる事により、さらに暑さが全身に響く。

 屋根のある椅子の下に座っているとはいえ、肌が剥き出しのまま表にほっぽり出されているので、額から流れる汗が頬を通って顎を通過し、ボディには止まらず膝で一度、停車し、さらに流れて終点のプールサイドに落ちる。

 そんな発汗電車が大量に流れ、止まり、脱水症状になる前に腕置きに置いてあるアクエリを口に含み、何とかミネラルをチャージする。

 ……暑い。もう冗談じゃねーよ……。なんで、俺プールの監視員なんかしてんだ……やっぱ、やめときゃ良かったかな……。

 この前、樹里が意外と……というか、普通に休みが少ないことが発覚したので、俺も空いてる日くらいはバイトする事にした。

 で、色々とまたバイトを探してたら、良い感じの所を発見。そこが、このプールである。

 規模はそれなりに大きく、屋外でありながら流れるプール、競泳プール、波のプール、ウォータースライダーが二つ、さらには複数箇所に飲食店まであるかなり大きいプールだ。

 決して、やましい気持ちはない。近くで女の人の水着が見れる、なんて思っちゃいない。

 ただ、前みたくバイト探しに苦労するのは嫌だったので、偶々、見つけた場所に電話したら一発OKもらえたのでお世話になることにした次第だ。

 けど……これ決して楽じゃねーな……。普通にハード。溺れる人なんて中々いないし、ルールを破って飛び込みするような奴も今の所いない。

 唯一、出てくるのは迷子の子供。でも、そういう子はこっちから別の係の人に連絡差し上げて、そっちに一任するからプールの中に浸かる事はできないんですよね……。

 支給されてるものはメガホン、ホイッスル、サングラス、飲み物、トランシーバー。これらで暇つぶしするには中々、厳しいものがある。

 

「はぁ……」

 

 なんでたくさんの人が水の中で楽しんでいるのを、こっちは指を咥えて見ていなきゃいけないのか……。

 だが、まぁやると言った以上は仕方ない。それに、これを乗り切れば秋というバイトが出来ない時期にも樹里と遊べるんだ。頑張らねば。

 ……でも暑い。

 

「はぁ……」

 

 思わずため息を漏らした時だ。茶髪の男達がプールサイドを歩いているのが見えた。目の前の流れるプールに入り、三人くらいのそいつらはスィーっと笑いながら遊ぶ。

 ……今の所、何の問題も起こしてないけど、ああいうのが面倒かけるんだよなぁ……。まぁ、起こしてからじゃないとこちらは何も言えないが。

 ま、存在だけでも気にかけておこう。他の監視員さん達にも伝えておくか。

 

「……」

 

 連絡を終え、再び、しばらく猛暑の中、耐え続ける。大丈夫……まだまだ全然、耐えられる……今日の勤務は14時までなんだから……。

 そんな事を思いながら、とにかく我慢していると、なんかやたらと人が集まっている所が見えた。その連中は私服のままで水着に着替えてもいないが、不審者であるとは思わなかった。何故なら、その人達はかなりでかいカメラやマイクを持っていたからだ。

 つまり、テレビの撮影なのだろう。そういえば、ミーティングでそんなこと言ってた気がする。今日は取材があるとかないとか。

 まぁ、それなら周りで問題起こすタコスケも少ないだろう。

 

「……ふぅ、暑い……」

 

 まぁ、とにかく暑いのだが。せっかく暇だし、どの芸能人が来ているのか見てみた。

 カメラの一団の中、中心を歩いているのは……樹里だ……。それと園田と果穂ちゃん……。何でこうなるの……。

 

「っ……」

 

 慌てて目を背け、サンバイザーを深く被る。まだ距離があるとはいえ、樹里は変装した俺を一発で看破した奴だ。いつバレてもおかしくない……。

 ……ていうか、またパーカー着てるよあいつ……。どんだけ水着姿見せたくねーんだよ。

 あの一団は、少しずつ流れるプールに沿ってこっちに歩いて来る。その度に、俺は仕事をしているフリをした。主に、サングラスをかけてプールの様子を眺めたり、腕時計で時間を見たり。

 ……ダメだ、誤魔化せる気がしない。特に樹里相手じゃ尚更。

 あ、そうか! こっちを見られたら終わりなら、見せなきゃ良いんだ! 見たらやばい、と思わせれば良い。

 そんなわけで、俺は手に持っているメガホンを頭に被り、サングラスをかけ、トランシーバーのスイッチを入れずに口元に当て、ドラゲナイごっこを始めた。

 これなら絶対、カメラさんも軌道を逸すはず……! 

 

「あ……見てください、チョコ先輩、樹里ちゃん! 楽しい人がいますよ!」

「え……何あれ」

「は? ……あ、あい……いや、なんだあれ」

 

 普通に反応され、カメラもガッツリこっちを見た。樹里に至っては普通に正体まで見破って来たな……。

 

「ちょっとお話伺ってみましょう!」

「そうだね。なんか面白そう!」

「いや、やめとけって……近づかない方が……」

 

 唯一、気づいてくれている樹里が止めに入ったが、そんなもの二人には通用しない。

 パタパタと走って来て、当然、カメラマンも後からついてくる。その射程内にいるのは、俺だ。

 元気よく声をかけて来たのは園田だった。

 

「こんにちはー! 少し、お話聞かせてもらってもよろしいですか?」

「え、あ、は、はい……」

 

 メガホンをとって顔を向けると、そこで園田さんは固まる。多分「あれ? この人どこかで見覚えあるぞ?」と言った感じだろう。

 しかし、果穂ちゃんを率いてしまった以上は引き下がれない。

 いや、でも引き下がってくんねーかな……。だって何を聞かれてもなんて答えれば良いか分からないんだもん……。

 

「え、えーっと……何してるんですか?」

「あー……」

「もしかして……ヒーローですか? ヒーローですね⁉︎」

「……」

 

 何も気付かず目を輝かせる果穂ちゃんと「余計なこと言うなよ」てな具合に俺を睨み付ける樹里が、園田の後ろに控えている。

 

「……え、えっと……」

 

 何て答えたかは覚えていない。

 

 ×××

 

 数日後。

 

『え、えーっと……何してるんですか?』

『あー……』

『もしかして……ヒーローですか? ヒーローですね⁉︎』

『……』

『……え、えっと……あ、暑くて……その、とんがりコーンドラゲナイ的な……』

 

 そこで、動画はプツっと切れる。一緒にようつべを見ているのは樹里。その表情は、微妙に固い。

 

「おい……お前、何してくれてんの?」

「いや……わざとでは……」

「番組は好評だったから良いけどよ、てかなんでいたの? またプロデューサーの差し金か?」

「……いや、普通にバイトで、偶然……」

「あっそう。これ見ろよ。Twitter。『とんがりコーンドラゲナイ』だとよ。プチバズってるよ」

「……す、すみません……」

 

 あの番組、今流行りのプールを芸能人が紹介するもののようで、放クラのメンバーは有栖川さん、杜野さんのペアと、樹里、園田、果穂ちゃんのトリオ、と二手に別れて紹介することになっていた。

 で、カットしてくれれば良いものを、ハプニング扱いなのかガッツリ流されてしまった。お蔵入りしろよほんとに……。

 実際、サンバイザーにサングラスにメガホンをかぶったキテレツな奴がいたらおもしれーわな……。

 

「わ、悪かったよ……邪魔するつもりはなかったんだって……」

「んなことはいいんだよ!」

 

 良いんだ。いや、実際、なんかやたらと人気出て、うちのプールも忙しくなったからな。

 

「ただな、アタシはそのとんがりコーンドラゲナイの彼女だぞ⁉︎」

「有名人カップルって事で」

「そんな有名人は嫌だ!」

 

 やっぱり怒ってんじゃねーか……。

 

「し、仕方ねーだろ! そもそもお前らがうちのプールに来るなんて予想外だし、その上で俺の事がバレたら、果穂ちゃんの事だから絶対に声かけてくると思ったしよ!」

「だからってもっと目立つ真似してどうすんだよ‼︎」

「か、返す言葉もないです……」

 

 ちなみに果穂ちゃんは最後まで俺だということを見抜けませんでした。

 

「とにかく、悪かったっつーの……」

「ったく……」

 

 現在、ファミレス。

 今日は、今度一緒に行くプールに持っていく物を買いに来た。例えば、浮き輪とかビーチボールとかボートとか。……まぁ、ぶっちゃけ建前で、本音は普通に一緒に買い物したかっただけである。

 午前中は樹里が仕事で、午後から買い物することになった為、昼を一緒に食べることになり、現在に至る。ついでに怒られた。

 

「で、今日はこの後どうする?」

「買い物だよ」

「何か欲しいもんあんの?」

「一応な」

 

 そんなわけで、飯を終えて店を出た。

 飯屋を出た先にはショッピングモール。要するに、バカでかいお店だ。

 樹里が返事をはぐらかすのは珍しい。来てる場所と言い、そんなに大量に買うつもりなのか。まぁ、男は女の荷物持ちをさせられるモンだし、何の問題もないけどね。

 

「にしても、ほんとにうちのプールで良いのか?」

「ああ。前からあそこのでっけーウォータースライダー、滑ってみたかったんだ」

「ふーん……けど、勢い大分あるよ。浮き輪に乗って滑るタイプだから尚更」

「その方が面白いし、平気だ!」

 

 まぁ、お前ならそう言うと思ったよ。

 

「でも、紐で結ぶタイプの水着を着るなら気を付けろよ。ちゃんと締めないと流されるから」

「う、うるせーよ! いきなり何の心配だ⁉︎」

「や、ほんとに。この前も流された人いたもん」

「なっ……み、見たのか⁉︎」

「うん。一番下に到着した時にゆらゆらと漂ってたよ。浮き輪に引っかかって抜けた紐と、それによって緩んで脱げた海パンとフルチンが」

「男かよ!」

「や、女でも気を付けろってこと」

 

 ちゃんとウォータースライダーの係員が「水着の紐はしっかりと締めて下さい」って忠告してるのに、聞かない奴がいるんだよな。「俺らは平気」じゃないの。

 

「……ちなみに、女の人で流された人は……」

「今の所、いないね。残念ながら」

「あ?」

「冗談です」

 

 ビックリした……すごく低い声出てた……。

 冷や汗を浮かべていると、隣の樹里がジト目で俺を睨んでいるのに気付いた。

 

「な……何?」

「お前……まさかとは思うが、エロ本とか持ってねえだろうな?」

「うえっ?」

 

 ……え、ダメなの? 

 

「持ってたら許さねーからな!」

「許さないの?」

「許さねーよ! そんな……え、えっちな奴……アタシは嫌いだ!」

「……一冊も?」

「一冊も!」

 

 ……大丈夫、親父の部屋に隠しておいたエロ本は無事に母親に見つかり、軽く夫婦喧嘩に発展し、近くのイト○ヨーカドーでナ○コポイントと交換して来たし、今は持っていない。大丈夫……! 

 

「まさかお前、持ってんじゃねーだろうな?」

「も、持ってねーよ! 俺もそう言う女の人の体を本にして売るとかマジ一番嫌いだから。そんなん見つけたらビリビリに引き裂いて暖炉にくべてやるよ!」

「わ、わかったよ……」

 

 ふぅ……危ない危ない。誤魔化すのが上手くて良かったぜ。

 すると、樹里がお店の前で足を止める。目的の店に着いたのか、と思って看板を見ると、水着屋だった。

 

「え……」

「よし、行くぞ!」

「え、水着選ぶの?」

「わ、悪ぃーかよ!」

「や、悪くないけど……」

 

 どう見ても女性専門じゃないの……。男が入るのは勇気がいるというか……。

 

「旅行に行った時とか水着着てたんじゃないの?」

「き、着てたけどよ……あれ、去年のだし……」

 

 ……悲しいかな。去年の水着が入ってしまうんですね、あなたは。

 

「安心しろ、樹里。俺はお前の体が目当てで付き合ってるんじゃない。多少、小さくても全然、気に……」

「死ね!」

 

 ……的確に鳩尾にブローが入った。うん、まぁ……何にしても俺はいない方が良いよな……。

 表で待ってるよ、と言う前に、俺の手首を控えめに掴んだ樹里が、微妙に上目遣いになって言った。

 

「……お、お前には……おにゅーの水着を、見せたいんだよ……」

「……」

 

 あー……ダメだ。こんなん言われたら行くしかないじゃん……。

 

「……わ、分かったよ……」

「い、良いのか⁉︎」

「良いよ……」

「じ、じゃあ、一緒に選んでくれよ!」

 

 ……まぁ、こんな笑顔が見れただけでも、女性用水着店に入る価値はあるというものだ。

 二人で入店し、壁やマネキンに飾られている水着を眺める。流石にニプレスやスリングショット、マイクロビキニと言った変態的なやつは無かった。

 

「女性モノの水着って、男性用よりも種類あるよな」

「ん、ああ。そうだな。まぁ……上半身と下半身で別れてるからな」

 

 まぁ、そらそうか。水着なのにズボンやスカートみたいなのも用意されてるしな。

 

「あのスカートみたいなのあるじゃん」

「あ? ……ああ、パレオか?」

「あれは付けたまま泳ぐのか?」

「さぁ……アタシも、着たことねえからなぁ……。てか、そもそも水着とかあんま好きじゃねえし」

「まぁ、嫌でも女っぽさみたいなの強調させられるしな。樹里でも好きそうな水着って……あの辺の、ジーパンっぽい奴でしょ。私服に見える上に、動きやすいから」

「わ、悪かったな! 男っぽくて!」

 

 いや、俺お前より可愛い女を見た事ないんだけど……あの辺が好みだと思ったのだって、単純に似合うと思ったからなんだが……まぁ良いか。

 

「……じゃ、たまには樹里っぽくない水着姿も見たいな」

「え……?」

「パレオとは言わんけど……あの辺のフリフリなミニスカートみたいなのとか……」

「は、はぁ⁉︎ ふざけんなよ! あ、ああああんなの……む、無理だ!」

「じゃあ、こっちの……あれ。片方の肩にしか掛かんない奴」

「ワンショルダーのことか? 無理だって! ……あ、あんなセクシーなの……アタシに、合わねえだろ……」

「ならあれ。あの……胸の間で結んであって、肩に何もかかってないの」

「バンドゥビキニかよ! あんなのも無理だって! ……か、肩剥き出しは……恥ずかしいし……!」

 

 ……あれ? なんかおかしい。

 

「じゃ、それ。胸の間とか横を紐だけで繋げてる奴」

「レースアップは絶対に嫌だ! ああいうのは、胸が大きい奴が似合う奴だろ⁉︎」

「じゃ、えーっと……そっちのは? ビキニじゃないけど……脇腹が空いてるの」

「モノキニもヤだ! ぶ、部分的に露出は普通のビキニより恥ずかしい!」

「……」

「な、なんだよ! 全部嫌がってるだろって? お前が巨乳専門みたいな奴しか選ばねーからだろ!」

「や、そうじゃなくて」

 

 その点に関してはごめん。でも誓って言えるのはわざとじゃない。

 真っ赤になってぷんすか怒る樹里に、あくまでも自然に聞いた。

 

「お前……水着めっちゃ詳しいじゃん」

「え……?」

「何が『好きじゃない』だよ。早押しクイズ出れるレベルで名前、ポンポン出てんじゃん」

 

 すると、カアァァッ……と、頬を真っ赤に染め上げる樹里。色が赤くなっていくに比例して、眉間にシワがより、目尻に涙が浮かんだ。

 

「う、うっ……うるっせぇっ‼︎ 悪いかよバ────ーカッ‼︎」

「や、悪くねえけど」

「い、良いだろ! 憧れたって! で、でも……着るのは恥ずかしいし、どうせアタシには似合わねえんだよ‼︎」

「や、恥ずかしいかは知らんけど、似合わないかどうかは分からんだろ」

「はぁ⁉︎ ……え、そ、そう?」

 

 急に冷静になるなよ……。

 

「そうでしょ。……俺が言っても説得力ないかもしんないけど、お前、自分が思ってる以上に女っぽいからな。見た目も中身も」

「な、なんだよ急に⁉︎」

「憧れてんなら、一回くらい着てみりゃ良いだろ。別に似合わなくても笑わねえし、写真も撮らねえから」

「っ……」

 

 頬は赤く染めたまま、黙り込む樹里。眉間にシワを寄せたままなのに、さっきまでとは全く形相が違った。本当に可愛い奴だよ、お前は。

 とにかく、そういうわけで俺は別にお前を馬鹿にしたかったわけじゃない。いや、正直、からかい三割みたいなとこはあったけど、せっかく一緒に選ぶなら樹里が気に入った物を着て欲しいから。

 

「……な、なら……お前が選べよ」

「え?」

 

 相変わらずな表情のまま、樹里はポツリと呟く。や、でもそれはアレだし……ほら、そこまで信用されても困るっていうか……。特に、女性の水着を選ぶのなんか初めてだし……。

 

「お、お前が選べって言ってんだよ!」

「い、良いのか?」

「良いの!」

「わ、分かったからこれ以上、怒鳴るなって……周りの客の視線がすごい」

 

 さっきからすごい睨まれてる。しかもそいつら、樹里や俺が何か話すたびに一喜一憂しやがるから余計に腹立つ。見せもんじゃねーぞこの野郎。

 そんなわけで、俺もとりあえず店の中を見回す。……と言っても、俺が好きな水着って単純な事に露出度高めな奴だし……でも、ちゃんと樹里に似合う奴にしないとだし……。

 その上で、偉そうに言ったからには、樹里が憧れていそうだったにも関わらず、着れなかったものを選ぶしかない。

 まぁ、良い意味でも悪い意味でも、樹里の憧れと俺の趣味は一致している。

 

「うーん……」

 

 女の子の水着を自分の好みで決めるって、それはそれで恥ずかしいんだが……。

 そんな中、たまたま目についた物を手に取った。

 

「あ、じゃあこれは?」

「……クロスデザインか……」

 

 見せたのは、黒と青の布が片胸ずつ隠すようになっていて、それらが交差しているビキニ。あえて左右対象を乱す事で巨乳でなくても色っぽさを出せるものだ。……まぁ、こういうビキニを着た人を見たことがないから、あくまで主観だが。

 

「じゃあ、あとは試着だな」

「じゃ、俺表で待ってるよ」

「いや、なんでだよ。試着した奴見ろよ」

「え、な、なんで?」

「その質問がなんでだよ⁉︎ 当たり前だろ! お前が選んだんだから!」

 

 そ、そういうもん、なのか……? まぁ、そうだと思う事にしよう。

 そんなわけで、試着室に向かった。とりあえず、その日から俺はエロ本もAVも見ない事を誓った。

 

 



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どんなに暑くても寒くても、好きな人と一緒なら遠回りできる。

 デートとは、一体なんだろうか? と、たまに思う。要するに男女が二人で出掛けりゃデートなのかもしれんが、俺と樹里が今の今まで、付き合う前にも二人で出かけていたのもデートなのだろうか? 多分、それはちがう。だってどちらかと言うと「女と遊ぶ」よりも「友達と遊ぶ」という意識の方が強かったのだから。

 でも、この前のショッピングモールで出掛けた奴、あれはデートと言えるだろう。

 しかし、この差は一体何なのか。結局、同じ奴と同じ人数で同じように出かけているというのに……。

 なんて疑問が昨日まで浮かんでいたが、明らかなるデートをこれなら控えている俺には、その違いがよくわかった。

 デートってすごいソワソワする……。しかも、待ち時間がとても落ち着かない。

 現在、9時半。待ち合わせ時間は10時。待ち時間は1時間。つまり、待ち合わせの1時間半前に待ち合わせ場所に到着してる。俺はアホかと。

 でも……夜は眠れねーし、家にいてもソワソワしてもっと落ち着かないだけだし、ここに来るしかなかったんだよ……。

 ……しかし、割とこの炎天下の中で待つのはキツいな……。

 

「……ふぅ、暑い……」

 

 思わず汗をかいてしまったときだ。パタパタとこっちに駆け寄ってくる金髪が見えた。

 

「わ、悪い……! 待たせた」

「一秒も待ってねー……よ……?」

 

 ……銀色の髪飾りに、普段はやらない、もみあげを耳掛けるアレだと……? クソッ……こんな些細な変化でも可愛いものは可愛い……! 

 

「……準備に、手間取っちまってよー……」

 

 チラ見すんなああああ! 気づいて欲しい感じ全面に出し過ぎなんだよおおおおおお! 

 

「あー……その、なんだ……。とても、お似合いだと……思い、マス……」

「っ、そ、そうか……? へへっ、へへへっ……!」

 

 ……く、クソ……可愛いなんてもんじゃねえ……。心臓止まるかと思うレベルだよ、もう……。

 機嫌が良くなった樹里は、すぐにスパッと俺の手を取り、引こうとしたが、ふと何か違和感を覚えたのか、俺の顔を見上げる。

 

「お前、手え熱っ⁉︎ てか、顔も赤いぞオイ!」

「そう?」

「そうだよ! ……てか、アタシも早めに来たってのに……お前、いつからここにいんだ?」

「一時間くらい前」

「アホか! 一旦、涼みに行くぞ!」

「え、プールは?」

「後!」

 

 そんなわけで、一度カフェに入って涼んで行った。

 

 ×××

 

 少し遅くなってしまったが、そもそも集まった時間が早かったのでプラマイ0。

 で、今はプールの更衣室前。俺はさっさと着替えを終えて、樹里のことを待った。

 ……うーん、ソワソワする。やっぱり、こう……待ち時間って好きじゃないわ。特に、楽しみなことを待ってる時間っていうのは、どうにもワクワクが抑え切れない。

 けど……待てば待つほど、その楽しさは……。

 

「お、お待たせ……」

 

 大きくなるというものだ……。

 現れたのは、水着姿の樹里だ。自分で選んだ水着を褒めるのも変な話だが、クソ似合ってる。

 ……でも、まぁ……なんだ。自分で選んだからこそ、気にかかる事もある。

 

「……なぁ、良かったのか? 俺が選んだ、その水着で……」

「まだ言うか、お前」

「や、だって……正直、似合ってるんだけど……」

「なら放っておけよ! アタシが気に入ったからこれを買ったんだ!」

「わ、悪い……」

 

 ……まぁ、こう言ってくれるなら良いか。改めて、二人でプールに向かう。

 

「さて、まずは何するよ?」

「準備体操!」

「まじめか!」

「バカ、お前もスポーツやってたんなら準備体操がどれだけ大切か知っとけっての!」

 

 まぁ、そう言われりゃその通りだが……。そうじゃなくてだな……。ま、とりあえず流れるプールで流されながら、のんびり楽しめば良いか。

 二人でプールの中に入り、一緒に泳ぐ。樹里が前を泳ぎ、俺が後を追う形になった。……後ろから見てるとよく分かるのが、樹里ってアスリートとしては理想的な身体してるんだよなぁ……。無駄な脂肪もないし、スラッとしてて腹筋も微妙に割れてて、身長も160くらいあるし。

 そう見ると、俺にとっては少し羨ましいくらいだ。俺は男にしてはタッパが無いから。

 

「おーい、何してんだよ。早く来いよ」

「お、おう」

 

 泳ぎながら、顔面に水をかけて来たので、潜って回避して水中から接近する。勿論、ズボンズボン脱がしなんてバカな真似はしない。ズボンっつーか海パンか。

 

「良いか、葉介。最低でも、二つのウォータースライダーは回るぞ。そのために、この流れるプールに入るんだ」

「まぁそりゃ良いけどよ……でも、ほんとに勢いすごいよ? 片方は年齢制限ある程度には」

「何の問題もねーよ!」

 

 との事で、とりあえず2人で流れるプールの中を進みつつ、でっかい建物に向かう。いきなり激しい方で来たかー……。

 小さくため息をつきながら、二人でカンカンと階段を上がった。

 

「樹里、ちゃんと紐結んでおけよ」

「わーってるよ」

 

 こういう忠告、樹里はちゃんと聞いてくれるからありがたい。水着の紐などを確かめ、最上階まで来た。

 幸い、空いていたのですぐに降りられた。二人で係員の指示に従いつつ、浮き輪にまたがって腰を下ろす。

 

「アタシ前で良いか?」

「良い……え、お、俺が後ろ?」

「そうよ」

 

 ……てことは、以前のアスナロ抱きみたいなことさせられるのか……! やるよりやられる方がマシだ! 

 

「お、俺が前!」

「はぁ⁉︎ ふざけんな! アタシ、抱くより抱かれてえよ!」

「やっぱりテメェもそういう理屈かコラ! 俺は絶対後ろヤだからな!」

「か、彼女を自然と後ろから抱けるんだぞ!」

「そういうのはもう少し育ってから言いやがれ!」

「テメェ、ぶっ殺すぞ!」

「はい、流しまーす」

「「えっ」」

 

 浮き輪に並んで座っている俺と樹里の背中を強引に係りの人に押され、俺達は一気に急降下した。

 

「「いやあああああああ‼︎」」

 

 大きめの浮き輪の穴に、二人揃って抱き合いながらお尻を埋める形で流された。体が前を向いているのと横を向いているのとでは、バランスの取り方が全然違う。それでも落ちずに済んでいるのは、俺と樹里の運動神経が良いからだろう。

 ……とはいえ、かなりキツイが。まぁでも、真下まであと少し……! 

 ん? ……というか、ですね? 俺と樹里が密着してるってことは、必然……胸も何もかもがくっついてる訳で……てか、意外と胸柔らか……! 

 

「樹里……あの、この体勢……樹里?」

「……」

 

 こいつも顔真っ赤にしてる……。どうやら、同じタイミングで自覚してしまったようで……。

 お互いに照れるタイミングが重なるということは、当然ながらバランスを崩すタイミングも重なる。一番下のプールに着水すると共に、俺と樹里は浮き輪から綺麗に落下した。

 

「ぇほっ……けほっ……! じ、樹里、大丈夫……か?」

「……ぶくぶくぶく」

 

 ……照れちまって上がって来ねえ……。でも、ここにいると次の人の迷惑になるんだよな……。多少、強引にでも連れて行くか。

 控えめに樹里の二の腕を引くと、放心状態であった樹里の反応が一瞬遅れる。そのまま引き込んで、肩に手を回した。

 

「ほら、ちゃんと歩け」

「〜〜〜っ!」

「あふん⁉︎」

 

 爆テレした樹里の頭突きを見事に喰らった。それも顎に。

 

「か、カッコイイ仕草すんなバーカ! バ────カ!」

「し、小学生かお前は……」

 

 痛過ぎて熱を帯びた顎を抑えながら、先に上がってしまった樹里の後を追う。うー……少しクラクラする……。今のは良いとこ入ったな……。

 フラフラとプールサイドに向かうと、上から手が差し伸べられる。顔を上げると、樹里がしゃがんで目を逸らしながら手を伸ばしていた。

 

「……わ、悪かった……。少し、テンパった……」

「いや……俺こそ悪い。次は……俺が後ろになるから」

「……じゃあ、その次はアタシが後ろな」

「三回も乗るのかよ」

「嫌なのかよ?」

 

 嫌じゃねーよ。

 このあと、普通に酔った。

 

 ×××

 

 少しグロッキーになった後は、そろそろお腹が空いて来たので、二人でお昼。一度、更衣室に戻って財布やバスタオルを持って身体を冷やさないようにしながら飯を食う。

 

「ふぅ……美味ぇな!」

「まぁ、そんな本格的な店程じゃないけどな」

 

 よくあるよね、この手の施設のフードコートに必ず一品、やたらと美味い奴。うちの場合はフライドポテトだ。

 

「樹里も摘めよ」

「……良いのか?」

「当たり前だろ」

「さんきゅー。はむっ……え、うまっ」

 

 微笑みながら、樹里もポテトを摘むと、ほぼ予想外かつ反射的に出た、みたいな感じで目を丸くした。

 

「だろ?」

「じゃがいもの風味がしっかり残ってて……その上で塩加減も抜群でサクサクホクホク……なんだこれ?」

「ポテトだよ」

 

 いや、気持ちはわかる。俺も初めて食べた時は普通に引いた。

 すると、何か思いついたのか、樹里がポテトを取り出し、俺に差し出してくる。

 

「あ、あーん……」

「……」

 

 ここで「いきなり何?」なんて言えば顔を真っ赤にしてポテトを目に刺されるのは目に見えている。……でも、ホントいきなりどうしたんだろう。

 ……少し恥ずかしいが……まぁ仕方ないか。

 

「あー……んっ」

「う……美味いか?」

「美味い……」

「へへっ……」

「でも、急にどうしたんだ?」

「いや……その、なんか……食べさせ合いっこ、させたくなって……せっかくのデート、だし……」

「……」

 

 何その可愛い理由。

 

 ×××

 

 続いて、競泳プール。やはり体育会系といえばこれだろう。50メートルのプールが設置されていて、ただ真っ直ぐ泳ぐのみ。

 で、そこにバッキバキの運動バカが集まれば、始まるのはただ一つ。

 

「競争な?」

「上等だ!」

「負けた方は?」

「じゃあ……あれだ。プロデューサーさんの額に肉って書く」

「OK!」

 

 決定した。罰ゲームないと面白くないからね。

 

「でも、ハンデはなくて良いの?」

「いらねーよ!」

「いや、男女だからさ。この前の腕相撲で思い知ったでしょ?」

「いらねーって言ってんだろ⁉︎ アタシ、この前の伊豆とか撮影で結構、泳いでるからな。むしろ、お前の方こそ大丈夫か?」

「……後悔すんなよ?」

「どっちが! 勝つまでやるからな⁉︎」

 

 結果、後日になってプロデューサーさんと放クラメンバー全員の額に肉と書かれた写真が送られて来た。

 

 ×××

 

 他にも、波のプールや別のウォータースライダーなど、とにかく遊びまくり、気がつけば夕方になってしまっていた。

 入場者も減り、俺達もそろそろ帰ろうか、ということになり、プールを出る。女の子は準備に時間が掛かるそうなので、その間、俺はお土産屋さんで買い物。自分が働いてる店だから割引してくれた。

 で、あとは飲み物を二本買う。片方は樹里の分だ。のんびりと待機していると、遅れて樹里がやってきた。

 

「お待たせ」

「待ってねーよ」

「それはもうわかったっつの」

「はい」

「お、さんきゅ」

 

 飲み物と一緒に、さっき買ったお土産を一緒に渡す。

 

「? 何これ」

「お揃い」

 

 言いながら、俺はカバンを指した。付けられているのは、あざらしのストラップ。

 

「ぷっ……なんであざらしだよ」

「いらねーなら返せ。一人でお揃いやるから」

「いらねーなんて言ってねーだろ。さんきゅ」

 

 そんな話を微笑みながらしつつ、ベンチに座ってラムネを飲む。炭酸のシュワシュワが喉に伝っていく。

 

「……なぁ、葉介」

「なーにー?」

「アタシ、今死ぬほど楽しいんだ」

「あそう」

「そんな時に、お前は突然、いなくなっちまったよな?」

「……」

 

 そうね。あれは申し訳なかった。事情もちゃんと話さずに。

 

「……今度は、いなくならないよな?」

「……ああ」

「ならいい」

 

 まぁ、一人暮らしのためのスキルも磨いてるからな。炊事洗濯家事全般。……料理は少し苦手だけど、炒め物程度ならできる。親が転勤ってなっても、マンションで一人暮らしする覚悟はある。

 

「うしっ、じゃあそろそろ……」

「少し、寄り道して帰らないか……?」

「……だな」

 

 そんな目で言われたら断れないっつーの……。片手にサイダー、片手に樹里の手を握って、そのまま二人で遠回りして帰った。

 

 



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放クラ会議(キス編)

 283事務所では、樹里は慎重な足運びで移動していた。今日は罰ゲームの日。競泳5連敗を果たした樹里は、放課後クライマックスガールズ全員の額に「肉」と書いた上で写メを撮り、葉介に見せなければならない。ちなみに、葉介はもうその罰ゲームのことを忘れているのは内緒だ。

 そんな話はともかく、だ。約束は約束、と言うスタンスの樹里は、スマホと水性のマジックペンを構えて移動する。まぁ、半分くらい「面白そう」という邪心が含まれているのは否めないが。

 まずはプロデューサー……と思ったが見当たらないため、仕方なく放クラメンバーに狙いを定める。

 

「……お」

 

 丁度、智代子がソファーの上で眠っているのが見えた。好機と書いてチャンスである。

 慎重に接近し、クルクルとペン回しをしながらソファーの後ろに回り込む。で、水性ペンで額に肉と書き、写メを撮った。

 

「プッ……ふふっ……」

 

 ……思ったより面白かった。笑いを堪えるように笑みを浮かべながら、とりあえずその場を離れる。

 さて、次は誰にやるか……などと考えていると、手首を掴まれた。

 

「……何してんの? 樹里ちゃん」

「げ……お、起きた?」

「起きた」

 

 ……バレてる。何をしたのか。ジト目で自分を睨んでいる。

 

「と、トイレ行ってく……」

「逃さないよ」

「……」

 

 この後、めちゃめちゃ怒られた。

 

 ×××

 

「なるほど……要するに、罰ゲームってことね」

「わ、悪い……」

「良いよ、別に。水性だし」

 

 何とか怒りを沈めてもらった。で、大体、次はこうなる。

 

「……面白そう。私も協力する!」

 

 こんな具合に悪意は伝染するのだ。特に被害者は、同じ悔しさを他人にぶち撒きたくて仕方ないのである。

 

「……で、次は誰にするの?」

「隙があるやつだな」

 

 そんな話をしてた時だ。レッスンルームからボロボロになって夏葉が出て来た。

 

「ああ……つ、疲れたわ……」

 

 直後、樹里と智代子はギンッと目を光らせて夏葉の方を振り向く。打ち合わせも何もしていないのに、樹里は自身のスマホを智代子に手渡し、水性ペンを抜く。

 

「夏葉ちゃん、額に何かついてるよ?」

「あら、そう?」

「とってやるから、目を閉じろ」

「悪いわね」

 

 そう言って、接近した二人は、樹里が額に文字を書き、智代子が写メを取った。明らかにおかしな感触だった上に、シャッター音まで聞こえたからか、すぐに夏葉は目を開く。

 

「……何したのよ、あんた達」

「筋肉夏葉」

「消しなさい!」

 

 うがーっと掴みかかるが、樹里がその前に立ち塞がる。

 

「チョコ、その写真を葉介に送れ!」

「任せて!」

「何を結託してんのよあんたら!」

「罰ゲームなんだ!」

「知らないわよ!」

 

 ギャーギャーと騒がしくなる。それはそうだろう。レッスンでズタボロになった体を引き摺って出て来たら顔に落書きされなきゃいけないのか。

 納得いくはずがないので、そのままワーギャーと騒いでると、事務所の扉が勢いよく開く。

 

「こんにちはー! ……あっ、夏葉さん! キン肉マンですか⁉︎」

「あんたら人のおでこに何書いたのよ!」

「私も書いて欲しいです!」

「「「えっ」」」

 

 まさかの答えに三人揃って変な声が漏れてしまう。

 

「ほ、本気? これ書いたら写真撮って葉介に送るけど」

「見てもらいたいです、ヒーローになった私のカッコ良い姿を!」

「「「……」」」

 

 まぁ、もう仕方ない。それで満足するならやってあげれば良い。書いて撮ってあげた。

 

「わぁ、ヒーローです! カホ肉マン!」

「やめろ果穂。なんか危ない響きがする」

 

 とにかくこれで後二人だ。しかし、凛世もプロデューサーもいないため、今はとりあえず諦める。

 額を拭きながら、夏葉が樹里に声をかけた。

 

「で、樹里。あなた罰ゲームって何なの?」

「ああ、葉介とこの前、プールに行ったんだけどよ、その時にあいつに競泳で負けちまって……その罰ゲームで、最初はプロデューサーだけだったんだが……ごめん」

「「ごめんじゃないから!」」

 

 当然のツッコミである。そんな中、何も分かっていなかった果穂が口を挟んだ。

 

「え、じゃあこれ罰ゲームだったんですか?」

「そうだよ。嬉々として来られたから引いたよ」

「ていうか、プール行ったの。彼と」

「おう。楽しかったぜ」

 

 最近はもうあんまり隠さなくなった。L○NEのトプ画が二人のツーショットだし。

 

「実は、その時の水着も葉介が選んでくれたんだ」

「ああ、あのテンション爆上がりで写真めっちゃ送ってきた奴ね」

「はい! とってもお似合いでした!」

「10枚くらい送って来たわね」

 

 からかうつもりで智代子と夏葉は言ったのだが、樹里は頬を赤らめながらそっぽを向いて答える。

 

「だ……だろ? あいつ……アタシに似合う水着を、その……一生懸命、考えてくれてさ……アタシが、勝手に気にしてた事とかも……お構いなしに……アタシ、あいつと付き合えてよかったよ……へへへ」

 

 幸せそうな顔をして何をぬかすのだろうか、この女郎は。もう惚気にイラつく気にもならない。

 

「はぁ……何ていうか、幸せそうね……あなた達」

「あ、ああ……まぁな」

「で、チューとかしたんですか?」

「「「バフォっ‼︎」」」

 

 当然のように投げ込まれた地雷に、三人揃って吹き出した。本当に子供というのは無邪気という名のハリケーンで場も空気も全てを滅ぼす悪魔である。

 とはいえ、それは夏葉も智代子も気になる所だ。恋人になってまだ2週間ちょいだが、キスくらいはしてても良いものだろう。気が早いカップルなら、もうその先も……と思うのだが……。

 

「恋人同士はチューするんですよね⁉︎ したんですか⁉︎」

「え、あ、いや……そ、それは……」

「え、まだなんですか?」

「ま、まだ……」

「えっ」

 

 声を漏らしたのは智代子だ。

 

「まだしてないの?」

「してねーよ! そ、そんなこと出来るかよ!」

「……あ、キスってあれか。ベロチューがまだって事?」

「べっ……な、何言ってんだお前⁉︎ ふ、普通のキスもまだだっつーの!」

「えっ……」

 

 今度は夏葉が声を漏らす番だった。智代子と顔を見合わせると、お互いに何かを察したように頷き合い、改めて聞き始めた。

 

「ハグとかは?」

「そんなんするわけ……! ……あ、いや……ウォータースライダーでハグしながら落ちたっけ……」

「いや、お互いに意識的に」

「……して、ない……」

 

 自分と葉介が正面から抱き合う……想像するだけで顔が真っ赤に染まってしまう。

 そんなウブ過ぎる反応を見て、果穂がニコニコしながら聞いた。

 

「手は繋いだんですか⁉︎」

「そ、それは繋いだぜ!」

「いばれることじゃないわよ。二週間で手を繋いだだけ?」

 

 全くなツッコミに、とうとう樹里は顔を真っ赤にしながら怒ってしまう。

 

「な、なんだよ! そこまで言うからにはお前ら経験あるんだろうな⁉︎」

「ないけど、あったらあんたらよりは進行早いわよ」

「うん。私もそう」

「くっ……い、言いやがったな……!」

 

 とはいえ、そもそも相手がいない二人は証拠など見せられない。それに、そもそもそんな話はどうでも良いのだ。今は樹里の話である。

 

「そういうの、したいとか思わないの?」

「う、うるせーな! 別に良いだろ!」

「あ、あるんだ」

「何でわかるんだよ⁉︎」

 

 実際、ある。ていうか、ついこの前のプールの帰り、あの時こそキスをしたかったものだ。が、その辺の情緒に疎い葉介は、おそらく「今は二人で楽しければ良い」といった感じなのだろう。

 だが、ガッツリ年齢通りに精神も育っている樹里としては、むしろそういう……「恋人ならではのこと」に当然、興味津々なわけだ。

 

「なら、あんたからすれば良いじゃない」

 

 夏葉が当然のように口を挟んだ。

 

「そ、そうかぁ……? そういうのって……」

「別に、女性側からしても良いんじゃない? 私はあんまり『そう言うのは男から』って考え、好きじゃないのよ」

 

 実際、どちらからやったって構わないことだ。男からリード、だの何だのと色々と言う奴もいるが、そんなのは先にしたいと思った奴がすれば良いだけの話だ。

 そして、実際の話、樹里もどちらかと言えばそっち派だ。

 

「で、でも……その、なんだ……アタシからそう言うこと言うと……エッチな女って……思われないか……?」

「何を気にしてんのよ」

「そうだよ! むしろ普通の女子高生……いや、男子高校生でもキスとかしたがるよ!」

「そうです! よく分かりませんけど、キスしちゃえば良いと思います!」

 

 一人だけわかってないのに煽ってる奴がいたが、まぁそこまで言われれば仕方ないと思うしかない。

 

「わ、分かったよ……」

「いえ、お待ち下さい」

 

 が、そこで口を挟んだのが最後の放クラメンバー、杜野凛世だった。急に現れた、とか何処から湧いて出た、とか誰しも思うところがあるとったが、凛世は気にせずに言った。

 

「……果穂さん、その額のマークは……?」

「ヒーローのマークです! 凛世さんもどうですか?」

「そうですね……お願いします」

「なんでだよ!」

 

 もう罰ゲーム感なく罰ゲームを済ませると、話を進めた。

 

「少女漫画では、焦って強引にキスを迫ったカップルは大体、別れてしまいます……」

「そりゃ男から女にする時の話だろ?」

「はい……。しかし、現実では、また逆も然り、と思うべきではありませんか……?」

 

 それを聞いて、全員が全員「確かに」と俯いてしまう。

 

「周りに惑わされることありませんよ、樹里さん。あなた達は、あなた達のペースで、距離を縮めれば良いのです……」

「凛世……」

 

 そんな時だ。樹里のスマホがヴヴーっと震えた。何かと思って開くと、メッセージと画像が送られてきた。

 

 東田葉介『二の腕を曲げると胸の谷間に見えるらしいんだけど、見える?』

『 東田葉介 が 画像 を 送信しました』

 

「……やっぱり多少強引にでもキスしちゃったら?」

「だな」

 

 こいつのペースに合わせていたら、いつになるか分からない。

 

 



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思いがけない事が初体験の人っているよね。

 今日は遊園地。熱中症対策で遊園地の当たる場所に噴水器が付いていて、そこからミストになって水が溢れてくる。

 そんな場所で、俺と樹里は二人で遊びに来ていた。今日も約束の時間の一時間半くらい前に到着し、そこから樹里と合流して遊園地に来ているわけ……なのだが、樹里がやたらと気負っている。まるで大きな試合の前のように。

 

「な、なぁ……樹里。何かあったのか?」

「な、なんでもねーよ! それより、ほら行こうぜ!」

 

 まぁ、何でもないって言うなら良いか。

 微笑みながら俺の手をひく樹里の後を、のんびりと追った。こうしてると、やっぱり彼女と言うよりも親友って感じなんだよなぁ……。まぁ、そんな樹里にも、彼女っぽい所を見せる事もあるんだけどね。

 

「まず何に乗るかー」

「ジェットコースター!」

「元気だなお前……別に良いけど」

 

 そんな話をしながら、二人でジェットコースターへ向かった。この遊園地のジェットコースターは、傾斜角80度と言うイカれた角度から急降下する。

 ここで、ハッキリ言わせてもらおう。俺は、遊園地は初体験だ。小学生の頃はあまり裕福で無かったため連れて行ってもらえず、中学になってからは親と遊園地とかなんか普通に恥ずかしかったし、一緒に行く友達も彼女もいなかった。

 そのまま成長して高校生になったわけだが、そんなわけで俺は今日がすごく新鮮な感じしている。……まぁ、なんだ。デートは男が引っ張るもんって聞いてたし、そんなことは口が裂けても言えないが。

 

「樹里は遊園地とか行ったことあんの?」

「あるに決まってんだろ! 特に、チョコにはしょっ中、デ○ズニーで連れ回されてるかんな」

「ふーん……デ○ズニーねぇ……」

「行ったことないのか?」

「ない」

「マジかお前……」

 

 え、なんで? 

 

「高校生だよな? それも、東京……というか関東在住の。行ってみたいとか思わなかったのか?」

「全然。なんか東京に来てからは『クソ野郎ほど友達が多い』って印象だったからなぁ。デ○ズニーとかホント、クソ野郎の巣窟ってイメージが……」

 

 勿論、デ○ズニーランド好きな人全員がゴミと言っているわけじゃない。ただ、少なくとも俺のクラスで洗脳されたように「デ○ズニー行きたい! デ○ズニー行きたい!」って言う奴ほど最悪のゴミ人間だったってだけ。

 しかし、樹里はなんか申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 

「……すまん」

「や、気にしてないから」

「あ、アタシは色んな場所に連れ回してやるからな!」

 

 ……だからやめろってそういう同情……。まぁ良いけどね? 気持ちは嬉しいし。

 そうこうしている間に、俺達がジェットコースターに乗る番になった。他に乗る何人かと共に乗り込み、安全ベルトが降りて来る。こんな感じなんだ、ジェットコースターって。

 

「うおー、すげーな。ビクともしない」

「したらあぶねーだろ……てか、葉介はアレか? ジェットコースター初めてか?」

「え、ぜ、全然?」

「……」

 

 あら、疑い深そうな視線。

 

「まぁ、なんでも良いけどよ……初めてなら覚悟しとけよ?」

「だから初めてじゃな……覚悟? なんで?」

「ここのジェットコースター、エグいから」

 

 その直後だった。ガタン、とジェットコースターが動き出す。身体が不気味に揺られ、一瞬だけ心臓が止まったような気がした。

 今の所、大したスピードは出ていない。ゆっくりと、一歩一歩、亀の足取りで坂道を登る。俺が走ったほうが早そうな速度だと言うのに、恐怖が増していくのは何故だろう。

 少しずつ、少しずつ角度がついていって……え、ちょっ……まだ上に行くの? もうほとんど90度じゃない? ちょっ……背中が床についてる感覚なのに、身体はどんどん持ち上げられていくんですが……。

 

「大丈夫か? 葉介。なんか顔色が……」

「え、な、何が? 顔色? いやいや、全然真っ青じゃないでしょ。むしろ真っ赤でしょ」

「いやそれはそれで心配なんだが……」

 

 そんな話をしているうちに、不意にジェットコースターが足を止めた。故障か? なんて油断した自分をブン殴りたい。

 動き出したジェットコースターが止まる理由など、考えられる要因は二つだけだ。一つはゴールについた時、そしてもう一つは……最高到達点に達した時だ。

 

「お、来るぞ」

 

 頭の中に浮かんだのは、織田信長。かの有名な第六天魔王は、桶狭間の戦いにおいて、圧倒的な戦力差を前に今川義元を下し、長篠の戦いでは火縄銃を取り入れた戦術によって武田勝頼をも落とした。

 勢い、と言えば聞こえは悪いかもしれないが、何であれ恐るべき早さで天下統一への道に足を掛け、王手への一歩に足を踏み入れた時……。

 

「あっ……あっ……」

「あ?」

 

 裏切りにより、織田の天下は一気に急降下した……。

 

「アアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎」

「「「きゃああああああああッッ‼︎」」」

 

 車両は80度を一気に降下し、地面に直撃する勢いです走ったと思いきや、線路に沿って車両はまっすぐ前を向く。談合坂のサービスエリアより急に道が変化し、壁を走るように真横になって動く。

 グルングルンと世界が幾度も回転し、暗転し、一転し続ける。ヤベェ、単純に酔って来た。

 あ、ダメだ……ちょっ、これ……意識が……。

 

「お疲れ様でした〜。コースターが完全に止まってから、安全バーを外して下さい」

「ふぅ……面白かったなぁ、葉介! ……あれ、葉介?」

「……」

「ちょっ、葉介? なんか白目剥いてね?」

「……」

「お、おい……? よ、葉介⁉︎ 葉介ー!」

 

 ×××

 

「はっ!」

 

 目を覚ますと、真上には樹里の顔があった。あれ? 真上? なんで? ……てか、俺……なんで寝てたんだっけ? 確か、まぁまぁな規模の竜巻に巻き込まれてたような……。

 とりあえず、身体を起こそうとするが、脳が揺れてフラフラしてしまう。そんな俺の身体に、樹里が手を添えて再び寝かせてきた。

 

「もう少し寝てろよ」

「え……な、なんで……?」

「まだ気分悪ぃーんだろ」

 

 そ、それはまぁそうだが……。え、ていうかさ……これって……。

 

「な、なぁ……樹里、これって……」

「おい待て。言うな、その先は」

「膝枕?」

「い、言うなっつったろーが!」

「痛い⁉︎」

 

 額に手刀を貰い、頭痛がさらに増される。し、しかし……マジかよ。これ、樹里の膝枕か……あ、ヤバい。なんか恥ずかしくなってきた……。

 ……じ、樹里の太もも、柔らかいけど硬くて、ちょうど良いな……。何つーか、良い感じの座布団みたいな……。

 

「お、お前が照れんなよ!」

「痛い! 一々、殴るなよ!」

「う、うるせーバーカ!」

 

 いや、殴れば殴るほど頭痛は増すから、長いことここにいられて良いんだけどさ……でも、なんか申し訳ないんだよな……。

 

「わ、悪かったな……」

「な、何がだよ?」

「その……気絶したから」

「まったくだっつーの!」

 

 や、やっぱり怒ってる……。まぁ、大幅に時間ロスしちまったからな……。樹里にとって休日なんてものは四葉のクローバー並みに希少なもんなのに……。

 

「お前の事だから、どうせ『樹里にとって休日なんてものは四葉のクローバー並みに希少』とかなんとか思ってるかもしんねーけどな」

「なんで一言一句コンプリートしてんの」

「違うっつーの! 遊園地に来たことないなら、素直に言いやがれ! そしたら、ちゃんとそんな感じで回ってやってたからよ」

「……初心者向けのまわり方とかあんの?」

「あるわ! 少なくとも初めて来た奴といきなり本命のジェットコースターは乗らねえよ!」

 

 ……な、なるほど……。てか、本命だったんだこのジェットコースター。道理で傾斜角80度とか頭おかしいこと書いてあると思ったわ。

 

「そもそも、アタシは別に『こういう時は男がどうの』みたいなのは気にしねーから。お前に経験がねえんなら、アタシに頼ってくれ」

「ああ、そうするよ」

 

 まぁ、とりあえず任せるとするか。最初から俺がグイグイ引っ張る、なんて考えちゃいなかったが。

 とりあえず仕切り直し、と言った感じで樹里が聞いてくる。

 

「で、次どうする?」

「どうすっかー」

「何か乗りたいのねーの?」

「そうだな……。とりあえず、ゆっくり休める奴」

「やる気ねえなお前……や、分かるけどよ……。じゃ、まぁ任せろ」

 

 そんなわけで、次に案内されたのはメリーゴーランドだった。馬や馬車の形をした乗り物の上に乗り、時間になるまで回り続けるあれ。要するに、子供向けの乗り物だ。

 

「……これ?」

「嫌ならベンチに座ってるしかねーぞ」

「そういうもんか? てか、あれは?」

 

 俺が指差して先にあるのは観覧車だ。

 

「あ、あれに今、乗るのかよ……?」

「え、なんで?」

「このダメ男……」

 

 急に罵倒されたんだけど……どういうことなの? 

 

「アレはシメに乗るもんだからな」

「そうなん?」

「そうなの! ほら、良いから来いよ!」

 

 言われて、メリーゴーランドの前に引き摺られた。子供達の群れの中に、二人だけいる高校生カップル。やべぇ、これクソ恥ずかしい。

 

「なぁ、樹里。やめない? これ乗るの」

「お、お前が言ったんだろ。楽な奴って」

「いや……で、でもさ……もう少し、こう……子供の中に紛れないで……」

「ゼッテー乗るからな!」

「なんでさ……」

 

 元気だなお前……。手を引かれる形で、メリーゴーランドの列に並んだ。ジェットコースターと違い、すぐに順番となった。俺と樹里が乗ることになったのは、馬一頭分のみ。

 

「これ乗れなくね?」

「……詰めればいけるだろ。アタシ先に乗るから、早く来いよ」

 

 言いながら、樹里は馬の上に跨る。その後に、俺も乗ろうとしたが……そういうことかこの野郎。

 

「……後ろから抱えろ、と」

「お、お前が言ったんだろ……」

「え、抱かせろなんて言ったっけ?」

「ちっげーよ! あ、憧れてんならそれをやれ、みたいなこと言ったのお前だろうが!」

「……憧れてんの?」

「察しろ!」

 

 ま、マジかよ……。まぁ、うん。そう言うなら……良い、けど……。

 仕方なく、後ろから樹里を抱えるように馬に飛び乗る。うーん……相変わらず、目の前に樹里の後頭部……良い匂い以上に、やはり罪悪感が……。

 

「では、発射しま〜す」

 

 お姉さんのアナウンスにより、メリーゴーランドが回り出した。子供達が楽しそうに馬の上で回る中、一つの馬に二人で跨る高校生カップル……。

 

「……」

「……」

 

 お互いに、一言も喋らずに回り回った。さぁ、今。

 

 



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唇は柔らかい。それがたとえ冬であっても。

 メリーゴーランドの後、昼飯を食ってからまた色んなアトラクションを乗り回した。

 ゴーカートだのバイキングだのとなんかよくわからないけどスピードが出る乗り物を乗り回した。けど、まぁ、さすがの運動神経の俺だ。すぐに慣れた。今ならさっきのジェットコースターにも負けない。

 で、今きたのはお化け屋敷だった。

 

「じゃあ、さっきの勝負のルール確認な?」

「先に悲鳴を上げた方が晩飯奢り!」

「「オーケー!」」

 

 それだけ話して、二人で中に入った。さっきまで明るい雰囲気だった遊園地から一転して真逆の世界に入る。薄暗く、不気味な空気が漂った室内。

 ……お、思ったより空気あるじゃん……。いや、全然怖く無いけど。少し思ったより本格的で驚いただけ。

 

「な、なんだよ。葉介。もうビビったか?」

「ビビってねーよ! お前こそ、顔色悪いぞ」

「わ、悪くねーよ!」

 

 うん、この調子だと樹里の方が早く悲鳴を上げそうだ。俺が気を抜かなければ。

 二人でそのまま手をつないで中を進む。薄暗いのに、ハッキリと道沿いや壁の模様が見えるのが怖かった。

 慎重に歩いていると、隣の樹里がニヤニヤと無理しているような笑みを浮かべて声をかけてきた。

 

「ど、どうしたよ葉介? ペース遅くねえか?」

「震えながら何言ってんだおめーは。走って良いんだな、じゃあ?」

「お、おう! ドンときやがれ!」

 

 よし、走るか。そう決めた時だ。ガタンっ、と何かが揺れる音が耳に響く。

 

「「……」」

 

 二人して音のする方を振り返った。ガタガタガタ……というラップ音は、徐々に大きく激しく連続して行われる。

 俺も樹里も、ゴクリと唾を飲み込んだ。何か来るのは目に見えて分かる。人間、どうして怖いのが来るとわかってて、それを見ようとしちゃうんだろうな……。見たら絶対に驚かされるってのに……。

 案の定、出てきた。窓ガラス(実際にはガラスなのかは知らんが)を打ち破ってお化けが顔を出した。

 

「「っ〜〜〜っっっ⁉︎」」

 

 悲鳴を上げかけたが、揃って口を押さえる。危なかった……悲鳴が漏れるとこだったぜ……! 

 そのまま二人揃って逃げ出してしまう。そのまま走ってとにかく奥に進む。その直後だった。前方の鏡に、自分達以外の誰か写っているのが見えた。

 

「「っ」」

 

 俺も樹里も急停止する。え、待って。俺達って誰かと一緒だったっけ? 

 ギ、ギ、ギ、と、関節部にゲート跡が残ったガンプラのようにギコちなく振り返ると、後ろに口から血を垂らした真っ白な女がいた。

 

「「ぁっ……〜〜〜ッ⁉︎」」

 

 っぶね──ー! 悲鳴漏れかけたぁ〜っ! 俺も樹里も大慌てで口を紡いだ。

 そのまま、また走って逃げ……ようとした直後だ。

 

「うあっ……!」

 

 樹里がその場で転んでしまった。慌ててそこに手を差し伸べる。

 

「だ、大丈夫?」

「あ、ああ……悪い」

「所で今、悲鳴あげたよね?」

「い、今のは不可抗力だろ! 転んだ時に出た奴だぞ⁉︎」

「悲鳴は悲鳴でしょ。……ていうか、罰ゲームは無しで良いから、そろそろ我慢するのやめない?」

「……そ、そうだな」

 

 利害が一致し、もはや俺と樹里を阻むものは何も無かった。二人揃って頷き合うと、にっこりと微笑み合い、口を開いた。

 

「「いやあああああああああ‼︎」」

 

 もう嫌だこのお化け屋敷! 普通に怖い! 

 

 ×××

 

「「ぜーっ、はーっ……!」」

 

 二人して、虫の息。飲み物を買ってきて、二人でベンチに座って死にかけていた。

 ふぅ……しかし、疲れたぜ……。お化け屋敷って今、こんな感じなんだな……。思ってた三倍くらい怖かった。

 

「……はぁ、怖かった……」

「……ほんとにな……。死ぬかと思ったぜ……」

 

 なんつー悪趣味な施設だよ……。もう二度と行かない。

 とりあえず、休んでからこの後の予定を決めなければならない。といっても、割と回り尽くした感あるが。

 

「で、次はどうする? ……って、もう夕方だな」

「そろそろ帰るかー」

「いやいやいや、待てよ! まだ一ヶ所回ってないだろ?」

「何処さ」

「観覧車!」

「ああ」

 

 そういや、そうだったな。でもあれ楽しいのか? 遠くが見えるってだけでしょ。

 

「もう良くね?」

「良くねーよ! お前本物のアホか? 遊園地デートのシメって言ったら観覧車って相場が決まってんだよ!」

「えー……まぁ良いけど。これあの狭い個室に何分、閉じ込められんの?」

 

 正直、気が進まない。まぁ、樹里が乗りたいってんなら別に良いけどね。乗ってる間、何話すか考えとくか……。

 なんて乗る前から暇潰しの方法を考えていると、隣の樹里が頬を赤らめながら、ポツリポツリと呟いた。

 

「……ぎ、逆に言えば……30分くらいアタシと、その……二人きりでいられるんだけど……」

「よし、乗るか」

「早ぇーよ!」

 

 それは悪く無いな、うん。

 

 ×××

 

「うおー! きれー!」

「しっかりとエンジョイしやがって! 何なんだお前は⁉︎」

 

 いや、だってすっげーもん! 高いとこから街全体を見渡せて……その上で、夕焼けも見れて……スッゲー綺麗。

 

「ったく……わけわかんねー奴だよ、ホント」

 

 ボヤきながら、樹里は椅子に腰を下ろす。で、俺と同じように樹里は夕焼けに視線を向ける。その日が当たっている樹里の表情は、やたらと大人な女性に見えてしまった。

 それはもう、思わず見とれてしまうほどに。

 ボーッと、樹里の横顔を眺めていると、俺の視線に気づいた樹里がこっちを見た。

 

「な、なんだよ……人の顔、ジーッと見やがって」

「や、綺麗だなと」

「なっ……ば、バカ!」

 

 ぷいっと頬を赤らめてそっぽを向く樹里。そう言うとこは可愛い。何つーか、可愛くて綺麗とかずるいよね、この子。

 

「な、なぁ、葉介」

「? 何?」

「今日、どうだった?」

「楽しかった。初めての遊園地だったけど、これはみんな集まるのも頷けるわーって感じ」

「そ、そっか……」

「でも、やっぱ樹里と一緒だったからだな」

「っ、そ、そういうのは聞いてねーから!」

 

 や、マジで。多分、遊園地に限った話じゃ無いけど、やっぱり仲良い奴と一緒だから何でも楽しいんだよ。

 とはいえ、俺は友達がいないから、というのもあるかもしれないが。

 

「まぁ、樹里は俺以外と行っても楽しめそうだからな」

 

 友達が多いし、放クラのメンバーも良い人ばかりだ。あの辺と行っても普通に楽しいんだろうな、とは思う。

 ……別に良いし。俺には樹里がいるし。樹里と一緒なら友達なんていらないし。

 少し涙が出そうになるのを、必死で堪えながら窓の外の風景を眺めていると、隣の樹里が緊張が混ざったような声で聞いてきた。

 

「なぁ、葉介」

「なんだよ?」

「なんで、アタシが最後に観覧車に乗りたかったか分かるか?」

「それが決まり文句みたいな感じなんでしょ」

「ちげーよ。……まぁ、それもあるが」

 

 え、他にも何か意味あるのか? デートって本当に奥が深いんだな……そう思うと、俺は樹里を楽しませてやれたのか……? 

 

「樹里は今日、楽しかった?」

「え? あ、当たり前だろ。てか、良いから黙って聞いてろよ。今はアタシが話してんだから」

「ご、ごめん……?」

 

 そ、そこまで言う……? ていうか、なんか今日のデートの序盤の時に感じたぎこちなさが戻って来たな……。

 顔を赤らめ、すごく赤らめ、また普通の赤みに戻し、視線は窓の外を見たと思ったら天井を見て、俯き、かと思ったら俺の顔を覗き込む。……何? その挙動不審さ。

 黙って樹里を眺めていると、唐突にキッと俺を睨みつける樹里。思わずビクッとしてしまうほどだ。

 急に立ち上がり、向かいに座っている俺の胸ぐらを掴んできた。

 

「っ、な、なんだよ⁉︎」

「お、お前とアタシがここに乗った理由は!」

「うん。え? その話で悩んでたの?」

「きっ……キスする為だよ!」

「ふーん。そんな事で悩ん……え、キスって言った今?」

「言ったよ!」

 

 キス……キス? 魚のじゃなくて? 違うよなぁ「キスする」って言ってるし。

 そっかぁ、キスかぁ……キス、キス……キス? 

 

「……っ〜〜〜…………」

「そ、そこまで照れるなよ! アタシの方が恥ずかしいに決まってんだろ⁉︎」

「そ、そんな事、言われましても……」

 

 い、いやキスとかいきなり言われても、それはそれであれであれだし……。

 

「き、キス……キス……」

「お前どこまで純情なんだよ! てか、やめろよ。連呼すんな!」

「キス……き、キス……」

「おーい、もどってこーい!」

 

 ガクガクと身体を揺らされ、ハッと意識が戻る。

 

「わ、悪い……放心、しかけてた」

「してたっつーの!」

「で、何の話だっけ? 魚?」

「そのキスじゃねえよ!」

 

 と言うと……やはり、チューの事だよなぁ……。いや、でも……そういうのは少し早いと言うか、普通に恥ずかしいし……まず、キスってなんのためにする事なのか分からないし……。

 ウダウダと考えていると、樹里が胸ぐらを掴んでいる拳に、さらに力を入れる。

 

「わ、私とキスするのが嫌だってのか?」

「い、いや……そんな事、無いです……」

「な、なら……もう、分かるだろ」

 

 そこから先、樹里は何も口にしなかった。代わりに、瞳を閉じて、微妙に唇を尖らせる。キス待ち顔、と言う奴なんだろう。……ほ、本当に色っぽくなったな、こいつ……。

 いや、そんなことはどうでも良くて。え、てか……え? 俺からするの? いや、良いけど……。

 き、キス……キス、かぁ……。柔らかそうな唇……って、いやいやいやいや。待て待て待て待て落ち着け俺。本当に良いのか? そんなことをしちまって。いや、良いのか。恋人だし。

 いや、でも……その、何? こんな急に言われても……もう少し俺に心の準備期間が欲しかったと言うか……え? 普通は観覧車に乗った時点で準備は整ってる? そんなこと言うなよ……。

 って、落ち着けよ俺。そんな事どうでも良くて。こうなったら、もう待たせちまってるし、するしか無いのか? キス……ないんだろうな……。というか、樹里のこんな顔を見ちまったら、むしろしたいとか思うようになったし。

 キスしたい、とか言う感情は今の今まで理解出来なかったけど、ここにきて初めて理解できた。

 ……って、だから話を逸らすなよ俺! ここに来てダサいぞ俺! しゃんとしろ! 恋愛のイロハとか俺にはさっぱりだが、ここで引いたら男が廃るってのはよく分かる! 樹里にここまでさせてんだ、勇気を振り絞りやがれボケカス! 

 ……で、でも……口を近づけるの、とても恥ずかしくて顔からヒューマントーチ……って、ギャグにも逃げるな! とにかく頑張れ! 樹里と俺は恋人同士でキスするのも自然な関係! 後は度胸だけだ! 

 いつから俺はこんなチキン野郎になった! 大丈夫、キスくらい普通! 恋人同士なら! 舌を入れるわけでも無いんだし、観覧車の中で誰も見てないんだから、今しかむしろチャンスはない! 

 頑張れ俺! 負けるな俺……んんっ⁉︎

 

「んっ……!」

「っ……!」

 

 え、今……樹里が、胸ぐらを引っ張って……キスして……しかも、舌まで入って……。

 そのまま数十秒、グググッと唇がくっ付く。舌が絡み合い、唾液が混ざり合う。頭から煙が出そうになり、オーバーヒートしそうになる直前、口と口が離れた。つぅ……と、透明の液が名残惜しそうに俺と樹里を繋ぎ、落ちた。

 

「っ……え、い、いま……」

「……次からはお前からしろよ。このチキン野郎……!」

「……」

 

 観覧車が下りに入った後は、お互いに一言も話さなかった。

 ……これが、ファーストキス……。レモンの味とかよく分からなかったけど……なんか、気恥ずかしくて、背徳感があって、余韻があって……すごく、良かった……。

 

 



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浮気移り気デートに遅刻、樹里は丸っとお見通し。

 その日の夜、俺は家に着くまで……いや、着いてからもずっと放心状態だった。唇に残ったあの感触が忘れられない。16年(あと一週間で17年)で初めての感覚だ。

 ……あー……どうしよう。明日のバイト集中できるかな……いや、無理。一先ず気休めでも無い限り無理。

 ……柔らかかったなぁ。出来ればもう一回……って、だからぁ! もうダメだ……なんか、なんか頭おかしくなりそうだ……。

 誰かに、相談を……いや、でも誰に? 俺、友達いないし……親には相談したく無いし……バイト先の人? 無理無理無理、そこまで仲良く無い。

 どうしようかな……。このままじゃ、肘を曲げて関節作ってキスの練習を始めるのも時間の問題……。

 

「ああああああああもおおおおおおお!」

 

 ベッドの上で慣性を疑っていると、スマホが震えた。樹里からだった。

 

 西城樹里『今日は楽しかったな。また行こうぜ!』

 西城樹里『観覧車も、また乗ろうな!』

 

「ああああああああもおおおおおおお‼︎」

 

 この後、母親に久々にキレられた。

 

 ×××

 

 翌日、とても幸運なことに雨が降ったので、バイトは暇だった。うちのプールは屋外なので、ノリがとち狂った学生くらいしか来なかった。

 なので、俺の仕事も少なかったので不調を知られずに済んだ。……のだが、まぁ、その……なんだ。根本的な部分は解決していないのであって。

 

「はぁ……」

 

 ダメだ。樹里の顔を思い出すのも恥ずかしいと言うか……。……し、舌と舌が絡めあったの、思ったより嫌じゃなかったなぁ……。

 って、いやいやいやいやだーかーらー! アホかと、俺は! どうしよう、本当にどうしよう……なんか、このままだと樹里とのデートにも行けなくなるんじゃ……。

 

「だーもうっ、情けねええええ!」

 

 どうしたら良いのかさっぱりわかんねーよ! こんなに悩むならもう少し友達でも友達もどきでも良いから人間関係築いておけば良かったー! 

 一人で帰宅しながら悶えていると、またスマホが震え始める。

 

「……?」

 

 誰だ。この人が悩んでいる時に連絡してきやがって。マジでぶっ飛ばすぞこの野郎。

 

 有栖川夏葉『樹里の仕事がかなりぎこちないのだけれど、昨日のデートで何かあったのかしら?』

 

 あいつ自滅してんのかよ……。……いや、これは使えるか? この人になら、相談に乗ってもらえるかも……。

 

 東田葉介『その事でちょっと相談があるんですけど、時間取れますか?』

 有栖川夏葉『ごめんなさい、今も休憩中だから今日は無理なのよ。またの機会で良いかしら?』

 

 うーん……まぁそうだよな。普通に考えりゃ。向こうはアイドルで忙しいわけだし。

 

 東田葉介『すみません。お仕事頑張って下さい』

 有栖川夏葉『ありがとう』

 

 さて、どうしよう。今、樹里の話をしたから尚更、全てを思い出してしまったんだが……。

 真っ赤になった顔を隠しながら歩いていると「あれー?」と近くから聞き覚えのある声が耳に届いた。

 

「東城くんじゃーん☆」

「はい?」

 

 別人の名前を呼びながら肩に手を添えられた。人違いですって言った方が良いかな……と思いながら振り返ると、和泉さんがいた。

 

「……はえ?」

「何してんの⁉︎ 静岡の人じゃないの⁉︎」

「……あー」

 

 しまった、アイドルの人か。帰りのバスの中では真っ先に寝落ちして、プロデューサーさんによる俺の紹介に一切、耳を傾けてなかった人。

 そういや、そんな偽名使ってたっけ……まぁ、訂正すんのも面倒だし、東城で良いか。

 

「久しぶり。実は俺、こっちに遊びにきてて」

「えー、マジー? 運命の再会ジャーン。ね、写メ撮らん?」

「え、良いけど……」

「じゃ、こっち寄ってー」

 

 ぐいっと片腕を引かれ、スマホを構える。体と体がくっつく距離にまで近づき、腕に胸が当たる。樹里の胸からは感じ取れない感触だった。

 

「はい、撮るよー。チーズ☆」

「トムジェリ?」

 

 てか、なんで急に写メ? キョトンとしていると、和泉さんは俺の手を引いた。なんか知らん間に2人で写真を撮らされてしまう。

 

「……えーっと、なんで?」

「再会記念。ね、この後は暇?」

「え? ま、まぁ暇」

「じゃあ、ご飯行こうよ。ちょうど、友達が今近くのカフェで働いててさー」

「いや、あの……」

「けってーい!」

 

 引き摺られる形で連行された。これだからギャルは困るってんだよ……。

 

 ×××

 

 さて、連行された先はメイド喫茶だった。

 

「「「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様!」」」

 

 なんで? ねぇ、なんで? 

 

「なんで?」

「ん、イベントで、ここで働いてる子が……あ、いたいた! 樹里ちゃん、夏葉ちゃーん!」

 

 こいつ今、なんつった? なんで慌てて横を向いた時にはもう遅かった。店の奥の方で、樹里がものっそい形相で俺を睨んでいた。

 

「……」

「あれー? 樹里ちゃん、機嫌悪くね?」

 

 それはお前の所為です。

 

「まぁ良いや、二人で!」

「畏まりました。こちらへどうぞ?」

 

 ああ……樹里の視線が鋭くなっていく……。眉間なんて、第三の目でも開眼するんかって感じ。

 そのまま奥の個席へ案内され、二人で座る。和泉さんがアイドルであったおかげで、二人で個席を使わせてもらえたのはありがたかった。周りの客からの視線は塞げる。

 ……でも、すごく居心地が悪い。だって、彼女の前で別の女の子とメイド喫茶ってどういう事なの……? 

 

「ねぇ、和泉さん……知り合いってもしかして……」

「そー! 樹里ちゃんと夏葉ちゃん」

「……」

「何、知り合いなん?」

「……まぁ、ちょっと……」

 

 恋人です、とは言えなかった。や、だってそんな答えを言ったらどんな反応されるかわからんし。

 

「何々、どんな知り合い?」

「え、いや……まぁ、幼馴染み的な?」

「ラブラブじゃん!」

 

 なんでだよ……。どんな思考回路したらそうなるの? 

 

「へー、幼馴染み……あれ? でも、東城くんって、静岡出身じゃないの? 樹里ちゃんは確か神奈川出身だった思うんだけど……」

「あー……えーっと……」

「ドユコト?」

「お帰りなさいませお嬢様、ドゲス野郎」

 

 唐突に割り込んで来たのは、樹里だった。俺と和泉さんの間に座り込み、メイドなのにどっかりと足を開いていた。

 

「……樹里ちゃーん、可愛いー!」

「……そりゃどうも」

 

 うわあ……すごく怒ってる。

 

「こちら、メニューになります」

「さんきゅー」

「あ、ドブネズミ様にはこちらの専用メニュー表がありますので」

 

 明らかに樹里の手書きのメニュー表を手渡された。ていうか今、ドブネズミって言わなかった? 

 とりあえずメニューを見ると、内容はかなり酷かった。

 

 ・浮気バカ撃退インド風青酸カリー

 ・ナンパ野郎殺害用オムライス

 ・生ゴミ

 ・ニトログリセリン

 ・イボテングダケ

 

 ……殺意が満ちたラインナップだな……。後半適当だし……。

 

「……おい、樹里。違うぞ」

「何がでしょうか。ゴミカス……ご主人様」

「お前、今ゴミカスって言いかけなかった? てか言ってたよな」

「言ったよゴミカス」

 

 ……すごい怒ってる。いやまぁ気持ちはわかるが。さっきのラインナップを見れば分かるが、浮気してると思われているみたいだ。

 

「浮気じゃないからな?」

「言い訳は閻魔様の前でしやがれ」

「いや本当に。……和泉さんとはー……その、なんだ。少し複雑な関係で……」

「見て見て、樹里ちゃん! さっき、東城くんと写真撮ったんだー」

 

 お前少しは空気読んでよ……ってレベルで、隣の和泉さんは俺とのツーショット写真を樹里に見せる。おかげで、怒りの度合いさらに上がった。

 

「へぇ? これで浮気じゃねえと?」

「そ、それはほぼ半強制みたいなもので……」

「そもそも、東城ってなんだよ。偽名まで使って何言ってんだコラ」

「それはだから……」

 

 説明させて欲しいんですけど……。でも、すごく怒っちゃってるし、何を言っても言い訳臭くなりそうだな……。

 まぁ、他の女の子と一緒に遊んでたのは事実だし、ここは謝った方が良い奴だろう。

 

「……樹里、悪かったよ。でも、本当に浮気じゃないから。……お前がいて、浮気なんてするわけないだろ」

「……口じゃ、何とでも言えるだろ……」

「だから、お前が望む事、何でもするから。だから……」

「……じゃあ、キスしろ」

「ふぁっ⁉︎」

「はえ……?」

 

 隣から間抜けな声が漏れるほど、俺はビックリした。和泉さんなんて顔真っ赤だ。

 

「え……ふ、二人って……」

「ああ、そうだよ。こいつは、アタシのだ」

「……ひ、ひゃー……」

 

 口元に手を添えて目を丸くする和泉さん。頬を赤く染め上げて、チラチラと俺と樹里を見比べる。

 

「……え、じ、じゃあ……その、二人は……ちゅ、チューとか……」

「「……」」

「き、きゃ〜……」

 

 俺と樹里がほぼ同時に顔を背けると、小さな悲鳴をもらす和泉さん。が、すぐにはっとして、頬に汗を流しながら聞いてきた。

 

「あー……じゃあ、もしかして……うち、割と爆弾投げてた……?」

「……」

「ご、ごめーん樹里ちゃーん!」

「いや、問題ねーよ。こいつが割と女に誘われたら断らない奴だって分かったから」

 

 そこで俺に飛び火するのかよ……。

 

「だ、だから本当、浮気とかそんなんじゃなくて……」

「私がサンドスキー場で撥ねちゃったんだよね」

「……本当にそれだけか?」

「それだけだよ」

「本当の本当に?」

「本当の本当」

 

 すごく不安になってんな……。まぁ、小学生の頃に俺がいなくなったの、本当にトラウマになってるっぽいし、相当、離れ離れになりたくないんだろうな……。

 女の子を不安にさせて喜ぶ趣味は俺にはないし、素直に謝ろう。もう何度も謝ってるけど。

 

「……悪かったよ。もう2度と有栖川さんと園田と果穂ちゃんと杜野さん以外と女の子と二人で出かけたりしないから」

「そいつらもダメに決まってんだろ! ふざけんなお前⁉︎」

 

 だよね、知ってた。

 

「冗談だよ」

「ま、まぁ今日は良いけどよ……」

 

 そう言うと、樹里を呼ぶ声が店の奥から聞こえる。そういや、元々こいつは仕事中だったな。

 ツカツカと歩いて行く樹里に、せっかくなので俺は後ろから声を掛けた。

 

「樹里」

「あん?」

「メイド服、似合ってるよ」

「なっ……う、うるせーバーカ! バ────────カッ‼︎」

 

 怒鳴り散らしながら店の奥に引っ込んでいった。相変わらず可愛い奴……と、思ったら、チラリと戻って来て、首だけはみ出させる。

 

「……キスの約束、忘れてねーからな……」

 

 それだけ言って引き返した。そんな樹里と俺のやり取りを眺めながら、和泉さんが声を掛けてきた。

 

「……ちょーラブラブじゃん……」

「……喧しい」

 

 とりあえず、邪魔するといけないので早めに帰宅することにした。

 そんな事をすれば当然、約束は果たせなくて、結局、L○NEで喧嘩は続いた。

 

 



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放クラ会議(何故、恋愛経験のない奴がここまで話せるの?)

 恋する乙女は面倒臭い、これはこの世の乙女すべてに当てはまるものだろう。例え、それが片思いであれ両思いであれ、もう既に完成しているカップルでさえそういうものだ。

 その面倒臭さは、普段は表に出ない。その人にもよるが、基本的に恋する乙女は良い人が多い。良い人じゃないのに「恋してる!」とか抜かす奴は大体「好きじゃないけど彼氏欲しいイケメンだからこれが彼氏」とか大体、そんなものだ。それは男でも同じ。

 そんな話はさておき、良い人で恋している子は、その恋をしている相手の話になると、とても面倒臭さが表に出る。

 

「……ぶっすー」

「……」

「……」

 

 普段、樹里はどんなに機嫌が悪くても、絶対に「ぶっすー」などと口では言わない。

 これはつまり「アタシは不機嫌だ! だからグチに付き合え!」という意味である。一緒にいる智代子も凛世も、聞くのが嫌だった。

 いや、正直、聞くだけなら良かったのだ。最初の方はアピールもそんなに鬱陶しくなかった。

 

『はぁ……チッ、あの野郎……次こそ別れ……はしねえけど……一発、ぶん殴ってやる……別れはしねえけど……』

 

 こんな感じの独り言だった。凛世はすぐに声をかけようと思ったが、智代子がそれを制止した。なんか拗ねてる樹里が可愛かったから、しばらく放置しようってなって。

 それが、間違いだった。

 

『はーあ……なんか、付き合い始めてからの方がストレス多いんだよなーあんにゃろう……どうやって懲らしめてやろうかなー……あのクソったれ……そういうの考えるの、得意な奴いねーかなー……てか、もう誰でも良いなー』

 

 徐々に内容がストレートになっていく。素直に言えば良いものを。おそらく「惚気話とからかわれたくない」とか保身が入っているのだろう。本当に可愛い子である。

 確かに可愛い、と思ってしまった凛世も、そのままシカトに参加した。ここが一番の間違いだった。

 

『あ……アタシにとっては初恋だったからなー……! 誰かにアドバイスもらわないと仲直りとか無理かなー。もし、別れたら仕事にも影響するかもなー!』

 

 気が付いたら面倒な方向に脅迫し始め、こうなると意地でも反応したくなくなる智代子だった。凛世が声をかけようと思ったが、智代子に止められてしまう。

 

「……絶対無視しよう」

「そこまで頑なにならなくても……」

「聞いて欲しければ自分から来ないとダメでしょ」

 

 まぁ、言わんとしていることはわかる。何故、相談があるなら自分から声をかけてこないのだろうか? 

 とにかく、凛世も智代子も黙ってそのまま珍しく鬱陶しい樹里をシカトし続けた。

 そんな中、智代子のスマホに連絡が入る。表示されていた名前は「東田葉介」だった。

 

「あ、葉介くんだ」

「なっ……⁉︎」

 

 樹里が顔をあげたが、無視して智代子はメッセージを開く。

 

 東田葉介『なんか樹里を怒らせちゃったみたいなんだけど、どうしたら良い?』

 

 こっちはとても素直である。抽象的過ぎて何も伝わらないが、行動に移しているあたりが好感が持てる。

 

「こういうとこ、樹里ちゃんより葉介くんの方がよっぽど可愛げがあるなぁ……」

「ど、どういう意味だよチョコ⁉︎ て、てか……あいつから話って……!」

「教えなーい」

「んなっ……⁉︎」

 

 問い詰められてもわざわざ話してやるつもりはなかった。少なくとも、向こうからお願いされるまでは。

 いや正直、序盤に泳がせていた自分も悪い所はあった。けど、別れたら仕事に影響するかもーなんてナメた事、言われたら歯向かいたくもなる。

 

「……智代子さん、少し可哀想な気も……」

「ダメだよ、一度甘やかしたらロクな事にならないんだから。そんなわけで、私は葉介くんの相談に乗りまーす」

「わ、分かったよ! アタシが悪かったから……助けてくれ、頼む! 葉介にキスされたいんだ!」

「「詳しく」」

「うわあ! 急に乗ってくるなよ!」

 

 唐突に二人揃って、身を乗り出してきた。まぁ、食いついてきてくれたことは助かるのだが。

 

「……別に、大した事じゃねーよ。ただ……その、この前、アタシがいたメイド喫茶にあいつがきて……それも、愛依と一緒に……」

「え、二人で?」

「そうだよ。まぁ、その件についちゃカタはついたんだけどよ……前に遊園地に行った時には、アタシからキスして……」

「まずそこから詳しく」

「じ、樹里さん……ついに、殿方と……キスを……」

「殿方とってなんだ。女ともねえよ」

 

 そこを注意してから、樹里はコホンと咳払いをする。キスの流れを説明するのは、中々勇気がいる。

 

「……あー、その……なんだ。まぁ、観覧車に乗ったんだけどよ……あの野郎、そもそも遊園地でデートするってことが何も分かってなくてよ……」

「え、別にルールとか無くない? 各々、楽しみ方があると思うし……」

「いや、それはアタシも同じなんだけどよ……。締めに観覧車乗るの渋ったり、乗ったら乗ったで純粋にエンジョイして……その、全然ロマンチックな雰囲気にならなくてよ……」

「……確かに、観覧車は2人きりで綺麗な景色を楽しむ事が、手軽に出来るものです。……それに乗ったら、普通は彼女と肩をくっつけたりだとかするものでしょうに……」

 

 凛世も呆れてため息をつく。

 

「……で、その……結局、アタシから……強引にキスしたんだ。そ、それだけだよ! この話は終わりだ!」

「どんなキス?」

「ふ、普通のだよ! ……経験が無いから、その……どんな感じかわかんなかったけど……とりあえず、口内を何周か味って……」

「「えっ」」

「えっ?」

 

 樹里の説明に智代子と凛世が瞬きし、樹里も釣られて首を傾げた。

 

「な、なんだよ?」

「……し、舌入れたの……?」

「……でぃーぷきす、ですか……?」

「え、恋人とのキスってそういうものじゃ……」

「いやー……最初は唇くっ付けるだけじゃないの……? 知らない、けど……」

「り、凛世が読む少女漫画も、流石に最初からでぃーぷきすは……」

「……」

 

 カアァァァッ……と、一気に顔を赤くする樹里。恥ずかしさで何も言えない。いや、確かに樹里にも「変だな」という自覚はあった。ネットで調べた知識を参考にしてはいけない、とその時に改めて思う程度には後悔した。

 そんな樹里の肩に、智代子は手を置いて軽く言った。

 

「……えっちだね」

「うるせええええええええ‼︎」

 

 両手を振り回す樹里を、何とか凛世がギリギリで止め、落ち着かせるのに30分かかった。

 

 ×××

 

 改めて落ち着き、続いてメイド喫茶での話をする。なんだかんだ言って、最後に約束したキスもしてくれずに帰られたことまできっちりと。

 すると、他の二人とも微妙な顔を浮かべ始めた。

 

「……まぁ、うん。悪いのは葉介くんだと思うけど……」

「……そもそも、東田さんは微妙に、思春期だとか、そういう情緒に疎いご様子ですので……樹里さんが大人になって差し上げた方が良い、という考え方もできますが……」

「うーん……や、やっぱりそうなのか……?」

 

 凛世の意見に、樹里は腕を組む。

 

「で、でも……あいつ、もう少しこっちの身にもなって欲しいっつーか……デートとかはしょっ中、誘ってくれるし、その時も毎回、水着やら私服が似合ってるとか言ってくれるけど……こう、キスとかそういう……こ、恋人っぽいことは全く、して来ようとしないし……」

「……されたいの?」

「こ、こっちからするのとされるのじゃ、全然違うんだよ! ……いや、された事ないから分かんねえけど……そ、そんな気がするんだよ!」

 

 恋人のいた経験が無い二人は、その感覚が微妙に分からなかった。が、まぁ本人がそう言うならそうなのだろう。

 

「……まぁ、それならさ、もう異常なくらいアプローチしてみたら?」

「と言うと?」

「恋愛映画を見に行くとか……カップルジュースを飲みに行くとか……」

「今時、カップルジュースなんて売ってる店あんのかよ」

「例えだよー。あとはー……恋人割引の施設に行くとか?」

「……キスでカップルの証明、というアレですね……」

「そんなのリアルであんのか?」

「「さぁ?」」

 

 無責任極まりない意見だった。……とはいえ、キスしなければならない環境を用意するのは悪くも無いが。

 

「……うん、少し考えてみるわ……」

「上手くいくと良いね、樹里ちゃん」

「ああ」

 

 良い感じに返事をすると、とりあえず仕事に向かった。まだ仲直りの算段もついていないというのに。

 

 ×××

 

「って、まだ仲直りの算段もついてねーじゃん!」

 

 事務所の寮で、またデートに誘おうとしたらそれを思い出した。何故、恋は人をポンコツにするのだろうか? 

 

「そうだよ……どう仲直りすれば……いや、でも今回の件は別にアタシ悪くねーよな……? アタシから謝るのは絶対に嫌だ……」

 

 うーんうーんと悩み悩んでいると、スマホが震えた。

 

 東田葉介『今、良い?』

 

 ……何の用だろうか。まぁ、子供のままな情緒であれば、もう喧嘩のことなどすっかり忘れて、次の遊びの誘いかもしれないが。

 

 西城樹里『なんだよ』

 東田葉介『ごめん。キスするの忘れてたから』

 

 ……改めて言われるとめちゃくちゃ恥ずかしい言葉だった。

 

 東田葉介『で、いつする?』

 

 こいつやっぱり何もわかってないんじゃないだろうか。自分のことが好きなことは間違い無いだろうし、それが恋愛的な意味であることも疑う余地はないが、まだその手の情緒が育ち切っているわけではなさそうだ。

 

 西城樹里『別に無理してするもんじゃないだろ。こういうのは』

 西城樹里『お互いに「したい」と思った時にするもんだから』

 西城樹里『だから、お前がしたいと思った時に頼むよ』

 

 そう言うと、しばらく返信が途絶えた。かなり恥ずかしいことを言った自覚はあるが、これくらいストレートに言わないと分からないのだから仕方ない。

 しばらく待つと、また返信が来た。

 

 東田葉介『あー、その、なんだ』

 東田葉介『でも、この前のキスはとても良かったので』

 東田葉介『やっぱ何でもない』

 

 送ってから恥ずかしくなったのだろう。打ち切られてしまった。が、樹里もすぐに顔を赤くしたまままくらを抱きしめて布団の上で転がった。

 しばらく、別の意味で二人とも顔を合わせられなくなった。

 

 



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人は外見ではなく中身。

 夏休みも残りわずか。遊んでいた学生は地獄を見る季節となりましたが、遊んでバイトして、もちろん宿題もしていたら俺は、なんやかんやで充実した夏休みを送ることが出来た。それもこれも、樹里のお陰だな。

 で、今日含めてあと二日。そんな日に、俺の元へ一通のL○NEが届いた。

 

 てんか『宿題、終わらない……助けて……』

 

 ×××

 

「なんでこうなるの……」

 

 現在、我が家。一緒にいるのは、樹里と大崎姉妹と俺。ハーレム? バカ言うな、彼女持ちが他の女を家に呼ぶのとかマジで死活問題。まぁ、今は理解してくれてるけど。

 

「まったくだぜ……アタシ、もう宿題、終わってんだけど。数学を除いて」

「終わってないんじゃん」

「うるせーな。てか、お前こそなんだよ! 夏休みの宿題、終わらせられないバカだったくせに……!」

「人は変わるんだよ。お前はちっとも変わってないけどな」

「るせーわ! 変わり果てた奴が言うな!」

「二人とも……! イチャイチャしてないで、手伝って……!」

「「イチャついてなんかない!」」

「いい、から……!」

 

 珍しく甜花から大きな声が聞こえ、俺と樹里は仕方なく黙って教材を広げる。……と言っても、俺は終わってるんだけどね。周りが質問して来るまでやる事はないんだこれが。

 

「樹里、わかんないとこある?」

「ねえよ。そもそも宿題が残ってんのだって仕事の方が忙しかったからだし、何よりお前には絶対教わらねえ」

「あっそ」

 

 なんだそのプライド……と思ったけど、こういう奴だったな。今でも走り込みとかで有栖川さんと張り合ってるらしいし。

 まぁ、それはそれで良いんじゃないかなーなんて適当に思ってると、くいっくいっと袖を引っ張られる。顔を向けると、甜花がこっちを睨んでいた。

 

「……何してるの? 東田くん……」

「え?」

「甜花の宿題……全科目、あるから……やらないと、終わらないよ……?」

「……」

 

 こいつは一体、どのスタンスでその口を叩いているのだろうか? ていうか何? まさか、教わるんじゃなくて、俺に解かせようとしてる? 

 

「そうだよ? 東田くん。甜花ちゃんのために、その半端な賢さを使わないと。じゃないと、甜花ちゃん留年しちゃうよ?」

 

 妹、お前もそういう感じか。ノリノリで姉の宿題やらされてんじゃん。……まぁ、自分のは終わらせているだけマシだが。

 とはいえ、俺はそのまま甘やかす気はない。てか、俺が2回も宿題やりたくないってだけだが。

 

「教えてやるから自分で解け。てか、なんで俺が二度も宿題やんなきゃいけないわけ?」

「な、なんで……! そんなんじゃ、終わらない……」

「知るかバカ。今のいままで手をつけて来なかった自分を呪いなさい。大体、答えを教えてやるだけじゃ、甜花の為にならないし」

「うう……ま、真面目な……」

 

 いや、実際はそんなんどうでも良いんだけどね。とにかくもう一度、一から解かされるのを回避するための、何かしら理由付けをしたかっただけ。

 

「思ってもないことをよく言えるよな」

「ホントホント」

「うるさいよ、そこ。余計なこと言うな」

「うう……仕方ない……教えて……」

 

 二人のヒソヒソ話は聞こえていなかったようで、甜花は素直に教えてもらいにきた。とはいえ、試験も俺が面倒見た期末はまぁまぁだったらしいし、多分なんとかなるでしょ。

 

「じゃ、まずは英語からね。不定詞と動名詞のとこから」

「う、うん……!」

「まずやってみ」

 

 言われて、甜花は問題集に目を落とす。てか、甘奈は良いの? このままだと俺、甜花にまた恩を売ることになるよ? 

 ちらっと妹の方を見ると、ニコニコしたまま口パクで伝えて来た。

 

『じ・ま・ん?』

 

 違うわ! ほんとに気遣いを後悔させやがる奴だなお前は! 

 

「え、えっと……なんだっけ……不定詞は、名詞的用法と、形容詞的用法と……ふ、不定詞的用法? あれ?」

 

 え、そこからもう記憶が曖昧なのお姉さん? ホントなんなのこの姉妹? 不定詞の不定詞的用法ってなんだよ。口に出す前に察しろよ。

 

「違う、副詞的用法」

「あ、そ、そっか……」

「それぞれどんなものか覚えてる?」

「え、えっと……名詞的用法は『歌う』を『歌う事』にしてくれて……マクロスが……」

 

 前に教えた事も、断片的に覚えてるな……。正直、マクロスはポイントじゃないんだけど。

 まぁ、覚えてただけでもマシだな。

 

「なら、名詞的用法のとこは解けるでしょ。やってみ」

「う、うん……!」

「出来なかったら声かけて。俺じゃなくても甘奈に聞いても良いから」

「わ、分かりました……先生……!」

 

 まぁ、うん。先生だな。なんか悪くないと思えるようになってしまった。

 それと同時に甘奈へのフォローも完璧……かと思ったら、なんか樹里とヒソヒソ話していた。

 

「うわあ……先生とか呼ばれて調子乗ってるよ……」

「調子こいてるなあいつ……成績だって割と普通なくせに……」

 

 うるさいってのそこ。どうすりゃ良いの俺は。てか、樹里。お前までそいつと仲良くならないでくれる? 明確な敵扱いされてるんだから。

 

「なんか飲むか?」

「お、気が利くな。さすが先生」

「樹里はいらないのな」

「だー! 嘘嘘、ごめん!」

 

 そんなわけで、ジュースを注ぎに台所に向かった。グラスの中に氷をぶち込み、さらにその上から炭酸を注ぐ。それを四人分……あ、ヤバいな。二人分、足りないかも。

 元々、遊びに来てるわけではないとはいえ、飲み物は必要だよね。しかも、俺はともかく来てる人達の中で一人だけ飲めないとかかわいそすぎるし。

 飲み物は一先ずお出ししないで、揃ってから持って行くとしよう。炭酸抜けるけど、そこは仕方ない。

 一度、自室に戻って三人に声をかけた。

 

「悪い。飲み物足りないから買って来るわ。それまで頑張って甜花に教えてあげといて」

「はーい。帰って来なくて良いからね?」

「いって、らっしゃい……あ、あと甜花、ポテチも……!」

 

 ……本当に図太い姉妹だよ。直前に助けを求めて人の休日潰して、人の家にお邪魔して、その上食べ物も所望しますか……。まぁ、世の中、可愛いが正義だからね。俺がここで正論を言っても、大多数の人は俺の敵に回るだろうからね。仕方ないね。

 三人のお嬢様方のために、一先ず家を出て近くのスーパーに向かうため、玄関で靴を履いていると、隣で樹里も靴を履き始めた。

 

「え……なんで?」

「……んだよ。アタシが手伝っちゃ悪ぃのか?」

「いや……そうじゃねえけど……」

「なら行くぞ」

 

 ……気を利かせてくれてんのか。自分だって宿題まだ終わってない癖に。まぁ、そう言うなら、甘えさせてもらおう。

 

「じゃあ、行こうか」

「おう」

 

 そう言って、二人でスーパーに向かった。のんびり歩く。なんか……なんだろう、この感じ……。手のかかる子供のために買い物に行く、みたいな……。

 いや、まぁ実際そうなんだが。しかし、本当に樹里は良い奴だよなぁ……。あのダメな姉妹と同い年で同じアイドルだとは思えない……。

 まぁ、でもそのダメさ加減のおかげで二人になれてると思うと悪くないかも……なんて思ってる時だ。さりげなく樹里が俺の手に触れた。

 

「っ、な、なんだ?」

「っ、わ、悪い……」

 

 驚いて手を引っ込めてしまうと、樹里はしゅんっと肩を落としてしまう。

 

「手、繋ごうと思って……」

「あ、お、おう……良いけど……」

「じゃあ……うん」

 

 次こそ、引っ込めないように、と手を垂らすと、再び樹里の柔らかい手が触れた。少しずつ、ゆっくりと、控えめに指と指が絡まり、続いて手のひらが触れ合う。

 

「……」

「……」

 

 ……いまだに手を繋ぐくらいでドギマギするのはどうなんだろうか……いや、仕方ないんだろうけどさ。

 

「……そういや、葉介」

「な、何?」

「悪かったな……その、あの大崎姉妹」

「え?」

「いや、何でもお前にやらせちまって……けど、二人とも悪気はねえんだ。甜花は単純に引きこもり寸前な奴だし、甘奈は姉離れできない奴で、プロデューサー以外の男が甜花と仲良くしているの見ると嫌みたいで、お互いに共依存で必死になってるだけなんだ」

「ああ……そういうこと。別に気にしてねーよ」

 

 こっちにいる人間なんて基本そんなもんだ。他人に気を回す事をしない……或いは、他人に気を回す余裕がないか。何れにしても、樹里みたいな奴の方が珍しい。……正直、それで良いのか日本、と思わないでもない。

 

「なら良いけどよ……」

「それより、樹里も宿題まだなんでしょ? さっさと行ってさっさと帰って来よう」

「え……」

「え?」

 

 なんだよ今度は……なんて聞くまでもなく、樹里は頬を赤らめたまま答えた。

 

「……せ、せっかくだし……ゆっくり、行こうぜ……」

「……」

 

 こ、こいつはホントこいつもう……しばらく会ってない数年の間に何があったのよあんた……。

 

「……わ、分かった……」

「へへっ、へへへっ……」

 

 嬉しそうにはにかむ樹里と、手を繋いだままのんびりスーパーに向かった。

 

 ×××

 

 戻って来た俺と樹里は、飲み物とおやつを用意し、アホ姉妹の元に戻った。

 その後はもうとにかく勉強。甜花に教え、素直になった樹里に教え、楽しそうにしている甜花を見て義憤に駆られた甘奈に甜花への教え方を教え、また樹里に教え……と、続き、気がつけば日も傾いていた。

 

「終わったー……!」

「お疲れ様、甜花ちゃん」

 

 まず、甜花の課題が片付いた。まぁ、ほんとはあと一科目残ってるんだけど、学校の教員が大好きな丸写し系なので、家でやるそうだ。

 ……で、だ。樹里の方は……。

 

「悪い、アタシまだ終わりそうにないから、もう少しここに残るな」

「にへへ、西城さん……頑張って……」

「じゃ、またね」

 

 それだけ話して、双子姉妹は帰っていった。さて、あとは樹里だが……まず確認だ。

 

「お前、本当に宿題終わってないの?」

「本当だ! ……あと一問だけ」

「……あっそ」

 

 それくらい家でやれ、とは言わない。なんで一問残したかくらい、察しがつく。

 さっきまで甜花がいた俺の隣に樹里はそそくさと移動し、肩に頭を置く。

 

「あと一問、解かないのか?」

「……うるせ。良いんだよ、後で」

 

 ホッとゆっくりしたまま、二人で一息つく。

 

「ホント……大変だったんだからな……。事情は分かってて、許可出したとしても……甜花に教えるお前を眺めるのは……」

「ああ、悪かったよ」

「そう思うなら……そろそろ、良いんじゃないか?」

「? 何が?」

「……今じゃないと、お前からキスするタイミングもうないぞ」

「え……」

 

 そ、そういやそんな話してたな……。確かに、夏休みはもう終わりだし、学校が始まれば会える日もさらに限られて来る。

 明日は? なんて事は聞かない。明日、樹里はオフだが、多分ここで明日に延ばすようでは、俺からキスなんて出来そうにないから。

 

「……わ、分かったよ……」

「んっ……」

 

 目を閉じ、微妙に口を尖らせる樹里。……正直、緊張する。それでも、やるしかない。いい加減、チキンは終わりだ。どう言う経緯があったにせよ、俺の中の勇気が小学生の頃よりも遥かに少なくなっているのは確かなのだから。

 樹里の頬に手を当て、俺も口を近づけようとした直後だった。

 

「わ……忘れ物しちゃっ……」

「もう、甜花ちゃんってばそそっかしいんだか……」

 

 アホ姉妹が入って来た。ほぼ同時に、俺と樹里は顔を真横に向ける。

 ええ……ちょっ、なんでお前ら……せっかく、勇気出して頑張ったのに……てか、なんでお前らまで頬赤らめて……。

 

「「……お、お邪魔しました……」」

 

 結局、その日はキスなんて出来なかった。

 

 



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久々に母校に訪れるとテンションが上がるのは、楽しい思い出が多かった証拠(最終)

 8月31日は、土曜日。つまり、今年は夏休みが一日多いことに気がつくその頃。

 そこで、まだ実家に顔を出していないことを思い出した樹里は、久々に神奈川へ帰ることにした。夏休みと正月休みくらい顔を出さないと、いらない心配をかけさせることになってしまう。

 せっかくなので、小学生時代の友達にも顔を出すことになったわけだが、それをするには一人、足りない。

 

「そんなわけで、葉介。今からアタシん家行くぞ」

「なんでだよ……」

「一泊するからな。お前も着替え持てよ」

「聞いてる? なんでって聞いてるんだけど……」

「お前、この前の同窓会ボイコットしただろ」

 

 言われて、葉介は「うっ……」とバツの悪そうな表情を浮かべる。確かにそんな事もあった。

 

「なら、あいつらに謝れよ。みんな心配してたからな」

「ごめん」

「アタシに謝ってどうすんだ!」

「ごめええええええええん!」

「ここから叫んで届くか!」

「上っ面だけの言葉よりも、気持ちが大事なんだよ、謝罪は!」

「その気持ち届いてねーよ!」

 

 なんてやってる時だ。葉介の家から、ボストンバッグが飛んできて葉介の後頭部にヒットした。

 それにより、バカ男は前方に倒れ込み、それと同時に葉介の母親が出てくる。

 

「家の前で叫ぶなバカ息子。よりにもよって謝罪の言葉はほんとやめて」

「すんません……」

「その中に着替えとスマホの充電器と財布とSui○a叩き込んだから、行ってきなさい」

 

 余計な真似を、と思った時にはもう遅い。樹里は「決まりだな」と言わんばかりに葉介の身体を起こした。

 

「よっしゃ。行くぞ!」

「へいへい……」

 

 仕方なく出発した。

 

 ×××

 

 東京から神奈川は然程、遠くない。ロマンスカーなら、一時間あればすぐに着く。

 それに乗って、二人で神奈川に到着した。まずは、樹里の家に向かう。荷物を置き、樹里の母親への挨拶を終えて、改めて出掛けることにした。

 

「さて、どうする?」

「どこか行きたいとこあるか? アタシはこの前も来たけど、お前はマジでひさしぶりだろ?」

「東京」

「ブッ殺すぞ! どんだけ帰りてーんだよ!」

 

 身から出た錆とはいえ、ボイコットしただけに同級生と会うのは気が引けた。あれから彼らがどのように成長したかはわからないが、少なくとも自分よりはマシなはずだ。ならば、多分ノリもあの頃と変わっていないし、従って顔を合わせればかなり面倒臭い。

 

「なら、アタシが勝手に連れ回すからな」

「良いよ」

「うしっ、じゃあまずは……」

「箱根? 鎌倉? あ、分かった。江ノ島だろう?」

「なんで全部、遠出させんだよ! 神奈川なら良いってわけじゃねーからな⁉︎」

 

 本当に面倒臭い男である。ただでさえ夏なのにヒートアップさせて欲しくないものだ。

 これ以上、ボケさせないために、樹里は葉介と腕を絡めた。薄くも柔らかい胸が、ふにっと肘に当たり、思わず背筋が伸びてしまう。

 

「っ……」

「おら、行くぞ」

「わ、わかったから、ちょっ……離れて」

「今更、照れんなよ! こっちまで恥ずかしくなんだろうが!」

 

 そんな話をしながら、樹里は強引に葉介の腕を引いた。

 さて、そのまま二人が移動したのは、まず早川の辺りである。近くに海があり、その海の幸を直売していたり、或いは飲食店も設置されているその場所は、地元民がよく遊ぶ場所となっている。

 何が良いって、ここの直売所は、小さな魚の干物を七輪で焼いて食べることも可能なのだ。

 

「まずはここだ! 夏にはうってつけだろ?」

「懐かしいな。小学生の時、干物全部食い尽くそうとして怒られたっけ」

「最後は笑って許してくれたけどな」

「ははっ、都会人のゴミカスどもとは何もかもが違うよな……」

「果穂も東京生まれだけどな」

「あれは都会人じゃないから。都会天使だから」

「お前仮にも彼女を前にそれか!」

 

 言いながら葉介の脇腹を突く樹里だが、それをあっさり回避される。

 

「よし、早速食おうか」

「バカ、その前に遊ぶに決まってんだろ」

「あそう……まぁどっちでも良いが」

 

 そんなわけで、先に海の方へ向かった。割と海で遊んでいる人も多いが、残念ながら二人とも水着を持ってきていない。波打ち際で足だけ浸かるのが限界だ。まぁ、夏だしそれでも悪くないわけだが。

 

「で、何すんの? まさか水かけっこなんて……」

「オラァッ! 隙ありだ!」

「は? ブッ!」

 

 顔面に水を浴び、思わず黙りこむ。この女はいきなり何をするのだろうか。そんな考えが顔に出ていたのか、聞いてもいないのに答えてくれた。

 

「ここに来たら、まずこいつに決まってんだろ!」

「いやいや、お前良い年した高校生がな……ましてやアイドルが」

「ビビってんのか?」

「上等だコラ」

 

 一斉に水の掛け合いが始まった。周りの水着の人達よりも激しく。

 そのまましばらく無限のスタミナで水の掛け合いが行われる事しばらく、ようやく周りの視線に気づき、二人はさらに人気のない方に逃げた。

 普段、釣りをする人が多い灯台も、海で遊ぶ人が多い昼間は誰もいない。その上で、二人で

 

「……何やってたんだろうな、俺達……」

「まったくだっつの……」

 

 二人して、げんなりしたまま肩で息をしていた。我ながらアホなことをした、と後悔している。まぁ、暴れ回ったおかげで樹里がアイドルであることがバレなかったわけだが。

 肩で息をしながら、ふと葉介は身体を横に向けた。ちょうど、視界に映ったのは、同じようにこちらを向いている樹里の姿だった。

 

「ムキになってやり返すなんて、ガキだなお前」

「っ……るせーよ」

 

 その水に濡れた樹里に日光が当たり、優しく微笑むその姿がやたらと色っぽくて、思わず目を逸らしてしまう。やはり、こんなんでもアイドルなんだ、と改めて実感すると共に、自分には過ぎた彼女だ、という事も思い知らされてしまう。

 

「……樹里、なんつーかお前……ホント綺麗になったな」

「っ、き、急になんだよ……⁉︎」

「いや、なんかふと思ったから」

 

 顔を赤くしながらも、樹里は顔は背けなかった。照れながらも、言い返したいことがあったからだ。

 

「それを言うなら……お前だってそうだろ」

「え?」

「出会った当時の中身は正直、ダサかったけどよ。外見は、前とは比較にならねーくらい良くなってたっつーか……年相応に、ワックスとかつけるようになってたし……」

「気付いてたのか?」

「おう。だから、なんだ……お互い様だ」

 

 そんな風に言われると思っていなかった葉介は、少し嬉しそうに頬を赤らめる。

 

「それに、中身だって根の部分は変わってねえだろ。お前は、やっぱりあの頃のままだよ」

「……るせーよ」

「帰りたがる所以外はな」

「上げて落とすなよ!」

「ははっ」

 

 そんな話をしながら、樹里は軽く微笑むと、すくっと立ち上がった。

 

「さ、そろそろ行こうぜ。アタシん家でシャワー浴びて、また出掛けるぞ」

「何処に?」

「小学校だよ。あそこで、バスケやっていこうぜ」

 

 ×××

 

 シャワーを浴び終えて、すぐに学校に向かった。樹里の部屋に置いてあったバスケットボールを持って、二人でグラウンドにくる。

 ここに来るのは、樹里にとっても久しぶりだ。卒業して数年しか経っていないとはいえ、まるで変わり映えしない。あの頃のままだ。

 ここで、葉介と樹里は出会った事を思い出す。夏の間だけだったが、二人は一番の親友になった。

 思わず、感慨深くなった葉介がのんびりしていると、隣にいたはずの樹里がトコトコと先に走ってバスケのゴールの方へ向かってしまう。

 

「おい、樹里? ……え」

「よう、久しぶり」

「うーっす、連れて来たか」

「本当に久しぶりだな、あいつは」

 

 その歩いて行く先にいるのは、見覚えがあるようである連中だ。小学生の頃の同級生で、樹里と一緒に遊んでいた奴ら。

 要するに、クラスメートの二人だった。

 

「……え、なんで?」

「よう。バカ」

「この前早くもシカトしてくれたなコラ」

 

 そう言われ、葉介は冷や汗を流しながら樹里の方を見る。その樹里もニヤニヤしながらこっちを見ていた。

 

「悪く思うなよ、葉介。元はと言えば、来なかったお前が悪ぃんだからな」

「テメェ、まさか……」

「おら、早くコートに入れ」

「そうだぞ、葉介。あくしろ」

 

 二人に促され、仕方なさそうにコートに入った。四人で身構え、ゲームを開始した。

 

 ×××

 

 チーム決めでは、当然のように樹里と葉介は別チームで、大人げなく四人は本気のツーオンツーに臨んだ。

 真夏のクソ暑い時間にそんなことをすれば、当然、ズタボロになるわけで。ボロカスになるまでバスケを続けた。

 さて、なんやかんやで、現在はバスケを終えて四人で食事に来ている。一通り会話を楽しんだあと、友達二人がトイレに行き、樹里と葉介が残った。

 二人でドリンクバーから入れてきた飲み物を口に含みながらのんびりしていると、葉介がふと樹里に声を掛けた。

 

「樹里」

「? なんだ?」

「ありがとな」

「な、何がだ?」

「いや、色々と企んでくれたから。なんだかんだ、楽しかったし」

「……別に、気にすんなよ。それに、何度も言うけど、感謝してんのはアタシの方だ」

「え?」

 

 樹里は当時のことを思い返しながら、しみじみと続ける。

 

「お前と会った時、ヤンキーだなんだと怖がられてたアタシを、一人ぼっちから助けてくれたのはお前だ。あの時から、アタシはお前の事が好きだったんだよ」

「……やめろ。いつになく素直になるの。可愛くて困る」

「うるせ。とにかく、アタシがこれくらいお前にしてやんのは、当たり前だ。だから、今更お礼なんてすんな」

 

 笑みを浮かべて、頬杖をつきながら、自分の鼻を人差し指でついて来る隣の彼女を見て、思わず葉介はドキッと胸を高鳴らせてしまう。

 それと同時に、とある欲求が湧いてきてしまった。思わず、流れで樹里の頬に手を当ててしまったが、それにより「な、なんだよ……」と樹里が頬を赤く染めてしまい、ふと正気に戻る。

 それでも、手を当てたままで聞いた。

 

「……キスして良いか?」

「は⁉︎ ……そ、それ聞くのかよ……」

 

 頬を真っ赤にしたまま、樹里はツッコミを入れつつ、目を閉じた。そして、控えめに唇を尖らせる。つまり、返事なんてするまでもないということだ。

 それにより、葉介も目を閉じ、唇を重ねた。

 

 ×××

 

 トイレから出てきた二人。

 

「……え、あいつらそういう関係?」

「東京で何が……」

「いつ戻る?」

「……先帰る?」

「だな。俺達も今日、急に呼び出されてるし」

「ここは奢りってことで」

 

 ごゆっくり、と二人にL○NEだけして、二人は帰宅した。

 

 



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