ハイスクールD×D 駒王学園の赤と緋の双龍 (フレイムドラゴン)
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登場人物:メインキャラクター

──オカルト研究部関係者──

 

 

士騎(しき) 明日夏(あすか)*1

 

 

【挿絵表示】

 

 

身長:175㎝

体重:65㎏

種族:人間

 

○プロフィール

 本作の主人公。冬夜、千春の弟で千秋の兄。原作主人公のイッセーとは物心がつく前からの幼馴染みであり親友。駒王学園高等部の二年生で、イッセーたちと同じクラス。ドレイクが宿った神器(セイクリッド・ギア)、『緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)』の所有者。幼少の頃までは普通の一般人だったが、両親が事故死し、頼れる親戚等がいなかったために兄の冬夜が明日夏たち下の弟妹たちを養うために賞金稼ぎ(バウンティーハンター)になったことを知ったことを発端に、賞金稼ぎバウンティーハンターを目指すようになった。

 

●外見

 髪型はくせのある黒髪のショートヘアーをしている*2。つり目で黒色の瞳、整った顔立ちをしており、クールな印象も相まってイケメンな容姿をしている。細目な体格をしているが賞金稼ぎ(バウンティーハンター)になるために幼い頃から鍛えられているため、逞しく引き締まった体型をしている。学生服の着こなしはブレザーとワイシャツを全開にしており、黒色のタンクトップを着ている。

 

●性格

 普段はクールで冷静な振る舞いをしているが、実際は感情的になりやすく、お人好しな性格*3。家族や友人、仲間想いなため、それらに対して危害を加える者に対しては激しい激情をあらわにする。基本的に真面目だが、イッセーのスケベ柄みの状況などに対してはメンドくさがりな面を見せ、スルーすることもある。一度相手に抱いた罪悪感や後ろめたさは、たとえ相手が気にしていなかろうといつまでも必要以上に抱えこんでしまうタチで、冬夜と風間姉妹に対する罪悪感をいまだに抱いている。

 

●趣味・嗜好

 家事好き。特に料理が得意で、それなりの腕とこだわりも持っており、自分よりも高い技術を持つ者に対して対抗心を燃やすこともある。ファッションは黒系統のものを好み、派手さは控えめで、機能性が高いものを愛用する。イッセーとは真逆で、女性に対してはそこまで興味はないが、魅力的なところを感じるくらいの感性は持っている。自分がホモ関連の出来事に巻き込まれることは中学時代のトラウマもあって、かなりの嫌悪感を抱く。ヒトをいじるのが好きな一面がある*4。その際に浮かべる笑顔は周り曰く「黒い」とのこと。

 

●対人関係

 親友であるイッセーには千秋が引きこもりから立ち直る件で深く感謝しており、密かに憧れも抱いていることもあって、絶大な信頼を寄せている。性欲過多なところに対してはどうしようもないと、どうこうするのは諦めている。家族との仲は良好で、千秋のことは冬夜と千春ほどではないが、かわいい妹としてそれなりに溺愛している。イッセーへの想いも応援しており、イッセーに千秋以外の彼女ができたと知ったときは思わずショックを受けるほど。冬夜と千春のことは兄、姉としても先輩ハンターとしても尊敬しているが、自分たちを養うために『普通の日常』を捨てた冬夜に対して罪悪感を抱いている。風間姉妹にはいじめられていた二人を見てみぬふりをしていた経緯があるため、仲良くなったいまでもそのことに対する罪悪感を抱いている。松田、元浜とは中学からの悪友であり、扱いが雑なときもあるが、性欲過多なところに対してはイッセーと同様の扱い。

 

●周囲からの印象・評価

 普段の振る舞いから無愛想と評されているがイケメンなため、学園では木場ほどではないが女生徒に人気がある。中学時代にはイッセーとのホモ疑惑が流れたこともあり、真に受けた千秋の誤解を解くのに苦労したり、冬夜と千春にからかわれたこともあって、若干トラウマになっている。

 

●能力

 幼い頃から賞金稼ぎ(バウンティーハンター)になるために鍛えており、第1章時点では並のはぐれ悪魔を圧倒するぐらいの戦闘力を持っている。戦闘スタイルは八極拳を中心とした体術と刃物を使った近接戦を状況により使い分けるテクニック寄りのパワータイプ。八極拳の一撃は自身よりも巨体なはぐれ悪魔を吹き飛ばすほど。刃物は刀やナイフを我流ながらも高い技術で扱い、ナイフによる投擲も的確に狙った場所に当てれるほどの正確さを持っている。第2章からはイッセーやアーシアの死を経験したことから『緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)』の能力を積極的に使うようになり、緋い龍気を使った中距離戦もこなせるようになった。戦闘中も的確な判断ができる冷静さと相手の実力をしっかりと把握できる鋭い観察眼も持っている。電気抵抗が高い特殊体質で雷系の攻撃が効きにくい。怒りなどの感情が限界を越えて高ぶると、逆に冷静になって思考がクリアになり、この状態になると、集中力が増し、動体視力や観察眼、洞察力がより鋭くなり、戦闘力も飛躍的に上昇する。

 

●使用技

緋い龍擊(スカーレット・フレイム)*5

 腕に集束させた緋い龍気を撃ちだし炸裂させる技。その際、明日夏の無意識のイメージからオーラがドラゴンの頭部を模す。現在の段階ではドレイクのサポートなしでは消耗が激しく連発はできない。

 

 

士騎(しき) 千秋(ちあき)*6

 

スリーサイズ:(バスト)72(ウエスト)55(ヒップ)74

身長:154㎝

体重:44㎏

種族:人間

 

◯プロフィール

 本作のヒロインの一人。初登場は第1章。明日夏の妹。駒王学園の高等部一年生で、小猫と同じクラス。幼少の頃に両親の死を間近で見てしまったために、そのショックから引きこもっていた時期があったが、イッセーの尽力で立ち直った経緯がある。

 

●外見

 黒髪のロングヘアーを後ろで束ねている*7。少しつり目で黒色の瞳をしている。少し幼さを残した容姿をしている。スレンダーで、起伏が控えめな体型。

 

●性格

 普段はクールだが、イッセーに対しては年相応に奥手で恥ずかしがり屋になる。兄の明日夏と同様、家族や仲間想いなため、家族や仲間*8に危害を加える者には激しい激情をあらわにする。幼少期は人見知りだったが、現在は解消されている。本質は甘えん坊で、幼少の頃は両親にべったりであり、現在もイッセーに依存気味。イッセーへの想いは奥手で恥ずかしがり屋なため消極的だが、ときには大胆な行動に出たり、変に暴走することもある。両親の死から、大切な人物の死には非常に敏感になっている。

 

●趣味・嗜好

 趣味は読書で恋愛ものを愛読する。想いを寄せるイッセーが巨乳好きなため、自身の体型に少しコンプレックスを持っている。

 

●対人関係

 イッセーとは幼馴染みであり、引きこもりから立ち直るきっかけとなった人物。その経緯から「イッセー兄」と呼んで慕い、想いを寄せている。また、精神的な支えとして依存気味にもなっている。兄姉間の仲は良好。末っ子なためか、三人それぞれで差はあれど溺愛されており、イッセーへの想いは応援されている。明日夏にはたまにイッセー絡みのことで発破をかけられたり、暴走したときに諌められたりもしている。

 

●周囲からの印象・評価

 美少女と言える容姿なため、学園では男生徒から人気があるが、兄である明日夏が恐れられているためか言い寄ろうとする者はいない。

 

●能力

 蹴り技と黒鷹(ブラックホーク)による狙撃を得意とし、『怒涛の疾風(ブラスト・ストライカー)』による攻防一体の風により、全距離をオールラウンドに立ち回れる。第1章時点では油断していたとはいえ堕天使三人を相手に一方的な戦いができる程の高い戦闘力を持っている。

 

 

風間(かざま) (つぐみ)

 

スリーサイズ:(バスト)92(ウエスト)60(ヒップ)88

身長:178㎝

体重:62㎏

種族:人間

 

○プロフィール

 本作のヒロインの一人。初登場は第2章。雲雀の妹で燕の姉。アーシアの転入と同じころに駒王町へ燕と共に帰郷、駒王学園のイッセーのクラスに転入し、イッセーと一緒にいたいためにオカルト研究部に入部する。さらに燕と共にイッセーの家に下宿する。実家が忍の家系であり、本人もさわり程度の風間流忍術を扱う忍。幼少の頃に男遊びが激しい母親が原因で両親は離婚、父親からは勘当を言い渡され、さらに母親の悪評が原因でいじめを受けており、駒王町から引越す原因となった経緯がある。

 

○外見

 若干幼げな容姿で常にのんびりそうな雰囲気を放っている。髪型は青髪のロングヘアー*9。目の形は切れ長で瞳の色は赤色だが普段は糸目。体格は肉付きがほどよく、出るところが出てるグラマーな体型。

 

○性格

 のんびり屋で家族想いで、かなりのシスコン。燕とイッセーのことになると抑えが効かず、危害が加わったり、加わろうとすると怒り、狂暴になるが、燕とイッセーがなだめることで大人しくなる。幼少の頃のいじめが原因で人間不信に陥っていた時期もあったが、イッセーたちとのふれあいで解消されている。

 

○趣味・嗜好

 趣味は昼寝でお気に入りの抱き枕はイッセー。家事全般が得意。騒がしい場所は基本的に好まない。

 

 

風間(かざま) (つばめ)

 

スリーサイズ:(バスト)68(ウエスト)54(ヒップ)72

身長:152㎝

体重:40㎏

種族:人間

 

○プロフィール

 本作のヒロインの一人。初登場は第2章。雲雀と鶇の妹。実家が忍の家系であり、本人もさわり程度の風間流忍術を扱う忍。アーシアの転入と同じころに駒王町へ鶫と共に帰郷、駒王学園の千秋と小猫のクラスに転入し、 素直になれないながらもイッセーと一緒にいたいためにオカルト研究部に入部する。さらに鶫と共にイッセーの家に下宿する。姉の鶫と同じ経緯がある。

 

○外見

 幼げな容姿で少しきつめな雰囲気を放つ少女。髪型は赤髪のツインテール*10。目の形はつり目で瞳の色は青色。体格は小柄でスレンダーな体型。

 

○性格

 素直になれないツンデレで、かなりの毒舌家。素直じゃないところをいじられやすい*11

 

○趣味・嗜好

 忍の技術を応用したマッサージと針治療が得意であり、マッサージは趣味でもある。忍の技術を応用しているだけあって効果も絶大。

 

 

◎ドレイク

 

 初登場は第1章。『緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)』に封じられているドラゴン。肉体がオーラで構成されている特殊なドラゴン。司る色は緋。過去に当時の冬夜の秘密を探ろうと『緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)』の特性を利用して明日夏の肉体を奪おうとしたことがある。能天気で勝手気ままな非常に遊び好きな性格。明日夏からは肉体を奪おうとした経緯から警戒されているが、ドレイク自身は割と明日夏のことや周囲の状況を気に入っている。周囲と会話する際にはオーラで作られた小型のドラゴン*12を介して会話する。

 

 

──その他──

 

 

夜刀神(やとがみ) (えんじゅ)

 

スリーサイズ:(バスト)96(ウエスト)58(ヒップ)88

身長:166㎝

体重:54㎏

種族:人間

 

 本作のヒロインの一人。初登場は第1章。賞金稼ぎ(バウンティハンター)・Cランク。凛々しい容姿をした少女で、黒髪の長髪をポニーテールに結っている*13。少しきつめの目つきをしており、瞳の色はブラウン。体格は鍛練によって引き締まった体つきながら出るところは出ている。鬼刃一刀流を扱う剣士であり、満身創痍だったとはいえ、中級堕天使のディブラを一蹴するほどの剣術の腕を誇る。明日夏とはお互いの兄が親友同士なため、その縁で知り合い、良好な関係を築いている。アーシアをめぐる戦いのあと、イッセーたちと知り合い、一緒に遊んだことで仲良くなる。

 

 

◎ライニー・ディランディ*14

 

身長:172㎝

体重:64㎏

種族:人間(血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)

 

 初登場は第3章。コカビエルに奪われたエクスカリバーの奪還任務のために駒王町にやってきた教会の戦士エクソシスト。黒髪*15で褐色肌をした常に刺々しい雰囲気を放つ少年。つり目でキツめの目つきをしており、瞳の色は黒。戦闘スタイルは拳銃型の武装十字器(クロス・ギア)による二丁拳銃と徒手空拳。

 

 

◎神田ユウナ*16

 

スリーサイズ:(バスト)87(ウエスト)59(ヒップ)86

身長:164㎝

体重:44㎏

種族:人間(血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)

 

 初登場は第3章。コカビエルに奪われたエクスカリバーの奪還任務のために駒王町にやってきた教会の戦士エクソシスト。天真爛漫で人懐っこそうな雰囲気を持つ少女。かなりの食いしん坊であり大食らい。黒髪をポニーテールにしている*17。黒い瞳をしている。戦闘スタイルは刀型の武装十字器(クロス・ギア)による二刀流。

 

 

◎クロエ・シュバリエ

 

スリーサイズ:(バスト)85(ウエスト)59(ヒップ)89

身長:159㎝

体重:44㎏

種族:人間

 

 初登場は第3章。レティシアの双子の妹。ネストのメンバー。

 

 

◎レティシア・シュバリエ

 

スリーサイズ:(バスト)85(ウエスト)59(ヒップ)89

身長:159㎝

体重:44㎏

種族:人間

 

初登場は第3章。クロエの双子の姉。ネストのメンバー。

*1
名前の由来は四季+夏から

*2
イメージモデルは『機動戦士ガンダムSEED(シード)DESTINY(デスティニー)』のシン・アスカ

*3
この性格はイッセーへの憧れが影響している

*4
主なターゲットは燕

*5
命名はM×M

*6
名前の由来は四季+秋から

*7
イメージモデルは『IS(インフィニット・ストラトス)』のシャルロット・デュノア

*8
特にイッセー

*9
イメージモデルは『真剣(まじ)で私に恋しなさい!』の板垣辰子

*10
イメージモデルは『デート・ア・ライブ』の五河琴里

*11
主に明日夏から

*12
イメージモデルは『遊戯王ZEXAL(ゼアル)』の銀河眼の光子龍(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)

*13
イメージモデルは『IS(インフィニット・ストラトス)』の篠ノ之箒

*14
名前の由来はライル・ディランディ+ニール・ディランディから

*15
イメージモデルは『ブラック・ブレット』の里見蓮太郎

*16
名前の由来は神田ユウを女版ぽくしたもの

*17
イメージモデルは『D.Gray-man(ディーグレイマン)』の神田ユウ



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登場人物:サブキャラクター

この小説を初めて見る方にはネタバレが含まれているので注意してください。


──主要人物関係者──

 

 

霧崎(きりさき) 美優(みゆ)*1

 

スリーサイズ:(バスト)87(ウエスト)55(ヒップ)83

身長:164㎝

体重:56㎏

 

 駒王学園高等部の二年生で、明日夏たちと同じクラスの少女。両親がおらず、一人暮らしをしている。髪型は黒髪のセミロング*2。黒い瞳をしており、メガネをかけている。元浜の特技による測定では、着痩せするタイプで、隠れ巨乳とのこと。温和で、あまり目立ちたがらない性格をしており、一見すると地味な印象を受けるが、明日夏曰く浮世離れした雰囲気を持っている。家事好きで、セール商品に関して情報通。明日夏とは同じ家事好きということもあって、学園でもよく意見交換するぐらい意気投合しており、買い出し先でもしょっちゅう遭遇している。明日夏との縁でイッセーたちとも仲がいい。

 

 

夜刀神(やとがみ) 蓮火(れんか)

 

身長:175㎝

体重:62㎏

種族:人間

 

 初登場は第3章。槐の兄。賞金稼ぎ(バウンティーハンター)・チルドレンBランク。鬼刃一刀流の使い手。飄々とししながらどこか不敵な雰囲気を漂わせる不良系イケメンの少年。赤みがかかった茶髪をポニーテールにしている*3。つり目で赤い瞳をしている。『双持者(ダブル・ギア・ホルダー)』であり、状態変化系の『龍の耳(サウンド・レシーバー)』と属性系の『紅い雷火(クリムゾン・レビン)』の所有者で、それぞれ禁手(バランス・ブレイカー)龍の音響結界(スプレッド・サウンド・レシーバー)』、『紅蓮の霹靂一閃(トランジェント・クリムゾン・ライトニング)』へと至らせている。ノリが軽く、悪戯好き。子供好きでもあり、子供に危害を加える者には一切容赦しない。神速の踏み込み速度と剣速を誇る居合の達人であり、鬼刃一刀流の秘技である『極域』と奥義を修めてる。

 

 

番場(ばんば) 樹里(じゅり)

 

スリーサイズ:(バスト)85(ウエスト)57(ヒップ)88

身長:175㎝

体重:59㎏

種族:人間

 

 初登場は第3章。不敵ながらも親しみやすい雰囲気をした二十代後半の女性。茶髪を後頭部でまとめて結っている*4。ブラウンの瞳をしている。元賞金稼ぎ(バウンティーハンター)で、現在は情報屋。元Aランクでもあったので、実力も高く、情報屋になった現在でも衰えていない。情報屋稼業に勤しむ傍ら、駒王町の繁華街の人通りの少ない一角でBAR『JB』の経営もしている。気さくな人柄で細かいことを気にしない性格。情報屋稼業では顔馴染みをお得意さまとして優遇する傾向にある。

 

 

◎アルミヤ・A・エトリア*5

 

身長:188㎝

体重:68㎏

種族:人間

 

 初登場は第3章。コカビエルに奪われたエクスカリバー三本の奪還任務のために駒王町にやってきた教会の戦士(エクソシスト)。褐色肌をした落ち着いた雰囲気を放つ青年。白髪をオールバックにしている*6。赤い瞳をしている。創造系神器(セイクリッド・ギア)聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』の所有者。禁手(バランス・ブレイカー)は亜種で『極聖輝の剣製(イミテイション・ブレード・ワークス)』。特殊な聖剣使いの因子を保持しており、聖剣に多大負荷をかけて最終的に修復不可能な状態にする反面、聖剣のオーラと力を何倍にも強化する特性がある。

 

 

──その他──

 

 

◎M×M

 

 第1章で突然、明日夏の前に現れた謎の人物。ローブを着込み、目の周りだけを覆う形状をした仮面で素顔を隠し、声をなんらかの力で加工しており、男か女かの判別もできないほどに正体を隠している。正体不明のハンターを自称しており、明日夏に興味があると告げている。その怪しすぎる風貌から明日夏には警戒心をあらわにされている。

 

 

──敵──

 

 

◎ディブラ

 

 レイナーレの部下である中級堕天使で、薄い青紫色の長髪をしており、顔立ちが整った男。表面上は紳士的な口調をしており、物腰も丁寧で、上司であるレイナーレをたてているが、本性は他者が苦しみ、絶望するさまを見て楽しむ外道。レイナーレに付き従っているのも、レイナーレが利用しやすいという理由であり、レイナーレや他の仲間のことも見下しており、いざってときは全責任を押しつける対象としか思っていない。グリゴリの方針に対しても不満を持っている。実力もレイナーレよりも上であり、光力で作った剣を無数に展開させ、波状的に射ち出す戦闘スタイルを得意とする。一斉掃射中に一部の光の剣を自在に操作して相手の死角をついたり、巨大な槍のように束ねることで強力な一撃を放つこともできる。相手の不意を衝いて転移させて孤立させたり、攻撃をくらう直前に転移することで攻撃を躱すなど、転移の術にも長けている。アーシアをめぐる戦いでは、転移で明日夏を孤立させ、明日夏を翻弄して圧倒するが、油断と趣味を優先して明日夏を煽った結果、明日夏に『緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)』を使う決意をさせてしまい、逆に圧倒される。最後は片腕と両翼を斬られたうえで緋い龍撃(スカーレット・フレイム)をくらい敗北するが、転移で明日夏の攻撃の直撃は避けた。レイナーレたちがリアスたちに討たれたことで責任を押しつける相手がいなくなったことであとがなくなり、精神の均衡を大きく欠く。逆上して明日夏に報復しようと明日夏の周りにいる人物たちを殺そうとするが、最後はそこに駆けつけた槐によってバラバラに斬り裂かれた。

*1
名前の由来は霧島美穂+神崎優衣から

*2
イメージモデルは『Fate(フェイト)/Prototype(プロトタイプ)』の沙条綾香

*3
イメージモデルは『銀魂』の沖田総悟(五年後)

*4
イメージモデルは『Fate(フェイト)』シリーズのネロ・クラディウス

*5
名前の由来はアルトリア+エミヤ、ミドルネームのAはアーチャーから

*6
イメージモデルは『Fate(フェイト)』シリーズのエミヤ




話が進むごとに随時更新します。


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オリジナル用語

この小説を初めて見る方にはネタバレが含まれているので注意してください。


──賞金稼ぎ(バウンティハンター)関連──

 

 

賞金稼ぎ(バウンティハンター)

 作中のは一般的なものではなく、一般人に被害を出し、驚異となる異形の存在、異能を扱う者を討伐して各国の政府から賞金を得る業者たちの呼称。『ハンター』とも呼称される。討伐以外にも異形・異能力が絡んでると思われてる事件の調査や解決なども行っている。賞金稼ぎ(バウンティハンター)になるためには、ハンター協会に申請し、ライセンスを得る必要がある。主に人間がほとんどだが、人外、人外の血を宿す者も少なからずいる。職業の性質がら、ならず者も多く、賞金稼ぎ(バウンティハンター)間のトラブルも多い。

 

 

◎ハンター協会

 各国の政府によって組織された賞金稼ぎ(バウンティハンター)を管理する機関。『ギルド』と呼称され、世界各国に点在している。ハンターの活動を管理し、ハンターになるためのライセンスの授与などを行っている。他にもハンターのサポート、賞金首の認定、ハンターへの特別依頼なども行っている。

 

 

◎ハンターランク

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)がどれだけの実力があるのかを表すものであり、細かくランク分けされて、Gから始まり、F、E、D、C、B、Aとあり、実績を積んでハンター協会に実力を認められることで上昇していく。Dまでを下位ランカーと呼び、C以降は上位ランカーと呼ばれている。B以上の上位ランカーにはハンター協会に寄せられた特別な依頼を任されることもある。

 

 

◎賞金首ランク

 賞金首がどれだけ驚異かを表すものであり、細かくランク分けされて、高い順からS~G級まであり、ランクが高いほど、かけられた賞金も高額となる。強さだけでなく、過去の被害や将来的な驚異度も考慮されている。

 

 

──武器・装備──

 

 

雷刃(ライトニングスラッシュ)

 明日夏専用に作られた高い切れ味を誇る高周波ブレード。術式に干渉できる術式が施されており、異能の力に対する耐性と破壊力もある。刀を鞘に収めた状態で、音声コードを口にすることで、ふたつの機能が作動する。ひとつは刀身に電流を流し込むことで切れ味と強度を一定時間の間だけ強化する機能。音声コードは「Slash(スラッシュ)」。もうひとつは肉体に電流を流し込むことで身体能力を強化する機能。音声コードは「Attack(アタック)」。この状態になると刀は使えず、肉体への負担も大きい。解除コードは「Release(リリース)」。

 

 

黒鷹(ブラックホーク)

 千秋専用に作られた機械仕掛けの弓。力を溜める機能と射ちだす際に加速をかける機能があり、飛距離と貫通力を高めた超遠距離からの狙撃ができる。専用の矢が数種類ある。

 

○専用の矢

・通常型

 通常の矢で、貫通力に秀でている。

 

・拡散型

 射出から設定した飛距離に達した瞬間に複数の鏃を拡散して射ちだす矢。

 

・炸裂型

 爆薬が内蔵された矢で、異能の力、衝撃などに反応して起爆する。

 

 

◎士騎家専用戦闘服

 冬夜が知り合いに頼んで製作された戦闘服。頑丈であらゆるダメージに対して高い防御力を誇り、動きやすく、通気性もよく、耐熱性、耐寒性、身体能力を強化する術式も組み込まれている。また、兄弟それぞれの戦闘服には、それぞれの戦闘スタイルに合わせた仕様にもなっている。冬夜の趣味が少し入っており、黒ずくめで、前開するタイプのロングコートと指ぬきグローブが共通となっている。明日夏の感想は「中二臭い」とのこと。

 

○明日夏専用

 近距離での戦闘を得意としている明日夏に合わせ、より頑丈で高い防御耐性を持つ超接近戦仕様になっている。出で立ちは兄弟共通のロングコートと指ぬきグローブ以外の特徴として、タンクトップ型のインナー、ズボン、ブーツという構成。

 

○千秋専用

 蹴り技を多用する千秋に合わせ、脚力を中心に身体能力を高め、回避率を高めるためにより動きやすいように作られている。そのため、基本的に回避前提な仕様となっており、必要最低限の防御耐性しかない。出で立ちは兄弟共通のロングコートと指ぬきグローブ以外の特徴として、インナーがシャツ型で灰色となっており、ホットパンツ、ロングブーツという構成。右手のグローブは黒鷹(ブラックホーク)を扱う際に手を保護するために、ゆがけに似た形状になっている。

 

 

暮紅葉(くれもみじ)

 レンが使用する太刀。鞘にはトリガーとカートリッジが備えられている。カートリッジには『紅い雷火(クリムゾン・レビン)』の紅雷がチャージされており、トリガーを引くことで、刀身に紅雷が放電され、『飛電の太刀』のチャージの短縮や『孤月紅刃』を使用できる。

 

 

賞金稼ぎ(バウンティハンター)用の装備

 ハンター協会が販売している賞金稼ぎ(バウンティハンター)専用に用意された装備。特殊な術式や加工が施されており、異形の存在や異能力者と戦えるだけの強度と攻撃力を持っている。ナイフや刀などの刃物、銃などの小火器や重火器、特殊な装備などと種類が豊富である。

 

武装指輪(アームズリング)

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)用の装備。宝石部に装備を収納しておき、状況に応じて装備を取り出すことができる指輪。賞金稼ぎ(バウンティハンター)の必需品。

 

○バーストファング

 爆薬が内蔵された投擲用のナイフ。異能の力、衝撃などに反応して起爆する。誤爆の危険がないように安全装置がつけられており、グリップをひねることで解除される。

 

○フラッシュファング

 バーストファングの閃光弾バージョン。閃光を放ち、相手の視界を奪う投擲用ナイフ。バーストファングと仕組みは同じ。

 

 

──鬼刃一刀流関連──

 

 

◎鬼刃一刀流

 人間が異能の力に頼らず、剣の力のみで異形の存在を斬るために編みだされた剣術。

 

○剣技

・一の型 疾風(はやて)

 強烈な踏み込みで相手に一瞬で接近して斬る剣技。歩法としても使用でき、連続で使用することで、長距離を短時間で移動することもできる。もっとも基本な技であり、それゆえに他のすべての型と併用ができる。

 

・二の型 螺旋擊(らせんげき)

 回転の勢いを乗せることで斬擊の威力を高める剣技。

 

・三の型 雫一穿(しずくいっせん)

 腕を引いた構えから打ち出される神速の突き。腕を引く動作ができれば、どんな体勢からでも放てる。

 

・四の型 落葉切(らくようぎ)

 渾身の力で放つ神速の居合い斬り。

 

・五の型 天翔脚(てんしょうきゃく)

 強烈な踏み込みでジャンプして相手を斬る剣技。遮蔽物や壁、天井を足場に連続で使用することで、空中戦を可能にすることもできる。

 

・六の型 飛燕兜割(ひえんかぶとわ)

 相手の攻撃を足場にして飛び上がり、落下の勢いを乗せた唐竹割りで相手を斬る回避と攻撃を両立した剣技。

 

・七の型 陽炎(かげろう)

 極限の緩急によって作りだした残像を利用した回避技。他の型と併用することで回避と攻撃を両立できる。

 

・八の型 獣爪擊(じゅうそうげき)

 ほぼ同時に繰り出す三連続の斬擊。名前の通り、獣の爪で切り裂かれたような斬り傷を残す。

 

・九の型 双龍擊(そうりゅうげき)

 ほぼ同時に二方向から繰り出す斬擊。同時に二つの対象を斬ることができる。一方の斬擊を囮にして、もう一方の斬擊で相手を斬るといった奇襲法もできる。

 

・十の型 ()()(まい)

 勢いを殺すことなく斬擊を繋げるように放つことで、連続攻撃特有の隙をなくした連続斬擊。

 

○秘技

・錬域

 極度の集中状態になることで至る境地。スポーツで起こる『ゾーン』に似た状態で、それを剣術を扱うことに特化させたもの。この領域に至ることで、視界から入る不必要な情報がカットされ、そのぶん、動体視力や洞察力が高まり、さらには反応速度や身体能力も上昇する。肉眼では見えなかった異能の力も見えるようになる。身体的変化として瞳からハイライトが消える。鬼刃一刀流の使い手にとっては基本の技術であり、自由にその領域に入ることができ、常にその状態を維持することができるのが基本。未熟な者の場合、消耗が激しいだけでなく、感情が高ぶりすぎると解除されることもある。

 

 

──組織・部隊──

 

 

◎ネスト

 

 『神の子を見張る者(グリゴリ)』のエージェントチーム。討伐任務のほか、護衛や事後処理を担当している。

 

 

◎執行者

 

 『聖書の神の死』を秘匿するために組織された教会の暗部組織。信徒や他者に神の死を認知されるのを防いだり、また不用意に知ってしまった者を秘密裏に処理するのが役割。構成員は厳選な審査のもと、神の死を知っても揺るがぬ信仰心と心の平常を保てる者と判断され、神の死を知らされた者たち。任務の内容上、その存在は極秘とされており、存在を知っているのは『熾天使(セラフ)』のメンバーと神の死を知らされている一部の上層部の面々だけである。少数精鋭の組織なため、基本的に構成員の現場判断に委ねられている。




話が進むごとに随時更新します。


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オリジナル神器(セイクリッド・ギア)

原作オリジナルの神器(セイクリッド・ギア)でオリジナルの禁手(バランス・ブレイカー)に至ったものは神器(セイクリッド・ギア)共々記載します。


緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)

 

所有者:士騎明日夏

 

 ドレイクを宿す神器(セイクリッド・ギア)。ドレイクのオーラである『緋い龍気』*1を操る能力。強いイメージ力によってオーラを自在に操り、さまざまな形に形態変化させることができる。このオーラにはあらゆるものと混ざりあい、侵食する特性を持ち、その性質を利用して武器の強化などもできる。扱えるオーラの総量は宿主の練度に比例している。能力を引き出せば引き出すほど、ドレイクから干渉されやすくなる。

 

 

極煌の緋龍(アドバンスド・スカーレット・バースト)

 ドレイクが意識を表に出しているときに神器(セイクリッド・ギア)をバースト状態にすることで覚醒させた疑似禁手(バランス・ブレイカー)。能力は単純で『緋い龍気』を一気に全面解放させる。爆発的に戦闘力を上げることができるが、代償に明日夏の肉体にも、神器(セイクリッド・ギア)そのものにも多大な負担をかける諸刃の剣。明日夏の生命力を減らし、最悪、明日夏が再起不能に至る可能性がある。イメージモデルは『起動戦士ガンダムOO(ダブルオー)』のTRANS-AM(トランザム)と『NARUTO(ナルト)』の尾獣の衣バージョン1。

 

 

 

怒涛の疾風(ブラスト・ストライカー)

 

所有者:士騎千秋

 

 属性系、風系攻撃系神器(セイクリッド・ギア)。両手から風を発生させて操り、攻撃以外にも防御や飛行などにも応用できる。

 

 

 

死の傀儡(コープス・マリオネット)

 

所有者:カリス・パトゥーリア

 

 死体を操り使役する状態変化系神器(セイクリッド・ギア)

 

 

死傀儡師による狂演劇(コープス・クレイジー・パペットショー)

 カリスの禁手(バランス・ブレイカー)。死体を操るだけでなく、死体の修復や改造を行え、死体に自身の感覚をリンクさせることで、自分の肉体のように動かし、見聞きや触った感触を感じられるようにすることができる。死後数十秒以内であり、死してもなお強烈な想いを抱いている対象に能力を使うと、その死者は意思を持った状態で復活するが、カリスのコントロールが効かず、抱いていた想いに沿ってしか行動しないという欠点がある。

 

 

 

黄光矢(スターリング・イエロー)

 

所有者:シャルト

 

 光系攻撃系神器(セイクリッド・ギア)。原作の『青光矢(スターリング・ブルー)』、『緑光矢(スターリング・グリーン)』の亜種。能力は同じ。シャルトは軌道変更できない代わりに速度のある矢や無数に分裂して飛翔する矢を放てる。

 

 

 

龍の耳(サウンド・レシーバー)

 

所有者:夜刀神蓮火

 

 聴覚を強化する状態変化系、封印系(ドラゴン系)神器(セイクリッド・ギア)。原作の『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』と同じタイプの神器(セイクリッド・ギア)としてはありふれたものだが、「ドラゴンを封じた神器(セイクリッド・ギア)」なので潜在能力は高く、レンは半径一キロ圏内の音を正確に聞き取れる。広い範囲の音を捉えようとするほど神経使うため、普段は三百メートルくらいに抑えている。弱点として聴覚を狙った音による攻撃に弱く、レンは対策として聴覚を保護するための遮音ヘッドホンを常に身に付けている。

 

 

龍の音響結界(スプレッド・サウンド・レシーバー)

 

 レンの禁手(バランス・ブレイカー)。能力は聴覚の周囲への拡張。離れた場所の音をダイレクトに聞きくことができ、それにより、より正確に音を聞き取ることができ、人間には聞こえない周波の音さえも聴くことができる。反面、禁手(バランス・ブレイカー)前よりも聴覚を狙った音による攻撃が弱点になっている。

 

 

 

紅い雷火(クリムゾン・レビン)

 

所有者:夜刀神蓮火

 

 紅い雷を操る属性系、雷系攻撃系神器(セイクリッド・ギア)。レンは能力を巧みに使いこなし、肉体に紅雷を纏うことで身体能力を強化する『紅纏』や暮紅葉に紅雷を集束させ、居合の動作で様々な雷撃を放つ『飛電の太刀』、暮紅葉の刀身から紅雷の刀身を伸ばす『紅刃』などの様々な技を編みだしている。

 

紅纏(べにまとい)

 紅雷を纏うことで身体能力を上昇させる。纏い方を変化させることで計八つの形態になることができる。

 

火雷(ほのいかづち)

 もっともバランスがよく、他の形態への起点となる基本形態。

 

大雷(おほいかづち)

 紅雷で細胞を活性化させることで治癒力を高め、傷を高速で治癒させる形態。欠点として肉体に負担をかけるうえに体力を著しく消耗する。得られる治癒力も止血レベル程度まで。

 

若雷(わかいかづち)

 身体能力の強化を最低限にするかわりに手に持つ刀に紅雷を流し込むことで斬撃を強化する形態。派生技として身体能力の強化に回している紅雷も刀身流し込むことで、刀身から紅雷の刃を伸ばす『紅刃(べにば)』が使用できる。

 

土雷(つちいかづち)

 身体能力の強化を最低限にするかわりに防御力を高める形態。派生技として身体能力の強化に回している紅雷も防御に回した『土雷・硬』がある。

 

鳴雷(なるいかづち)

 足に重点的に纏うことで速さを強化する形態。

 

伏雷(ふしいかづち)

 腕に重点的に纏うことで剣速を強化する形態。

 

 

紅蓮の霹靂一閃(トランジェント・クリムゾン・ライトニング)

 レンの亜種の禁手(バランス・ブレイカー)であり、一度放つとすぐに解除される禁手(バランス・ブレイカー)としては異例の一撃必殺型の能力を有している。その能力は禁手(バランス・ブレイカー)としての発展や拡張を必殺の一太刀に集約させることで一撃の威力を極限にまで昇華させた超高速居合斬りと斬った対象を焼き払う雷撃による同時攻撃。極限の紅纏によって太刀の切れ味と身体能力が極限にまで高められており、その速さは雷の如きであらゆるものを斬り裂く。さらに斬った対象に切断箇所から太刀を通じて大量の紅雷を流し込み、相手を内側から雷撃で焼き払う。その威力は掠っただけでもその箇所を消し飛ばすほど。欠点として、肉体への負担と消耗が大きく、また一撃ごとにインターバルがあるため連発ができない。そのため、ここぞというときにしか使えない。

 

 

 

聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)

 

所有者:アルミヤ・A・エトリア

 

 原作で登場したあらゆる属性を付与した聖剣を生成できる創造系神器(セイクリッド・ギア)。アルミヤは主に属性が付与されていない代わりに強度を高めたもの使用する。

 

 

極聖輝の剣製(イミテイション・ブレード・ワークス)

 本来の禁手(バランス・ブレイカー)である『聖輝の騎士団(ブレード・ナイトマス)』から『創造』の能力を突き詰めることで至ったアルミヤの亜種の禁手(バランス・ブレイカー)。伝承などに登場する伝説クラスの聖剣を複製できるが、複製した聖剣はオリジナルよりも性能がワンランク低下する。『聖輝の騎士団(ブレード・ナイトマス)』から発展させた禁手(バランス・ブレイカー)であるため、騎士団を使役する能力も健在。

*1
冬夜が命名




話が進むごとに随時更新します。


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第1章 旧校舎のディアボロス
Life.1 士騎 明日夏


いろいろ忙しくて、一年以上投擲を空けている間に展開や設定を考えたり、見直してたら、結構いろいろ変わってしまったので、思いきってリメイクしてみました。


 

 

 俺の名前は士騎明日夏。とある学園に通っている高校二年生だ。ちなみに部活には所属していない。

 

 そんな俺が現在いる場所はとある廃工場。そして、俺の目の前にいるのは──。

 

 

「アーッハハハハハハハッ! どうしたの? ずいぶんとおとなしいわねぇ! 坊やぁ!」

 

 

 甲高い笑い声をあげ、醜悪な笑みを浮かべている()()()()。四肢が太く、巨大な手からは鋭利な爪を生やしており、顔は恐ろしく醜い。まさに『バケモノ』といった風貌だった。

 

 バケモノはゆっくりと俺に近寄ってくる。

 

 

「怖くて動けないのかしらぁ? 大丈夫よぉ! こわいのは一瞬だからぁぁぁぁぁッ!」

 

 

 バケモノはその鋭い爪を振りかぶり、俺めがけて振り下ろした。

 

 さて、なんで俺がこんな場所で、こんなバケモノと対峙しているのかというと、少し遡る──。

 

 

-○●○-

 

 

 私立駒王学園。幼小中高大一貫の進学校で、俺はそこの高等部に通っている。

 

 この学園は数年前まで女子校で、最近になって共学になっており、そのためか男女比率ではいまだに女子の割合が多い。学年が下がるごとに男子の比率は上がるが、それでもやはり全体的に女子が多かった。それから海外から留学してきた生徒も多い。

 

 そんな学園に俺が高校から志望した理由だが、特に深い理由はない。単純に近場だったことと、物心がつく前からの幼馴染みでもある親友と中学からの悪友の男子たちがそこを志望したから「じゃあ、俺もそこにするか」というものだ。

 

 そんな俺は現在、部活に所属しているわけでもなく、することもないので帰路につこうとしていた。その途中、学園内の坂になってる芝生に横ならびで仰向けに横たわっていた三人の男子を見つけた。

 

 真ん中の茶髪の男子の名は兵藤一誠。俺と同じく高等部二年で、さっき言った俺の幼馴染みであり、親友だ。俺や周りは「イッセー」と呼んでいる。

 

 イッセーの両隣にいる丸刈りにした頭の男子と眼鏡をかけた男子も高等部二年で、名前は丸刈り頭が松田、メガネをかけたのが元浜。さっき言った中学からの悪友だ。

 

 そんな三人を上から見下ろしていると、三人の会話が聞こえてきたのだが──。

 

 

「あー、おっぱい揉みてー・・・・・・」

 

「兵藤一誠くんに同意ィィッ!」

 

「言うな。・・・・・・空しくなる」

 

 

 ・・・・・・なんとも言えない内容の会話をしていた。

 

 俺が聞いていることに気づかず、三人は会話を続ける。

 

 

「松田。元浜。どうして俺たちはこの学校に入学した?」

 

 

 起き上がったイッセーが二人にそんな質問をした。

 

 

「我が私立駒王学園は、女子校から共学になって間もない。よって、圧倒的に女子が多く、海外からの留学生も多数!」

 

 

 元浜も起き上がり、メガネのブリッジを指で軽く押し上げ、メガネを光らせながら答える。

 

 

「そのため、男子は希少。すなわち、黙っていてもモテモテ! まさに入れ食い!」

 

 

 松田も起き上がり、ガッツポーズをとりながら答える。

 

 

「これ、すなわち、ハーレム!」

 

 

 そうイッセーが大々的に叫ぶと、三人は拳を強く握りながらそれぞれポーズをとり、松田が叫ぶ。

 

 

「おうよ! 俺たちに待ってるのは、おっぱい溢れるリア充ライフ!」

 

 

 ・・・・・・以上の会話から察する通り、こいつらはそんな下心満載な理由でわざわざ偏差値の高いここ駒王学園を志望し、猛勉強の末に合格したのだ。

 

 テンション高々だった三人だが、途端に元のテンションに戻る。

 

 

「──の予定が、彼女一人できないまま、入学二年目の春を迎えちまったわけだ・・・・・・」

 

 

 イッセーのその言葉により、三人は遠い目をしながら、走り込みをしている陸上部の女子たちを眺める。

 

 そんな自分たちの現状が空しくなってきたのか、元浜がボソッとこぼす。

 

 

「・・・・・・言うな。・・・・・・・・・・・・空しくなる・・・・・・」

 

 

 三人の会話内容に内心で嘆息する。

 

 いいかげん、黙ってこいつらの会話を聞いているのもあれなので、俺は三人に話しかける。

 

 

「何やってんだか。おまえらは」

 

「「「あっ、明日夏」」」

 

 

 声をかけたことでようやく俺に気づいた三人に俺は呆れながら言う。

 

「あっ、じゃねえよ。何アホみたいな会話してんだよ。・・・・・・まあ、いつものことだが」

 

 

 俺がそう言うと、松田と元浜が敵意剥き出しで睨みつけてくる。

 

 

「女子に人気のあるおまえには関係のないことだ! 失せろ!」

 

「松田くんに同意ィィッ!」

 

 

 こいつらが言うには、俺は女子に人気があるらしい。

 

 ──確かに、たまに女子たちから好意的な視線を感じることはあったが。

 

 

「モテないことで俺に当たるな。──ていうか、モテないのは日頃の行いのせいだろうが」

 

 

 この三人は通称『変態三人組』と呼ばれている。理由はまあ、文字通り変態でスケベだからだ。

 

 普段から堂々とセクハラ発現をしたり、教室でためらいなくエロ本やエロDVDを取り出したりと、女子たちに引かれるような行いばかりを行っている。

 

 極めつけは女子の着替えの覗き行為。はっきり言って、モテないのは自業自得であった。

 

「「・・・・・・ぐっ・・・・・・」」

 

 本当のことを言われ、松田と元浜は押し黙ってしまう。

 

「だけど! これはこれで、あれはあれなんだよ!」

 

 

 イッセーが変な食い下がりをしてくる。

 

 ・・・・・・やれやれ。・・・・・・本当は悪い奴らじゃないんだがな。

 

 度を越したどスケベだが、欠点はむしろそれぐらいしかない。それどころか、こいつらはちょっとお調子者だが好青年な部類だと言っても過言じゃなかったりする。どスケベなところを少し自重すれば、彼女ができても別におかしくなかったりする。

 

 まあ、その自重ができないから、現状なわけだが。

 

 

「明日夏兄。イッセー兄」

 

 

 そんななか、黒髪を後ろで束ねた一人の女子生徒が俺たちに話しかけてきた。

 

 

「千秋か」

 

「あ、千秋じゃん。いま帰りか?」

 

「うん」

 

 

 話しかけてきた女子生徒の名前は士騎千秋。駒王学園の高等部一年で、苗字から察する通り、俺の妹だ。

 

 俺と同じく、イッセーとは幼馴染みで、イッセーのことは兄のように慕っていた時期があり、俺の名前を呼ぶときみたいに「イッセー兄」と呼んでいる。イッセーも千秋のことは妹ように思ってる。

 

 

「松田さん。元浜さん。こんにちわ」

 

「「こんにちわ、千秋ちゃん! 今日もかわいいね!」」

 

 

 千秋の挨拶に松田と元浜がテンションを上げて応える。女子にまともに相手にされない機会が多い二人にとっては嬉しいことなんだろうな

 

 千秋も二人が悪い奴らじゃないと知っているので、二人の言動には呆れつつも嫌ってはいない。

 

 

「おっと、そろそろ時間だな。俺、行くわ」

 

「あっ、俺も!」

 

 

 松田と元浜がいやらしい笑顔を浮かべてどこかに行こうとする。

 

 気になった様子のイッセーが二人に訊く。

 

 

「どこ行くんだよ?」

 

「「おまえも来るか?」」

 

「明日夏、千秋、また明日!」

 

 

 二人から誘われたイッセーは何かを察したのか、即座に俺と千秋に別れを告げると、そのまま二人についていってしまった。

 

 ・・・・・・去り際のイッセーの顔は松田元浜と同じようないやらしい表情だった。

 

 ・・・・・・またか、あいつら。

 

 大方、またどっかに覗きに行ったな。・・・・・・やれやれだ。

 

 本当は注意すべきなんだろうが、言っても聞かないことが明白なので、あいつらにそういうことをするのは正直諦めてる。

 

 

「・・・・・・イッセー兄・・・・・・」

 

 

 隣から千秋の落ち込んだような声が聞こえてきた。

 

 千秋がここに来たのは、イッセーと一緒に帰るためにイッセーを探していたからだ。

 

 その理由は、千秋がイッセーに好意を寄せているからだ。

 

 幼少の頃、千秋はとある理由で引きこもっていた時期があった。それを立ち直らせるきっかけとなったのがイッセーだ。以来、千秋はイッセーのことを兄のように慕い、次第に好意を抱くようになったわけだ。

 

 そういうわけで、千秋はなるべくイッセーとの二人きりの時間を作ろうと、いまのようにイッセーと一緒に登下校などしようとする。家も向かい同士だしな。

 

 で、邪魔するのもあれなので、俺はあれやこれやと適当な理由をつけて、二人とは別々に登下校をしている。

 

 

「いっそのこと、さっさと告白したらどうだ?」

 

 

 これで何回めになるかわからないことを言うと、千秋は耳まで顔を真っ赤にしてしまう。

 

 このように、千秋はイッセーのこととなると途端に奥手で恥ずかしがり屋になる。そのせいか、いまだに告白できずにいる。

 

 まあ、もともと、人見知りが激しい性格だったからな。そのため、幼少の頃はいっつも両親にぴったりだった。いまは人見知りなところは改善されたとはいえ、そういう方面まではまだまだ積極的にはなれないか。

 

 

「ま、後悔するようなことがないようにな」

 

「・・・・・・うん・・・・・・」

 

 

 俺の言葉に千秋は静かにうなずいた。

 

 たぶん、千秋と付き合うようになれば、イッセーもあのスケベなところを多少は自重するだろう。

 

 

「ならいいが。──で、どうするんだ? このまま待ってるつもりか?」

 

「うん、そうする」

 

「なら、俺は先に帰る。気をつけて帰ってこいよ」

 

「わかった」

 

 

 俺は千秋を残し、その場から去る。

 

 

「やれやれ。素直になれないのもだが、あいつもあいつで鈍いのもな・・・・・・」

 

 

 イッセーに千秋の想いがなかなか伝わらないのは、千秋が奥手なこともあるが、イッセー自身が鈍いところにもある。

 

 以前、千秋がイッセーに大胆なアプローチをしかけたことがあった。──のだが、それをイッセーは千秋が自分を兄のように慕ってるからの行動だと思ったようだ。さっきも言ったが、イッセーは完全に千秋のことを妹のように思っちまってるところがある。そのへんが原因だろうな。

 

 まあ、これは千秋自身の問題だし、あんまり俺がとやかく言うことじゃないんだろうが。

 

 

「あっ。そういえば――」

 

 

 ふと、買っておかなきゃいけないものがあったことを思い出す。

 

 

「ついでに買い出しもするか」

 

 

-○●○-

 

 

 ここで俺たちのことを追加で話しておくか。俺の家族には妹の千秋の他に兄の士騎冬夜と姉の士騎千春がいる。

 

 ・・・・・・そして両親は、十二年前に交通事故で亡くなっている。

 

 当時の幼い千秋と一緒に散歩の最中、突然走行中のタンクローリーが車線を外れて歩道に突っ込み、横転したうえに、積まれていたガソリンが引火して爆発炎上。父さんと母さんはそれに巻き込まれて死んだ。

 

 幸い、事故が起こったのは千秋がたまたま興味を引かれるものを見つけて、それを間近で見ようと二人から少し離れたタイミングだったことで、千秋は爆風で吹っ飛ばされこそしたが擦り傷だけで済んだ。

 

 ・・・・・・だが、同時に幼い千秋は父さんと母さんの死を間近で見ることとなり、ひどいショックを受けることとなった。引きこもりになっていた原因はそれだ。

 

 その後、兄貴は頼れる親戚等がいなかった俺たちを養うために十歳の身でありながら()()()()で生活費を稼ぐようになり、その四年後には姉貴も同じ職業についた。

 

 そして、俺と千秋も大学卒業と同時に同じ職業につこうかと考えている。

 

 兄貴は内心では反対してる。なぜなら、それはそれなりの身の危険が伴うからだ。だが、俺たちの意志も固く、兄貴は渋々ながらも俺達の意思を尊重してくれた。ただ、千秋に関しては俺も兄貴と同意件だが。

 

 それまでは兄貴と姉貴の仕送りで生活することになっている。

 

 そんなこんなで、俺はそのことを除けばなんてことのない普通の日常を兄貴たちやイッセーたちと満喫していた。

 

 現在、兄貴と姉貴は基本家を空けており、時間を見つけたときにしか帰ってこない。そのため、実質千秋との二人暮らしだ。家事のほとんどは俺が自主的に担当している。そのため、このような買い出しはだいたい俺がやっている。

 

 千秋も手伝ってくれるが、俺自身、家事全般をやることが好きなのと、千秋にはイッセーとの恋のほうに集中してほしいので、家事のほぼすべてを俺一人でこなしている。

 

 ちなみに、兄貴と姉貴も千秋の恋を応援している。

 

 

「士騎くん」

 

「ん?」

 

 

 商店街を歩いていると、駒王学園の制服を着た黒髪でメガネをかけた少女に声をかけられた。

 

 

「霧崎か」

 

 

 俺に話しかけてきた彼女の名前は霧崎(きりさき)美優(みゆ)。駒王学園の高等部二年で、俺とはクラスメイトの間柄だ。

 

 

「士騎くんもお買いもの?」

 

「ああ。買っておかなきゃいけないものを買いに来たついでに買い置きするものでもと思ってな」

 

「だったら、今日はこれとこれが安売りしてたよ」

 

 

 霧崎はそう言うと、手に持つ買いもの袋からセールのシールが貼られた商品を見せてくる。

 

 霧崎は一人暮らしをしており、この商店街によく買い出しに来ている。

 

 その霧崎とはこうして買い出し先で出会うことが多い。

 

 最初は学校でも特に接点がなかったので、軽く挨拶をする程度だったが、何回か会ううちに同じ家事好きということもあり、次第に学校でも家事関連のことで意見の交換をするようになっていた。

 

 

「ありがとうな、いつも」

 

「いいよ。私もいろいろと教えてもらってるから」

 

 

 柔和に微笑む霧崎。その笑顔に少し見とれてしまう。

 

 霧崎はおとなしく、あまり目立ちたがらない性格で、一見すると地味な印象を受けるが、俺はなんとなく、彼女からは浮世離れした雰囲気を感じることがあった。

 

 

「なら、売り切れる前にセール品を確保しないとな」

 

「うん。がんばってね。それじゃ、私はこれで」

 

 

 霧崎とはそこで別れ、俺は教えてもらったセール品の確保のために急いで店にむかう。せっかくくれた情報をムダにしちゃ悪いからな。

 

 

-○●○-

 

 

「ふぅ。もうこんな時間か」

 

 

 セール品含めいろいろと買ってたら、すっかり日が暮れてきてしまった。

 

 

「さっさと帰るか」

 

「ねえ、坊やぁ」

 

「──ん?」

 

 

 買いものを終え、いざ帰路につこうとしたら、妙に色っぽい格好をした黒髪ロングの女性が話しかけてきた。

 

 

「何か用ですか?」

 

 

 俺が尋ねると、女性は自分の胸もとをなでる。

 

 イッセーたちが見たら、確実に鼻の下を伸ばしそうだな。

 

 

「坊やぁ、これからお姉さんと『い・い・こ・と』しなぁい?」

 

「・・・・・・こんな人通りの多いところでですか?」

 

「ウフフ。も・ち・ろ・ん、いいところに移動してよぉ」

 

 

 女性はさらに唇をなぞりながら言う。

 

 

「──いいですよ。少しだけ付き合います」

 

「うふふ。素直な子ねぇ。素直な子、お姉さん、大好きよぉ」

 

 

 俺は女性についていき、その場から移動する。

 

 女性に連れられ、徐々に人の気配がなくなっていくなかで着いた場所はとある廃工場だった。

 

 

「・・・・・・こんなところで何を?」

 

 

 買ったものを入れた袋を少し離れたところに置きながら、俺は女性に訊く。

 

 

「もちろん、『いいこと』よぉ」

 

「その『いいこと』ってのは?」

 

「そ・れ・は──私が坊やのことを食べちゃうことよぉぉぉぉぉぉぉッッ!」

 

 

 突然、女性が狂ったような叫びをあげる。そして、女性の体が隆起していく。四肢は太くなり、大きくなった手からは鋭利な爪が生え、顔も醜くなっていた。まさしく、『バケモノ』と呼べるような風貌になった女性は甲高い笑い声をあげる。

 

 

「アーッハハハハハハハッ! どうしたのぉ? ずいぶんとおとなしいわねぇ! 坊やぁ!」

 

 

 醜悪な笑みを浮かべるバケモノはゆっくりと俺に近づいてくる。

 

 

「怖くて動けないのかしらぁ? 大丈夫よぉ! こわいのは一瞬だからぁぁぁぁぁッ!」

 

 

 バケモノはその鋭い爪を振りかぶり、俺めがけて振り下ろした。

 

 普通の人なら、こんなバケモノを見たら、その姿を見ただけでパニックになり、なんの抵抗もできずにあの爪の餌食になってしまうだろう。──()()()()()

 

 

「──ッ!?」

 

 

 爪の一撃が俺に届こうとした瞬間、バケモノが驚愕の表情を浮かべる。

 

 理由はバケモノの顔、正確には片目に目掛けて飛んできたもの──俺が懐から取り出しざまに投擲した()()()にバケモノは驚いたのだ。

 

 バケモノは慌てて飛んでくるナイフを避けるが、それにより、爪の一撃が逸れる。その隙に俺はバケモノの懐に潜りこむ!

 

 

「ふッ!」

「──っ!?」

 

 

 俺はバケモノの腹に鋭く拳を打ちこんだ!

 

 

「はぁッ!」

 

「がぁぁぁああああっ!?」

 

 

 俺は打ちこんだ拳に力をこめてバケモノを後方に大きく吹き飛ばす!

 

 

「がはっ・・・・・・ごほっ・・・・・・! 貴様、何者だぁぁぁっ!?」

 

 

 血混じりのヘドを吐きながら、バケモノは叫ぶように俺に問いかけてくる。

 

 

「・・・・・・一目見たときから、おまえが()()()()()だということに気づいていた人間、と言うべきか?」

 

 

 そう答えながら、制服のポケットからある指輪を取り出し、右手の中指にはめる。

 

 この世界には漫画やアニメ、ゲームなどに出てくる異形の存在が実在する。

 

 その中に『悪魔』と呼ばれる種族が存在する。人間と契約し、契約者の願いを叶え、その代償として対価を得る種族だ。

 

 そして、悪魔にも法やルールなどがある。それを破り、己の欲のままに行動する悪魔のことを『はぐれ悪魔』と呼ぶ。──そう、目の前の女のバケモノがまさにそのはぐれ悪魔だった。

 

 

「ま、ここに来るときに言った通り、おまえの言う『いいこと』とやらには付き合ってやるよ」

 

「貴様ァァァァァッ!」

 

 

 俺の言葉に激怒したはぐれ悪魔が再び、爪による一撃を放ってくるなか、はめた指輪の宝石部分が輝き、魔法陣が出現する。

 

 魔法陣に手を入れ、手を引き抜くと、その手には二本のナイフが握られていた。俺はナイフを両手に逆手で持ち、身を翻して爪を避ける。

 

 そのまま、片方のナイフをはぐれ悪魔の腕の関節部に突き刺し、もう片方のナイフではぐれ悪魔の首を斬りつける!

 

 

「浅かったか」

 

 

 手応えから首への斬撃が浅かったことを察した俺は、腕に突き刺したナイフを離し、はぐれ悪魔に背中から体当たりを打ちこむ!

 

 

「がぁっ!」

 

 

 八極拳の技、鉄山靠を喰らい、苦悶の呻き声を出しながら、はぐれ悪魔は再び後方へと吹き飛ぶ。

 

 

「・・・・・・・・・・・・貴様ァァァ・・・・・・」

 

 

 ナイフが刺さった腕をだらんとさせ、斬られた首から血を流すはぐれ悪魔は忌々しそうに俺のことを睨みつけてくる。

 

 大したことはないな。()()程度といったところか。

 

 俺はナイフを指輪の魔法陣に収納し、別のものを取り出す。

 

 それは、機械仕掛けの大きめな鞘に収められている鍔なしの刀だった。

 

 俺は居合の構えをとり、音声コードを口にする。

 

 

「──Slash(スラッシュ)

 

 

 バジッ!

 

 

 音声を認証した鞘から電気が迸り、刀に帯電する。

 

 

「小癪なぁぁぁぁぁッ!」

 

 

 それをこけおどしだと判断したのか、はぐれ悪魔は勢いに任せて突進してくる。

 

 

「・・・・・・ここに来るときに言ったはずだ。──()()()()()()()()ってな」

 

 

 突き出されてきた腕を居合の一閃で斬り飛ばす。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアッッ!?」

 

 

 腕を斬られたことではぐれ悪魔は悲鳴をあげ、工場内にこだまする。

 

 俺は鞘を上に放り投げ、悲鳴をあげるはぐれ悪魔の懐に飛びこみ、そのまますれ違いざまに両足を斬る!

 

 

「なぁっ!?」

 

 

 足を斬られたはぐれ悪魔は自重を支えられず前方に倒れこむ。

 

 倒れこむはぐれ悪魔の背後から振り向きざまに切り上げで首を一閃し、胴体から離れた頭部を唐竹の一閃で斬り裂く!

 

 

 シュッ!

 

 

 刀を振って、刀身についた血を払い落としす。

 

 落ちてきた鞘をキャッチすると、刀を鞘に収める。

 

 それと同時にはぐれ悪魔の胴体が倒れ、縦に真っ二つになった頭部が床に落ちた。

 

 

「ふぅ」

 

 

 はぐれ悪魔が完全に事切れたことを確認した俺は軽く息を吐き、最初に投げつけたナイフとはぐれ悪魔に突き刺したナイフを回収する。

 

 

 カァァァッ。

 

 

 突然、廃工場内に紅い光が差し込む。

 

 光の発生源のほうに目を向けると、そこには魔法陣が出現していた。

 

 魔方陣の輝きがさらに増すと、そこから駒王学園の制服を着た四人の男女が現れる。

 

 先頭にいる紅髪の少女が廃工場内の現状を見て口を開く。

 

 

「大公からの討伐の依頼が届いたから来てみれば──なかなかおもしろいことになっているわね?」

 

 



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Life.2 賞金稼ぎ(バウンティハンター)

 

 

「これをやったのはあなたかしら?」

 

 

 突然現れた紅髪の少女──リアス・グレモリー先輩が訊いてくる。

 

 リアス・グレモリー。駒王学園の高等部三年生。オカルト研究部の部長。──というのが表向きの肩書き。

 

 その正体はここ駒王町で活動する上級悪魔だ。

 

 悪魔には階級があり、トップである『魔王』から始まり、『最上級』、『上級』、『中級』、『下級』とある。その中で人間と契約を行い、対価を得る仕事を請け負うのが上級悪魔であり、その活動をするための領地をその上級悪魔には与えられている。俺が住んでいるこの町、『駒王町』がその領地である。

 

 そして、彼女が率いている少年少女たちがグレモリー先輩の眷属悪魔である。眷属というのはざっくり言えば部下みたいなものである。

 

 

「ええ、そうですよ」

 

 

 とりあえず、訊かれたことに答える。

 

 

「そう。あなた、うちの生徒よね。名前を訊いてもいいかしら?」

 

 

 名前を訊かれ、俺は少し考える。

 

 正直言うと、悪魔と関わりを持つことにはあまり気乗りしなかった。

 

 上級悪魔が率いる眷属悪魔だが、実は純粋な悪魔ではない。『転生悪魔』と呼ばれる、多種族から悪魔に転生した者たちなのだ。むろん、その多種族の中には人間も含まれている。

 

 詳しいことは省くが、悪魔は人口が著しく激減している。しかも、悪魔は妊娠率や出生率がきわめて低い。それが相まって、悪魔は種そのものが存続の危機にある。

 

 それを解消するために生み出されたのが転生悪魔だ。

 

 ただ、この転生悪魔にはめんどうな問題がある。それは、眷属が主である上級悪魔にとってステータスになっていることだ。そのため、優秀な人材を眷属にすることに躍起になっている上級悪魔がいる。ここまでなら別に問題はない。やっかいなのはここからだ。

 

 悪魔の社会はざっと言えば、貴族社会だ。そして、上級悪魔はほとんどが貴族から出た者たちで、当然、中には傲慢な考え方を持つ者たちがいる。

 

 上級悪魔が多種族を眷属にする際にそれなりの交渉が行われるのだが、この傲慢な連中の中には相手側にとって不利だったり不当な条件で強制的に眷属にする輩もいる。

 

 俺はそれを危惧して、余計なトラブルを生みださないために、できれば悪魔とは関わりたくなかった。

 

 たかがF級程度のはぐれ悪魔を圧倒するぐらいで俺が優秀な人材だとうぬぼれるつもりもないが、まんがいちもあるからな。

 

 その点を考慮して名を明かすか迷ったが、どのみち、顔を見られたうえに同じ学園に通っていることもバレている。隠しても意味はないか。

 

 

「士騎明日夏。駒王学園高等部の二年です。リアス・グレモリー先輩」

 

「あら、私のことを知っているのね?」

 

「そりゃ、有名人ですから」

 

 

 たぶん、学園でグレモリー先輩を知らないヤツは数えるほどしかいないだろう。下手すれば皆無かもな。それぐらい、グレモリー先輩は学園では有名だ。

 

 

「とりあえず、ここで何があったか、聞かせてもらえるかしら?」

 

 

 俺は先輩にこであった出来事を簡潔に話した。

 

 そもそも、先輩がここにやって来た理由は、自分の領地に侵入して勝手しようとしていたはぐれ悪魔を討伐するためだ。

 

 

「ひとつ尋ねますけど、こいつはどれだけの被害を?」

 

 

 少し気になっていたので、訊いてみると、先輩は笑みを浮かべる。

 

 

「狙われたのは、あなたが最初で最後よ」

 

 

 それを聞いて幸いだと安堵する。

 

 はぐれ悪魔にとっちゃ、不幸だったかもしれないがな。

 

 

「とりあえず、お礼を言うわね。おかげで私が管理するこの町で犠牲者が出なかったのだから」

 

「いえ、たまたま遭遇しただけなので」

 

 

 本当に最初に狙われたのが俺でよかったよ。俺を狙ったところを見ると、学生、たぶん若い男をターゲットにしていたのだろう。

 

 イッセーたちが最初に遭遇しなくてよかったよ。確実にはぐれ悪魔の誘いにホイホイ乗って、はぐれ悪魔の胃袋に直行だったろうからな。

 

 

「すみませんが、後始末をおまかせしてもいいですか?」

 

「ええ、いいわ、それくらい」

 

 

 買ったものを入れた袋を手に持ち、先輩たちを残してその場から去ろうとする。

 

 

「最後に訊きたいのだけど。あなたは一体何者なのかしら?」

 

 

 すれ違いざまに先輩にそう訊かれる。

 

 

「──()()()()()()()になる予定の男ですよ。別にあなたの領地で妙なことをしようなんて気はありません。悪魔と関わるつもりもありませんし」

 

「そう。でも、もし学校で会うことがあったら、同じ学園に通う者同士、仲良くしましょう」

 

「ええ、それぐらいでしたら」

 

 

 それだけ話すと、俺は今度こそ廃工場をあとにする。

 

 

-○●○-

 

 

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)──。

 

 名前だけなら聞いたことはあるだろう。犯罪者や逃亡者を逮捕することで報酬を得る業者のことだ。兄貴や姉貴がやってる、そして俺や千秋なろうとしている業者の名だ。

 

 ただし、それは普通の賞金稼ぎ(バウンティハンター)のことであり、兄貴たちがやってるのはだいぶ異なる。

 

 さっき戦ったはぐれ悪魔などの異形の存在、もしくは俺みたいな異能の力を扱う者を対象にしたものだ。

 

 異形や異能の力などの存在は一般人には基本的に知られていない。だが、それらは世界の裏側で暗躍しており、さっきのグレモリー先輩みたいなのが世界各地にいる。そして、中にはさっきのはぐれ悪魔みたいな一般人に被害を出す存在もいる。

 

 それらに対処する組織や専門家はもちろん存在する。だが、世界は広い。どうしても手が回らないところができてしまうのだ。現にさっきのはぐれ悪魔のようにな。

 

 そこで各国の政府が一般には非公開でそういった存在に賞金をかけ、そういった存在を対処できる基本的にフリーな者たちに討伐させて賞金を与える制度を作った。そうやって賞金を得る者たちのことが俺が言う賞金稼ぎ(バウンティハンター)だ。たいていは『ハンター』と呼称されている。

 

 このハンターたちを取り締まるのは政府が組織した『ハンター協会』と呼ばれる組織だ。こっちは『ギルド』と呼称されている。

 

 ハンターになるにはこのギルドでライセンスを取得する必要がある。ライセンスを得る条件だが、ぶっちゃければ、実力を示す。これだけだ。

 

 ハンターには細かいランク分けがされており、高い順からA~Gランクまである。これはハンターの強さを表しており、実績を積んでギルドに実力を認められればランクは上昇していく。さらに、B以上のランカーには、ギルドから特別な依頼を任せられることもある。

 

 賞金首にも細かくランク分けされており、高い順からS~G級まであり、ランクが高いほど、かけられた賞金も高額となる。ちなみに、こっちのランクは強さだけじゃなく、被害や将来的な驚異度も考慮されている。

 

 

「それにしても、これで何回目くらいだ?」

 

 

 帰り道を歩きながら俺は軽くぼやく。

 

 今回みたいのは初めてじゃない。こういう遭遇は結構以前からあった。俺はハンターになるのを目指し始めたときから鍛えてきたのもあって、そのすべてを返り討ちにしてきた。千秋も同様である。実力も高ランククラスとまではいかないかもしれないが、少なくともEランクくらいの実力はあると自負している。

 

 もし、俺がハンターだったら、それなりに稼げて、生活費の足しにできただろうにな。

 

 まあ、仕方ねえか。大学卒業後が兄貴が許してくれた条件だからな。

 

 ちなみにハンターがはぐれ悪魔を討伐した際は人間側の政府を通じて悪魔側の政府から賞金をもらうことになっている。

 

 

「・・・・・・・・・・・・ふぅ。いつまでついてくるつもりだ?」

 

 

 歩みを止めて、俺は振り返って物陰に向かって問いかける。

 

 

 スッ。

 

 

 すると、物陰から黒いローブを着た者が現れた。フードを深く被っており、顔が俯かせ気味でよく見えないため、男か女かはわからなかった。ただ、わずかに見える口元は薄く笑みを浮かべていた。

 

 実は廃工場を出たあたりからずっとつけられていたのだ。

 

 警戒しながら、手を出してきたらすぐに対処できるようにしていたのだが、黙ってつけてくるばかりだったので、いいかげん、痺れ切らして俺のほうから呼び出したのだ。

 

 

「・・・・・・ハンターか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 訊いても、ローブの人物は何も答えない。

 

 

「もしそうなら、獲物を横取りしちまったか?」

 

「──いいや」

 

 

 ようやく口を開いたが、その声は合成音声みたいな加工されたかのような感じの声だった。

 

 魔法かなんかの類で声をぼかしてるのか?

 

 

「キミがあのはぐれ悪魔についていくところを見かけてね。もし、手こずるようなら手助けしてあげようかなと見てただけだよ。まあ、必要なかったけどね。それに、ハンター業界で獲物は早い者勝ちだろ? 仮にそうだったとしても、私は突っかかったりしないよ」

 

 

 こいつの言う通り、ハンター業界は基本的に実力主義。賞金首の討伐も早い者勝ちで、獲物の取り合いなんてよくあることだ。それゆえに、ハンターには荒くれものも多いし、ハンター同士によるいざこざやトラブルも多い。

 

 実際、俺も「ハンターじゃねぇガキが獲物を横取りしやがって」と突っかかれたことがある。

 

 ──にしても、俺を手助けしようとしたか。正直、信用できなかった。

 

 

「だったら、なんでさっきからついてくるんだ? もう用は済んでるはずだろ? しかも、そんなふうに正体を明かさないようにして」

 

「これは私が正体不明のハンターで通してるからだよ」

 

 

 ・・・・・・正体不明のハンター、ね。

 

 

「話を戻すけど、キミをつけてたのはキミに興味があったからだよ」

 

「・・・・・・興味があるのは俺じゃなく、兄貴のほうなんじゃねえのか?」

 

 

 実は兄貴はハンター業界じゃ、結構有名になってる。なんせ、俺が兄貴がハンターになったことを知ったのは、兄貴がハンターになってから二年後のことで、そのときにはもうDランクとなっており、その二年後にはCランクと若くして数年でランクを上げているのだ。

 

 G~Dランクは下位ランカーと呼ばれ、四年で上げられてもこの範囲が限界なのが普通だ。

 

 それが一気に上位ランカーのCランクだ。だから、本当に興味があるのはそれだけ規格外な実力を示している兄貴のほうじゃねえのかと勘ぐってしまう。

 

 すると、ローブの人物は俯かせ気味だった顔を上げる。その顔には鼻から上を覆うタイプの仮面をしており、結局、男か女かははっきりしなかった。

 

 仮面をしてまで正体を隠していることにますます警戒心をあらわにする俺に気にも留めず、ローブの人物は言う。

 

 

「キミのお兄さんの話はもちろん聞いてるよ。たった数年で上位ランカーに到達した天才ってね。でもあいにく、私はこの目で見たものしか評価しないタチでね。お兄さんたちのことは、この目で見たことなく、話でしか知らないんだ。私はね、この目で見たもの以外はあんまり興味ないんだ。だから、今日会ったキミのことに興味を湧いたんだ」

 

 

 ふーん。それが本当なら、相当変わってる奴だな。──ま、本当かどうかは怪しいがな。

 

 

「あんまり信用してないね」

 

「今日会ったばかりなうえに、その胡散くさい格好だ。信用しろっていうのは無理な話だろうが」

 

「それもそうだね」

 

 

 俺の指摘を聞いて、ローブの人物はクスクスと笑う。

 

 

「でも、キミに興味あるってだけは信用してほしいかな」

 

 

 それを聞いて、余計に胡散くさく感じる。

 

 

「ま、今日はそろそろ退散するよ。このままじゃ、ストーカーとして通報されそうだからね。そうなったらめんどうだし。もしくは、キミが懐に隠し持ってるナイフで斬られるかもしれないし」

 

 

 それだけ言うと、ローブの人物はその場から飛び上がり、建物の屋根に飛び乗る。そのまま、他の建物の屋根に飛び移りながら闇夜に姿を消した。

 

 

「・・・・・・本当になんだったんだ?」

 

 

 まあ、家族やダチたちに累を及ばさないのなら別に無視すればいいか。・・・・・・今後もつきまとってくるのなら、正直ウザいが。

 

 念のため、千秋や兄貴たちにもあいつのことを伝えておくか。

 

 

-○●○-

 

 

「すっかり遅くなったな」

 

 

 はぐれ悪魔やグレモリー先輩、あの胡散くさいローブの奴の相手をしていたらすっかり遅い時間になってしまった。

 

 千秋はもう帰ってきてるだろうな。メシどうしてるかな?

 

 

「ただいま。千秋、いるか?」

 

 

 家に入り、リビングのドアを開ける。

 

 リビングに入った俺の視界に入ってきたのは──。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 テーブルにうなだれている千秋だった。

 

 

「・・・・・・どうしたんだ?」

 

 

 とりあえず、うなだれている千秋に声をかける。

 

 ま、大方、イッセーのことでこうなってるんだろうがな。

 

 イッセーのことでショックなことがあると、よくこうなるからな。

 

 

「イッセーと一緒に帰れなかったのか?」

 

 

 まあ、十中八九これだろうな。それぐらいの理由でもこうなるからな。

 

 すると、千秋はうなだれながら弱々しく答える。

 

 

「・・・・・・・・・・・・一緒に帰ったよ・・・・・・」

 

 

 あれ、違ったか。学校で千秋と別れてから、起こる可能性だと、これぐらいしか思いつかないんだがな・・・・・・。

 

 ──まさかとは思うが。

 

 

「イッセーに嫌われたか? もしくはおまえが嫌ったのか?」

 

 

 たぶん、ありえないと思うが、念のために訊く。・・・・・・もしこれだったらどうするか。

 

 

「・・・・・・・・・・・・ううん。仲のいい幼馴染みのままだよ・・・・・・」

 

 

 これも違ったか。──とりあえずホッとする。

 

 それにしても、じゃあ、一体何があったってんだよ?

 

 まさかな──。

 

 

「じゃあ、あれか。イッセーがおまえ以外の誰かと付き合うことなったとか?」

 

 

 「まあ、ないだろ」なんて考えながら適当にそう訊いた。

 

 だが──。

 

 

「・・・・・・・・・・・・うん・・・・・・」

 

 

 千秋は弱々しく返事をした。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。はっ! ヤベ、一瞬、呆けてた。

 

 ――ていうか、うん? あれ? ・・・・・・なんか肯定されたんだが・・・・・・。

 

 

「・・・・・・マジか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 ちょっと信じられず、改めて問いかけるが、千秋は無言で一切の反応を示さなかった。

 

 ・・・・・・だが、むしろ、それが肯定の意を表していた。

 

 ・・・・・・マジかよ。イッセーに彼女ができた? 千秋以外の?

 

 俺が学校で千秋と別れてから家に帰ってくる間に一体何があったんだ?

 

 とりあえず、千秋を少し落ち着かせるか。そして、詳しく何があったか訊くか。

 

 ちなみにその日、千秋はショックで夕飯が満足に喉を通らなかったのであった。

 

 俺も俺で、衝撃がありすぎて、ローブの奴のことなんて、すっかり忘れてしまっていた。

 

 



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Life.3 彼女に殺されました!

 

 

「村山の胸、マジでけぇぇぇ!」

 

「80、70、81」

 

「片瀬ぇぇ、いい足してんなぁぁぁ!」

 

「78.5、65、79」

 

「こらー! 俺にも見せろ! 二人占めすんなってーの!?」

 

 

 俺、兵藤一誠は現在、松田と元浜に連れてきてもらった覗きスポットに来ていた。場所は女子剣道部の部室の裏。そこの壁に穴が空いており、そこから部室内を覗けるのだ。

 

 そして、いまは女子剣道部員たちが着替えの真っ最中! つまり、穴の向こうには楽園があるのだ!

 

 ・・・・・・なのに、松田と元浜がなかなか交代してくれないので、いっこうに覗けないでいた。

 

 松田が感想を言い、元浜がメガネ越しに女子のスリーサイズを測定する特技でスリーサイズを言うたびにますますその穴の先が見たくなってくる!

 

 

「やばい! 気づかれたぞ!」

 

 

 松田が穴から目を離して慌てた様子で叫ぶ。

 

 どうやら、穴の先の女子たちに覗かれているのがバレたらしい!?

 

 

「逃げろ!」

 

 

 元浜がそう言うと同時に松田と元浜が俺を置いて一目散に逃げだした!

 

 

「あっ、待てこらぁっ!?」

 

 

 俺も二人を追って慌てて逃げ出した!

 

 結局、俺は女子の生着替えを覗くことができなかった・・・・・・。

 

 慌てて逃げてきた俺たちは、学園にある旧校舎の前にやって来ていた。

 

 

「ふざけんなよ! 俺だけまったく見れなかったじゃねえか!?」

 

 

 俺が捲し立てて文句を言った。

 

 

「フッ、この場所を見つけたのは俺たちだぞ。そのぶん、優先権があって当然じゃあないか」

 

 

 松田はニヒルに笑いながら言う。

 

 元浜もメガネを光らせながら続ける。

 

 

「むしろ、連れてってやっただけでも感謝するべきだろう?」

 

「ああ! おっぱいのひとつでも見られたのなら、いくらでも感謝してやるよ!」

 

 

 クソォォォォォッ! 俺も見たかったぞ! 女子の生着替え!

 

 元浜がメガネを光らせながら言う。

 

 

「ふん! だいたい、千秋ちゃんと一緒に登下校しているヤツが贅沢を言うな!」

 

「まったくだ!」

 

 

 元浜の言葉に松田も強く頷いた。

 

 確かに、俺は千秋と一緒によく登下校している。仲のいい幼馴染みで、家が向かいだからそうなるのだ。俺も千秋みたいなかわいい女の子と一緒に登下校できて幸せだ。

 

 ちなみに明日夏はなんか用事があるのか、いつもさっさと一人で行ってしまう。

 

 

「あーあ、これなら千秋と一緒に帰ったほうがよかったぜ」

 

 

 俺は二人に自慢するように言ってやると、二人は悔し涙を流し始めた。

 

 

「ちくしょう! なんでイッセーにあんなかわいい幼馴染みがいるんだよ!?」

 

 

 松田が慟哭するのに対し、元浜は感情を殺すように言葉を絞り出す。

 

 

「・・・・・・言うな・・・・・・! ・・・・・・空しくなる・・・・・・!」

 

 

 それでも松田の慟哭は止まらない。

 

 

「おまけに、その幼馴染みには超美人なお姉さんがいて、そのお姉さんとも幼馴染みだという! しかもナイスバディ!」

 

「・・・・・・だから言うな・・・・・・! ・・・・・・空しくなる・・・・・・!」

 

 

 松田が言っているのは、明日夏と千秋のお姉さんのことだ。名前は士騎千春さん。松田の言う通り、それはもう見事なナイスバディな美少女なのである。

 

 そんな美少女姉妹と幼馴染みなのは、周りの男子からすればさぞや羨ましいことなのだろう。俺も逆の立場だったら・・・・・・うん、血の涙を流すかもな。

 

 それから、明日夏たちには冬夜さんっていうお兄さんもいる。すごく頭がよくて、俺たちが難易度の高い駒王学園に入学できたのも、冬夜さんが家庭教師をしてくれたおかげによるところが大きい。──あと、超イケメンだ。明日夏もイケメンだし、まさにイケメン兄弟だ。

 

 そんな明日夏たちとは幼馴染みで、明日夏とは親友とも呼べる間柄だ。

 

 

「ん?」

 

 

 ふと、俺の視界に紅色が入る。

 

 紅い──ストロベリーブロンドよりもさらに紅の髪を持った少女が、旧校舎の窓からこちらを見ていた。

 

 リアス・グレモリー──この駒王学園の高等部三年生。俺の先輩にあたる。我が学園のアイドルでもある。出身は北欧っていう噂だ。

 

 いいなぁ・・・・・・あの真っ赤な髪・・・・・・。

 

 俺がその真っ赤な髪に見惚れてると、リアス先輩は身を翻して中のほうに行ってしまった。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・なんかゴメンな、千秋」

 

 

 俺は隣にいる千秋に謝る。

 

 あのあと、松田と元浜と別れ、一人で帰ろうとしたら、一人校門の前にいた千秋を見つけたのだ。

 

 どうやら、俺を待っていてくれたみたいだ。

 

 ・・・・・・なんか申し訳なくなり、いまこうして謝っているわけだ。

 

 

「いいよ。私が勝手に待ってたわけだから」

 

「・・・・・・つってもな・・・・・・」

 

「気にしなくていいよ。・・・・・・あんまり気にされると・・・・・・私まで申し訳なくなる・・・・・・」

 

 

 うーん、そこまで言われるたら、気にしないほうがいいのか?

 

 

「そういえば、明日夏は?」

 

「買わなきゃいけないものがあるから、商店街のほうに行くって」

 

「そっか」

 

 

 ──あいつ、完全に主夫だな。

 

 明日夏たちは幼い頃に両親を交通事故で亡くしている。そのために、冬夜さんと千春さんが仕事に出て生活費を稼いでいる状態だ。

 

 その冬夜さんと千春さんは仕事の都合で家を空けている。そのため、明日夏が自主的に家事なんかをやっているわけだ。本人が家事が好きだってのもあって、特に苦には感じていないみたいだ。

 

 その姿はもう主夫と言ってもいいぐらいだ。無愛想だけどイケメンだし、性格も悪くないし、家事もできて、たぶん、いい旦那さんになるだろう。

 

 ・・・・・・それに引き換え俺は・・・・・・学校では松田と元浜と共に変態三人組と女子に嫌われ、彼女のいない学園生活を送っております。

 

 クソッ! なぜだ!? 当初の計画では、入学早々に彼女をゲットしているはずだったのに!

 

 そのために、女子の多い駒王学園に冬夜さんの家庭教師とスケベ根性で入学したのに!

 

 女子が多ければ彼女の一人や二人、すぐにできると思ったのに──結果は一部の男子──いわゆるイケメンがモテて、俺なんて女子の眼中に入ってなかった。

 

 ・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・世の中不公平だよなぁ・・・・・・。

 

 ・・・・・・俺たちの相手をしてくれる女子なんて、ここにいる千秋ぐらいだ。

 

 ちなみに、千秋とは仲のいい幼馴染みで、とくにそれ以上でもそれ以下でもない。

 

 定番の仲のいい幼馴染み同士が恋人同士に──なんていう展開はもちろんなかった。千秋にとって俺はもう一人の兄みたいな感じなんだろうな。まあ、俺も千秋のことを妹のように思っているけど。

 

 ・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・暗い青春だぁ・・・・・・。このまま俺の学園生活は花も実もなく、おっぱいに触れることすら叶わず終わっちまうのかぁ・・・・・・。

 

 

「どうしたの、イッセー兄?」

 

「ああいや! なんでもない!」

 

 

 そんなふうに、内心落ち込みながら千秋と帰ってると──。

 

 

「あ、兵藤くん」

 

 

 俺たちに話しかけてくる少女がいた。

 

 

「霧崎さん?」

 

 

 話しかけてきたのは、メガネをかけた少女、霧崎美優さんだった。

 

 買い物をした帰りなのか、手には商店街の袋を持っていた。

 

 霧崎さんは俺と同じクラスの女子で、ほとんどの学園の女子に嫌われているであろう俺たちにも普通に話しかけてくれる少女なのだ。

 

 一人暮らしで、よく買い物をしているイメージがあった。

 それに、家事好き同士で明日夏と意気投合しており、よく明日夏と意見交換してる場面を目撃する。

 

 その縁で、俺たちもちょっとした知り合いになっていた。

 

 ──ちなみに、元浜がスカウターで測定したところ、着痩せするタイプで、隠れ巨乳らしい。

 

 

「あれ、買い物した帰りなら、ここで会うのはおかしくないか?」

 

 

 たぶん、商店街で買い物してたんだろうけど、それなら、ここで会うのはおかしかった。

 

 商店街から帰る場合、こっちは霧崎さんが住んでるところとは真逆のはずだからだ。

 

 

「うん、ちょっとね」

 

「何、学校に忘れもの?」

 

「ううん、そうじゃなくて、兵藤くんに会いたいって子を連れてきたんだ」

 

「俺に会いたい子?」

 

 

 なんだ、誰だろう?

 

 よく見ると、霧崎さんの後ろに見慣れない制服を着た少女がいた。

 

 

「ほら、ちょうど兵藤くんに会えたよ」

 

「──あ、あの」

 

 

 霧崎さんに促されて、少女に話しかけられる。

 

 黒髪がツヤツヤのロングでスレンダーな女の子だった。

 

 

「駒王学園の兵藤一誠くん・・・・・・ですよね?」

 

 

 少女はもじもじしながら尋ねてくる。

 

 か、かわいいぃぃッ!

 

 とにかく、かわいい子だった!

 

 

「あのっ!」

 

「ああっ! な、何か俺に用・・・・・・?」

 

 

 少女は少しのあいだもじもじすると尋ねてくる。

 

 

「・・・・・・えっと・・・・・・兵藤くんって・・・・・・いま付き合ってるヒトとかいます・・・・・・?」

 

「えっ?」

 

「あっ」

 

 

 少女は俺の隣にいる千秋を見て、とたんに不安そうに訊いてくる。

 

 

「もしかして、隣の子が・・・・・・か、彼女さんですか・・・・・・?」

 

「あ、いや。この子は幼馴染みで妹みたいな子で・・・・・・彼女は・・・・・・別にいないけど・・・・・・」

 

 

 それを聞いて、少女は安心したように息を吐く。

 

 

「よかったぁ!」

 

 

 少女は決心したかのような表情になると言う。

 

 

「──あ、あの・・・・・・私と・・・・・・付き合っていただけませんか」

 

「はっ? い、いま、なんて・・・・・・?」

 

 

 き、聞き違いじゃないよな!? い、いま──。

 

 

「──以前、ここを通るのを見かけてて・・・・・・それで・・・・・・あの・・・・・・兵藤くんのことを・・・・・・」

 

 

 お、おい! これって!?

 

 

「わ、私と・・・・・・私と付き合ってください!」

 

 

 マ、マジっスかぁぁぁぁぁっ!?

 

 

 俺、兵藤一誠──女の子から告白されましたぁぁぁぁぁッ!

 

 

―○●○―

 

 

「なっ!? 何ぃぃぃぃぃっ!?」

 

「なぜぇぇっ!?」

 

 

 翌日、松田と元浜があるものを見て驚愕していた。

 

 それは──。

 

 

「ああ、この子、天野夕麻ちゃん」

 

 

 イッセーの隣にいる天野夕麻という名の少女のことだ。

 

 

「こいつら、俺のダチの明日夏に松田、元浜」

 

「よろしくね」

 

 

 天野夕麻が微笑みながら挨拶するなか、イッセーが俺たちにだけ聞こえる声で言う。

 

 

「一応、俺のカ・ノ・ジョ♪ ま、おまえらも彼女を早く作れよ♪」

 

 

 そう言うと、イッセーは天野夕麻を連れて行ってしまう。

 

 で、松田と元浜を見ると──。

 

 

「うぅっ! 裏切り者めぇぇぇっ!」

 

「あぁぁ・・・・・・」

 

 

 元浜は血の涙を流さんばかりに慟哭しており、松田は涙を流しながら呆然としていた。

 

 で、今度は千秋のほうを見ると──。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 うなだれていた。耳をすませば、すすり泣きが聞こえてきた。

 

 ──さて、情報を整理するか。千秋に聞くところ、昨日、イッセーは千秋と一緒に帰っているところに、イッセーに一目惚れしたという天野夕麻に告白され、イッセーは即OKした。

 

 で、今日ここでその天野夕麻をイッセーに紹介された。そして、そのことに松田と元浜は慟哭し、千秋はうなだれながらすすり泣いてるわけだ。

 

 うん・・・・・・なんでこうなったんだ?

 

 いや、別にイッセーに彼女ができたことが信じられないわけじゃない。ていうか、彼女ができても別におかしくないからな。

 

 イッセーはスケベだが、それを除けば、その人柄はよく、非常に真っ直ぐなところがある。

 

 実を言うと、俺はイッセーのそういうところに密かに憧れてたりする。

 

 まあ、それはいいとして。──そういうわけだから、イッセーのそういうところに好感を持ち、惹かれる女子も少なくはないだろう。

 

 ・・・・・・だが、それは付き合いが長くなり、イッセーのことを理解した場合においての話だ。いや、一目惚れすることがないとは言いきれないが・・・・・・。

 

 まあ、それもいまどうでもいいか。

 

 

「まさか、兵藤くんに彼女さんができるなんてね」

 

 

 いつの間にか、俺の隣にいた霧崎がそう言ってきた。

 

 

「兵藤くんのことを聞かれたときは、まさかとは思ったけど、本当にそうだったから、びっくりしたよ」

 

 

 千秋から聞いた話じゃ、イッセーのところに天野夕麻を連れてきたのは霧崎だったらしい。

 

 

「ところで、あれ大丈夫なのかな?」

 

 

 霧崎が指をさすほうを見ると、いまだに泣きわめくバカ二人といつの間にか膝を抱えてうなだれている千秋がいた。

 

 まあ、このままにしておくわけにはいかないよな。

 

 それにしても──。

 

 俺はイッセーたちが歩いて行ったほうを見る。

 

 

「どうしたの、士騎くん?」

 

「──いや、なんでもない」

 

 

 あの少女、天野夕麻を見てると、なんでか・・・・・・()()()()()がした。

 

 

―○●○―

 

 

 数日後──。

 

 イッセーと天野夕麻は今日、デートすることになった。

 

 なんで知ってるかって? イッセーに自慢されたから──てなわけではなく、デートプランについて相談されたからだ。

 

 ・・・・・・なぜ恋愛経験のない俺に訊く? まあ、それ以前に、知り合いに恋愛経験がある奴なんていないけどな。

 

 ──で、アドバイスなんてできるわけもなく、結局、雑誌などを参考にして、内容は王道なものになった。

 

 そして、俺がいま何をしているのかというと──イッセーたちのデートの尾行をするために、二人の待ち合わせ場所から少し離れた場所にいた。

 

 ちなみにイッセーは、気合を入れたオシャレをして、待ち合わせ時間の三時間前に来ていた。

 

 で、待ち合わせ時間が間近に迫ったところで、イッセーに女性が一人近づく。

 

 

「あれは――」

 

 

 イッセーは女性からチラシを一枚受け取る。

 

 遠目ではなんのチラシなのかよくわからないが、おそらくあれは──。

 

 

「イッセーくん!」

 

 

 そして、天野夕麻がようやく到着した。

 

 

「ゴメンね! 待った?」

 

「いや、俺もいま来たところだから」

 

 

 三時間もまえに来て、なに言ってんだか。

 

 ちなみに相談時にイッセーはこんなことを言っていた。

 

 

『一度、「待った?」て訊かれて「いま来たところだから」て言ってみたいんだよな』

 

 

 そのために、確実に先に来るためにイッセーは三時間もまえに来ていたのだ。

 

 そして、二人はデートを開始する。俺は気づかれないように二人のあとをつける。

 

 そもそも、なんで俺がこんなことをやっているのかというと、あの日、イッセーに天野夕麻を紹介されてから抱いたいやな予感。・・・・・・それが日増しに強くなっていくのだ。

 

 それが気になってしかたなかった俺はそれを確かめるためにこうして尾行をしているわけだ。

 

 ・・・・・・俺の気のせいで済めばいいんだけどな。

 

 デート風景そのものはいい感じといったものだった。町を歩き、ショッピングをし、その際にイッセーが彼女にプレゼントを買ってあげ、ファミレスで食事をする。──王道で鉄板物なデートだった。

 

 ここまでいい雰囲気だと、俺のいやな予感も気のせいのように思えてきた。

 

 

「――帰るか」

 

 

 これ以上は二人に悪いだろうと、踵を返して帰ろうとすると──。

 

 

「ん? あれは──」

 

 

 俺の視界にあるものが入る。それは──。

 

 

「・・・・・・・・・・・・何やってんだよ・・・・・・」

 

 

 変装をしてイッセーたちを尾行している千秋だった。

 

 いやまあ、気持ちは察せなくもないが、その変装が問題だった。

 

 千秋の出で立ちは、フード付きのパーカーにサングラスに帽子というものだった。・・・・・・うん、怪しさ満点だ。

 

 変装ってのは、自分を隠すのではなく周りに溶けこませるようにするものだ。「木を隠すなら森」ってな。自分を隠そうと着飾れば着飾るほど、かえって目立つ出で立ちになってしまう。

 

 俺も変装しちゃいるが、髪を後ろで縛り、伊達メガネをかけた程度だ。あとはスマホをいじるふりでもしていれば、人通りの多いここなら、そのへんにいる若者程度にしか認識されないだろう。

 

 まあ、それはどうでもいいとして。・・・・・・あれ、どうするか?

 

 自分の妹があんな格好でウロウロしているのは、正直、勘弁願いたいな。

 

 そう思い、千秋のところに行こうとした俺は、視界に入った光景に驚愕する!

 

 イッセーにチラシを渡していた女性がいつのまにか千秋にもチラシを渡していたからだ。

 

 千秋はジーッとそのチラシを眺め、何かを決心したような表情でウンと頷いた!

 

 別のいやな予感を感じた俺はダッシュで千秋のもとまで走るのだった!

 

 

―○●○―

 

 

「今日は楽しかったね!」

 

「ああ! 最高の一日だったよ!」

 

 

 夕麻ちゃんに笑顔で訊かれ、俺も笑顔で答える。

 

 デートは順調に進み俺と夕麻ちゃんは町外れ公園に来ていた。

 

 夕麻ちゃんは小走りで公園の噴水の前まで行くと、俺のほうに振り向いて言う。

 

 

「ねえ、イッセー君?」

 

「うん?」

 

「私達の初デートの記念にひとつだけ私のお願い聞いてくれる?」

 

 

 来た、これ! 来ましたよ!

 

 

「な、何かな、お願いって?」

 

 

 こ、これって! もしかして、キ──。

 

 

「──()()()()()()()()()?」

 

 

 冷たい声音でそう言われてしまった。

 

 

「え? それって・・・・・・あれ? 夕麻ちゃん、ゴメン。もう一度言ってくんない? ・・・・・・なんか・・・・・・俺の耳変だわ・・・・・・」

 

 

 聞き違いだと信じて、乾いた笑いを上げながら訊き返したが──。

 

 

「死んでくれないかな?」

 

 

 夕麻ちゃんは俺の耳元ではっきりとそう言った。

 

 その瞬間、夕麻ちゃんが着ていた服が弾け飛び、ものスッゴいエロい衣装を身にまとい、背中から黒い翼が生えた!

 

 見えた! いま見えたよな!? 一瞬だけど、たしかに生おっぱい! ついに初の生おっぱいを拝んじまったぜ! それにこんなかわいい女の子の!

 

 こういうのをなんだっけ、眼福っていうんだっけ!?

 

 ──って、そうじゃない! そうじゃなくてさ・・・・・・羽?

 

 ・・・・・・目の前の光景にただただ混乱してしまう。

 

 夕麻ちゃんは冷たい目つきで言う。

 

 

「楽しかったわ。ほんの僅かなとき、あなたと過ごした初々しい子供のままごとに付き合えて。あなたが買ってくれたこれ、大切にするわ」

 

 

 そう言って、夕麻ちゃんは俺が買ってあげたシュシュを見せつけてきた。

 

 

「──だから・・・・・・」

 

 

 冷笑を浮かべた夕麻ちゃんの手に光る槍みたいなものが握られる!

 

 

「・・・・・・夕麻・・・・・・ちゃ──」

 

「死んでちょうだい」

 

 

 俺の言葉をかき消すかのように、手に持つ槍を投げられ──槍は俺の腹を貫いた。

 

 

―○●○―

 

 

「──クソッ! なんなんだ、この胸騒ぎは!?」

 

 

 あのあと、千秋を諌めるのに苦労させられた。

 

 千秋はイッセーのことになると奥手で恥ずかしがり屋になると言ったが、ときどき変に暴走することがある。そのときは諌めるのに苦労するんだよな・・・・・・。

 

 だが、いまそれはどうでもいい!

 

 千秋を諌めるのに苦労したせいで、イッセーたちのことを見失った。

 

 別に帰ろうとしてたから、問題なかった──はずだったのに、その瞬間にいやな胸騒ぎ──警告音のようなものが俺の中で響いた!

 

 俺は千秋を適当な理由で帰らせ、イッセーたちを探し始めて現在に至る。

 

 相談のときに聞いたプランと確認できたデートの進行状況をもとに、いまイッセーたちがどこにいるのかを予測する。

 

 そして、おそらくいまは町外れの公園にいると推測し、そこに急いで向かう!

 

 日が傾くにつれ、胸騒ぎがどんどん大きくなっていく。

 

 そして、公園に到着した俺の目に映ったのは──。

 

 

「死んでちょうだい」

 

 

 ──服装が変わり、背中から黒い翼を生やした天野夕麻がその言葉と同時に、冷笑を浮べながら投げた槍のようなものでイッセーを貫く光景だった。

 

 



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Life.4 あなたね、私を呼んだのは?

 

 

 イッセーを貫いた槍はすぐに消え、抑えるものを失った傷口から血が大量に噴き出し・・・・・・イッセーはそのまま力なく倒れてしまう。

 

 そして、駆けつけた俺に天野夕麻が気づいた。

 

 

「あら、人がいたのね?」

 

 

 俺は天野夕麻を無視し、イッセーのもとに駆け寄る!

 

 しゃがんでイッセーを抱き起こし、脈を確認する。まだ脈はあった。──だが、明らかに出血多量・・・・・・死は免れない事実だった。

 

 

「ああ、あなた。その子の友達だった子よね?」

 

 

 後ろで天野夕麻が問いかけてくるが、俺は答えず、振り向かないで訊く。

 

 

「・・・・・・・・・・・・なんでだ・・・・・・?」

 

「うん?」

 

「・・・・・・・・・・・・なんでイッセーを殺した?」

 

「あら、ゴメンね。その子が私たちにとって危険因子だったから、早めに始末させてもらったの」

 

 

 イッセーを殺した謝罪と理由を言うが、この女からは誠意なんてものは感じられなかった。

 

 

「恨むなら、その子に『神器(セイクリッド・ギア)』を宿した神を恨んでちょうだい」

 

 

 自分は悪くないと言いたいかのように平然とのたまう天野夕麻に俺は低い声音で言う。

 

 

「──知るかよ」

 

 

 イッセーをゆっくり寝かせ、立ち上がる。

 

 

「──そう言われて、『はい、そうですか』と納得できるかよ」

 

 

 俺は天野夕麻のほうを向き、明確な殺意を向けて天野夕麻を激しく睨みつける。

 

 

「安心して。見られたからにはあなたにも死んでもらうから。よかったわね? お友達のところに行けるんだから」

 

 

 そう言うと、天野夕麻の手にイッセーを貫いたものと同じ光の槍が握られる。

 

 

「お友達同士仲良く、天国に行きなさい」

 

 

 その言葉と同時に槍が俺の胸目掛けて投げつけられた。

 

 だが──。

 

 

「え?」

 

 

 天野夕麻は呆けていた。

 

 理由は俺が槍を刺さる寸前で掴んでいたからだ。

 

 

「ただの人間が光の槍を素手で掴んだですって!?」

 

 

 そして、天野夕麻は驚愕を露にする。

 

 

「──俺がただの人間なんて誰が言った。天野夕麻──いや、()()使()

 

 

 悪魔がいれば、その大敵の天使も存在する。

 

 その天使が欲を持ち、その身を天から地に堕とした存在が堕天使。この女の正体がその堕天使だ。

 

 俺はこいつが言ったイッセーを殺した理由を思い出す。自分たちの種族を脅かす可能性があるものを排除する。──その行動は理解できなくはない。人間だってやってることだからな。

 

 ──だがな。それで納得できるほど、俺は人間できちゃいない!

 

 

「・・・・・・私たちのことを知っている! いえ、だからといって、私の光の槍を素手で掴むなんて──」

 

 

 天野夕麻(十中八九偽名だろうが、本名を知らないので仮称)が槍を掴んでいる俺の右手を見て、怪訝な表情を浮かべる。

 

 天使、堕天使は光を操り、それを武器にする。俺が掴んでいる槍も本来なら素手で掴めば手を焼き焦がされるはずだった。だが、俺の手は無傷だった。

 

 その理由は、右手にはさっきまでははめられていなかった指ぬきのグローブがはめれていたからだ。

 

 こいつには特殊な術式が施されており、こういった攻撃から手を保護してくれるのだ。

 

 イッセーを寝かせているときにはめておいたのだ。

 

 

「まあ、いいわ。たかが人間ごとき。さっさと殺してあげるわ」

 

 

 天野夕麻はそう言うと、手に光の槍を持って構える。

 

 投擲は通じないと考え、接近戦に切り替えたようだ。

 

 俺は掴んでいた光の槍を投げ捨てると、指輪──賞金稼ぎ(バウンティハンター)用の装備の『武装指輪(アームズリング)』から魔方陣が出現し、魔方陣が俺の体を通過する。

 

 すると、俺の出で立ちが黒のロングコートにインナー、ズボン、ブーツに指ぬきのグローブというものになった。背中にははぐれ悪魔との戦いのとき使用した機械仕掛けの鞘に収められた刀も背負っていた。

 

 『武装指輪(アームズリング)』は宝石部に装備を収納しておき、状況に応じて装備を取り出すことができる指輪だ。そして、俺が着ているのは戦闘服というやつだった。兄貴が賞金稼ぎ(バウンティハンター)の仕事で使う俺専用にと知り合いに頼んで製作してもらったものだ。

 

 性能がとにかくいい。頑丈で防弾、防刃どころか、あらゆるダメージに対して防御力が高い。もちろん、動きやすい。通気性もよくて、耐熱性もある。なのに、耐寒性能もある。おまけに身体能力を強化してくれると至れり尽くせりな性能をしているのだ。

 

 ・・・・・・ただ、兄貴の趣味が少し入ってて、些か、中二くさいんだよな。まあ、それはいまはどうでもいい。

 

 はぐれ悪魔のときは着るまでもないと着なかったが、この堕天使相手だとそうもいかないかもしれない。たぶん、中級レベルはある。ランクでいうとD級ぐらいはありそうだった。

 

 俺は背中に背負った機械仕掛けの鞘から刀を抜き、片手で構える。

 

 

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 

 

 睨み合いが続くなか、先に動いたのは俺だった。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 首を狙い、一太刀でしとめようと刀を振った。

 

 

「甘いわ!」

 

 

 天野夕麻は光の槍で斬擊を受け流した。

 

 俺は気にせず、続けて斬擊を放つ!

 

 だが、天野夕麻も的確に俺の斬擊を受け流す。

 

 しばらくそんな状態が続いたが、ここで変化が起きる。

 

 

「残念ね」

 

 

 天野夕麻がそう言った次の瞬間、俺の刀が上空に弾かれた!

 

 

「これで終わりね」

 

 

 天野夕麻は勝ち誇った笑みを浮かべ、得物を失った俺を貫こうと刺突を放つ。

 

 ──()()()()()()()()()()だ。

 

 

 ズドッ!

 

 

「──っっ!?」

 

 

 俺は刺突を躱し、天野夕麻の懐に潜りこんで裡門頂肘を堕天使の鳩尾に打ちこんでいた。

 

 

「はッ!」

 

 

 さらにそのまま鉄山靠で天野夕麻を後方に吹き飛ばす!

 

 

「・・・・・・かはっ······!? ・・・・・・貴様・・・・・・いずれ至高の堕天使となる私に・・・・・・よくも!」

 

 

 吹っ飛ばされた天野夕麻は立ち上がると、胸を押さえながら忌々しそうに俺のことを睨みつけてくる。

 

 俺は気にせず、堕天使に向かって駆けだした!

 

 

「くっ!」

 

 

 堕天使が苦し紛れに光の槍を投擲するが俺は裏拳で弾く。

 

 だが、光の槍を弾いた隙を衝くように天野夕麻が勢いを乗せて刺突を放ってきた。

 

 

 ガキィィィィッ!

 

 

「なっ!?」

 

 

 俺は上空から降ってきた刀を掴み、刃の上で滑らすように刺突を逸らす!

 

 刺突を逸らされた天野夕麻は勢いを止められず、俺に肉薄してきた。

 

 

「しまっ──」

 

 

 ズバッ!

 

 

 そして、俺はそのまますれ違いざまに天野夕麻を切り裂いた!

 

 俺をなめてかかってきていたうえに、武器を弾いたことで油断したところに一撃を入れられたことであっさりと冷静さ失って考えなしに突っ込んできてくれるとはな。おかげでだいぶやり易かった。

 

 ──まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 振り向き、天野夕麻を見ると、斬られた箇所を押さえながらうずくまっていた。

 

 手応えからして、浅くはなかった。だが、しとめるには至ってないようだな。

 

 殺すつもりで斬ったんだが、うまく身を捻るなりして急所は外したってところか? ・・・・・・腐っても中級堕天使か。

 

 俺は警戒を緩めず、堕天使を見据えて刀を構える。

 

 

「・・・・・・・・・・・・この私に傷を・・・・・・!」

 

 

 傷口を押さえながらよろよろと立ち上がり、さっきよりも忌々しそうに殺気を込めて激しく睨んでくる天野夕麻。だが、そうするだけで、動く気配はなかった。

 

 急所を外したとはいえ、重傷。それは傷口からの出血量からして間違いはなかった。戦闘を満足に続けるのはまず難しいだろうな。

 

 ──なら逃げられるまえにしとめる!

 

 俺はトドメを刺そうと天野夕麻に近寄ろうとした瞬間──。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 突然、天野夕麻とは別の殺気を感じ、その場から急いで飛び退いた!

 

 すると、俺がいた場所に、複数の光の剣が突き刺さった!

 

 

「くっ!」

 

 

 俺は殺気を感じたほうに視線を向けると、そこには黒い翼を生やした男──つまり、天野夕麻とは別の堕天使が笑みを浮かべていた。

 

 男堕天使の特徴は薄い青紫色の長髪をしており、顔立ちは整った感じだった。

 

 

「何をやっているのですか、レイナーレさま?」

 

 

 男堕天使は天野夕麻のそばに降り立つと、俺のほうを警戒しながら天野夕麻に話しかける。

 

 レイナーレ──それが天野夕麻の本当の名前か。

 

 

「・・・・・・・・・・・・うるさいわよ。──ディブラ」

 

 

 ディブラと呼ばれた堕天使はレイナーレに肩を貸しながら言う。

 

 

「アザゼルさまからの命は完了しました。あまり遊んでおられると、この町を根城にしている悪魔に感ずかれてしまいます。そのケガで事をかまえるのは得策ではありません。たかが人間一人の目撃者など、捨て置いて問題ないでしょう」

 

 

 ディブラに諭されると、レイナーレは再び俺を睨む。

 

 

「・・・・・・いまは見逃してあげるわ・・・・・・! でも、いずれ後悔させてやるわ!」

 

 

 レイナーレが捨て吐くと、堕天使たちは翼を羽ばたかせ、この場から飛び去ろうとする!

 

 

「逃がすか──ッ!?」

 

 

 逃がすまいと駆けだそうとしたが、ディブラが光の剣を投げつけてくる!

 

 直感的に受けるのはマズいと思った俺は後方に跳んで避ける。

 

 地面に突き刺さった光の剣は爆発し、爆風の衝撃が襲ってくる。

 

 なんとか地面を転がりながら爆風の衝撃を逃し、勢いを利用して体勢を立て直すが、堕天使たちはすでにこの場から飛び去っていた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・逃がしたか!」

 

 

 堕天使に逃げられたことに内心で舌打ちする。・・・・・・追うことも無理そうだな。

 

 完全に見失ってしまっており、追跡は不可能だった。

 

 

「・・・・・・クソッ!」

 

 

 俺は毒づきながら刀を鞘に収め、着ていた戦闘服から元の私服姿に戻る。

 

 

「・・・・・・・・・・・・イッセー・・・・・・」

 

 

 俺は死に瀕しているイッセーに歩み寄る。──イッセーはまだ微かに息をしていた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・明・・・・・・日、夏・・・・・・」

 

 

 イッセーは虚ろな声音で俺を呼んだ。

 

 

「・・・・・・なんだ? ・・・・・・何か言い残したいことでもあるのか?」

 

 

 俺は血が出るほど拳を握りしめながらも耳をすませて訊く。

 

 

「・・・・・・・・・・・・部、屋・・・・・・の・・・・・・エロ本・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・こんなときまでそんなことかよ・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・らしいっちゃ、らしいが・・・・・・もうちょい、マシな遺言はなかったのかよ・・・・・・?

 

 ──それ以前にもう声を出すのも厳しいか。

 

 ・・・・・・もうまもなく、イッセーは息を引き取るだろう。

 

 松田や元浜、イッセーの両親は驚き悲しむだろうな。

 

 兄貴も姉貴も。二人ともイッセーを気に入っていたからな。

 

 千秋には──なんて言えばいいんだろうな。たぶん、誰よりも悲しむ。ただでさえ、一度大切な存在を──父さんと母さんを目の前で失っている。そのせいで、イッセーに依存気味なところがある。・・・・・・ヘタをすれば、二度と立ち直れないかもしれない。

 

 

「クソッ!」

 

 

 自分の無力さに腹が立ち、当たるように地面に拳を打ちつける!

 

 俺にもっと力があったら、あの女の変装に気づけたかもしれなかったのに! そうしていれば、むざむざイッセーを殺されることもなかったのに!

 

 何がランクEぐらいだ! 力を持っていようと、はぐれ悪魔と戦えようが、堕天使と戦えようが、ダチ一人守れないんじゃなんの意味もねえ!

 

 避けられないイッセーの死に打ちひしがれていると、イッセーが弱々しく手を上げる。

 

 イッセーは何かを思い起こすかのように、自身の鮮血に染まる手を見ていた。

 

 

 カァァァッ。

 

 

 次の瞬間、イッセーから紅色の光が漏れ出した!

 

 俺は光の発生源であるイッセーのポケットを漁ると、一枚のチラシが出てきた。光の発生源はこのチラシだった。

 

 チラシには『あなたの願いを叶えます!』という謳い文句と魔法陣が描かれていた。

 

 普通の人なら一見すれば、怪しいもの、詐欺的なものと断定するだろう。

 

 だが、俺は知っている。このチラシの正体を。

 

 チラシがさらに輝きだし、ひとりでに俺の手から離れる。

 

 チラシが地面に落ちると、輝きがさらに増し、ひとつの魔法陣が出現する。

 

 魔法陣が輝くと、駒王学園の制服を着た紅髪の少女が現れた。

 

 その少女は、つい先日に出会ったばかりのリアス・グレモリー先輩だった。

 

 グレモリー先輩はイッセーのほうに視線を向けると開口一番に言う。

 

 

「あなたね、私を呼んだのは?」

 

 

-○●○-

 

 

 ・・・・・・真っ赤っかだ。紅。・・・・・・あのヒトの髪と一緒だ・・・・・・。

 

 鮮血にまみれた手を見ながら、死に体の俺はそんなことを思っていた。

 

 紅い、ストロベリーブロンドよりもさらに紅の髪。この手を染めた色と同じ色だ。

 

 旧校舎で見かけたあのとき、あの紅い髪が俺の目には鮮烈に映った。

 

 ははっ。俺、何言ってんだ・・・・・・。これから死んじまうってのに・・・・・・。

 

 ・・・・・・・・・・・・ダメだ、クソッ・・・・・・。もう、体が全然・・・・・・。視界に入っている明日夏の顔もぼやけてきた・・・・・・。ちくしょう・・・・・・。なんでこんなわけのわかんねぇ死に方・・・・・・。

 

 ・・・・・・ああ。それにしても、薄っぺらな人生だったな・・・・・・。

 

 ・・・・・・生まれ変われるのなら、俺は・・・・・・。・・・・・・俺は・・・・・・。

 

 ・・・・・・リアス先輩か・・・・・・。あのキレイな紅い髪・・・・・・。

 

 ・・・・・・あのヒトの・・・・・・。どうせ死ぬのなら、あんな美少女の胸で死にたかった・・・・・・。

 

 

「あなたね、私を呼んだのは?」

 

 

 明日夏じゃない誰かが声をかけてきた。

 

 ・・・・・・そこで俺の意識は途絶えた・・・・・・。

 

 意識が途絶える瞬間、俺の目に鮮やかな紅い髪が映りこんでいた。

 

 



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Life.5 俺、生き返りました!

 

 

「また会ったわね、士騎明日夏くん。早速で悪いのだけど、ここで何があったのか、詳しく話せるかしら?」

 

 

 グレモリー先輩に訊かれた俺は自身の不甲斐なさからくる苛立ちを抑えながら事の経緯を説明する。

 

 

「・・・・・・ここに倒れてるイッセー──兵藤一誠が堕天使に殺されました。理由はイッセーに自分たちを脅かす可能性がある『神器(セイクリッド・ギア)』を宿していると判断したからです」

 

 

 それを聞いて、グレモリー先輩は確証を得たかのような反応してイッセーのほうに視線を移す。

 

 

「そう、やはりこの子には『神器(セイクリッド・ギア)』が宿っていたのね」

 

 

 それを聞いて、思わず内心で先輩に対して怒りが沸き起こるが、ぐっと堪える。

 

 

「──知っていたんですか? イッセーに神器(セイクリッド・ギア)が宿っていたことを」

 

 

 それでも、キツめ口調で先輩に言ってしまった。

 

 

「確証はなかったけど、一応目はつけておいたのよ。堕天使がこの子に接触したあたりからその可能性があるとは思っていたわ」

 

 

 どうやら、最初から天野夕麻──レイナーレが堕天使だったことにも気づいていたみたいだな。

 

 だったらッ! ──と、感情的になりかけるがなんとか頭を冷やす。

 

 俺の内心の怒りを察したのか、先輩は申し訳なさそうに言う。

 

 

「──ゴメンなさいね。堕天使のことは監視していたのだけど。・・・・・・私たち悪魔と堕天使の関係のこともあるから、おいそれと介入はできなかったの。一応は理解してもらえるとありがたいのだけど・・・・・・」

 

 

 悪魔、堕天使、そして天使は過去に大きな戦争を起こした。悪魔の人口が著しく激減したのもその戦争が原因だ。他の勢力も小さくない被害が出ており、互いに疲弊し、いまは停戦状態になっている。──だが、ほんのちょっとの切っ掛けで戦争を再開しかねない緊張状態だともいう。

 

 そのことを考えれば、たかだか一個人、しかも他人のことで不用意に悪魔が堕天使と関わるべきではないことは理解できる。

 

 

「・・・・・・でも、あなたからしてみれば・・・・・・納得はできないでしょうね・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・ええ。できたら、堕天使の行動を阻止してほしかったですよ。

 

 ・・・・・・・・・・・・もっとも、俺がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったんだがな・・・・・・。

 

 俺はふと、先輩にならイッセーのことを()()()()()()ことができる方法があることを思いだす。

 

 そんなことを考えている俺をよそに、先輩はイッセーのもとまで歩み寄ると、うんと頷く。

 

 

「どうせ死ぬなら、私が拾ってあげるわ」

 

 

 その言葉に俺は驚く!

 

 

「意味はわかるでしょう?」

 

「ええ」

 

 

 上級悪魔が他種族を悪魔へと転生させる際にある道具が使われる。それが『悪魔の駒(イービル・ピース)』と呼ばれるものだ。

 

 『悪魔の駒(イービル・ピース)』には、死んだ者でさえも悪魔へと転生させることができる。つまり、イッセーを悪魔として生き返らせるということだ。

 

 

「──でも、なぜ?」

 

 

 『悪魔の駒(イービル・ピース)』には限りがある。だから、主のステータスにもなる下僕選びには慎重になってしまうものだ。

 

 正直、頼んだとしても、断られるだろうと思っていたのだが──。

 

 

「勘違いしないで。ただ、善意でやるわけではないわ。堕天使が危惧するような神器(セイクリッド・ギア)を持つこの子が欲しいと思ったからよ」

 

 

 なるほど。ちゃんとこのヒトなりのメリットはあるわけか。

 

 

「理由はどうあれ、イッセーを助けてくることには感謝します。ですが──」

 

 

 下僕を本当にただの駒のように扱う上級悪魔がいることがあり、先輩がイッセーをそんなふうに扱うかもしれないという一抹の不安を覚え、つい先輩を睨みつけてしまう。

 

 

「わかっているわ。あなたが考えているようなことはしないから」

 

 

 それでも──。

 

 俺はグレモリー先輩を真っ直ぐ見据えながら告げる。

 

 

「──仮にそのようなことをするようなら・・・・・・何があろうとも、あなたからイッセーを引き離す! たとえ、あなたが()()()()だろうと!」

 

 

 そう。先輩は実は魔王の妹でもあるのだ。

 

 それを聞いて、グレモリー先輩は目を細めて言う。

 

 

「・・・・・・それは、下手をすれば悪魔全体を敵にまわしてもかまわないと受け取ってもいいのかしら?」

 

 

 俺はそれに一切怯むことなく言う。

 

 

「・・・・・・覚悟がなければ、魔王の妹であるあなたにこんな啖呵きりませんよ」

 

 

 正直、悪魔全体を敵にまわしてタダで済むとは思っちゃいない。十中八九、死ぬだろう。

 

 それでも、イッセーに危害を加えようとするのなら、なにがなんでもかじりついてやる!

 

 そういう想いと覚悟をこめて、先輩に告げた。

 

 それを聞いて、グレモリー先輩は笑い出す。

 

 

「うふふ。あなた、おもしろいわね。いいわ、約束する。絶対にこの子のことは悪いようにはしないわ。我らが魔王さまに誓って」

 

 

 グレモリー先輩も真っ直ぐ俺を見据えながら言った。

 

 その言葉に嘘偽りがないことを把握した俺は、友人の恩人になるようなヒトに失礼な態度をとってしまったことを詫びる。

 

 

「すみませんでした」

 

 

 先輩は気にしてないと言うように手を振る。

 

 

「いいのよ。それだけ、あなたにとって、お友達が大事ってことだもの。じゃ、そろそろ彼を生き返らせましょうか」

 

 

 そう言い、先輩は紅色をしたチェスの駒を取り出す。

 

 このチェスの駒が『悪魔の駒(イービル・ピース)』だ。チェスを模して、『王』(キング)』以外の駒と同じ数──『女王(クイーン)』が一個、『騎士(ナイト)』が二個、『戦車(ルーク)』が二個、『僧侶(ビショップ)』が二個、『兵士(ポーン)』が八個の計十五個がある。

 

 グレモリー先輩が取り出したのは『兵士(ポーン)』の駒八個だった。

 

 俺は思わずそれに驚いてしまう。

 

 

「八個すべてですか?」

 

「ええ。こうしないと、この子を転生できないの。それだけ、この子に宿っているものが規格外ということよ」

 

 

 転生者のスペックが高い場合、転生させる際に必要な駒の数が多くなるケースがあるという。

 イッセーは本来、普通の人間だったので、ぶっちゃけてしまえば、駒ひとつで十分な程度のスペックでしかないはずである。

 

 先輩の言う通り、イッセーの身に宿っているものはそれだけ規格外だったということなのだろう。

 

 何も知らない普通の人間であるイッセーにそれだけ強大な力を扱いこなすのはまず不可能に近い。最悪、暴走して、イッセーのみならず、周りにいる俺たちもタダでは済まなかったかもしれなかった。堕天使が危惧するわけだ。

 

 グレモリー先輩は『兵士(ポーン)』の駒をイッセーの胸の上にすべて置く。

 

 

「我、リアス・グレモリーの名において命ず。汝、兵藤一誠よ。いま再びこの地に魂を帰還せしめ、我が下僕悪魔と成れ。汝、我が『兵士(ポーン)』として、新たな生に歓喜せよ!」

 

 

 『兵士(ポーン)』の駒が紅い光を発し、ひとつずつイッセーの胸に沈んでいく。

 

 すべての駒が沈み、それに伴ってイッセーの腹の傷が塞がり──イッセーが息を吹き返した!

 

 

「ふぅ。これでもう大丈夫よ。あとはこの子を家へ帰すだけね」

 

「それは俺がやりますよ」

 

「じゃあ、お願いするわ。それから、この子には今日のことや悪魔のことは伏せておいてくれるかしら」

 

「──自力で自分の身の変化に気づかせるためですか?」

 

「ええ」

 

 

 確かに、自力で気づいていったほうが、自分の身に起こった変化も受け入れやすくなるか。

 

 それでも、パニックにはなるだろうが。

 

 

「頃合を見て真相を話すから、そのときはあなたも来てちょうだい」

 

「わかりました」

 

「それじゃ」

 

 

 グレモリー先輩は魔法陣による転移でこの場から去っていった。

 

 

「──さて」

 

 

 俺はイッセーを担ぐ。

 

 血まみれだったが、幸い時間も時間なので、人がいなくて助かった。

 

 俺はそのままイッセーを担いで家に向かう。

 

 道中、担いでいるイッセーに視線を向ける。

 

 

「・・・・・・神器(セイクリッド・ギア)、か」

 

 今回の事件が起こる原因となったものの名を呟いた。

 『神器(セイクリッド・ギア)』──聖書に記されし神が作ったとされる特定の人間に身に宿る規格外の力。イッセーが殺される原因になったものだ。

 

 その力は様々なものがあり、人間社会規模でしか機能しないものもあれば、あの堕天使が言ったように、種族規模に影響をおよぼす力を持ったものもある。

 

 そして、後者のほうがイッセーに宿っていたとはな。

 

 堕天使が種族規模で危険視したり、先輩の『悪魔の駒(イービル・ピース)』の『兵士(ポーン)』の駒をすべて使わなければイッセーを転生させることができなかったのことを考えると、相当規格外な力を持ったものがイッセーに宿っていたことになる。

 

 悪魔になったこともあり、イッセーはもう、普通の暮らしはできなくなった。

 

 イッセーが自分の身に起こったことを受け入れてくれるかどうか・・・・・・。

 

 俺も今後のことで兄貴たちと相談したほうがいいだろうな。

 

 

「さて・・・・・・千秋になんて説明するか。・・・・・・・・・・・・荒れそうだな・・・・・・」

 

 

 イッセーが一度死んだこと、悪魔として生き返ったこと、イッセーの身に規格外レベルの神器(セイクリッド・ギア)が宿っていたこと。説明することがたくさんあるな。

 

 それから家に着いて、すぐに千秋と鉢合わせた。

 

 予想通り、イッセーの状態に慌てたり、イッセーが一度死んだことにショックを受けたり、イッセーが生き返ったことに涙を流しながら安堵する千秋をなだめるのに苦労するのだった。

 

 

-○●○-

 

 

「おまえら・・・・・・マジで夕麻ちゃんのことを覚えてないのか?」

 

「・・・・・・だから、そんな子知らねぇって」

 

「何度も言うが、俺たちはそんな子紹介なんてされてないし──おまえに彼女とかありえない」

 

 

 学校の休み時間、俺は松田と元浜に夕麻ちゃんのことを訊くが、二人とも知らない──ていうか、初めからいなかったふうに言う。

 

 最初は俺をからかっているのだと思った。

 

 けど、一度真剣に語り合った結果、そうでないと痛感する。

 

 あの日──夕麻ちゃんとデートした日、俺は彼女とデートをして、彼女に殺された──という夢を最近見たんだ。

 

 それからだ。夕麻ちゃんの痕跡がいっさいなくなっていたのは。ケータイにあった電話番号もメアドも消えていた。

 

 夕麻ちゃんと過ごしてきた時間が全部嘘だったと、夢だったと言うのかのように・・・・・・。

 

 

「何の騒ぎだ?」

 

 

 そこへ、明日夏と千秋がやってきた。

 

 そういえば、夢の最後らへんに明日夏が出てきたな。

 

 

「な、なあ、二人とも! もう一度訊くけど、二人とも、夕麻ちゃんのこと覚えてるか!?」

 

 

 俺は二人に詰め寄るが──。

 

 

「・・・・・・夕麻? 俺ももう一度訊くが、本当に誰なんだ?」

 

「・・・・・・うん、誰のこと?」

 

 

 二人から帰ってきた答えは松田と元浜のと同じようなものだった。

 

 明日夏と千秋も夕麻ちゃんのことは覚えていない。松田と元浜と同じだ。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 そこへ、騒ぎを聞きつけて霧崎さんがやって来た。

 

 俺は霧崎さんにも訊く。

 

 

「なあ、霧崎さん。天野夕麻って子のこと、覚えてる?」

「・・・・・・天野夕麻さん? ううん、知らないヒトの名前だよ」

 

 

 霧崎さんも同じだった。

 

 

「おまえ、エロい妄想ばっかしておかしくなったんじゃね?」

 

 

 松田が憐れみの視線を向けながら訊いてきた。

 

 

「おまえと一緒にするな! 俺は確かに──」

 

 

 俺の言葉を遮り、松田が俺の肩に手を置く。

 

 

「いいから、今日は俺ん家に寄れ。秘蔵のコレクションを皆で見ようじゃないか!」

 

「それはいい! 是非そうしよう!」

 

 

 元浜も松田の提案に乗っかった。

 

 二人はグフフフといやらしい笑い声をあげて俺を置いて勝手に話を進めてしまう。

 

 

「二人とも、男の子なんだから、そういうのに興味があるお年頃なんだろうけど、もう少し場所を考えたほうがいいよ」

 

 

 霧崎さんがやんわりと注意を促してきた。

 

 そんな霧崎さんに明日夏が言う。

 

 

「・・・・・・無駄だ、霧崎。こいつらは言っても聞かねえよ・・・・・・」

 

 

 すると、松田と元浜が明日夏に食ってかかる。

 

 

「うるさい! 美少女を入れ食いしてるような奴には関係のないことだ!」

 

「・・・・・・そんなことした覚えも、やる気もねえよ」

 

「女子に人気がある時点で入れ食いしてるようなものだ!」

 

 

 明日夏と松田と元浜のやり取りを見て苦笑していると、千秋に袖を引っ張られる。

 

 

「どうした、千秋?」

 

「・・・・・・イッセー兄、大丈夫?」

 

 

 ・・・・・・千秋にまで、俺がおかしくなったって思われてんのかな? 真剣に心配そうに俺のことを見ていた。

 

 俺は千秋の頭をなでながら言う。

 

 

「大丈夫だよ。変なこと訊いて悪かったな」

 

 

 頭をなでられた千秋は安心したような表情になる。

 

 千秋って、明日夏や冬夜さん、千春さんになでられるとちょっといやそうにするけど、なぜか俺になでられるときはうれしそうにするんだよな?

 

 

「おい、イッセー! なに千秋ちゃんとイチャついてんだ!」

 

「せっかく心配してやってるってのに! ふざけるな!」

 

 

 松田と元浜が血の涙を流さんばかりに怒鳴ってきた。

 

 

「い、いや、別にイチャついてなんかいねえよ!」

 

 

 おもわず、千秋の頭から手を離してしまう!

 

 千秋のほうも顔を真っ赤にしちゃってるし!

 

 

「おまえら、少し落ち着けよ」

 

 

 明日夏が二人を諌めようとするが、松田と元浜の熱は冷めない。

 

 

「そんなに千秋ちゃんとイチャつけるんなら、彼女がいる妄想なんてしなくていいだろうが!」

 

「まったくだ! 何が夕麻ちゃんだ!」

 

 

 二人の怒りメーターがどんどん上っていくなか──。

 

 

「──いい加減、やかましいんだよ」

 

 

 明日夏のアイアンクローによって、二人は撃沈してしまった。

 

 そんないつも通りの光景にハハハと笑っていると、俺の視界に紅が映る。

 

 学園三年のリアス・グレモリー先輩が俺たちのそばを通り抜けていったのだ。

 

 そのとき、リアス先輩が微笑みながらこちらのことを見ていた。

 

 その瞬間、心まで掴み取られるような感覚に陥った。

 

 そして、不意に思い出した。──リアス先輩らしきヒトが夢に出てきたことを。

 

 

―○●○―

 

 

『変身! 花弁ライダーピンキー!』

 

 それから、松田と元浜に「これ以上、千秋ちゃんとイチャつかせるか!」と無理矢理松田の家に連れてこられて、松田の秘蔵のエロDVDとやらを見ていた。

 

 

「おおぉッ! これはモモちゃんの新作、花弁ライダーピンキー!」

 

「フフン、入手にはちと苦労したがな」

 

 

 二人がDVDに興奮しているのをよそに、俺はいまだに夕麻ちゃんのことを考えていた。

 

 やっぱりおかしい。数日間の記憶が全部夢でしたなんて・・・・・・普通ありえるか?

 

 仮にそうだとして、そのあいだの記憶はどこ行っちまったんだ?

 

 

「おい、どうしたんだよ、イッセー?」

 

 

 考え込んでいると、松田が話しかけてきた。

 

 

「おまえ、桃園モモちゃんのファンだろう?」

 

 

 桃園モモってのは、いま見ている特撮番組に出ているアイドルの名前だ。松田の言う通り、俺は桃園モモちゃんのファンだ。彼女の音声でいろんなシュチュエーションな起こし方をしてくれるという革新的な目覚まし時計を持っているほどだ。

 

 普段だったら、二人と同じようにテンションが上がっていただろうが・・・・・・ただ、いまは夕麻ちゃんのことで頭がいっぱいで、そんな気分になれなかった。

 

 

「そうだ! さらなるムーディーを演出するため、灯りを消そう!」

 

 

 元浜はそう言い、立ち上がって部屋の電気のスイッチを押した。

 

 

「おおっ! いい感じ!」

 

「だろう!」

 

 

 あれ? 部屋の灯り消えてなくね?

 

 

「なあ、消えてねえぞ」

 

「あん? なんだって?」

 

「部屋の灯り消えてねえだろ?」

 

「はぁ? おまえ、何言ってんだ?」

 

 

 松田と元浜がおかしなものを見るような目で俺を見てきた。

 

 よく見ると、確かに部屋の灯りは消えていた。──でも()()()。灯りが点いていたときよりもはっきりと部屋の中が見えている!

 

 

「・・・・・・悪い・・・・・・俺、帰るわ」

 

「お、おい。具合でも悪いのか?」

 

「・・・・・・ああ・・・・・・そんな感じだ・・・・・・」

 

 

 松田の家から出て、帰り道を歩く。

 

 

「・・・・・・やっぱり・・・・・・昼間よりはっきり見える」

 

 

 道中にあった路地を見ると、もう日が暮れてろくに見えないはずの路地の中がはっきりと見えた。

 

 それに、あの夢を見てからというもの、どういうわけか体から力が溢れてくるみたいな感じがするんだ。

 

 

『やだやだ! 買って買って!』

 

『そんなにわがまま言うと、置いてっちゃうわよ』

 

『やぁぁだぁぁぁっ!?』

 

 

 俺の耳に駄々をこねる子供と子供を叱る母親の会話が聞こえてきた。

 

 

「な、なんで、あんな遠くの声が聞こえてくるんだ!?」

 

 

 親子がいるのは、ここから百メートルは離れているコンビニだった。普通ならどんなに叫んだとしても、こんなにはっきり聞こえるわけがない!

 

 俺はわけがわからなくなり、その場から駆けだした!

 

 どうしちまったんだ!? 俺の体おかしすぎだろ!?

 

 当てもなく走っていると、とある公園にたどり着いた。

 

 

「・・・・・・ここって・・・・・・夕麻ちゃんと最後に来た・・・・・・」

 

 

 そうだ・・・・・・ここだよ。ここは・・・・・・夕麻ちゃんとのデートで最後に来た場所だ。そして・・・・・・彼女に殺された。

 

 

 ぞくっ。

 

 

 突然、背筋に冷たいものが走った!

 

 

「なんだ!?」

 

 

 振り向くと、帽子をかぶり、スーツを着た男がこちらに歩み寄ってきていた。

 

 

「これは数奇なものだ。こんな地方の市街で貴様のような存在に会うのだものな」

 

 

 な、なんだ! 体の震えが止まらねぇ!

 

 

「フッ」

 

「──ッ!?」

 

 

 男に睨まれ、おもわず後ろに飛んだ俺は、その飛んだ距離に驚愕する。

 

 ちょっと下がったつもりだったのに!

 

 

「逃げ腰か?」

 

 

 男が問いかけてくるが、答える余裕なんてあるわけがなく、その場から急いで逃げだした!

 

 その足の速さに再び驚愕する。明らかにいつもよりも速度が上がっているからだ。

 

 普通なら混乱するところだが、いまはありがたい!

 

 全力疾走で走っていると、周囲に黒い羽が舞い落ちてきた。

 

 

「羽!? 夕麻ちゃん!」

 

 

 夢で見た夕麻ちゃんの持つ翼のものと同じ羽だったものだから、一瞬夕麻ちゃんかと思ったが、羽の持ち主は夕麻ちゃんと同じ翼を生やしたさっきの男だった。

 

 男はあっさりと俺を追い抜き、俺の前に降り立った。

 

 

「下級の存在はこれだから困る」

 

 

 ま、また夢かよ!? これ!?

 

 

「ふん、主の気配も仲間の気配もなし。消える素振りすら見せず、魔法陣すら展開しない。状況を分析すると、おまえは『はぐれ』か。ならば、殺しても問題あるまい」

 

 

 そういう男の手には、夕麻ちゃんのと同じ光る槍のようなものが握られていた!

 

 同じ夢なら、こんな男より美少女のほうが一億倍マシだぜ──って、こんなときまで何考えてんだよ俺は!

 

 

「安心しろ。苦しむまもなく、殺してやろう」

 

 

 男が夕麻ちゃんのように槍を振りかぶる。

 

 夢の通りなら、あの槍で俺は──。

 

 

「──死ね」

 

 

 ドォンッ!

 

 

「ぐおぉっ!?」

 

 

 男が槍を投げつけようとした瞬間、槍が急に爆発した!

 

 

「・・・・・・これは貴様のしわざ──ではなさそうだな」

 

 

 男がそう言うのと同時に、俺を跳び越えて、黒いロングコートを着た男が俺の前に降り立った。

 

 顔は見えないけど、その後ろ姿から男の正体が俺にはすぐにわかった。長い付き合いだからな。

 

 

「──今度は間に合った」

 

 

 黒いロングコートをなびかせながら言うのは俺の幼馴染みで親友──士騎明日夏だった。

 

 



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Life.6 俺、人間やめました!

 

 

「──無事か、イッセー?」

 

 

 そう訊きつつ、イッセーの状態を確認する。

 

 見た感じ、怪我はなさそうだな。

 

 

「──貴様、何奴だ? 見たところ人間のようだが・・・・・・。なぜそのはぐれをかばう?」

 

「答える義理なんてないだろう」

 

 

 俺は後ろにいるイッセーに気を配りながら目の前の堕天使に言った。

 

 

「あ、明日夏! こ、これは一体? てか、なんでここに!? そいつは一体なんなんだよ!?」

 

 

 混乱した様子のイッセーが訊いてきた。

 

 

「いっぺんに訊くな! 説明はあとでするから、いまは黙って俺の後ろにいろ!」

 

「あ、ああ!」

 

 

 イッセーをどうにか落ち着かせて、俺は堕天使を見据える。

 

 

「フン、まあいい。人間ごときができることなど、たかが知れている。邪魔だてするのなら、まとめて始末すればいい」

 

 

 堕天使は光の槍を手にしながら言った。

 

 ──随分となめられたもんだ。まあ、油断してくれるのならやりやすくなるけどな。

 

 

「くたばるがいい!」

 

 

 堕天使は俺に向けて槍を投げ放とうとする。

 

 しかも、軌道上にイッセーが入るように!

 

 堕天使の表情には「避ければ後ろにいるイッセーが死ぬ」と言いたそうな邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 

「はッ!」

 

 

 堕天使が手に握る槍を放ってきた。

 

 確かに避ければイッセーが死ぬ──。

 

 

 ギィン!

 

 

 なら、避けないで対処すればいいだけだ!

 

 

「弾いただと!?」

 

 

 堕天使は俺が取り出したナイフで槍を弾いたのを見て驚愕する。

 

 

「ならば出力を上げるまでだ!」

 

 

 堕天使はすぐさまさっきよりも光が濃い槍を作りだし、投げつけようとしてくる。

 

 俺はそこへ別のナイフを二本投げつけた!

 

 

「こんなもの!」

 

 

 堕天使はすぐに反応し、槍でナイフを弾いた瞬間──。

 

 

 ドォォンッ!

 

 

「ぐおぉっっ!?」

 

 

 ナイフが爆発し、堕天使は爆風をもろにあびた。

 

 さっきイッセーを助けた爆発も、いまのナイフ──衝撃や異能の力に反応して起爆する『バーストファング』によるものだ。

 

 俺はその場から駆けだした!

 

 爆風で吹き飛ぶ堕天使に肉薄し、スーツを掴んで引き寄せる。

 

 

「ふッ!」

 

「ぐほぉぉっ!?」

 

 

 そのまま拳による寸勁を打ち込んで吹き飛ばしてやった!

 

 堕天使を吹き飛ばした俺は、後方に何回も飛んでイッセーの前に降り立つ。

 

 

「・・・・・・ぐおおお・・・・・・っ!? ・・・・・・き、貴様ぁぁぁっ・・・・・・!」

 

 

 堕天使は胸を押さえながら、憤怒の表情で俺を睨みつけてきた。

 

 堕天使はそのまま怒りに任せて、槍を作りだそうとするが──。

 

 

「その子に触れないでちょうだい」

 

 

 その場にかけられた声によって中断された。

 

 少し離れた場所に声の主──リアス・グレモリー先輩がいた。

 

 

「・・・・・・紅い髪・・・・・・グレモリー家の者か・・・・・・」

 

「リアス・グレモリーよ。ごきげんよう、堕ちた天使さん」

 

 

 堕天使は爆風で吹っ飛んだ帽子を拾い、帽子に付いた埃を払いながら不敵な笑みを浮かべて言う。

 

 

「・・・・・・フフ。これは・・・・・・この町がグレモリー家の次期当主の管轄であったとは・・・・・・。そこの悪魔はそちらの眷属、その者は契約者と言ったところか?」

 

 

 俺は別に契約者ってわけじゃないんだが、説明する必要もないので黙ってる。

 

 

「その子にちょっかいを出すのなら、容赦しないわ」

 

「ま、今日のところは詫びよう。だが、下僕は放し飼いにしないことだ。私のような者が、散歩がてら狩ってしまうかもしれんぞ?」

 

 

 グレモリー先輩の言葉に堕天使は帽子をかぶり直しながら、怯まずに返した。

 

 

「ご忠告痛み入るわ。でも──」

 

 

 グレモリー先輩は視線を鋭くし、堕天使を睨みながら言う。

 

 

「私のホームで今度こんなマネをしたら、そのときは躊躇なくやらせてもらうから──そのつもりで」

 

 

 堕天使も怯まず、グレモリー先輩を見据える。

 

 

「そのセリフ、そっくりそちらに返そう、グレモリー家の次期当主よ。我が名はドーナシーク。再びまみえないことを祈ろう」

 

 

 そう残し、堕天使ドーナシークはこの場から飛び去っていった。

 

 

―○●○―

 

 

 翼を生やした男が去ってからも、俺はいまだに混乱の最中にいた。

 

 ──何がどうしてこうなったんだ・・・・・・?

 

 松田と元浜に連れられてエロDVDを見に行って、途中で抜け出して、体の変化に混乱して当てもなく走ってたら夕麻ちゃんと最後に来た公園に着いて、変な男に追いかけられて殺されそうになったら親友が駆けつけてきて、アクション映画ばりの戦いを繰り広げたと思ったら、そこにリアス先輩が現れて、男はどっかに行ってしまった。

 

 ──いっぺんにいろいろありすぎて、もうわけわかんねえよ! 夢だよな! 夢なんだよな!?

 

 そんな俺の心を見透かしたように明日夏が言う。

 

 

「──混乱してるところ悪いが、これは夢じゃねえよ」

 

 

 明日夏は俺の体の状態を確認すると、改めて訊いてくる。

 

 

「もう一度確認するが、ケガはねえな?」

 

「あ、ああ・・・・・・」

 

「なら、いいが」

 

「いや、よくねぇよ!」

 

 

 少しだけ冷静になってきたところで、改めて明日夏に訊く。

 

 

「これは一体なんなんだよ!? なんでリアス先輩がここにいるんだよ!」

 

「あー・・・・・・」

 

 

 明日夏はリアス先輩のほうを見る。

 

 リアス先輩はそれを見て、仕方がないといった感じの笑みを浮かべる。

 

 

「もう少し時間を置こうかと思ったけど、こうなっては仕方がないわね。兵藤一誠くん」

 

「あ、は、はい!」

 

 

 急に呼ばれて、おもわずうわずった返事をしてしまった。

 

 

「明日、いままでのことを説明してあげるわ」

 

 

 ・・・・・・いままでのこと・・・・・・?

 

 

「先輩、俺のほうでできる範囲まで説明をしておきましょうか?」

 

「そうね。話したことのないヒトよりは、落ち着いて聞いてくれるかもしれないし、お願いするわ」

 

 

 俺をよそに、明日夏と先輩でどんどん話が進んでいった。

 

 

「使いを出すから、彼と一緒に来てちょうだい」

 

 

 リアス先輩はそういうと、足元に紅く輝く魔法陣のようなものを展開する。

 

 

「じゃあ、放課後にまた会いましょう」

 

 

 その言葉を最後に、リアス先輩はどこかへと消えていってしまう。

 

 

「さて・・・・・・おまえを置いてきぼりにして勝手に話を進めちまって悪いな」

 

 

 明日夏が後頭部を掻きながら謝ってきた。

 

 

「・・・・・・いや、まあ・・・・・・ちゃんと説明してくれるならいいけどよ・・・・・・」

 

 

 正直、まだ混乱してて、まともな判断とかできそうになかったからな。

 

 明日夏は左手を左の方向に伸ばした。よく見ると、中指にシンプルな指輪がはめられていた。

 

 すると、指輪の宝石部分が光り、魔法陣のようなものが出てきた!

 

 魔法陣が明日夏の体を通過すると、コート姿から駒王学園の制服姿になってしまった!

 

 な、なんだよ、ありゃ!?

 

 

「説明は一度帰ってからゆっくりするつもりだが・・・・・・それとも、いますぐがいいか?」

 

「いや、一旦落ち着かせてくれ・・・・・・」

 

 

 いまの状態で聞けば、さらにパニックになるだけのような気がする。

 

 それにしても、リアス先輩もだけど、おまえって一体何者なんだ?

 

 たぶん、いまのが俺の中でも一番の疑問だったろう。

 

 

―○●○―

 

 

 あのあと、一旦家に帰って落ち着いてから、説明を受けるためにこうして明日夏の家にやって来た。そして現在、明日夏の家のリビングで椅子に座っていた。テーブルを挟んで、対面には明日夏と千秋がいる。

 

 千秋もここにいるってことは、これからしてくれる説明にも関係あるってことだよな?

 

 

「さて、何から話すか」

 

 

 明日夏たちのことは──最後に訊くか。

 

 

「・・・・・・じゃあ・・・・・・あの翼を生やした男について教えてくれよ・・・・・・」

 

 

 リアス先輩は堕ちた天使って言ってたけど。

 

 

「あれは堕天使。神に仕える天使が欲を持ち、その身を天から地に堕とした存在だ」

 

 

 ──天使に堕天使ときたか。明日夏の雰囲気から冗談ではないよな。

 

 

「──天野夕麻」

 

「っ!?」

 

 

 明日夏が口にした名を聞いて、俺はテーブルに身を乗り出して明日夏に詰め寄ろうとしてしまう!

 

 

「ど、どうして!? おまえ、知らないって──」

 

 

 俺がそう詰め寄るだろうと予想していたのか、明日夏は淡々と俺を手で押しのけた。

 

 

「──落ち着け。そのことに関しては悪かった・・・・・・」

 

「・・・・・・ゴメン・・・・・・イッセー兄・・・・・・」

 

 

 二人に謝罪をされてしまったので、俺は明日夏の言う通り、一旦落ち着く。

 

 ていうか、千秋も本当は知っていたんだな。

 

 

「・・・・・・知らないふりをしていたのは、グレモリー先輩に止められていたからだ」

 

「先輩に?」

 

「ああ。理由を説明するにはまず、天野夕麻のことを説明してからだな」

 

 

 そうだ! 二人が夕麻ちゃんのことを覚えていたってことは、夕麻ちゃんは実在していたってことになる!

 

 でも、だとしたら、松田や元浜、霧崎さんが覚えてないのはなんでだ? なんで二人だけ──いや、それも明日夏たちの秘密に関係あるってことなのか?

 

 

「おまえ、天野夕麻とのデートのことは覚えているな?」

 

 

 それを訊かれてハッとする。

 

 もし、あの夢が本当は現実だとしたら──。

 

 

「・・・・・・夕麻ちゃんも・・・・・・堕天使だって言うか・・・・・・?」

 

 

 俺の脳裏に黒い翼を生やした夕麻ちゃんの姿が浮かびあがる。夕麻ちゃんの翼と今日出会った男の翼は全く同じものだった。

 

 

「ああ。あの女──天野夕麻も堕天使だ」

 

 

 ──いや、ちょっと待て!

 

 

「仮にあのデートが本当のことだったとして──なんで俺は生きてるんだ!?」

 

 

 あのとき、俺は彼女の光の槍で貫かれた! どう考えても、生きてるなんてありえないはずだ!

 

 

「そこからは、グレモリー先輩の正体にも触れながら説明する」

 

 

 そこでリアス先輩の正体に触れるのか?

 

 俺のこととリアス先輩──なんか関係・・・・・・あるんだろうな。

 

 

「まず、グレモリー先輩の正体だが──あのヒトは悪魔だ」

 

「あ、悪魔・・・・・・?」

 

「『悪魔の契約』で有名なあの悪魔だ」

 

「それってつまり・・・・・・リアス先輩は人々の願いを叶えては魂を奪っていくヒトだって言うのか・・・・・・?」

 

 

 俺の頭の中に邪悪な笑みを浮かべて人々の魂を奪うリアス先輩の姿が浮かぶ。

 

 

「最近じゃ、魂を対価にするような契約はほとんどないらしいぞ。基本的に対価はそこらで手に入る普通の物品で済まされてるらしい」

 

「えっ、そうなの」

 

 

 なんか、イメージをぶち壊されたような・・・・・・。

 

 

「そして、グレモリー先輩は悪魔の中でも上級の階級を持つ上級悪魔で、この町を縄張りに活動している」

 

「えっ、それって、この町が悪魔に支配されてるってことか?」

 

「いや、別に支配してるわけじゃねえよ。活動場所として管理しているだけで、そこに住んでる人々に契約以外のことで干渉はしていない」

 

「そうなのか。で、リアス先輩がその悪魔だとして・・・・・・俺とどう関係が?」

 

「おまえ、自分の身の変化に気づいてるか?」

 

「──ッ!?」

 

 

 そう問われた俺は、今日のことを思いだす。

 

 暗い場所がよく見えたり、遠くの声がよく聞こえたり、走力が上がっていたり、とにかく身体能力が異様に高まっていた。

 

 

「単刀直入に言う。おまえはあのとき、一度死んだ。そして、生き返った──いや、転生したと言うべきか。──悪魔にな」

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・落ち着いたか?」

 

「・・・・・・ああ」

 

 

 イッセーは自分が悪魔になってしまったことにパニックを起こしてしまった。

 

 まあ、無理もないか。立て続けに起こった事態にいま知った真実、これだけでも驚愕ものなところ、しまいには自分が死んで悪魔に転生したなんて言われれば、そりゃパニックにもなるな。

 

 いまは俺が淹れたお茶を飲んで落ち着いていた。

 

 

「説明再開していいか?」

 

「あ、ああ・・・・・・」

 

 

 確認をとり、イッセーが頷くのを見ると、俺は説明を再開する。

 

 

「まず、グレモリー先輩のような上級悪魔は眷属っていうのを従えているんだ」

 

「眷属?」

 

「直属の部下みたいなもんだな。で、その眷属を得るのに、他種族を悪魔に転生させる場合がある──ていうか、ほとんどが他種族の転生体だな。特に人間」

 

「じゃあ、俺はリアス先輩のその眷属として悪魔になったってことか?」

 

 

 一旦落ち着いたことで冷静になり、すぐにそこへ至ることができたようだな。

 

 

「ああ。悪魔への転生は死んだ者さえも生き返らせることができるからな」

 

「てことは、リアス先輩は俺の命の恩人ってことになるのか?」

 

「そうだな」

 

 

 俺はあるものをテーブルの上に置く。

 

 

「こいつを覚えてるか?」

 

「あっ、それって!」

 

 

 俺がテーブルの上に置いたのは、『あなたの願いを叶えます!』と言う謳い文句と魔法陣が描かれたチラシだった。

 

 

「どうして、おまえがそれを?」

 

「あー、そのへんに関してはノーコメントで・・・・・・」

 

 

 これはあの日、イッセーと天野夕麻の尾行をしていた千秋が受け取ったものだ。

 

 あのとき、千秋は変に暴走して冷静じゃなかったため、何を願うかわかったものではなかったので、俺が慌てて没収したのだ。

 

 

「でだ。このチラシは悪魔と契約を結ぶために悪魔を呼び出すことができる魔法陣だ。本来は自分で魔法陣を描いて願いを叶えてもらうものなんだが、いまどき、そんな人間いないからな。お手軽にしようと、こんなふうに簡易版にしたらしい」

 

「なんか、ファンタジー観がぶち壊しじゃね?」

 

 

 ・・・・・・そこは現代社会に合わせたって言ってやれ。

 

 

「あの日、おまえもこれを持っていただろ?」

 

「ああ、そうだけど。なんで知ってんだ?」

 

「おまえが死んだあの場に俺がいて、その魔法陣からグレモリー先輩が現れる瞬間を見ただけだ」

 

 

 本当はデートを尾行してたからなんだがな。

 

「そういえば、あのとき、意識が朦朧としてきたときに、おまえの姿を見かけたな。なんでおまえがあの場に?」

 

「・・・・・・いやな胸騒ぎがしてな。おまえのデートプランと時間から場所を特定して急いで向かって・・・・・・そして、駆けつけて入ってきた光景がおまえが殺された瞬間という最悪な場面だったってだけだ。・・・・・・・・・・・・俺がもっとしっかりしていれば、おまえは死なずに済んだかもしれなかったのに・・・・・・!」

 

 

 俺はあのときの不甲斐なさを思い出し、血がにじむほど拳を握りしめる。

 

 千秋も悔しそうな表情でうつむいていた。

 

 

「ふ、二人とも、そんなに気に病むなよ! ほら、こうして俺は生きてる──ていうか、生き返ったわけだから、結果オーライってことでさ!」

 

 

 ・・・・・・おまえがいいとしても、俺たちにとってはそうもいかねえんだよ。

 

 

「ほ、ほら、説明! 説明の続き頼むよ!」

 

 

 イッセーに催促されたので、説明を再開する。

 

 

「とにかく、おまえは瀕死の状態で何かを思い、このチラシでグレモリー先輩を呼んだんだ。そして──あとはわかるだろ?」

 

「──先輩が俺を悪魔として生き返らせてくれたってことか」

 

「そういうことだ。そして、その変化に自力で気づいてもらうために、いままでのことを黙っているようにグレモリー先輩に言われたんだ」

 

「とりあえず理解はしたよ。でも、なんで堕天使が俺の命を?」

 

 

 次はその説明か。

 

 

「堕天使がおまえを狙った理由は──『神器(セイクリッド・ギア)』だ」

 

「・・・・・・せい、なんだって・・・・・・?」

 

「『神器(セイクリッド・ギア)』──特定の人間に宿る規格外の力のことだ。歴史上の人物には、それをもって名を残した者がいたりするんだ」

 

「マジで・・・・・・そんなものが俺に・・・・・・?」

 

「そうらしい。本人が話したからな。で、おまえの持つ神器(セイクリッド・ギア)は堕天使たちにとっては危険因子だったらしくてな」

 

「・・・・・・それで殺されたと・・・・・・」

 

 

 こっからは、こいつにとってはキツい内容になってしまうが、言うべきだろうな。

 

 

「・・・・・・天野夕麻──あの女はおまえの持つ神器(セイクリッド・ギア)が本当に危険因子なのかどうか調べるためにおまえに近づいた」

 

 

「ッ!?」

 

 

 俺の言葉にイッセーは驚愕で目を見開く。

 

 

「・・・・・・おまえに見せた表情も仕草も・・・・・・全部おまえに近づくための演技だったってわけだ。そして、役目を終えた天野夕麻は、堕天使の力を使い、記憶などの自身の痕跡を消した。俺たちを除いて、松田や元浜、霧崎が覚えてなかったのもそのためだ」

 

 イッセーは目に見えてショックを受けていた。

 

 こいつが天野夕麻を大事にしようとしていたのは一目でわかった。その想いは本気の本気だった。

 

 イッセーは数刻ほど落ちこむと、笑顔を見せてきた。

 

 ・・・・・・それが空元気なのが、俺と千秋にはわかってしまう。

 

 イッセーは話題を変えてくる。

 

 

「それにしても・・・・・・俺にそんなものがあるなんてな・・・・・・」

 

「確かめてみるか?」

 

「えっ、できんの!?」

 

「ああ。そんなに難しいことをする必要はないぞ」

 

「──何をすればいいんだ?」

 

「まず、目を閉じて、おまえの中で一番強い存在を思い浮かべろ。軽くじゃなく強くだぞ」

 

 

 イッセーは目を閉じて、何かを思い浮かべ始める。

 

 たぶん、『ドラグ・ソボール』の主人公、空孫悟(そらまごさとる)だろうな。

 

 昔っから、世界最強だって言って譲らなかったからな。

 

 

「思い浮かべたか?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、悟のマネをしろ」

 

「は?」

 

 

 俺が言ったことにイッセーは素っ頓狂な声をあげる。

 

 

「思い浮かべたの、空孫悟だろ?」

 

「・・・・・・そうだけど。なんでわかった? ──ていうか、マネって・・・・・・」

 

「千秋もそうして出せるようになったからな・・・・・・」

 

「えっ、千秋も神器(セイクリッド・ギア)を!?」

 

 

 イッセーの言葉に千秋は頷く。

 

 

「千秋だけじゃなく、俺や兄貴、姉貴も持ってるぞ」

 

「おまえや二人にも!?」

 

 

 どういうわけか、俺たち兄弟全員に神器(セイクリッド・ギア)が宿っている。

 

 偶然にしては運命の悪戯すぎる。

 

 

「それは別にいいだろ。さっさとやれ」

 

「えぇ・・・・・・」

 

 

 イッセーは露骨にいやそうな顔をした。

 

 まあ、この歳でマンガのキャラのマネなんて、羞恥プレイにもほどがあるだろうからな。

 

 俺は渋るイッセーに言う。

 

 

「どのみち、明日、グレモリー先輩のところでも同じことをやることになると思うぞ。そしておそらく、先輩の他の眷属もいる前で──」

 

「やります! やらせていただきます!」

 

 

 さすがに見ず知らずの誰かに見られるくらいなら、付き合いの長い俺と千秋に見られるほうがまだマシだと思ったみたいだ。

 

 イッセーは立ち上がると、両手を合わせ、腕を引いた構えをとる。

 

 

「ドォォラァァゴォォォォン波ァァァァァッ!」

 

 その叫びと同時にイッセーは手を前に突き出した。

 

 空孫悟の必殺技である『ドラゴン波』だ。悟を象徴するといってもいいと言われている。

 

 そして、イッセーの左手が光り輝き、光が形を成していく。

 

 

「こ、これが・・・・・・」

 

「ああ。おまえの神器(セイクリッド・ギア)だ」

 

 

 イッセーの左手には、赤色の籠手が装着されていた。手の甲の部分には、緑色の宝玉がはめ込まれている。

 

 これがイッセーの神器(セイクリッド・ギア)か。

 

 俺は籠手を見て、内心で疑問に思う。

 

 感じられる波動から、堕天使が危惧するような代物だとはとうてい思えなかったからだ。

 

 発現が甘いのか?

 

 

「一度出せば、あとは自分の意思で出し入れできるぞ」

 

 

 そう言ってやると、イッセーは籠手を消したり、出したりを二、三回繰り返してから籠手を消した。

 

 

「とりあえず、こんなもんだろ。悪魔や堕天使についてのもっと詳しい内容は、明日、先輩から聞いてくれ」

 

「ああ、わかったよ」

 

 

 さて──。

 

 

「──いよいよ、俺たちのことか・・・・・・」

 

「・・・・・・ああ」

 

 

 俺は、俺たち兄弟の秘密、つまり賞金稼ぎ(バウンティーハンター)のことをイッセーに打ち明けたのだった。

 

 



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Life.7 やってきました、オカルト研究部!

 

 

 明日夏から俺が悪魔になったことなどを説明され、明日夏たちの秘密を打ち明けてもらい、一晩たった朝、俺と明日夏と千秋はひさしぶりに三人で登校していた。

 

 だが──。

 

 

「「「・・・・・・・・・・・・」」」

 

 

 登校を始めてから、俺たちの間にいっさいの会話がなかった。

 

 あ、勘違いしないでくれよ。別に俺が悪魔になったことや、明日夏たちの秘密を知ったことでお互いに気まずくなったわけじゃない。

 

 そのことに関してはお互い特に気にしてない。そんな感じで、俺が悪魔になり、明日夏たちの秘密を知っても、俺たちの関係は昔のままの仲のいい幼馴染みのままである。

 

 じゃあ、なんで会話がないのかというと──。

 

 

「・・・・・・・・・・・・うぅぅ・・・・・・」

 

「大丈夫、イッセー兄?」

 

 

 うなだれながら呻く俺を千秋が心配そうに覗き込んできた。

 

 実は、朝から妙に体がダルく、日差しがキツいのだ。そのせいで、あまり会話する気になれない。

 

 これは先日からからそうで、このせいで朝に起きられず、千秋が起こしに来てくれなかったら、危うく遅刻するところだった。

 

 どうにも明日夏が言うには、悪魔は闇に生きる種族で、光が苦手みたいだ。

 

 いまの体調も、悪魔の体質によるもので、朝日にやられてしまっているようだ。逆に夜になれば活発になり、昨日のように身体能力が上がるようだ。

 

 

「・・・・・・まるで吸血鬼だな・・・・・・」

 

「だったら、灰になってるぞ」

 

「あっ、そっか。ていうか、吸血鬼も実在するのか?」

 

「ああ、いるぞ」

 

「妖怪とか、魔法使いもいるよ」

 

 

 もう、なんでも実在しているんだな。

 

 そんな感じで、ダルい体を引きずって、俺は二人と学校に向かうのだった。

 

 

―○●○―

 

 

 授業が終え、放課後になると、俺と明日夏はリアス先輩の使いを待っていた。

 

 

「たしか、放課後に来るんだよな?」

 

「ああ」

 

 

 昨日、リアス先輩が今日の放課後に使いを出すと言っていたから、そろそろ来る頃だろう。

 

 

「なあ、明日夏」

 

「なんだ?」

 

「使いってのは、やっぱり──」

 

「ああ。おまえと同じ眷属悪魔なのは間違いないだろう」

 

 

 俺以外の眷属悪魔か。どんな奴なんだろう?

 

 かわいい美少女とかだったらいいなぁ!

 

 

「「「「「キャーッ!」」」」」

 

 

 突然、教室内に女子たちの黄色い歓声が沸き起こる。

 

 歓声の発生源にはクラスの女子たちが群がっており、その中心に金髪で爽やかな笑顔を浮かべている男子生徒がいた。

 

 木場祐斗──俺と明日夏とは同学年で・・・・・・学園女子のハート射抜いている学校一のイケメン王子と呼ばれている。つまり、俺たちモテない男子生徒全員の敵だ!

 

 そんな木場をクラスの女子たちはうっとりした表情で見つめていた。

 

 ちなみに、明日夏も木場ほどじゃないが結構モテてる。

 

 フン! イケメン死ね!

 

 

「ちょっと、失礼するよ」

 

 

 木場がそう言うと、女子たちは一斉に道を開けた。

 

 

「どうぞどうぞ!」

 

「汚いところですけど、どうぞ!」

 

 

 木場は女子たちの輪から抜け出すと、まっすぐこちらにやってきて、声をかけてくる。

 

 

「や。どうも」

 

「・・・・・・なんだよ?」

 

 

 俺がおもしろくなさそうに返してると、明日夏が木場に問いかける。

 

 

「おまえがグレモリー先輩の使いか?」

 

「うん。そうだよ」

 

「──ッ!? じゃあ、おまえが!」

 

 

 まさか、先輩の使いが木場だったなんて。

 

 

「二人とも、僕についてきてくれるかい?」

 

 

 それを聞き、俺と明日夏は立ち上がる。

 

 すると、話を聞いていたクラスの女子たちが一斉に悲鳴をあげる。

 

 

「そんなぁ!? 士騎くんはともかく、エロ兵藤が木場くんと一緒に歩くなんて!?」

 

「汚れてしまうわ、木場くぅん!?」

 

「木場くん×士騎くんはありだけど、木場くん×エロ兵藤のカップリングなんて許せない!?」

 

 

 クッソォ、わけわかんねえこと言いやがって・・・・・・。

 

 女子たちの言葉をなるべく聞かないようにしながら、俺は明日夏と一緒に木場についていく。

 

 そんななか、明日夏が木場に話しかける。

 

 

「木場」

 

「なんだい?」

 

「妹も連れてっていいか? ちゃんと事情は知っている」

 

「うん。それならいいと思うよ」

 

 

 了承を得た明日夏は、スマホで千秋を呼び出す。

 

 呼び出された千秋はすぐにやってきて、再び歩き始めた木場に俺たちはついていくのだった。

 

 

―○●○―

 

 

 木場に連れらてやってきたのは、以前リアス先輩を見かけた学園の旧校舎だった。

 

 旧校舎っていうから、古くてボロボロなイメージがあったけど、中に入ってみると、多少の古くささはあったが、埃などは一切なく、小綺麗なものだった。

 

 それを見て、家事好きの明日夏も感嘆の息を吐くほどだ。

 

 

「着いたよ」

 

 

 木場がとある教室の前で止まって言う。

 

 戸にかけられたプレートには『オカルト研究部』と書かれていた。

 

 そういえば、リアス先輩って、オカルト研究部の部長を務めてるって聞いたことがあったな。

 

 

「部長、連れてきました」

 

「ええ、入ってちょうだい」

 

 

 木場が確認を取ると、中からリアス先輩の声が聞こえてきた。

 

 それを聞いた木場が戸を開け、俺たちもあとに続いて室内に入る。

 

 室内は薄暗く、なんとも不気味な雰囲気を醸し出していた。灯りもロウソクの火だけだ。

 

 奥のほうに立派なデスクと椅子のセットがあり、ソファーがいくつかとテーブルがあった。

 

 で、ソファーに一人、小柄な女の子が座っていた。

 

 ──って、この子は!? 小柄な体型、無敵のロリフェイス、そのスジの男子だけでなく、女子にも人気が高いマスコットキャラ、塔城小猫ちゃんではないか! 

 

 こちらに気づいたのか、視線が合う。

 

 

「彼女は一年の塔城小猫さん。こちら、二年の兵藤一誠くんと士騎明日夏くん」

 

 

 木場が紹介してくれ、塔城小猫ちゃんがペコリと頭を下げてくる。

 

 

「あ、どうも」

 

 

 俺と明日夏も頭を下げる。

 

「同じクラスで知ってるかもしれないけど、こっちは士騎明日夏くんの妹さんの士騎千秋さん」

 

 そういえば、千秋と塔城小猫ちゃんって同じクラスだったな。

 

 千秋も頭を下げ、それを見た塔城小猫ちゃんは再び頭を下げると、黙々と羊羹を食べ始める。

 

 うーむ。噂通り、寡黙な子だな。

 

 ──まあ、それがまた、マスコットとして人気があるのだが。

 

 

 シャー。

 

 

 部屋の中から水が流れる音が聞こえた。

 

 奥のほうを見ると、シャワーカーテンがあった。

 

 シャワー! 部室に!

 

 ッ!? こ、これは!

 

 カーテンに女性の陰影が映っていた!

 

 アート! まさにアートと言っても過言ではない、その陰影は美しいラインだった!

 

 

「部長、お召し物です」

 

「ありがとう、朱乃」

 

 

 この声はリアス先輩! つまり、あの陰影はリアス先輩のもの! なんて素敵な部室なんだ!

 

 

「・・・・・・いやらしい顔」

 

 

 ぼそりと呟く声。声の発生源は塔城小猫ちゃんだ。

 

 ・・・・・・いやらしい顔をしていましたか。それはゴメンよ。

 

 

「あら?」

 

 

 ふと、別の女性の声が聞こえてきた。

 

 そちらのほうを向けば、黒髪のポニーテールの女性がニコニコフェイスでこちらを見ていた。

 

 

「あらあら、うふふ。はじめまして。私、副部長の姫島朱乃と申します。どうぞ、以後、お見知りおきを。うふふ」

 

 

 こ、このお方は! 絶滅危惧種の黒髪ポニーテール、大和撫子を体現した究極の癒し系にして、リアス先輩と並び、この学園の二大お姉さまの一人、姫島朱乃先輩!

 

 

「ひょ、兵藤一誠です。こちらこそ、はじめまして」

 

「はじめまして。二年の士騎明日夏です。こっちは妹の──」

 

「一年の士騎千秋です。はじめまして」

 

 

 俺たちも姫島先輩に挨拶を返す。

 

 それにしても、学園の二大お姉さまのリアス先輩と姫島先輩、学園のマスコットの塔城小猫ちゃん。──学園を代表とするアイドルたちがいるなんて──オカルト研究部、なんて素敵な部活なのだ! ・・・・・・学園一のイケメン王子の木場という余計な奴もいるけどな。

 

 

「お待たせ」

 

 

 カーテンが開いて、リアス先輩がタオルで髪を拭きながら出てきた。

 

 

「ゴメンなさい。あなたたちが来るまえに上がるつもりだったのだけど」

 

「い、いえ、お気にせず」

 

 

 リアス先輩が千秋のほうを見る。

 

 

「あなたは士騎明日夏くんの妹さんだったわね?」

 

「はい。士騎明日夏の妹の士騎千秋です」

 

 

 リアス先輩が千秋と軽く挨拶すると、周りを見てうんとうなずいて言う。

 

 

「さあ、これで全員揃ったわね。私たちオカルト研究部はあなたたちを歓迎するわ」

 

「え、ああ、はい。・・・・・・俺の場合は()()()()()、ですか?」

 

「ええ、その通りよ、兵藤一誠くん。イッセーと呼んでもいいかしら?」

 

 

―○●○―

 

 

「粗茶です」

 

「「「あっ、どうも」」」

 

 

 ソファーに座る俺、イッセー、千秋に姫島先輩がお茶を淹れてくれた。

 

 とりあえず、俺たちは出されたお茶をずずっと一飲みする。

 

 

「うまいです」

 

「ああ、うまいな」

 

「おいしいです」

 

「あらあら。ありがとうございます」

 

 

 俺たちが感想を言うと、姫島先輩はうれしそうに笑みを浮かべた。

 

 ・・・・・・俺が淹れるのよりも全然うまいな・・・・・・。

 

 なんて、少し対抗心を燃やしているあいだに、姫島先輩はグレモリー先輩の隣に座る。

 

 俺、イッセー、千秋はソファーに並んで座っており、テーブルを挟んで、対面のソファーにグレモリー先輩たちが座っていた。

 

 

「さて、イッセー。彼からどのあたりまで説明されたのかしら?」

 

「えーっと・・・・・・先輩方がこの町で活動する悪魔で、死んだ俺を先輩が自分の眷属の悪魔として生き返らせてくれたこと、俺を殺したのは堕天使というやつで、俺が殺された理由は、俺が神器(セイクリッド・ギア)っていうのを持っていたから――ていうところまでは」

 

「そう。だいたいのことはもう把握しているわけね。それじゃあ、神器(セイクリッド・ギア)は出せるかしら?」

 

「あ、はい」

 

 

 イッセーは立ち上がると、左手を前に出す。

 

 すると、イッセーの左手から光が赤く輝き、赤い籠手が現れる。

 

 

「これが俺の持つ神器(セイクリッド・ギア)みたいです」

 

「そう。それがあなたの神器(セイクリッド・ギア)なのね」

 

 

 先輩はイッセーの籠手を数十秒ほどまじまじと見つめる。

 

 

「ありがとう。もうしまっていいわよ」

 

「あ、はい」

 

 

 先輩に言われ、イッセーは籠手をしまう。

 

 

「さて、私たちのことも改めて説明するまでもないでしょうし、これからは私の下僕としてよろしくね」

 

「は、はい」

 

 

 先輩は視線を俺と千秋のほうに向けてくる。

 

 

「──次は、あなたたちのことね」

 

 

 ・・・・・・俺たちのことというのは、俺たちの今後の先輩たちとの付き合い方だな。

 

 本来は関わるつもりはなかったが、そこにイッセーがいるとなると、だいぶ変わってくるからな。

 

 

「悪いけれど、あなたたちの身辺調査をさせてもらったわ。あなたたちは幼い頃にご両親を亡くし、頼れる親戚等もいなかったから、あなたたちの上のご兄弟であるお兄さんとお姉さんが生計を立てるために賞金稼ぎ(バウンティーハンター)になり、あなたたちもいずれはハンターになる気でいるということで間違いないわね?」

 

「ええ。概ねその通りです」

 

 正確には、最初は兄貴が一人で生計を立てていたのだ。俺たちも最初は周りにしていたように親戚の援助を受けていたというふうに兄貴に言われていたんだが、あるときに兄貴のハンター活動を知ることになり、そして姉貴もハンターになり、俺と千秋も大学卒業後にハンターになるということになったのだ。

 

 ちなみに、兄貴にはなぜかハンターの知り合いがいたみたいで、ハンターになりたての頃はそのヒトのお世話になっていたみたいだ。

 

 

「・・・・・・ゴメンなさい。辛いことを思い出させたかもしれないわね・・・・・・」

 

 

 先輩は俺と千秋に辛いことを思い出させたかもしれないと、申し訳なさそうにする。

 

 

「・・・・・・いえ、気にしないでください。それで、俺たちのことはどうするつもりですか?」

 

 

 俺は少し警戒心を出しながら先輩に訊いた。

 

 

「どうするも何も、とくに私たちに累を及ぼすわけでもないし、イッセーの友人だというのなら、イッセーの主としても、学校の先輩後輩としてもこれからもよろしくお願いって感じかしら。なんだったら、イッセーと一緒にこのオカルト研究部に入部する?」

 

 

 先輩は微笑みながら言った。

 

 

「いいんですか? オカルト研究部という看板は表向きで、実際はあなたが悪魔の活動をするための場所なのでしょう?」

 

 

「ええ、かまわないわ。それに、せっかくの部活という看板なのだから、賑やかのほうがいいでしょう」

 

 

 それを聞いて、俺と千秋は少しのあいだ、互いに見つめ合うと、笑みを浮かべてうんと頷く。

 

 

「じゃあ、せっかくなので入部します」

 

「私もします」

 

「よろしくね。これからは明日夏と千秋と名前で呼んでもいいかしら?」

 

「かまいません」

 

「私も大丈夫です」

 

 

 苗字で呼ばれれば、兄妹の俺たちにとっちゃややこしいことになるからな。

 

 

「フフフ。それじゃあ、よろしくね、イッセー、明日夏、千秋」

 

「「「よろしくお願いします」」」

 

 

 こうして、俺たちはオカルト研究部に入部することになるのだった。

 

 



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Life.8 悪魔の仕事、始めます!

 

 

「さて、イッセー。私たち悪魔が主にどういう活動をしているかも、明日夏から聞いているかしら?」

 

「はい。人間と契約して願いを叶え、それに見合った対価をもらうんですよね」

 

「ええ、そうよ。そのために、私たちは悪魔を召喚してくれそうな人に、このチラシを配っているのよ」

 

 

 そう言い、先輩改め部長は、部長席のデスクの上に大量の召喚用魔法陣が描かれたチラシの山を置く。

 

 

「まず、イッセーにやってもらうことは、このチラシを召喚してくれそうな人の家に配ることよ。この機械を使えば、召喚してくれそうな人の場所がわかるわ」

 

 

 部長はチラシの横にその機械らしきものとチラシを入れるためのバックを置く。

 

 

「普通は使い魔にやらせるんだけど、これも下僕として悪魔の仕事を一から学ぶためよ」

 

 

 イッセーはとりあえず、言われるがままにチラシをバックに詰めていく。

 

 

「がんばりなさい。あなただって、自分の下僕を持てるかもしれないのよ」

 

「お、俺の下僕!」

 

 

 イッセーが『自分の下僕』という単語に過剰に反応した。

 

 

「あなたの努力次第でね。転生悪魔でも実績を積んでいけば、中級、上級へと昇格できるの。そして、上級悪魔になれば、爵位を与えられて、下僕を持つことが許されるの。ちなみに、私の爵位は公爵よ」

 

 

 部長の説明を聞くうちに、イッセーは鼻の下をどんどん伸ばしていく。

 

 ・・・・・・何を考えているのかが、手に取るように丸わかりな反応だな。

 

 

「げ、下僕ってことは・・・・・・俺の言うことには逆らわないってことですよね?」

 

「そうね」

 

「何をやってもいいんですよね?」

 

「ええ」

 

「た、たとえば・・・・・・エ、エ、エッチなことでもっ!?」

 

「あなたの下僕ならいいんじゃないかしら」

 

 

 それを聞いたイッセーは雷に打たれたような反応を示すと、歓喜の雄叫びをあげる。

 

 

「うおおおおおおおおおおおッ! 悪魔最高じゃねぇか! ハーレム! 俺だけのハーレムができるんだ!」

 

 

 イッセーはチラシと機械の入ったバックを持つと、意気揚々とチラシ配りに向かう。

 

 

「では、部長。チラシ配りに行ってきます! ハーレム王に俺はなるっ!」

 

 

 廊下からイッセーのそんな宣言が聞こえてきた。

 

 

「フフ。イッセーはおもしろい子ね」

 

「・・・・・・部長がそう思っていただけるんならいいんですが・・・・・・」

 

 

 イッセーの扱い方を早速理解されたようだ。

 

 まあ、そんなことよりも──。

 

 

「──少しは落ち着いたらどうだ?」

 

 

 俺は隣でそわそわしながらイッセーが出ていった部室のドアのほうを見ている千秋に言う。

 

 

「でも!」

 

「昨日みたいなことはそうそう起こらねえよ」

 

 

 千秋が落ち着きがないのは、イッセーが身の安全が心配なのだ。

 

 昨夜、イッセーは堕天使ドーナシークにはぐれと勘違いされて襲われた。そのことがあって、千秋は気が気でないのだ。

 

 とはいえ、あのドーナシークは天野夕麻のサポートもしくは天野夕麻の痕跡の後始末係のはずだ。

 

 イッセーと遭遇したのはたまたまのはずだろう。

 

 そもそも、上級悪魔である部長の管理地であるこの町に目的を達した堕天使がいつまでも居座ることもないはずだ。

 

 仮に目的であるイッセーが生きていることで居座っているにしても、イッセーはいまや部長の眷属、しかも、部長は悪魔のトップである魔王の妹だ。魔王の身内の眷属に手を出そうとすれば、悪魔と堕天使の間で戦争が再び勃発する火種になりかねない可能性がある以上、下手なことはしないだろう。

 

 それは千秋もわかってはいる──が、頭では理解していても、感情まではそうはいかないか。

 

 

「・・・・・・部長」

 

「仕方ないわね」

 

「だとさ。ただ、あんまり余計なことはするなよ?」

 

 

 俺がそう言うと、千秋は強く頷き、イッセーのあとを追って部室から出ていく。

 

 

「随分と心配性な妹さんね」

 

「・・・・・・まあ、昨日のこともありますが・・・・・・生き返ったとはいえ、イッセーが一度死んだことがですね・・・・・・」

 

 

 イッセーが一度死んだことを伝えたときは本当に大変だった。

 

 

「フフ。愛されているのね、イッセーは」

 

 

 まあ、もう少し、その行動力をアプローチ方面とかに回してみろって感じですがね。

 

 

「ところで、もし仮に堕天使に襲われそうになった場合、彼女は大丈夫なの?」

 

「ええ。昨日の奴クラスでしたら、イッセーを守りながらでも」

 

 

 それを聞いた部長は俺のことを興味深そうに見てくる。

 

 

「そう。あなたたちの力、この目で見てみたいわね」

 

「機会がありましたら」

 

 

 なんとなく、そんな機会はすぐに来そうな気がしていた。

 

 

―○●○―

 

 

 俺たちがオカルト研究部に入部してから、一週間が経った。

 

 今日もイッセーはチラシ配りに、千秋はイッセーの護衛についていた。

 

 

「・・・・・・部長、どうしますか?」

 

「そうね」

 

 

 なにやら、部長と塔城が何かで悩んでいた。

 

 

「どうかしたんですか?」

 

「実は、小猫に予約契約が二件入ってしまって、両方行くのも少し難しそうなの」

 

「そういう場合はどうするんですか?」

 

「こういうときは、他の子が代わりに行ってもらっているんだけど、祐斗も朱乃もちょっと手が離せないのよ」

 

 

 部長は少しのあいだ考え込むと、何か思いついたような反応をする。

 

 

「そうね。ちょっと早いかもしれないけど、イッセーに行ってもらおうかしら」

 

「大丈夫なんですか?」

 

 

 ベテランである塔城へ来た予約だ。いきなり新人であるイッセーにやらせても大丈夫なのか?

 

 

「そんなに難しそうなの契約内容じゃないから、デビューにはうってつけよ」

 

 

 部長がそういうのなら、大丈夫なのか。

 

 

「配達終わりました」

 

 

 噂をすれば、件のイッセーと千秋が帰ってきた。

 

 

「来たわね。イッセー」

 

「あ、はい」

 

「今日はもうひとつ仕事があるの」

 

「仕事?」

 

「小猫に二件、召喚の予約が入ってしまったの。そこで、片方をイッセーに任せるわ」

 

「・・・・・・よろしくお願いします」

 

 

 ペコリと頭を下げる塔城。

 

 

「ああっ、こちらこそ──ていうことは、ついに俺にも契約が!」

 

 

 契約デビューってことがあるからか、イッセーはやる気をみなぎらせる。

 

 

「左手を出して、イッセー」

 

「あ、はい」

 

 

 部長に言われ、イッセーが左手を差し出すと、部長がイッセーの手のひらに指先で何かをなぞりだす。

 

 すると、イッセーの手のひらに紋様ができあがっていた。

 

 

「刻印よ。グレモリー眷属である証。転移用の魔法陣を通って依頼者のもとへ瞬間移動するためのものよ。そして、契約が終わるとこの部屋に戻してくれるわ」

 

 

 その他にも、部長は依頼者のもとに到着後の対応などの説明をする。

 

 そして、そのあいだに副部長が転移用の魔法陣を展開していた。

 

 

「到着後のマニュアルは大丈夫ね」

 

「はい!」

 

「いいお返事ね。じゃあ、行ってきなさい」

 

「はい! よーし! 野望に一歩前進だぜ!」

 

 

 意気揚々とイッセーは転移用の魔法陣の上に立つ。

 

 すると、魔法陣が光りだし、光がイッセーを包んでいく。

 

 そして、光が止むと、イッセーの姿が消えて──。

 

 

「──あれ?」

 

 

 ──いなかった。

 

 イッセーは転移しておらず、その場で棒立ちしていた。

 

 

「・・・・・・部長。確か、この転移って、そこまで魔力は必要ないはずでしたよね?」

 

「ええ。子供でもできることなんだけれどね」

 

「えっ? 何、どういうこと?」

 

 

 イッセーは何がなんだかだかわからないという感じであたふたしていた。

 

 

「イッセー」

 

「な、なんだよ?」

 

 

 俺は残酷のような、残念なような事実をイッセーに言い渡す。

 

 

「おまえの魔力が子供以下のせいで、魔法陣が反応しないみたいだ」

 

「えっと・・・・・・つまり・・・・・・?」

 

「イッセー。おまえは魔方陣によるジャンプができない」

 

「・・・・・・・・・・・・えええええええっ!?」

 

 

 一拍あけて、イッセーが驚愕の叫びをあげた。

 

 

「あらあら」

 

「ふぅ」

 

「・・・・・・無様」

 

 

 副部長が残念そうな表情を浮かべ、木場がため息を吐き、塔城がキツい一言と、他の部員もそれぞれの反応を示して、イッセーに精神的なダメージを与えていた。

 

 塔城のが一番ダメージデカそうだな。

 

 

「依頼者がいる以上、待たせるわけにはいかないわ。イッセー」

 

「は、はい!」

 

 

 しばし考え込んだ部長はイッセーに言い渡す。

 

 

「前代未聞だけれど、足で直接現場へ行ってちょうだい」

 

「足!?」

 

 

 驚愕するイッセー。だいぶ予想外の答えだったみたいだな。

 

 

「ええ。チラシ配りと同様に移動して、依頼者宅へ赴くのよ。仕方ないわ。魔力がないんだもの。足りないものは他で補いなさい。ほら、行きなさい! 契約を取るのが悪魔のお仕事! 人間を待たせてはダメよ!」

 

 

 急かす部長。

 

 イッセーは涙を流しながらその場から駆けだした。

 

 

「クッソー!? どこにチャリで召喚に応じる悪魔がいるってんだあああああっ!?」

 

 

 ・・・・・・いきなり前途多難だな。

 

 

―○●○―

 

 

 ちくしょう! 魔力がないって、どういうことだよ!? こんなんで俺、爵位なんてもらえるのか!?

 

 そんなことを内心で嘆きながら、俺はチャリを全速力で漕ぐ。

 

 

「えっと・・・・・・元気だして、イッセー兄」

 

 

 チャリの後部に乗っている千秋が慰めて

くれる。

 

 

「ゴメンな、千秋。俺が不甲斐ないせいで・・・・・・」

 

 

 チラシ配りのときも、堕天使に襲われないように俺の護衛ってことで、千秋についてきてもらったんだよ。

 

 俺が魔法陣でジャンプできれば、こんな苦労させないで済んだってのに。

 

 

「大丈夫だよ、イッセー兄。万が一があったら・・・・・・私はいやだから」

 

 

 そう言って、千秋は俺を抱く手の力を強める。

 

 両親の死を目の当たりして、ショックで引きこもったことがある千秋にとっては、親しい者の死は本当に耐えられないことなんだろう。

 

 明日夏から聞いたが、俺が一度死んだことを知ったときは、大変だったらしい。

 

 どうにかして、千秋を安心させてやりたいが・・・・・・。

 

 そんなことを考えているうちに、目的地に到着した。

 

 

「日暮荘──ここだな」

 

 

 目的地は普通のアパートだった。ここの一室に依頼者がいるらしい。

 

 

「私も行って大丈夫かな?」

 

「うーん、どうだろう? 向こうが了承してくれれば、見学くらいならいいんじゃないか?」

 

 

 部長も千秋がついてくることに特に何も言ってなかったからな。

 

 とりあえず、依頼者である森沢さんというヒトの部屋のドアをノックする。

 

 

「こんばんは、森沢さん。悪魔グレモリーの使いの者ですが」

 

 

 ガチャ。

 

 

「うん?」

 

 

 ドアが開き、メガネをかけた痩せ型の男性が不審者を見るような顔で出てきた。

 

 

「あぁ、どうも──」

 

「──チェンジ」

 

 

 そう言って、ドアを閉められてしまった!

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!? 悪魔を召喚したのはあなたでしょう!?」

 

「玄関を叩く悪魔なんかいるもんか」

 

「ここにいますけど!」

 

「ふざけるな。小猫ちゃんはいつだって、このチラシの魔方陣から現れるぞ。だいたい、俺が呼んだのは小猫ちゃんだ。とっとと帰れ」

 

「お、俺だって・・・・・・出られるものならそうしたかったさ! 何が悲しくて深夜にチャリなんかとばしてぇ・・・・・・ううぅぅぅぅぅ・・・・・・」

 

 

 俺は悲しさから、その場で泣き崩れてしまった。

 

 

「・・・・・・しょうがないな」

 

 

 森沢さんはそんな俺を見て同情してくれたのか、中に入れてくれることになった。

 

 

「ところで──そっちの子は?」

 

 

 森沢さんは千秋のほうを見ながら訊いてきた。

 

 

「ああ、この子は千秋って名前で、悪魔じゃないです。俺の幼馴染みで、見学として来ました」

 

 

 俺がそう説明すると、森沢さんはギラっと視線を鋭くして睨んできた!

 

 

「ちょっと待て・・・・・・キミ、いまなんて言った?」

 

「えっ・・・・・・見学として来ました・・・・・・?」

 

「そのまえだ!」

 

「悪魔じゃない・・・・・・?」

 

「そのあと!」

 

「・・・・・・俺の幼馴染み・・・・・・?」

 

「そう、それだ! こんなかわいい幼馴染みがいるとか、羨ましすぎるぞ、この野郎!」

 

 

 いきなりそんなこと言われましても!

 

 

「よし、この子だけ残って、キミは帰ってよし!」

 

「いや、だから、千秋は悪魔じゃないですから! 悪魔の俺がいなきゃ、意味ないでしょう!?」

 

「うるさい! 屋根伝いで部屋を行き来したり、朝起こしてもらったりなんてしてるんだろ!?」

 

「いや、家は向かいなんで、屋根伝いで部屋を行き来したりはできませんよ。──まあ、たまに朝起こしてもらったりはしてますけど・・・・・・」

 

「死ね、リア充!」

 

 

 それから、俺と森沢さんは千秋のことでしばらく言い争いを始めてしまうのだった。

 

 

―○●○―

 

 

 森沢さんとの口ゲンカが終わり、俺と千秋は森沢さんにお茶を出してもらっていた。

 

「あ、すいません」

 

「どうも」

 

 

 とりあえず、出してもらったお茶をひとすすりする。

 

 

「で? キミも悪魔なら、特技はあるんだろ? とりあえず、見せてくれよ」

 

 

 ・・・・・・悪魔としての特技かぁ・・・・・・なんもないんですけど。

 

 

「・・・・・・あの、ちなみに小猫ちゃんは一体どんな技を?」

 

「あぁ──」

 

 

 すると、森沢さんは何かを取り出して言う。

 

 

「コスプレでお姫様抱っこだ!」

 

 

 そう言って取り出したのは、昨今話題のアニメ、『暑宮アキノ』の登場人物である短門キユの制服だった。

 

 なるほど。たしかに小猫ちゃんは短門キユに似ているところがあるから、似合うだろうな。

 

 

「──って、そんなの、悪魔じゃなくたって・・・・・・」

 

 

 わざわざ、悪魔に頼んでまですることなのか?

 

 

「ふん、あんな小さな女の子がお姫様抱っこしてくれるなんて、悪魔以外ありえないだろ!」

 

 

 はぁ、そりゃそうですけど──って、え? してくれる?

 

 俺の脳内でコスプレした小猫ちゃんがだいの大人である森沢さんをお姫様抱っこしている光景が浮かぶ。・・・・・・なんともシュールな絵だ。

 

 

「で、キミの特技は?」

 

「あぁ、えーと・・・・・・」

 

 

 俺はその場で立ち上がる。

 

 

「ドォォラァァゴォォォォン波ァァァァァッ! ・・・・・・・・・・・・すいません、まだ何もできないんです・・・・・・」

 

 

 ヤケクソでドラゴン波の真似をするが、当然ドラゴン波など出るはずもなく、素直に何もできないことを打ち明けた。

 

 

「ドラグ・ソボールか」

 

「え?」

 

「フン。キミの歳じゃ、所詮再放送組だな? 僕なんか直撃世代だぜ!」

 

 

 森沢さんが立ち上がると、部屋の一画にあるカーテンを開ける。

 

 

「見ろ! 全部初版本だよ!」

 

 

 開けたカーテンの先には、ドラグ・ソボールのコミック全巻が並べられた本棚があった!

 

 それを見た俺は、対抗意識を燃やす!

 

 

「ちょ、直撃だからなんだってんですか!」

 

「何!?」

 

「俺だって全巻特装版持ってんすよ!」

 

「ぷっ、貴様にはわかるまい。毎週水曜放送の翌日、アルティメット豪気玉を作るため、友人たちと地球上の豪気を集めた熱い日々を!」

 

「俺だって悪友たちと公園で『気で探るかくれんぼ』くらいやったつうの! いまでも主人公の空孫悟、世界最強って信じてるっスよ!」

 

「僕はデルが最強だと思うがなっ!」

 

「おぉ、それもある意味アリですね!」

 

「だろぉ!」

 

「でも、やっぱ空孫悟、ドラゴン波っスよ!」

 

 

 森沢さんはおもむろに、本棚からドラグ・ソボールのコミックを数冊取り出し、テーブルの上に置く。

 

 

「フッ、語るかい?」

 

「語りますか」

 

 

 それから、森沢さんとドラグ・ソボールについて熱く語り合った。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・はぁ、結局、契約も取れず、熱くドラグ・ソボール談義をしただけ・・・・・・何やってんだ、俺・・・・・・」

 

 

 もうこれ以上ないくらい、森沢さんと熱く語ったが、それに熱中するあまり、契約を取ることをすっかり忘れてしまった。・・・・・・ホント、何やってんだ、俺・・・・・・。

 

 

「でも、楽しそうだったよ? イッセー兄も森沢さんも」

 

「まぁ、楽しかったけどさ・・・・・・やっぱ、契約を取ってなんぼだろ? 悪魔ならさ」

 

 

 千秋とそんな感じの会話をしながら、チャリを押して部室に戻っていると──。

 

 

「──っ!?」

 

 

 突然、妙な悪寒を感じた!

 

 

「・・・・・・イッセー兄」

 

 

 どうやら、千秋も何か感じているみたいだった。

 

 この感じ、あいつだ! あいつと同じ!? あのドーナシークと名乗っていた堕天使と会ったときと同じ感じだった!

 

 すると、千秋が後ろのほうに振り向いていた。俺も振り向いてみると──。

 

 

 コツコツ。

 

 

 スーツを着た女性がこちらに歩み寄ってきていた。

 

 

「──妙だな? 人違いではなさそうだ。足跡を消すよう命じられたのは、このカラワーナだからな。まことに妙だ──」

 

 

 カラワーナと名乗った女性はブツブツと何かを言っている。

 

 この感じ・・・・・・まさか、この女も!?

 

 

「なぜ貴様は生きている?」

 

 

 そう言った女性の背中から、夕麻ちゃんやあの男と同じ翼が生えた!

 

 堕天使ッ!

 

 

「貴様はあのお方が殺したはずだ!」

 

 

 そう言うと、いきなり光の槍を投げつけてきた!

 

 

「イッセー兄!」

 

「うわっ!?」

 

 

 光の槍が俺を貫こうとした瞬間、飛びかかってきた千秋によって押し倒される! おかげで、光の槍には当たらずに済んだ。

 

 

「イッセー兄、下がってて!」

 

 

 千秋が俺を守るように前に躍り出る。

 

 

「貴様は確か、あのお方が仰っていた男の妹・・・・・・それに、そいつから感じる気配──そうか、ドーナシークがはぐれと間違えたのは貴様か。まさか、グレモリー家の眷属になっていたとは。ならば、ますます生かしてはおけぬ!」

 

 

 そう言うと、堕天使は光の槍を手にこちらを睨んでくる!

 

 

「・・・・・・やらせない!」

 

 

 そう言うと同時に千秋は飛び出していた。

 

 

「フン。邪魔だてをするのなら容赦はせん!」

 

 

 堕天使は千秋に向けて光の槍を投げつける!

 

 

「千秋!」

 

 

 俺の叫びと同時に光の槍が千秋に当たりそうになった! 

 

 だけど、千秋はその槍を横に少し動いただけで避けてしまった!

 

 

「何!? チッ!」

 

 

 舌打ちした堕天使が翼を羽ばたかせて飛び上がった!

 

 

「逃がさない!」

 

 

 それを千秋はその場から塀、屋根へと飛び移り、さらに屋根から堕天使の頭上に飛び上がる!

 

 そのまま、千秋は堕天使の頭目掛けてオーバーヘッドキックのように蹴りを繰り出す!

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 堕天使は腕を交差させて千秋の蹴りを防ぐが、千秋はそのまま堕天使を地面へと蹴り落としてしまう。

 

 

「がっ!?」

 

 

 蹴り落とされた堕天使は地面に叩きつけられ、千秋は地面に着地すると同時に後ろに飛んで堕天使から距離を取る。

 

 

「・・・・・・ぐっ・・・・・・貴様っ・・・・・・!」

 

「──ねえ」

 

 

 睨んでくる堕天使に千秋は低い声音で訊く。

 

 

「──あなたが言ってるあのお方って──天野夕麻のこと?」

 

 

 ッ!? そういえば、あの堕天使は俺のことを知っているようだった。「足跡を消すよう命じられた」と言っていた。てことは、堕天使が言うあのお方ってのは、千秋の言うように夕麻ちゃんの可能性が大きいということになる。

 

 

「天野夕麻? あぁ、あのお方の偽名か。だとしたら、どうだと言うんだ?」

 

 

 堕天使はあのお方ってのが、夕麻ちゃんであるということを認めた!

 

 刹那──。

 

 

 ゾワッ。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 千秋からとてつもないプレッシャーを感じてしまう!

 

 間違いない。これは殺気ってやつだ! 千秋からあの堕天使へと殺気が向けられているのだ。

 

 

「フン。大した殺気だな? だが、所詮は人間。先程は不覚を取ったが、私の敵ではない!」

 

 

 堕天使は光の槍を手に飛びだし、千秋に向けて槍を振るう!

 

 だけど、槍が千秋を捉えることはなかった。

 

 

「何っ──がっ!?」

 

 

 千秋は宙返りで槍を避け、さらに、そのまま堕天使の顎を蹴り上げてしまった!

 

 

「ふッ!」

 

 

 蹴り上げた堕天使の鳩尾に千秋の鋭い回し蹴りが打ち込まれる!

 

 鈍い音が鳴り、堕天使は叫び声もあげられずに後方へと吹き飛んでいった。

 

 

「くっ・・・・・・ここは一時引くか。貴様が生きていることを、まずはあのお方に報告せねばなるまい!」

 

 

 堕天使はそう言うと、この場から飛び去っていった。

 

 

「──ふぅ」

 

 

 千秋は息を吐くと、俺のもとまで走り寄ってくる。

 

 

「イッセー兄、怪我はない?」

 

「あ、ああ。俺は平気だ。千秋は?」

 

「私も大丈夫だよ」

 

 

 お互い、怪我はないようだ。

 

 

「助かったよ、本当。千秋がいなかったら、俺・・・・・・また死んでたかもしれなかったよ······」

 

 

 ・・・・・・本当、そう思うとゾッとするぜ・・・・・・。

 

 ・・・・・・にしても、俺、ホントなんもできなかったな。明日夏や千秋に守られてばっかりだ。

 

 

「イッセー兄。何もできなかったことは仕方ないよ。イッセー兄は私や明日夏兄と違って、つい最近までこんなこととは無縁の世界にいたんだから」

 

 

 確かにそうだけど・・・・・・それでも。ましてや、男が女の子の後ろでビクビクするとか論外だろ。

 

 自分の不甲斐なさに打ちひしがれていると、千秋が俺の手を取る。

 

 

「イッセー兄」

 

 

 千秋が俺の手をやさしく握ってくれる。

 

 

「イッセー兄ならきっと強くなれるよ」

 

「俺がか?」

 

「うん」

 

 

 千秋はやさしそうな笑顔を浮かべる。

 

 俺は思わず、その微笑みにドキッとして見とれてしまう。

 

 その笑顔からは、千秋は俺が強くなれることを心から信じているみたいだった。

 

 そうだよな。クヨクヨしてたって始まらないよな。

 

 女の子──それも幼馴染みにここまで想われているのなら、応えてやらないと男が廃るってもんだ!

 

 それに、少しでも強くなれば、千秋も安心してくれるかもしれないしな。

 

 

「ありがとうな、千秋。俺、強くなるぜ! 今度は千秋を守れるようにな!」

 

「うん!」

 

 

 よし。とりあえず、堕天使に襲われたことを部長に報告したほうがいいよな。

 

 また襲われてもあれだし、千秋を後ろに乗せて、俺は部室に向けてチャリを全力疾走をさせるのだった。

 

 

―○●○―

 

 

 それにしても、強くなるって決めたのはいいけど、どうしたもんかな?

 

 鍛えてもらえるように明日夏に頼んでみるとか?

 

 

「イッセー兄」

 

「ん、なんだ?」

 

「強くなるって言ってたけど──もしかして、明日夏兄に鍛えてもらおうなんて考えてる?」

 

「うーん、まあ、方法のひとつとしては考えてるかな」

 

「・・・・・・明日夏兄、たぶん、スパルタだと思うよ」

 

「・・・・・・あ、やっぱりか」

 

 

 明日夏ってなんとなく、スパルタって雰囲気がありそうだったんだよな。

 

 なんやかんやで、自分含めてそういうところには厳しいところがあるし。

 

 ・・・・・・でも、強くなるためなら。

 

 ──もし頼むときが来たら・・・・・・できる限り、お手柔らかにしてくれるように頼もう・・・・・・。

 

 



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Life.9 駒の特性

 

 

 朝、俺はいつも通り、千秋と二人で登校していた。

 

 

「・・・・・・あー、昨夜はマズったなぁ・・・・・・」

 

 

 魔法陣でジャンプできない、契約は取れない、堕天使と遭遇しちまうと、昨夜は色々とやらかしてしまった。

 

 堕天使のことを部長に報告したら──。

 

 

『困ったことをしてくれたわ。あなたが死んでおらず、あろうことか悪魔として生き返ってしまったことを堕天使側に知られてしまうなんて。まあ、堕天使と接触したのは事故だから仕方ないわね』

 

 

 少し怒り気味でそう言われてしまった。

 

 

「部長はイッセー兄のことが本当に心配だから、あんなふうにキツくなっちゃったんだよ」

 

 

 それはなんとなくわかるんだけど。

 

 部長を含めたグレモリー一族は身内や眷属への情愛が深いって、明日夏も言ってたからな。

 

 それでもなぁ・・・・・・はぁ、部長、まだ怒ってたらどうすっかなぁ・・・・・・?

 

 

「はわう!」

 

「「うん?」」

 

 

 突然、後方から声が聞こえると同時にボスンと路面に何かが転がるような音がする。

 

 振り向くと、そこにはシスターが転がっていた。

 

 手を大きく広げ、顔面から路面に突っ伏した、なんともマヌケな転び方をしていた。しかも、パンツ丸出しだよ!

 

 ついつい、シスターのパンツをガン見してしまう!

 

 

「・・・・・・イッセー兄」

 

 

 千秋にジト目で呼ばれ、俺は慌ててシスターに駆け寄って手を差し出した。

 

 

「だ、大丈夫っスか?」

 

「あうぅ。なんで転んでしまうんでしょうか・・・・・・。ああ、すみません。ありがとうございますぅぅ」

 

 

 シスターが俺の手を掴むと、手を引いて起き上がらせる。

 

 

 ふわっ。

 

 

 それと同時に、シスターのヴェールが風に飛ばされ、シスターの素顔が露になる。

 

 ──か、かわいい。

 

 俺は一瞬心を奪われていた。

 

 金髪の美少女。グリーン色の双眸はあまりにもに綺麗で引き込まれそうだった。

 

 

「あ、あの・・・・・・」

 

「ああ、ごめん!」

 

 

 俺がシスターに見惚れて、いつまでも手を握っていたからか、シスターが戸惑いの声をあげる。

 

 それを聞いた俺は慌てて手を離す。

 

 

「これ」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 

 千秋(なぜか、少し不機嫌そうだった)が風に飛ばされたヴェールをシスターに手渡す。

 

 にしても、かわいい! まさに俺の理想の女子・バージョン金髪美少女!

 

 

「あのぉ・・・・・・」

 

 

 シスターがなんか、もじもじしながら何かを言い淀んでいた。

 

 やがて、言い淀んでいた言葉を口にする。

 

 

「・・・・・・道に・・・・・・道に迷って、困っているんです」

 

 

―○●○―

 

 

 俺と千秋は道に迷ったと言うシスターに道案内をしてあげていた。

 

 

「旅行?」

 

「いえ、違うんです。この町の教会に赴任することになりまして」

 

 

 人事異動みたいなもんか? 教会も大変だねぇ。

 

 

「言葉が通じる親切な方々に会えてよかったぁ。これも主のお導きですね」

 

 

 道行く人に道を訊こうにも、日本語がしゃべれず、言葉が通じなかったみたいだ。

 

 俺がシスターと会話できるのは、悪魔の持つ『言語』の力によるものだ。

 

 俺が話す言葉を聞く人は聞き慣れた言語として変換されて聞こえるみたいだ。逆に俺が聞くすべての言語は日本語に変換されて聞こえる。

 

 ちなみに、千秋はちゃんとシスターの話す言語で会話している。

 

 簡単な会話をするだけなら、明日夏と千秋は英語や中国語などのメジャーな言語を話すことができるみたいだ。

 

 それにしても、シスターの胸元で光っているロザリオを見ていると最大級の拒否反応を覚えてしまう。

 

 悪魔は聖なるもの──例えば十字架なんかには触れることはできない。

 

 ・・・・・・チラッと見ただけでこの反応だからなぁ。

 

 

「うわぁぁぁぁん!」

 

 

 道中にある公園の前を横切ろうとしたら、公園から子供の泣き声が聞こえてきた。

 

 見ると、膝にケガをした子供がいた。

 

 転んじゃったのか?

 

 すると、シスターが子供のそばまで駆け寄る。

 

 

「男の子ならこのくらいのケガで泣いてはダメですよ」

 

 

 シスターは子供の頭をなでながら言うと、子供のケガした膝に手を当てる。

 

 次の瞬間、シスターの両手の中指に指輪みたいなのが現れ、淡い緑色の光を発した!

 

 そして、光に照らされた子供の膝から傷が消えていく。

 

 

「──っ!」

 

 

 その光景を見た瞬間に左腕が疼き出した!

 

 千秋が心配そうに小声で話しかけてくる。

 

 

(・・・・・・イッセー兄、大丈夫?)

 

(・・・・・・ああ、ちょっと疼いただけだ。それよりも千秋、あれって・・・・・・)

 

(うん。神器(セイクリッド・ギア)で間違いないよ)

 

 

 てことは、この疼きは俺の神器(セイクリッド・ギア)が彼女の神器(セイクリッド・ギア)に共鳴してるってことか?

 

 

「はい、傷はなくなりましたよ。もう大丈夫」

 

 

 シスターは子供の頭をひとなですると、俺たちのほうへ顔を向ける。

 

 

「すみません。つい」

 

 彼女は舌を出して、小さく笑う。

 

 

「ありがとう! お姉ちゃん!」

 

 

 子供は笑顔でシスターにお礼を言うと、元気よく走っていった。

 

 

「『ありがとう! お姉ちゃん!』だってさ」

 

 

 俺が通訳すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 

 それから、俺たちは再び歩き出す。

 

 

「驚いたでしょう?」

 

「いやぁ、ははは。キミ、すごい力持ってるんだね?」

 

「神さまからいただいた素晴らしい力です。・・・・・・そう、素晴らしい・・・・・・」

 

 

 彼女は微笑みながら言うけど、その笑みはどこか寂しげだった。

 

 何かあるのかもしれないけど、深く追求しちゃダメだよな。

 

 

「あっ、あそこですね?」

 

 

 しばらく歩いていると、目的地である教会が見えてきた。

 

 

「ああ。この町の教会っていったら、あそこだけだから」

 

「よかった! 本当に助かりました!」

 

 

 シスターがお礼を言ってくるけど、俺はそれどころじゃなかった。

 

 

 ゾクッ!

 

 

 教会が見えてきたあたりから、ずっと悪寒が体中を走っていた! いやな汗もかなりかいてる!

 

 悪寒の原因は当然、悪魔である俺が教会に近づいたからだろうな。神さまとか天使に関係する教会なんて、敵地もいいところだからな。

 

 部長にも神社や教会には近づかないようにって強く言われたしな。

 

 

「是非お礼がしたいので、ご一緒に来ていただけませんか?」

 

「い、いや、ちょっと用事があるんで!」

 

「・・・・・・学校もあるし」

 

「・・・・・・そうですか。分かりました。また今度、お礼をさせてください。あ、私、アーシア・アルジェントと申します。アーシアと呼んでください」

 

 

 そういえば、まだ自己紹介してなかったな。

 

 

「俺、兵藤一誠。イッセーでいいよ」

 

「私は士騎千秋。私も名前でいいよ」

 

「イッセーさん、千秋さんですね。日本に来て、すぐにお二人のような親切でやさしい方々と出会えて、私は幸せです!」

 

 

 結構大袈裟だな、この子。

 

 

「是非ともお時間があるときに教会までおいでください! 約束ですよ!」

 

「えっ、ああ、うん。わかった。じゃあ、また」

 

「はい! またお会いしましょう!」

 

 

 俺と千秋はそこでアーシアと別れ、学校に向かうのだった。

 

 アーシアは俺たちの姿が見えなくなるまで笑顔で手を振っていた。

 

 本当にいい子なんだなぁ。

 

 

―○●○―

 

 

「二度と教会に近づいてはダメよ」

 

 

 夜の部室にて、イッセーは部長に厳しく叱られていた。理由は悪魔であるイッセーが教会に近づいたからだ。そのイッセーが教会に近づいた理由は、道に迷っていたシスターを送り届けるためらしい。

 

 

「教会は私たち悪魔にとって敵地。踏み込めば、それだけで神側と悪魔側で問題になるの。いつ光の槍が飛んでくるのかわからなかったのよ?」

 

「マ、マジですか・・・・・・」

 

 

 それを知って、イッセーは身震いをする。

 

 

「千秋もどうして、イッセーを教会に近づけるようなマネをしたのよ!」

 

「すみません。でも、もし他にも教会関係者が近くにいるかもしれないと思ったら、あそこでイッセー兄を一人にするのは危険だと思ったので。・・・・・・杞憂でしたけど」

 

 なるほど。なんで千秋がイッセーの身を危険に晒すかもしれない教会に近づくのをよしとしたのか気になったが、そういうことか。

 

 まあ、確かに、仮にそのシスターを迎えに来た教会関係者が近くにいたら、イッセーを一人にした瞬間に悪魔祓いをされてたかもしれないからな。

 

 

「まったく。いいこと、イッセー。教会の者と一緒にいることは死と隣り合わせと同義。とくに教会に属する『悪魔祓い(エクソシスト)』には神器(セイクリッド・ギア)の使い手だっているんだから。イッセー。悪魔祓いを受けた悪魔は完全に消滅するの。無、何もなく、何も感じず、何もできない。それがどれだけのことか、あなたにはわかる?」

 

「・・・・・・い、いえ・・・・・・」

 

「・・・・・・ゴメンなさい。熱くなりすぎたわ。とにかく、今後は気をつけてちょうだい」

 

「はい」

 

 

 それにしても、イッセーがシスターを案内した教会ってのは、あそこにあるヤツのことだよな。このへんの教会っていったら、あそこだけだからな。

 

 だが、あの教会は確か、廃棄されたヤツのはず。──そういえば、イッセーを襲った堕天使。もし、あの教会を堕天使たちが根城にしているのだとすると、そのシスターは教会を追放された者。

 

 そう考えれば、あの教会にシスターが赴任するっていうのも辻褄が合う。

 

 だが、腑に落ちないことがある。なんで堕天使は部長の管理するこの町に居座る?

 

 堕天使がこの町にいるのは、イッセー以外に別の目的がありそうだな。

 

 

「あらあら。お説教は終わりましたか?」

 

 

 いつのまにか、副部長がイッセーの背後にいた。

 

 

「朱乃。どうしたの?」

 

「さきほど、大公より連絡が」

 

「大公から?」

 

「この町でまたはぐれ悪魔が見つかったそうですわ」

 

 

―○●○―

 

 

 はぐれ悪魔というのがこの町で見つかり、それを討伐するよう、上級の悪魔から部長に届けられた。

 

 現在、俺を含めたオカルト研究部のメンバーは、町はずれの廃屋の近くまで来ていた。この廃屋にはぐれ悪魔がいるらしい。

 

 ちなみに、同行メンバーには明日夏と千秋もいる。

 

 千秋が俺の身を案じて同行を部長に頼み、部長がそれを了承してくれたからだ。

 

 朱乃さんがここにいるはぐれ悪魔について教えてくれる。

 

 

「この先の廃屋で誘き寄せた人間を食べていると報告がありまして」

 

「た、食べ・・・・・・ッ!?」

 

「それを討伐するのが、今夜のお仕事ですわ」

 

 

 聞くと、明日夏も同じ手口のはぐれ悪魔をつい先日討伐したらしい。

 

 

「主を持たず、悪魔の力を無制限に使うことがいかに醜悪な結果をもたらすか・・・・・・」

 

「んん? どういう意味だ、木場?」

 

「ようは醜いバケモノになるってことだ。俺が討伐した奴もそういえる存在だった」

 

 

 バケモノ、か・・・・・・確かに、やってることはバケモノの所業かもな。

 

 

「イッセー」

 

「あっ、はい、部長」

 

「あなた、チェスはわかる?」

 

「チェスって、ボードゲームのあれですか?」

 

「主の私が『(キング)』で、『女王(クイーン)』、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』、『僧侶(ビショップ)』、『兵士(ポーン)』、爵位を持った悪魔は、この駒の特性を自分の下僕に与えているの」

 

 

 駒の特性?

 

 

「私たちはこれを『悪魔の駒(イービル・ピース)』と呼んでいるわ」

 

「何でわざわざ、そんなことを?」

 

「これから見せてあげるわ。とにかく今夜は、悪魔の戦いというものをよく見ておきなさい」

 

「は、はい」

 

 

 部長の話を聞いているうちに、廃屋に着いた。

 

 

「・・・・・・血の臭い」

 

 

 中に入ると、小猫ちゃんが袖で鼻を覆いながら呟いた。

 

 

「・・・・・・来たな」

 

 

 今度は明日夏が呟くと、室内に低い声音が響いた。

 

 

「不味そうな匂いがするわぁ。でも、美味しそうな匂いもするわぁ。甘いのかしらぁ? 苦いのかしらぁ?」

 

 

 暗がりからゆっくり姿を現したのは──上半身が裸の女性だった!

 

 

「おっぱい!」

 

 

 思わず叫んでしまった。

 

 かなりの美人だし、何より、おっぱいがまる見え! しかも、かなり大きい!

 

 その見事な大きさの生乳をついついガン見してしまった!

 

 ──でも、なんで浮いてるんだ?

 

 なぜか、女性は浮いており、下半身のほうが暗闇に隠れてよく見えなかった。

 

 

「はぐれ悪魔バイサー。主のもとを逃げ、その欲求を満たすために暴れ回る不逞の輩。その罪、万死に値するわ。グレモリー公爵の名において、あなたを吹き飛ばしてあげる!」

 

 

 部長が啖呵を切るが、はぐれ悪魔バイサーは余裕の表情だった。

 

 

「こざかしい小娘だこと。その紅い髪のように、あなたの身を鮮血で染めてあげましょうかぁ!」

 

 

 自分の胸を揉みしだきながら言うバイサー。

 

 

「雑魚ほど洒落の効いたセリフを吐くものね」

 

 

 バイサーの余裕に対して、部長は冷静に鼻で笑うだけだった。

 

 いっぽう、俺は未だにバイサーの胸をガン見してました。

 

 

「こ、これがはぐれ悪魔・・・・・・ただの見せたがりのお姉さんにしか──」

 

「・・・・・・イッセー。鼻の下を伸ばすのは奴の全体を見てからにしたらどうだ?」

 

 

 明日夏がそんなことを言ってくるが、どういうことだ?

 

 そして、バイサーの下半身をよく見てみると、暗がりからようやく隠れていた下半身が現れた。けど──。

 

 

「なぁっ!?」

 

 

 俺はバイサーの下半身を見て驚愕する。

 

 なんせ、その下半身は巨大な腕と足の四足歩行のバケモノとしか言いようがないものだった。蛇の尾があり、独立して動いていた。

 

 

「さっき木場が言ってただろ? 『醜悪な結果をもたらす』って。あれがその結果だ」

 

 

 あ、あんないいおっぱいなのに、もったいない!

 

 

「あれ? あれ・・・・・・魔法陣じゃね!?」

 

 

 バイサーが揉みしだいている胸を凝視していると、魔方陣が浮かんでいた!

 

 そして、魔法陣から魔力が撃ち出された!

 

 

「ボサッとするな!」

 

「うわっ!?」

 

 

 バイサーの攻撃に対して皆がとっくに回避行動をとるなか、俺はボーッと突っ立ってしまっていたが、明日夏に襟首を引っ張られたおかげで事なきを得た。

 

 

 ジュゥゥゥ。

 

 

 バイサーの魔力が当たった場所が音をたてて溶けていた!

 

 

「ひぇぇっ! 確かにバケモノだわ!」

 

「油断しちゃダメよ。祐斗!」

 

「はい!」

 

 

 部長の命を受けて、木場が飛びだした。

 

 速い! なんて速さだ! 速すぎて見えないくらいだ!

 

 部長が『悪魔の駒(イービル・ピース)』の説明を再開してくれる。

 

 

「祐斗の役割は『騎士(ナイト)』。特性はスピード。そして、その最大の武器は剣」

 

 

 部長が説明しているうちに、木場がバイサーの懐に現れたと思った瞬間、バイサーの巨大な腕が斬り落とされていた!

 

 

「ウギャアアアアアアアアアアアッッ!?」

 

 

 腕を斬られたバイサーの悲鳴がこだまする。

 

 そんな悲鳴をあげるバイサーに、小柄な人影が近づいていく。小猫ちゃんだ!

 

 それを見たバイサーは顔を醜く変形させ、胴体が縦に裂けて、牙が生えた大きな口が現れた!

 

 

「危ない、小猫ちゃん!」

 

「死ねえええええええッ!」

 

 

 バイサーはそのまま倒れこむように小猫ちゃんに襲いかかり、なんと、小猫ちゃんはそのまま巨大な口に飲み込まれてしまった!

 

 

「大丈夫」

 

「え?」

 

 

 部長に大丈夫と言われ、バイサーのほうを見る。

 

 

「フッフフフフフ、アッハハハハハ──っ!?」

 

 

 バイサーは勝ち誇ったかのように笑い声をあげていたが、その顔が驚愕に染まる。

 

 バイサーの巨大な口がこじ開けられたからだ。

 

 そこには、服はボロボロだけどまったくの無傷の小猫ちゃんがいた。

 

 

「小猫は『戦車(ルーク)』よ。その特性はシンプル。バカげた力と防御力。あの程度じゃ、ビクともしないわ」

 

「・・・・・・ぶっ飛べ!」

 

 

 小猫ちゃんはそのまま、体を捻るように口から出ると、強烈な右フックで牙を砕きながらバイサーを吹っ飛ばした!

 

 ・・・・・・小猫ちゃんには、逆らわないようにしよう。小突かれただけでも死んじゃいそうだ。

 

 

「朱乃」

 

「はい、部長。あらあら、どうしようかしらぁ? うふふ」

 

 

 部長に命じられた朱乃さんはいつものニコニコフェイスでバイサーに近寄っていく。

 

 ・・・・・・なぜだろう。いまはその笑顔がこわい。

 

 すると、部長の後方で、さっき木場が斬り落としたバイサーの両腕の片方が、ぴくりと動いた! そして、跳ねるように飛んで部長へと襲いかかる!

 

 

「部長!」

 

 

 反射的に俺は神器(セイクリッド・ギア)を出して、部長に襲いかかろうとしていたバイサーの腕を殴り飛ばしていた。

 

 

「あ、ありがとう・・・・・・」

 

 

 尻もちをついた部長から呆けたように礼を言われ、思わず少し照れてしまう。

 

 

「あぁ、いえ。体が勝手にっていうか──」

 

「イッセー、避けて!」

 

「──ッ!?」

 

 

 そこへ、バイサーの腕は再び動き出して、今度は俺のほうに襲いかかってきた!

 

 

 ドスッ!

 

 

 俺が身構えた瞬間、バイサーの腕は矢みたいなものによって空中から撃ち抜かれた!

 

 

「イッセー兄、大丈夫!」

 

 

 俺の横に千秋が空中から降りてきた。

 

 その手には弓みたいなものが握られている。それで空中からあの腕を撃ち抜いたのか。

 

 バイサーの腕は矢で打ちつけられた状態で未だに動こうとしていた。

 

 そんな腕に千秋は近寄り、至近距離で矢を射る!

 

 バイサーの腕はそれで今度こそ動かなくなった。

 

 

「──って、そうだ! 腕はもう一本──」

 

 

 慌てて、もう片方の腕のほうを見ると──。

 

 

「こっちなら、心配いらねえよ」

 

 バイサーの腕は明日夏に踏みつけられていて、もがいていた。

 

 その明日夏の手には、刀のようなものとその刀の鞘らしきものが握られていた。

 

 明日夏はもがく腕に刀を突き刺した!

 

 それにより、こちらの腕も動かなくなった。

 

 それを確認した明日夏は、刀を腕から抜き、刀身についた血を振り払ってから鞘に収めた。

 

 明日夏も千秋も、こんな動くバケモノの腕を見ても、まったく動じずにあっさりと対処してのけた。

 

 これが俺の知らなかった賞金稼ぎ(バウンティハンター)としての二人の姿か。

 

 

「朱乃」

 

 

 いつのまにか立ち上がっていた部長が朱乃さんへと命を下した。

 

 

「あらあら。おイタをするイケナイ子は、お仕置きですわね」

 

 

 そう言う朱乃さんの手から、雷がほとばしっていた!

 

 

「彼女は『女王(クイーン)』。他の子の全ての力を兼ね備えた、無敵の副部長よ」

 

「ぐぅぅぅぅっ・・・・・・」

 

 

 部長が説明しているなか、バイサーは弱りながらも、朱乃さんを睨みつける。

 

 朱乃さんはそれを見て、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「あらあら。まだ元気そうね? なら、これはどうでしょう?」

 

 

 朱乃さんが天に向かって、手をかざす。

 

 

 カッ!

 

 

 刹那、屋内が強く照らされ、バイサーに雷が落ちた!

 

 

「があああああああああああっっ!?」

 

 

 バイサーの凄まじい叫び声が屋内に響くなか、部長は平然と説明を続ける。

 

 

「魔力を使った攻撃が得意なの。そのうえ、彼女は究極のSよ」

 

 S!? 究極のSですか!?

 

 

「あらあら、まだ元気そう? どこまで耐えられるかしらぁ?」

 

「ぎゃぁぁぁあああああああああああっっ!?」

 

「うふふふふふふふ!」

 

 

 わ、笑ってる。雷で苦しんでるバイサーを見て、心底楽しんじゃってるよ、あのヒト!

 

 明日夏と千秋もドン引きしてるし!

 

 

「朱乃。それくらいにしておきなさい」

 

 

 部長の言葉を聞いて、ようやく、朱乃さんが雷による攻撃をやめた。

 

 

「もうおしまいなんて。ちょっと残念ですわね。うふふ」

 

 

 うわぁ。朱乃さん、全然物足りなさそうな顔をしているよ。部長が止めなかったら、まだまだ続いてたんだろうなぁ・・・・・・。

 

 部長がもはや虫の息のバイサーに歩み寄る。

 

 

「最後に言い残すことはあるかしら?」

 

「・・・・・・・・・・・・殺せ・・・・・・」

 

「そう。なら──消し飛びなさい」

 

 

 ドンッ!

 

 

 部長の手のひらからドス黒い魔力の塊が撃ちだされ、バイサーの巨体以上の大きさの塊がバイサーを覆う!

 

 

「チェックメイト」

 

 

 魔力が宙へと消えた瞬間、バイサーの姿はそこにはなかった。

 

 部長が言った通り、消し飛んだようだ。

 

 

「終わったわ。さあ、帰るわよ」

 

「「「はい、部長」」」

 

 

 部長の言葉に、部員の皆もにこやかに返事をする。返事をしていないのは、さっきの部長の魔力を見て呆気にとられている俺や明日夏に千秋だけだった。

 

 ――っと、そうだ。

 

 

「あ、あの、部長」

 

 

 『悪魔の駒(イービル・ピース)』のことを聞いてから、部長に訊きたいことがあったんだった。

 

 

「なあに?」

 

「それで、俺は? 俺の駒っていうのか、下僕として役割はなんなんですか?」

 

 

 ただ、正直このときいやな答えを予感していた。

 

 

「『兵士(ポーン)』よ」

 

「『兵士(ポーン)』って・・・・・・あの・・・・・・」

 

「そう。イッセー。あなたは『兵士(ポーン)』」

 

 

 『兵士(ポーン)』・・・・・・一番下っ端のあれぇぇぇっ!?

 

 



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Life.10 はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)

 

 

 深夜、俺はチャリをとばして、依頼者のもとへ向かっていた。

 

 

『小猫の召喚がまた重なってしまったの。今夜一件お願いできるかしら?』

 

 

 ていうことで、また小猫ちゃんへの契約が重なったので、片方を俺が行くことになった。

 

 

「それにしても、『兵士(ポーン)』かぁ・・・・・・」

 

 

 下僕を持つには、上級悪魔にならなければならない。

 

 最初から上級悪魔な部長と違って、俺たち転生者は力を認められ、昇格しなきゃならない。──だが、俺は『兵士(ポーン)』。最弱の駒。・・・・・・捨て駒じゃねぇか・・・・・・。

 

 はぁ・・・・・・ハーレム王への道は遠いなぁ。

 

 内心でため息を吐いていると、隣で走って俺と並走する明日夏が言う。

 

 

「『兵士(ポーン)』も別に悪いポジションじゃないと思うぞ」

 

 

 いつものように、俺の身を案じてくれた千秋が俺の護衛につこうとしてくれたんだけど、「毎回毎回やってたら、身がもたねえぞ」ということで、今回は明日夏が護衛についてくれることになった。

 

 本人的には、こうしてチャリで移動する俺と並走することで、ついでで鍛錬になるそうだ。

 

 

「『兵士(ポーン)』には『プロモーション』ってのがあるんだ」

 

「プロモーション?」

 

「ああ。実際のチェスでもある相手の陣地に入った瞬間から、『(キング)』以外の駒に昇格できる『兵士(ポーン)』の特性だ。相手の陣地ってのはこの場合、部長が敵地の重要な場所と認定した場所だな。例えば、昨夜の廃屋で部長が許可を出せば、おまえは『騎士(ナイト)』にでも『戦車(ルーク)』にでもなれるってわけだ」

 

 へぇー、『兵士(ポーン)』にそんな特性があったのか。

 

 でも、プロモーションできないと、結局は最弱の駒のままじゃねえか。

 

 やっぱり、ハーレム王の道は遠いなぁ・・・・・・。

 

 そうこうしていると、依頼者が住んでる場所に到着した。

 

 森沢さんのときとは違い、普通の一軒家だった。

 

 

「俺は外で待ってる」

 

「えっ、いいのか?」

 

「ああ。少し休憩がてらに夜風に当たりたいしな」

 

「ああ。わかった」

 

 

 明日夏には外で待ってもらうことになり、俺は依頼者の家のインターホンを鳴らす。

 

 ──けど、反応がなかった。

 

 

「ん?」

 

 

 ドアノブに手をかけると、鍵がかかってなかった。

 

 開けっ放しなんて、物騒だなぁ。

 

 奥のほうを見ると、電気はついておらず、淡い灯りが漏れている一室があった。

 

 

「ちわーっス。グレモリーさまの使いの悪魔ですけど」

 

 

 呼んでみるけど、返事がない。

 

 

「依頼者の方は──ッ!?」

 

 

 中へ足を踏み入れた瞬間、なんか、いやな感じがした!

 

 

「・・・・・・いらっしゃいますか?」

 

 

 もう一回呼んでみるけど、やっぱり返事がない。

 

 ・・・・・・なんだ? それに、このいやな感じも?

 

 正直、もう帰りたくなってきた。

 

 でも、脳内に夕方、部長に言われたことが思い出される。

 

 

『今度こそ、必ず契約を取ってくるのよ。私の期待を裏切らないで』

 

 

 このまま帰ったら、いよいよ部長に合わせる顔がねえし、俺は意を決して、依頼者の家の中に入る。

 

 

「・・・・・・お邪魔しますよ」

 

 

 灯りが漏れている部屋のほうに進んでいく。

 

 この灯り、ロウソクかなんかか? 雰囲気でも作ってんのかねぇ?

 

 

「すいませーん──うぉわっ!?」

 

 

 部屋の中に入ったところで、何か液体みたいなものを踏んでしまい、靴下が濡れてしまった。

 

 

「なんかこぼれて──」

 

 

 靴下についた液体を手で取った俺は絶句してしまった。

 

 

「──これって・・・・・・」

 

 

 ドロドロとしていて、鉄のような臭いがする液体──そう、血だった。

 

 俺は床にこぼれている血の先を見る。

 

 

「なぁっ!?」

 

 

 そこには逆十字の恰好で壁に貼りつけられた人間の死体があった!

 

 たぶん、この家の住人、今回の依頼者の男性だ。

 

 全身が切り刻まれ、傷口から内臓もこぼれている。太くて大きい釘で手のひら、足、胴体の中心が壁に打ちつけられており、それで壁に固定されていた。

 

 

「ゴボッ」

 

 

 腹からこみ上げてくるものがあり、思わず口を手で押さえる。

 

 な、なんだこれ!? 普通の神経でじゃこんなことできねえよ!?

 

 

「『悪い人はお仕置きよ』――」

 

 

 突然聞こえた声のほうを見ると、白髪の男がこちらに背を向ける形でソファーに座っていた。

 

 

「――って、聖なるお方の言葉を借りてみましたぁ♪」

 

 

 男は首だけをこちらに向けて舌を出してニンマリと笑う。

 

 十代くらいの若い外国人の少年で、結構な美少年だった。──浮かべた醜悪な笑顔でせっかくのイケメンが台無しになっていたが。

 

 

「んーんー。これはこれは、悪魔くんではあーりませんかー。俺の名前はフリード・セルゼン」

 

 

 礼儀正しく一礼をするフリードと名乗る少年。

 

 だが、すぐふざけたように手足を躍らせ、礼儀正しい雰囲気をぶち壊す。

 

 

「とある悪魔祓い組織に所属している少年神父でござんす♪」

 

「神父!」

 

「まあ、悪魔みたいなクソじゃないのは確かですが」

 

 

 俺は殺された男性を指差しながら、少年神父に訊く。

 

 

「おまえがやったのか!?」

 

「悪魔に頼るなんてのは人として終わった証拠。エンドですよ! エンド! だから殺してあげたんですぅ! クソ悪魔とクソに魅入られたクソ共を退治するのがぁ、俺さまのお仕事なんでぇ」

 

 

 そこまで言うと、神父は刀身のない剣の柄のようなものと拳銃を取り出した。さらに柄から光の刀身のようなものが出てきた。

 

 

「光の剣!?」

 

「いまからおまえの心臓(ハート)にこの刃をおったてて、このイカす銃でおまえのドタマに必殺必中フォーリンラブゥしちゃいますぅ!」

 

 

 イカレた表情を作り、神父が飛びかかってくる!

 

 

「うわっ!」

 

 

 光の剣の一振りをすんでのところで身をかがめてなんとか躱す!

 

 

「バキュン!」

 

「ぐあぁぁっ!?」

 

 

 後ろから左足を撃たれてしまい、足に凄まじい激痛が走る!

 

 この痛み!? 撃たれただけだからじゃない!

 

 

「エクソシスト謹製、祓魔弾。お味はいかがっスかぁ?」

 

「くぅっ・・・・・・こんのォォッ!」

 

 

 俺は神器(セイクリッド・ギア)を出すが、神父は愉快そうに笑うだけだった。

 

 

「おおぉっ! まさに悪魔! そのほうがこっちも悪魔祓いの気分が出ますなぁ!」

 

「でぇぇあぁぁぁッ!」

 

「残・念!」

 

 

 ズバッ!

 

 

「ぐあぁっ!?」

 

 

 俺は神父に殴りかかるが、あっさりと躱された挙句、神父に背中を斬りつけられてしまった!

 

 

「ぐっ・・・・・・ぅぅ・・・・・・」

 

「おやおや、見かけ倒しっスかぁ? というのが一番ムカつくざんす!」

 

 

 神父がキレた笑いを発しながら、俺にトドメを刺そうとしてきた!

 

 

「きゃあああ!」

 

 

 瞬間、神父の背後で悲鳴があがった。

 

 神父と一緒に後ろのほうを見ると、金髪のシスターが男性の遺体を見て呆然としていた。

 

 そして・・・・・・そのシスターを俺は()()()()()

 

 

「おんやぁ? 助手の()()()()ちゃん?」

 

 

 神父がシスターの名を口にした。

 

 そう。そのシスターは、つい先日出会ったアーシアだった!

 

 

「結界は張り終わったのかなぁ?」

 

 

 神父はアーシアに訊くが、アーシアは男性の遺体の惨状に目を奪われていて、答える余裕なんてなかった。

 

 

「・・・・・・これは・・・・・・?」

 

「そうかそっかぁ。キミはビギナーでしたなぁ。これが俺らの仕事。悪魔に魅入られたダメ人間をこうして始末するんっス」

 

「・・・・・・そ、そんな!」

 

 

 アーシアが初めて神父のほうへ目を向ける。当然、俺のことも視界に入ってしまう。

 

 

「あっ」

 

 

 そして、俺とアーシアの目が合ってしまった。

 

 

「イ、イッセーさん・・・・・・?」

 

「・・・・・・・・・・・・アーシア・・・・・・」

 

「何なぁにぃ? キミたちお知り合い?」

 

 

 神父の問いに答えず、アーシアは俺に訊いてくる。

 

 

「どうして、あなたが!?」

 

「・・・・・・・・・・・・ごめん・・・・・・俺・・・・・・悪魔なんだ・・・・・・」

 

「悪魔・・・・・・? イッセーさんが・・・・・・?」

 

「騙してたんじゃない! だから、キミとは・・・・・・もう二度と会わないほうがいいって・・・・・・決めてたのに・・・・・・っ!」

 

 

 俺の言葉に、アーシアは目に涙を浮かべている。その姿に胸が痛む。

 

 

「そ、そんな・・・・・・!? じゃあ、千秋さんも・・・・・・?」

 

「千秋は悪魔じゃない! 悪魔じゃないけど・・・・・・たぶん、千秋は・・・・・・」

 

 

 悪魔である俺たちと関わっている以上、千秋ももうアーシアに会うつもりはなかったはずだ。

 

 

「・・・・・・・・・・・・ごめん・・・・・・また会おうって約束・・・・・・破るようなことをして・・・・・・」

 

 

 しかも、再会がこんな最悪の形になるなんて・・・・・・。

 

 

「残念だけど、アーシアちゃん。悪魔と人間は、相容れましぇーん。ましてや僕たち、堕天使さまのご加護なしでは、生きてはいけぬ半端者ですからなぁ」

 

 

 堕天使? こいつ、いま堕天使って言ったか?

 

 

「さて、ちょちょいとお仕事完了させましょうかねぇ」

 

 

 首筋に光の剣の切っ先が突きつけられる!

 

 

「覚悟はOK? なくても行きます!」

 

 

 神父が光の剣を振りかぶった瞬間、俺の前に躍り出る影が──。

 

 

「あぁん?」

 

「えっ? アーシア?」

 

 

 アーシアが俺の前に立ち、両手を広げていた。

 

 

「・・・・・・おいおい、マジですかー?」

 

「フリード神父! お願いです! この方をお許しください! どうかお見逃しを!」

 

「キミィ、自分が何をしてるか、わかってるのかなぁ?」

 

「たとえ悪魔だとしても、イッセーさんはいいヒトです! それにこんなこと、主がお許しになるはずがありません!」

 

 

 アーシアは必死に神父へと主張した。

 

 

「はぁぁぁぁっ!? バカこいてんじゃねえよ!」

 

 

 神父が光の剣を縦に一閃。そして、アーシアの服が剣閃に沿ってに切り裂かれた!

 

 

「ああぁっ!?」

 

 

 アーシアは悲鳴をあげ、慌てて腕で前を隠しながら崩れ落ちる。

 

 

「アーシア──ぐっ!?」

 

 

 アーシアの前に出ようとしたが、足の激痛で膝が崩れ落ちてしまう!

 

 

「このクソアマがッ! マジで頭にウジ湧いてんじゃねえのかぁ? ああぁん!」

 

 

 神父がアーシアの顎をつかんで、無理矢理立たせる。

 

 

「・・・・・・堕天使の姐さんに傷つけないよう、念を押されてるけどぉ──これはちょっとお仕置きが必要かなぁ!」

 

 

 アーシアが両手を上げさせられ、袖を光の剣で縫いつけられた。

 

 

「汚れなきシスターが神父におもいっきり汚されるってさぁ──ちょっとよくなぁい♪」

 

「いやあああああっ!?」

 

 

 野郎! アーシアの体をまさぐり始めやがった!

 

 

「・・・・・・やめろ!」

 

 

 怒りがふつふつと沸き上がってきた俺は、激痛に耐えて立ち上がる。

 

 

「おっとぉ! タダ見はご遠慮願いますよ、お客さん!」

 

「・・・・・・アーシアを・・・・・・はなせ!」

 

「ヒュゥゥ。マジマジ? 俺と戦うのぉ? 苦しんで死んじゃうよぉ?」

 

 

 アーシアを縫いつけていた光の剣が抜かれ、切っ先がこちらに向けられる。

 

 

「イッセーさん、ダメです!」

 

 

 アーシアの静止の叫びをあげ、俺に逃げろって促すけど、俺は構わず神父と向かい合う!

 

 勝ち目はねえ。たぶん、死んじまうかもしんねぇけど──俺を庇ってくれたこの子の前で、逃げるのもねえ──。

 

 

「──だろぉぉッ!」

 

「──ッ! 痛いッ!?」

 

 

 俺が反撃できるとは思っていなかったのか、神父はまともに俺の拳をくらって、床に倒れこんだ。

 

 

「あぁぁぁ・・・・・・プッ・・・・・・おもしろいねぇ・・・・・・」

 

 

 神父はすぐに立ち上がってきた。

 

 クソッ。やっぱ、勝ち目がねえな!

 

 いまの一撃も不意討ちだったからだし、もうこっちの攻撃も当たらねぇだろうな。

 

 ・・・・・・勝ち目があるとすれば──明日夏。明日夏ならなんとかしてくれるかもしれないし・・・・・・最悪、アーシアだけでも・・・・・・。

 

 窓ガラスを割るなりして暴れ回れば、明日夏も異変に気づいてくれるかな?

 

 

「あれ? もしかして、お外にいるお仲間さんが助けに来てくれるかも、なんて期待しちゃってるぅ?」

 

 

 なっ!? こいつ、明日夏のことに気づいていたのか!

 

 

「ざ〜んね〜んながらぁ、僕ちんのお仲間もお外にいましてねぇ。今頃、そいつらに八つ裂きにされてるだろうさぁ!」

 

「なっ!? てめぇ!」

 

「さあて、どこまで肉を細切れにできるかぁ、世界記録に挑戦しましょうかぁ! イェェアァァァッ!」

 

 

 神父が光の剣を振りかぶって、飛びかかってきた!

 

 避けようとしたが、足の激痛で膝をついてしまう!

 

 

「きゃあああ!?」

 

「ギャッハハハハハッ!」

 

 悲鳴と笑い声が響き、もうダメだと思った瞬間──。

 

 

 ドォォンッ!

 

 

「なっ!?」

 

「なんだぁっ!?」

 

 

 突然、爆発音を伴い、部屋の壁が外側から吹き飛んだ!

 

 

 ヒュッ。

 

 

 さらに神父に向かって、何かが飛来する!

 

 

「──ッ! しゃらくせぇ!」

 

 

 神父はそれを光の剣で斬り払うが、そのあいだに俺を横切り、神父に肉薄する人影が──。

 

 

「ふぅッ!」

 

「ぐぼぉぉあぁぁぁっ!?」

 

 

 突き出した拳が神父に突き刺さり、神父が後方に吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた!

 

 

「──無事か、イッセー?」

 

 

 人影の正体は、外で待っていたはずの明日夏であった。

 

 

―○●○―

 

 

 イッセーが依頼者の家に上がっていくのを見届けた俺は、持ってきたスポーツドリンクを呷る。

 

 渇いた喉をスポーツドリンクが潤し、適度に疲れた体内にスポーツドリンクの糖分が染み渡る。

 

 

「ふぅ──ッ!」

 

 

 一息ついていた俺だったが、すぐに警戒心をあらわにした。

 

 一人、二人──いや、三人か。

 

 三人ほどの敵意と殺意が、道の先の暗闇から発せられていた。

 

 

 ザッ。

 

 

 暗闇から現れたのは、神父の格好をした男が三人だった。顔は何やらマスクのようなものをかぶっており見えない。

 

 

「・・・・・・悪魔祓い(エクソシスト)か?」

 

 

 格好とこの敵意と殺意、たぶん間違いないだろう。

 

 俺は警戒心をさらに深めながら神父たちに訊く。

 

 

「狙いはイッセーか?」

 

 

 俺の質問に対し、神父たちは鼻で笑い、懐から拳銃を取り出し、銃口をこちらに向けてきた!

 

 

「忌々しき悪魔なら、今頃、家内にいる同胞が滅していよう」

 

「――ッ!?」

 

「我々の狙いは、悪魔と知りながらも関わろうとする貴様だ!」

 

「悪魔に魅入られし者よ! 滅してくれる!」

 

 

 問答無用で拳銃の引き金が引かれる!

 

 

「ちっ!」

 

 

 俺はすぐさま電柱の陰に隠れて、銃弾をやり過ごした!

 

 問答無用なうえに、やり方もずいぶんと過激だな?

 

 まあいい。そんなことよりも、「家内にいる同胞」って言ったな。だとしたら、イッセーが危ない!

 

 

「時間をかけてられねえな! さっさと片付ける!」

 

 

 俺は手早く戦闘服に着替え、電柱の陰から飛びだし、神父たち目掛けて駆けだす!

 

 

「「「──ッ!」」」

 

 

 神父たちは再び銃撃を放ってくるなか、俺は顔の前で腕をクロスさせる。

 

 銃弾は俺に命中するが、戦闘服がダメージと衝撃を緩和してくれるため、俺は無傷だった。

 

 銃撃が無意味と判断した神父たちは拳銃を捨て、刀身のない剣の柄を取り出すと、柄から光の刀身が現れた。

 

 俺はそれを見ると、すぐさま背中に背負っている刀──俺専用に特注された高周波ブレード、『雷刃(ライトニングスラッシュ)』の機能を起動する音声コードを口にする!

 

 

Slash(スラッシュ)!」

 

 

 音声コードを口にすると、機械仕掛けの鞘から電気がほとばしり、刀身に帯電していく。

 

 肉薄した神父に抜きざまに一閃!

 

 神父は光の剣で防ごうとするが、俺は光の剣ごと、神父の首を一閃する!

 

 神父の首が飛び、残った体が崩れ落ちた。

 

 これが雷刃(ライトニングスラッシュ)の機能。帯電による刀身の強化。時間制限はあるが、その斬れ味はご覧の通りだ。

 

 

「なっ!?」

 

「貴様ッ!」

 

 

 残る二人の神父が前後から光の剣で斬りかかってくる。

 

 背後からの斬撃を雷刃(ライトニングスラッシュ)の鞘で防ぎ、正面からの斬撃は刀身で弾き、そのまま振り向きながら、背後の神父を光の剣ごと袈裟斬りで斬り伏せる!

 

 

「きさ──」

 

 

 ザシュッ!

 

 

 残りの神父が何かを言おうとしたところを、雷刃(ライトニングスラッシュ)を逆手持ちに持ち替え、後ろに飛んで、背後にいる神父に刀身を突き刺す!

 

 そのまま背負い投げ、背後から神父の首を折る。

 

 

「イッセー!」

 

 

 俺はすぐさまイッセーのあとを追い、家内に入ろうとしたが、何かに阻まれてしまう。

 

 

「これは・・・・・・結界か!」

 

 

 おそらく、人払いと侵入妨害のためのものだろう。

 

 クソッ! 時間がねえってときに!

 

 だが、よく見ると、張りかたが不十分なのか、結構ほころびが見え隠れしていた。

 

 

「これならすぐにどうにかできるか」

 

 

 俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)を構える。

 

 

「はッ!」

 

 

 結界のほころびを切り裂くと、ほころびだらけで脆かった結界はあっさりと崩壊した。

 

 雷刃(ライトニングスラッシュ)には術式に干渉できる術式が施されている。こうして、術式のほころびなどを切り裂くことでその術を破壊することができるのだ。

 

 

「玄関から入ってたら間に合わねえ!」

 

 

 窓のカーテンのスキマから灯りが僅かに漏れている部屋を見つけ、そこにイッセーがいることに賭けて俺はバーストブレイカーを二本取り出し、その部屋の壁に投げつける!

 

 

 ドォォンッ!

 

 

 バーストファングが壁に命中した瞬間、爆発し、部屋の壁を吹き飛ばした。

 

 それと同時に部屋に飛びこむと──イッセーに斬りかかろうとしていた神父が目に入った!

 

 瞬時に俺はナイフを神父に投擲した!

 

 

「──ッ! しゃらくせぇ!」

 

 

 神父はすぐに反応して、手に持つ光の剣でナイフを斬り払った。

 

 だが、そのスキに神父の懐に飛びこむ!

 

 

「ふぅッ!」

 

「ぐぼぉぉあぁぁぁっ!?」

 

 

 突き出した拳が神父に突き刺さり、神父は後方に吹っ飛び、壁に叩きつけられた!

 

 

「──無事か、イッセー?」

 

 

 どうやら間に合ったようだな。

 

 とはいえ、クソッ。無傷じゃねえか。

 

 確認できるイッセーのケガは──背中の切創と左足の銃創。それ以外はなさそうだな。

 

 だが、悪魔祓い(エクソシスト)の武器によってできた傷ならおそらく、悪魔であるイッセーには傷以上の痛みが伴ってるか・・・・・・。

 

 

「チミチミィ・・・・・・」

 

 

 吹っ飛ばした神父が起き上がってきた。

 

 殺すつもりでやったんだが──殴った際に感じた硬い何かの感触から察するに、剣の柄を盾にしたか?

 

 

「これは銃刀法違反、器物破損、家宅侵入で犯罪ですよぉ?」

 

「・・・・・・てめぇが言うな」

 

 

 俺は壁に貼りつけられた男性の遺体を見ながら言った。

 

 

「ていうかぁ、お外にいた僕ちんの仲間はどうしたのかなぁ?」

 

「ああ、あいつらなら問答無用で襲いかかってきたから、返り討ちにした」

 

 

 神父の問いに答えながら、雷刃(ライトニングスラッシュ)を逆手持ちで構える。

 

 

「ちっ、役立たずどもが! ま、いっか。獲物のクソ人間が増えたってことだしぃ」

 

 

 神父は舌を出して狂ったような醜悪な笑みを浮かべ、光の剣をデタラメに振りながら言った。

 

 この神父、随分と聖職者にあるまじき言動だな?

 

 さっきの過激な神父たちといい──もしかして、こいつら、()()()か?

 

 

「さあて。今度こそ、どこまで細切れにできるかぁ、世界記録挑戦と行きましょうかぁ!」

 

 

 斬りかかってくる神父の光の剣を雷刃(ライトニングスラッシュ)で受ける。

 

 

「なかなかイカす刀じゃねえか? 何々、サムライってやつですかぁ?」

 

「・・・・・・その口、黙らせろ・・・・・・」

 

「おまえが黙れよ!」

 

「──ッ!」

 

 

 至近距離から顔面に銃口を向けられる!

 

 

「バキュン!」

 

 

 引き金が引かれるのと、俺が顔を逸らすのはほぼ同時だった!

 

 銃口から放たれた銃弾が俺の頬を掠めた!

 

 

「──ッ!」

 

「痛いっ!?」

 

 

 すぐさま、神父の顔面に自分の額をぶつけてやる!

 

 俺の頭突きで神父が仰け反ったところを斬り上げるが、神父に後ろへ飛ばれてしまい、俺の一撃は空振ってしまった。

 

 ちっ、言動はアレだが、さっきの神父たちと違い、強いなこいつ。

 

 

「いいねいいねぇ。やるじゃん、キミィ。殺しがいがあるじゃん。だから、早く殺されて?」

 

「・・・・・・はいって言うと思うか?」

 

「あ、答えは聞いてないんで」

 

 

 そう言いながら神父は光の剣と拳銃を構える。

 

 俺も奴の行動に素早く対応できるように、身構えた瞬間──。

 

 

「なんだ?」

 

「魔法陣!」

 

「来たか!」

 

 

 部屋に紅い光を放つ魔法陣が現れた。

 

 魔法陣が輝き出すと、光の中から人影が俺の隣に躍り出てきた。

 

 

「二人とも、助けに来たよ」

 

「遅ぇよ」

 

 

 人影の正体は木場だった。

 

 

「あらあら、これは大変ですわね?」

 

「・・・・・・悪魔祓い(エクソシスト)

 

 

 さらに、木場に続いて、副部長と塔城も現れた。

 

 

「ヒャッホォォォッ! 悪魔の団体さんのご到着ぅ!」

 

 

 距離を置いた神父が余裕の態度を崩さず、むしろ、獲物が増えたことに歓喜していた。

 

 

「悪いね。彼らは僕らの仲間なんだ」

 

「おおお! いいね、そういうの! うーん、何かい? キミが攻めで、彼らが受けの3Pなのかなぁ?」

 

「・・・・・・んなわけねえだろ・・・・・・」

 

「あっ、もしかして、キミが攻め──」

 

「・・・・・・おまえ、ホント黙れ・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・正直、鬱陶しい。

 

 

「ヒュゥゥ。怖いねぇ。そんなに照れな──」

 

「・・・・・・舌を抜かれるのと、斬られる、どっちがいい・・・・・・?」

 

「もちろん、俺さまがおまえの舌を斬るだよん♪」

 

 

 神父の下品な言動に木場は嫌悪の表情を見せる。

 

 

「・・・・・・神父とは思えない下品な口だ」

 

「上品ぶるなよ、クソ悪魔。てめぇらクソ虫を狩ることが、俺の生きがいだ! 黙って俺に殺されりゃいいんだよぉ!」

 

「悪魔だって、相手を選びますわ」

 

 

 副部長が目元を鋭くして言い放つ。

 

 

「いいよ! いいよ、その熱視線! ああ、これは好意? いや殺意? ンヒヒヒヒヒ! 殺意は向けるのも、向けられるのもたまらないねぇ!」

 

「・・・・・・調子に乗ってると死ぬぜ」

 

「殺せるものなら殺してみろよ!」

 

「なら、消し飛ぶがいいわ」

 

 

 醜悪な笑みを浮かべていた神父の顔が急変し、その場を飛び退いた瞬間、黒い魔力がその場に当てられ、床の一部を消滅させた!

 

 やったのは当然、魔法陣から現れた部長だった。

 

 

「私のかわいい下僕をかわいがってくれたみたいね?」

 

 

 部長は凄まじい殺気を神父に放つ。相当キレてるな。

 

 

「おおぉ! これまた真打ち登場? はいはい、かわいがってあげましたが、それが何かぁ?」

 

「大丈夫、イッセー?」

 

 

 部長は神父の挑発を無視し、イッセーに視線を向けて問いかけた。

 

 

「・・・・・・はい・・・・・・部長、すみません・・・・・・叱られたばっかなのに・・・・・・俺、またこんなことを・・・・・・」

 

 

 部長の期待に沿えなかったどころか、こんな面倒をかけてしまったことに、イッセーはうなだれてしまう。

 

 だが、部長は膝を曲げて、うなだれるイッセーの頬に優しく手を添える。

 

 

「・・・・・・こんなにケガしちゃって。ごめんなさいね。はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)が来ていたなんて。さっきまで結界が張られていて、気づかなかったの」

 

 

 さっき、俺が破ったもののことだろう。

 

 

「あぅっ!?」

 

「何してんだよ! このクソアマ! 結界は、おめぇの仕事だろうがぁ!」

 

「アーシア!」

 

 

 神父がシスターを足蹴にしていた。

 

 どうやら、あの結界は彼女が張ったものみたいだ。そして、イッセーの反応からして、彼女が教会へ案内したシスターなのであろう。

 

 部長はスッと立ち上がると、鋭い眼差しで神父を睨みつける。

 

 

「私は、私の下僕を傷つける輩を絶対に許さないことにしているの。特にあなたのような、下品極まりない者に自分の所有物を傷つけられるのは、本当に我慢ならないの!」

 

 

 部長から危険な魔力がほとばしり始める。

 

 

「・・・・・・おっと・・・・・・ちょっと、この力、マズくねぇ? つか、かんなりヤバァ・・・・・・!」

 

 

 部長の迫力と状況でさすがの神父も焦りだしてきたようだ。

 

 

「・・・・・・堕天使、複数」

 

 

 塔城が鼻を動かしながら言う。

 

 

「アッハッハハハハハ! 形勢逆転すなぁ! 皆さん、まとめて光の餌食けっ決てーい!」

 

 

 状況が好転したと見るや、再びふざけた態度に戻りやがった。

 

 だが、確かに堕天使が来るのはヤバいな。

 

 

「部長! イッセーを連れて先に行ってください! その魔法陣による転移ができるのは部長の眷属だけでしょう?」

 

「ええ、そうよ。急いでいたものだから、調整する時間がなかったの。だから明日夏、私たちが時間を稼ぐから、あなたが先にこの場から!」

 

「俺は自力で逃げれます! いまはイッセーの回収が最優先でしょ!」

 

「わかったわ。気をつけなさいね、明日夏。朱乃、ジャンプの用意を」

 

「はい」

 

「小猫、イッセーを頼むわ」

 

「・・・・・・はい」

 

「クソ悪魔ども! 逃がすか──って、わたたた──痛ぁい!?」

 

 

 神父が追撃しようとするが、塔城が投げたテーブルが直撃して伸びてしまった。

 

 皆がイッセーを連れてジャンプしようとするなか、イッセーとシスターがお互いのことを見ていた。

 

 

「部長! あの子も一緒に!」

 

「それは無理よ。明日夏が言っていたでしょう? この魔方陣は私の眷属しかジャンプできない」

 

「そ、そんな!?」

 

 

 イッセーが一瞬、俺のほう見ると、何かを言おうとしたが、すぐに目を逸らして黙ってしまう。

 

 

「アーシア!」

 

 

 イッセーはシスターのほうへ手を伸ばすが、当然届くはずもなかった。

 

 

「はなせ!? アーシアを助けるんだ! はなせ! アーシアァァァッ!」

 

 

 イッセーはじたばたと暴れるが、イッセーを担ぐ塔城の腕は緩まない。

 

 

「イッセーさん・・・・・・また・・・・・・また、いつか・・・・・・どこかで・・・・・・」

 

 

 シスターは目に涙を浮かべて、にっこりと微笑む。

 

 

「アーシアァァアアアアアアアッッ!」

 

 

 イッセーの叫びが響き渡るなか、イッセーたちは光に包まれて消えていった。

 

 



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Life.11 友達、できました!

 

 

 さて、イッセーは部長たちが回収してくれたな。

 

 これで──。

 

 

「あなたも早く逃げてください!」

 

 

 シスターが逃げるように促してきた。

 

 ──あいにく、()()()()()()()()()()()()()だよな。

 

 

「残・念。てめぇは逃がさねえよ!」

 

 

 回復した神父が光の剣と拳銃を構えながら言った。

 

 どこかイライラしてるように見えるが、獲物が逃げたことにイラついているのか?

 

 

「やれやれ。来てみれば、すでにもう悪魔どもがいないではないか?」

 

「何々ぃ? 無駄足ぃ?」

 

「いや、一人いるな」

 

 

 そこへ、三人の堕天使が現れた。

 

 一人は、以前相対した帽子をかぶり、スーツを着た男性、ドーナシーク。

 

 一人は、長い黒髪のスーツを着た女性。千秋が言っていた奴だな。たしか、名前はカラワーナだと言っていたな。

 

 最後は、金髪のゴシック調の服を着た少女。こっちは知らないな。

 

 ・・・・・・レイナーレとあのディブラって奴はいないか。

 

 

「また会ったな」

 

「フン、あのときの借り、耳を揃えて返してやろう」

 

 

 ドーナシークが以前ほどの油断のない雰囲気をまとっていた。だが、やはり、どこか俺を人間だからと慢心している感じだ。

 

 

「私も貴様の妹には借りがあるのでな。貴様の首でも贈ってやるとするか」

 

「さっさと、殺っちゃおうよ」

 

 

 それは、他の二人も同じだった。

 

 

「へっ、バカな奴だぜ。クソ悪魔どもをエサにしてれば、逃げられただろうによぉ」

 

 

 神父も神父で、完全に油断してるな。

 

 ま、そのほうが都合がいいけどな。

 

 俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)を鞘に収める。

 

 

「なんだ、諦めたのか?」

 

「それとも、命乞いでもするぅ?」

 

 

 俺は──。

 

 

「「「「──ッ!?」」」」

 

 

 堕天使三人と神父に向けて、バーストファングを投擲した!

 

 

「しゃらくせぇ!」

 

「こんなもん!」

 

「フン!」

 

 

 女堕天使二人と神父はそれぞれ光の槍や剣でバーストファングを弾こうとする。

 

 

「バカ者! 避けろ!」

 

 

 バーストファングの仕組みを知っていたドーナシークだけは慌てて叫ぶ。

 

 

 ドォォンッ!

 

 

「「「「──っ!?」」」」

 

 

 だが、ときすでに遅く、ドーナシーク以外の三人はバーストファングの爆発に巻き込まれる。

 

 そして、部屋中に爆煙が充満する。

 

 俺は爆煙に紛れて、ある行動に移す。

 

 

「あんの野郎、なめたマネしやがって!」

 

 

 神父は吐き捨てるように言い、俺のことを探しだす。

 

 

「おっ、見つけた──って、なっ!?」

 

「何っ!?」

 

「「──っ!?」」

 

 

 煙が晴れ、俺の姿を捉えた神父と堕天使たちの表情が驚愕に染まった。

 

 なぜなら──。

 

 

「貴様ッ! アーシア・アルジェントを!?」

 

 

 ドーナシークが慌てたように叫んだ。

 

 なぜなら、俺がシスターの喉元に雷刃(ライトニングスラッシュ)を突きつけていたからだ。

 

 

「おいおい、それは卑怯なんじゃないんですかぁ?」

 

 

 神父は相も変わらずの雰囲気だったが、明らかに余裕がなくなっていた。

 

 堕天使たちに至っては、ひどく焦燥に駆られていた。

 

 正直、賭けだったが・・・・・・うまくいったな。

 

 

(悪いな。もう少しだけ耐えて、怯えているふりをしててくれ)

 

(は、はい!)

 

 

 俺とシスターは堕天使たちに聞こえないように、小声で会話する。

 

 いまのこの状態は、シスターの了承を得たうえでの人質をとったふりだ。

 

 まあ、当のシスターはわけもわからずといった感じだがな。

 

 ドーナシークが忌々しそうに俺を睨みつけながら訊いてくる。

 

 

「・・・・・・貴様、アーシア・アルジェントをどうするつもりだ?」

 

 

 こいつらの反応、少し引っかかるな?

 

 ──少しカマかけてみるか。

 

 

「ずいぶんとこいつの心配しているな? それとも、心配なのはこいつのことじゃなく、別のことだったりするのか?」

 

 

 そう訊くと、堕天使たちの表情に僅かだが変化があった。

 

 イッセーと千秋から、このシスターが回復系の神器(セイクリッド・ギア)を所持していることを聞いていた。そのシスターが堕天使のもとに来る。そして、その堕天使がいまだにこの町に留まっている。さらに、いまの状況による目の前の堕天使たちの焦燥に駆られた姿。

 

 これらの情報から、俺の中である仮説が立てられた。

 

 

「おい! 男が女を人質に取って恥ずかしくねえのかよ! おい! うちを無視すんじゃねぇ、コラッ!?」

 

 

 ゴシック調の服を着た堕天使が挑発じみたことを言ってくるが、俺は無視した。

 

 

「とりあえず、この場は退散させてもらうぜ」

 

「待て! アーシア・アルジェントを連れていかせはせん!」

 

 

 ドーナシークの言葉を皮切りに堕天使たちが身構えるなか──。

 

 

「じゃあな」

 

 

 俺はあるナイフを取り出し、それを床に叩きつける!

 

 

 カッ!

 

 

 瞬間、部屋に閃光が走る。

 

 これは特殊なナイフで、『フラッシュファング』といい、早い話、バーストファングの閃光弾バージョンである。バーストファングと同じ仕組みで閃光を放ち、相手の視界を奪うものだ。

 

 

「「「「ぐっ!?」」」」

 

 

 不意討ちでくらった堕天使たちや神父は、閃光で視界を潰されていた。

 

 

「キャッ!?」

 

 

 俺はその隙に、シスターを担ぎ、俺が空けた壁の穴から外へ飛び出し、その場から駆けだした。

 

 

―○●○―

 

 

「あ、あの、ここは?」

 

「俺の家だ。とりあえず、入れ」

 

 

 シスターを連れてやってきたのは、俺の家だった。

 

 中に入り、とりあえず、シスターをリビングで待たせ、俺は服を取ってきてシスターに渡す。

 

 

「姉貴のお古で悪いが、とりあえず、これに着替えろ。そんな格好じゃ、動きにくいだろう?」

 

 

 俺はシスターが着替えるために、廊下に出る。

 

 

「あ、あのー、着替えました」

 

 

 しばらくして、シスターがそう言ってきた。

 

 その言葉を聞き、俺はリビングに入る。

 

 シスターは斬られたシスター服じゃなく、姉貴の服を着ていた。サイズが大きいのか、少しダボダボだったが。

 

 

「ひとつ訊くぞ。おまえ、あいつらのもとに戻る気はあるか?」

 

「えっ!?」

 

 

 俺の問いかけに、シスターは一瞬驚くが、すぐに首を横に振る。

 

 

「・・・・・・私、あのように平気で人を殺すような場所にはいたくはありません・・・・・・!」

 

「なら、ここにいろ」

 

「えっ?」

 

「不自由を強いるかもしれないが、我慢してくれ」

 

 

 俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)を鞘から少しだけ抜き、刀身の状態を確かめ、鞘に戻す。

 

 そして、その場から去ろうとすると、シスターが声をかけてきた。

 

 

「あっ、あのっ、ど、どこへ!?」

 

「あいつらの目をここから逸らしてくる」

 

 

 それを聞いて、悲痛な表情でシスターは言う。

 

 

「き、危険です! どうして、今日初めて会った私なんかのために!?」

 

 

 たしかに、俺たちはお互い、今日初めて会った間柄だ。

 

 それでも、俺にはシスターを助ける理由があった。

 

 

「イッセーに頼まれたからな」

 

「えっ?」

 

 

 転移する直前、イッセーは俺に何かを言いかけていた。おそらく、俺にシスターを助けてほしい、と言うつもりだったんだろう。だが、俺の身を案じて、結局頼めなかった。

 

 イッセーがこの子を助けろと頼みかけた、なら、助けない選択肢などなかった。

 

 ま、俺自身がほっとけなかったってのもあるがな。

 

 だから、俺はあえて部長たちから先にあの場から去ってもらった。じゃないと、シスターを助けるときに、色々と面倒になっていただろうからな。

 

「あ、あなたは一体・・・・・・?」

 

「ただのあいつのダチだ。それ以上でも、それ以下でもねえよ。いいか、絶対にここから動くなよ」

 

 

 俺はシスターにそう言い聞かせ、外に出ようとすると──。

 

 

「あ、あのっ!」

 

「ん?」

 

 

 シスターに呼び止められた。

 

 

「なんだ?」

 

「まだ・・・・・・あなたのお名前を聞いていません?」

 

 

 あぁ、自己紹介をする余裕なんてなかったからな。

 

 

「明日夏。士騎明日夏だ。明日夏でいい」

 

「士騎? もしかして!」

 

「ああ。千秋は俺の妹だ」

 

「そうだったんですか。あっ、私はアーシア・アルジェントと申します。私もアーシアで構いません」

 

「そうか。なら、アーシア。何回も言うが、絶対にここから動くなよ」

 

「はい。明日夏さんもお気をつけて」

 

「ああ」

 

 

 俺は笑顔で答え、ここに向かってくるであろう者たちのもとへ向かう。

 

 

―○●○―

 

 

「見つけたぞ!」

 

 

 家からだいぶ離れた場所にやってきた俺の目の前には、さっきの堕天使たちがいた。

 

 

「・・・・・・貴様、アーシア・アルジェントをどこへやった?」

 

「さあな」

 

 

 ドーナシークが訊いてくるが、俺は適当にはぐらかしてやる。

 

 

「正直に言ったら──」

 

「楽に殺すってか?」

 

「なっ!? うちのセリフ盗んなッ!」

 

「挑発に乗るな、ミッテルト」

 

「なに、少々痛めつけてやればすぐに吐くだろう」

 

 

 堕天使たちはそれぞれの手に光の槍を持つ。

 

 俺も雷刃(ライトニングスラッシュ)の柄を握る。

 

 

「「「はッ!」」」

 

 

 堕天使たちが手に持つ光の槍を一斉に投げつけてくる。

 

 

「ふッ!」

 

 

 雷刃(ライトニングスラッシュ)を抜き、俺はすべての光の槍を弾き落とす。

 

 

「どうした? その程度か?」

 

「クッ!? 調子に乗りやがって!」

 

「落ち着け、ミッテルト」

 

「我々をなめおって・・・・・・。カラワーナ、ミッテルト、本気を出すぞ!」

 

「チッ! 面倒だけど仕方ないわね」

 

 

 どうやら、手加減をやめたようだな。

 

 俺はさらに気を引き締め、雷刃(ライトニングスラッシュ)を構える。

 

 堕天使たちは俺を囲いだし、ドーナシークが斬りかかってきた。

 

 俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)でドーナシークの光の槍を受ける。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 そこへ、ミッテルトと呼ばれた堕天使とカラワーナが、光の槍を投げつけてきた!

 

 

「終わりだ!」

 

 

 ドーナシークはそれに合わせて、後ろに飛び退いた。

 

 

「──ッ!」

 

 

 俺はその場で飛びながら身を捻って槍を避けた!

 

 

「「「何っ!?」」」

 

 

 それに驚いて硬直している堕天使たちにバーストファングを投擲する!

 

 

「フン!」

 

「同じ手など!」

 

「喰らうかってんの!」

 

 

 堕天使たちは同じ轍は踏まないと、バーストファングを避けるが──。

 

 

 ドォォンッ!

 

 

「「「──っ!?」」」

 

 

 堕天使たちの背後で爆発が発生し、堕天使たちを襲った。

 

 避けられるのは想定できたことであり、それを逆手に取って、堕天使たちの背後でバーストファング同士が交錯するように投擲したのだ。

 

 俺は堕天使の一人──ドーナシーク目掛けて、飛び上がる。

 

 そのまま、ドーナシークを斬りかかろうとした瞬間──。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 横合いから光の槍が飛んできた!

 

 俺は慌ててそれを弾くが、ドーナシークには体勢を立て直されてしまう。

 

 

「くっ!」

 

 

 俺は光の槍が飛んできたほうを見ると、そこには──。

 

 

「レイ・・・・・・ナーレ・・・・・・ッ!」

 

 

 その容姿と名前は忘れるわけがない。イッセーを騙して近づき、殺した張本人。そいつがいた。

 

 俺の中で沸々と怒りが湧いて出てきた。

 

 ・・・・・・千秋のことを言えないな、俺も。

 

 

「ひさしぶりね? あなたを見ると、この傷が疼いて仕方がないわ・・・・・・っ!」

 

 

 レイナーレは忌々しそうに俺が付けた傷に巻かれた包帯を撫でながら言った。

 

 

「いますぐ、この傷のお礼をしたいところだけど、いまはアーシアのほうが最優先よ」

 

 

 レイナーレは他の堕天使たちのほうを向いて言う。

 

 

「あなたたち、こんなガキは放っておいて、アーシアを捜すわよ。おそらく、この子の目的は私たちを引き付けて、アーシアが逃げる時間を稼ぐことよ。相手にしてたら、アーシアがどんどん見つけ難くなるわ。アーシアがいなくちゃ、計画も何もないわ」

 

「「「ハッ!」」」

 

 

 堕天使たちはレイナーレに言われた通り、アーシアを探しに行こうとする。

 

 

「行かせるか!」

 

 

 行かせまいと、堕天使たちに仕掛けようとした瞬間──。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 レイナーレが民家に向けて光の槍を投げつけたのだ!

 

 

「クソッ!」

 

 

 俺はすぐさま、その場から飛び上がって、光の槍を弾く!

 

 だが、レイナーレや堕天使たちの姿はもう消えていた。

 

 

「チッ」

 

 

 レイナーレ・・・・・・イッセーの借りを返したかったが・・・・・・。まあいい。それはまたの機会か。

 

 とりあえず、連中はアーシアが逃げだしたと勘違いしてくれた。これで時間を稼げる。

 

 あとは、そのあいだにアーシアをどうするかを考えないとな。

 

 ひとまず、イッセーや部長たちに俺の無事を知らせるか。

 

 

―○●○―

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「は、はい・・・・・・」

 

 

 朱乃さんがフリードによってつけられた傷に包帯を巻いてくれる。

 

 ちなみに、傷を治療する際、部長に裸で抱きつかれるというステキなイベントがあった!

 

 裸で抱きつくことで魔力を分け与え、治癒力を高めるのらしい。部長と同じ眷属だからできたことみたいだ。

 

 当然、部長のその裸体を存分に拝みましたとも!

 

 細い腰。白くスラリとした足。太もも。形のいいお尻。そして、なかなかに豊かなおっぱいを! その先端までじっくりと!

 

 部長も「見たいなら見てもいいわ」なんてステキなことをおっしゃってくれた!

 

 「そんな日本語があったのか!?」と衝撃を受けたよ。

 

 

「完治には少し時間がかかりそうですわ」

 

「あの『はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)』が使った光の力が相当濃いのよ」

 

「はぐれって、悪魔だけじゃないんですか?」

 

「教会から追放されて、堕天使の下僕に身を堕とす者も多いんだ」

 

 

 俺の質問に木場が答えてくれた。

 

 ――って、ちょっと待てよ!

 

 

「じゃあ、アーシアもその『はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)』だって言うのかよ!」

 

 

 木場は何も言わなかった。

 

 

「どうであろうと、あなたは悪魔。彼女は堕天使の下僕。これは事実なのよ」

 

「・・・・・・部長・・・・・・」

 

「それよりも明日夏のことよ」

 

 

 そうだ! 明日夏は部長の眷属じゃないために、俺たちと一緒に魔方陣によるジャンプができなかった。

 

 明日夏は自力で逃げれるって言ってたけど・・・・・・。

 

 そんななか、俺のケータイの着信音が鳴る。見てみると──。

 

 

「──明日夏ッ!」

 

 

 かけてきたのは、明日夏だった。

 

 

「おい、明日夏! 無事なのか!?」

 

『・・・・・・デカい声で話しかけるな』

 

「だって、おまえ、大丈夫なのかよ!?」

 

『大丈夫じゃなかったら電話してねえよ』

 

「そっか・・・・・・そりゃ、そうだよな」

 

 

 とりあえず、無事でよかった。

 

 そこへ、部長が代わってくれと言ってきたので、ケータイを部長に渡す。

 

 

―○●○―

 

 

『もしもし、明日夏』

 

「はい、部長」

 

『とりあえず、無事なようね?』

 

「ええ。ご心配をおかけしました」

 

 

 電話から聴こえる部長の声から、こちらを安堵しているようすが感じられた。

 

 

『堕天使は?』

 

「どうにかまきました」

 

 

 とりあえず、アーシアのことを伏せてそういうことにして伝えた。

 

 

「そう」

 

「いま、そちらに向かいます」

 

『いいわ。そのまま帰って、ゆっくり休んでちょうだい』

 

 

 こちらの身を案じてくれたのか、念のためにと言ってくれた。

 

 

「なら、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 

 別に無傷なので、平気なのだが、アーシアのことが心配なので、そうさせてもらった。

 

 

『──ただ、ひとつ訊きたいのだけど?』

 

「なんですか?」

 

『あなた、まさかとは思うけど──あのシスターを助けた――なんてことしてないわよね?』

 

「・・・・・・ええ、もちろんです。そんな余裕もなかったですし、ましてや、彼女は堕天使側の人間ですしね」

 

『そう。ならいいわ』

 

「俺からもひとつ」

 

『何かしら?』

 

「イッセーの容態は?」

 

『命に別状はないわ。ただ、あのはぐれ神父の使っていた光の力が濃いのか、完治には時間を要するわ』

 

 

 悪魔に光の力は致命的だからな。

 

 

「それを除けば、無事ってことですね?」

 

『ええ、とりあえずは』

 

「わかりました。それじゃ、また明日」

 

『ええ。おやすみなさい』

 

 

 部長がそう言うと同時に、切られた。

 

 

「・・・・・・やれやれ、やっぱりアーシアを助けたことを怪しまれたか。まあいい。とりあえず、これからのことだな」

 

 

―○●○―

 

 

 はぁ・・・・・・·弱い。俺は弱すぎだ。所詮『兵士(ポーン)』。女の子一人、救えやしねぇ。

 

 あのあと、俺の身を案じてくれた部長に帰宅を命じられ、明日も学校を休むことになってる。

 

 その帰り道、俺はただただ、自分の無力さに打ちひしがれていた。

 

 念のための護衛として隣にいる千秋から心配そうに声をかけられる。

 

 

「・・・・・・イッセー兄」

 

「ああ、わかってるよ」

 

 

 そうだ! くよくよしてたって始まらねぇ!

 

 

「弱いなら、鍛えて強くなればいいんだ! このあいだ、そう決心したんだからな! よしっ! 腹も括った! 帰ったら、早速明日夏に頼もう!」

 

 

 すると、千秋が視線を鋭くしながら言う。

 

 

「ちゃんと、ケガが治ってから・・・・・・!」

 

「・・・・・・はい」

 

 

 千秋から発せられる圧力に思わずたじたじになってしまう。

 

 昔から、俺や明日夏がケガをすると、千秋はいまみたいになんとも言えない圧力を発してくるんだよなぁ。

 

 いやまあ、心配してくれてるからなんだろうけど。

 

 

「とりあえず、明日夏の顔を見ていくよ」

 

 

 無事だとわかったとしても、やっぱり心配だったからな。

 

 そうこうしていると、士騎家に到着した。

 

 

「ただいま」

 

「お邪魔します」

 

 

 明日夏の顔を見るために上がらせてもらう。

 

 

「おーい、明日夏。大丈──」

 

 

 リビングのドアを開けると──。

 

 

「イッセーさん?」

 

 

 そこには、アーシアがいた。

 

 

「──って、なんでアーシアがここに!?」

 

 

 千秋はなぜか、呆れたように嘆息していた。

 

 

「夜中に騒々しいぞ、イッセー」

 

 

 キッチンには、お湯を沸かしている明日夏がいた。

 

 何がどうなってんだよ、一体!?

 

 俺はわけもわからず、慌てることしかできなかった。

 

 

―○●○―

 

 

「日本のお茶は不思議な味がしますけど、とても美味しいです」

 

「日本人を代表して礼を言うよ」

 

 

 俺の隣でアーシアが明日夏の淹れたお茶に舌鼓を打ち、明日夏も礼を言いながらクールに自分の淹れたお茶を飲んでいた。

 

 とりあえず、俺も一口。

 

 うん、ウマい。朱乃さんが淹れてくれたのと負けてない。

 

 

「・・・・・・いや、副部長のほうが上だな」

 

「・・・・・・心読むなよ──って、そうじゃなくて!」

 

 

 俺は明日夏に詰め寄る。

 

 

「なんでアーシアがここにいるんだよ!?」

 

「あのあと、アーシアを連れて逃げたからだ」

 

「なんで、そんなことを・・・・・・?」

 

「あのとき、おまえ、俺に頼もうとしてただろ?」

 

 

 確かに、あのとき、明日夏にアーシアを助けてくれるように頼もうとしたけど、そうすると、明日夏の身が危険だと思って、結局言えなかった。

 

 まあ、そういう素振りをした時点で、明日夏に伝わっちまったみたいだけど。

 

 

「先に部長たちを行かせたのも、アーシアを連れ出すためだ。あの場に部長がいたら、ややこしいことになっただろうからな」

 

 

 それもそうか。さっき部長にも「あなたは悪魔。彼女は堕天使の下僕。相容れない存在同士よ」――と言われたばかりだからな。

 

 

「とりあえず、アーシアの無事がわかってよかっ──っ!」

 

「イッセー!」

 

「イッセー兄!」

 

 

 お茶を飲もうとしたら、激痛が走り、湯のみを落としてしまう。

 

 

「イッセーさん! 傷を見せてください!」

 

 

 アーシアに言われるがまま、俺は上着を脱いで、傷に巻いていた包帯を取る。

 

 アーシアが手のひらを傷に当てると、手から淡い緑色の光が発せられる。

 

 あのときの子供のケガのように、俺の傷がみるみるうちに治っていき、傷痕も残らないくらいすっかり傷はなくなってしまった。

 

 

「確か、足も?」

 

 

 そのまま、足のケガも治療してもらう。

 

 

「いかがですか?」

 

「えっと──おお! 全然なんともない! おっ! 足も治ってる! スゲェ! スゲェよ、アーシア!」

 

 

 さっきまで激痛が走っていたのに、もう全然なんともなかった。

 

 

「たいしたもんだな。堕天使たちがほしがるのも頷ける」

 

 

 明日夏の言葉に引っかかった俺は明日夏に訊く。

 

 

「あいつらって、やっぱ──」

 

「ああ。おそらく、アーシアを引き入れたのは、その治癒の力──神器(セイクリッド・ギア)が目当てだ」

 

 

 やっぱり、そういうことなんだろうな。

 

 

「やっぱ、アーシアの神器(セイクリッド・ギア)ってスゴいもんなのか?」

 

「ああ。そもそも、治癒の力ってだけでも、相当希少なんだ。教会の連中は治癒の力は神の加護と呼ぶくらいだからな。それが、アーシアクラスのものとなればなおさらだ。さらに、その神の加護を失った堕天使たちにとっては余計にほしいものだろう」

 

 

 神の加護ねぇ。悪魔の俺でさえ治療できちゃうのにか。

 

 

「それで、これからアーシアをどうするんだ?」

 

「匿う。堕天使たちには絶対に渡すわけにはいかないからな」

 

「ああ、当然だ!」

 

 

 アーシアを絶対に渡すもんか!

 

 

「イッセーさん。明日夏さん。お気持ちは嬉しいですが・・・・・・これ以上、ご迷惑をおかけできません。やっぱり、私はあの人たちのもとへ──」

 

「何言ってるんだよ、アーシア!?」

 

「私なら大丈夫です。この力がある限り、私が死ぬようなことは──」

 

「いや、あいつらのもとへ行けば、遅かれ早けれ、おまえは殺されるぞ」

 

「えっ?」

 

「なっ!? どういうことだよ、明日夏!? あいつらはアーシアの力がほしいから、一応はアーシアのことを大事にしてるんだろ!?」

 

 

 フリード、あいつは別だろう。たぶん。

 

 

「単純なことだ。アーシアを連れているよりも、携帯性をよくする方法があるからだ」

 

「それって──ッ! ま、まさかっ!」

 

「ああ。あいつらの最終的な目的は、アーシアから神器(セイクリッド・ギア)を抜き取り、自分たちに移植することだ」

 

 

 神器(セイクリッド・ギア)って、抜き取ったり、移植したりできるのか。

 

 なら、いっそのこと、アーシアの神器(セイクリッド・ギア)を堕天使たちに渡しちまえば──。

 

 

「言っておくが、神器(セイクリッド・ギア)を抜き取られた所有者は命を落とすぞ。神器(セイクリッド・ギア)ってのは、所有者の魂と密接になっているかららしい」

 

「なっ!?」

 

「だから、アーシアを絶対にあいつらに渡すわけにはいかないんだ」

 

 

 そういうことなら、なおさらアーシアを絶対に渡すわけにはいかない!

 

 

「でも、どうやってアーシアを守るんだ?」

 

 

 明日夏、それに千秋も確かに強い。けど、堕天使一人ならともかく、堕天使複数だと、さすがの二人だって・・・・・・。

 

 部長たちを頼るのも無理だろう。

 

 

「とりあえず、奴らには、アーシアが逃げて、この町のどこか、もしくは町の外にいるように誤魔化して、俺が匿っていることからは目をそらさせた」

 

「じゃあ──」

 

「そのまま、この町から立ち去ってくれればいいが、そうもいかないだろう。せいぜい、時間を稼げる程度だ。いずれバレる」

 

「じゃあ、どうすんだよ!?」

 

「落ち着け。そのときは、俺と千秋が奴らを倒す。千秋もいいな?」

 

「うん」

 

「でも、二人だけで・・・・・・」

 

「なに、やりようはある。それに、部長たちが連中を片付けてくれるかもしれないからな」

 

 

 なんで部長たちが? 部長は堕天使と関わらないようにしてたのに?

 

 

「これが堕天使全体の計画なら、部長も不干渉を貫くだろう。干渉すれば、悪魔と堕天使の間で再び戦争が始まるかもしれないからな」

 

「なら──」

 

「──堕天使全体の計画だったら、だ」

 

 

 どういうことだ?

 

 明日夏の言おうとしていることをいまいち飲み込めなかった。

 

 

「俺はこの計画をあいつらの独断だと睨んでいる」

 

「なんでだ?」

 

「考えてもみろ。ここは部長が管理する町──つまり、堕天使たちとっては敵地同然だ。そんな場所で、わざわざどこでもできるような計画を実行する必要があるか?」

 

「──ッ!?」

 

 

 そうだ! わざわざ、敵地である部長の管理するこの町よりも、自分たちの領域でやったほうが、安全に実行できるはずだ。

 

 それをしないってことは、明日夏の言う通り、自分たちの独断でやってる可能性が高いってことだ。

 

 

「おまえがアーシアを案内した教会。あそこはもう、随分前に破棄された場所だ。誰も目に止めない場所でもある」

 

 

 こっそり計画を実行するぶんには都合のいい場所ってわけか。

 

 

「たまたま、都合のいい場所があったから、おまえを殺す命令を口実に、この町にやってきたってわけだ。あいつらは」

 

 

 そういえば、あのドーナシークっていう堕天使、ここが部長の管理している──それどころか、悪魔が管理している町だってことを知らなかったみたいだったな。って──。

 

 

「ちょっと待て、その言い分からすると・・・・・・この計画の首謀者って──」

 

「ああ。天野夕麻だ」

 

 

 夕麻ちゃんが、アーシアを・・・・・・。

 

 

「堕天使全体ではなく、一個人の独断で行動している奴らなら、部長も無視はしないはずだ。堕天使側も、戦争を回避するために、勝手なことをしたそいつらの自業自得と断ずるだろう」

 

「じゃあ、そのことを部長に教えれば!」

 

「いや、証拠がない。俺の推測だけじゃ、部長も確信を持って打って出れない」

 

 

 そっか。だよな。証拠がねえもんな。

 

 

「部長も部長で、調査はしているはずだ」

 

「じゃあ、それまでのあいだ、アーシアを連中に見つからないようにしないとダメってわけか」

 

「間に合わず、アーシアが見つかった場合は、俺たちが打って出るしかないがな」

 

 

 やっぱ、そうなるか。

 

 

「まあ、把握できてる戦力を考えれば、不覚をとることはないはずだ。いざってときは、()()()()()って手もある」

 

「えっ、冬夜さんって、そんなに強いのか?」

 

「ああ。堕天使たちが束になっても足下にも及ばないくらいにはな」

 

 

 マジかよ。明日夏たちだけでも俺にとっちゃ十分にスゴいのに、冬夜さんって、どんだけスゲェんだ?

 

 

「あ、あの、皆さん・・・・・・私なんかのために・・・・・・」

 

 

 アーシアが申し訳なさそうに顔をうつむかせながら言った。

 

 

「何言ってるんだよ、アーシア。それを言うなら、先に助けてもらったのは俺のほうだよ! あのとき、アーシアが庇ってくれなかったら、たぶん、明日夏が間に合うことなく、俺はあいつ──フリードに殺されてた。だから、今度はこっちの番──って、俺は弱いから、明日夏たちに頼る形になっちまってるけど・・・・・・」

 

 ああ、もう! ホント無力な自分が腹たたしい!

 

 だけど、強くなるって決めたんだ! なら、当初の予定どおりに──。

 

 

「明日夏! 俺を鍛えてくれ!」

 

「言うと思った」

 

 

 明日夏は軽く嘆息してから言う。

 

 

「俺は結構厳しいぞ。いいな?」

 

「ああ!」

 

 

 散々迷惑かけちまってるんだ! 厳しいとか、そんな贅沢は言わねえよ!

 

 

「ただし、そんなすぐに強くなれわけじゃねえからな。鍛えたからって調子に乗って、堕天使と戦うようなバカなマネはするなよ?」

 

 

 明日夏は強くそう言い聞かせてきた。

 

 俺はそれに頷いて答える。

 

 

「皆さん・・・・・・私なんかのためにありがとうございます!」

 

「なんかって言うなよ」

 

 

 それでも、アーシアは「私なんかのために」って言って、頭を下げてくる。

 

 そこへ、明日夏がアーシアに話しかける。

 

 

「なあ、アーシア」

 

「あ、はい。なんですか?」

 

「どうしておまえは――教会を追放されたんだ?」

 

「──っ!」

 

 

 明日夏の問いかけにアーシアは息を呑む。

 

 アーシアが堕天使のもとにいるってことは・・・・・・そういうことなんだろう。

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 アーシアはただ、うつむいて黙っているだけだった。

 

 

「いや、言いたくないなら、無理して言わなくていい。ただ、不思議に思ってな。おまえみたいな奴がなんで教会を追放されたのかがな」

 

 

 確かに、アーシアはとってもやさしい子だ。本来敵同士であるはずの俺を庇ってくれるくらいだ。とても、教会を追放されるような悪い子には見えなかった。

 

 

「・・・・・・いえ、話します」

 

 

 そして、アーシアの口から話される。──一人の『聖女』と呼ばれた少女の話を。

 

 

―○●○―

 

 

 アーシアは生まれてすぐに、親にヨーロッパにある教会の前に捨てられたらしい。アーシアはそこで拾われ、育った。

 ある日、傷ついた子犬が教会に迷いこんできた。その子犬は死にかけていて、教会の者もお手上げだったらしい。アーシアはそれでも諦めずに祈り続けたそうだ。すると奇跡が起き、子犬のケガが治った。

 

 そのときにアーシアは初めて神器(セイクリッド・ギア)の力に目覚めたのだろう。

 

 その光景を見た教会関係者はアーシアを『聖女』として崇め、たくさんの傷ついた人々を治療したらしい。アーシア自身も、人々の役に立てるのが嬉しかったみたいだ。

 

 だが、そんなアーシアに転機が訪れた。

 

 ある日、アーシアの前に傷ついた男性が現れた。当然、やさしいアーシアはその男性を放っておくことができず、その男性を治療した。それ自体は問題なかった。だが、その男性の正体が問題だった。

 

 その男性は悪魔だったのだ。

 

 そして、その光景を見た教会関係者は彼女を異端視する。

 

 

『悪魔を治療する力だと!』

 

『「魔女」だ!』

 

『悪魔を癒す「魔女」め!』

 

 

 治癒の力は神の加護を受けている者しか癒さないと考えている教会の者たちは、悪魔も治療できてしまう力を持ったアーシアを『魔女』と蔑み、アーシアを異教徒として追放した。

 

 アーシアは人々を癒す聖女から悪魔を癒す魔女になってしまったのだ。

 

 そして、行き場のなくなったアーシアを、その力に目を付けた堕天使が拾ったというわけである。

 

 

「でも、私は神の祈りを、感謝を忘れたことなどありません。・・・・・・まして、あの方たちが皆、あんな酷いことをしているなんて・・・・・・」

 

 

 アーシアの壮絶な過去に、俺たちは言葉を失う。

 

 ある意味、これは神器(セイクリッド・ギア)の弊害と言える。

 

 人間ってのは、異質なものを見ると、それがたとえ些細なことでもそれを嫌悪し避ける。それが、人智を超えた異形や異能ならなおさらだ。

 

 アーシアの例はまさにそれだ。

 

 

「きっと、これも主の試練なんです。この試練を乗り越えれば、いつか主が、私の夢を叶えてくださる、そう信じているんです」

 

「夢?」

 

「たくさんお友達ができて、お友達と一緒にお花を買ったり、本を買ったり、お喋りしたり、そんな夢です。私、友達がいないので・・・・・・」

 

 

 笑ってはいるが、その心には一体どれだけの悲しみで満ちているのか想像できなかった。

 

 たった一人の神を信じる少女のささやかな夢は、その神がもたらした力のせいで叶うことがなかった。

 

 その事実を察したイッセーは神に対しての怒りに震えていた。

 

 そして、イッセーはその場から勢いよく立ち上がる。

 

 

「イッセーさん?」

 

 

 キョトンとするアーシアに、イッセーは強く言う。

 

 

「友達ならいる!」

 

「えっ?」

 

「俺がアーシアの友達になってやる!」

 

「──ッ!?」

 

「つうかさ、俺たちもう友達だろ? だって、こうして一緒にお茶を飲んで喋ったりしたしさ! あ、まあ、花とか本とかはなかったけど・・・・・・こんなんじゃ、ダメかな?」

 

 

 その質問にアーシアは首を横に振る。

 

 

「・・・・・・いいえっ! いいえ、いいえ! いいえッ!」

 

 本当にこいつは。

 

 普段はスケベなクセして、根っこの部分では本当に真っ直ぐで誠実──それが兵藤一誠という男だった。

 

 こいつのそういうところはこういうときになると出でくる。

 

 

「明日夏と千秋だって、もうアーシアと友達だろ?」

 

 

 言われるまでもないな。

 

 

「ああ。俺もアーシアの友達だ」

 

「私も」

 

 

 アーシアは涙を流し始めてしまうが、それは悲しみからくるものじゃないと、この場にいる誰もがわかっていた。

 

 

「・・・・・・でも、イッセーさんたちにご迷惑が・・・・・・」

 

「悪魔もシスターも関係ねえ。友達は友達だっての」

 

「もっと頼っていいんだよ。友達なんだからな」

 

「私、私、嬉しいです!」

 

 

 そこには、いままでの中で最高の笑顔があった。

 

 こうして俺たちに、新しい友達ができたのだった。

 

 

-○●○-

 

 

「さて、どう転ぶか」

 

 

 あのあと、アーシアと友達になった俺たちは、今後のことを話し合った。

 

 

『まず、アーシアには不自由な思いをさせることになるが、非常時以外はこの家から一歩も外に出るな。堕天使たちは、いまも血眼になってアーシアを探しているはずだからな』

 

『それに見つからないようにするためだな』

 

『ああ。本当は自由にしてやりたいんだが・・・・・・。すまないな、アーシア』

 

『いえ、こうして皆さんとお友達になれただけでも幸せですから』

 

『全てが終わったら、思いっきり遊ぼうな、アーシア!』

 

『はい!』

 

 

 全てが終わったら、遊ぶ約束をしたあと、次はイッセーのことになった。

 

 

『さて、次にイッセー、おまえだが。おまえは部長に言われて、明日、学校を休むんだったな?』

 

『ああ』

 

『なら、そのまま休め。ケガが治ったことを部長に知られれば、アーシアのことに感づかれるかもしれないからな。でだ。おまえはひとまず、この家でアーシアと一緒にいろ。そして、何かあったら、すぐに俺に知らせろ。そして、逃げろ』

 

『わかった』

 

 

 ひとまず、今後の方針はこんなもんだろう。

 

 

「さて。念には念を入れないとな」

 

 

 俺はスマホである人物に電話をかける。

 

 

『ヤッホー、明日夏』

 

 

 ワンコール後に電話から聴こえてきたのは温和そうな男性の声だった。

 

 

「急に悪いな、()()

 

 

 そう、この電話の相手こそ、俺と千秋の兄である士騎冬夜だった。

 

 

『大丈夫だよ。それよりも、いきなり電話してくるってことは、何かあったのかい?』

 

「ああ、実は──」

 

 

 俺は詳しい事情を兄貴に伝える。

 

 

『なるほどね。たぶん、明日夏の推理は当たってると思うよ。イッセーくんのときはともかく、そのアーシアって子みたいな境遇の子は基本的に保護するのが()()()()の方針だからね』

 

 

 『神の子を見張る者(グリゴリ)』──堕天使陣営の中心組織の名前だ。

 

 異能・超能力の研究を主目的とする機関で、神器(セイクリッド・ギア)関連では、そのものの研究、所有者の保護などを行っているみたいだ。

 

 

「念のため、調べてくれないか?」

 

『いいよ、まかせて』

 

 

 あとはその情報次第だな。

 

 

『念のために、そっちに誰か行ってもらおうかい?』

 

「ああ、そうだな。できることなら、アーシアを守るために万全を期したい」

 

OK(オッケー)

 

 

 誰をよこすかわからないが、知り合いの誰かなら頼りになるのは間違いない。

 

 ・・・・・・あとは、連中がどう動くかだな。

 

 



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Life.12 友達、救います!

 

 

 早朝、俺はいつもよりも早く登校した。部長に話したいことがあったからだ。

 

 内容は堕天使たちの目的に対する俺の推察だ。もちろん、アーシアを匿っていることは秘密にした。

 

 やはり、部長も堕天使たちのことは探っていたようだ。

 

 部長も堕天使たちの行動は独断専行であると睨んでいるらしい。もう少し情報が得られれば、打って出るみたいだ。

 

 なら、それまでのあいだ、アーシアを守らないとな。

 

 そんなこんながあり、現在は昼休み。俺は松田と元浜の二人と昼飯を食べていた。

 

 いつもなら、ここにイッセーを加えた四人でいることが多い。千秋も合流した五人でいることもある。

 

 

「しかし、イッセーの奴が風邪で休みとはな」

 

「確かに」

 

 

 イッセーは風邪で休みということになっている。神父にやられた傷が原因とは言えないからな。

 

 

「まさか! 実は仮病で、町で女の子とイチャイチャしているんじゃ!?」

 

「なにぃッ!?」

 

「・・・・・・やれやれ。なんでそうなるんだよ?」

 

 

 まあ、アーシアと一緒にいるので、あながち間違いではなかったりする。町ではなく、俺の家でだがな。

 

 松田は悔し涙を浮かべながらまくし立て始める。

 

 

「クソッ! おかしすぎる!」

 

「・・・・・・何がだよ?」

 

「最近、あいつの周りには美女美少女が多いじゃないか!」

 

「部長や副部長に搭城のことか?」

 

「千秋ちゃんや千春さんもだ!」

 

 

 二人は前からだろ。

 

 

「幼馴染みである二人はともかく!」

 

「なんであいつが美女美少女揃いのオカルト研究部に入部できたんだよ! いままで、何人の入部希望者が入部できなかったと思ってるんだ!」

 

 

 しょうがねえだろ。実際は部長の眷属の集まりなんだからな。

 

 

「俺たちと同じモテない同盟の一員だったのに、なぜ、二大お姉さまのリアス・グレモリー先輩と姫島朱乃先輩に学園のマスコットの搭城小猫さんという学園のアイドルがいるオカルト研究部にいるッ!?」

 

「なぜ、こうも差ができた!? 納得できん!」

 

 

 ・・・・・・俺に言われてもな。

 

 

「ただの部員じゃねえか? 何をそんなにギャーギャーと・・・・・・」

 

「「あいつの周りに美女美少女がいることが問題なんだよ!」」

 

「・・・・・・ようは羨ましいだけだろ?」

 

「「うるせぇぇぇっ!」」

 

 

 ・・・・・・うるさいのはおまえらのほうだ。

 

 これ以上、相手をするのも面倒になってきたので、俺はさっさと昼飯を平らげるのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「きゅ、98・・・・・・! きゅ、99・・・・・・! ひゃ、ひゃぁっ・・・・・・くぅぅ・・・・・・! だはぁぁ!」

 

 

 俺は腕立て百回を終え、疲れからその場で突っ伏してしまう。

 

 なぜ、こんなことをやっているのかというと、鍛えてほしいと頼んだ明日夏から言い渡された筋トレメニューを実行しているからだ。

 

 明日夏曰く「まずは基本的な体作りからだ。これをやるやらないで、だいぶ違うからな」――らしい。

 

 とはいえ、こんな本格的なものは初めてなので、悪魔になった身でも、こなすと同時にこのありさまだ。

 

 

「イッセーさん、これをどうぞ」

 

 

 アーシアがタオルとスポーツドリンクと明日夏お手製のレモンのはちみつ漬けを差し出してくれる。

 

 

「ありがとう、アーシア」

 

 

 受け取ったタオルで汗を拭き、スポーツドリンクを飲んでから、レモンをひとつ口にする。

 

 明日夏がこのような体作りを言い渡したのは、もうひとつ理由がある。

 

 それは、昨夜のアーシアを守るための話し合いをしていた最中だった。

 

 

『そうだ、おまえを鍛えるうえで確認したいことがある』

 

『なんだよ?』

 

『おまえの神器(セイクリッド・ギア)についてだ。その能力次第で、戦い方が変わってくるからな』

 

 

 それから、俺の神器(セイクリッド・ギア)にどういう力があるのかを調べることになった。

 

 その結果、わかったことは、俺の神器(セイクリッド・ギア)は『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』って呼ばれるもので、その力は所有者の力を倍にするっていうものだった。

 

 それが判明したとき、明日夏は怪訝そうにしていた。どうやら、堕天使たちが危険視するほど強力なものではなく、ありふれたものらしい。

 

 つまり、俺は勘違いで殺されたことになる──って、なんだよそりゃ!?

 

 とりあえず、神器(セイクリッド・ギア)の力を活かすため、基礎能力を上げる意味でも、この筋トレメニューを行っていた。基礎能力が高ければ、倍になったときの爆発力が大きいからな。

 

 にしても、力を倍にするだけって、アーシアのと比べると、ショボいよなぁ。

 

 おまけに、それを危険なものと勘違いされて殺されたんだもんなぁ。

 

 まあ、嘆いていても仕方ねえ!

 

 アーシアを守るために、そして、ハーレム王になるためにも強くならないとな!

 

 

「おっしゃ! 休憩はこのくらいにして、再開するか!」

 

「頑張ってください! イッセーさん!」

 

「ああ!」

 

 

 こんなかわいい子から応援もされれば、気合いも入るってんだ!

 

 

「あなたみたいな下級悪魔が、いくら頑張ったところで、所詮下級は下級。無駄な努力よ」

 

 

 そんな俺を嘲笑うかのような第三者の声が耳に入った。

 

 

―○●○―

 

 

「イッセー兄、どんな感じかな」

 

「そうだな・・・・・・なんやかんやでこなしてるんじゃないか」

 

 

 下校中の俺と千秋は、俺の組んだメニューに取り組んでいるであろうイッセーのことを話していた。

 

 一応、いま現在のイッセーの身体能力を考慮して組んだメニューなのだから、こなそうと思えばこなせるはずだ。

 

 ただ、釘をさしてはおいたが、無茶してオーバーワークに取り組んでなきゃいいんだがな。

 

 

「一応、どんな調子か聞いてみるか」

 

 

 俺はスマホを取り出し、イッセーへ電話をかける。一回めのコール音の途中ですぐに繋がった。

 

 

「イッセー、調子はどう──」

 

『明日夏ッ! だて──』

 

 

 ブツッ。ツーツー。

 

 

「──っ!?」

 

 

 繋がったと思った瞬間、イッセーの切羽詰まった声が聞こえ、いきなり切られてしまった!

 

 俺はもう一度かけるが繋がらなかった。

 

 だて? まさか!

 

 

「急ぐぞ、千秋! イッセーが危ない!」

 

 

 俺のただならぬ気配を感じ取ったのか、千秋は険しい表情を浮かべて頷いた。

 

 俺たちは大急ぎでイッセーとアーシアのもとに向かって駆けだした!

 

 

「「──ッ!?」」

 

 

 その瞬間、殺気を向けられ、俺と千秋はその場から飛び退いた!

 

 そして、俺がいた場所に、複数の光の剣が突き刺さった!

 

 こいつは!

 

 

「行かせませんよ」

 

 

 上から声をかけられ、上空に視線を向けると、やっぱりディブラがいた。

 

 クソッ、足止めか!

 

 あたりを見渡すと、しっかり人払いもされて、この辺一帯を包み込むように結界らしきものが張られていた。

 

 

「「邪魔をするな!」」

 

 

 俺はバーストファングを投擲し、千秋が矢を放つ!

 

 

「フッ、当たりませんよ」

 

 

 ディブラは俺たちの攻撃を最小限の動きで華麗に躱す。

 

 

 ドォォンッ!

 

 

「何!?」

 

 

 躱された俺たちの攻撃はディブラの背後で交錯し、俺のバーストファングが起爆した。

 

 すかさず、俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)でディブラに斬りかかる!

 

 

「クッ!」

 

 

 ディブラは光の剣で俺の雷刃(ライトニングスラッシュ)を受け止める。

 

 

「行け! 千秋!」

 

「うん!」

 

 

 その隙に千秋をイッセーのもとへ向かわせる。

 

 

「やれやれ、お友達のピンチだと言うのに、冷静に対処しますね」

 

「てめぇの相手は俺がしてやるよ!」

 

 

 無事でいろよ!? イッセー! アーシア!

 

 

―○●○―

 

 

 ケータイに明日夏からの電話がかかってきて、急いで堕天使が来たことを伝えようとしたけど、その堕天使が投げつけてきた小さな光の槍でケータイを壊されてしまった!

 

 

「あの坊やを呼ぼうとしても無駄よ」

 

「夕麻ちゃん・・・・・・!」

 

 

 そう、現れた堕天使は、俺の彼女だった天野夕麻ちゃんだった。もっとも、彼女だったのは演技みたいだけどな。

 

 

「悪魔に成り下がって無様に生きているっていうのは本当だったのね」

 

 

 夕麻ちゃんは興味なさげにそう言うと、アーシアのほうを見る。

 

 

「まったく。あの坊やのおかげでとんだ時間をくわされたわ。ディブラに言われた通りに来てみれば・・・・・・ビンゴだったわね。アーシア、逃げても無駄なのよ」

 

「いやです! 人を殺めるところに戻れません! レイナーレさま!」

 

 

 レイナーレ──アーシアが夕麻ちゃんのことをそう呼んだ。それが夕麻ちゃんの本当の名前か。

 

 

「アーシアを渡すか!」

 

 

 俺はアーシアを守るように前に出る!

 

 

「汚ならしい下級悪魔の分際で、気軽に話しかけないでくれるかしら?」

 

 

 レイナーレは心底、俺を見下したふうに言った。

 

 俺の脳内で夕麻ちゃんとの記憶が呼び覚まされる!

 

 くそッ! あいつは堕天使だ! 俺の知っている夕麻ちゃんはいないんだ!?

 

 夕麻ちゃんの姿がちらつくなか、俺は自分にそう言い聞かせた!

 

 

神器(セイクリッド・ギア)ッ!」

 

 

 俺は神器(セイクリッド・ギア)を出す!

 

 

「・・・・・・・・・・・・ぷっ! あはははははッ!」

 

 

 レイナーレが俺の神器(セイクリッド・ギア)を見た瞬間、盛大に笑い始めた!

 

 

「何かと思ったら、ただの『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』! 力を倍にするだけの神器(セイクリッド・ギア)の中でもありふれたものじゃない! 下級悪魔にはお似合いねぇ!」

 

 

 うるせぇ! 知ってるよ、もう!

 

 

「あなたの持つ神器(セイクリッド・ギア)が危険、そう上から連絡があったから、あんなつまらないマネまでしたのに。──好きです! 付き合ってください! ──な~んてね♪ あのとき、あなたの鼻の下の伸ばしようったら! アッハハッハハハハハ!」

 

「うるせぇ! 黙れ!」

 

 

 レイナーレの言葉にカッとなり、神器(セイクリッド・ギア)を装着した左腕を彼女に向ける!

 

 

「そんなものでは、この私に敵いはしないわ! おとなしくアーシアを渡しなさい?」

 

「いやだ!」

 

「邪魔をするなら、今度こそ完全に消滅させるわよ?」

 

「友達くれぇ、守れなくてどうすんだ!」

 

 

 たぶん、敵わない。明日夏からも、「堕天使と戦うな」、「非常時は逃げろ」って言われた。でも、こいつが大人しく逃がしてくれるとも思えないし、逃げきれるとも思えない!

 

 さっきの電話で不審に思った明日夏が急いでこっちに向かってきてるはずだ!

 

 なら、明日夏が来るまで、時間を稼ぐくらい!

 

 

「動け! 神器(セイクリッド・ギア)!」

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 篭手から音声が発せられた瞬間、俺の体に力が流れ込んでくる!

 

 これが、俺の力が倍になった証だ!

 

 よし、あとは明日夏が来るまで──。

 

 

 ズブッ!

 

 

「──えっ?」

 

 

 俺の腹から鈍い音が鳴った。

 

 見ると、俺の腹を光の槍が貫いていた。

 

 

「ごふっ・・・・・・」

 

 

 槍が消え、腹に空いた穴から血が吹き出ると同時に、俺は崩れ落ちてしまう。

 

 

「きゃあああああっ!? イッセーさん!? イッセーさんっ!?」

 

「わかった? 一の力が二になったところで、大した違いはないわ」

 

 

 く・・・・・・くっそぉ・・・・・・。

 

 痛みに苦しんでいたとき、アーシアが腹の傷に癒しの光を当ててきた。

 

 

「・・・・・・大丈夫ですか?」

 

「・・・・・・あ、ああ」

 

 

 スゲェ・・・・・・! 傷の痛みだけじゃなく、光の痛みも消えていく・・・・・・!

 

 

「うっふふふふふ。アーシア、おとなしく私と共に戻りなさい。あなたの『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』は、そいつの神器(セイクリッド・ギア)とは比較にならないほど希少なの」

 

 

 この言い分、やっぱり明日夏の言う通り、こいつらはアーシアじゃなく、アーシアの力目当てで!

 

 

「戻ってくるなら、その悪魔の命だけは取らないでおくわよ?」

 

「ふざけんな! 誰がおまえなんかに──」

 

「ふぅッ!」

 

「──っ! アーシア、危ないッ!?」

 

 

 レイナーレがさっきよりも大きな光の槍を投げつけてきたのを目にした俺は、慌ててアーシアを突き飛ばす!

 

 

 カッ! ドォォォォォン!

 

 

「うわあああああっ!?」

 

 

 俺の足元に刺さった槍が光り輝き、その光の波動によって、俺は後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまう!

 

 クソッ!? いままでの槍とは全然比べものにならねぇ!?

 

 

「いまのはわざと外したの。命中すれば、体はバラバラよ。アーシアの治癒が間に合うかしら?」

 

 

 レイナーレはアーシアに諭すように言った。

 

 

「・・・・・・アーシア、ダメだ・・・・・・! そいつの言葉に耳を貸す──」

 

 

 ズンッ!

 

 

「ぐあああああっ!?」

 

 

 俺の右腕に光の槍が突き刺された!

 

 

「イッセーさん!?」

 

「あなたもいい加減黙っててくれないかしら? あんまりうるさいと、本当に殺すわよ?」

 

「わかりました! 私は戻ります! だからもう、イッセーさんを傷つけないでください!?」

 

「・・・・・・・・・・・・アーシア・・・・・・!? ・・・・・・行くな・・・・・・アーシア・・・・・・!」

 

 

 ズブッ!

 

 

「ごふっ!?」

 

「イッセーさんっ!?」

 

 

 また、腹に光の槍が突き刺さされた!

 

 

「もう、やめてください!? イッセーさんも、もう喋ってはダメです!?」

 

 

 アーシアが涙を流しながら悲痛の叫びをあげている顔が見えたけど、途端に視界がぼやけてきた。

 

 ヤバい。目が霞む。意識が・・・・・・。

 

 そんななか、アーシアが俺に駆け寄り、癒しの光を当ててくれた。

 

 

「イッセーさん、守ってくれようとしてくれたのに、勝手なことをしてしまって、すみません。明日夏さんと千秋さんにも、ゴメンなさい、と伝えてください」

 

 

 ・・・・・・ダメだ。行くな、アーシア・・・・・・。

 

 

「さよなら・・・・・・イッセーさん」

 

 

 アーシアのその別れの言葉を最後に、俺は意識を失うのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・・・・・・・ッセ・・・・・・ッセー・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・イッ・・・・・・イッセ・・・・・・兄・・・・・・」

 

 

 なんだ? 誰かに呼ばれてるような?

 

 ていうか、俺、寝ちゃってたのか?

 

 そう思いながら、再び意識を沈めようとしたら──。

 

 

「イッセーッ!」

 

「イッセー兄ッ!」

 

「──ッ!?」

 

 

 一際大きな声で呼ばれて、ようやく意識が覚醒する。

 

 そして、すぐにアーシアが堕天使に連れていかれたことを思い出す!

 

 

「アーシアッ!?」

 

 

 すぐにアーシアを助けに行かないと! そう思った俺は慌てて起き上がる!

 

 

「落ち着きなさい、イッセー」

 

 

 慌てる俺にかけられる低い声音。

 

 

「部長!?」

 

 

 声がするほうを見れば、部長がいた。

 

 

「なんで部長が──って、ここって、部室?」

 

 

 周りを見渡してみると、間違いなく、オカルト研究部の部室で、俺は部室のソファーに横になっていたようだ。

 

 

「なんで俺、部室にいるんだ?」

 

「気を失っていたおまえを部長がここに運んだんだ」

 

「明日夏!?」

 

 

 俺の近くには、かなり険しい表情をした明日夏と涙を浮かべながら安堵したような様子の千秋がいた。

 

 また、千秋に心配かけちまったみたいだな。

 

 

「そうだ、明日夏! アーシアがっ!」

 

「ああ、知ってる」

 

「なら、すぐに助けに行かないと!」

 

「待ちなさい。まずは、いろいろと説明してもらいたいのだけど?」

 

 

 部長の声音がさらに低くなる。

 

 明日夏はあまり時間をかけないようにと、アーシアと俺たちのことを部長へ簡潔に説明する。

 

 どうやら、千秋が駆けつけたときには、気を失った俺しかいなく、そこへ堕天使の気配を察知した部長たちが現れたそうだ。

 

 

「そう。あのとき、一人残ったときはもしやと思ったけど・・・・・・随分と勝手なことをしたものね、明日夏。それに、千秋も。そして、イッセーも」

 

「うっ・・・・・・」

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 

 明日夏たちはともかく、部長の眷属の俺まで勝手なことをしたものだからか、見るからに部長が不機嫌だ。

 

 

「部長──」

 

「ダメよ。あのシスターの救出は認められないわ」

 

 

 アーシアの救出を願いでるまえに、部長に俺の願いを却下される。

 

 

「アーシアは友達なんです!」

 

「でも、彼女はもともと神側の人間。私たちとは根底から相容れない。堕天使のもとへ降っていたとしても、私たちが敵同士であることに変わりはないわ」

 

「アーシアは敵じゃないです!」

 

「だとしても、堕天使側の者よ」

 

「あいつらは、アーシアのことを──」

 

「ええ、そのことは、明日夏から聞いたわ。でも、それはあくまであなたたちの推論にすぎないわ。これが彼らの独断専行だという確証がないわ」

 

「でも──」

 

 

 パァン!

 

 

 部室内に乾いた音が鳴り響いた。

 

 なおも食い下がる俺の頬を、部長に平手打ちにされたのだ。

 

 

「何度言えばわかるの? ダメなものはダメよ。彼女のことは忘れなさい。あなたはグレモリー家の眷属なのよ」

 

「・・・・・・じゃあ、俺をその眷属から外してください。そうすりゃ、俺一人で・・・・・・!」

 

「できるはずないでしょう?」

 

「俺って、チェスの『兵士(ポーン)』なんでしょう? 『兵士(ポーン)』の駒くらい、一個消えたって──」

 

「お黙りなさいッ!」

 

「──っ!?」

 

 

 部室に部長の怒声が響いた。

 

 

「なら、部長。俺と千秋がアーシアを助けに行きます。眷属じゃない俺たちなら──」

 

「ダメよ。明日夏と千秋も、これ以上勝手なことをすることは許さないわ。知っているでしょう? ここは私の管理する町。そこで問題を起こすのなら、私たちはあなたたち二人を拘束しなきゃいけなくなる。私はそんなことしたくないわ」

 

 

 俺たちと部長は睨み合う。

 

 クソッ! こうしているあいだにも、アーシアが!

 

 そこへ、朱乃さんが部長に近寄り、何かを耳打ちする。

 

 

「急用ができたわ。私と朱乃は少し外出します」

 

「部長!? 話はまだ終わっ──」

 

「イッセー。あなたは『兵士(ポーン)』を一番弱い駒だって思っているわけね?」

 

「──っ、『プロモーション』のことですか?」

 

「もう、プロモーションのことは知っているのね。そう、『兵士(ポーン)』には『(キング)』以外の駒に昇格できるわ。ただ、いまのあなたでは、『女王(クイーン)』への昇格は、負荷がかかりすぎるため無理ね。でも、それ以外の駒なら可能よ。それから、あなたの神器(セイクリッド・ギア)だけど」

 

「『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』っていう、力を倍にする神器(セイクリッド・ギア)です。明日夏から教えてもらいましたし・・・・・・夕麻・・・・・・堕天使も言ってました」

 

 

 部長は俺に歩み寄ると、先程とは違って、優しく微笑みながら、頬を手で撫でて言う

 

 

「想いなさい。神器(セイクリッド・ギア)は、持ち主の想う力で動くの。その想いが強ければ強いほど、必ずそれに応えてくれるはずよ」

 

 

 想いの・・・・・・力?

 

 

「最後に、プロモーションを使ったとしても、駒ひとつで勝てるほど、堕天使は甘くないわ」

 

 

 それだけ言うと、部長は朱乃さんを連れて、どこかへと転移していった。

 

 

「・・・・・・そのくらい、わかってますよ」

 

 

 俺はその場で踵を返すと、木場が呼び止めてくる。

 

 

「行くのかい?」

 

「ああ。止めたって無駄だからな」

 

「待って、イッセー兄!?」

 

 

 千秋が血相を変えて俺を呼び止めてきた。

 

 

「悪いな、千秋。これ以上、おまえや明日夏に迷惑をかけられねぇからな」

 

 

 そして、そのまま一人でアーシアのもとへ向かおうとしている俺に、木場はなおも語りかけてくる。

 

 

「殺されるよ?」

 

「・・・・・・たとえ死んでも、アーシアだけは逃がす!」

 

「いい覚悟──と言いたいけど、やっぱり無謀だ」

 

「うるせぇ、イケメン! だったら、どうすりゃいいんだよ!? こっちとら、時間がねえんだよ!」

 

「イッセー兄っ!」

 

 

 千秋がいまにも泣き出しそうな顔で、俺の制服の裾を掴む。

 

 

「はなしてくれ、千秋!」

 

「いやッ!」

 

 

 なんとか千秋の手をはなさせようとするけど、千秋は頑なにはなしてくれない。

 

 

「二人とも、少し落ち着け」

 

 

 なぜか、部長に物申していたときと違って、明日夏は妙に落ち着き払っていた。

 

 

「二人とも、さっきの部長の言葉を思い出してみろ」

 

 

 部長の言葉?

 

 言われた通り思い出してみるけど、それがなんだってんだ?

 

 

「気づかねぇか? 部長は()()()()()()()()()()って言ってただろ。これ、遠回しにプロモーションの許可を出したってことだろ?」

 

「「──ッ!」」

 

 

 言われてハッとする!

 

 つまり、部長はアーシアを助けに行くのを許可してくれたということか!

 

 

「そして、『駒ひとつで勝てるほど、堕天使は甘くない』とも言った。これは、おまえに同行してフォローをしろっていう意味の指示──そうなんだろ、二人とも?」

 

 

 明日夏は流し目で木場と小猫ちゃんのほうを見る。

 

 

「正解。結構冷静だね、キミ」

 

 

 そう言いながら、木場は腰に剣を差していた。

 

 見ると、小猫ちゃんもいつでも出れるといった様子だった。

 

 

「ダチの危機だからこそ、冷静にならないといけないからな」

 

 

 そう言う明日夏も、戦闘時に着ていたコートを着込んでいた。背中には、あの刀も背負っている。

 

 

「なら、俺と千秋が行っても問題ないよな?」

 

「うん。大丈夫だと思うよ。ダメだったら、キミたちを止めるように言われてただろうからね」

 

「なら、遠慮なく。それと、イッセー」

 

「な、なんだよ?」

 

 

 なんか、明日夏がジト目で睨んでくる。

 

 

「いまさら迷惑をかけないようになんて水くさいこと言うんじゃねえよ。ましてや、俺たちもアーシアの友達なんだからな」

 

 

 そうだったな。友達を助けたい気持ちは明日夏たちも同じか。

 

 

「それから──」

 

 

 明日夏は顎で千秋を指す。

 

 

「・・・・・・イッセー兄」

 

 

 見ると、千秋はスゴく怒った様子で、泣きそうな顔をしていた。

 

 

「・・・・・・イッセー兄、あんなこと、二度と言わないで・・・・・・!」

 

「えっ?」

 

「『たとえ死んでも』なんて・・・・・・!」

 

「あっ」

 

 

 千秋が怒ってるのはそれか。

 

 だよな。千秋にとっちゃ、そのセリフは許せないよな。

 

 俺は千秋の頭を撫でながら言う。

 

 

「ごめん、千秋。俺は絶対に死なないよ。生きて、アーシアを助ける!」

 

「うん!」

 

 

 ようやく、千秋が笑顔を浮かべてくれた。

 

 木場が訊いてくる。

 

 

「話はまとまったかい?」

 

「ああ!」

 

 

 話はまとまった! 待ってろよ、アーシア! いま行くからな!

 

 

―○●○―

 

 

 俺、イッセー、木場、塔城はアーシアが捕らわれているであろう町外れの教会の前にいた。

 

 千秋には陽動を買って出てもらい、教会の裏方面から向かってきてもらっている。それに、あいつは屋内よりも、屋外向きだからな。

 

 本当は万全を期して兄貴がよこしてくれる奴を待ちたかったが、そんな時間はないからな。

 

 

「・・・・・・なんつう殺気だよ」

 

 

 イッセーが言うように、教会から濃密な殺気がヒシヒシと感じる。

 

 

「神父も相当集まってるようだね」

 

「マジか・・・・・・。来てくれて助かったぜ」

 

「だって、仲間じゃないか。・・・・・・それに個人的に神父や堕天使は好きじゃないからね。憎いと言ってもいい・・・・・・」

 

「木場?」

 

 

 神父や堕天使の名を口した木場の表情は、とてもドス黒いものを感じるものだった。まるで、その胸に強い憎しみを抱いているようだった。

 

 過去に何かあったのか? それもたぶん、悪魔になる前に。

 

 

「あれ、小猫ちゃん?」

 

 

 そんななか、塔城が教会の入口の前に立つ。

 

 

「・・・・・・向こうも私たちに気づいてるでしょうから」

 

 

 ま、だろうな。教会の周りに誰もいないってことは、俺たちが来ることを見越して、中の守りに集中させているってことだろうからな。

 

 なら、コソコソしててもしょうがねえか。

 

 俺たちも教会の入口の前に立つと、塔城は教会の扉を蹴破る。

 

 入口を潜り、中を見渡すと、酷い有様が目に入った。とくに目につくのは、聖人と思われる彫刻の頭部が、明らかに意図的に壊されていたことだった。

 

 

「・・・・・・ひっでぇもんだなぁ」

 

「・・・・・・はぐれの中には、こういう冒涜行為に酔いしれる奴もいるからな」

 

 

 以前に会ったことあるはぐれ神父の中に、似たようなことをやっていた奴がいたことを思い出す。

 

 

 パチパチパチ。

 

 

 突如、教会内に鳴り響く乾いた拍手音。柱の影から人影が現れる。

 

 

「やあぁやあぁやあぁ! 再会だねぇ! 感動的ですねぇ!」

 

「フリード!」

 

「・・・・・・出たか」

 

 

 現れたのは、先日、イッセーを襲った少年神父。イッセーから聞いた名前は、フリード・セルゼン。

 

 

「俺としては二度会う悪魔なんていないって思ってたんスよぉ。ほら俺、メチャクチャ強いんでぇ──一度会ったら即これよ──でしたからねぇ」

 

 

 フリードは手刀で首を斬るような動作をする。

 

 

「・・・・・・だからさぁ、ムカつくわけよ・・・・・・俺に恥かかせたてめぇらクソ悪魔とクソ人間のクズどもがよぉ!」

 

 

 憎悪を剥き出しにした表情で、フリードは取り出した銃を舐める。

 

 ・・・・・・教会の連中もよく、こんな奴を一時期とはいえ、教会に置いていたな。

 

 

「アーシアはどこだ!」

 

「あぁ〜、悪魔に魅入られたクソシスターなら、この祭壇から通じてる地下の祭儀場におりますですぅ」

 

 

 地下か。たぶん、そこには天野夕麻と多数の神父もいるのだろう。

 

 

「まあ、行けたらですけどねぇ」

 

「「──ッ!」」

 

神器(セイクリッド・ギア)ッ!」

 

 

 その言葉と同時に、イッセーは神器(セイクリッド・ギア)を出し、俺たちは構える。

 

 そんななか、塔城は自慢の怪力で教会にあった自身の何倍もあるであろう長椅子を持ち上げていた。

 

 

「・・・・・・潰れて」

 

 

 塔城はそのまま、長椅子をフリード目掛けて投げつける。

 

 

「ヒャッホォ!」

 

 

 フリードはそれを剣で縦に真っ二つに斬り裂いてしまう。

 

 

「しゃらくせぇんだよ。このチビ」

 

「・・・・・・チビ」

 

 

 どうやら、気にしていたのか、怒った塔城が長椅子を投げまくる。

 

 

「ヒャッハァ!」

 

「「「──ッ!」」」

 

 

 フリードも投げつけられる長椅子を避けながら、正確に銃で撃ってくる!

 

 

「──ッ!」

 

「ふッ!」

 

 

 塔城の投げる長椅子に紛れていた木場がフリードに斬りかかる。

 

 

「しゃらくせぇ! 邪魔くせぇ! とにかく、うぜぇ!」

 

 

 木場は自慢の俊足を駆使して、多方向からフリードに斬りかかるが、フリードもフリードで、木場の動きに対応してやがった。

 

 

「やるね」

 

「あんたも最高。本気でぶっ殺したくなりますなぁ」

 

 

 二人がつばぜり合いに入った瞬間、俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)を手に駆けだす!

 

 

「──ッ!」

 

「はぁッ!」

 

 

 木場とつばぜり合いをしているフリードを背後から斬りかかる!

 

 

「「──ッ!?」」

 

 

 だが、フリードはありえない身のこなしで俺の斬撃を避けやがった!

 

 そのまま、銃口を俺に向けてくる!

 

 

「──ッ!」

 

 

 俺は撃たれた銃弾をコートの袖で防ぐ!

 

 フリードは俺を撃ったあとに、木場にも銃弾を撃ちこむ。

 

 

「はッ!」

 

 

 だが、木場もフリードに負けない身のこなしで宙返りをして銃弾を避けた。

 

 俺たちが銃弾に対処をしているあいだに、フリードは俺たちから距離を取った。

 

 俺は距離を取ったフリードにナイフを投げつけるが、投げた瞬間にナイフは撃ち落とされてしまう。

 

 そして、その銃口をこちらに向けられる!

 

 俺はすぐさま、木場の前に出て、顔の前で腕を交差させる!

 

 放たれた銃弾は全て俺に命中するが、戦闘服の防弾機能でダメージはなしだ。

 

 

「チッ。そのコート、防弾かよ! メンドくせぇな!」

 

「・・・・・・そっちこそ、二人を相手にしてよく言うぜ。デタラメな身のこなしや反応速度を持ちやがって」

 

 

 ナイフを即座に撃ち落とした反応速度。おそらく、バーストファングを警戒してだろう。あの感じじゃ、バーストファングを使うのは控えたほうがいいな。

 

 やっぱりこいつ、厄介だな。たった一人でここに配置されただけはある。

 

 

(木場)

 

(なんだい?)

 

(このままじゃ、埒が明かない。時間も惜しい。どうにかして隙を作れないか?)

 

(一応、切り札はあるよ。たぶん、それで隙は作れるはずだよ)

 

(なら頼む。隙ができた瞬間に俺が決める)

 

(わかったよ)

 

 

 俺たちは頷き合ったあと、俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)を鞘に収める。

 

 

「頼むぞ!」

 

「了解!」

 

 

 俺たちは同時にそれぞれ左右に駆けだした!

 

 

「僕も少しだけ本気を出させてもらうよ!」

 

 

 そう言った木場の剣が、闇に覆われる。

 

 その闇で覆われた剣で木場は斬りかかる。

 

 

「ウェヘヘヘェ! ヘヤァッ!」

 

 

 木場の剣の変化をコケ脅しと判断したのか、フリードは気にすることなく、木場に斬りかかる。

 

 二人の剣が再びつばぜり合いになった瞬間、変化が起こった。

 

 

「──ッ!? なんだよ、こりゃっ!?」

 

 

 木場の剣を覆っていた闇が、フリードの光の剣を侵食し、光を消失させていく!

 

 

「『光喰剣(ホーリー・イレイザー)』、光を喰らう闇の剣さ」

 

「て、てめぇも神器持ちかッ!?」

 

 

 あの剣、魔剣だったのか。光を使う天使や堕天使、悪魔祓い(エクソシスト)には有効な能力だな。

 

 俺はすかさずフリードめがけて駆けだす!

 

 

「クソッタレがっ!」

 

 

 フリードは木場の魔剣の力で使い物にならなくなった剣を捨て、拳銃の銃口をこちらに向け、銃弾を撃ってくる。

 

 俺は顔の前で腕を交差させて顔に銃弾が当たるのを防ぎながらそのままフリードに突貫する!

 

 

「クソッタレがぁぁっ!?」

 

 

 接近されたフリードは完全に焦っていた。

 

 ここで決めようと構えた瞬間──。

 

 

「──なーんつって♪」

 

 

 フリードが醜悪な笑みを浮かべ、懐から別の光の剣を取り出した!

 

 フリードは光の剣を振りかぶりながら言う。

 

 

「ざーんねん♪」

 

 

 フリードの光の剣が振り下ろされた。

 

 

「──Attack(アタック)

 

 

 それと同時に俺はいままでとは別の音声コードを口にした。

 

 刹那、俺の体に電流が流れ込み、体中から電気がほとばしり始めた。

 

 雷刃(ライトニングスラッシュ)にはもうひとつ機能があった。それは肉体に帯電させ、身体能力を強化するというものだった。

 

 

「あれぇ?」

 

 

 次の瞬間には、俺はフリードの光の剣を躱し、フリードの背後に回っていた。

 

 ──読んでいたさ。おまえが俺を油断させ、予備の剣で攻撃しようとしていたことにはな。

 

 当のフリードは光の剣を空振り、俺のことを見失っていた。

 

 普通の人間なら、この方法による肉体の強化は肉体に並々ならぬ負荷がかかり、最悪感電死しかねなかった。

 

 だが、俺は人よりも電気に強い体質を持っていた。それにより、少なくとも感電死することはないし、負担も通常よりは軽い。──まあ、それでも軽くない負担がかかるけどな。

 

 それと、もうひとつの欠点として、刀身は機能の起動キーになってるので、この状態になると、刀が使えなくなってしまう。

 

 

「──まあ、問題ないがな」

 

 

 そう呟きつつ、俺はフリードの背後で構える。

 

 

「クソがっ──」

 

 

 背後にいる俺に気づき、フリードは慌てて振り向こうとするが──もう遅い!

 

 

「猛虎硬爬山!」

 

 

 掌底による重い一撃がフリードの体にめり込む!

 

 

 メキメキャ!

 

 

「がぁぁっ!?」

 

 

 骨が軋む音と共にフリードの悲鳴が響き、フリードは吹っ飛ばされた!

 

 チッ! 野郎、咄嗟に懐に隠し持ってる予備の剣か銃でガードしやがった!

 

 おかげで、思ったよりもダメージを与えられなかった!

 

 

「やってくれやがったな! このクソヤローが──」

 

「いまだ、動けぇぇッ!」

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 フリードは憤怒の表情を浮かべて立ち上がるが、そこへ神器(セイクリッド・ギア)の能力で力が倍になったイッセーがフリード目掛けて駆けだした!

 

 イッセーは俺たちの戦いに呆然としていて、ついてこれていない状態だったが、それでも、虎視眈々とフリードの隙をうかがっていたのだ。

 

 

「しゃらくせぇ!」

 

 

 フリードは銃口をイッセーに向ける。

 

 

「プロモーションッ!」

 

 

 その瞬間、イッセーはプロモーションで自身の駒を昇格させる。

 

 

「『戦車(ルーク)』の特性は、ありえない防御力と──」

 

 

 フリードの撃った銃弾は、イッセーに命中しても、弾かれるだけだった。

 

 

「──マジですか」

 

 

 その光景に、真顔で驚愕するフリード。

 

 

「バカげた攻撃力ッ!」

 

「痛ぁぁいっ!?」

 

 

 完全に虚を衝かれたフリードの顔面にイッセーの拳が食い込んだ!

 

 

「あっ!? あぁぁぁぁぁっ──ぐぎゃっ!?」

 

 そのままフリードは床で一回バウンドして後方に吹っ飛ばされ、長椅子のひとつに叩きつけられた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、アーシアに酷ぇことしやがって! 少しスッキリした!」

 

 

 粉砕された長椅子を破片を払いながら、フリードはヨロヨロと立ち上がる。その顔には憤怒の表情を浮かべていた。

 

 

「ざっけんな・・・・・・! ふざけんなよ、このクソがぁぁッ!」

 

 

 新たに二本の剣を取り出して、フリードは飛びかかってくる。

 

 

 ガンッ!

 

 

「痛ぁぁぁいっ!?」

 

 

 そこへ、塔城の投げた長椅子が直撃した。

 

 トドメをさそうと、俺と木場は斬りかかるが、結構ダメージを与えているにも関わらず、奴はその身体能力を駆使し、俺たちから距離を取った。

 

 

「俺的に、悪魔に殺されんのだけは勘弁なのよねぇ! なわけで──はい、ちゃらば!」

 

「「「「──ッ!?」」」」

 

 

 フリードが何かを床に叩きつけた瞬間、眩い閃光が襲い、視界が潰される!

 

 閃光が晴れると、フリードはもうそこにはいなかった。

 

 

「逃げやがった!?」

 

「・・・・・・引き際もしっかりしてるな」

 

 

 つくづく厄介な奴だな。できることなら、ここで仕留めたかったが・・・・・・。

 

 とはいえ、逃げた奴を追う余裕はない!

 

 俺たちは頷き合うと、先を急ぐことにする。

 

 塔城が祭壇を破壊すると、そこに地下へと通じる階段が現れた。

 

 俺たちは急いで階段を駆け下りる。

 

 すると、開け放たれた扉が見えてくる。

 

 明らかに誘ってやがるな? いやな予感がする!

 

 俺たちは躊躇なく、扉を潜る。

 

 

「いらっしゃい、悪魔の皆さんに坊や。遅かったわね」

 

 

 レイナーレが、奥の階段の上に立てられた十字架のそばで佇んでいた。階段の前には、大勢の神父が群がっている。そして、十字架には眠っているアーシアが磔にされていた!

 

 

「アーシアァァッ!」

 

「・・・・・・イッセー・・・・・・さん・・・・・・?」

 

 

 イッセーの叫びが聞こえたのか、アーシアは薄らと目を開く。

 

 

「アーシア! いま行く──」

 

 

 イッセーがアーシアのもとまで駆けだそうとした瞬間、レイナーレが光の槍を投げつけてきた!

 

 

「イッセー!」

 

「兵藤くん!」

 

 

 慌てて、俺と木場がイッセーの腕を引いて、槍は当たらずすんだが、床に刺さった槍が強烈な光を発した!

 

 

「「「ぐっ・・・・・・」」」

 

 

 その波動で俺たちは後方に吹き飛んでしまい、俺たちは背中を打ち付けてしまう!

 

 

「感動の対面だけど、残念ね。もう、儀式は終わるところなの」

 

「あああぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 十字架が不気味に輝きだし、アーシアは苦しみに叫ぶ!

 

 

「アーシアっ!?」

 

「ああっあああぁぁぁぁぁっあっあっあああああぁぁぁぁぁあああああああ──っ!?」

 

 

 アーシアの胸から、淡い緑色に光るものが飛び出し、アーシアは糸が切れた人形のように力なく崩れ落ちた。

 

 

「『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』、ついに私の手に!」

 

 

 その言葉が指し示す事実は・・・・・・アーシアの死。

 

 



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Life.13 幼馴染み、怒ります!

 

 

 明日夏兄に陽動を言い渡された私は現在、教会の裏方面の林にやってきていた。

 

 明日夏兄の予想だと、私たちが裏側から来ると予想した堕天使がここで待ち伏せている可能性があるとのこと。それを引きつけるのが私の役目。

 

 ちなみに、いまの私の服装は冬夜兄が用意してくれた私専用の戦闘服姿だった。

 

 

「──ッ!」

 

 

 誰かの気配を感じた。

 

 私は気配を消して身を隠しつつ、気配を感じたほうへ向かう。

 

 

「ハァ〜、退屈ぅ。どうしてうちが見張りなんてぇ」

 

 

 そこには、木の枝に座り、何やら不満を漏らしている金髪の少女がいた。

 

 金髪と服装から、明日夏兄から聞いたミッテルトという名の堕天使の特徴と一致した。

 

 確認できたのは、そのミッテルト一人。

 

 もしかしたら、敵を見つけると同時に他の堕天使が来るのかもしれない。

 

 そう判断した私は、少し揺さぶるため、彼女に向けて冬夜兄が私のために特注してくれた機械仕掛けの弓、黒鷹(ブラック・ホーク)を構える。

 

 当てないように照準を合わせ、矢を射る!

 

 

 ドスッ!

 

 

「ひぃっ!?」

 

 

 射った矢は、真っ直ぐ飛んでいき、堕天使の顔をかするように木に突き刺さった。

 

 そのことに驚いたミッテルトは、マヌケな声を出して仰天していた。

 

 

「だ、誰だゴラァ!?」

 

 

 怒声を放つミッテルトに見つからないように身を隠す。

 

 

「この野郎! 出てきやがれ!」

 

 

 ミッテルトに見つからないように場所を移動し、もう一回矢を射る!

 

 

「にょわっ!?」

 

 

 今度も当たらないように射ったため、彼女の顔面スレスレで矢は外れた。

 

 

「クッソォ! 裏から来ることは予想してたけど、まさか、こんなふうに不意打ちしてくるなんて!?」

 

 

 憤るミッテルトをよそに、私はもう一度黒鷹(ブラック・ホーク)を構える。

 

 

 パァァァ。

 

 

 すると突然、紅い光を放つ魔法陣が現れた。

 

 そして、魔法陣から部長と朱乃さんが現れた。

 

 

「・・・・・・やっと出てきたか・・・・・・ンンッ」

 

 

 私のことを部長たちと勘違いしたミッテルトは、一度咳払いし、礼儀正しく振る舞い始める。

 

 

「これはこれは。わたくし、人呼んで堕天使のミッテルトと申します」

 

「あらあら、これはご丁寧に」

 

「ていうか、さっきから不意打ちばっかしやがって、この卑怯者!」

 

「なんの話かしら? 私たちはたったいま来たとこなのだけれど」

 

「しらばっくれんな! あの矢はあんたらのもんでしょうが!?」

 

 

 部長はミッテルトが指し示した私が射った矢を見る。

 

 

「あの矢は──なるほどね」

 

 

 前に黒鷹(ブラック・ホーク)の矢は見せているので、部長は私がここにいることに気づいたようです。

 

 部長たちが来れば、十分に陽動になるだろうと考えた私は隠れるのをやめ、部長たちのところに姿を現す。

 

 

「あら、千秋。姿を現して大丈夫なの?」

 

「はい。部長たちが来た段階で、私の役目は完了したと思うので」

 

 

 相手に私一人だと感づかせないために隠れていたわけですから。

 

 

「さっきの矢はてめぇのしわざかよ! フン。弱い人間らしい手だこと」

 

 

 私が現れたことに、最初は訝しんでいたミッテルトだったけど、私が人間だとわかった途端、見下し始めた。

 

 明日夏兄の言う通り、彼女らは私たち人間を格下の存在だと思い込んでいるみたいだった。

 

 部長がミッテルトに言う。

 

 

「さて、こうして待ち伏せていたということは、私たちに動かれるのは、一応は怖いみたいね?」

 

「ううん。大事な儀式を悪魔さんに邪魔されたら、ちょっと困るってだけぇ」

 

「あら、ごめんなさい。たったいま、うちの元気な子たちがそちらに向かいましたわ」

 

「えっ、本当!? やだ、マジっスかぁ!?」

 

 

 朱乃さんの言葉に驚愕するミッテルトに私はさらに言う。

 

 

「うん、私たちは陽動。本命はもう正面から乗り込んでる」

 

「しまったぁぁっ!? 裏からこっそり出でくると予想してたのにぃぃっ!」

 

 

 地団駄を踏むミッテルトだったけど、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

 

「まあ、三下なんか何人邪魔しようとモーマンタイじゃねぇ? うん、決めた、問題なし。なんせ、本気で邪魔になりそうなのは、あなた方お二人だけだもんねぇ」

 

 

 人間を格下と思い込んでいる彼女にとって、私は物の数に含まれていないようだった。

 

 

「わざわざ来てくれて、あっざーっス」

 

「無用なことだわ」

 

「え?」

 

「私は一緒に行かないもの」

 

「へぇー、見捨てるってわけ? まあ、とにかくあれよ。主のあんたをぶっ潰しちゃえば、他の下僕っちはおしまいになるわけだしぃ。いでよ♪ カラワーナ♪ ドーナシーク♪」

 

 

 ミッテルトがその名を呼ぶと、私たちの背後に二人の堕天使が現れた。

 

 

「何を偉そうに」

 

「あいにく、またまみえてしまったようだな、グレモリー嬢」

 

「フン。貴様から受け取ったあのときの借り、ここで返させてもらおう」

 

 

 一人は、私が以前戦った堕天使カラワーナ。もう一人はおそらく、明日夏兄が以前戦ったという堕天使ドーナシークなのだろう。

 

 

「あらあら、お揃いで」

 

「ふふ」

 

 

 堕天使の増援が現れたのにも関わらず、部長と朱乃さんは余裕の態度を崩さない。

 

 でもそれは、堕天使たちのような相手を侮った慢心によるものじゃなく、相手の実力をきちんと測ったうえでの強者の余裕というものだった。

 

 

「我らの計画を妨害する意図が貴様らにあるのは、すでに明白」

 

「死をもって贖うがいい」

 

 

 堕天使たちは翼を羽ばたかせ、空中に飛び上がって、抗戦の意を見せる。

 

 

「朱乃」

 

「はい、部長」

 

 

 朱乃さんが手を上げると、雷が朱乃さんを包み、着ていた服装が学生服から巫女装束へと変わった。

 

 大和撫子と呼ばれる朱乃さんには、非常によく似合っていた。

 

 

「何! うちと張り合ってコスプレ勝負ぅ!?」

 

 

 ミッテルトが対抗心を燃やしていた。

 

 あれって、やっぱりコスプレだったんだ。

 

 でも、朱乃さんのは、コスプレというよりも、私たちの戦闘服に近いものを感じた。朱乃さんって、もともとそういう家系の生まれなのかな?

 

 

「はッ!」

 

 

 朱乃さんが印を結んだ瞬間、このあたり一帯が結界で隔離された。

 

 

「結界だと!?」

 

「クッ!?」

 

「これって、かなりヤバくねぇ!?」

 

 

 自分たちが閉じ込められた事実に、堕天使たちは焦りを見せ始めた。

 

「うっふふ、この檻からは逃げられませんわぁ」

 

 朱乃さんが恍惚した表情で指を舐めていた。

 

 ・・・・・・朱乃さん、Sモードに入ってますね・・・・・・。

 

 

「貴様ら、最初から!?」

 

「ええ。あなた方をお掃除するつもりで参りましたの。ごめんあそばせ」

 

「うちらはゴミかい!?」

 

 

 部長が不敵に堕天使たちに告げる。

 

 

「おとなしく消えなさい」

 

 

 だが、それを聞いた堕天使たちはなぜか、余裕を取り戻し始めていた。

 

 

「フン、せいぜい余裕ぶっているがいい」

 

「儀式が終われば、貴様ですら敵う存在ではなくなるのだからな」

 

 

 それを聞いた部長は完全に得心がいった様子だった。

 

 

「やはり、あなたたちを従えている堕天使は、あのシスターから神器(セイクリッド・ギア)を奪うつもりなのね」

 

「その通り。自分も他者も治療できる治癒の力を持った堕天使。レイナーレ姉さまはまさに至高の堕天使になるってわけ」

 

「そうなれば、堕天使としてあの方の地位は約束されたようなもの」

 

「そして、あなたたちはその恩恵にあやかろうというわけね?」

 

「あの方はそうしてくると約束してくれたのでな。だが、そのためには、貴様らの存在を許すわけにはいかないのだ」

 

「それはつまり、あなたたちは上に黙って、独断で行動していると?」

 

「だとしたら、どうする?」

 

 

 明日夏兄の推理は的を射ていたみたいだった。

 

 

「そう。それを聞いて安心したわ。これで心置きなく、私の管理するこの町で好き勝手するあなたたちを消し飛ばすことができるのだから」

 

 

 部長は大胆不敵に告げた。

 

 

「我々を甘く見ないでもらおうか!」

 

 

 ドーナシークのその言葉と同時に、堕天使たちは臨戦態勢に入った。

 

 

―○●○―

 

 

「アーシアッ!?」

 

 

 アーシアの名を叫ぶが、アーシアはピクリとも反応しない。

 

 そこへ、レイナーレの歓喜の声が響く。

 

 

「これこそ、私が長年欲していた力! これさえあれば、私は愛をいただけるわ!」

 

 

 狂気に彩られた表情で、レイナーレはアーシアから飛び出た光を抱きしめる。

 

 途端に眩い光が儀式場を包み込む。

 

 光が止むと、そこには、淡い緑色の光を全身から発するレイナーレがいた。

 

 

「ウッフフ。アッハハ! 至高の力! これで私は至高の堕天使になれる! 私をバカにしてきた者たちを見返すことができるわ!」

 

「ざけんな!」

 

 

 俺は駆けだした!

 

 

「悪魔め!」

 

「滅してくれる!」

 

 

 立ち塞がる神父たち。

 

 神父の一人による斬撃を神器(セイクリッド・ギア)で防ぎ、そのまま神父を殴り倒す!

 

 

「どけ! てめぇらに構ってるヒマはねえんだ!」

 

 

 横合いから斬りかかってきた神父を蹴りでひるんだところを、回し蹴りで蹴り倒す!

 

 

「――ッ!?」

 

 

 背後からも神父が斬りかかってきたが、そこへ木場が割って入ってくる!

 

 

「なっ──うおっ? うわっ!?」

 

 

 木場の闇の剣によって光の剣を浸食され、それを見て驚く神父を小猫ちゃんが投げ飛ばす!

 

 

Attack(アタック)!」

 

 

 明日夏の声が聞こえたと思った瞬間、俺の頭上を体から電気をほとばしらせ、両手にナイフを逆手で持った明日夏が飛び越えていった!

 

 

「「──っ!?」」

 

 

 明日夏はそのまま、二人の神父に飛びかかり、神父二人を押し倒しながら手に持つナイフを神父二人の首に突き刺した!

 

 神父からナイフを抜き、明日夏は神父の集団に向かって飛びだす。木場と小猫ちゃんも明日夏に続く。

 

 

 三人は次々と神父たちを薙ぎ倒していき、階段までの道が開けた!

 

 明日夏がアイコンタクトで伝えてくる。「ここは俺たちに任せて、おまえは行け」――と。

 

 明日夏! 木場! 小猫ちゃん!

 

 

「サンキュー!」

 

 

 三人に感謝して、三人が開いてくれた道を駆け抜ける!

 

 

「アーシアァァッ!」

 

 

 アーシアの名を叫びながら、階段を駆け上る!

 

 

「・・・・・・アーシア・・・・・・」

 

 

 そして、ようやくアーシアのもとにたどり着くが、アーシアはまるで、糸が切れた人形のようにグッタリとしていた。

 

 

「ここまでたどり着いたご褒美よ」

 

 

 そう言い、レイナーレが指を鳴らすと、アーシアを拘束していた鎖が消失する。

 

 

「アーシアッ!」

 

 

 戒めが解かれ、倒れ込んでくるアーシアを抱き抱える。

 

 

「アーシア、大丈夫か!?」

 

「・・・・・・・・・・・・んぅ・・・・・・イッセー・・・・・・さん・・・・・・」

 

「・・・・・・迎えに来たぞ。しっかりしろ」

 

「・・・・・・・・・・・・はい・・・・・・」

 

 

 アーシアの返事は弱々しく、生気を感じさせなかった。

 

 

「その子はあなたにあげるわ」

 

「ふざけんな! この子の神器(セイクリッド・ギア)をもとに戻せ!」

 

「うふ、バカ言わないで。私は上を欺いてまで、この計画を進めたのよ? 残念ながら、あなたたちはその証拠になってしまうの。でも、いいでしょ? 二人仲良く消えるのだから」

 

 

 クソッ・・・・・・レイナーレを見ると、夕麻ちゃんの影がチラついてしょうがねぇ!

 

 

「兵藤くん! ここでは不利だ!」

 

 

 下のほうから、木場の叫びが聞こえてきた。

 

 

「・・・・・・夕麻ちゃん・・・・・・」

 

 

 だけど、俺は動かず、うわ言のように夕麻ちゃんの名を口にしていた。

 

 

「あら、まだその名で呼んでくれるのね」

 

「・・・・・・初めての彼女だったんだ・・・・・・」

 

「ええ。見ていて、とても初々しかったわよ。女を知らない男の子は、からかいがいがあったわ」

 

「・・・・・・大事にしようと、思ったんだ・・・・・・!」

 

「うっふふ、ちょっと私が困った顔を見せると、即座に気をつかってくれたよね。でもあれ、全部私がわざとそういうふうにしてたのよ。だって慌てふためくあなたの顔、とってもおかしいんですもの!」

 

「・・・・・・俺・・・・・・夕麻ちゃんが本当に好きで・・・・・・初デート、明日夏と相談しながら念入りにプラン考えたよ・・・・・・。絶対にいいデートにしようと思ってさ・・・・・・」

 

「アッハハハハハ! そうね、とても王道なデートだったわ。──おかげでとってもつまらなかったけどね」

 

「・・・・・・夕麻ちゃん・・・・・・!」

 

「夕麻──そう、あなたを夕暮れに殺そうと思ったから、その名前にしたの。なかなか素敵でしょう? なのに死にもしないで、すぐこんなブロンドの彼女作っちゃって。──ひどいわひどいわ! イッセーくんったらぁ! またあのクソおもしろくもないデートに誘ったのかしらぁ? あっ、でも田舎育ちの小娘には新鮮だったかもねぇ! 『こんな楽しかったのは、生まれて初めてですぅ!』とか言ったんじゃない? アッハハハハハ!」

 

 

 そこで俺は我慢の限界を迎え、怒声を張り上げる!

 

 

「レイナーレェェェェッ!!」

 

「腐ったガキが、その名前を気安く呼ぶんじゃないわよ! 汚れるじゃない!」

 

 

 こいつのほうこそ、よっぽど悪魔じゃねえか!

 

「はぁッ!」

 

「クッ!」

 

 

 レイナーレが槍を高く掲げ、勢いよく突き刺そうとしてきた!

 

 アーシアを抱えて身構えた瞬間──。

 

 

 バシュゥゥッ!

 

 

「──ッ!? 明日夏!」

 

 

 俺たちの間に明日夏が割り込み、レイナーレの刺突を掴んで止めていた!

 

 

「──チッ。また、あなた・・・・・・」

 

「明日夏・・・・・・!」

 

「──行け、イッセー」

 

「でもっ!」

 

「──いいから、行け。ここじゃ、アーシアが危険だ。俺たちの目的はアーシアを助けることだ。まずやるべきことは、アーシアを安全な場所に連れていくこと。──そうだろ?」

 

「・・・・・・わかった」

 

 

 俺はアーシアをお姫様抱っこし、階段を一気に飛び降り、祭儀場の出口めがけて駆けだした!

 

 途中で神父たちが立ち塞がるが、木場と小猫ちゃんが道を切り開いてくれた。

 

 

「僕と小猫ちゃんで、道を塞ぐ! 行くんだ!」

 

「・・・・・・早く逃げて」

 

 

 俺は無言で頷き、二人が切り開いた道を駆け抜ける。

 

 出入口の前に来たところで振り向いて叫ぶ。

 

 

「木場、小猫ちゃん、帰ったら、絶対俺のこと、『イッセー』って呼べよ! 絶対だからな!」

 

 

 二人はそれに口元を僅かに動かして微笑んで答える。

 

 

「いいか! 俺たち、仲間だからな!」

 

 

 俺は全力で階段を駆け上る。冷たくなる、アーシアを抱えながら・・・・・・。

 

 

―○●○―

 

 

 堕天使たちが放った光の槍をすかさず、朱乃さんが障壁で防ぐ。

 

 

「ナマやってくれちゃうじゃん」

 

「フン、その程度の障壁、いつまでもつか」

 

「貴様らが貼った結界があだになったな」

 

「あっ、それとも、結界解いて逃がしてくれちゃう? ノンノノーン。うちらがあんたら逃がさねぇっス。あんたの下僕っちも、いまごろ、ボロカスになってるだろうしねぇ。特にほら、レイナーレ姉さまにぞっこんだったあのエロガキ」

「──ッ!」

 

 

 イッセー兄のことを口にされた瞬間、思わずビクッと震えてしまう。

 

 

「あいつなんて、とっくに──」

 

「イッセーを甘く見ないことね」

 

「あん?」

 

 

 ミッテルトの言葉を、部長が遮った。

 

 

「あの子は、私の最強の『兵士(ポーン)』だもの」

 

 

 部長は迷いなく言う。

 

 それは虚勢でもなんでもなく、本当にイッセー兄を信じていることがうかがえた。

 

 

「『兵士(ポーン)』? ああ、あんたたち、下僕をチェスに見立ててるんだっけ? 『兵士(ポーン)』って、前にズラッと並んでヤツよね?」

 

「フフン、要するに捨て駒か」

 

「あらあら、うちの部長は捨て駒なんて使いませんのよ」

 

「貴様はよほどあの小僧を買っているようだが、能力以前に、あいつはレイナーレさまには勝てはしない」

 

 

 ドーナシークのその言葉を皮切りに、堕天使たちは、イッセー兄のことを嘲笑い始める。

 

 

「だって元カノだもんねぇ! レイナーレ姉さまからあいつの話を聞いたわ。もう、大爆笑!」

 

「フハハハ! 言うな、ミッテルト。思い出しただけで、腹がよじれる!」

 

「まあ、酒の肴にはなったがな!」

 

「──笑ったわね?」

 

 

 堕天使たちの嘲笑を、部長の低い声音が遮る。

 

 

「私の下僕を笑ったわね?」

 

 

 部長から明確な怒りが、堕天使たちに向けられていた。

 

 

「笑ったから、何? もしかして、怒っちゃった!」

 

「ハハハハ! 大層、下僕想いなことだ! あの小僧もさぞや、下僕冥利に尽きることだろう!」

 

「でも、あんなエロガキを下僕にするなんて、趣味悪いんじゃない?」

 

「言うな、ミッテルト。貴族さまはたいそう、ゲテモノが好きなのだろう!」

 

 

 部長の怒りを感じて、堕天使たちはさらにイッセー兄を嘲笑い始める。

 

 怒りが頂点に達したのか、部長が両手に滅びの魔力を練り始めた瞬間──。

 

 

「──黙ってよ」

 

 

 私は部長以上に冷たく、低い声音を口にした。

 

 

「いきなり何よ、あんた?」

 

「この殺気・・・・・・そういえば、おまえは私にレイナーレさまのことを尋ねたときにも、このような殺気を放っていたな?」

 

 

 そして、何かを察したのか、カラワーナが笑いだす。

 

 

「そうか! おまえ、あの男に惚れているのだな!」

 

 

 それを聞いて、ドーナシークとミッテルトも笑い始める。

 

 

「なるほどな! それならば、この殺気も頷ける。想いを寄せる相手を侮辱されれば、腹が立つのも当然か!」

 

「アッハハハハ! えっ、マジで! あんた、男の趣味悪すぎぃ!」

 

 

 堕天使たちの笑い声が耳に入るたびに、私の奥底から、ドス黒いものが湧き溢れてくる。

 

 

「あんな奴のどこがいいんだか?」

 

「言ってやるな。そこの貴族さま以上にゲテモノ好きなのだろう!」

 

「それか、恋する自分に酔っているのか?」

 

「──黙れ」

 

 

 堕天使たちの嘲笑は止まらない。

 

 

「あの小僧とのデートとやら、レイナーレさまはたいそう退屈に感じたそうだぞ」

 

「聞いた聞いた! うちもすっごくつまらないって感じだったもん!」

 

「まあ、女を知らないガキにできるのは、所詮その程度だろうな」

 

「──ッ!」

 

 

 もう我慢の限界だった!

 

 

「──部長」

 

「──何かしら、千秋?」

 

「部長の気持ちは察せますが──」

 

「──いいわ。遠慮なくやってしまいなさい」

 

 

 部長は私が言わんとしたことを察してくれたようで、朱乃さんと共に下がってくれた。

 

 私は前に歩み出る。

 

 

「何? もしかして、あんたがうちらと戦うってんの?」

 

「フン。リアス・グレモリーといい、貴様といい、我々も甘く見られたものだ」

 

「まあいい。私は貴様に借りを返したかったところだったしな」

 

 

 堕天使たちは光の槍を手に飛び上がる。

 

 

「にしても、あんな奴のために怒るなんて、いくら惚れてるからってねぇ」

 

「まあ、そう言うな。いまごろ、あの小僧は、レイナーレさまによって、あの世だろう」

 

「なら、すぐにでも、惚れた男のもとに送ってやるとしよう!」

 

 

 堕天使たちは、自分たちの持つ光の槍を投げつけてきた。

 槍が迫り、私を貫こうとした瞬間──。

 

 

 ビュオオオオオオオオオオッ!

 

 

「「「──ッ!?」」」

 

 

 私の周囲を風がうねり、竜巻となって堕天使たちの光の槍を弾いた。

 

 

「この風! 貴様、神器(セイクリッド・ギア)の持ち主か!?」

 

 

 『怒涛の疾風(ブラスト・ストライカー)』──私が所有する風を操る神器(セイクリッド・ギア)

 

 私は周囲に渦巻く風を両手に収束させ、堕天使たちに向けて解放する!

 

 

「「──ッ!」」

 

「なっ──ぐあああああああっ!?」

 

 

 ドーナシークとミッテルトには避けられるが、カラワーナだけは逃げ遅れ、暴風が風の暴力となってカラワーナを襲う。

 

 風が止み、ボロボロになったカラワーナが力なく墜落する。

 

 

「ぐっ・・・・・・貴様ッ──っ!?」

 

 

 カラワーナは、憤怒に塗れた表情を向けてくるが、すぐに驚愕の表情に変わった。──眼前に迫っている私が射った矢を目にして。

 

 

「・・・・・・まずは一人」

 

 

 ドスッ!

 

 

 カラワーナは、なんの抵抗もできないまま、私の矢によって、額を撃ち抜かれた。

 

 

「カラワーナ!? おのれ、貴様!」

 

「やってくれんじゃん!」

 

 

 残る二人が憤るなか、私は新たな矢を射る!

 

 

「そんなもの!」

 

「当たるかってんだ!」

 

 

 二人が矢を避けようとした瞬間、矢が弾け、複数の鏃が飛び散る。

 

 

「「──っ!?」」

 

 

 予想外の攻撃に二人は慌てて腕で顔を覆うことしかできず、体中に鏃が突き刺さる。

 

 

「このっ!」

 

「よくもっ!」

 

 

 二人は光の槍を手に反撃してこようとするが──。

 

 

「なっ!? いない!?」

 

「どこへ──ッ! 後ろだ、ミッテルト!」

 

 

 私はすでにその場から移動し、風で飛翔してミッテルトの背後を取っていた。

 

 

「えっ──」

 

 

 ミッテルトがこちらに振り向くのと、私が矢を射るのは同時だった。

 

 ミッテルトの胸に矢が刺さり、糸が切れた人形のように、ミッテルトは力なく墜落していった。

 

 

「ミッテルト!? おのれ!」

 

 

 憤るドーナシークに向けて、私は別の矢を射る!

 

 

「クッ!」

 

 

 ドーナシークはさっきの拡散型の矢を警戒して障壁を展開する。

 

 

 ドゴォォォン!

 

 

「ぐおっ!?」

 

 

 障壁に阻まれた矢は爆発し、そのことにドーナシークは驚愕する。

 

 その隙をついて、風による推進力を得て、ドーナシークに肉薄する!

 

 

「クッ!?」

 

 

 ドーナシークは光の槍を振るって反撃してくるが、私は風の推力を利用して光の槍を避ける。

 

 

「はぁぁッ!」

 

 

 風の推力を乗せた回転を加えた回し蹴りをドーナシークの首筋に叩きこむ!

 

 

「ぐぉあああああああっ!?」

 

 

 叫び声をあげながら、ドーナシークは地面へと叩きつけられる。

 

 私はトドメをさそうと、通常の矢を射る!

 

 

「ぐっ!」

 

 

 ドーナシークはその場から転がるようにして、私の矢を避けよとする。

 

 私は風を操作し、矢の軌道を変える!

 

 

「ぐわぁぁっ!?」

 

 

 矢はドーナシークの肩に突き刺さった。

 

 

「ふッ!」

 

 

 私は落下の勢いを利用して、ドーナシークの肩に突き刺さった矢を蹴りで杭のように打ち込む!

 

 

「ぐっ・・・・・・クソッ!?」

 

 

 深く打ち込まれた矢は、ドーナシークと地面を縫い付けてしまっており、ドーナシークは起き上がることができないでいた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「──っ!? ま、待て──」

 

 

 ドーナシークの上に馬乗りになった私は、矢を手に振りかぶり、そのままドーナシークの胸に矢を振り下ろす!

 

 

 ドスッ!

 

 

 矢を突き刺されたドーナシークは、それで絶命した。

 

 

―○●○―

 

 

「あ〜あ、逃がしてくれちゃって。まあ、すぐに追いかければ済む話ね」

 

「──行かせると思うか?」

 

 

 明日夏くんは、冷たく、低い声音で言った。

 

 

「あ、そうそう。これ、覚えているかしら?」

 

 

 そう言って、堕天使は明日夏くんに脇腹あたりを見せつける。そこには、刃物などで切り裂かれたような傷があった。

 

 

「あなたにつけられた傷よ。この傷をつけられたときは、至高の堕天使となる私の体によくも傷を、って思ったんだけどねぇ。でも、許してあげるわ。なんせ、いまの私は至高の堕天使なんだから!」

 

 

 堕天使の手のひらから緑色の光が発せられ、堕天使の傷が跡形もなく消えてしまった。

 

 

「どう、すごいでしょ? この力を得て至高の堕天使となったいまの私は、この程度の傷に目くじらを立てるほど、器は小さくないの。寛大な心で、あなたを許してあげるわ」

 

 

 これは少し厄介だね。傷つけても、すぐに治療してしまう堕天使。彼女の言う通り、至高の堕天使と言っても過言じゃないのかもしれない。

 

 

「だから・・・・・・苦しむことなく、楽に殺して──」

 

「──少し黙れよ」

 

 

 堕天使の言葉を、明日夏はさきほど以上に冷たい声音で一蹴した。

 

 

「・・・・・・ベラベラ、ベラベラ、他人から奪った力を、よくもまあ、あたかも自分の力のように自慢できるな?」

 

「だって、その通りだもの。アーシアを見つけたときから、アーシアを含めて私のものだったのだから。──もしかして明日夏くん、さっきイッセーくんに言ったことを怒ってるの? キャー、怖ーい!」

 

 

 堕天使はわざとらしく、口調を変えて言った。

 

 

「あのときも思ったけど、あんな奴のために、よくもまあ、そこまで怒れるものね? いくら友達だからってねぇ」

 

 

 マズい! 彼女は明らかに明日夏くんを挑発している!

 

 

「明日夏くん、それは挑発だ! 冷静になるんだ!」

 

 

 だが、僕の声は明日夏くんには届いていないようだった。

 

 明日夏くんのところに向かおうにも、いまだ大勢いる神父たちが阻んでくる。

 

 

「あなた、友達は選んだほうがいいわよ? あんな、冴えなくて、バカ正直で、女の子一人守れない男と知り合っていなければ、こんなところに来ることもなく、死ぬことなんてなかったのにねぇ! アッハハハハハ!」

 

 

 堕天使の嘲笑が祭儀場に響く。

 

 

「あの世で後悔しなさい。あんなガキと出会ったことを、友達になってしまったことを──」

 

 

 ドゴォォォッ!

 

 

 祭儀場に響く衝撃音に、堕天使も、神父たちも、僕と小猫ちゃんも硬直してしまう!

 

 

「──黙れって言ったよな?」

 

 

 見ると、さっきまでアーシアさんが磔にされていた十字架を明日夏くんが殴りつけていた。十字架を見ると、明日夏くんの打ちつけた拳を中心に、亀裂が入っていた。

 

 

「至高の堕天使か。確かに至高かもな──薄汚さが」

 

「なんですって?」

 

 

 明日夏くんの言葉に、堕天使は僅かに眉をピクつかせる。

 

 

「よくもまあ、ヒトをここまでイラつかせてくれたもんだ。・・・・・・おかげで、かえって冷静になれたぜ」

 

 

 明日夏くんのうちには、激しい憎悪が渦巻いているのは明白だった。普通なら、冷静ではいられないくらいに。だが、明日夏くんは至って冷静そのものだった。

 

 

「いったい何を言ってるのかしら? あまりに怒りすぎておかしくなっちゃ──」

 

 

 堕天使が言葉を最後まで口することはできなかった。

 

 明日夏くんがナイフを堕天使に向けて投擲していたから。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 堕天使は慌てて明日夏くんのナイフを避ける。

 

 

「ドーナシークたちから、あなたの爆発するナイフのことは聞いているわ!」

 

「──だからどうした?」

 

「──ッ!?」

 

 

 明日夏くんは、はなっから避けられることを見越していたのか、ナイフを手に堕天使に迫っていた!

 

 

「チッ!」

 

 

 堕天使も、光の槍で反撃しようとする。

 

 そこへ、明日夏くんは、ナイフを堕天使の槍に向かって投げつけた!

 

 

 ドゴォォォン!

 

 

「──っ!?」

 

 

 刹那、明日夏くんのナイフが爆発した!

 

 さっき、堕天使が言っていた爆発するナイフなのだろう。

 

 だが、あんな至近距離で爆発させてしまえば!

 

 現に明日夏くんまでもが、爆炎に巻き込まれてしまっていた!

 

 爆煙から堕天使が翼を羽ばたかせて飛び出てきた。

 

 

「また、私に傷を! でも、バカな行いね! あなたと違って、私は傷を治療でき──」

 

「──Attack(アタック)

 

「──っ!? がっ!?」

 

 

 堕天使が爆発でできた傷を治療しようとした瞬間、爆煙から電気を纏った明日夏くんが飛びでて、堕天使の首を握り絞めた!

 

 

「どうした? 自分の傷を治療できるんだろう? なら、さっさとやったらどうだ?」

 

 

 明日夏くんがそう言うが、堕天使は握り絞められた首が苦しいのか、それどころではないといった感じだった。

 

 

「・・・・・・は・・・・・・なせ・・・・・・!」

 

 

 堕天使は光の槍を手にし、それを明日夏くんに突き刺そうとする!

 

 

 ドゴォッ!

 

 

「・・・・・・っ!?」

 

 

 だが、そのときにはすでに、堕天使は明日夏くんによって蹴り飛ばされていた!

 

 

「・・・・・・がっ!?」

 

 

 壁に叩きつけられた堕天使は、その衝撃に苦悶の声をあげた。

 

 

 ドシュッ!

 

 

「──っ!?」

 

 

 その肩に、明日夏くんが投擲したナイフが突き刺さる!

 

 

「ふッ!」

 

 さらに明日夏くんは、複数のナイフを同時に投擲する。

 

 

「・・・・・・こんなもの!」

 

 

 堕天使は、光の槍でナイフを振り払おうとする。

 

 

「──俺のナイフのことは聞いてたんじゃないのか?」

 

「──っ!?」

 

 

 明日夏くんの言葉を聞いた瞬間、堕天使は己の失策に気づく。

 

 

 ドゴッドゴォドゴォォォォォォン!

 

 

 だが、ときすでに遅く、堕天使は複数の爆発をその身に受けることとなった。

 

 

「がぁっ!?」

 

 

 爆風によって床に叩きつけられた堕天使は、満身創痍といった様子だった。

 

 明日夏くんは儀式用の祭壇から飛び降り、トドメをさそうと、堕天使に歩み寄る。

 

 

「あなたたちっ!? 何をしているのっ!? 早く私を助けなさいっ!?」

 

『──ッ!?』

 

 

 明日夏くんの一方的な戦いに呆然としていた神父たちだったが、堕天使に言われ、ようやく動き出す!

 

 

「しまった!」

 

 

 僕も明日夏くんの戦いぶりに呆然としていたために、神父たちの動きに反応が遅れてしまった!

 

 神父たちは、一斉に拳銃で明日夏くんを狙い撃つ!

 

 

「チッ!」

 

 

 明日夏くんは、腕で顔を覆って銃弾をやり過ごす。

 

 その隙をついて何人かの神父が明日夏くんに襲いかかる。

 

 

「──邪魔だ!」

 

 

 明日夏くんはナイフ二本を近づいてきた神父の二人に投げつける!

 

 ナイフを投げつけられた神父二人はなんの抵抗もできないまま、胸にナイフが突き刺さり倒れた。

 

 

「せいッ!」

 

 

 光の槍(神父たちが持つ光の剣の槍バージョン)を持った神父が明日夏くんに向けて突きを放った。

 

 

 明日夏くんは身を少しそらすだけで神父の突きを躱し、光の槍をつかんで引き寄せる。

 

 そのまま神父に肘打ち打ち込む。

 

 神父は肘打ちのダメージで光の槍をはなして後方に吹っ飛ばされ、明日夏くんはそのまま光の槍を奪って、襲いかかってきた別の神父に光の槍を投げつける。

 

 光の槍はそのまま神父の胸を貫いた。

 

 

「「隙あり!」」

 

 

 残る神父二人が明日夏くんに斬りかかるが、明日夏くんは最小限の動きで神父たちの斬擊を躱す。

 

 

「──Release(リリース)

 

 

 明日夏くんがそう言った瞬間、明日夏の体からほとばしっていた電気が霧散し、それと同時に明日夏くんは刀を抜き、神父二人を一瞬で斬り伏せた。

 

 強い──。

 

 僕は素直にそう思った。

 

 彼が賞金稼ぎ(バウンティーハンター)になるために鍛えていたことは話に聞いていた。だから、それなりの実力はあるだろうとは思っていた。

 

 でも、実際は想定以上だった。

 

 あれはもう、鍛えていたという次元じゃない。もとからそういうセンス──天性の戦闘の才能があったんだと思う。

 

 そう思えるくらい、彼の戦闘ぶりはスゴかった。

 

 そのスゴさは神父たちにも伝わっており、皆戦慄していた。

 

 その隙に僕と小猫ちゃんは明日夏のもとに到達できた。

 

 

「大丈夫かい、明日夏くん?」

 

「──問題ない」

 

 

 だろうね。でも、一応、念のためにね。

 

 

「よくも・・・・・・よくも、至高の堕天使たる私を・・・・・・!?」

 

 

 堕天使がいつの間にか、儀式場の出入口の前にいた!

 

 その顔には、明日夏くんに対する憎悪の感情が色濃く表れていた。

 

 

「いいわ。あなたがたいそう大事に思っているお友達を徹底的に痛ぶってあげるわ! あなたのせいでこんな目にあったと、あなたを憎むようになるまで、徹底的にね! あなたたち、それまで、彼らの足止めをしていなさい!」

 

 

 そう言い残し、堕天使は兵藤くんのあとを追ってしまう!

 

 だけど、神父たちは、先程の明日夏くんの戦いぶりにいまだに戦慄して動けないでいた。

 

 これなら、わざわざ相手をしないでも行ける!

 

 

「急ごう! 明日夏くん! 小猫ちゃん!」

 

「ああ!」

 

「・・・・・・はい!」

 

 

 僕たちは頷き合い、イッセーくんのもとに向かおうと駆けだした瞬間──。

 

 

「がっ!?」

 

 

 突然、神父の一人が背後から光の剣で貫かれた!

 

 思わぬ出来事に驚いていると、上空に一人の堕天使がいた。

 

 やったのはどうやら、あの堕天使のようだった。

 

 堕天使はいきなり仲間を殺されて驚いている神父たちに向けて言う。

 

 

「何をやっているのですか、あなたたちは? まさかとは思いますが、敵に背を向けて逃げるつもりではありませんよね?」

 

 



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Life.14 緋い龍、暴れます!

 

 

 僕は明日夏くんから聞いた堕天使たちの情報を思い出す。

 

 明日夏くんが把握していた堕天使の人数は五人。そのうちの一人のディブラという堕天使と上空にいる堕天使と特徴が一致した。

 

 それにしても、平然と仲間を殺すとはね・・・・・・。

 

 ・・・・・・いや、彼らからしたら、人間なんて駒みたいにしか思ってないのかもしれない。

 

 ・・・・・・やはり、堕天使は好きになれないな。

 

 先ほどまで戦意喪失していた神父たちは、一斉に武器を手に構え始めた。

 

 だけど、その表情は必死そのもので、明らかに死への恐怖に駆られたものだった。

 

 そんな神父たちをディブラは醜悪な笑みを浮かべて眺めていた。

 

 ──ゲスだね、あの堕天使。

 

 あのレイナーレとかいう堕天使といい、本当に嫌悪感を覚える存在だよ。

 

 とはいえ、マズいね。あまり時間をかけていると、兵藤くんの身が危ない。

 

 ここは──。

 

 

「明日夏くん。ここは僕たちにまかせて、キミは兵藤くんのもとへ!」

 

「──わかった」

 

「行くよ、小猫ちゃん!」

 

「はい!」

 

 

 僕と小猫ちゃんは頷き合うと、その場から飛びだす!

 

 神父たちは迎え撃とうと身構えるけど、恐怖に駆られた者など案外御しやすいものだった。

 

 僕と小猫ちゃんは神父たちを次々と薙ぎ倒していき、明日夏くんが通れる道を作った。

 

 それと同時に明日夏くんは僕たちが作った道を全速力で駆け抜けていく。

 

 

「おっと、させませんよ」

 

 

 ディブラが明日夏くんの背後から光の剣で斬りかかる!

 

 だけど、明日夏くんもそれを予期していたのか、即座に振り向いて、ディブラの攻撃を刀で防いだ。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 そして、同じように予期していた僕はすかさずディブラを背後から斬りかかった!

 

 

「──そうはいきませんよ」

 

 

 刹那、明日夏くんとディブラの足下に魔方陣が出現していた!

 

 

「何!?」

 

「しまっ──」

 

「ふふ」

 

 

 そして、魔方陣が二人を通過し、明日夏くんとディブラはその場から消えてしまった!

 

 

-○●○-

 

 

「クソッ!」

 

 

 転移が終わった直後、俺はディブラから距離を取り、あたりを見渡す。

 

 見ると、さっきまでいた教会からそう離れてはいない場所だった。

 

 

「そんなに心配しなくとも、急いで向かえば、お友達を助けることはできると思いますよ」

 

 

 ディブラの言葉を聞き、すぐさまディブラを警戒する。

 

 

「さて、あなたをみすみす行かせると、レイナーレさまはますます機嫌が悪くなるでしょうし、あなたのお相手は私がいたしますよ」

 

 

 ディブラがそう言うと同時に、ディブラの周りに光の剣が出現していき、無数もの光の剣がディブラの周りに展開された!

 

 

「フフ」

 

 

 ディブラが笑みを浮かべた瞬間、光の剣が射ちだされる!

 

 

「ちっ!」

 

 

 射ちだされる光の剣を雷刃(ライトニングスラッシュ)で弾き、防ぎきれないものは横に飛んで躱す!

 

 

「クソッ!」

 

 

 アーシアを連れていかれたときも、このようにして足止めされてしまった。

 

 厄介なのは、一斉に射ちだすのではなく、緩急を入れて射ちだしているところだ。そのせいで、迂闊な行動ができなかった。

 

 次第に波状的に射ちだされる光の剣をさばききれず、かするものが出てきた!

 

 戦闘服の防御力ならその程度はどうってことなかった。一発一発の威力も低いみたいだからな。

 

 だが、あれだけの数をまとめてくらってしまえば、この戦闘服を着ていてもただではすまない。

 

 

「なら! Attack(アタック)!」

 

 

 雷刃(ライトニングスラッシュ)を鞘に戻し、身体強化の機能を起動させ、両手にナイフを逆手に持って光の剣を迎撃する!

 

 

「ほぉ。なかなかやりますね」

 

 

 ディブラは一旦光の剣の射出をやめ、俺の対応に感心していた。

 

 ちっ、余裕そうだな!

 

 間違いなく、こいつはレイナーレよりも強い!

 

 

「フフ」

 

 

 再び、光の剣の射出が始まってしまう!

 

 

「くっ、はぁぁぁぁッ!」

 

 

 さっきと同様、両手のナイフで光の剣を迎撃する!

 

 このままじゃ、ジリ貧だな・・・・・・。

 

 雷刃(ライトニングスラッシュ)の身体強化も無限じゃない。いずれ、体の限界が来てしまう。

 

 クソッ、急がないといけねぇってのに!

 

 おまけに、奴はあからさまに手を抜いていた。

 

 あのときと同じように足止めに徹して時間を稼ぐ攻撃の仕方だった。

 

 

「さぁさぁ、早くしませんと、お友達が大変なことになってしまいますよ?」

 

 

 ディブラは俺を焦らすように煽ってくる。

 

 けど、俺は冷静そのもので光の剣を迎撃していた。

 

 ──我ながら、冷静なもんだ。

 

 前々から、俺は感情が、特に怒りが限界を越えて高ぶると、頭の中がかえってクリアになる傾向があった。

 

 しかも、その状態になると、集中力が増し、見えているものがよりよく見えるようになっていた。

 

 普段の状態だったら、今頃、あの光の剣で俺は蜂の巣にされていただろう。

 

 それから──この状態になったことで、わかったこともあった。

 

 

「──いい加減、その()()()()()()()を外したらどうだ?」

 

 

 俺の言葉を聞き、ディブラは眉をひそませ、攻撃の手を止める。

 

 

「さっきもレイナーレさまレイナーレさまなんて慕ってるふうに振る舞ってたが、本当はそんなことないんだろ?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 俺の言葉にディブラは答えず、ただただ無言だった。

 

 この状態になって目がよくなったおかげでわかったことがあった。

 

 ──こいつの紳士然とした振る舞いがただただ見栄えをよくするためのものだってのが。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クフッ」

 

 

 ディブラは顔を手で覆うと、とたんにこもった笑い声をあげ始める。

 

 

「クハハハハハハハハハッ!」

 

 

 そして、背中を仰け反らせながら盛大に笑い声をあげた。

 

 

「まあ、ここにはあなたしかいませんし、別にいいですかね! いい加減、肩も凝ってきましたし。それに、あの女に余計なことをしゃべろうとしたら、喉を潰すなりすればいいでしょうしね」

 

 

 本性を表したディブラは、口調こそ丁寧だが、さっきまでの紳士然とした雰囲気はもう微塵も感じられなかった。

 

 

「・・・・・・あの女に従ってるのは、成り上がったあいつの恩恵にあやかろうってところか?」

 

「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」

 

 

 俺の言葉を聞いて、ディブラは愉快そうに醜悪な笑い声をあげた。

 

 

「それもいいですがね、正直言うと、そこまでそんなものに興味はありませんよ」

 

「・・・・・・何?」

 

「そもそも、バレたときのリスクのほうが大きいですからね」

 

「・・・・・・どういう意味だ?」

 

「グリゴリの基本方針として、不用意に人間を殺すことはご法度でしてね。彼女のような神器(セイクリッド・ギア)所持者は本来なら保護しなければならないんですよ。だと言うのに、あの女は成り上がりたいがために、いままで数々の非道な行いをしてきました。バレたら、確実に懲戒処分でしょうね。当然、あの女に付き従っていたものたちもその煽りを受けるでしょうね。あの女はバレなければいいと思っていますが、いかんせん、あのバカ女は詰めが甘く、おつむも弱いどうしようもない女でしてね。現に、もっと上手く立ち回っていれば、リアス・グレモリーにこちらの存在がバレることなく、楽にアーシア・アルジェントから『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』奪えたというのに。いずれ、致命的なミスを犯して、いままでの所業は上にバレるでしょうね」

 

 

 なんてことのないように言うディブラ。

 

 レイナーレのことも、平然とこき下ろしていた。

 

 

「他人事みたいに言ってるが、バレたらおまえも危ないんじゃないのか?」

 

「ええ、ですから、今回の騒動が終わって、あのバカ女が有頂天になってるところで、私は上にあのバカ女の所業を密告するつもりなんですよ」

 

「・・・・・・なんだと?」

 

「私はあのバカ女とは違います。上手く立ち回って、すべての責任をあのバカ女やそれに付き従っているバカどもに押しつけるつもりですよ」

 

 

 仲間を平然と売るようなことを言うディブラ。

 

 ・・・・・・いや、もとから仲間なんて思っちゃいないのか。

 

 

「だが、それでおまえになんの得がある?」

 

 

 こいつはさっき、レイナーレがもたらす恩恵に興味ないと言った。

 

 だとしたら、たいして慕ってもいない女に猫を被ってまで付き従っていたのはなんでだ?

 

 

「趣味ですよ」

 

「・・・・・・何?」

 

「私の趣味はですね、他人が悲しんだり、苦しんだりするさまを見て楽しむことなんですよ。特に女が絶望するさまなんて、ちょっと下品ですけど、勃起してしまうぐらいに興奮してしまうんですよ。あの神父たちのあの必死な姿もなかなかよいものでしたよ」

 

 

 なんてことのないようにディブラは言った。

 

 ・・・・・・・・・・・・こいつは・・・・・・とんだ外道だな・・・・・・。

 

 

「いま、『とんだ外道だな』なんて思いましたか? 最ッ高の褒め言葉です!」

 

 

 奴の言葉を聞くたびに、俺の中でディブラに対する嫌悪感がどんどん高まっていく。

 

 

「それにしても──」

 

 

 ディブラはふと、教会のほうに視線を向ける。

 

 

「アーシア・アルジェントは惜しかったですねぇ。ああいう純粋で純情な女が絶望するのが最高にいいのに、あんな穏やかそうな表情で死んでしまいましたからねぇ。あの兵藤一誠の死体でも見せてあげれば、少しはマシな死に顔をしていたでしょうかね? せめて、教会を追放されたときの顔が見たかったですよ」

 

 

 あの優しい少女の不幸を愉快そうに楽しむ目の前の外道にさらに怒りが湧いてくる。

 

 

「さて、そろそろ、続きを再開しますか」

 

 

 再び、無数の光の剣が射ちだされる!

 

 

「くっ!」

 

 

 俺もすかさず、両手のナイフで弾く。

 

 

「さて、少し手を加えますか」

 

 

 奴がそう言った瞬間、何本かの光の剣が意思を持ったかのように軌道を変えてきた!

 

 

「クソッ!」

 

 

 それにより、360度全体に意識を割かなくてはならなくなってしまった!

 

 

「さぁ、もっと必死になりませんと!」

 

 

 ディブラが手に光の剣を生みだし、それを投擲してきた!

 

 

「しまっ──」

 

 

 その光の剣を受け切れなかった俺は体勢を崩されてしまった!

 

 そして、俺の眼前には、先程から射ちだされていた無数の光の剣が──。

 

 

「ぐあああああああああああっ!」

 

 

 戦闘服で防ぎきれなかった熱と衝撃が俺を襲う!

 

 ただでさえ、雷刃(ライトニングスラッシュ)の身体強化で負担をかけていた体に激痛が走る!

 

 

「・・・・・・ぐっ・・・・・・ぐぅぁ・・・・・・」

 

 

 地面に仰向けに倒れた俺はうめき声をあげる。

 

 そんな俺をディブラは愉快そうに眺めてきていた。

 

 

「そうそう、あの兵藤一誠もなかなかいい表情をしてましたね。ありきたりですが、惚れた女に裏切られたあの顔はなかなか。アーシア・アルジェントの死を認識したときもよい顔をしていたでしょうね。あーあ、非常に残念です」

 

 

 ダチたちの苦しんでる姿を楽しむディブラ。

 

 怒りから拳を握りこみ、血がにじみ出てきた。

 

 俺は怒りをバネにし、体を起き上がらせる。

 

 

「ほぉ、人間にしては意外と頑丈ですね?」

 

 

 体中から悲鳴があがるなか、俺はディブラを睨む。

 

 

「これは、あのバカ女もあなたを痛ぶりがいがありそうですね。さて、そろそろ、抵抗できないように、手足をもぎますか。あと、余計なことを口にしないように喉も潰しときますか」

 

 

 再び、ディブラの周囲に無数の光の剣が展開される。

 

 

「──ふぅぅ・・・・・・Release(リリース)

 

 

 俺は身体強化を解除する。

 

 

「──すぅぅはぁぁぁぁ・・・・・・」

 

 

 深く深呼吸をした。

 

 頭の中はいたって冷静、クリアそのものだった。

 

 ──だが、心のうちでは、ドス黒い感情が渦巻いていた。

 

 ──怒り。憎しみ。レイナーレとディブラに対する怒りと憎しみ。――そして、不甲斐ない自分自身に対する怒りが。

 

 ──ああ、そうだ。俺はイッセーとアーシアを守れなかった。だからムカつく、自分の弱さが。

 

 ──すべてが許せねぇ。特に何も守れない自分が心底許せなかった。

 

 いま、イッセーの身が危ない状況。イッセーを助けるためには目の前にいる外道をさっさと消さないといけない。──だが、いまの俺じゃ、それは無理だった。

 

 ()()()を恐れているいまの俺じゃ・・・・・・。

 

 だから──。

 

 

「──だから、この身がどうなろうとかまいやしねぇ」

 

「おや、どうかしましたか? あまりの激痛におかしくなりましたか?」

 

 

 だから──。

 

 

「ま、とりあえず、これで終わりですね」

 

 

 ディブラがそう言うと同時に無数にあったすべての光の槍が一斉に射出された。

 

 無数の光の剣が迫ってくるなか──俺は叫ぶ!

 

 

「──力を貸しやがれ!」

 

 

 刹那、緋が俺の身を包み込んだ。

 

 

-○●○-

 

 

「あれは!?」

 

 

 堕天使たちを倒し、その場の後始末を部長と朱乃さんにまかせて、風で飛翔して教会に向かっていた私の視界に緋色の輝きが入った。

 

 あのオーラ、間違いない!

 

 

「明日夏兄!」

 

 

 私は急いでオーラの発生源に向かって、全速力で飛翔する!

 

 教会を通り越し、教会から少し離れた場所から緋色のオーラが発生しており、私は急いでその場所に降り立つ!

 

 そこで私の視界に入ったのは上空にいるディブラと無数の光の剣が突き刺さった緋いオーラを発している塊だった。

 

 

「な、なんだ、これは!?」

 

 

 ディブラは目の前の光景に驚愕していた。

 

 すると、塊が少し動いた。

 

 次の瞬間、すべての光の剣が緋色のオーラによって薙ぎ払われた!

 

 そこには、緋色のオーラを発した明日夏兄がいた。

 

 

「ちっ!」

 

 

 ディブラは舌打ちをすると、無数の光の剣を精製すると、それを明日夏兄に向けて一斉に放った!

 

 

「・・・・・・・・・・・・ッ・・・・・・!」

 

 

 明日夏兄は無言で腕を横薙ぎに振るうと、その動きに連動して緋色のオーラが光の剣をすべて薙ぎ払った!

 

 

「・・・・・・明日夏兄?」

 

 

 私はとある懸念を抱きながら、おそるおそる明日夏兄に呼びかける。

 

 

「──千秋か」

 

 

 明日夏兄は私のほうを一瞬だけ見ると、すぐにディブラのほうに視線を戻す。

 

 

「手は出さなくていい。──すぐに終わらせる」

 

 

 それを聞いて、懸念していたことになっていないことにとりあえず安堵する。

 

 

「千秋、あれはなんなの?」

 

 

 いつの間にか私の隣に転移してきていた部長が私に訊いてきた。

 

 

「──もう察しはついてると思いますけど、あれが明日夏兄の神器(セイクリッド・ギア)です。名前は『緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)』。とあるドラゴンが宿った神器(セイクリッド・ギア)です」

 

「──ドラゴン系神器(セイクリッド・ギア)

 

「その能力は、宿っているドラゴンのオーラを操るというものです」

 

 

 それだけ聞くと、一見たいしたことのない神器(セイクリッド・ギア)のように見える。

 

 けど、その操るオーラがドラゴンのものなら話は変わってくる。

 

 ドラゴン──異形の存在の代表格といってもいい存在。その力は強大で、オーラそのものだけでも強大な破壊力を誇り、存在そのものが力の塊とさえ言われている。あらゆる書物や文献でもその存在感は大きい。

 

 そんな存在のオーラを操れるというのだから、明日夏兄の神器(セイクリッド・ギア)は十分に強力なものなのは間違いなかった。

 

 

「あなたも神器(セイクリッド・ギア)を! だが、なめるな!」

 

 

 ディブラはそう言うと、無数の光の剣を出現させると、それを一ヶ所にまとめ始める。

 

 集束された無数の光の剣は一本の巨大な光の槍となった!

 

 

「くらえ!」

 

 

 ディブラはその光の槍を明日夏兄に向けて放った!

 

 それを明日夏兄は雷刃(ライトニングスラッシュ)で斬りつける。

 

 

「無駄です!」

 

 

 斬りつけられた光の槍は一瞬だけ止まるが、徐々に明日夏兄を押し始めた!

 

 

「はぁッ!」

 

 

 でも、次の瞬間には、光の槍は明日夏兄によって真っ二つに切り裂かれた!

 

 

 カッ! ドォォォオオオオオオオンッ!

 

 

 真っ二つになった光の槍はそのまま明日夏兄の後方に飛んでいき、刹那、明日夏兄の背後で一瞬だけ閃光が走り、けたましい爆音があたりに響き渡った!

 

 明日夏兄の後方にあった木々は跡形もなく吹き飛ばされていた。

 

 

「な、なんだと!?」

 

 

 そんな威力の攻撃をしたディブラは戦慄していた。

 

 それだけ、自分の攻撃を切り裂かれたことが信じられなかったんだろう。

 

 よく見ると、明日夏兄の持つ雷刃(ライトニングスラッシュ)の刀身が緋くなっていた。

 

 これはあのオーラの特性だった。

 

 あのオーラを冬夜兄は『緋い龍気』と名付け、以降、私たちもそう呼んでいる。その緋い龍気の特性は、あらゆるものと混ざり合い、侵食するというものだった。

 

 その特性を応用することで、あのように刀身に纏わせるだけでなく、刀身と融合させることで、単純に纏うよりも、強度や斬れ味を強化できるのだった。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

 ディブラはさらに上空へと飛び上がろうとする。

 

 おそらく、高空から地面に向けて攻撃することで、さっきみたいに切り裂かれても問題ないようにするつもりなのだろう。

 

 

「がぁっ!?」

 

 

 だけど、ディブラは突然、何かに引っ張られるように空中で制止した。

 

 見ると、明日夏兄がディブラに向けて手を伸ばしており、その手からオーラが伸びており、オーラは手のカタチになってディブラの体を掴んでいた。

 

 

「ふッ!」

 

「ぐあっ!?」

 

 

 明日夏兄が手を引くと、それに連動してオーラの手がディブラを引き寄せ始めた。

 

 ディブラを至近距離まで引き寄せた明日夏兄はすかさず、雷刃(ライトニングスラッシュ)で斬りかかる!

 

 

「くっ!」

 

 

 ディブラは慌てて光の剣で防ごうとするけど、緋い雷刃(ライトニングスラッシュ)は難なく光の剣を切り裂き、堕天使の腕が虚空を舞った。

 

 

「私の腕がぁぁっ!?」

 

 

 腕を斬り飛ばされたディブラは絶叫し、斬られた箇所を押さえながら後ずさる。

 

 明日夏兄はそんなディブラの背後に周り、ディブラの翼を根元から切り裂いた!

 

 

「がぁぁぁぁっ!?」

 

 

 叫ぶように悲鳴をあげるディブラをよそに、明日夏兄は雷刃(ライトニングスラッシュ)を鞘にしまうと、右腕を引いて構える。

 

 すると、それに合わせるように緋い龍気は明日夏兄の右手に集まりだす。

 

 そして、次第にオーラがドラゴンのカタチを模していく。

 

 それを見たディブラは恐怖に顔を歪めながら、絶叫する。

 

 

「・・・・・・おまえは・・・・・・おまえはっ・・・・・・一体なんなんだぁぁぁぁっ!?」

 

 

 明日夏兄が拳を突き出すと、それに合わせてオーラのドラゴンが炸裂し、オーラの波動がディブラを飲み込んだ!

 

 

-○●○-

 

 

「・・・・・・はぁ、はぁ・・・・・・」

 

 

 いまの一撃で、体力をごっそりと消耗した俺は息を荒げていた。

 

 ダメージも受けすぎた・・・・・・。

 

 体もあっちこっちから悲鳴をあげていた。

 

 

「明日夏兄!」

 

 

 そんな俺のもとに千秋が心配そうに駆け寄ってきた。

 

 

「・・・・・・大丈夫だ。少し疲れただけだ。それよりも、急いで教会に向かうぞ!」

 

 

 教会に向かおうとする俺を部長が呼び止める。

 

 

「待って、明日夏。何があったのか教えてちょうだい」

 

 

 俺は簡潔に教会であったことを部長と千秋に話した。

 

 それを聞いて、千秋も急いで教会に向かおうとする。

 

 

「待って、二人とも。少し、様子を見させてもらえないかしら?」

 

「何言ってるんですか!?」

 

 

 部長の言葉に千秋がもの申すが、部長は千秋を落ち着けると俺に訊いてくる。

 

 

「明日夏、あなたは本当にイッセーの神器(セイクリッド・ギア)が単なるの『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』だと思っているのかしら?」

 

「──ッ!」

 

「あなたも知ってるわよね。イッセーを転生させる際、私が使用した『悪魔の駒(イービル・ピース)』は『兵士(ポーン)』が()()だということを」

 

 

 それを聞いて、千秋は驚愕していた。

 

 俺も気にはなっていた。

 

 『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』は俺の『緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)』と同じドラゴン系の神器(セイクリッド・ギア)だった。ドラゴン系の神器(セイクリッド・ギア)というのは、共通して潜在的な力が高い。

 

 だが、それでも結局はありふれた神器(セイクリッド・ギア)だ。とてもじゃないが、複数使用することはあっても、八つすべての『兵士(ポーン)』の駒を使うほどのポテンシャルなんてあるはずがなかった。

 

 だから、部長は考えた。

 

 イッセーの『神器(セイクリッド・ギア)』はまったく別の何かだということを。

 

 それを確かめるために、部長はあえてレイナーレと戦わせようというのだ。

 

 

「そんな!?」

 

 

 それを知って、千秋はますます部長に食ってかかる。

 

 あたりまえだ。一歩間違えれば、イッセーは今度こそこの世からいなくなってしまうからだ。

 

 俺も承認しかねる。

 

 

「わかってるわ。本当に危なくなったら、助けに入るわ。でも、私は信じているの。イッセーが件の堕天使を倒せると」

 

 

 部長の表情は真剣そのもの、言葉からも決して軽く言ってるわけではないということも察せた。

 

 

「でも!」

 

 

 それでも、千秋は部長の提案に乗ることはできなかった。

 

 そんな千秋の肩に手を置き、落ち着かせる。

 

 

「わかりました」

 

「明日夏兄!?」

 

「ただし、イッセーが本当に危ないかどうかの判断は俺たちがします。すぐに危ないと感じたら、たとえ部長がまだだと思っていても、イッセーを助けます」

 

「ええ、それでいいわ」

 

 

 部長もそれで了承してくれた。

 

 千秋も俺の妥当案で渋々了承する。

 

 そして、俺たちは改めて教会に向かうのだった。

 

 

-○●○-

 

 

 地下の祭儀場から聖堂に戻った俺は、アーシアを長椅子の上に寝かせる。

 

 

「アーシア、しっかり!? ここを出れば、アーシアは自由なんだぞ! 俺や明日夏たちと、いつでも一緒にいられるようになるんだぞ!」

 

 

 ゆっくりと目を開けるアーシア。

 

 微かに上がった手を俺は両手で握りしめる。

 

 握りしめた手は、とても冷たく、生気が感じられない。

 

 

「・・・・・・私、少しのあいだだけでも、お友達ができて幸せでした・・・・・・」

 

「何言ってんだ! 全部終わったら、遊びに行こうって約束したじゃないか!? 連れていきたいとこ、いっぱいあるんだからな! ゲーセンだろ、カラオケだろ、遊園地だろ、ボーリングだろ、他にはさ・・・・・・あれだよあれ、ほら! そうだ、明日夏以外のダチにも紹介しなきゃ! 松田、元浜って、ちょっとスケベだけど、スッゲェいい奴なんだぜ! 絶対、アーシアと仲良くなってくれるからさ! 皆でワイワイ騒ぐんだ! バカみたいにさ!」

 

 

 涙が止まらない。

 

 笑いながら話しかけているはずなのに涙が止まらなかった。

 

 わかってる。理解できている。この子は死ぬんだと。

 

 それでも否定したかった。こんなことは嘘に決まっている、と。

 

 

「・・・・・・この国で生まれて、イッセーさんや明日夏さん、千秋さんと同じ学校に行けたら、どんなにいいか・・・・・・」

 

「行こうぜ! いや行くんだよ! 俺たちとさ・・・・・・!」

 

 

 アーシアの手が俺の頬を撫でる。

 

 

「・・・・・・私のために泣いてくれる・・・・・・私・・・・・・もう、何も・・・・・・」

 

 

 アーシアは涙を流しながら微笑んでいた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・」

 

 

 頬を触れている手が静かにゆっくりと落ちていった。

 

 アーシアは微笑みながら、その言葉を最後に動かなくなった。

 

 

「・・・・・・アー・・・・・・シア・・・・・・」

 

 

 アーシアが死んだ。

 

 俺は呆然と彼女の死に顔を眺めていた。

 

 

「なんでだよ? なんで死ななきゃなんねぇんだよ? 傷ついた相手なら誰でも・・・・・・悪魔だって治してくれるくれぇ、やさしい子なのに!」

 

 

 俺はアーシアを抱きしめ、教会の天井に向かって叫ぶ!

 

 

「なあ、神さま! いるんだろう!? この子を連れていかないでくれよ! 頼む! 頼みます!? この子は何もしてないんだ! ただ友達が欲しかっただけなんだ!」

 

 

 天に訴えかけても応じてくれる者はいない。

 

 

「俺が悪魔になったからダメなんスか!? この子の友達が悪魔だからナシなんスか!? なあ、頼むよ、神さまァァァッ!」

 

 

 悔しさに歯嚙みした。

 

 俺は弱い。俺は無力だ。

 

 もっと力があれば・・・・・・アーシアを救えるだけの力があれば・・・・・・!

 

 いまさら後悔しても、アーシアは目を覚まさない。笑わない。

 

 

「・・・・・・悪魔が教会で懺悔?」

 

 

 唐突に投げつけられる言葉。

 

 

「・・・・・・タチの悪い冗談ね」

 

 

 振り向くと、地下の階段からレイナーレが上がってきていた。

 

 その体はボロボロで、息遣いも荒く、肩にはナイフが刺さっていた。

 

 

「・・・・・・ほら、見てこれ。あなたのお友達にやられたのよ・・・・・・」

 

 レイナーレは憎悪にまみれた表情をこちらに向けていた。

 

 明日夏がやったのか、あれ?

 

 ていうか、明日夏は!? 木場や小猫ちゃんは!?

 

 レイナーレは、肩に刺さっているナイフをおもむろに掴む。

 

 

「・・・・・・くっ・・・・・・ああぁ・・・・・・ッ!」

 

 

 レイナーレは叫び声をあげながら、強引にナイフを引き抜き、ナイフを投げ捨てた。

 

 

「・・・・・・でも、見て」

 

 

 レイナーレが肩の傷口に手を当てると、淡い緑色の光が発せられ、肩の傷を塞いでいく。

 

 

「素敵でしょう? どんなに傷ついても治ってしまう。神の加護を失った私たち堕天使にとって、これは素晴らしい贈り物だわ」

 

 

 そう言いながら、他の傷も治療してしまう。

 

 おい、その光はアーシアのものだったんだぞ。なんで、おまえがそれを使ってるんだよ!

 

 

「これで私の堕天使としての地位は盤石に。ああ、偉大なるアザゼルさま、シェムハザさま。お二人の力になれるの。──だからこそ、許せないわ! お二人の力になれる至高の堕天使たるこの私に、あそこまで傷を負わせ、屈辱を味合わせたあの男を! だから、あの男はただでは殺さないわ。私以上の屈辱を味合わせ、苦痛に苦しませ、この私に懺悔させてあげたところで、じっくり痛ぶってから八つ裂きにしてあげるわ!」

 

 

 レイナーレは明日夏に対する憎悪の感情を包み隠すことなく口にした。

 

 レイナーレの言葉から察するに、明日夏たちは無事のようだ。ここに来ないのは、いまだにあの大勢の神父たちと戦っているからだろう。

 

 

「そのためにも、あなたを利用させてもらうわ。彼はあなたのことが大事なようだからね。目の前であなたを痛ぶれば、大層苦しむでしょうね。そのためにも、抵抗できないように、あなたの手足を引き裂いてあげるわ。恨むなら、彼を恨みなさい。彼が余計なことをしなければ、あなたもそんなに苦しむこともなかったでしょうにね。安心して。あの男が苦しむさまを見たら、すぐにそこで寝ているアーシアのもとへ送ってあげるわ。アーシアも、天国で寂しくならないでしょ──」

 

「──うるせぇよ」

 

「?」

 

 

 俺はレイナーレの長ったらしい会話を遮った。

 

 

「・・・・・・堕天使とか、悪魔とか、そんなもん、この子には関係なかったんだ!」

 

神器(セイクリッド・ギア)を宿した選ばれた者よ。これは宿命よ」

 

「何が宿命だ! 静かに暮らすことだってできたはずだ!」

 

「それは無理」

 

「何が!?」

 

神器(セイクリッド・ギア)は人間にとって部に余る存在。どんなに素晴らしい力であろうと、異質なものは恐れられ、そして爪弾きにされるわ」

 

 

 アーシアの悲しげな表情と言葉が脳裏を過ぎる。

 

 

 ──悪魔も治療できてしまう力を持つような者は異教徒だと。

 

 ──私、友達がいないので・・・・・・。

 

 

「仕方ないわ。それが人間という生き物だもの。こんな素敵な力なのにねぇ」

 

「でも俺は、俺と明日夏と千秋はアーシアの友達だ! 友達としてアーシアを守ろうとした!」

 

「でも、死んじゃったじゃない! アッハハッ! その子、死んでるのよ? 守るとか、守らないじゃないの! あなたたちは守れなかったの! あのときも、そしていまも!」

 

「・・・・・・わかってるよ・・・・・・だから許せねぇんだ・・・・・・! おまえも・・・・・・そして俺も! 全部許せねぇんだ!」

 

 

 レイナーレへの、そして無力な自分への怒りが沸き上がるなか、部長の言葉が脳裏を過ぎる。

 

 

 ──想いなさい。神器(セイクリッド・ギア)は、持ち主の想う力で動くの。

 

 

「──返せよ」

 

 

 ──その想いが強ければ強いほど必ずそれに──。

 

 

「アーシアを返せよォォォォォッッ!!」

 

 

 ──応えてくれる。

 

 

Dragon(ドラゴン) Booster(ブースター)!!』

 

 

 俺の叫びに応えるように、神器(セイクリッド・ギア)が動きだした。

 

 



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Life.15 元カノ、倒します!

 

 

Dragon(ドラゴン) Booster(ブースター)!!』

 

 

 いままで鳴っていたのと違う音声が鳴り、俺の左手から全身へと体に力が駆け巡る。 

 

 

「うおおおおおおおッ!」

 

 

 力任せに、レイナーレに殴りかかるが、レイナーレは華麗にそれを避ける。

 

 

「だから言ったでしょう? 一の力が二になっても、私には敵わないって」

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 再び音声が鳴り、俺の中の力がさらに高まる。

 

 

「でぇあああああああッ!」

 

 

 もう一度殴りかかるが、これも避けられる。

 

 

「へぇ、少しは力が増した? いいわ。少し遊んであげるわ」

 

 

 そう言いながら、レイナーレは光の槍を手元に作り出していた。

 

 

「ふッ!」

 

 

 ズシャァッ!

 

 

「がっ!?」

 

 

 レイナーレの投げた槍が、俺の両足の太ももを貫いた!

 

 貫かれた太ももが、内側から焼かれるように痛かった!

 

 

「光は悪魔にとって猛毒。触れるだけで、たちまち身を焦がす。その激痛は悪魔にとってもっとも耐え難いのよ。あなたのような、下級悪魔では──」

 

「──それがどうした?」

 

 

 俺は光の槍を掴む。

 

 光によって手のひらを焼かれるが、構わなかった。

 

 

「こんなもん、アーシアの苦しみに比べたらァァァッ!」

 

 

 手を焼かれながらも、槍を引き抜いた。

 

 

「・・・・・・どうってことねえんだよ!」

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 さらに籠手から音声が鳴り響く。

 

 

「たいしたものねぇ? 下級悪魔の分際でそこまでがんばったのは褒めてあげる。でも──」

 

「──っ!? 力がっ!?」

 

 

 全身から力が抜けていき、その場で尻もちをついてしまった。

 

 

「──それが限界ね。下級悪魔程度なら、もうとうに死んでもおかしくないのに。意外に頑丈ね? でも、おかげで痛ぶりがいがあるわ!」

 

 

 レイナーレの嘲笑いが耳に入るなか、俺は──。

 

 

「──神さま・・・・・・じゃダメか、やっぱ」

 

 

 いつのまにか、そう口にしていた。

 

 

「・・・・・・悪魔だから魔王か? いるよな、きっと。魔王。俺も一応悪魔なんで、頼み聞いてもらえますかね?」

 

「何ブツブツ言ってるの? あまりの痛さに壊れちゃった?」

 

 

 レイナーレの嘲笑を聞きながら、激痛に耐えながら足に力を入れる。

 

 

「・・・・・・頼みます。あとは何も・・・・・・いらないですから・・・・・・!」

 

 

 そして、徐々にだが確実に立ち上がる。

 

 

「そんな、嘘よ!?」

 

「・・・・・・だから、こいつを──一発殴らせてください!」

 

 

 レイナーレは立ち上がった俺をみて、信じられないものを目にしたような顔をする。

 

 

「立ち上がれるはずがない!? 体中を光が内側から焦がしてるのよ!? 光を緩和する能力を持たない下級悪魔が耐えられるはず──」

 

「ああ、痛ぇよ。超痛ぇ。いまでも意識がどっかに飛んでっちまいそうだよ。でも・・・・・・そんなのどうでもいいくれぇ──てめぇがムカつくんだよォォォォォッ!!」

 

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 

 新たな音声が鳴り響いた瞬間、籠手の宝玉が光り輝き、籠手の形状が変化した。

 

 先程までは手の甲から少し先までをおおう程度だったが、いまは左手全体と肘までを覆う形状になっていた。

 

 そして、いままでにないほどの、強大な力が全身を駆け巡った。

 

 

「この波動は中級・・・・・・いえ、それ以上の!? あ、ありえないわ!? その神器(セイクリッド・ギア)、ただの『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』がどうして!?」

 

 

 なんのことだかさっぱりだが、レイナーレは酷く怯えているようだった。

 

 

「ひぃぃっ!? うっ、うう、嘘よっ!?」

 

 

 俺がレイナーレを睨んだ瞬間、レイナーレは慌てて光の槍を投げつけてきた。

 

 

 バキィン!

 

 

 俺はそれを、籠手を装着した左腕の横殴りで弾き飛ばした!

 

 

「──っ!? い、いやぁっ!」

 

 

 レイナーレはこちらに背を向け、逃げるように翼を羽ばたかせて飛び上がろうとしていた。

 

 俺は一気に近づいて、そんなレイナーレの腕を掴む。

 

 

「ひっ!?」

 

「逃がすか、バカ!」

 

「私は・・・・・・私は至高の──」

 

「吹っ飛べ! クソ天使ィィィィィッ!!」

 

 

 レイナーレの顔面に鋭く、拳を打ち込んだ!

 

 

「あああああああああああっっ!?」

 

 

 後方に吹っ飛んだレイナーレは、教会のステンドガラスを突き破って、外まで吹っ飛んでいった。

 

 

「はぁ、はぁ、ざまぁみろ──ぐっ」

 

 

 レイナーレを殴り飛ばし、完全に力を使い果たした俺はその場に倒れこもうとした瞬間──。

 

 

「──っと。大丈夫か、イッセー?」

 

「・・・・・・明日夏・・・・・・?」

 

 

 いつのまにか現れた明日夏が俺の肩を抱き、俺を支えてくれた。

 

 見ると、かなりボロボロの姿だった。

 

 

「イッセー兄!」

 

「・・・・・・千秋」

 

 

 同じくいつのまにか現れた千秋が反対側から体を支えてくれる。

 

 

「イッセー兄、大丈夫!?」

 

「ああ、大丈夫だよ。この通り、生きているよ」

 

「・・・・・・よかった・・・・・・!」

 

 

 うっ、また千秋が泣きそうになっちゃてるよ。ホント俺、千秋に心配かけっぱなしだな。

 

 

「一人で堕天使を倒しちゃうなんてね」

 

 

 そこへ、地下から木場が階段を上ってやって来た。

 

 木場も結構ボロボロだった。

 

 

「遅ぇよ、イケメン王子」

 

「キミの邪魔をするなって、部長に言われてさ」

 

「・・・・・・部長に?」

 

「その通りよ。あなたなら倒せると信じていたもの」

 

 

 声がするほうに振り向くと、リアス部長が壁に背中を預けて佇んでいた。

 

 

「用事が済んだから、ここの地下へジャンプして来たの。そしたら、祐斗と小猫が大勢の神父と大立ち回りしているじゃない」

 

「部長のおかげで助かりました」

 

 

 なんだよ、心配して損した。

 

 

「さすがは『紅髪(べにがみ)滅殺姫(ルイン・プリンセス)』と呼ばれるだけありますよ」

 

「な、なんだ、そのルイン・プリンセスって?」

 

 

 明日夏がなんか、ものスゴく物騒な名を口にした。

 

 

「部長の異名だよ。その一撃は、あらゆるものを滅ぼす。そこから、そう呼ばれるようになったんだ」

 

 

 木場が説明してくれた。

 

 そんなヒトの眷属になったんだ、俺・・・・・・。

 

 

「イッセー、その神器(セイクリッド・ギア)?」

 

「あっ、ああ。いつのまにか、形が変わってて」

 

「赤い龍・・・・・・そう、そういうことなのね」

 

「部長?」

 

 

 部長が俺の神器(セイクリッド・ギア)を見て、何かを得心したようだ。

 

 よくわからない俺に明日夏が言う。

 

 

「部長は、おまえの神器(セイクリッド・ギア)が『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』ではなく、別のものだと踏んで、それを確認するために、堕天使との戦いを見守っていたんだ」

 

「そうなのか!?」

 

 

 俺の神器(セイクリッド・ギア)が『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』じゃないと。

 

 

「・・・・・・部長、持ってきました」

 

 

 小猫ちゃんが外から何かを引きずってやってきた。

 

 小猫ちゃんが引きずっている何かを見ると、それは俺が先ほど吹っ飛ばしたレイナーレだった。

 

 ていうか、小猫ちゃん。持ってきたって、完全にもの扱いですか・・・・・・。

 

 

「・・・・・・うっ・・・・・・」

 

 

 気がついたのか、レイナーレが目を開ける。

 

 

「はじめまして、堕天使レイナーレ」

 

「・・・・・・うぅっ・・・・・・」

 

「私はリアス・グレモリー。グレモリー家の次期当主よ」

 

「・・・・・・グレモリー一族の娘か・・・・・・!」

 

「どうぞお見知りおきを。短いあいだでしょうけど」

 

 

 レイナーレは忌々しそうに部長を睨むが、途端に嘲笑うかのように口元を歪ませる。

 

 

「・・・・・・してやったりと思っているんでしょうけど、私にはまだ協力してくれている堕天使たちがいるわ! 彼らが来れば──」

 

「来ないわ」

 

 

 部長はレイナーレの眼前に何かを放る。

 

 それは黒い羽だった。

 

 それを見て、レイナーレの表情が曇る。

 

 

「あなたのお友達は、そこにいる明日夏と千秋が片付けてしまったわ」

 

 

 レイナーレは俺を支えてくれている明日夏と千秋のほうに視線を向ける。

 

 その瞳は、部長以上に忌々しいものを見るかのようだった。

 

 

「・・・・・・たかだか人間風情の忌々しい兄妹が、よくも・・・・・・!」

 

「あなたたちの最大のミスは、人間だという浅はかな理由で明日夏と千秋の二人を甘く見すぎたことね。しかも、調子に乗って、二人の逆鱗に触れるという愚行まで冒したわ。その代償はその身で支払われることになったわ」

 

 

 スッゲェ、俺がこんなにボロボロになってやっと倒した堕天使を倒しちまうなんて。

 

 千秋は無傷だし、明日夏もボロボロだが、俺に比べれば、全然たいしたことなかった。

 

 

「以前、ドーナシークにイッセーを襲われたときから、この町で複数の堕天使が何かを企んでいることは察してたわ。私たちに累を及ばさなければ、無視しておいたのだけれど、調べてみると不審な点が目立っていたの。それで朱乃と共に直接確認してきたの。私たちを甘く見ていたのか、あなたのお友達があっさりと喋ってくれたわ」

 

「部長、じゃあ、俺のために」

 

 

 部長が言っていた用事ってのは、それだったのか。

 

 なのに俺ってば、部長に失礼な態度を取っちまったよ。

 

 

「そして、堕天使レイナーレ。あなたの敗因は、イッセーのことも甘く見すぎていたことよ」

 

「・・・・・・なんですって?」

 

「この子、兵藤一誠の神器(セイクリッド・ギア)は、単なる『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』ではないわ」

 

「何っ!?」

 

「持ち主の力を十秒ごとに倍加させる、魔王や神すらも一時的に超えることができる力があると言われている、十三種の『神滅具(ロンギヌス)』のひとつ──『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』」

 

 

 部長の言葉を聞いて、レイナーレは驚愕の表情を浮かべる。

 

 

「・・・・・・神をも滅ぼすと伝えられている忌わしき神器(セイクリッド・ギア)が、こんな子供に・・・・・・!」

 

 

 俺の神器(セイクリッド・ギア)って、そんなにとんでもないものだったのか!

 

 

「どんなに強力でも、パワーアップに時間を要するから、万能ではないわ。相手が油断してくれてたから勝てたようなものよ」

 

 

 調子に乗らないように、部長に釘を刺された。

 

 確かに、パワーアップに時間がかかるんじゃ、万能じゃないか。

 

 強力だけど、弱点も多い、と。

 

 

「さて、消えてもらうわ、堕天使さん」

 

 

 部長はレイナーレに向き直し、冷酷に告げる。

 

 

「イッセーくん!」

 

「──っ!?」

 

 

 突然、俺の耳に聞き覚えのある声が聞こえた!

 

 

―○●○―

 

 

 堕天使レイナーレは、いつのまにか、俺と千秋にとっては忌々しく、イッセーにとってはもっとも見たくない姿になっていた。

 

 

「イッセーくん、私を助けて! この悪魔が私を殺そうとしているの! あんなこと言ったけど、堕天使としての役割を果たすため仕方がなかったの!」

 

「・・・・・・夕麻ちゃん・・・・・・」

 

 

 そう、その姿は、レイナーレがイッセーに近づくために演じた、イッセーの初めての彼女、天野夕麻になっていた。ご丁寧に、服装も、イッセーとの初デートのときのものだった。

 

 レイナーレ・・・・・・天野夕麻はイッセーに媚びるように命乞いを続ける。

 

 

「私、あなたのこと大好きよ! 愛してる! ほら、その証拠にこれ、捨てずに持っていたの!」

 

 

 イッセーに見せたのは、腕にはめているシュシュ。それは、初デートのときにイッセーが買ってやったものだった。

 

 

「忘れてないわよね!? あなたに買ってもらった!」

 

 

 イッセーが忘れるはずがないだろ・・・・・・最悪な意味でな。

 

 

「・・・・・・っ・・・・・・なんでまだ、そんなもん持ってんだよ・・・・・・!」

 

 

 それを見て、イッセーはとても辛そうに悲痛な表情を浮かべて顔をうつむかせる。

 

 

「どうしても、捨てられなかったの! だって、あなたが!」

 

 

 イッセーは俺と千秋の支えから抜け、天野夕麻に歩み寄る。

 

 それをどう捉えたのか、天野夕麻は表情を輝かせる。

 

 

「マズい! 明日夏くん?」

 

 

 木場がイッセーを引き留めようとしたのを、肩を掴んで止める。

 

 

「必要ねえよ」

 

 

 止める必要なんてないんだからな。

 

 

「私を助けて! イッセーくん!」

 

「・・・・・・・・・・・・おまえ・・・・・・どこまで・・・・・・!」

 

 

 イッセーは踵を返す。ちょうど、部長と対峙するように。

 

 

「一緒にこの悪魔を倒しましょう!」

 

 

 それを勝手にそう捉えたのか、天野夕麻はますます表情を輝かせる。

 

 

「えっ?」

 

 

 だが、イッセーはただただ、部長の横を通り過ぎ、天野夕麻から離れるだけだった。

 

 それを見て、途端に天野夕麻・・・・・・いや、堕天使レイナーレは顔を青ざめさせていく。

 

 ・・・・・・バカな奴だ。レイナーレとして命乞いをしていれば、まだイッセーは迷っただろうにな。

 

 

 ビュオオオオオオオッ!

 

 

 そんなレイナーレを暴風が襲い、レイナーレは教会の壁に叩きつけられる。

 

 それでも暴風は止むことなく、風の暴力はレイナーレを襲う。

 

 これは──千秋の『怒濤の疾風(ブラスト・ストライカー)』か。

 

 風が止み、風の暴力から解放されたレイナーレは、力なく床に落ちた。

 

 

「これ以上・・・・・・これ以上イッセー兄の・・・・・・イッセー兄の心を弄ぶなッ!」

 

 

 千秋にとって、レイナーレの所業で許せないことは多々あるが、その中でもっとも許せないこと──それはイッセーの心を弄んだこと。

 

 いまのレイナーレの行いは、千秋のその逆鱗に触れる所業だった。

 

 俺はというと・・・・・・もう怒りを通り越して、呆れしかなかった。

 

 さんざんこき下ろした相手によくもまあ、何事もなかったかのように媚びへつらえたものだ。

 

 千秋は鋭い形相でレイナーレを睨み、トドメをさそうと黒鷹(ブラック・ホーク)を構える。

 

 そんな千秋の肩に、部長は手を乗せる。

 

 

「もういいわ、千秋。こんな薄汚れた女のために、あなたが手を汚す必要はないわ」

 

 

 千秋をなだめた部長は、レイナーレの前に立つ。

 

 

「・・・・・・ひっ・・・・・・!?」

 

「・・・・・・私のかわいい下僕に言い寄るな。吹き飛べ」

 

「あああああ──」

 

 

 ドンッ!

 

 

 部長の破滅の魔力は、レイナーレの断末魔ごとレイナーレを跡形もなく消し飛ばした。

 

 あとに残ったのは、飛び舞うレイナーレの黒い羽──そして、聖堂の宙に浮かぶ緑色の光を放つふたつの指輪、アーシアから奪った『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』だった。

 

 部長は『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』を手に取る。

 

 

「これを彼女に返しましょう」

 

「・・・・・・はい」

 

 

-○●○-

 

 

「・・・・・・・・・・・・クソッ、クソッ、クソがッ!」

 

 

 教会からだいぶ離れた場所で男性が悪態ついていた。

 

 男性の正体は明日夏に倒されたはずのディブラだった。

 

 明日夏にやられる直前に転移を使い、明日夏の攻撃から逃れていたのだった。

 

 だが、完全に逃れることはできなかったようで、その身はボロボロだった。

 

 ・・・・・・こんなはずではなかった。

 

 少々煽って反応を楽しむはずが、それが手痛いしっぺ返しとなってしまった。

 

 

「・・・・・・『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』だと! あのアホ女、とんだ見誤りしやがって!」

 

 

 激怒しているディブラ。いつもの丁寧な口調をかなぐり捨ててレイナーレを罵倒していた。

 

 もともと、詰めが甘く、おつむが弱いバカ女だったが、それゆえに御しやすかった。だから、簡単に煽ててやれば、あっさりと自分を信じた。

 

 そして、『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』を手にいれて有頂天になっているところを、いままでの所業を上にバラすことでドン底に突き落として絶望するさまを楽しもうとした。

 

 だが、その詰めの甘さがとことん悪い方向に働いた。

 

 兵藤一誠の神器(セイクリッド・ギア)の正体を見誤り、慢心してみすみすパワーアップさせてしまい負けた。

 

 おとなしく潜んでいればいいのに、部下たちを自由に行動させ、その結果、リアス・グレモリーに感づかれ、このような結末になった。

 

 ディブラはレイナーレの軽率さに憤慨するが、ディブラもまた、慢心し、自分の趣味に走って明日夏を軽率に煽り、その結果がいまの姿であった。

 

 

「あのガキ、ただじゃおかねぇ!」

 

 

 怒りのあまり、冷静さを著しく欠いていたディブラは、自分をこんな姿にした明日夏に報復することしか頭になかった。

 

 あのガキの近しい人間どもを殺す。

 

 ディブラはそうすることで、明日夏の苦しむさまを楽しもうとしていた。

 

 この期に及んでもディブラは自分の趣味を優先させていた。

 

 もともと、ディブラはつまらない良心を優先させる『神の子を見張る者(グリゴリ)』のありかたに不満を持っていた。

 

 おかげで、自分は大っぴらに趣味を楽しめないと。

 

 そのために、いつでも責任を押しつけれるレイナーレのもとへ行き、隠れてこっそりと趣味を楽しんでいた。

 

 だが、そのレイナーレが死に、他の連中も死んだ。今回の件も上に確実にバレるだろう。そうなれば、自分もただでは済まない。責任を押しつける対象がいなくなったことで、言い逃れもできなくなった。

 

 あとがなくなったディブラは、完全に精神の均衡を大きく欠いていた。そのため、歯止めも利かなくなっていた。

 

 そんなディブラはさっそく、駒王町に向かい始めた。

 

 そんなディブラの進行上に何者かがが立ち塞がった。

 

 

「誰だ!?」

 

 

 月明かりに照らされ、現れたのは、一人の少女。長い黒髪をポニーテールにし、少しきつめの目つきをしており、黒いセーラー服風の学生服を着た女子高生だった。

 

 

「はん、女か。ちょうどいい。いまムシャクシャしてるからな。スタイルもよさそうだから、ストレス発散の捌け口にしてやる!」

 

 

 女を犯すときは、普段はレイナーレに付き従っていたときのように紳士然とした振る舞いで近づき、こちらを信用させたところで犯して絶望するさまを楽しんでいるのだが、いまは面倒な工程はなしだ。

 

 冷静さ欠いていたディブラは正常な判断ができなくなっていた。そのせいでディブラは気づいていなかった。

 

 こんな夜更けに女子高生が一人で出歩いていることの異常さ。──その少女の腰に差している日本刀の異常さに。

 

 それらのことに気づかず、ディブラは醜悪な表情を浮かべ、口からヨダレを流しながら少女に近づいた。

 

 

「・・・・・・ゲスが」

 

「あん、なんだぁ?」

 

 

 ディブラの手が少女に触れようとした瞬間だった。

 

 

「──へ?」

 

 

 ディブラの視界から少女が消え去った。

 

 

()()()()()()()()──」

 

 

 少女はいつのまにかディブラの背後におり、腰に差した鞘から抜かれた日本刀を振りきっていた。

 

 

「──()()()()()

 

 

 少女は日本刀を鞘に収める。

 

 それと同時に、ディブラは首、胴体、腕、足とバラバラに切り裂かれた。

 

 

「どうやら、来て正解だったようだな」

 

 

 少女の名前は夜刀神(やとがみ)(えんじゅ)

 

 明日夏の兄──冬夜が寄越したハンターだった。

 

 自分が到着したときには、決着がついており、自分が来るまでもないと思っていたが、明日夏の攻撃から逃れた堕天使が満身創痍ながら逃げてる姿を目撃し、接触してみれば、身勝手な復讐を企てていた。

 

 非常に外道だったのも相まって、容赦なく斬った。

 

 

「それにしても──」

 

 

 槐は教会のほうを見た。

 

 様々な神器(セイクリッド・ギア)を見てきた槐だったが、『神滅具(ロンギヌス)』を見たのは初めてだった。

 

 

「──思わぬ巡り合わせだな」

 

 

 ドラゴン系の神器(セイクリッド・ギア)を持った明日夏、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を持った明日夏の友。

 

 偶然とは思えなかった巡り合わせだった。

 

 



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Life.16 新部員、入部します!

 

 

 イッセーは部長から指輪を受け取り、長椅子に横たわるアーシアの指にはめる。

 

 

「・・・・・・部長、すみません。あんなことまで言った俺を、部長や皆が助けてくれたのに・・・・・・! 俺、アーシアを守ってやれませんでした・・・・・・!」

 

 

 イッセーは涙を流しながら、謝罪を口にした。

 

 

「明日夏、すまない・・・・・・! おまえが色々してくれたのに、全部無駄にしちまった・・・・・・!」

 

 

 俺はイッセーの隣でしゃがみこんで、嘆き悲しむイッセーの肩に手を置く。

 

 

「・・・・・・謝るなよ。むしろ、謝らなきゃいけないのは、俺のほうだ。俺の詰めが甘すぎたせいで・・・・・・!」

 

 

 アーシアを連れ出されたのは、俺の見通しの甘さが招いたことだ。

 

 アーシアを守る気があるんだったら、常に彼女のそばにいるべきだった。

 

 いや、それ以前に、『緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)』の力を積極的に使っていれば、結果は変わってたかもしれなかった。

 

 

「・・・・・・明日夏は何も悪くねぇよ・・・・・・! 悪いのは、弱かった俺のせいなんだ・・・・・・!」

 

「・・・・・・イッセー兄・・・・・・」

 

 

 嘆くイッセーを慰めるように、千秋がイッセーの肩を抱く。

 

 だが、イッセーの肩を抱く千秋も、アーシアの死に涙していた。

 

 

「・・・・・・·いいのよ。あなたはまだ悪魔としての経験が足りなかっただけ。誰もあなたを咎めはしないわ」

 

「・・・・・・でもっ・・・・・・でもっ、俺・・・・・・っ!」

 

「・・・・・・そうだ。部長の言う通りだ。・・・・・・そうさ・・・・・・力を持ちながら、何も守れなかった俺のほうが罪深いんだ・・・・・・」

 

 

 一度、おまえを死なせた。そして、今度はアーシアを・・・・・・。

 

 また・・・・・・俺はダチを守れなかったんだ・・・・・・!

 

 

「・・・・・・明日夏もいいのよ。力を持っていようと万能じゃない。それは、誰でもそうなのよ。どうしても、及ばないところがあるものなの。だから、あなたも気に病むことはないわ」

 

 

 部長は俺のことも慰めてくれるが、俺たちのアーシアの死による悲しみが癒えることはなかった。

 

 たとえ短いあいだであろうと、アーシアは俺たちの友達だったのだから。

 

 

「前代未聞だけど、やってみる価値はあるわね」

 

「「「えっ?」」」

 

 

 部長はあるものを取り出した。

 

 

「これ、なんだと思う?」

 

「・・・・・・チェスの駒・・・・・・?」

 

「・・・・・・正確には、『僧侶(ビショップ)』の駒だ。そして・・・・・・『悪魔の駒(イービル・ピース)』だ」

 

「『悪魔の駒(イービル・ピース)』って・・・・・・まさか!?」

 

「『僧侶(ビショップ)』の力は、眷属の悪魔のフォローをすること。この子の回復能力は、『僧侶(ビショップ)』として使えるわ。だから、このシスターを悪魔に転生させてみる」

 

 

 アーシアを長椅子から床に寝かせ、その胸の上に『僧侶(ビショップ)』の駒が置かれる。

 

 

「我、リアス・グレモリーの名において命ず。汝、アーシア・アルジェントよ。いま再びこの地に魂を帰還せしめ、我が下僕悪魔と成れ。汝、我が『僧侶(ビショップ)』として、新たな生に歓喜せよ!」

 

 

 イッセーのときと同じように、『僧侶(ビショップ)』の駒がアーシアの胸に沈んでいった。

 

 

「ふぅ」

 

「部長、アーシアは?」

 

「黙って」

 

 

 アーシアの神器(セイクリッド・ギア)も、アーシアの中へと溶けていくように入り込んでいった。

 

 

 ピクリ。

 

 

 僅かに体が動き、次に目蓋がゆっくりと持ち上がった。

 

 

「──んぅ・・・・・・」

 

「アーシア!」

 

「・・・・・・あれ?」

 

「──っ、部長!」

 

「私は悪魔をも回復させるその力がほしかったから、転生させただけ。あとはあなたが守っておあげなさい。先輩悪魔なんだから」

 

 

 アーシアは何が起こっているのか、理解していない様子であたりをキョロキョロと見渡し、イッセーや俺たちを視界に捉えた。

 

 

「・・・・・・イッセーさん? 明日夏さんに千秋さんも? あの、私──」

 

 

 怪訝そうにしているアーシアをイッセーは抱きしめる。

 

 

「あとで説明してやる」

 

「ああ。だから、いまは帰ろう、アーシア」

 

 

―○●○―

 

 

 アーシアを部長に預けることになり、すべてが終わった俺と千秋は家に帰ってきた。

 

 あと、お疲れのお茶でも出そうとイッセーも招いていた。

 

 

「上がらせてもらっているぞ」

 

「槐!」

 

 

 リビングに入ると、なんとそこにはハンターの知り合いである夜刀神槐がいた。

 

 

「えっと、誰?」

 

「あぁ、説明するから、とりあえず座っててくれ」

 

 

 俺はイッセーと千秋を椅子に座らせ、俺はお茶の準備を始める。

 

 

「槐、おまえも飲むか?」

 

「いただこう」

 

 

 すると、槐が俺の隣に来て言う。

 

 

「手伝うぞ、明日夏」

 

「いいよ。お湯沸かして、湯飲み出して、お茶淹れるだけだからな」

 

「勝手に上がってしまったのだから、これぐらいさせてくれ」

 

「兄貴に泊まっていけって言われてたんだろ?」

 

「そうだが、それでも礼儀というものがあるだろう」

 

 

 やれやれ。相変わらず頑固だな。

 

 

「わかったよ。なら、人数分の湯飲みを出してくれ」

 

「承った」

 

 

 俺と槐はちゃちゃっとお茶を用意し、皆の前に出すと、俺と槐も椅子に座った。

 

 

「紹介するよ、イッセー。こいつは夜刀神槐。たぶん、察してると思うが、賞金稼ぎ(バウンティーハンター)だ」

 

「ああ、どうも」

 

「槐、こいつは兵藤一誠」

 

「ああ、冬夜さんからよく聞いてる。よろしく」

 

 

 イッセーと槐は互いにそれぞれ挨拶した。

 

 お茶を一口飲み、槐に訊く。

 

 

「兄貴が寄越したのはおまえだったんだな?」

 

「ああ」

 

「つっても、無駄足踏ませたかもな」

 

「いや。おまえが倒した堕天使だが、おまえの一撃から逃れていたぞ」

 

「何?」

 

 

 あの野郎、あの状況で逃げおおせてやがったのか。

 

 

「逆上しておまえに報復しようとしていたので、私が始末しておいた」

 

「悪いな。尻拭いさせるようなことを」

 

「気にするな。あのようなゲス、生かしておくわけにはいかなかったからな」

 

 

 それには同意だな。

 

 俺と槐のやり取りを見て、イッセーが訊いてくる。

 

 

「仲いいんだな?」

 

「ああ、付き合いはそこそこ長いからな。お互いの兄貴が親友同士でな」

 

「その縁で、明日夏や千秋、あと、千春さんとは付き合いがあるのだ」

 

 

 俺は同い年、千秋と姉貴も年が近いのもあって、わりとすぐに仲良くなったんだよな。

 

 

「それにしても・・・・・・」

 

 

 俺はリビング内のとある場所に視線を移す。

 

 

「・・・・・・あの女、派手にやりやがって」

 

 

 その場所は、大きな爆発があったかのような惨状になっていた。

 

 レイナーレがアーシアを連れ去る際に光の槍を盛大に炸裂させたようだ。

 

 衝撃の余波で、食器もいくつかダメになってた。

 

 まあ、あとで部長が元通りにしてくれるけどな。

 

 

「ところで、明日夏・・・・・・その、大丈夫なのか?」

 

 

 唐突に槐がそう訊いてきた。

 

 槐が言ってるの俺の体のことではない。ダメージ自体は、アーシアが治してくれたからな。

 

 では、何のことを言っているのかというと──。

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 俺は自分の手を見つめる。──正確には、俺の中にある神器(セイクリッド・ギア)を。

 

 

「何の話だ?」

 

 

 イッセーはなんのことかわかっていない様子だったが、当然だ。俺の神器(セイクリッド・ギア)の詳細を話していなかったからな。

 

 

 余計な心配をと話さなかったが、ここは説明しておいたほうがいいかもな。

 

 

「俺の神器(セイクリッド・ギア)はおまえの『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』と同じドラゴン系の神器(セイクリッド・ギア)なんだが、こいつにはとあるドラゴンが宿っているんだ」

 

「ドラゴン?」

 

「ああ。でな、こいつは少し厄介な存在でな」

 

「厄介?」

 

「・・・・・・神器(セイクリッド・ギア)の力を引き出せば引き出すほど、俺に干渉してくるんだ」

 

「干渉?」

 

「・・・・・・具体的に言うと、俺の肉体を支配しようとしてくる」

 

「なっ!?」

 

 

 俺が初めて『緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)』を発現させた際に、宿っているドラゴンに肉体を支配されそうになった。

 

 幸いにも、そのときは兄貴が介入してくれたおかげで、事なきを得た。

 

 それ以来、俺は肉体を奪われるリスクを避けるために、『緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)』の力を滅多なことでは使わなかった。

 

 少し使う程度なら、ドラゴンからの支配をはね除けることはできるが──ディブラのときのような出力を出せば、正直、抗えなかった・・・・・・はずだったんだが。

 

 なぜかあのとき、ドラゴンからはなんの干渉もなかった。

 

 

「・・・・・・一体どういうつもりなんだ?」

 

「明日夏?」

 

 

 突然の俺の問いかけにイッセーは首を傾げていた。

 

 当然、この場にいる者に言ったのではない。──俺の中にいるドラゴンに問いかけたのだ。

 

 無反応を貫くかと思いきや、おもいのほか、あっさりと出てきた。

 

 俺の体から緋い龍気が漏れ出てきた。

 

 漏れ出たオーラは次第にドラゴンの姿を模し始め、オーラでできた小型の翼の生えた人型のドラゴンがそこにいた。

 

 ドラゴンが口を開く。

 

 

『なんだよ? おまえのほうから話しかけるなんてめずらしいじゃねえか』

 

 

 ドラゴンから発せられる軽い口調な声。

 

 こいつが俺が宿っているドラゴン──そいつが俺以外と話す際に作る仮そめの肉体だった。

 

 俺はドラゴンに再び話しかける。

 

 

「どういうつもりだって訊いてるんだ?」

 

『どういうつもりってのは?』

 

「とぼけるな! 俺の体を奪う絶好のチャンスだっただろうが! ()()()()!」

 

 

 ドレイク──それがこのドラゴンの名前だった。

 

 

『そうピリピリすんなよ。禿げるぜ』

 

「誰のせいだ!」

 

 

 軽口をたたくドレイクについ語気を強めてしまう。

 

 千秋と槐も、目つきを鋭くしてドレイクのことを見ていた。

 

 イッセーだけ戸惑ってる感じだった。

 

 

『ヘイヘイ、ちゃんと答えますよっと。で、質問の答えだが、おもしろそうだったからだよ』

 

「・・・・・・なんだと?」

 

『そりゃおまえ、普段は澄ました感じのおまえがあそこまで感情的になってたんだぜ? 邪魔しちゃおもしろくねぇだろ?』

 

 

 ・・・・・・おもしろくないって・・・・・・そんな理由でかよ・・・・・・?

 

 

『それにおまえ、あのとき、俺が干渉しようとしたら、自害するつもりだったんだろ?』

 

「「「なっ!?」」」

 

 

 ドレイクの言葉に俺は無言になり、イッセーたちは驚愕していた。

 

 こいつの言う通り、俺はあのとき、こいつが干渉してきたら、こいつの干渉になにがなんでも耐えながら、ディブラとレイナーレを倒したあとに自害するつもりだった。

 

 俺を支配したこいつが皆に危害を加えない保証なんてなかったからな。

 

 そうなるぐらいなら、この命を絶っていた。

 

『そんなことになったら、せっかくの楽しめる環境が台無しになるだろうが』

 

「楽しめる環境だと?」

 

『ああ。俺は俺が楽しめればそれでいいロクデナシだからな。楽しくない環境だったら、干渉しておもしろおかしくするし、干渉しなくてもおもしろいのなら、傍観して楽しむってことだ。目覚めた当初は干渉しようと思ったが、ここ数年、おまえやおまえの周りを見て気が変わったんだよ。こりゃ、退屈しなさそうってな』

 

 

 ・・・・・・とことん身勝手だな。

 

 

『はん、ドラゴンなんざ、基本的に自分勝手な存在だぜ。伝承とかに出てくる連中を見てみろ? どいつもこいつも好き勝手やって、滅ぼされた連中ばっかりだろうが』

 

 こいつの言う通り、伝承に出てくるドラゴンは大半が様々な被害を出しており、その報いとして英雄などに滅ぼされていた。

 

 

『つーわけで、もう俺は干渉したりしねえから、遠慮なく俺の力を使っていいぜ』

 

「信用できるわけないだろ!」

 

『信用ねえなぁ』

 

「・・・・・・おまえの所業と言葉を聞いて、信用できる要素なんてあると思ってんのか?」

 

『ごもっともで。まあ、好きにしろよ』

 

 ドレイクはイッセーのほうに視線を向ける。

 

 

『おまえもよろしくな、イッセー』

 

「い、いきなり馴れ馴れしいな!?」

 

『そりゃ、俺の楽しみのひとつにおまえも入ってるんだからな』

 

「お、俺ぇぇっ!?」

 

 

 ・・・・・・こいつ、まさか──。

 

 

「・・・・・・おまえ、イッセーに『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』が宿っていたことを知っていたのか?」

 

『同族の気配を感じるくらい朝飯前だからな。そいつに宿っているドラゴンとはちょっとした知り合いでもあるしな』

 

「お、俺の神器(セイクリッド・ギア)にもドラゴンが宿ってるのか!?」

 

『そりゃ、おまえ、ドラゴン系の神器(セイクリッド・ギア)の共通の特徴はドラゴンが宿っていることなんだからな。ま、俺のように宿主とコミュニケーションをとるかどうかは別としてだがな』

 

 

 ドレイクに言われ、イッセーはまじまじと自身の左手を見ていた。

 

 

『まあ、とりあえず、今後とも、よろしく頼むぜ。チャオ』

 

 

 言いたいことだけ言うと、ドレイクは消えた。

 

 

「・・・・・・イッセー」

 

「な、なんだよ?」

 

「・・・・・・お互い、めんどうな奴に気に入られたな・・・・・・」

 

 

 今日、初めて、ドレイクとまともに会話したが・・・・・・正直、疲れる相手だった。

 

 

-○●○-

 

 

「「ふわぁ〜」」

 

 

 旧校舎の廊下で、俺とイッセーは同時にあくびをしてしまう。

 

 あくびをしてしまうのは、朝に弱い悪魔であるイッセーは当然として、俺も昨夜は体を酷使しすぎたのが祟ったのか、まだ体の疲れが抜けきっていなかったからだ。

 

 アーシアの治癒はケガは完璧に治すが、体力までは回復しないからな。

 

 そんな疲れた状態にも関わらず、俺たちはいつもよりも早く登校していた。

 

 部長に朝早くに部室に来てほしいと言われたからだ。

 

 イッセーはわからなかったようだが、俺と千秋は、だいたい察せた。

 

 何度もあくびしながら歩いていると、部室の前に到着した。

 

 

「おはようございまーす」

 

「「おはようございます」」

 

 

 ドアを潜ると、部長がソファーに座って優雅にお茶を飲んでいた。

 

 

「あら、ちゃんと来たようね。傷はどう?」

 

「はい。アーシアの治療パワーで完治です」

 

「うふ、『僧侶(ビショップ)』として、早速役立ってくれたみたいね。堕天使がほしがるのもうなずけるわ」

 

 

 アーシアは部長が預かることになった。

 

 おおかた、いろいろと手続きをするためだろう。

 

 ふと、イッセーが部長に訊く。

 

 

「あのー、部長」

 

「なあに?」

 

「その、チェスの駒の数だけ、『悪魔の駒(イービル・ピース)』ってあるんですよね?」

 

「そうよ」

 

「てことは、俺と同じ『兵士(ポーン)』って、今後あと七人も増えるってことなんすか?」

 

 

 ああ、なるほど。イッセーが気にしているのはそれか。

 

「あ、でも、これ以上、ライバルが増えるのはーなんてぇ、あはは──ああぁっ、冗談っス! ほんの冗談!」

 

 

 本音を漏らしかけて、慌てて手を振るイッセーに言う。

 

 

「安心しろ。そんなこと気にする必要はねえよ」

 

「え?」

 

「明日夏の言う通りよ。私の『兵士(ポーン)』はイッセーだけよ」

 

「えっ、それって・・・・・・」

 

「人間を悪魔に転生させるとき、転生者の能力次第で、消費する『悪魔の駒(イービル・ピース)』の数が変わってくるの」

 

 

 部長はイッセーの後ろに回り、イッセーの首に腕を回すように腕を組み、イッセーを抱きつく。

 

 

「私の残りの駒は、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』、『僧侶(ビショップ)』がひとつずつ。あとは『兵士(ポーン)』が八つ」

 

「その八つの『兵士(ポーン)』で、おまえは悪魔に転生したんだ」

 

「お、俺一人で八個使ったんですか!?」

 

「それがわかったとき、あなたを下僕にしようと決めたのよ。それだけのポテンシャルを持つ人間なんて、滅多にいないもの。私はその可能性に賭けた。『神滅具(ロンギヌス)』のひとつ、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を持つイッセーだからこそ、その価値があったのね」

 

 

 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』か。確かに、堕天使が危険視するだけの力を持った神器(セイクリッド・ギア)だな。

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 千秋はどこか不安そうな表情をする。

 

 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』は確かに強力だ。強力だからこそ、あらゆる危険が伴う。

 

 千秋はそれを心配しているのだろう。

 

 

「『紅髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)』と『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』、紅と赤で相性バッチリね」

 

 

 部長はイッセーの顔を自分のほうに向け、その頬を撫でる。

 

 

「最強の『兵士(ポーン)』を目指しなさい。あなたなら、それができるわ。私のかわいい下僕なんだもの」

 

「・・・・・・最強の『兵士(ポーン)』。くぅぅ、なんていい響き! これで野望にまた一歩──」

 

 

 最強の『兵士(ポーン)』という称号の響きに感慨ふけるイッセー。

 

 

「えっ?」

 

「あ」

 

「──っ!?」

 

 

 刹那、部長がイッセーの額にキスした。

 

 

「おまじないよ。強くおなりなさい」

 

「うぉぉぉぉッ! 部長、俺、がんばります!」

 

 

 イッセーは部長のキスにテンションが高々になっていた。

 

 ふと、隣にいる千秋を見る。

 

 

「・・・・・・ぅぅ・・・・・・」

 

 

 若干、涙目になりながら不機嫌そうな表情をしていた。

 

 

「──っと、あなたをかわいがるのはここまでにしないと。千秋と、それに新人の子に嫉妬されてしまうかもしれないから」

 

「嫉妬?」

 

 

 ・・・・・・もう手遅れですよ、部長。

 

 千秋はすでに現在進行形で不機嫌ですし、途中から後ろにいる少女も不機嫌そうですよ。

 

 

「イ、イッセーさん・・・・・・」

 

「ア、アーシア!」

 

 

 背後から声が聞こえ、振り向くと、千秋と同じように涙目で不機嫌そうにしているアーシアがいた。

 

 

「・・・・・・そうですよね。リアスさん、いえ、リアス部長はお綺麗ですから。そ、それはイッセーさんも好きになってしまいますよね・・・・・・」

 

 

 この反応に言葉、どうやら、そういうことみたいだな。

 

 

「ダメダメ! こんなことを思ってはいけません!」

 

 

 あっ、マズい。

 

 

「待て、アーシア──」

 

「ああ、主よ。私の罪深い心をお許しを──あうぅっ!?」

 

「──遅かったか」

 

 

 お祈りをしようとしたアーシアは、突然、悲鳴をあげて頭を抱えて蹲ってしまう。

 

 

「ど、どうした!?」

 

「急に頭痛が・・・・・・」

 

「あたりまえよ。あなたは悪魔になったのよ」

 

「悪魔が神に祈ったりすれば、そういうことになるから、今度からは気をつけろよ」

 

「うぅ、そうでした。私、悪魔になっちゃったんでした」

 

 

 ちょっと複雑そうなアーシア。

 

 

「後悔してる?」

 

 

 部長が訊くと、アーシアは首を横に振った。

 

 

「いいえ。ありがとうございます。どんな形でも、こうしてイッセーさんや明日夏さん、千秋さんと一緒にいられることが幸せですから」

 

 

 笑顔で言うアーシア。俺とイッセーは少し照れくさくなってしまう。

 

 すると、千秋がアーシアの前に立つ。

 

 

「アーシアさん」

 

「どうしたんですか、千秋さん?」

 

「私たちは友達です。──だけど、イッセー兄のことはこれとこれで別です。負けませんから」

 

 

 千秋の宣戦布告にアーシアは慄く。

 

 

「はうぅぅ、強力なライバルがもう一人・・・・・・負けたくありませんけど・・・・・・負けちゃいそうですぅぅ・・・・・・」

 

 安心しろ、アーシア。たぶんだが、現状はおまえのほうが優勢だと思うぞ。

 

 まあ、ライバルが増えれば、千秋も少しは積極的になるか?

 

 

「なあ、明日夏。二人はなんの勝負をしてるんだ?」

 

 

 こいつは・・・・・・と言いたいところだが、しばらくはイッセーにこっち方面のことに触れさせないほうがいいかもしれない。

 

 こいつの心にはたぶん、まだレイナーレ──天野夕麻のことが楔となって根づいているかもしれないからな。

 

 

「それより、その格好・・・・・・」

 

 

 おそらく、さっきから気になっていたであろうアーシアの格好を指摘するイッセー。

 

 アーシアの格好は、ここ駒王学園の制服姿だった。

 

 

「あっ、に、似合いますか?」

 

「ああ、似合ってるぞ! なあ、二人とも?」

 

「ん、ああ、似合ってるぞ」

 

「うん。似合います」

 

「ありがとうございます!」

 

「じゃあ、アーシアはこの学園に?」

 

「私の父は、この学園の経営に関わってるし、これくらいなんてことないわ」

 

 

 最近になって、この学園が男女共学になったのも、木場のことを考慮したからなのかもな。

 

 

「おはよう、イッセーくん、明日夏くん、千秋さん」

 

「・・・・・・おはようございます、イッセー先輩、明日夏先輩、千秋さん」

 

 

 部室に木場と塔城も入室してきた。

 

 あの戦い以降、二人とも、イッセーに言われた通り、イッセーのことを「イッセー」と呼ぶようになっていた。

 

 俺たちだけに挨拶したってことは、俺たちが最後みたいだな。

 

 

「あらあら。皆さん、お揃いね」

 

 

 副部長も入室し、これでオカルト研究部の部員が全員揃った。

 

 

「さあ、新人さんの歓迎会ですわよ」

 

 

 副部長が押している台車には、豪勢なホールケーキが乗せられていた。

 

 その後、俺たちは時間ギリギリまでアーシアの歓迎会で大いに騒いだのだった。

 

 



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Life.Extra 友達と遊びます!

 

 

「わぁぁ!」

 

 

 アーシアが、目の前の光景を見て、驚きと憧憬が入り交じった表情で目を輝かせていた。

 

 俺、士騎明日夏が現在いる場所は近所のゲーセンだ。

 

 アーシアがオカルト研究部の部員となった数日後の休日、俺たちはアーシアとの約束通り、遊びに来ていたのだ。

 

 俺とアーシア以外のメンバーは、あのとき約束したメンバーのイッセーと千秋。そして──。

 

 

「いいのか? 私まで同伴して?」

 

 

 先日からうちで泊まってる夜刀神槐だった。

 

 せっかくなのでと、俺が誘ったのだ。

 

 アーシアもイッセーも千秋も快くOKしてくれた。

 

 本当は他のオカルト研究部の部員にも声をかけたのだが、あいにくと都合がつかなかったのだ。

 

 

「スゴいですぅぅ!」

 

 

 アーシアはいまだに目を輝かせていた。

 

 この反応だけでも、来たかいがあるな。

 

 ちなみに、いまのアーシアの服装だが、部長が用意してくれた私服姿だった。

 

 部長がコーディネートしただけあって、よく似合っていた。

 

 

「それにしても、話には聞いて想像はしていたが・・・・・・想像以上に騒々しいな」

 

 

 槐がふと、そんなことを口にした。

 

 

「あれ、夜刀神さんって、ゲーセンに来たことないんですか?」

 

「名前で呼び捨てで構わないぞ、兵藤さん。敬語もいらない」

 

「じゃあ、俺もイッセーでいいよ」

 

「では遠慮なく。で、イッセー、おまえの質問の答えだが、近所にはこういうのはなくてな」

 

 

 槐が通っている学校は山奥にある全寮制の学校なのだ。

 

 買い物とかも、もっぱら通販らしい。

 

 だから、こういうゲーセンとかに来ようと思うと、少し遠出しなければならない。

 

 ハンターの仕事で都会に出ることはあっただろうが、そうまでして来たいと思うほど、槐も興味がなかったのだろう。

 

 そんな槐に俺は言う。

 

 

「じゃあ、今日がゲーセンデビューだな?」

 

「ああ、そういうことになるな」

 

 

 すると、槐が唐突にため息を吐いた。

 

 

「苦手か、こういうところ?」

 

 

 俺が聞くと、槐は慌てて違うと手を振った。

 

 

「驚きこそはしたが、楽しそうだとも思っているぞ。いまのため息は・・・・・・兄上がな・・・・・・」

 

「なんか言われたのか?」

 

「いや、せっかくなのだから、めいいっぱい楽しんでこいとはしゃぐものでな・・・・・・」

 

「あぁ・・・・・・」

 

「・・・・・・まったく、いつまでも子供扱いして・・・・・・」

 

「・・・・・・その気持ちはわかるぞ」

 

 

 お互い、過保護気味な兄貴に苦労してるんだな・・・・・・。

 

 

「おーい、二人とも! 何してるんだ!」

 

 

 いつのまにか、俺と槐以外のメンツがメダル交換所にいて、イッセーが手を振って俺と槐を呼んでいた。

 

 

「ま、とりあえず、楽しもうぜ」

 

「ああ、そうだな」

 

 

-○●○-

 

 

「峠最速伝説イッセー!」

 

「速いです! 速いです、イッセーさん!」

 

 

 レーシングゲームで、見事なハンドル裁きで相手の車抜き去っていくイッセー。

 

 

『WIN!』

 

 

 イッセーの勝利を告げる文字が画面に映し出される。

 

 

「──ああ、また世界の速度を縮めてしまった・・・・・・」

 

 

「・・・・・・何カッコつけてんだ、おまえは」

 

「スゴいです、イッセーさん!」

 

「へへへ。今度はアーシアがやってみろよ」

 

「えッ!? 私がですか? できますでしょうか?」

 

「まあ、やってみようぜ」

 

「は、はい!」

 

 

 今度はアーシアがレースに挑戦する。

 

 

「ひゃあぁっ!? 危ないです!? きゃあぁぁぁ、回ってしまいますぅぅぅっ!?」

 

 

 結果、他の車にぶつかりそうになり、慌てて避けたら壁にぶつかり、さらにスピンしてしまった。

 

 

『LOSE!』

 

 

 アーシアの敗北を告げる文字が画面に映し出される。

 

 

「ううぅ・・・・・・」

 

「初めてだから仕方ないよ。俺も最初からあんなに速かったわけじゃないしな。アーシアも慣れれば速くなるさ。今度は──」

 

 

 アーシアを励ましつつ、他のゲームの方に向かおうと、いろいろ廻る。

 

 今度はガンシューティングゲームをやることにした。

 

 

「ひゃあああああああああっ!?」

 

 

 画面に出てきた敵のゾンビを見て盛大に悲鳴をあげるアーシア。

 

 

「くっ・・・・・・こ、この!」

 

 

 射撃が苦手なのか、悪戦苦闘する槐。

 

 

「なんか、新鮮だな、こういうのを見ると」

 

「そうだな」

 

「うん」

 

 

 そんな二人の光景を眺めて微笑む俺とイッセーと千秋。

 

 次のゲームをやろうと、廻っていると、アーシアがクレーンゲームの前に張り付いていた。中の景品を見てみると、人気キャラクターのラッチューくんの人形があった。ネズミがもとのかわいいマスコットキャラで、日本発ながら世界中で人気がある。

 

 

「ラッチューくん、好きなの?」

 

「えっ!? あの・・・・・・そ、その・・・・・・はい・・・・・・」

 

 

 イッセーの問いにアーシアは恥ずかしそうに頷いた。

 

 

「よし、俺が取ってやるよ!」

 

「えっ!? で、でも・・・・・・」

 

「いいから、いいから」

 

 

 そう言い、イッセーはコインを投入した。

 

 

「こう見えても、帰宅部のころは松田と元浜、明日夏と千秋で近所のゲーセンを駆け抜けたものさ!」

「わあぁ!」

 

 

 見事、イッセーは一発ゲットでゲットした。

 

 

「ほら、アーシア」

 

「ありがとうございます! このラッチューくんはイッセーさんたちとの出会いが生んだ宝物です!」

 

 

 相変わらず大袈裟だな。

 

 

「ええい! この!」

 

 

 格ゲーでも悪戦苦闘している槐。

 

 槐が使用しているキャラは、刀を武器にしてるキャラだった。自分も日本刀を扱うから刀を扱うキャラにしたのだろう。

 

 ・・・・・・でも、そのキャラ確か、コンボが繋げにくくて、かなり玄人向けキャラだったような。

 

 当然、初心者の槐に使いこなせるはずもなく、あっさりとCPUのキャラに負けた。

 

 

「ぐぅぅぅ・・・・・・」

 

「ま、初心者なんだから、そう気を落とすな」

 

「よし、次はあっちに行こうぜ!」

 

「はい!」

 

 

 その後も、俺たちはいろいろなゲームをやりこんだのだった。

 

 

-○●○-

 

 

 次にやって来たのは、ボーリング場だった。

 

 

「あのー、ボーリングってなんですか?」

 

 

 イッセーが取ったラッチューくんのぬいぐるみを抱き締めながら、アーシアが首を傾げながら聞いてきた。

 

 

「ま、口で言うよりも、見たほうが早いな」

 

 

 俺は手頃な重さのボールを持って構える。

 

 

「ふッ!」

 

 

 勢いよく転がしながら投げられたボールは、真っ直ぐピンのもとに向かい、すべてのピンを薙ぎ倒していった。

 

 

『ストライク!』

 

 

 戦績表にストライクの文字が映し出されたのを見たあと、アーシアのほうに向き直り言う。

 

 

「こうしてボールを投げて、ピンを倒し、倒したピンの数を競うスポーツだ」

 

 

 その後、俺たちはボーリングで競いあった。

 

 ただ、アーシアは運動神経がお世辞にもよくなかったため、ガーターを連発してしまい、槐は槐で変な回転をかけてしまっていたのか、これまたガーターを連発してしまい、二人の得点は0点となってしまい、結局、俺とイッセーと千秋の三人の対決という形になってしまった。

 

 その結果、アーシアと槐は目に見えて落ち込んでしまっていた。

 

 ちなみに勝負の結果は僅差で俺の勝利で終わった。

 

 

「ねーねー、カーノジョ♪」

 

 

 二人組の若い男性が落ち込んでいたアーシアと槐に話しかけてきた。

 

 二人とも、髪を染め、ピアスをして、派手な服装をしていた。

 

 

「もしよかったらぁ、俺たちがボーリングのやり方を教えてあげようかぁ?」

 

「ていうか、こっちの金髪の子、チョーかわいくね!」

 

 

 やれやれ、ナンパか。

 

 それを見たイッセーが四人の間に割り込む。

 

 

「おい、アーシアに手を出してんじゃねぇぞ!」

 

 

 イッセーが来たことで、困っている様子だったアーシアがイッセーの後ろに恥ずかしそうに隠れる。

 

 

「なんだ、このガキ! 邪魔すんな!」

 

「そうそう、そんな冴えない奴なんかといるよりも、俺たちといたほうが何万倍も楽しいぜ♪」

 

「そうだぜ。俺たちに教われば、メキメキと上達するぜ♪」

 

 

 男たちはアーシアと槐に言うが、アーシアはますます困惑するだけであり、槐は目に見えて嫌悪感を丸出しにしていた。

 

 

「結構だ。貴様らのような下心しかない軽薄な男に教授してもらいたいことなどいっさいない」

 

 

 槐は淡々と告げた。

 

 それでも、男たちは引き下がらない。

 

 

「そう言わずにさぁ♪」

 

 

 一人が槐に、一人がイッセーを押し退けようと手を伸ばす。

 

 その手を俺は掴む。

 

 

「な、なんだ、てめぇ!?」

 

「ツレが困ってるんだ。店側にも迷惑だし、とっとと失せろ」

 

 

 そう言いつつ、男たちの手首を捻ってやる。

 

 

「「いてててててててててっ!?」」

 

 

 手首を捻られた男たちが悲鳴をあげ、しばらくしてから俺は男たちの手をはなしてやった。

 

 

「お、覚えてろ!?」

 

「ちくしょぉ!?」

 

 

 捻られた手首を押さえながら、男たちは一目散に逃げ出していった。

 

 

「やれやれ」

 

「あのぉ、すみません。私たちのせいで・・・・・・」

 

「アーシアたちのせいじゃねえから、気にするな。それよりも、気分転換するために、別のところに行くか?」

 

 

 俺の提案に皆賛成し、俺たちはボーリング場をあとにした。

 

 

-○●○-

 

 

「あぁー、流石に遊びすぎた・・・・・・」

 

「そうだな・・・・・・」

 

 

 あのあと、俺たちはカラオケに行き、時間が許す限り歌いまくった。

 

 ・・・・・・一日中遊び倒して、すっかりクタクタになってしまった。

 

 

「でも、とても楽しかったです。こんなに楽しかったのは、生まれて初めてです!」

 

 

 アーシアはラッチューくんのぬいぐるみを愛おしそうに抱き締めながら、目尻に涙まで浮かべて笑顔で言った。

 

 ま、アーシアのこの笑顔を見るためと思えば、心地のいい疲れか。

 

 

「私もとても楽しかったぞ。こうして友人たちとあのような施設に赴くことがこんなに楽しいとはな。これなら、少し苦労して遊ぶために遠出してみるのも悪くないかもしれないな」

 

 

 槐も大変満足そうだった。

 

 

「それじゃ、私はここで。送っていただいて、ありがとうございます」

 

「ここでいいのか?」

 

 

 イッセーがアーシアに訊いた。

 

 なんせ、俺たちがいまいるのは、駒王学園の門の前なのだからだ。

 

 

「はい。いま、私は旧校舎に住んでまして。部長さんが私の入居先を用意するまでのあいだということで」

 

 

 なるほどな。

 

 

「アーシア。また遊ぼうな!」

 

「はい!」

 

「私は明日にはこの町を去ってしまうが、機会があればまた。今度は私の学友も連れてこよう」

 

 

 そこで、俺たちはアーシアと別れた。

 

 

「さて、俺たちも帰るか」

 

「ああ、そうだな」

 

「うん」

 

「うむ」

 

 

 帰り道、なんてことのないことを話していると──。

 

 

「あ、士騎くんに兵藤くん」

 

 

 ばったりと霧崎と会った。

 

 手には買い物袋を持っているので、買い出しの帰りなのだろう。

 

 

「明日夏、彼女は?」

 

「ああ、彼女は霧崎美優。俺とイッセーのクラスメイトだ」

 

「そうか。はじめまして、夜刀神槐という」

 

「あ、うん、はじめまして、夜刀神さん」

 

 

 槐と霧崎が軽く挨拶をすると、霧崎が訊いてくる。

 

 

「士騎くん。もしかして、夜刀神さんって、士騎くんの彼女さん?」

 

「「違う」」

 

「・・・・・・見事に息の合った即否定だね」

 

 

 俺たちのあまりに息の合った即答ぶりに霧崎が苦笑していた。

 

 

「それよりも、こんな時間まで何してたの?」

 

「ああ、最近ダチになった子と一日中遊び倒してたんだ」

 

「子、ってことは、女の子?」

 

「ん、まあな」

 

 

 俺と霧崎のやり取りを見ていた槐がふと訊いてくる。

 

 

「仲がいいんだな?」

 

「ん、ああ、家事好き同士で気が合ってな」

 

「うん。学校でもよく意見交換するし、お買い物してるときにもよく会うんだよね」

 

「なるほど」

 

 

 そんな感じで、他愛のない話をしながら、途中まで霧崎と一緒に帰った。

 

 その際、槐と霧崎は気が合ったのか、すっかり仲よくなり、ケータイの番号やメアドの交換をしていた。

 

 こうして、俺たちの楽しい休日が終わった。

 

 

-○●○-

 

 

「こんな朝早くから行くのか」

 

「ああ、あまり長居しているわけにはいかないからな」

 

 

 早朝、俺はこの町から去ろうとする槐を見送っていった。

 

 

「レンや桜花さん、竜胆さんによろしくな」

 

「ああ」

 

 

 いま俺が口にした名前のヒトたちは槐の兄貴と姉貴たちのことだ。

 

 むろん、三人とも槐と同じ賞金稼ぎ(バウンティーハンター)で、兄貴と竜胆さんは親友でもある。

 

 

「次に会うのはいつになるだろうな?」

 

「さあな」

 

 

 住んでる場所がかなり離れているから、そう頻繁に会えるわけじゃないからな。

 

 

「ま、電話なんかでいつでも話しはできるけどな」

 

 

 イッセーとも昨日の会合で仲良くなって、番号とメアドを交換してたしな。

 

 

「おまえと千秋がハンターになった暁には、頻繁に会うことになるかもしれないな」

 

「まだまだ先の話だけどな」

 

「なに、おまえたちなら、すぐに上位ランカーになれるだろう」

 

「そうかねぇ」

 

 

 ま、上位ランカーのこいつが言うなら、そうかもしれないか。

 

 

「では、そろそろ行くぞ。昨日は本当に楽しかったぞ」

 

「ああ。また、機会があれば、皆で遊ぼうぜ。今度は部活の仲間も加えてな」

 

「ああ、そのときが来るのを楽しみにしているぞ」

 

 

 俺たちは軽く握手し、槐はこの町から去っていった。

 

 



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第2章 戦闘校舎のフェニックス
Life.1 悪魔、やってます!


 

 

 チャリン。チャリン。

 

 早朝、走り込みをしていた俺の耳に自転車のベルの音が入ってきた。

 

 

「ほら、だらしなく走らないの」

 

「は、はい・・・・・・! ハーレム王に俺はなる・・・・・・!」

 

 

 俺の少し後ろには、息を切らせながら走るイッセーがおり、そのイッセーに、チャリに乗った部長が気合を入れていた。

 

 イッセーに「鍛えてくれ!」と言われてから、俺はイッセーに合わせたメニューを作り、イッセーは体力向上に励んでいた。

 

 アーシアの一件以来、己の弱さを痛感したイッセーは、強くなるため、さらに特訓に取り組むようになった。

 

 そこへ部長もイッセーを鍛えると言い出してきたので、現在のような状態になった。

 

 

「ぜーはーぜーはー・・・・・・悪魔って、意外に体育会系・・・・・・」

 

「ぼやかない。私の下僕が弱いなんて許されないわ」

 

「・・・・・・が、がんばります・・・・・・!」

 

 

 ただ、部長は俺以上にスパルタらしく、イッセーは早くも虫の息だ。

 

 そもそも、現在の時刻は朝五時前、特に鍛えていなかったイッセーにとっては、キツいものがあり、悪魔としての特性でさらに拍車をかけていた。

 

 それでも、最初の頃に比べればだいぶよくなっている。

 

 で、もともと、早朝特訓を日課にしていた俺と千秋もついでに付き合っていた。

 

 そんな感じで、俺たちは二十キロ近く走り込むのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「いい。悪魔の世界は圧倒的に腕力がものを言うの。イッセー。あなたの場合はとくにね」

 

「は、はい・・・・・・!」

 

 

 ゴールである公園に着き、ダッシュを百近くやった俺たちは、今度は筋トレに取り組んでいた。

 

 

「・・・・・・ぐっ・・・・・・ぐぅぅ・・・・・・」

 

 

 部長に背中を押されて前屈をやっているイッセーはかなりキツそうだった。

 

 かくいう俺は、それなりに体が柔らかいので、問題なかった──のだが、そろそろキツくなってきた。

 

 

「・・・・・・千秋・・・・・・気持ちは察するが、いまそれを行動に表さないでくれ・・・・・・」

 

 

 俺は千秋に背中を押してもらっているのだが、その千秋が不機嫌になっているのだ。それが行動に表れて押す力が強まり、限界を超えて背中を押されてしまって、体が悲鳴をあげていた。

 

 なぜ不機嫌なのかというと、イッセーがさっきから、背中を押している部長の胸が背中に当たるたびにいやらしそうに反応するからだ。

 

 

「・・・・・・そんなにいやなら、おまえが押すのを変わればいいだろ・・・・・・」

 

 

 俺がそう言うと、千秋は顔を赤くしながら、首を横に勢いよく振る。

 

 イッセーと体が密着するのが恥ずかしい──からではない。そのぐらいのスキンシップなら、千秋も流石に大丈夫だ。

 

 千秋が気にしているのは別のことで、それは汗の臭いだ。──イッセーのではなく、自分の。

 

 だから、千秋はいつも、以前までは早朝特訓を終えると同時に長い時間をかけてシャワーを浴びるようにしていた。

 

 イッセーの早朝特訓に付き合うようになってからも、なるべくイッセーから距離を置くようにしていた。

 

 

「さて、次は腕立て伏せね」

 

「は、はいぃぃ・・・・・・」

 

 

 前屈が終わり、ヘトヘトなイッセーに俺はある提案をする。

 

 

「なあ、イッセー。千秋の前屈を手伝ってやってくれないか?」

 

「ちょっ、明日夏兄っ!?」

 

「ああ、いいけど」

 

「ええっ!?」

 

 

 俺の提案に千秋は顔を真っ赤にして慌て始め、イッセーが特に気にすることなく了承すると、さらに慌てふためく。

 

 

「どうしたんだ、千秋・・・・・・あっ、そっか。いま俺、結構汗かいてたから、汗臭いかもしれないもんな・・・・・・」

 

 

 千秋の反応から、イッセーが自分の体臭を気にしだすと、千秋は慌てて否定する。

 

 

「だ、大丈夫だよ! そんなの全然気にしないから!」

 

「そ、そうか・・・・・・?」

 

「こいつもこう言ってんだから、おまえも気にするな」

 

 

 ということで、イッセーが押す形で千秋は前屈を始める。

 

 そして終始、千秋は自身の汗の臭いを気にして、顔を真っ赤にしていた。

 

 その光景を眺めながら腕立てをする俺に部長が言う。

 

 

「あんまり妹をいじめるものじゃないわよ」

 

 

 ちょっとした仕返しですよ。

 

 

―○●○―

 

 

「いいこと? あなたの能力は基礎体力が高ければ高いほど意味があるのよ」

 

 

 そう言う部長は、腕立て伏せに臨む俺の背中に容赦なく座っていた。

 

 マラソンやダッシュでヘトヘトであった俺は、正直言うと、腕が悲鳴をあげていた。

 

 でも──背中から伝わる部長のお尻の感触が最高だ!

 

 それにさっき、千秋の前屈の手伝いで背中を押してるときに、チラッと千秋のうなじが目に入ったんだ。少し汗で濡れていて、なかなかの色香を放っていたので、思わず凝視してしまった。

 

 

 べしっ!

 

 

「あうっ!?」

 

 

 突然、部長にお尻を叩かれてしまい、その場に突っ伏してしまう。

 

 

「邪念が入っているわ。腰の動きがやらしいわよ」

 

「・・・・・・そ、そんな・・・・・・この状況では、俺に潜むお馬さん根性がMAXになりますよ・・・・・・」

 

 

 ふと、部長が何かを探して周囲をキョロキョロと見渡す。

 

 

「そろそろ来る頃なんだけど・・・・・・」

 

「へ? 誰か来るんですか?」

 

「すみませーん」

 

 

 聞き覚えのある声が聞こえ、そちらを見ると、バスケットを抱えたアーシアが走ってきていた。

 

 

「イッセーさーん、皆さーん! 遅れてしまって、本当に──あぅっ!?」

 

 

 アーシアは、初めて会ったときと同じように、盛大に転んでしまった。

 

 

「・・・・・・大丈夫かよ?」

 

 

 すでにノルマを終えていた明日夏が、苦笑いを浮かべながらアーシアに駆け寄って、手を差し出す。

 

 

「うぅぅぅ・・・・・・なんで転んでしまうんでしょうか······」

 

 

 そう嘆きながら、明日夏に手を引かれて立ち上がるアーシアの姿に、俺たちも苦笑いを浮かべてしまうのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「どうぞ」

 

「ああ、どうも」

 

 

 ベンチに座りながら、アーシアが持ってきてくれたお茶をもらって一息つく。

 

 

「アーシア、どうしてここに?」

 

「部長さんに来るように、と」

 

「え? 部長、どうしてアーシアを?」

 

 

 アーシアのことで部長に声をかけるけど、部長はなぜかあさっての方向を眺めながら、何かを考え込んでいる様子で、俺の声に気づいていなかった。

 

 

「部長?」

 

「えっ? あっ、ええ」

 

 

 もう一度声をかけると、ようやく部長が反応した。

 

 

「どうしたんです、部長?」

 

 

 気になって訊いてみるけど、部長は「なんでもない」と言うだけだった。

 

 

「それじゃあ、アーシアと一緒に行きましょうか」

 

「どこへ?」

 

「イッセーのお家よ」

 

 

 へ? なんで俺の家へ?

 

 わけもわからず、俺たちは特訓を切り上げ、俺の家へ向かうのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「こ、これは一体・・・・・・?」

 

「・・・・・・段ボール箱だな」

 

 

 イッセーの家に着いた俺たちの視界に入ったのは、積み重ねられた段ボール箱だった。

 

 

「・・・・・・私の私物です」

 

「「えっ!?」」

 

 

 アーシアの一言に反応するイッセーと千秋。

 

 俺はすぐさま、どういうことなのかをだいたい察した。

 

 

「・・・・・・意外に多くなってしまって・・・・・・」

 

「アーシアのって!? 部長!」

 

「そうよ。今日からアーシアはあなたの家に住むの」

 

「はいぃぃっ!?」

 

「ええぇぇっ!?」

 

 

 驚くイッセーと千秋をよそに、アーシアはイッセーに頭を下げた。

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

―○●○―

 

 

 兵藤家のリビングにて、おじさんとおばさん──イッセーの両親と対面する部長。その両隣には、アーシアとイッセーがいる。

 

 俗に言う、家族会議が行われようとしていた。

 

 ちなみに俺と千秋は少し離れた場所で、目の前で繰り広げられる家族会議を見守っていた。

 

 緊張した空気のなか、おじさんが口を開く。

 

 

「ア、アア、アーシアちゃ・・・・・・アーシアさんだったね?」

 

「はい、お父さま」

 

「ホホ、ホームステイをするにしても、うちより、他の家のほうがいいんじゃないかねぇ・・・・・・?」

 

 

 話をまとめると、アーシアはいままで旧校舎の一室で寝泊まりしていたのだが、流石にそのままなのもアレなので、部長がアーシアにどこかに下宿したいかと尋ねた結果、アーシアはイッセーのところへの下宿を希望し、部長がそのことで、いまおじさんとおばさんと交渉しているわけだ。

 

 

「イッセーさんは、私の恩人なんです」

 

「恩人?」

 

「はい。海外から一人でやってきて、一番お世話になった方なんです。そんなイッセーさんのお宅なら、私も安心して暮らせると。・・・・・・でも、ご迷惑なら、諦めます・・・・・・」

 

「ああっ! ダメって言ってるわけじゃないのよ!? 部屋も空きがないわけじゃないし。・・・・・・ただぁ・・・・・・」

 

 

 おじさんとおばさんの視線が、イッセーへと向けられる。

 

 

「うちには、性欲の権化とでもいうような息子がいるからなぁ・・・・・・」

 

「そうそう!」

 

「なぁっ!? 息子に向かってなんて言い草だ!?」

 

 

 実の両親からのあんまりな言い分に、イッセーが声を荒らげる。

 

 まあ、実際、イッセーのようなスケベな男がいる家に、年頃の女の子をホームステイさせるのは、間違いが起きるかもしれないといろいろ危惧するのは当然ではある。

 

 けどまあ、大丈夫だとは思うがな。流石のイッセーも、そこまでじゃない。もし、イッセーがそんな奴だったら、いまごろ、千秋とそうなってるはずだからな。

 

 

「では、今回のホームステイは、花嫁修業もかねて、というのはどうでしょうか?」

 

「「「「は、花嫁!?」」」」

 

 

 部長が口にした「花嫁」という単語に、俺とアーシア以外の全員が反応する。

 

 すると、途端におじさんとおばさんが涙を流しながら手を取り合う。

 

 

「か、母さん、こんな息子だから、一生孫の顔なんぞ拝めないと思っていたよ!」

 

「父さん、私もよ! こんなダメ息子によくもまあ!」

 

 

 すごい言われようだな。

 

 仮にイッセーと千秋が結ばれたときも、こんな反応をされたんだろうか?

 

 

「お父さま、お母さま。イッセーさんはダメな方ではありません」

 

「「──ッ!?」」

 

 

 感無量になっている二人に、アーシアは最後のトドメを加えた。

 

 

「な、なんていい子なんでしょう!」

 

「あ、ああ! リアスさん、アーシアさんをお預かりします! いえ、預からせてくださいぃぃ!?」

 

「ありがとうございます。お父さま、お母さま」

 

 

 ということで、アーシアの兵藤宅へのホームステイが決まったのであった。

 

 ふと、隣にいる千秋を見る。

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 なんか、真っ白になって固まっていた。

 

 

「ま、随分と差をつけられはしたが、まだ、チャンスはあるはずだ・・・・・・たぶん」

 

 

 曖昧なフォローをしたら、怒って肘打ちを打ち込まれる。

 

 打ち込まれた肘打ちを避け、いまだに困惑しているイッセーを連れて、アーシアの荷物の取り入れに取りかかるのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「アーシア・アルジェントと申します。慣れないことも多いですが、よろしくお願いします」

 

 

 兵藤家へのアーシアのホームステイが決まった次は、アーシアが俺たちのクラスに転入してきた。

 

 

『おおおおおおおおおおっ!』

 

「金髪美少女ッ!」

 

(バスト)82、(ウエスト)55、(ヒップ)81! グッッッド!」

 

『グッッッッッド・・・・・・!』

 

 

 アーシアが自己紹介を終えるなり、俺とイッセー以外の男子たちが一斉に叫び声をあげた。

 

 当然、松田と元浜も興奮していた。

 

 女子たちも、男子たちほどではないが、アーシアに興味津々な様子だった。

 

 

「私はいま、兵藤一誠さんのお宅にホームステイしています」

 

『何っ!?』

 

 

 アーシアの言葉を聞き、男子たちが一斉にイッセーのほうを睨む。

 

 これはイッセーの奴、あとで尋問まがいの問い詰めを受けそうだな。

 

 

「えー、実はもう一人転校生がいるのですが、本人の都合で明日、このクラスに転入することになります」

 

 

 そんななか、担任の先生がそんな追加事項を告げた。

 

 もう一人?

 

 

「先生、女子ですか!?」

 

 

 男子の誰かが訊く。

 

 

「はい、女子です」

 

『おおっ!』

 

 

 そのことに、男子たちは歓喜の声をあげた。

 

 

―○●○―

 

 

 で、ホームルームが終わると、案の定、イッセーは松田と元浜を中心に男子たちに問い詰められていた。

 

 元浜が羽交い締めにし、松田が締め上げながらイッセーを問い詰める。

 

 

「どういうことだっ!? なんで金髪美少女とおまえがひとつ屋根の下にっ!?」

 

「なぜ貴様の鼻筋ばかりに、フラグが建つような状況がっ!?」

 

「俺が決めたんじゃねぇし!」

 

「じゃあ、誰が決めたんだよ!?」

 

『そうだそうだ!』

 

 

 他の男子たちも、いまにもイッセーに掴みかかりそうな勢いだった。

 

 

「落ち着けよ、おまえら。誰が誰の家に下宿しようが、それは当事者たちの勝手だろうが」

 

 

 俺がそう言っても、男子たち──とくに松田と元浜は、怒りの矛を収めない。

 

 

「そんなことで納得できるか!?」

 

「そうだ! なんであんな金髪美少女がイッセーなんかのところに!?」

 

 

 それはアーシアがイッセーに想いを寄せてるからだ──なんて正直に言ったら、怒りで我を忘れて、弾みでイッセーを殺りかねないな。

 

 まあ、本人のプライバシーもかねて言わないがな。

 

 松田と元浜の怒声に、他の男子たちもヒートアップする。

 

 

「そうだそうだ!」

 

「あんな奴のところでもいいのなら、俺のところでもいいだろうが!?」

 

「そうだ! あんな奴でもいいのなら、俺でも!」

 

 

 これは、治まりそうにねえな・・・・・・。

 

 それとおまえら、そこで都合よく「イッセー()()」なんて言ってるが、「イッセー()()()」って考えつかないもんかねぇ。・・・・・・無理か。

 

 件のアーシアは、女子たちに囲まれて質問を受けていた。

 

 中には──。

 

 

「ねえねえ、アーシアさんの部屋って鍵付いてる?」

 

「はい」

 

「お風呂やトイレは厳重にチェックするのよ」

 

「チェックですか?」

 

「そうそう。カメラとか仕掛けられてるかもしれないから」

 

「カメラ?」

 

 

 なんて注意を促している者もいた。

 

 イッセーも流石にそこまでしねぇよ──ていっても、日頃の行いでそう思われても仕方ねえか。

 

 

「クッソー! 明日来る転校生は、イッセーとはなんの関係もありませんように! ありませんように!?」

 

 

 松田がそんなことを祈り始めた。

 

 そんな松田に元浜が言う。

 

 

「まあ、流石にそれはないだろう。これ以上、イッセーの周りに美少女が増えることはあるまい。だが、それはさておき、あの金髪美少女とひとつ屋根の下になったことについて、詳しく話してもらおうか!?」

 

 

 この問い詰めは、休み時間にも行われ、結局、イッセーが解放されたのは、オカ研に向かう放課後になってからだった。

 

 

―○●○―

 

 

 今日の部活で、俺は木場に今日あった出来事を話した。

 

 あのあと、男子たちによる問い詰めは、次第に学年全体にまで広がり、ついには俺にまで矛先が向けられた。

 

 それを聞いて、木場は苦笑しながら言う。

 

 

「随分と大変だったみたいだね?」

 

 

 まったくだ。おかげで、休まる時間さえ全然なかった。

 

 その件のイッセーとアーシアはいま、外出している。

 

 イッセーのときもやったチラシ配りを新人眷属であるアーシアもやることになり、イッセーはその手伝いで、自転車に乗れないアーシアのために、自分が運転を担当して後ろにアーシアを乗せているわけだ。

 

 ふと、隣を見てみると、千秋が気が気じゃないといった様子で落ち着きがなかった。

 

 堕天使たちがいなくなり、イッセーの身にもう危険はないだろうってことで、千秋の護衛は解任になったんだが、それでも、千秋は護衛を続けようとした──まあ、気になっているのは別のことなんだが。

 

 

「ただいま戻りました!」

 

 

 イッセーとアーシアが、チラシ配りを終えて戻ってきた。

 

 

「やあ、お帰り。夜のデートはどうだった?」

 

 

 木場が出迎えて、冗談めかしくイッセーに訊いた。

 

 

「最高だったに決まってんだろ!」

 

 

 親指を立てて答えるイッセーを見て、千秋はうなだれてしまう。

 

 

「・・・・・・深夜の不純異性交遊」

 

 

 塔城の厳しい一言に苦笑しながら、イッセーは部長のもとへ足を向ける。

 

 

「部長。ただいま帰還しました」

 

 

 イッセーは部長に帰還報告をするが、部長はボーっとしているのか反応がない。

 

 

「あのぉ、部長?」

 

「――ッ!? ごめんなさい、少しボーっとしてたわ。二人ともご苦労様」

 

 

 またか・・・・・・。

 

 ここ最近、部長がいまみたいにボーっとしていることが多い。

 

 何か悩みでもあるのだろうか?

 

 そんなことを考えていると、部長がアーシアに言う。

 

 

「アーシア」

 

「はい」

 

「今夜はアーシアにデビューしてもらおうと思っているの」

 

 

 へぇ、もうか。随分早いな。

 

 

「デビュー?」

 

 

 きょとんとしているアーシアにイッセーが説明する。

 

 

「魔方陣から契約者のもとへジャンプして、契約してくるんだ──って、だいぶ早くないっスか!? アーシアはまだ悪魔になって数日しか経ってないのに」

 

「大丈夫ですわ。私が調べたかぎり、アーシアちゃんは眷属悪魔としては私に次ぐ魔力の持ち主ですもの」

 

「なっ!? マジで!?」

 

 

 副部長の言葉にイッセーは驚く。

 

 確かに、アーシアのあの回復能力の高さはなかなかのものだった。魔力の高さも頷けるものだった。

 

 アーシアは能力も含めて、『僧侶(ビショップ)』向きだったようだ。

 

 

「『僧侶(ビショップ)』としての器が存分に活かせるわね」

 

「スゴいじゃないか、アーシアさん!」

 

「そ、そんな!」

 

 

 アーシアの能力の高さに、皆、アーシアを賞賛する。

 

 イッセーも誇らしげだったが、若干、複雑そうな顔をしていた。

 

 アーシアが優秀なのは素直に嬉しいが、先輩悪魔として複雑といった心境なんだろう。

 

 

「どうしたの、アーシア?」

 

「い、いえ。なんでもありません」

 

 

 だが、アーシアは自信がないのか、不安そうな顔をしていた。

 

 

「・・・・・・仰せつかったからには──」

 

「部長!」

 

「何?」

 

 

 アーシアの言葉を遮り、イッセーは部長に言う。

 

 

「今回は俺に行かせてください!」

 

「イ、イッセーさん?」

 

「ほら、アーシアはこの国に来て日が浅いだろ? もう少し生活に慣れてからのほうがいいんじゃないかな?」

 

 

 確かにそうかもな。

 

 アーシアは日本の生活に慣れてないうえに、教会出身で現代知識に欠けてるところがある。もう少し、自信が出るようになってからのほうがいいのかもしれない。

 

 過保護かもしれないが、自信がないうちに、もし失敗でもしたら、ますます自信を持てなくなってしまいそうだからな。

 

 まあ、イッセーが心配してるのは別のことだろうがな。

 

 

「そうね。あまり急過ぎるのもあれだし。わかったわ。イッセーに任せるわ」

 

「はい、部長!」

 

 

 部長に言われ、イッセーは気合いを入れ、部室から飛び出していった。

 

 



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Life.2 転校生は幼馴染みでした!

 

 

 アーシアに代わって契約を取りに行ったイッセーだったが、結果は契約を取れなかった。

 

 ちなみに依頼主がどういう人物だったかをイッセーから聞いたんだが、『ミルたん』という名の魔法少女の格好をした筋骨隆々の巨漢というすさまじく濃い人物だった。そして依頼内容は「魔法少女にしてほしい」だという。・・・・・・いろいろ言いたいことはあるが、気にしないでおこう。

 

 当然、イッセーに叶えられる願いではないため、契約は取れず、魔法少女のアニメの全話マラソンをして終わったらしい。

 

 ま、この話はもういいだろう。

 

 現在、教室で朝のホームルームが始まる直前。クラス全体がそわそわしていた。

 

 理由は昨日、担任から告げられたもう一人の転校生のことだ。

 

 そして、その転校生が女子だということもあって、男子たちはいまかいまかと待ち遠しそうにしていた。

 

 

「えー、昨日も言った通り、今日もこのクラスに転校生が来ます」

 

 

 先生の言葉に男子たちはさらにテンションを上げる。

 

 

「じゃあ、入ってきて」

 

 

 先生に促され、一人の少女が教室に入ってきた。

 

 身長が高めで、珍しい青毛の長髪の少女。どこかのんびりそうな雰囲気を放っていた。

 

 

『おおおおおおおおおッ!』

 

 

 少女を見た男子たちは歓喜の声を湧きあがらせる。

 

 少女は黒板に自分の名前を書き、自己紹介を始める。

 

 

風間(かざま)(つぐみ)で~す。皆、よろしくね~」

 

 

 のんびりとした口調で言う少女──風間鶫。

 

 少女を見てから唖然として硬直していた俺はさらに驚愕する。

 

 見ると、イッセーも同じ反応をしていた。

 

 少女はイッセーを視界に捉えると、パァァァッと目を見開いて嬉しそうな表情を作ると──。

 

 

「イッセーく〜ん! ひさしぶり〜!」

 

 

 少女はイッセーのもとに駆け寄り、イッセーに抱きついた。

 

 それを見て、周りの生徒たち、特に男子たちは驚愕の叫びをあげ、俺はこれから来るであろう質問責めを想像して、ため息を吐くのだった。

 

 この少女──風間鶫は、実は俺たちの幼馴染みなのであった。

 

 

―○●○―

 

 

「「どぉぉぉういうことだああああっ!? イッセェェェッ!」」

 

 

 ホームルーム終了後、松田と元浜が血の涙を流さんばかりの勢いでまくし立てながらイッセーに詰め寄る。

 

 

「ああ、いや、これは──むぐっ!?」

 

「わ〜い! イッセーく〜ん!」

 

 

 答えようとしたイッセーだったが、鶫によって再び抱き締められたため、胸に顔を埋められてしまう。

 

 それを見て、松田と元浜が再び叫び声があげ、周りの男子たちはイッセーに殺気まがいの視線を送る。

 

 

「はぅぅぅっ! 明日夏さん! これは一体!?」

 

 

 アーシアはアーシアで、涙目で俺に問い詰めてきた。

 

 

「鶫。そろそろイッセーをはなしてやれ」

 

 

 俺は鶫にそう促すと、ようやく俺に気づいたのか、鶫が話しかけてくる。

 

 

「あ〜! ひさしぶり〜、明日夏く〜ん!」

 

「ああ、ひさしぶりだな。そしていい加減はなしてやれ。苦しがってるぞ」

 

 

 胸に顔を押しつけられてしまっているので、イッセーは呼吸がしにくいのか、苦しそうだった。

 

 

「あ〜ッ! ゴメン、イッセーくん!?」

 

 

 俺に指摘されてようやく気づいた鶫は慌ててイッセーをはなす。

 

 

「ああ、大丈夫だよ、鶫さん。・・・・・・むしろ、あれで死んだとしても本望だったというか・・・・・・」

 

 

 ぼそりとらしいことつぶやくイッセーに呆れながら、俺は鶫に訊く。

 

 

「まさか転校生がおまえだとはな。おまえがいるってことは──」

 

「うん。(つばめ)ちゃんも来てるよ〜」

 

 

 燕──鶫の妹の風間燕のことだ。

 

 

「おーい、イッセー?」

 

「そろそろ説明してほしいのだが?」

 

 

 不気味な笑顔で訊いてくる松田と元浜。・・・・・・目が全然笑ってないし、殺気がダダ漏れだった。

 

 

「えーっと、この子、鶫さんと俺たちは幼馴染みなんだよ」

 

 

 そう言った瞬間、松田と元浜から、周りの男子たちから一斉にさっきまで以上の殺気がイッセーに向けられる。

 

 それを感じ取ったのか、イッセーは一瞬だけビクッと震え上がる。

 

 

「イッセーく〜ん」

 

「ちょっとお話しようか〜」

 

「いや、怖ぇよ!?」

 

 

 松田と元浜のあまりに不気味な誘いに、イッセーは即座に断る。

 

 だが、松田と元浜・・・・・・というか、クラスの男子全員が有無を言わせず、イッセーに詰め寄る。

 

 それを見て、イッセーは身の危険を感じ取り、一目散に逃げ出した。

 

 

「「待てゴラァァァッ!」」

 

 

 松田と元浜も逃がすまいとイッセーを追いかける。

 

 

「イッセーくんたち、どうしたんだろ〜?」

 

 

 この事態の原因の一端である鶫は、そんなこともわからず、首をかしげていた。

 

 

―○●○―

 

 

「つ、疲れた・・・・・・」

 

 

 放課後、オカ研の部室で俺は机に突っ伏していた。

 

 あのあと、アーシアのときと同様、いや、アーシアの件があったからこそ余計に休み時間のすべてをクラスの男子たちに追いかけ回され、鶫さんのことで問い詰められたもんだから、もうクタクタだよ。

 

 結局、一年に転入したという燕ちゃんに会いに行けなかったし。・・・・・・まあ、行けたら行けたで、さらに追いかけ回されたかもしれないが・・・・・・。

 

 

「大変だったみたいね?」

 

 

 部長が苦笑いしながら言った。

 

 まったくですよ。ここは、鶫さんに抱き締められたときに顔に感じた鶫さんのおっぱいの感触でも思い出そう!

 

 鶫さんのおっぱい、柔らかかったなぁ・・・・・・危うく窒息しかけたけど、おっぱいで死ねるなら本望──いやいや、やっぱり、エッチなことをしないと死ねない!

 

 

「・・・・・・イッセー先輩、顔がいやらしいですよ」

 

 

 あぅぅぅ。小猫ちゃんの容赦のないツッコミ。

 

 それにしても──。

 

 

「二人が帰ってきたのは驚いたよな」

 

「そうだな」

 

「でも──」

 

 

 大丈夫なのか、と続けようとすると明日夏が言う。

 

 

「おまえの心配はもっともだ。だが、二人のあの噂をあれ以来聞いたことあるか?」

 

 

 うーん、そう言われてみればそうだけど。

 

 

「噂?」

 

 

 俺たちの会話を聞いていた木場が訊いてくるけど、途端に俺たちは苦虫を噛み潰したような複雑な表情を作ってしまう。

 

 それを見た木場は慌てて謝る。

 

 

「ゴメン! あんまり触れてほしくないことみたいだね・・・・・・」

 

「ああ・・・・・・」

 

「まあな・・・・・・」

 

 

 鶫さんと燕ちゃんと出会ったのは、俺たちが小学生になってから二年ちょっとぐらい経った頃かな。

 

 実は当時、二人は周りから酷いいじめを受けていたんだ。

 

 原因は二人の母親。どうにも、男遊びが激しいヒトだったみたいで、それを怒った二人の父親がそのヒトと離婚したんだけど、さらに父親は二人のことをそんなヒトから産まれたからって理由で勘当してしまったんだ。

 

 そして、そんな母親の悪評やよくない噂が広まっていて、そのせいで二人は周りからいじめられていたんだ。

 

 当時の二人といったら、本当に酷い状態だった。

 

 鶫さんは人間不信になっちゃってたし、燕ちゃんは感情というものをなくしたような状態だった。

 

 でまあ、いろいろあって、二人とは仲良くなって、だけど、いじめは酷さを増すいっぽうだったため、二人はこの街から去ってしまったということだ。

 

 

「・・・・・・酷い話ね」

 

 

 二人の説明を聞いて、部長がそうつぶやく。部室内の雰囲気も暗くなりつつあった。

 

 

 コンコン。

 

 

 すると唐突に部室のドアをノックされた。

 

 

「はーい」

 

 

 部長が返事をして、入るように促す。

 

 

「こんにちわ〜」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 入ってきたのは、さっきまで話題になっていた鶫さん! そして、鶫さんの隣に一人の少女がいた。

 

 小柄な体型で、赤毛の髪をツインテールにしたキツそうな雰囲気を放つ少女──鶫さんの妹の風間燕ちゃんだった。

 

 

―○●○―

 

 

 突然来訪してきた鶫と燕の風間姉妹。

 

 

「ひさしぶりね。イッセー、明日夏」

 

 

 俺たちを視界に捉えた燕が話しかけてくる。

 

 

「ああ。ひさしぶりだな、燕」

 

「ひさしぶり、燕ちゃん。ゴメン、せっかく帰ってきたのに、挨拶に行けなくて」

 

「いいわよ。なんか大変そうだったみたいだし」

 

 

 そんなふうにイッセーと燕が話していると、部長が尋ねる。

 

 

「イッセーたちに会うためにわざわざ来たのかしら?」

 

「それもあるけど〜、せっかくだからイッセーくんたちと同じ部活に入ろうかな〜って」

 

 

 まあ、二人が来る理由なんて、それぐらいしかないだろうからな。

 

 なぜなら、二人は千秋やアーシアと同様にイッセーに想いを寄せているからな。

 

 

「・・・・・・あたしは別にいいんだけどね」

 

 

 そんなふうに素っ気なく言う燕に俺は言う。

 

 

「相変わらず素直じゃねえな」

 

 

 「素直」ってところをあえてわざと強調しながら言ってやると、燕は少し慌てた様子を見せる。

 

 

「相変わらずも何も、昔からあたしは本当のことしか言ってないわよ!」

 

「どうだかな」

 

「・・・・・・何よその顔・・・・・・」

 

「じゃあ、おまえだけ入部しないんだな?」

 

「ちょっ・・・・・・別に入らないなんて・・・・・・ハッ!」

 

「やっぱりおまえも入部したいんじゃねえか」

 

「ち、違っ・・・・・・!?」

 

 

 燕は最初のキツそうな雰囲気はもう見る影もなく、誰が見ても微笑ましい顔をしてしまうような雰囲気を放っていた。

 

 このように、燕はだいぶ素直じゃない性格をしている。特にイッセーのことになると、露骨になる。

 

 「あぁ、久々に見たなぁ」なんて言っているイッセーに木場が訊く。

 

 

「・・・・・・イッセーくん。明日夏くんが妙にイキイキとしてるんだけど・・・・・・?」

 

「・・・・・・以外と明日夏って、誰彼構わずってわけじゃないけど、人をいじったりするの好きだったりするんだよ」

 

 

 別に好きってわけじゃないぞ。単なるストレス発散だ。燕はいじりやすいしな。

 

 

「・・・・・・ちょっと黒いです」

 

 

 塔城にまでそう言われてしまう。

 

 そんなやり取りをしている俺たちをよそに、部長が淡々と告げる。

 

 

「ゴメンなさいね。二人の入部は認められないわ」

 

 

 自分たちの裏の事情から一般人である二人の入部を認められないということだ。

 

 むろん、そう告げるわけにはいかないため、適当な別の理由を述べ、納得しなかったら、悪魔の力で引き下がらせようと考えているのだろう。

 

 だが──。

 

 

「部長。二人はすでに部長たちが悪魔だということを知ってますよ」

 

「えっ!?」

 

 

 俺の言葉に部長は一瞬だけ呆気に取られるが、すぐに持ち直して俺に訊いてきた。

 

 

「明日夏。彼女たちは一体・・・・・・?」

 

 

 その問いに答えたのは燕だった。

 

 

「あたしたちの兄が、そこですましてる奴の兄や姉とご同業っていうだけの話よ」

 

「それはつまり、あなたたちのお兄さんは賞金稼ぎ(バウンティハンター)だということ?」

 

 

 二人の兄──風間雲雀(ひばり)。兄貴たちと同様に鶫と燕を養うために賞金稼ぎ(バウンティハンター)になったヒトだ。兄貴と同年代のハンターで、兄貴の親友でもある。

 

 そのため、兄貴と雲雀さんはよく組んで行動することもあり、この町に留まっている俺たちとは違い、兄貴は二人とたびたび交流していた。

 

 部長たちやイッセーのことは当然兄貴たちに伝えているので、部長たちのことは兄貴から伝わっているのだ。

 

 むろん、二人のことも兄貴を通じて、近況はあらかた伝えられていた。

 

 ・・・・・・二人が帰ってくることは聞かされていなかったがな。・・・・・・おおかたサプライズってことなんだろう。

 

 そのことを部長たちに簡潔に説明する。

 

 

「・・・・・・まさか雲雀さんが。じゃあ、俺のことも・・・・・・?」

 

 

 イッセーが自身を指さしながら二人に問う。

 

 

「うん。イッセーくんが悪魔になっちゃたことも知ってるよ〜」

 

「ここにいるグレモリー眷属の一員になったこともね」

 

 

 当然だろう。イッセーのことは最優先で伝えられているはずだからな。

 

 ・・・・・・流石に一度死んだ事実は伏せられているだろうが。

 

 

「悪魔になったって聞いたときは驚いたけど、だからどうってわけじゃないけどね〜。イッセーくんはイッセーくんだし〜。ね〜、燕ちゃん?」

 

 

 振られた燕は頬を赤くしながらも頷いて返す。

 

 

「ありがとう、鶫さん、燕ちゃん」

 

「お礼なんていいよ〜。それにこれは、イッセーくんが私たちにしてくれたことだもん」

 

「イッセーがあなたたちに何をしたの?」

 

 

 イッセーが二人にしたこと──それは、悪評を気にせず二人を受け入れたことだ。

 

 当時、俺は二人と知り合うまえから二人のことを把握していた。・・・・・・把握していながら、俺は二人を見て見ぬふりをしていた。

 

 その頃の俺は、俺と千秋を養うために稼ぎに出ていた兄貴たちの代わりに千秋を守るためと、だいぶ切羽詰まった思考しており、千秋やイッセーにいらぬ被害を被らないようにとなるべく他人の問題には関わらないようにしていた。むろん、二人にもそのようにさせていた。

 

 そのため、鶫と燕のことは気の毒に思いながらも、他人というそれらしい建前を作って見捨てた。

 

 そんななか、イッセーは偶然にも鶫と燕に出会う機会ができてしまった。だが、そのときにはすでに人間不信になっていた鶫はイッセーを拒絶し、感情をなくしていた燕は相手にもしなかった。

 

 それを知った俺はイッセーに、もう関わるなと言い聞かせていたが、結局そのかいもなく、イッセーは二人がいじめられている場面を目撃し、二人を庇った。

 

 それから俺たちは二人と交流するようになり、鶫と燕は二人を受け入れたイッセーに心を開き、見捨てた見捨てられたの間柄であり、そのことに罪悪感を持っていた俺も、最初こそは溝もあったがいまではすっかり仲良くなっている。

 

 俺たちと二人が幼馴染みになった経緯はそういう感じだ。

 

 その旨を鶫は部長たちに話した。

 

 

「そう。イッセーと出会えたことで、いまのあなたたちがあるのね」

 

「うん」

 

「・・・・・・まあね」

 

 

 部長の言葉に鶫は嬉しそうに頷き、燕も顔を赤らめながらも頷いた。

 

 ちなみに、二人はそのときにイッセーに好意を寄せるようになったのだ。

 

 

「それにしても・・・・・・雲雀さんが冬夜さんたちと同じ賞金稼ぎ(バウンティハンター)だったなんてな。二人が悪魔のことを知ってたのはそういうわけか」

 

「いや。三人はもっとまえから――俺たちと出会うまえからすでに異能、異形の存在は知っていたぞ」

 

「えっ!?」

 

 

 俺の言葉に、イッセーは今日何度目かの驚愕を露にする。

 

 

「明日夏。それはつまり、彼女たちは異能力者、もしくは異能力関係の家系の者だということかしら?」

 

 

 部長の問いに答えたのは燕だった。

 

 

「そんな大それたものじゃないわ。ただの異能、異形の存在を知っていた、忍びの一家ってだけよ」

 

「えっ!? 忍びって、つまり忍者ってこと!?」

 

 

 イッセーの言う通り、忍び──つまり、忍者。三人は忍者の家系の出身なのだ。それも、異能、異形の存在を専門とした諜報や討伐を生業とした一族なのだ。

 

 ふと部長を見ると──なんか瞳を爛々と輝かせていた。

 

 

「NINJAですって! あなたたち、もっと詳しく話を聞かせてちょうだい!?」

 

「わ〜!?」

 

「ちょっ!?」

 

 

 酷く興奮しながら食いつく部長に鶫も燕も慌てだした。

 

 俺は慣れた様子で苦笑している木場に訊く。

 

 

「・・・・・・おい、木場。部長ってもしや・・・・・・」

 

「うん。部長は昔の日本の文化、とくに侍や忍者なんかがとても好きなんだ」

 

 

 やっぱりか。外国人によくある日本の文化の愛好家か部長は。

 

 

「あたしたちは勘当された身なんだから、家のことなんてそんなに詳しく知らないし、技術なんて、護身術程度にしか身につけてないわよ! ていうか、なんで外国のヒトはただの諜報員集団にここまで情熱を寄せるのよ!? イッセー! あんた、なんとかしなさいよ!? あんたの主でしょ!」

 

「イッセーく〜ん! 助けて〜!?」

 

「ええっ!? 俺!?」

 

 

 二人はイッセーに助けを求めるが、若干、いや、完全に暴走している部長を止めるには荷が重かった。

 

 

「明日夏も明日夏よ! NINJAの知り合いがいたのなら、なんで黙っていたのよ!?」

 

「ちょっ、それ理不尽過ぎませんか!? おい、木場! 塔城でも副部長でもいいから、部長を止めてくれっ!?」

 

 

 こんな騒動もあったが、なんとか部長を宥め、鶫と燕はオカ研へと入部することができた。

 

 まあ、その後も鶫がイッセーに抱きついたりしたせいで、千秋とアーシアとで修羅場になりかけたり、その光景を見て悶々としている燕をいじったりと、別の騒動が起こったんだがな。

 

 ちなみに、二人はイッセーの家に住むことになり、千秋はますます落ち込むのであった。

 

 



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Life.3 生徒会と顔合わせします!

 

 

「ちくしょう! ありえねぇっ!」

 

「これは何かの間違いだぁぁぁっ!」

 

 

 教会みたいな場所でパイプオルガンの音が鳴り響くなか、礼服を着た松田と元浜が何やら泣き叫んでいた。

 

 

「はぁ? 何言ってんだ――って、何だこれぇっ!?」

 

 

 見れば、俺も白いタキシードを身に着けていた。

 

 

「イッセーが結婚なんてっ!」

 

「これは何かの陰謀だぁぁぁ!」

 

 

 け、結婚!?

 

 あまりの衝撃に狼狽していると、礼服を着た明日夏が現れ、いまだに泣き叫ぶ二人を諌める。

 

 

「おまえら、いつまで言ってる気だ? 現実を受け入れて、素直に祝福してやれよ。というわけでおめでとう、イッセー」

 

 

 いや、おめでとうって、まだ状況を把握できてないんだけど!?

 

 うちの両親がハンカチを顔に当てて、泣きながら言う。

 

 

「イッセー! 初孫は女の子だよ! うぅぅ······!」

 

「・・・・・・うぅぅ・・・・・・! 立派になってぇ・・・・・・! 性欲だけが自慢のどうしようもない子だったのに・・・・・・!」

 

 おいおいおい! こんなときでも言いたい放題だな! うちの両親は!

 

 ていうか、やっぱりこれって結婚式!? 俺の!? じゃあ、相手は誰!?

 

 

「きょろきょろしてはダメよ。イッセー」

 

「ぶ、部長!」

 

 

 気がつくと隣にはウェディングドレスを着た部長が。

 

 

『キャー!』

 

「リアスさま! お綺麗ですぅ!」

 

「あぁ、リアスお姉さま! どうしてあんな男と・・・・・・!」

 

 

 お、俺と部長が結婚!?

 

 ──そ、そうか。これは、俺と部長の結婚式! いつのまにかそんな展開になっていたんだ!?

 

 まあ、憧れの部長と結婚できるんなら、なんも問題もねえよな!

 

 しかし、結婚といえば子作り! 子作りといえば新婚初夜!

 

 

『いらっしゃい、イッセー』

 

 

 頭の中で、裸の部長がベッドの上で手招きしてくる!

 

 部長とエッチできるッ!

 

 その結論に至った俺の脳内はもうお祭り騒ぎとなっていた。

 

 

「それでは、誓いの口付けを」

 

 

 いつのまにか神父っぽいおっさんがさっさと事を進めていた。

 

 そうだ、そうですよ、そうだった! まずはこれだ!

 

 部長とキス!

 

 部長はこっちを向いて目を瞑り、顔をこちらに向けて唇を差し出してくる!

 

 いいのか!? いいんだよね! よし! よーし! 部長の唇、いただきます!

 

 俺は荒い鼻息を何度も出しながら、唇を突き出して徐々に徐々に部長のほうへ近づけ──。

 

 

『随分と盛り上がっているじゃないか、クソガキ』

 

 

 俺の頭の中に謎の声が響いた。

 

 低く、迫力のある声だ。

 

 いまの声、どこかで・・・・・・?

 

 聞き覚えはない・・・・・・はずなのに、なぜか俺はその声を、声の主を知っているような気がした。しかも身近にいるような・・・・・・。

 

 

『そうだ。俺はおまえの中にいる』

 

 

 いつのまにか、周りにいた部長や明日夏、松田と元浜、父さんと母さん、参列者の人たちがいなくなっていた。

 

 人だけじゃない。周りの風景も、教会だった場所が真っ暗な空間になっていた。

 

 何もかもが闇に消えた中でなかひときわ輝く赤い光があった。

 

 

「だ、誰だ!?」

 

『俺だ』

 

 

 その言葉とともに真っ暗闇に飲まれた空間が、灼熱の炎によって照らし出され、目の前にそいつは現れた。

 

 赤い光だったものはそいつの大きな目の瞳だった。

 

 耳まで裂けた口には鋭い牙が何本も生えそろっている。

 

 頭部には角が並び、全身を覆う鱗は灼熱のマグマのように真っ赤だ。

 

 巨木のような腕、足には凶悪そうな鋭い爪。

 

 そして大きく広げられた両翼。

 

 そんな巨大な怪物、それが俺の目の前に現れた存在だった。

 

 俺の知っているものの中で一番似ているとしたら──ドラゴン。

 

 俺の考えていることがわかったのか、目の前の怪物──ドラゴンが口の端を吊り上げたように見えた。

 

 

『そうだ。その認識でいい。俺はおまえにずっと話しかけていた。だが、おまえが弱小すぎたせいか、声が届かなかっただけだ。やっとだ。やっとこうしておまえの前に姿を現すことができた』

 

「何わけわかんねえこと言ってんだ!?」

 

 

 ずっと俺に話しかけていた? 姿を現す? 知らねえ。そんなの知らねえぞ! いったい俺に何をしようってんだ!?

 

 

『挨拶をしたかっただけだ。これから共に戦う相棒にな』

 

「相棒? おまえはいったい・・・・・・!?」

 

『おまえはもうわかっているはずだ。そうだろう? 相棒』

 

 

 途端に左腕が疼きだす。

 

 左腕に視線を移すと、俺の左腕が赤い鱗に包まれ、鋭い爪むき出しの異形なものになっていた。

 

 

「う、うあ、うああああああああああああああああ!?」

 

 

―○●○―

 

 

「──っ!?」

 

 

 目を開けると、そこは自室の天井だった。

 

 上半身だけ起こし、左腕に視線を向ける。ごく普通の人間の形をした俺の腕だった。

 

 夢、だったのか?

 

 それにしては妙にリアリティがあったけど。でも、こうして俺の腕はなんともないから夢なんだろう。

 

 

「大丈夫、イッセーくん?」

 

 

 俺の隣で横になっていた鶫さんが心配そうに声をかけてきた。

 

 

「うん、大丈夫だよ。ちょっと変な夢を見ちゃって」

 

 

 それを聞いて鶫さんは安心したような表情をする。

 

 ──って、ん? ていうか──。

 

 

「なんで鶫さんが俺のベッドに!?」

 

 

 夢の内容が衝撃的だったせいなのか、素でスルーしてたけど、別室にいるはずの鶫さんが俺のベッドにいるのはおかしいだろ!

 

 

「ん〜。イッセーくんと一緒に寝たかったから〜」

 

 

 な、なるほど。そんな眠気を誘う日本語があったのか。

 

 よくよく思い出すと、昔から鶫さんはよく俺もしくは燕ちゃんの布団に潜り込むことがあったな。

 

 ただ、当時といまでは鶫さんはいろいろなところが大きくなっててたいへんグラマラスな体つきになってるわけで、しかも相当な美少女なわけでして。そんな美少女に一緒に寝たいなんて言われたら、興奮しないわけがない!

 

 それに、いまの鶫さんの格好はシャツにパンツというラフな格好! グラマーな体型もあって、たいへんエロい!

 

 シャツを押し上げる胸もそうだが、パンツから伸びる太ももなんかもたいへん眼福だった。

 

 そんなふうに鶫さんの体をついついガン見していた俺の顔を、鶫さんが体を起こして覗き込んでくる。

 

 や、やばい! 流石にガン見しすぎたか!

 

 

「イッセーくん、スゴい汗だよ?」

 

「え?」

 

 

 まったく予想外なことを言われ、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 

 左手で額を拭ってみると、確かにスゴい汗だった。よく見ると、全身からもスゴい量の汗をかいていた。

 

 これもあの夢のせいなのか?

 

 

「そのままだと寝苦しいんじゃない?」

 

 

 うーん、確かにこのままじゃ、ちょっと寝苦しそうだな。一回シャワーでも浴びてさっぱりしようかな?

 

 

「シャワー浴びるなら一緒に浴びる? 背中流してあげるよ〜」

 

 

 な、なんだって・・・・・・っ!? そ、そんな眠気が吹っ飛ぶような日本語があったのか!

 

 

「い、いいの・・・・・・?」

 

「うん、いいよ〜」

 

 

 マジか! マジで一緒にシャワー浴びるのか!?

 

 

「じゃあ、準備してくるから〜」

 

 

 そう言って鶫さんは俺の部屋をあとにした。

 

 これ、今夜はもう興奮して寝られないかもしれない。

 

 でも最高の夜を過ごせそうだ! 変な夢もばんばんざいだぜ!

 

 

―○●○―

 

 

「ふわぁぁぁ・・・・・・」

 

「ずいぶん眠そうだな?」

 

 

 朝のホームルームのまえ、教室であくびをする俺に松田と元浜が尋ねてきた。

 

 

「ああ・・・・・・おかしな夢を見て寝不足でさ」

 

 

 まあ、本当は昨夜のことで興奮して眠れなかったからなんだが。

 

 あのあと、本当に俺は鶫さん(鶫さんは燕ちゃんのことも誘ったみたいだけど、顔を真っ赤にして断られたとのこと)と一緒にシャワーを浴びて、背中を流してもらったのだった。

 

 そのときの鶫さんは当然全裸だったので、その裸体は頭に焼き付いていた。当然、脳内メモリーに名前をつけて保存しましたとも。

 

 しかも、その後は一緒に寝ることになってしまい、そのまま鶫さんは俺を抱きしめて眠ってしまった。

 

 ただ俺は、脳内に焼きついた鶫さんの裸体と抱きしめられた際に感じた女体(特に胸とか太もも)のやわらかさに興奮して、結局眠ることができなかった。

 

 まあ、それを言ったら二人から(下手をすればまた学校中の男子から)の殺意混じりの問い詰めが来そうだから言わないけど。

 

 

「エロい夢なら是非とも語るがいい!」

 

「・・・・・・違ぇよ」

 

 

 二人が目を血走らせながら迫ってくるのを俺は若干うんざりしながら違うと告げる。

 

 

「すみませんでした、イッセーさん。もう少し早く私が声をかけにいっていれば」

 

「いいんだよ、アーシア。寝坊した俺が悪いんだしさ」

 

 

 眠れなかったと言ったが、実際は鶫さんが家の手伝いをしに起きてからは一応眠れた。・・・・・・まあ、そのおかげで、寝坊してしまい、危うく学校に遅刻してしまうところだった。

 

 アーシアが申し訳なさそうにしているが、アーシアが起こしてくれなかったら確実に遅刻してたのでそんなに気にしなくてもいいんだけどな。

 

 

「イッセー、貴様ぁ!?」

 

「アーシアちゃんにも起こしてもらっているのか!?」

 

 

 松田と元浜がすごい形相で睨んできた。

 

 俺はそれに勝ち誇ったような態度で返してやる。

 

 

「なーんだ、そのくらい当然だろ? なにしろ、ひとつ屋根の下で暮らしているのだから♪」

 

「イッセーさんはお寝坊さんですから」

 

 

 ちなみに、元浜が言った「も」ていうのは、アーシアが来るまえは千秋が起こしに来てくれていたことを言っている。

 

 いまでも、たまに千秋が起こしに来てくれるし、鶫さんや燕ちゃんのときもある。基本的にはアーシアの日が多いかな。

 

 

「じゃ、じゃあ、ご飯をよそってもらったりとか・・・・・・?」

 

「それは鶫さんのほうが多いかなー♪」

 

「イッセーくんはいっぱい食べるからね〜」

 

 

 普段はのんびり屋な鶫さんだけど、意外と家事とかの作業がテキパキとしている。その腕前は明日夏がライバル視するほどだ。

 

 

「母さんも鶫さんの家事スキルには大変助かってるって言ってたし、アーシアは気が利く子だって褒めてたぞ♪」

 

「そんな・・・・・・照れますよ」

 

「えへへ〜」

 

 

 ちなみに、燕ちゃんはマッサージが得意で、どっちかというと父さんのほうに絶賛されている。

 

 俺も朝練のあとにやってもらっているけど、これが本当に効いて、疲れがあっというまに吹き飛んでしまう。

 

 余談だけど、鶫さんから聞いた話よると燕ちゃんのそのマッサージ技術は、燕ちゃんが持っている忍の技術を応用したものらしい。

 

 

「なぜおまえの周囲にだけこんな美少女がぁぁぁっ!?」

 

「美少女の幼馴染みの千秋ちゃんと千春さんに加え、うちの学校の二大お姉さまのリアス先輩に姫島先輩! 小さなマスコットアイドルの塔城小猫ちゃん! そこへ金髪美少女転校生のアーシアちゃん! さらに幼馴染みの美少女転校生の鶫ちゃんと燕ちゃん! しかも、この転校生の三人とは同棲しているという始末! この理不尽に俺は壊れそうだァァァッ!」

 

 

 あまりに付いてしまった俺と二人との差に二人は嘆き悲しむ。

 

 

「・・・・・・おまえらは何回同じことを嘆いている気なんだ?」

 

 

 そんな二人を見て呆れた様子で嘆息する明日夏。

 

 

「なあ、親友。ものは相談だが・・・・・・」

 

 

 そんな明日夏を無視して元浜がメガネをキランと光らせて詰め寄ってくる。

 

 

「一人ぐらい紹介してもバチは当たらないと思うぞ? ──というか、紹介してくれ! 頼む! 頼みます!?」

 

「おまえ 、他にもいろんなかわいい子と知り合っているんだろ!? その中で誰でもいいから紹介しろ! いえ、してください!? イッセーさま!」

 

 

 手を合わせて頭を下げて懇願してくる悪友の二人。

 

 ──って言われてもな。女の子の知り合いなんて、さっき松田があげていた子たちしかいないんだけどな。

 

 

「もし紹介してくれたら、相応の礼はするつもりなのだが」

 

「──ッ! そ、それはどういう!?」

 

 

 元浜が口にした「礼」という単語に思わず反応してしまう俺を見て、二人はニヒルに笑む。

 

 

「あえて言うなら──」

 

「紳士のVIP席」

 

 

 それだけ告げると、二人は踵を返してどこかへと行こうとする。

 

 

「ちょ、ちょっと待てッ!」

 

 

 思わず慌てて呼び止めてしまったけど、どうすればいいんだ!? 紹介できる子なんて──ん? まてよ。あっ、一人いた。

 

 でも、いいのかな? あの子紹介して?

 

 だが、二人の言うVIP席が気になるのも事実。

 

 俺はスマホ(レイナーレにケータイを壊されたので、新しくスマホに機種変した)を取り出し、とある人物に電話をかける。

 

 ひと通り話し終えると電話を切る。

 

 

「一人大丈夫な子がいたぞ」

 

「「マジで!?」」

 

「『今日にでも会いたい』てさ。向こうも友達連れてくるって」

 

「そ、それで、どんな子なんだ?」

 

「うっ。ま、まあ、乙女だなぁ。間違いない」

 

「「乙女ッ! 素晴らしい!」」

 

 

 舞い上がる二人に対して、俺は苦笑いを浮かべて汗をかいていた。

 

 それを訝しんだのか、明日夏が訊いてきた。

 

 

「イッセー、一体誰を紹介したんだ?」

 

 

 俺は歯切れ悪くもその子の名を口にした。

 

 

「・・・・・・・・・・・・ミルたん」

 

 

 それを聞いた明日夏も表情を引き攣らせる。

 

 ミルたんというのは、先日、アーシアの代わりに俺が赴いたときの依頼者の名だ。

 

 筋骨隆々とした体に魔法少女の衣装で身を包んだ乙女な巨漢だ。

 

 そう、()()()()()。心は()()なのだ。だから嘘は言っていない。

 

 

「これ、その子の番号と、メアド。まずはメールで連絡取ったほうが幸せになれるぞ」

 

「サンキュー!」

 

 

 松田が速攻で俺のスマホを奪い、自分のケータイにすばやく番号とメアドを登録した。元浜も続いて自分のケータイに登録を行った。

 

 

「あぁ、ありがとうございます、イッセーさま! このご恩は一生忘れません!」

 

「俺らもソッコー彼女作るからな! 今度、トリプルデートでもしようぜ!」

 

 

 二人は春が来たが如くテンションMAXで自分の席に戻って行った。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・うぅぅ・・・・・・痛いぃ・・・・・・」

 

「大丈夫ですか、イッセーさん!?」

 

 

 放課後、部室でボコボコに腫れ上がったイッセーの顔にアーシアはせっせと回復の力を当てていた。

 

 

「・・・・・・自業自得でしょ」

 

「・・・・・・まったくです」

 

 

 なぜイッセーがこのようになったかというと、元浜の言う紳士のVIP席とやらに行ったせいだ。

 

 大層な名前を言っているが、その実態は女子更衣室のロッカーの中という、要するに覗きを行うための場所だったというわけだ。

 

 で、そのとき更衣室を使用していたクラスっていうのが、一年、それも千秋のクラスだった。当然、塔城や燕もいる。つまり、イッセーは覗きがバレて塔城にボコボコにされたわけだ。

 

 燕の言う通り、自業自得であった。

 

 

「まったく。あなたはどうしてそう・・・・・・」

 

 

 部長は呆れた様子で笑みを浮かべながら嘆息する。

 

 

「いやー、友人に誘われてつい・・・・・・」

 

 

 目を逸らしながら言うイッセーにアーシアがまくしたてる。

 

 

「イッセーさん! そんなに裸が見たいのなら・・・・・・・・・・・・わ、私が!」

 

「わああああ!? 違うんだ、アーシア! そういうんじゃなくて!」

 

 

 顔を真っ赤にして自分の制服に手をかけるアーシアをイッセーは慌てて止める。

 

 

「そうだよ〜、イッセーくん。私に言ってくれたら、いつでも見せてあげるよ〜」

 

「えっ!?」

 

「昨夜、もう見せてるしね〜」

 

「「ええぇぇぇっ!?」」

 

 

 鶫の爆弾発言に千秋とアーシアが悲鳴じみた叫びをあげる。

 

 

「ま、まあ、そうだね・・・・・・って、いて、いててててっ!?」

 

「もぉぉぉ! イッセーさぁぁぁん!」

 

 

 イッセーが顔をデレデレさせていると、アーシアが涙目でイッセーの頬を引っぱりだした。

 

 その後、アーシアはすっかりむくれてしまった。

 

 イッセーが鶫とアーシアで応対が違うのは、別にイッセーがアーシアに異性としての魅力を感じていないというわけじゃない。

 

 イッセーの中では、アーシアは『守るべき存在』ていう意識が固められている。それは、一度アーシアを守ることができず死なせてしまったことが起因だ。

 

 だから、アーシアがそういうことをするのには、イッセー的には興味あるが、理性が働いてブレーキがかかってしまうというわけだ。

 

 むくれてるアーシアをイッセーがなだめてると、部長が手をパンパンと鳴らす。

 

 

「はいはい、痴話喧嘩はそんへんにして。イッセー。アーシア。あなたたち、そろそろ使い魔を持ってみない?」

 

 

 部長は唐突にそう言った。

 

 

「使い魔、ですか?」

 

「そう、使い魔よ。あなたとアーシアはまだ持っていないでしょう?」

 

 

 使い魔は悪魔にとって手足となる使役すべき存在だ。

 

 情報伝達や偵察、他にも悪魔の仕事でも役に立つらしい。

 

 

「いままで修業の一環としてチラシ配りをやらせていたけれど、それはもう卒業ね。それは本来使い魔の仕事だから」

 

 

 そう言いながら、部長はポンッと手元にマスコットみたいな赤いコウモリを出現させる。

 

 

「これが私の使い魔。イッセーと千秋は会ったことあるわね」

 

「「えっ?」」

 

 

 イッセーと千秋が疑問符を浮かべていると、コウモリはウェイトレスのような服装をした少女に姿を変えた。

 

 

「「ああっ!」」

 

 

 それを見て、イッセーと千秋は思い出したのか声をあげる。

 

 俺もその少女には見覚えがあった。

 

 イッセーが死ぬ間際に部長を呼び出した悪魔を召喚する魔法陣が描かれたチラシ、それをイッセーと千秋に手渡したのは他でもないこの少女だった。

 

 

「私のはこれですわ」

 

 

 副部長が指を床に向けると、魔法陣を介して小さな小鬼が現れた。

 

 

「・・・・・・シロです」

 

 

 そう言う塔城の腕に白い毛並みの子猫が抱き抱えられていた。

 

 

「僕のは──」

 

「ああ、おまえのはいいや」

 

「つれないなぁ」

 

 

 そう言いつつ、木場は苦笑しながら肩に小鳥を出現させていた。

 

 

「使い魔は悪魔にとって基本的なものよ」

 

 

 部長が使い魔について説明していると、アーシアがおずおずと手を上げる。

 

 

「あのー、その使い魔さんたちはどうやって手に入れれば?」

 

「それはね──」

 

 

 コンコン。

 

 

 部長が使い魔の手に入れかたを説明してくれようとした瞬間、部室の扉がノックされる。

 

 

「はーい」

 

「失礼します」

 

 

 副部長が返事を返すと、扉が開かれ、メガネをかけた女子生徒二人が複数の女子生徒と一人の男子生徒を引き連れて入室してきた。

 

 

「なっ!? こ、このお方は!?」

 

 

 イッセーは先頭のメガネかけた女子生徒の片割れを見て驚愕していた。

 

 

(あの、どちらさまですか?)

 

 

 アーシアが小声で訊いてきたので、俺とイッセーも小声で返す。

 

 

(この学校の生徒会長、支取蒼那先輩だよ)

 

(隣は副会長の真羅椿姫先輩だ。そして、後ろにいるのが他の生徒会メンバーだ)

 

(ていうか、生徒会メンバー勢揃いじゃん!)

 

 

 そんな俺たちをよそに、部長が前に出て会長と気安い感じで会話を始めた。

 

 

「お揃いね。どうしたの?」

 

「お互い下僕が増えたことだし、改めてご挨拶をと」

 

 

 会長が口した「下僕」という単語にイッセーが反応する。

 

 

「下僕ってまさか!?」

 

「この方の真実のお名前はソーナ・シトリー。上級悪魔シトリー家の次期当主さまですわ」

 

 

 副部長が答えてくれたように、生徒会長の支取先輩は上級悪魔であり、生徒会は会長の眷属悪魔の集まりなのだ。

 

 

「こ、この学園に他にも悪魔が!?」

 

 

 驚くイッセーを見て、男子生徒が見下したような表情を見せる。

 

 

「リアス先輩、僕たちのことを彼らに話してなかったんですか? 同じ悪魔なのに気づかないこいつらもどうよと感じですが」

 

 

 どうやら、俺たちのことまで悪魔だと思ってるな、こいつ。

 

 

「サジ、私たちは『表』の生活以外ではお互い干渉しないことになっているのよ。兵藤くんが知らなくても当然です。それから、そこにいる兵藤くんとアルジェントさん以外の彼と彼女たちは悪魔ではありませんよ」

 

「えっ!?」

 

 

 男子生徒が驚いたように俺たちを見る。

 

 

「士騎明日夏。人間だ。こっちは妹の千秋だ」

 

「どうも、千秋です。兄と同じく人間です」

 

「風間鶫。こっちの妹の燕ちゃんと一緒で人間だよ〜」

 

「燕よ。人間だけど、よろしく」

 

 

 俺たちは簡単に名乗り、人間であることを明かす。

 

 

「な、なんで人間の彼らがここに!?」

 

「まあ、いろいろあってね。皆、イッセーに付き添うカタチでオカ研に入部したのよ」

 

 

 男子生徒の疑問に部長が答える。

 

 

「もちろん、私たちが悪魔であることも知っているわよ。たぶん、あなたたちのこともね。そうでしょう、明日夏?」

 

 

 部長の問いかけに頷いて答える。

 

 オカ研に入部する以前から部長たちのことを知っていて、生徒会のことを知らないはずはないからな。

 

 

「あっ、思い出した! おまえ、最近書記として生徒会の追加メンバーになった、確か、二年C組の──」

 

「匙元士郎。『兵士(ポーン)』です」

 

「『兵士(ポーン)』の兵藤一誠、『僧侶(ビショップ)』のアーシア・アルジェントよ」

 

 

 イッセーの言葉を皮切りに部長と会長がお互いの新人下僕を紹介する。

 

 

「へぇー、おまえも『兵士(ポーン)』かぁ! それも同学年なんて!」

 

 

 同学年で同じ駒であることにイッセーは少し嬉しそうにするが、それに対する匙はわざとらしく嘆息する。

 

 

「俺としては変態三人組の一人であるおまえと同じなんて、酷くプライドが傷つくんだけどな」

 

「なっ!? なんだと、てめぇ!」

 

 

 匙の挑発じみた貶しにイッセーは匙に食ってかかろうとする。

 

 

「おっ、やるか? 俺は悪魔になったばかりだが、駒四つ消費の『兵士(ポーン)』だぜ」

 

 

 余裕そうにイッセーを煽る匙を会長が諌める。

 

 

「サジ、おやめなさい。それに、そこの彼は駒を八つ消費しているのよ」

 

「八つって、全部じゃないですか!?」

 

 

 驚く匙はありえないものと目の当たりにしたような表情でイッセーを見る。

 

 

「信じられない! こんな冴えない奴が!?」

 

「うっせー!」

 

 

 第一印象から最悪な状態だな、この二人。

 

 

「ごめんなさいね、兵藤くん、アルジェントさん。よろしければ、新人悪魔同士、仲良くしてあげてください。士騎くんたちも悪魔、人間に関わらず仲良くしてあげてください」

 

 

 若干困ったような表情で会長は微笑みかけてきた。

 

 

「サジ」

 

「あ、は、はい。よろしく」

 

 

 会長に言われ、渋々と出された手をアーシアが取った。

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

 アーシアがにっこり微笑みながら匙の手を掴むと、匙はガシッとアーシアの手を握り返した。

 

 

「こちらこそ! キミみたいなかわいい子は大歓迎だよ!」

 

 

 ・・・・・・態度が急変しすぎだろ。

 

 案外、イッセーとこいつって似た者同士かもな。

 

 そんなアーシアの手を握っている匙の手を、イッセーが強引に引き剥がし、握り潰す勢いで力をこめて握手しだす。

 

 

「ハハハハッ! 匙くん、俺のこともよろしくね! つうか、アーシアに手を出したらマジ殺すからね、匙くん!」

 

 

 そんなイッセーの手を匙も負けじと力をこめて握り返す。

 

 

「ハッーハハッ! 金髪美少女を独り占め気取りか? 美少女幼馴染みをたくさん侍らせておいて、さすがエロエロな鬼畜くんだね!」

 

 

 二人とも握手する手にさらに力をこめ、ぐぬぬと睨み合う。

 

 

「大変ね」

 

「そちらも」

 

 

 そんな二人を呆れたような表情で見る部長と会長。

 

 うーん、やっぱり似た者同士だな、こいつら。

 

 

「俺はデビューして早々使い魔を持つことを許されたんだ! おまえはまだチラシ配りをしているそうじゃないか?」

 

「バカにすんな! 俺も部長から使い魔を持つようさっき言われたんだよ!」

 

「えっ、あなたところも?」

 

「ええ。来週にはと思っていたのだけど」

 

「でも、彼は月に一回しか受け持ってくれませんし」

 

 

 ん、何やら問題発生か?

 

 

「ならここは、公平に実力勝負というのはどう?」

 

「勝負?」

 

「勝ったほうが彼に依頼する権利を得るの」

 

 

 どうやら、部長と会長との間でひと勝負が勃発しそうだな。

 

 

「もしかして、レーティンゲームを?」

 

「ふふ、まさか。まず許可してもらえっこないわ」

 

「そうですね」

 

 

 レーティングゲーム。確か、上級悪魔同士で行う下僕同士戦わせる競技だっけ。

 

 

「それに、いまのあなたは大事な体ですから」

 

「・・・・・・関係ないわ」

 

 

 会長の言葉に部長が急に不機嫌そうになった。

 

 何かあるのか? たぶん、最近の部長の様子とも無関係じゃないんだろう。

 

 当の部長はすぐさまいつも通りの雰囲気に戻った。

 

 

「ソーナ。ここは高校生らしく、スポーツで決めましょう!」

 

 



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Life.4 使い魔、ゲットします!

 

 

 部長が会長に勝負を挑んだ翌日の放課後、学園のテニスコートで部長、副部長のタッグと会長、副会長のタッグがネットを挟んで対峙していた。

 

 見ての通り、勝負内容はテニスのダブルス対決だ。

 

 そして、どこで聞きつけたのか、学園のほとんどの生徒がテニスコートの周りに集まって観客と化していた。

 

 スゴい熱狂になっていたが、学園で人気のあるメンツで勝負となれば当然の結果か。

 

 

「がんばれー! 部長! 朱乃さーん!」

 

「会長ー! 勝ってくださいー!」

 

 

 そんな生徒たちに紛れてそれぞれの主を全力で応援するイッセーと匙。

 

 

「朱乃。この勝負勝ちに行くわ!」

 

「はい、部長!」

 

「行くわよ、ソーナ!」

 

「ええ! よくてよ、リアス!」

 

 

 思った以上に燃えている部長と会長。

 

 そして、そんな二人の対決の火蓋が切って落とされた。

 

 部長側と会長側、どちらも一進一退のラリーによる攻防で白熱していた。

 

 

「うまいもんだな」

 

 

 四人とも、テニスの腕前はプロ級だった。

 

 

「なにせ部長と会長はグレモリー流とシトリー流の技をそれぞれ極めているからね」

 

 

 隣にいた木場がそんな解説をくれた。

 

 ていうか、そのグレモリー流とシトリー流の技ってなんだよ? 絶対二人のオリジナルだよな。

 

 

「しかし、盛り上がってるな」

 

「いつのまにか、ギャラリーがいっぱいになってるからね」

 

「・・・・・・これでは魔力は使えませんね」

 

「──って、おい。魔力を使う気だったのかよ、二人とも!?」

 

「だって、さっき言ったグレモリー流とシトリー流の技は魔力ありきの技だからね」

 

 

 おいおい・・・・・・。スポーツぐらい、普通にやりましょうよ。

 

 まあ、塔城の言う通り、こんだけ一般人のギャラリーがいれば、魔力なんて使わねえよな。

 

 

「おくらいなさい! シトリー流スピンサーブ!」

 

 

 会長がそんな技名を高々と叫びながらサーブを放つ。――って、あれ。いま打った会長のボールに青いオーラが微かに・・・・・・。

 

 

「甘いわ! グレモリー流カウンターをくらいなさい!」

 

 

 部長が打ち返そうとした瞬間、ボールが部長の前でありえない方向にバウンドしていった!

 

 ていうか──。

 

 

「魔力使ってんじゃねぇか!」

 

「・・・・・・しっかり使ってるね」

 

「・・・・・・ちょっと熱くなり過ぎかもです」

 

「・・・・・・おいおい、大丈夫なのかよ?」

 

「まあ、周りの人たちは魔球ってことで納得しているみたいだね」

 

「・・・・・・いろいろ平和で何よりです」

 

 

 ・・・・・・いいのかよ、それで。どう見ても物理法則を無視してるぞ。本当に文字通りの魔球だぞ。

 

 

「それでこそ私のライバル。でも、絶対に勝たせてもらうわ! 私の魔導球は百八あるのよ!」

 

「受けて立つわ、リアス! それが私のあなたへの愛!」

 

 

 いまの一球でさらに白熱した部長と会長の対決はもう俺の知っているテニスではなかった。

 

 ボールが縦横無尽に物理法則を無視して暴れ回るテニスではない別のスポーツと化していた。

 

 幸い、周りの連中は全て魔球ってことで納得していた。

 

 ・・・・・・・・・・・・塔城の言う通り、いろいろ平和で何よりだよ。

 

 

―○●○―

 

 

 結局、テニス(もはや別のスポーツ)対決は、部長たちのいつまでも決着のつかない激しいラリー合戦にラケットのほうが耐えられなかったため、勝負は無効となった。

 

 というわけで、今度は──。

 

 

「団体戦?」

 

「ということになったみたいだ」

 

 

 むろん、俺や千秋たちも参加させてもらうつもりだ。

 

 人間ではあるが、遅れをとるつもりはさらさらない。

 

 

「それでいま、部長と朱乃さんが生徒会と協議中なんだよ」

 

 

 ガチャ。

 

 

 と、噂をすれば部長と副部長が戻ってきた。

 

 

「種目はドッチボールに決まったわ。勝負は明日の夜、体育館で。イッセーとアーシアのためにがんばりましょう」

 

『はい!』

 

 

 部長の言葉にイッセーとアーシア以外の全員で力強く返事をする。

 

 そんじゃま、ダチ二人のために一肌脱ぐか。

 

 

―○●○―

 

 

 翌日の夜、俺たちは体育館に来ていた。

 

 今夜行われる対決の種目はドッチボール。

 

 

『いいなー。俺もやりてーなー』

 

 

 ・・・・・・てめぇは黙ってろ。

 

 千秋に背中を押してもらって柔軟してると、ドレイクが棒読みで喚く。

 

 あれ以来、こいつはやたらと話しかけてくるようになっていた。

 

 とりあえず、無視してるがな。

 

 

「俺、ドッチボールなんて小学校以来だよ」

 

「勝負を着けるのが目的だからな。ルールは簡単なほうがいいってことなんだろう。アーシアもすぐに覚えられたからな」

 

 

 ドッチボール用のバレーボールで投げ合って練習したり、柔軟をしたりして準備万端となったところで、イッセーが俺たちに渡したいものがあると言ってきた。

 

 

「ハチマキ?」

 

「ほぉ」

 

「へぇ」

 

「あらあら、素敵ですわ」

 

 

 イッセーが俺たちに渡したのは、『オカ研』と刺繍されたハチマキだった。

 

 

「徹夜して作ったんです」

 

「寝ないで?」

 

「俺たちのために部長と朱乃さんがあんなにがんばってくれて、今日は小猫ちゃんや木場、明日夏たちまで。だから、皆のためになんかひとつでもできたらなぁ、なんて。・・・・・・あのー、ハチマキなんてやっぱダサいっスか?」

 

「ううん。よくできているわ。本当に素敵よ、イッセー」

 

 

 部長の言う通り、初めてにしてはなかなか上出来だった。スジいいんじゃねえか?

 

 

「い、いえ、そこまでのもんじゃ・・・・・・」

 

「謙遜しなくてもいいんじゃないの? いい出来だと思うけど」

 

「そうだよ〜、イッセーくん」

 

「素敵だと思うよ、イッセー兄」

 

「・・・・・・予想外の出来栄え」

 

 

 他の部員の皆にも好評だった。

 

 

「これを巻いて、チーム一丸となって頑張りましょう!」

 

 

 部長の言葉に俺たちは力強く頷いた。

 

 そんななか、複雑そうな表情をする千秋と燕。

 

 実は俺たちオカ研のほうが人数が二人多いため、悪魔以外のメンバーの俺たちから千秋と燕が抜けてもらい、審判をしてもらうことになっていたのだ。

 

 

「安心しろ。二人の分までやってやるからよ」

 

「安心して任せてよ〜」

 

 

 俺と鶫にそう言われ、視線で「任せた」と言われ、より一層気合いを入れた。

 

 

「お待たせしました」

 

 

 そこへ、ようやく生徒会メンバーのご登場だった。

 

 ここに、オカルト研究部と生徒会による戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

―○●○―

 

 

「ハッ!」

 

「──ッ!?」

 

「アウト!」

 

 

 開始早々、生徒会側の外野の投げたボールが塔城にかするように当たり、塔城がアウトになった。

 

 

「小猫ちゃん!」

 

「・・・・・・問題ありません」

 

 

 いきなり塔城がやられたか! 生徒会もなかなかやる!

 

 ちなみにこちら側の外野は木場とアーシアだ。木場はともかく、アーシアは運動神経がいいほうではないため、回避作業のある内野はキツいと判断されたためだ。

 

 それにしても、塔城のボールが当たった部分の体操着が破れてたのが気になるんだが? ・・・・・・というか、いやな予感がするんだが?

 

 

「フッ。追憶の嘆き!」

 

 

 副会長が高々と技名を叫びながら投げられたボールにそれはもう濃密な魔力を帯びていた。

 

 ていうか、ドッジボールでも魔力かよ!

 

 さっきの塔城をアウトにした投球も魔力を使ってたな!

 

 

「──ッ!」

 

 

 部長へと投げられたボールを部長は見事キャッチした。が、衝撃でジャージがところどころ破けていた。

 

 

「流石ですね。椿姫の球を正面から」

 

「私を誰だと思っているのかしら!」

 

 

 部長の前方に魔法陣が現れ、部長が投げたボールが魔法陣を潜ると、ボールは破裂して潰れ、副会長以上の濃密な魔力を帯びて生徒会メンバーの一人を吹き飛ばした。

 

 そして、新しいボールに変えてからのこのドッチボール対決は、もう無茶苦茶だった。

 

 魔力を帯びたボールが縦横無尽に体育館内を暴れ回り、およそドッチボールでは聞かないはずのボールが当たった者(主に部長の投球による生徒会の被害者)の悲鳴が響き渡っていた。

 

 

 ガシャン!

 

 

 あ、副会長の投げたボールが窓を突き破ってどっかに飛んでいった。

 

 ・・・・・・これで何球目だ、ボールがダメになるの?

 

 

「ドッチボールって怖いスポーツなんですね!?」

 

「・・・・・・いや、アーシア。これはもうドッチボールじゃねえよ」

 

「もはやなんのスポーツなんだかわかんなくなってきた!?」

 

 

 と、ここで生徒会側の外野の一人が鶫に向かってボールを投げた。

 

 だが、ボールはそのまま鶫のことをすり抜けていってしまった。

 

 ただ、本当にボールが鶫のことをすり抜けているわけではない。タネは至極単純。鶫のボールを避けてからもとの体勢に戻るまでのスピードが速すぎるのだ。それによって、ボールが鶫のことをすり抜けているように見えていたのだ。

 

 のんびりそうにしていながらその実、忍びとしてとても俊敏なのだ。

 

 むろん、避けるだけでなく、投球も力強く、なおかつ速くて鋭く、生徒会メンバーの一人を下していた。

 

 

「追憶の嘆き!」

 

 

 おっと、ここで副会長が俺に向かってさっきから猛威を振るっている必殺球が飛んできた。

 

 

「ふっ!」

 

 

 俺はその一球に向けて猛虎硬爬山を放つ!

 

 俺の一撃で勢いが多少衰えたところでボールを抱え込むようにしてキャッチし、その場で転がりながら勢いを逃す。

 

 

「ふぅ・・・・・・」

 

「やりますね。まさか人の身で椿姫の球を止めるなんて」

 

 

 ちなみに、いまのように八極拳の技をボールに打ち込んで打ち出し、生徒会メンバーの一人を下していたりする。

 

 

「よくやったわ、明日夏」

 

「部長!」

 

 

 部長が視線でボールを渡すように伝えてきたので、部長にボールをパスする。

 

 そして、部長が投げたボールが魔力で再びダメになりながらも副会長を下した。

 

 これで残りは会長と匙の二人。こちらは部長、俺、イッセー、鶫の四人。残り時間もあとわずか。戦況はこちらに有利であった。

 

 だが、会長も匙もまだ諦めてはいなかった。油断はできないな。

 

 

「会長。まずは兵藤を潰しましょう!」

 

 

 匙の言葉に頷き、会長はメガネを光らせる。

 

 マズい! 何か来る!

 

 

「イッセー、逃げろ!」

 

「えっ!?」

 

「シトリー流バックスピンシュート!」

 

 

 妙に派手に動きながら魔力を帯びて放たれた会長のボールはまっすぐイッセーに向かっていく。

 

 

「何っ!?」

 

 

 イッセーは慌てて逃げるが、ボールは意思を持ったかのようにイッセーを追いかけていた!

 

 

「な、なんで!?」

 

「イッセー、避けて!」

 

 

 部長に言われながら、イッセーは必死になってボールから逃げる、避けるを繰り返すが、ボールはとことんイッセーを狙って追いかける。

 

 

「うわぁぁぁぁぁ──っ!?」

 

 

 そして、とうとうボールは命中した。――イッセーの股間に。

 

 イッセーは股間を押さえて倒れ込んだ。

 

 

「お、おい、イッセー、大丈夫か!?」

 

 

 慌てて駆け寄る俺。他の部員もイッセーに駆け寄る。

 

 

「・・・・・・・・・・・・お、終わった・・・・・・何もかも・・・・・・」

 

 

 ヤベェ。やっぱりというか、当然というか、重傷だな、これは。

 

 

「『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』で治療を行いますので、ケガしたところを見せてください!」

 

 

 アーシアの言葉にイッセーは痛みを忘れて慌てだす。

 

 

「い、いや、それは無理!」

 

「でも、患部を見ないと、ちゃんとした治療が・・・・・・」

 

「いやっ、患部っつうか、陰部はちょっと! いろいろとまずいから! お願い! マジで許して!?」

 

「仕方ありません。では、服の上から・・・・・・」

 

 

 イッセーの必死の説得というか、懇願でアーシアに妥協してもらい、結果、なんとも言えない表情で座っているイッセーの股間に真剣な表情で回復の力を当てるアーシアという光景ができあがった。

 

 

「・・・・・・なんだこの絵面?」

 

「・・・・・・なんとも言えない場面」

 

「・・・・・・俺もそう思う」

 

 

 塔城の言う通り、本当になんとも言えない絵面だなぁ。

 

 

「アーシアはこのままイッセーの看護を」

 

「は、はい!」

 

 

 アーシアの返事を聞いたあと、部長は他の部員に向けて告げる。

 

 

「皆、イッセーの弔い合戦よ!」

 

「ええっ! イッセーくんの死を!」

 

「無駄にはできませんね!」

 

「・・・・・・もちろんです!」

 

「えーっとぉ・・・・・・俺、死んだわけじゃ・・・・・・」

 

 

 なんで部長たち、イッセーが死んだようなノリになってんだ?

 

 なんて妙な展開になりながらもドッチボールは再開された。

 

 

「えーと、ボールはどこかしら?」

 

 

 ボールを探すと、鶫が持っていた。

 

 ――って、ん? 鶫の様子がおかしいような──ッ!? まさか!

 

「行きなさい、鶫! ・・・・・・鶫?」

 

 

 部長の言葉に何も反応を示さない鶫にこの場にいる全員が怪訝そうにする。

 

 その中で事情を知ってる燕はどこか呆れたような表情をしており、同じく事情を知ってる俺とイッセー、千秋は冷や汗を流していた。

 

 

「・・・・・・よくも・・・・・・」

 

 

 ようやく発せられた鶫の声はいつもののんびりとした雰囲気は微塵もなく、ただ低く冷えたような声音だった。

 

 そして、突如として火山の噴火のごとく爆発した。

 

 

「よくもイッセーくんをおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

 咆哮のような叫びをあげながら放たれた鶫のボールは会長の頬をかすりながら後方の壁に激突し、壁を粉砕した!

 

 その光景を見た事情を知らない皆は驚愕していた。特に頬をかすった会長なんかは表情を引きつらせて冷や汗も流しており、近くで見ていた匙なんかは驚愕と恐怖がごっちゃまぜになった変な表情をしていた。

 

 

「イッセー! もう動けるな!?」

 

「お、おう! わかってる!」

 

 

 イッセーは慌てて立ち上がり、鶫の下へ駆け寄る。

 

 

「鶫さん! 俺は大丈夫だから! ほら、アーシアのおかげでこの通り、ピンピンしてるから!」

 

「・・・・・・ホント?」

 

「ホントホント! 本当に大丈夫だから!」

 

「はぁ〜、よかったよ〜」

 

 

 イッセーの言葉を聞いて、鶫は落ち着き、いつもののんびりとした雰囲気に戻っていた。

 

 

「・・・・・・明日夏、これはいったいどういうことなの?」

 

 

 そこでようやく、驚愕の硬直から立ち直った部長が訊いてきた。

 

 

「えーっと、鶫は燕やイッセーが傷つくようなことがあると、いまみたいにキレて凶暴化するんですよ」

 

 

 昔、燕をいじめてた連中をキレてぼこぼこにしたことがあった。他にも、そのいじめを行っていた連中のリーダー的な奴の兄貴が不良で、そいつが不良仲間を引き連れて鶫に仕返ししに来たときにイッセーが鶫を庇ってケガをした際にもキレて、不良たちを返り討ちにしたこともあった。

 

 しかも、その状態の鶫は本当に凶暴で容赦がなく、倒れた相手にすら過剰に暴力を振るう。

 

 止める方法はいまみたいに原因、つまり燕やイッセーが自分は大丈夫だということを伝えるのみだ。

 

 それにしても、さっきの鶫の投球。ただボールを力任せに投げたわけじゃない。力が最大限に乗るように、そして速く、鋭くなるように投げたのだ。その結果があの壁だ。キレながらもあれだけ繊細なことをやってのける鶫は大したもんだと感服するしかなかった。ちなみに、ボールは衝撃に耐えられずに破裂した。

 

 もし、レイナーレの事件のときに鶫があの場にいたら、レイナーレはもっと凄惨な死を迎えていたかもしれなかった。

 

 

「ま、とりあえず、鶫が落ち着いたところで、ドッチボールを再開しますか」

 

 

 俺は手を叩いてドッチボールの再開を促した。

 

 今回の件は会長に悪気があったわけじゃない。だから、鶫もあっさりと落ち着いてくれた。

 

 たぶん、もう大丈夫なはずだ。

 

 再開されたドッチボール。ボールは塔城の手の中。狙いは匙。匙も受けて立つ気のようだ。

 

 

「来い!」

 

「・・・・・・えい」

 

「──っ!?」

 

 

 あ、塔城の投げたボールが匙の股間に。

 

 匙はイッセー同様、股間を押さえながら倒れた。

 

 まあ、これで匙もアウトだな。

 

 残るは会長一人。

 

 

「もうあなたひとりよ。覚悟なさい、ソーナ!」

 

「ふふ、勝負はこれからです!」

 

「オーバータイム!」

 

「えっ!?」

 

 

 まだまだ諦めないと意気込む会長に無慈悲なタイムアップ宣言がされた。

 

 この勝負、俺たちオカルト研究部の勝利に終わった。

 

 

―○●○―

 

 

『かんぱーい!』

 

 

 生徒会との激闘を制した俺たちは部室でジュースを片手にささやかな祝勝会を行っていた。

 

 

「見事生徒会を撃破し、めでたく我がオカルト研究部が勝利を飾ったわ。これも皆のおかげよ」

 

 

 ちなみに、鶫が壊した体育館の壁だが、原因は自分にあると会長のほうで修理してくれるようだ。

 

 んでもって、塔城の一撃でダウンした匙だが、イッセーのように治療されることなく、生徒会メンバーの一人におぶられていった。

 

 

「さあて、ぐずぐずもしていられないわ。使い魔をゲットしに行くわよ」

 

「あの、いまからですか?」

 

「満月の夜じゃないと彼に会えないのよ」

 

 

 なるほど。確かに今夜は満月だったな。

 

 

「彼?」

 

「使い魔マスターよ」

 

 

 イッセーが訊くと、部長はそう答えた。

 

 使い魔マスター? そんなのがいるんだな。

 

 たぶん、使い魔について詳しいんだろう。

 

 

「部長。俺たちも行ってもいいですか?」

 

 

 ちょっと興味あるからな。

 

 

「いいわよ。あなたたちもいらっしゃい」

 

 

 そんなわけで、俺たちはその使い魔マスターなる人物のいるところまで転移するのだった。

 

 

―○●○―

 

 

 部室からやってきたのは、とある森だった。

 

 どうやらこの森には使い魔向けの魔物なんかがたくさん生息しているようだった。

 

 部長たちの使い魔もここでゲットしたらしい。

 

 

「ゲットだぜ!」

 

「「「「「「──っ!?」」」」」」

 

 

 突然の大声に俺たちは驚くなり、悲鳴をあげるなり、警戒するなりする。部長たちはとくに驚いている様子は見受けられなかった。

 

 声がしたほうを見ると、木の上に帽子を深くかぶり、ラフな格好をしたおっさんがいた。

 

 

「俺は使い魔マスターのザトゥージだぜ」

 

 

 このおっさんが使い魔マスター? なんか、ものスゴく胡散くさいな。いや、ヒトは見た目では判断できないが。

 

 

「んー、今宵もいい満月。使い魔ゲットに最高だぜ! 俺にかかれば、どんな使い魔も即日ゲットだぜ」

 

 

 本当に大丈夫なのか、こいつ?

 

 いや、まあ、部長たちが頼るってことは、大丈夫なんだろうけど。

 

 

「彼は使い魔に関してはプロフェッショナルですのよ」

 

 

 副部長から補足説明を受ける。

 

 副部長がそう言うってことは、たぶん大丈夫なんだろう。

 

 

「さあて、どんな使い魔がご所望なんだぜ? 強いの? 速いの? それとも、毒持ちとか?」

 

「そうっスねぇ、かわいい使い魔とかないですかねぇ? 女の子系とか?」

 

 

 イッセーの要望にザトゥージは指を振る。

 

 

「チッチッチッ。これだから素人はダメなんだぜ。使い魔ってのは有用で強いのをゲットしてなんぼだぜ。すなわち、個体の能力を把握してかつ自分の特性を補うような──」

 

 

 ほぉ、意外と真面目なことを言っているな。胡散くさい格好の割に結構まともなのかも──。

 

 

「あのー、私もかわいい使い魔が欲しいです」

 

「うん! わかったよぉ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 アーシアが頼んだ途端にあっさりと態度を変えやがった。

 

 前言撤回だな・・・・・・。

 

 

―○●○―

 

 

 あのあと、イッセーはカタログらしきものでいくつかおすすめを紹介されたのだが、なぜか魔王よりも強い龍王の一角、『天魔の業龍(カオス・カルマ・ドラゴン)』ティアマットだったり、ギリシャ神話のヘラクレスで有名なヒュドラだったりと、一体何を基準にして初心者にすすめたのかわからない紹介をされていた。

 

 そして、なぜか部長もノリ気になるしで、俺とイッセーはやたらとツッコまされた。

 

 で、その後、真面目に初心者向けのをおすすめしてもらい、いま俺たちはウンディーネという水の精霊が現れる湖に来ていた。

 

 ウンディーネっていうのはたしか、清い心と美しい容姿をした乙女だったな。

 

 だからなのか、イッセーはいやらしい顔をしていた。おそらく、いろいろと卑猥な妄想してるんだろう。

 

 それを察したのか、千秋、鶫、燕の三人が不機嫌になっていた。

 

 

「あっ、湖が」

 

 

 木場が指さしているほうを見てみると、湖が輝きだしていた。

 

 

「おっ、ウンディーネが姿を現すぞ」

 

 

 それを聞いて、イッセーはますます鼻息を荒くしだす。

 

 そして湖から現れた。長い金髪を持った()()の女性が。

 

 

『フンガァァァァァッ!』

 

 

 咆哮のような雄叫びをあげるウンディーネ? を見てイッセーは驚愕する。

 

 いや、俺や千秋たちも空いた口が閉じれないんだけどな・・・・・・。

 

 

「・・・・・・なんだあれ?」

 

 

 太い上腕に太い足、分厚い胸板、そして全身には歴戦の戦士のような傷跡が見られた。

 

 

「あれがウンディーネだぜ」

 

 

 ザトゥージが歴戦の戦士のような女性の正体を言う。

 

 

「いやいや、あれはどう見ても水浴びに来た格闘家ですから!」

 

 

 うん、まあ、イッセーじゃなくても、あれがウンディーネだって言われてもそんな感想しか出ないよなぁ。

 

 

「運がいいぜ、少年。あれはレア度が高い。打撃に秀でた水の精霊も悪くないぜ」

 

 

 それ、もう水の精霊じゃなくて、打撃の精霊じゃないのか?

 

 

「悪い! 癒し系つうより、殺し系じゃねえか!?」

 

「でも、あれは女性型だぜ?」

 

「・・・・・・・・・・・・もっとも、知りたくない事実でした・・・・・・」

 

 

 イッセーは涙を流しながらその場に崩れ落ちた。

 

 なんというか、現実はいろいろと変わってるんだな。

 

 結局、イッセーの希望というか、懇願でウンディーネは却下された。

 

 ちなみにあのあと、もう一体同タイプのウンディーネが現れて、湖をかけて殴り合いによるデスマッチが行われた。

 

 んでもって、それをおもしろがったドレイクがノリノリで実況解説していた。

 

 

「でも、あの子たち、とても清い目をしていました。きっと心の綺麗な女の子に違いありません」

 

「・・・・・・・・・・・・あれを女の子とか呼ばないで・・・・・・」

 

 

 どんだけショック受けてるんだよ。いや、まあ、気持ちはわからんでもないが。

 

 

「待て」

 

 

 急に先頭を歩いていたザトゥージが立ち止まった。

 

 

「見ろ」

 

 

 ザトゥージが指さす方向を見ると、そこには木の上に何かが止まっていた。

 

 蒼い輝きを放つ鱗で身を覆った、オオワシくらいの大きさの、ドラゴンみたいな生き物。というか、ドラゴンの子供だった。

 

 

蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)。蒼い雷撃を使うドラゴンの子供だぜ」

 

「これはかなり上位クラスですね」

 

「私も見るのは初めてだわ」

 

「ゲットするならいまだぜ? 成熟したらゲットは無理だからな」

 

 

 ならなんでティアマットを紹介した?

 

 

「イッセーくんは赤龍帝の力を持ってますし、相性はいいんじゃないかしら?」

 

 

 副部長はそう言うが、果たしてそんな簡単に行くかね?

 

 

「なるほど。よし! 蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)、キミに決め──」

 

「きゃっ!?」

 

 

 突然のアーシアの悲鳴に顔を向けると、なんかゲル状の粘ついた物体がアーシアに降りかかっていた。

 

 というか、よく見ると、他の女性陣にも降りかかっていた。

 

 

「スライムか!」

 

 

 木場の言う通り、このゲル状の物体はスライム。まあ、RPGでよくいる魔物だな。

 

 

「うっ、うわっ!?」

 

 

 剣を振ろうとした木場だったが、目にスライムが張り付いて視界を塞がられていた。

 

 俺のほうにも来たが、なんとか避ける。

 

 

「・・・・・・あらあら・・・・・・はしたないですわ・・・・・・」

 

「ちょっと!? こらっ!?」

 

「ふ、服が!?」

 

「・・・・・・ヌルヌル・・・・・・キモッ・・・・・・」

 

「──っ!?」

 

「わ~っ、服が溶けちゃうよ~っ!?」

 

「こ、このっ!?」

 

 

 女性陣の声を聞き、そちらに顔を向ければ、スライムに服を溶かされていた。

 

 

「クソッ!」

 

 

 木場は顔に張り付いたスライムを剥がそうと悪戦苦闘していた。

 

 そして、イッセーはというと、あられもない姿になっていた女性陣をガン見していた。

 

 

「な、なんて素敵な展開──ぐおっ!?」

 

「・・・・・・見ないでください」

 

 

 ガン見していたイッセーが塔城に殴り倒された。

 

 すると、今度は木の幹から蔓のようなものが女性陣を縛り上げた。

 

 これ、触手だな。

 

 

「こいつらは布地を主食とするスライムと女性の分泌物を主食とする触手だぜ。コンビを組んで獲物に襲いかかり、スライムが女性の衣類を溶かし、触手が女性を縛り上げる以外、特に害はないんだが」

 

 

 スライムを顔に張り付かせ、鼻血を出し、腕組みしながら解説するザトゥージ。

 

 ていうか、十分な害を出してるじゃねえか。

 

 

「服を溶かすスライムと女性を縛り上げる触手だと!? 部長、俺、このスライムと触手を使い魔にします! こいつらこそ、まさに俺が求めていた逸材!」

 

 

 あーあ、まーた始まった。

 

 

「あ、あのね、イッセー。使い魔は悪魔にとって重要なものなのよ! ちゃんと考えなさい!」

 

 

 スライムと触手に悪戦苦闘している部長に言われ、イッセーが考え込むこと早三秒。

 

 

「考えました! やはり使い魔にします!」

 

 

 そんなイッセーの主張を無視し、皆、触手の拘束を解き、スライムと触手を殲滅しだした。

 

 俺もナイフでスライムと触手を切り裂き、木場もようやく顔からスライムを剥ぎ取ってスライムを切り裂いていく。

 

 スライムと触手がやられるたびにイッセーは悲痛な叫びをあげていた。

 

 残っているのは既にアーシアを襲うもののみとなっていた。

 

 イッセーはスライムと触手を庇うようにアーシアを抱きしめる。

 

 

「どきなさい、イッセー。こんな生き物は焼いてしまうに限るわ」

 

「いやです! このスライムと触手はまさしく俺と出会うため、この世に生を受けたに違いありません! これぞまさしく運命! もう他人じゃないんです! ああ、スラ太郎、触手丸! 我が相棒よ!」

 

 

 もう名前までつけてるよ、こいつ。

 

 ちなみにアーシアはイッセーに抱きつかれて嬉しそうにしていた。・・・・・・まあ、それを見て千秋たちがまた不機嫌になっているんだが。

 

 

「森の厄介者をここまで欲しがる悪魔は初めてだぜ。まったく、世界ってやつは広いぜ」

 

「普段はいい子なのよ。でもあまりに欲望に正直過ぎる体質で・・・・・・」

 

「ぶ、部長! そんなかわいそうな子を見る目をしないでください! こいつらを使って、俺は雄々しく羽ばたきます!」

 

 

 バチバチ。

 

 

 ん? いつのまにか、蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)がアーシアの上空で蒼い電気を迸らせていた。

 

 

 バリバリバリバリバリバリッ!

 

 

「うがががががががががががっ!? ・・・・・・・・・・・・な、何が・・・・・・」

 

 

 蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)の放った雷撃がイッセーもろともスライムと触手を焼き払った。

 

 

「ああっ、スラ太郎、触手丸!? てんめぇ──」

 

 

 バリバリバリバリバリバリッ!

 

 

「あがががががががががががっ!?」

 

 

 再び雷撃で感電したイッセーは完全にダウンした。

 

 蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)はそのままアーシアの肩に止まる。

 

 

「そいつは敵と認識した相手しか攻撃しないんだぜ。つまり、スライムと触手、そして少年が金髪美少女を襲ったと思ったんだぜ」

 

 

 アーシアを襲ってた奴ら(イッセーは違うが)を敵と認識したってことは・・・・・・。

 

 

「クー」

 

 

 蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)はアーシアに頬ずりしだした。

 

 完全にアーシアに懐いてるな。

 

 たしか、蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)は心の清い者にしか心を開かないって聞いたな。

 

 

「決まりだな。美少女、使い魔ゲットだぜ」

 

 

―○●○―

 

 

 アーシアの目の前で展開する緑色の魔方陣の中央に蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)が置かれ、アーシアの使い魔の契約儀式が執り行われていた。

 

 

「・・・・・・ア、アーシア・アルジェントの名において命ず! な、汝、我が使い魔として、契約に応じよ!」

 

 

 アーシアの詠唱が終えると、魔法陣が消えた。

 

 

「はい、これで終了。よくできました、アーシアちゃん」

 

 

 副部長のサポートありとはいえ、懐いていたこともあってすんなりと終わったな。

 

 契約が完了した蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)はアーシアのもとに飛んでいき、じゃれだした。

 

 

「うふふ、くすぐったいです、ラッセーくん」

 

「ラッセー?」

 

「はい。雷撃を放つ子ですし、あの、イッセーさんのお名前もいただいちゃいました」

 

「はは、まあいいや。よろしくな、ラッセー──あがががががががががががっ!?」

 

 

 イッセーが手を差し出した瞬間、いきなりラッセーが雷撃を放った。

 

 そういやぁ、ドラゴンのオスってたしか、他のオスが大嫌いなんだっけか。

 

 現にイッセーだけでなく、俺や木場、ザトゥージにまで被害が及んで黒焦げになっていた。

 

 結局、今回はアーシアだけが使い魔を手に入れ、イッセーはこの次ということになった。

 

 



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Life.5 喧嘩、売ります!

 

 

 アーシアが蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)ことラッセーを使い魔にした翌日の夜、俺はベッドの上で座禅を組んでいた。

 

 というのも、先程風呂に入ろうとしたときだった──。

 

 

『あっ・・・・・・』

 

『なっ・・・・・・』

 

 

 確認を怠ったせいで、アーシアと鉢合わせしてしまった。おまけにお互いいろいろ見てしまった。

 

 しかも、俺が出ようとしたら、アーシアが「裸の付き合い」をやりたいなんて言ってきたもんだから、俺の理性はいろいろと大変だった。

 

 なんとか理性を保ちつつ、アーシアに裸の付き合いの意味を教え、女の子なんだから、男が入ってきたらもっと防衛的な行動をするようにと警告しようとしたタイミングで母さんがやって来て誤解をされてしまい、俺は思わず逃げ出してきてしまった。

 

 ただ、そのときのアーシアの裸やら裸の付き合い宣言が頭を離れなかったので、こうして座禅を組んでアーシアに対する煩悩と雑念を払っていた。

 

 

「俺はエロくない。俺は変態じゃない。アーシアは守るべき存在。アーシアと暮らしてるけど、エッチなことは考えちゃいけない。南無阿弥──んぎゃあああああっ!?」

 

 

 そうだよ、悪魔がお経を唱えちゃダメだろ!

 

 危うく自分で自分を成仏させてしまうところだった。

 

 俺は頭痛で痛む頭を押さえながら、とあるところに電話をかける。

 

 

『なんだよ、イッセー? こんな時間に?』

 

 

 通話先は明日夏のスマホだった。

 

 

「なあ、明日夏。悪魔でもできる煩悩退散法知らねえか?」

 

『は?』

 

 

 スマホの向こうから、明日夏の素っ頓狂な声が聞こえてきた。

 

 俺は先程あったこと説明し、アーシアをエロい目で見ないようにしたい旨を伝える。

 

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

 

 ブツッ。ツーツーツー。

 

 

「って、無言で切るなよ!?」

 

 

 こっちは真剣なんだよ!

 

 俺はもう一度明日夏にかけ直す。

 

 

『はっきり言うぞ。おまえには無理だ』

 

 

 バッサリ言われてしまった。

 

 

『だいたい、おまえから煩悩を取ったら、思考回路の大半が停止するだろうが』

 

 

 そこまで言うかよ! そして、否定できない俺!

 

 

『ま、そういうことだ。諦めろ』

 

「そういうわけにはいかないんだよ! アーシアは守るべき存在なんだから、そんなことしちゃいけないんだよ!」

 

『・・・・・・アーシア的にはそのほうがいいんだけどな・・・・・・』

 

「ん、なんか言ったか?」

 

『いや、なんでもねえ』

 

「ともかく、こっちは真剣で──」

 

 

 カッ!

 

 

「えっ、魔法陣!?」

 

 

 突然、部屋の床に魔法陣が出現した!

 

 しかも、それに驚いて、スマホを落としてしまい、スマホはベッドの下に行ってしまった。

 

 魔法陣のほう見ると、見覚えのある図柄。これは、俺らグレモリー眷属の文様だ。つまり、誰かが転移してくるってことだ。

 

 誰だ? てか、なんで俺の部屋に!?

 

 いっそう強い光が部屋を照らし出した次の瞬間、魔方陣から一人の女性が現れた。

 

 

「部長!?」

 

 

 現れた女性は部長だった。

 

 何やら思いつめたような表情をしていた。

 

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 

 部長は俺を認識するなり、ズンズンと歩いてきて、俺の目の前に来る。

 

 

「イッセー、私を抱きなさい」

 

 

―○●○―

 

 

 一体何事なんだ?

 

 いきなりのイッセーからの相談の内容に呆れていたら、いきなり誰かがイッセーの部屋に転移してきたみたいで、それはどうも部長みたいだ。

 

 そこまではよかったが、そのあとの部長の言葉に思わずフリーズしてしまった。

 

 

『イッセー、私を抱きなさい!』

 

 

 ・・・・・・本当に一体何事なんだ。

 

 どうも、イッセーはスマホを落としたみたいで、それも部長の目が届かない場所に落ちたみたいで、いまだに通話状態になっているのに部長は気づいていない。

 

 イッセーもイッセーで、パニックになって忘れているようだ。

 

 

『私の処女をもらってちょうだい! 至急頼むわ!』

 

 

 スマホから聴こえてくる様子から察するに、頭の整理が追いつかないうちにどんどんことが進んでいるみたいだった。

 

 

『・・・・・・いろいろ考えたけど、これしか方法がないの』

 

 

 ん、方法?

 

 

『既成事実ができてしまえば文句ないはず』

 

 

 既成事実・・・・・・そうか、そういうことですか、部長。

 

 イッセーが相手なのもそういう理由か・・・・・・。

 

 ここ最近の部長の様子、先日の会長が部長に呟いた言葉、頭の中でパズルのピースがすべて埋まった。

 

 

 ゴトンッ。

 

 

「ん?」

 

 

 背後で物音がしたので振り向くと、床に飲みかけのスポーツドリンクが落ちていた。幸い、キャップは閉められていたので中身はこぼれてなかった。

 

 すると今度は玄関のほうから慌てたようにドアが開閉された音が聴こえてきた。

 

 

「千秋か。聞かれたようだな」

 

 

 まあ、千秋の想いを考えれば当然の反応か。

 

 

「さて、これからどう転ぶのやら」

 

 

―○●○―

 

 

 こ、これは一体!?

 

 いきなり部長がやってきたと思ったら、「エッチしよう」と言い出したと思ったら服を脱ぎだし、何がなんだかわからないうちに俺はベッドに押し倒されていた。

 

 

「イッセー、あなたは初めて?」

 

「は、はい・・・・・・?」

 

「お互い至らない点はあるでしょうけど、なんとかして事を成しましょう。大丈夫。私のここにあなたのを収めるだけよ」

 

 

 自分の下腹部に指を当てる部長。刺激的すぎて脳みそが弾けそうだよ!

 

 次に部長は俺の右手を取ると・・・・・・自分の胸に押しつけてたぁぁぁっ!

 

 指から伝わる夢にまで見たおっぱいの感触に脳がパンクしそうだよ!

 

 

「わかる? 私だって緊張しているのよ」

 

 

 確かに柔らかいおっぱいを通して右手にドクンドクンと高鳴りが伝わってきた。

 

 

「で、ですが、俺、ちょっと自信がないです・・・・・・」

 

 

 情けなくも、不安げで緊張に包まれた声をあげてしまった。

 

 

「私に恥をかかせるの!?」

 

 

 部長のその一言で理性が弾け飛んだ。

 

 俺は部長を押し倒そうと起き上がる!

 

 

 バンッ!

 

 

 次の瞬間、部屋のドアが勢いよく開け放たれた!

 

 見ると、そこには切羽詰まったような顔をした千秋に鶫さん、燕ちゃんがいた!

 

 ていうか、見られた! ベッドの上にいる男とほぼ裸の女。どう見ても、これからやろうとしている男女にしか見えないし、実際にやろうとしていました!

 

 

「・・・・・・迂闊だったわね。部屋に人が入れないようにしておくのを忘れるなんて」

 

 

 さらにパニックになる俺に対し、部長は落ち着いていて、嘆息していた。

 

 

「・・・・・・部長、これはどういうつもりですか?」

 

 

 すごく怒気を孕んだ声音で部長に尋ねる千秋。

 

 

「ごめんなさい。あなたたちの想いを考えれば、この状況を認めたくないのも仕方のな──」

 

「・・・・・・私が怒ってるのはそこじゃないです!」

 

「え?」

 

 

 自分の言葉を遮って言われたことに、部長は怪訝そうにする。

 

 

「・・・・・・二人がちゃんとお互いのことを愛し合っているのなら、動揺はしてもここまで焦ったりしません。でも、いまのこれは、ただイッセー兄の性格に漬け込み、自分の都合から利用しようとしただけです。それはイッセー兄の心を弄ぶことと同じです。いまの部長はあの女と同じです!」

 

「──ッ!?」

 

 

 千秋の言葉に部長は目を見開いてショックを受けたようだった。

 

 千秋がここまで怒りをあらわにする女──たぶん、レイナーレのことだろう。

 

 

「・・・・・・・・・・・・そう、ね。そのとおりね。本気でイッセーのことを想っているあなたからそう言われても仕方ないわね・・・・・・」

 

 

 部長は何やらぶつぶつと呟いていた。

 

 そこへ、再び部屋に魔法陣が出現した!

 

 誰だ? 朱乃さんか? それとも木場? もしくは小猫ちゃん?

 

 だが、魔法陣から現れたのはまったくの別人で、銀色の髪をしたメイド服っぽい出で立ちの若い女性だった。てか、メイドさん?

 

 メイドさんは俺と部長を確認するなり、静かに口を開いた。

 

 

「こんな下賎な輩と。旦那さまとサーゼクスさまが悲しまれますよ」

 

 

 メイドさんは呆れたように淡々と言った。

 

 

「サーゼクス?」

 

「私の兄よ」

 

 

 部長のお兄さん!?

 

 驚く俺をよそに、部長は立ち上がってメイドさんと対峙する。

 

 

「私の貞操は私のものよ。私の認めたものに捧げることのどこが悪いのかしら? それから、私のかわいい下僕を下賎呼ばわりするのは私が許さないわ。たとえ、兄の『女王(クイーン)』であるあなたでもね」

 

 

 メイドさんの言葉に部長が不機嫌になり、俺のために怒ってくれる。

 

 いっぽう、メイドさんは床に脱ぎっぱなしになっていた部長の服を拾いあげる。

 

 

「何はともあれ、あなたはグレモリー家の次期当主なのですから。ご自重くださいませ」

 

 

 メイドさんは拾った上着を部長の体にかけると、視線を俺や千秋たちのほうに向ける。

 

 

「はじめまして。わたくしはグレモリー家に仕えるグレイフィアと申します。以後お見知りおきを」

 

「あ、はい!」

 

 

 改めて見ると、本当に美人で綺麗なヒトだなぁ。

 

 

 ぎゅぅぅぅっ。

 

 

 なんて見惚れてたら、部長に頬を引っ張られてしまった。痛い、痛いですよ、部長!

 

 部長はすぐに手をはなすと、フッと微笑む。

 

 

「ごめんなさい、イッセー。私も冷静ではなかったわ。お互い忘れましょう」

 

 

 部長はそう言うと、今度は千秋たちのほうに向き直る。

 

 

「あなたたちも騒がせてごめんなさいね。とくに千秋には非常に不愉快な思いをさせたわね」

 

 

 そう言って頭を下げる部長。

 

 

「イッセー? まさかその方が?」

 

「ええ。兵藤一誠。私の『兵士(ポーン)』よ」

 

「・・・・・・『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を宿し、龍の帝王に憑かれた者。こんな子が・・・・・・」

 

 

 グレイフィアさんが俺のことを驚愕したような表情で見てきた。

 

 な、なんなんだよ? なんの話だ?

 

 

「話は私の根城で聞くわ。朱乃も同伴でいいわね?」

 

「『(いかずち)の巫女』ですか? 構いません。上級悪魔たる者、かたわれに『女王(クイーン)』を置くのは常ですので」

 

 

 そこでいったん話が途切れて、部長が再度こっちを向いた。そして、ベッドに腰掛ける俺に目線を合わせる。

 

 

「迷惑をかけたわね、イッセー」

 

「い、いえ・・・・・・」

 

 

 チュッ。

 

 

 頬に触れる部長の唇。て、えええええええっ!? 俺、部長にキスされた!

 

 

「今夜はこれで許してちょうだい」

 

 

 そう言うと部長はグレイフィアさんと一緒に魔法陣でどこかへとジャンプしていった。

 

 い、一体なんだったんだ?

 

 

―○●○―

 

 

 朝、今日は早朝特訓はなしになり、そのままイッセーたちと学校に向かっていた。

 

 

「なあ、明日夏」

 

「なんだ?」

 

「部長ってなんか悩みがあるのかなぁ?」

 

 

 まあ、昨夜のようなことがあれば、さすがにそう思うか。

 

 

「俺の推測でよければ聞くか?」

 

「ああ、聞くよ」

 

 

 イッセーに俺の推測を話そうと──。

 

 

 ドガッ!

 

 

 ──したが、突如、イッセーが背後から何者かによって殴り倒されていた。

 

 

「イッセェェッ!」

 

「貴様って奴はぁぁッ!」

 

 

 犯人は松田だった。その隣には元浜。二人とも何やら激しく怒りをあらわにしていた。

 

 

「な、何? 朝から過激だねぇ、キミたち?」

 

 

 そして、当のイッセーも二人がそうなっていることに心当たりがあるのか、殴られたことに怒らず、ただ苦笑し、とぼけながら尋ねる。

 

「ふざけんなっ! 何がミルたんだ! どう見ても格闘家の強敵じゃねぇかぁぁぁっ!」

 

「しかも、なんでゴスロリ着てんだっ!? 最終兵器かぁぁっ!?」

 

 

 ああ、そういうことか。

 

 先日、イッセーに女子を紹介してくれと二人にせがまれたときに紹介した人物がそのミルたんだ。その容姿は筋骨隆々の体に魔法少女の格好と正直なんとも言えない人物なのだ。女子と紹介されてそんなのと会わされれば、二人じゃなくても怒って当然か。

 

 

「ほら、魔女っ子に憧れてるかわいい漢の娘だったろ?」

 

「男と合コンできるかぁぁぁっ!」

 

「しかも、女装した連中が集まる地獄の集会だったぞぉぉぉっ!」

 

「怖かったよぉぉぉぉっ!? 死ぬかと思ったんだぞ、この野郎っ!」

 

 

 その光景を思い出したのか、二人は涙を流してお互いに抱きつきながら震えていた。

 

 よっぽど、恐怖を感じる集まりだったみたいだな。

 

 

「魔法世界について延々と語られたんだぞ! なんだよ、『魔法世界セラビニア』ってよぉぉっ!? そんなの俺知らねぇよぉぉぉぉっ!」

 

「俺なんて、邪悪な生物『ダークリーチャー』に出くわしたときの対処法なんて習ったよ・・・・・・。死海から抽出した塩と夜中しか咲かない月見草(ムーンライトフラワー)を焼いて潰して粉にして作る特殊なアイテムで退けるらしいぞ・・・・・・。どう考えてもミルたんの正拳突きのほうが効果的だと思うんだ・・・・・・」

 

 

 叫ぶ松田と呟く元浜は恨み節を叫び、呟きながらイッセーに迫る。

 

 

「う、うぎゃあああああああああああっ!?」

 

 

 次の瞬間、イッセーは二人にぼこぼこにされたのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「婚約騒動?」

 

 

 放課後、オカ研がある旧校舎への道を歩きながら、改めてイッセーに部長の悩みに関する俺の推測を話していた。

 

 

「たぶん、部長は家族からどっかの御家の貴族との婚約を迫られているんだろう」

 

 

 貴族社会じゃよくあることだし、そうじゃなくても、現代社会でも一部ではさまざまな理由で政略結婚なんてよくあることだからな。

 

 

「で、部長はそれをいやがっている。だから、昨夜のようなことをして強引にでも破談にしようとしたんだろう」

 

 

 それぐらい、切羽詰まっていて、焦っていたんだろう。

 

 

「もっとも、これはあくまで俺の推測だ。必ずしもそうとは限らねえぞ」

 

 

 とはいっても、正直、この可能性が一番高そうなんだけどな。

 

 

「木場はなんか知ってるか?」

 

 

 イッセーは途中で合流した木場に訊く。

 

 

「僕は何も知らないけど、でも、僕も明日夏くんの推測が一番可能性が高いとは思うよ」

 

 

 木場も同意見か。

 

 

「朱乃さんなら何か知ってるかな?」

 

「あのヒトは部長の懐刀だから、おそらくは──ッ!?」

 

 

 部室の扉を前にして、木場が突然立ち止まって目を細める。

 

 かくいう俺も、木場と同じ反応をしていた。

 

 

「・・・・・・ここに来て初めて気づくなんて・・・・・・この僕が・・・・・・」

 

「・・・・・・まったくだ・・・・・・しかも、自然体でこれか・・・・・・」

 

 

 ここまで来て、ようやく、部室内に相当な力を持った存在がいることに気づいた。

 

 これだけの力を持ちながら、ここまで近づかなければ気配に気づけなかった。しかも、気配の感じから、自然体な状態で気配を消していた。相当な実力者だな。

 

 イッセーとアーシアはわけがわからないといった様子だったが、千秋に鶫、燕は俺たちと同じように気づいたようだ。

 

 イッセーは俺たちの様子に訝しげになりながらも、部室の扉の取っ手を掴む。

 

 

「ちわーっス」

 

 

 イッセーが扉を開けたことで、室内の様子が目に入ってきた。

 

 部長、副部長、塔城と、あと一人──銀髪のメイドの姿があった。

 

 メイドの正体は間違いなく、昨夜、イッセーの部屋に現れたメイド。名前はグレイフィアさんだっけか。

 

 部長は見るからに機嫌が悪く、副部長も表情こそいつものニコニコ笑顔だが、纏っている空気が冷たい。塔城も静かにソファーに座っていた。

 

 

「全員揃ったわね?」

 

 

 俺たち、というより、イッセー、アーシア、木場を確認した部長が何かを話そうと立ち上がる。

 

 

「お嬢さま、わたくしがお話ししましょうか?」

 

 

 そう申し出るグレイフィアさんを部長は手で制する。

 

 

「実はね──」

 

 

 カッ!

 

 

 部長が口を開こうとした瞬間、部室に魔法陣が出現する。

 

 部長たちが使っているのとは紋様が違っており、魔法陣から炎が巻き起こって部室内を照らしだしていた。

 

 

「・・・・・・フェニックス・・・・・・」

 

 

 木場の呟きと同時に炎がさらに燃え上がり、炎が収まると、そこには赤いスーツ姿の一人の男が後ろ向きで佇んでいた。

 

 

「ふぅ、人間界はひさしぶりだ」

 

 

 男が振り返る。

 

 その顔はなかなかに整っていて、赤いド派手なスーツと相まって、なんかホストみたいな感じだった。

 

 

「会いに来たぜ、愛しのリアス」

 

 

 男は部長を視界に捉えると、そんなことをのたまった。

 

 だいたい把握したな、この男の正体を。

 

 

「誰だ、こいつ?」

 

「この方はライザー・フェニックスさま。純血の上級悪魔であり、フェニックス家の御三男。そして、グレモリー家の次期当主の婿殿」

 

 

 イッセーの呟きにグレイフィアさんが答えた。

 

 

「グレモリー家の当主って、まさか!?」

 

「すなわち、リアスお嬢さまのご婚約者であらせられます」

 

 

 どうやら、俺の推測はビンゴだったようだな。

 

 

―○●○―

 

 

「いやー、リアスの『女王(クイーン)』が淹れてくれたお茶はおいしいものだな」

 

「痛み入りますわ」

 

 

 ライザー・フェニックスとか言う部長の婚約者が副部長の淹れた紅茶を誉めていたが、副部長は嬉しそうにしていなかった。

 

 部長もかなり不機嫌そうだった。

 

 ライザー・フェニックスはそんな部長にお構いもなく、さっきから部長の髪を弄くったり、太股を擦ったりしていた。

 

 ちなみに、イッセーはライザー・フェニックスのことを恨めしそうに見ている。

 

 

「いい加減にしてちょうだい。ライザー、以前にも言ったはずよ? 私はあなたと結婚なんてしないわ」

 

 

 部長が立ち上がり、ライザー・フェニックスにもの申すが、当の本人はどこ吹く風という様子であった。

 

 

「だがリアス、キミの御家事情はそんな我儘が通用しないほど切羽詰まってると思うんだが?」

 

「家を潰すつもりはないわ! 婿養子だって向かい入れるつもり。でも私は、私がいいと思った者と結婚するわ!」

 

 

 どうやら部長は自由な恋愛をご所望のようだ。だからこそ、この縁談をいやがってるわけか。

 

 

「先の戦争で激減した純血悪魔の血を絶やさないというのは、悪魔全体の問題でもある。キミのお父さまもサーゼクスさまも未来を考えてこの縁談を決めたんだ」

 

 

 確かに奴の言うとおり、先の悪魔、天使、堕天使による三つ巴の戦争でどの勢力も甚大な被害が出て、悪魔も大半の純血悪魔が死に絶えた。

 

 そのことを考えれば、純血を絶やさないためのこの政略結婚も悪魔全体にとって種の存続に関わる重大なものなのだろう。

 

 部長も頭では理解しているはずだ。だが、心では納得できないのだろう。

 

 

「父も兄も一族の者も皆、急ぎすぎるのよ! もう一度言うわ、ライザー。あなたとは結婚しない──ッ!?」

 

 

 部長が拒絶を口にした瞬間、ライザーは詰め寄って、部長の顎を掴んだ。

 

 

「・・・・・・俺もな、リアス。フェニックス家の看板を背負ってるんだ。名前に泥を塗られるわけにいかないんだ。俺はキミの下僕を全部焼き尽くしてもキミを冥界に連れ帰るぞ」

 

 

 ライザー・フェニックスの言葉を皮切りに二人の魔力が高まりだす!

 

 マズい! 上級悪魔二人がこんなところでやりあったら、周りがただじゃ済まない!

 

 

「お納めくださいませ」

 

 

 誰もが身構えるなか、二人の間にグレイフィアさんの静かな声が割り込んだ。

 

 

「お嬢さま、ライザーさま。わたくしはサーゼクスさまの命を受けてこの場におりますゆえ、いっさいの遠慮は致しません」

 

 

 平坦な落ち着いた声色。しかし、こめられた圧力はすさまじく重い。

 

 

 なんてプレッシャーだよ・・・・・・!

 

 部長も表情を強ばらせ、冷や汗を流しながら魔力を落ち着けていた。

 

 

「・・・・・・最強の『女王(クイーン)』と称されるあなたにそんなことを言われたら、流石に俺も怖いよ」

 

 

 ライザー・フェニックスはおどけた様子を見せてはいるが、おそらく内心では部長と同じ状態なのだろう。

 

 

「旦那さま方はこうなることは予想されておられました。よって決裂した場合の最終手段を仰せつかっております」

 

「最終手段? どういうこと、グレイフィア?」

 

「お嬢さまがそれほどまでにご意志を貫き通したいということであれば、ライザーさまとレーティングゲームにて決着を、と」

 

 

 グレイフィアさんの言葉に、部長が言葉を失う。

 

 

「・・・・・・・・・・・・レーティングゲーム・・・・・・どこかで・・・・・・そうだ、生徒会長が確かそんなことを!」

 

「ああ、言ってたな」

 

「明日夏、レーティングゲームが何か知ってるのか!?」

 

「爵位持ちが下僕同士を闘わせて競うチェスを模したゲームだ」

 

「私たちが『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』と呼ばれるチェスの駒を模した力を有しているのはそのためですわ」

 

 

 俺と副部長でイッセーにレーティングゲームについて説明する。

 

 

「俺はゲームを何度も経験してるし、勝ち星も多い。キミは経験どころか、まだ公式なゲームの資格すらないんだぜ」

 

 

 本来なら、レーティングゲームは成人しないと参加できない競技らしいからな。

 

 例外なのがたしか、非公式の純血悪魔同士のゲームならば、半人前の悪魔でも参加できるんだったな。その場合、多くが身内同士、または、御家同士のいがみ合いによるものだそうだ。

 

 つまり、部長のお父さんは最終的にゲームで今回の婚約を決めようというハラなのか。

 

 しかも、未経験者に経験者、しかもフェニックス家の者をぶつけるこのセッティング、完全に出来レースだな。

 

 

「リアス、念のため確認しておきたいんだが、君の下僕はそこの男とそこに並んでいる女三人を除くメンツですべてか?」

 

 

 ライザー・フェニックスは俺や千秋たちを除いたメンバーを見ながら部長に尋ねる。

 

 

「だとしたらどうなの?」

 

「フハハハハハッ!」

 

 

 ライザー・フェニックスは滑稽そうに笑うと、指を打ち鳴らした。

 

 すると、魔方陣から再び炎が巻き起こり、無数の人影が出現する。

 

 

「こちらは十五名、つまり、駒がフルに揃っているぞ」

 

 

 部長側は五名。『(キング)』の二人を加えて、六対十六。出来レースなのに加えて、完全に部長が不利だな。

 

 

「美女、美少女ばかり十五人だとッ!? なんて奴だッ! ・・・・・・・・・・・・なんて漢だぁぁぁっ!」

 

 

 まあ、そんなことはどうでもいいとばかりにイッセーが号泣してるんだけどな。

 

 イッセーの言うとおり、ライザー・フェニックスの眷属は皆、女性だった。

 

 そして、イッセーの目標はハーレム王──つまり、複数の女性を侍らすこと。

 

 その目標の到達点を目撃して感無量になってるんだろうな。

 

 

「・・・・・・お、おい、リアス。この下僕くん、俺を見て号泣してるんだが・・・・・・?」

 

 

 ライザー・フェニックスも軽く引いてた。

 

 

「・・・・・・その子の夢がハーレムなの」

 

 

 部長も少し困り顔になって答える。

 

 

「・・・・・・キモいですわ」

 

 

 ライザー・フェニックスの眷属の誰かがそう呟いた。

 

 

「フフッ、そういうことか。ユーベルーナ」

 

「はい、ライザーさま」

 

 

 ユーベルーナと呼ばれた女性がライザーに歩み寄る。

 

 ライザー・フェニックスはユーベルーナの顎を持って顔を上に向かせ、そのままキスしだした。

 

 さらには、体までまさぐり始めた。

 

 

「おまえじゃこんなことは一生出できまい、下級悪魔くん?」

 

 

 ・・・・・・趣味悪いな。

 

 部長も嫌悪感を出していた。

 

 

「うるせぇッ! そんな調子じゃ、部長と結婚したあとも他の女の子とイチャイチャするんだろう!? この種まき焼き鳥野郎!」

 

「・・・・・・貴様、自分の立場をわきまえてものを言っているのか?」

 

「知るか! 俺の立場はな、部長の下僕ってだけだッ! それ以上でも以下でもねえッ!」

 

 

 イッセーは叫ぶと、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を呼び出す。

 

 マズい・・・・・・。

 

 

「ゲームなんざ必要ねえ! この場で全員倒してやる!」

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

「バカッ! イッセーッ!」

 

 

 俺の叫びを無視して、たいして倍加も済んでない状態でイッセーはライザー・フェニックスに突っ込む!

 

 

「ミラ」

 

 

 ライザー・フェニックスが呼ぶと、奴の眷属の中から一人の少女がイッセーの前に飛び出してきた。祭り装束みたいな和服を着用し、棍を持った小柄な少女であった。

 

 少女は淡々と棍を突き出した!

 

 

 ドゴォッ!

 

 

 部室内に鈍い激突音を響く。

 

 

「あ、明日夏!?」

 

 

 イッセーは自身の目の前で少女の突き出した棍を掴んで防いでいる俺を見て驚愕していた。

 

 少女が前に出ると同時に俺は戦闘服を身にまとい、少女の棍が突き出される瞬間になんとかギリギリ二人の間に入って棍を防ぐことができた。

 

 

「・・・・・・イッセー、下がれ」

 

「でもっ!?」

 

「いまのおまえじゃ、誰にも勝てない。俺が見た限り、この子はあいつの眷属の中でも弱い部類だ。おまえはこいつの動きが少しでも見えたのか?」

 

 

 俺の言葉にイッセーは苦虫を噛み潰したような表情を作って顔をうつむかせる。

 

 

「そいつの言うとおり、ミラは俺の眷属の中じゃ一番弱い。そのミラを相手にこのざまとは。はんっ、凶悪にして最強と言われる『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の使い手がこんなくだらん男だとはな!」

 

 

 ライザーの嘲りにイッセーはますます表情を曇らせ、血が滲むほど手を握りだす。

 

 

「わかったわ。レーティングゲームで決着をつけましょう」

 

 

 部長は低く淡々と、しかし力強く宣言する。

 

 

「承知致しました」

 

 

 グレイフィアさんの了承を聞いたライザーは不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「ライザー・・・・・・必ずあなたを消し飛ばしてあげる!」

 

 

 部長の挑戦にライザーは不敵な笑みを絶やさず、真正面から受ける。

 

 

「楽しみにしてるよ、愛しのリアス」

 

 

 ライザーとその眷属たちの足下で魔法陣が光り輝く。

 

 

「次はゲームで会おう。ハハハ、ハハハハハハハハハハハ!」

 

 

 それだけ言い残すと、ライザーの笑いに合わせて魔法陣から炎が燃え上がり、炎が収まるとライザーとその眷属たちは消えていた。

 

 



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Life.6 修業、始めました

 

 

「はぁ・・・・・・ぜぇ・・・・・・はぁ・・・・・・」

 

「ほら、イッセー。早くしなさい」

 

「は、はーい・・・・・・」

 

 

 部長とライザーとのレーティングゲームが決まった翌日、俺たちは現在、山道を歩いていた。

 

 なぜこんなことをしているのかというと、昨日、ライザーが立ち去ったあとにまで遡る。

 

 

『期日は十日後と致します』

 

『十日後?』

 

『ライザーさまとリアスさまの経験、戦力を鑑みて、その程度のハンデがあって然るべきかと』

 

『悔しいけど、認めざるを得ないわね。そのための修業期間として、ありがたく受け取らせていただくわ』

 

 

 部長とグレイフィアさんとの間にそのようなやり取りがあり、十日後のライザーとの一戦までこの山で修業することになり、修業する場所である山奥にあるという部長の別荘に向かっていた。

 

 眷属じゃない俺たちも、修業の手伝いができればと、自主的にやって来ていた。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 俺は隣で虫の息になりかけているイッセーに話しかけた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・正直、キツい・・・・・・」

 

 

 まあ、当然だろうな。

 

 ただでさえ、なれない山道だってのに、自分の荷物しか持っていない俺と違い、イッセーは自分の分に加え、女性陣の荷物も持っているわけだからな。

 

 これも一応、修業らしい。

 

 

「お先に」

 

 

 イッセーの横を木場が素通りしていく。

 

 木場もイッセーと同じくらいの荷物を背負っていたが、その表情は涼しいものだった。

 

 

「クッソォォォ・・・・・・木場の奴、余裕見せやがって!」

 

「・・・・・・失礼」

 

 

 木場の余裕な振る舞いに憤慨していたイッセーだったが、その横をイッセーの十倍以上の荷物を背負っている塔城が素通りしたことで、その光景に驚いて後ろに倒れた。

 

 山道を登ること数十分。俺たちは目的の別荘に到着した。

 

 なんでも、この別荘は普段は魔力で風景に溶け込んでいて、人前に姿を見せない仕組みらしい。

 

 

「さあ、中に入ってすぐ修行を始めるわよ」

 

「すぐ修業!? やっぱり部長は鬼です!」

 

「悪魔よ」

 

 

 別荘の中に入ってリビングに荷物を置き、動きやすいジャージに着替えるために、女性陣は二階に上がり、男の俺たちは一階の適当な部屋で着替える。

 

 着替えている途中で、イッセーがふと木場に訊く。

 

 

「なあ、木場。おまえさ、まえに教会で戦ったとき、堕天使や神父を憎んでるみたいなことを言ってたけど、あれって?」

 

 

 アーシアを助けるために教会に攻めこむときに、「個人的に堕天使や神父は好きじゃないからね。憎いと言ってもいい」と木場は言っていたな。

 

 

「イッセーくんもアーシアさんも部長に救われた。僕たちだって似たようなものなのさ。だから僕たちは部長のために勝たなければならない。ね?」

 

「ああ、もちろんだぜ!」

 

 

 質問のほうははぐらかされていたが、木場の言葉に気合を入れるイッセーだった。

 

 

―○●○―

 

 

 そして始まった修業。部長はとくに俺を中心に鍛えあげようとしてくれていた。

 

 そのため、他の眷属とワンツーマンで修業させられた。

 

 木場からは木刀を使って視野に関する指導を受けた。──結局、一太刀も浴びせられなかった。

 

 小猫ちゃんからは打撃に関する指導を受けた。──その小さな手で何度も吹っ飛ばされてしまった。

 

 朱乃さんからは魔力に関する指導をアーシアと一緒に受けた。魔力の塊作りでは、アーシアがソフトボール大の塊ができたのに対し──俺は米粒くらいのしか作れなかった。

 

 部長からは体作りと称して、でっかい岩を背負わされた状態でダッシュや腕立てをやらされた。やっぱり、部長は鬼だ!

 

 そして──。

 

 

「なあ、明日夏は何を教えてくれるんだ?」

 

 

 一抹の不安を覚えながら、木刀を片手に俺の前方に立つ明日夏に尋ねる。

 

 

「俺との修業は回避訓練だな」

 

「回避?」

 

「ああ。おまえの『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』はパワーアップに時間を要する。しかも、そのあいだに大きなダメージを受けるなりすると、強化も解除される。それを避けるための修業だ」

 

 

 なるほどな。それ抜きにしても、ダメージはなるべくないに越したことはないしな。

 

 

「で、具体的に何するんだ?」

 

 

 俺がそう訊くと、明日夏は木刀を構えだした。

 

 

「俺の攻撃を避けろ。それだけだ」

 

「えっ?」

 

 

 有無を言わさず、明日夏が木刀を振るってきた!

 

 慌てて尻もちつくようにして避ける。

 

 

「えっ、ちょっ、待っ!? な、なんか、避け方のコツとかは!?」

 

「ん、そうだな。相手の動きを予測することだな」

 

「ど、どうやって!?」

 

「木場に言われたように、視野を広げて相手をよく見ろ。視線の動き、行動に移る際の仕草などからある程度は予測できるはずだ」

 

 

 そう言いつつ、明日夏は木刀を上段に構える!

 

 

「あぶねっ!」

 

 

 その場で横に転がって上段から振り下ろされた木刀の一撃を躱す。

 

 

「そうだ。そんな感じで俺の動きをよく見ながら避けろ。てなわけで、本格的に始めるぞ」

 

 

 さっきまでよりも視線を鋭くして木刀を構える明日夏。

 

 

「ちょっ、ちょっと待っ──」

 

 

 有無を言わせず、明日夏の手に握られた木刀が振るわれた!

 

 

「うわあああああっ!?」

 

 

 木刀を打ち付けられた痛みによる悲鳴が山に響いた。

 

 

―○●○―

 

 

「相手から視線をそらすな! ましてや、相手に背中を見せるな!」

 

 

 背中に強烈な痛みが走る。

 

 

「避けたからって気を緩めるな! というか、戦闘中に気を緩めるな!」

 

 

 避けたと思ったら、すぐさま別の一撃が振るわれる。

 

 

「フェイントにも細心の注意を払え! 誘導するためにわざと避けさせるための攻撃にも警戒しろ!」

 

 

 見事フェイントに引っかかった俺は強烈な突きで吹き飛ばされてしまった。

 

 

「・・・・・・木場にも小猫ちゃんにも全然敵わねぇ。魔力もアーシア以下。明日夏の攻撃も全然避けれねぇ。俺いいとこなしじゃん・・・・・・」

 

「まあ、木場や塔城は鍛えているし、それなりに実戦を経験してるんだから、敵わなくても仕方ねえよ。魔力も一応、伸ばそうと思えば伸ばせるから、あんまり気に病むな」

 

 

 地面に大の字になりながらぼやく俺に歩み寄ってきた明日夏がフォローしてくれる。

 

 

「回避訓練も別にすぐ避けれるようになれなんて思ってねぇよ。重要なのは相手をよく見て、先を読める目を養うことだからな。それさえできれば、訓練前よりは回避率がぐんと上昇するはずだ。実際、訓練開始直後の段階で俺は本気の三割でしか打ち込んでいないのに対し、さっきまでは四割ぐらい本気出してたからな」

 

 

 うーん、素直に喜んでいいのか微妙な数字だな・・・・・・。

 

 

「それに、人にはそれぞれ特性があるしな」

 

 

 特性? 特性ねぇ。

 

 

「なあ、俺の特性ってなんだと思う?」

 

「どスケベ」

 

 

 間を開けず、ズバッと告げられた!

 

 身も蓋もないな、おい・・・・・・。

 

 

「あと──」

 

「ん?」

 

「がんばり屋で諦めが悪い──要は根性がある」

 

 

 そうなのか?

 

 まあでも、長い付き合いのこいつにそう言われちゃ、がんばらないわけにもいかねぇか!

 

 

「よっしゃ! やってやるぜ!」

 

「いや、少し休め」

 

「だはぁ!?」

 

 

 せっかく出したやる気を削ぐように言われて、思わずずっこけてしまった。

 

 

「休むことも修業のうちだ」

 

 

 そう言って、スポーツドリンクを手渡してくれる。

 

 まあ、実際へとへとだし、言われたとおり、休ませてもらいますか。

 

 その場に座り、受け取ったスポーツドリンクをあおる。

 

 

「そうだ、明日夏」

 

「ん。なんだ?」

 

「明日夏はなんで賞金稼ぎ(バウンティハンター)になろうとしてるんだ?」

 

「なんだよ、やぶからぼうに?」

 

「いや、ふと気になってさ。あ、いや、言いたくないなら、別に──」

 

「いや、とくに隠すことでもないから、別にいいけどな。ただ、おもしろくもないと思うがな」

 

 

 そう言って、明日夏は自分が賞金稼ぎ(バウンティハンター)になろうとした経緯を話し始めた。

 

 

―○●○―

 

 

 俺が賞金稼ぎ(バウンティハンター)のことを知ったのは父さんと母さんの死から二年経つか経たない頃だったかな。

 

 当時、兄貴から生活費については、親戚に工面してもらっていると俺たちには伝えられていた。

 

 だが、すぐに俺はそれが嘘だとわかった。

 

 その話を聞いた日から兄貴は学校以外のことでよく家を空けることが多くなったからだ。それだけで、兄貴が幼い身ながら出稼ぎに出ているのだと思った。しかも、たまに傷だらけで帰ってくることもあったので、相当に危険なことをしているのだと思った。

 

 だが、普通に問いただしても兄貴は口を割らないだろうと思った俺はどうやって聞き出そうかと思案しながら二年近く経ったある日、あの事件が起こった。

 

 俺の神器(セイクリッド・ギア)に宿るドレイクが俺の肉体を支配して奪おうとしたのだ。

 

 そんな俺を救ったのが当時の兄貴だった。

 

 兄貴は何やら特別な力でドレイクを押さえ込んだのだ。

 

 そして、目の前で起こった超常な出来事に混乱した俺たちは兄貴を問いただした。

 

 兄貴は俺たちを落ち着かせるためにやむなしといった感じで話してくれた。異能、異形の存在について、そして、賞金稼ぎ(バウンティハンター)のことを、兄貴がその賞金稼ぎ(バウンティハンター)になっていたことを。

 

 そして、そのあとすぐに姉貴は賞金稼ぎ(バウンティハンター)になった。

 

 それを知った俺と千秋も賞金稼ぎ(バウンティハンター)になろうと兄貴に進言したが、姉貴のときと違って兄貴には猛反対された。とても危険だからと。

 

 それでも食い下がった俺たちに兄貴は観念して、ハンターになるのは大学卒業後からということになった。

 

 兄貴が大学卒業後という条件にしたのは、そのあいだに俺たちが別の道を目指すことを期待してのことだろう。

 

 だが、千秋はわからないが、少なくとも俺はハンターになることをやめる気はない。

 

 理由はある──が、ぶっちゃけると、そんな大それたものじゃないし、個人的なすごく矮小なものだ。

 

 それは、俺が勝手に抱いた兄貴に対する罪悪感だ。

 

 兄貴は俺たちのために、普通の一般人が歩むような『普通な日常』というものを捨て、命の危険がある非日常的な人生を歩むようになった。しかも、兄貴はあっというまに上位ランカーのハンターになってしまった。ランクB以上の上位ランカーにはギルドから依頼を任されることがある。そして、兄貴はかなりの実力と周りからの信頼を多く持つハンターになってしまった。そのせいで、兄貴に寄せられる依頼の量は多くなり、兄貴は律儀にもその依頼をすべてこなすため、家を空けることが余計に多くなった。いまじゃ、ほとんど家にいることはない。

 

 俺にはそんな兄貴を尻目に普通な人生を歩もうとは思えなかった。そんな兄貴に対して罪悪感を覚えてしまったからだ。

 

 兄貴は気にするなと言うだろうが、それでも、俺は気にした。だから、俺はハンターを目指した。

 

 

「とまあ、こんな感じだ」

 

 

 イッセーに俺が賞金稼ぎ(バウンティハンター)なろうと思った理由を聞いたイッセーが言う。

 

 

「おまえってさぁ、必要以上に罪悪感を抱え込んでないか?」

 

「そうか?」

 

 

 いや、もしかしたらそうかもな。

 

 

「ま、この話はもういいだろ? そろそろ再開するぞ」

 

「お、おう・・・・・・!」

 

 

 若干腰が引けているイッセーに、俺はわりと容赦なく木刀を振るった。

 

 

―○●○―

 

 

 今度はさっそく習った魔力を使っての料理を俺とアーシアは部長に言い渡された。

 

 

「もちろん、できる範囲で構わないわ。じゃ、頑張ってね」

 

 

 そう言うと、部長はキッチンから出ていった。

 

 

「お湯さん、沸いてください」

 

 

 アーシアは鍋の水に手をかざして魔力を放出すると、お湯は見事に沸騰した。

 

 やっぱりアーシアは魔力の才能があるなぁ。

 

 いっぽうの俺は朱乃さんの授業じゃ、結局米粒程度の魔力を出すのが精々であった。

 

 それにしても、朱乃さんのおっぱいはなかなかのものだったなぁ。

 

 授業中、体操着を押し上げるあの豊満な胸についつい目がいってしまった。

 

 なんて、朱乃さんのおっぱいを思い出してエロ思考になりながらタマネギを手に取った瞬間、タマネギの皮だけが見事に弾けた。

 

 今度はジャガイモを手に取り、もう一度朱乃さんのおっぱいを思い浮かべると、これまた見事にジャガイモの皮が勝手にシュルリと剥けてしまった。

 

 へぇ、ジャガイモも楽勝じゃん。

 

 俺はふと、朱乃さんと明日夏の言葉を思い出す。

 

 

 ──魔力の源流はイメージ。とにかく頭に浮かんだものを具現化することが大事なのです。

 

 ──どスケベ。

 

 

 そうか! これはもしかして、俺は無敵になれるかも!

 

 そう確信した俺は、次々と野菜の皮を同じように剥いていく。

 

 そうだ、俺の考えが実現できれば、俺は無敵になれるかもしれない!

 

 

「イッセーさん・・・・・・」

 

「えっ?」

 

「・・・・・・これ、どうするんでしょう・・・・・・」

 

「あ」

 

 

 調子に乗って皮を剥きすぎたせいでキッチン内に皮が散乱していた。

 

 ヤバッ、どうしよう、これ?

 

 

「・・・・・・なんかスゴいことになってるな?」

 

「わ~、スゴ~い」

 

 

 そこに明日夏と鶇さんが現れた。

 

 

「二人ともどうしてここに?」

 

「今晩の夕飯の準備だ。二人が魔力でできることがなくなったのなら、あとは俺たちが仕上げようってな。にしても、ここまで見事に皮を剥いてくれるとはな。しかも、皮には身がいっさい付いてねえな」

 

「イッセーさんがやったんですよ! スゴいですよ!」

 

「わ~、イッセーくんスゴ~い!」

 

 

 アーシアと鶇さんが絶賛するなか、明日夏はなぜか微妙な顔をしていた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・俺の考えが外れることを祈るよ」

 

 

 むむ、どうやら明日夏は俺の考えに気づいてしまったようだな。これも付き合いの長さによる賜物かな。

 

 

―○●○―

 

 

 イッセーが大量の野菜の皮を剥いてしまったために、今晩のメニューには野菜を使った料理をこれでもかと大量に作った。

 

 特にジャガイモの量が多くて、ポテトサラダにマッシュポテトなどのジャガイモが主体の料理だけじゃ使い切れず、他のすべての料理になんとかジャガイモを使用した。

 

 ・・・・・・人生ではじめてだ、こんなにジャガイモだらけの食卓は。

 

 

「イッセー。今日一日修行してみてどうだったかしら?」

 

「・・・・・・はい、俺が一番弱かったです」

 

 

 食事中にされた部長の問いに、イッセーは気落ちしながら答えた。

 

 

「そうね、それは確実ね。でも、アーシアの回復、あなたの『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』だってもちろん貴重な戦力よ。相手もそれを理解しているはずだから、仲間の足を引っ張らないように、最低でも逃げるくらいの力はつけてほしいの」

 

「りょ、了解っス」

 

「は、はい」

 

 

 ま、ちょうど、俺との修業がその逃げる、正確には回避のためのものだった。

 

 イッセーもその回避訓練の成果か、その重大性を理解しているみたいだった。

 

 そんな感じで、それぞれの修業の近況報告をしながらの食事が終わり、部長が席を立つ。

 

 

「さて、食事も済んだし、お風呂に入りましょうか」

 

「お風呂おおおぉぉぉぉッ!?」

 

 

 部長の一言にイッセーは過剰に反応する。

 

 

「あらイッセー、私たちの入浴を覗きたいの? なら一緒に入る? 私は構わないわよ。朱乃はどう?」

 

「うふふふふ。殿方のお背中を流してみたいですわ」

 

「わ~い。イッセーくん、また一緒に入ろうよ~」

 

 

 なぜか、一緒に入る方向に話が進み、イッセーが目に見えてテンションを上げていた。

 

 

「鶇もOK(オッケー)ね。アーシアと千秋と燕も愛しのイッセーとなら大丈夫よね?」

 

 

 部長の言葉にアーシアと千秋は顔を赤くしながらもうなずいた。

 

 おっ、千秋も結構大胆になってきたな。

 

 燕は肯定も否定もせず、顔を真っ赤にして若干パニックになっていた。

 

 

「小猫は?」

 

「・・・・・・いやです」

 

「じゃあ、なしね。残念」

 

 

 塔城の即答と部長の笑顔の一言にイッセーは崩れ落ちた。

 

 

「・・・・・・覗いたら恨みます」

 

 

 そして、塔城はしっかりと釘を指すのだった。

 

 

―○●○―

 

 

 別荘の風呂は露天風呂の温泉で、浸かっていると、疲れがいい感じ取れていった。

 

 そんななか、イッセーは壁に手を当てて、壁を凝視していた。

 

 その壁は男風呂と女風呂を隔てている壁だった。

 

 

「イッセーくん。そんなことをしてなんの意味が?」

 

「黙ってろッ! これも修行のうちだ!」

 

 

 木場の言葉にイッセーは怒気を含ませて答える。

 

 

「ねえ、明日夏くん」

 

「・・・・・・なんだ?」

 

「イッセーくんは透視能力でも身に付けたいのかな?」

 

「・・・・・・知らん」

 

 

 俺は木場の問いに素っ気なく返し、温泉にゆっくりと浸かるのであった。 

 

 



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Life.7 修業の成果

 

 

 修業が始まってから一週間が経ったある日の夜、俺は夜中に別荘を抜け出して、イッセーに修業をつけていた場所に来ていた。

 

 中心に立ち、目を瞑る。

 

 

「すぅ・・・・・・はぁ・・・・・・」

 

 

 深く深呼吸をし、目を開く。

 

 すると、俺の体から緋色のオーラが放出され始めた。

 

 ──俺の神器(セイクリッド・ギア)、『緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)』の緋い龍気だった。

 

 俺は頭の中でさまざまなイメージをし、それに合わせてオーラが自在に動き始める。

 

 緋い龍気を扱うには、俺のイメージが重要なのだ。

 

 強いイメージをすれば、オーラはそれに合わせて動き、形を変えるのだ。

 

 そして、俺は右手にオーラを集約させる。

 

 次第にオーラはドラゴンのカタチに形態変化し始める。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 俺が右手を突き出すと、眼前でオーラのドラゴンが炸裂した。

 

 ディブラとの戦いで無意識に放った攻撃だった。

 

 ドラゴンのカタチをしているのは、緋い龍気はドラゴンのオーラだという強いイメージが反映されたからだろう。

 

 

「・・・・・・ふぅ・・・・・・やっぱり、消耗が激しいな・・・・・・」

 

 

 俺はいままで、『緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)』の力をほとんど使ってこなかった。・・・・・・宿っているドレイクを警戒してだ。

 

 そのせいで、俺はこの力をうまく扱いきれておらず、無駄も多く、精度も低かった。おまけに体力の消耗も激しかった。

 

 俺はこの修業合宿の合間を利用して、精度を上げるために鍛練していた。

 

 そのかいもあって、いまではだいぶ消耗は抑えられるようになっていたし、精度も高いものになっていた。

 

 だが、この攻撃は威力こそ高いが、消耗が激しかった。

 

 

「・・・・・・これは連発は無理だな。加減すればできないこともないが、全力だと一日二発が限界か」

 

 

 しかも、二発目を撃てば、体力が尽きてしまうだろう。・・・・・・実質、全力の一撃は一発しか使えないな。

 

 これはここぞというときに使うべきだな。

 

 

「さて──」

 

 

 俺はナイフを取り出し、とある木に向けて投擲する。

 

 ナイフはそのまま木に刺さった。

 

 その木に向けて俺は言う。

 

 

「──いつまで隠れてるつもりだ?」

 

 

 俺がそう言うと、木の陰から人影が現れた。

 

 

「やあ」

 

「──またおまえか・・・・・・」

 

 

 木の陰から現れたのは、以前に会ったローブを着こんだ謎の仮面の人物だった。

 

 

「・・・・・・今度はなんの用だ」

 

 

 仮面の奴は木に刺さった俺のナイフを引き抜きながら言う。

 

 

「たまたま見かけてね。興味があったからこっそり見させてもらってたんだ」

 

 

 ・・・・・・また興味か。

 

 

「ところで、キミはなんでこんなことをやってるんだい。キミはたしか、その神器(セイクリッド・ギア)の力を使いたがらなかったはずじゃなかったのかい?」

 

「・・・・・・おまえには関係ないだろ」

 

「つれないなぁ」

 

 

 そう言い、ナイフを投げつけてきたので、それをキャッチする。

 

 

「ところで、さっきの技、スゴかったね。技名はなんて言うんだい?」

 

「・・・・・・別に名前なんてないし、必要ないだろ」

 

「いやいや、技名があったほうが、よりイメージしやすくなって、より精度が増すんじゃないかなぁ」

 

 

 ・・・・・・奴の言うことは一応一理あった。

 

 

『じゃあ、俺が付けてやるよ。そうだなぁ・・・・・・「スカーレット・ドラゴン・アタック」──略して「スカドラアタック」なんてどうだ♪』

 

 

 ここぞとばかりにドレイクがでしゃばってくるが、明らかにわざとふざけたネーミングだったので、無視した。

 

 

「・・・・・・なら、おまえが付けてくれよ。センスあったら、採用してやるよ」

 

 

 胡散臭いこいつに頼むのも不安だが・・・・・・たぶん、ドレイクに比べれば、だいぶマシだろう・・・・・・。

 

 

「そうだなぁ。こんなのはどうかな? 『緋い龍擊(スカーレット・フレイム)』なんて?」

 

 

 まあ、ドレイクのよりは全然マシか。

 

 俺自身、そんなにネーミングセンスあるわけじゃないからな。

 

 

「・・・・・・じゃあ、ありがたく採用させてもらうよ」

 

「はは、光栄だね」

 

 

 奴は踵を返し始める。

 

 

「それじゃ、私はもう行くよ。もし、気配を感じても、いないものと思ってよ」

 

「・・・・・・次は容赦なくおまえが命名してくれた技を叩き込んでやるよ」

 

「おお、怖い怖い」

 

 

 微塵もそんなことを思っていなかった奴はそのまま闇夜に溶け込むように消えていった。

 

 

-○●○-

 

 

 鍛練を終えた俺は水を飲みにキッチンに向かっていた。

 

 

「あっ、明日夏」

 

「ん、イッセー?」

 

 

 キッチンに入ると、そこには水の入ったコップを持っているイッセーがいた。

 

 

「おまえも水を飲みに来てたのか」

 

「というと、おまえも?」

 

「ああ」

 

 

 コップに水を注ぎ、一気に飲み干し、もう一回注ぐ。

 

 

「修業の調子はどうだ?」

 

「まあ、ぼちぼちってところかな」

 

 

 そんな感じで、少し他愛のない話をしていると、キッチンに誰か入ってきた。

 

 

「明日夏兄? イッセー兄?」

 

 

 入ってきたのは千秋だった。

 

 

「おまえも水か?」

 

「うん」

 

 

 千秋は俺たちと同じようにコップに水を注ぎ、水を飲み始めたところでイッセーは踵を返す。

 

 

「じゃあ、俺は行くよ」

 

「待てよ」

 

 

 俺はキッチンをあとにしようとするイッセーを呼び止める。

 

 

「悩みがあるのなら聞くぞ?」

 

「えっ?」

 

 

 唐突な俺の言葉にイッセーは素っ頓狂な声を出す。

 

 

「別に悩みなんて・・・・・・」

 

「そんな様子じゃ、俺の目は誤魔化せねぇぞ」

 

 イッセーの表情はどこか、気落ちしている様相を醸し出していた。

 

 いまだけじゃない。修業四日目あたりから、徐々にその雰囲気は発せられていた。

 

 千秋も気づいていたのか、少し苦い表情を作った。

 

 ま、一応、理由は察してはいるんだけどな。

 

 

「木場たちと自分との諸々の差に打ちのめされているのか?」

 

 

 俺の言葉にイッセーは目に見えて反応する。

 

 

「・・・・・・・・・・・・わかってるのなら訊くなよ・・・・・・。ああそうさ。ここに来て、いやってほどわかったよ。自分が一番役立たずだって・・・・・・! ・・・・・俺には木場みたいな剣の才能も、小猫ちゃんみたいな格闘術の才能も、朱乃さんみたいな魔力の才能もない。部長みたいに頭がいいわけじゃないし、アーシアみたいな回復の力もない。圧倒的に俺は弱いんだ・・・・・・!」

 

 

 イッセーはこの一週間の修業で、木場たちと自分とで、あらゆるものが劣っていることをいやでも感じ取ってしまった。

 

 むろん、木場たちの実力が才能だけでなく、それ相応に努力によって培ってきたものであることは理解しているんだろう。

 

 それでも、圧倒的な差を感じてしまっている。同じぐらい、相応な努力をしても足元にも及ばないと思ってしまうほどに、いまのイッセーは自分に自信をなくしている。

 

 

「イッセー兄にだって、他の誰にも持ってないものが──」

 

 

 千秋はそんなイッセーを励まそうとするが、千秋の励ましをイッセーは首を振って遮る。

 

 

「俺にはそれしかないんだよ、千秋! 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』以外、何もない! そのすごい神器(セイクリッド・ギア)だって、俺が持ってたんじゃ意味がない! まさに『宝の持ち腐れ』、『豚に真珠』ってやつだな・・・・・・」

 

「そんなこと──」

 

 

 どこまでも自分を卑下するイッセーに千秋は何か言おうとするが、俺はそれを手で制す。

 

 いまのイッセーは、言葉でどう言おうと、自信をつけることはない。

 

 かといって、このまま自信がない状態にし続けるのもよくない。

 

 ならどうするか?

 

 少し考えるが、やはりこれしかないか。

 

 ・・・・・・・・・・・・あとで部長にどやされるだろうな。

 

 

「イッセー。ちょっと顔を貸せ」

 

「えっ!?」

 

 

 有無を言わさずに、俺はイッセーの手を引っ張り、とある場所に向かう。

 

 

―○●○―

 

 

 明日夏に連れられてやってきた場所は、別荘から離れたところにある開けた場所。

 

 そこは俺が明日夏に修業をつけてもらっていた場所だった。

 

 明日夏は俺の手をはなすと、少し離れ、俺と対峙する。

 

 千秋も俺たちについて来ていて、少し離れた場所でハラハラした様子で俺たちのことを見ていた。

 

 

「明日夏。一体何を・・・・・・?」

 

 

 俺が問いかけると、明日夏は無言で手を横にかざす。

 

 すると、明日夏の指にはめられていた指輪が光り、魔法陣

が現れる。

 

 魔法陣が明日夏のことを通過すると、明日夏はジャージ姿から戦闘時に着ているコート姿になっていた。

 

 

「イッセー、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を出せ」

 

「えっ!?」

 

 

 明日夏の言葉に、思わず俺は慌ててしまう!

 

 

「ま、待てよ、明日夏!?」

 

 

 俺が慌てているのは、部長にこの修業期間中は『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を使うなと言われていたからだ。

 

 

「部長には俺が事情を説明するし、お叱りも俺だけが受けるようにする。だから、気にせず使え」

 

 

 明日夏はそう言うけど、俺はなかなか素直に使おうという気になれなかった。

 

 

「そもそも、使ってどうしようってんだよ!?」

 

 

 明日夏の振る舞いから、薄々察してはいたけど、あえて訊いた。

 

 

「俺と戦え」

 

 

 明日夏は間を空けず、即座に言い放った。

 

 

「なんでおまえと戦わなきゃならないんだよ!?」

 

 

 明日夏はただ真剣な眼差しで答えた。

 

 

「おまえに自信をつけさせるためだ」

 

「えっ?」

 

 

 明日夏は刀を抜き、切っ先を俺に向けながら言う。

 

 

「いまのおまえには圧倒的に自分に対する自信がない。だから、少し──いや、かなり強引な荒療治だが、この戦いでおまえに自信をつけさせる。おまえはおまえが思ってるほど弱くないってことをな」

 

 

 真っ直ぐ真剣な眼差しで言い切る明日夏に俺は少しだけうつむく。

 

 そしてすぐに明日夏と向き合う!

 

 

「わかったよ! やってやるぜ!」

 

 

 決心を固めた俺は『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を出現させる。

 

 

「ブースト!」

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 籠手の宝玉から音声が鳴り響き、俺の力が高まる。

 

 

「行くぞ!」

 

 

 それを確認した明日夏は刀を逆手持ちに変えて斬りかかってきた!

 

 

「ぐっ!」

 

 

 咄嗟に籠手で刃を止める。

 

 そして、すぐさま後ろに飛ぶと、明日夏が蹴りを放ってきた。

 

 

「よく避けたじゃねぇか」

 

「そりゃ、さんざん、おまえに痛い目にあわされたからな!」

 

 

 とにかく、倍加中は重い一撃を受けると、強化が解除されちまう。

 

 ここは、明日夏に言われたように、力が高まるまで逃げに徹する!

 

 

「なら、どんどん行くぞ!」

 

 

 刀を通常の持ち手に変え、ナイフも取り出した明日夏は容赦なく斬りこんできた!

 

 刀、ナイフの斬撃をなんとか避け、時折打ち込まれてくる蹴りや裏拳もなんとか避ける。

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 そのあいだにも、着々と俺の力が高まっていく。

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 何回目かの音声が鳴ったところで、明日夏は攻撃の手を緩めた。

 

 

「ストップだ。そこで倍加を一旦止めろ」

 

「お、おう」

 

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 

 いまの音声は力の増大を一旦止め、一定時間のあいだだけ、強化の状態を維持できるようになった合図だ。

 

 こうすることで、ダメージなどによる強化の解除をある程度気にせずに強化の状態を維持したまま戦えるわけだ。

 

 

「ところで、いまおまえは何回力を増大させた?」

 

「えっ?」

 

 

 正直、避けるのに必死になっていて、数える余裕なんてなかった。

 

 

「次からはちゃんと数えておけよ。最適な回数で倍加を止めることを意識しておけば、ある程度体力を温存できるからな。ちなみに、いまのおまえは十二回パワーアップした状態だ」

 

 

 十二回!?

 

 その回数に俺は内心で驚愕していた。

 

 力の増大も際限なく行われるわけじゃない。

 

 トラックに例えるのなら、俺がトラックで、増大した力が載せている荷物。

 

 荷物がどんどん倍になっていけば、トラックは速度を出せず、やがて止まってしまう。

 

 つまり、力が増大しすぎると俺の体に負荷がかかり、やがてそれに耐えられずに倒れてしまうということだ。

 

 そして、修業が始まるまえまでは、俺はここまでの力の増大に耐えられなかったはずなのである。

 

 

「わかるか? おまえにもちゃんと修業の成果が現れていることに」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 俺は内心で高まった自分の力に思わず放心してしまった。

 

 

「行くぞ」

 

「お、おう!」

 

 

 明日夏が改めて構え、俺も身構える。

 

 

「ついでに修業の続きだ」

 

「え?」

 

「相手の攻撃を避け、力を高め、そして相手に隙をできたら、そこに全力を叩き込め。そうだな。この戦いで俺に隙ができたら、すかさず魔力の塊を撃ちだせ。いいな?」

 

「お、おう!」

 

 

 俺の返事を聞くと、明日夏はいままでにないほどの速さで斬りこんできた!

 

 だが、俺はその斬撃を籠手で止め、すぐさま蹴りを放つ。

 

 明日夏は後ろに飛んで俺の蹴りを避けるが、俺は飛んでいる明日夏に駆け寄り、拳を打ち出す!

 

 

「甘い!」

 

 

 明日夏は飛びながら、刀を鞘に収め、ナイフを捨てた。

 

 

Attack(アタック)!」

 

 

 次の瞬間、明日夏の体から電気が迸る。

 

 そして、俺の拳の一撃を腕で逸らされ──。

 

 

「ふぅッ!」

 

 

 ドゴォッ!

 

 

「ぐふっ!?」

 

 

 強烈な肘打ちを食らってしまう!

 

 そのまま後方に吹っ飛ばされたが、俺はすぐさま起き上がった。

 

 肘を打ち込まれたところがめちゃくちゃ痛ぇけど、動けなくなるほどじゃなかった。

 

 いまの俺は、これぐらい一撃でも耐えられるようになっていたみたいだ。

 

 だが、起き上がった俺の眼前にはすでに明日夏がせまってきていた!

 

 そのまま掌底の一撃が放たれるが、俺はそれを腕を交差させて防ぐ!

 

 腕に重い衝撃が走るが、なんとかその場に踏みとどまった。

 

 

「おらぁッ!」

 

 

 すかさずにまた蹴りを放つけど、また明日夏に後ろに飛ばれて避けられる。

 

 だけど、この蹴りはフェイント!

 

 すかさず、俺は明日夏の腕を掴む!

 

 

「──ッ!?」

 

 

 驚く明日夏を引き寄せ、顔面に向けて拳を打ち込む!

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 

 俺が掴んでいないほうの腕でガードされたが、俺は構わずそのまま明日夏を殴り飛ばしてやった!

 

 いまだっ!

 

 吹っ飛ばした明日夏に向けて、籠手を装着した左手を向け、魔力の塊を作る。

 

 できたのは、修業のときと変わらず、米粒程度の塊だった・・・・・・。

 

 

「・・・・・・・・・・・・やっぱりこれだけ・・・・・・!」

 

 

 思わず撃ちだすのを躊躇してしまうが──。

 

 

「撃てッ!」

 

「──ッ!? このおおおおおおおッ!!」

 

 

 明日夏の叫びを受け、俺は魔力の塊を撃ちだす!

 

 

 グオォォォォォォオオオンッ!

 

 

 次の瞬間、手から離れた米粒程度だった魔力の塊が巨大な塊となり、そのまま明日夏を飲み込んでしまった!

 

 魔力の塊はそのまま遥か先に飛んでいって、隣の山に直撃した。

 

 

 ドッゴォオオオオオオオオオオオンッ!

 

 

 刹那、凄まじい爆音と爆風が撒き散らされた!

 

 爆風が迫り、腕で顔を覆って爆風に耐える。

 

 爆風が止み、視界を広げると──。

 

 

「なっ!?」

 

 

 視界に映ったのは、大きく抉れた形を残す山だった。

 

 つまり、俺の魔力の塊が山を吹き飛ばしたのだ!

 

 

Reset(リセット)

 

 

 強化が解除された合図の音声が発せられ、体から力が抜けて膝をついてしまう。

 

 

「・・・・・・流石に力を使い切ったみたいだな」

 

 

 声をかけられ、顔を上げると、そこにはボロボロな状態の明日夏がいた。

 

 コートが右腕から全体の三分の一ほどなくなっており、そこから覗く肌には大きな火傷のような傷を負っていた!

 

 

「お、おい! やっちまった俺が言うのもあれだけど、大丈夫かよ!?」

 

「ん? ああ。ちょっとかすっただけだ。心配すんな」

 

 

 どう見てもかすり傷ってレベルじゃないのに、明日夏は呑気そうに言う。

 

 

「あんな攻撃でこの程度ならかすり傷みたいなもんだろ。避けきれなかった俺が悪いんだから、気にすんな」

 

「避けきれなかった、て・・・・・・どうやって避けたんだよ!? おもいっきり直撃したように見えたけど!」

 

「ああ、それか。こいつを爆発させて、その爆風で飛んでな」

 

 

 そう言って、明日夏は一本のナイフを見せてくれる。

 

 たしか、あれって爆発するナイフだったよな。

 

 つーか、爆風を利用して避けるとか、無茶苦茶だな、おい!

 

 

「あんな一撃を放った奴に言われたくないけどな」

 

 

 た、たしかにそうかもしれないけど──ていうか、これ、どうすりゃいいんだよ!?

 

 部長になんて説明すればいいんだよ!?

 

 

「・・・・・・これはどういうことかしら? イッセー、明日夏」

 

「ぎゃぁぁぁ、出たぁぁぁぁっ!?」

 

 

 突然の低い声音。間違いなく部長の声だったので、思わず情けない悲鳴をあげてしまった。

 

 

「出たとはご挨拶ね、イッセー?」

 

 

 見ると、不機嫌ですよ、てオーラを放っている部長と他のオカルト研究部の皆がいた。

 

 

―○●○―

 

 

 アーシアに傷を治してもらったあと、俺は部長に事情を説明した。

 

 

「まったく。アーシアのときといい、今回といい、あなたはいつも勝手なことを・・・・・・」

 

 

 部長は呆れたように息を吐く。

 

 

「まあ、もともと明日、イッセーの修業の成果を確認するために祐斗と戦わせてみるつもりだったからいいけど・・・・・・」

 

 

 言いながら、部長はイッセーが吹っ飛ばした山のほうを見る。

 

 

「どう見ますか?」

 

「そうね。間違いなく、上級悪魔クラスなのは確実ね。大抵のものなら、容易に消し飛ばせるでしょう」

 

 

 俺も同意見だった。

 

 

「どう、イッセー? 明日夏の話では、自信がなかったようだけれど?」

 

「正直、いまだに信じられませんよ。これを俺がやったなんて・・・・・・」

 

 

 イッセーは自分が吹っ飛ばした山を見て、いまだに信じられないといった様子で放心していた。

 

 

「おまえは『自分は一番弱く、才能もない』って言っていたな? そして、そんな自分が『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を持っていても意味ない、と」

「あ、ああ」

 

「だが、実際はどうだ? その『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の力を得たおまえの強さは?」

 

 

 イッセーは改めて、吹き飛ばした山を見る。

 

 

「倍加が完了してからの戦闘、俺は結構本気だったぞ。最初の肘打ちで倒すつもりだったし、ガードされた掌底もガードを崩すつもりだった。おまえの最後の拳の一撃も吹っ飛ばされずその場で耐えるつもりだった。だが、俺は結局どれもできなかった。しまいには、あの魔力による一撃でこの有様だ。断言してやる。おまえは弱くねぇよ。そして、これからももっと強くなれる。自分を信じろ」

 

 

 イッセーは自分の手のひらをしばらく眺めると、ギュッと握る。

 

 

「明日夏の言うとおりよ、イッセー。あなたはゲームの要よ。おそらく、イッセーの攻撃力は状況を大きく左右するわ。だから、自分自身を信じなさい」

 

「はい、部長! 明日夏もありがとうな!」

 

「どういたしまして」

 

 

 今夜の俺との手合わせからイッセーは自分に自信を持つようになった。

 

 残りの期間も修業は順調に進み、十日間の修業は無事に終わりを迎えた。

 

 



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Life.8 決戦、始まります!

 

 

 決戦当日。ゲーム開始時間が迫っているなか、グレモリー眷属の皆は各々で時間潰しをしていた。

 

 木場は今回の戦闘で使う剣の状態を確認しており、塔城はソファーに座って読書をしていた。

 

 イッセーとアーシアは緊張した面持ちで大人しくソファーに座り、部長と副部長は優雅に落ち着いてお茶を飲んでいた。

 

 ちなみに、アーシアだけは出会ったときに着用していたシスター服を着ていた。

 

 これは部長が「自分が動きやすい、やりやすい服装で来て欲しい」と言われたためだ。

 

 元シスターのアーシアにとっちゃ、あれが戦闘服みたいなもんなんだろ。

 

 他の皆は駒王学園の制服。木場はその上に手甲と脛あて、手に持ってる剣用の鞘を装着しており、塔城はオープンフィンガーグローブを身につけていた。

 

 

「失礼します」

 

 

 部室のドアを開けて会長が副会長を連れて入室してきた。

 

 

「こんばんは、ソーナ」

 

「いらっしゃいませ」

 

「生徒会長と副会長? どうして?」

 

「レーティングゲームは両家の関係者に中継されるの。彼女たちはその中継係」

 

 

 イッセーの疑問に部長が答えた。

 

 

「自ら志願したのです。リアスの初めてのゲームですから」

 

「ライバルのあなたに恥じない戦いを見せてあげるわ」

 

 

 部長は会長に不敵な笑みを受かべる。

 

 そのタイミングで魔法陣が輝き、グレイフィアさんが姿を現した。

 

 

「皆さま、準備はよろしいですか?」

 

「ええ。いつでもいいわ」

 

 

 部長やイッセーたちが立ち上がる。

 

 それを見て準備完了と捉えたグレイフィアさんがゲームに関する説明を始める。

 

 

「開始時間になりましたら、この魔方陣から戦闘用フィールドへと転送されます」

 

「戦闘用フィールド?」

 

「ゲーム用に作られる異空間ですわ。使い捨ての空間ですから、どんなに派手なことをしても大丈夫。うふふふ」

 

「は、派手・・・・・・ですか・・・・・・?」

 

 

 副部長に笑顔でされた説明に、イッセーは軽く顔を引きつらせていた。

 

 

「私は中継所の生徒会室へ戻ります。武運を祈っていますよ、リアス」

 

「ありがとう。でも、中継は公平にね?」

 

「当然です。・・・・・・ただ──」

 

 

 踵を返して部室から退室しようとしていた会長はドアのところで立ち止まり、視線だけを部長に向ける。

 

 

「・・・・・・・・・・・・個人的にあの方があなたに見合うとは思えないだけで」

 

 

 会長はそれだけ言うと、今度こそ部室から退室していった。

 

 会長も今回の婚約には個人的には反対というわけか。

 

 だが、立場上、それを静観することしかできない。・・・・・・あの様子からして、たぶん、何もできないことがもどかしいんだろうな。

 

 

「ちなみにこの戦いは魔王ルシファーさまもご覧になられますので」

 

「──そう、お兄さまが・・・・・・」

 

 

 部長とグレイフィアさんの会話を聞いていたイッセーの表情が驚愕に染まる。

 

 

「あ、あの・・・・・・いまお兄さまって? 俺の聞き間違い・・・・・・?」

 

「いや、部長のお兄さんは魔王さまだよ」

 

 

 木場の言葉にイッセーだけでなく、アーシアも驚いてしまっていた。

 

 

「ま、魔王! 部長のお兄さんって魔王なんですか!?」

 

 

 イッセーの問いかけに部長は「ええ」と短く答えた。

 

 『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』ことサーゼクス・ルシファー。それが部長の兄であり、大戦で亡くなった前魔王ルシファーのあとを引き継いだ現魔王ルシファーだ。

 

 本来なら、部長の家は長子である部長の兄が継ぐはずだったが、その兄が魔王を継いだことで、部長が次期当主となった。そして、いまの騒動に繋がったというわけか。

 

 

「そろそろ時間です」

 

 

 グレイフィアさんが開始時間が迫ったことを告げた。

 

 

「行きましょう」

 

 

 部長の呼びかけに従い、イッセーたちはグレイフィアさんが用意した魔方陣の上に乗る。

 

 

「それじゃ、明日夏たちは部室でソーナが中継する映像で私たちの戦いを見守っていてちょうだい」

 

「ええ。武運を祈ります」

 

 

 眷属じゃない俺たちは、この部室で部長たちの戦いを映像で鑑賞することになっている。

 

 俺たちにできることはもうない。ここで部長やイッセー、木場たちの戦いを見守ることしかできない。

 

 

「四人とも、応援頼むぜ!」

 

「うん。イッセー兄も気をつけて!」

 

「がんばって〜!」

 

「・・・・・・無茶はするんじゃないわよ」

 

 

 転移の光に包まれるイッセーの言葉に千秋たちがそれぞれの言葉を発するなか、俺は拳を突き出し、笑みで応えてやった。

 

 それを見たイッセーも笑みを浮かべ、拳を突き出したところでイッセーたちは転移していった。

 

 そして、俺たちの眼前に空中投影されたいくつもの映像が現れた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・こいつは・・・・・・」

 

「・・・・・・駒王・・・・・・」

 

「「・・・・・・学園・・・・・・?」」

 

 

 映像に映し出されたのは他でもない、駒王学園の各所の光景であった。

 

 映像を見る限り、俺たちの通う学園そっくりであった。

 

 ──唯一違うのは空の色ぐらいだった。

 

 それからすぐに、グレイフィアさんのアナウンスが流れ出した。

 

 

《皆さま、このたび、グレモリー家、フェニックス家に審判役を仰せつかったグレモリー家の使用人グレイフィアでございます。今回のバトルフィールドはリアスさまとライザーさまのご意見を参考にし、リアスさまの通う人間界の学舎、駒王学園のレプリカを用意しました》

 

 

「・・・・・・これも部長に対するハンデなのかね?」

 

 

 映像とグレイフィアさんのアナウンスから何気なしに俺が呟いたことは、十中八九、そのとおりなのだろう。

 

 

《両陣営、転移された先が本陣でございます。リアスさまの本陣は旧校舎オカルト研究部部室、ライザーさまの本陣は新校舎学長室。よって「兵士(ポーン)」のプロモーションは互いの校舎内に侵入を果たすことで可能となります》

 

 

 俺は学長室、つまり、ライザーがいる場所の映像を見る。

 

 ライザーはソファーに座り、両隣に眷属の女を侍らせて余裕そうな佇まいをしていた。

 

 

《それではゲームスタートです》

 

 

 ゴーンゴーン。

 

 

 学園のチャイムを合図にゲームが開始された。

 

 部長たちのほうの映像に目を向ければ、テーブルの上にチェスの盤面に合わせたと思しき学園の全体図を広げて、今後の動きに関する話し合いをしていた。

 

 

「駒が不足しているぶん、部長たちには本陣を固めるような布陣はできない」

 

「そうなると、やっぱり・・・・・・」

 

「ああ。速攻による各個撃破しかないだろうな」

 

 

 俺と千秋とで部長たちの動きの予想を立てていると、部長たちの方針が決まったみたいだ。

 

 木場と塔城、そして副部長が外に出ると、旧校舎の周りに何かを仕掛け始めた。

 

 おそらく、トラップなどの類だろう。

 

 いっぽう、部室に残ったイッセーとアーシアだが──。

 

 

「あぁぁっ!」

 

 

 突然、鶫が悲鳴に似た叫びをあげた。

 

 まあ、当然っちゃ当然か。

 

 原因はいま俺たちが見ているイッセーたちがいる部室が映っている映像だ。

 

 映像では、イッセーが部長の膝の上に頭を乗せてソファーに横になっていた。ようはイッセーが部長に膝枕をされていた。

 

 それを見て、千秋と燕も驚愕するなり、不機嫌そうになるなどしていた。

 

 あと、映像の中のアーシアも頬を膨らませて涙目になっていた。

 

 そんななか、部長はイッセーの頭に手を乗せる。

 

 

『イッセー。あなたに施した術を少しだけ解くわ』

 

『え──ッ!?』

 

 

 部長の言葉を聞いたイッセーは最初訝しげにしていたが、途端に何かに驚いたような表情になった。

 

 

『あなたが転生するのに「兵士(ポーン)」の駒が八つ必要だったことは話したでしょう?』

 

『は、はい』

 

『でも、転生したばかりのあなたの体では、まだその力に耐えられなかった。だから、何段階かに分けて封印をかけたの。いま、それを少しだけ解放させたわ』

 

 

 そういうことか。合宿での特訓で、イッセーは『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の力に耐えられるようになったことで、その封印されていた力にも耐えられるようになったと。これはうれしい誤算だな。

 

 ・・・・・・まあ、それはいいんだが──。

 

 

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 

 

 この無言の圧力を放ってる我が妹と幼馴染み二人をどうにかできないものか?

 

 まあ、ゲームが始まればそれに集中しだして、この空気も和らぐだろう・・・・・・たぶん。

 

 

―○●○―

 

 

 いよいよ行動開始となり、俺と小猫ちゃんが体育館に向かうことになった。

 

 耳に付けた通信機器から部長の声が聞こえてくる。

 

 

『いいこと。体育館に入ったらバトルは避けられないわ。くれぐれも指示どおりに』

 

「「はい!」」

 

『祐斗、準備はいい?』

 

『問題ありません』

 

『朱乃は頃合いを見計らってお願いね』

 

『はい、部長』

 

 

 部長が通信でそれぞれの配置の最終確認をすると、力強くかけ声をあげる。

 

 

『作戦開始!』

 

 

 部長のかけ声と同時に俺達は行動を開始した。

 

 

『私のかわいい下僕たち。相手は不死身のフェニックス家の中でも有望視されている才児ライザー・フェニックスよ。さあ、消し飛ばしてあげましょう!』

 

 

 部長の言葉に気合い入れながら俺と小猫ちゃんは体育館に向かう。そして、体育館に着くと裏からこっそり入り、演壇の裏側まで来た。

 

 ふぅ、中まで完全再現かよ。

 

 実は本物でしたと言われても信じるレベルまで再現されていた。

 

 

「・・・・・・敵」

 

 

 演壇の端から中を覗いてた小猫ちゃんが呟くと同時に体育館の照明が一斉に点灯した。

 

 

「そこにいるのはわかかっているわよ、グレモリーの下僕さんたち」

 

 

 こそこそやっても無駄ってことか。

 

 俺と小猫ちゃんはうなずき合うと、堂々と出ていく。

 

 そこにいたのは中華服を着た人と双子の子、そして、部室で俺が倒されそうになった子がいた。

 

 

「『戦車(ルーク)』さんと、やたらと元気な『兵士(ポーン)』さんね。ミラに手も足も出てなかったけど」

 

 

 中華服の人の言葉を皮切りに自己紹介を始めだした。

 

 

「ミラよ。属性は『兵士(ポーン)』」

 

「私は『戦車(ルーク)』の雪蘭(シュエラン)

 

「『兵士(ポーン)』のイルでーす」

 

「同じく『兵士(ポーン)』のネルでーす」

 

 

 中華服の人を見た小猫ちゃんが目を険しくさせながら言う。

 

 

「・・・・・・あの『戦車(ルーク)』・・・・・・かなりレベルが高いです」

 

「・・・・・・高いって?」

 

「・・・・・・戦闘力だけなら『女王(クイーン)』レベルかも」

 

「・・・・・・マジかよ。ま、こっちの不利は端からわかかってたんだ。やるしかねえ!」

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 俺は籠手を出し、倍加を開始させる。

 

 

「・・・・・・私は『戦車(ルーク)』を。イッセー先輩は『兵士(ポーン)』たちをお願いします。最悪、逃げ回るだけでも」

 

 

 小猫ちゃんが前に出ながらそう言うけど、俺は意気揚々と前に出る。

 

 

「俺の方は心配しないでいい。勝算はある」

 

 俺の言葉に小猫ちゃんは首を傾げるが、すぐに相手の方に向き直す。

 

 

「よし! 行くぜ!」

 

 

 俺のかけ声と同時に俺と小猫ちゃんはそれぞれの相手に向かって飛び出した。

 

 

―○●○―

 

 

 体育館でのイッセーと塔城の戦闘が始まった。

 

 まず塔城のほうを見る。相手の『戦車(ルーク)』が炎を纏った脚で蹴りを放っていた。スピードでは相手のほうが優っていたため、塔城は防戦一方であった。

 

 

『はッ!』

 

 

 そして、相手の蹴りが塔城の腹にクリーンヒットした──が塔城はとくにダメージを負った様子はなく、相手の脚をガッチリと掴んでいた。

 

 すかさず塔城は相手の脚を引っ張り、それにより体勢を崩した相手を殴りつけ、怯んだところをタックルで吹き飛ばした。

 

 スピードは負けているが攻撃力、防御力では共に塔城のほうが圧倒していた。

 

 

『・・・・・・ぐぅ・・・・・・あなたは一体・・・・・・何者・・・・・・!?』

 

『・・・・・・リアスさまの下僕です』

 

 

 どうやら、こちらは塔城の勝ちで決まりだな。

 

 いっぽう、イッセーのほうは──。

 

 

『うわぁぁぁぁぁッ!』

 

『バーラバラ♪ バーラバラ♪』

 

 

 チェーンソーを持った双子の『兵士(ポーン)』に追いかけ回されていた。

 

 

『逃げても無駄でーす♪』

 

『大人しく解体されてくださーい♪』

 

 

 双子は見た目とは裏腹に物騒なことを言っていた。・・・・・・どういう教育されてんだよ。親の顔が見てみたいもんだ。

 

 そんな逃げ回っているイッセーに棍使いの『兵士(ポーン)』が一撃を加える。

 

 

「何っ!?」

 

 

 だが、イッセーは棍の一撃を上に飛んで躱していた。

 

 その後も棍使いの『兵士(ポーン)』は棍でイッセーに攻撃を加えていくが、イッセーはそのすべてを見事に回避してみせた。双子の『兵士(ポーン)』の攻撃もまったく当たる気配がなかった。

 

 

『ああもう、ムカつく!』

 

『どうして当たんないのよ!?』

 

『・・・・・・掠りもしない・・・・・・!』

 

 

 『兵士(ポーン)』たちは自分たちの攻撃が当たらないことに段々と焦りや苛立ちを見せ始めてきていた。

 

 

『へへ、こんなの明日夏のに比べたら全然!』

 

 

 どうやら、俺との修行の成果が出ているようだな。

 

 合宿が終わるころにはイッセーの回避率は相当なものになっていた。あんな体型に合っていないチェーンソーの大振りや単調な棍の突きや薙ぎ払いではいまのイッセーには傷ひとつ付けられないだろう。

 

 さて、他は──。

 

 別の映像を見ると、ライザーの他の『兵士(ポーン)』三人が、別働隊となって部長たちの本陣である旧校舎を目指していた。

 

 

『なんかやけに霧が出てきたわね?』

 

 

 『兵士(ポーン)』三人のうちの一人が言うとおり、『兵士(ポーン)』たちの周りに霧が発生していた。

 

 次の瞬間、霧の中から赤い光弾のようなものが飛んできた。

 

 そう、この霧は自然発生したものではなく、副部長が発生させたもので、木場と塔城が仕掛けたトラップを隠していたのだった。

 

 

『トラップ? にしても大したことはないわ』

 

『まあ、こんなの子供騙しよ』

 

『初心者らしいかわいい手だわ』

 

 

 だが、『兵士(ポーン)』たちは木場と塔城が仕掛けたトラップを難なく躱してしてしまう。

 

 

『こんなトラップで守れるなんて、本気で思ってんのかしら?』

 

 

 そのまま、『兵士(ポーン)』たちはトラップゾーンを突破し、ついに部長たちの本陣である旧校舎の前に到達してしまう。

 

 

『あれが敵本陣ね──ッ!?』

 

『どういうこと!?』

 

 

 だが、突如として旧校舎が霧に交わるように消失してしまったのだった。

 

 

『残念だったね』

 

 

 そこへ、霧の中から木場が悠々と現れた。

 

 

『もう、ここから出られないよ。キミたちはうちの『女王(クイーン)』が張った結界の中にいるからね』

 

『しまった! トラップに気を取られすぎて!?』

 

『人手不足は知恵で補わないと』

 

 

 そう、あのトラップの本当の目的は相手の意識を釘付けにするためのものだった。『兵士(ポーン)』たちは見事にそれにはまり、副部長の張った結界内に誘導されたのだ。

 

 あの霧の正体も、副部長がはった幻術を内包した結界だったのだ。

 

 だが、本当の罠にはめられた『兵士(ポーン)』たちは相手が木場一人だと分かった途端、余裕を取り戻しだす。

 

 

『わりと好みだから言いたくないんだけど、もしかして三対一で勝てると思っているの?』

 

『試してみるかい?』

 

 

 『兵士(ポーン)』たちの内の一人の問いに対し、木場は不敵に笑む。

 

 地の利は木場にあるし、ここも大丈夫だろう。

 

 改めて、イッセーのほうの映像を見る。

 

 こっちもそろそろ決着が着きそうな雰囲気だった。

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

『よっしゃぁぁぁッ! 行くぜ、「赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)ッ!』

 

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 

 イッセーは倍加をストップさせ、強化された身体能力で一気に攻めだした。

 

 

『ひとつ!』

 

『きゃっ!?』

 

『ふたつ!』

 

『きゃあ!?』

 

 

 あっというまに双子に一撃を入れて吹き飛ばした。

 

 

『たあッ!』

 

 

 そこへ棍使いが突きを繰り出すが、イッセーは体を捻って避け、棍を掴み、そのまま一撃を加えて叩き折った。

 

 

『なッ!?』

 

『三つ!』

 

『きゃあっ!?』

 

 

 そして、棍を折られ動揺していた棍使いにも一撃を入れて吹き飛ばした。

 

 

『・・・・・・私の棍を・・・・・・!?』

 

『かあぁ、痛ってぇ・・・・・・』

 

 

 どうやら、棍が頑丈だったのか、イッセーの棍を叩き折ったほうの手が赤くなっていた。

 

 

『・・・・・・こんな男に負けたら・・・・・・!』

 

『・・・・・・ライザーさまに怒られちゃうわ・・・・・・!』

 

 

 『兵士(ポーン)』たちは負けられないとまだ立ち上がる。

 

 そんななか、イッセーは決着がついたと言わんばかりの顔をしていた。

 

 

『もう許さない!』

 

『『絶対にバラバラにする!』』

 

『いまだ! くらえ! 俺の必殺技! 「洋服崩壊(ドレス・ブレイク)」ッ!』

 

 

 パチン。

 

 

 イッセーが指を鳴らした瞬間に起こったことは──。

 

 

『『『いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』』』

 

 

 『兵士(ポーン)』たちの着ている服が弾け飛ぶ光景であった。

 

 

「は」

 

 

 開いた口が塞がらなかった。

 

 

『ふはははは! どうだ、見たか! 脳内で女の子の服を消し飛ばすイメージを永遠と、そう永遠と妄想し続け、俺は持てる魔力の才能をすべて女の子を裸にするために使いきったんだ! これが俺の必殺技「洋服崩壊(ドレス・ブレイク)」だ!』

 

 

 ・・・・・・・・・・・・最低な必殺技であった。

 

 おそらく原理は、女性に接触した瞬間、自らのイメージを魔力にして送り込んだのだろう。独創的で、イッセーらしい技だが──なんと言うか・・・・・・我が友人ながら、なんとも酷い技だ。

 

 

『最低!』

 

『ケダモノ!』

 

『女の敵!』

 

 

 『兵士(ポーン)』たちが非難の声をあげる。まあ・・・・・・当然の反応だな。

 

 合宿のとき、あいつが魔力で野菜の皮を剥きまくっていたのを見て、もしやこんな技を生み出すのではないかと思ったが・・・・・・現実になってしまったか。

 

 見ると、燕は額に手を当てながら溜め息をついていた。千秋もなにやら複雑そうな表情だ。

 

 

「すご~い! 完成したんだ~!」

 

「「「はぁっ?」」」

 

 

 そんななかで聞こえた鶇の言葉に俺たちはマヌケそうな声を出してしまい、開いた口が塞がらないでいた。

 

 

「ちょ、ちょっと、姉さん! イッセーのあれ知ってたの!?」

 

「ん~、知ってるも何も、アーシアちゃんと一緒に技の完成を手伝ったからね~」

 

 

 どうやら、あの技の完成にはアーシアも一枚噛んでいるようだ。

 

 ていうか、何やってるんだ、二人とも・・・・・・。

 

 

「完成の手伝いって、それって実験体になったってことじゃないの!? 何考えてるのよ!?」

 

「何って~、イッセーくんのお手伝いしたかったから~」

 

 

 たぶん、本当に純粋にイッセーの手伝いをしたかったのだろう。おそらく、アーシアも。

 

 たぶん、自主的にだろうな。恥じらいとかよりも、惚れた男の力になりたいという気持ちのほうが強かったのだろう。

 

 まあ、とりあえず、『兵士(ポーン)』たちも、あれではもう戦闘はできないだろう。

 

 ちなみにイッセーは技が決まったことに悦に浸っていたため、『兵士(ポーン)たちの非難の声はまったく耳に入っていなかった。

 

 

『・・・・・・見損ないました』

 

 

 塔城の容赦のない非難。さすがに仲間の塔城の声は来るものがあったのか、イッセーもバツの悪い顔をしていた。

 

 そんな塔城のほうも相手の『戦車(ルーク)』を倒していた。

 

 これにより、体育館は部長たちが手に入れた。

 

 だが、その矢先にイッセーと塔城は部長の指示で体育館から立ち去った。

 

 

『逃げる気!? まだ勝負はついていないわ!?』

 

『重要拠点を捨てるつもりか!?』

 

 

 そんな二人の行動にライザーの眷属たちは驚愕していた。当然だろう。体育館は旧校舎と新校舎を繋ぐチェスでいうところの『センター』、つまり相手が言うように重要拠点なわけだが、二人は状況が有利とはいえ、決着がついていないにも関わらず、体育館から退いた。

 

 一見、二人が重要拠点を捨てたように見える。

 

 そして、二人が体育館から出て少し離れた刹那──。

 

 

 カッ!

 

 

 体育館に閃光が走った。

 

 

 ドォォォォォオオオオオオンッッ!

 

 

 次の瞬間には体育館が轟音をたてて跡形もなく消し飛んでいた。

 

 

撃破(テイク)

 

 

 そんな跡形もなく消失した体育館の近くに副部長が悪魔の翼を広げて空に浮いていた。いまのは副部長が放った雷撃だったのだ。

 

 

《ライザーさまの『兵士(ポーン)』三名、『戦車(ルーク)』一名、戦闘不能》

 

 

 その後、グレイフィアさんのライザーの眷属たちのリタイアのアナウンスが聞こえてきた。

 

 

「部長も大胆な作戦を立てたもんだ」

 

 

 体育館が重要拠点であるということは、両チームともそこを押さえようと人数を集める。そう、()()()()()()のだ。だからこそ、部長は重要拠点をあえて囮にし、大技で一網打尽にしたのだ。これが部長の立てた作戦。別働隊の対処法といい、初めてとは思えないゲーム運びだった。

 

 とはいえ、これでライザーのほうもおそらく、部長に対して本気を出すようになるだろう。

 

 ゲームはまだ序盤。ここからが本当の戦いとなるだろう。

 

 



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Life.9 絶賛、決戦中です!

 

 

「・・・・・・ス、スッゲェ・・・・・・!」

 

 

 部長の作戦で消し飛んだ体育館とそれをやった朱乃さんを見て、思わず唖然としてしまう。

 

 

「・・・・・・朱乃さんの通り名は『(いかずち)の巫女』。その名前と力は知る人ぞ知る存在だそうです」

 

 

 『雷の巫女』、かぁ・・・・・・。あんなのでお仕置きされたら確実に死ぬな。小猫ちゃん共々 、絶対に怒らせないようにしよう。

 

 なんて思っていると、部長から通信が入った。

 

 

『まだ相手のほうが数は上よ。朱乃が二撃目を放てるようになるまで時間を要するわ。朱乃の魔力が回復しだい、私たちも前に出るから、それまで各自、次の作戦に向けて行動を開始して』

 

 

 次の作戦は陸上競技のグランド付近で木場と合流し、その場の敵を殲滅することであった。

 

 にしても、木場の奴、大丈夫か? ま、あいつのことだから、爽やかな顔をしてちゃんとやってんだろうけど。

 

 

「小猫ちゃん、俺たちも行こうぜ」

 

 

 そう言って、肩に触れようとしたら、さらりと避けられた。

 

 

「・・・・・・触れないでください・・・・・・」

 

 

 蔑んだ声と顔でジトーと睨まれる。

 

 どうやら、『洋服崩壊(ドレス・ブレイク)』を警戒されているようだ。

 

 

「だ、大丈夫だよ。味方に使うわけないだろ」

 

「・・・・・・それでも最低な技です」

 

 

 どうやら、本格的に嫌われたような・・・・・・無理もないか。

 

 

「あ、待ってよ、小猫ちゃん!?」

 

 

 俺を置いて行ってしまう小猫ちゃんを急いで追いかける。

 

 

 ドォンッ!

 

 

「うわぁぁぁっ!?」

 

 

 いきなり目の前で爆発が起き、俺は爆風で吹っ飛ばされてしまった!

 

 

「・・・・・・ぐぅぅ・・・・・・っ、小猫ちゃん!?」

 

 

 小猫ちゃんがいたところを見ると、爆発によってボロボロになった小猫ちゃんが横たわっていた!

 

 俺は急いで小猫ちゃんに駆け寄り、抱き抱える!

 

 

撃破(テイク)

 

 

 謎の声が聞こえ、声がした方を見ると、部室でライザーとキスをしていた女がいた。

 

 

「クッソォ! ライザーの『女王(クイーン)か!?」

 

「ふふふ」

 

 

 たしか、あいつがライザーの『女王(クイーン)』だったはずだ。俺は相手を睨みつけるが、ライザーの『女王(クイーン)』は不敵に笑うだけであった。

 

 

「・・・・・・・・・・・・すみません・・・・・・」

 

「小猫ちゃん!?」

 

「・・・・・・もっと・・・・・・部長のお役に・・・・・・」

 

「大丈夫だ! アーシアがこんな傷、すぐに回復して──小猫ちゃん! 小猫ちゃんッ!?」

 

 

 俺の呼びかけも虚しく、小猫ちゃんは光の粒子となって消えてしまった。

 

 

《リアスさまの『戦車(ルーク)』一名、リタイヤ》

 

 

 グレイフィアさんの無情なアナウンスが聞こえてきた。

 

 

「クッソォ! よくも小猫ちゃんを!」

 

「ふふふ。獲物を狩るときは、何かをやり遂げた瞬間が一番やりやすい。こちらは多少の駒を『犠牲(サクリファイス)』にしてもあなたたちの一人でも倒せれば、人数の少ないあなたたちには十分大打撃ですもの。いくら足掻こうと、あなたたちにライザーさまは倒せないわ」

 

 

 愉快そうに笑うライザーの『女王(クイーン)』に俺は怒りで体を震えさせる。

 

 

「降りて来やがれぇぇッ!? 俺が相手だ!」

 

『・・・・・・落ち着きなさい、イッセー』

 

 

 俺を諌めるように部長から通信が入る。

 

 

『戦闘不能になった者はしかるべき場所に転送されて、治療を施されるわ。小猫は死んだわけじゃないの・・・・・・冷静になりなさい・・・・・・!』

 

 

 顔は見えないし、冷静そうだけど、明らかに部長の声が震えていた。

 

 

「でもッ!?」

 

「諦めなさい坊や。いくら足掻いても私たちには勝てないわよ」

 

「──ッ!」

 

 

 ライザーの『女王(クイーン)』が手に持つ杖を構えたのを見て、俺は身構える!

 

 

「あらあら」

 

「あ、朱乃さん!」

 

 

 そこへ、俺とライザーの『女王(クイーン)』の間に朱乃さんが降り立った。

 

 

「イッセーくん。ここは私に任せて、先をお急ぎなさい。うふ、心配には及びませんわ。私が全身全霊をもって、小猫ちゃんの仇を討ちますもの」

 

「わかりました、朱乃さん!」

 

 

 朱乃さんの言葉でようやく冷静さを取り戻した俺は、その場を朱乃さんに任せ、グラウンドに向けて駆けだした。

 

 直後、背後で爆発音が鳴り響いた。

 

 

―○●○―

 

 

《ライザーさまの『兵士(ポーン)』三名、リタイヤ》

 

 

 グランド付近まで来たところでグレイフィアさんのアナウンスが聞こえた。

 

 

「三人!? ──って、うわぁ!?」

 

 

 いきなり誰かに引っ張られ、体育用具を入れる小屋の中に連れ込まれた!

 

 

「やあ」

 

 

 引っ張った犯人は木場だった。

 

 

「おまえかよ! あっ、いまの三人って?」

 

「朱乃さんの結界のおかげでだいぶ楽できたよ」

 

 

 やっぱり、いまのアナウンスは木場がやったことだったのか。

 

 

「・・・・・・木場、悪い。小猫ちゃんが・・・・・・」

 

「聞いたよ。・・・・・・あまり表に出さない子だけど、今日は張り切っていたよ。・・・・・・無念だったろうね」

 

 

 俺はそれを聞き、木場の前に拳を突き出す。

 

 

「勝とうぜ、絶対!」

 

「ふ、もちろんだよ!」

 

 

 俺が差し出した拳に、木場が自分の拳を当てる。普段は癪に障るイケメンだが、戦闘になれば頼りになる味方だ。

 

 

『祐斗、イッセー、聞こえる?』

 

 

 そこへ、部長から通信が入る。

 

 

『私はアーシアと本陣に奇襲をかけるから、できる限り敵を引き付けて、時間を稼いでちょうだい』

 

「奇襲!」

 

『やむを得ないわ。朱乃の回復を待って、各個撃破する予定だったけど、敵が直接「女王(クイーン)」をぶつけてきてわね』

 

「しかし部長、『(キング)』が本陣を出るのは、リスクが大きすぎますよ!」

 

『敵だってそう思うでしょう。そこが狙い目よ。いくらフェニックスの肉体が不死身だといっても、心まではそうじゃない。戦意を失わすほどの攻撃を加えれば、ライザーに勝つことができる。この私が直接ライザーの心をへし折ってあげるわ!』

 

 

 部長の力強い宣言と共に、通信が途絶える。

 

 部長の決意に満ちた言葉に、俺は腹を決めた。木場も同じ様子だ。

 

 

「そうと決まれば、オカルト研究部悪魔男子コンビで──」

 

「派手に行くかい!」

 

 

 俺たちは小屋から一気に飛び出て、グラウンドの真ん中に立つと、大声で叫んだ。

 

 

「やい! どうせ隠れてるんだろ! 正々堂々勝負しやがれ!」

 

「ふふふ・・・・・・」

 

 

 俺の声に応えるように、誰かの笑い声がグラウンドに流れる。声の方向へ視線を向けると、土煙の向こうに、甲冑を着込んだ女が立っていた。

 

 

「私はライザーさまに仕える『騎士(ナイト)』、カーラマインだ。堂々と真っ正面から出てくるなど、正気の沙汰とは思えんな。だが、私はおまえらのようなバカが大好きだ!」

 

 

 そう言うと、剣を抜き、炎を纏わせた。そして、こちらからは木場が前に出た。

 

 

「僕はリアスさまに仕える『騎士(ナイト)』、木場祐斗。『騎士(ナイト)』同士の戦い、待ち望んでいたよ!」

 

「よくぞ言った。リアス・グレモリーの『騎士(ナイト)よ!」

 

 

 直後、二人は一直線に突っ込むと、真正面から切り結び、すぐに離れ、火花散る凄まじい剣戟を繰り広げる。次第に二人の戦いは段々とヒートアップしていき、俺の目では追えない位の速さによる戦いになっていった。

 

 

「・・・・・・スッゲェ・・・・・・つか、俺の出番なくね・・・・・・?」

 

「そうとも限らないぞ」

 

「──ッ!?」

 

 

 背後から声をかけられ、振り返ると、顔の半分に仮面を着けている女がいた。

 

 

「・・・・・・カーラマインったら、頭の中まで剣、剣、剣で埋め尽くされているんですもの」

 

 

 そこへもう一人、金髪のお嬢様風の子が現れた。

 

 

「駒を犠牲にするのも渋い顔をしてましたし。まったく、泥臭いったら。しかも、せっかくかわいい子を見つけたと思ったら、そちらも剣バカだなんて。まったく、ついてませんわ」

 

 

 さらに、その子の後ろに三人、別の方向からも一人現れて、俺は完全に囲まれていた。ていうか、残りの駒が全員現れた!

 

 これで本陣はライザーだけになるから、部長の読みは当たったということか。

 

 

「それにしても、リアスさま──」

 

「ん?」

 

 

 金髪の子が俺を品定めするように見てきた。

 

 

「殿方の趣味が悪いのかしら?」

 

「――っ、かわいい顔をして、毒舌キャラかよ! 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』ッ!」

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 俺は籠手を出し、金髪の子に対して構えた。

 

 

「あら、ごめんあそばせ。私は戦いませんの」

 

「はぁあ!?」

 

「イザベラ」

 

 

 金髪の子が呼ぶと、仮面を着けた女が近づいてきた。

 

 

「私はイザベラ。ライザーさまにお仕えする『戦車(ルーク)』だ。では行くぞ、リアス・グレモリーの『兵士(ポーン)』よ!」

 

 

 そう言うと、殴りかかってきた!

 

 

「うわっ!?」

 

 

 俺は相手の攻撃を避けながら、思わず疑問に思ったことを訊いた。

 

 

「お、おい! あいつなんなんだよ!? 戦わないってどういうことだ!?」

 

「『僧侶(ビショップ)』として参加はしているが、ほとんど観戦しているだけだ」

 

「なんだそりゃ!?」

 

 

 これ、おたくらにとっても大事なゲームなんだろ! なんでそんなことになってんの!?

 

 

「彼女は──いや、あの方は、レイヴェル・フェニックス」

 

「フェニックス!?」

 

「眷属悪魔とされているが、ライザーさまの実の妹君だよ」

 

「妹ッ!?」

 

 

 その子のほうを見ると、にこやかにして、こちらに手を振っていた。

 

 

「ライザーさま曰く『ほら、妹萌えって言うの? 憧れたり、羨ましがる奴、多いじゃん。まあ、俺は妹萌えじゃないから、形として眷属悪魔ってことで』なのだそうだ」

 

 

 あの鳥野郎、本当に変態でバカだったのか!? ・・・・・・でも、妹をハーレムに入れたいっていうのは十分に理解できるぜ。

 

 

「──って、おわっ!」

 

 

 などと考えているあいだに打ち込まれた『戦車(ルーク)』のイザベラの拳の一撃をすんでのところで避ける!

 

 

「思ったよりはやるようだな?」

 

「そりゃあ──おっと! 俺だって、伊達に小猫ちゃんや木場、明日夏と修行してたわけじゃねぇからな! って、あぶねッ!」

 

 

 攻撃の合間に蹴りを放ってきたが、後ろに思いっきり飛んでかわした。

 

 うん、明日夏との修行で回避能力が格段とアップしているな。

 

 

「ほぉ、以前とはまったく違う。リアス・グレモリーはよく鍛えこんだようだな」

 

「そうだ、俺は部長にとことん鍛えられた、リアス部長の下僕だ! だから、負けられねぇ! 俺は部長のためにもあんたを倒すッ!」  

 

 

 とはいえ、一定以上パワーアップするまでは逃げの一手しかねえけどな。

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 これで五回目のパワーアップ! 『兵士(ポーン)』相手なら十分かもしれねぇが、『戦車(ルーク)』相手じゃまだ心もとない。

 

 ここはまだまだ耐えるしかない!

 

 

―○●○―

 

 

 イッセーと木場がグラウンドでライザーの眷属たちを引き付けているあいだに、部長はアーシアを連れて本陣に奇襲を仕掛けるため、新校舎に侵入していた。

 

 

『待っていたぜぇ』

 

『『──っ!?』』

 

 

 そんな部長に声をかける存在がいた。いま、新校舎内でアーシア以外に声をかける人物は一人しかいない。

 

 

『ふふふ、ははは、愛しのリ~ア~ス♪』

 

 

 そこには部長が来ることがわかっていたかのように、余裕の表情見せながら、新校舎玄関ホールの二階の手摺に腰をかけながら見下ろしているライザーがいた。

 

 

『私が来るのはお見通しだったわけね?』

 

初心者(バージン)が経験者をなめちゃいけないよ、リ~ア~ス♪』

 

『・・・・・・相変わらず品のないヒトね』

 

 

 『女王(クイーン)』の配置といい、やっぱり部長の手は読まれていたか。

 

 

「・・・・・・読んでいたのなら、なんで眷属を全員、イッセー兄たちのほうに・・・・・・?」

 

「簡単だ。部長のプライドをへし折るためだ。部長を手のひらで踊らせたうえで、真っ向から部長の作戦を潰すことで──」

 

「部長に圧倒的な実力差を見せつける・・・・・・そうすることで──」

 

「ああ。部長の意思を挫くには効果的でもある。奴にはそれをやるだけの実力があるってことだ」

 

 

 今回の出来レースを組んだだけはあるってわけか。

 

 

『ここじゃなんだぁ、もっと見晴らしのいいところでデートと洒落こもうぜ、リ~ア~ス♪』

 

『ふざけないで! いいわ、あなたを消し飛ばしてあげるわ!』

 

 

 ライザーの挑発に乗ってしまった部長はアーシアと共にライザーのあとについて行ってしまう。

 

 

「・・・・・・見晴らしのいい場所って?」

 

「部長の様子がイッセーたちによく見える場所だろう。そうすることで、イッセーたちを煽る気なんだろ」

 

 

 完全に部長たちを潰す気だな。

 

 

 バキィィィン!

 

 

 突然、何かが砕け散る音が響いたため、そちらの映像を見ると、木場の剣が相手の『騎士(ナイト)』によって砕かれていた。

 

 

光喰剣(ホーリー・イレイザー)が!?』

 

『残念ながら、その攻撃は私に通用しない』

 

 

 あの剣は光を喰らう特性があった。そのため、光を扱うフリードやはぐれ悪魔払い(エクソシスト)相手には有効だったが、いまの相手が扱うのは炎。その特性がまったく活きないのであった。

 

 だが、そんな状況にも関わらず、木場は不敵に笑んでいた。

 

 

『ならこれはどう? 凍えよ!』

 

 

 次の瞬間、柄から氷が生成され、氷が砕けると、新たな刀身が現れた。

 

 

『──っ!? 貴様、神器(セイクリッド・ギア)をふたつも!』

 

 

 相手の『騎士(ナイト)』は剣を振るうが、木場の剣の刀身に当たった瞬間、纏っていた炎ごと刀身が凍り、砕け散った。

 

 

『──ッ! なんの、我ら誇り高きフェニックス眷属は炎と風と命を司る!』

 

 

 そう言うと、短剣を取り出し、炎と風を纏わせる。

 

 

『貴様の負けだぁ!』

 

 

 そして、短剣の一振りで木場の氷の魔剣が容易に砕かれた。

 

 

『フッ』

 

 

 だが、木場はいまだに笑みを崩さなかった。

 

 また柄から刀身が現れ、今度は先端に穴が開いた剣が現れた。

 

 

『──っ!?』

 

『はッ!』

 

 

 木場のかけ声と同時に魔剣の穴に短剣の風が炎ごと吸い込まれていった。

 

 

『貴様、一体いくつ神器(セイクリッド・ギア)を持っている!?』

 

 

 相手の問いを木場は笑みを浮かべながら否定する。

 

 

『僕は複数の神器(セイクリッド・ギア)を持っているわけじゃない。ただ作っただけだ』

 

 

 喋りながら振るわれた剣を相手は後ろに飛んで躱すが、木場は構わず地面に手を着ける。

 

 

『「魔剣創造(ソード・バース)」。すなわち、意思どおりに魔剣を創りだせる』

 

 

 相手が何かを察したのか、その場から飛び上がると同時に相手のいた地面から複数の魔剣が飛び出てきた。

 

 駿足の足と多彩な魔剣──あれが木場の本領か。

 

 木場はあの調子なら、なんとかなるか。

 

 さて、イッセーのほうは──。

 

 

―○●○―

 

 

 スッゲェ・・・・・・あいつ、あんな力を・・・・・・。

 

 木場の戦いぶりを見て、思わず呆気に取られてしまった。

 

 

「おまえ! 戦闘中によそ見をするなッ!」

 

「しまっ──ぐあぁっ!?」

 

 

 木場のほうに意識を向けていたから、反応が遅れて初めて相手の攻撃をもろにくらってしまい、後ろに吹っ飛ばされてしまった。

 

 クッソォ・・・・・・明日夏に散々注意されたってのに、やらかしちまった。

 

 けど、そろそろなんだけどな・・・・・・。

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

「──っ、来たぁぁッ!」

 

 

 待ちに待った十五回目のパワーアップ! これで最大回数だぜ!

 

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 

 倍加を止めると同時に俺は腕を前に突き出す。

 

 

「ドラゴン波ならぬドラゴンショット!」

 

 

 そして、魔力の塊を向かって来るイザベラに向けて撃ち出した。

 

 

 グオォォォォォォオオオンッ!

 

 

「──ッ!?」

 

 

 イザベラは驚愕しながらもすんでのところで俺の一撃を躱した。

 

 避けられたドラゴンショットはテニスコートまで向かっていった。

 

 

 ゴォォォォォォォォンッッ!

 

 

 次の瞬間、地を響かせる轟音が鳴り響き、巻き上がる突風と共に赤い閃光が俺たちを襲う!

 

 爆風が止み、テニスコートのほうを見ると、テニスコートが跡形もなくなっており、巨大なクレーターができあがっていた!

 

 だいぶセーブしたつもりだったのに・・・・・・。

 

 にも関わらず、この威力である。

 

 

「・・・・・・危険だ・・・・・・! あの神器(セイクリッド・ギア)は! ここで私が倒しておかねばッ!」

 

 

 俺のドラゴンショットの威力を見て、危険だと判断して焦ったのか、イザベラが一気に攻めてきた。

 

 だが、焦っていたためか、攻撃が単調になっていた。

 

 

「しめた!」

 

 

 俺はイザベラの拳を避け、逆に俺の拳を当てる。

 

 

「・・・・・・それで当てたつもりか?」

 

 

 たいしたダメージになっていなかったからか、イザベラは訝しげな表情を作る。

 

 けど、当たれば十分であった。

 

 

「弾けろ! 『洋服崩壊(ドレス・ブレイク)』!」

 

 

 パチン。

 

 

 俺が指を鳴らすと、イザベラの服が弾けとんだ。

 

 

「なっ、なんだこれは!?」

 

 

 イザベラは自分の身に起こったことに驚愕し、大事な部分を隠す。

 

 その裸体はさっきの『兵士(ポーン)』の三人とは違い、見事なプロポーションであった。

 

 速攻でその光景を脳内の新種ホルダーに名前を付けて保存した!

 

 

「よし行くぜ!」

 

 

 そしてすかさず、動きが止まったイザベラに向けて、もう一度ドラゴンショットを撃ち込んだ!

 

 

「──っ!?」

 

 

 俺の魔力がイザベラを包み込み、イザベラは光の粒子となって消えた。

 

 

「イザベラが!?」

 

《ライザーさまの『戦車(ルーク)』一名、リタイア》

 

 

 ライザーの妹の驚きの声とグレイフィアさんのアナウンスが俺の耳に届いた。

 

 

「勝ったぁっ!」

 

 

 俺は自分の勝利に歓喜した。

 

 

「・・・・・・しかし酷い技だ。いや、女にとって恐ろしい技と言うべきか・・・・・・」

 

「・・・・・・僕も初めて見たんだけど・・・・・・なんと言うか──うちのイッセーくんがスケベでゴメンなさい」

 

「──って、こらぁ! 見も蓋もない謝り方するなぁ、木場ぁっ!?」

 

「だけど・・・・・・」

 

 

 だけどじゃねぇよ、イケメン!

 

 

「しかし、魔剣使い・・・・・・数奇なものだ。私は特殊な剣を使う剣士と戦い合う運命なのかもしれない」

 

「へぇ、僕以外の魔剣使いと戦ったことがあるのかい?」

 

「いや、魔剣ではない。──聖剣だ」

 

「──っ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、木場の雰囲気ががらりと変わった!

 

 

「その聖剣使いについて訊かせてもらおうか?」

 

「ほう、どうやらあの剣士は貴様に縁があるのか? だが、剣士同士、ここは剣にて語ろう!」

 

「・・・・・・そうかい。・・・・・・口が動ければ、瀕死でも問題ないか」

 

 

 二人の間の殺気がドンドン強くなっていく! ていうか、木場の迫力がとんでもなかった!

 

 いったいどうしたってんだよ、木場!?

 

 

「そこの『兵士(ポーン)』さん」

 

「ん?」

 

 

 木場の変化に戸惑う俺に、ライザーの妹が声をかけてきた。

 

 

「あれ、なんだかわかりますかしら?」

 

「え? はっ!? 部長ぉぉっ!」

 

 

 彼女が指差す先を見てみると、新校舎の屋上に、部長とアーシアがいる! 対峙しているのはライザーだ!

 

 

 直接仕掛けるっていっても早すぎるだろ!

 

 確かに、俺たちが敵を惹きつけているところを部長がライザーに奇襲する手筈だった。でも、俺たちが戦いを始めてから数分しか経っていないのに、いくらなんでも早すぎる! ましてや、あんな正面で向き合って対峙しているんじゃ、奇襲もなにもない。

 

 ああなってるってことはつまり──。

 

 

「・・・・・・こちらの手を読まれていたのか・・・・・・!?」

 

 

 木場が俺の考えていたことを代弁した。

 

 やっぱりそうなるのかよ!

 

 

「『|滅殺姫《ルイン・プリンセス』、『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』、『雷の巫女』に『魔剣創造(ソード・バース)』、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』。御大層な名前が並んでいますけれど、こちらは『不死鳥(フェニックス)』、不死なのですわ」

 

「──っ!?」

 

 

 いつのまにか、残りのライザーの眷属全員に囲まれていた!

 

 

「おわかりになります? これがあなた方にとって、どれだけ絶望的であるか? ニィ! リィ!」

 

「「にゃ」」

 

 その名が呼ばれると、獣耳を生やした女の子二人が構えを取った。

 

 

「この『兵士(ポーン)』たち、見た目以上にやりますわよ」

 

「「にゃー!」」

 

 

 獣娘二人が同時に飛び込んできた!

 

 

「──っ!? ブ、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』ッ!」

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 慌てて倍加を開始して回避に専念しようとしたが、さっきの戦いの疲れで若干動きが鈍くなっているうえ、相手の動きがトリッキーで動きを追えないせいか攻撃を避けれないでいた。

 

 

「最低な技にゃ!」

 

「下半身でものを考えるなんて!」

 

「「愚劣にゃ!」」

 

「ぐはっ!?」

 

 

 言いたい放題言われてもの申したかったが、攻撃をモロにもらってしまっていて、そんな余裕はなかった。

 

 

「・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

 

「決めなさい、シーリス!」

 

「──っ!?」

 

「ハァァァッ!」

 

 

 ライザーの妹の指示で上からシーリスと呼ばれた女性が大剣を振り下ろしてきた!

 

 俺はなんとか避けるが、たて続けに大剣を振り回してきた!

 

 木場や明日夏、カーラマインに比べれば直線的だったが、威力は確実に上であった。

 

 

「マジヤバい!?」

 

 

 ドゴォォォォン!

 

 

 そんななか、新校舎のほう──部長とライザーが戦っている場所から爆発音が聞こえてきた!

 

 

「──っ! 部長ぉぉっ!?」

 

 

 俺は通信機で部長に呼びかける。

 

 

『私は大丈夫。私のことよりも、いまは目の前の敵を』

 

「でもっ!」

 

『私はあなたを信じているわ、イッセー! このリアス・グレモリーの下僕の力を見せつけておやりなさい!』

 

 

 そうだ、俺は部長の下僕なんだ。

 

 

 ガキィィィィン!

 

 

 俺は籠手で相手の剣を止めてやった。

 

 

「シーリスの剣をっ!?」

 

「腕でっ!?」

 

 

 何も考えることなんてねえ! 部長のためだけに俺はおまえらを──。

 

 

「ぶっ倒すッ!」

 

 

 バキィッ!

 

 

 そのまま剣を掴み、握り砕いてやった!

 

 

「何!? きゃっ!?」

 

 

 怯んだところをさらに蹴り飛ばし、俺は籠手に語りかけた。

 

 

「赤い龍帝さんよ、聞こえてんなら応えろ! 俺に力を貸しやがれ!」

 

 

Dragon(ドラゴン) Booster(ブースター)!!』

 

 

 籠手から力が流れ込んでくるが、こんなんじゃ足りない!

 

 

「もっとだ! もっと俺の想いに応えろ! 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』ァァァッ!!」

 

 

Dragon(ドラゴン) Booster(ブースター) secondo(セカンド) Liberation(リベレーション)!!』

 

 

 初めて聞く音声が発せられた瞬間、籠手から膨大な量のオーラが吹き溢れ、籠手の形が変化した。

 

 

「か、変わった!?」

 

 

 そして、籠手から脳内に情報が流れ込んできた。

 

 そうか、これが俺の新しい力か。

 

 なら!

 

 

「木場ぁっ! おまえの神器(セイクリッド・ギア)を解放しろ!」

 

「解放!?」

 

「早くしろ!」

 

 

 木場は当惑しながらもうなずき、剣を地面に突き刺した。

 

 

「『魔剣創造(ソード・バース)』ッ!」

 

 

 木場の神器(セイクリッド・ギア)の波動が俺に向かってきた。

 

 

「うおぉりゃぁぁぁっ!」

 

 

Transfer(トランスファー)!!』

 

 

 俺はその波動に俺の新しい力を使った瞬間、俺を中心に無数の剣が出現した!

 

 そして、ライザーの眷属たちは皆、出現した剣によって貫かれていた。

 

 そのまま、ライザーの眷属たちは光の粒子となって消えていった。

 

 

《ライザーさまの『兵士(ポーン)』二名、『騎士(ナイト)』二名、『僧侶(ビショップ)』一名、リタイア」》

 

 

「『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』だぁぁっ!」

 

 

 グレイフィアさんのアナウンスを聞くと同時に、俺は新しい力の名称を勝利の雄叫びのように叫んだ。

 

 



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Life.10 決戦、終了です!

 

 

 新しい力、『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』。籠手で高めた力を他の者、もしくはものに譲渡し、力を爆発的に向上させることができる。この力で木場の神器(セイクリッド・ギア)の力を高め、ライザーの眷属たちを一網打尽にできた。

 

 この力があれば、部長や朱乃さん、いまみたいに木場、もしくはアーシアの回復能力を強化してもいい。皆の力を高めることができる。この力があればライザーに勝てる!

 

 

 ドォォォォォオオオオンッッ!

 

 

 心の内で俺たちの勝利を確信した刹那、聞き覚えのある爆発音が響き渡った!

 

 

「えっ?」

 

 

 爆発が起こったと思しき場所に視線を向けると、空中に爆煙ができていた。

 

 そして、爆煙から何かが飛び出てきた。

 

 

「──っ!?」

 

 

 それは、光の粒子となって消えていくボロボロになった朱乃さんだった!

 

 

《リアスさまの『女王(クイーン)』一名、リタイア》

 

 

 朱乃さんが消える光景とグレイフィアさんのアナウンスに、俺は我が目と耳を疑った。

 

 当然だろう! 信じられるか! 朱乃さんがやられちまうなんて!?

 

 

 ドォォォオオオオンッッ!

 

 

「──っ!?」

 

 

 再び起こった爆発音! しかも、今度は近くで!

 

 慌てて視線をそちらに向ければ、ボロボロになった木場がいた!

 

 

「木場ッ!? 木場ぁぁぁッ!」

 

 

 俺の叫びも虚しく、木場は小猫ちゃんや朱乃さんと同様に光の粒子となって消えていった。

 

 

《リアスさまの『騎士(ナイト)』一名、リタイア』

 

 

 再び流れたアナウンスに俺は呆然と立ち尽くしてしまう。

 

撃破(テイク)

 

 

 悲嘆にくれていた俺の頭上から聞き覚えのある声が聞こえてきた!

 

 

「またおまえか!」

 

 

 見上げると、ライザーの『女王(クイーン)』がいた!

 

 しかも、朱乃さんと戦っていたはずなのに、相手はダメージを負っているようには見えなかった。

 

 朱乃さんと戦って無傷なんてありえねぇ! どうなってやがる!?

 

 

「遅かったですわね、ユーベルーナ」

 

 

 そこへ、ライザーの妹がライザーの『女王(クイーン)』の傍らに現れた。

 

 さっきの攻撃でやられなかったのか?

 

 そういえば、アナウンスでも、『僧侶(ビショップ)』一名、てしか言ってなかったな。

 

 飛んで逃げた? いや、ライザーの妹ってことは、この子も不死身だから助かったのか?

 

 

「あの『女王(クイーン)』、噂通りの強さでした。やはりこれの力を借りることに」

 

 

 ライザーの『女王(クイーン)』がそう言うと、懐から空になった小さい瓶を取り出した。

 

 

「勝ちは勝ちですもの。やはりあなたが一番頼りになりますわ」

 

「では」

 

 

 ライザーの『女王(クイーン)』は新校舎のほうに飛んでいった。

 

 クソッ、部長とアーシアのところに行く気か!

 

 慌てて追いかけようとしたところに、ライザーの妹から声をかけられる。

 

 

「まだ戦いますの?」

 

「うるせぇ! 俺も部長もまだ倒れてねぇぞ! それよりも、さっきの瓶はなんだよ!?」

 

 

 さっきから小瓶の正体が気になって仕方がなかった俺はさっきの小瓶のことをライザーの妹に尋ねる。

 

 

「フェニックスの涙。いかなる傷も一瞬で完治する我が一族の秘宝ですわ」

 

「そんなのありかよ!」

 

「あら、ゲームでの使用もちゃんとふたつまでは許されてますのよ。そちらだって『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』を持つ『僧侶(ビショップ)がいらっしゃるでしょう?」

 

 

 クソッ、戦闘中に回復されたんじゃ、いくら朱乃さんでも・・・・・・!

 

 いや、悲嘆にくれている場合じゃない! いまは部長が最優先だ!

 

 

「うふふ。これはわたくしの一族にしか作れないので、高値で取り引きをされておりますのよ。不死身に涙、レーティングゲームが始まってから、フェニックス家はいいこと尽くめなのですわ。おほほほほほ──ちょ、ちょっと、無視っ!?」

 

 

 ライザーの妹がなんか自慢げにペラペラと喋っていたが、ほっておいて俺は新校舎に向けて駆けだした。

 

 新校舎に入ると、俺の中の駒が脈動する。敵本陣に来たことで条件が揃ったのだ。

 

 

「・・・・・・プロモーションだ! 俺に『女王(クイーン)』の力を・・・・・・!」

 

 

 プロモーションが完了し、体に力がみなぎってきた俺は、屋上を目指して廊下を走る。目指すは部長のもと。

 

 脳内に、部長とのある会話を思い出す。

 

 あれは、合宿で明日夏との一騎打ちが終わったあとのことだ。その後、俺は部長と二人きりで会話をする機会があり、俺はあることを尋ねた。

 

 

『どうして部長は今回の縁談を拒否しているんですか?』

 

 

 すると、部長はこう答えた。

 

 

『私はグレモリー家の娘よ。どこまでいっても、個人のリアスではなく、あくまでもリアス・グレモリー。常にグレモリーの名が付きまとってしまう。そのことは誇りではあるけど・・・・・・やはり、せめて添い遂げる相手くらいは、グレモリー家の娘としてではなく、リアスとして私を愛してくれる人と一緒になりたいのよ。矛盾した想いだけど、それでも、私はこの小さな夢を持っていたいわ。だから、勝つわ。相手が不死身のフェニックスだろうと、この小さな夢を守るために、そして、代々に培ってきたグレモリー一族の力を受け継いだ娘として勝つわ。勝つしかないのよ』

 

 

 そんな些細な一人の女の子としての望みを、そして、ライザーとの対決に対する覚悟を口にした部長に俺はこう言った。

 

 

『俺、そんなの関係なく、部長のこと好きです。グレモリー家のこととか、悪魔の社会とか、正直さっぱりですけど、いまここに、こうして目の前にいるリアス先輩が俺にとって一番ですから!』

 

 

 ぶっちゃけ、そんな気の利いたことを言えなかったたけど、正直な想いを口にした。

 

 

『だから、絶対にライザーに勝ちましょう!』

 

 

 そうだ、絶対に勝つんだ!

 

 待っててください! 俺は必ず部長を勝たせてみせます!

 

 

―○●○―

 

 

『部長! 兵藤一誠、ただいま参上しました!』

 

『イッセー!』

 

『イッセーさん!』

 

 

 屋上に現れたイッセーの姿を見て、部長とアーシアが歓喜の声をあげる。

 

 

『「兵士(ポーン)」の坊やと『僧侶(ビショップ)』のお嬢さんは私が──』

 

『いや、俺がまとめて相手をしてやろう。そのほうがこいつらも納得するだろう』

 

 

 一歩前に出る『女王(クイーン)』をライザーは手で制し、大胆不敵に告げる。

 

 

『ふざけないで! それはまず、私を倒してからの話よ!』

 

 

 ライザーの不敵な態度に激昂した部長が魔力を飛ばし、ライザーの腕を吹き飛ばした。

 

 

『ふふふ。投了(リザイン)しろ、リアス! キミはもう詰まれている。こうなることは読んでいた。チェックメイトだ』

 

 

 だが、吹き飛ばされた箇所から炎が出て形を成していき、ライザーの腕はもとに戻ってしまった。

 

 さっきから部長とライザーの戦いはこれの繰り返しだ。ただ、いたずらに部長の魔力と体力が消耗するだけだった。

 

 

『黙りなさい、ライザー! 詰まれた? 読んでいた? 笑わせないで! 「(キング)」である私は健在なのよ!』

 

 

 それでも、部長は闘志を緩めることはなかった。

 

 

『やむを得ないな。あれをやれ』

 

 

 ライザーは『女王(クイーン)』に目配せをすると、ライザーの『女王(クイーン)』は何かをしようと飛び上がる。

 

 いっぽうその頃、イッセーはアーシアに傷の治療をしてもらっていた。

 

 

『・・・・・・あんなに激しい戦いだったのに、ここまで来てくださったんですね・・・・・・』

 

 

 アーシアは沈痛な面持ちでイッセーの傷の手当てを行っていく。

 

 

『約束しただろ?』

 

『・・・・・・はい』

 

『・・・・・・ありがとう。アーシアは俺たちの命綱だ。さがっててくれ──』

 

 

 ドゴォォォオオンッ!

 

 

「──ッ!?」

 

 

 突如、イッセーとアーシアを爆発が包み込んだ!

 

 

『アーシアッ!? イッセーッ!?』

 

「イッセー兄ッ!?」

 

「イッセーくんッ!?」

 

「イッセーッ!?」

 

 

 爆煙が晴れると、アーシアを庇うように抱き抱えているイッセーがいた。

 

 

『悪いな。長引かせてもかわいそうなんで、回復を封じさせてもらおうと思ったんだが──』

 

『すみません。まさかあの坊やが体で受けるとは』

 

 

 爆撃を行ったのは、やはりライザーの『女王(クイーン)』であった。

 

 庇ったことで、ダメージを受けたのはイッセーだけで、アーシアはとりあえず無傷だった。だが、爆発のショックのせいで、意識を失ってしまっていた。

 

 

『まあいい。とりあえず、「聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)」は封じた』

 

『てめぇ!』

 

『私の直撃を受けたのに!?』

 

 

 アーシアを狙ったライザーにイッセーは激昴して起き上がり、自身の攻撃の直撃を受けたにも関わらず立ち上がったイッセーにライザーの『女王(クイーン)』は驚愕した。

 

 

『「女王(クイーン)」の防御力だな。プロモーションに救われたな」』

 

 

 ライザーは冷静に、その防御力が『女王(クイーン)』になったことによる防御力の底上げだと分析した。

 

 

『部長! 勝負は続行ですよね!』

 

『ええ!』

 

 

 貴重な回復役のアーシアが封じられても、イッセーと部長の闘志は衰えない。

 

 

『俺、バカだから、読みとか詰んだとか、わからないけど・・・・・・俺はまだ戦えます! 拳が握れるかぎり戦います!』

 

『よく言ったわ、イッセー。一緒にライザーを倒しましょう!』

 

『はい! 部長!』

 

 

 イッセーは少し離れたところにアーシアを寝かせると、ライザーに向かって走り出した。

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

『うおぉりゃぁぁ──』

 

 

Burst(バースト)

 

 

 それは発せられてはいけない音声だった。

 

 その音声が発せられた瞬間、イッセーは糸が切れた人形のように崩れ落ち、屋根から転げ落ちた。

 

 幸い、その先も屋根だったため、地面に落ちることはなかった。

 

 いまの音声は宿主の肉体の限界を知らせ、機能を停止することを告げるものであった。

 

 そもそも、もとからある力を強引に強化する『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』は宿主への負担は計り知れない。たとえ、なるべくダメージを避けていたとしても、体力の消耗は激しいはずだった。むしろ、あそこまで何回も倍加を繰り返して戦えたあたり大したものである。

 

 だがそれも、限界に近づいていたところをライザーの『女王(クイーン)』の一撃で完全に臨海点に達したのであろう。

 

 千秋たちのほうを見ると、三人ともどこか安堵の表情を浮かべていた。これ以上、イッセーに傷ついてほしくないし、戦ってほしくないのだろう。イッセーが戦闘するたびに心配そうに表情を曇らせていたからな。

 

 

『・・・・・・・・・・・・ぐっ・・・・・・かはっ・・・・・・』

 

「──っ、イッセー・・・・・・」

 

 

 イッセーは立ち上がろとするが、血を吐いてまた倒れ伏してしまう。

 

 

「・・・・・・・・・・・・イッセー兄・・・・・・もういいよ・・・・・・」

 

 

 千秋は目元に涙を溜めながらイッセーに懇願していた。鶇や燕もこれ以上イッセーの苦しむ姿を見たくないと訴えかけるように顔を背けていた。

 

 

『終わったな』

 

『ライザー!』

 

 

 部長は魔力でライザーの腕を再び吹き飛ばすが、ライザーの腕はすぐに再生した。

 

 

『リアス、キミだってこの程度の魔力しか残っていない! 素直に負けを認め、さっさと投了(リザイン)したらどうだ?』

 

『・・・・・・誰が・・・・・・!』

 

 

 部長はまだ諦めていないが、事実上の下僕の全滅に心が折れかけていた。

 

 

『・・・・・・大丈夫っスよ・・・・・・部長・・・・・・』

 

 

 さっきまで倒れ伏していたイッセーがふらふらになりながらも立ち上がっていた!

 

 

『・・・・・・俺・・・・・・どんなことをしてでも、勝ちますから・・・・・・。・・・・・・俺・・・・・・最強の「兵士(ポーン)」になるんです・・・・・・! そう、部長と約束、したんです・・・・・・! ・・・・・・部長が鍛えてくれたんだし・・・・・・』

 

 

 うわ言のように言葉を発するイッセー。

 

 

『チッ。死に損ないが!』

 

『・・・・・・まだ・・・・・・戦えます・・・・・・約束、守りますから──があっ!?』

 

「――っ、イッセー!?」

 

『イッセーっ!?』

 

「イッセー兄っ!?」

 

「イッセーくんっ!?」

 

「イッセーっ!?」

 

 

 いまだに倒れないイッセーにライザーは追い討ちをかけ始めやがった!

 

 

『・・・・・・・・・・・・俺・・・・・・戦います・・・・・・。・・・・・・·俺・・・・・・部長の「|兵士「ポーン」ですから・・・・・・。・・・・・・まだ戦います・・・・・・。・・・・・・勝ちますから──ぐっ!?』

 

 

 ライザーは容赦なくイッセーを攻撃するが、イッセーは決して倒れなかった!

 

 

「イッセー兄っ! お願いだから倒れてっ!?」

 

「もうやめてよっ! イッセーくんっ!?」

 

「バカっ! 死んじゃうわよっ!?」

 

 

 千秋たちは聞こえもしないにも関わらず、映像の中のイッセーに必死にやめろと呼びかける。

 

 

『イッセー、下がりなさい! 下がって!?』

 

『・・・・・・・・・・・・俺・・・・・・俺・・・・・・』

 

 

 部長がいくら命令しても、イッセーはいっこうに下がろうとしなかった。

 

 

『・・・・・・イッセー・・・・・・! なぜ私の命令が──っ!?』

 

 

 すると、部長は突然絶句してしまう。なぜなら、イッセーはすでに意識がほとんどないことに気づいたからだ。

 

 

『・・・・・・・・・・・・部長・・・・・・が・・・・・・笑ってくれる・・・・・・の・・・・・・なら・・・・・・』

 

 

 それでも、イッセーは言葉を発し、ライザーに向かっていく。

 

 

「・・・・・・イッセー、おまえ・・・・・・!」

 

『・・・・・・·イッセー・・・・・・あなた・・・・・・!』

 

 

 イッセーの覚悟を、想いを垣間見た俺は息をのみ、部長は涙を流し始める。

 

 

「・・・・・・倒れて・・・・・・! お願いだから、倒れてよ・・・・・・!? イッセー兄・・・・・・!?」

 

 

 千秋はもう、傷ついていくイッセーの姿に、いまにも錯乱してしまいそうな勢いだった!

 

 

『不愉快だ! たかが下僕の分際で、あくまでこのライザー・フェニックスにたてつくか!』

 

 

 すると、ライザーがイッセーの髪を鷲掴みにし、もう片方の手から炎の塊を作り出していた!

 

 あの大きさはヤバい! どう見ても、いまのイッセーがくらえば確実に死ぬ威力はある!

 

 

『ライザー! なんのつもり!?』

 

『なぁに! この男の意を汲んで、焼き尽くしてやるだけだ! 治療などを意味を成さないほどに・・・・・・ゲーム中の死亡は事故として認められるからな!』

 

 

 野郎、本気でイッセーを殺す気か!

 

 

「・・・・・・・・・・・・死ぬ・・・・・・イッセー兄が・・・・・・」

 

 

 イッセーが死ぬという状況を察し、千秋から表情が失われていく!

 

 

『・・・・・・・・・・・・ッ・・・・・・!』

 

 

 そんななか、もう意識なんてないはずのイッセーの瞳が開いた!

 

 

「──っ!?」

 

 

 その視線から俺は強烈なプレッシャーを映像越しにも関わらず感じてしまい、思わず萎縮してしまう!

 

 見ると、ライザーも同様にプレッシャーを感じたのか、表情を強ばらせていた。

 

 

『・・・・・・貴様・・・・・・貴様ぁぁっ!』

 

 

 そのことにライザーが激昂し、イッセーに炎の塊を当てようとする!

 

 

「──っ!? やめ──」

 

『イッセェェェェッ!? お願い! やめて! ライザァァァッ!?』

 

 

 千秋の叫びを遮り、部長の叫びが響いた。

 

 部長はライザーに抱きつき、ライザーの攻撃を止めたのだった。

 

 

『・・・・・・私の負けよ・・・・・・投了(リザイン)します・・・・・・!』

 

 

 ・・・・・・そして、部長は降参の言葉を口にした。

 

 

『チェックメイトだ』

 

《リアスさまの投了(リザイン)を確認。このゲームはライザー・フェニックスさまの勝利です》

 

 

 そして、ライザーのチェックメイトの言葉とグレイフィアさんのアナウンスが告げられ、部長の敗北が決定した。

 

 

 バタッ。

 

 

 その瞬間、イッセーが今度こそ糸が切れた人形のように倒れ込んだ。

 

 

『イッセー!? イッセーッ!』

 

 

 倒れたイッセーに部長は慌てて駆け寄り、抱き起こす。

 

 

『・・・・・・・・・・・・部長・・・・・・俺・・・・・・負けませんから・・・・・・』

 

 

 イッセーはうわ言を呟きながらまだ動こうとしていた。

 

 そんなイッセーの頬に部長は手を添える。

 

 

『・・・・・・まだ魔力の使い方をろくに覚えていないというのに・・・・・・。実戦経験だって皆無に等しいのに。私のために全力で駆け回って・・・・・・バカね、こんなになるまで・・・・・・。ううん、バカなのは私ね・・・・・・。もう少しで、この子を失うところだった。私のかわいい、大切な、そう、とても大切な・・・・・・』

 

 

 部長は愛おしそうにイッセーの頬を撫でる。

 

 

『イッセー、よくやったわ。もう、いいわ、よくやったわ。お疲れさま、イッセー』

 

 

 その言葉が聞こえたからなのか、とうとうイッセーは意識を手放した。

 

 



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Life.11 もうひとつの決戦、始まります!

 

 

「・・・・・・おまえら、いい加減に休め」

 

 

 俺はイッセーが眠っているベッドからいっこうに離れようとしない千秋、鶇、燕に向けて言った。

 

 現在、俺がいる場所はイッセーの自室だ。

 

 レーティングゲームが部長の敗北で終わり、他の皆が治療を終えてピンピンしているのに対し、イッセーだけは傷が癒えても起きる気配がなく、ゲームが終了してから丸一日は眠ったままだ。

 

 三人とアーシアを加えた四人はイッセーを必死に看病をしていた。アーシアはいまは休んでいるが、この三人は不眠不休で看護していた。食事すら摂らない勢いだったが、さすがに食事だけは強引に摂らせることはできた。

 

 だが、三人の顔には不眠不休の疲れが出始めていた。いくら鍛えているといっても、さすがに限界だった。

 

 

「はぁ、おまえらまでぶっ倒れる気か?」

 

「・・・・・・大丈夫、平気だから」

 

「・・・・・・大丈夫だよ〜」

 

「・・・・・・平気よ」

 

 

 何を言ってもこのありさまである。

 

 

「・・・・・・はぁ、飲み物でも持ってくる」

 

 

 仕方がない、せめて飲み物なんかで疲労回復を試みるしかねえか。

 

 そう思い、立ち上がったところで、部屋のドアが開き、誰かが入ってきた。

 

 

「お茶でしたら、私がお持ちいたしました」

 

 

 入室してきたのは、メイド服を着た銀髪の女性、グレイフィアさんだった。

 

 手には四人分の紅茶を乗せたお盆を持っていた。

 

 

「どうも」

 

 

 俺は軽く会釈し、紅茶を口する。

 

 こいつはハーブティーか? メイドをやってるだけあって、かなりうまいな。

 

 

「あなた方もどうぞ」

 

 

 グレイフィアさん言われ、千秋たちは渋々紅茶を手に取る。せっかく用意してもらったものを無下にするのも気が引けたのであろう。

 

 紅茶を口にした千秋たちの顔からさっきまでの張り詰めた感じの雰囲気が消えていった。

 

 飲んでいて思ったが、非常にリラックスできる紅茶だったからな。

 

 

「それをお飲みになられたらお休みになったほうがよろしいかと。もし、あなた方が倒れられたら、彼は自分を責めることになりかねませんよ。ここは私と彼がお引き受けますので、お休みくださいませ」

 

 

 グレイフィアさんはどこか圧力のある顔をして言った。

 

 千秋たちはその圧力に気圧されてか、紅茶を飲み干した後、渋々部屋から出ていった。

 

 

「ありがとうございます。おかげであいつらを休ませることができました」

 

「いえ」

 

「ところでどうしてここに?」

 

 

 素直な疑問だった。部長は現在、ライザーとの婚約のことで出払っていた。どうやら、明日の夜に婚約パーティーがあるらしい。

 

 グレモリー家のメイドである彼女も、それの準備などで忙しいと思ったのだが?

 

 

「彼女は私の付き添いだよ」

 

「──っ!?」

 

 

 突然聞こえた男の声とその声の主の気配をまったく感じなかったことに驚愕する!

 

 声がしたほうを見ると、紅色の髪を持った高貴そうな男がいた。

 

 おいおい、まさか!?

 

 

「おっと、名乗りが遅れたね。私の名はサーゼクス。リアスの兄であり、魔王ルシファーの名を受け継いだ者だ」

 

「──っ!?」

 

 

 俺は再び驚愕する。サーゼクス・ルシファー、部長の兄であり、魔王の一人。

 

 突然の魔王の登場に俺は萎縮してしまう!

 

 

「そんなに固くならなくていい。楽にしてくれたまえ」

 

「・・・・・・そうは言いますがね・・・・・・」

 

 

 とりあえず、言われるとおりに体の力を抜かせてもらった。

 

 

「友人のことはすまなかったね。我々の事情に巻き込まれたばかりに」

 

「・・・・・・いえ。・・・・・・それよりも、なぜここに?」

 

 

 グレイフィアさんのとき以上に疑問だった。

 

 

「キミの友人に興味があってね。是非ともこの目で見に来たのだよ」

 

「興味?」

 

「うむ。彼のような真っ直ぐにひた走る悪魔は初めて見てね。非常におもしろいと思ったのだよ」

 

「・・・・・・本当にそれだけですか?」

 

 

 正直、そんな理由だけで魔王が訪れるとは思えなかった。

 

 

「もちろん、目的は他にもあるよ。明日の夜、私の妹の婚約パーティーがあるのは知っているね?」

 

「・・・・・・ええ、まあ」

 

 

 そのパーティーには多くの関係者が招待されており、部長の眷属である木場たちはもちろん、一応、俺たちにも招待状が渡されていた。

 

 

「ふふ、実はだね、かわいい妹の婚約パーティーを兄として盛り上げたいと思ってね。ひとつ余興を行おうと思っているのだよ」

 

「余興?」

 

「ああ。是非とも彼とキミとで、ひとつ会場を盛り上げてほしいのだよ」

 

「――っ!?」

 

 

 おいおい、それって、まさか・・・・・・。

 

 

「・・・・・・それはつまり・・・・・・派手に盛り上げろと?」

 

「ふふ。是非とも頼むよ」

 

 

 やはり、派手ってのは、俺の想像どおりのことのようだな。

 

 だが、解せないな。

 

 

「・・・・・・なぜ魔王のあなたがこんなことを?」

 

 

 この婚約は悪魔の未来のためと、半ば強引に推し進めたことには、このヒトも一枚噛んでいるはずなのにだ。

 

 

「言っただろう? かわいい妹の婚約パーティーを()として盛り上げたい、とね」

 

 

 兄、という部分だけをさりげなく強調する魔王。

 

 なるほどな。つまり、そういうわけか。

 

 

「では、そろそろ失礼するよ。彼が起きたら、グレイフィアから招待状をもらいたまえ」

 

 

 そう言い、魔王は魔方陣の転移でこの場をあとにした。

 

 

「では、後ほど」

 

 

 グレイフィアさんもあとに続くように、部屋から退室していった。

 

 二人が退室したところで、全身から力が抜けてしまい、俺は床に尻もちをついてしまった。

 

 ・・・・・・圧倒的な実力差のある存在を前にすると、ここまで緊張しちまうんだな。

 

 

「・・・・・・はは・・・・・・やれやれだぜ・・・・・・」

 

 

 静寂なイッセーの部屋に俺の乾いた笑い声が流れる。

 

 とはいえ、いつまでも腑抜けてられねぇな。

 

 

「あとはおまえ次第なんだぞ? いつまでも寝てるんじゃねぇよ」

 

 

―○●○―

 

 

 赤い夢を見ていた。

 

 真っ黒な空間で、赤い閃光が走っており、周りでは炎が立ち上っていた。

 

 俺はそんな空間の中を漂っていた。

 

 ──誰だ?

 

 そんな俺に語りかける者がいた。

 

 

『いま揮っている力は本来のものではない』

 

 

 ──その声、どこかで?

 

 

『そんなんじゃおまえはいつまで経っても強くなれない』

 

 

 ──そうかおまえ・・・・・・まえにも夢で・・・・・・。

 

 

『おまえはドラゴンを身に宿した異常なる存在。無様な姿を見せるなよ。「白い奴」に笑われるぜ』

 

 

 ──『白い奴』って誰だよ!?

 

 

『いずれおまえの前に現れる。そうさ、あいつとは戦う運命にあるからな。その日のために強くなれ。俺はいつでも力を分け与える。なに、犠牲を払うだけの価値を与えてやるさ。ドラゴンの存在を見せつけてやればいい』

 

 

 ドラゴン! おまえ!?

 

 目の前に、以前夢に出てきた赤いドラゴンが現れた!

 

 

『「赤い龍の帝王(ウェルシュ・ドラゴン)」ドライグ』

 

 

 ドライグ!?

 

 

『お前の左手にいる者だ』

 

 

―○●○―

 

 

 目を覚ますと、そこは俺の部屋の天井だった。

 

 ──俺の部屋だ。

 

 ・・・・・・あれ、俺、どうして・・・・・・。

 

 上半身だけを起こし、ボヤける記憶を必死にたたき起こす。

 

 確か、部長とライザーのレーティングゲームで俺は戦っていたはずだ。

 

 小猫ちゃんが、朱乃さんが、木場が倒されて、そして──。

 

 段々と意識がハッキリしてきたところで、誰かに声をかけられる。

 

 

「起きたか、イッセー」

 

「・・・・・・明日夏・・・・・・」

 

 

 声がしたほうにに視線を向けると、壁に背中を預けながら腕組みをしている明日夏がいた。

 

 

「目覚めたようですね」

 

 

 さらに、俺が起きるタイミングを狙ったかのように、グレイフィアさんが現れた。

 

 

「グレイフィアさん! あっ、勝負は? 部長はどうなったんですか!?」

 

 

 そうだ、皆が倒されて、そして、俺だけが部長のもとに駆けつけた!

 

 そのあと、どうなったんだ!?

 

 

「ゲームはライザーさまの勝利に終わりました」

 

「・・・・・・負けた・・・・・・」

 

 

 部長が負けたという事実に俺は絶句してしまう。

 

 

「部長が投了(リザイン)を宣言したんだ」

 

「そんな!?」

 

 

 部長が降参した!?

 

 明日夏が告げた言葉を信じられなかった俺は明日夏に詰め寄った!

 

 

「嘘だろ! 自分から負けを認めるなんて! そんなの部長にかぎって!?」

 

「ライザーがおまえを殺そうとしたからだ」

 

「──え?」

 

「おまえ、何も覚えてないのか?」

 

「・・・・・・あのときのこと・・・・・・俺、よく覚えてなくて・・・・・・」

 

 

 明日夏に言われ、俺は記憶を呼び起こすけど、やっぱり、部長のもとに駆けつけたところからの先が思い出せなかった。

 

 ただ──。

 

 

『イッセー、よくやったわ。もう、いいわ、よくやったわ。お疲れさま、イッセー』

 

 

 涙を流している部長とその部長の言葉だけはうっすらとだけ覚えていた。

 

 

「おまえは何度もライザーに挑みかかり、そして、それに業を煮やしたライザーはおまえを殺そうとし、部長はそれを止めるために──」

 

 

 じゃあ、部長のあれはそういうことだったのか・・・・・・。

 

 俺のせいだ! あれだけ部長に大見得切っておきながら、目の前で無様にぶっ倒れて!

 

 あっ、そうだ、他の皆は!?

 

 

「明日夏、他の、他の皆は!?」

 

「アーシア、千秋、鶇、燕、俺はおまえの看護に残り、他は部長の付き添いで冥界にいる」

 

「付き添い?」

 

「婚約パーティーです。ライザーさまと──リアスさまの」

 

「──っ!?」

 

 

 グレイフィアさんの言葉に膝が崩れ落ちた。

 

 ・・・・・・·すみません、部長・・・・・・! ・・・・・・俺、強くなれませんでした・・・・・・!

 

 涙が止まらなかった。悔しくて、情けなくて。

 

 ・・・・・・弱ぇ、なんで俺はこんなに弱ぇんだ・・・・・・!

 

 

「納得できないか?」

 

 

 自分の情けなさに打ちひしがれていると、明日夏が訊いてきた。

 

 

「・・・・・・頭じゃわかかってるよ。部長が自ら家の決まりに従っているのは。勝負の結果は部長が望んだことだってのは。・・・・・・それでも、俺はそれに嫌々従うしかない部長なんか見たくない・・・・・・! 何よりも──」

 

「あいつなんかに部長を渡したくない、か?」

 

「・・・・・・これが嫉妬だってわかってるさ。笑いたきゃ笑えよ・・・・・・」

 

 

 けど、明日夏は笑わず、俺の目の前に立ち、俺を真っ直ぐ見据えていた。

 

 

「おまえはいま、何をしたいんだ?」

 

「え?」

 

「ここで泣くことか? 部長をお祝いすることか? どうなんだ?」

 

 

 そんなこと──。

 

 

「・・・・・・決まってるだろ! 部長を助けたい! どんなことをしてでも、部長を助けたいに決まってんだろ!」

 

 

 俺は心の中にあることを大声で告白した。

 

 

「フッ」

 

「ふふふ」

 

「え?」

 

 

 突然、明日夏とグレイフィアさんが小さく笑った。

 

 

「あなたは本当におもしろい方です。長年いろいろな悪魔を見てきましたが、あなたのように思ったことをそのまま顔に出して、思ったように駆け回る方は初めてです。サーゼクスさまもあなたをおもしろいとおっしゃっていましたよ」

 

 

 そう言うと、グレイフィアさんは懐から一枚の紙切れを取り出した。そこには魔方陣が描かれていた。

 

 グレイフィアさんはその紙を俺に差し出してきた。

 

 

「これは?」

 

「招待状だそうだ。婚約パーティーへのな」

 

「俺も部長に付き添えと!」

 

 

 明日夏の言葉に、思わずキツく言ってしまう。

 

 

「話は最後まで聞け。なんでも、パーティー会場を派手に盛り上げてほしいらしい」

 

「え? それって?」

 

「『妹を取り戻したいのなら殴り込んできなさい』。これを私に託したサーゼクスさまからのお言葉です」

 

 

 グレイフィアさんの言葉に、どう返したらいいのかわからないまま、俺は魔法陣が描かれた紙を受け取った。

 

 よく見ると、裏にも別の魔方陣が描かれていた。

 

 

「そちらは、お嬢さまを奪還した際にお役に立つでしょう」

 

 

 それだけ残すと、グレイフィアさんはこの部屋から魔法陣で転移していった。

 

 俺は再び、魔法陣が描かれた紙を見る。

 

 考える必要なんてない!

 

 俺が立ち上がると、明日夏が声をかけてきた。

 

 

「行くのか?」

 

「ああ。止めたって無駄だからな。俺の心はさっき言ったとおりだ」

 

「だろうな」

 

 

 明日夏は笑みを浮かべたまま、肩をすくめる。

 

 

「止めねぇよ。つか、俺も行くぞ」

 

「え?」

 

 

 その言葉に、思わず呆気に取られてしまう。

 

 

「い、いや、ちょっと待ってくれ! これは俺の問題──」

 

「アーシアのときもそうだが、水くさいんだよ。部長を助けたいのは、俺も同じだ。あのゲームに参加できなかった俺の気持ち、参加してたおまえにわかるか?」

 

 

 明日夏は真剣な眼差し言う。

 

 そっか、明日夏は俺と違って戦えなかった。もしも俺がその立場だったら、本当に歯痒かったろうな。

 

 

「ああ、わかったよ。力を貸してくれ、明日夏」

 

「頼まれなくても行くつもりだ。そもそも、その招待状は俺の分も兼用してるんだからな」

 

 

 えっ、そうだったのか。

 

 まあ、とにかく、俺も明日夏も覚悟はもう決まっている。迷う必要はない!

 

 ふと、机の上を見ると、新品の制服が置かれていた。

 

 どうやら、初めから俺が迷わず乗り込むだろうと確信していた明日夏が用意してくれたらしい。ありがたいぜ、親友!

 

 着ている服を脱ぎ、制服の袖に手を通したときだった。部屋のドアが開き、アーシアや千秋、鶫さんに燕ちゃんが入ってきた。

 

 

「イッセーさん?」

 

「イッセー兄?」

 

「イッセーくん?」

 

「イッセー?」

 

 

 アーシアたちが俺の名を口にした次の瞬間、涙を流し始め、手に持っていた水の入った洗面器やタオルなどを落として、俺に向かって飛び込んできた!

 

 

「おわっ!?」

 

 

 四人分のダイブなんて、当然受け止められるはずもなく、俺はそのまま後方に倒れ込んでしまう。

 

 

「よかった! 本当によかったです!」

 

「イッセー兄! イッセー兄っ!」

 

「よかったよ~! イッセーく~ん!」

 

「心配させないでよ! このバカ!」

 

 

 アーシアたちは俺の胸で泣きだしてしまった。

 

 

「治療は済んでいるのに、二日間も眠ったままで······」

 

「もう目を覚ましてくれないんじゃないかって······!」

 

「うえ〜ん! 起きてくれてよかったよ〜!」

 

「まったくもー!」

 

 

 あー、また千秋とアーシアを泣かしちまった。しかも、今回は鶫さんや燕ちゃんまで。

 

 順番に頭をなでなでしながら、なんとか落ち着かせる。

 

 なだめたところで、俺はアーシアたちに言う。

 

 

「聞いてくれ、四人とも。これから俺と明日夏は部長のもとへ行く」

 

「「「「──っ!?」」」」

 

 

 四人とも、俺の言葉に驚いていた。

 

 

「・・・・・・お祝い・・・・・・じゃ、ありませんよね?」

 

「・・・・・・部長を取り戻しに行くんだよね?」

 

「ああ」

 

 

 アーシアと千秋の言葉に静かにうなずいた。

 

 

「私も行く!」

 

 

 間髪入れずに千秋が言う。表情は真剣そのものだ。見ると、アーシアや鶫さん、燕ちゃんも同じ表情をしていた。

 

 

「ダメだ。皆はここに残れ」

 

 

 千秋なら大丈夫かもしれないが、それでもやっぱり危険だ。アーシアや鶫さん、燕ちゃんならなおさらだ。

 

 

「私は戦える! イッセー兄と一緒に戦えるよ!」

 

「私だってイッセーさんと一緒に戦えます! 魔力だって使えるようになりました! 守られるだけじゃいやです!」

 

「大丈夫。軽くライザーをぶん殴って、倒して──」

 

「大丈夫なんかじゃないよー!」

 

「──ッ!?」

 

 

 鶫さんの怒声に思わずたじろいでしまう。

 

 

「ゲーム中、あたしたちがどれだけ心配したと思ってるのよ!? あんたが傷つく姿を見るのが、あたしや姉さんにとってどれほど辛いか、あんた、わかってんの!?」

 

 

 燕ちゃんは再び泣きだしながら訴えてきた。

 

 あぁ、そういえば。鶫さんと燕ちゃんをいじめから庇ったときに、よく俺が傷ついて、そして、そのたびにいまみたいに二人は泣いてたっけ。だから、俺が傷つくところなんて見たくないんだろうな。

 

 

「ゲームのときも、本当に死にかけたんだよ! あのとき、本当に怖かった! また、大好きなヒトが死ぬんじゃないかって!」

 

 

 千秋が涙で顔をグシャグシャにしながら言う。

 

 ライザーは俺を殺そうとしたらしい。その光景は、千秋にとっては本当に怖かったんだろうな。

 

 

「また血だらけでぼろぼろになって、ぐしゃぐしゃになって、いっぱい痛い思いをするんですか? もう、そんなイッセーさんを見たくありません!」

 

 

 アーシアも涙で顔をグシャグシャにしながら言う。

 

 

「・・・・・・俺は死なない。ほら、アーシアを助けたときだって、俺、生きてただろ? ――って、そんときは鶫さんと燕ちゃんはいなかったっけ・・・・・・。とにかく、俺は死なない。生きて、皆と一緒にこれからも過ごすよ」

 

 

 俺は笑いながら、真っ直ぐに言ってやった。

 

 

「・・・・・・それなら、約束してください」

 

「約束?」

 

 

 アーシアが真っ直ぐ俺の目を見ながら言う。

 

 

「・・・・・・必ず・・・・・・部長さんと帰ってきてください!」

 

「もちろん!」

 

 

 そう強く答えてやると、ようやくアーシアたちが笑顔になってくれた。

 

 

「わかりました。ここでイッセーさんの帰りを待っています」

 

「ああ。千秋たちも──」

 

「私は行くよ」

 

 

 俺の言葉を遮り、千秋は真っ直ぐに俺を見据えながら言う。その眼差しは先ほどよりも強いものだった。

 

 

「諦めろ、イッセー。こうなった千秋の頑固さは筋金入りだ」

 

 

 明日夏の言葉に俺は仕方なく折れるのだった。

 

 

「でも、鶫さんや燕ちゃんは──」

 

「私たちなら大丈夫だよ〜」

 

「余計な心配はいらないわよ」

 

 

 俺の言葉を遮り、鶫さんと燕ちゃんは微笑んで言う。

 

 

「あたしも姉さんも、兄さんから風間流の忍の技を習得しているわ。言っておくけど、そこいらのはぐれ悪魔ぐらいなら打倒できるくらいの実力はあるわ」

 

 

 えっ、そうなの!

 

 

「もう、守られてばかりのあの頃のあたしたちじゃないわ」

 

「私たちの心配は大丈夫だよ〜」

 

 

 鶫さんと燕ちゃんも、千秋と同じくらいの真っ直ぐな眼差しで言う。

 

 結局、その真っ直ぐな眼差しと言葉に折れてしまうのだった。

 

 

「話はまとまったな?」

 

「ああ」

 

 

 結局、アーシア以外の全員がついてくることになっちまったか。

 

 その後、千秋、鶫さん、燕ちゃんは準備のためにいったん部屋に戻っていった。

 

 あっ、そうだ──。

 

 

「アーシア、協力してほしいことがあるんだ」

 

「えっ?」

 

 

 俺はアーシアにあることを頼む。

 

 

「これはアーシアにしか頼めないことなんだ。頼む」

 

「わかりました。イッセーさんがそう仰るのでしたら」

 

 

 アーシアは訝しげになりながらも、すぐに了承してくれ、部屋に頼んだものを取りに戻ってくれた。

 

 

「いったいどうするつもりなんだ? あんなものを頼んで?」

 

 

 明日夏の疑問はもっともだろうな。使い道は予想できてはいるんだろうが、それ以前に俺には扱えない代物だからな。

 

 

「ああ、すぐにわかるよ」

 

 

 俺は目を瞑り、俺の中にいる存在に語りかける。

 

 

「おい、聞こえてるんだろ? おまえに話がある。出てこい! 赤龍帝ドライグ!」

 

 

 呼びかけてまもなく、そいつは応えた。

 

 

『なんだ小僧? 俺になんの話がある?』

 

「あんたと──取り引きしたい」

 

 

―○●○―

 

 

 イッセーがグレイフィアさんからもらった魔方陣による転移の光が止み、周囲を見渡してみると、そこは広い廊下であった。壁には蝋燭らしきものが奥まで並んでおり、巨大な肖像画がかけられていた。

 

 廊下の先を見渡すと、かなり大きい扉が見えた。扉の前には衛兵と思しき男が三人いた。

 

 

「あの扉の先だな」

 

「みたいだな」

 

 

 扉に向かって歩きながら、俺は隣にいるイッセーに言う。

 

「イッセー。邪魔する奴らは俺たちが引き受ける。だからおまえは、余計なことは考えず、あの焼き鳥をぶっ飛ばしてこい。そして、部長を奪い返してやれ」

 

「ああ! 頼むぜ、親友!」

 

 

 イッセーが拳を突き出してきたので、俺はそれに自身の拳を当てた。

 

 そのタイミングで扉の前にいた衛兵の一人が尋ねてきた。

 

 

「招待客の方ですか? でしたら、招待状を──」

 

 

 ドゴンッ!

 

 

「がはぁぁっ!?」

 

 

 衛兵が言い切るまえに、鳩尾に拳を叩き込んでやった。

 

 

「これが招待状だ」

 

「おいおい・・・・・・」

 

 

 俺の行いにイッセーは苦笑いを浮かべていた。

 

 

「何者だ貴様らは!?」

 

「返答次第では!?」

 

 

 衛兵達が手持ちの得物を構え、その切っ先をこちらに向けてきた。

 

 

「お勤めご苦労さま」

 

「俺たちは特別ゲストですよ」 

 

 

 とくに打ち合わせもしていなかったにも関わらず、俺とイッセーは息の合った言葉を告げる。

 

 

「「パーティーを派手に盛り上げるためのな!」」

 

 



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Life.12 幼馴染みたち、暴れます!

 

 

「うふふ。お兄さまったら、レーティングゲームでお嫁さんを手に入れましたのよ。勝ちはわかっている勝負ではございましたが、見せ場は作ったつもりですのよ、うふふふ」

 

 

 ライザー・フェニックス氏の妹であるレイヴェル・フェニックスさんが他の上級貴族の方々にゲームでの自慢話をしていた。

 

 僕、木場祐斗は現在、朱乃さんと小猫ちゃんと共に部長とライザー・フェニックス氏の婚約パーティーに出席していた。

 

 アーシアさんや明日夏くんたちはイッセーくんの看護に残って出席していない。

 

 ・・・・・・それにしても──。

 

 

「言いたい放題だ・・・・・・」

 

「中継されていたのを忘れているのでしょう」

 

「ソーナ会長」

 

 

 僕たちのもとに招待されたのであろうソーナ・シトリー会長が歩み寄ってきた。

 

 

「結果はともかく、勝負は拮抗──いえ、それ以上であったのは誰の目にも明らかでした」

 

「ありがとうございます。でもお気遣いは無用ですわ」

 

 

 朱乃さんの言葉にソーナ会長が首を傾げる。

 

 

「たぶん、まだ終わっていない、僕らはそう思ってますから」

 

「・・・・・・終わってません」

 

 

 続けて言った僕と小猫ちゃんの言葉にソーナ会長はますます怪訝そうな表情をする。

 

 確証もないし、なんとなくだけど、僕たちはこれで終わったとは思えなかった。本当になんとなくだけどね。

 

 そんななか、急に会場がざわめきだした。ライザー・フェニックス氏が派手な演出で登場したからだ。

 

 

「冥界に名だたる貴族の皆さま! ご参集くださり、フェニックス家を代表して御礼申し上げます! 本日、皆さま方においで願ったのは、この私、ライザー・フェニックスと、名門グレモリー家の次期当主、リアス・グレモリーの婚約という歴史的な瞬間を共有していただきたく願ったからであります! それでは、ご紹介致します! 我が后、リアス・グレモリー!」

 

 ライザー・フェニックス氏の言葉と共に純白のドレスを着た部長が現れた。

 

 

 バンッ!

 

 

 だが、それと同時に聞こえた突然の衝撃音に会場の人たちは一斉に音の発生源の方に顔を向ける。

 

 そこには、倒れた衛兵らしき人たちと衛兵を倒したであろう人物たちがいた。

 

 

「あらあら、うふふ。どうやら、間に合ったようですわね」

 

「ええ」

 

「・・・・・・遅いです」

 

 

 その人物たちは、僕らがよく知る同じ部長の眷属の仲間であるイッセーくんと、その幼馴染みたちであった。

 

 

―○●○―

 

 

 さてと。派手に登場したせいか、かなり視線を集めてるな。

 

 まず大勢いる着飾った悪魔たちの中にいた木場たちを見つけ、さらに奥のほうを見ると、そこにライザーと純白のドレスを着た部長がいた。

 

 というか、部長のあの姿、あれじゃまるでウェディングドレスだな。一応これ、結婚じゃなくて婚約パーティーだろ?

 

 まあ、別にいいか。

 

 

「イッセー!」

 

「部長!」

 

 

 部長が真っ先にイッセーの名を叫び、イッセーもその叫びに応える。

 

 

「おい貴様ら、ここをどこだと──」

 

 

 ライザーがもの申そうとするが、イッセーはそれを遮って、高々と叫ぶ。

 

 

「俺は駒王学園オカルト研究部の兵藤一誠! 部長──リアス・グレモリーさまの処女は俺のもんだ!」

 

 

 ・・・・・・最後にとんでもないことを高々と宣言したな、こいつ。

 

 見れば、俺たち以外皆、呆気にとられていた。木場たちだけは面白そうに笑っていたが。

 

 

「なっ!? 貴様っ! 取り押さえろ!」

 

 

 ライザーの指示で多数の衛兵たちが俺たちの目の前に立ちはだかった。

 

 それを見て、木場たちが動き出そうとするが、俺は視線で「手を出すな」と伝える。

 

 

「貴様ら! ここをどこだと──」

 

 

 ドゴッ!

 

 

「ぐはぁっ!?」

 

 

 俺たちに近づいた衛兵の一人を俺は掌底で吹き飛ばし、イッセー同様、高々と名乗った。

 

 

「同じく、駒王学園オカルト研究部の士騎明日夏だ! 親友、兵藤一誠の道を阻む者は容赦しない!」

 

 

 俺は千秋たちに「お前らもせっかくだからやれ」と目配せをする。

 

 

「えっ!? ええ! え、えっと、その、同じく、士騎千秋!」

 

 

 まさか自分たちもやるとは思いもしなかったのか、それとも先ほどのイッセーの宣言に動揺していたのか、かなりテンパりながら千秋は名乗った。

 

 

「え~と。同じく、風間鶇だよ~」

 

 

 鶇は相変わらずののんびりとした普段の口調で名乗った。

 

 

「・・・・・・同じく、風間燕よ」

 

 

 燕は若干照れが混じった感じで低い声音で名乗った。

 

 さっきの俺の宣言に衛兵たちは一瞬だけ怯んでいたが、すぐに持ち直して手持ちの得物を構え直してきた。

 

 

「怯むな! かかれ!」

 

 

 隊長格らしき男の指示と同時に衛兵たちは一斉に仕掛かってきた。

 

 それを見て構えるイッセーを手で制し、俺たちも仕掛けた。

 

 繰り出される槍の攻撃を全て避け、衛兵の一人の懐に飛び込み、掌底で吹き飛ばす。横合いから繰り出された槍を掴み、衛兵ごと引き寄せ、裡門頂肘を打ち込む。背後から来た攻撃は体を回転させて回避し、その勢いを乗せたまま背後にいた衛兵に鉄山靠を叩き込む。すぐさま右隣の衛兵に崩拳を当て、左隣の衛兵に体の捻りの勢いを乗せた拳を繰り出して吹き飛ばす。

 

 

「すぅぅはぁぁぁぁぁ──」

 

 

 残心で呼吸を整え、改めて衛兵たちを睨む。

 

 

「もう一度言うぜ──邪魔する奴は容赦しない」

 

 

 俺の圧力に衛兵たちが怯んでいるうちに千秋たちのほうを確認する。

 

 千秋は大丈夫そうだな。

 

 俺と同様に相手の攻撃を避け、隙ができた衛兵を蹴りで倒していた。避けれない攻撃も足技を駆使して捌いていた。

 

 問題は鶫と燕だが・・・・・・。

 

 

「そ〜れ〜!」

 

「うわぁぁぁっ!?」

 

「おいおい・・・・・・」

 

 

 鶫が豪快に衛兵の一人の足を掴んで振り回して衛兵たちを吹っ飛ばしていた。

 

 そして、それに呆気に取られている衛兵たちを燕は背後から不意討ちで倒していた。

 

 どうやら気配を隠し、派手に暴れている俺と千秋と鶫を隠れ蓑に隙をついているようだな。流石は忍、といったところか。

 

 さて、そうこうして戦っていると衛兵たちはほとんど倒されていた。残りの衛兵たちは完全に俺たちの戦いぶりに尻込みしている。

 

 

「ちっ! おまえら!」

 

 

 そんな衛兵たちを見かねたのか、ライザーが自分の眷属たちに指示を送った。指示を出されたライザーの眷属たちは『僧侶(ビショップ)』の二人を残し、俺たちの前に立ち塞がる。

 

 

「行きなさい!」

 

 

 『女王(クイーン)』のユーベルーナの指示で、『兵士(ポーン)』たちを先頭にいっせいに飛びかかってきた。

 

 

「鶇! 燕! 残りはおまえらに任せる!」

 

 

 俺はそう言うと、千秋と共に駆けだす。

 

 『兵士(ポーン)』たちは構えるが、千秋が風で攻撃すると、『兵士(ポーン)』たちは一目散に躱し、俺はそのまま突き進み、『兵士(ポーン)』たちの後方にいた『騎士(ナイト)』と『戦車(ルーク)』の四人目掛けて駆けだす!

 

 

『なっ!?』

 

 

 自分たちに仕掛けてくると思っていた『兵士(ポーン)』たちは自分たちが素通りされたことに一瞬呆気に取られるが、すぐに俺を追撃しようとする。だが、千秋がそれを風で妨害する。

 

 そして、俺は『戦車(ルーク)』の一人、イザベラに拳を突き出す!

 

 

「くっ!?」

 

 

 イザベラは即座に腕でガードする。

 

 

「はぁぁッ!」

 

 右側からもう一人の『戦車(ルーク)』が蹴りを放ってきたが、俺は右腕でガードする。

 

 

「「はぁッ!」」

 

 背後から『騎士(ナイト)』の二人が短剣で斬り掛かってきた。

 

 俺はそれを背負っている雷刃(ライトニングスラッシュ)の鞘で防ぐ。

 

 攻撃を防がれた三人はすぐに距離を取り、同様に距離を取ったイザベラが言う。

 

 

「・・・・・・まさか、『兵士(ポーン)』たちを素通りして、いきなり私たちのほうに来るとはな・・・・・・」

 

 

 続けて、『戦車(ルーク)』の一人、春蘭(シュエラン)が言う。

 

 

「・・・・・・まさかとは思うけど、『騎士(ナイト)』二人と『戦車(ルーク)』二人を一人でやるつもり? しかも、見たところ、あなたたち、人間でしょう? あっちの子も『兵士(ポーン)』八人を一人でなんて。私たちをなめてるのかしら?」

 

「まさか。あんたらの強さはゲームでじっくり見させてもらったからな」

 

 

 俺の不敵な物言いにイザベラが訊いてくる。

 

 

「何か秘策でもあるのかな?」

 

「さあな」

 

 

 俺が口元をにやけさせながら言うと、イザベラも口元をにやけさせた。

 

 

雪蘭(シュエラン)、カーラマイン、シーリス──私たちのほうがなめてかからないほうがよさそうだ」

 

「もちろんだ。その目は本気で私たちを倒そうとしている者の目だ。おそらく、その不敵な佇まいはハッタリではないだろう」

 

 カーラマインも口元をにやけさせながら、短剣を構える。

 

 ゲームでも思ったが、この二人は相手をきちんと評価したうえで戦いに臨むようだ。

 

 

「・・・・・・俺的にはなめてくれたほうが楽なんだけどな」

 

「あれだけの戦いぶりを見せたうえにその目だ。なめてかかるのは失礼というものだ」

 

「そりゃどうも」

 

「無駄話もこのへんでいいだろう──では行くぞ!」

 

 

 イザベラのかけ声と同時に四人は一斉に仕掛けてきた。

 

 

―○●○―

 

 

 すごい。アーシアさんを助けるときの戦いのときも思ったけど、改めて素直にそう思えるほど、明日夏くんの戦いぶりはすごかった。

 

 『騎士(ナイト)』二人、『戦車(ルーク)』二人の四人を相手に互角以上の戦いをしていた。

 

 

「ぐぅ、なんなのこいつは・・・・・・!?」

 

「・・・・・・攻撃が通らない・・・・・・!?」

 

 

 明日夏くんは攻撃のほとんどを完璧に受け流していた。たまに当たる攻撃もあるが、それも確実にガードして大きなダメージを避けていた。そのことに『戦車(ルーク)』の二人が焦燥に駆られた表情をする。『騎士(ナイト)』の二人も同様だった。

 

 それにしても、少し疑問だった。いくら明日夏くんが強いといっても、ここまで相手の攻撃が通らないものなのか?

 

 いまだに攻撃しない明日夏くんだが、攻撃できないというよりも相手の隙を伺って、あえて攻撃していないように見える。

 

 

「くっ! ガードも崩せないか! おまけに余裕さえも感じられるな・・・・・・」

 

「別に余裕ってわけじゃないけどな」

 

「そのわりには苦を感じてなさそうだが?」

 

 

 『戦車(ルーク)』のイザベラの言うとおり、本人の口ぶりに反して、明日夏くんからは余裕が感じられた。

 

 

「ま、あえて言うなら──状況が俺にとって有利だった、かな」

 

「何?」

 

「さっき言ったはずだぜ──あんたらの戦いをじっくり見たって」

 

「「「「──っ!?」」」」

 

「イッセーが起きるまでヒマだったからな」

 

 

 そうか! 明日夏くんはゲームが終わってからの二日間を、ただ待っていたわけではなかったんだ。こうなることを予期して、彼女たちの戦いを研究し、彼女たちの戦い方や僅かな癖などを調べてこの戦いに臨んだんだ。

 

 

「ついでに、いまのあんたらの服装はパーティー用の衣装。戦闘をするぶんには多少の動き難さもあるだろ? さらに、そっちの『騎士(ナイト)』の二人にいたっては、主武装の剣を持ってきていない。こっちの『騎士(ナイト)』はともかく、そっちの『騎士(ナイト)』に軽い短剣は合ってなさそうだしな」

 

 

 明日夏くんの言うとおり、彼女たちはゲームのときほど動きはよくはない。

 

 だが、そのことを差し引いても、四人を相手取れる明日夏くんの実力は間違いなく高い。

 

 そして、千秋さんも明日夏くんに負けず劣らない戦いぶりだった。

 

 

「くっ! 近づけない!?」

 

 

 千秋さんが相手取っている『兵士(ポーン)』の一人がそう漏らした。

 

 スゴい暴風が千秋さんを中心に吹き荒れており、その風によって、『兵士(ポーン)』たちが千秋さんに近づけないでいた。魔力による攻撃もことごとく風によって弾かれていた。

 

 部長と朱乃さんから聞いた話だが、あの風の正体は千秋さんの神器(セイクリッド・ギア)。風を発生させて操るシンプルなものだが、その強さはご覧のとおりだ。

 

 強力な風の防壁に守られた千秋さんは、ときにはそのまま突っ込んで相手を蹴りや風で吹き飛ばし、ときには弓矢による攻撃を行っていた。

 

 この弓矢による攻撃もなかなかの曲者で、風をまとわせて軌道を変更したり、矢自体が特殊なもので、鏃が拡散したり、爆発したりと多彩だ。

 

 そして、猫耳を持った獣人の双子に矢が命中した。

 

 

「「にゃあああああっ!?」」

 

 

 次の瞬間には、獣人の双子が悲鳴をあげ、痺れたような様子を見せて倒れ伏した!

 

 見た感じ、原因はあの矢に思えた。たぶん、あの矢は相手を感電させる、一種のスタンガンみたいな矢なのかもしれない。

 

 『兵士(ポーン)』八人のうち、二人が倒れたところで、千秋さんの一方的と思われた戦況に変化が起きた!

 

 千秋さんが発生させていた風が唐突に弱まったのだ!

 

 まさか──いや、おそらく間違いない。あれだけの暴風を発生し続けるのは、相当な消耗だったんだ。千秋さんが息を荒らげているのが何よりの証拠だった。

 

 その隙を『兵士(ポーン)』たちが逃すはずもなく、一斉に千秋さん目掛けて攻撃しようとする!

 

 慌てて僕らが助けようとした瞬間──。

 

 

 バタッ。

 

 

「「「「えっ?」」」」

 

「「「えっ?」」」

 

 

 突然、双子の『兵士(ポーン)』がいきなり倒れたのだ。

 

 倒れた二人の後ろには、燕ちゃんがいた。あの二人は燕ちゃんがやったのか!?

 

 

「きゃっ!?」

 

「つ〜かま〜えた」

 

 

 突然の出来事に唖然としていたら、いつのまにか、以前、部室でイッセーくんを攻撃しようとしていた『兵士(ポーン)』が鶫さんによって羽交い締めにされていた!

 

 

「なっ、いつのまに!?」

 

「あの二人は衛兵の相手をしてたはずじゃ!?」

 

「いったい、どこから!?」

 

 

 突然現れた二人に僕が相手をした『兵士(ポーン)』三人は動揺を隠せていないでいた。

 

 

「「「──っ!?」」」

 

 

 そして、その隙を見逃さず、千秋さんが三人の懐に入り込んだ!

 

 

 ビュオオオォォォォッ!

 

 

「「「きゃぁぁぁぁっ!?」」」

 

 

 次の瞬間、千秋さんから膨大な風が発生し、『兵士(ポーン)』たちを吹き飛ばした。

 

 そのさまは言うなれば、風の爆弾ともいえるものだった。

 

 

「そ〜れ!」

 

 

 ドゴォンッ!

 

 

「かはっ!?」

 

 

 そして最後に、鶫さんは羽交い締めにしていた『兵士(ポーン)』を床に叩きつけてしまった!

 

 もう、動ける『兵士(ポーン)』はいなかった。

 

 おそらく、『女王(クイーン)』にプロモーションをしていたであろう『兵士(ポーン)』たち八人をたった三人の少女たちが打倒してしまった。

 

 その事実に僕たちは驚愕を隠せなかった。

 

 

「遅くなったわね」

 

「ごめんね〜」

 

「大丈夫。平気」

 

 

 三人の会話から察するに、千秋さんははなから一人で『兵士(ポーン)』たち八人を打倒するつもりじゃなかったみたいだね。たぶん、風が弱まったのも相手を油断させるためにわざと弱めたのだろう。

 

 千秋さんたちの戦いが終わり、改めて明日夏くんのほうの戦いに視線を移すと、こちらも明日夏くんの防戦一方かと思われていた戦いに変化が現れていた。

 

 彼女たちの動きが少しずつ鈍くなっていたのだ。おそらく、身体的な疲れと攻撃が通らないことへの焦りから来る精神的な疲れが同時に襲ってきたのであろう。

 

 それに対し、動きを最小限に抑え、なおかつ精神的に余裕を持っていた明日夏くんにはいまだに疲労の痕跡は見えなかった。

 

 

「『兵士(ポーン)』たちが全滅しただと!?」

 

 

 『兵士(ポーン)』たちの敗北に動揺を隠せず、僕と戦った『騎士(ナイト)』カーラマインが隙をさらした。

 

 当然、明日夏くんはその隙を逃すはずはなく、カーラマインに仕掛けた。

 

 

 ドゴォォォン。

 

 

「「「──っ!?」」」

 

 

 その瞬間、突然の爆発が明日夏くんを包み込んだ!

 

 これは、まさか!?

 

 僕たちはゲームでの苦い思い出を思いだし、上を見ると、ライザー・フェニックス氏の『女王(クイーン)』がいた!

 

 

「うふふ。撃破(テイク)

 

 

 この光景は、僕たちのときと同じだ!

 

 

「残念ね、坊や。詰めが甘かったようね」

 

 

 僕は目の前の状況にゲームのときの悔しさを思い出す。

 

 次の瞬間だった──。

 

 

『──っ!?』

 

 

 いきなり爆煙から緋いオーラでできた腕が飛び出てきたのだ!

 

 

「なっ!?」

 

 

 その腕はユーベルーナをガッシリと捕まえ、爆煙のほうへと勢いよく引っ張り始めた!

 

 

「言ったはずだ──あんたらの戦いをじっくり見たと」

 

 

 そんな僕の耳に明日夏くんの声が聞こえた!

 

 爆煙が晴れたそこには、緋色のオーラで身を包み、左手を突きだしてオーラの腕を伸ばしていた明日夏くんがいた!

 

 

―○●○―

 

 

 今回のことを予期していたわけではないが、こうなってもいいようにと、俺は修業合宿の合間を利用して、『緋い龍衣(アグレッション・スカーレット)』を使いこなそうとしていた。

 

 イッセーとアーシアの件もあり、全力を尽くそうと思ったからだ。

 

 

『安心しろ。こんなおもしろそうな展開に水を差す気はねえよ』

 

 

 以前言ったとおり、ドレイクは介入はしてこなかった。だからこそ、遠慮なく修業ができた。

 

 ・・・・・・もっとも、警戒を緩める気はないがな。

 

 オーラの腕で引き寄せたライザーの『女王(クイーン)』ユーベルーナが忌々しそうに俺のことを睨む。

 

 

「・・・・・・あなたも神器(セイクリッド・ギア)を・・・・・・! そのオーラで私の攻撃を防いだのね! いえ、それ以前に私の攻撃に対するその反応の速さ、事前に察知していたわね!?」

 

「あんたのやり方はゲームで把握している。不意討ちを得意とするあんたを警戒しないわけがないだろ」

 

 

 イザベラたちと戦いながらも、ユーベルーナから意識は外さなかった。そして案の定、不意討ちの素振りが見られたので、爆破をくらう直前に緋い龍気で体を包み込んで爆発をガードし、勝ち誇って油断したところをこうして捕まえたのだ。

 

 俺の目の前までユーベルーナを引き寄せた俺はユーベルーナを捕まえていた腕を形態変化させ、ロープ状にしてユーベルーナに巻き付けてユーベルーナの動きを封じた。

 

 

「──さて、いちいち横やりを入れられも面倒だ。先にあんたから確実にやらせてもらう」

 

 

 そして、ユーベルーナを引き寄せているあいだに、俺の右手にはオーラのドラゴンができあがっていた。

 

 

「させるか!」

 

 

 イザベラたちがさせまいと妨害しようとしてくるが、もう遅かった。

 

 

「──塔城、副部長、木場の無念、味わいやがれ! 緋い龍擊(スカーレット・フレイム)!」

 

 

 拘束され、なすすべもなかったユーベルーナに緋い龍擊(スカーレット・フレイム)が決まり、ユーベルーナは会場の壁まで吹っ飛ばされた。

 

 ──加減もしたし、『女王(クイーン)』の防御力があれば、死んではいないはずだ。

 

 

「あとはあんたたちだ」

 

 

 俺を取り囲むイザベラたちに言った。

 

 

「終わらせる──Attack(アタック)!」

 

 

 鞘に収められた雷刃(ライトニングスラッシュ)から電流が体に流れ込み、身体能力を向上させる。

 

 

「やばそうだな・・・・・・! 何かするまえに仕留める!」

 

 

 イザベラが危険を察知したのか、駆けだしてきた。

 

 それに対し、俺もイザベラに向かって走りだす。

 

 

「なっ、速い!?」

 

 

 イザベラが俺の急激な走力の上昇に驚愕し、慌てて腕をクロスさせて、防御の姿勢をとる。

 

 突然の速度の上昇に攻撃が間に合わないと判断したからだろう。

 

 だが、好都合だ!

 

 

「なっ!? 私を踏み台にしただと!」

 

 

 俺は勢いそのままにその場から飛び、イザベラのガードを踏み台にして後方に飛んだ!

 

 

「「「なっ!?」」」

 

 

 俺の背後から仕掛けようとしていた雪蘭(シュエラン)、カーラマイン、シーリスの三人はそれを見て仰天していた。

 

 俺は硬直している『騎士(ナイト)』の二人にバーストファングを数本投擲する!

 

 

「「しまっ──」」

 

 

 ドゴッドゴォドゴォォォォォォン!

 

 

 硬直から立ち直るヒマもなく、『騎士(ナイト)』の二人はバーストファングの爆発に飲まれた。

 

 さらに、俺はそのまま雪蘭(シュエラン)に飛び蹴りを打ち込む!

 

 

「かはっ!?」

 

 

 雪蘭(シュエラン)も硬直から立ち直るヒマもなく、俺の蹴りを腹部にくらって後方に吹っ飛ぶ。

 

 

「くっ!!」

 

 

 だが、雪蘭(シュエラン)は腹部を押さえながらなんとか耐えていた。

 

 だてに『戦車(ルーク)』ではないか。

 

 

「もらった!」

 

 

 背後からイザベラが仕掛けてきた。

 

 俺はすぐさまイザベラに向けて背中を向けたままナイフを投擲した。

 

 

「あの程度の爆発など!」

 

 

 爆発をくらうのを覚悟でイザベラはナイフを弾いた。

 

 あんたなら、そうすると思ってたよ──。

 

 

 カッ!

 

 

 刹那、ナイフから強烈な閃光が発せられた。

 

 

「ぐあっ、目がっ!?」

 

 

 至近距離でまともに閃光をくらったイザベラは目を押さえて後ずさった。

 

 そして、俺は同じく閃光で目をやられていた雪蘭(シュエラン)に肉薄する!

 

 

「はぁッ!」

 

 

 鳩尾に猛虎硬爬山を打ち込む!

 

 さらに体に流れ込んでくる電気と緋い龍気を混ぜ合わせ、俺の体に流れている電気が緋い電気となった。

 

 

「きゃあああああああっ!?」

 

 

 そして、緋い電気をそのまま操って雪蘭(シュエラン)の体に一気に流し込んだ!

 

 

「かはっ・・・・・・」

 

 

 口から煙を出しながら、雪蘭(シュエラン)は意識を失い、後ろに倒れこんだ。

 

 

「「なめるなッ!」」

 

 

 左右から爆発でボロボロになりながらも、『騎士(ナイト)』の二人が斬り込んできた!

 

 

「何っ!?」

 

「──っ!?」

 

 

 だが、俺はすでにオーラで腕を作っており、その腕で『騎士(ナイト)』二人の手を掴んで動きを止めた。

 

 

「ふッ!」

 

「がはっ!?」

 

「はッ!」

 

「かはっ!?」

 

 

 動きを封じたところをシーリスに掌底、カーラマインに裡門頂肘を打ち込んだ!

 

 俺の一撃を受けて、『騎士(ナイト)』の二人は後方に吹っ飛ばされた。

 

 

「クソッ!」

 

 

 残るイザベラがフリッカーの動きで拳を打ち込んでくる。

 

 だが、閃光のダメージから完全に回復していないのか、狙いが雑であり、容易に回避できた。

 

 すべての攻撃を躱しながら懐に入り込んだ!

 

 

「ラストだ! 緋い龍擊(スカーレット・フレイム)!」

 

 

 緋い龍擊(スカーレット・フレイム)が決まり、イザベラは後方に吹っ飛ばされた。

 

 息を整え、五人の状態を確認する。

 

 ユーベルーナ、イザベラは緋い龍擊(スカーレット・フレイム)をくらって意識を失っており、雪蘭(シュエラン)も意識を失ったままだ。

 

 カーラマイン、シーリスはまだ意識はあったが、ダメージが大きいのか、動けずいた。

 

 

「ふぅぅぅぅ・・・・・・」

 

 

 決着がついたことを確認した俺は息を吐く。

 

 一日に二度しか撃てない緋い龍擊(スカーレット・フレイム)を連発してしまったが、二発とも加減して撃ったので、体力は尽きてはいなかった。

 

 とはいえ、消耗が激しかったのは変わりなかった。

 

 ・・・・・・流石にしんどかったが、どうにかなったか。

 

 

「大丈夫か、明日夏?」

 

 

 イッセーが千秋たちと木場たちを引き連れてやってきた。

 

 

「・・・・・・流石に疲れた」

 

 

 苦笑しながら言い、拳を突き出す。

 

 

「あとはおまえ次第だ」

 

「ああ!」

 

 

 イッセーも微笑みながら自分の拳を俺の拳に当てた。

 

 部長とライザーのほうを見ると、何人かの貴族に言い寄られていた。

 

 

「どういうことだ、ライザー!?」

 

「リアス殿、これは一体!?」

 

 

 貴族だろうと、悪魔だろうと、予想外の事態に直面して混乱するさまは普通の人間と変わらねぇな。

 

 

「私が用意した余興ですよ」

 

 

 そこへ、紅髪の男が現れ、その瞬間に会場にいる貴族たちが騒ぎだした。

 

 

「誰?」

 

「お兄さま!」

 

 

 部長の口から出た単語にイッセーは驚愕する。

 

 

「──ってことは!」

 

「ああ。魔王さまだ」

 

「このヒトが魔王! てか、なんで知ってるんだ!?」

 

「昨日会った」

 

「えぇっ!?」

 

 

 そのときはおまえ寝てたからな。

 

 

「サーゼクスさま、余興とはいかがな──」

 

「ライザーくん。レーティングゲーム、興味深く拝見させてもらった。しかしながら、ゲーム経験もなく、戦力も半数に満たない妹相手では些か──」

 

「・・・・・・あの戦いにご不満でも?」

 

「いやいや、私が言葉を差し挟めば、レーティングゲームそのものが存在意義を失ってしまう。まして、今回は事情が事情だ。旧家の顔が立たぬだろ」

 

 

 なかなかに食えないことを言うな。

 

 

「かわいい妹のせっかくの婚約パーティー、派手な趣向もほしいものだ」

 

 

 魔王はイッセーのほうに視線を移す。

 

 

「そこの少年。キミが有するドラゴンの力、この目で直接見たいと思ってね。グレイフィアと彼の友人である先程見事な戦いを見せてくれた彼に少々段取ってもらったんだよ」

 

「なるほど。つまりは──」

 

「先程のは前座。本命として、ドラゴン対フェニックス、伝説の力を宿すもの同士で会場を盛り上げる、というのはどうかな?」

 

「お、お兄さま!?」

 

「流石は魔王さまですな。おもしろい趣向をお考えになる」

 

 

 どうやら、ライザーもやる気になったようだな。

 

 

「ドラゴン使いくん」

 

「は、はい!」

 

「この私と上級貴族の方々に、その力をいま一度見せてくれないかな?」

 

「はい!」

 

 

 イッセーは二つ返事をするが、部長が止めに入る。

 

 

「イッセー、やめなさい!」

 

 

 そんな部長をライザーは手で制し、前に歩み出る。

 

 

「このライザー、身を固める前の最後の炎をお見せしましょう」

 

 

 ライザーは大胆不敵に言った。

 

 

「さて、ドラゴン使いくん。勝利の対価は何がいいかな?」

 

 

 魔王のその言葉に周りの貴族たちが非難の声をあげる。

 

 

「サーゼクスさま!?」

 

「下級悪魔に対価などと!?」

 

「下級であろうと、上級であろうと、彼も悪魔だ。こちらから願い出た以上、それ相応の対価は払わねばならない。何を希望する? 爵位かい? それとも絶世の美女かな? さあ、なんでも言ってみたまえ」

 

 

 イッセーの答えは決まっていた。

 

 

「・・・・・・部長を──いえ! リアス・グレモリーさまを返してください!」

 

「ふふ、いいだろう。キミが勝ったら、リアスを連れていきたまえ」

 

 



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Life.13 約束、守りに来ました!

 

 

 俺はいま、会場の外、中庭らしきところにいた。近くには千秋たちや木場たち、ソーナ会長もいた。

 

 周りにはパーティーに参加していた貴族たち、そして、上空には映像が映し出されていた。

 

 映像ではレーティングゲームのときと同様の異空間に作られたフィールドでイッセーとライザーが対峙していた。

 

 フィールドの特徴はシンプルなコロシアム風で、周囲には巨大なチェスの駒の像が壁のように並んでいた。

 

 さらに、フィールドに部長、部長の兄である魔王、ライザーの妹の顔が映し出されていた。あのフィールドでは、三人の顔と音声が映し出されるようになっているのだ。

 

 

《では、始めてもらおう》

 

 

 魔王の開始宣言により、戦いの幕が開かれた。

 

 

『部長、十秒でケリをつけます!』

 

 

 唐突にイッセーはそんなことを告げた。

 

 それを聞いたライザーの妹がイッセーの正気を疑いだす。

 

 

《お兄さまを十秒ですって! 正気で言ってるのかしら!?》

 

『ふん。ならば、俺はその減らず口を五秒で封じてやる。二度と開かぬようにな』

 

 

 そう言い、ライザーは炎の翼を広げて飛翔する。

 

 

『部長、プロモーションすることを許可願います!』

 

 

 部長は何も言わずに頷いて答えた。

 

 

『プロモーション、「女王(クイーン)」!』

 

『無駄だ!』

 

 

 プロモーションしたイッセーに向けて、ライザーは炎を撃ち出すが、イッセーはそれを避け、高々と告げる。

 

 

『部長! 俺には木場みたいな剣の才能はありません。朱乃さんみたいな魔力の天才でもありません。小猫ちゃんみたいな馬鹿力もないし、アーシアの持ってるような素晴らしい治癒の力もありません! それでも俺は、最強の「兵士(ポーン)」になります! 部長のためなら俺は、神様だってぶっ倒してみせます!』

 

 

 高々と告げるイッセーの言葉に呼応するかのように、籠手の宝玉がどんどん輝きを増していく。

 

 

『輝きやがれ! オーバーブーストォッ!!』

 

 

Welsh(ウェルシュ) Dragon(ドラゴン) over(オーバー) Booster(ブースター)!!!!』

 

 

 籠手からその音声が発せられた瞬間、イッセーを赤い閃光が包みこんだ。

 

 そして、光が止んだその場にいたのは、体の各所に宝玉が埋め込まれた赤い鎧を身に纏ったイッセーだった。

 

 その全身鎧(プレートアーマー)はまるで、ドラゴンの姿を模しているようだった。

 

 

『これが龍帝の力! 禁手(バランス・ブレイカー)、「 赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)」だ!』

 

 

 『禁手(バランス・ブレイカー)』──神器(セイクリッド・ギア)の力を高め、ある領域に至った者だけが発揮する神器(セイクリッド・ギア)の最終到達点とされる現象。

 

 「世界の均衡を崩す力」という意味でそう呼ばれ、禁じられし忌々しい外法とまで言われている。

 

 

(テン)

 

 

 籠手からカウントが発せられる。先ほどイッセーが言った十秒とは、勝利宣言ではなく、あの鎧を維持できる時間制限のことだったのだ。

 

 イッセーは飛び上がり、魔力の塊を撃ちだす。

 

 

『ぐっ!?』

 

 

 ライザーが慌てて避けると、魔力の塊は像に当たり、激しい爆風がフィールドを包む。

 

 避けたライザーのもとへ、イッセーは背中の噴出口から魔力を噴き出させ、ライザーに突貫する。

 

 

 

『ここだッ!』

 

『うぉっ!?』

 

 

(ナイン)

 

 

 ライザーは間一髪のところでイッセーの突貫を避ける。

 

 避けられたイッセーはうまく減速できなかったようで、そのまま像に突っ込んでしまった。

 

 

『なんだ!? この力と速さは!』

 

 

 ライザーが驚くのも無理はない。それだけ、いまのイッセーの力と速さは驚異的なものだった。

 

 

「ですが、彼はどうやってあれほどの力を?」

 

 

 会長の疑問はもっともだろうな。

 

 むろん、俺は知っている。どのようにしてその力を得たのか。――そして、どれほどの犠牲があったのかを・・・・・・。

 

 

『本当に不愉快なクソガキだ! いまの貴様はただのバケモノだ、クソガキ! 火の鳥と鳳凰、不死鳥(フェニックス)と称えられた我が一族の業火、その身で受け燃え尽きろ!』

 

 

(エイト)

 

 

『てめぇのチンケな炎で俺が焼かれるわけねえだろ!』

 

 

 炎を纏ったライザーと赤い鎧を着たイッセーが激突し、赤いオーラと炎がフィールドを縦横無尽に駆け巡る。

 

 

『ぐあっ!?』

 

 

 力の激突を制したのはライザーで、イッセーはフィールドに叩きつけられてしまった。

 

 

『・・・・・・鎧がなかったら・・・・・・これがあいつの力だっていうのか・・・・・・』

 

 

(セブン)

 

 

『怖いか? 俺が怖いか? おまえは「赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)」がなければ、ただのクズだ!』

 

 

 イッセーを見下ろしながら嘲笑うライザーは炎を撃ちだすが、イッセーはすぐさま飛んで避ける。

 

 

「・・・・・・イッセー兄・・・・・・!」

 

「――信じろ、あいつを」

 

 

 不安そうにイッセーを見ている千秋に、ただ、信じろと告げる。

 

 

『はぁぁぁッ!』

 

『でやぁぁぁッ!』

 

 

 イッセーは籠手で、ライザーは炎を纏わせた拳でお互いに殴りあった。

 

 

(シックス)

 

 

『ぐっ・・・・・・ごふぁっ・・・・・・』

 

 

 イッセーの兜から吐血による血が吹き出た。

 

 相討ち。だが、ライザーには再生の力があり、実質はライザーが押し勝ったことになる。

 

 

『ふふ! その程度──がはっ!?』

 

 

 だが、ライザーも吐血をした。その事実にこの場にいる全員が驚愕していた。

 

 吐血するということは、ライザーの再生の力が働いていないということになるからだ。

 

 

『・・・・・・き、貴様・・・・・・! 何をした──っ!?』

 

 

 ライザーがイッセーの左腕を凝視し、驚愕する。

 

 イッセーの左腕をよく見ると、何かを持っていた。

 

 

『・・・・・・十字架!?』

 

 

 そう、イッセーが持っていたのは十字架であった。

 

 

『があっ!?』

 

 

(ファイブ)

 

 

 イッセーは像に叩きつけられ、そのままフィールドに倒れこむが、すぐに立ち上がる。

 

 ライザーはフィールドに降り立ち、そして膝を着く。

 

 

『・・・・・・十字架・・・・・・だと!?』

 

『・・・・・・うちの「僧侶(ビショップ)」は元シスターでね。奥にしまいこんでたのを、ちょっと借りてきたのさ』

 

 

 そう、あのとき、イッセーがアーシアに頼んで持ってこさせたのは、十字架であった。

 

 

『流石のあんたでも、神器(セイクリッド・ギア)で高めた聖なる力は堪えるようだな!』

 

 

(フォー)

 

 

 確かに、いかに不死身とはいえ、悪魔である以上、聖なる力は効くだろう。イッセーがアーシアに頼んだときも、新たに得た『譲渡』の力で十字架の聖なる力を高めようという魂胆はすぐにわかった。

 

 

『・・・・・・バカな! 十字架は悪魔の体を激しく痛めつける。 いかにドラゴンの鎧を身に着けようと、手にすること自体・・・・・・』

 

 

 ライザーの言う通り、悪魔であるイッセーが十字架を持つことは本来できないはずである。譲渡の力で聖なる力を高めているのならなおさらだ。だが、イッセーは手にしていた。

 

 そのことに、周りの皆も驚愕していた。

 

 そして、ライザーがイッセーの左腕を見て、何かに気づいた。

 

 

『まさか! 貴様、籠手に宿るドラゴンに自分の腕を!?』

 

 

(スリー)

 

 

『ドラゴンの腕なら悪魔の弱点は関係ないからな!』

 

 

 籠手に隠れてわからなかいが、よく見ると、籠手の隙間から見られた左腕が人のものではない異形なもの──そう、イッセーの左腕はドラゴンの腕になっていたのだ。

 

 

「どういうこと、明日夏兄!?」

 

 

 千秋が問い詰めるように詰め寄ってきた。

 

 

「・・・・・・あいつが言った通りだ。イッセーはあの力を得るために、籠手に宿るドラゴンに左腕を差し出したんだ」

 

 

 それを聞いた皆は驚愕し、千秋は涙を流し始めた。十字架を渡すときに事情を聞かされたアーシアも、同じように泣いてた。

 

 そして、鶫と燕は何かを思い出している様子だった。おそらく、昔のことだろう。いまのイッセーに、身を挺して自分たちを守ってくれていた当時のイッセーの姿を重ねているのだろう。

 

 

『正気か貴様!? そんなことをすれば、二度と戻らないんだぞ!?』

 

 

(ツー)

 

 

『それがどうした!』

 

 

 ライザーの言葉にイッセーは意にも返さない。

 

 イッセーの覚悟はそれほどのものなのだ。

 

 

(ワン)

 

 

『たかが俺の腕一本、部長が戻ってくるなら安い取り引きだぁぁぁっ!』

 

 

 イッセーはライザーに向かって飛び出す。

 

 ライザーは完全にイッセーの気迫に圧倒され、動けないでいた。

 

 時間もない! これで決まれ!

 

 

『うおぉぉぉッ!』

 

 

Count(カウント) up(アップ)

 

 

『えっ? え、あっ、うわっ!?』

 

 

 だが、そんな俺の思いやイッセーの覚悟を嘲笑うかのように、イッセーがライザーに肉薄する瞬間に無情なタイムオーバー宣言の音声が発せられ、鎧が消失してしまった。

 

 イッセーは突然の損失感に呆気に取られ、バランスを崩して地面に倒れ伏してしまった。

 

 

「そんな!? あとちょっとだったのに!」

 

「ここまでなの・・・・・・!」

 

 

 無情な現実に、千秋と燕が悲嘆する。

 

 

「・・・・・・イッセーくんは頑張ったよ・・・・・・! もうこれ以上戦わなくていいよ・・・・・・!」

 

 

 鶫にいたっては、イッセーの腕の犠牲の事実のショックで完全にこのありさまだ。

 

 木場たちも悔しさのあまり、拳を握り絞めていた。

 

 周りの貴族たちの顔は完全に決着が着いたと考えてる顔をしていた。

 

 

 『一応、鎧が解除される瞬間に宿ってるドラゴンが籠手に力を残したみてぇだが、とてもじゃねぇが、勝つのは無理だな』

 

 

 ドレイクもこんな調子だ。

 

 誰もが、この勝負がイッセーの敗北で終わったのだと思っていた。

 

 

「まだだ!」

 

 

 そんな空気に我慢ならず、俺はらしくもなく、声を張り上げて叫んでいた!

 

 

「イッセーはまだ諦めてねぇ!」

 

 

 そんな俺の叫びに応えるかのように、イッセーは立ち上がろうとする。

 

 

『・・・・・・絶対に諦めねぇ──ぐっ!?』

 

 

 いまだに諦めずに立ち上がるイッセーの胸ぐらをライザーが掴んで持ち上げる。

 

 ライザーは鎧が消えたことをいいことに、余裕を取り戻し始めていた。

 

 

『さて、そろそろ眠ってもらおうか! 目覚める頃には、式も終わってるだろ──』

 

『・・・・・・・・・・・・まだ、だ・・・・・・』

 

『あ?』

 

『・・・・・・火を消すには──水・・・・・・だよなぁ!』

 

 

 イッセーは懐から水の入った瓶を取り出し、ライザーに見せつけた。

 

 

「聖水!?」

 

 

 木場が瓶に入っている液体の名称を驚愕しながら口にした。

 

 そう、イッセーがアーシアに持ってこさせたのは、十字架だけでなく、あの聖水もだった。

 

 

「ですが、ライザーほどの悪魔に聖水程度では・・・・・・」

 

 

 会長の言う通り、上級悪魔に聖水はそんなに効果がないらしい。周りの貴族たちもそれをわかっているのか、イッセーの行動に嘲笑していた。千秋たちや木場たちも訝しげに見ていた。

 

 確かに、効かないだろうな──()()()()()()()()()()()()がなければだが。

 

 どうやらライザーはイッセーの意図に気づいたようだが、すでに遅く、イッセーは口で瓶の蓋を取り、ライザーに聖水を浴びせていた。

 

 

『「赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)」ッ!』

 

 

Transfer(トランスファー)!!』

 

 

『しまっ──』

 

 

 聖水の聖なる力が強化された瞬間、聖水がライザーの身を焼いていく。

 

 

『ぎゃああああっあああっ!? ぐぅっ・・・・・・ぐっ・・・・・・あっ・・・・・・ああぁっ!? あぁぁぁっぁぁっ!?』

 

 

 ライザーは聖水がかかった顔を手で押さえ、激しく絶叫する。

 

 

「ライザーの炎が!」

 

 

 木場が指摘した通り、ライザーの炎の勢いが衰えていた。

 

 

「強化された聖水が、体力と精神を著しく消耗させているのでしょう」

 

 

 会長がライザーの身に起こっていることを解説してくれた。

 

 灰の中から復活する不死鳥(フェニックス)でも、精神だけは瞬時に回復できない。つまり、心までは不死身ではなということだ。

 

 

『アーシアが言っていた! 十字架と聖水が悪魔は苦手だって。それを同時に強化して、同時に使ったら、悪魔には相当なダメージだよな!』

 

 

 ライザーは無言で震えながら立ち上がり、震える手に炎を集め、イッセー目掛けて炎を撃ちだすが、イッセーはジャンプして避ける。

 

 

『木場が言っていた! 視野を広げて相手を見ろと!』

 

 

 イッセーは着地すると、十字架に残りの聖水をかける。

 

 

Transfer(トランスファー)!!』

 

 

『朱乃さんが言っていた! 魔力は体全体を覆うオーラから流れるように集める! 意識を集中させて、魔力の波動を感じればいいと!』

 

 

 十字架と聖水を同時に強化し、イッセーは左腕を前に突きだす。

 

 

『小猫ちゃんが言っていた! 打撃は中心線を狙って、的確に抉りこむように打つんだと!』

 

 

 イッセーは合宿での木場たちの教えを高々と復唱する。おそらく、あれにはゲームで散り、無念の想いを抱いた木場たちの想いもこめて言っているのだろう。

 

 イッセーの復唱に木場たちは笑みを浮かべていた。

 

 

『明日夏が言っていた! 相手の隙を見つけたら、そこに全力を叩きこめと!』

 

 

 さらに俺の教えまで復唱された。

 

 あいつめ、俺がゲームに参加できず、歯痒かった想いもこめてくれてるのか。

 

 イッセーの気迫にライザーは焦り、慌てふためきだす。

 

 

『ま、待て! わかっているのか!? この婚約は、悪魔の未来のために必要で、大事なものなんだぞ! おまえのように何も知らないガキが、どうこうするようなものじゃないんだ!?』

 

 

 ライザーはイッセーに命乞いのような説得をするが、イッセーが引き下がることはなかった。

 

 

『難しいことはわからねぇよ! 俺はただ、親友に言われたことをやるだけだ! 余計なことは考えず、おまえをぶっ飛ばし、部長を奪い返す! でもな、これだけは言わせてもらうぜ。お前に負けて気絶したとき、うっすらと覚えてたことがある。──部長が泣いてたんだよ! 俺がてめぇを殴る理由は、それだけで十分だァァァッ!!』

 

 

 ドゴォォンッ!

 

 

『がぁっ!?』

 

 

 イッセーの渾身の左ストレートが、ライザーの腹部にめりこんだ。

 

 ライザーは悲鳴をあげることなく、腹部を押さえながらあとずさる。

 

 

『・・・・・・・・・・・・こ・・・・・・こんなことで・・・・・・お・・・・・・俺が・・・・・・!?』

 

 

 ライザーはそのまま、前のめりに倒れこんだ。

 

 

『お兄さま!』

 

 

 ライザーの妹が乱入し、ライザーを庇うように、イッセーの前に立ち塞がる。

 

 イッセーは拳をライザーの妹の前に突きだし、高々と告げる。

 

 

『文句があるなら俺のところに来い! いつでも相手になってやる!』

 

『──っ!』

 

 

 ライザーの妹がイッセーの気迫と言葉に顔を赤く染めていた。

 

 あっ、あの反応はもしや。

 

 まあ、ともかく、勝負はイッセーの勝ちで幕を下ろした。

 

 

―○●○―

 

 

 イッセーが部長を連れ、俺たちのところまでやって来た。

 

 

「やったな」

 

「ああ」

 

 

 俺たちは短い会話をし、ハイタッチをする。

 

 

「そういえば、もうひとつの魔方陣はなんなんだ? 部長を助けたときに役に立つって言ってたが?」

 

「ああ、そういえば」

 

 

 イッセーは魔方陣を取り出し、宙に掲げると、魔方陣が光りだし、魔方陣から何かが召喚された。

 

 

 キュィィィィィッ!

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

 召喚されたのは、獅子の体、鷹の頭と翼を持った獣だった。

 

 

「グリフォンね」

 

 

 部長が現れた獣の名を口にする。

 

 これがグリフォン。この目で実物を見るのは初めてだった。

 

 たぶん、これに乗って帰れってことだろうな。

 

 ──まさか、いざってときの逃走用なんてことは流石にないはずだ。

 

 

「あらあら、うふふ。せっかくですから、イッセーくんが部長を送ってさしあげたら?」

 

「えっ? 俺が!」

 

「あたりまえだろ。今回、姫を助けた勇者さまはおまえなんだからな」

 

「そうね、お願いできるかしら?」

 

「ぶ、部長のご命令なら!」

 

 

 イッセーはグリフォンの背に乗り、部長の手を取って前に乗せた。

 

 何気に絵になってるじゃねえか。

 

 

「先に部室で待ってるから!」

 

 

 イッセーの言葉と同時にグリフォンが翼を羽ばたかせ、上空へ飛び去っていった。

 

 

「あのグリフォン、最悪の場合の逃げ道として用意したんだが」

 

 

 いつの間にか、俺の隣に来ていた魔王がそんなことを口にした。

 

 ――ていうか、おいおい、まさかが的中しやがったよ・・・・・・。

 

 

「ほら、人間世界の映画にそのようなものがあっただろ?」

 

「・・・・・・現実と映画を一緒にしないでくださいよ。もしそうなっていたら、あとが大変だったでしょう?」

 

「なに、結果オーライというやつだ。今回の件で、私も父もフェニックス卿も、いろいろ反省したよ。自分たちの欲を押しつけすぎたとね。残念ながら、この縁談は破談が確定したよ」

 

「残念ながら、ですか。──お顔はそうは見えませんが?」

 

 

 とてもじゃないが、残念とは程遠いぐらい、穏やかな表情をしていた。

 

 

「『赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)』がこちら側に来るとは思いもよらなんだ。『白い龍(バニシング・ドラゴン)』と出会うのも、そう遠い話ではないのかもしれないな」

 

「・・・・・・『白い龍(バニシング・ドラゴン)』・・・・・・ですか」

 

 

 魔王が口にした単語に、目的を達成して晴れやかだった俺の気分はすぐさま警戒色の強いものに変わってしまった。

 

 できることなら、そいつとイッセーが無縁でいてほしいものだ。

 

 おそらく、絶対ありえないことを願いながら、俺はイッセーが飛んでいいったほうを見る。

 

 

―○●○―

 

 

「うはぁぁぁっ!」

 

 

 上空から冥界の景色を眺めていると、部室の手が俺の頬に触れてきた。

 

 

「部長?」

 

「・・・・・・バカね・・・・・・こんなことをして。・・・・・・私のなんかのために・・・・・・」

 

 

 部長が沈痛な面持ちで、異形なものに変わってしまった俺の左腕を擦っていた。

 

 

「お得ですよ。だって、こうして部長を取り戻せたんですから!」

 

「・・・・・・今回は破談にできたかもしれない。でも、また婚約の話が来るかもしれないのよ・・・・・・」

 

 

 悲哀に暮れている部長に俺は笑って答える。

 

 

「次は右腕、その次は目──」

 

「イッセー!?」

 

「何度でも、何度でも、助けに行きますよ! 何しろ俺、リアス・グレモリーのl『兵士《ポーン》』ですから!」

 

 

 そう言った次の瞬間、俺の唇が部長の唇で塞がれた!

 

 えっ? ええっ? えぇぇぇっぇぇぇっ!?

 

 部長にキスされた俺の頭の中はパニックになっていた。

 

 部長は唇を離すと微笑んだ。

 

 

「ファーストキスよ。日本では女の子が大切にするものよね?」

 

「え、ええ、そうですけど──って、ええ!? ファーストキス! い、いいんですか、俺なんかで!?」

 

「あなたはそれだけの価値のあることをしてくれたのだから、ご褒美よ」

 

 

 あー、このご褒美だけで頑張ったかいがあったぜ!

 

 

「それから」

 

「はい!」

 

「私もあなたの家に住むことに決めたわ」

 

「はいぃぃっ!?」

 

「下僕との交流を深めたいのよ」

 

 

 マ、マジっスかぁぁぁっぁぁっ!?

 

 

―○●○―

 

 

「――と、そのような感じで、私、リアス・グレモリーもこの家に住まわせていただくことになりました」

 

 

 現在、兵藤家にて、部長のホームステイ宣言がされていた。

 

 ああ、おじさんとおばさんの開いた口が塞がらないでいるよ。

 

 そして、わかりやすいぐらいに頬を膨らませたり、不機嫌になっている千秋たちがいた。

 

 その後、普通にOKとなり、いまは部長の私物を運んでいる真っ最中だった。

 

 

「そういうことだから、宣戦布告ってことでいいかしら、あなたたち?」

 

 

 部長は千秋たちにあからさまな挑発をする。

 

 要するに、部長もイッセーに惚れたってことか。千秋たちも大変だなぁ。

 

 

「・・・・・・なあ、明日夏」

 

「・・・・・・なんだ?」

 

「・・・・・・俺たちの周り、どんどん賑やかになっていくな」

 

「・・・・・・そうだな」

 

 



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Life.Extra 士騎兄妹の休日 明日夏篇

 

 

 これは、俺、士騎明日夏のとある休日の話であった。

 

 

「う~ん♪ 久々に肉体で活動できるぜ♪」

 

 

 俺の視界内で、俺が嬉々とした表情でいまの言葉を口にした。

 

 いきなり何を言ってるのか混乱したかもしれないな。

 

 端的に言えば、現在、俺の肉体の主人格がドレイクになっているのだ。

 

 なぜ、このようなことになったかというと、いまから数日前、イッセーの家への部長のホームステイ宣言よりもまえに遡る。

 

 イッセーがライザーを倒し、晴れて部長を取り戻せてめでたしめでたし──とはいかなかった。

 

 イッセーはライザーを倒すために、一時的な禁手(バランス・ブレイカー)の力を得た。その代償として、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』に宿るドラゴンに自分の左腕を差し出したのだ。結果、イッセーの左腕はドラゴンの腕という異形のものになってしまった。

 

 イッセー本人はそのことに対する後悔も左腕への未練はないようだ。

 

 とはいえ、そのままの状態では、普段の生活がままならないということで、副部長とアーシアが魔力によって腕を元の姿に形状変化させたのだが、一時的な効果しかなく、すぐにドラゴンの腕に戻ってしまったのだ。

 

 そこで、オカ研総動員でもとの腕に戻す方法の模索を始めた。

 

 そして俺はドラゴンのことならドラゴンに訊くのが一番手っ取り早いだろうということで、リスクの大きさを覚悟しながら、ドレイクからイッセーの腕をもとに戻す方法を聞き出した。

 

 結果、イッセーの左腕はもとに戻すことはできなかったが、定期的にある方法を行うことで、外見だけはもとの腕に戻すことはできた。

 

 そして、その情報料として、今日一日だけ、ドレイクに俺の体を明け渡すことになったのだ。

 

 むろん、このことは誰にも言っていない。余計な心配をかけるわけにはいかないからな。

 

 ちなみに、俺の人格は神器(セイクリッド・ギア)の内部に存在している。

 

 以前、ドレイクが俺の肉体を奪おうとしたときは、自分の人格が消えかける感覚があったが、今回はそういうのは感じなかった。あのときはドレイクが俺の人格を無理矢理に上書きしようとしたからそう感じたからで、今回は人格を入れ替える要領でやったため、そのような感覚は感じなかったわけだ。

 

 いまの俺の視界に映る光景は、普段、ドレイクが見ている光景ということになる。

 

 

「安心しろよ。今日が終わるころにはちゃんと返すからよ」

 

 

 いまいち信用に欠ける口調でドレイクは言った。

 

 そっちも心配なんだが、正直、俺は別のことが心配だった。それは、こいつが俺の体で起こす行動だ。

 

 どんな行動を起こすか、不安でしょうがない。

 

 

「さてと、んじゃ服借りる──って、お前の体だから借りるってのは変か?」

 

 

 そんなことを言いながら、ドレイクは俺の部屋のクローゼットを開ける。

 

 

「・・・・・・しっかし、長年、おまえの中から見てて知ってたけど、改めて見ると地味な服ばっかだな」

 

 

 手持ちの服に文句を言われる。

 

 確かに俺が所持している服はほとんどが機能性重視でオシャレとは縁遠いものばかりであった。俺自身、オシャレとかにあまり興味がなかったからな。

 

 

「しょうがねえ。とりあえずこれでいいか」

 

 

 そう言って取りだしたのは、黒系のシャツとジャケットにジーンズだった。俺がよく外出のときに着ていく組み合わせだった。

 

 

「・・・・・・俺的にはもっと派手なのがいいんだけどな」

 

 

 ・・・・・・はぁ、少しだけなら俺の通帳からおろしてもいいぞ。

 

 

「マジで! 気前がいいな、おい!」

 

 

 ・・・・・・グチグチと言われても喧しいだけだからな。

 

 

「んじゃ、まずは、銀行に出発といきますか♪」

 

 

―○●○―

 

 

 ・・・・・・まさか、十万もおろすとは思わなかった。

 

 そんなに一体、何に使うつもりだ?

 

 

「別に全部使うつもりはねえよ。念のための予備金ってやつさ。つうか、あんだけ大金があるんだからケチケチすんなよ」

 

 

 俺と千秋は現在、兄貴と姉貴からの仕送りで生活をしている。しかも、兄貴に至っては生活費だけでなく、俺と千秋のお小遣いまで送ってきている。おまけに、一般的に比べればかなりの高額をだ。

 

 俺のぶんはいらないと言ったが、兄貴も譲らず、高校卒業までのあいだということで決着をつけた。

 

 そして、俺はそれを必要なぶんと多少の余分なことへの出費程度にしか使わず、残りは貯金している──のだが、もらってる金額が金額なため、口座の金額が高校生が持つにしてはえらい額になっていた。正直、十万おろされてもとくに痛手にはならないぐらいには。

 

 ・・・・・・久々に残高を見たが・・・・・・金銭感覚が狂いそうだな・・・・・・。

 

 そんな感じで、調子に乗ったドレイクが十万もの大金をおろしたわけだ。

 

 

「さてと、まずは服だな♪」

 

 

 大金を手にしたドレイクは意気揚々と服屋に向かうのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「悪くないな♪」

 

 

 そう呟くドレイクが主人格の俺の服装は、派手な模様をあしらった赤のシャツ、今日着てきた俺のジャケット(どうやらこれは気に入ったらしい)、茶色のダメージズボンというものだった。

 

 さらにドレイクは服を購入したあと、アクセサリー屋に行き、いくつかのアクセサリーを購入し、すでに身に付けていた。

 

 身に付けているものは、右手の中指にドラゴンをあしらった指輪、その指輪と鎖で繋がっている大きめの指輪を小指に、右手の人差し指と薬指にシンプルな形をした銀色の指輪、右腕にドラゴンをあしらった腕輪、左腕にシンプルな形をした銀色の腕輪、首にドラゴンをあしらったネックレス、ベルトにドラゴンをあしらったバックル、ズボンの左側にチェーンというものだ。どれもこれも、無駄に派手なものばかりだった。

 

 それにしても、アクセサリーにドラゴンがあしらわれているものが多いのは、自分がドラゴンだということへのこだわりなのか?

 

 ただ、ひとつ言えることは・・・・・・いまからこの格好で街中を歩くのだと思うと憂鬱だということだけだ。

 

 別にダサいというわけじゃない。なんだったら、派手ながらもセンスがあると言ってもいいくらいには問題なかった。・・・・・・・・・・・・俺の体じゃなければな。

 

 ・・・・・・・・・・・・頼むから知り合いに出会わないでくれ・・・・・・。

 

 

―○●○―

 

 

「お、おまえ、明日夏か!?」

 

 

 ・・・・・・俺の望みは無惨に砕け散った。

 

 運の悪いことに、知り合いこと松田と元浜と鉢合わせしてしまった。

 

 二人とも、いまの俺の姿を見て唖然としていた。それなりに付き合いの長い二人からすれば、いまの俺の姿は驚愕ものだろうからな。

 

 

「よぉ、松田ぁ、元浜ぁ♪」

 

「・・・・・・な、なんだよ、その喋り方・・・・・・? おまえ、そんなキャラだったっけ・・・・・・? その格好も普段のおまえならしないぞ絶対・・・・・・」

 

「・・・・・・なんか変なもんでも食ったのか・・・・・・?」

 

 

 松田と元浜は俺に指をさしながら顔を引き攣らせていた。

 

 

「ああ、今日はちょっと思いきってイメチェンを、な♪」

 

「「・・・・・・・・・・・・そ、そうか・・・・・・」」

 

 

 ・・・・・・なんだか誤魔化せたのか、誤魔化せなかったのか微妙な反応をしていた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・き、きっと、こいつにもいろいろあるんだろ・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・そ、そうだな・・・・・・」

 

 

 コソコソと話して無理矢理納得している二人にドレイクが訊く。

 

 

「ところで二人とも、何してんだ?」

 

「あ、ああ。あえて言うなら、紳士の必需品を買いに、か」

 

「うむ」

 

「あー、エロディスク買いに行くんだな!」

 

「「失礼な言い方するな!」」

 

「エロに失礼もなにもないだろ?」

 

「いや! エロは偉大なものなのだ!」

 

「貴様には一生わかるまい!」

 

「ほー」

 

 

 ・・・・・・なんだ・・・・・・いやな予感がする・・・・・・!

 

 

「なら、そのエロの偉大さを俺に教えてもらおうか」

 

「「はっ?」」

 

 

 ドレイクの言葉に、二人はマヌケそうな顔をし、俺は驚愕してしまった。

 

 おいっ! ふざけるな、てめぇ!

 

 俺はすぐさま、ドレイクに制止の声をかけるが、ドレイクに聞こえないふりをされてしまう!

 

 

「てなわけで、俺も連れてってくれよ?」

 

「本当にどうしたんだ、明日夏!?」

 

「マジで大丈夫か!?」

 

 

 松田と元浜は本気で俺のことを心配そうに訊いてくる。

 

 

「言っただろ、今日は思いきってイメチェンしたって」

 

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 

 

 松田と元浜は無言でお互いに向き合う。

 

 

「・・・・・・・・・・・・どうする、元浜よ?」

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、いいんじゃないか。こいつもきっと、いろいろと発散したいんだろう」

 

 

 おい! おまえらもなに適当に納得してんだ!?

 

 

「よし! ならばついてこい!」

 

「エロの偉大さを教えてしんぜよう!」

 

「おう! 頼むぜぇ♪」

 

 

 ふざけるなぁぁぁっ!

 

 俺の叫びはドレイク以外に聞かれることはなかった。

 

 

―○●○―

 

 

 ・・・・・・・・・・・・はぁぁぁ・・・・・・。

 

 

「溜め息すると幸せが逃げるぜ?」

 

 

 ・・・・・・・・・・・・誰のせいだ、誰の・・・・・・。

 

 あのあと、二人に連れられてなにやら路地裏にあった店に入り、そこで延々と二人にエロについて語られ、正直、俺はげんなりしていた。

 

 ドレイクは二人の話をおもしろそうに聞いていた──というより、熱心に話す二人を見て楽しんでいた。

 

 その後、ドレイクは松田と元浜と一緒にゲーセンに行ったりし、二人と別れた。

 

 ・・・・・・だが、俺の精神的に大変だったのはそれからだった。

 

 髪を染めようとしたり、声をかけてきた不審な女性の誘いに乗ろうとしたり、顔に傷がある明らかにその手の集団に接触しようとしたりと、もうさんざんだった・・・・・・。

 

 改めて周りを見ると、いつのまにか、すっかり夕暮れになっていた。

 

 

「いやぁ、楽しい時間ってのはあっというまに過ぎちまうなぁ♪」

 

 

 ファストフード店で買ったハンバーガーを頬張りながら、嬉々とした表情でドレイクは言う。

 

 ・・・・・・・・・・・・こっちは神経が休まらなかったんだがな・・・・・・!

 

 

「慌ててるおまえは見てて飽きなかったぜ♪」

 

 

 ・・・・・・この野郎・・・・・・!

 

 

「ははは♪」

 

 

 のんきそうなドレイクの笑いに俺はうんざりになってきた。

 

 ・・・・・・・・・・・・心底疲れた・・・・・・。

 

 

「ん、なんだ?」

 

 

 話し声が聞こえ、ドレイクがそちらのほうを見ると、軽薄そうな五人組の男たちがひとりの女性を囲んでいた。

 

 

「ありゃぁ、ナンパかねぇぃ?」

 

 

 十中八九その通りだろう。

 

 女性はいやがっており、男たちの間を縫って逃げようとするが、男たちはそれを逃さない。

 

 ドレイク、替われ!

 

 放っておくわけにもいかないと、ドレイクに人格の入れ替えを要求する。

 

 

「いいや、ここは俺にやらせろ♪」

 

 

 予想外にドレイクが助けに行こうとしていた。

 

 

「ちょっと面白そうだからな」

 

 

 そう言うと、ドレイクは駆けだした。

 

 

「あ、あの、やめてください・・・・・・」

 

「いいからさぁ♪ 俺たちといいところに──ぐへぁっ!?」

 

「「「「なっ!?」」」」

 

 

 ドレイクは女性に手を伸ばした男を助走を加えた飛び蹴りで吹っ飛ばした。

 

 

「俺、参上!」

 

 

 意気揚々とポーズをとって名乗りをあげるドレイク。

 

 なんだ、そのポーズと名乗りは・・・・・・。

 

 

「なんだ、てめぇ!?」

 

「なんのつもりだ!?」

 

「通りすがりの正義の味方だ、覚えておけ──なんつってな」

 

 

 男たちの怒声にドレイクは飄々と答えた。

 

 

「ざけんじゃねぇぞ!」

 

「女の前だからってカッコつけてんじゃねぇぞ!」

 

 

 男二人が殴りかかってくるが、ドレイクはそれを易々と避ける。

 

 

「よっ!」

 

「がぁっ!?」

 

「ほいっと!」

 

「ごはぁっ!?」

 

 

 ドレイクはそれぞれの男の顔面に強烈な蹴りを叩き込み、男二人の意識を刈り取ってしまった。

 

 

「な、なんだ、こいつ!?」

 

「めちゃくちゃ強ぇ!?」

 

「ん♪」

 

「「ひ、ひぃぃっ!?」」

 

 

 残る男二人は、ドレイクの強さを目の当たりにし、一目散に逃げだした。

 

 

「お~い♪」

 

「「ひっ!?」」

 

「忘れ物♪」

 

 

 ドレイクは逃げようとする男二人を呼び止め、倒れている男たちを指差した。

 

 その後、倒れた仲間を担いで、男たちは今度こそその場から逃げ出していった。

 

 

「なんでぇ、大したことねえの」

 

「し、士騎・・・・・・くん?」

 

「ん?」

 

 

 女性が俺の名を口にしたので、ドレイクがその女性のほうを見る。

 

 なんと、女性は霧崎だったのだ!

 

 ・・・・・・ホント、こんなときに限って知り合いに会うな!

 

 

「よっ、霧崎」

 

 

 途端にドレイクは明らかにおもしろがってる笑みを浮かべ、霧崎に声をかけやがった!

 

 

「ど、どうした・・・・・・の・・・・・・士騎・・・・・・くん?」

 

 

 霧崎はありえないものを見たかのような反応をして、なんとか言葉を絞り出していた。

 

 

「どうしたって、何が?」

 

「そ、その格好・・・・・・」

 

 

 霧崎は震える手で、ドレイクが着ている服を指差す。

 

 ・・・・・・普段の俺を見ていれば当然の反応だよな・・・・・・。

 

 

「イメチェン♪」

 

「え、えぇぇ・・・・・・」

 

 

 霧崎は信じられないのか、なんとも言えないと言いたそうな表情をしていた。

 

 そんな霧崎を見たドレイクがニヤッと笑う。

 

 ・・・・・・いやな予感する!

 

 

「霧崎ぃ♪」

 

 

 ドレイクは唐突に霧崎に近づく!

 

 おい! てめぇ、何する気だ!?

 

 

「し、士騎くん!?」

 

 

 いきなり近づいてきたドレイクに霧崎は驚き、顔を赤くしながら後ずさる。

 

 だが、霧崎はすぐに壁へと追い込まれてしまった!

 

 

 ドン!

 

 

「──ッ!?」

 

 

 壁沿いに横に移動して逃げようとしていた霧崎だったが、ドレイクが壁に強く手を当てて退路を塞いでしまった!

 

 

「逃がさねぇぜ♪」

 

「ひぅっ!?」

 

 

 ドレイクは空いているほうの手で霧崎の顎をクイッと上げ、鼻と鼻が触れ合うぐらいまで顔を近づける!

 

 霧崎は耳まで顔を真っ赤にしており、涙まで浮かべていた!

 

 

「フフフ♪」

 

「──ッ!」

 

 

 そして、ドレイクはさらに顔を近づけ、霧崎は覚悟をしたかのように目をキュッと閉じてしまう!

 

 それを見た俺は──。

 

 

 ドゴォン!

 

 

 ドレイクから体の主導権を奪い返し、自分の顔を思いっきり殴った!

 

 顔に激痛が走り、顔を押さえながら後ずさる・・・・・・。

 

 

「し、士騎くん、大丈夫!?」

 

 

 霧崎はあんな目に遭わされたのにこちらの心配をしてくれる。

 

 

「・・・・・・へ、平気だ・・・・・・気にするな・・・・・・」

 

「で、でも!?」

 

「大丈夫だ! それよりも、さっきは悪かった! 今日の俺はホントにおかしくなってた! できることなら、忘れてほしい! それじゃ、気をつけて帰れよ!」

 

 

 俺はその場から猛ダッシュで、その場から逃げ出すように駆けだした!

 

 

―○●○―

 

 

 ・・・・・・最悪だ。

 

 明日から霧崎とどう顔を合わせればいいんだ・・・・・・。

 

 

『でも、あの女、最後までいやとは言わなかったぜ。脈ありなんじゃねぇのか?』

 

 

 ・・・・・・こいつはぁ・・・・・・!

 

 こいつに直接手を出せないのが腹立たしい!

 

 

『そう、怒るなよ。よかったじゃねぇか。俺に肉体を奪われたときに奪い返せる目処がたって』

 

 

 たしかに、それは非常に価値のある出来事だった。

 

 だけど、そのために払われた代償が大きすぎる!

 

 

『ていうか、いつまで顔を押さえてる気だよ? 知ってるんだぜ。もう痛みは引いてて、手で押さえてるのは照れて、赤くなってる顔を隠すためだってのは♪』

 

 

 くっ、バレてたか・・・・・・。

 

 

『そりゃ、俺とおまえはある意味一心同体みたいなもんだからな』

 

 

 至近距離で見た霧崎の顔に思わず見とれてしまい、顔が熱くなるのを感じて、あのときは思わず自分の顔を殴ってしまった。

 

 

「随分とおもしろいことになってたね?」

 

 

 突然かけられる声。

 

 見ると、仮面の奴がいやがった・・・・・・。

 

 ・・・・・・しかも、明らかにおもしろがってた。

 

 

「それにしても、随分とイメチェンしたじゃないか」

 

「これは・・・・・・」

 

「なーんてね。知ってるよ。キミの神器(セイクリッド・ギア)に宿ってるドラゴンが勝手にやったことなんだろ。今日ずっと見てたからね」

 

『あー、なーんか視線感じるなって思ったが、やっぱりこいつだったか』

 

 

 クソッ、相変わらず、俺のことを見てたのか・・・・・・。

 

 

「ま、そんな格好も、彼女にしてあげたみたいな振る舞いをするキミも、私は嫌いじゃないよ」

 

「・・・・・・さっさと忘れろ!」

 

「やだ。帰ったあと、思い出してきゅんきゅんするつもりなんだから」

 

「──ッ!」

 

 

 思わず殴りかかろうとしたが、すでに仮面の奴はいなかった。

 

 

「そんなに怒らないでよ」

 

 

 声がしたほうを向くと、仮面の奴は屋根の上にいた。

 

 ・・・・・・ていうか、今日のこいつ、やけにテンションが高いな?

 

 

「今日はもう退散するよ。じゃあね」

 

 

 言いたいことだけ言って、仮面の奴は闇夜に消えていった。

 

 ・・・・・・もう、疲れた・・・・・・。

 

 ・・・・・・さっさと帰ろう。

 

 

「あ、明日夏!?」

 

 

 ああ、もう驚かん・・・・・・。

 

 声がしたほうを見ると、イッセーと千秋がいた。

 

 

「・・・・・・ど、どうしたんだ、おまえ!? 本当に明日夏なのか・・・・・・!?」

 

「ああ、俺だよ、明日夏だよ・・・・・・」

 

「いやいやいやいや!? 何があった!? その格好も変だけど、いまにも死にそうな感じだぞ!」

 

「・・・・・・あぁー、たしかに、精神的にはもう死んでるかもな・・・・・・」

 

「ホント何があった!?」

 

 

 俺は今日のことをイッセーと千秋に話した。

 

 

「・・・・・・なんと言うか・・・・・・お疲れさま」

 

 

 事情を知ったイッセーの口から出たのは、労いの言葉だった。

 

 

「そういえば、なんでおまえらは二人一緒にいたんだ?」

 

 

 ふと、気になったことをイッセーと千秋に訊いた。

 

 次の瞬間、千秋は顔を真っ赤にした。

 

 こいつは──ますます気になるな?

 

 

「えーっと、ちょっと二人で買い物とかをな・・・・・・」

 

 

 イッセーが少し照れくさそうに言った。

 

 へぇ、デートかよ。

 

 

『へぇ、デートかよ』

 

 

 ・・・・・・・・・・・・心の声がドレイクとハモってしまった。

 

 まあいい。こいつはますます、千秋からいろいろ訊き出さないとな。

 

 その夜、俺は今日のことで抱えた多大なストレスを発散させるがごとく、千秋から今日、イッセーとあったことをいろいろと訊き出すのであった。

 

 ちなみに、翌日、学校で霧崎と会ったが、いつもの俺に戻ってたことに安堵してくれた。

 

 今日あったことは気にしていない──というよりも悪い夢を見てたことにしてくれたみたいだ。

 

 



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Life.Extra 士騎兄妹の休日 千秋篇

 

 

 ある日の休日。私、士騎千秋はとある場所で手鏡とにらめっこをしていた。

 

 

「うぅー・・・・・・」

 

 

 前髪をいじりながら、低い唸り声をあげる私だけど、この唸りは髪型が決まらないことによるものじゃなかった。そもそも、髪型自体はもう整っているので、いじる必要など始めからないのだった。現にこうして前髪を指で軽くちょんと触れるというもはやいじっているとは言えないことしかやっていなかった。

 

 この唸りの原因は、これから起こる行事に対する緊張によるものだった。

 

 その緊張をまぎらわそうと、こうして変化も意味もない前髪いじりを私はやっているのだった。

 

 そこまで私が緊張する行事──それは、イッセー兄とのデートだった。

 

 

―○●○―

 

 

 私はイッセー兄こと兵藤一誠に恋をしている。

 

 兵藤一誠。私を含め、兄の明日夏兄と冬夜兄、姉の千春姉の幼馴染みであり、明日夏兄にとっては親友とも呼べるヒト。そして──私の初恋のヒト。

 

 いつもはエッチで、覗き行為などを行ってしまっており、そのことで学園で(主に女子生徒に)嫌われてしまっているヒトだけど、本当は誠実で、やさしいヒトで、私を救ってくれたヒト。

 

 子供の頃、私の両親は私の目の前で壮絶な死を迎えてしまった。

 

 お父さんとお母さんの死に、私は酷いショックを受けてしまい、自分の部屋に引きこもってしまった。それどころか、下手をすれば生きる気力さえ、なくしかけていたかもしれなかった。そのためか、ごはんもまともに食べずにいたし、明日夏兄たちの励ましの言葉なども全然耳に入ってこず、泣くか、ボーッとするかしかしていなかった。

 

 そして、いつのまにか、明日夏兄たちからの励ましがなくなった。冬夜兄は私たち養うためにハンターになり、家を空けることが多くなったため。私と同じようにお父さんとお母さんの死にショックを受けていた明日夏兄も千春姉も、その悲しみを抱きながら私を励まし続けることに限界を迎えたため。

 

 そのことも別に恨まなかったし、いまでも恨んでない。・・・・・・お父さんとお母さんを失った悲しみを何よりもわかっていたから。

 

 そんなときだった。いつものように泣いていたある日、私の部屋にイッセー兄が入ってきたのだ。どうやら、偶然私の部屋の前を通ったときに私の泣き声を聞かれてしまい、気になったイッセー兄が部屋に入ってきたようだ。それが、私とイッセー兄の出会いだった。

 

 イッセー兄のことは当初、明日夏兄の友達だという認識でしかなかった。私も子供の頃は人見知りだったこともあり、冬夜兄や千春姉とは違い、存在は知っていても、とくに関わることはなかったし、まともに出会うこともなかったから、ほぼ他人のようなものだった。

 

 そんなイッセー兄との出会いに私は酷く驚いてしまい、イッセー兄を部屋から追い出してしまった。そして、そのヒトとはもうこれで会うことはないと思っていた。

 

 けど、それ以来、イッセー兄は私を励まし続けてくれた。ときには他愛のない話を聞かされたりもした。

 

 けど、私はそれを無視した。・・・・・・そのうち、諦めるだろうと思いながら。

 

 けれど、イッセー兄は諦めなかった。

 

 そんなイッセー兄に、私は次第に興味をもち始め、いつのまにか、私はイッセー兄に歩み寄っていた。

 

 それを期に、私はイッセー兄を心の依るべにすることで立ち直ることができた。

 

 そして、心の依るベだったイッセー兄のことを私は次第に想いを寄せるようになった。それが、私の初恋の始まりだった。

 

 

―○●○―

 

 

 イッセー兄に想いを寄せるようになり、十年近く経ったけど、いまだにその想いはなかなか告げることはできず、アプローチも本当に些細なことしかできなかった。

 

 そんなふうにうだうだしていたら、イッセー兄に想いを寄せる人がたくさんできてしまった。

 

 鶫さんや燕、アーシアさん、そして、最近になって、部長ことリアス・グレモリー先輩がイッセー兄に想いを寄せるようになった。

 

 とくに部長は本当にきれいで、スタイルもよく、イッセー兄も毎日のように見惚れていた。

 

 しかも、いまあげた四人はイッセー兄と同棲までしていた。おまけに、燕は素直じゃないから私とそう変わらないけど、鶫さんと部長は私とは大違いで、とても大胆で積極的だった。アーシアさんも、私に比べれば積極的なほうだった。

 

 このままだと、イッセー兄とお付き合いする以前に、想いを告げるまえにイッセー兄の気持ちが誰かに向いてしまう。

 

 そう思った私は今日、勇気を振り絞ってイッセー兄をデートに誘ったのだった。

 

 

 想いを告げる──まではできなくとも、せめて積極的なアプローチぐらいはしたかった。

 

 そして現在、そのデートの待ち合わせ場所で私はイッセー兄が来るのを待っていたのだった。

 

 家がお向かい同士なので、わざわざ待ち合わせする必要は本当はないんだけど、デート前日からすでに緊張で心臓が張り裂けそうな状態だったので、落ち着くための時間がほしかったため、このように待ち合わせをすることにし、二時間くらいまえから待ち合わせ場所に来ていた私だったけど、結局、無意味な努力だった。

 

 そんなふうに私が四苦八苦しているときだった──。

 

 

「カーノジョ♪」

 

 

 二人組の若い男性が私に話しかけてきた。髪を染めており、耳にはピアスをしていたりと派手な格好をしていた。

 

 

「キミ、一人? よかったら、俺たちとどっかいかない?」

 

 

 男性の一人がそう言う。

 

 ようするにナンパだった。

 

 

「・・・・・・いえ、ヒトを待っていますので」

 

 

 さっきまで四苦八苦していた緊張はなくなり、私は淡々と返した。

 

 

「もしかして彼氏? 彼女を待たせるような男なんて放っておいて、俺たちと遊ぼうぜ♪」

 

「どうせ冴えない奴なんだろう? 俺たちのほうが断然カッコいいぜ♪」

 

 

 だけど、男性たちはなおも私に声をかけてくる。

 

 その場から離れようにも、イッセー兄との待ち合わせ場所なのでそれもできず、私はただただ、男性たちの誘いを断るだけだった。

 

 だけど、男性たちは構わず、なおも絡んでくる。

 

 

「まあまあ、そういわずにさぁ──」

 

 

 男性の一人が私の手を取ろうと手を伸ばした瞬間、私はその手を躱し、その隙だらけの足を払って男性を転ばせる。

 

 

「てめぇ! いきなり何しや──」

 

 

 もう一人の男性が言い終えるまえにその顔面めがけて寸止めの蹴りを放つ。

 

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

「──次は当てます」

 

 

 絶句している男性たちに低い声音で言うと、男性たちは一目散に逃げていった。

 

 

「ふぅ」

 

 

 男性たちが見えなくなったところで、私が息を吐いた瞬間──。

 

 

「千秋! 大丈夫か!?」

 

「えっ! イッセー兄!?」

 

 

 慌てた様子のイッセー兄が駆け寄ってきた!

 

 たぶん、さっきのやり取りを遠目に目撃し、心配して慌てて駆けつけてきてくれたんだろう。

 

 そのことに少し嬉しい気持ちになったけど、突然のイッセー兄の登場にさっきまでの緊張が戻ってきて、それどころじゃなかった!

 

 

「お、おい! 大丈夫か、千秋!?」

 

 

 緊張に固まってた私を見て、イッセー兄はますます心配そうな表情を作って、私の肩を掴みながら私の顔を覗き込んでくる。

 

 ゴメン、イッセー兄! 正直に言うとそれ、顔が近くて余計に緊張しちゃって逆効果! なんてことを言えるはずもなく、なんとかうなずいて答えた!

 

 

「よかった」

 

「・・・・・・大袈裟すぎるよ」

 

 

 安堵するイッセー兄に私はなんとか言葉を発する。

 

 

「まあ、たしかに遠目でも、危なげなく追っ払ってたのは見えてたんだけどな。それでもやっぱり心配だったからさ」

 

「・・・・・・・ありがと」

 

 

 うぅぅ、嬉しいんだけど、顔が熱くなる。たぶん、いまの私の顔は真っ赤になってると思う。

 

 

「大丈夫か、千秋? 顔が真っ赤だぞ?」

 

 

 イッセー兄に指摘され、ますます顔が熱くなる。

 

 深呼吸をして、なんとか心を落ち着ける。

 

 

「だ、大丈夫だよ。気にしないで」

 

 

 なるべく平静を装いながら言う。

 

 

「それにしても、まだ待ち合わせ時間には早いよ」

 

 

 時計を確認しても、待ち合わせ時間までにまだ三十分以上もあった。

 

 

「いや、待たせちゃ悪いと思ってな。まあ、結局は待たせちゃったぽいけどな・・・・・・」

 

「ううん。そんなに待ってないから」

 

 

 実際は一時間以上もまえに来ていたわけだけど、緊張を解すのに集中してて、正直そんなに時間が経っていたとは思えなかった。

 

 

「時間には早いけど、行くか?」

 

「うん」

 

 

 一応、最初に比べれば緊張はだいぶ解れていたし、些細だけどデートの時間が増えるので、断る理由はなかった。

 

 私とイッセー兄は待ち合わせ場所から移動を開始する。その際、私はドキドキしながらもイッセー兄の手を握る。イッセー兄も一瞬だけキョトンとしたあと、微笑んで手を握り返してくれた。

 

 うぅぅ、私と違って、イッセー兄はあまり緊張してなさそうだった。

 

 イッセー兄にとっては、私は妹のような感じらしい。

 

 せめて、このデートでもう少し私を異性として見てくれるようにがんばると誓う私だった。

 

 

―○●○―

 

 

「楽しかったな、千秋」

 

「うん」

 

 

 洋服屋さんで洋服をみて回ったり、カフェで小休止をしながらいろいろ話をしたり、映画館で映画を観たり、ゲームセンターでついつい遊びすぎたりととても楽しいデートの時間を過ごし、いつのまにかすっかり夕暮れになっていた。

 

 結論から言うと、私とイッセー兄の仲に進展は──特になかった・・・・・・。

 

 もちろん、少しは積極的なアプローチをしようとした──けど、すぐに恥ずかしくなって実行に移せなかった。

 

 そのたびに、脳内で明日夏兄から『ヘタレ』と言われたような気がした。

 

 でも、楽しかったのは事実だし、勇気を出してデートに誘ってよかったと思えた。

 

 

「いやー、なんかこう、平和な日常的な一日はひさしぶりな気がするなぁ」

 

 

 イッセー兄が何気なしにそう言った。

 

 イッセー兄は最近になって人間をやめることになってしまった。

 

 普通の一般人であったイッセー兄のその身に神器(セイクリッド・ギア)、それも十三種しか存在しないという神滅具(ロンギヌス)、『赤い龍の帝王(ウェルシュ・ドラゴン)』と呼ばれるドラゴンが宿った『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を宿していたことで、それを危険視した堕天使によって殺された。そして、殺されたイッセー兄を部長こと上級悪魔であるリアス・グレモリー先輩に悪魔としてよみがえらせてもらった。

 

 そのときの私は本当に大変だった。イッセー兄が死んだことに酷いショックを受け、悪魔として生き返ったことに心底安堵して泣いてしまった。悪魔になってしまったことに関しても、生きていてさえいてくれるなら関係なかった。そして、私たち兄弟の秘密もイッセー兄に知られることになった。

 

 そこからは本当にいろいろあった。

 

 アーシアさんと出会い、そのアーシアさんを助けるために堕天使と戦ったり、部長の婚約者が現れて部長の婚約騒動に巻き込まれ、その決着をつけるためのレーティングゲームに備えて合宿して修業したり、そのレーティングゲームで激戦を繰り広げ敗北してしまい、その結果始められた婚約パーティーに乗り込んで部長を取り戻したりと本当にいろいろあった。

 

 イッセー兄がそう言ってしまうのも仕方ないかもしれなかった。

 

 そうなると、今回のデートで安らげたのなら幸いだった。

 

 私はふと、イッセー兄の左腕に視線を向ける。見ると、イッセー兄も自分の左腕を見ていた。

 

 イッセー兄は婚約パーティーに乗り込み、部長の婚約者であるライザー・フェニックスから部長を取り戻すために、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』に宿るドラゴンに左腕を差し出して一時的に強大な力を手にした。

 

 その結果、イッセー兄は部長を取り戻すことはできたけど、犠牲にした左腕はドラゴンの腕という異形なものになってしまった。

 

 イッセー兄自身は後悔も未練もなく、明日夏兄が見つけてくれた方法でとりあえず見た目だけはもとの人の腕に戻っていた。

 

 

「千秋?」

 

 

 イッセー兄に呼ばれてようやく、私がいつのまにかイッセー兄の左腕に手を伸ばして触れていたことに気づいた。

 

 

「・・・・・・もう、この腕はイッセー兄の腕じゃないんだよね?」

 

「・・・・・・ああ」

 

 

 たぶん、いま私はとても辛そうな表情をしていたと思う。

 

 

「・・・・・・ねぇ、イッセー兄・・・・・・」

 

「・・・・・・なんだ?」

 

「・・・・・・もし、部長や仲間の誰かが危険な状態になって、どうしようもなくなったら・・・・・・」

 

「また、あの鎧を着るよ」

 

 

 ためらいなく答えたイッセー兄に私は泣きそうになってしまう。

 

 イッセー兄はとても誠実なヒトだ。その誠実さは、ときに自分の身を犠牲にしてでも大切なものを守ろうとする。

 

 鶫さんと燕がいじめられているときに、その身を挺して庇ったりした。そのときの私は泣きながら必死にイッセー兄のケガの手当てしたことを覚えている。

 

 アーシアさんのときも、命を捨ててまで助けようとしていた。

 

 そして、部長のためにレーティングゲームで戦い、危うく死にかけて、二日間も眠ってしまうことにもなり、目覚めたらすぐに部長を助けに向かい、左腕を犠牲にして部長を助けた。

 

 

「鎧を着ずに解決──ていうか、何事もないのが一番なんだけどな。でも、本当にどうしようもないとき、俺の体の一部であの力を手にいれて、部長や仲間を助けられるのなら、安いもん──」

 

「安くないよ!」

 

 

 あまりにも簡単に言うイッセー兄に思わず叫んでしまった!

 

 

「もう無茶はしないで! アーシアさんのときは命を捨てようとして、ゲームのときは死にかけて、部長のために片腕を差し出して!」

 

「・・・・・・ゴメン、本当に心配かけて」

 

 

 イッセー兄の服をギュッと掴み、泣きながら必死に告げる私にイッセー兄はやさしく頭を撫でてくれる。

 

 

「でも、心配かけちまって悪いけど、取り返しのつかないことになるのは本当にいやだから。もちろん、死ぬ気はねえよ。命は惜しいからな」

 

 

 やさしく告げるイッセー兄に私は言う。

 

 

「──じゃあ、ひとつだけ約束して! 死なないって約束して! ずっと一緒にいるって約束して! もう、大好きなヒトが死ぬのは・・・・・・」

 

 

 最後にまた泣きそうになってしまう私を安心させるようにイッセー兄は笑顔を浮かべる。

 

 

「ああ、約束するよ! 俺は死なない! ずっと千秋と一緒にいる! ていうか、ハーレム王になるまで死んでたまるか!」

 

 

 そう強く告げられた言葉を聞いて、私もようやく笑顔を浮かべられた。

 

 

「約束」

 

「ああ!」

 

 

 強く約束をした私たちは手を繋ぎ帰路につく。

 

 その途中、ふと私の脳裏にお父さんとお母さんがこの世から去ってしまった光景が浮かんだ。

 

 あんな思いはもういやだ! 大好きなヒトを守れる力がほしい──そんな想いから賞金稼ぎ(バウンティーハンター)になるために力を付けた。その想いに応えるように神器(セイクリッド・ギア)が目覚めた。

 

 今後もイッセー兄が無茶をするのなら、私は命をかけてでもイッセー兄を守る。そのとき、私はそう強く誓った。

 

 

―○●○―

 

 

 帰り道の途中、冷静なった私はさっき告げた言葉を思い出していた。

 

 

『──じゃあ、ひとつだけ約束して! 死なないって約束して! ずっと一緒にいるって約束して! もう、大好きなヒトが死ぬのは・・・・・・』

 

 

 こ、これって、ほぼ告白同然なんじゃ!? そう思った私は顔が火照ってきて、頭の中がパニックになり、心臓がバクバクと鳴り始めた!

 

 な、なんとか落ち着いて、イッセー兄のほうを見る。

 

 イッセー兄はとくに動揺している素振りは見受けられなかった。

 

 その事実に内心で唸りながら、今日のデートの目的を思い出す。

 

 

「・・・・・・ねぇ、イッセー兄」

 

「ん、なんだ?」

 

「・・・・・・イッセー兄は上級悪魔になって眷属をハーレムにするんだよね?」

 

「うん、そうだけど」

 

 

 それを聞き、私は意を決して言う

 

 

「じゃあ──私が立候補してもいい?」

 

「えっ」

 

 

 私の言葉を聞いてイッセー兄は素っ頓狂な声をあげる。

 

 いっぽう、私はいまにも心臓が破裂しそうなほどバクバクと鳴っており、顔がスゴく熱くなっていた。

 

 

「え、えーと」

 

「・・・・・・・・・・・・私じゃ・・・・・・ダメ・・・・・・?」

 

 

 すぐに答えないイッセー兄を見て、断られたらどうしようとすごく不安になった私は消え入りそうな声音でおそるおそる尋ねた。

 

 

「いや、むしろ歓迎だけど──いいのか?」

 

 

 歓迎と言い、照れながら訊いてきたイッセー兄に私は安心と嬉しさと恥ずかしさで頭がごちゃごちゃになる。

 

 ・・・・・・とりあえずよかった。それってつまり、イッセー兄は私のことを少しは異性として意識してくれてるってことだよね?

 

 

「・・・・・・うん。それに一緒にいるって約束したし」

 

「えーと、それじゃあ、いつになるかわからないけど、上級悪魔になったら真っ先に千秋を眷属にするよ」

 

「うん。じゃあ、これも約束」

 

「ああ、約束だ」

 

 

 思わぬ約束をしてしまった。イッセー兄、いまの約束のこと、どう思ってるのかな?

 

 もちろん、それを尋ねる余裕など私にはなく、火照った顔とバクバクと鳴る心臓の音をイッセー兄に悟られないように帰るのが精一杯だった。

 

 余談だけど、このあと、明日夏兄と合流してしまい、今日のデートのことがバレていろいろ訊きだされるのでした。

 

 そうなると思ったから明日夏兄には言わなかったのにぃぃぃっ!

 

 



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第3章 月光校庭のエクスカリバー
Life.1 不穏な気配再びです!


 

 

「お、おっぱい!」

 

 

 朝、目が覚めると、眼前におっぱいがあった!

 

 な、なぜ目覚めたらそこにおっぱいがっ!?

 

 

「うぅん・・・・・・」

 

 

 艶めかしい声が聞こえたと思ったら、おっぱいの持ち主に抱き寄せられる。

 

 よく見ると、おっぱいの持ち主は部長だった。しかも、何も身に纏っていない素っ裸の状態だった!

 

 ・・・・・・まあ、以前にも同じ展開を経験したことがあるんだけどな。ある日の学校の保健室で休んでいたところに、部長がいまみたいに裸で俺が寝ているベッドに潜り込んできたのだ。部長曰く「裸じゃないと眠れない」とのこと。

 

 部長が我が家で同居するようになってから早数日。このような素敵なイベントを堪能できるとは──最高だぜ!

 

 

「・・・・・・なぜこんなことになってるのかよくわからんが、せっかくなので、何気に触れる程度なら──」

 

 

 俺はその見事なおっぱいに触れるため手を動かそうとする。

 

 

「うぅん?」

 

「わっ!?」

 

 

 だが、手があと少しでおっぱいに到達しそうというところで部長が起きてしまった。残念無念!

 

 

「おはよう、イッセー」

 

「お、おはようございます・・・・・・。そ、それで、この状況は・・・・・・?」

 

「ゴメンなさい。あなたが就寝してたから、お邪魔させてもらったの」

 

「・・・・・・いえ、そういうことじゃなく・・・・・・」

 

「あなたを抱き枕にして寝たい気分だったの」

 

 

 な、なるほど、気分ですか・・・・・・。部長の気分の基準がわかりませんよ。

 

 

「まだ時間もあるし、ちょっとエッチなことも下僕とのコミュニケーションかしら?」

 

 

 チュッ。

 

 

 俺に覆い被さった部長はそう言い、額にキスしてきた!

 

 ライザーの一件以来、部長の俺への態度が変わったような・・・・・・。なんかこう、さらにかわいがられるようになったような気がする。学校への登下校も俺の隣を歩こうとするし、昼休みも俺と過ごそうとしてくるようになったんだ。

 

 

「あ、あの、部長・・・・・・俺も男なんで・・・・・・」

 

「襲いたくなっちゃう? いいわよ。あなたの喜ぶことならなんでもしてあげるわ」

 

 

 なんでもしてあげる!? そ、そんなみなぎる日本語があったのか!

 

 

「ぶ、部長・・・・・・!」

 

 

 コンコン。

 

 

 理性が壊れそうになった俺の耳にノック音が入ってきた!

 

 

「イッセーさーん。そろそろ早朝トレーニングの時間ですよー?」

 

 

 廊下から聞こえてきたのはアーシアの声だった。

 

 

「ア、アーシア!」

 

「トレーニングのこと、すっかり忘れてたわ」

 

 

 な、なんてタイミングだ! ヤ、ヤバい! こ、こんな場面をアーシアに見せるわけには!?

 

 部長が同居するようになってからアーシアは部長に対して、何やらライバル心を抱いている様子なんだ。部長も受けてたっているようだし。まあ、普段は普通に仲がいいので、ケンカではないのだろう。

 

 

「あっ、アーシアちゃん」

 

「あれ? 鶇さんに燕ちゃん?」

 

 

 ええぇっ!? 鶇さんと燕ちゃんまで来ちゃったよ!

 

 

「・・・・・・む~、アーシアちゃんの方が早かったか~」

 

「・・・・・・負けたくありませんから」

 

 

 ・・・・・・なんだろう。扉の向こうでアーシアたちが火花を散らしてるような気がするのはなんでだろう・・・・・・。

 

 なんでか、アーシアと鶫さんも何かを巡りあっているような気がするんだよなぁ・・・・・・。まあ、こっちも普段は仲がいいのだが。

 

 

「それで、イッセーはまだ起きてないの?」

 

「あ、はい。呼びかけたんですけど、返事がなくて。それで、いま様子を──」

 

「あぁ! 起きてるから! ちょっと待って──」

 

「三人とも、もう少し待ってなさい。私もイッセーも準備しなければならないから」

 

「えぇっ!?」

 

 

 俺の言葉を遮り、部長が扉の向こうにいるアーシアたちにそう言ってしまう!

 

 

 ガチャッ!

 

 

 部屋の扉が勢いよく開け放たれた。

 

 そこには涙目のアーシアとジト目の鶇さんと燕ちゃんがいた!

 

 

「や、やあ、アーシア、鶇さん、燕ちゃん・・・・・・お、おはよう・・・・・・」

 

「おはよう、アーシア、鶇、燕」

 

 

 俺と部長が挨拶をした刹那、アーシアと鶫さんが自分の服に手をかける!

 

 

「私も裸になりますぅぅっ! 仲間はずれなんていやですぅぅっ!」

 

「私もイッセーくんと裸で寝る~!」

 

 

 勢いよく服を脱ぎ出すアーシアと鶫さん!

 

 

「ほら、燕ちゃんも一緒に~!」

 

「ちょっ、ちょっと!?」

 

 

 さらに鶫さんは燕ちゃんの服まで脱がしにかかっていた!

 

 あぁ、今日も過激に一日が始まるようだ。

 

 

―○●○―

 

 

 朝食の時間。今日の俺と千秋は兵藤家にて朝食を摂っていた。まあ、これは今日に限ったことではなく、こうして兵藤家に混ざって食事をするのはよくあることだった。

 

 ただ、最近は兵藤家の住人が増えたことで、せっかくだから、もっとにぎやかになってもいいだろう、とイッセーの両親から言われ、断る理由もなかったので、最近はこうして兵藤家で食事をするのが日課になっていた。

 

 

「うまい。外国人なのに、たいしたものだねぇ」

 

「日本の生活が長いもので」

 

 

 おじさんが味噌汁を口にして感想を言うと、部長がそう答えた。

 

 今日の朝食のメニューのうちの何品かは部長が作ったものだ。お嬢さま育ちだから料理できないなんてことはなく、むしろ高水準な家事スキルを持っていたし、料理のレパートリーも和洋中なんでもござれだった。

 

 俺も味噌汁をすするが、出汁が利いていて、味付けも絶妙だった。日本での暮らしが長いだけあるな。

 

 

「いや、確かにおいしいですよ。部長」

 

「ありがとう、イッセー」

 

 

 そんなイッセーと部長のやり取りを見ていたアーシアが頬を膨らませ、イッセーの腕をつねった。

 

 今朝からどうもアーシアが不機嫌なんだが、大方、イッセーを巡って部長と何かしらあったのだろう。

 

 そんなアーシアの家事スキルだが、部長に比べれば劣っているところが多々あるのが事実であり、そのことは本人も把握しているので、たびたび敗北感からガックリしている光景をよく見る。けど、それは部長と比べればの話であり、客観的に見れば普通に高い家事スキルを持っていたし、おばさんの教えでメキメキと上達しているので、そう遠くないうちに部長と並ぶんじゃないだろうか?

 

 家事スキルといえば、鶫も高水準のスキルを持っていた。特に手際のよさに関しては部長以上だった。普段がのんびりな振る舞いをするせいで、初見の人はそのギャップに驚愕することだろう。実際、部長もかなり驚いてたからな。

 

 俺も家事スキルには自信あるんだが・・・・・・この三人を見てるとその自信が粉々に砕かれそうだ。

 

 

「アーシアちゃんに続いて、リアスさんまで下宿させてほしいときたときは驚いたけど、二人にこうして色々お手伝いしてもらってホント助かるわ。鶫ちゃんにも家事を手伝ってもらってるし、燕ちゃんには効果抜群のマッサージをやってもらっちゃってるし」

 

「当然のことですわ、お母さま」

 

「お、お世話になってますし、当然のことです」

 

「おばさんには昔お世話になったしね~」

 

「これぐらいしか取り柄がないですし」

 

 

 おばさんにお礼を言われ、悠然と受け止める部長と頬を赤らめて嬉しそうにするアーシア、はにかみながらのんびりと答える鶫に頬を赤らめながら謙遜する燕。

 

 

「あ、お母さま。今日の放課後、部員たちをこちらに呼んでもよろしいでしょうか?」

 

「ええ、いいわよ」

 

 

 唐突に部長がそう言い、おばさんがそれを了承した。

 

 

「部長。なんでうちで?」

 

「旧校舎は年に一度の大掃除で、オカルト研究部の定例会議ができないのよ」

 

 

 ああ、そういえば、そんなことがあるって部長が言ってたな。確か、使い魔にやらせるんだっけか?

 

 

「お家で部活なんて、楽しそうです」

 

「たしかに~。ちょっとわくわくするかも~」

 

 

 アーシアと鶫が楽しそうに言う。

 

 

「部長さん。私、お茶用意します」

 

「ええ。お願いね、アーシア」

 

「じゃあ~、私はなんかお菓子でも作ろうかな~」

 

「うふふ。鶫もお願いね」

 

 

 そういうことなら、俺もなんか作るかな。部長たちに負けてられねぇからな。

 

 

―○●○―

 

 

「ふぅ。にしても、今朝はえらい騒ぎだったなぁ」

 

 

 昼休み、机に体を突っ伏しているイッセーがそんなことを呟いた。

 

 イッセーが朝起きたら裸の部長が一緒に寝ており、そこにアーシアたちが乱入してひと騒動があったらしい。

 

 今朝、アーシアが不機嫌そうだったのはそれが原因みたいだな。

 

 

「ライザーとの一件以来、部長がますますかわいがってくれるんだけど、そのたびにアーシアはむくれるし・・・・・・」

 

 

 ライザーとの一件で部長もイッセーに想いを寄せるようになり、そのアプローチはさっき言った裸で一緒に寝るなど、鶫並、いや、それ以上に大胆で積極的だった。

 

 同じくイッセーに想いを寄せるアーシアにとっては、相当焦らされる問題だろう。

 

 

「部長の影響か、鶫さんのスキンシップもさらに過激になってきたし、燕ちゃんもなんか、触れ合いを求めてるような気がするんだよなぁ・・・・・・」

 

 

 へぇ、鶫はともかく、燕もそんなことをしてたんだな。さすがの燕も、部長という強大なライバルの出現には思うところあったのかねぇ?

 

 

「このあいだの千秋とのデートのときといい、女の子とのイベントが日に日に増えてきたよなぁ」

 

 

 ま、個人的にそのことには相当驚かされたな。このあいだの休日、千秋は俺に内緒でイッセーとデートしていたのだが、まさかそのときにイッセーが上級悪魔になって眷属を持つようになったら自分を眷属にしてくれと頼んでいたとはな。ある意味、告白に近いことをやっていたわけだ。そのことを知ったときは思わず、テンションが上がってしまった。

 

 ・・・・・・ただまあ、イッセーがそれをどう受け取ったのかが不安要素なんだがなぁ。

 

 まあ、少なくとも、千秋への見方にはいい方向に変化があったことを祈るばかりだ。

 

 

「少しまえの俺じゃ考えられないくらいな状態だぜ。特に部長とのエッチなコミュニケーションは最高だなぁ・・・・・・」

 

 

 そんな件のイッセーは、ここ最近の部長とのやり取りを思い出しているのか、デレデレと鼻の下を伸ばしていた。

 

 ・・・・・・こりゃ、まだまだ前途多難だな、千秋。

 

 

「おい、イッセー。なに朝っぱらからニヤけてんだよ!」

 

「いでで!?」

 

 

 そこへ、いつのまにか松田と元浜やって来ていて、松田がイッセーの耳を引っ張って体を起こさせる。

 

 

「おまえ、最近変な噂が流れてるから気をつけろよ」

 

「噂?」

 

「兵藤一誠が美少女を取っ替え引っ替えして、悪行三昧!」

 

「はあっ!?」

 

 

 松田の言葉に疑問符を浮かべていたイッセーが元浜の言葉を聞いて驚愕する。

 

 

「リアス先輩と姫島先輩の秘密を握り、それをネタに鬼畜三昧のエロプレイ!」

 

「学園二大お姉さまのその姿を罵っては乱行につぐ乱行!」

 

「可憐な幼馴染みである千秋ちゃん、鶫ちゃん、燕ちゃん。関係を利用して油断させる狡猾な罠に陥れ!」

 

「自分なしでは生きられないようにさせる肉体開発!」

 

「さらにその毒牙は学園のマスコット塔城小猫ちゃんにも向けられ、切ない声も野獣の耳には届かず、未成熟の体を野獣の如く貪り!」

 

「そのうえ、貪欲なまでのイッセーの性衝動は転校したてのアーシアちゃんまで! 転校初日に襲い掛かり、日本の文化を教えると偽っては黄昏の時間で天使を堕落させていく!」

 

「ついには自分の家にまで囲い、狭い世界で終わらない調教が始まる! 鬼畜イッセーの美少女食いは止まらない! ──とまあ、こんな感じだ」

 

「・・・・・・マジか? お、俺、周囲にそんなふうに見られているのか!?」

 

 

 イッセーはそっとチラリチラリと周りを見渡す。俺も見渡すと、周囲の男女から共にイッセーに対する軽蔑と敵意の色が見えた。

 

 ていうか、そんな根も葉もない噂が流れてたんだな。しかも、こいつの普段の行いと悪評から皆真に受けてしまっていた。

 

 大方、イッセーの現状、ぶっちゃければ、美少女に囲まれている状態を妬んだ奴の犯行だろうな。というか──。

 

 

「その噂の出所、おまえらだろ?」

 

 

 俺は心底呆れながら、先程の噂を熱弁した松田と元浜(バカ二人)に言う。

 

 

「「よくわかったな」」

 

 

 二人は誤魔化すことなく、むしろ堂々と不敵に笑みを浮かべて肯定した。

 

 イッセーの現状を一番妬んでいるのは他でもない、この二人だからな。

 

 次の瞬間には、イッセーが二人の後頭部を思いっきり殴りつけていた。

 

 

「痛いぞ、鬼畜」

 

「俺たちに当たるな、野獣」

 

 

 詫びれもせず、堂々とのたまう二人にイッセーは激怒する。

 

 

「ふざけんな! 俺の悪い噂なんぞ流しやがって! いっぺん死んでみるか!」

 

「ふん! これくらいさせてもらわんと、嫉妬で頭がイカれてしまうわ!」

 

「いや! すでにイカれてるかもしれん!」

 

「・・・・・・おまえらなぁ」

 

 

 逆ギレする二人にイッセーもさすがに呆れ始める。

 

 

「安心しろ。フフフ」

 

「ちゃーんと、女子だけでなく、おまえと明日夏と木場のホモ疑惑も流しておいたから」

 

「多感な性欲はついに同性の幼馴染みやイケメンにまで!」

 

「一部の女子には受けがいいらしいぞ」

 

「「きゃー、受け攻めどっち──っ!?」」

 

 

 なにやらふざけたことを抜かしていたバカ二人だったが、いつのまにか俺が頭を即座に握りつぶす勢いで掴んだことでおもしろがっていた表情が驚愕のものに染まった。

 

 

「なぁ、松田、元浜」

 

「・・・・・・・・・・・・な、なんだ・・・・・・?」

 

「・・・・・・・・・・・・どうしたのかな、明日夏くん・・・・・・?」

 

 

 冷や汗を流し始めるバカ二人に俺は冷淡に言う。

 

 

「俺たち、中学からの縁だよな?」

 

「「・・・・・・・・・・・・そ、そうでございますね・・・・・・」」

 

「なら──俺がこの手の話題をあの件以来嫌悪してるのは知ってるよなぁ?」

 

「「あだだだだだだだだだだだだっ!? 頭割れるぅぅっ!」」

 

 

 わりとガチで頭を割るつもりで力を込めてバカ二人にアイアンクローをかましてやると、二人は結構シャレにならなそうな悲鳴があがった。

 

 あれは中学の頃、当時通っていた中学で一時期、俺とイッセーとのホモ疑惑が流れたことがあった。中学のころ、俺は周りからよく顔がいいと言われていたが、そんな俺がよくイッセーといることが多かったことが原因だとイッセーから言われた。

 

 当時のイッセーは頭を抱えて嘆いていたが、俺は「そんな噂、すぐ消えるだろ」と気にもしなかったが、それがマズかった。俺が否定しないもんだから、噂はどんどん広がり、流石に俺も頭を抱えたくなる状況にまで発展してしまった。

 

 俺はイッセーと協力して、なんとか誤解を解き回り、噂は眉唾物だということを認識させた。

 

 ただ、本当に大変だったのはそこからで、千秋がこの噂を真に受けてしまったのだ。おかげで、千秋からあれこれと問い詰められてしまい、誤解を解くのが本当に大変だった。

 

 おまけに、兄貴と姉貴にはさんざんそのことでいじられてしまった。

 

 その結果、俺はわりと軽くそのことがトラウマみたいになってしまった。

 

 そんな経緯があり、俺はこの手の話題には最大限に嫌悪を示すようになってしまった。

 

 個人の妄想ぐらいで済ますのならまだ譲歩はするが、このように噂となってしまうような事態になるのなら看過はできない。ましてや、こんな悪意のあるものなら容赦はしない。

 

 

「なぁに? 三バカトリオが性欲に任せてエロトーク?」

 

 

 一人の女子がアーシアを引き連れて話しかけてきた。

 

 

「桐生か」

 

 

 俺たちに話しかけてきたのはクラスメイトの桐生藍華。アーシアと仲がいい女子生徒の一人だ。

 

 

「それとも、またなんかやらかしたの? 三バカトリオのうち二名が士騎くんにしばかれてるみたいだし」

 

 

 桐生が俺のアイアンクローの餌食になっている松田と元浜のほうに視線を向ける。いつのまにか、バカ二人は白目向いて気絶していた。

 

 俺が手をはなすと、二人はそのまま床に倒れ込んだ。

 

 

「アーシア。他にもいい男がいるのに、わざわざこんなのを彼氏にしなくたって」

 

 

 桐生がイッセーを見ながらアーシアに苦言を呈した。

 

 

「か、かかか、彼氏ぃぃっ!?」

 

 

 桐生の言葉にアーシアがかつてないいほど動揺していた。

 

 まあ、いきなりそういう関係になりたいと思っている男子を彼氏だなんて言われれば、そりゃぁ驚くわな。

 

 

「こんなのとはなんだ! それにアーシアは日本に来たばっかだから、いろいろ面倒見てやってるんだ! 彼氏とかそういうのじゃ・・・・・・」

 

「いつもベッタリくっついて、端から見てるとあんたたち、毎晩合体しているカップルにしか見えないよぉ」

 

「「合体!」」

 

 

 気絶してた松田と元浜が「合体」の言葉に反応して復活して顔を合わせて叫んだ。

 

 

「合体?」

 

 

 アーシアはそれが何を意味しているのかわからず、首を傾げていた。

 

 

「親公認で同居してんでしょ? 若い男女が一つ屋根の下で夜にすることといったら、そりゃねぇ。むふふふ。ちなみに『裸の付き合い』を教えたのも私さ! どう、堪能した?」

 

 

 いやらしい笑みを浮かべてそう告げる桐生。

 

 実はこの桐生という少女、イッセーたちに負けず劣らずなエロ娘だったりする。クラスメイトからは「匠」なんて呼ばれるぐらいだ。

 

 

「あれはやっぱりおまえか! ていうか、合体って、おまえなんつうことを! 巨大ロボじゃあるまいし、そんな簡単に──ッ!? あ、俺、ちょっと用事思い出した!」

 

 

 突然、左腕を押さえだしたイッセーがそう言って立ち上がる。

 

 

(副部長のところか?)

 

(ああ)

 

(じゃあ、左手が)

 

(そういうこと。ちょっと行ってくる)

 

 

 自分たちだけに聞こえるように俺とアーシアと会話したあと、イッセーはそそくさと教室から出ていった。

 

 

「ねえ、明日夏くん。イッセーくんどうしたの~?」

 

 

 イッセーが立ち去ったあと、さっきまで机に突っ伏して昼寝をしていた鶇が心配そうにしながら訪ねてきた。

 

 

「用事だとさ──左腕のな」

 

 

 最後のところだけを鶫にだけ聞こえるように言う。それを聞いた鶫もすぐにイッセーのことを把握した。

 

 ライザーと戦うために一時的な禁手(バランス・ブレイカー)の力を得るために左腕を犠牲にしてドラゴンの腕になってしまったイッセーの腕だが、とある方法を行うことで一時的に元の姿に戻すことができた。現状、そのとある方法を行えるのは部長と副部長だけだった。イッセーが副部長のところに行ったのはそのためだ。

 

 

「なーんだ、別に付き合ってるわけじゃないんだ」

 

「ん~、なんの話~?」

 

 

 桐生の何気なく呟いた言葉に首を傾げる鶫。

 

 

「兵藤とアーシアが付き合ってるかって話なんだけどさぁ」

 

「むぅ・・・・・・」

 

 

 桐生の話を聞き、途端にムスッとしだす鶇。

 

 

「だってさ、鶫っち。あいつとアーシアって、いっつもくっついているし、何よりもアーシアってあいつのことが──ムグッ!」

 

「ああぁぁぁっ! 桐生さん、やめてくださいぃぃっ!」

 

 

 顔を真っ赤にしたアーシアが桐生の口を手で塞ぎ、言葉を遮った。

 

 

「「うぅぅぅぅっ! あいつばかりが!」」

 

 

 そんなアーシアを見て松田と元浜が号泣しながら慟哭していた。

 

 

「いますぐにこの怒りをイッセーにぶつけたいのに、そのイッセーがいまここにいない! この行き場のない怒りをどうすればいい、元浜よ!」

 

「あいつの悪評を流すだけではこの怒りは沈められん! こうなればだ、松田よ!」

 

 

 松田と元浜が俺を睨んでくる。

 

 

「・・・・・・なんだよ?」

 

「「玉砕覚悟でこの怒りをイケメンにぶつけるべし!」」

 

「俺に八つ当たりするな!」

 

 

 殴りかかってバカ二人を返り討ちにして望みどおりに玉砕させてやった!

 

 

―〇●〇―

 

 

 俺がいるのは旧校舎の二階。朱乃さんが使用している部屋だ。畳が敷かれたりして、ほとんど和室と化している部屋にはあちこちに術式の紋様が印されていて、呪術グッズのようなものまで設置されている。そんな部屋の中央で、俺はシャワーを浴びてタオルを腰に巻いただけの状態で朱乃さんを待つ。

 

 

「お待たせしましたわ」

 

 

 そう言ってすっと入ってきたのは、白装束に身を包み、いつもはポニーテールにしている黒髪を下ろした朱乃さん。

 

 

「きゅ、急にすみませんね、朱乃さん・・・・・・」

 

 

 急に呼び出してしまって申し訳なく思う。

 

 

「うふふ、イッセーくんのせいじゃありませんわ。さあ、始めますわよ?」

 

「お、お願いします・・・・・・」

 

 

 俺は左腕を前に出すが、ついつい朱乃さんの格好を凝視してしまっていた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「い、いえ! ふ、服が・・・・・・」

 

 

 着ている白装束が濡れていて、長い黒髪が張りついていて官能的だ! ていうか、おもいっきり肌が透けて見えていた! 胸のところを見ると、ピンク色の乳首が透けて見えていた! 下着も着けていない!

 

 

「ああ、儀式のために水を浴びてきただけですわ。今日は急でしたのでちゃんと体を拭く時間がなくて。ゴメンなさいね」

 

「い、いえ! 問題ありません! むしろ得した気分──ああいや、気にしないでください!」

 

「うふふ」

 

 

 朱乃さんは微笑むと俺の左手を手に取る。

 

 

「イッセーくんのドラゴンになった腕はおもいのほか気が強くて、魔力で形を変えただけでは一時的にしか効果がありませんでした。そこで、直接指から気を吸いだすことで溜まったものを抜き出しませんと」

 

 

 ドラゴンと化した俺の左腕は、朱乃さんの言うとおり、ただ魔力で形を変化させただけではすぐに元に戻ってしまった。だから、必要なのは腕のドラゴンの力を散らすこと。

 

 その方法──それは高位の悪魔にその力を吸い取ってもらって、無効化してもらうこと。一番簡単で確実な方法が直接本人の身体から吸い取ることらしい。

 

 ちなみに、この方法を教えてくれたのは、明日夏の神器(セイクリッド・ギア)に宿るドレイクだ。ただ、その代償として、先日、さんざんな目にあったみたいだ。

 

 

 ちゅぷ。

 

 

「うあっ」

 

 

 卑猥な水音を立てながら朱乃さんに指を吸われ、その感触に思わず声が出てしまった!

 

 なんとも言えない感触が指を襲う。

 

 しかも指先をチューチュー吸われて、その吸引がヤバい!

 

 どうして、女の子の口の中ってこんなにぬるってして、温かくて、スッゴく気持ちいい!

 

 ヤバい! 頭の中がピンク色になりそうだぁぁっ!

 

 ドラゴンの腕になってよかった! ドライグ! 俺、いま、最高の瞬間を生きているよぉぉぉぉぉ!

 

 明日夏! その身を犠牲にして、こんな素晴らしい方法を見つけてくれてありがとう、親友! おまえが大変な目に遭っていたのに、俺だけこんな幸せな気分を味わってしまって、本当に申しわけないぜ! 今度、なんか奢ってやるぜ!

 

 

「あらあら、そんなにウブな反応を見せられると、こちらとしてもサービスしたくなってしまいますわ」

 

「サ、サービス?」

 

「ええ。私が後輩を可愛がっても、バチは当たらないと思いますもの」

 

 

 そう言うと、朱乃さんがしなだれかかってきた!

 

 

「私、これでもイッセーくんのこと気に入ってますわ」

 

「お、俺のことをですか・・・・・・?」

 

 

 耳元で囁いた朱乃さんが抱きついてきた!

 

 朱乃さんの体、やわらけぇぇぇぇぇ!

 

 おまけに俺は上半身裸で、朱乃さんも薄い濡れた装束一枚だから、女体の感触がダイレクトに伝わるぅぅぅ!

 

 濡れた服は冷たいけれど、朱乃さんの体温が温かくて、温度差までエロく感じる!

 

 おっぱいの感触が薄布一枚の差で・・・・・・。

 

 

 ブバッ。

 

 

 鼻血が吹き出た! 当然だって! こんなの鼻血が何リットル出ても足りないわ!

 

 ふと、朱乃さんの扇情的なお尻に目が行く。

 

 やっぱり、下の下着も着けていなかった!

 

 つまり、裸体にこの濡れた薄い白装束一枚だけ・・・・・・。

 

 

 ブッ。

 

 

 想像しただけでまた鼻血が吹き出てきた。

 

 ヤバい。俺、この調子だと出血多量で死ぬかも・・・・・・。

 

 

「・・・・・・でも、あなたに手を出すと、リアスが怒りそう。あのヒト、あなたのこと・・・・・・。うふふ、罪な男の子ですね・・・・・・」

 

 

 そう呟いたあと、朱乃さんが再び俺の指を吸い始めた!

 

 ――って、朱乃さん、部長のこと「リアス」って呼んだり、もしかして、二人のときは名前で呼び合ってるのかな。眷族の中でも、一番付き合いが長そうだし。

 

 そんなこと思いながら、朱乃さんのお口の中の感触とチューチューされるときの快感に身を任せる!

 

 

「ぷはぁ。ドラゴンの気は抜きました。これでしばらくは大丈夫ですわ」

 

「・・・・・・・・・・・・あぁ、ありがとうございました・・・・・・」

 

 

 長かったような、短かったような快楽の波が終わり、快感の余韻でくたっとなってしまった。

 

 

「フェニックスとの一戦・・・・・・」

 

「フェニックス?」

 

 

 ライザーとのゲームのことをなんでいま?

 

「倒れても倒れても立ち向かっていくイッセーくんは本当に男らしかった。そして、婚約パーティーに乗り込んで部長を救うなんて、それも不死身と呼ばれたフェニックスを打ち倒してまで。あんな素敵な戦いを演じる殿方を見たら、私も感じてしまいますわ」

 

「うひぃぃ!」

 

 

 指で胸元をなぞられて、また声を出してしまった。

 

 

「これって恋かしら?」

 

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 

 朱乃さんがその質問をすると同時に学園の予鈴が鳴った。

 

 

「うふふ、またご一緒しましょうね」

 

 

 そう言い微笑んだ朱乃さんは部屋から出ていった。

 

 ・・・・・・なんだったんだ、さっきまでの朱乃さんは?

 

 

―〇●〇―

 

 

「じゃあ、定例会議を始めましょう」

 

 

 放課後、イッセーの部屋で始まったオカルト研究部定例会議。まず始まったのは、イッセーたちの悪魔の契約の計数発表だった。

 

 

「今月の契約計数は、朱乃、十一件」

 

「はい」

 

「小猫、十件」

 

「・・・・・・はい」

 

「祐斗、八件」

 

「はい」

 

 

 と、ここまでがベテランメンバーの成果であった。

 

 

「アーシア、三件」

 

「はい」

 

「スゴいじゃないか、アーシアさん」

 

「あらあら、うふふ、やりましたわね」

 

「・・・・・・新人さんにしてはいい成績です」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 ベテランメンバーの好評にアーシアは嬉しそうだった。

 

 

「で、イッセー──」

 

 

 さて、最後のイッセーはと言うと──。

 

 

「0件」

 

「め、面目ありません・・・・・・」

 

 

 とまあ、イッセーは一件も契約を取れていなかったのだった。ただ、依頼者に対するアンケートがあって、そのアンケート評価に限れば、トップクラスだったりする。だが、契約を取ってなんぼなので、残念ながら評価対象にならない。

 

 

「がんばって契約を取らないと、上級悪魔への道はますます遠くなるわよ」

 

「わかってますとも! 来月こそはトップを目指します!」

 

 

 部長に言われ、イッセーが気合を入れたところで、部屋のドアが開けられた。

 

 

「お邪魔しますよー」

 

 

 入ってきたのはおばさんことイッセーの母親だった。

 

 その手には、下のキッチンでできあがりを待つだけだった俺と鶫手製のお菓子を乗せたお盆を持っていた。

 

 そろそろできあがるだろうとは思っていたが、わざわざ持ってきてくれたのか。

 

 

「すみません。そろそろ取りに行こうと思ってたんですが・・・・・・」

 

「いいのよ、明日夏くん。気にしないで、カルタ研究会の会合に参加してて」

 

 

 カルタ研究会って、なんて微妙な間違い方を・・・・・・。

 

 

「そうそう、それといいもの持ってきちゃった♪」

 

 

 そう言っておばさんがノリノリで取り出したのはアルバムだった。

 

 途端、イッセー以外の皆、とくに俺たちが入部する以前のメンバーとアーシアが興味津々でアルバムに入っている写真を見始める。なんせ、そのアルバムはイッセーの幼い頃の写真が入っている古いアルバムだからな。

 

 

「これが小学生のときのイッセーよ」

 

「あらあら、全裸で。ちっちゃくてかわいいですね」

 

「ちょっと、朱乃さん! 母さんも見せんなよ!」

 

「・・・・・・イッセー先輩の赤裸々な過去」

 

「小猫ちゃんも見ないでぇぇぇぇぇぇ!」

 

「これは幼稚園のとき。この頃から女の子のお尻ばっかり追いかけてて」

 

「・・・・・・・・・・・・最悪だ・・・・・・」

 

 

 幼い頃のイッセーの写真を見て盛り上がるメンバーに対し、イッセーはだいぶグロッキーになってた。

 

 そりゃそうか。過去の、とくに幼い頃の自分なんて、本人にとってはいろいろと黒歴史なところがあるからな。かなり憂鬱な気分になってることだろう。

 

 

「小さいイッセー、小さいイッセー! ああぁ!」

 

「部長さんの気持ち、私にもわかります!」

 

「アーシア、あなたにもわかるのね! 嬉しいわ!」

 

 

 ・・・・・・部長とアーシアが興奮しながらマジマジと幼いイッセーの写真を見ていた。

 

 なんか二人とも、ちょっと危ないヒトみたくなってんな・・・・・・。

 

 

「あらあら、こちらに小さい頃の明日夏くんの写真もありましたわ」

 

 

 ぐっ、副部長が俺の写真を見つけだしてしまった。

 

 途端に部長たちが俺や千秋たちの写真を見始めだし、せっかくだから俺たちのアルバムも見せてくれとせがまれ、イッセーに「おまえも道連れだ!」と言わんばかりに睨んできたので、仕方なく俺は自宅からアルバムを持ってきた。ついでに鶫も自分たちのアルバムを自分の部屋からノリノリで持ってきた。

 

 

「あなたって幼い頃から無愛想だったのね」

 

「・・・・・・ほっといてください」

 

 

 部長に言われた俺は素っ気なく返す。

 

 

「あー、この頃の明日夏って、カッコつけて、やたらとクールに振る舞ってましたからね」

 

「おまえもバラしてんじゃねぇよ、イッセー!」

 

 

 おまえがその気なら、俺もいろいろと写真にないおまえのことをバラすぞ!

 

 

「あらあら、やっぱり千秋ちゃんはイッセーくんとのツーショットが多いですわね」

 

「あぅぅぅ・・・・・・」

 

 

 副部長に指摘され、千秋は顔を赤く染める。

 

 

「特にこの写真なんて、こんなにイッセーくんにくっついちゃって。かわいいですわね」

 

「──っっっっ!」

 

 

 その写真を見せられた千秋は顔を真っ赤にさせて、副部長から写真を奪い取ろうとする。

 

 その写真は千秋がイッセーに結構ベッタリしていた頃のものだからな。当然、数あるツーショットの中でも一番ベッタリしている。いまの千秋からすれば、いろいろと恥ずかしい写真だった。

 

 

「・・・・・・鶫先輩、この頃からもうすでに大きいのですね・・・・・・・・・・・・寝る子は育つ」

 

 

 塔城が鶫の幼い頃の写真を見てブツブツと呟いていた。

 

 確かに鶫は初めて会ったときから俺たちの身長を優に越していた。小柄な体型を気にしている節がある塔城にとってはいろいろとうらやましいんだろうな。

 

 ちなみにイッセーが鶫をさん付けで呼ぶのは、その身長の高さから年上だと勘違いしたからだ。以来、それがクセ付いて、いまでもさん付け呼びなのだ。

 

 

「この写真、燕ちゃんがなんか明日夏くんに突っかかってるね?」

 

 

 木場が見ている写真には、小学生の頃の俺が笑みを浮かべていて、そんな俺に小学校のころの燕が顔を赤くして突っかかっていた。

 

 

「あー、それはアレだよ、木場」

 

「アレって、イッセーくん、もしかして?」

 

「そういうことだよ」

 

「明日夏くんって、この頃から燕ちゃんをいじってたんだね」

 

 

 木場の言うとおり、俺はわりと昔から燕のことをいじってたりする。主にイッセーのことで。

 

 

「・・・・・・思い出したら腹が立ってきたわ・・・・・・!」

 

 

 当時のことを思い出したのか、燕が憎々しげに俺のことを睨んできた。

 

 そんなこんなで、部長たちはイッセーや俺たちの写真を気恥ずかしさを覚える俺たちをよそに堪能しまくっていた。

 

 ちなみに、鶫と燕は俺たちが小学校に上がるまえの頃と中学の頃の写真を興味深そうに見ていた。そのときは、鶫と燕とは出会うまえとこの町を去ったあとの頃の写真だから気になるのだろう。

 

 

「ね~、イッセーくん」

 

 

 すると、写真を見てた鶫が唐突にイッセーを呼ぶ。

 

 

「なに、鶫さん?」

 

「この猫ちゃんは?」

 

 

 鶫が一枚の写真を指差しながらイッセーに訊いてきた。

 

 鶫が指差す写真には、中学生のイッセーとそのイッセーに抱き抱えられてる一匹の子猫が写っていた。

 

 

「イッセー。あなた猫を飼っていたの?」

 

「ああいえ、その子猫、迷子猫で一時期明日夏の家で面倒を見てたんですよ」

 

「もう持ち主のところに帰っちゃいましたけどね」

 

 

 部長の問いにそう答えるイッセーと俺。

 

 その話題はそれで終了し、再び幼い俺たちの写真で皆盛り上がり始めた。

 

 

「・・・・・・しかし、昔のアルバムでここまで盛り上がるとはな」

 

「・・・・・・まったくだぜ」

 

 

 若干うんざり気に話す俺とイッセーに木場がアルバムを手に話しかけてくる。

 

 

「ハハハ。僕たちの知らないイッセーくんたちを楽しむことができるからね。僕も堪能させてもらってるよ」

 

「クソ! おまえは見るな!」

 

 

 爽やかに笑う木場にイッセーアルバムを奪おうと飛びかかるが、木場は軽やかに躱してしまう。

 

 

「・・・・・・ったく、母さんも余計なものを持ってきやがって」

 

 

 木場からアルバムを奪うことを諦めたイッセーがぼやき始める。

 

 

「いいお母さんじゃないか」

 

「どこがだよ!」

 

 

 木場の言葉に再び突っかかり始めるイッセー。

 

 

「家族がいるって、いいよね」

 

 

 突っかかってくるイッセーを捌いていた木場が途端に哀愁感を漂わせながらしみじみと言う。

 

 家族がいる、か。まさか、こいつも俺や千秋みたいに家族を失ったことがあるのか? 父さんと母さんを亡くした俺は木場の横顔からなんとなくそんなことを思ってしまった。

 

 

「そういや、木場。おまえんちって──」

 

 

 そんな俺と違って純粋に気になったイッセーが木場の家族のことを訊こうとする。

 

 

「──ねえ、イッセーくん。明日夏くん。この写真なんだけど──」

 

 

 そんなイッセーの問いかけを遮るように木場が一枚の写真を指差してきた。

 

 俺とイッセーは互いに向き合ったあと、木場の手元にある写真を見る。

 

 そこには、幼い頃の俺とイッセー、それから栗毛の子が写っていた。

 

 

「ああ、その男の子、近所の子でさ、よく一緒に遊んだんだ。親の転勤とかで外国に行っちまったけど・・・・・・うーんと名前はなんて言ったっけ? えーとたしか・・・・・・」

 

 

 思い出せないイッセーの代わりに答えようとした俺は、木場の視線が栗毛の子ではなく、別のものを見ていることに気づいた。

 

 

「ねえ、二人とも。この()に見覚えある?」

 

 

 木場が見ていたのは写っている俺たちの後ろの壁に立てかけられている一本の剣だった。

 

 

「いや」

 

「俺も。なにしろガキの頃だし」

 

 

 知らないと答えた俺だったが、ふと、その子の父親が聖職者だったのを思い出し、その剣の正体についてある可能性に至った。

 

 

「──こんなこともあるんだね・・・・・・」

 

 

 そのときの木場は表情こそ苦笑を浮かべたものだったが、その瞳には寒気がするほどの憎悪に満ちていた。

 

 



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Life.2 どうしちまったんだ、イケメン!

 

 

 カキーン。

 

 

 晴天の空に金属音が木霊する。

 

 

「オーライオーライ」

 

 

 イッセーが飛んできた野球のボールをグローブでキャッチした。

 

 

「ナイスキャッチよ、イッセー」

 

 

 ボールをキャッチしたイッセーに部長が笑顔で言う。

 

 旧校舎の裏手にある草の生えていない少しだけ開けた場所で、俺たちオカルト研究部の面々は野球の練習をしていた。

 

 来週、学園で球技大会があり、種目のひとつに部活対抗戦というのがある。なんの球技をやるかは当日発表で不明なので、目ぼしい球技をこうして放課後に練習しているのだ。んで、今日は野球なわけだ。

 

 

「次はノックよ! さあ、皆! グローブをはめたらグラウンドにばらけなさい!」

 

 

 気合の入った部長の声に、俺たちはグローブをはめて散り散りになる。

 

 部長はこの手のイベントが大好きなうえに、負けず嫌いでもある。

 

 本来なら、悪魔であるイッセーたちや異形との戦闘のために鍛えている俺たちなら、よほどのヘマをしなければ負けることはない。実際、当日は加減をして臨むことになっている。

 

 けど、球技のルールや特性を体で覚えておかないとダメだってことで、こうして部長は俺たちに練習を促している。

 

 部長が言うには、「頭でわかっていても、体で覚えていないとダメよ」とのこと。

 

 ま、実戦では何が起こるかわからないので、こうして練習するのはいいことだしな。

 

 

「行くわよ! 明日夏!」

 

 

 カーン!

 

 

「おっと!」

 

 

 部長が打ったボールが勢いよく飛んできて俺の横を通り過ぎようとしたのを横に飛んでグローブでキャッチする。そのまま地面の上で一回転して立ち上がり、部長にボールを返球する。

 

 

「いいわよ、明日夏! 次、アーシア! 行くわよ!」

 

 

 カーン!

 

 

 次に部長が打ったボールがアーシアのほうに飛んでいく。

 

 

「はぅ! あぅあぅあぅ・・・・・・あっ!」

 

 

 ボールはアーシアの股下を通って、後方へ行ってしまった。

 

 アーシアはもともと、運動神経がお世辞にもよいほうではないからな。悪魔になって多少はマシになってもそこは変わらなかった。

 

 

「アーシア! 取れなかったボールはちゃんと取って来るのよ!」

 

「は、はい!」

 

 

 だからといって、部長は甘やかさない。

 

 もともとスパルタ気質ではあるが、部長がこうも気合を入れているのは、先日のライザーとのゲームに負けたことに起因する。

 

 経験や人数の差があったとはいえ、負けは負け。部長は心底悔しかったんだろう。その気持ちが勝ち負けに対して強い姿勢を見せているのだろう。

 

 まあ、そのことは俺たち全員もわかっていることなので、こうして練習に取り組んでいる。

 

 

「次、裕斗! 行くわよ!」

 

 

 部長は木場に向けてフライ気味にボールを飛ばす。

 

 あれぐらいだったら、木場なら余裕だろう。──()()()()()()()()()

 

 

 コン。

 

 

 ボケーっと、うつむいていた木場の頭部にボールが落ちた。

 

 

「木場! シャキッとしろよ!」

 

 

 それを見て大声をあげるイッセー。

 

 それに反応してイッセーのほうを見る木場だったが、その表情はきょとんとしたものだった。どうやら、何があったのか気づいてすらないようだな。

 

 

「・・・・・・あ、すみません。ボーッとしてました」

 

 

 ようやく気づいたのか、下に落ちているボールを拾い、作業的なフォームで部長のほうへ投げる。

 

 

「裕斗、どうしたの? 最近ボケッとしてて、あなたらしくないわよ?」

 

「すみません」

 

 

 部長の問いに、木場はただただ素直に謝るだけだった。

 

 部長の言うとおり、木場はここ最近、ボケッとしていることが多く、球技大会の練習に限らず、オカ研の定例会議でもこのありさまだ。

 

 

「・・・・・・なあ、明日夏。木場がこうなったのって──」

 

「・・・・・・ああ。あの写真を見てからだ」

 

 

 俺のもとに駆け寄って小声で訊いてきたイッセーに言ったとおり、木場がああなったのは、イッセーの家でアルバム鑑賞会をしたときからだ。

 

 あのとき、木場は──。

 

 

『こんな思いもかけないところで目にするなんて・・・・・・これは()()だよ。──いや、なんでもないんだ。ありがとう、二人とも」

 

 

 そう言って、笑顔でアルバムを返してきた木場だったが、それからだった。木場の様子がおかしくなり始めたのは。

 

 ──『聖剣』。写真に写っていた剣を木場はそう呼んだ。

 

 

「なあ、明日夏。聖剣って──」

 

「おまえも物語やアニメ、ゲームなんかで聞いたことあるだろう? 聖なる力を宿した剣とか魔を祓う剣なんて説明でな。実際にそのまんまで実在するんだよ。おまえら悪魔にとっては最も警戒し危険視する存在、教会の切り札としてな」

 

 

 まさか、幼少の頃に身近にあったとはな。

 

 

「そういえば、ライザーとのレーティングゲームのとき──」

 

「ああ、あれか」

 

 

 イッセーが呟いたのは、ライザーとのレーティングゲーム、木場が相対したライザーの『騎士(ナイト)』カーラマインが、聖剣使いと相対したことがあることを知った瞬間、人が変わったように憎悪を表したときのことだ。

 

 

「木場と聖剣、何かあるのか?」

 

「おそらく過去、それもたぶん、部長の眷属になる以前に何かしらの因縁があるんだろう」

 

 

 そういえば以前──。

 

 

『個人的に堕天使や神父は好きじゃないからね。憎いと言ってもいい』

 

 

 そんなことを口にしていたのを思い出した。今回の件と無関係ではないんだろう。

 

 

「まあ、木場の過去も知らない俺たちがああだこうだと予測を立てても仕方がねぇし、かなりデリケートな事情みたいだからおいそれと訊くわけにもいかねぇし、そもそも、聖剣なんてそうそう関わることはないだろう。木場のあの状態も時間が解決してくれるはずだ」

 

 

 いまはそっとしといたほうがいいだろう。下手に追求すればかえって悪化するかもしれないからな。

 

 

「球技大会でもあの調子のときは俺たちでカバーするしかないだろう」

 

「そうだな。それはそれとしていまは球技大会だな」

 

 

 ふと、おそらくオカ研で一番やる気を出しているであろう部長のほうを見ると、マニュアル本を熱心に読み込んでいた。

 

 

「そういえば、最近は恋愛のマニュアル本を読んでたな」

 

 

 何気なしに呟いた言葉を聞いて、イッセーがショックを受けていた。

 

 

「マ、マジか!? 部長が恋愛のマニュアル本! そ、それって、部長に好きなヒトができったっていうのか!?」

 

「・・・・・・まあ、そういうことなんだろうな」

 

 

 イッセーが頭を抱えて悩みだした。

 

 この反応からして、だいぶ入れ込んでるな。

 

 まあ、そうでなきゃ、婚約パーティーに乗り込むなんてしないよな。

 

 

「安心しろ。少なくともおまえの知らないところで部長に恋人ができるなんてことはあり得ねぇよ」

 

「ほ、本当か・・・・・・? 信じるからな。ああ、部長に彼氏なんかできたら俺死んじまう・・・・・・」

 

 

 千秋も大変だな。この状態の奴を自分に振り向かせるなんて。

 

 逆の立場になれば部長もこうなるんだろうけど。

 

 ま、部長には悪いが、俺は身内のほうを応援させていただきますよ。

 

 

「さーて、再開よ!」

 

 

 部長がバットを振り上げて、練習は再開された。

 

 

―○●○―

 

 

「今日こそ契約取らねぇと! 木場どころかアーシアにまで抜かれてるし!」

 

 

 球技大会の翌日、俺は今日もチャリで依頼主のところに向かっていた。

 

 昨日の球技大会は大変だったぜ。クラス対抗戦では野球だったこともあり、俺たちのクラスが優勝したけど、種目がドッチボールだった部活対抗戦ではそれはもう大変だった。俺以外の部員が学園アイドルだっていうことがあって誰にもボールを投げられず、さらに俺がそのアイドルたちと一緒にいることに対する妬みもあって、それはもう全生徒が俺に集中砲火だった。

 

 おまけに大会中もボーッとしてた木場のカバーに入ろうとしたら、そのボールが生徒会との勝負のときみたいにまた股間に当たってえらいダメージを受けてしまった。

 

 

「まったく。木場の奴、大丈夫なのかよ?」

 

 

 明日夏は時間が解決してくれるって言ってたけど、こんな調子で大丈夫なのか?

 

 なんて考えてるうちに依頼主がいるホテルに到着した。

 

 とりあえず、いまは契約を取ることに集中だ!

 

 

 ピンポーン。

 

 

「また、『チャイム鳴らして現れる悪魔なんてあるか!』とか言われるんだろうなぁ・・・・・・」

 

 

 ガチャ。

 

 

 若干憂鬱な気分になりながら待ってると、ドアが開けられた。

 

 

「ちわーっス。悪魔を召喚した方ですよね? ああ、おかしいと思ってますか? 思ってますよね! 本当はお配りしたチラシの魔方陣からドローンって現れるんスけど、ちょっと諸事情で──」

 

「まあ、入ってくれよ」

 

「え?」

 

「キミ、悪魔なんだろう?」

 

 

 なんか、珍しくあっさり納得してくれて中に入れてくれた。

 

 

「うわっ、スッゲェなぁ・・・・・・」

 

 

 中に入れられた俺はソファーに座るが、あまりにもフカフカなソファーに驚いてしまった。とても高そうだった。

 

 部屋を見回すが、どの家具もソファー同様で高そうなものばかりであった。

 

 外国人みたいだけど、何やってるヒトなんだ?

 

 

 ガチャ。

 

 

 依頼主の人がお酒を持って入室してきた。

 

 前髪が金髪の黒髪で顎に髭を生やしたワルそうな風貌なイケメン、いわゆるワル系イケメンな人であった。

 

 外国人だが浴衣を見事に着こなしていた。

 

 

「まあ、やってくれ」

 

「ああ、俺まだ未成年なんで・・・・・・」

 

「そうか。これはしまったなぁ。酒の相手をしてほしかったんだがなぁ・・・・・・」

 

「依頼ってそれなんですか?」

 

「ダメなのか?」

 

「い、いえ、そちらの願いを叶えて、それに見合う対価を頂ければ契約は成立しますんで」

 

 

 にしても、悪魔を召喚してまで叶えてほしい願いなのだろうか?

 

 

「あいにく、酒しかないんだ。氷水でいいかい?」

 

「あ、は、はい」

 

 

 それから数十分後。

 

 

「フッハッハッハッハッハ! 魔力が弱くて召喚された人間のところへ自転車でぇ?」

 

「・・・・・・はぁ、まあ・・・・・・」

 

「こりゃ傑作だ! フハハハハハ!」

 

 

 そんなに笑われると流石にムッとするが、これも契約のためだ、我慢我慢!

 

 そう思い、怒りをグッと抑え、出された氷水を口にする。

 

 

「いやぁ楽しかったよぉ! で、対価は何がいいんだい?」

 

「え? もう!」

 

「悪魔だから魂とか?」

 

「え、まさかぁ。酒の相手くらいじゃあ、契約内容と見合いませんよぉ」

 

「ほぉ、意外に控え目なんだな?」

 

「うちの主は明朗会計がモットーなんで」

 

「じゃ、あれでどうだ?」

 

 

 そう言って、壁にかけてあった絵を指差す。とても高そうな絵だった。

 

 

「複製画じゃないぞ」

 

「はぁ、でも結構高そうな・・・・・・」

 

 

 正直、酒の相手ぐらいの契約内容に見合ってるとは思えなかった。

 

 

「いま他に適当なものがなくてな。ダメなら魂しか──」

 

「え、じゃあ、絵で結構です!?」

 

 

 それから、なんだかんだで契約は成立し、俺は代価として大きな絵をもらうことになった。

 

 男性は俺のことを気に入ったらしく、今後も呼んでくれるそうだ。

 

 

「変なヒトだったな。ま、契約は成立したし、これで野望に一歩近づいたぜ! ハーレム王に俺はなる!」

 

 

 契約を終わらせ、梱包した絵を背負った俺は帰路についていた。

 

 

「ん?」

 

 

 すると、スマホの着信音が鳴った。部長のお呼びだしであった。

 

 俺は部長に呼び出された場所にチャリを向かわせた。

 

 

―○●○―

 

 

 部長に呼び出された場所はとある廃工場だった。

 

 

「イッセー、こっちよ」

 

「はい」

 

 

 門のところに部長たちがいた。

 

 絵を下ろして、部長たちのほうに駆け寄る。

 

 

「ゴメンなさい、呼び出してしまって」

 

「いえ。それで、あの工場の中に・・・・・・」

 

「・・・・・・間違いなく、はぐれ悪魔の臭いです」

 

 

 小猫ちゃんが鼻を動かしながら言った。

 

 そう、呼び出されたのは、はぐれ悪魔の討伐のためだった。

 

 

「今晩中に討伐するように命令がきてしまいまして」

 

「それだけ危険な存在ってことね」

 

 

 マジかよ。あのバイザーって奴よりも危険なのかよ?

 

 

「中で戦うのは不利だわ。アーシアは後方待機」

 

「はい」

 

「朱乃と私は外で待ち構えるから、小猫と祐斗とイッセーは外に誘きだしてちょうだい」

 

「はい、部長」

 

「・・・・・・はい」

 

「了解! 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』!」

 

 

 俺は了承するとすぐに『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を出す。

 

 

「・・・・・・祐斗?」

 

「あっ、わかりました」

 

 

 反応がなかった木場を訝しげに思った部長が木場を呼ぶと、木場が慌てて返事を返した。・・・・・・大丈夫なのかよ、そんな調子で。

 

 

「じゃあ、行くか! 木場、小猫ちゃん」

 

「・・・・・・はい」

 

「・・・・・・ああ」

 

 

 俺たちは廃工場の入り口まで来た。このメンツだと、アーシアを助けに教会に攻めこんだときのことを思い出すな。

 

 

「どんな奴かな? また、バケモノみたいな奴だったら──」

 

「えい」

 

 

 ドガァッ!

 

 

「ああ、やっぱいきなりですか・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・あのときと同様、小猫ちゃんが問答無用と扉をぶち破ってしまった。

 

 

「・・・・・・行きますよ」

 

「ああ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 俺たちは廃工場内に入り、辺りを見回すが何も見当たらなかった。

 

 

「何も見当たらないな──あ?」

 

 

 小猫ちゃんが急に立ち止まった。

 

 

「小猫ちゃん?」

 

「・・・・・・来ました」

 

 

 小猫ちゃんの視線の先を見ると、パイプの陰にこちらを怯えた表情で見てくる女の子がいた。しかも全裸だと!

 

 

「・・・・・・・・・・・・あぅ──ギィシャァァァァァッ!!」

 

 

 可憐な少女の姿からいやな音を立てて頭から角が生やし、蜘蛛のような下半身をした化け物へと変異し、天井を這いだした!

 

 

「うわぁっ!? やっぱバケモノじゃん!」

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 俺は驚きながらも倍加をスタートさせる。

 

 

「祐斗先輩、お願いします!」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 小猫ちゃんが木場に頼むが、木場はまたボーッとしていた!

 

 

「祐斗先輩!」

 

「あっ、ゴメン──」

 

 

 小猫ちゃんが語気を強めて呼ぶとようやく木場が反応した。

 

 

 ビュッ。

 

 

「うッ!?」

 

「あっ!?」

 

 

 だがそこへ、はぐれ悪魔が下半身から液体みたいなのを飛ばし、それが小猫ちゃんに当たってしまった!

 

 

「ううぅ・・・・・・」

 

 

 液体が当たった場所がジューと溶けて、その痛みで小猫ちゃんが膝をついてしまった!

 

 そんな小猫ちゃんにはぐれ悪魔が襲いかかろうとする!

 

 

「野郎!」

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 俺はすかさず小猫ちゃんの前に出る!

 

 

「ギィヤァァァァァッ!!」

 

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 

「ドラゴンショット!」

 

 

 向かってくるはぐれ悪魔に向けてドラゴンショットを放つがあっさりと弾かれてしまった!

 

 

「チッ! やっぱパワーアップが足りねぇか! 何ボォーッとしてんだ、イケメン!」

 

「あっ!」

 

 

 俺の怒声でようやく木場が戦闘に集中しだし、はぐれ悪魔に向かって斬りかかる。

 

 

「はァッ!!」

 

 

 ズバッ!

 

 

「ギィヤァァァァァッ!?」

 

 

 よっしゃ、腕を斬り落とし──って、おい!?

 

 木場がパイプに足を取られて膝をつきやがった!

 

 そこへすかさずはぐれ悪魔が木場に襲いかかる!

 

 

「木場ぁぁぁッ!?」

 

「………シャァァァァ……」

 

「・・・・・・ぐっ・・・・・・!」

 

 

 はぐれ悪魔にのしかかられ、身動きがとれなくなった木場。

 

 そんな木場にはぐれ悪魔が噛みつこうとする!

 

 

 ガシャァァァン!

 

 

「「「──ッ!?」」」

 

 

 その瞬間、天窓を突き破って、人影がふたつ舞い降りてきた!

 

 

「明日夏! 燕ちゃん!」

 

 

 人影の正体は明日夏と燕ちゃんで、明日夏の両手にはナイフ、燕ちゃんの両手には忍者が持つクナイを持っていた。

 

 

「「ふッ!」」

 

 

 ドスッ!

 

 

 二人はそのまま落下の勢いを利用してナイフとクナイをはぐれ悪魔の背中に突き刺した!

 

 

「ギィヤァァァァァッ!?」

 

 

 はぐれ悪魔は突き刺された痛みから、木場に噛みつこうとした顔を引いて悲鳴をあげる。

 

 

「よっと」

 

 

 そこへいつのまにか現れた鶫さんがはぐれ悪魔のもう片方の腕を掴み、それを見た明日夏と燕ちゃんははぐれ悪魔の背中から飛び降りる。

 

 

「そ~れ~!」

 

 

 そのまま鶫さんははぐれ悪魔を背負い投げてしまう!

 

 さらに投げ飛ばされたはぐれ悪魔に何かが飛来し、先端が弾けたと思ったら、そこから無数の何かが飛び散って、はぐれ悪魔の体中に突き刺さった!

 

 飛来物が飛んできたほうを見ると、そこには弓を構えた千秋がいた。さっきのは千秋の矢か。

 

 

「ギシャアアアアアアッ!?」

 

 

 苦痛に叫ぶはぐれ悪魔の足を小猫ちゃんが掴む!

 

 

「……吹っ飛べ!」

 

 

 そのまま自慢の怪力ではぐれ悪魔を上に投げ飛ばし、はぐれ悪魔は天窓を突き破って廃工場の外へ出た。

 

 

 バリィィィィッ。

 

 

 そこを待ち構えてた朱乃さんの雷が襲う!

 

 俺たちはすぐさま廃工場の外へ出ると、部長がもはや虫の息であったはぐれ悪魔に近づいていた。

 

 

「主のもとを逃げ、己の欲求を満たすために暴れまわる不貞の輩。その罪、万死に値するわ! グレモリー公爵の名において、あなたを吹き飛ばしてあげる!」

 

 

 虫の息であったはぐれ悪魔を部長の魔力が包み込み、跡形もなく消し去ってしまった。

 

 

「やった!」

 

「心を完全に失っていました。もはや悪魔とは呼べませんわね」

 

 

 俺の隣に降り立った朱乃さんがはぐれ悪魔のことをそう言う。

 

 

「ああはなりたくねぇな・・・・・・」

 

「緊急の討伐命令が出るはずですわ」

 

 

 ああなると想像しただけでゾッとするぜ・・・・・・。

 

 

「小猫ちゃん、傷を」

 

「・・・・・・すみません」

 

 

 アーシアが小猫ちゃんの治療のために駆け寄ってきた。

 

 

「ところで明日夏」

 

「なんだ?」

 

「さっきは助かったけど、なんで皆ここにいるんだ?」

 

「ああ、それは──」

 

 

 パンッ。

 

 

「──ッ!?」

 

「・・・・・・ま、あれが理由だな」

 

 

 突然の乾いた音に驚き、そちらへ顔を向けると、木場が部長に頬をひっぱたかれていた。

 

 

「少しは目が覚めたかしら? 明日夏たちが駆けつけたから事なきを得たものの、ひとつ間違えば、誰かが危なかったのよ」

 

「・・・・・・すみませんでした」

 

 

 明日夏が言うには、木場のいままでの状態を見て、戦闘中に何かやらかすんじゃないかと危惧して駆けつけたらしい。

 

 実際そのとおりで、下手すれば木場自身や小猫ちゃんが危なかった。

 

 

「球技大会のことといい、いままでのこといい、本当にいったいどうしたの?」

 

「・・・・・・調子が悪かっただけです。今日はこれで失礼します」

 

 

 そう言って木場はこの場から立ち去ってしまった。

 

 俺は木場を追いかける。

 

 

「木場!」

 

 

 俺は追いつくなり、肩を掴んで歩みを止めさせる。

 

 

「どうしたんだよ? おまえ、マジで変だぞ!? 部長にあんな態度なんて!」

 

「・・・・・・キミには関係ない」

 

 

 俺が問うけど、木場は作り笑顔で冷たく返してくるだけだった。

 

 

「──ッ! 心配してんだろうが!」

 

「・・・・・・心配? 誰が誰をだい?」

 

「はぁ!」

 

「・・・・・・悪魔は本来、利己的なものだよ?」

 

「・・・・・・おまえ、何言ってんだよ?」

 

「・・・・・・ま、球技大会も、今回も僕が悪かったと思っているよ。・・・・・・それじゃ」

 

 

 そう言って、木場はまた立ち去ろうとする。

 

 

「待てよ!」

 

 

 俺はそれを呼び止める。

 

 

「もし、悩みとかあるなら話してくれ! 俺たち、仲間だろ!」

 

「仲間か。イッセーくん、キミは熱いね」

 

「なっ!?」

 

「僕はね、基本的なことを思い出したんだよ」

 

「・・・・・・基本的なこと?」

 

「生きる意味・・・・・・つまり、僕がなんのために戦っているかっていうことさ」

 

「・・・・・・そんなの、部長のためだろ?」

 

「・・・・・・違うよ。僕は復讐のために生きている」

 

「・・・・・・復讐?」

 

「・・・・・・聖剣『エクスカリバー』──それを破壊することが僕が生きる意味だ」

 

 

 そう言って立ち去る木場を俺は追いかけることができなかった。

 

 そのとき、俺は初めてこいつの本当の顔を見た気がした。

 

 

―○●○―

 

 

「聖剣は悪魔にとって最悪の武器よ。悪魔は触れるだけで身を焦がし、斬られれば即消滅することだってあるわ。そう、聖剣は悪魔を滅ぼすことができるの」

 

「明日夏から聞いてましたけど、改めて聞くと恐ろしい武器ですね」

 

 

 あのあと、俺、アーシア、千秋、鶫さん、燕ちゃんは俺の部屋で部長から聖剣について聞いていた。

 

 

「でもたしか、扱える者が極端に限られているって・・・・・・」

 

「ええ、そうよ、千秋。それが聖剣の最大の難点なの。だから教会は聖剣の一種であるエクスカリバーを扱える者を人工的に育てようと考えたの。・・・・・・それが『聖剣計画』」

 

 

 『聖剣計画』、か。

 

 

「私が教会にいた頃はそんなお話なんて聞いたことも・・・・・・」

 

「でしょうね。もう随分まえの話よ。計画は完全に失敗したと聞いてるわ」

 

 

 ・・・・・・なんだ、失敗したのか。それを聞いて安心した。

 

 悪魔として、そんな恐ろしい計画が成功してたかと思うとゾッとするぜ。

 

 

「祐斗はその生き残りなのよ」

 

「え!?」

 

「木場さんが!?」

 

 

 部長の言葉に俺とアーシアは声をあげて驚いてしまう。

 

 まさか、木場がアーシアと同じ教会の人間だったなんて!

 

 

「あっ!」

 

「何?」

 

「ちょっと待ってください!」

 

 

 俺はあるものを取ってきて、部長に見せる。そう、木場がおかしくなるきっかけになったであろうあの写真だ。

 

 

「木場がこの写真を見て聖剣だって」

 

「「「「えぇッ!?」」」」

 

 

 俺の言葉を聞いて驚くアーシアたち。たぶん、幼少の頃の俺と明日夏の身近に聖剣があったことが驚きなのだろう。

 

 

「エクスカリバーほど強力なものではないけれど・・・・・・間違いないわ。これは聖剣よ。イッセー。あなた、もしくは明日夏の知り合いに教会と関わりを持つヒトがいるの?」

 

「いえ、俺も明日夏も身内にはいません。ただ、俺たちと一緒に写ってるこの子がクリスチャンで、この子の家族に誘われて何度か教会に行ったことがあるんですよ」

 

「そういうこと。ここの前任者が消滅したわけがわかったわ。でもたしか──」

 

「部長?」

 

 

 部長は何か思い当たることがあるのか、独り言を呟きながら考え込んでしまった。

 

 

「ああ、ごめんなさい。祐斗のことはとりあえず少し様子を見ましょう。さて、もうこんな時間、そろそろ寝ましょう」

 

 

 そう言うと、部長はおもむろに服を脱ぎ出した!

 

 

「ぶ、部長!? なぜにここで服を!?」

 

「なぜって、私が裸じゃないと寝られないの知ってるでしょう?」

 

「いやいやいやいや! じゃなくて、なぜに俺の部屋で!?」

 

 

 騒ぎつつも、部長のボディーを目で堪能する俺。

 

 

「あなたと一緒に寝るからに決まってるでしょう?」

 

「はぁっ!?」

 

 

 当然のことのように言う部長。

 

 

「なら私も寝ます! イッセーさんと一緒に寝ます!」

 

「私もイッセーくんと一緒に寝る~!」

 

 

 アーシアと鶇さんまで服を脱ぎ出し始めた!

 

 

「姉さん、何やってるのよ!」

 

「せっかくだから~、燕ちゃんも一緒に寝よ~」

 

「ちょっ!? 服に手をかけないで!? 脱がすなぁぁッ!?」

 

 

 鶫さんを止めようとしていた燕ちゃんだったけど、逆に鶇さんに服を脱がされそうになっていた。

 

 

「わ、私もイッセー兄と一緒に寝る!」

 

 

 とうとう千秋まで脱ぎ出したぁぁッ!

 

 ちょ、ちょっと、どういう状況ですか!? なんで女の子同士の戦いが俺の部屋で勃発してるの!?

 

 皆裸で非常に眼副なのに、息苦しい! ここは酸素が薄いよ!

 

 俺は気まずい空気のなか、懸命に酸素を求めるのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・何やってるんだか」

 

 

 俺は嘆息しながら電話を切る。

 

 千秋が部長の話をスマホを通じて俺に聞かせてくれていたのだが、深刻そうな雰囲気が部長の一緒に寝る発言で見事に混沌とした雰囲気になってしまった。

 

 

「・・・・・・やれやれ」

 

 

 俺はスマホをしまい、木場のほうに視線を戻す。

 

 木場の様子が気になり、遠くからこのようにして俺は木場の様子をうかがっていた。

 

 木場は一度、以前レイナーレと戦った廃教会に訪れると、あとはもう宛もなく歩き回っているだけだった。

 

 

「・・・・・・『聖剣計画』、か」

 

 

 ・・・・・・俺は木場の様子から頭の中で最悪のシナリオが思い浮かんだ。

 

 

「仮に的中したとしたら・・・・・・聖職者のやることじゃねぇな・・・・・・」

 

 

 いや、フリードみたいなイカレ神父がいたんだ。頭に浮かんだことをする奴がいても不思議じゃねぇか・・・・・・。

 

 

「ん? 降ってきたか・・・・・・」

 

 

 雲行きが怪しかったが、案の定雨が降ってきた。予報だと、本来は昨日降るはずだったんだが、結局降らず、代わりに今日降ってきたみたいだ。

 

 木場は雨が降っても構わず歩き続けていた。いや、一旦頭を冷やそうとわざと雨に当たってるのか?

 

 そういう思考ができるのなら、バカなマネはしないだろう。

 

 とりあえず、ズブ濡れになるのはあれなので、いったん戻って、傘なり雨合羽なり持ってくるか。

 

 そう思い、踵を返して急いで家に向かう。

 

 

「ん?」

 

 

 帰路の途中、妙な臭いを感じて足を止める。

 

 なんだ、この臭い? 鉄みたいな──ッ! まさか、血か!?

 

 俺は慌てて周りを見渡す! すると、路地裏から雨水で流されたと思しき赤い液体が流れ出てきていた!

 

 

「あそこかッ!」

 

 

 俺はすぐさま路地裏に駆け込む! そこで俺の目に入ったのは──。

 

 

「──っ!? な、なんだ、これは・・・・・・!?」

 

 そこは圧倒的な赤。真っ赤な世界が広がっていた・・・・・・。

 

 おびただしい量の血が路地裏に散乱しており、何より──。

 

 

「うっぷ!?」

 

 

 何よりも目に入ったものを見た瞬間に強烈な吐き気が襲ってきて、思わず口を手で押さえる。

 

 それは人──いや、()()()()ものだった。

 

 四肢と首を胴体から切断されており、切断された四肢をさらに間接部分で切断されていた。それだけでは留まらず、さらに切断したものを均等に切り分けられていた。顔にいたっても、鼻、両耳、唇を切り落とされ、胴体も腹を裂かれ、内臓や腸も均等に切り分けられていた。

 

 バラバラにして惨殺された死体──それがそこにあった。

 

 ・・・・・・いや、順序が逆だな。これはどう見ても、殺してからバラバラにしたんだ・・・・・・。普通の神経じゃ絶対できない仕打ちだった・・・・・・。

 

 

「ぐっ・・・・・・」

 

 

 吐き気をなんとか抑え込み、改めて死体を見る。見た感じ、たぶん男性だ。

 

 ふと、血溜まりに何か光るものがあるのを見つけた。

 

 俺はそれを手に取る。

 

 

「・・・・・・十字架?」

 

 

 間違いなく、それは十字架。それも、アーシアが持っていたものと同じものだった。

 

 つまり、この死体の正体は神父ということになる。

 

 

「・・・・・・なんで神父が?」

 

 

 レイナーレのところにいたはぐれ神父の生き残り? それとも真っ当なな神父?

 

 前者はまだわかるが、後者だとしたら、なぜこの町に神父がいるんだということになる。

 

 神父の正体をあれこれと考えているときだった──。

 

 

「──動くな」

 

「──ッ!?」

 

 

 突然背後からそう告げられた。

 

 そして、俺の首筋に刃物らしきものが突きつけられた。

 

 



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Life.3 エクスカリバーを許さない!

 

 

 雨が降りしきるなか、僕は傘もささずに歩いていた。熱の上がった頭にはちょうどいいぐらいだと思う。

 

 

 ──俺たち、仲間だろ!

 

 

 脳内にイッセーくんの言葉が響き渡る。

 

 ・・・・・・すまない。僕は本来、仲間と楽しく過ごしちゃいけないんだ。そんな資格なんか僕には・・・・・・。

 

 恩がある部長にもあんな態度をとってしまった。・・・・・・『騎士(ナイト)』失格だね。

 

 

 バシャバシャ。

 

 

 雨とは違う音を僕の耳が捉えた。

 

 

「あっ、ああっ! た、助けてぇっ!?」

 

「・・・・・・神父?」

 

 

 音がするほうを見ると、物陰から神父が出てきた。

 

 何かに追われているのか、必死の形相で逃げるように助けを求めながらこちらに向かって走ってきた。

 

 

「あああああああっ!?」

 

 

 神父が突然、悲鳴をあげてその場に倒れ伏した。

 

 見ると、背中に大きな切り傷があった。

 

 

「──ッ!」

 

 

 異常な気配を察し、顔をあげて神父の後方を見る!

 

 

「やあやあ、やっほー」

 

 

 そこには長剣を持ち、神父服を着た白髪の少年がいた! そして、僕はその少年神父を知っていた!

 

 

「おっひさだねー。誰かと思ったらー、クソ悪魔のクソ色男くんではあーりませんかー」

 

「フリード・セルゼン!」

 

 

 白髪のイカれた少年神父──フリード・セルゼン。以前、堕天使との一戦で僕たちとやりあったはぐれ神父であった。

 

 

「・・・・・・まだこの町に潜伏していたのか?」

 

「すんばらしーい再会劇に、あたしゃ、涙ちょちょぎれるまくりっスよ! フッフッフー!」

 

 

 ・・・・・・相も変わらず下品でふざけた言動だ。

 

 

「・・・・・・あいにく、今日の僕は機嫌が悪くてね」

 

 

 ちょうどいい。この溜まりに溜まった鬱憤をはらさせてもらおう。そう思った僕は右手に魔剣を創りだした。

 

 

「ヒャハハハハハッ! そりゃまた都合がいいねー! ちょうどオレっちも、神父狩りに飽きたところでさー!」

 

 

 彼はそう言うと、手に持つ長剣を掲げてふざけたように振り回し始めた。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 彼の持つ剣を見て、僕は驚愕した!

 

 

「その輝き、オーラ──まさか!?」

 

「バッチグー! ナイスタイミーング! 以前のお返しついでに試させてくんねぇかなぁ? どっちが強いかー!  おまえさんのクソ魔剣と、この聖剣エークスカーリバーとさぁッ!」

 

「──ッ!」

 

 

 そう、彼の持つ剣は聖剣エクスカリバーそのものだった!

 

 僕の中で憎悪が渦巻く。

 

 僕は──エクスカリバーを許さない!

 

 

―○●○―

 

 

 そこはとある廃教会。先日、アーシアを巡って堕天使とグレモリー眷属たちが相対した場所だった。

 

 その廃教会にローブを纏った三人の少女と一人の少年と青年が訪れた。

 

 

「・・・・・・随分と荒れ果てたものだ」

 

 

 少女の一人が廃教会の惨状を見てそう漏らした。

 

 

「・・・・・・破棄されたところとはいえ、これはちょっと・・・・・・」

 

「つい最近、堕天使と悪魔がひと騒動したとは聞いてたけど」

 

 

 もともと酷いありさまではあったが、フリードとグレモリー眷属たち、堕天使レイナーレとイッセーの戦闘でより酷い状態になっていた。

 

 

「・・・・・・どうでもいい。潰し合いなら勝手にやってろだ」

 

 

 少年が興味なさげに吐き捨てた。

 

 少年にとって堕天使と悪魔が潰し合いをしようが、その果てにどうなろうが興味のないことだった。

 

 

「しかし、遅いな?」

 

 

 最初に口を開いた少女がローブのフードを取る。前髪の一部に緑色のメッシュを入れた青髪で目つきが鋭い少女だった。

 

 

「待ち合わせ場所はここで合ってるのか?」

 

 

 少年も少女の一人に訊きながらフードを取る。黒髪で青髪の少女よりも鋭い目つきをした褐色肌の少年だった。

 

 

「間違うはずがないわ。ここは私が両親と過ごしたところよ。子供の頃にねぇ」

 

 

 少女の一人がフードを取る。栗毛の髪をツインテールにした天真爛漫そうな少女だった。

 

 そして、懐から一枚の写真を取り出す。その写真はなんと、現在木場の様子を一変させた原因である幼いイッセーと明日夏、その二人と同い年ぐらいの子供が写った写真と同じものだった。そう、少女の正体はその写真にイッセーと明日夏と一緒に写っている栗毛の子供なのだった。

 

 

「あ、かわいい」

 

 

 最後の少女が写真を見て感想を言いながらフードを取る。黒髪をポニーテールにした人懐っこそうな少女だった。

 

 

「そっちの男の子たちは?」

 

「幼馴染みよ。よく一緒に遊んでたの。元気にしてるかなぁ? せっかくだからあとで顔を出しに行こうっと」

 

「そんなことより、先に来てる奴らは何やってるんだ? 場所がここならすでにだいぶ過ぎてるぞ」

 

 

 彼らがこの廃教会に訪れたのは、とある任務のための情報提供者たちとの合流場所がここだったからだった。

 

 だが、少年の言うとおり、合流時間が大幅に過ぎても情報提供者たちがいっこうに訪れてこなかった。

 

 

「何かトラブルがあったと見るべきか?」

 

 

 最後に青年がフードを取る。白髪をオールバックにした落ち着いた雰囲気を放つ青年だった。

 

 

「やむをえん。三手に別れて情報提供者の探索を行う。私は一人で、キミたちは二人ずつで探索に当たってくれ」

 

「わかった」

 

「はーい」

 

「はい」

 

「了解」

 

「二時間後にここで落ち合おう」

 

 

 青髪の少女と栗毛の少女、黒髪の少女と少年でペアとなり、少年少女たちは廃教会をあとにした。

 

 

「さて・・・・・・・・・・・・最悪な事態になってなければいいが」

 

 

 青年はほぼ確信じみた予感を覚えながら、情報提供者たちを探しに廃教会をあとにした。

 

 

―○●○―

 

 

 首に刃物を突きつけられ、下手に動けずにいた俺はおとなしく手を上げる。

 

 チラッと刃物を見てみる。形状と特徴的な刃紋から、おそらく刃物の正体は日本刀。

 

 ──って、この刀、見覚えが。

 

 そういえば、こいつの声にも聞き覚えが・・・・・・。

 

 

「──ッ! おまえ、槐か?」

 

「何?」

 

 

 俺は振り向く。

 

 

「明日夏」

 

 

 そこにいたのは、黒の雨合羽を着た槐だった。

 

 槐は刀を鞘に納めると、笑みを浮かべて言う。

 

 

「また会ったな」

 

「ああ」

 

 

 まさか、こうも早くまた会うとはな。

 

 

「なんでまたこの町に?」

 

 

 いや、答えはわかりきっているか。

 

 槐はハンター。その目的は賞金首。そして、賞金首は世界中のどこにでもいる。たまたま、この町に賞金首がいて、そいつを追ってこの町に来たってところだろう。

 

 

「おまえが考えているとおりだ。この町にはある賞金首を追ってレン兄上と訪れたのだ」

 

「レンも来てるのか?」

 

 

 レンこと夜刀神蓮火(れんか)。槐の兄で、同じく賞金稼ぎ(バンティハンター)だ。

 

 それにしても、槐だけでなく、レンまでいるってことは──。

 

 

「──おまえたちが追っている奴、相当ヤバい奴なのか?」

 

 

 俺の問いに槐は表情を険しくする。

 

 槐はCランクの上位ランカーだ。その兄、レンはその槐よりもさらに上のBランクだ。さらに二人の連携力もかなりのもので、総合的な戦闘力は相当高い。

 

 そんな槐がレンと一緒に来ているのにも関わらず、ここまで表情を険しくするってことは、二人が追ってる奴は相当にヤバそうだな・・・・・・。

 

 

「これをやったのもそいつか?」

 

「いや、そこまではわからない」

 

「そうか。なんにせよ、犯人はこんなことをする奴だ。相当イカれてる奴なのは間違いないだろう。・・・・・・わざわざ名前を残すような奴だからな」

 

「何?」

 

 

 俺は槐にある場所を顎で指し示す。

 

 それは壁に血で描かれた文字だった。雨で少し溶けてはいたが、まだなんとか読めた。

 

 その文字はこう書かれてた──。

 

 

「・・・・・・・・・・・・『Bell(ベル) the() Ripper(リッパー)』・・・・・・だと?」

 

「・・・・・・『切り裂きベル』・・・・・・『ジャック・ザ・リッパー』のマネのつもりか?」

 

 

 壁の文字は『ベル・ザ・リッパー』──『切り裂きベル』と書かれていた。

 

 

 ロンドンで有名な殺人鬼、「切り裂きジャック」こと「ジャック・ザ・リッパー」の真似事か?

 

 

「おまえが追ってる奴の名前か?」

 

「いや、違う名前だ」

 

 

 つまり、槐が相当警戒するような賞金首とこの惨状を生み出したイカレ野郎という危険人物二人がこの町にいるってことになる。

 

 

「くっ!」

 

「あ、明日夏!?」

 

 

 俺は槐を置いてその場から急いで駆けだした!

 

 槐も慌てながら俺のあとを追ってくる。

 

 

「いったいどうしたんだ、明日夏!?」

 

「部活仲間が近くをうろついてんだよ! しかも、あんまり調子がよくない状態でな!」

 

「なんだと!?」

 

 

 雨が降りしきるなかを俺は全力疾走で駆けながら木場を探す。

 

 クソッ! 最悪な展開にだけはなってくれるなよ!

 

 

―○●○―

 

 

「ンン、ンフフ、フフン♪ 死ねってんだ!」

 

「ふッ!」

 

 

 ガキィィィン!

 

 

 僕の魔剣と彼の聖剣が激しくぶつかり合い、火花を散らした。

 

 

「ぐ、ぐぐっ・・・・・・!」

 

 

 そのままつばぜり合いになり、僕は彼の聖剣に憎悪の視線をぶつけながら折る勢いで剣を握る手に力を加える!

 

 

「売りの端整な顔立ちが歪みまくってますぜぇ! この聖剣エクスカリバーの餌食に相応しいキャラに合わせてきたぁ?」

 

「ほざくな!」

 

「アァウッ!?」

 

 

 彼のふざけたような言葉が癪にさわった僕は力任せに彼を押し返した!

 

 

「・・・・・・イケメンとは思えない下品な口振りだ──なーんつって♪」

 

 

 以前、僕が彼に告げた言葉をそのままマネる彼にさらに怒りを覚えさせられる!

 

 

光喰剣(ホーリー・イレイザー)ッ!」

 

 

 魔剣から闇が伸び、聖剣に絡みつく。

 

 だが、聖剣から発せられたオーラであっさりと闇は霧散してしまった。

 

 

「あー、それ無駄っスから。ザーンネーン♪」

 

 

 魔剣の力が通じなかったことに嘲笑われた僕はむしろ嬉々として不敵に笑みを浮かべた。

 

 

「フッ、試しただけさ。その剣が本物かどうかをね。これで心置きなく剣もろとも八つ裂きにできるわけだ!」

 

「オォォウッ!?」

 

 

 彼の持つ聖剣がエクスカリバーなのかどうか実は半信半疑だったからね。本物だとわかったのなら、遠慮なくやらさてもらう!

 

 僕は連続で魔剣を振るう!

 

 

「ふッ! ふッ! はッ!」

 

「イタスッ! イタスッ! オォォウッ!」

 

 

 ズバッ!

 

 

「ぐわぁぁっ!?」

 

 

 一方的に斬り込んでいたはずだったのに、一瞬で僕の腕のほうが斬られてしまった!?

 

 

「・・・・・・・・・・・・うっ・・・・・・」

 

 

 傷自体はたいして深くはないのに、傷口から煙があがり、身体中を焼かれるような激痛が走った。

 

 

「言ってなかったけー? この聖剣はクソ悪魔キラー用の剣なんだよー。さーせん」

 

 

 聖剣は悪魔を滅ぼす究極の武器。触れただけでも身を焦がす。それがエクスカリバークラスならたとえかすり傷でも深手になりかねない。

 

 

「・・・・・・知ってるよ! 忘れたこともない!」

 

「ああっ!?」

 

 

 僕の顔を覗き込んできた彼の足払って後ろに転ばせた!

 

 

「あんっ!? きったねー!」

 

「悪魔らしいだろ! ふぅッ!」

 

「いんよっ!」

 

 

 転んだところをすかさず斬りかかるが転がるようにして避けられてしまう。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 僕は再び斬りかかろうとしたけど、突然体から力が抜けてしまう!?

 

 これは・・・・・・傷口から入った聖剣のオーラが悪魔の体である僕の体を蝕んで力を奪っているのか!

 

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャッ! さっすがクソ悪魔キラーの聖剣さまだぜ!」

 

 

 フリードは膝を着く僕を見て嘲笑いながら手に持つ聖剣を舐める。

 

 こんな男が持ち主なんて、エクスカリバーも運がなかったね。・・・・・・同情はしないけど。

 

 なんとか足に力を込めて立ち上がるけど、依然として体に力が入らない・・・・・・。

 

 

「さーて、そろそろクソ悪魔キルを実行しましょうかねぇ!」

 

「くっ・・・・・・!」

 

 

 フリードは聖剣を振りかぶって満足に動けない僕めがけて飛びかかってきた!

 

 僕はなんとかその斬擊を防ごうと手に持つ魔剣を盾にする。

 

 

 ガキィィン!

 

 

「あれぇ?」

 

 

 だが、彼の聖剣と僕の魔剣がぶつかることはなかった。

 

 僕たちの間にふたつの人影が飛び込んできて、手に持つ何かで彼の聖剣を受け止めていた。

 

 

「無事か、木場!?」

 

 

 いっぽうの人影の正体は明日夏くんだった。もういっぽうは見知らぬ女性だった。

 

 

「「はぁッ!」」

 

「アァオ!」

 

 

 明日夏くんと女性はつばぜり合いになっていたフリードを押し返した。

 

 

「どこの誰かと思ったらぁ、あんときのガキじゃねぇかよ。やっほやっほー、おっひさー」

 

「・・・・・・まさか、またてめぇに会うことになるとはな」

 

 

 嬉々として挨拶する彼に明日夏くんは忌々しい者を見るような視線で睨みながら言った。

 

 

「ちなみにそっちのお嬢さん誰かなぁ? もしかしてぇ、彼女さんですかぁ? ならぁ、キミを動けなくしたあと、ゆっくり寝取ってやるよ! お姉さん、いい体してるしぃ♪」

 

「・・・・・・ゲスが」

 

 

 体を舐め回すように見られた女性は心底嫌悪感を感じた様子で吐き捨てた。

 

 

「・・・・・・相変わらず、耳障りな奴だ」

 

「・・・・・・それよりも、明日夏──」

 

「・・・・・・ああ。あの剣──普通じゃねぇな」

 

 

 警戒心をあらわにしてフリードの持つ聖剣を睨む二人に僕は告げる。

 

 

「・・・・・・あれは・・・・・・エクスカリバーだよ」

 

「「──ッ!?」」

 

 

 それを聞いた二人はさらに警戒心を上げてエクスカリバーを睨む。

 

 

「・・・・・・なんだっててめぇみたいなイカレ野郎がそんなもん持ってんだよ?」

 

「さーて、なんででしょうかねぇ♪」

 

 

 明日夏くんの問いに答えず、フリードは醜悪な笑みを浮かべて聖剣の切っ先を明日夏くんたちに向ける。

 

 はなっから答えなど期待していなかったのか、明日夏くんはフリードの答えを気にすることなく手に持つ刀を逆手持ちに切り替えて彼の動向を警戒する。

 

 女性のほうも日本刀を構え、同様に警戒する。

 

 

「──下がってくれ、明日夏くん」

 

 

 僕は明日夏くんの肩に手を置きながら言う。

 

 

「──奴は僕の獲物だ」

 

「──そのザマで何バカ言ってるんだ?」

 

 

 明日夏くんの言うとおり、時間が経って聖剣のオーラが弱まったのか少しはマシになっていたけど、それでも本調子とは程遠い状態だった。

 

 だが、そんなことは関係ない! あの剣は僕が折らなければ意味がないんだ!

 

 

「──どいてくれ」

 

 

 僕は少し殺気混じりで冷たく言い放つ。本来、仲間である彼に向けるようなものじゃないのかもしれないがこればかりは譲れなかった。

 

 

「やめて!? 私のために争わないで!」

 

 

 いきなりオネエ口調になってそんなことをのたまうフリードに明日夏くんは「黙れ」と言わんばかりに殺気を向ける。

 

 だが、殺気を向けられた彼はむしろ嬉々とした表情を浮かべるだけだった。

 

 

「安心しろよ。全員平等にキルキルしてやるからよぉ! ──って言いたいところだけどよぉ、悪ぃ。お呼びがかかっちゃたわぁ。てーことで──はい、チャラバ!」

 

 

 カッ!

 

 

「「ぐっ!?」」

 

 

 フリードが何かを地面に叩きつけた瞬間、眩い閃光が襲い、視界が潰される!

 

 閃光が晴れると、そこにはもうフリードはいなかった。

 

 

―○●○―

 

 

 チッ。ただでさえ厄介な奴なのに、それに加えてエクスカリバーを持ってるだと。

 

 クソッ、フリードの野郎、さらに厄介になりやがって。

 

 槐が刀を振りながら言う。

 

 

「・・・・・・言動はふざけているが、相当できる男のようだな」

 

 

 よく見ると、槐の持つ刀の切っ先から血が滴っていた。おそらく、フリードの血。

 

 あの視界を潰された状態でも的確にフリードの奴を斬りつけたのか。槐の言い分から斬り伏せるつもりだったんだろうが、フリードも対処したということなんだろう。

 

 

「くっ!」

 

「──ッ! 待て、木場!?」

 

 

 木場がフリードを追うように駆けだそうとしたのを見て、俺は肩を掴んで木場を制止する。

 

 

「はなせ! 奴は! 奴はエクスカリバーを持っていたんだ!」

 

 

 憎悪に歪ませた形相で俺を睨みつけながら叫ぶ木場。

 

 

「だったらなおさらだ! あのまま戦っていれば、死んでたかもしれないんだぞ! いいかげん、頭を冷やせ!」

 

 

 俺は木場の胸ぐらを掴んで言い聞かせるように叫んだ。

 

 

「黙れ! キミに何がわかる! 僕の何が──」

 

「──おい」

 

 

 俺の手を振りほどいて捲し立てる木場の肩に槐が手を置く。

 

 

「──っ!?」

 

 

 木場が振り向いた瞬間、槐の掌底が木場の鳩尾に打ち込まれた。

 

 

「ぐっ・・・・・・き、貴様・・・・・・!」

 

「おっと」

 

 

 槐の一撃で意識を失って崩れ落ちた木場を慌てて支える。

 

 

「・・・・・・容赦ねえな」

 

「言っても聞きそうになかったのでな」

 

 

 まぁ、それはそうだな。

 

 とにかく、こいつをこのままにしておくわけにはいかねぇし、とりあえず、家に運ぶか。

 

 

「おまえはどうするんだ?」

 

 

 木場を背負いながら槐に尋ねる。

 

 

「気になるところではあるが、兄上と合流するつもりだ。私もやらなければならないことがあるからな」

 

「わかった。じゃ、またな」

 

「ああ。もし、あの男やあの神父のことで何かわかったら連絡する」

 

「ああ。助かる」

 

 

 そこで俺たちは別れ、俺は雨が降りしきるなかを木場を背負いながら全力疾走するのだった。

 

 

―○●○―

 

 

「成果は?」

 

「・・・・・・一人見つけたよ」

 

「・・・・・・すでに殺されていたがな」

 

「こっちも一人見つけたが・・・・・・」

 

「・・・・・・二人と同じく殺されていたわ」

 

「・・・・・・こちらも一人見つけたが、状態はキミたちと同じだ」

 

「調査員は六人いたはずですよね?」

 

「ああ。だが、この様子ではおそらく・・・・・・。仕方あるまい。情報は改めて自分たちで集めるとして、当初の予定どおり、リアス・グレモリーに接触する」

 

「「了解」」

 

「「わかりました」」

 

 



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Life.4 聖剣、来ました!

 

 

「──ここは?」

 

 

 目を開けると、見知らぬ天井が見えた。

 

 

「たしか、僕は──」

 

 

 そうだ。はぐれ悪魔との戦いのあと、一人さまよい歩いていた僕はフリード・セルゼンと再会した。

 

 ──そして彼は聖剣を持っていた。

 

 彼と戦い、僕は──。

 

 

「目が覚めたか?」

 

 

 突然投げかけられた声に反応して声がしたほうを見る。

 

 そこには壁を背にして、腕を組んで壁に寄りかかっている明日夏くんがいた。

 

 そうだ。フリードとの戦いに明日夏くんと見知らぬ女性が乱入して、その後、フリードは呼び出しがかかったと言ってその場から去り、僕は彼のあとを追おうとしたけど、明日夏くんに引き留められて、それでも追おうとした僕を明日夏くんと一緒にいた女性が僕を気絶させたんだった。

 

 ということは、ここは明日夏くんの家ということなのだろう。

 

 そういえば、彼と一緒にいた女性がいないようだった。

 

 

「槐なら、他に用があるからあの場で別れた。それよりも体調はどうだ?」

 

 

 明日夏くんに言われ、体の状態を確かめる。

 

 体を蝕んでいた聖剣のオーラはもうすっかり中和されたのか体調はひとまず良好だった。

 

 

「・・・・・・とりあえず、大丈夫だよ」

 

 

 そう言った僕は、明日夏くんと視線を合わすことができなかった。

 

 冷静じゃなくなってたとはいえ、僕を助けに来た彼に僕は邪魔だと言わんばかりの態度をとったどころか、あろうことか殺気すらぶつけてしまった。

 

 そのことが僕の中でうしろめたさとなって、顔をうつむかせていた。

 

 

「気にしてねぇから、顔を上げろ」

 

 

 明日夏くんはそう言うけど、それでも僕は顔を上げられなかった。

 

 そんな僕を見たからなのか明日夏くんが嘆息した。

 

 

「とりあえず、今日は念のため学校を休め。部長には俺から言っておく」

 

 

 それだけ言うと、明日夏くんは部屋から出ようとする。

 

 

「──待ってくれ」

 

 

 僕は明日夏くんを呼び止める。

 

 

「エクスカリバーのこと・・・・・・部長には──」

 

「もちろん報告する」

 

「──ッ!? 待ってくれ!」

 

 

 それはダメだ! 部長に報告すれば、部長は間違いなく勝手をするなと関わることを禁ずるはずだ。やっと巡り会えたのに、みすみす見過ごすことなど──。

 

 

「どうやら、まだ頭が冷え足りないようだな?」

 

 

 明日夏くんは僕に冷たく言い放つ。

 

 

「奴の性格はもう把握できてるだろ? 奴はおまえたち悪魔を屠ることに一種の快楽を覚えている。そんな奴が対悪魔用の兵器ともいえる聖剣、それもエクスカリバーを手にした。有頂天になって以前の戦いの借りを返す意味で襲いかかってきたっておかしくない。当然、おまえだけじゃなく、イッセーたちにもな。そんな情報を伏せれば、イッセーたちにどれだけのリスクが発生するか、考えるまでもないだろ?」

 

 

 僕は明日夏くんの言葉に反論できなかった。

 

 あの男が今度は他の眷属仲間を襲う可能性など、考えるまでもなかった。そして、情報が伏せられていたことで対処が遅れて彼の凶刃の犠牲になる可能性も同様だった。

 

 

「聖剣計画のことは部長から聞いた。肝心なところは聞けなかったがな」

 

 

 そうか。部長から聞いたのか。肝心なところというのはおそらく、僕の身に起こったことだろうね。・・・・・・まぁ、おそらく、明日夏くんはもう何があったかは察しているっぽいけどね。

 

 

「イッセーから聞いた。おまえ、エクスカリバーに復讐するために生きているんだってな?」

 

「・・・・・・復讐は何も生まないなんて言うつもりかい?」

 

「いや。そんな言葉で収まるほど、おまえの憎しみは軽くないだろ? そもそも、俺もそんな綺麗事を言えるほどじゃないからな。やめろなんて言わねぇよ。ただ──」

 

 

 明日夏くんは真っ直ぐ僕を見据えながら言う。

 

 

「復讐と仲間──どっちを優先すべきかは考えるまでもないことだろ?」

 

 

 明日夏くんの問いにうつむいてしまう。

 

 

「それとも、おまえとって、部長たちのことはその程度の存在でしかなかったのか?」

 

「そんなことはない!」

 

 

 明日夏くんの言葉に思わず叫んでしまう。

 

 部長には大きな恩があり、僕にとっては姉のような存在だ! 朱乃さんも小猫ちゃんも、それから、()()()()()()()()()()も家族みたいなものだ! イッセーくんやアーシアさんも大切な仲間だ! 僕なんかにはもったいないほどの!

 

 

「でも、エクスカリバーに対するこの想いも忘れてはならないものでもあるんだ!」

 

 

 睨みつける僕を見て明日夏くんはまた嘆息する。

 

 

「はぁ。とりあえず、皆のことを蔑ろにする気はなさそうだな」

 

 

 それを確認した明日夏くんは部屋から出ようとする。

 

 

「仲間も大切なら、報告はさせてもらうぞ。しばらく冷静になってよく考えてろ」

 

 

 明日夏くんの言葉に僕は無言になるしかなかった。

 

 

「それから、朝メシは作っておく。食う気になったら食ってくれ。食わないんなら冷蔵庫にしまっといてくれ」

 

 

 それだけ言い残すと、明日夏くんは今度こそ部屋から退室していった。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・うーん・・・・・・体が重い」

 

 

 朝になり、眠っていた意識が起きかけると、なんだか体が重く感じた。

 

 

「・・・・・・えっ」

 

 

 目を開けると、部長、アーシア、千秋、鶇さん、燕ちゃんが俺のベットで寝ていた・・・・・・。しかもみんな裸で。

 

 

「なぁぁっ!? うわああぁぁぁぁっ!?」

 

 

 一気に目が覚めて、俺は悲鳴に似た叫び声をあげてしまった。そしてその叫び声でみんなが起きだした。

 

 

「「あっ・・・・・・」」

 

 

 ふと千秋と燕ちゃんと目が合う。

 

 

「「・・・・・・・・・・・・ッ! ──ッッッ!? ──ッッッッッ!!」」

 

 

 二人とも顔を真っ赤にして声にならない悲鳴をあげながら部屋から飛び出していってしまった。

 

 

「ふふ、二人とも恥ずかしがり屋ね。おはよう、イッセー」

 

「おはようございます、イッセーさん」

 

「おはよ~、イッセーく~ん」

 

 

 残った部長、アーシア、鶇さんは何事もなかったように挨拶をくれる。

 

 

「・・・・・・・・・・・・あ、あの、これは一体?」

 

「昨夜、イッセーさんが勝手にお休みになっちゃったので」

 

 

 あれ、そういえば、俺、いつのまに寝てたんだ?

 

 たしか、部長が裸で俺と一緒に寝るって言いだして、アーシアたちまでもが裸で一緒に寝ると言いだして・・・・・・そこからの記憶がなかった。

 

 

「それで公平にね」

 

「みんなで寝ようってことになったんだ~」

 

 

 俺がいつのまにか寝てたあいだにそんなことになってたのか・・・・・・。

 

 ・・・・・・何か間違ってるような。

 

 

「あっ、そろそろ朝食の支度をしませんと!」

 

「いけない!」

 

「わ~!」

 

「じゃあ、イッセー。またあとでね」

 

「お邪魔しました、イッセーさん」

 

「下で待ってるね~」

 

 

 そう言い残し、三人は部屋から退室していった。

 

 

「だはぁぁ・・・・・・部長の影響でみんなエロくなってきたような・・・・・・」

 

 

 でも、それはそれで・・・・・・いや、アーシアはダメだ!

 

 アーシアは守るべき存在! 守るべき存在がエロエロになるのは・・・・・・むしろよくね! ・・・・・・イヤイヤイヤイヤ!

 

 かといって、部長をはじめ、他の子に何かすると、アーシアが怒りそうだし。

 

 これじゃ生殺しだぁぁぁ!

 

 俺の完璧なシミュレーションでは──。

 

 

『フフフフフ、ハーッハッハ! 今日はどの子を喜ばせようかな?』

 

『イッセーさん! 私に! 是非とも私にご慈悲を! お、お願いします! 私にご慈悲を!』

 

『何を言ってるの! イッセー、よくお聞きなさい! 私はイッセーがいないと生きていけないわ! さあ、早く私を満たしてちょうだい!』

 

『ダメ~! イッセーくんにかわいがってもらうのは私と燕ちゃんだよ~! ね~、燕ちゃん?』

 

『・・・・・・お願い・・・・・・します』

 

『・・・・・・イヤ。イッセー兄、お願い。他の誰よりも先に私を滅茶苦茶にして』

 

『ハーッハッハ! 参ったなー♪ 俺の体はひとつしかないんですよー♪ そうだ──ジャンケンに勝った子からお相手をしてあげましょう』

 

『負けません!』

 

『私だって』

 

『絶対勝とうね、燕ちゃん!』

 

『ええ!』

 

『負けない!』

 

『『『『『ジャンケン、ポン! あいこで、しょ!』』』』』

 

『ハハハ、ハーレム王になったぞー!』

 

 

 ──みたいな感じになるはずだったのに・・・・・・。

 

 現実は厳しい! たしかに部長のおっぱいは見た、触れた! だが、そこから先がラスボス並みの高難度!

 

 

「・・・・・・はぁー、切ない」

 

 

 うぅ、どうしてこんなことに・・・・・・。

 

 

『よう相棒。悩んでいるところ悪い』

 

「ん?」

 

 

 突然の声に周りを見渡すが部屋には俺以外誰もいない。

 

 

『俺だ。相棒』

 

「ドライグ!」

 

 

 声の出所は俺の左手からだった。

 

 声の主は俺の『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』に宿る存在、『赤い龍の帝王(ウェルシュ・ドラゴン)』──ドライグだった。

 

 

『相変わらず頭の中はいかがわしいことでいっぱいだな』

 

「む、うるせぇ! 多感な時期なんだよ! いきなり出てきやがって!」

 

 

 普段はこちらから話しかけてもシカトしやがるクセに!

 

 

『まあ、そう言うな。今回は逃げん。ちょいと話そうや』

 

 

 俺はベッドに腰かける。

 

 

「──で、話って?」

 

『そう不機嫌そうにするな。わざわざ警告に来てやったんだ』

 

「警告?」

 

『最近、おまえの周囲に強い気を感じるんでな。おちおち寝てもいられん』

 

「ああ、最近部長によく絡まれるからなぁ」

 

 

 肉体的な意味で!

 

 

『おまえさんの仲間のものならいまさら気にはしないさ』

 

 

 ん、部長たちのじゃない? じゃあ強い気って──まさか敵ってことか!?

 

 

『とにかく気をつけることだ。色を知るのもいい年頃だ。念のため、そういうのを早め早めに体験しておけ。「白い奴」がいつ目の前に現れるかわからんからな』

 

 

 『白い奴』──まえにもそんなことを言ってたな?

 

 

「なあ、その『白い奴』ってなんだ?」

 

『──「白い龍(バニシング・ドラゴン)」だ』

 

 

 ──『白い龍(バニシング・ドラゴン)』・・・・・・。

 

 

『俺たちは二天龍と呼ばれているが、長年のケンカ相手でな。天龍を宿した者同士は戦い合う運命にあるのさ』

 

「者同士って、俺みてぇな神器(セイクリッド・ギア)を宿した奴が──」

 

『──いる』

 

「・・・・・・俺はそいつと、いつか戦わなきゃならねぇってこと?」

 

『そういうことだ』

 

 

 勝手に宿っといて無茶苦茶だなぁ、おい!?

 

 

『見返りとして、ドラゴンの力を与えてやっているじゃないか』

 

「うっ、忘れちゃいねぇよ。おかげで部長も救えたわけだし。だがな、ドライグ。あらかじめこれだけは言っておく!」

 

『なんだ?』

 

「オホン。よく聞け。俺は上級悪魔に昇格して、ハーレム王になりたい! 無数の女の子を眷属下僕にして、俺だけの美女軍団を作る! それが俺の夢だぁぁぁッ!」

 

『ハハハ! そんな夢を持った宿主は初めてだ!』

 

「・・・・・・やっぱ俺って変かな?」

 

『変ではあるが、異常ではないさ。それに叶わない夢でもないぞ。ドラゴンの力は周囲の者を圧倒し、魅了する。敵対する者も多いが、魅力を感じ、すり寄ってくる異性も多いからな』

 

「なっ! マ、マジっスかぁっ!?」

 

「ああ。俺の宿主だった人間は皆、異性に囲まれてた」

 

「うおおおおおッ! あなたさまはそんなにスゴい神器(セイクリッド・ギア)さまだったのですねぇぇぇッ!」

 

 

 いつのまにか、俺は左腕に頭を下げ、敬意を払う言葉遣いになっていた。

 

 

『・・・・・・態度が急変し過ぎだぞ』

 

 

 ドライグが呆れ声になっていたが、関係あるもんか!

 

 

「よーし! 当面の俺の目標は部長のおっぱい攻略っス! そこんとこよろしくっス!」

 

『揉むのか?』

 

「いや、吸う!」

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

 

 ドライグがなぜか黙りこんでしまった。俺の目標に言葉を失ったのか?

 

 

『・・・・・・はぁ。女の乳を吸うサポートか・・・・・・。俺もずいぶん落ちぶれたもんだ・・・・・・。しかし、こういう相方もたまにはいい。ただし、俺の警告を忘れるな』

 

「──強い力ってやつか・・・・・・」

 

『ああ。なんせ、現時点ですでに多くの力が相棒の周りにいるからな』

 

 

 部長たちのことを言ってるのか?

 

 

『リアス・グレモリーたちもそうだが、個人的にはおまえさんの親友とその兄弟たちのほうが興味深い』

 

 

 明日夏たちが? まあ、たしかに明日夏と千秋は神器(セイクリッド・ギア)を持っているし、明日夏は冬夜さんと千春さんも神器(セイクリッド・ギア)を持ってるって言ってたな。

 

 

『幼馴染みの兄弟姉妹全員に神器(セイクリッド・ギア)が宿る。偶然にしてもそうあることではないぞ』

 

 

 たしかにそうかもな。明日夏たちが神器(セイクリッド・ギア)を持っているのは、おまえの力が引き寄せた結果だって言うのか?

 

 

『すべてではないが、要因のひとつにはなってるだろう。にしても、ドレイクの奴とまで縁があるのは・・・・・・ちょっと同情する』

 

 

 ドレイク──明日夏の神器(セイクリッド・ギア)に宿る存在で、ドライグと同じドラゴン。

 

 このまえ話をしたけど、結構変わった奴だったよな・・・・・・。

 

 

「なぁ、ドレイクってどんな奴なんだ?」

 

『あぁ、そうだなぁ・・・・・・強いて言えば、遊び人ならぬ「遊びドラゴン」だな』

 

 

 あ、遊びドラゴン?

 

 

『ドラゴンには宝や雌など特定のものを求め、集める奴は多いが、あいつはその中でも変わっていてな。娯楽や遊びなんかを求めていたのだ。そんなもの心から求めるドラゴンなどあいつぐらいなものだろう。そのさまからあいつは「遊びドラゴン」なんて呼ばれていたのさ』

 

 

 ドレイクのことを話してくれているドライグだったが、その声音が心底いやな相手を話しているかのようだった。

 

 いったい、おまえとドレイクの間に何があったんだ?

 

 

『・・・・・・あいつは状況をおもしろくするためならなんにだってちょっかい出してきてな。おれと白い奴との戦いにちょっかいを出してきたのも一度や二度じゃない。そんなことをするものだから、ほとんどドラゴンはあいつを嫌っていてな。「遊びドラゴン」っていうのも、そんなあいつに対する蔑称だったんだ。・・・・・・まあ、本人はえらく気に入っていて、むしろ自称しているんだがな』

 

 

 なんというか、本人も言ってたけど、自由で勝手気ままな奴なんだな。

 

 

『まぁ、ドラゴンってのは基本的に勝手気ままなものだからな。ある意味ドラゴンらしいとは言える。だがやはり、いろいろな意味で異質な奴ではあるな。そもそも、存在からして異質だ』

 

「存在?」

 

『ああ。なんせあいつは肉体がオーラだけで構成されたドラゴンだったからな。そんなドラゴンはおそらく、あいつだけだろう』

 

 

 そんな特別なドラゴンなのか、ドレイクって。

 

 

『まぁ、あいつに関してはとりあえず、基本的にハタ迷惑な奴と覚えておけばいい。とにかく、強い力には注意しろ』

 

「ああ」

 

 

 再三告げるドライグの警告に俺はうなずいた。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・それは本当なの、明日夏?」

 

 

 朝食のあと、部長と二人きりになった俺は木場のこととフリードのことを部長に話した。

 

 

「ええ。奴自身がそう言ってましたし、俺から見てもあの剣は相当なものに見えました。何より──」

 

「──祐斗の反応がそれを物語っていたと」

 

 

 部長はしばらくのあいだ、顎に手を当てて考え込んでから言う。

 

 

「とりあえず、祐斗には使い魔を付けるわ。一応、念のためにね」

 

「それがいいでしょうね。で、フリードのことや殺された神父のことをイッセーたちには?」

 

「そっちは部活のときに話すわ。朱乃や小猫にも話さなきゃいけないしね。あのはぐれ神父もこんな明るいうちに襲撃なんてしないでしょう」

 

 

 まあ、流石のあいつもそこまでイカれてはいないだろう。

 

 

「殺された神父に関してはたぶん、はぐれを追って返り討ちにされたってところかしら。おそらく、目的はエクスカリバーの奪還。とりあえず、教会側に関しても警戒はするわ」

 

 

 おそらく、エクスカリバーの奪還の可能性が高いだろうな。

 

 そもそも、奴はどうやってエクスカリバーを手に入れたんだ?

 

 使い手から奪ったのか、もしくは持ち主を選ぶ特性上から使い手がなく保管されていたものを強奪したのか?

 

 まあ、悩んでもしょうがねぇか。重要なのは、奴がエクスカリバーを持っているということ、奴には行動を共にしている存在がいることだ。そして、そのフリードの持つエクスカリバーの奪還のために教会側の刺客がこの町に潜伏している可能性があることだ。

 

 ・・・・・・また不穏な気配が漂いだしたな。

 

 

―○●○―

 

 

「「カラオケ?」」

 

「ひさびさに行かね?」

 

 

 教室の前の廊下で俺とイッセーは松田と元浜からカラオケに誘われた。とくに断る理由はないので、俺もイッセーも了承した。

 

 

「で、どこの店に行くんだ?」

 

「ああ、駅前のところにあるやつだ」

 

「あそこなら挿入歌はおろかキャラソンまでフォローしているぞ」

 

 

 結構曲数が豊富そうだな。

 

 

「挿入がなんだって?」

 

「うおっ!?」

 

「桐生!?」

 

 

 突然、松田と元浜の背後から桐生が現れた。その後ろにはアーシアもいた。

 

 

「やだやだ、朝からまた士騎くんを巻き込んでのエロトーク?」

 

「カラオケ行こうって話してただけだ!」

 

「カラオケ! いいじゃん、私も付き合おうかな♪ ね、アーシア?」

 

 

 桐生は後ろにいるアーシアに尋ねると、アーシアは笑顔で答える。

 

 

「はい、行きたいです」

 

「「何ぃぃぃっ!」」

 

 

 アーシアが来るかもということで、松田と元浜がテンションを上げ始める。

 

 

「よし! イッセー、明日夏!」

 

「・・・・・・な、何だよ?」

 

「・・・・・・何だ?」

 

 

 元浜がメガネを光らせながら呼んできた。

 

 

「この際だ──」

 

「──他のオカ研の女子を誘えってか?」

 

「話が早くて助かる」

 

 

 というか、そもそも最初からそれが目的ってところもあったんだろう。

 

 

「へいへい」

 

「断られても文句言うなよ」

 

「「何がなんでも誘うんだ! いいな!」」

 

 

 詰め寄りながら二人に叫ばれて、俺とイッセーは同時にため息を吐いた。

 

 

「それから、明日夏」

 

「なんだよ?」

 

「できることなら、霧崎さんも喚べないか? おまえが一番仲いいからな」

 

「霧崎も? まあ、誘うだけ誘ってみるが・・・・・・」

 

 

 といっても、あんまり目立つのを避けてる霧崎がカラオケに来るかねぇ。

 

 

「皆、なんの話してるの~?」

 

 

 そこへ、鶫がやって来た。

 

 

「鶫、おまえ、カラオケ行くか?」

 

「いいよ~」

 

 

 鶫はのんびりと即答した。

 

 それを聞いて、目に見えて騒ぐ松田と元浜(バカ二人)

 

 そんな二人を尻目に、俺は霧崎のもとに行く。

 

 

「どうしたの、士騎くん」

 

「ああ、実は──」

 

 

 霧崎にカラオケのことを話し、霧崎のことを誘ってみる。

 

 

「そうだね──せっかく誘ってくれたんだから、行くよ。もう、皆とも知らない仲じゃないしね」

 

「そうか」

 

 

 意外にも霧崎もOKとなった。

 

 で、放課後、アーシアと鶫を先に行かせてからイッセーと一緒にカラオケのことを千秋たちに訊きに行ったが、千秋も燕も塔城も了承した。

 

 意外にも塔城がかなり乗り気だった。

 

 あとは部長と副部長か。

 

 あとそれから、俺とイッセーは気分転換になってくれればと思って木場のことも誘うことにした。

 

 

―○●○―

 

 

「ちわーっス」

 

 

 千秋たちにカラオケのことを訊きに行ったあと、旧校舎にやって来た俺たちは俺を先頭にして部室に入る。

 

 

「来たわね──って、どうしたの、燕? 顔が真っ赤よ?」

 

 

 部長が入ってきた俺たちを見て挨拶をしたあと、燕ちゃんが顔を赤くしているのに気づいて訊いてきた。

 

 実は一年組をカラオケに誘ったあと、そのまま一緒にオカルト研究部に向かってたんだけど、今朝のことで千秋と燕ちゃんが顔を赤くさせてよそよそしくなってたんだ。で、その理由を知った明日夏がいつものように燕ちゃんをいじってたわけだ。

 

 

「えーと、いつものです」

 

「ああ、なるほどね」

 

 

 俺がそう答えると、部長も察したようだ。

 

 

「あらあら、うふふ。私も参加しましょうかしら?」

 

 

 朱乃さんがSな顔をしてそんなことを呟いていた。

 

 

「お願いだからやめてください!?」

 

 

 燕ちゃんは必死に朱乃さんに懇願する。

 

 これ以上いじってくる相手が増えるのは勘弁願いたいようだ。ましてや、朱乃さんは究極のSだからな・・・・・・。

 

 

「そうですよ、副部長」

 

 

 なぜか、明日夏が朱乃さんに異を唱えた。

 

 

「こいつをいじっていいのは俺だけです」

 

 

 ――って、そういう理由かい!

 

 思わず心の中でツッコんでしまった。

 

 

「――って、ざっけんじゃないわよっ!」

 

 

 それを聞いて燕ちゃんが顔を怒りで真っ赤にして明日夏にハイキックを繰り出す。

 

 で、明日夏は黒い笑みを浮かべながら蹴りを避けていた。うん、明日夏のいまの言葉、本音もあるけど、ほとんど燕ちゃんをいじるために言ったな。

 

 

「おい、燕」

 

 

 蹴りを避けながら燕ちゃんを呼ぶ明日夏。

 

 

「何よ!?」

 

 

 捲し立てるように返事を返す燕ちゃんに明日夏は淡々と言う。

 

 

「その位置で蹴りを出せば、イッセーにスカートの中が丸見えだぞ?」

 

「――っ!?」

 

 

 それを聞いた燕ちゃんは慌ててスカートを押さえる。

 

 うん、実は明日夏の言うとおり、蹴りを出すたびに柄物のかわいらしいパンツが見えてしまっていたんだ。

 

 今度は羞恥と怒りで顔を真っ赤にした燕ちゃんが涙目でこちらを睨んできた!

 

 

「・・・・・・・・・・・・見たの!」

 

「・・・・・・えーと・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・うん、ここは変に誤魔化すよりも正直に言った方がいいだろう。

 

 

「・・・・・・うん、見た」

 

「──ッ!? ・・・・・・・・・・・・このぉ・・・・・・」

 

「ちょっと待って燕ちゃん! いまのは不可抗力──」

 

「どスケベ!」

 

「ぐへぁっ!?」

 

 

 一気にジャンプで俺の目の前まで跳んできた燕ちゃんのジャンピングハイキックをもろに顔面に喰らってしまった。

 

 ・・・・・・ちなみにこのとき、蹴りが当たる瞬間にまたスカートの中身が見えた。

 

 

―○●○―

 

 

「・・・・・・そういえば、部長。木場はどうしたんですか?」

 

 

 燕ちゃんに蹴られたところをアーシアに治療してもらっていると、ふと木場が部室にいないことが気になったので、部長に訊く。

 

 

「・・・・・・祐斗は今日、学校を休んでいるわ」

 

「──ッ!? 部長、昨日の話と何か関係があるんじゃ?」

 

「ええ、そうね。関係はあるわね」

 

 

 すると、明日夏が会話に割って入ってきた。

 

 

「イッセー。フリードの奴は覚えてるな?」

 

「あ、ああ・・・・・・」

 

 

 な、なんでいきなりフリードの話を・・・・・・?

 

 

「この町にあいつがまた潜伏している」

 

「なっ!?」

 

 

 あいつがまたこの町に!

 

 見ると、アーシアもひどく驚いており、小猫ちゃんも表情を歪ませていた。

 

 鶫さんと燕ちゃんはよくわかっていないのか訝しげにしていた。まあ、二人がこの町に帰って来るまえの話だからな。

 

 

「そして、奴は──エクスカリバーを持っていた」

 

「「「「「「なっ!?」」」」」」

 

 

 明日夏に部長、朱乃さんを除く皆がそのことに驚いた!

 

 な、なんであいつがエクスカリバーを持ってんだよ!? てか、なんで知ってんだよ!?

 

 

「そのはぐれ神父に祐斗が襲われたのよ」

 

「そこに俺が駆けつけたわけだ」

 

「な、なんだって!? そ、それで、木場は!?」

 

「幸い、軽傷だけで済んでる。いまは俺の家に──」

 

「いえ、もうあなたの家にはいないわ」

 

「なっ!? まさか!?」

 

 

 ひどく狼狽しだした明日夏を部長がなだめながら言う。

 

 

「大丈夫よ。ただ、町中をふらふらと歩いているだけよ。たぶん、頭の整理なんかをしているのでしょう」

 

「・・・・・・そうですか」

 

 

 部長の言葉を聞いて明日夏は安堵する。

 

 にしても、明日夏のあの慌てよう、気になるな。

 

 やっぱり、木場と聖剣の関係が原因なんだろうか?

 

 

「教えてください部長! 木場と聖剣になんの関係があるんですか!?」

 

 

 部長は一度瞑目したあと、話し始めた。

 

 

「・・・・・・祐斗が聖剣計画の生き残りということは話したわよね。祐斗以外にもエクスカリバーと適応するため、何人もの子供が育生されていたの。現在、聖剣エクスカリバーと呼ばれるものは七本存在しているからよ」

 

「「七本!?」」

 

 

 俺、それから明日夏もそのことに驚いてしまう。

 

 見ると、アーシアや千秋たちも驚いていた。

 

 ていうか、なんで伝説の聖剣が七本もあるんですか!?

 

 

「本来の聖剣エクスカリバーは大昔の戦争で四散してしまったの。その破片を教会側が拾い集め、錬金術で新たに七本の剣に作り替えたってわけ」

 

 

 なるほど。それで七本もあるわけか。

 

 

「木場はその剣を扱えるってことですか?」

 

「・・・・・・いや、使えないな」

 

「え?」

 

 

 俺の問いを明日夏がバッサリと否定する。

 

 

「もし使えていたら、今頃教会の聖剣使いとして部長と敵対しているはずだ。そもそも、昨夜、部長が計画は完全に失敗したって言ってただろ」

 

 

 そういえばそうだったな。

 

 

「てことは──」

 

「祐斗だけでなく、同時期に養成された全員がエクスカリバーに適応できなかったらしいわ。計画は失敗に終わったのよ。そして──」

 

「──計画の主導者は木場たちを処分した──ですね?」

 

「・・・・・・そのとおりよ、明日夏」

 

 

 処分って、まさか!?

 

 

「・・・・・・おまえが考えてるとおりだ」

 

「──ッ!?」

 

「そんな!? 主に仕える者がそのような!」

 

 

 アーシアも俺と同じことを考えてたのか、ひどくショックを受けていた。目元も涙で潤ませていた。

 

 

「・・・・・・悪魔は邪悪だって言ってるくせに、自分たちがやってることのほうが邪悪じゃないのよ! それを棚にあげて!」

 

 

 燕ちゃんが吐き捨てるように言った言葉を聞いて、明日夏が淡々と言う。

 

 

「──邪悪とか思ってないからだろ。それどころか、神に仕える自分たちの行いはすべて正義。木場たちの件も、主のための尊い犠牲、自分たちの正義のため、なんて本気で思ってたんじゃねぇか?」

 

 

 なんだよそれ! なんの罪もない子供を殺すことが正義だって!?

 

 

「・・・・・・ヒトの数だけ正義があり、その正義は他人からすれば悪に見えることがある。だから、正義はときにもっともタチの悪い悪意になることがある。──兄貴の受け売りだ」

 

 

 冬夜さんがそんなことを言ってたのか。いや、でもたしかにそのとおりかもな。

 

 

「・・・・・・あの子を見つけたときにはすでに瀕死だったわ。でも、一人逃げ延びたあの子は瀕死の状態でありながら、強烈な復讐を誓っていた。その強い想いの力を悪魔として有意義に使ってほしいと私は思ったの」

 

「・・・・・・それで部長が木場を悪魔に」

 

 

 そして、ここ最近まではその部長の想いに応えて生きていたが、あの写真を見て、聖剣──エクスカリバーへの強い復讐心で再び心を満たしてしまったということか。

 

 

「昨日も言ったけど、しばらく見守りましょう。いまの祐斗はぶり返した復讐心で頭がいっぱいになってるでしょうから。ただ、問題はその件のエクスカリバーがこの町にあることよ」

 

 

 そうだ。そのエクスカリバーをフリードが持っていて、そのフリードがこの町に潜伏している。そして、最悪なことに、そのフリードと木場が接触してしまった。復讐の対象が目の前に現れたら冷静でいられるはずがない!

 

 

「木場は本当に大丈夫なんですか!?」

 

「一応、使い魔に見張らせているわ。見た感じ、いまのところは落ち着いているわ」

 

 

 なら、いいんですが・・・・・・。

 

 

「祐斗も心配だけど、あなたたちのことも心配よ」

 

「フリードの奴は悪魔に関わることなら無差別に襲いかかってくるからな」

 

 

 たしかに、あいつは契約しようとした人までも容赦なく手にかける。

 

 俺の脳裏に依頼人が無惨に殺されていた光景が浮かび上がった。

 

 

「とにかく皆、今後はしばらく単独行動は控えてちょうだい。とくに夜は」

 

『はい!』

 

 

 部長の言葉に全員が返事をしてうなずく。

 

 

「明日夏、千秋、鶫、燕。悪いけど、あなたたちにはしばらく悪魔活動をする子に付き添ってもらえるかしら。最低でも二人一組になるように」

 

「ええ、構いません」

 

「わかりました」

 

「は~い」

 

「了解です」

 

 

 だよな。とくにアーシアには絶対明日夏とかが付いて、最低でも三人一組になるようにしてほしいもんだ。

 

 

「それから、はぐれ神父が持つエクスカリバーの奪還のため、教会が刺客をこの町に潜伏させている可能性があるわ。そちらのほうにも気を配っておいてちょうだい」

 

 

 なっ、マジか!? いや、むしろ当然か。自分たちの切り札をみすみす敵に渡したままにするわけがないし。

 

 

 コンコン。

 

 

 突然、部室のドアがノックされた。

 

 

「どうぞ」

 

「お邪魔します」

 

「生徒会長と副会長?」

 

 

 部長が応じると、入ってきたのは会長と副会長であった。

 

 

「リアス、緊急の話があるの。いまから私の家まで付き合っていただけません? あそこなら誰にも干渉されることはありませんし」

 

 

 会長の言葉を聞いて、部長が表情を険しくする。

 

 

「相当込み入った話のようね?」

 

「……ええ。相当に」

 

「わかったわ」

 

 

―○●○―

 

 

 あのあと、部長と副部長は会長たちについていった。

 

 そして、今日の部活はなしということになり、俺たち全員で帰路についていた。いまは塔城の滞在先に向かってる途中だった。

 

 

「緊急の話って、やっぱりエクスカリバーのことかな?」

 

 

 帰路につくなか、イッセーが訊いてきた。

 

 

「さあな。ただ、厄介事なのは間違いないな」

 

「小猫ちゃんはどう思う?」

 

「・・・・・・別に。部長のすることには間違いはないですから」

 

「まあ、明日にでも部長が話してくれるかもしれないし、待つしかねえな」

 

「それもそっか」

 

 

 とにかく、警戒しておかないとな。

 

 ふと、塔城が口を開く。

 

 

「・・・・・・私は祐斗先輩のほうが少し気がかりです」

 

「・・・・・・実は俺もなんだ」

 

 

 塔城やイッセーだけじゃなく、全員が木場のことが気がかりだろうな。

 

 

「部長はああ言ってたけどさ・・・・・・。なんか、少しでも助けになってやれねぇかなって。眷属同士っつうより、友達としてさ」

 

「・・・・・・はい」

 

 

 ・・・・・・そうだな。とはいえ、何をしてやれるかというとな・・・・・・。

 

 そんなことを思っていたら、塔城の滞在先に到着した。

 

 

「・・・・・・では、また明日」

 

「じゃあね、小猫ちゃん。気をつけて」

 

「・・・・・・イッセー先輩たちも気をつけてください」

 

「うん」

 

 

 塔城と別れ、俺たちも家に向かう。

 

 

「・・・・・・小猫ちゃんも朱乃さんも・・・・・・」

 

「ん? どうした?」

 

 

 イッセーが何か呟いていたので訊いてみた。

 

 

「いや、小猫ちゃんや朱乃さんにも悪魔になった事情とかあるのかなって。俺やアーシア、それから木場みたいにさ」

 

 

 そういえば、合宿のとき、木場が自分たちもイッセーやアーシアと似たようなものって言ってたな。

 

 

「──ッ!?」

 

「イ、イッセーさん・・・・・・」

 

 

 家の近くまで来て突然、イッセーとアーシアが表情を強張らせた。

 

 

「どうした、二人とも?」

 

「・・・・・・何か急に悪寒が・・・・・・」

 

「・・・・・・ああ。俺も感じた。おまえは感じなかったのかよ? このいやな感じ・・・・・・」

 

「・・・・・・いや」

 

 

 見ると、千秋たちもそんなものを感じている様子はなかった。

 

 悪寒? 俺たちには感じず、イッセーとアーシアだけが──ッ! まさか!

 

 いやな予感を覚えた俺は急いでイッセーに訊く!

 

 

「いやな感じってどんなだ!?」

 

「・・・・・・なんていうか・・・・・・体中から危険信号が出てる感じだ。・・・・・・この感じ、前にも感じたことがある」

 

「・・・・・・前にも?」

 

「アーシアと出会って、教会に案内したとき、それと、フリードと出会った──ッ!?」

 

「イッセー!」

 

「母さん!」

 

 

 俺とイッセー、俺たちの反応から事態を察した千秋はイッセーの家に向けて駆けだした!

 

 イッセーとアーシアが感じてたのは悪魔の聖なる力に対する危険信号だ! つまり、いま、イッセーの家に教会関係者が来てる!

 

 理由はさまざまだが、最悪なのはフリードの野郎が来てることだ!

 

 脳裏にフリードと出会ったときに見かけた張り付けにされた男性の遺体を思い出す!

 

 そしていま、イッセーの家にはおばさんがいる!

 

 クソッ! 頼む! 最悪な事態にはなるな!

 

 俺たちは玄関のドアを開け、警戒しながら中の様子を伺う。すると、おばさんの楽しく談笑する声が聞こえてきた。

 

 俺とイッセーは怪訝に思いながらお互いに目を合わせると、警戒心を解かずおばさんの声が聞こえるリビングに向かう。

 

 リビングの様子を伺うと、おばさんが見知らぬ三人の少女と談笑していた。

 

 三人の特徴はそれぞれ栗毛のツインテール、前髪の一部に緑のメッシュを入れた青髪のショート、黒髪のポニーテールという髪型で、三人とも白いローブを着込んでいた。

 

 間違いなく教会関係者。

 

 

「あら、皆お帰りなさい。それからいらっしゃい、明日夏くん、千秋ちゃん。どうしたの、皆? 血相を変えて?」

 

 

 俺たち全員、警戒心を抱いてるせいかかなり強張った表情をしてるらしい。ま、当然警戒心を解けるはずもなく──なんて思っていると、栗毛の少女が口を開いた。

 

 

「ひさしぶりだね、イッセーくん、明日夏くん」

 

「「えっ?」」

 

 

 俺とイッセーは俺たちの名前を呼んだ少女を見るが、正直見覚えがなかった。

 

 

「あれ、覚えてない? 私だよ?」

 

 

 そう言って微笑む栗毛の少女。やっぱり見覚えが──いや、まてよ。

 

 

「えーっと・・・・・・」

 

 

 イッセーはいまだにわからないようだが、俺はなんとなく掴み始めていた。

 

 教会関係者で栗毛の髪・・・・・・そんな知り合いは一人しかいない。

 

 

「おまえ・・・・・・イリナか?」

 

「せいかーい♪」

 

「ええっ!? イリナって、紫藤イリナのことか!?」

 

「そうだよ♪」

 

 

 そう、彼女は俺とイッセーのもう一人の幼馴染みである紫藤イリナだった。

 

 おばさんが当時の写真を見せながら言う。

 

 

「この頃は男の子みたいだったけど、いまはこんなに女の子らしくなっちゃって。母さん見違えちゃったわ」

 

「・・・・・・・・・・・・俺、この子のこと本当に男の子だと思ってた・・・・・・」

 

「まあ、あのころかなりやんちゃだったし・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・たしかに、そこいらの男子よりもやんちゃ坊主だったな、こいつは。イッセーじゃなくても間違えるほどに。・・・・・・かくいう俺も、当時しばらくはそう思ってた。

 

 

「でも、お互いにしばらく会わないうちにいろいろあったみたいだね。──本当、再会って何があるかわからないものだわ」

 

 

 この言い方からして、イッセーが悪魔だということに気づいてるな・・・・・・。

 

 



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Life.5 聖剣と交渉します!

 

 

 その後、とくにこれといった事態に発展せず、しばらくするとおばさんが「私はもう十分話したから」と言い、幼馴染み同士で積もる話もあるだろうと席を外した。

 

 俺とイッセーは元シスターであるアーシアがいるのは危険だと判断し、アーシアだけを部屋に行かせ、他はリビングに残った。

 

 俺は青髪の少女の横に置かれているものに目を向ける。見た感じ、布を巻かれた剣だ。そして、普通の剣じゃなかった。わずかだが、聖なるオーラが漏れ出ていたからだ。

 

 イッセーのほうを見てみると、イッセーもそれを見ていて、ものスゴい量の冷や汗を流していた。

 

 おそらく、あの剣は聖剣なんだろう。あの布は鞘代わりで封みたいなものか?

 

 そして、そのわずかに漏れるオーラがフリードの持っていたエクスカリバーのものと似ていた。つまり、この聖剣は七本あるエクスカリバーのうちの一本である可能性が高かった。

 

 ・・・・・・家に木場がいなくてよかったな。もしまだいたら、確実に騒動に発展してたかもしれなかった。

 

 

「──で?」

 

「ん?」

 

「・・・・・・わざわざ懐かしの幼馴染みに会うためだけに日本に来たわけじゃないんだろ? ──それも聖剣使いが」

 

 

 俺の質問に青髪の少女が不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「ほぉ、これが聖剣だと気づいているということは、キミはただの一般人というわけではなさそうだな?」

 

「そんなことよりも答えろ? 目的はこの町にいるリアス・グレモリーか?」

 

 

 俺がそう訊くと、黒髪の少女が若干オドオドしながら口を開く。

 

 

「えっと、あの、誤解しないでほしいんですけど、私たちは別にこの町にいる悪魔の方々を討伐しに来たわけじゃないんです」

 

「だろうな。──目的はエクスカリバーか?」

 

「──何?」

 

 

 青髪の少女が途端に視線を鋭くして睨んでくる。

 

 

「──なぜエクスカリバーのことを?」

 

「仲間を襲ったはぐれ神父がそのエクスカリバーを持ってたんだよ」

 

「はぐれか。なるほどな」

 

 

 あっさり納得してくれたな。

 

 

「ウソ! 明日夏くん、エクスカリバーの使い手と戦ったの!?」

 

 

 イリナが信じられないものを見るような視線を向けてくる。

 

 俺がエクスカリバーの使い手と戦って生き残ったことに驚いているのだろう。

 

 まぁ、正直言えば俺も運がよかったなとは思ってるがな。

 

 

「で、そのはぐれ神父はどうしたんだ?」

 

「さあな。誰かに呼び出されてどっかに行った。まあ、そのおかげで命拾いしたんだけどな」

 

 

 あのまま戦っていれば、誰かが死んでた可能性があったからな。

 

 それだけ、フリードとエクスカリバーの組み合わせは驚異だった。

 

 

「まあいい。そろそろお暇するぞ、二人とも。いつまでも居座るわけにはいかないだろう。──それに、思わぬ拾い物もあったからな」

 

 

 そう言い、青髪の少女が立ち上がるのを見て、イリナと黒髪の少女も慌てて立ち上がる。

 

 

「あっ、待ってよ。じゃあね、イッセーくん、明日夏くん。縁があったらまた。まあ、明日また会うと思うけど」

 

「えっと、お邪魔しました。あっ、待って、二人とも!」

 

 

 そして、三人はそのままイッセーの家から去っていった。

 

 

―○●○―

 

 

「よく無事だったわ!」

 

 

 イリナたちが立ち去ったあと、とりあえずイッセーの部屋に集まったところに、血相を変えた部長が慌てた様子で部屋に駆け込み、俺たち、特にイッセーとアーシアを見て安堵し、二人を抱き寄せる。

 

 

「ごめんなさい。私がもっと周囲に気を配っていれば・・・・・・。最悪のことも覚悟して戻ってきたのよ。本当によかったわ! これからはあなたたちをもっともっと大切にするわ!」

 

 

 どうやら、会長の話とはイリナたちのことだったみたいで、部長はそれを聞いていやな予想を立てて急いで帰ってきたみたいだ。

 

 

「部長」

 

「なあに?」

 

「おっぱい」

 

「ええ、ええ、わかったわ。イッセー、あなたは本当に甘えん坊さんね」

 

「──って、ストップ!」

 

「ダメです!」

 

「ダメッ!」

 

「ダメ~!」

 

「ダメでしょ!」

 

「あっ、やっぱり」

 

 

 イッセーの要求を聞き入れて、自身の服に手をかけようとする部長を俺とアーシアたちとで慌ててやめさせる。

 

 ここにはイッセー以外の男の俺もいるんですから、気をつけてください!

 

 なんてやり取りして落ち着いたところでことの顛末を部長に話す。

 

 

「お母さまと話をしていただけ?」

 

「ええ。適当な理由をつけて、アーシアだけは部屋に逃げさせておいたんですけど」

 

「本当にただ単に懐かしの幼馴染みに会いに来てただけでした」

 

「まあいいわ。どういうつもりかはわからないけど、どうせ明日には会うわけだし」

 

 

 そういえば、イリナが明日また会うとか言ってたな。

 

 

「明日の放課後、彼女たちが部室にやって来るそうよ。目的は私との交渉」

 

「それって・・・・・・」

 

「ええ。おそらくあなたと祐斗が遭遇したはぐれ神父の持つエクスカリバー絡みなのは間違いないわね」

 

 

 エクスカリバーという単語や俺の情報に対する青髪の少女の反応からしても間違いないだろうな。

 

 悪魔を邪悪な存在と疑わない教会の者がその悪魔と交渉したいと要求してきた。となると、向こうは相当切羽詰まってるってことになるのか?

 

 エクスカリバーが関わってくるのなら当然かもしれないが・・・・・・。

 

 とにかく、かなりの厄介事になるのは間違いないだろうな。

 

 こうなると、一番の不安要素は木場だな・・・・・・。

 

 

「部長。木場はどうしますか?」

 

「そうね。ただでさえ、エクスカリバーに対する憎悪を思い出したあの子にエクスカリバーの話題はタブーでしょうけど・・・・・・」

 

「それに、教会の者の一人はエクスカリバーの使い手の可能性があります」

 

「なんですって!? ソーナから聖剣使いだとは聞いていたけど、まさかエクスカリバーとは・・・・・・」

 

 

 俺の言葉に部長、それからイッセーたちもひどく驚愕する。

 

 

「そいつが持っていた聖剣のオーラとフリードが持っていたエクスカリバーのオーラが似ていたんです」

 

「まぁ、エクスカリバーを奪還するというのなら、同等の武器として同じエクスカリバーを持ち出すのは当然よね。でも、だとしたらどうしたものかしら・・・・・・」

 

 

 部長は深く考え込み、やがて口を開く。

 

 

「仕方ないわ。どのみち話さなきゃいけないでしょうし、もし知らないで遭遇でもしたら、斬りかかってしまう可能性もあるわ。だから、あの子もその場にいさせるわ。私が止めれば少しは落ち着いてくれるでしょうし、いざってときは、私がなんとかするわ」

 

 

 部長はそう言うが・・・・・・大丈夫なんだろうか。

 

 ・・・・・・揉め事にならなきゃいいんだがな。

 

 

―○●○―

 

 

 翌日の放課後。

 

 いつものオカ研の部室は張り詰めた空気によって支配されていた。昨日、部長が言ったとおり、イリナたちを含んだ教会関係者が部室に訪れていたからだ。

 

 ソファーに座る部長に向かい合う形でソファーに座る教会関係者が三人、その後ろに二人立っていた。座っている三人のうち二人は昨日イッセーの家に訪れたイリナと青髪の少女。もう一人は二十代ぐらいの男性だった。褐色肌をしており、白髪をオールバックにしていた。そして、この場の誰よりも静かに落ち着いており、相当な実力者の貫禄を見せていた。

 

 後ろで立っている二人のうち一人はイリナと青髪の少女と一緒にいた黒髪の少女。もう一人は俺と同い年ぐらいの黒髪の少年で、こちらも褐色肌をしており、青髪の少女以上の鋭い眼差しで俺たちを敵意全快で睨んでいた。

 

 イッセーたち部長の眷属たちは部長の後ろに控えており、眷属ではない俺たちは離れた場所からこれから行われる会談を見守っていた。

 

 そして、肝心の木場だが、一応はおとなしくしてはいた。だが、明らかに憎悪の感情を隠していなかった。きっかけがあれば、すぐにでも斬りかかる姿勢だった。

 

 緊張した空気のなか、最初に話を切り出したのは白髪の男性だった。

 

 

「このたび、会談を了承してもらって感謝する。私はアルミヤ・A・エトリア」

 

「私はゼノヴィアだ」

 

「紫藤イリナよ」

 

「神田ユウナです」

 

「・・・・・・ライニー・ディランディ」

 

 

 教会関係者たちの自己紹介に部長も応じる。

 

 

「私はグレモリー家次期当主、リアス・グレモリーよ。それで、神の信徒が悪魔に会いたいだなんてどういうことかしら?」

 

 

 部長の質問に白髪の男性──アルミヤ・A・エトリアが逆に問いかける。

 

 

「理由はもう察しているのではないかね?」

 

「エクスカリバーね?」

 

 

 部長の言葉にイリナが答える。

 

 

「元々行方不明だった一本を除く六本のエクスカリバーは教会の三つの派閥、カトリック教会本部ヴァチカン、プロテスタント、正教会がそれぞれ保管していましたが、そのうち三本が堕天使の手によって奪われました」

 

『──ッ!?』

 

 

 イリナの言葉に俺たちは驚く。

 

 はぐれであるフリードが持ってたことから強奪されたのだとは予想できてはいたが、まさか三本も強奪されていたとは。

 

 

「私たちが持っているのは残ったエクスカリバーのうち、『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』と」

 

 

 青髪の少女──ゼノヴィアが布に包まれた聖剣を見せるのに合わせて、イリナが腕に巻いていた紐をほどいて手に取ると、紐がうねうねとカタチを変えて一本の日本刀と化した。

 

 

「私の持つこの『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』の二本だけ」

 

 

 イリナのエクスカリバーは名前のとおり、擬態の能力を持ってるのか。持ち運びに便利そうだな。

 

 てことは、それぞれのエクスカリバーには名前にちなんだ固有の能力を持っているのか。

 

 そして、木場からより殺意と憎悪が放たれる。

 

 ・・・・・・頼むからおとなしくしていてくれよ。

 

 

「残る一本は正教会が管理しているのだが、すべて奪われることを危惧し死守するため、今回の奪還任務に持ち出されていない。よって、正教会からの人材派遣はない」

 

 

 殺意と憎悪を撒き散らす木場を一瞬だけ一瞥し、アルミヤ・A・エトリアが残りの一本のエクスカリバーの捕捉説明をしてくれる。

 

 

「我々がこの地に来たのはエクスカリバーを奪った堕天使がこの町に潜伏しているという情報を掴んだからだが──どうやら情報は正しかったようだ」

 

「ええ。先日、私の下僕とそこにいる彼がエクスカリバーを持ったはぐれエクソシストに襲われたのよ。それから、そのはぐれエクソシストが教会関係者たちを殺し回っていたのだけれど──」

 

「ご推察のとおり、その者たちは情報収集のためにこの町に潜り込ませていた調査員だ。・・・・・・おそらく、全員殺されたがね」

 

 

 それにしても、なぜエクスカリバーを奪った奴らはわざわざ部長が管理するこの町に?

 

 首謀者が堕天使なら、自分たちの領域に持っていけばいいものを。

 

 それとも、レイナーレみたいな独断専行者なのか?

 

 

「それで、聖剣を奪った堕天使、何者なのか判明しているの?」

 

「『神の子を見張る者(グリゴリ)』の幹部、コカビエルだ」

 

『──ッ!?』

 

 

 アルミヤ・A・エトリアの答えに三本ものエクスカリバーが強奪された事実以上に驚愕する俺たち。

 

 『神の子を見張る者(グリゴリ)』は堕天使の中枢組織で、その幹部であるコカビエルは聖書に記されているほどの存在だ。

 

 ・・・・・・相当な大物が来たな。

 

 

「幹部クラスを五人で? 無謀よ。それに見たところ、彼女たち以外はエクスカリバーどころか、聖剣すら持っていないじゃない?」

 

 

 部長の疑問ももっともだろう。堕天使幹部のコカビエルがどれほどの存在かは知らないが、少なく見積もっても俺たちが束になっても勝てる可能性が限りなく0と言っていいほどの存在なのは間違いないはずだ。

 

 部長の言うとおり、エクスカリバーの使い手がいるとはいえ無謀に近かった。

 

 

「このヒトに関してはそんな心配はいらないよ。悔しいが、エクスカリバーを持った私とイリナが二人がかりで挑んでも相手にならないからね」

 

「教会の若手剣士の中でもトップクラスの実力があるのは間違いないわね」

 

 

 アルミヤ・A・エトリアを見ながら告げられたゼノヴィアとイリナの言葉を聞いて、俺は改めてアルミヤ・A・エトリアを見る。

 

 エクスカリバーの使い手にここまで言わせるとは。雰囲気からタダ者じゃないとは思っていたが、そこまでとはな。

 

 

「後ろにいる二人に関しても、エクスカリバーがなくても十分な実力者と言えるよ」

 

 

 さらにゼノヴィアは神田ユウナやライニー・ディランディについてもそう評する。

 

 全員がそれなりの実力があるのは間違いないみたいだな。

 

 

「大した自信ね。でも、やはり無謀と思えるわ」

 

「かもしれないな」

 

 

 部長の言葉にアルミヤ・A・エトリアは淡々と答えた。

 

 

「死ぬつもりなの?」

 

 

 部長の問いにイリナが答える。

 

 

「そうよ。我々の信仰をバカにしないでちょうだい、リアス・グレモリー。覚悟の上よ。ね、皆?」

 

「聖剣を堕天使に利用されるくらいならこの身と引き換えにしてでも消滅させる」

 

「・・・・・・フン、そのつもりだ」

 

「・・・・・・覚悟はあるんですけど、本音を言わせてもらえば、できることなら、死にたくもないし、皆も死なせたくないんですけどね」

 

「ま、そういうことだ。相手が相手であるのでね。全員覚悟はできているというわけだ」

 

 

 全員が覚悟を口にし、アルミヤ・A・エトリアはそうまとめた。

 

 

「あなたたちの覚悟はわかったわ。それで、私たちにどうしてほしいの?」

 

「我々の要求は──」

 

「簡単だ。俺たちの戦いに手を出すな──それだけだ」

 

「ちょっ、ライくん!」

 

 

 アルミヤ・A・エトリアの言葉を遮り、ライニー・ディランディが高圧的に言った。

 

 それを聞いて、神田ユウナは慌て始める。

 

 

「まあ、そういうことだ。今回の件は我々と堕天使の問題だ。ライニーの言うとおり、私たちの要求は私たちと堕天使のエクスカリバー争奪の戦いに悪魔が介入してこないこと。──つまり、今回の事件で悪魔側は関わるなということだ」

 

「ああもう、ゼノヴィアまで!」

 

 

 ゼノヴィアの物言いに神田ユウナはさらに慌てだし、部長も眉が吊り上がる。

 

 

「ずいぶんな言い方ね。私たちが堕天使と組んで聖剣をどうにかするとでも?」

 

「悪魔にとっても、聖剣は忌むべきものだ。利害は一致する。堕天使と手を組んででも破壊する価値はあるはず。もしそうなら、我々はあなたを完全に消滅させる。たとえ、魔王の妹だろうとな」

 

 

 ゼノヴィアの言葉にアルミヤ・A・エトリアが額に手を当てて嘆息する。

 

 

「・・・・・・ライニー、ゼノヴィア。キミたち、少しは言葉を選べないのかね・・・・・・。いくら敵とはいえ、こちらが一方的に要求をしているのだから、少しは穏便に発言したまえ」

 

「俺は別にここでこいつらと戦っても問題ないぞ」

 

「ああもう、ライくんのバカ!?」

 

「・・・・・・ハァ」

 

 

 ライニー・ディランディが不敵に笑みを浮かべながらの発言に神田ユウナは涙目になり、アルミヤ・A・エトリアは深いため息を吐いた。

 

 

「・・・・・・申し訳ない、リアス・グレモリー。こちらにキミたちと争う気はない。だが、ゼノヴィアが言っていたことを上も危惧しているのは事実だ。実際、私もまったく疑っていないと言えば嘘になる。──もし、本当にそのつもりがあるのであれば、我々は矛をキミたちにも向けるつもりだ」

 

「ならば、言わせてもらうわ。グレモリー家の名において、魔王の顔に泥を塗るようなマネは絶対にしない」

 

 

 部長がそう言い切ると、アルミヤ・A・エトリアはフッと笑みを浮かべる。

 

 

「それを聞けただけで十分だ。ライニーはともかく、ゼノヴィアも、あくまで上の意向を伝えただけだ。・・・・・・物言いに関しては大目に見てくれると助かる」

 

 

 アルミヤ・A・エトリアの言葉に部長も表情を緩和させる。

 

 

「まあ、いいわ。ただし、そちらが一方的に要求してきたのだから、こちらからも条件を出させてもらうわ」

 

「──何かね?」

 

「あなたたちが追っているエクスカリバーの使い手に私たちはすでに襲われているわ。今後は襲われないとも限らない。もし、そうなったら──」

 

「応戦してかまわない。なんなら、エクスカリバーを破壊しても結構だよ」

 

 

 アルミヤ・A・エトリアの言葉にゼノヴィアとイリナが難しい表情をして訊く。

 

 

「・・・・・・いいのかい、アルさん」

 

「・・・・・・悪魔の人たちにそんなことを許しちゃって」

 

「仕方あるまい。襲撃されて命が危険にさらされても手を出すななどと言えるはずもないだろう」

 

 

 確かにそうだ。もし言われたら「ふざけるな」と言いたくなる。

 

 

「それに──そちらにも少々事情もあるようだしな」

 

 

 アルミヤ・A・エトリアは木場を一瞥しながら言った。

 

 このヒトもしかして、木場が『聖剣計画』の犠牲者だということに気づいたのか?

 

 部長の言った条件も、木場を納得させるための妥協点として提示したのだろうからな。

 

 

「ただし、やむを得ない状況を除いて我々の戦いに一切介入しないことは守ってもらう。そして、仮にエクスカリバーを破壊したとして、聖剣の芯となっている『かけら』だけはこちらに返還してもらう。──いいかね?」

 

 

 アルミヤ・A・エトリアは視線を鋭くしながら部長に問いかけた。

 

 その雰囲気から「もしそうしなければ矛を交えることになる」と、暗に告げていた。

 

 

「ええ、それでいいわ。了解したわ」

 

 

 部長が了承したところで、部室を支配していた空気が若干和らいだ。

 

 

「時間を取らせて申し訳ない。本日は面会に応じていただき、感謝する。そろそろお暇させてもらうよ」

 

「せっかくだからお茶でもどう?」

 

「悪魔と馴れ合うわけにもいかないだろう。キミの眷属たちにとっても精神衛生上よくないだろうからね」

 

「それもそうね」

 

「では、失礼する」

 

 

 アルミヤ・A・エトリアが部長と軽口を叩き合ったあと、ゼノヴィアとイリナと共に立ち上がり、後ろに控えていたライニー・ディランディと神田ユウナを連れて部室から立ち去ろうとする。

 

 フゥ、どうにか揉め事にならずに済んだか・・・・・・。懸念材料である木場も、いまだに殺意と憎悪を撒き散らしながら不服そうにしてはいるが、立ち去ろうとする彼らに手を出そうとはしていなかった。

 

 だが、ここで俺はうっかりしていた。──懸念材料はもうひとつあったことを。

 

 

「──兵藤一誠の家を訪ねたとき、もしやと思ったが──アーシア・アルジェントか?」

 

 

 アーシアを視界に捉えたゼノヴィアが立ち止まり、アーシアに問いかけた。

 

 

「えっ、あっ、はい」

 

「まさかこんな地で『魔女』に会おうとはな」

 

 



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Life.6 聖剣と戦います!

 

 

 『魔女』と呼ばれたアーシアは体を震わせていた。その単語はアーシアにとって、辛い思い出を思い出させるものだった。

 

 

「あー、あなたが魔女になったという元『聖女』さん? 堕天使や悪魔をも癒す能力を持ったために追放されたとは聞いていたけど、悪魔なっていたとはね」

 

「・・・・・・あ、あの・・・・・・私は・・・・・・」

 

 

 イリナにも言い寄られ、アーシアは体を震えせながらスカートの裾をギュッと掴む。

 

 そんなアーシアにゼノヴィアはさらに無情な言葉をかける。

 

 

「しかし、『聖女』と呼ばれていた者が悪魔とはな。堕ちれば堕ちるものだ」

 

「てめぇ! いい加減にしろおまえ──」

 

「・・・・・・イッセー先輩」

 

 

 ゼノヴィアの言い分に思わず突っ掛かろうとするが、小猫ちゃんが手で制してくる。

 

 わかってる! ここであいつらとやらかしたらマズイってことぐらい! 頭ではわかってるけど、沸き上がる感情が抑えられなかった!

 

 

「そこまでにしろ、ゼノヴィア。彼女はもう追放され、そしていまや悪魔の身。もう我々とは関係はないし、我々も彼女にとやかく言う権利はない」

 

「いや、そういうわけにはいかないよ、アルさん。神の信徒として、彼女を無視するわけにはいかない理由がある」

 

 

 アルミヤってヒトがゼノヴィアを諌めようとするけど、ゼノヴィアは止まらず、アーシアに問いかける。

 

 

「まだ我らが神を信じているのか?」

 

 

 ゼノヴィアの問いにイリナが呆れた様子で言う。

 

 

「ゼノヴィア、彼女は悪魔になったのよ」

 

「いや、背信行為をする輩でも罪の意識を感じながら信仰心を忘れられない者がいる。その子にはそう言う匂いが感じられる」

 

「へー、そうなんだ。ねぇ、アーシアさんは主を信じているの? 悪魔の身になってまで?」

 

 

 イリナの問いにアーシアは震えながら弱々しく答える。

 

 

「・・・・・・す、捨てきれないだけです。ずっと、信じてきたのですから・・・・・・」

 

 

 それを聞き、ゼノヴィアはアーシアに聖剣を突きだす。

 

 

「ならば、いますぐ私たちに斬られるといい。キミが罪深くとも、我らの神は救いの手を差し伸べてくれるはずだ。せめて私の手で断罪してやる。神の名のもとに」

 

「てめぇ──」

 

「そのくらいにしてもらえるかしら!」

 

 

 思わず飛び出そうとするが、先に部長が言葉に怒気を含ませて割り込んだ。

 

 

「私の下僕をこれ以上貶めるのは」

 

「貶めているつもりはない。これは信徒として当然の情け──」

 

「──ッ!」

 

 

 ついに我慢の限界が来た俺は小猫ちゃんの手を振り払い、庇うようにアーシアの前に立つ!

 

 

「アーシアを『魔女』と言ったな!」

 

「少なくとも、いまは『魔女』と呼ばれる存在だと思うが?」

 

 

 ゼノヴィアはあたりまえのように言った。

 

 

「ふざけるなッ! 自分たちで勝手に『聖女』に祀り上げといて! それで少しでも求めていた者と違ったから見限るのか!? ・・・・・・そりゃねえよ。そりゃねえだろう!? アーシアはなぁ・・・・・・ずっと一人ぼっちだったんだぞ!」

 

 

 俺は溜まっていたものを止められなかった。ずっと、ずっと神さまに関わる者に言ってやりたかったんだ。

 

 

「『聖女』は神からの愛のみで生きていける。愛情や友情を求めるなど、元より『聖女』になる資格などなかったのだ」

 

 

 当然だというかのようにゼノヴィアは口にした。

 

 クソッ! なんだ。なんなんだ、こいつらは!

 

 理解できねぇ! 理解なんてしたくねぇ! 

 

 

「その神さまはアーシアがピンチだったときに何もしてくれなかったじゃないか!」

 

「神は愛してくれていた。何も起こらなかったとすれば、彼女の信仰が足りなかったか、もしくは偽りだっただけだよ」

 

 

 ゼノヴィアは冷静にそう答えた。

 

 こんな奴ばかりなのか、教会の連中は!? ふざけんな。ふざけんなよ!

 

 

「何が信仰だ! 神さまだ! アーシアの優しさを理解できない連中なんか皆バカ野郎だ!」

 

「・・・・・・キミはアーシア・アルジェントのなんだ?」

 

「家族だ! 友達だ! 仲間だ! おまえらがアーシアに手を出すのなら、俺はおまえら全員敵に回しても戦うぜ!」

 

 

 ゼノヴィアの問いに俺はハッキリとそう告げてやった!

 

 

「ふん、なるほどな」

 

 

 突然、嘲笑うかのような言葉が紡がれた。その言葉を発したのは、今まで会話に参加せず黙っていたライニーと名乗った男だった。

 

 

「何がなるほどなんだよ!」

 

「家族、友達、仲間、なるほど、愛情や友情を求めたそいつにはうってつけのたぶらかし文句だったわけだ」

 

「何ッ!?」

 

「そう言ってそいつをたぶらかして悪魔に仕立てあげたんだろう? 悪魔の誘惑ってやつか? 悪魔らしいかぎりだ」

 

「ちょ、ちょっと、ライくん!」

 

 

 嘲笑を浮かべながら好き勝手言うライニー。そんなライニーを神田ユウナがあわあわしながらも諌めようとする。

 

 

「そんなんじゃねぇ! 俺はアーシアと友達になりたいって思っただけだ!」

 

「そりゃ、悪魔を癒す力は何がなんでもほしいだろうからな」

 

「そんなの関係ねえ! 悪魔もシスターも癒しの力なんかも関係ねえ! 俺はそんなもの抜きでアーシアと友達になろうとしたんだ!」

 

「そう言ってたぶらかしたんだろう? 悪魔はそういう口がうまいからな」

 

 

 なんなんだよ、さっきからこいつはよ!?

 

 

「ん? なんだ。おまえらもこいつにやられた口か?」

 

 

 そう言ったライニーの視線の先には、スゴい形相でライニーを睨んでいる千秋、鶫さん、燕ちゃんがいた。三人とも、明らかに怒っていた。

 

 

「哀れだな。悪魔に魅了されるなんてな。一体どんな手口にやられ──ッ!?」

 

 

 ライニーの言葉を遮って拳が打ち込まれた!

 

 ライニーは驚きながらも、的確に拳を掴んで受け止める。

 

 

「明日夏!?」

 

 

 拳を打ち込んだのは、明日夏だった。

 

 

「・・・・・・なんのつもりだ?」

 

「・・・・・・それはこっちのセリフだ」

 

 

 ライニーの問いに明日夏は拳を突き出したまま答える。

 

 

「連れはアーシアを貶めたかと思えば、くだらねぇ理由で斬ろうとする。おまえはおまえでいきなり好き勝手言ってイッセーを侮辱する。・・・・・・いい加減、我慢の限界なんだよ!」

 

 

 相当頭に来ている様子で明日夏はゼノヴィアとライニーを睨む。

 

 

「アーシアに手を出し、その口も黙らせねぇのなら、俺も黙ってねぇぞ!」

 

 

 明日夏はゼノヴィアとライニーを睨みながら、拳を突き出して言った。

 

 

「そっちがその気なら受けてたつよ。先ほど盛大に喧嘩を売られたからね」

 

「俺も別に構わないぜ」

 

 

 ゼノヴィアもライニーやる気満々だった。

 

 

「ちょっ!? 二人とも──」

 

「止めなさい! 二人とも──」

 

「──ちょうどいい。僕も混ぜてもらおうか」

 

 

 神田ユウナと部長が俺たちを止めようとするけど、木場がその制止の声を遮った。

 

 

「・・・・・・誰だキミは?」

 

「キミたちの先輩だよ。──失敗作だったそうだけどね」

 

 

 ゼノヴィアの問いかけに木場は不敵に笑みを浮かべて答えた。

 

 

━○●○━

 

 

 ・・・・・・我ながら短慮な行動だった。

 

 つい先程の自分の行動を反省しながら、現状を確認する。

 

 イッセーは本来、言いたいこと言いたかっただけで、実際にやり合うつもりはなかったみたいだ。

 

 俺も止められたら一応は引き下がるつもりだった。

 

 だが、木場が俺たちの口論に乗っかって教会の連中に殺意全快でケンカを売りやがった。それをゼノヴィアとライニーも買いだして一触即発の空気となって、完全に収まりがつかなくなってしまった。

 

 それを察したアルミヤ・A・エトリアが部長にお互い上に報告しない非公式の手合わせを渋々ながら提案してきた。部長もその提案に渋々乗り、俺、イッセー、木場のオカ研側とゼノヴィア、イリナ、ライニーの教会側の対決と相成った。

 

 対戦カードは俺とライニー、イッセーとイリナ、木場とゼノヴィアという形となった。

 

 そして俺たちはいま、球技大会の練習をしていた場所に立っていた。俺から少し離れたところにはイッセーと木場がおり、さらに俺たちと対峙するようにゼノヴィア、イリナ、ライニーがいた。その俺たちからさらに離れたところに残りのオカ研のメンバーとアルミヤ・A・エトリア、神田ユウナがいた。

 

 そんな俺たちの周辺を囲い込むように紅い魔力の結界が張られる。これで多少の無茶をしても周囲に影響が出なくなるらしい。

 

 

「では、始めようか」

 

 

 ゼノヴィアの言葉を皮切りに教会側の三人がローブを脱ぎ、黒い戦闘服姿になった。ゼノヴィアとイリナのは体の線が浮き出てて、正直眼のやり場に困るものだった。ライニーのは俺の戦闘服のコートがないバージョンって感じで、グローブが手首の先まで覆うタイプだった。

 

 

「上にバレたらお互いマズいわね!」

 

 

 そう言いながらも人数合わせの割に結構ノリノリなイリナは腕に巻いている紐を掴むと、紐は形状を変化させ、日本刀の形になった。

 

 

「殺さない程度に楽しもうか」

 

 

 ゼノヴィアの持つ剣の布が取り払われ、破壊の名前に恥じない破壊力重視と思われる刀身が太い剣が現れた。

 

 

「フン」

 

 

 ライニーはグローブの両手首の部分を開く。すると、そこから腕にかけられた十字架が現れる。

 

 次の瞬間、十字架が光り輝き、十字架がグリップの部分に十字架をあしらった刻印がされた白銀の拳銃に変わっていた!

 

 

「じゅ、十字架が!?」

 

 

 十字架が拳銃に変化したことに元シスターであるアーシアが驚愕していた。

 

 

「武器に変化する十字架──聞いたことあるな。確か、『武装十字器(クロス・ギア)』って名前だったか?」

 

 

 聞いた話によると、最近になって教会が神器(セイクリッド・ギア)を参考に開発した、言わば、人工の神器(セイクリッド・ギア)と呼べるもの──それがあの聖なる武器に変化する十字架『武装十字器(クロス・ギア)』だった。

 

 

「よく知ってるじゃねぇか」

 

 

 ライニーは銃口をこちらに向ける。

 

 武装十字器(クロス・ギア)は、エクスカリバーなどの聖剣と比べれば、性能は大きく劣るし、人工の神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれながらも、その神器(セイクリッド・ギア)みたいな能力はないらしい。けど、誰でも扱え、持ち主の扱いやすい武装に変形するという特徴があり、利便性においては圧倒的に優れていた。そして、悪魔などの聖なる力を弱点としている存在にとっては十分に驚異となる代物でもあった。

 

 何より、使い手によっては、既存の聖剣や神器(セイクリッド・ギア)並みに性能を発揮するらしい。

 

 そして、エクスカリバーの奪還という任務でやって来たこいつだ。それぐらい、いや、それ以上の実力はあると想定して臨むべきだな。

 

 そう分析しながら戦闘服に着替え、雷刃(ライトニングスラッシュ)を手に構える。

 

 やめるつもりだったとはいえ、あいつらの言葉に腸が煮えくり返っているのも事実だった。木場ほどじゃないが、やる以上はぶちのめす!

 

 

━○●○━

 

 

 うーん、明日夏の奴、止められたらやめるつもりだったとは言っていたけど、結構やる気満々じゃねぇかよ・・・・・・。木場もはなっからやる気満々──ていうか、相手を殺しそうな勢いだぞ!?

 

 おいおい、殺し合いは禁止だぜ? わかってんのか、木場?

 

 

「・・・・・・ふふふ」

 

 

 当の木場は不気味なほどの笑みを浮かべていた。薄ら寒くなるほどの笑顔だ。

 

 

「・・・・・・笑っているのか?」

 

「ああ。倒したくて、壊したくて仕方のなかった物が目の前に現れたんだからね──」

 

 

 ゼノヴィアの問いに木場が答えた瞬間、木場の周囲に複数の魔剣が出現した。

 

 

「・・・・・・『魔剣創造(ソード・バース)』か。思い出したよ。聖剣計画の被験者で処分を免れた者がいたという噂をね。それはキミか?」

 

 

 今度のゼノヴィアの問いに木場は答えない。ただただ、殺気を向けているだけだ。

 

 

「兵藤一誠くん! 士騎明日夏くん!」

 

 

 いきなり紫藤イリナがなぜか瞳をキラキラさせながら俺と明日夏のことを呼んだ。

 

 

「「な、なんだよ?」」

 

 

 俺も明日夏も訝しげにイリナのほうを見る。

 

 

「再会したら懐かしの男の子たちの一人が悪魔になっていただなんて!? もう一人の幼馴染みも悪魔と一緒に行動しているだなんて!? なんて残酷な運命のいたずらぁ!」

 

「「はぁ?」」

 

 

 イリナの言葉に俺も明日夏も思わず呆気に取られてしまう。

 

 

「聖剣の適正を認められ、はるか海外に渡り、晴れてお役に立てると思ったのに!? ああぁ、これも主の試練?」

 

 

 悲しそうに言ってるけど、言葉に反して振る舞いがぜんぜん悲しそうじゃないよ!

 

 

「でも、それを乗り越えることで私はまた一歩、真の信仰に近づけるんだわぁ! ああぁ!」

 

 

 ちょっと、この子、何言ってるの!? 完全に自分に酔っちゃてるよ! 関わってはいけないタイプの子になっちゃてるよ!?

 

 

「さあ、イッセーくん、明日夏くん! 私がこのエクスカリバーであなたたちの罪を裁いてあげるわぁ! まずはイッセーくんから! アーメン!」

 

 

 そう言って、イリナは勢いよく斬りかかってきた!

 

 

「なんだか、わかんねぇが、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』ッ!」

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 籠手を出現させて、斬りかかってきたイリナの斬擊なんとかかわすけど、制服が少し斬られた!

 

 

 あっぶね! 何が手合わせだ! ぜんぜん本気じゃねぇか!?

 

 

「イリナちゃん!? これ手合わせ! 手合わせだよ!?」

 

 

 神田ユウナも慌てて叫んでいた。

 

 仲間にも言われてんぞおい!

 

 

「ああぁ、ひさびさの故郷の地で昔のお友達を斬らねばならない! なんて過酷な運命!?」

 

 ダメだ、この子!? 完全に自分の世界に入っちゃてるよ!

 

「・・・・・・イッセー。いまのイリナに何を言っても無駄だ、諦めろ。とりあえず、さっき言ったとおり、必死で避けろ。悪魔のおまえはかするだけでも大ダメージだからな」

 

 

 バトル前に明日夏に言われたことを思い出し、気を引き締める。

 

 聖剣に斬られた悪魔は光の攻撃を受けたときと同様に完全に消滅する。下手すると、光の攻撃以上のダメージが発生するらしい。絶対に斬られたくないな!

 

 

「『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』か。アーシア・アルジェントの『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』といい、キミの『魔剣創造(ソード・バース)』といい、異端の神器(セイクリッド・ギア)がよく揃ったものだ」

 

 

 俺の『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を見て、ゼノヴィアが興味深そうに呟いていた。

 

 

「・・・・・・僕の力は同士の恨みが産みだしたものでもある。無念の中で殺されていった者たちのね!」

 

 

 木場は地面に生えた魔剣を一本手に取り、ゼノヴィアに斬りかかる。

 

 

「この力で持ち主と共にエクスカリバーを叩き折る!」

 

 

 木場は一心不乱に魔剣を振るうけど、ゼノヴィアは易々と木場の攻撃を防いでいた。

 

 すると木場は『騎士(ナイト)』の特性の足の速さで縦横無尽に駆け回ってゼノヴィアに斬り込む。

 

 だけど、神速の動きによる四方八方から来る斬擊をゼノヴィアは最小の動きだけで的確に受け流していた。

 

 木場の速さがぜんぜん通用してねぇ!? マジかよ!

 

 

「クソッ!」

 

 

 明日夏の苦悶の声が聞こえ、明日夏のほうを見る。

 

 ライニーが両手の拳銃を絶えまなく撃ち、撃ち出された弾丸を明日夏は必死に動き回って避けていた。でも、ときどき避けきれずに当たり、苦悶の表情を作っていた。当たっても、着ているコートのおかげで傷ができることはなかったけど、衝撃や痛みまで防げていない様子だった。そのせいで、明日夏はいまは完全に避けることに徹していて、攻めあぐねていた。

 

 木場と明日夏、あんなに強い二人が、一向に攻めきれずにいた。それだけ相手がめちゃくちゃ強いってことかよ!

 

 

「イッセーくん。よそ見してる余裕なんてあるのかな?」

 

 

 イリナの言葉を聞こえ、慌ててその場から飛び退くと、さっきまで俺がいたところにイリナが斬り込んでいた!

 

 クソッ! イリナだって弱いはずはねえ。他の二人と同じくらいの強さなはずだ。ちきしょう、実戦経験が少ないうえに、聖剣との戦いが初めてだから、どれくらい倍加すればいいのか目安がわからん。さっき明日夏に言われたとおり、できるだけ避けて、上げれるだけ上げるしかねえ!

 

 

「こうなったらやるしかねえ! いや、やっておかないと気がすまねぇ! いや、やらねぇと損だ!」

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 ──隙を見て、洋服崩壊(ドレス・ブレイク)かましてやる!

 

 紫藤イリナ。昔は男の子だと思っていた。けど、いまはその体のラインがはっきりとわかる戦闘服から見てわかるとおり、すっかり美少女に成長して、出るところが出てていい体つきをしているぜ!

 

  成長したその裸体、いまからたっぷり拝んでやるぜ!

 

 

「・・・・・・な、なぁに、そのいやらしい顔?」

 

 

 怪訝な顔つきになるイリナ。ふふふ、わかるまい。俺が何を考えているのかを──。

 

 

「・・・・・・気をつけてください。イッセー先輩は手に触れた女性の服をすべて消し飛ばすことができます」

 

「「服を!?」」

 

 

 小猫ちゃんの言葉を聞いて、イリナと神田ユウナが驚愕し、神田ユウナは反射的に自分の着ているものを守るように自身の体を抱いていた。

 

 ていうか──。

 

 

「小猫ちゃん! なぜに敵にネタバレしますか!?」

 

 

 抗議の眼差しを向ける俺に小猫ちゃんはズバリと言う。

 

 

「・・・・・・女性の敵です」

 

 

 ・・・・・・あぅ! ・・・・・・痛烈なツッコミ!

 

 

「なんて最低な技なの、イッセーくん!? 悪魔に堕ちただけでは飽きたらず、心までもが邪悪に染まってしまうなんて! 神よ! この罪深き変態をお許しにならないでください!」

 

 

 悲哀に満ちた表情でお祈りをあげるイリナ。

 

 そんなかわいそうな奴を見る目で見るな!

 

 

「なるほど。性欲の塊か。欲望の強い悪魔らしい行動だと私は思うよ」

 

 

 ゼノヴィアは俺に軽蔑な視線を向けて嘆息しながら言った。

 

 

「ゴメン」

 

 

 なに謝ってんだ、木場ぁぁぁ!

 

 

「悪魔らしい限りだ。そんな悪魔のために戦うなんてな」

 

 

 ライニーが俺に侮蔑の視線を向けると、呆れたように明日夏に言った。

 

 

「いや、イッセーの性欲の強さは悪魔になるまえからだ」

 

 

 それフォローなのか、明日夏!?

 

 

「・・・・・・お、お多感なんだね」

 

 

 神田ユウナがなんとも言えない表情で苦笑いを浮かべていた。

 

 そうなんです! 多感な時期なんですよ!

 

 

「・・・・・・個人の性癖にとやかく言う気はないが・・・・・・戦闘中にそれを持ってくるのはどうなのか。ある意味、肝が座っているというか・・・・・・」

 

 

 アルミヤ・A・エトリアさんは呆れた表情で言った。

 

 

「・・・・・・とにかく、最低です」

 

 

 小猫さまがまとめるように言った。エロくてゴメンね!

 

 そんななんとも言えない空気のなか、木場は手に持っていた魔剣を地面に刺し、別の魔剣を二本手に取った。

 

 

「燃え尽きろ! そして凍りつけ!」

 

 

 片方の魔剣からは業火が渦巻き、もう片方の魔剣からは冷気と共に霧氷を発生させ、木場は二刀流でゼノヴィアに斬りかかる。

 

 

「甘いッ!」

 

 

 ゼノヴィアの一振りが木場の二本の魔剣を粉々に砕いてしまう!

 

 

「はぁッ!」

 

 

 ゼノヴィアは聖剣を器用にくるくる回したかと思うと、高々と持ち上げて天にかざし、地面に振り下ろした。

 

 

 ドォォォォォオオオオオオオオンッッ!

 

 

 突然、足場が激しく揺れて、地響きが発生する!

 

 体勢が崩れ、俺はその場で膝を着いてしまい、目の前のイリナも尻餅を着いていた。

 

 さらに周囲に土煙が巻き起こり、俺にも土がかかってきた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 土煙が晴れ、視界に入ってきた光景に俺は我が目を疑った。

 

 

「『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』の名は伊達じゃない!」

 

 

 ゼノヴィアが振り下ろした聖剣を中心に巨大なクレーターが生みだされていた!

 

 一撃でこんなクレーターを作ったのかよ!? 剣の一振りで!?

 

 

「・・・・・・七つに分けられて、なおこの破壊力・・・・・・。フッ、七本全部消滅させるのは修羅の道か・・・・・・」

 

 

 木場はこの光景を見て、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるけど、その瞳に映る憎悪の影はいまだに消えていなかった。

 

 

「はぁ、ゼノヴィアったら。突然、地面を壊すんだもの・・・・・・」

 

 

 立ち上がったイリナは土を払いながら毒づく。

 

 

「さてと、そろそろ決めちゃいましょうか!」

 

 

 再び聖剣をこちらに向けて斬りかかってくるイリナ。

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 よし! いまだ!

 

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 

 俺の中を力が駆け巡る。十分かどうかわからないけど、ここで攻める!

 

 

洋服崩壊(ドレス・ブレイク)!」

 

 

 斬り込んでくるイリナに俺も飛びかかる!

 

 

「──ッ!? 卑猥な!」

 

 

 俺の目的に気づいたイリナは慌てて俺の突進を避ける。

 

 

「まだまだッ!」

 

「イヤッ!」

 

「ふッ!」

 

「やめてッ!」

 

「であぁッ!」

 

「ダメーッ!」

 

 

 チッ! 身軽だな! だが諦めん! 変態でもいい! 俺はたくましく生きていきたいんだ!

 

 イリナの服を弾け飛ばすのに夢中になっていた俺は、イリナの動きに徐々に順応していった。

 

 

「イッセーくんの動きが急にしなやかかつ機敏に!」

 

「イリナちゃんが一方的なんて!?」

 

 

 俺の動きのよさに驚く朱乃さんと神田ユウナ。

 

 

「ヒトは何かに夢中になると、自然と集中力が高まる。集中力が高まれば、動きのパフォーマンスもまたよくなる──とは言うが・・・・・・」

 

「・・・・・・単なるスケベ根性です」

 

 

 アルミヤ・A・エトリアさんの解説を聞いて、小猫ちゃんがバッサリと告げた。

 

 

 エロくて、ゴメンなさいね! だけど、いまの俺を止められるの者などいるはずがない!

 

 

「なんなのもう! ヒッ!?」

 

 

 逃げ回るイリナだったが、ついにその動きを捉え、逃げる方向に先回りした!

 

 

「俺のエロを甘く見るなァァッ!」

 

 

 指をわしゃわしゃと動かし、スケベな笑みを浮かべながら間合いを詰め──ダイブするように彼女へ飛び込んでいく!

 

 イリナに手が届こうとした瞬間──。

 

 

「──ッ!」

 

 

 彼女は咄嗟の動きで身を屈めてしまった!

 

 勢いが止まらない俺はそのまま前方に飛んでいき、結界を抜けてイリナの後方にいた鶫さんと燕ちゃん、小猫ちゃんのもとへ──。

 

 

「あ」

 

 

 そして、鶫さんと小猫ちゃんの肩へ俺の手がそれぞれ触れてしまい──。

 

 

「きゃっ!?」

「わっ!?」

 

 

 燕ちゃんを勢いそのまま押し倒してしまった! むろん、手は触れている。

 

 次の瞬間、三人の制服が弾け飛んだ。そう、下着すら容赦なく。三人は丸裸となっていた。

 

 鶫さんの部長や朱乃さんに並みの大きさを誇る生乳、小猫ちゃんのロリロリで小ぶりな生乳、同じくらい小ぶりで、小猫ちゃんとは違った魅力がある燕ちゃんの生乳が俺の眼前であらわになる。

 

 それを目にした俺の鼻から勢いよく鼻血が噴き出た。

 

 ありがとうございます! ――って、そうじゃなくて!?

 

 全裸の年下の幼馴染みを押し倒しているこの絵面はいろいろとマズい!

 

 

「わぁー! ゴメン、燕ちゃん!?」

 

 

 慌てて起き上がる俺!

 

 当の燕ちゃんは全身を真っ赤にさせていて、いまにも火が噴き出そうな様子だった。

 

 そして、なぜか姉である鶫さんは怒るでもなく、なぜか目を輝かせて俺と燕ちゃんのことを見ていた。なんで?

 

 

「とりあえず、ありがとうございます!」

 

 

 とりあえず、声に出してお礼を言う俺。

 

 

「いや、違う! これは──」

 

 

 慌てて弁明しようとした瞬間、俺は突然の浮遊感に襲われた。

 

 

「・・・・・・どスケベ」

 

 

 怒った小猫ちゃんに殴り飛ばされたのだ。

 

 そのまま重力に従い、俺は地面に叩きつけられた。

 

 ちょ、超痛い・・・・・・。

 

 

「あのね、これは天罰だと思うの。だから、こんな卑猥な技は封印すること、いい?」

 

 

 倒れ伏している俺にイリナが棒か何かでつつきながら言ってくる。

 

 

「・・・・・・だ・・・・・・」

 

「はぇ?」

 

「・・・・・・いや、だ・・・・・・! ・・・・・・魔力の才能をすべて注ぎ込んだんだ・・・・・・。女子の服が透明に見える技とどっちにするか、真剣に悩んだうえでの決断だったんだぞ・・・・・・! もっと、もっと女の子の服を弾け飛ばすんだ! そして、そして、そしていつか、見ただけで服を壊す技に昇華するまで俺は戦い続ける!」

 

 

 思いの丈を高々と宣言しながら気合を入れて俺は立ち上がる!

 

 

「・・・・・・そんなことでここまで戦えるなんてどうかしてるわ!?」

 

「・・・・・・ある意味スゴいね・・・・・・」

 

 

 俺の宣言にイリナは異質なものを見る目をし、神田ユウナはなんとも言えないような表情を浮かべていた。

 

 

「エロこそ力! エロこそ正義だぁッ!」

 

 

 俺は体勢を低くして、一気に飛び込む。

 

 イリナはそれを軽くジャンプして避ける。

 

 

「でやぁぁぁッ!」

 

 

 そこへアッパー気味に攻撃するが、それも後ろに飛んで躱された。

 

 

「ふッ!」

 

「──ッ!」

 

 

 イリナが横なぎに聖剣を振るってくるが、咄嗟にそれを籠手でガードする!

 

 

「あなたを少し見くびっていたようね。いい動きだし、いまのもいい判断よ。避けようとしたら確実に避けきれなかったはずだもの。悪魔のあなたに聖剣の一撃はかすり傷でも致命的ですもの。その瞬間に勝負はついていたでしょうね」

 

 

 そ、そうだったのか? 最初は避けようと思ったんだけど、体のほうが咄嗟にガードしてしまったんだ。結果的にそっちのほうがよかったか。

 

 

「その様子じゃ、体が咄嗟に反応したって感じね? どうやら、避け方に関して徹底的によく鍛えられているみたいね。その経験が体が咄嗟に反応させたのよ」

 

 

 そういうことか。鍛えてくれた明日夏に感謝だな。ホント徹底的に容赦なく打ち込んできたからな。必死に避けようと頑張ったよ。

 

 

「でも──」

 

 

Reset(リセット)

 

 

「──ッ!?」

 

 

 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の能力解放の時間が終わってパワーアップが解除され、体中から力が抜けていく!

 

 

「実戦経験の少なさがあだになったようね。いまの戦い、あと一度パワーアップしていたら、いい勝負になったはずよ。──あなたの敗因は、相手との力量差がわからずに神器(セイクリッド・ギア)を使っていること。読み間違いは真剣勝負の場では致命的よ」

 

 

 クソッ! いけるかと思ってたけど、経験のなさがここできたか!

 

 

「悪いけど、もうパワーアップの時間は与えないわ。急な力の減少に体の動きも鈍っているでしょうしね」

 

 

 イリナの言うとおり、たぶんパワーアップの時間はもう与えてもらえないだろう。

 

 

「やぁぁぁッ!」

 

 

 イリナはさっきより素早い動きで斬り込んでくる!

 

 けど──。

 

 

「なっ!?」

 

 

 イリナが驚愕の表情を浮かべた。

 

 その原因は俺の左手。俺の左手はイリナの聖剣をガッチリと握っていた。

 

 

「おりゃぁぁぁッ!」

 

「──ッ!?」

 

 

 武器を捕まれて動きが止まった隙を逃さず、イリナに向けて拳を打ち出す!

 

 

「くっ!」

 

 

 だけど、拳が当たる瞬間に聖剣が紐の形に変わってしまう! 擬態の能力か!

 

 紐状になった聖剣は俺の手からするするっと抜けてしまう。イリナはそのまま後方に飛び、俺の拳はイリナにかすっただけで大してダメージを与えられず、距離を取られてしまった。

 

 イリナの表情はいまだに信じられないものを見るようなものだった。

 

 

「どうして!? どうして、悪魔であるあなたが聖剣を握れるの!?」

 

 

 そう、イリナが驚愕したのは悪魔である俺が聖剣を握ったことだ。悪魔は聖剣に触れるだけでも危険。それを握るなんて自殺行為である。

 

 

「悪魔なら聖剣に触れることさえできない」

 

「そうよ! いかに『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』があろうと、聖なる波動を完全に防ぐことなんて──」

 

「だけど、悪魔の腕じゃなかったら?」

 

「えっ!?」

 

 

 そう、俺の左腕は悪魔の腕じゃない──ドラゴンの腕だ。だから、悪魔の弱点は関係ない。ライザーとの戦いのときに使った戦法を応用したんだ。

 

 もっとも、このドラゴンの腕で聖剣を掴むってのを教えてくれたの明日夏なんだけどな。

 

 

『強化が解除されたら、イリナは間違いなくパワーアップの時間を与えないために速攻で決めてくるはずだ。だが、そこにつけ入る隙がある。あとはおまえ次第だ』

 

 

 ホント、避け方といい、いまのといい、明日夏には感謝だぜ。

 

 

「なるほどね。たしかにドラゴンの腕になっているのなら、聖剣の波動も効果は薄いわ。いま思えば、さっきガードされたときに疑うべきだったわ。イッセーくんのクセに生意気よ!」

 

 

 ドラゴンの腕のことを説明してやったら、ムスッとした表情を作るイリナ。でも、すぐに余裕そうな表情に戻す。

 

 

「でも、せっかくのチャンスも逃したわね。そうとわかっていれば、もう驚かないわ」

 

「いいや。もう勝負はついたぜ」

 

「えっ!?」

 

 

 イリナは俺の言葉に訝しげな表情になる。

 

 イリナの一撃は悪魔である俺にとってかすっただけでも致命的。だけど、それは俺も同じだぜ!

 

 俺の必殺技は触れるだけ発動条件が整う。たとえそれがかすっただけでも!

 

 

「弾けろ! 洋服崩壊(ドレス・ブレイク)!」

 

 

 刹那、イリナの着ていた戦闘服がバラバラに弾けた。

 

 おお! 服の上からでもわかっていたが、見事なプロポーション、そして、おっぱい! 脳内メモリーに保存保存!

 

 

「いやぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 自身の服が弾け飛んだことにイリナは一瞬だけ呆けるけど、すぐに現状を認識して、悲鳴をあげてうずくまった。

 

 

「わわわッ!? イリナちゃん!」

 

 

 神田ユウナが慌ててイリナに駆け寄り、自分の着ていたローブをイリナに着せてあげた。

 

 神田ユウナもイリナやゼノヴィアと同じ戦闘服を着ていて、その体のラインがよくわかる。

 

 おお! この子もイリナやゼノヴィアに負けず劣らずのなかなかのプロポーション!

 

 そんな神田ユウナがなんとも言えないような表情を作りながら訊いてきた。

 

 

「あ、あのー・・・・・・」

 

「ん?」

 

「さすがにこんな状態じゃ、イリナちゃんも戦えないと思うから、これ以上の戦闘は・・・・・・」

 

「ああ。いいよ。もともと、俺は言いたいことを言いたかっただけで、正直、やり合う気はなかったんだよ」

 

 

 それに、大変素晴らしいものを拝まさせていただきましたからね!

 

 脳内に保存したイリナの裸体を思い出して、ついつい笑みを浮かべてしまう。

 

 

「最低よ! イッセーくん!」

 

 

 それを見て、涙目で恨めしそうな視線を向けて非難するイリナ。

 

 ふふふ。いまの俺にそれは心地のよいものにしか感じられなかった。

 

 

「・・・・・・最低です」

 

 

 あぅ、小猫さまの容赦ないツッコミ。

 

 というわけで、俺とイリナの戦いは無効試合みたいな感じで終わった。

 

 

「はぁぁぁぁあああああッ!」

 

 

 木場が気合を発し、手元に何かを創りだしていく。それは巨大な一本の剣だった。その大きさは木場の身長をはるかに越していて、二メートル以上はあった。

 

 

「その聖剣の破壊力と僕の魔剣の破壊力! どちらが上か勝負だ!」

 

 

 木場は巨大な魔剣を手にゼノヴィアに斬りかかる。

 

 

「──こっちも勝負ついたね」

 

「──ええ。選択ミスよ」

 

 

 木場の行動に神田ユウナとイリナが淡々と告げた。

 

 どういうことだ?

 

 

「──残念だ」

 

 

 ゼノヴィアは酷く落胆した表情をしていた。

 

 

「でやぁッ!」

 

 

 木場は勢いよく魔剣を振るうけど、ゼノヴィアは難なくそれを躱し、聖剣の鍔と思しきところを木場の腹部に抉り込ませた!

 

 

「ガハッ!?」

 

 

 それだけでも相当な破壊力なのか、木場は血を吐き、その場に崩折れた。

 

 

「・・・・・・キミの武器は多彩な魔剣とその俊足だ。巨大な剣を持つには力不足な上に、自慢の動きまで封じることになる。そんなことすら判断できないとはな」

 

 

 倒れた木場を一瞥して淡々と告げるゼノヴィア。

 

 

「たとえ、彼があの巨大な魔剣を扱えるだけの筋力を持っていたしても、創造系の神器(セイクリッド・ギア)で創られた魔剣とオリジナルの聖剣とじゃ、強度も能力も比べるまでもない差があったから、打ち合いになってもゼノヴィアの圧倒だったよ」

 

 

 神田ユウナは淡々と解説してくれた。

 

 どう転んでも、木場があの巨大な魔剣を創りだした時点で勝負は決していたのか。

 

 

「・・・・・・ま、待て・・・・・・!」

 

 

 木場から離れようとするゼノヴィアに木場は手を伸ばすけど、勝負が決しているのは誰が見ても明らかだった。

 

 

「次はもう少し冷静になって立ち向かってくるといい。『先輩』」

 

「・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・」

 

 

 ゼノヴィアの言葉に木場はただただ憎々しげに睨むだけだった。

 

 



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Life.7 意地、ぶつけます!

 

 

「さて、残るはライニーのほうか」

 

 

 ゼノヴィアが明日夏たちのほうに視線を向けると、釣られて俺もそちらに視線を向ける。

 

 

「・・・・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・!」

 

「ふん」

 

 

 そこには息を切らして刀を構える明日夏と余裕の佇まいをして拳銃を構えるライニーがいた。

 

 明日夏は額からスゴい量の汗を流しており、表情から疲労も感じられた。戦闘服もボロボロだった。対して、ライニーは涼しそうな表情であり、いまだに無傷だった。

 

 

「ふむ、こちらもそろそろ決着がつきそうだね」

 

 

 ゼノヴィアの言うとおり、どう見ても、明日夏の敗北で決着がつきそうな状況だった。

 

 あの明日夏が手も足もでないなんて!?

 

 

「明日夏がああなったのも、相性が悪かったのもあるわ」

 

「相性、ですか?」

 

 

 部長の言葉に俺は訝しげに訊き返す。

 

 

「明日夏の戦い方は超至近距離での接近戦。小猫と同じタイプね。でも、それに対して相手は銃使い。しかも、狙いは正確で、なおかつ二挺拳銃なのを活かして、確実に明日夏の逃げ道を塞いでいるのよ。そのせいで、明日夏は相手に近づけない。裕斗みたいな速さもないから、動きで翻弄することもできない。完全にジリ貧状態よ」

 

 

 部長の解説を聞いて、俺は改めて明日夏のほうを見る。

 

 明日夏はもう完全に満身創痍といった感じだった。でも、その目はいまだに諦めの色は見えなかった。

 

 

「もう決着ついただろうが。なぜ、そんな状態になっても戦う?」

 

 

 ライニーの問いに明日夏は鼻で笑う。

 

 

「ダチを侮辱された──理由はそれで十分だろうが」

 

 

 明日夏はなんてことのないように言った。けどまあ、俺だって、ダチを侮辱されたら、侮辱したそいつになにがなんでも一発かましたい理由はわかる。

 

 

「そいつは悪魔だろうに?」

 

 

 ライニーは俺のことを一瞥して、再度明日夏に訊いた。

 

 

「関係ねえよ。悪魔になってようがなってなかろうが、イッセーがダチであることに代わりねえよ」

 

 

 答えた明日夏が今度はライニーに訊く。

 

 

「随分と悪魔を嫌悪してるな? 敵だから、ってだけじゃねぇな。悪魔によって人生を狂わされたくちか?」

 

 

 明日夏の問い返しにライニーは一瞬だけ表情を歪ませる。悪魔に人生を狂わされたって、どういうことだ?

 

 

「図星か?」

 

「──おまえには関係ないだろう」

 

 

 歪ませた表情はもとに戻ったけど、明らかにライニーの声音は不機嫌そのものだった。

 

 

「そう訊くってことは、おまえも把握はしてるんだな。悪魔がどんな存在なのか」

 

 

 ライニーは俺たちのことをもう一度一瞥して当然のことのように言う。

 

 

「傲慢で強欲、人間なんて道具にしか思ってない。それが悪魔だろ? とくに純血の上級悪魔なんてそんなんだろ?」

 

 

 な、何言ってんだよ、こいつ!?

 

 

「てめぇ、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ! アーシアだけじゃなく、部長のことまで侮辱するならマジで許さねぇぞ!」

 

 

 ライニーの言葉に純血の上級悪魔である部長のことを侮辱されたと思い、思わず殴りかかりそうになる。

 

 部長はそんなヒトじゃないぞ! ソーナ会長だって、部長の親友だってことと、匙の様子からそんなヒトじゃないのはわかるし、ライザーだって鼻につく奴だったけど眷属から慕われてる感じだった。これ以上、ふざけたことをぬかすならマジで許さねぇ!

 

 叫ぶ俺を見てライニーは嘆息する。

 

 

「どうやら知らないみたいだな? なら、教えてやるよ。おまえが見てきた純血の上級悪魔はあくまで例外みたいなもんだ。ほとんどはさっき言ったとおりの奴らだ。とくに転生悪魔に関してはな」

 

 

 転生悪魔に関しては?

 

 

「自分の下僕が自身のステータスになるから能力がある奴を手段を選ばず、言葉巧みに不利な条件、不本意な形で悪魔に転生させる奴。中には本人の意思を無視して無理矢理悪魔に転生させる奴もいるんだからな」

 

 

 なっ!? ライニーの言ったことに絶句してしまう。

 

 

「・・・・・・残念ながら、彼が言ったことは事実よ。実際にそういうやりかたで下僕を増やす上級悪魔は多いわ」

 

 

 部長も苦虫を噛み潰したかのような表情でライニーの言葉を肯定した。

 

 マジかよ・・・・・・。下手すると、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を持ってた俺も、そんなふうに下僕にされてたかもしてなかったのかな? つくづく、部長の下僕になれて幸せだぜ!

 

 

「ま、転生悪魔になった奴もなった奴で急に得た力に溺れて問題を起こしてるがな」

 

 

 はぐれ悪魔のことを言ってんのか?

 

 

「そいつも、いずれそうなるんじゃねぇのか?」

 

 

 ライニーは俺のことを見ながら、明日夏にまた問いかけた。

 

 なるかよ! あんなバケモンによ!

 

 

「ましてや、そいつは()()()だろ?」

 

 

 なんだよ、赤龍帝だからなんだってんだよ?

 

 

「・・・・・・ずいぶんとごたくを並べるが、つまり、おまえはこう言いたいのか? 歴代の赤龍帝は皆、その強大な力に溺れて暴走した。悪魔になったイッセーはさらに力に溺れて暴走しやすいと? それではぐれ悪魔になると?」

 

 

 なっ!? 歴代の赤龍帝って、皆、力に溺れて暴走したのかよ!? 俺もそうなっちまうって言うのかよ!?

 

 

「まあ、もっと悲惨なのは、その暴走に巻き込まれる奴だがな。実際、歴代の赤龍帝に関わった者はろくな生きかたができなかったみたいだからな」

 

 

 ライニーの言葉にショックを受ける。せ、赤龍帝って、そんなに危険な存在なのかよ!?

 

 

「・・・・・・だから、いまのうちにイッセーと縁を切っとけってか?」

 

「ま、おすすめはするかな」

 

 

 それを聞いて、俺は明日夏のほうを見るけど、明日夏は心底呆れた様子で嘆息していた。

 

 

「随分とバカらしいこと訊くんだな」

 

「──何?」

 

「歴代の赤龍帝の顛末はもちろん知ってる。だから何だ? 歴代は歴代だろ? イッセーはイッセーだ」

 

「そいつが力に溺れないっていう根拠はあるのか?」

 

「根拠なんて別にないし、そもそもいらねぇよ。ま、あえて言うならダチだからか」

 

 

 明日夏の言葉を聞いたライニーは信じられないものを見てるかのようだった。

 

 

「・・・・・・そんなの根拠でもなんでもないだろうが」

 

「だろうな。ただダチを、イッセーを信じてるだけだからな」

 

 

 明日夏はなんてことのない、あたりまえのように言った。

 

 

「・・・・・・なぜそこまで言える? さっきからそいつの言動を見ても、ろくな奴には見えないが?」

 

「まあ、たしかに。そいつはどうしようもないほどバカで、どスケベで、教室で堂々とエロ関連のものをさらすわ、覗きはするわ、女性の服を弾け飛ばす技を開発するわと、悪いところをあげれば、キリがないかもな」

 

 

 ボロクソ言うなぁ、おい! いやまあ、事実ですけど・・・・・・。

 

 

「けどそれはあくまで、表面的なものにすぎねぇよ。そいつの本質は、どうしようもないほど、いい意味でバカな奴さ」

 

 

 あのー、明日夏さんや。それ、フォローしてるんですか?

 

 

「ま、他人のおまえにはわからないだろうし、悪魔だからわかるつもりもないんだろうがな」

 

 

 不敵に笑みを浮かべる明日夏。

 

 

「・・・・・・仮に──」

 

「おまえが言うようなことになったら、なったらでそんときだ。ぶん殴って、目を覚まさせる。やることはそれだけだ」

 

 

 ライニーの言葉を遮って、不敵に笑みを浮かべながら断言する明日夏。

 

 

「──そんなざまになるほど弱い奴が随分とぬかすな?」

 

「たしかにそうだな。ダチを侮辱した奴をぶっとばせないのは情けないな。だから──」

 

 

 明日夏は刀を鞘に収めて構える。

 

 

「なにがなんでも、勝つつもりだ!」

 

 

 次の瞬間には、明日夏はその場から駆けだしていた!

 

 

「チッ!」

 

 

 ライニーは即座に突っ込んでくる明日夏に拳銃を撃つ。

 

 

Attack(アタック)!」

 

 

 明日夏は刀の機能で電流によって身体能力を強化し、顔を腕で覆いながら、当たることなんかお構いなしに銃弾の雨の中を突っ切る。

 

 そして、ライニーに肉薄した瞬間、拳を打ち出した!

 

 

「甘いな」

 

「なっ──ぐぅっ!?」

 

 

 だけど、ライニーは明日夏の拳を難なく躱し、持ってた銃を十字架に戻して、逆に明日夏の腹に拳を打ち込んでいた!

 

 

「銃だけの能なしだとでも思ってたか?」

 

 

 野郎、格闘術も使えるのかよ!

 

 

「――くッ!」

 

 

 明日夏はナイフを取り出して斬りかかる。

 

 だけど、ライニーは難なく明日夏のナイフを持つ手を掴み、そのまま明日夏にナイフを向けて押し込む。

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

 ナイフは深々と明日夏の肩に突き刺さってしまう!

 

 さらに明日夏はそのままライニーによって蹴り飛ばされてしまった!

 

 

「──ッ!」

 

 

 吹っ飛ばされてる状態から無理矢理地面に着地しながら明日夏は肩からナイフを抜き、そのままナイフを投擲するけど、ライニーは即座に銃で弾き飛ばしてしまった。

 

 

「まだだ!」

 

 

 再び駆けだす明日夏。

 

 ライニーはさっきのことから、銃撃は無駄だと判断したのか、もう片方の銃も十字架に戻し、格闘戦の構えを取る。

 

 

「はぁッ!」

 

「ふッ!」

 

 

 明日夏が掌底を放ち、ライニーはそれを腕で逸らし、回し蹴りを放ち、明日夏はそれを腕で防ぐ。

 

 二人はそこから同じような感じで拳と蹴りのラッシュをお互いに放ち、腕で逸らすなり防ぐなりする。

 

 ス、スッゲェ! さっきまで、明日夏は満身創痍な感じだったのに、ライニーと互角に接近戦をこなしていた!

 

 

「・・・・・・彼はさっきまで満身創痍だったはず。急にどうしたと言うんだ?」

 

 

 ゼノヴィアが明日夏の現状を見て、怪訝な表情を作っていた。

 

 

「意地、というやつだろう」

 

 

 ゼノヴィアの疑問にアルミヤさんが答えた。

 

 

「意地というものは案外バカにならないものだ。とくに追い詰められた状況のときには、自分を奮い立たせるものとなる。それが例え、すべての力を出し切った状態でも前に進ませるほどにな」

 

 

 それはなんとなくわかるかも。

 

 俺もライザーとのレーティングゲームのときに、最後は『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の力も使えないほどにまで追い詰められ、満足に動けず、意識も朦朧とした状態になったけど、部長のために勝つという意地だけでライザーに立ち向かえた。

 

 

「それに、そういう状態で放たれる一撃にはなにかかしらがこめられているものだ。そういう『こもった一撃』というのは、破壊力が大したことがなくとも、当たれば肉体的なダメージとは別のダメージを芯に与える。ライニーは表面上はなんてことのないようにしているが、士騎明日夏の一撃一撃に驚異を感じていることだろう」

 

 

 俺は改めて明日夏を見る。

 

 あいつはいま、どんな気持ちで戦ってるんだ?

 

 

━○●○━

 

 

 俺とライニー、お互いの回し蹴りが激突する。

 

 クソッ! 格闘術も一級品だな! エクスカリバー奪還の任務に就いてるだけはある!

 

 雷刃(ライトニングスラッシュ)の身体能力の強化を何回も使ったため、体のほうも限界だった。

 

 けど、それでも意地でも負けたくなかった。

 

 イッセーを侮辱されたこともそうだが、俺の決意が本気だということを示したかった。

 

 確かに、歴代の赤龍帝は力に溺れて暴走した。信じていたとしても、イッセーがそうならないとは限らないかもしれない。実際、そのことを想像してしまったこともある。

 

 だから、イッセーと距離を置けってか? ふざけんな! そんなくだらねぇ理由でダチを見限るなんてするかよ! 仮に暴走したとしても、ぶん殴ってでも止めてやる!

 

 力を付けてきたのは賞金稼ぎ(バウンティーハンター)になるためってもある。けど、何よりも、大切なものを守りたかった!

 

 俺は一度、千秋を見捨てたことがある。父さんと母さんが死に、引きこもり、俺たちの声が届かなくなっていた千秋を、自分も父さんと母さんが死んで辛いなんて都合のいい言い訳を作ってな。それだけじゃねぇ、本当は助けたかったのに千秋やイッセーに迷惑をかけられないなんてこれまた都合のいい言い訳を作っていじめられていた鶫と燕を見捨てた。

 

 ・・・・・・なんというか、自分が情けなく思えた。本人たちや周りに仕方なかったなんて言われても。

 

 そして、そんな三人を救ったイッセーの誠実さと真っ直ぐさに憧れた。そうありたいと思った。そのために強さもほしいと思った。

 

 だから力を身につけてきた! 千秋を、兄貴を、姉貴を、ダチを、仲間を守れる力を!

 

 だが、ここ最近でのイッセーやアーシアを堕天使に殺されたこと。そのときは本当に自分の未熟さを思い知った。

 

 もう二度とそんな無様はさらさねぇ!

 

 ああ、奴との戦いで追い詰められ、問答してよかったぜ。この決意を改めて確認するのに一役買ってくれたからな。

 

 あとはこの決意を示すだけだ!

 

 

Attack(アタック)!」

 

 

 おそらく、体の限界からして、これが最後の身体能力の強化。

 

 

「チッ!」

 

 

 ライニーは十字架を拳銃に戻して撃ってくる。

 

 俺は顔を腕で覆いながら突っ込む。

 

 戦闘服で防ぎきれなかった衝撃と痛みが限界の体に致命的なダメージを与えるが、意地で突っ込む!

 

 

「うぉぉぉぉッ!」

 

 

 そのまま、突進の勢いを乗せて拳を打ち出す。

 

 こんな単調な攻撃が当然、野郎に当たるはずもない。だから、避けられた瞬間が勝負だ!

 

 

 ズドムッ!

 

 

「ぐぅッ!」

 

「何っ!?」

 

 

 だが、奴はなぜか俺の拳は避けず、俺の拳は野郎の鳩尾に深く突き刺さった!?

 

 まさかっ!?

 

 俺は慌てて腕を引こうとするが、ライニーによって腕を捕まれてしまった!

 

 やっぱり、これが狙いか!

 

 そして、奴の銃の銃口が俺の肩に押しつけられた。そう、俺のナイフで奴によってつけられた肩の傷に。

 

 次の瞬間、俺の耳に一発分の銃声が入ってきた。

 

 

━○●○━

 

 

「明日夏!?」

 

 

 肩の傷に銃擊を受けた明日夏は大きく仰け反ってしまう!

 

 まさか、ライニーの野郎があえて明日夏の一撃を受けて動きを封じるなんて!

 

 

「終わらせる!」

 

 

 ライニーは銃を十字架に戻して、明日夏に肉薄する!

 

 傷に銃弾を受けたら、おそらく滅茶苦茶な痛みが発生して、満足に動けないはず。明日夏にはもうあの状態から反撃するなんて──。

 

 

「──ッ!」

 

 

 次の瞬間、明日夏の目が一際鋭くなった。そして──。

 

 

「──ふぅッ!!」

 

「ぐあっ!?」

 

 

 明日夏が体勢を立て直し、その勢いを乗せた掌底でライニーを吹き飛ばした!

 

 マジかよ・・・・・・。絶対、とんでもない痛みですぐには動けなかったはずだったのに!?

 

 驚く俺は明日夏の肩の傷を見る。

 

 そして気づいた──。

 

 明日夏の肩の傷を緋色のオーラが覆っており、そのオーラが銃弾を止めているのを。

 

 あれって、明日夏の神器(セイクリッド・ギア)のオーラ! あれで銃弾を止めたから、すぐに動けたのか!

 

 

「クソッ──っ!?」

 

 

 吹っ飛ばされたライニーはすぐに体勢を立て直そうとするけど、明日夏はオーラを腕の形にして伸ばし、ライニーを捕まえていた!

 

 明日夏はそのままオーラを引っ張り、ライニーを引き寄せた!

 

 

「──今度のは結構効くと思うぜ」

 

 

 明日夏がそう言う明日夏の右手にオーラでできたドラゴンがいた!

 

 次の瞬間、明日夏の右腕が突き出される!

 

 

「──緋い龍擊(スカーレット・フレイム)!」

 

「──ッ!?」

 

 

 明日夏の必殺技をくらい、ライニーはさっき以上に後方に吹っ飛んだ!

 

 明日夏はさらに追撃しようと突っ込む!

 

 

「ぐっ!」

 

 

 ボロボロになったライニーは苦悶の表情を浮かべながら十字架を銃に変える!

 

 それを見た明日夏は自身の体に電気を流し続けている刀を鞘から抜いた!

 

 だけど、電気が流れてる状態で強引に抜いたせいなのか、電気がものスゴいバジバジッと迸って、明日夏の手を焼いていた!

 

 それでも構わず、明日夏は刀を振るう!

 

 そして、ライニーも銃の銃口を明日夏の顔面に向けていた!

 

 ちょっ、ヤバッ!? 二人とも、相手を殺すつもりで攻撃してないか!?

 

 そう思っているあいだに明日夏の刀の刃が吸い込まれるようにライニーの首筋へ、ライニーの指が銃の引き金を引いて──。

 

 

「──そこまでだ」

 

 

 刹那、二人の間にアルミヤさんが現れ、片方の手で刀を持っている明日夏の手を受け止め、もう片方の手で銃を持っているライニーの手を押して銃口を明日夏の顔から逸らされ、銃弾が明後日の方向に飛んでいった。

 

 

「──少々、やりすぎだ。これはあくまで手合わせのはずだ」

 

 

 ていうか、あのヒト、いつのまにあそこまで移動したんだ!?

 

 さっきまで、部長たちのそばにいたのに!?

 

 

「私が止めなければ、キミたちは二人とも命を落としていた。よってこの勝負は引き分けだ。それでいいかね?」

 

 

 アルミヤさんに諌められた二人はお互いの武器を引く。

 

 これにより、俺たちと教会の戦士たちとの戦いが終わった。

 

 

━○●○━

 

 

「・・・・・・まさかこのような結末になるとはね。先輩はともかく、彼と兵藤一誠は侮れないね」

 

 

 戦況を見て、ゼノヴィアはそう呟いた。

 

 それを聞いて、木場は憎悪の視線をゼノヴィアに向ける。

 

 おい、木場! 決着はついたんだから、落ち着けよな!?

 

 ライニーも明日夏のことスッゴい睨んでるし、明日夏も明日夏でライニーほどじゃないけど睨み返してるし。

 

 

「さて、これで手打ちとさせてもらってよろしいかね、リアス・グレモリー」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「では、今度こそお暇させてもらう。先程の話、よろしく頼む」

 

「そちらこそ」

 

 

 アルミヤさんと部長が確認を取ると、アルミヤさんはゼノヴィアたちを引き連れて立ち去ろうとする。

 

 

「では、失礼する」

 

「機会があったら、また手合わせをしよう」

 

「イッセーくん、私の服を弾け飛ばしたことを懺悔なさいね! もし裁いてほしかったら、いつでも言ってね。明日夏くんもじゃあね」

 

「えっと、失礼します」

 

「・・・・・・ふん」

 

 

 五人各々で別れの挨拶をして、教会から来た戦士たちはこの場から立ち去っていった。

 

 

━○●○━

 

 

「・・・・・・いっつつ・・・・・・」

 

「大丈夫ですか?」

 

「・・・・・・ああ」

 

 

 アーシアが明日夏の体に手を当てて、神器(セイクリッド・ギア)で回復させていた。

 

 

「無茶したな、おまえ」

 

「・・・・・・あんまりおまえには言われたくないな」

 

 

 俺と明日夏は軽く軽口を叩き合う。

 

 

「おまえのアドバイスのおかげでなんとかなったよ」

 

 

 ホント、明日夏のアドバイスのおかげでなんとかなったし、いいものも見れた!

 

 

「そりゃ、よかったよ。けど、イリナの言った通り、あと一段階パワーアップしてれば、普通に勝てたかもしれなかった」

 

「・・・・・・それがわからないのは修業と実戦不足です」

 

「今後は相手の力量を測る目も養わないとな」

 

 

 明日夏と小猫ちゃんの言葉を聞いて、自分はまだまだ弱いと改めて実感する。また新しい課題が出てきたな。

 

 

「待ちなさい!? 祐斗!」

 

 

 部長の制止する声が聞こえてきた。

 

 そちらへ顔を向けると、その場から立ち去ろうとしている様子の木場と激昂している部長の姿があった。

 

 

「あなたの思いを果たすチャンスはあるわ! そのための条件もこちらから要求したのだから!」

 

「・・・・・・でも、確実にチャンスが訪れてくれる保証もありません。下手をすれば、向こうがすべてのエクスカリバーを処理してしまう可能性もあります。ですから・・・・・・」

 

「私のもとを去ろうなんて、許さないわ! あなたはグレモリー眷属の『騎士(ナイト)』なのよ!」

 

「・・・・・・部長・・・・・・すみません」

 

「祐斗ッ!」

 

 

 木場は部長の制止の言葉に耳を貸さず、部室から立ち去った。

 

 

「祐斗・・・・・・どうして・・・・・・」

 

 

 部長は木場が消えたほうを見ながら悲しそうな顔をしていた。

 

 そんな部長の悲しそうな顔を俺は見ていられなかった。

 

 



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Life.8 共同戦線です!

 

 

「カラオケの話、付き合ってあげることにしたわ」

 

「アーシアちゃんも!」

 

「はい、ぜひ」

 

「明日夏!」

 

「・・・・・・部長と副部長以外は来るぞ。あと、霧崎もOKだ」

 

「「うおおおおおおおおおっ!」」

 

「桐生はともかく!」

 

「アーシアちゃん含むオカ研のマドンナたちの参加で!」

 

「「テンションマックスだぜぇぇぇッ!」」

 

 

 マックスを振り切る勢いでテンションを上げる松田と元浜。そんな二人の頭をはたく桐生。

 

 

「悪かったわね、私も行くことになって」

 

「「ふっ。おまえはアーシアちゃんのオプションさ」」

 

 

 桐生とバカ二人の言い合いをよそに、一人難しい顔をしてため息を吐いているイッセー。

 

 木場のことで悩んでいるんだろう。教会の戦士たちとの戦いのあと、木場はエクスカリバーの使い手に敗北したことが引き金になったのかより復讐心が高まってしまい、部長の提案した妥協案でも止まらずエクスカリバーを追って部長のもとから立ち去ってしまった。

 

 このまま行けば、最悪、木場ははぐれ悪魔になってしまいかねない。木場自身もそうなっても構わない覚悟で行動するつもりなのだろう。

 

 そんなことはイッセーはもちろん、俺も部長もオカ研の皆も望まない。だから、イッセーはそんな木場をなんとかしようとあれこれ悩んでいるのだろう。俺もどうにかしたい。

 

 とはいえ、これはなかなか複雑な問題だ。一歩間違えれば、悪魔と教会、つまり神側との争いに発展しかねない。

 

 

「リアス先輩と姫島先輩がいないのは残念だが・・・・・・」

 

「この際、贅沢は言わん!」

 

 

 そんな俺たちの悩みのことなんて露知らず、はしゃぎまくる松田と元浜。事情を知らないから仕方ないが、呑気なもんだぜ。

 

 

「こんな奴らと一緒にいると汚れてしまうよ」

 

 

 突然、一人の男子生徒がアーシアの手を取って現れた。

 

 生徒会の書記であり、上級悪魔である支取蒼那生徒会長の『兵士(ポーン)』の匙元士郎であった。

 

 

「あぁ、匙さん。こんにちわ」

 

「やあ、アーシアさん。御機嫌よう」

 

 

 若干戸惑いながらのアーシアの挨拶に妙にカッコつけて返す匙。

 

 

「黙れ!」

 

「生徒会の書記ごときに言われる筋合いなどないわ!」

 

 

 さっきの匙の言葉に声を荒げる松田と元浜だったが、匙はそんな二人のことを適当に流していた。

 

 

「フッ。じゃあ、諸君、失敬するよ」

 

 

 終始カッコつけてこの場から去っていく匙。

 

 結局何しに来たんだアイツは? 通りかかったから挨拶したのか、アーシアの前でカッコつけたかったのか──おそらく、両方だろうな。

 

 

「そうだ。あいつがいた」

 

 

 そんな匙を見たイッセーのその呟きを俺は聞き逃さなかった。

 

 

━○●○━

 

 

 放課後、駅前のカフェでジュースを飲みながら俺はある人物たちと待ち合わせしていた。

 

 そして、俺のもとに待っていた二人の男が歩み寄ってきた。

 

 

「イッセー」

 

「兵藤」

 

「お」

 

 

 やって来たのは明日夏と匙。俺があることを頼むために呼び出して待ち合わせしていたのだ。

 

 

「よう、悪いな、二人とも。呼び出しちまって」

 

「気にするな」

 

「同じく。で、呼び出した理由は?」

 

 

 とりあえず二人を座らせ、あること、つまりこれから俺がしようとしていることを告げ、その協力を頼む。

 

 

「聖剣の破壊に協力しろ!? しょ、正気かおまえ!?」

 

 

 匙がものスゴく驚いていた。

 

 

「なあ頼む! この通り!」

 

 

 俺は二人に頭を下げる。

 

 

「ふざけるな!」

 

「匙、少し落ち着け。周りの視線を集めてる」

 

 

 立ち上がって捲し立てる匙を明日夏が諌めさせて座らせる。

 

 怒鳴り散らす匙とは違い、明日夏は非常に落ち着いていた。たぶん、なんとなく呼ばれた理由を察していたのだろう。

 

 

「聖剣なんて関わっただけでも会長からどんなお仕置きされるかわからないってのに、それを破壊しようだと! それこそ会長に殺されるわ! おまえんところのリアス先輩は厳しいながらも優しいだろうが、俺んところの会長は厳しくて厳しいんだぞ! 絶対に断る!」

 

 

 そうか、会長は厳しいか。そして、匙の反応からして、滅茶苦茶怖いんだろうな。

 

 

「まあ、正直おまえが考えてる手しか思いつかないしな。俺はかまわないぞ」

 

「悪いな、明日夏。本来は俺たち眷属の問題なのに」

 

「気にするな。木場をどうにかしたかったのは俺も同じだ。おまえが行動を起こさなくても、俺が起こしてただろうからな」

 

「サンキュー。頼りにしてるぜ!」

 

 

 快く承諾してくれた明日夏と拳を合わせる。

 

 

「あぁ、はいはい。友情ごっこは二人でやってくれ。俺は帰る」

 

 

 そう言って匙は立ち上がり、この場を立ち去ろうとする──が、植物の仕切りを丁度通り過ぎたところでなぜか歩いているのに全然進まなくなった。

 

 

「あれ?」

 

「「ん?」」

 

 

 怪訝に思い、匙は隣を、俺と明日夏は仕切りの向こうを覗く。

 

 

「・・・・・・やっぱりそんなことを考えていたんですね」

 

「・・・・・・イッセーらしいけど」

 

「・・・・・・私のことも頼ってほしかった」

 

 

 そこには大盛りのパフェを食べながら匙の服の裾を掴んでいた小猫ちゃんと少し不機嫌そうな顔をしてジュースを飲んでいる千秋と燕ちゃんがいた。

 

 どうやら俺が不振な行動をしていたからつけて来たらしい。バレちゃってるのなら仕方ないので、三人にも俺の話を聞いてもらうことにした。

 

 

━○●○━

 

 

「・・・・・・うぅぅ・・・・・・やっぱり帰──あうっ」

 

 

 話の途中で立ち上がって帰ろうとする匙を小猫ちゃんが服の裾を引っ張って強引に座らせる。

 

 

「教会側に協力を?」

 

「あいつら、堕天使に利用されるくらいなら消滅させるとか言ってただろ」

 

「ああ。最悪、破壊してでも回収する気みたいだからな」

 

「木場はエクスカリバーに打ち勝って復讐を果たしたい。あいつらはエクスカリバーを破壊してでも奪いたい。目的はちがっても結果は同じ」

 

「だから、こっちから協力を願いでると」

 

「そういうことだ」

 

 

 三本も奪われたんだから、一本くらい俺たちが奪還、もしくは破壊してもかまわないだろう。

 

 

「・・・・・・素直に受け入れるとは思えませんが」

 

「・・・・・・あのライニーってのは特にね」

 

 

 小猫ちゃんと燕ちゃんの言うことももっともだ。断られる可能性が高いだろう。

 

 

「当たって砕けろだ! 木場がいままで通り、俺たちと悪魔稼業を続けられるんなら、思いつくことはなんでもやってやる!」

 

 

 部長のあんな悲しそうな顔は見ていられないし、木場には何度も助けてもらってる。できることはなんだってやってやるぜ!

 

 

「・・・・・・当然、部長たちこの場にいないメンバーには内緒なんだろう?」

 

 

 明日夏の言う通り、このことは部長や他の部員の耳に入れるわけにはいかない。

 

 

「部長は立場上、絶対に反対するだろうからな。副部長もしかり。アーシアと鶫は協力してくれるかもしれないが、アーシアは嘘がヘタだし、あの昼寝好きでのんびり屋の鶫も嘘は得意なほうじゃないから、そこからバレかねない。何より寝惚けた鶫がうっかり口を滑らせかねないからな」

 

「・・・・・・おまけに部長に思いっきり迷惑をかけることになりかねない。それでも木場は大事な仲間だし、何より部長のあんな悲しそうな顔を見たらいてもたってもいられないからな!」

 

 

 俺がそう言うと千秋と燕ちゃんが笑みを浮かべる。

 

 

「イッセー兄らしい」

 

「まったく」

 

 

 そして、二人は婚約パーティーのときと同じような強い眼差しで俺のことを見てくる。

 

 

「私たちにも協力させて」

 

「足を引っ張るつもりはないわ」

 

 

 不敵に笑みを浮かべて言う二人。これは、来るなって言っても来そうだな。

 

 

「・・・・・・まずは、あのヒトたちを探さないといけませんね」

 

「小猫ちゃん?」

 

「・・・・・・部長たちに内緒で動くのは心が痛みますが、仲間のためです」

 

 

 小猫ちゃんって、いつも無表情だけど、熱いところがあって本当に仲間想いだよな。

 

 

「・・・・・・そぉー・・・・・・」

 

 

 ガシッ!

 

 

 こそこそと逃げようとした匙を明日夏と小猫ちゃんが腕を掴んで捕まえた。

 

 

「俺関係ねえだろぉぉぉっ! おまえらグレモリー眷属の問題だろう! なんで俺を呼んだぁっ!?」

 

「他に協力を頼める悪魔がおまえしかいなかったんだよ。危なくなったら逃げていいからさ」

 

「いま逃げさせろぉぉぉぉぉっ! 協力なんてしたら絶対に会長の拷問だぁぁぁ! 会長に殺されるぅぅぅぅぅ!」

 

 

 泣き叫ぶ匙に明日夏が冷徹に言う。

 

 

「悪いが匙、このことは会長にもバレるわけにはいかないからな。話を聞いたおまえをみすみす帰すわけにはいかねぇ」

 

 

 あ、言われてみるとそうだな。

 

 

「しない! 告げ口なんてしないから帰してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? 誰かぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇぇぇぇっ!? 会長ぉぉぉぉ! お助けをぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 

 匙の助けを呼ぶ叫びは俺たち以外に聞かれることはなかったのであった。

 

 

━○●○━

 

 

「……トホホホ・・・・・・。・・・・・・なあ、俺はいなくたっていいだろ? 頼りになりそうな幼馴染みや無敵の『戦車(ルーク)』が参加してくれたんだしさ・・・・・・」

 

 

 街中を歩いていると匙がぼやいてきた。

 

 

「戦力は多いほうがいいんだよ」

 

 

 実際、匙は悪魔に転生する際に『兵士(ポーン)』の駒を四つ使ったって言うしな。

 

 さて、協力を頼むために教会から来た戦士たちを探しているわけだけど──。

 

 

「簡単には見つからねぇだろうな。第一、こんな繁華街に白いローブを着た五人組なんて──」

 

「・・・・・・イッセー」

 

「なんだ、明日夏?」

 

「・・・・・・ん」

 

「ん?」

 

 

 明日夏が指差す方向を見る。そこには──。

 

 

「えー、迷える子羊にお恵みをー」

 

「天の父に代わって、哀れな私たちにお慈悲をぉぉぉぉ!」

 

「お願いします! せめて食べ物をぉぉぉぉ!」

 

 

 白いローブを着たお鉢を手に物乞いしている三人の女性と『愛の手を』と書かれた紙を持って不機嫌そうに立っている男性一人がいた。

 

 

「・・・・・・普通にいました」

 

「・・・・・・ああ」

 

 

 俺も明日夏もなんとも言えなくなってしまう。

 

 

「・・・・・・なんだあれ?」

 

 

 さっきまでぼやいていた匙もなんとも言えないような表情をしていた。

 

 よく見ると、アルミヤってヒトだけその場にいなかった。別行動してるのか?

 

 

「なんてことだ。これが超先進国であり経済大国日本の現実か。これだから信仰の匂いもしない国は嫌なんだ」

 

「それ以前にさ、私たちが浮きすぎてるせいじゃないの? 周りの人たち、スゴい怪しい人を見るような目をしてるよ?」

 

「・・・・・・なんでこんなことしなきゃならねぇんだ・・・・・・」

 

「三人とも毒づかないで。路銀の尽きた私たちはこうやって、異教徒どもの慈悲なしでは食事も摂れないのよ。ああ、パンひとつさえ買えない私たち!」

 

「どこにも泊まれないから、お風呂にも満足に入れないもんね」

 

「いい加減、水浴びで済ますのも限界よ。ああ、これも神の与えたもう試練なのですね!」

 

「・・・・・・何が試練だ。もとはと言えば、おまえとユウナが悪いんだろうが!」

 

「ライニーの言う通りだ! おまえたちが勝手に滞在費のすべてを詐欺まがいの変な絵画の購入に充てたからだろうが!」

 

 

 ゼノヴィアが指差すほうに聖人らしき者が書かれたヘタな絵画があった。

 

 

「何を言うの! この絵には聖なるお方が描かれているのよ!」

 

「展示会の人もそう言ってたよ!」

 

「・・・・・・じゃあ誰だよ?」

 

「・・・・・・私には誰一人脳裏に浮かばない」

 

「・・・・・・たぶん、ペトロ・・・・・・さま?」

 

「違うよ、パウロさまだよ!」

 

「どっちも違う! まったくおまえたちは・・・・・・」

 

 

 ゼノヴィアは頭を抱えながらため息を吐く。

 

 

「ああ、どうしてイリナみたいのが私のパートナーなんだ・・・・・・。主よ、これも試練ですか?」

 

「ちょっと、頭を抱えないでよ。あなたって、沈むときはとことん沈むわよね」

 

「うるさい! これだからプロテスタントは異教徒だというんだ! 我々カトリックと価値観が違う!」

 

「何よ! 古臭いしきたりに縛られてるカトリックのほうがおかしいのよ!」

 

「なんだと、異教徒め!」

 

「何よ、異教徒!」

 

 

 ついには頭をぶつけながらケンカを始めるゼノヴィアとイリナ。

 

 

「二人とも! ケンカしないで、落ち着いてよ!?」

 

 

 そんな二人を慌てて止めようとする神田ユウナ。

 

 

「・・・・・・教会の切り札たる聖剣使いが揃いも揃って無様だな」

 

「なんだと!」

 

「なんですって!」

 

「ちょっと、ライくん! 火に油を注がないでよ!」

 

 

 現状に対する不満が溜まりまくってるのか、ライニーが毒を吐きまくっていた。

 

 

「そもそも、おまえの買い食いも路銀が尽きた原因の一端でもあるんだぞ! わかってるのか、大食いエクソシスト!」

 

「ちょっと、ライくん! その呼び方はやめてよ!? ・・・・・・それは、たしかに私も使いすぎかなぁとは思ってるんだけど。日本にはとてもおいしいものがいっぱいあって、つい・・・・・・」

 

「・・・・・・食い気エクソシスト」

 

「うっ。ライくん、あの戦いから機嫌悪すぎだよ? あのヒトとああいう決着になったの気にしてるの?」

 

「・・・・・・そんなわけないだろうが。──デブエクソシスト」

 

 

 ライニーの心ない言葉に神田ユウナが顔を真っ赤にさせて涙目になる。

 

 

「太ってないもん! 大食いだったり、食い気がありまくるのは認めるけど、太ってないもん! ライくんのバカ! 女の子になんてこと言うのよ!?」

 

 

 ライニーと神田ユウナまでケンカを始めちゃったよ。

 

 

「な、なあ。あれが教会から来た戦士・・・・・・なんだよな?」

 

 

 匙がゼノヴィアたちを指差しながら訊いてきた。

 

 あんなのが教会から来た戦士って言われても信じられないよな。

 

 

 ぐぅぅぅぅぅぅ・・・・・・。

 

 

 少し離れてる俺たちのもとにも届くほどの盛大な腹の虫。

 

 腹が鳴るなり、四人は力なくその場にくずおれる。

 

 

「・・・・・・まずはどうにかして腹を満たさないと。エクスカリバー奪還どころではない」

 

「・・・・・・そうね。こうなったら、異教徒を脅してお金をもらう? 異教徒相手なら主も許してくださるはず・・・・・・おそらく」

 

「・・・・・・ならば、寺の賽銭箱とやらを奪うという手もあるな」

 

「ああ! そのほうが簡単ね!」

 

 

 なにやら物騒なことを言い始めるゼノヴィアとイリナ。

 

 

「ちょっと! それ犯罪だよ、二人とも! 人としてやっちゃいけない領域だよ!」

 

「・・・・・・そうだな。やめておこう・・・・・・」

 

「・・・・・・そうね。やめておきましょう・・・・・・」

 

 

 ユウナの言葉で思いとどまる二人。

 

 なんというか、昨日やり合った者たちとはとても思えなかった。

 

 

「なあ、兵藤。俺、教会の戦士だっていうのとは別の意味であいつらと関わり合いたくないんだが・・・・・・」

 

 

 匙の反応はわかる。俺だって、いろいろな意味で関わり合いたくないよ。

 

 

「・・・・・・別の意味で不安があるな」

 

 

 額に手を当てている明日夏に内心で同意する。

 

 とはいえ、頼れるのは彼女たちだけだ。

 

 意を決して、彼女たちに近づこうと──。

 

 

「我々に接触して、何をしようというのだね?」

 

『──っ!?』

 

 

 突然、背後から声をかけられ、俺たちは慌てて振り向くと、ゼノヴィアたちのところにいなかったアルミヤってヒトがいた!

 

 

「さて、一体どういう理由があって、我々に接触を図ろうとしたのかね?」

 

 

 再度の問いかけにどう答えようか思慮していると──。

 

 

「とりあえず──食事でも奢るか?」

 

 

 明日夏が再び言い合いを始めているゼノヴィアたちを指差しながら答えた。

 

 そして、ケンカしているゼノヴィアたちを見たアルミヤさんは額に手を当てて嘆息した。というか、本気で頭痛を感じてそうだった。

 

 

━○●○━

 

 

「うまい! 三人とも、日本の食事はうまいぞ!」

 

「これよこれ! ファミレスのセットメニューこそ私のソウルフード!」

 

「クソッ! なんでこんな奴らに・・・・・・!」

 

「ライくん、ごちそうされてもらってその言いぐさはダメだよ!」

 

 

 ファミレスの席で運ばれてくる料理を片っ端から平らげていくローブを着た四人の男女。

 

 ものスゴい食べっぷりだな。よっぽど腹が減ってたんだな。ライニーですら、ガツガツいってるよ。

 

 そして、ユウナの食べっぷりはすさまじいの一言だった。ゼノヴィアたちの三倍以上は食べてるよ。

 

 俺たちは彼女たちの向かい隣の席でそれぞれジュースなどを飲んでいた。

 

 

「・・・・・・なんというか・・・・・・申し訳ない」

 

 

 こっちの席でアルミヤさんが本当に申し訳なさそうに言う。

 

 

「・・・・・・悪いな、明日夏。ほとんど出してもらって・・・・・・」

 

「・・・・・・気にするな」

 

 

 食事代は俺が払うつもりだったけど、あの食べっぷりじゃ俺一人ではとうてい無理なので、明日夏からも出してもらった。というか、ほとんどは明日夏に出してもらっていた。

 

 

「・・・・・・なんということだ。信仰のためとはいえ、悪魔に救われるとは世も末だ・・・・・・」

 

「私たちは悪魔に魂を売ってしまったのよ!」

 

 

 食べ終わると同時にそんなことを言うゼノヴィアとイリナ。

 

 

「奢ってもらっといてそれかよ!」

 

「・・・・・・イッセー」

 

 

 思わず叫んでしまう俺を明日夏が諌めてくれる。

 

 落ち着け、俺。怒らせたら元も子もないからな。

 

 

「主よ、この心優しき悪魔たちと人たちにご慈悲を」

 

 

 胸で十字を切るイリナ。

 

 

「だぁぁぁぁっ!?」

 

「うぅぅぅぅっ!?」

 

「うっっっっ!?」

 

 

 その瞬間、俺を頭痛が襲い、小猫ちゃんと匙も同様に頭へ手を当てていた。どうやら、目の前で十字を切られて、俺ら悪魔は軽くダメージを受けたようだ。

 

 

「痛たたたた!? 神のご慈悲なんかいらねぇよぉっ!」

 

「あら、ごめんなさい。つい癖で」

 

 

 てへっとイリナはかわいらしく笑う。普通に見るぶんには美少女なんだけどな。

 

 

「で、私たちに接触してきた理由は?」

 

 

 コップの水を飲み干したゼノヴィアは改めて俺たちに訊いてきた。

 

 

「交渉したいそうだ」

 

 

 先にこちらの事情を説明していたアルミヤさんが答えた。

 

 

「交渉?」

 

「エクスカリバーの破壊に協力したい!」

 

「何?」

 

 

 俺はアルミヤさんにした説明をゼノヴィアたちにも聞かせる。

 

 

「ふざけるな! こちらのやることに一切介入しないことになってるはずだぞ!」

 

 

 やっぱりというか、当然というか、ライニーがあからさまに表情を歪ませる。

 

 

「落ち着いて、ライくん。それで、どうする、皆?」

 

 

 ライニーを諌めながら、ユウナはゼノヴィアたちに訊いた。

 

 

「話はわかった。一本くらいなら任せてもいい」

 

 

 意外にも、ゼノヴィアからあっさりと許可が下りてしまった。

 

 マジで! 言ってみるもんだな!

 

 

「・・・・・・くぅ、あっさり断ってくれると思ったのに!」

 

 

 まあ、そう言うな匙よ。巻き込んだ俺が言うのもあれだが。

 

 

「ちょっと、ゼノヴィア!?」

 

「どういうつもりだ!?」

 

 

 異を唱えるイリナとライニー。

 

 まあ、ライニーはもちろん、イリナも普通はそんな反応だよな。

 

 

「イリナ、ライニー。向こうは堕天使の幹部、コカビエルも控えている。正直、私たちだけで聖剣の三本を回収するのは辛い」

 

「それはわかるわ! けれど!」

 

「最低でも私たちは三本のエクスカリバーを破壊して逃げ帰ってくればいい。私たちのエクスカリバーも奪われるくらいなら、自らの手で壊せばいいだろう。でだ、アルさん。私たちが任務を終えて、無事に帰れる確率はどれくらいあると思う?」

 

 

 問われたアルミヤさんは淡々と答える。

 

 

「そうだな。キミが奥の手を使ったとしても、おそらくよくて四割だろう。むろん、状況によっては変動する可能性もあるが」

 

「だそうだよ、イリナ」

 

「それでも十分に高い確率だと私たちは覚悟を決めてこの国に来たはずよ!」

 

「ああ。私たちは端から自己犠牲覚悟で上から送り出されたのだからな」

 

「それこそ信徒の本懐じゃないの。アルさんもいいんですか?」

 

 

 イリナに問われたアルミヤさんは冷静に言う。

 

 

「私としては最悪の展開を回避したいところなのでね」

 

「最悪の展開?」

 

「私たちが任務に失敗し、全滅。これも十分最悪だが、一番の問題は、キミたちのエクスカリバーまでもが堕天使に奪われることだ」

 

「それは・・・・・・」

 

「むろん、私は戦力的な観点から彼らの要求を呑んだのではない」

 

「どういうことですか?」

 

 

 アルミヤさんは指を一本立てて俺たちのほうを見る。

 

 

「まずひとつは彼らが行動を起こす要因となった木場佑斗。私には彼がこのまま黙っているとは到底思えない。おそらく、なんらかの形で私たちの戦いに介入してくるだろう」

 

「・・・・・・仮にそうなったら、そいつごとやればいい話だろうが」

 

 

 ライニーの言葉に思わず声をあげそうになるけど、なんとか抑える。

 

 

「だが、我々が相手にするのは堕天使の幹部と、おそらく使い手を得たであろうエクスカリバー三本。これらを相手にしながら、そのような介入を受けるのは好ましくない。できれば避けたいところである。ならいっそのこと、彼らと共闘関係になることで彼の行動をある程度コントロールする」

 

 

 アルミヤさんは二本目の指を立てる。

 

 

「次に彼らから提供してもらうものだ」

 

「戦力としてですか?」

 

 

 イリナの言葉にアルミヤさんは首を振る。

 

 

「先程も言ったが、私は戦力的な観点で彼らの要求を呑んだのではない」

 

「では何を?」

 

「情報だ」

 

 

 アルミヤさんの代わりに明日夏が答えた。

 

 

「聞けば、おまえたちは情報提供者としてこの街に潜り込ませていたエージェントを皆殺しにされたんだろ?」

 

 

 明日夏の言葉にイリナたちは苦虫を噛み潰したような表情をする。

 

 

「代わりに私が情報収集してはいるが、めぼしいものは手に入っていないのが現状だ。我々は圧倒的に情報不足な状態にある。そこで──」

 

「俺が情報の提供といい情報屋を紹介する」

 

 

 そう。実は交渉材料として、明日夏が情報の提供といい情報屋を紹介してくれることになっていたのだ。

 

 

「そういうことだ。情報不足の我々にとっては情報は貴重なものだ。それを得られるだけでも、彼らの要求を呑む価値はあると思うが? ましてや──」

 

 

 真面目そうに話してたアルミヤさんだったが、途端に半眼になって呆れたような表情を作る。

 

 

「詐欺にあって路銀をすべて失い、敵対している悪魔に食事を提供されている体たらくの我々にはこの街での長時間の滞在は不可能なのは考えるまでもない事実だがね」

 

「「「「うっ」」」」

 

 

 アルミヤさんの言葉にゼノヴィアたちはばつが悪そうな表情になる。

 

 

「上に追加の滞在費の催促するにはどう言えばいいだろうな? 教会の者として、必要最低限の生活をしていればそれなりの長い期間を滞在できる路銀をたった数日で使いきった理由を?」

 

 

 うん。俺でもわかる。どう言っても、上からどやされる未来しか見えないな。

 

 

「いや、それは、イリナとユウナが・・・・・・」

 

「できれば、その二人の手綱をしっかり握っていてほしかったところなのだがね・・・・・・」

 

「うっ」

 

「まあ、目を離して、キミたちだけで行動をさせたり、滞在費をこの街で生まれたということで土地勘のあるイリナに持たせてしまった私にも落ち度があったのも確かだが・・・・・・」

 

 

 あー、なんか、このヒト。いろいろ苦労してそうだな・・・・・・。

 

 

「さて、いろいろと話を脱線させてしまったが、彼らの要求を受け入れるということで、三本のうちの一本を彼らに任せるということでかまわないかね?」

 

「私はもとよりかまわないと思っているよ」

 

「わかりました」

 

「私も反対するつもりはもともとありませんでしたから」

 

「・・・・・・了解した」

 

「ということで、話はまとまったよ」

 

 

 よっしゃ! なんとかなったぜ!

 

 

「ただし、私たちとキミたちが繋がっていることを上や堕天使に悟られるのは避けたい。そのへんを注意して行動してほしい。まあ、そのへんのカバーストーリーは私が作っておこう。いろいろと屁理屈を並べることも可能みたいだからな。あと、領収書はとっておいてくれ。あとで私のポケットマネーから食事代を払おう」

 

 

 よし! 何はともあれ、交渉成立! あとは木場にこのことを伝えるだけだな!

 

 俺はスマホを取り出し、木場と連絡を取った。

 

 

━○●○━

 

 

「・・・・・・なるほど。でも正直、エクスカリバー使いに破壊を承認されるのは遺憾だね」

 

「ずいぶんな物言いだね? キミはグレモリー眷属を離れたそうじゃないか。『はぐれ』とみなして、ここで斬り捨ててもいいんだぞ?」

 

「・・・・・・そういう考えもあるね」

 

「待てよ! 共同作戦前にケンカはやめろって!」

 

 

 木場と連絡を取り、公園の噴水前でさっきの話を聞かせたまではいいんだが、木場とゼノヴィアいきなりやり合おうとしたので慌てて止める。

 

 

「キミが『聖剣計画』を憎む気持ちは理解できるつもりだ。あの事件は私たちの間でも最大級に嫌悪されている。だから、計画の責任者は異端の烙印を押され、追放された」

 

 

 アルミヤさんがゼノヴィアに続いて、その責任者について話してくれる。

 

 

「その責任者の名はバルパー・ガリレイ。『皆殺しの大司教』と呼ばれた男だ」

 

「・・・・・・バルパー。その男が僕の同士を」

 

「情報では堕天使のところに身を寄せているらしい。そして、今回の事件には聖剣も関わっている。今回の事件に関与している可能性は0ではないだろう」

 

「それを聞いて、僕が協力しない理由はなくなったよ」

 

 

 木場の瞳に新たな決意みたいなものが生まれていた。目標がわかっただけでも木場にとってみれば大きな前進か。

 

 

「話はついたな。では、後ほど、改めて。情報提供はそのときに」

 

「食事の礼はいつか返すよ」

 

「ごちそうさまでした。お礼は必ず」

 

「ありがとうね、イッセーくん、明日夏くん」

 

「・・・・・・邪魔だけはするな」

 

 

 五人はそれぞれ挨拶をして、この場から去った。

 

 五人を見送り、俺たちはたまらず、大きく息を吐いた。

 

 

「ふぅ。よかったな、おい」

 

「よかったじゃねぇ!」

 

 

 終始、ビクビクしていた匙の肩を叩くと匙が捲し立てる。

 

 

「斬り殺されるどころか、悪魔と神側の争いに発展したっておかしくなかったんだぞ!」

 

 

 まあ、実際、匙の言う通りなんだよな。我ながら大胆すぎる作戦だったぜ。無茶な作戦だと思ったけど、意外にできるもんだぜ。アルミヤさんとかが結構話のわかるヒトだったことと、明日夏の情報提供のおかげかな。

 

 

「イッセーくん。キミたちは手を引いてくれ」

 

「え?」

 

「この件は僕の個人的な憎しみ、復讐なんだ。キミたちを巻き込むわけには──」

 

「俺たち、眷属だろ! 仲間だろ! 違うのかよ!」

 

「・・・・・・違わないよ。でも──」

 

「大事な仲間を『はぐれ』になんてさせられるか!」

 

 

 木場の両肩を掴んで言葉を遮り、真っ正面から思いの丈をぶつける。俺に続いて明日夏も言う。

 

 

「言っとくが木場。こうなったイッセーは絶対に止まらねぇよ。むろん、俺たちもな」

 

 

 明日夏の言葉に千秋と燕ちゃんも強くうなずいた。

 

 

「それに俺だけじゃねぇ! 部長だって悲しむぞ! いいのかそれで!」

 

「・・・・・・リアス部長・・・・・・そう、あのヒトと出会ったのは『聖剣計画』が切っ掛けだった」

 

 

 そこから木場の口から、当時の思いと記憶が語られる。それは当人の口から出たせいか、部長から聞いたとき以上に残酷な話だった。

 

 剣に関する才能と聖剣への適性を見出されて集められた子供たちが来る日も来る日も辛い実験の毎日で、自由はおろか人間としてさえ扱われず、それでも誰もが神に選ばれた者だと信じ、いつか聖剣を使える特別な存在になれると希望をもって耐えた。

 

 

「・・・・・・でも、誰一人として聖剣に適応できなかった。実験は失敗したんだ」

 

 

 計画の失敗を悟った責任者は計画の全てを隠匿するために毒ガスによる処分を実行した。

 

 

「・・・・・・血反吐を吐きながら、床でもがき苦しみながら、それでも僕たちは神に救いを求めた」

 

 

 でも、結局救いはなく、それどころか、神の信徒に殺された。そんな中、同士たちが必死の抵抗を行い、木場だけを研究施設から逃げ出させることができた。

 

 でも、毒ガスによって木場の命はもう長くはなかった。

 

 それでも追っ手から必死に逃げていたが、結局限界がきて倒れる。

 

 そして、倒れてもなお、強烈な無念と復讐の念を抱えたまま生きあがこうとしていた木場を救ったのが当時の部長だった。そして、木場は悪魔になり、現在に至る。

 

 

「眷属として僕を迎え入れてくれた部長には心から感謝しているよ。でも、僕は同士たちのおかげであそこから逃げ出せた。だからこそ、彼らの恨みを魔剣に込めて、エクスカリバーを破壊しなくちゃならない。これは一人だけ生き延びた僕の唯一の贖罪であり、義務なんだ」

 

 

 ……改めて聞くと、すさまじく残酷な話であり、木場の覚悟が伺える話だった。

 

 アーシアも悲しい過去を持っていたけど、木場も想像を遥かに越えた過去を過ごしてきたんだな・・・・・・。

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 

 木場の話を聞いて匙が男泣きしていた。

 

 

「木場! おまえにそんな辛い過去があったなんて! 辛かっただろう! キツかっただろう! 正直言うと、俺はイケメンのおまえがいけすかなかったが、そういう話なら別だ! こうなったら会長のお仕置きがなんだ! 兵藤! 俺も全面的に協力させてもらうぜ!」

 

 

 俺の手を取って、ブンブンと振りまくる匙。ついさっきまであんなにぼやいていたり、ビクビクしていたとは思えないほどやる気と気迫に満ちていた。

 

 

「そ、そうか、サンキュー」

 

 

 その勢いにちょっと戸惑ったけど、こいつも結構熱くていい奴だな。

 

 

「・・・・・・私もお手伝いします」

 

「小猫ちゃん?」

 

「・・・・・・祐斗先輩がいなくなるのは寂しいです」

 

 

 木場の袖を掴み、本当に寂しそうに瞳を潤ませながら言う。

 

 ヤベェ。小猫ちゃんの訴えに木場じゃないのに俺がきゅんきゅんときちゃったよ。

 

 

「まいったな。小猫ちゃんにまでそんなことを言われたら、僕一人で無茶なんてできるはずないじゃないか」

 

「じゃあ!」

 

「本当の敵もわかったことだし、皆の厚意に甘えさせてもらうよ」

 

 

 おお、木場も俺たちの協力を受ける気になってくれたか!

 

 

「ふぅ。いろいろ懸念材料があったが、なんとかなったな、イッセー」

 

「ああ。結構おまえのおかげなところがあるから、本当にサンキューな、明日夏」

 

「礼を言うのはまだ早いぞ。これからが大変なんだからな」

 

 

 明日夏の言う通りか。大変なのはここからだよな。

 

 

「よし! いい機会だ、皆に俺のことを話すぜ!」

 

 

 そんな中、匙が意気揚々と自分のことを話し始めた。

 

 

「聞いてくれ! 俺の目標は──ソーナ会長とデキちゃった結婚をすることだ!」

 

 

 匙の告白に俺は心の奥底から込み上げてくるものがあった!

 

 気づけば、俺の双眸から大量の涙が流れ出していた。

 

 

「同士よ!」

 

 

 俺は匙の手を取り、力強く言った。

 

 

「匙、聞け! 俺の目標は部長の乳を吸うことだ!」

 

「なっ!? おまえ、わかっているのか!? 上級悪魔の、しかもご主人様の乳を吸うなんて!? いや、吸う以前に触れること自体──」

 

「匙、触れるんだよ! 俺はこの手で部長の胸を揉んだことがある!」

 

「なっ!? 嘘じゃないよな!?」

 

「嘘じゃない! ご主人様のおっぱいは遠い。けど、追いつけないほどの距離じゃない! そして、俺は揉んだ! そして次は吸うんだ!」

 

 

 一拍あけ、匙の目からも大量の涙が流れだす。

 

 

「兵藤! 俺は初めておまえがスゴいって思ったぜ!」

 

 

 俺たちは固く握手をする。

 

 

「匙! 俺たちは一人ではダメな『兵士(ポーン)』かもしれない! だが、二人なら違う!」

 

「おう! 同士よ!」

 

「「二人でならやれる! 二人でなら戦えるんだ!」」

 

 

 俺と匙はそのとき、魂で何かを通じ合い、感じ合い、繋がり合った!

 

 

「・・・・・・やっぱりこの二人、似た者同士だったな」

 

「「・・・・・・あはは」」

 

「・・・・・・最低です」

 

「・・・・・・やれやれね」

 

 



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Life.9 情報、求めます!

 

 

 ゼノヴィアたちと共同戦線を張った夜、ゼノヴィアたちと合流するために家を出ると、アーシアが見送りに来てくれた。

 

 

「こんな時間にお疲れさまです」

 

「緊急で召喚されちまったからな。部長が帰ってきたら、よろしく言っておいて」

 

 

 アーシアには緊急の召喚で出かけるということで説明している。

 

 

「はい。お得意さまができて、よかったですね」

 

 

 うっ。屈託のない笑顔を向けられて、罪悪感を感じてしまう。

 

 とはいえ、アーシアに本当の事情を説明するわけにもいかない。ゴメンな、アーシア。

 

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「はい。いってらっしゃい、イッセーさん」

 

 

 見送ってくれたアーシアが家に戻ると同時に向かいの士騎家から明日夏と千秋が出てきた。

 

 

「さて、行くか」

 

「ああ」

 

「うん」

 

 

 ちなみに燕ちゃんは家に残ってもらってる。部長を見張ってもらうためだ。部長にバレるわけにはいかないからな。

 

 

「──っと、そのまえに──」

 

 

 実はアーシアに言った緊急の召喚ってのは本当で、ちょうどいい建前になっていたのだ。

 

 もちろん、本来の目的のために、断らせていただかないといかないわけだが。

 

 その旨を伝えるために、依頼者のスマホに電話をかける。ちなみに、依頼者はここ最近、俺のお得意さまになった、先日、酒の相手で俺を召喚したヒトだ。

 

 ・・・・・・依頼者のヒト、怒るかなぁ? せっかくお得意さまになってくれたのに、これでもう呼ばないなんてことにならないかな?

 

 不安を感じながらコールすると、すぐに出てくれた。

 

 

「あ、もしもし。兵藤です」

 

『よぉ、悪魔くんか。どうしたんだい?』

 

「すみません。今日の召喚、お休みさせてもらいたいんですけど?」

 

『おや、なんでだい?』

 

「実はどうしても外せない急な用事ができてしまいまして・・・・・・」

 

『なるほどねぇ。急用じゃ仕方ない』

 

 

 文句を言われることなく、あっさりと納得してくれた。

 

 

「本当、すみません」

 

『いやいや、気にしなくて結構だ。また改めて指名させてもらうよ。じゃ』

 

 

 向こうから切られたけど、怒ってるってわけでもなかった。

 

 

「向こうはなんて?」

 

「特に怒ることなく、仕方ないってあっさり納得してくれた」

 

 

 とにかく、改めて指名してくれるみたいだし、ホントよかったよ。

 

 

「さて、改めて行くか!」

 

 

 俺の言葉に二人はうなずき、合流場所に向けて駆けだした。

 

 

━○●○━

 

 

 今夜、イッセーを指名した依頼者は堤防で釣りの準備をしていた。今夜はここでイッセーに釣りの相手をしてもらうつもりだったのだ。

 

 

「はぁ、悪魔がドタキャンねぇ」

 

 

 本人は特に気にはしていなかったが、一人で釣りをすることに若干の寂しさを感じていた。

 

 

「よぉ」

 

 

 依頼者は自分以外には誰もいないはずなのにも関わらず、暗闇に向けて呼びかける。

 

 すると、そこにはいつのまにか、ダークカラーの銀髪をした少年が降り立っていた。そして、少年の周りには光る粒子がわずかに舞っていた。

 

 そのことを気にすることなく、依頼者はロットを振りながら少年に語りかける。

 

 

「一人寂しい俺に付き合ってくれよ」

 

 

 依頼者の言葉に少年は鼻で笑う。

 

 

「フッ。寂しがるようなタマか? あんたが?」

 

 

 少年の皮肉に依頼者は不敵な笑みで返した。

 

 

━○●○━

 

 

「来たか」

 

 

 ゼノヴィアたちとの合流場所──以前、アーシアを助けるために乗り込んだ廃教会で俺たちは一堂に会していた。

 

 まさか、またここに来ることになるなんてな。しかも、ご丁寧に明日夏に木場や小猫ちゃんも一緒というあのときの再現である。今回は千秋や匙、ゼノヴィアたちもいるけどな。

 

「さて、まずはキミが持っている情報を頼む」

 

「ああ」

 

 

 アルミヤさんに促され、明日夏は俺たちが現状知っていることを話しだす。

 

 

「まず、奪われたエクスカリバーのうちの一本の所有者についてだが、名前はフリード・セルゼン」

 

 

 明日夏の言葉にゼノヴィアたちが同時に目を細める。

 

 アルミヤさんがフリードについて説明してくれる。

 

 

「フリード・セルゼン。教会のとある機関出身で、元ヴァチカン法王庁直属のエクソシスト。悪魔や魔獣を次々と滅していく功績は大きかった。だが、彼の中にあったのは信仰心ではなく、異形の存在に対する敵対意識と殺意、そして異常なまでの戦闘執着のみ。それを妨げるのであれば、同胞すらも手にかけたほどの男だ。すぐに異端にかけられたが、天才といわれ十三歳でエクソシストになった実力は本物で、いまのいままで、処理班の手から逃れられていた」

 

 

 天才、か。たしかに、あいつの強さは凄まじかった。天才と言われても納得できた。

 

 そんな奴がエクスカリバーを持ってるとか、悪い冗談だぜ。

 

 

「もう一人、エクスカリバーの使い手になってるか不明だし、本名じゃないのは確実だが、この名前に覚えはあるか?」

 

 

 一拍あけて、明日夏がその名を口にした。

 

 

「──ベル・ザ・リッパー」

 

「──っ!?」

 

「ベルだと!?」

 

 

 明日夏が口にした名にユウナとライニーが激しく反応していた。

 

 な、なんだ、そいつのこと、なんか知ってるのか?

 

 だけど、ユウナは辛そうに、ライニーは腹立たしそうに顔を背けるばかりで、二人とも何も言おうとしない。

 

 

「本名はベルティゴ・ノーティラス。『切り裂きベル(ベル・ザ・リッパー)』の異名を持った元エクソシストだ」

 

 

 そんな二人を見かねて、アルミヤさんが代わりに話してくれた。

 

 

「もとは親に捨てられた孤児で、妹と一緒に路頭に迷っていたところをとある教会の神父が拾い、その神父が教会で兼任していた孤児院で過ごし、エクソシストになった男だ。そして・・・・・・」

 

 

 アルミヤさんはライニーとユウナに一瞬だけ視線を移して言う。

 

 

「二人もその孤児院で過ごし、エクソシストなった者たちだ」

 

 

 えっ。それって、つまり──。

 

 

「・・・・・・ベルくんと私たちは、その孤児院で他の孤児たちと家族同然に過ごしていたの」

 

 

 ユウナが辛そうにしながらも、ようやく話し始めた。

 

 

「・・・・・・私もライくんも、ベルくんと同じように親に捨てられた孤児でね。ベルくんとはほぼ同時期にその孤児院を兼任していた神父さまに拾われたの。そこで、本当の家族のように、拾われるまえの辛さを忘れるぐらい、楽しく過ごしたの。そして、私たち三人は教会のためにエクソシストになった。でも・・・・・・」

 

「・・・・・・そのときから、奴は変わった」

 

 

 そこからはライニーも話し始めた。

 

 

「・・・・・・孤児院で過ごしてたときは、ただ悪戯好きでやんちゃな奴だった。だが、教会の戦士になってからは、その性格は過激なものに変わった。手にした武器で、敵を必要以上に切り裂き、惨殺しては悦に入っていた。その姿からいつしか、周りの連中は奴を『切り裂きベル(ベル・ザ・リッパー)』と呼ぶようになった。そして、そう呼ばれるようになって、しばらくしたあとだ。奴は俺たちを拾ってくれた神父を・・・・・・恩人に手をかけた・・・・・・!」

 

 

 ライニーの言葉に俺たちは驚愕してしまう。

 

 だって、親に捨てられて路頭に迷っていた自分を拾ってくれて育ててくれた恩人とも言えるヒトを手にかけたなんて・・・・・・。

 

 

「あとからわかったことだが、彼は『サイコキラー』であったのだ」

 

 

 アルミヤさんが追加の情報をくれる。

 

 それってたしか、変な理由と目的で人を殺しまくる奴のことを言うんだっけ?

 

 

「・・・・・・彼は人を殺すこと、とりわけ切り裂いて殺すことに異常なまでの衝動を持ち、興奮を覚える男だったのだ。おそらく、戦いの中に身を置いたことで、その衝動が目覚めたのだろう。そして、最初はそれを教会の敵にしか向けなかったが、徐々にそれを同胞にまで向けるようになった。その果ての結果が恩人である神父の殺害だ。・・・・・・その後、彼は妹を連れて、どこかへ姿を消し、我々もいまだに消息を掴めていない状態だった」

 

 

 アルミヤさんの言葉に何も言えなくなってしまう。

 

 いや、ライニーやユウナのショックはもっと大きいはずである。家族同然に一緒に暮らしてたのに、それが異常殺人者になっちまうんなんて・・・・・・。

 

 

「・・・・・・今回の事件に関わってるのならちょうどいい。野郎との因縁にケリを着けてやる!」

 

 

 ライニーは決意を決めた表情をしていたけど、ユウナはどこか迷ってるような表情をしていた。

 

 

「・・・・・・悪いが、俺たちが知っているのはこれだけだ」

 

「・・・・・・そうか。情報提供を感謝する」

 

 

 二人のことを想ってなのか、明日夏とアルミヤさんが話を切った。

 

 そして、話題を変えようとした瞬間──。

 

 

「──おいおい、なんだぁ? 悪魔とエクソシストが教会で一堂に会して仲良くおしゃべりとはなぁ」

 

『――ッ!?』

 

 

 突然かけられた声に俺たちは驚き、身構えながら声がしたほうを見る。

 

 そこには、ローブをまとい、フードをかぶった者が扉に背を預けていた。

 

 フードで顔は見えないけど、声からして、たぶん男だ。

 

 

「何者だ?」

 

 

 ゼノヴィアがエクスカリバーを包んでいる布を取りながら訊く。

 

 ゼノヴィアの問いに男は不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「敵だ――て言ったら、どうする?」

 

 

 そして、男はローブから何かをチラつかせる。

 

 それは──刀だった。

 

 同時にただならぬプレッシャーを感じてしまう!

 

 

「──ッ!」

 

 

 次の瞬間、男を敵だと判断したライニーが銃で男を撃ち抜く!

 

 だけど、撃ち抜かれたのはローブだけで、男はその場にいなかった!

 

 ど、どこ行ったんだ!?

 

 

「──遅ぇな」

 

『──ッ!?』

 

 

 いつの間にか、俺たちの背後にその男はいた!

 

 

「くっ!」

 

 

 ゼノヴィアがすかさず振り返りながらエクスカリバーを振るうけど、男は体を少しずらしただけでゼノヴィアの斬擊を避けてしまう!

 

 

「「やぁっ!」」

 

 そこへ、エクスカリバーを持ったイリナと十字架を刀に変えて手に持ったユウナが斬りかかる!

 

 

「だから、遅ぇぜ」

 

 

 だけど、男が居合の構えを取った次の瞬間──。

 

 

「「──っ!?」」

 

 

 男の手元が一瞬ブレたかと思ったら、激しい金属同士がぶつかり合った音が響き、イリナのエクスカリバーとユウナの刀が弾かれていた!

 

 なんだよいまの!? おそらく、居合でイリナとユウナの攻撃を弾いたんだろうけど、その太刀筋が全然見えないどころか、男の手の動きすら見えなかった!

 

 

「チッ!」

 

 

 ライニーが銃で撃つけど、男はそれさえも体を少しずらしただけで躱してしまう!

 

 

「くっ!」

 

 

 木場が魔剣を手に『騎士(ナイト)』のスピードを駆使して斬りかかる。

 

 

「お、少しは速いな。『騎士(ナイト)』の特性か?」

 

 

 だけど、男は木場の速さに余裕で対応して、木場の斬擊を鞘でいなしていた。

 

 

「・・・・・・潰れて」

 

 

 小猫ちゃんがフリードのときのように長椅子を男に投げつける。

 

 

「よっ」

 

 

 けど、男は小猫ちゃんが投げまくる長椅子をなんてことのないように刀で切り裂いてしまう。

 

 

「ちっちぇくせに、スゲェバカ力だな。『戦車(ルーク)』か?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 男の言葉に小猫ちゃんが不機嫌になるけど、男はそれを見てもへらへらするだけだった。

 

 そして、男はアルミヤさんのほうに視線を動かした。

 

 次の瞬間──男がその場から消えたと思ったら、アルミヤさんに肉薄していた!

 

 男は刀を鞘から抜いて振るうけど、アルミヤさんは黙って見てるだけだった。

 

 そして、男の刀がアルミヤさんの首を跳ねようとした瞬間──刀の刃がアルミヤさんの首のところで寸止めされていた。

 

 

「──俺の動き、見えてたんだろ? 俺が刃を止めなかったら、首と胴体がおさらばしてただろうに、なんで避けなかった?」

 

 

 男の問いにアルミヤさんは肩をすくめる。

 

 

「──相手を斬る気のない斬擊を避ける必要があるのかね?」

 

 

 アルミヤさんの答えを聞き、男は──。

 

 

「プッ!」

 

 

 アルミヤさんの首筋から刀を離し、腹を抱えて大笑いしだした。

 

 

「アッハッハッハッハ! さすがは『剣聖』と呼ばれるだけはあるぜ! わりとマジに刀を振ってるように見せかたつもりだったんだけどな!」

 

 

 な、なんだ!? どうなってるんだ、一体!?

 

 俺たちが困惑していると、明日夏が大笑いしている男に飛びかかっていた!

 

 そして、明日夏は腕を振るいあげ──。

 

 

 スパンッ!

 

 

「いてっ」

 

 

 手に持っていたハリセンで男の頭を叩いていた。──って、ハリセン!

 

 

「・・・・・・なにやってんだよ──レン?」

 

 

━○●○━

 

 

「どうも、はじめまして。賞金稼ぎ(バウンティーハンター)やってる、夜刀神蓮火ってもんだ。気軽に『レン』って呼んでくれや」

 

 

 突如として現れた男──夜刀神蓮火がへらへらと笑いながら自己紹介をする。

 

 赤みがかかった茶髪をポニーテールにしており、結構なイケメンだ。どこか不良っぽさがあって、なんか、イケメンな不良って感じだ。

 

 フード付きのパーカーを前を全開にして着ており、首にはヘッドホンがかけられていた。そして、腰にはさっきまで振るっていた日本刀が吊るされていた。よく見ると、鞘が機械的な見た目をしており、銃のマガジンみたいなのが付いていた。

 

 なんか、少し明日夏の刀に似ているな?

 

 その刀を見て、なんとなくそう思った。

 

 そんな夜刀神蓮火の頭を明日夏がもう一回、ハリセンで叩く。

 

 

「痛ぇな。紙でもそこそこ痛ぇんだぞ」

 

 

 頭を擦りながら夜刀神蓮火が抗議をするけど、明日夏はそれを無視してため息を吐く。

 

 そんなやり取りを行う明日夏と夜刀神蓮火に困惑する俺や木場、小猫ちゃん、匙。事情を知ってる様子な千秋は明日夏と同じ反応をしていた。

 

 で、さっきの襲撃まがいのことをやられたゼノヴィアたちはアルミヤさんを除いて、夜刀神蓮火を警戒心全快で見ていた。

 

 

「──って、ん? 夜刀神、って?」

 

 

 も、もしかして!

 

 

「・・・・・・ああ。このバカは槐の兄貴だ」

 

「どもぉ」

 

 

 こ、このヒトが槐のお兄さん!

 

 当の夜刀神蓮火は、バカと言われても特に気にする様子を見せず、へらへらと手を振ったあと、俺のことをまじまじと見つめてくる。

 

 

「な、なんだよ?」

 

 

 男なんかにそんなふうに見つめられたくないんだけど・・・・・・。

 

 

「おまえがイッセーこと兵藤一誠だろ?」

 

「そ、そうだけど」

 

「おまえのことは冬夜さんや明日夏たちからよく聞いてるぜ。大層気に入られてるみたいだからな」

 

 

 俺のことを興味津々になって見てくる夜刀神蓮火を明日夏が肩を掴んで自分のほうに向かせる。

 

 

「で、あんなことをしたわけは?」

 

 

 ふざけた回答をしようものならいつでも手に持つハリセンを振るえるようにしながら明日夏は訊く。

 

 

「へいへい、真面目に答えますよっと。かのエクスカリバーの使い手とその同行者の実力を見てみたかったのさ。いち剣士の端くれとしてな」

 

 

 夜刀神蓮火の回答に明日夏はまたため息を吐く。

 

 

「だからって、あんなことを──」

 

「あと、これから行動を共にする身としてな」

 

「──何?」

 

 

 明日夏の言葉を遮って出た夜刀神蓮火の言葉に明日夏は困惑した表情を見せた。

 

 

「同行って、どういう意味だ?」

 

「そのまんまの意味だぜ。おまえたちと行動を共にすることにしたんだよ」

 

「どういうこと──まさか!」

 

 

 何かを察した様子の明日夏。

 

 

「ああ。おまえが考えてるとおりだぜ」

 

「・・・・・・そういうことか」

 

 

 一人納得している明日夏だったけど、こちらとしては、まったく話が見えてこなかった。

 

 

「お、おい。何一人だけで納得してんだよ!?」

 

「そうだな。我々にも事情を説明してほしいのだがね?」

 

 

 俺もアルミヤさんも、明日夏に説明を求める。

 

 見ると、他の皆も同じような反応だった。

 

 ただ、千秋だけは明日夏と同じ考えに至ってるみたいだった。

 

 

「レンがこの町に来たのは、ある賞金首を追ってだ。で、その賞金首が──」

 

「なるほど。その者が今回の事件に関わっているというわけか」

 

 

 明日夏のわずかな情報からすぐさまアルミヤさんが事情を察して説明してくれた。

 

 つまり、この夜刀神蓮火が言うには、追っていた賞金首が今回の事件、堕天使によるエクスカリバー強奪事件に関わっていると。つまり、そいつとエクスカリバーを奪った連中とグルになってるってことか。

 

 

「そういうこった。それぞれが狙ってる獲物が一緒にいるんだ。なら、こっちも一緒に行動しようと思ってな。で、行動を共にする連中の実力を測ろうと思ってな」

 

 

 さっきのはそういうことだったのか。だからって、わざわざあんなふうにやる必要あるか?

 

 

「普通に手合わせしてもよかったけど、あっちのほうが緊迫感があって、実力を見極めやすいかと思ってな」

 

 

 俺の疑問を察したのか、夜刀神蓮火がそう言う。

 

 

「・・・・・・手合わせ、ねぇ。どっちかというと悪ふざけだったんじゃないのか?」

 

 

 明日夏の言葉に夜刀神蓮火はわざとらしく「バレたか」みたいな反応をする。

 

 えっ、さっきの悪ふざけだったのか!? 

 

 

「にしても、いくら不意打ちだからって、ああまで簡単に手玉に取られるってのはちょっと不甲斐ないんじゃねぇのか? もし、俺がガチで敵だったら、誰かやられてたかもしれなかったぜ?」

 

 

 なんかわざとらしく挑発してきた。それを聞いて、木場、小猫ちゃん、ゼノヴィア、イリナ、ライニーはあからさまに不機嫌そうになる。ユウナだけは素直に受け取って少し落ち込んでいた。全然動けなかった匙は悔しそうに歯軋りしており、俺もなんとも言えなかった。

 

 

「ま、それはいいとして。とりあえず、ここで立ち話してるのもあれだから、さっさと行こうぜ──情報をくれるところにさ」

 

 

-○●○-

 

 

「ところで、レン。おまえたちが追ってる賞金首はいったい何者なんだ?」

 

 

 情報屋のところに行く途中で、俺は気になっていたことをレンに訊く。

 

 

「俺たちが追ってる奴の名前はカリス。カリス・パトゥーリアだ。おまえも聞いたことあるだろ?」

 

 

 レンに言われ、無言でうなずいた。カリス・パトゥーリアか・・・・・・。・・・・・・厄介な奴がこの町に来たもんだ。

 

 

「そのカリスってのはどんな奴なんだ?」

 

 

 イッセーの質問にレンが答える。

 

 

「罪のない人々を殺しまくった最悪な男。『はぐれ賞金稼ぎ(バウンティーハンター)』さ」

 

「はぐれ? 賞金稼ぎ(バウンティーハンター)にも『はぐれ』っているのか?」

 

「ああ。他人の手柄を奪ったり、手柄のために不必要な殺しをやったりした奴がはぐれに認定されるんだぜ。まあ、そんなにいないんだけどな」

 

「なんでだ?」

 

 

 レンの言葉に首を傾げるイッセー。

 

 

「はぐれに認定されれば、ハンターの仕事ができなくなるのは当然として、多額の賞金をギルドにかけられて、全ハンターに狙われるからな」

 

 

 そのことが抑止力になって、はぐれになる奴は少ない。

 

 

「もっとも、目先の欲にかられて、魔が差す奴もそれなりにいるんだけどな」

 

 

 だが、それでもあくまで少ないだけであり、レンの言ったように、はぐれになる奴は確実にいる。

 

 賞金稼ぎ(バウンティーハンター)はその仕事柄、ハンターになる奴の理由が大抵は金銭欲からくるものだ。そして、そういう奴にはわりと金に執着して問題を起こすようなならず者みたいなのが多い。そういう奴の中から、本当に問題を起こす奴が出できて、はぐれになるのだ。

 

 だが、カリス・パトゥーリアははぐれになる奴らの中で例外なタイプだった。普通のはぐれハンターが金への執着からはぐれになるのに対し、カリス・パトゥーリアには賞金に関して無頓着だった。賞金のことは二の次で、賞金首の遺体そのものを目的にして行動している節があった。実際、他のハンターが目をつけないような大した賞金をかけられていない賞金首を進んで狩っていたしな。

 

 

「カリス・パトゥーリアはどうやら研究者みたいでな。なんらかの研究のために遺体を回収してたみたいなんだ」

 

 

 なんらかの研究。それがどういうものかはさておき、賞金首には人間もいる。つまり、人の死体を使った研究をしていたのだ。それだけでも、カリス・パトゥーリアが非人道的な奴なのは明らかだった。

 

 

「そのことに関しては、賞金をかけた奴を積極的に狩ってくれるってことで、ギルドはあまり気にしなかったんだよな」

 

 

 賞金首になるのは一般人に被害を及ぼす存在だ。それを積極的に狩ってくれるのなら、多少の非人道的な研究を行っている可能性についてギルドは目を瞑った。

 

 

「だが、いつからか罪のない一般人にまで手を出し始めたんだよ。・・・・・・把握できてる限りだと、累計五万はいってるぜ」

 

『──っ!?』

 

 

 レンの言葉にイッセーたちは絶句する。

 

 そう、カリス・パトゥーリアは累計五万人ものの罪のない一般人を殺してる。老若男女問わずな。しかも、これはあくまで罪のない人々での数だ。犯罪者なんかも含めれば、さらに増えるだろう。

 

 

「そして、殺した人間のほとんどの遺体はやっぱり回収してる。一体どういう研究をするつもりなのかはわからないが。ま、ろくでもないことなのは間違いないと思うけどな」

 

 

 さっきからへらへらしていたレンだったが、いまの話をしてるときだけは目を細めて嫌悪感を出していた。

 

 悪戯好きで悪ふざけがすぎるこいつだが、それなりの正義感を持っている。特に、カリス・パトゥーリアみたいな罪のない人を手にかける輩には最大級の嫌悪を示す。

 

 

「しかも、カリス・パトゥーリアは自ら進んではぐれになった可能性もある。そりゃそうだろうな。研究のために必要な材料が向こうからやってくるんだからな」

 

 

 はぐれになれば全ハンターから狙われる。つまり、自身を狩りにきたハンターを返り討ちにするのを繰り返してれば、自然と研究のための材料を入手できる。そのために進んではぐれになった可能性があった。そして、実際にカリス・パトゥーリアによって返り討ちにあって帰ってこなかったハンターは多かった。つまり、カリス・パトゥーリアはそれだけのことを行える実力、もしくは戦力を持ってる可能性があった。ゆえにカリス・パトゥーリアに与えられたランクは最上級の『S級』だった。かけられた賞金も膨大だ。

 

 おまけに、なかなか所在を掴ませない男でもあった。

 

 そんなカリス・パトゥーリアがこの街にいて、なおかつ、エクスカリバーを奪った連中と行動を共にしている。

 

 いったい、どういう目的があって?

 

 

「お、そうこうしているうちに着いたぜ」

 

 

 俺たちがたどり着いたのは、繁華街の一角に位置する地下バーだった。

 

 地下への入口の上に店の名前が書かれた看板があった。店名は『JB』。

 

 

「ここに情報提供者がいるのかね?」

 

 

 アルミヤさんの質問にレンがうなずく。

 

 

「ああ。ここはその情報提供者である情報屋が経営してる店なんだよ」

 

 

 この店のマスターが俺たちがこれから会おうとしている情報屋。そして、このバーはマスターから情報を買うために集まるハンターたちの溜まり場にもなってる。むろん、普通のお客のためのバーでもある。

 

 

「・・・・・・なあ、学生の俺らがこんな時間にいちゃヤバい場所じゃないのか?」

 

 

 匙の言う通り、本来なら、この時間に学生である俺たちがこんなところにいるのは問題があるのだが、幸い、このバーが位置してる場所は比較的人通りが少ないから人目にはついてない。そして、このバーのマスターも、顔見知り相手ならそういうことを気にしないヒトだ。

 

 

「じゃ、早速入るとするか」

 

 

 レンが俺たちを引き連れて入ろうとするが、イリナが入口の前に立ててある看板を見てレンに訊く。

 

 

「ねえ、これに『貸し切り中』って書いてあるわよ?」

 

「ああ、それ、俺たちのことだから、気にしなくていいぜ」

 

 

 あのヒト、わざわざ俺たちのために貸し切りにしてくれたのか。

 

 入口を通って階段で地下一階に下りる。

 

 シックな感じな扉を開けるとベルが鳴り、髪を後頭部でまとめて結い、バーテンダーの格好をした女性がカウンター越しに出迎えてくれた。

 

 

「いらっしゃい、レンくん。明日夏くんに千秋ちゃんも」

 

 

 挨拶をくれた女性の名前は番場(ばんば)樹里(じゅり)さん。このバーのマスターである。この店の名前も、このヒトが自分の名前のイニシャルからつけたものだ。

 

 樹里さんはシェイカーを振りながらイッセーたちやゼノヴィアたちの初対面組に視線を向けて挨拶する。

 

 

「それから、はじめましてね。グレモリーとシトリーの眷属悪魔や教会の戦士の皆さん。私はこのBAR『JB』のマスターをやってる番場樹里よ。立ち話もなんだから座って座って」

 

 

 樹里さんに促されて、俺たちはカウンター席に座る。

 

 

「何か飲む? 私の奢りよ。お酒はダメでしょうから、ジュースかノンアルコールカクテルを作ってあげるわ」

 

 

 そう言われ、俺たちはそれぞれ別の果物ジュース(ライニーはいらないと言っていたが、ユウナが勝手に頼んだ)、アルミヤさんはミルクと答える。

 

 レンは樹里さんがいましがた作ってたノンアルコールカクテルを出してもらって飲んでいた。レンが来るのに合わせて作ってたみたいだな。

 

 そして、黒のセーラ服風な制服の上からエプロンを着けた少女が俺たちの頼んだジュースやミルクを持ってきた。

 

 

「あっ、槐」

 

「このあいだぶりだな、イッセー」

 

 

 イッセーが頼んだリンゴジュースをイッセーの前に置いた槐がイッセーと軽く挨拶し合う。

 

 槐が他の飲み物を置いたところで、レンが槐のことを知らないメンツに紹介する。

 

 

「こいつは俺の妹の夜刀神槐だ」

 

「はじめまして」

 

 

 槐は木場のほうに視線を移すと、頭を下げる。

 

 

「あのときはすまなかった」

 

 

 頭に血が昇って暴走する木場を止めるために一撃かましたときのことだな。

 

 そのことを思い出した木場は気にしてないように手を振る。

 

 

「気にしないでください。僕もあのときは冷静じゃなかったから。強引にでも止めてくれて感謝してますよ」

 

 

 そんな木場と槐のやり取りを怪訝そうに見ていたイッセー、千秋、塔城、匙に俺が事情を説明してやる。

 

 そのあと、木場たちも槐と樹里さんに軽く自己紹介する。

 

 

「さて、早速本題に入りましょうか」

 

「すみません。ハンターでもない俺たち相手に」

 

「いいのよ」

 

 

 俺と樹里さんの会話を訝しんだイッセーが訊いてくる。

 

 

「どういうことだ、明日夏」

 

「樹里さんはハンター相手専門の情報屋なんだよ」

 

 

 だから、本来はハンターでもない俺たちに情報を売らないはずなんだ。

 

 

「明日夏くんたちなら、別にいいわよ。知らない仲じゃないから、特別に情報は売ってあげるわよ」

 

 

 樹里さんはそう言うけど・・・・・・。

 

 

「・・・・・・あんまり、俺たちのことを特別視すると、樹里さんにまでいらぬ被害を受けますよ」

 

「どういうことだ、明日夏?」

 

「兄貴たち、それにレンや槐は他のハンターにあんまり好かれてないからな」

 

 

 樹里さんが俺に続いて言う。

 

 

「ただの大人気ない妬みよ。最近、この子たちのような若い子のハンターが活躍しまっくてるもんだから、大人気ない大人たちが妬んでるのよ」

 

 

 そう、どういうわけか、最近は若手のハンターが台頭しており、いまじゃ、活躍している上位ランカーのほとんどが若手だったりする。

 

 おまけに政府やギルドも若手を優遇気味なところがあった。

 

 そのことが大人のハンターたちにとっては気に入らなく、妬んでいるのだ。

 

 しかも、その若手ハンターの台頭の煽りを食って、大人のハンターが仕事にあぶれることが多くなり、大人たちはますます若手ハンターのことを目の敵にしているのだ。

 

 

「特に数年で最高ランクのAランクになった明日夏くんと千秋ちゃんのお兄さんの冬夜くんとか、レンくんと槐ちゃんのお兄さんのリンくんみたいな子のことを目の敵にしてる人が多くてね」

 

 

 そして、そんな兄貴の弟、妹だっていうことで、ハンターでもないにも関わらず、俺や千秋のことまで目の敵にしたり、陰口を叩く奴がいる。

 

 別に俺も千秋もそのことは気にしてないが、その矛先が他の誰かに向くのは我慢できなかった。

 

 そして、樹里さんは顔馴染みを優遇する傾向があり、おまけに細かいことを気にしない性分なヒトなので、ハンターでない俺や千秋のことも優遇してくれるのだが、そのせいで俺たちに向けられる敵意が樹里さんに向くんじゃないかと心配になってしまう。

 

 

「気にしなくていいわよ。そうなっても私は気にしないし、そんなヒトと商売もしたくないしね。もし、妙なことをしてくるような輩がいても、自力でぶちのめせるし」

 

 

 樹里さんは屈託のない笑顔で物騒なことを言う。

 

 このヒト、実は元Aランクのハンターで、結構な実力者でもあったらしい。

 

 情報屋になったいまでも、その実力は衰えていないみたいで、仮にそのようなことをしてくる輩がいても返り討ちにしてしまうだろう。

 

 

「さて、このお話はおしまい。これを見てちょうだい」

 

 

 樹里さんはカウンター下から数枚の写真を取り出す。

 

 

「これらの写真に写ってるのは、今回のエクスカリバー強奪事件に関わっている人物で私が把握している者たちよ。まず、こっちがレンくんと槐ちゃんが追ってるS級賞金首のはぐれハンター──カリス・パトゥーリアよ」

 

 

 その写真には、メガネをかけた若い男性が写っていた。いかにも研究者って風貌だった。

 

 

「そして、これが資料だけど・・・・・・ゴメンなさい。あなたたちがすでに知ってるような情報しかないわ」

 

 

 渡された資料に目を通すが、ここに来るまでに話した内容しか書かれていなかった。

 

 よっぽど、隠れるのがうまいみたいだな。

 

 そのへんも含めて、S級に認定されているのだろう。

 

 

「さて、次は──」

 

 

 樹里さんが次に見せた複数枚の写真。どうやら、今回の事件に関わっているはぐれエクソシストの写真のようだ。そのうちの一枚にはフリードが写っていた。

 

 

「「──ッ!」」

 

 

 そして、ある一枚の写真を見て、ライニーとユウナが目を見開く。

 

 その写真には、俺たちとそう変わらない年齢と思しき少年が写っていた。

 

 二人の反応からして、おそらく、こいつがベルティゴ・ノーティラス。二人にとって、因縁浅からぬ男。

 

 そして、ある写真を指差しながら、樹里さんは木場に言う。

 

 

「この男の名前はバルパー・ガリレイ。あなたが復讐相手として追い求める男よ」

 

「──ッ!」

 

 

 それを聞いて、木場は瞳を憎悪の色に染めあげて、鋭い視線でバルパー・ガリレイの写真を睨む。

 

 こいつがバルパー。メガネをかけた初老の男性で、見た感じは好好爺然とした風貌だ。

 

 

「そして、最後に──」

 

 

 樹里さんが最後に一枚の写真を取り出す。

 

 

「この男がコカビエル。堕天使の組織、『神の子を見張る者(グリゴリ)』の幹部であり、今回の事件の首謀者よ」

 

 

 樹里さんの言葉に俺たちは目を細める。

 

 こいつがコカビエル。ウェーブのかかった長い黒髪と長い耳を持った男だった。

 

 

「間違いなく、戦ったら一番危険な相手よ。かつての大戦を生き残った、堕天使の中でも武闘派の幹部なのだから」

 

 

 その情報だけでも、いまの俺からしたら、天上な存在なのは確実だった。

 

 

「残念だけど、コカビエルに関してはそんなに情報がないの。ゴメンなさいね」

 

 

 まあ、俺たちの目的はエクスカリバーを木場に破壊させること。コカビエルと戦うことじゃない。エクスカリバーを破壊したら、希望的だがコカビエルが戦わずにこの町から去る可能性だってあるからな。

 

 

「尋ねるが、彼らが潜伏している拠点などの情報はないのかね?」

 

 

 アルミヤさんがそう訊くと、樹里さんは新たに三枚の写真を取り出した。

 

 

「その三ヶ所で彼らがときおり出入りしてるのが確認できたわ」

 

 

 出された三枚の写真を見ると、どれも見覚えのあった場所だった。

 

 以前、俺がはぐれ悪魔を退治した廃工場。イッセーたちがバイサーというはぐれ悪魔を退治した廃屋と理性を失くしたはぐれ悪魔を退治した廃工場だった。

 

 人気がない場所だから、おそらく、前線基地的な場所として利用していたのだろう。

 

 

「残念ながら、潜伏場所まではわからなかったわ」

 

 

 なんも手がかりがないのに比べれば全然マシだった。

 

 写真を見て、アルミヤさんは顎に手を当てて言う。

 

 

「ふむ。となると、その場所に何かかしらの手がかりが残っているやもしれん。三手に別れてそれぞれの場所を調べるのがいいだろうな」

 

「なら、俺と槐はここ。明日夏たち悪魔組はここ。教会組はここ。それでいいか?」

 

 

 レンの言葉に誰も異論は唱えなかった。

 

 

「何かあったら、俺のスマホに連絡をくれ」

 

「では、そちらは私のスマホに」

 

 

 レンとアルミヤさんはそれぞれのケータイ番号を交換する。

 

 

「じゃあ、こっちは──」

 

「あっ、こっちはイッセーくんのスマホに連絡を入れるわ。番号ならおばさまからいただいてるから」

 

「なっ!? マジかよ! 母さん! 勝手なことを!?」

 

 

 勝手なことをされて憤るイッセー。

 

 おばさんのことだから、昔馴染みが現れたから、「電話でもしてみれば?」的な感じ教えたのだろう。

 

 

「じゃあ、俺たちはおまえのスマホに連絡を入れるぞ?」

 

「ええ。はい、これ番号」

 

 

 イリナから番号が書かれたメモ用紙を受けとる。

 

 

「じゃあ、こっちは明日夏のスマホに連絡を入れるぜ。そっちからは槐に」

 

 

 今後の方針が決まり、『JB』をあとにしようと立ち上がる。

 

 

「じゃ、あとで情報料をはいつもの場所に振り込んでおきますよ」

 

 

 今回の情報料は俺が全部払うことにしていた。

 

 

「ええ。それよりも、気をつけてね。コカビエルもそうだけど、他の面子も危険なのばかりだから」

 

 

 樹里さんの言葉に軽くうなずき、店を出ようとする。

 

 

「あっ、そうだ! 兵藤一誠くん!」

 

 

 扉の前に来たところで、樹里さんが思い出したようにイッセーのことを呼び止める。

 

 

「えっと、どうかしましたか?」

 

「サービスよ。『白い龍(バニシング・ドラゴン)』はもう目覚めてるわ」

 

「──っ!」

 

 

 それを聞いて、イッセーは緊張した面持ちになる。

 

 『白い龍(バニシング・ドラゴン)』──二天龍の片割れ。イッセーがいずれ出会い、戦う宿命にある存在、『白龍皇』。

 

 イッセーの様子からして、もう知ってるみたいだな。籠手に宿るドライグにでも教えてもらったのかもな。

 

 

「しかも、グリゴリに属しているわ」

 

 

 なっ!? つまり、ヘタをすれば、今回の騒動に介入してくるかもしれないってことか!

 

 イッセーもその考えに至ったのか、神妙な面持ちになっていた。

 

 

「とにかく、気をつけてね」

 

 

 樹里さんのその言葉を最後に、俺たちは『JB』をあとにし、それぞれの担当の場所に向かった。

 

 



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Life.10 行動、バレました!

 

 

 樹里さんからの情報で、連中がここ最近出入りしていたという三ヶ所の場所を知った俺たちは、三手に別れてそれぞれの場所を調べることにした。

 

 そして、俺、イッセー、木場、千秋、塔城、匙はそのうちのひとつ、以前、はぐれ悪魔バイサーが潜伏していた廃屋のところまでやってきた。

 

 

「さて、例のはぐれ神父たちはまだいるかねぇ?」

 

 

 廃屋を見ながら、匙が呟く。

 

 

「・・・・・・できることなら、いてほしいね。他の二ヶ所のほうにいて、僕が相手をする前に彼らに倒されるなんてことがあったら困るからね・・・・・・特にバルパー・ガリレイ! 彼だけは僕の手で・・・・・・!」

 

「落ち着け、木場」

 

 

 いまにも駆けだしそうな勢いの木場を諌める。

 

 木場は同士の真の仇といえるバルパー・ガリレイが今回の事件に関わってることを知ってから、気持ちがまた先走り始めていた。しかも、真の仇を知っても、それはそれでエクスカリバーに対する憎しみも健在だ。正直、バルパー・ガリレイとエクスカリバーが同時に現れたら、今度こそ本当に暴走しかねないほどの危うさがあった。事前情報なしで遭遇したら確実に暴走していただろう。

 

 

「まだ潜伏している可能性はあるんだ。慎重に行くぞ?」

 

 

 俺は皆に、とくに木場に言い聞かせるように言う。

 

 イッセーたちがうなずき、木場もとりあえずうなずいてくれた。

 

 俺と木場が先頭になって進む。

 

 俺たちの目的は木場に想いを果たしてもらうこと。そうなると、必然的に木場を中心にし、俺たちはそのサポート。ただし、自分の力だけで決着をつけたいのが本人の意向なので、サポートは必要に迫ったときだけだ。

 

 俺が木場と一緒に先頭にいるのは、いざってときの木場のストッパー役だ。

 

 

「「「「──ッ!?」」」」

 

 

 突然、俺と千秋以外の皆が表情を険しくした!

 

 同時に上から殺気が!

 

 

「上だ!」

 

 

 俺が叫び、全員が上を見る!

 

 

「イヤッホー!」

 

 

 長剣を構えた白髪の少年神父が木場に斬りかかってきた!

 

 

「ガキィィィン!」

 

「ぐっ!」

 

 

 瞬時に魔剣を創りだした木場はその斬擊を魔剣で受け止めると、少年神父──フリードを上に弾く。

 

 

「よっと」

 

 

 フリードは弾かれた勢いを利用して、宙返りをしながら廃屋の屋根に着地する。

 

 

「このあいだはどーもー」

 

 

 フリードは俺と木場の後ろにいるイッセーと塔城を視界に捉える。

 

 

「おんやぁ。いつぞやのガキとチビ──あわわ!? 小柄のお嬢さん!」

 

 

 フリードはあのときと同じように塔城のことを「チビ」と呼ぼうとしたが、塔城の一睨みで慌てて訂正した。

 

 

「へへ、待ってたぜ。まさかこっちに来たのがおまえらだとはな」

 

「・・・・・・何?」

 

 

 ふざけた口調に嫌気がさして思わず聞き逃しそうになったが、奴はいま「待ってた」と言った。さっきの奇襲といい、いまの言葉といい、つまり────。

 

 

「待ち伏せされたか!」

 

『──ッ!?』

 

 

 俺の言葉にイッセーたちが驚愕する。

 

 

「あのときのメンバーが来るなんて、これはまさしく、運命の赤い糸で結ばれちゃってるのかなぁ! きゃぁぁぁ!」

 

 

 ふざけた言動にイラッとしつつも、俺は現状の把握に努める。

 

 待ち伏せされたってことは、こちらの動向を把握していたことになる。

 

 なぜ把握された?

 

 まさか、ゼノヴィアたちを監視していたのか?

 

 

「待ち伏せされていようと関係ない。この場でキミをエクスカリバーもろとも切り捨てることに変わりはない!」

 

 

 木場は勇ましく魔剣を構える。

 

 イッセーも『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を、俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)を構える。

 

 

「千秋、塔城! 他の場所に向かったメンバーに連絡を! おそらく、そっちも待ち伏せされてる!」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

 

 俺は改めて、フリードのほうを見る。

 

 奴はテンションが上がっている様子で、手に持つエクスカリバーの刀身を舐めていた。

 

 

「おやぁおやぁ、六人がかりぃ? いやいやぁ、人気者は辛いっスねぇ♪」

 

「誤解するな。僕ひとりが相手だ!」

 

 

 木場がフリードに向かって飛び出した!

 

 

「まあ、クソ悪魔共とクソ人間共が何人来ようとぉ、このエクスカリバーちゃんの相手にはなりませんぜ!」

 

 

 フリードの体が一瞬ブレたと思った瞬間、フリードが消え去った!

 

 

「もらったぁぁぁぁッ!」

 

 

 いつのまにか木場の頭上に現れたフリードが木場に斬りかかる!

 

 

「ぐっ!」

 

 

 木場はなんとか、手に持つ魔剣でフリードの斬擊を防ぐ。

 

 

「これが、聖剣エクスカリバー! 人呼んで、『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)』! 俺呼んで、ちょっぱやの剣!」

 

 

 再び、フリードが消え去った!

 

 違う! あれは消えたんじゃなく、目に見えないほどの速さで動いてるのか!

 

 

「──ッ!」

 

 

 木場も対抗して『騎士(ナイト)』の速さで応戦する!

 

 

「チッ、木場と同じ速度で動いてやがる!」

 

「これじゃ、『騎士(ナイト)』のスピードが封じられたも同然じゃねぇか!?」

 

 

 イッセーの言うとおり、木場にとって、持ち味のひとつである速さを実質封じられたのは痛い!

 

 なんとかして、フリードの動きを止めねぇと!

 

 

「あ、そっちのキミたちぃ。もしヒマなら、彼らの相手をしてあげてくれないかなぁ♪」

 

「何!?」

 

 

 すると、廃屋からぞろぞろと神父たちが現れた。

 

 ざっと、二十人はいるな・・・・・・

 

 神父たちは一様にエクソシスト用の光の剣ではなく、木場の魔剣のような形状の剣を手にしていた。

 

 

「「「なっ!?」」」

 

 

 すると、神父たちが持つ剣を見たイッセー、塔城、匙が表情を険しくした!

 

 

「どうした!?」

 

「ヤバいぞ、明日夏・・・・・・。あいつらが持ってる剣、エクスカリバー程の悪寒は感じないけど、間違いない! 全部聖剣だ!」

 

「なんだと!?」

 

 

 俺は改めて神父たちの持つ剣を見る。

 

 たしかに、波動がエクスカリバー程の強さじゃないが、エクスカリバーと同種のものだった!

 

 あれが全部聖剣だと!?

 

 奪われたのは、エクスカリバーだけじゃないのか!

 

 だが、そんなことを気にしている余裕はない!

 

 ・・・・・・マズいぞ。エクスカリバーを持ったフリードだけでも厄介なのに、さらに聖剣を持った神父が複数!

 

 俺や千秋はともかく、悪魔であるイッセーたちにとっては最悪すぎる状況だ!

 

 

「僕に構わず、イッセーくんたちは自分の身を守ることを優先するんだ!」

 

 

 木場がフリードと斬り結びながら叫ぶ。

 

 だが、木場だけでフリードを倒すのは厳しい。

 

 こんな状況じゃ、撤退もできない。何より、木場と同等の速さで動くフリードに背中を見せるのはリスクが高すぎる。

 

 こうなったら・・・・・・!

 

 

「イッセー! あの神父たちは俺と千秋が食い止める! おまえはそのあいだにパワーを溜めて、隙を見て『譲渡』で木場のサポートをしろ!」

 

「なっ、明日夏!?」

 

「塔城、匙! おまえたちはイッセーの護衛を頼む! もし、俺と千秋を抜けた奴がいたら、対処してくれ」

 

「明日夏先輩!?」

 

「ちょっ、おい、士騎!?」

 

「行くぞ、千秋!」

 

「うん!」

 

 

 何か言いたそうな三人を置いて、千秋と共に聖剣を持った神父たちに向けて駆けだした!

 

 

-○●○-

 

 

 クソッ! 二人だけで聖剣を持った神父たちを相手にするなんて、無茶だ!

 

 だけど、悪魔である俺たちが聖剣を持った神父たちと戦うのもリスクがありすぎるのもたしかだ。

 

 それに、一番ヤバいのは木場のほうだ。相手はエクスカリバーだからかするだけでもヤバいのに、自慢のスピードを実質無効にされてるし、多彩な魔剣もエクスカリバーと打ち合うだけで破壊されるし、何より相手のフリードが強い。正直、俺たちがサポートしないと、ヤバいのはたしかだ。

 

 

「はぁッ!」

 

「──ッ!?」

 

 

 千秋が発生させていた風が神父のひとりが持つ風を発生させている聖剣で切り裂かれた!

 

 

「トドメだ!」

 

 

 神父が千秋に斬りかかる!

 

 

「──ッ!」

 

 

 だけど、千秋はバク転で神父の斬擊を躱した!

 

 

「たぁッ!」

 

「ぐあっ!?」

 

 

 千秋はそのまま逆立ちの体勢から体を回転させて神父の首筋に蹴りを叩き込んだ!

 

 明日夏も体に電気を流す身体強化で動き速くすることで聖剣による剣戟を掻い潜りながら、ナイフで着実に神父たちを倒していた!

 

 

「悪魔め!」

 

「滅してくれる!」

 

 

 すると、神父が二人、明日夏と千秋を抜けてこちらに向かってきた!

 

 小猫ちゃんと匙が俺の前に出て身構える!

 

 

「ぐあっ!?」

 

「何っ!?」

 

 

 だけど、明日夏が後ろにオーラの腕を伸ばして神父二人を捕まえた!

 

 そんな明日夏を狙って神父たちが斬りかかるけど、明日夏は後方に飛んで躱す!

 

 

「ふぅぅぅッ!」

 

『グアァァァァッ!?』

 

 

 明日夏はオーラの腕を振り上げ、自分に斬りかかってきた神父たちに捕まえた神父二人を叩きつけた!

 

 この調子なら、明日夏と千秋は案外大丈夫かもしれない。

 

 これなら、木場のサポートに集中できる!

 

 そう思った瞬間──。

 

 

「悪魔め! 覚悟しろ!」

 

「なっ!?」

 

「「──ッ!?」」

 

 

 背後から五人の神父が聖剣を手に斬りかかってきた!

 

 こいつら、後ろに潜んでやがったのか!

 

 

「クソッ!」

 

 

 俺は慌てて斬りかかってきた神父の斬擊を籠手で防ぐ!

 

 だけど、さらに他の神父も斬り込んできた!

 

 ヤバい! 斬られる!

 

 そう思った瞬間──。

 

 

「え?」

 

 

 神父たちの後方から誰かがものスゴいスピードでこちらに向かって走ってきていた!

 

 

「十の型──斬り嗣ぎ舞!」

 

 

 神父たちの聖剣が俺に届くまえに走ってきた誰かが神父たち全員をすれ違いざまに切り裂いた!

 

 

「無事か、イッセー!」

 

「槐!?」

 

 

 俺を助けてくれたのは、別の場所に行っていたはずの槐だった!

 

 

「槐! なんでここに!?」

 

「ああ、実は兄上が私たちを監視している者がいることに気づいていてな。おそらく、待ち伏せされているだろうと、兄上におまえたちのところに援軍に行けと」

 

 

 それで急いで駆けつけてくれたわけか。

 

 

「もう後方に神父は潜んでいないのは確認した。おまえたちはあいつのサポートを! 明日夏たちのほうは私に任せろ!」

 

 

 そう言って、槐は明日夏たちのもとまで駆けだしていった。

 

 

「兵藤、大丈夫かよ!」

 

「ああ、なんとかな」

 

 

 槐が来たことは予想外だったけど、頼りになる援軍が来てくれたぜ。

 

 見ると、槐は明日夏と千秋と抜群の連携で神父たちを薙ぎ倒していた。

 

 これなら、明日夏たちの心配はいらないな。これで木場に集中できる。

 

 木場のほうを見ると、木場の攻め方に変化が出てきていた。

 

 周囲から様々な形の魔剣を出現させてフリードを攻撃し、さらにその魔剣を足場にしてさらに縦横無尽に動き回り、魔剣から魔剣へ移動するときに魔剣をフリードに投げつけながら斬り込んでいた!

 

 

「甘ぇよ!」

 

 

 だけど、フリードもだんだんと木場の動きに対応して、飛んでくる魔剣を一本一本確実に落とし、木場の斬擊も防いでいた!

 

 

Boost(ブースト)!!』

 

 

 そうこうしているうちに着々とパワーが溜まってきていた。

 

 だけど、二人の動きが速すぎて、全然譲渡できるタイミングがない!

 

 

「クソッ! なんとか奴の足を止められりゃ、木場に力を譲渡してやれるのに!」

 

 

 すると、匙が言う。

 

 

「兵藤、足を止めればいいんだな?」

 

「え?」

 

「ラインよ!」

 

 

 匙の手が光輝き、手の甲にかわいくデフォルメ化されたトカゲの頭らしきものが装着されていた!

 

 

「いまだ! 行け、ライン!」

 

 

 トカゲの頭から黒く細い舌がフリード目掛けて飛んでいく!

 

 

「うぜぇッス」

 

 

 フリードがそれをエクスカリバーで薙ぎ払おうとするが、トカゲの舌は途中で軌道を変え、ピタッとフリードの左足に張りつき、そのままグルグルと巻きついた!

 

 

「おわぁっ!?」

 

 

 足を引っ張られたことでバランスを崩したフリードはその場に倒れこんだ!

 

 

「見たか! 俺の神器(セイクリッド・ギア)、『黒い龍脈(アブソープション・ライン)』だ!」

 

「おまえも神器(セイクリッド・ギア)を!」

 

「ああ! ついでに、おまえのと同じドラゴン系だぜ!」

 

 

 やるじゃねぇか! それも、俺と同じドラゴンって! どこまで俺たちは似てるんだよ!

 

 

「そぉりゃぁ!」

 

 

 匙はトカゲの舌を引っ張り、フリードの動きを封じる。

 

 

「クソ! クソッ! クソォッ!?」

 

 

 フリードはトカゲの舌を斬ろうとするが、ビクともしていなかった。

 

 

「ク、クソッ・・・・・・なんだよ、力が・・・・・・」

 

 

 すると突然、フリードが目に見えて疲労感をあらわにし始めた。

 

 

「へっ、どうだ! こいつにはラインを繋げた相手の力を吸いとる能力があるんだぜ!」

 

 

 相手の力を吸いとるか。相手の動きも封じれるし、エクスカリバーでも斬れないし、かなりスゴい神器(セイクリッド・ギア)を持ってるじゃねぇか。

 

 

「う、うわぁッ!?」

 

 

 突然、俺は浮遊感に襲われた!

 

 見ると、小猫ちゃんが俺を持ち上げていた!?

 

 

「……行きますよ!」

 

「え、えっ、ちょ、ちょっと!?」

 

 

 俺は小猫ちゃんによって豪快に投げだされた!

 

 

「うわぁッ!? 小猫ちゃぁぁん!?」

 

「なんだぁ?」

 

 

 悲鳴をあげながら飛んでくる俺を見たフリードは流石に呆気に取られていた。

 

 俺はそのまま弧を描きながら真っ直ぐ木場に近づいていく。

 

 

「イッセーくん!?」

 

「木場ぁぁぁぁッ!」

 

 

Transfer(トランスファー)!!』

 

 

 木場に飛びついた瞬間、木場に力を譲渡した!

 

 

「ドラゴンの力、たしかに送ったぞ!」

 

 

 高めた力が木場に譲渡され、木場のオーラの質が格段に上がった。

 

 

「・・・・・・受け取ってしまったものは仕方ないな。ありがたく使わせてもらうよ!」

 

「なぁにぃッ!?」

 

「行くぞ!」

 

「──ッ! このベロベロがぁ!」

 

「『魔剣創造(ソード・バース)』ッ!」

 

 

 無数の魔剣が出現し、足を封じられたフリードに一気に襲いかかる。

 

 フリードもエクスカリバーによる斬撃で対処するが、その表情は焦りに満ちていた。

 

 このまま行けば押し切れるか!

 

 

「フッ、『魔剣創造(ソード・バース)』か。使い手の技量次第では無敵の力を発揮する神器(セイクリッド・ギア)

 

 

 突然、この場に第三者の声が届いた。

 

 

「誰だ!」

 

 

 木場が呼びかけると、廃屋から一人の初老の男が現れた。

 

 

「何っ!?」

 

 

 木場が老人を見て仰天した!

 

 なぜなら、俺たちはこの老人のことを知っていたからだ!

 

 

「バルパー・ガリレイッ!」

 

 

 木場が憎悪に満ちた声で老人の名を叫んだ。

 

 そう、この男がバルパー・ガリレイ。アルミヤさんが言っていた、聖剣計画の首謀者!

 

 樹里さんに見せてもらった写真と同じ顔だから間違いない!

 

 

「いかにも」

 

 

 バルパーは堂々と肯定すると、木場からフリードのほうを見て言う。

 

 

「フリード、まだ聖剣の使い方が十分ではないようだな?」

 

「おおぉ! バルパーの爺さん! そうは言うがねぇ、爺さん! このクソトカゲのベロベロが邪魔で邪魔でぇ!」

 

「身体に流れる因子を刀身にこめろ」

 

「──流れる因子を刀身にねぇ」

 

 

 言われたことを実行したのか、聖剣の波動が強くなり輝きが増していた!

 

 

「気をつけろ! ヤバいぞ!」

 

 

 ものスゴい悪寒を感じた俺は思わず叫んだ!

 

 

「おお! オッホォォォォッ!」

 

 

 ズバッ!

 

 

「うわッ!?」

 

 

 さっきまでびくともしていなかったトカゲの舌があっさり斬られ、抵抗力を失ったせいで匙は後ろに倒れてしまった!

 

 

「な~る♪ 聖なる因子を有効活用すれば、さらにパワーアップてか。それじゃ──」

 

 

 フリードの視線が木場を捉える。

 

 マズい! いまの奴の力はさっきとは比べ物にならない!

 

 

「俺さまの剣の餌食になってもらいやスかぁぁぁッ!」

 

 

 フリードが木場に斬りかかる!

 

 

「はぁッ、死ねぇぇぇぇッ!」

 

 

 ガキィィィィン!

 

 

「ありぃぃぃ?」

 

 

 誰かが木場とフリードの間に割って入り、フリードの剣を止めた!

 

 

「ゼノヴィア!」

 

 

 割って入ったのはゼノヴィアであった!

 

 

「ヤッホー!」

 

 

 そして、この場にイリナを先頭にアルミヤさんを除く残りの教会のメンバーが現れた!

 

 

「なんでここに!?」

 

 

 別の場所に向かっていたはずのゼノヴィアたちがここにやって来たことに驚愕しながら訊いた。

 

 すると、イリナが言う。

 

 

「ゴメンなさい。実は私たちを監視していたヒトたちのことには気づいていたの。だから、待ち伏せされることは予測してたの。だからあえて監視させ、別れたように見せかけて、裏をかいてここにやって来たってわけ」

 

 

 マジか! 槐と同じ理由かよ!

 

 

「アルミヤさんは?」

 

「アルさんはそのまま、私たちが向かうはずだった廃工場に行ってるわ。大丈夫。アルさんなら、一人でも大丈夫よ」

 

 

 イリナがそう断言するのなら、大丈夫なのだろう。

 

 

「それにしても、まさかこれ程の聖剣使いがいるなんて・・・・・・」

 

 

 イリナは聖剣を持った神父たちを見て、我が目を疑っていた。

 

 

「バルパー・ガリレイ、この大量の聖剣はどうしたの!」

 

 

 イリナがバルパーに聖剣のことを問い詰めた。

 

 

「協力者が快く提供してくれたのだよ。聞けば、独自の情報網を駆使して発掘した聖剣を錬金術で複製したものらしい」

 

 

 奪われたわけじゃなく、誰かが提供したのか。

 

 

「叛逆の徒、フリード・セルゼン、バルパー・ガリレイ! 神の名のもと、断罪してくれる!」

 

「ハッ、俺たちの前でその憎たらしい名前を出すんじゃねぇ! このビッチがぁ!」

 

 

 斬戟を繰り広げ始めるゼノヴィアとフリード。

 

 

「はぁぁぁッ!」

 

 

 そこに木場も斬りかかり、フリードは上に飛んで躱す!

 

 フリードはそのままバルパーの隣に着地する。

 

 

「フリード」

 

「んあ?」

 

「待ち伏せを読まれたうえにエクスカリバーを持った者が二人も現れては部が悪い。ここは退くぞ」

 

「合点承知の介!」

 

 

 バルパーはゼノヴィアたちを見据えながら言う。

 

 

「教会の犬共よ。その聖剣だが、ほしければくれてやるぞ。少々、粗悪品なのでな。それに提供された聖剣はまだまだある」

 

 

 なっ、まだ聖剣があるのかよ!?

 

 

「行くぞ、フリード」

 

「あいよ」

 

 

 フリードが懐から何かを取り出した!

 

 あれは!

 

 

「はい! ちゃらば!」

 

 

 カッ!

 

 

『──ッ!?』

 

 

 フリードが地面にそれを叩き着けると、辺り一面を閃光が包んだ。

 

 閃光が止むと、フリードとバルパーがいなくなっていた。

 

 

「追うぞ、皆!」

 

 

 ゼノヴィアを筆頭に教会組の四人がこの場から駆けだした。

 

 

「──ッ!」

 

 

 木場も四人のあとを追うように駆けだした!!

 

 

「お、おい! 待ってくれ、木場ぁ!?」

 

「あのバカ! イッセー、木場は俺に任せろ! おまえらは一旦退け!」

 

「私も行くぞ!」

 

 

 そう言うと、明日夏と槐は木場を追いかけていってしまった!

 

 

「お、おい、明日夏と槐まで! たくっ、なんなんだよ、どいつもこいつも!」

 

 

 取り残されてしまった俺は毒づく。

 

 

「まったく、困ったものね」

 

「えっ!?」

 

 

 聞き覚えのある声に俺たちは振り返ると──。

 

 

「部長!?」

 

「会長!?」

 

 

 険しい表情の部長と生徒会長の姿があった!

 

 

「・・・・・・ゴメン、バレたわ」

 

 

 部長の隣には申し訳なさそうにしている燕ちゃんとニコニコフェイスで困り顔になっていた朱乃さん、会長の隣には会長と同じく険しい表情の真羅副会長もいた!

 

 

「これはどういうことなのかしら、イッセー?」

 

「説明してもらえますね、サジ?」

 

「「ひえええええっ!?」」

 

 

 俺と匙は一気に青ざめた!

 

 

-○●○-

 

 

「・・・・・・エクスカリバーの破壊って、あなたたちね」

 

 

 額に手を当て、極めて機嫌のよろしくない部長。

 

 

 あのあと、俺、千秋、小猫ちゃん、燕ちゃん、匙の五人はバイサーがいた廃屋の中で正座させられていた。

 

 

「いくら不干渉とはいえ、事態の把握だけはしておきたいから、教会の五人を朱乃たちに見張らせていたのよ」

 

「えっ!?」

 

 

 それじゃ、最初から俺達の計画、部長にバレてたってことじゃねぇかよ!

 

 

「サジ」

 

「ヒィッ、は、はい!」

 

「あなたはこんなにも勝手なことをしていたのですね?」

 

「ヒッ!?」

 

「本当に困った子です」

 

「あぅぅ・・・・・・。す、すみません、会長・・・・・・」

 

 

 会長のほうも冷たい表情で匙に詰め寄っていた。

 

 匙の表情が危険なほど青い。よほど怖いんだろう。

 

 

「それじゃ、祐斗はそのバルパーを追い、明日夏は知り合いの子と一緒に祐斗のブレーキ役として祐斗を追って行ったのね?」

 

「はい。ゼノヴィアたちと一緒に。何かあったら、連絡くれると思うんですが・・・・・・」

 

「そうね、復讐で頭がいっぱいの祐斗はともかく、明日夏なら連絡をくれるでしょうね」

 

 

 たしかに、木場のあの様子じゃ、悠長に連絡なんて寄越さないだろうな。

 

 そうなると、ブレーキ役として明日夏と槐がついて行ったのは正解だったのかもしれない。

 

 

「小猫」

 

「・・・・・・はい」

 

 

 部長の視線が小猫ちゃんに移る。

 

 

「あなたもどうしてこんなことを?」

 

「・・・・・・私も、祐斗先輩がいなくなるのはいやです・・・・・・」

 

「千秋、燕、あなたたちや明日夏も?」

 

「「・・・・・・はい」」

 

 

 部長の問いかけに千秋と燕ちゃんはうなずいた。

 

 

「・・・・・・木場先輩を放っておけませんでしたし、木場先輩のためにがんばるイッセー兄のお手伝いをしたかったです」

 

「・・・・・・私や明日夏も同じ思いです」

 

 

 小猫ちゃんも千秋も燕ちゃんも、それぞれ自分の思いを口にした。

 

 

「・・・・・・ふぅ、過ぎたことをあれこれ言うのもね。ただ、あなたたちがやったことは、悪魔の世界に影響を与えるかもしれなかったのよ。それはわかるわね?」

 

「「「「・・・・・・はい」」」」

 

 

 俺たちは同時にうなずいた。むろん、承知だった。

 

 だけど、やっぱり、浅はかだったかもしれなかった。

 

 

「・・・・・・すみません、部長」

 

「「「・・・・・・すみません」」」

 

 

 俺たちは深々と頭を下げた。

 

 

 スパァァァン!

 

 

「ひぃあああああっ!?」

 

 

 突然の轟音と匙の悲鳴が聞こえ、そちらを見ると、会長に尻叩きされている匙がいた!

 

 

「あなたには反省が必要ですね!」

 

「うわぁぁぁん! ゴメンなさい! 会長、許してください!」

 

「ダメです。お尻叩き千回です」

 

 

 よく見ると、会長の手に魔力が帯びていた!

 

 

「尻叩きにまで魔力を!? 効きそー・・・・・・ハッ、まさか、部長も!?」

 

 

 俺は部長の方を見る。

 

 

「イッセー、小猫」

 

 

 部長が立ち上がり、俺と小猫ちゃんに近づく!

 

 やられる! なんて思っていたら、部長が俺と小猫ちゃんを強く抱きしめた。

 

 

「・・・・・・バカな子たちね。本当に心配ばかりかけて・・・・・・」

 

 

 やさしい声音で言う部長。

 

 うぅ、部長ぉぉぉ! そこまで俺たちのことを心配してくれたんですねぇ!

 

 俺はやさしい主さまに心底感動していた。

 

 

「うわぁぁぁん! 会長ぉぉぉ! あっちはいい感じで終わってますけどぉぉぉ!」

 

「よそはよそ、うちはうちです!」

 

 

 匙の尻叩きはいまだ終わりを見せなかった。

 

 はぁぁぁ、俺、本当に部長の下僕でよかったぁぁぁ!

 

 

「さて、イッセー。お尻を出しなさい」

 

「・・・・・・へ? 部長、許してくれるんじゃ!?」

 

「そうはいかないわ。下僕の躾は主の仕事。あなたもお尻叩き千回よ」

 

「せ、千回!?」

 

 

 部長は手に魔力を帯びさせ始めた!

 

 

「さあ、イッセー! お尻を出して!」

 

「「「待ってください、部長」」」

 

 

 部長を制止する千秋と燕ちゃんと小猫ちゃん。

 

 

「・・・・・・悪いのはイッセー先輩だけじゃありません」

 

「・・・・・・この計画に賛同したあたしたちにも責任はあります」

 

「・・・・・・だから、四分の一ずつ、私たちにお仕置きしてください」

 

「千秋、燕ちゃん、小猫ちゃん!?」

 

「わかったわ。三人とも、お尻を突き出しなさい」

 

「「「・・・・・・はい」」」

 

 

 部長に言われ、お尻を突き出す三人。

 

 

「ぶ、部長! 三人は許してやってください! そもそも、この計画を考えたのは俺だしさ! 三人までお仕置きされることないって!」

 

「「「・・・・・・でも」」」

 

「部長。どうぞ、俺の尻を存分に叩いてください! お願いします!」

 

 

 俺は三人の前に立ち、部長に尻を突き出す!

 

 

「どきなさい、イッセー」

 

「部長!?」

 

 

 部長は俺にかまわず、三人の後ろに立つ。

 

 

「行くわよ、三人とも」

 

「「「・・・・・・はい、部長。お願いします」」」

 

 

 部長は手を振り上げ、勢いよく振り下ろした!

 

 

 ピタッ。ピタッ。ピタッ。

 

 

 ――かと思ったら、直前で勢いが止まり、やさしく触れるだけだった。

 

 

「はい、これでおしまいよ」

 

「「「・・・・・・え?」」」

 

「小猫、千秋、燕。あなたたちの自分の行いを反省する態度は立派よ。だから、その気持ちに応えて、このぐらいで許してあげなくてはね」

 

「「「・・・・・・ありがとうございます、部長」」」

 

 

 さっすがリアス部長。厳しくてやさしいよなぁ。

 

 

「さあ、次はイッセーの番ね」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

 

 俺は意気揚々と尻を突き出す。

 

 

「じゃあ、残り全部行くわよ!」

 

「残り全部!?」

 

 

 部長の言葉に仰天する俺!

 

 

「千回のうち、一回ずつ三人が替わってくれたのだから、残りは997回ね」

 

 

 997回!?

 

 

「ぎゃあああああああ!?」

 

 

 その日、俺の尻は死んだ。

 

 



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Life.11 カリス・パトゥーリア

 

 

「・・・・・・・・・・・・あ痛つつつ・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・先程、お尻が死んだ兵藤一誠です・・・・・・。

 

 部長のお仕置きが終わったあと、俺たちは帰路についていた。

 

 そして、俺はいまだに痛む尻を押さえていた。

 

 

「・・・・・・大丈夫、イッセー兄?」

 

「・・・・・・・・・・・・見てるこっちも痛かったわよ・・・・・・」

 

 

 千秋と燕ちゃんもなんとも言えないって顔をしていた。

 

 

「おかえりなさい」

 

 

 俺たちが玄関で靴を脱いで上がろうとしたところで、アーシアが出迎えてくれた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 だが、俺の口から出たのはただいまの挨拶ではなく、驚きの声であった。

 

 アーシアが俺たちを出迎えてくれた。それに関しては何も問題はない。問題はその格好であった。

 アーシアはいま、エプロンを身に付けている。これも別に問題じゃない。

 

 問題はなぜか肌の露出が必要以上に多い!

 

 ぶっちゃけ裸エプロンであった!

 

 尻の痛みが一気に吹き飛んだぜ!

 

 

「遅くまでおつかれさまです。いますぐお夕飯の支度をしますので」

 

 

 アーシアも恥ずかしいのか、少しもじもじしながらも台所のほうに行こうとしていたので、俺は思わず訊いてみる。

 

 

「アーシア・・・・・・その格好は?」

 

「・・・・・・えーと・・・・・・クラスメイトの桐生藍華さんに、疲れた殿方を癒すにはこの格好が一番だと。・・・・・・は、恥ずかしいですけど、に、日本の文化にとけ込まないとダメですから。・・・・・・もちろん、下に下着は着けていません」

 

 

 訊いていないことまで話してくれるアーシアちゃん。

 

 ていうか、またあのエロ眼鏡女か・・・・・・。

 

 クソ! 桐生め! このあいだの裸の付き合いのことといい、どんどんアーシアにいかがわしいことを吹き込みやがって!

 

 「いい仕事した! よくやった!」と感じる気持ちがあるのが我ながら情けないが、一度注意したほうがいいな!

 

 

「なるほど。そういう手があったわね。アーシア、あなたは魔性の女悪魔になれるわ。エッチな子ね」

 

「ええっ!? 私、エッチな悪魔になりたくないですぅっ!」

 

 

 部長の言葉に涙目で困惑顔になるアーシア。

 

 

「と、とにかく、着替えないと! こんなの母さんに見られたら──」

 

「あーら、母さん、こういうの大賛成よ♪ うふふ、おかえり♪」

 

 

 台所から母さんが顔だけ出してきた。

 

 

「──って、違うんだ母さん! これは──」

 

「私がお手伝いしてあげたのよぉ♪」

 

「え?」

 

「ああ、若い頃を思い出すわぁ・・・・・・」

 

 

 母さんッ! なんてことを! てか、父さんとそういうことしてたのかよ!? やっぱり、あんたは俺の親だよ! エロいよ!

 

 てか、親のそういう話は聞きたくなかったよ!

 

 

「あ、イッセーくん、おかえり~」

 

 

 母さんの言葉に呆気に取られていると、キッチンから鶇さんが出てきた。

 

 ていうか!

 

 

「姉さん! なんて格好してるのよ!?」

 

「うん? 裸エプロンだよ~」

 

 

 そう、鶇さんも裸エプロン姿になっていたのだった。しかも、アーシアよりもだいぶきわどい格好であった。

 

 大事なところがギリギリ隠れている程度で、なんとかエプロンだと認識できる代物だ。

 

 

「お母さま! 私にも裸エプロンをお願いします!」

 

「おばさん! 私にも!」

 

 

 それを見て部長と千秋が母さんに言った。

 

 

「ええ、もちろん♪ さあさあ、奥へいらっしゃい♪」

 

「失礼します!」

 

「はい!」

 

 

 部長と千秋は母さんに招かれるままに家の奥のほうへと連れてかれていった。

 

 

「せっかくだから、燕ちゃんも~」

 

「なっ!? なんで私まで!? ちょッ!? やめて!? 引っ張るなぁぁぁッ!」

 

 

 絶叫をあげながら燕ちゃんが鶇さんに連れさられてしまった。

 

 ・・・・・・なんなんだ、この空間は・・・・・・。

 

 

「・・・・・・イッセーさん、あの、ご迷惑でしたか?」

 

 

 アーシアが不安そうにして訊いてきた。

 

 

「ああ、いや、似合ってるよ。似合ってる! うん、とりあえず、それだけは言いたい!」

 

 

 ちょうど二人っきりだし、言いたいと思ってたことも言っちまうか。

 

 

「それに、このあいだの教会の連中が来ても、俺が守ってやるから。アーシアが怖いと思うものは全部俺が追い払ってやる」

 

 

 俺の思いを聞いて、アーシアは少し驚いていた。

 

 俺もこの状況で言うのはどうかとは思ったけど、この思いは伝えておきたかった。

 

 

「・・・・・・イッセーさん。私、悪魔になったこと、後悔してません」

 

「え?」

 

「信仰は忘れられませんけど、いまは主への想いよりも大切なものが私にもありますから。部長さん、部員の皆さん、学校のお友達、イッセーさんのお父さま、お母さま、そして、イッセーさん。皆、私の大切な方々です! ずっとずっと一緒にいたいです。もう一人は嫌です」

 

 

 そう言い、アーシアが静かに抱きついてきた。

 

 

「大丈夫だよ、アーシア。絶対、ひとりになんかさせないからな」

 

 

 俺はアーシアの頭を撫でながら言ってやる。

 

 そこでふと気付いてしまう・・・・・・。

 

 後ろが全開丸裸だったと言うことを!

 

 い、いかん、手が! 手が勝手にお尻のほうへと──。

 

 

「イッセー♪」

 

 

 ──というタイミングで部長たちがやって来た!

 

 無論、全員裸エプロンで!

 

 

「どう?」

 

 

 部長が裾を引っ張って見せつけてきた。鶇さんに負けず劣らずの際どい姿だった!

 

 

「・・・・・・・・・・・・どう、イッセー兄・・・・・・」

 

 

 千秋は恥ずかしいのか顔を赤くし、手を後ろで組んでもじもじしていた。

 

 

「見て見て、イッセー君♪」

 

「──ッッッ!」

 

 

 鶇さんに背中を押されて現れた燕ちゃんは恥ずかしさで顔を真っ赤にして、エプロンの裾をギュッと掴んで涙目になっていた。

 

 

 ブッ!

 

 

 皆の裸エプロン姿を見て、盛大に鼻血が吹き出てしまった。

 

 その後、皆そのままの姿のままで夕飯の支度を始めだした。

 

 ・・・・・・父さんが見たら卒倒するな、確実に。

 

 なんて思いながら部長達をチラッチラッと見てた俺はふと、窓から外のほうを見て思う。

 

 明日夏たちは大丈夫なんだろうか? 

 

 

-○●○-

 

 

 俺は現在、町から少し離れた森を疾走していた。

 

 俺の前方では木場、ゼノヴィア、イリナ、ライニーが走っており、隣では槐とユウナが並走していた。

 

 フリードとバルパー追いかけ、こうして走っているのだが──。

 

 

「・・・・・・おい、木場! 深追いしすぎだ!」

 

 

 俺は前にいる木場に向けて叫んだ!

 

 ただでさえ、周りが見通しが悪い森の中だってのに、夜の暗さもプラスして、見通しの悪さは最悪だった。

 

 待ち伏せなんてされたら、もっと最悪だ。

 

 ただでさえ、ついさっき待ち伏せをくらったばっかりだってのに。

 

 

「ここまで来て、みすみす逃がすわけにはいかない!」

 

 

 だが、木場は聞かず、どんどん進んでいってしまう。

 

 クソッ、エクスカリバーだけでなく、真の仇であるバルパーまで目にして、また冷静じゃなくなってやがる!

 

 

「ゼノヴィアたちも流石に深追いしすぎだよ! アルさんにも電話は繋がらないし、一旦、アルさんのところに行こうよ!」

 

 

 ユウナもゼノヴィアたちを諌めようとするが、こっちも言うことを聞かなかった。

 

 

「アルさんは自分と連絡がつかなくなったら、独自で判断しろと言った。ここでみすみす逃がせば、またふりだしに逆戻りだ。なんとしても、ここでけりをつける!」

 

「私もゼノヴィアと同意件よ!」

 

「可能なら、残りのエクスカリバーの所在も吐かせる!」

 

 

 木場と違って、冷静ではあるのだろうが、やはり突っ走りすぎだった。

 

 

「槐、レンとの連絡は?」

 

「ダメだ、こちらも連絡がつかないどころか、電波も届いていない」

 

 

 レンのほうもか。

 

 アルミヤさんのほうも、電波が届かないらしい。明らかにおかしい。

 

 はぐれハンターのカリスが絡んでいるからなのか、電波をジャミングされてるのか? 通信の妨害ははぐれハンターたちの常套手段だからな。

 

 レンのことだから、心配はいらないと思うが・・・・・・。

 

 

「──ッ、おまえたち、止まれ!」

 

 

 当然、槐が前にいる四人に向けて叫んだ!

 

 

「くどいぞ! そんなに自分の身がかわいいのなら──」

 

「囲まれていることに気づかないのか!?」

 

『──ッ!?』

 

 

 ライニーの言葉を遮った槐の叫びを聞いて、俺たちは慌てて立ち止まる!

 

 落ち着いて気配を探ると、確かに複数の気配に囲まれていた!

 

 クソッ、言わんこっちゃねえ!

 

 俺たちはそれぞれの得物を構える。

 

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

 

 すると、木の陰からふらふらとした足取りで神父たちが現れた。

 

 ・・・・・・数は・・・・・・二十人はいるな。

 

 神父たちにゼノヴィアがエクスカリバーの切っ先を向ける。

 

 

「堕天使に組する異端者ども。神の名のもとに断罪してくれる!」

 

「あの世で懺悔なさい! アーメン!」

 

 

 イリナもエクスカリバーの切っ先を向けるが、神父たちは何も言わず、光の剣や拳銃を取り出す。

 

 ・・・・・・なんだ?

 

 俺は神父たちに何か妙な違和感を感じていた。

 

 

「・・・・・・明日夏、おまえも感じたか?」

 

 

 槐がそう訊いてきた。てことは、槐も何か違和感を感じたということか・・・・・・。

 

 ・・・・・・なんなんだ、この違和感は?

 

 俺は改めて神父たちを見た。

 

 すると、よく見ると、神父たちは全員白目をむいており、口からよだれをたらし、明らかに正気とは思えない形相をしていた!

 

 

「「はぁッ!」」

 

 

 ゼノヴィアとイリナが飛び出した!

 

 

「待て、ゼノヴィア、イリナ! こいつら、何かおかしい!」

 

 

 俺は慌てて叫ぶが、二人は聞き耳持たず、神父に斬りかかる。

 

 神父たちは光の剣で二人の斬擊を受け止めるが、エクスカリバーに歯が立つわけなく、あえなく光の剣ごと二人のエクスカリバーに斬られた。

 

 あっけない・・・・・・。なんだ? 俺と槐が感じた違和感の正体はなんだ?

 

 

「はッ!」

 

 

 イリナがエクスカリバーを紐状にして鞭のようにしならせ、神父の一人に向かって伸ばす!

 

 そのままイリナのエクスカリバーは神父の胸を貫いた。

 

 胸を貫かれた神父はそのままガクッと崩れ、倒れようとした瞬間──。

 

 

「なっ!?」

 

『──っ!?』

 

 

 胸を貫かれた神父が突然立ち上がってイリナに飛びかかった!

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 予想外のことで呆気にとられていたイリナはそのまま後ろに押し倒されてしまった!

 

 

「なんで!? 急所を貫いたはずなのに──ッ!?」

 

 

 わけもわからず叫ぶイリナを狙って、神父の二人が拳銃の照準を合わせていた!

 

 その瞬間、イリナを狙っていた神父二人の額がライニーの銃撃で撃ち抜かれた!

 

 

「なっ!?」

 

 

 ライニーが驚愕の声をあげた。

 

 当然だ。額を撃ち抜かれた神父が()()()()()()()()()()()()()()()からだ!

 

 

「どうなってやがる!?」

 

 

 ライニーの叫びはこの場にいた誰もが胸に抱いた疑問だった。

 

 

「くっ!」

 

 

 ゼノヴィアがイリナを助けようと駆け出す!

 

 

 ガシッ!

 

 

「何っ!?」

 

 

 だが、ゼノヴィアに斬り殺されたはずの神父たちがゼノヴィアの足を掴んでゼノヴィアの足を封じた!

 

 

「クソッ!」

 

 

 さらに神父の一人がゼノヴィアに組み付き、ゼノヴィアの動きを完全に封じてしまった!

 

 

「はぁッ!」

 

「十の型──斬り嗣ぎ舞!」

 

 

 槐とユウナが飛び出し、ユウナが十字架を刀に変えてイリナを狙っていた神父二人の首を撥ね飛ばし、槐はゼノヴィアの動きを封じていた神父たちはバラバラに切り裂いた!

 

 

Attack(アタック)!」

 

 

 俺も身体強化をして飛び出し、イリナに覆い被さっていた神父を蹴り飛ばした!

 

 

「『魔剣創造(ソード・バース)』!」

 

 

 すかさず、木場が魔剣を地面に突き刺し叫ぶと、無数の魔剣が出現し、神父たちを貫いた!

 

 

「嘘!?」

 

 

 すると、ユウナの驚愕した声が聞こえ、俺たちは一斉にそちらに視線を向ける!

 

 なんと、ユウナに首を撥ね飛ばされたにも関わらずに動く神父二人がユウナに銃口を向けていた!

 

 

「一の型──疾風!」

 

 

 そこへ槐が斬り込み、神父二人の腕を斬り飛ばした!

 

 

「二人とも離れろ!」

 

 

 俺は叫ぶと同時にありったけのバーストファングを神父二人に投擲した!

 

 槐とユウナが神父二人から離れると同時に神父二人をバーストファングの爆発が襲う!

 

 爆煙が晴れると、そこには首を失い、爆発で無惨な姿になってもいまだに動き続ける神父二人がいた!

 

 木場の魔剣で貫かれた神父たちも平然と動いていた。

 

 

「どうなってるの!?」

 

 

 イリナがエクスカリバーを構えながら叫ぶ。

 

 神父たちの正気とは思えない姿、明らかに死んでるはずの状態になっても動き続ける異常さ。

 

 まさか!

 

 

「こいつら、はなっから死体なのか!?」

 

『──ッ!?』

 

 

 俺の言葉を聞き、皆ハッと驚いた。

 

 それしか考えられなかった。こいつらは元々死体で、誰かによって操られてるのだとしか・・・・・・。

 

 

 パチパチパチパチ。

 

 

 当然、拍手音が俺たちの耳に入った!

 

 音が聞こえたほうに視線を向けると、暗闇からゆっくりと拍手しながらこちらに歩いてくる男がいた。

 

 

「ご名答ですよ」

 

 

 男は拍手しながら俺を称賛した。

 

 野戦服の上から白衣を着たメガネをかけた若い男性だった。

 

 こいつは!

 

 

「──カリス・パトゥーリア!」

 

 

 槐が男の名を憎々しげに叫んだ。

 

 樹里さんが見せてくれた写真と同じ顔なので間違いなかった。

 

 こいつがS級はぐれハンターのカリス!

 

 

「はじめまして。私はカリス・パトゥーリアといいます。以後、お見知りおきを」

 

 

 丁寧にお辞儀して挨拶をするカリス。

 

 俺はカリスに訊く。

 

 

「こいつらを操ってるのはおまえか!?」

 

「いかにも」

 

 

 肯定したカリスにイリナが怒りを露にする。

 

 

「死者を操るなんて、命の冒涜だわ!」

 

 

 イリナの怒りを受けてもカリスは肩をすくめるだけだった。

 

 

「とは言いますが、この死人を操るすべは、あなた方が崇める神がもたらしたものですよ」

 

「なんだと!?」

 

「嘘よ!」

 

 

 カリスの告げた言葉が信じられなかったゼノヴィアとイリナが驚愕した。

 

 俺はその正体を口にする。

 

 

「・・・・・・神器(セイクリッド・ギア)か・・・・・・」

 

「ご名答。『死の傀儡(コープス・マリオネット)』──死者を操る能力の神器(セイクリッド・ギア)ですよ」

 

 

 死者を操る──胸くそ悪い能力だな!

 

 

「嫌悪感を表しているようですが、私はこの能力はとても素晴らしい能力だと考えてますよ」

 

 

 カリスが自身の考え語り始めた。

 

 

「どんなに優れた人間も死んでしまったらおしまいです。そんなのもったいないじゃないですか。優れた能力が死によってあっさり無価値になってしまうなんて。中には『悪魔の駒(イービル・ピース)』によって悪魔へ転生する人もいるかもしれませんが、全員がそうなるわけじゃない。ですが、この能力を使えば、死したあとでもその能力を活用できます。こんな素晴らしいことはないじゃないですか」

 

 

 死した者の能力を無駄にしないなんて聞こえのいいことを言っちゃいるが、やってることは死んだ者の意思を無視して神器(セイクリッド・ギア)の名のとおり、傀儡、操り人形にしてるだけだ。

 

 

「──とは言っても、完全に生前の能力を発揮できるかと言うと、残念ながらできていないんですがね。なにせ、彼らの肉体を動かすのはあくまで私ですからね。操作系ゆえの欠点ですね。ですから、私は彼らが完璧に生前の能力を発揮できる方法を模索しているのですよ」

 

「・・・・・・じゃあ、そのために!?」

 

 

 俺の問いかけに、カリスはうなずく。

 

 

「ええ。私が多くの人々に手をかけたのは、そのための実験体にするためですよ。おかげさまで、実験の過程でこのような能力に目覚めました」

 

 

 そう言うと、カリスは指を鳴らした。

 

 すると突然、神父たちがうめき声のような叫びあげ始めて苦しみだしていた!

 

 

「──禁手化(バランス・ブレイク)

 

 

 カリスが静かにつぶやいた瞬間、神父たちの体に異変が起こった!

 

 ある者は上半身が異様に隆起しだし、逆に下半身が異様に隆起した者がいたり、ある者は片腕だけが膨れ上がったりと身体に異様な変化が出始めていた!

 

 

「・・・・・・禁手(バランス・ブレイカー)・・・・・・!」

 

 

 以前、イッセーがライザーとの一騎討ちの際に見せた神器(セイクリッド・ギア)の奥の手!

 

 イッセーは左腕を犠牲にすることで一時的に発現させていたが、こいつのは紛れもなく本当の禁手(バランス・ブレイカー)

 

 

「これが私の禁手(バランス・ブレイカー)。『死傀儡師による狂演劇(コープス・クレイジー・パペットショー)』。死者を操るだけでなく、このように、死体の改造、さらには──」

 

 

 見ると、神父たちの傷が塞がっており、斬り飛ばされた腕や首さえも切り口から肉がせりあがって再生していた!

 

 

「このように、失った部位さえも容易に修復することができるようになりました」

 

 

 まるで子供が自分の自慢なおもちゃをみせびらかすかのように振る舞うカリス。

 

 狂ってやがる!

 

 明らかに倫理観が破綻している目の前の男に対して俺は迷わずそう思った。

 

 他の皆も同様の思いを抱いていそうな表情をしていた。

 

 

「さて、雑談はこのへんでいいでしょう。あなた方は皆、能力が高い。能力が高い実験体は多くても困りませんからね」

 

『──ッ!』

 

 

 俺たちは一斉に身構える!

 

 それと同時に、異形な変異を果たした神父たちが一斉に襲いかかってきた!

 

 



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Life.12 他でも待ち伏せ、されてました!

 

 

 明日夏がはぐれ悪魔を討伐した廃工場。夜刀神蓮火ことレンは、自分たちを監視していたはぐれエクソシストを斬り伏せ、槐を明日夏たちのほうへ向かわせると、一人でここにやって来ていた。

 

 

「オラ、のこのこやって来てやったぜ。とっとと、出てこいよ」

 

 

 レンは呼びかけると、陰からぞろぞろと人が現れた。

 

 

「あん?」

 

 

 現れた者たちを見て、レンは首を傾げた。

 

 はぐれエクソシストが現れると踏んでいたレンだったが、現れたのは野戦服を着た明らかに聖職者とは思えない風貌の男たちだった。

 

 

「おまえら、はぐれハンターか?」

 

 

 レンの問いかけに答えず、はぐれハンターたちはヒソヒソと話し始めていた。

 

 

「おい、こいつ・・・・・・」

 

「・・・・・・ああ、ガキのくせにBランクになんてなりやがった生意気な奴だ」

 

「『閃刃』なんて呼ばれて、調子づきやがって・・・・・・」

 

「しかも、あの『風の剣帝』の弟らしいぜ・・・・・・」

 

「生意気な奴の弟も生意気だな・・・・・・」

 

 

 ヒソヒソと小言を言うはぐれハンターたちをレンは冷めた目で見ていた。

 

 

「聞こえてるぞ。言いたいことがあるんなら、ハッキリ言やいいじゃねぇか。──このはぐれ共」

 

 

 レンの安い挑発に乗り、男たち捲し立て始める。

 

 

「うるせぇ! 俺たちがはぐれになったのは、てめぇらみたいな生意気なガキ共がいるせいだろうが!」

 

「そうだ! てめぇらさえいなければ、こんなことになってねぇんだよ!」

 

 

 みっともないことこの上なかった。

 

 罪を犯し、後悔も反省もするどころか、罪を認めず、あげくのはてには、その責任を転嫁し、あたかも自分たちは被害者だとのたまう始末。

 

 そんな情けない姿をさらす大人たちにレンは侮蔑の視線を向ける。

 

 

「──黙れよ、クズ共。ハンター界は実力主義。俺らが強くて、おまえらが弱かった。──それだけだろうが」

 

 

 明日夏たちの前で見せていたおちゃらけた雰囲気を微塵も感じさせず、レンは冷たく言い放つ。

 

 自分たちのような若手ハンターが台頭したせいで仕事にあぶれたことには同情するし、悪いなとは思っている。だが、だからといって、罪を犯していい理由にはならない。

 

 

「──おまえ、見覚えあるな」

 

 

 レンがはぐれハンターの一人を指差して言った。

 

 以前、資料でその男の顔を見たことがあったのだ。

 

 

「──おまえ、追っ手のハンターから逃亡する際、まだ幼い子供を人質にして逃亡したらしいな?」

 

「それがどうした!」

 

「──その子供、どうしたんだよ?」

 

 

 資料によると、その子供は行方不明となっていた。

 

 

「ああん、殺して、そのへんに捨てたよ。ギャーギャーやかましかったからな」

 

 

 予想どおりの言葉が帰ってきて、レンははぐれハンターたちを睨む。

 

 レンは腰に吊るした太刀の鞘を掴み、腰を落としながら言う。

 

 

「──てめぇらみたいなのを見てると、虫酸が走るんだよ。──とっとと消えろ!」

 

 

 啖呵を切ったレンに向けて、はぐれハンターたちは自動拳銃(ハンドガン)短機関銃(サブマシンガン)突撃銃(アサルトライフル)とさまざまな銃を各々で構えていた。

 

 はぐれハンターたちの持つ銃はどれもハンター用にと術式や特殊な加工を施されたものだ。その威力は表の世界で使われている一般的なものとは比べるまでもなかった。

 

 

「向こうは鉄屑一本だ!」

 

「楽勝だぜ!」

 

「何がBランクだ!」

 

「くたばりやがれ!」

 

 

 はぐれハンターたちは太刀一本しか持たないレンを嘲笑う。

 

 剣と銃、普通に戦えば、勝負にすらならないのは誰もが思うことだった。普通ならばだ──。

 

 

『死ねぇぇぇッ!』

 

 

 はぐれハンターたちが引き金を引くと、廃工場内にけたましい銃声が響き渡る。

 

 だが──。

 

 

「ど、どうなってやがる!?」

 

「な、なんで当たらねぇ!?」

 

 

 はぐれハンターたちが放った銃弾は一発もレンにはかすりもしていなかった。

 

 レンは縦横無尽に駆け回り、すべての銃弾を躱していた。

 

 

「──師範の剣戟のほうが全然おっかねぇよ」

 

 

 銃弾の雨を掻い潜り、レンははぐれハンターの一人(子供を殺したと言っていた男)の横を走り抜けた。

 

 

 チン。

 

 

 鞘と鍔が当たる音が鳴り、レンが横を過ったはぐれハンターの首が宙に舞っていた。

 

 

『──っ!?』

 

 

 それを見たはぐれハンターたちは慌てて振り返って銃を構え直す。

 

 

「──次はてめぇらの番だ」

 

 

 レンの鋭い視線に射ぬかれ、はぐれハンターたちは萎縮してしまっていた。

 

 

「怯むんじゃねぇ! こっちにはあれがあるんだ!」

 

 

 はぐれハンターのひとりがそう言うと、はぐれハンターたちは武装指輪(アームズリング)からひと振りの西洋剣を取り出した。

 

 

「ん?」

 

 

 レンははぐれハンターたちが持つ剣を見て、視線を鋭くした。

 

 それを見たはぐれハンターのひとりが勝ち誇ったかのように言う。

 

 

「どうだ、見たか! こいつは聖剣だぜ! てめぇが持ってるなまくらとはわけが違うぜ!」

 

 

 はぐれハンターたちが持つ剣はすべて聖剣であった。

 

 なぜこんな連中が聖剣を持っている? そもそも、こいつらはどういう経緯で今回の件に荷担している?

 

 レンの頭の中は疑問しかなかった。

 

 はぐれになったハンターの取る行動は二つあり、ひとつは追っ手のハンターから身を隠すため、どこかに潜伏する。ひとつは非合法な犯罪組織などに雇われて行動するの二通りだ。目の前の男たちもちろん後者だった。

 

 だが、レンは解せなかった。

 

 後者の場合はある程度の実力がなければできない。実力の低い者を雇っても、役に立たず、報酬の無駄払いになるからだ。最低でも、下位ランク最高のDランクはなければ、たいていの組織ははぐれを雇わない。

 

 ましてや、こういう男たちは基本的に報酬は前払いを要求するため、後払いにして捨て駒にするというやり方もできない。

 

 レンの見立てでは、この男たちはよくてFランクと、最底辺の実力しかなかった。

 

 こうなってくるとやっぱり、今回の騒動は()()()()()()()()()──。

 

 考え込んで黙っているレンを見てはぐれハンターたちが言う。

 

 

「へっ、こいつビビってやがるぜ!」

 

「そりゃそうだ! なんせこっちは聖剣さまだからな!」

 

「しょせん、いい気になってたガキだってことだ!」

 

「クッソ、こいつさえありゃ、俺たちは今頃、上位ランカーの仲間入りしてたってのに!」

 

 

 まったく検討はずれなことを言うはぐれハンターたちに、レンは呆れていた。

 

 

「言っとくが、泣いて謝ったって、許さねぇからな! おとなしく、この聖剣さまの錆になっちまいな!」

 

 

 はぐれハンターのひとりのその言葉を皮切りに、はぐれハンターたちは一斉にレンに斬りかかる。

 

 

「はぁ・・・・・・」

 

 

 レンは嘆息すると、居合の構えをとる。

 

 

「鬼刃一刀流・四の型──」

 

 

 レンの腕が一瞬ブレた瞬間──。

 

 

「──落葉切り!」

 

 

 廃工場内けたたましい金属同士がぶつかり合った音が響き渡った。

 

 はぐれハンターたちが持つ聖剣が弾かれ、はぐれハンターたちは皆、驚愕の表情で尻餅をついていた。

 

 

「な、なんで、聖剣がただの鉄屑に負けんだよ!?」

 

「クソ! あの野郎、騙しやがったな!」

 

 

 はぐれハンターたちは自分たちの持つ聖剣が偽物だと思い、乱雑に床に叩きつけていた。

 

 そんなはぐれハンターたちをレンは呆れた表情で見下ろしながら言う。

 

 

「安心しろ。そいつらは全部聖剣だぜ」

 

 

 それを聞き、はぐれハンターのひとりが捲し立てる。

 

 

「嘘つくんじゃねぇ! だったら、なんでてめぇの持つなまくらに負けんだよ! なまくらに負けるってことは、偽物ってことじゃねぇか!」

 

 

 はぐれハンターの言葉にレンは嘆息し、はぐれハンターたちに冷たく言い放つ。

 

 

「まさかとは思うが、強力な剣を持てば、それだけで強くなれると思ってんのか? ──剣の世界をなめてんじゃねぇぞ」

 

 

 剣は持つだけでは意味がない。それを使いこなす技術があって初めて意味がある。

 

 ろくに剣の扱い方を知らない素人であるはぐれハンターたちが強力な聖剣を持とうが、剣術を極めているレンに剣で勝てる道理など初めからなかった。

 

 ましてや、はぐれハンターたちがさんざんバカにしたレンの持つ太刀──『暮紅葉(くれもみじ)』はただの刀ではなかった。異形を切り裂くことを目的に鍛えられた『鬼斬り』、『異形殺し』の異名を冠する名刀たちの中のひと振りであり、その強度と切れ味はそこいらの並の聖剣に劣らないものだった。

 

 はぐれハンターたちはここに来てようやく、自分たちとレンとの間に圧倒的な実力の差があることを認識したのか、皆一様に戦慄していた。

 

 

「鬼刃一刀流・十の型──」

 

 

 レンは静かに呟きながら、居合の構えをとる。

 

 それを見たはぐれハンターたちは必死に命乞いをする。

 

 

「ま、待ってくれ!? お、俺たちが悪かった!」

 

「反省してる! だ、だから、命だけは!?」

 

 

 レンはそれを一切聞き入れず、なんの躊躇いもなく刀を握る。

 

 

『ク、クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

 

 それを見たはぐれハンターたちは一斉に銃を取り出し、レンに向けて撃つ。

 

 だが、レンはそのすべての銃弾を躱し、流れるような斬擊ではぐれハンターたちを斬る。

 

 

「──斬り嗣ぎ舞」

 

 

 チン。

 

 

 刀が鞘に収められた瞬間、廃工場内に鮮血が舞い、一人を除いて男たちは皆一斉にくずおれた。

 

 

「──懺悔は地獄の閻魔の前でしてな」

 

 

 レンは息を吐き、一人だけ生き残った、いや、あえて斬らず生かしておいたはぐれハンターに向き直る。

 

 

「こんな奴らを雇わなけれならないほど人手不足ってことは、冬夜さんの読みどおり、今回の騒動は()()()()()()()()なのかねぇ? そこんところどうなんだ?」

 

 

 レンははぐれハンターに問いかけた。

 

 レンに問いかけられたはぐれハンターはぶるぶると震えるばかりで、何も答えなかった。

 

 

「──今後の振る舞い次第では命は取らないでやるぞ」

 

 

 レンにそう言われた途端、はぐれハンターは慌てて答えだす。

 

 

「し、知らねぇよ! お、俺らはカリスの野郎に連れられてやって来ただけだ!」

 

 

 はぐれハンターの言葉を聞き、レンが鋭くはぐれハンターを睨むと、はぐれハンターは後ずさりながら言う。

 

 

「ほ、本当に何も知らねぇんだよ! 堕天使どもが何をたくらんでようが、俺たちにはどうでもよかったからな。今回の騒動に手を貸せば、報酬をたんまりくれるって、カリスの野郎に言われたんだよ! 前金の段階でもたんまりもらえたから、いざってときは、そのまんまとんずらしようと思ってたんだよ!」

 

 

 必死にしゃべってるさまから、嘘はついていようだった。

 

 

「カリス・パトゥーリアはなんらかの組織を率いてる、あるいは所属してるのか?」

 

「あ、ああ、なんかの組織に所属してるみたいだったぜ!」

 

「その組織の名は?」

 

「え、えっと、たしか、C──」

 

 

 はぐれハンターが答えようとした瞬間、はぐれハンターの胸部が背後から見えない何かによって貫かれた。

 

 

-○●○-

 

 

 リアスたちグレモリー眷属と明日夏たちが協力してはぐれ悪魔を討伐した廃工場。

 

 廃工場内では、あたり一面に血が飛び散っており、大勢の神父たちが倒れ伏していた。

 

 その中心にアルミヤが立っていた。

 

 倒れている神父たちは皆、コカビエルに協力していたはぐれエクソシストであり、全員が聖剣を持っていた。

 

 一人でやって来たアルミヤを待ち伏せ、一斉に襲いかかったのだが、アルミヤはそのことごとくを返り討ちにしたのだった。

 

 

「──私たちを待ち伏せていたにしては、ただただ有象無象を配置するだけとはな」

 

 

 アルミヤたちを監視し、この場所に来ることを予期していたにしては、はぐれエクソシストを大量に配置するだけの雑な配備をしていたことにアルミヤは訝しげにしていた。

 

 統率もとれておらず、それをする立場の者もいない。あまりにもお粗末だった。

 

 

「・・・・・・いや、()()()()()()か──」

 

 

 突然、アルミヤの背後から何者かが戦斧を手に飛びかかってきた。

 

 

 ガンッ!

 

 

 振るわれた戦斧が工場の床とぶつかり、けたましい金属音が廃工場内に響いた。

 

 襲いかかってくる者の気配を察知していたアルミヤは危なげなく戦斧による攻撃を躱していた。

 

 

「む?」

 

 

 だが、完全に避けきれなかったのか、着ていたローブの端が斬れていた。

 

 

「──おひさしぶりですね、アルミヤ殿」

 

 

 突然現れた謎の人物がアルミヤの名を口にした。

 

 アルミヤは謎の人物を視界に捉える。

 

 二メートル近い大柄な体躯に法衣を纏い、片目に眼帯をした金髪を短く刈った男だった。眼帯の下には、剣で斬りつけられたような縦長の傷痕があった。

 

 そして、アルミヤも男の顔に覚えがあった。

 

 

「キミは──セルドレイ・スミルノフ」

 

 

 セルドレイ・スミルノフ――元教会の戦士(エクソシスト)の敬虔な信徒であり、数多の悪魔を屠ってきた凄腕の戦士だった。

 

 とある問題行為を咎められ、教会を追放されたあと、神の名のもとに断罪されたはずだった。

 

 

「・・・・・・番場樹里のもとでキミの写真を見たときはにわかに信じがたかったが、本当に生きていたとはな」

 

「かろうじて、どうにか。・・・・・・あなたにつけられたこの目の傷、いまでも疼きますよ」

 

 

 そう、セルドレイに手をくだしたのは他でもない、アルミヤであった。眼帯の下の傷もアルミヤがつけたものだった。

 

 

「まさか、キミが堕天使に協力しているとはな・・・・・・」

 

「勘違いしないでもらいたい。罪深き悪魔を滅ぼすために苦汁をなめる思いに耐えながら一時的に組んでいるに過ぎません。悪魔を滅ぼしたあとは、同じく罪深き彼ら堕天使も滅ぼすつもりですよ」

 

 

 過激なことを口にするセルドレイ。

 

 そんなセルドレイにアルミヤは訊く。

 

 

「なぜ、彼らを見捨てた? 志を共にする仲間ではないのかね?」

 

 

 セルドレイはアルミヤとはぐれエクソシストたちの戦いを陰から一部始終を見ていた。

 

 やられていく神父たちを、セルドレイは助けようとも、指示をすることもなく、ただただ傍観していただけだった。

 

 

「彼らは本来滅ぼすべき堕天使になんの罪悪感も持たずに与した。そのような罪深き者たちのことを助ける義理などありません」

 

 

 さも当然のように言うセルドレイはさらに続ける。

 

 

「悪魔と堕天使、この二種族を滅ぼすことこそ、我々神の信徒が成すべき正義。私はそれを忠実に行ってきた。だが! 上層部は私を異端扱いにし、私を教会から追放した!」

 

 

 自身に異端の烙印を押し、追放した教会に怒りをあらわにするセルドレイにアルミヤは言う。

 

 

「・・・・・・罪のない人々を殺すことが、主に仕える者の正義だとでも?」

 

 

 セルドレイが教会を追放されることになった問題行為、それは、悪魔と契約を交わしていた一般人を手にかけたことだった。しまいには、その家族、親族にまで手にかけた。

 

 そのことが問題視され、異端の烙印をおされ、教会を追放されたのだった。

 

 

「悪魔と契約するなど万死に値する大罪! むろん、その家族、親族も同罪! 等しく断罪されるべき者たちなのだ! 上層部はそれをわかっていない!」

 

 

 強く持論を語るセルドレイ。その表情は憤怒の形相となっていた。

 

 

「そもそも、この停戦状態も気に入りません! 上層部はこれ以上の犠牲を考えて、やむを得ずそのような方針にしたそうですが、そのような振る舞いこそ信徒として恥ずべき行為! 数多の犠牲を出し続けてでも、悪魔、堕天使、特に悪魔を滅ぼすまで戦争を続けるべきだったのだ! それこそが、主のお望みであり、我々のなすべきことなのだ! 私はそれを、軟弱な者どもと違って、教会を追放されたいまの身でも変わらず果たしているのだ!」

 

 

 セルドレイは自分の行いは間違いではない、それを咎めた教会の者たちこそが間違っていると叫ぶ。

 

 

「キミのやっていることはただの身勝手な殺戮だ」

 

「黙れ!」

 

 

 アルミヤの言葉にセルドレイは怒気を込めて答えた。

 

 

「もはや問答は無用! この目の傷の借り、返させていただきます!」

 

 

 セルドレイは戦斧型の武装十字器(クロス・ギア)を掲げる。

 

 それに対し、アルミヤはローブを脱ぎ捨てる。

 

 ライニーと同じ戦闘服を着たアルミヤは両手の手の平を開く。すると、アルミヤの手元に二本の剣が出現した。

 

 アルミヤは両手でそれぞれ出現した剣を握り、二刀流で構える。

 

 『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』──アルミヤが持つ神器(セイクリッド・ギア)。その能力はあらゆる属性を付与した聖剣を生みだせるという木場の持つ『魔剣創造(ソード・バース)』の聖剣バージョンとも言うべきものだった。

 

 一度対峙したことのあるセルドレイはその光景に驚きはせず、不敵に戦斧を構える。

 

 

「我に主のご加護があらんことを!」

 

 

 そう叫び、セルドレイが駆けだした。

 

 それに合わせて、アルミヤも駆けだす。

 

 アルミヤの聖剣とセルドレイの戦斧が交差し、廃工場内に火花が散った。

 

 



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Life.13 破壊の肉宴

 

 

「くっ!」

 

 

 上半身が肥大化した神父が飛びかかってきたのを見た俺は慌ててその場から飛びのく!

 

 

 ドゴォォォン!

 

 

 地面に拳が叩きつけられた瞬間、そこにはそこそこの大きさのクレーターができあがっていた。

 

 チッ、見た目どおりのパワーだな!

 

 

「はぁぁぁッ!」

 

 

 ゼノヴィアがエクスカリバーを豪快に振るい、上半身が肥大化した神父を真っ二つに両断する。

 

 だが、カリスがすぐさま新たに神父ではない死人(服装からして元はただの一般人と思われる)を呼び出して変異させる。

 

 クソッ、生半可なダメージではすぐにカリスによって修復され、なんとか倒してもすぐに死人が補充される。

 

 ならばと、本丸のカリスを狙おうとしても、死人たちに阻まれて近づくことさえできなかった。

 

 当のカリスは、離れた場所で木に寄りかかりながらタブレットPCを片手に俺たちの戦いを見ていた。

 

 時折、タブレットPCのほうに目をやっては、何やらデータを記録していた。

 

 ・・・・・・完全に実験に付き合わされてるな。

 

 

 ガシッ!

 

 

「しまっ──」

 

 

 死人の肥大化した右腕が伸びてきて、反応が遅れた俺は体を掴まれてしまった!

 

 そのまま引っ張り寄せられ、上半身が肥大化した死人に殴り飛ばされた!

 

 

「がはっ!?」

 

 

 木に叩きつけられ、背中から激痛が走る・・・・・・。

 

 

「・・・・・・ぐっ・・・・・・」

 

 

 激痛に耐えながら立ち上がり、変異した死人に視線を向ける。

 

 変異した死人の形態は四種類。まずは上半身が肥大化した形態(A型と仮称)。こいつは単純なパワー特化で一撃一撃が重く、戦闘服の防御力を容易に突破してきやがる。そのぶん、動きが鈍いので回避はそこまで苦労しないのが幸いだった。次は片腕だけ肥大化した形態(B型と仮称)。こいつの腕は伸縮自在で捕縛能力が高く、ちょっとでも気を抜くとあっさり捕まってしまう。いまみたいに、A型をサポートをしていて厄介だった。次は下半身が肥大化した形態(C型と仮称)。こいつはスピードが速く、その足から繰り出される蹴りも威力がバカにならない。スピードがあるぶん、A型とB型の組み合わせよりも厄介だった。最後は全身が変異した形態(D型と仮称)。こいつは他の三種類と比べると特出した部分がない代わりに安定した能力を持っており、一番厄介だった。幸い、他の三種類よりは数が少なく二体しかおらず、カリスの護衛に徹していたので、他の三種類のほうに集中できていた。

 

 俺は他の皆のほうに視線を向ける。

 

 教会組は二人一組になって立ち回っていた。

 

 

「いまよ、ゼノヴィア!」

 

「ああ!」

 

 

 イリナが擬態のエクスカリバーを紐状にして死人を拘束すると、ゼノヴィアが破壊のエクスカリバーで神父を両断した。

 

 ライニーとユウナも前衛と後衛に別れてうまく立ち回っていた。

 

 

「『魔剣創造(ソード・バース)』!」

 

「はぁッ!」

 

 

 木場は多種多様な魔剣による手数の多さと自慢の俊足で、槐も乱戦慣れしてるためか、二人とも一人でもうまく立ち回っていた。

 

 

「クソッ! これじゃキリがねえぞ!」

 

 

 ライニーが死人たちを銃撃しながら毒づく。

 

 この変異した死人たちはその身体能力も厄介だが、一番厄介なのは、損傷するたびに即座にカリスによって修復されてしまうことだった。しかも、修復するのをいいことに平然と捨て身で襲いかからせてくる。そして、いざ倒したとしても、すぐに代わりの死人が補充される。

 

 こういう場合、イッセーの最大まで倍加したドラゴンショットや部長の魔力のような高火力で一気に押しきるのが最適なんだが、俺たち全員そういう戦闘スタイルじゃなかった。

 

 一応、俺にも緋い龍擊(スカーレット・フレイム)という高火力技はあるが、いまだに撃てば消耗が激しいので連発はできず、こんな状況では使えなかった。

 

 早くどうにかしないと、ジリ貧で俺たちがやられるのも時間の問題だった。

 

 俺は変異した神父たちを警戒しつつ、カリスのほうに視線を向ける。

 

 これだけの数の神父たちを一斉に操作し、絶え間なく修復作業をやっていれば、体力と精神力が相当消耗してもおかしくないのに、奴には疲弊の色はまったく見えていなかった。

 

 俺が何を思っているのかを察したのか、カリスが言う。

 

 

「こう見えて、体力には自信あるんですよ」

 

 

 カリスはタブレットPCの電源を落として武装指輪(アームズリング)に収納すると、怪しく笑みを浮かべて俺たちを見据える。

 

 

「さて、データはあらかた取れましたし、そろそろ、本格的に取りに行く方向に集中しますか」

 

 

 カリスの周りに複数の魔方陣が出現した。

 

 魔方陣が輝くと、魔方陣からさらに死人が現れた。その数はざっと十体。

 

 ・・・・・・マズいな。あの様子からして、さっきまではデータ収集のために本気でやっていなかったみたいだな・・・・・・。

 

 この調子じゃ、さらに数が増える可能性もあった。

 

 どうする? このままじゃ、確実にやられる。

 

 撤退しようにも、こうも囲まれている状況じゃ、それも難しい。下手したら、背中を見せた瞬間にやられかねない。

 

 ・・・・・・こうなったら、強引にでも奴らを突破して、カリスを直接叩くしかない!

 

 

「・・・・・・出し惜しみしてる場合じゃねぇか──」

 

 

 俺は緋い龍気を全力で放出し、全速力で駆けだす!

 

 

「突貫ですか。はたして、私に届きますかね」

 

 

 カリスは受けて立つと言わんばかりに、最低限の数の死人たちを他の皆のところに残し、他の死人全員を俺に襲いかからせてきた!

 

 上等だ! 押し通る!

 

 B型が伸ばしてきた腕をオーラの腕で受け流し、接近して変異した腕を雷刃(ライトニングスラッシュ)で斬り飛ばす!

 

 A型が放った拳の一撃をスライディングで躱し、そのまま両足を両断する!

 

 飛びかかってきたC型の飛び蹴りをオーラの腕で受け止め、そのまま足を斬り飛ばす!

 

 いちいち倒してる余裕はない! 大きいダメージは修復に時間がかかるのはさっきまでの戦闘で把握していた。なら、必要最低限のダメージで動きを阻害することにとどめる。

 

 

「──っ!?」

 

 

 背後からB型の腕が伸びてきて俺を捕まえる。

 

 俺は即座にB型の腕を斬り裂く!

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

 その隙をつかれてA型の拳の一撃を受けて吹き飛ばされてしまった。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 オーラの腕で強引にバランスをとって体勢を立て直す!

 

 激痛も耐えられないほどじゃなかった。俺は構わず突っ込む。

 

 そのまま、ときに死人たちの攻撃をくらいながらも着々と死人たちを突破していき、カリスに近づいていく。

 

 カリスはそんな俺を余裕の表情で眺めているだけだった。

 

 そしてついに、俺に襲いかかってきていた死人たちの包囲網から突破する!

 

 そこへ、カリスを護衛していたD型が立ち塞がる。

 

 だが、そう来ることは予測できていた俺は既に右手にはオーラが集約させていた。

 

 

「──吹っ飛べ!」

 

 

 全力全開の緋い龍擊(スカーレット・フレイム)が炸裂し、立ち塞がっていたD型を跡形も残さず消し飛ばす!

 

 さらにその余波で俺に近づいてきていた死人たちも吹き飛ばし、カリスも顔を腕でおおい、木に背中を預けることで余波に耐えていた。

 

 

「・・・・・・はぁ、はぁ・・・・・・」

 

 

 全力全開の緋い龍擊(スカーレット・フレイム)によって、体力がごっそり持っていかれ、疲弊で息も荒くなる。

 

 それでも、雷刃(ライトニングスラッシュ)を手にカリス目掛けて駆けだす!

 

 カリスはいまだに緋い龍擊(スカーレット・フレイム)の余波で怯んでいた。やるならいましかない!

 

 俺は勢いそのままにカリスの心臓目掛けて雷刃(ライトニングスラッシュ)で刺突を放つ!

 

 

「──っ!?」

 

 

 眼前に迫る刃を見て、カリスは初めて驚愕の表情を見せた。

 

 

「うぉおおおおおおおッ!」

 

 

 カリスが何をする間もなく、雷刃(ライトニングスラッシュ)の切っ先がカリスの胸を貫いた!

 

 

-○●○-

 

 

 明日夏くんによって胸を貫かれたカリス・パトゥーリアは弱々しく明日夏の刀の刃を掴むけど、やがて息絶えたのか糸が切れたように手が落ちていった。

 

 

「・・・・・・はぁ、はぁ・・・・・・これで終わりだ・・・・・・」

 

 

 息を荒げながら明日夏くんは呟き、刀を抜こうとした瞬間──。

 

 

「──ええ、少しまえまでの私でしたらね」

 

 

 ガシッ!

 

 

「なっ!?」

 

『──っ!?』

 

 

 カリス・パトゥーリアの手が突然動きだして、明日夏くんの腕を掴んだ!

 

 

「惜しかったですね」

 

「どうなってやがる!?」

 

 

 明日夏くんの動揺は当然だった。僕たちも目の前の光景に驚愕を隠せなかった。

 

 明日夏くんの刀はカリス・パトゥーリアの心臓を完全に貫いていた。

 

 そのような状態で生きているはずがなかった。

 

 だけど、現にカリス・パトゥーリアは平然としているし、彼が操る死人たちも動き続けている。

 

 

「疑問にお答えしますよ。いまあなたたちの前にいる私は私ではありません。正確には、肉体が違うですかね」

 

「まさか!」

 

「ええ。この肉体は私が操る死人と同じものですよ。操る死体に私の五感などのすべての感覚をリンクさせ、本来の私は安全な場所にいる状態でこのようにして自分の肉体のように動かし、見聞きや触った感触も感じられることができるのですよ。最近になってできるようになったことですよ」

 

「感覚をリンクしてるだと! だったら!」

 

「ええ。この胸、心臓を貫かれている激痛はいまも感じていますよ」

 

 

 明日夏くんの言葉にカリス・パトゥーリアはあっさりと肯定する。

 

 痛みを感じていると言われても信じられないほど、カリス・パトゥーリアは涼しい顔をしていた。

 

 僕が何を思っているのかを察したのか、カリス・パトゥーリアがこちらを見て言う。

 

 

「昔から痛みに強いんですよ。さて──」

 

 

 カリス・パトゥーリアは拘束している明日夏くんのほうに視線を戻す。

 

 

「キミたちに朗報ですよ。実はこの状態、開発したばかりで粗も多く、そのため、そんなに長い時間維持できないんですよ。しかも、彼らを操るための中継点の役目も兼任していますから、もうすぐ、彼らも停止しますよ」

 

 

 それを聞いても、僕たちはまったく気が抜けなかった。

 

 わざわざ敵である僕たちにそんなことを伝えるなんて、何かあるとしか思えなかったからだ。

 

 そんな僕たちの予感は当っていた。

 

 

「まあ、彼らは停止すると自爆するように改造を加えていますけどね」

 

『──ッ!?』

 

 

 カリス・パトゥーリアの言葉を聞いて、僕たちは慌てて死人たちのほうに視線を向ける!

 

 瞬間、死人たちの肉体が膨張して大きな肉塊へと成り果てていた!

 

 肉塊はいまだに膨張し続けて、いまにも破裂しそうだった!

 

 

「クソッ!」

 

 

 明日夏の声が聞こえ、そちらに視線を向けると、明日夏を拘束していたカリス・パトゥーリアの肉体も膨張を開始していた!

 

 

「明日夏くん!」

 

「明日夏!」

 

 

 それを見て、僕と槐さんが慌てて明日夏の助けに向かおうとしたけど、膨張を続ける死人たちに阻まれて明日夏くんのもとまで近づけないでいた!

 

 

「来るな!」

 

 

 明日夏くんは助けに行こうとしている僕たちに叫ぶと、全身を緋いオーラでおおう。

 

 あれで防ごうとしているのだろうけど、明らかにオーラの波動が全開のときよりも弱かった。

 

 自爆の規模はわからないが、とてもじゃないが、耐えられるとは思えなかった。

 

 

「でも、明日夏くん!?」

 

「俺は平気だ! おまえらも自分の身を守ることだけを考えろ!」

 

 

 叫ぶ明日夏くんをカリス・パトゥーリアの膨張する肉体が包み込み始めていく。

 

 

「いい覚悟ですね。では、私も最後まで付き合いましょう」

 

 

 カリス・パトゥーリアがそう言うと同時に明日夏くんが完全にカリス・パトゥーリアだった肉塊に包み込まれてしまった。

 

 

「明日夏くん!」

 

 

 なおも明日夏くんのもとへ駆けだそうとする僕の肩を槐さんが掴んだ。

 

 

「明日夏を信じるしかない! このまでは私たちも危険だ!」

 

 

 そう言う槐さんも手が震えていた。

 

 でも槐さんの言うとおりだった。僕たちは明日夏くんのように防御できるすべがない。そういう点で見れば、明日夏くんよりも僕たちのほうが危険だった。

 

 見ると、教会組の皆は既にこの場から離脱していた。

 

 クソッ! 明日夏くん、絶対に生き残ってくれ!

 

 あれだけ僕に言ってくれたんだ。生きてまた会えなかったら、許さないからね!

 

 僕と槐さんは明日夏くんのもとへ行きたい気持ちを抑え、その場からの離脱を始める。

 

 肉塊はまだ膨張を続けていた。次第に他の肉塊同士が混ざりあい、さらに膨張していく。

 

 ここまで来ると、規模は相当なものになるはずだ。その爆心地に取り残された明日夏くんは大丈夫なのだろうか?

 

 

「クソッ!」

 

 

 明日夏くんが心配だけど、槐さんの言うとおり信じるしかない!

 

 とにかく、離れないと!

 

 僕は『騎士(ナイト)』の速さを駆使して全力で膨張を続ける肉塊から離れる。

 

 そして、ようやく十分に離れられた瞬間──。

 

 

 ドゴオオオオオオオオオオオン!

 

 

 肉塊が破裂し、大規模な大爆発が起こった!

 

 

「うわっ!?」

 

 

 十分に離れられたと思っていた僕に爆風が襲いかかってきた。

 

 

「うわぁぁぁっ!?」

 

 

 そのまま僕は勢いよく吹き飛ばされてしまった。

 

 



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Life.14 アルミヤ・A・エトリア

 

 

「ふぅん!」

 

 セルドレイは力任せに戦斧を振るい、アルミヤはその力に押し負けて後方に押し出された。

 

 

「──以前よりも力が増しているか」

 

「あたりまえです。悪魔を滅ぼすために、日夜研鑽を積むの当然のことです!」

 

 

 セルドレイはその大柄な体型に似合わぬ素早さで縦横無尽に駆け抜け、アルミヤに斬りかかる。

 

 セルドレイの武器はその大柄な体躯から繰り出されるパワーとその体型からは想像もできない速度で動けるスピードだった。そのふたつを駆使することで、これまで数多の悪魔をセルドレイは屠ってきた。その実力は本物だった。

 

 だが、そんなセルドレイを瀕死に追い込んだアルミヤもまた、実力者であった。

 

 アルミヤはセルドレイに負けないスピードで駆け回り、セルドレイの一撃一撃を真っ向から打ち合わずに確実に受け流し、受け流し切れない攻撃も確実に回避していた。

 

 

「あなたも相も変わらず見事な身のこなしと剣技。敵でありながらも惚れ惚れいたしますよ。さすがは『錬鉄の剣聖』と呼ばれるだけありますね」

 

 

 セルドレイは敵でありながらも、アルミヤのその技術を素直に評価した。

 

 

「ですが、以前の私ならいざ知らず、いまの私はあなたよりも上です!」

 

 

 そう言うと、セルドレイはさらにスピードを上げてアルミヤに斬りかかる。

 

 

「せぇい!」

 

 

 セルドレイが渾身の力を込めた横薙ぎを振るう。

 

 それをアルミヤはバク宙で躱した。

 

 

「──っ!」

 

 

 だが、躱し切れなかったのか、腕に小さな斬り傷ができていた。

 

 それを見て、セルドレイは不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「さあ、行きますよ!」

 

 

 そう言うと、セルドレイは怒涛の勢いで戦斧を振るう。

 

 アルミヤもセルドレイの猛攻を聖剣で受け流し、受け流し切れない攻撃はその身のこなしで躱していく。

 

 だが、躱した攻撃はいずれも躱し切れておらず、アルミヤの体の各所に傷が生まれていく。

 

 アルミヤは確実に戦斧の間合いとセルドレイのスピードを見切って攻撃を回避していた。なのに、それにも関わらず、アルミヤの体には傷がどんどん生まれていく。

 

 第三者の視点で見れば、このまま行けばアルミヤがジリ貧になるのは明白だった。

 

 

「──なるほど」

 

 

 だが、アルミヤは至って冷静で、何かを察していた。

 

 すると、アルミヤは構えを解き、無防備な姿をさらした。

 

 

「む?」

 

 

 アルミヤの突然の行動にセルドレイは怪訝に思い、動きを止めてアルミヤから距離を取った。

 

 一瞬、実力差を認識して諦めたのか、という考えが頭を過ったセルドレイだったがすぐにそれを否定した。目の前の男はそんな生易しい男ではないと。

 

 セルドレイは自身を断罪しに現れたアルミヤとの戦いを思い返す。自分の攻撃が一切通用せず、逆に向こうの攻撃でどんどん追い詰められていく。そして、片目を斬られた隙を衝かれて最後には瀕死に至る一撃をくらってしまった。生きていたのは正直、奇跡だったと思えた。

 

 セルドレイはその経験から一寸の油断も抱かず、警戒心を引き上げる。

 

 

「何をするつもりかは知りませんが、無駄な足掻きです!」

 

 

 セルドレイはアルミヤに一瞬で近づき、戦斧を振り下ろした。

 

 

 ズバッ!

 

 

 セルドレイの一撃を避けようとしたアルミヤだったが、肩を大きく斬られてしまった。

 

 だが、アルミヤはそのことに動揺は見せず、むしろ、何かに合点がいったような様子を見せていた。

 

 

「やはり、そういうことか」

 

 

 アルミヤは肩の傷を見て、何かを確信したあと、手に持つ聖剣を床に突き刺し、手元に一本の短剣を生みだした。

 

 アルミヤは短剣を逆手持ちで掴むと、おもむろに肩の傷に突き刺した。

 

 すると、短剣が光輝き、アルミヤの傷を治癒していった。

 

 

「・・・・・・治癒の聖剣ですか。本来は創りだすのがとても困難だというのに、さすがですね」

 

 

 さまざまな属性の聖剣を創りだす神器(セイクリッド・ギア)である『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』だが、創りだすのが難しい属性があった。そのひとつが治癒の力だった。

 

 それを即座に創りだしたアルミヤに、セルドレイは素直に称賛を送るが、アルミヤは肩をすくめる。

 

 

「・・・・・・あいにく、そこまで能力は高くないのだがね」

 

 

 アルミヤの肩の傷が完全に塞ぎきるまえに、治癒の聖剣が輝きを失って儚く砕け散った。

 

 アルミヤの言うとおり、アルミヤが即座に創りだせる治癒の聖剣ではこの程度の治癒力が限界だった。

 

 

「まあ、これで十分だがね」

 

 

 アルミヤは塞ぎきっていない傷の痛みを感じていないかのように肩を回すと、床に突き刺した聖剣を手に取った。

 

 

「ですが、その様子では、あなたのジリ貧になるのは明白ではありませんかな?」

 

「心配には及ばんよ。──もうくらうことはないからな」

 

 

 セルドレイの挑発にアルミヤが不敵に返すと、セルドレイは視線を鋭くした。

 

 

「その法衣の下に隠したものを出したらどうかね?」

 

「・・・・・・やはり、気づいていましたか。先程のはわざとくらいましたね?」

 

 

 セルドレイの質問にアルミヤは不敵な笑みで返した。

 

 それを見て、セルドレイは観念したかのように嘆息すると、法衣の下に手を入れ、何かを取り出した。

 

 それは、細長い刀身を持ち、柄頭から刀身の半ばまでを巻きつくような螺旋状の形状の装飾が施された聖剣だった。

 

 

「これこそがあなた方が求める聖剣、『夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)』ですよ」

 

 

 セルドレイが手に持つものこそが七本あるエクスカリバーのひと振り、コカビエルに奪われた三本のうちの一本だった。

 

 その能力は相手を幻術で惑わせ、眠っているあいだにその夢を支配したりすることができるという魔法的側面の強い能力だった。

 

 そして、アルミヤがセルドレイの攻撃を躱しきれなかったからくりも、その幻術の能力によるものだった。

 

 セルドレイは以前戦った経験をもとに、アルミヤが自分の攻撃の躱そうとするわずかな素振りを見切り、そのタイミングで本来の戦斧を幻術で隠し、幻覚で虚像の戦斧を作りだした。それも、本来の戦斧と虚像の戦斧の位置がほぼ同じになるように。それにより、アルミヤが見切った間合いと実際の間合いとでズレが生じたため、アルミヤはセルドレイの攻撃を躱しきれなかったのだった。

 

 エクスカリバーの奪還任務のために訪れていたアルミヤはすぐにその可能性に至り、先程の攻撃をわざとくらうことで、傷のでき具合から間合いにズレが生じていることを突き止めた。

 

 

「先程言いましたね? もうくらわないと」

 

「ああ。からくりがわかれば、ただの子供騙しだからな」

 

「言いますね。では、そのお手並み、拝見させてもらいましょうか」

 

 

 セルドレイはそう言うと、エクスカリバーを法衣の下に戻した。

 

 

「せっかく手にいれた聖剣を使わないのかね?」

 

「ご冗談を。剣技において圧倒的な差があるあなたに剣で挑む愚行などしませんよ。幻術の力だけで十分です。では、いきますよ!」

 

 

 セルドレイは戦斧を構える。

 

 

「バレてしまったのなら、もう隠す必要はありませんね。ここからは全力で行かせてもらいます!」

 

 

 セルドレイがそう言った瞬間、その身が八人に分身した。幻術による分身だった。

 

 分身したセルドレイたちは一斉に駆けだし、縦横無尽に駆け抜け、四方八方からアルミヤに斬りかかる。

 

 

「せぇい!」

 

 

 セルドレイのひとりが戦斧を振るうが、戦斧はアルミヤをそのまますり抜けていった。幻術でできた分身だったからだ。

 

 その後もひとり、またひとりとセルドレイたちが戦斧を振るうが、アルミヤは微動だにせず、戦斧はそのまますり抜けていった。

 

 そして、六人目のセルドレイが戦斧を振るった瞬間、初めてアルミヤが動いた。

 

 さすが、勘も鋭いですね、とセルドレイは内心でアルミヤを評価する。アルミヤほどの戦士なら、その研ぎ澄まされた感覚と勘で幻術でできた分身を見破ることなど造作もないことだと。現にいま斬りかかっているセルドレイは本物だった。

 

 だが、セルドレイはアルミヤを評価すると同時に内心でほくそ笑んだ。いまアルミヤに見えている戦斧は幻術でできた幻であり、本来の戦斧は幻術で姿を隠して振るわれていた。それも、アルミヤの回避先を読んで振るわれており、確実にアルミヤを捉えていた。

 

 取った! とセルドレイが確信した瞬間──。

 

 

「──それも子供騙しだな」

 

 

 アルミヤは即座に姿勢を低くすることで幻術で隠された戦斧を躱した。

 

 

「ぐおっ!?」

 

 

 すかさず、アルミヤはそのままセルドレイの足を払い、セルドレイの体勢を崩した。

 

 

「ふッ!」

 

「なんの!」

 

 

 アルミヤは体勢を崩されたセルドレイを狙って聖剣を振るうが、セルドレイは戦斧を床に突き刺して支柱にすることでアルミヤの斬擊を躱し、即座に距離を取った。

 

 

「ぬぅ、さすがですね・・・・・・。なら、これならどうですか!」

 

 

 セルドレイが叫び、さらに分身を生みだした。

 

 

「いかがですか? 幻覚でも、視覚を通じて脳に入ってくる情報は現実です。たとえ幻覚だと認識していても、その情報に対して反射的に行動することを止めることは困難です」

 

 

 そう言うと、セルドレイたちは再び縦横無尽に駆けだして四方八方からアルミヤに斬りかかる。

 

 

「何っ!?」

 

 

 アルミヤは目に見えるセルドレイたちを無視して、あらぬ方向に駆けだし、セルドレイはそんなアルミヤの行動に驚愕した。

 

 そのままアルミヤは虚空に向けて聖剣を振るう。

 

 

 ガキィィン!

 

 

 金属同士が擦れ合う音が廃工場内に響いた。

 

 アルミヤが斬りつけた空間が揺らめきだし、そこにアルミヤの聖剣を戦斧で防いでいたセルドレイが現れた。

 

 セルドレイが分身を出現させると同時に分身の陰で幻術で姿を隠し、アルミヤが分身たちの中から本体を見つけようとした隙を衝こうとしていたのをアルミヤは見通していた。

 

 

「なぜわかった!?」

 

「キミの殺気はわかりやすすぎる。それでは、自分の場所をわざわざ教えているようなものだ」

 

 

 セルドレイは敵意と殺気を包み隠すことなく放っていた。そのため、本体と分身たちとで、敵意と殺気の有無が顕著になっていた。

 

 研ぎ澄ました感覚で敵意と殺気を感じとることができるアルミヤに対して、それは致命的だった。

 

 

「くっ、ならば、こうだ!」

 

 

 アルミヤから距離を取り、セルドレイは法衣の下から夢幻のエクスカリバーを取り出して床に突き刺した。

 

 すると、周囲の風景が歪みだし、床が盛り上がったり、陥没したりし、あげくには上下左右が反転しだした。

 

 

「どうですか! このような光景を目にしては、まともな平衡感覚を維持できまい! これであなたもおし──」

 

 

 セルドレイの視界に幻覚に惑わされずにまっすぐ自身に接近したアルミヤの姿が映った。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 セルドレイが反応するまもなく、アルミヤの双剣がセルドレイの胸をX字型に切り裂いた。

 

 

「む?」

 

 

 アルミヤの双剣がセルドレイを切り裂いた瞬間、アルミヤは手応えに違和感を感じ、即座にセルドレイから距離を取った。

 

 

「・・・・・・まさかこれほどとは」

 

 

 アルミヤに斬られても平然としていたセルドレイはおもむろに法衣を掴むと、破りながら脱ぎ捨てた。

 

 あらわになった法衣の下には、金属製の装甲があった。

 

 全身を黒いスーツで覆われ、その上から胴体、腕、足が金属製の装甲で覆われたSFものに出てくるパワードスーツのようなものをセルドレイは着込んでいた。

 

 

「いかがですか? カリス・パトゥーリアから提供してもらった強化装甲服です。その防御力は見てのとおりですよ」

 

 

 アルミヤは手に持つ聖剣に目をやる。よく見ると、セルドレイを斬りつけた箇所が欠けていた。

 

 アルミヤは手に持つ聖剣を床に突き刺すと、新しい聖剣を手元に創りだす。

 

 

「まったく動じませんか。ですが、この強化装甲服、ただ頑丈なだけではありませんよ!」

 

 

 そう言うと、セルドレイは姿勢を低くし、胸の前で腕を交差させて全身に力を込める。

 

 

「──ぬぅぅぅぅぅぅっ・・・・・・」

 

 

 唸り声をあげながらセルドレイの腕、足と順番に筋肉が膨張していく。

 

 

「──はぁぁぁぁぁ・・・・・・」

 

 

 全身の筋肉が膨張し終え、セルドレイは息を吐くと、アルミヤを見据える。

 

 

「行きますよ」

 

 

 次の瞬間、セルドレイはアルミヤの眼前まで接近を果たしていた。

 

 

「──ッ!」

 

「ぬぅん!」

 

 

 セルドレイが戦斧を振り下ろし、アルミヤは咄嗟に二本の聖剣で受け止める。

 

 だが、アルミヤの聖剣を容易に砕かれながら後方に吹き飛ばされた。

 

 

「チッ」

 

 

 どうにか空中で体勢を立て直して着地したアルミヤにセルドレイが言う。

 

 

「いかがですか? この強化装甲服の力は」

 

 

 セルドレイが装着している強化装甲服には人工筋肉が内蔵されており、身体能力を高める機能が備わっていた。これは、もとの身体能力が高ければ高いほど効果を発揮し、もともと常人離れをしていたセルドレイが使用することで、人間離れした動きを可能にしていた。

 

 セルドレイは戦斧の武装十字器(クロスギア)をもう一本取り出すと、本来は両手で扱っていたそれを、片手で持ち、戦斧による二刀流の出で立ちとなった。

 

 

「行きますよ!」

 

 

 セルドレイは幻覚による分身も生みだし、強化装甲服によって高められた身体能力を駆使して分身たちと共に縦横無尽に廃工場内を駆け抜ける。

 

 同時に再び周囲の風景も幻術によって歪みだした。

 

 強化された身体能力によるパワーとスピード、幻覚による分身と風景の歪み、これらを一瞬で対処するのは不可能。さらに、セルドレイは先程アルミヤに言われたことを反省し、今度は敵意や殺気をできる限り抑える。今度こそ取った! とセルドレイが確信した瞬間──。

 

 

「なっ!?」

 

 

 セルドレイの周囲に無数の聖剣が空間に揺らめきを残しながら出現した。

 

 それらの聖剣はアルミヤが創りだした剣自体を透明にする能力を持った聖剣だった。

 

 

「い、いつのまに!?」

 

 

 セルドレイは驚愕を隠せなかった。

 

 アルミヤから一切目を離していなかった。新しい聖剣を作って、自分の周囲の床に突き刺す暇などなかったはずだった。

 

 

「──幻術を使えるのはキミだけではないということだよ」

 

「まさか、いまあなたが持っている聖剣は!?」

 

 

 アルミヤがいま持っている聖剣はセルドレイの持つエクスカリバーと同じ幻術の能力を持った聖剣だった。

 

 エクスカリバー程の力はなくとも、透明化の聖剣を創り、透明化させて投擲する一瞬の動作を行うあいだだけ幻術で隠すことはできるぐらいの力はあった。

 

 

「くっ!」

 

 

 セルドレイは慌ててその場から離れようとする。

 

 一見すれば、ただ床に無数の聖剣が突き刺さっているだけの状況でしかなかった。

 

 だが、セルドレイにとってはそうではなかった。

 

 セルドレイの脳裏にはかつてアルミヤと戦ったときのある光景が鮮明に浮かび上がっていた。アルミヤが放った聖剣使いとしては邪道の剣技を。

 

 

「──壊れた聖剣(ブロークン・ブレード)

 

 

 アルミヤがボソッとその名を口にした瞬間、アルミヤの聖剣がすべて激しく光り輝き──。

 

 

 カッ!

 

 

 一際激しく輝いた瞬間、アルミヤの聖剣が聖なる波動を発して大爆発した。

 

 



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Life.15 憎しみの末路

 

 

 壊れた聖剣(ブロークン・ブレード)──アルミヤが開発した聖剣の秘技。聖剣の聖なるオーラを聖剣内で暴走させることで、聖剣を自爆させて聖なるオーラによる爆撃を行う攻撃。威力も並みレベルの聖剣の自爆でも『破壊の聖剣(エクスカリバー・ディストラクション)』の斬擊に匹敵するほどのを破壊力を誇る。欠点として、その性質上、聖剣を使い捨てにするため、アルミヤの『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』のような自前で聖剣を用意する方法があって始めて使える技だった。

 

 複数の聖剣の壊れた聖剣(ブロークン・ブレード)の爆発によって、廃工場内は見るも無惨な光景ができあがっていた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・ぐぅぅぅ・・・・・・」

 

 

 その中心にセルドレイが夢幻のエクスカリバーを支えに膝をついていた。

 

 

「あれに耐えるとはな。その強化装甲服とやら、なかなか頑丈だな」

 

 

 セルドレイの身を守っていた強化装甲服の装甲もそのほとんどが破損しており、スーツが破れた箇所から覗く皮膚は酷い火傷を負っていた。

 

 

「・・・・・・おのれェェェェェェェッ!」

 

 

 絶叫をあげるセルドレイは懐から小瓶を取りだすと、乱雑に蓋を開けて中に入っていた液体を自身の体に振りかけた。

 

 すると、セルドレイのダメージが煙を立てながら完全に回復してしまった。

 

 

「・・・・・・フェニックスの涙か」

 

 

 小瓶に入っていた液体の正体はフェニックスの涙。元72柱の悪魔であるフェニックス家が生みだした、いかなる傷もその場で癒すことが可能なアイテム。

 

 

「・・・・・・なぜキミがそれを持っている?」

 

 

 フェニックスの涙は悪魔でも手にできるのは上流階級の者だけで、魔術師でもそう簡単には入手できない希少で高価な代物だった。はぐれエクソシストであるセルドレイが手にできるものではなかった。

 

 

「・・・・・・これもカリス・パトゥーリアが提供してくれたものですよ。私は必要ないと言ったのですが、無理矢理渡されましてね。使うまいと思っていたのですが・・・・・・」

 

「なるほど。しかし、悪魔が生みだしたものがキミを助けるとはな」

 

「黙れぇぇッ!」

 

 

 アルミヤの皮肉にセルドレイは絶叫をあげる。

 

 

「業腹です! 非常に業腹ですとも! 忌々しき悪魔の力を借りることになるなんて! しかし、私は真なる神の信徒として、死ぬわけにはいかぬのです! そのためなら、恥辱にまみれようと、生き残りますとも! 主のために、私は悪魔を、悪魔の力を平然と借りる異端共を滅ぼさねばならないのですから!」

 

 

 立ち上がり、思いの丈を叫ぶセルドレイ。

 

 

「──違うな」

 

 

 アルミヤはセルドレイに冷徹に告げる。

 

 

「キミは主の名で自分の行いを都合よく正当化しているだけにすぎない。キミはただ──()()をなしたいだけだろう」

 

 

 アルミヤの言葉にセルドレイは押し黙ってしまった。

 

 セルドレイがそこまで悪魔と堕天使、特に悪魔に対し、異常なまでの敵意をむき出しにする理由──それは復讐だった。

 

 セルドレイには愛する妻がいた。だが、自分の留守を狙ってはぐれ悪魔が妻を襲った。セルドレイが駆けつけたときにはもう、凄惨な姿で殺されたあげくに食われている最中だった。

 

 それを境に、もともと強硬派寄りな思考だったセルドレイの中で何かが壊れ、信仰心が歪んだ。

 

 悪魔への激しい憎悪を抱き、悪魔を滅ぼすためなら手段を選ばず、悪魔と関わる者は一般人であろうと手にかけた。そして、セルドレイはその行いを主が望んでいると疑っていなかった。

 

 だが、実際は「主の名のもと」という言葉で自分の非道な復讐を都合よく正当化しているにすぎなかった。それをセルドレイは自覚していないだけだった。

 

 それを看破していたアルミヤは冷徹にそのことを指摘したのだった。

 

 セルドレイは憤怒の表情を浮かべる。

 

 

「黙れ! あなたは自分の大切な存在が妻と同じ目あっても、同じことが言えますか!? あのときの私の怒りと嘆きがわかりますか!? いいえ、わからないでしょうね! 戦災孤児であり、天涯孤独のあなたには大切な存在などいやしないでしょうからね!」

 

 

 セルドレイの言葉にアルミヤは何も言うことなく、ただ冷静に瞑目するだけだった。

 

 

「覚悟しろ、セルドレイ・スミルノフ。神の名のもと、キミを断罪する」

 

 

 聖剣を構え、淡々と告げるアルミヤ。

 

 

「くっ!」

 

 

 セルドレイは賞金稼ぎ(バウンティーハンター)が使う武装指輪(アームズリング)で強化装甲服を新しいものに変えて戦斧を構える。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

 そして、セルドレイはおもむろに眼帯を乱雑に取り払う。

 眼帯の下にあったのは、アルミヤに斬られた目ではなく、瞳がレンズになった機械仕掛けの眼球だった。

 

 

「これはとっておきでしたが、あなたが相手では致し方ありません!」

 

 

 アルミヤはその機械仕掛けの眼球に警戒しつつ、セルドレイの出方を窺う。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 セルドレイが斬り込むと、アルミヤはセルドレイの斬擊を躱そうとする。

 

 

「フッ」

 

「──ッ!?」

 

 

 セルドレイの戦斧がアルミヤの動きに合わせるように振るわれる。

 

 アルミヤは咄嗟に聖剣で受けるが、戦斧の一撃を受けて聖剣が砕かれ、アルミヤは後方に吹き飛ばされる。

 

 アルミヤは即座に新たな聖剣を創りだすが、その悉くがセルドレイに砕かれ、弾かれていた。

 

 

「いかがですか、この義眼の力は!」

 

 

 セルドレイの義眼は、義眼で見た相手の動きを演算し、予測した結果を脳に伝達させ、装着者に擬似的な未来視をできるようにする装置だった。

 

 これにより、セルドレイはアルミヤの動きを先読みすることで、アルミヤの回避を封じていた。

 

 着々とアルミヤは追い詰められていた。だが、アルミヤは至って冷静だった。

 

 

「これで終わりです!」

 

 

 セルドレイの戦斧が聖剣ごとアルミヤの胴体を両断した。

 

 

「何っ!?」

 

 

 だが、すぐにセルドレイの表情が驚愕に染まった。

 

 斬られたアルミヤは甲冑騎士へと変貌し、儚く砕け散ったからだ。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 背後から気配を感じ、慌てて振り向くセルドレイ。

 

 セルドレイの視界に入ったのは、聖剣を持った複数の甲冑騎士たちを従えるアルミヤだった。

 

 

「──禁手化(バランス・ブレイク)、『聖輝の騎士団(ブレード・ナイトマス)』」

 

 

 『聖輝の騎士団(ブレード・ナイトマス)』──『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』の禁手(バランス・ブレイカー)であり、その能力は聖剣を持った甲冑騎士を複数創りだして使役するというもの。

 

 先程までセルドレイが戦っていたアルミヤは擬態の能力の聖剣を持った甲冑騎士であり、擬態の能力でアルミヤに化けていたのだ。

 

 

「・・・・・・い、いつから・・・・・・!?」

 

「先程の壊れた聖剣(ブロークン・ブレード)のときにだよ。気配から、まだ倒れていないことは察していたからな」

 

 

 アルミヤが手を振ると、甲冑騎士たちは一斉に四方八方からセルドレイに斬りかかる。

 

 

「くっ!」

 

 

 セルドレイは義眼の機能で甲冑騎士たちの動きを先読みして対処するが──。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 対処しきれず、甲冑騎士たちの斬擊をくらっていた。

 

 義眼が捉えられる視界には限界があり、死角からの攻撃に対応できないのが義眼の欠点だった。

 

 アルミヤは即座にそれを見破り、手数で押してきたのだ。

 

 ましてや、甲冑騎士たちはアルミヤの技術をほぼ完璧に反映されており、実質、複数のアルミヤと戦っているのと同義だった。

 

 

「なんのこれしき!」

 

 

 セルドレイは強化装甲服の防御力を駆使して、あえて斬擊を受けることで甲冑騎士の動きを封じて甲冑騎士たちを破壊する。

 

 そして、すべての甲冑騎士たちを破壊すると、セルドレイはアルミヤのほうに視線を向ける。

 

 

「なっ!?」

 

 

 セルドレイの義眼が捉えたのは、反りがある二本の聖剣の柄同士を繋げて弓のようにしたものに聖剣をつがえていたアルミヤだった。

 

 

「──終わりだ」

 

 

 射たれた聖剣は真っ直ぐにセルドレイめがけて高速で飛翔する。

 

 その速さは、セルドレイに回避する隙さえ与えず、装甲を貫き、セルドレイの断末魔をかき消しながら炸裂した聖なるオーラがその身を焼いた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・な・・・・・・なぜだ・・・・・・」

 

 

 全身を聖なるオーラで焼かれ、もはや虫の息な状態で仰向けに倒れていたセルドレイは自分が置かれている状況が信じられなかった。

 

 

「その義眼の力を過信したな。視野が狭まっていたぞ。片目のときのキミならば、いまの一撃はまともにくらっていなかったはずだ」

 

「・・・・・・くっ・・・・・・」

 

 

 指摘されたセルドレイは悔しそうに歯噛みしていた。

 

 

「いま楽にしてやろう」

 

 

 セルドレイに近寄ったアルミヤはとどめをさそうと聖剣を振りかぶる。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 アルミヤはその場から咄嗟に飛ぶと、アルミヤがいた場所で剣が振るわれた。

 

 

「・・・・・・どういうことだ?」

 

 

 アルミヤを狙って剣を振るったのは、アルミヤが斬り伏せたはずだったはぐれエクソシストだった。

 

 いつのまにか、アルミヤが倒した神父たちが全員起き上がって、アルミヤを囲んでいた。

 

 そして、神父の一人がセルドレイを回収し、魔方陣による転移でこの場から離脱をしようとしていた。

 

 

「チッ!」

 

 

 アルミヤは逃がすまいとセルドレイを追おうとするが、神父たちに阻まれてしまう。

 

 そして、セルドレイを連れた神父は転移によって廃工場から消え去ってしまった。

 

 

-○●○-

 

 

「大丈夫ですか、セルドレイさん?」

 

 

 自身の能力によって操った神父を使ってセルドレイを回収したカリス・パトゥーリアは自分の目の前で倒れているセルドレイにフェニックスの涙をかける。

 

 フェニックスの涙によってダメージを回復したセルドレイは起き上がり、忌々しそうに煙を立てている自身の体を睨む。

 

 

「・・・・・・また悪魔の力で!」

 

「命あっての物種でしょう」

 

「・・・・・・くっ・・・・・・」

 

 

 セルドレイは拳をわなわなと握ると、やがて短く嘆息する。

 

 

「・・・・・・いいでしょう。この恥辱も力に変えて、憎き悪魔どもにぶつけるとしましょう」

 

 

 セルドレイは立ち上がると、カリスのほうを向く。

 

 

「・・・・・・ひとまず礼を言いますよ、カリス」

 

「どういたしまして──と言いたいところですけど、あなたに残念なお知らせがあります」

 

「・・・・・・何?」

 

「まずはこれを」

 

 

 カリスはタブレットPCをセルドレイに渡す。

 

 タブレットPCを受け取り、画面を見たセルドレイがカリスに訊く。

 

 

「・・・・・・なんですかこれは?」

 

「あなたの生態パラメーターを表している画面ですよ。そして、刻一刻と減少を続けている数値がありますね? それはあなたの生命力を表している数値ですよ」

 

「なんだと!?」

 

 

 セルドレイは慌ててもう一度画面を見る。

 

 セルドレイの生命力を表している数値はなおも減少を続けていた。

 

 それ以前に、表示されている数値も決して高くなかった。

 

 

「どういうことですか!? なぜ、こんなことが!?」

 

「原因は、バルパーさんがあなたを聖剣使いにするために与えたものですよ。それにあなたの体がついていけず、あなたの体を蝕んでいるのですよ」

 

「なっ!?」

 

 

 セルドレイは信じられないといった表情で震え、手に持つタブレットPCを落としてしまう。

 

 

「あの異端者め!」

 

 

 そして、この場にいないバルパーに向けて怒りを露にする。

 

 

「生命力の減少スピードからして、あなたの余命はあと数時間といったところですかね」

 

 

 カリスの言葉を聞いたセルドレイは絶望の表情を浮かべて膝をつく。

 

 

「主よ! なぜですか!? 私はあなたのために尽くしてきた! なのに、そんな敬虔な信徒に与えるものがこんな残酷なものなのですか!?」

 

 

 天を仰ぐセルドレイにカリスは言う。

 

 

「そんなものですよ、神なんて。だから、こうして残酷な運命をあなたに突きつけているのですよ」

 

 

 力なくうなだれるセルドレイにカリスの言葉は聞こえていなかった。

 

 もともと壊れかけていたセルドレイの心が完全に壊れてしまったのだ。

 

 

「セルドレイさん。私があなたを助けましょうか?」

 

「・・・・・・・・・・・・何・・・・・・?」

 

「私があなたに悪魔を滅す機会をあげますよ」

 

「本当ですか!?」

 

「ええ。機会だけでなく、力も差しあげますよ」

 

「は、はは!」

 

 

 セルドレイは歓喜の表情を浮かべて立ち上がる。

 

 

「何から何まで、本当に感謝しますよ、カリス! 待っていろ、悪魔ども! 妻を奪われ、主にさえ裏切られたこの私の怒りと悲しみを味わうが──」

 

 

 バンッ!

 

 

 セルドレイの叫びを遮り、一発の銃声が鳴り響いた。

 

 

「――は?」

 

 

 セルドレイは銃声が鳴ったほうに視線を向ける。

 

 そこには拳銃の銃口をセルドレイに向けているカリスがいた。

 

 そして、セルドレイの胸には小さな穴が空いており、そこから血がどくどくと流れ出ていた。

 

 

「あなたには一度死んでいただきます」

 

「・・・・・・・・・・・・カ、カリス・・・・・・き・・・・・・きさ・・・・・・ま・・・・・・・・・・・・」

 

 

 胸を押さえながら、憤怒の表情でカリスを睨みながらセルドレイは力なく崩折れた。

 

 

「さて──」

 

 

 カリスは命を落としたセルドレイに神器(セイクリッド・ギア)の力を解放した。

 

 



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Life.16 夜刀神 蓮火

 

 

「・・・・・・なんだ?」

 

 レンが目の前の光景に訝しんでいると、見えない何かが先端から徐々に姿を現し始めた。

 

 それは一本の剣だった。

 

 剣の姿が完全に現れると、次に持ち主の姿が現れ始めた。

 

 剣の持ち主は黄緑色で特徴的な髪型をした若い男性だった。前髪がほぼ両目を隠すほどまで長く、レンが倒したはぐれハンターたちと同じような格好をしていた。

 

 

「シシシ」

 

 

 男の姿が完全に現れると、男は独特な笑い声をあげてはぐれハンターを貫いている剣を抜いた。

 

 剣を抜かれたはぐれハンターはそのまま崩折れた。

 

 レンははぐれハンターには目をくれず、男の持つ剣に視線を向けていた。

 

 シンプルな形状をしており、鍔と刀身の間が細長い形状の装飾に施されていた。何より特徴的だったのが、剣から発せられる波動。はぐれハンターたちが持っていた聖剣と似ていながら圧倒的に強い波動を放っていた。

 

 

「確か、エクスカリバーの中に透明化の能力を持ったやつがあるって聞いたことあったな。そいつはそれか」

 

 

 レンの言うとおり、男の持つ剣こそが、教会がコカビエルに奪われた聖剣エクスカリバーのひと振り、透明化の能力を持った『透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)』だった。

 

 レンはエクスカリバーを持った男のほうに視線を移す。

 

 

「おまえ確か──元Cランクの名前は・・・・・・シャルトだったか?」

 

 

 レンは男の容姿を見て、以前資料で見かけたことがあったことを思い出す。

 

 男の名前はシャルト。元Cランクのはぐれハンター。はぐれになった原因は他ハンターを殺して手柄を奪った罪であった。

 

 

「シシシ。俺もおまえのことを知ってるぜ。Aランクハンター、『風の剣帝』こと夜刀神竜胆(りんどう)の弟、Bランクの『閃刃(せんじん)』の夜刀神蓮火。さっきの見てたけど、異名に違わねぇ速さだったぜ」

 

「そりゃどうも」

 

 

 レンはシャルトが殺したはぐれハンターのほうに視線を移して訊く。

 

 

「なんで殺したんだ? 一応、俺は生かすつもりだったんだがな」

 

「でもギルドにつき出すつもりだったんだろ? だったらどうせ、殺処分になってたんだから、変わりねえだろ」

 

「・・・・・・そうかもしんねぇけどよ」

 

「ま、こんな奴のことは放っておいて、俺と遊ぼうぜ」

 

 

 そう言うと、シャルトの体が消え始めた。

 

 

「一応、おまえは俺より上のランクだからな。これくらいのハンデはつけさせてもらうぜ。ゲームはフェアプレイが大事だからな」

 

 

 完全に姿を消したシャルトに、レンは焦ることなく鞘を手に構える。

 

 

「──ッ!」

 

 

 ガキィィィン!

 

 

 レンは振り向きざまに放った居合いで何かを弾いた。

 

 

「おっととと!」

 

 

 透明化して背後からレンに斬りかかろうとしていたシャルトはエクスカリバーを弾かれた勢いでバランスを崩さないように後ずさったあと、透明化を解除して姿を現す。

 

 

「ちぇっ、やっぱBランクなだけあって、姿が見えなくても気配とか殺気でバレるか。せっかくエクスカリバーっていうレア武器手にいれたから、こいつでおまえのことを斬って見たかったけど、剣じゃおまえに勝てねぇか」

 

 

 シャルトはそう言うと、一目散にこの場から逃げだした。

 

 

「チッ!」

 

 

 レンはすぐさまシャルトを追う。

 

 

「・・・・・・また消えたか」

 

 

 シャルトを追って廃工場を出たレンだったが、透明化で姿を消されてシャルトを見失ってしまった。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 突如、レン目掛けて黄色に光り輝く物体が飛来してきた。

 

 レンは即座に飛来してきた物体を居合いで弾いた。

 

 

「・・・・・・ちょっとめんどうだな」

 

 

 自分が陥った状況にレンは軽く舌打ちをした。

 

 

-○●○-

 

 

「シシシ」

 

 

 レンから三百メートル以上も離れた場所でシャルトが端末の映像を見ながら独特の笑い声をあげていた。

 

 その端末にはシャルトが飛ばしているドローンから送られてくるレンの姿を俯瞰した映像が映っていた。

 

 そして、シャルトの手には黄色に光り輝く弓矢が握られていた。

 

 光攻撃系神器(セイクリッド・ギア)、『黄光矢(スターリング・イエロー)』──シャルトの持つ黄色の光の矢を放つ神器(セイクリッド・ギア)

 

 シャルトはこのドローンの映像で相手の位置を確認しながら光の矢で安全なところから相手をいたぶりながらじわじわと攻めたてて倒すスタイルを得意としていた。その姿から周りのハンターは彼をハンターではなくあえて『狩人』と呼んでいた。

 

 

「さーて、今日もハンティングゲームの始まりだ」

 

 

 命の取り合いをゲーム感覚で楽しむシャルトは上空に向けて光の矢を射った。

 

 放たれた光の矢は空中で軌道を変えた。『黄光矢(スターリング・イエロー)』の光の矢はこのように軌道変更が可能で、同じ場所にいながら様々な方向から相手を狙撃できる神器(セイクリッド・ギア)だった。

 

 軌道が変わった光の矢は建物の間を縫ってレン目掛けて飛翔する。

 

 レンは即座に反応して光の矢を弾いた。

 

 

「シシシ。じゃあ、次は三本だ」

 

 

 シャルトは光の矢を三本つがえ、同時に射ってそれぞれ別の方向に軌道変更してレンを攻撃する。

 

 だが、レンはそれにも反応して対処した。

 

 

「シシシ、さすがだな。だけど、いつまでもつかな」

 

 

 その後もシャルトは連続で光の矢を射っていく。

 

 軌道変更によって自分の位置はバレることはない。こちらから一方的に攻撃できる。いずれ、集中力に限界が来て終わる。こっちはただ矢を射っていくだけの簡単なゲーム。そんな優越感に浸りながらシャルトはひたすら光の矢をレンに射ちこんでいく。

 

 

「・・・・・・おいおい、マジかよ」

 

 

 だが、シャルトが射った矢が百発に到達しそうなところでシャルトは表情を歪ませた。

 

 シャルトが射った光の矢をレンは悉く弾くか躱していた。

 

 しかも、その集中力は衰えるどころか、疲弊の色さえまったく見せていなかった。

 

 逆にシャルトのほうが光の矢の連発と軌道変更のための集中力で疲弊していた。

 

 

「あーあ、つまんねー。もう飽きたぜ」

 

 

 シャルトはうんざりした様子で愚痴る。

 

 シャルトはもともと堪え性がなく、非常に短気だった。

 

 はぐれになった原因のハンター殺しも、些細なことによる癇癪によるものだった。

 

 

「ちょうどいいや。新技の実験体になってもらうぜ」

 

 

 そう言うと、シャルトは透明のエクスカリバーの能力で姿を消して建物の屋根に昇る。

 

 望遠の魔術でレンを捉えながら一本の光の矢を弓につがえる。その矢もエクスカリバーの力で透明化していた。

 

 

「シシシ。とっておきの最速の矢だ。しかも、透明化のおまけつき。これで終わりだぜ」

 

 

 これで終わりという確信を持って、シャルトは光の矢を射った。

 

 放たれた光の矢は超高速で飛翔し、レンへと迫る。

 

 

「は?」

 

 

 だが、シャルトの口から出たのは勝利の歓声ではなく、素っ頓狂な声だった。

 

 なぜなら、シャルトが放ったほぼ不可避と思われた矢の一撃をレンはただ身をそらすだけで躱してしまったからだ。

 

 そして、レンは望遠の魔術越しにシャルトのほうを真っ直ぐ見ると、不敵な笑みを浮かべて口を動かした。

 

 

 ──そこか。

 

 

 そう言われた気がしたシャルトは心臓を鷲掴みされたような感覚に陥っていた。

 

 そして、レンはナイフを取り出し、上空に向けて投擲した。

 

 

「な、何を──まさか!?」

 

 

 シャルトは慌てて、ドローンからの映像が送られてくる端末を見る。しかし、端末に映っていたのは、映像が途切れた画面だった。

 

 レンが投擲したナイフによってドローンが撃墜されたのだ。

 

 

「う、嘘だろ!?」

 

 

 シャルトはもう一度、望遠の魔術でレンのほうを見る。

 

 レンはすでにシャルト目掛けて疾走していた。

 

 

「ひっ!?」

 

 

 シャルトは初めてレンに対して恐怖感を覚え、一目散にその場から逃げだした。

 

 

「ちくしょうちくしょう!? 何がどうなってやがる!? なんでバレた!? どうやって俺を見つけた!?」

 

 

 シャルトはわけもわからず、ただひたすらレンから離れようと全力で走る。

 

 距離はあった。いまは透明化もしている。追いつけるわけがない。そう思い込んで走っていたシャルトの頭上を何かが飛び越え、シャルトの前に降り立った。

 

 

「──よう」

 

「ひぃっ!?」

 

 

 シャルトの前に降り立ったレンが呼びかけると、シャルトは情けない悲鳴をあげる。

 

 

「ど、どうやって俺を見つけた!? それ以前に、どうやってあの矢を避けやがった!?」

 

()()()

 

 

 シャルトの問いかけに、レンは自身の耳を指差しながら言った。

 

 

「俺も神器(セイクリッド・ギア)持ちでな。『龍の耳(サウンド・レシーバー)』。ま、聴覚を高めるだけのありふれたもんだよ。でも、この高められた聴覚は結構いろいろ聞こえるんだぜ。たとえば、矢が空気を裂く音とかな」

 

「──ッ!?」

 

「気づいたか」

 

 

 矢が空気を裂く音、それを捉えたことで、姿を消していようとレンはシャルトの最後の矢を避けることができた。同時に、その音は矢が飛んできた方角、つまり、その方角の先にあるシャルトの狙撃地点もわかったというわけだった。

 

 

「だ、だが、そいつでわかるのは方角だけだろうが!? あのあと、俺はすぐに移動して──」

 

「だからこそさ」

 

「何!?」

 

「俺の『龍の耳(サウンド・レシーバー)』が音を正確に聞き取れる範囲(レンジ)は約半径一キロだ。ま、距離が遠くなるほど神経使うから、普段は三百メートルくらいだけどな」

 

 レンが口にした数値にシャルトは唖然としていた。

 

 

「方角がわかれば、あとはその方角に意識を集中して、場所がバレて移動しようとするおまえの音を聞き取ればいいだけだ。この時間帯だから、あっさり見つけられたぜ」

 

 

 レンから逃げようとしていたシャルトだったが、実際は自分の居場所をレンに教えていたも同然だった。

 

 

「ちなみにおまえが最後の矢を射たなかったとしても、徐々に範囲を広げていた聴覚に結局捕まってたぜ」

 

 

 それを聞き、自分が狩人、レンが獲物で徐々に追い込んでいたと思っていたシャルトは、実際は自分のほうが獲物で追い込まれていた事実を認識した。

 

 

「・・・・・・チートじゃねぇかよ、それ・・・・・・」

 

「これでもガキの頃は苦労したんだぜ。雑音がうるさくてうるさくて、夜もまともに寝られなかったからな。この音を完全遮断するヘッドホンが手放せなかったからな」

 

 

 レンは首にかけているヘッドホンを指でトントンとつつきながら言う。

 

 

「ま、もうコントロールできるから必要ないんだけど、なんか首にかけてないと落ち着かなくてな。さてと──」

 

 

 レンは鞘を手にゆっくりとシャルトに歩み寄る。

 

 

「ま、待てよ!」

 

 

 それを見てシャルトは両手を前に突き出してレンを制止する。

 

 

「な、なあ、取引しねぇか?」

 

「・・・・・・取引?」

 

「あ、ああ! 俺を()()()()()()()()にしてくれるようにおまえの兄貴に頼んでくれねぇか!」

 

 

 保護観察ハンター──保護観察の賞金首バージョンとも言うべき制度。賞金首、はぐれハンターの中でも、やむを得ない事情などがあり、丈領酌量の余地がある対象に対して、一時的に討伐対象から外され、Aランクハンターの監視下で賞金稼ぎ(バウティーハンター)稼業に勤しむ制度だ。稼ぎの九割が損害賠償として費やすことになっている。そして、犯した罪に値するだけの賠償が支払われた場合に賞金首認定が解除される。

 

 

「・・・・・・おまえに丈領酌量の余地があるとは思えねぇけどな」

 

 

 シャルトの罪はハンター殺しに始まり、多数の罪のない一般人を手にかけたことだった。やむを得ない事情があったわけでもなく、ただの快楽殺人だった。レンの言う通り、丈領酌量の余地などなかった。

 

 

「だから取引だよ。俺にはやむを得ない事情があって、丈領酌量の余地があったってでっち上げてほしいんだよ」

 

「んなことして、俺たちになんのメリットがあるんだ?」

 

 

 監視役のハンターには報酬が支払われることになってはいるが、監視対象が問題を起こした場合、監視不行きとして相応のペナルティが課せられる。最悪、ライセンス剥奪となることがあった。だからなのか、監視役を引き受けるハンターは少なく、引き受けるようなハンターは物好きしかいなかった。

 

 ましてや、シャルトが言ったような不正をしてバレようものなら、はぐれ認定される。

 

 

「まず、俺の知ってる情報は洗いざらいおまえたちに話す。それをギルドに売れば結構な金になるぜ!」

 

「で?」

 

「保護観察ハンター時の俺の残った稼ぎをおまえにやるし、賞金首認定が解除されたあとでも稼ぎのほとんどをやるよ」

 

「話になんねぇな。デメリットと釣り合わねぇ」

 

 

 レンの言葉に、シャルトはむしろ笑みを浮かべていた。

 

 メリットがデメリットを上まればいいのだと思ったのだ。

 

 

「安心しろよ。俺が所属してる組織『CBR』がいろいろやってくれるからよ」

 

 

 『CBR』──シャルトを初め、カリスや先程レンが戦ったはぐれハンターたちが所属している闇の組織。シャルトに殺されたはぐれハンターが口にしようとしていた組織の名前だった。

 

 

「へぇ、そいつはおもしろいことを聞いたな」

 

「だろ! 小耳に挟んだことなんだが、組織のボスが結構いろんなところと繋がりあるらしいんだ。聞いて驚け。なんと、一部のギルドや政府とさえ繋がりがあるらしいぜ」

 

「何?」

 

「そのコネを使って、はぐれの情報を掴ませないようにしたり、本来ははぐれに認定されるハンターの罪を揉み消したりな」

 

「──っ!?」

 

 

 シャルトの言葉に驚愕するレン。

 

 

「さっき言った取引も結構やってる奴いるらしいぜ。そのボスがいい感じに誤魔化してくれるらしいからな」

 

「なるほどね」

 

「最近はぐれが多いだろ? 皆、そのボスの恩恵にあやかろうとしてるのさ。なんせ、そっちのほうが、好き勝手やって金が手に入るわけだからな。しょせん、ハンターは金がすべてな連中ばかりだからな」

 

 

 レンは少しの間思案したあと、シャルトに訊く。

 

 

「そのボスの名前はわかるのか?」

 

「いんや、知らね。でも、異名は知ってるぜ。おまえも知ってる名だぜ」

 

「まさか!?」

 

「ああ、あの『災禍の凶王(カラミティ・キング)』だぜ」

 

「──ッ!?」

 

 

 その名を聞き、レンはここに来て初めて大きな驚愕をあらわにした。

 

 『災禍の凶王(カラミティ・キング)』──表の世界でも裏の世界でも知られている裏社会でさまざまな悪事に手を染めている謎の人物の異名であった。その悪事の幅は広く、中には、テロ行為、紛争への支援などもあった。

 

 にもかかわらず、その異名以外はまったく尻尾を掴ませない人物だった。

 

 

「なるほどねー」

 

「な、悪い話じゃないだろ? 俺は命が助かるし、おまえたち兄弟も懐が温まるしで、一石二鳥だ──」

 

「知ってそうな情報はそんくらいか」

 

「──へ?」

 

 

 シャルトの言葉を遮り、レンは居合いの構えをとる。

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ!? 話が違うだろ!?」

 

「何言ってるんだ。俺は了承した覚えはないぜ」

 

「だ、だって、どう考えてもメリットのほうが多いし、デメリットだって、ほとんどないに等しいだろ!? 断る理由なんて・・・・・・」

 

「メリットデメリットは関係ねえよ。はなっから話を聞くつもりはないんだからな」

 

 

 レンは初めからシャルトから情報を引き出すことしか考えていなかった。

 

 おもわせぶりな反応したのは、そうすれば、いろいろ話すと思ったからだった。

 

 結果、シャルトはレンの狙いどおりどころかそれ以上の情報をペラペラと話してしまった。

 

 

「ま、待てよ!? おまえもハンターなんだから、金がほしいだろ!?」

 

「勘違いすんなよ。俺がハンターになったのは金のためじゃねぇ」

 

「じゃ、じゃあ、なんだよ!?」

 

「てめぇみてぇなクズ野郎どもを斬るためだよ」

 

 

 レンはシャルトに対する最大級の嫌悪感をあらわにして言う。

 

 

「てめぇが殺した奴の中に子供がいたよな? しかも、遺体からは痛めつけられ、なぶられた痕跡があった。なんでんなことした?」

 

「・・・・・・そ、それは・・・・・・」

 

 

 言い淀むシャルトにレンが言う。

 

 

「おもしろかったからだろ? てめぇみてぇなクズ野郎どもは皆そうだ。おもしろ半分で子供を殺す。そういうクソ野郎は例外なく斬る! 俺たち兄弟の暗黙の了解だ」

 

 

 レンの言葉を聞き、シャルトは必死に命乞いを始める。

 

 

「わ、悪かったよ! 反省してる! だから殺さないでくれ!?」

 

 

 シャルトの命乞いにレンは冷めた視線を向けて言う。

 

 

「──おまえが殺したヒトたちや子供たちだって同じ気持ちだったんだぞ。それをおまえはどうした?」

 

「は、はは・・・・・・うおあああああああああっ!」

 

 

 シャルトは絶叫をあげ、光の弓を出すと、先端が無数に枝分かれした光の矢をつがえた。

 

 

「くたばれぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 

 シャルトが矢を射つと、光の矢は無数の矢になってレンに向かって飛翔した。

 

 

 バヂヂヂヂヂヂヂ!

 

 

 だが、レンの体から紅い雷が放電され、光の弓をすべて薙ぎ払った。

 

 

「なっ!? う、うあああああああああああっ!」

 

 

 シャルトはレンが放った紅い雷に驚愕し、背中を見せて一目散に逃げだした。

 

 

「一の型──疾風」

 

 

 レンが居合いの構えで飛びだすと、シャルトに一瞬で追いつき、そのまますれ違いざまに放たれた神速の居合いがシャルトの首を両断した。

 

 



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Life.17 堕天使の目的

 

 

「さて、結構思わぬ情報が手に入ったな。『CBR』、か。なんかの略なんだろうけど、いまの段階じゃ、検討もつかねぇな」

 

 

 レンは顎に手を当てながらシャルトから聞き出した情報の整理を行っていた。

 

 

「──にしても、『災禍の凶王(カラミティ・キング)』が関わってるとはな・・・・・・。冬夜さんが今回の件に絡んでるかもしれないって予想たててたけど、ビンゴだったとはな。こうなってくると、カリス・パトゥーリア討伐はヘタすると()()()()案件かもな・・・・・・。()()()()()()()()か──。こりゃ、槐が関わるにはキツいな。渋るだろうけど、あいつは下がらせるか」

 

 

 今回の件が槐には荷が重い案件と判断したレンは槐にそのことを伝えようとスマホを取り出す。

 

 

「・・・・・・案の定、通信妨害されてるか・・・・・・」

 

 

 だが、通信妨害をされていたために槐たちと連絡が取れなかった。

 

 

「しゃあねぇ。ひとまず、樹里さんのところに行ってから探しに行くか。もしかしたら、向こうも樹里さんところに行ってるかも知れねぇしな」

 

 

 レンはひとまず、シャルトから得た情報を樹里に伝えに行くことにした。

 

 

「このエクスカリバーも樹里さんに預けとくか」

 

 

 レンはシャルトが持っていたエクスカリバーを手に取ろうと近寄る。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 レンは高められた聴覚で何かを捉え、その場から勢いよく後方に飛んだ。

 

 同時にレンがいた場所に数本の光の槍が突き刺さった。

 

 レンが視線をあげると、上空に一人の堕天使がいた。

 

 黒いトレンチコートのようなものを着用した長身でウェーブかかった金髪の男だった。何よりレンの目についたのは、その背中に生えた()()()()()()()だった。

 

 

「──翼が八枚とはな」

 

 

 少なく見積もっても、上級堕天使上位クラス。

 

 めんどうな相手が出てきたなと、はぐれハンターたちやシャルトのときとは違い、レンは警戒心最大で身構える。

 

 

「お初にお目にかかります。私はコカビエルさまの右腕を務めておりまする、ジブラエルと申します」

 

 

 丁寧にお辞儀をして挨拶するジブラエル。

 

 

「これはご丁寧に。俺も一応名乗っておくぜ。夜刀神蓮火だ」

 

「ええ、『閃刃』殿のお噂はかねがね」

 

「そりゃどうも」

 

 

 互いに挨拶を終えると、ジブラエルは地面に降り立ち、シャルトが持っていたエクスカリバーを回収した。

 

 

「ちょうどよかったぜ。期待しないで訊くが、おまえら堕天使の目的はなんだ? なんでそんなにエクスカリバーにこだわる?」

 

 

 レンは警戒しながら答えを期待せずとも、ジブラエルに堕天使が今回の騒動を起こした目的を訊いた。

 

 

「そうですね・・・・・・別に隠すほどでもないですかね。いいでしょう、お教えしますよ。この騒動はコカビエルさまの独断で起こされたものであり、グリゴリは一切関与していません」

 

 

 思いのほかあっさりと答えてくれたジブラエルに怪訝そうにしながらも、レンはさらに訊く。

 

 

「なんだってんなことしてんだ? 下手すれば、かつての大戦が再開するぜ? グリゴリは一応、非戦の構えなんだろ?」

 

「むしろ、願ったりかなったりですよ。かつての大戦の再開、それこそがコカビエルさまの、ひいては我々の目的なのですから」

 

 

 ジブラエルたちの目的を聞き、レンは内心で嘆息する。

 

 

「・・・・・・そこも冬夜さんの推測どおりかよ。なんで戦争なんて起こすかねぇ。割りを食うのは巻き込まれる無関係な奴らだってのに」

 

 

 レンはかつて、紛争地帯に赴いたことがあり、その経験からジブラエルたちの目的に内心憤慨する。

 

 

「あなたの言うとおり、先の大戦後、グリゴリはもう戦争は起こさないと非戦の構えを取りました。コカビエルさまにはその方針が大層気に入らないのですよ。あの方は酷い戦争狂でいらっしゃいますからね。たとえ自分一人でもあの戦いの続きをすると、今回の騒動を引き起こしたのですよ」

 

 

 最悪だった。御大層な大義も、目的もなく、ただただ自らの欲求を満たすためだけに戦争を起こす。レンにとっては最悪の部類だった。

 

 

「あんたはどうなんだ? 自分の意思なんて関係なく、ただただ、上司に従ってるだけか?」

 

 

 レンはジブラエルの真意を訊き出そうとする。

 

 

「まさか。私も自らの意思でこの騒動に関わっています。私とて、いまのグリゴリには思うところがありますからね。確かに、先の大戦で、多くの同胞が亡くなりました。これ以上、戦争を続けるのは種の存続に関わるかもしれません。だが、だからこそ我々は勝たねばならなかったのです! でなければ、死んでいった同胞たちの死が無駄死になってしまいます・・・・・・。同胞たちも、こんな中途半端な結果のために命を散らしたわけではないはずですから・・・・・・」

 

 

 悲痛な面持ちで話すジブラエル。

 

 

「・・・・・・嘘は言ってねぇみたいだな」

 

 

 レンの高められた聴覚は、相手の体内から発せられる音から嘘を見抜くことができた。

 

 ジブラエルは大勢の同胞たちの死を本気で嘆いており、その死に報いるためにも、大戦を再開させ、堕天使が勝利を手にしなければと考えていた。

 

 

「けど、はっきり言って、無謀なんじゃねぇのか? 悪魔と天使が手を組んで、おまえたちを返り討ちにするかもだぜ。ヘタをすれば、そこにグリゴリの連中も加わるかもだぜ?」

 

「・・・・・・かもしれませんね。ですが、コカビエルさまはともかく、私はこの身が滅びてもかまわないのです。戦争さえ、起こってしまえば」

 

「本当に戦争が再開するとでも?」

 

「ええ」

 

 

 ジブラエルは確信を持って言う。

 

 

「停戦してると言っても、悪魔側にも神側にもこの状況に不満を持っている者は多いでしょう。その不満をどうにか抑えつけることでギリギリで均衡を保っているのが現状です。少しでも火種を投入すれば、あっさりとこの均衡は崩れ、戦争が再開されることでしょう」

 

 

 教会の切り札であるエクスカリバーを奪い、悪魔が管理するここ駒王町に潜伏して問題を起こしているのは、悪魔側と神側の抑えつけられている不満を刺激するための両勢力に対する挑発行為だったのだ。

 

 ギリギリで均衡を保っているいまの停戦状態はその程度の挑発でも崩れてしまいかねないほど脆い状態であった。

 

 

「グリゴリも、戦争が再開してしまえば、腹を括らざるを得ないでしょう」

 

 

 コカビエルはともかく、ジブラエルの目的は停戦状態の脆い均衡を崩せる火種を作ることで大戦を再開させ、堕天使側が勝利することで死んでいった者たちに報いること。その代償として自分の身が滅ぼうと、ジブラエルに悔いはなかった。

 

 

「・・・・・・仮に戦争が再開したとして、グリゴリに勝算なんてあるのか?」

 

「ええ、もちろん。グリゴリには他の二勢力にはない膨大な知識と技術力があります。ゆえに、他の二勢力に比べて圧倒的に数が少ない我々は彼らに拮抗できたのです。戦争が再開したとしても、必ず勝利を手にするでしょう」

 

「・・・・・・ありがた迷惑な信頼だな」

 

 

 レンは少しグリゴリに対して同情して嘆息する。

 

 ・・・・・・にしても、まさか、そこまで冬夜さん推測どおりとはな。

 

 明日夏たちの兄、士騎冬夜は今回の騒動に対する推測をレンに伝えていた。そして、そのほとんどが推測どおりだった。

 

 冬夜の持つ先見の明にレンは内心で苦笑しながら呆れに似た思いを抱いていた。

 

 

「さて、問答はこのへんでよいでしょう。あなたには彼女たちの相手をしていただきますよ」

 

 

 ジブラエルが指を鳴らすと、ジブラエルの背後に魔方陣が出現し、一人の女性堕天使と男性堕天使が数人現れた。

 

 女性堕天使は胸元が大きく開いたボディスーツを着ており、ウェーブがかかった朱髪をした女性で翼が六枚もあった。女性堕天使が引き連れている堕天使たちも四枚の翼を持っていた。

 

 

「彼女たちは少々血の気が多い者たちでして、早く暴れたくて暴れたくて仕方がないようなのです」

 

 

 ジブラエルの言葉どおり、現れた堕天使たちは皆、闘争心をむき出しにしていた。

 

 

「では、アズリール。私はエクスカリバーを回収します。暴れるのもほどほどにですよ。それから、くれぐれも油断して足下をすくわれないように」

 

「はい、ジブラエルさま」

 

 

 ジブラエルは堕天使たちを残し、エクスカリバーを持ってこの場から転移で去っていった。

 

 

「さてと」

 

 

 アズリールと呼ばれた女堕天使が品定めするようにレンをまじまじと見始める。

 

 レンはアズリールの視線に嫌悪感を覚え、不快感をあらわにする。

 

 それを見て、アズリールは嗜虐的な笑みを浮かべて言う。

 

 

「ねえ、あなた。私の奴隷(もの)にならないかしら? そうしたら、殺さないでかわいがってあげるわよ」

 

 

 予想どおりの言葉を言われ、レンは不敵に笑みを浮かべて返す。

 

 

「お断りだね。第一、俺の好みは年下だし、あんたみたいな性格の女は願い下げだ」

 

 

 レンの回答にアズリールはさらに笑みを浮かべる。

 

 

「いいわぁ。そういう反抗的な反応。屈服させがいがあるわぁ。あなたたち──」

 

 

 アズリールが呼ぶと、アズリールの背後にいた堕天使たちがアズリールの前に躍り出る。

 

 

「殺さない程度に痛めつけてあげなさい」

 

 

 アズリールの指示を受け、堕天使たちは手に光力を発生させ始める。

 

 

「この子たちは私の奴隷(ペット)の中でも選りすぐりよ。いますぐ私に傅いて私の奴隷(もの)になるって言えば、苦しい思いをしなくて済むわよ」

 

 

 レンは舌を出し、アズリールを小バカにするように言う。

 

 

「やだね、このドSビッチ」

 

「あっそう。じゃあ、この子たちに痛めつけられて、情けなく跪いて、這いずりなさい」

 

 

 その言葉を合図に堕天使たちが一斉にレンに襲いかかった。

 

 

-○●○-

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぐっ・・・・・・ぐぅぅ・・・・・・・・・・・・」

 

 

 カリスの操る死人たちの大爆発に吹き飛ばされた俺は体を起き上がらせようとしたが、体中に走る激痛で動くことさえままならなかった。

 

 

「・・・・・・・・・・・・クソっ・・・・・・あれからどれぐらい経った?」

 

 

 どうやら、しばらく意識を失っていたようだった。

 

 どうにかして首だけ動かしてあたりを見る。周りにあった木々は爆発によって跡形もなく吹き飛ばされており、おそらく爆発によってできたクレーターらしきところに俺は寝そべっていた。

 

 戦闘服もボロボロで、上着のコートに至ってはほとんど原形をとどめていなかった。

 

 ・・・・・・我ながらよく生きていたものだ。

 

 

「明日夏!」

 

 

 槐が俺を呼ぶ声が聞こえ、そちらに視線を向ければ、槐がこちらに向かって疾走してきていた。

 

 

「無事か、明日夏!?」

 

「・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・ああ・・・・・・なんとかな・・・・・・」

 

 

 槐の姿を見ると、爆発で吹き飛ばされたからなのか、制服の一部が破れており、土まみれだった。

 

 

「・・・・・・動けるか?」

 

「・・・・・・・・・・・・うぅ・・・・・・っっっっっ!?」

 

 

 槐に言われて動こうとしてみるが、途端に激痛が走って声にならない悲鳴をあげてしまった。

 

 

「少し待っていろ」

 

 

 槐はそう言うと、武装指輪(アームズリング)からコンパクトケースを取り出した。

 

 

「・・・・・・・・・・・・槐、他の皆は?」

 

「・・・・・・わからない。私もあの爆発に吹き飛ばされて気絶していたようでな」

 

 

 槐はケースから小型の注射器を取り出しながら答えた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・おまえが無事なら、生きてはいるはずだ」

 

 

 木場は足が速いし、ゼノヴィアたちも槐たちよりも速く離脱していたからな。

 

 

「そうだな」

 

 

 槐も同意しながら、俺に取り出した注射を打った。

 

 

「──ッ!」

 

 

 一瞬の激痛と体が痺れる感覚を感じたが、そのあとは体が楽になり、痛みも引いた。

 

 

「どうだ?」

 

「ああ、だいぶ楽になった」

 

 

 起き上がり、手を閉じたり開いたりを繰り返し、体を少し動かして見るが、体に痛みが走ることはなかった。

 

 槐がいま俺に打った薬剤は『ブーステッド・ドラッグ』といい、いわゆるドーピング薬だった。

 

 集中力や視力、神経の反射速度や反応速度を一時的に高めることで身体能力を向上させる作用がある。多くのハンターがよく利用している薬だ。何より、疲れや痛みを一時的に誤魔化せるところが一番注目されている。いまの俺みたいに激痛で満足に体を動かせないときに役立つ。

 

 ただ、この使い方はいろいろ危険があった。まず、誤魔化すだけであって、体力やダメージが回復するわけじゃないし、そんな状態の体を強化することによる肉体的負担もバカにならない。過去にそんな状態で戦闘を続行して再起不能になったハンターがいたぐらいだ。

 

 だからなのか、兄貴からはこの薬の使用は禁止されている。使うとしても、よほどの非常事態のとき限定だ。

 

 

「おまえはひとまず離脱しろ。木場祐斗のことは私に任せ──」

 

 

 槐から離脱の進言を受けていたときだった。

 

 俺たちの周囲が急に暗くなったのだ。

 

 俺と槐が慌てて視線を上げると──。

 

 

「「──ッ!?」」

 

 

 巨大な何かが上空から降ってきていた!

 

 俺と槐は慌ててその場から飛び退いた!

 

 

 ドォォォォォン!

 

 

 降ってきた巨大な何かが地面に激突して大きな地響きを鳴らした。

 

 

「な、なんだこいつは!?」

 

 

 俺は思わず叫ぶと、巨大な何かが立ち上がった。

 

 そいつは歪な皮膚をした体長十メートルはあった人型の巨人だった。

 

 

「「──ッ!?」」

 

 

 俺と槐は巨人の皮膚を見て、表情を強ばらせる。

 

 巨人の皮膚には人の顔面や手形なんかが浮かび上がっていたからだ。

 

 

「こいつもカリスの野郎の悪趣味な操り人形か!」

 

「らしいな!」

 

 

 おそらく、複数の死体を強引に合成して作られた存在なのだろう。あの皮膚はその名残ってわけだ。

 

 

「・・・・・・明日夏、おまえは逃げろ! 私が足止めする!」

 

「・・・・・・そうしたいところだが、そうもいかないようだ・・・・・・」

 

「──ッ!?」

 

 

 いつのまにか、俺たちの背後にはカリスの操る死人たちが陣取っていた。

 

 

「・・・・・・どうする?」

 

「・・・・・・くっ!」

 

 

 俺と槐は歯噛みしながら思案する。

 

 どうする!? この状況!?

 

 

「・・・・・・明日夏、辛いところ申し訳ないが、うしろの連中を任せていいか?」

 

「・・・・・・構わないが、勝算はあるのか?」

 

 

 俺が問いかけると、槐は不敵に笑みを浮かべた。

 

 

「・・・・・・フッ、『鬼刃』の使い手をなめるな」

 

「・・・・・・そうかよ。なら、そっちの木偶の坊は任せた! おまえの背中は任せろ!」

 

「ああ、頼むぞ!」

 

 

 俺と槐は背中を合わせ、それぞれの相手に向けて刀を構える!

 

 

「行くぞ!」

 

「鬼刃一刀流、夜刀神槐──参る!」

 

 

 俺たちはかけ声を出し、それぞれの相手に向けて同時に駆けだした!

 

 



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Life.18 『鬼刃』の使い手

 

 

「はぁぁぁッ!」

 

 

 俺はカリスの操り死人に一瞬で近づき、その胴体を両断する。

 

 続けざまに背後から斬りかかってきた死人の光の剣による斬擊を雷刃(ライトニングスラッシュ)の鞘で防ぎ、そのまま回し蹴りで吹っ飛ばした。

 

 ブーステッド・ドラッグのおかげで、肉体の疲れやダメージを気にせず、いつもよりも動けて戦えていた。

 

 ・・・・・・だが、それも薬の効果が続いているあいだだけだ。薬が切れれば、再び肉体の疲れとダメージが体を襲う。さらに、薬の副作用とそんな状態で戦っていた反動で今度こそ動けなくなる。

 

 薬の効き目に個人差はあるが、平均で十分はある。それまでにこいつらを倒す!

 

 幸い、こいつらの肉体が修復されることはなかったし、動きも単調だった。肉体が変異する気配もない。おそらく、近くにカリスがいないからだろう。こいつらはカリスが操作しているわけでなく、入力した命令に従って動いているだけなのだろう。

 

 それなら、薬が効いてる間になんとかなるだろう。

 

 死者たちを相手にしながら、槐のほうに視線を向ける。

 

 

「二の型──螺旋擊!」

 

 

 槐は体の捻りを加えた回転斬りで巨人の腕を斬り払っていた。

 

 だが、巨人の腕はすぐに修復されてしまった。

 

 クソッ、あっちはこいつらと違って、自動修復能力を持っているのか・・・・・・。おまけに、巨体ゆえに力は絶大だし、しかも、その巨体に似合わず、動きも速い。

 

 ・・・・・・動きが単調なのが幸いだが、それでも、槐一人じゃ厳しいかもしれなかった。

 

 早急にこいつらを倒して槐の援護をするしかない!

 

 

「はぁッ!」

 

 

 槐が巨人の拳による一撃を巨人の腕に飛び乗って避け、そのまま巨人の腕を足場に駆け上がっていく。

 

 

「八の型──獣爪擊!」

 

 

 巨人の肩まで駆け上がった槐はそのまま巨人の顔を三連続の斬擊で技の名前のとおり獣の爪に切り裂かれたかのような切り傷を残して斬り払った。

 

 だが、斬られた箇所は即座に修復されてしまった。

 

 

「・・・・・・・・・・・・ふぅぅぅ・・・・・・」

 

 

 苦い表情を浮かべた槐は一度深呼吸をして呼吸を整え始める。

 

 

「・・・・・・・・・・・・しぃぃぃぃぃ・・・・・・」

 

 

 槐は巨人を見据えながら正眼で構え、独特な呼吸音を発しながら呼吸を行い始めた。

 

 ──()()をやる気か・・・・・・。

 

 だが、それには、少し長い時間をかけて集中力を高める必要があった。

 

 あの巨人を相手にしながらのそれはかなり致命的な隙だった。槐もそれはわかっているはずだが、()()をやらないとあの巨人を倒しきれないということなのだろう。

 

 

 ガシッ!

 

 

「なっ、しまった!?」

 

 

 倒したと思っていた死者が突然起き上がり、俺の体を拘束されてしまった!

 

 

「クソッ!?」

 

 

 なんとか振りほどこうとするが、ガッシリと拘束されていて振りほどけなかった!

 

 そうこうしているうちに、何体かの死者たちが一斉に飛びかかってきた!

 

 やられる! そう思った瞬間、けたたましい銃声が響き、飛びかかってきた死者たちが撃ち抜かれた!

 

 

 ザッ!

 

 

 そして、俺の前に人影が舞い降り、手に持つ拳銃で俺を拘束していた死者たちを撃ち抜いた。

 

 銃撃に怯んだ隙に死者たちを振りほどき、雷刃(ライトニングスラッシュ)で斬り払った。

 

 そして、俺は突如乱入してきた人物のほうに視線を向ける。

 

 

「・・・・・・随分なざまだな?」

 

 

 そう挑発的に発するライニー。

 

 その背後では死者がライニーに飛びかかろうとしていた!

 

 

「やぁぁぁぁぁッ!」

 

 

 そこへ、ユウナが現れ、ライニーに飛びかかろうとしていた死者を斬り払った。

 

 

「大丈夫、士騎明日夏くん!」

 

「ああ、なんとかな。そっちも無事でなによりだ。木場にゼノヴィアとイリナは?」

 

「・・・・・・爆風に吹き飛ばされてはぐれちゃったの」

 

 

 確かに、二人を見ると、槐と同じような状態だった。

 

 

「たぶん、無事だとは思うけど・・・・・・」

 

 

 二人が無事なら、ユウナの言う通り生きてはいるだろう。

 

 

「・・・・・・二人とも、悪いがここは任せるぞ!」

 

「え、ちょっ!?」

 

「・・・・・・チッ」

 

 

 一刻を争うので、二人には悪いが、この場を強引に任せて、俺は槐のもとへ駆けだした!

 

 槐は集中力を高めながらも、巨人の攻撃をなんとか回避していた。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 俺はオーラの腕で巨人の拳を受け止め、巨人を押さえつける。

 

 

「明日夏!」

 

「俺が時間を稼ぐ! その間に!」

 

「──わかった」

 

 

 槐は頷くと、目を瞑ってより深く集中力を高め始めた。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 巨人が強引にオーラの腕を押し返そうとしてきた。

 

 このバカ力が・・・・・・!

 

 

「・・・・・・おとなしく・・・・・・してろぉぉぉっ!」

 

 

 俺はオーラの腕を引き、巨人の体勢を崩してやった!

 

 

「スカーレット──」

 

 

 オーラの腕を消し、右手にオーラを集約させる!

 

 

「フレイムゥゥゥッ!」

 

 

 前のめりに倒れてくる巨人めがけて、緋い龍擊(スカーレット・フレイム)を叩きこんだ!

 

 緋い龍擊(スカーレット・フレイム)をくらった部分を大きく抉られ、巨人が大きく怯んだ。

 

 

「ふッ!」

 

 

 さらに残りのバーストファングをすべて投擲し、爆発によって巨人が尻餅をついた。

 

 だが、抉られた箇所が即座に修復され、起き上がり始めた!

 

 

「クソッ!」

 

 

 その光景に思わず舌打ちをしてしまう。

 

 

slash(スラッシュ)!」

 

 

 巨人の攻撃に備え、刀身強化した雷刃(ライトニングスラッシュ)を構える。

 

 巨人が立ち上がり、拳を打ちこんできた!

 

 

「くっ!」

 

 

 拳を迎え撃とうと、雷刃(ライトニングスラッシュ)を強く握った瞬間──。

 

 

「──待たせたな・・・・・・」

 

 

 槐が俺の前に躍り出て、巨人の拳を迎え撃つ。

 

 

「二の型──螺旋擊!」

 

 

 体の捻りを加えた回転斬りが巨人の腕を難なく両断した!

 

 槐を見ると、瞳からハイライトが消えていた。だが、決して虚ろ目というわけではなく、巨人を鋭く見据えていた。

 

 間に合ったか!

 

 鬼刃一刀流──槐たちが扱う異形を斬るための剣術。その秘技──『錬域』。

 

 人間が異能の力に頼らず、剣の力のみで人間よりも圧倒的に強大な存在である異形に立ち向かうために生み出された極度の集中状態になることで至る境地、それが『錬域』だ。

 

 スポーツで起こる『ゾーン』に似た状態で、それを剣術を扱うことに特化させたものらしい。

 

 槐が言うには、この領域に至ると、視界から入る不必要な情報がカットされ、そのぶん、動体視力や洞察力が高まる。さらには反応速度や身体能力も上昇するみたいだ。

 

 槐は流れるような動作で霞の構えを取る。

 

 そんな槐に巨人が修復された拳を突き出した。

 

 

「──ッ!」

 

 

 槐はそれに合わせるように駆けだすと、巨人の拳を難なく両断した。

 

 だが、槐の攻撃はそれで終わらなかった。拳を両断した斬擊の勢いを衰えさせることなく、流れるように斬擊を繋げるように連続で放っていく。

 

 巨人の肉体は斬られると、即座に修復されていく。だが、槐の斬擊のほうがそれよりも速く、巨人の修復力が追いついていなかった。

 

 

「十の型──斬り嗣ぎ舞!」

 

 

 槐の連続の斬擊が巨人の肉体をどんどん斬り裂いていく。

 

 そして、とうとう巨人の足が両断され、巨人が自重に耐えられず前のめりに倒れこんだ。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 

 なおも槐の斬擊が続く。

 

 腕、胴体、首、顔と次々と槐の斬擊によって斬り裂かれていく。

 

 レンが言うには、普段の槐はCランク相当の実力だが、『錬域』に至ることでその実力はBランク相当になる。

 

 現にいまの槐の動きはさっきまでとは比べものにならなかった。

 

 そして、とうとう槐の斬擊が止まった。

 

 残ったのは肩で息をしている槐と修復が追いつかず、バラバラに斬り裂かれたさっきまで巨人だった肉塊だけであった。

 

 

「・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・くっ・・・・・・」

 

 

 肩で息をしていた槐が膝をついてしまった。

 

 

「槐!?」

 

 

 俺は慌てて槐のそばまで駆け寄る。

 

 

「・・・・・・大丈夫か、槐?」

 

「・・・・・・ああ、ただ疲れただけだ」

 

 

 『錬域』は確かに身体能力などを大きく高められるが、同時に負担と消耗も大きい。

 

 時間にして一分足らずだったはずだが、それでもこの消耗具合だ。

 

 

「・・・・・・まだまだ未熟だな」

 

 

 槐は悔しそうに歯噛みしていた。

 

 

「俺からしたら、十分スゴいんだがな・・・・・・」

 

「・・・・・・鬼刃の使い手からしたら、全然未熟だ。『錬域』は本来なら鬼刃一刀流の()()なのだからな」

 

 

 あれが基本とはな・・・・・・。

 

 槐は『錬域』に入るために少し長い時間をかけて集中する必要があるんだが、本来は自由にその領域に入れ、()()()()()()()()()()()のが基本らしい。

 

 実際、レンはそれができるんだからな・・・・・・。

 

 

-○●○-

 

 

 レンが向かった先である廃工場内、そこでは五人の堕天使たちが険しい表情を浮かべていた。

 

 

「ど、どうなってやがるんだよ!?」

 

「あいつは人間のはずだろ!?」

 

神器(セイクリッド・ギア)だって大したことないもんなんだぞ!?」

 

 

 堕天使たちの視線の先にはレンが不敵な笑みを浮かべていた。

 

 そして、その瞳からはハイライトが消えており、その様子から『錬域』に入っていた。

 

 『錬域』状態のレンの戦闘力はずば抜けており、すでに五人の堕天使たち以外の堕天使はレンによって斬り伏せられていた。

 

 そんなレンに対して、堕天使たちは戦慄していた。

 

 

「ク、クソッ!」

 

 

 堕天使たちは一斉に光の槍を投擲する。

 

 

「一の型──疾風」

 

 

 レンはその場から目にもとまらない速さで駆けだして光の槍を避けると、廃工場内を縦横無尽に駆け回る。

 

 『疾風』は高速の踏み込みで相手に一瞬で接近して斬りこむ剣技であり、同時に高速で移動する歩法。連続で使用することで、長距離を短時間で走破したり、レンのように高速で移動して相手を撹乱することもできた。

 

 そのあまりの速さに堕天使たちはレンの姿を目で追えていなかった。

 

 

「五の型──天翔脚!」

 

 

 レンは高速移動しながら飛び上がり、堕天使の一人の首をすれ違いざまに斬り払った。

 

 さらにレンは壁や天井を足場に連続で『天翔脚』を繰り返すことで三次元的に縦横無尽に駆け回る。

 

 

「九の型──双龍擊!」

 

 

 ほぼ同時に放たれた二つの斬擊がさらに堕天使二人を斬り払った。

 

 残った堕天使二人は即座に地上に降りると、壁際まで移動すると、壁を背にしてレンを迎え撃つ姿勢を見せる。

 

 一見、退路を自ら絶ったように見える堕天使の行動だが、堕天使の狙いは、レンの動く範囲を狭めることだった。

 

 実際、レンは堕天使を斬るためには真っ正面から接近するしかなかった。

 

 だが、レンは構わず、堕天使二人の思惑に乗って『疾風』で接近しようとする。

 

 来る方向がわかっていたためにレンの動きをどうにか追えていた堕天使がレンの動きを見切って光の槍を振るった。

 

 

「なっ!?」

 

 

 レンは光の槍を足場にして飛ぶことで光の槍を躱した。

 

 

「六の型──飛燕兜割り!」

 

 

 そのまま落下の勢いを乗せた唐竹割りが堕天使を両断した。

 

 

「もらった!」

 

 

 レンが着地をした隙をついて最後の堕天使が光の槍を振るった。

 

 

「何っ!?」

 

 

 だが、堕天使の光の槍はレンの体をすり抜けて空振ってしまった。

 

 

「七の型──陽炎」

 

 

 堕天使が斬り払ったのはレンが極限の緩急で生み出した残像であり、本物のレンは姿勢を低くして光の槍を躱していた。

 

 

「三の型──」

 

 

 低くした体勢のまま、レンは刀を持った腕を引いた。

 

 

「雫一穿!」

 

 

 打ち出すよう放たれた神速の突きが堕天使の頭部を貫いた。

 

 レンは堕天使から刀を抜き、刀に付いた血を払うと、刀を鞘に収める。

 

 

 パチパチパチパチ。

 

 

 廃工場内に拍手音が鳴り響いた。

 

 レンが拍手音がしたほうに姿勢を向けると、そこにはアズリールが足組みをして宙に浮いて拍手をしていた。

 

 

「やるやるぅ。選りすぐりのあの子たちをあっさり倒しちゃうんなんて」

 

 

 仲間たちを倒されたというのに、アズリールはむしろ、そのことに歓喜していた。

 

 そして、アズリールは堕天使たちの亡骸を一瞥すると、まるでゴミを見るような目になった。

 

 

「それにしても、つっかえないわねぇ」

 

「・・・・・・仲間だってのに、ずいぶんな言い草だな?」

 

「だって、私、弱い子なんて大っ嫌いだから。それに勘違いしないでほしいわね。この子たちは仲間じゃなく、私の奴隷よ。私の手足となって使い潰されるだけの存在でしかないのよ」

 

 

 アズリールの言葉に、レンは不敵な笑みをやめ、嫌悪感を露にする。

 

 

「ねえ、あなた。やっぱり、私の奴隷(もの)にならないかしら? 大丈夫よ。私、強い子は大好きだから。特別待遇でかわいがってあげるわよ」

 

 

 アズリールの誘いを受け、レンは嘆息して言う。

 

 

「さっき言ったはずだ。てめぇみてぇな女は願い下げだって」

 

「あっそう。じゃあ──」

 

 

 アズリールは足組みを解くと、手に光力でできた鞭を生みだした。

 

 

「生意気な子にはちょっとお仕置きしてあげるわよ!」

 

 

 そう言うと、アズリールは光の鞭をしならせ、レンに向けて振るった。

 

 レンは危なげなく光の鞭を避けると、その場から駆けだす。

 

 

「逃がさないわよ!」

 

 

 アズリールが再び鞭を振るうと、光の鞭が無数に枝分かれし、四方八方からレンに襲いかかる。

 

 

「チッ! 十の型──斬り嗣ぎ舞!」

 

 

 レンは『錬域』による身体能力と反射速度を最大限に駆使し、ほとんどの光の鞭を躱し、躱しきれない光の鞭を流れるような連続の斬擊ですべて斬り払った。

 

 

「あははははは! いつまで持つかしら!」

 

 

 アズリールが光の鞭を振るうたび、光の鞭はさらに枝分かれを繰り返し、次第にその数は廃工場内を埋め尽くすほどになっていた。また、アズリールの光力は上級悪魔でさえも軽く屠れるほどであり、廃工場内のあらゆるものを抉っていた。

 

 

「──ッ!」

 

 

 とうとう、その膨大な数の光の鞭を捌ききれず、レンの肩、脇腹、足を掠る。

 

 

「ほらほら、言いなさい! 私の奴隷(もの)になるって!」

 

 

 アズリールの命令に対し、レンは不敵な笑みを浮かべて言う。

 

 

「死んでもごめんだね」

 

 

 レンの言葉を聞き、アズリールは笑みを消す。

 

 

「あっそう。じゃあ、死になさい」

 

 

 アズリールのその言葉と同時に、光の鞭がレンを包みこんだ。

 

 

「バカな子。私の奴隷(もの)になれば、死なずに済んだのに。あーあ、もったいな──」

 

 

 バッ!

 

 

「──え?」

 

 

 レンを包みこんだ無数の光の鞭が、内側から弾けるように斬り払われた。

 

 

「肆ノ型──烈風嵐刃(れっぷうらんじん)

 

 

 そこには、体を思いっきり前のめりにして刀を完全に振り切った体勢のレンがいた。

 

 それを見て、アズリールは驚愕の表情を浮かべる。

 

 

「あ、あなた、一体何をしたのよ!?」

 

 

 アズリールの問いかけに、レンは刀を鞘に収めると、不敵に笑みを浮かべて言う。

 

 

「──斬った」

 

 

 レンはアズリールのほうに振り向く。その際、レンの瞳から鋭く赤い眼光が尾を引くように残像を残していた。

 

 レンの瞳には、『錬域』状態に入ったことで消えていたはずハイライトが戻っており、逆により鋭い眼光となっていた。

 

 アズリールはその姿から静かで鋭いただならぬ威圧感を感じ、体を震えあがらせる。

 

 

「鬼刃一刀流・奥義──」

 

 

 レンは体を前のめりにした体勢で居合いの構えを取る。

 

 

「こ、この!」

 

 

 アズリールは何かをされる前にと、再び無数の光の鞭を作りだして、レンに向けて振るう。

 

 

「弐ノ型──雷切」

 

 

 光の鞭がレンを捉えようとした瞬間、レンの姿が掻き消え、光の鞭は空を斬った。

 

 

「き、消え──」

 

 

 次の瞬間、アズリールの首が音もなく一閃されていた。

 

 何が起こった!? と、あまりの速さのために、首を斬られてもまだ意識を残していたアズリールは必死に自分の身に起こったことを理解しようとしていた。

 

 

「ふぅぅ・・・・・・」

 

 

 宙にいたレンは刀を鞘に収めると、息を吐く。

 

 そして、そのまま落下すると、身を翻して床に着地した。

 

 

「あ、あなたは本当に人間なの!?」

 

 

 首だけの状態でアズリールは異形な者を見るような目でレンを見ながら叫んだ。

 

 

「ああ、人間だぜ。弱っちいながらも、おまえらみたいな奴を斬れるように努力したな」

 

 

 アズリールはレンの言葉を最後まで聞くことができず、その意識は闇の中へと消えていった。

 

 



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Life.19 血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)

また投稿に時間がかかってしまった・・・・・・。
待っていた方々、お待たせしました。
今後もこんな感じで不定期投稿になると思いますが、読んでいただけると幸いです。


 

 

「立てるか、槐?」

 

「ああ」

 

 

 膝をつく槐は差しのべた俺の手を取って立ち上がる。

 

 俺も槐もだいぶ消耗してしまったな・・・・・・。槐はさっきの戦いで疲弊、俺もいつブーステッド・ドラッグの効果が切れるかわからない。薬の効果が切れれば、俺は確実にダメージと反動で動けなくなるだろう。

 

 これは、一時退却もやむを得ないか。木場が心配だが、無事に生き延びてくれるのを祈るしかないか・・・・・・。

 

 

「・・・・・・ったく、敵を押しつけやがって・・・・・・」

 

 

 俺と槐のもとにライニーとユウナがやって来た。

 

 ライニーは見るからに不機嫌そうであった。

 

 どうやら、俺が押しつけてしまった奴らを倒してくれたようだな。

 

 

「・・・・・・非常時だったとはいえ、悪かったな」

 

「チッ」

 

 

 俺が謝罪の言葉を口にすると、ライニーは舌を鳴らしてそっぽを向いてしまう。

 

 

「うっ・・・・・・」

 

 

 突然、ユウナがうめき声をあげた。

 

 見ると、ユウナは脇腹のあたりを手で押さえており、手の隙間から血が漏れ出ていた!

 

 

「ケガをしたのか、ユウナ!?」

 

「・・・・・・ちょっと撃たれちゃってね」

 

 

 場所からして、内臓を貫通してる可能性があった。

 

 敵を押しつけた責任もあり、俺はユウナの手当てをしようと駆け寄ろうとする。

 

 

「必要ねえ。行くぞ、ユウナ」

 

 

 だが、そんな俺を淡々と制し、ライニーは構わずユウナを連れてどこかへ行こうとする。

 

 

「おい、どう見ても内臓を貫通してるぞ!」

 

「問題ない」

 

「ふざけるな!」

 

 

 明らかに重傷なユウナをどうとも思っていないような態度を示すライニーに詰め寄ろうとすると、ユウナがケガをおして俺を制止する。

 

 

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ。ライくんの言うとおり、問題ないから」

 

「おまえも何言ってるんだ!? どう見ても重傷──」

 

「だって──()()()()()()()()()()

 

「──は?」

 

 

 ユウナの言葉に困惑した俺は慌てて、ユウナの撃たれた箇所を見る。

 

 

「なっ!?」

 

 

 ユウナの傷を見て、俺は言葉を失う。

 

 ユウナの傷がすでに塞がりかけていたのだ。

 

 アーシアと同じ回復系の神器(セイクリッド・ギア)か?

 

 

「ユウナ、それは──っ!?」

 

 

 俺はユウナの顔を見て再び言葉を失う。

 

 

「おまえ・・・・・・その眼」

 

 

 ユウナの瞳が赤く染まり、発光していたからだ。

 

 

「そんなことよりも、自分の身を心配したらどうだ?」

 

 

 ユウナの瞳をまじまじと見ていると、唐突にライニーにそう言われた。

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

 同時に、体中を想像を絶する激痛と疲労感が襲い、俺はユウナのほうに倒れ込んでしまう。

 

 

「士騎明日夏くん!?」

 

 

 ユウナに支えられ、俺はその場に横たわらせられる。

 

 

「明日夏!?」

 

 

 槐も血相を変えて駆け寄ってくる。

 

 

「どういうからくりで誤魔化してたかは知らないが、それも限界のようだな」

 

 

 ライニーの言うとおり、ブーステッド・ドラッグの効果が切れたことで、誤魔化していた痛みと疲労が戻ったのだ。さらに、薬の副作用とそんな状態で無理をしたツケも回ってきていた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・クソッ・・・・・・」

 

 

 体を動かそうとするが、さらに激痛が酷くなり、まとも動かせなかった。体どころか、指一本も満足に動かせなかった。

 

 そんな俺を見下ろしながらライニーは言う。

 

 

「随分なザマだな」

 

 

 軽口のひとつでもつきたかったが、それすらもキツかった。

 

 

「チッ」

 

 

 ライニーは唐突に舌打ちをすると、暗闇に向けて拳銃を構えた。

 

 すると、暗闇からカリスの死人たち再び現れた!

 

 

「・・・・・・しつこい野郎だ」

 

 

 苦言を呈しながらライニーは死人たちを撃ち抜くが、死人たちは怯むだけで、構わず向かってくる。

 

 

「クソッ・・・・・・ぐぅっ・・・・・・!?」

 

 

 俺は慌てて起き上がろうとするが、相変わらず激痛で体が動かなかった。

 

 

「「──ッ!」」

 

 

 槐とユウナも刀を構えて、俺を庇うように前に出る。

 

 三人が死人たちを迎え撃とうと構えた瞬間──。

 

 

「「「「──ッ!?」」」」

 

 

 突然、死人たちが全員、何かによって撃ち抜かれた!

 撃ち抜かれ箇所では向こう側が見えるほどの穴が空いており、死人たちは皆、その場に倒れ伏した。

 

 

「──ッ! 誰だ!?」

 

 

 ライニーが何かが飛んできた方向に銃口を向けた。

 

 俺たちもそちらの方向を見る。

 

 

「せっかく助けてあげたのに、随分な対応だね」

 

 

 木の上にあの仮面を着けたローブの奴がいた。

 

 

「──おまえか・・・・・・」

 

「ヤッホー」

 

 

 俺の方を見て手を振る仮面の奴から銃口を離さず、ライニーが訊いてきた。

 

 

「・・・・・・知り合いか?」

 

「・・・・・・知り合いってほどの奴じゃねぇよ」

 

 

 俺の言葉に仮面の奴は不服そうな反応を見せる。

 

 

「酷いなぁ。キミの技の名付け親じゃないか」

 

「・・・・・・そう言うんだったら、名前ぐらい明かしたらどうなんだ?」

 

「あっ、そういえば、名乗ってなかったね。こりゃ失敬」

 

 

 しまったと言わんばかりにわざとらしいリアクションをすると、仮面の奴は名乗った。

 

 

「私はM×M(エムエム)。今後とも、よろしくね」

 

 

 M×Mと名乗った仮面の奴だったが、俺はそれが本名だとは思ってなかった。

 

 

「・・・・・・で、今度はなんの用なんだ?」

 

「えー、せっかく助けに来たのに、その言い方は酷いなぁ」

 

 

 それを聞き、俺たちは倒れた死人たちのほうに視線を向ける。

 

 死人たちは一向に起き上がる様子はなかった。完全に沈黙していた。

 

 

「その死体たち、弱点があってね。カリス・パトゥーリアの神器(セイクリッド・ギア)の力を受信するための受信機の役割をしている箇所を潰せば、動かなくなるよ」

 

 

 それを聞き、俺たちは改めて死人たちに空いた穴の位置を確かめた。

 

 

「脳に心臓、あの位置は他の五臓か。それからあの場所は丹田か?」

 

 

 ライニーが穴の空いた位置を口にすると、M×Mは正解とばかりに拍手をした。

 

 

「そっ、脳と五臓と丹田、この七ヶ所の内ひとつをカリス・パトゥーリアは神器(セイクリッド・ギア)の力の受信機にしてたんだよ」

 

 

 なるほど。いままで俺たちが倒した奴も、偶然、その受信機になってる場所を潰してたからか。

 

 それを聞くと、ライニーはM×Mに銃口を向けながら訊く。

 

 

「なんでそれをおまえが知ってる?」

 

「そのまえにそろそろ銃口を離してほしいんだけどなぁ」

 

「てめぇみてぇな胡散臭い奴を信用できるわけねえだろうが」

 

「えー、私、そんなに胡散臭いかなぁ?」

 

「・・・・・・鏡見ろ・・・・・・」

 

 

 俺は思わずそう呟いてしまった。

 

 

「酷っ!? この格好気に入ってるのに。まあ、いいけどさ。で、なんで私が弱点を知ってたかだけど、知ってるも何も、見たらわかるじゃん」

 

「「「「──ッ!?」」」」

 

 

 驚く俺たちをよそにM×Mは続ける。

 

 

「かなり見えにくくしてるけど、目を凝らしてよく見れば、受信機になってる場所から僅かにオーラが漏れてるのがわかるよ。私が撃ち抜いたいまでも、僅かにオーラの残滓が見えるはずだよ」

 

 

 俺たちは再び、目を凝らして死人たちのほうを見るが、正直、俺には何も見えなかった。

 

 他の皆も似たような反応だった。

 

 

「うーん、そうだなぁ。あ、キミとキミ」

 

 

 M×Mはライニーとユウナに指差して言う。

 

 

「キミたちが本来の能力を発揮すれば見えるはずだよ、『悪魔の子』くんたち」

 

「「──っ!?」」

 

 

 M×Mが口にした単語を聞き、ライニーとユウナは目に見えて動揺をあらわにした。

 

 悪魔の子? どういうことだ?

 

 

「てめぇ・・・・・・! チッ!」

 

 

 ライニーはM×Mを鋭く睨むと、舌を鳴らす。

 

 すると、ライニーの瞳がユウナのときと同じように赤く染まり、発光していた。

 

 目の色が戻っていたユウナも再び、瞳の色が赤く染まって発光していた。

 

 そして、二人は死人たちのほうに視線を向ける。

 

 

「チッ」

 

 

 ライニーは再び舌打ちし、ユウナが言う。

 

 

「そのヒトの言うとおりだったよ。僅かだけど、オーラの残滓が見えたよ」

 

 

 それを聞き、いつのまにか木から地面に降りてたM×Mが仮面の上からでもわかるほど誇らしげにしていた。

 

 

「さて、次はキミのことだね、士騎明日夏くん」

 

 

 そう言うと、M×Mは懐から何かの液体が入った小瓶を二つ取り出した。

 

 あれはまさか!

 

 

「はい」

 

「なっ!?」

 

 

 M×Mは小瓶を槐に投げ渡す。

 

 慌てて小瓶を受け取った槐は小瓶を見て驚愕する。

 

 

「これはまさか!?」

 

「うん、フェニックスの涙だよ」

 

 

 やっぱりか。以前の部長たちとライザーのレーティングゲームで、ライザー側が使っていたフェニックスの涙が入っていた小瓶と同じものだったから、まさかとは思ったが、そのとおりだったか。

 

 

「・・・・・・なぜ貴様がこんなものを持っている?」

 

 

 槐の疑問はもっともだろう。

 

 フェニックスの涙は大変高価なものであり、こいつみたいな胡散くさい奴が持っていることに疑問を抱かずにはいられなかった。

 

 

「偶然、異能・異形絡みの闇市(ブラック・マーケット)で見つけてね。たぶん、裏ルートで横流しされたものがたまたま流れ着いたんだろうね。せっかくだから、買ったんだ。・・・・・・結構、値が張っちゃったけど」

 

 

 さらっととんでもないことを言うM×M。

 

 

「まあ、入手経路はどうでもいいじゃん。早くそれで彼を回復させてあげなよ」

 

 

 M×Mはそう言うが、槐は信用できないのか、警戒してM×Mとフェニックスの涙を視線を行き来させていた。

 

 

「・・・・・・なぜ私たちを助ける?」

 

「ふふふ、それは私が彼のことを気に入ってるからだよ」

 

 

 M×Mは初めて会ったときと同じ理由を述べた。

 

 だが、槐はそれを聞いてますます警戒心をあらわにしていた。

 

 

「まあ、キミみたいな子は私みたいなのは信用できないだろうね。だから──」

 

 

 M×Mは左腕に右手の手刀を当てる。

 

 

 ズバッ!

 

 

「「「「なっ!?」」」」

 

 

 次の瞬間、M×Mの左腕が手刀によって切り裂かれた!

 

 血の出方からしても、義手でもなかった。

 

 

「渡した涙のどっちかをちょうだい。そうすれば、中身が本物かどうかわかるだろ」

 

 

 こいつ、そのために二つ渡したのか。

 

 二つ用意して自分が先に使ってみせるにしても、俺に使うほうが偽物である可能性が残る。

 

 だが、一旦槐に渡すことで、どちらを自分が使用するかは完全にランダムな状態にした。これでは片方を偽物にするというやり方はできないというわけだ。

 

 

「・・・・・・槐」

 

「・・・・・・わかった」

 

 

 槐は片方をM×Mに投げ渡し、片方の蓋を取って、中身の液体を俺に振りかけた。

 

 すると、たちまち煙をあげて俺の体中のケガが治り、体中を襲っていた激痛や疲労感も嘘のように消えた。

 

 どうやら、本物ようだな。

 

 

「これで私のことは信用してくれたかな」

 

 

 M×Mの左腕も煙をあげながら完全に切り口が繋がっていた。

 

 

「それじゃ、私はもう行くよ。ちょっと用事があるからね」

 

 

 踵を返したM×Mは顔だけこちらに向けながら言う。

 

 

「コカビエルと戦うことになったら気をつけてね。彼はキミたちが戦ってきた誰よりも圧倒的に強い存在だからね」

 

 

 それだけ言うと、M×Mはいつものように闇夜に溶け込むようにこの場から去っていった。

 

 

-○●○-

 

 

 M×Mと別れた俺たちは木場たちを探して、森の中を走っていた。

 

 あのあと、ライニーはユウナを連れて俺と槐を置いて行こうとした。俺たちも木場を探さなければならなかったので、同行を申し出た。

 

 てっきり、断ると思っていたが、ライニーは何も言わなかった。勝手にしろということなのだろう。だから、勝手に同行させてもらった。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 走りながらも、俺はあることが気になって、ライニーとユウナのほうに視線を向けていた。

 

 俺の視線に気づいたのか、ライニーが言う。

 

 

「・・・・・・そんなに気になるか?」

 

「・・・・・・まぁな。あいつが言っていた『悪魔の子』ってのはどういう意味なんだ?」

 

 

 少なくとも、二人から感じる気配は悪魔のものとは違っていた。

 

 すると、ライニーとユウナが立ち止まったので、俺と槐も立ち止まる。

 

 そして、ライニーとユウナはこちらに向き直る。──もとに戻っていた瞳を再び赤く発光させながら。

 

 

「・・・・・・士騎明日夏くん。キミは『血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)』って知ってる?」

 

 

 血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)──聞いたことのない単語だった。

 

 槐のほう見ると、槐も知らない様子だった。

 

 

血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)っていうのはね、この赤い瞳と人間離れした治癒力と身体能力を持つ突然変異した人間たちの総称なの」

 

「突然変異?」

 

「うん。私もライくんもある日、突然、この眼と体質を持った体に変異したの。しかも、変異した人たちに共通点はなし。異能・異形とまったく関わりのない一般家庭の幼い子供ということ以外は」

 

 

 ・・・・・・なんだよそりゃ? 異能・異形とまったく関わりがないのにそんな変化があり得るのか? しかも、話を聞く限り、神器(セイクリッド・ギア)でもない。

 

 

「ちなみに、身体能力をセーブすると、こんなふうに輝きを失うの」

 

 

 補足説明をするユウナの瞳から輝きが失われ、もとの瞳に戻った。

 

 つまり、二人はあの戦闘力で手加減していたということになる。

 

 もしライニーとの戦いとき、ライニーが全力を出していたら、俺は手も足もでなかったんじゃないのか・・・・・・。

 

 

「だが、なんで『悪魔の子』なんだ? それに『血の悪魔』ってのも?」

 

「・・・・・・単純な話だよ。とあるカルト教団の人たちが私たちのこの人間離れした体質を忌み嫌った結果、私たちは悪魔が産み出した忌み子だって吹聴しまわったの。『血の悪魔』ってのは、私たちのこの眼の色が血を連想させるから。それで『血の悪魔』が産み出した忌み子で、『血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)』ってわけ」

 

 

 説明するユウナはどこか辛そうだった。

 

 ・・・・・・たしか、二人は親に捨てられたって言ってな。ということは・・・・・・。

 

 

「・・・・・・想像どおりだよ。私たち、そして、私たちがいた教会にいる子供は皆、血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)であることを忌み嫌われ、捨てられたりした子たちなの」

 

 

 ・・・・・・やっぱり、そういうことなのか。

 

 

「・・・・・・滑稽か? 『悪魔の子』なんて呼ばれてる俺たちが教会の戦士をやってるのが」

 

 

 ライニーがこちらに背を向けながら言う。

 

 

「別に思わねぇよ。だいたい、そんなの周りが勝手にそう呼んでるだけで、二人やその教会の子供たちは人間には変わりないんだろ?」

 

 

 別に特別な身体的特徴、身体能力を持った人間なんて、この異形や異能がはびこる世界じゃ珍しくもなんともない。その世界側の存在である教会でだって、それは同じだろう。中には、よく思わない奴もいるかもしれないが、それでも、エクスカリバー奪還という重要な任務を任されていることから、教会から信頼されているのは間違いなさそうだった。

 

 俺の言葉に対し、ライニーはボソッと言う。

 

 

「──それはどうかな・・・・・・」

 

「それはどういう──」

 

「無駄話はここまでだ。さっさと行くぞ」

 

 

 ライニーの言葉の意味を確かめようとしたが、ライニーは話を打ち切り、再び走りだした。俺たちも慌ててライニーを追うように走りだした。

 

 

-○●○-

 

 

「──ッ、止まれ!」

 

 

 しばらく走っていた俺たちだったが、突然、ライニーに制止され、俺たちは立ち止まる。

 

 

「どうしたの、ライくん?」

 

「・・・・・・見ろ」

 

 

 ライニーに促され、俺たちはその方向に視線を向ける。

 

 

「「「──ッ!?」」」

 

 

 そこにはバラバラに切り裂かれた人間だったと思しきものが散乱していた!

 

 

「・・・・・・明日夏」

 

「・・・・・・ああ、この手口・・・・・・」

 

 

 俺と槐は先日目にした惨殺された神父のことを思い出す。

 

 

「・・・・・・ライくん!」

 

「・・・・・・ああ・・・・・・」

 

 

 ライニーとユウナも、この惨状を生み出した元凶に思い至っていた。

 

 

「出てこいッ! ベルッ!」

 

 

 ライニーは張り裂けそうな声で叫んだ。

 

 そして、木の陰から一人の少年が姿を現した。

 

 片眼が隠れるような髪型の白髪をしており、年は俺たちと変わらなそうだった。

 

 ライニーと同じ戦闘服を着ており、その姿は血まみれだった。・・・・・・おそらく、返り血だろう。

 

 右手にはユウナが持つ刀に似た装飾のナイフが握られていた。ライニーとユウナが持っているものと同じ武装十字器(クロス・ギア)だろう。

 

 そして、左手に持つものを見て、俺は表情を歪ませる。なにせ、それは人間の生首だったからだ。

 

 

「よぉ、ひさしぶりだなぁ、ライ、ユウちゃん」

 

 

 血まみれの少年は子供のように再会を喜んでライニーとユウナを呼ぶ。

 

 

「・・・・・・ベル!」

 

「・・・・・・ベルくん!」

 

 

 ベルティゴ・ノーティラス──樹里さんが見せてくれた写真にあったライニーとユウナにとって因縁のある、『切り裂きベル(ベル・ザ・リッパー)』の異名を持つはぐれエクソシスト。

 

 

「まったく待ちくたびれたぜ。ここを通るだろうと、待ってたけど、なかなか来ないんだからよ。退屈で仕方なかったから、暇潰しでこいつらを斬ってたぜ」

 

「・・・・・・相変わらずのようだな」

 

「まぁな。なんせ、俺は定期的に人斬らねぇと、落ち着かなくなるからな。人斬り中毒なのなかねぇ、俺?」

 

 

 ライニーに睨まれてもどこ吹く風といった様子のベルティゴ・ノーティラスは手に持っている生首をボールのように手の中で何回も弾ませながら、笑えない冗談を口にしていた。

 

 ・・・・・・いや、案外冗談じゃなく、本気なのかもしれなかった。・・・・・・それこそ、笑えないが。

 

 

「そういうおまえはちょっと変わったのかねぇ」

 

 

 ベルティゴ・ノーティラスはライニーから俺と槐に視線を移して言う。

 

 

「人嫌いのおまえがユウちゃんたち以外と仲良くしてるなんてな」

 

 

 それを聞き、ライニーは忌々しそうに表情を歪ませた。

 

 

「・・・・・・勘違いするな。成り行きで共闘するはめになっただけだ」

 

「だろうな。やっぱ、おまえも相変わらずか」

 

 

 敵意剥き出しなライニーに対し、ベルティゴ・ノーティラスはまるでひさしぶりに再会した親友に接するかのごとく振る舞っていた。

 

 

「ライと一緒にいると大変だろ? そいつ、基本的に人嫌いだから、誰に対してもつんけんするからな」

 

 

 ベルティゴ・ノーティラスは俺と槐に対しても、フレンドリーに接してくる。

 

 

「知ってるだろうけど、一応、名乗っておくぜ。俺はベルティゴ・ノーティラス。ライやユウちゃんのようにベルって呼んでくれや。よろしくな」

 

 

 無邪気に笑みを浮かべて自己紹介するベルティゴ・ノーティラスことベル。

 

 ライニーは赤くなった瞳でベルを鋭く睨み、銃口をベルに向けた。

 

 

「すっかり嫌われたもんだ。まあ、無理もねえか。ノモア神父を殺し、しかもそのせいで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだからな」

 

 

 教会での立場が悪くなった? それも『もともと』から『さらに』?

 

 ベルの言葉に訝しげにしてると、ユウナがあたりをキョロキョロしながらベルに訊く。

 

 

「・・・・・・ベルくん。サラちゃんはどうしたの? 一緒じゃないの?」

 

 

 サラ? そういえば、奴には妹がいるんだったな。その妹の名前か?

 

 

「あいつなら、どっか行っちまったよ。大方、俺と一緒にいるのが怖くなったんだろうよ。今度は自分が殺されるかもってな。実際、俺もいつかは殺したいとは思っていたからな」

 

 

 妹に手をかけようとしていたことを、笑顔でなんてことのないように言うベルに、俺は戦慄してしまう。

 

 

「もちろん、二人のことも、あの頃からずっと、殺したいって思ってたぜ」

 

 

 なんなんだ、こいつは・・・・・・。恩人を手にかけたことをなんとも思ってないし、家族に、仲間に手をかけることを、まったく躊躇いがない。むしろ、楽しんでさえいた。

 

 

「・・・・・・ベルくん、どうしてそんなことするの?! 昔はそんなことをするような酷いヒトじゃなかったのに! それとも、あの頃のことは、全部嘘だったの!?」

 

 

 ユウナに悲しそうに訊かれたベルは一瞬だけキョトンとすると、再び無邪気に笑みを浮かべて言う。

 

 

「いや、そんなことないぜ。あの頃は楽しかったし、いまでも大切な思い出だぜ。ノモア神父には感謝してもしきれない恩があったし、サラのことも、二人のことも、いまでも大切に思ってるぜ」

 

「・・・・・・ふざけてるのか?」

 

 

 ベルの言葉に、ライニーは憤怒の形相で言う。

 

 当然だ。言ってることと、やってることに矛盾がありすぎる。

 

 

「そういや、教会でのいまの俺に対する認識は、人を斬り殺すことに快楽を覚えるサイコキラーだったか? ま、間違っちゃいないな。人を斬り殺すことは、楽しいぜ。死んでる奴をバラバラにするだけでもな」

 

 

 俺は再び、奴の周囲に転がるバラバラ死体に視線を向ける。

 

 

「けどな──」

 

 

 ベルは一拍置いて言う。

 

 

「俺の異常性はそんなもんじゃないぜ!」

 

 

 ベルの表情が狂気で彩られる。

 

 

「冥土の土産に教えてやるよ! 俺の異常性をな!」

 

 

 ベルは自身の異常性を嬉々として語り始めた。

 

 




ついに対峙したライニーとユウナとベル。ついでに明日夏と槐も。


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Life.20 ベルティゴ・ノーティラス

 

 

 ベルことベルティゴ・ノーティラスとサラことサラスティ・ノーティラスのノーティラス兄妹がノモア・ライラックが神父を勤める教会で拾われるまでの境遇は、血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)だった二人を忌み嫌った両親に捨てられたというものだった。だが、()()()()()()

 

 二人の両親は二人を忌み嫌ってはおらず、むしろ、愛情を注いでいた。

 

 では、なぜ二人は路頭に迷うことになったのか。――それはベルが自身の両親を手にかけたからだ。

 

 ベルも両親の愛情を感じていた。()()()()()()

 

 ベルの異常性、それは──心を許した相手に対して殺人衝動が沸くことであった。

 

 心を許し、大切に想えば想うほど、愛情を与えられ、与えるほど、ベルはその存在に対して殺人の衝動がどんどん増していく。

 

 もともと、殺人に快楽を覚える性分だったベルにとって、この衝動は苦悩するどころか、嬉々として受け入れるものだった。

 

 そして、教会に拾われ、拾ってくれたことをノモア神父に感謝すればするだけ、ライニーやユウナと楽しく過ごし、二人を大切に想えば想うだけ、その殺人衝動は強くなっていった。

 

 そして、ついに衝動が最高潮に達したことで、ベルはノモア神父を手にかけた。

 

 これがベルがノモア神父を殺した事の顛末であり、ベルの異常性だった。

 

 

-○●○-

 

 

 ベルが語った自身の異常性について聞かされ、俺たちは戦慄した。

 

 俺は思わず訊く。

 

 

「・・・・・・おまえはなんとも思ってないのか? 衝動に身を任せるままに大切な存在に手をかけることを?」

 

「もちろん、辛いぜ。ノモア神父を殺したときも、めっちゃくちゃ悲しかったぜ・・・・・・」

 

 

 ベルは一瞬だけ、悲しげな表情をする。

 

 

「──けどな」

 

 

 次の瞬間、ベルは狂気に彩られた笑みを浮かべた。

 

 

「それで得られる最っ高の快感に比べれば、そんなの、些細なことなんだよ! むしろ、その悲しみも辛さも、俺にとっちゃ、快感なんだよ!」

 

 

 ・・・・・・完全にイカれてやがる。人としてのタガやらネジやらが完全に外れてやがる。

 

 ・・・・・・いや、もともとから欠如していたのかもしれなかった。

 

 まさかの真実にユウナは信じられないものを目撃したような表情を浮かべていた。

 

 

「・・・・・・いまさらおまえの性癖なんざ、どうでもいいことだ。敵には変わりねえんだからな」

 

 

 それに対し、ライニーは冷静にベルに銃口を向けていた。

 

 ユウナも辛そうにしながらも続いて刀を構える。そして、二人の瞳が赤く染まる。

 

 ベルもそれを見て笑みを浮かべると、持っていた生首を放り、ナイフを構えた。

 

 俺と槐も構えるなか、ユウナが言う。

 

 

「・・・・・・気をつけてね、二人とも。見てのとおり・・・・・・」

 

「・・・・・・ああ」

 

 

 俺はベルの瞳に目が行く。

 

 その瞳は、会ったときからずっと、ライニーとユウナと同じく赤く染まって発光していた。

 

 つまり、こいつも二人と同じ、血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)ということだ。

 

 

「・・・・・・しかも、ベルくんは私たちの中でも()()()()()()の」

 

「「──ッ!?」」

 

 

 俺と槐はそれを聞き、もとから高かった警戒心をさらに高める!

 

 力をセーブしてたライニーで俺はようやく戦えていた。ゆえに本来の力を解放したライニーは俺よりも圧倒的に強い。おそらく、ユウナも同等。エクスカリバー奪還の任を与えられるだけはあるということだ。

 

 だが、そんな二人よりも、こいつはさらに強いとのこと。

 

 おそらく、ハンターでいうところのBランク上位クラス、ヘタすればそれ以上だ・・・・・・。

 

 フェニックスの涙でダメージは回復したとはいえ、消耗したいまの状態で勝てる見込みはほぼなかった。

 

 槐に至っては、錬域の消耗がまだ回復しきっていない。

 

 内心で歯噛みしている俺にライニーが言う。

 

 

「・・・・・・これは俺たちの問題だ。部外者は邪魔だから引っ込んでろ。──手を出すのは勝手だがな。だが、言っておくぞ。足手まといになるようなら、容赦なく切り捨てる」

 

 

 ライニーは冷徹に言うが、それはライニーの余裕のなさを表していた。

 

 

「・・・・・・ああ、構わねぇよ。ユウナも俺らのことは気にするな」

 

 

 ユウナはライニーとは違い、おそらく、余裕がない状態にも関わらず、俺たちが危なくなれば、フォローに回ろうとするだろう。奴を相手にその隙は致命的すぎる。

 

 それをわかっているからか、ユウナは一瞬、申し訳なさそうな表情をする。

 

 

「・・・・・・ついでに言っておく。血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)は確かに高い治癒力を持っているし、生命力も高い。それでも、人間には代わりない。治癒力も意味をなさないほどの大きい致命傷を与えれば殺せるぞ」

 

 

 ライニーからの意外なアドバンスに俺と槐はうなずいて答える。

 

 

「話し合いは済んだか? なら──」

 

 

 刹那、ベルから濃密な殺意を向けられた!

 

 同時に俺たちは散開する!

 

 

「おっ始めようぜ!」

 

 

 最初にターゲットにされたのは俺だった。

 

 

「くっ!」

 

 

 一瞬でベルに接近された俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)でベルのナイフを防ぐ。

 

 速い! 木場ほどじゃないが、それでも十分に速く、おまけに緩急の入れ方も絶妙だった!

 

 

「チッ!」

 

「おっと」

 

 

 すかさず、ライニーが銃撃を加えるが、ベルは即座に後方に飛んで銃弾を躱す。

 

 なおもライニーは銃撃を続けるが、ベルは銃弾のすべてをナイフで叩き落としてしまう。

 

 

「一の型──疾風!」

 

 

 そこへ、槐が斬りかかる。

 

 

「よっ」

 

 

 ベルは槐の斬擊を身を捻るだけで躱す。

 

 すかさず、ベルはナイフで横凪ぎの一閃を振るう。

 

 

「──ッ!」

 

 

 槐も屈むことでナイフを躱し、腕を引いた構えをする。

 

 

「雫一穿!」

 

 

 そのまま槐は高速の突きを放つ。

 

 それに対し、ベルは不敵に笑みを浮かべると──。

 

 

 ザシュッ!

 

 

「──ッ!?」

 

 

 ベルは手のひらを貫かせることで突き技の狙いを反らし、なおかつ、そのまま槐の手を掴もうとする。

 

 

「くっ!」

 

 

 槐はすかさず、刀から手を離し、刀が刺さっていないほうの腕に組ついて飛びつき十字固めを決めようとする。

 

 

 ゴキャッ!

 

 

「なっ!?」

 

 

 だが、ベルは肩と肘の関節を外して、槐の関節技を強引に緩めた!

 

 

「あーらよっと!」

 

 

 そのまま、ベルは関節が外れた腕を振り回して、槐を遠心力で投げ飛ばす!

 

 

「「ぐっ!」」

 

 

 俺は慌てて槐を受け止めるが、そこへすかさず、ベルが手から引き抜いた槐の刀を投げつけてきた!

 

 

「──ッ!」

 

 

 俺は槐を庇うように抱きしめつつ、雷刃(ライトニング・スラッシュ)で飛んできた槐の刀を弾く。

 

 

「へぇ、それぐらいはやれるか」

 

 

 ベルが関節の外れた腕を振り回すと、回転に合わせて外れていた関節が強引に戻っていった。槐が貫いた手の傷も、もう血が止まりかけているほどに塞がっていた。

 

 強い! おまけに、傷の治りが速いせいで、生半可なダメージじゃ倒れない! しかも、それをいいことに、平然と捨て身で来やがる!

 

 

「ふッ!」

 

 

 ライニーがベルに一瞬で接近して蹴りを放つ。

 

 

「おらよっ!」

 

 

 対するベルも蹴りで迎え撃つ。

 

 蹴り同士がぶつかり合い、その反動で二人は距離を開ける。

 

 そこへ、いつのまにかベルの背後に回っていたユウナがベルに斬りかかる!

 

 

「──っと」

 

 

 背後からの完璧な奇襲だったにも関わらず、ベルはユウナの刃をわずかに身をそらすだけで躱してしまった!

 

 

「よっ!」

 

「うっ!?」

 

 

 そのままユウナはベルに蹴り飛ばされるが、ユウナは飛ばされながらもなんとか空中で体勢を整えて着地する。

 

 

「相変わらず優しくて甘いなぁ、ユウちゃんは。敵意も殺意も中途半端だし、太刀筋にも乱れがありまくりだぜ」

 

 

 ベルに言われたユウナは、複雑そうに表情を歪ませる。

 

 ユウナには、明らかに動きのキレが悪かった。

 

 ユウナにベルを殺すことへの躊躇いがあるのは明白だった。今回の件にベルが関わっていると知ったときの様子からしても、そのことは薄々と感じさせていた。

 

 無理もないかもしれなかった。長年、共に家族同然のように過ごしていれば、割り切れない思いはあるだろう。

 

 

「──もうさがってろ、ユウナ」

 

 

 ライニーは足手まといに感じたのか、ユウナをさがらせようとする。

 

 

「・・・・・・大丈夫だよ、ライくん。私はやれるから──」

 

「──ユウ」

 

「──え?」

 

 

 ライニーの口からベルみたいに愛称らしきもので呼ばれ、ユウナは呆気にとられる。

 

 そして、いままでからは想像できないほどの優しい声音でライニーは語りかける。

 

 

「無理をするな。おまえにはこういう役回りは徹底的にむいてない。あんな奴でも、敵対していたとしても、おまえにとっちゃ、あいつはいまでも大切な仲間で家族なんだと割り切れないんだろ? なら、無理に手を下す必要はない。そういう汚れ仕事は俺に任せればいい」

 

「でも! ライくんだって、本当はベルくんのことを!」

 

 

 ユウナに言われたライニーは自虐的な笑みを浮かべる。だけど、その表情はとても優しいものだった。

 

 あいつ、仲間や家族にはあんな表情できるんだな。身内には情愛が深いというわけか。

 

 

「はは。ライ、おまえも相変わらずだな。人嫌いで、他人には無関心を貫こうとするおまえだが、いざ心を許した相手には普段はぶっきらぼうにしながらも、いざってときは優しくなるし、守るためなら、簡単に非情になれる。平然と自分を犠牲にする。その様子じゃ、ユウちゃんほどじゃなくても、俺のことは、まだ仲間だと、家族だと思ってくれてるみてぇだな?」

 

「だからなんだ? 俺はユウナと違って甘くない。知ってるだろ?」

 

「まぁな。おまえのそのへんの冷徹さはよーく知ってるよ」

 

 

 ライニーはいつもの表情で俺と槐を一瞥して淡々と言う。

 

 

「・・・・・・おまえらもさがってろ。邪魔だ」

 

 

 くっ、反論したいが、正直、邪魔になりそうなのは事実だった。それほどまでにベルは強かった。

 

 それでも、つけ入るスキがあったらいつでも割って入れるように、俺と槐は歯噛みしつつも身構える。

 

 そんな俺たちを置いて、ライニーはベルにゆっくりと近づいていく。

 

 

「へっ、上等だ」

 

 

 それに合わせて、ベルもゆっくりとライニーに近づいていく。

 

 そして、一メートルもない距離まで近づくと、二人は立ち止まった。

 

 

「こうして対峙するのは、本部での模擬戦でやりあって以来か?」

 

「・・・・・・どうでもいいことだ」

 

「さよですか──っと!」

 

 

 ベルが上段蹴りを放つのと同時にライニーも上段蹴りを放ち、激しい音を鳴らしながら蹴り同士がぶつかりあう。威力は互角だった。

 

 ライニーは足を引くと、即座に銃撃を行う。

 

 ベルは至近距離にも関わらず、最小限の動きで銃弾を躱し、ナイフでライニーに斬りかかる。

 

 ライニーはナイフの一撃を拳銃で防ぎつつ、そのまま銃撃を行う。

 

 ベルも即座にナイフや手を使って銃口を反らして銃弾を躱す。

 

 は、入り込める余地がなかった。それほどまでに、二人の攻防は高度なものだった。

 

 

「・・・・・・嘘。ライくん、いつのまにあそこまでの動きを・・・・・・!? ベルくんも、想定以上の!?」

 

 

 ユウナは二人の攻防を見て驚愕していた。

 

 どうやら、ユウナからしても、二人の戦闘力の高さは予想だにしなかったことだったようだ。

 

 

「いい動きじゃねぇか! その感じからすると、俺たち血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)の特性に気づいたみてぇだな!」

 

 

 血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)の特性? 身体能力の高さ以外に何かあるのか?

 

 ユウナのほうを見ると、ユウナもベルがなんのことを言ってるのかわからないようだ。

 

 

「ユウちゃんは知らないみたいだな? なら、こいつも冥土の土産として教えてやるよ」

 

「――ッッ!」

 

 

 ベルが俺たちに血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)の特性とやらを語ろうとすると、ライニーが必死の形相でそれを止めようとする。

 

 

「必死だな。そりゃ、そうか。ユウちゃんには教えたくねぇよな」

 

 

 ベルは止めようとするライニーに組みついて動きを封じると、改めて語りだす。

 

 

「俺たち血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)はな、ダメージを負えば負うほど強くなるんだよ。負ったダメージが大きければ大きいほど、そこから回復すると、それに応じて強くなる。ただし、自然治癒じゃないと効果は落ちるがな」

 

 

 ダメージを負って、回復するだけで強くなるだと! なんだ、そのでたらめな特性は!

 

 

「あるとき、偶然この特性に気づいてな。あとはもうやることは決まっていた。ただひたすら自傷しては治癒させるを繰り返す。死ぬか死なないかのギリギリのラインを見極めてな。ライ、おまえもそうしたんだろ?」

 

「本当なの、ライくん!?」

 

 

 二人に問われたライニーは何も答えなかった。だが、それが肯定の意を表していた。

 

 ライニーとベルの戦闘力が抜きん出てるのもそれが理由か。

 

 

「このことをライがユウちゃんに教えなかったのは、教えれば、ユウちゃんも自主的にやることは明白だからだ。ユウちゃんのことを大切に想ってるライがそれを望むわけがないからな。むろん、ライが自傷行為をやろうとするのを止めることも視野にいれてな」

 

 

 さっきの二人のやりとりや関係性を見れば、その光景は容易に想像できた。

 

 

「それに、万が一にも本部の連中に知られるリスクを避けたかったてのもあるんだろうがな。ユウちゃん、腹芸が苦手だからな。信仰のためなら平然と命を捧げろ、捧げるなんて言うような連中だ。二人を強くするために自傷行為を強要するのは明白だ。いや、二人だけで済めばまだいいほうか。ライにとってさらに最悪なのは、教会の戦士になる気のない他のガキどもにまで自傷行為を強要して、戦士に仕立てあげようとすることだな」

 

 

 ・・・・・・聖剣計画で木場や木場の同士たちにした仕打ちのことを考えれば、そういう連中が出てきてもおかしくはないか。

 

 

「──もっと最悪なのは、強くなったことを口実に、()()()()()()()()()()()()()()()ことだな。()()()()()のようにな」

 

 

 わざと危険な任務につかせる? どういうことだ?

 

 

「──お喋りが・・・・・・すぎるんだよ!」

 

 

 組みつかれて動きを拘束されていたライニーだったが、強引に拘束を振りほどいて、ベルを蹴り飛ばす。

 

 だが、ベルはすかさず、蹴り飛ばされながらもナイフを投擲する。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 投擲されたナイフはライニーの左肩を貫く。

 

 ライニーも負けじと、銃撃を行う。

 

 ベルは右腕を盾にして、銃弾の急所への命中を避ける。

 

 

「いってぇな」

 

「くっ・・・・・・」

 

 

 ベルは撃たれた右腕をだらんとさせながらぼやき、ライニーは左肩に刺さったナイフを抜き捨てる。刺されどころが悪かったのか、ライニーも左腕をだらんとさせていた。

 

 だが、血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)である二人にとっては、そんなのはかすり傷みたいなものだった。すぐに、傷が塞がって──。

 

 

「──何?」

 

 

 ──俺はすぐに違和感に気づいた。

 

 ベルの刀傷も、ユウナの銃創もそんなに時間もたたずに塞がっていた。なのに──。

 

 

「──治らない?」

 

 

 いつまで経っても、二人の傷が治る気配がなかった。

 

 

-○●○-

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・!」

 

 

 闇夜の林の中、紫藤イリナは何かから逃げるように一人で疾走していた。

 

 カリスによる死人の爆発から逃れたら彼女は共に爆発から逃げ延びたゼノヴィアと一緒に、はぐれたライニーとユウナを探すことよりも、フリードとバルパーのあとを追うことを優先した。ようやく掴んだ敵の足取りを逃すわけにはいかなかったからだ。

 

 だが、追った先で二人を待っていたのは、フリードとバルパー、そして大勢の聖剣を持ったはぐれエクソシストやはぐれハンター、カリスの操る死人、上級を含んだ複数の堕天使だった。

 

 すぐに圧倒的な戦力差を痛感した二人は即座に撤退を選択した。

 

 だが、フリードたちの執拗な猛攻にイリナは逃げ遅れ、ゼノヴィアとはぐれてしまった。

 

 それでも、どうにか逃げ延びたイリナはゼノヴィアたちを探して一人さまよっていた。

 

 

 カッ!

 

 

「──ッ! きゃあああああああっ!?」

 

 

 そこへ、複数の光の槍が投げ込まれ、その波動によってイリナは吹き飛んでしまう。

 

 

「うっ・・・・・・」

 

「きゃは♪ 見~つけたってか♪」

 

「──ッ!」

 

 

 背後から声をかけられ、振り向くと、フリードがおり、上空には複数の堕天使がいた。

 

 

「ははーん。逃げたはいいが、お仲間さんとはぐれたっつーわけ? かわいこちゃ~ん♪」

 

 

 フリードは醜悪に笑みを浮かべ、手に持つ『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)』の刀身を舐める。

 

 

「はぁぁぁぁッ!」

 

 

 イリナは『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』を鞭のようにして攻撃するが、フリードは天閃(ラピッドリィ)のスピードで容易に躱す。

 

 

「『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』ちゃぁん、そいつもほしかったんすよねぇ!」

 

「うあああああああああああっ!?」

 

 

 フリードは天閃(ラピッドリィ)のスピードでイリナを殺さず、痛ぶるように斬りつけていく。

 

 

「ううっ!? ああっ!? うっ!? ああああっ!?」

 

 

 イリナはなすすべもなく、フリードによって痛めつけられていく。

 

 

「・・・・・・うぅっ・・・・・・うっ!?」

 

 

 気が済むまでイリナを痛ぶったフリードは、イリナの首を掴み、木に押しつける。

 

 

「・・・・・・離してよ・・・・・・この背信者・・・・・・!」

 

「さぁて、どうしやすかねぇ?」

 

「おい、フリード」

 

「あん?」

 

 

 堕天使の一人がフリードに言う。

 

 

「楽しむのなら速くしてくれよ。俺らも楽しみてぇんだからよ」

 

 

 その堕天使の言葉を皮切りに、堕天使たちはゲスな笑みを浮かべる。

 

 

「・・・・・・くっ・・・・・・」

 

 

 イリナはこのあと、自分の身に起こることを想像し、身震いする。

 

 こんな奴らにこの身を汚されるくらいならと、イリナは舌を噛んで自決しようとするが、フリードが即座にイリナの口に指を入れる。

 

 

「おっとぉ、自害しようたって、そうはいきやせんぜぇ♪」

 

 

 もうどうすることもできず、覚悟を決めてイリナは目をキツく閉じる。

 

 

飛電(ひでん)の太刀──」

 

 

 フリードや堕天使たちの嘲笑いの中、静かに発せられた第三者の声。

 

 この場にいた全員が声のしたほうを見る。

 

 そこには、月をバックに空中で居合いの構えをしたレンがいた。

 

 

紅雨(べにさめ)!」

 

 

 鞘のトリガーを引きながら振るわれた居合いの刃から無数の紅い雷の刃が放たれ、フリードや堕天使たちに飛来する。

 

 

「チィッ!」

 

 

 フリードは天閃(ラピッドリィ)のスピードで即座にその場から離れて雷の刃を躱し、堕天使たちは雷の刃を飛んで躱し、あるいは防御障壁で防ぎ、あるいは光の槍や剣で迎撃する。

 

 そんな中、雷の刃の雨が飛び交う中を疾走する人影が一人いた。

 

 人影は即座にイリナを回収すると、雷の刃の雨の中から離脱し、レンの隣に降り立った。

 

 

「──生きてるかね、イリナ?」

 

「・・・・・・アル・・・・・・さん・・・・・・」

 

 

 イリナを回収したのはアルミヤであった。

 

 

「──キミのおかげで、最悪の事態は免れたようだ」

 

「──ギリギリ間に合ってよかったぜ」

 

 

 アズリールを倒したレンは、強化した聴覚を頼りに、襲いかかってきた敵を排除していたアルミヤと合流していた。そこで情報交換をしたあと、レンの聴覚でイリナの危機を察知し、こうしてギリギリのところで駆けつけたのであった。

 

 

「彼女を頼む」

 

「任された」

 

 

 アルミヤはイリナをレンに預け、聖剣を二刀流で構える。

 

 それを尻目に、レンはイリナを担ぎ、強化した聴覚で捉えた明日夏たちのもとへ向かって駆けだす。

 

 

「逃がすか!」

 

 

 堕天使たちはこの場から離脱しようとするレンにめがけて光の槍を投擲する。

 

 

「させん」

 

 

 アルミヤは即座に飛来する光の槍と同じ数の聖剣を創りだし、投擲して光の槍を相殺する。

 

 そのスキにレンは、疾風を連続で行うことで、この場から離脱した。

 

 

「──キミたちの相手はこの私だ」

 

 

 アルミヤは不敵に笑みを浮かべ、禁手(バランス・ブレイカー)で出現させた聖剣でできた騎士たちを従え、堕天使たちを迎え撃つ。

 

 

「・・・・・・おっとぉ、さすがにこのお兄さんと戦うのは勘弁だねぇ」

 

 

 フリードは即座に自身とアルミヤの実力差を把握する。

 

 

「せっかくゲットしたこれを奪い返されてもやだから、僕ちん、離脱しまーす!」

 

 

 そう言うフリードの手には、イリナから奪った紐状になった『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』が握られていた。

 

 

「──てなわけで、はい、ちゃらば」

 

 

 フリードは閃光弾を炸裂させ、天閃(ラピッドリィ)のスピードでこの場から離脱した。

 

 

「チッ」

 

 

 アルミヤはすぐにフリードを追おうとしたが、いつのまにかこの場に集合していたはぐれエクソシストやはぐれハンターたち、カリスの操る死人たちに阻まれてしまう。

 

 

「チッ、勝手な野郎だぜ」

 

 

 堕天使たちはフリードの身勝手さをぼやきながらも、アルミヤの実力を即座に感じとり、アルミヤに対して警戒を緩めない。

 

 そんな実戦経験豊富そうな様子を見せる堕天使たちにアルミヤもまた、警戒心を強める。

 

 そして、一拍置いたあと、アルミヤと聖剣の騎士たち、堕天使たちと従えるはぐれたちと死人たちが激突した。

 

 



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Life.21 血の悪魔

 

 

 ライニーとベルの傷が治らないことに困惑する俺。

 

 

「不思議がってるな? まあ、俺たちの傷の治りの早さのことしか知らなければ、そういう反応になるか」

 

 

 なんだ? 血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)には、まだ他にも特性があるのか?

 

 

「なあ、おまえ。名前なんつーんだ?」

 

「・・・・・・士騎明日夏だ」

 

「じゃあ、明日夏って呼ばせてもらうぜ」

 

 

 ・・・・・・いきなり馴れ馴れしいな。

 

 おそらく、そういう性分なんだろうが。

 

 

「なあ、明日夏。俺とライのこの傷。共通点はなんだ?」

 

 

 共通点? どっちも、武装十字器(クロス・ギア)でできた傷だ。だが、武装十字器(クロス・ギア)に治癒阻害の能力があるなんて聞いたことない。

 

 

「おまえが考えてる通り、武装十字器(クロス・ギア)に治癒阻害の能力なんてねえ。ただし、俺らにとっちゃ、話は別なんだよな」

 

「・・・・・・どういう意味だ?」

 

「わかんないかねぇ? なら、俺らはなんて呼ばれてる?」

 

 

 なんて、て・・・・・・血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)? ──ッ! まさか・・・・・・!

 

 

「ようやく気づいたか。そうだ、聖なるものでつけられた傷は、治りが遅いんだよ。しかも、常人よりもな。おまけに痛みも数倍だ」

 

 

 それじゃ、まるで──。

 

 

「本当に悪魔みたい──だろ?」

 

 

 ライニーとユウナのほうを見るが、二人とも、顔をしかめるだけで、ベルの言葉を否定しなかった。それだけで、二人も自分たちのことをそう見てるってことを表していた。

 

 

 ──それはどうかな・・・・・・。

 

 

 あのときのライニーの言葉は、このことを表していたのか。

 

 

「こんな体質だ。本部の連中が俺たちをどう見るかは考えるまでもないだろ?」

 

 

 たとえ、俺たちがよく知る悪魔と違うところがあったとしても、人間の突然変異による体質だとしても、聖なるものを苦手とするという事実だけで、教会の者たちにとっては容認できないことだろう。

 

 

「それでも、俺たちを世話してくれたノモア神父やシスターたちが、俺らのことは人間だって本部に主張してくれた。実際、傷つけられるのがダメなだけで、触れもできるし、お祈りだってできたからな。おかげで、俺やライ、ユウちゃんはこうして教会の戦士になることができた」

 

 

 ライニーたちの背景にそんなことがあったのか。

 

 

「けど、そのノモア神父は俺が殺しちまった」

 

 

 ベルはまったく悪びれる様子もなく言う。

 

 

「シスターたちも、全員死んだってな? 俺がいなくなった後で起こった()()()()()

 

「「──ッ!?」」

 

 

 ベルの言葉にライニーとユウナが目を見開いていた。

 

 

「二人とも、なんで知ってんだって顔してんな。偶然、知る機会があったとしか言いようがねえけどな」

 

 

 事件? 一体、何があったんだ?

 

 俺が訝しげにしてるのに気づいたかベルがその事件のことを話し始めた。

 

 

「とある悪魔が教会を襲撃したのさ。悪魔はライが倒したが、残念なことにシスターが全員殺されたのさ」

 

 

 そうか、ライニーのあの悪魔に対する敵意はそれが理由か。

 

 

「幸い、ガキどもは生き残ったがな。だが、それは同時に教会の不信感を煽る結果になったけどな」

 

「・・・・・・どういう意味だ?」

 

「簡単な話さ。血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)だけが生き残った。この事実を、本部の連中はこう思ったのさ。『悪魔の子だから生かされた』てな」

 

 

 なんだよ、そのふざけた話は!

 

 

「ふざけた話だろ? で、後ろ楯を失ったライたちは、俺の件とその件が重なり、本部の連中からは酷く不信感を抱かれ、毛嫌いされるようになったってわけだ」

 

 

 ベルが立場が悪くなったって言ってたのはそういうことか。

 

 

「それでも、そんな扱いをされながらも、ライとユウちゃんが頑張って功績を立てた。それが功をそうして、ライたちが教会から追い出されることはなかった。あと、血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)のことを知ってるのが、一部の連中だけだったてのもあるがな。だけど、本部の連中はさっさとライたちを教会から追い出したい、あわよくば、悪魔として滅したいとしか考えてない。たとえば、今回のエクスカリバー奪還みたいな危険な任務につかせたりとかな。成功するのなら御の字、戦死するのなら厄介者を排除できるとしか考えてねぇのさ」

 

 

 聖なるものに傷つけられるのがダメな二人を聖なる武器の中でも最強クラスと言ってもいいエクスカリバーの奪還任務につかせるなんて、確かに、死にに行けと言ってるようなもんだ。

 

 ライニーやユウナの反応からしても、ベルが言ってることは、本当なんだろう。

 

 

「・・・・・・本当にお喋りが過ぎるな」

 

 

 ライニーは片腕が動かないことを気にすることなく、拳銃を構える。

 

 対するベルも、動かない片腕を気にする素振りを見せず、ナイフを構える。

 

 一拍置いて、ライニーは銃撃を行うが、ベルは相変わらず俊敏な動きで銃弾を躱し、ライニーに一気に接近する。

 

 

「ヘッ!」

 

「チッ!」

 

 

 ベルのナイフをライニーは拳銃で防ぐ。

 

 ライニーが明らかに不利だった。片腕が使えないために、得意の二丁拳銃ができず、近接戦じゃ、銃とナイフではほとんどの場合、ナイフのほうが速い。

 

 ライニーも体術で対応はできるだろう。だが、血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)に体術によるダメージは期待できない。つまり、接近戦ではライニーのほうに決定打がない。

 

 対するベルはナイフ主体、しかも、そのナイフは武装十字器(クロス・ギア)だ。血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)であるライニーとっては、かすり傷でさえも無視できない。

 

 俺たちも援護に入りたかったが、片腕同士でも、二人の攻防に入り込める余地がなかった。

 

 

「くっ!」

 

 

 ライニーは拳銃の銃身部分を持って、鈍器のように扱いだす。

 

 ベルも受けてたつと言わんばかりに、拳銃による打撃をナイフで迎え撃つ。

 

 拳銃による打撃とナイフによる斬擊の攻防が目で追うのが厳しくなるほど速く、そして激しくなっていく。

 

 

「オラッ!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 ライニーの拳銃がベルによって弾き飛ばされた!

 

 まずい! 

 

 

「終わりだ!」

 

「ライくん!?」

 

 

 ベルは勝負を決めようととどめの斬擊を放つ。

 

 クソッ、助けようにも間に合わない!

 

 ライニーが斬られる──そう思った瞬間──。

 

 

 バキンッ!

 

 

「──あり?」

 

 

 ライニーの拳がベルのナイフを殴り折った!

 

 そして、ライニーは腕を引き──。

 

 

 ドゴンッ!

 

 

「──っ!?」

 

 

 ライニーの拳がベルの顔面に突き刺さり、ベルを後方に大きく吹き飛ばした。

 

 

「──ようやく、その軽薄顔に一発入れられたぜ」

 

「・・・・・・ぐぅぅぅ・・・・・・いってぇぇっ・・・・・・!」

 

 

 ベルは殴られた顔面を押さえながらよろよろと立ち上がる。

 

 

「・・・・・・この痛み・・・・・・おまえ、その腕なんだ?」

 

 

 鼻血を手で拭いながら、ベルはライニーの右腕を睨む。

 

 俺たちも、ライニーの右腕に視線を向ける。

 

 すると、ライニーの右腕が白く燃え上がる!

 

 見ると、右脚も同じように燃えていた!

 

 

「・・・・・・おいおい、その腕と脚はまさか!?」

 

 

 炎が消えると、そこにあったのは、十字架をあしらった刻印がされた白銀の腕と脚だった!

 

 

「・・・・・・武装十字器(クロス・ギア)の義肢とはな。洒落たもん持ってんじゃねぇか」

 

 

 ベルの言うとおり、ライニーの右腕と右脚は武装十字器(クロス・ギア)だった。

 

 

「俺が教会にいた頃にはなかったもんだな。技術の進歩ってやつか? それとも、実用段階じゃなく、試験運用中か? まあ、別にどうでもいいか。それにしても、おまえ、知らないあいだに隻腕と隻脚になってるとはな。任務先で失くしたのか? んで、体のいい被験体にでもされたか?」

 

「・・・・・・おまえには関係のないことだ」

 

「さよですか──ペッ!」

 

 

 ベルは口をもごもごさせてから血を吐き、口から出てる血を手で拭う。

 

 あの感じ、かなりダメージが入ってるようだな。

 

 

「義肢型の武装十字器(クロス・ギア)は義肢になる都合上、通常の武装十字器(クロス・ギア)よりも頑丈に作られてるの。それに伴い、聖なる力も通常よりも高いの」

 

 ユウナが義肢型の武装十字器(クロス・ギア)について説明してくれた。

 

 なるほど。だから、一方的にベルのナイフを折れたし、ベルにかなりのダメージを与えられたわけか。

 

 

「そんな状態になりながらも戦い続けるなんて。健気なもんだねぇ」

 

 

 軽口を叩くベルだが、キツい一発をもらって追い詰めれてるのは確実だった。実際、少しふらふらだった。

 

 

「ふッ!」

 

 

 ライニーは一気にベルの懐に入り込み、拳を打ち出す。

 

 

「チッ!」

 

 

 血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)であるベルはガードすることができず、ふらふらなために避けることもできないため、ライニーの攻撃を受け流すしかなかった。

 

 ドカッ!

 

 

「ぶっ!?」

 

 

 そのスキをついて、ライニーは武装十字器(クロス・ギア)の脚でベルの顎を蹴りあげる。

 

 それによって完全に怯んだベルを、ライニーに武装十字器(クロス・ギア)の腕で執拗に殴っていく。

 

 

「・・・・・・ぐっ・・・・・・さすがに・・・・・・やべぇか・・・・・・!」

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

 

 

 ベルは満身創痍になっており、ライニーは息を切らしながらも、まだ余力を残している様子だった。

 

 

「・・・・・・終わりだ・・・・・・」

 

「・・・・・・くっ・・・・・・」

 

 

 ライニーは義手の手を力強く握って拳を作る。とどめをさすつもりのようだ。

 

 ユウナはその瞬間を見たくないのか、きつく目を閉じて、顔をそらしていた。

 

 

「ふぅッ!」

 

 

 そして、ライニーはとどめをさそうと、拳を打ち出す。

 

 拳がベルの顔面を捉えようとした瞬間──。

 

 

 ザシュッ!

 

 

「がぁっ!?」

 

「「なっ!?」」

 

「え?」

 

 

 突然、赤い無数の槍のようなものがライニーの至るところを貫いた!

 

 その光景に俺と槐は驚愕し、顔をそらしていたユウナは予想外の展開に困惑していた。

 

 

「──惜しかったな、ライ」

 

 

 ライニーを貫いた赤い槍のようなものは液体状に変わり、ベルの周りを漂い始めた。

 

 あれは──血か?

 

 

「かはっ!?」

 

 

 ライニーは血を吐き、貫かれた箇所から鮮血を噴き出せながら力なく倒れた。

 

 

「ライくん!?」

 

 

 それを見たユウナが血相を変えて飛び出した!

 

 

「待て、ユウナ!」

 

 

 俺の制止の声も届かず、ユウナはベルに斬りかかる。

 

 

「なっ!?」

 

 

 ベルの周りを漂っていた血が壁のようになってユウナの斬擊を止めた。

 

 

「がっ!?」

 

 

 そのままベルは、ユウナの首を締め上げる。

 

 俺と槐は二人を助けようと左右からベルに斬りかかる!

 

 だが、血が今度は鞭状の刃物のようになって俺と槐に斬りかかってきた!

 

 

「ぐっ!?」

 

「くっ!?」

 

 

 俺と槐は刀で血の斬擊を受け止めるが、凄まじい力で後方に吹き飛ばされた!

 

 吹き飛ばされながらも、なんとか空中で体勢を整えて着地する。

 

 なんなんだ、あれは!?

 

 当のベルはしてやったりとした顔をしていた。

 

 

「驚いたか。こいつも血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)の力だ。これはさすがに知らなかったようだな、 ライ?」

 

 

 問われたライニーは倒れた状態でベルを睨むだけだった。

 

 

「俺も最近この力に目覚めたんだよ。見てのとおり、自身の血を自在に操れるんだよ。俺はこれをとりあえず、『血の力(ブラッド・アーツ)』って呼んでるぜ。それにしても、カルト教団の連中、本当はこれを見て、俺たちを血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)なんて呼び始めたのかねぇ?」

 

 

 血を自在に操る──まさに血の悪魔ってか!

 

 

「おまけに、この血の力(ブラッド・アーツ)でできたダメージ、なぜか聖なる武器と同じ効果を俺たち血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)に残すんだよなぁ」

 

 

 なっ!? だとしたら、いまのライニーは大変危険な状態だ!

 

 見た感じ、急所は外れてるようだが──おそらく、ベルがわざと外したんだろう。この力を見せびらかすために。

 

 

「・・・・・・ぐっ・・・・・・ユ・・・・・・ユウ・・・・・・ッ!」

 

 

 ライニーはユウナを助けようとしているのか手を伸ばしていた。

 

 

「そんな状態でもユウちゃんを守ろうとするなんて、ホンット、健気だな──っと!」

 

 

 ドガッ!

 

 

「がっ!?」

 

 

 ライニーがベルによって蹴り飛ばされる!

 

 

「・・・・・・ラ・・・・・・ライ・・・・・・くん・・・・・・」

 

 

 ユウナはベルの手を掴んで抵抗を見せるが、ユウナの首を締め上げる力は緩むことはなかった。

 

 ベルは血で短剣を三本創り、親指を除く四本の指の間で挟むようして持つ。

 

 

「他人の心配をしてる余裕なんてあんのかよ、ユウちゃん? それに、さっきの攻撃、まーた躊躇ったろ? この期に及んでも甘いなぁ、ユウちゃんは。──だからこうなる」

 

 

 そう言うと、ベルはユウナの首から手を離すと、ユウナの口を押さえるように掴み、溝尾に血の短剣を突き刺した!

 

 

「──っっっ!?」

 

 

 ユウナがくぐもった悲鳴をあげ、ベルの手の隙間から血が溢れ出た!

 

 

「ほらよ」

 

 

 ベルはライニーに向けてユウナを投げつける!

 

 

「・・・・・・くっ・・・・・・!」

 

 

 ライニーは傷ついた体で無理を押してユウナを受け止める。

 

 だが、同時にベルは血の短剣を投擲していた!

 

 

「──ッ!」

 

 

 ザシュッ!

 

 

「があっ!?」

 

 

 ライニーはユウナを庇い、背中で血の短剣を受ける!

 

 

「ほーら、追加だ」

 

 

 ベルはさらに血の短剣を投擲するが、俺がライニーとベルの間に入り込んで血の短剣を雷刃(ライトニングスラッシュ)で弾く!

 

 

「明日夏、後ろだ!」

 

 

 槐に言われ、すぐに振り向くと、ライニーとユウナに刺さっていた血の短剣が俺に向かって飛来してきていた!

 

 

「くっ!?」

 

 

 俺は即座に緋い龍気で防ぐ!

 

 さらに、オーラで血の短剣を包み、完全に消し飛ばす!

 

 

「いい判断だな。斬ろうが、吹っ飛ばそうが、元は液体だから関係ないからな。蒸発させるか、消し飛ばすかしないってわけだ」

 

 

 俺はベルの向き直りつつ、二人の容態を見てる槐に訊く。

 

 

「槐、二人の容態は!?」

 

「・・・・・・危険な状態だが、まだ息はある」

 

 

 二人のほうに視線を向ける。

 

 ユウナは意識を失っており、息も荒かった。

 

 ライニーのほうはまだ意識はあるが、気力で無理くり意識を保ってるような状態だった。

 

 二人とも、かなり傷が酷い。特にユウナのほうは深刻だ。むしろ、生きてるほうが不思議だった。

 

 

「心配しなくても、血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)の生命力ならかろうじて息長らえると思うぜ」

 

 

 皮肉にも、二人を苦しめた血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)の特性が二人を生かしていた。

 

 

「槐、二人を連れて、急いでアーシアのところに向かってくれ!」

 

 

 このまま放っておけば、二人の命が危ないことに変わりはなかった。

 

 

「──ッ! 明日夏、おまえはどうする気だ!?」

 

「俺は奴を食い止める!」

 

 

 消耗してる槐では荷が重いだろう。

 

 俺は雷刃(ライトニングスラッシュ)を逆手持ちにして構える。

 

 

「俺とライの戦いに着いてこれなかった奴がほざくじゃねぇか? ──と、言いたいとこだが・・・・・・さすがにやられ過ぎたか・・・・・・」

 

 

 気丈に振る舞っていたベルだったが、ダメージでふらつき始めていた。

 

 

「・・・・・・ったく、義肢型の武装十字器(クロス・ギア)は予想外だったぜ。こんなことなら、なめプなんてするんじゃなかったぜ・・・・・・」

 

 

 ライニーが与えたダメージは決して軽くない。足止めは問題ないはずだし、倒すことも不可能じゃないはずだ。

 

 

「・・・・・・・・・・・・引っ込んでろ・・・・・・奴は俺が殺す・・・・・・!」

 

 

 ライニーが無理矢理立ち上がり、俺の肩を掴んでさがらせようとする。

 

 

「・・・・・・そんなザマでどうする気だ?」

 

 

 ライニーは俺の肩を引っ張ろうとしていたが、手からはほとんど力を感じられなかった。もう、立ってるだけでやっとなのだろう。

 

 

「・・・・・・・・・・・・黙れ・・・・・・! ・・・・・・てめぇには・・・・・・関係のないことだ・・・・・・!」

 

 

 なんだ? なぜこいつはここまでする。恩人の仇、かつての仲間、そういった愛憎が入り交じった感情があることは察せるが、それだけじゃないような気がしてならない。

 

 俺の疑問に感づいたのか、ベルが答える。

 

 

「そいつがそんなに必死なのは、自分の手で俺を殺すことで、本部の不信感を少しでも払拭してぇのさ。いままでもそうさ。汚れ仕事を積極的に受けて、教会に対する献身さをアピールして、血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)に対するイメージを払拭しようとしてきた。そのためなら、どこまでも冷徹になれる。本人は信仰心なんてないのにな」

 

 

 それはなんとなく察していた。おそらく、ライニーは血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)のことで受けた数々の扱いが原因でかなりの人間不信に陥ってる。そんな奴が、自分たちを冷遇する教会に対し忠誠心なんて抱くわけがない。すべては、ユウナや同じ血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)の子供たちのため。路頭に迷わせず、居場所を作るため。

 

 そのためにこいつは自分を殺してきた。人間不信だからこそ、心を許した相手にはどこまでも献身的になる。いままでのことから、ライニー・ディランディという男はそういう人間なんだと感じた。

 

 だからだろうな──。

 

 

「いまの俺たちは協力関係だ。おまえのやろうとしていることを邪魔する気はないが、みすみす死なせる気もない」

 

「・・・・・・バカが・・・・・・そんなもん、形だけのものだろうが・・・・・・! 今回の件が終われば、ただの他人だ・・・・・・!」

 

「それでもだ」

 

 

 大切なもののために戦うこいつをみすみす死なせたくなかった。

 

 仮にこの先、敵になるのだとしてもだ。そのときはそのときだ。

 

 だからいまは──。

 

 

「──休んでろ」

 

「──っ!?」

 

 

 俺はライニーの首筋に当身を当て、ライニーの意識を刈り取る。

 

 

「頼むぞ、槐」

 

「・・・・・・わかった」

 

 

 槐も消耗したいまの自分では足手まといになると感じたのか、素直に従ってくれ、ライニーとユウナに肩を担ぐ。

 

 女一人にかなり無理させることになってしまうが、奴の相手をするよりは負担は軽いはずだ。

 

 二人を槐に任せ、俺はベルに備えて構える。

 

 

「おまえ、悪魔側の人間なんだろ? いいのかよ? 本部から冷遇されているとはいえ、一応は教会の戦士にそんなに肩入れして?」

 

「勘違いするな。俺は別に悪魔側というわけじゃない。俺がイッセーたちといるのはイッセーたちだからだ。そこに悪魔だとか人間だとかは関係ない。そして、俺はこいつらを死なせたくないと思った。それも教会の戦士だとかは関係ない。こいつらだからだ」

 

 

 俺はなんてことのないように言う。

 

 

「──なるほどねぇ」

 

 

 それを聞いて、ベルは軽く微笑むと、俺のことを興味深そうに見てくる。

 

 

「どうりで、人嫌いのライが雀の涙ぐらいには気にかけてるわけだ。俺、おまえのことを気に入ったぜ。その証拠に、いま、おまえのことを滅茶苦茶殺したいと思ってるからな」

 

 

 ベルから強烈な殺意を向けられる!

 

 だが、奴の意識が俺に集中するのなら、足止めをするのに好都合だ。

 

 

「そういえば、おまえ、さっきライのやることを邪魔する気はないって言ってたな?」

 

「・・・・・・それがどうした?」

 

「──それが、()()()()()()()()、でもか?」

 

 



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Life.22 強敵、現れました!

 

 

「──何?」

 

 

 俺はベルの言葉に衝撃を受けてしまう。実の家族を手にかけるなんて、俺からしたら、とても信じられない話だからだ。

 

 

「そいつには姉がいてな。名前はエイミー・ディランディ。もちろん、俺たちと同じく血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)だぜ。ノモア神父に拾われるまえまでは、ライは姉と肩を寄せあって、必死に支えあって生きてたみたいだぜ」

 

 

 そんな姉をなんで──いや、待て。そもそも、ライニーの姉は教会に拾われたのか? いや、たぶん、あの言いかたから察するに、教会にライニーの姉はいない。そして、死んでるわけではない。いま現在、殺そうとしているわけだからな。

 

 ならなぜ、生き別れることになった? 殺そうとするってことは、そうしなければ、教会に悪い印象を与えることになるということだ。

 

 

「なあ、ライの奴、初めて会ったときに悪魔のことをとことん扱き下ろしてなかったか?」

 

 

 ──ッ! まさか!

 

 

「そうだ。ライの姉貴は悪魔に転生してるのさ。しかも、本人の意思を無視して無理矢理にな」

 

 

 ・・・・・・やっぱりか。

 

 

「せっかくだから話してやるよ。まあ、俺もライから聞いた話だがな」

 

 

 そして、ベルはライニーとライニーの姉に起こった出来事を語り始めた。

 

 

-○●○-

 

 

 ライニーとエイミーのディランディ姉弟は、母親から虐待を受けていた。それも、血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)になるまえからである。

 

 二人の母親は遊び人で、二人の父親であり、当時付き合っていた彼氏と毎日酒を飲んでは情欲に更ける毎日を過ごしていた女だった。そんなある日、母親はエイミーを身籠ることになった。そして、エイミーが誕生し、さらに一年後にライニーが誕生した。そして、二人が物心がついた頃、父親は三人を残してどこかへ蒸発してしまった。実は父親は母親と付き合っていた当時から借金にまみれており、初めから母親に借金を押しつけて逃亡するつもりだったのだ。母親はそれに怒り、絶望した。借金に借金を重ね、酒浸りになり、自堕落な生活を送るようになり、そして、腹いせに二人を虐待するようになったのだ。

 

 二人が血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)になると、体が頑丈になったことをいいことに、母親の虐待は日増しに酷くなっていった。

 

 そして、ついには二人を殺そうとする状況にまで発展してしまった。

 

 それまで、ずっと耐え続けていたエイミーはそこで初めて母親に反抗した。反撃で母親を昏倒させ、そのスキにもう母親とは暮らせないとライニーを連れて家を出たのだ。

 

 そこからの二人の生活は悲惨なものだった。ストリートチルドレンの二人を気にかけてくれる者はおらず、むしろ、血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)の身体的特徴を忌み嫌われ、蔑まれていた。飢えをしのぐために生ゴミを漁り、渇きを癒すために泥水を啜って生きてきた。幸いにも、血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)になったことで二人はなんとか生き長らえることができていた。

 

 そんなある日、二人はとある上級悪魔に出会った。上級悪魔は人のいい笑みを浮かべて二人を自身の眷属に誘った。そうすれば、おいしいものも食べられ、暖かい場所で暮らせると。もう、こんな生活をしなくてもいいと。

 

 だが、エイミーはそれを断った。なぜ断ったかは定かではないが、()()()()()()()()()()を考えれば、その上級悪魔の本性を本能的に感じとっていたのかもしれなかった。

 

 誘いを断られた上級悪魔はとたんに豹変し、二人を無理矢理眷属にしようとした。上級悪魔は初めから、二人の血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)として力に目をつけていたのだ。

 

 二人はすぐさま逃げたが、血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)といえども幼い子供、しかも、いままでの劣悪な生活で弱っていたこともあって、当然逃げ切れるはずもなかった。

 

 そこで、エイミーは自分を囮にすることで、ライニーだけでも逃がそうとした。

 

 結果、エイミーは上級悪魔に捕らえられ、ライニーは偶然にも近辺に訪れていたノモアに保護された。

 

 ノモアはすぐさま、エイミーのことを救出しようとしたが、時遅く、エイミーは転生悪魔となっていた。

 

 立場上、エイミーのことを助けることができなかったノモアはライニーだけでも守るため、上級悪魔も教会とことをかまえるわけにいかないことと、エイミーだけでも満足していたことで、ノモアと上級悪魔はお互いに手を引いた。

 

 これが、ディランディ姉弟が生き別れるまでに起こったことの顛末だった。

 

 

-○●○-

 

 

「──とまあ、こんな感じだ。ま、そんな珍しい話でもないな」

 

 

 ・・・・・・ライニーにそんな過去が。

 

 ライニーが悪魔を憎むのも、他人を信じれないのも、家族同然のように想うユウナたちのために自分を犠牲にするのもそのことが理由か。

 

 

「当時のライはそれはもう、ノモア神父を責めてたぜ。なんで姉を助けてくれなかったてな。ノモア神父も、言い訳することなく、ライに何度も謝罪し、ライの責めを甘んじて受け入れてた。そのときのノモア神父の行動が原因なんだろうな。ライが姉とユウちゃんたちを天秤にかけちまったのは」

 

 

 姉とユウナたちを天秤にかけた結果、ライニーはより確実に守れるほうを取った。

 

 立ち位置的にそれしかできなかったんだろう。姉を上級悪魔から連れ出すことはもちろん、出会うことがあれば、教会の戦士として見逃すわけにはいかない。もし見逃したりすれば、それが原因で余計に立場が悪くなりかねない。最悪、教会から追放されかねない。自分一人で済むのなら、ライニーはそれでもかまわないだろうが、ユウナたちのこともあり、それはできなかった。

 

 

「ま、その役目は俺が引き受けてやるさ。だから、安心して俺に殺されてろってな。──って、聞こえてねぇか」

 

「──ッ!」

 

 

 ベルの殺気が意識を失ってるライニーとユウナに向けられる。

 

 

「槐、早く行け!」

 

 

 俺は槐に叫んで促し、雷刃(ライトニングスラッシュ)を構える。

 

 

「──女一人に荷物持ちさせるなんて、男としてどうなんだ?」

 

「「──ッ!」」

 

 

 突然の第三者の声! そして、眼前に紅い雷をほとばしらせた誰かが一瞬で現れた!

 

 

「レン!」

 

 

 現れたのは別行動をしていたレンだった。

 

 よく見ると、誰かを担いでいた。

 

 

「こいつを頼む」

 

 

 レンは担いでいた誰かを俺に投げ渡してきた。

 

 俺は慌ててそれをキャッチする。

 

 

「イリナ!」

 

 

 投げ渡されたのは、ボロボロで血まみれのイリナだった!

 

 こちらもかなりの酷い傷だったが、息はまだあった。だが、その息もライニーとユウナと同じくらい荒かった。こっちもすぐ治療しないと危険だな。

 

 

「ここは俺に任せて行け! そして、リアス・グレモリーと樹里さん、可能なら教会本部に伝えろ! 今回の事件は、コカビエルを始めとした一部の堕天使が独断で起こしたもので、グリゴリは関与していないこと。そして、独断専行の目的は、かつての悪魔、神、堕天使の大戦を再開させることだってな!」

 

「な、なんだと!? じゃあ、エクスカリバーを奪ったのも、この町に潜伏してるのも!?」

 

「神側と悪魔側への挑発らしい! 詳しい説明はこいつに録音しといた!」

 

 

 そう言って、レンはスマホを投げ渡してきた。

 

 

「他のメンツは無事だ! だから早く行け! ヘタすれば、一刻を争う事態になるかもしれないぞ!」

 

 

 今回の事態の大きさを把握し、俺はうなずく。

 

 木場たちが心配だが、レンが無事というなら大丈夫なんだろう。レンの能力なら、それを把握することは可能だからな。

 

 

「ライニーは俺が運ぶ。ユウナを頼む」

 

「わかった」

 

 

 ユウナを槐に任せ、俺はイリナとライニーを担ぐ。

 

 

「気をつけろ、レン! そいつは──」

 

()()()()から知ってる!」

 

 

 レンは自身の耳を指で軽く叩きながら言う。

 

 レンの能力ならそれも可能か。

 

 

「おっと、行かせねぇよ!」

 

 

 そう言い、ベルが血の短剣を投擲してきた!

 

 

「飛電の太刀──紅乱(べにみだ)れ!」

 

 

 レンの居合いと同時に広範囲に放出された紅い雷によって血の短剣が消し飛ばされた。

 

 

「早く行け! 複数の堕天使やはぐれどもがやって来てる! ケガ人を抱えながら戦うのはさすがにキツい!」

 

 

 レンの言葉に俺と槐はうなずき、即座にその場から走りだす。

 

 レンが心配だったが、レンならうまく立ち回るだろう。

 

 とにかく急いだほうがよさそうだ!

 

 俺と槐はライニーたちにできるだけ負担をかけないように急いで来た道を駆け抜けていった。

 

 

-○●○-

 

 

 傷ついたライニーたちを運びつつ、俺と槐は林の中を突っ切っていく。

 

 走りつつ、後方を確認するが、俺たちを追ってきてる存在はいなかった。レンがうまく足止めしてくれてるようだな。

 

 そうこうしていると、カリスが操る死人の自爆でできたクレーターがある場所に着いた。

 

 

「──あれは?」

 

 

 クレーターの中心に団体の人影が見えた。

 

 敵かと警戒するが──。

 

 

「──ッ! 部長、皆!」

 

 

 そこにいたのは部長たちオカ研の皆だった。

 

 アーシアもいるな。ちょうどよかった!

 

 

「アーシア! 治療を頼む! 急いでくれ!」

 

「は、はい!」

 

 

 アーシアは返事をすると、急いで駆け寄ってきた。

 

 俺と槐はライニーたちをその場に寝かせると、アーシアはライニーたちの状態に酷く驚きながらもすぐに治療を開始してくれた。

 

 イッセーが訊いてくる。

 

 

「一体、何があったんだよ!? 木場やゼノヴィアは!?」

 

「二人とははぐれちまって、どこにいるかは・・・・・・」

 

 

 そこへ、部長が歩み寄ってきた。・・・・・・見るからに不機嫌そうだった。

 

 あー、これは勝手したことがバレてるな・・・・・・。

 

 イッセーが言うには、ゼノヴィアたちと会った時点ですでにバレていたみたいだ。

 

 

「──明日夏。イッセーと一緒に勝手なことをしたことについていろいろ言いたいことはあるけれど、いまは置いておくわ。一体何があったのかを詳しく話してちょうだい」

 

 

 俺はイッセーたちと別れてから起こった出来事を話した。

 

 

「祐斗の行方は依然として不明だけど、ひとまず無事なのね?」

 

「はい。レンが言うにはですが」

 

 

 俺は一応、レンの能力について話し、遠く離れた人物の状態を確認できることを伝えた。

 

 それを聞き、部長たちもひとまず安心してくれた。

 

 

「──それよりも部長。今回の事件、思った以上に大事です・・・・・・」

 

「大事? どういうことかしら?」

 

「詳しくはこれに」

 

 

 俺はレンのスマホのボイスレコーダーに録音されていたレンの話を再生する。

 

 レンの話によると、今回の事件は、三大勢力間の争いに消極的なグリゴリの方針に業を煮やしたコカビエルを筆頭とするタカ派の堕天使たちが独断で起こしたもので、教会からエクスカリバーを奪ったのも、部長の縄張りであるこの町に潜伏していたのも、二勢力への挑発であった。しかも、独断で戦争を起こそうとしただけあり、『CBR』なる謎の組織からカリスを始めとした大勢のはぐれハンターたちが派遣されていたり、大量の聖剣を提供されており、さらにはフェニックスの涙まで用意しているみたいだ。フェニックスの涙の入手経路はおそらく、M×Mと同じ裏ルートで手に入れたものだろう。

 

 

「戦争を起こすことが目的だなんて・・・・・・」

 

 

 堕天使たちの目的を知り、部長は眉をひそめる。

 

 

「部長、事態は一刻を争います! すぐにでも魔王に援軍を要請すべきです!」

 

 

 これはもう、個人でことに当たるレベルを越えている。戦力的な観点から見ても、魔王に援軍を要請すべきだ。

 

 だが、部長は苦い表情を浮かべていた。

 

 

「──部長。先日の婚約騒動で迷惑をかけたことを気にしてるんでしょうけど、これはもう、個人で対処できるレベルではありません!」

 

 

 俺がもの申していると、副部長が部長に言う。

 

 

「リアス。明日夏くんの言うとおりですわ。相手は堕天使の幹部よ。あなた個人で解決できるレベルをはるかに超えているわ。──魔王さまの力を借りましょう」

 

 

 部長は何か言いたげそうにするが、大きく息を吐き、静かに頷いた。

 

 

「──そうだ。そうしてもらわないと困る」

 

『っ!?』

 

 

 突然、上空から第三者の声が聞こえ、同時に、とてつもないプレッシャーが重くのしかかってきた!

 

 この重圧・・・・・・まさか!

 

 俺たちは上空を見上げる。

 

 月をバックに漆黒の翼を生やした男が浮いていた。長身でウェーブのかかった長い黒髪をしており、装飾の凝ったローブを着用していた。そして、その翼の数は──十!

 

 樹里さんが見せてくれた写真と同じ顔! 間違いない! こいつが!

 

 

「はじめましてかな、グレモリー家の娘。我が名はコカビエル」

 

 

 大胆不敵に名乗る堕天使の幹部──コカビエル!

 

 感じる重圧はレイナーレたちとは比べるのもおこがましいほどのレベルだった。

 

 

「ごきげんよう、堕ちた天使の幹部さん。私はリアス・グレモリー。どうぞお見知りおきを」

 

 

 部長も怯まず名乗る。

 

 

「紅髪が麗しいものだな。紅髪の魔王サーゼクス、おまえの兄にそっくりだ。忌々しくて反吐が出そうだよ」

 

 

 コカビエルの挑発的な物言いにも、部長は冷静に振る舞い、コカビエルに訊く。

 

 

「それで、戦争を起こそうとしているのは本当なのかしら?」

 

「ああ、そうだとも。エクスカリバーでも奪えば、ミカエルが仕掛けてくるかと思ったのだが、よこしたのはザコの悪魔祓い(エクソシスト)と聖剣使いが三匹、悪魔もどきが二匹だ。つまらん。あまりにもつまらん。──だから、今度はおまえの根城である駒王学園を中心に、この町で暴れさせてもらおうと思ってな。そうすれば、いやでもサーゼクスは出てこざるを得ない。だろう?」

 

 

 なっ、駒王学園で暴れるだと!?

 

 

「サーゼクスの妹の根城で暴れるんだ。それなりに楽しめそうだろう?」

 

 

 完全に戦争狂だった! 独断で戦争を起こそうとするわけだ!

 

 

「そうだ。そうだとも! 俺は三つ巴の戦争が終わってから退屈で退屈で仕方がなかった! アザゼルもシェムハザも、次の戦争には消極的でな。それどころか、そのアザゼルは戦争に消極的どころか、神器(セイクリッド・ギア)とかいうわけのわかからんものを集めだし、研究に没頭し始める始末だ」

 

「おまえらは聖剣だけでなく、神器(セイクリッド・ギア)もご所望なのかよ!」

 

 

 イッセーが震えながらも強気の姿勢を崩さずコカビエルに訊く。

 

 

「貴様の持つ『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』クラスなら武器にもなろうが、あいにく俺には興味がない。アザゼルならほしがるかもしれんが。あいつのコレクター趣味は異常だからな」

 

 

 そういや、兄貴がそんなこと言ってたな。アーシアみたいな、神器(セイクリッド・ギア)のせいで、居場所を失くした人間の保護も積極的にやってるとか。

 

 

「堕天使、神、悪魔はギリギリのところで均衡を保っているだけだ。ならば、この手で戦争を引き起こしてやればいい。だから、今度は貴様ら悪魔に仕掛けさせてもらう! ルシファーの妹リアス・グレモリー、そして、レヴィアタンの妹ソーナ・シトリー、それらの通う学舎なら、さぞや魔力の波動が立ち込めていて、混沌が楽しめるだろう! 戦場としては申し分あるまい!」

 

 

 無茶苦茶だ! こいつ、マジで頭がイカれてやがる!

 

 

「ヒャハハハハッハハ!」

 

 

 突然の笑い声!

 

 笑い声がするほうを見ると、そこにいたのは盛大に笑い声をあげているフリードだった。

 

 

「やあ、やあ、やあ♪ ご機嫌麗しゅう、クソ悪魔ども♪ うちのボス、このイカれ具合がステキで最高でしょぉ♪ 俺もついつい張り切っちゃうわけさ♪ こーんなご褒美まで頂いちゃうしさぁ♪」

 

 そう言うと、フリードは神父服を前を開く。そこには左右に一本ずつ、剣が帯剣しており、手に持つエクスカリバーを加えて合計三本の剣をフリードは見せびらかす。

 

 おいおい、あれはまさか全部エクスカリバーなのか!?

 

 レンの話では、フリード以外の使い手は倒したということだったが、そのままフリードが所有者になったのか!

 

 

「むろん、もちろん、全部使えるハイパー状態なんざます♪ 俺って最強ぉ♪ ウフフフフフ♪ あぁ、この『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』もツインテールのお姉さんからゲットさせていただきやしたんで♪」

 

 

 そう言って腕に巻いていた紐を見せびらかしてきた。

 

 よく見たらあれって、イリナが腕に巻いてたやつじゃねぇか!

 

 エクスカリバー四本の使い手とか、どこまで面倒になる気だこいつ!

 

 

「そろそろ行くぞ、フリード。ジブラエルとバルパーが準備を終えている頃だろう」

 

「はいな、ボス!」

 

「戦争をしよう、魔王サーゼクス・ルシファーの妹、リアス・グレモリーよ!」

 

 

 そう言うと、コカビエルが光の槍を無数に撃ち込んできた!

 

 

「皆、私と朱乃の後ろに!」

 

 

 言われるがまま、俺たちは防御魔方陣を展開する部長と副部長の背後に飛び込む!

 

 光の槍が止むと、すでにコカビエルとフリードはその場にいなかった!

 

 駒王学園に向かったのか!

 

 

「あいつら、マジで学園を!?」

 

「・・・・・・いいえ、イッセー。学園を中心にと言っていたから、それだけではすまないでしょうね・・・・・・」

 

「・・・・・・そうですわね。あのクラスの堕天使なら、この地方都市程度、滅ぼすことなど容易いでしょうね・・・・・・」

 

 

 ──ッ! 俺の脳裏に吹き飛ばされる駒王町、イッセーの両親、松田や元浜たちがそれに巻き込まれてしまうイメージが浮かんでしまった!

 

 

「くっ! ふざけんな。ふざけるなよ、クソ堕天使! てめぇの好き勝手にさせてたまるか!」

 

 

 イッセーは戦争を起こしたいがためだけにこの町を破壊しようとするコカビエルに怒りを募らせていた。

 

 イッセーだけじゃない。この場にいる全員がコカビエルに怒りを抱いていた。

 

 

「朱乃。彼女らをソーナのところに連れていって、事情を説明しつつ、彼女らをソーナに預けてちょうだい! その後、すぐにお兄さまに打診を!」

 

「はい、部長!」

 

「他の皆は学園に向かうわよ!」

 

『はい、部長!』

 

 

 ライニーたちを副部長に任せ、俺達は部長に続いて急いで学園に向かった!

 

 



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Life.23 決戦、駒王学園!

 

 

 俺たちは現在、校門の前にいた。

 

 そして、学園では副会長を除く生徒会総動員で学園全体に結界が張られていた。

 

 

「学園全体を結界で覆いました。よほどのことがない限り、外への被害は食い止められるはずです」

 

 

 この結界は学園外への被害を抑えると同時に、これから起こることを外に出さないためのものだった。

 

 

「ありがとう。助かるわ、ソーナ」

 

「・・・・・・ただし、現状が維持されていればの話です」

 

「・・・・・・そうね」

 

 

 部長と会長が苦い表情を浮かべていた。

 

 実際、コカビエルクラスが暴れることを考えたら、正直心もとなかった。それでも、ないよりはマシだが・・・・・・。

 

 そこへ、医療設備のある会長の家で傷ついたライニーたちを診てくれていた副会長が戻ってきた。

 

 イッセーがライニーたちの容態について訊く。

 

 

「副会長、イリナたちは!?」

 

「命に別状はありません。アルジェントさんの治癒のおかげです」

 

「・・・・・・よかった」

 

 

 副会長の報告にアーシアも安堵していた。

 

 

「明日夏」

 

「戻ったか、槐」

 

 

 樹里さんにことの事態を報告に行っていた槐も戻ってきた。樹里さんを通じて、ギルドにも同様のことが伝わっているだろう。

 

 

「樹里さんはなんて?」

 

「・・・・・・あまり増援は期待できないそうだ」

 

「・・・・・・そうか」

 

 

 原因はレンの情報にあった『CBR』のせいだろう。この組織のせいで、はぐれになるハンターが増加傾向にある。しかも、そこのボスがあの『災禍の凶王(カラミティ・キング)』だという。その『災禍の凶王(カラミティ・キング)』がギルドや政府と繋がりあるとのことだ。そのせいで、本来ならはぐれ認定されるような奴らがはぐれ認定されずにいるみたいだ。そのことがあり、派遣できるハンターは信用における人物に限られてくる。だが、そういうハンターに限って、増加傾向にあるはぐれの対処で引っ張りだこなのが現状だ。

 

 イリナ、ライニー、ユウナは眠っており、ゼノヴィア、アルミヤさんは行方知れずなために、教会側にこの事態を伝える者がいないので、教会側からの援軍も期待できない。

 

 堕天使側も独断先行しているコカビエルを止めようとしている素振りもない。

 

 こうなると、魔王が派遣してくれる援軍だけが頼りか・・・・・・。

 

 

「私と眷属総動員でできるだけ結界の維持に努めます。・・・・・・学園の崩壊は免れないかもしれないですね。耐え難いことですが・・・・・・」

 

 

 会長は目を細め、学園のほうを憎々しげに見つめる。

 

 学園に被害が出るのは確定事項か・・・・・・。

 

 

「そんなことはさせないわ。朱乃、お兄さまはなんて?」

 

「サーゼクスさまの軍勢はおよそ一時間程度で到着する予定だそうですわ」

 

「・・・・・・一時間ね」

 

「一時間・・・・・・。わかりました。その間、私たち生徒会はシトリー眷属の名にかけて、結界を張り続けてみせます」

 

 

 会長の決意を聞き、部長も肚を決めた様子だった。

 

 

「さて、私の下僕悪魔たち。私たちはオフェンス、学園内に飛び込み、コカビエルの力の解放を阻止すること。ライザーとの一戦とは違い、命をかけた戦いになるでしょう。でも、私たちに死ぬことは許されないわ!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 

 イッセーたちの力強い返事を聞くと、部長が俺、千秋、鶫、燕、槐に言う。

 

 

「明日夏、千秋、鶫、燕、それから、夜刀神槐さん。本来ならこれは悪魔と堕天使の問題。だけど、正直に言うと、あなたたちに力を貸してほしい。でも、敵の戦力は強大。もし、いやだと言うのなら、無理強いは──」

 

「──部長」

 

 

 俺は部長の言葉を遮って言う。

 

 

「皆まで言わないでください。いまさら水くさいですよ。仲間がこの町のために戦ってるのに、自分だけ逃げるなんてできません。覚悟はできてます」

 

 

 千秋たちも強くうなずいて覚悟を示す。

 

 

「私もこんな事態見過ごせません。同じく覚悟はできてます」

 

 

 槐も同様の覚悟のようだ。

 俺たちの覚悟を聞くと、部長は学園を見据えて言う。

 

 

「皆、もう一度言うわ! 死ぬことは許さない! 生きて帰って、あの学園に通うわよ!」

 

『はい!』

 

 

 俺たちは部長の言葉に気合いの入った返事をし、結界の内側に入り込み、駒王学園に乗り込んだ!

 

 

-○●○-

 

 

 校舎内を進んでコカビエルたちがいるというグラウンドに向かっている途中、部長が俺に言う。

 

 

「イッセー。あなたにはサポートに徹してもらうわ」

 

「サポート?」

 

「高めた力をギフトの能力で譲渡してほしいの」

 

 

 そうか、素の俺がパワーアップするなんかよりも、俺よりも遥かに強い部長たちに譲渡したほうがずっといいからな。

 

 

「なるほど、了解です」

 

「イッセーが力を譲渡できるようになるまで時間を稼ぐわよ」

 

 

 部長が皆に言うと。皆うなずいて了承した。

 

 

「イッセー」

 

「は、はい?」

 

「当てにしてるわよ」

 

「はい!」

 

 

 部長に力強く返事した俺は『女王(クイーン)』へとプロモーションする。

 

 グラウンドに着いた瞬間、俺は異様な光景に言葉を失った。

 

 陸上競技場の中央に四本の剣が神々しい光を発しながら宙に浮いている。それを中央に怪しい魔方陣が陸上競技場全体に描かれており、四本の剣の近くにバルパー・ガリレイの姿があった。離れた場所では、フリードと、顔に見覚えのある男性が二人いた。確か、樹里さんに見せてもらった写真に写っていたカリス・パトゥーリアとベルティゴ・ノーティラスって奴だった。

 

 それにしても、気になるのはあの魔方陣だ。一体、何をするつもりなんだ?

 

 

「四本のエクスカリバーをひとつにするのだそうだ。あの男の念願らしくてな」

 

 

 上空から俺の疑問に答える声が聞こえ、俺たちは一斉に上空を見る! そこには、なんらかの術で浮いた椅子に座ってこちらを見下ろしているコカビエルがいた!

 

 その傍らには翼が八枚もある堕天使もいた!

 

 

「お初にお目にかかります。私はコカビエルさまの右腕を務めておりまするジブラエルと申します」

 

 

 丁寧にお辞儀をして挨拶するジブラエルと名乗った堕天使。

 

 こっちもコカビエルに負けず劣らずのプレッシャーを放っていた!

 

 だけど、堕天使は二人以外にはいなかった。

 

 レンからの情報じゃ、結構な数の堕天使がこの件に関わっているって言ってたのに。それに、フリードたち以外のはぐれたちの姿も見えなかった。

 

 俺の疑問に感づいたのか、ジブラエルが言う。

 

 

「他の者たちは、総力をあげて『閃刃』殿と『錬鉄の剣聖』殿の相手を任せております。現状、一番の脅威になり得るのはあのお二方ですからね」

 

 

 閃刃? 錬鉄の剣聖? もしかして、レンとアルミヤさんのことか?

 

 

「そんなことよりも、サーゼクスは来るのか? それともセラフォルーか?」

 

「お兄さまとレヴィアタンさまの代わりに私たちが──」

 

 

 パチン。

 

 

 コカビエルが部長の言葉を遮って指を鳴らした瞬間、コカビエルの手元に光の槍が現れた!

 

 

「部長!」

 

 

 俺たちは慌てて主の盾にならんと部長の前に出るが、槍はまったく別の方向に飛んでいき、体育館に突き刺さる。

 

 

 ドォォォオオオオオオオンッ!

 

 

 体育館が爆発し、爆音と爆風が辺り一帯に広がっていく!

 

 体育館が丸々消し飛びやがった!?

 

 

「つまらん。まあいい。余興にはなるか」

 

 

 一応、朱乃さんもライザーとのレーティングゲームのときに体育館を吹き飛ばしてたけど、あれは力を溜めてやっとできたことだったのに、あいつは明らかに軽くやってだった。

 

 う、嘘だろ・・・・・・。あ、あんなのまともにくらったら・・・・・・。

 

 

『ビビってるのか、相棒?』

 

 

 ドライグが茶化すように語りかけてくる。

 

 あんなデケェ光の槍、見たことねえぞ! 次元が違うじゃねぇか!

 

 

『ああ、次元が違うさ。あいつは過去の魔王たちと神を相手に戦い、生き残った男だからな』

 

 

 ・・・・・・そんな奴に勝てるのか?

 

 

『いざとなったら、おまえの体の大半をドラゴンにしてでも勝たせてやるさ。倒せないまでも一時間動けないぐらいのダメージは残してやる。あとは魔王に任せればいい』

 

 

 大半ねぇ・・・・・・。そういうレベルってことかよ・・・・・・。

 

 

「バルパー、あとどれぐらいでエクスカリバーは統合できる?」

 

「五分もかからんよ、コカビエル」

 

「そうか。では引き続き頼む。さて、せっかく来てくれたんだ。そのあいだ、俺のペットと遊んでもらおうか」

 

 

 コカビエルがそう言った瞬間、真下の地面に魔方陣が展開され、何かが出てきた!

 

 

 ギャオオオオオオオオオォォォォォォォンッ!

 

 

 辺り一帯を震わせるほどの咆哮をあげたのは、八・・・・・・いや、十メートルはあるであろう、巨大な黒い犬が二匹だった。四足はひとつひとつが太く、そこから鋭い爪が生えていた。突き出た口から覗かせるのは凶悪極まりない牙だ。何より目を引いたのは、その首が()()あることだった!

 

 

「──ケルベロス!」

 

 

 部長が忌々しそうに言う。

 

 

「え?」

 

「冥界の門に生息する地獄の番犬ですわ! 人間界に持ち込むなんて!」

 

 

 朱乃さんの説明を聞き、身震いする。

 

 

「彼らともぜひ遊んであげてください」

 

 

 カリスがそう言うと、複数の魔方陣が展開され、そこから明らかに正常じゃない人々が現れた! その数は三十は下らない!

 

 あれが明日夏たちが言っていた動く死体ってやつかよ!

 

 

「ケルベロスの相手は私と朱乃と小猫がするわ! 行くわよ、朱乃、小猫!」

 

「「はい、部長!」」

 

 

 部長は朱乃さんと小猫ちゃんを連れてケルベロスに立ち向かっていく。

 

 

「イッセーは神器(セイクリッド・ギア)でパワーの強化を!」

 

「はい、部長! 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』ッ!」

 

 

Boost(ブースト)!』

 

 

 籠手を出し、倍加をスタートさせる。

 

 

「アーシアは後方で待機しつつ、傷ついた者の治癒を!」

 

「わかりました!」

 

「明日夏たちにはあの死人たちのことをお願いするわ!」

 

『了解!』

 

 

 明日夏たちは散開して死人たちに向かっていく。明日夏が言うには、あの死人は五臓と丹田の六ヶ所どれかがカリスの神器(セイクリッド・ギア)の力を受信しているので、そこを叩けばいいらしい。でも、そうしないと、倒してもすぐにカリスに修復されてまた動きだしてしまうとのこと。もし、俺のほうに来たら、そこを気をつけないとな。

 

 

「アーシア、下がってろ!」

 

「は、はい!」

 

 

 アーシアを守るように俺の後ろに下がらせる。

 

 なーに、大丈夫。あんなワン公、部長と朱乃さんがすぐに躾てくれるし、あのゾンビたちだって、明日夏たちの敵じゃねぇよ。

 

 ケルベロスが口から炎を吐いて、飛んでいる部長と朱乃さんを狙い撃ちする!

 

 

「はッ!」

 

 

 朱乃さんが瞬時に炎を凍らせた。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 すかさず、部長の滅びの魔力がケルベロスに放たれ、ケルベロスが吹っ飛んだ。

 

 もう一匹のケルベロスが部長に飛びかかるが、小猫ちゃんがカバーに入り、ケルベロスに踵落としを叩きこんだ。

 

 

「もう一撃!」

 

 

 小猫ちゃんの攻撃で怯んでいるケルベロスに朱乃さんの雷が命中する。

 

 だけど、部長の魔力をくらった奴も朱乃さんの雷をくらった奴も、ピンピンしていた。

 

 なんてタフな奴なんだ!

 

 明日夏たちのほうは、危なげなく、死人たちを倒していた。こっちはなんとかなりそうだな。

 

 

「では、少し手を加えますか」

 

 

 そう思った俺の安心を打ち砕くように、死人たちの肉体が変異し始めた!

 

 これも明日夏から聞いてたけど、実際に見ると、気持ち悪いな・・・・・・。

 

 変異して手強くなった死人たちだったが、やはり弱点がわかってることが大きいのか、明日たちが苦戦することはなかった。だけど、いかんせん、数が多い!

 

 倒しても倒しても、すぐさまカリスによって新しい死人たちが追加されてしまう。その追加はとどまることを知らない。どんだけいるんだよ!

 

 

Boost(ブースト)!』

 

 

 まだだ。譲渡するには全然足りねぇ! クソッ、俺がもっと強ければ、あっというまにみんなを強化できるのに!

 

 

「きゃあああああっ!?」

 

 

 アーシアの悲鳴が聞こえ、慌てて振り向くと、俺とアーシアを睨んでいるケルベロスがいた!

 

 ケルベロスがアーシアに向けて炎を吐く!

 

 

「くっ!」

 

 

 俺はアーシアを抱えて間一髪でその場から飛び退いた。

 

 もう一匹いたのかよ!

 

 

Boost(ブースト)!』

 

 

 クソッ、戦おうにも、攻撃しても、されてもパワーの倍増がリセットされちまうし・・・・・・。他のみんなは自分の相手で手一杯だろう・・・・・・。だけど、このままだとアーシアが危険だった。だったら──。

 

 

「俺が引き付ける! アーシアは逃げろ!」

 

「え、イッセーさん!」

 

 

 攻撃を受けないように引きつける、これしかねえな!

 

 俺はケルベロスに向かって駆けだす。

 

 

 ガァオァァァアアッ!

 

 

 咆哮をあげて前足の爪で攻撃してきた!

 

 

「──ッ!」

 

 

 なんとか飛んで避け、アーシアのいる方向とは逆の方向に向かって走ろうとすると、そこへ、小猫ちゃんがケルベロスに殴りかかってきた!

 

 

「小猫ちゃん!」

 

 

 小猫ちゃんはケルベロスの首のひとつにしがみつきながら言う。

 

 

「ここは任せてください!」

 

「でも、小猫ちゃんだけじゃ!?」

 

「・・・・・・時間稼ぎくらいならできます!」

 

「小猫ちゃん・・・・・・。わかった。頼む、小猫ちゃん!」

 

 

 ケルベロスを小猫ちゃんに任せてその場から離れる。

 

 ケルベロスがしがみついてる小猫ちゃんを振り払おううと首を振るけど、小猫ちゃんも『戦車(ルーク)』の力でがっしりと離れなかった。

 

 すると、他の首が小猫ちゃんに噛みつこうとしたけど、小猫ちゃんの抵抗で誤って首に噛みついてしまい、それに怒った首同士でケンカを始めていた。

 

 

「──って、うおっ!?」

 

 

 死人が俺の前方に回り込んで襲いかかってきた! その数は五!

 

 なんとか攻撃は避けるけど、数がいるぶん、ケルベロスよりもキツかった。

 

 

「イッセー兄、伏せて!」

 

「──ッ!」

 

 

 言われるままに伏せると、風を纏った千秋が風を纏わせた回し蹴りで死人たちをまとめて吹っ飛ばした!

 

 

「大丈夫、イッセー兄!?」

 

「ああ、大丈夫だ! ありがとう、千秋!」

 

 

 千秋が吹っ飛ばした死人たちが起き上がり、また襲いかかってきた!

 

 

「はぁぁッ!」

 

 千秋は手元に風を集め、それを一気に放って、死人たちをまとめて遠くまで吹っ飛ばす。

 

 吹っ飛ばされた死人たちの先には刀を構えた槐がいた。

 

 

「十の型──斬り嗣ぎ舞!」

 

 

 槐の連続の斬擊が死人たちの弱点を正確に切り裂いた。

 

 

「ああっ!?」

 

「──っ! 小猫ちゃん!?」

 

 

 ケルベロスの首にしがみついていた小猫ちゃんが振り落とされ、そこを別の首に噛みつかれた!

 

 さらに別の首によって、小猫ちゃんがケルベロスの口の中に!

 

 だけど、小猫ちゃんはなんとか足でケルベロスの口を強引にこじ開ける。

 

 

「・・・・・・うぅぅっ!」

 

 

 なんとか耐えていた小猫ちゃんだったけど、傷の痛みのせいなのか、いつもの力があまり発揮されてなかった。

 

 

「させない!」

 

 

 千秋がすかさず、小猫ちゃんを食べようとしているケルベロスの目を矢で射る。

 

 それに怯んだスキをついて、小猫ちゃんがケルベロスの口から脱出し、仕返しとばかりにもう片方の目に蹴りを入れた。

 

 さすがに三つある首の中のひとつだけとはいえ、両目を潰されたのが堪えたのか、ケルベロスが倒れこむ。

 

 

「小猫ちゃん!」

 

 

 そのスキにアーシアが小猫ちゃんのもとに走ってきて、小猫の傷の手当てをする。

 

 

「ここからは任せろ! アーシア、小猫ちゃんを頼む! 千秋は二人の護衛を!」

 

 

 俺はケルベロスの前に躍り出て挑発してやる。

 

 

 グルルルルッ!

 

 

 お、怒った怒った。

 

 俺はそのままアーシアたちから引き離すようにケルベロスを引きつける。

 

 あとは時間まで俺がこいつを誘き寄せとくしかねえな!

 

 途中、死人たちも襲いかかってきたけど、ケルベロスが敵味方区別することなく攻撃してくるので、死人たちがケルベロスに吹っ飛ばされていた。おかげで、死人たちのことはあんまり気にせずに済んだ。

 

 

Boost(ブースト)!』

 

 

 これで九回目! だけど、まだ足りない! もっともっとパワーを溜めねぇと!

 

 

「イッセーさん、危ない!」

 

「──ッ!?」

 

 

 アーシアの叫びが聞こえてくるのと同時にケルベロスが俺を飛び越して先回りしやがった!

 

 マズい!

 

 

「イッセー、かまわずに一度自分の力を高めなさい!」

 

 

 部長の指示が飛んできたけど、すでにケルベロスが飛びかかってきていて間に合わない!

 

 覚悟を決めたときだった。

 

 

 ズバッ!

 

 

 ケルベロスの首がひとつ宙に舞った!

 

 

「加勢に来たぞ」

 

「ゼノヴィア!」

 

 

 首を斬られたケルベロスの背後にエクスカリバーを振るっていたゼノヴィアがいた。

 

 そのままゼノヴィアは首をひとつ失って絶叫をあげているケルベロスの胴体を両断した。

 

 斬られたケルベロスは塵となって霧散してしまった。

 

 

「流石、魔物に無類のダメージを与える聖剣ですわね」

 

「悔しいけど、来てくれたのはありがたいわ」

 

 

 部長も朱乃さんもゼノヴィアの加勢に嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 ゼノヴィアはそのまま部長と朱乃さんが相手している二匹のうちの一匹のケルベロスに一気に近付く。

 

 

「はあぁぁッ!!」

 

 

 ズバァッ!

 

 

 ケルベロスはゼノヴィアによって頭から真っ二つに切り裂かれた。

 

 ス、スゲェ・・・・・・。改めて、エクスカリバーのスゴさと恐ろしさを実感しちまった。

 

 

「──ッ! なんだ!?」

 

 

 突然、籠手の宝玉が点滅する!

 

 

『戦闘中の適正な倍加が完了した合図だ』

 

 

 俺の疑問にドライグが答えてくれた。

 

 そんな便利機能があったのかよ! いままでそんなのなかったぞ!

 

 

『おまえも神器(セイクリッド・ギア)も日々成長する。おまえの望むことを実現してくれたのさ』

 

 

 確かに、イリナとの戦いのあとに、どこまで倍増すればいいかわからないことに悩んでたけど、その想いに『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』が答えてくれたってことか。そりゃ、結構なことだ。

 

 俺は部長と朱乃さんに向かって叫ぶ。

 

 

「部長! 朱乃さん! 行きます!」

 

「イッセー!」

 

「イッセーくん!」

 

 

 部長と朱乃さんも待ってましたっと言わんばかりの顔をして俺のほうに飛んできてくれた。

 

 

「『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』!」

 

 

Transfer(トランスファー)!!』

 

 

 部長と朱乃さんに力が譲渡され一気にオーラが膨れ上がった!

 

 

「──いけるわ!」

 

「ええ!」

 

「朱乃!」

 

「はい! 天雷よ! 鳴り響け!」

 

 

 朱乃さんの手元にとてつもない雷が立ちのぼる。

 

 ヤバいと察したのか最後のケルベロスが逃げだした!

 

 

 ザシュザシュッ!

 

 

 逃げだしたケルベロスだったが、突然地面から生えだした複数の剣によって串刺しにされ、動きを封じらてしまった。

 

 

「逃がさないよ」

 

 

 そこに現れたのは俺たちの『騎士(ナイト)』だった。

 

 ゼノヴィアといい、おまえといい、グッドなタイミングで駆けつけやがって!

 

 

「きゃあああああっ!?」

 

 

 またアーシアの悲鳴が聞こえ、アーシアたちのいるほうを見ると、ケルベロスが一匹アーシアたちに襲いかかろうとしていた! まだいんのかよ!

 

 千秋と小猫ちゃんがアーシアを守ろうと前に出たときだった。

 

 

「──もう見飽きてんだよ! 緋い龍擊(スカーレット・フレイム)!」

 

 

 上空から明日夏がオーラの一撃でケルベロスを地面に叩きつけた。

 

 

「いまだ、鶫、塔城! やれ!」

 

「りょ~か~い!」

 

「はい!」

 

 

 叩きつけられたケルベロスを鶫さんと小猫ちゃんが協力して持ち上げる。

 

 

「「やああああぁぁッ!」」

 

 

 二人はそのまま剣で串刺しにされているケルベロスのところまで投げ飛ばしてしまった!

 

 

「朱乃!」

 

「はい、部長!」

 

 

 二匹のケルベロスの頭上からレーティングゲームのとき以上の特大の雷が降り注いだ!

 

 ケルベロス二匹は断末魔をかき消され、跡形もなく消し飛んだ。

 

 ついでにあの死人たちも何体か巻き込まれて一緒に消滅していた。

 

 

「なかなかいい見世物だったぞ」

 

 

 朱乃さんのあの一撃を見ても、コカビエルは余裕そうだった。

 

 

「くらいなさい!」

 

 

 部長の手から強大な魔力が撃ちだされた! デカい!

 

 強大な部長の魔力がコカビエルに迫る。

 

 

「フッ」

 

 

 強大な部長の魔力をコカビエルは片手であっさりと受け止め、薙ぐだけで軌道を逸らされてしまった!

 

 軌道をずらされた魔力はテニスコートに直撃する。

 

 

 ドゴォォォォォン!

 

 

 テニスコートが消し飛んで、巨大なクレーターができてしまった。

 

 嘘だろ! 部長のあんなにデカい魔力を片手だけでなんて!

 

 

「なるほど。赤龍帝の力があれば、ここまで力が引き上がるか。おもしろい。これは酷くおもしろいぞ」

 

 

 コカビエルは手のひらから立ちのぼる煙を見て楽しそうに笑みを浮かべて哄笑をあげていた。

 

 

「──完成だ!」

 

 

 陸上競技場の中央にあった四本のエクスカリバーから眩い光が発せられた!

 

 

「ハハハハハ! これでついに!」

 

 

 四本のエクスカリバーが光の中でひとつに重なっていく。

 

 

「四本のエクスカリバーがひとつに!」

 

 

 陸上競技場の中央にあったのは青白いオーラを放つ一本の聖剣だった。

 

 さらに、光が陸上競技場全体に描かれていた魔方陣に流れこみ、魔方陣が輝き始めた。

 

 

「剣が統合されるときに生じる膨大な力を俺が頂く。そういう取引でな」

 

「・・・・・・その力を利用して大地崩壊の術をかけた!」

 

 

 俺たちは部長の言葉に衝撃を受ける!

 

 マジか! マジで俺の町が! 俺たちの住む(ここ)が消えちまうってのかよ!?

 

 

「ハハハ、ここから逃げるがよい。あと二十分もしないうちにこの町は崩壊する」

 

 

 さらにバルパーが衝撃の事実を口にした!

 

 そんな、あと二十分って、サーゼクスさまの援軍が間に合わねぇじゃねぇか!?

 

 

「防ぎたかったら、俺を倒すしかないぞ。どうする? リアス・グレモリー!」

 

 



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Life.24 エクスカリバーを折れ!

 

 

 己が座っていた椅子を消し、十枚の黒い翼を広げたコカビエルは部長を挑発する。

 

 

「さあ、どうするのだ、リアス・グレモリー!」

 

「知れたことを!」

 

「はッ!」

 

 

 部長はもう一度魔力を放ち、反対の方向から副部長が雷撃を放つ。イッセーの『譲渡』の影響でどちらも十分強大だった。

 

 

「フッ」

 

 

 だが、コカビエルはまたしてもそれを片手で受け止めてしまう。さらには二人の攻撃を無理矢理融合させてひとつの強大な魔力の塊にしてしまう!

 

 

「バカめ!」

 

 

 コカビエルはその魔力を部長に向けて投げつける!

 

 

「部長!」

 

 

 副部長が部長の前に出て防御魔方陣を展開する。

 

 

「「きゃあああああっ!?」」

 

 

 だが、もともと強大だった二人の攻撃を融合させた魔力の塊のパワーは副部長の防御魔方陣を易々と突破してしまう!

 

 幸い、部長は防御魔方陣で威力を落とされたことと副部長が盾になったことで軽傷で済んだ。

 

 だが、盾になった副部長は重傷を負い、上空から墜落してしまう!

 

 

「朱乃さぁぁぁん!」

 

 

 間一髪のところでイッセーが副部長を受け止めたことで大事に至らなかった。

 

 

「ほい、まずは二匹」

 

 

 そこへ、ベルが二人に斬りかかる!

 

 

「ふッ!」

 

「おっと」

 

 

 すかさず、俺はイッセーとベルの間に入って雷刃(ライトニングスラッシュ)でベルのナイフを止める!

 

 

「イッセー、こいつは俺に任せて、早く副部長をアーシアのところに!」

 

「わかった!」

 

 

 イッセーは副部長を抱きあげ、アーシアのところまに向かってこの場から離れる。

 

 

「よー、ライとユウちゃんは元気か? それとも、死んじまったか?」

 

「・・・・・・よく休んでもらってるよ! おまえのおかげでな!」

 

「そうかよ!」

 

 

 俺はベルを押しだし、体勢を崩してやる!

 

 すかさず、俺は斬りかかるが、奴の血が刃の鞭となって襲いかかってくる!

 

 初見ならともかく、種がわかってれば!

 

 俺はオーラで奴の血を消し飛ばす!

 

 

「ちぇ、おまえといい、あの剣士といい、血の力(ブラッド・アーツ)と相性が最悪だな。しかもあの剣士にいたってはなんなんだよ、あのでたらめな強さ? 人間のレベルを軽く越えてるぞ? 俺、思わずヤバそうだって逃げ帰っちまったんだからな」

 

 

 普段は飄々としてたベルがレンの強さに軽く戦慄していた。

 

 こいつと共感したくはないが同感だな。俺から見ても、レンの実力はでたらめに感じる。あれでBランクなんだから、Aランクはどんだけバケモンなんだって話だ。

 

 

「ま、おまえ相手なら血の力(ブラッド・アーツ)なしでもやれそうだがな!」

 

 

 ベルはナイフ二刀流で緩急を入れた素早い動きで斬りかかってくる!

 

 

Attack(アタック)!」

 

 

 雷刃(ライトニングスラッシュ)で身体強化し、こちらもナイフ二刀流で迎え撃つ!

 

 なめられた言い分だが、実際のところ身体強化してもベルの動きのほうが圧倒的に速かった!

 

 クソッ! 鍛え、強化してると言っても、こちらはただの人間に対し、向こうは真偽はともかく悪魔と呼ばれる存在。技術はともかく、身体能力の差がデカかった!

 

 一対一(サシ)で戦えばな──。

 

 

「一の型──疾風!」

 

 

 斬り合いのなか、初っぱなから『錬域』状態の槐が斬り込んできた!

 

 

「危ね!」

 

 

 首を狙った斬擊を身を捻るだけで躱すベル。

 

 だが、『錬域』状態の槐の猛攻は止まらない。

 

 

「二の型──螺旋擊! 八の型──獣爪擊! 九の型──双龍擊!」

 

「結構キツっ!」

 

 

 怒涛の連続剣技にベルは防戦一方だった。

 

 

「なめんな!」

 

 

 ベルは槐の斬擊を防ぎつつも血の刃で反撃する。

 

 

「させるか!」

 

「げっ!」

 

 

 俺はオーラでベルの血の刃を消し飛ばす!

 

 

「十の型──斬り嗣ぎ舞!」

 

 

 槐が怒涛の連続斬りを繰りだし、俺も槐の動きに合わせてナイフで斬りかかる!

 

 狙うは首!

 

 高い生命力と治癒力を持つ血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)であろうとも、首を切り落とせば関係ない!

 

 

「チィッ!」

 

 

 ベルは血の刃で斬りかかってくるが、俺もナイフで斬りかかりながらもオーラで奴の血を消し飛ばす!

 

 

『へへ、初めての共同作業ってやつだな』

 

 

 ドレイクが茶化すように言う。

 

 黙ってオーラの操作に集中してろ!

 

 

『ちぇ、俺のサポートを受けておいて偉そうにしやがって』

 

 

 ドレイクの言う通り、いまの段階の俺ではこんな芸当はできない。ドレイクにオーラの操作を任せることでできた芸当だった。

 

 この間のように代償を支払わせられるかもしれないが、状況が状況だ。そのへんの覚悟を決めて、戦闘前にドレイクと取引していた。

 

 おかげで余分な消耗が抑えられて、さっきもそこまでの消耗もなくスムーズに緋い龍擊(スカーレット・フレイム)を撃てた。

 

 ──ついでにドレイクに()()()も用意してもらった。

 

 ・・・・・・・・・・・・俺、この戦いが終わったあと普通に生活できるのか・・・・・・。

 

 先の不安があるが、いまは置いておく。目の前の敵に集中だ!

 

 槐の『錬域』状態はそんなに長くはもたない。前の戦いの消耗も完全に回復していないからな。

 

 だが、この際消耗覚悟で速攻だ!

 

 高い生命力と治癒力を持つベルを相手に長期戦は不利。現にベルは防戦一方だが俺たちの猛攻を最低限のレベルでしのいでいる。温存を気にしてはかえって消耗する。速攻で行ったほうが結果的に消耗は抑えられるはずだった。

 

 

「おらよッ!」

 

「「──ッ!?」」

 

 

 ベルの体の至るところから血の刃が生えてきた!

 

 

「「くっ!」」

 

 

 俺と槐はかろうじて血の刃を防ぎつつ後退する。

 

 

「いってぇぇぇっ・・・・・・。これやると結構キッツいんだよなぁ・・・・・・」

 

 

 ベルはふらふらになりながらぼやいていた。

 

 奴の血の力は血の悪魔の子供たち(ブラッド・チルドレン)にも聖なる武具と同じダメージを与える。自分の身だろうと、それは例外ではないというわけか。

 

 

「──ったく、ライとの戦いのダメージが回復しきってないのが痛いな」

 

 

 やっぱりか。どうもライニーと戦ったときのような動きのキレがないなとは思っていたが、やはりライニーとの戦いのダメージが回復しきっていなかったのか。

 

 

「・・・・・・フェニックスの涙を使わないのか?」

 

「・・・・・・残念ながら、数に限りがあるからって、コカビエルとジブラエルの旦那方とエクスカリバーの使い手に一個ずつしか配られなかったんだよ」

 

 

 奴の言うことを信じれば、フリード、ジブラエル、コカビエルは確実に持っているというわけか。複数持ってることを想定していたこともあり、ひとつしか持っていないことは少し朗報だな。・・・・・・一番厄介な奴がフェニックスの涙を持っているという事実は変わらないが。

 

 とりあえずいまは、弱ってるうちにこいつを仕留める!

 

 俺と槐は同時に飛びだす!

 

 

「・・・・・・さすがにこの状態で接近戦はキチーからな」

 

 

 ベルがそう言った瞬間、地面から血の刃が顎のように襲いかかってきた!

 

 

「なめるな! 緋い龍擊(スカーレット・フレイム)!」

 

 

 自在に操れる以上、こういう仕掛けをしてくることを想定していた俺は地面に向けて緋い龍擊(スカーレット・フレイム)を叩きこみ、周囲の地面ごとベルの血を吹っ飛ばす!

 そして、槐は緋い龍擊(スカーレット・フレイム)の衝撃を突き抜けて一気にベルに接近する。

 

 

「おらよ!」

 

 

 ベルは血の刃で槐を迎撃する。

 

 

「十の型──斬り嗣ぎ舞!」

 

 

 槐も剣技で血の刃を迎撃する。

 

 だが、槐の剣技ではベルの血を消し飛ばすことができないため、さらにはベルのナイフによる追撃で槐は防戦一方になってしまう。

 

 俺もすぐに加勢したかったが、かなりの量の血を地面に仕込んでいたのか、さっきから血の刃が地面から襲いかかってきて、その対処に追われていて槐の援護ができなかった。

 

 槐は一度態勢を立て直すために距離をとる。

 

 そして、ベルは槐を逃がさんと追撃しようとする。

 

 ──想定内でことが進んでくれたな。

 

 

 ズバッ!

 

 

「──ッ!?」

 

 

 いつの間にかベルの背後に現れた燕がクナイでベルの両脚の腱を斬った!

 

 事前にアイコンタクトでベルを奇襲してもらう算段をつけていたのだ。

 

 腱を斬られたベルは立っていられなくなり、その場に膝をつく。さらに、血の刃の猛攻も緩んだ。

 

 その隙を逃さず、俺と槐は駆けだす!

 

 

「チッ!」

 

 

 ベルは再び血の刃で俺と槐の進撃を阻む。

 

 

緋い龍擊(スカーレット・フレイム)!」

 

 

 俺はその攻撃を緋い龍擊(スカーレット・フレイム)で一気に吹き飛ばす!

 

 

「一の型──疾風!」

 

 

 槐は高速でベルの背後に回った。

 

 正面から斬りかかってくると踏んでいたであろうベルは意表をつかれ、致命的な隙を槐にさらした。

 

 

「二の型──螺旋擊!」

 

 

 槐の回転斬りがベルの首を捉えた。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 だが、ベルは血で首を覆っており、槐の刃が阻まれてしまった。

 

 だが──。

 

 

「スカーレット──」

 

「──ッ!?」

 

 

 最大限にまでオーラを溜めた緋い龍擊(スカーレット・フレイム)を視界に捉え、ベルは初めて驚愕の表情を浮かべた。

 

 既に槐と燕は離脱済みだった。

 

 

「やべ──」

 

「フレイム!」

 

 

 最大パワーの緋い龍擊(スカーレット・フレイム)の直撃を受けて、ベルは彼方まで吹っ飛ばされ、校舎にの壁に激突した。

 

 壁は崩れ、ベルはその瓦礫に埋まってしまった。

 

 俺たちは警戒を解かず、ベルが埋まった瓦礫を注視するが、瓦礫からベルが出てくることはなかった。

 

 手応えは十分。並みの異形でも確実に死んでる威力なのは間違いなかった。

 

 それでも、俺たちはベルを警戒する。

 

 ふと、俺の視界の端に死人たちを突破し、バルパーにゆっくり近づく木場の姿が入った。

 

 

「──バルパー・ガリレイ。僕は聖剣計画の生き残り──いや、正確にはあなたに殺された身だ。悪魔に転生したことでこうして生き永らえた。僕は死ぬわけにはいかなかったからね。死んでいった同士の仇を討つために!」

 

 

 怒りと憎しみを吼え、木場はバルパー目掛けて駆けだす。

 

 だが、そんな木場めがけて、ジブラエルが光の槍を放った! マズい!

 

 

「危ない! 祐斗!」

 

「避けろ、木場!」

 

 

 俺と部長の叫びもむなしく、木場の周囲を爆発が包みこんだ!

 

 

「スキだらけだったので、攻撃しましたが・・・・・・直撃は避けましたか」

 

 

 巻きあげられた粉塵の中で木場がうつ伏せで倒れているのが見えた。どうやら大事には至っていないようだ。

 

 おそらく、『騎士(ナイト)』のスピードでギリギリ致命傷は避けたのだろう。

 

 

「ジブラエル。おまえは手を出すな。カリス、おまえの趣味の悪いおもちゃも下がらせろ」

 

「ハッ」

 

「仰せのままに」

 

 

 コカビエルの命令を受け、ジブラエルは礼をしつつ下がり、カリスは死人たちを転移でこの場から退去させる。

 

 

「フリード」

 

「はいな、ボス」

 

「最後の余興だ。四本の力を得たエクスカリバーでこいつらをまとめて始末してみせろ」

 

「へへーい」

 

 

 コカビエルの命令を受けて、フリードがわざとらしく恭しい動作でエクスカリバーを両手に取る。

 

 

「チョー素敵仕様になったエクスなカリバーちゃぁん、確かに配慮しましたでございます。さーてー、誰から殺っちゃいましょうかねぇ?」

 

 

 フリードは値踏みするように俺たち一人ずつ交互に視線を向ける。

 

 

「ムヒヒヒ! んじゃ、ちょっくらクソビッチ信徒でもチョッパーしますかねぇ!」

 

 

 最初にターゲットにされたのはゼノヴィアだった。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 ターゲットにされると同時にゼノヴィアはフリードに斬りかかる。

 

 

「ざ~んねん♪」

 

「──ッ!?」

 

 

 だが、ゼノヴィアが斬るかかる瞬間、フリードの姿が消えた。

 

 

「ご存知、ちょっぱや天閃(ラピッドリィ)ちゃんっスよぉ♪」

 

 

 高速で動くフリードをゼノヴィアは追いきれていなかった。

 

 

「できたてホヤホヤの超スゲェエクスカリバーちゃんはなんでもありありぃ♪」

 

 

 ゼノヴィアの背後にフリードが現れ、フリードはゼノヴィアに斬りかかる! 

 

 

「あれぇ!?」

 

 

 だが、ゼノヴィアも即座に反応して前方に飛んで倒立しつつフリードの斬擊を躱した。

 

 

「だぁッ!」

 

「オホァァァッ!?」

 

 

 ゼノヴィアはそのまま倒立の体勢のままフリードの顔面に蹴りを入れた。

 

 

「カァァァッ! こんのクソビッチ! よくもよくもよくも、俺さまの顔を足蹴にしやがったなぁ! ぜってぇてめぇをひん剥いて素肌をズタズタにしてやるぅ!」

 

 

 怒ったフリードのエクスカリバーの刀身が伸び始めた! あれはイリナのエクスカリバーの力か!

 

 統合された四本のエクスカリバーの能力をすべて使えるってわけか!

 

 ゼノヴィアは伸びてきた刀身を飛んで躱す。

 

 

擬態(ミミック)だけじゃねぇんだよ! 透明(トランスペアレンシー)! イヤッホー♪」

 

 

 伸びていた刀身が無数に枝分かれし、さらには刀身が透明化した!

 

 

「十の型──斬り嗣ぎ舞!」

 

 

 ゼノヴィアの前に槐が降り立ち、刀を振るうと、激しい金属音が連続で鳴り響いた!

 

 

「おいおい、マジですかぁ!? 透明なのに見えるのかよ!?」

 

「貴様の殺気はわかりやすいからな」

 

「だったらこれでどうだぁ!」

 

 

 フリードが叫ぶと、フリードが無数に分裂した!

 

 

夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)の力っス! ババンバンバンバン♪』

 

 

 夢幻──幻術による分身か!

 

 

「ズキューン!」

 

 

 だが!

 

 

「俺たちを──」

 

 

 俺は分身すべてにナイフを投擲する。

 

 ナイフは偽物をすり抜け、本物はナイフを弾いた。

 

 だが、これで本体はわかった!

 

 

「忘れんじゃねぇぜ!」

 

「オホォォォッ!?」

 

 

 塔城に投げ飛ばされたイッセーが本体のフリードを蹴り飛ばす!

 

 四本のエクスカリバーの能力を持った聖剣を持つことでさらに厄介になるかと思ったが、有頂天なってるせいか能力の使い方が単調だった。それに下手に複数の能力を得たことで、器用貧乏になっていた。これならなんとかなりそうだ。

 

 だが、奴の戦闘センスは天才的だ。時間をかければ慣れて厄介になるだろう。その前に倒す!

 

 身構える俺の視界の端で、ボロボロながらもなんとか立ち上がろうとする木場の元へバルパーが歩み寄っていくのが見えた。

 

 

「被験者が一人脱走したままと聞いていたが卑しくも悪魔に堕ちておったか。キミらには感謝している。おかげで計画は完成したのだからな」

 

「・・・・・・完成?」

 

 

 バルパーの言葉に木場は怪訝な様子だった。

 

 木場たちの研究は失敗したから、バルパーは木場たちを処分した。なのに、それが完成だと?

 

 木場の事情を知っている皆がバルパーの言葉に訝しげになっていた。

 

 

「──私はね、聖剣が好きなのだよ。幼少の頃、エクスカリバーの伝記に心を躍らせ、聖剣を扱う自分を夢にまで見るほどに。だからこそ、自分に聖剣使いの適正が無いと知ったときの絶望といったらなかった・・・・・・。だから、自分では扱えないからこそ、扱える者に憧れを抱き、聖剣を扱える者を人工的に創りだす研究に没頭するようになった。そしてその結果、聖剣を扱うには特殊な因子が必要であることがわかったのだよ。ましてやエクスカリバークラスとなると、必要な因子も多くなる。キミたち被験者には因子こそあれど、聖剣を扱えるまでの数値を示さなかった。そこでひとつの結論に至った。──被験者から因子だけを抜き出せばよいとな。そして、結晶化することに成功したのだ。これはあのときの因子を結晶化したものだ。フリードたちに使って最後のひとつになってしまったがね」

 

 

 バルパーが懐からその結晶らしきものを取り出した。

 

 

「ヒャッハハハハハ! 俺以外の奴らは途中で体が因子に着いていけなくなって余命僅かになってたんだぜ! そう考えるとやっぱ俺ってつくづくスペシャル仕様ザンスねぇ!」

 

 

 フリードが愉快そうに醜悪な笑い声を揚げながら言う。

 

 

「・・・・・・聖剣使いが祝福を受けるとき、あのようなものを体に入れられるが──因子の不足分を補っていたというわけか」

 

 

 ゼノヴィアの指摘にバルパーが怒りながらも愉快そうに吐き捨てる。

 

 

「偽善者めらが。私を異端として排除しておきながら、厚かましく私の研究だけは利用しよって。どうせ、あのミカエルのことだ、被験者から因子を抜き出しても、殺していないだろうがな。ベルたちが使っている武装十字器(クロス・ギア)も元々はそういう犠牲を出さないために創られたのだからな」

 

 

 武装十字器(クロス・ギア)にそんな事情があったのか。

 

 

「・・・・・・なら、僕らも殺す必要はなかったはずだ! どうして!?」

 

「おまえらは極秘計画の実験材料にすぎん。用済みになれば廃棄するしかなかろう?」

 

 

 バルパーのあまりの言い草に木場は呆然と呟く。

 

 

「・・・・・・僕たちは主のためと信じて、ずっと耐えてきた。・・・・・・それを・・・・・・それを・・・・・・実験材料に・・・・・・廃棄・・・・・・」

 

 

 戦場を悲しみが包み込んだ。

 

 

「・・・・・・酷い」

 

 

 部長と副部長の傍にいるアーシアは、涙とともに胸の内を漏らす。

 

 バルパーは持っていた結晶を木場の足元に投げ捨てる。

 

 

「ほしければくれてやる。もはやさらに完成度の高めたものを量産できる段階まで来ているのでな。貴様らが見てきたあの聖剣使いたちがその研究成果だ」

 

 

 あの聖剣使いたちもフリードと同じように因子を入れらたのか。

 

 

「待て! ならあの聖剣使いたちの因子はどこから!?」

 

 

 槐があの聖剣使いたちの因子のことを叫びながら訊いた。

 

 そうだ。因子を他から補填する以上、因子を抜かれる存在がいるはずだ。

 

 

「ああそれなら、カリスが所属する『CBR』から量産聖剣と一緒に身寄りのない子供を大勢提供してくれたのだよ。おかげで研究は飛躍的に進んだよ」

 

「その子供たちはどうした!?」

 

「さあな。因子を取り出してしまえば用済みだったからな。そのへんはカリスに訊くがよい」

 

 

 俺たちはカリスのほうを見ると、奴は淡々と答える。

 

 

「もちろん、廃棄なんてもったいないことはしてませんよ。『CBR』が抱える施設に入れてますよ」

 

 

 「もったいない」という単語からいやな想像しかできなかった。そしてカリスはその想像どおりの内容を話す。

 

 

「そこではテロリストに売る兵士に仕立てるための洗脳教育を施したり、様々な実験の被研体にしたりなど、あなたたちの感性で言うところの非道なことをしていますよ」

 

「外道が!」

 

 

 あまりに非道な行為を行う非道な連中に、槐は怒りで『錬域』状態が解除されるぐらいにまで憤怒していた。

 

 

「てめぇら、マジで許せねぇ!」

 

 

 怒りに震えるイッセーがこの場にいる皆の気持ちを代弁してくれた。

 

 

「・・・・・・皆・・・・・・」

 

 

 木場は足元に転がる因子の結晶を哀しそうに、愛しそうに、懐かしそうに手に取った。その頬には涙が伝っていた。

 

 木場はその結晶を元となった同士たちのために祈るように両手で握り締めた。

 

 

「・・・・・・バルパー・ガリレイ。あなたは自分の研究、欲望のためにどれだけの命を弄んだ・・・・・・?」

 

 

 そのときだった。木場が握り締める結晶から淡い光が発せられ、木場を囲うように広がっていく。光は徐々に人の形を成していき、やがて、青白い輝きを放つ無数の少年少女の姿になった。

 

 あれはまさか──。

 

 

「おそらく、この戦場に漂う様々な力が、そして、裕斗くんの心の震えが結晶から魂を解き放ったのですわ」

 

 

 副部長が目の前で起こってる現象について説明してくれた。

 

 

「・・・・・・皆! ・・・・・・僕は・・・・・・ずっと・・・・・・ずっと思ってたんだ。僕が・・・・・・僕だけが生きていていいのかって! 僕よりも夢を持った子がいた。僕よりも生きたかった子がいた。僕だけが! 平和な暮らしを過ごしていていいのかって!」

 

 

 木場が抱えていた思いの丈をすべて吐き出した瞬間、清らかで、そして、透き通った歌声がグラウンドに響き渡った。

 

 

「これは──聖歌か?」

 

「──はい、そうです」

 

 

 俺の呟きにアーシアが答えてくれた。

 

 やがて、一人の少女の霊体が木場の袖口を優しく引っ張り、木場が振り向くと、優しく微笑んで口を動かした。

 

 

 ──私たちのことはもういい。あなただけでも生きて。

 

 

 それを皮切りに少年少女たちの霊体が光の粒子になって木場の周囲を漂いながら木場に語りかける。

 

 

『大丈夫──』

 

『みんな集まれば──』

 

『受け入れて──』

 

『僕たちを──』

 

『怖くない。たとえ神がいなくても──』

 

『神様が見てなくても──』

 

『僕たちの心はいつだって──』

 

「──ひとつ」

 

 

 少年少女たちの言葉に木場が涙を流しながら答えた。

 

 

「温かい・・・・・・」

 

「うん、温かいね・・・・・・」

 

 

 塔城や鶇の言うとおり、聖歌もこの光もとっても温かった。

 

 この温かさは彼らの想い──。

 

 

「──っ? これは?」

 

「なんだ? 涙が・・・・・・止まらねぇ!」

 

 

 いつの間にか、俺もイッセーも、そして、槐、オカルト研究部の皆が涙を流していた。

 

 やがて、光の粒子が木場に吸い寄せられるように木場を包み込んだ。

 

 

『こりゃ、至ったな』

 

 

 唐突にドレイクが語りかけてきた。

 

 至ったって、まさか!

 

 

『ああ。所有者の想いが、願いがこの世界の流れに逆らうほどの劇的な転じかたをしたときに神器(セイクリッド・ギア)は至る。それが──』

 

 

 ──禁手(バランス・ブレイカー)

 

 

「──同士たちは僕に復讐を願ってなんかいなかった。願ってなかったんだ。でも、僕は目の前の邪悪を打ち倒さなければならない。第二、第三の僕たちを産みださないために!」

 

 

 木場は手元に剣を生みだし、切っ先をバルパーに向ける。その瞳には憎悪の色はなく、代わりに強烈なまでの覚悟が込められていた。

 

 

「ぐぅ! フリードォォッ!」

 

「はいな!」

 

 

 木場に剣を、覚悟を込められた視線を向けられ、慌てたバルパーはフリードを呼び、応じたフリードが木場の前に立ち塞がる。

 

 

「ふん、愚か者めが。素直に廃棄されておけばよいものを」

 

 

 フリードが来たことで余裕を取り戻したバルパーは木場を嘲笑う。

 

 

「木場ァァァァッ! フリードの野郎とエクスカリバーをぶっ叩けぇぇぇっ! あいつらの想いと魂を無駄にすんなぁ!」

 

「やりなさい裕斗! あなたはこのリアス・グレモリーの眷属。私の『騎士(ナイト)』はエクスカリバーごときに負けはしないわ!」

 

「やれ、木場! いまのおまえなら、エクスカリバーに勝てる! そんな三流剣士ごと、とっととぶった斬れ!」

 

「裕斗くん、信じてますわよ!」

 

「ファイトです!」

 

「木場さん!」

 

「木場先輩、行ってください!」

 

「木場先輩!」

 

「ファイト~!」

 

 

 俺たちオカルト研究部の声援を聞き、フリードが不快そうに言う。

 

 

「あ~あ、な~に感動シーン作ちゃってんスかぁ? ああもう、聞くだけでお肌ガサついちゃう! もうげんか~い! とっととてめぇら切り刻んで気分爽快になりましょうかねぇ!」

 

 

 木場は決意を込めた眼差しで手に持つ剣を頭上に掲げる。

 

 

「──僕は剣になる。僕の魂と融合した同士たちよ、一緒に超えよう。あのとき果たせなかった想いを、願いを、いま! 部長、そして仲間たちの剣となる! 『魔剣創造(ソード・バース)』ッ!」

 

 木場の剣から凄まじい魔なる波動と聖なる波動の渦が巻き起こり、それは交じり合い融合していく。

 

 

「──『双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)』。聖と魔を有する剣の力、受け止めるといい!」

 

 

 やがて木場の手元に現れたのは、神々しい輝きと禍々しいオーラを放つ一本の剣。

 

 

「聖魔融合の剣ですって!?」

 

 

 目の前で起こった現象に部長は驚愕していた。

 

 当然だ。聖と魔、この二つは相反する存在。決して交わることはないものだった。だが、それを可能にしてしまう奇跡、それが禁手(バランス・ブレイカー)だった。あれが木場が至った禁じ手。

 

 

「聖魔剣だと!? ありえない!? 反発する二つの要素が混じり合うことなど、そんなこと、あるはずがないのだ!?」

 

「ほぉ、なかなかおもしろい現象が起きましたね。非常に興味深い」

 

 

 目の前で起こった奇跡に慌てるバルパーに対し、カリスは興味深そうにしていた。

 

 ゼノヴィアが木場の隣に立つ。

 

 

「リアス・グレモリーの『騎士(ナイト)』よ。まだ共同戦線は生きているか?」

 

「だと思いたいね」

 

「ならば、共に破壊しよう。あのエクスカリバーを」

 

「いいのかい?」

 

「もはや、あれは聖剣であって、聖剣ではない。異形の剣だ」

 

「わかった」

 

 

 ゼノヴィアは手に持つエクスカリバーを地面に突き刺すと、右手を宙に伸ばす。

 

 

「ぺトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、そして、聖母マリアよ。我が声に耳を傾けてくれ」

 

 

 何かの言霊に応じて、宙に浮き出た魔方陣から過剰にも思えるほどに鎖を巻きつけられた一本の剣が出てくる。

 

 

「この刃に宿りしセイントの御名において、我は解放する!」

 

 

 ゼノヴィアが剣の柄を握った瞬間、巻きついていた鎖が砕け、ゼノヴィアは剣を引き抜くとその剣をの名を告げた。

 

 

「聖剣デュランダル!」

 

 

 聖剣デュランダル!? この世のすべてを切り刻むと云われているエクスカリバーに並ぶ聖剣! 切れ味だけならエクスカリバー以上とも言われている! エクスカリバーだけでなく、デュランダルまで出てくるとは・・・・・・。

 

 デュランダルの登場にバルパーは驚きを隠せないでいた。ゼノヴィアがデュランダルを手にしていることが信じられないという様子だった。

 

 

「バカな!? 私の研究ではデュランダルを扱える領域にまで達していないぞ!?」

 

「私はそいつやイリナと違い、数少ない天然物だ」

 

「完全な適性者! 真の聖剣使いだと言うのか!?」

 

 

 ゼノヴィアの言葉にバルパーは驚愕する。

 

 

「こいつはなんでも切り刻む暴君でね。私の言うこともろくに聞かない。それ故、異空間に閉じ込めておかないと危険極まりないんだ」

 

 

 あんな封印みたいなことをしていたのはそのためか。

 

 

「そんなのアリですかぁぁぁっ!?」

 

「はぁッ!」

 

 

 バキャァァァン!

 

 

 フリードが刀身を伸ばしたり、枝分かれさせてゼノヴィアを攻撃するが、それらはゼノヴィアの一振りで容易に切り裂かれてしまった。

 

 

「ここに来てのチョー展開!?」

 

「所詮は折れた聖剣。このデュランダルの相手にはならない!」

 

「クソッタレェッ! そんな設定いらねぇんだよぉ!」

 

 

 フリードはゼノヴィアの攻撃を高速移動で避けるが、その先に同じく高速移動をしている木場が待ち構えていた。

 

 

「そんな剣で!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 高速で繰り広げられる激しい剣戟。

 

 

「僕たちの想いは絶てない!」

 

 

 バギィィィン!

 

 

「折れたァァァァッ!?!?」

 

 

 決着はあっというまに着いた。

 

 フリードは折られたエクスカリバーを見て呆然としていた。

 

 

「・・・・・・マジですか・・・・・・この俺さまがクソ悪魔ごときに・・・・・・ざけんな──」

 

 

 剣と一緒に自身も肩口から横腹までを大きく斬られたフリードはフェニックスの涙で回復する間もなく倒れ伏した。

 

 

「──見ていてくれたかい? 僕らの力はエクスカリバーを超えたよ!」

 

 



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Life.25 絶対絶命です!

 

 

「なんということだ!? 聖と魔の融合など、理論上は──ヒッ!?」

 

 

 僕に聖魔剣を向けられたバルパーは情けない悲鳴をあげる。

 

 

「バルパー・ガリレイ! 覚悟を決めてもらおう!」

 

「こ、こんなはずでは!?」

 

 

 バルパー・ガリレイが表情を強張らせる。

 

 彼を打倒しない限り、悲劇は続く。もう、僕たちのような存在を生みだしてはいけないんだ。

 

 さあ、同士たち。これで終わりにしよう! すべてに決着を!

 

 

「──ッ! 木場祐斗、上だ!」

 

「──ッ!?」

 

 

 バルパーに斬り込もうとした瞬間、ゼノヴィアの叫びを聞き、慌ててその場から飛び退く。

 

 

 ドォォォン!

 

 

 刹那、僕がいた場所に巨人が舞い降りた!

 

 僕はその巨人の全容を見て言葉を失う。

 

 それは、たくさんの死体を繋ぎ合わせて巨人のようにした死体の塊という醜悪な存在だった。

 

 

「バルパーさん。同じ研究者という立場のよしみです。下がっていてください」

 

 

 そう言うカリスの傍らにはさらに巨人が複数体現れる。

 

 

「はぁぁぁッ!」

 

 

 ゼノヴィアが巨人へデュランダルで果敢に斬りかかる。

 

 

 ズバッ!

 

 

 デュランダルが巨人の腕を両断するが、すぐに修復されてしまう。しかも、通常の死人よりも修復が速い!

 

 

「──槐。『錬域』状態のおまえなら奴の弱点は見えないか?」

 

 

 明日夏くんが一抹の期待を込めて槐さんに訊く。

 

 この場に駆けつけたときに明日夏くんから聞いた話だと、カリスが操る死人には、神器(セイクリッド・ギア)の力を受信する箇所があり、そこを潰すことであの死人を無力化できるそうだ。

 

 あの巨人もカリスの神器(セイクリッド・ギア)の能力で動いている以上、他の死人と同じく力を受信する箇所があるはずだった。

 

 

「──見える。だが、数が十一箇所もある! しかも、位置も個体ごとにバラバラだ!」

 

 

 十一箇所も!? 通常の死人は弱点が一箇所だというのに!

 

 いや、違うか。あの巨体を操るためにはそれだけの数の受信箇所が必要なのだろう。そしておそらく、それらすべて潰さないといけないのだろう。

 

 

「エクスカリバー打倒を祝してちょっとだけサービスです。彼らの弱点ですが、十一箇所中六箇所はダミーですよ。だから、全部で五箇所です」

 

 

 余裕があるからなのか、カリスがわざわざ弱点について教えてくれた。

 

 わざわざダミーを作ったのは、槐さんのように弱点を見つけることができるヒトのための対策なんだろう。

 

 

「──どうせその五箇所すべて、それも同時に潰さないと意味ないんだろ!」

 

「ご明答です。花丸をあげましょう」

 

 

 明日夏くんの回答に拍手を送るカリス。

 

 戦いながらあの巨体から弱点である箇所を五つ探しだして同時に潰すなんて、とてもじゃないが不可能に近かった。それこそ、先程のイッセーくんにパワーを譲渡された部長や朱乃さんクラスの攻撃でないと。しかも、現状その弱点が見えるのは槐さんのみと来ている。

 

 しかも、このあとにはジブラエルとコカビエルも控えている。・・・・・・状況は最悪だった。

 

 ジブラエルもコカビエルも僕たちの戦いを興味深そうに見ているだけで、手を出すつもりはない様子だ。だけど安心はできない。この状況でもし二人が本格的に参戦したら、たとえ聖魔剣とデュランダルがあろうと僕たちに勝機はなかった。

 

 こうなったら──。

 

 僕はカリスめがけて駆けだした!

 

 この巨人たちの相手をするよりは、操ってる本体のカリスをどうにかしたほうがいいのは明白だ。

 

 幸い、巨人の動きは速さこそあれど、単調なものだった。

 

 おかげで間を縫って突破するのは容易かった。

 

 

「当然、そう来ますよね」

 

 

 当然カリスも僕の行動は想定しており、特に慌ててることなく死人たちをけしかけてくる。

 

 

「聖魔剣よ!」

 

 

 僕は立ち塞がる死人たちを地面から生やした聖魔剣で貫く。

 

 そして、カリスの眼前まで迫った僕はその首めがけて聖魔剣を振るう!

 

 

「──侮りましたね、木場祐斗くん」

 

「──っ!?」

 

 

 僕の斬擊がカリスに右肘と右膝で挟むようにして受け止められてしまった!

 

 

「あまりなめないでいただきたいですね!」

 

 

 ドカッ!

 

 

「がはっ!?」

 

 

 剣を受け止められたことに一瞬のスキを作ってしまった僕はカリスによって蹴り飛ばされてしまった!

 

 カリスはファイティングポーズをとりながら言う。

 

 

「これでも武闘派研究者と自称してるんですよ」

 

 

 僕のスピードを見切ったことからも、自称するだけはあった。

 

 

「なら、聖魔剣よ!」

 

 

 カリスの周囲に聖魔剣を出現させ、カリスを包囲する。

 

 

「おやおや、囲まれてしまいましたか」

 

 

 逃げ場を失くしたというのに、カリスはまったく余裕を崩さない。

 

 

「行け!」

 

 

 僕は聖魔剣を遠隔操作していっせいにカリスへ切っ先を向けて飛ばす!

 

 

 ザシュザシュザシュッ!

 

 

 聖魔剣はカリスの脳、五臓、丹田を貫いた。

 

 これで、彼の死人たちも止ま──。

 

 

「──痛いですねぇ」

 

 

 体中を聖魔剣で貫かれたというのに、カリスは笑みを浮かべていた!

 

 これは──感覚をリンクさせた状態の個体か!

 

 

「残念ながら、この感覚をリンクさせた個体は他の個体と違って能力を受信する箇所はないんですよ。強いて言えば、この個体そのものが受信機ですかね」

 

 

 カリスはそう言いながら、体中に刺さった聖魔剣を手で抜いていく。

 

 個体そのものが受信機ということは、機能停止させるにはもう跡形もなく消し飛ばすしかないってことか!

 

 だけど、僕じゃそれはできない! クソッ!

 

 

「私にばかり集中していてよいのですか?」

 

「──ッ!?」

 

 

 いつの間にか、巨人が僕の背後にいて、拳を振り上げていた!

 

 

「くっ!」

 

 

 巨人の拳をなんとか躱し、距離を取る。

 

 

「部長、溜まりました!」

 

「お願い、イッセー!」

 

「はい!」

 

 

Transfer(トランスファー)!!』

 

 

 部長にイッセーくんの力が譲渡され、部長の魔力が高まる。

 

 

「消し飛びなさい!」

 

 

 部長は極大な滅び魔力を自分たちに襲いかかってくる巨人二体に向けてに放つ。

 

 巨人は塵ひとつ残ることなく、部長の魔力によって消し飛ばされた。

 

 だけど、部長は疲弊から肩で息をしていた。

 

 ダメだ・・・・・・。巨人一体一体にこんなことをしていたら、コカビエルとの戦いまで部長の体力がもたない・・・・・・。

 

 一体どうすれば・・・・・・。

 

 

「──カリス。おまえのおもちゃを下がらせろ」

 

「仰せのままに」

 

 

 すると、突然コカビエルがカリスの死人たちを下がらせた。

 

 

「・・・・・・どういうつもり、コカビエル?」

 

 

 部長の問いにコカビエルは不敵に笑みを浮かべて答える。

 

 

「貴様たちにチャンスでも与えてやろうと思ってな

「・・・・・・チャンスですって?」

 

 

 コカビエルはイッセーくんに視線を向ける。

 

 

「小僧」

 

「なんだよ!?」

 

「限界まで赤龍帝の力を上げて、誰かに譲渡しろ」

 

「なんだと!?」

 

「ふざけないで、コカビエル!」

 

「フハハハハハ」

 

 

 部長の激昂をコカビエルは嘲笑う。

 

 

「ふざけているのはおまえらのほうだ。この俺を倒せると思っているのか? しかも、このまま行けば、おまえたちは俺と戦うまでもなくジリ貧で敗れる。それではおもしろくない。だからチャンスを与えてやろうと言うのだ」

 

 

 コカビエルの言葉に僕たちは歯噛みする。実際、その通りだったからだ。

 

 部長がイッセーくんの手を握る。

 

 

「・・・・・・時間がないわ。私が倒す」

 

 

 イッセーくんは部長の手を握り返し、二人はゆっくりと前へと歩を進める。

 

 

Boost(ブースト)!』

 

 

 そして、二人の歩みに同調するかのようにイッセーくんの力が高まっていく。

 

 

Boost(ブースト)!』

 

 

 それから数分後、イッセーくんの籠手の宝玉がいっそう眩く光り輝く。

 

 おそらく、限界まで力が高まった合図なのだろう。

 

 

「──来ました、部長」

 

「──イッセー!」

 

「はい!」

 

 

 お互いに手を強く握り合う二人。イッセーくんは静かに目を閉じて籠手に意識を集中させる。

 

 

赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)!」

 

 

Transfer(トランスファー)!!』

 

 

 部長へ力が譲渡され、部長の体を覆う魔力が先程よりも大きく膨れ上がった。

 

 絶大な魔力にこの距離からでも魔の波動がピリピリ感じる。

 

 

「フハハハハハ! いいぞ! その魔力の波! 最上級悪魔の魔力だぞ、リアス・グレモリー! おまえも兄に負けず劣らず才に恵まれているようだな!」

 

 

 あれほどの魔力の波動を前にしても、コカビエルは嬉々としながら不敵な態度を崩さない。

 

 

「消し飛びなさい!」

 

 

 部長は手に魔力を集中させ、最大級の滅びの塊が撃ちだされた!

 

 コカビエルは両手を前に突き出し、部長の魔力に受け止める。

 

 

「おもしろい! 魔王の妹! サーゼクスの妹!」

 

「くっ──はあぁぁぁぁッ!!」

 

 

 部長はさらに放出する魔力を強める。

 

 

「フハハハハハハッ!!」

 

 

 身に纏うローブが消し飛び、魔力を受け止めている手から血が噴きだしてもコカビエルは嬉しそうに大笑いしていた。

 

 

「・・・・・・うぅ・・・・・・!」

 

 

 次第に部長の魔力が徐々に弱まっていき、勢いが死んでカタチも崩れていく。

 

 

「・・・・・・あっ・・・・・・」

 

 

 とうとう部長の力が尽きてしまい部長は膝を着いてしまった。

 

 肩で激しく息をしており、酷く疲弊しているのが丸わかりだった。

 

 もう、同じ一撃どころか、巨人を消し飛ばす威力も難しそうだった。

 

 コカビエルの気まぐれで得られた唯一のチャンスは無駄に終わってしまった・・・・・・。

 

 

「雷よ!」

 

 

 怒りを含ませた朱乃さんの叫び声が、雷鳴と共に僕の耳に届く!

 

 天から自身へ落ちてくる雷を指先に集中させ、朱乃さんは天雷をコカビエルへと放つ。

 

 朱乃さんの雷はコカビエルの黒い翼によってあっさりと防がれる。

 

 

「俺の邪魔をするか、()()()()()()()()宿()()()()よ?」

 

「・・・・・・私をあの者と一緒にするなぁッ!」

 

 

 激昂する朱乃さんに呼応して激しさを増す雷だが、コカビエルの羽ばたきによってあっけなく薙ぎ払われてしまう。

 

 バラキエル──『雷光』の異名を持つ堕天使の幹部の一人で単純な戦闘力なら総督であるアザゼルに匹敵すると聞く。

 

 そして、バラキエルは朱乃さんの──。

 

 コカビエルは部長のほうを向いて哄笑をあげる。

 

 

「悪魔に堕ちるとはな。まったく愉快な眷属を持っているな、リアス・グレモリー。赤龍帝、聖剣計画の成れの果て──」

 

 

 コカビエルが朱乃さんを一瞥して言う。

 

 

「──そしてバラキエルの娘!」

 

「朱乃さんが堕天使の娘!?」

 

 

 コカビエルが告げた事実にイッセーくんが驚愕していた。イッセーくんだけじゃない、朱乃さんの生い立ちを知っている部長や僕、小猫ちゃん以外の全員が驚愕していた。

 

 朱乃さんはコカビエルの言葉に忌々しそうに視線を逸らしていた。

 

 

「フフフフ、リアス・グレモリー。おまえも兄同様ゲテモノ好きなようだ」

 

「・・・・・・兄の、我らが魔王への暴言は許さない! 何より、私の下僕への侮辱は万死に値するわ!」

 

 

 部長の怒りの叫びをコカビエルは鼻で笑う。

 

 

「そんなざまでいっちょまえに吠えるものだ。もう魔力もほとんど残ってなかろうに」

 

「・・・・・・くっ・・・・・・」

 

 

 コカビエルの指摘に部長は悔しそうに歯噛みしていた。

 

 事実、先程の部長の一撃は僕らが出せる最大火力だった。それが通用しなかった時点で、僕たちに勝ち目はほぼなくなっていた・・・・・・。

 

 

「さて、余興はもう飽きた。ジブラエル、カリス、あとは好きにしろ。俺は見学させてもらう」

 

「「では──」」

 

 

 カリスは再び死人たちを呼び出し、ジブラエルは自身の周囲に複数の光の槍を生みだしながら地面に降り立つ。

 

 

 ゾワッ!

 

 

 次の瞬間、ジブラエルからいままでの比じゃないプレッシャーが放たれる!

 

 そして、ジブラエルが手を振ると、光の槍が意思を持ったかのように縦横無尽に軌道を描きながら僕たち全員に飛来してきた! しかも、そのほとんどの狙いはアーシアさん!

 

 

「アーシア!」

 

 

 イッセーくんと小猫ちゃんがアーシアさんを庇って光の槍を受けてしまう!

 

 光の槍が刺さった箇所から煙をあげ、イッセーくんと小猫ちゃんは苦しそうにしていた!

 

 

「イッセーさん!? 小猫ちゃん!?」

 

 

 アーシアさんがすぐにイッセーくんと小猫ちゃんの治療を開始し、部長と朱乃さんが三人を守るために三人の前に出る。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 僕は聖魔剣で光の槍を弾きながらジブラエルに斬りかかる!

 

 

「だぁぁッ!」

 

 

 ゼノヴィアも反対側から斬りかかってきた。

 

 

「フッ」

 

 

 ドガッ!

 

 

「「がっ!?」」

 

 

 ジブラエルは笑みを浮かべると、身を翻すだけで僕たちの斬擊を躱し、そのまま僕たちを蹴り飛ばす!

 

 

「くっ!」

 

 

 僕は『騎士(ナイト)』のスピードを駆使してジブラエルの周囲を駆け回る!

 

 

「速いですね。ですが──」

 

 

 ジブラエルは僕と同等──いや、それ以上の速さで動き、あっさりと先回りされてしまう!

 

 

「私からすれば遅いです」

 

「ぐあっ!?」

 

 

 そのまままた蹴り飛ばされてしまう。

 

 

「これでもグリゴリ内ではトップレベルのスピードの持ち主と評されているんですよ」

 

 

 強い! フリードとは違い、洗練された身のこなし、慢心も油断もない冷静さ。間違いなく、いままで戦ってきた誰よりも強い!

 

 ジブラエルは倒れているフリードに歩み寄ると、彼の懐から何かを取り出した。

 

 

「エクスカリバーを失った以上、彼に持たせている意義はありませんからね」

 

 

 あれはフェニックスの涙!

 

 彼らがフェニックスの涙を所持していることも聞いていた。最低一個は持っているであろうジブラエルはこれで実質、複数回倒さなくちゃならなくなった。

 

 

「まずはあなたからです。聖と魔の融合というイレギュラー。後々厄介な存在になるのは明白。未熟のうちに摘みます」

 

 

 ジブラエルの視線が僕を捉える!

 

 ジブラエルは武術家の構えを取ると、僕でも捉えるのが困難な速度で僕に接近してくる!

 

 僕は地面に手を当て、地面から複数の聖魔剣を生やしてジブラエルを攻撃する!

 

 だけで、ジブラエルはすべての聖魔剣を一切スピードを緩めることなく最小の動きで躱してしまう!

 

 そして、意図も容易く僕に接近したジブラエルは蹴りを放つ。

 

 

「がはっ!?」

 

 

 咄嗟に聖魔剣でガードしたけど、ジブラエルの蹴りは僕の聖魔剣を容易に砕き、僕は後方に大きく吹っ飛ばされてしまった!

 

 

「はぁぁぁッ!」

 

 

 ゼノヴィアがジブラエルに斬りかかるけど、ジブラエルは光力を腕に纏わせてデュランダルの刃を受け流してしまう。

 

 ジブラエルはそのまま正拳突きを放つ。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 ゼノヴィアはデュランダルでガードするけど、そのままデュランダルごと吹っ飛ばされる。

 

 

「遅いです」

 

「「──ッ!?」」

 

 

 背後から斬りかかった明日夏くんと槐さんの斬擊を後ろを見ずに手元に生みだした光の剣で止めてしまう。

 

 ジブラエルは二人を弾き飛ばすと、光力の塊を撃ちだす。

 

 

「槐ッ!」

 

「なっ!?」

 

 

 明日夏は槐さんを突き飛ばし、オーラで光力を受け止める。

 

 

「がぁぁぁぁっ!?」

 

 

 だけど、防ぎ切れなかった波動によって明日夏くんは吹っ飛ばされてしまう!

 

 

「明日夏ッ!」

 

「スキありです」

 

 

 明日夏の身を案じていた槐さんの一瞬のスキをついて、ジブラエルは背後から蹴りを打ち込もうとしていた!

 

 

「──ッ!?」

 

 

 槐さんは辛うじてジブラエルの蹴りあげを躱した。

 

 だけど、ジブラエルは蹴りあげの勢いを利用して飛び上がり、その体勢のまま踵落としを繰り出した!

 

 

「がぁっ!?」

 

 

 槐さんは刀でガードするけど、ガードごと地面に叩きつけられ、しかも刀が折られてしまった!

 

 

「──大した隠行術ですが」

 

「──ッ!?」

 

 

 燕ちゃんがジブラエルの背後からクナイで斬りかかるけど、あっさりと防がれてしまった。

 

 

「ふッ!」

 

「かはっ!?」

 

 

 肩からの体当たりで燕ちゃんも吹き飛ばされる!

 

 

「おまえェッ! よくも燕ちゃんをォォォォッ!」

 

 

 燕ちゃんを傷つけられ、激昂した鶫さんが正面からジブラエルに殴りかかる!

 

 

「やれやれ、激情にかられ、せっかくの隠行をわざわざ無駄にするとは・・・・・・」

 

 

 ジブラエルは鶫さんの拳をわずかな動きだけで躱し、鶫さんを回し蹴りで吹っ飛ばす!

 

 ・・・・・・強すぎる! まったく手も足も出ない!

 

 コカビエルといい、彼といい、僕たちと彼らとの実力差は歴然だった・・・・・・。

 

 

「さて、とどめを」

 

 

 ジブラエルは倒れている僕にとどめをさそうと光の槍を生みだす。

 

 マズい! 逃げないと!

 

 だけど、いまだにダメージでまともに動けなかった僕に逃げられるすべはなかった。

 

 

「木場ぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 回復したイッセーくんが小猫ちゃんと共に僕を助けようとするけど、カリスの死人たちが二人を阻む

 

 

「終わりです」

 

 

 やられる! そう思った瞬間──。

 

 

「──何っ!?」

 

 

 赤──いや、緋いドラゴンが突然現れ、ジブラエルに襲いかかる!

 

 

「くっ!」

 

 

 ジブラエルは高速で動いて緋いドラゴンから逃れようとするけど、緋いドラゴンはジブラエルとほぼ同じ速度でジブラエルを追う。

 

 

「チッ!」

 

 

 逃れられないと判断したのか、迎え撃つ構えを取る。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 ジブラエルは手元に光力を展開して緋いドラゴンの突進を受け止める。

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

 だけど、ジブラエルは力負けし、緋いドラゴンはジブラエルの胴体に噛みつく。

 

 そのまま緋いドラゴンは宙高くに舞い上がると、一気に急降下して自身の頭ごとジブラエルを地面に叩きつけた。

 

 緋いドラゴンは緋いオーラとなって霧散してしまう。

 

 あの緋いオーラは!

 

 

「──やれやれ。思った以上に早い出番だな」

 

 

 倒れてる僕たちの前に明日夏くんが手元から緋いオーラを放出させながら舞い降りてきた。

 

 

-○●○-

 

 

「・・・・・・兵藤、頼むぜ。俺、そろそろ限界・・・・・・」

 

「サジ、気を散らしてはなりません!」

 

「──っ! はい!」

 

 

 疲弊から気を散らしそうになっていた匙は椿姫に一喝されて慌てて気を引き締める。

 

 駒王学園の外で魔王の援軍が到着する一時間後まで周囲に被害を出さないための結界を張り続けていたソーナ・シトリー眷属であったが、結界内部での激しい戦闘で結界の維持に予想以上の消耗を強いられていた。

 

 上級悪魔であるソーナと『女王(クイーン)』である椿姫以外はもう体力も魔力も限界に近かった。

 

 

「おーおー、やってるやってる」

 

 

 最悪、自分と椿姫の二人だけで結界を維持することを検討していたソーナは背後から聞こえてきた声に表情を強ばらせる。

 

 背後を見ると、宙に浮いた堕天使が五人いた。

 

 

「くっ、堕天使・・・・・・」

 

 

 ソーナは現在、自分たちが危機的な状況にあることに表情を歪ませる。

 

 下僕たちは椿姫を除き体力も魔力も限界。自分と椿姫も大きく消耗している。そもそも、結界の維持のために身動きが取れない。

 

 だが、結界を解いてしまえば、周囲にどれほどの被害が出るかわからない。結界内部の戦闘の激しさから少なく見積もっても甚大な被害が出るのは明白。ゆえに結界を解くわけにはいかない。

 

 

「椿姫、堕天使たちは私が引き受けます。あなたは皆と引き続き結界の維持を。ですが、もしものときは、私を置いて皆を連れて逃げなさい」

 

「会長!?」

 

 

 ソーナは結界を眷属たちに任せ、堕天使たちに向き合う。

 

 

「そんな消耗した状態で俺たちに勝てると思ってるのか?」

 

 

 ソーナは手元に水の魔力を生みだす。

 

 

「・・・・・・シトリー家の次期当主を──そして、魔王レヴィアタンの妹である私を甘く見ないでください!」

 

 



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Life.26 極煌の緋龍

 

 

 明日夏くんは緋いオーラを四本のドラゴンの腕にする。

 

 やっぱり、あの緋いドラゴンは明日夏くんの緋いオーラでできたものだったか。

 

 それを伸ばして──僕、鶫さん、燕ちゃん、槐さんを掴んだ!?

 

 

「あ、明日夏くん!?」

 

「えっ!?」

 

「ちょ!?」

 

「お、おい、まさか!?」

 

 

 いやな予感がした僕たち。

 

 

「邪魔だからあっち行ってな!」

 

「「「「うわっ!?」」」」

 

 

 予想通り僕たちは明日夏くんによって投げ飛ばされてしまった!

 

 

「ちょ!? 明日夏、おまえ!? 何してんだ!?」

 

 

 イッセーくんたちが僕たちをなんとか受け止めてくれた。

 

 それを確認すると、明日夏くんはジブラエルのほうを向く。

 

 い、一体何が・・・・・・?

 

 明日夏くんらしからぬ粗暴な言動に僕は困惑していた。

 

 

「お、おい、千秋、槐。あれってまさか・・・・・・」

 

「うん・・・・・・」

 

「ああ、間違いない・・・・・・」

 

 

 どうやら、イッセーくんと千秋さんと槐さんは明日夏くんのあの様子に心当たりがあるみたいだ。

 

 

「おまえ、ドレイクか!?」

 

 

 イッセーくんが問いかけると、明日夏くんは顔だけこちらに向けてニッと笑う。

 

 

「正解だぜ、イッセー」

 

 

 ドレイク──確か、明日夏くんの神器(セイクリッド・ギア)に宿るドラゴンで、明日夏くんの体を借りることで活動できるとイッセーくんから聞いたことがあった。あれがその状態なのか。

 

 

「言っとくけど勘違いするなよ。これはお互い同意のもとなんだからな。いざってときは、俺がこいつの体を使って戦うってな」

 

 

 明日夏くん──ドレイクがそう言ってると、死人の巨人二体がドレイクに襲いかかる!

 

 するとドレイクは背中からオーラを放出すると、それは巨大なドラゴンの翼となった。

 

 

「うぜぇよ」

 

 

 オーラの翼が高速で振るわれ、巨人がバラバラに斬り裂かれた!

 

 

「おやおや、一瞬ですか・・・・・・」

 

「ダミーを含む弱点十一ヵ所の中から五個の本物の弱点を探せ? はん、関係ねえ。全部いっぺんにやりゃいいだけだ」

 

 

 バラバラにされた巨人は二度と修復されることはなかった。そして、斬られた箇所もちょうど十一ヶ所だった。

 

 荒々しいのに、なんて正確なんだ。明らかに明日夏くんよりもオーラをコントロールしていた。

 

 いや当然か。あのオーラはもともと明日夏くんに宿っているドレイクのオーラなんだ。自分のオーラを自在にコントロールできるのなんて造作もないことなのだろう。

 

 

「さてと。本当ならコカビエルと遊ぶときに俺が出張るはずだったんだが、ヘボい奴らばっかのせいで早出勤だぜ」

 

 

 ・・・・・・ドレイクの言葉に物申したかったけど・・・・・・事実、僕たちは手も足も出ていなかったので、何も言えなかった・・・・・・。

 

 

「くっ・・・・・・」

 

 

 立ち上がったジブラエルは左手で右腕を押さえていた。

 

 あの様子からしてたぶん、さっきので右腕が折れたのだろう。

 

 

「・・・・・・神器(セイクリッド・ギア)に宿るドラゴンとの意識の入れ替え・・・・・・魔物や伝説の生物を封印した封印系神器(セイクリッド・ギア)、それもドラゴン系であろうとそのようなことができるものなど・・・・・・」

 

「何事も例外ってのは存在するもんだろ。ついでにこんなこともできるぜ──」

 

 

 ドレイクからただならぬ重圧が発せられる。

 

 

「──禁手化(バランス・ブレイク)

 

 

-○●○-

 

 

 学園での戦闘が始まる前、自宅で装備の補充をしていたときだった。

 

 

『勝算あんのか?』

 

 

 ドレイクが唐突にそう訊いてきた。

 

 ・・・・・・俺はすぐには答えられなかった。

 

 

『まあ、キツいだろうな。他はともかく、コカビエルがなぁ。ぶっちゃけ、勝てねぇな』

 

 

 そう、ドレイクの言う通り、他の連中なら厳しくてもなんとか勝てるかもしれない。――だが、コカビエルは別だ。

 

 奴は聖書に名を連ねる伝説の存在。レイナーレたちとは比ぶべくもない。

 

 ・・・・・・ああして目にしたいま、正直勝てるイメージがわかなかった。

 

 部長の報告で魔王が援軍をよこしてくれるだろう・・・・・・が、おそらく、準備に時間がかかるはずだ。

 

 それまでは、俺たちで相手することになるだろう。 

 

 

『手ぇ貸してやろうか?』

 

 

 ・・・・・・手を貸すだと?

 

 

『そっ。おまえはいまだにオーラのコントロールにムラがあるからな。消耗が激しいのはそれが原因だ。だから、俺がそのへんをサポートしてやる。そうすりゃ消耗がだいぶ抑えられるぜ。具体的には緋い龍擊(スカーレット・フレイム)の連発ができるぐらいにはな』

 

 

 だが、それでも──。

 

 

『ああ、それだけじゃコカビエルに勝てねぇ。まあ、いきなりコカビエルと戦うってことにはならないだろうがな』

 

 

 なんでそう言い切れるんだ?

 

 

『あいつはあの感じからして典型的な戦闘狂(バトルマニア)だ。そういう奴は大抵、ある程度は拮抗した戦いが好物だ。だから、圧倒的な実力者の自分が戦うよりも、下の連中と戦わせて基本的には観戦に徹するだろうな。だから──』

 

 

 コカビエルが観戦に徹しているうちに他の奴らを倒せってか?

 

 

『そうそう。んで、そこまで行けば、コカビエルも出てくるだろうな。そうなったら、俺と変われ』

 

 

 おまえに変わったぐらいで勝てるのか?

 

 

『「とっておき」をやれば、可能性はあるかもな』

 

 

 とっておき?

 

 俺はドレイクの言う『とっておき』について聞いた。

 

 なるほど。確かにほんの僅かだけ可能性は出てくるか。

 

 

『むろん、リスクはあるが──構わねぇよな?』

 

 

 ドレイクから『とっておき』のリスクを聞く。それで勝てるのなら安いもんだ。

 

 

『なら、そんときが来たら任せな。最低限の活躍はしてやるよ』

 

 

-○●○-

 

 

 ドレイクから膨大なオーラが一気に解放される。その波動は先程の力を譲渡された部長以上だった。

 

 あれってもしかして!

 

 

「なんちゃって禁手(バランス・ブレイカー)。『極煌の緋龍(アドバンスド・スカーレット・バースト)』」

 

 

 やっぱり禁手(バランス・ブレイカー)! でもなんちゃってってなんだ?

 

 

『あれが正確には禁手(バランス・ブレイカー)ではないからだろう』

 

 

 どういうことだ、ドライグ?

 

 

『そもそも、士騎明日夏は至っていない。そのため、ドレイクは神器(セイクリッド・ギア)をバースト状態にすることで擬似的な禁手(バランス・ブレイカー)に覚醒させているのだろう』

 

 

 俺がライザーとの戦ったときみたいな感じか?

 

 

『いや、あれは代償を払うことで一時的に力を引き出しているのに対し、あちらは一種の暴走状態だ。相棒のように肉体を代償に支払うことはないだろうが、士騎明日夏の肉体にも、神器(セイクリッド・ギア)そのものにも多大な負担をかけることになるだろうな』

 

 

 俺以上にヤバいやり方で力を引き出してるってわけか・・・・・・。

 

 

「さーてと。宿主さまがへっぽこだからな。速攻で終わらせてもらうぜ」

 

 

 ドレイクが放出していたオーラがドレイクの身を覆っていく。背中のオーラがドラゴンの翼と尻尾、手元のオーラが鋭い爪を生やしたドラゴンの腕になった。

 

 視界から消え去り、緋い光の軌跡を生みだしながら、ドレイクはジブラエルへ直進する。

 

 速い! 木場とかで目が慣れてきているはずなのに、それでも目で追いきれない!

 

 

「くっ!」

 

 

 ジブラエルは光の槍を生みだしてはドレイクに向けて飛ばすが、そのすべてをドレイクは難なく躱してしまう。

 

 

「へっ!」

 

 

 ドレイクはオーラの爪を突きだすが、ジブラエルはそれを辛うじて躱す。

 

 

 ドガッ!

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

 ドレイクのオーラの尻尾がジブラエルを吹き飛ばした。

 

 吹き飛ばされたジブラエルは空中で体勢を立て直す。

 

 

 ザシュッ!

 

 

「があっ!?」

 

 

 そのわずかな隙をついてドレイクの爪がジブラエルの腹部に突き刺さった。

 

 そのまま突き刺している手元にオーラの塊を作るドレイク。

 

 

「ほら吹っ飛べよ」

 

 

 オーラの塊が撃ちだされ、ジブラエルはオーラの塊ごと校舎まで吹き飛ばされた。

 

 

 ドオオオォォォォォン!

 

 

 ジブラエルとオーラの塊が校舎に激突して大爆発が起こった!

 

 

「へへ、スカーレットショット、てか」

 

 

 オーラの爆発により、校舎が酷く損壊していた。

 

 なんだよありゃ! 俺のマックスのドラゴンショットぐらいの破壊力があるぞ!

 

 

『どうやらあの疑似禁手(バランス・ブレイカー)はドレイクのオーラを一気に全面解放することで爆発的に戦闘力をあげるタイプみたいだな。その状態で全身のオーラを手元に集めて放つタイプの一撃を放てばあれぐらいは造作もないだろう。だが、あの戦闘力。あの疑似禁手(バランス・ブレイカー)は確実に士騎明日夏の生命力を減らす諸刃の剣だな。最悪、士騎明日夏が再起不能に至る可能性がある危険な方法だ』

 

 

 そんな危険なことをして力を引き出してるのかよ!

 

 

『おそらく、士騎明日夏も覚悟のうえなのだろう』

 

 

 そうしなければ、この戦いを切り抜けられないからと明日夏は思ったわけか・・・・・・。

 

 破壊された校舎の壁の奥から着ていたトレンチコートがボロボロになりながらも無傷なジブラエルが現れた。

 

 あれをくらって無傷かよ!

 

 

『忘れたのか、相棒。奴らはフェニックスの涙を持っている。それを使って回復したのだろう。折れた右腕や爪で貫かれた傷が治っているのがその証拠だ』

 

 

 そっか、そういえばそうだった。そもそも、さっきフリードから回収してたっけ。

 

 ドレイクが挑発するように言う。

 

 

「まずはひとつ。あと何回復活できるんだ?」

 

 

 ドレイクの挑発を意に介さず、ジブラエルはボロボロになったトレンチコートを脱ぎ捨てる。

 

 

「・・・・・・なるほど。現状、あなたが一番の驚異ですね。その牙はコカビエルさまに届きうる。ここで確実に仕留めます」

 

 

 そう言うと、ジブラエルから濃密な光力が解放された。そして、解放された光力がジブラエルの体を覆っていく。

 

 ジブラエルの体は光力そのものみたいな状態になっていた。

 

 ジブラエルは光の軌跡を描きながら飛翔し、ドレイクに肉薄する。

 

 

「へっ、上等だ!」

 

 

 ドレイクも同じ速度でジブラエルを迎え撃つ。

 

 ドレイクが爪や尻尾、翼を使ったもはや人間離れした戦い方に対して、ジブラエルは光力を纏った手足による徒手空拳で戦う。

 

 ドレイクの爪や尻尾、翼の攻撃をジブラエルは腕や脚で薙ぐように捌き、ジブラエルの拳や蹴りをドレイクは腕や翼で防ぐ。

 

 二人の一進一退の攻防はもはや次元が違うレベルの戦いだった。

 

 

『このまま行くと、ドレイクの敗北は必至だな』

 

 

 どういうことだよ、ドライグ。見た感じ、互角な戦いだと思うけど?

 

 

『互角だからこそだ。ドレイクは暴走状態。安定している堕天使よりも先にドレイク──正確には士騎明日夏の肉体に限界が来るの明白だ。それは向こうも把握している。その証拠に堕天使の戦い方が長期戦的なものになっている』

 

 

 それじゃ、このまま行けばドレイクのジリ貧ってことかよ!

 

 

『そうなるな』

 

 

 クソッ! 援護しようにも、あんな次元の違う戦いに割ってはいれないし、そもそも、カリスの死人たちが立ち塞がって自分たちの身を守るのが精一杯だった。

 

 

「世話が焼けるな!」

 

 

 ジブラエルとの攻防の最中、ドレイクは肩から生やしたオーラの腕からオーラの塊を撃ちだして、俺たちに襲いかかってくる死人たちを撃ち抜く。

 

 

「お仲間を気にかける余裕なんてあるのですか?」

 

「しょうがねぇだろ。あいつらに何かあれば宿主さまがうるせぇからな」

 

 

 その後もドレイクはジブラエルと戦いながらもオーラの一撃で死人たちが俺たちに近づかないようにしてくれる。

 

 クソッ! 俺たちの存在がドレイクの足を引っ張ちまうなんて!

 

 

「自分の身は自分で守るわ。だから、あなたは気にせず、目の前の戦いに集中してちょうだい!」

 

 

 部長がドレイクに言うけど、ドレイクは鼻で笑う。

 

 

「現状、一番足手まといになってる奴がよく言うぜ」

 

 

 ドレイクに言われ、部長は苦虫を噛み潰したような表情をする。

 

 実際、さっきの一撃で部長は魔力と体力のほとんどを消耗してしまってる。そのせいで、死人たちの相手もキツそうだった。

 

 

「まあ、安心してろ。こんくらい、片手間にもなりゃしねぇよ」

 

 

 そう言うけど、さっきのドライグの言葉が気になって気が気でなかった。

 

 

『安心しろ、相棒。あのドレイクのことだ。戦いながらも虎視眈々と何かを狙っているだろうさ』

 

 

 本当に大丈夫なのかよ?

 

 

『ああ。あいつはずる賢いからな。白いのとの戦いにちょっかいをかけられてキレた俺たちからもうまいこと逃げおおせる奴だからな』

 

 

 いや、それ、余計に安心できないんだが・・・・・・。

 

 お互いの蹴りが激突し、その衝撃でドレイクとジブラエルは距離を取る。

 

 

「こぷっ」

 

 

 その瞬間、ドレイクが口から血を吐いた!

 

 よく見ると、体の至るところから血が出ていた!

 

 

「そろそろ宿主の肉体が限界のようですね」

 

「まったくだ。せめて禁手(バランス・ブレイカー)にでも至っててくれてればもっとやれたんだがな・・・・・・」

 

 

 やれやれといった様子でドレイクは口から出てる血を手で拭い、ペッと口の中の血を吐く。

 

 

「ま、別にカンケーねえか」

 

 

 ドレイクは地に降り立つと、体を覆っていたオーラを消した。

 

 

「これで終わらせるからな」

 

 

 ドレイクは右手をジブラエルに向ける。

 

 すると、ドレイクの右手から膨大なオーラが放出される!

 

 オーラは手元にに集まっていき、やがて、巨大なオーラの塊になった!

 

 その大きさは明日夏の体の十倍以上はあった!

 

 だけど、オーラの放出に右腕が耐えきれていないのか、あっちこっちから血が吹き出ていた。

 

 

「なるほど。強大な一撃で一気に終わらせようという魂胆ですか。ですが、それで私を倒しきれなければ、あなたの敗北です」

 

 

 ジブラエルは身構える。ドレイクのあの強大なオーラの塊にコカビエルのように受けてたつつもりのようだ。

 

 

「受けてたつってか? 上等だ! 吹っ飛びやがれ!」

 

 

 ドレイクはオーラの塊を撃ちだす。

 

 オーラの塊は真っ直ぐにジブラエルに向かって飛翔していく。

 

 

「フッ」

 

 

 受けてたつ構えだったジブラエルが突然構えを解いてオーラの塊の射線上から飛び出してしまう!

 

 

「──バカ正直に受けると思ったのですか?」

 

 

 野郎! 受けてたつと見せかけて、ドレイクに無駄撃ちさせるつもりだったのか!

 

 だけど、今頃気づいてももう遅かった。

 

 ドレイクの一撃はジブラエルに当たることなく、射線上にあった校舎に当たる。

 

 あれだけの大きさだ。凄まじい衝撃が来ると予想した俺たちは衝撃に備えて身構える。

 

 

 パシュッ。

 

 

『え?』

 

 

 だけど、校舎に当たったオーラの塊はシャボン玉のように割れて霧散してしまった。

 

 えっ、どういうこと!?

 

 

「アッハハハハハハハハハッ!」

 

 

 呆気に取られてる俺たちを見て、ドレイクはお腹を抱えて大笑いしていた。

 

 

「引っかかったな! あんなの見てくれが大きいだけの中身が空洞なシャボン玉みたいな塊さ!」

 

 

 ええぇぇぇぇぇっ!? いまのただの見せかけだったのかよ! なんだってそんなことを!?

 

 

「いまのは囮ですか!」

 

「正解だぜ」

 

 

 ジブラエルは表情を強ばらせ、あたり見渡し始める。

 

 そうか、ドレイクの狙いはあの巨大な見せかけのオーラの塊を陽動に本命の一撃を叩き込むための布石だったのか。

 

 だけど、いつまでたってもその本命が来ることはなかった。

 

 そのことにジブラエルも訝しげにしていた。

 

 

「バーカ。本命ならもうおまえの懐に撃ちこんでるぜ」

 

「──ッ!?」

 

 

 ジブラエルは慌てて自身の懐に視線を向ける。

 

 俺たちもジブラエルのほうを見ると、ジブラエルの懐のところに緋い米粒みたいのがあった。

 

 あれが本命? スゴく小さいんだけど?

 

 

『いや、あれはオーラを圧縮に圧縮を重ねたものだ』

 

 

 つまり、どういうことだ?

 

 

『さっきの見かけ倒しとは違い、少しでも衝撃を与えれば大爆発するシロモノだな』

 

 

 マジかよ!?

 

 俺が内心で驚いていると、ドレイクが指を鳴らした。

 

 

「──爆ぜろ」

 

 

 ドオオオオオォォォォォォォォォォォンッ!

 

 

 刹那、ジブラエルを中心に巨大なオーラの大爆発が起こった!

 

 オーラの波動による衝撃が俺たちを襲い、俺たちは身を屈めて衝撃に耐える。

 

 そして、衝撃が止み、俺たちは顔を上げる。

 

 さっきの衝撃で校舎の窓が見える範囲ですべて割れており、壁にも亀裂がいっぱい入っていた。他にも死人たちが衝撃で吹っ飛んで壁に叩きつけられたのか、見るも無惨な有り様になっていた。会長たちが張ってくれてる結界にも亀裂が入っていた。

 

 

 ドサッ!

 

 

 そして、あの大爆発の中心にいたジブラエルはボロボロになって地面に墜落していた。

 

 

「ほーん、五体満足で残ったか。フェニックスの涙と光力のほとんどを費やしてある程度のダメージを相殺したってところか? ま、それでも虫の息だろうがな」

 

 

 ジブラエルはか細いうめき声をあげるだけだった。

 

 

「さーてと、ひと思いに楽にしてやるか」

 

 

 ドレイクは手元にオーラを出してドラゴンの手にすると、その爪をジブラエルに向ける。

 

 

「──やれやれ。まったくうぜぇな」

 

 

 ジブラエルにとどめをさそうとするドレイクに死人の巨人が襲いかかる!

 

 ドレイクは背中からオーラを出す。

 

 さっきみたいに翼にして攻撃するつもりなのだろう。

 

 

 バシュッ。

 

 

「ありゃ」

 

 

 だけど、背中から出ていたオーラが霧散してしまった。手元のオーラも同じくだ。

 

 

「チッ」

 

 

 舌打ちをしてドレイクは巨人の攻撃を躱して巨人から距離を取る。

 

 

「どうやら限界が来たようですね」

 

 

 カリスがジブラエルに歩み寄っていた。

 

 そして、懐から小瓶を取り出し、中身をジブラエルにかけた。

 

 ジブラエルの傷が煙をあげて治っていく。

 

 あれフェニックスの涙かよ!

 

 回復したジブラエルが起き上がる。

 

 

「・・・・・・ヤッベェな」

 

 

 俺たちのもとまでやって来たドレイクも流石に苦笑いを浮かべていた。

 

 

「・・・・・・シスターちゃん、治療頼まぁ」

 

 

 そう言うと、ドレイクが倒れた!

 

 

「・・・・・・・・・・・・がぁ・・・・・・ぁぁ・・・・・・」

 

 

 倒れたドレイク──いや違う、明日夏がうめき声をあげていた。

 

 

「明日夏! アーシア、頼む!」

 

「は、はい!」

 

 

 アーシアは急いで明日夏に回復の光を当てる。

 

 

「・・・・・・おい、ドレイク。傷が治ったら──」

 

『あ、無理。もうオーラがほとんど残ってない。いくら俺が表に出ればオーラを自在に操れるといっても、扱えるオーラの量は宿主のレベルに依存しちまうからな。それでも無理くり引き出してやったが、それも限界だ。恨むなら、へっぽこの自分を恨むんだな。まあ、とりあえず、緋い龍擊(スカーレット・フレイム)一発撃てればいいぐらいの余力は残しておいた。あとは自分たちでなんとかしな』

 

 

 小型のオーラのドラゴンになって出てきたドレイクが明日夏に言う。

 

 それを聞き、明日夏は苦虫を噛み潰したような表情をする。

 

 つまりもう、ドレイクを当てにすることはできず、ドレイクの言う通りあとはもう俺たちでやるしかないってことか。

 

 

「大丈夫ですか、ジブラエル殿?」

 

「・・・・・・ええ、感謝しますよ。よもや、あそこまでやれるとは・・・・・・」

 

神器(セイクリッド・ギア)というのは未知な部分が多く、なかなか侮れないですからね。そちらの総督殿が熱心に研究するのも頷けるでしょう」

 

「・・・・・・ええ。アザゼルさまが熱中するのもなんとなくわかりましたよ。──ですから、後顧の憂いのないよう所有者は全員ここで確実に始末します」

 

 

 ジブラエルから俺や明日夏、千秋に木場にアーシアといった神器(セイクリッド・ギア)を持ってる者に濃密な殺気を向けてくる!

 

 

「──でしたら、もう終わりますよ。──十分に死体は溜まりましたからね」

 

 

 カリスがそう言った瞬間、俺たちの周りにいた動かなくなったものも含んだ死人たちの体が膨張しだした!

 

 な、なんだ!? 何が起こってるんだ!?

 

 

「マズい!?」

 

 

 回復した明日夏が驚愕の表情で叫んだ。

 

 見ると、木場や槐、ゼノヴィアも同様の表情をしていた。

 

 

「おい、明日夏! 一体何が起こってるんだよ!?」

 

「奴らは自爆する気だ!」

 

「自爆!?」

 

「まさか、あのクレーターは!?」

 

「そうです、部長!」

 

 

 あのバカデカいクレーターはそれでできたのかよ!

 

 いますぐ逃げないとヤベェじゃねぇか!

 

 だけど、周りはすでに膨張した死人たちの肉塊で囲まれていて逃げ場がなかった!

 

 

「朱乃! いますぐ転移の準備を!」

 

「はい、部長!」

 

 

 部長の指示で急いで朱乃さんが転移の準備を始める。

 

 

「そんな!? 転移の術式が組めません!」

 

「なんですって!?」

 

 

 転移の術式が組めないだって!?

 

 

「ああ、転移の妨害はバッチリですよ」

 

 

 カリスが爽やかな笑顔で最悪なことを言いやがった!

 

 

「ついでに言うと、外で結界を張っているソーナ・シトリーのところには堕天使の部隊が襲撃している頃ですよ」

 

 

 さらに最悪なこと言うカリス!

 

 

「ソーナ! ソーナ!?」

 

 

 部長が通信用魔方陣で会長に呼びかけてるけど、反応からして応答がないようだ。

 

 

「応答がないのは通信妨害してるからですよ。まあ、この結界があるうちは無事ですよ。時間の問題でしょうけど」

 

 

 どうすりゃいいんだよ!? 俺たちもピンチだし、会長たちもピンチなんて!

 

 そうこうしているうちに周りは完全に囲まれていた!

 

 こうなったら、体の大半をドラゴンにしてでもあの鎧を着て──。

 

 

『無理だ、相棒。鎧を着ようと、相棒ではこの状況をどうにかするの不可能だ。せいぜい、鎧の防御力のおかげで相棒だけが生き残るだけだ』

 

 

 俺だけ生き残っても意味ねえよ!

 

 クソッ! マジでどうすりゃいいんだよ!

 

 

 バチッ!

 

 

「──禁手化(バランス・ブレイク)

 

 

 絶体絶命な最中、突然の第三者の声。

 

 

「鬼刃一刀流・絶技──」

 

 

 バヂヂヂヂヂッ!

 

 

 次の瞬間、グラウンドの一角で紅い雷が激しくほとばしりだした。

 

 

「伏せろォォッ!」

 

 

 突然、槐が叫び、それを聞いた俺たちは反射的に伏せた。

 

 それと同時に雷がほとばしっていた場所から紅い閃光が縦横無尽に駆け巡り、肉塊のすべてを貫いた。

 

 

「――紅蓮(ぐれん)霹靂一閃(へきれきいっせん)

 

 

 カッ!

 

 

 再びの第三者の声。刹那──。

 

 

 ドォォォォォオオオオオオンッ!

 

 

 轟音と共にすべての肉塊から激しい雷が立ち上ぼり、すべての肉塊を塵も残さず焼き払った!

 

 

「よう、ナイスタイミングだったみたいだな?」

 

 

 雷が止んだその中心には鞘に収まった刀を肩でトントンとさせているレンがいた。

 

 



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Life.27 遅れてきた剣士たち

 

 

「とりあえず、皆無事のようだな?」

 

 

 レンは俺たち一人ずつの状態を確認する。

 

 

「・・・・・・いまのは一体?」

 

 

 部長の疑問に槐が答える。

 

 

「兄上の禁手(バランス・ブレイカー)です」

 

「えっ、でも、あなたのお兄さんの神器(セイクリッド・ギア)は聴覚を高めるものじゃ?」

 

 

 槐の答えに部長はますます怪訝そうにする。

 

 レンの持つ神器(セイクリッド・ギア)は『龍の耳(サウンド・レシーバー)』。その能力は聴覚を高めるというありふれたものだ。だが、さっきの攻撃は完全に雷属性系統。いかに禁手(バランス・ブレイカー)だろうと聴覚を高めるだけの神器(セイクリッド・ギア)にできることじゃない。

 

 事実、さっきのは『龍の耳(サウンド・レシーバー)』の禁手(バランス・ブレイカー)()()()()からな。

 

 そのからくりは至極単純──。

 

 

「兄上は生まれつき神器(セイクリッド・ギア)を二つ持っているのです」

 

『──っ!?』

 

 

 槐の言葉に事情を知っている俺や千秋、鶫や燕以外の全員が驚愕していた。

 

 基本的に神器(セイクリッド・ギア)は一人ひとつしか所持していない。複数持ってる場合もあとから移植されたものというのが原則だ。だが、例外があり、レンはその例外で生まれつき二つ所持しているのだ。

 

 その二つ目の神器(セイクリッド・ギア)こそが紅い雷撃を放つ『紅い雷火(クリムゾン・レビン)』。さっきのはその禁手(バランス・ブレイカー)、『紅蓮の霹靂一閃(トランジェント・クリムゾン・ライトニング)』。

 

 その能力は禁手(バランス・ブレイカー)としての発展や拡張を必殺の一太刀に集約させた一撃の威力を極限にまで昇華させた超高速居合斬りと斬りつけた対象を焼き払う雷撃による同時攻撃。居合斬りに関しては簡単に言ってしまえば、俺の雷刃(ライトニングスラッシュ)の身体強化と刀身強化の機能を併用した居合斬りだ(そもそも、雷刃(ライトニングスラッシュ)の機能はレンの能力をスケールダウンしつつも再現したものだ)。その強化された身体能力で雷の如き速さで動き、強化された刀で斬りつける。だが、レンの禁手(バランス・ブレイカー)はそれで終わらない。最大の特徴は斬りつけた対象の切断箇所から太刀を通じて大量の雷を流し込み、相手を内側から雷撃で焼き払うことだ。その威力は掠っただけでもその箇所が消し飛ぶほどだ。

 

 このことから、レンの禁手(バランス・ブレイカー)は相手からしたら回避が困難な超高速斬擊にもかかわらず、掠るだけでも危険な技へと昇華させている。

 

 むろん、欠点もあり、肉体への負担と消耗が大きく、また一撃ごとにインターバルがあるため連発ができない。そのため、ここぞというときにしか使えない。

 

 

「──アザゼルが言っていた『双持者(ダブル・ギア・ホルダー)』という存在か」

 

 

 コカビエルがレンを見てそう言った。

 

 双持者(ダブル・ギア・ホルダー)。グリゴリではレンみたいな神器(セイクリッド・ギア)を生まれつき二つ所持している奴をそう呼んでいるのか。

 

 

「・・・・・・ほ、報告します・・・・・・」

 

 

 そこへ、コカビエルたちに切羽詰まったような声がかけられた。

 

 声が聞こえたほうを見ると、ボロボロな姿の堕天使が膝をついていた。

 

 

「・・・・・・私以外の堕天使、およびはぐれエクソシスト、はぐれハンター、カリス・パトゥーリアの死人兵・・・・・・そこの男と聖剣使いの男の二人によって全滅しました・・・・・・」

 

「・・・・・・何?」

 

「なッ!?」

 

「ほう」

 

 

 堕天使の報告にコカビエルは眉をひそませ、ジブラエルは驚愕、カリスは興味深そうにしていた。

 

 俺たちもその報告に驚愕していた。

 

 堕天使は驚異的なものを見るような目でレンを見て言う。

 

 

「・・・・・・そいつらは強すぎます・・・・・・! とても人間とは思えません・・・・・・!」

 

 

 堕天使の反応からしても、ジブラエルはかなりの戦力をレンとアルミヤさんにあてがっていたのだろう。

 

 それをたった二人で・・・・・・。

 

 

「堕天使たちはともかく、他は有象無象だったからな。そこまで苦労はしなかったぜ」

 

 

 当のレンは大したことはしていないといった感じだった。

 

 

 ザシュッ!

 

 

『――ッ!?』

 

 

 突然、堕天使の胸を剣が貫いた!

 

 

「・・・・・・・・・・・・申し訳ありません・・・・・・コカビエルさま・・・・・・ジブラエルさま・・・・・・」

 

 

 その言葉を最後に堕天使は前のめりに倒れて息絶えた。

 

 

「ひとまず一難は去ったようだな」

 

 

 倒れた堕天使の後方から弓のような剣を手にしたアルミヤさんが現れた。

 

 

「ソーナ・シトリーとその眷属たちは無事だ、リアス・グレモリー」

 

 

 アルミヤさんの言葉を聞き、部長は安堵する。

 

 よかった。会長たちは無事か。

 

 

「──アルミヤ・A・エトリア。『錬鉄の剣聖』の異名を持つ、教会内でもトップクラスの戦士か。所持している神器(セイクリッド・ギア)は『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』か? 『魔剣創造(ソード・バース)』と同様、使い手の技量次第では無敵の力を発揮する神器(セイクリッド・ギア)。なるほど、異名に違わず戦士としては最上級だな」

 

 

 バルパーがアルミヤさんのことをそう評するが、途端に見下したかのような視線を向ける。

 

 

「だが、教会が保有する伝説の聖剣を与えられていないところを見る限り、因子の保有数値レベルは大したことのないようだな。ふん、つまり、戦士としての技量はともかく聖剣使いとしては大したことはないということだな」

 

 

 バルパーに好き勝手言われても、アルミヤさんは何も言わなかった。というよりも、気にも留めていなかった。

 

 

 ドォォォン!

 

 

「ん?」

 

「む?」

 

 

 レンとアルミヤさんの背後に死人の巨人が現れた!

 

 まだいたのか!

 

 巨人が腕を振り上げ、二人に拳を打ちだそうとする。

 

 

「十の型──斬り嗣ぎ舞」

 

 

 次の瞬間、レンの姿が巨人の背後に移り、巨人がバラバラに斬り裂かれていた!

 

 そして、アルミヤさんに襲いかかろうとしていた巨人は体の至るところに聖剣が突き刺さっていた。

 

 

「──壊れた聖剣(ブロークン・ブレード)

 

 

 カッ!

 

 

 聖剣が激しく光り輝くと、聖剣は聖なる波動を発しながら爆発した!

 

 爆発を受けた巨人は爆破された箇所が大きく抉れた状態で倒れる。

 

 レンが斬り裂いた巨人も爆破された巨人もダメージが再生することなく、ピクリとも動かなくなった。

 

 レンが斬り裂いた箇所は十一、巨人に突き刺さっていた聖剣の数も十一。つまり、二人はあの一瞬で巨人の弱点の場所を見抜き、ダミーを含めた全てを一瞬で攻撃したのか!

 

 レンは不敵に笑みを浮かべると、カリスに問いかける。

 

 

「──で、まだいるのか?」

 

 

 レンの問いかけにカリスも不敵に笑みを浮かべて言う。

 

 

「さあ、それはどうでしょうかね」

 

 

 はぐらかすかのように答えるカリスだったが、それを聞くと、レンは鼻で笑う。

 

 

「──あいにく、俺の耳は誤魔化せないぜ。俺の神器(セイクリッド・ギア)で高められた聴覚は相手から発せられる音から相手の状態、発した言葉の真意を聞き抜く。もう死者共は打ち止めか、ほぼストックがないんだろう?」

 

 

 レンの指摘にカリスは軽く嘆息すると、あっさり白状する。

 

 

「やれやれ、あなたの場合、その強さよりもその耳のよさが厄介ですね。ええ、その通りですよ。巨人型はいまので全滅。今回用意した死体のストックもほとんど使いきってしまいましたよ。一応、何体かは残っていますが、仮に強化したところであなた方が相手では無駄に消費するだけですね」

 

 

 どうやら、ようやくカリスの死人兵は打ち止めのようだ。

 

 

「──ですから、データ取りもかねてとっておきを出すとしますよ」

 

『──ッ!』

 

 

 カリスの言葉を聞き、俺たちは一斉に警戒心をあらわにする。

 

 そして、カリスの隣に魔方陣を介して一人の男性が現れた。

 

 二メートル近い大柄な体躯で金髪を短く刈った男だった。着ているものはボロボロであり、片眼には剣で斬りつけられたような縦長の傷痕、眼はそのものは機械のようになっていた。

 

 あの顔、見覚えがあった。確か、樹里さんが見せてくれた写真に写っていた男だ。

 

 

「・・・・・・セルドレイ・スミルノフ!」

 

 

 アルミヤさんが男の名を口にした。樹里さんの資料と同じ名前だった。

 

 男は生気を感じさせない虚ろな表情でカリスの傍らに佇んでいた。

 

 カリスがとっておきを出すと言っていたので警戒していたが、出てきたのはいままでの個体と変わらないものだった。素の身体能力が高いって意味なのか?

 

 

「・・・・・・あのあと、キミに殺され、操り人形にされたというわけか」

 

「ええ、その通りですよ。どのみち、聖剣使いの因子の副作用で長くはありませんでしたからね。貴重なエクスカリバーを扱えるレベルの聖剣使い。みすみす死なせるぐらいなら、私の──」

 

 

 ズバッ!

 

 

『──え?』

 

 

 俺たちは目の前で起こったことに思わず呆けてしまった。

 

 セルドレイ・スミルノフがいきなり手に持つ戦斧で隣にいたカリスの胴体を斬り裂いたからだ。

 

 一体何が起こったんだ!?

 

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!?」

 

 

 カリスの後ろに控えていたバルパーが目の前でカリスの胴体が真っ二つされたことに悲鳴をあげて尻餅をついて後ずさっていた。

 

 

「・・・・・・おやおや・・・・・・やはりこうなりましたか・・・・・・」

 

 

 当のカリスは偽物の肉体ゆえに生きており、いま起こった事態にもそこまで驚いていなかった。むしろ、口振りからしてこうなることを予期していたみたいだった。

 

 セルドレイ・スミルノフが俺たちのほうに視線を移す。その瞳には生気は感じられず、完全に死者のそれだった。

 

 

『・・・・・・・・・・・・ま・・・・・・くま・・・・・・』

 

 

 その口からはよく聞き取れないが、うわ言ように何かを口にしていた。

 

 そのことに俺は驚く。

 

 これまでのカリスの死人兵は動くだけで言葉を発することはなかった。その動きに関しても、カリスが操作するか、プログラムされた動きに従ってのもので、基本的には完全な死体だ。

 

 だが、奴は勝手に主であるカリスを攻撃し、あまつさえ言葉を発していた。

 

 そこがカリスがとっておきと言っていた理由か?

 

 

『・・・・・・・・・・・・くま・・・・・・あ・・・・・・くま・・・・・・あくま・・・・・・』

 

 

 聞き取りずらかったセルドレイ・スミルノフの言葉が段々と声音が上がっていき、聞き取れるようになっていた。

 

 あ、くま・・・・・・悪魔って言ってるのか?

 

 

『・・・・・・あくまあくまあくまあくまあく魔あく魔あく魔悪ま悪ま悪ま悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔!!』

 

 

 ついにはっきりと悪魔と口にした!

 

 そして、その瞳に生気と激情が宿った!

 

 

『悪魔あああああああああああッッッ!!!!!!』

 

『──っ!?』

 

 

 咆哮のように悪魔と絶叫するセルドレイ・スミルノフ!

 

 その視線は部長を捉えていた。

 

 

 バッ!

 

 

 刹那、セルドレイ・スミルノフの姿が消えた!

 

 直感的に部長のほうを向いた俺の視界に入ったのは部長の眼前で戦斧を振り上げていたセルドレイ・スミルノフだった!

 

 マズい! 間に合わ──。

 

 

「二の型──螺旋擊!」

 

 

 ズバッ!

 

 

 セルドレイに追随するようにレンがすれ違いざまに、セルドレイ・スミルノフの戦斧を持つ腕を斬り払った!

 

 

「九の型──双龍擊!」

 

 

 続けざまに太刀を振るうレンだったが、セルドレイ・スミルノフは即座にバックステップでレンの斬擊を躱し、レンから距離を取ろうとする。

 

 

 ザシュッザシュッ!

 

 

 セルドレイ・スミルノフの体をアルミヤさんが弓で射ちだした二本の聖剣が貫く。

 

 

 カッ!

 

 

 先程の同じように聖剣が爆発した。

 

 

「・・・・・・やったのか?」

 

「うんにゃ、やってねぇな」

 

 

 俺の疑問をレンはバッサリと切り捨てた。

 

 爆煙が晴れると、セルドレイ・スミルノフは爆破箇所が大きく抉れたようになっていた。

 

 

『悪魔ァァァッ!!』

 

 

 セルドレイ・スミルノフはそんな状態でも活動を停止していなかった。

 

 

「・・・・・・さっきの攻撃、明確な敵意と殺意を持ってやがったし、即座に反応して俺の技を回避しやがった。こいつまさか──」

 

「ええ、その通りですよ」

 

 

 レンが疑問を口にする前に斬られた状態のままのカリスが答える。

 

 

「セルドレイさんは他の個体と違い、明確な意思を持った個体ですよ」

 

 

 明確な意思を持った死者だと!

 

 内心で驚く俺たちに説明するようにカリスは続ける。

 

 

「とある条件を満たした場合に限り、意思を持った個体にできるのですよ。その条件は二つあります。ひとつ、死亡してからほとんど時間が経過していないこと。だいたい数十秒以内ですね。そして、もうひとつ。これが一番重要です。それは──」

 

 

 カリスは一呼吸をおいて二つ目の条件を答える。

 

 

「死してなお消えることのない強烈な想いを抱いていることです。本来、死者を操るだけの神器(セイクリッド・ギア)である『死の傀儡(コープス・マリオネット)』でこのようなイレギュラーが起こったのは、おそらく、想いの強さを糧にする神器(セイクリッド・ギア)の特性が影響したのでしょう。あくまでも私の仮説で、正確なところは不明ですが」

 

 

 想いの強さを糧にする神器(セイクリッド・ギア)の特性がセルドレイ・スミルノフを意思を持った死者にしたというのか。

 

 

「そして、セルドレイさんが死してなお消えることのなかった想い、それは悪魔への憎悪、怒り、復讐心です」

 

 

 悪魔への憎悪に怒り、復讐心。だから、純血の悪魔である部長を真っ先に狙ったのか。

 

 

「偶然に発見した奇跡ですが、いくつか欠点がありましてね。意思があると言っても、その抱いていた想いに沿ってしか行動しません。しかも、その想いが成就してしまうと、ただの死者に成り下がってしまいます。さらにこれが一番の欠点ですが、まず私の言うことを聞いてくれません。それどころか、このように私の命を狙ったりします。まだまだ課題が多いですよ」

 

 

 つまり、セルドレイ・スミルノフはカリスの言うことを聞かず、悪魔への復讐心に沿ってしか行動しないってことか。

 

 

『悪魔ぁぁぁッ! アルミヤァァァァッ!!』

 

 

 セルドレイ・スミルノフがアルミヤさんを視界に捉えると、悪魔へのものと同等な怨嗟を叫ぶ。

 

 

「なるほど。キミを二度に渡って打ち倒してきた私のことは、悪魔への復讐を邪魔する憎き怨敵というわけか」

 

 

 アルミヤさんは自分に向けられた怨嗟から即座に分析する。

 

 

「さて、私はそろそろ退場ですね。この肉体ももう限界ですから。ああ、言っておきますが、私が消えても、セルドレイさんが活動を停止することはありません。彼はもう、私から完全に独立してしまっていますからね。しかも──」

 

 

 セルドレイ・スミルノフの傷がどんどん塞がり始めていた!

 

 カリスから独立していても修復はされるのか!

 

 

「では、セルドレイさん。存分に暴れてください。私は安全な場所からデータを取らせてもらいます。それでは皆さん。ごきげんよう」

 

 

 それだけ言うと、カリスだったものが唐突に動かなくなった。完全に活動を停止した死体になっていた。

 

 クソッ! 最後の最後に面倒な置き土産を置いていきやがった!

 

 どうする。不意をつかれたとはいえ、レンやアルミヤさん以外が奴の動きに反応できなかったことから考えても、セルドレイ・スミルノフはいままでの奴よりも強敵なのは確実だった。

 

 

「ふむ、どうやら、いまのセルドレイ・スミルノフの最優先標的は私のようだな。私がいる限り、悪魔への復讐が成就できないと至ったのだろう」

 

 

 アルミヤさんは俺たちを見渡してから言う。

 

 

「奴の相手は私一人で引き受ける。キミたちはその間に休んで、少しでも体力を回復させるといい」

 

 

 レンがアルミヤさんの隣に歩み寄りながら訊く。

 

 

「いいのか? 結構手こずりそうだぞ?」

 

「なに、あれはもともと私の不始末の結果だ。なら、私自身が責任を持つのは道理だろう」

 

「けどなぁ、時間も結構限られてるぞ?」

 

 

 レンは大地崩壊の術式に目を配らせる。

 

 

「安心したまえ。あちらも私がどうにかしよう」

 

「ふーん、手があるのか?」

 

「私が根拠のない自信を言っているかね?」

 

「どうやら言ってないみたいだな。OK。なら、あれと大地崩壊の術式はあんたに任せた」

 

 

 レンは俺たちを見渡して言う。

 

 

「てなわけだ。おまえらは休んでろ。幸い、コカビエルはまだ観戦気分みたいだからな」

 

 

 レンの言う通り、コカビエルは手を出す素振りは見受けられなかった。

 

 俺はレンに訊く。

 

 

「おまえはどうする気なんだ?」

 

「俺か? 俺は──」

 

 

 唐突にレンが太刀を振るう。

 

 すると、レンの太刀が何かを弾いた。

 

 

「俺は(やっこ)さんの相手をしなきゃいけないみたいだな」

 

 

 レンの視線の先にはジブラエルがいた。

 

 その表情はどこか、激情に駆られているかのようなものだった。

 

 弾いたのは奴が投擲した光の槍か。

 

 

「・・・・・・同胞たちをよくもやってくれましたね」

 

「戦争を起こそうとしておいて、犠牲なしで済むと思ってんのか?」

 

「──無論、覚悟はしていましたよ。ですが、それと同胞たちを殺したあなたたちに対する怒りは別ですよ」

 

 

 ジブラエルの憎悪がこもった言葉にレンは飄々と返す。

 

 

「ま、そりゃそうだな。俺だって同じ立場なら同じ気持ちになってたろうさ。──だが、同情はしないぜ。てめぇらのやろうとしていることは多くの人々、特に子供に被害を及ぼすことだからな」

 

 

 レンは冷淡にジブラエルを見据えて太刀を構える。

 

 それに対し、ジブラエルも光力を身に纏って構える。

 

 俺たちはその光景を見ていることしかできなかった。

 

 ここは二人を信じて任せるしかなかった。

 

 正直、二人の援護をしたかった。だが、俺たちでは足手まといになってしまうのは明白だった。

 

 皆もそれがわかっているからか歯噛みしていた。

 

 そして、アルミヤさんとセルドレイ・スミルノフ、レンとジブラエルが一拍を置いて激突した。

 

 




自分で書いておいてあれだけど、コカビエルが完全に空気だ・・・・・・。


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Life.28 紅い閃刃

・・・・・・またかなり投稿が空いてしまった。
そして、久々のD×D新刊やったぜ!


 

 

「一の型・疾風!」

 

「ふッ!」

 

 

 レンの太刀とジブラエルの光力を纏った蹴りが激突する。

 

 

「十の型・斬り嗣ぎ舞!」

 

 

 すかさず、レンは連続かつ高速で斬擊を放つが、ジブラエルも的確にレンの斬擊をいなしつつ、拳、蹴りを打ち込む。

 

 レンもまた、斬擊を繰りだしつつジブラエルの拳と蹴りを太刀でいなす。

 

 

「はぁッ!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 ジブラエルの強烈な蹴りがレンを太刀のガードごと吹き飛ばした!

 

 すかさず、ジブラエルは複数の光の槍を投擲する。

 

 

「飛電の太刀──」

 

 

 レンは吹っ飛ばされた状態のまま体勢を整えて着地すると居合の構えをとる。

 

 

「紅乱れ!」

 

 

 居合と同時に放たれた紅雷が迫り来る光の槍をすべて吹き飛ばした。

 

 

「・・・・・・やっぱ、出し惜しみしてる余裕はねえか」

 

 

 レンは再び居合の構えをとる。

 

 

紅纏(べにまとい)──」

 

 

 レンの体から紅雷がほとばしり、レンの体に纏っていく。

 

 

火雷(ほのいかづち)!」

 

 

 次の瞬間、レンは一瞬でジブラエルの懐に踏み込んでいた!

 

 

「八の型・獣爪擊!」

 

「──っ!?」

 

 

 先程の仕返しとばかりに、今度はジブラエルがレンの斬擊で吹き飛ばされた。

 

 

「紅纏──鳴雷(なるいかづち)!」

 

 

 レンに纏っていた紅雷が脚に集中し、居合の構えで先程よりもさらに速い速度でレンはジブラエルに肉薄する。

 

 

「紅纏──若雷(わかいかづち)! 四の型──落葉切り!」

 

 

 紅雷が今度は太刀に集中し、神速の居合が放たれる。

 

 

 ズバッ!

 

 

 レンの居合が光力の鎧を斬り裂き、ジブラエルの腕から鮮血が舞う。

 

 

「くっ!」

 

 

 ジブラエルは斬られた腕を押さえながら後退し、俺が壊してしまった校舎の壁から校舎内に入ってしまう。

 

 レンもそれを追い、校舎内に入ってしまう。

 

 

-○●○-

 

 

「・・・・・・暗闇に乗じて姿をくらましたか」

 

 

 ジブラエルを追って駒王学園の校舎に入ったレンだったが、暗闇を利用されてジブラエルを見失ってしまった。さらに、目につく蛍光灯がすべて破壊されていた。

 

 ジブラエルが校舎に入ると同時に光源を絶ったのだ。

 

 それにより、校舎内は完全に暗闇に包まれており、夜目がきくレンでも、視界をほぼ確保できないでいた。

 

 だが──。

 

 

禁手化(バランス・ブレイク)──」

 

 

 レンに視界封じなどそもそも無意味だった。

 

 レンは『龍の耳(サウンド・レシーバー)』を禁手(バランス・ブレイカー)にする。

 

 『龍の耳(サウンド・レシーバー)』の禁手(バランス・ブレイカー)、『龍の音響結界(スプレッド・サウンド・レシーバー)』。能力は聴覚の周囲への拡張。離れた場所の音をダイレクトに聞きくことができる。それにより、より正確に音を聞き取ることができ、人間には聞こえない周波の音さえも聞き逃さない。たとえ音を忍ばせて潜んでいたとしても、心音などの僅かな音でも漏れていればレンには丸見えも同然だった。

 

 

「──見つけたぜ」

 

 

 即座にジブラエルを見つけたレンはジブラエルに向けて駆けだす。

 

 だが、レンの心中にあったのは強い警戒心だった。

 

 自身の聴覚のことはジブラエルも百も承知のはずであり、暗闇に乗じようと、その聴覚で見つけられることは容易に予想できるはずだった。にもかかわらず、こんな単調な潜伏を行うことに、レンを逆に警戒させた。

 

 レンはジブラエルから意識を離さず、学園全体に意識を巡らせる。

 

 

「──ッ!」

 

 

 すると、レンはとある一室で発生する奇妙な音を聴き取った。

 

 

「・・・・・・なんだ?」

 

 

 レンは音の正体を突き止めようと意識を集中させる。

 

 音の正体はその部屋に仕掛けられたなんらかの術式から発生したものだった。

 

 術式の正体までは把握できなかったレンは、音の反射を利用してそこがなんの教室なのかを把握しようとする。

 

 

「この教室は──ッ!? マズい!」

 

 

 教室の正体に気づいたレンは慌てて禁手(バランス・ブレイカー)を解き、首にかけている遮音ヘッドホンを装着する。

 

 

 キィィィィィィィィィィィッ!

 

 

 それと同時に学園中のスピーカーからガラスを爪で引っ掻いたような不快音が鳴り響いた。

 

 術式が仕掛けられていた教室は放送室であり、術式の正体は時間経過でスピーカーから鳴り響いている不快音を放送するようにジブラエルが仕掛けたものだった。

 

 レンの鋭い聴覚は最大の武器であると同時に最大の弱点でもあった。その感度のよさにより、聴覚を狙った音による攻撃に弱かった。レンが遮音ヘッドホンを手放さないのは、首にかけていないと落ち着かないことだけでなく、こういった状況を想定してのことでもあった。

 

 間一髪で聴覚を保護することができたが、同時に最大の武器である聴覚も封じられてしまった。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 そこへ、無数の光の槍が縦横無尽に飛翔しながらレンに襲いかかってきた。それも前方だけでなく後方からも。

 

 

「紅纏──伏雷(ふしいかづち)ッ!」

 

 

 レンは即座に紅雷を纏って太刀で光の槍を迎撃する。

 

 幸いにも、この暗闇の空間では光の槍は目立つため、数はあれど、レンの反応速度なら迎撃はそんなに難しくはなかった。

 

 

 ドガァァァァッ!

 

 

 そこへ、壁を吹き飛ばしながらジブラエルが現れる。

 

 完全に虚をつかれたレンはジブラエルの登場に反応が遅れてしまう。

 

 ジブラエルは光の剣を手にレンに斬りかかる。

 

 

「くっ!」

 

 

 レンはどうにか体勢を崩しながらも光の剣による斬擊を躱す。

 

 だが、無理な体勢で躱したことで、レンは致命的な隙をさらしてしまった。

 

 なおも飛来してくる光の槍。レンにそれを回避するすべはなかった。

 

 

「紅纏ッ!」

 

 

 レンは即座に紅雷を纏う。

 

 『紅纏』──紅雷を纏うことで身体能力をあげる応用技。

 

 また、纏い方によって、速度に特化させたり剣速に特化させたりと幅広い応用力があった。

 

 『火雷』はバランスよく、『鳴雷』は足の速さを重点的に、『若雷』は斬擊を、『伏雷』は斬擊の速さを強化する。そして、いまの纏い方は『土雷(つちいかづち)』。防御力を強化する纏い方であった。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 だが、不十分な纏い方だったために防ぎきれず、レンの体の至るところに光の槍が突き刺さる。

 

 それでも、レンはなんとか致命傷を避けると、激痛に耐えながら即座に居合の構えをとる。

 

 

「・・・・・・飛電の太刀──紅乱れ!」

 

 

 『飛電の太刀』──太刀に紅雷を集束させ、居合と同時に様々な放電による雷撃。『紅乱れ』は前方広範囲に紅雷を放電することで、中距離攻撃と防御を両立した雷撃である。

 

 ジブラエルは即座に距離をとることで紅乱れを回避する。

 

 

「・・・・・・飛電の太刀──」

 

 

 再び飛電の太刀の構えをとるレン。

 

 

紅月(べにづき)!」

 

 

 居合と同時に弧状の雷撃が放たれる。

 

 

「くっ!」

 

 

 ジブラエルは光の剣で紅月を受け止め、弾き飛ばす。

 

 その間にレンは居合の構えでジブラエルに接近していた。

 

 

「四の型・落葉切り!」

 

 

 レンの居合の一閃をジブラエルを躱そうとするが、叶わず左腕を斬り飛ばされた。

 

 

「くっ・・・・・・」

 

 

 ジブラエルは魔方陣で止血しつつ、レンから距離をとると、廊下の角を曲がってレンの視界から消える。

 

 

「ぐっ・・・・・・」

 

 

 ジブラエルが一時退却したのを確認すると、レンは光の槍が刺さった箇所から血を流しながら膝をつく。

 

 

「・・・・・・紅纏・大雷(おほいかづち)・・・・・・」

 

 

 紅雷を纏うと、レンの傷から流れ出る血が止血されていく。

 

 『大雷』は紅雷で細胞を活性化させることで治癒力を高め、傷を高速で治癒させる纏い方だ。

 

 だが、欠点として体に負担をかけるうえに体力を著しく消耗する。しかも、得られる治癒力もせいぜい止血レベル程度だった。

 

 止血を終えたレンは肩で息をする。レンは廃工場での戦いからほぼ休むことなく戦い続けており、先ほどの『紅蓮の霹靂一閃(トランジェント・クリムゾン・ライトニング)』といまの大雷の治癒で体力をかなり消耗していた。

 

 疲弊した体に鞭を打って立ち上がると、ジブラエルを警戒しながら壁に手を当てる。

 

 

「・・・・・・ったく、近所迷惑だろうが」

 

 

 手から紅雷が放電されると、不快音を発していたスピーカーから煙が上がり、音が鳴り止んだ。

 

 

「・・・・・・やれやれ、公共施設を壊させんなよな」

 

 

 レンは配電線を通じて学園中のスピーカーを破壊したのだ。

 

 レンは『龍の音響結界(スプレッド・サウンド・レシーバー)』でジブラエルの位置を確認すると、そこへ向けて言う。

 

 

「さて、これで耳も存分に使える。いい加減、決着つけさせてもらうぜ」

 

 

 この後に控えているコカビエルに備えて体力を少しでも温存しておきたいレンは次の接敵で確実に決めると判断すると、レンはジブラエルのもとへ向けて駆けだした。

 

 

-○●○-

 

 

 レンがやって来たのは学園の屋上だった。

 

 そこでは不敵な笑みを浮かべたジブラエルが待ち構えていた。

 

 

「わざわざこんな開けた場所で待ち構えるとはな。随分と余裕じゃねぇか?」

 

「まさか。正直言いますと、私もそろそろ限界が近くてですね。もう小細工をする余裕もないのですよ」

 

「ふーん」

 

 

 レンはジブラエルの言葉を鵜呑みにしなかった。

 

 いまのジブラエルの発言は半分が本当で半分が嘘だった。本当なのは限界が近いこと。ドレイクとの戦いで相当の消耗を強いていたのだ。嘘なのは小細工をする余裕がないこと。レンを待ち構えていたことから、この場所になんらかの罠が仕掛けられていることは明白だった。

 

 

「そういうあなたこそ、余裕がないのでは?」

 

「まぁな。ここまでぶっ通しだったからな」

 

 

 お互いに限界は近いが、それでも次の戦いに備えて少しでも余力を残したい。だからこそ、ここで決着をつける。互いに同じ思いを抱いていた。

 

 

「だからな──」

 

 

 レンは紅雷を纏う。

 

 

「紅纏・火雷! ここで決着をつけてやるぜ!」

 

 

 レンはその場から駆けだす。

 

 ジブラエルは複数の光の槍生成すると、それを一斉に掃射する。

 

 

「十の型・斬り嗣ぎ舞!」

 

 

 レンは迫りくる光の槍を走りながら太刀ですべて叩き落とす。

 

 

 スッ。

 

 

 ジブラエルが指を動かすと、周囲から光の槍が飛び出し、一斉にレンへと飛来する。

 

 

「紅纏・土雷!」

 

 

 音で仕掛けを事前に把握していたレンは土雷で防御力を上げる。

 

 先ほどと違い、完全に光の槍を耐えるが、防御重視の纏い方にしたために速度が減少してしまう。

 

 その隙にジブラエルは空中に飛び上がる。

 

 

「五の型・天翔脚!」

 

 

 レンも強靭な脚力で飛び上がり、ジブラエルに接近する。

 

 

「四の型・落葉切り!」

 

 

 レンの居合いを見切り、ジブラエルは的確にレンの居合いを光の剣で受け流す。

 

 

「二の型・螺旋擊!」

 

 

 レンは受け流された居合いの勢いを利用して空中で回転して回転斬りを放つ。

 

 だが、ジブラエルは即座に後ろに飛行することでレンの斬擊を躱してしまう。

 

 

「紅纏・若雷──」

 

 

 レンは再び斬擊の勢いを利用して回転しながら刀身に紅雷を集束させる。

 

 

紅刃(べにば)!」

 

 

 次の瞬間、再び放たれた回転斬りに合わせて刀身が伸びた。

 

 『紅刃』は刀身に紅雷を集束させて斬擊を強化する若雷の発展技で、最低限の身体強化に回している紅雷も刀身に集束させることで紅雷の刃を伸ばして斬擊の間合いを広げるものだ。神速の速さを誇るレンの居合いと相まって、奇襲で放てばほぼ回避は不可能な技だった。

 

 ジブラエルもこれは予想外だったらしく、動揺をあらわにする。

 

 だが、ジブラエルは神の子を見張る者(グリゴリ)内でトップクラスの速さを誇る。すでに距離を取っていたことも相まってギリギリのところで刃が届かなかった。

 

 

「紅纏・土雷!」

 

 

 再び飛来してきた光の槍を土雷で防ぎつつ屋上に着地したレンは視線でジブラエルを追う。

 

 レンの視界に入ったのは、巨大な光の槍を生成しているジブラエルだった。

 

 光の槍の大きさから、屋上どころか学園そのものを吹き飛ばしかねないと予測したレンはすぐさま飛電の太刀で迎撃しようとする。

 

 だが、なおも飛来し続ける光の槍を防ぐために土雷を解除することができずにいた。

 

 飛電の太刀や紅刃と紅纏は両立ができない。ジブラエルもそれを見抜いていた。そのため、唯一の防御手段である土雷を使い続けないといけない状況を作ることでレンの動きと遠距離攻撃を封じ、その防御を突破しうる最大火力をもってレンを仕留めるのがジブラエルの狙いだった。

 

 ジブラエルの狙い通りの状況になり、ジブラエルは勝利を確信する。

 

 ──それが致命的な隙となった。

 

 レンは暮紅葉の鞘に備えられたトリガーを引き、居合を放つ。

 

 

「──弧月紅刃(こげつべにば)!」

 

 

 刃渡り約四十メートルに届きうる紅刃がレンの神速の居合で振り抜かれ、ジブラエルの胴体が両断された。

 

 暮紅葉の鞘には紅雷を集束させたカートリッジが取り付けられており、トリガーを引くことで紅雷を集束させる工程を省略して飛電の太刀や紅刃を使用できる機構が備えられていた。

 

 これを利用することで、飛電の太刀や紅刃と紅纏の両立を可能にしていた。

 

 完全に虚をつかれ、胴体を両断されたジブラエルは驚愕をあらわにしつつも、すぐさま自身の死を悟る。

 

 今回の事件を起こした段階ですでに死を覚悟していたジブラエルは冷静に自身の死を受け入れると、自身を打ち倒した眼前の強敵を屠るために最後の力を振り絞って生成していた光の槍を投擲する。

 

 

「クソッ! 土雷・(こう)!」

 

 

 ジブラエルの最後のあがきに舌打ちをし、レンは身体強化に回している紅雷も防御に回した土雷の最大防御である『土雷・硬』を使う。

 

 次の瞬間、屋上周辺を閃光が包み込んだ。

 

 



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Life.29 錬鉄の剣聖

アルミヤVSセルドレイです。
追記:感想で禁手について指摘されたことを踏まえて、少し修正しました。


 

 

 ドォォォオオオオオオオンッ!

 

 

 学園の屋上のほうで閃光を伴って爆発が発生した!

 

 

『──っ!?』

 

 

 閃光が止んでから目にした光景を見て、俺たちは息を飲む。

 

 屋上を中心に学園の半分以上が消し飛んでおり、残っていた部分も爆発の余波で損壊していた。

 

 

「・・・・・・お、俺たちの学園が・・・・・・」

 

 

 俺たちが通う学園の無惨な姿にイッセーは言葉を失っていた。

 

 イッセーだけじゃない、俺を含め他の皆も同様の反応だった。

 

 

「派手にやったな、ジブラエル」

 

 

 対するコカビエルは心底おもしろそうに学園を眺めていた。

 

 その姿に俺たちはさらにコカビエルに対する怒りを募らせていく。

 

 そんななか、けたたましい金属同士がぶつかり合う音が響き渡った。

 

 そちらのほうを見れば、アルミヤさんがセルドレイの戦斧の一撃を両手の聖剣でいなしていた。

 

 セルドレイはその大柄な体型からは想像もつかない速度で駆け回り、戦斧を振るう。

 

 とても復讐心が原動力な理性なき死者とは思えないほど、洗礼された動きで戦斧を速く、かつ鋭く振るわれていた。

 

 それをアルミヤさんは最小限の動きで躱し、あるいは双剣で受け流していた。

 

 

「ふッ!」

 

 

 ズバッ!

 

 

 アルミヤさんが双剣を滑らせるように戦斧を受け流しつつ、懐に飛び込んでセルドレイの脇腹を斬り裂いた。

 

 パワーでこそ劣ってはいるが、それ以外のすべてはアルミヤさんのほうが優に上回っていた。

 

 現にセルドレイの攻撃がアルミヤさんには一切当たっていない。それに対し、アルミヤさんは要所要所で確実に攻撃を当てていた。

 

 にも関わらず決着がつかないのは、セルドレイが受けたダメージが即座に修復されるからだ。

 

 おまけに──。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 アルミヤさんがセルドレイの腕を斬りつけるが、まともにヒットしたにも関わらずできた傷が浅かった。

 

 そのことにアルミヤさんは苦々しい表情を浮かべる。

 

 徐々にだが確実にセルドレイの肉体強度が上昇していた。少なくとも、腕と足の関節、首に関してはほぼ刃が通らなくなっていた。

 

 

「チッ!」

 

 

 アルミヤさんが舌打ちをすると、傍らに聖剣を持った甲冑騎士たちが現れた。

 

 

「ほう、『聖輝の騎士団(ブレード・ナイトマス)』か。聖剣を持った甲冑騎士を複数創りだして使役する『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』の禁手(バランス・ブレイカー)。今回の騒動に派遣されただけあって禁手(バランス・ブレイカー)には至っていたか」

 

 

 バルパーは最初こそ興味深そうに見ていたが、すぐさま興味が失せたような表情になる。

 

 あくまでもエクスカリバーなどの伝説の聖剣にしか興味がないのだろう。

 

 アルミヤさんが駆けだすと、甲冑騎士たちも一斉に左右に展開しながら駆けだす。

 

 セルドレイは甲冑騎士たちを薙ぎ払おうと戦斧を振り回すが、甲冑騎士たちもアルミヤさんと同様に洗練された最小の動きで戦斧を躱していた。

 

 アルミヤさんと甲冑騎士たちはそのままセルドレイに波状的に斬りかかるが、やはりほとんど刃が通っておらず、斬り傷が浅い。

 

 

「──なら」

 

 

 甲冑騎士たちは振り回される戦斧を掻い潜り、セルドレイに組つく。

 

 

 カッ!

 

 

 そのまま甲冑騎士たちは閃光となって爆発する!

 

 すかさず、アルミヤさんは聖剣を創りだして投擲する。

 

 投擲された聖剣も爆発し、さらにアルミヤさんは休むことなく聖剣を創造しては投擲を繰り返す。

 

 矢継ぎ早に投擲された聖剣が爆発し、普通ならもう相手は跡形もなくなるであろうほどに過剰にアルミヤさんは攻撃を止めない。

 

 

「──っ!?」

 

 

 すると、爆煙の中からものスゴい速さで戦斧がアルミヤさん目掛けて飛んできた!

 

 

「くっ!」

 

 

 ギリギリのところでアルミヤさんは飛んできた戦斧を躱すが、それによって攻撃が中断させられてしまった。

 

 爆煙中からアルミヤさんから距離を取るように何かが飛び出した。

 

 それはボロボロになったセルドレイだった。着ていた法衣はもう跡形もなくなっており、体のほぼ全体に火傷ができて、焼け焦げている箇所もあった。しまいには、左腕が肩から先がなくなっていた。

 

 見た感じはかなりのダメージだが、あれだけやってこの程度ダメージしか与えられなかったことに俺たちは驚愕していた。

 

 

『アアアアアアアアアアアァァァァッッ!!』

 

 

 セルドレイは耳をつんざくほどの咆哮をあげる!

 

 それに合わせるように体の火傷が再生していく。左腕も新しく生えるように再生してしまった。

 

 

『オオオオオオオオオオオォォォォッッ!!』

 

 

 セルドレイはなおも咆哮をあげる。

 

 すると、セルドレイの腕や足、胴体が肥大化し、指も太くなっていく。一回りも二回りも巨大化した身体中には血管が浮き出ており、頭髪も一本残らず抜け落ちていた。もはや、もとの人間だったころの面影など皆無であり、その姿は禍々しくおぞましいものだった。

 

 そして、背中から何かが生えだした。よく見ると、それは腕だった。それも四本。

 

 両腕と新たに生えた四本の腕にそれぞれ武装十字器(クロス・ギア)の戦斧が握られる。その姿はさながら阿修羅だった。威圧感もさっきまでの比じゃない。

 

 

『アルミヤァァァァァァァッッ!!』

 

 

 絶叫をあげ、巨大化したにも関わらずさらに速くなったスピードでセルドレイはアルミヤさんに斬りかかる!

 

 アルミヤさんは六本の戦斧による斬擊を躱すと、セルドレイの脇腹を斬りつける。

 

 だが、アルミヤさんの聖剣は儚い金属音を立てて砕け散った。

 

 刃が通るどころか、まったく歯が立っていなかった!

 

 

「くっ!」

 

 

 アルミヤさんは即座にバックステップで距離を取ると、聖剣を投擲する。 

 

 聖剣がセルドレイに命中すると同時に爆発するが、セルドレイは無傷だった。

 

 セルドレイが再びアルミヤさんに接近しようとする。

 

 アルミヤさんはさせまいと聖剣の投擲爆破で対応しようとするが、セルドレイはまったく意に介してなかった。

 

 ダメージどころか、怯みもしてなかった。

 

 あっさりとセルドレイの接近を許してしまったアルミヤさんだったが、セルドレイの嵐のような斬擊の雨を紙一重で躱していた。アルミヤさんの表情から多少の余裕も感じられた。改めて、アルミヤさんの実力の高さを痛感する。

 

 ・・・・・・だが、状況は極めて最悪だった。

 

 いくら攻撃が当たらないといっても、アルミヤさんの攻撃も通用しないんじゃ意味がない。このまま行けば、アルミヤさんのスタミナが切れて、その瞬間に勝負がついてしまう。

 

 ここはもう加勢するべきだ。現状、最大戦力であるアルミヤさんをやらせるわけにはいかない!

 

 現に、すでに木場とゼノヴィアが動いていた。

 

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」」

 

 

 左右から木場とゼノヴィアがセルドレイに斬りかかる。四本のエクスカリバーを統合した聖剣に打ち勝った聖魔剣とエクスカリバー以上の聖剣であるデュランダルなら、いまのセルドレイにもダメージは与えられるはずだった。

 

 そして、部長と副部長もそれぞれ魔力と雷で攻撃を行っていた。

 

 だが、セルドレイは容易く木場とゼノヴィアの斬擊を戦斧で受け止め、部長の魔力も副部長の雷も戦斧で振り払い、木場とゼノヴィアをそのまま力任せに薙ぎ払ってしまう!

 

 クソッ! 腕が増えたことで手数も増え、対応力が上がってやがる!

 

 セルドレイは薙ぎ払った木場目掛けて駆けだした!

 

 

「──ッ!?」

 

 

 木場は持ち前の足の速さをもってセルドレイの斬擊を躱す。

 

 だが、戦斧に気を取られていた木場はセルドレイの蹴りを脇腹にくらってしまう!

 

 

「がはっ!?」

 

 

 木場は血を吐き、吹き飛ばされてしまう。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 セルドレイの背後からゼノヴィアが斬りかかるが、セルドレイは最小の動きでデュランダルを躱し、六本の戦斧を一斉にゼノヴィアに叩きつける!

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 ゼノヴィアはデュランダルで戦斧をガードするが、力負けして木場のもとまで吹き飛ばされてしまう。

 

 セルドレイは二人目掛けて駆けだすが、その眼前にアルミヤさんが現れた。

 

 

 シュッ!

 

 

 アルミヤさんは手に持っていたナイフ状の聖剣をセルドレイの両眼に投擲する。

 

 完全に虚をつかれた投擲にセルドレイは反応することができずにセルドレイの両眼に聖剣が突き刺さった。

 

 肉体強度が上がっても、さすがに眼球の強度までは上がってなかったのか、セルドレイは眼を押さえながら後ずさる。

 

 セルドレイは眼に刺さった聖剣を抜くと乱雑に投げ捨てた。

 

 そして、再び咆哮をあげると、左右それぞれの眼の上下に新たな眼が生えた!

 

 六眼六腕の異形となったセルドレイはまた咆哮をあげる。

 

 

「なるほど。ダメージを受けるたびにその都度再生と同時にそのダメージに対応した肉体改造が施されていくというわけか。これは時間をかけすぎた私の判断ミスだな・・・・・・」

 

 

 自嘲するアルミヤさんをバルパーは嘲け笑う。

 

 

「フン、『錬鉄の剣聖』と言われていようとその程度か。貴様が教会の保有する伝説の聖剣を持っていれば、もっと速く終わっていたろうに。『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』によって先天的に因子を持っているのだろうが、多彩な属性の聖剣を創りださずその程度の聖剣しか扱えぬようではな。因子の補填もされてないところを見ると、補填する因子に体が耐えられなかったのか? だとしたら運のない。それだけ剣士としての才がありながら、聖剣に祝福されないとはな。『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』によって半端に聖剣使いになっているのがかえって見苦しいものだな。壊れた聖剣(ブロークン・ブレード)などという苦し紛れの技でパワー不足を補っているのもそれに拍車をかけているな」

 

 

 バルパーの嘲りを聞いてもアルミヤさんは眉ひとつ動かさない。

 

 ただ黙々と聖剣を二振り創り構えるだけだった。

 

 そして同時に、セルドレイがアルミヤさんに向けて駆けだした。

 

 そんななか、アルミヤさんが口を開く。

 

 

「──バルパー・ガリレイ。キミはいろいろと勘違いをしている」

 

「・・・・・・勘違いだと?」

 

 

 セルドレイがアルミヤさんに接近し、戦斧を振るおうとした瞬間──。

 

 

「──私の因子の保有数値レベルは()()()()()()()()()

 

 

 アルミヤさんの聖剣のオーラが膨れ上がり、輝きが増した!

 

 あの現象は、廃屋でフリードがやった!

 

 そして、アルミヤさんが聖剣を振るう。

 

 

 ドォォォォォォォン!

 

 

 凄まじい衝撃音が発せられ、アルミヤさんの聖剣がセルドレイの戦斧を砕き、腕を斬り飛ばし、そして衝撃によってセルドレイが後方に吹き飛ばされた!

 

 

-○●○-

 

 

「な、何が起こったのだ!?」

 

 

 いましがた起こった出来事にバルパー・ガリレイが驚愕していた。

 

 

「──そんな難しいことはしていない。インパクトの瞬間に剣に膨大なオーラを乗せることで斬擊の威力を高めただけだ」

 

「そんなことを言っているのではない!」

 

 

 バルパー・ガリレイは表情を強張らせながらアルミヤさんの聖剣を指差す。

 

 

「なんだその輝きは!? その波動は!? エクスカリバーに匹敵するだと!? あり得ん! そんなことはあり得ない!?」

 

 

 バルパー・ガリレイの言う通り、アルミヤさんの持つ聖剣の輝きや発せられる波動がエクスカリバーに迫るものだった。

 

 だが、それはあり得ないことだった。僕やあのヒトが持つような創造系の神器(セイクリッド・ギア)で創られたものはオリジナルには及ばないからだ。

 

 ・・・・・・僕自身、つい先日にそれを思い知っていた。

 

 聖魔剣がエクスカリバーに打ち勝てたのは、それが聖と魔の融合という本来ならありえない奇跡によって生まれたものだということと、何よりエクスカリバーが本来のエクスカリバーじゃなかったことが大きい。

 

 

「先程も言ったが、私の因子の保有数値レベルはゼノヴィアと同等だ」

 

「バカな! それだけでその現象の説明はできん!」

 

 

 フリードが刀身に因子を込めることでエクスカリバーの力をパワーアップさていたが、それでも、あそこまでの上昇ではなかった。

 

 まだ何か秘密があるみたいだ。

 

 

「そもそも、仮にそこの小娘と同等の、デュランダルを扱えるレベルの因子を保有しているというのなら、なぜ教会が保有する伝説の聖剣を所持していない!?」

 

 

 バルパー・ガリレイの疑問はもっともだろう。

 

 アルミヤさんの剣技と体捌きは一級品だ。そこに伝説クラスの聖剣が加わるというのなら、鬼に金棒とはまさにこのことだ。

 

 

「──その理由はこれだ」

 

 

 そう言って、手に持つ聖剣を掲げた瞬間──。

 

 

 バギィィィィン!

 

 

 アルミヤさんの聖剣が弾けるように砕け散った!

 

 

「──私の因子は少々特殊でね。先程のように聖剣のオーラと力を何倍にも増幅させる特性があるのだよ」

 

「特殊な因子だと!? そのようなものがあったのか!?」

 

 

 聖剣についての造詣が深い自身ですら知り得ていなかったことにバルパー・ガリレイは驚愕する。

 

 

「・・・・・・だが、欠点として聖剣に多大な負荷をかけてしまい、最終的にこのように芯から砕け散ってしまう。以前、教会が保有する聖剣を一本ダメにしてしまったことがあってだな。芯も砕けてしまったので錬金術で鍛え直すこともできなかった」

 

 

 なるほど。だからアルミヤさんは教会が保有する聖剣を持っていないのか。

 

 戦いのたびにダメにされてはたまったものではないだろうからね。

 

 そう考えると、自前で聖剣を創りだせる『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』を所持していたのは幸いだったわけだ。創りだす聖剣は基本使い捨てだからダメになることなんて気にならないだろうからね。

 

 

「──ゼノヴィア、木場祐斗」

 

 

 アルミヤさんはこちらを見て言う。

 

 

「コカビエルとの戦いに備えて手札を温存しようと手を抜いていたせいで余計な心配をかけてしまったようだ。ご覧の通り私一人で問題ない。コカビエルに備えて体力を温存しておきたまえ」

 

 

 僕とゼノヴィアは無言で頷き、皆のもとまでさがる。

 

 

「さて──」

 

 

 アルミヤさんはセルドレイ・スミルノフのほうに向き直る。

 

 セルドレイ・スミルノフはもうすでに腕を再生させており、新しい戦斧を手にしていた。

 

 二人は一瞬だけ睨み合ったあと、同時に駆けだした。

 

 セルドレイ・スミルノフが戦斧を振るうが、アルミヤさんは最小の動きでそれを躱し、すれ違いざまにセルドレイ・スミルノフの脇腹と腕を一本斬り裂いた。

 

 セルドレイ・スミルノフはすぐさま反転して背中を向けているアルミヤさんに斬りかかるけど、アルミヤさんは背を向けたまま即座に聖剣を投擲する。

 

 

 カッ!

 

 

 聖剣が爆発し、セルドレイ・スミルノフが後方に吹き飛ばされた。

 

 斬れ味やパワーだけじゃない、爆発の威力も桁違い上がっていた。

 

 アルミヤさんは聖剣を手に反転し、一瞬でセルドレイ・スミルノフに肉薄すると、さらに二本の腕を斬り飛ばす。

 

 セルドレイ・スミルノフも負けじと戦斧を振るうけど、アルミヤさんに真っ向から戦斧を砕かれ、さらに二本の腕を斬り飛ばされる。

 

 セルドレイ・スミルノフは残る腕で戦斧を振るうけど、アルミヤさんにはかすりもしない。

 

 戦斧を躱したアルミヤさんはセルドレイ・スミルノフの体に両手の聖剣を突き刺す。

 

 それにお構いなく腕を再生させながら戦斧と拳による攻撃するセルドレイ・スミルノフ。

 

 アルミヤさんはそれをすべて最小の動きで躱し続け、セルドレイ・スミルノフの体の至るところに聖剣を突き刺さしていく。

 

 十本近くの聖剣を突き刺したアルミヤさんはセルドレイ・スミルノフの両足を斬り裂き、セルドレイ・スミルノフが体勢を崩した隙に距離を取った。

 

 そして──。

 

 

 カッ!

 

 

 一際眩い閃光をあげ、セルドレイ・スミルノフに突き刺さっていた閃光が一斉に爆発した。

 

 あまりの波動に結構な距離を離れているにもかかわらず肌が焼けそうだった。

 

 閃光が止むと、そこにいたのは下半身が完全に消し飛んだセルドレイ・スミルノフだった。

 

 残った上半身も左側がほとんど消し飛んでいた。

 

 再生は始まっているけど、そのダメージの大きさからなのか、再生速度は遅かった。

 

 そんな状態でもまだセルドレイ・スミルノフは動こうとしていた。アルミヤさんを睨みつけ、手を伸ばしていた。

 

 アルミヤさんはとどめをさそうと三本の聖剣を指に挟めて手にすると、それを一斉に投擲した。

 

 投擲された聖剣はセルドレイ・スミルノフを貫き、そして閃光をともなって爆発した。

 

 

『オオオオオオオオオオオォォォォッッ!?』

 

 

 セルドレイ・スミルノフは断末魔の絶叫をあげる。

 

 聖なるオーラに身を焼かれながらもセルドレイ・スミルノフはアルミヤさんを睨む。

 

 次の瞬間──。

 

 

『──っ!?』

 

 

 セルドレイ・スミルノフの体が膨張し、聖なるオーラをかき消しながらあっというまに首から下が巨大な肉塊に変わり果ててしまった!

 

 そして、肉塊の膨張はなおも続く!

 

 あれはまさか! カリスが死人を自爆させるときと一緒の!

 

 

「くっ!」

 

 

 アルミヤさんは聖剣による爆撃で攻撃するけど、肉塊の膨張スピードがあまりにも速く、正直焼け石に水だった。

 

 

『アルミヤァァァァァァァッッ!! 悪魔ァァァァァァァッッ!!』

 

 

 セルドレイ・スミルノフは怨嗟の叫びをあげていた。

 

 アルミヤさん、ひいてはこの場にいる悪魔である僕たちをなにがなんでも滅ぼす──それだけの憎悪があの叫びに込められていた。

 

 セルドレイ・スミルノフと悪魔の間に何があったかはわからないけど、あの憎悪、おそらく、大切な何かを悪魔に奪われてしまったのだろう。・・・・・・僕と同じように。

 

 

 ・・・・・・もしも、イッセーくんたちが僕を止めようとしてくれなかったら、僕もあんなふうになってしまったのだろうか?

 

 いや! いまはそんなことを考えている場合ではない!

 

 肉塊の膨張は続いている。その勢いは学園のすべてを飲み込まんとする勢いだ。もし、あれがなおも際限なく膨張し、そしてそれが弾けてしまったら、周囲にも甚大な被害が出かねない!

 

 でも、どうすれば!

 

 

「・・・・・・できれば最後まで伏せておきたかったが──やむを得まい」

 

 

 そう呟いた瞬間、アルミヤさんは一度瞑目し、力強く開く。

 

 

「──禁手化(バランス・ブレイク)

 

 

 アルミヤさんから発せられる波動がより一層強まり、手元に一本の聖剣が生みだされていた。

 

 

「その聖剣はまさか!?」

 

 

 その聖剣を見たバルパーが目を見開いていた。

 

 

「先の三大勢力の戦争によって失われたとされていた七本の中で最強とされている最後のエクスカリバー、『支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)』!?」

 

 

 最後のエクスカリバーだって!

 

 

「バカな!? 教会が最後のエクスカリバーを発見したという情報はなかった! なぜ貴様がそれを持っている!?」

 

 

 バルパー・ガリレイの言葉にアルミヤさんは答えることなく、そのエクスカリバーを肉塊へ向けて投擲した。

 

 エクスカリバーが肉塊に突き刺さると、肉塊の膨張が停止した!

 

 

「・・・・・・『支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)』はあらゆるものを支配し、意のままに操ることができる支配を司る聖剣だ。その能力で、あれの膨張を止めたのだろう」

 

 

 ゼノヴィアが最後のエクスカリバーの能力と目の前で起こったことについて説明してくれた。

 

 あらゆるものを支配・・・・・・確かに、最強の名にふさわしい能力だ。

 

 

「・・・・・・アルさん、どうしてあなたがその聖剣を・・・・・・?」

 

 

 ゼノヴィアからも説明を求められ、アルミヤさんは淡々と答える。

 

 

「──『支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)』は依然として行方不明のままだ。そしてあれは『支配(ルーラー)』であって『支配(ルーラー)』ではない」

 

 

 そう言うアルミヤさんの手には新たな聖剣が握られていた。

 

 その聖剣を見た僕たちは『支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)』が現れた以上に驚愕した!

 

 なぜなら、その形状はゼノヴィアが持っていた『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』とまったく同じだったからだ。

 

 僕たちはゼノヴィアのほうを見る。

 

 『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』は間違いなくゼノヴィアの傍らにあった。

 

 つまり、これが意味することは──。

 

 バルパー・ガリレイが驚愕の表情でそれを言う。

 

 

「貴様、『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』でエクスカリバーを複製したというのか!?」

 

 

 そう、それしか考えられなかった。

 

 

「──『極聖輝の剣製(イミテイション・ブレード・ワークス)』。エクスカリバーなどの既存の聖剣を複製する『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』の禁手(バランス・ブレイカー)だ」

 

「バカな!? 貴様の禁手(バランス・ブレイカー)は『聖輝の騎士団(ブレード・ナイトマス)』のはずでは!?」

 

「そこから本来持つ『創造』の能力を突き詰めたのが私の禁手(バランス・ブレイカー)だ。むろん、騎士団を使役する能力も健在だ」

 

 

 なんてヒトだ。禁手(バランス・ブレイカー)をさらに進化させるなんて。

 

 

「・・・・・・もっとも、複製した聖剣はオリジナルより性能がワンランク劣るがね」

 

 

 既存の聖剣の複製。オリジナルより性能が劣るとはいえ、伝承に残るほどの伝説クラスの聖剣であれば、多少の性能の低下は気にはならないだろう。

 

 いや、その性能の低下も──。

 

 

 カァァァァァアアアアアアアアアアアッッ!

 

 

 アルミヤさんの持つエクスカリバーから激しく輝き、膨大なオーラが発せられた!

 

 アルミヤさんの持つ因子は聖剣の力を何倍にも増大させる。それがエクスカリバークラスとなれば、その力は計り知れない!

 

 アルミヤさんはエクスカリバーを大きく振りかぶる。

 

 それに合わせて、輝きがさらに増し、発せられるオーラも増大した!

 

 

「──セルドレイ・スミルノフ。犯した罪ゆえに、愛する妻のもとへは行けぬだろう。せめて、来世で再会できることを心から祈ろう。──だから、もう楽になれ」

 

 

 そう言い、アルミヤさんはエクスカリバーを振り下ろした。

 

 刹那、輝きとオーラが収束し、光の奔流となって一気に放たれた!

 

 




ラストの部分、脳内で『約束された勝利の剣』が流れそう。


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Life.30 行け! オカルト研究部!

さて、いままで完全に空気(そう書いたのはおまえだろ)だったコカビエルとの戦闘回です。


 

 

 光の奔流が止み、あとに残ったものは何もなかった。

 

 なんて威力だ・・・・・・。先程のイッセーの力を譲渡された部長の魔力やドレイクが放ったオーラの一撃以上なのは間違いなかった。

 

 実際、会長たちが張ってくれている結界に大きな穴が空いていた。幸い、結界はすぐに修復されていった。

 

 件のアルミヤさんは肩で息をしていた。やはり、エクスカリバーの複製は消耗が激しいのだろう。

 

 

「あり得ん。いくら禁手(バランス・ブレイカー)と言えども、伝説の聖剣の複製など・・・・・・」

 

 

 バルパーはいまだにエクスカリバーの複製という現象を信じられないでいた。

 

 

「──待てよ」

 

 

 唐突にバルパーが何かを呟き始めた。

 

 

「そうか! そういうことか!?」

 

 

 そして、何かに思考が達したのか、酷く興奮した様子で喋り始めた。

 

 

「バランス、そうバランスだ! 聖と魔、それらを司る存在のバランスが大きく崩れているとすれば説明は──」

 

 

 バルパーが何かを言い切る前に、額を飛来した剣によって貫かれた!

 

 バルパーはそのまま飛来した剣の勢いによって後方に勢いよくに倒れこんだ。どう見ても即死だった。

 

 やったのはアルミヤさんだった。

 

 ここに現れたときのように剣同士の柄を繋ぎ合わせた弓を手にしていた。

 

 

「バルパー。おまえは優秀だったよ。そこに思考が至ったのも優れているゆえだろう。もっとも、その優秀さのせいで命を落とすことになったがな。皮肉なものだな」

 

 

 宙に浮かぶコカビエルがバルパーを嘲笑っていた。

 

 なんだ? バルパーは何を言おうとしてたんだ?

 

 ──いや、詮索はしないほうがいいか。

 

 アルミヤさんはバルパーが口にするのがタブーな何かを知ったからこそ殺した。

 

 それにいまは──。

 

 

「フフフ」

 

 

 コカビエルが不敵に笑みを浮かべながら地に降り立ってきた。

 

 

「さて、いまだに出てこないところを見ると、勝ったにせよ、負けたにせよ、ジブラエルはもう参戦できない状態と見ていいだろう。つまり、俺だけになったというわけだな」

 

 

 孤立無援だというのに、コカビエルは楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

 そんなコカビエルにアルミヤさんは眉をひそませながら言う。

 

 

「・・・・・・もはや戦力は貴殿一人。目的である戦争など不可能なのではないのか?」

 

「ククク」

 

 

 アルミヤさんの指摘に対してもコカビエルは笑みを浮かべていた。

 

 

「俺はあいつらがいなくても別にいいんだ。もともと、一人で戦争を起こすつもりだったのだからな」

 

 

 ・・・・・・なんて野郎だ。一人だけでも戦争を起こそうってのかよ。

 

 

 バヂヂヂヂヂッ!

 

 

 突如、新校舎で紅い雷が瓦礫を吹き飛ばした。

 

 

「・・・・・・ジブラエル(あいつ)が酷い戦争狂とは言ってやがったが、筋金入りだなオイ」

 

 

 粉塵の中から紅い雷を全身から迸らせたボロボロな状態のレンが現れた。

 

 

「無事だったか、レン!」

 

「・・・・・・どうにかな」

 

 

 コカビエルがレンに問いかける。

 

 

「貴様が生きているということは、ジブラエルは負けたのだな?」

 

「・・・・・・ああ。最後の最後に派手なのをかましてくれたがな」

 

「──そうか」

 

 

 レンの言葉を聞いてコカビエルが少し悲しそうに瞑目する。

 

 バルパーの死には嘲笑ってはいたが、腹心の部下に対しては思うところはあるみたいだな。

 

 だが、一転してすぐさま不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「さて、大地崩壊の術が発動するまであと数分といったところか。それまで楽しもうじゃないか」

 

 

 光の剣を手にしたコカビエルから感じられる重圧が増した!

 

 ついに来たか、コカビエル!

 

 俺たちも一気に臨戦態勢に入る!

 

 

「槐さん、これを!」

 

「すまない!」

 

 

 槐は木場から折れた刀に代わる日本刀型の魔剣を受け取っていた。

 

 駆けだしたゼノヴィアが俺たちを通り過ぎるとき、呟く。

 

 

「同時にしかけるぞ」

 

 

 ゼノヴィアの言葉を聞き、俺、槐、千秋、木場、塔城もその場から駆けだす。

 

 

「だぁぁぁッ!」

 

 

 ゼノヴィアが正面から跳んで斬りかかる。

 

 

「はぁぁぁッ!」

 

 

 さらに背後から木場が斬りかかる。

 

 コカビエルは片手でデュランダルと聖魔剣を光の剣で迎え撃った。

 

 

「ほう! 聖剣と聖魔剣の同時攻撃か! おもしろい!」

 

 

 二人の攻撃はまったく意に介してなかった。

 

 

「「はぁッ!」」

 

 

 すかさず、俺と槐はコカビエルの左右から斬り込む!

 

 

「「そこ!」」

 

 

 さらに風を纏った千秋と塔城が上から強襲する。

 

 両手は木場とゼノヴィアで塞がっている! どうだ!

 

 

「バカが!」

 

 

 黒い翼が鋭い刃物と化して斬りかかってきた!

 

 

『ぐあああぁぁぁぁぁっ!?』

 

 

 俺たちは翼によって難なく剣や刀のガードごと吹き飛ばされた!

 

 塔城にいたっては千秋を庇い、『戦車(ルーク)』の防御力を易々と斬り裂かれて鮮血が吹き出ていた。

 

 すぐさまアーシアが駆けつけ、治癒の光を当ててくれているので、大事には至らないだろう。

 

 

「紅纏・伏雷!」

 

 

 吹き飛ばされた俺たちの間を縫って、紅い雷を纏ったレンが斬り込む!

 

 コカビエルは翼でレンを迎え撃つ。

 

 

「十の型・斬り嗣ぎ舞!」

 

 

 襲いくる翼を高速の連続斬擊ですべて弾くレン。

 

 そこへ、甲冑騎士たちを引き連れたアルミヤさんが斬りかかる。

 

 

「甘いわ!」

 

 

 コカビエルはレンの刀を光の剣で押さえつけ、翼で聖剣のガードごと甲冑騎士たちを薙ぎ払う!

 

 アルミヤさんは手に持つ聖剣を砕かれながらも翼を回避していた。

 

 

「エクスカリバーの複製はどうした? そんななまくらでは相手にならんぞ!」

 

 

 哄笑するコカビエル。

 

 次の瞬間、残り一体となった甲冑騎士が急激に高速で動きだした!

 

 

「何っ!? ぐぅっ!?」

 

 

 急に加速した甲冑騎士に意表をつかれたコカビエルは背中を斬りつけられた!

 

 見ると、甲冑騎士が持っていたのは、フリードが持っていた『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)』だった!

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

 さらにレンが即座に離脱し、その瞬間、甲冑騎士が大爆発した。

 

 

「・・・・・・やってくれる!」

 

 

 背中を斬りつけられ、爆発をまともにくらったにもかかわらず、コカビエルは嬉々としていた。

 

 とはいえ、爆発のダメージが思いのほか少なかった。

 

 流石は聖書に記されし堕天使。防御力も並大抵じゃないな。

 

 

「さあ、次はなんだ?」

 

 

 そう言いながら、無数の光の槍が生みだされ、一斉に射ちだされた!

 

 

「クソッ! 飛電の太刀・紅雨!」

 

 

 レンも無数の紅い雷の刃で光の槍を迎撃するが、数が多過ぎる!

 

 

『ぐあああぁぁぁぁぁっ!?』

 

 

 レンが討ち漏らした光の槍が俺たちを襲った。

 

 なんとか直撃を避けたが、爆風でノーダメージとはいかなかった。

 

 そんななか、比較的ダメージを最小限に抑えていたアルミヤさんがコカビエルに斬りかかる。

 

 手に持つ聖剣は破壊と天閃のエクスカリバーだった。

 

 アルミヤさんは破壊と天閃の能力でパワーとスピードを両立させて斬り込む。

 

 

「おもしろい!」

 

 

 コカビエルも光の剣の二刀流で迎え撃つ。

 

 エクスカリバーと光の剣がぶつかり合うたびに凄まじい衝撃波が発生してしまい、援護しようと近づこうにも近づけないでいた。

 

 

「「はぁッ!」」

 

 

 部長と副部長がそれぞれ魔力と雷で、千秋が風をまとわせた矢で攻撃するが、翼であっさりと迎撃されてしまっていた。

 

 そうこうしているうちにアルミヤさんのエクスカリバーに亀裂が走り始めた!

 

 アルミヤさんの因子による負担で刀身に限界が来ていた。

 

 あの状況で得物を失うのは致命的すぎる! どうする!?

 

 

「弧月紅刃!」

 

 

 そこへ、レンの刀から約四十メートルに届きうる紅い刀身が伸び、神速の居合で振られた!

 

 

「──ッ!?」

 

 

 首筋に迫り来る紅い刃にコカビエルが目を見開く。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 コカビエルは強引に体勢を崩すことでレンの刃を躱しやがった。

 

 だが、それがつけ入る隙となり、アルミヤさんが斬りかかる!

 

 

「なめるな!」

 

 

 コカビエルは光力の塊を地面に叩きつけ、光の波動がアルミヤさんとコカビエルを襲う!

 

 

「「ぐっ!?」」

 

 

 光の波動で二人は吹き飛ばされるが、空中で体勢を立て直して地面に着地する。

 

 なんて野郎だ。自分を巻き込んだ攻撃で強引に距離を取りやがった。

 

 しかも、いまの攻撃で限界が来てしまったエクスカリバーが砕け散ってしまった。

 

 

「さすがにいまのは肝を冷やしたぞ。フフフフフフ」

 

 

 そう言うわりには、コカビエルは楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

 

「聖魔剣よ!」

 

「ん?」

 

 

 コカビエルの周囲に聖魔剣が出現した。

 

 

「まだ来るか? いいぞ、来い!」

 

 

 聖魔剣は一斉にコカビエルに向けて切っ先を向けて飛ぶが翼によってあっさりと防がれてしまった。

 

 

「この程度か?」

 

 

 そのまま翼によって聖魔剣を難なく砕いてしまった!

 

 エクスカリバーに打ち勝った聖魔剣をああも容易く!?

 

 

「うぉぉぉぉぉッ!」

 

 

 そのすきに懐に飛び込んだ木場は突きを放つ!

 

 

「フッ」

 

 

 だが、木場の渾身の突きをコカビエルは左手の人差し指と中指だけで受け止めてしまう!

 

 

 木場が聖魔剣をもう一本創りだし、二刀目を振るうが、それすらも右手の指で受け止められてしまう。

 

 

「フフ、バカが」

 

「まだだ!」

 

 

 木場は大きく口を開けると、口周りに聖魔剣を創りだし、柄を歯で押さえながら勢いよく首を横に振った!

 

 さすがにこれには虚をつかれたのか、コカビエルは聖魔剣を離して後方に退いた。

 

 入ったダメージは頬に横一文字の薄い切り口だけだった。

 

 

「貴様!」

 

 

 コカビエルは笑みを浮かべ、木場めがけて強大な光力の塊を放つ!

 

 そこへ割って入ったゼノヴィアが光力の塊をデュランダルで受け止め、そのまま切り払った。

 

 

「四の型──」

 

 

 レンが居合の構えでコカビエルの背後に現れた!

 

 

「落葉切り!」

 

 

 放たれた神速の居合。だが、コカビエルはまたも体勢を崩すことでそれを躱してしまった。

 

 

「同じ手は二度はくわん!」

 

「がはっ!?」

 

 

 崩した体勢のままコカビエルはレンを蹴り飛ばしてしまう!

 

 

「弧月──」

 

 

 吹っ飛ばされながらもレンは居合の構えをとる。

 

 

「──紅刃!」

 

 

 再び紅い刀身を伸ばして居合で斬りかかる!

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 体勢を崩した状態なうえ、虚をつかれた斬擊だったため、避けることは叶わず、コカビエルは肩を大きく斬り裂かれた。

 

 

「チッ! しとめ損なった!」

 

 

 地面を転がりながら立ち上がるレンが毒づく。

 

 吹っ飛ばされながらの体勢だったために急所を狙えなかったのだろう。

 

 

「はぁぁぁぁぁッ!」

 

 

 槐が正面から斬りかかる。

 

 

「九の型・双龍擊!」

 

「バカが!」

 

 

 コカビエルが翼を使って槐を迎撃しようとする。

 

 

「それッ!」

 

「はッ!」

 

「ぐおあっ!?」

 

 

 だが、コカビエルの背後に現れた鶫と燕によって、背中の傷口に蹴りを入れられ、コカビエルは苦悶の表情を浮かべてよろける。

 

 さすがのコカビエルも傷口に一撃を入れられたのは堪えたようだな。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 二連撃の刃がコカビエルに入った!

 

 

「──ッ! うおおあッ!」

 

「「きゃぁぁっ!?」」

 

「ぐっ!?」

 

 

 だが、それでも決め手にならず、コカビエルは鶫と燕の足を掴み、槐に向けて投げつけた!

 

 そのまま吹っ飛ばされる三人の影から俺は飛び出し、コカビエルの懐に入る!

 

 

緋い龍擊(スカーレット・フレイム)!」

 

 

 残りのオーラすべてを込めて緋い龍擊(スカーレット・フレイム)を叩きこんでやった!

 

 

「ぐおおおぉぉぉぉぉっ!?」

 

 

 コカビエルは地面の上を滑るように後方に大きく吹き飛ぶ。

 

 勢いが止まり、顔を上げたコカビエルは狂喜の笑みを浮かべていた。

 

 

「ハハハハハハッ! この俺がここまで手傷を負わされるとはな! おもしろいぞ!」

 

 

 ・・・・・・これでもダメか・・・・・・。どうする!?

 

 レンのほうを見ると、鞘のカートリッジを交換しようとしていたが、予備カートリッジがなくなったのか、苦い表情を浮かべていた。おまけに疲弊で息づかいがかなり荒かった。

 

 アルミヤさんも連続でエクスカリバーを複製した消耗が激しかったのかこちらも息づかいがかなり荒かった。

 

 他の皆も肩で息をしていた。

 

 クソッ、ダメージから来る疲弊もそうだが、前の戦闘の消耗が痛い・・・・・・!

 

 

「この調子ならもう少し本気を出してもよさそうだな!」

 

 

 ・・・・・・これで本気じゃないのかよ・・・・・・!?

 

 どうする!? 消耗が酷い、コカビエルの実力がいまだ未知数、何より、仕掛けられた大地崩壊の術のタイムリミットが近い!

 

 そう思っていたら、件の大地崩壊の術の魔方陣が輝き始めた!

 

 

「ふむ、あと一分といったところか」

 

 

 一分・・・・・・だと・・・・・・。

 

 クソッ! もう時間がない! どうする!?

 

 

「──頃合いか」

 

 

 刹那、アルミヤさんが魔方陣の中央に降り立った!

 

 その手に握られていたのは『支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)』だった!

 

 アルミヤさんはエクスカリバーを魔方陣に突き刺す。

 

 支配の力で術式を止める気か!

 

 

「貴様! 術のエネルギーを!?」

 

 

 コカビエルがここで初めて驚愕をあらわにした。

 

 見ると、 魔方陣を通じて、エクスカリバーにエネルギーが流れ込んでいた!

 

 まさか、アルミヤさんの狙いは町ひとつを崩壊させるほどの術のエネルギーを利用して、エクスカリバーの力をさらに高め、それを使ってコカビエルを倒すつもりなのか!

 

 見ると、コカビエルが余裕を失くし始めていた。

 

 つまり、アルミヤさんの策が決まればコカビエルを倒せる!

 

 

「させるか!」

 

 

 コカビエルがアルミヤさんを妨害しようとしていた!

 

 

「紅月!」

 

 

 レンがさせまいと、紅い雷の刃を飛ばしてコカビエルを攻撃する。

 

 

「くっ!」

 

 

 コカビエルが紅い雷の刃を弾くと、レンはアルミヤさんとコカビエルの間に降り立つ。

 

 

「どれだけ時間を稼げばいい!?」

 

 

 レンの問いかけにアルミヤさんは短く答える。

 

 

「──一分だ」

 

 

 それを聞き、レンは不敵に笑みを浮かべる。

 

 

「OK! こっちもリミットは丁度一分かそこらだ! なら、こっからはスタミナ管理なしの全力全開だァッ!」

 

 

 そう叫んだ瞬間、レンの雰囲気が一変した。

 

 




次回でコカビエル戦決着です。


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Life.31 決着! VSコカビエル!

 

 

 『極域(きょくいき)』──それは『錬域』の極致。錬域の状態からより深い集中力と鬼刃一刀流を極めた先に至る境地。

 

 その境地に夜刀神蓮火は至っていた。

 

 

「鬼刃一刀流・奥義──」

 

 

 レンは前傾の体勢で居合の構えをとる。

 

 その際、レンの瞳から鋭く赤い眼光が尾を引くように残像を残していた。これは極域に至った者に起こる身体的変化だった。

 

 レンの構えを見て、コカビエルは即座に次に来るであろう一撃に備える。

 

 

「弐ノ型──雷切(らいきり)!」

 

 

 刹那、レンはその場にいた誰の目にも捉えられない速度で駆けだし、居合の一閃を振るっていた。

 

 鬼刃一刀流・奥義──全部で七つの型が存在し、極域に至ることで初めて使用できる剣技だった。

 

 『弐ノ型・雷切』は速さを極めた神速の踏み込みから放つ居合の一閃。その速さはコカビエルでさえも目で捉えられなかった。

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

 コカビエルはかろうじて居合の一閃を光の剣で防いでいた。

 

 これはコカビエルが雷切を見切ったわけではなく、雷切が直線的な剣技であることと、数々の激戦を潜り抜けてきた経験からくる無意識の反射によるものだった。

 

 それでも、神速の速度による運動エネルギーを乗せた斬擊の衝撃がコカビエルの腕を痺れさせる。

 

 

「ちぃッ!」

 

 

 コカビエルは即座に距離を取り、周囲に光の槍を生みだす。

 

 

「紅雨!」

 

「何!?」

 

 

 刹那、出現した光の槍は出現したそばからレンの紅雨によって弾かれていった。まるでそこに光の槍が出現するのがわかっていたかのように。

 

 事実、その通りだった。

 

 極域は錬域の状態よりもさらに動体視力や洞察力、反応速度や身体能力が上昇するが、最大の特徴は視覚だけでなく、五感すべての感覚が研ぎすまれ、鋭敏になることだった。それは単純に感覚が高められるだけでなく、人間では感じることができなかったものを感じとることができるようになる。

 

 元々、神器(セイクリッド・ギア)の影響で発達していたレンの聴覚は極域の領域では、筋肉の動きや空気の振動から発せられる音で相手の動きや物体の出現が察知できた。

 

 

「紅纏!」

 

 

 レンは紅纏でさらに身体能力を上げ、コカビエルに斬り込む。

 

 

「おもしろい!」

 

 

 コカビエルは光の槍を射ちだしながら、光の剣と翼でレンを迎え撃つ。

 

 

「肆ノ型──烈風嵐刃(れっぷうらんじん)!」

 

 

 レンは飛来する光の槍を、迫りくる光の剣と翼を連続の斬撃で斬り払った。

 

 「肆ノ型・烈風嵐刃」は超高速で刀を振るい、相手の攻撃をすべて弾き落とす防御型の剣技。繰り出される連続の斬擊はさながら嵐のようであり、並大抵の攻撃は容易に弾き、その気になれば全方位の防御も可能だった。

 

 これにレンの聴覚による察知能力が合わさることで、クロスレンジにおいては無類の防御力を発揮する。

 

 しかし、コカビエルも大戦を生き抜いた猛者。攻撃を防ぎつつも、時折放たれるコカビエルを狙った斬擊を的確に捌いていた。

 

 お互いに決め手に欠ける泥沼状態だったが、その均衡はすぐに崩れ始める。

 

 

「どうした! 技の精度がどんどん落ちていってるぞ!」

 

 

 レンはここまで、ほぼ休むことなく戦い続けていた。さらに、極域は無類の強さを発揮するが消耗が激しい。ここまでスタミナ管理をしていたレンだったが、それでも疲弊は酷く、それが技の精度に表れ始めていた。

 

 対するコカビエルは手負いであれど体力には余裕があった。

 

 とはいえ、コカビエルも悠長にしている余裕はなかった。

 

 アルミヤの一撃を放つ準備が着々と進んでいたのだ。

 

 アルミヤの特殊因子によって強化された聖剣の全力の一撃はイッセーに力を譲渡されたリアスの一撃を優に越えていた。そこに、この街を破壊するほどのエネルギーも上乗せされたら、さしもの自分でもただではすまない。

 

 そう思いながらも、コカビエルは冷静にレンの剣技を見据える。

 

 

「はッ!」

 

 

 ズバッ!

 

 

 鮮血が飛び散り、レンの右腕が宙に舞った。

 

 技の精度が落ちたことによる一瞬の隙をつかれ、コカビエルの光の剣によって斬られたのだ。

 

 

「終わりだ!」

 

 

 得物を失い、体力の限界で攻撃を防ぐことも回避することも叶わないレンにコカビエルはとどめをさそうとする。

 

 

「「「「はぁぁぁぁぁッ!」」」」

 

 

 コカビエルの背後から明日夏、槐、木場、ゼノヴィアが斬りかかる。

 

 さらに離れた場所から千秋が風を纏わせた矢を射っていた。

 

 

「邪魔だ!」

 

 

 翼によって千秋の矢ごと明日夏たちは吹き飛ばされる。

 

 同時にコカビエルは光の剣を千秋に向けて投擲する。

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 かろうじて直撃を避けた千秋だったが、代わりに黒鷹(ブラックホーク)に直撃してしまい、黒鷹(ブラックホーク)が原型をとどめないほどに破壊されてしまった。

 

 

「──禁手化(バランス・ブレイク)

 

 

 コカビエルが明日夏たちに気を取られていた一瞬の隙をつき、暮紅葉を口にくわえたレンは『紅蓮の霹靂一閃(トランジェント・クリムゾン・ライトニング)』を発動する。

 

 

「くっ!」

 

 

 コカビエルは即座に翼でレンに斬りかかる。

 

 刹那、レンは紅い閃光となった。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 レンの口にくわえられた暮紅葉の刃がコカビエルの脇腹を斬り裂いた。

 

 だが、傷自体はそこまで深くはなく、コカビエルほどの強者なら大した問題にはならないものだった。

 

 だが──。

 

 

「ぐおあああああああああああっっ!?!?」

 

 

 暮紅葉の刃を伝って、傷口から流し込まれた紅雷がコカビエルの身を内側から焼いていく。

 

 さしものコカビエルもこれには堪えたようで、倒れはしなかったものの、フラつき、膝をついた。

 

 

Transfer(トランスファー)!!』

 

 

 そこへ、イッセーがリアスと朱乃に力を譲渡する。

 

 

「くっ!」

 

 

 膨れあがるリアスと朱乃の魔力を見て、コカビエルは懐からフェニックスの涙を取り出す。

 

 さしものコカビエルも、いまの状態では二人の魔力を受けきれないと判断したのだ。

 

 フェニックスの涙がかけられ、コカビエルの傷が瞬く間に回復してしまう。

 

 

「消し飛びなさい!」

 

「雷よ!」

 

 

 同時にリアスの魔力と朱乃の雷が放たれる。

 

 コカビエルは両手とすべての翼を前に突き出し、二人の同時攻撃を受け止める。

 

 

「「はぁぁぁぁぁッ!」」

 

 

 リアスと朱乃は最後の魔力を振り絞って放出する魔力を強める。

 

 

「はぁッ!」

 

 

 コカビエルの翼が振るわれ、二人の攻撃がかき消されてしまう。

 

 だが、時間は十分に稼がれた。

 

 

 カァァァァァアアアアアアアアアアアッッ!

 

 

 凄まじい波動を感じ、コカビエルは慌ててアルミヤのほうを見る。

 

 そこには、先程よりもさらに輝きを放ち、膨大なオーラを発するエクスカリバーを振りかぶるアルミヤがいた。

 

 コカビエルは即座に光の槍を投擲しようとするが、時すでに遅く、エクスカリバーは振り下ろされた。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 オーラが収束して放たれた光の奔流をコカビエルは両手と翼で受け止めるが、光の奔流は容易くコカビエルの防御を打ち破る。

 

 

「────っっっ!?!?!?」

 

 

 光はコカビエルの叫びをかき消しながらコカビエルを飲み込んでいった。

 

 

-○●○-

 

 

 強烈な閃光が止み、あたりを見渡すと、先程の一撃の余波でグラウンドは荒れ果てており、学園の損壊はさらに酷くなっていた。会長たちが張ってくれている結界もほぼ全壊状態だった。

 

 町への被害はここからではわからない。あまり出てなければいいが。

 

 そして、肝心のコカビエルは――。

 

 

「・・・・・・・・・・・・っっ・・・・・・・・・・・・」

 

 

 上半身に着ていたものが完全に消し飛び、ボロボロな状態で仰向けに倒れていた。

 

 かすかにだが、うめき声を発していた。

 

 あれをくらって、五体満足どころか、かろうじて意識まで保ってるとはな・・・・・・。

 

 だが、あの様子じゃ、もう動けないだろう。

 

 大地崩壊の術も、エネルギーを攻撃に転用されたことで術式の効力が消えて魔法陣が崩壊していた。

 

 倒れたコカビエルを見て、イッセーが言う。

 

 

「・・・・・・勝った・・・・・・のか?」

 

 

 イッセーの言葉に斬られた腕をアーシアに治してもらってるレンが答える。

 

 

「ああ、音からも起き上がるのは無理な状態だってのがわかるぜ」

 

「そうでなくては困るがね」

 

 

 アルミヤさんもこちらにやってきて言う。

 

 レンもアルミヤさんも平常を装っているが、疲弊で呼吸が粗くなっており、もう限界なのが見て取れた。

 

 二人だけじゃない。他の皆もかなり疲弊していた。

 

 特に部長と副部長は膝をついており、もう魔力を練れそうになかった。槐や木場、ゼノヴィアも肩で息をしていた。他はまだ余力はありそうだが、それでも疲弊で呼吸が粗くなっていた。

 

 かくいう俺ももう限界だった。

 

 

「いまのうちにコカビエルを拘束しましょう」

 

 

 部長が疲れた体をおして立ち上がる。

 

 刹那、一発の銃声が鳴り響いた!

 

 俺たちは慌てて銃声の発生源に目を向ける。

 

 そこには、二階の校舎の窓からライフルを構えているカリスがいた。

 

 カリスは笑みを浮かべると、即座に校舎の奥えと消えてしまった。

 

 

「――まさかこの俺が人間に助けられることになるとはな・・・・・・」

 

 

 その声を聞き、俺たちは絶望的な表情を浮かべてそちらのほうを見る。

 

 コカビエルが体から煙を上げながら立ち上がっていたのだ!

 

 見ると、胸のあたりに注射器のようなものが刺さっていた。

 

 その中身がフェニックスの涙だと誰もが容易に察することができた。

 

 ・・・・・・最悪だ! ここに来てのコカビエルの回復は俺たちの心を折るのに十分すぎるものだった!

 

 

「よもやこの俺を本当に倒すとはな。おまえたちをなめていたことを謝罪しよう」

 

 

 コカビエルが笑みを浮かべて俺たちに敬意を払ってくる。

 

 

「こんなことならば、最初から俺が出て、万全な状態のおまえたちと本気で戦えばよかったな」

 

 

 コカビエルが自嘲するように言う。

 

 

「しかし、仕えるべき主を亡くしてまで、おまえたち神の信徒と悪魔はよく戦うものだ」

 

「・・・・・・何!?」

 

「・・・・・・くっ」

 

 

 コカビエルの言葉にゼノヴィアは驚愕の表情を浮かべ、アルミヤさんは苦々しい表情をしていた。

 

 他の皆も怪訝そうな表情をしていた。

 

 

「・・・・・・どういうこと!?」

 

「コカビエル! 主を亡くしたとはどういう意味だ!?」

 

「おっと、口が滑ったか。そうだったな。おまえたち下々まであれの真相は語られていなかったな」

 

 

 部長とゼノヴィアがコカビエルに問いかけると、コカビエルはおかしそうに吹き出していた。

 

 

「答えろ! コカビエル!」

 

「よせ、ゼノヴィア!」

 

 

 ゼノヴィアはコカビエルに食ってかかるが、そんなゼノヴィアをアルミヤさんが制止する。

 

 

「フフフフ、フッハハハハ、ハッハハハハハ! そうだな、そうだった。戦争を起こそうというのにいまさら隠す必要などなかったな! フハハ! 先の三つ巴の戦争で四大魔王と共に神も死んだのさ!」

 

 

 コカビエルが告げた衝撃の事実に俺たちは絶句してしまう。

 

 

「・・・・・・う、ウソだ・・・・・・!?」

 

 

 ゼノヴィアが酷く狼狽しだしていた。

 

 無理もないだろう。敬虔な信徒であるゼノヴィアからしたら、認めたくない真実だろうからな。

 

 

「・・・・・・神が死んでいた? バカなことを! そんな話聞いたこともないわ!?」

 

「知らなくて当然だ。神が死んだなどと誰に言える? 我ら堕天使、悪魔さえも下々にそれらを教えるわけにはいかなかった。どこから神が死んだと漏れるかわかったものじゃないからな。三大勢力でもこの真相を知っているのはトップと一部の者たちだけだ。あとは何かしらのきっかけでこのことに至った者だな。先ほどのバルパーのようにな。ま、真相を知るそこの男に口封じとして殺されたがな」

 

 

 コカビエルがアルミヤさんのほうを見ながら言う。

 

 そうか、アルミヤさんは数少ないこの事実を知っている人物なのか。だからゼノヴィアと違い、そこまで動揺していないのか。

 

 

「あの戦争で、悪魔は魔王全員と上級悪魔の多くを失い、天使も堕天使も幹部以外のほとんどを失った。もはや純粋な天使は増えることすらできず、天使が堕ちることで増える堕天使も天使が増えなければいずれ増えることがなくなる。もはや人間と交わらなければ種を残せないまでになってる。悪魔とて、純血種は希少なはずだ。どの勢力も、人間に頼らなければ存続ができないほど落ちぶれた。その人間は神がいなくては心の均衡と定めた法も機能しない不完全な者の集まりだぞ? だから三大勢力のトップ共は、神を信じる人間を存続させるためにこの事実を封印したのさ」

 

 

 だからアルミヤさんはバルパーを殺したのか。不用意にこのことを知った者をのさばらせるわけにはいかないから。ましてや、バルパーなら周りに言いふらしかねないからな。

 

 

「・・・・・・ウソだ。・・・・・・ウソだ・・・・・・」

 

 

 ゼノヴィアは力が抜けうなだれていた。

 

 

「そんなことはどうでもいい。俺が耐え難いのは、どの勢力も神と魔王が死んだ以上、戦争継続は無意味だと判断したことだ! 耐え難い! 耐え難いんだよ! 一度振り上げた拳を収めるだと!? あのまま戦いが続いていたら、俺たちが勝てたはずだ! アザゼルの野郎も『二度目の戦争はない』と宣言するしまつだ! ふざけるなッ!」

 

 

 コカビエルは憤怒の形相で強く持論を語っていた。

 

 

「・・・・・・主はもういらっしゃらない? それでは、私たちに与えられる愛は・・・・・・?」

 

 

 アーシアの疑問にコカビエルはおかしそうに答える。

 

 

「フッ、神の守護、愛がなくて当然なんだよ。神はすでにいないのだからな。ミカエルはよくやっているよ。神の代わりとして天使と人間をまとめているのだからな。まあ、神が使用していた『システム』さえ機能していれば、神への祈りも祝福も悪魔祓いもある程度は動作するだろうしな。とはいえ、神を信じる者は格段に減っただろう。聖と魔のバランスを司る者がいなくなったため、その聖魔剣のような特異な現象も起こるわけだ。本来なら聖と魔は混じり合うことなどあり得ないからな」

 

「アーシア!?」

 

 

 イッセーのアーシアを呼ぶ声を聞き、そちらを見ると、アーシアがコカビエルの言葉のショックのあまりにその場で意識を失っていた。

 

 塔城が慌てて支え、近くの木まで運んで座らせた。

 

 

「・・・・・・無理もない。・・・・・・私だって、理性を保ってるのが不思議なくらいだ・・・・・・」

 

 

 ゼノヴィアはかろうじて意識を保っているが、これまでの勇ましい彼女の姿はどこにもなかった。

 

 

「不覚をとってしまったが、こうして回復した。なら、当初の予定通り、このまま俺は戦争を始める! おまえたちの首を土産に、俺だけでもあのとき続きをしてやる! 我ら堕天使こそが最強だと、サーゼクスにも、ミカエルにも見せつけてやる!」

 

 

 ルシファー、ミカエル。どちらも聖書に記されし強大な存在。コカビエルはそんな存在に一人でも相手しようとしている。俺たちはそんな奴と戦っていた。

 

 ・・・・・・・勝てない。

 

 この場にいるほとんどの者がそう考えてしまい、意気消沈していた。

 

 一度勝てたのは、様々な要因とコカビエルが俺たちのことをなめていて遊びがあったからだ。

 

 それがなくなったいま、もはや限界な俺たちにこいつを倒せるすべなんて――。

 

 

「ふざけんなぁ!」

 

 

 諦めかけていた俺たちの耳にイッセーの叫びが聞こえてきた。

 

 

「おまえの勝手な言い分で俺たちの町を、仲間たちを消されてたまるかッ!」

 

 

 このような状況の中でもイッセーの闘心は衰えていなかった。いやむしろ、俺たちの町の危機、仲間の危機に、その元凶であるコカビエルに対する怒りで高まってさえいた。

 

 

「それに、それに俺はな、ハーレム王になるんだぁぁぁッ!」

 

「・・・・・・はぁ?」

 

 

 イッセーが高々と宣言した目標、いや、野望を聞いたゼノヴィアは呆れたような声を出していた。

 

 まあ、普通はそんな反応だろうな。

 

 

「てめぇなんかに俺の計画を邪魔されたら困るんだよ!」

 

「ククク、ハーレム王? ハハハ、赤龍帝はそれがお望みか。なら俺と来るか?」

 

「え?」

 

「ハーレム王などすぐになれるぞ。行く先々で美女を見繕ってやる。好きなだけ抱けばいい」

 

 

 コカビエルの甘言に衝撃を受け、イッセーがその場で硬直していた。

 

 

「そ、そ、そんな甘い言葉で・・・・・・お、俺が騙されるものかよ・・・・・・」

 

 

 なんとかコカビエルの誘いを断っていたがブレブレだった。

 

 おまえなぁ・・・・・・。

 

 

「間があるのはおまえだから仕方ないとして、もうちょいシャキッと拒否しろよな・・・・・・」

 

「えっ、間があるのはいいの!?」

 

「そうだぞ! 敵の甘言に乗りかけるなど!」

 

 

 木場と槐からツッコミを入れられるが、俺は木場に言う。

 

 

「槐はともかく、木場。おまえはイッセーがあんなことを言われて、揺れないと思うか?」

 

 

 俺の問いかけに木場少しの間考えるがすぐ「・・・・・・無理だね」と答えた。――そういうことだ。

 

 

「イッセー!」

 

「はい!?」

 

 

 部長が激怒していた。

 

 

「・・・・・・す、すみません。どうにもハーレムって言葉に弱くて・・・・・・」

 

「そんなに女の子がいいなら、この場から生きて帰れたら私がいろいろとしてあげるわよ!」

 

「・・・・・・マジですか!? ・・・・・・な、なら、おっぱいを揉んだりだけでなく、す、吸ったりとかも!?」

 

「ええ。それで勝てるなら安いものだわ」

 

 

 カァァァァァアアアアアアアアアッッ!

 

 

 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の宝玉からかつてない輝きが放たれた!

 

 

「吸う! ついに吸えるんだ! いまの俺は、そう神すら殴り飛ばせるぜ! あ、神様いないんだっけ。アハハハ! よっしゃぁぁぁあああああ! やられてもらうぜ、コカビエル! 部長の乳首を吸うために!」

 

 

 神器(セイクリッド・ギア)は宿主の想いに応えて力を定める。

 

 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』がイッセーのスケベ根性に呼応して力を発揮しようとしていた。

 

 

「・・・・・・もう」

 

 

 部長も大声で叫ばれたためなのか、気恥ずかしそうにしていた。

 

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 

 ライザーとのレーティング・ゲームのときのように籠手が変形すると、イッセーは駆けだす。

 

 

「くっ!」

 

 

 コカビエルは光の槍を投擲するが、イッセーはそれを籠手で弾き飛ばす!

 

 

「でやぁぁぁッ!」

 

「ぐあっ!?」

 

 

 光の槍を弾かれたことで虚をつかれたコカビエルの顔面にイッセーの拳が突き刺さった!

 

 

「・・・・・・ぐっ・・・・・・!?」

 

 

 イッセーの拳をくらって後ずさったコカビエルは異質なものを見たかのような目でイッセーを睨む。

 

 

「・・・・・・女の乳首を吸う想いだけでこれほどの力を解き放つ赤龍帝だと!? なんだ、おまえは? どこの誰だ!?」

 

 

 イッセーは堂々と胸を張って答えた。

 

 

「覚えとけ、コカビエル! 俺は兵藤一誠! エロと熱血で生きる、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の宿主で、リアス・グレモリーさまの『兵士(ポーン)』だ!」

 

 

 カッコつけてるつもりなんだろうが、いろいろとダメダメだった・・・・・・。

 

 だが、そんなこいつを見てると不思議と活力が湧いてきた。

 

 

「そうよ! 私たちはまだ負けていない! 諦めたときが負けなのよ! イッセーに続きましょう!」

 

『はい、部長!』

 

 

 他の皆も戦意を取り戻し始めていた。

 

 

「おーおー、皆張りっきってるなぁ。なら、俺たちももうひと踏ん張りしねぇとな!」

 

「むろん、私もこのまま終わるつもりはない」

 

 

 レンとアルミヤさんも先ほどまで疲弊していたとは思えないほど戦意を昂ぶらせていた。

 

 槐が不思議そうにイッセーを見ていた。

 

 

「・・・・・・不思議なものだな。あれほど絶望感が漂っていたというのに、イッセーがあんなふざけた理由で奮起するだけで、これほど周りに活力を与えるとは」

 

「イッセーには、不思議とそういう魅力があるんだよ。そういうおまえはどうなんだ?」

 

「ああ、不思議と私も活力が湧いてきている」

 

 

 俺と槐はお互いに笑みを浮かべる。

 

 

「ククク、下級悪魔の分際で俺の顔に触れるとはな! これはもしろい! おもしろいぞ、小僧!」

 

 

 コカビエルは笑みを浮かべ、嬉々とした表情で翼を広げていた。

 

 どうやら、俺たちの戦意に感化されたみたいだな。

 

 俺たちも身構えたときだった――。

 

 

「――おもしろがってるところ悪いが、おいたはここまでだぜ、コカビエルさま」

 

 

-○●○-

 

 

 突如割って入った声。この場に誰のものでもない。

 

 

「誰だ!?」

 

 

 コカビエルが声がしたほう見る。

 

 僕たちもそちらのほうを見る。

 

 そこには長い後ろ髪を結った長身で大柄な体躯の金髪の青年がいた。白いロングコートを着ており、黒い手袋をしていた。

 

 

「・・・・・・貴様、『ネスト』の者か?」

 

 

 ネスト? 聞いたことのない組織の名だった。

 

 だが、それよりも気になったのは、男の隣にいた明日夏くんが着ているのと似た黒いロングコートを着た黒髪の青年だった。

 

 なぜか、そのヒトを見て明日夏くんが驚愕の表情を浮かべていたからだ。

 

 明日夏くんだけじゃない。イッセーくんや千秋さん、鶫さん、燕ちゃん、槐さんもレンさんも同様の反応をしていた。

 

 

「ヤッホー。明日夏、千秋、イッセーくん、鶫ちゃん、燕ちゃん、槐ちゃん、レンくん」

 

 

 その男性は明日夏くんたちに向けてほがらかに手を振っていた。

 

 ふと、その男性の顔を見て、誰かに似ていると思った。それに、どこかで見たような?

 

 

「明日夏、彼は一体?」

 

 

 部長も気になったのか、明日夏くんに訊いていた。

 

 

「――兄の士騎冬夜です」

 

 

 それを聞き、僕は納得した。誰かに似ているとは思ったけど、明日夏くんに似ているんだ。見覚えがあったのも、明日夏くんが見せてくれたアルバムの写真に写ってたからだ。

 

 クールで少し無愛想なところがある明日夏くんとは違って、愛嬌があって穏やかそうなヒトだった。

 

 イッセーくんからも、優しくて、穏やかなヒトだとは聞いていた。

 

 レンさんが明日夏くんのお兄さん――士騎冬夜さんに訊く。

 

 

「冬夜さん、いつこっちに?」

 

「ついさっきね。樹里さんから連絡をもらって、受けてた仕事を速攻で終わらせて急いで飛んできたんだ」

 

 

 士騎冬夜さんがコカビエルに言う。

 

 

「うちの弟と妹、その友達たちがお世話になったみたいですね?」

 

 

 ぞっ・・・・・・。

 

 

 にこやかにしていたけど、それとは裏腹に凄まじいまでのプレッシャーがコカビエルに向けて発せられていた。

 

 直接向けられているわけでもないのに、思わず萎縮してしまった。

 

 

「――お礼をしないといけませんね」

 

 

 士騎冬夜さんはコートをなびかせ、腰のホルスターから銃を取り出し、コカビエルに銃口を向ける。

 

 

「ほう、大した圧力だ。さすがは六人しかいないと言われる()()()()()()()()というわけか」

 

 

 コカビエルが受けてたとうと身構えると、士騎冬夜さんに金髪の青年が言う。

 

 

「あー悪いが、冬夜。せっかく駆けつけて、弟たちにカッコいいところ見せたいところだろうけど、おまえの出番はたぶんないぜ」

 

「だろうね」

 

 

 士騎冬夜さんはプレッシャーを放つのをやめると、銃を回転させてホルスターに戻してしまった。

 

 金髪の青年が僕たちのほうを見て自己紹介を始めた。

 

 

「はじめましてだな、グレモリー眷属に教会の聖剣使いさん。俺はシオ・ヴィリアース。『神の子を見張る者(グリゴリ)』のエージェントチーム、『ネスト』の副リーダーだ。うちのもんが迷惑をかけちまったな」

 

 

 コカビエルがシオ・ヴィリアースに言う。

 

 

「・・・・・・貴様、アザゼルの差金か?」

 

「ああ。総督さんからの伝言だ。『流石に勝手が過ぎるぞ。悪いがおまえには重い罰をくださなければならない。だが、俺とおまえの仲だ。大人しく戻ってくるのなら、少しは温情をかけないこともない』とのことだ」

 

「・・・・・・アザゼルめ!」

 

 

 堕天使総督アザゼルからの伝言を聞き、コカビエルは忌々しそうにしていた。

 

 

「ふざけるな! ここまで来て、いまさら拳を収められるか!」

 

「総督さんもあんたならそう言うだろうって言ってたよ。だから、大人しく戻らないのなら、力づくでも連れてこいって言われてるよ」

 

「貴様に俺を倒せるとでも?」

 

 

 コカビエルの言葉にシオ・ヴィリアースは肩をすくめる。

 

 

「自信はあるけど、俺たちの仕事は後始末なんでね。あんたを懲らしめるのは別の奴の仕事さ」

 

 

 そう言い、シオ・ヴィリアースは空に向けて叫ぶ。

 

 

「そら、いい加減仕事しねぇと、総督さんに説教されるぜ!」

 

「――そうだな。ちょうど見てるだけなのも飽きてきたところだ」

 

 

 シオ・ヴィリアースに答えるように空から声が聞こえてきた。

 

 僕たちは夜空を見上げる。

 

 そこには、月を背に宙に浮かぶ背中から神々しいまでの輝きを発している翼を生やし、体の各所に宝玉が埋め込まれた白い全身鎧(プレート・アーマー)を着た者が僕たちを見下ろしていた。

 

 似ている――。イッセーくんが着たあの赤い鎧とそっくりだった。

 

 

「・・・・・・『白い龍(バニシング・ドラゴン)』か!」

 

 

 コカビエルが忌々しそうにその者の名を言った。

 

 『白い龍(バニシング・ドラゴン)』――『赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)』に対を成す伝説のドラゴン。

 

 コカビエルは舌打ちをする。

 

 

「チッ! 邪魔立ては――」

 

 

 コカビエルが言葉をすべて言いきる前に、彼の黒き翼が宙を舞った!

 

 『白い龍(バニシング・ドラゴン)』がコカビエルの背後に回り込んで、コカビエルの翼を引き千切ったのだ。

 

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。僕でもぜんぜん見えなかった・・・・・・。

 

 

「まるで薄汚いカラスの羽だ。アザゼルの羽はもっと薄暗く、常闇ようだぞ?」

 

 

 『白い龍(バニシング・ドラゴン)』は手に持つ翼を興味なさげに投げ捨てた。

 

 声からして若い男性か?

 

 

「・・・・・・貴様! 俺の羽をッ!」

 

 

 翼をもがれ、怒り狂うコカビエルだが、『白い龍(バニシング・ドラゴン)』は小さく笑いこぼす。

 

 

「地より下の世界に堕ちた者に羽なんて必要ないだろう?」

 

「――ッ!?」

 

 

 激昂したコカビエルは手を頭上に掲げ、手元に巨大な光の槍を出現させる。

 

 

Divide(ディバイド)!』

 

 

 翼から音声が聞こえ、コカビエルの巨大な光の槍がどんどん縮小していく。

 

 

「――我が名はアルビオン。我が神器(セイクリッド・ギア)、『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』の能力のひとつ。触れた者の力を十秒ごとに半減させていき、その力は俺の糧となる。急がねば人間すら倒せなくなるぞ?」

 

 

 ――伝説の通りか。

 

 赤龍帝は持ち主の力を倍加して何かに譲渡し、白龍皇は相手の力を半減させ、持ち主の糧とする。

 

 コカビエルは残った翼を羽ばたかせ、『白い龍(バニシング・ドラゴン)』――アルビオンに立ち向かっていく。

 

 だけど、コカビエルはアルビオンにいいようにもてあそばれていた。

 

 

Divide(ディバイド)!』

 

 

 そうこうしている間にも、コカビエルの力が半減していく。

 

 

Divide(ディバイド)!』

 

 

 何度目かの音声。コカビエルの動きは僕でも容易に相手できるほどにまで落ち込んでいた。

 

 

「・・・・・・つまらない。もう少し楽しめると思ったんだがな。やはり先ほどの戦いでかなり消耗していたようだ。ダメージが回復したといってもこの程度か」

 

 

 アルビオンが視界から消え去り、光の軌跡を生みだしながらコカビエルヘ直進する。

 

 

「ぐぉぉおおおおっ・・・・・・!?」

 

 

 アルビオンの拳がコカビエルの腹部に深く突き刺さった。

 

 

「・・・・・・バカな・・・・・・!? ・・・・・・この俺がッ・・・・・・!?」

 

 

 そのままアルビオンはコカビエルと共に閃光となって地面に向かっていく。

 

 

「アザゼルゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウッ!?」

 

 

 地面に激突する寸前、コカビエルの怨嗟の断末魔が響き渡った。

 

 

 ドゴォォォォオオオオオン!

 

 

 コカビエルが地面に叩きつけられ、あたりに凄まじい轟音が鳴り響いた。

 

 



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Life.32 決戦後

 

 

 コカビエルが叩きつけられた場所に巨大なクレーターができあがっていた。

 

 その中心では、ボロボロのコカビエルが意識を失っており、その傍らにアルビオンが立っていた。

 

 アルビオンは興味が失せたようにコカビエルから視線を外すと、シオ・ヴィリアースに言う。

 

 

「あとは任せるよ」

 

「へいへい。了解しましたよ、白龍皇さま」

 

 

 それだけ話すと、アルビオンはこの場から飛び去ろうとする。

 

 

『無視か、白いの?』

 

 

 イッセーに宿るドラゴン、『赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)』ドライグがアルビオンに話しかけた。

 

 

『起きていたか、赤いの』

 

 

 アルビオンの光翼からも、アルビオンとは別の声が発せられた。

 

 いまの声の主が『白い龍(バニシング・ドラゴン)』アルビオンか。

 

 

『せっかく出会ったのにこの状況ではな』

 

『いいさ。いずれ戦う運命だ。こういうこともある。また会おう、ドライグ』

 

『ああ、またな、アルビオン』

 

 

 赤龍帝と白龍皇の会話の終了に合わせてアルビオンの宿主が飛び去ろうとすると、今度はイッセーが話しかけた。

 

 

「おい! どういうことだ!? おまえはなんなんだ!? てか、おまえのせいで俺は、俺は! 部長のお乳を吸えなくなっちまったんだぞ!」

 

 

 ・・・・・・怒るところはそこかよ。

 

 

「すべてを理解するには力が必要だ。強くなれよ、いずれ戦う俺の宿敵くん」

 

 

 それだけ言い残すと、アルビオンの宿主は白い閃光となって、今度こそこの場から飛び去ってしまった。

 

 誰も彼も予想外な戦いの終焉に言葉を失っていた。

 

 

「リアス」

 

 

 そこへ、会長が眷属たちを引き連れて現れた。

 

 

「ソーナ! 無事だとは聞いていたけど、こうして無事な姿を見れて安心したわ」

 

「ええ、アルミヤさんに救っていただきました。それにしても、まさか『神の子を見張る者(グリゴリ)』が乱入してくるとは」

 

「自分たちの組織の者が起こした暴動を自分たちの組織の者で収拾させたカタチというわけね。でも、おかげで町は救われたわ。・・・・・・だけど、学園が・・・・・・」

 

「・・・・・・ええ。ですが、町にはいっさい被害が出ていないのが不幸中の幸いです」

 

 

 部長と会長は甚大な被害を被った学園を見つめて、悲痛な表情を浮かべていた。

 

 

「重ね重ね、うちのもんが迷惑をかけちまったな。壊れちまった学園は俺たち『神の子を見張る者(グリゴリ)』が責任をもって修復する」

 

 

 部長と会長にシオ・ヴィリアースが頭を下げ、真摯に謝罪の言葉を口にしていた。

 

 

「シオ」

 

 

 シオ・ヴィリアースに声がかけられた。

 

 声がしたほうを見ると、メガネをかけた赤髪の青年が三人の少女を引き連れていた。

 

 少女の一人は青年と同じ赤髪で、どことなく顔つきが青年と似ていた。

 

 他の二人は双子なのか、顔がそっくりで、片方は金髪、もう片方は銀髪をしていた。

 

 

「よう、シュウ。そっちは終わったのか?」

 

「ああ」

 

 

 シオ・ヴィリアースはシュウと呼んだ青年の肩に手を回しながら俺たちに青年たちを紹介し始める。

 

 

「こいつらは皆、『ネスト』のメンバーだ。こいつは赤羽(あかばね)修嗣(なおつぐ)。うちの頼れる参謀だぜ。こっちの赤髪はこいつの妹の赤羽ほのかだ」

 

「どもー」

 

 

 紹介された赤羽ほのかは俺たちに軽い挨拶をしながら手を振る。

 

 

「んで、こっちのそっくりたちは金髪がレティシア・シュバリエ、銀髪がクロエ・シュバリエ。容姿と名前から察せると思うが双子だ」

 

「はじめまして」

 

「ふん」

 

 

 レティシア・シュバリエは恭しく挨拶をしていたが、クロエ・シュバリエのほうはそっぽ向いていたn。

 

 

 どくん。

 

 

 ――なんだ?

 

 なぜかわからないが、クロエ・シュバリエから目がはなせなかった。

 

 

「――なに?」

 

 

 向こうもなぜか俺のほうを見ていたので、目が合ってしまう。

 

 

「なんだ? うちのかわいい新人に一目惚れでもしたか?」

 

 

 シオ・ヴィリアースがニヤニヤしながら訊いてきた。

 

 

「――いや、そんなんじゃねぇよ。ただ、やっぱり双子だったんだなって思ってただけだ」

 

「――あっそ」

 

 

 クロエ・シュバリエは再びそっぽ向いてしまう。

 

 赤羽修嗣がシオ・ヴィリアースの手を払い、学園を見て言う。

 

 

「・・・・・・あいつめ、仕事を増やしやがって。観賞なんてしていないでさっさと仕事をしていれば、ここまで被害は出てなかっただろうに」

 

 

 赤羽修嗣の言葉には呆れと怒りが混じっていた。

 

 どうやら、あのアルビオンの宿主について言っているようだな。

 

 確かに、どうも奴は俺たちの戦いを最初から見ていた感じだったからな。

 

 早急に介入してくれていれば、ここまでの被害は出ていなかったかもしれなかった。

 

 

「まあ、そう言うなって」

 

 

 シオ・ヴィリアースは赤羽修嗣を宥めようとする。

 

 

「・・・・・・おまえといい、一姫(かずき)二葉(ふたば)、総督や鳶雄たちはあいつに甘すぎる。だから調子に乗るんだ」

 

 

 赤羽修嗣は呆れた様子で頭痛を抑えるように額に手を当てながら嘆息していた。

 

 兄貴が苦笑しながら言う。

 

 

「まあ、彼はかわいい弟分みたいな感じだからね。かわいい弟にはついつい甘くなっちゃうから」

 

 

 兄貴の言葉にシオ・ヴィリアースが「そうそう」と同意していると、赤羽修嗣は兄貴にも「・・・・・・おまえも相変わらずか」と呆れた眼差しを向けていた。

 

 ていうか、兄貴、知り合いだったのか。

 

 

「シオ、おにぃ、コカビエルさまの拘束、終わったよぉ。あと、フリードはまだ生きてたから、応急処置しておいた」

 

「おう、お疲れ、ほのか」

 

「まだ訊き出さなければならないことがあるからな。始末はそのあとだ」

 

 

 いつの間にか、赤羽ほのかがコカビエルたちの拘束をしていた。

 

 

「二人は俺が連れて行く。あとは頼むぞ」

 

「おう」

 

「りょーかーい」

 

 

 赤羽修嗣はコカビエルとフリードを担ぐと、転移用の魔法陣でどこかへ転移していった。

 

 

「シオさん、ほのかさん」

 

 

 レティシア・シュバリエがクロエ・シュバリエを連れて校舎のほうからやってきた。

 

 どうやら、校舎の中を確認していたようだな。

 

 

「校舎内には誰かいたか?」

 

「ジブラエルさまの遺体だけでした」

 

 

 ジブラエルだけ・・・・・・つまり。

 

 レンが頭を掻きながら言う。

 

 

「あー、音で確認してたけど、ベルティゴ・ノーティラスなら、どさくさに紛れてこの場から逃げてたぜ。コカビエルの相手で手一杯だったんで言うヒマなかったんだよ」

 

 

 ・・・・・・やっぱり生きてたか。

 

 とはいえ、コカビエルとの戦いの最中に妙な横やりを入れられなかったのは助かったが。

 

 

「おやおや、アルミヤくんの要請で急いで駆けつけたのですが、やはり間に合いませんでしたか」

 

 

 そこへ眼鏡をかけた神父服の老人が金髪のシスターを連れて現れた。

 

 アルミヤさんが教会に増援を呼んでいたのか。

 

 

「へぇ、『修羅』に『狂聖女(バーサーク・シスター)』とは、これまた手練れが来たもんだな」

 

 

 シオ・ヴィリアースが老神父とシスターを見て、随分と物騒な名を口にしていた。

 

 

「――その呼び方やめてって言ったわよね、シオ・ヴィリアース」

 

 

 シスターは見るからに不機嫌そうにシオ・ヴィリアースを睨んでいた。

 

 

「おや、知人でしたか?」

 

「ええ。少々共闘をしたことが・・・・・・」

 

 

 老神父の問いかけにシスターはバツが悪そうに答える。

 

 敵である堕天使組織の者と共闘したなんて教会に属するシスターとしては後ろめたいものがあるんだろう。

 

 

「ふむ。まあ、よいでしょう。何か事情があったのでしょうし」

 

 

 老神父はそのことに対して特に咎めることはしなかった。

 

 

「今回も敵である悪魔と共闘することになってしまったわけですから。なんでしたら、過去にも三大勢力が手を取り合ったこともありましたからね」

 

「へぇ、かつて『修羅のダンテ』と呼ばれ、敵どころか味方からも恐れられるほど苛烈に悪魔や堕天使を倒してきた男とは思えないセリフだな?」

 

 

 シオ・ヴィリアースの言葉に老神父は苦笑しながら肩をすくめる。

 

 

「昔の話です。いまではすっかり衰えてしまった老いぼれですよ」

 

「よく言うぜ。いまでも、並の上級悪魔じゃ相手にならねぇ実力のくせして」

 

 

 確かに、佇まいは自然体でありながら一分の隙もなかった。相当な実力者なのが伺えた。

 

 

「そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。私はダンテ・アッカルド。アルミヤくんの要請で教会側からの援軍としてやってきた教会の戦士(エクソシスト)です」

 

「アリシエラ・ヴィスコンティ。同じく教会の戦士(エクソシスト)よ」

 

 

 二人が俺たちに自己紹介すると、兄貴がアリシエラ・ヴィスコンティに話しかける。

 

 

「ひさしぶりだね、アリシエラ」

 

「ええ、いつぶりかしらね」

 

 

 こっちとも知り合いかよ。

 

 俺の疑問を察したのか、兄貴が説明してくれた。

 

 

「アリシエラやネストの古参メンバーとは、ギルドからの依頼で赴いたところで度々出会ってね。なんやかんやあって一緒に戦ううちに仲良くなったんだ」

 

「そういうことだ」

 

「そうね。だけど――」

 

 

 アリシエラ・ヴィスコンティがシオ・ヴィリアースを指さしながら言った。

 

 

「ひとつ訂正しなさい、冬夜。こいつらと仲良くなった覚えはないわよ」

 

 

 まあ、片や堕天使組織のエージェント、片や教会のエクソシストだからな。共闘することはあっても、仲良くはしたがらないだろうな。

 

 すると、兄貴が言う。

 

 

「ああ言ってるけど、彼女は別にシオたちのことを嫌ってるわけじゃないんだよ。立場上、仲良くできないってだけで、敵同士じゃなかったら、内心では仲良くしたいって思ってるんだよ」

 

「そうなのか?」

 

 

 言われて見てみると、シオ・ヴィリアースが楽しそうにアリシエラ・ヴィスコンティに話しかけており、そのたびに彼女は不機嫌そうにはしてはいるが、シオ・ヴィリアースを毛嫌いしてるふうには見えなかった。

 

 

「さて、僕はレンくんからここであったことを聞いてくるから、あとのことは彼らに任せて、明日夏たちはゆっくり休みなよ」

 

「ああ、そうさせてもらう」

 

 

 正直、もう立ってるだけでもキツかったからな。

 

 兄貴がレンのところに向かうと、俺はアーシアのほうを見る。

 

 神の死というショックで意識を失っていたアーシアだったが、いつの間にか目覚めており、イッセーと千秋に介抱されていた。

 

 とりあえず、イッセーたちと普通に会話しているところを見る限り、心の均衡は保っていそうだな。

 

 これはイッセーたちの存在が大きいおかげだろう。

 

 続いて、木場のほうを見る。

 

 木場はバルパーの死体のほうに視線を向けていた。

 

 俺は木場に歩み寄って話しかける。

 

 

「終わったな」

 

「うん」

 

「その割にはあまりスッキリしてない顔だな?」

 

 

 木場の表情はなんとも言えない感じだった。

 

 

「仇を自分の手で討てなかったのが心残りなのか?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだ。彼に剣を向けたときにはもう復讐心からじゃなく、二度と僕たちのような存在を出しちゃいけないという想いで剣を握っていたから。ただ――」

 

「奴の研究を引き継いだ者がいる、か?」

 

「──うん」

 

 

 バルパーが言うには、奴のように被験者を殺すことはしていないが研究自体は続けられてるみたいだからな。

 

 それに、カリスたちが所属している『CBR』もだ。カリスはおそらく抜け目ない。こっそりとバルパーの研究データを手に入れて、利用している可能性もあった。

 

 そのことがある限り、木場の『聖剣計画』に関する戦いは終わらないのかもしれなかった。

 

 

「やったじゃねぇか、イケメン! へー、それが聖魔剣か。キレイなもんだな」

 

 

 イッセーが俺たちのもとまでやってくると、興味深そうに木場の持つ聖魔剣を覗き込む。

 

 イッセーの言う通り、確かに白いのと黒いのが入り混じり合ってなんとも幻想的な見た目をしていた

 

 

「・・・・・・イッセーくん、僕は――」

 

「ま、細かいことは言いっこなしだ。とりあえず、いったん終了ってことでいいだろう? 聖剣もさ、おまえの仲間のこともさ」

 

 

 俺も続けて木場に言う。

 

 

「そうだな。何より、おまえの仲間たちの望みはおまえに自分たちのぶんまで幸せに生きてほしいことだったんだからな」

 

「うん」

 

 

 俺とイッセーの言葉に木場は憑き物が落ちたような表情で笑顔を見せてくれる。

 

 

「ああ、なんかいろんなことがありすぎてさ。いまは考えるのもメンドクセーや」

 

 

 イッセーはそう言いつつも、何かに思いを馳せていた。

 

 おそらく、あのアルビオンの宿主のことだろう。

 

 二天龍を宿した宿命でいずれ戦う運命にあるみたいだからな。少なくとも、あいつは戦う気まんまんだった。

 

 今回は何事もなかったが、それはイッセーが消耗していたことと、実力の差があまりにも大きく離れていたからだ。

 

 あと、立場的なものもあったんだろう。イッセーは悪魔、奴は堕天使側だったからな。

 

 今後、イッセーが成長し、実力をつけたとしても、問答無用で戦いを仕掛けてくることはないはずだ。・・・・・・正直、不安だが。

 

 そういえば、兄貴は奴のことを知ってるみたいな感じだったな。あとで訊いてみるか。

 

 

「・・・・・・木場さん」

 

 

 アーシアが心配そうに木場に訊く。

 

 

「また一緒に部活できますよね?」

 

 

 神の不在を知り、自分だってとても辛いはずなのに、それでも木場のことを心配していた。

 

 

「裕斗」

 

 

 木場がアーシアに答えようとしたとき、部長が木場の名前を呼ぶ。

 

 

「祐斗、よく帰ってきてくれたわ。それに禁手だなんて、主として誇らしい限りよ」

 

 

 木場はその場に膝まづく。

 

 

「部長。僕は部員の皆を、何より命を救っていただいたあなたを裏切ってしまいました。お詫びする言葉も見つかりません・・・・・・」

 

「でも、あなたは帰ってきてくれた。それだけで十分よ。皆の想いを無駄にしてはダメよ」

 

「部長・・・・・・。僕はここに改めて誓います。僕はリアス・グレモリーの騎士として、あなたと仲間たちを終生お守りします」

 

 

 木場がそう言うと、部長は木場の頬をなで、抱き締めた。

 

 

「ありがとう、祐斗」

 

 

 それを見たイッセーが嫉妬して木場に詰め寄る。

 

 

「コラッ! 部長から離れろ、イケメン! 俺だって『兵士(ポーン)』じゃなくて、『騎士(ナイト)』になって、部長を守りたかったんだぞ!」

 

 

 そう言うとイッセーは怒り顔から一転して笑顔で告げる。

 

 

「でも、おまえ以外に部長の『騎士(ナイト)』が務まる奴なんていねえんだ。責任持ちやがれ」

 

「うん、わかっているよ、イッセーくん」

 

「さて、裕斗、明日夏」

 

「「はい?」」

 

 

 いきなり俺と木場は部長に呼ばれる。

 

 部長のほうを見ると――部長の手が紅いオーラで包まれていた!?

 

 

「あ、あれってもしかして!?」

 

 

 イッセーがケツを押さえながら戦慄していた。

 

 というか、千秋と燕、あと離れた場所からこちらを見ていた匙も同じ反応をしていた。

 

 まさか――。

 

 

「・・・・・・あ、あの、部長。勝手なことをした罰として、その魔力のこもった手でケツ叩きって言うんじゃ?」

 

「ええ、その通りよ。あなたも裕斗も勝手なことをして皆を心配させたのだから、罰としてお尻叩き千回ね」

 

「ええっ!?」

 

「マジか・・・・・・」

 

 

 俺も木場も罰は覚悟していたが、まさかこの歳になってケツ叩き、それも魔力がこもった手で、しかも千回・・・・・・。

 

 イッセーが爆笑しながら言う。

 

 

「あははは! こりゃいいや! 頑張って耐えろ、イケメンコンビ!」

 

 

 それを聞き、俺と木場は苦笑いを浮かべながらお互いを見る。

 

 

「・・・・・・勝手して心配かけたのは事実だからな。腹括るか・・・・・・」

 

「あははは・・・・・・そうだね」

 

 

 その後、俺と木場は部長にケツを叩かれ、それを見たイッセーと匙、あとドレイクには終始、腹を抱えて爆笑された。

 

 だがまあ、涙目になりながらもどこか晴れやかな笑顔で耐えている木場を見ていれば、必要経費だったかなと思えた。

 

 

-○●○-

 

 

 駒王町のとあるビルの屋上――。

 

 

「――なるほど。このような結末になりましたか」

 

 

 カリスは自身が操る死体との視界のリンクを切ると、手に持つタブレットPCにこれまで得たデータを記録する。

 

 

「あれが現白龍皇ですか。()()()()()()()()()()()()()()()()()と評されるだけはありますね。おかげさまで、せっかくフェニックスの涙でコカビエル殿を復活させたというのに、一瞬で終わってしまいましたよ。できれば、『龍弾の射手(デア・ドラッヘシュッツ)』の士騎冬夜、『不屈』のシオ・ヴィリアースの戦闘データもほしかったのですがね」

 

 

 カリスは苦笑しつつも記録を終え、タブレットPCの電源を切る。

 

 

「まあ、強化装甲服や特殊義眼の運用データに我々の脅威となりえる者たちの戦闘データは十分に得られましたし、成果は上々ですかね」

 

「・・・・・・どこがだよ」

 

 

 得られた成果に概ね満足していたカリスは背後から声をかけられる。

 

 

「・・・・・・高い金で手に入れた貴重なフェニックスの涙を大量に消費したうえに、安くない前金で雇ったはぐれやはぐれ候補どもも全滅。引き入れる予定だったバルパー・ガリレイも死んだ。大損じゃねぇかよ」

 

「おや、エラディオさん」

 

 

 カリスが振り向いた先にいたのは、片眼が隠れるように前髪を伸ばした金髪で褐色肌の男がいた。

 

 

 男の名はエラディオ・ウルタード。

 

 カリスと同じく、『CBR』に所属するエージェントの一人だった。

 

 

「迎えに来てくれたのですか?」

 

「ああ。()()()が早くおまえから今回のことを聞きたいんだとよ」

 

「ご足労をおかけします」

 

「別に。これが俺の仕事だからな。それよりも、どうすんだよ、バルパー・ガリレイのことは?」

 

「優秀な方だっただけに残念でしたよ。間が悪かったばかりに・・・・・・」

 

 

 それを聞き、エラディオは嘆息する。

 

 

「元教会の人間なら『神の死』なんて知ってしまえば、口封じされるって気づくだろうに。調子に乗って意気揚々と口にしようとするとかアホだろ」

 

 

 エラディオの苦言にカリスは苦笑する。

 

 

「そこは、研究者という人種の悪癖でしょうね。覚えがあります」

 

「それでどうすんだ? 『聖剣使い量産化計画』はそこまで重要な計画じゃなかったとはいえ、それでも戦力増強という観点で見れば無視できない計画だったろうが。そのためにもあの爺が必要だったてのに・・・・・・」

 

「そこは問題ありません。こんなこともあろうかと、彼の研究データはこちらにバッチリコピーしてますよ」

 

 

 カリスは懐からUSBメモリーを取りだしてエラディオに見せる。

 

 

「抜け目ねえな」

 

「いえいえ。とりあえず、これがあれば計画は進められます。もっとも、バルパーさんがいたほうが進捗はよかったんでしょうが」

 

「ないものねだってもしょうがねえだろ。さっきも言ったがそこまで重要な計画でもないからな」

 

「それもそうなんですが」

 

「とはいえだ。やっぱり今回は大損じゃねぇのか?」

 

「あの方は十分満足してくれるとは思いますけどね」

 

「だろうな。ダンナは費用面の損失はいっさい気にしないからな」

 

「無尽蔵ともいえる資金があるからこそでしょうが」

 

「まったくだ。まあいい。仕事した分の給料を払ってくれるのならやり方に文句はねえよ。ほら、もう用がねえのなら、さっさと帰るぞ」

 

「ええ、お願いします」

 

 

 カリスがエラディオの隣に立つと、エラディオは手を前にかざす。

 

 すると、エラディオの手元から二人を包むようにドーム状のサークルが形成される。

 

 カリスは学園がある方向に顔を向けながら言う。

 

 

「皆さん、またお会いしましょう。特に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 明日夏たち士騎兄弟にとって不穏なことをカリスが口にした次の瞬間、サークルごとカリスとエラディオはその場から消え去った。

 

 



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Life.33 衝撃の展開です!

 

 

 コカビエル襲撃事件から数日後──。

 

 

「やあ、赤龍帝」

 

 

 部室に入った俺たちを出迎えたのはゼノヴィアだった。

 

 ゼノヴィアの他にも、アルミヤさん、ダンテ・アッカルド、シオ・ヴィリアース、あと、レンと槐もいた。

 

 レンと槐はともかく、アルミヤさんたちはおそらく、事後報告とかそういうのでいるのだと察せる。

 

 ただ、ゼノヴィアは違う。

 

 なぜなら()()()()()()()を着てるのだ。

 

 

「ゼノヴィア!? な、なんでここに!?」

 

 

 イッセーの疑問はもっともだろう。

 

 ただまあ、思い当たる節はあるんだよな。

 

 俺はゼノヴィアに訊く。

 

 

「まさかとは思うが、ショックでヤケになって部長の眷属になったとかじゃないだろうな?」

 

「概ねその通りだよ」

 

 

 そう言うと、ゼノヴィアの背中から悪魔の翼が生えた。

 

 それを見て、イッセーたちはさらに驚愕していた。

 

 

「神がいないと知ってしまったんでね。破れかぶれで頼みこんだんだ」

 

「彼女は新しくグレモリー眷属の『騎士(ナイト)』になったのよ。ふふふ、デュランダル使いが加わったのは頼もしいわ。これで祐斗と共に剣士の両翼が誕生したわね」

 

 

 部長は楽しげだ。

 

 ま、聖剣使いが眷属にいるのは確かに心強い。レーティングゲームの際には相手が悪魔だから相当猛威を揮うだろうな。

 

 

「今日からこの学園の二年に編入させてもらった。よろしくね、イッセーくん、明日夏くん」

 

「・・・・・・真顔でかわいい声を出すな」

 

「・・・・・・それ、イリナの真似のつもりか?」

 

「そうなんだが、なかなかうまくいかないものだな」

 

「しかし、本当にいいのか、おまえ?」

 

「神がいない以上、もはや私の人生は破綻したに等しいからな。・・・・・・だが、敵だった悪魔に降るというのはどうなのだろうか・・・・・・? いくら魔王の妹だとはいえ、私の判断に間違いはなかったのか? お教えください、主よ!」

 

 

 ゼノヴィアはイッセーの質問に答えるなり、何やらぶつぶつとつぶやき始めたと思ったら、今度は神に祈りだした。

 

 

「あうっ!?」

 

 

 悪魔なのに神に祈ったことでダメージを受けて、頭を抱えて蹲ってしまった。

 

 なんだろうな。初めて会ったときは冷たい印象だったのに、蓋を開けてみれば、変わってるというか、ちょっとポンコツなところがあるな、こいつ。

 

 

「あっ、そういや、イリナたちは?」

 

 

 イッセーが思いだしたように訊いた。

 

 

「本部に帰ったよ。私のエクスカリバーを合わせた五本とバルパーの遺体を持ってね。破壊された四本は芯となっている『かけら』の状態で回収した。芯があれば錬金術で再び聖剣として鍛え直せるからね。つまり、奪還の任務は成功したわけだ。ただ、私が悪魔になったことをイリナとユウナはとても悲しそうにしていたよ。イリナにいたっては涙を流しながら『裏切り者』とまで言われてしまったよ。まあ、神の不在が理由とは言えなかったからね。特にイリナは私よりも信仰が深い。神の不在を知れば、心の均衡がどうなるか。ただ、以外にもライニーからは終始目を合わせてくれなかっただけで、何も言われなかったよ。悪魔を嫌悪している彼のことだから、いろいろと悪態をつかれると思ったんだけどね」

 

 

 あいつは姉を無理矢理悪魔に転生させられている。その経験から、裏に何か事情があると察したのかもしれないな。

 

 

「そういえば、デュランダルは所持したままなのか?」

 

 

 教会にとって最強兵器にあたるであろうデュランダルをみすみす悪魔側に渡していいのかと、俺はアルミヤさんとダンテ・アッカルドのほうを見る。

 

 俺の疑問を聞いてアルミヤさんが言う。

 

 

「現状、デュランダルを扱えるのは、私と彼女と前任者だけなのだよ。その前任者も前線から退いている。そして、知っての通り、私は自前の剣以外を使えない事情がある。因子の移植による人工聖剣使いもデュランダルを扱えるレベルにまで達していない以上、いまの教会にはデュランダルを扱える戦士は事実上いないということだ。そのため、エクスカリバーよりは重要視されていないのだよ」

 

「でも、アルさん。本部はそれで納得したんですか?」

 

 

 ゼノヴィアの問いにダンテ・アッカルドが代わりに答える。

 

 

「無論、報告したあとはいろいろと言わましたよ。ですが、『あること』を仄めかしたらすぐに何も言われなくなりました」

 

 

 『あること』──すなわち、『神の死』。

 

 それを聞き、あることを確信した俺は身構えながらダンテ・アッカルドに訊く。

 

 

「やっぱり、あんたも知ってるんですね。『神の死』を」

 

 

 この場にいることでなんとなくそんな気はしてたし、ゼノヴィアもちょくちょく神の死を口にしていたのに何も反応を示さなかったからな。

 

 そして――。

 

 

「アルミヤさん。エクスカリバー奪還は表向きで、あんたの本当の任務は『神の死』を知った者の排除、そうなんじゃないんですか?」

 

 

 バルパーを殺したときの手際といい、おそらく間違いないだろう。

 

 俺の言葉を聞き、俺と一緒に部室に入ってきたイッセーたちも同じように身構える。

 

 

「皆、落ち着きなさい」

 

 

 すると、部長が俺たちを宥める。

 

 ダンテ・アッカルドが言う。

 

 

「安心しなさい。先程、リアス・グレモリーにも言いましたが、私とアルミヤくんはキミたちに危害を加える気はありませんよ」

 

 

 部長のほうを見ると、部長が頷いた。

 

 それを見た俺たちはとりあえず、警戒心を抱きながらも構えを解く。

 

 まあ、その気があったのなら、もっと早い段階で行動に移していただろうからな。

 

 

「キミの言った通り、私とアルミヤくんの本当の任務は主の不在の秘匿、およびそれを知ってしまった者を秘密裏に処理すること、それが我々『執行者』の役割です」

 

 

 『執行者』――教会にはそんな組織があるのか。

 

 

「私もさっき知ったことだ」

 

 

 ゼノヴィアも知らなかったみたいだな。

 

 

「『執行者』は神の死を知らさた者たちで構成された少数精鋭の組織です。任務の内容上、その存在は極秘とされており、存じているのは『熾天使(セラフ)』」の方々と神の死を知らされている一部の上層部の方々だけです」

 

 

 いわゆる暗部組織ってやつか。

 

 

「今回のような神の死を知る者が関わっている事件には必ず私のように執行者の誰かが一人は派遣され、ゼノヴィアたちのような同行者やリアス・グレモリーたちのような協力者に神の死を悟られぬよう立ち回ることを求められる。そして、神の死を知ってしまった者がいた場合は独自の判断で処理を任される。ゼノヴィアの場合は不慮の事故だったことと、これまでの教会での貢献度を加味し、また、人柄からいたずらに神の死を吹聴しようとはしないだろうと判断し、追放処理ということにした」

 

 

 アルミヤさんのゼノヴィアへの処遇を聞いて、イッセーが訊く。

 

 

「その執行者ってのにゼノヴィアがなることってできなかったんですか?」

 

 

 イッセーの質問にダンテ・アッカルドが答える。

 

 

「執行者に選ばれるのは、厳選な審査を経て主の不在を知っても揺るがぬ信仰心を持ち、心を平常に保っていられると判断された者だけなのです」

 

 

 だとしたら無理だったな。ゼノヴィアは神の死を知った直後に冷静ではいられなくなっていたし、なんだったら、そのあとに破れかぶれで悪魔に転生してるからな。

 

 

「ところで、俺たちはどうなんですか? 部長たちは悪魔で、おまけに魔王の身内だってことで、おいそれと処断できなかったんだろうが、悪魔じゃない俺たちは躊躇する必要はないんじゃないですか?」

 

「リアス・グレモリーたちやキミたちに関しては、これまで接してきたなかでゼノヴィアと同じくいたずらに吹聴することはないと判断したまでだよ。これでも、ヒトを見る目はあるほうだ」

 

 

 会ってそんなに経ってないってのに、ずいぶんと信頼してくれてるな。

 

 まあ、神の死なんて世間に広まったら、世界は大混乱に陥るのは間違いないからな。好き好んでそんなことをする気はない。

 

 

「――それに、キミたちに手を出すということは、この男を敵に回すことになるだろうからね」

 

 

 そう言うと、アルミヤさんは後方に視線を向けた。

 

 俺たちはアルミヤさんの視線の先のほうを見る。

 

 

「やっほー」

 

 

 ティーカップとお茶菓子が入った皿を載せたお盆を持った兄貴がいた。

 

 兄貴を見てシオ・ヴィリアースが茶化すように言う。

 

 

「確かに。本気の冬夜を敵に回したら、教会は甚大な被害を被ることになるだろうからな」

 

「冬夜さんって、そんなに強いんですか?」

 

 

 イッセーの質問を聞き、俺はコカビエルが言っていたあることを思い出す。

 

 

「そういえば、コカビエルが兄貴のことを『Sランクハンター』って言ってたが、『Sランク』ってなんだ?」

 

「私も初めて知ったのですが?」

 

 

 槐も知らなかったみたいだな。

 

 ハンターのランクは最大で『A』までだ。『Sランク』なんて聞いたことなかった。

 

 俺の質問にレンが答える。

 

 

「『Sランク』ってのは、多大な功績を残し、ハンターの中でも圧倒的な戦闘能力を持ったヤツに政府から与えられる特例のランクだ。他のハンターたちよりも待遇もよくなったり、政府からの極秘の依頼を任せられたりするみたいだ。なんだったら、政府直属のエージェントとしてかなり高待遇で迎えられたりするみたいだぜ」

 

 

 一介の賞金稼ぎが政府直属のエージェントか。大した出世だな。

 

 

「――とまあ、ここまで聞けば、大出世のように聞こえるけどな」

 

 

 レンが途端に苦笑いを浮かべる。

 

 兄貴が苦笑交じりに言う。

 

 

「もともと、自分たちのお抱えの戦力を欲していた政府が、高ランクのハンターを引き入れていてね。中でも強大な戦闘能力を持つ僕たちの手綱を何がなんでも握りたいんだよ。ちょうど、その頃に起こった『五大宗家』からのはぐれ者たちによるとある高校の一学年の生徒ほぼ全員が行方不明になる事件で一部の日本政府が『五大宗家』に対して不信感を覚えて、戦力確保に躍起になってたしね」

 

 

 イッセーが首を傾げながら兄貴に訊く。

 

 

「五大宗家ってなんですか?」

 

「古くから日本を魑魅魍魎から守ってきた異能力集団の一族だよ」

 

「陰陽師とかそんな感じですか?」

 

「まあ、だいたいそんな感じ」

 

 

 ふと見ると、部長と副部長が複雑そうな表情をしていた。

 

 事情を知っているであろう木場と塔城も似たような表情だ。

 

 『五大宗家』の一角のお家の名は『姫島』――そう、副部長と同じ苗字だ。

 

 最初は別にめずらしい姓じゃないから、同じなのは偶然だと思ってたが、戦闘時に巫女姿になっていたことからもしかしてと思ったが、この反応からして間違いないな。

 

 副部長は姫島家の人間だ。それも、複雑な事情がある。

 

 シオ・ヴィリアースが若干の呆れを含ませながら言う。

 

 

「それだけ聞けば正義の味方っぽく聞こえるけど、実際はちょっと問題のある一族なんだけどな。『五大』の名の通り、五つのお家があって、お家ごとに異なる異能を扱うんだが、その一族に伝わる異能に適性を持たなければ、どれだけ力を持っていようと、たとえ宗家の出身であろうと排斥されるという仕来りがあってな。そうやって『五大宗家』から追い出された者たちが『五大宗家』に恨みを持って起こした事件も少なくねえ。さっき冬夜が言っていた事件もそのひとつだ」

 

 

 そういえばその事件、ニュースでもやってたな。

 

 ハワイ諸島への修学旅行中の学生たちを乗せた豪華客船が沈没事故にあって、乗っていた生徒全員が行方不明になったていう事件が。

 

 結局、行方不明となっていた生徒たちは奇跡的に全員生還したことが報道されたが、裏で異能力者が関わってたとはな。

 

 

「まあ、その件には今回のようにうちを離反した幹部が関わってたんだがな・・・・・・。俺ら『ネスト』も事件解決に駆りだされたよ」

 

 

 その事件でも『神の子を見張る者(グリゴリ)』の離反者、しかも幹部クラスが関わってたのかよ。

 

 どうやら、思ってた以上の大きな事件だったみたいだな。

 

 

「ま、そういう古い仕来りを優先するあまり、そのせいでそういう事件が起こりまくれば、古くから日本を守ってきたとしても安心して国の安全は任せられねえわな。そうなってくると、自分たちの都合で動かせる戦力がほしくなるのも当然だ。特に冬夜たちのような実力者ならなおさらだな」

 

「まあ、本当のところはそれだけの力を持った僕たちがどこの勢力にも属さないでフリーになってることを不安視していたところもあるんだろうけどね。実際、僕たちSランカーはなかば強制的に政府に引き入れらたからね。高待遇とはいえ、多忙だし、面倒事や汚れ仕事を押しつけられることもあるし。ま、一応、そこそこ自由にやっていいようにはなっているけどね」

 

 

 なんだか、ここまで聞くと、あまり大出世と喜べなさそうだな。

 

 兄貴の忙しさにも納得だ。

 

 

「ところで、その『Sランク』って、極秘なんじゃないのか?」

 

 

 ふと、疑問に思ったことを訊いてみた。

 

 

「うん、一応ね。ただでさえ、僕たちのような若手が台頭してきていることに不満を持ってるヒトたちが多いなか、傍から見れば若手を優遇しているようなこの『Sランク』制度が知られれば、不満が大爆発するだろうからね。だから、政府以外だと、ギルドの上層部と一部のAランカーにしか明かされてないんだよ。例外として、Sランカーが信頼の置けるヒトには明かしてもいいようになってるよ。千春や樹里さんも知ってるし、明日夏たちにも遅かれ早かれいずれ明かすつもりだったよ」

 

 

 俺たちの場合は信頼の置けるというよりも、兄貴が身内に甘いだけのような気もするがな。

 

 

「ちなみに雲雀さんとリン兄――俺らの一番上の兄貴も『Sランク』だぜ」

 

 

 レンの追加の追加情報に俺はさらに驚く。

 

 雲雀さん、レンと槐の兄である夜刀神竜胆(りんどう)

 

 兄貴から二人の実力のことは軽く聞いてはいたが、それほどまでとはな。

 

 それと同じ立場である兄貴はのほほんと自分が淹れた紅茶と作ったお茶菓子を俺たちに振る舞っていた。

 

 とてもそんなスゴい人物には見えないな。

 

 まあ、常に自然体でいられるってのは、実力者である証拠でもあるがな。

 

 

「相変わらずおまえが淹れた茶と作った菓子はうめぇな」

 

「よかったら、シオ。これ、『ネスト』の皆に」

 

「おぉ、サンキュー。うちの女性陣、おまえの菓子に目がねえからな」

 

 

 そう言って、兄貴はお菓子が入っているであろうデカい紙袋をシオ・ヴィリアースに手渡した。

 

 

「これ、アリシエラに渡してもらえますか?」

 

「これは?」

 

「彼女が好きなマカロンと他にもいろいろと。よかったら、今回の事件に関わったメンバーにも」

 

「では、ありがたくいただきましょう」

 

「レンくん、これ孤児院の皆に」

 

「お、皆喜びますよ」

 

 

 ダンテ・アッカルドとレンにもお菓子を手渡していた。

 

 俺も皿の上のお菓子をひとつつまむ。

 

 うん、相変わらずうまい。

 

 他の部員の皆も紅茶とお菓子に舌鼓をうっていた。

 

 

「さて、そろそろ本題に入りましょうか」

 

「そうですね」

 

 

 部長がティーカップを置き、そう切りだすと、ダンテ・アッカルドが言う。

 

 

「教会は今回のことで悪魔側――つまり魔王に打診するそうです。『堕天使の動きが不透明で不誠実のため、遺憾ではあるが連絡を取り合いたい』――と」

 

 

 あくまで遺憾なんだな。まあ、敵対関係だから当然か。

 

 

「それと木場祐斗くん――いえ、いまはイザイヤくんと呼ばせていただきます」

 

 

 そう呼ばれた木場が目を見開く。

 

 イザイヤ――それが木場のかつての名前か。

 

 

「バルパー・ガリレイの件について過去逃したことに関して正式な謝罪が送られました。私からも謝罪します。あなたたちに行われていた数々の非道な行い、そのような機関にバルパー・ガリレイのような男をのさばらせてしまったことを深くお詫び申し上げます。これであなたの同胞たちの無念が少しでも晴れてくれるとよいのですが」

 

「・・・・・・そうですか」

 

 

 ダンテ・アッカルドが真摯に深々と頭を下げて木場への謝罪を口にした。

 

 

「うちからも総督さん自らが悪魔側と神側に報告したぜ。今回の件はコカビエルさまが三すくみの均衡を崩し、戦争を再び起こそうと自身に賛同した連中を連れて起こした独断専行。『神の子を見張る者(グリゴリ)』はいっさい関わっていないどころか、何も知らなかったありさまだ。このへんはおまえらも知っての通りだ。でだ、そのコカビエルさまは今回の罪を問われ、総督さんの手によって『地獄の最下層(コキュートス)』での永久冷凍の刑に処された」

 

 

 永久冷凍、つまり、誰かが開放しない限り、もう表に出ることはないということか。

 

 

「近いうちに天使側の代表、悪魔側の代表、アザゼルが会談を開くらしいわ。今回の件を受けて、一度トップ同士が集まり、今後の関係について話し合おうということになったの」

 

 

 マジか。三大勢力のトップたちが一堂に集まるなんて、とんでもないことだぞ。

 

 まず間違いなく、どんな結果になろうとも、今後の世界に影響が出るだろう。

 

 

「私たちも事件に関わった者として、その会談に招待されているわ。そこで今回の報告をしなくてはいけないの」

 

 

 部長の言葉にイッセーたちが驚いていた。

 

 無理もない。そんな集まりに呼ばれれば誰だって驚く。

 

 

「当然、どの勢力に属しているわけじゃない俺たちも参加ですよね?」

 

「ええ」

 

 

 俺たちもがっつり関わったわけだからな。

 

 

「レンくんと槐ちゃんには会談の顛末を事細かく資料にして提出しろってギルドから」

 

「うげ、やっぱりそれやらされるのか。今回の事件のことも俺たち視点で事細かく資料をまとめろって言われてるのにメンドクセーな」

 

「仕方がありませんよ、兄上」

 

 

 レンと槐は別件で面倒事があるみたいだな。

 

 

「さて、アルミヤくん。私たちはそろそろお暇しましょうか」

 

「そうですね」

 

 

 紅茶を飲み終えたアルミヤさん、ダンテ・アッカルドが立ち上がる。

 

 

「俺もそうするか。俺たちは一応、敵対関係だからな。あんまり長居すると、うるさそうな連中が出てきそうだからな」

 

 

 二人が立ち上がるのに合わせて、シオ・ヴィリアースも立ち上がる。

 

 

「では、会談のときにまたお会いしましょう。それから士騎冬夜くん。お茶とお菓子、ごちそうさまでした。それとお土産もありがとうございます。できることなら、我々教会の敵にならないことを祈りますよ」

 

「俺もごっそさん。菓子サンキューな」

 

 

 ダンテ・アッカルドとシオ・ヴィリアースが兄貴に礼を言うと、三人は部室から退室していった。

 

 

「じゃ、俺と槐も今回の事件の資料をまとめなきゃだから帰るわ。行くぞ、槐」

 

「はい、兄上」

 

「んじゃ、会談でまた」

 

 

 レンと槐も部室から退出していった。

 

 

「ふぅ・・・・・・」

 

 

 二人が出ていったところでため息を吐いた。

 

 激戦後だってのに、情報量が多かったり、まだまだひと悶着がありそうで、なんだか精神的に疲れた。

 

 

「兄貴、お茶のおかわりをくれ」

 

「もう淹れてあるよ」

 

 

 俺がおかわりを要求することを読んでいたのかすでに用意されていた。おまけにグイッと一気飲みしたい気分だったことも察してくれていたのかアイスティーで用意してくれていた。

 

 アイスティーを受け取ると、一気に飲み干した。

 

 

「だいぶお疲れのようだね」

 

「そりゃ、あんだけの激戦のあとだってのに、極秘の情報をいっぺんに知らされたうえに、三大勢力のトップたちの会談に招待されたんだぞ。それに、ここんとこイベント続きだったしな」

 

 

 レイナーレ、部長の婚約騒動、そして今回のコカビエル、イッセーが悪魔になってから途端に騒動続きだ。

 

 まあ、どの件も自分から積極的に関わってるわけなんだけどな。

 

 

「アーシア・アルジェント。私はキミに謝らねばならない」

 

「え?」

 

 

 ゼノヴィアは深く頭を下げる。

 

 

「主がいないのならば、救いも愛もなかったわけだからね。本当にすまなかった。キミの気が済むのなら、殴ってくれてもかまわない」

 

「そ、そんな、私はそのようなことをするつもりはありません」

 

 

 突然の謝罪にアーシアは慌てていたが、すぐに微笑む。

 

 

「ゼノヴィアさん。私はいまの生活に満足しています。悪魔ですけど、大切なヒトに――大切な方々に出会えたのですから。私はこの出会いと、いまの環境だけで本当に幸せなんです」

 

 

 アーシアは聖母のような微笑みでゼノヴィアを許した。

 

 

 「そうか、ありがとう。そうだ、ひとつお願いを聞いてもらえるかい?」

 

「お願い、ですか?」

 

 

 首をかしげて聞き返すアーシアにゼノヴィアは笑顔で言う。

 

 

「今度、私にこの学園を案内してくれないか?」

 

「はい!」

 

 

 アーシアも笑顔で答えた。

 

 初めの出会いは最悪なものだったが、こうして仲良くなるのはいいことだ。

 

 ゼノヴィアも悪いヤツじゃないと思うしな。

 

 

「我が聖剣デュランダルの名にかけて、そちらの聖魔剣使いキミとも手合わせしたいものだね」

 

「望むところだよ。今度は負けないよ」

 

 

 木場も笑顔で返した。

 

 木場の全身から自信と共に何か力強いものを感じる。

 

 今度はいい勝負しそうだな。ちょっと楽しみになってきた。

 

 部長が手を鳴らす。

 

 

「さあ、新入部員も入ったことだし、オカルト研究部も活動再開よ!」

 

『はい、部長!』

 

 

 全員が元気よく返事をする。

 

 その日、ひさしぶりに俺たちは部室で談笑した。

 

 

-○●○-

 

 

 休日、松田と元浜考案のカラオケにやってきた俺たちは各々で楽しんでいた。

 

 イッセーはマイクを片手にアニソンを熱唱し、松田と元浜がイッセーに野次を飛ばしていた。

 

 千秋と鶫とアーシアも楽しそうにマラカスを振っており、塔城はカラオケそっちのけでピザやらアイスやらを食べていた。

 

 燕と霧崎と桐生は選曲中だ。

 

 ちなみに、追加メンバーとして木場、槐、レンも来ていた。

 

 木場は元々誘う予定だったし、せっかくだからと槐とレンも誘った。松田と元浜は槐の参加にあからさまにテンションを上げ、レンの参加にあからさまにテンションを下げていた。

 

 ちなみに匙のことも誘ったんだが、「会長から異性交遊を禁止されているんだ」と涙を流しながら断られた。相当来たそうにしていたな。

 

 

「ふぅ、歌った歌った」

 

 

 歌い終えたイッセーはアーシアの隣に座ると、アーシアに歌を促す。

 

 

「アーシアも歌おうぜ」

 

「はい! この日のために歌を練習してきましたから!」

 

 

 以前遊んだときは、危うく聖歌を歌いそうになってイッセーと一緒に慌てて止めたんだよな。

 

 

「槐はどうだ? あれからうまくなったか?」

 

 

 実は槐、かなりの音痴だった。何回歌っても0点にしかならなくて、逆にスゴいなと思った。

 

 

「フッ、あれから耳がよい兄上監修で特訓したからな。特訓の成果を見せてくれる!」

 

 

 おお、気合入ってるな。前回の結果が相当悔しかったんだろう。

 

 

「ちなみに成果はどうだったんだ?」

 

 

 レンに聞いてみると、レンは苦笑いを浮かべる。

 

 

「とりあえず、0点にはならないと思うぜ・・・・・・」

 

 

 成果は一応あったんだな・・・・・・。

 

 ちなみに、レンは逆に歌がうまい。さっきから、満点ばかり出していた。

 

 まあ、『龍の耳(サウンド・レシーバー)』の恩恵で絶対音感レベルで耳がいいからな。

 

 

「俺、ドリンクのおかわり注いでくるけど、ついでに注いできてやるから、おかわりほしいヤツはグラスとドリンクのリクエストをくれ」

 

 

 自分とおかわりがほしいヤツのグラスを持ってドリンクバーに向かう。

 

 

「イッセーがオレンジ、松田と元浜がコーラ、塔城がメロンソーダ、桐生がリンゴ、レンがウーロン茶、俺はコーヒー、と」

 

 

 おかわりを注いだグラスを持って部屋に戻ろうとする途中、トイレ付近の椅子に座っているイッセーと木場の二人と鉢合わせた。

 

 

「二人ともトイレか?」

 

「・・・・・・いや、部長と朱乃さんから水着の自撮り写メが来てな。鼻血が出ちまったんで、トイレで拭いにな」

 

「僕はちょっと、あの事件のことでイッセーくんに一言お礼をね。明日夏くん、キミにもお礼を言わせてくれ。――ありがとう」

 

 

 わざわざそのために抜け出して、ここで待ってたのか。

 

 

「おまえの同士も、部長や皆も許したんだ。だからいいさ。イッセーもだろ?」

 

「ああ、俺も別にいいんだよ」

 

 

 木場は俯く。

 

 その口元では笑みが浮かべられていた。

 

 

「グラス持つの手伝うよ」

 

「俺も持つよ」

 

「ああ、頼む」

 

 

 グラスを二人に持たせ、三人で軽く談笑しながら戻る。

 

 

「よし、戻ったら、オカ研男子でトリオとシャレこもうぜ!」

 

「しょうがねぇな」

 

「はいはい」

 

 

 その後、戻った俺たちは無駄に熱いトリオを披露してやった。

 

 ・・・・・・ただ、桐生がそのさまの写メに撮って、それが学園中に広まったせいであらぬ噂が広まってしまった。

 

 イッセーと二人でカンベンしてくれと思うのだった。

 

 

-○●○-

 

 

「なあっ、また負けた!?」

 

 

 俺は現在、悪魔稼業の真っ最中です。

 

 依頼主は最近、俺のお得意さまになったワル系イケメンのヒトだ。

 

 

「キミと対戦するため、ずいぶんやりこんだからな。ここのとこ、ずっとご無沙汰だったろ?」

 

「すみません。ちょっと、忙しかったんで」

 

 

 エクスカリバーだのコカビエルだのとドタバタしてたからな。

 

 

「しかし、大人買いしましたね?」

 

「キミにゲーセンに連れて行ってもらってからすっかりハマっちまってな」

 

「スッゲ、ハードも新しいのから古いものまで。余程のマニアでもここまで揃ってませんよ」

 

 

 奥の棚には最新のゲーム機から何世代か前の古いゲームが納められていた。相当のマニアだな。

 

 

「集めだすと止まらなくなる性分でね。俺のコレクター趣味は異常だとかよく言われるよ」

 

 

 ──ん? いまの言葉、どこかで聞いたような?

 

 

「さて、次はレースゲームで勝負しようか。後ろの二人も交えて四人対戦とシャレこもうぜ」

 

 

 そう言い、依頼主は後ろで俺たちの対戦を観戦していた明日夏と千秋を呼んだ。

 

 実は今回、複数人対戦をしたいとのことで、人数を集めてくれって要望があったんだ。

 

 で、他の眷属の皆は自分たちの稼業で手が空いてなかったから、代わりに明日夏と千秋が来たわけだ。

 

 依頼主がゲームをセットしているのを見ながら明日夏と小声で会話する。

 

 

(話には聞いていたが、だいぶ変わったヒトだな)

 

(だろ。払ってくれる対価も気前がよくてな)

 

 

 ホント、依頼内容に反して対価がスゴい豪華なんだよな。

 

 

「よし、準備完了だ。早速やろうぜ」

 

 

 そして始まったレースゲーム。

 

 俺の得意なゲームだったし、向こうは初心者なのもあって、最初は俺が圧倒していた。

 

 だけど――。

 

 

「一通り覚えたぜ。そろそろ、追い抜くか」

 

 

 あっさりと抜き返されてしまった!

 

 そして、そのままゴール。俺たちの負けだった。

 

 

「さあ、もう一勝負しようか。悪魔くん――いや、()()()

 

「「「──え?」」」

 

 

 依頼主の口にした言葉に俺たちは固まってしまう。

 

 恐る恐る依頼主のほうに視線を向けると、依頼主は立ち上がり、不敵な笑みを浮かべて俺たちを見下ろしていた。

 

 

「・・・・・・あんた、何者だ?」

 

 

 明日夏が恐る恐る訊いた。

 

 

 バサッ!

 

 

「「「ハッ!?」」」

 

 

 次の瞬間、依頼主の背中から十二枚もの漆黒の翼が展開されていた!

 

 依頼主が名乗る。

 

 

「俺はアザゼルだ。堕天使どもの頭をやってる」

 

 



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第四章 停止教室のヴァンパイア
Life.1 魔王と姉の来訪


第四章、ヴァンパイア篇開幕です。


 

 

「冗談じゃないわ! 堕天使の総督が私の縄張りに侵入し、営業妨害していたなんて! しかも、私のかわいいイッセーにまで手を出そうとするなんて、万死に値するわ!」

 

 

 部長が眉を吊り上げて、怒りを露にしていた。

 

 つい先程まで、イッセーは悪魔稼業にでかけていた。依頼主は、最近お得意さまになったという外国人の男性。――その依頼主の正体が堕天使の総督アザゼルだったのだ。

 

 向こうの要望で人数がほしいということで、自分たちの稼業で手がはなせなかった部員たちのかわりに付き添った俺と千秋も驚かされた。

 

 千秋にいたっては、イッセーを殺す指示を出していたこともあって殺意を全開にして襲いかかろうとしたので、慌てて取り押さえた。返り討ちにあうのが目に見えていたからな。

 

 

「本人が言うには、この町に潜伏していたのはコカビエルの動向を探るためで、まさか堕天使総督自身が潜伏している思わないだろうという心理的なものをついた行動だったらしいです」

 

「それはわかるけど、だからって、素性と気配を隠してイッセーと接触していたなんて・・・・・・」

 

 

 確かに。コカビエルの動向を探るだけなら、わざわざ悪魔稼業の依頼主に扮する必要はないはずだからな。

 

 いくら対価を支払っていたといえど、立派な営業妨害だった。

 

 

「そもそも、目的のコカビエルを捕えたのだから、もうこの町にいる理由はないはずよ。いくらトップ同士の会談があるからといっても、悪魔の縄張りであるこの町に堕天使の総督がいつまでも滞在するなんて大問題よ・・・・・・」

 

「・・・・・・やっぱ、俺の『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を狙ってたのかな?」

 

 

 イッセーが不安を口にしていた。

 

 アザゼルは神器(セイクリッド・ギア)に造詣が深く、神器(セイクリッド・ギア)所有者を集めていると聞いてる。堕天使にいい想いを抱いていないイッセーが不安を覚えるのも無理はない。

 

 そんなイッセーの不安を和らげるように木場が言う。

 

 

「大丈夫だよ。僕がイッセーくんを守るからね」

 

 

 なんか、木場が熱い視線をイッセーに向けていた。

 

 そのせいで、イッセーが少し引いてた。

 

 

「あの日から僕は誓ったんだ。たとえ何者かがキミを狙っていたとしても、僕はキミを守ると。キミは僕を助けてくれた。僕の大事な仲間だ。仲間の危機を救わないでグレモリー眷属の『騎士(ナイト)』を名乗れないさ」

 

 

 なんか、主人公がヒロインに向けるようなことを言いだしたぞ、こいつ・・・・・・。

 

 

「問題ないよ。僕の禁手(バランス・ブレイカー)とキミの『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』が合わさればどんな危機でも乗り越えられるような気がするんだ。・・・・・・ふふ、少し前まではこんな暑苦しいことを口にするタイプではなかったんだけどね。それになぜかキミといると、なんだか胸の辺りが熱くなるんだ。でも、嫌な感じじゃないんだ・・・・・・」

 

「・・・・・・キ、キモいぞ、おまえ・・・・・・。 ち、近寄るな! ふ、触れるな!」

 

 

 ほんのり頬を染めながら言う木場にイッセーはガチ引きをしていた。

 

 

「そ、そんな、イッセーくん・・・・・・」

 

 

 イッセーに拒絶されたことで木場はシュンとしていた。

 

 そんな反応すると、余計引かれるぞ。

 

 

「しかし、どうしたものかしら・・・・・・。あちらの動きがわからない以上、こちらも動きづらいわ。相手は堕天使の総督。下手に接することができないから、文句も言いづらいわね・・・・・・」

 

 

 下手につつけば、悪魔と堕天使の関係が悪化しかねない。

 

 これからトップ同士の会談が控えてる以上、そんなことはできないからな。

 

 

「そんなに気にしなくても大丈夫だよ」

 

 

 いつの間にか、兄貴がお茶を用意していた。

 

 

「アザゼルさんはどちらかといえば問題児なヒトだけど、悪いヒトじゃないよ」

 

 

 いまいち安心できない評価だな・・・・・・。

 

 

「ていうか、アザゼルとも顔見知りなのか、兄貴?」

 

「うん、『ネスト』、あと『刃狗(スラッシュ・ドッグ)チーム』っていうエージェントチームのメンバーと仲良くなった縁でね。あと、僕の神器(セイクリッド・ギア)に興味があったこともあるかな」

 

「兄貴の神器(セイクリッド・ギア)って、アザゼルが興味を持つほどのものだったか?」

 

 

 兄貴の神器(セイクリッド・ギア)の能力は知ってるが、ありふれた類の『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』などよりはめずらしいかもしれないが、そこまでスゴいものという印象は抱かなかった。

 

 

「まあ、能力をパッと見た感じじゃ、そんなにスゴい神器(セイクリッド・ギア)っていう印象は抱かないだろうね。なんだったら、完全上位互換があるしね」

 

 

 そうなんだよな。能力だけ見れば、完全上位互換といえる神器(セイクリッド・ギア)があるんだよな。

 

 まあ、もしかしたら神器(セイクリッド・ギア)に造詣が深いアザゼルならではの観点では、何かあったのかもしれないな。

 

 

「で、アザゼルって、どういうヤツなんだ?」

 

 

 他の皆も兄貴に注目していた。

 

 ただ一人、副部長だけは無関心なのか、視線をそらしていた。――というより、聞きたくないって感じだな。

 

 副部長は堕天使の幹部の一人、バラキエルの娘。そして、そのことをかなり嫌悪していた。

 

 父親との間に何かがあったのは確実だろうが、一体何があったんだ?

 

 部長の眷属になってることとも関係あるのかもしれないな。

 

 

「アザゼルさんはざっくり言えば、面倒見がいい、悪戯好きなヒトだよ。少なくとも、皆がいままで出会ってきたどの堕天使よりはマトモだよ」

 

「でも、あいつはイッセー兄を!」

 

「あっ、千秋、ストップ!」

 

 

 アザゼルがイッセーを殺す指示をしたことを千秋が言及しようとして、兄貴は慌てて止めようとするがすでに手遅れだった。

 

 

「そのアザゼルってヒト、イッセーくんに何かしたの?」

 

 

 鶫が低い声音で訊いてきた。

 

 

「あっ・・・・・・」

 

「あちゃー・・・・・・」

 

 

 イッセーが悪魔になったことは話しても、その過程でイッセーが死んだことは鶫と燕には内緒にされていた。

 

 それを聞けば、二人とも酷いショックを受けるのわかりきっていたので兄貴が配慮したのだ。

 

 ・・・・・・こうなると仕方ねえか。

 

 

「・・・・・・アザゼルは当時のイッセー、人間だった頃のイッセーでは『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の力を制御できないと判断され、抹殺指令を出したんだ。そして、イッセーは派遣されてきた堕天使によって殺された。そのイッセーを部長が転生悪魔として生き返らせてくれたんだ」

 

「「なっ!?」」

 

 

 案の定、鶫と燕は酷くショックを受けていた。

 

 鶫にいたっては泣きながらイッセーに抱きついていた。

 

 

「その件に関してはアザゼルさんに悪意はまったくないよ。組織の長としては間違ったことをしたわけじゃないし、暴走した結果、世界に悪影響が出ることを案じてだろうからね」

 

 

 アザゼルもそんな感じのことを言っていたな。

 

 それに関しては一応頭では理解できる。ただ、感情では納得できていなかった。

 

 

「まあ、僕も個人的にはその件に関して一言もの申したいけどね。とりあえず、アザゼルさんはそういう冷酷な判断ができる一方で身内にはとても優しいヒトだよ。神器(セイクリッド・ギア)所有者の引き入れも本人の意志を無視して無理矢理なんてことはないよ。僕もスカウトされたことあるけど、無理強いはされなかったし」

 

 

 スカウトされたことあるのかよ。

 

 

「イッセーくんに接触したのは、純粋に『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』と所有者のイッセーくんに興味があったからだと思うよ」

 

「・・・・・・あくまで興味があっただけで、危害を加える気はいっさいないということなのね」

 

「あとは、ちょっとした悪戯かな」

 

「それが一番タチが悪いわよ!」

 

 

 兄貴が最後に付け足したことに部長は声を荒げる。

 

 まあ、当然だ。ただでさえ、トップ同士の会談が迫っているデリケートなときだというのに。

 

 

「彼の言う通り、アザゼルは昔からああだからね。あまり気にしないほうがいい」

 

 

 背後から突然、気さくに話しかけられ、俺たちは後ろに振り替える。

 

 

「お、お兄さま!?」

 

 

 そこにいたのは部長の兄であり、現魔王の一人のサーゼクス・ルシファーとグレモリー家のメイドのグレイフィア・ルキフグスさんだった。

 

 即座にその場で跪くグレモリー眷属。

 

 跪いていないのは、このヒトと初めて会うアーシアとゼノヴィアだ。

 

 

「くつろいでくれたまえ。今日はプライベートで来ているのだから」

 

 

 魔王は手を上げて、イッセーたちにかしこまらなくていいと促す。

 

 全員がそれに従って立ち上がった。

 

 

「プライベート?」

 

 

 魔王の言葉に部長が怪訝そうにしているなか、ゼノヴィアが一歩前に出る。

 

 

「あなたが魔王か。はじめまして、ゼノヴィアという者だ」

 

「ごきげんよう、ゼノヴィア。デュランダルの使い手が我が妹の眷属になるとは、最初に聞いたとき、耳を疑ったよ」

 

「私も悪魔になるとは思いもしなかったよ。我ながら大胆なことをしたと、いまでもたまに後悔している。・・・・・・うん、そうだ、どうして悪魔になったんだろう? ヤケクソ? いや、だが、あのときは正直・・・・・・。でも・・・・・・」

 

 

 頭を抱えて考え込むゼノヴィア。

 

 

「ハハハ、妹の眷属は楽しい者が多くていい。ゼノヴィア、どうか、リアスの眷属として、グレモリーを支えてほしい。よろしく頼むよ」

 

 

 魔王の言葉にゼノヴィアは気を取り直して答える。

 

 

「伝説の魔王ルシファーにそこまで言われては、私もあとには引けないな。どこまでやれるかわからないが、やれるところまでやらせてもらう」

 

「ありがとう」

 

 

 ゼノヴィアと魔王の会話が終わる頃合いを見計らって、部長が魔王に訊く。

 

 

「それより、お兄さま、どうしてここへ?」

 

「何を言ってるんだ。授業参観が近いのだろう?」

 

「なっ、まさか!?」

 

「私も参加しようと思っていてね。ぜひとも、妹が勉学に励む姿を間近で見たいものだ」

 

 

 げっ、そう言えば、もうそんな時期だった・・・・・・。てことは――。

 

 俺と千秋は兄貴のほうを見る。

 

 俺たちの視線を受けて、兄貴はニコッと笑みを浮かべてVサインを出して言う。

 

 

「もちろん、僕と千春も参加するよ」

 

 

 ・・・・・・だよなぁ・・・・・・。家族絡みのイベントを兄貴たちが逃すはずもねえよなぁ・・・・・・。

 

 いや、来てくれること自体は嬉しいんだがな。だが、それはそれとして、俺も千秋も気恥ずかしいものがあるんだよなぁ・・・・・・。

 

 

「ていうか、姉貴も帰ってくるんだな?」

 

「なんだったら、もうここにいるよ」

 

『え?』

 

 

 兄貴の言葉に俺やイッセーたち幼馴染み組は素っ頓狂な声が出てしまう。

 

 

「うわっ!?」

 

「呼ばれて飛び出てギュー」

 

 

 イッセーの悲鳴とこの場にいない女性の声に俺たちは慌ててイッセーのほうを見る。

 

 

「姉貴!」

 

 

 俺と千秋の姉――士騎千春がイッセーの背後から頭に胸を押しつけるようにしてイッセーに抱きついていた。

 

 

「ちょっと、あなた! 私のイッセーに何をしているのよ!?」

 

 

 部長が怒りを露にしていた。

 

 千秋たちも驚きつつも不機嫌そうに姉貴を睨んでいた。

 

 

「何をしてるって、なんのこと?」

 

 

 わざとらしくとぼけながら、さらにイッセーの頭に自分の胸を強く押しつける。相変わらず、イッセーへのスキンシップが激しいな。

 

 それを見て、部長たちがさらに怒る。

 

 姉貴はそんな部長たちの反応を見て楽しんでいた。

 

 そして、件のイッセーは姉貴の胸の感触にデレデレとしていた。

 

 

「姉貴、話が進まねえから、イッセーを開放しろ」

 

「うーん、イッセーはあたしから離れたい?」

 

「いえ、ずっとこのままでも――」

 

「――イッセー」

 

「いえ、そろそろ開放してください!」

 

 

 部長に一睨みされたことでイッセーは戦々恐々としながら姉貴から慌てて離れた。

 

 イッセーが離れたところで、姉貴が自己紹介を始めだした。

 

 

「はいはい、注もーく。明日夏、千秋のお姉ちゃんで冬夜の妹の士騎千春でーす」

 

「・・・・・・やれやれ」

 

 

 嵐のような姉貴にため息を吐いてると、姉貴が口を尖らせて言う。

 

 

「明日夏ー、お姉ちゃんの帰還にその反応はどうなのー?」

 

「・・・・・・そういう反応されるようなことをしてるからだろ」

 

「イッセー、弟がお姉ちゃんに冷たいよー」

 

 

 姉貴はわざとらしくウソ泣きしながら再びイッセーに抱きついていた。

 

 それを見て、また不機嫌になる部長たち。

 

 とはいえ、流石にからかわれてるとわかったのか、部長はすぐに冷静さを取り戻すと、姉貴のことはひとまずおいて、グレイフィアさんに問い詰める。

 

 

「それよりも、グレイフィアね!? お兄さまに授業参観のことを伝えたのは!」

 

「はい。学園からの報告はグレモリー眷属のスケジュールを任されている私のもとへ届きます。むろん、サーゼクスさまの『女王(クイーン)』でもありますので主へ報告も致しました」

 

 

 それを聞き、部長は嘆息する。部長も俺たちみたいな感じか?

 

 当の魔王は兄貴と談笑していた。

 

 

「はじめまして、魔王サーゼクス・ルシファーさま。賞金稼ぎ(バウンティハンター)をやってる士騎冬夜です。弟と妹が妹さんのお世話になってます」

 

「こちらこそ、『龍弾の射手(デア・ドラッヘシュッツ)』。魔王のサーゼクス・ルシファーだ。こちらこそ、妹がご弟妹に世話になってるよ。キミも授業参観に?」

 

「ええ。かわいい弟妹の授業参観なら例え激務があったとしても参加したくなりますからね」

 

「まったくもってその通りだね。キミとは気が合いそうだ。時間ができたらぜひ、語り合いたいものだ」

 

 

 魔王相手だってのに、兄貴はあっさりと打ち解けあっていた。

 

 まあ、魔王も気さくな方だし、お互い下の兄弟を持つもの同士、気があったのだろう。

 

 

「お兄さまは魔王なのですよ! 仕事をほっぽり出してくるなんて! 魔王がいち悪魔を特別視されてはいけませんわ!」

 

「いやいや、これは仕事でもあるんだよ」

 

「え?」

 

「実は三大勢力のトップ会談をこの学園で執り行おうと思っていてね。会場の下見に来たんだ」

 

 

 マジかよ。この学園で会談をやるのかよ。

 

 他の皆も驚いていた。

 

 

「アザゼルがいまだにこの町に滞在しているのもそのためだよ。もしかしたら、初めからこの学園で会談をする腹づもりだったのかもしれないね。なにせ、魔王の妹が二人も通っている学舎なのだから」

 

 

 確かに。コカビエルもそれを理由にして、この学園を中心にして行動を起こそうとしていたからな。

 

 

「さて、これ以上難しい話をここでしても仕方がない。うーむ、しかし、人間界に来たとはいえ、夜中だ。こんな時間に宿泊施設は空いているのだろうか?」

 

 

 探せばあるだろうが、時間はかかるだろうな。

 

 

「あ、それなら――」

 

 

 イッセーの提案に魔王はにんまりと笑みを浮かべた。

 

 

-○●○-

 

 

「妹がご迷惑をおかけしていなくて安心しました」

 

「そんな、お兄さん! リアスさんはとってもいい子ですわよ」

 

「ええ、イッセーにはもったいないくらい素敵なお嬢さんです!」

 

 

 イッセーの家のリビングにて魔王とイッセーの両親があいさつを交わしていた。

 

 魔王の隣には部長が座っており、恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせていた。

 

 グレイフィアさんは魔王の後方に待機しており、俺たちは離れた場所から様子を窺っていた。

 

 さて、なんでこんなことになったかというと、あのあと、イッセーが「それなら、俺の家に泊まりますか」――と提案し、魔王が「それはいい。ぜひとも下宿先のご夫婦にあいさつをしたいと思っていたのだよ」――と、イッセーの意見を快諾したからだ。

 

 ちなみに部長は「ダメ! ダメよ!」と必死に抵抗していたが、魔王を止められるはずもなく、こうして魔王がイッセーの両親と談笑している隣で恥ずかしそうにしているわけだ。

 

 一応、魔王であることは明かせないので、身の上は部長の兄で部長の父親が経営している会社の後継ぎということになってる。そのため、かつての名であるサーゼクス・グレモリーと名乗っていた。

 

 かつての名を名乗れてなのか、魔王は少し楽しげだった。

 

 

「そちらのメイドさんは――」

 

「ええ、グレイフィアです。実は私の妻です」

 

 

 おじさんの問いへの魔王の答えにこの場にいたほぼ全員が驚く。

 

 驚いていないのは部長、グレイフィアさん、兄貴、姉貴だけだ。

 

 グレイフィアさんは無表情のまま、魔王の頬をつねった。

 

 

「メイドのグレイフィアです。我が主がつまらない冗談を口にして申し訳ございません」

 

「いたひ、いたひいひょ、ぐれいふぃあ」

 

 

 静かに怒っているグレイフィアさんと、涙目で朗らかに笑っている魔王。隣で部長が恥ずかしそうに両手で顔を覆っていた。

 

 もしかして、この魔王さま、プライベートだといつもこんな感じなのか?

 

 グレイフィアさんも手慣れた感じだしな。

 

 つねられた頬をさすりながらも魔王はおばさんとの会話を続ける。

 

 

 「それでは、グレモリーさんも授業参観を?」

 

「ええ、仕事が一段落しているので、この機会に一度妹の学舎を見つつ、授業の風景も拝見できたらと思いましてね。当日は父も顔を出す予定です」

 

「まあ、リアスさんのお父さんも」

 

「父は駒王学園の建設などにも携わっておりまして、私同様、よい機会だからと顔を出すようです。本当はリアスの顔を見たいだけだと思いますが」

 

 

 楽しそうに談笑しているところに、おじさんが台所から秘蔵の酒らしきものを取り出してきた。

 

 

「グレモリーさん! お酒はいけますかね? 日本のおいしいお酒があるんですがね」

 

「それは素晴らしい! ぜひともいただきましょう! 日本の酒はいける口なのでね!」

 

「冬夜くんもどうだい? 今夜は飲んでも大丈夫なんだろう?」

 

「大丈夫ですよ。ぜひ、ご一緒させてください」

 

 

 その後、兄貴、おじさん、魔王で酒盛りが始められ、授業参観の話で盛り上がるのだった。

 

 

-○●○-

 

 

「ふぃー、ちょっとフラつくなぁ・・・・・・」

 

 

 家のリビングで酔っ払った兄貴が椅子に座って顔に向かって手で扇いでいた。

 

 

「得意じゃないのに飲み過ぎるからだ」

 

 

 酔いで若干フラついている兄貴に嘆息しながら水を出してやる。

 

 

「いやー、話が弾んじゃって、ついね」

 

 

 水を飲みながら朗らかに笑う兄貴。

 

 酔いが回ったこともあって、相当話が弾んでたからな。

 

 ちなみに魔王は今夜、イッセーの部屋で寝るらしく、イッセーと二人きりになりたいと言いだしたので、いつも一緒に寝てるらしい部長とアーシアは自分たちの部屋で寝ることになった。たった一夜だけなのにとても寂しそうにしていた。特に部長が。日増しに部長のイッセーへの依存度が増してるな。

 

 あと、魔王と一緒の部屋で寝ることになったイッセーは緊張して一睡もできないんじゃなかろうか?

 

 姉貴がつまんなそうに言う。

 

 

「ちぇー、せっかくイッセーと一緒に寝ようと思ったのになー」

 

 

 相変わらず、イッセーへのスキンシップが激しいな。

 

 幼稚園の頃からイッセーのことを気に入っており、しょっちゅう抱きついていた。

 

 それが恋愛感情からなのか、ただ単に弟のようにかわいがってるだけなのか、一度訊いてみたことがあったが、はぐらかされたんだよな。

 

 まあ、千秋たちがイッセーへ好意を寄せるようになってからは、千秋たちへのからかいと発破が主目的なところがある感じだけどな。

 

 

「さて」

 

 

 水を飲み干した兄貴は一転して真面目な表情を作る。

 

 とてもさっきまで酔っ払てたとは思えない切り替えの速さだった。

 

 こういうときの兄貴が話すのはかなり大事な話であることが多い。

 

 

「明日夏、千秋」

 

 

 いつにもまして真剣な表情をしていたので、俺も千秋も思わず固唾を呑んでしまう。

 

 

「近いうち、二人には正式にハンターになってもらうことになるかもしれない。それもいきなり上位ランクからね」

 

「「なっ!?」」

 

 

 兄貴の言葉に俺と千秋は驚愕してしまう。

 

 



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Life.2 夏です! 水着です!

・・・・・・仕事疲れからダラダラしてたり、マスターデュエルや積みゲーをやってたら、一年以上も投稿が空いてしまった。
それから、D×DキャラのAIイラストを見て、ちょっと興味が出まして。pixAIで明日夏のイラストを作ってみました(これも投稿が空いた原因)。登場人物のページの明日夏のところに載せてます。需要があるかわかんないけど、よかったら見てみてください。
最後に烏山明先生のご冥福をお祈りします。


 

 

「どういうことだ、兄貴!? それも上位ランクからって!?」

 

 

 俺は思わず、声を荒らげて兄貴に詰め寄ってしまう。

 

 当然だ。俺たちがハンターになるのは大学卒業後。それが兄貴が提示した条件だったのにだ。

 

 しかもいきなり上位ランクだなんて言われれば、慌てもする。

 

 

「僕としては不本意だけど、いろいろ状況が変わってね。知っての通り、レンくんが手に入れた情報ではぐれハンターがいまも増加している原因が『災禍の盟主(カラミティ・キング)』をトップとする『CBR』の暗躍によるものだとわかった。おまけに政府やギルド、ハンターの中に『災禍の盟主(カラミティ・キング)』と繋がりがある者がいるときてる。これが厄介で、政府やギルドはうかつに動けなくなり、それによって対応が遅れているうえに、はぐれの対処にあたれる人物も限られてくる。現在、はぐれの対処、というよりも、まともに活動できてるハンターは信用がおけるSランクと一部のAランクのハンター、およびそのハンターが信頼を寄せるハンターだけだよ。・・・・・・正直、他の賞金首のこともあるから人手不足だよ」

 

「だろうな」

 

 

 個人でどれだけ高い実力があろうと、世界各地にはびこるはぐれや賞金首たちの対処にあたるには限界がある。

 

 コカビエルのときも、そのせいでハンターの増援が期待できなかったからな。

 

 そして――。

 

 

「――なるほど。政府やギルドは人手不足を解消したい。そこで、少しでも信用できる戦力がほしい。そして目をつけたのが俺と千秋ってわけか?」

 

「そういうことだよ。Sランクである僕の弟と妹ってことで、多少は信用できるとのことだよ」

 

 

 それだけ、Sランクという肩書は影響あるのか。

 

 

「実力に関しても、あのコカビエルと戦って生き残った。それだけでも十分な実力があると判断されたんだ」

 

 

 確かに。コカビエルに遊びがあって全力ではなかったとはいえ、正直、あの戦いで味方側に死者が出なかったのは奇跡に近かった。

 

 

「少なくとも、レンくんの見立てでは、二人ともCランクでも十分やっていけるってさ」

 

 

 レンからもお墨付きか。

 

 

「正直、あまり実感わかないけどな。俺たちが上位ランククラスの実力があるなんて」

 

 

 レンのあの実力でやっとBランクだと思うと余計にな。

 

 すると、兄貴が苦笑混じりに言う。

 

 

「実を言うと、上位ランカーのほとんどのヒトはそこまで実力は高くないよ」

 

「なんだったら、二人よりも弱い奴のほうが多いくらいだし」

 

 

 姉貴もぶっちゃけたな。兄貴や俺たちに対して不満を持ってる奴がいまのを聞いたら暴動を起こしそうだな。

 

 

「樹里さん曰く、昔はハンターのレベルが低かったんだって。元々、五大宗家などのいわゆる専門家たちの手が回りきらない穴を埋めるための制度だったからね。つい最近までは求めらてれるレベルもそこまで高くなかったてさ。なんでも、当時のAランクはDランク相当だったらしいよ」

 

 

 現在と比べるとえらく低いな・・・・・・。

 

 つまり、現在の上位ランカーにはその当時の基準で上位ランクになった奴が多いってわけか。

 

 だとしたら、最近台頭してきた若手が優遇気味なのは当然の結果と言わざるをえないか。現在の基準でランクを上げてる奴らばかりなんだからな。

 

 レンや槐たちを基準にしてたから、上位ランクってのは化け物クラスの巣窟なのだと思ってたが、実際はそうでもなかったのか。

 

 

「ところで、なんで最近になって求められてる実力の基準が高くなったんだ?」

 

「まあ、理由はいろいろあるけど、一番の原因は手強い賞金首が増えたことだね。特に最近は、神器(セイクリッド・ギア)を持ったはぐれ悪魔が多くなったからね」

 

 

 なるほど。ほとんどの場合、悪魔は人間よりも圧倒的に強い。その悪魔が神器(セイクリッド・ギア)所有者だったらなおのことだな。

 

 たとえ、所有者の力を倍にするだけの『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』のようなありふれたものでも、悪魔が持てば十分脅威だ。

 

 

「それと、前にも話したけど、政府が自分たちのお抱えの戦力を求め始めたのも理由だね」

 

 

 そういえば、そんなことを言ってたな。

 

 自分たちのお抱えの戦力にするんなら、ある程度は高い実力を求めたくはなるか。

 

 とはいえだ、いくら賞金稼ぎ(バウンティハンター)制度が実力主義だからって、少しいい加減じゃねぇか?

 

 

「ま、とりあえず、諸々事情があって二人に上位ランクハンターになってほしいと政府やギルドから要請があったわけだよ。それで。二人の答えは?」

 

 

 兄貴は若干、断ってくれるのに期待した眼差しで聞いてくるが、答えはもう決まってた。

 

 

「受けるよ」

 

「私も」

 

 

 元々、なる予定だったんだ。それが早くなっただけ。断る理由はなかった。

 

 

「──そっか」

 

 

 兄貴はそれ以上何も言わなかった。ただ、断ることを少しだけ期待してたからか、少し残念そうにしていた。

 

 

「まあ、近いうちにと言っても、そんなにすぐじゃないよ。数ヶ月後、だいたい二人の夏休みが終わった頃になるかな。いろいろ手続きとか、事情を知らない他のハンター、特に下位ランクハンターへの説明とかあるからね。それに、上位ランクだからと言っても、いきなり危険な賞金首とか難しい任務を任せらるわけじゃないよ。とりあえず、二人に任せらるのは日本国内にいる元下位ランクのはぐれハンターの討伐だよ」

 

 

 まあ、いきなりそんな難しいことを任せられるわけないか。

 

 とはいえだ、いつ危険な賞金首の討伐や任務を任せられるかわからない。

 

 兄貴に心配かけないよう、さらに強くならないといけないなこれは。

 

 俺と千秋は改めてハンターになるために気を引き締めたのだった。

 

 

「ふにゃ~・・・・・・」

 

 

 真面目な話が終わったからか、酔っ払い顔に戻った兄貴がテーブルに突っ伏してしまった。

 

 

-○●○-

 

 

 なんてことがあってから早数日。

 

 まさか大学卒業後になるはずが数ヶ月後、だいたい夏休み明けに賞金稼ぎ(バウンティハンター)になることになるとはな。しかも上位ランクのCからだってんだからな。

 

 ちなみに、このことはもう部員の皆には話した。

 

 いきなり上位ランクからってことでイッセーやアーシアあたりから心配されたが、いきなり危険な仕事はしないことを話したら、ひとまず安心してくれた。

 

 ま、この話はもういいだろう。

 

 あれから魔王だが、イッセーから聞いた話によると、下見と称してゲーセンで遊びまくったり、ハンバーガーショップで全種注文制覇したり、神社にお参りしたりしていたらしい。

 

 ・・・・・・完全に観光じゃねえかよ。魔王が神社にお参りとか、どんな冗談だよ。お参りするために魔力で神社の神聖な力を消し飛ばすとか、下手したら日本の八百万の神に喧嘩売るレベルの暴挙だろ。

 

 幸い、特に問題に発展することはなかったが・・・・・・。

 

 あと、イッセーの家に泊まった夜に魔王から部長の胸に『赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』で力を譲渡したらどうなるかなんてとんちんかんなことを言われ、そのことが気になりすぎて一睡もできなかったとイッセーから聞いたときは内心で魔王にアホなのかとツッコんでしまった。

 

 イッセーの家での振る舞いといい、あのヒト、確実にプライベートではノリがよくはっちゃけるタイプだ。

 

 一応、ただ遊び倒してるわけじゃなく、娯楽の少ない冥界にゲーセンや有名チェーン店などを作るためという理由はあったらしいけどな。

 

 下見自体もちゃんとやってはいるんだろうが、それにしてもだ・・・・・・。

 

 護衛兼案内役と称されて付き合わされているイッセーや部長たちにはご苦労さまとしか言えない。

 

 この調子じゃ、授業参観の日も部長と一緒に頭を抱えることになりそうだな。

 

 そんなことを考えていた俺は現在、オカルト研究部の皆(+姉貴、槐、レン)と休日の学園のプールにやって来ていた。

 

 

「・・・・・・うっわ、スッゲェな・・・・・・」

 

 

 プールの惨状を見てイッセーがそう漏らした。

 

 苔が生い茂り、水も腐って濁っており、水中には藻、水面には枯れ落ち葉が大量に浮遊していた。

 

 去年の夏使ってそのまま放置していたって感じだな。

 

 

「・・・・・・これを綺麗にすんのかよ・・・・・・」

 

 

 イッセーがげんなりしていた。

 

 そう、俺たちオカルト研究部が休日の学園のプールにやって来ている理由はこの悲惨な状態になっているプールを掃除するためだ。

 

 本来は生徒会の仕事なのだが、先日のコカビエル襲来において、町に被害が出ないように結界を張ってくれたり、諸々の後始末をやってくれたので、そのお礼として今年は俺たちオカ研が引き受けたというわけだ。

 

 実際、あの結界のおかげである程度周辺への被害を気にせず戦えたし、被害が出た校舎自体はネストのメンバーが元通りにしてくれたが、机などの備品や諸々の細かい部分は生徒会が請け負ってたみたいだからな。

 

 そのことを考えれば、このぐらいはさせてほしいと思いたくなる。

 

 その代わり、掃除が終わったら、俺たちでプール開きしていいということになってる。

 

 

「大変そうだけど、終わったらそのまま涼めるし、いっちょ頑張りますか」

 

 

 ちなみにオカ研どころか学園の関係者でもない姉貴がいるのは、俺たちの手伝いをしたいとのことだ。まあ、完全にプール目当てだろうがな。

 

 ちなみに兄貴は魔王とすっかり意気投合して、二人して遊び倒している。特に下の兄弟の話題で盛り上がってるらしい。

 

 まあ、兄貴も魔王と似たタイプだからな。ウマが合うんだろう。

 

 槐とレンは先日の騒動では助けられたってことで、部長がプール開きに招待したのだ。そのため、掃除が終わるまでくつろいでくれていいと言われていたが、二人とも待ってるあいだはヒマだし、俺たちが掃除しているのを黙って見ているのも気が引けると言って手伝ってくれることになった。

 

 

「さあ、皆。オカルト研究部の名にかけて、生徒会が驚くくらいにピカピカにするのよ!」

 

『はい!』

 

 

 部長の号令で全員がヤル気を入れるのだった。

 

 

-○●○-

 

 

「グフフ、水着だ水着だぁ♪」

 

 

 俺は更衣室で着替えながら皆の水着姿を想像していた。

 

 部長と朱乃さんの水着はこのあいだの自撮り写メのものだろう。

 

 「今度のプールのときに見せてあげるわね」と、文章も添えられていたからな。

 

 この日をどれほど待ちわびていたことか。

 

 

「浮かれるのもいいが、掃除もちゃんとやれよ」

 

「わかってるよ」

 

 

 なんて明日夏とたわいもない話をしていると、後ろからレンが絡んできた。

 

 

「明日夏やナイトくんはどうなんだよ? あれだけレベルが高ぇメンツなんだ。楽しみじゃねぇのかよ?」

 

「そりゃ、俺も男だからまったく興味ないと言えば嘘になるが、こいつみたいに騒ぐほどでもないしな」

 

 

 明日夏は相変わらずだな。俺はもう早く見たくて見たくてたまらないし、妄想だけでも相当興奮するってのに。

 

 

「僕は眷属のことを大切な仲間だと思っています。そういう目で見れないですよ。それは皆に魅力がないということでなくて、単に僕のスタンスです。──共に戦う仲間に愛情を抱いても、そういう感情は持ちませんよ」

 

 

 木場は木場で心までイケメンなことを言ってるよ。こいつはやっぱり騎士道精神──根っからのナイトなんだろうな・・・・・・。特に部長に対しての忠誠心は本当に尊敬の念を覚えるほどだ。

 

 

「なるほどね。ちなみに俺は超楽しみだぜ」

 

 

 レンは男なら至って普通の反応だな。

 

 

「おい、レン! 部長やアーシアたちに色目使うんじゃねぇよ!」

 

 

 あんな美女・美少女の水着姿なんて、男なら誰だって見たいだろう。でも、それはそれとして、他の野郎になんて見せたくない!

 

 

「おいおい、独り占めかよ。ちょっとぐらい楽しませてくれたっていいだろ」

 

「・・・・・・ちなみに訊くけど、誰の水着姿が楽しみなんだよ?」

 

「そうだなぁ、俺の好みは年下だからな。シスターちゃんとか」

 

「ふざけんな!? アーシアに手出したらマジ許さねぇぞ!」

 

 

 俺はレンの胸ぐらを掴もうとするけど、レンにあっさり躱されてしまう。

 

 

「・・・・・・遊んでないで、さっさと掃除しに行くぞ。あとイッセー、こいうときのレンの言うことはだいたい冗談だから聞き流したほうがいいぞ」

 

「先に行ってるね、イッセーくん」

 

 

 いつのまにか体操着に着替え終わってた明日夏と木場が先に行ってしまう。

 

 

「じゃあ、俺も先に行ってるぜ」

 

 

 レンもいつのまにかジャージ姿に着替え終わっており、俺を置いて更衣室から出ていってしまう。

 

 俺も慌てて体操着に着替える。

 

 

 ドクンッ。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 急に左腕が熱く疼きだした!

 

 見ると、左腕がドラゴンの腕になりかけていた!

 

 

-○●○-

 

 

「・・・・・・このあいだ朱乃さんに吸い出してもらったばっかじゃねぇか・・・・・・」

 

 

 そうぼやくイッセーの左腕はすでに半分以上はドラゴン化していた。

 

 副部長にドラゴンの気を吸い出してもらったのはつい先日だ。いくらなんでも早すぎる。なんでこんなことに。

 

 

『強い力に気をつけろと言ったはずだ』

 

 

 唐突にイッセーの中にいるドライグが言った。

 

 強い力──そういうことか。

 

 

「・・・・・・原因はアザゼルか」

 

「・・・・・・アザゼルがなんかやったってのか?」

 

「いや、アザゼル自身は何もしてないだろう。だが、正体がバレないように力を隠してたとしても、アザゼルほどの奴と何度も接触していれば、その強大な存在に触発されてもおかしくない。ただでさえ、ドラゴンは力の塊なんて言われてるからな」

 

「・・・・・・力は力を呼ぶってわけか」

 

「おまけに先日のコカビエル襲来、さらには宿敵に当たる白龍皇の登場だから、余計にだろうな」

 

 

 レンが言ったことも原因のひとつだろうな。

 

 

「部長を連れてきたよ!」

 

「イッセー、大丈夫なの!?」

 

 

 木場に連れられて部長が駆けつけたきた。

 

 俺はさっきのことを部長に話した。

 

 

「仕方ないわ。朱乃にドラゴンの気を吸い出してもらいなさい」

 

 

 ということで、プール掃除はイッセーと副部長抜きでやることになった。ほっとくと、変な悪影響が出るかもだしな。

 

 それに、元々人数はいたからな。二人抜けても、特に問題なかった。

 

 

「どうしました、部長?」

 

 

 先程から部長がなにか気になるのかイッセーと副部長がいる更衣室のほうをチラチラと見ていた。

 

 

「・・・・・・どうも気になるのよ。最近の朱乃のイッセーへの接しかたが」

 

 

 確かに、最近の副部長はイッセーへのスキンシップが過激になってるような気がするな。

 

 そのことが気になって気が気じゃないのか。

 

 すると、レンが唐突に言う。

 

 

「あ、いま巫女ちゃんの口から『浮気』って単語が出てきたぞ」

 

「なんですって!?」

 

「なーんか怪しい雰囲気だぜ」

 

「──ッ!? ごめんなさい。ちょっと行ってくるわ!」

 

 

 部長は慌てて更衣室のほうに駆けていった。

 

 

「・・・・・・盗み聞きとか、趣味悪いぞ」

 

「さすがに俺もそこまでしねぇよ。ただ、ちょっとおもしろくなりそうだなって思って、ちょっと聞き耳立てたらちょうど巫女ちゃんの『浮気』って単語が聞こえてな。ありゃ、結構本気って感じだったな」

 

 

 てことは、副部長もいつの間にか、イッセーのことをそういうふうに見始めていたのか。・・・・・・しかも、浮気って。部長から奪う気満々かよ。

 

 

「ふむ、最近学んだぞ。これがいわゆる、NTRというやつだな」

 

 

 唐突にゼノヴィアがそんなことを抜かした。

 

 

「・・・・・・どこで知ったんだよ、そんな言葉?」

 

「桐生から教えてもらった」

 

 

 ・・・・・・あいつはまた妙なことを教えやがって。

 

 初めて会ったときはいろいろあったアーシアとゼノヴィアだが、いまではすっかり仲良くなってる。二人揃ってうっかりお祈りして頭を痛めるのもすっかりいつもの光景になったほどだ。

 

 アーシアと仲良くなった縁でアーシアと仲がいい桐生とも仲良くなった。それはいいんだが、アーシア同様、日本文化に疎いのをいいことに、妙なことを教えていた。

 

 ゼノヴィアもゼノヴィアで、意外と根が単純なのか間に受けているんだよな。

 

 

「うぅぅ・・・・・・朱乃さんまでライバルになられたら、ますます負けちゃいそうですぅ・・・・・・」

 

「・・・・・・スタイルのいいヒトがどんどん参戦してくる・・・・・・」

 

 

 もしかしたら副部長までの参戦にアーシアも千秋も戦々恐々していた。

 

 

「へぇ、あいつって結構モテんだな」

 

「まあ、普段は度を越したドスケベだが、根は真っ直ぐで誠実な奴だからな」

 

「なるほどね」

 

「・・・・・・ただ、かなり鈍感だったりする」

 

「・・・・・・あぁ」

 

 

 俺とレンは揃って苦笑する。

 

 基本へタレな千秋や素直じゃない燕、妹ように大事にしてるアーシアはともかく、積極的な部長や鶫の好意にはさすがに気づいてもおかしくないんだけどな。

 

 まあ、鶫はともかく、部長は好意を寄せる前からスキンシップが過激だったからな。そのせいで、部長のアプローチは下僕に対するスキンシップ程度の認識になってるのかもな。

 

 そうこうしていたら、更衣室のほうから少し不機嫌な部長、ちょっと楽しげな表情の副部長、左腕は元に戻っていたが頬につねられたような痕を残しているイッセーが戻ってきた。

 

 案の定、一悶着あったみたいだな。

 

 

-○●○-

 

 

 あのあと、俺と朱乃さんも加わり、水が抜かれたあとのプールから枯れ落ち葉や藻を取り除き、苔を懸命に落とした。

 

 そのかいもあって、プールはすっかりキレイになった。

 

 

「はぁっ!」

 

 

 朱乃さんが手を上げると、プール上空に魔法陣が展開された。

 

 

 ザバァァァッ!

 

 

 魔法陣から水が作り出され、あっというまにプールを水で満たした。

 

 うっわぁぁ、す、スッゲェ! さすがは朱乃さんだ!

 

 

「さあ、思う存分泳ぎましょう。ところでイッセー」

 

「はい」

 

「私の水着、どうかしら?」

 

「さ、最高っス! この上なく!」

 

 

 布面積の小さい白のビキニ! おっぱいがこぼれ落ちそうなんですけど! 下乳なんて見えるなんてレベルを越えている! 艶かしい脚線美も素敵です!

 

 

「あらあら、部長ったら、張り切ってますわね。よほどイッセー君に見せたかったんですのね。うふふふ」

 

「そういうあなたはどうなの、朱乃?」

 

「さあ、うふふ。イッセーくん、私の水着はどうですか?」

 

 

 赤と青が混ざったビキニだ! もちろん、布面積は小さい! 最高です!

 

 部長も朱乃さんもなんてエッチな体つきなんだ!

 

 

「イッセーさん」

 

「ん?」

 

「わ、私も着替えてきました」

 

 

 アーシアが着てたのは学園指定のスクール水着だった!

 

 

「おお! アーシア、かわいいぞ! お兄さん、ご機嫌だ!」

 

「あはは、そう言われると嬉しいです!」

 

 

 特に胸の「あーしあ」と書かれた名前が素晴らしい!

 

 ふと、アーシアの隣を見ると、小猫ちゃんがいた。小猫ちゃんもアーシアと同じスク水か。アーシアと同様、胸の「こねこ」がキュートだ!

 

 

「はは! 小猫ちゃんはまさにマスコットって感じで、愛くるしさ全開だな!」

 

「・・・・・・卑猥な目つきで見られないのも、それはそれって感じで、ちょっと複雑です」

 

 

 何やらぶつぶつと残念そうな感じだけど、どうしたんだろう?

 

 

「イッセーく~ん、見て見て~!」

 

 

 鶫さんに呼ばれて見てみると、同じくスク水を着た風間姉妹がいた!

 

 恥ずかしがってる燕ちゃんの肩を掴んで、自分よりも燕ちゃんのほうを見せようとしていた。

 

 

「おお! 燕ちゃんもかわいいな!」

 

「でしょでしょ~!」

 

 

 俺の感想に鶇さんもテンションを上げて同意する。

 

 当の燕ちゃんは顔を真っ赤にしてもじもじしてるけど、それがかえってかわいさを引き出していた。

 

 対する鶇さんはというと・・・・・・うん、グラマーな身体のラインが浮き出てる上、胸のとこなんかはち切れんばかりの状態で、胸の「つぐみ」の文字が大変なことになっていた。同じスク水なのに、アーシアたちと違い──エロいです!

 

 だからか、燕ちゃんと小猫ちゃんがジト目で鶫さんの胸を睨んでおり、アーシアが自分の胸に手を当てて落ち込んでいた。

 

 

「じゃあ、次の姉妹水着ショーの選手は士騎家美人姉妹でーす! どぞー!」

 

 

 次は千秋と千春さんの士騎姉妹。

 

 恥ずかしそうにもじもじしている千秋に肩組んで千春さんがピースしていた。

 

 

「・・・・・・イッセー兄、どう?」

 

 

 千秋がもじもじしながら水着の感想を訊いてきた。

 黒のフリルの付いたビキニで露出は少ないけどとてもかわいい。

 

 

「うん! 似合っているし、かわいいぞ!」

 

「イッセー、お姉さんのはどうかな?」

 

 

 千春さんが大胆に魅惑的なポーズで水着姿を見せてくる。

 

 こちら黒のビギニで部長や朱乃さんに負けず劣らずの布面積の少なさ! プロポーションも抜群で、ポーズも相俟って非常にセクシーだ!

 

 

「はい! 非常にセクシーで最高です!」

 

「あはは、イッセーは素直でいい反応をしてくれるから、選びがいがあるな♪」

 

 

 それはもう、こんな眼福も眼福の水着パラダイスを見ていい反応しないわけないじゃないですか!

 

 すでに皆の水着姿を脳内フォルダにそれぞれ名前を付けて保存済みだぜ!

 

 

「・・・・・・水着をそういうふうに男性に見せつけるのはいささかはしたないのではないか。あとイッセーもあまりジロジロ見るものではないぞ」

 

 

 槐が大胆に水着を見せてくれる女性陣や皆の水着姿にテンションを上げている俺に苦言を呈していた。

 

 槐の水着は露出が控えめなセパレートタイプで、上からパーカーを羽織っていた。真面目な槐らしいチョイスだな。

 

 あと、着痩せするタイプだったのか、おっぱいがなかなか大きい!

 

 ──っと、ついついガン見してたら、ジト目で睨まれた。

 

 

「そういや、ゼノヴィアは?」

 

 

 ふと、この場にゼノヴィアがいないことに気づいたので、アーシアに訊いてみた。

 

 

「水着を着るのに手間取っていて、先に行ってくれと」

 

 

 ふーん、手間取るか。どんな水着なんだ? それとも、教会の出身だからかな? 水着とかあんまり縁なさそうだからな。

 

 

「締めは男性組による水着ショーだぜ♪」

 

「どうかな、イッセーくん?」

 

「・・・・・・いや、見たくもねぇだろ」

 

 

 最後に悪ノリしてるレンとちょっとノリノリな木場、レンに無理矢理腕をひっぱられて強引に参加させられて辟易としてる明日夏の登場だった。

 

 ふざけんな!? 明日夏の言う通り、野郎の水着姿なんか見たくねぇよ!

 

 あと、木場! 少し恥ずかしそうに頬を染めんな!? キモイぞ!

 

 

「イッセー。悪いのだけれど、あなたにお願いがあるの」

 

「はい?」

 

「あ、俺も明日夏に頼みあったわ」

 

「なんだよ、レン。頼みって?」



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Life.3 水着です! ピンチです!

『ジュニアハイスクールD×D』の発売日が判明しました。
主人公は宮本武蔵の子孫。ついにメジャーな日本の英雄キャラが登場。同じくメジャーな戦国武将は『織田信奈の野望』のコラボキャラだったからな。


 

 

「ぷはー」

 

「はい、いち、に、いち、に」

 

 

 俺は小猫ちゃんの手を持って、彼女のバタ足練習に付き合っていた。

 

 部長に頼まれたのは泳げない小猫ちゃんの練習に付き合うことだった。

 

 意外だったな。小猫ちゃんが泳げないなんて。運動神経がいいから、てっきり泳げるものだと思っていた。

 

 当の小猫ちゃんは時折息継ぎをしながら一生懸命にバタバタと足を動かしている。なんだか、一生懸命でかわいらしいぞ。

 

 意外と言えば──。

 

 

「槐、もうちょい肩の力を抜け」

 

「あ、ああ・・・・・・」

 

 

 隣のレーンで槐もバタ足練習をしており、明日夏が槐の手を持って練習に付き合っていた。

 

 槐も泳げなかったみたいで、レンが明日夏に頼んだのは槐の泳ぎの練習に付き合うことだった。槐は最初一人で練習しようとしていたけど、レンから「おまえ一人じゃ効率が悪い」と言われたので、渋々明日夏に手伝ってもらってる。

 

 

「がんばって、小猫ちゃん! 槐さん!」

 

 

 横でアーシアが二人の応援をしていた。ちなみにアーシアも泳げない。

 

 だから、小猫ちゃんのあとにアーシアの練習にも付き合うことになっていた。

 

 俺自身は別に泳ぎが得意というわけではなかったんだけど、明日夏が言うにはおそらく、眷属同士の連携力を高めるのが目的の眷属同士によるコミュニケーションもかねているとのこと。

 

 確かに、小猫ちゃんとこういうふうにコミュニケーションを取るのはあんまりなかったからな。

 

 

「・・・・・・イッセー先輩」

 

「ん、何?」

 

「・・・・・・付き合わせてしまってゴメンなさい・・・・・・」

 

 

 小猫ちゃんが申し訳なさそうに言ってくる。

 

 

「いやいや、女の子の泳ぎの練習に付き合うのも楽しいよ」

 

 

 本音だ。野郎ならともかく、女の子の練習、それもかわいい小猫ちゃんやアーシアが相手だったら、いくらでも付き合っちゃうぜ!

 

 初めての体験で新鮮だっていうのもあるかもしれない。千秋たちは皆、普通に泳げてたからな。

 

 鶇さんの場合、泳ぐというよりも浮いてるって言うべきかな。しかも、そのままお昼寝タイムに突入しちゃうんだよな。よく沈まないもんだ。

 

 

「うわっ!?」

 

「あっ!?」

 

 

 いつのまにか端に着いてることに気づかず、急に止まったもんだから、小猫ちゃんは勢い余って、俺にぶつかってきてしまった。しかも、思わず抱き止める体勢になっちまった!

 

 ヤッベ、殴られる!?

 

 いつもみたいに「・・・・・・触れないでください!」って殴られる! 

 

 警戒する俺だけど、訪れた反応はまったく別のものだった。

 

 

「・・・・・・イッセー先輩は意外に優しいですよね。・・・・・・ドスケベなのに」

 

 

 ・・・・・・誉められてるんだか、貶されてるんだか・・・・・・。

 

 小猫ちゃんの頬がほんのり赤いのは気のせいか?

 

 

「まあ、俺だって後輩に何かしてあげたいしさ。小猫ちゃんにはいつも迷惑かけてるしね」

 

 

 俺は小猫ちゃんの頭を撫でながら言う。──って、つい、よく千秋たちにやるように頭撫でちゃった!

 

 千秋たちはいつも嬉しそうにするんだけど、小猫ちゃんにとって嬉しいかどうかわからないのに。

 

 

 ザバン!

 

 

 誰かがプールに飛び込む音が聞こえてきた。

 

 見ると、部長、朱乃さん、千秋、千春さん、燕ちゃんの五人が競走していた。

 

 こ、これはチャンスだ!

 

 俺は急いで水中に潜り、『赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』を出す。

 

 籠手を自分の顔に当て、倍増した力を譲渡した。

 

 

Transfer(トランスファー)!!』

 

 

 俺の両目に力が流れ込み、視力が一気に上がった!

 

 遠くで泳ぐ部長たちの姿を鮮明に捉える!

 

 素晴らしい肢体まではっきりと見えるぜ!

 

 うひょー! 揺れてる! 揺れてるよ! 部長、朱乃さん、千春さんのおっぱいが水の抵抗で揺れてるよ!

 

 俺の『赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』はやっぱこういうことに使うべきだよな!

 

 さっそく、脳内の新種フォルダに──あ、クソッ、保存の途中で別のレーンで泳いでた木場が視界を遮った!

 

 

「コラッ、邪魔だ木場!?」

 

 

 上がって叫んでいると、腕をひっぱられた。

 

 いつのまにかプールサイドに上がっていた小猫ちゃんが俺の二の腕を掴んでいた。

 

 

「・・・・・・次はアーシア先輩の泳ぎを見るんじゃないんですか?」

 

 

 不機嫌な様子の小猫ちゃん。横ではアーシアが涙目だった。

 

 

「うぅ、私だって私だって・・・・・・!」

 

 

 俺はアーシアのご機嫌を取るためにすぐにアーシアの練習に取りかかるのだった。

 

 

-○●○-

 

 

「・・・・・・きゅぅぅぅ、疲れましたぁ」

 

 

 プールサイドに敷いたビニールシートの上でアーシアがダウンしていた。

 

 隣では塔城も「・・・・・・すーすー」と寝息をたてていた。

 

 水中での運動は陸上以上に体力を使うからな。泳ぎ慣れていなければなおさらだ。

 

 槐はまだ余裕はある感じだが、それでもかなり疲れてる様子だった。

 

 

「どうよ。成果は?」

 

 

 いつのまにか木場と一緒になって泳いでいたレンがやってきて訊いてきた。

 

 

「この調子だと正直微妙って感じだな」

 

「うっ・・・・・・」

 

「だろうな」

 

 

 俺の答えに槐はバツが悪そうにし、レンは予想通りの答えが返ってきたという様子で苦笑いを浮かべていた。

 

 センス自体は悪くないんだが、どうも緊張してなのか、張り切りすぎてなのか、力みすぎてるんだよな。そのせいで体が固くなって泳ぐのに支障を出していたし、余計な体力の消耗にも繋がっていた。

 

 

「こいつは昔っから体を動かすことになると無意識に力みすぎるクセがあってな。剣術にしてもそうだ。力みすぎてるから、体が固くなって余計な体力の消耗はするし、剣技の精度にもムラができる。極めつけは『錬域』だ。集中しようと無意識にさらに余計な力を入れるから、消耗はさらに激しくなる。自然体な集中状態じゃねぇから集中力にもムラがあるものになる。だからスムーズに『錬域』状態になれないうえ、ちょっと感情が高ぶっただけで『錬域』状態が解除されるんだ」

 

 

 レンの矢継ぎ早の指摘に槐はうなだれてしまう。

 

 

「ま、それであれだけ戦えるわけだから、おまえの戦闘センスや剣の才能は大したもんなんだが。だからこそ惜しいけどな。とりあえず、もっと肩から力抜いてリラックスしろ。それを意識しないでやれるようになれば、だいぶマシになるはずだ」

 

 

 レンのアドバイスに槐は頷きながらも、また気負いすぎてしまい、レンから注意されていた。

 

 

「ふぃー、泳いだ泳いだ」

 

 

 さっきまで部長と副部長と競走していた姉貴、千秋、燕がやってきてビニールシートの上に座る。

 

 

「誰が勝ったんだ?」

 

 

 五人ともなかなかのスピードだったからな。気になったので訊いてみた。

 

 

「僅差で千秋。二位が燕。やっぱ水の抵抗が少ないとそのぶんスピードが出るもんだな」

 

「「・・・・・・勝ったのに嬉しくない・・・・・・」」

 

 

 姉貴の言葉を聞いて不機嫌になった千秋と燕が胸に手を当てて姉貴を睨む。

 

 ・・・・・・この話題はもう触れないほうがいいか。

 

 

「あ、イッセー。リアスっちがあんたを呼んでたよ」

 

「部長が?」

 

「サンオイル持ってたから、オイル塗りでもお願いするんじゃない」

 

「オイル塗り!? 兵藤一誠、ただちにに向かいます!」

 

 

 興奮したイッセーは反対側のプールサイドにいる部長のもとに向かって猛ダッシュする。

 

 

「なんだったら、おまえらも塗ってもらえばどうだ?」

 

 

 俺はイッセーの反応に不機嫌そうになってる千秋と燕に言う。

 

 途端に二人は一転して顔を真っ赤にしてもじもじしだす。

 

 

「・・・・・・そ、それは・・・・・・」

 

「・・・・・・あたしは別に塗ってもらいたいなんて・・・・・・」

 

 

 いつものように千秋はヘタレるし、燕もわかりやすいツンデレを披露していた。

 

 

「じゃあ、あたしは塗ってもらおうっと」

 

 

 姉貴がそう言うと、二人は悔しそうに姉貴を睨んでいた。

 

 

「そういや聞いたぜ。おまえと千秋、ハンターになるんだってな。しかも、いきなり上位ランクから」

 

「兄貴から聞いたのか?」

 

「おう。槐共々、先輩としてビシバシシゴいてやるぜ──と言いたいところだが、実は俺も近いうちにAランクに昇格なんだよな」

 

 

 マジか──と一瞬驚きかけるが、そもそも、肝心のAランカーにレンほどの奴は多くない。下手すれば極小数しか居ないことを考えれば納得だな。実績のほうも申し分ないだろうし、S級賞金首であるカリスの討伐を任せられるぐらいには信用もあるようだからな。

 

 

「時期はおまえらがハンターになるころと同じだな。そうなると、俺は単独でやることになる。Aランカーは基本的に単独行動だからな。おまえらと組んでもおもしろかったろうにちょっと残念だな」

 

 

 それは初耳だったな。もっとも、当てはまるのは現在の基準でAランクになった奴だけなんだろうがな。

 

 

「でだ、千春。ちょいと頼みがあるんだが」

 

「槐のことだろ」

 

「ああ。俺の代わりに一緒にいてやってくれ。つっても、たぶんこの調子だと、おまえもAランカー入りしそうだけどな」

 

 

 姉貴もBランカーとして、だいぶ活躍してるからな。Aランカー入りもそれほど先の話でもないだろうな。

 

 

「というわけでだ。明日夏と千秋にも頼むわ。ハンターになったら、槐と組むようにしてくれねぇか」

 

「・・・・・・ずいぶん過保護だな?」

 

 

 槐はほとんどレン、たまに姉貴と組まされて行動することが多いと槐本人から若干愚痴のように聞いたことがある。いささか過保護がすぎるんじゃないのか?

 

 

「さっきも言ったが、槐は力みすぎるクセがある。そんな状態で実戦なんて致命的なミスをしでかしかねない。というか、前科があるんだよ。俺がよく槐と組むのもそのへんを心配してだ」

 

 

 なるほど。それは確かに心配になってあまり単独行動はさせたくないな。

 

 槐も不満そうにはしてるが、前科もあるので何も言えずにいた。

 

 

「そういうわけだ。いざってときはフォローしてやってくれ」

 

「・・・・・・逆にこっちがフォローされることが多いかもしれないんだがな」

 

「おまえらなら大丈夫だろう。案外、俺と組むよりもいいチームになるかもだぜ」

 

 

 まぁ確かに、近接型の俺と槐、中遠距離型の千秋とチームバランスはいいからな。前の戦いのときもそれなりに連携できたし、レンの言う通り、いいチームになるかもな。

 

 

 ドゴンッ!

 

 

『ッ!?』

 

 

 突然の破砕音に驚いた俺たちは音が鳴ったほうを見る。

 

 

「・・・・・・朱乃。ちょっと、調子に乗りすぎなんじゃないかしら?」

 

 

 部長がドスの効いた声音を発し、手のひらから魔力のオーラを放出していた。目が据わっており、見るからに完全にキレていた。

 

 部長の視線の先にはイッセーとイッセーに抱きついて、いつものニコニコフェイスを浮かべている副部長がいた。

 

 二人の後方では飛び込み台のひとつが破壊されていた。

 

 ああ、これは・・・・・・。部長がイッセーにオイルを塗ってもらっていたところに副部長が乱入し、そのまま副部長がイッセーにアプローチ的なことを始めだして、部長にとうとう我慢の限界が来てしまったというわけだな。

 

 

「あなた、自分が私の眷属で下僕だということを忘れているのかしら?」

 

「あらあら、そちらがその気なら私も引かないわ」

 

 

 おいおい、いつもは部長を諌める立場の副部長が受けて立つ気満々で手のひらから雷をほとばしらせやがった!

 

 声にも怒気が含まれているし、本気だなこりゃ・・・・・・。

 

 というか──。

 

 

「部長、副部長、何やってんですか!? 二人がやり合ったら、この辺一体が消し飛びますよ! あと、男の目もあるんですから、ちゃんと水着を着てください!」

 

 

 部長も副部長もイッセーにオイルを塗ってもらうためにブラを取り払っているので目のやり場に非常に困る。

 

 

「イッセーはあげないわ!」

 

「かわいがるくらいいいじゃないの!」

 

「だいたい、あなたは男が嫌いだったはずでしょ!」

 

「そういうあなたも男なんか興味ない、全部一緒に見えると言ってわ!」

 

 

 だが、俺の叫びも虚しく、二人の口論はヒートアップするいっぽうだった。

 

 そして、ついに悪魔の翼を広げて空中で魔力の撃ち合いが始まってしまった。

 

 

「朱乃のバカ!」

 

「リアスのおたんこなす!」

 

「朱乃のあんぽんたん!」

 

「リアスのすっとこどっこい!」

 

「朱乃のおたんちん!」

 

 

 口論のほうも子供のような罵倒の言い合いになっていた。・・・・・・完全に子供のケンカだ。

 

 

「あわわわわ、どうしましょう!?」

 

「・・・・・・一度始まった二人のケンカを止めるのは自殺行為です」

 

 

 騒ぎで起きたアーシアはあわあわし始め、塔城はもう完全に諦めていた。

 

 

「いやー、眼福眼福だなぁ」

 

「この調子だと、プールの汚れどころか、プールそのものを掃除しかねないなぁ」

 

「二人とも呑気なこと言ってる場合ですか! あと、兄上はあっちを向いててください!」

 

 

 二人の喧嘩を若干楽しんでる様子のレンと姉貴に槐がツッコむ。

 

 

「イッセーは何やってるのよ!? あいつを取り合ってケンカしてるんだから、責任持って止めなさいよ!」

 

「イッセー兄なら、もう避難してるよ」

 

 

 燕が喧嘩の原因であるイッセーに毒づいており、当のイッセーは千秋の言う通り、すでに避難していた。

 

 まぁ、ケンカしてるあの二人を止めるのは荷が重いだろうからな。

 

 というか、どうするか、マジで・・・・・・。

 

 この調子だと、姉貴の言う通り、プールの掃除に来たのに本気でプールそのものを掃除してしまったことになりかねない。生徒会の負担を減らすために掃除を請け負ったのに、このままでは逆に増やしてしまうことになる。

 

 

「このまま見てたいけど、さすがに止めたほうがいっか」

 

 

 そう言うと、姉貴がプールの水面の上を歩き始めてしまう。

 

 姉貴はプールの中央で立ち止まると、手を部長と副部長のほうに向けてかざす。

 

 

「水牢」

 

 

 姉貴の言葉に反応するようにプールの水がうねり、水が部長と副部長のほうに飛んでいく。

 

 

「「えっ!?」」

 

 

 部長と副部長は突然のことに対応できないまま、水が二人を包み込んだ。

 

 

「そりゃ」

 

 

 そのまま姉貴が手を振り下ろすと、二人を包んだ水の塊がプールに向けて勢いよく落下していく。

 

 

 ドボォォォン!

 

 

 高い水飛沫を上げながら、二人を包んだ水の塊がプールに叩きつけられた。

 

 

「「ぷはっ・・・・・・げほっげほっ・・・・・・」」

 

 

 水面に上がり、咽せている二人に姉貴は水面の上でしゃがみながら言う。

 

 

「はいはーい。お互い譲れないんだろうけど、学校の施設を壊しちゃダメっしょ。あと、ケンカするにしても、イッセー以外の男の目があるんだから、やるならちゃんと水着着ようね」

 

 

 そう言いながら、水で器用に二人の水着のブラを持ってきて二人に渡す。

 

 

「・・・・・・ちょっとムキになりすぎたわね」

 

「・・・・・・私もリアスを煽りすぎましたわ」

 

 

 二人もやりすぎたと反省していた。

 

 

「ところで、いまのって、あなたの神器(セイクリッド・ギア)の能力かしら? 明日夏からあなたたち兄弟全員が神器(セイクリッド・ギア)の所有者だと聞いてたけど」

 

「そ、いまのはあたしの神器(セイクリッド・ギア)、『海龍の水槍(スプラッシュ・ランス)』の能力」

 

 

 姉貴の神器(セイクリッド・ギア)の本来の姿は水を発生させ、操る槍なんだが、水のある場所なら、槍を出さなくても水を操る能力だけを使用できる。久々に見たが、コントロール技術に磨きがかかってるな。

 

 

「あら、そういえばイッセーくんは?」

 

「そういえば、いつの間にかいなくなっているわね」

 

 

 ここで二人はイッセーが避難していたことに気づいた。

 

 キョロキョロとイッセーを探していた二人にレンが言う。

 

 

「あいつなら用具室のほうに逃げてったぜ。ちなみにちょっとおもしろいことになってるぜ」

 

「「おもしろいこと?」」

 

「デュランダルちゃんに迫られてるぜ」

 

「なんですって!?」

 

「・・・・・・あらあら」

 

 

 レンの言葉に部長は驚愕し、副部長はニコニコフェイスながら不機嫌そうにしていた。

 

 ゼノヴィアの奴、いまのいままで用具室で着替えてたのか。

 

 つーか、いったいぜんたい、なんでゼノヴィアがイッセーに迫ってるんだ?

 

 とか気にしてるあいだに部長と副部長、姉貴と槐を除く女性陣が用具室のほうに駆けてった。

 

 とりあえず、俺も木場(余程集中しているのか騒動に気づかず泳ぎ続けていた)を除く残りのメンバーと一緒について行く。

 

 

「・・・・・・イッセー、これはどういうこと?」

 

 

 用具室の前に着くと同時に、部長の冷淡な問いかけが聞こえた。

 

 用具室の中を除くと、上の水着を着ていないゼノヴィアがイッセーに抱きついていた。

 

 

「あらあら、ずるいわ、ゼノヴィアちゃんたら。イッセーくんの貞操は私がもらう予定ですのよ」

 

 

 ニコニコフェイスで危険なオーラを発している副部長。

 

 

「イッセーさん、酷いですぅ! 私だって言ってくれたら・・・・・・」

 

 

 アーシアは涙目になりながらも、しれっと大胆なことを言っていた。

 

 

「あぅわ・・・・・・」

 

 

 千秋は目の前の光景に不機嫌な感情と戸惑いの感情が混じって若干パニックになっていた。

 

 

「・・・・・・イッセーく〜ん。言ってくれたら、私と燕ちゃんが・・・・・・」

 

「なんで、私も入ってるのよ!?」

 

 

 相変わらず燕を巻き込む形で大胆なことを言う鶫にいつものように燕がツッコんでいた。

 

 

「・・・・・・油断もスキもない」

 

 

 塔城も半目でイッセーを睨んでいた。

 

 

「どうした、イッセー? さあ、子供を作ろう」

 

「バ、バカ、おまえ!? この状況わかってんのか!? ちったぁ、空気ってもんをよ!?」

 

『子供!?』

 

 

 『子供』という単語を聞き、女性陣の顔色が変わる。

 

 部長と副部長が用具室に入り、それぞれがイッセーの腕を掴むと、ズルズルと引きずってくる。

 

 

「ぶ、部長! こ、これにはわけが!」

 

「わかっているわ。私が悪いの。性欲過多なあなたから少しでも目を離した私のせいよね。でもね、イッセー。子供を作ろうってどういうことかしら?」

 

「そうですわね。どういう経緯で子供の話になったのか、詳しく教えていただきたいですわ」

 

「・・・・・・連行です」

 

「・・・・・・連行だよ〜」

 

 

 塔城と鶫にそれぞれイッセーの足を持ち上げられたことで、イッセーは完全に拘束された。

 

 

「うあああああああっ!?」

 

 

 プールに悲鳴を響かせながら、イッセーは女性陣によって連行されていった。

 

 

「うん、なるほど。イッセーと子作りをするには部長たちに勝たねばならないのか。これは至難の業だね。しかし、ライバルが多いとなると燃えるものがある」

 

 

 騒動の発端であるゼノヴィアは俺の隣でうんうんと頷いていた。

 

 

「「おまえはまず水着を着ろ!」」

 

 

 いまだに上の水着を着ていないゼノヴィアに俺と槐はハモって叫んだ。

 

 

「ほい、ゼノヴィアっち」

 

 

 姉貴が用具室の中から水着のブラを取ってきてゼノヴィアに渡す。

 

 姉貴から受け取った水着を着たところで、俺はゼノヴィアに問いかける。

 

 

「・・・・・・それで、いったいぜんたい、なんで子供を作ろうなんて言い出したんだ?」

 

「いやなに、私はいままでずっと信仰のために生きていた。主に仕え、主のために戦う。それが私のすべてだった。だから、主がいないと知り、悪魔となった私には、夢や目標がなくなってしまったんだ。これから何をしていいかわからず、そのことをリアス部長に尋ねたんだ。そしたら――」

 

 

 ――悪魔は欲を持ち、欲を叶え、欲を望む者。好きに生きてみなさい。

 

 部長にそう答えられたみたいだ。

 

 

「そこで私は主に仕えるとき捨てた女の喜びを堪能しようと思ってね。そして、新たにできた目標、夢が──」

 

「・・・・・・子供を作ることってわけか?」

 

「そうだ」

 

 

 確かに、子供を作ることが女の喜びなんて聞くこともあるが、それにしたって、他にもっとなんかあったんじゃねぇのか・・・・・・。

 

 

「で、その子供を作る相手をイッセーにした理由は?」

 

 

 俺の知る限り、こいつがイッセーに想いを寄せるようになった出来事はなかったはずだ。

 

 そもそも、ゼノヴィアの様子からしても、そういう感情があるようには見えなかった。

 

 

「なに、簡単な話だ。子供を作る以上、できることなら強い子になってほしいと思っていてね。父親の遺伝子に特殊な力、もしくは強さを望んでいるんだ」

 

 

 その考えは戦士だった故か?

 

 

「イッセーは赤龍帝。神器(セイクリッド・ギア)はともかく、ドラゴンのオーラなどが受け継がれるかもしれないってか?」

 

「そういうことだ。木場祐斗や夜刀神蓮火の剣士の才能も捨て難いが、そちらのほうが可能性が高そうだからね。その観点で言えば、キミもドラゴン系神器(セイクリッド・ギア)を持ってるから適任だな。どうだ、私と子供を作らないか?」

 

 

 俺までターゲットにされてしまった。

 

 

「・・・・・・そんな軽い理由でできるか。おまえはまず一般常識を学べ。子供だとかそういうことを考えるのはそれからだろう」

 

「ふむ、そういうものか?」

 

「せっかく学校に通ってるんだ。勉学に遊び、その他色々なことを体験する機会もある。そういった経験から自ずとやりたいことや目標が見つかるはずだ。部長もそのつもりで言ったんだろう」

 

「なるほど。確かに、教会にいたときでは経験できない色々なことが体験できそうだからな。まず学園生活を満喫してみるか」

 

「それがいいだろう」

 

「それはそれとして。士騎明日夏、私と子供を作らないか?」

 

「・・・・・・だから、断るって言ってるだろ」

 

 

 ・・・・・・ダメだこりゃ。

 

 

-○●○-

 

 

 プール開きが終わり、俺、イッセー、木場、レンの男子組は校庭のほうへ歩いていた。

 

 女子組はシャワーを浴びたり、着替えたりする時間が男子よりもかかってるので、先に校門で待ってることにしたのだ。

 

 

「はぁ、酷い目にあった・・・・・・」

 

 

 部長たちにこってり絞られたのか、イッセーがげんなりしていた。

 

 まぁ、部長と副部長も騒ぎを聞きつけてきた会長に説教されてたけどな。

 

 いまは二人して自分たちが壊してしまったところを修復していた。

 

 

「僕が泳ぐのに夢中になっていたあいだにそんなことが起こってたんだね」

 

「・・・・・・いや、あの騒動に気づかねぇって、どんだけ集中してたんだよ」

 

 

 俺は苦笑している木場に呆れの視線を送る。

 

 レンがにやにやしながらイッセーに訊く。

 

 

「ちなみに、デュランダルちゃんに迫られた感想はどうよ?」

 

「そりゃ、ゼノヴィアもかわいいからな。まぁ、かなり突拍子もなかったけど・・・・・・」

 

 

 さすがのイッセーも、スケベ根性よりも戸惑いのほうが勝ってるか。

 

 そんな他愛のない話をしながら校門に向かってると、校門に誰かいるのに気づいた。

 

 ダークカラーの強い銀髪で、歳は俺たちと同じくらいの少年だった。

 

 見慣れない奴だな。新しい留学生か?

 

 少年が俺たちに気づき、歩み寄ってくる。

 

 少年が口を開く。

 

 

「ここで会うのは二度目だな」

 

 

 二度目? 会ったことあったか?

 

 いや、待てよ。この声、聞き覚えが・・・・・・。

 

 

「イッセーくん!?」

 

 

 木場の驚いたような声が聞こえ、イッセーのほうを見ると、イッセーが左腕を押さえていた。

 

 

「どうした、イッセー!?」

 

「・・・・・・わかんねぇ。また腕が・・・・・・」

 

 

 イッセーのこの症状──まさか!?

 

 俺は警戒心を最大にまで上げて少年のほうを見る。

 

 そして、少年が不敵な笑みを浮かべて名乗る。

 

 

「俺はヴァーリ。白龍皇──『白い龍(バニシング・ドラゴン)』だ」



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Life.4 白と対面します!

「・・・・・・おまえが! ぐっ!?」

 

 

 左手が燃え上がりそうだ。プール開きのときのも、こいつが近くにいたからか?

 

 

「無防備だな。赤龍帝──『赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)』。兵藤一誠」

 

「なっ!?」

 

 

 いつの間にか、『白い龍(バニシング・ドラゴン)』──ヴァーリが俺の目の前に移動しており、人差し指が額に突きつけられていた!?

 

 左手に気を取られていたはいえ、全然反応できなかった。

 

 明日夏も木場も俺と同じ反応していた。

 

 レンだけは感心してる感じだった。

 

 

「そうだな。たとえば、俺がここでキミに魔術的なものをかけたり──」

 

 

 ザッ!

 

 

 ナイフと剣がヴァーリの首元に突きつけられた。明日夏と木場だった。

 

 

「・・・・・・冗談が過ぎるぞ? 白龍皇」

 

「・・・・・・ここで赤龍帝との対決を始めさせるわけにはいかないよ」

 

 

 二人とも、ドスの効いた声音だ。だけど、ヴァーリは少しも動じてなかった。

 

 

「やめておいたほうがいい。手が震えているじゃないか」

 

 

 ヴァーリの言うように、明日夏も木場も、手元が震えており、表情を強張らせていた。

 

 

「二人とも、やめとけ。休日でも学園に来てる奴だっているんだ。何より、そいつに敵意はないし、さっきのも本当にただの冗談だ。それ以前に、複数人かつ様々な要因が重なってようやく本気じゃなかったコカビエルを倒せた俺たちじゃ、俺たちとの戦いで消耗していたとはいえ、本気のコカビエルを圧倒したこいつに敵わねぇよ。それはわかってるだろ?」

 

「「くっ」」

 

 

 レンに言われ、明日夏と木場はヴァーリから渋々とナイフと剣を引いた。

 

 

「誇っていい。相手との実力差がわかるのは強い証拠だ。『閃刃』の夜刀神蓮火の言う通り、俺とキミたちとの間には決定的なほどの差がある。コカビエルごときに苦戦するようじゃ、俺には勝てないよ」

 

 

 コカビエルごとき──。

 

 あのコカビエルを「ごとき」と見下せるだけの力をこいつは持っていた。

 

 

「兵藤一誠、キミはこの世界で何番目に強いと思う?」

 

「・・・・・・何?」

 

「キミの禁手(バランス・ブレイカー)──まあ、未完成な状態だが、その状態としたキミは上から数えると四桁、千から千五百の間くらいだ。いや、宿主のスペック的にはもっと下かな?」

 

「・・・・・・何が言いたい?」

 

「この世界は強い者が多い。『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』と呼ばれるサーゼクス・ルシファーでさえ、トップテン内に入らない」

 

 

 サーゼクスさまよりも強いのがそんなにいるのか? 正直、いまの俺には想像できなかった

 

 

「だが、一位は決まっている。──不動の存在が」

 

「誰のことだよ? 自分だとでも言うのか?」

 

「残念ながら俺じゃない。なに、いずれわかるさ」

 

 

 ヴァーリが視線を俺の後方に向けて言う。

 

 

「兵藤一誠は貴重な存在だ。十分に育てた方が良い、リアス・グレモリー」

 

 

 いつの間にか、部長や他の女性陣が俺たちの後方にいた。

 

 部長はめっちゃ不機嫌な表情だし、対応に困ってるアーシアとヴァーリを興味深そうに見ている千春さん以外は皆、臨戦態勢だった。

 

 

「白龍皇、なんのつもりかしら? あなたは堕天使と繋がりを持っている者。必要以上の接触は──」

 

「フッ」

 

 

 ヴァーリは部長の言葉を鼻で笑って遮る。

 

 

「二天龍と称された『赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)』と『白い龍(バニシング・ドラゴン)』に関わった者は過去、ろくな生き方をしていない。──あなたはどうなるんだろうな?」

 

 

 野郎の言葉に部長が言葉を詰まらせる。

 

 次の瞬間──。

 

 

 ムニィ。

 

 

 ヴァーリの頬が背後から誰かによって左右から引っ張られた!

 

 

「──ダメだよ、ヴァーリくん。皆を怖がらせるようなことを言っちゃ」

 

 

 ヴァーリの背後に現れたのは冬夜さんだった。

 

 

「・・・・・・何をしている、士騎冬夜?」

 

 

 ヴァーリは頬を引っ張られた状態で冬夜さんに訊いた。というか、めっちゃ不機嫌そうだ。

 

 

「いやー、ちょっと皆の緊張をほぐしてあげようかなって思ってね」

 

 

 ムニムニ。

 

 

 そう言いながら、冬夜さんはヴァーリの頬を引っ張ったり、戻したりを繰り返す。

 

 

「いい加減、頬を引っ張るのをやめろ!」

 

 

 我慢の限界に達したのか、ヴァーリは冬夜さんの手を乱雑に振り払う。

 

 そして、咳払いをすると言う。

 

 

「・・・・・・今日は戦いに来たわけじゃない。アザゼルの付き添いで来日していてね。退屈しのぎに、この学び舎と改めて赤龍帝である兵藤一誠を見てみたかっただけだよ。俺もやることが多いのでね」

 

 

 このなんとも言えない空気にいたたまれなくなったのか、ヴァーリは早足この場から立ち去ろうとする。

 

 そんなヴァーリの前に、結った黒髪の女性が現れた!

 

 

「ヴァーくん!」

 

 

 腰に手を当てて立っており、スゴい不機嫌な表情だった。

 

 誰!? なんか、ヴァーリの知り合いっぽいけど!?

 

 

「やあ、飛神(ひかみ)一姫(かずき)。キミもここに用が──」

 

「用があるのはキ・ミ・に・だ・よ!」

 

「ぐぅっ!?」

 

 

 女性はヴァーリの言葉を遮り、ヴァーリにコブラツイストをかけた。

 

 

「まったく、キミといい、アザゼルさんといい、悪戯好きなのも大概になさい!」

 

 

 手のかかる弟に接する姉みたいなやり取りをする二人に呆気にとられていると、女性がヴァーリに関節技をかけたまま挨拶してくる。

 

 

「はじめまして、グレモリー眷属の皆さん。『ネスト』のリーダーの飛神一姫です。こんな格好ですみません」

 

 

 『ネスト』って、先日、堕天使側からやってきて事後処理をやってたヒトたちだよな。そのヒトたちのリーダーなのか、このヒト。

 

 

「くっ、このッ!?」

 

 

 ヴァーリが関節技から抜け出すと、飛神一姫さんに非難の眼差しを向ける。

 

 

「・・・・・・いきなり何をする、飛神一姫?」

 

「キミがヒトさまに迷惑をかけるのが悪いの!」

 

「別に手を出してはいないが」

 

「敵対してる組織の者がいきなりアポイントなしで接触してきてる時点で先方にも、こっちにも迷惑かけてるの! ましてや、白龍皇と赤龍帝の接触とか、ヒトによっては冗談じゃすまないんだからね!」

 

 

 飛神一姫さんの説教を聞いても、ヴァーリはどこ吹く風といった様子だった。

 

 反省の色が見られないヴァーリの態度を見て、飛神一姫さんが半目になって言う。

 

 

「そっちがその気なら、こっちにも考えがあるよ」

 

「なんだ、力づくで来る気か? 久々にキミと戦えるのなら、大歓迎──」

 

「──()()()()()を呼ぶよ」

 

 

 飛神一姫さんがその名を口した瞬間、ヴァーリは固まってしまった。

 

 

「キミに会えなくて寂しがってたから、ちょうどいいね」

 

「ま、待て、彼女を呼ぶな!」

 

 

 硬直が解けたヴァーリが慌て始めていた。

 

 

「まったく、いっつも恥ずかしがって逃げちゃうんだから。たまには会ってあげたらいいじゃない」

 

 

 なんだ、そんなにそのラヴィニアってヒトのことが苦手なのか?

 

 

「もしくは、あの『ノート』の中身を暴露したりとか?」

 

「あっ、それもいいかもね、とーくん」

 

 

 冬夜さんの言葉にヴァーリは冷や汗を流し始めた。

 

 

「ま、待て、二人とも! それもやめろ!?」

 

 

 あんなに傲岸不遜だったヴァーリがめちゃくちゃ焦ってるよ。

 

 それだけ、冬夜さんが言う『ノート』の中身は絶対にヒトに知られたくないんだな。

 

 

「だったら、ヒトさまに迷惑かけない。わかった? わかったら、このヒトたちに謝る」

 

「・・・・・・・・・・・・驚かせてしまってすまなかった」

 

 

 飛神一姫さんに言われ、ヴァーリは渋々と頭を下げてきた。

 

 

「・・・・・・俺はもう行く。やることがあるのでね」

 

 

 若干、不機嫌そうにしながら、ヴァーリは今度こそこの場から立ち去っていった。

 

 

「まったく、いつまでたっても変わらないんだから」

 

「そうだね。同年代の友達とかできれば、少しは歳相応になるかもしれないんだけどね」

 

 

 さっきまで怒ってた飛神一姫さんは一転して冬夜さんと一緒に微笑ましげに遠くにいるヴァーリを眺めていた。

 

 

「皆さん、うちのヴァーくんが驚かせてしまってすみませんでした」

 

「い、いえ、あなたたちも大変なのね・・・・・・」

 

 

 部長が飛神一姫さんに同情の眼差しを向けていた。

 

 

「・・・・・・トップのヒトたちが揃いも揃って大なり小なり自由なヒトたちばかりですからね」

 

 

 うわー、笑みを浮かべてるけど、目が全然笑ってない。

 

 え、何、グリゴリの幹部たちって、皆、アザゼルみたいな奴なの?

 

 てっきり、皆、レイナーレとかコカビエルみたいな奴ばっかりだと思ってた。

 

 

「・・・・・・堕天使なんて皆、害悪な方々ばかりですわ」

 

 

 朱乃さんが毒を吐いていた。かつてない程不機嫌だよ・・・・・・。

 

 

「手厳しいですね・・・・・・」

 

 

 朱乃さんの言葉に飛神一姫さんは苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 

「それじゃ、私も行きます。一応、アザゼルさんの護衛で来てますから」

 

「お疲れさま、一姫。ひさしぶりに会えて嬉しかったよ」

 

「私もよ、とーくん。では、皆さん。また、会談のときに」

 

 

 飛神一姫さんもヴァーリのあとを追うようにこの場から立ち去っていった。

 

 いろいろと毒気を抜かれた俺たちはすっかり置いてけぼりをくらってしまうのだった。

 

 

-○●○-

 

 

 家のリビングで茶を飲みながら、あいつ──白龍皇ヴァーリのことを考えていた。

 

 白龍皇と出会ったことで、イッセーの『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』が呼応してしまっていたが、すぐに収まった。

 

 プールで副部長にドラゴンの気を吸い出してもらってなかったら、一瞬でドラゴン化してた恐れがあったらしい。

 

 それだけ、二天龍の間には因縁があった。

 

 神と天使、堕天使、悪魔の三大勢力が戦争していたとき、異形の者たち、そして、人間がそれぞれの勢力に手を貸していた。だが、ドラゴンだけは例外だった。大半は戦争など我関せずで、皆、好き勝手に生きていた。ところが、戦争の最中、大ゲンカを始めたドラゴンが二匹いた。それが二天龍──『赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)』と『白い龍(バニシング・ドラゴン)』だった。世界の覇権を巡る大戦争などお構いなしで、戦場を二匹で暴れまくっていたらしい。

 

 ドライグ曰く、本人たちもケンカの理由はもう覚えていないとのことだ。

 

 忘れてしまうような理由で周囲の迷惑を考えずにケンカするとか、迷惑な話だった。

 

 そんなだから、三大勢力も戦争どころじゃないと、一時休戦し、二天龍の始末にかかった。

 

 そして、ケンカの邪魔をされた二匹は怒り狂い、神、魔王、堕天使に食ってかかった。『神ごときが、魔王ごときが、ドラゴンの決闘に介入するな』と。・・・・・・バカ丸出しの逆ギレだな。

 

 結局、二匹のドラゴンは幾重にも切り刻まれ、その魂を神器(セイクリッド・ギア)として人間の身に封印された。だが、封印されてもなお、二天龍は争った。人間を媒介にして、お互いに何度も出会い、何度も戦うようになった。それはもはや、そう運命づけられた程だ。

 

 とまあ、これが二天龍の因縁だ。

 

 

「で、あのヴァーリってのは、どんな奴なんだ?」

 

 

 俺は対面で茶を飲んでいた兄貴に訊いた。

 

 

「ヴァーリくんは強さに貪欲で、そして、貪欲なまでに強者との戦いを求めてる子だよ」

 

「・・・・・・ようするに、コカビエルと同様の戦闘狂ってわけか」

 

 

 まあ、基本的に出会ったら即戦う二天龍の宿主にしては、問答無用で襲いかかってくるタイプではないみたいだけどな。・・・・・・単純に弱い奴に興味がないだけだろうが。

 

 

「昔からああなのか?」

 

「そうだね、初めて会ったときはこのくらいの子だったけど、あんな感じだったよ」

 

 

 手の位置からして、小学校高学年ってところか。

 

 そん頃からああなのかよ・・・・・・。

 

 

「まあ、そうなったのは、彼の家庭環境に原因があるんだけどね」

 

「家庭環境?」

 

 

 いや、神器(セイクリッド・ギア)所有者で家庭環境となると、大体察せるな。

 

 

「ご察しの通り、彼は白龍皇の力を恐れた父親に虐待されていたんだよ。そのせいで精神が早熟しちゃった上、『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』を身に宿したことも相まってああいう言動をするようになっちゃったんだ」

 

 

 そういう過去があるとなると、強さに貪欲なのも、もしかしたら、「自分を守りたい」っていう無意識の願望から来てるのかもな。

 

 

「ま、大丈夫だよ。基本的にはいい子だから。それに、意外と寂しがり屋だから、もしよかったら仲良くしてあげてよ」

 

 

 寂しがり屋? あれで? とてもそんなタマには見えなかった。

 

 

「・・・・・・どの道、仲良くするなんて無理だろ。あいつは堕天使側、二天龍の因縁がなくても、悪魔であるイッセーとは敵対関係だ。交流がある兄貴には複雑だろうが、イッセーと敵対するのなら、俺たちの敵だ」

 

 

 もっとも、俺たちとあいつの間には天と地ほどの差があるんだがな。

 

 

「ちなみに、兄貴はあいつに勝てるのか?」

 

「どうだろうね。彼は日増しにどんどん強くなってるからね。なんせ、アザゼルさんが『過去、現在、そして未来永劫においても、最強の白龍皇になるだろう』て言うぐらいだからね」

 

 

 ・・・・・・マジかよ。アザゼルの奴がそこまで言うほどか・・・・・・。

 

 イッセーも前途多難だな。よりにもよって、ライバルになることを運命づけられた相手がそんな規格外な奴だなんてな。

 

 

「ま、いまはまだ、いい勝負ができるだろうから、いざってときは、僕がなんとかするよ」

 

 

 いまの段階でも底知れないあいつといい勝負ができるのかよ。やっぱり、兄貴も規格外だな。

 

 

「アザゼルさんも、世界に悪影響を与えかねない二天龍の激突は避けたがるだろうしね」

 

 

 まあ、悪戯好きな面があるが、世界を混乱に陥らせるような奴ではないのは、これまでのことで、その点は信用できるが。

 

 

「ま、ヴァーリくんに関しては、余程のことがなければ、気にしなくても大丈夫だよ。意外とアザゼルさんの言うことは素直に聞くからね」

 

 

 ならいいんだが。・・・・・・正直、不安だがな。

 

 

「なんの話?」

 

 

 風呂から上がった姉貴が風呂上がりの牛乳を飲みながら訊いてきた。

 

 

「明日の授業参観が楽しみだなって話だよ」

 

 

 ヴァーリのことと言おうとしたら、兄貴が明日の授業参観の話題に変えやがった。

 

 現実逃避気味に授業参観のことを忘れていた俺も姉貴の隣で風呂上がりの牛乳を飲んでた千秋も、現実に戻されてしまい、げんなりしてしまうのだった。

 

 

-○●○-

 

 

 授業参観(正確には公開授業で、中等部の生徒も観に来る)当日、いつもの面々でだべってると、松田が訊いてきた。

 

 

「イッセーんところは両親来るのか?」

 

「ああ。ていうか、二人ともアーシアを見に来るんだと」

 

「あー、わかる。アーシアちゃんが娘だったら、是が非でも観に来たくなるよな」

 

 

 俺の返事に松田は強くうなずいていた。

 

 父さんも母さんも、それはもう息子の俺そっちのけで、アーシアの授業風景を楽しみにしていた。父さんもこの日のために有給を取ったぐらいだからな。

 

 

「私、こういうの初めてなんで、スゴく楽しみです」

 

 

 一緒に暮らしてる『家族』の者が来てくれるのが、たまらなく嬉しいのか、アーシアは心底楽しそうだ。

 

 今度は元浜が明日夏に訊く。

 

 

「明日夏んところも冬夜さんと千春さんが来るんだろ?」

 

「・・・・・・ああ、来るぞ」

 

「今年は千秋ちゃんもいるから、片方が片方を観に来る形なんだろ?」

 

「ああ」

 

「──ちなみに、うちのクラスにはどっちが来るんだ?」

 

「・・・・・・・・・・・・姉貴・・・・・・」

 

「「よっしゃ!」」

 

 

 千春さんが来ると知って、松田と元浜はガッツポーズを取っていた。

 

 まあ、イケメンと美少女が観に来てくれるのなら、断然、美少女のほうがいいだろうからな。

 

 

「・・・・・・そんなぁ、士騎くんのお兄さん、来ないのぉ・・・・・・」

 

 

 俺たちの話に聞き耳を立てていた女子が残念そうにしていた。

 

 去年は冬夜さんを見て、女子たちはそれはもう、大はしゃぎだった。

 

 今年は千秋のクラスがそうなるんだろうな。

 

 そういえば、部長のクラスもそうなるかもな。サーゼクスさまも、ものスゴいイケメンだからな。

 

 

「そういえば、鶫さん。雲雀さんは来るの?」

 

「うん、来るよ〜」

 

 

 雲雀さんも来るみたいだ。

 

 

「ちなみに、うちのクラスと燕ちゃんのクラス、どっちに来るの?」

 

「燕ちゃんのほう。私がそうしてって言ったんだ〜」

 

 

 燕ちゃんのほうに行くのか。こりゃ、千秋たちのクラスは、波乱の公開授業になりそうだな。なんせ、雲雀さんも冬夜さんに負けず劣らずのイケメンだからな。イケメン二人がやって来たなんて、大騒ぎになるだろうな。

 

 だべっている俺たちの集まりにゼノヴィアが近づいてきた。

 

 

「イッセー」

 

「なんだ、ゼノヴィア?」

 

「先日は突然、あんなこと言って申し訳なかった」

 

「ま、まあな・・・・・・」

 

 

 マジでビックリしたからな。急に子作りだからな。いや、俺もエッチできるのならさせてほしいけど。

 

 

「あのあと、明日夏に一般常識を学べと言われてね。そして学んだんだ」

 

 

 ゼノヴィアがポケットから何かを取り出した?

 

 

「いきなりするのは難しいので、まずはこれを用いて練習するべきだとね」

 

 

 ゼノヴィアが取り出したのは、コンドームだった!

 

 

「ば、バカかあああああああああああっ!?」

 

「己は大衆の面前で何取り出してんだ!?」

 

 

 俺と明日夏の叫びが響いた。

 

 

「つうか、誰がそっちの一般常識を学べってつったよ!?」

 

 

 明日夏もかなり取り乱しちまってるよ。

 

 周りからも奇異な目で見られてしまっていた。

 

 

「ゼノヴィアさん、それは何ですか?」

 

 

 アーシアが気になったのか、ゼノヴィアの持ってるものを注視していた。

 

 

「アーシアも使うといい」

 

 

 そう言って、アーシアに一個手渡すゼノヴィア。

 

 

「ありがとうございます?」

 

 

 アーシアは渡されたものがなんなのかさっぱりわからないようだ。

 

 

「何々、また兵藤がやらかした?」

 

 

 桐生が面白そうなことを見つけたと言わんばかりに楽しそうに割って入ってきた。

 

 

「桐生さん。これ、なんですか?」

 

「ああ、これはねぇ──」

 

 

 桐生がアーシアに耳打ちする

 

 途端にアーシアは顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

 

「こら桐生!? アーシアにいらんことを──」

 

「でも、兵藤さぁ。いいのかなぁ? ゼノヴィアっちを抱いちゃったらぁ、アーシアがかわいそう──」

 

「桐生さぁぁぁぁん、やめてくださいぃぃぃぃっ!?」

 

 

 アーシアが桐生の口を慌てて塞いだ。

 

 

「「このウンコ野郎ッ!」」

 

「ぐわっ!?」

 

 

 アーシアのそんな反応を見て、嫉妬に燃えた松田と元浜によって殴り倒されてしまった!

 

 そのまま二人によって、それぞれ首と足に関節技を決められてしまう!

 

 

「松田さん、元浜さん! イッセーさんは悪いヒトじゃありません! イジメないでください!」

 

「そうだよ~! イッセーくんをイジメちゃダメ~!」

 

 

 アーシアと鶫さんが松田と元浜の横行を前に俺を擁護してくれる。

 

 

「うぅぅ・・・・・・二人だけだよ。俺の味方は・・・・・・」

 

「私はイッセーさんのことをずっと信じてますから」

 

「私もだよ~」

 

 

 二人の信頼に俺は涙を流す。

 

 

「イッセー。それで、性行は予定だが──」

 

「だからよせ!」

 

 

 松田と元浜の関節技を振りほどき、ゼノヴィアの手からコンドームを慌てて取り上げるのだった。



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Life.5 授業参観、始まります!

 ついに始まった公開授業。──俺とイッセーは頭を抱えていた。

 

 

「今日の英語の時間は、いま渡した紙粘土で好きなものを作ってみてください。動物でも、人でも、家でも、なんでも構いません。自分の思い描いたありのままの表現を形にするのです。そういう英会話もあるのです」

 

 

 ねえよ! 最早、英会話ですらねえよ!

 

 いざ始まった公開授業、俺たちのクラスの授業は英語。

 

 開始早々、先生が紙粘土を配り始めたときは何事かと思ったら、まさかの英語の授業で粘土細工・・・・・・。

 

 どこの世界に粘土細工が英会話になる英語の授業があるんだよ!

 

 

Let's(レッツ) try(トライ)!」

 

 

 レッツトライじゃねぇよ・・・・・・。無駄にいい発音させるな。

 

 クラスの連中も困惑している──かと思えば、何事もなかったかのように、何を作るか思案している奴や、既に紙粘土をこねだしている奴がいた。

 

 ・・・・・・・・・・・・おかしいのは俺とイッセーなのか・・・・・・?

 

 保護者の方々も誰も疑問を抱かず、俺たちの授業風景を静観してるし。

 

 

「アーシアちゃん、ファイトよ!」

 

「アーシアちゃん、かわいいぞ!」

 

 

 おじさんとおばさんは熱心にアーシアの事を応援していて、かなり目立ってた。おじさんに至っては、実の息子のイッセーをそっちのけで、手に持つビデオカメラを熱心に回していた。

 

 ・・・・・・今頃、兄貴もあんな感じなんだろうな。

 

 千秋に同情しつつ、仕方ないので、何を作るか思案する。

 

 すると、突然、クラス内がザワつき始めた。

 

 

「ひょ、兵藤くん・・・・・・」

 

 

 何事かと思い、皆の視線の先を見ると、先生が何やら驚いた表情で全身を震わせながら、イッセーの肩に手を置いていた。

 

 先生の視線の先はイッセーの手元。──そこには、裸の部長の像があった。

 

 遠目でもわかるくらい、完璧に部長を再現していた。

 

 クラスから歓声が沸く。

 

 

「あれ、リアスお姉さまじゃない!?」

 

「そうよ、すごいそっくり!?」

 

 

 皆、イッセーの周りに集まりだす。

 

 おーい、いま授業中な上、保護者の方々の目もあるんだぞ。

 

 本来なら注意する立場である先生も、イッセーの作品を見て、相当興奮していた。

 

 

「素晴らしい! 兵藤くん、キミにこんな才能があったなんて! やはり、この授業は正解だった! また一人、生徒の隠された能力を私は引き出したのです!」

 

「ああいえ、適当に手を動かしてただけで・・・・・・」

 

 

 桐生がメガネを光らせ、イヤらしい笑みを浮かべて言う。

 

 

「手が覚えているほど、触りまくっているわけねぇ」

 

 

 桐生の言葉にクラスの連中が騒ぎだす。

 

 

「クソッ! やっぱ、イッセーの野郎!?」

 

「リアス先輩と!?」

 

「嘘よ!?」

 

「リアスお姉さまが野獣とそんな!?」

 

 

 ・・・・・・どう収集つけるんだ、これ・・・・・・。

 

 

「ほえー、完成度高けーな、おい」

 

 

 何混ざってんだ姉貴!? 余計収集つかなくなるだろうが!

 

 

「今度、私と千秋のも作ってもらおうかな♪」

 

「あ~、私のも~。あと、燕ちゃんのも~」

 

「あ、でも、そのためにはヌードを見せて、お触りありじゃないといけないのか?」

 

「私はいいよ~」

 

「私もいっか。一緒にお風呂入った仲だし♪」

 

 

 姉貴と鶇の発言でさらにクラスの連中が騒ぎだす。

 

 特に男子のイッセーに向ける殺意が凄まじい。

 

 ていうか、姉貴。それ、小学生の頃の話だろうがよ・・・・・・。

 

 

「なあ、イッセー。俺の芸術と交換してやってもいいぜぇ?」

 

「そんな、ゴミより、俺は五千円出すぞ!」

 

「私は七千円出すわ!」

 

「リアスお姉さまのお体は渡さないわ!」

 

 

 松田の発言を皮切りに競りが始まりだした。

 

 次第にヒートアップしていき、終いには姉貴と鶇の言葉を真に受けた連中が姉貴、千秋、鶇、燕の像も買おうとする輩が出てきたり、他のオカ研の部員の像を頼む奴まで出てくる始末だった。

 

 

「父さん! うちのイッセーが!」

 

「性欲だけが取り柄のダメ息子かと思ったが、これは将来金になるアーティストになるかもしれんぞ!」

 

 

 スゲェ前向きだな、おじさん、おばさん・・・・・・。

 

 テンションが上がり過ぎて、周りの親御さんから引かれてるけどな。

 

 

「私は誤解していたよ。公開授業とは賑やかに大騒ぎする余興だったんだな」

 

 

 ・・・・・・んなわけねえだろ、ゼノヴィア。

 

 ・・・・・・・・・・・・もうツッコミ疲れた・・・・・・。

 

 俺は現実逃避するように、自分の紙粘土をこねだすのだった。

 

 

-○●○-

 

 

「・・・・・・精神的に疲れた・・・・・・」

 

 

 無事(・・・・・・無事なのか?)、公開授業が終わり、俺はイッセー、アーシア、姉貴と一緒に自販機の前にやって来ていた。

 

 俺は買った缶コーヒーを一気飲みする。

 

 ・・・・・・心なしか、カフェインが体中に染み渡るような感覚がした。

 

 

「スッゴい賑わいだったなぁ」

 

 

 姉貴がクラスでのオークション騒動を思い出して楽しそうに笑っていた。

 

 

「結局、イッセーはリアスっちの像を売らなかったし」

 

 

 ま、イッセーの性格なら、誰にも部長の像なんて渡したくないだろうからな。

 

 

 で、その部長の像だが──。

 

 

「よくできてるわね」

 

 

 部長が像を手に取って、しげしげと眺めていた。

 

 偶然、自販機の前で部長と副部長と合流したのだ。

 

 

「あらあら、さすが、毎日部長のお体を見て触っているイッセーくんですわね」

 

「ま、毎日なんて、朱乃さん。機会があるときに脳内に焼きつけるのです!」

 

 

 副部長も像の出来に驚きながらも、興味深く、像を眺めていた。

 

 

「明日夏は明日夏で、親の仇のように紙粘土をこねてたな」

 

 

 ・・・・・・姉貴の言う通り、ストレス発散するように、何かを作るわけでもなく、無心でひたすらに紙粘土をこねまくってたからな。──要するに、紙粘土に八つ当たりしていた。

 

 

「粘土ベラで紙粘土を滅多刺しにし始めたときは、さすがにドン引きした」

 

 

 ・・・・・・自分でもドン引きだよ。気付かぬうちに、そんなことになってたんだからな。

 

 

「あっ、明日夏に千春」

 

 

 そこへ、兄貴が千秋と燕、そして、男性一人を連れてやって来た。

 

 

「あ、雲雀にぃ」

 

 

 鶫が男性のもとまで駆け寄ってきた。

 

 そう、このヒトが鶫と燕の兄──風間雲雀だった。

 

 紫色の髪をしており、右眼が隠れていた。鋭い目付きをしており、その顔つきは燕に似ていた。

 

 

「燕ちゃんの授業風景、どうだった〜?」

 

「──普通だったが。当てられても、動揺せず、冷静に回答していたぞ」

 

「え〜、かわいかったとか、そういう感想はないの〜?」

 

「・・・・・・姉さん」

 

 

 雲雀さんの感想に、鶫は不満そうにし、燕は呆れていた。

 

 

「雲雀さん、ひさしぶりです」

 

「兵藤か。二人が世話になってるな」

 

 

 イッセーも、数年ぶりの再会を喜んでいた。

 

 そして、雲雀さんがもとから鋭い目つきをさらに鋭くしてイッセーに訊く。

 

 

「──二人に悪い虫とかついてたり、つきまとわられたりしてないだろうな?」

 

「え、ええ、大丈夫ですよ」

 

「──おまえはどうなんだ?」

 

「も、もちろん、俺も手を出してないですよ。・・・・・・・・・・・・たぶん・・・・・・」

 

「──そうか」

 

 

 雲雀さんの鋭い視線に射抜かれ、イッセーはビビりながらも答えた。

 

 その光景を見て、部長が小声で訊いてくる。

 

 

(明日夏、二人のお兄さんは、二人の想いには反対してるのかしら?)

 

 

 当然だが、雲雀さんも妹たちの想いには気づいてる。

 

 そして、さっきの質問からして、二人の想いには反対している──ように見えて、実は──。

 

 

(──いえ、普通に応援してますよ)

 

(あら、そうなの?)

 

(このヒト、結構へそ曲がりでしてね。燕以上に素直じゃないんですよ)

 

(ああ、なるほどね)

 

 

 部長は燕のほうを見て納得していた。

 

 燕も大概だが、このヒトはさらに素直じゃない。ただ、燕ほどわかりやすくもないんだけどな。だから、結構、誤解されやすいヒトでもある。それ以外は普通に妹想いのいいヒトだ。

 

 さっきの質問も、単に仲が深まったかどうかを訊いただけだ。・・・・・・イッセーにその意図は伝わってないがな。

 

 

「ところで、千秋と燕。二人とも、疲れた様子だな?」

 

「・・・・・・クラスの女子たちに冬夜兄と雲雀さんのことで質問責めにされた」

 

「・・・・・・付き合ってるヒトはいるのだとか、紹介してだとか、なかなか解放してくれなかったのよ」

 

「それはご愁傷さまだな」

 

 

 兄貴も雲雀さんも、顔立ちは整ってるからな。

 

 

「部長のほうはそうならなかったんですか? サーゼクスさまもイケメンなんですから」

 

「一昨年は私もそうなったわ。でも、お兄さまには妻も子供もいると言ってからは、そうならなくなったわ」

 

「えっ、サーゼクスさま、子供もいるんですか!?」

 

「ええ。いつか、会わせてあげるわね」

 

 

 サーゼクスさまの子供か。どんな子なんだろうな。それ以前に奥さんは誰なんだ? ──まさか、先日のイッセーの家で言ってた冗談って・・・・・・。

 

 

「ねえ、イッセーくん」

 

 

 副部長が後ろからイッセーに抱きつく。

 

 

「今度、私の像も作ってくれないかしら?」

 

「そ、それは、ヌードという・・・・・・」

 

「もちろん、脱ぎますわ。お触りもありで」

 

「お触りッ!」

 

 

 副部長の言葉にイッセーは鼻の下を伸ばす。

 

 

「あっ、それ、先に私と千秋が予約してるから」

 

「ええぇっ!?」

 

「その次は私と燕ちゃんだよ~♪」

 

「ちょっと!? 何勝手に!?」

 

 

 姉によって自分も巻き込まれてることに、千秋と燕は顔を真っ赤にして慌てふためく。

 

 

「あらあら、先を越されていましたか。では、イッセーくん。その次にお願いいたしますわ」

 

「ダメよ!」

 

「ダメです!」

 

「・・・・・・あ、やっぱり」

 

 

 どんどん話が進んでいたが、部長とアーシアよって中止にされた。

 

 

「いつもこんな調子なのか?」

 

「・・・・・・だいたいこんな感じです」

 

 

 雲雀さんがイッセーたちのやり取りを見て訊いてきたので、軽く嘆息して答えた。

 

 雲雀さんは「そうか」と言い、鶫と燕のほうを眺めていた。

 

 

「ちなみに、うちの千秋は将来、イッセーくんが上級悪魔になったときに眷属悪魔にしてもらう約束をしてもらってます」

 

「・・・・・・なんのマウントだよ。あと、ドヤ顔するな。腹立つ」

 

 

 兄貴がドヤ顔で雲雀さんにマウントを取り、雲雀さんがそれを鬱陶しげにしていた。。

 

 

「魔女っ子の撮影会だとぉぉぉぉッ!?」

 

「これは元写真部として、レンズを通してあますことなく記録せねば!」

 

『うおおおおおおおッ!』

 

 

 突然、興奮気味の男子生徒たちが目の前を爆走していった。その中には松田と元浜もいた。

 

 

「なんの騒ぎだ?」

 

「魔女っ子?」

 

 

 俺とイッセーは顔を見合わせて首を傾げた。

 

 そこへ木場が男子たちのあとを追うように通りかかった。

 

 俺は木場に訊く。

 

 

「木場、さっきのはなんだ?」

 

「体育館で魔女っ子が撮影会を開いているんだって。ちょっと心当たりがあってね。見に行こうかなって」

 

 

 心当たりがあるのかよ。

 

 

「祐斗、まさか!?」

 

「たぶん、そうです」

 

「あらあら、うふふ」

 

 

 なんだ、部長と副部長にも心当たりがあるのか?

 

 まさか、知り合いなのか?

 

 気になった俺たちは体育館に向かうことにした。

 

 

-○●○-

 

 

「もう一枚、お願いします!」

 

「こちらに目線、ください!」

 

 

 体育館に入ると、興奮気味にカメラのシャッターを切ってる男子たちと壇上でノリノリでポーズをとってる魔法少女のコスプレをした少女がいた。

 

 

「あれは、『魔法少女ミルキースパイラル7オルタナティブ』のコスプレじゃないか!」

 

「詳しいね、イッセーくん?」

 

「あるお得意さまの付き合いで、アニメの全話マラソン観賞をしたことがあってな」

 

「それで詳しくなったと」

 

「そういうことだ、木場」

 

 

 ミルたんのことか。確か、その魔法少女アニメに夢中で、そのコスプレもしてるんだってな。

 

 

「ほえー、完成度タッケェな、おい」

 

「姉貴も知ってるのか?」

 

「昔、見てたんだ。長いシリーズだし、結構面白いんだ」

 

 

 なるほど。イッセーも意外と面白かったって言ってたし、人気のあるアニメなんだな。

 

 

「こらー! 学校で何やってんだ! ほら、解散解散!」

 

 

 いつの間にか、壇上に匙が現れ、男子たちに注意を促していた。

 

 

「横暴だぞ生徒会!」

 

「撮影会くらい、いいだろ!」

 

『そーだそーだ!』

 

 

 松田と元浜を筆頭に男子たちは抗議するが、匙は聞き耳持たない。

 

 

「公開授業の日にいらん騒ぎを作るな! 解散しろ!」

 

「・・・・・・なんだよ、うっせーな・・・・・・」

 

「・・・・・・またね、ミルキーちゃん・・・・・・」

 

 

 男子たちは渋々と、文句たらたらで蜘蛛の子を散らすように解散していった。

 

 生徒会の仕事をしているところを初めて見たが、結構様になってるな。

 

 今度は騒ぎの元凶たる魔法少女に注意を促していた。

 

 

「あの、ご家族の方でしょうか?」

 

「うん!」

 

「そんな格好で学校に来られると、困るんですが。場に合う衣装ってのがあるでしょう」

 

「えー、だって、これが私の正装だもん☆ ミルミルミルミルスパイラルー☆」

 

「だから、真面目に!」

 

 

 コスプレ少女は匙の注意にまったく聞く耳持ってなかった。

 

 

「よお、匙。ちゃんと仕事してんじゃん」

 

「からかうな、兵藤!」

 

 

 コスプレ少女の態度に若干、イラついていたのか、匙はイッセーの軽口に怒気を含ませて返していた。

 

 

「サジ、何事ですか?」

 

 

 そこへ、会長が颯爽と現れる。

 

 

「いえ、会長。この方が・・・・・・」

 

「問題は簡潔に解決しなさいといつも言って──」

 

「ソーナちゃん、見ーつけた!」

 

「──ッ!?」

 

 

 割って入ってきたコスプレ少女を見た瞬間、会長が固まってしまった。

 

 ・・・・・・まさか、会長の知り合いなのか?

 

 

「ソーナちゃん!」

 

 

 コスプレ少女は壇上から飛び降りると、嬉々としながら会長に駆け寄る。

 

 

「ソーナちゃん、どうしたの? お顔が真っ赤ですよ? せっかく()()()()との再会なのだから、もっと喜んでくれてもいいと思うの! 『お姉様!』『ソーたん!』って抱き合いながら、百合百合な展開でもいいと思うのよ、お姉ちゃんは!」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 会長が目元をひくつかせ、冷や汗をかいていた。

 

 

「お姉さま!?」

 

「・・・・・・おいおい、まさか・・・・・・?」

 

「セラフォルー・レヴィアタンさまよ」

 

 

 俺とイッセーの疑問に部長が答えた。

 

 ・・・・・・マジかよ。あれが魔王レヴィアタンなのかよ。

 

 

「・・・・・・俺も初めてお会いしたけど、これは・・・・・・」

 

 

 匙も困惑していた。

 

 

「本当はお姉ちゃんに会えて、とってもとーっても嬉しいんでしょ?」

 

 

 当の魔王レヴィアタンは会長の様子などお構いなしに話しかけていた。

 

 

「セラフォルーさま、おひさしぶりです」

 

「あら、リアスちゃん! おひさー☆ 元気してましたかー☆」

 

「はい、おかげさまで。今日はソーナの公開授業へ?」

 

「うん! ソーナちゃんったら、酷いのよ! 今日のこと、黙ってたんだから! もう! お姉ちゃん、ショックで天界に攻め込もうとしちゃったんだからー!」

 

 

 ・・・・・・冗談だよな? 冗談なんだよな? 本気っぽいけど、冗談なんだよな!?

 

 魔王レヴィアタンはイッセーを視界に捉えると、部長に尋ねる。

 

 

「リアスちゃん、あの子が噂のドライグくん?」

 

「はい。イッセー、ご挨拶なさい」

 

「は、はい! はじめまして! 兵藤一誠です! リアス・グレモリーさまの『兵士(ポーン)』をやってます!」

 

「はじめまして☆ 魔王のセラフォルー・レヴィアタンです☆ レヴィアたんって呼んでね☆」

 

「・・・・・・は、はい」

 

 

 イッセーもあのノリとテンションにはついていけてないようだ。

 

 

「ふむ、騒がしいなと思ったら、やっぱりキミだったか。セラフォルー」

 

「あら、サーゼクスちゃん」

 

 

 そこへサーゼクスさまも現れた。

 

 

「公開授業でも変わらず、その格好なのだな」

 

「当然よ。これが私の正装なのだもの」

 

 

 魔王同士とはいえ、ずいぶん気安く会話してるな。

 

 ていうか、普段からあの格好なのかよ。

 

 

「・・・・・・お姉さま。ここは私の学舎であり、私はここの生徒会長を任されているのです・・・・・・。いくら身内だとしても、そのような行動や格好はあまりに容認できません!」

 

「そんな、ソーナちゃん!? ソーナちゃんにそんなこと言われたら、お姉ちゃん悲しい!? お姉ちゃんが魔法少女に憧れてるって知ってるでしょう?」

 

 

 それでそんな格好してるのかよ。

 

 確か、ミルたんも同じ理由でコスプレしてるんだっけ。

 

 

「煌めくステッキで天使、堕天使を纏めて抹殺なんだから☆」

 

「お姉さま、ご自重ください! お姉さまが煌めかれたら、小国が数分で滅びます!」

 

 

 ・・・・・・お互い、物騒なことを言ってるな。そして、事実なんだろうな。

 

 

「朱乃さん、コカビエルが襲ってきたとき、会長はお姉さんを呼ばなかったけど・・・・・・あの様子じゃ、仲が悪いからってわけじゃないですよね?」

 

「逆ですわ。セラフォルーさまが妹君であるソーナ会長を溺愛しすぎているので、呼ぶと逆に収集がつかなくなると。妹が堕天使に汚されるとかいって、即戦争になってたかもしれないですわ」

 

 

 魔王がそれでいいのか・・・・・・。

 

 

「うぅ、もう耐えられません!」

 

 

 ついに限界が来たのか、会長が涙目でこの場から走り去っていく。

 

 

「待って、ソーナちゃん!? お姉ちゃんを置いてどこに行くの!?」

 

 

 魔王レヴィアタンが会長を追って走りだした。

 

 

「ついて来ないでください!」

 

「いやぁぁぁん! お姉ちゃんを見捨てないでぇぇぇぇっ! ソーたぁぁぁん!」

 

「『たん』付けはおやめになってください!?」

 

 

 そのまま、姉妹で追いかけっこをしながら、体育館から去っていった。

 

 

「じゃあ、俺、会長のフォローしなきゃだから」

 

 

 匙も会長のフォローのために二人のあとを追っていった。

 

 あいつも大変だな。

 

 部長が額に手を当て、ため息をつきながら言う。

 

 

「・・・・・・あまり言いたくないのだけど、現四大魔王の方々はどなたもこんな感じなのよ。プライベート時が軽いのよ。酷いくらいに」

 

 

 ・・・・・・他の魔王もこんななのかよ。大丈夫なのか、冥界は・・・・・・。

 

 

「うむ。今日もシトリー家は平和だな、リーアたん」

 

「・・・・・・お兄さま、私の愛称を『たん』付けで呼ばないでください・・・・・・」

 

「そんな・・・・・・リーアたん。昔はお兄さまお兄さまと、私の後ろをついてきていたのに・・・・・・。反抗期か・・・・・・」

 

「もう! お兄さま! どうして私の幼少期のことを!」

 

 

 こっちの兄妹も似たようなことをやり始めた。

 

 大変だな、部長も会長も。上の兄弟があれだと。・・・・・・うちもヒトのことは言えないが。

 

 

-○●○-

 

 

「おお、イッセー」

 

「父さん?」

 

 

 あのあと、正面玄関に移動した俺たちは、そこでおじさんとおばさんに声をかけられた。

 

 二人のそばには、紅髪の男性もいた。もしかして──。

 

 

「リアス、こんなところにいたのか」

 

「お父さま?」

 

 

 やっぱり、部長のお父さんだったか。

 

 二児の父親にしては、だいぶ若々しいな。まあ、悪魔は見た目をある程度自由に変えられるからな。

 

 思い出した。部長とライザーの婚約パーティーの会場で見かけたな。

 

 

「こうして面と向かって会うのは初めてだったね、兵藤一誠くんか。リアスの父です。娘が世話になっているね」

 

「ど、どうも! 父さん、どうして?」

 

「偶然、廊下ですれ違ってな」

 

 

 で、そのまま打ち解けたというわけか。

 

 

「ここで長話もなんですから、狭いですが、我が家でいかがですか?」

 

「おお! それは願ってもない!」

 

「じゃあ、父さんたち、先に帰ってるからな。お父さん、結構いける口ですか?」

 

「ははは、いやー」

 

 

 すっかり意気投合してるな。

 

 

「・・・・・・父さん・・・・・・部長のお父さまになんつう軽口を・・・・・・」

 

「打ち解けてるなら、それでいいんじゃねぇのか」

 

「・・・・・・そうだけどよ。なんか、余計なことを言ってそうで怖いんだよな」

 

「・・・・・・私も同じ気持ちよ、イッセー」

 

 

 親同士の会話にイッセーと部長は憂鬱そうだ。

 

 

「ははは、これはいい。今日は父上も含めての宴会になりそうだな。冬夜くん、私たちも、ぜひ混ざろうじゃないか」

 

「いいですね。雲雀もほら」

 

「・・・・・・俺を巻き込むな」

 

 

 兄貴は雲雀さんを無理矢理引っぱって、サーゼクスさまと一緒におじさんたちのあとを追っていった。

 

 俺、千秋、燕も憂鬱になってきた。

 

 ・・・・・・今夜は地獄になるかもな。

 

 

「あっ、士騎くん」

 

 

 憂鬱な気分になってるところに、霧崎がやってきた。

 

 隣には見知らぬ男性がいた。

 

 

「美優、彼がキミの言っていたBoy(ボーイ)かい?」

 

 

 男性が霧崎に話しかけた。

 

 金髪で顎髭を生やしており、整った顔立ちをしていた。歳は四十前後くらいか?

 

 

「霧崎、そのヒトは?」

 

「このヒトは私の身元保証人の──」

 

Hello(ハロー)。私の名はレイドゥン。レイドゥン・フォビダーという。以後、よろしく頼むよ、Boy(ボーイ)

 

 

 アメリカ人、だよな? だいぶ流暢な日本語だな。日本での暮らしが長いのか?

 

 

「というか、身元保証人?」

 

「──うん。私の両親、ずいぶん前に亡くなってるから」

 

「・・・・・・悪い、嫌なことを訊いたな」

 

 

 一人暮らしだし、まさかとは思っていたが、霧崎も両親を亡くしてたんだな。

 

 

「彼女の父親とは仕事の同僚でね。ずいぶんと助けられたものだよ。その恩返しもかねて、彼女の面倒を見てるのだよ」

 

 

 そういう縁があったのか。

 

 

「キミのことは美優から聞いてるよ。これからも、彼女と仲良くしてあげてくれ」

 

 

 そう言い、握手を求めてきたので、握手を交わす。

 

 

 ゾクッ!

 

 

「──ッ!?」

 

 

 ・・・・・・なんだ? 握手した瞬間、急に背筋がゾッとした・・・・・・。

 

 

「どうかしたかい、Boy(ボーイ)?」

 

 

 フォビダーさんは俺の様子を訝しんだのか、柔和な笑みを浮かべながら首を傾げていた。

 

 

「い、いえ。なんでもないです・・・・・・」

 

 

 なんとか平静を装って、笑みを返す。

 

 

「そろそろ行きましょう、レイドゥンさん。この学園を見て回りたいって言ったのはレイドゥンさんなんですから」

 

「おっと、そうだった。では、諸君。また会おう。See(シー) you(ユー)

 

 

 霧崎とフォビダーさんは踵を返し、学園内のほうへ歩いていった。

 

 

「ふーん。やっぱ、あれが美優っちの保護者だったか。公開授業のとき、美優っちのこと見てたから、もしかしてと思ってたけど。それにしても、なーんか──」

 

 

 途端に姉貴は、怖いくらいに視線を鋭くする。

 

 

「──美優っちには悪いけど、よろしくされたくない。明日夏もそう思ったっしょ?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・姉貴も俺と似たような感覚を覚えたということか。

 

 なぜ、こんな感覚が?

 

 レイドゥン・フォビダー。──いったい、何者なんだ?



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Life.6 後輩、できました!

 レイドゥン・フォビダー──霧崎の身元保証人だという男。

 

 あの男に会ったときに感じたあの感覚はいったい・・・・・・。

 

 姉貴もどういうわけか、あまりいい印象を抱いていないようだったのも気がかりだった。

 

 ――だが、いまそれを考えてる余裕は俺にはなかった。なぜなら──。

 

 

「アーシアちゃん、よく映ってるわぁ!」

 

「は、恥ずかしいですぅ・・・・・・」

 

「イッセーは落ち着きがなくていかんな」

 

「明日夏ももう少し、鶇ちゃんみたいに楽しそうにやれば良いのに」

 

「・・・・・・いや、あれはどう見ても、やけになって紙粘土に八つ当たりしてるだけだろ」

 

 

 ──現在、兵藤家にて今日の公開授業の様子を撮影したビデオの鑑賞会が行われていたのだ。

 

 ・・・・・・おじさんが気を利かせてくれたのか、イッセーとアーシアだけでなく、俺と鶫のことも撮ってくれていた。

 

 兄貴、おじさん、おばさん、サーゼクスさま、部長のお父さんは、酒も入ってることもあって、それはもう、大盛り上がりだ。

 

 ・・・・・・撮影対象である俺たちにとっては地獄だがな。アーシアと鶫は恥ずかしがりながらも楽しんではいたが。

 

 唯一、無理矢理鑑賞会に参加させられていた雲雀さん(嫌そうにしてるけど、実際は表に出してないだけで、内心では楽しんでる)だけは、俺たちに同情の視線を送ってくれてる。

 

 

「次は千秋と燕ちゃんのを観てみましょうか」

 

「さすが冬夜くん。バッチリ撮ってるようだね」

 

「当然ですよ、サーゼクスさん。かわいい妹の晴れ姿ですからね。お兄ちゃんとしては張り切りますよ!」

 

「ははは! その気持ちはよくわかるよ!」

 

 

 映像が変わり、千秋たちのクラスの授業風景が映し出された。

 

 映像にいっさいブレはなく、非常にキレイに撮れていた。

 

 今度は鶫もテンションを上げていた。

 

 自分たちの公開処刑の番になったことで、千秋と燕がテーブルに突っ伏してしまった。おそらく、顔は真っ赤だろうな。

 

 まあ、映像でも真っ赤で、プルプル震えているが。

 

 

「・・・・・・・・・・・・期待はしてなかったけど、やっぱり止めてほしかったわよ、兄さん・・・・・・」

 

 

 燕が恨めしげな視線を雲雀さんに送るが、雲雀さんは気まずそうに顔を背けるのだった。

 

 

「次はリアスの番ですね」

 

「おお、やはり撮ってましたか!」

 

「ははは! やはり、娘の晴れ姿を視聴するのは、親の務めです!」

 

 

 そして、とうとう部長の番になった。

 

 

「・・・・・・これは・・・・・・かつてない地獄だわ・・・・・・」

 

 

 部長は顔を真っ赤にして、プルプルと震えていた。

 

 

「見てください! うちのリーアたんが、先生にさされて答えているのです!」

 

「もう、耐えられないわ! お兄さまのおたんこなす!」

 

 

 とうとう耐えられなくなった部長が顔を手で覆って逃げるようにこの場を走り去っていった。

 

 

「部長!」

 

 

 イッセーが部長を追っていった。

 

 

「ははは。少々、ハメを外しすぎたかな?」

 

 

 スパーン!

 

 

 反省の色が見えないサーゼクスさまの頭部をグレイフィアさんがハリセンではたいた。

 

 

「・・・・・・痛いよ、グレイフィア」

 

「はぁ・・・・・・サーゼクスさま、お嬢さまに()()()()をお伝えしなくてよろしいのですか?」

 

「いまはそっとしておいたほうがいいだろう。イッセーくんがフォローして落ち着いた頃合を見計らって伝えるよ」

 

 

 あのこと?

 

 気になった俺はついついサーゼクスさまのほうを見てしまう。

 

 

「明日夏くん。キミはリアスに、もう一人の『僧侶(ビショップ)』がいることは聞いているかな?」

 

「はい」

 

 

 そう、部長にはすでにアーシアとは別の『僧侶(ビショップ)』の眷属がいたのだ。

 

 ただ、表に出れない事情があるみたいで、そのせいでライザーとのレーティングゲームでは不参加だった。

 

 

「リアスのもう一人の『僧侶(ビショップ)』は本人も制御できていない危険な力を有していてね。当時のリアスでは扱いきれぬということで、私と大公アガレス家の判断で封印措置を施されたんだ」

 

 

 封印・・・・・・それほどまでに危険な力を持ってるのか、もう一人の『僧侶(ビショップ)』は。

 

 そんな力の制御がままならないんじゃ、レーティングゲームのときも、コカビエルのときも出てこれないわけだ。

 

 

「封印と言っても、まったく自由がないわけじゃない。旧校舎の一室ではあるが、そこでなら普通に過ごせるし、深夜限定なら、旧校舎内でも自由に動けるようになってる」

 

 

 眷属の情愛が深い部長なら、まったく自由のない生活なんてさせたくないだろうしな。

 

 

「いま、その話をするってことは――」

 

「ああ、私をはじめ、他の魔王たち、大王バアル家、大公アガレス家、その他の上役たちがフェニックスやコカビエルとの戦いを見て、リアスを高評価してね。あれから眷属も増え、戦力も増強したことだし、まかせても大丈夫だろうと判断したのだ」

 

 

 やっぱり、解放の許可がおりたのか。

 

 それにしても、それほどまでに危険視されてるもう一人の『僧侶(ビショップ)』。いったいどんな奴で、どんな危険な能力を持ってるんだ?

 

 ま、それはすぐにわかることか。

 

 ちなみに、あのあと、サーゼクスさまがもう一人の『僧侶(ビショップ)』のことを伝えにいくのに同行したら、部長がイッセーにキスしてる場面に遭遇してしまい、部長と千秋たちが一触即発になりかけたのだった。

 

 

-○●○-

 

 

 旧校舎には『開かずの間』と呼ばれている場所があった。その『開かずの間』の前に俺たちオカルト研究部に加え、兄貴と姉貴(気になったからとついてきた)、レンと槐(姉貴に呼ばれた)はいた。

 

 この『開かずの間』、扉に「KEEP OUT!!」と書かれたテープが幾重にも張り巡らされており、一見すると、ただの封鎖された部屋のように見えるが、実際は厳重に封印が施されており、容易に入室、退室ができない状態だった。

 

 ここに部長のもう一人の『僧侶(ビショップ)』がいるらしい。

 

 部長が扉に向けて魔法陣を展開しながら言う。

 

 

「深夜は封印の術も解けるから、旧校舎内限定で部屋を出ていいことになってるの。でも、中にいる子自身はそれを拒否しているの」

 

「要するに引きこもり?」

 

 

 イッセーの質問に部長はため息を吐きながら頷いた。

 

 

「でも、この子が一番の稼ぎ頭なんですのよ」

 

「マジですか!?」

 

「パソコンを介して、特殊な契約を行っているんだ」

 

 

 副部長と木場の追加の情報にイッセーは驚いていた。

 

 そういう契約方法もあるんだな。

 

 でもまあ、確かに、対人恐怖症などの理由で悪魔と直接会いたくないってヒトもいるだろうからな。

 

 

「・・・・・・封印が解けます」

 

 

 塔城の言葉と同時に扉の封印が完全に解除された。

 

 

「扉を開けるわ」

 

 

 そう言い、部長はドアノブを掴む。

 

 オカ研古参組を除くメンバーが息を飲むなか、扉が開かれる。

 

 

「イヤァァァァァァァアアアアアアアッ!?」

 

 

『──っ!?』

 

 

 室内をとんでもない声量の絶叫が響き渡る!

 

 突然の絶叫に俺たちは驚きを隠せなかった。

 

 驚いてないのは、オカ研古参組のメンバーだけだった。

 

 オカ研古参組は嘆息するなり、部屋に入っていき、俺たちは慌ててあとをを追う。

 

 

「へぇ、かわいらしい趣味だね」

 

「さっきの悲鳴からして、こりゃ女の子かな?」

 

 

 部屋の内装を見て、兄貴と姉貴がそう漏らす。

 

 確かに、ぬいぐるみなどが置かれており、かわいらしく飾られた女の子らしい内装の部屋だった。──静かに鎮座している棺桶を除けばな。

 

 棺桶ってことは、もしかして、部長のもう一人の『僧侶(ビショップ)』の転生前の種族って──。

 

 部長が棺桶に話しかける。

 

 

「ごきげんよう。元気そうでよかったわ」

 

『な、何事なんですかぁぁぁぁ!?』

 

 

 棺桶から狼狽気味の声が聞こえてきた。

 

 

「封印が解けたのですよ? もうお外に出られるのです。さあ、私たちと一緒に出ましょう?」

 

 

 副部長が棺桶に近づき、蓋を開く。

 

 

「やですぅぅぅぅ! ここがいいですぅぅぅぅ! 外怖いぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 

 棺桶の中にいたのは、金髪で赤い双眸をしており、小柄で人形のように端整な顔立ちをした少女だった。

 

 涙目で震えており、部長や副部長から逃げようという構えだった。

 

 

「おお! 女の子! しかも 、アーシアに続く金髪美少女! 

僧侶(ビショップ)』は金髪尽くしってことっスか!」

 

 

 女子ということでイッセーはテンションを上げるが、そんなイッセーを見て木場は苦笑していた。

 

 あと、レンもなぜか苦笑していた。

 

 

「な、なんだよ、木場、レン?」

 

「イッセー、テンション上がってるとこ、水を差すようで悪いが、そいつ、()だぞ」

 

『は?』

 

 

 レンの言葉に俺をはじめ、オカ研古参組を除くメンバーが素っ頓狂な声を出してしまった。

 

 

「いやいや、冗談はやめろよ、レン! この子に失礼だぞ!」

 

「いいえ、イッセー。彼の言う通り、この子は()()()よ」

 

 

 部長に言われ、イッセーはわなわなと震えながら、少女──じゃなく、少年のほうを見る。

 

 

「見た目は女の子なのだけれど、この子は紛れもなく、男の子」

 

「うふふ、女装の趣味があるのですわ」

 

 

 女装趣味って、また濃い個性を持った奴が出てきたな。

 

 

「マジか!? こんな残酷な話があっていいものかぁぁぁ!」

 

 

 女装だったことにショックを受けたイッセーが激しく嘆いていた。

 

 

「ヒィィィィィッ!? ゴメンなさぁぁぁい!」

 

 

 少年はイッセーの叫びにビックリして、悲鳴をあげていた。

 

 

「それにしても、よくわかったな、レン」

 

「男と女で、体の構造の違いからか、微妙に違う音を発してるんだよ。それ聴いてわかった」

 

 

 音でそこまでわかるんだな。

 

 まあ、レンの耳のよさがあってはじめてわかるものなのだろうが。

 

 

「でも、よく似合ってますよ?」

 

「うんうん、かなり完成度高いぞ」

 

「だから、そのぶん、ショックがでかいんだって!」

 

 

 イッセーはアーシアと姉貴の感想にさらにショックを受けてた。

 

 

「引きこもってて、いったい誰に見せるってんだ!」

 

「だ、だ、だ、だってぇ・・・・・・この格好のほうがかわいいもん・・・・・・」

 

「もん、とか言うな! もん、とか!」

 

 

 イッセーは床に手を着き、ガックリと項垂れる。

 

 

「・・・・・・うぅぅぅ・・・・・・一瞬だが、おまえとアーシアの金髪ダブル美少女『僧侶(ビショップ)』を夢見たんだぞ・・・・・・」

 

「・・・・・・人の夢と書いて儚い」

 

 

 これまた、キツい一言だなぁ、塔城。

 

 

「と、と、と、ところで、この方は誰ですか?」

 

 

 少年が部長に訊く。

 

 

「まず、この子と、あっちの金髪と青髪の子の三人が、あなたがここにいるあいだに増えた眷属よ。『兵士(ポーン)』の兵藤一誠、『僧侶(ビショップ)』のアーシア・アルジェント、『騎士(ナイト)』のゼノヴィアよ」

 

「ヒィィィィッ!? よく見たら、知らない人がいっぱい増えてるぅぅぅぅっ!? 人に会いたくないぃぃぃぃっ!」

 

 

 ・・・・・・これは重症だな。人見知りってレベルじゃない。完全に対人恐怖症だな。

 

 

「お願いだから、外に出ましょう? ね? もう、あなたは封印されなくてもいいのよ?」

 

「嫌ですぅぅぅぅ! 僕に外の世界なんて無理なんだぁぁぁぁ! 怖い! お外怖い! どうせ、僕が出てっても、迷惑かけるだけだよぉぉぉぉ!」

 

 

 部長が優しく促しても、このありさまだ。

 

 

「ほら、部長が外に出ろって言ってるんだからさ――」

 

 

 いつまでも泣き喚くだけの少年に焦れったくなったのか、少しイライラした様子でイッセーが少年の腕を引っ張ろうとする。

 

 

「ヒッ!?」

 

 

 次の瞬間──。

 

 

「──あれ?」

 

 

 ──イッセーが腕を引いていた少年が目の前から消えていた!

 

 

「うぅ、怒らないで! 怒らないで! ぶたないでくださぁぁぁぁぁい!?」

 

 

 少年は部屋の片隅でブルブルと震えながら縮こまっていた。

 

 ・・・・・・一瞬だが、妙な違和感を感じた。あいつに何かされたのは間違いない。

 

 

「なるほどな。()()()()か」

 

「しかも、視覚から発動するタイプだね」

 

 

 レンと兄貴が少年が起こした現象の正体を口にした。

 

 

「その通りよ。あの子には、視界に映したすべての物体の時間を一定の間停止することができる神器(セイクリッド・ギア)を持っているのよ」

 

 

 部長が補足説明をしてくれた。

 

 時間停止、なるほどな。あの妙な違和感の正体はそれか。

 

 

「二人とも、よくわかったな?」

 

「まあ、不自然な音の途切れがあったからな」

 

「僕には単純に効いてなくて、止まっちゃてる皆を見てね」

 

「──って、兄貴には効いてなかったのか?」

 

「誰でも停めれるわけではないのよ。力のある存在には、能力が効かないこともあるの。もっとも、それも余程の力の持ち主でないといけないのだけれどね」

 

 

 兄貴の規格外さに苦笑しつつ、部長は少年のもとまで歩み寄ると、少年を後ろから優しく抱きしめる。

 

 

「この子はギャスパー・ヴラディ。私の眷属、もう一人の『僧侶(ビショップ)』。一応、駒王学園の一年生で、転生前は人間と吸血鬼(ヴァンパイア)のハーフよ」

 

 

-○●○-

 

 

 『停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』──それが、部長のもう一人の『僧侶(ビショップ)』──ギャスパー・ブラディの神器(セイクリッド・ギア)の名前だった。

 

 視界に映した物体を停止させる、これは確かに、非常に強力で危険な能力だ。

 

 何より問題は、制御できていないことだ。さっきのも、いきなりイッセーに腕を引っ張られたことで驚き、無意識に発動させてしまったのだ。これじゃ封印されても仕方ないな。ヘタすれば、味方に被害が出るわけだからな。

 

 

「リアスちゃん、ギャスパーくんって才能自体もかなり高いんじゃないのかい?」

 

「ええ、その通りよ、冬夜さん。ギャスパーは類希な才能の持ち主で、無意識のうちに神器(セイクリッド・ギア)の力が高まっていくみたいで、将来的には禁手(バランス・ブレイカー)に至る可能性もあるという話よ」

 

 

 ただでさえ危険なのに、禁手(バランス・ブレイカー)にまでなったら、封印どころか、いよいよ殺処分も視野に入れなければならない自体だろうな。

 

 

「・・・・・・ううぅ・・・・・・僕の話なんか、してほしくないのにぃぃぃ・・・・・・目立ちたくないですぅぅぅ・・・・・・」

 

 

 当のギャスパーは、イッセーのそばに置かれてる大きめの段ボールの中でうじうじしていた。

 

 嫌がるギャスパーをどうにか連れてきたのはいいが、外が怖いと、すぐさま、どっから用意したのか、この段ボールに入り込んでしまった。

 

 イッセーが無言で段ボールを軽く蹴ると、「ヒィィィィッ!?」と悲鳴が発せられた。

 

 

「リアスちゃん、『ブラディ』って、もしかして?」

 

「ええ、ギャスパーは吸血鬼の名門の一族、ブラディ家の出身よ。だから、ハーフとはいえ、吸血鬼としての才能も高く、他にも魔法の才能にも秀でてるのよ。本来なら、『僧侶(ビショップ)』の駒ひとつで転生できないのだけれど、その子に使ったのは『変異の駒(ミューテーション・ピース)』なのよ」

 

 

 『変異の駒(ミューテーション・ピース)』──『悪魔の駒(イービル・ピース)』が突然変異したもので、本来ならイッセーのように複数の駒を使うところをひとつですませることができる駒だ。

 

 本来は『悪魔の駒(イービル・ピース)』のシステムができたときに生まれたイレギュラー、バグの類だったが、それも一興ということでそのままされたらしい。だいたい、十人に一人がひとつぐらいは持ってるみたいだ。

 

 

「僕のことは放っておいてくださぁぁぁぁい! 僕はこの箱の中で十分です! 箱入り息子ってことで許してくださぁぁぁぁい!」

 

 

 そんな駒を使うくらい才能を秘めてる当のギャスパーはこのありさまだ。

 

 

「部長、そろそろお時間です」

 

「そうね。私と朱乃はこれからトップ会談の打ち合わせに行かなくてはならないの。それと、祐斗」

 

「はい、部長」

 

「お兄さまがあなたの禁手(バランス・ブレイカー)について詳しく知りたいらしいの。一緒に来てちょうだい」

 

「わかりました」

 

 

 部長も大変だな。この忙しいときに、厄介な眷属のことも重なるとは。

 

 

「その間だけでも、あなたたちにギャスパーの教育係をお願いできるかしら」

 

「教育係? あ、はい、わかりました」

 

「お願いね、イッセー」

 

 

 部長は副部長と木場を連れて、この場から転移した。

 

 

「とりあえず、取りかかるか」

 

 

 俺がそう言うとゼノヴィアが勢いよく立ち上がる。

 

 

「よし! ここは私に任せろ! 小さい頃から吸血鬼とは相対してきた。扱いは任せてほしいね!」

 

 

 デュランダルを担ぎ、ギャスパーが入っている段ボールに括りつけてあるヒモを引っ張っぱりだした。

 

 

「ヒィィィィッ! せ、せ、せ、聖剣デュランダルの使い手だなんて嫌ですぅぅぅぅ! 滅せられるぅぅぅぅ!」

 

 「悲鳴をあげるな、ヴァンパイア。なんなら十字架と聖水を用いて、さらにニンニクもぶつけてあげようか?」

 

「ニンニクはらめぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 

 ・・・・・・ゼノヴィアに任せて大丈夫なのか?

 

 ・・・・・・先行きが不安になってきた。

 

 

「そういうことなら、力になってくれそうなヒトを呼んでくるよ」

 

 

 兄貴はそう残し、どこかへ行ってしまった。

 

 

「とりあえず、デュランダルちゃんのお手並み拝見といこうぜ」

 

 

 レンの言う通り、とりあえず見守るため、ゼノヴィアのあとを追うのだった。

 

 

-○●○-

 

 

「ほら、走れ! モタモタしてると、このデュランダルの餌食になるぞ!」

 

「いやぁぁぁぁぁっ!? デュランダルを振り回しながら追いかけてこないでぇぇぇぇぇっ!?」

 

 

 夕方に差しかかった時間帯、旧校舎の近くでギャスパーがデュランダルを振り回すゼノヴィアに追い回されていた。

 

 

「・・・・・・吸血鬼狩りにしか見えねぇ。ていうか、あいつ、太陽平気なのか?」

 

「平気なところを見る限り、『デイライトウォーカー』なんだろ」

 

「なんだそれ?」

 

「早い話、太陽が平気な吸血鬼だ。苦手には変わりないだろうがな」

 

 

 そもそも、ギャスパーは影もあるし(吸血鬼には本来影がない)、血にもそんなに飢えてないとのことだから、おそらく、人間の血のほうが濃いのかもしれない。

 

 

「私と同じ『僧侶(ビショップ)』にお会いできて光栄でしたのに、目も合わせてもらえませんでした・・・・・・」

 

 

 アーシアが残念そうにしていた。ちょっと涙目だ。

 

 イッセーから聞いたが、自分と同じ『僧侶(ビショップ)』に会うのを非常に楽しみにしてたみたいだ。

 

 

「ひっく・・・・・・どうして、こんなことをするんですかぁぁぁ?」

 

 

 ギャスパーは地面にヘタリ込み、涙目でゼノヴィアに訊いた。

 

 

「健全な魂は健全な肉体に宿る。まずは体力を鍛えるのが一番だ!」

 

 

 おまえ、少し──いや、結構楽しそうにしてるな? スポ根系のノリが好きなのか?

 

 とはいえ、ついさっきまで引きこもってた奴にそのノリはキツすぎるだろ。

 

 

「もうダメですぅぅぅ! 一歩も動けませぇぇぇん!」

 

「・・・・・・ギャーくん」

 

 

 泣き言を言うギャスパーに塔城が何かを差し出す。

 

 

「・・・・・・これを食べればすぐに元気に──」

 

「いやぁぁぁぁぁっ!? ニンニク嫌いぃぃぃぃぃ!」

 

 

 塔城が手に持っていたのはニンニクであり、それを見たギャスパーは顔を青ざめさせながら、逃げるように再び走りだした。

 

 

「・・・・・・好き嫌いはダメだよギャーくん」

 

「うわぁぁぁん!」

 

「・・・・・・好き嫌いはダメだよギャーくん」

 

「いやぁぁぁぁぁん! 小猫ちゃんが僕をイジメるぅぅぅ!」

 

 

 塔城も心なしか、楽しそうにギャスパーを追いかけていた。

 

 

「ほらほら、イジメないイジメない」

 

 

 そこへ、姉貴が割って入る。

 

 姉貴の登場にギャスパーは救世主が現れたかのような表情を明るくする。

 

 

「とりあえず、ギャー助、これ飲みな。水分補給は大事だぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 ギャスパーが姉貴からペットボトルを受け取る。

 

 ラベルにはこう書かれていた。

 

 

『飲んで心と体の邪気を祓ってリフレッシュ!! ホーリーウォーター』

 

 

「聖水ぃぃぃぃぃっ!? いやぁぁぁぁぁ! 浄化されちゃうぅぅぅぅぅ!」

 

 

 姉貴までイジリ始めやがった。

 

 実際はそういうキャッチフレーズと製品名のただのミネラルウォーターなんだが、ギャスパーは気づいていない。

 

 

「おー、やってるな、オカ研」

 

 

 そこへ匙が現れた。

 

 

「おっ、匙じゃん」

 

「よー、兵藤。解禁された引きこもりの眷属を見に来たぜ」

 

「ずいぶん耳が早いな?」

 

「会長から聞いたんだよ。それで、その眷属は?」

 

「ああ、それならいま、ゼノヴィアと小猫ちゃんと千春さんに追い回されてるぜ」

 

「おお! 金髪美少女かよ!」

 

 

 ギャスパーを見て、イッセーと同じ反応をする匙。

 

 

「・・・・・・女装野郎だけどね」

 

「・・・・・・マジか・・・・・・こんな残酷な話があっていいものか・・・・・・」

 

 

 それを聞き、これまたイッセーと同じく、匙は地面に手を着き、ガックリと項垂れ、同じことを呟いていた。

 

 

「こんなの詐欺じゃねぇか! つーか、引きこもりが女装って、誰に見せるんだよ!」

 

「わかる! 気持ちはわかるぞ、匙よ!」

 

 

 匙の言葉にイッセーはうんうんと頷いていた。

 

 

「へえ、魔王眷属の悪魔さん方はここで集まってお遊戯してるってわけか」

 

 

 その聞き覚えのある声を聞き、俺とイッセー、千秋は一気に緊張感が高まってしまう!

 

 声がしたほうを見ると、アザゼルがこちらに向かって歩いていた。

 

 

「やあ、悪魔くん──いや、赤龍帝。元気そうだな」

 

「アザゼル!」

 

 

 イッセーの一言で空気が一変した。

 

 俺と千秋は身構え、イッセーも自分の後ろに隠れたアーシアを守るように『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を出す。ゼノヴィアもデュランダルを構え、槐と塔城がアザゼルの背後に回る。

 

 

「・・・・・・こいつがイッセーくんを!」

 

 

 鶫も目を見開くほど怒りをあらわにし、燕も怒りの視線をアザゼルに向ける。

 

 

「ひょ、兵藤、アザゼルって!?」

 

「マジだよ! 実際、こいつとは何回も接触している!」

 

「くっ!」

 

 

 匙も神器(セイクリッド・ギア)を出して構える。

 

 

「はいはーい、皆、構え解こうねー」

 

「千春の言う通りだ。このヒトにやる気はねえよ。それ以前に、戦っても勝負になんねぇのはわかってるだろ?」

 

「冬夜の妹に竜胆の弟の言う通りだ。やる気はねえよ。ほら、構えを解けって」

 

 

 姉貴とレン、そして、アザゼルの言葉を聞いても、俺たちは構えを解かなかった。

 

 

「──ったく、威勢だけはいいな」

 

「何しに来た!?」

 

「いきなりだな、赤龍帝。なに、散歩がてらちょっと見学だ。聖魔剣使いはいるか? そっちも見に来たんだが」

 

「木場ならいない! それにあんたが木場を狙ってるってなら!」

 

 

Boost(ブースト)!』

 

 

 イッセーの想いに応えるかのように、イッセーの籠手から音声が鳴る。

 

 

「相変わらず威勢だけはいい男だな。そうか、聖魔剣使いはいないのかよ。つまんねぇな。まぁいい。そこのヴァンパイア」

 

 

 木の陰に隠れていたギャスパーはアザゼルに呼ばれ、ビクつきながら顔を覗かせる。

 

 

「『停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』の持ち主なんだろう? そいつは使いこなせないと害悪になる代物だ。五感から発動するタイプは、持ち主のキャパシティが足りないと自然に動きだして危険極まりないからな。補助具などで不足している要素を補えばいいと思うが・・・・・・。そういや、悪魔は神器(セイクリッド・ギア)の研究が進んでいなかったな」

 

 

 ギャスパーの両眼を覗き込むようにしていたアザゼルは、その視線を匙に移す。

 

 

「それは『黒い龍脈(アブソープション・ライン)』だな? 訓練なら、そいつをヴァンパイアに接続して、余分なパワーは吸い取りつつ、発動させるといい。暴走も少なくて済む」

 

「・・・・・・お、俺の神器(セイクリッド・ギア)、相手の神器(セイクリッド・ギア)の力も吸えるのか? ただ単に敵のパワーを吸い取って弱らせるだけかと・・・・・・」

 

「なんだ、知らなかったのか。そいつは五大龍王の一角、『黒蛇の龍王(プリズン・ドラゴン)』ブリトラの力を宿していてな。物体に接触し、その力を散らせる能力がある。短時間なら、他の者に接続させることも可能だな」

 

「こいつにそんな力が・・・・・・。じゃ、じゃあ、俺側のラインを・・・・・・例えば兵藤とかに繋げれば、兵藤のほうにパワーが流れたりとか?」

 

「ああ。成長すれば、ラインの本数も増える。そうすりゃ、吸い取る出力も倍々だ。・・・・・・ったく、これだから最近の神器(セイクリッド・ギア)所有者は自分の力をろくに知ろうとしない。まあ、いまのは最近の研究でわかったことなんだがな」

 

 

 アザゼルはまるで学者のようにうんちくを語っていた。

 

 

「・・・・・・なんのつもりだ? 敵対してる種族にわざわざアドバイスするようなマネを・・・・・・」

 

 

 俺の問いにアザゼルは不敵に笑みを浮かべる。

 

 だが、俺の問いに答えたのは別の人物だった。

 

 

「単に研究者らしく、研究で知ったことを披露したいだけだよ」

 

 

 兄貴が見知らぬ少女を連れて現れた。

 

 

「よう、冬夜。ひさしぶりだな」

 

「おひさしぶりです、アザゼルさん」

 

 

 兄貴とアザゼルは仲良さげに再会の挨拶をしていた。

 

 

「・・・・・・兄貴、そのヒトは?」

 

 

 俺は兄貴の隣にいる少女のほうを見ながら訊いた。

 

 ノースリーブのゴシック調の服装で、赤いリボンで左右非対称のツインテールにした金髪、右目が赤で左目が青のオッドアイ、まるで人形のように整った顔立ちをしていた。どことなく、容姿の特徴がギャスパーと似ていた。

 

 

「ごきげんよう、冬夜の弟さん。お会いするのは初めてでしたわね。わたくしはレイチェル・ブラッドムーン。吸血鬼のお姉さんですわ」

 

 

 吸血鬼──なるほど、だからギャスパーと容姿の特徴が似てたのか。

 

 

「吸血鬼の特訓をするのなら、同じ吸血鬼の彼女に色々訊くのがいいと思ってね」

 

「冬夜に呼ばれて来ましたわ。皆さん、どうぞレイチェルと。以後、お見知りおきを」

 

 

 レイチェルさんはスカートの裾を持って上品にお辞儀をした。

 

 

「ヒッ、ブラッドムーンって、純血の・・・・・・」

 

「ええ、名門のブラッドムーン家ですわ」

 

 

 それを聞き、ギャスパーはレイチェルさんのことを怯えた表情で見る。

 

 

「アザゼルさん! やっと見つけましたよ!」

 

「・・・・・・悪魔以外の邪な気配を感じると思ったら、堕天使と吸血鬼がいるじゃない」

 

 

 そのタイミングで、今度は飛神一姫さんとアリシエラ・ヴィスコンティさんが現れた。

 

 レイチェルさんが二人のほうを見ると、途端に挑発的な笑みを浮かべる。

 

 

「あらあら、誰かと思いましたら、()()()()()()()()()()ではありませんか♪」



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Life.7 女の戦い、勃発です!

「「──あ"?」」

 

 

 レイチェルさんの言葉に飛神一姫さんとアリシエラ・ヴィスコンティさんがニコニコフェイスでドスの効いた声を発した。

 

 こ、怖い! ニコニコフェイスなのが余計に怖い!

 

 

「──誰かと思ったら、とーくんに付き纏ってる淫乱蝙蝠さんじゃないの」

 

「──そういうあなたは不良集団のリーダーじゃない。さすが不良。他人の縄張りを我がもの顔で闊歩してるなんて」

 

「それはアザゼルさんとヴァーくんだけです。私たちはちゃんと、リアス・グレモリーさんに許可をもらって、仕事で来てるんです。(あたま)(いのしし)シスターさんこそ、ヒトの縄張りを勝手にうろついてるじゃない」

 

「私たちもちゃんと許可もらって、仕事で会談場所の下見に来てるのよ」

 

「あらあら、不良とゴリラの醜い争いが始まってしまいましたわ」

 

「「あ"!」」

 

 

 三人は歩み寄り、お互いに睨み合う。いや、レイチェルさんだけは楽しげだった。

 

 ヴィスコンティさんはエクソシストだから、吸血鬼のレイチェルさんと堕天使側の飛神さんを敵視するのはわかるし、逆にレイチェルさんと飛神さんもヴィスコンティさんを敵視するのもわかる。・・・・・・レイチェルさんと飛神さんがお互いに敵視する理由はわからないけど。

 

 とにかく、三人がお互いに敵視するのはわかる──わかるんだけど、なんだろう・・・・・・なんか、そんな感じじゃない。

 

 なんというか、その・・・・・・先日の部長と朱乃さんのケンカと同じように見えた。

 

 笑顔を引きつらせた冬夜さんがコソコソと三人から離れて、こちらにやってきた。

 

 

「・・・・・・どうしましょう、アザゼルさん?」

 

「どうするって、いつものことだろうが。そもそも、おまえのせいでああなってんだから、おまえが責任もってなんとかしろよ」

 

「・・・・・・ですよねー」

 

 

 冬夜さんは苦笑いを浮かべながら、ガックリと項垂れてしまう。

 

 俺は冬夜さんに訊いてみる。

 

 

「えーと、どういうことなんですか、冬夜さん?」

 

「えーと、そのー・・・・・・」

 

 

 冬夜さんは照れくさそうに苦笑しながら頬をかいて言葉を濁してた。

 

 すると、アザゼルが代わりに答える。

 

 

「早い話、あいつらはこいつに惚れてんだよ。で、こいつを取り合って、ああなってるってわけだ」

 

 

 あー、そういうことなのね。

 

 あんな美人なお姉さんたちに言い寄られるなんて、羨ましすぎる・・・・・・!

 

 それはそれとして、女の子のケンカに巻き込まれる大変さは知ってるので、冬夜さんに同情もしてしまう。

 

 

「ちなみに、あれにあと何人か加わるよ」

 

「さらに言うと、一人は俺と槐の姉だぜ。もちろん、超美人だぜ」

 

「・・・・・・そして、会うとああやってすぐにケンカが始まってしまう。まあ、ほとんどはレイチェルさんが楽しんで煽るせいなんだが・・・・・・」

 

 

 千春さん、レン、槐が追加情報をくれた。

 

 アザゼルが呆れたようにため息を吐きながら言う。

 

 

「・・・・・・ったく、まだはっきりしてねぇのかよ?」

 

「・・・・・・そうは言いましても、彼女たちは真剣に好意を向けてくれてるんですよ。だったら、半端な答えなんて出せるわけないじゃないですか。・・・・・・・・・・・・まあ、その結果、こうしてはっきりしないまま、ずるずると引きずってるわけですけどね・・・・・・」

 

 

 冬夜さんは自嘲気味に笑っていた。

 

 

「誰か一人決められないのなら、いっそのこと、ハーレムにしちまえばいいじゃねぇか」

 

 

 ハーレム!

 

 アザゼルの言葉に思わず過敏に反応してしまう。

 

 

「・・・・・・それこそ、ああしてケンカしてる彼女たちが一番納得しないでしょう」

 

「そこをどうにかするのが男の甲斐性なんだろうが。それに、ハーレムは男のロマンだろうが」

 

 

 アザゼルの言葉に俺は衝撃を受けてしまう。

 

 

「・・・・・・あ、あんた、まさか、ハ、ハーレムを作ったことがあるのか・・・・・・?」

 

 

 俺はアザゼルにおそるおそる訊いた。

 

 

「おうよ。これでも過去数百回ハーレムを形成したことがあるぜ!」

 

 

 マ、マジか! それはつまり、ハーレム王ってことじゃねぇか!

 

 堕天使総督アザゼル、な、なんて恐ろしい男だ・・・・・・!

 

 

「イッセーくん。アザゼルさんのハーレムは全部遊びの関係だったから、参考にしないほうがいいよ。そんなだから、周りに奥さんができたヒトがどんどん増えているなか、いまだに独り身なんだよ、このヒト」

 

「おまっ、それを言うなよ!」

 

 

 マジで! 過去数百回もハーレム形成したのに、奥さんできなかったの!

 

 

「・・・・・・そりゃ、そんだけ女遊びしてれば、できねぇだろ」

 

 

 明日夏が呆れ気味に言った。

 

 う、うーん、ま、まあ、確かに。常識的に考えれば、そうだよな。

 

 だけど、やっぱり、女遊びは男のロマンだと思うんだよな!

 

 

「冬夜ー、不良とゴリラが絡んできますわー♪」

 

 

 レイチェルさんが冬夜さんにの後ろに隠れる。

 

 そもそも、煽ったのあなたですよね!?

 

 

「へー、とーくんはレイチェルの味方をするんだー」

 

「残念よ、冬夜。吸血鬼に魅入られるなんて」

 

 

 飛神さんはどこからか取り出した木刀を持っており、ヴィスコンティさんは拳を鳴らしていた。

 

 二人はニコニコフェイスで冬夜さんとレイチェルさんににじり寄ってくる。

 

 

「怖いですわー、冬夜ー♪」

 

 

 そう言うレイチェルさんは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

 あなた、絶対にこの状況を楽しんでますよね!?

 

 

「ふ、二人とも、とりあえず落ち着こうか? ね? あと、レイチェルもそろそろ煽るのやめよう・・・・・・」

 

「どうしましょうかしら♪」

 

 

 レイチェルさんは困ってる冬夜さんを見て楽しそうにしていた。

 

 もしかして、このヒト、朱乃さんみたいにドSなのかな?

 

 

「えい♪」

 

「ちょっ!?」

 

「「──ッ!?」」

 

 

 レイチェルさんが冬夜さんの腕に抱きついた。

 

 冬夜さんは戸惑い、飛神さんとヴィスコンティさんは怖いぐらい視線を鋭くして冬夜さんとレイチェルさんを睨んでいた。

 

 そして、満面の笑みを浮かべると──。

 

 

「「ぶちのめす!」」

 

 

 そう言うと、飛神さんの木刀とヴィスコンティさんの拳がオーラに包まれた!

 

 肌がピリピリし、背筋がゾクゾクするこの感じ、エクスカリバーと対峙したときと同じ感覚!

 

 もしかしてあれ、聖なる波導!?

 

 

「望むところですわ!」

 

 

 レイチェルさんも明日夏たちのように魔法陣から古めかしい拳銃とライフルを取り出し、銃口を二人に向ける。

 

 ちょっ、ここでやり合う気ですか!?

 

 一触即発の空気に俺たちが身構えた瞬間──。

 

 

「「はぁ」」

 

 

 飛神さんとヴィスコンティさんがため息を吐くと、発せられていた聖なるオーラが消えた。

 

 

「あらあら、もう終わりですか。つまらないですわね」

 

 

 レイチェルさんも拳銃とライフルを魔法陣にしまった。

 

 

「・・・・・・さすがにこれ以上はマズいよね。リアス・グレモリーさんに迷惑かけちゃうし、下手したら、三大勢力の戦争の再開のきっかけになりかねないし」

 

「・・・・・・そうね。男の取り合いがきっかけで戦争再開なんて笑い話にもならないわ」

 

 

 あんなに一触即発な雰囲気だったのが、あっさりと互いに矛を収めちゃったよ。

 

 はなっからやり合う気はなかったってことかな?

 

 アザゼルが三人に言う。

 

 

「そうだぞ、おまえら。ただでさえ、好戦的な奴らがピリピリしてんだからよ。会談前に盛大にやり合えば、戦争再開になりかねねぇぞ」

 

 

 あんたが言うなよ!

 

 勝手に部長の縄張りで好き勝手やってた奴のくせに!

 

 冬夜さん、レイチェルさん、飛神さん、ヴィスコンティさんも「どの口が言ってんだ」って言いたそうにジト目でアザゼルを睨んでた。

 

 

「・・・・・・もとはといえば、とーくんがいつまでもはっきりしてくれないのがいけないんだよ」

 

「・・・・・・優柔不断で誠に申し訳ございません」

 

 

 飛神さんにジト目で睨まれ、冬夜さんは申し訳なさそうに笑っていた。

 

 なんか、モテてるってのも大変なんだな・・・・・・。

 

 それはそれとして、モテモテなのが羨ましい!

 

 

「だから言ったではありませんか。いっそのこと、全員が冬夜のものになればいいのですわ。わたくしはこれでも元貴族ですからね。愛人には寛容ですわよ」

 

「「だからシレッと正妻ポジ確保するな!」」

 

 

 レイチェルさんの提案に飛神さんとヴィスコンティさんが即座にツッコンだ。

 

 

「はぁ、これ以上、不毛な争いはやめようか・・・・・・」

 

「そうね。いずれ決着はつけるとして、いまは自分の仕事をしましょうか」

 

「というわけで、行きますよ、アザゼルさん。これ以上、勝手にうろついてたら、本当に戦争になりかねませんよ」

 

「わーったよ。そういうことだ。あとは自分たちでやってみろ。それと、ヴァーリの奴が勝手に接触して悪かったな。さぞ驚いただろうが、あいつだって、いますぐ赤白ライバルの完全決着をしようなんて思ってないだろうさ」

 

 

 アザゼルはそう言うが・・・・・・。

 

 

「・・・・・・正体を隠して、たびたび俺に接触してたあんたのほうは謝らないのかよ?」

 

「そりゃ、俺の趣味だ。謝らねぇよ」

 

 

 それだけ言うと、アザゼルはこの場から去っていった。

 

 

「・・・・・・さすが堕天使のトップ。絵に書いたような問題児だわ。あんたも大変ね?」

 

「・・・・・・いつものことだよ。皆さん、うちの総督が驚かせてすみませんでした」

 

 

 飛神さんが恭しく頭を下げてきた。

 

 このヒト、滅茶苦茶苦労してそうだな。

 

 

「それじゃ、私も行きますね」

 

「私も行くわ」

 

 

 飛神さんはアザゼルを追うように、ヴィスコンティさんは逆方向に向かってこの場から去っていった。

 

 

-○●○-

 

 

 場所は変わって体育館。

 

 

「行くぞ、ギャスパー!」

 

「は、はいぃぃ・・・・・・」

 

 

 俺の掛け声に頭に匙のラインを繋げ、ブルマ姿のギャスパーは弱々しく返事する。

 

 それにしても、ブルマが似合ってるのが腹立つな・・・・・・。

 

 気を取り直して、俺はギャスパーに向けてバレーボールを投げる。

 

 次の瞬間、あの妙な違和感を感じたあと、ギャスパーが姿を消していた。

 

 ボールだけを停めるはずが、俺たちまで停められてしまった。

 

 

「ほらほら、誰も皆を停めちゃったことを怒らないから」

 

 

 冬夜さんが逃げようとしていたギャスパーの背中を押して、優しく連れ戻してきた。

 

 

「まだ力が強すぎるのかな? 匙、もう少し吸い取ってくれないか」

 

「ほい来た」

 

「悪いな。付き合わせちゃって」

 

「気にすんな。俺も自分の力のことを知れたしな」

 

 

 その後も、何回か投げたボールだけを停める訓練をしたけど、成功率は安定しない。

 

 ギャスパーは失敗するたびに泣きながら謝ってこの場から逃げようとする。

 

 まあ、匙のラインが繋がってるから場所はすぐわかるし、冬夜さんは停められてないから逃げようとするギャスパーにすぐ追いつけるんだけどな。

 

 

「なかなか安定しないな・・・・・・」

 

 

 匙が神器(セイクリッド・ギア)の力を散らしてるおかげで暴発自体はなくなったけど、安定して発動させることが難航していた。

 

 そこへ、レイチェルさんが提案する。

 

 

「あなたの血を飲ませてみてはいかがかしら? ハーフでも吸血鬼です。赤龍帝の血を飲めば、力がさらに高まるリスクもありますが、同時に安定もするはずですわ」

 

「だとよ。試しに俺の血を飲んでみるか?」

 

「ひぃぃぃっ!? 血嫌いですぅぅぅ!」

 

 

 吸血鬼なのに!?

 

 

「まあ、ハーフでは珍しいことではありませんわ。人間の血のほうが濃いと、味覚が人間よりになってしまいますから」

 

 

 なるほど。それで血が嫌いなのか。

 

 

「血嫌いですぅぅぅ! 生臭いのダメぇぇぇ!」

 

「・・・・・・へたれヴァンパイア」

 

「うわぁぁぁん! 小猫ちゃんがイジメるぅぅぅ!」

 

 

 小猫ちゃんの容赦ない一言に泣きだしてしまった。

 

 

「どう、練習ははかどってるかしら?」

 

 

 部長が様子を見に来てくれた。ギャスパーのことが気になって、少し抜けてきたようだ。

 

 差し入れにサンドイッチを作ってきてくれたので、休憩がてら、サンドイッチをいただく。

 

 くー! チョーうまい!

 

 

「部長、うまいっス!」

 

「ふふふ、ありがとう。ありあわせの材料しかなかったから、簡単なものしか作れなかったのだけど、よかったわ」

 

 

 サンドイッチを食べながら、アザゼルのことを部長に話した。

 

 

「そう・・・・・・アザゼルが神器(セイクリッド・ギア)についてアドバイスを。アザゼルは神器(セイクリッド・ギア)について造詣が深いと聞くわ。敵対勢力に助言するほど余裕ということかしら・・・・・・」

 

 

 悩む部長に冬夜さんが言う。

 

 

「ただ面倒見がいいだけですよ。あのヒト、結構お人好しだから」

 

 

 お人好しね・・・・・・。まあ、サーゼクスさまも、戦争のとき、最初に手を引いたのは堕天使だって言ってたからな。

 

 

「それで、練習のほうはどうなのかしら?」

 

「狙ったものだけを停めるのになかなか苦労してますよ。何より、失敗するたびに逃げだそうとしてしまって・・・・・・」

 

 

 正直、神器(セイクリッド・ギア)を使いこなせていないことよりも、ギャスパーの性格のほうが厄介だった。

 

 ギャスパー自身も、このままじゃダメだからがんばろうって気構えは感じられるんだけどな。

 

 

「まあ、ハーフなうえ、危険な神器(セイクリッド・ギア)の所有者という時点で、転生するまでどのような生活をしていたかは、容易に想像つきますわね」

 

 

 レイチェルさんが吸血鬼について説明してくれる。

 

 

「吸血鬼には二種類の存在がいますわ。純血とそんでない者。純血の者たちは基本的に悪魔以上に血統を重んじ、排他的で差別的ですわ。ゆえに純血でない者を軽視、侮蔑します。当然、ハーフも同様ですわ」

 

「ええ、ギャスパーは親兄弟たちから差別的な扱いを受けてきた。しかも、時間を止めるなんて厄介な力まで授かってしまった。、制御すらできないものだから、怖がられ──いえ、忌み嫌われたといったほうが正しいかしら。当然よね。何をされたって自分はまったく気づかないのよ。そんな者の近くにいたいと思わないものね。結局、ギャスパーは家を追われ、人間界に来たら来たで、バケモン扱いされた。そして、路頭に迷っていたところをヴァンパイアハンターに命を奪われ、そのとき、私が悪魔として転生させたの」

 

 

 ・・・・・・こいつにもそんな過去が。

 

 俺はギャスパーのほうを見る。

 

 部長の話を聞いて、過去を思い出してるのか、ぶるぶると震えていた。

 

 それに、レイチェルさんのことをまた怯えた表情で見ていた。

 

 純血の親兄弟に差別されてきたんだからな。同じ純血のレイチェルさんに苦手意識を持っても仕方ないよな。

 

 レイチェルさんがギャスパーを安心させるように言う。

 

 

「安心してください。わたくしは変わり者ですからね。純血だとかそうでないかなど気にしませんわ。そもそも、わたくしは家を出奔した身です。ですから、もう貴族でもなんでもありませんわ」

 

 

 そういや、さっき自分のことを元貴族だとか言ってたな。

 

 

「どうして家を出ちゃったんですか?」

 

 

 ちょっと気になったので、聞いてみた。

 

 

「わたくし、一族の中でも才女と言われるくらいには、才能があったのですけど、そのせいで『ツェペシュ派』である父や兄たちから疎まれていましたの」

 

「ツェペシュ派?」

 

「吸血鬼は『ツェペシュ派』と『カーミラ派』という二つの派閥に別れておりますの。簡単に言いますと、ツェペシュ派は男のほうが偉い、カーミラ派は女のほうが偉いという時代遅れな主張をしてますの。ブラッドムーン家はツェペシュ派。しかも、父と兄たちは一際酷い男尊女卑思想の持ち主で、男の自分たちよりも才のある女の存在はたとえ純血であろうと許せない方たちでしたわ。母もそんな父にいびられていたせいで、わたくしに当たるばかりでしたわ」

 

 

 うわー、酷いな、レイチェルさんの家族。

 

 

「そんな家族が嫌になって家を出たと?」

 

「いえ、うっとおしかったですけど、無視すればいいだけでしたから。それに、妹のことだけは好きでしたから」

 

「レイチェルは結構シスコンだからね」

 

「冬夜にだけは言われたくありませんわ」

 

 

 確かに。冬夜さんは結構シスコンだからな。

 

 サーゼクスさまも結構シスコンぽかったし、すぐ仲良くなれたのも、そういうところで意気投合したのかも。

 

 

「妹はとてもいい子でしてね。わたくしに似て差別的でもないですし、なんでしたら、感覚が庶民寄りだったりしてましたの。まあ、わたくしもこう見えて、感覚が庶民寄りですけど」

 

 

 ああ、だから、ハーフでも差別したりとかしないのかな。

 

 途端にレイチェルさんは苛立たしげに話し始めた。

 

 

「ですが、兄たちがわたくしの目の届かないところで妹をイジメてましたの。わたくしのことで溜まっていた鬱憤を晴らすこともかねてか、もはや虐待でしたわ。父は当然止めませんし、母も父にいびられていた反動から一緒になって虐待する始末です。さすがに堪忍袋の緒が切れましたわ。ですから、妹と一緒に家を飛び出したのですわ。その際、父たちをボロ雑巾のようにしたあと、裸にひん剥いて、ニンニクで作った猿轡をした状態で純血以外の吸血鬼たちが暮らす城下町の広場に晒してあげましたわ」

 

 

 うわー、えげつない・・・・・・。たぶん、無視してたと言っても、家族に対して相当鬱憤が溜まってたんだろうな。

 

 

「冬夜と出会ったのは、ちょうどその頃でしたわね」

 

「アリシエラと出会ったのもね」

 

 

 へぇ、そんときに冬夜さんたちは出会ったのか。

 

 

「そういえば、あなた、純血のわりには、影もあるし、生気を感じさせる顔をしてるわね? それに、陽の光も平気そうね?」

 

「ああ、これは幻影魔法でそう見せてるだけですわ」

 

 

 部長に訊かれたレイチェルさんは、手元に魔法陣を出す。

 

 すると、顔が生気を感じさせないものになり、影も消えてしまった。

 

 

「こうでもしないと、周りの人が驚いてしまいますからね」

 

 

 確かに。この見た目だと、周りに騒がれるだろうな。

 

 

「陽の光が平気なのも、魔法で保護してるのですわ」

 

 

 魔法か。ギャスパーは魔法の才能もあるって言ってたな。

 

 

「あの、魔法って実際どういうものなんですか?」

 

 

 ファンタジーでは定番だけど、実際はどういうものなのか気になった。

 

 

「簡単に言いますと、悪魔の魔力を人の身で再現したものですわ」

 

 

 レイチェルさんの説明に部長が付け足す。

 

 

「最近じゃ、悪魔の魔力じゃ再現できないものが多くなって、その技術を求めて契約をする悪魔がいるのだけどね」

 

 

 へぇ、もとは悪魔の魔力の再現だったけど、いまじゃ、逆に悪魔じゃ再現できないものがあるんだ。

 

 

「俺でも使えますか?」

 

「結構難しいですわよ。『術式を扱うだけの知識』と『頭の回転と計算力』が必要ですから」

 

 

 うへぇ・・・・・・めちゃくちゃ頭を使うってことかよ・・・・・・。

 

 ・・・・・・俺じゃ無理そうだな。

 

 

「さて、私はそろそろ戻らないといけないわ。重ね重ね申し訳ないけど、ギャスパーのことお願いね」

 

「任せてください、部長!」

 

 

 部長が戻ったところで、俺たちはギャスパーの特訓を再開するのだった。



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