インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う (Su-57 アクーラ機)
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プロローグ

 以前に投稿していた小説のリメイクとなっています。

 知識が至らず、「?」と思われる設定や文章が見受けられるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。










 某所上空

 

 

《こちらタイガー・ワン、複数の敵機と接触。ミサイルをロックされている》

 

《了解、援護に向かう》

 

 

《ミサイルだ! ホーク・スリー、右へ回避! フレアもありったけぶち撒けろ!》

 

ブレイク(急旋回)する!》

 

 

《フォーメーションを組み直せ。数で押す》

 

 どこまでも青い空にまばらに浮かぶ黒煙、断続的に鳴り響く爆音。墜とし墜とされの戦いを繰り広げる敵味方の戦闘機。

 

《ウォーバード・ワン、ウォーバード・ワン! 1時方向に敵機!》

 

「任せろ、バード・ツー」

 

《了解。後ろに付きます、隊長》

 

 僚機からの無線に反応し、直ぐさま敵機の背後をとって機関砲のトリガーを引く。その間僅か数秒。

 しかし、その数秒で全身を孔だらけにされた敵戦闘機は破片や燃料を撒き散らしながら墜ちていった。

 

「敵機撃墜!」

 

《ナイスキル、ウィル! さすが、【サメ(アクーラ)】の名は伊達じゃありませんね!》

 

 ウィルの愛称で呼ばれたパイロット──ウィリアム・ホーキンス空軍中佐。彼は自身の乗機を巧みに操りながら次の敵機を探し、襲い掛かる。

 

《クソッ、奴だ! (サメ)野郎だ! 誰か援護してくれ!》

 

 ふと、無線機から誰かの焦燥しきった声が響いた。

 

《畜生、どこまでもついて来やがる……!!》

 

 苛立ちの籠った声と共に、僅かにレーダーロック警報の音も聞こえる。そして何より【鮫野郎】と言う単語。

 声の主は、現在進行形で回避行動をとっている敵機のパイロットだ。何かの拍子に無線が混線してしまったらしい。

 

「逃がさん……!」

 

 敵機を空対空ミサイルの射程内に収めたウィリアムは、操縦桿の赤いボタンをカチリと押す。

 バシュゥゥゥ! と言う音と共に機体主翼のハードポイントから射出された空対空ミサイルは逃げる敵機に狙いを定めて突入し、エンジン部を吹き飛ばした。

 

「よし、もう1機も墜とした!」

 

 破片に巻き込まれないように機体をバレルロールさせながら爆炎を通り過ぎる。

 

【鮫野郎】とは敵が恨みを込めて付けてきた渾名だった。彼、ウィリアムが搭乗する機体には機首にシャークマウスがペイントされていて、加えて彼自身の空での名前も【アクーラ(サメ)】である。

 それ故に敵に【鮫野郎】と呼ばれる他、味方からも【鮫】や【シャーク】と呼ばれたりしていた。

 

《バンディットフィニートォ! 今日の俺は絶好調だぜ!》

 

 無線越しにハイテンションな声を上げているのは、ウィリアムが隊長を務めるウォーバード隊の2番機であるパイロット──ガッツだ。

 

《隊長、こいつら航空学校ぐらいは卒業して来たみたいですね》

 

「おいおい、連中が操縦してるのは民間のセスナ機じゃなくて武装した戦闘機だぞ?」

 

 共に幾度と無く死線を潜り抜けてきたガッツはウィリアムが最も信頼する部下であり、また冗談を言い合う旧知の仲でもある。

 

《ははっ、違いない。さぁて、敵も残り少ない。ちゃちゃっと片付けましょう!》

 

「もちろんだ」

 

 そう言って、未だ空域に残っている敵機を排除しに向かおうと機体を旋回させたその時、悲劇は起きた。

 

「ッ!!?」

 

 ボンッ! という爆発音と共に襲い来る凄まじい衝撃波。それによって座席の背もたれに強く押し付けられるウィリアム。

 

 粉々に割れ、強風が直接吹き付けるキャノピー。

 

 鳴り止まない警報。

 

 ノイズが走り続ける計器板。

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ク……ソッ……!」

 

 ──飛び散った鮮血。

 

 コックピットのすぐ正面で突如として何かが炸裂した(・・・・・・・)のだ。

 

「グッ……!?」

 

 混乱する思考を無理に引き戻し、何とか機体の姿勢を整えようと操縦桿を動かした途端、腹部に鋭い痛みを感じてウィリアムは顔を歪める。

 ゆっくり視線を這わすと、そこには幾つもの鉄片が突き刺さっていた。敵味方どちらかの機が発射したミサイルが流れ弾となり、そこに運悪くウィリアムがいたのだ。

 

《中佐ッ!! 中佐、聞こえますかッ!?》

 

 霞む視界の中、ガッツが必死に呼び掛けてくる。

 

《中佐、機体から火が出ています! 脱出して下さい!》

 

 その言葉にウィリアムはだんだんと痛みの感覚が麻痺してきた体に鞭打って、股下の緊急射出(ベイルアウト)用のレバーを両手で引いた。

 が、しかし──

 

「……ダメだ、反応しない……」

 

 何度か試したが、射出レバーはうんともすんとも反応しない。

 

《そんな……!? 中佐、射出です! もう1度!!》

 

「ふっ……! ぐ……!」

 

 言われた通りもう1度レバーを引くが状況は変わらず、本来ならロケットモーターで飛ぶ筈の座席は無反応だった。

 

「反応無し……。機器がイカれたか……フレームが歪んで……配線が切れた……か……」

 

《中佐、どうしたんですか!?》

 

「っ……。……………」

 

《ッ!? まさか……! ダメです中佐、諦めないで下さい!》

 

 (まぶた)が徐々に重くなり始め、呼吸も浅く短いものになっていく。

 

「(あぁ……俺は、死ぬのか……?)」

 

《中佐、目を閉じちゃダメだ! 中佐……ウィルッ!!》

 

 そんなガッツの叫びにも似た声も、とうとう漠然としか聞こえなくなってきたところで、ウィリアムの意識は途絶えた。

 

 



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1話 始まりの笛音

 突然だが俺、ウィリアム・ホーキンスは今猛烈に困惑している。

 

「ほーら、あんよは上手♪ あんよは上手♪」

 

「良いぞ~ウィル。その調子だ、頑張れ」

 

 目の前には、にこやかな表情で俺の両手を取っている女性と、ビデオカメラ片手の男性。

 

「(おかしい。俺はコックピットの中で死んだんじゃなかったのか? なのに……なのに……)」

 

「あなた、録れてる!? ウィルが立って歩いてるわ!」

 

「ああ、ちゃんと録れてるよ。ウィル、凄いじゃないか!」

 

「(……何で俺は、紙オムツを履いてヨチヨチと二足歩行の練習なんてしてるんだ……!?)」

 

 俺が、俺として目を覚ました(・・・・・・・・・・)のは、つい数分前の事である。あの日、コックピット内で息絶えたはずの俺は乳児となり、何の疑問も抱かず日常を過ごしていた。

 しかし、偶然にもつけっ放しにされていたテレビに映る、とあるシーンを何気無く見た次の瞬間、頭に猛烈な痛みが走ると同時に忘れていた全ての記憶が脳裏を駆け巡り、空軍中佐としての(ウィリアム・ホーキンス)を叩き起こしたのだ。

 

 ちなみにそのとあるシーンとは、飲んだくれの男性が「I'm back!」と叫びながら戦闘機で巨大UFOに特攻するシーンだった。

 

 ……まあ、その話はいい。

 問題なのは、ここがどこなのかと言う事、目の前の男女は誰なのか、そして、今の俺は紙オムツ一丁で「バブー」とか「アウー」しか言えない状態だという事だ。

 ああ、最悪の気分だ。俺はもう、とうの昔に成人して今じゃ空軍中佐なんだぞ!? そ、それがまた紙オムツ履いておしゃぶり咥えて歩行練習だなんて……! 

 

「(もし、部下にこんな光景を見られたら俺の心は間違い無くブレイクするだろうな。ははっ、笑えねぇ……)」

 

 大の人間がいきなり乳児に戻るなんて聞いた事も無い。これはきっと夢なんだ。そうだ、そうに決まっている。きっと現実の俺はまだ生きていて、ヒョッコリ目を覚ますかも知れない。

 今の俺にはどうすれば良いのかなんて検討もつかないが、自分がまだ生きている事を信じて、ひとまずこの状況に身を(ゆだ)ねることにした。

 

 ▽

 

 あれから歳月は経ち、俺も今では15歳の中学生だ。夢ならいつかは覚めるだろうと思いながら日常を送る俺だったが、ここで過ごしている内にこれは紛れも無い現実であると言う事に嫌でも気付いてしまった。

 当初、自分は本当に死んでしまったと言う事実を受け止めるのは容易ではなかったが、今はもう慣れた。目が覚めてから約15年弱。この世界が夢では無いと言う事を自覚し、己を落ち着かせるには十分な時間だろう。

 

 改めて自分の状況を確認しよう。まず、俺はアメリカ合衆国なる国家の南東に位置するフロリダ州パナマシティに在住しており、姓はホーキンス、名前はウィリアム。つまり、前世と同じく俺の本名はウィリアム・ホーキンスである。

 俺は、大手航空機メーカー『ウォルターズ・エアクラフト社』の開発部に所属している父──ジェームス・ホーキンスと、その妻である母──バージニア・ホーキンスの2人によって拾われた所謂(いわゆる)捨て子で、ある日自宅の玄関先に放置されていたのを見つけたらしい。

 それでも実の息子のように扱ってくれる2人には本当に感謝の念が絶えないし、そんな2人の元で俺は毎日を謳歌していた。

 ……3歳を迎えるまでの間に受け続けた悪夢の日々だけは、例外として永遠の汚点であるが……。

 

 

 

『(クソッ! 離せ! 離してくれぇぇぇ!)』

 

『こら、ウィル。そんなに暴れたらオムツ交換できないでしょ』

 

『(自分でやる! 自分でやるから!)』

 

『ほら、大人しくなさい』

 

『(くっ、殺せ!!)』

 

 

 

 う゛っ!? こ、心の奥底に封印していた出来事まで思い出しちまった……。

 

「おいウィル、大丈夫か? 顔色わりぃぞ?」

 

 顔をしかめながら通学路を歩いていると、不意に肩に手が置かれ、誰かが顔を覗き込んできた。

 

「あ、ああ、大丈夫だ。ちょっとな……。それよりマイク、確か今日だったよな?」

 

 顔色を悪くしていた理由がオムツ交換の悪夢を思い出してた、だなんて友人に言えるわけも無く、俺は話を適当に濁して速やかに話題を切り換える。

 

「ああ! 今日だぜ、男子IS適性検査は!」

 

 そう言ってガッツポーズを決めるマイク。彼の言う男子IS適性検査とは読んで字の如く、【インフィニット・ストラトス】通称ISと呼ばれる機械を扱える適性があるかどうかの検査である。

 

 時をさかのぼる事、約10年前。日本人である篠ノ之 束(しののの たばね)博士によって発明されたこのISは既存の兵器の戦闘力を凌駕する能力を有していたが、これには重大な欠点が存在した。

 その欠点とはISは女性にしか反応しないというものであり、それに便乗するようにして女性が男性を下に見る女尊男卑の風潮が世界に広まってしまったのだが、そんな中、男性でありながらISを起動させた人物──織斑 一夏(おりむら いちか)というイレギュラーが現れ、世界は騒然となった。それも本当につい最近の話だ。

 そして、ここからが本題である。『織斑 一夏と言うイレギュラーが現れたのだから、世界中を探せば男性のIS適性者がまだ見つかるかも知れない』と言う考えの下、急遽実施されたのが男子IS適性検査であり、俺の通う学校でも今日それが行われるのだ。

 

「まったく、今から待ち遠しいぜ。これで俺がISを動かせたら……デュフフヘヘ……。楽園への特急チケットゲットで夢のハーレムへ直行だぜ! いやぁ、モテまくったらどうしようかな~」

 

 検査で不合格が出れば何事も無く普段の日常へ、合格すればIS学園へ行く事になる。

 IS学園とはIS操縦者を育成する教育機関であり、当然そこに集まる生徒は織斑 一夏を除いて全員が女子だ。

 

「気色わりぃ笑い方をするなマイク。それとな、そう言うのを日本じゃ『捕らぬ狸の皮算用』って言うらしいぜ?」

 

「んだよ、ちったぁ応援してくれても良いだろー?」

 

「あーはいはい。幸運を祈ってるぞー」

 

 そんな会話をしながら校門をくぐった俺達は検査が実施されている体育館へと向かう。

 

 

 

 

 

 

シーーーットッ!!

 

ファック!!

 

ガッッッデム!!

 

やかましい! 静かにせんか!

 

 体育館に入ると、そこには適性検査で不合格となった男子生徒達が口々に悲痛な叫び声を上げ、それを教員が一喝して黙らせる、という光景が広がっていた。

 

「俺達が並ぶのはB列だから……」

 

「ウィル、B列はこっちだぜ」

 

 事前に渡された用紙を確認しながら割り当てられた列に並び、順番を待つ俺とマイク。

 長蛇の列ではあったが、そもそも確率が恐ろしく低い(と言うより、いるかどうかすら怪しい)検査のため、ISに触れては次の人、次の人、と言う風にトントン拍子に進んで行った。

 

「次の人、前へ」

 

「じゃあなウィル。俺は約束された地への招待状を掴み取って来るぜ!」

 

 検査官に呼ばれたマイクが、サムズアップしながら奥歯を見せて笑う。

 こいつは良い奴だし、容姿だって悪くない。勉強もスポーツもできる。なのに、それを上回るほどの邪念が全てを台無しにしているようで、今は残念な奴にしか見えなかった。

 マイクの手がISの装甲に触れる。――が、ISが起動することは無く、膝から崩れ落ちる。

 そして、絶望に染まった表情で天井を見上げて渾身の叫びを放った。

 

ジーザスクライストッ!!

 

「静かにしろと言っただろうが!!」

 

 マイクの頭上に振り下ろされる拳骨。うわぁ、痛そう。

 

「次の人、前に出てISに触れて下さい」

 

「分かりました」

 

 検査官に言われた通り、静かにISの元へ歩み寄った俺は、無機質な光沢を放つ装甲に触れる。

 

「(まあ、十中八九ISが起動する事は無いだろう。そんな確率で当たるなら、ベガスに行けば大儲けできるかもなぁ。ははは)」

 

 と、心の中で冗談を言って笑ったその時だった。

 

「ッ!?」

 

 キンッと金属質の音が頭に響く。

 そしてすぐ、意識に直接流れて来る凄まじい量の情報の数々。操縦方法、性能、搭載兵装、出力等々……。

 

 カランッ

 

 目の前で、机に座って結果をとっていた検査官の手からペンが転げ落ちる。

 

「 」

 

 ……起動してしまった。

 ……何が? 女にしか動かせないはずのISが。

 ……誰が起動させた? 男であるはずの俺が。

 

「……seriously(マジかよ……)……?」

 

 ISの装甲に触れたまま、俺の口からは情けない声が漏れ出る。

 

 

 

 この日、この瞬間、ウィリアム・ホーキンスの運命の歯車が動き始めた。

 

 



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2話 学園入学に向けて

 体育館でISを起動してしまったあと、俺は速やかに応接室へ連れて行かれ、その後、仕事に出ていた父さんと母さんも大至急で学校に呼び出された。

 やはりISを動かる男性は貴重などと言う言葉では収まり切らないほどの存在らしく、俺は『誰かが起動に成功した際』の手順通り、保護目的も含めてIS学園にぶち込まれるらしい。

 確かに、貴重なサンプルと称して研究所でモルモット人生を歩むよりかは何百倍とマシだが……。

 

「失礼します」

 

 ここの学校長と検査官、両親らと共に机を挟んで今後の学園への入学手続きなどについて話をしている最中、部屋のドアが4回ノックされたあと、軍服を着た屈強な男達と一緒に見覚えのある顔が入室してきた。

 

「兄さん?」

 

 父さんがドアの方に首を巡らし、そして目を丸くする。今、彼が『兄さん』と発言したように、入室して来たのは父さんの実兄であり、俺の伯父にあたる人物──トーマス・ホーキンスだった。

 トーマスは合衆国空軍に勤務しており、階級は大佐。所属基地は、ここパナマシティから東へ約19キロ先に行った半島に建設されている『ティンダル空軍基地』である。

 

「ああ、お待ちしておりました」

 

 椅子から立ち上がった校長が、トーマスと軽く握手を交わす。

 

「……2人目の男性適性者が現れたと聞いた時は驚いたが、お前の名前が出た瞬間、耳を疑ったぞウィリアム」

 

「俺なんて自分の目と性別を疑ったよ、伯父さん」

 

 やや疲れが見える顔を苦笑の色に染めるトーマス。そんな彼に釣られて苦笑いを浮かべながら冗談っぽく答えた俺は、最後に「どっちも正常(・・)だったからタチが悪い……」と言って大きな溜め息を1つ溢した。

 

「まあ、それが普通の反応だろうな。ウィリアム、私は今からお前の父さんと少し話をしてくる。……ジェームス」

 

「分かった」

 

 応接室の更に奥の部屋へ入って行く伯父と父さんの2人。

 

「さて、では2人が話をしている間に学園の入学手続きを済ませましょう」

 

 そう言って検査官は数枚の書類とペンを取り出し、机の上に並べる。

 

「分かりました」

 

「ではまず、ここの記入欄に……──」

 

 

 

 

 

 

「できました」

 

「はい、確認しました。記入漏れも……ありませんね」

 

 手続き書の全ての必須記入欄を埋め終えて検査官に提出していると、ちょうど父さん達も奥の部屋から出てきた。

 

「父さん、話はもう終わったのかい?」

 

「今さっきな。それと、その件で兄さんからお前に話があるそうだ」

 

 俺は頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、父さんの隣に立っている伯父に視線を移す。

 

「IS学園に入学すると言うのは知っての通りだ。だがこれに加え、特例としてお前を空軍に所属させる事になった」

 

「……空軍に?」

 

 眉をひそめておうむ返しする俺に、伯父は「そうだ」と言って頷いた。

 

「いくら男性のIS適性者とは言え、今のお前はまともな後ろ(だて)が無い状態なんだ。まあ、他国から干渉される事は無いだろう。国と国との問題に発展しかねんからな。問題はこの合衆国内でのお前の存在だ」

 

「(俺の存在……国内……成程、話が見えてきたぞ)」

 

 彼の言わんとしている事がある程度予測できた俺は、無言で次の言葉を待つ。

 

「察しがついたような顔ぶりだな」

 

「ああ。たぶんだけど、女性権利団体による干渉だろ?」

 

「その通りだ。連中は間違い無くお前と言う存在を認めたがらない。権力に物を言わせてお前を研究所に閉じ込めろと騒ぎ立てるだろうな」

 

【女性権利団体】ISが女性にしか反応しないと言う事を良い事に急速に力を増した集団だ。この団体は世界のあちこちに存在しており、その思想はまさに女尊男卑。しかも、この団体のせいで近年では【男性至上主義団体】と言う過激派組織まで現れてしまったのだ。

 この男性至上主義団体、元は【男性権利団体】と呼ばれる『男性にも平等な権利を』をスローガンにした組織だったのだが、最近になって血の気の多いリーダーに代替わりしたらしい。

 

「だがお前がISを使える一般市民ではなく、政府の軍に所属する軍人ならば話は別だ。連中とて、おいそれとは手を出せまい。……もちろん、その家族であるジェームスとバージニアさんにも手は出させん」

 

 つまり、アメリカ合衆国空軍兵の肩書きを得る事で、対女権団用の後ろ楯が付くと言う事になるのだ。

 将来はもう1度空軍を目指そうと考えていた俺だったが、まさかまだ成人すらしていない状態で軍人になるとは思いもしなかった。

 

「それとISに関してだが、お前には専用機が渡される事になっている。空軍とウォルターズ・エアクラフト社の合作機だ」

 

 聞き覚えのある社名。父さんが勤めている会社の名だ。

 

「(そう言えば前に父さんが、『最近会社が空軍と一緒にISの製作に取り組み始めた』とか言ってたが……)」

 

 そう思いながら父さんの方に首を動かすと、ちょうど彼と目が合った。

 

「ああ、なかなかの力作だぞ」

 

 ……どうやら父さんもその製作に携わっていたようだ。

 

……まったく、今日1日だけでいったい何回驚けば良いんだよ……

 

「基礎知識の習得や操縦訓練はティンダルで行う。開始は明後日からだ。IS学園の入学式が4月だから、あまり時間が無い。ミッチリ叩き込まれると思えよ、新兵(ルーキー)

 

 ミッチリの所だけを妙に強調してニヤリと笑うトーマス。

 

「ははは……。イエッサー、大佐殿……」

 

 これから始まるスパルタな毎日を想像してしまった俺は、思わず乾いた笑い声を上げた。

 

 ▽

 

 2日後

 

 ティンダル空軍基地へ行くための準備を済ませ、迎えの車が来る時間になるのを待っていると、誰かが家のインターホンを鳴らした。

 

「あら、誰かしら」

 

「何か宅配でも頼んでたかな?」

 

「俺が出るよ」

 

 そう言いながら玄関のドアを開けると、そこには見た目40代で厚化粧をした女性が立っていた。

 

「あなたがウィリアム・ホーキンスくんかしら?」

 

「ええ、そうですが。あなたは?」

 

「私は女性権利団体のアマンダ・メイソンよ。以後よろしく」

 

 来たか。わざわざご苦労なこった。

 

「ええ、こちらこそ。どうぞ中へ──」

 

「いえ、結構よ。ゆっくりしている暇なんて無いし、だいいち話はすぐ終わるもの」

 

「(やっぱりな。そら、来るぞ……)」

 

 彼女から次に放たれるであろう言葉をうんざりしながら待つ。

 

「単刀直入に言うわ。あなたはIS学園に入学し、所属は空軍になると言われたと思うのだけど、あそこにはあなたのような男は釣り合わないと思うの。だから、大人しく研究所に行ってくれないかしら?」

 

 ストレートに言うねぇ。確かに単刀直入だな。

 

「……なんですって?」

 

「あなた、いきなり失礼じゃありませんかね?」

 

 俺の帰りが遅い事を疑問に思って玄関を見に来た母さんと父さんが偶然にも今の言葉を耳にしてしまい、明確な怒りの籠った声を上げた。

 

「事実を言ったまでですよ。だってそうでしょう? 織斑 一夏くんは()の有名なブリュンヒルデの弟。対してこの子には何も無い。それなら、国の為に研究所で働いて(・・・)社会に貢献した方が良いに決まっていますわ。歴史に名前を残せるかもしれませんよ?」

 

 俺を見て嘲笑うアマンダ・メイソン。

 

「ッ!! 言わせておけば……!!」

 

「もう良い。それ以上言うなら、あんたを力ずくでも追い返すぞ!」

 

 我慢の限界を迎えた2人がズンズンと彼女に迫ろうとしたところで、俺が前に出てそれを阻止した。

 

「ウィル……!?」

 

「何で止めるの……!?」

 

「2人とも、俺のために怒ってくれてありがとう。ただ、暴力を働くのはダメだ」

 

 俺は、ゆっくりと首を横に振りながら父さん達を宥める。

 

「あら、分かってるじゃない。そうよ、私に手を出せば──」

 

こんな奴に手を出してしまったばかりに父さん達の立場が危うくなるなんて、そっちの方が我慢できない

 

「!?」

 

 先程の得意気な表情から一転、両目を一杯に見開けて驚愕するアマンダ・メイソンを俺はギロリと睨み付けながら再度口を開いた。

 

「先程のお話ですが、丁重にお断り致します。自分はIS学園に行かせて頂きますので。お国のため? はっ、自分達のためでしょう。そんなにお国のため、お国のためと言い張るのでしたら、まずはその下らない女尊男卑の思考をなんとかしたらどうですか? 歴史に名前を残せるかもしれませんよ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 口をパクパクとさせて固まっている彼女に、鼻で嗤いながら盛大な皮肉と共に一気に畳み掛けてやった。

 

「あ、あなた、自分がどう言う立場にいるのか理解できていないようね……! あなたに拒否権なんてものは無いのよ!」

 

 ようやく我に返ったアマンダ・メイソンが厚化粧の掛かった顔を怒りで歪めながら俺の腕を掴もうと右手を延ばしたその時。

 

「──どこかにお出掛けのご予定ですかな? しかし、手荒なお誘いというのはいけませんな」

 

 いつの間に来ていたのか、数人の部下を引き連れた男性、トーマス・ホーキンス大佐がその右手首を掴んで制止した。

 

「な、何なのよあなたは!!」

 

「失礼。わたくし、合衆国空軍ティンダル基地所属のトーマス・ホーキンスと申します。大佐の階級を拝命させて頂いております」

 

 口角から泡を飛ばしながら吠える彼女に全く臆する事も無く自己紹介をする伯父。

 

「誠に申し訳ありませんが、彼、ウィリアム・ホーキンスとその家族は政府の命令によって我々合衆国空軍の監視下にあります。それに、ウィリアム君には色々とやらなければならない事もありましてね。もし何かご用がございましたら、規定に(のっと)って我々がご対応させて頂きましょう」

 

「こ、これは私達(女性権利団体)が取り決めた──」

 

例 え ど の よ う な 立 場(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・) で あ っ て も 、 こ れ は 既 に 決 め ら れ た 事 で す の で

 

 しつこく食い下がるアマンダ・メイソンに語気を強めるトーマス。顔は柔和な笑みを作ってはいたが、わざとらしく軍服の(すそ)を捲る仕草をして見せた瞬間、アマンダ・メイソンの顔が凍り付いた。

 その視線の先には黒光りするハンドガンがホルスターに納まっており、必要次第でいつでも抜けるんだぞと全身で物語っている。

 

「あまり無茶な事をされますと、こちらも相応の対応をしなくてはなりません。どうかご理解のほどをよろしくお願いします」

 

 先程までのトーマスの言葉はオブラートに包まれていたが、彼の心情も含めて訳すとこうだ。

 

 ──家族に少しでもふざけた真似をしてみろ。その時は女権団だろうが何だろうが関係無く、有事の際という事でそのツラに大孔を開けてやる。分かったな?──

 

「ひっ!? し、失礼するわっ」

 

 見事に言い返された挙げ句、脅迫まで受けた彼女は顔を赤くしたり青くしたりしながら大急ぎでその場をあとにしようとする。

 

「お帰りですか? お見送り致しましょう」

 

「け、結構よ!」

 

 逃げるようにして自身が乗って来た黒いセダン車に乗り込んだアマンダ・メイソンはエンジンをかけ、アクセルを目一杯に踏み込む。

 キキーッと音を立てながら急発進した車は何度か他の車とぶつかりそうになりながら、猛スピードで交差点を右折して行った。

 

「あいつめ、赤信号を無視して行ったな」

 

 やれやれとかぶりを振るトーマス。

 

「(いや、たぶんそれはあなたの脅しが効き過ぎた結果だと思うんですが……)」

 

 伯父の恐ろしい一面を見てしまった俺は、ブルリと震え上がりながら内心でそうツッコんだ。

 

「まあ良い。ウィリアム、待たせたな。ティンダルへ向かうとしようか」

 

 道路に駐車されている軍用車に乗るように促してくる伯父に「少しだけ待ってくれ」と頼み、父さんと母さんの元に向かう。

 

「……ちょっと行ってくる」

 

「ええ、行ってらっしゃい」

 

「気を付けてな」

 

 微笑みながら見送りの言葉を掛けてくる2人に「それじゃあ」と告げて(きびす)を返した俺は、伯父と共に軍用車に乗り込んだ。

 

 



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3話 巨躯を持つ鷲(バスター・イーグル)

 あれから数週間後、ティンダル空軍基地内の一室にてウィリアムはペンを片手に机に突っ伏していた。

 

「あ゛~、脳がオーバーヒートしちまいそうだ……」

 

 ゲッソリした顔で机に広げられている教科書やノートに視線をやりながら、消え入りそうな声でそう呟くウィリアム。

 そんな彼だが、何も始めからこうであったわけではない。前世では士官学校を卒業してパイロットとなり、中佐にまで昇進した彼にとって基礎知識を頭に叩き込む作業はそこまで苦ではなかった。

 だがしかし……

 

「(この本どんだけ分厚いんだよ。鈍器に転用できるレベルだぞ……)」

 

 そう、ウィリアムに渡されたこの教科書は電話帳並に分厚く、内容もギッシリ詰め込まれていたのだ。

 

「(始めは、あれ? これ案外簡単に覚えられるんじゃ? なんて思っていたが……)」

 

 現実逃避に走るかのように、ウィリアムはまだ勉強を開始して日が浅かった頃を思い出しながら、窓の外をボーッと眺める。

 

「(まあ、これだけ分厚いのは当たり前か。俺はそれだけの代物を扱う事になるんだもんな)」

 

 ISの持つ力は凄まじい。故に、それを扱う者の意思次第では恐ろしい化け物にも変貌する。

 

「……くん」

 

「(間違った道に進ませないように教えるのが、IS学園だもんな)」

 

「……キンスくん」

 

「(専用機を渡されるなら尚更か。……そう言えば、俺に渡される専用機はいったいどんな奴──)」

 

「ホーキンスくん!」

 

「ッ!? は、はい!」

 

 自分の名前を大声で呼ばれたウィリアムは、ビクリと肩を跳ねさせながら声のあった方角へ振り向く。

 

「そんなにボーッとして……大丈夫?」

 

 彼の目の前には、長身かつ豊かで美しい金髪と抜群のスタイルを持った美女が、心配そうな表情をして立っていた。

 

「え、ええ、大丈夫です。……それよりミューゼル大尉、自分に何かご用ですか?」

 

 思わずその美貌に目を奪われながら、ウィリアムは目の前の女性──スコール・ミューゼルに問う。

 

「ええ、ついさっきホーキンスくんの専用ISが届いたの」

 

「……!」

 

 彼女の口から告げられた『専用IS』と言う単語に、疲れた顔をしていたウィリアムの目が薄く見開かれた。

 

「あなたのお父さんも一緒に来ているわ。勉具を片付けて第5格納庫に行きましょう?」

 

「わ、分かりました! 直ぐに用意します!」

 

「ふふっ、ほら慌てないで。落ち着きなさい」

 

 大急ぎで教科書やノートをカバンに放り込むウィリアムを見て、クスリと笑うスコール。

 

「用意できました」

 

「オッケー。それじゃあ行きましょうか」

 

 そう言ってスコールは来た道を戻って行き、追ってウィリアムも部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 第5格納庫

 

 スコールに連れられて格納庫に到着するや、ウィリアムの目には灰色のビニールシートが被せられた物体と数人の人集りが映った。

 

「ん? おぉい、ウィル!」

 

 格納庫に入って来たウィリアムに気付いた人物が手を振って彼の愛称を呼ぶ。

 

「父さん、久しぶり」

 

「久しぶりだな。どうだ? 勉強の方は捗ってるか?」

 

「まあまあってところかな。一応必須箇所は一通りやったんだけど、数が多くてね……」

 

「いや、よくやっていると思うぞ? なんせ、あの本で人ひとりを軽く殴り倒せそうなほどの厚さだったからな」

 

 ジェームスの言葉にウィリアムは苦笑を浮かべながら答え、直ぐ横に立っている叔父のトーマスも指で教科書の厚さを表しながら冗談を口にする。

 

「そうか。まあ、あまり無理はするなよ。母さんも、身体に気を付けなさいって言ってたぞ。……っと、それはさておきウィル、今日はお前の専用ISを持って来たぞ!」

 

 ジェームスは、高さ3メートルはある物体を包んでいるビニールシートを両手で掴み、そして勢い良く引っ張った。

 スルスルと音を立てて落ちて行く灰色のシート。

 

「これが……」

 

「ああ。こいつが空軍と父さんの会社が協同で作り上げ、お前の専用機になるISだ」

 

 機体全体を包み込むように、灰色2色の制空迷彩が施された大柄の全身装甲(フルスキン)

 背中のパーツには間隔を空けて搭載された双発のジェットエンジンと、縦横に一対ずつ飛び出しているカナード(前翼)、主翼、垂直・水平尾翼。

 そして戦闘機の機首を模したかのように先端が尖ったヘッドギア。

 

似てる……

 

 無意識に呟くウィリアム。ISなだけあって人の形をしてはいたが、この機体を前にする彼の脳裏にはISではない、とある機体の姿が浮かんでいた。

 

「こいつの名前は【バスター・イーグル】」

 

 瞬きも忘れて食い入るように眺めているウィリアムに、ジェームスはさらりとこのISの名を告げる。

 

「バスター……何だって……!?」

 

 思わずそう聞き返さずにはいられなかった。

 なぜなら……

 

「? こいつの名前は【バスター・イーグル】だって言ったんだが……気に入らなかったか?」

 

「い、いや、そうじゃないんだ!(バスター・イーグル……。そうか、お前もここ(・・)に来ていたんだな……!)」

 

 ……なぜなら、そのISはかつてのウィリアム・ホーキンスが搭乗し、幾度と無い戦闘を共にしてきた彼の愛機にそっくりだったのだから。

 

「よし、お披露目はここまでにして初期化(フィッティング)最適化(パーソナライズ)を済ませてしまおう」

 

 そう言ってジェームスは1歩後ろに下がり、代わりにもう1人の男性が前に出てきた。

 

「初めまして。僕はトレバー・ジョーンズ中尉。君のISに関してサポートを任されているんだ。以後よろしく」

 

「ウィリアム・ホーキンスです。こちらこそよろしくお願いします」

 

 差し出された手を握り返し、握手を交わす。

 

「さてと、それじゃあ早速始めようか。ホーキンスくん、ISを装着してくれるかな?」

 

「分かりました」

 

 言われた通り【バスター・イーグル】を装着すると、トレバーは端末から伸びるコードを機体に挿し込み、キーを打ち込み始めた。

 

「……オーケー、これで初期化(フィッティング)は完了だ。あとはIS自身が自動で最適化(パーソナライズ)をしてくれる。だいたい30分ってところだね」

 

 端末を閉じ、腕時計を確認するトレバー。

 

「聞いたなウィリアム。30分後には終わるらしいから、完了次第ISの操縦訓練に移るとしよう。ミューゼル大尉」

 

「はい、大佐」

 

「彼のIS操縦の指導に当たってくれ」

 

「了解しました」

 

 トーマスにウィリアムの指導を任されたスコールは、ニコリと笑って頷く。

 その30分後、機体の最適化(パーソナライズ)が完了し、晴れて【バスター・イーグル】はウィリアム専用のISとなった。

 

「(さっきとは大違いだな。まるで体の一部になったみたいだ)」

 

 初めてISを装着した時はいまいち慣れない感覚に戸惑うウィリアムだったが、今は『履き慣れたジーンズ』という言葉が合うほどしっくり馴染んでいた。

 

「どう? ホーキンスくん。動けそう?」

 

 いつの間にかISを展開していたスコールがゆっくりと近付いてくる。

 

「ええ。一応この機体の操縦マニュアルは先程ザッと目を通しましたので」

 

「じゃあまずは歩行から始めてみましょうか」

 

「はい」

 

 ウィリアムは機体を慎重に操作して右足を持ち上げる。

 

 ガショッ

 

 覚束ない足取りではあったが、記念すべき第1歩目が地に着いた。次に2歩、3歩とゆっくり前進させてゆく。

 

「良い調子ね。そのまましばらく歩行訓練をしたら、次は向こうの滑走路に行って飛行訓練に入りましょう。今日の訓練はそれで終わりよ」

 

 そうして歩き続ける事、数十分後。滑走路の端に着いたウィリアムは次に飛行の訓練を始めようとしていた。

 

「ふむ。お前は他のISと違って、ちと特殊なんだな」

 

 彼はバイザーに飛行時の操作マニュアルを映し出し、それを順に目で追いながら自身のISに話し掛ける。

 彼の言う通り、【バスター・イーグル】は他のISとは大きく違う点が存在していた。

 と言うのも、通常のISはPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)と言う慣性を打ち消したかのような現象を起こす装置によって飛行や加減速などを行うのだが、この【バスター・イーグル】に限ってはジェットエンジンで飛行し、PICは姿勢制御や荷重軽減、加減速の補助として使用されているのだ。

 

「まあ、確かに推力や速度差では確実にこっちに軍配が上がるだろうが、逆に機体重量と推力に振り回されんように気を付けないとな。あとは操縦者の腕次第ってわけか」

 

 マニュアルに従い、まずはジェットエンジンを始動させる。

 キュイィィン……! という独特の音がしたあと、1分ほど待っているとタービンの回転数が安定し、聞き慣れたジェットの轟音が鳴り始めた。これでいつでも飛び立てる。

 だがこのままでは単に地面を滑走しながら離陸する事になるので、ここで次の手順だ。実はこのISはちょっとした隠し芸を持っていた。

 まずはエンジンカバーを開いて排気ノズルを下方へ。それと同時に側面の補助ノズルも作動。これにより、【バスター・イーグル】は垂直にも移動できるようになった。

 

「この機構もあの頃のお前と同じだな。まったく面白い事もあるもんだ」

 

 本当に偶然か? とまで思えてくるほどのそっくり度合いに思わず笑ってしまいながら、彼はゆっくりと機体を滑走路の路面から浮かび上がらせる。

 

「お待たせしました」

 

「待ったって言っても1分と少しの程度だけどね。それよりあなた、歩行よりも飛行の方が断然上手いわね。そのIS、かなり特殊な機体の筈なんだけど……」

 

「ははっ、伊達に何年も中佐を……ん゛ん゛っ! 失礼。機体のスタビライザーが優秀なんですよ」

 

 目を丸くするスコールに対して思わず余計な事を言いかけ、慌てて誤魔化すウィリアム。

 

「(中佐? ゲームか何かの話かしら……)それじゃあ水平飛行の訓練からよ。私について来なさい」

 

「了解」

 

 こうして始まった飛行訓練の第1回目は何も問題無いどころか、IS操縦にそれなりの自信を持つスコールに「飛行に関しては最高点」と言わしめるほどの成績を出して終了した。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜

 

「……やっぱり、アレ(・・)が足りないよなぁ……。よし、少し訊いてみるか」

 

 無人の状態で佇む【バスター・イーグル】のヘッドギアを見て少し唸ったあと、ウィリアムはトーマスの元へ向かうのであった。

 

 ▽

 

 翌日、俺は基地内の整備室を訪れていた。

 

「失礼します」

 

「おっ、来たか」

 

 ドアを開けて室内に入ると、スキンヘッドで大きながたいの男性が歩み寄って来る。

 

「整備のボリスだ」

 

「ウィリアム・ホーキンスです」

 

「ああ、大佐から話は聞いてるぜ。お前、ISのヘッドギアに塗装を施したいんだって?」

 

「ええ、どうしても物足りない感じがしたので」

 

「俺としてはノープロブレムだが、よく許可が出たな」

 

「多少の渋りはあったのですが、他国のISは黒地に赤のラインとか、全身オレンジや青色の物、角が生えた物もあると言ったら、少し考え込んだあとに父に電話を架け始めまして……」

 

「俺もテレビとかで見た事あるけど、派手な配色の奴多いよな……。それでオッケーが出たってか?」

 

「はい。ドギツい配色や風紀を乱すようなものじゃなければ、サイズ制限付きで、との事です」

 

 今、俺が塗装してもらいたいと思っているデザインは、別に真っピンクにしてやろうだとか、半裸の女性を描いてやろうとか、そう言ったものでは断じて無い。

 せっかく前世で共に戦った愛機と再会できたのだから、もう少しぐらい似せてやっても良いだろう、との思いから今回ここを訪れたのだ。

 

「ほぉん。まあ、全身をホットピンクにしようとか、そんなヤベー依頼じゃなけりゃあ喜んで引き受けてやるさ。デザイン案は決まってんのか?」

 

「既に決まっています。これを」

 

 そう言ってポケットから四つ折りにされた紙を取り出し、ボリスさんに手渡す。

 

「どれどれっと……。こいつは……」

 

「? どした、ボリス」

 

「何か面白いもんでも描いてあったのか?」

 

「……ヒュ~、こいつはなかなか……。この坊主、良い趣味してるな」

 

 渡された紙を広げた彼は目を見開けてまじまじとそれを見つめ、それを不思議に思った他の整備員達も集まって来た。

 

「おもしれぇじゃねえか」

 

 ボリスさんはニヤリと笑いながら、俺に視線を戻す。

 

「よし、引き受けた! 用意はしておいてやるから、お前は今日の訓練に行ってきな」

 

「っ! ありがとうございます!」

 

「良いって事よ。俺も久方ぶりに描けるから楽しみだ。訓練が終わったら、もう1度ここに来い」

 

「イエッサー!」

 

 嬉しさのあまり、その場で小躍りしそうになった俺はその衝動を必死に抑えながら敬礼をし、整備室をあとにした。

 

 ▽

 

「今日はこれで終わりよ。お疲れ様、ホーキンスくん」

 

「本日もご指導ありがとうございました」

 

 本日分の操縦訓練を終えた俺は指導役を務めてくれているミューゼル大尉に一礼する。

 

「飛行に関しては、もう完璧の一言。歩行も、昨日始めたばかりなのにかなり上達してきてるわね。……んー」

 

 腕を組んで、考えるような仕草を見せるミューゼル大尉。

 

この調子なら、明日から少しずつ戦闘教練を入れても問題無いかしら……

 

 十数秒ほどしてから腕を解いた彼女は、【バスター・イーグル】の右腕に接続されている30ミリ機関砲に目をやりながらそんな事を呟いた。

 

「ホーキンスくん、あなたの腕なら明日から戦闘の訓練に入っても大丈夫だと思うのだけれど、どうかしら?」

 

「!」

 

 なんてグッドタイミングなのだろうか。今日の訓練後に整備室でアレ(・・)を施したその翌日から早速戦闘訓練に入れるとは……! まったく、テンション最高だな!

 

「ぜひお願いします」

 

「決まりね。戦闘訓練の教官にも話を通しておくわ。大変だと思うけど頑張ってね。それじゃあお疲れ様」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 優雅に去って行くミューゼル大尉の背中を少しの間見送ったあと、俺はやや早足気味に整備室へ直行した。

 

「失礼します。ホーキンスです」

 

 整備室内へと続く白いドアを開けて中に入る。

 

「よう、ホーキンス! 待ってたぜ!」

 

「まったく、待ちくたびれたぜ!」

 

「マッハで来やがれ、マッハで!」

 

「用意はバッチリだぞ、坊主!」

 

 ドアをくぐったその先にはボリスさんの他にも数人ほど集まっており、皆一様に塗装用のスプレー缶やマスキングテープなどを手に持っていた。

 

「お待たせしてすみません」

 

「別に謝るこたぁねえさ。んじゃあホーキンス、ISをそこに展開してくれ」

 

「分かりました」

 

 ボリスさんがビニールシートが敷かれた場所を指差し、俺はその上に【バスター・イーグル】を展開する。

 

「オーケーだ、そこで良い。よし、お前ら! おっ始めるぞ!」

 

「「「おぉぉ!!」」」

 

 整備室内に野太い声を轟かせたあと、彼らは【バスター・イーグル】のヘッドギアにマスキングテープを慎重に貼っていき、その上からスプレーを吹き付け始めた。

 

 ▽

 

 翌日

 

「今日は昨日言った通り、次のステップに移るわ。と言う事で、彼女があなたの訓練を見てくれる教官よ」

 

 そう言ってミューゼル大尉が隣に首を巡らすと、茶髪のロングヘアーで、若干目付きの悪い女性が前に出て来た。

 

「戦闘教練を担当する、オータム・ベイリー中尉だ。スコールがお前の事を絶賛してたが、だからと言って特別扱いなんざしねぇからな」

 

 最後に「覚悟しておけよ?」と言ってベイリー中尉は不敵な笑みを浮かべる。

 懐かしいな。自分がまだ新米パイロットだった頃を思い出す……。

 

「ええ、自分もそんな生易しいものは想定していません。よろしくお願いします」

 

「言うじゃねえか」

 

 俺の言葉を聞いて笑みを一層深めるベイリー中尉。

 

「なら、早速始めるとするか」

 

 言うが早いか彼女は右手を上げる仕草を取った。

 

ガショッ……ガショッ……

 

「?」

 

 基地内の作業音に混じって、どこからか重厚で規則的な音が近付いて来る。

 

 ガショッ……ガショッ……!

 

 音のする方角へ振り向くと、そこには【バスター・イーグル】に少し似ているが、それよりもやや小さめの機体が俺達の元へ歩いて来ていた。

 

「ターミネーター……」

 

 目の前を歩く機体を見つめながら、俺はボソリと呟く。

 

 ターミネーター。ISが女性にしか反応しないと言う重大な欠点と、ISの軍事利用禁止などが取り決められた世界条約──通称『アラスカ条約』に縛られない事を目的に開発された人型航空兵器の総称だ。

 ISと比べれば性能はやや劣るが、高い量産性と汎用性を持ち、自力での音速突破も可能。そして何より適性や性別に関係なく扱えると言う点が注目を浴び、現在ではここアメリカの他にも世界各国で研究・開発・配備が行われている。

 

「おら、何ボケッとしてやがる。さっさとISを展開しろ」

 

「っと、すみません。よし、行くぞ相棒!」

 

 ターミネーターを装備しながら荒い口調でISを展開するように促すベイリー中尉の声にハッと我に返った俺は首に掛けてあるドッグタグを握り、【バスター・イーグル】を呼び出した。

 

「あら……」

 

「ほぅ……」

 

 展開された【バスター・イーグル】を見てミューゼル大尉が目を丸くし、ベイリー中尉は面白いものを見たような声を漏らす。

 彼女達が視線を送る先──【バスター・イーグル】のヘッドギアには、とある生物の顔を模した塗装が施されていた。

 

 そこに描かれていたのは、獲物の体を容易く食い千切るナイフのような歯が並ぶ大きく裂けた口と、前方を睨みつけるような目。

 

「シャークマウスか」

 

 そう、俺のISの特徴的なヘッドギアには凶悪なシャークマウス(鮫の口)が塗装されていたのだ。

 

「(やっぱりこうじゃないとな。有るのと無いのとで気合いの入り方がまったく違うぜ)」

 

 ボリスさん達に塗装してもらったばかりのシャークマウスが陽光を反射する様に、俺は満足気な表情を浮かべる。

 

「まさか、ISにそれを塗装する奴がいるとはな」

 

「これが無いとなんと言うか……どうしてもしっくり来ないんですよ」

 

「そう言うもんなのか? ……まあ良い。合図で模擬戦開始だ。フカヒレスープにしてやるよ、JAWS(ジョーズ)

 

「ふっ、言ってくれますね。全力で行かせてもらいますよ!」

 

 そんな会話を交えながら、俺とベイリー中尉の2人は空高く飛翔して行った。

 




 因みに『バスター』と言う単語ですが、『デカイ奴』の他に『(敵を)排除する者』と言った意味もあるそうです。

 絵心の無いものですが、ウィリアムのシャークマウスのイメージです。

【挿絵表示】


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4話 IS学園入学

 時は過ぎ、4月上旬。

 

「全員揃ってますねー。それではSHR(ショートホームルーム)を始めますよー」

 

 黒板の前でにこやかに微笑む女性教員。彼女は副担任の山田 真耶(やまだ まや)先生だ。つい先程自己紹介をしていたので、バッチリ覚えた。

 身長はやや低めで、他の生徒達とほとんど変わらない。しかも服のサイズもブカブカで、かけている黒縁眼鏡もサイズが合っておらず、若干ズレ気味である。

 印象としては、子供が少し背伸びをしていると言う言葉が合うような見た目なのだが、そう思うのは俺だけだろうか。

 ……いや、どうやら同じ事を考えている奴が1人いるらしい。俺の左前方、最前列の真ん中に座って現実逃避しているイケメンの青年。世界で初めてISを動かした男──織斑 一夏くんだ。

 

「(うっわぁ……最前列の、しかもド真ん中とかめちゃくちゃ目立つ席じゃねえか。南無南無……)」

 

 心の中で合掌しながら、しかし一方でもう1人の男性と同クラスになれた事に深く安堵しながら、俺は再び山田先生の元へ視線を戻す。

 

「それでは皆さん、1年間よろしくお願いしますね」

 

「「「…………」」」

 

 明るい声で挨拶をする彼女だが、教室の中は変な緊張感に包まれており、誰1人として反応する者はいない。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で……」

 

 誰からの反応も無い事に狼狽える山田先生が可哀想なので、せめて俺ぐらいは反応しておこうと思ったのだが、残念な事にそんな余裕は今の俺には無かった。

 なぜかって? 簡単だ。それに、ある程度の覚悟もしてあったさ。

 ……今、俺(と織斑くん)は周りに座っている女子達から、一斉に視線を注がれていたのだから。

 

 IS学園の入学式が始まるまでの期間をティンダル基地で過ごし、スパルタな特訓を乗り切った俺は学園が設立されている日本へ向けて出発した。その時の出来事は今も忘れはしない。

 

 まるで今生の別れのような面持ちの父さんと母さん。

 

 何かを耐えるように口を一文字にしているトーマス伯父さん。

 

 豊満な胸を押し付けるように抱き着いて来るミューゼル大尉に危うく窒息させられかけ、それを慌てて止めるベイリー中尉。

 

 男泣きするボリスさん達、整備員のみんな。

 

 家族や世話になったみんなとの別れを告げた俺は飛行機に乗り込んで日本へ飛び立ち、そこからIS学園行きのバスを使ってここへ。到着してからは地図を頼りに体育館を目指し、そこで入学式を終えたあと、今度は自分が所属する事になる教室──1年1組へ移動させられ、現在はSHRの真っ最中だ。

 

「(はぁ……序盤からこれじゃあ先が思いやられる。同性が1人でもいるってのがせめてもの救いか──)」

 

「織斑 一夏くんっ」

 

「は、はいっ!?」

「っ!?」

 

 大きな声を上げる山田先生と、その声に驚いて思わず声を裏返らす織斑くん、そしてビクリと肩を跳ねさせた俺。

 案の定、教室の至る所からクスクスと笑い声を聞こえてきて、彼は居心地が悪そうに肩を竦めた。

 ……そうだ。今はこれから勉学を共にするクラスメイトに自己紹介をする時間だった。で、彼が呼ばれたって事は……

 

マジか……

 

 こんな状況下で俺も自己紹介をしないとダメなのか? いやまあ、当たり前っちゃあ当たり前だろうが……これ、名前だけ言って終わったら『なんか暗そうな奴』ってレッテルを貼られる可能性があるよな……。

 

「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。も、もしかして怒ってるかな? ゴメンね! でもね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」

 

 ……そう言やぁ、ここ日本では『あいうえお順』ってのがあるんだったよな。それに、確か苗字と名前の位置が逆だった筈だ。つまり、俺の場合はホーキンス・ウィリアムになる。という事は俺の番はもう少しあとか。

 

「そ、そんなに謝らなくても……って言うか自己紹介しますから、先生落ち着いて下さい」

 

 先程からペコペコと頭を下げている副担任の山田先生を慌てて止める織斑くん。

 

「ほ、本当? 本当ですか? や、約束ですよ!」

 

 ガバッと顔を上げ、織斑くんの手を取って熱心に詰め寄る山田先生。……先生、やめてあげて下さい。彼が周りからすごい注目を浴びてますよ。

 

よし、腹を括るか……!

 

 そう呟いて気合いを入れた織斑くんは席を立ち上がり、後ろ(こちら側)を向く。

 

「(ん?)」

 

 偶然、彼と目が合った。不安と緊張が混ざり合い、そこに仲間(同性)を見つけた安堵を少しトッピングしたような瞳だ。

 

「(頑張れよ、挨拶は始めが肝心だ。言い切っちまえばこっちのもんさ)」

 

 心の中で、彼──織斑くんに声援を飛ばしながら、パチッと左目をウインクさせる。

 

「っ! ……えー、織斑 一夏です。よろしくお願いします」

 

 そう言って頭を下げて、上げる織斑くん。しかし、クラスメイト達からは『えっ? もう終わり?』とか、『何か他にも喋ってよ』的な感情が込められた視線を送られるだけであった。

 

「うっ……」

 

 彼は注がれる視線にたじろぎ、俺に助けを求めるように視線を合わせてくる。

 

「(大丈夫だ。適当に趣味か好物でも言ってやれ)」

 

 救難信号を送ってくる織斑くんに対し、俺は左手でこっそりサムズアップして、なんとか意志疎通を図ろうとする。頼む、通じてくれよ……。

 

「……!」

 

 俺のサインに気付いた織斑くんは少し目を見開いたあと、スゥっと息を吸い込んだ。

 

「(よぉし、良いぞ言ってやれ! 趣味は○○です! とか、好物は○○です! とかってな!)」

 

「──以上です!」

 

 ガタタタッ! 思わずズッコケる女子数名。なんとか踏み留まった女子数名。小さくサムズアップしたまま凍り付く男子1名。

 

「あ、あのー……」

 

 あれ? ダメでした? といった表情の織斑くんの背後から山田先生が涙声で話し掛けようとしたその時。

 

 スパァンッ!

 

「ぐぇ──!?」

 

 目にも止まらぬ速度で振り下ろされたナニカが織斑くんの頭を直撃した。

 現在進行形で頭を押さえて悶絶している織斑くんを除いたクラスにいる全員が、彼の背後に視線を巡らす。

 そこに立っていたのは、黒のスーツにタイトスカート、スラリとした長身、良く鍛えられた無駄の無いボディライン。鋭い吊り目。右手には真っ黒な出席簿。

 

「ってぇ……いったい何なん……だ……よ……」

 

 遅れて背後を振り返った織斑くんの顔がみるみる引きつっていく。

 

「げえっ!? ルーデル大佐──」

 

 スパァンッ! と炸裂する本日2度目の出席簿アタック。その音はあまりに大きく、まるで何かの破裂音のようにも感じられる。

 

「誰が空の魔王か、馬鹿者」

 

 トーンの低い声。何だろう……彼女に逆らったら瞬く間にミンチ肉に変えられてしまいそうな迫力だ。

 

「あ、織斑先生。会議はもう終わられたんですか?」

 

「ああ、ついさっきな。それより山田くん、クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

 

 先程とは一転、とても柔らかく優しい声。

 

「い、いえ、副担任ですから、これぐらいはしないと……」

 

 若干顔を赤らめている山田先生が、はにかみながら担任の教師へと応える。……ん? 待てよ? 織斑……織斑……。

 

「そうか。そう言ってくれると助かる。――さて諸君、私が織斑 千冬(おりむら ちふゆ)だ。私の仕事は、君達新人を1年で使い物になる操縦者に育てる事だ。私の言う事はよく聴き、よく理解しろ。できない者にはできるまで指導してやる。逆らっても良いが、私の言う事は必ず聞け。良いな?」

 

 ワーオ……なんつう暴力的な宣言なんだ。

 さっきの織斑くんへの出席簿スマッシュアタックと言い、今の発言と言い、俺の中での彼女の印象はまさに『暴力装置』であった。

 シーンと静まり返る1年1組の教室内。そりゃあ目の前であんな出来事があったあとすぐにさっきの発言だ。さすがに女子達も困惑して──

 

「「「キャーーーー!!」」」

 

「ッ!?」

 

 突如、クラス中の女子生徒達が一斉に黄色い声を上げた。……み、耳がぁ……!!?

 

「千冬様、本物の千冬様よ!」

 

「ずっとファンでした!」

 

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 北海道から!」

 

「千冬様にご指導して頂けるだなんて人生の運を全て使い果たしても良いわ!」

 

「私、お姉様のためなら死ねます!」

 

 キャアキャア騒ぐ女子達を、織斑先生は鬱陶しそうな顔で溜め息をつきながら見る。

 

「……まったく。毎年毎年、よくもまあこれだけの馬鹿者が集まるものだ。これはあれか? 私への嫌がらせか何かか?」

 

 しかし、これだけ言われても女子達は鎮まるどころか更に騒ぎ立て始めた。

 

「きゃああああっ! もっと叱って、罵って!」

 

「でも時々で良いから優しくして!」

 

「そしてつけ上がらないように厳しく(しつけ)してぇ~!」

 

 ……ふむ、確かIS学園ってのは偏差値も倍率も高いエリート高校だと聞いていた(と言うか、そのために基地で猛勉強した)んだが……どうやら、ここは少しばかり特殊な性癖をお持ちのレディー達が集う聖域のようだ。って言うか、織斑先生ってやっぱりあの織斑 千冬(ブリュンヒルデ)の事か。なら、この反応もおかしくはない、のか……?

 

「で? お前はまともに挨拶もできんのか?」

 

「い、いや、千冬姉、俺は──」

 

 スパァンッ! 織斑くんに炸裂する、本日3度目のスマッシュアタック。先生、そんな事をしたら彼の脳細胞がいずれ死滅してしまいますよ。

 

「織斑先生と呼べ」

 

「……はい、織斑先生」

 

 成程、やはり彼は織斑 千冬の弟だったようだ。そう言えば、だいぶ前に女権団のアマンダ・メイソンも言ってたな。

 

『織斑 一夏くんは()の有名なブリュンヒルデの弟。対してこの子には何も無い。それなら、国のために研究所で働いて(・・・)社会に貢献した方が良いに決まっていますわ』

 

 ……今思い返すと、なんか無性に腹が立って来たな。落ち着け~俺。クールになるんだ……。

 

「……キンス」

 

 ……ダメだ治まらん。だいたい、何が『この子には何も無い』だっ。クソッ、あいつ今度何か仕掛けて来たら、生命維持装置無しで高度15,000メートルをかっ飛ばしてやる……! あの妖怪厚化粧め──

 

 ベシッ!

 

「ふぐぇ!?」

 

 頭頂部に強い衝撃が走り、一瞬視界に星が映った。

 

「な、何だ何だ!? 空襲か!?」

 

「何を寝惚けた事を言っている。お前の自己紹介をしろホーキンス」

 

 先程聞いたばかりの低いトーンの声。その発生源へ首を巡らすと、出席簿片手の織斑先生がこちらを見下ろしていた。

 

「え? あ、え?」

 

 周りに視線だけを動かすとクラス中の全員が俺を注視しており、山田先生が「あなたの番ですよ」と優しい声でそう告げてくる。

 

「(し、しまった。これじゃあ初っぱなから悪目立ちしちまう)」

 

 俺は生唾をゴクリと飲んだあと、ゆっくりと席を立ち、左へ向き直った。ぐぅ……周りからの視線が痛い……!

 

「ん゛ん゛っ! えー、ウィリアム・ホーキンスです。アメリカのフロリダ州から来ました。これから同じクラスの者として勉学を共にする事になりますが、どうぞよろしくお願いします」

 

 ティンダル基地で基礎知識の習得を開始すると同時に叔父からプレゼントされた『日本人と仲良くなろう』と言う学習本が役に立ったようで、なんとか挨拶を言い切る事ができた。

 

「ほう、なかなか良い挨拶じゃないか。織斑、お前も少しはホーキンスを見習えよ」

 

「ウッス……」

 

 このあと俺以降の女子達が順番に自己紹介を済ませていき、全員分の挨拶を終えた1組は早速、本日の授業を開始する。入学初日から勉強とはなかなかハードなスケジュールだ。

 まあ、通常授業とISの基礎授業の2つをこなさなければいけないので仕方ないと言えば仕方ないが、挨拶だけでドッと疲れた俺にとっては授業開始のベルが悪魔のラッパのように聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 1時限目のIS基礎理論授業が終わって今は休み時間。周りから浴びせられる視線に落ち着かない俺は、気を紛らわすように『日本人と仲良くなろう』と言う表題の学習本をバッグから取り出す。

 さぁて、他に覚えておく必要のある単語は~っと。

 

「ん?」

 

 適当にページを捲っていると、必須単語集4と書かれたページに出た。

 

「(この辺りはまだ目を通していない箇所だったな)」

 

 ページ内には『この単語だけは絶対に覚えよう!』と大きく印刷されており、読者の目を引くように派手な色が使われている。どうやら、よほど大事な単語が載っているらしい。えーっと……スシ、テンプラ、サムライ、ハラキリ、ニンジャ……

 

「(……おい、わざわざ赤文字で必須って書いてるけど、これ絶対に重要じゃないだろ)」

 

NINJA(ニンジャ)』と書かれた文字と巨大なカエルの上に座る覆面のイラストをジト目で睨む。

 

「(はぁ……取り敢えずこのページは放置する事にしよう。次だ次)」

 

 どこが必須なのか理解に苦しむページを飛ばして、また適当に本を捲り始めたところで、こちらに向けて歩いて来る人影が視界の端に入り込んだ。

 

「えーと……ウィリアム・ホーキンス……だよな?」

 

「ああ、そう言う君は織斑 一夏くんだったな。俺に何かご用かな?」

 

 学習本をパタッと閉じてカバンに戻し、椅子に座ったまま体ごと彼に向き直る。

 

「ああ、その……さっきはありがとうな」

 

「さっき? ……ああ、自己紹介の時の事か。別にそんな大した事じゃないさ」

 

「いやいや、あの時はマジで助かったぜ」

 

「結局、最後は織斑先生に叩かれてたけどな」

 

 そう言って、クックックッと肩を震わせながら笑いを噛み殺していると、織斑くんは先程の出来事を思い出したのか、(ほほ)を人差し指で掻きながら恥ずかしそうに苦笑を浮かべる。

 

「っと、この話は置いといて……ウィリアム・ホーキンスだ。気軽にウィルとでも呼んでくれ」

 

「おう。よろしくな、ウィル。俺は織斑 一夏。一夏って呼んでくれ。同じ男同士、仲良くしようぜ」

 

「同感だ。同性がいるってのは心強いし、ここで会えたのも何かの縁だろう。これからよろしくな、一夏」

 

 互いに差し出した手を固く握って握手を交わしたところで、こちらを見物していた女子達が何やらざわつき始めた。

 

「こ、これは禁断の恋の予感……!」

 

「『おり×ホキ』……。良い! 実に良いわ! このネタで同人誌を出せば……!」

 

「いや、そこは『ホキ×おり』でしょ」

 

「織斑くんとホーキンスくんなら、どっちが受けでどっちが攻めかな?」

 

「バッカ、あんたそんなのホーキンスくんの攻めに決まってるでしょ!」

 

 メモをとる者、「グフフへへ……」と笑って涎を垂らす者、顔を赤くして鼻を抑える者etc……。

 ってか、『おり×ホキ』ってのはいったいどう言う意味なんだ?

 

「なあ、一夏。『おり×ホキ』って何の事だか分かるか?」

 

「さあ? 俺にもさっぱりだ」

 

「日本人であるお前でも分からないのか……。ふむ、日本語と言うのは難しいな」

 

 さすが、世界でも有数の難しさを誇る言語なだけあるようだ。

 

「……ちょっと良いか?」

 

「「?」」

 

 あとでインターネットを使って詳しく調べてみるか、などと考えていると、俺と一夏の元に1人の女子がやって来た。

 何だ、女子同士の牽制にでも競り勝ったのか? ……いや、今教室内で広がっているざわめきを考えると、どうやら1人が思い切った行動を敢行したようだ。

 

「……箒?」

 

 一夏の口から放たれた言葉が、今俺達の目の前に立っている長い黒髪をポニーテールにしている長身美人の名前なのだろう。

 

「一夏、知り合いか?」

 

「ああ、紹介するよ。俺の幼馴染みの篠ノ之 箒(しののの ほうき)だ」

 

 篠ノ之……まさかとは思うが、ISを開発したあの篠ノ之博士の親族か何かだろうか。

 

「紹介にあずかった、篠ノ之 箒だ。私の事は箒と呼び捨ててもらって構わない。名字は少し目立つのでな」

 

「そうか。さっき自己紹介したが改めて、ウィリアム・ホーキンスだ。俺の事もウィル、ウィリアム、好きに呼んでくれ。よろしく」

 

「こちらこそよろしく頼む。……それと、突然ですまないが一夏を少し借りても良いだろうか?」

 

 俺に一夏を連れ出す許可を求めて来る箒。まあ、幼馴染みと言っていたし、積もる話もあるのだろう。

 

「別に構わないよ。一夏、俺の事は良いから彼女について行ってやれ」

 

「分かった。それじゃあ行こうか箒。廊下で良いか?」

 

「うむ。……邪魔をしてすまなかったな、ウィリアム」

 

「じゃあなウィル! またあとでな!」

 

 こちらに軽く一礼をしてから教室を出て行く箒と手を振りながら彼女の後ろをついて行く一夏。まったく、青春だねぇ。

 2人の背中を見送ってから静かに席に座り直す俺だったが、待っていたのは何十人と集まった1年生~3年生までの女子達から放たれる好奇の視線の集中砲火であった。

 

「(……動物園のライオンやパンダはこんな気持ちで毎日を過ごしているのか)」

 

 頭の中で、「見せもんじゃねえぞ」とふてぶてしい表情で客を睨むパンダの姿を想像してしまう。

 

「(一夏、なるべく早めに帰って来てくれ……)」

 

 自分から送り出しておいてなんだが、そう切実に願わずにはいられなかった。

 

 ▽

 

「──であるからして、有事の際以外での逸脱した運用や危害を加えた場合は、刑法によって罰せられ──」

 

 スラスラと教科書を読んで行く山田先生。この辺りもティンダル基地で予め叩き込んで来た範囲だ。

 机の上にドッカリと積まれた教科書が5冊。なかなかエグい量である。

 

「(全部ってわけじゃないが、よくこれだけの量をやって退けたな、俺)」

 

 本当にハードな毎日だった。それこそ、前世で士官学校を目指して猛勉強していた時と同じぐらいには。いや、日数が短かった分こっちの方が大変だったか。

 

「(にしても、ISってのは本当に驚かされるような機械だな。俺のいた世界では考えられないような技術もチラホラしてる)」

 

 山田先生の言葉を聞きながら、ノート上にペンを走らせる。この辺りはマスターしてきた範囲だから、俺にとっては少しおさらいをする程度だ。だが一夏の方は完全に置いてきぼりを喰らっており、頭を抱えたり、隣に座る女子のノートをチラ見したりと四苦八苦していた。あいつ、大丈夫か? 

 

「織斑くん、何か分からない所がありますか?」

 

 そんな一夏に気付いた山田先生が、わざわざ彼に声を掛けた。

 

「あ、えっと……」

 

 名指しで呼ばれた一夏は開いている教科書に1度視線を落とす。

 

「分からない事があったら訊いて下さいね。なにせ私は先生ですから!」

 

 えっへんとでも言いたそうに、豊満な胸を張る山田先生。その仕草を見て希望を見出だしたのか、パァッと表情を明るくする一夏は意を決して口を開いた。

 

「先生!」

 

「はい、織斑くん!」

 

 やる気に満ち溢れた山田先生の返事。これなら、一夏が抱えている問題も難なく解決され──

 

「ほとんど全部分かりません」

 

 その言葉を聞いて山田先生は困り度100%で引きつった顔のまま固まり、俺は持っていたペンを思わず床に落としてしまった。え? ぜ、全部分からないって一夏、お前……。

 

「ホーキンスくん、ペン落ちたよ」

 

 隣の席に座る女子が落としてしまったペンを拾って手渡してくる。

 

「え? ああ、ありがとう」

 

 それを受け取ってから笑い掛けると、その親切な女子は顔を赤らめながら「ど、どういたしましてっ」と早口に応え、そそくさと教科書へ視線を戻してしまった。彼女も忙しかったのだろう。手間を取らせてスマンな。

 

「え、えっと……織斑くん以外で、今の段階で分からないって言う人はどれぐらいいますか?」

 

 フリーズ状態から復帰した山田先生が周りに挙手を促す。

 

 シーン……

 

 誰1人として挙手する者はおらず、顔を青くさせながら辺りをキョロキョロしだす一夏。おっと、目が合ったぞ。なになに? 『お・前・も・分・か・る・の・か!?』だって? まあ、この学園に入学するまでに範囲内はやって来たからなぁ……。

 口パクで話し掛けて来る一夏に対してゆっくり深く頷き返すと、彼はガクッと肩を落としてしまった。

 

「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 

 教室の端で控えていた織斑先生が一夏の元に歩み寄って行く。

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

 あー、成程。電話帳と間違えて……って、ちょっと待て一夏! お前、見ずにポイしちまったのか!? そりゃあ授業について行けんわけだ……。

 

 スパァンッ!

 

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者」

 

 今日で4度目の出席簿アタック。どうやらかなり効いたようで、一夏は涙目で頭を擦っていた。だがこの件に関しては俺も弁護しかねるぞ、一夏。

 

「あとで再発行してやるから1週間以内に覚えろ。いいな?」

 

「い、いや、1週間であの分厚さはちょっと……」

 

「や れ と 言 っ て い る」

 

「は、はひっ、やりますっ」

 

 本人の不注意が原因とは言え、1週間以内はさすがに無茶だと言う一夏の言葉(俺もそう思う)は織斑先生の一睨みとドスの効いた声によって一蹴される。

 

「いや、待て」

 

 がしかし、少しの間を置いてから織斑先生は何やら考え込み始めた。

 

さすがに1人では厳しいか……

 

 彼女は「ふむ」と右手を(あご)に当てながら周囲に視線を巡らし……俺と目線が合った。

 

「ホーキンス」

 

「はい、先生。何でしょう」

 

「スマンが織斑の勉強を手伝ってやってくれるか? お前はこの授業によくついて来れている。それに、同性のお前ならこいつも変に緊張して手がつかんと言う事も無いだろう」

 

 一夏に対する呆れ半分、彼を気遣う気持ち半分といった感じの織斑先生。まあ、俺も何か用事があるわけでもないし、受けても問題無いだろう。

 

「イエス・ミス、お任せ下さい」

 

「ああ、助かる」

 

 こうして俺は、一夏の専属教師としての仕事を織斑先生直々に任されたのであった。

 

 

 

 

 

 

「でさぁ、千冬姉の怖い事なんのって……」

 

「はっはっはっ! 彼女にはダースベイダーのBGMがよく似合いそうだな。だが良いお姉さんじゃないか」

 

「ああ。めちゃくちゃ怖いけど、自慢の姉だぜ」

 

 2時限目の休み。俺と一夏は揃って談笑していた。同性が1人いるだけでこうも気が楽になるとは……この部屋割りにしてくれた顔も知らない教員に感謝だな。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

「へ?」

「ん?」

 

 いきなり背後から声を掛けられ、一夏は素っ頓狂な声を、俺は頭上にクエスチョンマークを浮かべながら後ろを振り返る。

 話し掛けて来たのは、地毛の金髪が鮮やかな女子だった。白人特有の透き通ったブルーの瞳が、やや吊り上がった状態で俺達を見ている。

 

「(金髪縦ロールって実在したのか……)」

 

 僅かに掛かった縦ロールの髪はまさに『貴族令嬢』といった言葉を彷彿とさせるが、ひょっとしたら目の前の女子は本当に身分の高い人物なのかもしれない。

 ちなみに、このIS学園は多国籍の生徒を受け入れており、外国人は珍しくない。むしろ、日本国内に設立されておりながら、クラスの半分がかろうじて日本人というだけだ。

 

「聞いてます? お返事は?」

 

「あ、ああ。聞いてるけど……どういう用件だ?」

 

 一夏がそう答えると、目の前の女子はかなりわざとらしく声を上げた。

 

「まあ! 何ですの、そのお返事。わたくしに話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」

 

はぁ……

 

 目の前の女子には聞こえない程度の大きさで溜め息をつく。面倒なのにからまれたな……。

 

「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」

 

 続けて「ウィルはどうだ?」と言って俺に話を振ってくる一夏。

 

「あー……ソーリー、俺も君の事を知らないんだ」

 

 自己紹介の時に何やら長々と話していたような気がするが、その時はちょうどアマンダ・メイソンに侮辱された事を思い出して1人で腹を立てていたからな……。まあ、聞いていなかったこちらに非があるな。

 

「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを!?」

 

 俺達の答えが気に入らなかったようで、吊り目を細め、いかにもこちらを見下した口調で続ける女子、もといオルコットさん。

 

「って言うかさ、代表候補生って、何?」

 

「」

 

 オルコットさんがピシリと凍り付き、辺りで聞き耳を立てていた女子数名はガタタンッとズッコケた。

 

一夏、代表候補生ってのはあれだ。国家代表IS操縦者の候補生だ。まあ、簡単に言うとエリートだな

 

成程、エリートか

 

 目の前でワナワナとしているオルコットさんから視線は外さず、一夏の耳元に顔だけを寄せて説明する。

 

それも含めて教えてやるから、参考書が再発行されたら受け取りに行くぞ

 

おう。サンキューな、ウィル

 

ユアウェルカムだ

 

 と、小声での会話を終えたところで、オルコットさんが噴火寸前にまで達していた。

 

「あ、あ、あ……!」

 

「ヤベッ。……だ、代表候補生ってのは選らび抜かれたエリートって事だよなっ?」

 

「っ! そう! エリートですわ!」

 

 大噴火を起こしてこれ以上面倒な事にならないよう、俺はオルコット(さん)の火口に大急ぎで蓋をする。すると、エリートという言葉に気を良くしたのか、彼女はまたさっきの調子に戻った。

 

「まったく。男性のIS操縦者だと聞いてどんなものかと思えば、とんだお馬鹿さん達で拍子抜けですわね」

 

 この子、容赦なく言って来るな……。それに、何で俺まで『お馬鹿さん』の(わく)に入れられてるんだ?

 

「まあでも? わたくしは優秀ですから、あなた達のような人間にも優しくしてあげますのよ? 分からないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 

『唯一』をものすごく強調された。──って、ん? 教官を倒した? 

 

「なあ、入試ってあれか? ISで戦うやつ?」

 

 一夏が確認を取るようにそう訊ねると、オルコットさんは目を細める。

 

「それ以外に何がありますの?」

 

「あれ? 俺も倒したぞ、教官」

 

「……は?」

 

 目を点にして固まるオルコットさん。

 

「ワオ、やるじゃないか一夏! ちなみに俺も教官を倒したぞ」

 

 確かあの時は【バスター・イーグル】の30ミリ機関砲で倒した筈だ。ベイリー中尉の戦闘訓練の賜物だな。

 

「わたくしだけだと聞きましたが?」

 

「それ、女子だけではってオチじゃないのか?」

 

 ピシリ。あ、今なんか嫌な音がしたぞ? 足下の氷にヒビが入ったような、不穏な音だ。

 

「つ、つまり、わたくしだけではないと……?」

 

「いやまあ、知らないけど」

 

「あ、ああ、あなた達も教官を倒したと言うんですの!?」

 

 バンッと机を叩いたオルコットさんが鬼気迫る表情でこちらに詰め寄って来る。

 

「えーと、落ち着けよ。な?」

 

「そ、そうだぞオルコットさん。1度クールになるんだ」

 

「こんな話を聞かされてクールも何も──」

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 彼女の言葉を遮ったのは3時限目の開始を知らせるチャイムだった。

 

「っ……! またあとで来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」

 

「「お、おう……」」

 

 正直、勘弁して欲しいところではあるのだが、ここで断ったら彼女は怒るだろう。

 

「……取り敢えず、席につくか」

 

「……だな」

 

 こりゃまた面倒な事になったな。これ以上酷くならなければ良いが……。そう思いながら席に座るのと、織斑先生・山田先生の2人が入室してきたのはほぼ同時だった。

 




 お暇があれば、誤字脱字の報告・感想等をして頂ければ幸いです。


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5話 宣戦布告

「さて、これより3時限目の授業を始める──前に、来月(らいげつ)行われる予定のクラス対抗戦に出る代表者を決めねばな」

 

 3時限目開始のチャイムが鳴り終わると同時に、織斑先生が教壇に立ってそう告げた。クラス対抗戦? ……ああ、そう言えばそんな行事が控えてたな。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、言うなればクラス長だな。自薦他薦は問わない。誰かいないか?」

 

 ザワザワと色めき立つ教室。成程、クラス長か。選ばれた奴にはご愁傷様(ごしゅうしょうさま)としか言えんな。

 

「はいっ! 織斑くんを推薦します!」

 

 1人の女子が元気良く手を挙げ、一夏をクラス代表者として推薦した。

 

「私もそれが良いと思いまーす」

 

 最初の声が引き金となり、次々と増えていく一夏の票数。

 

「私はホーキンスくんを推薦します!」

 

「同じく!」

 

 ──そして、そんな一夏と接戦(不本意)を繰り広げる俺の票数。マジか。俺と一夏を推薦するって……君達、俺達に対する物珍しさとか、絶対そんな感じのが理由だろ……。

 

「お、俺!?」

 

「Oh……」

 

 まさか自分が推薦を受けるとは思わず、俺は片手で目元を覆いながら俯き、一夏は盛大に狼狽る。

 

「ふむ、候補者は織斑 一夏とウィリアム・ホーキンス……他にはいないか?」

 

「ちょっ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな──」

 

 一夏が立ち上がり、抗議しようとした次の瞬間。甲高い声がそれを遮った。

 

「待って下さい! 納得がいきませんわ!」

 

 バンッと机を叩いて立ち上がったのは、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットさんだった。もしかして、こちらを擁護してくれて……

 

「そのような選出は認められません! だいたい、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 ……いるわけではないよなぁ。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由でこんな猿達にされては困ります! わたくしはサーカスをしたくてこのような島国まで来ているわけではありませんわ!」

 

 アメリカ人の俺が言うのもあれだが、イギリスだって日本と同じく島国だろうに……。って言うか猿? 今、俺達の事を猿って言ったのか!? 

 

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」

 

 興奮冷めやらぬ──というか、ますますタービンの回転数が上がってきたオルコットさんはバルカン砲の如き勢いで言葉を荒げる。代表者にはなりたくないが、ここまで罵倒されるとさすがにクるものがあるな。ふぅ。落ち着け、俺。

 

「だいたい、文化としても後進的な国で過ごさなくてはいけない事自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で──」

 

「イギリスだって大したお国自慢は無いだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

 ツルッと一夏の口から滑り落ちた言葉に、オルコットさんの演説がピタリと止む。見ると、彼女は顔を真っ赤にして怒りを示していた。

 

一夏、とうとう言っちまったか……

 

「あっ、あっ、あなたねぇ! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

 自分から先に言っておいて何を……、と俺も口を滑らしかけたが、そこはなんとか飲み込む。

 

「決闘ですわ!」

 

「おう、いいぜ。四の五の言うより分かりやすい」

 

 もう後戻りはできないと悟った一夏は覚悟を決め、オルコットさんからの決闘の申し出を受けた。

 

「それと……」

 

 オルコットさんがこちらに首を動かす。後ろに数人の女子が座っているが、彼女の両目が捉えているのは確かに俺だ。

 

「そこのあなた。あなたも参加者でしてよ」

 

「参加者って、決闘の、という事で合ってるか?」

 

「当然ですわ。確か……アメリカで、空軍と民間企業が協力して第2世代のISを製造したと聞きましたわね。それを男性操縦者に持たせた、という事も」

 

 間違いない。【バスター・イーグル】と俺の事だ。その件は確かに公表されている。

 

「まあ、所詮は第2世代機。このわたくしと【ブルー・ティアーズ】の前では無力でしょうけど」

 

 カチンッ

 

 ……ほう? 今、相棒(バスター・イーグル)を『所詮』呼ばわりした挙げ句、『無力』とまで言ったな?

 ──言ってくれるじゃないか。

 

「今、この場で織斑 一夏さん共々非礼を謝罪するならば、許してあげてもよくってよ?」

 

「……そうだな。謝っておこう」

 

「なっ!? ウィル! お前ここまで言われて悔しくないのかよ! それに、ウィルは何も謝るような事してないじゃないか!」

 

 声を荒げる一夏を手で制してからゆっくりと席を立ち上がり、オルコットさんに向き直る。

 

「あら、賢い選択で──」

 

「君のその【ブルー・ティアーズ】とやらを Polka dot(水玉模様) にしてしまう事を、今ここで先に謝っておこう」

 

「……はい?」

 

 予想外の返答が返って来たのか、オルコットさんはポカンと口を開けたまま固まった。

 

千冬姉──織斑先生、ウィルはさっき何て言ったんですか?

 

ポルカドット、水玉模様だ。要するにホーキンスは、オルコットの専用機【ブルー・ティアーズ】を『穴だらけにしてやる』と言ったんだ

 

それってつまり……

 

ああ。ホーキンスも決闘を受ける気のようだな。……それと織斑

 

はい?

 

参考書の中身を覚えるついでにホーキンスから英語も少し習え

 

えっ?

 

 ……全部聞こえてましたよ織斑先生。俺を教師にでもする気ですか? 給料を請求しますよ?

 などと心の中で織斑先生に抗議していると、我に返ったオルコットさんが口元をヒクつかせながら口を開いた。

 

「ひ、皮肉を言ったつもりですの……!?」

 

「お洒落(しゃれ)に言ったつもりなんだが、それともはっきり穴空きブルーチーズ(・・・・・・・・・)と言った方が良かったかな?」

 

 プチッ。何かが切れたような音がオルコットさんからした気がする。

 

「ふっ、ふふ、ふふふふふ……! そこまで言うのならいいでしょう。あなた達を(まと)めて叩き落として差し上げますわ!!」

 

「だとよ、一夏?」

 

「望むところだ」

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い──いえ、奴隷にしますわよ」

 

「侮るなよ。真剣勝負に手を抜くほど腐っちゃいない。そうだろ? ウィル」

 

「当たり前だ。悪いが、奴隷にされて喜ぶような性癖は持ち合わせていないんでな」

 

「そう? 何にせよちょうど良いですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたと無い機会ですわね!」

 

「話は纏まったな? それでは勝負は1週間後の月曜日。放課後、第3アリーナで行う。織斑、ホーキンス、オルコットの3名はそれぞれ用意しておくように。それでは授業を始める」

 

 パンッと手を叩いて織斑先生が話を締める。

 

「(1週間か。まずは一夏に基礎を教えて……ああ、あとジョーンズ中尉を呼ばないとな。これが代表候補生との初対戦になるわけだし)」

 

 机の上の教科書を開きながら、これからの計画を練り始めるのだった。

 

 ▽

 

「じゃあウィル、俺はこの部屋だから」

 

「おう。またあとでな、一夏」

 

 放課後、遅くまで残って一夏の勉強の補佐を行った俺は疲れた体で寮の自室を目指す。

 

「(えーっと、1031室だったよな)」

 

 それにしてもデカイ寮だ。廊下の内装も凝ってるし、これは室内も期待して良い感じだな。

 

「(1030……31。ここだな)」

 

 鍵番号と部屋のプレートを交互に確認してから、ドアに鍵を差し込んで回す。

 

 カチリ

 

「おっ、開いた開いた。さて、中はどうなってるかなーっと……おお……! これはまた……」

 

 ドアをくぐった先は高級ホテルにも負けず劣らずの部屋だった。まず目に入ったのは2つ並んだベッド。触った感じ、材質はかなり良い物を使用しているようだ。それでいて子供がトランポリンにできそうなほど大きいし、スプリングも良い奴だな、これは。

 

「このベッドだけで幾らする事やら……ふぁ~……」

 

 ベッドを見ていると無意識に大きなあくびが出てしまった。時計を見ると夕食時まではまだ時間がある。……少し仮眠でも取るか。

 

「(今日だけで色々あったなぁ……)」

 

 一夏や箒と出会い、友人になり、多数の女子から視線の一斉射撃を喰らい、オルコットさんから決闘を申し込まれ……。

 ベッドに倒れ込んだ俺の意識は徐々に微睡(まどろ)んでいき、あと少しで瞼が完全に閉じ──

 

 ズドン! ズドン!

 

「う、うわぁぁぁ!?」

 

「ッ!? な、何だ何だ!?」

 

 瞼が閉じようとしたところで、突如した何か硬い物体が貫通したような音と男の悲鳴に俺はカッと目を見開き、文字通り跳ね起きた。音がしたのは一夏のいる1025室からだ。

 何事かと思いながら大急ぎで一夏の自室へ向かう。

 

「……マジで何があったんだ……?」

 

 まだ眠気の覚めきらない俺の前には、穴だらけになった自室のドアに願掛けする一夏とそれを囲む女子生徒達という、経緯不明で理解しがたい光景が広がっていた。

 しかも、その女子生徒達は全員がラフなルームウェアで、かなり男の目を気にしない格好をしている。一部の子に至っては、長めのパーカーを着て下にはズボンもスカートも穿いておらず、下着がチラチラとのぞいていた。

 

「あ、ホーキンスくんだ。どうしたの?」

 

 こちらに気付いた女子の1人が声を掛けてくる。そんな彼女も、下着を穿いて、その上からブラウスを羽織っているだけという非常に目のやり場に困る格好だ。

 

「い、いや、すごい音がしたから何事かと思ってね……」

 

 まったく、なんつう格好をしてるんだ。て言うかブラウスの合間から肌色の胸元が見えて……ハッ!? い、いかん! こういう時は確か……そうだ! 煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散……!

 

「箒さん。いや、箒様。部屋に入れて下さい。お願いします。どうかこの通り」

 

 俺は必死に煩悩を振り払う呪文を唱え続け、一夏は一夏でドアに願かけを続ける。

 これが3分ほど続いた頃だろうか。ようやく落ち着きを取り戻し始めたと同時に部屋の中から剣道着を身に纏った姿の箒が出てきた。その格好は非常に様になっているが、心なしか大急ぎで服を着たあとのように見える。

 

「入れ」

 

「お、おう!」

 

 入室許可を得た一夏は大急ぎで部屋へ入っていく。……一夏、同室者がいたんだな。しかも女子。まあ、頑張れよ。

 

「何がどうしてああなったかはよく分からんが、取り敢えず帰るか」

 

 俺の場合は同室者がいない(荷物が無かった事を確認済み)ので気を遣ったりする必要もなく、思う存分のんびりできる。まだ時間はあるし、今度こそ一眠りを──

 

「ねえねえホーキンスくん! 夕食まで時間あるし、良かったらお話しない?」

 

 ──ん?

 

「ああ~! ずるーい! 私も私もー」

 

 ──んん?

 

「それじゃあ学食に行こうよ! あそこなら広いし!」

 

 ──んん!?

 

「あ、あの──」

 

「早速レッツゴー!」

 

「あ! あと1時間半ぐらいしか無いわ!」

 

「俺、少し仮眠を──」

 

「「「行こう! ホーキンスくん!」」」

 

 女子達から一斉に繰り出される、キラキラした眼差し。

 

「……あぁ……あははは……。その……よろこんで……」

 

 期待に満ちた眼差しの一斉射撃を受けてしまった俺はそのお誘いをキッパリ断る事ができず、乾いた笑み浮かべながら学食への道を踏み出した。

 

 

 




 ━おまけ━

「そう言えば、あの『おり×ホキ』とやらの正体を調べてなかったな。よし、ちと調べてみるか」

 検索 ○○×○○

「おっ、出た出た。ふむ、特に変わった検索結果が出て来たりは……む? 何だこれ」

 ○○×○○ BL

「BL……何の略称なんだ?」

 ポチッ

「(調べなきゃ良かった……!)」


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6話 蝶のように舞い、鮫のように噛む

 1週間後、月曜日。オルコットさんとの対決の日。俺と一夏は第3アリーナのAピットに集まっていた。

 

「とうとうこの日が来たか……」

 

 腕を組み、ピット・ゲートの先──陽光に照らされているフィールドを見つめる。

 

「この1週間、なかなかエグい毎日だったなぁ」

 

 ふと、一夏がそんな事を呟いた。

 

「それは何の確認もせずに参考書を捨てちまったお前が悪いと思うぞ」

 

「うぐっ!? うぃ、ウィル、それは言わないでくれ……」

 

 俺の言葉がグサリと突き刺さり、一夏は胸を抑えて呻き声を上げる。

 

「参考書の件だけではない」

 

 続いて、一夏の隣に立っていた箒が、はぁ、と溜め息をつきながら口を開いた。

 

「あの体力の衰えようは酷かったぞ、一夏」

 

 彼女が言った通り、以前の一夏はお世辞にも体力があるとは言えない状態だった。

 聴けば、彼は中学生の間は部活動に所属せず、3年間ずっとバイト三昧だったらしい。曰く、「少しでも千冬姉に楽をさせてあげたかった」との事。

 一夏には織斑先生以外に肉親と呼べる者がおらず、1人で家計を支えていた姉を思ってバイトを始めたのだそうだ。

 その事情を聞いて以降、一夏にISの基礎を教える作業は俺が、体力面は箒が剣道で厳しく鍛える事になり、それを今日まで欠かさず続けてきた。

 振り返ってみると確かに相当えげつない1週間だったが、それに耐えた一夏も凄まじいガッツの持ち主だとつくづく思う。

 

「まあ、この1週間でやれるだけの事はした。あとは実際に戦ってみないと分からんな」

 

「しかし……」

 

「ああ。もう少しで俺の専用機が届くって聞いたんだけどなぁ……」

 

「そうだな。あまりにも遅すぎる」

 

 箒が言わんとしている言葉を察した一夏は困ったような表情を作り、俺は苛立たしげに時計を見る。

 当初、一夏は学園が保有する量産IS【打鉄(うちがね)】を決闘に使用するつもりだったが予約が一杯であったため、特別に学園側が専用機を用意する事になった。まあ、わざわざ専用機を用意するその意図としては一夏のデータを収集するのが目的なのだろう。

 しかし、件のISは到着が大幅に遅れており、その影響で実際にISを用いた訓練は1度もできないままこの日を迎えてしまったのだ。急な話だったのは分かるが、幾ら何でも遅れすぎだ。せめて期日に近付けるぐらいの努力はしろよ……。

 

「やあ、ホーキンスくん」

 

 企業名も知らないその会社に対して心の中で文句を言っていると、不意に背後から誰かに声を掛けられた。

 

「? ああ、ジョーンズ中尉」

 

 振り返った俺の前に立っていたのはトレバー・ジョーンズ中尉だ。今回、初じめて代表候補生を相手取る事になるので、機体の最終調整とデータ収集を目的に急遽(きゅうきょ)来日(らいにち)したのだ。

 

「あれ? ウィル、その人は?」

 

 ジョーンズ中尉の存在に気付いた一夏達が不思議そうに彼を見る。

 

「おっと、これは失礼。僕はトレバー・ジョーンズ。以後お見知り置きを」

 

「ジョーンズ中尉には俺のISの調整とデータ収集の為に日本に来てもらったんだ。なんせ相手が相手だからな」

 

「っと、そうだった。ホーキンスくん、早速だけど調整の方に入ろうか」

 

 思い出したように手をポンと打つジョーンズ中尉。

 

「分かりました。それじゃあ一夏、箒、またあとでな」

 

 そう言い残し、俺は【バスター・イーグル】の調整に向かう。

 

 

 

 

 

 

「……そう言えば今さらだけど、どうしてイギリスの代表候補生と戦う事になったんだい?」

 

 ジョーンズ中尉が展開した【バスター・イーグル】の点検用ハッチを覗き込みながら、不意にそう問うてきた。

 

「電話では詳しく聞いていなかったからね。何かあったのかい?」

 

「ええ、まあ……」

 

 彼の問いに対し、俺は苦笑を浮かべながら1週間前の1組での出来事を話し始める。

 

「──で、つい挑発に乗せられてしまいました」

 

 全て話し終えると、ジョーンズ中尉は肩を震わせて笑いを堪えていた。

 

「ぷっ……ふふふっ……! 成程、入学初日からそんな事があったんだね」

 

「自分でも安い挑発だと思いましたが、こいつを馬鹿にされたのが腹立たしくて……」

 

「大丈夫だよ。世代差があろうと【バスター・イーグル】は強い(・・)。君がそう信じ続ける限り、君の相棒は幾らでも力を貸してくれるさ。よし、調整完了っと!」

 

 調整を終えて点検ハッチを閉じたジョーンズ中尉は「それじゃあ戻るとしようか」と言い、そんな彼に「はい」と答えた俺はジョーンズ中尉と共にAピットへ向けて歩いて行く。

 

「ホーキンス」

 

「?」

 

 Aピット内に帰り着いた俺に横から声を掛ける者がいた。声の主は、いつも通りの黒スーツを着た織斑先生だ。どうやら俺と入れ違いでここへ来たらしい。

 

「はい、何でしょう」

 

「織斑の専用機の到着はもう少し掛かるらしい。よって、先にお前に出てもらう」

 

 一夏の専用機、まだ届いていなかったのかよ……。

 

「自分が先にオルコットさんと戦うのですか?」

 

「そうだ。アリーナの使用時間も限られているのでな。問題は無いか?」

 

「はい、ありません」

 

「よし。では準備を開始しろ」

 

「イエス・ミス」

 

 言うが早いか、俺はピット・ゲートの前に立ち、猛禽が彫られたドッグタグを左手で掴んで念じる。

 

「(行くぞ、相棒……!)」

 

 次の瞬間、現れたのは全身を2色の灰色で包んだ全身装甲(フルスキン)のIS。

 空気抵抗を軽減する為に余計な飾り気を捨てたシルエット。右腕には単砲身の機関砲が接続されており、その砲身を黒光りさせている。

 後背で存在感を放っているのは、通常のISではまず見られないであろう2基のジェットエンジンと前翼(カナード)、主翼、垂直・水平尾翼。

 そして最後に航空機の機首のようなシャープな形状をしたヘッドギアとそこに描かれたシャークマウス。

 

「こんなISがあるのかよ……」

 

 展開した【バスター・イーグル】を前に、一夏の口からはそんな言葉が無意識に漏れる。

 

《ホーキンスくん、聞こえるかい?》

 

 カタパルトに機体を接続させていると、ヘッドギアに内蔵された無線機からジョーンズ中尉の声が響いた。

 

「感度良好。バッチリ聞こえますよ」

 

《オーケー。それじゃあ射出前に簡易チェックをするよ》

 

「了解」

 

 風防と一体化したバイザーを下ろし、ジェットエンジンを始動させる。

 

 ──戦闘待機状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。機体名【ブルー・ティアーズ】。中距離射撃型。特殊兵装有り──

 

 おっと、どうやら相手さんは外でもう待っているようだ。

 

《始めにラダー、フラップ、スラット、ブレーキの確認を》

 

 左右の各動翼を適当に動かして動作確認を行うと、それに連動して3次元推力偏向ノズル(ベクタードノズル)が上下左右に動く。……よし、動翼とノズルは完璧だな。

 次に空力減速用のブレーキを作動させると、背面に設けられた縦長のパーツがパタンパタンと開閉した。

 ちなみに【バスター・イーグル】の制動を担っているのはエアブレーキとPICの両方だ。大型の機体故にPICだけでは力不足なため、このブレーキの存在は非常に大きい。

 

「チェック」

 

《兵装システムを確認。HMDバイザーを起動してくれ》

 

 言われた通りにバイザーを起動すると、ピッ♪ という音と共に正面に照準レティクルが投影される。

 

《グリーンライト確認。機関砲に切り替えを》

 

 右腕に接続されている30ミリ機関砲『ブッシュマスター』を選択し、試しに腕を動かしてみる。すると、砲口が向いた先にレティクルが移動し、自分が狙っている方角がしっかりと確認できた。

 

《よし、機関砲の正常作動を確認。良いぞ、次はミサイルだ》

 

 今度はバイザーの左端で『MSL』の文字が点滅する。

 

《どうだい?》

 

「問題ありません。ミサイルシステムの作動を確認。チャフ・フレアもチェック」

 

 全ての項目のチェックが終了すると同時にエンジン出力も安定してくる。

 大口を開けるノズルは高熱の排気ガスと凄まじい轟音を撒き散らし、ピットにいた全員がそのあまりの大音量に顔をしかめていた。

 

「よし、兵装及び対抗装置(カウンターメジャー)に異常無し。ラダー、フラップ、スラット、ブレーキ、全て異常無し。射出準備完了!」

 

 サムズアップで合図を送ったあと、射出時の衝撃で姿勢が崩れないようにやや前屈みのポーズを取る。やってやろうぜ、相棒!

 

「スゲェ……ゲームとかテレビで観るようなことを本当にしてる……」

 

「一夏、もう少し離れてろ。エンジンの排熱を諸に浴びたら“熱い”程度じゃ済まないぞ」

 

「っ!? お、おう! 悪い、すぐ離れる!」

 

 背後でボーっとこちらを見ていた一夏が大急ぎで離れた事を確認した俺は深く息を吸い込み……

 

「ロックンロールだ!」

 

 ガクンと揺れを感じたあと、滑るようにカタパルトから射ち出された。

 

 

 

 

 

 

「あら、逃げずに来ましたのね。あまりに遅かったので放棄されたのかと思いましたわ」

 

 ふふんと鼻を鳴らすオルコットさん。腰に手を当てたポーズが様になっているが、俺の関心はそこではない。

 鮮やかな青色の機体【ブルー・ティアーズ】。その外見は、特徴的なフィン・アーマーを背中に4枚従え、どこか王国騎士のような気高さを感じさせる。

 それを駆るオルコットさんの手には2メートルを超す長大な銃器──検索、レーザーライフル『スターライトmkⅢ』と一致──が握られていた。デカイな……狙撃銃か? こっちの30ミリ機関砲の2倍近くあるぞ。

 

「最後のチャンスをあげますわ」

 

 既に試合開始の鐘は鳴っているが、余裕なのか左手に持つ銃の砲口を下げたまま、オルコットさんは腰に当てた手を俺の方に、ビシッと人差し指を突き出した状態で向けてくる。

 

「チャンス?」

 

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るのであれば、許してあげてもよくってよ」

 

 そう言って目を笑みに細める。

 

 ──警戒、敵機の安全装置解除を確認──

 

 ISが告げる情報を確認してから俺は小さく3回頷いた。目の前で白旗振って、ごめんなさいって言うのがチャンスだって? 随分と不等なチャンスがあったもんだ。

 

「スマンがエンジンの音でよく聞き取れなかった。話は試合後にしてくれ」

 

 言って、即座に右腕の機銃をオルコットさんに向けてトリガーを引く。

 

 ヴオオオオオオ!!

 

 毎分1,800発の発射速度を誇る『ブッシュマスター』から30ミリという大口径の砲弾が放たれ、それは吸い込まれるように【ブルー・ティアーズ】の至る箇所に着弾した。

 

「ぐっ、やってくれますわね……! いいでしょう。そんなに惨めな姿を晒したいのであれば……」

 

 ──警告! 敵機射撃態勢に移行。トリガー確認、初弾エネルギー装填!──

 

「お望み通りにして差し上げますわ!」

 

 キュインッ! 耳をつんざくような独特の発砲音。それと同時に走った閃光が俺目掛けて飛んで来る。

 

「っ! さすが代表候補生なだけあって、構えから発射までが短いな……!」

 

 レーザーを寸でのところで回避した俺は、そこから直ちに水平飛行モードに切り替え、広大なコートを飛び回る。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットと【ブルー・ティアーズ】の奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 機体の直ぐ右横を青いレーザーが掠めるように通過して行った。

 

「うぉっと!? 危ない……。ダンスは苦手なんだ。ワルツだのタンゴだの言われても頭の中はクエスチョンマークのオンパレードでね」

 

「そんな軽口を叩いていられるのも今の内ですわ!」

 

 直ぐさまレーザーが放たれ、今度は俺の頭上スレスレを通過して行く。

 戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 ▽

 

「ウィル! あいつ何やってるんだ!? あれじゃあ一方的に攻撃されてるだけじゃないか!」

 

 ピット内の壁に取り付けられたテレビ画面を見て、一夏が声を上げた。

 と言うのも、ウィリアムは始めにセシリアに対して攻撃を行って以降、ずっと反撃も何もせずにフィールド内を飛び回っているだけなのだ。

 

「私にも、あいつが何をするつもりなのか皆目検討もつかん……」

 

 箒も腕を組んだまま険しい表情で画面を見上げる。

 

「いや、あれは待っている(・・・・・)のさ」

 

 同じく画面を見上げながら何やらメモをとっていたトレバーが不意に口を開いた。

 

「待つ?」

 

「ああ。今、下手に仕掛けようとすると攻撃を諸に喰らってしまう可能性がある」

 

 オウム返しする一夏にそう答えたトレバーは、更に続ける。

 

「それに、確かに今はあのお嬢さんが上から一方的に攻撃しているけど、よく見たら全て回避しているだろう?」

 

 彼の言った通り、フィールドを映している画面にはセシリアから繰り出されるレーザーをヒラリヒラリとかわすウィリアムの姿があった。

 

「その内、疲労と当たらない事への苛立ちから冷静さを欠いて、今度は至近まで近付いて確実に当てようとするだろうね。そうなれば彼女は……」

 

 一息ついて、トレバーは静かに告げた。

 

空腹の鮫が泳ぐプールに落ちた、(あわ)れな犠牲者さ

 

 ▽

 

「ちょこまかとすばしっこい……!」

 

 試合が始まってから早30分。セシリアは徐々に苛立ちを募らせていた。

 

「それがこのISの強みの1つだからな。どうした? チャンスをやると言ったわりに命中弾は皆無だぞ?」

 

 先程から狙いをつけて撃っているにも関わらずウィリアムは未だ1発の被弾もしていないのだ。それどころか彼はまだ余裕そうな態度すら見せていた。

 

「くっ……! ティアーズ!」

 

 セシリアは悔しそうに顔を歪めながら、自身の周りを浮遊している4つの自立機動兵器に命令する。

 

「またその(こま)いのか。だがそいつらのタネはもう分かったぞ」

 

 そう言いながら、ウィリアムは飛来した自立機動兵器──以下ビットの1機目に機銃弾を浴びせ、バラバラに破壊した。

 

「なんですって!?」

 

 そんな馬鹿な、といった表情のセシリア。

 

「さっきから君の攻撃に晒されて気付いたが、そのビットどもは毎回命令しないと動かない」

 

 2機目のビットから放たれたレーザーをバレルロールで回避したウィリアムは、お返しと言わんばかりにミサイルを叩き込む。

 

「しかも、ビットを使っている間の君はそれ以外の攻撃ができない。制御に意識を割かれるからだ。合ってるか?」

 

「…………!?」

 

 ヒクヒクッとセシリアの右目尻が引きつった。図星である。

 それともう1つ、ウィリアムはセシリアの攻撃に晒されている間に気付いた事がある。それは、彼女はビットで攻撃を仕掛ける際、必ず死角を狙ってくるという点だ。

 

「……それでもまあ、さすがは第3世代のISだな。頭で命じて動かす兵器なんざ、まさにSFの世界だ。こんなもんが俺の世界で飛んでたらどうなってたか……」

 

「っ! 何をわけの分からない事を!」

 

 セシリアが動揺した事によって動きがやや鈍くなったビットの3機目は辛うじてウィリアムの死角──真下から攻撃を仕掛けようとする。

 

「おっと、こいつもスクラップだ!」

 

「なっ!?」

 

 しかし、ウィリアムにサッカーボールよろしく蹴り飛ばされ、それが残る4機目のビットに命中して両方とも爆散した。

 

「これで残るビットはゼロか。そいつらは4機セットで幾らする? 高くつくんだろう?」

 

「ば、馬鹿にして……!!」

 

「(そろそろ来るか……?)」

 

 セシリアは額に青筋を立てながら、高度を下げてウィリアムの追撃に入る。

 

「ビットはさっきの4機だけではありませんわ! あと2機残っていましてよ!」

 

 セシリアの腰部から広がるスカート状のアーマー。その突起が外れて、動いた。

 

「これならどうですか! 喰らいなさい!」

 

 バシュゥゥ!!

 

「っ!?」

 

 まだあのビットが残っていたのか、と驚くウィリアムだったが飛んで来たのはあの青いレーザーではない。

 

「まさかミサイルを隠し持ってたのか……!」

 

 残る2機のビットはレーザー射撃型ではなく弾道型(ミサイル)だった。

 レーザーをかわすだけの単調な回避機動から一転、ウィリアムはミサイルに追い回されながら、更にセシリアからのレーザー射撃の回避にも追われる。

 

「クッソ……どんだけ高い誘導性能してるんだ!」

 

「誘導性だけではありませんわ。威力もなかなかのものでしてよ」

 

「チッ……!」

 

 ウィリアムの舌打ちを耳で捉えたセシリアは、ニヤリと笑う。あと少しで命中する。彼女はそう思ったのだろう。

 だがしかし──

 

「チャフ・フレア放出!」

 

 突如、【バスター・イーグル】の機体後部から赤く輝く火の玉と、銀色に煌めく微細な何かが大量に放出される。

 そして、その直後、ウィリアムを追っていたはずの2機のミサイルはあらぬ方角へと飛んで行き、自爆してしまった。

 

「ふっ……!」

 

 だがそれだけでは終わらない。ウィリアムは突然、機体を水平から一気に90度上向きに持ち上げて空気抵抗を増やし、急減速をかける。

 チャフ・フレアによるミサイル回避に気を取られているセシリアは、一瞬にして背後を取られてしまった。

 

「い、いったいどこへ──後ろッ!?」

 

 背後の存在にようやく気付いて振り返るセシリア。彼女の視線の先には獲物を眼中に捉えた『鮫』がいた。

 

「さて、これで攻守交代だな」

 

 ヴオオオオオオ!!

 

【バスター・イーグル】の機銃から発射された砲弾が【ブルー・ティアーズ】の右足に数発着弾し、ドカドカドカッ! と被弾孔を開ける。

 

「くっ! 離れなさい!」

 

「離れて欲しかったら自力で引き剥がしてみろ」

 

 セシリアからのレーザーライフルの応射。しかし、ウィリアムは機体を少し傾け、小さな動きでこれをかわす。

 広大なアリーナのフィールドを2機のISが縦横無尽に飛び回る。

 

「まさかここまでできるとは……!」

 

「この手の事は得意でな。男だってなかなかやれるもんだろう?」

 

 セシリアの言葉に気さくに答えながらも、ゆっくりと、しかし確実に【ブルー・ティアーズ】をミサイルの照準内に収めていくウィリアム。

 

「(よし、捉えた)」

 

 ミサイルのロックオンが完了した事を告げる電子音が鳴り、マーカーが緑から赤に変色する。

 

「……閉幕(フィナーレ)だ」

 

 ピット内でトレバーが画面を見上げながらそう呟いた直後。

 

 ドカァァン!!

 

スプラッシュ1(敵機撃墜)

 

 一際大きな爆音とウィリアムの撃墜コールがアリーナのスピーカーから響くのであった。

 

 ▽

 

 発射したミサイル2発が命中し、オルコットさんと彼女の専用機【ブルー・ティアーズ】が爆炎に包まれた直後、決着を告げるブザーが鳴り響いた。

 

『試合終了。勝者、ウィリアム・ホーキンス』

 

 機械によって合成された音声が俺の勝利を告げ、巨大な電光掲示板にも『勝者 ウィリアム・ホーキンス』の文字が浮き出る。

 

「派手だなぁ」

 

 カラフルに発色する電光掲示板を少しの間だけ見つめたあと、一夏達の待つAピットへと向かった。

 ピット内に進入した俺はエンジン出力を絞り、ノズルからの排熱をものともしない頑強な床に着陸する。

 

「ふぅ……ん?」

 

 地に足を着けて一息ついていると、興奮した顔ぶりの一夏が駆け寄って来た。

 

「──! ──!?」

 

 必死に何かを言っているがジェットの轟音のせいで彼の声がいまいち聞き取り辛く、俺は首を傾げる。

 

「少し待ってくれ」

 

 未だ大量の空気を吸っては轟音と推力を生み出し続けているジェットエンジンを停止させる。すると、タービンが徐々に回転数を落とし始め、十数秒後には一夏の声がしっかりと聞き取れるようになった。

 

「ウィル、お前スゲェな! さっきのあの動き何なんだ!?」

 

 ISを解除した俺に一夏は興奮冷めやらぬといった感じで問い掛けてくる。……うん? あの動き? いったいどれの事を指してるんだ?

 

「スマンが『あの動き』だけじゃあ曖昧過ぎて分からんな……」

 

 顎に右手を、腰に左手を当て、うーむと唸りながら彼の言葉に思い当たる場面を記憶の中から探る。

 

「ほら、あの急減速!」

 

 急減速……ああ、あれの事か。

 

「あれは『コブラ機動』っていう空戦機動の1つだ。由来は機体をピッチアップして迎角を90度近くとった時の姿がコブラが威嚇してるように見えるからだな」

 

 正直に言うとIS相手に効くかは賭けだったんだが、効果の見込みありのようだな。

 

「コブラ機動……なんかかっけぇ名前だな……!」

 

 目をキラッキラさせている一夏。どうやらあの機動と名称が彼の琴線に触れたようだ。分かるぞ一夏、ああいう機動って何かこう……グッと来るよな!

 

「なあ、お前ってあれの他にも色々できるのか!? 今度見せてくれよ!」

 

「ああ、機会があれば幾らでも見せてやるよ。っと、そうだそうだ。一夏、お前のISは届いたか? さすがにもう到着してても──」

 

「いや、まだだ」

 

「えっ……?」

 

 箒から告げられた言葉に、俺は口を半開きにしたまま固まる。

 おいおい、俺とオルコットさんが戦っていたのってだいたい30~40分ぐらいだよな? にもかかわらず、まだ到着してないって……。

 

「はぁ……冗談抜きでその会社に抗議の電話の1本でも入れてやりゃあ良いんだ」

 

 アリーナの使用可能時間は有限だ。このあとには俺と一夏の試合、一夏とオルコットさんの試合が控えているというのに……。

 

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 

 この調子で行くと、残りの試合は明日以降に延期か? などと考えていると、お馴染み副担任の山田先生が今にも転びそうな足取りでAピットにやって来た。……なんで3回も呼ぶ必要があったんだ?

 

「ど、どうしたんですか山田先生? 取り敢えず落ち着いて下さい。はい、深呼吸」

 

「は、はいっ。ス~~ハ~~、ス~~ハ~~」

 

「はい、そこで止めて」

 

「うっ」

 

 一夏は何となくのノリで言ってみたのだろうが、山田先生は彼の指示通りに本気で息を止めてしまう。

 この人、冗談が通じない人なんだなぁ。まあ、純粋なのは良い事だと思いますよ。……そっちに全振りしているのはどうかと思いますが。

 

「~~~!」

 

 酸欠によってみるみる顔が赤くなっていく山田先生。

 先生、相手を疑う事も時には大切なんですよ? と、俺は心の中でそう呟く。

 

「~~~ぶはぁっ! ま、まだですかあ?」

 

「……止めるタイミングを見失っただけです」

 

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

 

 スパァンッ! 聞き慣れた、弾けるような打撃音が一夏の頭頂部で鳴り、広いピット内に反響した。音は軽いが、その威力はきっと凄まじいものなのだろう。

 

「(うわぁ、毎度思うが痛そうだなぁ……)」

 

 今のところ喰らった事があるのは入学初日のあの時だけだが、2発目を喰らう事がありませんようにと、そう切実に願う。

 

「ち、千冬姉──」

 

 スパァンッ!

 

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」

 

 教育者とは思えないレベルの暴力発言、まさに『暴力装置』だな。完璧な容姿を持つにもかかわらず彼氏云々の浮いた話を耳にしないのは、もしかしてこの性格が災いしているのではないだろうか……?

 ちなみにこれは関係の無い話だが、俺もそういった経験は1度もした事が無い。前世でも今世でもだ。

 俺ってそこまでキツい性格して……、たかも知れないなぁ……。今となってはとんだ昔の話だが。

 

「ホーキンス、今何か失礼なことを考えなかったか?」

 

「 」

 

 ギラリと光る織斑先生の鋭い目に睨まれて、俺は顔を引きつらせた。

 

「な、なな、何の事でしょうか? あ、あはははは……」

 

 正直に言ったらあっと言う間にミンチにされそうなので、引きつった顔のまま無理矢理笑みを作ってシラを切る。

 きっと今の俺は、かつての『鮫』の名が聞いて呆れるほどブルブルと情けなく震えているだろう。自分の足元を見る余裕など無いが、恐らく生まれたての小鹿のようになっている筈だ。

 

「ふん、まあ良い。……馬鹿な弟に懸ける手間暇が無くなれば、見合いでも結婚でも直ぐできるさ」

 

 こ、この人はエスパーか何かなのか……!!? 

 

「残念ながら、私は超能力者ではないぞ」

 

 あぁ……織斑先生には一生敵わない気がする。

 

「そ、それでですねっ! 来ました! 織斑くんの専用IS!」

 

 おっ? 一夏のIS、やっと届いたのか。

 ゴゴンッと鈍い音がして、ピット搬入口が開く。斜めに噛み合うタイプの重厚な扉は、モーター音を響かせながらゆっくりとその向こう側を晒していく。

 そこには、純白の装甲を纏ったISが佇んでいた。

 

「これが……」

 

「はい! 織斑くんの専用IS【白式(びゃくしき)】です!」

 

「……なかなか格好いい機体じゃねえか」

 

 ヒュ~と口笛を吹きながら、俺は穢れの無い真っ白なISを見上げる。

 

「もうあまり時間が残されていない。次にここを貸し切りにできるのはしばらく先になる。織斑、直ぐに装着しろ」

 

 織斑先生に急かされた一夏は早速、純白のIS──【白式】の装着を始める。

 

「ホーキンス、織斑のフォーマットとフィッティングが終わるまでに次の試合の準備をしておけ。機体修理や部品の交換は必要か?」

 

「機体にダメージはありません。燃料と兵装の補給が済めば直ぐに飛べます」

 

「よし、では直ぐに取り掛かれ」

 

「イエス・ミス」

 

 そう言って頷いた俺は、【バスター・イーグル】の腹を満たすため、補給へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「待たせたな、ウィル」

 

【バスター・イーグル】の補給を済ませてフィールド上空で待機していると、ISを展開した一夏がピットから出て来た。

 

「言うほど待っちゃいないさ。それより一夏、お前のISなかなかイカしてるじゃないか」

 

 初期化(フィッティング)最適化(パーソナライズ)を済ませた【白式】は工業的な凹凸が消え去り、より洗練された形へと変化している。滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的なそれは、どこか中世の鎧を思わせるデザインをしていた。

 

「よく似合ってるぞ」

 

「そうか? へへっ、そう言われると悪い気はしないな」

 

『それでは両者、試合を開始して下さい』

 

 俺の言葉に一夏が気恥ずかしそうに笑いながら後頭部を掻いていると、試合開始のブザーが鳴り響く。

 

「っと、試合開始か。おしゃべりの続きは試合後だな」

 

「おう。全力で行かせてもらうぜ、ウィル!」

 

 フィールド内で向き合う【バスター・イーグル】と【白式】は、周囲からは獰猛な化け物とそれに対峙する勇敢な騎士のように見える事だろう。まるで、ちょっとしたおとぎ話のようだ。

 

「ああ。かかってこい。――マスターアーム、オン」

 

 不敵な笑みを浮かべながら兵装システムの安全装置を解除する。

 

「(オルコットさんと違って一夏は慢心をしていない。初心者だからと舐めて掛かったら痛い目に合うな)」

 

 そこまで思考してから、先手必勝と言わんばかりに即座に機銃を構えてトリガーを引こうとしたその時だった。

 

「なッ!?」

 

 一夏の姿が視界から消えたと思った次の瞬間、彼は俺の直ぐ目の前(・・・・・・・)でブレードを大きく振りかぶっていた。

 

「はぁっ!!」

 

「ッ……!?」

 

 慌てて身を引くと、ヘッドギアのノーズの数ミリ先を斬撃が通り過ぎる。

 反応が少しでも遅れていたら、確実にノーズコーンの一部を失っていただろう。なんつう速さだ……!!

 

「そこっ!!」

 

「うお!?」

 

 ランダムに繰り出される素早い連撃を紙一重のところで避ける俺の背中にじっとりと冷や汗が滲み始める。

 ここまで焦ったのはいつ以来だろうか。だがその反面、口角は無意識の内に吊り上がっていた。

 

「おおおっ!!」

 

「くっ、こんなもの……!」

 

 勢いを緩めずに今度は逆袈裟斬りを繰り出そうとする一夏の腕を掴み、寸でのところでその攻撃を防ぐ。

 

「やばっ、掴まれた……!?」

 

「今の攻撃は冷や汗ものだったぜ。だが、得意の斬撃も腕を拘束されれば使えまい……!!」

 

 一夏の腕を掴む左手にグググッと力を込めながら、右腕の30ミリ機銃を彼の胸部に押し当ててトリガーを引く。

 がしかし──

 

「くっ……! こんのぉぉっ!!」

 

 バキンッ!!

 

 勢い良く振り上げられた一夏の左脚が俺の右腕を蹴り上げ、まったく明後日の方角に発砲してしまった。

 

シット(クソ)……!!」

 

 思わぬ反撃によってせっかくの攻撃チャンスを不意にしてしまった俺は小さく悪態をつきながら、一夏から距離を取る。

 あの【白式】、高機動近接特化型といったところだろうか。またさっきのように肉薄されては堪ったものではない。一応こちらも近接用のナイフを持ってはいるが、それでも部が悪い。下手に接近戦を行わないほうが却って身のためだな。

 

「(一夏にはこっちがやりやすい土俵に上がってもらうとするか)」

 

 こちらにとって優位な距離感を保ちつつ、後ろから追ってくる一夏に機銃弾を見舞う。

 

「ぐっ! まだまだぁ!!」

 

 数発が着弾して動きが少しだけ鈍るが、すぐに復帰して全速力で迫って来る一夏。よぉし、そのままついて来てみろ。

 

「(元ファイターパイロットの腕を見せてやる!)」

 

「っ! その動き、さっきセシリアとの戦いでやってたコブラってやつだな!」

 

 機体の迎え角を一気に上げる俺を見て、一夏はブレードを振りかぶる。

 手の内は分かっているのにわざわざ速度を下げ、それどころか面積の大きい上面を無防備に晒すなんて、と彼は思っているのだろう。

 しかし、一夏が繰り出した袈裟斬りは【バスター・イーグル】を切り裂く事は無く、そこにあるのは虚空だけだった。

 

「え――!?」

 

 突然、自身の真上に影が差した事に気付いた一夏はバッと空を見上げ、そして俺と目が合う(・・・・・・)

 一夏、俺がなぜそこにいるのか分かっていない様子だが話は簡単だ。

 俺はあの時、確かにコブラ機動の姿勢を取ったが、それでは一夏の斬撃を自分から浴びに行くのと同じだ。

 そこで俺は機体の推力に物を言わせ、コブラの姿勢から更に逆上がりの要領で無理やり宙返りをしたのだ。

 そして今、俺はちょうど逆立ちのような状態になっており、驚愕の表情を浮かべている一夏の真上に位置しているのである。

 

「(引っ掛かったな)」

 

 ニヤリと口角を上げながら一夏に対してミサイルの照準を合わせて

 

「発射」

 

「ちょっ──」

 

 ズドォォォン!

 

 発射されたミサイルは一夏に直撃し、彼はミサイルの運動エネルギーと爆風に吹き飛ばされて地面に墜落する。

 試合終了の合図はまだだ。ここまででもかなりのダメージを与えたはずだが、【白式】のシールドエネルギーはまだ少し残っているらしい。

 

「なら、こいつで確実に仕留めるまでだ」

 

 両主翼のハードポイントに8連装無誘導ロケット弾『ハイドラ』を1基ずつ呼び出し、土煙が上がっている中心を狙う。

 対地攻撃用の『ハイドラ』は弾速は速いものの命中精度に少し難のある兵装だが、この距離なら全弾命中とは言わなくても大ダメージを与える要素は十二分にある。

 

「『ハイドラ』発射」

 

 垂直飛行モードで一夏の周りをすり鉢状に飛び回りながら、全方向からまんべん無くロケット弾を喰らわせる。そして──

 

『試合終了。勝者、ウィリアム・ホーキンス』

 

 試合終了のブザーとアナウンスが高らかに鳴り響き、小さなクレーターが幾つもできあがった地表にはピクピクと痙攣する一夏の姿があった。

 



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7話 クラス代表

「まったく、お前という奴は……。無闇矢鱈に突撃してどうする」

 

 試合が終わり、Aピットに戻った俺の横では織斑先生が額に手を当てて、はぁ……と溜め息をついていた。

 そして、そんな彼女の前に立っているのはすごく物申したそうな表情をした一夏だ。

 

「私はイノシシを弟に持った覚えは無いんだが?」

 

 ジトーっとした目付きで一夏を見据える織斑先生。

 

「で、でも千冬姉──じゃなかった、織斑先生。俺の【白式】、武装がブレードだけ(・・・・・・)だったんですよ?」

 

 は? お、おいおい、武装がブレードだけってのはいったい何のジョークだ? 確かにあいつは試合中ブレード以外使ってこなかったが……え? マジで?

 

「ジョーンズ中尉、一夏の言っていた事ってマジなんですか?」

 

「……ああ。マジもマジ、大マジだよ。補給を済ませた君が出たあと、ちょうど織斑くんの最適化(パーソナライズ)が終わったんだけどね、“俺もウィルみたいに機銃とかミサイルとか撃てるのかな~”と言ってワクワクしていた矢先に、あれ1本だけが出て来たんだ」

 

「えぇ……」

 

「その時の彼の表情は忘れられないよ。あまりにも不憫で……」

 

 実際に見てはいないが、俺もその時の一夏の姿が容易に想像できてしまう。例えるなら……そう、誕生日に欲しかった最新のゲーム機を渡され、興奮しながら箱を開けると中にはボードゲームが入っていた感じだ。つまり、上げて落とす。

 一夏……お前、そんな事があったにも関わらず試合であれだけの事をしたのか。普通なら多少なりともモチベーションが下がってしまうもんだが……お前のガッツは素直に称賛ものだよ。

 そう思いがら、再度一夏と織斑先生の元に視線を移す。

 

「織斑、私が言いたいのはただ突撃するだけの動きは止せという事だ。もう少し冷静になってみろ。後半、ホーキンスの策に引っ掛かったのも下手に追い回そうとするからだ」

 

「むう……確かに、言われてみれば……」

 

 織斑先生の言葉を素直に受け止めて頷く一夏。

 

「明日からはそれらも踏まえて訓練に励め。いいな?」

 

「はい」

 

「よし、では最後にオルコットとの試合だな。急いで支度しろ。……あー、待て一夏(・・)

 

 ピット・ゲートへ歩いて行こうとする一夏を織斑先生が呼び止めた。

 

「?」

 

「試合開始時のあの動きは、見事だった」

 

 恥ずかしそうに少し顔を逸す織斑先生から告げられた言葉に、一夏はキョトンとする。

 

「次の試合も気張って行けよ」

 

「……! ああ。ありがとう、千冬姉。行ってくる」

 

 ニカッと笑いながら、修理を終えた【白式】を展開した一夏はピット・ゲートからコートへと勢い良く飛び出して行った。

 

「まったく、手間の掛かる弟だ」

 

 一夏の後ろ姿を見送ったあと、ふっと笑いながらそう呟く織斑先生。

 普段は厳しい言動の目立つ彼女の意外な一面を見た俺は、ニヨニヨと自分でも気持ち悪いと思う表情を浮かべてそれを見ていた。はははっ、このツンデレめ。本当は照れているのがまる分かりですよ織斑先生──

 

 ガシッ

 

「ひょっ?」

 

 織斑先生がこちらに歩いて来たと思った次の瞬間、視界が塞がれて真っ暗になった。どうやら顔を掴まれたようだ。……待て、掴まれた(・・・・)

 

「……? 織斑先生、いったい──ッ!?」

 

 ギリリリリリッと側頭部に込められる凄まじい力。それと同時に鈍い痛みが脳に伝達され、そして理解した。俺は今、織斑先生にアイアンクローを喰らわされているのだと。

 

「いだ、いだだだだだだッッ!!」

 

「…………」

 

 なんとか脱出を試みるが一向に離してくれる様子は無く、その万力のような力が一切緩められる事は無い。

 

「は、離して下さい! ホントっ、頭潰れますって!」

 

「私はからかわれるのが嫌いでなぁ」

 

「すっ、すすっ、すみませんでした! もう先生の事をツンデレだなんて思いませんから! ──ハッ!?」

 

 やっべぇ……俺、今余計な事を口走って……!!

 

「……ほう?」

 

 メキメキメキ……!

 

ぐああああああッ!?

 

 ピット内に木霊(こだま)する俺の叫び声と、一夏 対 オルコットさんの試合開始のブザーが重なった。

 

 

 

 

 

 

『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

 

 アナウンスが告げた通り、3試合目の結果は一夏の敗北で終わった。

 開始当初の一夏は上手く立ち回れていたのだが、1試合目の俺との戦いでオルコットさんは慢心を捨てたのか、正確な射撃とビットの猛攻によって彼は徐々に押され始めたのだ。彼は最後の最後でオルコットさんの隙を突いて一気に肉薄していたが、あと少しで一撃を与えられるというところで【白式】のシールドエネルギーが切れてしまい、そして試合は終了した。

 

「一夏の奴、惜しかったな……いててっ……」

 

 試合の途中でビットの弱点を見破ったり、近接主体の【白式】で中距離射撃型の【ブルー・ティアーズ】をギリギリまで追い込んだり、なかなか良いセンスをしていただけに実に惜しい結果だ。

 このあと、ピットに帰って来た一夏は織斑先生から「武器の特性も頭に叩き込むんだな」と言われ、山田先生からは『IS起動におけるルールブック』という表題の百科事典並みに分厚い本が贈呈されてゲッソリしていた。

 

「なあウィル、お前、なんか顔の周りに赤い……手形? みたいなのが着いてるけど、どうしたんだ?」

 

「…………なに、ちょっと織斑先生から生徒指導を受けてな」

 

「あっ……」

 

 ▽

 

 試合を終えて、今は寮への帰り道の途中。不意に箒が口を開いた。

 

「一夏」

 

「ん、何だ?」

 

「その、なんだ……負けて悔しいか?」

 

「そりゃ、まあ。悔しいさ。ウィルに負けて、セシリアにもあと少しのところで負けたんだからさ……」

 

「そ、そうか。そうだな、うむ」

 

 先程から妙にソワソワしている箒は歯切れも悪い。

 

「だが一夏、こいつは気休めでも何でもなく、お前は良いセンスをしている。訓練を積めば間違いなく強くなるぞ?」

 

 一夏と箒の会話が途切れて沈黙が走っている合間に俺は彼に対する率直な意見を述べた。

 

「うぃ、ウィリアムの言う通りだ。お前には伸び代がある。あ、明日からはあれだな、ISの訓練も入れないとなっ」

 

「俺も教えられる範囲でなら手を貸すさ。まだ入学してから日も浅い。時間はたっぷりある」

 

「おお、助かるぜ。ウィルと箒に教えてもらえるなら百人力だな」

 

「そ、そうか……。そうかそうか。うむ、任せておけ。ふふっ」

 

 途端に嬉しそうに声を弾ませる箒。よほど嬉しいのか、長いポニーテールの先を指に絡めてはほどくを繰り返している。おまけに顔も少し赤らんでいる。……もしかして箒は一夏の事が……成程、そういう事か。

 

「ところで箒」

 

「何だ?」

 

 上機嫌な笑みを浮かべながら、箒は一夏の声に反応する。

 

「さっきからソワソワしてるけど、トイレに行きたいのか?」

 

 バシーンッ!

 

「ぐはぁ!?」

 

 目にも止まらぬ速度で抜かれた竹刀(しない)の音が一夏の頭頂部で炸裂した。一夏、デリカシーって言葉を知ろうぜ。何でよりにもよってトイレなんだよ。

 

「……箒、お前も苦労してるんだな」

 

「分かってくれるか、ウィリアム」

 

「ああ。筋金入りの唐変木だな、これは」

 

「「……はぁ……」」

 

 潰れたカエルのような姿勢でピクピクしながら地面に倒れ伏す一夏を見て溜め息を溢す俺と箒。っと、こいつを早く起こしてやらんとな。

 

「ほれ起きろ、ミスター唐変木。こんな所で寝てたら風邪ひいちまうぞ」

 

「んぁ? ウィル、俺は何を……」

 

「お前さんが女子に失礼な事を言って派手にしばかれたんだ」

 

 一夏を立たせ、服についた砂埃を払い落としてやりながら彼を『ミスター唐変木』と呼んで呆れるウィリアム。そんなウィリアム自身もいずれその『ミスター唐変木』と化してしまうのだが、それはもう少し先のお話。

 

 ▽

 

 翌日、朝のSHR。

 

「では、1年1組代表は織斑 一夏くんに決定です。あ、一繋がりで良い感じですね!」

 

「ん?」「は?」

 

 山田先生は嬉々として喋っている。そしてクラスの女子も大いに盛り上がっている。しかし、そんな中で俺と一夏だけは首を傾げていた。

 

「先生、質問です」

 

「はい、織斑くん」

 

「俺は昨日の試合に全て負けたのに、何でクラス代表になってるんでしょうか」

 

 一夏の質問はごもっともだ。俺もすごく気になっていたしな。

 

「それは──」

 

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

 

 ガタンと立ち上がり、早速腰に手を当てるポーズをするのはオルコットさんだった。そのポーズは様になっているが、それより彼女の雰囲気が前までのあの怒った感じから一転、上機嫌に見えるのは俺の気のせいか?

 

「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは当然の事。なにせこのわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから」

 

「じゃあウィルは? お前だってウィルに負けてただろ? 試合に出た中ではウィルがトップだったじゃないか」

 

「う゛!? そ、それは……」

 

 オルコットさんがバツが悪そうな顔で俺に目を合わせてくる。

 

「それについては俺も辞退したんだ。お前は知ってると思うが、俺の【バスター・イーグル】は推進力の大半をジェットエンジンから得ている。当然、エンジンには燃料が必要だ。しかもこいつは大食らいでな」

 

 今、待機形態のドッグタグになって首に掛けている【バスター・イーグル】から「悪かったな、大食らいでっ」と不貞腐れたような声が聞こえた気がしたんだが……気のせいか?

 

「試合を終える度に補給するのは結構大変なんだよ。ピット内に給油装置が置かれてるなら話は別なんだが……」

 

 その内、燃費を大幅に向上した新しいエンジンが届くらしいがそれはまだ先の話で、それまでの間は高燃費のままというわけだ。

 

「まあ、そういう理由で今回パスさせてもらったんだ」

 

 本音を言うとクラス代表が面倒でパスさせてもらったのだが、まさかオルコットさんが一夏に代表を譲るとは俺も予想外だった。

 

「それで、まあ、わたくしも数々の非礼を反省しまして、一夏さん(・・・・)にクラス代表を譲る事にしましたの。IS操縦には実戦での慣れが何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠きませんわ。それならばウィリアムさん(・・・・・・・)よりも、まだISに不慣れな一夏さん(・・・・)に譲った方がよろしいと思いましたの」

 

 成程、確かに合理的な考えだ。──ん? ちょっと待てよ? 今俺と一夏を名前で呼ばなかったか?

 

「そ、そんな、嘘だろ……」

 

 望みが絶たれた一夏はみるみるこの世の終わりのような顔に変わっていく。悪く思うなよ、一夏。

 

「そ、それでですわね、一夏さん……」

 

 コホンと咳払いをして、顎に手を当てるオルコットさん。顔を赤らめ、モジモジしている様は昨日の箒の姿に非常に酷似していた。……まさか、オルコットさんも一夏にお熱なのか? 経緯は知らんが、よくモテる奴だ。

 

「わたくしが専属でISの操縦を教えて差し上げてもよくってよ。 その、2人きりで──」

 

 バンッ! と机を叩く音が響く。立ち上がったのは箒だった。

 

「生憎だが、一夏の教官は足りている。既に決めた事なのでな」

 

 殺気立った瞳でオルコットさんを睨む箒。

 

「あら、それはいつのお話かしら?」

 

 負けじと睨み返すオルコットさんと箒の間ではバチバチと火花が散っていた。はぇ~恋する乙女はおっそろしいもんだなぁ。

 などと他人事のようにその光景を見ている俺だったが、次の箒の言葉で自分にも飛び火する事になる。

 

「つい昨日の話だ。ここに証人もいるぞ。そうだろう、ウィリアム?」

 

 ……は? ……はあ!? お、俺に話を振るなよ! イエスと言って殺されりゃあ良いのか!? それともノーと言って殺されりゃあ良いのか!? いやまあ、冷静に考えてみれば殺される事は無いと思うけど…………な、無いよな?

 

「……ウィリアムさん、それは本当ですの?」

 

「えと……そ、それはー……」

 

「「…………」」

 

 女子2人から穴が開きそうなほどの視線を向けられ、俺は助けを求めるように周囲に視線を巡らす。

 

「(だ、誰か……あっ!)」

 

 ちょうど織斑先生と目が合った。お、織斑先生! あなたならこの事態を終息させられる筈です! どうかお助けを!

 

「…………」

 

 俺の願いも虚しく、フイッと無言で目を逸らされた。

 

「」

 

 ……目ぇ逸らしてんじゃないよ! 畜生! あんたなんて担任じゃねえ!

 

「ウィリアム、早く答えろ」

「ウィリアムさん、早く答えて下さいまし」

 

 圧の籠った催促の声に俺は肩をビクッと跳ねさせる。ちなみに一夏はというと、箒とセシリアって何でこんなに仲悪いんだ? といった風の表情を浮かべていた。お前が火種だよ、早く消火器持って来い! 中身全部お前に噴き掛けてやる!

 

「2人とも、もう直ぐ授業が始まりますから着席して下さいね」

 

 心の中で一夏に恨み言を垂れているところに、突如救いの手が差し伸べられた。声の主は我らが副担任の山田先生だ。

 

「「はい……」」

 

 渋々、席に着席する箒とオルコットさん。た、助かった。山田先生、本当にありがとうございます……!

 

「さっ、これで朝のSHRは終わりです。みなさん、1限目の準備をして下さいねー」

 

 ニッコリ笑顔の山田先生の一声で、クラス中の生徒が教科書やノートを机に広げ始める。取り敢えず、一夏にはあとで今日の昼飯を奢らせよう。そのあとは購買で……。

 机に教科書を置きながら、俺は一夏に対する報復の計画を着々と練るのだった。

 

 

 

「ホーキンスくん、ホーキンスくん」

 

「うん? 何かな?」

 

「篠ノ之さんとオルコットさんがね、『話はまたあとで』だって」

 

「……Holy shit(なんてこった)

 

 



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8話 中国からの転入生

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践(じっせん)してもらう。織斑、ホーキンス、オルコット。試しに飛んでみせろ」

 

 4月も下旬、遅咲きの桜の花びらがちょうど全部無くなった頃。俺達1年1組はISの実習授業へと進んでいた。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで1秒と掛からないぞ」

 

 そんなに早く展開できるようになるのかと感心しながら、首から掛けたドッグタグを左手で握る。

 ISは1度フィッティングをすれば、ずっと操縦者の体にアクセサリーの形状で待機している。俺の場合は猛禽の柄が彫られたドッグタグだ。ちなみにセシリアは左耳のイヤーカフスが、一夏は右腕のガントレットがそれぞれの専用機の待機形態らしい。

 

 それと俺のオルコットさんに対する名前呼びなのだが、クラス代表決定戦の次の日に彼女が俺と一夏を名前で呼んだ事から「わたくしもセシリアとお呼び下さい」と言われ、以降はオルコットさんではなくセシリアと名前で呼ぶ事にしている。

 あれから放課後のSHRでクラスメイト達に頭を下げて真面目に謝っていたし、きっと根は良い子なのだろう。もちろん、セシリアの謝罪は快く受け入れられ、今はクラスに溶け込めている。

 

 閑話休題。

 

「(行くぞ相棒)」

 

 心の中でそう念じた刹那、そのドッグタグが光輝き、やがて全身を覆い尽くすIS本体が展開された。展開時間は1.3秒か。これは俺も要訓練だな。

 

「織斑、集中しろ」

 

「は、はい」

 

 織斑先生に急かされた一夏は右腕を突き出し、ガントレットを左手で掴む。さっきまで色々と試行していたが、どうやらあのポーズが彼が一番集中しやすい──というより、ISの展開をイメージできるようだ。

 

「来い、【白式】」

 

 と、一夏は静かに呟く。すると右腕のガントレットから光が溢れ出す。約1.6秒の展開時間。その光は次第に増大していき、やがて真っ白な装甲を持つISを形成した。

 既にIS【ブルー・ティアーズ】を展開したセシリアは宙に浮かんでいる。準備万端のようだ。展開も俺より速かったし、さすがは代表候補生だとつくづく思う。

 

「では早速飛ぶ──前にホーキンス、早くジェットエンジンに点火しろ」

 

 ズテッと数人の女子が盛大にズッコケ、さあ飛ぼうと意気込んでいた一夏とセシリアは「ああ、そうだった」といった表情で固まっていた。うん、なんかごめんな。直ぐにエンジン始動させるから。

 

「……ホーキンス、お前のISは毎度それをしないと飛べないのか?」

 

「いえ、一応PICだけで飛ぶ事はできるのですが、飛ぶというより宙に浮いて移動ができる程度のものでして……」

 

 タービンが回転を始めるキュィィィという独特の音をBGMに俺は織斑先生の素朴な疑問に答える。

 PICでも飛べるっちゃ飛べるんだが、重いからフラフラしてて速度も出ないし、今にも落ちそうな頼り無い飛び方なんだよなぁ……。

 

「そうか。それで、始動まではどれぐらい掛かる?」

 

「もう間も無くです。相棒、急いでやろうぜ。みんなを待たせてる

 

 そんな俺の呟きに呼応するように、【バスター・イーグル】のジェットエンジンから甲高い轟音が響き始めた。

 

「お待たせしました」

 

「よし、飛べ」

 

 言われて、真っ先に動いたのはセシリアだった。急上昇し、遥か頭上で静止する。

 俺も遅れて上昇して行ったのだが、その後ろに続く一夏の上昇速度は先のセシリアに比べてかなり遅いものだった。

 

《何をやっている。スペック上では【白式】は【バスター・イーグル】に速度差で劣るが、【ブルー・ティアーズ】よりは上の筈だぞ》

 

 通信回線から早速お叱りの言葉を受ける一夏。

 

「そんな事言われても……ん~確か『自分の前に角錐(かくすい)を展開させるイメージ』だったっけか……?」

 

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

 

「セシリアの言う通りだ。教本に書かれたものはあくまで万人にイメージさせやすくされたものであって、一個人に対するものじゃない。お前だけのやり方で飛ぶんだ。飛行機でもスーパーマンでも何でも良い」

 

 うーんと唸る一夏にセシリアと俺からアドバイスをする。

 

「そう言われてもなぁ。だいたい、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」

 

「一夏、1度そういった事を考え始めたら永遠に終わらないぞ」

 

「説明しても構いませんが、長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

 

 うわぁ、こりゃまた専門的な話に突入しちまいそうだな。こんなもん、高校1年生で習うような話じゃねえだろ……。

 

「やめとけやめとけ。脳ミソがオーバーフローでも起こしたらどうする気だ?」

 

「分かった。その説明はしてくれなくて良い」

 

「そう、残念ですわ。ふふっ」

 

 楽しそうに微笑むセシリア。その表情は嫌味や嘲笑ではなく、本当に単純に楽しいという笑顔だった。

 あの試合以降、彼女は何かと理由を付けては一夏のコーチを買って出ている(そして毎回、箒とバチバチ火花を散らす)。

 ちなみにその訓練、セシリアの説明は一夏が分かりやすいようにある程度噛み砕いたものだったのだが、箒の説明はなんかこう……すごくアレだった。

 

『グッとなって、ギュイーン、ズカーン! といった感じだ!』

 

『『……?』』

 

『なぜ分からん!?』

 

『いや、だって……なあ?』

 

『わけが分からないよ……』

 

 その箒の説明にセシリアがいちいち突っ込んでは言い争いを始め、置いてきぼりを喰らった一夏に俺が教えるなんて事もザラだ。

 

「一夏さん、よろしければまた放課後に指導して差し上げますわ。その時は2人きりで──」

 

《ホーキンス、ここからはお前1人で飛べ》

 

 通信回線から声が響く。見ると、遠くの地上からはインカムを着けた織斑先生がこちらを見上げていた。ちなみに、この望遠鏡並の視力はISに搭載されているハイパーセンサーの恩恵だ。地上200メートルからでも顔がくっきりと視認できる。

 

《好きなように飛んで構わん。お前の飛行技術を見せてみろ》

 

「……イエス・ミス」

 

 織斑先生から告げられた言葉に自然と口角が上がっていくのが分かる。好きなように飛んで構わん、か……。よし、ならそうさせてもらうとしよう。

 

「一夏」

 

「何だ? ウィル」

 

「前に約束したよな、今度コブラの他にも見せてやるって」

 

「ああ、セシリアとの試合の時だよな?」

 

「そうだ。そいつを今から見せてやる」

 

 主翼を左右に2~3回ほど振ってから一夏とセシリアの元を離れる。

 

「(よし、ここなら万が一にもあいつらと衝突してしまう事は無いだろう。それじゃあまずは……)」

 

 機体を水平方向から一気に仰角を90度近く取り、(はた)から見れば進行方向と高度を変えずに真上を向いたままその場で静止しているかのような機動を披露する。『コブラ』──以前に対セシリア戦で行った機動だ。

 そして次に行った機動は『フック』。これは水平旋回をしながら仰角を90度近く取って旋回円の中心を向いたあと、また元の水平旋回に戻る機動の事で、簡単に言えば旋回中のコブラだ。

 

「まるでちょっとしたエアショーでもしてるような感じだな……ん?」

 

 ふと遥か下の地上をハイパーセンサー越しに見ると、女子達が食い入るようにこちらを見上げていた。

 ちょっと得意気な気分になった俺は、サービスとして『クルビット』と、続けざまに『フラットスピン』を披露する。

 

 クルビットはコブラから機体を水平に戻さずにそのまま後方へ一回転させる機動で、外見上の挙動は高度を変えないままの宙返り。

 フラットスピンは意図的に機体を失速させてきりもみ降下を起こすもので、螺旋(らせん)を描きながらほぼ垂直に下方へ落ちて行き、その状態から機体姿勢を復帰させるというものである。

 

「おっと……」

 

 バイザーに映し出された警告文とけたたましい電子音に思わず苦笑を浮かべる。

 本来想定されていないような機動を連続で続けた事によってISが異常な動きをしているとセンサーが感知したようで、『機体がイカれた飛び方してんぞゴルアァ!』とISが優しくパイロットに教えてくれているのだ。

 

《よし、もう良いぞ。3人とも、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10センチだ》

 

「りょ、了解です。では一夏さん、ウィリアムさん、お先に」

 

 先程までの俺の 変態 曲芸機動を見て呆気に取られていたセシリアはハッと思考を引き戻し、直ぐさま地上に向かう。

 

「巧いもんだなぁ」

 

「代表候補生に選ばれるほどなんだ。厳しい訓練を積んできたからこその腕前だろうな。という事で先に降りさせてもらうぞ、一夏」

 

 言って、俺も地表に向けて急降下を開始する。ISが多少打ち消してくれるとは言え、体に掛かるGはそれなりのものだ。

 あと80メートル……よし、ここで補助翼を展開! エンジンも噴かして──

 

 ──警告。後方より急速に接近する物体あり。速やかな回避を推奨──

 

 突如ISから送られて来た警告。『後方より』の文字に反射的に振り返ると、そこには……

 

「おわああぁぁぁぁぁ!!?」

 

「な、なにぃぃ!!?」

 

 猛スピードでこちらに向けて突っ込んで来る一夏の姿があった。どうやら機体制御をミスったらしい。

 

 ギュンッ────────ズドォォンッ!!!

 

 大急ぎでその場から退避したと同時に一夏は恐ろしい速度で【バスター・イーグル】の左主翼スレスレを通過して行き、そして地面に墜落した。

 

「お、おい、一夏! 大丈夫か!?」

 

 慌てて墜落現場に降りた俺は地面に頭が半分埋まった状態の一夏を引っこ抜く。

 

「ぶはっ! な、なんとか……。サンキュー、ウィル」

 

 見たところ外傷は無く、体はISが衝撃から守ってくれたようだ。しかし、クラスメイトのクスクス笑いに彼の心は満身創痍だった。

 

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに大穴を開けてどうする」

 

「……すみません」

 

 取り敢えず姿勢制御をして上昇、クレーターから離れる一夏。ISのシールドバリアーのおかげで【白式】には汚れ1つ無い。

 

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやった事はどうした? まったく、お前という奴は昔から──」

 

「一夏さん、大丈夫ですか? お怪我は無くて?」

 

 腕を組み、目尻を吊り上げた箒が一夏に小言を言い始めたその時、それを遮るようにしてセシリアが前に出た。

 

「それなら大丈夫だ。さっき一夏を引っこ抜く時に確認したが、特に外傷は無かった」

 

「おう。ウィルの言う通り、大丈夫だ」

 

「そう。それは何よりですわ」

 

 うふふ、とまた楽しそうに微笑むセシリア。

 

「……ISを装備していて、今の程度で怪我などするわけが無いだろう……」

 

「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然の事。それがISを装備していても、ですわ。常識でしてよ?」

 

 うわお、あからさまに煽ってんなぁ……。

 

「お前が言うか。この猫被りめっ!」

 

「鬼の皮を被っているよりマシですわっ!」

 

 バチバチバチンッ。2人の視線がぶつかり合って盛大な火花を散らすが、火花だけではなく箒の背後には龍が、セシリアの背後には虎が、それぞれガルルルル……と低く唸りながら睨み合っている光景を見てしまった俺の目はとうとうイカれたのだろうか。

 

「やかましい、喧嘩なら他所でやれ。さて、そろそろ時間だな。今日の授業はここまでだ。それと織斑」

 

「はい?」

 

「グラウンドを片付けておくように」

 

 グラウンドに開いたクレーターを埋めておけと言われ、今にも泣きそうな目で俺を見てくる一夏。おいおい、まさか俺に土木作業を手伝ってくれだなんて言わねえだろうな?

 

「…………」

 

「…………」

 

 しばしの沈黙。

 

「…………はぁ、分かった分かった。分かったよ。手伝ってやるから、そんな目で人を見るな」

 

 折れたのは俺の方だった。溜め息をつき、両手を上げて降参のポーズを取る。

 

「ウィル、本っっ当にすまねぇ……!」

 

「あーあー、謝らなくて良いから、ちゃっちゃと片付けちまうぞ」

 

「おう!」

 

 本日最後の授業を終えた俺と一夏は夕暮れ時のオレンジ色に照らされながら、スコップや台車を用意してせっせと土を運んでは穴を埋めていく作業を開始する。

 正直に言うと面倒の一言に尽きるが、これもまた青春の1ページなんだなと、逆に楽しんでいる自分もいるのだった。

 

 ▽

 

「ふぅん、ここがそうなんだ……」

 

 夜。IS学園の正面ゲート前に、小柄体に不釣り合いなボストンバッグを持った少女が立っていた。

 まだ暖かな4月の夜風になびく髪は左右それぞれに高い位置で結び、肩に掛かかるか掛からないかくらいのそれは、金色の留め金がよく似合う黒色をしている。

 

「待ってなさい、一夏」

 

 フッと笑いながら歩を進める少女の目は、久しく会っていなかった人物にようやく会えるという期待に満ちていた。

 

 ▽

 

「というわけでっ! 織斑くん、クラス代表決定おめでとう!」

 

「「「おめでと~!」」」

 

 パンッ、パンパンッ! 続けざまに放たれたクラッカーから硝煙の臭いと共に紙テープが飛び出る。

 現在は夕食後の自由時間。寮の食堂には俺を含む1組のメンバーが勢揃いで一夏のクラス代表決定を祝福するパーティーが行われていた。

 

「…………」

 

 女子達が各自飲み物を手に盛り上がる中、しかし一夏だけは頭の上に紙テープを乗せたまま暗い顔をしていた。

 

「一夏、そう暗い顔をするなよ」

 

「ウィル……でもよぉ、何で俺なんだよ……」

 

 はぁ、と溜め息をつきながら一夏はチラリと壁を見る。俺もつられて視線を動かすと、そこにはデカデカと『織斑 一夏クラス代表就任パーティー』と書かれた紙が掛けられていた。

 

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるわねぇ」

 

「ラッキーだよねー。同じクラスになれて」

 

「その上、担任はあの千冬様……ねえ、突然不幸な事が訪れたりなんてしないわよね?」

 

 あー、それってあれか? 幸運を使い果たしたせいで溜まりに溜まった不幸が一気に降り掛かる的なやつか? 俺も経験あるから、心配なら御守りか何かを持っておくと良いぞ。

 

「俺が代表になっても得なんて無いだろうに」

 

 相変わらず暗い表情をしている一夏がボソリと呟く。

 

「彼女らには意味があるんだろうよ。それに一夏、お前にもマイナスな話じゃないだろ? 経験の積み放題だ」

 

「ああ、前にセシリアが言ってたっけ。代表者になれば対抗戦に出る事になるから、戦いには事欠かないって」

 

「その通りだ。まっ、対抗戦まではもう少し日にちがあるし、訓練はこれまで通り付き合ってやるから心配するな」

 

「助かる。箒とセシリアはちょっとした事ですぐ言い争いを始めて訓練が止まるから、実質ウィルが専属みたいなもんだよ」

 

「確かに。毎度言い合いをおっ始めてはお前が放置されてる始末だからな。けどな、その言い合いの火元は実はお前さんなんだぞ?」

 

「? 教え方の相違で喧嘩してるわけじゃないのか?」

 

 頭上にクエスチョンマークを浮かべて小首を傾げる一夏。これでとぼけているわけではない分、余計タチが悪い。まったく、この唐変木の色男めっ! なんて羨ま──ん゛ん゛っ! ……ふぅ、危うく取り乱しかけたな。

 

「そこから先を俺が言うわけにはいかんな。お前が自分で気付けるように頑張れ」

 

 さすがにその手の話を勝手にバラすのは野暮が過ぎるってもんだろう。

 

「はぁ。まあ、分かったよ。努力してみる」

 

 一夏はそう言ってオレンジジュースを飲む。ああ、頑張ってくれ。そして頼むから、俺が巻き添え喰らわないようにしてくれ。

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑 一夏くんとウィリアム・ホーキンスくんに特別インタビューをしに来ました~!」

 

 おお~! と盛り上がる一同。ほう、新聞部。この学園にはそんな部活まであったのか。

 

「あ、私は2年の黛 薫子(まゆずみ かおるこ)。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 

 受け取って、その名刺を見る。フリガナふってなきゃ俺には絶対に読めん名前だな。なんで日本人はこうも難しい字を氏名として使うんだ?

 

「それじゃあまずは織斑くんからね。ずばり! クラス代表になった感想をどうぞ!」

 

 無邪気な子供のように瞳を輝かせながら、ペンとメモ帳をそれぞれ片手ずつに持って一夏に迫る黛先輩。

 

「えーと……まあ、なんというか、頑張ります」

 

「えー。もっと良いコメントちょうだいよ~。『俺に触るとヤケドするぜ』とか!」

 

 なんだその台詞は。そんな台詞を言ってもキャーキャー黄色い声が上がったりなんて……いや、一夏の場合は高確率で上がるだろうな。

 

「自分、不器用ですから」

 

「んー、インパクトに欠けるわね。まあ、適当に捏造(ねつぞう)しておくから良いとして」

 

 おいおいおい、捏造ってあんた……。それで良いのか新聞部副部長。こうやって世の中に独断と偏見が広がっていくんだな。末恐ろしいものだ。

 

「ホーキンスくんもコメントちょうだい」

 

「コメントって何を言えば良いんです? ウケる台詞なんて言えませんよ?」

 

「何でも良いわよ。いまいちだったら捏造するし」

 

 さらっと捏造するだなんて言わないでくれよ、お嬢さん。しかしどうしたものか……。一夏みたいな事を言うと、とんでもない台詞を捏造されそうだしな。

 

「……『鮫は獲物を逃がさない』なんてどうですか?」

 

 頭の中でふと、思い付いた台詞を言ってみた。

 

「おっ、良いねぇ。鮫は獲物を逃がさないっと……オッケー。続いてセシリアちゃん、コメントをどうぞ!」

 

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですわね」

 

 などと言いつつ満更でもないというか、すぐ近くでソワソワしながら控えてたよな。心なしか髪のセットに気合いが入っているようだが、恐らく写真対策だろう。

 

「コホン。ではまず、どうしてわたくしがクラス代表を辞退したかというと、それはつまり──」

 

「ああ、長そうだからいいや。写真だけちょうだい」

 

「さ、最後まで聞きなさい!」

 

「いいよ、適当に捏造しておくから。よし、織斑くんに()れたからって事にしておこう」

 

 最新鋭ミサイルも顔負けなレベルでドンピシャなんだよなぁ……。

 

「なっ、な、ななっ……!?」

 

 黛先輩は適当に言ったつもりなんだろうが、セシリアはボッと耳まで赤くなって口をパクパクさせていた。

 

「はーいはいはい。取り敢えず3人とも並んでね。写真撮るから」

 

「しゃ、写真ですか?」

 

 意外そうなセシリアの声。しかし、その声音はどこか喜色を含んだように弾んでいる。

 

「今注目の専用機持ちだからねー。良いショット貰うわよ」

 

 言って、肩に掛けている少しお高そうなデジタルカメラを手に取る黛先輩。

 

「そ、そうですか……。そう、ですわね」

 

 モジモジとし始めたセシリアは、チラチラと一夏を見る。

 

「あの、撮った写真は当然頂けますわよね?」

 

「そりゃもちろん」

 

「でしたら今直ぐ着替えて──」

 

「時間掛かるからダメ。はい、さっさと並ぶ」

 

 黛先輩はセシリアの手を引いて、そのまま俺と一夏の間に並ばせた。

 

「それじゃあ撮るよー。35×51÷24は~?」

 

 そこは1+1は~? とかじゃないのか、普通。えーっと……。

 

「……74.3──」

 

「ブー、惜しい。時間切れです。答えは74.375でしたー」

 

 もうちょい時間くれよ。

 パシャッとカメラのシャッターが切られる。……って、ちょっと待て。

 

「これじゃあ集合写真じゃないか?」

 

 恐るべき行動力をもって、1組の全メンバーが撮影の瞬間に俺と一夏、セシリアの周りに集結していた。

 

「あ、あなた達ねえっ!」

 

「まーまーまー」

 

「セシリアだけ抜け駆けはないっしょー」

 

「クラスの思い出になって良いじゃん」

 

「ねー」

 

 口々にセシリアを丸め込むような事を言っている。

 

「う、ぐ……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしているセシリアを、クラスメイト達はニヤニヤとした顔で眺めていた。

 

「あ、ホーキンスくんは特別取材良いかな? セシリアちゃんとの試合に勝った時のお話とか、他にも色々聴きたいなぁって!」

 

 ハイテンション気味に訊いてくる黛先輩に俺は若干引きながら、「え、ええ、構いませんが……」と答える。

 

「ありがとう! それじゃあねえ……」

 

 結局、取材は長々と続き、俺が解放された時にはもう夜は更け、消耗した状態で自室へ帰還。ベッドに寝転がるとそのまま微睡みの中に落ちていった。

 

 ▽

 

「織斑くん、ホーキンスくん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 

 朝。教室に着くなり俺と一夏はクラスメイトに話し掛けられた。

 

「転校生? 今の時期にか?」

 

 今はまだ4月だ。なぜ入学じゃなくて、転入なのだろうか。しかもこのIS学園、転入の条件はかなり厳しかったはずだ。試験はもちろんだが、国からの推薦が無ければできないようになっている。という事はつまり──

 

「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

 

 やはりか。代表候補生にでもならない限り、国から推薦されるなんざまずあり得んからな。そうだ、代表候補生と言えば。

 

「あら、わたくしの存在に今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 

 1組所属のイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。今朝もまた、元気に腰に手を当てたポーズを取っている。

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどの事でもあるまい」

 

 先程まで自分の席(ここからそこそこ離れている)に座っていたはずの箒がいつの間にか一夏の側に立っていた。まあ、彼女も一夏にお熱だからな。会話に混じりたいのだろう。

 

「どんな奴なんだろうな」

 

 ふと、そんな疑問を口にする一夏。やはり代表候補生に選ばれているほどなのだから強いだろう。

 

「む……気になるのか、一夏?」

 

「ん? ああ、少しはな」

 

「ふん……」

 

 一夏が何の気なしに答えた途端、箒の機嫌が悪くなった。大方、自分の前で他の女が気になると答えたからなのだろうが、彼が言った『気になる』がそっち(・・・)の意味ではないのは確かだ。

 

「今のお前に女子を気にしている余裕があるのか? 来月にはクラス対抗戦があるというのに」

 

「そう! そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けて、より実戦的な訓練をしましょう」

 

 セシリアの言う通り、そろそろ本格的な実戦訓練を始めた方が良さそうだ。運が良い事に専用機を持っている俺とセシリアがいるので、訓練機の借用手続きなどしなくても直ぐさま一夏の訓練が始められる。

 ちなみに、クラス対抗戦とは読んで字の如く、クラス代表同士によるリーグマッチ戦だ。本格的なIS学習が始まる前の、スタート時点での実力指標を作る為に行うらしい。

 また、クラス単位での交流及びクラスの団結の為のイベントだそうだ。

 やる気を出させる為に、1位クラスには優勝賞品として学食デザートの半年フリーパスが配られる。そりゃあ女子達が燃えるわけだ。

 

「まあ、やれるだけやってみるか」

 

「やれるだけでは困りますわ! 一夏さんには勝って頂きませんと!」

 

「そうだぞ。男たるもの、そのような弱気でどうする」

 

「織斑くんが勝つとクラスみんなが幸せだよ!」

 

 一夏の奴、色々好き勝手な事を言われてるな。

 

「織斑くん、頑張ってねー」

 

「フリーパスのためにもね!」

 

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って1組と4組だけだから、余裕だよ」

 

 やいのやいの楽しそうな女子一同。そんな彼女らの気概を削ぐのもどうかと思ったのか、一夏が短く「おう」と返事をしたその時。

 

「──その情報、古いよ」

 

 不意に教室の入り口から声が聞こえた。その声が俺達に対するものであると理解して、入り口に首を巡らせる。

 

「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

 そこには腕を組み、片膝を立ててドアにもたれる小柄でツインテールの少女がいた。

 

(リン)……? お前、鈴か?」

 

 なんだなんだ、一夏はあの子と知り合いなのか?

 

「そうよ。中国代表候補生、凰 鈴音(ファン・リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 フッと小さく笑う少女、もとい(ファン)さん。彼女のツインテールが軽く左右に揺れた。

 

「何格好付けてるんだ? すげえ似合わないぞ」

 

「んなっ……!? なんて事言うのよ、アンタは!」

 

 一夏の言葉に、凰さんの態度が崩れる。どうやらあれが彼女の素の姿らしい。

 

「(あ、ヤッベェ……)」

 

 凰さんの背後に現れた影を見て、俺はそそくさと自分の席に向かう。

 

「おい」

 

「なによ!?」

 

 バシンッ! 聞き返した凰さんに痛烈な出席簿の打撃が入った。──鬼将軍のご登場である。

 

ぼ、暴力装置だ……!

 

 漆黒のスーツと同色の出席簿を手に持つ織斑先生と、涙目で痛そうに頭を擦る凰さんを見て、俺の口からはそんな言葉が漏れた。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん……」

 

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

 

「す、すみません……」

 

 すごすごとドアから退く凰さん。その態度は100%織斑先生にビビっている。

 

「またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏!」

 

 まるで敵幹部の捨て台詞みたいだな。

 

「さっさと戻れ」

 

「は、はいっ!」

 

 2度目は無いぞと言わんばかりの声に、凰さんは2組へ向かって猛ダッシュで去って行った。ふぅ、まるで嵐のようだったな。さて、1時限目の用意をっと。

 

「ああ、ホーキンス」

 

「はい?」

 

 教科書とノートを取り出していると織斑先生に名前を呼ばれ、俺は「?」といった表情で顔を上げる。

 

「さっき何か言わなかったか? 私には暴力装置と聞こえた気がしたのだが」

 

「」

 

『暴力装置』だけをえらく強調された。き、聞かれてた!? って言うか、口から漏れてた!?

 

「どうしたホーキンス。沈黙は肯定という事か? んん?」

 

 ジトリとした目付きで睨んでくる織斑先生の手には黒光りする出席簿が握られている。だがしかし、出席簿など言ってしまえば大した脅威ではない。俺が最も恐れているのは出席簿よりも遥かに強力な兵器、素手によるアイアンクローだ。

 

「しっ、しし、失礼ながら先生の聞き間違いではないでしょうかっ」

 

「…………そうか」

 

「ホッ……」

 

 た、助かったぁ……!!

 織斑先生のアイアンクローは冗談抜きで、痛みで意識が飛ぶ寸前までいくほどの威力だ。しかもそのまま気絶させてくれないのが更にタチが悪い。

 

「(制服の内が冷や汗でビッチョリだぜ……)」

 

 いつまでも残る不快な湿り気を乾かすため、制服の首元を緩めて外気を取り入れるようにパタパタと扇ぎながら、俺は教科書を開いた。

 

 




 フランカーシリーズの曲芸飛行はすごいとしか言えませんね。あんな飛行機を辞めたような機動を連続でできるロシアのフランカーってマジで何なんだ……?


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9話 約束と酢豚

「お前のせいだ!」

「あなたのせいですわ!」

 

「なんでだよ……」

 

 昼休み、教科書を片付けて席を立ち上がった一夏は開口一番に箒とセシリアに文句を言われていた。

 なぜこの2人が一夏に対して文句を言っているのか、それは(ファン)さんが1組に宣戦布告(?)をしに来た直後にまで遡る。

 午前のSHRを終えて早速1時限目に入ったのだが、箒とセシリアはまったく授業に集中できておらず、午前中だけでも山田先生に注意5回、織斑先生に3回叩かれている。大方、突然現れて一夏と妙に親しげに話していた凰さんが気になって集中できなかったと言ったところだろう。

 しかし織斑先生の前でボーっとするなんて、腹を空かせたホオジロザメの前に躍り出るようなものだ。体に霜降り肉を括り付けて『ヘイ、カモーン!』と煽ってるのと同じだ。

 

「まあ、話ならメシ食いながら聞くから。取り敢えず学食行こうぜ」

 

「む……。ま、まあお前がそう言うなら、良いだろう」

 

「そ、そうですわね。行って差し上げない事もなくってよ」

 

 まったく……恥ずかしいのは分かるが、君達はもう少し素直になれんのかね? (はた)から見たら口元が緩んでいるのがまる分かりだぞ。

 

「ウィルも一緒にメシ食いに行こうぜ」

 

 やれやれと肩を(すく)めて首を振っていると、一夏がこちらに声を掛けてきた。

 

「そうだな。じゃあ俺もご一緒させてもらうとしよう」

 

 言って、一夏、箒、セシリアと共に学食へと向かう。その他クラスメイトが数名付いてきて、俺達はぞろぞろと学食に到着した。

 俺は券売機でサバの塩焼き定食。一夏は日替わり定食、箒はきつねうどん、セシリアは洋食ランチと、各々好きなものを買っていた。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 ドーン、と俺達の前に立ち塞がったのは噂の転入生、凰 鈴音(ファン・リンイン)さんだった。ちなみに彼女が手に持つトレーの上では熱々のラーメンが湯気を放ちながら鎮座している。スープの色からして醤油味だろうか?

 

「まあ、取り敢えずそこをどいてくれ。食券出せないし、普通に通行の邪魔だぞ」

 

「う、うるさいわね。分かってるわよ」

 

「麺、のびるぞ」

 

「わ、分かってるわよ! だいたい、アンタを待ってたんでしょうが! なんで早く来ないのよ!」

 

 一夏はエスパーじゃないんだから、そんな事まで予測はできんだろうに。

 

「それにしても久しぶりだな。ちょうど丸1年ぶりになるのか。元気にしてたか?」

 

「げ、元気にしてたわよ。アンタこそ、たまには怪我病気しなさいよ」

 

「どういう希望だよ、そりゃ……」

 

 なんじゃそりゃ。『アンタこそ元気にしてたの?』じゃなくて『怪我病気しなさいよ』だなんて言う奴を俺は見た事が無いぞ。これはあれか、新手の照れ隠しか。

 

「あー、ゴホンゴホン!」

 

「ンンンッ! 一夏さん? 注文の品、できてましてよ?」

 

 先ほどから一夏と凰さんを穴が開くほど見つめていた箒とセシリアが大袈裟に咳き込み、会話を中断させる。

 ……な、なあ2人とも? 位置関係的に仕方ないのは分かるんだが、頼むから俺の背後からあいつらを睨み付けるのは止めてくれ。正直滅茶苦茶(めちゃくちゃ)怖いんだが。

 

「おっ、向こうの席が空いてるな。行こうぜ」

 

 日替わり定食を受け取った一夏に促され、俺達はテーブル席へ向かう。

 

「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ? おばさん元気か? いつ代表候補生になったんだ?」

 

「質問ばっかしないでよ。アンタこそ、なにIS使ってるのよ。ニュースで見た時びっくりしたじゃない」

 

 先ほど一夏が言ったように丸1年ぶりの再開だからか、彼は凰さんに幾つも質問を投げ掛けていた。やはり親しい知り合いの空白期間は気になるものなのだろう。

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明しろ!」

 

「そうですわ! 一夏さん、まさかこちらの方と、つ、つつつっ、付き合ってらっしゃるの!?」

 

 疎外感を感じてか、箒とセシリアがテーブルをバンッと叩いて立ち上がる。他のクラスメイト達も興味津々とばかりに頷いていた。

 

「べ、べべ、別にあたしは付き合ってるわけじゃ……」

 

「そうだぞ。なんでそんな話になるんだよ」

 

 凰さんは顔を真っ赤にしながら、一夏は何言ってるんだよ、といった感じの表情でセシリアの言葉を否定する。

 それを聞いて安心したのか、箒とセシリアは幾分落ち着いたように席に座り直した。

 

「まあ、付き合ってる付き合ってないの話は今は置いておくとして──」

 

「最優先事項だ!」

「最優先事項ですわ!」

 

「お、おう、スマン。……ま、まあ、2人がどういった関係なのかは俺も気になるところではあるな。昔からの知り合いのようだが?」

 

 箒とセシリアの凄まじい剣幕に気圧されて椅子ごと後退りした俺は、空気を改めるように一夏に訊ねる。

 

「さっきも言ったけど、別に付き合ってなんかないって。ただの幼馴染みだよ」

 

「…………」

 

「? 鈴、何睨んでるんだ?」

 

「なんでも無いわよっ!」

 

 プイッと頬を膨らませてそっぽを向く凰さん。

 ああ、これはあれだな。この子も一夏に片思いしてるクチだ。さっきの付き合ってる云々の時の反応と一夏に『ただの幼馴染みだよ』と言われて拗ねたのを見て確信したぞ。……つうか一夏の奴、どんだけモテるんだ!? 畜生っ、サバの塩焼きがいつもより塩辛く感じる……!!

 

「幼馴染み……?」

 

 怪訝そうな声を上げたのは箒だった。

 

「あー、えっとだな。箒が引っ越して行ったのが小4の終わりだっただろ? 鈴が転校してきたのは小5の頭なんだよ。で、中2の終わりに国に帰ったから、会うのは1年ちょっとぶりってわけだな」

 

 そうか。確かにそれなら箒と凰さんは面識が無い事になる。なら箒のあの反応も当然か。

 

「で、こっちが箒。ほら、前に話したろ? 小学校からの幼馴染みで、俺の通ってた剣術道場の娘」

 

「ふぅん、そうなんだ」

 

 凰さんはまるで箒を品定めでもするかのようにジロジロと見る。そんな視線に負けじと、箒も凰さんを見返していた。

 

「初めまして。これからよろしくね」

 

「ああ。こちらこそ」

 

 そう言って挨拶を交わす2人の間に盛大に火花が散ったように見えた。……ああ、またか。この前の箒とセシリアの睨み合いの時もそうだったが……今度、医務室に行って目を調べてもらおう。パイロットは目が命だからな。うん。──っと、それはさておき、俺も自己紹介しておかないとな。

 

「初めまして、凰さん。もう既に知ってるかもしれんが、ウィリアム・ホーキンスだ」

 

「アンタがもう1人の男性操縦者ね、よろしく。それとあたしのことは(リン)で良いわ。凰さんなんてむず痒いったらありゃしない」

 

「そうか? それなら俺もウィリアムかウィル、好きに呼んでくれて良い。よろしく」

 

 テーブルを挟んでの自己紹介を終えたところで、さっきから置いてきぼりを喰らっていたセシリアがわざとらしく咳き込んだ。

 

「ンンンッ! わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰 鈴音(ファン・リンイン)さん?」

 

「……誰?」

 

「なっ!? わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? まさかご存知ないの!?」

 

「うん。あたし他の国とか興味無いし」

 

「」

 

 ワオ、バッサリと言ったなぁ。

 

「な、な、なっ……!?」

 

 言葉に詰まりながらも怒りで顔を赤くしていくセシリア。今の彼女は、以前クラス代表を決めている際に一夏と言い合いになった時の表情に負けず劣らずだった。

 

「い、い、言っておきますけど、わたくしはあなたのような方には負けませんわ!」

 

「そっ。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど強いもん」

 

 ふふん、と自信満々な調子の鈴。恐らくだが、彼女は嫌味で言っているわけではない。素だ。素で、そう思っている。

 しかしまあ、鈴は嫌味で言ったつもりが無くても、それでも頭にクる者は必ずしもいるものだ。

 

「はっはっはっ、自信満々に言うじゃないか」

 

「…………」

 

「い、言ってくれますわね……」

 

 俺は笑いながらサバの塩焼きを(ほぐ)して口に運ぶが、箒は無言で(はし)を止め、セシリアはワナワナと震えながら拳を握り締めていた。

 それに対して、鈴は何食わぬ顔でラーメンを啜る。肝据わってんなぁ。

 

「そう言えば、一夏。アンタ、クラス代表なんだって?」

 

「おう。成り行きでな」

 

「ふーん……」

 

 鈴はどんぶりを持って、ゴクゴクと直接スープを飲む。

 

「あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげても良いけど?」

 

 顔は一夏から逸らして、視線だけを向ける鈴。その言葉はついさっきまでのものと一転して歯切れの悪いものだった。

 

「一夏に教える者は3人で十分だ。これ以上は、必要、無い」

 

「あなたは2組でしょう!? 敵の施しは受けませんわ!」

 

 おーう……2人ともちょっと鏡を見てこい。ジャパニーズ般若(はんにゃ)も裸足で逃げ出すレベルの顔になってるぞ。

 

「あたしは一夏に言ってんの。関係無い人達は引っ込んでてよ」

 

「か、関係ならあるぞ。私が一夏にどうしてもと頼まれているのだ」

 

『どうしても』を強調して言う箒。はて、一夏はそんなに懇願してただろうか? 少なくとも俺の頭のストレージ内にそんな場面は無かった気がするんだが。

 

「1組の代表ですから、1組の人間が教えるのは当然ですわ。あなたこそ、あとから出て来て何を図々(ずうずう)しい事を──」

 

「あとからじゃないけどね。あたしの方が付き合いは長いんだし」

 

 こらこら、相手を挑発するような事を言うのは止めなさい。燃え盛る炎にガソリンぶち込むのと同じだぞ。

 

「そ、それを言うなら私の方が早いぞ! それに、一夏は何度もウチで食事をしている間柄だ。付き合いはそれなりに長い」

 

 言い切ってやったぜといった感じの箒は腕を組んでムフーッとドヤ顔を決める。

 しかし、そんな箒に対して鈴はガソリンを注ぐどころかJDAM(ジェイダム)爆弾をさらっと投下しやがった。

 

「ウチで食事? それならあたしもそうだけど? 一夏はしょっちゅうウチに来て食事してたのよ。小学校の頃からね」

 

 自慢気に語る鈴と、プルプルと震え出す箒、セシリアの2人。さて、爆発する前にちゃっちゃとメシを平らげてここを去るとしよう。

 ……いつの間にか話は脱線してるし、俺は完全に蚊帳(かや)の外みたいだしな。まったく見せ付けてくれるじゃないか、ええ? 

 

「いっ、一夏っ! どういう事だ!? 聞いてないぞ私は!」

 

「わたくしもですわ! 一夏さん、納得のいく説明を要求します!」

 

「ふぅ、ごちそうさん」

 

 ヒートアップし始める友人達を横目に俺は空になった皿をトレーに並べて静かに立ち上がる。

 

「一夏!」

「一夏さん!」

 

「うぃ、ウィル……助け……」

 

 一夏から必死に助けを求めるような視線を向けられた。

 おっと、友人の危機だ。どうするかって? それはもちろん……

 

 

 

 

 

 

「グッドラック♪」

 

 最っっ高に良いエガオを浮かべながら親指で首を()き切る仕草をして、俺はその場をあとにする。あとは俺抜きでトークを楽しんでくれたまえ。…………ケッ、ケッ、もう1つおまけに、ケッ。

 

「言葉と仕草が正反対ぃぃぃぃッ!!」

 

 背後で一夏の悲鳴が轟いた。

 

 ▽

 

「え?」

 

「どうした、一夏……おぉ」

 

「!?」

 

 放課後。今日も一夏にIS操縦を教える為、第3アリーナに集合していた俺とセシリア、そしてその当人である一夏は、予想外の人物に少し驚いていた。……セシリアだけは『少し』程度ではないようだが。

 

「な、なんだその顔は……おかしいか?」

 

「いや、その、おかしいって言うか……」

 

「よく借りる事ができたな。もう借用許可が出ているのか?」

 

「篠ノ之さん!? ど、どうしてここにいますの!?」

 

 そう、俺達の前にいるのは箒だった。しかも、IS【打鉄(うちがね)】を展開・装着している。

【打鉄】は純日本国産のISとして定評のある第2世代の量産型。安定した性能と堅実な作りを持つガード型で初心者にも扱いやすく、その事から多くの企業並びに国家、ここIS学園においても訓練機として一般的に使われている機体だ。

 

「どうしてもなにも、一夏に頼まれたからだ。それに、近接格闘戦の訓練が足りていないだろう。私の出番だな」

 

 その言葉通り【打鉄】の機体デザインは日本で言う鎧武者といった感じで、実際に基本武装も刀型の近接ブレードを装備している。

 いや、感じと言うより、これは鎧武者をイメージして設計しているのだろう。ティンダル基地に武者とかサムライとかが好きな人もいたから、そういう層からは人気がありそうだ。

 

「くっ……。まさかこんなにあっさりと訓練機の使用許可が下りるだなんて……」

 

 ものすごく悔しそうな顔をするセシリア。一夏との『ドキッ! 一夏とのIS操縦訓練(俺命名)』を邪魔されたからだろう。けど、俺もいる事は忘れないでくれよ?

 

「では一夏、始めるとしよう。刀を抜け」

 

「お、おうっ」

 

 箒の奴、やる気満々だな。スラリと抜かれた刀の、鈍い光沢が実体剣特有の鋭利さを感じさせる。箒の表情と抜かれたブレードを見て、一夏の顔に緊張が走った。

 

「では──参るっ!」

 

 ──と、そこにつんざく声。

 

「お待ちなさい! 一夏さんのお相手をするのはこのわたくし、セシリア・オルコットでしてよ!?」

 

 言うが早いか一夏の前に割って入ったセシリアは、箒と真っ向から対峙する。

 

「はぁ……まーた始まったぜ……」

 

 セシリア、お前さんは射撃特化だろう。俺だって格闘は格闘でもケツの取り合い(ドッグファイト)をするぐらいで、ISが相手の近接戦は得意じゃない。むしろ時間があれば俺も箒に習いたいぐらいだ。

 

「ええい、邪魔な! ならば斬る!」

 

「訓練機ごときに(おく)れを取るほど、優しくはなくってよ!」

 

 箒の袈裟斬り。それをあらかじめ展開しておいたショートブレードの『インターセプター』で受け流すセシリア。剣撃の勢いを利用して間合いを取り、素早く片手でトリガーを引くと、『スターライトmkⅢ』が超高速のレーザーを射出する。

 ──あーあー……とうとうIS戦にまで発展してるじゃないか。って言うか、一夏の訓練はどうするんだよ。そろそろ止めた方が──

 

「はあああああっ!!」

 

「甘いですわ!!」

 

 ……よし、下手に首を突っ込むのは止そう。矛先が向いたらシャレにならん。取り敢えずそこで放心状態の一夏は俺が教えるとしようか。

 

「一夏、あっちはしばらく終わりそうにないから先に訓練を始めよう」

 

「いや、でも放っておいて大丈夫なのかよ、あれ」

 

「なら『やめて! 俺のために争わないで!』って言いに行くか? あの戦闘の真っただ中に。ミンチか細切れ、どっちにされるかねえ……」

 

 今まさに激戦を繰り広げている箒とセシリアを左手の親指で指す俺は、はぁ……と大きな溜め息を溢す。

 

「た、確かに。変に横槍を入れたら酷い目に遭いそう──」

 

「一夏!」

 

「何を黙って見てますの!?」

 

 青い顔をしながら身震いしていた一夏だったが、なんの前触れも無く矛先を向けられて「うぇい!?」と変な声を上げた。

 

「何を黙ってって……どっちかに味方したらお前ら怒るだろ?」

 

「当然だ!」

「当然ですわ!」

 

 一夏の至極真っ当な正論。しかしそれは、息ぴったりの2人に真正面からへし折られた。じゃあどうしろって言うんだよ。どっちを選んでも一夏がバッドエンドまっしぐらじゃねえか。

 ちなみにこの時の沈黙がまずかったらしい。数分後、一夏は箒とセシリアを相手にIS戦をさせられる事になり、そんな彼からの援護要請を受けて俺も参戦。日が暮れるまで第3アリーナでドンパチし合ったのだった。

 

 ▽

 

「では、今日はこの辺りで終わる事にしましょう」

 

「お、おう……」

 

 ゼーハーと息切れを起こし、地面に大の字で転がっている一夏に対して、セシリアはけろりとしている。さすがは代表候補生。正直に言うと、体力・筋力はそこそこ鍛えている俺でも少し疲れが生じていた。

 

「ふん。鍛えていないからそうなるのだ」

 

 箒も多少は疲れているようだが、一夏のように疲労困憊(ひろうこんぱい)というほどではない。……俺ももう少し体力錬成するかぁ。

 

「んな事言われたって、国家代表候補生と剣道大会優勝者が相手じゃこうもなるって」

 

「だからウィリアムが加勢してくれていただろう」

 

 いやいや、何をおっしゃいますか箒殿。君、俺にはほとんど目もくれずに悲鳴を上げながら逃げ回る一夏をセシリアと一緒に追い回してたよな?

 

「俺はほとんど手を出してないぞ。強いて言うなら、少し一夏のサポートをしただけだ。だがまあ、箒の言う通り少しばかり体力面が心許(こころもと)ないな、一夏」

 

「ああ。それは今日の訓練で思い知ったぜ。俺ももっと鍛えなきゃなぁ」

 

 少し息が落ち着いてきた一夏はそう言って、地面に転がったままダークブルーに染まりつつある空を見上げる。

 

「では、わたくしはこれで失礼致します」

 

 小さく会釈をしてから去って行くセシリア。

 

「何をしている、我々も早く戻るぞ」

 

「あぁ……悪い、箒。俺、もう少しだけ動けそうにないから先に戻っててくれ」

 

「仕方のない奴だな。部屋のシャワーは先に使わせてもらうぞ。ではな、一夏、ウィリアム」

 

 少しだけ目を笑みに細めた箒も踵を返し、ピットへと戻って行った。

 

「……さて。一夏、そろそろ動けるか? あまり長居してると汗が冷えて風邪ひくぞ」

 

 箒とセシリアが去ってから約3~4分ほど。未だ大の字で寝そべっている一夏に声を掛ける。

 

「……おう。よっこら……しょっと」

 

 フラフラとしながら立ち上がった一夏と共に俺もピットに戻った。

 

「ふぅ……」

 

 展開を解除。と同時にISの補助が無くなるので、疲れが一気に体にのしかかってくる。

 同じくISを解除した一夏が、汗を拭いながらベンチに座り込んだ。

 

「これがクラス対抗戦まで続くのか……」

 

「今日のは運が悪かっただけだろ。ほれ」

 

 近くに畳んで置いてあったタオルを手に取り、一夏に投げ渡す。

 

「おう、サンキュ」

 

「ユアウェルカムだ。──一夏、もう少し無駄な動きを省いてみろ。そうすれば1つ1つの行動に要する時間も短くなるし、余計な体力も使わずにすむ。変に堅くなり過ぎず、自然体でいるんだ」

 

「つまり、今の俺は変に(りき)み過ぎって事か?」

 

「そうだ。確かに多少の緊張感を持つってのは大事な事だが、それも過ぎると却って毒になる」

 

「成程……」

 

「一夏っ!」

 

 バシュッと音を立ててスライドドアが開き、鈴が現れた。

 

「訓練お疲れ。はい、スポーツドリンク。こっちはウィルの分よ」

 

 え? 何この子。わざわざ俺の分まで用意してくれたのか? ……めちゃくちゃ良い子じゃないか……!

 

「サンキュ。あー、生き返る~」

 

「サンキュー、鈴。ありがたく頂くよ」

 

 受け取ったスポーツドリンクのキャップを捻り、封を開ける。平時に飲むには糖分が高過ぎるこれも、スポーツのあとの体には非常に助かる。糖は体の重要エネルギー源だ。

 ちなみにキンキンに冷えていないが、これで正解らしい。運動後の熱を持った体に冷たい液体を流し込むなんて自殺行為に等しいらしく、ぬるめが最適だそうだ。以前、冷えたスポーツドリンクを一夏の目の前でガブ飲みしたら、しこたま説教を喰らった。

 

「鈴、もしかしてお前、ずっと待っててくれたのか?」

 

「ふふん。まあね」

 

 一夏の問いにニコニコとしながら答える鈴。おっと、こいつは邪魔しちゃあ悪いかな?

 なんとなくそう察した俺はタオルを回収用のカゴに入れ、ゆっくりと立ち上がる。

 

「それじゃあ一夏、俺も先に上がらせてもらうぞ。鈴、スポドリありがとうな」

 

 言って、俺はピットをあとにした。

 

 ▽

 

「……いったい何事だぁ?」

 

 時刻は午後8時過ぎ。夕食も既に終わり、寮の自室にてタブレット端末で手頃な映画を観ながらくつろいでいると、一夏の部屋辺りから誰かと誰かの言い合いらしき声が聞こえてきた。

 

「騒々しい。一夏の周りはいつもこんな感じなのか?」

 

 まあ一夏は気の良い奴だし、退屈をする事も無いし、少し騒がしい事を除けばこれぐらいの方が楽しくて良いかもしれんな。

 

「よっと」

 

 端末の電源を切り、ベッドから起き上がった俺は1025室へと向かう。

 

 

 

 

 

 

「というわけだから、部屋代わって?」

 

「ふ、ふざけるなっ! なぜ私がそんな事をしなくてはならない!?」

 

「……What's happened(いったい何が起こってんだ?)?」

 

 1025室に着いた俺の目の前では、ちょっとした修羅場が展開されていた。騒ぎの中心となっている人物は箒と鈴だ。近くでは一夏がどうしたものかといった表情で後頭部をガシガシと掻いている。

 

「いやぁ、篠ノ之さんも男と同室なんて嫌でしょ? 気を遣うし。のんびりできないし。その辺、あたしは平気だから代わってあげようかなって思ってさ」

 

「べ、別に嫌とは言っていない……。それにだ! これは私と一夏の問題だ。部外者に首を突っ込んで欲しくはない!」

 

 俺は途中から騒ぎを聞きつけてやって来たのだが、言い合いの内容からして一夏との同室をめぐって争っているようだ。

 

「大丈夫。あたしも幼馴染みだから」

 

「だから、それが何の理由になると言うのだ!」

 

 ダメだな、会話がまったく噛み合っていない。食堂での一件からして鈴は我が道を行くタイプだろうし、箒も箒で頑固な性格だ。お互いが自分の主張をぶつけるだけで、話し合いによる解決は恐らく無理だ。

 と言うか、鈴は既に自分の持ち物が詰まっているであろうボストンバッグを持って来ている。部屋を代わってもらう以外の選択肢は用意していないのだろう。

 

おい、一夏。なんでこんな事になってるんだ?

 

俺にもよく分からないんだ。突然、鈴が部屋に押し掛けて来てさ

 

 ふむ。こいつ自身も理由が分かってないときたか。何の前触れも無く、こんな話になるとは思えんしなぁ。……とすると、俺がピットから出て行った直ぐあとが怪しいな。

 

何か心当たりはないか? 例えば訓練のあと、俺がピットから出て直ぐの辺りとか

 

うーん……お前が出て行ったあとか……。確か、偶然何かの話から俺と箒が同室だって話になって………

 

「」

 

 お前、それが1番の元凶じゃねえかぁぁぁ!! えっ? そんな事ポロッと言っちゃったの!? そりゃあ『私も一夏と同室が良い!』ってなるだろうよ!! 

 

「はぁ~~~」

 

 ベチンッと右手を額に当てて天井を仰ぎ見る俺の口からは、盛大な溜め息が漏れた。

 

「とにかく、今日からあたしもここで暮らすから」

 

「ふ、ふざけるなっ! 出て行け! ここは私の部屋だ!」

 

「『一夏の部屋』でもあるでしょ? じゃあ問題無いじゃん」

 

 そう言って同意を求めるように一夏に顔を向ける鈴。箒も、同じく賛同(鈴に出て行けという意見)を求めるように彼を見る。て言うか、睨む。

 

「お、俺に話を振るなよ……」

 

 2人から同時に同意を求められた一夏はたじろぎながら俺に視線を向けてきた。俺にも話を振らないでくれ。はぁ、頭の頭痛が痛い(・・・・・・・)。誰か、俺に頭痛薬をケースごとくれ。

 

「とにかく! 部屋は変わらない! 出て行くのはそちらだ! 自分の部屋に戻れ!」

 

「ところでさ、一夏。約束覚えてる?」

 

 話を無理やり捻曲げやがったよ、この子!?

 

「む、無視するな! ええい、こうなったら力ずくで……!」

 

 激昂(げっこう)した箒はいつでも取れるようにベッドの横に立て掛けてあった竹刀(しない)を握る。って、おいまさか……!

 

「あ、馬鹿! 待て、箒!」

 

「ストップだ! それはシャレにならん!」

 

 止める隙も無い。箒は完全に冷静さを失っていて、防具も何も身に付けていない鈴にその切っ先を振り下ろす。まずい、間に合わん……!!

 

 バシィィンッ!

 

 ものすごい音が響いた。鈴の奴は大丈夫なのか!?

 

「鈴、大丈夫か!?」

 

「大丈夫に決まってるじゃん」

 

 慌てて駆け寄る一夏に対して何事も無さそうに答える鈴。

 

「だって今のあたしは──代表候補生なんだから」

 

 見ると、確実に頭にヒットしたと思われた打撃は、ISが部分展開した右腕によってしっかりと受け止められていた。

 

「…………!」

 

 驚いていたのは、誰よりも箒だった。いくらISの展開が速かろうと、その判断を下すのは結局のところ操縦者──生身の人間だ。つまり、ISの展開速度が人間の反射限界を超える事は無い。ありえない。

 そしてさっきの打撃は、およそ素人が土壇場(どたんば)で対処できるようなレベルのものではない。これはつまり、鈴自身がかなり強いという単純かつ明白な答えであった。

 

「て言うか、今の生身の人間なら本気で危ないよ」

 

「う……」

 

 怒りに任せて自制心を失い、あまつさえ人に怪我をさせかけたという指摘が何より効いたのか、箒はバツが悪そうに顔を逸らす。

 

「まっ、良いけどね」

 

 細かい事は気にしないとはがりにカラッとした態度で、鈴はISの部分展開を解く。スマートな装甲を纏った右腕がパァッと光り、光の粒子となって元の状態に戻った。

 

「え、えーと……。そうだ。鈴、約束って言うのは」

 

 室内に漂う気まずい空気を改めるように、一夏はついさっき鈴が言いかけていた話題を持ち出す。

 

「う、うん。覚えてる……よね……?」

 

 鈴は恥ずかしそうに顔を伏せて、チラチラと上目遣いで一夏を見る。

 

「えーと、あれか? 鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を──」

 

「そ、そうっ。それ!」

 

「──奢ってくれるってやつか?」

 

 ? 一夏と鈴は数年前にそんな約束を交わしてたのか? て言うか、酢豚ってのはいったいどんな食い物なんだろうか。……気になってきたな。

 

「………はい?」

 

 ん? 鈴が呆けた表情で一夏を見上げているが……これは約束を覚えてくれてた事に驚いているって感じじゃない気がする。

 

「だから、鈴が料理できるようになったら、俺にメシをご馳走してくれるって約束──」

 

 パァンッ!

 

「……へ?」

 

 いきなり頬をひっぱたかれ、目をパチクリと瞬きさせる一夏。

 

「……は?」

 

 俺も状況について行けず、口を半開きにしたまま固まり、近くに立つ箒も状況が把握できないといった顔をしていた。

 

「え、えーと……」

 

 一夏がゆっくり、ゆっくりと顔の向きを戻し、釣られて俺も視線を鈴の元に戻す。

 

「…………」

 

 肩を小刻みに震わせ、怒りに()ち満ちた眼差しで一夏を睨んでいる鈴の姿があった。しかも、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、唇はそれが零れ落ちないようにキュッと結ばれている。

 

「あ、あの、だな……鈴……」

 

「最っっ低! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けない奴! 犬に噛まれて死ね!」

 

 そこからの鈴の行動は素早かった。床に置いてあったバッグを引ったくるように持って、ドアを蹴破らんばかりの勢いで出て行く。

 バタンッ! という大きな音が響いて、室内には一気に静寂が訪れた。

 ありゃあ完全に怒らせちまったな。

 

「一夏。お前さん、いったいどういう約束をしたんだ?」

 

「……小学生の時の話だよ。『料理が上手くなったら、私の酢豚を毎日食べてくれる?』って言われてさ。俺はてっきり、メシを奢ってくれるのかと思ったんだが……」

 

 ふむ。言われた内容についてはしっかりと覚えているようだ。なら、約束の解釈に相違があったという事になるな。

 一夏と鈴の約束の真意は分からない。だが少なくとも、それが恋愛絡みの話であるという事は俺にでも理解できた。

 

「一夏」

 

「お、おう、なんだ箒」

 

「馬に蹴られて死ねっ」

 

「え、ええ!?」

 

 一夏と鈴の約束の真意が分かったのか、お怒りモードの箒が彼に辛辣な言葉を浴びせる。

 

「一夏」

 

「うぃ、ウィル? まさかお前も……」

 

「んなわけあるか。お前さんに死ねと言うわけじゃない。そもそも俺は日本語はある程度できても、知り尽くしているわけじゃあない。まだまだ(うと)いところは山ほどある。ただ、1つ聞きたい事があるだけだ」

 

 さっき言ったように、この唐変木の色男である友人に死ねと言うつもりなど毛頭無い。

 

意識が完全に飛ぶまで9G旋回を繰り返すのと、高度10,000を生身で飛ぶの、どっちが良い?

 

 ニコォっと笑みを浮かべながら、俺はちょっとした冗談(3割ほど本気)を口にした。

 

「ひ、ひぇっ……」

 

「っ………」

 

 俺のジョークに一夏は顔を青くして震え、なぜか箒まで若干後退りをする。

 

「はっはっはっ。冗談だ、冗談。()じゃれたアメリカンジョークだ。本気にするな」

 

 手をヒラヒラさせながら笑うと、2人はほぅ……と深く安堵の息を漏らした。冗談のつもりだったんだが、そんなに怖かったか? だがまあ、女の子を泣かせたんだ。これぐらいの事はしてもバチは当たらんだろう。

 

「さてと、そろそろ9時前か。俺も失礼するぞ。それじゃあな」

 

 言って俺は1025室をあとにし、自室への道を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 ──翌日、生徒玄関廊下に大きく張り出された紙があった。

 表題は『クラス対抗戦(リーグマッチ)日程表』。

 1回戦目は一夏 対 鈴だった。

 

 




 ━おまけ━

 ウィリアムが帰ったあとの1025室。

「なあ、箒」

「……なんだ?」

「ウィリアムのあの笑顔……」

「…………ああ。上手く言葉で表現できないが……」

「「怖かった……」」



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10話 禁句(それを言っちゃおしまいだ)

 5月。

 あれからしばらく経った今も、鈴の機嫌は直っていない。それどころか日増しに悪くなっているようですらあった。

 一夏に会いに来る事はまず無いし、たまに廊下や学食で会っても露骨に顔を背ける始末である。全方位に向けて『怒ってます』オーラ全快だ。その勢いたるやまさに対空砲火という言葉が似合うほど。

 

「一夏、来週からいよいよクラス対抗戦が始まるぞ。アリーナは試合用の設定に調整されるから、実質特訓は今日で最後だな」

 

「箒の言う通り、今日がISを使って特訓できる最後の日だ。と言うわけで一夏、今日は少しばかりハードに行くぞ」

 

「げ!? ま、マジ……?」

 

「イェース、オフコース(もちろんさぁ)♪」

 

 顔を引きつらせる一夏に対して、俺は右親指を立てて意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ぐぅ……。よ、よろしくお願いします……」

 

「ふふん、このわたくしセシリア・オルコットがいれば万事解決ですわ」

 

 放課後、かすかに空が黄昏色(たそがれいろ)に染まり始める中、今日もまた特訓のため第3アリーナへと向かう。

 メンツはいつも通り一夏、俺、箒、セシリア。クラスの女子達は少しずつテンションも落ち着いたようで、最近は質問攻撃や視線の包囲網に遭う事も少なくなってきた。

 とは言え、未だに学園内では話題の対象である事には変わり無く、アリーナの客席は満員なのだろう。

 余談だが、その席を『指定席』として小遣い稼ぎに(いそ)しんでいた2年生が先日織斑先生に制裁を下されていた。首謀者グループは3日間寮の部屋から出てこれなくなったらしい。いったいどれだけ恐ろしい事をされたのか……考えるだけでも背筋が凍り付く。

 

「IS操縦もようやく様になってきたようだな。今度こそ──」

 

「まあ、わたくしが訓練に付き合っているんですもの。このくらいはできて当然、できない方が不自然というものですわ」

 

「ふん。中距離射撃型の戦闘法(メソッド)が役に立つものか。第一、一夏のISには射撃装備が無い」

 

 言葉を中断されたせいか、やや棘のある言葉で箒が告げる。

 そして、実際それはその通りだった。一夏のIS【白式】には射撃武器が一切搭載されていない。あるのは、『雪片弐型(ゆきひらにがた)』という名称のブレードだけだ。

 普通、ISというのは機体ごとに専用装備を持っているものらしい。しかし、その『初期装備(プリセット)』だけでは不十分なので、『後付装備(イコライザ)』というものがある。セシリアのISでは初期装備は機体と同じ名称を持つビット『ブルー・ティアーズ』。後付装備はライフルと近接ナイフという感じだ。

 そして、ISというのはこの後付装備のために『拡張領域(バススロット)』が設けられている。搭載量は各機のスペックによるが、最低でも2つは後付けできるようになっているのが一般的なIS……なのだそうだ。

 だそうだというのは、どうも一夏のISはそうではないからだ。拡張領域ゼロ。しかも初期装備は書き換えられないので、結局近接ブレード1本というのが今のところの彼のISのスペックである。そんなもの、俺に言わせれば超玄人(くろうと)仕様だ。初心者に扱わせるには難度が高過ぎる。しかしまあ、それでも一夏は俺との試合やセシリアとの試合でも良く立ち回れていたわけだが。

 ちなみに言うと、俺のIS【バスター・イーグル】には専用装備が搭載されていない。全て既存の物を流用・改良搭載されているだけだ。

 しかし設計の段階で搭載兵装数には気を使ってくれたらしく、後付装備の搭載量はそれなりで、加えて主翼下部にはハードポイントが左右合わせて6基。両エンジンユニットの下部にもそれぞれ1基ずつのハードポイントが設けられている。固定装備は右腕にマウントされた単砲身30ミリ機関砲が1門。火力は申し分無い。

 

「それを言うなら篠ノ之さんの剣術訓練だって同じでしょう。ISを使用しない訓練なんて、時間の無駄ですわ」

 

「な、何を言うか! 剣の道はすなわち(けん)という言葉を知らぬのか。見とは全ての基本において──」

 

「ん゛っん゛ん゛!」

 

 箒とセシリアの2人がまたいつもの言い合いを始めようとしたところで、俺はわざとらしく咳払いをしてそれを中断させた。

 

「お2人さん、話し合い(・・・・)で忙しいのなら俺が一夏の教官を専属で務めようか? ああ、俺は別に構わないから、どーぞピットの端っこで好きなだけ続けて──」

 

「こ、このような争いはもうやめましょう、篠ノ之さん! おほ、おほほほほ……」

 

「そ、そうだなっ、ここは協力し合おうではないか! は、はははは……」

 

「まったく……」

 

 やれやれとかぶりを振りながら、俺はAピットのドアセンサーに触れる。指紋・静脈認証によって開放許可が下りると、ドアはバシュッと音を立てて開いた。いつも思うが、ほんとハイテクだよな、ここの設備って。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 ピットにいたのは、なんと鈴だった。腕組みをして、ふふんと不敵な笑みを浮かべている。つい昨日出会(でくわ)した時はまだ怒り心頭の様子だったが、あの怒りオーラがやや引いているように感じる。一夏と和解をしに来たといったところだろうか。……ああ、俺と一夏の背後で箒とセシリアが顔をしかめている気配がする。どうか平和的に解決しますように。

 

「貴様、どうやってここに!」

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」

 

 敵意剥き出しの箒とセシリア。しかし鈴は「はんっ」と挑発的な笑いと共に、自信満々に言い切った。

 

「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題無しね」

 

 いやまあ確かにそうだろうが、その関係者とは違う意味なんじゃないだろうか……。あと、頼むから火に油を注ぐような事をするのは止めてくれ。ついさっき鎮火させたばかりなんだよ。

 

「ほほう、どういう関係かじっくり聞きたいものだな……」

 

盗っ人猛々(ぬすっとたけだけ)しいとはまさにこの事ですわね」

 

 ほらー、箒どころかセシリアまでキレたじゃないか……。しかも、箒は口元をピクピクと引きつらせてるし。静かな怒りというのは、頭ごなしに怒鳴り散らされるよりも迫力があって恐ろしい。

 

「……おかしな事を考えているだろう、一夏」

 

「いえ、何も。人斬り包丁に対する警報を発令しただけです」

 

「お、お前という奴は……!!」

 

 何か余計な事を考えていたらしい一夏に掴み掛かる箒。それを鈴が間に割って入って邪魔をする。

 

「今はあたしの出番。あたしが主役なの。脇役はすっこんでてよ」

 

「わ、脇やっ──!?」

 

「はいはい、話が進まないからあとでね」

 

 この子、本当に我が道を行くタイプだな。

 

「……で、一夏。反省した?」

 

「へ? 何が?」

 

「だ・か・らっ! あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとか、あるでしょうが!」

 

「いや、そう言われても……鈴が避けてたんじゃねえか」

 

「アンタねぇ……じゃあなに、女の子が放っておいてって言ったら、放っておくわけ!?」

 

「おう」

 

 まあそりゃそうだろうな。『放っておいて』って言われたのにしつこく付きまとったら、顔面にフルスイングの右ストレートを貰いそうだ。

 

「なんか変か?」

 

「変かって……ああ、もう!」

 

 ()れたように声を荒げて、頭を掻く鈴。

 

「謝りなさいよ!」

 

 そのあまりに一方的な要求には、一夏も素直にうんと頷く事はできなかった。正直、俺も同じ立場に立たされれば彼と同じ反応をすると思う。そもそも、一夏は何が悪かったのかが分かっていない。納得していない。そんな状態でいきなり『謝れ』と言われても、本人は謝罪できないだろう。

 

「だから、なんでだよ! 約束覚えてただろうが!」

 

「あっきれた。まだそんな寝言いってんの!? 約束の意味が違うのよ、意味が!」

 

 やはり2人の間で内容の解釈に相違があったか。鈴が照れ隠しに遠回しな好意の伝え方をして、それを一夏が間違えて捉えてしまった……と。

 

「アンタ、今『意味が』と『沖縄の豚料理(ミミガー)』をかけて下らない事考えてるでしょ!?」

 

「!?」

 

 うわ、ばれた。という表情をする一夏。図星かよ。と言うか、なんでこういう時の女子は総じて勘が鋭いんだ?

 

「あったまきた! どうあっても謝らないっていうわけね!?」

 

「だから、説明してくれりゃ謝るっつーの!」

 

「せ、説明したくないからこうして来てるんでしょ!」

 

 そりゃまあ恥ずかしくて言えないから遠回しに伝えたのに、それを包み隠さず言ったら本末転倒だよな。しかし、それでは一夏の方も納得して引き下がれないわけで。

 

「じゃあこうしましょう! 来週のクラス対抗戦(リーグマッチ)、そこで勝った方が負けた方に何でも1つ言う事を聞かせられるって事で良いわよね!?」

 

「おう、良いぜ。俺が勝ったら説明してもらうからな!」

 

 売り言葉に買い言葉。1度受けたからには覆す事のできない制約を一夏は迷い無く受けた。

 

「せ、説明は、その……」

 

 一夏に指を指したままのポーズでボッと鈴が赤くなる。鈴が負けたら一夏に約束の真意を言わなければならないのだから、赤くなるのも仕方ないだろう。これは双方にとって負けられない戦いだな。

 

「なんだ? やめるならやめても良いぞ?」

 

 一応親切心からなのだろうが、一夏の言葉は鈴には逆効果だった。

 

「誰がやめるのよ! アンタこそ、あたしに謝る練習でもしておきなさいよ!」

 

「なんでだよ、馬鹿」

 

「馬鹿とは何よ馬鹿とは! この朴念仁(ぼくねんじん)! 間抜け! アホ! 馬鹿はアンタよ!」

 

「──うるさい、貧乳(ひんにゅう)

 

 ドガァァンッ!!

 

 いきなりの爆発音、そして衝撃で部屋が(かす)かに揺れた。見ると、鈴の右腕はその指先から肩までISの装甲に覆われていた。

 思いっきり壁を殴ったような──けれど、拳は壁にはまったく届いていない──そんな衝撃だった。

 

「い、言ったわね……。言ってはならない事を、言ったわね!」

 

 ビシシッとISの装甲に紫電が走る。どうやら、一夏の一言は鈴にとって禁句だったようだ。

 しかし、ヒンニューってのはどういう意味なんだろうか。少なくとも相手に対する侮辱発言であるのは確かなんだが……。

 

……箒、スマンがヒンニューってどういう意味の言葉なんだ?

 

そ、そのような事を女子に質問するなっ。下手をすればセクハラで訴えられるぞっ

 

「えっ、えぇ……?」

 

 意味は分からなかったが、そんな恐ろしい事を言ったのか一夏の奴は……!?

 

「い、いや、悪い。今のは俺が悪かった。スマン」

 

「今の『は』!? 今の『も』よ! いつだってアンタが悪いのよ!」

 

 無茶苦茶の理屈だが、残念ながら一夏は反論の余地を持たない。

 

「ちょっと手加減してあげようかと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね。……いいわよ、希望通りにしてあげる。──全力で叩きのめしてあげる」

 

 最後に、現役軍人も後退りするほど恐ろしく鋭い視線を一夏に送ってから、鈴はピットを出て行った。

 パシュン……と閉まったスライドドアの音まで、なんだが怯えているように聞こえる。それぐらい、今の鈴の気配は鋭かった。それこそ、触れれば切れそうなほどまでに。

 チラリと壁を見ると、直径30センチほどのクレーターができていた。特殊合金製の壁をへこますぐらいの威力は、どう考えてもあるのだろう。

 

「パワータイプですわね。それも一夏さんと同じ、近接格闘型……」

 

 真剣な眼差しで壁の破壊痕を見つめるセシリア。

 

「一夏」

 

「おう。なんだ、ウィル?」

 

「勝敗はどうであれ、鈴に謝らないとな?」

 

「……ああ。試合が終わったら、ちゃんと謝るつもりだ」

 

 そう言って小さく溜め息をつく一夏の目には、やっちまった……という後悔の念が見てとれた。

 

「なあ、ウィル」

 

 今度は一夏の方から声を掛けて来た。

 

「これ、どうする?」

 

 言って、視線を動かした先にあったのは鈴が怒りに任せて作ったクレーター。見事な円形にできあがっており、修理するには壁のパーツごと交換が必要だろう。内部に機器が詰まっていた場合はそれも……想像するだけでも恐ろしい。

 

「先生に報告するのが当然だろう。俺達でどうこうできるもんじゃない」

 

「……誰に報告する?」

 

「織斑先生しかいないだろうな。さぁて、どうやって報告するか……」

 

「だよな~……ははっ。俺、生きて明日の陽の目を拝めるかな……」

 

 遠い目をして、ピット・ゲートから見える黄昏色の空を見つめる一夏の口から乾いた笑い声が漏れる。

 

「んな顔をするな。俺も職員室までついて行ってやるから」

 

「ウィル……! 俺達、ズッ友だぜ!」

 

「ズットモがどういう意味かは知らんが、取り敢えず気分を入れ換えて訓練を始めるぞ」

 

 

 

 

 

 

 訓練後、職員室を訪ねた俺達は織斑先生に事情を事細かに説明。その結果、一夏は先生から手痛い拳骨をプレゼントされた。

 そしてその翌日、クレーターを作った張本人である鈴には一夏と同じく拳骨と、加えて反省文の提出が課せられたのだった。

 

 



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11話 クラス対抗試合

 クラス対抗試合当日、第3アリーナ第1試合。組み合わせは以前廊下に貼り出されていたとおり、一夏と鈴だ。

 噂の新入生が出る戦いとあって、アリーナは全席満員。それどころか通路や階段まで立って見ている生徒で埋め尽くされていた。会場内に入る事ができなかった生徒や関係者は、施設内の至る所に設置されたリアルタイムモニターで観戦するらしい。

 例に漏れずアリーナ内の席からあぶれてしまった俺は、織斑先生、山田先生、箒、セシリアと共にピット内のモニターを眺めていた。

 俺達の視線の先、モニターに映るフィールド上では一夏のIS【白式】と、鈴のIS【甲龍(シェンロン)】が試合開始の時を静かに待っている。【ブルー・ティアーズ】同様、非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が特徴的だ。両肩の横に浮いた刺付き装甲(スパイク・アーマー)が、やたら攻撃的な自己主張をしている。

 

「(……あれでタックルでもされたらタダじゃ済まんだろうな)」

 

 見方によっては某ヒャッハーな世紀末──俺が小学生の時に父さんが見ていた日本のアニメ──にでも出てきそうな刺々しいそれを見て、思わず顔をしかめた。

 

『それでは両者、規定の位置まで移動して下さい』

 

 アナウンスに促され、一夏と鈴は空中で向かい合う。その距離わずか5メートル。

 互いが定位置に着いたところで、2人が何か会話をしているのに気付いた。何を言っているかは聞こえないが、内容はなんとなく想像がつく。鈴が今ここで謝れば痛め付けるレベルを少し下げてやるとでも言って、それを一夏が断っているのだろう。

 セシリアに決闘を申し込まれた時もそうだったが、一夏は勝負で手を抜いたり、手を抜かれたりする事を嫌う性格だからな。

 

「始まったか……!」

 

 箒の声と、試合開始を告げるブザー。それと同時に一夏と鈴は動きだした。

 一夏が瞬時に展開した『雪片弐型』は物理的な衝撃で弾き返されるが、彼は以前セシリアに習っていた3次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)を瞬時に行い、鈴を正面に捉える。

 

「おお~。一夏のやつ、やるじゃないか」

 

「ええ。まだ少し動きにムラがありますが、良くできていますわ」

 

 セシリアは自分が教えた技術を一夏が使ったのが嬉しかったのか、口元を緩めてモニターを眺めていた。

 

「出だしは上々。本番はこれからだな」

 

 言って、俺はモニターに視線を戻す。鈴の手元にある異形(いぎょう)青龍刀(せいりゅうとう)。それを彼女は、まるでチアガールがバトンを扱うかのように回す。両端に刃の付いた、というより刃に直接持ち手が付いているそれは、縦横斜めと鈴の手によって自在に角度を変えながら一夏に斬り込む。

 1度態勢を立て直そうと考えたのか、一夏が鈴から距離を取ったその時。

 

「鈴のISに動きが……何か仕掛ける気か?」

 

 バカッと鈴の肩アーマーがスライドして開き、そして中心の球体が光った次の瞬間、一夏は不可視の『何か』に殴り飛ばされた。

 

「なんだあれは……?」

 

「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力を掛けて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す。『ブルー・ティアーズ』と同じ第3世代型兵器ですわ」

 

 モニターを見ていた箒の呟きに、同じくモニターを見つめるセシリアが答える。

 ──成程、そいつが【甲龍】の強みか。……それに、見たところ射角はほぼ無制限で撃てるようだ。見えない砲身に、見えない砲弾。おまけに真後ろにまで展開して撃てるとは……。

 

「ははっ……もはや反則級だな」

 

 衝撃砲を前に劣性に立たされる一夏をモニター越しに見る俺の口からは、乾いた笑い声と共にそんな言葉が零れ落ちた。

 ハイパーセンサーで空間の歪み値と大気の流れを探る事はできるが、それでは遅い。撃たれたあとに敵機が射撃準備に入ったと言われているようなものだ。

 

「(……このままだとジリ貧だな。どう出る? 一夏)」

 

 モニターには『雪片弐型』を構え直した一夏の姿が映っている。

 

「織斑くん、何かを仕掛けるつもりですね」

 

「……瞬時加速(イグニッション・ブースト)だろう。私が教えた」

 

 山田先生の呟きに答えたのは、先程まで無言でモニターを見つめていた織斑先生だ。

 

「瞬時加速?」

 

 と、オウム返しするセシリア。

 

「一瞬でトップスピードを出し、敵に接近する奇襲攻撃だ。出しどころさえ間違えなければ、あいつでも代表候補生と互角に渡り合える。ただし、通用するのは1回だけだ」

 

「成程。つまり、一夏はそれで一気に肉薄して一撃でケリをつけるつもりか……」

 

 腕を組んで頷く俺に織斑先生は「そうだ」と言って、また画面に視線を戻す。そして、一夏が鈴の一瞬の隙をついて瞬時加速で彼女に接近し、ブレードを振りかぶった刹那の出来事だった。

 

ズドオオオォォォンッ!!!

 

 突如走った強烈な衝撃が、アリーナ全体を震わせた。鈴が撃った衝撃砲ではないのは確かだ。威力の段が違い過ぎる。

 

「何事だ!?」

 

「システム破損! 何かがアリーナの遮断シールドを貫通して来たみたいです!」

 

「貫通だと……!?」

 

 焦燥する山田先生からの報告を受けた織斑先生は、バッとモニターを睨み付けた。

 フィールド中央からはモクモクと煙が上がっている。どうやらさっきの『それ』がアリーナの遮断シールドを破った際の衝撃波らしい。

 

「……!!」

 

 ゾワリと悪寒を感じた俺は脱兎(だっと)の如くピット・ゲートへ向かい、【バスター・イーグル】を展開。エンジン始動を待ってから飛び立つようでは遅いので、PICで機体を浮かせてフィールドを目指す(かたわ)ら、ジェットエンジンの始動作業を行う。

 

C'mon C'mon C'mon(ほら早く)……!」

 

 徐々に回転数を上げて行くエンジンを急かしながら、各システムのチェックと兵装の安全装置を解除。

 1分ぐらい経ってようやく回転数が安定してきたエンジンは耳をつんざく甲高い音を放ち、排気ノズルから高温・高圧の燃焼ガスを噴射し始めた。

 

「よぉし、素直で結構だ」

 

 これでようやくまともに飛ぶ事ができる。エンジンスロットルを上げてピット・ゲートから飛び出す──と同時にすぐ後ろでゲートの上部から分厚い特殊合金製のシャッターが、ガシャンッと音を立てて下りた。

 

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさい!」

 

「逃げるって……女を置いてそんな事できるか!」

 

 開放回線(オープン・チャネル)で『逃げろ』、『置いて行けない』の言い合いをする一夏と鈴。

 

 ──警戒。不明機より高エネルギー反応を検知──

 

「高エネルギー反応……アリーナのシールドをぶち破ったやつか?」

 

 ハイパーセンサーの望遠機能を使って土煙を凝視すると、その中で薄紫色をした腕のようなものが動いたのを見た。それは次第に一夏と鈴の方へと向き……。

 

「ッ!? おい一夏ッ!! 今すぐ鈴を連れてその場を離れろッ!!」

 

「は? ──って、あぶねえッ!!」

 

 間一髪、一夏が鈴の体を抱きかかえるようにしてさらう。その直後、一夏達のいた場所を極太の熱線が通過した。

 砲撃は土煙の中から。つまり、不明機から繰り出されたもので間違いない。

 

「何だあいつ……!?」

 

 まだ残る土煙の中に立っていたのは、まさしく異形(いぎょう)だった。全体的に薄紫色をしたそいつは腕が異常なまでに長く、爪先よりも下まで伸びている。しかも首らしきものが見当たらない。幅広い肩と肩の間に小さな出っ張りがあり、胴体と一体化しているような形状だ。

 そして俺のIS【バスター・イーグル】と同じく全身が装甲で覆われており、その体躯(たいく)は胴体だけでも4メートル。腕の長さも加えると5メートルは確実にある巨体には、姿勢維持のためなのか全身にスラスター口が見える。首関節の無い頭部には()き出しのセンサーレンズが不規則に並び、長い腕の先には先程のビーム砲口が左右に1つずつ、ポッカリと開いていた。率直に言って、かなり悪趣味なデザインだ。

 

「答えろ! お前は何者だ! 何が目的だ!」

 

「─────」

 

 一夏が襲撃者に呼び掛けるが、相手からの応答は無い。まあ、当然と言えば当然か。

 

「一夏!」

 

「ウィルか! すまねえ、さっきは助かった!」

 

「気にするな。それより、敵機を目視で視認したんだが……デカイ図体(ずうたい)した悪趣味な機体だぜ。設計者は変態だな」

 

「ああ、俺にも見えた。何なんだよあいつ……目的が何なのかがさっぱりだ」

 

《織斑くん! 凰さん! ホーキンスくん! 今すぐアリーナから脱出して下さい! すぐに先生達がISで制圧に向かいます!》

 

 割り込んで来たのは山田先生だった。心なしか、いつもより威厳を感じるのだが、今はそんな事を考えている場合じゃないな。

 

「──いや、先生達が来るまで俺達で食い止めます。誰かがあれの相手をしないと」

 

「一夏の言う通りです。敵機は遮断シールドを破って侵入してきた。という事はつまり、いずれ観戦席にいる人間にも被害が及ぶ可能性があります。今動ける者が動かないと間に合いません」

 

 山田先生の言葉に対する俺と一夏の答えはノー(拒否)だった。

 

「……良いか、2人とも」

 

「ノープロブレムだ」

 

「だ、誰に言ってんのよ! そ、それより離しなさいってば! いつまでそうしてるつもりなのよ!」

 

 現在、鈴は一夏にお姫様だっこをされている状態だ。しかも、互いの顔は息が掛かりそうなほど近くなっている。

 恥ずかしさのあまり彼女は顔を真っ赤に染めながら、両手で一夏の顔をグイィっと押し退けようとする。

 

「ああ、悪い悪い」

 

 一夏が腕を放すと、鈴は自分の体を抱くような格好で離れた。

 

「……お熱いことで」

 

「…………」

 

 ボソッとした呟きを耳が捉えた鈴が、俺をギロッと睨む。その赤面が無かったらもっと迫力あったんだがな。

 

《だ、ダメですよ! 生徒さんにもしもの事があったら──》

 

 言葉はそこまでしか聞けなかった。敵機が体を傾けてスラスター出力全開で突進、それを俺達は回避する。

 

「ふん、向こうはやる気満々みたいね」

 

「みたいだな」

 

「上等だ」

 

 一夏と鈴はそれぞれ得物(えもの)を、俺は30ミリ機関砲を構える。

 

「日本には『オモテナシ』って言葉があるんだろ? せっかくのお客様だ、もてなしてやろうじゃないか」

 

 敵機がセンサーレンズを妖しく点滅させながら、ゆっくりとこちらに向き直る。

 

「おう。やってやろうぜ」

 

「それも、盛大にね」

 

 ガチャリと互いの武器の先端部を当てる。それが合図。俺達はアリーナのシールドを突き破って来た、あの無粋な客人へ向けて飛び出した。

 

 ▽

 

「もしもし!? 織斑くん聞いてます!? 凰さんもホーキンスくんも! 聞いてますー!?」

 

 ISの個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)は声に出す必要は全くないのだが、そんな事を忘れるくらい真耶は焦っていた。

 

「本人達がやると言っているのだから、やらせてみても良いだろう」

 

「お、お、織斑先生! 何を呑気な事を言ってるんですか!?」

 

「1度落ち着け。そもそも、こっちの声はもうあいつらには聞こえていないだろう」

 

「先生! わたくしにIS使用許可を! すぐに出撃できますわ!」

 

「そうしたいところだが、──これを見ろ」

 

 千冬は手元のコンソールを操作して、画面を第3アリーナのステータスチェックに切り替える。

 

「遮断シールドがレベル4に設定されている。もちろん、そんな操作は一切行っていないにも拘わらずだ。それに、アリーナ中の全ての扉もロックされている」

 

「……まさか、あの機体の仕業ですの!?」

 

「そのようだ」

 

「という事はわたくしがISで援護に向かう事は……」

 

「無理だ。我々はおろか、このアリーナ内にいる者全員が出る事も、入る事も不可能になっている」

 

 落ち着いた調子で説明する千冬だったが、よく見るとその手は苛立ちを抑えきれないとばかりに(せわ)しなくコンソールを叩いている。

 

「で、でしたら! 緊急事態として政府に助勢を──」

 

「やっている。現在も3年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドさえ解除できれば、すぐにでも鎮圧部隊を突入させる」

 

「っ……」

 

 言葉を続けながら更に募る苛立ちに千冬の眉がピクッと動き、そんな彼女を前にセシリアは口をつぐんでしまった。

 

「……落ち着けと言った本人がこの調子ではいかんな。どれ、コーヒーでも淹れてやろう。糖分が足りないからイライラするんだ」

 

「……あの、先生……」

 

「……その、お気持ちは嬉しいのですが……」

 

 努めて冷静に振る舞い、いそいそとコーヒーを作り始める千冬に、真耶とセシリアは非常に言いにくそうに話し掛ける。

 

「ん? ああ、オルコットは紅茶派か?」

 

「いえ、そうではなくて……その……」

 

 千冬から目を逸らしたセシリアは真耶と数秒ほど目線を合わせ、やがて決心したように頷き合った。

 

「「それ、塩なんですけど」」

 

「…………」

 

 ピタリとコーヒーに運んでいたスプーンを止め、白い粒子を箱に戻す。

 

「なぜ塩がここにあるんだ」

 

「さ、さあ……? でもあの、大きく『塩』って書いてありますけど……」

 

「…………」

 

 確認すると、確かに大きな文字で と表記されていた。

 

「砂糖はその右隣の箱に──って、織斑先生!?」

 

「先生!? そんな事をしたら舌がおかしくなってしまいますわ!」

 

 目を剥いて驚愕の声を上げる真耶とセシリア。彼女達の眼前には熱々のコーヒー(微塩)を優雅に傾ける千冬の姿があった。

 

「…………ふ、ふっ。コーヒーの苦さにほのかな塩っ気が効いて、なかなかだぞ」

 

 そう言って、千冬はふふんと言った表情を浮かべる。しかし、そんな彼女の左目尻はピクピクと震えており、口角からはコーヒー色の液体がツーっと一筋垂れていた。

 

「(先輩、強がってるんだろうなー……)」

 

「(強がってますわね……)」

 

 真耶とセシリアは揃って同じ事を考える。2人の想像はまさに図星であった。

 

「(不味い……)」

 

 味覚が拒絶してなかなか飲み込む事のできない塩入りコーヒーを千冬は必死に喉に流していく。

 

「……あら? そう言えば、篠ノ之さんはどこへ……」

 

 ふと、ある事に気付いてキョロキョロと周囲を見渡すセシリアの口から、そんな呟きが漏れた。

 

 ▽

 

 敵機との戦闘を開始してから十数分が経った頃。俺は敵を睨み付けながら悪態をついた。

 

「クソッ! あの図体でどんな機動力してやがる……!」

 

 一撃必殺の間合い。しかし、一夏の斬撃を敵にスルリと回避される。

 これが初撃ではない。もう既に3回は繰り返していて、その全てがかわされているのだ。

 

「一夏っ、馬鹿! ちゃんと狙いなさいよ!」

 

「しっかり狙ってるっつーの!」

 

 そう、一夏は普通ならかわせるはずの無い速度と角度で攻撃をしていた。だが敵は全身に付けたスラスターの出力が桁違いなのだ。それを全開で噴かして意味の分からない機動を描きながら、1秒と掛からずにその場を離脱していた。

 

「一夏、お前のISのエネルギー残量はあとどれぐらいだ?」

 

「残り60を切った。零落白夜(れいらくびゃくや)を出せるのは、よくてあと1回ってとこだ」

 

 零落白夜……一夏のIS【白式】が装備する『雪片弐型』の特殊能力だ。その能力は相手のバリアー残量に関係なく、それを切り裂いて本体に直接ダメージを与えるというもの。そうなればISの『絶対防御』が発動して、相手のシールドエネルギーを大幅に消費させられるという超高威力の攻撃だ。

 しかし、零落白夜は発動に際して自身のシールドエネルギーを大量に消費するという重大な欠点も有していた。これはまさに諸刃の剣だ。

 

「一夏っ、離脱!」

 

「お、おうっ!」

 

 鈴の声に反応して、一夏がその場を離脱する。

 敵は攻撃を避けたあと、決まって反撃に転じる。しかもその方法が滅茶苦茶だ。デタラメに長い腕をブンブン振り回して接近してくる。まるでプロペラだ。加えてその高速回転状態からビーム砲撃まで行ってくるのだから面倒な事この上ない。

 

「鬱陶しい……! そんなにグルグル回りたけりゃどこか他所でやってろ!」

 

 飛んでくる無差別な砲撃を紙一重でかわした俺は、お返しに『ハイドラ』をハードポイントに展開して斉射する。

 

 バシュシュシュシュッ!!

 

 連続で放たれた無誘導ロケット弾は、なおも回転を続ける敵の背中と腕、肩に命中した。……やっとまともな命中弾だ。

 

「────」

 

 正直、大したダメージにはなっていないだろうが、被弾した敵はプロペラのような回転を止め、体ごと俺に向き直る。

 

 ──警告。敵機からレーダー照射を受けています──

 

 敵はどうやら今度は俺が脅威だと判断したらしい。……いや待て、レーダー照射だと?

 ビーム砲撃の嵐が来ると身構えていた俺だったが、敵の考えは違うようだった。

 

「っ、おいおい、あれってまさか……」

 

 やけに面積の広い両肩のパーツが縦に割れ、内部から見覚えのある兵器が顔を覗かせる。

 

「あいつは全身武器庫か何かかよ……!」

 

「ちょっとウィル、あいつの肩からなんか出て来てるんだけど──って言うかアンタ狙われてるわよっ!」

 

 バシュン!

 

 両肩に1基ずつ展開されたそれは後部から煙を出しながら、ものすごい速度で俺に向けて突撃してくる。

 

「あの機動力とビーム出力でSAM(地対空ミサイル)まで持ってるとか反則だろっ!?」

 

 そう、今俺に対して放たれたその見覚えのある兵器とは地対空ミサイルだったのだ。

 

「くっ……!」

 

 対ミサイル回避用にチャフをバラ撒き、体に掛かるGを無視して左にブレイク(急旋回)する。

 シュゥゥ! と音を立てながら俺のすぐ後ろを通過して行くミサイルは、アリーナの分厚い壁に激突して爆炎を上げた。

 

「このハリネズミめ……」

 

 未だこちらを見上げている敵を睨み返す。ロックオン警報は鳴りっぱなし。しかし、敵はミサイルを展開してはいるものの、撃っては来なかった。

 

「(奴はいったい何がしたいんだ……?)」

 

 今が攻撃の絶好のチャンスであるにも関わらず、まるでこちらの様子を伺うような仕草をする敵機。

 しかも、先程から取っている行動はどれも予め決められてパターン化された動きを実行しているだけのようにも感じられる。要するに人間味が無いのだ。

 

「……なあ、ウィル、鈴。あいつの動きってなんか機械じみてないか?」

 

「何言ってんのよ。ISは機械でしょ?」

 

「そう言うんじゃなくてだな。えーっと……」

 

「……あれは人が乗っていない、つまり、無人機だと言いたいのか?」

 

 一夏が言いたい事をなんと無く察した──と言うより、俺もそう仮定していた──言葉を、彼の代わりに(つむ)ぐ。

 

「は? 人が乗らなきゃISは動かな──」

 

 と、そこまで言って鈴の言葉が止まる。

 

「──そう言えばアレ、あたし達が会話しているのに攻撃してこないわね。まるで興味があるみたいに」

 

 思い返すように鈴が今までの戦闘を振り返る。

 

「それにだ。俺がロケットで奴を攻撃した時、最も近くにいたはずの鈴には目もくれず、こっちを狙って攻撃してきた。あれは脅威目標を割り出して優先的に攻撃しているように見えたぞ」

 

「でも無人機なんてあり得ないわ。ISは人が乗らないと絶対に動かない。そういうものだもの」

 

 それは俺も教科書で読んだ。ISは人が乗って動かすものだ。無人航空機などとはわけが違う。しかし、しかしだ。

 

「そもそも、あれが本当にISなのかも怪しいところだ。コア反応が全くしない。それに、あれに人が乗ってるとしたらパイロットは生後8ヶ月の乳幼児くらいになるぜ」

 

「……どういう事?」

 

「あの出力でビームをバカスカ撃ちまくるなら、それなりの規模の電池(・・)が要るだろう。肩に展開してるあのSAMも、あんな代物を胴体内に格納しておくのならスペースが必要だ」

 

「じゃあ、その中に収まりきるのは……」

 

「あれが有人機なら、まだ1歳にも満たない子供ぐらいしか乗り込めん」

 

 そんな子供があれを操縦するなんて、まず不可能だろう。

 

「仮に、無人機だったとしたらどうだ?」

 

「なに、一夏。無人機なら勝てるって言うの?」

 

「ああ。人が乗ってないなら容赦なく全力で攻撃しても大丈夫だしな。『雪片』の威力は零落白夜も含めて威力が高すぎるんだ。訓練や学内対戦で全力を出すわけにはいかないけど、無人機相手なら最悪の事態は想定しなくても良いだろ?」

 

「でも、その全力の攻撃も当たらないと意味無いじゃない。エネルギーも残り少ないんでしょう?」

 

「それなら俺に1つ案がある。無人機だからこそよく効く作戦がな」

 

 ニィっと口角を吊り上げて不敵な笑みを浮かべながら、俺は言葉を続けた。

 

「いいか、内容はシンプルだ。まず、俺が敵の注意を引き付ける。次に鈴、俺の合図で衝撃砲を撃って奴を地面に叩き落としてくれ。最後は一夏のバリアー無効化攻撃でトドメだ。当てろよ?」

 

「ああ、次は確実に当てる」

 

「言い切ったわね。じゃあその作戦で攻めてみましょうか」

 

「よし、じゃあ早速始めるぞ」

 

 言うが早いか俺は敵の元へ飛んで行き、『ブッシュマスター』の機銃掃射をお見舞いする。

 

「────」

 

「ほら、掛かって来いポンコツ無人機。センサーレンズに埃が溜まって俺が見えないのか? ──おっと!」

 

 攻撃を受けた敵は俺を脅威と捉えて残り1発の地対空ミサイルを撃ってくるが、こっちも残り少ないチャフを撒いて回避する。

 

「(さあ、食い付け……)」

 

 ミサイルを撃ち切り、今度は腕のビームを撃ちまくってくる敵だったが、さすがに今のままでは当たらないと踏んだのか全身のスラスターを勢い良く噴かし始めた。

 

「食い付いた!」

 

 あれほどの体躯にも関わらず、凄まじい速度で追い掛けて来ながらビームまで撃ってくる事に驚きつつも、作戦通り鈴の待つポイントまで敵を誘導する。そーら、捕まえてみやがれ……!

 

「位置に着いたわ! いつでもオッケーよ!」

 

 俺の正面には鈴が衝撃砲の発射態勢を整えた状態で待機していた。

 

「分かった。一夏の方はどうだ?」

 

「大丈夫だ! やってくれ!」

 

 一夏も『雪片弐型』を構えて準備完了を告げる。さあ、覚悟しろよポンコツ無人機め。

 

「喰らえ!」

 

 敵が真後ろに着いたタイミングで、俺は緊急制動用のドラッグシュートを展開させる。

【バスター・イーグル】の機体尾部にある小さなハッチから飛び出たオレンジ色のパラシュートはそのまま切り離され、敵の上半身を覆うように被さった。

 本来の用途(機体の減速)とは程遠い使い方。そう、これは目隠しだ。

 発想の自由さが人間の最大の長所だと言った偉人がいたらしいが、その通りだと思う。人間は狡猾に裏をかく(・・・・・・・・・・)。機械には真似できない発想で。……まあ、ドラッグシュートで目隠しするのは人間や機械に関係なく予想外だとは思うが……。

 

「はっはあ! 目隠ししてても飛べるか!?」

 

 前が見えなくなった敵は飛行が安定しなくなり、フラつきながら、自身に被さって絡まるパラシュートと格闘する。

 

「鈴、今だ! 衝撃砲で奴を撃ち落とせ!」

 

「分かってるわよ!」

 

 両腕を少し下げ、肩を押し出すような格好で構える鈴から見えない砲弾が放たれる。

 

 ドンッ!

 

「────!?」

 

 上方からの衝撃砲を諸に受けた敵はスラスターでの姿勢制御も虚しく、地面に墜落して土煙を上げた。

 

「ナイスだ鈴。一夏、奴にありったけをくれて──」

 

 一夏に攻撃の合図を送った瞬間、アリーナのスピーカーから大声が響いた。

 

「一夏ぁっ!!」

 

 キーン……とハウリングが尾を引くその声は、箒のものだった。

 中継室の方を見ると、審判とナレーターがのびていた。恐らく勢い良くドアを開けたところにバシンと一撃を喰らったらしい。

 

「男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!!」

 

 大声。またキーンとハウリングが起こる。ハイパーセンサーで中継室にいる箒をズームすると、はぁはぁと肩で息をしている。その表情も、怒っているような焦っているような不思議な様相だった。

 

「────」

 

 ビリリッ! と音を立てて目隠しのパラシュートを破り捨てた敵が、今度は声の主である箒に振り向いた。

 

「あっ、あの馬鹿っ……! 一夏、ヤバいぞ!」

 

「箒! 早くそこから逃げろ!」

 

 敵がセンサーレンズを不規則に点滅させながら、その砲口が開いた腕を箒に向ける。

 

「っ! 鈴、最大出力で衝撃砲を撃ってくれ! 早く!!」

 

「わ、分かったわよ!」

 

 一夏に急かされて、再度衝撃砲の発射態勢を取る鈴。

 そして、一夏がその射線上に踊り出た(・・・・・・・・・・)

 

「ちょっ、ちょっと馬鹿! 何してんのよ!?」

 

「一夏! 何のつもりだ!? 早くそこを退け!」

 

「そうよ! 撃てないでしょ!?」

 

「いいから俺ごと撃ってくれ!」

 

「っ! ああもうっ……どうなっても知らないわよ!」

 

 高エネルギー反応を背中に受けた一夏は、『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を発動させる。

 するとどうだろうか。一夏は弾丸のような速度で敵に向かって突撃して行った。

 衝撃砲に弾き飛ばされたと言うよりかは、衝撃砲のエネルギーを取り込んで加速に転換したようだ。

 

「な、なんつう荒業だ……」

 

 そんな俺の呟きも、一夏の雄叫びに掻き消される。

 

「──オオオッ!!」

 

 彼の右手に握られた『雪片弐型』が強く光を放つ。中心の溝から外側に展開したそれは、一回り大きいエネルギー状の刃を形成していた。

 

「俺は……千冬姉を、箒を、鈴を、関わる人全てを──守る!!」

 

 そんな言葉と共に放たれた必殺の斬撃は、敵の右腕を切り落とした。

 しかし、その反撃で一夏は左拳を諸に受ける。さらにその接触面からは高熱源反応を確認。

 

「野郎、右腕と引き換えに一夏を焼くつもりか!」

 

 旋回して大急ぎで一夏の元へ飛ぶ。だが一夏は不敵な笑みを浮かべながら、口を開いた。

 

「……狙いは?」

 

「──完璧ですわ!」

 

 よく通る声。普段聞き慣れた声が聞こえた。

 刹那、『ブルー・ティアーズ』の4機同時狙撃が敵を撃ち抜く。方角からして観戦席の辺りからだ。見ると、遮断シールドの一部が破壊されていた。さっきの一撃の際に一夏が壊し、そこからセシリアを進入させたようだ。

 ボンッ! と小さな爆発を起こし、敵は後ろのめりに倒れる。シールドバリアーが無い状態で『ブルー・ティアーズ』のレーザー狙撃を一斉に浴びれば、一溜りもないだろう。

 

「なんとか間に合って良かったですわ」

 

「セシリアなら絶対にやってくれるって信じてたけどな」

 

「そ、そうですの……。と、当然ですわね! 何せわたくしはセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生なのですから!」

 

 ここからでは見えないが、一夏に言われた事が嬉しくて顔を赤らめながら、腰に手を当てていつものポーズをするセシリアが容易に想像できる。

 だがしかし、これで終わりというわけにはまだいきそうもなかった。

 

 ──敵機の再起動を確認!──

 

 ISから受けた報告を見て一瞬自分の目を疑ったが、紛れも無い事実だ。……しぶとい奴め。

 

「ふう。何にしてもこれでようやく終わ──」

 

「待て、一夏」

 

 俺は一夏の言葉に割り込んで、クイッと顎をしゃくらせる。

 

「……向こうはまだ終わっちゃいないようだ」

 

「!?」

 

 ギギギ……ギ……ギ……

 

 そこには、倒れていたはずの敵が部品を撒き散らし、装甲を軋ませながら、俺達に最大出力形態に変形させた左腕を向ける姿があった。

 

 ──警告! 敵機射撃態勢に移行!──

 

 ああ、もちろん分かってるさ。

 主翼ハードポイントに展開した『ハイドラ』と右腕の『ブッシュマスター』の照準を敵に合わせる。

 

「おやすみ」

 

 トリガーに掛けた指に力を入れる。

 数秒後、『ハイドラ(ロケット弾)』と『ブッシュマスター(30ミリ機関砲)』の近距離斉射を受けてバラバラに破壊し尽くされ、もはや原形が分からなくなった無人機の残骸ができあがった。

 

「うっわぁ……完全にスクラップね、これ」

 

 パチッパチッと火花を散らして完全に機能停止している残骸を覗き込みながら、鈴が顔をしかめる。

 

「またヒョコッと再起動でもされたらコトだからな。これだけやれば、もう起き上がる事はあるまい」

 

 無人機の残骸を見下ろしながら応えた俺は、次に一夏に視線を移した。

 

「さて、戻るとしようか。まだまだやる事は残ってるぞ?」

 

「やる事って?」

 

「織斑先生と山田先生の説教を受けなきゃならん」

 

「「う゛っ!?」」

 

 一瞬で現実に引き戻された一夏と鈴は、これから待っているであろう2人(特に織斑先生)の説教を想像して身を震わせる。

 

「まっ、仲良く叱られるとしようじゃないか。はっはっはっ」

 

「ウィル、お前……」

 

「……アンタ足震えてるわよ」

 

 鈴の言う通り、俺の足はISを装着していても分かるほど震えていた。ははっ、俺も足も両方笑ってるってか? ……笑えねえ。

 

「逆に震えない理由がどこにある? 織斑先生の説教(物理)だぞ?」

 

「確かに、千冬姉の説教(物理)だもんな……」

 

「まあ、千冬さんの説教(物理)だしね……」

 

「「「……よし、腹を括ろう」」」

 

 覚悟を決めて3人一緒にピットへ帰還する。

 今の俺達の顔は、これから死地に向かう兵士のような、そんな表情を浮かべていた。

 

 



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12話 痛恨の一撃

 ピットに帰還した俺達は、織斑先生・山田先生両名にたっぷり説教を喰らったあと『念のため保健室に行って()てもらってこい』と言われ、保健室を訪れていた。

 

「にしても、全身打撲だって?」

 

「ああ。軽い方だって言われたけど、数日の間は地獄だってさ」

 

 ベッドに横たわっている一夏が顔をしかめながら、身体中に貼られた湿布を見る。

 戦闘後しばらくはアドレナリンの作用で痛みをそこまで感じていなかったようだが、あとになってジワジワ来はじめたらしい。

 

「そりゃあフル出力の衝撃砲を諸に浴びたんだ、むしろ軽症で済んでラッキーだぞ?」

 

 ISの絶対防御は完璧ではない。ある程度の衝撃は吸収できても、殺しきれなかった分はパイロットへ伝わるのだ。まったくこいつは……本当に無茶な事をしやがる。

 

「そうよ。アンタ下手したら死ぬ可能性だってあったのよ?」

 

「鈴の言う通りだ。エネルギーを直接取り込むためとは言え、なかなかクレイジーな行動だったぞ。まったく……」

 

「す、すみませんでした……」

 

 背中からゴゴゴゴッと響いてそうなオーラを放つ俺と鈴に叱られ、ベッドの中で小さくなる一夏。

 そんな彼の様子がどこか面白くて、俺と鈴はぷっと吹き出した。

 

「まあ後遺症も無いし、痛い事を除けば普段の生活に特に支障は無いらしいし、命に別状が無くて良かったよ」

 

 そう言ったところで、カーテンの外側に人影を見つけた。はて、誰かが見舞いに来たのだろうか。

 シャッと片手でカーテンを開ける。

 

「…………」

 

 そこに立っていたのは、バツが悪そうな顔をした箒だった。

 

「……箒?」

 

 普段の雰囲気とは違った彼女を不審に思ったのか、一夏が心配そうに声を掛ける。

 

「どうした、見舞いか?」

 

「う、うむ。見舞いもだが……その……」

 

 俺の問いにも、らしくない返事をする箒はどこかソワソワしていて落ち着きが無い。何か言いにくい事でもあるのだろうか。

 

「すまなかった」

 

 突然、箒がこちらに向けて頭を下げ、その口から謝罪の言葉が告げられた。

 

「お、おいおい、どういう事だよ」

 

「ちょっと、いきなりどうしたの?」

 

 身に覚えの無い謝罪を受けた一夏と鈴は狼狽えるが、そんな2人とは裏腹に俺は小さく「成程な」と呟く。

 

「取り敢えず顔を上げてくれ。それは……無人機との戦闘中の件か?」

 

 恐る恐るといった感じで頭を上げた箒に、確認を取るように問い掛ける。

 

「……ああ」

 

 当たりだった。

 続いて一夏と鈴も件の出来事を思い出したかのような表情を浮かべる。

 

「お前達がピットから出て行ったあと、織斑先生に『お前は自分がしでかした事の重大性を理解しているのか』と叱られてな」

 

 そりゃそうだ。あの時は一夏が無茶をしてでも無人機に攻撃を仕掛けたから間に合ったものの、もし間に合わなかったら箒はそこで気絶していた審判やナレーターと共に文字通り蒸発していたかもしれないのだから。

 

「そうだな、先生の言う通りだ。お前の行動はお世辞にも評価できるようなものじゃない。今回は一夏が意地で間に合わせたから良かったが、最悪の未来が訪れていた可能性も十二分にあり得たんだ」

 

「…………」

 

「あの時は頭がいっぱいだったんだろうが、もうあんな真似は止せよ? 冗談抜きで死ぬほど危ない状況だったんだからな」

 

「ああ。もうしない」

 

「ならば良し。織斑先生にも叱られたんだろ? ならこれ以上俺から何か言う事は無いさ」

 

 ……て言うか今さらだが、俺も命令に背いて説教を受けた身なんだから、箒に偉そうにお小言を言えるような立場じゃないよな。

 

「なあ、箒」

 

 次にベッドから半身を起こした一夏に呼ばれ、箒は彼の方に首を巡らす。

 

「あれってさ、俺の事を励まそうとしてくれてたのか?」

 

 一夏の言葉に、箒はゆっくり深く頷いた。

 

「そっか……ありがとな。けどさ、もっと自分の事を大事にしてくれよ? ウィルの言った、もしもの未来なんて俺は絶対に嫌だぞ?」

 

「そう言うアンタも十分危ない事してたけどね。ア・ン・タ・も! 自分の体をもっと大事にしなさいよ?」

 

「あはは……それを言われるとぐうの()もでないぜ……」

 

 鈴の鋭いツッコミに一夏は頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。ふと、箒の方に視線を戻すと彼女も自然な笑みを浮かべていた。

 ──さて、そろそろか?

 

「よっと」

 

 俺は勢い付けて丸椅子から立ち上がり、保健室から出る準備を始める。多分だが、もうじきセシリアもここを訪ねて来るはずだ。そして一夏を巡って新たなバトルが繰り広げられる事だろう。俺の勘がそうだと言っている。

 

「あれ? ウィル、もう行くのか?」

 

「ああ、【バスター・イーグル】の修理申請をな」

 

「修理って、お前のISって被弾してたか?」

 

「被弾って言うより、左翼端にある航行灯の一部が溶けて変形してるんだよ」

 

 そう、イーグルは直撃こそしていないものの、あの無人機から放たれたビーム砲撃の1発が翼端を掠めており、脆い部位であった航行灯が溶け落ちていたのだ。

 だがこれは、これから始まるであろう『第n次一夏争奪戦』に巻き込まれないようにするための逃げの口実でもある。

 

「まったく、あの無人機を野に放った大馬鹿野郎に文句を言ってやりたいね」

 

 わざとらしく大きな溜め息をつきながら、保健室のドアの前に立ったその時。

 

「じゃあまたあとで──」

 

 バーンッ!! と保健室の内開き式ドアが勢い良く開け放たれた。

 

「──ゴッ!?」

 

 もう1度言おう。保健室のドアが勢い良く開け放たれた。それも内開き式のものが。なんでここだけスライド式じゃないんだよIS学園(ハイテク施設)

 

「ぐ、ぐぅぉぉぉ……鼻がぁ……! ──ぐえっ!?」

 

 まるでマンガの1シーンのように顔面にキレイなクリティカルヒットを貰った俺は鼻を押さえながらヨロヨロっと後退りし、足元にあった丸椅子の存在に気付かず盛大に転けた。

 

「一夏さ~ん、具合はいかがですか? わたくしが看護に来て──あら?」

 

 ツカツカと部屋に入って来たセシリアの足が、言葉が、止まる。鼻を押さえたまま後ろのめりに転けてピクピクと痙攣する俺を見つけたからだ。

 

「ぜ、ゼジリア……お前(おばえ)……」

 

「え? あ、あの、もしかしてわたくしが……?」

 

 全てを察したセシリアは、みるみる顔を青くしていく。

 

「だ、大の男を一撃で沈めるとは……良い……センスだ……ぐふっ」

 

「ウィリアムさーーーん!!」

「ウィリアムぅーーー!!」

「ちょ、ちょっとウィル!? しっかりしなさい!」

「ウィル、返事をしろ! ウィル! ウィルぅーーー!!」

 

 俺を呼ぶ4人の声がぼんやりと聞こえてくる。って言うか一夏の台詞はいったいどこの潜入ゲームだ?

 などと考えながら、俺の意識は徐々にブラックアウトしていった。

 

 ▽

 

 学園の地下50メートル。そこはレベル4権限を持つ関係者しか入れない隠された空間。

 ウィリアムによって破壊された無人機はすぐさまそこへ運び込まれ、解析が開始された。

 

「織斑先生、無人機の解析が終わりました」

 

「ああ、山田くん。どうだった?」

 

「はい。まず、機体名称は【ゴーレムⅠ】。これは機体装甲に刻印されていたものです。製造元は不明。そして──ISではありませんでした。動力系にはターミネーター(人型航空兵器)にも使われているバッテリーの改良型と見られる物を複数搭載していたようです」

 

「そうか。あれほどの戦闘力でISではない、か……。つまり、量産できて数を揃える事もできるわけだ」

 

「いったい誰がこんな物を……」

 

「残念だが私にも分からん。だがこれを仕向けた犯人はいつか必ず、また襲撃してくるはずだ」

 

 そう言って千冬はボロボロの配線やチップが剥き出しになった無人機の残骸を睨み付ける。それは教師の顔ではなく、戦士の顔に近かった。

 

 ▽

 

「ふぅ……満足満足」

 

 夕食後、俺は腹を擦りながら自室への道を歩いていた。

 ちなみに今日のメニューはサバの味噌焼き定食だ。ここ日本に来て以来、俺はすっかり魚料理の(とりこ)になっていた。

 当初、魚料理なんてどれも生臭いだけの料理だとばかり思っていた俺だったが、一夏に(すす)められて試しに取ってみた焼き鮭定食を口に運んだ瞬間、脳内にグワアァァンッ! と銅鑼(どら)()が響き渡ったのだ。

 これを機に俺は週3~4の割合で朝昼晩のどれか2つは魚系の料理を注文するようになった。しかも、しかもだ。近々、学食の献立に新しくホッケと言う魚を使った料理が加わるらしい。これはぜひとも食べてみないとな! 今からでも待ち遠しい……ああ、いかん。さっき食べたばかりなのに涎が。

 

「……箒、用が無いから俺は寝るぞ」

 

「よ、用ならある!」

 

 まだ見ぬ新たな料理に思いを馳せながら廊下を歩いていると、曲がり角の先から一夏と箒の声が聞こえた。どうやらいつの間にか1025室の近くにまで来ていたらしい。

 

「ら、来月の、学年別個人トーナメントだが……」

 

 学年別個人トーナメント……ああ、6月末に行うやつか。確かあれは、クラス対抗戦(リーグマッチ)と違って完全に自主参加制の個人戦だったはずだ。学年別で区切られている以外は特に制限も無いそうだが……。

 

「わ、私が優勝したら──」

 

 若干距離がある状態でも分かるほど頬を紅潮させる箒。彼女は一息吸ってから……

 

「つ、付き合ってもらう!」

 

 ビシッと一夏に向けて指を差した。

 ……? 付き合うって……どこか行きたい所でもあったのだろうか。いやまあ顔真っ赤にしてるから、恐らくデートのお誘いをしているんだと思うんだが……。

 

 



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設定集

 1巻目が終わったので、幕間として設定集を挟みました。次話から2巻目に突入致しますので、もう少しお待ち下さい。


●オリ主

 

 名前:ウィリアム(William)ホーキンス(Hawkins)

 年齢:現15歳

 身長:176センチ

 体重:77キロ

 国籍:アメリカ合衆国

 容姿:限り無く黒に近い焦げ茶色の頭髪と同色の瞳を持つ。空軍への入隊志望があったので普段から体は鍛えており、ガッシリした体格をしている。

 

 元ベテランのファイターパイロット(戦闘機乗り)

 前世では不運にも自身の真正面で破片弾頭型のミサイルが炸裂した事で致命傷を受けてしまい、コックピット内で息を引き取る。しかし次に目を覚ました時、まったく知らない世界でなぜか乳幼児にまで若返っていた。

 人柄は良く、基本誰に対しても友好的である反面、侮辱的な態度・行動を取ってくる相手には侮辱で返す性格。

 

 現在世界に2人だけの男性IS操縦者であるウィリアムは、彼自身を守るために特別措置としてアメリカ合衆国空軍所属という事になっており、少尉(しょうい)の階級を与えられている。もちろんだが給金も出ている。

 

 

 

●オリIS

 

 機体名称:バスター(Buster)イーグル(Eagle)

 世代:第2世代型

 製造元:ウォルターズ・エアクラフト社

 

 

○機体諸限

 

 重量:1.7トン

 全高:3.2メートル

 全幅:2.8メートル

 最高速度:2,450キロ毎時

 巡航速度:918キロ毎時

 実用上昇限度:17,955メートル(ジェットエンジンの使用を前提とした場合)

 

 

○搭載装備

 

 ・単砲身30ミリ機関砲『ブッシュマスター』

【バスター・イーグル】の固定兵装。右腕に接続されている。

 ガトリング砲やリヴォルヴァーカノンではなく、古典的な単砲身反動利用式の機関砲で、複雑な機構を持たないため非常に軽量な事が特徴。

 毎分1,800発の発射速度を誇るが、以外にも命中精度が高い。

 砲身冷却には水冷式を採用しており、砲身の周りを円筒形の水タンクが覆っている。発砲時に気化した水が砲身内部を通り、熱と共に放出される仕組み。そのため、発砲時には砲口から発砲煙などと共に水蒸気を噴く。

※ブッシュマスター…クサリヘビ科ブッシュマスター属に分類される毒蛇。運動力に優れ、マングースと戦わせてもほとんど勝てるとまで言われている。

 

 ・空対空ミサイル『MSL』

 現役のターミネーター(人型航空兵器)にも搭載されている物を使用。熱源追尾方式を採用しており、ロックして発射したあとは目標に命中するか、見失うまでミサイル自身が自立して誘導を続ける。

 

 ・8連装無誘導ロケット弾『ハイドラ』

 文字通り8連式の無誘導ロケットを発射する対地兵装。1発の威力は差ほど高くないが、これを集中的に連射されると主力戦車やISでもタダでは済まない。──が、ロケット本体の重量が比較的軽量なため、遠距離では命中精度に難あり。

 こちらもターミネーターや攻撃ヘリコプターに搭載されている物を使用。

※ハイドラ…ギリシア神話に登場する多頭の蛇の怪物。元の語源はヒュドラー。

 

 ・対IS用近接ナイフ『スコーピオン』

【バスター・イーグル】の左大腿部の装甲内部に格納された近接ナイフ。単に切断すると言うより、力で無理やり叩き切るの方が正しい。近接戦闘に陥った際の気休め装備。

 

 ・『チャフ・フレア・ディスペンサー』

 バスター・イーグルの後部──テールコーンの上面と下面に設けられた、対ミサイル対抗装置。

 チャフはレーダー誘導式ミサイルを。フレアは熱源誘導式ミサイルの回避に用いられる。

 

 ・『ドラッグシュート』

 機体の非常制動時に用いられるパラシュート。テールコーンに格納されており、必要次第で展開から切り離しまで操作可能。ちなみにウィリアムは、以前これを使ってとんでもない作戦を行っている。

 

 

 アメリカ合衆国空軍とウォルターズ・エアクラフト社が共同で開発した全身装甲(フルスキン)の大型IS。

 濃淡2色の灰色を使用した制空迷彩を全体的な機体色としているが、ヘッドギアにはシャークマウスのノーズアートが施されている。

パッケージ交換や追加装備無しでの音速突破能力(およ)び重武装能力』を追及した結果、ISにジェットエンジンを2基搭載するという開発スタッフ達の暴挙の末に誕生した。

 しかし、ジェットエンジンを搭載した事によって自力での音速突破は難なく成功。加えて莫大な推力と拡張領域(バススロット)の恩恵を受けて重量物(主に武装類)の搭載能力もかなり高く、最高速度に関しては他のISを軽く引き離し、高火力まで得ているので頭ごなしにゲテモノだとは言い切れない。

 なお、ジェットエンジン搭載等に際して大型・大重量化した機体に比べ、PIC*1が貧弱である。そのため、『ジェットエンジンを始動しなければ満足に飛べない』・『そのエンジン始動に1分程度の時間を要する』などの弊害(へいがい)も存在する。

 

 全高3.2メートル、重量1.7トンとかなり大型な機体だが、4対8枚の動翼――カナード・主翼・水平尾翼・垂直尾翼――と3次元推力偏向ノズル、低出力ながらPICの補助による機動力は高水準。

 

 

●ターミネーター

 

 ISが女性にしか反応しない事と、ISの軍事利用禁止などが締結された条約──通称『アラスカ条約』に縛られずに運用ができる兵器を求めて開発された人型航空兵器の総称。

 コアを必要としないので、ISと違って量産が安易である反面、性能では劣る。しかし、パイロットの技量や場合によってはISと十分渡り合えるものも存在する。

 これらにも推進にはジェットエンジンを用いており、自力での音速突破が可能。

 このターミネーターという名称だが、これはISが女性にしか扱えない事によって増長を始めた女尊男卑の思想を『終わらせる者』という意味が込められている。

 

 余談だが、ターミネーターは機体形状・主翼・尾翼などの配置の都合上、何らかの理由で仰向けに転倒してしまった場合、自ら起き上がる事が困難というお茶目な(?)欠点を持つ。

 

 

 

 

 

*1
パッシブ・イナーシャル・キャンセラー…慣性を無くしたかのような現象を起こす装置。ISの飛行における加減速などを担っている。



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13話 重装巨砲主義のすゝめ

 6月頭、日曜日。

 今日、一夏は久方ぶりに中学の頃の友人と会う約束があったらしく外出中。つるむ相手のいない俺は特にやる事も無かったので、自室にて家から持ち込んだゲーム機で遊んでいた。

 ちなみにこのIS学園、各部屋にテレビが1台設けられているので、据え置きゲーム機を繋げる事もできる上、オンライン環境もきっちり整っているのだ。さすがは国立施設。

 

「うおっ!? ちょっ──!?」

 

 チュドーン! 『トリガーが墜ちた!』

 

 現在俺がやっているのは某空戦ゲーム。カセットの発売は少し前だが、そんな事は関係無く遊べる代物だ。

 

「クッソ……何度やってもここでやられる」

 

 コントローラーをテーブルに置き、椅子の背もたれに体を沈める。

 

「やっぱり、Su-30の5機編隊を相手にF-4で向かうのは無謀が過ぎたか」

 

 しかも難易度はACE(最高難易度)モード。もうこれで何度目か分からない被撃墜だが1度この機体で始めた以上、今さら別の機体に変える気にはなれない。こうなんと言うか……ここで別の機体に乗り換えたら、それこそ負けた気がするのだ。

 

「よし、コンティニュー(再戦)といくか!」

 

 そう言ってコントローラーを手に取り、画面に浮かぶ『Continue』にカーソルを合わせて◯ボタンを押そうとしたその時。

 

 ~~♪

 

「ん、電話?」

 

 充電器に挿していた携帯電話から着信メロディーが鳴った。……あれ、この電話番号ってもしかして……取り敢えず着信メロディーが鳴りっぱなしなのも悪いな。

 充電器を外し、画面の通話マークをタッチしてから耳に宛がった俺は

 

「はい、お電話取りました。ホーキンスです」

 

ぶるああ──

 

 ピッ♪

 

 即座に通話を終了した。

 

「……ふぅ」

 

 よし、ひとまず落ち着こう。開口一番に謎の奇声を上げるようなアメリカ空軍ティンダル基地司令の中将なんて俺は知らない。オーケー? と、心の中で自分にそう言い聞かせていると、また着信メロディーが鳴る。

 

「……はい、お電話取りました。ホーキンスです」

 

《いきなり切るなんてぇ酷いじゃないか、ホーキンスくぅん》

 

「いきなり耳元で奇声を上げられたら誰だってそうなりますよ、中将」

 

 この某日本の国民的日曜アニメに出てくるタラコ唇のキャラに似た特徴的な口調で話す人物は、デイゼル・ガトリング中将。アメリカ合衆国空軍ティンダル基地の司令を務める人である。

 

《何を言うかねぇ。これは我々ぇ『重装巨砲主義』の中ではぁ、ただの挨拶ではないかぁ》

 

 いや、どんな挨拶だよ。

 

「自分はそのような組織に属した覚えは無いのですが……」

 

 今の会話から分かるように彼はとてもフレンドリーな人物で様々な階級の将兵達にも慕われる存在だ。

 そして、さらっと出てきた『重装巨砲主義』という単語だが、これはガトリング中将が勝手に布教活動をしている宗教組織のようなもので、『デカイ砲と大量の兵器を搭載する事はロマンである』が謳い文句である。組織規模は小さい──というわけでも無いらしい。

 ちなみに、ティンダル基地内では叔父のトーマス・ホーキンス大佐と彼が率いる者達によって宗教弾圧を受けている。……これで良いのか、アメリカ空軍。

 

《忘れたとは言わせないぞぉ、ホーキンスくぅん。あの日、我々は血の(さかずき)を交わした同志だろぉう?》

 

 血の盃って……もしかしてあのトマトジュース(・・・・・・・)の事か? あれは俺が戦闘訓練を始めたばかりの頃。ガトリング中将に呼び出された俺は、いきなりトマトジュースを手渡されたのだが……あれってそういう意味だったのか。騙し討ちじゃねえか。詐欺商法だよ、それ。

 

「はぁ……もう良いです。しかし、中将自らお電話とはいったいどういう事でしょうか? 何か急を要する事が?」

 

《うむ。──今回は君に頼みがあってね。引き受けてくれるかね?》

 

 真剣な声のガトリング中将に触発されて、俺も自然と背筋を伸ばしていく。

 

「はっ、自分にできる事であれば」

 

《良い返事だぁ。それでぇその頼みというのはぁ新兵装のぉ試験運用をしてもらいたいのだよ》

 

 試験運用だって……? 何だろう、どうも嫌な予感がするんだが。

 

「どのような兵装でしょうか?」

 

《40ミリオートキャノン『ブラックマンバ』というぅ機関砲だぁ》

 

「はい。…………はい?」

 

 おい、今おかしな言葉が聞こえたぞ。40ミリ? オートキャノン?

 

「中将、失礼ですが今のもう1度よろしいでしょうか?」

 

 うん、きっと聞き間違いだ。そうに違いない。40ミリオートキャノンだなんて、そんなガンシップ(対地専用攻撃機)にも積んでないような代物を寄越してくるはずないもんな! ははっ。

 

《40ミリオートキャノンだぁ》

 

「…………」

 

《40ミリ──》

 

「いえ、もう結構です。しっかり聞き取れました」

 

 聞き間違いであって欲しかったよ……。って言うか40ミリオートキャノンなんて俺のISにどうやって載せろっていうんだよ!?

 この中将、前にもこれに近い事をしようとしたためしがある。彼は以前30ミリガトリング砲(アヴェンジャー)を無理やりガンポッドに詰めて【バスター・イーグル】の両主翼に取り付けようとした前科があるのだ。

 

 1つ言っておくが、アヴェンジャーは全長6.4メートル。重量は砲本体と給弾機構、モーターなどを含めて1トンを超える。

 

 閑話休題。

 

「中将、いくらなんでもそれは……」

 

《安心したまえぇ。以前のアヴェンジャーは失敗だったがぁ、あれと比べればかぁなり軽量だぁ》

 

「いや、そういう問題では──」

 

《見つけましたよ! ガトリング中将!》

 

 突如、スピーカーからバーンッ! と勢い良くドアを開ける音と聞き覚えのある声が響いた。

 

《なっ!? ほ、ホーキンス大佐、なぁぜここにぃ!?》

 

 やっぱり、この声は伯父のものだったか。あの人も苦労してるんだな……。

 

《あんな大音量で叫んでたら1発で分かります! それより総員、直ちに中将を拘束せよ!》

 

《 《 《 はっ! 》 》 》

 

《な、何をするか!》

 

 ドタバタとスピーカーから中将やその他トーマス派の将兵達の暴れる音が聞こえる。

 

「えぇ……何このカオス」

 

 しばらく待っていると電話の向こう側が静かになった。どうやら決着がついたらしい。

 

《大佐、中将の拘束が完了しました》

 

《ふっ、ふふはははは!! 残念だったな大佐ぁ!! 40ミリオートキャノンは既に学園に送ったあぁとだぁ!!》

 

 ちょっ、ちょっと待て! 俺の意思に関係無くもう送ったあとなのか!?

 

《……連れて行け》

 

《 《 《 イエッサー 》 》 》

 

 ガチャッ、バタン。拘束されたガトリング中将は部屋から連れ出されて行った。……信じられるか? これで基地司令なんだぜ? もうどっちが上官か分からねえよ。

 

《ふぅ。スマンなウィリアム。彼は良き軍人なのだが、いかんせん仕事そっち退けで信者を増やし続けていてな。こっちも手を焼いているんだ》

 

「はぁ……察するよ、伯父さん」

 

《ありがとう。ああそうだ、さっき言ってたオートキャノンもだが、改良型のエンジンが今日付けで学園に到着するはずだ。忙しいとは思うが、早めに換装しておいてくれ》

 

「了解」

 

《うむ、それじゃあな。久方ぶりに声が聞けて良かったよ》

 

「そっちも元気そうで何よりだよ」

 

 最後に「それじゃあ」と言って電話を切り、部屋を出る準備を始める。

 

 コンコンコン

 

「ホーキンスくん、アメリカからあなた宛にISの装備が届きましたよ」

 

 小気味良く叩かれたドアの向こう側から聞こえたのは、山田先生の声だった。まるで示し合わせたかのようにピッタリなタイミングだな。

 

「今行きます」

 

 このあとはエンジン換装と例のオートキャノンとやらの量子変換、試験飛行に試験射撃と忙しくなりそうだ。

 

「はぁ、まったく最高だよ……」

 

 靴を履き終えた俺はそう皮肉を零しながら、自室をあとにした。

 

 




 あの独特の口調って、いざ文章にしようとすると途端に難しく感じる……。


・40ミリオートキャノン『ブラックマンバ』
 アメリカから送られて来た40ミリ口径の単砲身機関砲。
 30ミリよりさらに巨大な40ミリという大口径砲弾を毎分600発で発射する。口径は大きいが、30ミリガトリング砲と比べると砲自体はこちらの方が大きさも重量も下回る。

【皆さんのISにも、おひとついかがですか?】

※ブラックマンバ…コブラ科マンバ属に分類される毒蛇。口内が黒い事からこの名前がつけられた。


 ━おまけ━

「アヴェンジャーは30ミリ口径です。バルカン砲じゃありません。あれは20ミリ口径です。しばし誤解を生みましたが、今や巻き返しの時です」

「アヴェンジャーは好きだ」

「アヴェンジャーがお好き? 結構、ではますます好きになりますよ。さあさ、どうぞ。アヴェンジャーのニューモデルです。素晴らしいでしょう? ああ、おっしゃらないで。重量は車1台分以上と過大。でも他の航空機関砲なんて見掛けだけで、口径が小さいし、破壊力が足りないわ、ロクな事はない。装弾数もたっぷりありますよ。どんなトリガーハッピーの方でも大丈夫。どうぞ発射してみて下さい」

「…………」

 ヴァアアアアアアアアッ!!

「良い音でしょう? 余裕の音だ。発射速度が違いますよ!」

「1番気に入っているのは……」

「なんです?」

「火力だ」

「「「ヒャッハーー!!」」」

 ……これで良いのか、アメリカ空軍



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14話 最悪の出会い(ワーストコンタクト)

 ようやく金銀メンバーの登場です。


「やっぱりハヅキ社製のが良いなぁ」

 

「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

 

「そのデザインが良いの!」

 

「私は性能的に見てミューレイのが良いかなぁ。特にスムーズモデル」

 

「あー、あれねー。モノは良いけど、高いじゃん」

 

 月曜日の朝。クラス中の女子がワイワイと賑やかに談笑をしていた。みんな手にカタログを持ち、あれやこれやと意見交換をしている。

 

「そう言えば織斑くんとホーキンスくんのISスーツってどこのやつなの?」

 

「あー。特注品だって。男物のスーツは無いから、どっかのラボが作ったらしいよ。えーと、元はイングリッド社のストレートモデルって聞いてる」

 

「俺のも特注品なんだが、純粋なISスーツってわけじゃないんだよ」

 

「どういう事?」

 

 俺の言葉を聞いて、頭上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げるクラスメイト達。そりゃまあ当然の反応だな。

 

「俺のスーツは軍用航空機のパイロットが着用してる耐Gスーツを改造したやつでな。だがこれのおかげで無茶な機動を連発しても空の上で気絶する事はないってわけさ。元はクルーガー・エンジニアリング社って言うところのやつなんだが、君達は聞いたこと無いんじゃないかなぁ」

 

 ここでその会社の説明を始めたらISとは明後日の方角の話になってしまうので、割愛して簡単に説明する。

 ちなみにISスーツというのは文字通りIS展開時に体に着ている特殊なフィットスーツの事。このスーツが無くてもISを動かす事自体は可能だが、反応速度が鈍るらしい。

 

「ISスーツは操縦者の動きをダイレクトに各部位へ伝達する手助けをし、それによってISは必要な動きを行います。また、このスーツは耐久性に優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止める事ができます。あ、衝撃は消えませんのであしからず」

 

 スラスラと説明をしながら現れたのは山田先生だった。って言うか、改めて聞くとISスーツってスゲェよな。あんな薄っぺらい生地のくせしてピストル程度なら受け止めれるとか。

 

「山ちゃん詳しい!」

 

「一応先生ですから。……って、や、山ちゃん?」

 

「山ぴー見直した!」

 

「今日が皆さんのスーツ申し込み開始日ですからね。ちゃんと予習して来てあるんです。えへん。……って、や、山ぴー?」

 

 女子達から好き勝手な呼び名を付けられる山田先生。実は今日が初めてではなく、入学から大体2ヶ月ほどで、彼女には8つくらい愛称がついていた。きっと慕われている証拠なのだろう。

 

「あのー、教師をあだ名で呼ぶのはちょっと……」

 

「えー、良いじゃん良いじゃん」

 

「まーやんは真面目っ子だなぁ」

 

「ま、まーやんって……」

 

「あれ? マヤマヤの方が良かった? マヤマヤ」

 

「そ、それもちょっと……」

 

「もー、じゃあ前のヤマヤに戻す?」

 

 俺もウィルって愛称があるけど、さすがにヤマヤは無いんじゃないか? 日本人の感性は知らんが、そいつはちとセンスが悪いと俺は思う。

 

「あ、あれはやめて下さい!」

 

 珍しく語尾を強くして山田先生が拒絶の意志を示す。前に呼ばれてた時も同じ反応をしてたが、何かそのあだ名にトラウマでもあるんだろうか。

 

「と、とにかくですね。ちゃんと先生とつけて下さい。分かりましたか? 分かりましたね?」

 

 はーい、とクラス中から返事が来るが、生返事なのは確かだ。今後も山田先生の愛称は続々と増えていくだろう。

 

「諸君、おはよう」

 

「「「お、おはようございます!」」」

 

 それまでザワザワとしていた教室に一瞬でピシッと緊張が走る。見方によっては、ここだけ軍隊か? とも思えてしまう。1組担任織斑 千冬先生の登場だ。

 立てば軍人、座ればサムライ、歩く姿は二足歩行戦車のよう──などと口にした瞬間に俺はこの世から消されてしまうだろう。

 

「(む? 服装が前と替わっているな)」

 

 色は黒でタイトスカートと見た目は大して変化していないが、少し生地が薄くなっていて涼しそうだ。そう言えば学年別トーナメントが今月下旬で、それが終わると生徒もそこから夏服に替わるらしい。そろそろ気温も上がり始めたし、俺も早く夏服に着替えて身軽になりたいもんだ。

 

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人(かくじん)気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れた者は代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それも無い者は、まあ下着で構わんだろう」

 

 は? いやいやいやいや! それは構って下さいよ! と、俺以外にも思ったクラスメイトは絶対にいるはずだ。男の俺と一夏がいるのに下着はまずいだろう下着は。

 余談だが専用機持ちの特権である『パーソナライズ』を行うと、IS展開時にスーツも同時に展開される。着替える手間が省けて非常に楽だ。ちなみにその時着ていた衣服は1度素粒子レベルにまで分解されてISのデータ領域に格納されるらしい。ただし、このISスーツを含むダイレクトなフォームチェンジはエネルギーを消耗するため、緊急時以外は普通に着替えてISを展開するのがベターなのだ。

 

「では山田先生、ホームルームを」

 

「は、はいっ」

 

 連絡事項を言い終えた織斑先生が山田先生にバトンタッチする。その時ちょうど眼鏡を拭いていたらしく、慌てて掛け直す姿がワタワタとしている仔犬のようであった。

 

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも2名です!」

 

 む? また転校生だと……? 鈴も含めてやけに転校生が多いな。

 国からの推薦が無いと転入はできないはずのIS学園。つまり、その2人の転校生は代表候補生クラスの人間なのだろう。

 

「「「えええええっ!?」」」

 

 いきなりの転校生紹介にクラス中が一気にザワつく。そりゃそうだ。この三度の(メシ)より噂好きの10代乙女、その情報網をかいくぐっていきなり転校生が現れたのだから驚きもする。しかもそれが2人ときたのだから、当然驚きも2倍だろう。

 

「(て言うか、なぜこのクラスに集中させる……? 2人いるのなら、普通は分散させるもんじゃないか?)」

 

 そんな事を考えていたら、教室のドアが開いた。

 

「失礼します」

 

「…………」

 

 クラスに入って来た2人の転校生を見て、ざわめきがピタリと止まる。

 この反応も頷けよう。俺だって、それまでの思考を全て放棄して目を丸くしている。

 なぜなら、その内の1人が──男子だったのだから。

 

 

 

 

 

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

 転校生の1人、デュノアくんはにこやかな顔でそう告げて一礼する。

 呆気にとられたのは俺や一夏を含めてクラス全員がそうだった。

 

「お、男……?」

 

 誰かがそう呟いた。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方が2人いると聞いて本国より転入を──」

 

 人なつっこそうな顔。礼儀正しい立ち振舞いと中性的な顔立ち。髪は濃い金髪。黄金色のそれを首の後ろで丁寧に束ねている。華奢な体格は簡単に折れてしまいそうなほどスマートで、『あれは女子だ』と言われれば納得できてしまうほどだ。

 印象としては、誇張ではなく『貴公子』といった感じで、特に嫌味の無い笑顔が眩しい。

 

「きゃ……」

 

「はい?」

 

「「「きゃああああああーーーっ!!!」」」

 

「(!?!?!?)」

 

 騒音問題に発展するほどの大音量を発するジェットエンジンすら凌駕する黄色い叫び声が俺の耳を襲い、脳を震わせる。ぐ、ぐぉぉ……耳がぁぁ……!?

 

「男子! 3人目の男子!」

 

「しかもウチのクラス!」

 

「美形! 守ってあげたくなる系の!」

 

「地球に生まれて良かった~~~!」

 

 うん、みんな元気だね。元気過ぎて俺の耳が大破寸前だよ……。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

 面倒くさそうに織斑先生がボヤく。仕事がというより、こういう10代乙女の反応が鬱陶しいのだろう。

 

「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから~!」

 

 3人目(デュノアくん)のインパクトが強すぎて影に隠れているようだが、俺は確かにもう1人の転校生を目で捉えていた。

 輝くような銀髪。ともすれば白に近いそれを、腰近くまで長くおろしている。きれいではあるが整えている風はなく、ただ伸ばしっぱなしという印象のそれ。しかし何より目を引いたのが、左目の眼帯だった。医療用の物ではない、本物の黒眼帯だ。そして開いた方の右目は瞳に赤い色を宿しているが、その温度は限り無くゼロに近い。

 身長はデュノアくんと比べて明らかに小さく、俺の胸ぐらいの高さしか無い。小柄な体格をしてはいるが、その身に纏う雰囲気は、まさに『軍人』だった。

 

「………………」

 

 当の本人は未だに口を開かず、腕組みした状態で教室の女子達を下らなそうに見ている。しかしそれもわずかな事で、今はもう視点をある一点……織斑先生にだけを向けていた。

 

「……挨拶をしろ、ラウラ」

 

「はい、教官」

 

 いきなり佇まいを直して素直に返事をする彼女に、クラス一同がポカンとする。対して、異国の敬礼を向けられた織斑先生はさっきとはまた違った面倒くさそうな表情を浮かべた。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」

 

「了解しました」

 

 そう答えてピッと伸ばした手を体の真横につけ、足を(かかと)で合わせて背筋を伸ばす少女。どう見ても軍人か軍関係者にしか見えない。(それが小柄な少女というのが違和感満点だが……)

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「「「………………」」」

 

 クラスメイト達の沈黙。続く言葉を待っているのだが、名前を口にしたあと、彼女──ボーデヴィッヒさんは一言も話さない。……入学初日の一夏と同じく緊張で次の言葉が出ないのだろうか?

 

「あ、あの、以上……ですか?」

 

「以上だ」

 

 空気にいたたまれなくなった山田先生ができる限りの笑顔でボーデヴィッヒさんに訊くが、返ってきたのは無慈悲な即答だけ。そんな彼女の冷たい反応に山田先生は今にも泣きそうな表情を浮かべた。

 

「──っ! 貴様が……!」

 

 ふと、一夏と目が合ったボーデヴィッヒさんは目尻を吊り上げてツカツカと彼の元へと歩いて行き、右手を振り上げた。握手が目的なんかじゃない。あれは……一夏の頬に平手打ちしようとしているのだ。

 

「っ!?」

 

 遅れて気付いた一夏が慌てて身を引こうとしているが間に合わない。

 

「──馬鹿な真似はやめておけ」

 

 そんな言葉が俺の口を()いて出ていた。意図したものではないそれは、室内に低く響き渡る。

 

「……ウィル?」

 

「……なんだ貴様は」

 

 一夏は半ば体を仰け反らせた姿勢で目を丸くし、ボーデヴィッヒさんからは絶対零度にも近い視線を向けられ、クラスメイトからの視線も続々と俺に向いていく。

 

「その手をどうするつもりだった? 一夏の頬を張るつもりだったんだろう? だからやめろと言ったんだ」

 

 ボーデヴィッヒさんの右眉が、わずかだがピクリと持ち上がった。……図星か。

 

「貴様には関係の無い事だ。部外者は引っ込んでいろ」

 

 小柄な体格には似合わないほど低く、どこまでも冷たい声音。

 

「悪いが、友人が目の前で盛大に頬を張られようとしているのに黙って見過ごす気にはなれんな。それともなにか? 君の国では初対面の人間を殴る風習があるのか? それなら素直に謝ろう。他国の知識には(うと)くてな」

 

 こちらを鋭く睨み付けてくるボーデヴィッヒさんを睨み返しながら、皮肉も混ぜて言い返す。

 

「……ボーデヴィッヒ、転入初日から騒ぎを起こすな。分かったな?」

 

「申し訳ありません。……織斑 一夏、貴様にこれだけは言っておく。貴様があの人の弟であるなど、私は断じて認めない。よく覚えておけ」

 

 そう吐き捨てるように言い残し、スタスタと一夏の前から離れたボーデヴィッヒさんは俺の列の後ろにある空席へと向かう。

 真横を通過する際に一睨みしてきた彼女は席に座ると腕を組んで目を閉じ、微動だにしなくなった。

 

「あー……ゴホンゴホン! ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第2グラウンドに集合。今日は2組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 

 パンパンと手を叩いて織斑先生が行動を促し、今のボーデヴィッヒさんとのやり取りについて行けず呆気にとられていたクラスメイト達が慌ただしく動き始める。

 

 これが、俺と彼女の初対面(ファーストコンタクト)ならぬ最悪の出会い(ワーストコンタクト)であった。

 しかしまさか、のちにあのようなことになるとは……。今の俺には到底想像もつかなかった。

 

 

 

 

 

 

「(ラウラ・ボーデヴィッヒ……名前からしてドイツかそこいらの人間だとは思うが、一夏とどういう関係なんだ? 彼女の言葉から察するに初対面のはずだが……)」

 

「織斑、ホーキンス。デュノアの面倒を見てやれ。同じく男子だろう」

 

 先程の事件を振り返って物思いに耽りながら席を立ったところで織斑先生に呼び止められた。おっとそうだった。デュノアくんはここに来たばかりだったな。

 

「君達が織斑くんとホーキンスくん? 初めまして。僕は──」

 

「ああ、待った。今は移動が先だ。女子が着替え始めるから」

 

「一夏の言う通り自己紹介は後回しにしよう。それに、そろそろ来るはずだ。捕まる前に急ごう」

 

 一夏がデュノアくんの手を取る。それを確認した俺は「行くぞ」と言って足早に教室を出た。

 

「取り敢えず男子は空いてるアリーナ更衣室で着替え。これから実習のたびにこの移動だから、早めに慣れてくれ」

 

「そもそも男がこの学園で生活する事を視野に入れていなかったからな。まあなに、すぐ慣れるさ。俺と一夏がそうだったからな」

 

「う、うん……」

 

 ん? どうも教室を出た辺りからそわそわして落ち着きが無いな。

 

「トイレか? それなら確か近くにあったはずだけど」

 

「ああ、業者用のやつが1ヶ所だけな。そこを右に曲がって突き当たりだがどうする?」

 

 一夏の言葉に対する補足として、指を動かしてトイレまでの道のりを説明する。普段からお世話になってるからな。ここからなら目を瞑ってでも行ける。

 

「トイ……っ違うよ!」

 

「そうか。それは何より」

 

「一夏、この階段を下って1階だ。速度を落とすとまずいぞ」

 

 そう、俺達はここで速度を落とすわけにはいかないのだ。なぜなら──

 

「ああっ! 噂の転校生発見!」

 

「しかも織斑くんとホーキンスくんと一緒!」

 

 シット! もう見つかっちまったか……! 早速各学年各クラスから情報先取のための尖兵(せんぺい)が駆け出してきている。捕まったら最後、質問攻めの挙げ句授業に遅刻、鬼将軍こと織斑先生の楽しい楽しい特別カリキュラムが待っているのだ。それだけはなんとしてでも回避しなくては。

 

「いたっ! こっちよ!」

 

「者ども出会え出会えい!」

 

「ジェントルマンがこんなに集まるとは、壮観ね」

 

 おい、今の『者共出会え』って確か日本の時代劇とかいうやつに出てくる台詞じゃなかったか? それと最後の女子、君はいったいどこのパステルナーク少佐だ。

 

「織斑くんの黒髪やホーキンスの焦げ茶色の髪も良いけど、金髪っていうのもアリね!」

 

「しかも瞳はアメジスト!」

 

「きゃああっ! 見て見て! あの2人! 手! 手繋いでる!」

 

「日本に生まれて良かった! ありがとうお母さん! 今年の母の日は河原の花以外のをあげるね!」

 

 えぇ……今年以外もちゃんとしたプレゼントあげろよ。

 

「な、なに? 何でみんな騒いでるの?」

 

 状況が飲み込めないのか、デュノアくんは困惑顔で一夏に訊ねる。

 

「そりゃあ男子が俺達3人だけだからだろ」

 

「……?」

 

 一夏の言葉に「意味が分からない」といった表情を浮かべるデュノアくん。 なんでそんな顔をするんだ? 自分もその男子の内の1人だろうに。

 

「デュノアくん、俺達は世にも珍しいISを操縦できる男なんだ。そして、それは今のところ君を含めて俺と一夏の3人しかいない。解るか?」

 

「あっ! ──ああ、うん。そうだね」

 

「それとアレだ。この学園の女子って男子と極端に接触が少ないから、ウーパールーパー状態なんだよ」

 

 ウーパー……ルーパー……?

 

「一夏、ウーパールーパーってなんだ?」

 

「20世紀の珍獣。昔日本で流行ったらしいぜ」

 

「へぇ」

「ふぅん」

 

 そんな生き物がいたのかと、俺とデュノアくんは揃って声をあげる。っとまあ、その話は置いといて、今はこの包囲網を突破する方が先だ。上空の支援機! 今すぐ近接航空支援(CAS)を頼む! ……なんてな。

 

「しかしまあ、助かったよ」

 

「何が?」

 

「いや、やっぱ学園に男2人はつらいからな。何かと気を遣うし。3人ってのは心強いもんだ。なあウィル?」

 

「だな。このままだと、いずれは胃薬の世話にでもなるんじゃないかと思ったぐらいだ」

 

「そうなの?」

 

 そうなのって……まあ、そんな経験をした事が無いからこその言葉だろうが……安心しろ、君もその内すぐに分かるさ。

 

「ま、何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑 一夏。一夏って呼んでくれ」

 

「俺はウィリアム・ホーキンスだ。気軽にウィルと呼んでくれ」

 

「うん。よろしく一夏、ウィル。僕の事もシャルルで良いよ」

 

「分かった、シャルル」

 

「これからよろしくな、シャルル」

 

 さて、どうにか群衆に捕縛される前に校舎から出る事ができたな。あとは足を止める事なく更衣室へ──

 

「見つけたわ!」

 

 げっ!? こんな所まで追ってきた!

 

「捕まえて質問攻めの刑よ!」

 

「縄持って来たよ、縄!」

 

「ふひひっ、3人まとめてお持ち帰りよ……」

 

「「「 」」」

 

 おいおい、なんか目が異常なほどギラついてるぞ、本当に質問だけなのか? なんで縄まで持ち出してる!!?

 

「クソッ! 更衣室まであと少しだってのに……!」

 

「ど、どうするの!?」

 

 悔しそうに歯噛みする一夏と、ワタワタと慌てるシャルル。やむを得ん、一か八かやってみるか。

 

「一夏、シャルル、少し待っててくれ」

 

 そう言って、俺は迫り来る女子達の前に踏み出す。

 

「ふふふ、ようやく諦めたわね。さあ、神妙にお縄につきなさい!」

 

「まあ、少し落ち着いてくれ。俺はどこにも逃げたりは……」

 

 喰らえ! 必殺!

 

「──ああっ!! あれはなんだあ!?」

 

「「「?」」」

 

 ズビシッ! と俺が指差す先には何も無い真っ青な空。しかし女子達は俺の演技に引っ掛かったのか、反射的にその指先へと振り向いた。

 

「……オーケー、今の内に行くぞ」

 

 背後で唖然としている一夏とシャルルの肩に手を置いて移動を促す。俺達はコソコソと隠れるようにその場をあとにした。

 ……もっと凄いのが出ると思ったやつには悪かったな。

 

「よぅし、到着だ!」

 

 いつも通り圧縮空気が抜ける音を響かせ、ドアが斜めにスライドして開く。第2アリーナ更衣室、無事到着というところだ。

 

「うわ! 時間ヤバイな! すぐに着替えちまおうぜ!」

 

「おっと、確かにギリギリだな。急いだ方が良さそうだ」

 

 時計を見ると授業開始ギリギリ前だった。と言うか俺のISスーツって着るのに少し時間が掛かるから、なおのこと急がないとな。

 とにかく俺達は急いでいたので、言いながら制服のボタンを一気に外す。それをベンチに放り投げて一呼吸でシャツも脱ぎ捨てた。

 

「わ、わあっ!?」

 

「「?」」

 

 いったいどうした?

 

「荷物でも忘れたのか? って、なんで着替えないんだ? 早く着替えないと遅れるぞ。シャルルは知らないかもしれないが、ウチの担任はそりゃあもう時間にうるさい人でなあ」

 

 神妙な顔をする一夏の横でISスーツを取り出しながら、俺もうんうんと頷く。

 

「う、うんっ? き、着替えるよ? でも、その、あっち向いてて……ね?」

 

「??? いやまあ、別に着替えをジロジロ見る気は無いけど……」

 

「俺達に野郎の着替えを見て喜ぶような趣味は無いさ」

 

 と軽口を叩きながらシャルルから視線を外した俺は、ISスーツに足を通して腰まで上げる。

 

「まあ、何でも良いけど本当に急げよ。初日から遅刻とかシャレにならない──というか、千冬姉はシャレにしてくれないぞ」

 

「ああ、まったくだ。マジで急がないと転入初日から地獄を見る事になるぞ」

 

 2人揃って身震いしたところで、背中に視線を感じた俺達は同時にシャルルに視線を向けた。

 

「シャルル……」

 

「シャルル、お前……」

 

「な、何かな!?」

 

 シャルルはこっちにちょっと向けていた顔を慌てて壁の方にやって、ISスーツのジッパーを上げた。

 

「着替えるの超早いな。なんかコツでもあんのか?」

 

 そう、シャルルは今のジッパーを上げる作業をもって完全に着替えが完了していたのだ。なんというワザマエ! 俺も教えてもらいたいが、そもそもスーツの作りが違うためどうしようも無い。訓練の日は制服の下に着込むという手段も考えたが、ゴツいが故にその方法も取れない。大人しく更衣室で着替えるしかないのだ。

 

「い、いや、別に……って一夏はまだ着てないの?」

 

 俺はスーツのジッパーは上げ終え、あとは耐Gズボンと耐Gベストの固定具合を確認するだけなのだが、一夏はといえばズボンと下着を脱いでISスーツを腰まで通したところで止まっていた。

 

「これ、着る時に裸っていうのがなんか着づらいんだよなぁ。引っ掛かって」

 

「ひ、引っ掛かって?」

 

「おう」

 

「……………」

 

 一夏の言う事は分かるが、それは男である以上仕方ない事だ。しかし気のせいだろうか、シャルルがカーッと顔を赤くしている。そんなに恥ずかしがる事か?

 

「よっ、と。──わりぃ、待たせた」

 

「よし、さっさと行くぞ。遅刻したら大目玉だ」

 

「う、うん」

 

 着替えを終えて更衣室を出る。グラウンドに向かう途中、不意に一夏が俺を見て口を開いた。

 

「毎回思うけど、ウィルのISスーツってほんと変わってるよな。どっちかって言うと作業用のツナギみたいだ」

 

「こいつか? まあそうだな。今朝も説明したが、こいつの原型は耐Gスーツだからな」

 

 俺が着用しているこのスーツは一夏が言うように上下が繋がったツナギのような見た目をしている。色は深めのオリーブドラブで普通のISスーツのようにピッチリと体のラインが浮き出るようなタイプではなく、体の各所のみを意図的に締め付けるような構造になっているのだ。

 

「耐Gスーツって戦闘機のパイロットが着ているようなやつだよね?」

 

 同じく俺のスーツを珍しそうに眺めていたシャルルがそう訊ねてくる。

 

「ああ。このスーツの方が俺のISと相性が良いんだよ。これはISが打ち消せなかった分のGを軽減するためだ。水を入れたバケツをブンブン振り回しても中身が零れたりはしないだろう? あれは遠心力が作用しているからなんだが、それが戦闘機動中の人間にも同じように起こる。脳にまで血が行き届かなくなって、たちまち気絶しちまうんだ。そこで、こいつを使って血管をわざと圧迫して脳の虚血状態を防ぐってわけだな。着けるのが少しばかり面倒なのがネックだが……」

 

 だが俺にはこのスーツの方が良い。着ているとなんと無く落ち着くし、なによりあんなスパッツみたいなピチピチの服なんざ恥ずかしくて着られるかっ!

 

「確かに。お前ってスゲェ変な飛び方とかするもんな」

 

 腕を組んで納得したように頷く一夏。ってちょっと待て。『変な』は余計だ『変な』は。まったく失礼な奴め。

 

「シャルルのスーツは見た事ないやつだな。随分と着やすそうだけど、どこのやつ?」

 

 次にシャルルに視線を移した一夏は、彼のスーツを見て質問を投げ掛けた。

 

「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど、ほとんどフルオーダー品」

 

「デュノア? デュノアってどこかで聞いたような……」

 

「確かシャルルの苗字もデュノアだったよな?」

 

「うん。僕の家だよ。父がね、社長をしているんだ。一応フランスで1番大きいIS関係の企業だと思う」

 

「へえ! じゃあシャルルって社長の息子なのか。道理でなあ」

 

「うん? 道理でって?」

 

「いや、なんつうか気品って言うか、良いところの育ち! って感じがするじゃん。納得したわ」

 

「確かにな。自己紹介も丁寧だったし、物腰も穏やかだし、さすがはといった感じだな」

 

「そう……かな……」

 

 ふと、シャルルが視線を逸らす。何か触れられたくないところに触れてしまったのだろうか、彼は複雑な表情を浮かべていた。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

「っ! ヤベェ、授業開始のチャイムだ! モタモタし過ぎた!」

 

「ち、千冬姉に殺される! 走れシャルル!」

 

「う、うん!」

 

 第2グラウンドまであと少し。俺達は全力でダッシュする。

 

「っし、着いたぁ!」

 

「ふう、なんとかチャイムが鳴り終わる前に間に合ったなぁ!」

 

 汗を拭い、肩で息をしながら無事の到着を喜ぶ俺と一夏。しかしシャルルだけは俺達の方を向いたまま青い顔をして固まっていた。いや、正確に言うと俺達より──

 

「残念ながら……」

 

 やや後方。その辺りから低いトーンの声が響いた。ほとんど毎日のように耳にする1組担任の声だ。

 

 スパァンッ! スパァァンッ!

 

「ヴェッ!?」

 

「ヴァッ!?」

 

「チャイムが鳴ったと同時に授業開始だ。馬鹿者ども」

 

 頭頂部で炸裂する出席簿アタック。遅刻してすみませんでした。

 俺と一夏、シャルルの3人は1組整列の一番端に加わる。

 

「随分ゆっくりでしたわね」

 

 偶然にも俺達の隣にいたのはセシリアだった。

 

「スーツを着るだけで、どうしてこんなに時間が掛かるのかしら?」

 

「道が混んでたんだよ」

 

「ウソおっしゃい。いつもは間に合うくせに」

 

 今日のセシリアは一夏に対する言葉の端々に棘があるな。

 

「ええ、ええ。一夏さんはさぞかし女性の方との縁が多いようですから? でないと今日のHRであのような事は起きませんものねえ」

 

 うわぉ、きっつい嫌味だなぁ。改めて今朝の事件を思い出すと、俺ってかなり喧嘩腰な態度を取っていたなぁと今さらながらに思う。

 

「なに? アンタまたなんかやったの?」

 

 ん? この声は鈴か。そう言えばすぐ後ろは2組の列だもんな。

 

「……一夏、後ろだ後ろ」

 

 キョロキョロと辺りに視線を巡らす一夏に後ろを振り向くように促す。

 

「あ。ほんとだ、ここにいた」

 

「ねえアンタ蹴られたいの? お望みなら幾らでもやってあげるわよ?」

 

 今にも渾身のキックを一夏の(すね)目掛けて放ちそうな鈴。ここが列の中じゃなかったら、一夏が脛を押さえて辺りを跳ね回る光景を目にしていたことだろう。

 

「で? アンタ本当に何をしでかしたのよ」

 

「こちらの一夏さん、今日来た転校生の女子にはたかれそうになりまして、それをウィリアムさんがギリギリで止めましたの」

 

「はあ!? 一夏、アンタなんでそうバカなの!?」

 

「──安心しろ。バカは私の目の前にも2名いる」

 

 ギギギギッ……と軋むブリキの音でセシリアと鈴は首を動かす。

 視線の先ではもちろん鬼将軍こと織斑先生が待ち構えていた。

 

 スパパァァンッ!

 

 青く晴れ渡る空の下。出席簿アタックの音が響くのだった。

 

 

 



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15話 ラッキースケベは唐突に

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

 

「「「はい!」」」

 

 1組と2組の合同実習なので人数はいつもの倍。加えて織斑先生が前に立っているのもあって出てくる返事は大きく、そして気合いの籠ったものだった。

 

「くぅっ……何かというとすぐにポンポンと人の頭を……」

 

「……一夏のせい一夏のせい一夏のせい……」

 

 叩かれた場所が痛むのか、セシリアと鈴は少し涙目になりながら頭を押さえていた。

 と言うか鈴がさっきから『一夏のせい』を呪詛(じゅそ)のように唱え続けている。まるでセサミストリートだ。今日覚える単語は『一夏のせい』。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。──(ファン)! オルコット!」

 

「「は、はいっ!」」

 

 まさか自分達が呼ばれるとは思っていなかったのか、ビクッと小さく肩を跳ねさせてから慌てて返事をする鈴とセシリア。

 

「専用機持ちならすぐに始められるだろう。前に出ろ」

 

「面倒くさいなぁ、なーんであたしが……」

 

「何かこういうのは見せ物のようで、あまり気が進みませんわね……」

 

 愚痴をこぼしながら、鈴とセシリアの2人は前に出て行く。

 

お前ら少しはやる気を出せ。──アイツに良いところを見せられるぞ?

 

 ん? 織斑先生が2人に何かを耳打ちしている。なんて言っているんだ?

 

「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」

 

「まあ、実力の違いを見せる良い機会よね! 専用機持ちの!」

 

 消極的な態度の鈴とセシリアに織斑先生が小声で何かを告げた瞬間、突然2人はやる気に満ち溢れ始めた。さっきとは真逆の態度だ。いったい何を吹き込んだのだろうか?

 

「ねえ一夏、先生はさっきなんて言ってたの?」

 

 そう言ってシャルルが一夏に訊ねるが、彼もよく聞こえていなかったようで肩を(すく)めていた。

 

「さあ? メシでも奢ってやるとかじゃないのか? ウィル、お前は何か聞き取れたか?」

 

「いや、俺もよく聞き取れなかった。なんて言ったんだろうな?」

 

 うーん、と3人仲良く小首を傾げる俺達。だがあの変わり様は相当だったからな。2人に共通して、かつプラス要素のある話だったのだろう。

 

「それで、相手はどちらに? わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが」

 

「ふふん。こっちの台詞。返り討ちよ」

 

「慌てるなバカども。対戦相手は──」

 

 キィィィン……

 

「ん? 何だこの音?」

 

「空気を切り裂くような音に似てるが……上からか?」

 

 俺と一夏は音のする方角──頭上を凝視する。

 

「……Ho……ly……shit……!!(なん……てこった……!!)

 

 空を仰ぎ見る姿勢のまま、半開きの俺の口からはそんな言葉が漏れ出た。なぜなら……

 

「あああああーっ! ど、退いて下さい~っ!」

 

 なぜなら、ISを装着した山田先生がものすごい速度で突っ込んで来ていたのだから。それも、俺と一夏の立つ地点に向けて。

 ──って! こんな所でボーっとなんてしてられん!

 

「一夏! インカミング(来るぞ)ッ!」

「ウィル! 空から山田先生がッ!」

 

 ドカーンッ!!

 

 大急ぎでその場から退避しようとするが時すでに遅し。轟音と共に山田先生は落着し、俺達は数メートル吹っ飛ばされた。

 

「あっぶねぇ……! 【バスター・イーグル】の展開がギリギリ間に合って助かったぁ……!」

 

「びゃ、【白式】の展開が間に合わなかったらマジでヤバかったぜ……!」

 

 ムニュ

 

「「……うん?」」

 

 なんだこの掌に感じる感触は。ここの地面は硬質な砂はあれど、こんなマシュマロのように柔らかい物質は無かったはずなんだが……。

 

「あ、あのう、2人とも……ひゃんっ!」

 

 地面が喋った──は ず は 無 い。

 恐る恐る俺と一夏は自分の手の先に視線をやり……

 

「そ、その、ですね。困ります……こんな場所で……。いえ、場所だけじゃなくてですね! 私とあなた達は仮にも教師と生徒でですね!」

 

「「 」」

 

 絶句した。

 いつものサイズが合ってないような服ではまったく分からなかったのだが、今着ているのはISスーツ。それもかなり大きめに胸元が開いたもので、暴力的な胸の膨らみのその曲線を隠す事なく現している。

 さらに問題は俺達の体勢だ。さっき山田先生に吹っ飛ばされた時、なんらかの要因が重なって俺と一夏が彼女を押し倒したような状態になったらしい。しかも、しかもだ。俺達の手はそれぞれ山田先生の胸を鷲掴みしていたのだ。

 

「っ!!? すっ、すす、すみ、すみませんでしたぁ!!」

 

 ISを装着した状態のまま山田先生から飛び退いた俺は、ここ日本に古来より伝わる伝説の謝罪方『ド・ゲーザ』を高速で繰り出す。──本当に、本っっ当に失礼しました!

 

「…………」

 

「って、おい一夏! お前はいつまでそうしているつもりだ!? さっさと手を離せ!」

 

「ハッ!? お、俺は何を──ってうわぁ!?」

 

 いまだ山田先生の胸を掴んだままフリーズしている一夏の両脇(りょうわき)に腕を通して強引に引っ張った刹那、キュインッ! という音と共に一夏の頭があった場所を青いレーザー光が通過した。

 

「ホホホホホ……。残念です。外してしまいましたわぁ……」

 

 顔は笑っているのに、目が笑っていない。それどころか額にははっきりと血管が浮いているのが視認できる。蒼穹(そうきゅう)の狙撃手ことセシリア・オルコット(スーパー激おこモード)である。ひ、ひぃぃ、超こえぇ……。

 

「…………」

 

 ガシーンと何かが組み合わさる音が聞こえた。あれ? 確かこの音ってアレだよな? 鈴の武器の……えーっと……そうだ、『双天牙月(そうてんがげつ)』とかいう青龍刀を連結した音だ。アレって始めは2本に別れているんだが、それを組み合わせたら両刃状態になるっていう変わり物なんだよな。

 

「そんなに……!」

 

 しかもその状態だと投擲(とうてき)も可能なんだ。そうそう、ちょうどあんな感じで振りかぶって──振りかぶって!?

 

「そんなにデカイ胸が良いのかああぁぁぁ!!」

 

「うおおおっ!?」

 

「ちょっまっ──うわひぃぃ!?」

 

 ISを展開しているとはいえ容赦なく一夏の首を狙ってやがったぞ!? しかも俺は完全にとばっちりじゃねえか!

 間一髪。一夏はマトリックスばりに体を大きく仰け反らせ、俺は地面へ飛び込むようにして回避する。

 だがしかし、危機はまだ去っていなかった。投げた『双天牙月』はその形状からブーメランと同じくUターンして返って来るのである。……まずい。今からではかわせない。

 

「はっ!」

 

 ドンッ! ドンッ!

 

 短く2発、火薬銃の音が響く。弾丸は的確に『双天牙月』の両端を叩き、その軌道を変える。

 カランッカラランッと地面に薬莢(やっきょう)が跳ねる音を聞きながら、俺と一夏はピンチを救ってくれた射手に視線を向けるが、それはなんと山田先生だった。

 両手でしっかりとマウントしているのは51口径アサルトライフル『レッドバレット』。アメリカのクラウス社製実弾銃器で、その実用性と信頼性の高さから多くの国で制式採用されているメジャー・モデルである。

 しかし驚いたのは何より山田先生の姿で、倒れたままの体勢から上体だけをわずかに起こしての射撃であるにも関わらず、あの命中精度なのだ。雰囲気も、いつものバタバタした仔犬のようなものとはまったく違い、落ち着き払っている。

 

「「「…………」」」

 

 どうも驚いたのは俺だけでなく、同じくピンチを救われた一夏はもちろん、セシリアと鈴、果ては他の女子達も唖然としていた。

 

「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。今くらいの射撃は造作もない」

 

「む、昔の事ですよ。それに候補生止まりでしたし……」

 

 いつもの雰囲気に戻った山田先生は織斑先生の言葉に照れているらしく、頬を赤く染めながら立ち上がる。謙遜しているが、あの腕は間違いなく本物だ。という事は現役時代はもっとすごかった可能性も……? ほんと、人は見たかけによらないとはよく言ったものだな。

 

「さて小娘ども、いつまで()けている。さっさと始めるぞ」

 

「え? あの、2対1で……?」

 

「いや、さすがにそれは……」

 

「安心しろ。今のお前達なら勝てん。すぐ負ける」

 

 負ける、と言われたのが気に障ったらしく、セシリアと鈴は再びその瞳に闘志をたぎらせる。やはり代表候補生としてのプライドが許さなかったのだろう。

 

「では、始め!」

 

 号令と同時にセシリアと鈴が飛翔する。それを目で1度確認してから、山田先生も空中へと躍り出た。

 

「手加減はしませんわ!」

 

「さっきのは本気じゃなかったしね!」

 

「い、行きます!」

 

 言葉こそいつもの山田先生だったが、その目はさっきと同じく鋭く冷静なものへと変わっている。先制攻撃を仕掛けたのはセシリア&鈴組だったが、それはいとも容易く回避された。……すごい戦闘機動だ。

 

「さて、今の間に……そうだな。ちょうど良い。デュノア、山田先生が使っているISを解説してみせろ」

 

「あっ、はい」

 

 上空で繰り広げられる戦闘を見ながら、シャルルはしっかりとした声で説明を始めた。

 

「山田先生が使用されているISをデュノア社製【ラファール・リヴァイヴ】です。第2世代開発後期(こうき)の機体ですが、そのスペックは初期第3世代型にも劣らないもので、バランスの取れた性能と高い汎用性(はんようせい)、豊富な後付(あとづけ)武装が特徴です。現在配備されている量産型ISの中では最後発(さいこうはつ)でありながら世界第3位のシェアを持ち、7ヵ国でライセンス生産、12ヵ国で制式採用されています。特筆すべきはその操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ばない事と、装備によって格闘・射撃・防御といった全タイプに対応可能な多様性役割切り替え(マルチロール・チェンジ)を両立しています」

 

「ああ、いったんそこまでで良い。……終わるぞ」

 

 シャルルの説明に耳を傾けながら眺めていた空。そこで行われていた戦いはもう終盤へと突入していた。

 セシリアと鈴が同時攻撃を仕掛けるも、山田先生はその全てを難なく回避する。逆にセシリアを射撃で誘導して鈴と衝突させたところでグレネードを投擲(とうてき)。爆発が起こって、煙の中から2つの影が地面に落下した。

 

「くっ、うう……。まさかこのわたくしが……」

 

「あ、アンタねえ……何面白いように回避先読まれてんのよ……」

 

「り、鈴さんこそ! 無駄にバカスカと『衝撃砲』を撃つからいけないのですわ!」

 

「こっちの台詞よ! なんですぐにビットを出すのよ! しかもエネルギー切れるの早いし!」

 

「ぐぐぐぐっ……!」

 

「ぎぎぎぎっ……!」

 

 なんと言うか、どっちの主張も的を射ているだけに尚更みっともなく感じる。

 結局2人のいがみ合いは1組2組の女子のクスクス笑いが起こるまで続いた。

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」

 

 パンパンと手を叩いて織斑先生がみんなの意識を切り替える。今の言葉は、今朝の山田先生に対するクラスメイトの態度も含めてのものだろう。

 

「専用機持ちは織斑、ホーキンス、オルコット、(ファン)、デュノア、ボーデヴィッヒの6人だな。ではグループを作って実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな? では分かれろ」

 

 織斑先生が言い終わるや否や、俺と一夏、シャルルに一気に2クラス分の女子が詰め寄ってくる。

 

「織斑くん、一緒に頑張ろう!」

 

「ホーキンスくん、分かんないところ教えて~」

 

「デュノアくんの操縦技術を見たいなぁ」

 

「ね、ね、私も良いよね? 同じグループに入れて!」

 

 ……なんと言うか、予想を遥かに上回る繁盛ぶりで、俺も一夏もシャルルもどうして良いのか分からずただただ立ち尽くすだけ。つうかもっと散らばらないと、そのうち織斑先生にどやされるぞ?

 

「この馬鹿どもが……。出席番号順に1人ずつ各グループに入れ! 順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド100周させるからな!」

 

 鶴の一声というやつだろうか。織斑先生の言葉にそれまでワラワラと集まっていた女子達は蜘蛛の子を散らすが如く移動して、それぞれの専用機持ちグループは2分と掛からずにできあがった。

 

「最初からそうしろ。馬鹿者どもが」

 

 ふうっと溜め息を漏らす織斑先生。それにバレないようにしながら、各班の女子達はボソボソとお喋りをしていた。

 

やったぁ。織斑くんと同じ班っ。苗字のおかげねっ

 

うー、セシリアかぁ……。さっきボロ負けしてたし。はぁ……

 

(ファン)さん、よろしくね。あとで織斑くんのお話聞かせてよっ

 

デュノアくん! 分からない事があったら何でも聞いてね! ちなみに私はフリーだよ!

 

ホーキンスくんだ、ラッキー! この苗字にしてくれたご先祖様ありがとう!

 

「…………………」

 

 ちなみに唯一お喋りが無いのが転校生の片割れラウラ・ボーデヴィッヒさんの班である。

 張り詰めた雰囲気。人とのコミュニケーションを拒むオーラ。生徒達への軽視を込めた冷たい眼差し。先ほどから1度も開くことの無い口。

 さしもの10代乙女(おとめ)もこれだけ難攻不落な鉄壁の要塞には話し掛けようが無いらしく、みんな少し俯き気味で押し黙っている。……あそこの班員がものすごく可哀想だ。

 

「…………」

 

 コミュニケーションもとらずにいったいどうやって実習をするつもりなんだ? などと考えながら眺めていると、班の女子達を見下していた視線が動き、やがてそれはギロリと俺の方を向いた。今朝のコトがコトだけに彼女の俺に対する印象は最悪らしい。

 

「(あー、成程。『なに見てやがるこの野郎』って意味だな。分かった分かった、分かったよ)」

 

 肩を竦める仕草をしてから、俺は視線をボーデヴィッヒさんの班から外す。

 

「ええと、良いですかーみなさん。これから訓練機を1班1機取りに来て下さい。数は【打鉄(うちがね)】が3機、【リヴァイヴ】が3機です。好きな方を班で決めて下さいね。あ、早い者勝ちですよー」

 

 山田先生がいつもの2倍──いや、4倍はしっかりしている。さっきの模擬戦で自信を取り戻したのだろうか。その姿たるや堂々としていて、あのサイズ違いの眼鏡さえ外せば『仕事のできるオンナ』に見えそうだった。

 しかしながら堂々としているのは態度だけではなく、そのボリューミーな胸の膨らみを惜し気もなく晒している。山田先生が時折見せる眼鏡を直すクセ。そのたびにたわわな胸部装甲(・・・・)に肘が触れ、プルンッと重たげに豊かな果実を揺らしていた。──って、いかんいかん! 集中しろホーキンス! これからISの実習なんだぞ!

 

 パンパンッ!

 

「ふぅ……! ぃよしっ!」

 

 自分の両頬を思い切り叩いて痛みで煩悩を追い出し、気合いを入れ直す。

 

「ホーキンスくん、何してるの?」

 

「いやなに、これからISを使った実習だからね。少し気合いを入れ直していたんだ──っと、そうだそうだ。君達は【打鉄】か【リヴァイヴ】どっちが良い?」

 

「うーん……ホーキンスくんのオススメで良いよ」

 

 オススメか……正直【リヴァイヴ】よりは【打鉄】の方がやりやすいなぁ。一夏の特訓の時に箒が使ってたし。

 

「オーケーだ。それならこっちで決めたやつを取ってくるよ」

 

 そう言って、俺はIS【打鉄】を取りに向かった。

 

 ▽

 

《各班長は訓練機の装着を手伝ってあげて下さい。全員にやってもらうので、設定でフィッティングとパーソナライズは切ってあります。取り敢えず午前中は動かすところまでやって下さいね》

 

 ISのオープン・チャネルで山田先生が連絡してくる。他人のIS装着を手伝うというのをした事は無いが、今の段階で意味が分からないという部分は無い。

 

「よし、それじゃあ出席番号順にISの装着と起動をして、そのあと歩行までやるとしよう。1番目は──」

 

「「「第一印象から決めてましたっ!」」」

 

 不意に背後から声が聞こえた。

 

「?」

 

 何事かと思って振り向くと、一夏班の女子が1列に並んでお辞儀をして頭を下げたまま右手を突き出しているのが見える。

 

「……ありゃいったい何をして──」

 

「ああっ、いいないいな~!」

 

「じゃあ私達も!」

 

 目の前の光景に困惑している俺の耳に、また女子の声が響いた。発生源は……俺の班から?

 

「「「ホーキンスくん!」」」

 

 名前を呼ばれて、視線を自分の班員へと戻す。

 

「……ワッツ……?」

 

 そこには、一夏班と同じように1列に並び、直角90度のお辞儀をして手を差し出してくる女子達がいた。

 

「(……これはアレか、何かの儀式なのか? そういう習わしなのか? 意図がまったくもって分からん)」

 

「「「お願いしますっ!」」」

 

 ……と、今度は左後方から同じような感じの声が。

 まさかと思って見てみると、シャルルが俺達と同じようにお辞儀&握手待ちの手を差し伸べられて困っていた。

 

「え、えっと……?」

 

 向こうも状況が飲み込めていないらしい。奇遇だな、俺もだ。たぶん一夏も同じだと思うぞ。

 

 スパァンッ!

 

「「「いったああっっ!」」」

 

 見事なハモり悲鳴だ。一列に並んでいるからさぞ叩きやすかっただろう。頭を押さえながら顔を上げたシャルル班の女子一同は、そこでようやく目の前の修羅に気付いた。

 

「やる気があって何よりだ。それならば私が直接見てやろう。最初は誰だ?」

 

「あ、いえ、その……」

 

「わ、私達はデュノアくんで良いかな~……なんて」

 

「せ、先生のお手を(わずら)わせるわけには……」

 

「なに、遠慮するな。将来有望な奴らには相応のレベルの訓練が必要だろう。……ああ、出席番号順で始めるか」

 

「「「 」」」

 

 成す術なくズルズルと引きずって行かれる女子達は皆一様に絶望的な顔をしていた。……強く生きろよ。諸君らの生還を心より祈る。

 

「……さて、そろそろ俺達も始めよう。でないと確実に彼女らのあとを追う事になるぞ?」

 

 シャルル班女子の惨状を見て、俺の言葉を聞いて、『次は私達かもしれない』と恐れたホーキンス班女子は流れるような動きで列を解散。今は1番目の女子――堀田(ほりた)さんがISの外部コンソールを開いてステータスを確認している。

 

「それじゃあ始めるとしよう。堀田さん、ISに何回かは搭乗したよな?」

 

「ええ。授業でだけだけど」

 

「いや、それなら十分だ。取り敢えず装着して起動までしてみようか。時間をオーバーすると居残りが待ってるしな」

 

「そ、それはまずいわね! よし、真面目にやるわよ!」

 

 おいおいおい、まるで今までが真面目じゃなかったみたいな発言だな。……まあ、その件は目を(つむ)ろう。

 というわけで1人目の装着、起動、歩行は問題なく進んで行く。――はずだったのだが、2人目の装着前にちょっとしたアクシデントが発生した。

 

「あ~~、やっちまったか……」

 

「え!? わ、私何かしちゃった?」

 

「ああ、これなんだがな。訓練用のISを解除する時は1度しゃがまないと、立ったままで固定されるんだよ」

 

「あ! あ~……」

 

 これが専用機なら話は違ってくるのだが、訓練機を使う場合はこの点には注意しないといけない。解除した時に立っていたら、当然機体は立ったまま停止する。おまけに操縦者がいない状態なので、何かしら起きてISが転倒でもしようものならコトだ。

 

「ふむ、どうしたものか……ん?」

 

 ふと、何の気なしに視線をやった先は一夏班。そこではどういうわけか、【白式】を展開した一夏が班員の女子を抱きかかえて訓練機(起立状態)へと運ぶ姿があった。……いや、ナイスなアイデアかもしれんがあれは無い。こちとら健全な男子なんだ。そう簡単に女子へのボディータッチをするわけにはいかない。何かあっても困るしな。

 

「どうしました?」

 

 おっと、山田先生の登場だ。ISは既に解除しているが、その服装は胸のラインを大きく開放したISスーツのままである。――というわけで、当然俺は視線のやり場に困ってやや横を向くしかなかった。

 

「はい、ISが立った状態で固定されてしまいまして……」

 

「あー、織斑くんの班でもありましたが、初心者の方がよくしてしまうミスですね。それじゃあ仕方ないのでホーキンスくんが乗せてあげて下さい」

 

「イエス・ミス。…………え?」

 

「えっ、それってもしかして……ラッキー!」

 

 俺はポカンと口を開けて固まり、2番目に控えていた女子――前本さんは小さくガッツポーズをしている。

 

「ホーキンスくん、【バスター・イーグル】を展開して、前本さんを抱っこして下さい」

 

「し、しかし……」

 

「でもそれが1番楽ですし。何より安全な手段ですから、ね?」

 

 確かに先生の言う事は正論だ。ISは飛ぶ事ができるので、コックピットまで安全に人を運ぶのに適している。

 

「ぬぅ……イエス・ミス」

 

 俺は山田先生に言われた通りISを展開し、地面に片膝をついてしゃがむ。

 

「さっ、乗ってくれ」

 

「う、うん」

 

 前本さんを抱きかかえ、俺はゆっくり上昇する。上昇といっても高さは1メートル弱なので、大した高度ではない。

 ただしISというのは、基本すでに展開状態のものを装着する場合、背中から乗り込むようにして体を預けるので、1メートル弱とはいえ危ないといえば危ないのだ。

 

「じゃあ、背中からゆっくりと入ってくれ。そうそう、その調子だ。あ、腕を動かす時は気を付けてくれ。うっかり【イーグル】のノーズに手をぶつけたら痛いぞ?」

 

「だ、大丈夫」

 

 やはり、男子に触られているのが気になるのだろうか。それとも眼前のシャークマウスが気になるのか。とにかく、前本さんは酷く落ち着かなそうに視線をさまよわせている。

 

「じゃっ、離すぞ?」

 

「え!? え、ええと……」

 

「? どした?」

 

「い、いや、その、もう少しこのままでも……

 

「……? ああ、スマン。まだ装着できてなかったのか。別に焦らなくて良いぞ」

 

 そんなやり取りをしていると、周囲の班員から声が上がった。

 

「あああっ! な、何してるのよ!」

 

「ズールーイー! 私もされたい!」

 

「くっ、出席番号がもう少し若ければ……! この苗字にしたご先祖様を恨むわ!」

 

 こらこら、先祖はちゃんと敬いなさい。て言うか君、さっきはご先祖様ありがとうとか言ってなかったか?

 

「も、もう大丈夫。だからホーキンスくんは戻って。このままだと私あとで何されるか分からないし……」

 

「オーケー。それじゃあ1度下がるからな?」

 

 そう言って、俺は前本さんから5~6歩ほど距離を取る。

 

「よし、まずはISを起動してくれ」

 

 俺に促されて起動シークエンスを始める。開いたままだった装甲が閉じて操縦者をロックすると、静かに起動音を響かせながら【打鉄】が姿勢を直した。

 

 

 

 

 

 

「……少し質問しても良いかな?」

 

「「「?」」」

 

 あれから実習は(とどこお)りなく進んで行った。行ったのだが、これだけはどうしても言っておきたい。

 

「なんでみんなしてISを立たせたまま解除するんだ? 1回目はまあ仕方ないとして、さすがに2回、3回と続くと故意にやってるようにしか見えんぞ?」

 

 そう、1人目以降に続く女子達は皆一様にISを立たせたまま装着を解除しているのだ。

 

「何か釈明(しゃくめい)があるのなら聞こうか2番目 前本さん、3番目 向井さん、4番目 村田さん?」

 

「い、いやぁ、そのぉ……」

 

「なんて言うか……」

 

「他の女子の視線が強制力を持ってて……」

 

「な、何だって? 強制力?」

 

「ゴホンゴホン! ……こっちの話」

 

 ちなみに他の女子というのはもちろん同じ班の女子の事で、その視線は猛烈に『自分達だけおいしい思いして良いと思ってるの?』と投げ掛けていた。いやはや実に恐ろしい。

 

「まったく。これ以上モタついたら織斑先生にどやされるかもしれんぞ? 理由を知られたらグラウンド20周は軽いだろうな。みんなで仲良く走るか?」

 

 そんな俺の脅し文句はかなり効果があったようで、ひぃっと班員達から小さく息を飲む声が聞こえてくる。正直俺もグラウンド周回なんてごめんだ。

 

「嫌ならここからはテキパキと進むように。いいな? よし、なら再開しよう」

 

「「「い、イエッサー」」」

 

 うむ。良い返事だ。みんな素直にこちらの指示を聞いてくれるから助かるよ。

 こうして、以降ISをしゃがんで解除するようになったホーキンス班は装着、起動、歩行をトントン拍子に進めて行くのであった。

 

 



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16話 ランチタイムは命懸け?

「では午前の実習はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備を行うので、各人(かくじん)格納庫で班別に集合すること。専用機持ちは訓練機と自機の両方を見るように。では解散!」

 

 時間ギリギリではあるが、なんとか全員が起動テストを終えた俺達1組2組合同班は、格納庫にISを移してから再びグラウンドへ。授業終わりまであと数分だったので全員が全力疾走。ここでまた遅れれば織斑先生から楽しい楽しい追加実習をプレゼントされる事だろう。

 そんなこんなで肩で息をしている俺達に、織斑先生は連絡事項を伝えると山田先生と一緒にさっさと引き上げてしまった。

 

「ウィル、シャルル、着替えに行こうぜ」

 

「ああ、そうだな。俺達はまたアリーナの更衣室まで行かないといけないしな」

 

「え、ええっと……僕はちょっと機体の微調整をしてから行くから、先に行って着替えててよ。時間掛かるかもしれないから、待ってなくて良いからね」

 

「そうか? なら一夏、俺達だけでさっさと着替えてメシを食いに行こう。腹の虫がさっきから鳴りっぱなしだ」

 

「いや、それならウィルは先行っててくれ。俺は待つの平気だし、それに誰かついてないとシャルルが迷子になるかもしれねえだろ?」

 

「それもそうだな。いやぁ、スマン。シャルル、俺達の事は気にしなくていいから、その用事を済ませて――」

 

「い、いいからいいから! 僕が平気じゃないから! ね? 2人とも先に教室戻っててね?」

 

「お、おう。分かった。って事で一夏、早く着替えに行くぞ。汗が冷えたら風邪ひいちまう」

 

「だな。それじゃあ先行ってるぞ、シャルル」

 

 妙な気迫に押されて、俺達は言われた通り更衣室をあとにする。しかし、あいつはなぜそこまで必死なんだ? 実習前の着替え中も同じ感じだったし…………人には言えない、もしくは見せたくない何かでもあるのだろうか。

 

 ▽

 

「……どういう事だ」

 

「ん?」

 

 昼休み、俺達はIS学園屋上にいた。

 一夏が言うには、普通、高校の屋上は生徒の安全等を理由に立ち入りが禁止されているらしいのだが、ここIS学園ではそんな事は一切無かった。美しく配置された花壇には季節の花々が咲き誇り、欧州を思わせる石畳が落ち着いた雰囲気を醸し出している。それぞれ円テーブルには椅子が用意されていて、晴れた日の昼休みともなれば女子達で賑わう。

 今日はみんなシャルル目当てで学食に向かったのだろう、屋上には俺達以外誰もいなかった。

 

「天気が良いから屋上で食べるって話だっただろ?」

 

「そうではなくてだな……!」

 

 チラッと箒がこちらに視線をやる。そこにいるのは俺を始めとしてセシリア、鈴、シャルルの4人だ。そして、今箒の向かい側に座って「?」とした表情を浮かべているのは一夏。いつものメンバーが勢揃いである。

 

「え、ええっと……。ねえ一夏、本当に僕が同席して良いのかな?」

 

「シャルルに同じく。俺もここにいて良かったのか?」

 

 さかのぼる事、着替えの真っ最中。一夏に『一緒にメシ食おうぜ』と誘われた俺は学食で握り飯を購入して、予め指定されていた屋上へと足を運んだのだが……一夏、もう少し詳細な情報をくれよ。誰々がいる~とか。

 ちなみにシャルルだが、1組にいたところを一夏が発見して誘ったらしい。

 

「何言ってんだよ。せっかくの昼飯だし、みんなで食った方が美味いだろ。それにシャルルは転校してきたばっかりで右も左も分からないだろうし」

 

「そ、それはそうだが……」

 

 ぐぬぬ……と何かを言いたげにしながら持ち上げた拳を握り締める箒。その手には包みにくるんだ、十中八九手作りであろう弁当が握られていた。

 IS学園は全寮制なので、弁当持参にしたい生徒のために早朝のキッチンが使えるようになっている。1度どんなものかと思って一夏と一緒に覗いてみたんだが、プロが使っているような器具ばかりで唖然としたのを覚えている。さすがは国家直轄の特別指定校、使われている金のケタが違う。

 

「まっ、これからシャルルとはルームメイトなわけだし、何か分からない事とかあったら遠慮無く頼ってくれ」

 

「ありがとう。一夏って優しいね」

 

「っ!?」

 

 無防備な笑顔を浮かべるシャルルに言われ、一夏の顔が少し赤くなる。まあ無理も無いだろう。近くにいるだけの俺だって、相手が男だと分かっていても少しドキッとしてしまった。

 

「なーに照れてんのよ」

 

 そう言って一夏にジト目を送りながらタッパーの蓋を開ける鈴。

 

「べ、別に照れてねえよ……って、おお、酢豚だ!」

 

 容器の中を覗いた一夏の口からは喜色に満ちた声が上がった。なに、酢豚だと? ちょっと俺にも見せてくれ。……おお、こいつは確かに美味そうだ。それに漂うほのかな香りが食指をくすぐって……ゴクリ。

 

「そ。今朝作ったのよ。アンタ前に食べたいって言ってたでしょ」

 

「コホンコホン。――一夏さん、わたくしも今朝はたまたま偶然何の因果か早く目が覚めまして、こういうものを用意してみましたの。よろしければどうぞ」

 

 バスケットを開くセシリア。そこにはサンドイッチがきれいに並んでいた。偶然早起きして作ったと言ってはいるが、見た目かなり手が込んでいるな。

 

「イギリスにも美味しいものがある事を納得して頂けませんとね」

 

「へぇ、確かに言うだけあるな。それじゃあこっちから」

 

 そう言って一夏はサンドイッチを手に取って一口かじる。

 

「よろしければウィリアムさんも」

 

「ああ、ありがとう。それじゃあ頂くよ」

 

 差し出されたバスケットの中からサンドイッチを1つ取り出し、それを口に運んで咀嚼――

 

「うぐっ!?」

 

 な、何だこれは!? 何なんだこれは……!!?

 見た目は普通のBLTサンド。なのに味は劇物じみたものだった。なんと表現すれば良いのか分からないが、とんでも無く個性的な味とだけ言っておく。

 横を見ると、同じくセシリアのサンドイッチを食べていた一夏が顔を真っ青にして硬直していた。

 

「いかが? どんどん召し上がって下さって構いませんのよ?」

 

 と、セシリアは笑顔でバスケットを差し出してくる。ま、まだたくさん残ってらっしゃいますね……。

 

「い、いや、俺はもう満足――」

 

「そ、そう言えばウィル。お前さっき腹減ったって言ってたよなっ。おにぎりだけじゃ足りないだろっ? お、俺はあんまし腹減ってないからさ、せっかくだから貰っとけよっ!」

 

「 」

 

 バカやろぉ、いぃちかぁ!! 誰を売って(・・・)るぅ!! ふざけるなぁぁぁ!!

 

「あら、そうでしたの? でしたら遠慮無く召し上がって下さいな」

 

「あ、ありがとう……」

 

 さすがにこの状況で断るのもなぁ……。かと言って、開き直って不味いからいらないとも言えないし……。

 

「(おのれ一夏ェ……!! テメェ覚えとけよ、この野郎……!!)」

 

 無言で一夏に恨みの籠った視線を向けると、「スマンッ!」と目で謝られた。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「い、いや、何でも無いぞ」

 

「?」

 

 やむを得ん。こうなったらもうやってやる! やってやるぞ畜生!

 

「ふぅ……ウォーバード・ワン、エンゲージ(いただきます)!」

 

 耐えてくれよ、俺の胃!

 心を無にしてバクバクとひたすらサンドイッチを食べ続ける。

 

「……! ~~~!?」

 

 くぅ……口の中が甘かったり辛かったり酸っぱかったりでもう滅茶苦茶だ。いったい何を入れたんだ!?

 溢れてくる涙で視界が若干ボヤけてくる。

 

 ――ウォーバード・ワンへ。撤退(おのこし)は許可できない、迎撃(完食)せよ。

 ――だろうな。胃薬上乗せだ!

 

 ただの昼飯なのに、気分はまるで敵機と空戦をしているような感覚だ。

 途中、ふと一夏の方に視線をやると、箒の口に箸で唐揚げを運んでいるのが目に入った。それを箒は顔を赤くしながらパクリと食べ、そしてその光景を横目に俺はまたサンドイッチを頬張る。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 よ、よし、なんとか半分までは来れたぞ……。俺の戦いはこれからだ!

 

 ……

 ………

 …………

 

 ▽

 

「……BLTサンドの具が何色かっての、あんたには大事な事かい?」

 

「「「?」」」

 

 さっきまで無言でセシリアのサンドイッチを爆食(ばくぐ)いしていたウィリアムが不意に口を開き、一夏達は(いぶか)しげな表情で彼に視線をやる。

 

「うぃ、ウィル? 大丈夫か……?」

 

「俺にとっちゃ、間違いなくそうなんだ」

 

 焦点の合わないボーっとした表情のまま、一夏の問いに答える事も無く、まるでうわ言のように呟くウィリアム。その右手にはサンドイッチが掴まれていた。

 

「心に目指すBLTサンドの具の色。俺のは……」

 

 そう言ってパクリと最後のサンドイッチを完食したウィリアムは……

 

「ダークブルーだ」

 

 蒼天を仰ぎ見るようにして、バタッと引っくり返って動かなくなった。

 ウィリアム・ホーキンス、敵機(サンドイッチ)多数と交戦し、その全てを撃破(完食)するも蓄積していたダメージによってダウン。

 

「ウィル? ウィル!? ダメだ失神してる! ウィル起きろ! 目を覚ませぇぇぇ!!」

 

 完全に伸びてしまったウィリアムの頬を平手打ちして起こそうとする一夏の行動も虚しく、ただただ彼の頬に赤い痕がつくだけだ。アレの爆食いは、それほどまでに強烈だったらしい。

 

「あら、気を失うほど美味しかったのかしら? 一夏さん、また今度作って来ますので楽しみに待っていて下さいな」

 

「ひ、ひぃぃ!?」

 

 ニッコリ笑顔を浮かべるセシリアの発言に一夏は恐怖して後退りする。更にその近くにいた箒、鈴、シャルルの3人も気絶したウィリアムと青い顔をして震える一夏、あのサンドイッチを作った本人であるセシリアを交互に見て身震いしていた。

 

 この数分後、一夏が箒の弁当から焼き塩鮭(しおじゃけ)を半切れ譲渡してもらい、それをウィリアムの口に押し込む事によって無事蘇生に成功。『巨大な川の対岸で見知らぬ老人が手を振っていたんだが、あれ何だったんだ……?』とは彼の談である。

 

 




 ーおまけー

 夕食後、ウィリアム・ホーキンス自室にて。

「………………は、腹が痛い、胃薬を――」

 グギュルルル……

「ッ!!?」

 どうやら、彼は長い夜を過ごす事になりそうだ。



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17話 睨み合い ~隻眼(せきがん)黒兎(くろうさぎ)音速(おんそく)化鮫(ばけざめ)

「だからこう、ズバーっとやってから、ガキンッ! ドカンッ! という感じだ」

 

 

 

「なんとなくわかるでしょ? 感覚よ感覚。……はあ!? なんで分かんないのよ、このバカ!」

 

 

 

 

「防御の時は右半身を斜め上前方へ5度傾けて、回避の時は後方へ20度反転ですわ!」

 

 シャルルとボーデヴィッヒさんが転校してきてから5日経ち、今日は土曜日。

 休日とはいえ、全開放されたアリーナは多くの生徒が実習に使う。それは俺達も同じで、今日もこうして一夏にIS戦闘に関するレクチャーを行っていたのだが……。

 

「率直に言わせてもらう……。全っ然分からん!」

 

 現在、難航中であった。

 

「なぜ分からん!?」

 

「ちゃんと話聞きなさいよ、ちゃんと!」

 

「もう1度説明して差し上げますわ!」

 

 いやぁ、逆にこれを一夏に理解しろってのがなかなか無茶ぶりだと思うんだがなぁ……。

 

「んな事言われたって……じゃあウィルに聞いてみようぜ。ウィル、今の説明分かるか?」

 

 そう言って俺に意見を求めてくる一夏の表情は困り顔100%だ。

 

「うーん……正直難解を極めると思うぞ」

 

「なぜだ!?」

「なんでよ!?」

「なぜですの!?」

 

「まず箒は擬音だらけで聞いてる方からすればクエスチョンマークのオンパレードだ。鈴は……まあ感覚ってのは大事だが、そもそも一夏はその感覚自体があやふやなんだぞ? そしてセシリアはあまりに細かすぎる。一夏にそんな事言って分かると思うか? それとも分度器(ぶんどき)片手に戦わせる気か?」

 

「「「ぐぅ……」」」

 

 これぞ、ぐうの音もでないってやつか? いや、ぐぅって言ってるからぐうの音は出てるか。

 そんなアホな事を考えていると、ISのオープン・チャネルから知った声が響いた。

 

「一夏、ウィル」

 

「おっ、シャルルか。用事は済んだのか?」

 

「うん。ごめんね遅くなっちゃって」

 

「なに、言うほど経っちゃいないさ。……そうだシャルル、一夏と軽く模擬戦をしてやってくれないか? 相手を変えてみたら何か新しい発見があるかもしれん」

 

「分かったよ。それじゃあ一夏、始めよっか」

 

「おう。と言うわけで、またあとでな」

 

 そう言って、一夏はシャルルと共にフィールド中央へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

「ええとね、一夏がオルコットさんや(ファン)さんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ」

 

「そ、そうなのか? 一応分かっているつもりだったんだが……」

 

 模擬戦の結果は一夏の負けで終わった。そして、そこではっきりした事がある。それは先程シャルルが言っていたように、一夏は射撃武器に対する知識が浅いというものだ。

 

「うーん、知識として知っているだけって感じかな。さっき僕と戦った時もほとんど間合いを詰められなかったよね?」

 

「うっ……確かに。『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』も読まれてたしな……」

 

「一夏の場合は近接格闘オンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ。特に一夏の『瞬時加速』って直線的だから、反応できなくても軌道予測で攻撃できちゃうからね」

 

「直線的か……うーん」

 

「あ、でも『瞬時加速』はあんまり無理に軌道を変えない方が良いよ。空気抵抗とか圧力の関係で機体に負荷が掛かると、最悪の場合骨折したりするからね」

 

「……成程」

 

 シャルルの言葉をしっかりと聞きながら、話のたびに頷く一夏。

 

「そう言えば、一夏の【白式】って後付武装(イコライザ)が無いんだよね?」

 

「ああ。何回か調べてもらったんだけど、拡張領域(バススロット)が空いてないらしい。だから、別の装備を新しく量子変換(インストール)するのも無理だってさ」

 

「多分だけど、それってワンオフ・アビリティーの方に容量を使っているからだよ」

 

「ワンオフ・アビリティーっていうと、確かISと操縦者の相性が最高状態になった時に発生する能力……だったっけか?」

 

 こういう言葉がちゃんと頭に浮かんでくるあたり、一夏がきちんと日々の勉学に取り組んでいる証拠だろう。

 

「うん。それで合ってるよ。ワンオフ・アビリティーはその言葉通り、唯一仕様(ワンオフ)特殊才能(アビリティー)。【白式】の場合は零落白夜がそれかな」

 

「ははあ。お前の説明って分かりやすいな。頭にすんなり入ってくるぜ」

 

 同じ男であり、かつ物腰穏やかというのが後押ししているのか、一夏は水をよく吸うスポンジのように知識を吸収していた。

 

「ふん。私のアドバイスは聞かないくせに……」

 

「あんなに分かりやすく教えてやってるのに、なによ」

 

「わたくしの理路整然とした説明の何が不満だというのかしら」

 

 物陰に隠れて一夏にジトーっと視線を送る箒、鈴、セシリアの3人が、そうボソリと文句を垂れる。

 

「それはさっきも言ったようにお前達の説明にクセがありすぎるからだ。……て言うか、なんで俺まで?」

 

 なぜか俺までとばっちりを受けて半強制的に物陰に隠れる事になったんだが、そろそろ出て行っても良いだろうか。

 

「ウィリアム、お前はあれを見てどう思う?」

 

「どう思うって……第3者の俺からでも分かりやすい説明だと思うぞ」

 

「そ、そういう意味ではなくてだな――」

 

 箒の言葉は、鈴の悲鳴のような声によって遮られた。

 

「ちょ、ちょっと! あの2人、仲良いなんてレベルじゃないんじゃない!?」

 

 顔を赤くして一夏とシャルルのいる方を指差す鈴。その指先には、ちょうど射撃の訓練を始めた一夏を補助するためかシャルルが後ろから密着するような態勢で姿勢を支える光景があった。

 どうやら射撃武器の特性を掴むのなら、実際に自分が撃ってみようという考えらしい。

 

「ま、ままま、まさか! このままではいずれ一夏さんとデュノアさんが――」

 

「待て、そこから先は言わんで良い。あのなあ……まさか一夏がシャルルと恋仲になると本気で思ってるのか?」

 

 まったく。色々飛ばしていきなりその発想にたどり着いた事に驚きだよ。……まさか、俺と一夏を見て『おり×ホキ』だの『薄い本が厚くなる』だのとぬかしてた連中から何か吹き込まれたんじゃないだろうな?

 

「シャルルが女子でもない限りその線は薄いから安心しろ。というわけで俺も向こうに行かせてもらうぞ」

 

 物陰から立ち上がった俺は【バスター・イーグル】を展開して一夏達の元へ向かう。

 

「よう。お疲れさん」

 

「ん? ウィルか。今までどこ行ってたんだ?」

 

「ああ、まあちょっとな」

 

 一夏の問いに言葉を濁しながら、さっきまで隠れていた物陰の方に流し目を送る。

 

「? よく分かんねえけど、そっちもお疲れさん」

 

「そいつはどうも。それで一夏、実際に撃ってみてどうだったんだ?」

 

「そうだな……取り敢えず『速い』っていう感想だ」

 

「そう。今一夏が言ったように速いんだよ。一夏の『瞬時加速』も速いけど、弾丸はその面積が小さい分より速い。だから、軌道予測さえ合っていれば簡単に命中させられるし、外れても牽制になるんだ」

 

「それに、弾丸は所詮ただの鉄と鉛の塊だ。つまり、心が無い(・・・・)。お前さんは特攻する時に集中しているようだが、心のどこかでブレーキを掛けているんだ。だから、簡単に間合いが開くし、続けて攻撃される事になるってわけだな」

 

「そう言う事か……」

 

「そう言う事だ」

 

 腕を組んで、俺とシャルルの言葉をよく噛み締めるように深く頷く一夏。格闘メインの箒ならともかく、射撃武器を操る鈴とセシリアと戦う時にはほぼ一方的な展開になる事もあるということだ。

 

だからそうだと私が何回説明したと……!

 

って、それすら分かってなかったわけ? はあ、ほんとにバカね

 

わたくしはてっきり分かった上であんな無茶な戦い方をしているものと思っていましたわ

 

 ……物陰の方から呆れた声がするんだが……だがこれだけは言わせてくれ。あの説明はさすがに無いと思うぞ。

 

「じゃあこのまま続けよっか。装填するから少し待っててね」

 

 シャルルは一夏から55口径アサルトライフル『ヴェント』を受け取り、新たな弾倉の取り付け作業に入る。

 

「……そう言えば、シャルルのISって【リヴァイヴ】なんだよな?」

 

「うん、そうだよ。はい、一夏」

 

「おう、サンキュ。で、そのISだけど、山田先生が操縦していたのとだいぶ違うように見えるんだが、本当に同じ機体なのか?」

 

「ああ、そいつは俺も気になってたんだ。もしかしてかなり手の込んだカスタムをしているのか?」

 

「ウィルが言ったので正解だよ。この子の正式な名前は【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】。初期装備(プリセット)を幾つか外して、その上で拡張領域(バススロット)を倍にしてある」

 

「倍!? そりゃまたすごいな……。【白式】にちょっと分けて欲しいくらいだ」

 

「お前さんのは、もう拡張領域の余剰がゼロだもんな」

 

「あはは。あげられたら良いんだけどね。そんなカスタム機だから今量子変換(インストール)してある装備だけでも20くらいはあるよ」

 

「ワーオ。ちょっとした火薬庫だな」

 

 いや、ちょっとしたでは済まないか。誇張でも何でもなく主力戦車数十両以上の火力を有しているわけだ。

 もしこれをガトリング中将が知ったら、絶対「同志デュノアくぅん」とか言い出しそうだな。

 

「でも確か、ウィルのISもかなり重装備ができるんだったよな?」

 

「ああ、まあな。拡張領域も十分広いが機外搭載量の多さがこいつの強みの1つだ。合計8つのハードポイントがあるおかげで多様な兵装を即応させられる。推力がケタ違いだから、もちろんフル装備の状態でも余裕で飛び回れるぞ」

 

 そう言って呼び出し(コール)したのは、以前ガトリング中将に送りつけられた40ミリオートキャノン『ブラックマンバ』2門と8連装無誘導ロケット弾『ハイドラ』4基、そして空対空ミサイル2発。

 そう、【バスター・イーグル】はその気になれば、このように全ハードポイントに兵装を装備して重装攻撃機のようにもなれるのだ。これに加えて右腕には30ミリ機関砲『ブッシュマスター』が固定装備。しかも拡張領域にはまだ予備の弾が残っている。

 ちなみに余談だが、『ブラックマンバ』はハードポイントから取り外して使う事も一応できる。できるのだが、そもそも利点が無い。ISを装着した状態で『ランボーごっこ』をしたいのなら話は別だが。

 

「な? これなら腕が塞がっていたとしても、いちいち持ち変えずにすぐさま大火力を発揮できるってわけだ」

 

 まあ、『ブラックマンバ』や『ハイドラ』に関しては機体ごと相手に向けて照準を合わせないといけないという難点もあるが……。

 

「ねえ、ちょっとアレ……」

 

「ウソっ、ドイツの第3世代型だ」

 

「まだ本国でトライアル段階だって聞いたけど……」

 

 自慢気に相棒(バスター・イーグル)の事を説明し終えたと同時に、急にアリーナ内がざわつき始めて、俺は注目の的に視線を移す。

 

「……………」

 

 そこにいたのはもう1人の転校生、ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 転校初日以来、クラスの誰ともつるもうとしない、どころか会話さえしない孤高の女子。もちろんだが俺も一夏も話した事は無い。そもそも一夏はいきなり平手打ちされそうになっていたし、俺はそれを邪魔した挙げ句に喧嘩を売るような真似までしているのだから。

 

「おい、織斑 一夏」

 

 ISのオープン・チャネルで声が響く。初対面があれだったのだから、その声は忘れもしない。間違いなく彼女自身の声だ。

 

「……なんだよ」

 

 話し掛けられた以上無視するわけにもいかず、一夏が気が進まなそうな声でそれに答えると、ボーデヴィッヒさんは言葉を続けた。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

 

 おいおいおい、随分いきなりな申し出だな。どうやらよほど好戦的な性格のようだ。

 

「嫌だ。理由がねえよ」

 

「貴様には無くても私にはある」

 

 やはり、一夏とボーデヴィッヒさんとの間には何かがあるらしい。しかしそれはなんだ? 恨みか? それとも別の何かか? まったくもって検討がつかん……。

 

「貴様がいなければ教官が大会2連覇の偉業をなし得ただろう事は容易に想像できる。だから、私は貴様を――貴様の存在を認めない」

 

 ……少し整理しよう。まずボーデヴィッヒさんは織斑先生を『教官』と呼び、以前から面識があるようだった。つまり、彼女は先生の元教え子か何かという事になる。

 そして、『大会2連覇』というワード……確かモンド・グロッソとか言ったか? 正直俺はあまり興味が無かったんでテレビは見ていなかったのだが、ある噂を小耳に挟んだ覚えならある。『織斑 千冬、決勝戦を急遽棄権』だったはずだ。だがそれが一夏に敵意を向ける理由とどう繋がるんだ?

 

「また今度な」

 

「ふん。ならば――戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

 言うが早いか、ボーデヴィッヒさんはその漆黒のISを戦闘状態へとシフトさせる。刹那、右肩に装備された大型実弾砲が火を噴いた。

 

 ゴガギィンッ!!

 

「……こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人は随分沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

 

「貴様……」

 

 横合いから割り込んだシャルルがシールドで実弾を弾き、同時に右腕に61口径アサルトカノン『ガルム』を一瞬で展開してボーデヴィッヒさんに向ける。

 危機一髪とはまさにこの事だ。周りには一夏の他にも多数の生徒がいた。それに、そもそも一夏は『戦わない』とはっきり断ったはずだ。にも拘わらず、なんの躊躇(ためら)いもなく実弾を発砲しやがった。

 

「(周りにいた生徒もお構い無しに発砲だと……? まるであの時(・・・)と同じじゃないかッ……!!)」

 

 ――ふざけやがって。

 

 俺の頭の中で、沸々と血が煮え始める。

 

「おい、ボーデヴィッヒ」

 

 自分の口からこんな声が出るのかと驚くほど低い声を放ちながら、俺はボーデヴィッヒの付近の空いたスペースに着陸し、『ブッシュマスター』と『ブラックマンバ』、『ハイドラ』を彼女に向ける。すると、当然ながら相手も右肩の実弾砲を俺に向けてきた。

 

「ウィリアム・ホーキンス。世界で2人目の男のIS操縦者であり、現在アメリカ空軍に所属。階級は少尉……」

 

「ほう? わざわざ調べたのか。勉強熱心な事だな」

 

「ふん。世界で2人目がどの程度の奴か気になっただけだ。だが、所詮私の前では有象無象(うぞうむぞう)に過ぎん」

 

「ああ、そうかい。じゃあその有象無象に過ぎない奴からの質問だ。今の砲撃、周りの被害は考えなかったのか? それとも……頭 の 中 に ジ ャ ガ イ モ が 詰 ま って 、 思 考 回 路 が 動 作 不 良 で も 起 こ し て る の か ?

 

「なんだと貴様……」

 

 ピクッとボーデヴィッヒの眉間にしわが寄る。どうやら言われて頭にキたらしい。

 互いが互いに砲を突き付けたまま、俺とボーデヴィッヒは睨み合う。

 

『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

 

 突然アリーナのスピーカーから怒声が響いた。恐らく騒ぎを聞きつけてやって来た教師だろう。

 

「……ふん。今日は引こう」

 

「……………」

 

 横槍を入れられて興が削がれたのか、ISの戦闘態勢を解除したボーデヴィッヒは俺の横を通ってアリーナゲートへと戻って行く。

 

「……スゥーーー……フゥーーー……」

 

 俺も温度の上がりすぎた頭を冷やすため大きく深呼吸をしてから、一夏達の元へ戻って行った。

 

 



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18話 隠し事の真実

「一夏、大丈夫?」

 

 今さっきボーデヴィッヒに『ガルム』を向けていた時の鋭い眼差しは無く、いつもの人懐っこい顔のシャルルが一夏の顔を覗き込む。

 

「あ、ああ。助かったよ。ウィル、お前も大丈夫か?」

 

「何がだ?」

 

 一夏に何を心配されているのか分からず首を傾げる俺に、彼は言葉を続けた。

 

「いや、あんなにキレたウィルを初めて見たからさ」

 

 ……ああ、そういう事か。

 

「なーに、大丈夫だ。ちょっと頭がホットになっただけで今はもう落ち着いてる。それより今日はもうあがろう。4時を過ぎたし、そろそろアリーナの閉館時間だ」

 

「おう。そうだな。あ、シャルル。銃サンキュ。色々と参考になった」

 

「それなら良かった」

 

 またニッコリと微笑むシャルル。その無防備さに当てられ一夏は落ち着かない様子で視線をさまよわせるのだが、問題はここからだ。

 

「えっと……じゃあ、僕は先に部屋に戻ってるね。あ、シャワー先に使ってても良いかな?」

 

 そう、いつもこうなのだ。シャルルは実習後の着替えをとにかく俺達と一緒にはしたがらない――というか、実際1度もした事がない。実習前の着替えも転校初日のあれ1回きりで、以後は前もってスーツを着ていたり、俺達より早く行って先に着替え終わっていたりだ。

 別に一緒に着替えたいだとかそういう意味ではないのだが、どうも避けられている気がして、俺達が何か嫌な思いでもさせてしまったのだろうか? と心配になってくる。

 しかも、実習ではこうまで親しくしてくれているシャルルだが、部屋に戻ると急にぎこちない態度になるらしい。それも前に一夏から相談を受けたほどだ。

 

「お前いつもそうだよな。たまには一緒に着替えようぜ」

 

「い、イヤ……」

 

「そうつれない事を言うなよ」

 

 今日の一夏はえらく食い下がるな。しかしまあ、シャルル本人にも何かしらの事情があるわけだから、これ以上はよろしくないだろう。

 

「まあ待てよ一夏。男同士だっていう理由で、みんながみんな一緒に着替えたいわけじゃないんだ。な? ここは引いとけ」

 

「ぬぅ……確かにそうだよな。分かった」

 

 うむ。聞き分けが良くてよろしい。引き際を知らん奴は友達を失くすってのは万国共通だからな。

 

「こ、コホン! ……どうしても誰かと着替えたいのでしたら、そうですわね。気が進みませんが仕方ありませんわ。わ、わたくしが一緒に着替えて差し上げ――」

 

「こっちも着替えに行くぞ。セシリア、早く来い」

 

「ほ、箒さん! 首根っこを掴むのはやめて下さい!」

 

「セシリア……アンタって実は変態?」

 

「んな!? 鈴さん! それはどういう意味で――わ、わかりました! すぐ行きましょう! ええ! ちゃんと女子更衣室で着替えますから!」

 

 反論しようとするセシリアにそれを許さずグイイッと引っ張る箒と、セシリアを変態呼ばわりする鈴。

 

「(それにしても、あいつらいつの間にか名前で呼び合うようになったなぁ)」

 

 最初は一夏をめぐって騒いでいた3人だが、付き合いの長さから来るのだろうか。今は名前で呼び合うくらいには親しいらしい。

 

「んじゃあ俺達は更衣室で着替えてから行くから。湯冷めして風邪ひくなよー」

 

「お前は母親か。じゃあな、シャルル」

 

「あ、うん」

 

 シャルルにそれだけ言って、俺と一夏はゲートを通って更衣室に向かった。

 

「しかしまあ、贅沢っちゃあ贅沢だな」

 

「俺はもう少し狭い方が良いな。こうも広いと逆に落ち着かん」

 

 ガラーンとした更衣室。ロッカーの数は50ちょっとあり、当然室内もそれに見合ってかなり広い造りになっている。俺は【バスター・イーグル】を待機状態のドッグタグに変換すると、ISスーツの耐G装備を外した。

 

「はー、風呂に入りてえなあ……」

 

 横でベンチに座りながらISスーツを脱ぐ一夏がそうボヤく。まあ散々動き回ったあとは心身共にさっぱりしたいのだろう。噂によると男子が3人に増えた事で山田先生が大浴場のタイムテーブルを組み直してくれているらしい。先生、毎度毎度お疲れ様です。

 

「俺の国では毎日湯船に浸かる習慣なんざないからなあ。基本シャワーで済ませちまう。よっし、着替え終わりっ」

 

「そうなのか? なら大浴場が使えるようになったら入ってみろよ。すげえ気持ち良いぞ」

 

 同じく着替えを済ませた一夏は大浴場の解禁を待ち遠しそうな表情をしていた。そこまで言われるとこっちも楽しみになってくるな。

 

「そいつは楽しみだ。さて、それじゃあ寮に戻るとするか」

 

「おう」

 

 ▽

 

「なぜこんな所で教師など!」

 

「やれやれ……」

 

 夕暮れ時のオレンジ色に照らされた帰り道。少し先を行った所で声が聞こえて、俺と一夏は注意を向ける。なにせ、両方とも聞き覚えのあるものだったからだ。1人はボーデヴィッヒ、もう1人は織斑先生で間違いないだろう。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

 

「このような極東の地で何の役目があると言うのですか!」

 

 滅多に口を開かず、誰とも関わろうとしない氷の転校生ことラウラ・ボーデヴィッヒがここまで声を荒げるところを見るのは初めてだ。話の内容はどうやら織斑先生の現在の仕事についての不満をボーデヴィッヒがぶつけているようだった。

 

「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も生かされません」

 

「ほう」

 

「だいたい、この学園の生徒など教官が教えるに値いする人間ではありません」

 

「なぜだ?」

 

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしている。そのような程度の低い者達のために教官が時間を割かれるなど――」

 

「――そこまでにしておけよ、小娘」

 

「っ!」

 

 凄味のある織斑先生の声。さすがのボーデヴィッヒも、その声に含まれる覇気にすくんでしまったらしい。言葉は途切れたまま、続きが出てこない。

 

「少し見ない間に随分と偉くなったな。15歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」

 

「わ、私は……」

 

 その声が震えているのがここからでも分かる。今の彼女の心中にある感情は恐怖、なのだろう。圧倒的な力の前に感じる恐怖と、かけがえの無い存在に嫌われるという恐怖。

 

「そもそも、ここはIS学園(・・)だ。お前の言う意識の甘い者やISをファッションと勘違いしている者を指導するのが目的の機関だ」

 

「……………」

 

「寮に戻って1度頭を冷やせ」

 

「っ……!」

 

 声色を数段柔らかくした織斑先生に言われて、ボーデヴィッヒは黙したまま早足で去って行った。……あ、しまった。つい聞き入って――

 

「そこの男子2人。盗み聞きか? 異常性癖は感心しないぞ」

 

「し、失礼な! 自分にそんな性癖は存在しませんよ!」

 

「そうだよ! なんでそうなるんだよ! 千冬ね――」

 

 スパァンッ!

 

「学校では織斑先生と呼べ」

 

「は、はい……」

 

 今日も元気良く出席簿で頭をはたかれる一夏。これってもう毎日デフォルトと化してないか?

 

「盗み聞きなんて下らん事をしている暇があったらIS基礎の座学でもしていろ。このままでは月末のトーナメントで初戦敗退だぞ。勤勉さを忘れるな」

 

「分かってるって……」

 

「はい、問題ありません」

 

「そうか。なら良い」

 

 ニヤリと笑って立ち去ろうとする織斑先生を一夏の声が制止した。

 

「ま、待ってくれ!」

 

「?」

 

「前にラウラが言ってた事……千冬姉の弟とは認めないって、あれってやっぱり俺のせいで千冬姉が2度目の優勝を逃した――」

 

「もう終わった事だ」

 

 一夏の言葉は最後まで続かず、織斑先生の声によって遮られる。

 

「でも……」

 

「しつこく引きずるタイプの男はモテんぞ」

 

「……………」

 

「お前の存在と比べたら、優勝カップなどただの置物に過ぎん。『ブリュンヒルデ』などという称号も何の役にも立たんさ」

 

 顔を俯かせる一夏の頭を出席簿でポンッと軽く叩いた織斑先生は優しげな表情を浮かべてそう告げる。

 

「千冬姉……」

 

「さて、私はまだ仕事が残っている。お前達も早く寮に帰れよ。ではな」

 

 そう言って織斑先生は今度こそ去って行った。

 

「本当に良いお姉さんだな」

 

「ああ」

 

 

 

 あとでさっきの話を一夏に詳しく聞いてみた。

 織斑先生が現役の操縦者だった頃、第2回モンド・グロッソISの世界大会。その決勝戦の日に一夏は何者かの手によって誘拐・監禁されたのだそうだ。

 その目的は未だ不明だが、拘束されて真っ暗の中に閉じ込められた一夏を助けたのが決勝戦を放り出して駆けつけた織斑先生らしい。

 もちろん決勝戦は彼女の不戦敗。誰もが2連覇を確信してただけに決勝戦放棄は大きな騒ぎを呼び、それが巡り巡って俺の耳にも入ったってわけだな。

 そして、一夏の監禁場所に関する情報を提供したドイツ軍に『借り』を返すために、約1年ほどドイツ軍IS部隊の教官を勤めた。――これが事の成り行きだそうだが、成程。これでようやくボーデヴィッヒが一夏に対してあそこまで悪感情を向ける理由が分かったぞ。

 

 ▽

 

 コンコンコン

 

「ん?」

 

 部屋に帰り着き、シャワーで汗を流し終えた俺がタオルで頭を拭いていると、小気味良い音を立ててドアがノックされた。

 

 コンコンコンコンッ

 

 またドアがノックされる。どうやら急ぎの用事らしい。俺はタオルを丸めてベッドの上に放り投げ、急ぎ足で玄関に向かう。

 

「はいはい。どちらさんで……って、一夏か。どうした、そんな神妙な顔して」

 

「ウィル、今ちょっと良いか? 俺の部屋まで来てほしいんだ」

 

 時折周囲を気にするような素振りを見せる一夏を見て並々ならぬ何かを感じた俺は眉をひそめる。それにしてもシャルルの姿が見えんな。部屋で待ってるのか?

 

「何かトラブルか。分かった、取り敢えず部屋に行こう」

 

 急いで靴を履き直した俺は一夏と共に1025室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「邪魔するぞ」

 

 部屋に入るや否や2つ並んだベッドが俺の目に入る。そしてその内の1つ、手前側のベッドに腰掛けるジャージ姿のシャルル。ここだけ見れば普通の光景なのだが、1つだけ違和感を見つけた。なんとも失礼な話だが、シャルルの胸がいつもより膨らんでいるように見えるのだ。

 

「…………シャルルと瓜二つの姉か妹……といった話じゃあなさそうだな」

 

 自分自身頭の整理が追い付かないが、目の前で暗い表情を浮かべている女子がシャルル本人で間違いないだろう。俺はふぅ、と息を吐いて手近な椅子に座る。

 

「それで? いったい何が起こった?」

 

「そうだな。まずはウィルにも説明しないと。シャルル、話しても良いか?」

 

「……うん」

 

 シャルルが頷いたのを確認して、一夏がゆっくりと俺がこの部屋に来る前の出来事を説明し始める。なんでも、シャワー中のシャルルにシャンプーの替えを渡そうとしたところ偶然にもシャワー室のドアが開き、しかもなんと出て来たのが全裸の女子でした、という事らしい。……いや、タイミングが悪かったとは言え何してんだよ一夏。

 

「成程。事の発端は分かった。じゃあ本題に入るとするか」

 

 俺は一夏と顔を見合せ、互いに頷く。

 

「じゃあ改めて、なんで男のフリなんかしていたんだ?」

 

「それは、その……実家の方からそうしろって言われて……」

 

 一夏の問いに答えるシャルルは俯いたまま、居心地が悪そうに小さくなる。

 

「うん? 実家? お前の実家って確か……」

 

「フランスのIS企業、デュノア社だったな?」

 

「そう。僕の父がそこの社長。その人からの直接な命令なんだよ」

 

 ……どうも妙な違和感がある。特に実家の話をし始めてから、シャルルの顔が暗くなっていく一方だ。

 

「命令って……親だろう? なんでそんな――」

 

「僕はね、一夏、ウィル。愛人の子なんだよ」

 

 それを聞いて俺と一夏は絶句してしまった。俺はともかく、一夏だって世間を知る15歳だ。『愛人の子』という単語を聞いて小首を傾げるほど世間に疎くもなければ純情でもない。

 

「引き取られたのが2年前。ちょうどお母さんが亡くなった時にね、父の部下がやって来たの。それで色々検査する過程でIS適応が高い事が分かって、非公式ではあったけどデュノア社のテストパイロットをやる事になってね」

 

 シャルルは、恐らく言いたくはないであろう話をそれでも健気に話してくれた。だから俺も一夏も、口を挟まず黙ってしっかり話に耳を傾ける事に専念した。

 

「父にあったのは2回くらい。会話は数回くらいかな。普段は別邸で暮らしているんだけど、1度だけ本邸に呼ばれてね。あの時は酷かったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね、参っちゃうよ。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね」

 

 あはは、と愛想笑いを繋げるシャルルだったが、その声は乾いていてとても笑っているようには見えない。俺も一夏も、さすがに愛想笑いは返せない。そしてシャルルも望んでいないだろう。

 

「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」

 

「え? だってデュノア社って量産型ISのシェアが世界第3位だろ?」

 

「そうだけど、結局【リヴァイヴ】は第2世代型なんだよ。現在ISの開発は第3世代型が主流になってるんだ。オルコットさんや凰さん、ボーデヴィッヒさんがこの学園に入学したのも、そのデータを取るためだと思う。一応デュノア社も第3世代型の開発に着手しているんだけど、なかなか形にならなくて……。このままだと開発許可が剥奪されてしまうんだ」

 

「なんとなく話は分かったが、それがどうして男装に繋がるんだ?」

 

「ああ。そんな事をしていったいどんな利益が生まれ……っ! おい、まさか……」

 

「簡単だよ。注目を浴びるための広告塔。それに――」

 

 シャルルは俺達から視線を外し、どこか苛立ちを含んだ声で続けた。

 

「同じ男子なら日本とアメリカで登場した特異ケースと接触しやすい。可能であればその使用機体と本人のデータも取れるだろう……ってね」

 

「それは、つまり――」

 

「そう、【白式】もしくは【バスター・イーグル】のデータを盗んで来いって言われているんだよ。僕は、あの人にね」

 

 話を聞く限り、その父親はただ一方的にシャルルを利用しているだけのように感じた。自分の緩い下半身を制御できず生まれた愛人の娘が偶然IS適応を持っていた、なら使おうと、そういう風に。

 

「とまあ、そんなところかな。でも一夏とウィルにバレちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ……潰れるか他企業に吸収されるか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでも良い事かな」

 

「「……………」」

 

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今までウソをついていてゴメン」

 

 ……こんなえげつない話が現実に存在するとはな。

 

「……良いのか、それで」

 

 不意に一夏が口を開き、深々と頭を下げるシャルルの肩を掴んで顔を上げさせた。

 

「え……?」

 

「それで良いのか? いいはずがないだろ。親が何だ。親だからって子の自由を奪える権利がどこにある! おかしいだろう、そんなものは!」

 

「い、一夏……?」

 

 シャルルが戸惑いと怯えの表情を浮かべる。けれど、一夏の言葉は止まらなかった。

 

「親がいなけりゃ子供は生まれない。そりゃそうだろうよ。でも、だからって、親が子供に何しても良いなんて、そんな馬鹿げた話があってたまるか!」

 

「ど、どうしたの? 一夏、変だよ?」

 

「一夏、一旦冷静になれ。シャルルが怯えてるぞ」

 

 一夏の肩に手を置いて、冷静さを取り戻すように促す。言われて気付いたのか、我に返った一夏はパッとシャルルの肩から手を離した。

 

「あ、ああ……悪い。つい熱くなってしまって」

 

「いいけど……本当にどうしたの?」

 

「俺は――俺と千冬姉は両親に捨てられたから」

 

「……俺も、俺の両親とは血縁関係が無い。捨てられたところを拾われたんだ」

 

 まともな記憶は拾われたあとだが、俺だって生身の人間だ。木の股から産まれたわけでも、SFみたく光の粒子が集まって出て来たわけでもないだろう。

 

「あ……」

 

 恐らくは資料で知っているであろう、一夏の『両親不在』と俺の『血縁関係なし』の部分を思い出したらしく、シャルルは申し訳なさそうに顔を伏せる。

 

「その……ゴメン」

 

「気にしなくて良い。今さら会いたいとも思わない」

 

「俺も同じ気持ちだ。育ててくれた人達こそが俺の家族だ。……それで、シャルルはこれからどうするんだ?」

 

「どうって……女だって事がバレたから、きっと本国に呼び戻されるだろうね。あとの事は分からない。代表候補生を降ろされて、良くて牢屋行きとかじゃないかな」

 

「……シャルルはそれで良いのかよ」

 

「良いも悪いも無いよ。僕には選ぶ権利がないから、仕方がないよ」

 

 一夏の問いに答えて見せたシャルルの微笑みは、痛々しいものだった。もう絶望すら通り越して、早速諦めている。

 

「……だったら、ここにいろ」

 

「え?」

 

「俺達が黙っていればそれで済む」

 

「でも、そんな事をしてもいずれは……」

 

「っ……」

 

 シャルルだけでなく、今度は一夏まで一緒に俯いて沈黙してしまう。なんでもかんでも楽観的に考えろとは言わんが、少しばかりネガティブな思考になり過ぎだ。しかし、実際問題どうしたものか。こういう話には政治も絡んでくるし……待てよ? 政治……政治、国家……ハッ!?

 

「そうだ!」

 

 ガタンッ! と椅子を蹴倒さん勢いで立ち上がった俺に驚いたのか、一夏とシャルルは揃ってビクッと肩を跳ねさせた。

 

「うぃ、ウィル、いったいどうしたんだ?」

 

「一夏、突然だがホーキンス先生の英会話授業だ。Look at the third drawer the desk. この英文を訳してみろ!」

 

「な、なんだよいきなり……。えーっと、机の3番目の……引き出し……? を見て下さい――あっ! ああっ!」

 

「パーフェクトだ一夏! 今度お前には昼飯とコーラを奢ってやる!」

 

「ふ、2人ともどうしちゃったの!?」

 

 俺と一夏の謎のテンションについて行けずシャルルはワタワタと慌てている様子だが、一夏は自身の机の3番目の引き出しから1冊の本を取り出した。

 

「特記事項第22:本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。これか!」

 

 スラスラと特記事項を読み上げて行く一夏。そう、この特記事項こそがシャルルがIS学園に残る事ができる方法だ。

 

「――つまり、この学園にいれば、少なくとも3年間は大丈夫ってわけだ。な? ウィル」

 

イグザクトリー(その通り)。時間稼ぎにしかならんが、それでも時間はたっぷりとあるんだ。今ケツに火が着いたみたいに慌てなくても、解決方法はゆっくり見つけられる」

 

「2人ともよく覚えてられたね。特記事項って55個もあるのに」

 

「……こう見えて勤勉なんだよ、俺は」

 

「なーに言ってんだ。俺が言わなきゃ頭の片隅にも浮かばなかっただろうに」

 

 ちなみにさっき少しだけ出てきた英会話授業だが、織斑先生直々にお願いされて週2回のペースで実際にやっていたりする。こうして成果も出ているわけだし、やっぱり給料貰って来ても良いだろうか? さらに言うと、これに便乗してセシリアが乱入し、さらにさらに箒が日本語、鈴が中国語を教えようと乱入してきている。あいつらは一夏を外交官にでもする気か? しかも箒に至っては一夏と同じ日本人だろうに……。

 

「ふふっ、あははっ」

 

 やっとシャルルが笑った。その表情には屈託が無くて、15歳の少女そのものだった。

 

「まあ、とにかく決めるのはシャルルなんだから、考えてみてくれ」

 

「うん。そうするよ。2人とも本当にありがとう――」

 

 コンコン

 

「「「!?」」」

 

「一夏さん、いらっしゃいます? 夕食をまだ取られていないようですけど、お体の具合でも悪いのですか?」

 

 問題にひとまず解決の兆しが見えて気が少し緩んでいたところでの突然のノックと呼び声に俺達3人は身をすくませる。

 

「一夏さん? 入りますわよ?」

 

 まずい。非常にまずい。今のシャルルを見られたら100%女だとバレてしまうだろう。

 

「ひ、ひとまずは俺が対応する。一夏はシャルルを隠せ! マッハだ!」

 

 そう言い残して俺は駆け足で玄関に向かい、ドアを開ける。

 

「よ、ようセシリア。どうしたんだ?」

 

「あら、ウィリアムさん。実は一夏さんがまだ夕食を取っていないと聞きまして、お誘いに来ましたの。ウィリアムさんこそ、どうして一夏さんのお部屋に?」

 

「あ、ああ。今日の特訓で見つかった課題点を話し合っていたんだが、どうもシャルルが疲れたらしくてなー」

 

「まあ、そうでしたの――」

 

だあっ! 待て待て、なんでクローゼットなんだよっ。ベッドだベッド! 布団に隠れろ!

 

あ、ああっ、そっか!

 

「……? 何やら中が騒がしい様子ですが……」

 

 ドタドタ。バタンバタン。室内からする慌ただしい物音にセシリアは眉をひそめる。あいつら何してんだ! さっさと隠れろ!

 

「あー、ああ! たぶん一夏が机の角に小指でもぶつけたんだろう。一夏ぁ、セシリアが夕食一緒にどうだって来てるぞー!」

 

 クソッ、我ながら下手くそな演技に涙が出てくるぜ……!

 

「お、おーう! わりぃなウィル。代わりに出てもらってー」

 

 なんとかシャルルを隠し終えたのか、一夏が大急ぎで部屋から出て来た。

 

「あ、あら一夏さん。実はわたくし、偶然にも夕食がまだでして、ご一緒しませんこと?」

 

「お、おう。そうだな。俺もそろそろ食べに行こうと思ってたところだ」

 

「でしたらぜひ! ええ、ええ。珍しい偶然もあったものです」

 

「わ、分かった。分かったから引っ張るな!」

 

 どうやら上手く騙せたのか、セシリアはスルリと一夏の手を取り、強引に引っ張って行った。

 

「やれやれ、肝が冷えたぜ……」

 

 学食に連れて行かれる一夏の背中を少しの間見送ってから、俺は一夏の部屋に入る。

 

「一夏達はもう行ったから、ベッドから出ても問題ないぞ」

 

「う、うん」

 

 布団がモゾモゾっと動き、シャルルが出てくる。

 

「……ねえ、ウィル」

 

「うん?」

 

「さっきのオルコットさんもだけど、一夏ってさ、その……女の子に、人気があるの?」

 

 やけに歯切れが悪いから何か言いにくい事でもあるのかと思ったが、シャルルの口から出て来たのはそんな質問だった。

 

「あー、そうだな。俺の知る限りだと、少なくとも現時点では3人の女子から好意を寄せられているな。本人は自覚なしのようだが……なんだ? もしかしてお前もあいつに惚れたのか?」

 

「……………」

 

 ニヤッと笑って冗談めかしながらそう言うと、シャルルは顔を赤くして俯いてしまった。……えっ? もしかして大当たり?

 

「……オーケーオーケー。別に答える必要なんてないさ。もういっそのこと全員と幸せになりゃあ良いんだっ

 

「? 何か言った?」

 

「いんや、なんにも。それじゃあ俺もそろそろ失礼するかな」

 

「ウィルも夕食に行くの?」

 

「ああ。俺もまだ食ってないからな。シャルルの分は一夏が取って来てくれるだろうから、まあもう少し待っとけ。それじゃあな」

 

「うん。ウィルも、今日はありがとう」

 

「ユアウェルカムだ」

 

 その一言を言い残し、俺は1025室をあとにする。今日は塩辛い物を食おうと思っていたがやめておくとしよう。もう既に涙で塩辛い。

 ……畜生、ファッキン色男の一夏め。ほんとあいつはどれだけモテるんだ!? しかも良い奴だからなんも言えん……!!

 

 

 



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19話 鮫野郎(さめやろう)

「そ、それは本当ですの!?」

 

「う、ウソついてないでしょうね!?」

 

 月曜の朝、教室に向かっていた俺は廊下にまで響く声に目をパチクリさせた。この声はセシリアと鈴のもので間違いないだろう。

 

「いったいなんの話題で騒いでるんだ?」

 

「さあ?」

 

「俺もさっぱりだ」

 

 小首を傾げるシャルル(男装バージョン)と、肩を竦める一夏。

 

「本当だってば! この噂、学園中で持ちきりなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら織斑くんと交際でき――」

 

「俺がどうしたって?」

 

「「「きゃあああっ!?」」」

 

 自分の名前が出た事で一夏が問い掛けるが、返って来たのは取り乱した悲鳴だった。気のせいか? 今『交際』って聞こえた気がするんだが……。

 

「で、何の話だったんだ? 俺の名前が出てたみたいだけど」

 

「う、うん? そうだっけ?」

 

「さ、さあ、どうだったかしら?」

 

 鈴とセシリアは、あははうふふと言いながら、あからさまに話を逸らそうとする。なんだ、一夏が聞いちゃまずい話題なのか?

 

「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」

 

「そ、そうですわね! わたくしも自分の席に着きませんと」

 

 何か隠しているのが見え見えな様子で2人はその場を離れていく。その流れに乗ってなのか、何人か集まっていた他の女子達も同じように自分のクラス・席へと戻っていった。

 

「……あいつら、どうしたんだ……?」

 

「……さあ?」

 

「トーナメント戦がどうとか聞こえたから、それに関係するんじゃないのか?」

 

 3人揃って頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、もう間も無く始まる朝のSHRに備えるのであった。

 

 ▽

 

「「あ」」

 

 2人同時に間の抜けた声が出てしまう。時刻は放課後。場所は第3アリーナ。声の主は鈴とセシリアだった。

 

「奇遇ね。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」

 

「奇遇ですわね。わたくしもまったく同じですわ」

 

 2人の間に見えない火花が散る。どうやらどちらも狙っているのは優勝らしい。

 

「ちょうど良い機会だし、この前の実習の事も含めてどっちが上かはっきりさせておくのも悪くないわね」

 

「あら、珍しく意見が一致しましたわね。どちらの方がより強くより優雅であるか、この場ではっきりさせましょうか」

 

 2人ともメインウェポンを呼び出すと、それを構えて対峙した。

 

「では――」

 

 ――と、いきなり声を遮って超音速の実砲弾が飛来する。

 

「「ッ!?」」

 

 緊急回避のあと、鈴とセシリアは揃って砲弾が飛んで来た方向を見る。そこにはあの漆黒の機体がたたずんでいた。

 機体名称【シュヴァルツェア・レーゲン】、登録操縦者――

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

「……どういうつもり? いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」

 

 セシリアは表情を苦く強張(こわば)らせ、鈴は連結した『双天牙月(そうてんがげつ)』を肩に預けながら、衝撃砲を戦闘状態へとシフトさせる。

 

「中国の【甲龍(シェンロン)】にイギリスの【ブルー・ティアーズ】か。……ふん、データで見た時の方がまだ強そうだったな」

 

 いきなりの挑発的な物言いに、鈴とセシリアの両方が口元を引きつらせる。

 

「何? やるの? わざわざドイツくんだりからやって来てボコられたいなんて大したマゾっぷりね。それともジャガイモ農場じゃそういうのが流行ってんの?」

 

「あらあら鈴さん、こちらの方はどうも言語をお持ちでないようですから、あまりいじめるのは可哀想ですわよ? 犬だってまだワンと言いますのに」

 

 ラウラの全てを見下すかのような目つきに並々ならぬ不快感を抱いた2人は、それぞれもどうにか怒りを言葉に変換して吐き出す。

 が、それはおおよそ無駄な労力であった。

 

「はっ……。2人がかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬ者が専用機持ちとはな。余程人材不足と見える。数くらいしか能の無い国と、古いだけが取り柄の国はな」

 

 ブチッ――!

 

 何かが切れる音がして、鈴とセシリアは装備の最終安全装置を外す。

 

「どうやらスクラップがお望みみたいね。――セシリア、どっちが先にやるかジャンケンしよ」

 

「ええ、そうですわね。わたくしとしてはどちらでも良いのですが――」

 

「はっ! 2人がかりで来たらどうだ? 1に1を足そうが所詮答えは2にしかならん。下らん種馬を取り合うようなメスに、この私が負けるものか」

 

 それは明らかな挑発であったが、堪忍袋の()が切れた2人にはもはやどうだって良い。

 

「――今なんて言った? あたしには『どうぞ好きなだけ殴って下さい』って聞こえたけど?」

 

「場にいない人間の侮辱までするとは、同じ欧州連合として恥ずかしい限りですわ。その軽口、2度と叩けぬようにここで叩いておきましょう」

 

 獲物を握り締める手にきつく力を込める2人。それを冷ややかな視線で流すと、ラウラはわずかに両手を広げて自分側に向けて振る。

 

「とっとと来い」

 

「「上等!!」」

 

 ▽

 

「一夏、ウィル、今日も放課後特訓するよね?」

 

「おう。トーナメントまであまり時間無いしな」

 

「限りある時間は有効活用だ。確か今日は――」

 

 第3アリーナが開いてるはずだ、と言おうとしてところで、俺はそのアリーナの方角がえらく騒がしい事に気付いた。

 

「なんだ? もうアリーナが使用者で溢れてるのか?」

 

 アリーナに近づくにつれて何やら慌ただしい様子が伝わってくる。さっきから廊下を走っている生徒も多い。

 

「何かあったのかな? こっちで先に様子を見て行く?」

 

 そう言ってシャルルは観客席へのゲートを指す。確かにピットに入るよりも早く様子を見る事ができそうだ。

 

「だな。ウィル、先に中の状況を確認しようぜ?」

 

「ああ。満員だったら別の訓練方法を考えんといかんしな」

 

 そう言って頷いた俺は、一夏、シャルルと共に観客席のゲートをくぐり抜ける。

 

「ん? 箒――」

 

 一夏が、既にアリーナに来ていた箒に気付いて声を掛けた刹那の出来事だった。

 

 ドゴォンッ!!

 

「「「!?」」」

 

 突然の爆発に驚いて視線を向ける俺達。そして、その煙が立ち込めていた場所を見て絶句した。

 どうやら模擬戦を行っていたらしく形式はセシリア&鈴 対 ボーデヴィッヒのようだが、戦略的に有利なはずの2人のISは装甲が一部失われてボロボロ。対するボーデヴィッヒも無傷とはいかないが、それでも明らかに損傷は軽微だったのだ。

 

「ふん、もう終わりか? ならば――私の番だ」

 

 言うと同時にボーデヴィッヒは『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』で鈴に肉薄して蹴り飛ばし、セシリアには近距離からの砲撃を当てる。

 さらに展開されたワイヤーブレードが、吹き飛ばされた2人の体を捕まえてボーデヴィッヒの元へと手繰り寄せる。そこからはただの一方的な暴力が始まった。

 

「あああっ!」

 

 その腕に、脚に、体に、ボーデヴィッヒの拳が叩き込まれる。シールドエネルギーはあっという間に減って機体維持警告域(レッドゾーン)を超え、操縦者生命危険域(デッドゾーン)へと到達する。これ以上ダメージが増加しISが強制解除される事があれば、その時は冗談ではなく生命に関わる。

 

「おいおい、あれはやり過ぎだぞ……!!」

 

 ボーデヴィッヒの攻撃は止まらない。ただ淡々と鈴とセシリアを殴り、蹴り、ISアーマーを破壊していく。

 普段と変わらないボーデヴィッヒの無表情が確かな愉悦(ゆえつ)に口元を歪めた瞬間。

 

 ――ブ ツ リ

 

 何かが盛大に切れた音が、俺の頭の中から聞こえた。

 

「あのやろう……!!」

 

「あいつ……!!」

 

 俺は【バスター・イーグル】を展開。同じく【白式】を展開した一夏は『雪片弐型』を構築、全エネルギーを集約させ零落白夜を発動させる。

 

「一夏! アリーナのバリアーを破壊する気か!?」

 

「ああ! 今ピット・ゲートから行くんじゃ間に合わない!」

 

「確かにその通りだ。――全員下がってろ!!」

 

 大声で周りにいた女子達に離れるよう注意喚起し、全員が距離を取ったことを確認してから一夏に「よし、やれ!」と言って合図を送る。

 

「おおおおおっ!」

 

 本体の倍以上になった実体剣から放出するエネルギーの刃を、一夏は観客席を取り囲むバリアーへと叩きつけた。

 ありとあらゆるエネルギーを消滅させる零落白夜によって切り裂かれたバリアーの、その間を突破した一夏はボーデヴィッヒを眼中に捉えて猛スピードで突っ込む。

 

「その手を離せえぇぇぇぇ!!!」

 

 鈴とセシリアを掴んでいるボーデヴィッヒへと、一夏は刀を振り下ろす。

 ――が、しかし……。

 

「ふん……。感情的で直線的、絵に描いたような愚図(ぐず)だな」

 

「な、なんだ!? クソッ、動けねぇっ……!」

 

 零落白夜の一撃がボーデヴィッヒに届く寸前で、ビタッと一夏の体が止まった。まるで全身を見えない固定具で拘束されたかのように、一夏は身動(みじろ)ぎ1つ許されない。

 

「(なんだありゃ……。いったいどういう魔法(・・)を使ったんだ?)」

 

 あの【シュヴァルツェア・レーゲン】はドイツの第3世代型らしいが、一夏の動きを完全に止めてしまったアレが特殊装備で間違い無いだろう。

 

「やはり敵ではないな。この私と【シュヴァルツェア・レーゲン】の前では、貴様も有象無象の1つでしかない。――消えろ」

 

 肩の大型カノンが接続部から旋回し、グルンと一夏へと砲口を向ける。――あの魔法のカラクリを考察するのはあとだ!

 

《シャルル、一夏と一緒に鈴とセシリアを救出しろ! 俺はボーデヴィッヒの気を引く!》

 

 個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)でシャルルにそれだけ言って、俺は安全装置を解除。ボーデヴィッヒをロックオンする。

 

 ――TGT Locked――

 

 バイザーの照準サークルが赤く点滅し、ビーーと電子音が鳴る。

 

「ターゲットロック。フォックス2!」

 

 右主翼端から放たれたミサイルは意思を持ったようにボーデヴィッヒに狙いを定めて突撃する。

 

「チッ……。邪魔が入ったか……!」

 

 一夏の拘束を解き、ミサイルに意識を向けるボーデヴィッヒ。やはり、あのよく分からない能力によってミサイルは動きを止められるが、その隙に一夏とシャルルが鈴とセシリアを抱きかかえて離脱した。

 

「一夏、シャルル! 2人は!?」

 

「大丈夫だ。意識はある」

 

「こっちも手酷くやられてはいるけど大丈夫だよ」

 

「ならよかった」

 

 鈴とセシリアの無事が確認できた事でわずかに安堵の声で答えた俺は、次にこちらを忌々しそうに睨み付けるボーデヴィッヒに視線をやる。

 

「また貴様かっ! 1度ならず2度、3度と……!」

 

「ああ、お楽しみの邪魔をして悪かったな。詫びと言っちゃあなんだが俺が相手になってやろう。まだ殴り足りないだろ?」

 

 そんな俺の言葉を聞いたボーデヴィッヒは俺――いや、俺のISを見て嘲笑を浮かべた。

 

「はっ。まさか第2世代のキメラ(合成機)風情でこの私に挑もうとでも言うのか?」

 

 キメラか。確かに俺の相棒にはターミネーター(人型航空兵器)の技術が盛り込まれている。その姿形が似ているのが何よりの証拠だろう。

 だが、俺に言わせればそれだけのこと(・・・・・・・)だ。

 

「安心しろ。お前が思ってる以上にこいつは動ける。キメラがドイツの第3世代を倒しましたって、こいつの製造元の良い宣伝材料になるかもな」

 

「……アメリカンジョークは好かん」

 

「ジョークかどうか試してみるか?」

 

 軽口に不快感をあらわにするボーデヴィッヒを、俺はトーンを数段落とした声でさらに挑発する。

 

キィィィイイイイイイイイイン――!!

 

 睨み合っている内に温まっていたジェットエンジンが、耳をつんざく甲高い音を立てながら排気ノズル周辺に陽炎(かげろう)を作る。

 

「ほら、さっさとかかって来い。勝てる自信があるんだろ?」

 

「……いいだろう。その耳障(みみざわ)りな騒音も一緒に黙らせてやるっ……!!」

 

 両腕に薄紫色に発光する『プラズマ手刀』を展開したボーデヴィッヒと、右腕で鈍く黒光りする『ブッシュマスター』を構える俺は、同時に飛び出す。

 

 ガギンッ!!

 

「「!?」」

 

 あと数メートルで互いが互いを交戦距離に収める瞬間、金属同士が激しくぶつかり合う音が響いて、ボーデヴィッヒはその影に加速を中断させられる。一方の俺は突然の乱入者とボーデヴィッヒに衝突しないよう左に(かじ)をきってそれをかわす。

 

「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

 

「な!? き、教官!?」

「織斑先生!?」

 

 その影の、突然の乱入者の正体は予想外の人物だった。しかもその姿は普段と同じスーツ姿で、ISどころかISスーツさえ装着していない。しかしその手に持っているのはIS用近接ブレードであり、170センチはある長大なそれをISの補助無しで軽々と扱っている。その上で今の横やりなのだ。俺は目をパチクリさせてもう1度視線を戻すが、さっきと状況は変わらない。

 

「模擬戦をやるのは構わん。――が、このような事態にまで発展されては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」

 

「……教官がそう仰るのなら」

 

「……イエス・ミス。ご迷惑をお掛けしました」

 

 素直に頷いて、俺とボーデヴィッヒはISの装着状態を解除する。アーマーが光の粒子へと変換され、弾けて消えた。

 

「織斑もそれで良いな?」

 

「あ、ああ……」

 

 一夏もあまりの事に()けていたのか、彼はついつい素で答えてしまう。

 

「教師には『はい』と答えろ。馬鹿者」

 

「は、はい!」

 

 一夏の返事を聞いて、織斑先生は改めてアリーナ内の全ての生徒に向けて言った。

 

「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」

 

 パンッ! と織斑先生は強く手を叩いてから去って行く。

 

「……ふん。命拾いしたな、鮫野郎(さめやろう)

 

 俺のISのシャークマウスを見てボーデヴィッヒはそう言ったのだろう。……鮫野郎、か。その名前で呼ばれたのは久しぶりだな。

 侮蔑の意味で言われたその言葉を懐かしく感じると同時に、かつて『鮫』と呼ばれていた自分が目を覚まし、牙を剥き出すのを感じ取る。

 

「その言葉をそっくりそのまま返してやろう。今度のトーナメントでは、――せいぜいその鮫に食い殺され(・・・・・・・・・)んように気を付けるんだな」

 

 そう言い残して俺は一夏達の元へ。ボーデヴィッヒは俺とは反対方向のゲートへ歩いて行く。

 こうして、第3アリーナでの事件は終息したのだった。

 

 ▽

 

「……………」

「……………」

 

 場所は保健室。時間はアリーナの一件から1時間ほど経過していた。ベッドの上では打撲の治療を受けて包帯の巻かれた鈴とセシリアがムッスーとした顔で視線をあらぬ方向へと向けていた。……いったい君らは何が不服なんだね?

 

「別に助けてくれなくてもよかったのに」

 

「あのまま続けていれば勝っていましたわ」

 

 感謝するかと思えばこれだ。まあ、別に感謝されたくて助けたわけでもないから、いいのだが。どちらかと言えば俺も一夏も頭に血が昇って乱入したわけだしな。

 

「はぁ、お前らなあ……」

 

「よく言うぜ。ありゃあ誰がどう見ても負けると確信するほど酷い状態だったぞ。それこそ、ミラクルでも起きない限りな」

 

「でもまあ、怪我が大した事なくて安心したぜ」

 

「こんなの怪我の内に入らな――いたたたっ!」

 

「そもそもこうやって横になっていること自体無意味――つううっ!」

 

 ……これだけ包帯に巻かれた状態でまだ言うか。て言うかこいつらはアホなのか? 無理に体を起こしたら痛いに決まってるだろうに。

 

「ちょっと一夏! バカって何よバカって! ウィルも! アンタ今アホなのかって思ったでしょ!」

 

「お2人こそバカでアホですわ!」

 

 とんでもない反撃を喰らった。しかし俺はもちろん、一夏も口を開いた覚えはないんだが……。織斑先生もだが、女性には何か超常的な力でも備わっているのだろうか。まあそれはともかく、怒り心頭の怪我人が2名、どうしたもんかねぇ。

 

「好きな人に格好悪いところを見られたから、恥ずかしいんだよ」

 

「ん?」

 

まっ、多分そうなんだろうな

 

 シャルルが飲み物を買って戻ってきた。部屋に入る時に小声で言った言葉を一夏はよく聞き取れなかったのか小首を傾げ、俺はふっと笑いながら鈴とセシリアにチラリと視線をやる。

 どうやら一夏以外は俺を含めて全員しっかり聞き取れたらしく、怪我人2人組は顔をカァァっと真っ赤にし始めた。

 

「なななな何を言っているのか、全っ然っ分かんないわね! こここここれだから欧州(ヨーロッパ)人って困るのよねえっ!」

 

「べべっ、別にわたくしはっ! そ、そういう邪推をされるといささか気分を害しますわねっ!」

 

 2人ともまくし立てながらさらに顔が赤くなっていく。まったく……素直じゃないねえ。

 

「はい、ウーロン茶と紅茶。取り敢えず飲んで落ち着いて」

 

「ふ、ふんっ!」

 

「不本意ですが頂きましょうっ!」

 

 鈴とセシリアは渡された飲み物を引ったくるように受け取って、ペットボトルの口を開けるなりゴクゴクと飲み干す。

 

「しかし、何だってラウラとバトルする事になったんだ?」

 

「それもそうだな。なぜそうなったのか経緯を教えてくれるか? 例えばボーデヴィッヒに挑発された、とか」

 

「え、いや、それは……」

 

「ま、まあ、なんと言いますか……女のプライドを侮辱されたから、ですわね」

 

 ふむ、どうやらボーデヴィッヒからの挑発があったのは間違いないらしい。それに加えて、2人がどうにも言いにくそうにしている。……多分だが、一夏がらみでも何か言われたな。

 

「ああ。もしかして一夏の事を――」

 

「あああっ! アンタは一言多いわねえ!」

 

「そ、そうですわ! まったくです! おほほほほ!」

 

 何かピンと閃いたらしいシャルルを、2人は凄まじい早さで取り押さえた。2人から口を覆われて、シャルルが苦しそうにもがく。

 

「こらこら、やめろって。シャルルが困ってるだろうが。それにさっきから怪我人のくせに体を動かしすぎだぞ」

 

 ちょっと1回冷静になれよとばかりに一夏は鈴とセシリアの肩に手を置く。

 

「「ぴぐっ! ~~~~~!?」」

 

 うわぁ、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)痛そうだな。2人の悶絶具合を見れば、それがどれほど痛かったのかは容易に想像がつく。

 

「あ……スマン。そんなに痛いと思わなかった。悪い」

 

「い、い、いちかぁ……アンタねぇ……!」

 

「あ、あと、で……覚えてらっしゃい……!」

 

 もしも2人が元気だったら、今頃一夏にはガトリング砲のごとき勢いで鉄拳が炸裂していたことだろう。加えて空対地ミサイルもおまけでついてくるに違いない。弾切れ? そんなもんトリガーから指を離すまで延々と続くに決まってる。

 

ドドドドドドドッ……!!

 

「……ワッツ……?」

 

 地鳴りに聞こえるそれは、どうやら廊下から響いてきている。しかもだんだんと近付いて来ているように思うのだが、多分気のせいじゃないだろ――うぅぅぅ!!?

 ドカーンッ!! と保健室のドアが吹き飛ぶ。比喩(ひゆ)でも誇張でもなく、本当に吹き飛んだ。映画とかで主人公がドアを蹴り開けて突入するシーンは見た事あるが、その倍以上の威力だ。

 

「織斑くん!」

「ホーキンスくん!」

「デュノアくん!」

 

 入って来たなんて生易しいものではない。文字通り雪崩(なだ)れ込んで来たのは数十名の女子生徒だった。ベッドが5つもある広い保健室なのに、室内はあっという間に人で埋め尽くされ、しかも俺達を見つけるなり一斉に取り囲み、まるでバーゲンセールかチケットの取り合いがごとく手を伸ばしてきたのである。……おぉう、軽くホラーだぞ、こりゃあ。人垣から伸びてくる無数の手、手、手。普通に怖いんだけど。

 

「お、おいおい、どうしたんだ!? 誰か説明してくれ!」

 

「な、な、なんだなんだ!?」

 

「ど、どうしたの、みんな……ちょ、ちょっと落ち着いて」

 

「「「これ!」」」

 

 状況が飲み込めない俺達に、バン! と女子生徒一同が出してきたのは学内の緊急告知文が書かれた申込書だった。

 

「ここ読んで、ここ!」

 

「えーと、なになに? 『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、2人組での参加を必須とする』? ほう、いつの間に変更したんだ? ……『なお、ペアが決まらなかった者は当日抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』――」

 

「ああ、そこまででいいから! とにかくっ!」

 

 そしてまた一斉に伸びてくる無数の手。ひぃっ。や、やめろ! 俺はホラー系が苦手なんだっ!

 

「2人で勝利を掴み取ろう、ホーキンスくん!」

 

「私と組もう、織斑くん!」

 

「私と組んで、デュノアくん!」

 

 いきなりトーナメントの仕様変更があった理由は分からないが、学園側に何か考えがあるのだろう。ともかく今こうしてやって来ているのは全員1年生の女子だ(リボンの色で識別できる)。学園内で3人しかいない男子ととにかく組もうと、先手必勝とばかりに迫って来ていた。

 

一夏、ウィル

 

「「?」」

 

 シャルルが小声で話し掛けてきて、俺と一夏は彼女の方に耳を少し寄せる。

 

今回のトーナメント、2人でペア組みなよ。ボーデヴィッヒさんと決着をつけないといけないでしょ?

 

 彼女の言う通り、確かに俺と一夏はボーデヴィッヒと因縁がある。しかしだ。

 

でも、お前さんは女子だろう。今後はペアで特訓も行うはずだ

 

ああ。さすがにバレるんじゃないか?

 

僕は抽選で出る事にするよ。それならトーナメント当日まで相方は分からないから、ペア同士での特訓もないしね

 

 成程。それならば俺と一夏で組んでも問題は無いか。そうと決まれば、俺は目の前で騒ぐ女子全員に聞こえるようにキッパリと大きな声で宣言した。

 

「スマンな、みんな。実を言うと俺は一夏と組む予定なんだ! シャルルは誰と組んでも即座に実力を発揮できるよう抽選で選びたいらしい。だから今回は諦めてくれ!」

 

 シーン……。いきなりの沈黙に俺は気持ちが少し後退る。やっぱりまずかったか? 頼むから暴動なんて起こさんでくれよ?

 

「まあ、そういう事なら……」

 

「仕方ないよね。うん」

 

「やっぱり『おり×ホキ』は正義だったのね!」

 

「個人的には『おり×デュノ』が見たかったけど……ゴホンゴホン」

 

 なんか1つだけ聞き捨てならないものもあったが、取り敢えず納得はしてくれたようだ。女子達は各々が仕方ないかと口にしながら、1人また1人と保健室を去って行った。

 

「ふぅ……」

 

「一夏っ!」

「一夏さんっ!」

 

 安堵の溜め息をついていると、鈴とセシリアがベッドから飛び出した。

 

「あ、あたしと組みなさいよ! 幼馴染みでしょうが!」

 

「いえ、クラスメイトとしてここはわたくしと!」

 

 一夏を締め上げかねない勢いで迫る2人。お、おいおい、怪我人が暴れるんじゃない。体に響くぞ。

 しかし、どうしたものか。さっきの女子達と違ってこいつらは説得が難しそうだ。どう納得してもらうか……。

 

「ダメですよ」

 

 うおっ!? 背後からいきなり声が聞こえて俺は肩を跳ねさせるが、驚いたのは俺だけじゃないらしい。一夏やシャルル、そして鈴とセシリアもいきなり現れた人物、山田先生の登場に目を(しばたた)かせていた。

 

「お2人のISを調べた結果、ダメージレベルがCを超えていました。当分は修復に専念しないと、後々重大な欠陥を生じさせますよ。ISを休ませる意味でも、トーナメント参加は許可できません」

 

「うっ、ぐっ……! わ、分かりました……」

 

「不本意ですが……非常に、非常にっ! 不本意ですが! トーナメント参加は辞退します……」

 

「分かってくれて先生嬉しいです。ISに無理をさせるとそのツケはいつか自分が払う事になりますからね。肝心なところでチャンスを失うのは、とても残念なことです。あなた達にはそうなってほしくありません」

 

「はい……」

 

「分かっていますわ……」

 

 山田先生の真面目な口調に諭されてか、鈴とセシリアは納得こそしていないようだったが、これ以上食い下がる事なく大人しく引く。続いて互いに顔を見合わせた2人はコクリと頷き合った。

 

「いい? アンタ達、絶対に優勝しなさいよ!」

 

「わたくし達の分も頑張って下さいな! 心より応援していますわ!」

 

「お、おう。分かった」

 

「ま、任せとけ」

 

 鬼気迫る表情の鈴とセシリアに気圧されて、俺と一夏は若干顔を引きつらせながらそれに答える。

 

「ふふっ。美しい友情ですね」

 

 そう言って微笑む山田先生。

 だがしかし、鈴とセシリアから送られた激励には何か他にも重大な意味が込められている気がするのは、俺だけなのだろうか?

 

 ▽

 

 夕食後、自室に戻った俺は寝巻きに着替えて歯を磨き、そしてベッドに寝転がって天井の照明を見つめながら物思いに(ふけ)っていた。

 

「……………」

 

 今俺の頭の中にあるのは、今日の第3アリーナでボーデヴィッヒが浮かべていた愉悦の表情。ただ殴って楽しいだとかそういった話ではなく、『自分はこうあるべきなのだ』と確信したかのようにも見えた。

 

「(もし俺の思った通りだったとしたら、いったい何があいつをあそこまで駆り立てるんだ……?)」

 

 そんな事を考えながら、俺の意識は徐々に微睡んでいくのだった。

 



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20話 学年別トーナメント VSラウラ&箒ペア

 6月も最終週に入り、IS学園は月曜から学年別トーナメント一色に変わる。その慌ただしさは予想よりも遥かにすごく、今こうして第1回戦が始まる直前まで、全生徒が雑務やら会場の整理、来賓(らいひん)の誘導を行っていた。

 それからやっと解放された生徒達は各アリーナの更衣室へと走る。ちなみに男子勢は例によってこのだだっ広い更衣室を3人占めである。気前の良い事だ。恐らく、反対側の更衣室では本来の倍の女子生徒が押し寄せて、大変な事になっているだろうがな。

 

「しかし、すごいなこりゃ……」

 

 一夏が更衣室のモニターから観客席の様子を見る。つられて俺も視線をやると、そこには各国政府関係者、研究所員、企業エージェント、その他諸々の顔ぶれが一堂に会していた。

 

「3年にはスカウト、2年には1年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。1年には今のところ関係ないみたいだけど、それでも上位入賞者にはさっそくチェックが入ると思うよ」

 

「ふーん、ご苦労なことだ」

 

「成程な。道理でお偉方の姿をよく見掛けるわけだ。俺もついさっきジョーンズ中尉にあったよ」

 

 あの人も大変だなぁと言いながら、俺はモニターから視線を外してISスーツの耐Gベストに腕を通す。

 正直そこまで深い興味があったわけでもなく話もそこそこに聞いていたのだが、シャルルには俺達の頭の中が透けて見えるらしい。クスッと笑われてしまった。

 

「一夏とウィルはボーデヴィッヒさんとの対戦だけが気になるみたいだね」

 

「そりゃあ……なあ?」

 

「まあ、な」

 

「感情的にならないでね。彼女は、恐らく1年の中では現時点で最強だと思う」

 

 そうシャルルに言われたところで、俺は自分の表情が無意識に強張っている事に気付いた。そうだな。感情的になってしまったらそこまでだ。

 

「ああ、分かってる」

 

「その忠告、肝に(めい)じておくよ。……さて、こっちの着替えは終わったぞ。一夏はどうだ?」

 

「俺も今終わったところだ」

 

 お互いにISスーツへの着替えは済ませた。俺は耐G装備の固定具合を確認。一夏はIS装着前の最終チェックをそれぞれ終えた。

 

「俺達は1年の部、Aブロック1回戦の1組目。つまり、初っぱな中の初っぱなだ。気合い入れとけよ?」

 

「言われなくても十分だ。こういうのは勢いが肝心だからな。ウィルこそ大丈夫か?」

 

「ノープロブレムだ。ロックンロール(大暴れ)といこうぜ」

 

「おう」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、俺と一夏は互いの拳を軽く当てる。

 

「あ、対戦相手が決まったみたいだよ」

 

 モニターがトーナメント表へと切り替わり、俺と一夏も画面に表示される文字を食い入るように見つめた。

 

「「「――え?」」」

 

 出てきた文字を見て、俺と一夏とシャルルの3人は同時にポカンとして声を上げた。

 1回戦の対戦相手はボーデヴィッヒ、そして箒のペアだったのだ。

 

 

 

 

 

 

「1戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

 

「初めて気が合ったな、俺も同感だよ。この前の決着がまだついてない」

 

「ふん。私も貴様を今すぐ()としてやりたいところだが……」

 

 そう言って、ボーデヴィッヒは一夏に鋭い視線を向ける。試合開始まであと15秒。

 

「まずは織斑 一夏、貴様からだ」

 

「そう簡単にやられるつもりは無いぞ」

 

 試合開始まで5秒。4、3、2、1――開始。

 

「「叩きのめす!」」

 

 一夏とボーデヴィッヒの言葉は()しくも同じだった。

 試合開始と同時に俺は上昇して高度を取り、一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)でボーデヴィッヒに突撃する。

 

「おおおっ!」

 

「ふん……」

 

 しかし、案の定一夏の体は腕を始めに、胴、足と順番に捕まえられる。

 AIC――アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。それがあの魔法(・・)の正体だそうだ。ボーデヴィッヒの専用機【シュヴァルツェア・レーゲン】の第3世代型兵器であるそれは、物体の慣性を停止させるというものらしい。セシリアと鈴から説明された時は心底驚いたものだ。

 

「開幕直後の先制攻撃か。分かりやすいな」

 

「……そりゃどうも。以心伝心で何よりだ」

 

「ならば私が次にどうするかも分かるだろう」

 

 ガギンッ! と巨大なリボルバーが回転し、一夏に向けて砲身が旋回する。

 

 ――僚機【白式】が敵機にロックオンされています――

 

【バスター・イーグル】のハイパーセンサーが警告を発する。まあ、そう慌てるなよ相棒。別に一夏を放置してるわけじゃないさ。

 

「どうするか当ててやろうか、ボーデヴィッヒ。お前が次にするのは回避行動だ」

 

 言って、俺は一夏の頭上をジェットの轟音と共に通過する。同時に40ミリオートキャノン『ブラックマンバ』による炸裂弾(さくれつだん)の雨をボーデヴィッヒに浴びせた。

 

「チッ……!」

 

 数発が命中し、ボーデヴィッヒは急後退して間合いを取る。

 

「逃がさん!」

 

 垂直飛行モードの機体を巧みに操りながら、俺は逃げるボーデヴィッヒに対して8連装無誘導ロケット弾『ハイドラ』による追撃を行う。

 

「――私を忘れてもらっては困る」

 

 ボーデヴィッヒへの追撃を遮るように【打鉄】を纏った箒が現れ、なんと発射したロケットの内数発を真っ二つに切り落とし、残る数発もシールドで全て防いでしまった。

 

「な、何……!?」

 

 まさか両断されるとは……!

 

「それじゃあ俺も忘れられないようにしないとな!」

 

 ボーデヴィッヒのAICから解放された一夏はすぐさま俺の背中に向けて瞬時加速(イグニッション・ブースト)。ぶつかる寸前で、俺は機体を右にロールさせて一夏に前面を譲る。このコンビネーションは特訓の賜物だと言える。

 

 ガギンッ!

 

 一夏と箒、互いのブレードがぶつかり合って、火花を散らす。

 彼は箒と刀を何回となく打ち合いながら、スラスターの推力を上げた。加速度を増した斬撃は徐々に箒を後方へと押して行く。

 

「くっ! このっ……!」

 

 押され続けた事に焦れた箒が大きく刀を頭上に大きく振りかぶった。

 

「ウィル!」

 

「あいよ!」

 

 一夏が大振りの一撃を受け止めた事によって、箒の動きに隙ができる。その刹那、一夏の背後で控えていた俺は脇から右腕を伸ばす。伸ばした腕で存在感を放っているのは30ミリ機関砲『ブッシュマスター』。この距離なら外れないし、外さない。

 箒が青ざめるのが分かったが、もう遅い。俺は容赦なくトリガーを引いた。

 

「!?」

 

 フッと突然目の前から箒が消える。機銃弾は虚しく虚空を切った。――なんだ!? 何が起こった!?

 

「邪魔だ」

 

 入れ替わりにボーデヴィッヒが急接近してくる。そのワイヤーブレードの1つが箒の脚へと伸びていて、アリーナ脇まで遠心力で投げ飛ばす。

 

「助けたのか……?」

 

「……いや、あれは助けたんじゃない。どけた(・・・)んだ」

 

 地面に叩きつけられた箒が「何をするっ!」と怒声を発するが、当の本人は聞く耳持たずで既に一夏に対して攻撃を始めていた。

 やはりボーデヴィッヒは元より自分以外の仲間を数に入れていないようだ。――それなら話は早い。

 

《一夏、もうしばらく耐えれるな?》

 

《ああ。まだ耐えれる!》

 

《よし、ならこのまま例の作戦を続行するぞ》

 

《おう!》

 

 プライベート・チャネルで短くやり取りを交わして、俺達は予め決めていた作戦に戻る。内容はシンプルで、ボーデヴィッヒの相方を先に無力化するというものだ。

 この作戦を決めたのは単純な理由だった。とにかく、ボーデヴィッヒの戦い方は1 対 複数に特化している。鈴とセシリアとの戦いがその最たる例だ。しかしそれは、自分側が複数の状態での戦いを想定していない事にも繋がる。なので、さっきも見た通り味方を――箒を助ける事はしないだろう。

 それなら先に箒を倒し、2 対 1の状況で畳み掛ける。それでもボーデヴィッヒは前述の通り複数を相手取れるだけの能力を有している。――が、そこが落とし穴だ。2人組というのは1+1だが、必ずしも答えが2になるとは限らない。

 

「お前さんが後々脅威になるのは目に見えてるからな。悪いが先に倒させてもらうぞ!」

 

「くっ、近付けん……!」

 

 機銃、ロケット、ありとあらゆる火器を箒に向けて撃ち放つ。

 

「この程度っ……!」

 

 さすがは防御特化のISといったところか。この鉄の嵐をシールドで防ぎながら、箒はジリジリとこちらに詰め寄って来る。このまま撃ち続けても致命傷は与えられそうもない。ここは1つ、押してダメなら引いてみるか。

 俺は敢えて箒との距離を離さず、かつ悟られない程度に弾幕を弱めて箒がこちらに斬りかかってくるその瞬間を待つ。

 

「はああああっ!!」

 

「――そこだ!」

 

 箒がブレードを振り上げた刹那、俺は左大腿部の装甲をスライドさせて、対IS用近接ナイフ『スコーピオン』を引き抜く。

 

 ガィンッ!

 

 切断力は今一つで、はっきり言って固いだけが取り柄の『スコーピオン』だが、ここにきてようやく使い道ができた。

 

「しまっ――!?」

 

「お返しだ!」

 

『スコーピオン』で受け止めた刀を【バスター・イーグル】持ち前のパワーで強引に払い退け、守りが薄くなった胴に『ブラックマンバ』をフルオートで撃ち込む。

 

「ここまでか……!」

 

【打鉄】、シールドエネルギー残量ゼロ。IS損傷甚大の箒が悔しそうに膝を着いた。

 それを確認した俺は、今まさに大型レールカノンの照準を向けられている一夏の元へ急行する。

 

「待たせたな!」

 

 ヴオオオオオオオッ!! と、昆虫の羽音のようにも聞こえる音を響かせ、発射された30ミリ弾はボーデヴィッヒが回避した事によって当たりはしなかったものの、一夏がワイヤーブレードから解放される。

 

「助かったぜ、ウィル。ありがとよ」

 

「ユアウェルカムだ」

 

「箒は?」

 

「向こうでお休みしてるぞ」

 

 そう言って箒がいる方角に顎をしゃくらせた。

 

「さすがだな」

 

「そいつは試合に勝ってから改めて聞かせてくれ」

 

 主翼ハードポイントに取り付けていた弾切れの『ハイドラ』を投棄し、拡張領域(バススロット)から装填済みのものを呼び出す。

 

「さぁて、こっからが本番だ」

 

「ああ。見せてやろうぜ、俺達のコンビネーションをな」

 

 零落白夜を発動させた一夏はボーデヴィッヒへと直進し、俺は2人の周りを旋回しながら援護射撃をする。近接格闘を得意としない俺が向かうより、ここは一夏の支援に徹した方が効率的だ。

 

「触れれば一撃でシールドエネルギーを消し去ると聞いているが……それなら当たらなければ良い」

 

Hey(おい!)! 一夏だけに気を取られているようだが、俺もいるのを忘れるなよ!」

 

 ボーデヴィッヒが何か行動を起こそうとするたび射撃武器で彼女の動きを阻害し、その合間を縫って一夏が攻撃を仕掛ける。

 

「チッ……邪魔な!」

 

 ワイヤーブレードをくぐり抜けた一夏はボーデヴィッヒを射程圏内へと収めた。

 

「無駄な事を!」

 

 ビシッと一夏の体が凍り付く。言わずもがな、AICによる拘束だ。

 

「貴様の攻撃は読めている。単純な攻撃など――」

 

「……ああ、なんだ。忘れているのか? それとも知らないのか?」

 

 AICで体を拘束されているにも関わらず不敵な笑みを湛える一夏にボーデヴィッヒが怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「俺達は」

 

「――2人組なんだぜ?」

 

「!?」

 

 慌ててボーデヴィッヒが視線を動かすが、もう遅い。一夏にばかり気を取られていた彼女に、死角から高速で接近した俺は機銃弾を叩き込む。次の瞬間、ボーデヴィッヒの大口径レールカノンは轟音と共に爆散した。

 

「くっ!」

 

Yeah!(よっしゃあ!) 命中だ! レールカノンを吹っ飛ばした!」

 

 ガッツポーズを決めながら、俺は続けて一夏に合図する。

 

「一夏!」

 

「おう!」

 

 再度、『雪片弐型』を構え直す一夏。……これだけ大きな隙だ。今度は避けきれまい。

 絶対必殺を確信した。確信したはずだった、のだが――

 

 キュゥゥゥン……

 

「なっ!? ここにきてエネルギー切れかよ!」

 

Holy shit………(なんてこった……)

 

 途中で受けたダメージ分が大きかったらしい。零落白夜のエネルギー刃は小さくしぼみ、そしてそのまま消えてしまった。

 

「残念だったな」

 

 両手にプラズマ手刀を展開したボーデヴィッヒが一夏の懐に飛び込む。

 

「限界までシールドエネルギーを消耗してはもう戦えまい! あと一撃でも入れば私の勝ちだ!」

 

 ボーデヴィッヒの言う通り、あと一撃でも当たれば一夏のシールドエネルギーばゼロになるだろう。そしてその一撃はもう間も無く彼に到達する。

 

「そうはさせん!」

 

「邪魔だ!」

 

 一夏の援護に入ろうとしたところでボーデヴィッヒがワイヤーブレードを飛ばして牽制してくる。不覚にもその内の1つが直撃して姿勢を崩してしまった次の瞬間、彼女は瞬時加速(イグニッション・ブースト)でこちらに突っ込んで来た。

 

「ッ――がっ!?」

 

 反応が遅れた俺は頭部を鷲掴みされ、そのままの勢いでアリーナのバリアーに叩き付けられた。

 

「ウィル! くっ――!」

 

「次は貴様だ! 墜ちろっ!」

 

 ダメージを負った俺に気を取られた一瞬の隙。それを逃さず、ボーデヴィッヒの攻撃は一夏の体を正確に捉え、一撃を加える。

 

「ぐあっ……!」

 

「は……ははっ! 私の勝ちだ!」

 

 地に倒れ伏した一夏を見下ろしながら、高らかに勝利を宣言するボーデヴィッヒ。どうやら一夏を倒した事で完全に勝ったと思っているらしい。

 

「何を勝利ムードに浸ってるんだ? まだ終わってないぞ……!」

 

 右腕を持ち上げ、ボーデヴィッヒの背中に向けて『ブッシュマスター』を発射する。

 ドカカカカカッ! と、背中に機銃弾を受けたボーデヴィッヒは俺に怒りのこもった視線を向けた。

 

「この死に損ないがぁっ……!!」

 

 即座にワイヤーブレードで俺を拘束し、プラズマ手刀を構えて飛んで来るボーデヴィッヒ。このまま行けば俺は間違いなくズタズタに切り裂かれるだろう。しかし、俺は努めて冷静に次の行動へと移る。

 

「発射」

 

 主翼端の空対空ミサイルを、今なお迫りつつあるボーデヴィッヒに向けて発射した。

 

「ふんっ。その程度、停止結界を使うまでもない!」

 

 そう言って軽々とミサイルを回避するボーデヴィッヒ。――いや、それで良いんだ。

 

「苦し紛れの攻撃も無意味だったな」

 

 その言葉を聞いて、俺はニィっと口角を上げる。よし、どうやら俺の意図には勘づいていないようだ。

 

「さて、そいつはどうかな? ちなみにあと5秒だ」

 

「貴様、何を言って……」

 

「――なあ、ドイツ軍人。LOALって知ってるか?」

 

 直後、ボーデヴィッヒの右目が大きく見開かれる。ハイパーセンサーに飛翔体の接近警告が発せられたか、はたまた俺の言葉の意味を理解したのか。

 

 ズドォォンッ!!

 

「ぐぅっ!?」

 

 急いで迎撃しようとするが既に遅く、ボーデヴィッヒの背中で何かが爆発した。

 

 ――ミサイル、目標に命中――

 

 別に何か小細工をしたわけでも、ミラクルが起きたわけでもない。

 LOALとはLock On After Lunchの頭文字を取ったもので、日本語では『発射後ロックオン』と言う。

 これはミサイルに予め座標を覚えさせてから発射。発射されたミサイルは座標に従って飛行し、目標を自ら発見・追尾するというものだ。使い方では横や後ろの敵機に対しても攻撃できる。

 

「ペイバックタイムだ! バリアーに叩き付けてくれた分、倍にして返してやる!」

 

 ボーデヴィッヒに態勢を立て直す時間は一切やらず、俺は彼女を掴んでアフターバーナー全開で上昇する。

 

「貴様っ、何をする気だ! 離せ!」

 

 腕の中でボーデヴィッヒは必死にもがくが、悪いが解放してやる気は微塵もない。と、そうしている内にアリーナ天井部のシールドバリアー近くに到達した。

 

「ふっ……!」

 

 あと少しでバリアーに衝突する寸前、俺は機体を一気に180度反転させ、今度は地表へ向けて加速を開始する。

 

 ――警告! 地表急速接近! 直ちに上昇して下さい! 衝突まで残り……――

 

 焦燥感を煽る電子警告音と共にハイパーセンサーから警告文が発せられる。文字通り地面とキスするまであとほんの少しだ。

 

「ッ……!!」

 

 ここでボーデヴィッヒは俺が何をする気かを察したらしく、その表情を焦りの色に染める。が、もう逃げられない。

 俺は地面と接触する寸前でボーデヴィッヒを離して急上昇。対する彼女は轟音と凄まじい土煙を上げながら、地面に叩き付けられた。

 

「ぐうぅっ……!!」

 

 これだけでもボーデヴィッヒのシールドエネルギーはゴッソリと奪われる。しかも相殺しきれなかった衝撃が体を駆け巡ったのか、ボーデヴィッヒの表情は苦悶に歪んだ。

 しかし、これで終わりではない。俺は陥没した地面とその中心にいるボーデヴィッヒの元へ飛んで行き、『ブラックマンバ』の照準を向ける。

 

「弾のバーゲンセールだ。持って行け!」

 

 バラララララララララ――ッ!!

 

 モーターの唸りを上げる40ミリオートキャノン(ブラックマンバ)から分間射速600発の砲弾が放たれ、ボーデヴィッヒのIS【シュヴァルツェア・レーゲン】に壊滅的なダメージを与えていく。

 ――この時の俺は、直後に異変が起こるなどとは想像すらしていなかった。

 

 ▽

 

「(こんな……こんなところで負けるのか、私は……)」

 

 確かに相手の力量を見誤った。それは間違えようのないミスだ。しかし、それでも――

 

「(私は負けられない。負けるわけにはいかない……!)」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。それが私の名前。識別上の記号。

 1番最初につけられた記号は――遺伝子強化試験体C-0037。人工合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮から生まれた。

 ――暗い。暗い闇の中に私はいた。

 ただ戦いのためだけに作られ、生まれ、育てられ、鍛えられた。

 知っているのはいかにして人体を攻撃するかという知識。分かってるいるのはどうすれば敵軍に打撃を与えられるかという戦略。

 格闘を覚え、銃を習い、各種兵器の操縦方法を体得した。

 私は優秀であった。性能面(・・・)において、最高レベルを記録し続けた。

 それがある時、世界最強の兵器――ISが現れた事で世界が一変した。その適合性向上のために行われた処置『ヴォーダン・オージェ』によって異変が生まれたのだ。

『ヴォーダン・オージェ』――疑似ハイパーセンサーとも呼ぶべきそれは、脳への視覚信号伝達の爆発的な速度向上と、高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした、肉眼へのナノマシン移植処理の事を指す。そしてまた、その処置を施した目の事を『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』と呼ぶ。

 危険性は全くない。理論上では、不適合も起きない――はず、だった。

 しかし、この処置によって私の左目は金色へと変色し、常に稼働状態のままカットできない制御不能へと陥った。

 この『事故』により私は部隊の中でもIS訓練において後れを取る事となる。そしていつしかトップの座から転落した私を待っていたのは、部隊員や軍部の人間からの嘲笑と侮蔑、そして『出来損ない』の烙印(らくいん)だった。

 世界は一変した。――私は闇からより深い闇へと、止まる事なく転げ落ちていった。

 そんな時、出会ったのが教官……織斑 千冬だった。あの人のお陰で、私はIS専門へと変わった部隊の中で再び最強の座に返り咲いた。――なのに……なのに……。

 

『これが遺伝子強化試験体だと!? なんだこのザマは! 笑わせるな!』

 

『いいかね、ラウラ・ボーデヴィッヒ。君は兵器だ。そして兵器とは常に完璧でなければいけないのだ。不良品では困る』

 

 過去に浴びせられた言葉が、頭の中で何度も何度も反響する。

 そうだ、兵器とは常に敵を完膚無きまでに叩き伏せる物だ。……なら、今の私は何だ? 今、目の前の『敵』に一方的にやられている私は、完璧なのか?

 

 ――また、出来損ないの不良品に戻るのか?

 

「(……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!)」

 

 私は、こんなところで負けるわけにはいかない。あの男は、ウィリアム・ホーキンスは、敵がまだ動いているのだ。ならば動かなくなるまで徹底的に壊さなくてはならない。そうだ。そのためには――

 

「(力が、欲しい)」

 

 ドクン……と、私の中で何かがうごめく。

 そして、そいつは言った。

 

『――願うか……? (なんじ)、自らの改革を望むか……? より強い力を欲するか……?』

 

 言うまでもない。力があるのなら、それを得られるのなら、何だってくれてやる……!

 だから、力を……比類無き最強を――寄越せ!

 

 Damage Level……D.

 Mind Condition……Uplift.

 Certification……Clear.

 

《 Valkyrie Trace System 》………boot.

 



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21話 救出

「ああああああああっ!!!」

 

 突然、ボーデヴィッヒが身を裂かんばかりの絶叫を発する。と同時に【シュヴァルツェア・レーゲン】から激しい電撃が放たれ、それから(のが)れるように俺はボーデヴィッヒから大きく距離を取る。

 

「なんだ……!?」

 

「ウィル、大丈夫か!?」

 

「……? その声は一夏か。お前、まだ動けたのか?」

 

 確かあの時、ボーデヴィッヒからの一撃を諸に受けていたはずだが……。

 

「ああ。【白式】がギリギリ耐えてくれたみたいなんだ。それより、いったい何が起こってるんだ!?」

 

「俺に訊かれても分かるわけ――ッ!?」

 

 言葉は最後まで続けられなかった。俺も一夏も目の前の状況に目を奪われ、話す事さえ忘れてしまったのだ。

 その視線の先では、ボーデヴィッヒが……そのISが変形していた。いや、変形などと生易しい表現ではない。装甲を型どっていた線は全てグニャリと溶け、ドロドロのスライム状になって、ボーデヴィッヒを包み込んでいく。

 

「おいおいおい……! ありゃあいったい何なんだ……!?」

 

 俺は無意識にそう呟いていた。恐らく、それを見ていたであろう全ての人間がそう思ったに違いない。

 ISは原則として、大規模な変形はしない。ISがその姿を変えるのは『初期操縦者適応(スタートアップ・フィッティング)』と『形態移行(フォームシフト)』の2つだけだ。パッケージ交換による多少の部分的変化はあれど、基礎の形状が変化する事はまずあり得ない。

 だが――目の前で、そのあり得ない事が起きていた。

【シュヴァルツェア・レーゲン】だったものはボーデヴィッヒの全身を飲み込むと、表面を流動させながらまるで心臓の鼓動のように脈動を繰り返す。

 どこまでも黒く濁った色のそれは倍速再生でも見ているかのようにいきなり高速で全身を変化、成形させていく。

 そしてそこに立っていたのは、黒い全身装甲(フルスキン)のISに似た『何か』だった。

 ボディラインはボーデヴィッヒのそれをそのまま表面化した少女の姿であり、最小限のアーマーが腕と脚につけられている。そして頭部はフルフェイスのアーマーに覆われ、目の箇所には装甲の下にあるラインアイ・センサーが赤い光を漏らしていた。

 

「『雪片』……千冬姉と同じじゃないか……!」

 

 一夏が目の前の黒いISの手に握られたブレードを見てそう呟き、『雪片弐型』を中段に構えた。

 

「――!」

 

 刹那、黒いISが一夏の懐に飛び込み、必殺の一閃が彼を襲う。何だよ、今のは。速すぎて見えなかったぞ……!

 

「ぐうっ!」

 

 一夏の構えた『雪片弐型』が弾かれる。そしてそのまま上段の構えへと移る。剣術はよく分からないが、この状況が限り無くまずいというのは俺にでも理解できた。

 

「一夏、スマンが少し強引に行くぞ!」

 

 俺は一夏を(さら)うように引っ張り、黒いISの斬撃から逃れる。――が、既にシールドエネルギーが底をついていた【白式】に一夏を守りきる術はなく、軽く刃が触れた左腕からはジワリと血が滲んでいた。

 今のが最後だったのだろう。【白式】は光と共に一夏の全身から消えた。

 

「クソッ、間一髪だったな!」

 

 あれは誰がどう見ても異常事態だ。とにかくフィールド内に取り残されている箒も回収してピット・ゲートへ退避させるのが先か。

 

「……………がどうした……」

 

 そのあとは、有効な対抗策もしくは鎮圧部隊が来るまで時間稼ぎを――

 

「それがどうしたああっ!!」

 

「うわっ!? おい一夏、暴れるな! 排気熱で腕を焼かれるぞ!」

 

 激しい怒りに任せて暴れる一夏を押さえつけながら、【打鉄】装備の箒を回収した俺はピット・ゲートへ向けて飛行する。

 黒いISは先ほどから微動だにしない。恐らく、武器か攻撃に反応して行動する自動プログラムが組まれているのだろう。

 

「クソッ! あいつ、絶対に許さねえ!」

 

「あっ! おい!」

 

「待て一夏!」

 

 ピット・ゲートに辿り着き、一夏と箒を床に降ろした瞬間、一夏が拳を握り締めて黒いISの元へ戻ろうと駆け出した。

 

「馬鹿者! 何をしている! 死ぬ気か!?」

 

「離せ! あいつ、ふざけやがって! ぶっ飛ばしてやる!」

 

 箒が一夏を羽交い締めにして黒いISへの特攻を防ぐが、一夏はそれでもなおグイグイと歩を進めていく。

 俺は【バスター・イーグル】のジェットエンジンを停止させたあと、右腕の『ブッシュマスター』から砲身冷却用の水タンクを外しながら、未だ引っ張り合いを続ける2人の元へ歩いて行った。

 

「どけよ、箒! 邪魔するならお前も――うわっぷ!?」

 

 バシャァッと頭上から降り注いだ大量の水を浴びて、一夏は頭から足の爪先まで全身水浸しになる。

 

「これで少しは頭が冷えたか、アホめ」

 

「な、何すんだよウィル!」

 

「何をだと? そりゃこっちの台詞だ!」

 

 そう言って、俺は一夏の胸倉を掴んで強引に引き寄せる。

 

「何がお前をそこまで怒らせたのかは知らんがな、怒りに任せて突っ込んで、それでお前が死んだらどうする気だ? それとも確実な勝算があるのか!? ええ!!?」

 

 俺の怒鳴り声がピットに反響する。怒りの頂点を折られた一夏は冷静さを取り戻したのか、さっきのように暴れる事はなくなった。

 

「一夏、いったいどうしたというのだ。分かるように説明してくれ」

 

「あいつ……あれは、千冬姉のデータだ。それは千冬姉のものだ。千冬姉だけのものなんだよ。それを……クソッ」

 

「お前は……いつも千冬さん千冬さんだな」

 

「それだけじゃねえよ。あんな、わけ分かんねえ力に振り回されてるラウラも気に入らねえ。どっちも1発ぶん殴ってやらねえと気が済まねえ。そのためにはまず正気に戻してからだ」

 

 成程、それがこいつが怒った理由か。

 

「理由は分かったが、今のお前に何ができる。【白式】のエネルギーも残ってない状況で、どう戦う気だ」

 

「箒の言う通りだ。生身で向かっても切り刻まれるだけだぞ」

 

「ぐっ……」

 

 俺と箒に指摘され、一夏が苦い顔をする。あの黒いISも恐らくエネルギー切れ手前だろうが、それでも一撃を入れる必要がある。対する一夏のISには一撃はおろか、装甲を展開するエネルギーも残っていないだろう。

 

『非常事態発令! トーナメントの全試合は中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む! 来賓、生徒は直ちに避難すること! 繰り返す――』

 

「聞いての通り、お前がやらなくても状況は収集されるだろう。だから――」

 

「だから、無理に危ない場所へ飛び込む必要はない、か?」

 

「そうだ」

 

 確かに箒は正しい。理路整然としている。だが――一夏のことだ。どうせ拒否するんだろうな。

 

「違うぜ箒。全然違う。俺が『やらなきゃいけない』んじゃないんだよ。これは『俺がやりたいからやる』んだ。他の誰かがどうだとか、知るか。だいたい、ここで引いちまったらそれはもう俺じゃねえよ。織斑 一夏じゃない」

 

「……一夏、本気で言ってるのか? 相手は暴走ISだ。手加減なんかしてくれないし、下手すれば命に関わる。それでも行く気なのか?」

 

「ああ。俺は行くぞ。だから2人はここで待って――」

 

「おい、何か勘違いしていないか? 誰が行って良いなんて言った?」

 

「っ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――行くなら、俺も連れて行けよ。友人1人送り出して見物なんざ(そら)の男が(すた)るぜ」

 

 ニヤリと笑って、俺は早速エンジンの始動準備に取り掛かる。

 

「それに、さっさとボーデヴィッヒをあの中から出してやらんとな」

 

 ボーデヴィッヒが飲み込まれた時、ほんの一瞬だったが確かに俺と目が合った。その目は捨てられた仔犬のような眼差しに見えて、助けて欲しいと、そう言っているように見えたのだ。

 お前はバカだと言われるかもしれないが、あんな目を向けられて――助けを求められて、見て見ぬふりをする事など俺にはできなかった。

 

「ウィル……」

 

「お前達っ……ええい! ならばどうするというのだ! ウィリアムはともかく一夏、お前はエネルギーが――」

 

「無いなら他から持ってくれば良いんだよ。でしょ? 一夏」

 

「シャルル……?」

 

 横合いから声を掛けられて一夏がキョトンとした表情を浮かべる。

 なんでシャルルがここに……いや待て。そう言えばシャルルは俺達の次の試合に出るんだったな。だからこのピットで待機していたのか。

 

「普通のISなら無理だけど、僕のリヴァイブならコア・バイパスでエネルギーを移せると思う」

 

「成程。それなら【白式】のエネルギーを回復させられるな」

 

「本当か!? だったら頼む! 早速やってくれ!」

 

「けど!」

 

 ビシッとシャルルが俺と一夏に指を指して言う。彼女にしては珍しく、その言葉には有無を言わせぬ強さがあった。

 

「けど、約束して。絶対に負けないって」

 

「もちろんだ。ここまで啖呵を切って飛び出すんだ。負けたら男じゃねえよ」

 

「だな。日本には『男に二言はない』という言葉があるらしいじゃないか」

 

「じゃあ負けたら2人は女子の制服で通ってね」

 

「うっ……! い、いいぜ? 何せ負けないからな!」

 

「はっはっはっ! 言うなぁ。ああ、負けたら女子の制服を着てやろうじゃないか! 負けたらの話だけどな!」

 

 軽いジョークを交えた会話に緊張が良い意味で解れる。

 

「じゃあ、始めるよ。……リヴァイブのコア・バイパスを開放。エネルギー流出を許可」

 

 リヴァイブから伸びたケーブルは一夏のガントレット状態の【白式】に繋がれ、そこからエネルギーを流し込み始める。

 

「……完了。リヴァイブのエネルギーは全部渡したよ」

 

 その言葉通り、シャルルの体からリヴァイブが光の粒子となって消える。

 それに合わせて、一夏はシールドエネルギーが満タンに回復した【白式】を展開した。

 

「さぁて、行くか。目標はあのISの撃破及びボーデヴィッヒの救出だ」

 

「やっぱり零落白夜で攻撃か?」

 

「ああ。だがあれは燃費が悪いし隙も大きい。相手が織斑先生のコピーだとしたら、その隙は致命的だ」

 

 当たったとしてもボーデヴィッヒを引っ張り出してる間に反撃されるだろう。

 

「速さが重要だ。だから、お前が零落白夜で奴の腹をかっ捌いたら、間髪入れずに俺が突撃する」

 

「よし、分かった。それで行こう」

 

 奴の攻撃を諸に喰らえば防御なんてあって無いに等しい。当たれば一撃。けれど、逆にこっちが一撃を与えられるお膳立ては完璧だ。あとは――俺達次第。

 

「い、一夏っ! ウィリアムっ!」

 

 それまで傍観していた箒が、弾かれたように口を開いた。その目はまっすぐ俺達を見つめていて、真剣そのものである。

 

「死ぬな……。絶対に死ぬな!」

 

「何を心配してるんだよ、バカ」

 

「ば、バカとはなんだ! 私は――」

 

「信じろ」

 

「え?」

 

「俺を、俺達を信じろよ、箒。心配も祈りも不必要だ。ただ、信じて待っていてくれ。必ず勝って帰ってくるから」

 

「安心しろ、箒。こいつは死なせん。それに、俺だってこんな所でくたばる気は無いさ」

 

「あ、ああ! 勝ってこい!」

 

 箒に勝利の約束をして、ピットから出た俺と一夏は目の前の相手へと向かう。

 

Alright, let's do it(よし、やってやろうぜ!)!」

 

「行くぜ偽者野郎」

 

 俺は主翼ハードポイントにつけていた兵装を全て拡張領域(バススロット)へ戻して身軽になり、一夏は自身の持つ唯一の武器『雪片弐型』を強く握り締める。

 

「――――」

 

「こっち見やがれ、デカブツ!」

 

『雪片』を構えた一夏に反応してブレードを構える黒いIS。俺は一夏の邪魔をさせないように機銃を撃ち放ちながら相手の目の前を横切る。

 武器や攻撃に反応するのなら、いっそそのプログラムを逆手に取って目立てば良い。俺が目立てば、その分だけ一夏への攻撃頻度も減るだろう。

 

「おっとっ!」

 

 相手の袈裟斬りが翼に当たる寸前で機体を90度右に傾けると、一撃必殺の一閃が凄まじい早さで通り抜けた。

 

「ハズレだ下手くそめ!」

 

 言語理解能力でもあるのか、怒ったようにラインアイ・センサーを光らせる黒いISはブレードの刃を裏返し、今度は逆袈裟斬りの態勢を取る。

 

「またまたハズレだ、クソッタレのコピー野郎」

 

 その凶刃が直撃する寸前で俺は急上昇からのループで相手の頭上を取り、すかさず30ミリの雨を大量に降らせる。

 

「ウィル、もう良いぞ! こっちはいつでもいける!」

 

 時間を稼いでいる内に一夏の方の準備が整ったようだ。彼の握る『雪片弐型』からは全てのエネルギーを消し去る絶対無効の刃が現れていた。

 

「了解だ! ぶちかませっ!!」

 

「おう!」

 

 頭上に構えた『雪片弐型』は鋭く縦に振り下ろされる。その正確無比な一撃は相手の胴体に大きな切れ込みを作った。

 ――が、黒いISもやられているばかりではない。手に持つブレードで払うように一夏へ反撃を行う。

 

「ぐっ……!」

 

 ガギンッ! と、『雪片弐型』で巨大なブレードの一撃を受け止める一夏。

 

「ウィル、今だ!」

 

「サンクス、一夏!」

 

 一夏が斬撃を受け止めている隙を突いて、黒いISの懐に潜り込んだ俺は切れ込み目掛けて部分解除した右腕を突っ込む。

 

「よし、掴ん――」

 

 右手に確かな人肌の感触がして、それを掴んだ瞬間、俺の視界は暗転した。

 

 ▽

 

「っ……。ここは……?」

 

 気が付くと、俺は真っ暗闇の中に倒れていた。

 

「さっきまでフィールドにいたはずなんだが、そもそもここはどこだ?」

 

 ISはいつ解除されたのか分からないが、今の俺は生身の状態。一応身体に外傷は無いようだが、いきなり見知らぬ場所で目覚めた俺は少し困惑していた。

 

「妙に肌寒い場所だな。おまけに……」

 

 俺は首を上下左右に巡らせ、それから顔をしかめる。どんよりと濁った黒色が、辺り一面どこまでも続いていた。

 

「はぁ、参ったぞ。何がどうなったのかさっぱりだ」

 

 まあ、ここで突っ立ってるわけにもいかないかと、そこまで思考して足を踏み出したその時、いきなり頭の中をいくつもの光景や単語が駆け巡った。

 

「ッ……!? なんだ、これ……遺伝子強化? 試験管ベビー?」

 

 脳裏に映るのは、培養液に満たされたカプセルの中で眠る少女。次に映ったのは近接格闘術を習う少女、さらに次はライフルの射撃訓練を受ける少女。

 

「っ――」

 

 絶句した。その少女があまりにボーデヴィッヒに似ていたのだ。

 

「なんなんだ、いったい」

 

 俺は暗い闇の中を宛もなく歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 歩き始めてからどれぐらい経っただろうか。俺は広場とおぼしき空間に辿り着いた。

 その空間の中心で独り、両膝を抱えてポツンと座り込む人影を見つけた。……ボーデヴィッヒだ。

 

「そこで何してるんだ?」

 

 俺が声をかけるとボーデヴィッヒはうつむかせていた顔を驚いたようにガバッと上げ、そして慌てて立ち上がった。

 

「っ! 貴様、なぜここにいる! いや、どうやって入った!」

 

「生憎だが俺も分からん。気が付いたらここにいたんでな」

 

 ボーデヴィッヒの問いに肩を小さく竦めながら答えると、彼女はスッと目を細めて俺を睨み付けてきた。

 

「……何をしに来た」

 

「そんな睨むなよ……。俺はお前を助け出しに来たんだ。あんな体の負荷を無視したような動きを続けてみろ、下手をすれば命に関わるぞ」

 

「助けるだと? 誰がそんな事を頼んだっ……!」

 

「他の誰でもない。お前自身に」

 

「そんなことは一言も――」

 

「そうか? 確かに口では言ってなくても、俺には『助けて』と目で訴えられたように思うんだが」

 

 そう答えた瞬間、ボーデヴィッヒの眼光が鋭さを増す。

 そして、拳を握り締めながら声を荒げた。

 

「ッ~~~! 知った風な口をきくな! 貴様に私の何が分かる!? 私はただ殺しのために作られ、鍛えられた! それがISができたらどうだ!?」 

 

 ボーデヴィッヒは「これを見ろ!」と言って左目の眼帯をむしり取る。その眼帯の下にあったのは、金色に輝く瞳だった。

 

「IS適応性向上が目的の手術に失敗した私は、ISどころかそれ以外の分野でも後れを取るようになった! そんな私を待っていたのは、出来損ないと後ろ指を指されて生きる毎日だった!」

 

 戦いのためだけに作り出され、体をいじくり回された挙げ句、失敗すれば出来損ない、か……。

 

「……私は必要な装置と薬剤さえあればまた作れる。敵に負け、あまつさえ暴走まで引き起こすような失敗作が消えたところで、誰も……」

 

「惜しんだりはしない。自分もそれで納得している、か?」

 

「……役に立たない兵器は廃棄される。それだけだ」

 

「そうか。……なら、なんで」

 

 ――そんな悲しそうな表情(かお)をして。

 

「泣いているんだ?」

 

「っ! こ、れは……」

 

 俺に言われてようやく自分の頬を伝う涙に気付いたのか、ボーデヴィッヒは慌ててそれを拭った。

 

「確かに、俺にお前の事は分からない。お前の境遇がどれほどのものだったかも。だが、そんな俺にでもお前がここから出たいと、死にたくないと思っていることだけは分かる」

 

「何を根拠にっ……!」

 

「その涙だ。道具が揃えば替えが利く? それで生まれるのは『お前に似ただけの他人』だろうが。出来損ないだと後ろ指を指される? じゃあ、そいつらにはクソ喰らえと中指でも立ててやれ」

 

 自分でも気づかないうちに、俺の声は声量を増していく。

 

「生まれがどうとか育ちかどうとか、そんなもの知ったことか。お前は女の子であって兵器じゃない。誰も言わないなら俺が言う。――お前は! 世界に1人だけの(2度と替えの利かない)、ラウラ・ボーデヴィッヒという名の女の子だ!」

 

 涙を湛えたボーデヴィッヒの、その深紅と黄金の両目が見開かれる。

 

「俺に他人の人生をとやかく言う権利なんて無い。だがな、お前のそれは他人が引いたレールの上をただ走らされているだけだ。他人が引いたレールを走り、他人が決めた終着駅で終わる。それで満足か? 本当に?」

 

 少なくとも俺はそうは思わない。思えない。自分の人生は、自分だけのものだ。何をしたいか、どこへ向かいたいか、それを決めるのは自分だけの権利だ。

 

「失敗作がどうとか、負けたから捨てられるとか、そんなくだらない考えは今ここで捨てろ。お前自身はどうしたい(・・・・・・・・・・)んだ?」

 

「私……。私、は……」

 

「もう1度言うぞ。俺はお前を助け出しに来た。……あとはお前次第だがどうする? こんな所に閉じ籠って終わるのがお望みか?」

 

 まっ、嫌だなんて言おうものなら引きずってでも連れて帰るがな。と冗談めかして付け加えるが、ボーデヴィッヒはうつむいたまま肩を震わせていて、俺の言葉は聞こえていないらしい。

 

…………けて

 

「?」

 

 ボーデヴィッヒのか細い声を聞き取れず、俺はわずかに首をかしげる。

 

「助けて……!」

 

 今度はしっかりと聞こえた。涙や何やらで顔をクシャクシャにしたボーデヴィッヒの口から、確かに。

 

「もちろん。その言葉が聞きたかった」

 

 俺はニコリと微笑みながら、ボーデヴィッヒに右手を差し出す。その手を彼女が掴んだ途端、辺りが白く温かい光に包まれて――

 

 ▽

 

「――ッ! ここは……!?」

 

 周りにはバリアーに隔たれた観戦席。正面にはあの黒いISの胴体が視界一杯に広がり、そして背後にはソイツとつばぜり合う一夏がいた。

 どうやら戻って来れたようだ。

 

「いくぞ……!」

 

 右腕に力を込めて引っ張る。そして見えたのはボーデヴィッヒの左手。さらに力を込めると二の腕、上腕、肩、と続いていき、とうとうボーデヴィッヒの全身を黒いISから引っ張り出す事に成功した。

 

「(よし、あとはこいつから距離さえ取れば――)」

 

 ISは強制解除されるはずだと考えてボーデヴィッヒを抱きかかえながら飛び立とうとした刹那、俺の体はガクンッと動きを止められる。

 脚に衝撃を感じて気が付くと、まるで逃がすかと言わんばかりに黒いISから伸びた触手のようなものが絡まっていた。

 

「しつこい野郎だな!」

 

 俺も負けじとエンジン出力を最大にまで引き上げると、【バスター・イーグル】はエンジンノズルから轟音と青白い炎を吐き出す。

 やがてイーグルの最大推力に耐えきれなくなった黒い触手はブツンッと短い音を立て、とうとう引き千切られた。

 

「ぐうぅっ!」

 

 最大推力の状態でいきなり拘束が解けた事によって、俺はパチンコ弾の如く吹っ飛ばされる。姿勢制御も間に合わず、地表を抉りながらアリーナ・フィールドへと叩きつけられた。

 ギャリギャリギャリッ!! と不快な音を立てながら向かう先にはアリーナの分厚い防護壁が待ち構えており、このまま行けば間違いなく衝突だ。

 

 ――警告! 正面障害物!――

 

 ハイパーセンサーが発する警告文を見た俺は、大急ぎでドラッグシュートを展開する。

 

「頼む。止まってくれ……!」

 

 衝突時に少しでも衝撃が緩和されるようにと、俺はボーデヴィッヒを抱いたまま体を丸めてギュッと目を閉じた。

 

 ギャギギギギ……ギギ………ガ、グンッ

 

 機体と地表が擦れる音は次第に弱くなっていく。

 そして、最後に小さな衝撃が【バスター・イーグル】を揺らしたあと、機体はようやく完全に停止した。

 

「ぎ、ぎ……ガ……」

 

 キュゥゥゥゥゥヴゥゥゥゥン…………

 

 ジェットタービンの回転数が低下していく音と重なるように、黒いISは力が抜けたように崩れ落ちていき、待機状態のレッグバンドとなってボーデヴィッヒの元へと戻っていく。

 

「やった……!」

 

 一夏の声を皮切りに、割れんばかりの歓声と拍手がアリーナに響き渡った。

 

「まったく、気持ち良さそうに眠りやがって」

 

 腕の中で静かな寝息を立てるボーデヴィッヒを見下ろしながら、俺はフッと笑ってそう呟く。

 

「なあ、一夏。ぶっ飛ばすのは勘弁してやろうぜ?」

 

「ははっ、そうだな。勘弁してやるか~」

 

 そう言葉を交わして俺と一夏は互いの拳を軽く当てたあと、それを高く掲げる。

 

「「よっしゃあ!」」

 

 アリーナを支配していた歓声が、拍手が、さらに沸き上がった。

 




 ーおまけー

 ティンダル空軍基地にて。

 ウィリアムがラウラを救助したその瞬間をテレビ中継で見ていた基地内の一室は大盛り上がりであった。

「Foooooo!」

「あの坊主やるじゃねえか!」

「超かっこいいッス!」

「おい、オータム! 確かあいつってお前が面倒見てやってたんだろ!?」

「おう! あいつはこのオータム様とスコールが直々(じきじき)にしごいてやったんだぜ!」

「「「ジョーズ! ジョーズ! ジョーズ!」」」

 仕事も忘れてテレビの前で歓声を上げるアメリカ軍人達。そんな彼ら彼女らの後ろではウィリアムの伯父、トーマス・ホーキンス大佐がやれやれと溜め息をついていた。

「お前達、仕事はどうした。今は勤務時間中のはずだが?」

「まあまあ、大佐。今日は大目に見てあげて下さい。ホーキンスくん、基地内ではかなり可愛がられていましたし、ね?」

 腕組みして「まったくっ」と呟くトーマスを、スコールが苦笑いを浮かべながら宥める。

「それに、大佐もこっそり録画していましたよね?」

「…………。はぁ……。分かったよ大尉。まったく君には敵わんな。今日だけは大目に――」

「しぃんあいなる『重装巨砲主義』の同志諸君!! 我らが同志ホーキンスくぅんの活躍を祝して祝砲の準備だぁ! アヴェンジャーを用意せよ!」

「はっ! してガトリング中将! 空砲は何発用意いたしましょう!」

「景気よく1万発ぅ!!!」

「「「イエッサー!!」」」

 喜色満面のデイゼルの言葉に、配下の兵士達はバタバタと忙しなく走って行った。

「……前言撤回だ!! 今すぐあのバカどもを取り押さえろおぉぉぉっ!!!」

 今日も今日とてティンダル基地にトーマスの怒号が響き渡る。
 ……これで良いのか、アメリカ空軍。



 お暇があれば、誤字脱字など報告して頂ければ幸いです。



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22話 一件落着。そして、まさかの嫁宣言

「だから、一夏はともかく自分は大丈夫ですよ。この通りピンピンしてます」

 

「俺も腕ちょっと掠っただけですって。これくらいオ○ナイン塗って絆創膏(ばんそうこう)貼っとけば治りますよ」

 

「ダメです。どんな些細な事でもちゃんと診てもらっておかないと」

 

 あの事件のあと、俺と一夏は揃って山田先生に医療室へと強制連行されていた。

 

「後々、何か大事が起こってからでは遅いんですよ? はい、着きました。中でちゃんと検査を受けてきて下さい」

 

「はぁ、そんな大袈裟な……。分かりましたよ、行ってきます」

 

 珍しく語気の強い山田先生に押される形で、俺達は医療室のドアの前に立つ。

 

「失礼します」

 

 そう言ってガチャリとドアノブを捻ってドアを開けた先では白く清潔感のあるベッドが5つ、窓から差し込む夕焼けのオレンジ色に照らされていた。

 

「……………」

 

 そして、そのベッドの内の1つには上半身を起こして夕日を眺める人物が1人。逆光で上手く見えないが、あれは……

 

「……ボーデヴィッヒか」

 

「ラウラ……?」

 

「ん? ああ、お前達か」

 

 声に気付いて振り返る彼女は、やはりボーデヴィッヒだった。あの黒いISから引っ張り出したあとすぐに担架で運ばれて行ったボーデヴィッヒだが、偶然にもここへ運び込まれていたらしい。

 

「「「……………」」」

 

 室内を気まずい空気が漂う。

 

「……織斑 一夏」

 

 その沈黙は、意外な事にボーデヴィッヒによって破られた。彼女の口から出たのは一夏の名前。しかしその声色に以前のような嫌悪が混じっているようには聞こえない。

 

「あの時、お前とホーキンスが私を助けてくれたと教官から聞いた。――感謝する」

 

 と告げたボーデヴィッヒだったが、どうにもまだ言いたいことがあるらしい。

 バツが悪そうに視線を泳がせたあと、何かを決心したよう顔で再度口を開いた。

 

「……それと、だな。私の身勝手な逆恨みに巻き込んで、本当にすまなかった」

 

「その言葉が聞ければ十分だ。俺はもう気にしてねえよ。まあ、なんだ。これからよろしくな」

 

「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」

 

 ああ、良かった。これでなんとか一夏とボーデヴィッヒの間で起きていた問題は解消されたようだ。

 一夏は「それじゃお先に」と言って医療室の奥へ入って行き、その場には俺とボーデヴィッヒだけが取り残される。

 

「……………」

 

 何か話す話題があるわけでもなくただ椅子に座っている俺だったが、ふとなんの気なしに視線をやるとボーデヴィッヒの左目が視界に入った。

 治療のため眼帯が外されている左目は、右目の赤色とは全く違う金色をしている。この目が原因で出来損ないの烙印を押されたとは聞いたが、金色に輝くそれを改めて見てみると、なんというかとても……

 

 ――綺麗(きれい)な目だな……」

 

「えっ?」

 

 ポカンとした表情で固まるボーデヴィッヒ。そして、ここで俺は無意識に自分の口から言葉が漏れていた事に気が付いた。

 

「へ? あ、あー、ええっと、だな。まあその、神秘的というか、なんというか……ああクソッ。何て言えば良いんだ……?」

 

 上手い言葉が浮かばず後頭部をガシガシ掻いていると、何かツボに入ったのかボーデヴィッヒがクスクスと笑いを堪えていた。

 

「ふふっ。面白い奴だな、お前は」

 

「ははっ、別に笑いを取ろうと言ったわけじゃないんだがな」

 

 笑うボーデヴィッヒにつられて俺も次第に口元が緩んでいく。――なんだ。あんな仏頂面を浮かべているより、笑っている方が断然美人じゃないか。

 

「っと、危うく忘れるところだった。俺もさっさと診断してもらってこないと」

 

 ボーデヴィッヒの笑顔に思わず見とれていた俺だったが、そうだ、俺は医療室に強制連行された身なんだった。

 

「まあなんにしても、お前さんが無事で良かったよ。改めてこれからよろしくな、ボーデヴィッヒ――」

 

「ラウラ」

 

「うん?」

 

「私のことはラウラで良い。……そう、呼んでくれるか?」

 

「ああ、もちろん。なら俺もウィルって呼んでくれ。これでおあいこ(・・・・)だ」

 

 最後に「それじゃあまたな、ラウラ」と言って、俺は奥の部屋へと入って行った。

 

 ▽

 

『トーナメントは事故により中止となりました。ただし、今後の個人データ指標と関係するため、全ての1回戦は行います。場所と日時の変更は各自個人端末で確認の上――』

 

 ピッ、と誰かが学食のテレビを消す。俺は本日解禁の新メニュー『ホッケ定食』を口に運んで感動に打ち震えていた。

 

「ふむ。シャルルの予想通りになったな」

 

「そうだねぇ。あ、一夏、七味取って」

 

「はいよ」

 

「ありがと」

 

「ムグムグ……ゴクッ。美味い……!! まああんな事件が起きたんだ。今後の対策やら各国への事情説明やらで、今はトーナメントどころじゃないんだろ」

 

 当事者なのにのんびりとしたものだとどこかから批判が飛んで来そうだが、保健室から出たあと俺達は教師陣から事情聴取されていたのだ。やっと解放された時には時刻は食堂が閉まるギリギリだった。

 

「ふー、ごちそうさん。学食といい寮食堂といい、この学園は本当にメシが美味いな。……ん?」

 

 なぜだか知らないが、さっきまで食事をしていた女子達が酷く落胆している。その沈みっぷりは相当なもので、まるで葬式のようなムードだった。

 

「……優勝……チャンス……消え……」

 

「交際……無効……」

 

「……うわあああああんっ!」

 

 バタバタバターっと数十名が泣きながら走り去って行った。気のせいか? 今『交際』って聞こえた気がしたんだがなあ。

 

「なんだったんだ……?」

 

「さあ……?」

 

「どうしたんだろうね?」

 

 俺と一夏、シャルルにはちんぷんかんぷんだ。女子ってのは摩訶不思議な生き物だという事がまた1つ分かったくらいである。

 

「…………」

 

 女子が去ったあとに、1人呆然と立ち尽くしている姿を見つける。見慣れた黒髪のポニーテールと長身。一夏の幼馴染みこと箒だった。

 口から魂が抜けているかのような姿の箒の側へと一夏が歩いて行く。

 

「そういえば箒。先月の約束だが――」

 

「ぴくっ」

 

 ちょっと反応した。良かった良かった。完全に幽体離脱はしていないようだ。って、先月の約束って言えばあれか。確か廊下で『付き合ってもらう!』とか言ってたやつだな。

 

「付き合っても良いぞ」

 

「――。――――、なに?」

 

 お? おお!? こ、これはまさか! あの(・・)一夏が箒からのデートのお誘いに乗ったのか!?

 

「だから、付き合っても良いって……おわっ!?」

 

 突然、バネ仕掛けのように大きく動いた箒は、一夏をお構いなしに締め上げる。――って、待て待て箒! 気持ちは分かるが一夏の首が絞まってるぞ!?

 

「ほ、ほ、本当、か? 本当に、本当なのだな!?」

 

「お、おう」

 

「な、なぜだ? り、理由を聞こうではないか……」

 

 パッと手を離し、腕組みをしてコホンコホンと咳払いをする箒。よしよし、それで良い。ここは1度落ち着いてクールにいくんだ箒。

 

「そりゃあ幼馴染みの頼みだからな。付き合うさ」

 

 おー! おーー!! これはいくか? いっちゃうか!?

 

「そ、そうか!」

 

「――買い物くらい」

 

 おーー…………。

 

「……………」

 

 ビキィッ! と箒の表情が強張る。……一夏のやつ絶対に殴られるな。捻りの効いた右ストレートで一夏のK.O.に10ドル賭ける。他に賭ける奴はいないか?

 

「………だろうと……」

 

「お、おう?」

 

「そんな事だろうと思ったわ!」

 

 ドゲシッ!!!

 

「ぐっはぁ!?」

 

 腰の捻りを加えた右ストレート。一夏はそれを諸に受けて床に倒れ込む。

 

「ふん!」

 

 ドゴォッ! と、呻く一夏の鳩尾につま先がクリーンヒット。

 

「うへぇ……ありゃあ痛いなんてレベルじゃねえだろ」

 

 俺は無意識に自分の腹を擦りながら、床で悶絶する一夏と、ズカズカと去って行く箒の背中を交互に見やる。

 

「ぐ、ぐ、ぐ、……なんで……」

 

「一夏って、わざとやってるんじゃないかって思う時があるよね」

 

「そうだぞ一夏。なんで買い物なんだよ。もっとこう……あるだろう? 遊園地とか色々と」

 

「……たぶんだけど、ウィルが思ってるのも違うと思うよ」

 

「え? 違ったのか?」

 

 俺はてっきり(デートに)付き合って欲しいって意味だと思ったんだが。

 

「あ、皆さん。ここにいましたか。さっきはお疲れ様でした」

 

「山田先生こそ、お疲れ様です。ずっと手記で大変だったでしょう」

 

「いえいえ、私は昔からああいった地味な活動が得意なんです。心配には及びませんよ。なにせ先生ですから」

 

 えへん、と胸を張る山田先生。またあの大きな膨らみが重たげにユサッと揺れた。俺はまた視線のやり場に困って、ついつい顔を背けてしまう。

 

「あ、そうだ。それよりも朗報を持ってきましたよ!」

 

 グッと山田先生が両手拳を握り締めてガッツポーズ。またしても胸の膨らみが揺れた。先生、お願いですからジッとして下さい。本当。マジで。

 

「なんとですね! ついに今日から男子の大浴場使用が解禁です!」

 

 ▽

 

「うおー、でっけえ……」

 

「こりゃまた……スゲェな……」

 

 IS学園の大浴場は想像以上に広かった。大型の浴槽が1つにジェットとバブルのついた中型の浴槽が2つ、加えて檜風呂(ひのきぶろ)という浴槽が1つ。さらにはサウナ、全方位シャワーと、なぜか滝(『打たせ滝』と呼ぶらしい)まで流れていた。

 ちなみにシャルルは女子であると分かってしまった故に3人まとめて入る事ができず、話し合いで俺・一夏のあとがシャルルという順番である。

 

「さてと。それじゃあ早速――」

 

「まあ待てウィル。慌てるなんとかはもらいが少ないってな。まずは体を流してからだ(・・・)!」

 

「ん? ああ、確かにそうだな。まずは体の汚れを洗い落とさんとな」

 

「お、おう。その通りだ……」

 

 なぜかショボンとする一夏。はて、俺が何かしちまったのだろうか。

 小首を傾げながら、俺は一夏と共に体をお湯で流し、ボディーソープで体を洗う。そして全身を洗い終えて、俺達はようやく湯船へと身を沈めた。

 

「ふううぅぅぅぅ~~……」

 

「これはなかなか……いいもんだなあ~~……」

 

 この全身に広がる安堵感。疲労と体の凝りが溶けていく虚脱感。熱気が連れて来る心地よい圧迫感と疲労感。それら全てに身を委ねながら、俺は特に何も考える事もなく、ただただ無心で風呂を満喫した。

 

「あ―……まずい。気を抜いたら眠っちまいそうだ……」

 

 時間を忘れて湯船に浸っていると、だんだんと眠気が押し寄せて来る。疲労困憊というのもあるだろうが、何よりこのリラックスが、睡魔を連れて来てしまうのだ。

 

「……………ぐぅぅ……」

 

「ウィル?」

 

「――ハッ!? ああ、いかんいかん。完全に落ちてたみたいだな。スマン一夏。先に上がらせてもらうぞ」

 

「おう。俺ももう少し浸かったら出るわ」

 

 ザバァッと湯船から立ち上がった俺は脱衣場へ向かい、服を着替えてから大浴場からほど近い休憩所にあるベンチへ腰かける。

 

「ふぅ~~。今日は本当に内容の濃い1日だったなあ」

 

 天井から降りる光をボケーっと見上げながら、俺は1人ごちる。――と同時にポケットに入れていた携帯電話から着信メロディーが流れた。

 

「なんだ? ってこの番号は……」

 

 俺は携帯電話を耳に(あて)――がわず、20センチほど離した状態で通話ボタンをタッチする。

 

「はい、お電話取りました。ホーキンスです」

 

ぶるあああああ!!

 

「……………」

 

 聞き覚えのある声、それと奇声。間違いなくガトリング中将のものだった。

 

「……中将、いったい何事です?」

 

《いやいやぁ、ただ君の事が心配でぇ電話させてもらっただけだよ。さっきも何回か掛けたのだよ? 大事(だいじ)無いかね?》

 

 恐らく、中将が電話してきた時は事情聴取を受けていた頃だ。というか、わざわざ電話までくれていたとは。

 この人は普段はああなのに、部下をよく気を掛けたりと本当に良い軍人だ。普段はああなのに。

 

「ありがとうございます。ちょうどその時は事情聴取を受けていたのでお電話に出られませんでした。自分は目立った外傷なども無く、健康状態は良好です。ただ……」

 

《『ただ』?》

 

「【バスター・イーグル】の両エンジンと動翼の駆動系統に損傷が見つかりまして、少なくともエンジンの方は全損との事でした」

 

 ラウラを抱きかかえたまま地面を滑走した時に飛散した土塊(つちくれ)などをエンジンが大量に吸い込んでしまい、結果タービンブレードが完全にへし折れ、その折れたブレードで内部がズタズタにされていたのだ。修復は不可能である。

 

《ふむ、そうかね。だがまあ、君が無事でぇ良かったよ。機体パーツなどはぁいくらでも替えが利く。大事なのはぁ、君達パイロットのぉ命なのだよ。それが無事なら万々歳ではないかぁ》

 

 ……ああ、この人の基地に所属していて本当に良かった。

 口を開けば怪しい組織に引き込もうとしてきたり(中将の中では既に所属済み)、【イーグル】に無茶な装備を載せようとしてきたりする人だが、この人が部下から慕われる理由を改めて実感した。

 

《と・こ・ろ・でぇ》

 

 感動している俺を他所に中将はスピーカー越しに続ける。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

《ホーキンスくぅん、君もIS学園に入学してそれなりに経ったが……》

 

「そうですね。もう2ヶ月以上経ちました」

 

 入学当初、一夏と2人でビクビクしていたのが懐かしく感じる。だがそれがいったい何の話しに繋がるのだろうか。

 

《――彼女(ガールフレンド)はできたのかねぇ?》

 

「…………は?」

 

 おい、俺の感動を返せこの野郎。何が『彼女はできたのかねぇ?』だこの野郎。目の前でイチャイチャを見せつけられた事なら何回もあるぞこの野郎。

 

「……なぜ突然そのようなことを?」

 

「実は今ぁ、基地内はこの話題で盛り上がっていてねぇ」

 

「(ウソだろ。そんなふざけた話が基地で流行してるのかよ……)」

 

 俺が携行電話片手に呆れていることなど露知らず、楽しそうに語るガトリング中将。

 

「私が若かった頃はぁ、それはもう引く手数多(あまた)の――」

 

「(……チッ)」

 

 なんとなく。本当になんとなーくだが、イラッと来てしまった俺は通話状態のまま伯父のトーマス宛にメールを送る。

 

【仕事をサボっている基地司令官を確認。直ちに捕縛部隊を送られたし】

 

「(これでよし)」

 

 送信ボタンをタッチすると、すぐさま返信メールが届いた。内容は『了解した。貴官の協力に感謝する。それと、無事なようで何よりだ』だった。

 数分後、捕縛部隊が室内に突入。敢えなく縄でグルグル巻きにされたガトリング中将は「ノォォォォ!!」と叫びながら連行されていった。

 

「よし、俺もさっさと部屋に戻って寝るとするか」

 

 ちょうど脱衣場から出て来た一夏と――おい、なんでシャルルまで一緒に出て来たんだ? ……いや、これ以上考えるのはよそう。もう疲れた。色んな意味で。

 それから自室までの道のりを他愛の無い話をしながら歩いて行き、部屋に帰り着くやベッドに倒れ込んだ俺は一瞬で微睡みの中に落ちていくのであった。

 

 ▽

 

 翌日。朝のHRにはシャルルの姿が無かった。

 

「なあウィル。シャルロッ――シャルル見なかったか?」

 

「食堂から今まで俺はお前と一緒にいただろう。見てるわけがない」

 

『先に行ってて』と言うので食堂で別れたのだが、もしかして何かあったのだろうか。

 1度グルリと教室を見渡すと、シャルル以外にラウラの姿も無かったが、彼女は昨日の負傷で休んでいるのだろう。

 

「み、皆さん、おはようございます……」

 

 織斑先生と共に教室に入って来た山田先生はなぜかフラフラとしている。いったい朝からどんな悲劇に見舞われたのだろうか。モーニングコーヒーに間違えて塩でもぶち込んだのか? いや、いくら山田先生でもさすがにそんなミスはしないか。

 

「今日は、ですね……皆さんに転校生を紹介します。転校生と言いますか、既に紹介は済んでいると言いますか、ええと……」

 

 なにやら山田先生の説明はよく分からないが、……何? 転校生だと?

 クラスのみんなもそこに反応したらしく、一斉に騒がしくなる。今のこの時期、というか既に今月は2人も転校生が来ているのに、それにまだ来るというのだろうか。いったい何がどうなってるんだ?

 

「じゃあ、入って下さい」

 

「失礼します」

 

 ん? この声は――

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん改めてよろしくお願いします」

 

 ペコリ、スカート姿のシャルル――いや、シャルロットが礼をする。俺と一夏を始めクラス全員がポカンとしたまま、これはどうもご丁寧にとばかりにペコリと頭を下げ返す。

 

「ええと、デュノアくんはデュノアさんでした。という事です。はぁぁ……また寮の部屋割りを組み立て直す作業が始まります……」

 

 成程。山田先生の憂いはそこにあったのか。先生、毎度毎度、本っっ当にお疲れ様です。今度コーヒーと甘い物を差し入れに持って行きます。

 ……って、待・て・よ?

 

「え? デュノアくんって女……?」

 

「おかしいと思った! 美少年じゃなくて美少女だったわけね」

 

「って、織斑くん、同室だから知らないって事は……ホーキンスくんも気付かなかったの?」

 

 ザワザワザワッ! 教室が一斉に喧噪(けんそう)に包まれ、それはあっという間に溢れかえる。

 と、そこへトドメの超特大バンカーバスター(地中貫通爆弾)が1発、俺と一夏の頭上に投下された。

 

「――ちょっと待って! 昨日って確か、男子が大浴場使ったわよね!?」

 

 ――ヤッバイ……! スゲェ嫌な予感がする!

 バシーンッ! 教室のドアが蹴破られたかのような勢いで開く。

 

「一夏ぁっ!!!」

 

 髪を逆立てて立っていたのは中国代表候補生の凰 鈴音(ファン・リンイン)。その顔は烈火の如く怒り一色だ。

 

「しぃぃねぇぇぇっ!!!!」

 

 ISアーマー展開、それと同時に衝撃砲の発射態勢を取る。

 

「ちょっ!? 待て待て! ウィル! た、助けてくれ!!」

 

 大慌てで俺の所まで走ってきた一夏が背中に隠れた。

 

「待て待て! なんで俺の所に来るんだよ!」

 

「俺のIS、今修理中で展開できないんだよ!」

 

「おいおいおい! 俺のも修理中だって昨日言ったじゃねえか!」

 

「……あっ」

 

「『あっ』じゃねえよ、このアホォ! ――って、それは今はいい! 取り敢えず鈴、落ち着け! クールになろうぜ? なっ? なっ? そんなもんぶっ放したら周りにも被害が……って、いねぇ!?」

 

 俺の周囲と後方に座っていた生徒達は全員がいつの間にか退避を終えており、ガラーンとしていた。

 

「アンタも同罪よ!」

 

「理不尽!? 待てっ。いや待って下さい!」

 

「安心しなさい、威力は調節してあげるから。顔面飛び膝蹴りぐらいにね!」

 

「全然安心できない! っていうかヘッドショット!?」

 

 そんな俺の声を無視して衝撃砲が光り始める。

 

「畜生! 一夏ぁ! お前はIS以前に『人の話を聞きましょう』だああああっ!!」

 

「ごめんんんんんっ!!」

 

 ズドドドドオンッ!

 

「ふーっ、ふーっ、ふーっ!」

 

 怒りのあまり肩で息をしている鈴がいる。その姿は本気で怒った時のネコのようにも見える。――って、あれ? 俺、吹っ飛んでない? 顔へこんでない!?

 

「……………」

 

 間一髪、だったのかどうかは分からないが、俺達と鈴の間に割って入ったのは――なんとラウラだった。

 その体には黒いIS【シュヴァルツェア・レーゲン】を纏っている。恐らく衝撃砲を得意のAICで相殺したのだろう。しかし、よく見るとあの大型レールカノンがない。いやまあ、壊したのは俺なんだが。

 

「ら、ラウラか? お前そのIS……と言うより、身体はもう大丈夫なのか?」

 

「ああ。コアは辛うじて無事だったからな。予備パーツで組み直した。身体の方も問題は無い」

 

「そうか、それはよかった。いやスマンな。本当に助かっ――んむぅ!?」

 

 それは、あまりに突然の事だった。

 いきなり、俺はグイッと胸倉を掴まれ、ラウラに引き寄せられ、そしてあろう事か――唇を奪われた。

 

「!?!?!?!?」

 

 驚天動地(きょうてんどうち)What the hell!?(どうなってんだ!?) 俺にも分かるように説明してくれ。鈴と一夏を始め、その場の全員があんぐりしている。誰だってしている。俺だってしている。

 そして、口付けすること5秒ほど。俺を解放したラウラは頬をうっすらと朱色に染めて、高らかに宣言した。

 

「お、お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!

 

「……………」

 

 オーケーオーケー。一旦落ち着こうぜ、ウィリアム・ホーキンス。取り敢えず少しだけ時間を取らせてもらうとしよう。頭の中を整理する時間がないとな! うん!

 

「ふぅ……。織斑先生、5分ほどお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「 」

 

「……織斑先生?」

 

「――ッ!? あ、ああ。分かった。5分だな。許可しよう」

 

 目の前で起きた突然の出来事に口を半開きにして呆けていた織斑先生が、ハッとして我に返る。この人がこんな顔をするのは初めて見たが、とにかく今は目の前の問題が最優先だ。

 

「ありがとうございます。――What th(えぇ……)e……」

 

 ここでとうとう脳の処理限界を向かえた俺は、バタッとその場に倒れてしまった。

 

 

 

 

 

 

「う……ぁ……」

 

「あっ! ウィル、大丈夫か!?」

 

 ボヤける視界の中、うっすらと目を開けると一夏が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 

「ああ、一夏か。いててっ。……なあ、なんで後頭部が痛いんだ?」

 

 何かにぶつけたのか、後頭部に鈍い痛みが走る。それにしても変な夢だったな。いきなりラウラにキスされて、嫁にするだのなんだのって……。そもそもなんで教室で眠ってたんだ?

 

「それは……」

 

「おお。目が覚めたか、我が嫁よ。心配したぞ」

 

 そう言って一夏の横からヒョコッと現れたのはラウラだった。待て。嫁? 嫁だって?

 

「……ソーリー、一夏。どうやら俺はまだ夢の中にいるらしい」

 

「いや、これは夢じゃなくて紛れも無い現実――」

 

「はっはっはっ、面白いジョークを言う奴だ。……しかし参ったな。早く起きないと、HR中に寝てるのがバレたら織斑先生に血祭りに上げられちまう。何せあの人、歩く暴力装置だからなぁ」

 

あ゛?

 

 一夏やラウラとは別の、もっと低いドスの混じった声が響いた。

 声のした方に視線をやると、1組担任の歩く暴力装置こと織斑先生が立っているのが目に入る。

 

「織斑、そこをどいていろ」

 

「え? で、でも……」

 

「ど い て い ろ」

 

「は、はいぃぃぃ……!」

 

 涙目で全速後退し、教室の壁に張り付く一夏。まあ無理も無いだろう。今、織斑先生の背後には修羅が立って見えたのだから。

 

「さて、ホーキンス。何か言い残す言葉はあるか?」

 

 相変わらず怖い人だなぁ。だがしかし! これは夢の中である! それに、1度言ってみたかった台詞があるんだ。

 俺は不敵な笑みを浮かべながらファイティングポーズを取った。

 

「怖いか、織斑先生。当然だぜ。現U.S.A.F(合衆国空軍)の俺に(夢の中で)勝てるもんか」

 

「……遺言は、それで良いな?」

 

 拳を握り締めた織斑先生が無表情でゆっくりと歩み寄ってくる。その横では鈴が『ああ、あいつ死んだわ』といった表情を浮かべ、セシリアと箒は何かに祈りを捧げており、シャルロットは俺に可哀想な奴を見るような目を向け、一夏には「骨は拾う」と告げられ、そしてラウラはなぜか敬礼していた。

 

 ガシッ

 

 とうとうすぐ目の前にまでやって来た織斑先生が、俺の肩を掴む。

 続いて、ミチミチッと音を立てて力が込められ始めた。い、いたたたっ、指が食い込んで――え? 痛い(・・)

 

「えっ、こ、これ、もしかして……」

 

 ギギギギッとぎこちない動きで、俺の肩を掴む手と織斑先生の顔を交互に見て、ようやく気付いた。

 

 ――ヤヴァい。これ夢じゃなかった。

 

 途端にドッと冷や汗が噴き出し始める。

 

「ここでやると後始末が面倒だな。グラウンドに行くとしようか」

 

「あっ、ちょっ、ま、待って下さい! なんでグラウンドなんかに!? う、うわああぁぁぁぁ!?」

 

 抵抗も虚しくズルズルと引っ張られていく先は、IS学園が保有する広大なグラウンドだった。どうやら俺は、愚かにも自分で自分の死刑執行書にサインをしてしまったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ、何を!? わあ待って! こんな所で暴力振るっちゃダメですよ! 待って! 止マレ!」

 

「いい加減正気に戻らんか! このっ、馬鹿者があああっ!!!」

 

ギャアアアアアアアアアアッ!!!

 

 どこまでも青く澄みわたる空に、絶叫が轟いた。

 



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23話 恋する兎と鈍感な鮫

 チュンチュン……

 

「……ん?」

 

 窓の外では起きろと言わんばかりにカーテン越しに朝日が差している。同じく、目覚めを促すかのようにスズメが鳴いていた。

 

「(ちと早い時間に目が覚めたな……。もう少しだけ……)」

 

 この微睡み延長はまさに至福の時である。恐らくこの緩やかな一時を楽しまない人間はいないだろう。……あと少し。あと少しで(まぶた)が――

 

 チュンチュンッ

 

「(…………あと少し……)」

 

 チュンッ、チチチチッ

 

 ………………イラッ

 

「焼き鳥にして食うぞこの野郎」

 

 どうやら俺に朝の2度寝タイムは許されないらしい。

 窓の外で元気にさえずるスズメに悪態をついてからノソノソと緩慢な動きでベッドから這い出た俺は、あくびを噛み殺しながら洗面所へ向かう。

 

「(ふぅ、さっぱりした)」

 

 顔を洗い、歯磨きを済ませた俺はまだ完全に覚めきらない頭をクリアにするため、インスタントコーヒーの粉が入った瓶とマグカップを取り出した。

 

「これでよし」

 

 コーヒー粉が入ったマグカップにポットのお湯を注ぎ、スプーンで数回混ぜたら出来上がりだ。

 ズズズッと熱々のコーヒーを啜ると口の中に苦味と独特の酸味が広がり、俺は「ほぅっ……」と一息つく。

 

「やはりモーニングコーヒーは格別……ん?」

 

 椅子に座ってコーヒーを啜りながらホッコリしていると、不意に自分のベッドに小さな膨らみがある事に気付いた。

 空気が入り込んで出来た空洞とか単なるシワなどと考えるのが自然だろうが、明らかに不自然な点が1つ。誰もいないはずの布団が規則的に上下を繰り返していたのだ。

 そう、まるで呼吸をしている(・・・・・・・)かのように。

 

「何だ……?」

 

 眉をひそめながらコーヒーをひと口啜ったその時だった。上下していた布団がモゾモゾと動きだし……

 

「んぅ……。なんだ……。もう朝か……?」

 

 捲れた布団の中から、なんと全裸の銀髪少女が姿を現した。

 

「ッ!?!?!?」 

 

 ブッフウウウウウッ!!!!

 

 突然起きたあまりの事態に、俺は口に含んでいたコーヒーを高圧スプレーもびっくりな勢いで噴き出してしまう。ぐおぉぉ、鼻にも入った……!

 

「? 嫁か。随分と早起きだな」

 

 盛大にコーヒーを撒き散らす俺を前に一切動じず、『嫁』と呼んでくる人物。彼女は――

 

「ゲッホ、ゲッホ! ウェッホッ! ら、ら、ラウラぁ!?」

 

 ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。先月転校してきていきなり一悶着。そのあと色々あって――うん、色々あったな。

 しかし、問題はそこではない。問題なのは、なぜか衣服を纏っていないという事だ。身に付けているのは左目の眼帯と待機形態のIS――右太ももの黒いレッグバンドのみ。長い銀髪が腰のラインを撫でている。

 

「って、おまっ……バカ! 隠せ!」

 

「おかしな事を言う。夫婦とは包み隠さぬものだと聞いたぞ?」

 

 キョトンとした顔で小首を傾げるラウラ。そんな彼女の仕草に一瞬ドキッとしてしまうが、今はそれどころじゃない。

 

「おい誰だ! お前に変な知識を吹き込んだアホは! 空対艦ミサイルをぶち込んでやるッ!」

 

「嫁よ、何を騒いでいる? 周りに迷惑だぞ」

 

「お前の事で騒いでるんだよ! て言うか『嫁』って何だよ! 俺は男だぞ!」

 

「日本では気に入った相手を『俺の嫁』や『自分の嫁』と呼ぶそうだ」

 

「……はあ? お、『俺の嫁』? まったくわけが分からん……」

 

 俺の混乱はそっち退け、ラウラは1度目を擦るとそれだけでいつもと同じ顔立ちになる。……スゲェ、1発で目ぇ覚ましやがった。

 

「それに、この起こし方も日本では一般的なものだと聞いたぞ。将来結ばれる者同士の定番だと」

 

 ……誰だぁ? んな絶対に間違いだと分かるような知識をこいつに教えた奴はぁ。

 

「よーし、ラウラ。お前にその知識を吹き込んだ奴の詳しい位置を教えろ。ちょっと空爆(オハナシ)してくる。それとな、俺はアメリカ人だ」

 

「ここは日本国内だ。(ごう)()れば(ごう)(したが)え、と言うだろう」

 

 は? な、何だって? ゴー(・・)にいればゴー(・・)に従え? ゴーサインに従う(・・・・・・・・)のと全裸で俺のベッドに潜り込むのに何の関連性があるんだ!? 

 

「それにしても、昨晩は随分と激しかったな……」

 

 ポッと顔を赤くして俺の顔から視線を外すラウラ。美人なだけにそんな仕草を取られるとこっちまで気恥ずかしくなってくる――ってちょっと待て。

 

「昨晩ってなんの事だ? いったい何をしたんだ?」

 

 ふむ。『昨晩』、『激しかった』、そして顔の赤いラウラ……ま、まさか! ベッドに潜り込んだラウラとドッグファイト(意味深)の末にフォックス2(意味深)シてしまったんじゃ……!?

 

「あ、あれほど激しく抱き付いてくるとは思わなかったぞ。お、お前も存外寝相が悪いのだな……」

 

 あ、あぁ、そっちか。良かった。俺はてっきり取り返しのつかない間違いを犯してしまったのかと――いや待て。寝惚けて抱き付いたとか何してんだ昨日の俺。

 

「しかし、私も少し早くに目が覚めたらしい。まだ朝食までは時間があるな」

 

 シーツを身に纏い、1度束ねた後ろ髪をファサッと散らす。朝の陽光を受けて輝く銀色の髪はとてもきれいで、俺は不覚にも見とれてしまった。

 

「(しかしまあ、先月のトーナメント以降こいつはちょくちょくこういう事をするから困る)」

 

 食事中に同伴するのは当たり前。この前はISスーツを着ている時。その前は入浴中に現れた。あの時はヤバかったなあ……。

 

『ふぅ~~……良い湯だなあ』

 

 ガラガラガラ

 

『ん? 一夏、遅かったな――』

 

『背中を流しに来たぞ、嫁よ』

 

『きゅーそくせんゴボボボボ………――』

 

 ……食事の同伴はまったく構わないのだが、このまま放っておくとますますエスカレートしていくに違いない。しかも今日は全裸で俺の部屋に忍び込んで来たのだ。次が想像つかないだけに心配でしょうがない。

 

「…………」

 

 うーむ、なんとかもう少し彼女の積極性を削ぐ事はできないだろうか。

 

「どうした? ……あ、あまりそう見つめるな。私とて恥じらいはある」

 

 おいこら、ウソをつくなウソを。だがしかし、そのうそつきが頬を染めてモジモジと恥じらう姿は、少し……いや、かなり可愛かった。

 

「(う、ぐっ……。ええい! 鎮まれ、煩悩! お前はそれでも『鮫』と呼ばれたファイターパイロットかっ!)」

 

 ――おっ、そうだ! ナイスなアイデアを思い付いたぞ! 

 

「なあラウラ」

 

「なんだ?」

 

「実はな、俺は奥ゆかしい女性が好きなんだ」

 

「ほう」

 

 少し驚いたようにわずかに目を開くラウラ。続けて、言葉を噛み締めるように2回頷く。

 よしよし、上手くいったようだ。現時刻をもって作戦の終了を宣言する! よくやったな俺くん。君にはのちほど勲章の授与式が待っているぞ! イエッサー! 感謝しますサー! 俺が司令官で、一般兵が俺だ。

 

「だがまあ、それはお前の好みだろう?」

 

 なっ!? 司令、敵はまだ健在であります!! 

 

「え?」

 

「私は私。ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 しっかりとした意志を秘めた瞳がまっすぐに俺を見つめてくる。

 心の在処を指し示すように胸に当てた手が、殊更(ことさら)絵になっていた。

 

「………………」

 

 ……えーっと。なんだこの胸のついた男前は。そして俺はどう反応すれば良いんだ? 

 

「だ、大体、お前が言った事ではないか……。忘れたとは言わせんぞ……」

 

「あー、うん。言ったな」

 

 確かに、俺はあの時『お前という存在は世界に1人だけだ!』みたいなことを言った覚えがあるぞ。

 それにしてもさっきまでの堂々たる態度から一転、上目遣いに言ってくる様が異様に魅力的に見えてしまう。これが所謂(いわゆる)ギャップ差のときめきというやつか? まあ知らんが。

 そうなると、先ほどから胸に当てている手も、まるで俺の視線から隠しているかのように見えるから不思議だ。――ホーキンス! この煩悩野郎! 罰として貴様はあとで腕立て伏せ200回だ! い、イエッサー! 

 

「か、隠せと言っている割りにはご執心(しゅうしん)なようだが?」

 

「なっ……!? ち、違う! そういうわけじゃない!」

 

「で、では、見たいというのか? 朝から大胆な奴だな、お前は……」

 

「話が変な方向に進んでいるぞ!?」

 

 シーツを緩めたラウラに俺は慌てる。また隠させようとするのだが、ヒラリとかわされて俺はベッドの上をドスンバタンと狭いながらの大立ち回りを強要される。

 現在早朝の6時過ぎ。……隣人の諸君、誠に申し訳ない。

 

「このっ……!」

 

 ようやく捕まえたぞ。子ウサギみたいに跳ね回りやがって……! 

 なんとかシーツの端を掴んでラウラの動きを取り押さえた。……つもりだったが、俺が上になった体勢を逆手に取って足払いをされた。しまった、これは軍隊仕込みの格闘術だ。クソッ、このファイティング・ラビットめ。

 ひっくり返った俺はベッドの上を転がり、その勢いを使ってまた立ち上がる。俺だって軍人なんだ。簡単な体術くらいなら使える。

 

「ほう、あの状態で復帰するとはな」

 

「あれくらいなら俺でも対処できる――って違う! 先月にあんな事をしておいて、反省点は無しか!?」

 

「あんな事、とは?」

 

「い、いや、だから、その……」

 

 くっ、まさか自分の口から言わされるとは……! 

 

「き……キス、だよ……」

 

 畜生。言いながらあの時の事を思い出してしまって、カーッと顔だけでなく全身が熱くなる。そのあとの地獄(織斑先生による生徒指導)は思い出したくないので割愛するが、ともかく俺は先月このラウラに唇を奪われたのだ。しかも――

 

「は、初めてだったんだぞ……」

 

 なんとも格好のつかない事だが、あの突然の出来事が俺のファースト・キスなのだ。前世でも今世でも。

 ……あ゛? 初キッスはどんな味だあ? んなもん知るか! 衝撃的すぎてそれどころじゃねえわ!! おい、今俺の事を茶化した奴は大人しく出て来い。ちょぉっと高度15,000メートルからひも無しバンジーしようか……。

 

「そうか」

 

「そうかってお前な……」

 

 シレッとした返事に少し腹が立ってしまったが、俺が声を上げるよりも先にラウラの言葉が続いた。

 

「わ、私も……初めてだったぞ。うむ……嬉しくは、あるな」

 

 急に頬を染めてそんな事を言い出すのだから、俺としては言葉に詰まってしまう。考えても見ろ、目の前で可愛い(少なくとも俺から見れば抜群に可愛い)女の子が赤面してみろ。これ以上何の文句を言えるってんだ? 

 

「「……………」」

 

 なんだこの沈黙。互いに気まずいというか、変に意識してしまって……ああ、クソッ。取り敢えず一旦落ち着いて――そうだ、部屋の換気でもするか。

 

「うおっ!?」

 

 窓に向けて1歩踏み出した瞬間、俺はラウラにベッドへと引き倒された。その細い腕のどこにそんな力があるのかと思わずにはいられないほど、鮮やかかつスピーディーに決められた。

 これが命を懸けた実戦なら、俺は確実に息の根を止められていただろう。

 

「しょ、しょうがない奴だな、お前は……。どうしてそう、私の気持ちを煽るのが上手いのか、1度しっかりと訊きたいところだ」

 

 な、な、何を言っているんだこいつは!? ヤベッ、ガッツリとホールドされて身動きが取れん! 

 

「おいよせラウラ! お、おおおちちゅけ!」

 

 頬を朱に染め、朝日を纏ったラウラがゆっくりと覆い被さってくる。

 いかん! このままでは俺は違う意味で死んでしまう! メーデー メーデー メーデー!! 

 と、そうこうしている内に誰かがコンコンとドアをノックした。

 

「ウィル、起きてるのか? 入るぞ?」

 

「その声、一夏か!? グッドタイミングだ! 手を貸してくれ!」

 

「こんな朝っぱらから何騒いで……いる……んだ……?」

 

 ドアを開けて室内に踏み込んで来た一夏は俺とラウラの姿を見るなり、ピタリとその動きを止める。

 

「どうした一夏。そんな所で惚けてないで朝の……稽古……に……」

 

 続いて入ってきた剣道着姿の箒も俺達2人の姿を目にした瞬間、口をあんぐりと開けて持っていた竹刀を取り落とした。

 ――あっ、これマジでヤバイ……。

 

「むぅ……。せっかく良いところだったというのに。無作法な奴らだな、夫婦の寝室に押し入るとは」

 

 俺に覆い被さり、唇を奪うギリギリの距離のまま、不満気な声と視線を一夏と箒に向けるラウラ(全裸)。

 

「い、良いところって、な、ナニがだ!?」

 

「ふ、夫婦……夫婦ぅ!?」

 

 一夏が顔を赤くしながら後退りし、箒はプルプルと震えながら竹刀を拾って構えた。

 

「待て一夏、お前は盛大な誤解をしている。そして箒、お前もだ。1から説明するから――」

 

「て、ててて、天誅ぅぅぅ!!」

 

「ちょっと待てい!?」

 

 耳まで真っ赤になった箒は、目をグルグル回しながら竹刀を凄まじい速度で振り下ろす。まずい。箒のやつ頭がオーバーフローでも起こしてるのか、完全に混乱してやがる。

 ビュン、と風を切る音がして、俺の背中に冷や汗が伝う。

 ――が、振り下ろされた竹刀はギリギリのところで止まっていた。もとい、止められていた。

 

「勝手に嫁を傷付けられては困るのでな」

 

 ラウラの右腕だけに展開したISアーマー。そこから放たれた慣性停止結界(AIC)によって、箒の竹刀は止められたのだ。

 

「た、助かった……。ん? ラウラ、眼帯外したのか」

 

 ラウラの金色に輝く左目が露になっている事に気付いて、俺は少し驚いた。とある事件から変色したこの目を、ラウラはかなり引け目に感じていた過去がある。

 その左目にはISのハイパーセンサーを補助的に扱う特殊なナノマシンが注入されているため、使用すれば視覚能力を高める事ができる。ISを展開していない状態でも、最高で2キロ先の目標を狙えるらしい。

 

「確かに、かつて私はこの目を嫌っていたが、今ではそうでもない」

 

「そうか、それは良かった。自分の体を嫌っても良い事なんざ何1つ無いからな」

 

 そう言ってニカッと笑う。すると、ラウラの顔が、また桜色に染まった。

 

「お、お前がきれいだと言ってくれたからだ……」

 

 照れて視線を逸らすラウラに、俺は心なしかドキドキとしてしまう。

 

「き……」

 

 蚊帳の外になっていた箒が再び口を動かした。

 

「き?」

 

「斬り捨てごめんんんんん!!!!」

 

 既にラウラのAICから解放されていた箒は、すぐさま俺の頭に目掛けて竹刀を振り下ろす。

 

 バシィィンッ!! 

 

「ひでぶぅぅ!?」

 

 頭に痛烈な一撃を受けた俺は、某世紀末に出て来るハートの入れ墨をした巨漢のような断末魔と共に2度寝をする事になったのだった。

 

 ▽

 

「……………」

 

 時間は過ぎ、場所は変わって1年寮食堂。箒の竹刀攻撃を受けて2度寝してしまった俺は、少し遅めの朝食を取っていた。

 ちなみに隣にはラウラ。正面には一夏と箒が座っている。

 メニューは俺がアジのフライと千切りキャベツの定食。ラウラはパンとコーンスープ、それにチキンサラダ。一夏は焼き塩鮭と納豆を手に取り、箒は煮魚とほうれん草のおひたしを選んでいた。どれも美味そうだ。俺は千切りキャベツにドレッシングをかけながら少し目移りしてしまう。

 

「ん、欲しいのか?」

 

 俺の視線に気付いたラウラが「分けてやろう」といって自分の口にパンを持って行く。うん? なんで自分の口にパンを持って……って、うおぉっ!?

 

「ん……。どうした、かじって良いぞ?」

 

「んな食い方できるか! まったくっ……!」

 

 これじゃあまるっきりキスと同じじゃないか……! しかもこんな公衆の面前で! ――ん?

 

「……おい、一夏。なんで俺のこと見て手ぇ合わせてるんだ?」

 

「いや、なんというか、ごちそうさまです」

 

「……? まだメシが残ってるじゃないか。もったいない」

 

 食器にはまだ白米と魚が少しずつ残っているにもかかわらず『ごちそうさま』と言って手を合わせる一夏。そんな彼の隣では箒がラウラを羨ましそうな目で見ていた。

 

「わああっ! ち、遅刻っ……遅刻するっ……!」

 

 と、不意に珍しい声が聞こえた。

 声の主はバタバタと忙しそうに食堂に駆け込んで来て、余っている定食から取り敢えず一番近くにあったものを手に取る。

 

「よ、シャルロット」

 

「あっ、一夏。みんなもおはよう」

 

 一夏が手招きして隣の空いた席にシャルロットを呼び寄せる。

 シャルロットがこんなに遅く食堂に来るとは珍しい。それは本人の焦りようを見ていても分かる。確かに今から食べ始めたら大急ぎで食べないと遅刻間違いなしだ。

 

「どうしたんだ? シャルロットがこんなに遅く来るなんて、寝坊でもしたのか?」

 

「う、うん、ちょっと……その、寝坊……」

 

 俺の問いに歯切れの悪い言葉を返すシャルロット。しかも彼女は微妙に一夏から距離を取っている。

 

「へぇ、シャルロットでも寝坊なんてするんだな」

 

 空になった納豆の容器をテーブルに置きながら、一夏が意外そうな声を上げた。

 

「う、うん、まあ、ね……。その……2度寝しちゃったから」

 

「そうか。ところでシャルロット」

 

「う、うん?」

 

「なんか、俺のこと避けてないか?」

 

「そ、そんなことは、ないよ? うん。ないよ?」

 

 と、言葉では言っているのだが、どこからどう見ても一夏の方を警戒しているような気配がする。明らかに挙動不審な態度がさらに拍車をかけていた。

 

「い、一夏? ずっと僕の方を見てるけど、どうかした? ね、寝癖でもついてる?」

 

「いや、ないぞ。ただほら、先月はずっと男子の服装だったから、改めて女子の格好をしているシャルロットは新鮮だなぁ、と」

 

「し、新鮮?」

 

「おう。可愛いと思うぞ」

 

 一夏に不意討ちで『可愛い』と言われて、シャルロットの顔がボッと赤くなる。……なんというか、ごちそうさまです。

 

「……と、とか言って、夢じゃ男子の服着せたくせに……」

 

「ん? 夢?」

 

「な、なんでもないっ。なんでもないよっ!?」

 

 ブンブンと突き出した手を振って否定すると、シャルロットは再び朝食に手を戻す。さてさて、いったいどんな夢を見たんだろうなあ? ええ?

 

「ウィル、ウィル」

 

 一夏とシャルロットのやりとりを見て心の中でニヤニヤしていると、ラウラが声を掛けてきた。

 

「うん? どうしたラウラ?」

 

「なに、お前のアジのフライがおいしそうに見えてな。良ければひと口分けてくれないか?」

 

「ああ、別に良いぞ。ひと口と言わず、なんなら1つ丸ごとやるよ」

 

「そうか」

 

 続けて「では頼む」と言われた俺は、一旦視線をラウラから自分の皿に戻す。そしてもう1度彼女の方を向くと、なぜか口を開けたまま静止していた。

 

「……何やってんだ?」

 

「今、手が塞がっているのでな。口移ししてくれ」

 

 は? おい、こいつ今なんて言った? 口移しだと!? なんでその考えに行き着いた!! アウトだアウト!!

 

「そんなことできるわけないだろう! ほら、ここに置いといてやるからっ!」

 

 はぁ……勘弁してくれ……。

 あの暴走事件以降ラウラの性格はかなり丸くなり、クラスメイトと話す姿もちょくちょく見掛けるようになった。それは実に良いことだ。良いことなのだが、いかんせん俺に対してはこういう態度ばかり取ってくるのだから困りものだ。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 そら見ろ予鈴が鳴ったじゃないか。お前が変なことを言うからだぞ。――って、予鈴だと!? まずいまずい!

 

「うわあっ! い、今の予鈴だぞ、急げ!」

 

 そう言って立ち上がる一夏に背を向け、俺、ラウラ、箒、シャルロットは食堂を猛ダッシュで出る。

 

「お、置いて行くな! 今日は確か千冬姉――じゃない、織斑先生のSHRだぞ!」

 

 遅刻=死を意味する。だが、だからと言って待ってやることはできない。

 

「悪いな一夏。俺はもう、織斑先生の『アレ』を喰らうのはゴメンだ」

 

「私もまだ死にたくない」

 

「右に同じく」

 

「ごめんね、一夏」

 

「ぬああっ! どうせ死ぬなら一緒に死のうぜ!?」

 

 そんな一夏のすがるような声を背に受けた俺は、足を止めて食堂を振り返る。

 

「一夏」

 

「うぃ、ウィル! お前、俺を待ってくれて――」

 

「グッドラック」

 

 振り返って、サムズアップ。そして、また俺は校舎へ向けて猛ダッシュを再開した。

 

「裏切り者ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 ――怨嗟(えんさ)の叫びを背中越しに聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 スパァンッ!

 

 ゼハゼハと息を切らしながら3階の階段を登り終えると、聞き覚えのある打撃音が廊下に響いた。

 

「敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている。意味は分かるな?」

 

「は、はい……。すみません……」

 

 何事かと思いながら駆け足で1組教室へ向かうと、ちょうどドアの前ではシャルロットが織斑先生の指導を受けていた。そのすぐ横には一夏の姿もあったが、あいつらいつの間に……? いや、さっきの話からして、さてはISを使って遅刻を免れようとしたな?

 優等生のシャルロットが予想外の規律違反をしたというのは衝撃的だったらしく、クラスメイトは唖然とした表情でシャルロットを見つめていた。

 ちなみに俺は2人が怒られている後ろを難なくすり抜けて着席。箒とラウラは既に席についており、一夏とシャルロット以外は全員間に合ったようだ。

 

「デュノアと織斑は放課後教室を掃除しておけ。2回目は反省文提出と特別教育室での生活をさせるのでそのつもりでな」

 

「「はい……」」

 

 すっかり意気消沈した一夏とシャルロットが着席。朝っぱらから織斑先生を怒らせて得なことなど何1つ無い。

 キーンコーンカーンコーンと本鈴が鳴って、SHRが始まる。

 

「今日は通常授業の日だったな。IS学園とはいえお前達の扱いは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」

 

 そう、授業数自体は少ないが、一般教科も当然IS学園では履修する。中間テストは無いのだが、期末テストはある。ここで赤点を取れば夏休みは連日補修となってしまうので、それだけは何としてでも避けたいところだ。

 

「それと、来週から始まる校外特別実習期間だが、全員忘れ物などするなよ。3日間だが学園を離れることになる。自由時間では羽目を外しすぎないように」

 

 7月頭の校外実習――すなわち、臨海学校。3日間の日程のうち、初日は丸々自由時間。もちろんそこは海なので、そこは咲き乱れる10代女子。先週からずっとテンション上がりっぱなしなのだ。

 ちなみに俺の水着はアメリカの実家に置きっぱなし。間抜けなことに忘れて来てしまった。仕方ない、今週末にでも買いに行くとしよう。

 しかし海で泳ぐなんて久しぶりだな。実は少し楽しみだったりもする。

 

「ではSHRを終わる。各人、今日もしっかり勉学に励めよ」

 

「あの、織斑先生。今日は山田先生はお休みですか?」

 

 クラスのしっかり者こと鷹月(たかつき)さんのもっともな質問だ。俺も気になっていたのだが、何か別の仕事中だろうか。

 

「山田先生は校外実習の現地視察に行っているので今日は不在だ。なので山田先生の仕事は私が今日1日代わりに担当する」

 

「ええっ、山ちゃん一足先に海に行ってるんですか!? いいな~!」

 

「ずるい! 私にも一声掛けてくれればいいのに!」

 

「あー、泳いでるのかなー。泳いでるんだろうなー」

 

 さすがは咲き乱れる10代女子、話題があれば一気に賑わう。それを鬱陶しそうにしながら、織斑先生は言葉を続ける。

 

「あー、いちいち騒ぐな。鬱陶しい。山田先生は仕事で行っているんだ。遊びではない。分かったらさっさと1時限目の準備を始めろ」

 

 はーい、と揃った返事をする1組女子。相変わらずのチームワークだった。

 

 ▽

 

 放課後、特にすることも無く自室にて端末で映画を観ながらくつろいでいると、コンコンと誰かがドアをノックした。

 

「嫁よ、私だ」

 

 この声はラウラか。

 椅子から立ち上がり、ドアを開く。

 

「よう、ラウラ。どうしたんだ?」

 

「なに、夫婦で談笑するのも良いと思ってな」

 

「俺は結婚した覚えは無いんだが…………まあ良い。こんな所で話すのもなんだ。取り敢えず上がってくれ」

 

 よくもまあ、そんなこっ恥ずかしいことを淡々と言えるもんだと感心しながら、俺はラウラに部屋へ上がるように促した。

 

「そこの椅子に座っててくれ。せっかく来てくれたんだからコーヒーでも……おっ、そうだそうだ」

 

 ふと、この前買ったケーキの存在を思い出して、俺は冷蔵庫の方へ歩いて行く。俺がケーキなんて意外だと言われそうだが、時々無性に甘いものが食いたくなるのだ。

 

「ラウラ、お前さんはタイミングが良い。実はこの前に買ったケーキがあってな。用意するから少し待ってろ」

 

 そう言って冷蔵庫からケーキが入った紙箱を取り出した俺は、備え付けの食器置きからフォークと皿を2つずつ取り出す。

 

「いや、嫁にばかりやらせては夫が務まらん」

 

 なんとも男前な発言をしたラウラは「コーヒーは私が淹れよう」と言ってマグカップを2人分取り出した。

 

「ウィル、コーヒー粉はどこだ?」

 

「え? ああ、そこの戸棚に入ってるが……」

 

 俺は言葉を途中で切り、ラウラに視線をやる。

 

「少し高い位置だから俺がやるよ」

 

 彼女の身長は一般的な15歳の平均よりやや低く、戸棚には手がギリギリ届くくらいだった。

 

「大丈夫だ。この程度……ならっ……!」

 

「おいおい、無理をするな。それは俺がやるって」

 

 つま先で立ち、プルプル震えながら戸棚の中にある瓶に手を伸ばすラウラ。次から瓶はもう少し低い所に保管することにしよう。

 

「へ、平気だ。よし、取った――」

 

 と、言葉を続けたラウラがツルッと足を滑らせる。俺は咄嗟に横から体を支え、降ってきた瓶を片手でキャッチした。

 

「あぶねっ! ……まったく、怪我したら元も子もないだろう。大丈夫か?」

 

「う、うむ……。大事(だいじ)無い。助かった……」

 

 前側に滑ったラウラを横から支えたので、ちょうど抱き寄せるかのような格好になってしまった。さすがに男に体を包まれているのが落ち着かないのか、ラウラは妙に視線をさまよわせる。

 

「おっと、スマンな。離れる」

 

「あっ……」

 

 ん? どうもラウラの声がすごく残念そうなんだが……なんでだ?

 

べ、別に、私はこのままでも、良かったのだが……

 

「? どした?」

 

「な、なんでもないっ」

 

「お、おう……?」

 

 普段の彼女らしからぬ不思議なラウラだった。

 

 ▽

 

「(うぃ、ウィルに抱き寄せられて……し、心臓の鼓動が、早く……)」

 

 足を滑らせたところをウィリアムに支えられたラウラは、偶然とはいえ抱き寄せられてしまったことに胸の高鳴りを抑えられずにいた。

 顔は耳まで真っ赤になり、痛いほど熱を放っているのが自分でも分かるくらいで、普段の落ち着いた様子は微塵も見られない。

 

「(くっ……! この沈黙がどうにも落ち着かんっ。何か、何か話題は……)」

 

「あ、ラウラ」

 

「な、なんだっ!?」

 

 予想もしていなかったウィリアムからの話し掛けに返事をしたせいで、その声がみっともないくらいに裏返ってしまう。おまけにグリンッと勢い良く振り向いてしまったので、ラウラの首に少し痛みが走った。

 

「お、おい。どうした?」

 

「な、なんでもない。なんでもないぞ。そ、それよりなんだ?」

 

「いや、チョコケーキとミルフィーユ、どっちが良いかを訊きたかったんだが」

 

「そ、そうか……。では、チョコケーキを頼む」

 

「ん、分かった」

 

「……………」

 

「……………」

 

 特に何か話のネタが浮かんで来ることもなく、2人の間にまた沈黙が走る。

 やがてウィリアムがケーキを。ラウラはコーヒーの準備を終えて、テーブルを境に対面する形で椅子につく。――が、この時も2人は言葉を発することはない。

 

「(うぅ~~。なぜこうも話す言葉が出て来んのだ……!)」

 

 と、内心で頭を掻きむしるラウラは、自棄食いと言わんばかりにフォークを掴んでケーキに伸ばす。

 

「ああ、そうだ。ラウラ」

 

 ――とそこで、またしてもウィリアムから声を掛けられた。

 何かを思い出したかのような物言いのウィリアムに、ラウラはケーキにフォークを刺そうとした姿勢のまま「?」とした表情を浮かべる。

 

「今週末なんだが、もし良かったら一緒に出掛けないか?」

 

「――なに?」

 



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24話 副隊長の秘策

「日本の夏は湿気が多いなぁ……」

 

 週末の日曜日。天気は快晴なのだが、この国特有の蒸し暑さはどうにかならないものか。本当。マジで。

 来週から始まる臨海学校の準備もあって、俺はある女子と2人で街に繰り出していた。その女子というのが――

 

「ふむ、ここか」

 

 興味深そうに目の前の巨大な建物を見上げているラウラである。

 ちなみにラウラの服装はIS学園の制服だ。彼女曰く『制服と軍服以外持っていない』らしい。

 

「ああ。ここが『レゾナンス』だ」

 

 大型ショッピングモール『レゾナンス』。ここは食べ物は欧・中・和を問わずに完備、衣服も量販店から世界中のブランドまで網羅(もうら)している。その他にも各種レジャーは抜かりなく、子供から大人まで年齢・性別を問わずに幅広く対応可能。『ここで無ければ市内のどこにも無い』と言われるほどらしい。

 

「ここには必要な物がだいたい揃ってる。お前もこれからは色々とここの世話になるだろうからな。そこで……」

 

「早めにこの辺りの地理を把握しておけということか」

 

「そういうことだ。なんせバカ広い施設だからな」

 

 俺も初めてここを訪れた時は大変だった。広い故に歩くだけで大変だわ、おまけに途中で道に迷うわ、もう散々な目に遭った。

 

「えー、水着売り場はーっと……」

 

 近くの展示案内板で、現在地と水着売り場までのルートを確認。よしよし、ここから東へ向かって2階か。

 

「ところでラウラも水着を買うのか?」

 

「私か? 私は学園指定の水着があるからな。あれはなかなか機能美に優れているものだ。わざわざ新しい物を購入する必要も無いだろう」

 

 学園指定の水着ってあれか? あの藍色のやつ。本人がそれで良いって言うなら構わんが……まあ、自分の目で見て気に入ったのがあれば買えば良いし、そこはラウラの判断に任せよう。

 

「そうか。じゃあそろそろ動くとしよう」

 

 そう言って2階の水着売り場へ向けて歩を進めようとしたその時だった。

 

「? あれは……」

 

 不意に視界に入り込んだのはどこにでも置いてあるような普通の自動販売機。しかし、それの陰に隠れるようにして3つの人影があった。

 1人はリボンで結ったポニーテール、1人は躍動的なツインテール、そして最後の1人は優雅なブロンドヘアー。つまり、箒、鈴、セシリアであった。

 

「(あいつら何してるんだ?)」

 

 いかにも不審な3人組に目を凝らす。

 

…………斬るか

 

よし、殺そう

 

ふ、ふふ……うふふふふ………

 

 3人とも目からハイライトが消えており、その虚ろな瞳はエスカレーターに乗っている2人組――一夏とシャルロットへ向けられていた。どうやらあの2人も偶然ここに来ていたようだ。仲良さそうに手まで繋いでいる。――そう、手を繋いで。

 

「……ああ、そういうことか。あいつらも大変だなぁ」

 

 (はた)から見ればデートしているようにしか見えない一夏とシャロット、そしてそれを追うハイライトが無い箒、鈴、セシリア。そんな光景を前に俺は苦笑いを浮かべた。

 

「嫁よ、どうかしたか?」

 

「いや、なんでもない」

 

 怪訝そうに顔を覗き込んできたラウラに、俺はそう短く返す。続いて、前々から思っていたことを思い切って言ってみることにした。

 

「なあラウラ。その、俺を『嫁』って呼ぶのはやめないか?」

 

「なぜだ? お前が私の嫁であることは事実だろう」

 

「いやな、そう何度も嫁、嫁、と呼ばれるとどうもむず痒いんだ」

 

 そもそも俺、結婚してないし。男だし。

 

「せっかく仲良くなれたんだからさ、ウィルって呼んでくれよ」

 

「そうか。分かった。お前がそう言うのならそうしよう」

 

「おう。ありがとな」

 

「う、うむ……」

 

 ニッと笑いかけると途端にラウラは耳まで赤くなってうつむいてしまった。……いったいどうしたんだ?

 

「どうした? 大丈夫か?」

 

「な、なんでもない。それより水着売り場に行くのだろう? 早く行くぞ」

 

 言うが早いか、ラウラは顔を赤くしたまま早足で2階行きのエスカレーターへ向かって行く。俺も置いて行かれまいとラウラのあとを追ってエスカレーターに乗った。

 

「(しかし海か……。そういえば小学生の頃、マイク達と悪ふざけしたよなぁ)」

 

 その悪ふざけの内容とは、度胸試しと言う名目で海洋スリラー系の映画を見たあと海に飛び込む、というものだ。

 その時は4人で遊んでいたのだが、内1人が映画の影響で完全にビビってしまい、波打ち際でガチ泣きするという事件が発生したのも懐かしい話だ。

 と、1人で思い出に浸っている内に水着売り場に到着した。

 

「じゃあ、男物の水着はあっちだから、いったんここで別れるか」

 

「分かった。ではまた、のちほどここで落ち合おう。私は暇潰しにこの辺りを散策してくる」

 

 そう言って、ラウラは女性用水着売り場に向かう。色とりどりの水着がディスプレイされているそこは、なんだか見ているだけでも南国のビーチにいるような気分になりそうだった。

 

「おっと、いかんいかん。俺もちゃっちゃと水着を選ぶかな」

 

 幸い、学生の身でありながら空軍に所属している俺は給料も貰っているので金銭の問題は無い。

 それにしても、水着なんてこうして選ぶこと自体久しぶりだ。心なしか奇抜な色が妙に多い気がするが、俺はシンプルなベージュ色をしたショートパンツタイプの水着を手に取る。

 

「(まあ、これで構わんだろう。まだ5分も経ってないが、先に買って待ってるか)」

 

 そう思ってレジカウンターに向かう。

 

「そこのあなた」

 

「ん?」

 

 キョロキョロと周りを見るが、ここには俺しかいない。

 

「男のあなたに言ってるのよ。そこの水着、片付けておいて」

 

 と、名前も知らない女性からいきなり言われる。ISが普及した10年で女尊男卑(じょそんだんひ)の風潮は瞬く間に浸透した。

 それはISに対抗して作られたターミネーター(人型航空兵器)が飛ぶようになった今でも変わらない。もちろん全ての女性がこのような思想を持つわけではないが、それでも男はこうして街を歩いているだけで見ず知らずの相手から命令される始末である。だが――

 

「(こういうのはシカトだシカト)」

 

 俺はそういうのが大嫌いだ。関係性のある仲ならともかく、見ず知らずの相手にそんなことを言われる覚えはない。従う気もない。まったくバカバカしい。

 

「ちょっと! あなたに言ってるのよ!」

 

 無視されたのが気に食わなかったのか、女性客は俺のあとをズカズカと追い掛けて肩を掴んでくる。どうやら見逃してくれる気は無いらしい。

 

「…………はぁ……」

 

 俺は溜め息を1つ溢してからその手を払い退け、そして女性客の方へと向き直った。

 

「な、何よ……」

 

「自分で出した物くらい自分で片付けろ。その程度、幼稚園児だって当たり前のようにできるぞ。それすらもできないというのなら、幼児教育からやり直して来るんだな」

 

 そう言い残して(きびす)を返した俺は、その場をあとにする。対する女性客は男にここまで言い返されたのが予想外だったのか、ポカンと口を開けて呆けていた。

 ったく。あの客のせいでせっかく忘れていたアマンダ・メイソンの顔が脳裏をチラつきやがった。気分下がるぜ……。

 

「ん? お前も来ていたのかホーキンス」

 

 水着を持ってレジカウンターを目指していると、不意に声を掛けられた。さっきの女性客のものより低く、そして常日頃から耳にする声だ。

 

「……織斑先生?」

 

 振り返った先に立っていたのは、ややカジュアルめのサマースーツを着た1組担任・織斑先生だった。

 

「先生も水着を買いにここへ?」

 

「ああ、まあそんなところだ」

 

 そう言って織斑先生が見せてきたのは、専用のハンガーに掛けられた黒水着。スポーティーでありながらメッシュ状にクロスした部分がセクシーさを演出している。

 大変失礼ながら、そういったことにはあまり興味がなさそうなイメージがあっただけに俺は少し驚いてしまった。

 

「さっき一夏に選んでもらってな。私も気に入ったからレジに持って行く途中だったんだ」

 

「ほう、一夏が。あいつ良いセンスしてるじゃないか。ですが、その一夏はいったいどこに……?」

 

「あいつなら篠ノ之(しののの)達に引きずって行かれたぞ」

 

 ああ、やっぱり最後は捕獲&強制連行されたのか。斬られたり潰されたり蜂の巣にされたりしていないことを祈るとしよう。

 

「はははっ。まったくモテモテだなぁ、あいつは」

 

「そう言うお前もラウラとはどうなんだ?」

 

「……へ?」

 

 突拍子も無い質問を振られた俺は、思わず間抜けな声を上げてしまった。

 

「あいつは色々と問題はあるだろうが、あれで一途(いちず)な奴だぞ」

 

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる織斑先生は、さらに言葉を続ける。

 

「容姿だって悪くない」

 

「い、いや、あの……」

 

「それに、キスした仲だろう?」

 

 ぐあっ。そ、それを言いますか先生。畜生、これは何を言っても自爆してしまいそうだ。

 狼狽する俺がそんなに面白かったのだろうか、さっきまで意地の悪い笑みを浮かべていた織斑先生はいつの間にか微笑みを湛えていた。

 

「まんざらでもないか?」

 

「いえ、そういうのはなんというか、自分にもよく分かりません……」

 

「ふむ、そうか。容姿は好きな方か? 嫌いな方か?」

 

「それは……まあ、確かに可愛いと思います」

 

「ほう」

 

「ええ、確かにラウラは可愛いです。それに、その可愛さの中に凛々しさもあって――って、こんな場所でなんてことを言わせるんですかっ……!」

 

「勝手に言ったのはお前だろう」

 

 ぬぅ。確かにそれもそうだ。どうやら俺はまんまと誘導尋問に引っ掛かってしまったらしい。

 やはりこの人には敵う気がしないと改めて実感した俺だった。

 

 ▽

 

 時刻は少しさかのぼり、女性用水着売り場。

 ウィリアムを待つ間の暇潰しとして辺りを散策していたラウラは、壁のようにズラリと並ぶ色とりどりの水着を眺めていた。

 

「(これら全てが水着か……。この世にはこれほどの種類の水着があったのだな)」

 

 しかし、特に興味があるわけでもないラウラは冷めた瞳でそれらをザッと見渡したあと、店内の壁に掛けられた時計に視線をやる。

 

「(ふむ、そろそろ頃合いか。集合地点へ向かうとしよう)」

 

 そう思い、店内入口へと歩を進める彼女だったが、次の瞬間その白い肌がボッと赤く染まった。

 

「ええ、確かにラウラは可愛いです」

 

「ッ!?」

 

 いきなり、ウィリアムの声が――その言葉が聞こえたのだ。

 

「……………」

 

 どうも誰かと2人で会話しているというところまでは把握できたのだが、まさかの不意打ちにラウラの顔は熱を放って紅潮し、心臓の動悸(どうき)は一気に4速ギアを入れたかのように早くなっている。ドキドキ、バクバクと、胸が高鳴って止まらない。

 褒めるが良い――と何度もウィリアムに言っていたラウラであったが、実際に褒めてもらったことはなく、もちろん『可愛い』と言われたこともない。

 そこへ来て、突然のこの言葉なのだから、冷静沈着・ドイツの冷氷と呼ばれたラウラが取り乱すのは仕方がないことだった。

 

「(か、か、可愛い……? 私が、可愛い……可愛い……)」

 

 意味もなくキョロキョロと周囲を見やってから、ラウラは胸に手を当てて目蓋を閉じる。それは普段なら必要としない意識の集中法で、コールする番号を何度も間違えながらラウラはISのプライベート・チャネルを開いた。

 

 ▽

 

 同時刻、ドイツ国内軍施設。そこでは現在、IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』――通称『黒ウサギ隊』が訓練を行っていた。

 眼帯をした黒ウサギが部隊章であるこの隊は隊長のラウラを始め全員が肉眼へのIS用補佐ナノマシン移植者である。元々、ラウラの眼帯は機能抑制装置(リミッター)であったのだが、現在では全員が肉眼の保護と部隊の誇りとして眼帯を装着していた。

 

「何をしている! 現時点で37秒の遅れだ! 急げ!」

 

 そう怒号を飛ばしているのは副隊長であるクラリッサ・ハルフォーフであった。年齢は22。部隊の中では最高齢であり、10代が多い隊員達を厳しくも面倒見よく牽引する『頼れるお姉様』。

 その専用機【シュヴァルツェア・ツヴァイク(黒い枝)】に緊急暗号通信と同義のプライベート・チャネルが届いた。

 

「――受諾。クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」

 

《わ、私だ……》

 

 本来ならば名前と階級を言わなければいけないのだが、向こうの声が妙に落ち着き無く揺れているためクラリッサは怪訝そうな顔をする。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長、何か問題が起きたのですか?」

 

《あ、ああ……。とても、重大な問題が発生している……》

 

 その様子からただごとではないと思ったクラリッサは、訓練中の隊員へとハンドサインで『訓練中止・緊急招集』を伝える。

 

「――部隊を向かわせますか?」

 

《い、いや、部隊は必要ない。軍事的な問題では、ない……》

 

「では?」

 

《クラリッサ。その、だな。わ、わ、私は、可愛い……らしい、ぞ》

 

「……………はい?」

 

 それまで規律整然としたクラリッサの声が、半オクターブほど高くなる。ついでに、キリリッとした口調は突然の意味不明な事態に対して若干間の抜けたものへと変わっていた。

 

《う、うぃ、ウィルが、そう、言っていて、だな……》

 

 と、そこまで聞いてクラリッサはピンと来た。

 

「ああ、アメリカ空軍に所属していて、隊長が好意を寄せているという彼ですか」

 

《う、うむ……。お前が教えてくれたところの、所謂(いわゆる)『私の嫁』だ》

 

 そう、彼女クラリッサこそがラウラに間違った知識を植え込んだ張本人なのだ。もしこのことをウィリアムが知ろうものなら、彼はニッコリ笑顔で【バスター・イーグル】にできる最大限の爆装(ばくそう)(ほどこ)し、直ちにドイツへ向けて飛び立つだろう。

 なお、クラリッサの名誉のために言っておくが、彼女に悪気があったわけではなく、本人が愛読する日本の少女マンガに書かれていたことをそのまま伝えただけである。

 

《く、クラリッサ。こういう場合、私はどうすべきなのだ?》

 

「そうですね……。まずは状況把握を。直接言われたのですか?」

 

《い、いや、向こうは近くに私がいるとは思っていないだろう》

 

「――最高ですね」

 

《そ、そうなのか?》

 

「はい。本人がその場にいない時にされる褒め言葉にウソはありません」

 

《そ、そうか……!》

 

 さっきまで動揺10割だったラウラの声が、クラリッサの言葉でパァッと花開くように明るいものへと変わる。

 ちなみに、現在集めた隊員達には、クラリッサがプライベート・チャネルをしながら筆談で状況を伝えている。

 

【隊長の片想いの相手に脈アリ】

 

「おおおお~!」と十数名の乙女が盛り上がった声を漏らす。

 ――ちなみに、この部隊でラウラは人間関係に多大な問題を抱えていたのだが、先月トーナメントで起きた事件の直後に『好きな男ができた』という相談をクラリッサに持ち掛けた時から全てのわだかまりが解けて消えた。

 その時の様子はまさに色恋沙汰に反応する10代女子(一部20代女子)だったと追記しておこう。

 

《そ、それで、だな。今、その、水着売り場なのだが……》

 

「ほう、水着! そう言えば来週は臨海学校でしたね。隊長はどのような水着を?」

 

《う、うん? 学園指定の水着だが――》

 

「何をバカなことを!」

 

《!?》

 

「確か、IS学園は旧型スクール水着でしたね。それも悪くはない。悪くはないでしょう。男子が少なからず持つというマニア心をくすぐるでしょう。だがしかし、それでは――」

 

《そ、それでは……?》

 

 ゴクリ、ラウラが唾を飲み込む。

 

色物の域を出ない!

 

《なっ……!?》

 

「隊長は確かに豊満なボディで相手を籠絡(ろうらく)というタイプではありません。ですが、そこで際物(きわもの)に逃げるようでは『気になるアイツ』から前には進まないのです!」

 

《な、ならば……どうする?》

 

「フッ。私に秘策があります」

 

 言葉に熱が入り出すクラリッサ。そして、その目がキュピーンと光った。

 

 

 



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25話 晴れときどきニンジン

「海っ! 見えたあっ!」

 

 トンネルを抜けたバスの中でクラスの女子が声を上げる。

 臨海学校初日、天候にも恵まれて無事快晴。心地よさそうな潮風に揺られる海面は穏やかで、陽光を美しく反射していた。

 

「おー。日本の海もきれいなもんだなぁ。パナマシティー・ビーチと良い勝負だ」

 

 地元から比較的近場にあり、毎回友人達と繰り出していたエメラルド色の海を思い出しながら、俺は独りごちる。またあいつらと一緒に泳ぎに行きたいもんだ。

 

「……………」

 

 それにしても、さっきから俺の隣で異様に静かにしているラウラが不思議でしょうがない。体調が優れないのか、一言も話さずソワソワと落ち着かなさそうにしている。

 

「大丈夫か? 昨日レゾナンスに行った時からずっとその調子じゃないか」

 

「……………」

 

「ラウラ? おい、ラウラ。本当に大丈夫か?」

 

 あまりに反応が無いので、いよいよ心配になってきた俺は彼女の顔を覗き込んだ。

 

「!? なっ、なんっ……なんだ!? ち、近い! 馬鹿者!」

 

「ふがっ!?」

 

 鼻の頭を思いきり掌で押し返されて、ついついおかしな声が漏れてしまう。

 

「ええい! もっと離れろ!」

 

「む、無茶を言うなっ。隣の席なんだからこれ以上どきようが無いだろ!」

 

「そ、それはそうだが……! うぅ~~!」

 

 バスに揺られて酔ったのか、ラウラは小さく唸る。まあ仕方がないだろう。俺とラウラの座る席は後輪の真上に位置するのだから、当然振動も直に伝わりやすいのだ。

 

「酔ってるなら遠くの景色を見るのが良いらしいぞ。向こうの水平線を眺めてろよ」

 

 そう言って、俺はすぐ右横にある窓を親指で差す。

 今、俺が座っているのは右列窓側、ラウラが通路側だ。少し見えづらいかもしれないが、俺が背もたれに体を押し付ければ解決するだろう。

 

「よ、余計に悪化する!」

 

「あっ! おい、なんで俺のこと見て言ったんだよ!」

 

 なぜか窓と俺を交互に見たあと、ボッと顔を赤くしたラウラに言われて少しショックを受けた。畜生、俺だって泣くことはあるんだぞ……。

 

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」

 

 織斑先生の言葉で全員がそれに従う。さすがの指導能力であった。

 言葉通り、ほどなくしてバスは目的地である旅館の駐車場に到着。4台のバスからIS学園1年生がワラワラと出て来て整列した。

 

「それでは、ここが今日から3日間お世話になる『花月(かげつ)荘』だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

「「「よろしくお願いしまーす」」」

 

 織斑先生の言葉のあと、全員が挨拶をする。この旅館には毎年お世話になっているらしく、着物姿の女性が丁寧にお辞儀をした。

 

「はい、こちらこそ。今年の1年生も元気があってよろしいですね」

 

 歳は30代辺りだろうか。しっかりとした大人の雰囲気を漂わせている。仕事柄笑顔が絶えないからなのか、その容姿はとても若々しく見えた。

 

「あら、こちらが噂の……?」

 

 ふと、俺達の存在に気付いた女性が織斑先生にそう尋ねる。

 

「ええ、まあ。今年は2人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

 

「いえいえ、そんな。それに、良い男の子達じゃありませんか。2人ともしっかりしてそうな感じを受けますよ」

 

「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者ども」

 

 俺と一夏は織斑先生にグイッと頭を押さえられる。今からしようとしていたんですよ、先生。

 

「お、織斑 一夏です。よろしくお願いします」

 

「ウィリアム・ホーキンスです。これから3日間、どうぞよろしくお願いします」

 

「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲 景子(きよす けいこ)です」

 

 そう言って清洲さんはまた丁寧なお辞儀をする。その動きは先ほどと同じく気品のあるものだった。こういう女性を日本じゃ『大和撫子』って言うんだったっけか? 使い方あってるか知らないが。

 

「不出来の弟と生徒でご迷惑をおかけします」

 

「あらあら。織斑先生ったら、お2人には随分厳しいんですね」

 

「いつも手を焼かされていますので」

 

 いやいやいや、そこまで手を煩わせては……いや、思い返してみれば確かに事実な部分もあるので否定できんな。

 

「それじゃあ皆さん、お部屋にどうぞ。海に行かれる方は別館で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさって下さいな。場所が分からなければいつでも従業員に訊いて下さいまし」

 

 女子一同は、はーいと返事をするとすぐさま旅館の中へと向かう。取り敢えず荷物を置いて、そこから自由時間を満喫するつもりなんだろう。

 ちなみに初日は終日自由時間だ。食事は旅館の食堂にて各自取るようにと言われている。

 

「ねーねー。おりむー、ホーくん~」

 

 む? この声は。

 振り向くと、異様に遅い移動速度でこっちに向かってくる女子が1人。眠たそうにしている顔は、恐らく()だ。

 彼女は『のほほん』さんこと布仏 本音(のほとけ ほんね)さん。いつも袖が異様に長い制服を着ており、狐のチャームが付いたゴムで2つに結った薄紅色の髪が特徴のクラスメイトだ。

 ちなみに『おりむー』、『ホーくん』とはそれぞれのほほんさんが一夏と俺につけたあだ名である。

 

「2人の部屋ってどこ~? 一覧に書いてなかったから教えて~」

 

 その言葉で周りにいた女子が一斉に聞き耳を立てるのが分かった。聞いたところで特に面白いことも無いだろうに。

 

「実は部屋については俺も一夏もまだ聞かされてないんだよ」

 

「だよな。ひょっとして廊下にでも寝るんじゃねえの?」

 

「いやぁ、さすがに廊下はないだろ。『お前達には特別にテントを用意してやったぞ。ありがたく思え』とかじゃないか?」

 

「ウィル、それ千冬姉の物真似か? あんま似てねえぞ?」

 

 でもお前、テントで寝る可能性は否定しないんだな。

 ちなみに女子と寝泊まりさせるわけにもいかないということで、俺と一夏の部屋はどこか別の場所が用意されるらしい。らしいというのも、山田先生がそう言っていただけで明確には聞いていないからだ。

 

「織斑、ホーキンス。お前達はこっちだ。ついてこい」

 

 おっと織斑先生がお呼びだ。待たせるわけにはいかないので、俺と一夏はのほほんさんに「またあとで」と言って別れた。

 

「えーっと、織斑先生。俺達の部屋ってどこになるんでしょうか?」

 

「そう()くな。もうすぐ着く」

 

 一夏の問いに短く答える織斑先生。

 それにしても広い旅館だ。1学年丸々収容できる規模の旅館というだけでも驚きだが、内装も歴史のある装飾と最新設備が見事に融合しているものになっている。エアコンも適度に効いていて実に快適だ。

 

「着いたぞ。では、お前達2人の部屋割りを伝える。織斑は私と同室だ。そしてホーキンス、お前にはその隣の部屋を使ってもらう」

 

「え? ちふ――織斑先生と?」

 

「は、はあ。隣の部屋、ですか」

 

「そうだ。元々お前達の部屋はここではなかったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押し掛けるだろうということになってだな」

 

 はぁ、と溜め息をついて織斑先生が続ける。

 

「結果、織斑は私と同室になったというわけだ」

 

 ああ~成程。確かに十二分にありえそうな話だ。だが一夏はそうだとして、俺の部屋はどうなってるのだろうか。

 

「ホーキンスは1人部屋になる。本当は山田先生を同室にしようと思ったんだが、いかんせんあの性格だからな。代わりに私の部屋の隣で寝てもらうことになった。これなら、女子もおいそれとは近付かないだろう」

 

 まあ確かに、俺達のためにわざわざ地雷源に飛び込む強者はいないだろう。

 

「そういうことでしたか。分かりました」

 

「よし。それともう1つ伝えておく。個室には浴槽が付いている。一応、大浴場も使えるが男のお前達は時間交代だ。本来ならば男女別になっているが、何せ1学年全員だからな。お前達2人のために残り全員が窮屈な思いをするのはおかしいだろう。よって、一部の時間のみ使用可だ。深夜、早朝に入りたければ部屋の方を使え」

 

「はい」

 

「分かりました」

 

 まあ早朝や深夜に風呂に入る習慣はないし、個室に風呂が付いているとの話だからその辺りは特に心配しなくても大丈夫だろう。

 

「さて、今日は1日自由時間だ。荷物を置いたら、好きにしろ」

 

「えっと、織斑先生は?」

 

「私は他の先生と連絡なり確認なり色々とある。しかしまあ――」

 

 一夏から視線を外し、ゴホンと咳払いする織斑先生。

 

「軽く泳ぐくらいはするとしよう。どこかの弟がわざわざ選んでくれた水着もあるしな」

 

「そうですか」

 

 と短く答える一夏だが、やはり自分が選んだものを使ってくれるのが素直に嬉しいのか、口元が少し(ほころ)んでいた。

 

「さあ、お前達。いつまでもこんな所に突っ立ってないで、さっさと荷物を置いて遊びに行ってこい」

 

「はい。それじゃあ早速海にでも。行こうぜ、ウィル」

 

「おう。では失礼します、織斑先生」

 

「ああ。あまり羽目を外すなよ?」

 

 織斑先生の注意に「分かりました」と返事をして、俺と一夏は各々宛がわれた部屋に入る。

 

「ワオ……こいつは驚いた……」

 

 部屋に入った瞬間、俺の口を衝いて出たのは感嘆の言葉だった。

 中は広々とした間取りになっていて、外側の壁が一面窓になっている。そこから見える景色がこれまた素晴らしくて、海がバッチリ見渡せる。

 高級ホテルにも引けを取らないどころか、それ以上のレベルだ。

 それ以外にもトイレ、バスはセパレート。しかも洗面所まで専用の個室になっている。ゆったりとした浴槽は、男の俺でも十分に脚が伸ばせるほどデカかった。

 

「さぁて、早く着替えて自由時間を満喫させてもらうとするか!」

 

 俺は生活用品や寝巻きなどが入ったボストンバッグを畳に降ろし、リュックサックを肩に掛ける。この中には水着とタオル、替えの下着を入れてある。

 じゃっ、行くとするか!

 

 ▽

 

「「「……………」」」

 

 俺と一夏は同時に部屋を出て、更衣室のある別館へ向かう途中で箒とバッタリ出くわした。それはまあ良いんだが、問題は目の前の珍奇(ちんき)な光景である。

 道端に、ウサギの耳が生えているのだ。ちなみにウサギの耳といっても本物のウサギではなく、バニーガールがしてるような所謂(いわゆる)『ウサミミ』というやつだ。ただし、目の前のウサミミは黒ではなく白色をしているが。

 しかも、ご丁寧に『引っ張って下さい』という張り紙までしてある。

 

「なあ箒。これって……『アレ』だよな」

 

「ああ。間違いなく『アレ』だな」

 

「なんだ? 一夏と箒はこれが何なのか知ってるのか?」

 

 一夏と箒は互いに顔を見合わせて頷き合ったあと困ったような表情を俺に向け、同時に口を開いた。

 

「ウィル、それは引っ張るな――」

「ウィリアム、それは引っ張るな――」

 

 が、時すでに遅し。

 

 スポッ

 

「うおっ!? ……なんだ、何も無いじゃないか」

 

 てっきり地中に何か埋まってるのかと思って勢い良く引っ張ってみたのだが、そんなことはなかった。力の余った俺は思わず尻餅をついてしまう。

 

「「あ……」」

 

「どうした? お前らなんで『ああ、やっちまった……』って顔してるんだよ」

 

 地中に爆発物のような危険なものが埋まっていないのはISでスキャンしてあるから問題は無い。それどころか本当に何も無かったのだ。にも拘わらず、この2人の顔である。

 

 キィィィィン……

 

 うん? なんだ、この、何かが高速で向かって来るかのような音は――いや待て! この既視感(きしかん)は……!!

 

「ッ!?」

 

 バッ! と頭上に視線をやると、陽光を反射するオレンジ色の何かが、こちらに向けて降って来ていた。って!

 

「うおぉぉぉっ!!?」

 

 ドカーーーーーンッ!!

 

 謎の飛行物体が盛大に突き刺さる。しかもその見た目は明らかにニンジンをモチーフにしているようで、イラストチックなデフォルメをしていた。

 だがしかし、俺に『なんじゃこりゃ!?』などと言う余裕は無かった。というのも――

 

「あっ、あぁ……」

 

 そのニンジンが、俺の股間の数ミリ先に、突き刺さっていたからだ。

 (がら)にも無く情けない声を上げながら震える俺だが、逆にビビらない奴がこの世界中を探して何人いるだろうか。

 このニンジンの着弾位置がほんの少しでも俺の方にズレていたら……か、考えるのも恐ろしい……!

 

「あっはっはっ! 引っ掛かったね、いっくん……あれ? いっくんじゃない」

 

 バカッと真っ二つに割れたニンジンの中から笑いと共に登場したのは、不思議の国のアリスでそのアリスが着ているような青と白のワンピースを着た女性だった。

 

「お、おいウィル! 大丈夫か!?」

 

「あ、ああ。大丈夫だ……。大丈夫……」

 

 尻餅をついた体勢のまま放心していた俺の元に一夏が駆け寄って来る。そんな彼に手を貸してもらって、俺はなんとか立ち上がった。

 

……姉さん?

 

 箒がドス黒いオーラを放ちながら、恐ろしく低い声を放つ。

 

「ひっ!? ほ、箒ちゃん? なんでそんな怖い顔して――」

 

正座

 

「え?」

 

正座、して下さい

 

「は、はひ……!」

 

 箒の言葉と気迫に当てられ、その女性は涙を浮かべながら猛スピードで正座する。そこから、箒による説教が始まった。

 

「いったい何度言えば分かるんですか! もう少し落ち着きを持てと、お父さんにも言われたでしょう!」

 

「はい……」

 

「この前の時も……――」

 

「はい。ごめんなさい……」

 

「人様に迷惑を……――」

 

「はい。反省してます……」

 

 箒がお小言を飛ばすたびにその女性は縮こまりながら小さく答える。――って、ちょっと待てよ? 箒のやつ、この人をさっき『姉さん』って言ってなかったか?

 

なあ一夏。彼女、もしかしてなんだが……

 

ああ。篠ノ之 束(しののの たばね)さん。箒の姉さんだ

 

そうか、この人が……

 

 俺を(男として)殺しかけたこの女性こそが、ISを発明したあの篠ノ之博士なのか。現在行方不明で各国が血眼になって探し回っているという、あの……。

 視線を一夏から篠ノ之博士へと移す。その姿は世紀の天才というよりも母親にイタズラがバレて叱り飛ばされている子供のそれにしか見えず、俺はただ黙ってそれを見ていることしかできなかったのであった。

 

 



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26話 水着の天使

 篠ノ之博士の派手な登場から少し。

 箒に「もう少しかかるから先に行っててくれ」と言われた俺と一夏は男子更衣室へ向かっていた。

 

「なあ一夏」

 

「? なんだ?」

 

「なんだって篠ノ之博士はいきなりここに現れたんだろうな?」

 

「ああ、そりゃたぶんだけど明日が箒の誕生日だからだな」

 

 ふと、なんの気なしに投げ掛けてみた質問に一夏はさらりと答える。――って、明日は箒の誕生日なのか?

 

「ほう、明日が。そいつは初耳だ」

 

「人の誕生日なんて周りに言って回るような話でもないしな。で、束さんは毎年この辺りになると箒に会いに来るんだよ」

 

「……あんな感じでか?」

 

「そ、あんな感じで。去年はステルス迷彩とかいう機械を使って何も無い所からいきなり出て来たって箒が言ってたぞ」

 

「えぇ……」

 

 話を聞く限り妹の誕生日を祝いに来た良い姉という感じだが、色々と登場手段がぶっ飛んでるな。誕生日のたびに寿命が縮みそうだ。

 と、そんな会話をしている内に更衣室のある別館に到着する。

 当然だが男子である俺達は別館でも1番奥の更衣室を使用するようにと言われている。ちなみにその別館からは直接浜辺に出られるようになっていて、海へと一直線らしい。

 

「(それにしても……)」

 

「(……なぁ?)」

 

 1番奥の更衣室――ということは、女子の更衣室前を通るわけで。当然、中は見えないが、中から聞こえるキャイキャイとして黄色い声には少し参ってしまう。

 

「わ、ミカってば胸おっきー。また育ったんじゃないの~?」

 

「羨ましい、妬ましいっ……! このっ!」

 

「きゃっ!? も、揉まないでよぉっ!」

 

「ティナってば水着だいたーん。すっごいね~」

 

「そう? アメリカでは普通だと思うけど」

 

 ………………。

 そう、こういう話題が平然と飛び交っているのだ。まあ本来ここは女子校だから仕方がないと言えば仕方がないのだが、どうにも気恥ずかしい。理由は分からないが。

 やや早足でその場を立ち去り、男子用更衣室へ。男の身支度なんて手軽なもので、海に出たらまず始めに何をしようかと考えている内に済んでしまった。さて、目一杯楽しむとするか。

 

「あ、織斑くんとホーキンスくんだ!」

 

「う、うそっ! わ、私の水着変じゃないよね!? 大丈夫だよね!?」

 

「わ、わ~。体かっこい~。2人とも鍛えてるね~」

 

「まあ、日頃から箒に剣道でしごかれてるからな」

 

「俺は空軍を志望してるからな。これぐらいは鍛えておかないと」

 

「へ~、そうなんだ~」

 

 更衣室から出てすぐ、ちょうど隣の更衣室から出てきた女子数人と出会う。皆それぞれ、可愛い水着を身につけていて、その露出度に思わず目を奪われてしまう。――って、ああ、いかんいかん! こんなジロジロ見てたらただの変態だ。

 慌てて視線を外した俺は、そのまま砂浜に向けて1歩踏み出す。――途端に7月の太陽に熱され続けた砂に足の裏を焼かれた。

 

「あっちちちっ」

 

 海に来るのも久しい俺としては、この感覚がとても懐かしい。やっぱり海っていったらこれだよな。

 素足で感じる熱に少し跳びはねながら、波打ち際へと向かう。ビーチにはすでに女子生徒が溢れていて、肌を焼く者、ビーチバレーをしている者、早速泳いでいる者と様々だ。着ている水着も色とりどりで、ある意味7月の太陽よりも眩しい。

 

「あちっ、あつつつっ」

 

 取り敢えず準備運動を始めようとしていると、後ろから一夏がつま先立ちで歩いて来た。

 

「お前も先に泳ぎに来たのか?」

 

「おう。やっぱ海に来たからには泳がないと損だろ?」

 

「そりゃそうだ」

 

 フッと笑ってから、また準備運動を再開する。長いこと泳いでないし、足がつって溺れでもしたら目も当てられない。取り敢えず屈伸をして腕を伸ばして背筋を伸ばして――

 

「い・ち・か~~~~~っ!」

 

「? おい一夏。呼ばれてるぞ――って」

 

「のわっ!? な、なんだ!? 誰だ!?」

 

「アンタ達真面目ねぇ。一生懸命体操しちゃって。ほらほら、終わったんなら泳ぐわよ」

 

 いきなり一夏に飛び乗ったのは鈴だった。

 

「まるで猫みたいだな……」

 

 ちなみに着ているのはスポーティーなタンキニタイプの水着で、オレンジと白のストライプ柄だ。

 

「こらこら、お前もちゃんと準備運動しろって。溺れても知らねえぞ」

 

「そうだぞ鈴。代表候補生が足つって溺れましたなんて笑えない話だ」

 

「あたしが溺れたことなんかないわよ。前世は人魚ね、たぶん」

 

 そう言いながら、鈴は一夏の体を軽やかに駆け上がって肩車の体勢になる。こいつ、前世は人魚じゃなくて猫じゃないのか? キャットタワーに登る猫のようにしか見えなかったぞ。

 

「おー高い高い。遠くまでよく見えていいわ。ちょっとした監視塔になれるわね、一夏」

 

 にへへっ、と笑う鈴。

 

「あっ、あっ、ああっ!? な、何をしていますの!?」

 

 と、そう言ってやって来たのはセシリアだ。手には簡素なビーチパラソルとシート、それにサンオイルを持っている。

 こちらは鮮やかなブルーのビキニ。腰に巻かれたパレオがちょっと優雅な雰囲気を出している。

 

「何って、肩車。あるいは移動監視塔ごっこ」

 

「ごっこかよ。ていうか監視員じゃなくて監視塔!?」

 

「監視塔というより、パシフィック・オリム(・・)ラじゃないか?」

 

「じゃあ誰がKAIJU(カイジュー)役するのよ」

 

「ふむ……織斑先生とか――」

 

「アンタそれマジでやめときなさい。消されるわよ、この世から」

 

「わ、わたくしを無視しないでいただけます!?」

 

 おっと、ついつい3人で会話をしてしまった。それにしても一夏は鈴にこうもベッタリくっつかれているのに一切動じていないな。昔からこの調子みたいだし、もう慣れてしまっているのかもしれない。あるいは刺激が少ない(・・・・・・)とかか……?

 

「とにかく! 鈴さんはそこから降りて下さい!」

 

「ヤダ」

 

「な、何を子供みたいなことを言って……!」

 

 セシリアがザクッ! とパラソルを砂浜に刺す。おぉう、とてつもない怒りのパワーを感じるぞ。

 

「なになに? なんか揉め事?」

 

「って、あー! お、織斑くんが肩車してる!」

 

「ええっ! 良いなぁっ、良いなぁ~!」

 

「きっと交代制よ!」

 

「そして早い者勝ちよ!」

 

「私、ホーキンスくんにしてもらう!」

 

「あ、ずるい! 私が先よ!」

 

 騒ぎを聞きつけた女子が何を勘違いしたか一夏と俺に肩車をしてもらおうと詰めかけてくる。こいつはまずい。かなりまずいぞ。あれだけの女子を肩車するなんて体力よりも精神的と男として非常にまずい。というか、君達は男に肩車してもらうことに抵抗とかは無いのか!?

 

「り、鈴。そろそろ降りてくれ」

 

「ああ。誤解が広まりかねん」

 

「ん。まあ、仕方ないわね」

 

 よっ、と一夏から飛び降りる鈴。ヒラリヒラリと掌で着地して、そのまま前方返りで起立。……やっぱり前世は猫だろ。

 

「鈴さん……? 今のはいささかルール違反ではないかしら……?」

 

 セシリアはピクピクと引きつった笑みを浮かべている。これは間違いなくご立腹だ。

 ちなみに俺と一夏はというと、やって来た女子達に「そういうサービスはしていません」と説明するので忙しい。え、なに? サービス精神が足りない? ここはテーマパークじゃないんだぞ。

 

「そんなこと言って、どうせセシリアだって一夏に何かしてもらうんでしょ? じゃあ良いじゃん。ねえ?」

 

「いえ、それは……」

 

「え、何もしてもらわないんだ。じゃ、あたしが――」

 

「し、してもらいますっ! 一夏さん、早速サンオイルを塗って下さい!」

 

「「「え!?」」」

 

 誤解だと説明している途中だったのだが、セシリアの言葉に女子と俺は声を揃える。サンオイルを……塗る? 一夏がセシリアにか……!?

 

「一夏、お前そんな約束してたのか?」

 

「ああ、まあ、バスの中で頼まれてな――」

 

「私サンオイル取ってくる!」

 

「私はシートを!」

 

「私はパラソルを!」

 

「じゃあ私はサンオイル落としてくる!」

 

 わざわざ塗ったのを落としてくるのか……。

 ともあれ、鈴の件で集まった女子達はこれまたセシリアの件で一旦解散となった。

 

「コホン。そ、それでは、お願いしますわね」

 

 シュルリとパレオを脱ぐセシリア。なんだかその仕草が妙に色っぽく、俺は体ごと後ろを向いて視線を逸らす。

 

「さ、さあ、どうぞ?」

 

「お、おう。じゃ、じゃあ塗るぞ?」

 

「ひゃっ!? い、一夏さん、サンオイルは少し手で温めてから塗って下さいな」

 

「そ、そうか、悪い。何せこういうことをするのは初めてなんで……スマン」

 

 そりゃあこういう経験が豊富な方が驚きだよな。それにしても、後ろを向いたのは却って逆効果だったかもしれない。見えない分、全て耳が捉えることになるのだが、これが余計に変な想像を膨らませてしまう。

 

「ん……。良い感じですわ。一夏さん、もっと下の方も」

 

「せ、背中だけで良いんだよな?」

 

「い、いえ、せっかくですし、手の届かないところは全部お願いします。脚と、その、お尻も」

 

「うぇっ!?」

 

「(一夏がやってるのは健全な作業、一夏がやってるのは健全な作業、一夏がやってるのは健全な作業、一夏がやってるのは健全な作業、一夏がやってるのは――)」

 

「はいはい、あたしがやったげる。ペタペタっと」

 

「きゃあっ!? り、鈴さん、何を邪魔して――つ、冷たっ!」

 

「良いじゃん。サンオイル塗れればなんでも。ほいほいっと」

 

「ああもうっ! いい加減に――」

 

「あっ、水着が……」

 

「き、きゃあああっ!?」

 

「ま、待てセシリア――」

 

 ゴスッ!!

 

「うわああぁぁぁぁぁ………」

 

 セシリアの悲鳴が轟いた直後、大きな打撃音と共に一夏が海へと吹っ飛んで行った。

 

「い、一夏ぁ!?」

 

 ドボーーンッ!! と盛大な水柱が上がり、俺は慌ててそちらへ向けて駆けて行く。

 

「ぶはっ! なんで俺がこんな目に遭わないといけないんだよ……」

 

「まあ、なんというか、ご愁傷様としか言ってやれんな」

 

 と、そこへ騒ぎの元凶こと鈴がやって来た。

 

「一夏、向こうのブイまで競争ね」

 

「だとよ。人魚姫がレースをご所望だぞ一夏」

 

「随分といきなりだな。ウィルはやらないのか?」

 

「レースは遠慮しとくよ」

 

「ビリになったら駅前の『(アット)クルーズ』でパフェ奢んなさいよ。よーい、どん!」

 

「この勝負、負けられん……!」

 

 鈴の『奢り』という言葉に一夏が反応する。なんだ、その店のパフェはそんなに値段が張るのか? まあ良いか。俺が払うわけじゃないし――

 

「ウィルー! アンタも負けたら学食の海鮮丼奢りだからねー!」

 

「よーし上等だぁ……! 俺に勝負を挑んだこと後悔させてやる!」

 

 こうして俺はなし崩し的に鈴と一夏を追いかけるハメになった。学食の海鮮丼は具がドンブリからはみ出るほど大量に乗っているが、その分お値段もなかなか高いのだ。悪いがあいつらに勝ちを譲ってやれそうにはないな。

 

「うおっ!? おまっ、ウィル、早すぎだろ!」

 

「はっはぁ! 残念だったな一夏! これでも泳ぎは得意なんだよ!」

 

 バシャバシャとクロールで一夏を追い抜き、あとは鈴を追い越すだけだ。――というところで、俺達は異変に気付いた。

 

「……一夏、鈴はどこだ? さっきからどこにもいない」

 

「おい、まさか溺れたんじゃ……!」

 

「あり得るぞ!」

 

 俺と一夏はドボンッと勢い良く水中に潜り、周囲を見渡す。――苦しそうにもがく鈴の姿を見つけた。

 クソッ! だから準備運動しろと言ったんだ!

 俺達は1度水面に出て大きく息を吸い込んでから再潜行し、沈んで行く鈴の腕を掴んで一気に浮上する。

 

「おい、鈴! 大丈夫か!?」

 

「落ち着け、鈴。ここはもう水上だ。しっかり呼吸しろ」

 

「ごほっ! けほっ! だ、大丈夫……」

 

「ったく、言わんこっちゃねえ。ちゃんと準備運動しないからだぞ」

 

「まったくだ。人魚でも死ぬ時は死ぬんだからな。とにかく1回浜辺に戻るぞ」

 

 言いたいことは山ほどあるが、とにもかくにも今は1度陸に上がった方が良い。そう思った俺は鈴を一夏に預け、それを支えるようにして浜辺へと泳いで行く。あまり速度を出すと危ないので、あくまでゆっくりとした泳ぎだ。

 

「あ、あのさぁ、一夏、ウィル……」

 

「なんだ?」

 

「どこか怪我でもしたか?」

 

「ううん、それは大丈夫よ。それより、その……」

 

 ポソポソとした声だったが、それでも俺達の耳にははっきりと届いた。

 

「あ、ありがと……」

 

 一夏におぶられているのが恥ずかしいのか、はたまた溺れないと豪語していた手前、この状況が恥ずかしいのか。もしかしたらその両方かもしれないが、俺と一夏はその言葉に「おう」と微笑みながら返す。

 

「こ、ここまでで良いわよ。さすがに自分で歩くくらいはできるからっ」

 

「本当に大丈夫か?」

 

「本当よっ。ちょっ、ちょっと向こうで休んでくるっ」

 

 そう言って一夏から降り、さっさと別館に向けて歩き出す鈴。やはり気恥ずかしかったのか、その頬は若干赤みが差していた。

 

「まあ、あの調子なら問題は無いだろ」

 

「ああ。にしてもほんとに危なかったな。まさに間一髪ってやつだ」

 

 2人して、ふぅ~と安堵のため息を漏らす。

 

「あ、2人ともここにいたんだ」

 

 ふと、声を掛けられ振り向くと、そこにはシャルロットと――

 

「ん? シャル……と、バスタオルおばけ?」

 

「ひぃっ!? な、なんだそのミイラは!?」

 

 こんな真夏の浜辺に不相応のミイラが立っていた。だ、だから俺はホラーの類いがマジでダメなんだって! 日本の貞子(さだこ)伽椰子(かやこ)もそうだが、あいつらはもう超常的な恐怖を濃縮したような連中だ。脚本家はどうしてあんなエグいものを次々と作れるんだ!?

 

「あはは。ミイラじゃないよ。ほら、出てきなってば。大丈夫だから」

 

「だ、大丈夫かどうかは私が決める……」

 

 ん? 今の声……もしかしてラウラか?

 目の前のミイラを改めて見てみると、それはバスタオル数枚で全身を頭から膝下まで覆い隠しているように見える。

 

「ほーら、せっかく水着に着替えたんだから、ウィルに見てもらわないと」

 

「ま、待て。私にも心の準備というものがあってだな……」

 

 間違いなくこのバスタオルミイラの正体はラウラだ。しかし、いつもの自信に満ちたラウラにしては随分と弱々しい声に聞こえた。シャルロットはシャルロットで何やら説得を試みている。いったいどういう状況なんだ?

 

「もー。そんなこと言ってさっきから全然出てこないじゃない。一応僕も手伝ったんだし、見る権利はあると思うけどなぁ」

 

 そういえばシャルロットとラウラは同室になったらしい。先月の一件では色々といざこざがあったが、今は普通にルームメイトとして仲が良いようだ。元々人付き合いの悪かったラウラが、こうしてどんどん交友の輪を広げていっていることを俺は嬉しく思う。

 

「うーん、困ったなぁ」

 

「なあシャルロット。ラウラはいったいどうしたんだ?」

 

「実はラウラがすっごく可愛い水着に着替えたんだけど、今になって恥ずかしくなってきちゃったみたいなんだ」

 

 ほう、学園指定の水着があるからと言っていたが、結局ラウラも水着を買っていたのか。

 

「あーあー、せっかくの可愛い水着なのになー」

 

「うっ……」

 

「ウィルに見せないなんてもったいないなー」

 

「うぅっ! え、ええい! 分かった! 脱げば良いのだろう、脱げば!」

 

 言うなり、バババッとバスタオル数枚をかなぐり捨て、ラウラが陽光の下に現れる。そして、俺は口を半開きにした間抜けな表情のまま固まってしまった。

 なぜなら、今、俺の目の前には黒の水着を纏った天使が立っていたのだから。

 

「わ、笑いたければ笑うがいい……!」

 

 ラウラの着ているそれはレースをふんだんにあしらったもので、一見するとそれは大人の下着(セクシー・ランジェリー)のようにも見える。さらにいつも飾り気のない伸ばしたままの髪は左右で一対のアップテールになっている。正直この姿は控え目に言っても――かなり可愛い。モジモジと落ち着かなさそうにしているラウラが、より強くそう思わせていた。

 

「おかしなところなんて無いよね、ウィル?」

 

「あ、ああ。少し驚いたが、よく似合ってると思うぞ……」

 

「なっ……!?」

 

 水着姿のラウラに目を奪われ、俺はつい生返事のような答え方をしてしまう。だが、そんな俺の言葉が予想外だったのか、ラウラは驚きに一瞬たじろいだあとそのままカーッと赤面した。

 

「しゃ、社交辞令ならいらん……」

 

「世辞じゃないさ。なあ、シャルロット、一夏?」

 

「うん、僕も可愛いって褒めてるのに全然信じてくれないんだよ」

 

「おう、俺も良いと思うぜ」

 

「あ、ちなみにラウラの髪は僕がセットしたの。せっかくだからオシャレしなきゃってね」

 

 確かに普段のストレートに下ろした髪もきれいだが、それとはまた違う新鮮さがあってこれはこれで良い。

 

「そうなのか。うん、確かに今のラウラによく合ってるな。すごく可愛いぞ」

 

「か、かわいっ……!?」

 

 そういう褒め言葉に慣れていないのだろうか。ラウラは俺の言葉に狼狽したような反応をして、両手の指をもてあそぶ。

 

また可愛いって……。お、お前はどこまで私の心を乱せば気が済むのだ……

 

 赤面したラウラが俯きながら何かをボソボソっと呟く。しかし、声が小さいことに加えて波の音や辺りの女子の声に掻き消されてしまい、よく聞き取れなかった。

 

「スマン、よく聞こえなかった。なんだって?」

 

「た、ただの独り言だ」

 

 聞き返すも、プイッと顔を逸らされてしまう。

 

「おっりむーらくーん! ホーキンっスくーん!」

 

「向こうでドッジボールしようよ!」

 

「わー、おりむーとホーくんの対戦~。ばきゅんばきゅーん」

 

 名前を呼ばれて振り向くと、女子2名とのほほんさんがいた。

 せっかくビーチに来てるわけだし、そこは普通ビーチバレーとかじゃないのか? まあいいか。俺、バレーのルールとかあまり詳しくないし。

 

「ドッジボールだとよ。やるか?」

 

「おう。やろうぜ」

 

「僕も行くよ。ラウラも行くよね? ……ラウラ?」

 

「――ッ!? あ、ああ。もちろんだ。私も参加しよう」

 

 そんなわけで、俺達はドッジボールのコートへと歩いて行くのだった。

 

 



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27話 ドッジコートの鬼神と呼ばれた男

 チーム決めの結果、俺のチームにはラウラとのほほんさん、前本さんが。対する一夏チームはシャロットと櫛灘(くしなだ)さん、そして遅れてやって来た箒が参戦してちょうど4対4が出来上がった。ちなみにルールは外野復活なしのタイプだ。

 

「そっちボールで良いぞ」

 

 一夏がボールを投げ渡してきて、俺はそれをキャッチする。ほう、この俺にボールを渡すとは……愚かなり!

 

「フッ、ドッジコートの鬼神と呼ばれた俺の実力……見せてやろう!」

 

 言うが早いか、俺は相手コートのギリギリ近くまで走り寄り、高速のボールをお見舞いする。

 

「なんのっ……!」

 

 バシッという音と共に箒がそれを真正面から受け止めた。こいつ、できる……!

 俺は反撃を警戒して大急ぎで後退し、ボールをキャッチできるようにドッシリと構える。さあ、いつでも来い!

 ――がしかし、予想とは裏腹に箒は投げのフェイントでこちらの注意を引いてから一夏にパス。俺は一瞬反応が遅れてしまう。

 

「一夏!」

 

「おう! 任せろ箒!」

 

 くっ、やられた……! にしても息ピッタリだなお前ら! と心の中で2人にツッコンでいると、のほほんさんの声が聞こえた。

 

「らうらう、あぶなーい」

 

「ふぇ? ――ッ!!」

 

 何か考え事でもしていたのか、ボーっとしていたラウラは気付くのが遅れてしまい、慌てて両手を顔の前で交差させ縮こまる。

 

 バシーンッ!!

 

「おっと!」

 

 ボールがラウラに当たる直前で間に割って入った俺は右手を伸ばしてそれをキャッチした。ふぅ、我ながらナイスだ。ドッジコートの鬼神は伊達じゃないな! それにしても……。

 

「ボーっとしてどうした? 今朝からずっとその調子だが、体調が悪いなら別館まで送るぞ?」

 

「…………」

 

 振り返って声をかけるのだがラウラからの返事は無く、顔を耳まで真っ赤に染めて俺の顔をボーっと見上げるだけだった。こいつ本当に大丈夫か?

 

「……ラウラ、悪いがちょっと触るぞ」

 

 バスの中といい、今といい、どうにも様子のおかしいラウラが心配になってきて、俺は予め断りを入れてから彼女の額に手を伸ばす。

 

「なっ、なっ、ななっ……!!?」

 

「って、随分と熱いな。もしかして熱中症じゃないか?」

 

 明らかに体温が平熱よりも高い。それに心なしかさらに顔が赤くなっていっているようにも見える。こりゃまずいな。とにかく重症化する前に日陰に連れて行こう。別館はここから近いし、中はクーラーも効いているから安静にさせるならベストだろう。

 

「別館まで歩けるか?」

 

 俯き気味のラウラの顔を覗き込んだその時だった。

 

「う……」

 

「う?」

 

「うわああぁぁぁぁ!!!」

 

「おい、どうした――グハァッ!?」

 

 刹那、俺の右頬に強烈な手刀が直撃した。当ててきたのはラウラだ。彼女は俺から飛び退くと、そのまま脱兎の如く逃げだしてしまった。

 

「お、おーい! ラウラーー!?」

 

 一応声を掛けるのだが、それよりも早くラウラは別館の中へと消えて行った。取り残された俺達はポカーンと別館の方を見つめる。

 

「ウィル、追いかけた方が良くないか?」

 

「そうだな。ちょっと行ってくる」

 

「今はソッとしておいてあげた方が良いんじゃないかな……。少なくとも熱中症じゃないから大丈夫だよ」

 

 そう言って苦笑いを浮かべるシャロット。まあ確かに、あれだけ元気に動けるのなら熱中症ではないと思うが、シャルロットの言葉には何か別の意味も籠められていたような気がするのは考えすぎか?

 

「うーん、これはあれかな~。ホーくんの乙女心デストロイヤーが作動中なのかなー」

 

 のほほんさんはそんなことを言っている。ちなみに彼女が着ているのは水着というよりもはや着ぐるみで、耳までついている全身を覆うタイプのキツネ姿だ。

 っていうか乙女心デストロイヤーってなんだよ。一夏じゃあるまいし、そんなことは無いだろ。

 

「まあ、別館には先生も待機しているだろうし、ラウラの様子はあとで見とくよ。ゲーム再開といこうか」

 

「さんせーい」

 

 そうしてラウラが抜けたことにより4対3となったドッジボールは続いた。

 

 

 

 

 

 

「俺とお前が最後に残ったようだな」

 

「みたいだな。決着をつけようぜ、ウィル」

 

 一夏が不敵な笑みを浮かべ、そんな彼に俺は右腕を構えて狙いを定める。

 

「威勢が良いな。だが今攻撃の手札を持っているのは、この俺だ」

 

 俺は口角をニィッと吊り上げてさらに言葉を続けた。

 

「一夏ぁ、どこに当てて欲しいか選ばせてやるよ。頭か? それとも胸か?」

 

 一応言っておくが、今やっているのはドッジボールである。俺も一夏も白熱しすぎて殺し合いでもしているかのような雰囲気だが、もう1度言っておく。これは普通のドッジボールだ。

 

「ウィルが悪役みたいな顔で悪役みたいなこと言ってる……」

 

 こらそこ、シャロット。失礼なことを言うな。

 

「へっ、じゃあ胸に投げてくれよ。その方がキャッチしやすいからな」

 

「言うじゃねえか。なら望み通りにしてやるぜ!」

 

 ビュンッと、投げたボールは一夏へ吸い込まれるようにして飛んで行く。

 

「さあ来い――って、あぶねっ!? お、俺の時だけ威力強くなってないか!?」

 

「そりゃお前、女子相手に本気で投げれるわけないだろ」

 

 当たったら絶対痛いだろうしな。痕でもつけたら一大事だ。

 

「ヘイヘ~イ、どうしたぁ? さっきの威勢はどこに行ったんだ一夏ぁ」

 

「なんかキャラまで変わってるぞ!?」

 

 何を言ってやがる。いつも通りの優しい優しいウィリアム・ホーキンスくんに決まってるだろ。

 

「ウィリアムはボールを持つと性格が変わるのか……?」

 

 おいこら箒。シャルロットに続いてお前まで言うか。まったく失礼な奴だな。ちょっと気分が高揚(こうよう)して暴れたくなるだけじゃないか。

 

「ホーキンスくん、パース!」

 

「よっと。ありがとう」

 

 一夏を当て損ねたボールを外野の前本さんから受け取り、また投てきの体勢をとる。

 

「よーし一夏、そこを動くなよぉ。一撃で楽にしてやる。友人としての情けだ、苦しませたかぁねえ」

 

「ま、待てウィル! なんだその不穏な台詞は!? ドッジボールって苦しむような要素ないだろ――」

 

「ぅおらぁ!!」

 

 バチーンッ!!

 

「アッーーーー!!」

 

 そんなこんなで、ドッジボールは見事俺チームの勝利で終わった。

 

「あ、そろそろお昼の時間かな? 一夏とウィルは午後どうするの?」

 

「うーん、もう少し泳ぎたいんだが食べた直後はつらいし、ちょっと休んでからまた海に出るつもりだ」

 

「俺も少し時間を置いてから動こうと思ってる」

 

 腹にものが詰まってる状態で下手に動き回って、その結果公衆の面前で魚に餌やり(・・・・・)でもすることになったら目も当てられない。

 

「そっか。じゃあ、お昼行こ。それと一夏って結局どこの部屋だったの?」

 

「あー、それ私も聞きたい!」

 

「私も私も!」

 

「ホーキンスくんの部屋情報カモン!」

 

「やっぱりテントになったの~?」

 

 のほほんさんの言葉に他のメンツはクエスチョンマークを浮かべるが、取り敢えずそれは置いといて。

 

「えーと、織斑先生の部屋だぞ」

 

「で、俺はそのすぐ隣の部屋だ」

 

 それまでワクワクとした顔をしていた女子一同がピシッと凍り付いた。まさかの展開に思考回路がエラーを起こしたかのようだ。

 

「だからまあ、遊びに来るのは危険だな」

 

「そ、そうね……。で、でもホーキンスくんの部屋ならワンチャン……」

 

「高性能音響センサーが張り巡らされた廊下を抜けて来るようなもんだぞ?」

 

 物音を1つでも立てようものなら即アウトだ。部屋に入る以前に、近付くだけでも至難の(わざ)だろう。

 

「そ、そっかー。ま、まあ2人とは食事時間に会えるしね!」

 

「だね! わざわざ鬼の寝床に行かなくても――」

 

「誰が鬼だ、誰が」

 

 ドンッ! と何か音が聞こえた気がした。いや、気のせいじゃないのかもしれない。一同、ギギギギ……と軋んだ動作で首を動かす。

 

「お、お、織斑先生……」

 

「おう」

 

 立っていたのは、以前に水着売り場で見せてもらった水着を纏った織斑先生だった。ラウラとはまた印象の違う黒の水着をバッチリと着こなしており、モデルと見間違うほどのスタイルに女子一同は圧倒されていた。

 ……いや、1つ付け足しておこう。俺の隣で男子1人が口を半開きにして固まってやがる。

 

「…………おい一夏、鼻の下伸びてんぞ。お前さん、先生みたいなタイプが好みなのか?」

 

「なっ……!? う、ウィル!? 何を変なこと言ってるんだよ……!!」

 

「そうかい。ならあの2人にもそうだと説明してやってくれ」

 

 はぁ~、と溜め息を漏らしながら、俺は後ろに向けて左手の親指を差す。

 

「後ろ? 後ろに何が……ひぇっ!?」

 

 振り返った一夏がその体勢のまま短く悲鳴を上げる。まあ、この反応も仕方ないだろう。

 

「「……………」」

 

 振り返った先には箒とシャルロットがとてつもなく恨めしそうな表情で一夏を睨んでいたのだから。まっ、頑張ってこの怒れる2人を鎮めてくれたまえ。

 

「そら、お前達は食堂に行って昼食でもとってこい」

 

「先生はどうされるんです?」

 

「私は僅かばかりの自由時間を満喫させてもらうとしよう」

 

 その言葉通り、教師陣にはほとんど自由時間など無いのだろう。それなら、その少ない時間をさらに減らすような真似はしたくない。

 

「では自分達は昼食に行ってきます」

 

「集合時間には遅れるなよ」

 

「はい」

 

 と、それだけ言ってその場を離れる。ちょうど12時を過ぎたところなので、俺達以外にも生徒達がゾロゾロと移動していた。

 

「あ、あの、だな。2人とも……?」

 

「「ふんっ」」

 

「おい、ミスター唐変木。俺が食いたいのは昼食であって痴話喧嘩じゃないんだ。そういうのは歩きながらにしてくれ」

 

 まったく。痴話喧嘩なんて犬どころかサメも食わねえぞ。

 

「ホーくん、ホーくん」

 

「うん? どうした、のほほんさん?」

 

「えっとねー、頭におっきなブーメラン(・・・・・)が刺さってるよ~」

 

「え?」

 

 のほほんさんに言われて、俺は頭に手を這わす。あれ? 触った感じ特に何も無いぞ。

 

「なんだ、何もついてないじゃないか」

 

「そういう意味じゃないんだけどねー」

 

「?」

 

 のほほんさんの意味ありげな言葉に小首を傾げながら、俺は男子更衣室へと入って行った。

 

 



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28話 夕食

 時は瞬く間に過ぎていき、現在午後7時半。大広間を3つ繋げた大宴会場で俺達は夕食をとっていた。

 ここは座敷なので当然正座なのだが、IS学園には様々な国籍の生徒が在籍していることを配慮して、正座ができない生徒のために隣の部屋にテーブル席も設けられている。その例に漏れず正座ができない俺はテーブル席に座って夕食に舌鼓(したつづみ)を打っていた。

 

「美味い。美味すぎる……!!」

 

「まさか昼に続いて夜も刺身が出るとはな。IS学園は羽振りが良い」

 

 そう言って刺身を器用に(はし)でつまんでいるのは俺の隣に座っているラウラ。

 今は全員がそうであるように、ラウラも浴衣姿だ。俺も浴衣を着るのは初めてだが、なんでもこの旅館のルールとして『お食事中は浴衣着用』らしい。汚してしまう可能性もあるのに大丈夫なのか……?

 ちなみにメニューは刺身と小鍋、それに山菜の()え物が2種類。それに赤ダシ味噌スープ(味噌汁)とお新香(しんこ)

 どれも日本に来てから口にするようになったものばかりだが、これに加えて刺身がカワハギという高級魚なのだ。しかもキモ付き。

 噛むと独特の歯ごたえと、クセの無い淡白な味がなんとも言えず舌を楽しませる。キモも、不快な臭みや苦味などは無く深い味わいがあってベリーグッドだ。

 

「こいつは……ああ、なんというか、とにかく最高だ。美味すぎるぞジャパニーズ刺身……!!」

 

 アメリカでは普通食べることができない高級魚の刺身を前に、俺の語彙力は欠損気味である。でも仕方ないじゃないか。料理が美味すぎるのが悪い。

 

「ふむ。確かに美味いな。それに、このわさびは本わさというやつではないか?」

 

「本わさ? わさびにも種類があるのか?」

 

「ウィルは知らないのか。本物のわさびをおろしたものを本わさと呼ぶそうだ。昔、教官に日本食をご馳走になったとき聞かされてな」

 

「ほう。じゃあ、学園の刺身定食についてるあれは本物じゃないのか?」

 

「ああ。あれは練りわさと呼ぶものだ。確か、ワサビダイコンやセイヨウワサビなどに着色したり、合成したりして見た目と色を似せてあると聞いた」

 

「成程なぁ。じゃあこいつが正真正銘のわさびってことか。どれ……」

 

「……? ――ッ!?」

 

 ラウラがマンガのようなとてもきれいな2度見をしてきた。なんだよ。俺はちょっと人生初の本わさを堪能しようと――ッ!?!?

 

「ッ~~~~~~!!」

 

 な、なんだこの辛さは!? 練りわさの数倍は辛いぞ! ヤバい、本わさなめてた! って、鼻がぁ! 鼻がぁぁぁ!!

 

「何をしているんだ、お前は……」

 

 鼻を押さえて悶絶しているところに、ラウラが水の入ったコップを差し出してくる。それを受け取った俺はすぐさま中身を飲み干した。

 

「っはぁ……! あ゛あ゛~~~。た、助かった。サンクス、ラウラ」

 

「まったく、興味だけでわさびの山を口に放り込むとは。一瞬正気を疑ったぞ」

 

「スマンスマン。学園の練りわさが大したことなかったから、本わさもそこまで辛くないだろと思ってな。早計だった」

 

 いやぁ、マジで鼻がもげるかと思ったぜ。本わさび、恐るべし。しかしまあ容量にさえ気を付ければ、風味があって刺身と共に美味しく食べることができそうだ。

 

「さて、気を取り直して……」

 

 と、刺身に箸を伸ばそうとしたその時だった。

 

「あああーっ! セシリアずるい! 何してるのよ!」

 

 なんだなんだ。どうしたんだ? ――って、あれは……。

 突然、座敷に座っていた女子達が騒ぎ始め、何事かと思って視線をやった先にいたのは隣り合わせで座っている一夏とセシリアの姿。だがしかし、女子が騒ぎ始めた理由はそこではない。

 

「織斑くんに食べさせてもらってる! 卑怯者!」

 

「ズルイ! インチキ! イカサマ!」

 

 そう、なぜか一夏がセシリアに料理を食べさせようと口元に箸を近付けていたのだ。いや、本当になんでそんなことになったんだ?

 

「ず、ずるくありませんわ。席が隣の特権です」

 

「それがずるいって言ってんの!」

 

「織斑くん、私も私も!」

 

 これ幸いとばかりに自分も食べさせて欲しいと女子が一夏に押し寄せる。

 

「毎度のことながら、あいつの周りはいつも騒がし……、い……?」

 

 迫る女子と困惑する一夏を見て、やれやれと溜め息をついてから自分の盆に視線を戻す――ことはできなかった。

 

「「「あーん」」」

 

「 」

 

 なんと、テーブル席に座っていた女子達が一様に口を開いて、ひな鳥のように待機していたのだ。

 

「あー……えっと、これはどういう……?」

 

「座敷組は織斑くんに食べさせてもらってずるいから、私達もホーキンスくんに食べさせてもらおうかなーって」

 

「そうそう。私達テーブル組だって美味しい思いしたいじゃん?」

 

「待て待て。君達普通に食べれるだろ。わざわざ俺が食べさせるメリットが無い」

 

 それに、1人1人にそんなことをしていたら夕食の時間を大幅に過ぎちまうじゃないか。

 

「実は私、まだお箸の使い方が上達しなくて……。だから、ね?」

 

 そう言ってくるのは俺と同じアメリカ国籍のエミリー・クーパーさん。確かに日本人と比べて箸を使う頻度の低い者にとっては食べづらいだろう。……しかし俺は知っている。彼女がついさっきまでバリバリに箸を使いこなしていたのを。正直、俺よりも使うのが上手かったのを。

 

「……スマンが隣の友達に頼んでくれ――」

 

「「「あーん!」」」

 

「……隣同士で――」

 

「「「あーん!」」」

 

 これはあれか。俺が首を縦に振るまでエンドレスで続くパターンか。

 

「…………はぁ。分かった、分かったよ。ひと口だけなら――Ouch!(痛っ!)

 

 なんの前触れもなく左脇腹に走った鋭い痛みに驚いて、俺は椅子の上を小さく跳ねる。次に慌てて視線を動かすとラウラがジト目でこちらを睨んでおり、そんな彼女の右手がしっかり俺の左脇腹へと伸びていた。

 

「痛いじゃないかラウラ。いきなりなんだよ――ああ痛い痛い! (つね)るな(つね)るな分かったそうだな食事中は行儀良くしないとなよぉーく分かったから(つね)るのは勘弁してくれ!」

 

「ふんっ。……浮気者め」

 

 ムスッとした表情で鼻を鳴らしながら、味噌スープに口をつけるラウラ。くぅっ……、ヒリヒリする……。

 

「お前達は静かに食事をすることができんのか」

 

 その声にテーブル席はもちろん、一夏がいる座敷側の生徒もピシリと凍り付いた。

 

「お、織斑先生……」

 

「どうにも体力があり余っているようだな。よかろう。それでは今から砂浜をランニングしてこい。距離は……そうだな。50キロもあれば十分だろう」

 

「いえいえいえ! とんでもないです! 大人しく食事しますです! はいっ!」

 

 そう言って各自の席に戻って行く。それを確認してから、織斑先生は俺と一夏を交互に見据えて再び口を開いた。

 

「織斑、ホーキンス。あまり騒ぎを起こすな。鎮めるのが面倒だ」

 

「わ、分かりました」

 

「す、すみません」

 

 これは俺が悪い……のだろうか。いや、そうなんだろうな。と己を納得させながら、俺は静かに食事を再開させたのだった。

 

 ▽

 

「ふぅ~、さっぱりした」

 

 いやもう本当に最高だな。高級料理を食べたあとに今度は人生初の温泉ときた。なんという贅沢だろうか。

 温泉へ向かう前にジョーンズ中尉から『明日、新型の兵装が届く』という知らせを電話で受け、その詳細などを聞いているうちに一夏とは入れ代わる形になったのだが、結果として海を一望できる露天風呂を貸し切りで使えた俺は上機嫌で部屋に向かっていた。

 

「む? ウィルじゃないか」

 

「?」

 

 ふと横合いから声を掛けられ、俺はその方角に振り向く。

 立っていたのはラウラだった。どうやら彼女も風呂上がりらしく、若干湿り気を残した銀髪が廊下の灯りを美しく反射しており、その顔は湯船に浸かっていたためかうっすらと火照っていた。

 

「……………」

 

「どうした?」

 

 思わず言葉も忘れて見つめてしまっていた俺に、ラウラが怪訝そうに問い掛けてくる。

 

「いや、なんでもない。今さっき風呂から出たのか?」

 

「ああ。つい先ほどな。それで部屋に戻る途中にお前が通り掛かって声をかけたというわけだ」

 

「そういうことか。――あ、そうだ。実は一夏に、あとで部屋に遊びに来ないかって誘われててな。お前も来るか?」

 

「ふむ、嫁からの誘いとあれば断る理由も無いな。私も同行させてもらおう」

 

「いやだから俺は嫁じゃ……まあいい。約束の時間まではまだ間がある。良かったらそれまでトランプでもしないか?」

 

「トランプか。あまりやったことはないが、受けて立とう」

 

「オーケーだ。じゃ、部屋に行こうぜ」

 

 こうして、俺はラウラと共に部屋への道を踏み出すのであった。

 

 ▽

 

「そ、そんな……バカなっ……!?」

 

「ふっ、まだまだだなウィル」

 

 部屋に帰りついてからしばらく。ウィリアムとラウラは持ってきたトランプでババ抜きをしながら時間を潰していた。――いたのだが、信じられないことに彼はラウラに1度も勝てないでいた。ちなみに10ゲーム中の全てで、である。

 

「な、なんでだ。なんでこうもボロ負けするんだ!?」

 

 俺の何が悪かったのか。畳に両手を着いて項垂れていたウィリアムは、その答えをラウラに求めるようにバッと顔を上げる。

 

「お前が私に勝てない理由。それは……」

 

「それは……?」

 

 ゴクリ。ウィリアムは大量の生唾を飲み込み、さっきから妙にドヤ顔を浮かべているラウラの言葉を待つ。

 

「表情に出すぎだ」

 

 まるで焦らすかのように溜めてから放たれた返答の内容は至極単純なものだった。

 

「なっ……!? そ、そんなに顔に出てたか!?」

 

「ああ。それはもう素人目からでも丸分かりなほどにな。くくくっ……!」

 

 と言いながら、ラウラはプルプルと肩を震わせて必死に笑いを堪える。

 ちなみにウィリアムに自覚は無いが、10ゲーム中の全てにおいて彼の顔はまさに顔芸の域に達していたと追記しておく。

 

「カードを取るたびに笑いを堪えるのが大変だったぞ。もしお前が我が黒ウサギ隊の隊員だったら、再訓練を課してやるところだ」

 

「くっ、言ってくれるじゃないか……! ならもう1回だ!」

 

「何度でも受けて立とう」

 

 この数分後。やはり予想通りと言うべきか、ウィリアムの悲鳴が室内に響くのであった。

 

 ▽

 

「……なあ、ラウラ。これはいったいどういう状況なんだ?」

 

「私に訊かれても返答に困る」

 

 結局ババ抜きで惨敗を喫した俺は、一夏と約束していた時間が迫っていたこともあってラウラと共に部屋を出た。

 一夏の部屋はすぐ隣なのでどうということはないのだが、問題は今目の前にある異様な光景である。

 

「「「「……………」」」」

 

 一夏と織斑先生の部屋の前、その入り口の(ふすま)に張り付いている女子が4名。

 

「鈴? 箒にシャルロット、それにセシリアまで。揃いも揃って何してるんだ? 襖に耳なんかくっつけて」

 

「シッ!!」

 

 鈴がそう言うなり、クイクイッと人差し指を曲げて招いてくる。

 状況も分からないまま俺とラウラも耳を寄せると、ふと襖の向こうから声が聞こえた。

 

『千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?』

 

『そんなわけあるか、馬鹿者。――んっ! す、少しは加減しろ……』

 

『はいはい。んじゃあ、ここは……と』

 

『くあっ! そ、そこは……やめっ、つぅっ!!』

 

『すぐに良くなるって。だいぶ溜まってたみたいだし、ね』

 

『あぁぁっ!』

 

 …………えっ、これってもしかしてアレか? こんな旅館で堂々と!? いや、いやいやいやいや。まさかそんな。2人は姉弟だぞ!? これはきっと何かの間違いに決まってる!

 

『ほら、千冬姉。ここもこんなになってる』

 

『い、いちいち言わなくていい……。ふぐぅ……!』

 

『ははっ、じゃあ少し強めにいくよ』

 

『ま、待て――んはぁぁぁ!』

 

 お、おい、どんどん激しくなっていってないか……? と、その時だった。

 ミシッ……、と(ふすま)が嫌な音を立てる。

 不審に思って見てみると、聞き耳を立てることに集中しきっている女子5人が(なか)ば襖にもたれかかるような体勢になっていた。

 いくら質の良い材料を使用しているとはいえ、さすがにこれ以上は耐えられないだろう。

 

「お、おいっ! 早くそこから離れ――」

 

 言葉を言い終える前に、とうとう女子5人分の体重を支えきれなくなった襖が外れてズテーンッ! と、鈴達は室内に転がり込んでしまった。ちなみに俺は倒れる寸前で襖から離れて、今は廊下側の壁に張り付いて隠れている。

 

「何をしているか、馬鹿者どもが」

 

「は、はは……」

 

「ど、どうも」

 

「こ、こんばんは、織斑先生……」

 

「よ、夜風が気持ち良いですね教官……」

 

「さ……さようなら、織斑先生っ!!」

 

 脱兎の如く逃走開始――が、5人とも一瞬で捕獲された。

 

「盗み聞きとは感心しないが、ちょうどいい。入っていけ」

 

 よしよし、今のところ俺の存在は勘づかれてないようだ。このままバレない内に忍び足で部屋に帰還――

 

「ホーキンス、お前がいるのも分かっている。さっさと出て来い」

 

 ま、まだだ。先生は俺の姿を見たわけじゃない。つまりこれはブラフ! このままニンジャのように素早く静かに……。

 

「ほう、あくまで出て来ないつもりか。ならばもう1度『アレ』を喰らわせてやろうか」

 

 その言葉を聞いた途端に先月のトラウマが蘇った俺は、頭で考えるよりも先に手足が動き、敬礼しながら大慌てで部屋の前に立った。

 

「は、はいぃっ! 出ます出ます! すぐ出ます今すぐ出ます!」

 

 あ、『アレ』は、『アレ』だけは二度とごめんだ……!

 

「ウィル!? お前そんな所で何してたんだよ!?」

 

「まったく。始めからそうしろ、馬鹿者め」

 

「す、すみませんでした。だ、だから、『アレ』だけは……!」

 

「「「「「あぁ……」」」」」

 

 ガタガタと情け無く震える俺に、同情の念が籠った視線が向けられる。やめろ、そんな目で俺を見るな。

 

「はぁ、まあ良い。それよりこいつはマッサージが上手くてな。お前達も順番にやってもらえ」

 

「「「「「「…………え?」」」」」」

 

 マッサージ……?

 

「ん? お前達、間抜けなツラを晒してどうした? ……ああ、成程。まさか私がこいつと人前では言えないようなことをしているとでも思ったか?」

 

 はっはっはっ、と面白そうに笑う織斑先生。そんな彼女とは正反対に俺達は自分が勝手に変なことを妄想していたのが気恥ずかしくなって縮こまってしまう。

 

「じゃあ早速始めようか。セシリア、そこにうつ伏せになってくれ」

 

「わ、わたくしからですか?」

 

「そのためにここへ呼んだんだ。夕食の時の埋め合わせでマッサージをサービスしようと思ってな。でもセシリアって班部屋だろ? それじゃ落ち着かないだろうからさ」

 

 へぇ、一夏のやつセシリアとそんな約束を交わしてたのか。道理で夕食後のセシリアが上機嫌だったわけだ。

 

「重点的にして欲しいところはあるか?」

 

「お、お任せします……」

 

 目に見えて落ち込んだ様子のセシリア。そんな彼女の様子に気付くことなく、一夏のマッサージは始まった。

 

 

 

 

 

 

「一夏、マッサージはその辺でもういいだろう。お前はもう1度風呂に入ってこい」

 

「ん。ちょうど2人連続でマッサージして汗もかいたし、そうするよ」

 

 織斑先生の言葉に頷いた一夏は、バッグからタオルと着替えを取り出す。

 

「ホーキンス、お前も行ってこい。汗まみれだぞ」

 

 確かに今の俺は背中や額に汗が伝っている。だがしかし、これは暑いからではなく織斑先生に脅された時に噴き出た冷や汗なのは明白だ。

 とにもかくにも、汗で張り付いた服を着たまま寝るのは勘弁願いたいので、「分かりました」と返事をした俺はタオルと着替えを取りに部屋へ戻るのだった。

 

 ▽

 

「「「「「……………」」」」」

 

 ウィリアムと一夏が去り、室内に取り残された女子が5人。何をすればいいのか分からず、まさに借りてきた猫状態だ。

 

「おいおい、葬式か通夜か? いつものバカ騒ぎはどうした」

 

「い、いえ、その……」

 

「お、織斑先生とこうして話すのは、ええと……」

 

「は、初めてですし……」

 

「まったく、しょうがないな。私が飲み物を奢ってやろう。篠ノ之、何がいい?」

 

 いきなり名前を呼ばれて、箒はビクッと肩を(すく)ませる。言葉がすぐに出てこずに、困ってしまった。

 そうこうしていると千冬は旅館の備え付けの冷蔵庫を開け、中から清涼飲料水を5人分取り出していく。

 

「ほれ。ラムネとオレンジジュースとスポーツドリンクにコーヒー、紅茶だ。それぞれ他のがいい奴は各人で交換しろ」

 

 そう言われたものの、順番に箒・シャルロット・鈴・ラウラ・セシリアと受け取った全員が渡されたもので満足だったために交換会は開かれなかった。

 

「「「「「い、いただきます」」」」」

 

 全員が同じ言葉を口にして、そして次に飲み物を口にする。

 女子の喉がゴクリと動いたのを見て、千冬はニヤリと笑った。

 

「飲んだな?」

 

「は、はい?」

 

「た、確かに、いただきましたが……」

 

「な、何か入っていましたの!?」

 

「失礼なことを言うなバカめ。なに、ちょっとした口封じだ」

 

 そう言って千冬が新たに取り出したのは、星のマークがキラリと光る缶ビールだった。

 プシュッ! と景気の良い音を立てて飛沫と泡が飛び出す。それを唇で受け取って、そのまま千冬はゴクゴクと喉を鳴らした。

 

「……ぷはぁっ! さて、そろそろ肝心の話をするか」

 

 缶ビール片手にベッドへ腰掛けながら、千冬が続ける。

 

「お前ら、あいつらのどこが良いんだ?」

 

 あいつら、と言ってはいるが全員が誰と誰を指しているか分かっていた。一夏、そしてウィリアム――この2人しかいない。

 

「わ、私は別に……以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけですので」

 

 と、ラムネを傾けながら箒。

 

「あたしは、腐れ縁なだけだし……」

 

 スポーツドリンクのフチをなぞりながら、モゴモゴと言う鈴。

 

「わ、わたくしはクラス代表としてしっかりして欲しいだけです」

 

 紅茶のボトルを円を描くようにしながら揺するセシリアがそう答える。

 

「ふむ、そうか。ではそう一夏に伝えておこう」

 

 シレッとそんなことを言う千冬に、3人はギョッとしてから一斉に詰め寄った。

 

「「「言わなくていいです!」」」

 

 その様子をはっはっはっと笑い声で受け流して、千冬はまた缶ビールを傾ける。

 

「僕――あの、私は……優しいところ、です……」

 

 ポツリとそう言ったのはシャルロットで、声の小ささとは裏腹にそこには真摯な響きがあった。

 

「ほう。しかしなあ、あいつは誰にでも優しいぞ」

 

「そ、そうですね……。そこがちょっと、悔しいかなぁ」

 

 あははと照れ笑いをしながら、熱くなった頬をパタパタと扇ぐシャルロット。なんだかその様子が羨ましいのか悔しいのか、前述3名はジーっと押し黙ってシャルロットを見つめていた。

 

「まあ、無自覚たらしなのは置いといてだ。あいつは役に立つぞ。家事も料理もなかなかだし、マッサージだって上手い」

 

 そうだろ、オルコット? と話を振られたセシリアは赤い顔をして俯き、頷く。

 

「というわけで付き合える女は得だな。どうだ、欲しいか?」

 

 え!? と箒・鈴・セシリア・シャルロットが顔を上げ、声をハモらせた。

 

「「「「くれるんですか!?」」」」

 

「やるかバカ」

 

 ええ~……と心の中で突っ込む女子4名。

 

「女ならな、奪うくらいの気持ちで行かなくてどうする。自分を磨けよ、ガキども」

 

 実に楽しそうな表情でそう言いながら、2本目のビールを取り出した千冬。

 

「さて、最後はボーデヴィッヒだな」

 

 さっきから一言も発していないラウラは、いきなり千冬に話を振られてビクッと身を竦ませる。

 

「わ、私……ですか……?」

 

「お前はこいつらと違ってホーキンスにゾッコンのようだからな」

 

 ストレートにゾッコンという言葉を使われたラウラは、熟れたトマトのように顔を赤くしながらも言葉を紡ぎ始めた。

 

「か、格好いいところが、でしょうか……」

 

「それは見た目の話か?」

 

「いえ、もっと内面的なものです」

 

「そうか。だが、あいつには間の抜けた所があるぞ? 格好がつかないと言うべきか。空に上がっている時のあいつは確かに鋭さを持ち合わせているが、それ以外だとどうにも締まらない奴だ」

 

「そ、それでも。……それでも、ウィルは格好いいと思います」

 

 珍しく食ってかかるラウラに少し目を丸くした千冬は、そうかねぇ……と言いながら2本目のビールを空にする。

 

「まあ、お前がそう思うのならそれで良いだろう。せいぜい手離さんようにな」

 

「はい!」

 

 そう力強く返事をするラウラを前に千冬は慈愛に満ちた表情を浮かべるのであった。

 

 

 



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29話 緊急任務:銀の福音を撃墜せよ

 合宿2日目。今日は午前中から夜まで丸1日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われる。

 ちなみに専用ISは軍事機密の塊なので、専用機組は他の生徒達とは別れて作業することになる。

 

「さて、これで専用機持ちは全員集まったな」

 

 と、運動用のジャージを纏った織斑先生。彼女の言葉通りこの場には専用機持ちが全員集められている。……のだが、なぜか専用機を持っていないはずの箒の姿までもがそこにはあった。いったい、どういうことなのだろうか。

 

「織斑先生、彼女は専用機を持っていないはずでは?」

 

「ああ、それは――」

 

「ちーちゃ~~~~~~~ん!!!」

 

 ズドドドド……! と、砂煙を上げながら人影が走って来る。無茶苦茶速い。恐らくISか何かを着けているのだろうが、問題はその人影が――

 

「……束」

 

 昨日、事故とはいえ俺を(男として)殺しかけ、箒の説教を喰らっていた篠ノ之博士だということだ。

 

「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、ハグハグしよう! 愛を確か――め゛っ」

 

 飛び掛かってきた篠ノ之博士を片手で掴む織斑先生。しかも顔面。思いっきり指が食い込んでいた。うわぁ、超痛そう。というか絶対痛い。俺も喰らったことがあるからよく分かる。

 

「相変わらずやかましい奴だな、お前は」

 

「ぐぬぬぬっ、ちーちゃんこそ相変わらず容赦のないアイアンクローだね……あっ、ちーちゃん、ちょっと待って? 束さんの脳みそ飛び出ちゃう、なんかミシミシって音してる! モザイク必須になっちゃうよ! よい子の前でスプラッタなことになっちゃうから!」

 

「お、織斑先生、もうその辺で……」

 

「ふん、妹に感謝するんだな」

 

 箒に言われて、織斑先生は鼻を鳴らしながら手の力を緩める。

 

「あ゛あ゛~、死ぬかと思った。ありがとう箒ちゃん! その大きなおっぱいには優しさが詰まっているんだね!」

 

「先生、やっぱりそのままでお願いします」

 

「おう」

 

 メキメキメキ……

 

「うびゃああああ!!!」

 

 目の前で繰り広げられている3人のやり取りについて行けず、俺達はポカンと眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「ぐすん、ちーちゃんも箒ちゃんもひどい……」

 

「自業自得だ。それより自己紹介しろ。お前を知らん奴らがさっきから放心している」

 

 顔に赤い手形をつけたまま涙目になっている篠ノ之博士。しかし次の瞬間、彼女の目がキュピーンと光った。

 

「ふっふっふっ……。さあ、耳の穴をかっぽじってよーく聞くがいい! ISの生みの親にして稀代の天才! 篠ノ之 束とはこの私のことだよ! ぶいぶい!」

 

 そう言ってクルリと回ってから両手で(ブイ)サインを作る。突然のニューカマーに呆気にとられていた鈴、セシリア、シャロット、ラウラの4人も、やっとそこでこの目の前の人物がISの開発者にして天才科学者・篠ノ之 束だと気付いたらしく、驚きの表情を浮かべていた。

 

「それで束。ここに来たということは例の件か?」

 

「当たり! ということで、大空をご覧あれ!」

 

 ビシッと直上を指さす篠ノ之博士。その言葉に従って、全員が空を見上げる。

 

 ズズーンッ!

 

「うおっ!?」

 

 いきなり、いきなりである。激しい衝撃を伴って、何やら金属の塊が砂浜に落下してきた。

 銀色をしたそれは、次の瞬間正面らしき壁がバタリと倒れてその中身を俺達に見せる。そこにあったのは――

 

「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃんの専用機こと【紅椿(あかつばき)】! 束さんお手製の第4世代ISだよ!」

 

 真紅の装甲に身を包んだその機体は、篠ノ之博士の言葉に答えるかのようにクレーンアームによって外へ出てくる。

 新品のISだからだろうか、太陽の光を反射する赤い装甲がとても眩しい。――って、彼女さっきとんでもないこと言わなかったか? 第4世代って……世界各国はまだ第3世代の開発で頭を悩ませているんだぞ!?

 そう思ったのは恐らく俺だけじゃないはずだ。現に各国専用機持ちの面々はまるで葬式のようにシーンと静まり返っていた。

 この世代というものだが、まず第1世代が『ISの完成』を目標とした機体。次が『後付(あとづけ)武装による多様化』――これが第2世代。そして第3世代が『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』。空間圧作用兵器にBT兵器、あとはAICなど色々だ。……そして第4世代というのが『パッケージ換装を必要としない万能機』である。しかし、現在各国では第3世代の開発が主流であり、それもまだ完成には至っていないのが現状だ。ましてや第4世代など机上の空論もいいところなのだ。

 

「なっ……!? せ、専用機!? それに第4世代だなんて、そんないきなり……!」

 

「うん、まあサプライズのつもりだったからね。でもね箒ちゃん。束さんが専用機を作って持ってきたのには理由があるんだ」

 

「理由……?」

 

「うん。箒ちゃんはね、自分が思っている以上にいろんな組織から狙われているんだ。いつどこで襲われても不思議じゃない。相手は容赦してこない。だから、自分の身を守ってもらうためにも、この機体を受け取って欲しいんだ」

 

 諭すように告げる。つい先ほどまでのものとは正反対の真面目な声音だった。

 

「だとしても、これはやりすぎだバカ」

 

「にゃはは~、可愛い妹を思ってアレコレ付け足してたらつい……。でも反省も後悔もしてないっ!」

 

 キリッとした決め顔でそんなことを言う篠ノ之博士に頭が痛くなってきたのか、織斑先生はこめかみを押さえて溜め息をつく。

 アレコレ付け足してたら第4世代機が出来ちゃうのか……。うーん、なんだか俺まで頭が痛くなってきた。

 

「さっ、お話はここまでにして早速フィッティングとパーソナライズを始めよっか!」

 

 言うが早いか、篠ノ之博士はコンソールをいじって【紅椿】の装甲を開放し、装着するよう箒を促す。

 

「ということで、篠ノ之はこれからフィッティングとパーソナライズの作業に入る。お前達はそれぞれ送られてきた専用パーツのテストだ。解散!」

 

 パンパンッ! と織斑先生が手を叩き、俺達は解散して各々自分の作業を始める。えーっと、確か俺には新しい兵装が届いているんだったよな。

 目の前に鎮座しているコンテナの扉を開き、中身を確認する。

 

「これか」

 

 コンテナの中には件の新型兵装とその説明書が厳重に保管されていた。

 【バスター・イーグル】が持つミサイルよりも一回り大きいそれは、計4枚の制御翼と推力偏向ノズルを持っている。

  AIM-35『スカイバスター』レーダー誘導式空対空ミサイル。それが今日届いた装備の正式名称だ。

 説明を見るに、このミサイルは高い誘導性能と高威力の弾頭を持つ反面、1発あたりのコストが高価なため携行弾数が少数に限られており、やたら撃ちまくれないらしい。ここぞという時に使う必殺兵装といったところだろうか。

 専用パッケージともなればそれなりの時間を食うが、今回はミサイル数発だけなので十数分ほどあれば量子変換(インストール)は終了だ。

 

「よし、作業終了っと。あとはミサイルの運用テストだな」

 

 今日は何事もなく、1日を試験運用とデータ集めに費やして終わるかに思えた。――山田先生が血相を変えて走って来るまでは。

 

「たっ、た、大変です! お、おお、織斑先生!」

 

 いきなりの山田先生の声に、織斑先生は訝しげな表情を浮かべて向き直る。

 いつも慌てている山田先生だが、それにしても今回はその様子が尋常ではない。

 

「どうした?」

 

「こ、こっ、これをっ!」

 

 渡された小型端末の、その画面を見て織斑先生の表情が一気に曇る。

 

「特命任務レベルA、現時刻より対策を始められたし……」

 

「? ちーちゃん、どうかした?」

 

「これを見てみろ」

 

「っ、これって……」

 

 織斑先生から小型端末を手渡された篠ノ之博士までもが、あからさまに険しい表情へと変わる。

 

「山田先生、他の先生達にも連絡をお願いします」

 

「わ、分かりましたっ」

 

「頼んだ。――今日のテスト稼働は中止だ! 専用機持ちは全員集合しろ! それと束。お前の力も貸してくれ」

 

「分かった」

 

 先生達の様子からして事態がタダ事でないのは明白だ。

 

「(どうにも嫌な予感がする。何事も無ければ良いが……)」

 

「ウィル、何をしている。早く行くぞ」

 

「ああ、今行く」

 

 ラウラに呼ばれてそう短く返した俺は、得も言われぬ不安に駆られながらあとに続くのだった。

 

 ▽

 

「では、現状を説明する」

 

 旅館の最奥に設けられた宴会用の大座敷・風花(かざばな)の間では、俺達専用機持ち全員と教師陣、そして篠ノ之博士が集められていた。

 照明を落とした薄暗い室内には大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

 

「2時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第3世代型の軍用IS【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

 いきなりの説明に、一夏は面食らってポカンとしている。しかしまあ、この反応も頷けよう。軍用ISが暴走したという連絡をなぜ自分達にするのか。混乱するのも仕方ない。

 だが他のメンバー達は事態を理解しているようで、全員が全員、厳しい顔つきになっていた。

 俺や一夏、箒とは違う、正式な国家代表候補生なのだから、こういった有事に対する訓練も受けているのだろう。特に、ラウラの眼差しは真剣そのものだった。

 

「これをさらに束が調べた結果、このISは現在何者かのハッキングを受けているそうだ。それも、操縦者を乗せたままでな」

 

 俺達にそれを説明して、それでどうしろというのか。なんとなく予測できてしまうが、正直に言うと外れて欲しいのが本音だ。

 

「衛星による追跡で【福音】はここから10キロ先の空域を通過することが分かっている。時間にしてあと50分。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

 

 淡々と続ける織斑先生。その次の言葉は、やはりと言うべきものだった。

 

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の(かなめ)は専用機持ちに担当してもらう」

 

 つまりは、俺達専用機持ちに暴走した軍用ISを止めろという命令が下ったのだ。

 

「それでは作戦会議を始める。意見があるものは挙手するように」

 

「はい」

 

 早速、手を挙げたのはセシリアだった。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

「分かった。ただし、これらは2ヵ国の最重要軍事機密だ。けして口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも2年の監視がつけられる」

 

「了解しました」

 

 未だ状況が飲み込めずにいる一夏をおいて、俺達は開示されたデータを元に相談を始める。

 

広域殲滅(こういきせんめつ)を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃が行えるようですわね」

 

「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。しかも、スペックではあたしの【甲龍】を上回ってる……」

 

「この特殊装備が曲者って感じはするね。ちょうど本国から【リヴァイヴ】用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ」

 

「しかも、このデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルも分からん」

 

「それに、データと実物とでは大きく変わってくる可能性もある。先生、偵察は可能ですか?」

 

「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは1回が限界だろう」

 

「音速を出せるのか……」

 

「1回きりのチャンス……ということはやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 

 山田先生の言葉に、その場の全員の視線が一夏へと向けられる。

 

「え……?」

 

「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」

 

「それしかありませんわね。ただ、問題は――」

 

「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうから、移動をどうするか」

 

「しかも、目標に追いつける速度を出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」

 

「そうなると機体は――」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! お、俺が行くのか!?」

 

「「「「「当然」」」」」

 

 全員の声が重なる。この中で一撃必殺を狙えるのは一夏の【白式】が持つ零落白夜以外には無いのだ。

 

「織斑、これは訓練やルールに護られた試合ではない。軍用機を相手にする実戦だ。もし覚悟が無いなら、無理強いはしない」

 

 織斑先生にそう言われて、わずかに及び腰になっていた一夏は意を決した表情で口を開いた。

 

「やります。俺が、やってみせます」

 

「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せるのはどれだ?」

 

「それなら、ウィリアムくんの【バスター・イーグル】じゃないかな。最高速度なら断トツのはずだよ」

 

 と、織斑先生の言葉に篠ノ之博士が答える。

 

「ホーキンス、どうなんだ?」

 

「はい。専用のパッケージなどはありませんが、標準装備のままでも最高時速2,450キロまで出せます。博士の言う通り、この中では最速かと」

 

 パッケージとは単純な武器だけでなく、追加アーマーや増設スラスターなど装備一式を指し、その種類は実に豊富だ。中には専用機だけの機能特化専用パッケージ『オートクチュール』というのが存在するらしい。見たことは1度もないが。

 これを装備することで機体の性能と性質を大幅に変更し、様々な作戦が遂行可能になるというものだ。ちなみに、俺も含めて1年の専用機持ちは今のところ全員がセミカスタムの標準装備(デフォルト)である。

 

「ちなみに、織斑を現場まで運んで、かつ戦闘を行うとしたらどうだ?」

 

「彼を運ぶことは可能ですが、正直2人というのが心もとないですね。考えたくはありませんが、作戦が失敗した際のケースも考慮してあと1人は欲しい」

 

 そんな俺の言葉を聞いた織斑先生は、ふむ……と腕を組んで一考し、次にセシリアに視線を移した。

 

「オルコット、確かお前にはイギリスから強襲用高機動パッケージが届いていたな。どうだ?」

 

「現在量子変換(インストール)中ですが、まだ完了していません。少なくとも作戦の開始までには間に合わないかと……」

 

「そうか……」

 

「じゃあ箒ちゃんの【紅椿】を加えたらどうかな? 展開装甲を調整すれば速度はバッチリだよ」

 

「束、その調整に掛かる時間はどれくらいだ?」

 

「7分あれば余裕だね」

 

「よし。では本作戦では織斑・ホーキンス・篠ノ之の3名による追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は30分後。各員、直ちに準備にかかれ」

 

 パンッ、と織斑先生が手を叩く。それを皮切りに俺達は作戦の準備に取りかかるのであった。

 

 ▽

 

 時刻は午前11時30分。

 7月の空はこれでもかとばかりに晴れ渡り、容赦のない陽光が降り注いでいる。

 砂浜には俺、一夏、箒が並び立ち、1度目を合わせて頷いた。

 

「来い、【白式】」

 

「行くぞ、【紅椿】」

 

「やってやろうぜ、【バスター・イーグル】」

 

 全身が光の粒子に包まれ、ISアーマーが構成される。それと同時にパワーアシストによる力の充満を感じた。

 

「じゃあ、ウィル。よろしく頼む」

 

「あいよ。――ああ待て。背中側じゃなくて前に来てくれ。背負い式だとエアブレーキが展開できなくなる」

 

 作戦の性質上、エネルギー節約のため一夏の移動は全て俺が担うので、つまりは一夏を俺が抱きかかえる形になるのだ。

 

「……なんか変な感じだな」

 

「そいつはこっちの台詞だぜ。何が嬉しくて野郎を抱きかかえないといけないんだ?」

 

「おまっ……! そんなの俺だって同じだよ!」

 

「ほう、それを聞いてひと安心だ。いやー、良かった良かった」

 

「ウィル! お前、俺のことからかってるだろ!?」

 

 そんな一夏に「当たりだ。あとでコーラを奢ってやる」と言って笑いながら、俺はジェットエンジンを始動させた。

 

「(さて……)」

 

 チラリと、俺は先ほどから妙に落ち着きのない箒へと視線をやる。

 箒の専用機は、使い始めてからまだ半日も経っていない。いくら篠ノ之博士がフィッティングとパーソナライズをしたといっても、それはISの話であって操縦者の方はそうもいかない。それに、これが実戦だということもさらに拍車をかけている要因だろう。

 

《ウィル、箒のやつ……》

 

 一夏も箒の様子に気が付いたのか、プライベート・チャネルで声を掛けてくる。

 

《ああ、分かってる》

 

 そう短く返した俺は、続いて箒に話し掛けた。

 

「今日の晩メシには鯛飯ってのが出るらしいな」

 

「は? た、鯛飯……?」

 

 突拍子もない俺の発言に、当然ながら箒は困惑した表情を浮かべる。

 

「俺は鯛を食うこと自体初めてなんだが、今から楽しみでしょうがない。――だから、必ず勝って帰るぞ。それで夜には鯛飯パーティーだ!」

 

「お前、ほんと食い意地張ってるな」

 

「仕方ないだろ一夏。そもそも俺をこんな奴にしたのは日本料理だ。俺は悪くねえ」

 

「どんな理屈だよそりゃ……」

 

 言って、呆れたように溜め息を漏らす一夏。だが箒には効果があったようで、肩の力が抜けたのかさっきより幾分マシな顔つきになっていた。

 

「ふふっ、そうだな。私も楽しみになってきた」

 

「その調子だ。なんでも楽観的に行けとは言わんが、マイナス思考には陥るな。何かあっても一夏と俺がついているさ」

 

「ああ。少し気が楽になったよ、ありがとう」

 

「ユアウェルカムだ。さて、エンジンも温まってきた。一夏、しっかり掴まってろよ」

 

「おう。頼んだ」

 

 目の前の一夏に腕を回し、抱きかかえる形で固定する。

 

《織斑、ホーキンス、篠ノ之、聞こえるか?》

 

 ISのオープン・チャネルから織斑先生の声が聞こえる。

 

「こちらホーキンス、通信感度良好」

 

《よし。今回の作戦の(かなめ)一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短時間での決着を心掛けろ》

 

「イエス・ミス」

「了解」

「分かりました」

 

《では、始め!》

 

 ――作戦、開始。

 エンジン出力を引き上げた俺は、一夏を抱きかかえたまま上昇を開始した。

 やはり最高速度では優るものの加速力では他のISに劣るようで、箒がこちらの速度に合わせてくれている。

 さらに上昇を続ける俺は、一夏、箒とともに高度500メートルへと到達した。

 

「……レーダーコンタクト。反応は1機。間違いない、【銀の福音】だ」

 

 ヘッドギアの文字通り鼻先に搭載されたレーダーが目標ISの影を捉える。

 

「一夏、箒、攻撃アプローチに入るぞ」

 

 俺はそう言うなり【バスター・イーグル】をさらに加速させる。エンジンノズルがわずかに拡がり、そこから青白い炎を吐き出す。

 並進していた箒も【紅椿】の脚部及び背部の展開装甲をバカリと開け、そこから強力なエネルギーを噴出させた。

 

「(これが展開装甲……第4世代か……)」

 

 第4世代の展開装甲は攻撃・防御・機動の全てに対応できるらしい。まるで制空戦闘と対地攻撃の両方をこなす戦闘攻撃機(マルチロール機)みたいだな。

 

「見えたぞ、一夏、ウィリアム!」

 

「「!!」」

 

 ハイパーセンサーの視覚情報が自分の感覚のように目標を映し出す。

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】という名前だけあって全身が銀色をしている。

 そして何より異質なのが、頭部から生えた一対の巨大な翼だ。本体同様銀色に輝くそれは、資料によると大型スラスターと広域射撃武器を融合させた新型システムだそうだ。

 

「(資料にあった多方向同時射撃というのが引っ掛かるな。大型軍艦が放つ弾幕のようなものか?)」

 

 ――ともあれ、今は考えている暇はない。高速で飛行するそれを追いながら、俺は一夏を抱える腕を下に伸ばした。

 

「目標との接触まであと10秒。一夏、カウント3で離すぞ! 箒、援護を頼む!」

 

「「了解!」」

 

 エンジン出力をさらに増大させる。機体コンセプトに恥じぬ速度で【バスター・イーグル】は【銀の福音】との距離をグングン縮めて行く。

 

「行くぞ一夏! 3! 2! 1!」

 

「うおおおおっ!!」

 

 零落白夜が発動。それと同時に一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行って【銀の福音】との間合いを一気に詰める。

 

「(いけるか……!?)」

 

 光の刃が【銀の福音】に触れる、その瞬間。

 

「なんだとっ!?」

 

 福音は、なんと最高速度のまま反転、後退の姿となって身構えた。

 一夏と【福音】は互いに手が届くほどの距離だ。体勢を立て直すのは却って不利と悟ったのか、一夏はこのまま押し切ろうとする。

 しかし――

 

「敵機確認。迎撃モードへ移行。『銀の鐘(シルバー・ベル)』、稼働開始」

 

 オープン・チャネルから聞こえたのは抑揚のない機械音声。しかし、その声には明らかな『敵意』が籠められていた。

 

「ッ! 気を付けろ! 何か仕掛けて来るぞ!」

 

 猛烈に嫌な予感がして、俺は一夏に警告を発する。

 そして、その嫌な予感は数秒と経たず現実になった。

 グリンッと、いきなり【福音】が体を1回転させ、零落白夜の刃をわずか数ミリ単位で避ける。それは慣性制御機能(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)を標準搭載しているISであっても、かなり難度の高い操縦だ。

 

「くっ……! あの翼が急加速をしているのか!?」

 

「どうやらそのようだ。さすがは軍用といったところだなクソッタレめ……!」

 

 高出力の多方向推進装置(マルチスラスター)というのは他にも多く存在する。だがここまで精密な加速というのは見たことがない。そりゃ『重要軍事機密』なんていって隠したがるわけだ。

 

「一夏、もう1度攻撃を仕掛ける。箒は俺と一緒に一夏の援護だ!」

 

「おう!」

「任せろ!」

 

 とにかく時間を掛ければそれだけ状況はこちらの不利になる。一夏は再度【福音】へと斬り掛かり、俺と箒は【福音】の動作を妨げるように攻撃を仕掛ける――のだが……。

 

「こいつ……! ダメだ、ミサイルのロックどころか機銃の照準も合わせられん……!」

 

 俺も一夏も箒の攻撃さえも、ヒラリヒラリとまるで踊っているかのように紙一重の回避をされてしまう。

 

「くっ! このっ……!」

 

「一夏! よせ!」

 

 見事なまでに翻弄された一夏は、零落白夜の残り時間が迫っていることもあって、つい大振りの一太刀を浴びせようとしてしまう。

 そして、その大きな隙を見逃す【福音】ではなかった。

 

「!!」

 

 銀色の翼。スラスターでもあるそれの、装甲の一部がまるで翼を広げるかのように開く。

 

「(まずい! あれは――)」

 

 砲口だ。

 一斉に開いた砲口を一夏に向けるため、翼を()り出す【福音】。

 

「一夏――」

 

 回避しろ。その言葉を放つ前に無数の光の弾丸が一夏に対して撃ち出された。

 

「ぐぅっ!?」

 

 その弾丸は高密度に圧縮されたエネルギーで、羽のような形をしている。それが一夏のISアーマーに突き刺さった瞬間、一斉に爆ぜた。

 爆発するエネルギー弾。それが(【福音】)の主兵装らしい。そして問題は――

 

「(なんて発射レートだ……!)」

 

 その数と速度――すなわち連射力が無茶苦茶に速い。

 1発の狙いはそこまで高精度ではないが、何せあの炸裂弾だ。触れた瞬間、爆発で抉られる。それを無数に、それも高レートで放ってくるのだ。

 

「ここは同時攻撃を仕掛けよう。一夏、右へ。箒は左を頼む。俺は奴の上方から攻める」

 

「分かった!」

「了解した!」

 

 俺達は複雑な回避運動を行いながらも攻撃の手を休めない【福音】へと、3面攻撃を仕掛ける。

 ――だがしかし、俺と一夏と箒の攻撃は掠りもしない。福音はとにかく回避に特化した3次元的な動きで、その上で同時に反撃までしてくる。この特殊型のウイングスラスターは、その奇抜な見た目とは裏腹に相当高い実用性能を持つ代物だった。

 

「逃がさねえ!!」

 

 一夏からの横一閃。やはり【福音】は軽々とそれを回避するが、そこへ箒が二刀流で突撃と斬撃を交互に繰り返しながら追撃を加える。しかも、腕部展開装甲が開き、そこから発生したエネルギー刃が攻撃に合わせて自動で射出、【福音】を狙う。

 

「はああああっ!」

 

「(こっちの機体も十分化け物クラスだな……!)」

 

 箒の攻撃に押されて防御を使い始める【福音】に対して、俺は空対空ミサイル『スカイバスター』をロックオンする。

 

「フォックス3――」

 

 ミサイルの発射ボタンに置いた指に力を込める俺だったが、それよりも先に【福音】の全面反撃が待っていた。

 

「La……♪」

 

 甲高いマシンボイス。その刹那、ウイングスラスターはその全砲門を開いた。その数、36門。しかも全方位に向けての一斉射撃。

 

「やるなっ……! だが、押し切る!!」

 

「ミサイルがダメなら機銃だ!」

 

 箒が光弾の雨を紙一重でかわして迫撃(はくげき)し、俺はミサイルの発射を大人しく諦めて【福音】から距離を取りながら30ミリ機関砲の掃射を浴びせる。――ようやく隙が、できた。

 

「!」

 

 しかし、一夏は【福音】とは真逆の、直下の海面へと向かった。

 

「一夏!?」

 

「お前、何を……!?」

 

「うおおおおっ!!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)と零落白夜。その両方を最大出力で行い、1発の光弾に追い付いた一夏はそれを斬り飛ばす。

 

「何をしている!? せっかくのチャンスに――」

 

「船がいるんだ! 海上は先生達が封鎖したはずなのに!」

 

「何!?」

「船だと……?」

 

 俺は不審に思って一夏の先に視線をやる。そこには1隻のトロール漁船が航行していた。

 

「シット! 密漁船か!」

 

 犯罪者とはいえ一夏は見殺しにできなかったのだろう。

 だがしかし……。

 

 キュゥゥゥン……

 

 一夏の手の中で『雪片弐型』の光の刃が消える。……エネルギー切れだ。最大にして唯一のチャンスを失い、そして作戦の(かなめ)もたった今無くした。

 

「LaLa……♪」

 

「くっ……!」

 

 【福音】は今の状況を好機と捉えて再び攻撃を再開する。零落白夜が使えなくなり脅威度の低下した一夏はあと回しということなのだろう。攻撃は箒に集中していた。

 

「しまった……!?」

 

 福音から放たれる光弾が箒の腕に触れ、爆発する。その爆風で取り落としてしまった刀が空中で光の粒子となって消えたのを見て、俺はギクリとした。

 

「(まずい。今のは、具現化維持限界(リミット・ダウン)だ……!)」

 

 具現化維持限界――つまりそれは、エネルギー切れということだ。そして今ここは、IS学園のアリーナではない。実戦だ。

 

「箒ぃぃぃっ!!」

 

 一夏が刀を捨てて一直線に箒の元へと向かう。最後のエネルギー全てを使っての瞬時加速。

 

「クソッ!!」

 

 俺も最大推力であとを追うが、ダメだ。最高速度では優っていても、加速力がどうしても足りないっ……!!

 その間にも【福音】は一斉射撃モードへの移行を完了させ、その照準を全て箒に絞る。

 エネルギー切れのISアーマーは恐ろしく(もろ)い。それはISの世代に関係はないだろう。絶対防御分のエネルギーは確保していたとしても、あの連射攻撃をまともに喰らったらひとたまりもない。

 そして……………。

 

「ぐあああああっ!!」

 

 一夏が箒を庇うように抱きしめた瞬間、あの爆発光弾が一斉に彼の背中を焼いた。

 堪らず悲鳴を上げる一夏。エネルギーシールドで相殺し切れないほどの衝撃によって身体中に凄まじい痛みが走っているのは明白だった。

 

「一夏っ、一夏っ! 一夏ぁっ!!」

 

「ぅ……ぁ……」

 

 ズルリと海へ向けて力無く落ちて行く一夏。そんな彼を抱き留める箒の悲痛な叫びが響く。最悪だ……。

 

「……箒」

 

「ウィリアム! 一夏が! 一夏がぁ……!」

 

「箒」

 

「私のせいで、ああああっ……!」

 

「箒っ!!」

 

「……!?」

 

「……いいか、よく聞くんだ。お前は一夏を連れて旅館へ戻れ」

 

「お、お前はどうする気だ? まさか……!」

 

「構うな、早く行け! ――手遅れになる前に!」

 

「――! 分かった……!」

 

 気を失った一夏を抱えながら旅館に向かって遠ざかって行く箒。俺は一瞬だけその後ろ姿を見やったあと、【福音】に視線を戻した。

 

「まったく。ウチの国(アメリカ)もイスラエルも、とんでもない不祥事かましてくれたもんだ」

 

 こいつはあとで請求書を送らないとな。などと冗談を口にするが、内心では業火の如く怒りの感情が燃え上がっていた。

 

「とにもかくにも……」

 

 言いながらミサイルのシーカーで【福音】を捉える俺は、ギロリとそれを睨みつける。

 

「――まずはお前を叩き落としてからだ」

 

 俺と【福音】は、同時に飛び出した。

 

 



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30話 相棒

 箒と一夏の撤退を見送ったあと、俺は【銀の福音】と空戦を繰り広げていた。

 

「チッ、外れた……!」

 

 3次元に飛び回る【福音】に向けて放ったミサイルは命中することなく、白い尾を引きながら水飛沫と共に海面に突っ込む。

 

「La~……♪」

 

「!?」

 

 甲高いマシンボイスに乗せて、【福音】から猛烈な殺気が伝わる。ゾワリと悪寒がして、エンジン出力を下げつつ左に舵をきって【バスター・イーグル】を急旋回(ブレイク)させた直後、機体腹部を炸裂光弾が高速でかすめて行った。

 

「クソッ、手が届く距離だったぞ……!」

 

 だがこれで終わりではない。【福音】は180度反転して瞬時に俺の背後を取り、しつこく付いて回りながら光弾を撃ってくる。俺も負けじとエンジン出力を最大にして不規則な回避機動で【福音】の追撃をかわす。

 

「っ……!」

 

 ISや耐Gスーツが軽減してくれるとはいえ、高Gに長く晒され続けていた俺の意識は若干朦朧(もうろう)としてきていた。

 このまま逃げているだけでは、消耗している分こっちが不利になっていくだけだろう。

 

「なら!」

 

 俺は右への急旋回で光弾を回避し、そのままクルビット機動で勢い良く機体を回転させた。自身の真後ろを追っていた【福音】が今度は真正面に映る。

 そしてそれは30ミリ機関砲『ブッシュマスター』のレティクル内に一瞬だけ収まる。

 

「(――今だ!)」

 

 トリガーに掛けた人差し指に力を込めると『ブッシュマスター』の砲口から30ミリ砲弾が放たれ、それは【福音】の左脚部へ吸い込まれるようにして突き刺さった。

 脚に強烈な衝撃を受けた【福音】はバランスを崩す。

 ――が、お返しと言わんばかりに撃ち返してきた光弾の内1発が左のエアインテークに入り込み、エンジン内部で炸裂した。

 

 ボンッッ!!

 

「ぐぅっ……!?」

 

 ――左エンジンに被弾! 燃料の供給を遮断します! 自動消火装置作動!――

 

 焦燥感を煽る警告音と共に機体の自己診断装置からの情報が次々と表示される。

 そして最後に表示された警告文を見て、俺は顔を歪ませた。

 

 ――左エンジン停止――

 

 左エンジンが、死んだ。つまり今の【バスター・イーグル】は片肺状態ということだ。

 

Damn it!(畜生!)

 

 推力の大半を2基のジェットエンジンに頼っている【バスター・イーグル】が片肺となってしまえば、そこからどうなるかは言うまでもないだろう。

 戦闘機動はおろか、恐らく【福音】から逃げることも叶わないはずだ。

 もう既に【福音】は態勢を立て直し、銀色の翼――そこに開いた全36門の砲口をこちらに向けながら飛翔して来ている。この状態ではもう回避は無理だ。

 それならばと、俺も【福音】へと向き直り、『スカイバスター』をロックオンしながら残った右エンジンの出力を最大にして突っ込む。

 互いが互いに向き合った状態。ヘッドオンだ。

 

「(せめて、こいつに致命弾を……!)」

 

 スローモーションの世界で、俺は光弾が放たれるのを確実に視界で捉え、そしてミサイルの発射スイッチをカチリと押し込む。

 そして次の瞬間、俺は炸裂光弾の嵐に包まれた。

 

 ▽

 

「……………」

 

 旅館の一室。壁の時計は4時前を指している。

 ベッドで横たわる一夏は、もう3時間も目覚めないままだった。

 その傍らに控えている箒は、もうずっとこうして項垂れている。戦いの最中でリボンを失って垂れた髪が、まるで今の気持ちまでも表しているようだった。

 

「(私のせいだ……)」

 

 ISの防御機能を貫通して人体に届いた熱波に焼かれ、一夏の体の至る所に包帯が巻かれている。

 

「(あの時、私がもっとしっかりしていれば……!)」

 

 ギュウっとスカートを握り締める。その拳が白く血色を失うほどに、強く握り締めた。自らを戒めるかのように。

 

『作戦は失敗だ。以降、状況に変化があれば招集する。それまで各自現状待機しろ』

 

『織斑先生! ウィリアムは!? ウィリアムはどうなったのですか!?』

 

『……つい先ほどのことだ。――ホーキンスと【福音】両方の反応が消失した。現在、教員が捜索を行っている』

 

 残り少ないエネルギーを使ってなんとか旅館に帰り着いた箒を待っていたのは、さらなる追い討ちであった。千冬は一夏の手当てを指示して、すぐさま作戦室へと向かう。箒は、誰にも責められなかったことがまた一層辛かった。

 

「(私は……無力だ……)」

 

 無人機が襲撃して来た時も、自分の行動が裏目に出て却って一夏達を危険に晒した。

 ラウラのISが暴走した時も、自分はただ見ていることしかできなかった。

 そして今回も、自分のミスによって一夏は大怪我を負い、ウィリアムは行方不明となってしまった。

 

「(私がISを持ったところで……それならばいっそ……)」

 

 1つの決心をつけようとした時に、突然(ふすま)が乱暴に開け放たれる。

 バンッ! という音に一瞬驚いた箒だったが、その方向に視線を向ける気力はない。

 

「あーあー、分かりやすいわねぇ」

 

 遠慮なく入って来た女子は、項垂れたままの箒の隣までやってくる。

 その声は――鈴だった。

 

「……………」

 

「あのさあ」

 

 話し掛けてくる鈴に、しかし箒は答えない。答え、られない。

 

「一夏がこうなったのも、ウィルが行方不明になったのも、アンタのせいなんでしょ?」

 

「っ……!」

 

 ビクリ。顔を俯かせている箒の肩が小さく跳ねる。

 

「一夏はアンタのことを庇って。ウィルはアンタと一夏を逃がすために1人残ったきり帰って来ない」

 

「……………」

 

「で、落ち込んでますってポーズ? ――っざけんじゃないわよ!」

 

 突然烈火の如く怒りをあらわにした鈴は、項垂れたままだった箒の胸倉を掴んで無理矢理に立たせた。

 

「やるべきことがあるでしょうが! 今! 戦わなくて、どうすんのよ!」

 

「わ、私……は、もうISは……使わない……」

 

「ッ――!!」

 

 バシンッ!

 

 頬を打たれ、支えを失った箒は床に倒れる。

 そんな箒を再度鈴は締め上げるように振り向かせた。

 

「甘ったれてんじゃないわよ……! 専用機持ちっつーのはね、そんなワガママが許されるような立場じゃないのよ! 例えそれが望んでなろうが、望まずしてなろうがね! 一夏もウィルも! それを分かった上で戦ったんでしょうが!! それともアンタは――」

 

 鈴の瞳が、箒の瞳を直視する。

 そこにあるのは真っ直ぐな闘志。怒りにも似た、赤い感情。

 

「戦うべきに戦えない、臆病者なの!?」

 

 その言葉で箒の瞳、その奥底の闘志に火がついた。

 

「――ど……」

 

 口から漏れたか細い言葉は、すぐさま怒りを纏って強く大きなものへと変わる。

 

「どうしろと言うんだ! もう敵の居所も分からない! 戦えるなら、私だって……私だって戦う!!」

 

 やっと自分の意志で立ち上がった箒を見て、鈴はふぅっと溜め息をついた。

 

「やっとやる気になったわね。……あーあ、めんどくさかった」

 

「な、なに?」

 

「場所なら分かるわ。今ラウラが――」

 

 言葉の途中でちょうど襖が開く。そこに立っていたのは、真っ黒な軍服に身を包んだラウラだった。

 

「出たぞ。ここから30キロ離れた沖合上空に目標を確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないようだ。衛星による目視で発見した」

 

 ブック端末を片手に部屋に入ってくるラウラを、鈴はニヤリとした顔で迎える。

 

「さすがドイツ軍特殊部隊。やるわね」

 

「ふん……。お前の方はどうなんだ。準備はできているのか」

 

「当然。【甲龍】の攻撃特化パッケージはインストール済みよ。シャルロットとセシリアの方こそどうなのよ」

 

「ああ、それなら――」

 

 ラウラが襖の方へと視線をやる。そして、それはすぐに開かれた。

 

「完了済みですわ」

 

「準備オッケーだよ。いつでも行ける」

 

 専用機持ちが全員揃うと、それぞれが箒へと視線を向けた。

 

「で、アンタはどうするの?」

 

「私……私は――」

 

 ギュウッと拳を握り締める箒。それはさっきまでの後悔とは違う、決意の表れだった。

 

「戦う……戦って、勝つ! 今度こそ、負けはしない!」

 

「決まりね」

 

 ふふんと腕を組み、鈴は不敵に笑う。

 

「ステルスモードで静止しているということは、恐らく【福音】は自己修復を行っているのだろう」

 

 端末の画像をズームさせながらラウラは告げる。

 

「ウィルがあいつにダメージを負わせたってことね……」

 

「……………」

 

 鈴の言葉に、ラウラはわずかに視線を落とした。

 

「大丈夫よ。あいつのことだから、きっと無事でいるわ。アンタが認めた『嫁』なんでしょ? だったらアンタが信じてあげなさいよ」

 

「ああ。私の嫁がそう簡単にやられるはずはない。ウィルが作ってくれたチャンスを無駄にしないためにも、必ず成功させるぞ」

 

「じゃあ、作戦会議よ。今度こそ確実に墜とすわ」

 

 ▽

 

「(ここはいったい……?)」

 

 ふと目を覚ますと、俺はだだっ広い滑走路の真ん中に立っていた。アスファルトで埋め尽くされた路面はどこまでも続き、ずっと奥の方は陽炎(かげろう)でぼやけている。

 何気なく見上げた空は透き通るような青色をしていた。

 

「(俺はあの時、【福音】に『スカイバスター』を発射して……)」

 

 発射したミサイルは2発。それらは確実に命中したはずだ。それと引き換えに俺も光弾の直撃を浴びたが。

 そのあとのことは覚えていない。気が付けば、なぜかIS学園の制服を着てここに立っていたのだ。真下には大海が広がっていたはずなのに、俺はいつの間に……。

 

 ――ギュンッ!! ゴオォォォォ…………!

 

「!?」

 

 いきなりだった。

 いきなり陽炎の中から『何か』が現れ、俺の頭上を高速で通過して行く。遅れて、俺はその『何か』を追って後ろを振り返る。

 

「やっと気付いたか」

 

 男が、そこにいた。

 陽光に照らされるアスファルト、両手を腰に当てて、ニヤリとした表情で立ちながら俺を見据えている。

 上下を深緑のフライトスーツで包み、両足には光を鈍く反射している黒いフライトブーツ。

 

「よう相棒。まだ生きてるか?」

 

 男の口が開き、俺の耳はその言葉を確かに捉えた。

 

 ▽

 

「……………」

 

 海上400メートル。そこで静止していた【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】は、まるで胎児のような格好でうずくまっている。

 膝を抱くように丸めた体を、守るように頭部から伸びた翼が包む。

 

 ――?

 

 不意に、【福音】が顔を上げる。

 次の瞬間、超音速で飛来した砲弾が頭部を直撃、大爆発を起こした。

 

「初弾命中。続けて砲撃を行う!」

 

 5キロ離れた場所に浮かんでいるIS【シュヴァルツェア・レーゲン】とラウラは、【福音】が反撃に移るよりも早く次弾を発射した。

 その姿は通常装備と大きく異なり、80口径レールカノン『ブリッツ』を2門、左右それぞれの肩に装着している。

 さらに遠距離からの砲撃・狙撃に対する備えとして、4枚の物理シールドが左右と正面を守っていた。

 これが、砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を装備した【シュヴァルツェア・レーゲン】であった。

 

「(敵機接近まで……4000……3000――くっ! 予想よりも速い!)」

 

 あっという間に距離が1000メートルを切り、福音がラウラへと迫る。

 その間もずっと砲撃を行っているものの、福音はヒラリヒラリとかわしながらラウラへ接近していた。

 

「チィッ!」

 

 砲戦仕様はその反動相殺のために機動との両立が難しい。

 対して、機動力に特化している【福音】は300メートル地点からさらに急加速を行い、ラウラへと右手を伸ばす。

 ――避けられない!

 しかし、ラウラはニヤリと口元を歪めた。

 

「――セシリア!!」

 

 伸ばした腕が突然上空から垂直に降りてきた機体によって弾かれる。

 青一色の機体――【ブルー・ティアーズ】によるステルスモードからの強襲だった。

 6機のビットは通常と異なり、その全てがスカート状の腰部に接続されている。しかも、砲口は塞がれており、スラスターとして用いられている。

 さらに手にしている大型BTレーザーライフル『スターダスト・シューター』はその全長が2メートル以上まあり、ビットを機動力に回している分の火力を補っていた。

 強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備しているセシリアは、時速500キロを超える速度下での反応を補うため、バイザー状の超高感度ハイパーセンサー『ブリリアント・クリアランス』を頭部に装着している。そこから送られてくる情報を元に最高速からいきなり反転、【福音】を捉えて撃った。

 

『敵機Bを認識。排除行動へ移る』

 

「遅いよ」

 

 セシリアの射撃を避ける【福音】を、真後ろから別の機体が襲う。

 それは先刻の突撃時にセシリアの背中に乗っていた、ステルスモードのシャルロットだった。

 ショットガン2丁による近接射撃を諸に浴び、【福音】は姿勢を崩す。

 しかしそれも一瞬のことで、すぐさま3機目の敵機に対して『銀の鐘(シルバー・ベル)』による反撃を開始した。

 

「おっと。悪いけど、この『ガーデン・カーテン』はそのくらいじゃ落ちないよ」

 

【リヴァイヴ】専用防御パッケージは、実体シールドとエネルギーシールドの両方によって【福音】の弾雨を防ぐ。そのシルエットはノーマルの【リヴァイヴ】に近く、2枚の実体シールドと同じく2枚のエネルギーシールドがまるでカーテンのように全面を遮っていた。

 防御の間もシャルロットは得意の『高速切替(ラピッド・スイッチ)』によって瞬時にアサルトカノンを呼び出し、タイミングを計って反撃を開始する。

 加えて、高速機動射撃を行うセシリアと、距離を置いての砲撃を再開するラウラ。3方向からの激しい攻撃に、【福音】は徐々に消耗を始める。

 

『……優先順位を変更。現空域からの離脱を最優先に』

 

 全方向にエネルギー弾を放った【福音】は、次の瞬間に全スラスターを開いて強行突破を計る。

 

「させるかぁっ!!」

 

 海面が膨れ上がり、爆ぜる。

 飛び出してきたのは真紅のIS【紅椿】と、その背中に乗った【甲龍】であった。

 

「離脱する前に叩き落とす!」

 

【福音】へと突撃する【紅椿】。その背中から飛び降りた鈴は、機能増幅パッケージ『崩山』を戦闘状態に移行させる。

 両肩の衝撃砲が開くのに合わせて、増設された2つの砲口がその姿を現す。計4門の衝撃砲が一斉に火を噴いた。

 

『!!』

 

 肉薄していた【紅椿】が瞬時に離脱し、その後ろから衝撃砲による弾丸が一斉に降り注ぐ。しかしそれはいつもの不可視の弾丸ではなく、赤い炎を纏っている。しかも、【福音】に勝るとも劣らない弾雨。増設された衝撃砲――言わば、『熱殻(ねつかく)拡散衝撃砲』と呼ぶべきものだった。

 

「やりましたの!?」

 

「――まだよ!」

 

『拡散衝撃砲』の直撃を受けてなお、福音はその機能を停止させてはいなかった。

 

『『銀の鐘(シルバー・ベル)』最大稼働――開始』

 

 両腕を左右いっぱいに広げ、さらに翼も自身から見て外側へと向ける。――刹那、眩いほどの光が爆ぜ、エネルギー弾の一斉射撃が始まった。

 

「くっ!!」

 

「箒! 僕の後ろに!」

 

 前回の失敗を踏まえて、箒の『紅椿』は機能限定状態にある。展開装甲を多用したことから起きたエネルギー切れを防ぐため、現在は防御時にも自発作動しないように設定し直したのだ。

 もちろん、そう設定し直したのは、防御をシャルロットに任せられるからこそである。集団戦闘の利点を最大限に生かした役割分担であった。

 

「それにしても……これはちょっと、キツいね」

 

 防御専用パッケージであっても、【福音】の異常な連射を立て続けに受けることはやはり危うかった。

 そうこうしている間にも物理シールドが1枚、完全に破壊される。

 

「ラウラ! セシリア! お願い!」

 

「言われずとも!」

 

「お任せになって!」

 

 後退するシャルロットと入れ替わりにラウラとセシリアがそれぞれ左右から射撃を始める。セシリアは高機動性を生かした移動射撃を、ラウラは砲戦仕様による交互連射を行う。

 

「足が止まればこっちのもんよ!」

 

 そして直下からの鈴の突撃。『双天牙月(そうてんがげつ)』による斬撃のあと、至近距離からの『拡散衝撃砲』を浴びせる。――狙いは、頭部に接続されたマルチスラスター『銀の鐘(シルバー・ベル)』だ。

 

「もらったあああっ!!」

 

 エネルギー弾を全身に浴びてもなお、鈴の斬撃が止まることはない。

 同じく『拡散衝撃砲』の弾雨を降らせ、互いにダメージを受けながら、ついにその斬撃が【福音】の片翼を奪った。

 

「はっ、はっ……! どうよ――ぐっ!?」

 

 片翼だけになりながら、それでも【福音】は1度崩した姿勢をすぐに立て直し、鈴の左腕へと回し蹴りを叩き込む。脚部スラスターで加速されたそれは、一撃で鈴のアーマーを破壊し、海へと墜とした。

 

「鈴! おのれっ――!!」

 

 箒は両手に刀を持ち、【福音】へ斬りかかる。

 その急加速に一瞬反応が鈍った【福音】の、その右肩へと刃が食い込んだ。

 

「(獲った――!!)」

 

 そう思った刹那、【福音】は信じられないことに左右両方の刃を掌で握り締める。

 

「なっ!?」

 

 刀身から放出されるエネルギーに装甲が焼き切れるが、お構い無しに【福音】は両腕を最大にまで広げる。

 刀に引っ張られ、箒が両手を広げた無防備な状態を晒す。そして、そこに残ったもう片方の翼が砲口を開放して待っていた。

 

「箒! 武器を捨てて緊急回避しろ!」

 

 しかし、箒は武器を手放さない。

 エネルギー弾がチャージされ、そしてそれが箒に向けて放たれる寸前に、グルンッと【紅椿】は1回転をする。その瞬間、爪先の展開装甲が開き、エネルギー刃を形成する。

 

「たああああああっ!!」

 

 かかと落としのような格好で、エネルギー刃の斬撃が決まる。

 ついに両方の翼を失った【福音】は、崩れるように海面へと墜落して行った。

 

「はっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

「無事か!?」

 

 珍しくラウラの慌てた声を聞きながら、箒は乱れた呼吸をゆっくりと落ち着けていく。

 

「私は……大丈夫だ。それより【福音】は――」

 

「私達の勝利だ」と誰かが言おうとしたその瞬間、海面が強烈な光の(たま)によって吹き飛んだ。

 

「「「「「!?」」」」」

 

 球状に蒸発した海は、まるでそこだけ時間が止まっているかのように陥没したままだった。その中心、青い雷を纏った【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】が自らを抱くかのようにうずくまっている。

 

「これは……!? いったい何が起きているんだ……!?」

 

「ッ!? まずい! これは――『第2形態移行(セカンド・シフト)』だ!」

 

 ラウラがそう叫んだ瞬間、まるでその声に反応したかのように【福音】が顔を向ける。

 無機質なバイザーに覆われた顔からは何の表情も読み取れない。しかし、そこに確かな『敵意』を感じて、各ISは操縦者へと警告を飛ばす。

 だが――その時には遅かった

 

『キアアアアアアア……!!』

 

 まるで獣の咆哮のような声を発し、【福音】はラウラへと飛びかかる。

 

「なにっ!?」

 

 あまりに速いその動きに反応できず、ラウラは足を掴まれる。

 そして、頭部から、ゆっくり、ゆっくりと、まるで蝶がサナギから(かえ)るかの如くエネルギーの翼が生えた。

 

「ラウラを離せぇっ!」

 

 シャルロットはすぐさま武装を切り替えて近接ブレードによる突撃を行う。

 しかし、その刃は空いた方の手で易々と受け止められてしまった。

 

「よせ! 逃げろ! こいつは――」

 

 その言葉は最後まで続かず、ラウラはその眩いほどの輝きを放つエネルギーの翼に包まれる。

 刹那、あのエネルギー弾雨をゼロ距離で喰らい、全身をズタズタにされたラウラは、そのまま放り投げられた。

 

「ラウラ! よくもっ……!」

 

 ブレードを捨て、シャルロットはショットガンを呼び出す。【福音】の顔面へと銃口を当て、引き金を引いた。

 

 ドンッ!!

 

 しかし、その爆音はショットガンのものではなかった。

 胸部から、腹部から、背部から、装甲がまるで卵の殻のようにひび割れ、小型のエネルギー翼が生えてくる。それによるエネルギー弾の迎撃がショットガンを吹き飛ばし、シャルロットの体をも吹き飛ばした。

 

「な、何ですの!? この性能……軍用とはいえ、あまりに異常な――」

 

 再び高機動による射撃を行おうとしていたセシリアの、その眼前に【福音】が迫る。『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』――それも、両手両足の計4ヵ所同時着火による爆発的加速だった。

 

「くっ!?」

 

 長大な銃は取り回しが悪く、接近戦に持ち込まれると弱い。距離を置いて銃口を上げようとするが、その砲身を真横に蹴られてしまう。

 そして、次の瞬間には両翼からの一斉射撃。反撃を一切許されず、セシリアは蒼海へと沈められた。

 

「私の仲間を――よくも!」

 

 急加速によって接近した箒は、続けざまに斬撃を放ち続ける。

 展開装甲を局所的に用いたアクロバットで敵機の攻撃を回避、それと同時に不安定な格好からの斬撃をブーストによって加速させる。

 互いに回避と攻撃を繰り返しながらの格闘戦。徐々に出力を上げていく【紅椿】に、わずかに【福音】が押され始める。

 

「(これなら、いけるっ――!)」

 

 必殺の確信を持って、2刀の片割れ『雨月(あまづき)』の打突を放つ。しかし――

 

 キュゥゥゥン……。

 

「なっ! また、エネルギー切れだと!? ――ぐあっ!」

 

 その隙を見逃さず、【福音】の右腕が箒の首を捕まえる。

 そして、ゆっくりとその翼が箒を包み込んでいくのであった。

 

 ▽

 

「……相棒だと? いったいなんのことだ?」

 

 眉を寄せて男に聞き返す。

 俺に目の前の人物のような知り合いはいない。だが確かに彼は俺を『相棒』と呼んだ。それに、初対面であるはずなのに、どこか懐かしい感覚がする。

 

「あー……まあしゃあねえか」

 

 男は一瞬キョトンとしたあと、苦笑いを浮かべながら言って、今度はポケットから1つのワッペンを取り出した。

 

「こいつに見覚えがあるはずだぜ?」

 

「なっ……!?」

 

 俺はそのワッペンを見て、言葉を失った。

 その分厚い生地に刺繍(ししゅう)されていたのは、翼を大きく広げた猛禽(もうきん)が右足で機銃を、左足でミサイルを掴んでいるシルエット。間違えるはずがない。これは――

 

「ウォーバード隊の部隊章……!!?」

 

 開けっ放しの口を閉じるのも忘れてワッペンを凝視する俺に、男はさらに言葉を続けた。

 

「機体製造番号489番」

 

 この一言によって俺の頭の中が一気にクリアになった。

 

「お前、まさか……!?」

 

「おうとも! 俺が、【バスター・イーグル】だ。初めましてと言うべきか? ウィリアム・ホーキンス。いや――『アクーラ』」

 

 まさか……。いや、そんなっ……!

 

「あん時はツイてなかったなあ。まさか流れミサイル()が俺の鼻先でドカンッ! とは……」

 

 それは俺しか知らないはずの出来事だ。ということは、つまりこいつは……。

 

あの(・・)【バスター・イーグル】なのか?」

 

「ああ。その(・・)【バスター・イーグル】で間違いないぜ。にしても驚いた。あん時は墜落しちまったと思ったのに、気が付きゃ『インフィニット・ストラトス』とかいうのになってるんだからよ」

 

 そりゃあ驚きもするだろうな。俺だって死んだはずが乳幼児になって目覚めたんだから。

 

「さて……」

 

 男――改め【バスター・イーグル】はしばらくカラカラと笑ったあと、表情を引き締めて再度口を開いた。

 

「相棒、お前をここに呼んだのには理由がある。聞きたいことがあってな」

 

「聞きたいこと?」

 

「そうだ。で、その内容なんだが……、もしここに『力』があるとしてだ。――欲しいか?」

 

「随分といきなりだな……。しかしまあ、あるのなら欲しいな」

 

「ほう。そりゃなんでだ?」

 

 その質問に俺は少しの間「んー」と唸る。

 

「守るため……だな」

 

「守るため?」

 

「ああ。どこの国でも、どこの世界でも道理のない暴力は必ずある。その暴力で関係のない人が巻き添えを喰らう。これほどふざけた話はないだろう。俺はそういうものから、1人でも多くを守りたいと思う」

 

「それはあの人(・・・)の影響か?」

 

「……だろうな。だが俺はあの人のおかげで変われた。その時に言われた言葉は一生忘れん」

 

「そうか……」

 

【バスター・イーグル】は、満足したような表情で静かに頷いた。

 

「だったら、さっさと行かねえとな」

 

 彼がそう言ってまた不敵な笑みを浮かべると同時に、辺りに変化が訪れた。

 

「な、なんだ?」

 

 ――空が、世界が、眩いほどに輝きを放ち始める。真っ白な光が辺りを包んでいき、目の前の光景が徐々にぼやけていくのを感じる。

 

 

 

「また一緒に飛べて嬉しいぜ、相棒」

 

 視界が完全に白へと染まり切る刹那、【バスター・イーグル】のそんな言葉が響いたのだった。

 

 



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31話 戦鳥(ウォーバード)

「(これまで……なのか……)」

 

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】の『銀の鐘(シルバー・ベル)』によって全身をズタズタにされたラウラ。海面へと真っ逆さまに落ちて行く彼女の頭の中に、ふと1つのことが浮かんだ。

 

 ――会いたい。

 

 ――ウィルに会いたい。今すぐにでも会いたい。

 

 ――ウィルの声が、聞きたい。

 

「ウィ、ル……」

 

 薄れゆく意識の中で、知らず知らずのうちに口からは自らの(おも)い人の、その愛称を呼ぶ声が出ていた。

 と、次の瞬間――。

 

 ガクンッ

 

「……え?」

 

 突然の衝撃にラウラの意識は引き戻される。しかし衝撃と言っても強烈なものではなく、まるで全身を優しく抱き留められたような、そんな感覚だった。

 そして、下方へ垂直に落下していたはずの景色が、今度は左から右へと高速で流れていく。

 

「(いったい何が――)」

 

 キィィィィン……!!

 

 耳をつんざくような甲高い轟音。ISの聴力保護機能が無ければ思わず耳を塞ぎたくなるほどのそれは、しかしラウラにとって聞き慣れた音だった。

 

「(これは……この音は……)」

 

 ゆっくりと顔を上げて視界に入ったのは、鋭い歯が並ぶ大きく裂けた口と正面を睨み付けるような瞳のノーズアート。

 ――間違いない。

 

「遅れてスマン。これでもかなり飛ばして来たんだ」

 

「ウィル……!」

 

 ジェットの轟音を引き連れてやって来たのはラウラが会いたいと願い続けた人物、【バスター・イーグル】第2形態・『ウォーバード』を纏ったウィリアムだった。

 

 ▽

 

「か、体はっ!? ど、どこか怪我はしてないかっ……!?」

 

 慌てた様子のラウラに、俺はヘッドギアで表情を見せることはできないが笑って答える。

 

「おう。この通りピンピンしてるぞ。機体が頑丈な構造をしていたおかげだな」

 

「よかった……無事で、本当にっ……」

 

「ははは。心配かけたな」

 

「まったくだ、馬鹿者っ! 私がっ、どれだけ心配したとっ……!」

 

 グシグシと目元を拭うラウラに叱られて、俺は苦笑を浮かべた。

 

「悪かったよ。俺はもう大丈夫だ。それと、もうじき一夏も来るぞ」

 

 そう言ってニヤリと笑いながら、俺は視線をレーダーから【福音】へと移す。

 

『!?』

 

 突然、【福音】は箒を掴んでいた手を離す。そして次の瞬間、真横からの荷電粒子砲による狙撃を受けて吹き飛ばされた。

 

「俺の仲間は、誰1人としてやらせねえ!!」

 

 現れたのは、白く輝きを放つ機体。【白式】第2形態・『雪羅(せつら)』を纏う一夏の姿が、そこにあった。

 

「さぁて、決着をつけないとな」

 

 付近に点在する小島の砂浜にラウラを降ろして、また飛び立とうとする。

 

「ま、待てウィル。その姿……第2形態移行(セカンド・シフト)を……!?」

 

「ん? ああ……」

 

 ラウラに言われて、俺は自分の今の姿を確認してみることにした。

 以前までの流線型の機体形状は鋭角的なものへと変わり、垂直尾翼にも傾斜が設けられている。まるでステルス機のような――というより、ステルス機を意識しているのだろう。

 そして現在の武装だが、機銃とハードポイントが機体表面から全て消えていた(・・・・・・・・・・・・・)

 不思議に思いながら『ブッシュマスター』のトリガーに指を掛ける。すると、ガコッと音を立てて細長い六角形のカバーが開き、砲身が露出した。

 もしかしてと思ってミサイルシステムを起動すると、左右のエアインテーク下面が縦に割れ、ミサイルを搭載した4連式のロータリーランチャー(回転式発射器)が顔を覗かせる。

 その他にも主翼根に三角形の膨らみ――小型ウェポンベイ――が配されていて、ここにもミサイルが格納されていた。

 機体サイズが少し大きくなっているが、これは武装の内蔵化が理由だろう。

 

「これが第2形態移行か……。どうやら相棒が力を貸してくれているらしい。ということで、ちょっと行ってくる」

 

 言うなり、俺はエンジン出力を上げて浮上する。

 

「ウィル!」

 

 瞳に未だ不安の色を残しながら呼び止めてくるラウラに、俺はフッと笑って右手をサムズアップして見せた。

 

「必ず帰る。約束だ」

 

「っ! ああ! 必ずだぞ!」

 

 ラウラの言葉に深く頷いてから、俺は一夏と箒の元へと飛翔して行く。

 

 

 

 

 

 

「え? このリボンは……?」

 

「今日は7月7日だろ。誕生日おめでとう、箒」

 

 2人の元へ向かっていると、そんな会話が聞こえてきた。こんな所でイチャつくとは。まったく……。

 

「あー、もしもしお2人さん。こんなことを言ったら誰かに空気読めよと言われそうだが、ラブコメはあとにしないか?」

 

 こういうのは邪魔したら馬に蹴り殺されそうだが、その前に【福音】に殺されちまうぞ。

 

「ら、ラブっ……!?」

 

「何言ってんだよウィル。誕生日プレゼント渡してただけだって」

 

 そんな激甘な雰囲気漂わせておいてよく言うぜ、この唐変木め。

 

「まあ良い。それより、ペイバックタイムと行くぞ」

 

「おう! 今度こそ終わらせようぜ!」

 

 言うが早いか、一夏はこちらに向かって来ていた【福音】へと急加速、正面から斬りかかる。

 それをヒラリと仰け反ってかわした【福音】を、今度は俺が真横から機銃で攻めた。

 

「こっちにもいるのを忘れるなよ」

 

【バスター・イーグル】のステルス化による恩恵なのか、俺の存在に気付くのが遅れた【福音】は30ミリ砲弾の直撃を浴びて大きく姿勢を崩す。

 

「逃がさねえ!」

 

 姿勢が崩れた【福音】を待っていたのは、一夏の左手に新設された兵器『雪羅』から伸びるエネルギー状のクローだった。

 1メートル以上に伸びたクローが福音の装甲を斬る。シールドエネルギーに阻まれはしたが、その一撃は確実に【福音】に届いていた。

 

『敵機の情報を更新。攻撃レベルAで対処する』

 

 エネルギー翼を大きく広げ、さらに胴体から生えた翼を伸ばす。そして一夏から距離を取ったあと、【福音】の掃射反撃が始まった。

 

「そう何度も喰らうかよ!」

 

 一夏はそれを避けようとはせず、左手を構えて前へと飛ぶ。

 あいつ、自分から突っ込んで何を……!? と、一夏の正気を疑う俺だったが、次の瞬間、左腕の『雪羅』が変形。それから光の膜が広がって、【福音】の弾雨を文字通り消した。

 

「エネルギーを打ち消したのか……?」

 

 エネルギーを打ち消すといえば、零落白夜も同じ特性を持っていたはずだ。言うなれば、今のは零落白夜のシールド(・・・・・・・・・)

 そして、【福音】には実弾兵器が搭載されておらず、武装は全てエネルギー兵器のみなのは、カタログスペックで確認済みだ。つまり、エネルギー兵器で武装を固めている【福音】相手にかなり有利に立ち回れる。

 だが問題はエネルギーの消耗率だ。零落白夜と同じ原理だとすれば、ただでさえ燃費の悪い【白式】にこれを連発させるわけにはいかない。

 

「一夏、今のエネルギー残量は?」

 

「残り70を切った! やっぱり燃費だけは――!」

 

 と、そこへ話を遮って【福音】の反撃が一夏を襲う。かろうじて回避に成功するが、直撃すれば初戦の二の舞になるのは確かだ。

 

「(もう目の前で仲間がやられるのを見るのはゴメンだ……!!)」

 

 俺は『ブッシュマスター』を撃ちながら【福音】へと急接近した。

 

『攻撃優先順位を変更。目標を撃墜する』

 

「はっ、やってみろ! 初戦のお返しをしてやる!」

 

 機械音声を告げて追撃してくる【福音】に対して挑発的な言葉を返す。

 今度はもう墜とされはしない。仲間を守るために。そして、ラウラとの約束を守るために!

 

「ウィル! くぅっ、ついて行けねえ……!」

 

「一夏! こいつは俺が大人しくさせる! お前はトドメを頼んだ!」

 

 なんとか援護に入ろうとする一夏を置いて、激しい機動を繰り返しながら俺と【福音】はぶつかり合う。

 

「ま、だ……まだぁっ!!」

 

 光弾をバレルロールで回避した俺は、体に掛かる強烈なGを無視して続けざまにハーフクルビットで機体を180度反転。向かって来る【福音】と撃ち合いながら交差した。

 

 ▽

 

「(なんて機動だ……!!)」

 

 それはもう、驚きを通り越えていた。

 高速域でのカウンター・マニューバ。高度な技術を必要とするのはもちろんだが、加えて機体と操縦者の両方に掛かる負荷は生半可なものではない。

 にも拘わらずウィリアムはまるで機体を手足のように振り回し、それを連発し、【福音】の超機動とほぼ互角に渡り合っていた。

 しかし、数々の兵器の操縦方を体得してきたラウラだからこそ、ウィリアムが相当な無茶をしていることも容易に想像できてしまう。

 故に、ラウラは願った。

 

「(私は、共に戦いたい。ウィルが戦っているのをただ眺めているだけは嫌だ!)」

 

 強く、強く願う。

 そして、その願いに応えるように【シュヴァルツェア・レーゲン】の両肩に装着していたレールカノンのうち1基が、駆動音を上げながら空を(あお)いだ。

 

「……!」

 

 ハイパーセンサーから送られてくる情報で、右肩のレールカノンの状態を確認する。

 

 ――『ブリッツ』2番砲、対IS特殊榴弾(りゅうだん)を装填。ダメージレベルC。照準システムに異常あり――

 

 ダメージレベルC、良くて1発撃てるくらいだ。おまけに照準システムも損傷しているらしく、目視による直接照準射撃を行う他ない。

 

「(だがそれでも、私はウィルの助けになりたい。ウィルを守りたい……!)」

 

 左目の眼帯を外し、金色に輝く瞳――ヴォーダン・オージェの封印を解く。

 

「スゥーー……フゥーー……」

 

 深呼吸をして自身を落ち着かせたラウラは、冷静に『ブリッツ』の照準を【福音】に合わせるのだった。

 

 ▽

 

「ふーっ、ふーっ! ぐぅっ!」

 

 推力偏向ノズルと動翼を用いた急激な旋回機動。そして【福音】の後ろを取ってミサイルをぶつける。

 命中した箇所のエネルギー翼は破壊されるのだが、リミッター無しの純軍用ISはエネルギーにもかなり余裕があるらしく、強力な連続射撃で応戦してきながら、その合間を縫って失った翼を再構築していた。

 

「うっ……!」

 

【福音】の攻撃をかわそうと急上昇した刹那、いきなり視界が暗くなり、視野が(せば)まり始めた。……まずい、グレイアウトだ。

 これは下方向に掛かるGによって脳への血流が弱まり視界が色調を無くす現象のことで、このまま高Gに晒され続ければ次に待っているのはブラックアウト。つまり、完全に視野を失うことになる。

 対する【福音】は、現在生身の人間ではなくハッキングされた機体自身が操縦をしているため、グレイアウトもブラックアウトも関係ない。

 

『目標を正面に捕捉。『銀の鐘(シルバー・ベル)』最大出力』

 

 エネルギー翼を全稼働させた【福音】が真上に現れ、俺に影を落とす。まずい! 避けきれるか……!?

 

「――ウィル!」

 

 いきなり自分にかけられた声。この声はラウラのものだ。

 

「右へ回避しろ!」

 

 突然のことで一瞬だけ困惑するが、俺はその声を信じて右へ舵を切る。

 そして、その直後――

 

 ズドオォォォンッ!!

 

 夕暮れの空を切り裂いて飛来した超音速の砲弾が【福音】の背中に直撃し、爆発を起こした。

 爆風に煽られて数十メートルほど吹き飛ばされた俺は機体姿勢を立て直しながら、【福音】がどうなったのか気になって視線をやる。

 

『―――――』

 

 対IS特殊榴弾の直撃を浴びて力なく吹き飛ばされる【福音】の姿が、そこにあった。

 

「(……チャンスだ……!)」

 

 サッと、一夏がいる方角へと視線を移す。

 赤い光に黄金の輝きを放つ箒の――【紅椿】の手に触れている一夏の【白式】。その機体が手に持つ『雪片弐型』は、とてもエネルギー残量70%では作れるはずのない巨大な光刃を形成していた。

 箒のISはエネルギーを回復させる能力でも持っているのか? ――と、つい要らぬ考察が頭を(よぎ)るが、その思考はすぐに捨て去り、俺は盛大に声を張り上げた。

 

「一夏あぁっ!!!」

 

「任せろおおおっ!!!」

 

 最大出力の『雪片弐型』、その巨大な光の刃を、一夏は両手で支えて振るう。

 

「うおおおっ!」

 

 回避は間に合わないと判断して、一夏に向けて体から生えた翼全てで一斉射撃を行おうとする【福音】。

 だがしかし――

 

「させるか!」

 

 一夏に向けられた翼を、【紅椿】の2刀が並び一段の斬撃で断ち切る。

 それならばと回し蹴りを放とうとする【福音】に、今度は俺が真上から『ブッシュマスター』を喰らわせた。

 

「言ったはずだ。初戦のお返しをしてやるってな!」

 

『――!?』

 

 ドカカカカカッと機銃弾の雨に当てられた【福音】は大きく姿勢を崩す。

 

「おおおおおっ!!」

 

 エネルギー刃を【福音】の装甲に突き立てて、さらに一夏は全ブースターを最大出力まで上げる。

 押されながらも、一夏の首へと手を伸ばす【福音】。その指先が彼の喉笛に食い込んだところで、銀色のISはようやく機能を停止した。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 アーマーを失い、スーツだけの状態になった操縦者が海へと墜ちていく。

 

「しまっ――!」

 

「大丈夫だ、しっかり掴んでる」

 

 落下先にいた俺がキャッチすることで、操縦者が魚のエサになることは未然に防いだ。

 ツメが甘かったな一夏、と言って笑っているところへ、ダメージから回復したらしい鈴がやって来る。同じくセシリアとシャルロット、そしてラウラも無傷ではないものの無事な様子だった。

 

「終わったな」

 

「ああ……。やっと、な」

 

「長い1日だったなぁ」

 

 それはそうと、あとでラウラにしっかり礼を言わないと。あの時は本当に助かった。

 そう思いながら、ふと空を見上げると、あれほどまでの青さを誇った空はもう既になく、夕闇の朱色に世界は優しく包まれていた。

 

 



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32話 強さ

「作戦完了――と言いたいところだが、お前達は独自行動により重大な違反を犯した。意味は分かるな?」

 

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】の撃墜及び操縦者の救出を終えて帰還した俺達だが、待っていたのは説教だった。

 

「帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」

 

 腕組みで待っていた織斑先生に言われ、勝利の感触さえおぼろ気だ。今は大広間で全員正座。この状態でもう30分は過ぎたと思う。正座が上手くできない俺の脚は、もはや痺れを通り越して感覚が無くなり始めている。

 しかしまあ、この程度で済むだけまだありがたい方だ。勝手に行動した俺達には本来ならもっと重い罰則が下ってもおかしくはなかったのだから。

 

「まあまあ、ちーちゃん。もうその辺にしてあげなよ」

 

「け、怪我人もいますし、ね?」

 

「ふん……」

 

 怒り心頭の織斑先生を、篠ノ之博士と山田先生が宥める。そんな2人の手には救急箱と水分補給パックが人数分用意されていた。

 

「じゃ、じゃあ、1度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身見せて下さいね。――あっ! だ、男女別ですよ! 分かってますか織斑くん、ホーキンスくん!?」

 

 ……いや、当たり前でしょう。むしろ分かってなかったら、そいつの頭の中身を覗いてみたいぐらいだ。

 というか、『脱いで』の辺りで女子がそれとなく自分の体を隠したのが軽くショックだ。俺達ってそんなジロジロ見るような奴に見えるのだろうか……。

 

「それじゃ、皆さんまずは水分補給して下さい。夏はその辺りも意識しないと、急に気分が悪くなったりしますよ」

 

 はーいと返事をして、俺達はそれぞれにスポーツドリンクのパックを受け取る。もちろん体への負担を考慮して温度はぬるめ。冷たい物の一気飲みは体に良くないらしいが、こういう時ぐらいは冷えたドリンクをグッと(あお)りたいもんだ……。

 

「ってて……。うあ、口の中切れてるな」

 

「おい大丈夫か? ――うぇぷっ、俺もヤバいな。胃の中がシェイクされてやがる……」

 

 恐らく激しい戦闘機動を繰り返したせいだろう。胃の中に飲み物を流し込んだ途端、何かが込み上げてくるような不快な感覚がする。……晩飯が食えなかったら泣くぞ、俺。

 

「……………」

 

「な、なんですか? 織斑先生」

 

「自分達に、何か……?」

 

 ジーっとこちらを睨んでいたので、俺達は居心地悪さからつい口を開いてしまう。また今から説教が飛んでくる……ことはたぶん無いだろうが、いったいどうしたのだろうか。

 

「…………しかしまあ、よくやった。全員、よく無事に帰ってきたな」

 

「え? あ……」

 

「……ふふっ、そういうことですか」

 

 照れ臭そうな顔をしている織斑先生だったが、すぐ俺達に背中を向けてその表情は見えなくなる。

 なんだかんだで俺達の身を案じてくれている織斑先生に心の中で感謝を告げた。直接言うと、本人は嫌がるだろうしな。

 

「さぁて一夏。俺達はさっさと出て行くとしよう。いつまでも突っ立ってたら診察を始められないからな」

 

「そうだな」

 

 足早に廊下へと出た俺と一夏は、ピシャリと閉じた(ふすま)に背中を預けて深く息をついた。

 

「「ふう……」」

 

 ともかく、今回の戦いは終わった。

 考えなければいけないこと、整理しなくてはいけないことが山ほどあったが、取り敢えず――

 

「お疲れさん、一夏」

 

「おう。ウィルこそお疲れ」

 

 と、互いに労いの言葉を掛け合う。

 

「……なあ、ウィル」

 

「なんだ?」

 

「ちゃんと守れたんだよな。俺達」

 

「ああ。だからこそ、みんな揃ってここへ帰り着けたんだ。守れたさ」

 

 俺とお前と――そして【バスター・イーグル】と【白式】は。

 

 ▽

 

「ね、ね、結局なんだったの? 教えてよ~」

 

「悪いがそいつには答えられんな。機密なんだ」

 

 テーブル席に座って夕飯を食べている俺の元に1年女子が数名寄って(たか)って、あれやこれやと訊いてくる。ちなみに、座敷の方ではシャルロットが俺と同じようになっていた。だがまあ、専用機持ちの中でも責任感が強いシャルロットは首を縦には振らないだろう。もちろん、俺も振らない。

 

「え~。ホーキンスくんってばお堅いなぁ」

 

 俺なら楽に訊けると思ったのか? というか、俺ってそんなにお堅くない(・・・・・)イメージがあったのか? 

 

「なんと言われようが、答えはノーだ。ここで機密を漏らしてみろ。最低でも2年、毎日のように政府からの監視が付いて、行動にも制限が設けられるんだぞ? いいのか?」

 

「いやー、それは困るかな……」

 

「だろ? ならこの話はこれで終わりだ。さっ、織斑先生に叱られる前に自分の席へ戻った方がいい」

 

「「「はーい」」」

 

 うむ。実に良い返事だ。みんな食い下がることなく、聞き分けが良いから助かるよ。

 うんうんと頷きながら、俺は鯛飯を口に運んだ。……美味すぎるッッ!!!

 

 ▽

 

 ザア……。ザァン……。

 

「……………」

 

 手すりにもたれ掛かりながら、どこまでも続く水平線を静かに眺める。

 食事のあと、俺は軽い休憩を取ってから部屋を抜け出し、旅館から少し離れた別館へと(おもむ)いた。

 満月の今日は真夜中であっても明るく、穏やかな水面(みなも)には月がもうひとつ浮かんでいる。

 

「ウィル」

 

 突然自分の名前を呼ばれて振り向くと、月明かりに照らされながら、浴衣姿のラウラが立っていた。

 

「ラウラ? こんな所まで来てどうしたんだ?」

 

「それはこちらの台詞だ。こんな時間に何をしている。今は外出禁止時刻のはずだぞ?」

 

「なに、ちょっと夜風に当たりたくてな。先生達にはくれぐれも内密にしておいてくれよ?」

 

 ニヤリと笑いながら冗談めかして言うと、ラウラは「ふん……」と呆れたように鼻を鳴らしてから組んでいた腕を解き、俺の隣で同じように手すりにもたれ掛かった。

 

「まあいい。私も少し夜風に当たらせてもらうとしよう」

 

「おっ、真面目なラウラが不良への1歩を踏み出したか」

 

「なるほど、どうやら今から浜辺を10キロほど走りたいようだな。よし、教官には私から伝えてやろう」

 

「スマンスマン。冗談だから許してくれ」

 

 ジト目で睨んでくるラウラに苦笑を浮かべながら謝罪する。

 

「そういえばラウラ。お前、怪我とかは大丈夫だったのか?」

 

「ああ、問題ない。私生活にも何ら支障をきたさない程度の軽いものだそうだ。そういうお前こそ大丈夫だったのか?」

 

「軽い打ち身が数ヵ所だけだ。機体が全身装甲(フルスキン)だったおかげらしい。それに、ラウラにも助けられたしな」

 

 俺が【福音】に頭上を取られた時、もしラウラからの砲撃がなかったら、あるいは……。だから、彼女には本当に感謝している。

 

「お前がいなかったら、俺は今度こそ【福音】にやられていた。本当にありがとう、ラウラ」

 

「それは私もだ。お前と一夏が来てくれなければ私達は全滅していた。だから、こちらからも礼を言わせてくれ。来てくれて本当にありがとう、ウィル」

 

「っ……」

 

 あー、なんというか、面と向かってそう言われると結構照れ臭くなるもんだな。でもここで黙っているのも悪いし何か答えないと……。

 

「じゃあ、お互い様ってことで」

 

「ふっ、それがいいな」

 

 と、ここで話のネタが尽きて、俺とラウラの間に沈黙が走る。辺りを支配するのは満ち引きを繰り返す波の音だけ。しかし、俺の胸の内には得も言われぬ心地よさが広がっていた。

 

「……………」

 

 なんだろうな、この感覚。ただ2人でボーっと水平線を眺めているだけなのに。と、1人そんなことを考えていると、不意にラウラが口を開いた。

 

「……ウィル、お前にとっての強さとはなんだ?」

 

「なんだ、(やぶ)から棒に」

 

 突然のラウラの質問に俺は眉をひそめるが、彼女の目は確かに答えを求めていた。強さ。強さ、か……。

 

「そうだな……。ハッキリ言って明確な答えというのは無いと思う。ただ、自論を言わせてもらうとすれば、力の使い方だな」

 

「力の、使い方……?」

 

「そう、使い方だ。『どんなに力を持っていても、その使い方を誤り、ただ振り回すだけではチンピラやテロリストどもと何ら変わりはしない』。これは俺の師匠とも言える人の言葉だ」

 

 前世で俺に対して掛けられたその言葉は、今なお心に深く刻み込まれている。

 俺は、極々普通の少年期を過ごす――はずだった。テロリストによる無差別攻撃で両親を奪われるまでは。

 家族で出掛けている時に運悪く巻き込まれ、俺は奇跡的に助かったが両親は即死だった。家族を奪われた俺は心底テロリストを憎み、そして自分の手で皆殺しにしてやろうと考えるまでになった。

 効率よく敵を燃やせるから、なんて理由で空軍に志望して勉学に(いそ)しみ、技術を身に付け、最後には自分からテロリストと戦闘を繰り広げている場所への転属願いを提出したほどだ。

 意外にも願書はすんなり通って、願い通りの勤務地に着いた俺は来る日も来る日も爆弾を落とし、敵機を墜とし続けた。復讐心を胸に、機械のように。

 だが、俺の心は一向に晴れることはなかった。

 何機撃墜しても、いくつ吹き飛ばしても、何かが根本的に違っているように感じていた。

 そして、それを疑問に思いながらいつものように出撃して、また基地に帰還したある時、自分が所属している隊の隊長に、たった今ラウラに述べた言葉を告げられたのだ。

 当時の俺にとっては、まさに青天の霹靂(へきれき)のようなものだった。恐らく心のどこかでは薄々思っていたのだろう。こんなことをしても死んだ両親は喜ばないと。だがそれとは反対に『ふざけるな』と異議を唱える自分もいた。ならば俺は今まで何のために力を身に付けて来たんだと、そう言わんばかりに。

 しかし、隊長は――あの人は俺の心の中を見透かしたかのように、こう言い放ったのだ。

 お前のその力は復讐のためじゃなく、守るために使え。これ以上、理不尽な暴力で誰かが巻き添えを喰らわないように、と。

 

「力も技術も所詮は道具。果物ナイフだってリンゴの皮剥きじゃなく、人を殺す凶器にもなり得る。だからこそ、その使い方が大切なんだと俺はそう思う」

 

「それがお前の思う強さか……」

 

「ああ。ラウラの求めている答えとは、また違ったものかもしれんがな」

 

「いや、十分だ。それもまた1つの答えなのだろう。今はまだあやふやだが、これから私の思う強さというものを少しずつ見つけて行こうと思う」

 

 俺の話を聞いて何か思うことがあったのか、満足気に微笑むラウラ。その横顔は空から降り注ぐ月明かりに照らされていて、俺の目にはとても美しく映った。

 

「……? どうした、私の顔に何か付いているのか?」

 

「え? あー、いや、何でもない。それより、そろそろ旅館に戻らないか? 抜け出しているのがバレたら大目玉だ」

 

「……怪しいな。何を隠している?」

 

 うっ!? す、鋭い。さすがは特殊部隊の隊長。だが生憎、俺自身にも上手く説明できないんだ。何なんだろうな、本当に。

 

「何も隠してないって」

 

「ふむ、これはどうやら吐かせる必要があるようだ。言っておくが私は尋問(じんもん)の訓練も受けているぞ」

 

「勘弁してくれ……」

 

 そんなやり取りを交わしながら、俺とラウラは旅館への道をゆっくり踏み出すのであった。

 

 ▽

 

 翌朝。朝食を終えて、すぐにIS及び専用装備の撤収作業に当たる。

 そうこうして10時を過ぎたところで作業は終了し、全員がクラス別のバスに乗り込む。昼食は、帰り道のサービスエリアで取るとのことだ。

 

「あ~……」

 

 座席にかけた一夏がゾンビのような呻き声を上げる。しかも、その様相は明らかにゲッソリしていた。

 実はこいつ、昨晩に旅館を抜け出して海で泳いでいたのが織斑先生にバレたらしく、一緒にいた箒も揃って大目玉を喰らったそうだ。実睡眠時間も3時間ほどしか取れず、それでいて今朝の重労働。そりゃ死にそうにもなるわな。

 俺とラウラ? もちろんバレずに部屋に戻れたぞ。

 

「スマン……誰か、飲み物持ってないか……?」

 

 しんどそうに一夏が声を掛けるが、「知りませんわ」とセシリア。「あるけどあげない」とシャルロット。鈴は2組のバスなのでいないが、窓からめちゃくちゃ一夏のことを睨んでいる。

 どうやら、昨晩は彼女らとも一悶着があったらしい。

 

「ほ、箒……」

 

「なっ……何を見ているか!」

 

 一夏は救いの手を望んで箒へと視線を向けるが、ボッと赤くなった箒にチョップされていた。地味に痛そうだな。

 

「ウィル、お茶でも水でもいいから頼む。恵んでくれ……」

 

「ああ、ちょっと待ってろ。確か……」

 

 とバッグに手を入れて中を探っていると、ふと視界の端に何やらモジモジしている一夏ラヴァーズが入り込んだ。……待てよ? これってある意味、こいつらにとってチャンスなのでは? 

 そう思った俺はバッグから手を引き抜く。

 

「あー、悪いな一夏。実はもう飲み切ったあとだった」

 

「そっかぁ……」

 

 仕方ない、と諦める一夏。俺はそんな彼から一夏ラヴァーズへと視線を移した。

 

「(ほらお前ら。今が絶好のチャンスじゃないのか?)」

 

「「「!!」」」

 

 視線だけでそう告げると、3人同時にピクッと反応する。よっしゃ、そのまま行け! 一夏の好感度アップ間違いなしだ! 

 

「うー……しんど……」

 

「「「い、一夏っ」」」

 

「はい?」

 

 3人同時に立ち上がり、声に呼ばれた一夏が振り向く。それと同じタイミングで、車内に1人の女性が入ってきた。

 

「ねえ、織斑 一夏くんとウィリアム・ホーキンスくんはいるかしら?」

 

「あ、はい。俺ですけど」

 

「自分がホーキンスです」

 

 俺と一夏は名前を呼ばれて、素直に返事をする。

 その女性は、恐らく20代前半。少なくとも俺達よりは確実に年上で、鮮やかな金髪が夏の日差しを浴びて眩しく輝いている。

 格好はというとブルーのサマースーツを着ている。スーツといっても織斑先生のようなビジネススーツではなく、おしゃれなカジュアルスーツだ。開いた胸元からは色気を放つ整った膨らみがわずかに覗いている。

 

「君達がそうなんだ。へぇ」

 

 女性はそう言うと、持っていたサングラスを胸に預けて、俺達を興味深そうに眺める。品定めというよりも純粋に好奇心で観察しているようだ。

 わずかに香る柑橘系(かんきつけい)のコロンが、ひどく『女』を意識させる。現に一夏はどうにも落ち着かなさそうにしていた。

 

「あ、あの、あなたは……?」

 

「私はナターシャ・ファイルス。【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】の操縦者よ」

 

「え――」

 

 予想外の言葉に困惑している一夏の頬に、いきなりファイルスさんの唇が触れた。

 

「チュッ……。これはお礼。『あの子』を止めてくれてありがとう、白いナイトさん」

 

「え、あ、う……?」

 

 目を白黒させている一夏から顔を離したファイルスさんは、次に俺へと視線を向けてくる。対する俺は、彼女の突然の行動に唖然としていた。

 

「あなたのことは前々からオータムに聞かされていたわ。『なかなかガッツのある奴だ』って楽しそうに言っていたわよ」

 

「それは、どうも……」

 

 ベイリー中尉と面識があったことも驚きだが、次の瞬間――。

 

「チュッ……。あなたもありがとう。空飛ぶサメさん」

 

「あ、とっ、その……?」

 

「じゃあ、またね。バーイ」

 

「「は、はぁ……」」

 

 ヒラヒラと手を振ってバスから降りるファイルスさんを、俺はまったく形のなっていない敬礼で、一夏はボーっとしたまま手を振り返して見送る。

 

 ゾワリ……

 

「「!?」」

 

 非常に、ひっじょーーに嫌な予感がして、俺と一夏はギギギッとぎこちなく振り向いた。

 

「浮気者め」

 

「一夏ってモテるねえ」

 

「本当に、行く先々で幸せいっぱいのようですわね」

 

 ペットボトルを握り締めて一夏の元へ歩み寄る3人。だがしかし、俺の悪寒の原因はこの3人ではない。

 では、いったい何が理由なのか。それはドス黒いオーラを纏いながら歩いて来る1人の女子から放たれる殺気だった。

 

「ら、ラウラ……?」

 

「はっはっはっ。夫の目の前で堂々と浮気か……ウィル?」

 

 顔は笑ってるのに、目がまったく笑っていない。

 あぁ……まるで首筋にナイフを突き付けられているような感覚だ。そもそも交際すらしていないので浮気もクソも無いのだが、俺の頭の中では猛烈に警鐘が鳴り響いていた。

 

「「「はい、どうぞ!」」」

 

「ぶへぁっ!?」

 

 投げつけられた500ミリリットルのペットボトル×3本が直撃し、一夏が俺の足元に倒れる。

 きっと俺はこいつよりも酷い目に遭うのだろうが、そんなのお断りだ。

 

「お、お、俺、ちょっと飲み物買いに行ってくるっ!」

 

 俺はすぐさま回れ右をして脱兎の如くバスを降り、ラウラからの逃走を図る。

 

「……逃がさん」

 

「ちょっ、おまっ、速すぎだろ!?」

 

 正直、足の速さには自信があったのだが、追いかけてくるラウラとの距離はあっという間に縮まっていく。

 そして――

 

「ひぃ!? タンマタンマ! タンマだって! タン――アーーーーーッッ!!?

 

 逃走開始からわずか6秒。

 呆気(あっけ)なく捕獲されてしまった俺はラウラに軍隊仕込みの間接技を決められ、そのままズルズルとバスまで引きずって行かれたのであった。

 

 

 



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33話 寝相の悪さはエース級

 8月。IS学園学生寮。時刻は午後11時。

 とある一室の前に1人の影が立っていた。

 その部屋の、ドアの横には1031の番号と『ウィリアム・ホーキンス』と書かれた表札。

 

「……………」

 

 ドアを開けて室内へと侵入した影は、腰近くまで伸ばした長い銀髪。右目は燃えるような深紅の光を灯しており、左目は黒い眼帯で覆っている少女。

 そう、影の正体はドイツ代表候補生にしてIS配備特殊部隊『黒ウサギ隊』の隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒである。ちなみに下着姿。

 侵入者もといラウラは物音1つ立てず一直線にウィリアムが寝ているベッドへ歩いて行き、そしてそのままモゾモゾと布団の中に潜り込んだ。

 

「(ふむ、やはりここが1番落ち着くな……)」

 

 ラウラはウィリアムの腕をくぐるようにして収まり、ゆっくりと(まぶた)を閉じていく。

 ――と、その時だった。

 

 ガシッ

 

「!?!?」

 

 眠りにつこうとしていたラウラの意識は、自身の体を抱いていたウィリアムの腕にいきなり力が込められたことで覚醒する。

 

「な、何を……!」

 

 痛いほどではないものの込められる力は徐々に強くなっていき、しかも少しずつウィリアムの方へと引き寄せられていた。

 

「(まさか起きて――!?)」

 

「うーん……。ガトリング中将、【イーグル】に駆逐艦の主砲を載せるなんて無茶ですよ……。ぐぅ……」

 

 ラウラはハッとして振り返るが、ウィリアムはブツブツと寝言を呟くだけで特に起きている様子はない。――というか、こいつはいったいどんな夢を見ているんだ……。

 

「(……どうやら本当に寝ているようだな)」

 

 寝息を立てるウィリアムを見て、さて、自分も寝ようかと、もう1度(まぶた)を閉じるラウラ。ちょうど良い具合に体も抱きしめられているので、その心地よさに早くも意識がまどろみ始める。

 だがしかし、ラウラはこれから、ある意味地獄のような夜を過ごすことになるとは想像すらしていなかった。

 

「ん、んー……」

 

「(ひゃうっ!? あ、足を絡ませて……!?)」

 

 ラウラを抱きしめながら、彼女の足に自分の足を絡ませるウィリアムは正真正銘 睡眠中である。狸寝入りなどは一切していない。

 実はこの男、かなり寝相が悪いのだ。ラウラが初めて部屋に忍び込んだ時もウィリアムの寝相の悪さに驚いたが、その時はせいぜいが抱きしめてくる程度だった。

 しかし今回は以前よりもさらに酷くなっており、今のラウラは完全に抱き枕状態で身動きすら取ることができない。

 

「スー……スー……」

 

「(あっ、い、息がうなじにかかって……!)」

 

「んー……」

 

「(か、顔をうずめるなぁぁぁっ!!)」

 

 こうしてラウラは、ウィリアムに抱きしめられる天国のような、しかし羞恥や何やらで地獄のような夜を過ごすことになるのだった。

 

 ▽

 

「ん……? くぁ……あ~……」

 

 朝。窓の外では8月の太陽が空から地上を見下ろしており、セミが今日もやかましく鳴いている。

 

「いやぁ、よく寝たよく寝とおぉぉぉうっ!?」

 

 朝っぱらから奇っ怪な声を上げた俺は悪くないと思う。というか、誰だってそうなるだろう。

 

「……………」

 

 なぜなら、下着姿のラウラがベッドにペタンと座り込みながら恨めしそうな表情でこちらを睨んでいたのだから。

 

「ら、ラウラ! What the fuck doing!?(何してんだ!?)

 

「……ようやく起きたか」

 

 ムスーっとした顔のラウラが口を開く。え? ちょっと待って。俺なにかした? むしろ部屋に勝手に入って来たラウラの方が――って、そうだ!

 

「お前、また勝手に忍び込んだな!? そもそも鍵を閉めていたはず――……?」

 

 声を荒げる俺だったが、ここでラウラの様子がおかしいことに気付いた。なんというか、顔が妙に赤い。しかも自分で自分の体を抱いているような格好だ。

 もしかして寒いのか? そういえばエアコンつけてたもんな。ったく、そんな格好してるからだ。

 俺はベッドから体を伸ばし、バッグの中を漁る。

 

「ラウラ」

 

「なんだ?」

 

「風邪ひく前に服着ろよ。ほら、これ貸してやるから」

 

 バッグから取り出したシャツを片手にそう言うと、ドスッとラウラから無言の手刀が飛んできた。……何故(なにゆえ)

 

「何なんだよ。俺が何かしたのか?」

 

「なっ……!? さ、昨晩私にあんなことをしておいてっ! お、お前という奴は……!」

 

「ちょいちょいちょいちょい。……昨晩が何だって?」

 

「それは……その……」

 

 途端にモジモジし始めながら、さらに顔を赤らめるラウラ。な、なんだよ。なんでそこで意味深な顔になるんだよ。

 

「か、絡めたり、うずめたり……」

 

 ……なん……だと……!?

 

「おい、ほんとに何をしたんだ……!? 俺はいったい何をしでかしたんだ!?」

 

「うっ! な、なんでもない! この話はもう終わりだ! いいな!?」

 

「いやでも――!」

 

「い・い・な!!?」

 

「い、イエス・ミス、少佐殿……」

 

 今にも湯気を放ちそうなほど顔を真っ赤にしたラウラの迫力に気圧される形で話は打ち切られる。

 織斑先生に自首してきた方が良いレベルの事案だったりするのか……!? と一瞬頭を抱えたが、彼女がそう言うのなら、これ以上問いただすのはよしておこう。あとで俺が発狂しながら壁に頭を叩きつけることになりそうな気がするし。

 

「それで? お前はなんだって俺の部屋に忍び込んだんだ?」

 

「っ! そうだ。目的を忘れるところだった」

 

 室内に漂う微妙な空気を改めようと考えてラウラにそう訊ねると、彼女は思い出したように何かのチケットを2枚取り出した。

 

「これは?」

 

 ラウラが持つチケットを、しげしげと眺める。

 

「こ、今月できたばかりのウォーターワールドの入場券だ」

 

「ウォーターワールド……ああ、そういえばそんな場所あったなぁ」

 

「ぐ、偶然手に入ったのでな。期限は明日までだが、お前を誘おうと思って持って来たのだ」

 

「誘ってくれるのは嬉しいが、俺で良いのか?」

 

 夏休みで結構な数の生徒が帰省や帰国をしているとはいえ、俺の他にも一緒に行ける奴はいただろう。

 

「お、お前と一緒に行きたいのだ……

 

 小さく(しぼ)んでいくようなラウラの声だったが、その言葉を俺の耳は確かに捉えた。

 うっ! おまっ、そんなことを言うと勘違いする奴が続出するぞ……!

 頬をほんのり赤く染めながら視線を逸らすラウラに、俺の心臓はまるで長距離走でもしたあとのようにバクバクと鳴り響く。

 ま、まあ、用事はこの前アメリカに帰って全部済ませて来たし、せっかく誘ってくれているわけだし……。

 

「じゃあ、俺で良ければ……」

 

「そうか!」

 

 不安そうに俺の答えを待っていたラウラの顔が、パァっと明るくなった。

 

「待ち合わせ時間はどうする?」

 

「では10時に現地集合でどうだ?」

 

「分かった」

 

 貸し出したシャツを手早く着たラウラはベッドから降りて、弾む足取りで部屋を出て行く。

 

「……うわ、なんじゃこりゃ……」

 

 少しの間ドアの方角を見つめてからベッドを出て洗面所へ向かった俺の顔は、酷く紅潮していた。

 

 ▽

 

「だあ! クソッ! 蒸し暑い……!」

 

 本当に日本の夏は地獄級だ。そもそも、この国の人間じゃない俺にとって日本特有の湿度の高い夏は拷問にも等しい。

 朝方はまだ涼しく過ごしやすかったというのに、昼になった途端にこれだから困る。

 

「そもそも、なんで廊下のエアコンついてないんだよ……」

 

 太陽もすっかり高く登り切った真っ昼間。昼食を取るため食堂を目指す俺は、制服の胸元を緩めてパタつかせながら寮の廊下を歩く。

 

「自然様は俺を蒸し焼きにでもしたいのかぁ?」

 

 ゲンナリしながらそうボヤいていると、こんな蒸し暑いにも拘わらずニヤついた表情をしている鈴の姿を見つけた。

 

「ふ、ふっ、ふっふっふっ……」

 

「よう鈴。今日も暑いな」

 

「そうよねー」

 

「まったく、日本人はよくこんな中でケロッとしてられるなと思わないか?」

 

「そうよねー」

 

 ……うん? どうも違和感が……というか、なんか適当に返事されているような……?

 

「お、おい、鈴?」

 

「そうよねー」

 

「リーン。おーい」

 

「そうよねー。にゅふっ、にゅふふふっ」

 

 ……………。

 手を振ってみるが変な笑い声を上げる以外特に反応はなく、鈴はニヘラァっと表情筋を緩ませたまま自室へと入って行く。

 

「あまりの暑さに頭のヒューズが吹っ飛びでもしたか?」

 

 1人ポツンと残された俺の声は、熱気に満たされた廊下の中に小さく消えた。

 

 




 ーおまけー

 ティンダル空軍基地、トーマス・ホーキンス大佐の執務室にて。

「――報告は以上になります、大佐」

「うむ。ご苦労。――それはそうと、ガトリング中将はちゃんと仕事をしていたか?」

 トーマスの何気ない質問に、室内にいた兵士達は一斉に黙り込む。

「(おい、どう説明すんだよ?)」

「(仕方ない。俺が言おう)……大佐、中将は……」

「(いや、ここは俺に任せとけ)……基地のターミネーターにGAU‐8(アヴェンジャー)を載せようとしていたところを巡回中の兵士が発見しました」

「…………は?」

「現在、信者もろとも営倉に叩き込んであります」

 その報告を聞いたトーマスは手をプルプルと震わせながら執務用の眼鏡を外し、静かに口を開いた。

「……すまないが、今から呼ぶ者は少し愚痴に付き合ってくれ。サンダース、エドワーズ、フォード。……あのアンポンタンどもめ」

 トーマスの眉が怒りでヒクついているのを見て全てを察した兵士達は、言われた通り先ほど呼ばれた3人を残して速やかに部屋を退出する。
 そして、バタンとドアの閉じる音を合図にトーマスの怒号が響き渡った。

「あの基地司令はいったい何をしとるか!! 反省という言葉を知らんのか奴らは!?」

 普段は真面目で温厚なトーマスの怒号はドアを閉じているにも拘わらず室外に漏れ出るほど大きく、つい最近この基地に配属されたばかりの兵士は『ヤバい所に配属されたんじゃ……』と頭を抱えていた。

「最近は大人しくしていたからようやく安心できると思っていたのに、またバカなことを始めおって! ちなみにターミネーターの機種は!?」

「てぃ、TF‐22【ヴェロキ・ラプター】であります」

「ファッキン・シット!! 我が軍の最新鋭機じゃないか!! あれになんて物を載せようとしているんだ連中は!」

 ガソリンを注がれて地獄の業火と化したトーマスの怒りは天井知らずだ。勢い良く椅子を立ち上がった彼の言葉はさらにスロットルを上げていく。

「口を開けば巨砲だのロマンだの……! 仕事もせずに最新鋭機を勝手に魔改造しようとする奴なんて大嫌いだッ!」

「お、落ち着いて下さい大佐。ターミネーターに損傷は見られません――」

「うるせえっ! 大ッ嫌いだ! サボり魔中将のヴァーカ!」

「「「(ヤベェ、大佐が壊れた……!!)」」」

 トーマスのあまりの豹変ぶりに3人は冷や汗を流しながら1歩後退(あとずさ)る。

「た、大佐、それ以上言われると中将が泣いてしまいますよ。あの人、変なところで豆腐メンタルだから――」

「あ゛あ゛ん? 豆腐メンタルがどうした! 私だって泣きたい気分だよ!」

 サンダースの言葉を遮ったトーマスは手に持っていたボールペンをバチンッ! と執務机に叩き付け、渾身の叫びを放った。

「ちくしょーめぇぇぇ!!」

 これだけ騒いでもなお、トーマスの怒りは治まらない。

「この前は基地の視聴覚室を使って、こっそりスマブラ大会なんて開いてやがった! 部屋に入った瞬間、思わずウオッ!? と驚いたよ! 何せ入ると同時に『ルゥイージィ』って聞こえたんだからな! そこは普通ピカチュウ一択だろう!」

 激しい身振り手振りによって額に珠のような汗を浮かばせるトーマス。……一言だけ変なことを口走っていた気がするが、そこには触れないでおくとしよう。

「(え? スマブラ大会? 初耳なんだけど)」

「(なにそれ。超楽しそう)」

「(ってか、大佐はピカチュウ派なのか。俺プリン派だわ)」

 ……おい、お前ら。
 ちなみにエドワーズ、フォード、サンダースの順番である。

「連中が大人しくしているのを、反省したと勝手に思い込んでいた私は判断力足らんかった~! もういっそのこと適当な罪状吹っ掛けて軍事法廷にでも立たせてやればいいんだ! スターリンがやったように!!」

 ひとしきり叫んだあと、トーマスははぁ、はぁ、と肩で息をしながらゆっくりと椅子に腰掛ける。

「……何でもかんでも縛り付けるだけでは組織が成り立たないのは分かっている。兵士には息抜きが必要だし、思想だって個人の自由だ。だが勤務時間中くらいは仕事をしてくれ……」

 トーマスは最後に「愚痴に付き合わせてすまなかったな」と3人に謝罪する。
 そんな彼の背中には、悲愴感(ひそうかん)が漂っていた。

 ……これで良いのか、アメリカ空軍。



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34話 水上ペアタッグ障害物レース

 翌日、午前10時。ウォーターワールド。

 

「これは、すごいな……」

 

「ああ。想像以上だ……」

 

 目の前の光景に思わずそう呟く俺とラウラ。そんな俺達の前には見上げるほど大きな建物がドカンとそびえ立っていた。

 屋内アミューズメントプール『ウォーターワールド』。つい最近完成したばかりのこの施設は今月分の前売り券が既に完売しており、当日券も2時間並んでようやく入手できるほどらしい。

 ていうか、規模を舐めてたな。もう少し小さいと思ってたが、想像の2倍近くはデカイぞ……。

 

「ウィル、入場客の最後尾はあそこのようだ」

 

「おう。それじゃあ人が増える前に並ぶか」

 

 ラウラが入場待ちの列を指差し、俺はチケットの忘れが無いかを確認してから1歩踏み出した――ところで、見知った人物が2人視界に入った。

 1人はツインテールを揺らした小柄で快活そうな少女。もう1人はブロンドヘアーに縦ロールが特徴のお嬢様チックな少女。そう、鈴とセシリアだ。

 

「む? あそこにいるのは鈴とセシリアか?」

 

「みたいだな。おーい。鈴、セシリアー!」

 

「……? ウィリアムさんにラウラさん?」

 

「なに? アンタ達も来てたの?」

 

 鈴とセシリアの名前を呼びながら歩み寄ると向こうも俺達の存在に気付いたらしく、意外そうな表情を浮かべる。

 

「ああ。実は昨日ラウラに誘われてな」

 

 その『お誘い』のためにこっそり部屋に侵入してきたもんだから、朝っぱらから心臓が止まるかと思ったが……。まあ、その話はもういい。それより……。

 

「鈴、お前さん結局セシリアを誘ったんだな」

 

「「……はい?」」

 

 俺の何気ない言葉に鈴とセシリアの口から素っ頓狂(すっとんきょう)な声が漏れる。

 

「え? 違ったか? 一夏の奴が『急用で遊びに行けなくなった』って言ってたから……ぐえっ!?」

 

 2人の反応に微妙な違和感を感じながら言葉を続けると、いきなり鈴に胸倉を掴まれた。

 

「ちょ、ちょっと! アンタそれどういうこと!?」

 

「わたくし達にも分かるよう詳しく説明して下さいな!」

 

「わ、分かったっ。分かったから! 揺するな揺するな!」

 

「おい貴様ら。人の嫁に手を上げるとは何事だ」

 

 鬼気迫る表情の鈴とセシリア。そして胸倉を掴まれて強引に揺すられる俺を助けようと割って入ってきたラウラも交え、その場がプチ・カオスと化したその時だった。

 

 ~~♪

 

 鈴の携帯電話が軽快な着信メロディーを奏でたことで、俺の頭をシェイクしていた動きが止まる。

 すぐさまポケットから携帯電話を取り出した鈴は画面に表示された番号を確認するや、目の色を変えた。

 

「もしもし!? 一夏! アンタ今どこ!?」

 

《今、学校だ》

 

「はあ!?」

 

《あー、いや、そのだな、なんか山田先生に言われてな、今日【白式】の開発室から研究員が来るんだと。それで、データ取りをしないといけないんだと。ほら、先月第2形態になったから、データを改めて欲しいんだとさ》

 

 スピーカー越しにわずかに聞こえる一夏の言葉は、まんま昨日俺が彼から聞いた通りだった。

 さかのぼること昨日の午後8時頃。

 

『一夏じゃないか。こんな時間にどこへ行くんだ?』

 

『おお、ウィルか。それが実はさ……――』

 

 ……

 ………

 …………

 

『ははぁ、成程なあ。お前さんの【白式】の件で開発元の研究員が来ると。で、その研究員が申請していた学園入場許可証の写しを山田先生が今になって発見したと』

 

『そ。んで、それが明日なんだけど、その日って鈴に遊びに誘われててさ。だから断ろうと思って電話したけど繋がらないんだよ』

 

『それで直接伝えに行こうってわけか』

 

 ――というやり取りを廊下でやった。でもそれなら鈴には話が行き届いてるはずなんだが……。

 

《本当は昨日連絡しようとしたんだ。でもお前、電話に出ないし、部屋に行ったら寝てるって言われたし……》

 

「 」

 

 ショックのあまり鈴は携帯電話を耳元に宛がったまま口を半開きにして固まっているが、一夏の言葉はさらに続く。

 

《チケットの期限って今日までだろ? そういうわけでセシリアにチケットをやったから、一緒に楽しんできてくれ。――あ、はい。えっと、すぐにですか?》

 

 電話の向こうで誰かに呼ばれたらしい一夏は、一旦鈴との会話を中断する。

 

「わりぃ、鈴。すぐ行かないといけなくなった。悪いんだけどセシリアにも説明しておいてくれ。じゃあ」

 

 ブツッ

 

 無情にも、電話は短くノイズを残して切れてしまった。

 

「くっ、く、くっ……!」

 

「鈴、よせ。そのケータイくんは無実だ」

 

 ワナワナと携帯電話を握り締める鈴。ミシリと軋みを上げるそれは、俺が声を掛けるのがあと少しでも遅かったら間違いなく地面に叩き付けられてスクラップになっていただろう。

 

「あの、鈴さん? 一夏さんはなんと……?」

 

「ふ、ふ、ふ、セシリア……よく聞きなさいよ……。一夏は来ないわ……」

 

「……………」

 

 ピシリとセシリアがフリーズする。

 何を言われたのか分からないといった様子のセシリアに鈴はさらに言葉を続けた。

 

「アンタ、一夏からチケットを渡されて『ここに行かないか?』って言われたでしょ」

 

「え? ええ。そうですが……というか、どうして鈴さんがそれを……?」

 

「そのチケットはね、元々あたしが用意したものなのよ」

 

 つまり――

 

「アンタのデート相手は、あたしよ」

 

「 」

 

 握り締めた拳をプルプル震わせながら壮絶な笑みを浮かべる鈴と、肩から下げていたバッグがずり落ちたことにも気付かず立ち尽くすセシリア。

 

「(……どうするよ?)」

 

「(……知らん。私に訊かれても困る)」

 

 ラウラに視線で訊ねるが、彼女もどうするべきか測りかねているようだ。

 取り敢えず、今度一夏は超高G旋回の刑に処すとしよう。ゲロを吐く1歩手前になるまで振り回してやる。で、問題はこの2人だが……。

 

「あー……2人とも、何か冷たい物でも飲むか? 奢るぞ?」

 

「……飲む」

「……いただきますわ」

 

 ウォーターワールド、ゲート前。入場を心待ちにする客で賑わう中、お通夜モードの女子2人の周りをドンヨリとした何かが包んでいた。

 

 

 

 

 

 

「ヂグジョー! 一夏のバカー! アホー! 唐変木ー!」

 

「ええ、ええ。一夏さんのことですから、どうせそんなことだろうと思っていましたわ!」

 

 空になったコップをダンッとテーブルに叩き付けて一夏に対する愚痴をこぼす鈴とセシリア。まるで自棄酒(やけざけ)でもしているかのようだが……これ、本当にアルコール入ってないよな?

 ちなみに鈴はウーロン茶、セシリアがアイスティーだ。

 

「「はあ……」」

 

 ウォーターワールド内の喫茶店にて、2人の溜め息が重なる。それを合図に俺は口を開いた。

 

「少し落ち着いたようだな。それで、このあとはどうするつもりなんだ?」

 

「そうねえ、あたしは帰るかなぁ……」

 

「今から泳ぐ気にはなれませんし……」

 

 鈴とセシリアがそう決めて立ち上がろうとした瞬間、園内放送が響き渡った。

 

『本日のメインイベント! 水上ペアタッグ障害物レースは午後1時より開始いたします! 参加希望の方は12時までにフロントへとお届け下さい!』

 

 特に興味も無さそうな2人だったが、そのあとの言葉にピーンと耳を立てた。

 

『優勝賞品はなんと! 沖縄5泊6日の旅をペアでご招待!』

 

「「!!」」

 

 これだ! と、鈴とセシリアの表情が変わる。恐らくその景品で一夏と旅行をしようと企んでいるのだろう。……あれ? でも確かペアだろ? 1人あぶれることになるんじゃ……。

 

「えへっ」

 

「あはっ」

 

 うーわっ……。これ絶対に『何か適当な理由つけて奪おう』とかゲッスイこと考えてる顔だぜ?

 互いに下心まみれの笑顔を向け合う鈴とセシリアにジト目を送りながらコーラをひと口。

 

「(そういえば、さっきからラウラが妙に静かだな)」

 

 ふとそう思って隣に視線をやると、さっまでオレンジジュースを飲んでいたラウラは口元に手を当てて何やら考え事をしていた。

 

「ふむ……」

 

「ラウラ、どうした?」

 

「……沖縄5泊6日をペアで……」

 

 どうやら俺の声はラウラの耳に届いていないらしい。

 少しの間思考してから「よし」と呟いたラウラは、俺の方へと視線を向ける。

 

「ウィル! 我々もそのレースに出場するぞ!」

 

 眼帯に覆われていない右目の、その赤い瞳には闘志がみなぎっていた。

 

 ▽

 

「さあ! 第1回ウォーターワールド水上ペアタッグ障害物レース、開催です!」

 

 司会の女性がそう叫ぶと同時に大きくジャンプする。その動きで大胆なビキニから豊満な胸が思わずこぼれそうになった。

 そのせいなのか、はたまた単純にレースの開始を喜んでか、わぁぁぁっ……! と、会場からは歓声(主に男性の)と拍手が入り乱れる。

 レース参加者は全員女なのだから、観客のテンションも大いに上がっているようだ。

 なお、参加を希望した男はことごとく受付で『お前空気読めや』という無言の笑みに退けられた。

 女性優遇の社会ではあるが、それはそれ。やはり水上を走り回るのは女性が良いに決まっている。それは主催者であり当園オーナーでもある向島 光一郎(むこうじま こういちろう)の指針――というか、趣味であった。

 だがしかし、そんな女しかいないはずの会場に明らかに男であろう影が1つ。

 

「(マジかよぉ……)」

 

 その影の正体は、自分の存在が周囲から浮いていることに青い顔をしているウィリアム・ホーキンスである。

 なんで俺だけ参加なんだよ……と、ウィリアムは頭を抱えるが、彼が参加できた理由はこの女性司会者と向島オーナーのみぞ知る。――というか、ぶっちゃけると向島オーナーがラウラの大ファンで、彼女を出場させるためなら不純物(ウィリアム)が1つ混じる程度はコラテラルダメージという、ウィリアムからすればまったくもって失礼な理由だった。

 うん。ウィリアム、お前は怒ってもいい。

 

「さあ、皆さん! 参加者の方々に今一度大きな拍手を!」

 

 再度巻き起こる拍手の嵐に、レース参加者は手を振ったりお辞儀をしたりとそれぞれ応える。

 そんな中、ウィリアムは観客(主に男性)から浴びせられる嫉妬の眼差しの集中砲火に当てられて「あ、あははは……」と乾いた笑みを浮かべ、ラウラは入念に柔軟体操を行う。

 

「優勝賞品は南国の楽園・沖縄5泊6日の旅! 皆さん、頑張って下さい!」

 

「(この戦い、何がなんでも勝つ……!)」

 

 柔軟体操に十二分の気合いが籠っているラウラの背後には『必勝』の2文字が陽炎に揺れていた。

 

「(優勝のあかつきにはウィルと2人きりで沖縄へ行って……)」

 

 ……………。

 

『夫婦水入らずで南国旅行というのも良いものだな』

 

『ああ。でも俺は、ラウラと一緒ならどこへ行ったって楽しいぞ』

 

『そ、そうか……。わ、私も、お前となら……』

 

『――ラウラ』

 

『ど、どうした? いきなり後ろから抱きついてきて……』

 

『今、2人きりなんだよな? ならちょっとだけ夫婦らしい(・・・・・)こと、してみないか?』

 

『う、ウィル……?』

 

『ラウラ、好きだ。愛してる』

 

『ば、馬鹿者っ……。そんな強引に……』

 

 ホワホワ~ンと、ラウラの頭の中で色々と想像が膨らんでいく。

 

「(ふ、ふへへ……ハッ!? い、いかん! 集中しなければ! 気を抜けばこちらがやられる!)」

 

 周りは優勝を狙って集った者ばかり。その中には鈴とセシリアの姿もある。このような調子で(いくさ)(のぞ)めば、返り討ちに遭うのは確実だ。

 気合いを入れ直すため自身の頬をパンパンッと叩くラウラ。そんな彼女の横では、ウィリアムが半ば自棄(やけ)を起こしていた。

 

「(え、ええい! ままよ! もうこうなったらやってやる! 目指すは優勝! アメリカン・スピリッツ見せたるぞゴラァ!)」

 

「では再度ルール説明です! この50×50メートルの巨大プール! その中央の島へと渡り、フラッグを取ったペアが優勝です! なお、コースはご覧の通り円を描くようにして中央の島へと続いています! その途中途中に設置された障害物は、基本的にペアでなければ抜けられないようになっています! ペアの協力が必須な以上、2人の相性と友情が試されるということですね!」

 

 ウィリアムとラウラはアナウンスを聞きながら、再度コースを見回した。

 中央の島というのがなかなかに厄介で、空に浮いているのである。……いや、正確には頑丈なワイヤーで吊るされているのだが、問題はそこではない。

 

「(うーむ……こいつは泳いで渡るのは無理だな。ショートカットは――)」

 

「(上手く近道ができないように工夫されているな。そして、プールに落ちれば始めからやり直し、か)」

 

 成程、なかなかよくできている。2人はそう納得しながら、しかしこうも考えた。

 

「「(参加者が一般人なら――な)」」

 

 2人は専用IS持ちだ。そして当然ながら、それを扱うに当たっての訓練も受けている。

 ウィリアムは他の専用機持ちに比べれば訓練期間は短いが、それでも並みの軍人と同等の能力は持っている。そのペアであるラウラに至っては特殊部隊の隊長を勤めている実力者だ。

 単純な格闘能力だけなら、一般男性など相手にすらならない。相手が軍人であったとしても互角に渡り合えるだろう。

 ISとはそれだけのものであり、そしてそれを扱う者も人材価値として非常に高い(まあ、ウィリアムに関しては空軍に入隊したくて体を鍛えていたのが幸いしたのもあるが……)。

 

「さあ! いよいよレース開始です! 位置について、よ~い……」

 

 パァンッ! と乾いた競技用ピストルの音が響き、24名12組の水着の妖精達(うち1名はむさいゴリラ)が一斉に駆け出す。

 

「ウィル!」

 

「ああ!」

 

 開始直後、足払いを仕掛けてきた横のペアをジャンプでかわし、1番目の島に着地する。

 このレース、なんと『妨害OK』なのだ。――が、しかし、本物の軍人2人組にとっては、そのルールは逆に有利になるだけである。

 

「このまま突っ切るぞ、ラウラ!」

 

「了解した!」

 

 向かってきたペアを軽くかわし、そのまま正面突破を敢行する。

 レースは先行逃げ切りの真面目組と、妨害上等の過激組とに完全に別れていた。

 しかし、そこに問題が発生してしまう。

 何せ最年少に近い上に男女ペアとなっている2人が、いきなりの大立回りである。会場全ての注目を一手に集めてしまったせいで、以後の妨害はとにかくウィリアムとラウラに集中した。

 

「うおっ!? 悪い意味で目立ってるな!」

 

「チッ、邪魔な!」

 

 向かってくるたびに回避し、必要があれば水面に落としたりはしているものの、キリがない。どうやら先行した真面目組とグルの過激組がいるようだった。落とされては即復活し、とにかく妨害行為を仕掛けてくる。

 

「お先!」

 

「失礼しますわ!」

 

 足止めを喰らっている2人を、横から鈴とセシリアが抜いて行った。

 

「くっ、このままでは……!」

 

 現状に焦りを感じたラウラは、チラリとウィリアムに目配せする。

 

《早速だが、例の手を使う!》

 

《いやお前、それはいくら何でも……》

 

《ここは戦場だ! 敵に情けをかけていたら、やられるのはこちらだぞ!》

 

《戦場って、そんなオーバーな……》

 

 ついでにプライベート・チャネルで交信する2人。しかし、ウィリアムはラウラの言う『例の手』に渋りを見せる。と、その時だった。

 

「「うりゃああああああっ!!」」

 

 ガッツリと組み合った腕でラリアットを仕掛けてくる妨害ペアが正面に現れる。

 

「ら、ラリアットとかありかよ!?」

 

 何がそうまでさせるのかは分からないが、『例の手』に消極的なウィリアムの考えを改めるさせるには十分だった。

 

「(や、やられる……!)」

 

 ウィリアム目掛けて突撃してくる妨害ペアが異様にゆっくりと映る。

 

「(そんなに……俺達の力が見たいのか……。攻撃してくる……君達が……悪いんだぞ……)」

 

 キッと目の前のペアを睨みつけながら、半身(はんみ)の姿勢になって構えるウィリアム。

 そして――

 

「(やって……やる……。やられる……前に!)」

 

 瞬時に脚に力を込めて飛び出し、組んだラリアットの真下をスライディングで通り抜けながら両手で足を引っ掛ける。――と同時にラウラがバランスを崩した妨害ペアを一閃した。

 ドボーン! とプールに落ちる妨害ペア。しかしそれはもはや慣れっこのようだった。

 

「何度でも蘇るわよ、私達は!」

 

「まだだ! まだ終わってない!」

 

 水面(みなも)へと浮上した2人組。しかし、その体にはあるべき物が無い。

 

「ふっ……。威勢は良いようだが、装備もままならない状態でどうする気だ?」

 

「許せよ、君達。俺は見てないから……」

 

「「きゃああああっ!?」」

 

 素早く2人分の水着のブラを奪ったラウラは、パニックに陥る妨害組を鼻で嗤ったあと手元のそれを丸めて反対側の客席へと放り投げた。

 期待通り――というかそれ以上のアクシデントに、会場の男性陣は大いに沸いた。

 

「邪魔者は片付いた。追撃に移るぞ」

 

「お、おう」

 

 1番目の島ではロープに繋がれた小島を1人が固定して渡り、それから対岸で支えてもう1人も渡るというものだったが――

 

「この程度なら俺でも問題なく行けるか」

 

「これ以上時間をかけるわけにはいかん。一気に行くぞ」

 

 ウィリアムとラウラは同時に小島へと飛び移り、そのまま猛スピードで渡って行く。

 小島を1つ飛ばしで軽やかに飛んで行くラウラと、水飛沫を上げながら揺れる小島を強引に駆け抜けて行くウィリアム。

 さっきまで水着ポロリに沸いていた会場だったが、今度は2人の怒涛の追い上げに歓声が巻き起こった。

 

「こ、これはすごい! 先ほどのペアもでしたが、何か特別な練習でもしているのでしょうか!」

 

 続く第2の島も、障害そっちのけで2人は突き進む。

 1人が放水を止めてその間に通り抜けるという障害だったが、ウィリアムとラウラは水を浴びながら同時に走って突っ切った。

 

「はっ、気持ちいいシャワーだったぜ」

 

「この程度、地雷原に比べればお遊びだな」

 

 そんなこんなで続く第3の島、第4の島とクリアーしていき、ついに第5の島へ到達。鈴・セシリアペアにも追い付いた――のだが、またしても問題が起きた。

 

「ここで決着をつけるわよ!」

 

 まともに走ったのでは負けると踏んだのか、トップペアが反転して向かって来たのだ。

 

「あっはっはっ。一般人があたし達候補生に勝てるとでも思ってるのかしら?」

 

 余裕の態度を見せる鈴だが、ウィリアムとラウラはこのペアが一般人でないことに即座に気付いた。

 

「ラウラ、気付いているとは思うが……」

 

「ああ。あれは格闘技経験者の体格だ。一般人ではないな」

 

「おおっと、トップの木崎・岸本ペア! ここで得意の格闘戦に持ち込むようです!」

 

「――はい? 得意の……何ですって?」

 

「ご存知2人は先のオリンピックでレスリング金メダル、柔道銀メダルの武闘派ペアです! 仲が良いというのは聞いていましたが、競技が違えど息ピッタリですね!」

 

 マッチョ・ウーマンという単語がピッタリと合うそのペアは、気合い十分の怒号と共に向かってくる。

 

「(まずいな。こちとら全力で走ったり飛んだりして来たってのに、ここでまともにやり合ったら――)」

 

「(体力を浪費するだけして、押し切られるのがオチだな……)」

 

 その上ここは浮島だ。逃げ道など無い。

 

「くっ、やむを得ん……! ラウラ!」

「こうなったら……! セシリア!」

 

 奇しくも同時に作戦を思いついたウィリアムと鈴は、互いのペアの名前を呼ぶ。その声にラウラとセシリアがそれぞれ反応した。

 

「なんだ!?」

「な、なんですの!?」

 

「一か八かだ! 俺の後ろについてくれ!」

「あたしに秘策がある! 突っ込んで!」

 

「何か案があるんだな!」

「は!? わたくしが、前衛!?」

 

「大当たりだ! あとでコーラを奢ってやる!」

「そうよ! 迷ってる暇は無いから!」

 

 距離を詰めに掛かってきたメダリスト・ペアに向かってウィリアムとセシリアは単騎特攻する。

 

「よし、ここで……! ラウラ、来い!!」

 

「成程、そういうことか!」

 

 その場にしゃがむウィリアムを見て瞬時に作戦の内容を察したラウラは、迷いなく彼の元へと駆け出す。

 そして、それと同時に鈴の声が響いた。

 

「セシリア、そこで反転!」

 

「へ?」

 

 大声に呼ばれて振り向いたセシリアが見たのは、眼前に迫る鈴の足――の裏。

 

「上げるぞ!」

 

「頼んだ!」

 

 ラウラが肩に飛び乗ったのを確認したウィリアムが一気に立ち上がり、その勢いを利用して彼女はゴールへ向けて大きく跳躍する。

 

「は……? ――ぶべっ!!」

 

 一方のセシリアは鈴に思いっ切り顔面を踏まれて文字通り踏み台にされていた。

 セシリアを踏み台にした鈴はその身軽な動きで一気にゴールへ跳躍する。

 ――決着が、ついた。

 

「勝ったぁ!」

 

 フラッグを手に取ったのは、鈴だった。

 その後ろ、数秒前まで鈴とラウラがいた小島では、踏まれてバランスを崩したセシリアと、背中を向けていたことで回避し損ねたウィリアムがメダリスト・ペアのタックルを受けて一緒に数メートル下の水面(みなも)へと落ちていった。

 

 ドッボーン!

 

 大きく伸びた水柱をラウラは悔しそうに、鈴は眩しそうに見つめる。

 

「くっ……。ウィル、すまない……」

 

「ありがとう、セシリア。アンタのおかげよ」

 

 キラリ、青空にセシリアの笑顔が浮かぶ。……完全に故人の扱いだった。

 

「ふ、ふ、ふ……」

 

 地の底から響くような絶対零度の笑い声。そして、さっきの倍近い水柱が立つ。

 

「今日という今日は許しませんわ! わ、わたくしの顔を! 足で! ――鈴さん!」

 

【ブルー・ティアーズ】を展開した水着姿のセシリアが、憤怒の表情で鈴へと向かう。

 

「はっ、やろうっての? ――【甲龍(シェンロン)】!」

 

 対する鈴もすぐさま【甲龍】を展開し、即応態勢へと移る。

 

「な、なっ、なぁっ!? ふ、2人はまさか――IS学園の生徒なのでしょうか! この大会でまさか2機のISを見られるとは思いませんでした! え、でも、あれ? ルール的にはどうなんでしょう……?」

 

 驚きと興奮と困惑の入り交じった声で、司会の女性はまくし立てる。大きな身振り手振りに、またしても豊満なバストが揺れた。

 

「ぜらぁあっ!」

 

「はあぁぁっ!」

 

 鈴とセシリアは同時に飛び出し、互いにブレードがぶつかり合う――寸前、2人の動きはビタッと止まった。

 ISのハイパーセンサーがしきりに被ロックオン警報を発していたからだ。

 

「「!?」」

 

 ハッとして首を巡らせると、そこには1機の大柄なISが地上から2人を見上げていた。

 全身を包む艶消しグレーの制空迷彩。合計8枚もの翼と、飾り気のない武骨な機体シルエット。

 そして何よりも大きく目を引く――ヘッドギアに塗装された、シャークマウス。

【バスター・イーグル】を展開したウィリアムだ。

 

「お前らはここで戦争でもおっ始めるつもりか? 今すぐにISを解除しろ」

 

「でもセシリアが――!」

 

「鈴さんが――!」

 

 ジャキ……ガコッ

 

 鈴とセシリアの反論は、4連式ロータリーランチャーの駆動音によって遮られた。

 左右のランチャーからは『スカイバスター』が顔を覗かせており、それぞれ鈴とセシリアをロックしている。もちろんウィリアムに発射の意思は無いが、威嚇には十分だろう。

 

「かつての私の所業を振り返れば言えた義理ではないが、こんな場所で暴れたら巻き添えが出るかもしれないということも考えろ」

 

「う、ぐ……。分かったわよ……」

 

「ご迷惑をお掛けしましたわ……」

 

【シュヴァルツェア・レーゲン】を展開したラウラに(さと)されて、冷静さを取り戻した鈴とセシリアは大人しく(ほこ)を納める。

 こうしてウォーターワールド内にて勃発しかけたISバトルは未然に防がれたのだった。

 

 ▽

 

「まったく。お前達は専用機持ちだろう。こんな所で暴れたらどうなるかくらい分からないのか? んん?」

 

 さっきまで水着を着ていた俺は私服に着替えたあと、司会の女性に連れて来られた事務室で鈴とセシリアに説教していた。

 

「今回は被害がなかったから良かったがな、それは偶然だぞ。偶然ストッパーがいたから、被害が出なかったんだ」

 

 幸いにも未然に防げたので怪我人や物損は出なかったが、それは俺やラウラが運良くその場にいたからだ。私闘で一般人に怪我人を出したとなれば目も当てられない。

 

「とにかく、こういった行動は以後改めるように。いいな?」

 

「「はい……」」

 

 同じく私服に着替えた鈴とセシリアが、俺に叱られたことでシュンと小さくなる。

 ちなみにだが、鈴が取った優勝は試合が滅茶苦茶になってことで全てパアになった。その時の2人は思わず同情してしまうほどの落ち込みっぷりだったが、あとで賞品の所有権を巡って喧嘩するくらいなら元から無かった方が平和的だろう。

 

 ピリリリリッ

 

 部屋の備え付け電話が鳴って、女性がそれを手に取る。

 

「はい、事務室。……ああ、はい。分かりました」

 

 カチャリと受話器を置いた女性がこちらに向き直った。

 

「学園の方から身柄の引き取り人が来られたそうですよ」

 

「どうもありがとうございます。失礼しました」

 

 女性に1度頭を下げてから、俺達4人は事務室をあとにする。バタン、とドアが閉まる音を背中で聞いても、鈴とセシリアはぼんやりと床を見つめたまま俯いて歩き出す。

 

「よっ、ウィル。鈴とセシリアが暗いけど、こってり絞られたみたいだな」

 

 事務室から少し歩いた所には、今日を鈴もしくはセシリアと一緒に過ごす予定だった一夏が立っていた

 

「ああ。絞ったのは俺なんだがな。それはそうと、引き取り人ってのはお前さんか?」

 

「本当は山田先生が来るはずだったんだけどな、緊急の仕事だとさ。で、ちょうどデータ取りが終わった俺が代わりに――おわっ!?」

 

 一夏の言葉が終わらないうちに、鈴とセシリアが思いっ切り踏み込んでその胸倉を掴んだ。

 

「アンタねぇ……!」

 

「一夏さんのせいで! せいで……!」

 

 2人の女子から同時に非難100%の視線を受けて、さすがの一夏も怯んだらしく矢継ぎ早(やつぎばや)に言葉を紡ぐ。

 

「ま、待て。悪かった。なんか知らんが悪かった。――よし、何か奢ろう。甘いものとかどうだ? な?」

 

「「……………」」

 

 鈴とセシリアは数秒考えたあと、ボソリと呟いた。

 

「……(アット)クルーズ」

 

「……期間限定の1番高いパフェ」

 

「ぐあ」

 

 前に気になって一夏に訊ねてみたのだが、その店のスイーツは1番高いものになると1つ2,500円はするらしい。予想外の出費に一夏は頭を押さえた。

 

「なに、イヤなの?」

 

「断れる立場でしょうか」

 

「分かったよ……。はぁ……」

 

 そうと決まれば鈴とセシリアの切り替えは早い。さっきまでの落ち込みや怒りはどこかへ捨てて、喜色満面の笑みで一夏の腕を取って歩き始めた。

 

「これでまあ、一件落着か?」

 

 俺は去って行く3人の背中を眺めながら、腰に手を当ててふぅっと短く息をつく。

 

「さて、それじゃあ俺達も帰る―― 前に外食して行かないか? 実はあっちの方に美味いって評判の店があるんだが……」

 

「ほう、それは私も食べてみたいな。ちょうど動き回って空腹だったところだ」

 

「そいつはグッドタイミングだ。じゃあ早速行くか」

 

 2人並んで歩き始める俺とラウラ。

 店に向かう途中、ふと右手に柔らかな感触を感じて視線をやれば、俺の手を取って歩くラウラの姿が目に入る。

 突然のことで少し驚きはしたものの、悪い気は全くしない。――どころか、上手く表現はできないが何か暖かい気持ちで満たされるような気分だ。

 夕暮れ時のオレンジに照らされて長く伸びる影が2つ。

 それはまだ暑さの衰えない、8月のある日の出来事だった。

 



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35話 朝の食事はガッツリと

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。階級は少尉。現在はISの試験操縦士」

 

 薄暗い部屋。不快な湿度が、ここが地下の密室であることを物語っている。

 ――そうだ、ここは……私の記憶の中でも特別暗い部分だ。軍の訓練、その中でも最も嫌いだった『尋問に対する耐性訓練』。

 その訓練所でもあり、数年前まで実際に尋問……いや、拷問にも使われていた場所。床にできた黒いシミは、恐らく湿度とは関係のない、ナニカの跡だろう。

 そして、水滴の音。結露した天井から時折落ちてくるそれが、無性に私の苛立ちを駆り立てていた。

 

「気分はいかがかな? ふふ、顔色が良くないね」

 

 立つ気力も座る体力もない私は、そんな問い掛けに答えたりしない。

 このおぞましき部屋の主であろう女は、しかし顔が見えない。こちらからは逆光になる位置で立ち、腰の後ろで手を組んでいる。

 その声は妙に澄んでいて、この部屋の湿度もあってか特別きれいに木霊(こだま)した。

 

「さて、3日間の不眠と断食(だんじき)はいかがだったかな、ラウラくん。ん?」

 

 答えるのも面倒だ。余計な体力を消費する。そのくらい、今の私は疲弊していた。

 

「これはねえ、典型的な尋問なんだよ。大昔から使われていた手法だ。時間の概念が停止した部屋で眠らせず、食べさせず、そして延々と水滴の音だけを聞かせる」

 

 カツカツと、硬質のかかとを鳴らして女が数歩、進む。

 

「かけさせてもらうよ?」

 

 勝手にしろ。そう、心の中で呟くのがやっとだった。

 女は椅子に腰かけると右に左に首を鳴らし、ゆっくりと脚を組んだ。

 わずかに光の網から抜け出した脚は、驚くことに素肌だった。

 ――軍服を着ていない……? 何者だ、こいつは……。

 いつもの訓練官ではない。いや、それどころか軍人であるかさえも怪しい。

 部屋の主の女かと思ったが、どうも私の勘違いだったようだ。改めて考えると、いつもの訓練官とは口調が違うし、声も高い。

 

「(こいつは……誰だ? なぜここにいる?)」

 

 いつもと違う要素が、腐りかけていた私の思考回路を蘇らせる。自然と活力が沸き起こり、次の瞬間にはどうやって制圧するかを思案する。

 

「(そうだな、まずは――)」

 

「まずは、椅子を倒し、そのまま首を取る――というのは、あまりおすすめしないな」

 

「(!? な、なぜ――)」

 

「なぜ考えていることが分かったか、かい? それはねぇ」

 

 女の顔がゆっくりと光の網から出てくる。しかしそれは口元までで、目は見えない。

 美人――なのだろう、恐らく。アゴの造形が整っている。

 そして形の良い唇が、ゆっくりと言葉を刻む。

 

「      」

 

 それは、不思議なことに聞き取ることが一切できなかった。

 読心術も習っている私には、例え無音であっても言葉を理解するのは容易い。にも拘わらず、なぜかその言葉は言語化することができなかった。

 だが、それなのに――

 

「(ああ……、成程な)」

 

 ひどく、納得がいってしまう。

 それならば仕方がない、と思ってしまう『何か』。その言葉にはそれがあった。

 

「さて、それじゃあ尋問を始めようか。ラウラくん、愛国心はあるかな?」

 

「ああ」

 

「ふふ、簡単にウソをつくんだね、君は。――愛国心なんて欠片も持ち合わせてはいないだろう?」

 

「そんなことはない」

 

「ふーん……」

 

 まあそれはいいんだよ、とどうでもよさげに言ってから、女は何やら手帳を取り出して開く。

 

「さて、仲間はどこにいる? 規模は? 装備のレベル、バックアップは?」

 

「言うとでも?」

 

「それもそうだね。では、こういうのはどうかな?」

 

 ニヤリ、女の口元が笑みに歪む。

 そんな表情の変化には取り合わず、私は次にどうやって目の前の相手を制圧するかを考え始める。

 

「好きな人はできた?」

 

 ―――――。

 その言葉に、私の思考が完全に停止する。

 

「……な、に?」

 

「名前はウィリア――」

 

「なっ!? ば、馬鹿! 言うっ、言うなぁっ!」

 

「あははっ! 顔真っ赤にしちゃって、可愛いねえ」

 

「こ、こっ、殺す! 殺してやるっ!」

 

 疲労も脱力も吹き飛ばして、私は立ち上がると同時に飛びかかる。

 そして――

 

 ▽

 

「あ、あのー……ラウラ?」

 

「う……?」

 

 ラウラが押し倒し、その首筋にナイフを当てているのはルームメイトのシャルロットだった。

 場所はIS学園1年生寮の自室。時刻はどうも早朝らしく、窓の外ではスズメがのんきに鳴いている。

 

「えーと、あのね? ラウラがうなされていたから声を掛けようかなーと思ったんだけどね」

 

「そ、そう……か」

 

 言われてみて気付いたが、ラウラは寝汗をビッショリとかいていた。肌にまとわりつく髪が、堪らなく鬱陶しい。

 

「……で、いつまでこのままなのかな?」

 

「そ、そうだったな。……すまない」

 

 頸動脈(けいどうみゃく)に当てていたナイフをどけ、そのままシャルロットの上からも離れる。

 どうも夢の内容は覚えていないが、楽しいものではなかったのだろう。自分の乱れた脈拍がそう告げていた。

 

「ん、別にいいよ。気にしてないから」

 

「そうか。助かる」

 

 この部屋割りには最初こそ戸惑ったものの、ルームメイトのシャルロットが非常に気配り上手な存在であったため、むしろ今ではこの編成に感謝している。

 転校して間もない頃は睨み合ったりもしたが、あのトーナメント戦のあとも別段気にした様子はなく、改めてルームメイトとして、そして友人としての付き合いをしてくれていた。

 

「(そのシャルロットに刃物を向けるなど……どうかしている)」

 

 ふう、と溜め息を漏らしてベッドから降りる。シャルロットもそれに続いた。

 

「ところでさあ、ラウラ?」

 

「なんだ?」

 

「あのー、やっぱりパジャマは着ないのかな?」

 

 改めて、シャルロットは指摘する。というのもこのラウラ、寝る時はいつも下着姿なのだ。その理由が――

 

「寝る時に着る服がない」

 

「いや、そうかもしれないけど……ああもう、風邪ひくってば」

 

 常にサイドテーブルに備えてあるバスタオルはこのためのものだ。いつものように、シャルロットはラウラの体にタオルをかける。

 しかしまあ、以前までは全裸のまま寝ていたので、下着を着るようになった今と比べればマシにはなっているだろう。

 

「ふむ。すまないな。ところで私はシャワーをしてくるが、お前はどうする?」

 

「うん、僕も浴びようかな。冷や汗かいちゃったし」

 

「一緒にか?」

 

「ち、違うよっ、もう! ラウラのあと!」

 

「ふふっ、冗談だ」

 

 いつもの冷淡なものとは違う楽しそうな声でそう言われて、シャルロットは一瞬ポカンとしてしまう。

 その間にラウラはシャワールームへと行ってしまって、バタンとドアを閉じる音が聞こえる。

 

「(前は冗談なんて言わなかったのに、どうしたんだろ? ……ああ、そっか)」

 

 何か心境の変化でもあったのか、と首を傾げていたシャルロットの頭の中に1つの答えが浮かび上がる。

 

「(きっとウィルだね)」

 

 冗談をよく口にするあの友人。そんな彼と一緒にいたからこそ、自然とラウラに変化が訪れたのだろう。ラウラの友人としては嬉しい限りだ。

 

「(それはそうとして、やっぱりパジャマをなんとかしないと……)」

 

 うーん、と朝から唸るシャルロットだった。

 

 

 

 

 

 

「買い物?」

 

「うん、そう」

 

 寮の食堂、そこで早めの朝食を取りながらラウラとシャルロットは話していた。

 2人の他には朝練をしている部活動の面々がチラホラいる程度で、まったく混んではいない。

 2人のメニューはといえば、マカロニサラダにトースト、そしてヨーグルトである。

 だが、ラウラのメニューにはもう1品だけ多い。

 

「あ、朝からステーキって……胃がもたれない?」

 

「何を言う。むしろ1日の始まり――つまりは朝だが、だからこそ多めに食べるべきなのだ。その方が体の稼働効率は良い。腹持ちの良いメニューならばなお良しだぞ。何らかの理由で昼食を取る(ひま)がなくなってしまっても多少はしのげるからな」

 

「……ちなみにラウラ、それ誰から聞いたの?」

 

ウィル(私の嫁)からだ」

 

「だよねぇ……。僕も前にウィルから聞いたことあったし」

 

 でもラウラなら、ウィルから聞かなくても同じことを言いそうだなぁ。などと考えながら、シャルロットはフォークの先端にマカロニをスルッと通して食べる。

 

「む。なんだそれは?」

 

「なんだって……マカロニ?」

 

「それは分かっている。どうしてフォークに通したのかを聞きたいのだ。刺すではなく、なぜ通したのかを」

 

 ラウラの眼差しは真剣そのもので、つい雰囲気に飲まれそうになったシャルロットはマカロニを飲み込むのがワンテンポ遅れた。

 

「なぜって言われても……なんとなく?」

 

「ふむ、なんとなく……」

 

「ラウラもやってみたら? 結構楽しいよ?」

 

 言ってから、ハッと気がつく。

 

「(う、僕って子供っぽいかな……? ラウラのことだし、もしかしたら……)」

 

『ほう、確かに面白いな』

 

『そ、そう? よかった』

 

『こんなもので面白いと言える、お前の頭がな』

 

 ……………。

 

「(い、いや! そんなことはないよ、うん! ラウラはきっとそんなこと言わないよ!)」

 

「シャルロット」

 

 ――ビクッ!

 

「これは、確かに面白いな。ふむ……せっかくだ。全部の先端に通してみよう」

 

 言ってすぐ、他のマカロニもいじり始めるラウラ。

 どうも、本当に面白がっているらしく、その反応にシャルロットはホッと胸を撫で下ろした。

 

「む、く、これは思ったよりも難しいな……この」

 

 なかなか最後のマカロニが通らず、悪戦苦闘するラウラ。

 なんとなくシャルロットは昔飼っていた猫を思い出して、しばし見とれた。

 

「(あの子って変なところで不器用だったなぁ。毛玉、ずっと追いかけたりして、最後は玉じゃなくなって、不思議な顔してたっけ)」

 

「できた」

 

「おー」

 

 マカロニを先端に通したフォークを軽く持ち上げるラウラと、それに拍手をするシャルロット。食堂にいた他の女子は、何事かと目をしばたたかせていた。

 

「それで、買い物には何時に行くんだ?」

 

「あ、うん。10時くらいに出ようかなって思うんだけど、どうかな? 1時間くらい街を見て、どこか良さそうなお店でランチにしようよ」

 

「そうか。せっかくだし嫁も誘って行こう。うむ、実にできた夫だな、私は」

 

「あ、あはは……。そうだね……」

 

 ふふん、と得意気に鼻を鳴らしながらマカロニを食べるラウラに、シャルロットは苦笑いを浮かべるのだった。

 

 ▽

 

 一方その頃。IS学園の整備室にて。

 そこではウィリアムが、はぁ……と溜め息をつきながら【バスター・イーグル】の右腕を下から見上げる格好で何やら作業をしていた。

 

「(まったく。30ミリ弾を新しい弾頭に置き換えたから換装と試射をしてくれなんて、いきなりすぎるだろ。ていうか、なんでもっと早めに言ってくれなかったんだよ……)」

 

 心の中でそう愚痴りながら、30ミリ機関砲『ブッシュマスター』のメンテナンス用ハッチを開くウィリアム。

 

「さて……えーと、なになに? 徹甲榴弾(てっこうりゅうだん)か。これまたエグいもん寄越して来たな」

 

 これは以前まで使っていた『装甲を貫徹(かんてつ)する』ことに特化したタングステン製の徹甲弾とは違い、炸薬を詰めることで『貫徹(かんてつ)後に装甲の内部も破壊する』という代物である。

 口径は30ミリなので、もちろん『ブッシュマスター』でも発射可能。武装は良いものを持つに越したことはないが、問題はここからだ。

 

「これがベルト給弾のキツイところなんだよなぁ……」

 

 ジャラジャラと合計300発も連なる30ミリ砲弾でできた(おび)の、その先端を掴んで給弾口に取り付けたウィリアムは続いて手に取ったクランクを『ブッシュマスター』の機関部に()して回し始めた。

 そう、察しの通り、なんとこの【バスター・イーグル】は砲弾の装填作業が完全人力なのである。

 

「……………」

 

 キュッコッキュッコッ

 

 クランクの回転に合わせて1発ずつ拡張領域内の大型弾倉へと装填されていく30ミリ砲弾。

 最もよく使う武器であり威力も信頼性も申し分ないのだが、この作業だけは毎度ながら実に面倒だ。

 

 キュッコッキュッコッ

 

「――ああそうだ、あとで出かける用事もあるんだった。はぁ~……」

 

 クランクを回しながら、ガクッと肩を落とすウィリアム。

 今、ようやく10発目の砲弾が装填されたところであった。

 

 



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36話 金の貴公子、銀のプリンセス

「部屋には不在。電話にも出ない。あいつはどこに行っているんだ。――まさか夫に隠れて浮気か?」

 

 不機嫌そうに携帯電話をポケットにしまうラウラ。

 ちなみにだが、ウィリアムは今【バスター・イーグル】を展開して試験射撃を行っているので、電話に出ることはまず不可能である。

 

「いや、浮気じゃあないんじゃないかな……。まあ、いないなら仕方がないよ」

 

「ISのプライベート・チャネルでなら繋がるだろう。よし」

 

「わあ! よし、じゃないよ! ラウラ、ISの機能は一部だけでも勝手に使うとまずいんだよ?」

 

「知るものか。ウィルの所在の方が大事だ」

 

「……織斑先生に怒られるよ」

 

 ピシリ、ラウラの動きが止まった。

 

「そ、そうだな。プライベートな時間も、時には大切だろう。よし、シャルロット。2人で出かけよう」

 

「うん、行こ」

 

 そうして2人で学園を出るため、一旦部屋へと戻る。

 もちろん、2人とも着るのは私服――のはずだったのだが……。

 

「あの、ラウラ? その軍服はなに?」

 

「うむ、これは正式には公用の服だが、いかんせん私には私服がない」

 

「……………」

 

 さすがに頭を抱えるシャルロット。そういえば、同じ部屋でも普通の女の子の格好をしているところを見たことがなかった。

 

「ラウラ、制服でいいよ……。その服って勝手に着たら本国の人に怒られるでしょ?」

 

「そう言われればそうだな。分かった制服に着替えよう」

 

 それから女子とは思えない早さでラウラが着替えを終え、部屋を出たのは15分後のことだった。

 

「まずはバスに乗って駅前に移動ね」

 

「うむ」

 

 バス停に着くとタイミング良くバスが走ってきて、2人はそのまま乗り込む。夏休み、それも10時過ぎということもあってか、車内はかなり空いていた。

 都市部のバスにしては珍しく、車内は冷房ではなく窓からの風で(りょう)を得ている。

 

「(そういえば街の方ってあんまりゆっくり見たことなかったなぁ。せっかくだし、今日は色々見に行こっと)」

 

 窓から見える景色を眺めるシャルロットを、風がゆっくりと撫でていく。わずかに揺れた髪は夏の陽光を受けて金色に輝いていた。

 その隣、ラウラが真剣な眼差しで町並みを観察している。

 

「(ふむ……あの建物は狙撃ポイントに向いているな。それに向こうのスーパーは長期戦時にライフラインとして機能させられる。隣接する立体駐車場はかなり頑丈な構造をしているから、簡易的なブンカー(バンカー)に使えそうだ)」

 

 銀色の髪が日光を受けて鮮やかに輝く。その鋭い目線もあって、超俗的な雰囲気を醸し出していた。

 

「ね、ね、あそこ見て。あの2人」

 

「うわ、すっごいキレ~」

 

「隣の子も無茶苦茶可愛いわよね。モデルかしら?」

 

「そうなのかな? 銀髪の子が着てるのって……制服? 見たことない形だけど」

 

「ばかっ。あれ、IS学園の制服よ。カスタム自由の」

 

「え!? IS学園って、確か倍率が1万超えてるんでしょ!?」

 

「そ。入れるのは国家を代表するクラスのエリートだけ」

 

「うわ~。それであのキレイさって、なんかズルイ……」

 

「神様は不公平なのよ。いつでも」

 

 シャルロットとラウラに注目している女子高生のグループが、声のボリュームを抑えることなく騒いでいる。

 そんな風に盛り上がっている会話は、当然バスという狭い空間で2人の耳にも届いていた。

 

「……………」

 

 そんな風に褒められたことが無かったせいか、シャルロットは恥ずかしそうに俯いている。

 その一方でラウラは、どうでもいいことだと聞き流して、再度『戦時下の市街戦シュミレーション』を続けた。

 

「(ISとて限界はある。ここはターミネーター(人型航空兵器)との連携が望ましいな。あの道路なら幅が広いから離着陸も行えるだろう。念のため、空からの脅威に対して何か独立した移動可能な地対空ミサイル(SAM)も欲しいところだ。歩兵にも携行式の地対空ミサイルを――)」

 

「ラウラ、ラウラ」

 

「ん、なんだ?」

 

「駅前に着いたよ。ほら、考え事は中断して降りよ?」

 

「分かった」

 

 2人は他数名の乗客と一緒にバスを降りると、そのまま駅前のデパートへと入る。

 シャルロットはバッグから何やら雑誌を取り出して、それを案内図と交互に見ては何かを確認していた。

 

「うん、分かった。この順番で回れば無駄がないかな」

 

「ふむ」

 

「最初は服から見ていって、途中でランチ。そのあと、生活雑貨とか小物とか見に行こうって思うんだけど、ラウラもそれでいい?」

 

「よく分からん。任せる」

 

 相変わらず、一般的な10代女子のことには疎いラウラだった。10代というのは紛れもなく自分も含まれるのだが、分からないのだから仕方がない。

 ――それにしても、といつも思う。

 ラウラは、元来()が強い。それなのに、シャルロットの言葉には特に抵抗無くすんなりと頷いてしまう。普通なら、分からないことがあっても行動は自分で決めるのがラウラという少女だった。

 

「(不思議なものだな)」

 

 シャルロットには、何かそういう言葉では言い表せない不思議な魅力がある。

 それは例えば、ラウラが知らない『母性』というものに近いのかもしれない。

 

「ラウラ、聞いてる?」

 

「ん? ああ、すまない。聞いていなかった」

 

「も~。私服はスカートとズボン、どっちが良いって聞きたの」

 

「ん。どっちでも――」

 

「どっちでも良いとか、言わないでね。取り敢えず7階フロアへ向かうよ。その下、6階と5階もレディースだから、順に見てこ」

 

「うん? なぜ上から見るんだ? 下から見たらいいではないか」

 

「上から下りた方がいいの。ほら、お店の系統から見ても、そうでしょ?」

 

 そう言われてシャルロットが開いた本を見るラウラだったが……

 

「まったく分からん」

 

「~~~っ。あのね、下の方はもう秋物になってるの。上の方の階もだいぶ入れ替えてると思うけど、今セールで夏物がまだ残ってるから先にそっちを」

 

「待て、秋の服は要らないぞ」

 

「え? 要らないって……なんで?」

 

「今は夏だからだ」

 

 何でもないように言うラウラだったが、シャルロットは唖然としてしまった。

 

「秋の服は秋になってから買えばいい」

 

「いや、あの……あのね? 女の子は普通、季節を先取りして用意するんだよ」

 

「そうなのか。――ふむ、確かに、戦争になってから装備や兵を調達しても間に合わん。つまりはそういうことか?」

 

「えっと……うん、それであってるよ」

 

「備えあれば憂いなしというやつだな」

 

 単純に女の子としての感性の問題なのだが、ラウラは理屈でそう理解した。

 それを一概に間違っているというのも変なので、シャルロットはシャルロットでそれでよしとすることにしたのだった。

 

「とにかく、順番に見て行こうよ。分からないことがあったら何でも訊いてね」

 

「そうだな。シャルロットが一緒なら心強い」

 

 2人はエレベーターに乗って一気に7階まで進む。

 

「じゃ、まずはここからね」

 

「『サード・サーフィス』? ……変わった名前だな」

 

「結構人気のあるお店みたいだよ。ほら、女の子もいっぱいいるし」

 

 そう言われてラウラが見た店内は、確かに女子高生・女子中学生が多くいた。

 セール中ということもあって、店内は騒々しい。そのため、接客がおざなりになるのが当たり前だ。しかし――

 

「……………」

 

 パサリ、客に手渡すはずの紙袋が店長の手からすり抜けて落ちる。

 

金髪(ブロンド)銀髪(プラチナ)……?」

 

 店長の異変に気付いた他の店員もその視線を追う。

 そしてそのまま、魅了されたように呟いた。

 

「お人形さんみたい……」

 

「何かの撮影……?」

 

「……ユリ、お客さんお願い……」

 

 店長は2人の方に視線を向けたまま、フラフラと歩み寄って行く。それはまるで魅了されたように、あるいは熱にあてられたように。

 

「え、あ、あの、私は? ていうか、服……落ちたままなんですけど……」

 

 置き去りにされて文句を言おうとした女性客もまた、シャルロットとラウラの姿に見とれて言葉を失う。

 まるで絵本の中のような2人の美少女は、店内にいる人すべてを魅了していた。

 

「ど、どっ、どんな服をお探しで?」

 

 思わず上擦った声を上げる店長は見るからに緊張しており、サマースーツを着こなしている大人の女性とは思えない様子だった。

 

「えっと、取り敢えずこの子に似合う服を探しているんですが、良いのありますか?」

 

「こ、こちらの銀髪の方ですね! 今すぐ見立てましょう! はい!」

 

 言うなり、店長は展示品のマネキンからセールス対象外の服を脱がせる。

 ――ちなみに夏物であってもやがて売れるであろう商品は客寄せに使うため、こうして店頭に飾ってある。もちろん、売るつもりではいるがそれはあくまで『とっておきのお客様』のためのものであって、初めて来店した客のためにわざわざ脱がすというのは普通なら無い。

 そう、普通なら。

 

「ど、どうでしょう? お客様の綺麗(きれい)な銀髪に合わせて、白のサマーシャツは」

 

「へぇ、薄手でインナーが透けて見えるんですね。ラウラはどう?」

 

「ふむ……」

 

 シャルロットに話を振られたラウラはそのシャツを一瞥(いちべつ)する。

 

「白か。悪くはないが、今着ている色だぞ」

 

「あ、はい」

 

 なんとも女子力の低い回答に、思わず間の抜けた返事をしてしまう店長。

 

「ラウラ、せっかくだから試着してみたら?」

 

「いや、面倒く――」

 

「面倒くさい、は無しで」

 

「……………」

 

 まるで予測していたかのようなシャルロットに言われて、ラウラはそのまま黙ってしまう。

 そうこうしている間に店長とシャルロットはシャツに合うインナーとボトムスを選んでいった。

 

「ストレッチデニムとハーフパンツに、インナーは……」

 

「Vネックのコットンシャツなんてどうでしょうか?」

 

「あ、いいですね、それ。色は同色系か、はたまた対照色か……う~ん」

 

 あれやこれやと2人は楽しそうにラウラの服を選んでいく。

 どうせ抵抗しても無駄だと悟ったラウラは、少し距離を置いた場所で2人の様子を眺めていた。

 

「(やれやれ、何がそこまで楽しいのだろうか……)」

 

 服など着られればそれで良い。あくまで機能性だけを求めるラウラらしい考え方だった。

 

「さ、ラウラ。これに着替えてきて」

 

「分かった」

 

「試着室はこちらになります」

 

 連れられるまま試着室に入って、そこでラウラは小さく溜め息を漏らした。

 

「(仕方がないとはいえ、せっかくの私服なのだからウィルに見てもらいたかったな)」

 

 そんなことを考えながら、ラウラは制服を脱いでいく。

 灯りに照らされた素肌は透き通るように白く、冷たさを感じるほどに美しかった。

 

「(……………)」

 

 ふと、自分の体を改めて眺めた。下着だけを身に纏ったその姿は、しなやかでありながらも鍛えられた屈強さがある。

 

「(自分ではよく分からないが、異性にとっては魅力がないのだろうか?)」

 

 ――特にウィルにとっては。

 部屋で裸のまま寝ていた時も、ついこの前下着姿で出会(でくわ)した時も、ウィルは『隠せ』だの『早く服を着ろ』だのとまくし立てるばかりだった。

 

「(うぅむ……)」

 

 何かの雑誌で見たグラビアのポーズを真似てみる。

 鏡に映ったその姿は非常に扇情的で、下着に包まれた曲線は異性であれば誰だって(とりこ)にされるであろう魅力に溢れていた。

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 自分の行動に恥ずかしくなったラウラは、そう言って着替えに戻る。

 改めてシャルロット達が選んだ服を見ると、それは所謂(いわゆる)『クール系』というタイプのファッションだった。

 

「(どうせなら、可愛いのが良かったのにな。それならウィルが褒めて――)」

 

 ……………。

 

『ラウラ、その服可愛いな』

 

『服、だけか……?』

 

『何言ってるんだ。ラウラが1番可愛いに決まってるだろ』

 

『ば、馬鹿者。そんな小恥ずかしいことを……』

 

『下着も可愛いのを着けているのか?』

 

『え、あ……』

 

『見せてくれ、ラウラ』

 

『う、うむ……』

 

 ……………。

 自分の妄想でありながら、ラウラは真っ赤になって沈黙していた。

 

「い、いや、その、なんだ……元よりそう上手くいくとは思わないが、しかし……」

 

 しかし、可能性がゼロだとは言い切れない。

 

「どう、ラウラ。着替えた?」

 

 ドアの向こうから声を掛けてきたのはシャルロットだった。

 ラウラは取り敢えず急いで服を着直してから、ドアを開ける。

 

「あれ? どうして制服のまんま……?」

 

「シャルロット」

 

「う、うん。えと、もしかして気に入らなかった?」

 

「いや、そうではない。そうではないのだが……」

 

 珍しく歯切れの悪いラウラに、シャルロットは頭上にクエスチョンマークを浮かべる。

 

「も、もう少し、可愛いのが良いな……」

 

 照れ臭そうに言うラウラがあまりに女の子的で、シャルロットは一瞬ポカンとしてしまう。――が、すぐに持ち直して、力強く頷いた。

 

「う、うん! 可愛いのが良いんだね!? すぐ見繕うから待ってて!」

 

 さっきまで興味なさげだったラウラの思わぬ発言に、シャルロットは今まで以上に熱が籠った言葉で頷く。

 

「で、で、どんなのが良い? 色とか、形とか、希望ある?」

 

「そ、そうだな。それなりに露出度があるものが良いな」

 

「ん、分かった!」

 

 シャルロットはすぐに店長の元に戻ると、2人して服の物色を始める。

 

「そっちの肩が出ているワンピースと、そっちのブレスレット。それから、えっと……」

 

 まるで自分のことのように、シャルロットは楽しそうに服を選んでいく。

 

「露出が高い服なら色は黒の方が落ち着いてて良いよね。ラウラの髪にも合うし」

 

「あ、あまり派手なのは困るぞ」

 

 シャルロットの頑張りぶりに多少不安を覚えたラウラは釘を刺す。しかし、返って来たのは陽気な声だった。

 

「大丈夫だいじょーぶ! もう、任せちゃってよ!」

 

「わ、分かった」

 

 普段は大人しいシャルロットに強引に来られると、ラウラとしては従う他ない。

 

「(しかしまあ、私よりは確実にセンスが良いだろうし、特に問題もないか)」

 

 それから20分後、着替え終わったラウラが試着室を出ると、店内の全員が息を飲んだ。

 

「うわ、すっごいキレイ……」

 

「妖精みたい……」

 

 店内中の視線を受けて、さすがのラウラも照れ臭そうな顔をする。

 着ているのは肩が露出した黒のワンピース。部分的にあしらわれたフリルの意匠が、可愛さを演出している。

 ややミニ寄りの(すそ)がラウラの超俗的な雰囲気と合っていて、言葉通り妖精さながらの格好だった。

 

「まさか(くつ)まで用意したのか。驚いたぞ」

 

「せっかくだもん、ミュール履かないとね」

 

 初めて履くヒールのある(くつ)に、ラウラが姿勢を崩す。

 全員が「あっ!」と思った次の瞬間には、シャルロットがその体を支えていた。

 

「す、すまないな」

 

「どういたしまして」

 

 体勢を当て直したラウラの手を取り、お辞儀をするシャルロット。

 そんな2人はさながら貴公子とプリンセスといった様子で、まるで物語のワンシーンのようでさえあった。

 

「しゃ、写真撮っても良いかしら!?」

 

「わ、私も!」

 

「握手して!」

 

「私も私も!」

 

 わあっと一気に囲まれる2人。店内だけでなく、騒ぎに集まって来た店外の人まで輪に入ってきて、辺りはしばし騒然となるのであった。

 

 ▽

 

「ふう、疲れたな」

 

「まさか最初のお店であんなに時間を使うとは思わなかったね」

 

 ちょうど時間は12時を過ぎたところで、2人はオープンテラス付きのカフェでランチを取っていた。

 ラウラは日替わりパスタ、シャルロットはラザニアをそれぞれ食べている。

 

「しかしまあ、良い買い物はできたな」

 

「せっかくだからそのまま着てればよかったのに」

 

「い、いや、その、なんだ。汚れては困るからな」

 

「ふうん? あ、もしかして、お披露目はウィルにとっておきたいとか?」

 

「なっ!? ち、ちちち、違う! だ、断じて違うぞ!」

 

 顔を赤らめて取り乱すラウラの姿に、シャルロットは的を射たことを確信しながらも、あえて知らないフリをする。

 

「そっか。変なこと言ってごめんね」

 

「ま、ま、まったくだ」

 

「ラウラ」

 

「な、なんだ?」

 

「フォークとスプーンが逆」

 

「っ~~~~!!」

 

 シャルロットの指摘によって気がついたラウラは、それこそ耳まで真っ赤になって口に運んでいたスプーンを離した。

 

「ご、午後はどうする?」

 

「生活雑貨を見て回ろうよ。僕は腕時計見に行きたいなぁ。日本製の時計ってちょっと憧れだったし」

 

「腕時計が欲しいのか?」

 

「うん、せっかくだからね。ラウラはそういうのってないの? 日本製の欲しいもの」

 

 少し考えてから、ラウラはキッパリと言う。

 

「日本刀だな」

 

「……女の子的なものは?」

 

「ないな」

 

 即答。分かっていたとはいえ、にべもない返事にシャルロットはガクッと首を落とした。

 

「……?」

 

 ふと、シャルロットが隣のテーブルの女性に気がつく。

 

「……どうすればいいのよ、まったく……」

 

 年の頃は20代後半で、カッチリとしたスーツを着ている。

 何か悩み事があるらしく、注文したであろうペペロンチーノは冷め切ってしまっている。

 

「はぁ……」

 

 深々と漏らす溜め息には、苦悩の色が見て取れた。

 

「ねえ、ラウラ」

 

「お節介はほどほどにな」

 

 今度は逆にラウラがシャルロットの言葉を先回りする。

 そんな反応にびっくりするシャルロットだったが、すぐに嬉しそうな顔をして続けた。

 

「僕のこと、ちゃんと分かってくれてるんだね」

 

「た、たまたまだ。……で、どうしたいんだ?」

 

「うーん、取り敢えず話だけでも聞いてみようかな」

 

 そう言って、シャルロットは席を立つなり女性に声をかけた。

 

「あの、どうかされましたか?」

 

「え? ――!?」

 

 2人に振り向いた刹那、ガタンッ! と椅子を倒す勢いで女性が立ち上がる。そしてそのまま、シャルロットの手を握った。

 

「あ、あなた達!」

 

「は、はい?」

 

「バイトしない!?」

 

「「え?」」

 

 

 

 

 

 

「――というわけでね、いきなり2人辞めちゃったのよ。辞めたっていうか、駆け落ちしたんだけどね。はは……」

 

「はぁ」

 

「ふむ」

 

「でもね、今日は超重要な日なのよ! 本社から視察の人間も来るし、だからお願い! あなた達2人に今日だけアルバイトをしてほしいの!」

 

 この女性の店というのが、これまた特異な喫茶店だった。

 女は使用人の格好、男は執事の格好で接客するという――所謂(いわゆる)メイド(&執事)喫茶である。

 

「それはいいんですが……」

 

 着替え終わったシャルロットはやや控えめに訊く。

 

「なぜ僕は執事の格好なのでしょうか……?」

 

「だって、ほら! 似合うもの! そこいらの男なんかより、ずっとキレイで格好いいもの!」

 

「そうですか……」

 

 褒められたというのに、あまり嬉しくなさそうにシャルロットは溜め息を漏らす。

 

「(僕もメイド服がよかったなぁ……。そっち着てるラウラ、すっごく可愛いし……)」

 

 少し残念な気持ちになりながら、シャルロットは自分の着ている執事服を見下ろす。

 

「(う~、僕ってやっぱりこういう方向性なのかなぁ……)」

 

 やや落ち込み気味のシャルロットに気付いてか、自分もメイド服に着替えた女店長はガシッと彼女の手を掴んだ。

 

「大丈夫、すっごく似合ってるから!」

 

「そ、そうですか。あはは……」

 

 シャルロットはやや引きつり気味の顔で、それでもどうにか社交辞令の笑みを返す。

 

「(それが問題なんだけどなぁ……)」

 

 複雑な乙女心を持て余しながら、シャルロットは改めてメイド服姿のラウラを眺めた。

 細身でありながら強靭さを秘めた体躯(たいく)に、飾り気の多いメイド服。それらを統一するようにシュッと伸びた銀髪。そしてミステリアスな雰囲気を加速させる左目の黒眼帯。

 

「(羨ましいなぁ。ラウラってなんでこんなに可愛いんだろ……)」

 

 仮にラウラが男装をしたとしても『格好いい女の子』として人の目に映るんだろうなぁと、シャルロットは思う。

 対して自分は、男装をすれば『可愛い顔立ちの男の子』なのだから。そう考えると、また自然と溜め息が漏れ出た。

 

「店長~、早くお店手伝って~」

 

 フロアリーダーがヘルプを求めて声をかける。すぐに店長は最後の身だしなみをして、バックヤードの出口へと向かった。

 

「あ、あのっ、もう1つだけ」

 

「ん?」

 

「このお店、なんていう名前なんですか?」

 

 シャルロットの問いに店長は笑みを浮かべてスカートを摘まんで上げ、大人びた容姿に似合わない可愛いらしい声でお辞儀をした。

 

「お客様、(アット)クルーズへようこそ♪」

 

 ▽

 

「ふぅ、これで必要な物は全部揃ったな。ついでに偶然とはいえアレも手に入ったことだし、暑い中外出した甲斐はあったな」

 

 外での用事を済ませたウィリアムは満足気な表情で歩いていた。

 

「(携帯電話を部屋に忘れたまま来ちまった時は自分の間抜けさに落ち込んだが、まあ良い収穫もあったしプラマイゼロってところか)」

 

 実を言うとこのウィリアム、アリーナを借りての作業を終えたあとすぐに外出の支度を済ませたのは良いが、携帯電話を置いたまま部屋を出てしまっていたのだ。

 バスを降りた直後に忘れて来たことに気付いたがその時にはもう遅く、『携帯電話を携帯しないとか……』と自分で自分に呆れていた。

 ちなみにだが、ここまでの間でウィリアムは着信履歴を1度も確認していなかったのでラウラから電話があったことなど微塵も知らない。

 

「っと、もう12時を回ってるな」

 

 近くの公園に立つ時計を見て、腹も空いてきたしそろそろ休憩をとるか。と考えたウィリアムは、どこか手頃な店を探してキョロキョロと辺りに首を巡らせる。

 

「んー。おっ、良さげな店だな」

 

 目に止まったのは洒落た雰囲気のオープンテラス付きカフェだった。

 空腹に加えて、この煩わしい蒸し暑さから逃れたいと思っていたウィリアムは迷うことなく店の玄関口へと歩いて行く。

 

(アット)クルーズへようこそ♪ 何名様でしょうか?」

 



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37話 ご注文は鉛弾ですか?

「デュノアくん、4番テーブルに紅茶お願い」

 

「分かりました」

 

 カウンターから飲み物を受け取って、@マークの刻まれたトレーへと乗せる。

 そんな単純な動作にさえシャルロットの気品が滲み出ていて、臨時の同僚にあたるスタッフ達は、ほうっと溜め息を漏らした。

 初めてのアルバイトだというのに、その立ち振る舞いには物怖じした様子はなく堂々としていて、けれど嫌味はない。

 そんなシャルロットの姿に、女性客のほとんどが見入っていた。

 

「お待たせいたしました。紅茶のお客様は?」

 

「は、はい」

 

 自信の方が年上であるにも拘わらず、女性は緊張した面持ちでシャルロットに答える。

 紅茶とコーヒーをそれぞれの女性に差し出す前に、シャルロットはお店の『とあるサービス』の要不用を尋ねた。

 

「お砂糖とミルクはお入れになりますか? よろしければ、こちらでお入れさせていただきます」

 

「お、お願いします。え、ええと、砂糖とミルク、たっぷりで」

 

「わ、私もそれでっ」

 

 実はこの2人、常日頃からノンシュガー・ノーミルクなのだが、今日に限っては敢えて目の前の美形執事に奉仕してもらいたい一心でわざとそう答えたのだった。

 その内心を知ってか知らずか、シャルロットは柔らかな笑みを浮かべて頷く。

 

「かしこまりました。それでは、失礼いたします」

 

 シャルロットの白く美しい指がスプーンをソッと握り、砂糖とミルクを加えたカップの中を静かにかき混ぜる。

 時折、わずかに響くカチャカチャという音でさえ、女性客は息を飲んで聞き入った。

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 スッとシャルロットの手元から差し出されたカップを受け取り、女性はドキマギとした様子でそれに口をつける。

 次に同じようにコーヒーを混ぜてもらった女性客も、緊張からギクシャクした動きでわずかに一口だけ飲んだ。

 

「それでは、また何かありました何なりとお呼び出し下さい。お嬢様」

 

 そう言って綺麗(きれい)なお辞儀をするシャルロットはまさしく『貴公子』としか言いようのない雰囲気を放っていて、女性客はポカンとしたまま頷くだけで精一杯だった。

 

「(ふう。接客業ってやってみると結構大変だよね。ラウラは大丈夫かな?)」

 

 仕事をこなしつつ、シャルロットはラウラの姿を探す。

 そして、ちょうど男性客3名のテーブルで注文を取っているところを見つけた。

 

「ねえ、君可愛いね。名前何て言うの?」

 

「……………」

 

「あのさ、お店何時に終わるの? 一緒に遊びに――」

 

 ダンッ! と、テーブルに垂直に置かれた(というよりは、(なか)ば叩き付けられた)コップが大きな音と一緒に(しずく)を散らす。

 面食らっている男達を前に、ラウラはゾッとするほど冷たい声で告げた。

 

「水だ。飲め」

 

「こ、個性的だね。もっと君のことよく知りたくなっ――」

 

 台詞の途中で、しかもオーダーを取ることなくラウラはテーブルを離れる。

 そしてカウンターに着くなり何かを告げ、少しして出されたドリンクを持って行った。

 

「飲め」

 

 ソーサーが割れてしまうので、さっきよりは多少優しめにカップを置くラウラ。それでも弾んだカップからは中のコーヒーが遠慮なくこぼれた。

 

「え、えっと、コーヒーを頼んだ覚えは……」

 

「何だ。客でないのなら出て行け」

 

「そ、そうじゃなくて、他のメニューも見たいわけでさ……」

 

 ラウラに好印象を持たれたいがためか、それとも有無を言わせぬ態度に萎縮(いしゅく)しているのか、男は探り探りに会話を続ける。

 実際、女性優遇となった社会でこんな風に初対面の女子に声をかけられるというのは、勇者か馬鹿のどちらかでしかない。そして、この男達は確実に後者である。

 

「た、例えば、コーヒーにしてもモカとかキリマンジャロとか――」

 

 言葉を遮るように、ラウラはまったく笑っていない目のまま、その顔に嘲笑を浮かべた。

 

「はっ。貴様ら凡夫(ぼんぷ)に味の違いが分かるとでも?」

 

「いや、その…………すみません……」

 

 結局、ラウラの絶対零度の視線と許しのない嘲笑に折れて、男達は小さくなりながらコーヒーを啜った。

 

「飲んだら出て行け。邪魔だ」

 

「はい……」

 

 ドイツの冷氷と呼ばれたラウラの一面は、今でも健在のようだった。

 しかし、そんな人を寄せ付けない態度ですら、美少女の外見を(ともな)えば魅力となるらしい。店内の男性客はそのほとんどが自分達も同じように接客して欲しいとばかりに熱の籠った視線を送り続けた。

 

「あ、あの子、超良い……!」

 

「罵られたいっ、見下ろされたいっ、差別されたいっ!」

 

「気が高まる……! 溢れる……!!」

 

 一部ヤベェ客もいるが、他の客はもちろんスタッフ達までもが見て見ぬふりでやり過ごしていた。

 

「ボーデヴィッヒさん、11番テーブルの接客お願い」

 

「了解した」

 

 スタッフの言葉に従って、ラウラは水の入ったコップを片手に指定されたテーブルへと歩いて行く。

 どうやら1人客の男性らしく、メニュー表を顔の前で広げて「どれも美味そうだな……」などと呟いていた。

 当然、顔は隠れているので見えないが、どうでも良いことだと切り捨てて、ラウラはダンッ! とテーブルにコップを置く。

 

「うおっ!? び、びっくりした……」

 

「飲め。飲んだらさっさと注文を言え」

 

「Oh……随分とおっかないウェイトレスだな。あー、じゃあ、サンドイッチとアイス・ラテを……」

 

 メニュー表を下ろして、男性は顔を上げる。そしてラウラと視線が重なった。

 

「「…………え……?」」

 

 ラウラと男性客、2人の時間が同時に止まる。

 無理も無いだろう。互いが互いに見知った――いや、見知ったなどという生易しいものでは言い表せない人物だったのだから。

 

「ら、ラウラ……!? お前、なんで……!?」

 

「お、おおお前こそ、なぜここにいるのだ、ウィル……!」

 

「いや、ちょっと用事があって……。ていうか、どうしたんだその格好――」

 

「み、見るな!」

 

「ヴェッ!?」

 

 あり得ないものでも見るかのようなウィリアムの顔は、勢い良く突き出したラウラの右手によって首ごと向きを変えられる。

 いきなり無理に方向を変えられたことで、ウィリアムの首から小さくグキッと音が鳴った。

 

「くおぉ……! な、なんか首から変な音出たぁ……!」

 

「(み、見られた!? 見られたっ!! こ、こんなフリフリヒラヒラの格好を! よりにもよってウィルに!)」

 

 首を擦りながら悶絶するウィリアムを他所に、羞恥で顔を真っ赤に染めているラウラも心の中で悶絶する。

 

「俺の首、大丈夫だよな……!?」

 

「(くっ、やむを得ん。見られたからにはこいつを……!)」

 

 何かを決心したらしいラウラは右手を手刀の形に構え、ウィリアムに向き直った。

 

「ウィル、少しジッとしていろ」

 

「は? って、おい! その右手はなんだ! なんでちょっとずつ寄って来てるんだよ!」

 

「心配するな、痛みは一瞬だけだ。目覚めた頃には全て終わっている」

 

「ねえ、俺何されんの? 何されんの!?」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ、完全にウィリアムをオトす気満々である。

 ふふふ……と、ラウラは不気味に笑いながらゆっくりと迫り、ウィリアムが椅子に座ったまま限界まで身を引く。

 そんなやり取りが少し続いて、いよいよウィリアムの意識がラウラに刈り取られようとした刹那、その事件は起きた。

 

「全員、動くんじゃねえ!」

 

 ドアを蹴破らんばかりの勢いで雪崩(なだ)れ込んできた男が4人、怒号を発する。

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった店内の全員だったが、次の瞬間に発せられた銃声で絹を裂くような悲鳴が上がった。

 

「きゃあああっ!?」

 

「騒ぐんじゃねえ! 静かにしろ!」

 

 男達の格好といえばジャンパーにジーンズ、そして顔には目出し(ぼう)、手には銃。背中のバッグからは何枚か紙幣が飛び出していた。

 見るからに、強盗である。それも今しがた銀行を襲撃してきたばかりの逃走犯。

 まさか自分達が巻き込まれるなどとは普通なら想像すらしないだろうが、相手は銃を所持した凶悪犯だ。言うことを聞かないわけにはいかない。

 

「犯人一味に告ぐ! 君達はすでに包囲されている! 大人しく投降しなさい! 繰り返す!」

 

 さすがは駅前の一等地である。警察機関の動きはこの上なく迅速で、窓から見える店外ではパトカーによる道路封鎖とライオットシールドを構えた対銃撃装備の警官達が包囲網を作っていた。

 

「ど、どうする!? このままじゃ、俺達全員ムショ行きに――」

 

「狼狽えるな! なに、焦るこたぁねえ。こっちには人質がいるんだ。連中も強引には出れねえはずだ」

 

 リーダー格とおぼしき4人の中でひときわ体格のいい男がそう告げると、逃げ腰だった他の3人も自信を取り戻す。

 

「へ、へへ、そうだよな。俺達には大金はたいて手に入れたコイツがあるしな」

 

 ジャコッ! と硬い金属音を響かせてショットガンのポンプアクションを行う。そして次の瞬間、威嚇射撃を天井に向けて行った。

 

「きゃあああっ!!」

 

 蛍光灯が破裂し、パニックになった女性客が耳をつんざくような悲鳴を上げる。それを今度はリーダーの男がアサルトライフルを撃って黙らせた。

 

「大人しくしてろ! 俺達の言うことを聞けば殺しはしねえよ。分かったか?」

 

 女性は顔面蒼白になって何度も黙って頷くと、声が漏れないようにキツく口をつぐむ。

 

「おい、聞こえるかポリ公ども! 人質を安全に解放したかったら燃料を満タンにした車を用意しろ! もちろん、追跡車や発信器なんざつけるんじゃねえぞ!」

 

 威勢良くそう言って、駄賃(だちん)だとばかりに警官隊に向けてフルオートで発砲する。

 幸い、弾丸はパトカーのフロントガラスとサイドミラーを破壊しただけだったが、周囲の野次馬がパニックを起こすには十分だった。

 

「へへっ、奴ら大騒ぎしてらぁ」

 

「平和な国ほど犯罪がしやすいってのは本当だな」

 

「チョロい仕事だぜ」

 

「まったくだ」

 

 暴力的な笑みを浮かべる男達。それを物陰から観察する目があった。

 

《ショットガンにサブマシンガン、ハンドガン、それとありゃあ……AKか?》

 

《AK‐74だ。47より殺傷力と操作性が向上している銃だが、恐らく連中のはその劣化コピー品だろう》

 

 目立たないようテーブルの下でしゃがみつつ、ウィリアムとラウラは状況を冷静に分析しながらISのプライベートチャネルで交信する。

 

《で、あのアホどもをどうする?》

 

《無論、1人残らず制圧する》

 

《……だと思ったよ》

 

 やれやれと言った溜め息が含まれているが、隙さえあれば……とはウィリアム自身も考えてはいたので、お互い様である。

 

「「……………」」

 

 やることが決まれば、ウィリアムとラウラは早速テーブルの下から出てゆっくり立ち上がる。

 

「なんだお前ら。大人しく座ってろっていうのが聞こえなかったのか?」

 

 案の定、近くに立っていた強盗の1人がやってくる。その手に握ったハンドガンに、ウィリアムは視線をやった。

 

「そいつはグロックか?」

 

「あん?」

 

「その銃のことさ。アメリカの警官も使ってる傑作銃だな」

 

「コイツか? ああ、そうだ。信頼性が1番だからな」

 

「成程、仕事柄ってわけだ。なあ、よければ少し見せてくれないか?」

 

 馬鹿丸出し――いっそ頭がおかしいのでは? と思われるようなウィリアムの態度に、強盗は顔をしかめた。

 

「ああ良いぜ――と言うとでも思ったか? 座れっつったんだ。舐めた真似してんじゃねえぞ」

 

 これで満足か? とばかりに銃口を向けたままウィリアムの眼前までハンドガンを近付ける男。キャッ……!? と、どこかから短く悲鳴が上がる。

 

「おいおいおい、そんなもんこっちに近付けたら危ないだろ」

 

 そんなことを言って、ヘラヘラと笑いながら両手を頭の高さまで上げた、次の瞬間だった。

 

「ッッ――!!」

 

 目にも止まらぬ早さで銃身を(つか)んで射線をズラし、そのまま男の手首を(ひね)ってハンドガンを奪い取るウィリアム。

 その目は鋭く、引き金を引くことすら(いと)わないという雰囲気を醸し出していた。

 

「……こうなるからな」

 

「なっ!? こ、こいつ――ア゜ッ!?」

 

 持っていたはずの銃を奪われ、逆に自分へと向けられたことで体が硬直してしまった男は、すかさず繰り出された金的(きんてき)攻撃を諸に喰らって膝から崩れ落ちる。

 

「おやすみ」

 

「ッざけやがって! このガキども!」

 

 いち早く反応したリーダーが、早速アサルトライフルをフルオートでぶっ放す。

 火薬の炸裂音を連続して響かせるが、ウィリアムとラウラはそれぞれ近くの遮蔽物に飛び込んでそれを回避した。

 

 ダガガガガガ――ガギンッ!

 

「クソッ、弾が詰りやがった! この安物が!」

 

 リーダーが動作不良を起こしたアサルトライフルのコッキングレバーを荒々しく引く。

 

「何ボサっとしてやがる! 援護しろ!」

 

「お、おう!」

 

 リーダーの怒鳴り声に反応したサブマシンガン持ちの男が慌てるように1歩前へ出て銃撃を開始した。

 

「チッ、ここからだとサブマシンガン持ちを狙えないな……!」

 

「ウィル、そのグロックを貸せ。私の位置からなら狙える」

 

「分かった。任せる」

 

 マガジンの入れ替えで相手の銃撃がやんだ隙を見て、ウィリアムは床にハンドガンを滑らせる。

 それを受け取ったラウラはソファやテーブル、ドリンクサーバーの陰に隠れながら近付いて行き、サブマシンガンの機関部へ向けて銃弾を放った。

 

「づッ!? こ、こいつら――ガッ!?」

 

 持っていた武器を破壊され、丸腰となった男の顎にラウラの膝蹴りが刺さる。

 

「クソッ! 本当にただのガキかよ!?」

 

「狼狽えるな! こっちには銃があるんだ! ガキ2人くらいすぐ片付けて――」

 

「――2人じゃないんだよねぇ、残念ながら」

 

 ようやくアサルトライフルの弾詰まりを解消できたらしいリーダーの、その背後に迫っていたのは見目麗しい執事服の美少年――もとい、美少女のシャルロットだった。

 

「なっ!? このっ――」

 

「あ、執事服でよかったかな。うん。思いっきり足上げても平気だし」

 

 そんなことを口にしながら、シャルロットはリーダーのアサルトライフルを手ごと蹴り上げる。

 そしてそのままの勢いでショットガンの男の肩に、今度はかかと落としを叩き込んで無力化する。ゴキッという嫌な音がして、ショットガンを構えていた腕はダラリと垂れた。

 

「(リアルなジョン・ウィックでも見てるみたいだな……)」

 

 サブマシンガン持ちとショットガン持ち、それも大の男を瞬く間に無力化したラウラとシャルロットを見て、ウィリアムは心の中でそう呟く。

 このような状況に慣れている――というようなレベルではもはや無い。

 より高度な戦闘を数多く経験している、その証拠であった。

 ISの専用機持ちともなれば、どの国も『ありとあらゆる事態』を想定した訓練を課している。それが候補生であっても変わりはない。

 ISが展開不能な状態にあっても、状況を打破できるように鍛えられているのだ。

 無論、軍人であるラウラと非軍人であるシャルロットでは、それぞれ持っている技能・対応能力・肉体能力に開きはある。

 しかし、この程度(・・・・)ならば、特に問題はない。

 

「目標4、制圧完了。――ラウラ、そっちは?」

 

「問題ない。目標3、制圧完了。――ウィル」

 

 ウィリアムもそれなりに格闘はできるが、これは前世で受けた『敵地で緊急脱出(ベイルアウト)した際の護身訓練』を、まだ体が覚えていただけだ。

 専用機持ちとして長く鍛えられてきたこの2人には、恐らく敵わないだろう。

 

「目標2、同じく制圧完了だ」

 

 手下3名の意識及び行動能力の損失(つまりは気絶)を確認して、3人は頷く。

 それじゃあ最後の目標1ことリーダーを――と思ったところで、男はさっき蹴られて指が折れたのとは逆の左手に、予備として持っていたハンドガンを握って立ち上がった。

 

「ふっ、ふざけるなぁっ! お、俺がっ、こんなガキどもにっ……!」

 

 その引き金が引かれる刹那、それこそ弾丸のように一直線に飛び出したラウラ。彼女は先ほどウィリアムに渡されたハンドガンの銃口をリーダーの眉間に突きつける。

 

「遅い。死ね」

 

「えっ。ラウラ、待っ――」

 

「おい、ラウラ! よせ――」

 

 ガツン! と、銃弾ではなくグリップが額に叩き込まれ、男は糸の切れた操り人形のように倒れ伏した。

 

「全制圧、完了」

 

「……はぁ。一瞬びっくりしたじゃない……」

 

「肝が冷えたぞ……」

 

「ああ言えば、素人ならトリガーにためらいが生まれるからな。より安全な制圧方法だ」

 

「いや、まあ、そうなんだけどな……」

 

 ――ラウラなら本当に撃ちかねない。というのは、黙っておく。

 しばらくの間、シーンと静まりかえる店内。ジェットコースター展開に呆然としていた店内の『民間人』こと客とスタッフは、ノロノロと頭を上げ始める。

 

「お、終わった……?」

 

「助かったの、私達……」

 

「い、いったい何が……?」

 

 危機を脱したことは分かるものの、まだ状況を正しく把握できていない人々は、何度もまばたきを繰り返してラウラとシャルロット、ウィリアムの姿を呆然と眺めている。

 同じくまだはっきりとした意識が戻らない店長は、『銀髪の美少女メイドと金髪の美少年(女)執事と偶然居合わせた男性客が強盗を撃退しました』って本社に連絡したら信じるかしら……? と変にズレたことを考えていた。

 

「お、俺達助かったんだ!」

 

「やった! あ、ありがとう! メイドさんに執事さん、男の人もありがとう!」

 

 助かった実感が今になってはっきりと自覚できたのか、突然店内が騒がしくなる。

 その様子を見て、状況に決定的な変化があったのかと警官隊も詰めかけてくる。

 

「ふむ、日本の警察は優秀だな」

 

「ラウラ、まずいってば! 僕達って代表候補生で専用機持ちだし、ウィルも男性操縦者なんだから(おおやけ)になるのは避けないと!」

 

「おっと、確かにそいつはヤバいな。マスコミも大勢押しかけてくるぞ」

 

「それもそうだな。この辺りで失敬するとしよう」

 

 案の定、警官隊の後ろには交通規制もなんのその、立ち入り禁止のロープを乗り越えたマスコミ関係者が大勢見えた。

 ――しかし、事態は再び一変する。

 

「捕まってムショ暮らしになるくらいなら、いっそ全部吹き飛ばしてやらあっ!」

 

 完全に意識を失っていたと思っていたリーダーは、決まりが浅かったのかそう叫んで立ち上がるなり、革ジャンを左右に広げる

 そこにあったのは、軽く40平方メートルは吹き飛ばせそうな、プラスチック爆弾の腹巻きだった。起爆装置は、もちろん手の中にある。

 すぐさま先刻以上のパニックに飲み込まれる店内。しかし――

 

「諦めが悪いな」

 

 フワッと、ラウラがスカートをなびかせるようにして右足を上げ、その奥にチラリと見えた白い布地に男の視線と意識が奪われた。そしてその隙に、ラウラは足を振り下ろす。

 その(かかと)はテーブルを勢い良く傾け、そこにあったハンドガンが宙を舞い、それをシャルロットがラウラの背中を転がるようにして受け取る。そして――

 

 ダダダダダンッ!

 

「「チェック・メイト」」

 

 高速5連射×2の弾丸は、的確に起爆装置と爆薬の信管、そして導線『だけ』を撃ち抜いていた。

 

「まだやる?」

 

「次はその腕を吹き飛ばす」

 

 ジャキッ! と2丁のハンドガンを突きつけられ、さっきまでの威厳も高圧もなく男は震える声で謝った。

 

「す、すみっ、すみませんっ! も、もうしまっ、しませんっ。い、命ばかりはお助けをっ……!」

 

 そんな敗北宣言を最後まで聞くことなくラウラとシャルロット、続いてウィリアムの3人は店をあとにしようと歩を踏み出す。――が、最後の最後に小さな(・・・)問題が起きた。

 

「こ、の……ガキどもがぁ……! よ、よくもっ、やりやがったなああっ!」

 

 先ほどウィリアムが金的で沈めたハンドガンの男が予想よりも早く意識を取り戻したらしく、ポケットナイフを片手に背後から突っ込んで来たのだ。

 狙いはもちろんウィリアム――と隣にいたラウラである。

 

「「はぁ……」」

 

 うんざりした様子で溜め息を漏らすウィリアムとラウラ。

 その凶刃をわずかに体を傾けることでかわし、お返しと言わんばかりにラウラの肘鉄(ひじてつ)が、ウィリアムの裏拳(うらけん)が、それぞれ男の鳩尾(みぞおち)と顔面に炸裂した。

 

 ドベキシッ!

 

「グベッ!?」

 

 強烈なカウンターを喰らった男は短い断末魔を上げ、そして背中向きにドサリと倒れる。

 一方の2人は動かなくなった男へ向けてわずかに振り返り、一言――

 

「「寝てろ」」

 

 そう言い残して、今度こそ店を立ち去って行くのであった。

 

 



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38話 幸せのミックスベリー

「もう夕方だね」

 

 強盗事件から数時間後。せっかくだから、ということで俺もラウラとシャルロットに同行することとなり、買い物を済ませた2人と共に駅前のデパートから出ると外はもうオレンジの光景に変わっていた。

 

「買い物はもう全部か?」

 

「うん。っていうかラウラ、自分のものなのに後半は『任せる』とか『好きにしろ』とかばっかりだったでしょ」

 

 ダメだよ、女の子なんだから。と小言を言うシャルロット。

 彼女の言う通り、ラウラは服屋に行っても小物店に行ってもそんな調子だったのだ。

 ラウラ、それ全部お前の私物になるんだぞ?

 

「あまり小言ばかり言うな。老けるぞ」

 

「ふ、老けないよっ」

 

 そんなラウラとシャルロットのやり取りを横目に、俺は先刻の服屋での出来事を思い出していた。

 

『ね、ねっ、ウィル。ラウラの服どっちが良いと思う?』

 

『え? えー、俺に女子の服装で訊かれてもなぁ』

 

『直感的にラウラが着たら可愛いなぁって思うのは?』

 

『それなら、個人的には右のやつが良いとは思うが……』

 

『右? じゃあこれに決定だねっ!』

 

 どういうわけか、ラウラの私服を選ぶシャルロットが頻繁(ひんぱん)に俺に意見を求めてきたのである。

 ラウラの服なんだから、俺の意見ばかり取り入れても意味がないんじゃないのか? というのは、心の中にしまっておくとしよう。世辞(せじ)贔屓(ひいき)抜きでよく似合っていたのは事実なのだから。

 

「それにしても、結構買っちゃったね。店長がこっそりお給料入れてくれたから、予定よりも色々買えて助かったね」

 

「む、金か? それならば口座に2,000万ユーロほどあるはずだが……」

 

「え、そんなに持ってるの!?」

 

「ぶふっ!?」

 

 何事もなさそうに告げられたラウラの言葉にシャルロットは驚きを隠せず、俺もその場で思わずむせて(・・・)しまう。に、にににっ、2,000万ユーロだと……!?

 

「ああ。まあ、私は生まれた時から軍属だしな。それにISの国家代表候補生になってからは、その分も上乗せされている」

 

「(お、俺も軍から月8,000ドルほど給与されて今2~3万ドルくらい口座に残ってるが、ケタがおかしいだろケタが……!)」

 

 ちなみに捕捉だが、1ユーロは現在の日本円に直すと約130円ほど。1ドルは約110円ほどだ。これでラウラの貯蓄がいかにケタ外れかが分かるだろう。

 

「しかし引き出し方が分からん。今までは軍からの支給品でことが足りたのでな、給料は1度も使ったことがない」

 

「あー、うん。そっか……。取り敢えずラウラ、貯金するのはするで良いことだと思うから、あとはお金の使い方も覚えていこっか」

 

「口座からの引き出し方は俺が教えてやるから」

 

「うむ。よろしく頼む」

 

 と、そうこうしているうちに俺達はデパートからほど近い城址(じょうし)公園に着いた。

 なんでもシャルロットの話では、この公園は日本の古城跡地だそうだ。

 

「確かクレープ屋さんはこの辺にあるはずなんだけど……」

 

「うん? クレープ屋? なぜだ」

 

「クレープが食いたくなったのか?」

 

「えっと、休憩時間にお店の人に聞いたんだけど、ここの公園のクレープ屋さんでミックスベリーを食べると幸せになれるおまじないがあるんだって」

 

「『オマジナイ』……というのは、日本のオカルトか?」

 

「いや、たぶんだが、ジンクスみたいなものだろう」

 

『○○の映画を一緒に観たカップルは結ばれる』とか、反対に『初デートで○○へ行ったカップルは別れる』とか、女子はそういった話に目が無いらしいしな。

 

「ああ、験担(げんかつ)ぎか」

 

「あー、うん……」

 

 成程、と頷くラウラに対して、シャルロットが少し困った顔をしていた。

 まあ、『験担ぎ』だなんて響きはメルヘンもへったくれもないもんな。

 

「ん? なあ、そのクレープ屋ってあれじゃないか?」

 

 探していたその店は、案外すぐに見つかった。

 俺が指差す先。恐らくは部活帰りや外出の寄り道なのだろう、女子高生が局所的に多くいる一角にその店はあった。

 

「じゃ、早速頼んでみようよ」

 

 シャルロットがラウラの手を引いて、バン車を改造した移動型店舗であるクレープ屋へと向かう。

 俺も2人のあとに続いて店に入ると、クレープ生地と甘いソースのほのかな香りが鼻腔をくすぐった。

 

「すみませーん、クレープ3つください。ミックスベリーで」

 

 シャルロットがそう言うと、店主であろう20代後半の男性が、無精(ぶしょう)ヒゲにバンダナという風体(ふうてい)でありながら人懐っこい顔で頭を下げる。

 

「あぁー、ごめんなさい。今日、ミックスベリーは終わっちゃったんですよ」

 

「あ、そうなんですか。残念……。2人とも、別のにする?」

 

「ふーむ、どれも美味そうだからなぁ。ラウラはどうだ?」

 

「ん? そうだな。ではイチゴとブルーベリー、それとチョコをくれ」

 

 3つだ、と指を3本立てて付け加え、ついでに代金も全額払おうとする。――って、代金まで女の子に払わせちゃあ、さすがに俺の立つ瀬が無いだろうが。

 

「待て待て、ラウラ。ここの代金は俺が払うよ。じゃないと面目が立たない」

 

「なんだ、そんなことか。別に私は気にしないぞ」

 

「俺が気にするんだよ」

 

 そう言って3人分の代金を支払った俺は、少ししてから出された出来立てのクレープを受け取る。

 

「どれがいい?」

 

「うーん。じゃあ僕はチョコで」

 

「では私はブルーベリーをもらおうか」

 

 俺達は少し店から離れたベンチに腰掛けると、クレープを小さくかじった。

 

「んむ、んっ。これ、おいしいね!」

 

「そうだな。クレープの実物を食べるのは初めてだが、美味いと思うぞ」

 

「ああ、確かに美味いな。クレープなんて久方ぶりに食ったよ」

 

 噂のミックスベリーを食べられなかったことに最初は少し沈んでいたシャルロットだったが、出来立ての柔らかさもあってその味に声が弾んでいる。

 その隣に座るラウラも初めて食べるクレープが気に入ったようで、本当に美味そうに感想を述べていた。

 

「おいしー。せっかくだから、また来ようよ。次はみんなも誘ってさ」

 

「そうだな。あいつらもここのクレープは気に入るだろう」

 

「みんなで行くのも良いが、『一夏と2人きり』で行くのもアリなんじゃないか、シャルロット?」

 

「なっ!? う、ううウィル!? い、いきなり何言い出すのさっ! もうっ」

 

 ニヤッと笑いながら意地悪く言ってみると、シャルロットはたちまち顔を真っ赤にしてそっぽを向き、誤魔化すように早いペースでクレープをかじる。

 

「(はっはっはっ。今のはちょーっと悪ふざけが過ぎたか)」

 

「ウィル」

 

「ん? なんだ、ラウ――」

 

 クイッ。――と、ラウラが俺の唇を親指で拭った。

 

「ど、どうしたいきなり……?」

 

「唇にソースがついていたぞ。……ふむ、イチゴも美味いな」

 

 自身の親指についたソースを舐め取りながら言うラウラ。

 そんなラウラの仕草が異様に魅力的に見えて、それと同時に自分が子供のように口元にソースをつけていたことが恥ずかしくて、俺の顔は一気に熱を()び始めた。

 

「こっ、子供じゃないんだ。言ってくれれば自分で――」

 

「その前に垂れ落ちそうだった」

 

 本当に他意はないようで、ラウラは俺がなんで騒いでいるのか分からず小首をかしげる。

 

「おっと」

 

 ペロリ、と自分の手の甲に垂れたソースを舐めるラウラ。それはちょうど毛繕(けづくろ)いをしている猫そっくりだった。

 

「ッ~~~~~!!」

 

 ラウラの所作に、俺の心臓はバクバクと鳴ったまま一向に鎮まる気配を見せない。

 

「(こ、こいつめ……。自分の容姿とか行動とかをまったく自覚してない分、余計タチが悪いな……)」

 

 そう頭の中で唸っている俺の前に、横からクレープが差し出された。

 

「そう怒るな。ほら、私のクレープを一口やる」

 

「いや、俺は別に――」

 

「どうした。かじっていいぞ?」

 

 ……………。

 微笑みながらクレープを口元に近づけてくるラウラ。そんなことをされれば、いらないと言って断る気など失せてしまう。

 

「……そ、それじゃあ……」

 

 差し出されたクレープを小さくかじれば、口の中に甘酸っぱいブルーベリーの風味が広がる――のだが、生憎と今の俺には味を楽しんでいる余裕など無かった。

 心臓は今にも破裂しそうなほど鳴り響き、おまけに顔も恐ろしく熱を放っている。

 

「ああ、そういえばあのクレープ屋だがな、ミックスベリーはそもそも存在しないぞ」

 

「「え?」」

 

 突然のラウラの発言に俺もシャルロットもキョトンとしてしまった。

 存在しない? じゃあその噂はデマだったということなのだろうか。

 

「メニューが無かったし、厨房にもそれらしき色のソースは見あたらなかった。だが……」

 

 ニヤリ、と楽しそうに笑いながら、ラウラは言葉を続ける。

 

「ミックスベリーを食べることはできるぞ。例えばこのブルーベリーとイチゴ、ミックス(・・・・)すればどうなる?」

 

 ブルーベリーとイチゴ(ストロベリー)をミックス……ああっ!

 

「そういうことか!」

 

「あっ、ミックスベリー!?」

 

「ご名答」

 

 どうやら答えは100点だったようだ。楽しげにラウラはまた一口クレープをかじる。

 

「そっかぁ……。『いつも売り切れのミックスベリー』って、そういうことだったんだ」

 

「まったく盲点だったなあ」

 

 してやられた、と苦笑しながら俺はクレープをかじる。

 成程な。幸せを呼ぶミックスベリーってのは、つまりそういう意味だったのか。そりゃあ彼氏彼女でミックスベリーを食べたら幸せな気分にも…………あ、あれ? ということは、俺とラウラがさっきやったのって……!

 

「ッッ~~~~~!!」

 

 心の中で盛大にのたうち回りながら、俺は残ったクレープを口に押し込むハメになるのであった。

 

 ▽

 

「こ、これは、なんだ……?」

 

「ん~♪ かわいーっ。ラウラ、すっごく似合うよ!」

 

「だ、抱きつくなっ。う、動きにくいだろう……」

 

「ふっふー、ダ~メ。猫っていうのは、膝の上で大人しくしないと」

 

「お、お前も猫だろうが……」

 

 そんな楽しげな声が聞こえているのは、ラウラとシャルロットの寮部屋である。

 夕飯を済ませて特にすることもなくゴロゴロしていた2人は、シャルロットの提案で早速今日買ったばかりのパジャマを着てみよう! ということになったのだった。

 

「これは……本当にパジャマなのか?」

 

「うん、そうだよ。寝やすいでしょ?」

 

「ね、寝てないから分かるはずないだろう」

 

 ラウラが疑うのも無理はない。それは紛れもなくパジャマではあるのだが、一般的にあまり見ないタイプのパジャマだったのだ。

 袋状になっている衣服にスッポリと体を入れ、出ているのは顔だけ。しかも、フードにはネコミミが付いており、手先足先にはこれまた肉球が付いている。

 ――つまるところ、猫の着ぐるみパジャマだった。

 

「や、やはり寝る時は下着でいい。その方が楽だ」

 

「ダメだってば~。それに、こんなに似合ってるのに脱ぐなんてもったいないよ」

 

 2人の格好はというと、ラウラが黒猫パジャマ、シャルロットが白猫パジャマである。特にシャルロットはこれをお互いに着てから、ずっとラウラを後ろから抱きしめる形で膝の上に座らせていた。相当気に入っているらしい。

 

「ほら、ラウラ。せっかくだから、ニャーンって言ってみて」

 

「こ、断るっ! な、なぜそんなことをしなくてはならない!?」

 

「えー、だって可愛いよ~。可愛いのは何よりも優先されることだよ~」

 

 今にもポワポワと音が聞こえてきそうなハッピースマイルのシャルロットは、ラウラにとっていつも以上の強敵だった。

 とにかく『可愛いからいい』『これを着ないなんてもったいない』『残念ながらその要求は却下されました』という、いつもとは180度反対の理屈も根拠(こんきょ)も交渉の余地もない強引なやり取りで、気がつけばシャルロットの膝の上に座らされていた。

 

「ほらほら、言ってみようよ~。ニャーン♪」

 

「にゃ、ニャ~ン……」

 

 照れくさそうに猫の手振りまでつける眼帯黒猫ラウラに、シャルロットの幸せメータはますますパーセンテージを上げていく。

 

「ラウラ可愛い~っ。写真撮ろう! ね、ねっ!?」

 

「き、記録を残すだと!? 断固拒否する!」

 

「そんなこと言わずにさ~」

 

 コンコン

 

「はーい、どうぞ~」

 

 女子寮のフランクさで答えたシャルロットは、ラウラを愛でて幸せいっぱいだった笑顔が次の瞬間ボッと真っ赤になった。

 

「おっす。お、なんか変わった服着てるな」

 

 なんと、来客は一夏だった。

 

「(えええええっ!? い、今までいきなり部屋に来ることなんて1回もなかったのに、なんで急に!? ――うあああっ、猫パジャマ着てるのにっ)」

 

 頭の中でパニックを起こすシャルロット。

 

「(今のうちか)」

 

 隙を見て腕から抜け出したラウラだったが、彼女もまたシャルロットと同様に顔を真っ赤に染めて硬直してしまう。

 というのも……

 

「変わった服? いったいどんな……ワオ、確かに珍しいタイプの服……着ぐるみ? だな」

 

 一夏に続いてウィリアムも入室して来たからである。

 

「(な、ななななっ、なぜウィルまでここに!? お前はこのような時間帯に部屋を訪ねて来たりはしなかっただろう! なぜ今日に限って!? ――くっ、このような格好を見られたら確実に笑われるっ)」

 

 いっそのこと眠らせる(・・・・)か!? などと物騒なことを思案し始めるが、ウィリアムに何やら小箱を差し出されたことで『ウィルの記憶消去作戦』は中断させられた。

 

「実はこれをラウラに渡そうと思ってな」

 

「なんだ、これは?」

 

 全体的に黒く少し高級感のある長方形の箱を受け取り、しげしげと眺めるラウラ。 

 不思議に思いながらそれを開けてみると、これまた上質な緩衝材の中に1本のペンが収められていた。

 

「ペン……?」

 

「ああ。ほら、前にラウラにペン貸したことがあっただろ?」

 

 それは夏休みに入る少し前にまでさかのぼる。

 運悪く使っているペンが壊れてしまい、ウィリアムに余っているものを貸してくれないか相談しに行ったところ(こころよ)く差し出されたのが、今箱の中に入っているものと同じペンだったのだ。

 

「返す時に、手に馴染むようで使いやすかったって言って気に入っていたようだったからな。今日出先(でさき)で買って来たんだ。俺が持ってるのと同じ黒色のやつしかなかったんだが、よかったら使ってくれ」

 

「そ、そうか。うむ。嫁からのプレゼントとは、夫として嬉しい限りだな。大切に使わせてもらうとしよう。……ふふっ」

 

 いつもの調子を取り繕ってそう言うラウラだが、表情筋が緩んでしまっていることには気づいていないらしい。

 頬はほんのりと桜色に染まり、口角は無意識のうちに上がっていた。

 

「(ウィルからのプレゼント……そのうえお揃い……。これで喜ぶなという方が無理だろう……!)」

 

 一方のウィリアムは渡したペンが想像以上に喜ばれて満足気に微笑んでいた。

 

「(ウォーターワールドに誘ってくれた礼も兼ねてだったんだが、気に入ってもらえたようだな)」

 

 ちなみに余談だが、このペンというのが実はウィリアムの父・ジェームスが勤める『ウォルターズ・エアクラフト社』の製品である。

 これには軍用航空機の機体にも使用される軽量で強度に優れたアルミニウム合金などが用いられている他、なんと持ち手の部分は人間工学に(もと)づいて持ちやすくなるよう設計がされているという代物だ。

 

「っと、そういえば一夏。お前さん、みやげがどうとか言ってなかったか?」

 

「そうそう、ちょっと今日出かけたから、おみやげ配ってたんだよ」

 

 ウィリアムに言われて一夏が見せたのは(アット)マークのロゴが入ったクッキーの包みだった。

 

「!?」

 

 ギクッと、シャルロットは働いていた時の格好を思い出してダラダラと汗を流し始める。

 

「(も、も、もしかして、一夏見てた!? また僕が女の子っぽくないところを!?)」

 

 一夏の言葉はもう(うわ)(そら)で、シャルロットは今日のアルバイトのことを思い出して顔を埋めて暴れたい気持ちになる。

 

「@クルーズのクッキー? どこで買ったんだ?」

 

「いや、買ったというよりもらったんだよ。暑いから休憩がてら店に入ろうと思ったら、なんか警察とかマスコミとかいっぱいいて入れなくてさ。どうすっかなーと思ってたら、なんかバイタリティーのありそうな女店長が、事件に巻き込まれた客にクッキー配ってたんだよ。で、俺もそのうちの1人と思われたみたいでクッキーくれたんだけど、違うからって言おうとしたらいなくなってた。なんか、本社とか視察とか言いながら走って行ったんだよ。変な話だろ?」

 

「う、うん、そう、だね。それで、その事件って?」

 

 もしかしたら別のチェーン店かもしれないという最後の希望を込めて送ったシャルロットの思いは、しかし実らなかった。

 

「銀行強盗だってよ。物騒だなー、最近」

 

「…………… 」

 

 その事件の舞台に目の前の3人がいたことなど露ほども知らずに言う一夏と、滝のような汗を流すシャルロット。

 そんな2人を、ウィリアムとラウラは小首をかしげて眺めていた。

 

シャルロットはなぜあそこまで動揺しているのだ?

 

さあ? 俺にもさっぱりだ

 

 2人が小声でそんなやり取り交わしている間にも、一夏の言葉はさらに続く。

 

「で、なんか取材に答えてる人の話が聞こえたんだけど、なんでももの(すご)い美少女メイドと美少年執事が偶然居合わせた男客と一緒に事件を解決したらしいぜ。しかも、その男客ってのも滅茶苦茶(めちゃくちゃ)すごかったらしくてな。強盗から拳銃を奪った時の動きが見えないほど速かったんだってさ」

 

「……………」

 

 今度はウィリアムがピクッと反応した。

 

「(ふふん。そうかそうか、俺の動きは見えないくらい速かったのかぁ~)」

 

「どうしたんだウィル。もしかして事件のこと何か知ってたりするのか?」

 

 知らず知らずのうちにドヤ顔を浮かべていたウィリアムに気づいて、一夏が「?」といった表情で訊ねる。

 

「え? ああ、その事件なら……」

 

 ウィリアムが@クルーズでの出来事を説明しようと口を開いた矢先、全力で首を横に振っているシャルロットが視界に収まった。

 どうやら、この件は秘密にしておいて欲しいらしい。

 

「……いや、買い物の途中でえらい数のパトカーが走っているのを見てな。そういうわけだったのかって納得しただけだ。さっ、その話はここまでにして、クッキー食べようぜ?」

 

「それもそうだな。じゃあお茶淹れてくる」

 

「なら俺は皿を出そうか」

 

 言いながら、一夏は部屋の簡易キッチンへ、ウィリアムは食器棚の方へと向かう。

 

「あ、いいよ! 僕が用意するから、2人とも座っててよ」

 

「私も手伝うぞ。客に茶を淹れさせるほど常識に疎くはない」

 

「ん? いや、さすがにその手じゃ無理だろ」

 

「それに、猫の手も借りたいほど忙しいわけじゃないしな。猫だけに」

 

 ウィリアムの謎のジョークは置いておくとして、改めて見るとシャルロットもラウラも肉球ハンドだったことに気がついた。

 

「これ、ココアクッキーだな。それじゃあちょうど子猫が2匹いることだし、ホットミルクにしようか」

 

「え、あ、うん」

 

「子猫か。ははっ、確かにそうだな。すぐ用意するから待っててくれ」

 

「う、うむ。任せる」

 

 なんとなく、『子猫』と呼ばれたことに赤くなって、2人は小さく頷く。

 

「う、ウィル」

 

「ん?」

 

「お、お前は、この服をど、どう思う?」

 

 食器棚から皿を人数分取り出しているウィリアムに、思い切って聞いてみる。ラウラは、すぐに落ち着かなさそうに顔を背けた。

 

「ああ。すごく可愛いと思うぞ。よく似合ってる。なあ? 一夏」

 

「おう。2人とも似合ってるぞ。白猫と黒猫ってチョイスがまた良いな」

 

「ほらな?」

 

「そ、そうか。うむ。お前がそう言うなら……わ、悪くはないな。時々は着ることにしよう」

 

「そ、そっかぁ。えへへ、似合ってる、かぁ」

 

 2人が照れくさそうに喜んでいると、それからすぐに一夏がホットミルクを、ウィリアムがクッキーをそれぞれ持って来た。

 夏の夜、けれど飲み物はホットミルクで、4人は秘密のお茶会を過ごす。

 黒猫が1匹、白猫が1匹、(さめ)が1匹に王子様が1人のなんとも不思議なお茶会だった。

 

 

 



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39話 銀色の恋奏曲

《――でね、お隣に3兄弟がいるじゃない?》

 

「ああ、昔よく手を焼かされた、あのわんぱく兄弟か」

 

 携帯電話のスピーカーから母さんの声が響く。

 その楽しそうな声につられて、俺も自然と笑みを浮かべながら頷いた。

 俺がいるのはIS学園1年生寮の自室である。さかのぼること10分前、部屋でゴロゴロしている俺の元に母さんから電話が掛かってきて、今は世間話に花を咲かせていた。

 

《そうそう。で、その末っ子のヘンリーくんが昨日8歳の誕生日だったのよ》

 

 ヘンリーかぁ……。あいつが赤ん坊の頃、抱っこしてやったらお気に入りの服に小便ひっかけられたこともあったなぁ。

 

「あいつがもう8歳か。俺も祝ってやりたかったよ」

 

《あの子も残念がってたわ。また今度帰ってきた時に会ってあげたら?》

 

「そうだな。次はたぶん冬休みになるだろうから、その時にでも訪ねるか」

 

 コンコン

 

「ん? 誰か来たみたいだ。ちょっと待っててくれ」

 

 部屋のドアが誰かにノックされ、俺は母さんとの通話を一旦止めて玄関に向かう。

 

「はいはい、どちら様で……お? ラウラか。どうした?」

 

「もう昼だからな、昼食の誘いに来た。……なんだ、電話中だったか?」

 

「ああ、まあな。ちょっと――」

 

《ウィル、今『ラウラ』って言わなかった?》

 

 俺とラウラの会話に母さんが割って入ってくる。その声は、なんというか妙に興奮気味だった。っていうか、あんた耳いいなオイ。

 

「スマン、ラウラ。――ああ、確かにそう言ったけど、それがどうか――」

 

《代わってちょうだいっ。今すぐっ》

 

「へ? 代わるって、ラウラと?」

 

《決まってるじゃない♪ あなたの話を聞いてから、ずっとお話してみたいと思ってたのよ~!》

 

「あ、ああ……分かった」

 

 母さんの謎の超テンションに若干たじろぎながら、俺はラウラに携帯電話を差し出す。

 

「なんだ?」

 

「俺の母さん。ラウラに代わって欲しいんだとさ」

 

「 」

 

 ピシリッ。ラウラは携帯電話を受け取った姿勢のまま凍りつく。

 なんだなんだ、初対面の相手だから緊張でもしてるのか? いや、でもラウラはそういったことに物怖じしないタイプだろうし……。いったいどうしたのだろうか?

 小首をかしげていると、ラウラが震える唇でゆっくりと聞き返してきた。

 

「ウィルの母親、だと……?」

 

「そう、母さん。別にそんな緊張しなくてもいいぞ?」

 

「き、緊張するに決まっているだろう! お義母様(・・・・)だぞ!?」

 

「そ、そうか。なんかスマン」

 

 ……ん? なんで『様』付け? しかも微妙に『おかあさま』の意味が違ったような気がするんだが。

 

「よ、よし……!」

 

 何かを決心したかのような表情のラウラは、震える手で握った携帯電話を耳元に持っていく。

 

「お、お、お電話代わりました。ら、ラウラ・ボーデヴィッヒでしゅ……」

 

 カチンコチンに緊張しきった状態で母さんに自己紹介をするラウラは、その台詞の最後を思い切り噛んだ。

 

 ▽

 

「(や、やってしまったあああ……!)」

 

 想い人の母親。いずれはお義母様になる(予定の)人物がいきなり自分と話したいと言ってきただけでも緊張するというのに、その初の会話で盛大に噛んでしまったのだから、ラウラの頭の中はもう大混乱だった。

 

《初めまして。ウィルの母、バージニア・ホーキンスです》

 

 心の中で悶絶するラウラに、しかし返ってきたのは優しげな声だった。

 

《ごめんなさいね、いきなり代わってもらっちゃって》

 

「い、いえっ、そんな、とんでもありませんっ」

 

《そう? そういってもらえると助かるわ。あっ、ラウラちゃんって呼んでも良いかしら?》

 

「は、はい」

 

 バージニアの言葉は馴れ馴れしいといえばそうだったが、不思議とラウラは不快に思わない。それどころか、逆にその馴れ馴れしさが彼女の緊張を幾分やわらげた。

 

《実はこの間あの子が帰ってきた時に学園であった話を色々聞いてね。それで1度ラウラちゃんとお話がしてみたいと思ったの》

 

 ――ん? と、ラウラは違和感に気づく。

 学園での話を聞いたのはいい。こんなことがあったとか、友人ができたとか、話すことはたくさんあっただろう。

 しかし、なぜそこで私と話をしてみたいということに繋がったのか。その微妙な違和感にラウラは怪訝な表情を浮かべるが、次のバージニアの言葉で思考を全て停止させられた。

 

《だって、あの子ったら友達がたくさんできたって楽しそうに言ってたけど……

 

 

 

 ――ラウラちゃんのことを話す時だけは飛び抜けて笑顔だったんだもの》

 

「……ッ!?!?」

 

 当の本人に自覚は無いと思うけどね、とバージニアはあとから付け加えるが、ラウラの耳には届いていない。

 

「(う、ウィルが私のことを……!?)」

 

 顔を少し上げれば目の前に「?」と、間の抜けた表情をしているウィリアムが映るが、ラウラは恥ずかしくなってすぐさま顔を逸らしてしまう。

 ドキドキ、バクバク、心臓がおかしくなったのかと思うほど鼓動して、顔は今にも火を噴きそうなほど熱くなる。

 

「あ、あの、ウィルのお母様……」

 

《あら、お母様だなんて。バージニアって呼んでくれていいのよ?》

 

「そ、そうですか。では、バージニアさん。その……ウィルは私のことを、そんなに楽しげに、話していたのですか……?」

 

 ウィリアムに聞こえないよう口元を片手で覆い隠し、声を小さくして訊ねる。

 

《ええ、それはもう》

 

 即答だった。

 

「ぅぅ……」

 

 いよいよ恥ずかしさのピークに達したラウラは小さく唸ることしかできなくなる。

 

《で、そんなラウラちゃんがいったいどんな子か気になってたんだけど、うん。想像以上に良い子だったわ》

 

 今のラウラがどんな状態かを知ってか知らずか、スピーカー越しのバージニアはうふふっ、と楽しそうに笑っていた。

 

《ねえ、ラウラちゃん》

 

「は、はいっ!」

 

 突然名前を呼ばれて、ラウラは思わず声を上擦らせてしまう。

 

《これからも息子のことをよろしくね。――あっ、そうだ。もしアメリカに来ることがあったら、ぜひウチに遊びに来てちょうだい。大歓迎するわ!》

 

「っ、はい!」

 

 その言葉がたまらなく嬉しくて、ラウラは弾む声音で返事をした。

 

「(始めは酷く緊張したが、話してみると優しい人だったな)」

 

《ラウラちゃん、少しウィルに代わってもらえるかしら?》

 

「分かりました。少々お待ち下さい。――ウィル、バージニアさんが代わって欲しいそうだ」

 

「ん? ああ。――もしもし?」

 

 携帯電話を受け取り、それを耳に宛がうウィリアム。そんな彼の横顔を静かに見つめるラウラの頭の中には、バージニアの言葉が未だ響いていた。

 

 ――ラウラちゃんのことを話す時だけは飛び抜けて笑顔だったんだもの――

 

「(これは、少しはこいつにとって特別な存在になれたということ、なのだろうか……)」

 

 そう思えば思うほど、ラウラの頬は赤みを増して緩んでいく。

 

「ああ。ん、分かった。それじゃおやすみ」

 

 ピッ、とウィリアムが携帯電話の通話を切る。そして、ラウラへと向き直る。

 

「待たせて悪かったな。それで、確か昼飯だったよな。俺もちょうど腹が減ってたところなんだ」

 

「う、うむ! そうだな! では行くとするか!」

 

「あっ、こら、引っ張るな引っ張るな。そんなに急がなくてもメシは逃げないだろ」

 

 ついニヤけてしまった顔を隠すように、ラウラはウィリアムの手を引いて足早に食堂へと向かうのであった。

 

 ▽

 

「それで、いったい母さんと何を話してたんだ?」

 

「最高機密だ。いくら嫁のウィルでも教えることはできんな」

 

 昼食の冷やしそうめんを(すす)りながら答えるラウラは、しかしどこか嬉しそうな様子だ。

 なんだよ最高機密って。マジでどんな話をしてたんだ? ……まさか母さん、ラウラに変なこと言ってないだろうな? いやまあ、言われて困るようなことなんてやった覚えは無いけど。

 今ごろはベッドでのんきに眠っている(フロリダは現在深夜)だろう我が母に疑惑の念を向けながら、俺は(めん)つゆに次のそうめんを入れる。

 

「(しかし、母さんが妙にハイテンションだったのが気がかりだな。ラウラもラウラで顔赤くしてたし……)」

 

 うーむ、と心の中で唸りながら、俺は冷やしそうめんを食べ終える。その正面ではラウラが最後の(めん)を飲み込んだところだった。

 

「ふぅ、ごちそうさんっと。ところで午後はどうする予定なんだ?」

 

「ふむ……。特にこれといった予定はないな」

 

「そうか。なら、部屋でなんかして遊ぶか?」

 

「そうだな。ではトランプでもして――」

 

「トランプは無しで」

 

 ラウラが言葉を言い切る直前、俺が先回りしてそれを遮った。

 当然、いきなりノーと言われたラウラは(いぶか)しそうに俺を見てくる。

 

「? なぜトランプがダメなのだ。……ああ、成程。そういうことか」

 

 ニヤリ。ラウラは何か思い当たることがあったようで、意地悪く口元を歪めてみせた。

 

「臨海学校で私に完膚無きまでに負かされたからか?」

 

「……………」

 

 大当たりだった。あの臨海学校でラウラにボロ負けしたことを思い出して、俺はスッと視線を逸らす。

 が、しかし、その行動が余計ラウラに確信を持たせてしまったらしく、彼女はクックックッと喉を鳴らして笑っていた。

 

「どうやらお前はあれがトラウマになってしまったようだなあ」

 

 やめてっ、笑わないでっ。俺をそんな目で見ないでっ。

 

「い、いやな? トランプもいいけどな? テレビゲームでもどうかな、って思ってな? ちょうど2人でできるやつあるし。うん」

 

「ふっ、まあそういうことにしておいてやろう」

 

 何もしてないはずなのに、スゲェ負けた気分がして()に落ちねぇ……。

 

「しかし、テレビゲームか。そういった類いの物はいっさい触れたことがなくてな」

 

「なに、やり方なんて簡単なもんさ。あとで説明するから、取り敢えず食器返しに行こうぜ」

 

 経験者である俺が説明に回るということで、食器を返却してから寮部屋へと戻り、早速ゲーム機を起動した。

 

「……? これがテレビゲームか?」

 

「その数あるうちの1つだな。簡単に説明すると、このゲームは好きなようにものを作ったり建てたりできる自由度の高いやつだ」

 

「ほう。それにしても四角いな」

 

「全部ブロックで構成されてるからな」

 

 と話している間にゲームが始まり、俺とラウラを模したキャラが四角でできた世界に放り込まれる。

 

「おっ、近くに村があるな。ツイてるぞ」

 

「村があると何が良いのだ?」

 

「この世界の夜はモンスターがスポーンして危険でな。でもベッドを使って朝を待てば安全ってわけだ。あと、色々アイテムの物色もできる」

 

 俺の説明を聞きながら、ふむふむとラウラが頷く。そして次に村の隅々(すみずみ)まで探索を始めた。

 

「立地条件は悪くないな。攻めに(かた)く、守りに徹しやすい地形をしている」

 

 相変わらずミリタリーな着眼点だったが、それについて俺は口を挟まない。これもラウラという個人を形作る上で大切なピースの1つなのだから。

 

「とにかく、何をするにもまずは道具が必要だ。というわけで少し素材を集めてくるから、村の探索は頼んだ」

 

 そう言って、近場の洞窟を探しに村を離れる俺だったが、まさか帰ってきたら村が魔改造されているなどとは想像すらしていなかった。

 

「……なんじゃこりゃ……」

 

「ブンカーだ」

 

「ブンカー……もしかして、バンカーか?」

 

 村から平原に面した方角に置かれたそれは『ゴゴゴゴ……』と静かな威圧を放っているような石造りの建造物で、それが互いの死角をカバーするように複数建てられていた。

 なんということでしょう。なんの変哲(へんてつ)もなかったこの村に、(たくみ)が強固な防衛設備を増築してしまいました。

 どこの前線基地だよ……。

 

「こりゃあモンスターも尻尾巻いて逃げ出しそうだ……」

 

「ふん、当然だ。たかだかゾンビやスケルトンごときに落とされるほど軟弱には作っていない」

 

 自信満々に言うラウラ。まあ、確かにこれだけ頑丈なら何が来ても――

 

 シュゥゥ……ボンッ!!

 

 プレイヤー1はクリーパーに爆破された。

 プレイヤー2はクリーパーに爆破された。

 

「「ああああーっ!?」」

 

 ということがあったり。

 

「……なんだこれは?」

 

「いや、どう見ても家だろ」

 

「家? これがか? ただの箱にしか見えんぞ」

 

「ラウラ、ただのデカイ箱をマイホームに変えるものはなんだ? 分からんか、それはイメージ!」

 

「イメージでどうこうできる話ではない。これなら地下に穴を掘った方がマシだ」

 

「酷ぇ……」

 

 ということがあったり。

 2人でワイワイ騒ぎつつ、楽しい時間はあっという間に過ぎて行く。

 窓から差す夕焼け色の光に気づいて時計を見ると、時刻はすでに5時を大きく過ぎていた。

 

「おっと、もうこんな時間か。そろそろ夕食時だな」

 

「食堂に行くか?」

 

「いや、今日は部屋の簡易キッチンで自炊しようと思ってるんだ」

 

 材料ももう買ってある、と言って冷蔵庫を指差す。

 

「この前アメリカに帰って以来、また実家の料理が食いたくなってな。でも今からアメリカには帰れないから、それなら自分で作ろうってな」

 

「ほう、料理ができるのか」

 

 俺が料理を作れるのがそんなに意外だったのか、ラウラは驚いたようにわずかに目を開いた。

 

「まあな。なんならお前も食って帰るか? 材料はあるし、俺は構わないぞ」

 

「ふむ、ウィルの手料理には興味がある。いただくとしよう。無論、調理の際は私も手を貸すぞ。軍ではローテーションで食事係があったからな、期待しろ」

 

「そりゃあ助かる。じゃ、早速始めようか」

 

 簡易キッチンに並び立つ俺とラウラ。

 今日のメニューはグラタンの1種であるマック&チーズ(マカロニ&チーズ)とオニオンチャウダー。まさにザ・家庭料理といった感じだ。

 マック&チーズは、茹でたマカロニにバターorマーガリン(今回はバター)を大さじ4杯。次に牛乳を少量と、最後に粉末チーズをバサーッと投入。

 あとはマカロニの穴にまで確実にソースが入り込むよう丁寧に混ぜたら完成だが、ここでホーキンス家独自のレシピの紹介だ。このマック&チーズ、これにマスタードを少量だけ混ぜる。これで今度こそ完成だ。

 

「(……うん、ウチの味だな)」

 

 味見にマカロニを1つ口に放り込むと、実家の食卓にも並んだあの懐かしい味が広がる。

 

「俺の方は完成したぞ。ラウラはどうだ?」

 

「こちらも間も無く出来上がる頃だ」

 

「おっ、期待しろと言ってただけあって、さすがに手際が良い……な……ぁ?」

 

 何気なく隣に視線をやって、そこで思わず目が点になった。

 別に何か不備があったわけではない。むしろ鍋からはオニオンチャウダーの良い香りが漂っており、俺の空腹度をさらに高める。……ただ、使っていた刃物が包丁ではなくサバイバルナイフだっただけだ。そう、サバイバルナイフ。

 

「ら、ラウラ、包丁はどうした。ちゃんとそこにあっただろ?」

 

「む、あれか。あれはどうにも手にしっくりこなくてな。やはり扱いに()けたナイフの方が使いやすい」

 

「そ、そうか……」

 

 そうこうしているうちにオニオンチャウダーも出来上がり、食器に盛りつけられた本日の夕食がテーブルに並ぶ。

 

「さてと、それじゃあ食べようぜ。腹の虫がさっきから鳴りっぱなしだ」

 

「……………」

 

「……ラウラ? どうかしたか?」

 

「こうやって一緒に作った料理を一緒に食べるというのは……良いものだな」

 

 良いもの、か……。

 ラウラの口から発せられたその言葉には、喜びや嬉しさといった感情が確かに含まれていた。

 それは俺も同じで、自分のためだけに料理を作る時とは違い、誰かと――ラウラと一緒に料理をするのが楽しかった。

 

「ん、それは良かった。じゃあ、食べるとするか!」

 

 席に着いたところで、俺とラウラは同時に言った。

 

「「いただきます」」

 

 料理の味に舌鼓(したつづみ)を打ちつつ、こうして一緒に作って食べるということに暖かな気持ちを抱きながら、夏の夜は過ぎて行く。

 

 




 大変遅ればせながら、ここに【バスター・イーグル】第2形態『ウォーバード』の設定を掲載させていただきます。

 機体名称:バスター・イーグル・ウォーバード
 世代:第2世代型
 製造元:ウォルターズ・エアクラフト社


○機体諸元

 重量:1.9トン
 全高:3.75メートル
 全幅:3.1メートル
 最高速度:2,575キロ毎時
 巡航速度:1,860キロ毎時
 実用上昇限度:20,000メートル(ジェットエンジンの使用を前提とした場合)


○搭載装備

 ・単砲身30ミリ機関砲『ブッシュマスター』
 第2形態移行によって右腕部上面の装甲内部に格納。トリガーに指をかけると砲身が展開される。

 ・空対空ミサイル『MSL』
 熱源誘導方式の空対空ミサイル。ステルス性向上のため、主翼根元に増設された三角形の膨らみ――クイックベイの内部に格納。

 ・レーダー誘導式ミサイル『スカイバスター』
 強力な空対空兵装。レーダーなどの高価な電子機器を使い捨てにするという仕様上、1発あたりのコストが高くなってしまった。
 エアインテーク下面のウェポンベイに格納。

 ・8連装無誘導ロケット弾『ハイドラ』
 本機が持つ唯一の純対地兵装だがウェポンベイには格納できないため、使用する際は主翼下に展開される。
 使用時はステルス性低下の恐れあり。

 ・40ミリオートキャノン『ブラックマンバ』
 大口径の機関砲。『ハイドラ』同様こちらもウェポンベイには収まらないため、使用時は主翼下に展開される。
 使用時はステルス性低下の恐れあり。

 ・対IS用近接ナイフ『スコーピオン』
 第2形態移行前と同じく左大腿部の装甲内に格納。あくまで近接戦に陥った際の気休めの装備。

 ・『チャフ・フレア・ディスペンサー』
 機体テールコーンの上面と下面に設けられた、対ミサイル回避用兵装。

 ・『ドラッグシュート』
【バスター・イーグル】の緊急制動時に用いられるパラシュート。普段はテールコーン内部に格納されている。
 ISとしては本機だけが唯一持つユニークな装備。



 ウィリアムの意識とシンクロしたことで変化した【バスター・イーグル】の第2の姿。
 全体的に大型化しているのは、ステルス性能を得るために行われた兵装の内蔵化が主な要因。
 他にも以前まで流線型だった機体形状は、角張って傾斜が多く見られる形状へと変化した。
 もちろんシャークマウスのノーズアートはしっかりと健在している。

 第2形態移行前と同じく8枚の翼と推力偏向ノズル付きジェットエンジン、低出力ながらPICの補助によって大型機でありながらその機動力はばつぐんで、持ち前の火力と共に敵機へと襲いかかる様相は、まさに『ウォーバ(戦鳥)ード』。

 ちなみに【バスター・イーグル】は最高速度だけなら世界1位であるが、それと同時に『世界一うるさいIS』ともされている。



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40話 謎の美少女(あらわ)

 誤字報告ありがとうございます。
 一応、自分でも数回確認してから投稿してはいるのですが、それでも見落としがよくあるので本当に助かっております。


「おっと。あっぶねぇ……」

 

 ズドォォンッ!

 

 ウィリアムの頭上スレスレを通過した砲弾がアリーナのシールドバリアに命中し、体の芯を揺さぶるような爆音を響かせる。

 

「今のはさすがに焦ったぜ」

 

「ふん。軽々と回避しておいてよく言う」

 

 そう応えながら、ラウラはレールカノンのリボルバーを回転させて次弾を装填する。

 9月3日。1組2組の合同で始まった2学期初の実戦訓練は、まずはクラス代表同士ということで一夏と鈴のバトルに始まり、続いてウィリアムとラウラという形式で行われていた。

 

「それほどの過激な機動を連発させておいて、まだへばらんとはな。タフな奴め」

 

「そりゃあ散々キツい訓練をしてきたから、なっ!」

 

「甘い!」

 

 何の前触れもなく姿勢を反転させるウィリアムだったが、ラウラもラウラでその急激な機動に即座に反応してワイヤーブレードで牽制する。

 

「やっぱり反応してくるか。さすがだな。――ならこいつはどうだ!」

 

 飛んでくるワイヤーの1本をバレルロールで避けたウィリアムは、ウェポンベイから『MSL』を発射する。

 

「無駄だ! この停止結界をもってすればミサイルを受け止めることなど造作もない!」

 

 その言葉通りミサイルはラウラのAICによって眼前で動きを止められてしまう。が、しかし、ラウラの意識がミサイルに移ったその一瞬、ヘッドギアに覆われたウィリアムの口角がニィっと吊り上がった。

 

「かかったな」

 

「!?」

 

 動きを止められたミサイル目掛けて、ウィリアムは右腕の『ブッシュマスター』を撃ち放つ。

 そして、30ミリの砲弾を喰らったそれはラウラの眼前で轟音と共に爆散した。

 

「くっ……!」

 

 爆発による衝撃波までは受け止めることができず、姿勢を崩すラウラ。加えて視界いっぱいに広がる黒煙がウィリアムの姿を掻き消してしまう。

 すぐにISハイパーセンサーの位置情報補足がやってくるが、しかし遅かった。

 

「本命はこっちさ」

 

 眩しい陽光を遮るようにして現れた特徴的なシルエットが、異様なほどスローモーにラウラの頭上に影を落とす。

 

「しまっ――!」

 

「いただきだ」

 

 30ミリ機関砲『ブッシュマスター』を向けるウィリアム。そのIS【バスター・イーグル】のシャークマウスがギラリと陽光を不気味に反射する。

 ――と、次の瞬間。

 

 ビーーーーッ!!

 

「「!?」」

 

 トリガーにかけた指に力が込められるコンマの差で、試合終了を告げるアラームがけたたましく鳴り響いた。どうやら、いつの間にか制限時間を迎えていたらしい。

 ――言うまでもなく、引き分けである。

 

 ▽

 

「これであたしの2連勝ね。ほれほれ、なんか奢りなさいよ一夏」

 

「ぐう……」

 

「2戦とも引き分けかぁ……」

 

「まだまだ改善すべき点は多いな」

 

 前半戦、後半戦を通して引き分けで終わった実戦訓練。その後片付けを終えて、俺達いつもの面々は学食にやってきていた。

 ちなみに前半は俺がラウラを『ブッシュマスター』の射程内に収めたところで、後半はラウラの『プラズマ手刀』が俺の首を取ろうとしたところでの時間切れだ。

 一方の一夏・鈴ペアは2戦ともに一夏の敗北で幕を閉じている。主な理由は2次移行を果たしたことでより悪化した燃費の悪さだろう。

 

「今回は引き分けだったが、次は私が勝たせてもらうからな」

 

「言うじゃないか」

 

 ふっふっふっ……と不敵な笑みを浮かべながら、俺とラウラは昼食を食べる。

 今日のメニューは白身魚のフライ。サクサクの(ころも)とわずかに塩気の効いた白身魚、そしてこのタルタルソースが最高だ。やはりIS学園学食のおばちゃんはいい仕事をしている。

 

「ラウラ、それおいしい?」

 

「ああ。本国以外でここまで美味いシュニッツェルが食べられるとは思わなかった」

 

 相変わらずシャルロットと仲の良いラウラは、その皿に盛られたドイツ料理のシュニッツェル(仔牛のカツレツ)を一切れ切り分けた。

 

「食べるか?」

 

「わあ、いいの?」

 

「うむ」

 

「じゃあ、いただきます。えへへ、食べてみたかったんだ、これ」

 

 ラウラから分けてもらったシュニッツェルを、シャルロットは幸せそうに頬張る。

 

「ん~! おいしいね、これ。ドイツってお肉料理がどれもおいしくていいよね」

 

「ま、まあな。ジャガイモ料理もおすすめだぞ」

 

 自国のことを褒められて嬉しいのか、ラウラの顔は少し赤い。

 そんな様子を見ていると他の女子も加わりたくなったらしく、料理談義に花が咲いた。

 

「あー、ドイツってなにげにおいしいお菓子多いわよね。バウムクーヘンとか。中国にはあんまりああいうの無いから羨ましいっていえば羨ましいかも」

 

「そうか。では今度部隊の者に言ってフランクフルタークランツを送ってもらうとしよう」

 

 フランクフルタークランツ……? 聞いたことのない菓子だな。ていうか考えてみれば、俺が知ってるのってバウムクーヘンくらいだよな。

 

「ドイツのお菓子だと私はあれが好きですわね、ベルリーナー・プファンクーヘン」

 

 そう言ったのはセシリアだったが、シャルロットはキョトンとして聞き返す。

 

「えっ。ベルリーナー・プファンクーヘンって、ジャム入りの揚げパンだよね? しかも、バニラの(ころも)が乗ってるからカロリーすごいと思うけど……セシリアはアレが好きなの?」

 

「わ、わたくしはちゃんとカロリー計算をするから大丈夫なのですわ! そう、ベルリーナーを食べる時はその日その他に何も口にしない覚悟で……」

 

 食うだけで丸1日断食する覚悟がいるのか。

 しかしまあ、たかだか菓子1つだろ? それくらい好きに食べればいいだろ。……なんて言ったら怒られそうだから、ここは黙ってフライをかじっとくことにしよう。

 

「ジャム入り揚げパンか、確かに美味そうだ」

 

 そう言ったのは箒だ。

 そういえば前に聞いたことがあるが、日本の学校給食では日によって揚げパンという揚げたパンに砂糖をまぶしたものが出るらしい。

 ちなみに俺が通っていたアメリカの学校ではハンバーガーにピザ、フレンチトーストなどがよく給食のメニューに出ていた。

 しかも驚くべきことに、アメリカの給食ではピザは野菜類にカウントされている。その理由が『大さじ2杯のトマトソースがかかっているから』。

 ……自分で言うのもあれだがヤベェな。

 

「セシリア、揚げパンが好きなら今度ゴマ団子作ってあげようか?」

 

「それはどんなものですの?」

 

「中国のお菓子よ。あんこを(もち)でくるんでゴマでコーティング。そのあと揚げるの」

 

「お、おいしそうですわね! ああ、でもカロリーが……」

 

「ま、食べたくなったら言ってよ」

 

「鈴さん……思っていたより良い人ですわね……」

 

「思っていたよりってなによ! 思っていたよりって!」

 

 相変わらずワーギャーと騒がしいが、鈴とセシリアも仲が良いな。

 

「私は日本の菓子が好きだな。あれこそ風流というのだろう?」

 

 ラウラは夏休みにみんなで行った抹茶カフェで食べた水菓子が異様に気に入ったらしく、その後もちょくちょく足を運んでいるそうだ。

 本国の仲間にそのことを言ったら、えらく羨ましがられたと同時に生八つ橋を要求されたんだとか。なんか、ざっくばらんとした軍隊だな。

 ……いや、ウチの軍隊(特にティンダル基地)も普通に似たような感じだったわ。なんせ基地司令がアレだしなぁ。

 

「春は砂糖菓子、夏は水菓子とくれば秋はまんじゅうだな」

 

「ほう。冬は?」

 

「せんべいだ」

 

 せんべいっていうと、たしか米で作ったビスケットみたいなやつだったよな。特にあの醤油せんべいは最高すぎる。

 にしても、菓子の話ばかりしてると食べたくなってくるな。

 

「はぁ……。それにしてもなんでパワーアップしたのに負けるんだ……」

 

 大きな溜め息と共に一夏がボヤく。

 

「だから、燃費悪すぎなのよ。アンタの機体は。ただでさえシールドエネルギーを削る仕様の武器なのに、それが2つに増えたんだからなおさらでしょ」

 

「だな。お前さんの機体は攻撃力に極振りしすぎなんだよ」

 

「うーん……」

 

 おまけに今の【白式】は背部ウイングスラスターの大型化に伴ってエネルギーを大量に使用するようになってしまっていた。瞬時加速のチャージ時間は短くなり、最大速度も上がったものの、とんでもない大食らいになっている。

 もちろん、スラスターはシールドエネルギーを食わないが、増設された『雪羅』の荷電粒子砲と同じエネルギー系統なので、しっかりとした使い分けが必要らしい。

 

「(やるべきことは腐るほどあるってわけだな)」

 

 近距離戦と遠距離戦の即時切り替え。基本戦略の組み直し。それに射撃訓練の追加と新装備の経験訓練などなど。一夏が抱える問題は山積みだ。

 

「ウィルのISは良いよなぁ。そっちも2次移行してるのに欠点らしい欠点は増えてないし、エネルギーもあんまり食わねえだろ?」

 

「なーに言ってんだ。そんないいことづくめなわけないだろ」

 

 確かに、推力の大半をジェットエンジンが担っているのでエネルギーの消耗率は低い。シールドエネルギーを削るような武器も持ってない。

 しかも2次移行のおかげで機体パフォーマンスは全体的に見れば向上はしている。

 だが……

 

「そもそも【イーグル】はエンジンと燃料っていう重りを載せて飛んでるんだぜ? 重量はなんと驚きの1.9トンだ」

 

「1.9トン!? とんでもない重量ですわね……」

 

「【ラファール】に換算すれば約3機分か……」

 

「ああ。2次移行でエンジン出力は増したが、ついでに重量も増加してな。その影響なのか旋回時に若干ケツが振り回されるような挙動をするようになったんだ」

 

 強力なレーダーステルス能力も手に入れたおかげで隠密性は向上したが、それ故に兵装を機内に格納する必要があるため機体が大きくなるわ、ただでさえ重かった重量はさらに増えるわ、そのせいで飛行時の挙動が変わるわ……。

 

「というわけで、俺だってやらなきゃいけないことはあるのさ。お前さんほどじゃないが」

 

 まず飛行時の挙動に慣れることが最優先だな。他にも戦闘機動の際にかかる負荷制限も頭に叩き込んで……あぁ、忙しくなりそうだ。

 

「そうなのか……。2次移行したからって全部が良くなるわけじゃないんだなぁ」

 

「ま、まあ、アレだな! 一夏! その問題も私と組めば解決だな!」

 

 ドドン、と腕組みで啖呵(たんか)を切ったのは箒だった。

 確かに箒の専用機【紅椿】のワンオフ・アビリティー『絢爛舞踏(けんらんぶとう)』があれば、【白式】の高燃費問題は解決されたも同然だ。

 

「ざーんねん。一夏はあたしと組むの。幼馴染だし、【甲龍】は近接も中距離もこなすから、【白式】と相性いいのよ」

 

「な、何を勝手な……!? ゴホン! それならこのわたくし、セシリア・オルコットも遠距離型として立候補しますわ。【白式】の苦手距離をカバーできましてよ?」

 

「じ、じゃあ僕も立候補するよ。射撃武器の扱いは得意だから、近接攻撃がメインの一夏を援護できると思う」

 

「ええい、幼馴染というなら私の方が先だ! それに、なんだ。【白式】と【紅椿】は絵になるからな。……お、お似合いなのだ……」

 

 最後の方はモゴモゴとしていて、うまく聞き取れなかった一夏が「?」と首かしげているが、箒を始め一夏ラヴァーズ全員がペアに立候補した。

 

「ん……。まあ、もしペアを組むことになったら、その時は――ウィルと組むかなぁ」

 

「? 俺か?」

 

「「「「……えっ?」」」」

 

 一夏ラヴァーズが一斉に俺の方へと首を巡らせる。

 急に話を振られたうえに8つの視線を向けられた俺は、白身魚のフライを食べる手を止めた。

 つってもまあ、俺と組む理由なんて……

 

「前に組んだから」

「前に組んだから、だろ?」

 

 俺と一夏の言葉が重なる。

 やはりというべきか、一夏はトーナメント戦の時に俺と組んだことがあるから、そう判断したようだった。

 

「「「「ほっ…………」」」」

 

 盛大な勘違いをしていたのだろう一夏ラヴァーズの面々は揃って胸を撫で下ろす。

 

「(なんだよお前ら。おい、まさかとは思うが、俺と一夏が『Oh yeah……』なアレに発展しているとでも? 冗談じゃない)」

 

 でもまあ、俺と一夏にペアでの実戦経験があるのは事実だ。それに2次移行を果たしてからは互いにどう動けるかまだ分からないので、1度組んでそれを確認しておくのもアリだろう――

 

「何を考え込んでいるか。お前は私の嫁なのだから、組むのは私に決まっているだろう」

 

 ムニ、とラウラに右頬を押される。

 その顔は仏頂面だったが、しかし最近のラウラは態度が柔らかくなったのと併せて冗談を言ったり、よく笑ったりするようにもなった。

 

「ということだ。一夏、悪いが他を当たってくれ」

 

 そう言って食事を再開しようとした俺だったが、1つだけ一夏ラヴァーズに言っておくべきことがあるのを思い出して、もう1度(はし)を置く。

 

「それとお前ら。俺は断じて『アッチ』じゃねえからな。一夏の取り合いはお前らだけでやってくれ」

 

 まったく。4月の時といい6月の時といい、なんだって俺はこうも誤解されるんだか……。

 そんなこんなで昼食は終わり、俺達は午後の実習に向けて再度アリーナへと向かった。

 

 ▽

 

「やっぱり無駄に広いもんだ……」

 

「もう少し狭い方が落ち着くんだけどなぁ」

 

「ウィル、それ前も同じこと言ってたぜ?」

 

 俺と一夏専用となっているローカールームは、ただただ広いだけで落ち着かない。

 ISスーツの耐G装備を確認している俺の横で、一夏は【白式】のコンソールを呼び出して調整を始めた。

 

「うーん……。やっぱり『雪羅』に割いているエネルギーが多すぎるな。これ、もうちょっと抑えらえないもんだろうか」

 

「『雪片弐型』もだな。お前さんは零落白夜を起動したままにしているが、それをここぞという時だけ使うっていう風にオン・オフ切り替えられないか? そしたら少しは……」

 

 そう言いながら、ふと一夏のいる方を振り返ると、知らない女子が一夏の背後から両手で目隠しをしていた。

 

「だーれだ?」

 

 その女子の声は同級生よりも大人びている。そのくせ、楽しさが滲み出しているような笑みを言葉に含んでいて、イタズラを楽しむ子供のようにも聞こえた。

 

「え? あ、あの……」

 

「はい、時間切れ」

 

 数秒ほどしてからその女子生徒は手を離し、解放された一夏は目を塞いでいた手の持ち主を確認しようと振り向く。

 

「……誰?」

 

「(リボンの色からして……2年生だな。いったい何をしに来たんだ?)」

 

「んふふ」

 

 その女子は困惑する一夏と眉をひそめる俺を楽しそうな笑顔で眺めつつ、どこから取り出したのか扇子(せんす)を口元へと持っていく。

 改めて見てみると、目の前の2年生は不思議な人物だった。

 全体的に余裕を感じさせる態度。しかし嫌味ではなく、どことなく人を落ち着けるような雰囲気がある。しかしそれとは逆に浮かべた笑みはイタズラっぽく、違う意味でこちらを落ち着かなくさせる。

 つまり、何かされるのでは? という、おかしな不安。向こう側の見えない不透明感。神秘的――というのは、いささか褒めすぎだろうか?

 

「あの、あなたは――」

「自分達に何か――」

 

「それじゃあね。君達も急がないと、織斑先生に怒られるよ」

 

「ん……!?」

 

 猛烈に嫌な予感がして、俺は咄嗟に壁の時計を見る。

 

「…………Holy shit(なんてこった)……!!」

 

 すでに授業開始から3分が過ぎていた。完全に遅刻である。

 

「ヤバいぞ一夏! 織斑先生に殺されるッ!!」

 

「だあああッ!? まずいまずいまずい!!」

 

 もう1度元凶の人物を見ると、もうそこには誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

「……ほう。遅刻の言い訳は以上か?」

 

 死ぬ気で走ってきた俺達を待っていたのは、地獄の将軍(ヘルズ・ジェネラル)・織斑先生による慈悲の欠片もない軍法会議だった。

 

「いや、あの……あのですね? 見知らぬ女子生徒が、ですね……」

 

「……ホーキンス」

 

 ギロリ、織斑先生がシャークマウスの瞳よりも恐ろしい目で俺に視線を向けてくる。

 

「は、はいっ! 一夏の言葉に嘘偽りはありませんっ! 更衣中にその生徒が入って来ましたっ! 2年生のリボンをしていましたが、彼女とは初対面でありますっ!」

 

 顔面蒼白、脚はガタガタ。俺は反射的に敬礼をしながら洗いざらい白状する。

 なに? 情けない姿だって? ……じゃあ君達も織斑先生の前に立ってみるといいさ。

 

「成程な……」

 

 お? おお!? 分かってくれたのか!? よかったよかった! なんとか明日の朝日を拝めそう――

 

「つまり、お前達2人は初対面の女子との会話を優先して、授業に遅れたのか」

 

「「 」」

 

 全ッ然分かってくれてない!? それどころかさらに酷くなってるッ!!

 

「ち、違いますよっ!?」

 

「そ、そうですよ先生! 別に楽しんでいたわけじゃ――」

 

「デュノア、ラピッド・スイッチの実演を。ボーデヴィッヒは近接格闘の実演をして見せろ。的はそこの馬鹿どもで構わん」

 

 待って! 俺と一夏が構います!

 

「「……………」」

 

 無慈悲な死刑宣告が下され、呼ばれた2人の女子が静かにやって来る。

 

「それじゃあ織斑先生、実演を始めます」

 

 ニコッと、極上の笑みを浮かべるシャルロット。しかし、その笑みは慈愛の女神のそれではなく、無慈悲な天使のそれだった。

 どうやら先に一夏から処刑されるらしく、シャルロットはフワリと空中へと進み出る。その手に光の粒子が集まり、銃器を構成していく。

 

「あ、あの、シャル……ロットさん?」

 

「なにかな、織斑くん?」

 

 額には青筋が浮いて見えた。……一夏、安らかに眠れ。

 

「始めるよ、【リヴァイヴ】」

 

「ま、待っ――」

 

 バラララララララッ!!

 

 耳をつんざく火薬の炸裂音に混じって一夏の悲鳴が聞こえる。

 少ししてシャルロットがトリガーから指を離すと、土煙の中にピクピクと痙攣(けいれん)しながら気絶する一夏を見つけた。

 

「――何を余所見している。次は貴様の番だぞ」

 

 あぁ……ついにこの時が来てしまった。俺はギギギッと油が切れたブリキ人形のような動きでラウラに振り向く。

 地面からわずかに浮いているラウラの、その両腕から伸びる『プラズマ手刀』は薄紫色の光を放っていた。

 

「まあ待て。ここは平和的に話し合おう。俺は刺身は好きだが、刺身にされるのはゴメンだ」

 

「安心しろ。死なん程度に留めてやる。言い残すことはあるか?」

 

 あらやだ。この人、まったく話が通じない。

 仕方ない。こうなったら例の手を使うしかなさそうだ。

 

「……分かった。じゃあ1つだけ言わせてもらうぞ――おい見ろあれなんだああっ!!?

 

「?」

 

 俺の迫真の演技が見事に炸裂し、ラウラを始めその場にいた全員(織斑先生を除く)が指差す先へと振り向いた。――よっしゃ今だっ!

 

アディオス(サヨナラ)!」

 

 細切れにされたくはないので、俺は回れ右して脱兎の如く逃走開始。あっという間にラウラとの距離が離れていく。

 

「(ふっふっふっ……! ふぅふははははぁっ! 残念だったな、ラ・ウ・ラァ~。俺の逃走スキルを侮るなよ!)」

 

 そんなことを考えていると、突然俺の腹に何かが巻き付いた。しかもそれは凄まじい力で引っ張ってくるので、俺はバランスを崩して地面に倒れてしまう。

 

「なっ、なん、なんだこれ……!?」

 

 何かワイヤーらしいが、しかしどうにも見覚えがあるものだ。と、今度はズリズリと手繰(たぐ)り寄せるようにして俺は牽引されていく。

 ってちょっと待て。その方向にはラウラが――あっ、違う。これラウラに捕まったんだ……! ということは俺に巻き付いているこれは……

 

「ワイヤーブレード……!」

 

「そう簡単に逃げられると思ったか?」

 

 身も凍るほど冷たい笑みを湛えるラウラが立っていた。

 

「あっ、あっ、ああぁぁぁ……!」

 

 冷や汗を滝のように流す俺を、ラウラは自身の目前まで持ってきて吊り上げる。

 拘束された俺に抵抗するような術はなく、ただただプラ~ンと力なく揺れることしかできなかった。

 

「逃亡罪も追加しておく必要があるな。さて。ウィル、覚悟はできているな?」

 

「い、いえ、まだであります――」

 

「これは終止疑問文(しゅうしぎもんぶん)だ。故に答えは要らん」

 

 ああ……俺終わった……。

 

 

 

 

 

 

ノォォォォォーーーッ!!

 

 その悲鳴を聞き、惨劇を前にした1組2組の生徒及び教員らが、ウィリアムに対して静かに合掌したのは余談として置いておくとしよう。

 

 



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41話 生徒会長、その名は更識 楯無

 翌日。SHRと1時限目の半分を使っての全校集会が行われた。

 その内容は、今月中程にある学園祭についてである。

 

「(にしても、さすがにこれだけの女子が集まれば……)」

 

 騒がしくてしょうがない。

 

「それでは、生徒会長から説明をさせていただきます」

 

 静かに告げたのは生徒会役員の1人だろう。その声で、これまでのざわつきがウソであったかのように周囲は静まり返る。

 

「やあみんな。おはよう」

 

「!?」

 

 壇上で挨拶をしている女子。2年のリボンをしたその人は、昨日ロッカールームに現れ、俺と一夏がフルボッコにされる原因(俺は半分ほど自業自得)を作った人物だった。

 俺は思わず漏れそうになった声をなんとか飲み込んで、再度その人に視線を送る。

 

「ふふっ」

 

 俺――と、同じく唖然としている一夏を見て、その2年の女子は小さく笑みを浮かべる。

 ――まさか生徒会長だったのかよ。ていうか、生徒会長が他生徒の遅刻する要因作ったらダメだろ!

 心の中で怨み節を投げかけながら、俺は生徒会長の言葉に耳を傾けた。

 

「さてさて、今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識 楯無(さらしき たてなし)。君達生徒の(おさ)よ。以後、よろしく」

 

 ニッコリと微笑みを浮かべて言う生徒会長は、異性同性を問わず魅了するらしく、列のあちこちから熱っぽい溜め息が漏れた。

 

「では、今月の一大イベント学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは」

 

 閉じた扇子(せんす)を慣れた手つきで取り出し、横へとスライドさせる。それに応じるように空間投影ディスプレイが浮かび上がった。

 

「名付けて、『織斑 一夏、ウィリアム・ホーキンス争奪戦』!」

 

 パンッ! と小気味のいい音を立てて、扇子が開く。それに合わせて、ディスプレイに俺と一夏の写真がデカデカと映し出された。

 

「なっ!?」

 

「にぃっ!?」

 

「「「えええええええ~~~~~っ!?」」」

 

 割れんばかりの叫び声に、比喩(ひゆ)や誇張なしにホールが揺れた。

 続いて、あんぐりと口を開けたまま立ち尽くす俺と一夏へと視線が集まってくる。

 

「静かに。学園祭では毎年各部活動ごとの(もよお)し物を出し、それに対して投票を行って、上位組は部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思い――」

 

 ビシッ、と扇子で俺達男子組を指す生徒会長。

 

「織斑 一夏、そしてウィリアム・ホーキンスを、1位の部活動に強制入部させましょう!」

 

 再度、ホールを揺るがす雄叫びが上がる。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

「素晴らしい、素晴らしいわ会長!」

 

「こうなったら、やってやる……やぁぁぁってやるわ!」

 

「どんな手を使ってでも、1位は我らマンガ研究部がいただくわよ!」

 

「今日からすぐに準備始めるわよ! 秋季大会? ほっとけ、あんなん!」

 

 秋季大会を『あんなん』呼ばわりするなよ……。

 しかし、一夏はともかく俺ってそんなお得感あるのか? 女子の試合に出るわけにもいかんし、できるのはせいぜい事務か力仕事くらいだぞ。

 というか、そもそも……

 

「(なあ一夏。お前、この件について何か聞いてるか?)」

 

「(んなわけない。初耳だよ。しかも了承もしてないぞ……)」

 

 視線で会話しながら、混乱する頭で生徒会長に目をやると、「あはっ♪」とウインクを返された。

 ……やってくれたなコンチクショウ。

 

「よしよしよしっ、盛り上がってきたぁぁ!」

 

「今日の放課後から集会するわよ! 意見の出し合いで多数決取るから!」

 

「最高で1位、最低でも1位よ!」

 

 そして、1度火が付いた女子の群れは止まらない。おい、誰か大急ぎで消火器を持ってきてくれ。あ の 生 徒 会 長 に 全 部 か け る か ら 。

 かくして初耳&未承諾のまま、俺と一夏の争奪戦は始まった。

 

 ▽

 

 同日、教室にて放課後の特別HR。今はクラスごとの出し物を決めるため、わいのわいのと盛り上がっていた。

 

「えーと……」

 

「これは……」

 

 クラス代表の一夏と、昨日逃亡した罰として補佐を任された俺は意見をまとめる立場にあるのだが……。

 

「(内容が『織斑 一夏のホストクラブ』『織斑 一夏とツイスター』『ウィリアム・ホーキンスとポッキー遊び』『ウィリアム・ホーキンスと王様ゲーム』…………これは酷い)」

 

「全部却下」

 

「アウトだな」

 

 えええええー!! と大音量でブーイングが響く。

 

「アホか! 誰が嬉しいんだ、こんなもん!」

 

「一夏の言う通りだ! 男がポッキーポリポリかじってるシーンとか誰得だよ!」

 

 ていうか、ポッキー遊びってなんだよ! ポッキーなんかでどう遊べって言うんだ!?

 

「私は嬉しいわね。断言する!」

 

「そうだそうだ! 女子を喜ばせる義務を全うせよ!」

 

「織斑 一夏とウィリアム・ホーキンスは共有財産である!」

 

「他のクラスから色々言われてるんだってば。ウチの部の先輩もうるさいし」

 

「助けると思って!」

 

「メシア気取りで!」

 

 いや、いくらメシアでもゴメン無理って言うだろ。というか、俺達にどうしろっていうんだ……。

 助けを求めて視線を動かすものの、すでに織斑先生はいない。

 

『時間がかかりそうだから、私は職員室に戻る。あとで結果報告に来い』

 

 我らが担任の優しさに思わず涙が出てくるね。

 

「山田先生、ダメですよね? こういうおかしな企画は」

 

「先生からもガツンと言ってやって下さい。このままじゃクラスの出し物が地獄絵図になる」

 

「えっ!? わ、私に振るんですか!?」

 

 おいこら副担任。逆になぜ話を振られないと思った。

 

「え、えーと……うん、わ、私はポッキーのなんかいいと思いますよ……?」

 

「「ウソやろ……」」

 

 やや頬を赤らめながら言う副担任・山田 真耶(まや)先生。……シット、地雷どころか対戦車地雷を踏んだ気分だ。

 

「と、とにかく、もっと普通の意見をくれ! こんな頭のネジが吹っ飛んだ出し物、誰がなんと言おうがノーだからな!」

 

「ではメイド喫茶はどうだ」

 

 そう言ってきたのは、なんとラウラだった。……なんだって?

 俺だけでなく、クラスの全員がポカンとしている。

 

「客受けはいいだろう。それに、飲食店は経費の回収が行える。確か、招待券制で外部からも入れるのだろう? それなら、休憩場としての需要も少なからずあるはずだ」

 

 いつもと同じ淡々とした口調だったが、あまりにも本人のキャラにそぐわない言葉だったため、俺もクラスのみんなも理解に時間を要した。

 

「あー……みんなはどう思う?」

 

 横で(ほう)けている一夏に代わって、俺は多数決を取ってクラスの反応を見てみることにする。

 しかし、急に話を振られたせいかクラスの女子全員がキョトンとしたままだった。

 

「いいんじゃないかな? 一夏とウィルには執事(しつじ)厨房(ちゅうぼう)を担当してもらえばオーケーだよね」

 

 そう言ったのはシャルロットだった。ラウラの援護射撃と思われるそれは、1組女子全員に見事クリーンヒットする。

 

「織斑くん、執事! いい!」

 

「ホーキンスくんの執事姿……ウヘヘ」

 

「それでそれで!」

 

「メイド服はどうする!? 私、演劇部衣装係だから()えるけど!」

 

 一気に盛り上がりを見せるクラス女子一同。さすがにこれを鎮めるというか、水を差すわけにもいかないだろう。

 

「(まあ、ポッキーだのホストクラブだのよりはずっとマシだろ)」

 

「メイド服ならツテがある。執事服も含めて貸してもらえるか聞いてみよう」

 

 そう言ったのは、またしても意外な人物――というか、ラウラだった。

 え? と全員が目を丸くする中、ハッと気がついて咳払いをするラウラ。

 

「――ゴホン。シャルロットが、な」

 

 注目されたのが照れくさかったのか、ラウラはわずかに顔を赤らめている。

 そして、いきなり話を振られたシャルロットは困った顔をするばかりだった。

 

「え、えっと、ラウラ? それって、先月の……?」

 

「うむ」

 

 先月? 先月でメイド服……っていったら、あの強盗が立て籠ったカフェか。

 先月の(アット)クルーズであった出来事が俺の頭の中で鮮明に浮かび上がる。

 

「き、訊いてみるだけ訊いてみるけど、無理でも怒らないでね」

 

 不安げにそう告げるシャルロットに、クラスの女子は声を上げて『怒りませんとも!』と断言をする。

 こうして、1年1組の出し物はメイド喫茶改め『ご奉仕喫茶』に決まった。

 

 ▽

 

「……というわけで、1組は喫茶店になりました」

 

 職員室。織斑先生の元でクラス会議の報告をする一夏を、俺は隣で静かに眺めて待つ。

 

「また無難なものを選んだな。――と言いたいところだが、どうせ何か企んでいるんだろう?」

 

「いや、その……コスプレ喫茶、みたいなものです。はい」

 

「立案は誰だ? 田島か、それともリアーデか? まあ、あの辺の騒ぎたい連中だろう?」

 

「えーと……」

 

 ニヤニヤしている織斑先生に本当のことを言いづらいのか、一夏が俺に視線を向けてくる。

 俺に話を振るのかよ……と内心で溜め息を漏らすが、振られた以上は黙っているわけにもいかず、俺は意を決して口を開いた。

 

「織斑先生、驚かずに聞いて下さい」

 

「なんだ。そんなに意外な奴なのか? もったいぶらず早く言え」

 

「……ラウラです」

 

「……………………」

 

 キョトンとしている織斑先生。それから2度まばたきをして、彼女は盛大に吹き出した。

 

「ぷっ……ははは! ボーデヴィッヒか! それは意外だ。しかし……くっ、ははっ! あいつがコスプレ喫茶? よくもまあ、そこまで変わったものだ」

 

「やはり意外……でしょうか?」

 

「それはそうだ。あいつの過去を知っている分、なおさらな。ふ、ふふっ、あいつがコスプレ喫茶か……ははっ!」

 

 それからひとしきり笑って、織斑先生は目尻の涙を(ぬぐ)う。

 織斑先生の反応は職員室の先生方にとってもかなり意外な光景だったらしく、みんな目をパチクリさせてそれを眺めていた。

 

「ん、んんっ。――さて、報告は以上だな?」

 

 周囲の視線に気づいた織斑先生が、咳払いをして語調を整える。

 

「伝え漏れは無いよな、一夏?」

 

「ああ。――ということで、報告は以上です」

 

「ではこの申請書に必要な機材と使用する食材などを書いておけ。1週間前には出すように。いいな?」

 

 織斑先生の言葉を聞いて、一夏が面倒くさそうに顔をしかめた。

 

「い・い・な?」

 

「は、はいっ」

 

 凄味の利いた確認に一夏はもちろん、俺まで思わず背筋をピンッと伸ばしてしまう。

 

「織斑、ホーキンス。学園祭には各国軍事関係者やIS関連企業など多くの人が来場する。一般人の参加は基本的に不可だが、生徒1人につき1枚配られるチケットで来場できる。渡す相手を考えておけよ」

 

「あ、はい」

 

「分かりました」

 

 そんなこんなで織斑先生への報告は終わり、俺達は一礼をして職員室を出る。

 ドアが閉じる音を背中で聞いて、俺達はふぅっと溜め息を漏らした。

 

「……大爆笑だったな、織斑先生」

 

「ああ。あんな千冬姉を見るのは俺も久しぶりだ」

 

「確かにラウラがコスプレ喫茶を発案したのは意外だったけどな」

 

 しかしまあ、今その話は一旦置いておくとしよう。まずは……。

 

「一夏、どうやら2年の先輩殿が俺達とお話したいらしいぞ」

 

 そう言って俺は、とある方角へと(あご)をしゃくらせる。

 

「やあ」

 

 職員室を出てすぐ左のところで1人の女子が待っていた。

 その顔は忘れもしない、生徒会長・更識 楯無その人である。

 

「……何か?」

 

「自分達にご用事でも?」

 

「ん? どうして警戒しているのかな?」

 

「それを言わせますか、まったく……」

 

 遅刻騒動といい、学園祭騒動といい、騒ぎの元凶である先輩は、しかし涼しげな顔で俺達を楽しそうに眺めているだけだった。

 

「ああ、最初の出会いでインパクトがないと、忘れられると思って」

 

「忘れませんよ、別に」

 

「あまりに強烈過ぎましたからね。色々と」

 

 そう適当に返して俺達はアリーナへと歩き出す。

 その横に、ごく自然な流れで先輩が並んで歩き出した。

 

「……………」

 

 どうも、このまま振り切るのは難しそうだ。

 彼女の雰囲気は、どことなく有無を言わせないものがある。そのくせ、強引さを感じさせない――なんというべきか、その場の『流れ』のようなものを支配している。

 

「まあまあ、そう塞ぎ込まずに。若いうちから自閉しているといいこと無いわよ?」

 

「誰のせいですか、誰の」

 

「1度ご自身の胸に手を当ててみられては?」

 

「あら。胸に手を当てるだなんて。ウィリアム・ホーキンスくんのエッチ♪」

 

「……………」

 

「やん、そんな怖い顔しないでよ。んー。それなら交換条件を出しましょう。これから当面私が君達2人のISコーチをしてあげる」

 

「いや、コーチはいっぱいいるんで」

 

「彼の言う通りコーチをしてくれている友人がたくさんいますので、ご遠慮させていただきます」

 

 箒に鈴にセシリアに、シャルロットにラウラ。これ以上増えても場が混乱するだけだろう。

 

「うーん。そう言わずに。私はなにせ生徒会長なのだから」

 

「はい?」

 

「それがどうかしましたか?」

 

「あれ? 知らないのかな。IS学園の生徒会長というと――」

 

 ちょうど更識先輩が言葉を続けようとしたところで、前方から粉塵(ふんじん)を上げる勢いの女子が走り込み――(いな)竹刀(しない)を片手に襲いかかってきた。

 

「覚悟ぉぉぉっ!!」

 

「なっ……!?」

 

「おいおい……!」

 

 反射的に俺と一夏は2人の間に立つが、それをスルリとかわして先輩は扇子を取り出す。

 

「迷いのない踏み込み……いいわね」

 

 信じられないことに先輩は扇子で竹刀を受け流し、左手の手刀を叩き込む。

 女子が崩れ落ちると同時に、今度は窓ガラスが破裂した。

 

「こ、今度はなんだ!?」

 

「あなた(うら)まれでもしてるんですか!?」

 

 先輩の顔面を狙い、次々と矢が飛んでくる。その矢の出所に視線をやるも、隣の校舎の窓から(ゆみ)()(はかま)姿の女子が見えた。

 

「ちょっと借りるよ」

 

 倒れている女子の側にあった竹刀を蹴り上げて浮かせ、空中のそれをキャッチすると同時に放る。

 割れた窓ガラスから投擲(とうてき)されたそれはスコーンッ! と射手(しゃしゅ)の眉間に当たり、見事撃破した。

 

「もらったぁぁぁぁ!!」

 

 バンッ! と廊下の掃除用具ロッカーの内側から、3人目の刺客(しかく)が現れる。

 その両手にはボクシンググローブが装着されており、軽やかなフットワークと共に体重を乗せたパンチで襲いかかってきた。

 

「ふむん。元気だね。……ところで2人とも」

 

「「は、はい?」」

 

「知らないようだから教えてあげるよ。IS学園において、生徒会長という肩書きはある1つの事実を証明してるんだよね」

 

 先輩は半分開いた扇子で口元を隠しながら、楽しげに話す。

 その間も、ボクシング女子の猛ラッシュを紙一重でかわし続けているのが信じられない。

 

「生徒会長、(すなわ)ち全ての(おさ)たる存在は――」

 

 振り抜きの右ストレートを円の動きで避け、トンッ……とその足が地面を蹴って身を宙へと踊らせる。

 

「『最強』であれ」

 

 そして、突撃槍(ランス)のようなソバットの蹴り抜き。ボクシング女子は登場したロッカーに叩き込まれて沈黙した。

 

「……とね」

 

 ソバットの際に手放した扇子を1回転のあとで床に落ちる前に手に取り、パンッと開いてスカートの(すそ)を押さえる。

 

「見えた?」

 

「いえ……何も……」

 

「みっ、見てませんよっ!」

 

 アクション映画さながらの展開に俺は(なか)ば放心したまま答え、一夏は一夏で慌てたような様子で否定していた。

 ……お前、もしかして見えてたのか?

 

「それはなにより」

 

 フフ、と笑みを添えて先輩は扇子を(たた)む。

 

「……それで、これはいったいどういう状況ですか?」

 

「うん? 見ての通りだよ。か弱い私は常に危機に晒されているので、騎士の1人も欲しいところなの」

 

 どの口が言うか、この嘘つきめ。

 

「よく言いますよ。さっきは最強だとか言っていたでしょう」

 

「あら、バレた」

 

 そしてまた楽しそうに笑う。……どうでもいいがこの人、笑い方が上品な上に、しかも妙に似合っている。どこぞの令嬢だったりするのか?

 

「まあ、簡単に説明するとだね、最強である生徒会長はいつでも襲っていいのさ。そして勝ったなら、その者が生徒会長になる」

 

「はぁ……、無茶苦茶ですね」

 

「物騒なことこの上ない学園だな……」

 

「うーん、それにしても私が就任して以来、襲撃はほとんど無かったんだけどなぁ。やっぱりこれは」

 

 ズイッと俺達に詰め寄り、その顔を近づけてくる。――近い近い近い。

 

「君達のせいかな?」

 

「な、なんでですか」

 

「自分は何もしちゃいませんよ」

 

 フワリとした花の匂いが異常に心に染み込んでくる。

 それはすぐに内心を落ち着かなくさせ、俺は不覚にも心臓を高鳴らせてしまった。

 

「ん? ほら、私が今月の学園祭で君達を景品にしたから、1位を取れなさそうな運動部とか格闘系が実力行使に出たんでしょう。私を失脚させて景品キャンセル、ついでに君達を手に入れる、とかね」

 

 まあ憶測だけどね、と言葉を足すが、その予想は恐らく当たっているだろう。

 この人は、人の心の内側を自然に覗いてくるようなところがある。……つまり、こちらの焦りや緊張も見抜かれていそうで怖い。

 

「ではまあ、1度生徒会室に招待するから来なさい。お茶くらい出すわよ」

 

「はぁ」

 

「その返事は肯定?」

 

「行きますよ……」

 

 否定はできないと判断したのか、渋々といった様子で一夏が了承する。

 

「ウィリアム・ホーキンスくんもどう? 一緒に来る?」

 

「いえ、自分は……」

 

 ご遠慮させていただきます、と言おうとしたところで、一夏が捨てられた仔犬のような視線を向けてきた。

 

「………………」

 

 なんだ。1人で行くのは心細いからついて来いってか? ……分かった、分かったよ。そんな目で俺を見るな。

 俺は両手を上げて降参のポースをする。

 

「……自分もご一緒させていただきます」

 

「うむ、よろしい。素直な織斑 一夏くんも、友達思いなウィリアム・ホーキンスくんも、おねーさん好きだよ」

 

「い、一夏でいいですよ」

 

「自分もウィリアムで構いません」

 

「そうか。では私も楯無(たてなし)と呼んでもらおうかな。たっちゃんでも可」

 

「なんでもいいですよ。はぁ……」

 

「こりゃあいろんな意味で勝てんな……」

 

 どうにも、この人に逆らうのは無理のようだ。

 俺達の諦めを覗いたらしく、楯無先輩はニンマリと笑う。それはさっきまでの大人びた笑みとは違い、どこか子供じみた――そう、イタズラが成功した子供のような顔だった。

 

 ▽

 

「……いつまでぼんやりしてるの」

 

「眠……夜……遅……」

 

「シャンとしなさい」

 

「了解……」

 

 そんな声が聞こえてきて、俺も一夏もなんとなく入室を躊躇(ためら)ってしまう。

 

「ん? どうしたの?」

 

「いや、どこかで聞いたような声が……」

 

「それも、俺達に変わった渾名(あだな)をつけたクラスメイトのような……」

 

「ああ、そうね。今は中にあの子がいるからかしらね」

 

 そう言って楯無先輩はガチャリとドアを開ける。

 重厚な開きの戸は軋みの1つも立てずにゆっくり開いていく。かなり質の良いもののようだ。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい、会長」

 

 出迎えたのは3年生の女子だった。眼鏡に三つ編み、いかにも『ザ・真面目』風の人で、片手に持ったファイルが非常によく似合っている。

 そして、その後ろにいたのは意外な顔だった。

 

「わー……。おりむーとホーくんだ~……」

 

 のほほんさんだ。……なぜ彼女が生徒会室に?

 

「まあ、そこにかけなさいな。お茶はすぐに出すわ」

 

「は、はぁ……」

 

「失礼します……」

 

 いつもの6割増しで眠そうなのほほんさんは、俺と一夏を見つけて3センチほど上げた顔をまたベチャリとテーブルに戻す。

 

「お客様の前よ。しっかりなさい」

 

「無理……。眠……帰宅……いい……?」

 

「ダメよ」

 

 最後の希望とばかりに単語だけの言葉で尋ねたのほほんさんは、しかし3年生の無情な回答に崩れ落ちる。

 

「えーと、のほほんさん? 眠いの?」

 

「寝不足か?」

 

「うん……。深夜……壁紙……収拾……連日……」

 

「う、うん?」

 

「壁紙? 収拾?」

 

「あら、渾名だなんて、仲いいのね」

 

 お茶の準備を3年生に任せて、2年生でありながら会長職を務める楯無先輩は優雅に腕組みをして座席にかける。

 

「あー、いや、その……本名知らないんで……」

 

「一夏お前、マジか……」

 

「ええ~!?」

 

 ガバリッ、とのほほんさんが初めて聞く大声で起き上がる。

 

「酷い、ずっと私を渾名で呼ぶからてっきり好きなんだと思ってた~……」

 

「いや、その……ゴメン」

 

「一夏、それは失礼にもほどがあるだろ。罰として超高G旋回の刑だな」

 

「か、勘弁してくれっ! あれやられたあとはマジで吐きそうになるんだっ!」

 

 そんなやり取りをしていると、ちょうどそこにティーカップを持ってきた3年生が口を挟む。

 

「本音、嘘をつくのはやめなさい」

 

「てひひ、バレた。分かったよー、お姉ちゃん~」

 

「「……お姉ちゃん?」」

 

「ええ。私は布仏 虚(のほとけ うつほ)。妹は本音(ほんね)

 

「むかーしから、更識家のお手伝いさんなんだよー。ウチは、代々」

 

 布仏 本音(のほとけ ほんね)……。うーん、やっぱりフリガナがないと、とてもじゃないが読めないんだよなぁ。

 

「えっ? 姉妹で生徒会に?」

 

「そうよ。生徒会長は最強でないといけないけど、他のメンバーは定員数になるまで好きに入れていいの。だから、私は幼馴染の2人をね」

 

 一夏の質問に楯無先輩が説明を入れる。

 って、3人は幼馴染だったのか。さっきのほほんさんが言ってた『代々お手伝いさん』ってのが理由か?

 

「お嬢様にお仕えするのが私どもの仕事ですので」

 

 ちょうどお茶ができたらしく、カップの1つ1つに虚先輩は注いでいく。

 その仕草は非常に様になっていて、秘書というかメイド長というか、そういう雰囲気を醸し出していた。

 

「あん、お嬢様はやめてよ」

 

「失礼しました。ついクセで」

 

 このやり取りからして、更識家というのはかなりの名家なのだろうと思う。

 それについては楯無先輩のちょっとした仕草を見ても分かることだった。

 

「織斑くんも、どうぞ」

 

「ど、どうも」

 

 お茶を注いでもらった一夏は、その丁寧な姿勢についついかしこまってしまっている。

 

「ホーキンスくんも」

 

「ありがとうございます」

 

 俺も同じくお茶を注いでもらうと、カップから芳醇(ほうじゅん)な香りがフワリと漂ってきた。

 

「本音ちゃん、冷蔵庫からケーキを出してきて」

 

「はーい。目が覚めた私はすごい仕事できる子~」

 

 あまり疑うのはよくないと思うが、心配だ。

 相変わらずのゆっくりとした動作で、しかもまだ眠気が抜け切っていないのか、その足取りは怪しい。

 しかし、不思議なもので特に転んだりもせずに、のほほんさんは無事にケーキを持ってきた。

 

「おりむー、ホーくん~、ここはねー。ここのケーキはねー、ちょおちょおちょおちょお~……美味しいんだよ~」

 

 そう言いながら、まず自分の分を取り出して食べる。……えーっと?

 

「やめなさい、本音。布仏家の常識が疑われるわ」

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶっ。うまうま♪」

 

「……………」

 

 ケーキのフィルムについたクリームを一心不乱に舐める妹を、しかし厳格な姉は許さない。

 ゴチッ! と、思い切りグーで叩いた。

 

「うええっ……。いたぁ……」

 

「本音、まだ叩かれたい? ……そう、仕方ないわね」

 

「まだ何も言ってない~。言ってないよ~」

 

 のほほんさん、涙目である。

 

「はいはい、姉妹仲がいいのは分かったから。お客様の前よ」

 

「失礼しました」

 

「し、失礼、しましたぁ……」

 

 そして改めて生徒会メンバーの3人が俺と一夏に向き合う。

 

「一応、最初から説明するわね。一夏くんとウィリアムくんが部活動に入らないことで色々と苦情が寄せられていてね。生徒会は君達をどこかに入部させないとまずいことになっちゃったのよ」

 

「はぁ。苦情……ですか?」

 

「成程。それで学園祭の投票決戦を……」

 

 そいつはなんとも迷惑な話だ。こっちはISの特訓で手一杯だというのに、そんな状態で部活動をやってる余裕など無い。

 そもそも、女子ばかりの部活動に入って何をしろと言うんだ。もしそれが運動部だったらどうするんだ。着替える場所もシャワー室も無いってのに。

 

「でね、交換条件としてこれから学園祭の間まで私が特別に鍛えてあげましょう。ISも、生身もね」

 

「遠慮します」

 

「ふむ……」

 

 正直、俺達がどこかの部活動に入部させられる、という話はもう(くつがえ)しようがないだろう。それなら、ここは大人しく提案に乗ってみるのも……。

 そこまで考えて、俺は自身に待ったをかけた。せっかく時間を割いて特訓に付き合ってもらっているというのに、それを無下(むげ)にするのは失礼ではないだろうか?

 

「一夏くん、そう言わずに。あ、お茶飲んでみて。美味しいから」

 

「……いただきます」

 

「では自分も」

 

 さわやかな花の香りが鼻腔(びこう)をくすぐる。心地よいそれを軽く吸い込んでから、俺は適度な熱さの紅茶をゆっくりと飲む。

 

「美味しいですね、これ」

 

「紅茶はあまり飲みませんが、美味しいです」

 

「虚ちゃんの紅茶は世界一よ。次は、ケーキもどうぞ」

 

 勧められるまま、生クリームがたっぷり乗ったショートケーキを一口。

 ボリュームのある生クリームのわりに、味はしつこくなくしっとりとしていて、これならいくらでも食べられそうだ……って、なに食いまくる前提で考えているんだ俺は。

 

「そして私の指導もどうぞ」

 

「(この人、えらく食い下がるな)」

 

「いや、だからそれはいいですって。だいたい、どうして指導してくれるんですか?」

 

「ん? それは簡単。君達が弱いからだよ」

 

 あまりにサラリと言われたので、俺も一夏も何を言われたのか理解するのが少し遅れてしまった。

 

「ははは。一応改善点を洗い直してみたりはしているのですが、真正面から言われると結構きますね……」

 

 苦笑混じりに答える俺に続いて、一夏は少しムッとした様子で口を開く。

 

「それなりに弱くないつもりですが」

 

「ううん、弱いよ。無茶苦茶(むちゃくちゃ)弱い。だから、ちょっとでもマシになるように私が鍛えてあげようというお話」

 

 正直に言うとこの物言いは腹立たしく思ったが、それ以上に一夏が平静を保っていられなかったらしい。

 落ち着け、と俺が声をかけるよりも先に勢い良く立ち上がった一夏は、楯無先輩を指差した。

 

「じゃあ、勝負しましょう。俺が負けたら従います」

 

「うん、いいよ」

 

 ニコリと笑ったその顔は『罠にかかった』という表情をしていた。

 ……まんまと()められたな。

 

 



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42話 最強たる所以(ゆえん)

 ついにオリンピックが始まりましたね。
 しかも、選手入場の際にエースコンバット5の曲が流れるという展開。思わず鳥肌が立ってしまいました(笑)


「えーと……これは?」

 

「うん、(はかま)だよ」

 

「知ってますよ、それくらい!」

 

 放課後、(たたみ)張りの道場にて向かい合う一夏と楯無先輩。

 

「(なんだ。勝負って、まさかジュードーでもする気なのか?)」

 

 そんなことを考えながら、俺は白胴着に袴という格好の両者を眺めていた。

 ちなみに道場には俺と一夏と楯無先輩の3人だけ。布仏(のほとけ)姉妹は仕事があるらしく、この道場にはいない。……それにしても、のほほんさんが生徒会メンバーだったとはなぁ……。

 

「さて、勝負の方法だけど、私を床に倒せたら君の勝ち」

 

「え?」

 

「(たったそれだけ……?)」

 

 俺も一夏も、楯無先輩の言葉に一瞬(ほう)けてしまう。そうなってしまうほど彼女の言葉は意外だったのだ。

 

「逆に君が続行不能になったら私の勝ちね。それでいいかな?」

 

「え、いや、ちょっと、それは……」

 

 先輩にかなり不利な条件なのでは? と思わずにはいられない。

 廊下での出来事から楯無先輩が格闘に()けているのは分かったが、それでも相手は大の男なのだ。しかも、それなりに修羅場は乗り越えている。

 

「さすがに……」

 

 一夏が何かを言おうとした瞬間、楯無先輩は余裕たっぷりの顔で言葉をかぶせた。

 

「どうせ私が勝つから大丈夫」

 

「……………」

 

 安い挑発と分かっていても、ついついムッとして構えを取ってしまう一夏。

 いつだったか、箒の実家が開いている道場では刀が折れた時を想定して、素手の武術も教えていたと聞いた覚えがある。一夏も格闘経験者なのだろうが、楯無先輩も何かを企んでいそうで、勝敗がどうなるのか想像がつかない。

 

「(両者互角か、はたまた一方的か……)」

 

「行きますよ」

 

「いつでも」

 

 楯無先輩はその顔に浮かべた笑みを崩さない。涼しげなそれは、纏う雰囲気も手伝ってミステリアスこの上ない。

 

「――っ!」

 

 まずは様子見ということか、一夏はすり足で移動。そして、楯無先輩の腕を取る――が。

 

「!?」

 

 一瞬にして返され、そのまま一夏の体は(たたみ)にしたたかに投げ落とされる。

 その衝撃で呼吸が詰り、ぶはっと息を吐くと、次の瞬間には楯無先輩の指が一夏の頸動脈(けいどうみゃく)をなぞるように触れていた。

 

「う…………」

 

「まずは1回」

 

 その気になれば息の根を止めることも可能だということを見せておいて、楯無先輩は一夏から離れる。

 

「(成程。あの余裕の態度には相応の理由があったわけだ)」

 

 今の1本で一夏も楯無先輩の実力を痛感したらしく、改めて構えを取る。

 しかし、今度は下手に手を出すわけにもいかなくなったのか、状況は膠着(こうちゃく)してしまった。

 

「……………」

 

「ん? 来ないの? それじゃあ私から――行くよ」

 

 ドンッ、といきなり一夏の眼前まで急接近する先輩。鮮やかすぎる上、横から見ている俺でさえ反応ができなかった。

 

「しまっ――」

 

 ポン、ポン、ポン、と一夏の(ひじ)、肩、腹に軽く掌打(しょうだ)が打たれていく。そして、彼の関節が反射的に(こわ)ばった一瞬に、両肺へと双掌打が叩き込まれた。

 

「がっ、はっ……!」

 

 肺の空気を強制的に排出され、一夏の意識が一瞬だけ飛びかける。そして――

 

「足元ご注意」

 

 ズドンッ!! と、背中から思いっきり(たたみ)に倒された。

 おまけに、楯無先輩は投げ飛ばす際に指で関節を数ヶ所攻撃していたようで、体を軽い麻痺(まひ)状態にされた一夏はとてもじゃないが動けそうにない。

 

「これで2回。まだやる?」

 

 襟元をまったく乱さず、楯無先輩は一夏に優しい笑みを向ける。

 ――が、一夏はかなり諦めの悪い性格だ。これでギブアップなどするわけがなかった。

 

「まだまだ、やれますよ……!」

 

 とは言っているものの、その体はシャンと動かない。

 一夏は気合い1発、深く吸い込んだ息を吐くと同時に全身で跳ね起きた。

 

「(さすがだな一夏。お前のガッツを見ていると、なんだかあいつを思い出すよ)」

 

 どんな時でも弱音を吐かず、よく冗談を口にしていた隊のムードメーカーの顔が脳裏に浮かび、俺の口元はわずかに緩んでしまう。

 

「ん。頑張る男の子って素敵よ」

 

「それはどうも……」

 

 早くも一夏の足はフラつきだすが、その瞳に宿る闘志が衰えることはない。

 一夏は深く、2度呼吸をして集中力を研ぎ澄ませていく。

 

「む。本気だね」

 

「……………」

 

 一夏の無言の返答に、先輩もまた無言で答える。互いに必殺を狙った細く鋭い緊張感が張り詰めていく。

 

「(そろそろ勝負が決まるか……?)」

 

 直後、先に動いたのは一夏だった。さっきまでのものとは格段に違う早さで一夏は先輩に詰め寄る。

 

「!」

 

 今までとは違う早さに一瞬驚いたのか、楯無先輩は距離を合わせるため半歩下がる。

 

「(決まったかっ!?)」

 

 その半歩が着地するよりも前に、一夏は先輩の腕を取って、力任せに投げ飛ばし――た?

 

 ズドンッ!

 

「がはっ!」

 

 今度は前のめりに、一夏は胸から(たたみ)へと叩き込まれる。胸部を圧迫されてむせ返ってしまい、またしても一夏の意識は飛びかける。

 しかし、それを気合いで振り切り、一夏は楯無先輩の足首を掴んだ。

 

「あら」

 

「今度こそ、もらったぁっ!」

 

 足首を力任せに真上へと投げ、空中でひっくり返った楯無先輩の胴を取る。

 

「甘ーい」

 

 一夏の手は確実に両脇を捕らえていたはずなのに、先輩はあろうことか右腕を畳に突き出し、それを軸にクルリと回って一夏の捕縛(ほばく)を振り切る。同時に、カポエラキックが炸裂した。

 

「なぁっ!?」

 

「攻め方はよかったんだけどね」

 

「(マーシャルアーツにカポエラに古武術!? この人、ほんとに何者(なにもん)だ!?)」

 

 最強というのは、伊達でも酔狂でもない、ただの事実だということを俺は改めて実感させられる。

 

「でやあああああっ!!」

 

 意地でも負けられないとばかりに、吹っ飛ばされたのを強引に腕と脚で着地し、すぐさま飛び出す一夏。

 そんな彼の目の前ではちょうど元の体勢に戻った先輩が、ニコニコと笑っていた。

 一夏はさらに加速して、そのまま殴りかかるような勢いで先輩に掴みかかった。

 ――すると。

 

「あっ……」

 

Uh-oh(あぁ……)

 

「きゃん」

 

 胴着の胸元が思いっきり開かれ、ブラジャーに包まれた先輩の豊満なバストが『こんにちは』する。

 一夏ェ……わざとじゃないってのは分かるが、お前のそれは生まれつきの体質なのか? なあ?

 

「一夏くんのエッチ」

 

「なぁっ!?」

 

 言い訳しようにも、100%一夏が悪い。

 そして、一夏の動揺はこれ以上ないほどに隙だらけで、先輩は特に悲鳴を上げるでもなく素早く一夏の腕を払い落とす。

 

「一夏くん」

 

「は、はいっ」

 

「おねーさんの下着姿は高いわよ?」

 

 ニコッと楽しそうな笑みを浮かべる楯無先輩は、しかしゴゴゴゴッというオーラを纏っていた。

 

「(こりゃあ強烈なのを覚悟した方がいいぞ、一夏)」

 

 そして、次の瞬間、一夏に数十発ものコンボが叩き込まれ、最後には必殺の背負い投げが炸裂した。――って、待て待て! その方角は俺が座って……!

 

「あ」

 

「ぶへぁっ!?」

 

 吹っ飛んできた一夏の、その頭頂部がゴチンッ! と俺の鼻に直撃して、文字通り視界にいくつもの星が散った。……ぢぐじょう、俺が何をじだっで言うんだ……グフッ。

 

 ▽

 

「まったく、あいつはどこへ行ったんだ? 今日は特訓の日だというのに……」

 

 今日、ラウラはウィリアムと共にISの特訓をする予定だった。

 夏休みも明けて2学期が始まったが、2次移行を果たした機体に未だ慣れないウィリアムにラウラから特訓相手を名乗り出たのだ。

 

「(約束事を放っておくなど嫁失格だぞ。まったくもってけしからん。…………せっかくあいつと一緒にいられるというのに……)」

 

 当然、ラウラに下心が無かったわけではない。ウィリアムと2人きりになれるという内容が魅力的だったのも事実だ。

 

「……………」

 

 スタスタと早足で歩いていたラウラは、徐々に減速していき、やがて歩を止める。

 

「(これだけ探してもいない。……もしや、避けられているのではないだろうな……?)」

 

 どことなく不安になってしまい、ラウラはそんな弱気な自分を払い落とすようにかぶりを振った。

 

「(いや、大丈夫だ! 大丈夫。大丈夫……のはずだ)」

 

 しかし、ここに来て弱気な乙女心は、どうにも影を落とさずにはいられないらしい。

 だんだんと言いようのない不安に襲われ始めたラウラは、本来なら違反行為であるISのプライベート・チャネルを用いた相互位置確認操作を行いたい衝動に駆られる。

 

「(誰も見ていない……。今ならバレない……。なに、ちょっと起動して情報を入手するだけだ……)」

 

 後ろめたいという自覚はあるらしく、ラウラにしては珍しく周囲を気にしてキョロキョロと左右を確認する。

 

「(よ、よし。あとはISを準待機モードで起動するだけだ)」

 

 ドキドキと弾む心臓を抑え込みながら、ラウラは心の中でISの起動を命じる。

 

「おい」

 

 ドキィッ!?

 

「なっ、なんだ!?」

 

 突然声をかけられて、ラウラは誤魔化しの意味も含めた殺気で振り返る。

 ――と、そこにいたのはなんと千冬だった。

 

「何を挙動不審なことをしている。シャンとしろ」

 

「きょ、教官……」

 

 バシン! と、ありがたい出席簿アタックが炸裂した。

 

「織斑先生と呼べ」

 

「は、はい……。織斑先生……」

 

 さすがのラウラも、千冬の前には頭が上がらない。――もとい、歯が立たない。

 

「いいのか? さっきホーキンスを保健室前で見たぞ」

 

「ッ――!? ど、どこのですか!?」

 

「がっつくな、鬱陶(うっとう)しい。部活棟1階の保健室だ」

 

「部活棟1階保健室……」

 

 反芻(はんすう)するように呟いて、ラウラは千冬に一礼してすぐに駆け出そうとする。

 ……が、それは千冬の声に止められた。

 

「ボーデヴィッヒ、言っておくが専用機持ちでも指定区域以外でのIS起動は校則はもちろん国際条約違反だぞ」

 

「わ、分かっています!」

 

 当たり前です! という調子で言ったラウラだったが、つい先ほどそれをしようとしていた後ろめたさからか、その語調は若干弱々しい。

 

「で、では、失礼します」

 

「おう」

 

 千冬から離れ始めて、5メートルほどは抑えた早足だったのが、そのエリアを過ぎた途端に猛ダッシュへと変わった。

 

「変わったな」

 

 ラウラの過去を知っているからこそ、千冬はそんな教え子の変化を見て楽しそうに、そして嬉しそうに呟くのだった。

 

 ▽

 

 ~~~♪

 

 小洒落(こじゃれ)た酒場の室内をスピーカーから流れる音楽や周囲の喧騒が包み込む。

 エアコンの冷房に当てられながら、俺はカウンター席に座っていた。

 

「よっしゃお前ら! グラスは持ったか!」

 

 隣から陽気な声が響く。

 ふと周囲に視線を巡らすと、そこにはウォーバード隊の面々が同じくカウンター席に座っていた。

 

「(そうだ。これは、あの時の……)」

 

 俺はぼんやりと過去の記憶をさかのぼりながら、酒の注がれたグラスを持ち上げて掲げる。

 

「では……。作戦の成功を祝して、乾杯!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 チンッ、と互いのグラスを軽くぶつけたあと、それを傾けて喉に流し込んでいく。

 

「よう、ホーキンス。飲んでるか?」

 

 ほのかな果実酒の香りと喉を流れていくアルコールの熱に、ほぅっと息をついてると、先ほど乾杯の音頭を取っていた人物が声をかけてきた。

 俺はグラスをテーブルに置き、その人物の方へと首を動かす。

 

「あの時はナイスサポートだったぜ」

 

 腐りかけていた俺を正してくれた、恩人であり師匠とも言えるパイロット。

 その人物の顔が見えそうになり――

 

 ▽

 

「~♪ ~~~♪ ♪……」

 

 耳に優しい鼻歌を聴きながら、俺の意識は徐々に回復していく。

 

「(うぅ……)」

 

 刹那、目に入る光に顔をしかめる。

 そうすると、俺の覚醒に気づいたその人は、光を遮るように俺の前に顔を寄せてきた。

 

「お目覚め?」

 

「先輩……?」

 

 楯無先輩の顔がすぐ側にあった。

 あー、だんだんと思い出してきたぞ。背負い投げで吹っ飛ばされた一夏が俺の顔面に……俺の鼻、(つぶ)れてないだろうな……?

 

「ていうか、この状況は?」

 

「ん? 膝枕(ひざまくら)

 

 成程。妙に柔らかくて心地の良い枕だと思ったら――ハッ!?

 突如、何か予感めいたものを感じてゾワッと背中に悪寒を走らせる俺は、跳ねる勢いで身を起こす。

 改めて楯無先輩へと視線をやると、同じく気を失っていた一夏が彼女の左膝に頭を置いて寝息を立てていた。

 

「(まずい。まずい、まずい、メチャまずい。とんでもなく嫌な予感がする!)」

 

 そう思って先輩から離れようとした瞬間、素早く両手が俺の肩を下ろす。

 

「まあまあ、そう遠慮しないの。あなた軽い脳震盪で倒れたんだから」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 体勢を崩した俺は再び柔らかな膝枕へと。――いやいや、まずいですって!

 

「ウィル!」

 

 ガラッとドアを開けて一声を放ったのは、ラウラだった。

 ――が、しかし、俺と楯無先輩の様子を見て、その表情はみるみる無表情に、瞳からはハイライトが失われていく。

 ……ウソだろ。昨日に続いて今日もかよ。今回ばかりは俺、死ぬんじゃないのか?

 

「――ウィリアム・ホーキンス少尉、前へ出ろ

 

「い、イエス・ミス、少佐殿」

 

 ISは展開されていないものの、腕を組み、抑揚(よくよう)のない声で言ってくるラウラ。彼女の声には有無を言わせぬ迫力があった。……ていうか、なんでフルネームの階級付き?

 

これはいったいどういうことか説明してもらおうか

 

「えっと、その……、かくかくしかじかで――」

 

ち ゃ ん と 説 明 し ろ

 

「ハイ。スミマセンデシタ」

 

 ひぃ……! こ、怖すぎるぅ……!

 今のラウラはまさに氷の女王と言っても過言ではなく、その絶対零度の眼差しに俺はすでに瀕死(ひんし)だった。

 

「あらあら、完全に尻に敷かれちゃってるわね」

 

 ラウラを前に縮こまっているところへ、面白そうに横から茶々を入れてくる楯無先輩。

 

「(なぁにが尻に敷かれてるだっ! 怒られてるのはあなたのせいでしょうが!)」

 

 心の中で文句を言いながら先輩をキッと睨み付けると、またラウラの冷たく抑揚のない声が響いた。

 

ウィル、お前には私がそこに立っているように見えるのか?

 

「は、はひっ! すみません!」

 

 肩をビクッと跳ねさせて、俺はすぐさまラウラへと視線を戻す。

 結局、俺とラウラのやり取りは一夏が目を覚ますまで続けられたのだった。

 



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43話 振り回される男達

「あれ? 一夏。ウィルとラウラも?」

 

「い、一夏さん? 今日は第4アリーナで特訓と聞いていましたけど」

 

 第3アリーナにて、俺達はシャルロットとセシリアに出くわした。2人とも訓練の途中だったのか、ISは解除しているがその姿はISスーツを着用している。

 2人は一夏、俺、ラウラ、それに楯無先輩の姿を見て不思議そうな顔をしていた。

 

「……そちらの方はどなたですの?」

 

 やはり楯無先輩が気になったようで、セシリアは少しムスッとした表情で訊ねる。

 

「せ、セシリア。生徒会長だよ」

 

「ああ……。そういえば、どこかで見たような顔ですわね」

 

 不機嫌なセシリアの態度に焦るシャルロットがどうにかフォローしようとするが、その気遣いは粉々にされて砕け散った。……シャルロット、お前さん苦労人体質だな……。

 

「まあ、そう邪険にしないで。あ、これからは私が一夏くんとウィリアムくんの専属コーチをするから今後も会う機会があるわね」

 

 サラッと言った先輩にシャルロットとセシリアはギョッとし、すでにその理由を知っているラウラは眉を寄せて不機嫌オーラを全開に放ち始めた。

 

「え? ど、どういうこと?」

 

「一夏さん!」

 

「ぎゃあっ! 待て待て! こ、これは、だな!」

 

「2人とも落ち着け。これは一夏と先輩の勝負の結果なんだよ」

 

 シャルロットとセシリアに詰め寄られて悲鳴を上げる一夏のフォローに回ろうと、俺は2人に説明をする。

 

「負けたら言いなりっていう、ね」

 

 クスッと笑顔を添えてそう言った先輩。……頼むから話をややこしくしないでくれ。

 

「あれ? じゃあ、なんでウィルまで……?」

 

 首をかしげるシャルロット。彼女が疑問に思うのは当然だろう。俺は先輩と勝負をしていないはずなのだから。

 はぁ……と溜め息を1つ漏らしてから、俺は重々しく口を開く。

 

「……『生徒会長権限』だのどうのでな、(なか)ば引きずるような形で連れてこられた」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 俺だって始めは断ろうとしたのだ。せっかくラウラが特訓に付き合ってくれているのに失礼だと思って。

 しかし、そこで大人しく引き下がってくれないのが楯無先輩という人だったというわけだ。……職権乱用じゃねえか。

 

「じゃあ、始めましょうか。最初は経験者の真似からね。シャルロットちゃんにセシリアちゃん、『シューター・フロー』で円状制御飛行(サークル・ロンド)をやってみせてよ」

 

 シューター・フロー? サークル・ロンド? 聞いたことのない単語に俺と一夏は「?」といった表情を浮かべる。

 

「え? でもそれって、射撃型の戦闘動作(バトル・スタンス)ですけど」

 

「やれと言われればやりますが……ウィリアムさんはともかく、一夏さんのお役に立ちますの?」

 

 どうも2人は意味を分かっているらしく、この場で俺と一夏だけがおいてけぼりのようだった。

 

「それは、2人が遠距離攻撃能力――射撃武器を有しているからか?」

 

 ラウラが不機嫌そうに口を開く。どうも、先輩に対して警戒心を(いだ)いているようだ。

 

「ん、鋭いね。でも、それだけじゃないんだなぁ」

 

 トントンと扇子で手の平を叩きながら、楯無先輩は続ける。

 

「まず、射撃能力で重要なのは面制圧力だよね。けれど、ウィリアムくんの場合はわずかな時間でどれだけ多くの弾を相手に撃ち込めるかが重要になってくる」

 

 先輩の言う通り、高速域での戦闘を主体とした【バスター・イーグル】は相手を射程に収めたその『一瞬』がとにかく重要だ。そうでもなければ、わざわざ分間1,800発などという高連射力を持たせたりはしないだろう。

 

「一方、一夏くんのように連射ができない大出力荷電粒子砲(かでんりゅうしほう)はどちらかといえば一撃必殺のスナイパーライフルに近い。だけど、一夏くんの射撃能力の低さはご存じの通りだし、ウィリアムくんは2次移行で変わった機体の挙動に慣れず、安定性がガタ落ち。連鎖的に射撃精度も落ちているんだよね」

 

「うっ……」

「ぐぅっ……」

 

 思い切りダメ出しをされて、俺と一夏は顔をしかめる。けれど、事実として先輩の言葉は的を()ていた。

 

「だから――」

 

「射撃と機体制御を両立させる訓練が必要ということか」

 

「そういうこと。鋭いね、ラウラちゃんは」

 

 パンッと扇子を開いてラウラに答える楯無先輩。よく見ると、その扇子には『見事』と達筆で書かれていた。――この人、扇子を大量に隠し持ったりでもしているのだろうか。

 

「……ら、ラウラちゃん……」

 

 うん? ラウラのやつ、急にボーッとして……どうかしたのか?

 

「ラウラ。おい、ラウラ。大丈夫か?」

 

「な、なんでもないっ。見るな!」

 

 肩に触れようとした手をクルリと身を捻ってかわされ、そのまま俺の手をねじ伏せようとしてくる。――おっと、あぶねえなオイ。

 

「はいはい、仲良しさん。シャルロットちゃん達の準備もできたみたいだから、しっかり見ていてね」

 

 楯無先輩がパンパンと手を叩いて呼ぶ。

 危うくラウラに拘束されそうになった俺は、両手を隠すようにポケットに入れながらアリーナ中央のフィールドへと目を向けた。

 

「じゃあ、始めます」

 

「お2人とも、どうぞしっかりとご覧になってくださいな」

 

【リヴァイヴ・カスタムⅡ】と【ブルー・ティアーズ】がそれぞれに向かい合う。

 しかし、動き出した2機は正面から接近しようとはせず、それぞれ右方向へと動き始める。互いに砲口を向け合ったまま、背中を壁に向けて円軌道を描いていく。

 

「いくよ、セシリア」

 

「構わなくてよ」

 

 徐々に加速を始めた2機はやがて射撃を開始する。

 円運動を続けながら、不定期な加速を行って射撃を回避する。それと同時に(みずか)らも射撃を返しながら、決して減速することなく円軌道を早めていく。

 

「ワオ。やるな……」

 

「これは……」

 

「うん。2人にもすごさが分かったかな。あれはね、射撃と高度なマニュアル機体制御を同時に行っているんだよ。しかも、回避と命中の両方に意識を割きながら、だからね。機体を完全に自分のモノにしていないと、なかなかああはいかない」

 

 機体制御のPICは本来オート制御になっている。しかし、その場合は細かい動作が難しい。だが、マニュアルにすれば複雑な制御も同時に意識しなければいけなくなる。

【イーグル】の特性上、並列動作に慣れている俺はまだマシかもしれないが、正直一夏にとっては難しい課題となるだろう。

 平常心を保ち、感情的にはならず、同時に2つ以上のことを考える。……一夏の苦手がてんこ盛りだな。

 

「特に一夏くんはね、経験値も重要だけどそういった高度なマニュアル制御も必要なんだよ。わ・か・る?」

 

 いつの間にか一夏の背後に回り込んでいた先輩が、ふうっと彼の耳に息を吹きかけながら言った。

 

「い、一夏!?」

 

「な、な、何をしていますの!?」

 

 射撃途中の2人が、一夏の状態に気づいて声を荒げる。って、おい。今そこで余所見したら……。

 

「「あ」」

 

 そして、2人同時にやってしまったという声を出して、互いの銃弾を浴びてしまう。

 マニュアル制御だったせいだろう、その衝撃で2人とも体勢を崩し壁へと突っ込んだ。

 

「これまた派手に行ったなぁ……」

 

「だ、大丈夫か!?」

 

「大丈夫じゃ……」

 

「ありませんわ!」

 

 ガバッと起き上がり、一直線に一夏の元へと飛ぶ2人。

 

「僕らが真面目にやってるのに!」

 

「何を遊んでいますの!?」

 

「い、いや、遊んでいるわけでは……」

 

「「遊んでる!!」」

 

「……はい」

 

 詰め寄られる一夏。怒り心頭のシャルロットとセシリア。クスクスと微笑む楯無先輩。そんな4人を眺めながら、俺はかぶりを振る。

 

「こりゃ先が思いやられるな」

 

 そう溜め息混じりに呟く俺だったが、このあと超絶不機嫌顔のラウラにジトーっと睨まれて顔を引きつらせたのは余談として置いておこう。

 

 ▽

 

 あれから2日経ち、俺と一夏は連日楯無先輩の猛特訓に明け暮れていた。

 そして、今日も今日とてマニュアル制御の訓練を終えた俺達は現在、自室に戻っている途中である。

 

「たった2日でこれか……」

 

「正直死ねるな、これ……」

 

 ゲッソリとした様相で廊下を歩く俺達の足取りは重く、口からは思わずそんな言葉が漏れ出る。

 というのも、楯無先輩の指導は頭にすんなり入ってくるほど分かりやすい反面、厳しい。とにかく厳しいのだ。

 

「あら」

 

「あ、えっと……布仏(のほとけ)先輩、こんにちは」

 

「こんにちは、布仏先輩。遅くまでお仕事お疲れ様です」

 

 たまたま廊下で出会ったのは、のほほんさんのお姉さんこと布仏 (うつほ)さんだった。

 さて、どうしたものかと思っていると、先輩の方から話しかけてくる。

 

(うつほ)でいいわ。名字だと、2人いるから分かりにくいでしょう?」

 

「あ、はい」

 

「でしたら、虚先輩で」

 

「ええ」

 

 先輩はコクンと頷く。のほほんさんとは顔くらいしか似ていないのが、また不思議な印象だった。

 

「(しかし、この人は鷹月(たかつき)さん系だな)」

 

 クラス随一のしっかり者こと鷹月 静寝(しずね)さんを思い出しながら、俺はうむと心の中で頷く。

 ついでに、気になっていたことを訊いてみることにした。

 

「あの、少し質問をしてもよろしいですか?」

 

「私で答えられることなら構わないわ」

 

「ありがとうございます。それでその質問ですが、楯無先輩ってどんな人なんですか?」

 

「どんなって言うと?」

 

「えーと、つまり、どういうつもりで自分や一夏に特訓をしているのか、と思いまして」

 

「あら、厚意は素直に受け取るべきだわ」

 

「いや、まあ、おっしゃる通りですが……」

 

 つい言葉に詰まっていると、可笑(おか)しそうに先輩が少しだけ微笑む。

 

「冗談よ」

 

 意外だ。この人もそういった冗談を口にするのか。

 

「お嬢様――楯無さんは、色々考えがあるのよ。その全てまでは分からないわ」

 

「そうですか」

 

 かなり長い付き合いのようだが、そういうものなのだろう。

 

「(まあ、実際に成長していっている実感はあるし、しばらくは楯無先輩の言う通りにしてみるか)」

 

 そんな風に結論を出したところで、虚先輩が人差し指を立てて言った。

 

「1つだけ忠告しておくわ。警戒しても予防しても、絶対振り回されるから。体力だけはしっかりね」

 

「そ、そうですか……」

 

 何となくそんな気はしていたが、やはりそうなのかと再確認させられた。

 特に楯無先輩より1つ上の虚先輩が言うのだから、間違いはないだろう。

 

「では、体力面には特に気を配るようにします」

 

「ウィル、食事をしっかり取るのも忘れるなよ?」

 

「一夏くんの言う通り食事もしっかりね。喉を通れば、だけど」

 

「「え゛っ……」」

 

 な、なんという不吉なことを……。ていうか、物が食えなくなるほどとか、どんな振り回され方をされるんだ……。

 ブルリと少しだけ寒気がした。

 

「それじゃあ、またね」

 

「あ、はい。また」

 

「失礼します」

 

 そんな挨拶で虚先輩と別れると、俺達は再び自室への帰路についた。

 

 

 

 

 

 

「じゃあな、一夏。しっかり休めよ」

 

「おう。ウィルもな。また明日も頑張ろうぜ」

 

 そう言いながら一夏が部屋のドアを開けた次の瞬間だった。

 

「お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?」

 

 ――パタン。ドアを閉じて1秒、俺達は状況を整理する。

 状況確認。現在地、1年生寮。一夏の自室前。

 表札には『織斑 一夏』の字を確認。……なにも間違ってはいない……はずだ。

 

「きっと夢か幻だよな! いくらなんでも楯無先輩が裸エプロンで待ってるとかありえないよなぁ! あはは!」

 

「そうそう! きっと疲れてるんだよ俺達! いやぁ、目ぇ開けたまま夢を見ることって本当にあるんだな! はっはっはっ!」

 

 ガチャ

 

「お帰りなさ――」

 

 パタン

 

 訂正だ。夢や幻などではなくリアルで楯無先輩が立っていた。それも、裸エプロンなどというぶっ飛んだ格好で。

 それを確信すると同時に、一夏が助けを求めるような視線を向けてくる。

 

「あー……俺、そろそろ部屋に戻るな?」

 

「う、ウィル! 待ってくれ!」

 

「やめろ! 服を引っ張るな! 俺は何も見てないし知らない!」

 

「そんな殺生(せっしょう)な!」

 

「HAHAHA! ワタシ、ニポンゴワカリマセーン! サヨナラ!」

 

 制服の(すそ)を掴んで引き止めてくる一夏の手を外し、俺は早足で自室へと逃げ帰った。

 一夏、お前は良い友人だが、こんな悪ふざけに巻き込まれるのはゴメンなんだ。薄情な俺を許してくれ。

 

「はぁ~~」

 

 フラフラになりながら自室へと帰りついた俺は、手頃な椅子にドカリと座り込む。

 楯無先輩の特訓が着実に成果を出しているのは分かっているが、それでもこれが学園祭まで続くのかと思うと憂鬱な気持ちがして仕方がない。

 

「(ああ、そうだ)」

 

 ふと、俺は先日配られた学園祭の招待券の存在を思い出す。

 

「(結局どうしようか……)」

 

 1人につき招待できるのは1人までと決められているので、誰に声をかけようか迷ってしまう。

 

「(……せっかくだしあいつを呼んでやるか)」

 

 俺は携帯電話を取り出し、連絡先からマイクの電話にコールをかける。……日本とフロリダでは時差があるが、今の時間帯ならたぶん出るだろ。

 

《もしもし? ウィルか?》

 

 数回のコール音が鳴ったあと、スピーカーからマイクの声が響いた。

 

「よう、マイク。悪いな、いきなり電話しちまって」

 

《そりゃあ別にいいけどよ。どうしたんだ?》

 

「ああ。実は近々IS学園で学園祭があるんだが、その件で話があってな」

 

《……なんだぁテメェ。それはIS学園に行けなかった俺に対する嫌味か? ああ? コラ》

 

 うおっ。なんかこえぇなこいつ。

 

「まあ待てよ。その学園祭には1人につき1人まで外部から客を招待できてな。で、その招待券をお前にやろうと思ったってわけだ」

 

《………Really(マジ)?》

 

「おう」

 

 あれ? 意外と反応が薄いな。もっとこう、イヤッフー! とか言って喜ぶかと思ったんだが……。

 

「なんだ。もしかしていらないのか――」

 

《いやいやいやいや! 行く! 行きます! 行かせていただきます! イヤッフー!!》

 

 あっ、イヤッフーって言った。っていうか、こいつテンションの上げ下げ激しいな。

 

「招待券は今度送ってやるから忘れずにな。日程もそこに記入されてるから」

 

《りょーかい! いやぁ今から楽しみでしょうがねえよ。夜眠れっかな?》

 

「お前は遠足前の小学生か。じゃあ、話は以上だから。これで切るぞ」

 

《おう! また学園祭の日にな!》

 

「ああ」

 

 ピッと通話終了のボタンをタッチして、マイクとの電話を切る。それを充電器に挿してから「よしっ」と勢い良く椅子を立つ。

 汗を流すためシャワールームへ向かおうとしてところで、一夏の部屋辺りからガギンッ! という鈍い音が響いた。

 

「今度はいったいなんの騒ぎだぁ?」

 

 そう呟きながら、俺はシャワールームへと繋がるドアを開くのであった。

 

 ▽

 

「あ~……」

 

「……………」

 

 ベチャリとテーブルに突っ伏す一夏と、一言も言葉を発しない俺を、いつもの面々が苦笑いで眺めている。

 今は寮食堂で夕食の時間なのだが、なんというかもう何も食う気がしない。

 ここ数日、楯無先輩の指導に加えて彼女のペースに乱されっぱなしの一夏は目に見えて疲労困憊(ひろうこんぱい)だった。

 かくいう俺も疲労感は否めない。というのも、一夏ほどではないが俺も少なからず先輩の被害に遭っているからだ。

 

「大丈夫か、2人とも」

 

「おー……箒か……」

 

「……俺はまだマシな方さ。それより一夏がな」

 

「お茶飲む? ご飯食べられないなら、せめてそれだけでも」

 

「おう……サンキュ、シャル……」

 

「サンクス、シャルロット」

 

 俺も一夏も、取り敢えず一口だけでもと顔を起こす。

 みんなそれぞれに夕飯を食べていて、メニューもなかなか美味そうだった。

 

「(ダメだ。美味そうなのに、まったく食欲が湧かん……)」

 

 俺は何がなんでも栄養を取り入れようと、売店で購入したスポーツゼリー飲料のキャップを開ける。食う気が起きなくても、飲み物なら楽に喉を通るだろう。

 

「一夏、1パックやるからお前も飲んどけ。じゃないと冗談抜きで衰弱死しちまうぞ?」

 

「そうだな……なんでもいいから何か口に入れねえと……サンキュ……」

 

 グッタリする一夏にゼリー飲料を手渡し、2人揃って中の栄養ゼリーを吸っていく。

 

「それで、あの女はどうしたのだ?」

 

 少しピリついた様子でラウラが言った。どうも、あの保健室での一件から機嫌が悪い。てか、あの女て……。

 ゼリーを飲み干し、シャルロットのくれたお茶で落ち着いた俺はラウラの質問に答える。

 

「彼女なら生徒会の用事があるとかで出て行ったぞ」

 

「そーそー。書類がちょお()まってきてるんだよね~」

 

 間延びした声、のんびりとした調子に振り向くと、やはりというかそこにはのほほんさんがいた。

 こらこら。君も生徒会メンバーなんだから会長を手伝わないとダメだろ。

 

「職務放棄で怒られても知らないぞ?」

 

「私はね~、いると仕事が増えるからね~。邪魔にならないようにしてるのだよね~」

 

「自分で言っちゃ世話ないだろ……」

 

 ていうか、そんなメンバーで構わないのか、生徒会は。

 のほほんさんの気になるメニューはというと、お茶漬けだった。しかも(サケ)の切り身をドーンとてっぺんに乗せている。ず、ずいぶんと豪勢な茶漬けだな……。

 

「えへへ、お茶漬けは番茶派? 緑茶派? 思い切って紅茶派? 私はウーロン茶派~」

 

 空いている席に座ってそんなことを訊いてくるのほほんさん。グリグリと(はし)でかき混ぜられたドンブリの中は、なかなかカオスなことになっていた。

 

「なんとこれに~」

 

「……これに?」

 

「まだ何か追加するのか?」

 

「卵を入れます」

 

 カパッ。――マジで投下しやがったぞ……!?

 

「ぐりぐりぐ~り~」

 

 粘り気を増したそれをさらにかき混ぜて、のほほんさんは幸せそうに顔を緩ませる。……ウェップ。さっきのゼリー吐きそうな気がしてきた。

 

「食べまーす。じゅるじゅるじゅる……」

 

「わあ! なんつう食べ方だよ!」

 

「のほほんさん、もっと静かに食べてくれ」

 

「えー。むりっぽ~。ズゾゾッていくのが(つう)なんだよ~」

 

「……そうなのか、一夏?」

 

「それはソバの食べ方だ! ウップ、余計に食欲が無くなってきた……」

 

「じゃあ努力します~。ちゅるちゅる……」

 

 ふぅ……。少し静かになった。……っていうか、何の話だったっけか?

 そんなことを考えていると、突然セシリアが小さく咳払いをしてから姿勢を正した。

 

「コホン。……一夏さん」

 

「ん。なんだよ、セシリア。改まって」

 

「あの部屋にいるのが辛いなら、仕方なく、人助けということで、武士の情けということで、わたくしの部屋にいらしても構いませんわよ?」

 

 ……セシリアの部屋? あのベッドが部屋のほとんどを占拠している部屋のことか?

 

「ちょっとセシリア! 待ちなさいよ! 一夏、アンタこっちの部屋来なさいよ。トランプあるわよ?」

 

 トランプで釣られるほど一夏は幼くないと思うんだが……。

 

「ウィル、お前も私の部屋に来ても良いんだぞ? そもそも夫婦だというのに別室なのがおかしいのだ」

 

「ありがとう、ラウラ。どうしようも無くなったらそうさせてもらうよ」

 

 本当に部屋を訪ねてしまうわけにはいかないので言葉を濁して答えるが、それでもラウラの気遣いは素直に嬉しかった。

 

「あー……みんなスマン。そろそろ限界だから部屋に帰るわ」

 

「俺もそろそろ失礼するかな」

 

 ドンヨリとした様子で席を立つ一夏に続いて俺も立ち上がり、自室へ戻るべく食堂を出る。

 1025号室前で一夏と別れ、1031号の自室へと到着。明日に備えて早めに寝よう。そう思いながら緩慢(かんまん)とした動作でドアノブに手をかけた。

 

「お帰りなさい。お風呂にします? ご飯にします? それとも、わ・た・し?」

 

 無言でソッとドアを閉じる。どうやら本日は俺が先輩の被害に遭う番のようだ。

 

「(もういっそ、本当にラウラの言葉に甘えてしまおうか……?)」

 

 一瞬とはいえ、そんなことを考えてしまうくらいには俺もヤバい状態らしい。

 とにもかくにも、まずは『安全な』寝床の確保を優先しなければ。

 

「……よし、今日は休憩所のベンチで寝ることにしよう」

 

「もー、ウィリアムくんったらダメじゃない」

 

 本日の寝床――休憩所のベンチ――へ向けて(きびす)を返したところで、ドアから出てきた先輩に両肩を掴まれて引き止められた。

 

「ちゃんとベッドで休まないと疲れが落ちないわよ?」

 

「誰のせいで――あっ、ちょっ!?」

 

 なんとか先輩の拘束を振りきろうとするが、そんな俺の抵抗も虚しくズルズルと室内へ引き込まれていく。

 ちくしょうっ。思うように力が出ねぇ……! ぐぬおぉぉ……!

 

「眠れないなら、おねーさんが子守唄を歌ってあげるわよ~?」

 

「自分は赤ん坊ですかっ!」

 

「じゃあ、添い寝?」

 

「それ大して変わってないですよね!?」

 

「んもう、注文が多いわねぇ。……それっ」

 

「やっ、やめろーっ! 離せぇぇぇぇぇ!」

 

 パタン……。

 無情にもドアは閉じ、俺は寝れない夜(意味深にあらず)を過ごすことになるのであった。

 

 



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44話 開幕! IS学園祭!

 いよいよやってきた学園祭当日。

 まだ始まって間もないというのに、生徒達の弾けっぷりはすさまじいものだった。

 

「うそ!? 1組であの織斑くんとホーキンスくんの接客が受けられるの!?」

 

「しかも執事(しつじ)燕尾服(えんびふく)!」

 

「それだけじゃなくてゲームもあるらしいわよ?」

 

「しかも勝ったら写真撮ってくれるんだって! ツーショットよ、ツーショット! これは行かない手はないわね!」

 

 とりわけ1年1組の『ご奉仕喫茶』は盛況で、朝から大忙しだった。

 ていうか、具体的には俺と一夏が引っ張りだこな状態で、他のメンツは割と普通に楽しそうにしている。

 

「いらっしゃいませ♪ こちらへどうぞ、お嬢様」

 

 とりわけ楽しそうなのがメイド服のシャルロットで、朝からずっとニコニコしている。

 

「(そういえば一夏が似合ってるって褒めてたもんなぁ。よほど嬉しかったんだな)」

 

 ちなみに接客班(つまりはコスプレ担当)は俺と一夏にシャルロットとセシリア。そして意外なことにラウラと箒もだった。

 

「(ラウラは発案者だからとしても、よく箒まで折れたもんだ)」

 

 一夏は実に意外そうな反応をしていたが、箒が接客班に立候補した理由は大方想像できる。十中八九、一夏が他の客(主に女性)に盗られないよう目を光らせているのだろう。

 現に、一夏の順番待ちを訊かれるたびにムスッとした顔になっている。……苦労してるな。

 

「(それにしても、なんというか……)」

 

 メイド服を(ひるがえ)して働く一同に、なんだか言いようのない高揚感を覚えてしまう。

 そういえば前にマイクが言ってたっけ……。

 

『分からんか! ウィル!』

 

『はあ?』

 

『ヒラヒラのメイド服! ピチピチのスク水! パッツパツのブルマ! あとはそこに彼シャツがあれば! 完成する!』

 

『完成するって何がだよ……。ていうか、お前大丈夫か?』

 

『やはり分からんか……』

 

 ……あの時のマイクはなかなか狂気じみてたな。っていうか彼シャツってなんだよ。ブルマなんてのも聞いたことがないし。

 それはさておき、残りのクラスメイトはというと、大きく分けて2つ。片方が調理班でもう片方が雑務全般だ。

 雑務は特に切れた食材の補充やテーブル整理など忙しそうにしている。そして、その中でも最も大変そうなのが、廊下の長蛇(ちょうだ)の列を整理しているスタッフだった。

 

「はーい、こちら2時間待ちでーす」

 

「ええ、大丈夫です。学園祭が終わるまでは開店してますから」

 

 各種クレーム(ほぼ全て待ち時間苦情)にも対応していて、かなり忙しそうにしている。

 

「おいおい、なんか朝より列が長くなってないか?」

 

「ウィルもそう思うよな。大丈夫かな……?」

 

 そう言いながら、俺と一夏は接客の合間にヒョイッと教室の外を覗く。

 

「あ、最後尾の看板持ちますよ」

 

「ねぇ、ゲームって何あるの?」

 

「ジャンケンと神経衰弱とダーツだって。それぞれ苦手な人のために選べるようにしてくれたみたい」

 

「えー、まだ入れないのー?」

 

 1組の前をほぼ埋め尽くす、人、人、人の山。その大人数に対応しているクラスメイトには、なんというか頭が上がらない思いだ。

 

「あ! 織斑くんとホーキンスくんだ!」

 

 女子の1人が叫んだ瞬間、すぐさま列整理のクラスメイトが数人飛んできて、俺と一夏を教室内に押し込める。

 

「こらー! 出るなって言ったでしょー!」

 

「混乱度合いが上がるの!」

 

「お楽しみは最後まで取っておかないとね」

 

 うん? 最後のはいったいどういう意味なんだ? 俺達は何も聞かされてないんだが……。

 

「「「いいから戻る!」」」

 

 そう言われてはどうしようもない。俺と一夏は大人しく接客に戻った。

 

「もしもし、そこの執事さん。テーブルまで案内してもらえるかしら」

 

「(この声は――)」

 

 聞き覚えのある声音、優雅さを秘めた口調。振り返った先にいたのはやはりスコール・ミューゼル大尉だった。

 

「久しぶりね、ホーキンスくん」

 

「お久しぶりです大尉」

 

「ここは軍じゃないんだから、今はスコールでいいわよ」

 

「分かりました。しかし、なぜスコールさんがここに?」

 

(めい)が招待券を送ってくれたのよ。私もちょうど休暇時だったから、そういうことならってね」

 

 確かに、今の大尉は普段のABU(エアーマン・バトルユニフォーム)ではなく、やや着崩した白のスタンドカラーシャツにベージュ色のパンツという上品なスタイルをしていた。

 

「そうだったんですね。っと、失礼しました。それではお嬢様、こちらへどうぞ」

 

「あら。ふふっ、お嬢様だなんて。私を口説いているつもり?」

 

「そう言うのがルールになっているんですよ」

 

「それは残念」

 

 クスクスと口元に手を当てて上品に笑うスコールさんを、俺は空いているテーブルへと案内する。

 ちなみに内装は学園祭とは思えないレベルの調度品があちこちに置いてあり、それらはセシリアが手配したものだった。特にテーブルとイスのこだわりがすごく、ワンセットの値段を訊くのが恐ろしくなる高級感が漂っている。

 そうなるともちろんティーセットもこだわりの品々で、調理担当のクラスメイト達は手が震えないようにするので必死らしい。

 

「それで、ご注文は何になさいますか? お嬢様」

 

「そうね……」

 

 この手の調度品の高級感には慣れているのか、スコールさんは落ち着いた様子でメニューに視線を向けた。

 ちなみにメニューをお嬢様に持たせるわけにはいかないので、こうして接客班が手に持ってお見せしている。

 

「……ホーキンスくん。この、『執事にご褒美セット』っていうのは何かしら?」

 

 ………………。

 

「お嬢様、当店オススメのケーキセットはいかがでしょうか」

 

「こら。今、誤魔化そうとしたでしょ」

 

「滅相もございません」

 

「ふぅん……。じゃあ、『執事にご褒美セット』を1つお願いしようかしら」

 

 うそぉん……。

 

「お、お嬢様、こちらのサンドイッチセットもオススメです」

 

「くすっ。ずいぶんと必死ね。ということはホーキンスくん絡みかしら?」

 

 うっ。さすがに鋭い……!

 俺はこれ以上抵抗しても無駄だと悟り、しぶしぶ了解するしかなかった。

 

「か、かしこまりました。『執事にご褒美セット』が1つですね。それでは少々お待ち下さい……」

 

 俺は腰を丁寧に折ったお辞儀をしてから、お嬢様――もとい、スコールさんの前から立ち去る。

 ちなみにオーダーをキッチンに通す必要はない。復唱の際に、ブローチ型マイクから音声で通じているのだ。この辺のこだわりはさすが女子というべきか。

 

「はい、どうぞ」

 

 キッチンテーブルに戻った俺に、すぐさま『執事にご褒美セット』が渡された。それはアイスハーブティーと冷やしたポッキーのセットで、値段も300円と格安。

 お客様の笑顔は宝物です。と言いつつも俺はものすごく気が進まないのをどうにか我慢しながら、アメリカン・ビューティーの待つテーブルへと向かう。

 

「お待たせしました、お嬢様」

 

「ええ」

 

「では、失礼します」

 

「あら?」

 

 俺はスコールさんの正面に座る。2人がけのテーブルに差し向かい。片方は燕尾服、もう片方は上品な白シャツにベージュパンツ。……あり得そうな構図だな。

 

「どうしたのホーキンスくん? まあ、別に構わないけど……」

 

「ご説明させていただきます」

 

「え? え、ええ」

 

「このセットはお嬢様が執事へのご褒美として、こちらのポッキーを食べさせられるという内容になっております」

 

「……はい?」

 

 (ほう)けるスコールさん。しかしそれも一瞬のことで、今度は何かイタズラでも思いついたかのようにニヤリと笑った。

 

「へぇ。面白いメニューね」

 

「……これはあくまで任意のサービスですので、強制は――」

 

「はい、あーん」

 

「……お嬢様、周りの方も見ておりますし……」

 

「あーん」

 

「お嬢様、どうかお考え直しを」

 

「執事なのにお嬢様の言うことは聞いてくれないのかしら?」

 

 どうやら俺の懇願(こんがん)は受け入れてもらえないようで、スコールさんは意地の悪い笑みを浮かべて痛いところを突いてきた。

 ぐっ……! 分かりました! 食べます! 食べますよっ!

 

「…………あ、あーん……」

 

 パキッと弾ける音が口の中に響く。器のパフェグラスごと冷やしてあるそれは、チョコが食べてもすぐには溶けず、薄い膜のような食間がある。それも数秒のことで、すぐに溶けてしまうが、その時の甘さがこれまた心地いい。

 

「それじゃあ、食べさせてあげたんだから、今度は私に食べさせてくれるかしら?」

 

「ここではそういったサービスはしていない。どうしてもと言うのなら、他の店をあたってもらおうか」

 

 今度は自分にポッキーを食べさせろと告げてきたスコールさんを遮ってきたのは、ラウラだった。ヒラヒラとしたメイド服に一瞬目を奪われるが、その言葉と表情にはすさまじい『圧』が籠められている。

 

「うふふっ。ちょっとおふざけが過ぎたわね。ごめんなさい」

 

「…………………」

 

「あー、ラウラ? もういいぞ? ていうか、7番テーブルで注文だ」

 

「言われなくても分かっているっ」

 

 ふんっ、と鼻を鳴らして、ラウラは身を(ひるがえ)して行ってしまう。

 その背中を眺めていると、スコールさんが不意に口を開いた。

 

「可愛いわねぇ、あの子。もしかしてホーキンスくんの彼女?」

 

「ぶふっ!?」

 

 あまりに突拍子もないことを言われて俺は思わず吹き出してしまう。な、なな、何を言い出すんだこの人は!?

 

「そ、そんなわけないでしょう! 友人ですよ! ゆ・う・じ・ん!」

 

「えー? 本当かしら~?」

 

「本当ですっ! からかうのはよして下さい!」

 

「からかってなんか無いわよ?」

 

 どの口が言うんだ。まったく……。

 

「ラウラは友人です。それ以外には何もありませんよ」

 

……この子、かなりの鈍感(どんかん)

 

「……? 何か言いましたか?」

 

「いえ、何も」

 

 スコールさんはそう答えながらアイスハーブティーと残ったポッキーを食べ終える。そして、静かにイスから立ち上がった。

 

「お帰りですか?」

 

「ええ。そろそろお(いとま)させてもらうわ」

 

 優雅な足取りで店の出口へ歩き始めるスコールさんだったが、途中で「そうだ」と呟いてから俺の方に振り向く。……何か忘れ物か?

 

「あなたに1つだけ教えてあげる。――身近なものほど、気づきにくいものよ」

 

「はい? いったいどういう……」

 

「お茶、ごちそうさま。それじゃあね」

 

 何か意味ありげな言葉を言われたが、それを聞き返す前にスコールさんは会計を済ませて去って行ってしまった。

 

「(身近なものほど気づきにくい? どういうことなんだろうか……)」

 

 腕組みして唸っていると、近くのテーブルからガタンッと何かを蹴倒すような音が聞こえた。

 

「なにすんだよ!」

 

「こっちの台詞よ!」

 

 どうやら騒ぎの火元は一夏と鈴らしい。何が理由かは知らないが、テーブルを挟んで睨み合っていた。

 と、一夏と鈴の間に扇子(せんす)が差し込まれる。パンッと開いたそれには『羅刹(らせつ)』と書かれていた。……これは、間違いない。

 

「はいはい、騒ぎ立てないの。他のお客さんがびっくりするでしょう?」

 

「なぁっ!? せ、先輩?」

 

「なんだって楯無先輩がウチのメイド服を着てるんだ……?」

 

 びっくりしたのはこちらも同じだ。いつの間に拝借したのか、先輩が着ているのはこのクラスのものと同じものだったのだ。

 

「楯無」

 

「へ?」

 

「名前で呼んでって言ったでしょ、一夏くん」

 

「た、楯無さん」

 

「よろしい」

 

 扇子を自分の方に戻しながら、パチンと閉じる。その手慣れた扱いは、まるで日本舞踏のようだった。

 

「さて、私もお茶しようかしら」

 

「接客しないんですか……」

 

「うん」

 

「じゃあなんでその格好を?」

 

「一夏、やめとけ。頭が痛くなるだけだ」

 

 目の前の生徒会長のフリーダムさに、はぁ……と溜め息を漏らすと、そこにひときわ騒がしい女子が飛び込んできた。

 

「どうもー、新聞部でーす。話題の織斑執事とホーキンス執事を取材に来ましたー」

 

 新聞部エースこと黛 薫子(まゆずみ かおるこ)さんだった。ことあるごとに俺や一夏の写真を撮りに来るので、今ではすっかり顔なじみである。

 

「お、薫子ちゃんだ。やっほー」

 

「わお! たっちゃんじゃん! メイド服も似合うわねー。あ、どうせなら織斑くんやホーキンスくんとのツーショットちょうだい」

 

 言いながら、すでにシャッターを切り始めている。楯無先輩に至っては「いえい♪」とピースまでしている。……2年生もこういうノリの生徒が多いのか?

 

「……帰る」

 

「なんだよ、鈴。もう行くのか?」

 

「自分のクラスのお店もあるしね」

 

「そっか。あ、そうだ。あとでそっち行くかもしれないぞ」

 

「ふーん。まあ、客ならもてなすわよ」

 

「おう」

 

 一夏と鈴がそんなやり取りをしている間に、何やら写真撮影の雲行きが急激な変化を始めていた。

 

「やっぱり女の子も写らないとダメね!」

 

「私写ってるわよ?」

 

「たっちゃんはオーラがありすぎてダメだよー。あ、どうせなら他の子達にも来てもらおうかな」

 

「それいいわね。その間は私がお店の手伝いするわ」

 

「うんうん、それでいきましょう。では、写真取るからメイドさん来てー」

 

「(オーケー。俺達の意見は求められていないってことだな)」

 

「まずは織斑くんとセシリアちゃんからねー」

 

 こうして撮影会は一夏とのツーショットで始まったのだが、セシリアが一夏に腕を絡ませ、箒は恥ずかしさから暴れ出し、シャルロットは服装を褒められて終始ニヤケ顔に、ラウラは『教官(織斑先生)のような写り方』を目指して妙なキメ顔を作ったりと、それはもうドタバタしたものだった。

 

「じゃあ、次ホーキンスくんお願ーい」

 

 (まゆずみ)先輩はそう言いながら、早速俺とメイド達のツーショットを撮り始める。

 1人目、セシリア。

 

「ウィリアムさん、スマイルを」

 

「こんな感じか?」

 

「バッチリですわ。よく写真を撮られていますの?」

 

「悪友としょっちゅう遊びに繰り出してたからな。記念撮影みたいなこともよくやってたんだ」

 

「成程、お友達と……。例えばどのような遊びを?」

 

「海洋パニック系の映画を見たあと、海に飛び込むとか?」

 

「か、変わった遊びですわね……」

 

「(懐かしいなぁ~。1人ガチ泣きしてた奴いたけど)」

 

 2人目、箒。

 

「い、一夏の時もだが、正直このような格好の写真が残るのは避けたいのだが……」

 

「まあまあ、そう言うなよ箒。俺だって燕尾服なんざ着せられてるんだし」

 

「しかし、私はメイドなどという柄ではないぞ。こんなヒラヒラした……」

 

「それを言ったら俺なんてどうだよ? こんな格好を知り合いに見られたら、燕尾服を着たゴリラみたいって言われちまいそうだ」

 

「ぷっ……」

 

「おっ、シャッターチャ~ンス♪」

 

 3人目、シャルロット。

 

「なあ、シャルロット。一夏がお前さんのことを『シャル』って呼んでるけど、あれは愛称みたいなもんか?」

 

「うん、そうだよ。一夏が考えてくれたんだ。その方が親しみやすいって」

 

「成程な。そりゃあ確かに親しみやすい愛称だ。それに……」

 

「それに?」

 

(うそ)(まこと)か、愛称で呼び合う男女は将来結ばれる可能性が高いとか聞いたこともあるしな」

 

「む、結ばれっ……!?」

 

「まあ、愛称で呼ぶほど仲が良いならそれも頷けるよな。あくまで可能性の話だが」

 

「そ、そっかぁ。結ばれる、かぁ。えへへ♪」

 

「(ありゃ。上の空になってら……)」

 

 4人目、ラウラ。

 

「しかし、なんだな。私とお前ではそれなりに身長差があるな」

 

「ん? まあ、そうだな」

 

「……てもいいぞ……」

 

「なんだって?」

 

「だ、だっこしても、いいぞ……」

 

「あ、あー……。えーっと?」

 

「しゃ、写真撮影のためだ! いいな!? 分かったか!?」

 

「あっ、その案採用。てことでホーキンスくん、ラウラちゃんをだっこしてちょうだい。お姫様だっこで」

 

「いやいやいや! それはさすがにまずいでしょ! 普通でいいじゃないですか!」

 

「よ、よし! ウィル! お姫様だっこだ!」

 

「落ち着け! クールになるんだ!」

 

「お、落ち着いているっ!」

 

「ウソつけ!」

 

 そんなこんなで、ようやく全員分のメイド・執事のツーショット写真が撮り終わる。

 (まゆずみ)先輩はホクホク顔で、何度もデジカメのプレビューを眺めていた。

 

「や~。1組の子は写真()えしていいわ。撮る方としても楽しいわね」

 

薫子(かおるこ)ちゃん、あとで生徒会の方もよろしくね」

 

「もっちろん! この黛 薫子(まゆずみ かおるこ)にお任せあれ!」

 

 ドンッと胸を叩いて答える(まゆずみ)先輩。所属は文化系の部活なのに、ノリはまるで体育会系だな。

 

「そうそう、一夏くん、ウィリアムくん。私、もうしばらくお手伝いするから、校内を色々見てきたら?」

 

「えっ、いいんですか?」

 

「うん、いいわよ。おねーさんの優しさサービス」

 

「お気遣いは嬉しいのですが、自分達が抜けるとクラスメイトからのお叱りが……」

 

「それも大丈夫。私が適当に誤魔化しておくから」

 

「(確かに楯無先輩はかなり人気があるし、客も怒ったりはしないか?)」

 

 そう思った俺は、楯無先輩の厚意に甘えさせてもらうことにした。

 

「先輩もそう言ってくれていることだし、行かせてもらうか」

 

「だな。じゃあ、ちょっとお願いします」

 

「うん。行ってらっしゃーい」

 

 執事服の上を脱いで、廊下に出る。相変わらず長蛇の列だったが、楯無先輩が手伝ってくれているおかげでさっきよりも回転が速くなった気がした。

 

「あ、織斑くんだー」

 

「あれ? ホーキンスくんもいるー」

 

「ねー、どこ行くのー? 休憩?」

 

「まあ、そんなところ」

 

「そんな長いこと留守にはしないよ」

 

 声をかけてくる女子に返事をしながら、正面玄関へと向かう俺達。

 

「ちょっといいですか?」

 

「「はい?」」

 

 ふと、声をかけられた。それも階段の踊り場で。

 

「失礼しました。私、こういうものです」

 

 スーツの女性は手早く名刺を取り出して渡してくる。

 

「えっと……IS装備開発企業『みつるぎ』渉外(しょうがい)担当・巻紙 礼子(まきがみ れいこ)……さん?」

 

「IS装備の企業……。それで、自分達に何のご用でしょうか?」

 

 名刺に軽く目を通してから、俺は再度女性に視線を移す。ショートヘアーがよく似合う、美人の女性だった。

 その顔は声をかけてきてからずっとニコニコと笑みを浮かべている。営業スマイルというやつだろう。

 

「はい。お2人にぜひ我が社の装備を使っていただけないかと思いまして」

 

「(成程。そういう話か)」

 

 俺は心の中で頷きながら、隣にいる一夏にチラリと視線をやる。その顔はうんざりとしていて、またか……と口に出さなくても聞こえてくるようだった。

 ついこの間に一夏から聞いたのだが、この手の話を他社から何度も持ちかけられて夏休みの半分以上を無駄にしてしまったらしい。

 はっきり言って、世界でも2人しかいない男のIS操縦者である俺達に装備を使ってもらえるというのが、すさまじい広告効果と莫大な利益を生むのは言うまでもないだろう。

 特に一夏は、【白式】の開発元である倉持技研(くらもちぎけん)が未だに後付武装を開発できていないということで、各国企業から山のようにお誘いが来ているそうだ。

 ちなみに俺の【バスター・イーグル】は既存の装備を改修・流用しているものがほとんどであり、後付武装において特にこれといった困り事はないので、そういったお誘いはあまり来ない。

 そもそも、アメリカ空軍所属ということになっているので下手に接触できないというのが大きいと思うが……。

 

「そう言われても……」

 

 困ったように呟く一夏。その反応も無理はないだろう。

 後付武装に使用される拡張領域は各機体の量子変換容量に依存する。しかし、それ以外にもISコアの『好み』のようなものがあるようで、それによって装備を取り込めるかどうかが決まるのだ。

【白式】は、射撃武装は全滅。防御用の(たて)も嫌がり、『雪片弐型(ゆきひらにがた)』以外の格闘武器も拒否。

 もし第2形態移行で射撃・格闘・防御をこなす『雪羅(せつら)』が生まれなかったら、ブレード1本というなかなかのイカれっぷりを今日(こんにち)も見せつけられていただろう。

 余談だが、【バスター・イーグル】は銃砲からミサイル、ロケットまでなんでも搭載できる。だが、格闘用の武器と(たて)だけはどうしても載せたがらない。

 そのため、開発スタッフはせめて『スコーピオン』ナイフだけでもと、量子変換ではなく機体パーツの一部として(なか)ば強引に搭載したそうだ。

 

「あー、えーと、こういうのはちょっと……取り敢えず学園側に許可を取ってからお願いします」

 

「同じく。まずは合衆国空軍と『ウォルターズ・エアクラフト社』に話を通していただきたく思います。お話はそれからで」

 

「そう言わずに!」

 

 スーツの女性こと巻紙さんは活発そうな見た目通りにえらくアグレッシブな交渉をしてくる。俺と一夏は腕を思い切り掴まれ、その場を失敬することもできなかった。

 

「こちらの追加装甲や補助スラスターなどいかがでしょう? さらに、今ならもう1つ、脚部ブレードもついてきます!」

 

 それが仕事なのだから仕方ないとは思うが、こうも強引な交渉だとさすがに少しイラッときてしまう。

 

「申し訳ありませんが、こういう話を自分達だけで勝手に了承することはできません。先ほども申した通り、許可を取ってからでお願いします」

 

 若干語気を強めて言い返すと、勢いをくじかれた巻紙さんはカタログを取り出そうとする手を止めて沈黙した。

 

「では、自分達は人を待たせていますので、これで失礼します。……行くぞ、一夏」

 

 そう言って一礼してから、俺は一夏の背中を押すような形でその場をあとにする。

 

チッ。あのガキ、こっちが下手(したて)に出てりゃ調子乗りやがって……

 

「(聞こえてるぞー)」

 

 背中越しに小さく浴びせられた罵倒を聞き流しながら、俺は一夏と共に待ち合わせの玄関へと急ぐのであった。

 

 



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45話 友と回る学園祭

「ついに……ついにやって来たぜっ……!」

 

 IS学園の正面ゲート前にて、拳を握りしめてガッツポーズをする男子が1人。

 それはウィリアムの幼馴染にして友人のマイク・ジェンキンスだった。

 

「女の園! 男が1度は夢見る場所! IS学園になあ!!」

 

 時は少しさかのぼる。

 ウィリアムと共通の友人であるジョニー・テイラーと共に通学していた時だった。

 

「そーいやさ、ウィルに彼女できたとか、なんか聞いてないのか?」

 

「いや、彼女の『か』の字も無いとか言ってたぞ」

 

「マジ? あいつならもうとっくに出来てると思ったんだけどな~」

 

「まっ、出来たら出来たで(しょ)すけどな」

 

「「リア充どもに慈悲はない。滅ぶべし」」

 

 バッグを背負いバス停に向けて歩きながら、マイクとジョニーは呪詛(じゅそ)のように言う。

 

「そういえば、今度学園祭だったよな。マイクのクラスは演劇だったっけか?」

 

「ああ。『白雪姫』をな。衣装も小道具もなかなか()っててよ」

 

「ほへ~。ちなみにお前は何役で出るんだ?」

 

「森のリスBだ」

 

「ぶふぉっ。ぷっ、くくく……! し、白雪姫でっ、森のリスBって……!」

 

「んだよ、そんな笑うことねえだろ? ハリウッド顔負けの名演技が炸裂だぜ」

 

「1回ハリウッドに怒られてこい」

 

 そんなやり取りをしてから、ワハハと2人で笑う。

 

「しかし、いいよなぁ。美少女揃いで有名なIS学園だろ? 俺も行きてーなー」

 

「だよなぁ。くぅぅ、ウィルが羨ましいぜ」

 

「ウィルのやつ、彼女なんていないとか言ってるけど実はモテモテだったりしてな」

 

「……よし、今度帰ってきたら鼻にホットチリソース突っ込んでやろうぜ」

 

「それはやめて差し上げろ。あまりにも非人道的すぎるだろ」

 

 ワハハ、とまた笑ってから、マイクとジョニーは同時に静かになる。

 今2人の頭の中では、美少女とのデートが妄想されていた。

 

「「……………………」」

 

 ~~~♪

 

「ん? お、電話だ。……おお! ウィルからじゃねえか!」

 

 マイクは鳴った携帯電話を取り、耳に当てる。

 

「もしもし? ウィルか?」

 

《よう、マイク。悪いな、いきなり電話しちまって》

 

「そりゃあ別にいいけどよ。どうしたんだ?」

 

《ああ。実は近々IS学園で学園祭があるんだが、その件で話があってな》

 

「……なんだぁテメェ。それはIS学園に行けなかった俺に対する嫌味か? ああ? コラ」

 

《まあ待てよ。その学園祭には1人につき1人まで外部から客を招待できてな。で、その招待券をお前にやろうと思ったってわけだ》

 

「………Really(マジ)?」

 

《おう》

 

「……………………」

 

《なんだ。もしかしていらないのか――》

 

「いやいやいやいや! 行く! 行きます! 行かせていただきます! イヤッフー!!」

 

 ウィリアムの言葉を遮って答えるマイク。

 一般人は立ち入ることすらできないIS学園への招待なのだ。断るはずもない。

 

《招待券は今度送ってやるから忘れずにな。日程もそこに記入されてるから》

 

「りょーかい! いやぁ今から楽しみでしょうがねえよ。夜眠れっかな?」

 

 マイクは元気よく敬礼付きの返事をしてから、心の中で『持つべきものは友達だな……』としみじみに思う。

 

《お前は遠足前の小学生か。じゃあ、話は以上だから。これで切るぞ》

 

「おう! また学園祭の日にな!」

 

《ああ》

 

 そうして電話を終えたマイクは、弾む気持ちでジョニーの方に振り返る。

 が、しかし、その幸せいっぱいのスマイルは瞬時に消え去ることとなった。

 

「よう、マイフレンド。実はたまたま偶然ここにホットチリソースがあってだな」

 

 ジョニーが笑顔(目だけは全く笑っていない)を浮かべ、ドス黒いオーラを放ちながら立っていたからだ。

 

「じょ、ジョニー? なんでそんな物がバッグに入って……って、待て待て! それをどうするつもりだ! やめろ! 俺に近づけるなっ!」

 

「裏切り者に慈悲はない。大人しく処されろ」

 

「お前さっきは非人道的とか言って――ア゛ーーーーーッ!!

 

 ――そして今日、こうしてIS学園にやってきたのである。待ち合わせの時間からすでに10分が過ぎているが、別段気にならない。

 

「(おお……。こっからでも女子が見える……。みんなレベル高すぎだろ)」

 

 女子生徒のルックスに目を丸くしながらウィリアムを待っていると、マイクの隣に1人の男子が現れた。

 

「ふ、ふ、ふっ……」

 

「(なんだ? 誰かの知り合いか?)」

 

 その男子というのは一夏の友人にして招待客である五反田 弾(ごたんだ だん)なのだが、そんなことをマイクが知るよしもない。

 

「ついに、ついに、ついにっ! 女の園、IS学園へと……来たぁぁぁぁあ!!」

 

「(うおっ!? 何言ってるのかはさっぱりだがテンションたけぇな。でも叫びたい気持ちはよ~く分かるぜ)」

 

 会ったことも話したことも、異国の言葉も分からないマイクだったが、(だん)に何か親近感のようなものを感じて心の中で深々と頷いた。

 

「そこのあなた」

 

「はい!?」

 

「!?」

 

 不意に声をかけられた弾がビクッと背筋を伸ばし、その隣にいたマイクも思わず飛び上がりそうになったのを必死にこらえて、声の主へと視線をやる。

 

「(ワーオ。まさに仕事のできる美人秘書って感じだな)」

 

 振り向いた先に立っていたのは、眼鏡と手に持ったファイルがいかにも堅物(かたぶつ)イメージの布仏 虚(のほとけ うつほ)だった。

 

「あなた、誰かの招待? 一応、チケットを確認させてもらってもいいかしら」

 

「は、はいっ」

 

 弾はアタフタと焦りながら、握っていたせいでクシャクシャになったチケットを差し出す。

 

「配布者は……あら? 織斑くんね」

 

「え、えっと、知っているんですか?」

 

「ここの学園生で彼のことを知らない人はいないでしょう。はい、返すわね」

 

「あ、あのっ!」

 

「? 何かしら」

 

「い、いい天気ですね!」

 

「そうね」

 

 会話終了。自分のセンスの無さにズーンと落ち込む弾を不思議そうに眺めてから、次にマイクに声をかけた。

 

「あなたもチケットを見せてもらえるかしら」

 

「あ、はい」

 

 流暢(りゅうちょう)な英語で話しかけられたことに若干驚きながら、マイクはショルダーバッグからチケットを取り出す。

 

「あら。こっちはホーキンスくんね」

 

「あいつとお知り合いなんですか?」

 

「色々あって少しね。はい、確認できたわ。楽しんできてね」

 

 そう言ってチケットをマイクに返した虚は、忙しそうに去って行った。

 

「う、う、俺ってやつは……俺ってやつは……」

 

「まあ、そう落ち込むなよ。ショボくれた顔じゃあ女の子も離れて行っちまうぜ?」

 

 哀愁(あいしゅう)を漂わせる弾を見かねたマイクが、彼を元気づけるように背中をポンポンと叩く。

 

「何言ってるか分かんねえけどサンキュー……」

 

「ユアウェルカムだ」

 

 なんとか『サンキュー』だけは聞き取ることができたマイクは、棺桶(かんおけ)に片足を突っ込んだような気分の弾を励ましながら、ウィリアムが来るのを待った。

 

 ▽

 

「お、いたいた。おーい、(だん)!」

 

「見つけた。マイク!」

 

 駆け足でゲートへ向かうと、そこにはマイクともう1人見知らぬ男子が立っていた。

 

「よう、ウィル!」

 

「おー……」

 

 返事をしたマイクは普段通り元気溌剌(はつらつ)とした様子だが、その隣の男子は半死のような有様だ。

 

「一夏、お前の知り合いか? 今にもポックリ()っちまいそうなんだが」

 

「あ、ああ。こいつは五反田 弾(ごたんだ だん)。中学からの友達だ」

 

「五反田 弾……? ああ。そういや、結構前にお前さんや鈴が話してたな。それで、なんでこんな死にそうな顔になってるんだ?」

 

「さあ? 弾、どうしたんだよ」

 

「どうもしない……。俺にはセンスがない……」

 

「なんだそんなことか」

 

「そんなことって、お前なあ!」

 

「待て待て暴れるな。追い出されるぞ」

 

「くっ……。ここは大人しくしていよう」

 

 一夏に言われて落ち着きを取り戻す五反田くん。この2人は中学からこういうノリなのだろう。

 

「待たせて悪いな、マイク。ちょっとばかし手こずったんだ」

 

「いや、俺は別に気にしてねえよ。それより1つ聞きたいことがあるんだけどよ」

 

「何を聞きたいんだ?」

 

「いやな、お前とそっちのイケメンがしてる格好はなんだ?」

 

 ……………。

 

「さあて。時間も限られていることだし、早速行くとするか!」

 

「あっ! おい、ウィル! 話を逸らすな!」

 

「なんのことかさっぱりだなあ! ということで一夏、それと五反田くんも。楽しんでこいよ!」

 

 俺は2人にそう言い残してから、しつこく追及してくるマイクを引き連れて校舎内へと入る。

 

「取り敢えず適当に見て回るか?」

 

「それよりその格好は……つっても答えてくれないんだろうよ。そうだな。せっかくだし色々見て行きてえな」

 

「はいよ。じゃあ、俺も全然見れなかったし、行こうぜ」

 

 俺とマイクは2人並んで歩き出す。

 

「あ、ホーキンスくんだ! やっほ~」

 

「あとで絶対お店行くからね!」

 

「えへ! 執事服のホーキンスくんを激写! 永久保存確定ね!」

 

 行く先々で女子に声をかけられ、俺は手を振ったり返事をしたりで大忙しだ。

 そんなことを繰り返していると、隣からマイクの恨めしそうな声が聞こえてきた。

 

「お前、メチャ人気じゃねーかこの野郎……」

 

「そうかあ? 前に一夏が言ってたけど、ただ珍動物みたいな扱いを受けてるだけだろ」

 

「例えそうだとしても羨ましいぜ。なあ、入れ替わってくれよ」

 

「替われるもんなら替わってやるよ。IS訓練はなかなかハードだが、まあ頑張れよ」

 

「はっはっはっ! 女子に囲まれるためなら対空砲火の中にだって突撃してやるぜ!」

 

「そうか。蜂の巣にされるかもだけどな、IS実戦は」

 

「…………………。やっぱり、平和が一番だと思うんだ、俺」

 

「どうした? 対空砲火にだって突っ込むんだろ? お前の大好きな大迫力(だいはくりょく)の3Dだぜ?」

 

「3Dどころかマジで撃たれてるじゃねえか! 俺はまだ死にたくない!」

 

「俺だって死にたかねえよ」

 

「それもそうか。なんかままならねえな~……」

 

 なんだかよく分からないまま2人揃って溜め息を漏らしていると、いかにもおどろおどろしい雰囲気のクラスを見つけた。

 

「へえ~、お化け屋敷か」

 

「ピクッ!?」

 

 な、に……? お化け屋敷……だと……?

 

「いかにもな雰囲気で面白そうだな。入ってみようぜ」

 

 俺は、意気揚々とお化け屋敷へ踏み入ろうとするマイクの肩をガッシリ掴んで引き止める。

 

「待てマイク、ここはやめておこうぜ、な? ほら、お化け屋敷ならフロリダのネズミーランドに行けばあるだろ?」

 

「なに言ってんだよ。ネズミーとIS学園とじゃあ内容も違ってくるだろ?」

 

「そんなもんどこも一緒だって! な? な!? だから他のところ回ろうぜ!? ほら!」

 

 そんなことを言ってマイクと引っ張り合いを続けていると、不意に横合いから声をかけられた。

 

「ようこそ、死霊(しりょう)(やかた)へ……」

 

「うひぃ!?」

 

 血まみれの白いワンピースと特殊メイクをした女子を前に、俺は思わず悲鳴を上げながら後退りしてしまう。

 これは誰にも話したことはないのだが、実を言うと俺は心霊系の(たぐ)いが大の苦手である。お化け屋敷などもっての他で、俺の心臓を止める気かと言ってやりたいくらいだ。

 

「あっ、ホーキンスくんだ! みんなー! ホーキンスくんと男友達が来てくれたわよー!」

 

「え、ほんと!?」

 

「これは気合い入れて怖がらせないとね!」

 

 待って怖がらせないで。ていうか、入るなんて一言も言ってな――

 

「おーし、早速入ろうぜウィル!」

 

「あっ、おい――!」

 

 いつの間にか後ろに回り込んでいたマイクに背中を押される形で、俺はお化け屋敷へと強制連行されるのだった。

 

「2名様入りまーす。どうぞ涼しくなって行って下さい。フフフ……」

 

 ▽

 

「(うわぁ、真っ暗じゃねえか……。なんか意味不明な言葉も延々と鳴り響いてるし……!)」

 

 懐中電灯を手渡されたウィリアムは、マイクと2人で迷路のような道を恐る恐る歩いていた。

 室内のどこかに設置されているのであろうスピーカーから流れるお(きょう)と、若干強めに設定された冷房が恐怖心をさらに増大させる。

 

「ちくしょうっ。なんで俺まで……」

 

 ブツクサと文句を垂れ流しながら、懐中電灯で先を照らすウィリアム。

 

「おお~。なんかクオリティーたけぇな」

 

「お前はなんで楽しそうなんだよ……」

 

 こんな時に何を能天気な……と、ウィリアムが隣のマイクにジト目を送った次の瞬間だった。

 

「あ、あ、あぁっ……!」

 

 ウィリアムの顔がみるみる真っ青になっていく。

 

「ウィル? おい、どうしたんだよ?」

 

 顔を引きつらせたまま硬直(こうちょく)するウィリアムを不審に思ったマイクも、彼が視線を向ける先へと振り向く。

 

1枚……2枚……3枚……

 

 ボンヤリとした青白い光の中に、それはいた。

 木製の井戸から現れたのは、白い着物を羽織った女。髪はダランと垂れ下がっており、何やら手に持った皿を1枚いちまい数えている。

 

「おお~。これってアレじゃね? 『番町皿屋敷(ばんちょうさらやしき)』ってやつ!」

 

「 」

 

 ウィリアムの顔はもはや青を通り越して白くなりつつあるのだが、相変わらずはしゃいでいるマイクがそれに気づく様子はない。

 

7枚……8枚……9枚……1枚足りない

 

 女はそう呟いてからゆっくりとウィリアムとマイクがいる方へと振り返り、そして……

 

お 前 の せ い か

 

「うはぁぁ! 超こえぇ――」

 

イヤアアアアアア!! ジャパニーズお菊ううううう!!

 

 発狂したウィリアムは、まさに神速のごとき速度で走り去ってしまった。

 

「「「えぇ……」」」

 

 隣にいたマイクや後続に控えていたお化け役の生徒達までもを置いてけぼりにして。

 ウィリアム・ホーキンス。アトラクション開始から、わずか1分30秒でリタイア。

 

 ▽

 

「はーっ、はーっ、はーっ……!」

 

「あっははははっ! なんだよウィル。お前もしかしてああいうのダメなタイプだったのか?」

 

「わ、笑いごとなもんかよ! こっちはマジで心臓が止まるかと思ったんだからな!」

 

 結局お化け屋敷はリタイアという扱いで終わり、参加賞のあめ玉をもらって帰ってきたマイクに大笑いされた。

 

「わりぃわりぃ。まさか心霊系が苦手だとは思わなかったんだよ。それなら、(かたく)なに入ろうとしなかったわけも頷けるわ。くくくっ」

 

 目尻に浮かんでいた涙をぬぐうマイク。そんなに面白かったのか、必死に笑いを噛み殺していた。

 

「苦手なもんは苦手なんだよ。ったく、酷い目に遭ったぜ……」

 

「…………。ぶふっ! ヤベッ、思い出したらまたっ――あーっはははははっ!」

 

 ……オーケー。こいつに2~3発ほど右ストレートをお見舞いしてもバチは当たらないよな。

 

「ハハハ、超ウケるよなー。……ついでにお前の顔もみんなからウケるようにしてやろうか? んん?」

 

「分かった。もう黙る。黙るからその右手を下ろしてくれ。いやほんと、マジで」

 

「そいつは残念だ。せっかく格好いい顔にしてやろうと思ったのに」

 

 そんな風に2人で喋っていると、俺の携帯電話から着信メロディーが鳴った。

 

「はい、もしもし?」

 

《ウィル、今どこにいる? お前と一夏はどこだと客からのクレームが殺到しているぞ。早めに戻ってこい》

 

 若干疲労の色が見えるラウラからの帰還要請に、俺は戻らざるを得なくなる。

 

「分かった。すぐ戻る」

 

《頼んだぞ》

 

 通話を終えて、俺はマイクに戻る(むね)を伝える。

 

「おう。馬車馬(ばしゃうま)のように働いてこい」

 

「やかましい」

 

 そんな軽口を交えてから、俺はすぐさま1組の教室へと戻った。

 

「ウィル、戻ったか。早速だが3番テーブルでゲームだ。それと、ついでにオーダーを4番に持って行ってくれ」

 

 戻ってすぐ、ラウラからトレーを渡される。

 ちなみに一夏は俺よりも先に戻ってきていたらしく、すでに(せわ)しなく動き回っていた。

 

「おう。分かった。それはそうと楯無先輩はどこ行った?」

 

「生徒会の方があると言って消えたぞ」

 

 なんて無責任な人なんだ……。

 

「はぁ~。んなことだろうと思ったよ」

 

「ともかく! こんな所で雑談をしている(ひま)は無いぞ! 駆け足!」

 

「了解!」

 

 あっちに行ったりこっちに行ったりと教室中を奔走(ほんそう)する。

 

「お待たせいたしました、お嬢様」

 

「きゃー! ホーキンスくんだ~!」

 

「ゲーム! ゲームしよ!」

 

「こっちはご褒美セットだから、座って座って!」

 

「(さすがに結構な重労働だな、こいつは……)」

 

 それから1時間ほど忙しく動き回り、俺と一夏はやっとのことで引っ張りだこから解放された。

 

「お疲れ様、2人とも」

 

「あ、鷹月(たかつき)さん。お疲れ」

 

「そっちもお疲れさん」

 

 クラスのしっかり者こと鷹月 静寝(しずね)さんは今日も色々と忙しそうだ。

 

「しばらく休憩してきたら? お店も1回体勢整えるのに時間かかっちゃうし」

 

「おっ、そりゃあ助かる」

 

「けど、いいの?」

 

「1時間くらいなら平気かな。せっかくだし、女の子と学園祭見てきたら?」

 

「そういうことなら」

 

 お言葉に甘えようかなと一夏が言った矢先、セシリアがその腕をグイッと引っ張った。

 

「では一夏さん! わたくしと参りましょう!」

 

「あああっ! セシリア、ずるいよ~。一夏、僕も行きたいなぁ」

 

「待て! そういうことなら私も行くぞ!」

 

 負けてられないとばかりにシャルロットと箒も参戦し、一夏争奪戦が勃発する。

 そんなプチ・カオスとなった現場を見て、いつもの風景だなぁなどと思っていると、誰かに腕を組まれる。……ん? なんだなんだ?

 

「よし。私達も行くぞ、ウィル」

 

 感触のあった右腕に視線を向けると、すでに出かける気満々のラウラがいた。

 

「分かった分かった。分かったから、少し待ってくれ」

 

「時間は有限だ。行くぞ!」

 

 そんなに早く遊びに行きたかったのか、俺はラウラに腕を組まれたまま引きずって行かれた。

 

 ▽

 

 俺とラウラが始めに訪れたのは美術部のクラス。詳しくは知らないが、何かゲームをやっているらしい。

 

「芸術は爆発だ!」

 

 ……部屋に入って早々物騒だな。

 

「というわけで、美術部では爆弾解体ゲームをやってまーす」

 

「ああ! ホーキンスくんだ!」

 

「ボーデヴィッヒさんも一緒よ!」

 

「さあさあ、爆弾解体ゲームをレッツ・スタート!」

 

 そう言って強引に爆弾を押しつけてきたのは、部長という腕章をつけた女子だった。これでいいのか、美術部。この人が部長で。

 

「えーっと……まずはこのセンサーを無効にするんだっけか?」

 

「待て、ウィル。そのケーブルを切断するとタイマーが一気にゼロになるぞ」

 

「おっと、そいつは危なかった」

 

 配線を調べ、ラウラの指示に合わせて隙間からニッパーを差し込む。

 そして、衝撃センサーに通じている導線を注意深く切断した。

 

「よしっと。こいつはジャンパー線が無くても問題ない型だな。次はーっと……」

 

「次はこれだな。間違って隣の線を切らないように注意しろ」

 

「はいよ」

 

 指定された導線を切りながら、そういえば初めて爆弾解体術を習った時も、こんな感じでラウラに教えてもらったよなぁと思い出す。

 このIS学園ではなんと爆弾の解体術まで習わされるのだが、さすがは特殊部隊所属で部隊長。危険物の無力化はお手の物といった感じだった。

 

「(俺も軍人だが、爆弾処理とはまったく無縁だったからなぁ。最初はしょっちゅう爆発させてラウラに怒られてたっけ)」

 

「おお! 2人ともすごいね! もう最終フェイズに入ってる!」

 

 最終フェイズ――つまり、『爆弾の最終完全無力化段階』である。

 簡単に言うと、映画でよくある『赤か青か』というやつだ。

 ゲームのそれも最後は赤と青の2本のケーブルになり、どちらかを切れば解体終了だが、間違えばKABOOM(ドカーン)というわけだ。

 

「さて、ラウラ。どっちだと思う?」

 

「むぅ……。ここは赤……いや、青だな」

 

「了解。切るぞ?」

 

 ニッパーを差し込み、青のコードを切断する。

 爆弾は特に何の反応も示さなかったが、代わりに美術部の部長さんがガックリとうなだれていた。

 つまり、解体は成功したということらしい。

 

「ふぅ。やったな、ウィル」

 

「ナイスアシスト、ラウラ」

 

 そう言葉を交わしてからのハイタッチ。

 解体成功賞として美術部お手製のキーホルダーをもらい、俺達は勝利の満足感を味わいながらクラスをあとにした。

 

「しかし、まさか爆発物処理の訓練があんなところで活躍するとは思いもしなかったぞ」

 

「だよな。美術部もなかなか奇抜な(もよお)し物を考えたもんだ」

 

 しかも、爆発物が内包されていないことを除けば回路やコードまでほとんど実物だったのだから、さらに驚きだ。

 

「まあ、ゲームとしてやる分には楽しかったからいいんだけどな」

 

 賞品のキーホルダーを指で回して弄んでいた俺は、ふと腕時計に視線をやる。

 

「まだ時間は余ってるな。そういえばラウラ、確か茶道部に行ってみたいとか言ってたよな」

 

「ああ。茶道とやらに少し興味があってな」

 

「よし、じゃあ早速行こうぜ」

 

「い、いきなり手を握るな!」

 

 そう言って俺の手を振り払ったラウラは、心なしか顔が赤くなっていた。……確かに、いきなり人の手を握るなんてデリカシーに欠けた行動だったな。

 

「ああ、悪かったな」

 

「い、いや、その……なんだ……。べ、別に、お前がそうしたいのなら……

 

「? どうした。早く行こうぜ」

 

「………………」

 

 ドスッ。脇腹(わきばら)に無言の手刀をお見舞いされた。……ラウラ、もう少し手加減してくれ。地味に痛い。

 

「はーい。いらっしゃーい。……おお! ホーキンスくんだ! 写真撮っていい?」

 

 なんでみんなして俺が行く先々で写真を撮ろうとするんだろうか。これが分からない。

 まあ、記念撮影とかそういった意味だとは思うけど。

 

「茶道部は抹茶の体験教室をやってるのよ。こっちの茶室へどうぞ」

 

「おお、(たたみ)か。感じ出てるなあ」

 

 本当にこの学園は部屋の設備から細々(こまごま)した道具まで良い物を取り揃えている。

 さすがは世界中から入学希望者が殺到するIS学園ということなのだろうか。

 

「じゃあ、こちらに正座でどうぞ」

 

 うっ、正座かぁ……。まあ、短時間なら問題はない……かな?

 取り敢えず言われるままに、俺とラウラは靴を脱いで畳に上がる。

 

「にしても、執事とメイドが畳で抹茶って、なかなかスゲェ絵面(えづら)だな」

 

「いちいち格好を気にしていると、女々しい奴だと思われるぞ」

 

「なーに言ってんだよ。そういうお前さんだって織斑先生に爆笑されてた時は居心地悪そうにしてただろ?」

 

「う、うるさい! 教官は特別だ!」

 

 1度、様子見ということでやってきた織斑先生がラウラの姿を見て吹き出したあと、しばらく楽しそうに眺めていたのを思い出す。

 あの時のラウラはというと、ステルス戦闘機が飛び交う戦場に旧型レシプロ機で向かわされた新米パイロットのような有様だったと思う。

 ……言ったら何されるか分かったものじゃないので、ここは黙っておくとしよう。

 

「ウチはあんまり作法にうるさくないから、気軽に飲んでね」

 

「あ、はい」

 

 着物姿の部長さんはニッコリ微笑むと、俺とラウラに茶菓子を寄越す。

 それを受け取って一口食べると、あっさりとした上品な甘味(白あん と言うものらしい)が舌の上に広がって溶けた。

 

「ん。おいしいな、これ」

 

「うう……」

 

 ラウラは茶菓子に口をつけることなく、何やら難しそうな顔をしている。

 

「どうした?」

 

「こ、これは、どうやって食べればいいのだ……」

 

 ラウラが取ったのはウサギの形をした茶菓子で、なかなか愛嬌のある顔立ちをしたものだった。

 ジィっとラウラを見つめているかのようなそのウサギは、『僕をお食べよ!』と言っているのか、はたまた『お助けください!』と言っているのか。

 ラウラの反応を見る限りでは、恐らく前者のような気がする。

 

「ラウラ」

 

「な、なんだ!?」

 

「食べないと抹茶飲めないぞ」

 

「う、ううっ……!」

 

 俺に促され、意を決したラウラはパクンと一口でウサギを頬張る。

 ……ああ、たぶん中途半端に歯形がついたウサギを見たくなかったんだな。

 

「……んぐ。うむ、やはり和菓子は美味い」

 

 さっきまでの葛藤はどこへ行ったのか。しっかりと茶菓子を味わったラウラは、満足そうな顔をしていた。

 

「どうぞ」

 

 それから俺とラウラの前に抹茶が出される。

 あー、なんて言うんだっけか? お、お、おてんとまえ? いや、違うな。えー……っと。

 

「ウィル、『お点前(てまえ)いただきます』だ。それと飲む前に茶碗(ちゃわん)を2度回すのも忘れるな」

 

 ああっ。そうそう、それそれ。

 

「お点前いただきます」

 

 一礼してから茶碗を取り、ラウラに教えられた通り2度回してから口をつけた。

 抹茶独特の苦味が口に広がり、口内に残った甘い茶菓子の味わいを流していく。

 スッとした(のど)ごしは心地よく、俺もラウラも飲んでから、ほぅ……っと一息ついた。

 

「「結構なお点前で」」

 

 最後にこの台詞で締めて、俺とラウラは再度一礼をする。

 本当なら茶碗を拝見したりするそうだが、そこまで本格的な茶道ではなく、あくまで『抹茶をいただく』ということに重点を置いた茶道教室のようだった。

 

「よかったらまた来てねー」

 

 部長さんに見送られ、俺とラウラは茶室を出た。

 

「結構良さげな部活だったな」

 

「うむ。そうだな。やはり日本の文化は興味深い」

 

「もしあそこに入部するとしたら、ラウラもあんな和服を着たりするかもな」

 

「わ、和服か。そういえば着たことがないな」

 

 ラウラの和服姿を想像する。

 ……流れるような銀髪を結っての着物姿というのは、なかなか似合う気がした。

 

「う、ウィルは、私の着物姿を見たいか……?」

 

「ふむ……着たら似合うと思うし、俺としては見てみたいな」

 

「そ、そうか!」

 

 パァッと眩しいほど表情を輝かせるラウラ。

 それから自分の反応に気がついたのか、ハッとして俺に背中を向ける。

 

「ま、まあ、機会があればな」

 

「そうか。それじゃあ、楽しみに待つかな」

 

 そんなやり取りをして休憩時間は終わり、俺とラウラは教室に戻った。

 1年1組の出し物は相変わらずの盛況ぶりで、俺と一夏は戻るなり引っ張りだこになる。

 

「(でもまあ、みんな頑張ってるわけだし、悪い気はしないな)」

 

 誰かと一緒に頑張れるというのは、それだけで楽しくなるものだ。

 

「(よし! 俺も気合い入れていくか!)」

 

「じゃじゃん、楯無(たてなし)おねーさんの登場です」

 

 エネミー・タリホー!

 

「ウォーバード1よりサマー1! 職場放棄人間を目視で確認した!」

 

「回避! 回避!」

 

「はい、ドーン!」

 

 俺と一夏の必死の逃避も虚しく、楯無先輩に難なく捕縛されてしまう。

 

「だあっ! 進路妨害すんのは無しでしょ!」

 

「ジーザスクライストッ!!」

 

「まあまあ、そう言わずに。ときに一夏くん、ウィリアムくん。君達の教室手伝ってあげたんだから、生徒会の出し物にも協力しなさい」

 

「疑問形じゃない!?」

 

「うん。決定だもの」

 

「俺とウィルの意志は……」

 

「勝手に決定してもいいじゃない。生徒会長だもの」

 

 クソッ! また出たな『生徒会長権限』! 職権乱用にもほどがあるだろ!

 

「絶対ヤバいことに巻き込まれる気がする。自分は絶対に嫌ですからね!」

 

「……ウィル、もう大人しく諦めようぜ。これ以上は疲れるだけだ」

 

「くっ……! 確かにお前の言う通りだ……」

 

「で、何を手伝うんですか?」

 

「あら、2人とも(いさぎよ)い」

 

「もう無駄だって分かってますから」

 

「……仮に抵抗したとしても、あなたは気にも留めないでしょう」

 

「あら、おねーさんのこと分かったつもり? まだまだダメよ、1年生くん」

 

 ツンと鼻先を押される俺と一夏。これ、やっぱり遊ばれてるよな俺達。

 

「あはは。2人ともからかうと面白いわよね」

 

「で、出し物は!?」

 

「ただふざけに来ただけでしたら、即仕事に戻らせてもらいますよ?」

 

「やん。怒らないで。演劇よ」

 

「演劇、ですか……?」

 

 そりゃまた、予想に反して結構普通のジャンルだな。

 

「観客参加型演劇」

 

「「は!?」」

 

 観客参加型……って、何だそりゃ?

 

「とにかく、おねーさんと一緒に来なさい。はい、決定」

 

 ビシッと扇子を俺達に向け、威風堂々と宣言をする楯無先輩。

 

「おい、勝手に話を取り決めるな」

 

「一夏とウィルを連れて行かれると、ちょっと困るんですけど……」

 

 いいぞ、ラウラにシャルロット! ナイス援護だ! もっと言ってくれ!

 

「ラウラちゃん、シャルロットちゃん。あなた達も来なさい」

 

「なに?」

 

「ふえ!?」

 

「おねーさんがきれーなドレス着せてあげるわよ~?」

 

「ドレス……だと……」

 

「ど、ドレス……」

 

 まずい、2人の心が揺れている! そうだよな。ドレスは女の子の夢だもんな。だが頼む! ここは俺と一夏のために耐えてくれ!

 

「ふ、ふん。まあ、少しだけなら付き合ってやらんことも……ない」

 

「じゃ、じゃあ、あの……ちょっとだけ」

 

 ああっ!? ラウラとシャルロットが(おと)された!

 

「ん~。素直で2人とも可愛い! じゃあ、箒ちゃんとセシリアちゃんもゴーね」

 

「「はっ!?」」

 

 聞き耳を立てて様子をうかがっていたらしい2人が、同時に驚きの声を上げる。

 

「全員、ドレスを着せてあげるから」

 

「そ、それなら……」

 

「まあ、付き合っても……」

 

 箒、セシリアの2人までもが陥落。

 

「……ちなみに聞きますが、演目は何を?」

 

「ふふん」

 

 バッと扇子を開く楯無先輩。そこには『追撃』の2文字。

 

「シンデレラよ」

 

 シンデレラねぇ……。なんとな~く一波乱ありそうな気がするんだよなぁ、主に俺と一夏に。

 

 



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46話  バトルフィールド in シンデレラ

「2人とも、ちゃんと着たー?」

 

「「……………」」

 

「開けるわよ」

 

「開けてから言わないでくださいよ!」

 

「着替えの真っ最中だったらどうするんですか?」

 

「そう言う割にちゃんと着てるじゃない。おねーさんがっかり」

 

「……なんでですか」

 

「まったく……」

 

 第4アリーナの更衣室。普段はISスーツの着替え場所として使われるそこに、俺と一夏はいた。

 

「はい、王冠」

 

「はぁ……」

 

 しぶしぶ楯無先輩から王冠を受け取る一夏。その口からは大きな溜め息が漏れる。

 

「なによ、嬉しそうじゃないわね。シンデレラ役の方がよかった?」

 

「えっ、一夏お前……」

 

「嫌ですよ! ウィルも本気にするなよな!」

 

「冗談だ、冗談」

 

「ったく!」

 

 一夏の服装は……なんというか、王子様だ。まあ、演目はシンデレラなのだから王子様が出るのは頷けるだろう。頷けるのだが……。

 

「――それで、なぜ自分は兵士の格好を?」

 

 問題なのは俺の格好だった。しかも、中世時代の甲冑(かっちゅう)などではなく、えらくモダナイズされた現代風な兵士の服装なのだ。

 頭から順に、茶色のミリタリーキャップ&ヘッドセット。胴体にはデザート迷彩のバトルスーツとボディアーマー、脚にはこれまた迷彩色のバトルパンツ。(ひざ)にはご丁寧にニーパッドまで。

 ……なんか、どこぞの『バトル』で『フィールド』な『4』に出てくる工兵みたいな装備だな……。

 

「それはもちもん、王子様を危険から守る兵士なんだから装備もそれなりじゃないとね」

 

 えっ、シンデレラって『メディック! 1人やられた!』とか『グレネードだぁぁ!』みたいに殺伐とした物語だったっけか?

 

「あっ、ウィリアムくんにはこれね」

 

「……なんの鍵ですか?」

 

「それは秘密♪ それとこれも持って行きなさい」

 

 ガショッと手渡されたのはカービンライフルにスモークグレネード、そしてまさかのロケットランチャー……。

 

「って! ちょっと待ってください! どんだけ物騒なシンデレラなんですか!」

 

 そら見ろ! 一夏がすんげぇ顔で俺のこと見てるぞ!?

 

「安心して。弾は本物じゃないから安全よ」

 

「マジもんならもっとヤバいですよ! っていうか弾が出るのかよっ!」

 

 俺はいったい何と戦わされるんだ!? 王子暗殺とかで戦車でも持ち出してくるのかよ! 普通に死ぬわっ!!

 

「……ハハッ。なあ、ウィル。俺って今日死ぬのかな……?」

 

「だ、大丈夫だ一夏! 何かあっても俺が守ってやる!」

 

「ウィルっ……!」

 

「一夏っ……!」

 

「「生き残ろうぜ!!」」

 

 ガシッ、固く握手を交わす俺と一夏。

 念のためもう1度言っておくが、演目はシンデレラである。

 

「さて、そろそろ始まるわよ」

 

 1度覗いてみたんだが、第4アリーナいっぱいに作られたセットはかなり豪勢だった。観客はもちろん満席で、時折聞こえる歓声は更衣室まで届いている。

 

「あのー、脚本とか台本とか1度も見てないんですけど」

 

「というか、今さら見ても間に合いませんよ?」

 

「大丈夫、基本的にこちらからアナウンスするから、その通りにお話を進めてくれればいいわ。あ、もちろん台詞はアドリブでお願いね」

 

 大丈夫なんだろうな……本当に。

 言い知れぬ不安を抱きながら、俺と一夏は舞台(そで)に移動する。

 

「さあ、幕開けよ!」

 

 ブザーが鳴り響き、照明が落ちる。

 スルスルとセット全体にかけられた幕が上がっていき、アリーナのライトか点灯した。

 

「むかしむかしあるところに、シンデレラという少女がいました」

 

 アリーナのスピーカーから楯無先輩の声が響く。

 

「どうやら出だしは普通のようだな。いやぁ、よかったよかった」

 

「そういえば、シンデレラ役って誰なんだろうな?」

 

「さあな。何も聞かされてないから俺にも分からん」

 

 そんな会話をしながら、俺達は舞台表へと歩いて行く。

 ……明らかに俺の格好は場違いだろ。中世風の美形王子と、それを警護する現代風の兵士とか時代が飛びすぎてシュールだ。

 

(いな)、それはもはや名前ではない。幾多の舞踏会を抜け、(むら)がる敵兵をなぎ倒し、灰燼(かいじん)(まと)うことさえいとわぬ地上最強の兵士達。彼女らを呼ぶにふさわしい称号……それが『灰被り姫(シンデレラ)』!」

 

 ……は? おいおい、シンデレラってそんな鍛え抜かれたソルジャーだったか? しかも、彼女『ら』?

 

今宵(こよい)もまた、血に飢えたシンデレラ達の夜が始まる。王子の(かんむり)に隠された隣国の軍事機密と、その護衛が持つ最新兵器の始動キーを狙い、舞踏会という死地に少女達が舞い踊る!」

 

「は、はぁっ!?」

「うっそだろオイ!」

 

「もらったぁぁぁ!」

 

 いきなりの叫び声と共にセットから飛び降りてきたのは、白地に銀のあしらいが美しいシンデレラ・ドレスを身に纏った鈴だった。

 

「親方ぁ! 空から女の子が!」

 

「のわっ!?」

 

「寄越しなさいよ!」

 

 反射的に一夏を引っ張って初撃をかわすが、鈴はキッと一睨みしてから、すぐさま中国の手裏剣こと飛刀を投げてくる。――おい、柱に刺さったぞ! まさか本物じゃないだろうな!?

 

「し、死んだらどうすんだよ!?」

 

「死なない程度に殺すわよ!」

 

「意味が分からん!」

 

「死んだら程度もクソもないだろ!」

 

 俺のツッコミも虚しく鈴は飛刀の連撃を繰り出し、一夏はテーブルのティーセットをひっくり返してトレーでそれを(しの)ぐ。

 ……さて、どうしたものか。

 頭を働かせているところに楯無先輩のアナウンスが鳴った。

 

「王子とはいずれ国民を導くことになる大切な存在。そんな彼が危険に(さら)されると、護衛の兵士は自責の念によって電流が流れます。ああ! なんという忠誠心!」

 

「……へ?」

 

 一瞬、楯無先輩の言葉の意味が分からなかった。自責の念で電流ってどういうことだ?

 

「お、おい! ガラスの靴履いてんのかよ!」

 

「大丈夫。強化ガラスらしいから」

 

「アホか! あぶねえ!!」

 

 ポカンとしている俺の目の前では、一夏が悲鳴を上げながら鈴に追い回されて――

 

「あばばばばばばばッ!?」

 

 バリバリッ! というのっぴきならない音を立てて、俺の全身に電流が流れる。もはや痛いを通り越して、熱ささえ感じた。

 

「ああ! なんということでしょう。彼の忠誠心はそうまでも重いのか。しかし、私達には見守るしかできません。なんということでしょう」

 

「に、2回も言わなくていい……!」

 

 とにかく、一夏が危険な目に遭うと俺に電流が流されるということは分かった。

 

「ガッデムッ! あの鬼畜生徒会長め、楽しそうにしやがって……!」

 

 俺は悪態をつきながらカービンライフルの安全装置を外し、鈴――の足元に向けてトリガーを引く。

 

「!?」

 

 鈴は驚いたようにその場から飛び退き、俺はその隙を突いて一夏に駆け寄った。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「た、助かった……。サンキュ、ウィル……」

 

 フラフラの一夏を立たせてやっていると、ふと赤い光線が泳いでいるのを見つける。間違いない。これは……

 

「……Sweet…(こん……)mother shit!(チキショーめ!)

 

 これは――レーザーサイトの光だ。

 

「伏せろ!」

 

「のわぁっ!?」

 

 次の瞬間、一夏の頭上をライフル弾が通過した。

 

「(クソッタレめ! スナイパーライフルということは、セシリアだな!)」

 

 銃口にサプレッサーを装着しているらしく、発砲音とマズルフラッシュからの位置特定ができない。

 さらにセミオート式なのか、立て続けに一夏の王冠を狙って撃ち込んできていた。

 

「姿勢を低くしろ! 頭を上げたら色々ぶちまけることになるぞ!」

 

「し、し、死ぬ! 死んでしまう!」

 

 一夏の頭を押さえ込みながら、俺は身を低くして遮蔽物(しゃへいぶつ)へと駆け込む。……クソッ! こんなゴテゴテと装備を持たされた意味が分かったよ!

 

「……なんとか撒けたか?」

 

「っぽいな。何なんだよ、この劇は……」

 

「まったくだ。覚えてろよ、あの生徒会長め」

 

 セットに隠れていた俺達だったが、数秒後にセシリアの狙撃によって追い出される。

 ちなみにそんなこんなで主役の一夏と俺が隠れてばかりなので、こうしてたまに舞台に出るたび満員の観客席から拍手と声援が上がる。

 

「は、はは……どうも」

 

 一夏が律儀に挨拶をしていると、その隙を逃がさないとばかりにセシリアの狙撃が襲いかかってくる。

 しかも、一夏の護衛についている俺を邪魔に思っているようで、ついでとばかりに2~3発飛んできた。

 俺達はすぐさま走り出し、また近くの遮蔽物に飛び込む。

 

「そろ~っと……」

 

 パァンッ!

 

「うおぉっ!?」

 

 外の状況を確認しようとセットの角から顔を出した瞬間、その真隣が吹き飛んだ。

 

「あっぶねぇ……! あのスナイパーをどうにかしないとな。これじゃ俺達はカモだ」

 

「どうにかって、どうするつもりだ?」

 

「まあ見とけ。まずはセシリアの位置からだ」

 

 俺は1度ニヤッと笑ってから、背負っていたロケットランチャーを床に下ろす。

 そして、次に帽子を脱いでライフルの銃口に引っかけたあと、ソッと遮蔽物の外側へと(かか)げた。

 

 パスンッ!

 

 掲げた帽子にセシリアからの狙撃が命中する。吹っ飛び方から位置の特定もできた。

 恐らくセシリアが隠れているのは、俺達から見て右斜め前方にある塔。そこから狙撃するとなれば、最上階しかない。

 

「そこかぁ!!」

 

 すかさずロケットランチャーを発射。射出されたロケットはやや放物線を描いて塔の最上階に命中する。

 

 ズドォーンッ!!

 

 音と光だけのこけ(おど)しとはいえ、ロケット弾が飛んで来たのだからセシリアはさぞ驚いたことだろう。事実、俺達への狙撃はピタリと止んだ。

 

「イェス!!」

 

「り、鈴とかセシリアよりウィルの方がヤバい奴に見えてきた……」

 

 ガッツポーズを決めていると、一夏が若干震えるような声音で言ってくる。

 

「失礼な奴め。それより一夏、今のうちに移動するぞ」

 

「お、おう!」

 

 狙撃が止んだ隙を突いて、俺は一夏を連れて広大なステージを移動した。

 ――と、そこへ割って入ってくるようにして別の影が現れる。

 

「逃がさん!」

 

 正体は日本刀を構えた箒だった。彼女も同じくシンデレラ・ドレスを纏っている。

 

「一難去ってまた一難ってか……!」

 

「ウィリアム! そこをどけ! 私は一夏に用があるのだ!」

 

「冗談じゃない! そんなことをしたら電流浴びちまうだろうが!」

 

「ならば仕方あるまい……。斬る!」

 

「うおわっ!? 一夏、逃げろ!」

 

 俺は日本刀(一応、刃は潰してあるようだ)の攻撃を紙一重でかわしながら叫ぶ。

 

「そんな……! ウィルを置いてなんて行けねえよ――」

 

「一夏、伏せて!」

 

「!?」

 

 突然、一夏の前に現れたのはシンデレラ・ドレス姿のシャルロットだった。

 その手に持つ対弾シールドからはキンッ、カンッ、と弾丸を弾く鋭利な音が鳴っている。……まずい。どうやら態勢を立て直したセシリアが狙撃を再開したらしい。

 

「(シャルロットは味方のようだな。なら、ここはひとまず一夏のことを任せるべきだろうか)」

 

 そんなことを思考しながら体を仰け反らせて箒の逆袈裟斬りを回避する俺だったが、ここで最強にして最悪の脅威と出くわすハメになった。

 

「――甘いな」

 

「な、なにぃ!?」

 

 なんと銀髪のシンデレラが真横からすばやく飛びかかってきたのだ。

 

「そこまでだウィル。大人しくしろ」

 

「お前の狙いは俺かよ……!」

 

 銀髪のシンデレラことラウラが手に持つのは、二刀流のタクティカル・ナイフ。クソッ、戦うお姫様(近接格闘仕様)とかマジかよ。

 そのドレス姿は思わず見惚れてしまいそうなほど似合っているが、生憎と状況が状況なのでそんな余裕は無い。

 

「……一夏、お前はこのまま止まらずにシャルロットと行け。どうにもラウラが逃がしてくれそうにない」

 

「一夏、ウィルもそう言ってるし早く」

 

「くっ……! 分かった。絶対に生き残れよ!」

 

「おう。あとで落ち合おうぜ」

 

「あっ! ま、待てっ!」

 

 走り去る一夏とシャルロット、そしてそれを追いかける箒の3人に少しの間視線を送ってから、俺はラウラへと向き直った。

 

「話は済んだか?」

 

「ああ。今終わったよ」

 

「では……」

 

「(来るかっ……!?)」

 

 俺は神経を集中させて構えのポーズを取る。

 

「――お前の持つ鍵を渡してもらおうか」

 

「えっ? か、鍵? 鍵ってこれのことか? まあ、別にやってもいいけど」

 

 正直、特殊部隊の隊長を務めるラウラとやり合うなんてゴメンだし、こんな鍵1つで平和的に解決できるのなら惜しくもない。

 そう思ってホルダーからぶら下がる鍵に手をかけた俺を、楯無先輩のアナウンスが遮った。

 

「王子様にとって国とは全て。その重要機密が隠された王冠を失うと、自責の念によって電流が流れます」

 

 ぎゃああああっ!? っと、どこか遠くの方から一夏の悲鳴と電流が流れる音が聞こえてくる。

 

「………………」

 

 なんとなく嫌な予感がして視線をアリーナ中継室にやると、楯無先輩がニッコリ笑顔でサムズアップしていた。……これは俺が鍵を渡した場合も同じ目に遭うってことだな。オーケー、理解した。

 

「あー、スマン。やっぱり鍵の件は無しにしてくれ」

 

「そうか。――なら、奪い取るまでだ!」

 

「あ、あぶねえ!!」

 

 容赦なく振り下ろされたナイフを間一髪で回避した俺は、そのままゴロゴロと転がって距離を取る。

 

「(銃身の短いカービンでも、さっきみたいに肉薄されたら役に立たんな……)」

 

 そう悟った俺はライフルからマガジンを取り外し、薬室内の弾も除いて床に置く。そして、最後にホルスターからナイフを抜いて構えた。

 

「全力でいかせてもらうぞ」

 

 俺に電流を浴びて喜ぶような趣味は無い!

 

「面白い……来い!」

 

 観客席から響く歓声と拍手を受けながら、現役軍人同士のナイフ・ファイトが始まった。

 

 ▽

 

「ふっ……!」

 

 小さく無駄の無い動きでウィリアムの斬撃をかわしたラウラは、そのお返しとばかりに強烈な蹴りを繰り出す。

 長年(つちか)われてきたCQC(近接格闘)と自身の小柄な体格を駆使して、確実にウィリアムを翻弄(ほんろう)していた。

 

「(何が何でも手に入れてみせる……!)」

 

 女子組にだけ教えられた秘密の景品。それは『一夏の王冠もしくはウィリアムの鍵をゲットした子に、同室同居の権利を与える』というものだった。

 最初こそキョトンとしていた一同だったが、『生徒会長権限で可能にするわ』という楯無の言葉を聞いて、全員が(ふる)い立った。

 

「(ウィルと同じ部屋、ウィルと同棲(どうせい)……)」

 

 思わずニヘッと緩んだ笑みをこぼしそうになったラウラは、慌てて表情を引き締め直す。

 

「(見たところ、ウィルの息も上がってきているな。そろそろか)」

 

 どこかに決定的な隙は無いものかと、ウィリアムを観察するラウラ。

 ホルダーの切断。そこからのダッシュで、彼女は鍵を獲得するつもりでいた。

 

「(この絶好のチャンスをみすみす取り逃がすほど、私は愚かではないぞ!)」

 

 シンデレラ・ドレスをなびかせながら、ラウラの攻撃はさらに苛烈(かれつ)さを増していく。

 

「はああああっ!」

 

「なっ……!? このっ!」

 

 ガギンッ! と金属音を響かせて、ラウラとウィリアムのナイフがつばぜり合った。

 

 ▽

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。これは、なかなかキツいな……」

 

 ナイフ・ファイトが始まってどれくらい経ったのかは分からないが、俺の体力は限界へと近づいていた。

 ラウラのやつ、なんでドレス姿であんな機敏(きびん)に動けるんだよ……。

 

「よく耐えた方だ。だが、これで決めさせてもらう!」

 

「――ッ!? しまった……!」

 

 また肉薄してくるラウラになけなしの体力で応戦するが、瞬く間に(ふところ)へと潜り込まれる。

 そして、そのナイフの切っ先がホルダーのベルトに引っかかる――が、切れ込みを作るだけで鍵が落ちることはなかった。

 

「浅かったかっ……!」

 

 心底悔しそうに呟くラウラ。この鍵が何になるのかは知らんが、余程欲しかったらしい。……って、うん? なんだ、この地響きは……?

 

「さあ! ただいまからフリーエントリー組の参加です! みなさん、頑張ってください!」

 

「…………ジーザス……」

 

 地響きの正体はザッと見ても数十人以上のシンデレラだった。しかも、現在進行形でどんどん増えていっており、向こうでは一夏が追い詰められている。

 

「ホーキンスくん、大人しくしなさい!」

 

「そいつを……寄越せぇぇぇ!」

 

「その鍵で私は……私を……!」

 

 おい、最後の女子。君はいつからヴィルコラク隊の隊長になったんだ? ていうか、この鍵でいったい何をするつもりだよ。

 

「これが観客参加型演劇か……!」

 

 とにもかくにも捕まったら鍵を奪われて、俺は『ジョーズ』の人食い(ざめ)みたく電流地獄まっしぐらだ。ここは逃げ一択でいかせてもらおう。

 

「っ!? スモークグレネードか! 待て、ウィル!」

 

「悪いが電撃バーベキューにされるのはゴメンでなぁ!」

 

 俺はその場に煙幕を展開し、ラウラの制止の声も振り切ってセットの隙間から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

「ったく、酷い目に遭ったな……」

 

 なんとか脱出に成功した俺は、特に目的もなくアリーナの通路をさまよっていた。

 

「(あの生徒会長め。あいつらに何を吹き込んだんだ? おかげで演劇じゃなくてサバイバルをするハメになったじゃないか)」

 

 ブツクサと、心の中で楯無先輩への文句を垂れ流しながら歩く俺は、ふと何の因果か更衣室の方へと向かっていたことに気づく。

 ――と、その時だった。

 

 バラララララララッ! ドンッ! ガギンッ!

 

 明らかにアリーナの歓声などとは違う音。学園祭が開かれている今日に限っては絶対に起こるはずのない『異音』が、通路の先から聞こえてきた。

 俺はその足を無意識のうちに加速させていき、最後には猛ダッシュになりながら音の発生源――更衣室へと向かう。

 

 バキッ!! ガシャァンッ!!

 

「(やっぱりここからか!)」

 

 壁1枚を(へだ)てた向こう側から聞こえる『異音』は、確実に誰かと誰かが争っている真っ最中だということを物語っていた。

 

「(いったい誰が……クソッ、こんな時になんでドアにロックがかかってるんだ!?)」

 

 更衣室に繋がるドアは赤いランプを点灯させたまま、うんともすんとも言わない。

 

「があああああっ!!」

 

「一夏の声!? こいつはまずいぞ……!」

 

 激痛に苦しむかのような一夏の絶叫を聞いた俺は、ISスーツごと【バスター・イーグル】を緊急展開。

 それから両主翼に40ミリ オートキャノン『ブラック・マンバ』と8連装無誘導ロケット『ハイドラ』をそれぞれ呼び出し、その全てを更衣室の壁に向ける。

 

「もし説教されることになったらその時は一緒に怒られてくれよ、相棒!」

 

 そして、行く手を(はば)む分厚い壁を文字通りに粉砕して、そこに開いた大穴から室内に突入した。

 

「一夏! 大丈夫か!?」

 

「ウィル……ゲホッ。なんで、ここに……?」

 

「ああ? んだよ、人が楽しんでるところに水差しやがってよぉ」

 

 壁を抜けた先で俺が目にしたのは、ISも無いままロッカーに叩きつけられた一夏と、企業『みつるぎ』のセールスウーマンこと巻紙 礼子(まきがみ れいこ)の姿だった。

 



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47話 組織からの刺客

「……何があった?」

 

 巻紙 礼子……もとい、目の前の女から視線を離さず、倒れた一夏を抱き起こす。……(くちびる)の裂傷に打撲痕が数ヶ所……かなり派手にやられてるな。

 

「うっ……。すまねぇ、ウィル。あいつ、俺のISを寄越せって言っていきなり……」

 

「襲ってきたのか。それじゃあ、お前の【白式】は――」

 

「オトモダチの大事なISならここにあるぜぇ」

 

 話に割り込んでくる女。俺達に見せびらかすかのように揺らすその手中には、菱形(ひしがた)のクリスタルが輝いていた。

 

「操縦者以外がISを解除することはできないはずだが、どうやって奪った?」

 

「はっ、これだからモノを知らねえガキは困る。この『剥離剤(リムーバー)』っつう装置を使ったんだよ! ISを強制解除できるっつー秘密兵器だぜ?」

 

 機嫌良さそうに女は大きさ40センチほどの装置を取り出し、ペラペラと話し出す。喋るたびに長い舌が飛び出す様は、まるで蛇のようにも見えた。

 

「いちいち取り付けるのがめんどくせぇ代物だが、そこのガキはわざわざ自分から近づいて来てくれてよぉ。仕事が楽で助かったぜ」

 

 女は醜悪な笑みを浮かべて言葉を続ける。それはもう愉快そうに、痛快そうに口元を歪めながら。

 

「なにせ、第2回モンド・グロッソでテメェを拉致(らち)ったのはウチの組織だっつっただけで顔真っ赤にして突っ込んで来たんだからよぉ! で、このザマだ! まったく笑えるぜ! なあ? ギャハハハハ!」

 

 こいつにとっては余程面白おかしかったのだろう。女は腹を抱えて下卑(げひ)た笑い声を上げる。

 一方の一夏は悔しそうに拳を握りしめながら、それを睨みつけていた。……冷静さを欠いたところで、あの剥離剤とやらを取り付けられたのか……。

 

「ご説明どうも。それで、あんたはいったいどこの誰なんだ?」

 

「あぁ? 私か? 企業の人間になりすました謎の美女だよ。おら、嬉しいか」

 

 そう告げる女に、俺は「はんっ!」と鼻で嗤って返してやる。

 

「謎の美女だ? なかなかジョークセンスがあるじゃないか。次はなんだ? 悪の組織です、なんてふざけた台詞でも出てくるのか?」

 

「ふざけてねえっつの! ガキが! 秘密結社『亡国機業(ぼうこくきぎょう)』が1人、サベージ様って言ったら分かるかぁ!?」

 

 サベージ……『野蛮・残忍』という意味だったか? コードネームだとは思うが、確かにこの女にはよく似合いそうな名前だ。

 

「分かった分かった。亡国機業のサベージね。つまりはテロリストみたいなもんだろ」

 

「チッ、ガキが。……まあいい。本当はテメェらどっちかのISをパクるだけでよかったんだが、ついでだ。その(いか)ついISも貰って行ってやるよ」

 

 そう言ってサベージは背中から伸びる8つの装甲脚を向けてくる。クモの脚のような見た目をしたそれは、黄色と黒という禍々しい配色で、先端は鋭利な刃物のようになっていた。

 

「それで『はい、分かりました』って素直に渡すと思ってるのか? 顔洗って出直してこい、アホ」

 

 今、俺の頭の中では沸々と血が沸き立っているところだった。なんとかそれを言葉に乗せて小出しにしているが、次から次へと際限なく怒りが込み上げてくる。

 こういうクズどもは、人の大切なものを平気なツラして奪って行きやがる……!

 

「……テメェ、さっきから大人に対する礼儀ってもんがなってねえんじゃねえか? あぁ!?」

 

「礼儀ねぇ……」

 

 こんな奴を相手にいちいち応酬(おうしゅう)している俺ってガキだよなぁ……と、頭の中では分かっているものの、しかし言葉は口を()いて出てしまう。

 

(すご)むしか能のない自称美人の性悪(しょうわる)クソビッチ相手に、いったいどんな礼儀を払えばいいんだ?

 

 ブチンッ! と何かが切れる音がした直後、装甲脚の先端が割れるように開き、銃口を見せる。

 

「ッ!! 死に腐れこのクソガキぃ!!」

 

 額に血管を浮かばせたサベージが叫び、8つの銃口が一斉に火を噴いた。

 

「おっと!」

 

 エンジン出力を一気に最大まで引き上げ、それと同時にロール操作で垂直飛行モードの機体を傾かせる。

 メインとサブ、合計にして4つの排気ノズルから高温・高圧の燃焼ガスを吐き出す俺と【バスター・イーグル】は、そのまま右方向に向かって緊急回避を行う。

 

「なんだ、もう怒ったのか?」

 

 ロッカーの陰から飛び出した俺は、サベージに対して『ブッシュマスター』を撃ち放つ。ここはロッカーが並ぶ更衣室だ。ハードポイントに固定された兵器よりも、腕ごと動かせる機銃の方が即応が利く。

 

「カルシウムが足りてないようだな。牛乳かチーズでも摂れよ。ちなみに俺のオススメは小魚だ」

 

 30ミリ機銃から放たれる徹甲榴弾(てっこうりゅうだん)が何発か命中し、それがさらに装甲内部で炸裂したことによってダメージを与える。

 慌ててその場から飛び退いたサベージは、口角から泡を飛ばしながら吠えた。

 

「ぅるせえッ!!」

 

 サベージはIS――検索結果【アラクネ】――のPICによる細やかな操作で俺の攻撃を避けて、同時に実弾射撃を行ってくる。――が、相当頭に血が昇っているのか、その照準には微妙なブレが見えた。

 

「くらえ!」

 

 8門による一斉射撃。確実に頭部を狙っているそれを、俺は一気に下降してかわす。

 

「おしかったな。もう少し下だ。どうした? 深呼吸して息を整えろよ、サベージ」

 

「黙りやがれ!」

 

 こういう(やから)は自尊心の塊みたいなものだ。だから、少し(あお)ってやればすぐ取り乱す。

 

「クソッタレが! デカイ図体のくせにちょこまか飛び回りやがって!」

 

 迫りくる8門の実弾射撃。その弾雨をロッカーからロッカーへと移りながら、それらを盾や目眩ましにしてサベージの死角を取る。

 それと同時進行でオートキャノン『ブラック・マンバ』の照準を合わせて、発射ボタンを押した。

 

「(いただきだ!)」

 

「甘ぇ!」

 

 サベージは滑るような動きで40ミリ弾をかわし、両手に構築したマシンガンを応射してくる。

 

「――!!」

 

 ギリギリ当りはしなかったものの、数発が機体をかすめていった。

 今のは危なかった。装甲の薄い【イーグル】にとっては機銃弾のたった1発でも痛い。

 

「チッ! 外したか!」

 

 大きく舌打ちしてから右手のマシンガンを捨てたサベージは、新たに黒い筒状の装備を構築して向けてきた。

 

「なら、こいつはどうだぁ!?」

 

 ――マジかよあの女。携行式地対空ミサイルまで用意してやがった!

 

「おら、燃えちまえ! ガキぃ!」

 

 サベージがランチャーのトリガーを引き、ロケットモーターに火を点したミサイルが俺に向かって飛んでくる。

 

「(レーダーロック警報は無し……熱源誘導か!)」

 

 そう判断してからの動きは脳よりも体の方が早かった。俺は反射運動のようにフレアをバラ撒き、機体自体にも回避機動を取らせる。

 ――舐めるなよ。こっちだって伊達に戦場の空を飛んでたわけじゃないんだよ。

 フレアに騙されて本来の目標を見失ったミサイルは、しばらく迷走してから自爆した。

 

「1発4万ドルがパアだ。次はもう少し相手を引き付けてから撃つんだな。じゃないと金の無駄だぜ?」

 

「く、クソガキが、この私をコケにしやがって……! テメェだけは楽に死なせねえからなぁ!!」

 

 目を血走らせたサベージが、巻き舌で怒鳴り散らす。

 

「あら、随分と楽しそうなことしてるわね。私も()ぜてもらえる?」

 

 場にそぐわぬ楽しげな声。見ると、ドアの前に楯無先輩が立っていた。その手にはいつもと同じく扇子が握られている。

 

「テメェ、どうやって入った? 今ここは全システムをロックしてんだぞ。……まあいい、見られたからにはお前から殺す!」

 

「楯無さん!!」

 

「早く逃げてください!!」

 

 身を(ひるがえ)し、楯無先輩に襲いかかるサベージ。その8本の装甲脚が一点に集中して突き出される。

 

「私はこの学園の生徒達、その(おさ)。故に、そのように振る舞うのよ」

 

「はぁ? 何言ってやがんだ、テメェ!」

 

 刹那、サベージの装甲脚が楯無先輩の全身を貫いた。

 

 ▽

 

「楯無さん!! 楯無さんを……よくも、テメェ!!」

 

「貴様、無事で済むと思うなよ……!!」

 

「………………」

 

 装甲脚に貫かれた楯無は、しかし余裕の表情を崩さない。よく見ると、【アラクネ】の脚が貫いている箇所からは、1滴の血も流れていない。

 

「なんだ、テメェ……? 手応えがないだと……?」

 

「うふふ」

 

 ニコリと楯無が微笑む。そして、次の瞬間にはその姿が崩壊した。

 パシャッと音を立てて、楯無の姿をしていたモノが拡散する。

 

「!? こいつは……水か!?」

 

「ご名答。水で作った偽物よ」

 

 そのたっぷりと余裕を感じさせる声は、サベージの真後ろから聞こえた。

 ギクリとして振り向くサベージを、楯無はランスでなぎ払う。

 

「あら、浅かったわ。そのIS、なかなかの機動性を持っているのね」

 

「なんなんだよ、テメェはよぉ!」

 

「更識 楯無。そして、IS【ミステリアス・レイディ】よ。覚えておいてね」

 

 楯無はニコリと微笑む。そして、身に纏ったISはウィリアムと一夏が今まで見てきたどの機体にも似ていなかった。

 アーマーは面積が全体的に狭く、小さい。

 だが、それをカバーするように無色透明の液状のフィールドが形成されており、一見すると水のドレスのようだった。

 そんな独特の外観を持つ【ミステリアス・レイディ】の中でもひときわ目を引くのが左右一対の状態で浮いているクリスタルのようなパーツである。

 アクア・クリスタルと呼ばれるそこからも同じく水のヴェールが展開され、大きなマントのように楯無を包み込んでいる。

 そして手に持った大型のランスの表面にも水の螺旋(らせん)が流れて、まるでドリルのように回転を始めた。

 

「ケッ! 今ここで殺してやらぁ!」

 

「うふふ。なんていう悪役発言かしら。これじゃあ私が勝つのは必然ね」

 

 そう言って楯無はランスによる攻防一体の攻撃を開始する。

 8本の脚に加えて2本の腕で攻撃を繰り出してくるサベージとIS【アラクネ】に対し、1つしかないランスでそれらを全て(しの)ぎきる。

 

「クソッ! ガキが、調子づくなぁ!」

 

 腰部装甲から2本のカタールを抜いたサベージは、自らの腕を近接戦闘に、背中の装甲脚を射撃モードに切り替えて応戦する。

 

「そんな雑な攻撃じゃ、水は破れないわ」

 

 嵐のような実弾射撃を、水のヴェールで全て受け止めて無効化する。

 弾丸はヴェールに入った瞬間に勢いを失い、水に捕らえられて止まっていた。

 

「ただの水じゃねえなぁっ!?」

 

「あら、鋭い。この水はISのエネルギーを伝達するナノマシンによって制御しているの。すごいでしょ?」

 

 喋りながらも、その手は止まらない。

 サベージの巧みなカタール二刀流の攻撃を、ランスで受け止めては逸らし、必要に応じて脚までも使って完全に攻撃を封殺していた。

 

「なんなんだよ、テメェは!?」

 

「2回も自己紹介しないわよ、面倒だから」

 

「うるせえ!」

 

 自分の攻撃が完封されていることで、サベージはさらに苛立ちを(つの)らせていく。

 そんな反応も楯無にとってはどこ吹く風で、涼しげな表情で、しかし的確に相手の攻撃を潰していった。

 

「ところで知ってる? この学園の生徒会長というのは、最強の称号だということを」

 

「んなもん知るかぁ!」

 

 左手のカタールを投擲(とうてき)し、同時に一気に距離を詰めるべく跳ぶサベージ。

 楯無がカタールを弾いた瞬間に、そのランスを下から蹴り上げた。

 

「あらら」

 

「くらえやぁ!」

 

 4本を射撃モード、残り4本を格闘モードにしてサベージの猛攻が始まる。

 

「うーん。これはさすがに重いわねぇ」

 

「ヒャハハハ! その減らず口がいつまで続くか見物(みもの)だなぁ! 最強だと? 笑わせんじゃねえ! テメェもそこのガキどもも、たっぷり痛め付けてから殺してやるよぉ!」

 

 サベージの言葉通り、手数の多さに楯無は次第に押され始める。

 水の装甲で守られているとはいえ、時折その攻撃がIS本体にも届き始めていた。

 

「た、楯無さん!」

 

「一夏くんは休んでなさいな。君は君の望みを強く願ってなさい」

 

「先輩、援護します! その場から離脱できますか!?」

 

「ありがとう、ウィリアムくん。でも大丈夫よ。ここはおねーさんにお任せ」

 

 ニコッと、安心感を持たせる笑みを2人に向けながら、楯無はさらに言葉を続ける。

 

「それに、今こっちに近づくと逆にちょっと危ないんだよねぇ」

 

「ふん、ガキが! 余裕ぶるんじゃねえよ!」

 

 ついに鉄壁のガードを崩したサベージが、装甲脚で楯無を弾き飛ばす。

 それと同時にエネルギー・ワイヤーで構成された網を放出し、楯無の自由を奪った。

 

「はぁ……はぁ……。手こずらせやがって……ガキがっ!」

 

「うーん、動けなくなっちゃった」

 

「今度こそもらったぜ……」

 

 ジャキン! と8本の装甲脚を構えて、ゆっくりと楯無に近づいていく。

 しかし、楯無はというと焦った様子も怯えた姿もない。

 

「ねえ、この部屋暑くない?」

 

「あぁ?」

 

「温度ってわけじゃなくてね、人間の体感温度が」

 

「何言ってやがる……?」

 

「不快指数っていうのは、湿度に依存するのよ。――ねえ、この部屋って湿度が高くない(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「!?」

 

 ギクリとしたサベージが見たのは部屋一面に漂う霧。しかも、自分の体にまとわりつく、異様に濃い霧だった。

 

「そう、その顔が見たかったの。己の失策を理解した、その顔をね」

 

 ニッコリと、女神のように微笑む楯無。しかし、その表情には死神の鎌と呼ぶべき、必殺の意図が含まれている。

 

「【ミステリアス・レイディ】……霧の淑女(しゅくじょ)を意味するこの機体はね、水を自在に操るのよ。さっきも言ったように、エネルギーを伝達するナノマシンによって、ね」

 

「し、しまっ――」

 

「遅いわ」

 

 パチンッ、と楯無が指を鳴らす。次の瞬間、サベージの体を覆っていた霧が一斉に爆ぜ、その全身を爆炎が包み込んだ。

 

「あはっ。何も露出趣味や嫌味でベラベラと自分の能力を明かしているわけじゃないのよ? はっきりこう言わないと、驚いた顔が見られないもの」

 

 ISから伝達されたエネルギーを霧を構成するナノマシンが一斉に熱に転換し、対象を爆破する能力『清き熱情(クリア・パッション)』。

 限定空間でしか効果的な使用ができないとはいえ、全ての行動と同時進行に準備を行えるこの技は、実戦において非常に高い有用性を誇る。

 

「ぐっ……がはっ……。ま、だ……まだだ!」

 

「いいえ、もう終わりよ。――ね、2人とも?」

 

 サベージは猛烈に嫌な予感がして、後ろを振り向く。そこで見たのは、『ブッシュマスター』の砲口を向けるウィリアムと――

 

「……来い、【白式】!」

 

 確かに奪い取ったはずのISを、今まさに展開しようとする一夏の姿だった。

 

 ▽

 

「来い、【白式】!」

 

 右腕を掴み、ギュッと(まぶた)を閉じる一夏。それは、いつもIS展開に集中するために行っているお決まりのポーズだった。

 

「(しかし、コアを奪われた状態でどうやって……?)」

 

 そんなことを考える俺だったが、直後に目を疑うような出来事が起きる。

 なんと、一夏の右手の中に【白式】のコアが構築――いや、召還されたのだ。

 

「【白式】、緊急展開! 『雪片弐型』最大出力!」

 

 コアは光の粒子へと変わり、一夏の全身を包んでいく。

 そして、その手に呼び出した『雪片弐型』を深く握りしめ、一夏はカッと目を見開いた。

 

「お前……何をしたんだ……!?」

 

「分かんねえ。楯無さんに『強く願え』って言われて、俺はただそうしただけだ」

 

 それはつまり、【白式】が一夏の願いに応えたということなのだろうか? ……いや、きっとそうなのだろう。もし俺が同じように願ったら、お前も応えてくれるか? なあ、相棒。

 

「さて、お前さんの剣と鎧は返ってきたわけだが、――行けるか?」

 

「ああ。行ける!」

 

「よし。じゃあ、あのクソッタレにありったけを叩き込んでやるぞ!」

 

「おう!」

 

 完全な展開状態になった【白式】と意識を同調させた一夏は、サベージに向かって突撃する。

 その後ろでは、『ブッシュマスター』のレティクルをサベージに合わせた俺が待機。一夏の零落白夜が決まったあと、続けて30ミリ弾を雨あられと降らせてやる算段だ。

 

「て、テメェ! いったいどうやって――」

 

「知るか! くらえ!」

 

「ぐぅぅぅっ!!」

 

 サベージは8本の装甲脚を集中させて身を守るが、それでも一夏は止まることなく、力押しで切り裂いた。

 

「ウィル!」

 

「あいよ!」

 

「な……」

 

 破片と化した装甲脚の隙間から見えるサベージに『ブッシュマスター』のレティクルを合わせる。……せいぜい後悔しやがれ、クソテロリスト。

 

「よう、サベージ。今日は災難だな」

 

 ヴオオオオオオオオオオッ!!

 

「ぐがががががががっ!?」

 

 放たれた30ミリ弾は、火花を散らしながら【アラクネ】の装甲をズタズタに破壊していく。加えて相殺できなかった衝撃が連続して体を襲い、サベージは苦悶の表情を浮かべた。

 

「「っらぁ!!」」

 

「ごふぅっ!!」

 

 機体重量1.9トン+推力全開の俺の回し蹴りと、瞬時加速付きのスラスター・フルブーストを乗せた一夏の蹴りが同時に決まり、サベージは壁に吹き飛ばされる。相当な威力だったようで、その衝撃で壁の一部が崩れ、部屋にもう1つ穴が開いた。

 

「ッ! 一夏くん、ウィリアムくん! その女を拘束して!」

 

「了解!」

「は、はい!」

 

「く、クソ……ここまでか……!」

 

 プシュッ! と圧縮空気の音を響かせて、サベージのISが本体から分離する。

 

「うおっ!? まずい……!!」

 

「何!?」

 

「2人とも!」

 

 光を放ち始めたそれは、数秒後に大爆発を起こした。

 ……俺は――俺と一夏は、巻き込まれる寸前のところで、楯無先輩の体に覆われた。

 

「大丈夫? 一夏くん、ウィリアムくん」

 

 最大展開した水のヴェールが俺達を包んで守っていた。いくらISの絶対防御があるとしても、あの距離で自爆に巻き込まれたら無傷では済まないだろう。

 

「ふぅ……なんとか。ありがとうございます」

 

「え、ええ、まぁ……。あ! あの女は!?」

 

「逃げられたわ。ISのコアも、恐らく自爆直前に取り出しているわね。装備と装甲だけを爆発させたみたい。まったく無茶をするわ。失敗すれば自分だって危なかったでしょうに」

 

 普段の雰囲気とは変わって真剣な口調で話す楯無先輩は、妙に格好良く見えた。

 

「ですね。……ところで、楯無先輩」

 

「あの……えっと、そろそろ……」

 

「ん?」

 

「もう離してもらっても大丈夫ですよ」

「は、離してもらえると嬉しいんですが……」

 

 俺と一夏をかばった楯無先輩は、爆発を背中で受けるように覆い被さってきた。

 つまるところ、その……胸が思い切り当たっているわけで…………一夏の顔に(・・・・・)

 俺? そりゃあもちろん、機体が全身装甲(フルスキン)のおかげで固い感触しかしないぞ?

 

「やん。2人のエッチ」

 

「ち、ち、違いますよ! これは、その、緊急事態だったからで……」

 

「先輩、自分のISは全身装甲なので正確には触ってないです」

 

「あー、言い訳なんて男らしくないなぁ。おねーさんのおっぱい、どうだった?」

 

「「……………」」

 

「だんまりは酷いなぁ」

 

「え、いや、その……柔らかかったかです……けど……」

 

 ちくしょう! 一夏め! なんて(うらや)ま――ゲフンゲフン! けしからん奴だ!

 

「一夏くん」

 

「は、はい」

 

「エッチ」

 

「……………」

 

 言い返す気力が失せたのか、一夏はガクッとうなだれる。

 

「それで、ウィリアムくんのご感想は?」

 

 いや、だから。俺のISは全身装甲だから触れないんだって。これでどう答えろって言うんだ? ――あっ、そうだ。

 

「安心して身を任せられる、確かな頑強さがありました」

 

「えぇー、それって私のおっぱいが装甲板みたいだったって言いたいわけー? おねーさんちょっとショックぅ」

 

「はぁ……」

 

 何とでも言ってくれ。無駄な弁解をするような体力は残ってないんだ。

 今日は色々あり過ぎて、もうクタクタである。

 取り敢えずメシ食ってシャワー浴びて寝たい。そんな気分だった。

 

「ところで、これなーんだ?」

 

 そう言って楯無先輩は指でクルリと『それ』を回してもてあそぶ。

 

「……? 王冠ですけど」

 

「シンデレラの時のやつですよね?」

 

「うん、そう。これをゲットした人が一夏くんと同じ部屋で暮らせるっていう、素敵アイテム。実はウィリアムくんの鍵も同じ条件なんだよね」

 

「はぁ!? ……ま、まさか、それであんなに女子が必死に!?」

 

「なっ!? 追い回される理由はそれだったのか!」

 

「うん」

 

「……何考えているんですか……。大体、俺と暮らしても楽しいわけないでしょう」

 

「一夏はともかく、自分と一緒じゃ狭苦しい思いをするだけだと思いますよ……」

 

「そうかなー。ま、なんにしても、王冠をゲットしたのは、わ・た・し」

 

 本能的に嫌な予感を察知したのか、一夏が顔を引きつらせる。が、時すでに遅し。

 

「当分の間、よろしくね。一夏くん♪」

 

 拒否権は無いと悟ったのか、一夏はもうどうにでもなれとばかりに背中から倒れた。

 これからしばらく、こいつにとってはハードな毎日となることだろう。まっ、俺はこれからも2人部屋の独占を満喫させてもらうがな!

 

 

 

「それにしても、派手にやったわねぇ」

 

「「?」」

 

 楯無先輩の視線につられて俺と一夏も首を巡らせる。俺達の目の前には、大惨事という言葉がピッタリ当てはまるような光景が広がっていた。

 

「あー……」

 

「これは確かに……」

 

 壁には大小2つの穴と、無数に開いた弾痕(だんこん)。ロッカーはそのほとんどが使い物にならなくなり、天井も数ヶ所ほど陥没している。

 極めつけは床を縦横(じゅうおう)に走る焦げ(あと)だが、これは恐らく【イーグル】のエンジンノズルから出た排気ガスを浴びて溶けたのだろう。

 

「ここまで滅茶苦茶だと、もう建て直した方が早いんじゃないかしら」

 

「撃って、斬って、爆破してと、散々暴れ回りましたからね……」

 

「修理費がいくらになるか、聞くのも恐ろしいな……」

 

 しかしまあ、室内でIS戦闘を繰り広げたのだから、仕方ないと言えば仕方ないだろう。一応、原型を留めているだけまだマシな方――

 

 バキンッ! プシュゥゥゥゥッ!

 

「「「あっ」」」

 

 手洗器の方から突然音がしたかと思うと、破裂した水道管から噴水の如く水が噴き出していた。……うわぁ。

 

「…………始末書だけ、あとで出しましょうね」

 

「「……はい」」

 

 苦笑いする楯無先輩に言われて、勝利の余韻はたちまち霧散してしまうのであった。

 

 



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48話 ようこそ生徒会へ!

「(クソッ! クソッ、クソッ!)」

 

 サベージはIS学園の敷地を走りながら、頭の中で毒づいていた。

 

「(これが簡単な仕事だと!? ふざけやがって、あのクソ科学者!)」

 

 そもそも、今日の潜入にしたって予定外だったのだ。本来なら寮の部屋にいる時にウィリアム、一夏のどちらかを襲撃する予定だったが、楯無が不定期に部屋を訪ねるものだから大幅に修正せざるを得なくなった。

 

「(大体あの野郎は前々からずっと気に食わなかったんだっ……!)」

 

 いつもニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべた男を思い出す。自らの知識・技術をもって作り上げた兵器(芸術品)が他者を殺すことに快感を見いだしている、イカれた科学者。

 それは『剥離剤(リムーバー)』と今回の潜入計画を用意した張本人でもある。

 

「(何がリムーバーだ! あんな風に遠隔でコールできるなら、何の意味もねえだろーが!)」

 

 しかも、2回目のチャンスは無い。あの装置を1度でも使った以上、ISには耐性ができてしまう。

 つまり、少なくとも一夏のISは今後リムーバーによる奪取が不可能ということだった。

 

「(……! そうか!)」

 

 引き離す性質のリムーバーに対して、耐性ができる。それによって、遠隔でのコールが可能になったのだと気づく。

 あの男のことだ。それも知らずに計画を提案してくることなどあり得ないと、サベージは考えが至った。

 

「(ッざけやがって! 覚えてろよ、あのクソ科学者!)」

 

 走りながら、胸中に黒い感情を渦巻かせるサベージ。しかし、彼女にとってその男をどうやって痛めつけてやるかの話は後回しだった。

 今はそれ以上に憎悪を抱いている人物がいるからだ。

 

「(クソがっ! あのウザってぇシャークマウスが頭から離れねえ……!)」

 

 自分を散々翻弄(ほんろう)した挙げ句、計画失敗の発端を作った2人目の男性操縦者。

 

「(ウィリアム・ホーキンス……あのクソ鮫野郎! よくもこのサベージ様をコケにしてくれがったな! いつか絶対に殺してやる!)」

 

 忌々しさに奥歯を噛みしめていると、やっと自分がIS学園から離れた場所にある公園までたどり着いたことに気づく。

 

「(クソ……喉が渇いたぜ、どっかに水は……)」

 

 左右に視線を動かすと、公園の水飲み場が目についた。

 ひとまずそこで構わないと思い、サベージは早足で向かう。

 

「(ただ殺すだけじゃねえ! 徹底的になぶってからだ!)」

 

 蛇口を捻り、縦に水が吹き上がった。

 それを獣のように飛びついて飲みながら、ウィリアムを残忍に殺す光景を想像する。

 

「(生きたまま奴の臓物を引きずり出して、犬のエサにしてやるのもいいな……クヒヒッ)」

 

 ふと、それまで喉を潤していた水が止まっていることに気づく。

 

「(なんだ? 壊れてんのか……?)」

 

 そう思って蛇口を見ると、あり得ないことが起きていた。

 縦に伸びる水の飛沫。それが空中で遮られているのだ。

 

「なっ!?」

 

 バシャバシャと透明の板に弾かれているように暴れる水は、サベージの服を際限なく濡らしているが、そんなことはもう気にならなかった。

 

「(こいつは……まさかAIC!?)」

 

 すぐさま飛び退くようにその場を離れるが、着地しようとした足をAICによって固定されてしまう。

 そのまま慣性に従って、サベージは背中から倒れた。

 

「クソッ! ドイツのISだな!?」

 

「その通りだ、『亡国機業(ぼうこくきぎょう)』」

 

 ラウラの静かな声が響く。

 それはどこまでも続く氷河の如く冷たい威圧感を放っていた。

 

「動くな。すでに狙撃主が貴様の眉間に狙いを定めている」

 

「くっ……!」

 

「洗いざらい吐いてもらおうか。貴様らの組織について」

 

 長らく軍に勤めているラウラは、かねてからその秘密結社の情報をわずかに持っていた。

 そして今回の襲撃。そして、ISによる戦闘。それらのことから、組織が相当に巨大なものだと理解していた。

 

「お前のISはアメリカの第2世代だな。どこで手に入れた。言え」

 

「言うわけねーだろうが!」

 

 ISコアを製造する技術は一般的には公開されていない。加えてコアの個数には限りがあり、それら全てが各国家・IS関連企業へと割り振られている。

 それはつまり、どこかから奪ったものだということに他ならない。

 そして、国防に関する重大な過失であるがため、どの国も盗まれたことを(おおやけ)にはできない。

 ISの強奪を企て、それを実行するだけの組織力は、けして小さくないということだった。

 

「よかろう。私は尋問の心得も多少はある。長い付き合いになりそうだな」

 

 そう言ってラウラが接近しようとした瞬間、プライベート・チャネルからセシリアの声が響いた。

 

《離れて! 1機来ますわ!》

 

「何……?」

 

 ラウラがセンサー域を拡大した次の瞬間に、その右肩がレーザーで撃ち抜かれた。

 

「ぐうっ!?」

 

「――やったぁ! 命中! 50ポイント♪」

 

「(何者だっ……!?)」

 

 急ぎ、ラウラは左目の眼帯を外してハイパーセンサー補助システム『ヴォーダン・オージェ』を発動させる。

 しかし、続けて撃ち込んできた2発のレーザーを避けるので精一杯だった。

 

《ラウラさん! 下がって!》

 

 セシリアは即座に弾道から飛来位置を割り出し、高速接近する機体へと照準を向ける。

 

《そんな……まさか!?》

 

 ロングレンジ用ズームに映し出されたのは、セシリアが見たことのある機体だった。

 BT2号機【サイレント・ゼフィルス】。

 シールド・ビットを試験的に搭載した機体であり、その基礎データには1号機であるセシリアの【ブルー・ティアーズ】が使われている。

 

「何をしている!? セシリア、撃て!」

 

「くっ……!」

 

 セシリアはすぐさまレーザーライフルによる狙撃を試みるが、シールド・ビットを展開されて、有効打を与えられない。

 それならとビットを射出するが、それらは逆に狙撃によって墜とされた。

 

「(超高速機動下の精密射撃!? それも、こんな連射速度だなんて!)」

 

「~~♪ ……♪ ~~~♪♪」

 

 自らを上回る技量に驚愕するセシリア。しかも、のんきに鼻歌を口ずさむ敵機からは通常の攻撃ビットが飛来し、セシリアを超える同時6機制御で窮地に立たされた。

 

「それならっ!」

 

 ミサイル・ビットを自身の真下へと射出、空中で制御動作を取らせて死角から襲撃者へと向かわせる。

 必中を確信したセシリアだったが、次の瞬間信じられないことが起こった。

 

「なっ……!?」

 

 ビームが弧を描いて曲がり(・・・・・・・・・・・・)、ミサイル・ビットを撃ち落とした。

 

「(これはっ……BT兵器の高稼働時に可能な偏光制御射撃!? そんなこと――)」

 

 信じがたい光景を前に、セシリアは棒立ちになってしまう。

 

「(現在の操縦者ではわたくしがBT適性の最高値のはず。それが、どうして……!?)」

 

「1機もーらいっ」

 

「何をしている! 回避行動を取れ!」

 

「っ――!?」

 

 ラウラがセシリアを突き飛ばし、代わりにビットのレーザー射撃を浴びる。

【シュヴァルツェア・レーゲン】の装甲が飛散するのを見て、やっとセシリアは我に返るが、その頃には襲撃者がサベージの側まで移動していた。

 

「サベージ、迎えに来たよ~」

 

「おせぇぞゲイマー! 何してやがった!」

 

 飛来した襲撃者はラウラに小型レーザー・ガトリングを浴びせ、サベージへの再接近を許さない。

 それと同時にピンク色に発光するナイフでAICを切り裂き、サベージの自由を確保した。

 

「あなた弱~い。ドイツの遺伝子強化素体(アドヴァンスド)って聞いて楽しみにしてたんだけどなぁ~」

 

 その顔はバイザー型ハイパーセンサーに覆われていて、口元しか見えない。

 しかし、それがガッカリしたように唇を尖らせているのを、ラウラは確かに見たのだった。

 

「貴様……なぜそれを知っている」

 

「んー。もし私にコンボを決めることができたら教えてあげる。じゃ~ね~」

 

 サベージを掴み、そのまま飛来した方向へと離脱していく襲撃者。

 

「(あの女……ポイントだのコンボだの、戦闘をゲーム感覚で捉えているのか……?)」

 

 しばらくの間、ラウラとセシリアを足止めしていたビットは、用は済んだとばかりに自爆する。

 

「ラウラさん、すぐ学園に連絡を! わたくしは追跡します!」

 

「やめろ! もう追っても無駄だ。それに、追いついたところで今の我々では敗北は見えている」

 

「っ…………………」

 

 ギュゥッと悔しさに唇を噛みしめ、セシリアは敵が飛翔していった方向を睨む。

 一切の証拠を残すことなく、風のように去った謎の襲撃者。

 ラウラ、そしてセシリアも、いずれ訪れるであろう嵐の予感を感じ取っていた。

 

 ▽

 

「というわけなのよ」

 

「はぁ……」

 

「成程……」

 

 夜、一夏の寮部屋。

 学園祭が終わって、俺と一夏は楯無先輩から説明を受けていた。

 最近、妙な組織が動き始めていたこと、狙いが俺もしくは一夏だったこと、その予防線として俺達の部屋を頻繁(ひんぱん)に訪れていたこと。

 

「で……その楯無さんは何者なんですか?」

 

「あら、優しいおねーさんよ?」

 

「そういうのはいいですから」

 

「その組織の動向を察知していたんだ。とてもじゃないが一般人とは思えません」

 

「そうねぇ。更識家は昔からこの手の裏工作に関して強いのよ。暗部って分かる?」

 

 暗部……つまり、けして表に出ることはない、裏の実行部隊ってやつか。

 

「更識家は対暗部用暗部……お家柄ってやつね」

 

 あははと笑いながら扇子を開く楯無先輩。

 そこには『常在戦場』とかかれていた。……まったく、のっぴきならないな、この人は。

 

「しかし、これで当面の危機は去ったようだし、私も少しは気が休まるわ」

 

 とは言うものの、連中とはきっとまたどこかで相対することになるだろう。それがいつになるかは分からないが、俺にはそんな確信があった。

 ったく、随分と面倒な連中に目を付けられたもんだ。

 

「では、自分はそろそろ部屋に戻らせていただきます」

 

 話が一段落ついたところで、俺はそう言ってイスから立ち上がる。

 

「帰るのか?」

 

「おう。今日は1日通してハードだったからな。もうヘロヘロだ」

 

 ふぁ~っとあくび混じりに、一夏に答える俺。

 正直眠気もピークで、気を抜けば(まぶた)が勝手に下がってきそうなほどだ。

 それから「おやすみ」と短いやり取りをした俺は一夏の部屋を出て、ノロノロと自室へ戻った。

 

「(えーっと、鍵、鍵……あった)」

 

 ポケットから1031の番号が彫られた鍵を取り出し、ドアのロックを解除する。

 あと俺がするべきことと言えば、歯を磨いて、それからベッドにダイブして電気を消すだけ。部屋は独占状態だから、自由にのびの~びしながら夢の世界に旅立てる。

 

「(ふっふっふっ……。やっぱ1人暮らしは最高だな!)」

 

 そんなことを思いながら玄関を上がり、洗面所が設置された脱衣場へのドアを開けた次の瞬間――。

 

「なっ……!?」

 

「…………へ?」

 

 全裸の女子とバッタリ出くわした。……というか、その女子というのは、なんとラウラだった。

 今し方までシャワーを浴びていたのか、長い銀髪の先には拭き残したであろう水滴がついている。

 軍人として鍛えられていることを感じさせるが、しっかり女性的な丸みも主張している体。腰のくびれが実質的な大きさ以上に胸を強調しており、Aカップくらいのバストがサイズと関係なく妙に際立って見える。

 若々しく健康的な白い肌は、見る者の視線を奪ってしまうような美しさを秘めていた。

 

「あ……っと、その……」

 

 なぜラウラが俺の部屋でシャワーを浴びていたのか疑問だが、今はそれどころの騒ぎじゃない。

 女子の裸、全裸なのだ。俺は視線を逸らさなくてはいけないと頭では分かっていても目は釘付けになってしまっていた。

 

「…………………」

 

 驚愕の表情を浮かべるラウラ。きっと俺もとんでもない顔をして硬直していることだろう。

 

「う、ウィル……?」

 

「お、おう……」

 

「ッ~~~!!?」

 

 俺が返事をすると、ラウラはボッと顔を真っ赤にしながら手近にあったバスタオルで体を隠した。そりゃそうだ。シャワーから上がってすぐに異性がいたらそうなるだろう。

 しかし、なんだ。以前まで何食わぬ顔でベッドに潜り込んできていたラウラが、こうまで恥ずかしがるようになったとはなぁ。――などと現実逃避してる場合ではない。

 取り敢えず、

 

「えっと……失礼、しました……」

 

 静かに、そっと。

 脱衣場のドアを閉じてから、ふぅ~……と深く息を吐く。

 

「ぃよし! まずはココアでも飲んでおちちゅくとしよう」

 

 俺はそのまま簡易キッチンへと(きびす)を返す。

 

 ガチャッ! ガシィッ!

 

 だが閉じたはずのドアが再び開き、隙間から伸びたラウラの手が俺の肩をガッチリと掴んだ。

 

待て。どこへ行くつもりだ?

 

「き、キッチンでココアを飲もうと思って、ででででっ、なんだその握力!? 肩に指が刺さってる! あだだだだっ!」

 

 超速で着替えを済ませたであろう寝間着姿のラウラは、反射的に逃げようとする俺をグイィッと引っ張ってくる。

 

記憶置いてけ。おい。見たな? 見たんだろう? 見たよなぁ、ウィル

 

「ひぃ!? 妖怪記憶置いてけっ!?」

 

「誰が妖怪か!」

 

「お、落ち着けラウラ。見てない、俺はなーんにも見てないぞ!」

 

「ほう? あれだけ凝視しておいて見てないと言い張るか」

 

「ホントニ見テナイ! オレ、嘘ツカナイ!」

 

「……ウィル、好きなアルファベットを言ってみろ」

 

「Aカップ(・・・)……あっ」

 

 しまった、やらかした……!

 気づいた時にはもう遅く、ラウラの眼光はさらに鋭くなる。

 

「……Schuldig(有罪)

 

「ま、待て! 待ってくれ! 待っ――」

 

 ドイツ語で何やら不穏なことを呟いたラウラによって、俺は脱衣場へと引きずり込まれた。

 そのあと首筋に鈍い衝撃を感じて……――。

 

 ▽

 

 翌朝。いつも通りの時間に目を覚ました俺は、いつも通り顔を洗って歯を磨き、いつも通りモーニングコーヒーを淹れる。この一連の作業は早速毎朝のルーチンとなっていた。

 

「(それにしても、俺って昨日どうやってベッドに入ったんだ? 部屋に戻ってからの記憶がまったく無いんだが……)」

 

 それほどまでに疲れきっていたのだろうか? と、スプーンでカップの中をかき混ぜながら昨夜の出来事を思い返す。

 

「(なーんか滅茶苦茶(めちゃくちゃ)いいもの見たような気がするんだけどなぁ~)」

 

 不思議なことに、まるでその部分だけポッカリ穴が開いたように記憶が抜け落ちていた。……まあ、覚えてないことをウンウン唸っていても仕方ないか。

 俺はそう自分を納得させて、出来上がったコーヒーを片手にイスに腰かける。

 何度も言うが、やはり朝から飲むコーヒーは格別だ。眠気さっぱり、1日の始まりを実感する。

 

「ん……、眩しいな……。もう朝か……?」

 

「ああ。もう6時半を過ぎてるぞ――って、ちょっと待て」

 

 なんかナチュラルに会話していたが、この部屋には俺1人しかいないはずだ。では今の声はいったい誰のものなのだろうか?

 まさか……と思って、俺は声がした方角――手前側のベッド――に振り返る。

 

「やっぱりお前か! ラウラ!」

 

 振り返った先には、体を起こして眠そうに目を(こす)るラウラの姿があった。

 これに似たようなことが前にもあったが、今回はちゃんと寝間着を着ているようなので、そこはひとまず安心と言うべき……か?

 

「まーた勝手に忍び込んだな!?」

 

「まあ落ち着け、ウィル」

 

「これが落ち着いてられるか! 勝手に入るなとあれほど……」

 

「? ちゃんと許可は取っているぞ? 部屋の合鍵も渡されている」

 

「……なんだって?」

 

 許可って誰から取ったんだ? しかも合鍵まで渡されただと……?

 眉を寄せている俺を他所にラウラは床に置いてあったバッグから何かを取り出し、それを投げ渡してくる。

 

「そら」

 

「ん? これってシンデレラの時の鍵じゃないか」

 

 と、ここで昨日の楯無先輩の言葉が俺の脳裏を電流のように駆け抜けた。

 

 ――これをゲットした人が一夏くんと同じ部屋で暮らせるっていう、素敵アイテム。実はウィリアムくんの鍵も同じ条件なんだよね――

 

「……こいつをどこで拾った?」

 

「お前が煙幕を()いて逃げたあと、近くに落ちていたぞ。恐らく舞台セットの突起にでも引っかけたのだろう」

 

 したり顔で事の顛末を告げてくるラウラ。心なしか声も少し弾んでいるように聞こえる。

 

「(……や、やらかしたぁぁぁ……!!)」

 

「というわけで、だ。これからよろしく頼むぞ、ウィル(私の嫁)

 

 こうなってしまっては、もうどうしようもない。

 

「は、はは……よろしく……」

 

 (みずか)らの間抜けなミスによって、俺の2人部屋独占パラダイスはあっけなく幕を閉じたのだった。

 

「……お前もコーヒー飲むか?」

 

「いただこう」

 

 ▽

 

「みなさん、先日の学園祭ではお疲れ様でした。それではこれより、投票結果の発表を始めます」

 

 かくして、俺と一夏の争奪戦の結果発表である。

 体育館に集まっている全校生徒がツバを飲む音が聞こえた気がした。

 

「1位は、生徒会主催の観客参加型劇『シンデレラ』!」

 

「「「……へ?」」」

 

 ポカーンと開かれた全校生徒の口から間の抜けた声が漏れ、その数秒後に我に返った女子一同から盛大なブーイングが起きた。

 

「卑怯! ずるい! イカサマ!」

 

「なんで生徒会なのよ! おかしいわよ!」

 

「私達頑張ったのに!」

 

 そんな苦情をまぁまぁと手で制し、楯無先輩は言葉を続けた。

 

「劇の参加条件は『生徒会に投票すること』よ。でも、私達は別に参加を強制したわけではないのだから、立派に民意と言えるわね」

 

 うわっ、やることが汚ねぇ。グレーゾーンに片足突っ込んでるだろ、それ。

 俺は彼女の計画性の高さと手段の汚なさにただただ呆れた。

 しかし、楯無先輩の説明ではブーイングは収まらない。

 

「はい、落ち着いて。生徒会メンバーになった織斑 一夏くんとウィリアム・ホーキンスくんは、適宜(てきぎ)各部活動に派遣します。男子なので大会参加は無理ですが、マネージャーや庶務(しょむ)をやらせてあげてください。それらの申請書は、生徒会に提出するようにお願いします」

 

「……はい?」

「……なんだって?」

 

 そんなこと初耳の俺と一夏は揃って声を上げた。

 

「ま、まぁ、それなら……」

 

「し、仕方ないわね。納得してあげましょうか」

 

「ウチの部活勝ち目なかったし、これはタナボタね!」

 

 そんな声が周囲から聞こえる。

 そしてすぐさま、各部活動のアピール合戦が始まった。

 

「じゃあまずはサッカー部に来てもらわないと!」

 

「何言ってんのよ、ラクロス部の方が先なんだから!」

 

「料理部もいますよ~」

 

「はい! はいはい! 茶道部ここです!」

 

「剣道部は、まあ2番目に来てくれればいいですよ?」

 

「柔道部! 寝技、あるよ!」

 

 ――ちょ、ちょっと待て! 俺達はどうなるんだ!? 俺達の意志は!

 

「それでは、特に問題も無いようなので、織斑 一夏くん、ウィリアム・ホーキンスくん両名は生徒会へ所属、以後は私の指示に従ってもらいます」

 

 楯無先輩がそう締めると、生徒達からは拍手と口笛が沸き起こった。

 マジかよ……。俺と一夏は生徒会で? しかも各部活動に派遣?

 

「っていうか楯無さんの指示に従うとか!?」

 

「俺達はいったいどうなるんだ……!?」

 

 これからの学園生活、楯無先輩のオモチャにされないかが心配でしょうがない。まあ、どうせされるんだろうけど。

 あの人はどこまで本気なのか分からない。

 ただ分かっていることといえば、逆らっても無駄だということくらいだった。

 

 ▽

 

「織斑 一夏くん、ウィリアム・ホーキンスくん、生徒会副会長と補佐着任おめでとう!」

 

「おめでと~」

 

「おめでとう。これからよろしく」

 

 楯無先輩、のほほんさん、(うつほ)先輩。三者三様の言葉のあと、パパーンと盛大にクラッカーが鳴る。

 場所は生徒会室。ドンッと豪勢な机が窓を背に鎮座しているのが印象的だ。これはまさに権力者の象徴だな。

 

「……なぜこんなことに……。自分達を生徒会に置くメリットはなんです?」

 

「……ウィルに同じく……」

 

「あら、いい解決方法でしょう? 元は2人がどこの部活動にも入らないからいけないのよ。学園長からも、生徒会権限でどこかに入部させるようにって言われてね」

 

「おりむーとホーくんがどこかに入ればー、一部の人は諦めるだろうけど~」

 

「その他大勢の生徒が『ウチの部活に入れて』と言い出すのは必至でしょう。そのため、生徒会で今回の措置を取らせていただきました」

 

 3人の見事な連携はさすが幼馴染だということだろうか。

 俺も一夏も、これ以上の抵抗は無駄だと悟り、ガックリと肩を落とすしかなかった。

 

「俺とウィルの意志が無視されてる……」

 

「もう今さらだろ。……俺は腹をくくったぜ」

 

「あら、なぁに? こんな美少女3人もいるのに、ご不満?」

 

「そうだよ~。おりむーは美少女はべらかしてるんだよー。ホーくんはお尻に敷かれてるけどー」

 

「美少女かどうかは知りませんが、ここでの仕事はあなた達に有益な経験を生むことでしょう」

 

 取り敢えず、この中でまともなのは虚先輩だけのようだ。

 仕方なく、俺と一夏は虚先輩に今後の仕事内容などを訊いてみることにした。

 

「えーと……取り敢えず、放課後に毎日集合ですか?」

 

「当面はそうしてもらいますが、派遣先の部活動が決まり次第そちらに行ってください」

 

「わ、分かりました」

 

「了解です」

 

「ところで……1つ、いいですか?」

 

「? なんですか?」

 

 珍しく、歯切れの悪い口調で一夏に訊ねる虚先輩。

 それを不思議そうに眺めていると、さらに2回ほど言いにくそうにしながらやっと小声で口を開いた。

 

「学園祭の時にいたお友達は、何と言うお名前ですか?」

 

「え? あ、(だん)のことですか? 五反田 弾(ごたんだ だん)です。市立の高校に通ってますよ」

 

 ……ああ、マイクの隣で死人みたいな顔をしていた彼のことか。

 

「そ、そう……ですか。年は織斑くんと同じですね?」

 

「ええ、そりゃまあ」

 

「……2つも年下……」

 

「え?」

 

「なんでもありません。ありがとうございました」

 

 そう言って虚先輩は丁寧なお辞儀をする。その頬が心なしか赤く見えるのは気のせいではないだろう。

 ほほぉう、成程成程。つまり、そういうこと(・・・・・・)らしい。

 

「さぁ! 今日は生徒会メンバーが揃った記念と一夏くんの副会長就任、ウィリアムくんの補佐就任を祝ってケーキを焼いてきたから、みんなでいただきましょう」

 

「わ~。さんせ~」

 

「では、お茶を淹れましょう」

 

「ええ、お願い。本音ちゃんは取り皿をお願いね」

 

「はーーい」

 

 作業分担は基本らしく、3人は息の合った連携で着々と準備を進めていく。

 それから並べられたショートケーキは、スイーツ店に並んでいてもおかしくないほど美味しそうだった。

 

「それでは……乾杯!」

 

「かんぱーい~」

 

「乾杯」

 

「は、はは……乾杯。はぁ……」

 

「そう落ち込むなよ、一夏。この先なるようになるさ。乾杯」

 

 こうして、俺と一夏の生徒会所属が決まったのだった。

 

 ▽

 

 同時刻、アメリカ合衆国ティンダル空軍基地。

 

「中将、当基地から中東へ派遣していた飛行部隊が所属不明の勢力の襲撃に遭い、4機が撃墜される損害を被ったとの報告が」

 

「……死傷者は?」

 

「幸い、ベイルアウト後の着地で足を骨折したパイロットが1名出たのみで、死亡した者はいないそうです」

 

「うぅむ……」

 

 中将と呼ばれた男――デイゼル・ガトリングは苦虫を噛み潰したような表情で唸る。

 

「ご苦労。またぁ何かあれば随時報告してくれたまえぇ」

 

「イエッサー。失礼しました」

 

 ガチャ……バタンッ

 

 兵士が報告書を執務机に置いて退室して行ったあと、デイゼルは「ふぅ……」と溜め息をついて背もたれに体を沈めた。

 

「(まさか、また連中の活動が活発化を始めたのか……?)」

 

 連中というのは『亡国機業』のことだ。

 軍上層部の間で知らない者はいないほど彼らの頭を悩ませているその組織は、活動資金を得るため非合法な傭兵業にも手を出しているという話も聞く。

 中東で交戦したという所属不明の敵性勢力、それは間違いなく敵側に雇われた『亡国機業』の構成員だろう。デイゼルにはそんな確信があった。

 

「(奴らめ……何を企んでいる……?)」

 

 スッと目を細め、左頬骨から下唇にまで達した古い切り傷を人差し指でそっと撫で上げる。

 そこに、いつもトーマスに叱られているような雰囲気は微塵も見られない。

 

「(お前達の好きにはさせん。必ずや壊滅させてやる、首を洗って待っていろ……)」

 

 ブラインドが下ろされた窓の外側で、補填として派遣されたA‐10攻撃機が4機、爆音を上げながら離陸して行った。

 




 賛否が別れると思いますが、本作ではサイレント・ゼフィルスの操縦者は M ではく別のキャラクターを当てました。

『ゲイマー』……エースコンバット(インフィニティ)から登場(知っている人いるかなぁ……)。

  《ネクストチャレンジャーは誰?》


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49話 昼ドラ展開

「えっ!? 一夏の誕生日って今月なの!?」

 

「お、おう」

 

 寮での夕食、いつもの面々で食事を摂りながらの談笑を交えていると、突然シャルロットが大声を上げた。

 どうやら余程驚くようなことだったようで、彼女にしては珍しくイスを蹴倒さんばかりの反応まで見せている。

 

「い、いつ!?」

 

「9月の27日だよ。ちょっ、ちょっと落ち着けって」

 

「う、うん」

 

 そう言ってシャルロットはイスにかけ直す。

 

「に、日曜だよね!?」

 

 今度は立ちはしなかったものの、身を乗り出す。……今日のシャルロットはえらく食い気味だな。まあ、理由は分かるが。

 

「に、日曜だな」

 

「そっか……。うん、そうだよね。うん!」

 

 呟きながら頷くシャルロット。きっと一夏の誕生日が楽しみでしょうがないのだろう。

 そんなやり取りを眺めていると、一夏の隣でビーフシチューを食べていたセシリアが、パンを置いて口を開いた。

 

「一夏さん、そういうことはもっと早く教えてくださらないと困りますわ」

 

「え? お、おう。スマン」

 

 取り敢えず謝る一夏だが、たぶん何が理由で怒られたのかは分かっていなさそうだ。

 

「とにかく、27日の日曜日ですわね」

 

 セシリアは純白の革手帳を取り出すと、27日の欄にグリグリと二重丸を描く。セシリアにとって重要な日であることは間違いないだろう。

 

「それにしても、知っていたのなら教えてくださってもよかったのではなくて?」

 

「「う!」」

 

 セシリアに一瞥(いちべつ)されて、一夏のダブル幼馴染が固まる。

 ちなみにメニューはと言うと、箒がサンマ定食、鈴が麻婆(まーぼ)定食で、シャルロットがエビフライ定食。

 そして一夏はダシ巻き卵定食。IS学園の食事はどれも文句のつけどころがない絶品ばかりだ。

 

「べ、別に隠していたわけではない! 聞かれなかっただけだ」

 

「そ、そうよそうよ! 聞かれもしないのに喋るとかKYになるじゃない!」

 

 箒と鈴はそんなことを言いながら、パクパクと夕食を頬張った。

 

「(言い訳じみてるなぁ……)」

 

「そういえばウィルも今月が誕生日とか言ってなかったか?」

 

「ん? ああ、今月の3日がな。もう過ぎちまってるが」

 

 一夏に話しかけられた俺は、海鮮丼のドンブリを片手にそう答える。

 正確には俺が両親に拾われた日なのだが、出生日が分からないのでホーキンス家では9月3日が誕生日ということになっていた。

 

「お前はどうしてそういうことを黙っているのだ」

 

 シャルロットの隣、俺から見て真正面のラウラが季節のサラダパスタをフォークで刺しながら、少しムスッとした口調で告げる。

 

「いや、まあ、言ってどうこうって話でもなかったしな」

 

「はぁ。まったくお前という奴は……」

 

 なんでそこで呆れるんだよ。俺の誕生日この日なんだぜ! とか言って回っても痛い奴としか思われないだろ?

 

「とにかく、一夏さん。9月27日は予定を空けておいてくださいな」

 

「ああ、うん。一応、中学の時の友達が祝ってくれるから俺の家に集まる予定なんだが、みんなも来るか?」

 

「「「「もちろん!」」」」

 

 箒、鈴、セシリア、シャルロットの声がきれいにハモる。これも一夏ラヴァーズの結束力あってのものか。

 

「ウィルもどうだ? 誕生日は過ぎてるけど、せっかく同じ月なんだしみんなで祝い直そうぜ」

 

「その誘いは嬉しいが、いいのか?」

 

「当たり前じゃねえか」

 

「そうか。じゃ、俺もご一緒させてもらおうかな。ラウラはどうする?」

 

「無論、私も参加しよう」

 

「ってことはここにいる全員出席だな。ちなみに何時からだ?」

 

「えーっと、4時くらいかな。ほら、当日ってあれがあるだろ?」

 

「ああ……あれか。『キャノンボール・ファスト』だったか?」

 

 俺と一夏の言葉に、全員が「そういえば」という顔をする。

 ISの高速バトルレース『キャノンボール・ファスト』。本来なら国際大会として行われる競技だが、IS学園があるここでは少し状況が違う。

 市の特別イベントとして催されるそれに、学園の生徒達が参加することになる。

 と言っても専用機持ちが圧倒的に有利なため、一般生徒が参加する訓練機部門と専用機持ち限定の専用機部門とに別れているのだが。

 学園外でのIS実習となるこのイベントでは、市のISアリーナを使用する。臨海地区に作られたそれはとにかくデカイそうで、2万人以上を収容できるらしい。

 前にどこかのアイドルがコンサートを開いたが満員にすることはできず、それ以降ライブなどの使用申請はないとのこと。……まあ、本来はISのためだけのアリーナだしなぁ。

 

「そういえば明日からキャノンボール・ファストのための高機動調整を始めるんだったよな? あれって具体的には何をするんだ?」

 

「ふむ。基本的には高機動パッケージのインストールだが、お前とウィルのISにはそれが無いだろう」

 

 ラウラがプチトマトを頬張りながら告げる。

 

「その場合は駆動エネルギーの分配調整とか、各スラスターの出力調整とかかなぁ」

 

 エビフライをかじったシャルロットが、言葉を続けた。

 

「ふうん。たしか高機動パッケージっていうと、セシリアの【ブルー・ティアーズ】にはあるんだったよな?」

 

「ええ! わたくし、セシリア・オルコットの駆る【ブルー・ティアーズ】には、主に高機動戦闘を主眼に捉えたパッケージ『ストライク・ガンナー』が搭載されていますわ!」

 

 ふふんと誇らしげにその腕で胸を押さえるセシリア。腰に当てた手もバッチリ決まっていて、相変わらずモデルのようだ。

 しかし、そんな様子が俺には何となく空元気を使っているようにも見えた。

 最近のセシリアはというと、放課後1人で黙々と訓練を続けている。

 詳しくは聞いていないが、どうやら学園祭の時に敵を逃したのが原因らしい。

 その辺りは一緒にいたラウラに訊いても教えてくれず、織斑先生からは原則質問禁止を言い渡されているので当事者以外には内容の一切が不明のままだ。

 

「(亡国機業、か……)」

 

 またの名を『ファントム・タスク』と呼ばれるその一団は、古くは50年以上前から活動しているらしい。不確かな情報だが、第2次大戦中に生まれた組織だとも。

 ラウラの話では、思想を持たず、民族にも還らず、信仰も無く、ただ(おのれ)の利益のために動く組織らしい。

 しかも尻尾切りと隠蔽(いんぺい)工作が上手く、構成員を逮捕できたとしても組織の情報はほとんど入って来ないそうだ。

 現在分かっているのは、組織は大きく分けて運営方針を決める幹部会と、実働部隊の2つということ。

 そして近年、急速に戦力を拡大しようと企んでいること。ゆえにISの強奪を計画したのだろう。

 

「(しかし、何なんだ奴らは……)」

 

 先日の一件で使用された『リムーバー』は“存在しない兵器”――つまり、国家最高重要機密の1つだと聞いた。『どこか』で開発されたそれを奪い、使用する謎の組織。

 

「(……今ここで考え込んでも仕方ないか)」

 

 少なくとも――今はまだ。

 そう思った俺は、話題のキャノンボール・ファストに意識を戻す。

 

「それだとセシリアが有利だよなぁ。今度超音速機動について教えてくれよ」

 

「……申し訳ありません。それはまた今度。ウィリアムさんとラウラさんにお願いしてくださいな」

 

 ニコッと微笑むセシリアだったが、その顔が一瞬曇ったのを俺は見逃さなかった。

 今は自分の訓練に時間を使わなくてはいけない。――そう、物語っている顔だった。

 それを一夏も察したらしく、特に食い下がることもなく引き下がる。

 

「そっか。分かった。じゃあウィル、ラウラ、教えてくれ」

 

「おう。俺でよければ付き合ってやるよ」

 

「ついでだ。最近あの女にばかりかまかけているウィルも一緒にミッチリしごいてやろう」

 

「待て待て。なんで俺までしごかれることになってるんだ?」

 

 ちなみにあの女というのは生徒会長・更識 楯無先輩のことだ。

 念のため、もう少しの間は一夏の部屋で同棲――という名の警護をするらしい楯無先輩は、相変わらずハードな放課後訓練を俺と一夏に叩き込んでくれている。

 おかけで以前よりはかなりマトモになったが、それでもまだ乗り越えるべき課題点は多い。

 

「つうか、有利だって言うならアンタも同じでしょうが。【白式】のスペック、機動力だけなら高機動型にも引けを取らないわよ」

 

 ま、それを言うなら【紅椿】もだけどね。と付け加える鈴。

 相変わらずISのことに関して詳しい。一夏の話では中学の時はそんなところは一切見せなかったらしいので、帰国してから猛勉強したのだろう。

 

「つうかさあ、ウチの国なにやってんだか。結局【甲龍】用高機動パッケージ間に合わないし。シャルロットのところは?」

 

「【リヴァイヴ】は第2世代で元々これ以上の開発はないから、増設ブースターで対応するよ。まあ、元々速度関係は増設しやすいようになってるしね。『疾風(ラファール)』の名前は伊達じゃないって感じかな」

 

 シャルロットの愛機、【リヴァイヴ】の正式名称は『疾風の最誕(ラファール・リヴァイヴ)』。

 ――成程、確かにその名の通りだ。

 

「ふーん。あ、ウィルんとこはどうすんの? アンタのISも第2世代でしょ?」

 

「【イーグル】は最高速度こそトップだが、加速力が今ひとつでなぁ。デカイエンジンを2発、背負い式で増設することになってる」

 

 俺のISもシャルロットと同じく第2世代。新装備の開発はされておらず、どれも既存品の改良・流用ばかりだ。

 まあ、第3世代の開発が主流の現在では仕方のないことだろうがな。……悪口のつもりじゃないからな? 気を悪くしないでくれよ、相棒。

 

「うわ、なんかすごい脳筋」

 

「まったくもって同感だ」

 

「アンタ自身が認めるのね……」

 

 だって【バスター・イーグル】の開発スタッフ達だし。ISにジェットエンジン2つもポン付けするようなところだし。

 

「それでラウラのところは? 第3世代だからなんかあるんじゃないの?」

 

「姉妹機である【シュヴァルツェア・ツヴァイク】の高機動パッケージを調整して使うことになるだろうな。装備自体はあっちの方が本国にいる分、開発も進んでいる」

 

 ISの専門的な会話となると、さすがにみんな真剣な顔をしている。

 

「【シュヴァルツェア・レーゲン】の姉妹機か。搭載兵装がどんなのか少し気になるな」

 

「嫁とはいえ、それは教えられんな」

 

「国家重要機密」

「国家重要機密……だから、だろ? もちろん教えてくれなんて言わないさ」

 

「よく分かっているじゃないか」

 

 ツヴァイク――ドイツ語で『枝』の意味を指す。ラウラの『(レーゲン)』と対を成す存在というから、恐らくAICを搭載した全距離対応型のISなのだろう。

 

「ふん。いい面構えだな、少尉」

 

 ニヤリ、俺を眺めて口端をつり上げるラウラ。

 

「お褒めいただき恐悦至極(きょうえつしごく)であります、少佐殿」

 

 ビシリと敬礼しながら、ラウラのジョークに同じくジョークで返す。

 するとさっきまで楯無先輩のことでやや不機嫌顔だったラウラは、楽しそうに――けれど、冷徹さを感じさせる瞳で笑んだ。

 ドイツの冷氷、ラウラ・ボーデヴィッヒ。涼しげな瞳はツララのように鋭く、だが綺麗に澄んでいる。

 

「そうだな、久しぶりに全力演習を行うか。明日の放課後、16:00(ヒトロクマルマル)より第2アリーナで準実戦訓練を行う。いいな」

 

「オーケーだ。言っておくが、今回は引き分けじゃなく『勝ち』をもらうからな」

 

「ふふん。それはどうかな? 私も明日は新式装備の性能を披露してやろう」

 

 そう言ってクルリとラウラはフォークを回す。

 その先端にはサラダパスタのマカロニが、ちょうど空洞を通る形で刺さっていた。

 それを見て一夏が口を開く。

 

「身のある訓練を期待しよう。マカ――」

 

「「マカロニだけに」」

 

「……とか言うつもりでしょ」

「……なんて言わないよね?」

 

 鈴とシャルロットにダブルで先読みされて、一夏はバツが悪そうに目を逸らした。

 

「はっはっはっ、そんな馬鹿な」

 

「一夏、お前……」

 

 箒の白い目が一夏の心にダイレクトアタックを仕掛ける。

 

「お前さん、今のが本気でウケると思ってたのか……?」

 

「ち、違う! 違うんだ、ウィル! 勝手に思いつくんだ! 俺は悪くない!」

 

 いや、そんな必死に否定されてもなぁ……。

 

「まー、どっかのバカはさておき。一夏、アンタ生徒会の貸し出しまだなわけ?」

 

「ん? なんか今は抽選と調整してるって聞いたぞ。なあ、ウィル?」

 

「ああ。俺達はその調整が終わったあと、各部活動に派遣されるそうだ」

 

「ふーん……」

 

 なんでもなさそうにそう言って、鈴はラー油が大量に乗った麻婆豆腐をパクリと頬張る。

 

「ああ、そう言えばみんな部活動に入ったんだって?」

 

「俺もつい先日そんな話を聞いたな。どうなんだ?」

 

 これから部活派遣とかで会うかもしれないし、せっかくの機会だ。一夏の話に便乗して確認させてもらうとしよう。

 

「私は最初から剣道部だ」

 

 と言ったのは箒だが、実は幽霊部員らしい。……まあ、最近はよく部活動に顔をだしているそうだが。顧問(こもん)か部長に突っつかれでもしたか?

 

「鈴は?」

 

「ら、ラクロスよ」

 

「へぇ! ラクロスか! 確かに似合いそうだな!」

 

 うん? ラクロスが『似合う』? ラクロスってたしか棒を振り回す……あっ。

 

「ま、まあね。あたしってば入部早々期待のルーキーなわけよ。参っちゃうわね」

 

 こ、これは……口が裂けても本音は言えんな。言ったら間違いなく殴られる。

 

「で、シャルは?」

 

「えっ、僕!?」

 

「うん。何部に入ったんだ?」

 

「え、えっと、その……」

 

「?」

 

 言いにくいことなのか、シャルロットはモジモジと指をもてあそぶ。

 時折一夏の顔を(うかが)うような上目遣いで見つめるが、視線を返されるとまた俯いてしまう。

 

「そ、その……料理部」

 

「料理部! おお、学園祭の時に一緒に回ったとこだよな!」

 

「わあっ、一夏っ! シ~! シ~!」

 

 慌てた様子のシャルロットが『言わないでよ!』というジェスチャーをする。……ほう、シャルロットは一夏と一緒に料理部を回ったのか。

 なぜか後ろのテーブルでガタタッと立ち上がる音が聞こえたような気がしたんだが……何かあったのか?

 

「へぇ、そっか、料理部かぁ」

 

「う、うん。日本の料理も覚えたくて」

 

「成程なー。なんか作れるようになったらぜひ1度食べさせてくれ」

 

「う、うん! もちろんだよ!」

 

 そう言って力強く頷くシャルロット。さっき『声が大きいよ!』というジェスチャーをしていた人物とは思えないほど、その声は大きかった。

 

「それで、セシリアは?」

 

「わたくしは英国が生んだスポーツ、テニス部ですわ」

 

「へえ。もしかしてイギリスにいた時からやってたとか?」

 

「その通りですわ。一夏さん、よろしければ今度ご一緒にいかがですか?」

 

「んー、俺テニスやったことないんだよなぁ」

 

「で、でしたら!」

 

 さっきまでの俯き加減はどこへやら、セシリアは優雅に腕を組んで言葉を続ける。

 

「わ、わたくしが直接教えてさしあげてもよろしいですわよ? と、特別に」

 

「おお、それはいいな。じゃあいつか頼む」

 

「ええ!」

 

 ニッコリと自然な表情で微笑むセシリアを見て、一夏も俺も少し安心する。

 本当にここ最近のセシリアは自閉の様子があったのだが、こんな風に笑えるならひとまずは大丈夫だろう。

 

「ちなみに私は茶道部だ」

 

 そう言ったのはラウラで、ちょうどパスタを食べ終えたところらしい。

 

「茶道部か。ラウラ、本当に日本文化好きだよなぁ」

 

「ああ。学園祭の時も俺と一緒に行ったしな。……ん? そう言えば、茶道部の顧問って――」

 

「教官……いや、織斑先生だな」

 

 そうだそうだ、確かに前に聞いた覚えがある。

 ファンの生徒が一斉に殺到して、正座の2時間耐久テストでふるい(・・・)にかけたんだとか。

 それにしても、あの人が茶道部とはなんとも不思議な組み合わせだな。俺はてっきり運動部の顧問だとばかり。

 

「ラウラは正座平気だったのか?」

 

「無論だ」

 

「お~、スゲェな。俺じゃ2時間なんてとても耐えられないぞ……」

 

「鍛え方が足りんのだ。あの程度の(しび)れなど、拷問に比べれば容易(たやす)いだろう」

 

 いやいや、そんなもんと比べるなよ。ていうか拷問って、いったいどんな仕打ち受けるんだよ……。

 

「しかし、ラウラの着物姿かぁ」

 

「わ、私が着物を着たらおかしいか?」

 

「まさか。きっと似合ってるだろうなってな。今度見せてくれよ」

 

「な、なに? そ、そうか……。いいだろう……機会があれば、な」

 

 ラウラが着物を着るとなると、やっぱりその長い髪を()うんだろうか。それともストレートのままか? どちらにせよ、よく似合いそうだ。

 

「い、1着ぐらいは持っていてもいいかもしれんな……。今度買うとしよう……」

 

「ん? わざわざ別で新しく買うのか?」

 

「気にするな。今後、使う機会がないとも言えないことだしな」

 

「そうか。……あっ、そういえば着物といったらあれだよな。たしかハツ・モーデって言ったか?」

 

「ウィル、それを言うなら初詣(はつもうで)な」

 

 笑いながら訂正してくる一夏。うーむ、やはり他国の言語や文化を完全に頭に叩き込むのは難しい。

 

「そう、それだ。初詣に着物を着て行ったらよく()えるんじゃないか? ……あー、でもあれってたしか年末年始の行事だったよな? さすがにその期間は国に帰るか」

 

「う、ウィルはどうするのだ?」

 

「俺か? 俺は冬休みに1度国へ帰るつもりだが、たぶん年末までには日本に戻ってると思うぞ」

 

「そうか。では私も日本にいるとしよう。……お前がいることだしな……

 

 ラウラの最後の呟きだけは上手く聞き取れなかったが、どうも年末年始は日本にいるらしい。

 

「おっ、それなら初詣はみんなで一緒に行こうぜ。せっかくだから除夜(じょや)の鐘からな」

 

「そいつは名案だ。1度、除夜の鐘ってのを(なま)で聞いてみたかったんだよ。アメリカじゃ聞けないからな」

 

 一夏の提案に俺は即賛同する。人数が多いとそれだけで楽しくなりそうだ。

 

「あ、でもみんなはどうするんだ? 年末年始。やっぱり帰国するのか?」

 

「僕は残るよ」

 

 そう言ったのはシャルロットだった。さすがラウラと仲が良いだけのことはある。もちろんそれだけではなく、一夏がいることも大きな理由だろう。

 

「で、でしたらわたくしも!」

 

「まあ、帰国しても面白いことないしね」

 

 セシリア、鈴と続く。

 

「箒は神社の手伝いするのか? 夏休みもしてたよな。また終わったら一緒に――」

 

「ば、馬鹿者!」

 

 ベシッ! と、箒が一夏にチョップをくらわせる。

 

「いてえ! な、なんだよ!?」

 

「う、う、うるさい! 軽々しく言うな!」

 

「「「『また』?」」」

 

 聞き返したのは、鈴にセシリアにシャルロット。箒以外の一夏ラヴァーズ全員だった。夏休みに何があったのかは知らんが、こりゃ一悶着ありそうだ。

 

「一夏ぁ! 夏休みに何してたのか言いなさいよ!」

 

「一夏さん! 箒さんと隠れてそのような――見損ないましたわ!」

 

「い、一夏? またってどういうこと……?」

 

 ガタタッと音を立てて3人が立ち上がる。

 

「わあっ! 待て待て! 別に何もやましいことは……なあ、箒! なあ!?」

 

「……なぜそこまで否定する……」

 

「え?」

 

 バシンッ! と頭をはたかれる一夏。

 

「ふん!」

 

 ちょうど食事も終わっていたらしく、箒はトレーを持って立ち上がると不機嫌そうな顔をして去って行ってしまった。

 

「…………。じ、じゃあ、俺も食べ終わったし、部屋に――ぶべっ!」

 

 立ち上がったところを鈴に掴まれ、一夏は無理矢理イスに座らされる。

 いてーな! と反発するよりも早く、3人が詰め寄った。

 

「一夏! 夏休みに何があったのよ!」

 

「説明を要求しますわ!」

 

「ずるいよ、一夏。贔屓(ひいき)だよ」

 

「う、ウィルーー! 助けてくれーーっ!」

 

 必死の形相で俺に助けを求めてくる一夏。できればそうしてやりたいところだが、俺の本能はこう告げていた。

 ――下手に首を突っ込むとお前も巻き添えをくらうことになるぞ、と。

 

「ふぅ、ごちそうさんっと。それじゃあ俺は部屋に戻らせてもらうぞ」

 

「私も帰らせてもらう。ではな」

 

 イスから立ち上がった俺とラウラは早々にトレーを返却口に返して、食堂をあとにするのだった。

 

「ま、待て! 待ってくれ、ウィル! お、俺達ズッ友だろ? なあ! 置いてかないでくれ! ギャアァァァ!!」

 

 

 

 

 

 

「一夏のやつ、大丈夫だろうか……?」

 

 3人から詰問(きつもん)攻撃を受けて青い顔をしていた友人の顔を思い出しながら、俺は自室に帰り着いた。

 ちなみにラウラは帰路の途中で山田先生に呼ばれたので、この場にはいない。なんでもISパッケージの件でドイツ本国から連絡があったんだとか。

 

 ガチャッ

 

「おかえりなさーい。あ、お邪魔してるわよ。よっと! あ、ヤバっ!」

 

「楯無先輩……」

 

 部屋に入って早々目についたのは、ベッドに寝転がって俺の据え置きゲーム機で遊ぶ楯無先輩の姿だった。……ていうか、部屋の鍵はしっかりかけていたはずなんだが。

 

「………………」

 

「どうしたの? あ、もしかしてパンツ覗こうとしてる?」

 

「そんなわけないでしょう。変なこと言わないでください」

 

「ふーん。見えた?」

 

「……………」

 

「問題です。楯無おねーさんの下着の色は?」

 

「それ以上言うようでしたら部屋から(つま)み出しますよ?」

 

「あは。冗談よ、冗談。だからそんな怖い顔しないで」

 

 ったく、この人は……。

 どうやら一夏だけじゃ飽き足らず、俺のことも茶化したいらしい。

 

「それで? 何の用があってこの部屋に?」

 

「うん、今日はちょっとお話があってね」

 

「話?」

 

「そ。ちょっと真面目なお話。例の組織についてね」

 

 例の組織――となると、思い当たるのは1つしかない。亡国機業のことだろう。

 俺は、気を引き締めて楯無先輩の言葉に耳を傾ける。

 

「非公式な情報だけど、先刻アメリカ空軍の航空輸送部隊が襲撃を受けたらしいわ。狙いは輸送中の『何か』だったようだけど、詳しいことまでは分からない。でも、それがもし兵器の(たぐ)いだったとしたら……」

 

「自分達に対して使用される可能性も十分あり得る、ということですか?」

 

「ええ。だからウィリアムくんも気をつけて」

 

 もちろん自分のISを奪われないようにもね、と楯無先輩は付け加える。

 

「了解です。もしまた来るようであれば、その時は盛大に歓迎してやりますよ」

 

「よろしい。男の子はそうでなくちゃね」

 

 そう言って楽しそうに笑う楯無先輩。しかし次の瞬間、その笑顔が意地の悪い含み笑いへと変わった。

 

「ところでウィリアムくん」

 

「?」

 

「後ろ、放っておいていいの?」

 

「後ろ? 後ろがどうか――」

 

 ゾワリ……

 

「――!?」

 

 突然の悪寒。虫の知らせ。

 とてつもなく嫌な予感がした俺は、背中を伝う冷たい何かを感じながら、ギギギッとぎこちない動きで後ろを振り返る。

 

「ほう……。私という夫がいるにもかかわらず、その女を部屋に連れ込んで逢い引き(あ び )か」

 

 向けた視線の先――玄関口には、恐ろしい無表情をしたラウラが立っていた。

 なんでいきなり牛と豚のミンチ肉(あいびき)の話が出てくるのかは分からないが、何か盛大な誤解をされているような気がする。

 

「ウィリアム・ホーキンス少尉。貴様には本件について報告の義務がある。全て偽りなく話せ」

 

 出た! 階級付きのフルネーム呼び! この呼び方をする時は大抵ラウラが怒っている時だ。

 

「い、イエス・ミスッ。小官(しょうかん)はここにいる楯無先輩と普通に会話をしていただけでありますっ」

 

「続けろ。それで?」

 

「それでって……。な、なあ、ラウラ。もしかしなくても怒ってる、よな……?」

 

「私か? ああ、そうだな。鋭いじゃないか」

 

 ゆらり、ゆらり……とこちらに歩いてくるラウラ。はっきり言って滅茶苦茶(めちゃくちゃ)怖い。例えるならば、そう。全米(ぜんべい)が泣くレベルだ。

 あぁ……! 爆炎を背にして立つ黒ウサギが見える! なぜだ! お前はなぜそんなに怒っているんだ! ホワイ、ジャーマニーピーポー!!

 

「じゃあ私はそろそろ帰るわね。お邪魔しました~」

 

 はあ!? 事態をややこしくするだけして離脱かよ! 冗談じゃないぞ、戻ってこいコラ!

 しかし、無情にも楯無先輩はさっさと部屋を出て行ってしまった。

 

「……………」

 

「……………」

 

 俺とラウラの間に沈黙が横たわる。

 よ、よし! ピンチをチャンスに変えるんだ! ここで何か無難な話題を降って空気の流れを変えることができれば……!

 

「そ、それにしても今晩の天気は最悪だなぁ! こりゃひと雨くるかもしれないぞ! なあ、ラウラ!」

 

 少し声が上擦ってしまったが、完璧だ。これは確実に決まったな。あとはラウラからの返答を待つだけ――

 

「外を見てみろ。星が出ているぞ」

 

「 」

 

 ヤッバ……これ俺も『星』にされるやつだ。

 

「くだらん話題降りで話を逸らそうとでも思ったか?」

 

「ち、ちがっ、その、そういうつもりじゃ……」

 

 はい、大当たりです。余裕でバレました。

 

「どうやら貴様には一度体に教え込まないといかんようだな」

 

「ひ、ひぃぃっ……!?」

 

 ▽

 

「酷い目にあった……」

 

 鈴、セシリア、シャルロットの3人から解放された一夏は、這々(ほうほう)(てい)で寮の廊下を歩いていた。

 

 ドタドタドタッ……!

 

「(なんかやけに騒がしいな。ウィルの部屋か?)」

 

 やっとの思いで自室前までたどり着いたところで、まるで誰かが駆け回るような物音に気づいて首を巡らせる。

 ――と、次の瞬間だった。

 

「うおぉぉぉっ!?」

 

 ウィリアムの部屋のドアが勢い良く開き、中からその部屋の主が叫びながら出てくる。

 

「(あいつ何やって……あ、こけた)」

 

 足をもつれさせて、ズベシャッ! と前のめり倒れるウィリアム。

 

「いつつっ……」

 

 なんとか立ち上がろうとするが、それよりも早く部屋から出てきたラウラに足首を掴まれた。

 

「どこへ行く。話はまだ終わっていないぞ」

 

「ちょっ、タンマタンマ! 暴力反対! ノーバイオレンス!」

 

 必死にもがくが、しかしそんな抵抗も(むな)しくズルズルと引っ張られて行く。

 目の前の状況についていけない一夏がそれを眺めていると、偶然にも引きずられている最中のウィリアムと目が合った。

 

「一夏? 一夏じゃないか! ちょうどよかった! た、助けてくれ!」

 

「む? 一夏か。今は取り込み中だ。急用でないなら話は明日にしろ」

 

「あ、ああ。うん。どうぞごゆっくり……?」

 

「 」

 

「ということだ。行くぞ、ウィル」

 

「ひぃっ!? い、一夏! 一夏ぁ!! ヘルプミィィ!! ノォォォォォォ!!」

 

 ギィィィ……バタン……

 

 まるでホラー映画のワンシーンのように、ウィリアムは室内へと消えて行くのであった。

 

「アーーーーーッッ!!」

 

 ……

 ………

 …………

 

 キツい仕置きを受けたウィリアムは完全にノビてしまっている。これにもし効果音をつけるとすれば『チーン……』だ。

 介抱としてベッドには運んだが、この様子だと朝まで目覚めることはないだろう。

 

「……少しやりすぎたか……?」

 

 寝間着に着替えたラウラはベッドに腰かけ、ウィリアムの顔を覗き込む。

 本当は、ウィリアムがやましいことなどしていないと分かっていた。……分かっていたはずなのに、つい溢れ出た嫉妬心を抑えることができなかった。

 以前のラウラだったなら、きっとそんなこと考えすらせず無視を決め込んでいたことだろう。

 IS学園に来て初めて会った時、ウィリアムに対するラウラの感想は『目障りな奴』。ただそれだけだった。

 

「………………」

 

 ふと学年別トーナメント戦での出来事を考えて、ラウラの表情が真面目なものにと変わる。

 

綺麗(きれい)な目だな』

 

 ――あの日、生まれて初めてそんなことを言われた。

 適合手術に失敗したことから出来損ないと馬鹿にされ、(みずか)らでさえ(うと)んでいたこの左目。かつて優秀だった自分は地の底へと真っ逆さまに落ちていき、そして徐々に居場所はなくなっていった。

 いつしか自分の存在意義は『最強』であることだと固く信じ、ただそれだけに固執するようになってしまっていた。

 それ以外のことなど、どうでもいいとさえ思っていた。

 それなのに――

 

「(お前は、本当に私の気持ちを煽るのが上手いな)」

 

 ――心を揺り動かされてしまったのだ。目の前で眠るこの男に。

 だがウィリアムときたら、いくらアプローチをかけてもなかなか振り向かない。そのくせ自分の胸を高鳴らせるような言動を無意識にするのだから困り者だ。

 

「(まったく。この朴念仁め)」

 

 けれどラウラは、そんなどこまでも鈍いウィリアムに愛想を尽かす気にもなれなかった。

 これが、所謂(いわゆる)()れてしまったがゆえの弱みというものなのだろうか。

 

「(……弱み、か。確かに私は弱くなってしまったかもしれないな……)」

 

 と、そう考えていたところでハッと我に帰る。ただ覗き込んでいたはずが、自然とウィリアムの寝顔に吸い寄せられていたのだ。

 

「わっ、私も寝るとしよう。うむ。それがいい」

 

 ウィリアムから視線を外し、ラウラは部屋の照明を落とす。

 暗くなった室内でラウラは自分のベッドに向かって1歩踏み出そうとして、もう1度ウィリアムに視線をやった。

 

「(必ずお前を振り向かせてやる。私を惚れさせた(よわくした)責任は、取ってもらうぞ)」

 

 少しの間ラウラはウィリアムを見つめる。それから、その(ひたい)にそっとキスを落とした。

 

「……が、(がら)にもないことをしたなっ。こ、今度こそ寝るとしよう……」

 

 カーッと顔が熱くなるのを感じながら、ラウラは長い長い夜を過ごしたのだった。

 

 

 



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50話 プレゼント

「……昨日は酷い目に遭った……」

 

 朝、俺は(ひたい)(さす)りながら2人分のコーヒーを淹れていた。

 眠気覚ましのブラックと、シュガーとミルクを混ぜた甘いものをそれぞれ用意する。ブラックが俺で、甘いのがラウラだ。

 ドイツ人のラウラなら『コーヒーはブラックしか飲まん!』とか『シュガーとミルクなどコーヒーへの冒涜(ぼうとく)だ!』とか言うと思ったが、意外にもコーヒーは甘い方が好きなんだそうだ。まあ、好みは人それぞれだからな。

 

「関節はまだ痛むし、なんかパキポキ鳴るんだが……」

 

「し、知らん! 自業自得だ!」

 

「えぇ……」

 

 プイッとそっぽを向くラウラの頬は心なしか赤みがさしているように見える。どうやら昨晩のことについて、まだ怒りが治まっていないようだった。

 ……ていうか、さっきから目も合わせてくれないんだよなぁ。うっ、なんか精神的ダメージが……。

 

「(さて、どうしたものか……。なにかいい方法はないか? 考えろ、俺! 足りない頭をフル回転させるんだ!)」

 

 ――おっ、そうだ! ナイスでグッドなアイデアを閃いたぞ!

 

「よし! じゃあ、ラウラ。今週の土曜に少し出かけないか?」

 

「……なに?」

 

 ピクッと、ラウラが反応する。よしよし、なんとか話は聞いてくれそうだ。

 

「実はちょっと良さげなスイーツ店を知っていてな。甘いものご馳走するから、機嫌を直してくれないか?」

 

 そのスイーツ店というのは以前出かけた時に偶然発見した店なのだが、結構な人気店で海外にも支店を構えているんだとか。

 店舗はここからでもアクセスしやすい場所にあるし、近くにはショッピングセンターなどもあるので遊んで回るのもいいだろう。

 

「どうだ?」

 

「……それは……」

 

 先ほどまでこちらに背を向けていたラウラがわずかに振り返り、小さく口を開いた。

 

「『それは』?」

 

「ふ、2人で、行くのか……?」

 

「え? ああ。まあ、そのつもりだが。なんだったら一夏達も呼ぶか――」

 

「い、いい! 2人だけでいい!」

 

「お、おう。分かった」

 

 ガタンッと、テーブルに乗り出す勢いのラウラに圧倒されて、俺は体を()()らせたままコクコクと頷く。

 

「それじゃあ、土曜日にな」

 

「い、言ったな!? 約束だぞ!」

 

 そう言って、グイッとラウラは小指を差し出してきた。

 

「……指切りか?」

 

「うむ。何か重要な約束事があればこうするのだろう? シャルロットに聞いたぞ」

 

「ああ。約束を守りますっていう(しるし)みたいなもんだな」

 

 俺としては別段断る理由もないので、ラウラの小指に自分の小指を()ける。

 

「指切りげんまん、ウソついたらバルカン砲全弾くーらわす」

 

 何それ怖っ! もし当日行けなくなったら血煙(ちけむり)になるってことか!?

 

「指切った」

 

「ら、ラウラ? バルカン砲のくだりもシャルロットから聞いたのか?」

 

「そうだが? ちなみにバリエーションとしてクラスター爆弾やナパーム弾もあるらしいぞ」

 

「そ、そうか……」

 

 怒らせたら怖いのは断トツでラウラだが、シャルロットもシャルロットで結構怖そうだな……。

 

「よし、土曜日は何がなんでも空けておくとしよう」

 

 例え織斑先生に急用で呼ばれたとしてもノーって言うぞ! 土曜日は死守せねば! じゃないと土塊(つちくれ)混じりのミンチ肉になっちまう……!

 

「当然だ。当日になって急用が、などと言ったら許さんぞ?」

 

 すっかり機嫌は直ったようで、ラウラは上機嫌な声でそう告げてくる。

 

「分かってるよ。約束だ」

 

 心の中でホッと安堵の息を吐きながら、俺はマグカップに入ったコーヒーを飲み干した。

 

 

 

「ところでウィル、そのスイーツ店の名前は何と言うんだ?」

 

 甘口コーヒーを飲んでいたラウラが、ふとそんなことを問うてくる。

 

「ん? あー、なんて言ったかな。確か……そうだそうだ。『スイート・キッス』――」

 

「ぶぅぅっ! ゲホッ! ゲホッ、ゲホッ!」

 

「お、おい! ラウラ、大丈夫か!? どうした!?」

 

「ケホッ! な、なんでもない……!」

 

 ▽

 

 それから時は経ち、土曜日。

 

「(服装に乱れ無し。現在時刻09:20(マルキュウフタマル)。ウィルとの待ち合わせまであと40分か)」

 

 駅前のモニュメントにて、ラウラは自身の服装をチェックしながら、デートの相方であるウィリアムを待っていた。

 

「…………………」

 

 同じ部屋なんだから、わざわざ待ち合わせする必要は無いだろうと言われそうだし、実際ウィリアムに同じことを言われたが、それにはちょっとした理由がある。

 というのも以前、副官のクラリッサに『待ち合わせもデートの醍醐味(だいごみ)です!』と興奮気味に言われたからなのだが。

 

「(……さすがに少し早く来すぎたか?)」

 

 携帯電話を取り出し、時間を確認する。

 約束の時間まではまだまだ程遠かった。

 

「(いや、軍人たる者、常に迅速な行動を心がけなければいかんのだ。け、決してウィルと出かけるのが楽しみで仕方なかったなどという浮わついた理由ではないぞっ!)」

 

 などと誰に向かってのものか分からない言い訳をするラウラ。

 そこへ、見るからに『遊び人』な風体(ふうてい)をした男が2人寄って来た。

 

「ねえねえ、カーノジョっ♪」

 

「今日ヒマ? 今ヒマ? どっか行こうよ~」

 

 ちなみに女性優遇制度を各国が取るようになってから、男性の地位は急転落した。

 しかし、それなりの容姿があれば権力者=女性から愛される、俗に言うホストやアイドルなどは以前にも増して可愛がられるようになったのである。

 そうなると、今この瞬間のように、着飾(きかざ)っていれば女子から愛されるという間違った思考に至った男性が増え、こうして誘ってくるのだ。

 

「約束がある。他を当たれ」

 

「えー? いいじゃん、いいじゃーん、遊びに行こうよ」

 

「俺、車向こうに()めてるからさぁ。どっかパーッと遠くに行こうよ! 絶対ガッカリさせないからぁ」

 

「話を聞いていなかったのか? 他を当たれと言ったはずだ」

 

 拒絶100%、冷たい瞳に睨まれてチャラ男Bはたじろぐが、もう1人の男はラウラの態度が気に食わなかったらしく苛立たしそうに舌を打った。

 

「チッ。いいから来いって!」

 

 そう言ってラウラの腕に手を伸ばすチャラ男A。相手は自分よりも小柄だから力で勝てると判断したのだろう。

 

「いっ――でぇっ!?」

 

 瞬間、ラウラは触れられる寸前で身をかわし、その腕をねじ上げる。続いて体勢を崩した男の(ひざ)間接を右足で蹴飛ばした。

 堪らず腕を引っ込めたチャラ男Aは、痛そうに膝を抱えて悶絶(もんぜつ)する。

 

「気安く触れるな。その鼻につく香水の匂いが移る」

 

「こ、こいつ、女だからってお高く止まりやがって――ぐぇっ!?」

 

 激昂(げっこう)してラウラに掴みかかろうとしたチャラ男Aは、横から伸びた手に服の後ろ(えり)を引っ張られて苦し気な声を上げた。

 

「――俺の連れに何をしてるんだ?」

 

 ▽

 

 朝、9時25分。

 IS学園発のモノレールを降りた俺は、待ち合わせ場所である駅前のモニュメントを目指す。

 

「(よし、待ち合わせ時間まではまだ30分以上残っているな)」

 

 改札口を出て階段を下りながら、俺はふと恩師である『隊長』と雑談を交えた時の古い記憶を思い浮かべた。

 

『いいか、ホーキンス。レディーとの待ち合わせは常に30分前行動だ。覚えておきな』

 

『そんなことを自分に話して何になるんです? そもそもそんな機会なんてありゃしませんよ』

 

『バッカ、お前っ! もしかしたらこの先あるかもしれねえだろぉ!?』

 

『はあ』

 

『そんなシケたツラするなよ。彼女いない歴=年齢のお前でも覚えといて損はねえって』

 

『……隊長、高度1万からのヒモ無しバンジーとミサイルに縛り付けて発射されるの、どっちが良いですか?』

 

『どっち選んでもデッドエンドまっしぐら!?』

 

 懐かしい思い出に口元を緩めながら駅のゲート抜けると、広場に鎮座するモニュメントが目に入った。

 そして、その近くに人影が3つ。目を凝らして見ると1人はラウラで間違いないようだが、残りの2人はチャラチャラした格好の見知らぬ男だった。

 しかも、男の1人がラウラの腕を強引に掴もうとして、逆に近接格闘(CQC)で返り討ちにされている。

 

「(あいつら、ラウラに何してやがる……!)」

 

 自分でも気づかないうちに大股で3人の元へ向かった俺は、今にもラウラに掴みかかろうとしていたチャラ男Aの服の後ろ(えり)を力いっぱい引っ張った。

 

「ぐぇっ!?」

 

 いきなり首が締まって潰れたような悲鳴を上げるチャラ男A。

 俺はそのまま腕をスイングさせてそいつを強引に退け、ラウラとの間に割って入る。

 

「俺の連れに何をしてるんだ?」

 

「な、な、なんだよテメェ!」

 

「その女の子の連れだ。これ以上、手荒なマネしようっていうなら――」

 

「うるせえ! この外人(がいじん)!」

 

「……後悔するなよ」

 

 何やらわめきながら殴りかかってきたチャラ男Aの右ストレートをかわして、その鼻先に1発だけお返しのパンチを食らわせる。

 

「ブッ!?」

 

 手加減はしたが、軽い脳震盪(のうしんとう)を起こしたチャラ男Aは一瞬フラついたあと、膝から崩れ落ちて静かになった。

 

「さて……。おい、そこの」

 

「ひぃっ!?」

 

 青ざめた表情で立ち(すく)んでいた相方のチャラ男Bに声をかけると、肩をビクゥッ! と跳ねさせる。

 

「す、すんません! もうしませんから勘弁してください!」

 

「おいおい……」

 

 どうやら自分も殴られると思って震えているようだが、そこまで怯えられると、なんだがこっちが悪者になった気分だ。

 

「落ち着け。さっきのはそいつが襲いかかって来たからで、別にあんたまで殴ったりはしない」

 

「へ?」

 

「ほら、そこでノビてるアホを連れてさっさと行け」

 

「わ、分かりましたっ!」

 

 バタバタと大慌てで気絶した相方を背負うチャラ男Bに、俺は「ああ、それと」と引き止めて言葉を続ける。

 

「一応、加減はしたから大丈夫だと思うが、もしそいつの鼻血が止まらないようだったら病院に連れて行ってやれ」

 

「はいぃっ!」

 

 とても男を1人背負っているとは思えないほどの速度でチャラ男Bは走り去って行った。これが火事場の馬鹿力ってやつか?

 

「まったく。今の時代でも、ああいう連中はいるもんなんだなぁ……」

 

 そう(ひと)りごちてから、俺は後ろのラウラに向き直った。

 

「よう、ラウラ。遅れてすまんな。大丈夫か?」

 

……かっこいい……

 

 ポーッとした表情で俺の顔を見上げるラウラの口からは、そんな言葉が漏れる。

 耳を澄まさないと聞き取れないような小さな声だったが、なぜか俺の耳にははっきりと聞こえた。

 

「そ、そうか……」

 

 面と向かってそんなことを言われたのは初めてで、俺はなんとなく落ち着かない気分になってしまう。

 と、ここでハッと我に返ったラウラは、瞬く間に顔を真っ赤に染めて狼狽し始めた。

 

「わ、私は何を言って……い、いい今のは忘れろ! いいな!? 分かったな!?」

 

 そんなこと言われても、そう簡単には忘れられないんだが……。

 

「なら私が手を貸してやろう……!」

 

 おぉう、ナチュラルに心を読まれたぞ。さすが、織斑先生に鍛えられただけあって読心術も完璧らしい。……っていうか、手刀を構えてにじり寄ってくるこいつを早くなんとかしなければ。

 

「わ、分かった分かった。俺はなんにも聞いてない。だから記憶を飛ばそうするのは勘弁してくれ」

 

 俺が気絶したらスイーツ店に行けなくなるぞ? と付け加えると、ラウラは「ふ、ふん!」と鼻を鳴らして背中を向けてしまった。

 

「(ふう、助かったぜ)」

 

「……しかし、まあ、なんだ」

 

「?」

 

 こちらに背を向けたまま、ラウラは歯切れの悪い口調で言葉を(つむ)いでいく。

 

「お、お前には、助けられたからな。れ、礼は言っておこう……」

 

「なに、当たり前のことをしただけさ」

 

 ニッと笑みながらそう答えると、恥ずかしさが限界突破したのかラウラは足早に歩いて行ってしまう。――って、ちょっと待て。

 

「おーい、ラウラ。そっちは目的地と真逆だぞ」

 

「ッッ~~~~!!」

 

 一度立ち止まって戻ってくるラウラだったが、なぜか恨めしそうな目で睨まれた。……俺、何か悪いことしたか?

 

 ▽

 

 スイーツ店『スイート・キッス』。

 なんとも洒落(しゃれ)た名前をしたこの店の入り口をくぐると、早速店員が出迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませ。2名様でよろしかったでしょうか?」

 

「ああ、はい。2人で」

 

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 

 そう言って店員はテーブル席へ誘導する。

 俺とラウラもそれに並んで付いて行き、イスに座った。

 

「ここのオススメはなんですか?」

 

「はい。当店のオススメはこちらのパフェになります」

 

 店員がメニューを取り、俺に見せてくる。

 どうやらこの店はサンドイッチなどの軽食も頼めるようだが、やはりスイーツ店を名乗るだけあってオススメは菓子類らしい。

 

「(高っ! このパフェ1つで3,000円以上持ってかれるのか!?)」

 

 しかし、どうせならラウラには良いものをご馳走してやりたい。……よし。

 

「じゃあ、このパフェとサンドイッチセットを1つずつ」

 

「かしこまりました」

 

 そんなやり取りを交わして、店員が帰って行く。

 ふと視線に気づくと、ジーッとラウラが俺を見つめていた。

 

「どした?」

 

「随分と手慣れているな」

 

「そうか? まあ、外食はそれなりにしてたからな。自然と慣れてくるんだよ」

 

「……誰とだ?」

 

「男友達と行ったり、1人で行ったりとかだな。たまに外で食うのも新鮮味があって良いもんだ」

 

「そうか」

 

 どこかホッと安堵しているようなラウラの様子に、俺は小さく首をかしげる。

 

……誰か他の女と行っていたわけではないようだな。よし……

 

「うん?」

 

「な、なんでもない!」

 

 そんなやり取りをしていると、意外と早く注文品が運ばれてきた。

 ウェイターはパフェとサンドイッチセットを載せた丸いトレーを右手でバランス良く持っている。

 

「お待たせしました」

 

 テーブルに並べられる皿とパフェグラス。サンドイッチセットには、サービスとしてコーヒーが付いている。

 パフェは、チョコクリームの上にメロンやイチゴなどのフルーツが文字通り山盛りだ。さらにそこへ生クリームとポッキーがトッピングされている。

 

「(おぉ……なんかスゲェのが出てきたな)」

 

 タワーのようなパフェを前に、そりゃこの価格も納得だな。と頷いていると、ウェイターがアンケート用紙とペンをテーブルの(はし)に置いた。

 

「これは?」

 

「はい。現在、当店ではカップル客の方を対象にアンケートを取っておりまして。1分ほどの短いものですので、ご協力をお願いします」

 

「ほう、カップル……えっ?」

 

「はい?」

 

 どうやら、このウェイターはちょっとした勘違いをしているらしい。

 

「あー……。どうやら誤解されているようですが、自分と彼女はそういう間柄ではありませんよ。同じ学園に通う友人です」

 

「さ、左様でしたか! 大変失礼いたしました!」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるウェイター。この人には俺達がそんな風に見えたのだろうか。

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。な? ラウラ」

 

「……………」

 

「どうした、そんな怖い顔して」

 

「知らんっ」

 

 そう短く告げて、ラウラは俺から顔を背ける。まあ、いきなりカップルなんて言われたら恥ずかしくもなるよな。

 

「あっ。……それではこの用紙はお下げしますね。また何かございましたら、遠慮なくお呼びください」

 

 そう言ってアンケート用紙とペンだけ回収して、ウェイターはテーブルを離れて行った。何かを察したような表情をしていたのが少し気になるが……。

 とにもかくにも、せっかく注文した品が運ばれて来たのだ。俺はおしぼりで手を拭き、ラウラは持ち手の長いスプーンを取って、早速食べることにした。

 

「「いただきます」」

 

 手を合わせてから俺はサンドイッチを、ラウラはパフェを食べ始める。

 

「おお、この店のサンドイッチは当たりだな。文句無しに美味い」

 

 セットに付いてきた無料のコーヒーもなかなか良い豆を使っているようだ。エグ味がなく、実に飲みやすい。

 

「これがパフェか……! 今日初めて実物を食べたが、これは美味いな」

 

 初めてのパフェは少し食べ方に苦労したようだが、スプーンですくって口に入れた瞬間、ラウラの顔がパァッと明るいものにと変わった。

 

「……………」

 

「おっと、このメロンが少し曲者(くせもの)だな。……どうかしたか、ウィル?」

 

 パフェの横に刺さったメロンに苦戦していたラウラが、俺の視線に気づいて手を止める。

 

「いや、本当に美味そうに食べるな、って思ってな」

 

「実際に美味いぞ。このチョコクリームとイチゴの相性もなかなか良い」

 

「そうか。ん? ラウラ、ちょっとジッとしててくれ」

 

「なんだ?」

 

 俺は紙ナプキンを1枚取ると、ラウラの口元をそっと(ぬぐ)った。

 

「っ!? な、ななな……!?」

 

「クリーム、付いてたぞ」

 

「そ、そ、それくらい言ってくれれば、その……じ、自分で拭く!」

 

「そ、そうか。確かにそうだな。悪い悪い」

 

「あ、いや、その、なんだ。……つ、次からは、気をつけるんだな……」

 

 ラウラはカーッと赤くなって視線をさまよわせる。

 学園祭の時もそうだったが、やはり俺には女子に対するデリカシーが欠けているようだ。こりゃ一夏のことをとやかく言えないぞ。

 そんなことを思いながら自分のサンドイッチに手をつけようとしたところでラウラに呼ばれて、今度は俺が手を止めた。

 

「う、ウィル」

 

「?」

 

「あ、あーん……」

 

 自分のパフェをすくって差し出してくるラウラ。そのスプーンの上にはイチゴとチョコクリームが乗っている。

 ……えっと、これってつまりそういうことだよな? いやしかし、そうなると間接キスに――

 

「か、勘違いするなよ! こ、これはお前が食べたそうにしていたからであってだな……!」

 

「いやいや、気持ちだけで十分だよ。欲しかったら自分で注文するから――」

 

「い、いいから早くしろっ……!」

 

「お、おう……。それじゃあ、あぁー……」

 

 羞恥に耳まで赤くなりながらスプーンを近づけてくるラウラに押しきられる形で、俺はパクンとパフェを飲み込んだ。

 

「……確かに美味いな」

 

 とは言うが、味なんてほとんど分からないというのが正直なところである。

 感じるのはおぼろげなイチゴの食感と、異様な甘ったるさだけだった。

 

 

 

 

 

 

「まだまだ時間はあるな。ラウラ、少しショッピングセンターに寄って行かないか?」

 

「構わんが、何か目当てのものがあるのか?」

 

 スイーツ店を出たあと、俺とラウラは近くにあった公園を歩いていた。

 

「まあな。ほら、一夏の誕生日が近いだろ? だから、ちょっとした贈り物でも――」

 

 ドンッ

 

「おっと……」

 

 太もも辺りに唐突な衝撃を感じて、俺は足を止める。

 

「どうした?」

 

「いや、何かが当たったみたいでな」

 

 ボールか? と思って背後を振り返ると、そこには6歳くらいの女の子が立っていた。……この子、たしかアイスクリーム持って走り回っていた子だよな。

 

「(うっ、なんかズボン越しに冷たい感覚が……)」

 

 嫌な予感がして手を這わすと、ベットリとアイスクリーム(バニラ味)がついていた。おぉう、マジかぁ……。

 

「アイスが……」

 

 ジワァっと女の子の目に涙が浮かぶ。え、えーっと……。

 なんと声をかければいいか分からず頭を悩ませていると、女の子の母親であろう女性が慌ててやって来た。

 

「す、すみません! うちの娘が……ああ、ズボンにも……! 本当にすみません! ほら、ちゃんと謝りなさい」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ズボンは弁償させていただきます。本当にご迷惑をおかけしました」

 

「ああ、これくらい大丈夫ですよ。洗えば落ちますから」

 

 ペコペコと平謝りする女性にそう告げて、俺は腰を折って女の子に目線を合わせる。

 

「ごめんよ、君。食いしん坊な俺のズボンがアイスを食べちゃったようだ」

 

 ほら、と言って女の子に100円硬貨を3枚手渡す。

 

「これでもう1度アイスを買ってもらうといい」

 

「わぁ……! ありがとう、おにいちゃん!」

 

「次からは周りに気をつけるんだよ?」

 

「うん!」

 

「こんなことまで……本当になんと申し上げればよいか……」

 

「お気になさらないでください。公園のド真ん中を歩いていたこちらにも非がありますから。それでは」

 

 軽く会釈(えしゃく)をして、俺達はその場をあとにした。

 

「子供の扱いが上手いな」

 

「ははっ、まさか。泣かれないか気が気じゃなかったよ」

 

 目を笑みに細めて言ってくるラウラに、俺は太ももについたアイスをハンカチで(ぬぐ)いながら笑って答える。

 そうこうしているうちにショッピングセンターに到着した俺達は、早速センター内を見て回ることにした。

 

「おっ、このキーホルダーいいな。プレートに彫られた騎士(ナイト)の柄が【白式】にそっくりだ」

 

「決まったのか?」

 

「おう。キーホルダーなら実用性もあるし、デサインもいい。こいつで決まりだな」

 

 雑貨店で見つけたキーホルダーが目に止まり、それを一夏への誕生日プレゼントとして購入したり。

 

「1/10スケール【バスター・イーグル】? まさかプラモデル化していたとは……」

 

「こっちには私の【シュヴァルツェア・レーゲン】も置いてあるぞ」

 

 偶然、前を通った玩具店の軒先で、自分達の専用機がプラモデル化されていることに驚いたり。

 

「くっ……! まさかあのタイミングで背後を取られるとは……!」

 

「はっはっはっはっ! 惜しかったなぁ、ラウラ。これで俺の3勝だ」

 

「も、もう1戦だ!」

 

「いいぜ、何回でも受けてやる」

 

「おい見ろよ、あの2人」

「スゲェ……。どうやったらあんな操縦できるんだ?」

「お、俺、あの兄ちゃんに対戦申し込んでみようかなっ」

 

 超リアルな空戦シュミレーション・ゲームでラウラ相手に圧勝したり、それを見ていた周囲から「おぉ~」と歓声が上がったり。

 俺達は時間も忘れて、その日を存分に遊び尽くした。

 

 ▽

 

 時刻は4時過ぎ。だいぶ日の落ちが早くなった空の下で、俺とラウラはIS学園への帰路についていた。

 

「いやぁ、楽しいと時間も早く感じるもんだな。ラウラは満足できたか? ……ラウラ?」

 

 応えが返ってこないことを不思議に思って振り返ると、ラウラはアクセサリーショップの前に立ち止まってショーウィンドウを眺めていた。

 

「この中に何か気になるものがあるのか?」

 

「っ!? い、いや! 別に、こういったものに興味はないぞ! 無くても生活に支障はないからな!」

 

 声をかけるとラウラはビクッと小さく跳ねて、それから慌てた様子で取り(つくろ)う。

 ――が、はっきり言ってウソをついているのがまる分かりだ。きっとラウラのことだから、恥ずかしくて言い出せないのだろう。

 

「よし、ちょっと寄ってみるか」

 

「お、おい。私は何も……」

 

「まあまあ、そう言うなって」

 

 そう言ってラウラの手を引き、店に入る。

 店内の棚にはたくさんのアクセサリーが並べられているが、その数ある中で俺は迷いなく1つのブレスレットを手に取った。

 

「(見つけた。ラウラが眺めていたのはこれだな)」

 

 ショーウィンドウのマネキンが着けていたものと同じデサインのそれは、銀色の光沢がなんとも美しい。全体的に(かざ)り気の少ないシンプルな見た目だが、表面には向かい合う2羽のウサギが彫られている。

 お値段は少々張るようだが、俺からすれば差ほど痛くはない出費だ。

 

「待て。それをどうするつもりだ?」

 

 ブレスレットを持って早速レジに行こうとしたところで、ラウラに待ったをかけられた。

 

「どうするって、買うんだが。欲しいんだろ? これ」

 

「そ、それなら自分で買う! お前にはもうパフェをご馳走になって――」

 

「いいんだよ。俺の方こそ、今日は楽しませてもらったんだ。だから、これはそのお礼ってことで、な?」

 

 (なだ)めるような口調で告げて最後に微笑みかけると、ラウラはポッと(ほほ)を赤らめて小さく頷く。

 

「ん。じゃあ、ちょっとレジに通してくるから待っててくれ」

 

 とラウラに言い残し、俺は店内レジへ向けて歩を進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 アクセサリーショップを出た俺とラウラは、改めて学園への帰路につく。

 

「ウィル」

 

 IS学園行きのモノレール駅がわずかに見え始めた辺りで、さっきまで無言で隣を歩いていたラウラが、ふと口を開いた。

 

「今日は、その……あ、ありがとう……」

 

「それは、『こちらこそ』だな。俺も今日は最高に楽しかったよ。また一緒に行こうぜ」

 

「そっ、そうだな! またこうしてお前と……」

 

 言いながら、ブレスレットが梱包(こんぽう)された小さな箱をギュッと抱きしめるラウラ。

 その笑顔に当てられて、俺は顔を(ほころ)ばせるのだった。

 

 



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51話 本当の気持ち

 月曜日、その放課後。俺は強烈な足の(しび)れと格闘しながら茶道室の脇に正座していた。

 というのも、今日からついに始まったからである。『生徒会執行部・織斑 一夏、ウィリアム・ホーキンス貸し出しキャンペーン』が。

 

「(くぅっ……足がヤバい。なんというか、とにかくヤバい……!)」

 

 全部活動参加によるビンゴ大会。そこで上位に入ったのがテニス部と茶道部で、一夏は前者へ、俺は後者へと派遣されたのだった。

 

「(あー、なんか足が冷たくなってきたー……)」

 

 そして俺がわざわざ苦手な正座をしている理由。それはただ単に正座に慣れるための修行……のつもりが、なんとなく始めたはいいものの途中で下手に足を戻せくなってしまったのだった。間抜けな自分が招いた完全な自爆である。

 ……なんてことをしてくれたんだ、1時間前の俺。おかけで足の感覚がなくなってきたぞ。

 

「「「結構なお点前で」」」

 

 最後にお決まりの台詞を言って一礼する部員一同。その例に漏れずきれいな動作で頭を下げるラウラも、もうすっかり茶道部員としての振る舞いを見せていた。

 ちなみに今のラウラは淡い桃色の着物に身を包んでおり、いつもの長い銀髪は後ろで1つに()っている。

 着物姿の彼女を見るのはこれが初めてだが、白い肌に輝くような銀髪、そこに着物の落ち着いた色合いがマッチしていて、よく似合っているというのが俺の感想だった。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

「時間だな。今日はここまでだ」

 

 5時を知らせるチャイムが鳴り、織斑先生がそう告げる。……よ、ようやく終わったか……。

 

「各人、使った茶碗と皿は洗って戻しておくように」

 

 その言葉に「はい」と返事をして、茶道部員達は早速片付けを始めた。

 しかし、織斑先生が茶道部の顧問ってのは意外過ぎてどうにも慣れないな。服装も1人だけスーツのままだし。

 そんなことを考える一方で、さてどう動いたものかと、俺は感覚の無い両足に視線をやる。

 今、自分の尻の下敷きにされているそれは、ほんの少し動かしただけで悶絶ものの痺れに襲われることだろう。

 

「いつまでそこに正座しているつもりだ?」

 

 声をかけられて顔を上げると、腕を組んだ織斑先生が変なものでも見るかのような表情をして立っていた。

 

「い、いやぁ、お恥ずかしい限りなのですが、動けなくなってしまいまして……」

 

「お前はアホか」

 

 はい、アホです。なんの反論もできません。(まこと)に恐縮ながらそんなアホからのお願いなんですが……。

 

「先に言っておくが、私に助けてくれなどと言うなよ?」

 

「ですよね~」

 

 あはは、と乾いた笑い声を上げる俺。いやマジでどうしよう。このままじゃ後片付けを手伝えないんだが。

 

「……ところでホーキンス」

 

 仕方なく自力で正座を解こうとしていたところで、また織斑先生に呼ばれる。

 

「なんでしょうか?」

 

「ボーデヴィッヒの機嫌がえらく良いようだが、休日辺りに何かあったか?」

 

 そう言って織斑先生は、先輩や同級生らと共に片付け作業をしているラウラの背中に視線をやる。

 

「何かと訊かれれば、土曜日に少し出かけたくらいでしょうか」

 

「ほう。つまりはデートか」

 

「そんな大袈裟なものじゃありませんよ。ちょっと遊んで回っただけです」

 

「馬鹿、そういうのを世間一般ではデートというんだ」

 

 なぜか妙に楽しげな織斑先生は、口角をわずかに上げながら言ってきた。

 

「で、楽しめたか?」

 

「そうですね。思わず時間が経つのも忘れてしまうほどでした」

 

 つい先日の出来事を思い出して、俺は知らず知らずのうちに口元を(ゆる)める。

 

「そうか」

 

 何が面白かったのか、小さく笑みをたたえる織斑先生。なんとなくその理由が知りたくなって、俺は少し探ってみることにした。

 

「どこか意味ありげな顔ですね」

 

「そう見えるか?」

 

「はい。何か言いたそうだな、と察することができる程度には」

 

「成程、そこまで顔に出ていたか」

 

「よろしければ、お訊きしても?」

 

 俺がそう問うと、織斑先生は「ふむ……」と少し考えたあと、意外にもあっさりと口を開いた。

 

「――お前、ボーデヴィッヒのことが好きだろう? もちろん異性としてな」

 

「…………はい?」

 

 突拍子のない発言に俺は間抜けな顔を(さら)したまま固まってしまう。

 俺が、ラウラのことを……好きだって……?

 瞬間、ドクンッ! と心臓が大きく跳ねた。

 

「ははっ、まさか……」

 

 なんとか捻り出した言葉はしかし、先に続く『ノー』の一言が出てこない。(いな)、言うことができない。

 これまでを振り返ってみれば思い当たる節はいくつもあったんじゃないか? と、まるでもう1人の自分が引き留めているようだった。

 

 先週の土曜に2人で出かけた時。

 学園祭を回った時。

 一緒に夕食を作って、食べた時。

 ウォーターワールドに誘われた時。

 臨海合宿の時。

 そして……唇を、奪われた時。

 

 その時、(おまえ)はなんの感情も抱かなかったのか? と。

 もちろん、何もなかったと言えば(うそ)になる。

 しかし、それが本当にラウラに対する恋愛感情なのかどうかが答えられず、俺は開いた口から空気を漏らすことしかできなかった。

 

「だんまりか?」

 

「いえ……その……分からないんです。それが本当に異性愛なのか、それとも別の何かなのかが……」

 

 けれど織斑先生に言われた時、それを『あり得ません』と否定できなかったのも事実なわけで。

 ゆえに俺は、分からないとしか返すことができなかった。

 

「分からない、か。まあ、今はそれでもいいだろう。せいぜい悩めよ、高校生」

 

 ニヤリと笑いながら言って、織斑先生は組んでいた腕を解く。聞きたいことを聞けて満足したのだろう。そろそろ教師としての仕事に戻るようだった。

 

「そら、お前もさっさと立って、あいつらを手伝ってこい」

 

 そして、俺を立たせようと肩に手を置いてくる。さっきはああ言っていたものの、やっぱり助けてはくれるらしい。――のだが……。

 

「ま、待ってください! そんな強引に引っ張ったら……!」

 

 グイッ

 

「足がァーーーッ!!」

 

 両足を襲う筆舌(ひつぜつ)しがたい痺れに、俺は悲鳴を上げながら(たたみ)に倒れ込むのだった。

 

 ▽

 

『ボーデヴィッヒのことが好きだろう? もちろん異性としてな』

 

 織斑先生のあの言葉が忘れられない。壊れたレコードのように、何度も頭の中で再生される。

 ……俺は、本当はラウラのことをどう思っているんだろうか……。

 これが親愛なのか、友愛なのか、それとも異性愛なのか、答えはまるで濃霧(のうむ)(おお)われたかのようにさっぱり見えない。

 

「……ル。……ィル。――ウィル!」

 

「っ!? ど、どうしたラウラ。そんな大声出して」

 

「それはこちらの台詞だ、何度も呼んでいるというのに」

 

 まったく……といった様子で、寝間着姿のラウラが溜め息をつく。

 寮食堂での夕食も終え、今は消灯時間までの自由時間。どうやら俺は延々(えんえん)と考え事をしていたらしい。

 

「あー……、そりゃ悪かった。それで?」

 

「そろそろ消灯時間だから寝るぞ、と言おうとしていたのだ」

 

 そう言われて、俺はふと時計を見る。

 時刻はもう間もなく10時に差しかかろうとしていた。

 

「おっと、もうこんな時間か」

 

 じゃあ寝るか。と付け加えてから、俺はスッと席を立つ。

 

「……部活が終わった辺りからずっとその調子だな。どうかしたのか?」

 

 俺を怪訝(けげん)に思ったらしいラウラが眉をひそめて問うてきた。

 

「いや、何でもない。大丈夫だ」

 

「本当か? その割にはどこか(うわ)の空だったが」

 

 と言いながら、こちらの顔を覗き込んでくるラウラ。心配してくれるのは嬉しいが、しかし今の俺には逆効果でしかない。

 

「だ、大丈夫だって。疲れて頭が回らなくなってるだけだ。これくらい寝れば明日には治る」

 

 俺はそう誤魔化しながらラウラから離れ、自分のベッドに向かう。

 

「ほら、明日からは高速機動の授業も始まるし、さっさと寝ようぜ」

 

「……そうだな。寝不足が(たた)って事故を起こしては目も当てられん」

 

 どこか()に落ちないといった様子ではあったが、ラウラがそれ以上追及(ついきゅう)してくることはなかった。

 

「電気消すぞ」

 

「ああ」

 

 カチッと音を立てて部屋の照明が消える。

 

「(……今日は突然のことで取り乱しただけだろう。明日になったら少しは落ち着いているはずだ)」

 

 そう心の中で自分に言い聞かせながら、(まぶた)を閉じる。

 それからすぐ、俺の意識は微睡(まどろ)みの中へと消えて行くのだった。

 

 ▽

 

「「えええええ~っ!?」」

 

 朝、学食に叫び声がこだまする。……元気なのはいいが、もう少し静かにしろよ。まあ、無理だとは思うが。

 

「しゃ、シャル! 鈴! 静かにしろって!」

 

「だ、だ、だって! だってぇ!」

 

「一夏ぁ! 説明しなさいよ!」

 

 シャルロットは瞳を潤ませながら、鈴は目を吊り上げながら再度一夏に詰め寄った。

 

「「今朝セシリアが部屋からパジャマで出てきたってどういうこと!?」」

 

 これはあくまで俺の予想だが、なんとなーくこの2人は誤解をしているような気がする。

 そう思いながら、俺はシジミの味噌汁をズズズーっとすする。ふぅ……オルニチンが肝臓に染み渡るぜ。

 

「どういうことも何も、そういうことですわ」

 

 ふふんといった調子のセシリアが髪をサラッと横に流す。

 

「(ワーオ、燃え盛る炎に嬉々としてガソリンぶち込んでやがる……)」

 

 ギャアギャアと騒ぎ立てるラヴァーズ3人を尻目に、俺は狼狽している一夏に向けて指をクイクイッと曲げた。

 

一夏、ちょいちょい……

 

「?」

 

 頭上にクエスチョンマークを浮かべながら顔を近づけてくる一夏。

 俺も少しだけ身を乗り出して顔を寄せ、そして2人の間にしか聞こえない声量で訊ねた。

 

お前さん……もしかしてヤッたのか? フォックス2しちゃったか?

 

「ぶっ!!? そ、そそそ、そんなわけないだろ! 何言い出すんだよ!」

 

 真っ赤になって声を荒げる一夏を他所に、セシリアはスラスラと自慢話を続ける。

 

「1組の男女が一夜を過ごしたのですわ。つまり、そういうことでしてよ」

 

「そ、そんなぁ!」

 

「一夏ぁ!」

 

「……と、本人は言ってるが?」

 

「ギャー! 待て待て! 昨日、セシリアにマッサージをしたんだ! そしたら途中で寝ちゃったから、部屋に泊めただけだ!」

 

 一夏の言葉に嘘はないのだろう。一字一句はっきりと昨日の出来事を説明する。

 そうすると、シャルロットも鈴も安心したように息をついて、イスに座り直した。

 

「なんだぁ……」

 

「ま、どーせそんなことだろうと思ったわよ」

 

「成程。まあ、少し考えてみれば分かることか」

 

 そう言って俺達は食事に戻る。

 うん、やっぱり朝は焼き塩鮭(しおじゃけ)しか勝たんな。お前がナンバーワンだ。

 

「……何も正直に言う必要なんてありませんのに。一夏さんのバカ……」

 

 BLTベーグルを食べているセシリアが、ボソリと不機嫌そうに呟く。

 それを聞き逃した一夏が確認しようとすると、セシリアはプイッとそっぽを向いてしまった。

 

「ん? なんだ、セシリア?」

 

「なんでもありませんわっ」

 

「???」

 

 わけが分からないといった表情で塩サバを一口食べる一夏だったが、突然ビクッ! と肩を跳ねさせ、恐る恐る後ろを振り返る。

 

「一夏? 後ろなんて振り向いてどうした……Oh……」

 

「……………」

 

 一夏の向く先に俺も視線をやると、そこには腕組みで仁王立ちをしている箒がいた。

 

「一夏……お前というやつは……! 寮の規則を破ったのか!」

 

「き、規則?」

 

「特別規則第1条! 男子の部屋には女子を泊めてはならない、だ!」

 

「お、落ち着け、箒! これにはマリアナ海溝よりも深いわけがあるんだ!」

 

「ええい、うるさい! お前がそのつもりなら、いいだろう! き、今日は私が泊まってやる!」

 

「はぁ!?」

 

「あ、あくまで見張り役としてだからな!」

 

 顔を赤らめながらまくし立てる箒。

 そんなことを言ったら他の奴らも黙ってねえぞ?

 

「ええっ! ずるい! それなら僕も!」

 

「一夏! あたしを優先しなさいよ! 幼馴染なんだから!」

 

 シャロット&鈴、参戦。とうとう朝の学食にて大乱闘スマッシュラヴァーズが始まってしまった。

 さてさて、今回の勝敗はどうなることやら。結局全員引き分けになって終わる、に俺は200ドル()けるとしよう。

 いつもの光景を笑いながら眺めていると、不意に横合いから声をかけられた。

 

「騒がしいな。何事だ?」

 

「!?!?」

 

 ドキィッ!? 今度は俺が肩を跳ねさせる。

 

「お、おー、ラウラじゃないか。さっき起きたのか?」

 

「うむ。しかし、なぜ起こしてくれなかった?」

 

 言いながら、当たり前のように俺の隣に座って朝食を食べ始めるラウラ。

 

「あ、あー、ははは。まだ時間はあったし、グッスリ寝ていたから起こしたら悪いかなと思ってな。一応、目覚ましはセットしてから行ったぞ?」

 

 い、言えない。ネコみたいにうずくまって眠るラウラを見て妙に落ち着かなくなったから逃げたなんて言えない……!

 せっかく一夜明けて少し気も落ち着いたというのに、これのせいでまた昨日の状態に逆戻りである。

 

「そうだったのか。まあ、次からは私も起こせ。誤って織斑先生のHRに遅れようものなら、地獄を見ることになる」

 

「分かった。努力しよう」

 

「……? 努力するほどか?」

 

 そんなやり取りをしていると、ラヴァーズ達がいよいよ周りに迷惑がかかりそうなレベルにまでヒートアップを始めた。

 そろそろ止めないとまずいよなぁ。

 

「はぁ……まったく。お前ら、いい加減に落ち着いたらどうなんだ? 規則違反なんだろ?」

 

 溜め息をつきながら仲裁に入ると、鈴による鋭いツッコミを返された。

 

「ラウラと同居してるアンタが何言ってんのよ!」

 

 うぐぅっ!? そこを突いてくるか!

 

「あ、あれは生徒会長が勝手に決めたことであって俺は何もしてねえ!」

 

 いや、正確には鍵を落とした俺にも過失があるだろうけど! っていうか生徒会長の権力強すぎだろ! そんなルールの学校、今まで見たことも聞いたこともないわ!

 

「……フッ」

 

「なんでそこでラウラが笑うのよ! つーか何そのドヤ顔!? めっちゃムカつく!」

 

 なぜか自慢気な表情のラウラに、鈴がキーッと髪を逆立てる。

 ラウラお願い、やめて。騒ぎを鎮めようとしてるのに横から広げないで。

 

「朝から何をバカ騒ぎしている」

 

 ビシッ! と、空気が凍り付いた音を聞いた気がする。

 組んだ腕の上でトントンと指を動かしているのは、漆黒のスーツがこの上なく似合う1組担任・織斑 千冬先生だった。

 

「(……そーら見ろ。お前らがやかましいからだぞ。我らが暴力装置に血祭りに上げられちまう)」

 

「この馬鹿たれどもが」

 

 スパパーンっと、ラウラを除く4人の頭を叩く織斑先生。ちなみに特別サービスとして一夏には拳骨(げんこつ)を、俺は拳骨+頭頂部をグリグリされた。……なんで俺まで……?

 

「オルコット」

 

「は、はいっ!?」

 

「反省文の提出を忘れるな」

 

「は、はい……」

 

「それと織斑」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「お前には懲罰(ちょうばつ)部屋3日間をくれてやる。嬉しいだろう」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「最後にホーキンス」

 

「じ、自分は何もしていませんよ!?」

 

「さっき失礼なことを考えただろう」

 

「……………」

 

「お前は放課後にグラウンドへ来い。私が直々(じきじき)に近接格闘訓練をつけてやろう。ありがたく思え」

 

「い、イエス・ミス。感謝しましゅ……」

 

 ちくしょう……! あんまりだぁぁぁぁ!

 

「さて! いつまでも朝食をダラダラと食べるな! さっさと食って教室へ行け! 以上!」

 

 パンパンッと織斑先生が手を叩いたのを合図に、浮き足立っていた食堂中の女子が慌てて動き始める。

 俺も残っていた焼き塩鮭(しおじゃけ)を口に押し込んだ。

 

「……なあウィル。この味噌汁、心なしか塩分濃いめな気がするんだけど」

 

「……涙の味ってやつだろ。このあと汗かくんだし、ちょうどいいじゃねえか」

 

 そんな馬鹿な会話をして、さらに追加で1発ずつ叩かれる俺達であった。

 

 



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52話 超音速の世界

「はい、それでは皆さーん。今日は高速機動についての授業をしますよー」

 

 1組副担任、山田 真耶(まや)先生の声が第6アリーナに響き渡る。

 

「この第6アリーナは中央タワーと繋がっていて、高速機動実習が可能であることは先週言いましたね? それじゃあ、まずは専用機持ちの皆さんに実演してもらいましょう!」

 

 山田先生がそう言ってババッと手を向ける先には、俺と一夏、そしてセシリアがいた。

 

「まずは高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備したオルコットさん!」

 

 通常時はサイド・バインダーに装備している4機の射撃ビット、それに腰部に連結したミサイルビット、それら計6機を全て推進力に回しているのがこのパッケージの特徴らしい。

 それぞれの砲口を封印して腰部に連結することで高速(ハイスピード)高機動(ハイモビリティ)を実現しているとのことだ。

 見かたによっては、それらは青いスカートのように見える。

 

「次に、機体にジェットエンジンを2基増設して加速力の底上げを図ったホーキンスくん!」

 

 俺のISは通常時から3次元推力偏向(ベクタード)ノズル付きのジェットエンジンを2基搭載しているが、加速力の低さを(おぎな)うため、背部に追加のエンジン・ユニットを増設することとなった。

 当然、背中にあるエアブレーキは封印されることになるので、増設エンジンの外郭(がいかく)がそれぞれ左右に開閉することで機能を肩代わりしている。

 空気抵抗を考えて扁平(へんぺい)型のエンジンを増設した姿は、他者からは機体背面がいつもより盛り上がっているように見えることだろう。

 ちなみにこの増設エンジンだが、聞けば耳を疑い、見れば卒倒(そっとう)するようなとんでも装備を載せていたりする。

 

「そして、通常装備ですが、スラスターに全出力を調整して仮想高速機動装備にした織斑くん! この3人に1週してきてもらいましょう!」

 

 がんばれーと応援の声が聞こえる。俺達3人は軽く手を挙げて応えると、それぞれISに意識を集中させた。

 

「(さて、まずはエンジン始動っと)」

 

 キュィィィイイイイイイイ……! と、4基のジェットエンジンがタービンを回転させ始める。

 

「(で、次にバイザーの補助設定をノーマルからハイスピードに切り替え……)」

 

 視線指定(アイ・タッチ)でモードを切り替えると、一瞬光の膜が視界全体に広がった。そのあと、今まで見ていた景色がより詳細に目に映り込んでくる。

 

「(視覚情報は脳にダイレクトに伝わるから酔わないように気をつけないとな)」

 

 空の上でリバースなんて目も当てられない、と考えながら、俺は機体を上昇させようとエンジン出力を上げる。

 高温・高圧の燃焼ガスを噴射するそれは、相変わらず凄まじい騒音を放っていて、それなりに距離を取っているにもかかわらず耳を塞ぐ生徒が何人か目に入った。

 

「(……スマンな。でも、これは切っても切れないジェットエンジンの(さが)なんだ)」

 

 心の中で謝罪をして、俺は一夏とセシリアが待つ空中へと機体を進ませる。

 

「では、……3・2・1・ゴー!」

 

 山田先生のフラッグで、一夏とセシリアは一気に飛翔、そして加速を開始した。

 やはり加速力だけはどうしてもあの2人には敵わないようで、取り残され気味の俺は遅れて後を追う。

 

 ドンッ!

 

 機体周辺で大きな衝撃音がして、俺と【バスター・イーグル】は音速のさらに先――超音速に到達した。

 

「(はっはっはっ! ゴキゲンだな相棒! そら、この調子であいつらを追い抜いてやろうぜ!)」

 

 俺にとって超音速飛行は慣れたようなものだったが、それでも音を超える速さで飛ぶ時のこの高揚感(こんようかん)は格別だった。

 

「よう、一夏! 追い越し車線から失礼するぜ!」

 

「うぇ!?」

 

 音速といえば常時瞬時加速(イグニッション・ブースト)しているような速さだ。

 そのあまりの速度に戸惑っている一夏を、俺は悠々(ゆうゆう)と追い抜く。そしてすぐに上昇し、学園のモニュメントでもある中央タワー外周へと進んでいった。

 

「やーっと追い付いたぞ、セシリア」

 

《手慣れてますわね。もう追い付いてくるとは予想外でしたわ》

 

 驚いたような声音のセシリアがプライベート・チャネルで称賛を贈ってくる。

 手慣れてる、か。まあ、言われれば確かにそうだな。

 

「飛行に関しては、それなりの腕前があると自負はしているな」

 

 そんな会話をしていると、後方を飛んでいた一夏が徐々に追い付いてきた。その操縦はかなり慎重だ。

 それもそのはず。なにせ超音速状態なのだから、もしぶつかりでもしたら(つぶ)れたトマトになりかねないし、衝撃でタワー自体が損傷してしまう恐れもある。

 こと超音速飛行においては細心の注意を払う必要があるのだ。それは一夏もセシリアも、そして俺にも同じことが言える。

 

「よし! 追い付いたぞ」

 

「あら? わたくしの魅力的なヒップに釘付けかと思いましたわ」

 

「ば、バカ」

 

「ヒュ~。こいつはあとで箒達に報告した方が良さそうだな。なあ、セシリア?」

 

「ですわね。ふふっ♪」

 

「そ、それはやめてくれ! 何言われるか分かったもんじゃない!」

 

「考えといてやるよ」

「考えておきますわ」

 

「勘弁してくれよぉ! っていうか冤罪(えんざい)だ!」

 

 そんなやり取りを交わして、俺達はタワーの頂上から折り返す。

 そのまま並走状態でアリーナ地表へと戻った。

 

「はいっ。お疲れ様でした! 3人ともすっごく優秀でしたよ!」

 

 山田先生は嬉しそうな顔で俺達を褒める。

 教え子が優秀なのがそんなに嬉しいのか、ピョンピョンと飛び上がるたびに豊満な『モノ』が重たげに弾んでいた。

 

「(日本は弾道ミサイルを配備していなかったんじゃないのか? 今、目の前に2発もあるように見えるんだが……)」

 

「おい、ウィル。おい!」

 

「お、おう。どうした、ラウラ?」

 

「お前も、その……なんだ……。む、胸は大きい方がいいのか?」

 

「ぶふぅ!? い、いやぁ、違うぞ! まさかそんな! HAHAHAHA!」

 

 慌ててブンブンと手を振って否定するが、ラウラは心配そうな表情で自分の胸を見下ろす。

 ……俺に女子の気持ちは理解できないが、やはり胸の大小というのは切実な問題なのだろうか?

 

「あー、まあ、なんだ。俺個人としての意見だが、サイズなんて二の次だな。それだけで人の価値は決まらないと思うぞ」

 

 ちなみに言うと、俺の好みのサイズは服の上からでも若干分かるくらいの大きさなのだが、これは心の中に封印しておこうと思う。

 何が楽しくて自分の性癖を他人(ひと)に暴露しなきゃならんのだ。

 

「ふ、ふん。そうか。……そ、それなら、別にいい……」

 

「……? しかし、なんだって突然そんなことを訊いてきたんだ? しかも俺に」

 

「は、話はもう終わりだ! ――ええい! こっちを見るな!」

 

 IS展開状態のラウラが腕で()ぎ払う。そうすると、例の慣性停止結界(AIC)が発動して、俺の首はおかしな角度でロックされた。

 

「(そっちから話しかけておいて一方的に切るなんて酷い! っていうかAICを解いてくれ! 首痛い!)」

 

 そんなやり取りをしていると、織斑先生がパンパンと手を叩いて全員を注目させる。

 

「いいか。今年は異例の1年生参加だが、やる以上は各自結果を残すように。キャノンボール・ファストでの経験は必ず生きてくるだろう。それでは訓練機組の選出を行うので、各自割り振られた機体に乗り込め。ボヤボヤするな。開始!」

 

 毎年の恒例行事であるキャノンボール・ファストは本来、整備課が登場する2年生からのイベントだ。しかし、今年は予期せぬ出来事に加えて専用機持ちが多いことから、1年生の時点で参加することになった。

 訓練機部門は完全なクラス対抗戦になるため、例によって景品が出るらしい。

 

「よーし、勝つぞ~!」

 

「お姉様にいいとこ見せなきゃ!」

 

「勝ったらデザート無料券! これは本気にならざるを得ないわね!」

 

 そんなこんなで燃えている女子一同に触発されてか、教師陣の指導には余念がない。

 特に山田先生は気合い十二分のようで、今日も胸元の開いたISスーツを着ている。

 

「(あれ、本人は純粋にサイズが合わないから仕方なく開けてるんだろうなぁ、胸元……)」

 

 さすがに男に対する破壊力が強すぎる。

 ――なんて余計なことを考えている場合じゃないな、と思考を切り捨てて、俺は早速機体の微調整を開始した。

 

「(ふーむ……。今回はレースだから、捜索レーダーは短距離・広範囲の設定にしておいた方がいいな)」

 

 バイザーに各種設定項目を呼び出して微調整を加えていく。……よし、レーダーはこれでいいだろう。

 

「(で、問題なのは……)」

 

 はぁ……と溜め息をつきながら、俺は増設エンジン・ユニットの、その間からわずかに顔を覗かせる『砲身』に視線をやった。

 GAU‐8アヴェンジャー。7つの砲身を持つこのガトリング砲は使用弾に30ミリ弾を用い、分間射速は3,900発にも(のぼ)る。

 現存する航空機関砲の中で最強にして最凶の威力を誇るこいつは、装甲車両を文字通り『地面ごと(たがや)せる』ような代物だ。

 これが、例のとんでも装備の正体である。

 

「(ちくしょう、頭のネジ吹っ飛びすぎだろ……)」

 

 このエンジン・ユニットが届いた日、早速中身を確認しようと付属の端末に目を通した俺は、思わずその場で卒倒(そっとう)してしまった。

 以前にも説明したが、『アヴェンジャー』は砲本体と各システムの重量を合わせると1トンを超える。おまけに全長も6メートル超えのバケモノ砲だ。

 じゃあ、そんなバケモノ砲をなんで【イーグル】が装備できたんだ? とみんな疑問に思うだろう。

 その答えは、荷物と一緒に入っていた手紙を見れば分かる。

 

『誰もが無理だと言った。

 これはA‐10向けだと言われた。

 小型化も軽量化も、無理だと言われた。

 ――だが違った。

 byガトリング中将&開発スタッフ一同』

 

 そう、成功したのだ。してしまったのだ。

 そして悲しいかな、この文章だけでガトリング中将と【イーグル】の開発スタッフなら仕方ない、と納得してしまう俺がいるのだった。

 ……取り敢えず、あの野郎どもには今度7砲身パンチをお見舞いしてやろう。

 

「ていうか、開発スタッフまで中将に毒されたのか……。はぁ~……」

 

「よう、ウィル」

 

 何度目かの溜め息をついていると、一夏が歩いてくる。

 

「一夏か。そっちはどんな感じだ? 調整は上手くいってるか?」

 

「俺はさっき箒とエネルギー分配について相談していたところだ。パッケージが無い以上、あとはスラスターの微調整で対応するしかないからな」

 

 一夏の言う通り【白式】には一式装備(パッケージ)が1つも存在しない。

 というのも、一夏のISは少々ワガママな性格のようで、開発元の倉持技研(くらもちぎけん)ですら追加装備開発がお手上げ状態なんだとか。

 

「なかなか苦労してるようだな」

 

「あはは、まあな。俺もパッケージの1つくらい欲しいもんだ」

 

 まあ、無い物ねだりしても仕方ないけどな、と苦笑混じりに続ける一夏。

 

「あ、一夏っ♪ ウィル♪」

 

 一夏と俺の姿を見つけたシャルロットが手を振る。

 俺達はそれに軽く手を挙げて応えながら、シャルロットとラウラ仲良し2人組の元に着くと同時にISを待機状態へと戻した。

 

「2人とも、調子はどうだ?」

 

「今ちょうど2人とも増設スラスターの量子変換(インストール)が終わったところ」

 

 そう一夏に答えるシャルロットの声はとても弾んでいるように聞こえる。やはり、好きな異性と一緒にいることが嬉しいのだろう。

 

「(好き、か……)」

 

 俺はチラリとほんの少しだけラウラを見る。

 答えはまだ見つかっていない。昨日の今日なのだからそんなすぐに出てはこないだろうが、本当に俺はどう思っているんだろうな。

 

「それで、これから調整に入ろうって、ね?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 シャルロットに話を振られて、頷くラウラ。

 確かに、見てみると、2人ともISスーツ姿にヘッドギアだけを部分展開した状態だ。

 シャルロットのヘアバンドのようなギア、ラウラのウサミミチックなヘッドパーツはそれぞれ何かのコスプレのようにも見える。

 インストールされたデータを読み込んでいるらしく、2人のヘッドギアは時折ピクピクッと揺れる。

 特にラウラのギアは形状も相まって本当にウサギのように見えて、なんだか無性に()でたくなってしまった。

 

「(っと、いかんいかん)」

 

 小さくかぶりを振ってこの妙な感情を追い出している俺を他所に一夏が口を開く。

 

「ちょっと見せてもらってもいいか?」

 

「うん、もちろん。ラウラと1周してくるよ。映像回してあげるね。チャンネルは304で」

 

「お、助かる。やっぱり上級者の視点をモニタリングできるのっていいよなぁ。本当、助かる機能だ」

 

 直視映像(ダイレクト・ビュー)と呼ばれるそれは、視界情報の共有――つまり、シャルロットが見ている世界をISを通して一夏自身も見ることができる。ちょっとしたテレビというか、ライブ映像だ。

 

「あっ、待ってくれ。その映像、俺も見せてもらっていいか? 旋回時の機体制御を少し見ておきたいんだが」

 

「いいよ。304のチャンネルで見れるからね」

 

「ウィル、私の視点も見せてやろう。チャンネルは305だ」

 

「サンクス。しっかり勉強させてもらうとしよう。よろしくな、ラウラ教官」

 

「ふ、ふんっ。何が教官だっ」

 

 そうは言いつつも、満更ではないようにラウラが頬を染める。

 どうやら照れているようだ。

 

「(さて、チャンネルを繋いでっと)」

 

「2人とも、準備オーケー?」

 

「ああ、バッチリだ。……って、ライブで自分の顔が見えるのってやっぱおかしな気分になるな」

 

「さっきから一夏の顔がドアップになったままだな」

 

「え!? い、いやその、別に一夏ばっかり見ているわけじゃ……」

 

「ん?」

 

「な、なんでもないっ」

 

 ブンブンと手を振るシャルロットを不思議そうに眺める一夏。それを見て、こいつブレねえな……と呆れていると、ラウラが先にIS【シュヴァルツェア・レーゲン】を展開して浮遊する。

 

「先に行くぞ」

 

「あ、待ってよ! ラウラってばぁ!」

 

 一足遅れでシャルロットもまたIS【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】を展開する。

 2人は危なげない機体制御で第6アリーナのコースを駆け、中央タワー外周へと上昇していった。

 

「(成程……。旋回時はこうすれば、より無駄なく動けるわけか)」

 

 シャルロットとラウラ、それぞれの画面を見ながら俺は納得する。

 2人とも違った動きをしているが、旋回時の減速タイミングは似ているので非常に参考になった。

 

「2人とも、どうだった?」

 

 少しして、シャルロットとラウラが帰ってきた。

 

「おう、お帰り。さすがに(うま)いよな。シャルもラウラも」

 

「良い参考になったよ。やっぱり2人に頼んで正解だったな」

 

「このくらいは基本だ。珍しいことなど何もない」

 

「さすが代表候補生だな。俺も負けないよう、これからも精進するとしよう」

 

「うむ。その意気で(はげ)むがいい」

 

 そんなこんなでラウラとシャルロットの元をあとにした俺と一夏は再度自機の調整に取りかかる。

 

「やっぱみんなスゲェなぁ」

 

「俺達も頑張ろうぜ。キャノンボール・ファスト本番は妨害有りのバトルレースだ。立ち回りが重要になる」

 

「遠距離攻撃の武器が1つしかない身としては厳しいけど……そうだ、せっかくだから模擬戦の相手をしてくれないか?」

 

「キャノンボール・ファスト想定の高速機動戦闘をか?」

 

「ああ。頼めるか?」

 

 先に実戦想定の訓練をできるのは、こちらとしても非常にありがたい話だ。

 

「いいぜ。調整は完了してあるから早速始めよう」

 

「助かる」

 

 言って、一夏はISを展開する。光の粒子が集まっていき、純白の装甲が眩しい【白式】が具現化された。

 

「いくぞ、相棒」

 

 俺も【バスター・イーグル】を呼び出し、展開する。

 

「いつ見てもゴツいな、お前のIS。エンジンがいくつだったっけ?」

 

「通常時のものも合わせて計4発だな」

 

「燃費悪そうだなぁ。ジェットエンジンって結構食うんだろ?」

 

「そりゃもう、とんでもない大食らいだぞ。だから燃料もいつもより多めにしてある」

 

「ガス(けつ)起こしたら飛べなくなるもんな。でも、被弾して誘爆とかしないのかよ?」

 

「対策くらいしてるさ。ほら、こうやって調整で絶対防御の範囲圏内を広げてな」

 

「成程……」

 

 入学して5ヶ月ちょっと経った今では、俺も一夏もIS関連の知識は一通り覚えることができた。

 これも、放課後にみんなで集まって勉強会を開いたおかげだろう。

 

「じゃ、始めるぞ。一夏、準備はいいか?」

 

「おう。合図はそっちに任せる」

 

「分かった」

 

 一夏の言葉に頷き、それから2人でスタートラインに並び立つ。

 

「いくぞ。……3、2、1、ゴー!」

 

「!」

 

 合図で俺達は同時に飛び立つが、ここでも先頭は一夏に譲ってしまう。

 やはり、加速力の底上げをほどこしてもこの問題を解決するのは難しいようだ。

 

「(抜かれたのなら、抜き返せばいいだけのことだ!)」

 

 俺は出力最大で一夏の後に続きながら、兵装システムの安全装置を解除した。

 

「(せっかくだ。こいつの使い勝手も試させてもらうとしよう)」

 

 エンジン・ユニットの中間に埋め込まれた『アヴェンジャー』を起動する。

 信号を受け取ったそれは、すぐさま7本の砲身を高速回転させ始める。

 

「(わざわざ載っけたからには、役に立たなきゃ段ボールに詰めて送り返すからな?)」

 

 バイザーに投影されたレティクルが、ちょうどカーブを抜けようとしている一夏と重なる――と同時に発射ボタンを押し込んだ。

 

 ヴァアアアアアアアッ!!!

 

 発射初速1,067メートル毎秒、口径30ミリの火線が一夏に向かって伸びる。

 

「うおおおっ!!?」

 

 命中する寸前で慌ててサイドロールをした一夏のすぐ横を砲弾がかすめ飛んで行った。……悪くないな。当たらなくても相手をビビらせるのに使えそうだ。

 

「いい反射力だ、一夏。……だが」

 

 ――TGT Locked(目標をロックしました)――

 

「――回避にばかり気を取られすぎだぜ」

 

 ニヤリと笑って、俺は空対空ミサイル『スカイバスター』を発射する。

 ロケットブースターから勢いよく炎を吐き出すそれは、一夏の未来位置を計算しながら飛翔していった。

 

「しまっ――!?」

 

 ズドォォォンッ!! サイドロールした先に待ち受けていたミサイルが炸裂する。

 それに巻き込まれた一夏はコースアウトし、重力に従って地面に落ちた。

 

「お疲れさん。立てるか?」

 

 体を起こそうしている一夏の横に立ち、手を差し出す。

 

「あ、ああ。お疲れ」

 

 差し出した手を掴んで一夏が立ち上がる。

 

「どうだ? 高速機動戦闘の感覚は掴めたか?」

 

「ああ。まだなんとなく程度だけどな」

 

「なんとなくでも十分だ。あとは訓練を繰り返していけば自然と身につくもんさ」

 

 バクバクと燃料を食い続けるジェットエンジンを停止させてから、俺はさらに言葉を続けた。

 

「それに【白式】のスペックなら他の奴らとも問題なくやり合えるはずだ。ということで、これから放課後は特訓だな」

 

「おう。付き合ってくれてありがとな、ウィル」

 

「ユアウェルカムだ」

 

 互いの(こぶし)を軽くぶつけ合ってから、俺と一夏は訓練に戻るのであった。

 

 ▽

 

「はー……。今日も疲れた」

 

 ついに大会前日となった今日は、アリーナ使用時間のギリギリまで一夏の特訓に付き合った。

 

『いいか、高速機動戦では冷静な判断力が重要になってくる。そして、それを迅速に実行するだけの行動力も必要だ。それは前に説明したよな?』

 

『回避、迎撃、防御を瞬時に判断するんだよな。前よりはだいぶマシになったと思うんだが』

 

『ああ、良くなってきている。だがそれで満足はするなよ? 特に超音速飛行の場合、ほんの些細(ささい)なミス1つで壁や地面に鉄臭いイチゴジャムをぶちまけることにもなり得るんだ』

 

『表現がいちいちグロすぎるだろ……。この前は(つぶ)れたソーセージだったし……』

 

『そうなりたくなかったら訓練あるのみだ。そら、撃つぞ!』

 

『うひぃぃ!?』

 

『はははっ! よくかわした! いいぞ、次は迎撃もしてみせろ! やられてばかりじゃ、お前も(しゃく)だろ?』

 

 ……

 ………

 …………

 

「(2時間ぶっ続けはさすがにキツいもんだ。一夏のやつ、部屋でひっくり返ってなきゃいいが……)」

 

 シャワーを浴びて心身ともにリフレッシュした俺は、手早く服を着て脱衣場を出る。

 これからラウラに夕食に誘われているので、あまり待たせるのも悪い。

 

「ふう……。待たせたな、ラウラ。早速飯に行くか」

 

「う、うむ。そうだな……」

 

「?」

 

 ラウラにしては珍しく、どうにも滑舌が悪い。

 その態度も、どこか落ち着きなさそうにモジモジとしていた。……遅すぎて怒ってる……わけではなさそうだが。

 

「うん? ずいぶんと可愛らしい格好をしているな」

 

「!!」

 

「その服は見たことがないな。どうしたんだ?」

 

 俺がシャワーを浴びている間に着替えたのだろう。ラウラはロング(たけ)のワンピースに身を包んでいた。

 細身によく似合うスレンダーなシルエットのそれは、黒色が銀髪と対比して映えている。

 腰にさりげなく巻いている(ひも)ベルトがワンポイントになっていて、俺の視線を引いた。

 

「こ、こ、これはだなっ! しゃ、シャルロットと先日買ったものだっ!」

 

「ほう。よく似合ってるじゃないか。そうしているとどこかのお嬢様みたいだぞ」

 

「お、おじょっ……!」

 

「さて、じゃあそろそろ食堂に行くか」

 

「……お嬢様……私が、お嬢様……」

 

「ラウラ?」

 

「!? な、なんでもない! で、では早速行くとしよう!」

 

 ギクシャクと動き始めた手足は、右手と右足が同時に前に出ていた。……本当にこんな動きする奴は初めて見たぞ……。

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

「え、ええい! うるさいうるさい!」

 

 ドスッと脇腹に手刀をくらう。……Why(なんで)

 

「お、お前のせいだぞ……お前のせいだからな!」

 

「うわっ! 待て! 待てって! ……ったく、仕方ないな!」

 

 俺は手刀乱舞しているラウラの手を取り、近接格闘の要領で足を払う。

 

「っ!?」

 

 ラウラの小柄な体がフワリと浮く。その隙に、俺は床の上に体を滑り込ませて彼女を抱きかかえた。

 

「なっ、なっ、なっ……!」

 

「大人しくしてくれ。手刀もCQC(近接格闘)も無しだ。いいな?」

 

「う、うむ……」

 

 ちょうどお姫様だっこのような格好になったラウラは、暴れるのをやめて俺の腕の中で小さく頷く。

 なんとか手刀乱舞がやんで「ふぅ」と一息ついた俺だったのだが、しかし……。

 

「(うっ……。なんだ、この甘い匂いは……)」

 

 上手く説明することは難しいが、やわらかで蠱惑的(こわくてき)な香りがする。

 嗅いでいて悪い気はしないのだが、どうにも俺の心をざわめかせるような不思議なものだった。

 

「(人間ってこんな匂いしたっけか? 俺は……そんな匂い一切しないな。じゃあアレか? (うわさ)に聞くフェロモンとかいう……)」

 

「う、ウィル……。行かないのか……?」

 

「お、おお。そうだったな」

 

 言われて、やっと自分がボーっとしていたことに気づく。

 取り敢えずラウラを床に降ろしてから歩こうと思って身を(かが)めると、クイッと服をつままれた。

 ……これは降りたくないという意思表示なのだろうか?

 そんなラウラの仕草と鼻腔(びこう)をくすぐる甘い匂いに、俺の心臓が早鐘(はやがね)を打ち始める。

 

「……ちゃんと掴まってろよ」

 

 そう告げて、俺はラウラを抱いたまま食堂へと向かった。

 

「きゃあああっ!? なになに、なんでお姫様だっこ!?」

 

「ボーデヴィッヒさん、いいなー」

 

「私も! 次、私も!」

 

「ああっ! なんかお似合いな感じが余計腹立つ!」

 

 ……しまった。食堂に入るなり、女子一同に発見されてしまった。

 

「(人気のないルートを選んで来たってのに、最後の最後で見つかるとは……)」

 

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。押しかけてきている女子をどうにかしなくては。

 

「……………」

 

「ラウラ、降ろすぞ?」

 

「あ、ああ……」

 

 どこか残念そうな声色で返事をするラウラを、俺はゆっくりと床に降ろす。

 ……まだ心臓がうるさく鳴ってやがる。本当にどうしたんだ、俺は。

 

「「「ホーキンスくん!」」」

 

「悪いが、そういうサービスは受け付けていないもんでな」

 

「なんでよ!」

 

「ラウラだけずるい!」

 

「同居までしてるくせに!」

 

「そーだそーだ!」

 

「ハッ!? まさか、もうそういう(・・・・)関係だったり……!?」

 

 雲行きが怪しくなってきたので、ぶーぶーと文句を言う女子一同をなんとかなだめて席へと返す。そんなやり取りに5分近くかかってしまった。

 

「はぁ、毎度のことながら騒々しい……。元気あり余りすぎだろ」

 

「……………」

 

 俺に触られていた二の腕を抱くように、ラウラは桜色に頬を染めながら腕を組む。

 

「それで、ラウラは何を食べるんだ? 俺はホッケ定食にしようと思うんだが」

 

「……………」

 

「おーい、ラウラ。ラウラさーん」

 

 ピュイッと口笛を吹き、ラウラの耳元で指をパチパチと鳴らしてみる。

 

「な、なんだ!?」

 

「いや、何食べるんだって聞いたんだが」

 

「そ、そうだな! フルーツサラダとチョコぷりんにするとしよう!」

 

「チョコぷりんか。確かに美味いよな、あれ。好きなのか?」

 

「ま、前にシャルロットからもらったのが美味しかったからな……」

 

「そうか。ラウラは本当に甘いものが好きだなぁ」

 

「わ、悪いか?」

 

「いや。俺も甘いものは好きな方だからな。注文はこれで全部か?」

 

「う、うむ……」

 

 というわけで、俺とラウラはそれぞれの夕食を取ってテーブルにつく。

 ちなみにこのホッケ定食、あまり人気がないため6月に出たっきりメニューから消えていたのだが、最近になって期間限定で復活したらしい。

 シンプルに塩焼きされたホッケに醤油(しょうゆ)を垂らして食うと最高に美味い。それを白米と一緒に喉へ流し込む時の感覚は、もはや幸福すら覚えるほどだ。

 

「それにしてもラウラ、夕食がたったそれだけって足りるのか?」

 

「い、一夏が言うには夕食は少なめの方がいいそうだ」

 

「ああ、その話か。でもそれってダイエットしたい時の話だろ? ここで体重の話を持ち出して悪いが、お前さん結構軽いぞ?」

 

「か、軽いだと!?」

 

「待て待て待てっ! あらかじめ断りは入れただろ! それにいいじゃないか、軽くて!」

 

「それは……そうだが。むぅ……」

 

 納得がいかないという感じで、ラウラはフルーツサラダに手を戻す。

 ワンピース姿でサラダを食べている姿は、まるでCMか映画のワンシーンのようだ。

 

「(しまった、つい見とれてしまっていた……)」

 

「? なんだ?」

 

「いや、なんでもない」

 

「そうか」

 

 俺もラウラも食事に戻る。

 そうすると当然会話はなくなってしまうのだが、いつものことだ。

 

「「……………」」

 

 俺もラウラも、この無言のやり取りを嫌ってはいない。

 むしろ、普段の騒々しい学園生活とは違う静穏(せいおん)な空気が心地よいくらいだ。

 

「ウィル」

 

「ん?」

 

 珍しく、ラウラから声をかけてきた。

 俺は食事の手を止めて、顔を上げる。

 

「いよいよ、明日だな」

 

「キャノンボール・ファストか。気ぃ引き締めていかないとな」

 

「言っておくが、負けんぞ」

 

「そいつはこっちの台詞だな」

 

 それだけ言って、また俺とラウラは食事を再開する。

 初めての高速機動における公式戦とあって、俺は緊張と同時に未知への期待に胸を膨らませた。

 

 




 ーおまけー

『社外秘』【バスター・イーグル】設計時のスタッフ達の会話。
 ウォルターズ・エアクラフト社内、第4会議室にて。

「速さが足りない……」

「火力も足りない……」

「両方の要求を満たさなきゃあならないってところが、開発スタッフのつらいところだな」

「「「う~む……」」」

 テーブルを囲むように座り、腕を組んで唸るスタッフ達。
 そんな彼らの中で最年少の新人スタッフが恐る恐るといった様子で手を挙げる。

「あの……」

 彼はまだ新人であるにもかかわらず、その技量を認められてIS開発スタッフへと回されていたのだった。

「いっそ、ターミネーター用のジェットエンジンを載せるというのはどうでしょうか……?」

「「「…………は?」」」

 新人スタッフ1人に対し、その場にいる全員の視線が集中する。
 視線の集中砲火に耐えられず彼が縮こまっていると、ポツリと誰かが口を開いた。

「……君さぁ」

 声の主はウィリアムの父にしてウォルターズ・エアクラフト社のベテラン社員、ジェームス・ホーキンスである。

「あ、す、すみません。もっと真面目な案を考えます――」

「誰かに天才って言われたことない?」

「……はい?」

【バスター・イーグル】がISでありながら2基のジェットエンジンを持つ切っ掛けとなった一幕である。


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53話 The mayhem sky( 混 沌 の 空 )

 キャノンボール・ファスト当日。

 会場は超満員で、空には花火がポンポンと上がっている。

 

「おー、よく晴れたなぁ」

 

「青空ってのは、やっぱり気持ちの良いもんだ」

 

 秋晴れの空を見上げながら、俺は日差しを手で遮る。

 今日のプログラムはまず最初に2年生のレースがあって、それから1年生の専用機持ちのレース、そして1年生の訓練機組みのレース。そのあと3年生によるエキシビジョン・レースだ。

 

「一夏、ウィリアム、こんな所にいたのか。早く準備をしろ」

 

「おう、箒。いやなに、スッゲー客入りだと思ってな」

 

「だな。よくこれだけの人数が集まったもんだ。収容過多で立ってる客までいるぞ」

 

「まあ、例によってIS産業関係者や各国政府関係者も来ているようだしな。警備だけでも相当な数だろう」

 

 それを抜きにしてもこれだけの人数が集まるのだから、ISの注目度がどれほど高いのかが分かる。

 何にしてもこの大観衆の前だ、赤っ恥(あかっぱじ)をかかずに結果を残さんとな。

 

「(しかし、これだけの人数となると、いくら警備がいるといっても心配だな)」

 

 以前、学園祭で遭遇した『亡国機業(ファントム・タスク)』という組織。連中がまた何か仕掛けてこないとも限らない。

 

「(それに、大きなイベントがあるたびに俺達は何かしらトラブルに巻き込まれるからな、ったく……)」

 

「いてててっ!?」

 

 頼むから何も起こらないでくれよ、と思いながら観客席の方を見ていると、いきなり一夏が悲鳴を上げた。

 振り向くと一夏の耳がグイィッと、誰かに引っ張られている。言わずもがな、引っ張っているのは箒だった。

 

「さっさと来い! まったく……子供じゃあるまいし」

 

「あ、あのなあ! 子供扱いしているのはそっち……いててて!」

 

「お前が来ないと私が先生に怒られるんだ! ウィリアム! お前も早く来い!」

 

「分かった分かった。すぐ行くから、取り敢えず一夏の耳を放してやれ。片方だけ森の妖精(エルフ)みたいになってるぞ」

 

「まったく」

 

 そう言って一夏の耳を解放して、ピットに向けて歩を進めていく箒。

 

「ははっ、真っ赤なお耳の一夏さんだな」

 

「笑い事なもんかよ。マジで千切れるかと思ったんだからな?」

 

「でも千切られてはいないだろ? ほら、もう片方も引っ張られる前に戻ろうぜ」

 

「確かに、こんな所で油を売っていても仕方ないしな」

 

 そう言葉を交わして、俺と一夏もピットに戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 わぁぁぁ……! と、盛大な歓声がピットの中にまで聞こえてくる。

 今は2年生のレースが行われている。どうやら抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げているようで、最後まで勝者の分からない大混戦らしい。

 

「あれ? この2年生のサラ・ウェルキンってイギリスの代表候補生なのか」

 

「おお……。よくもまあ、訓練機であれだけの操縦ができるもんだ」

 

「ええ。専用機はありませんけど、優秀な方でしてよ」

 

 わたくしも操縦技術を習いましたもの、と付け加えるセシリア。その姿はすでにIS【ブルー・ティアーズ】の高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を展開している。

 同じく、俺と一夏もISを展開してレースの準備に取りかかった。

 

「セシリアのやつ、やる気満々だなぁ。俺も負けないようにしないと」

 

「一夏、その意気込みは大いに結構だが、間違っても壁に――」

 

「イチゴジャムをぶちまけるなよ」

「イチゴジャムをぶちまけるなよ、だろ?」

 

「分かってるじゃないか。熱くなるのはいいが、頭の中はクールにしていこうぜ」

 

「おう」

 

 ピットには俺や一夏、セシリア以外にも参加者である箒、鈴、ラウラ、シャルロットが控えている。

 みんな各々のISを展開してレースの準備に取り組んでいた。

 

「それにしても、なんかゴツいな鈴のパッケージ」

 

「ふふん。いいでしょ。こいつの最高速度はセシリアにも引けを取らないわよ」

 

「まさにジャガーノートといったところだな。こいつは手強(てごわ)そうだ」

 

「それを言うならウィルもだけどな。ヤバすぎだろ、その背中のガトリング砲……」

 

「うわっ、ほんとだ。アンタそれで何を撃つ気よ」

 

「ふっふっふっ……。なんだと思う?」

 

「言わなくても分かるわよ……」

 

 鈴の専用機【甲龍(シェンロン)】の高速機動パッケージ『(フェン)』は増設スラスターを4基装備しており、それ以外にも追加胸部装甲が大きく全面に突き出している。……あんなもんで体当たりされたらバラバラになりそうだ。

 衝撃砲が真横を向いているあたりは、妨害攻撃のためなのだろう。

 

「(キャノンボール・ファストのためだけにあるような仕様だな)」

 

 そういう意味では、俺達の中では一番有利かもしれない。

 セシリアのパッケージは本来強襲離脱(きょうしゅうりだつ)用だし、俺や他のメンバーにしても間に合わせの高速機動仕様だ。完全にキャノンボール・ファスト仕様の鈴が1歩先を行っている。

 

「ふん。戦いは武器で決まるものではないということを教えてやる」

 

 そんな格好いい台詞を言ったのは箒だった。

 エネルギー不足にかなり頭を悩ませていたそうだが、展開装甲をマニュアル制御することで問題を解消したらしい。

 

「戦いとは流れだ。全体を支配する者が勝つ」

 

 3基の増設スラスターを背中に装備したラウラが話に入ってくる。

 専用装備ではないとはいえ、新型のスラスターは性能的に十分らしく、今回のレースも自信があるらしい。

 

「みんな、全力で戦おうね」

 

 そう言って締めたのはシャルロットだった。ラウラと同じく3基の増設スラスターを肩に左右1基ずつ、背中に1基配置している。

 元々カスタム仕様のシャルロットの機体はオーダーメイドのウイング・スラスターを装備しているが、そこにさらに出力を足した形になっている。

 

「みなさーん、準備はいいですかー? スタートポイントまで移動しますよー」

 

 山田先生の若干のんびりとした声が響く。

 俺達は各々(うなず)くと、マーカー誘導に従ってスタート位置へと移動を開始した。

 移動する(かたわ)ら、俺はエンジン始動と各システムのチェックを行う。

 

「(エンジン回転率よし。操縦システム及び火器管制システムにも異常なし。ロックンロールと行こうぜ、相棒)」

 

『それではみなさん、これより1年生の専用機持ち組みのレースを開催します!』

 

 大きなアナウンスが会場に響き渡る。

 俺はジェットエンジンの出力を即応状態(アイドリング)に、他の面々はISのスラスターを点火した。

 

 キィィィィィィィンッッ!!

 

 聞き慣れた甲高い音をBGMにハイパーセンサー・バイザーを下ろし、俺は意識を集中させる。

 超満員の観客が見守る中、シグナルランプが点灯した。

 

 3……2……1……GO!!

 

「ッ……!」

 

 急激な加速で俺を置いて行く6機のIS。こちらも負けじとアフターバーナー全開で追跡を開始する。

 

「(まずはセシリアが先頭に立ったようだな)」

 

 あっという間に第1コーナーを過ぎ、セシリアをトップにして列ができる。

 

「さぁて、ここから勝負をかけさせてもらうか」

 

 俺は前方を飛ぶ箒に狙いをつけて30ミリ ガトリング砲『アヴェンジャー』を発砲した。

 その砲弾をかわそうと機体をわずかに上昇させた(すき)を突いて、彼女の下方を通り抜ける。

 さらに、その先で鈴の衝撃砲を横ロールで回避していたセシリアをも追い抜き、俺は一気に順位を押し上げた。

 

「よし、この調子で――」

 

 刹那、前方から大口径リボルバー・キャノンの砲弾が飛来する。

 

「……行けるわけないよなっ!」

 

 命中する寸前で機体を傾けると、ヒウンッ! と風切り音を立てながら鉄の(かたまり)が通り過ぎていった。

 

「(この正確な実弾射撃はラウラか……!)」

 

 あんなものが被弾したら、例え直撃しなかったとしてもコースアウトは必至(ひっし)だろう。

 実際に目の前でコースラインから()れていく鈴を尻目に、俺は内心で冷や汗を流す。

 

「くっ! さすがに手強(てごわ)い……!」

 

 なおも続くラウラの牽制(けんせい)射撃が一夏にも及び、後続を大きく引き離す。……これは絶好のチャンスだ。

 下手に近づけば被弾の確率は上がるが、だからといってこんな所で大人しくしているつもりもない。

 

「一夏! 横、失礼するぜ!」

 

「おおい、マジかよ!?」

 

 回避機動によって速度を減退させる一夏を抜き去り、俺は弾幕の中へと突っ込んだ。

 

「やはり追い付いてきたか、ウィル」

 

「ビリっけつを飛ぶのは(しょう)に合わないんでな。目指すは1位だ」

 

「ふっ、それでこそ私の嫁だ」

 

 ニヤリ、と楽しそうに口元を歪めるラウラ。

 

「だが……」

 

 しかしそれも一瞬のことで、すぐさま鋭い目つきとなった彼女は、早速俺に対して苛烈(かれつ)な砲撃を浴びせてきた。

 

「そう易々(やすやす)と道を譲ってやるつもりは無いぞ!」

 

「言われなくとも分かってるさ!」

 

 ロールやヨーイング、スラスト・ベクタリング(推力偏向機動)を駆使して砲撃を()いくぐりながら、俺は着々と反撃の準備を進める。

 ヘッドギアのノーズに収められた火器管制レーダーが正面のラウラを捕捉(ほそく)する。

 

 ――TGT Locked(目標をロックしました)――

 

 ビーッという電子音が鳴って、ラウラに重なっていた照準サークルが緑から赤に変色する。

 そして、開放した右ウエポン・ベイから『スカイバスター』を発射しようとした瞬間、俺はいきなり背後からの銃撃に襲われた。

 

シット(クソ)……!」

 

 悪態をつきながらバレルロールで緊急回避を行う俺の真横を、オレンジ色の機影が高速で通過して行く。

 

「ウィル、お先に」

 

「シャルロット! 仕掛けてきたか!」

 

「キャノンボール・ファストはタイミングが命だからね。それじゃ」

 

 さらに出力を上げたシャルロットが、ラウラへとジワジワ肉薄して行く。

 落ちた順位を巻き返そうとする俺の後ろでは一夏と箒が接近しての格闘戦を繰り広げていた。

 

「やるな!」

 

「そう簡単に墜とされるかよ!」

 

 そこへさらに復帰したセシリアと鈴も加わって大混戦へと発展する。

 ドンッ! と、目標から外れた衝撃砲の砲弾がコースの緩衝壁に当たって爆ぜた。

 

「レースはまだまだ!」

 

「これからが本番よ!」

 

 白熱するバトルレース。それが第2ラップに突入した時に、異変は起きた。

 

 ――警告! 識別不明機1機が接近中! 武器システムの起動を確認!――

 

「なに……?」

 

 ハイパーセンサーが発する警告に(まゆ)をひそめながら、俺は連動するレーダーに視線をやる。

 短距離・広範囲の設定にしていたそれは、前を飛ぶラウラとシャルロット以外にもう1つ光点を点滅させていた。

 

「――ッ!? ラウラ! シャルロット! 左右に回避機動を取れ!!」

 

 確証の無い、ただの(かん)からの判断だったが、俺はありったけの声量で前の2人に向けて叫ぶ。

 

「ぐぅっ!?」

 

「あああっ!」

 

 しかし俺の声が届くよりも先に、2発のレーザーがラウラとシャルロットを容赦なく撃ち抜いた。

 

「あは♪」

 

 コースアウトするラウラとシャルロットを見下ろす襲撃者。

 バイザーに隠れて顔をしっかりと確認することはできないが、その口元は確かに笑みを作っていた。

 

 

 

 

 

 

「クソッ! ラウラ!」

 

「大丈夫か! シャル!」

 

 俺と一夏はすぐさま壁に激突した2人の元に駆けつける。

 俺はラウラとシャルロットを離れた場所へ退避させるため2人を引き上げ、一夏は『雪羅』のシールドエネルギーを展開して防御支援に(つと)める。

 次の瞬間、BTライフルの追撃が降り注いだ。

 

「くっ……! 攻撃が激しい……!」

 

「チッ! トドメを刺そうってか……!」

 

「お2人とも! あの機体はわたくしが!」

 

「セシリア!? おい!」

 

「待て! 1人で行くな!」

 

「BT2号機【サイレント・ゼフィルス】……! 今度こそ!」

 

 俺達の制止を聞かずに、セシリアは単機で襲撃者――【サイレント・ゼフィルス】へと向かって行く。

 しかし、高機動パッケージを装備している今のセシリアは、通常時と違ってビットの射撃能力が封印されている。そのための大型BTライフルらしいが、火力が落ちているのは事実だ。

 

「一夏っ! ウィルっ! 2人は任せたわよ!」

 

【サイレント・ゼフィルス】に向かって行くセシリアを、慌てて鈴が補佐する。

 セシリアのレーザー射撃、そして鈴の衝撃砲が一気に目標に対して放たれる。

 

「逃がしませんわ!」

 

「いけえええっ!」

 

 しかし、【サイレント・ゼフィルス】は特に回避することもなく、それどころかのんきに鼻歌まで歌っている。

 攻撃が直撃する瞬間、パァンッとビーム状の(かさ)が開いた。

 

「なっ……!?」

 

「くっ! やはり、シールドビットを……鈴さん! 多角攻撃! 一度に行きますわよ!」

 

「あたしに指図しないでよ! ったく、付き合ってあげるけどさあ!」

 

 セシリアと鈴の多角攻撃が始まる。それに合わせるように、【サイレント・ゼフィルス】は飛翔した。

 

「あれはイギリスの機体が強奪されたものだ……」

 

「ラウラ! よかった、なんとか無事だったか」

 

「ああ。世話をかけたな。もう降ろしてくれていい」

 

「その状態で動いても平気なのか?」

 

「直接戦闘には加われないが、固定砲台くらいにはなれるだろう」

 

 言うなり、地面に足を降ろしたラウラは【サイレント・ゼフィルス】に向けて砲撃を始める。

 しかし、圧倒的な機動性能に翻弄(ほんろう)され、その姿を正確に捉えることができない。

 

「速いっ……!」

 

 セシリアと鈴を相手にしながら、ヒラヒラと舞い踊るように【サイレント・ゼフィルス】は(ちゅう)を駆け抜けていく。

 

「一夏! ウィル! ここは僕が! 2人は箒と一緒にセシリア達を!」

 

「シャル! ダメージは!?」

 

「スラスターが完全に死んじゃったよ。PICで飛ぶことはできるけど、あの機体相手じゃ追いつけない」

 

 そう言ってシャルロットは増設スラスターを切り離す。グシャリとひしゃげたそれはスクラップ同然で、もう空を飛ぶことはないだろう。

 

「支援砲撃するラウラの防御に回るから、2人は行って!」

 

「分かった!」

 

「任せたぞ!」

 

 ラウラの防御をシャルロットに任せて、俺と一夏は【サイレント・ゼフィルス】に向かって飛び出す。

 途中で箒と合流し、連携して攻撃を仕掛けた。

 

「うおおおっ!」

「はあああっ!」

 

「可愛がってあげる」

 

 一夏と箒の格闘攻撃に、ライフル先端に取り付けた銃剣(バヨネット)で応戦する【サイレント・ゼフィルス】。

 

「墜ちろっ!」

 

 俺はその頭上を取って『ブッシュマスター』の30ミリ徹甲榴弾(てっこうりゅうだん)を放つが、例によって絶妙なタイミングでシールドビットが割り込んできて、決定打を与えられない。

 

「狙いは何だ! 『亡国機業(ファントム・タスク)』!」

 

「一夏! こんなクズどもに答える根性なんざ無いさ!」

 

「ふふっ♪」

 

「なっ……!?」

 

 刹那、【サイレント・ゼフィルス】は一夏の斬撃を受け流し、そのまま蹴りを浴びせる。

 

「ぐっ!」

 

「一夏っ!」

 

 ライフルのゼロ距離射撃を、箒がギリギリのところで突進して防いだ。

 しかし、それならとばかりに【サイレント・ゼフィルス】はBT偏向射撃(フレキシブル)を行い、グニャリと進路を変えたビームが一夏に迫る。

 

「こんなものっ!」

 

 シールドモードの『雪羅』でその射撃をどうにかさばく一夏。

 しかし、防御に意識を割かれるあまり、そのまま壁に背中から激突した。

 

「がはっ!」

 

 致命的な(すき)を生んでしまった一夏を、【サイレント・ゼフィルス】は見逃さない。

 

「もう少し遊びたかったんだけどなぁ」

 

 バカッと中央から割れたライフルが、最大出力で一夏を狙う。

 

「ちくしょうっ、一夏ぁ!!」

 

 周りを飛んで妨害してくるシールドビットを避けながら、俺は一夏の元へ全速力で飛ぶ。

 これだけ妨害されている中では機銃の狙いを定められない。ミサイルも今からロックしていては間に合わない。

 バチバチと放電状のエネルギーを溢れさせるそれが、一夏に向かって放たれた。

 

 ▽

 

「ん~~、さすがはゲイマーくんだぁねぇ。あれだけの専用機持ちを相手に、よく立ち回れるものだよぉ」

 

 キツい度の入った眼鏡(めがね)越しに襲撃者――ゲイマーの戦闘を見ながら、その男は歯を()き出しにして笑う。

 男の見た目は恐らく60代手前。痩せ細った体を白衣に包み、本人の趣味なのか前歯の1本は純金の輝きを放っている。

 

「しかしぃ、彼らも大したことないねぇ。もう少し頑張ってもらわないとぉ」

 

 いやにネットリとした口調で呟く男の背中に、声がかけられた。

 

「あら、イベントに強制参加しておいて、その言いぐさはあんまりじゃないかしら」

 

 男は振り向かず、不気味な笑みをさらに濃くする。その声の主ならもう分かっているから。

 ――更識 楯無(さらしき たてなし)、IS学園生徒会長にして、生徒の身でありながら自由国籍権を持つ天才。現在はロシア代表。候補生ではなく、代表である。

 

「IS【モスクワの深い霧(グストーイ・トウマン・モスクヴェ)】だったかねぇ? 君の機体はぁ」

 

「よくご存知ね。でもそれは前の名前。今は【ミステリアス・レイディ】と言うの」

 

「ほぅ……」

 

 男がゆっくり振り向く。刹那、壁の陰から現れた『ISに似た何か』が凄まじい速度で楯無に斬りかかった。

 

「あら、こんなか弱い女の子に対して酷いことするのね」

 

 瞬間的にISを展開した楯無は、それを蛇腹剣(じゃばらけん)『ラスティー・ネイル』で受け止める。

 襲いかかってきた機体は全体的に灰色をしていて、まるで女性の体をそのまま()したかのようなシルエットをしている。

 しかし、その胴体には釣り合わない巨大な左腕とブレードが一体化した右腕のアンバランスさが異様な雰囲気を(かも)し出していた。

 

「『亡国機業(ファントム・タスク)』、狙いは何かしら」

 

「残念だけどぉ、それは言えないねぇ」

 

「無理矢理にでも聞き出して見せるわ」

 

「君にできるのかねぇ? 更識 楯無くぅん」

 

「やると言ったわ、イカれ科学者(マッドサイエンティスト)

 

 敵機の腹を蹴り飛ばし、同時に蛇腹剣を捨ててランスを呼び出す。

 4連装ガトリング砲を内蔵しているそれは、形成するなり一斉に火を噴いた。

 

 ドドドドドドッ――!!

 

「……………」

 

 正確に相手を捉えた楯無だったが、しかし人間離れした反応速度で体勢を立て直した敵機には届いていない。

 

「どうだね、私の作品はぁ。素晴らしいだろぉう?」

 

「悪趣味な見た目のせいでマイナス点ね」

 

「おやおや、酷いこと言うねぇ」

 

 わざとらしくガッカリした表情をする男は「まあいいか」と言って、楯無に背を向けて歩き始めた。

 

「待ちなさい! 逃がしてあげるなんて一言も言ってないわ!」

 

「私ももう少し観戦していたいが、まだまだやることが残っていてねぇ。ここいらで失礼するよぉ」

 

 逃げる男を追おうとするが、まるで主を守るかのように敵機が間に割り込む。

 

「通さない、と言いたいわけね……!」

 

『……………』

 

 水のドリルを(まと)ったランスによる高速突撃をヒラリとかわして、敵機は楯無に肉薄する。

 と次の瞬間、その灰色の胴体が内側から膨れ上がり、ズドーンッ!! と大爆発を起こした。

 

「自爆!?」

 

 もうもうと黒煙が立ち込める。

 幸い楯無にダメージが行くことはなかったが、ISのハイパーセンサーからはすでに男の姿が消えていた。

 

「くっ……! これで2回連続で取り逃がしたわね……」

 

 正面からの対決なら、楯無はかなりの力を持っている。

 しかし、相手が逃走に全力を注げば、逃がしてしまうこともある。楯無も人間なのだから、何もかも完璧にはいかない。

 

「(この機体、無人機だったのね。だから自爆なんて真似を……)」

 

 クズ鉄と化した敵機の残骸を見下ろす楯無は、「はぁ……」と溜め息をこぼす。

 

「(……いいとこ無しじゃない、最近。一夏くんやウィリアムくんのことからかえないわね)」

 

 いつもの茶化した態度とは違う、本当に悔しそうにしている楯無がそこにはいた。

 

 ▽

 

「きゃあああっ!」

 

「「鈴!?」」

 

【サイレント・ゼフィルス】のBTライフル最大出力射撃を受けた鈴は、強く弾き飛ばされる。

 

「無茶しやがる……!」

 

「ば、バカ! なんで俺なんかをかばって……おい! 鈴!」

 

「うっさいわね……。アンタがノロいからよ……ゲホゲホッ!」

 

「鈴!!」

 

 身代わりになった鈴は、一夏に向かって拳を突きつけると、それを最後に意識を失った。

 どうやら、ISが致命的なダメージを受けた時に操縦者ごと意識を失ってしまう最終保護機能が働いたらしい。しばらく鈴が目を覚ますことはないだろう。

 

「クソぉっ!!!」

 

 一夏が体を起こすが、その時にはすでに『雪羅』のエネルギーが底を尽いていた。

 そして再び、今度はシールドの無い状態で【サイレント・ゼフィルス】の攻撃が向けられる。

 

「2度もやらせると思うか!」

「させませんわ!」

 

 発射直前、俺は機銃掃射で【サイレント・ゼフィルス】に回避機動を()いる。そこへ続けてセシリアが高機動パッケージの大出力を生かした体当たりを仕掛けた。

 

「ウィル! セシリア!」

 

「一夏! 今のうちに箒から補給してもらってこい!」

 

「それまでわたくしがこの場を引き受けましたわ!」

 

 セシリアは【サイレント・ゼフィルス】の両腕を押さえつけるように飛翔し、そのままアリーナのシールドバリアーに押し込む。

 スラスターを噴かして何度も叩きつけるように突進していると、バリアーが4回目の突進で割れた。

 そのまま割れたバリアーの隙間から、2機の青い機体が飛び立つ。

 互いに一気に加速し、市街地へと飛び立って行った。

 

「おいおいおいっ! 市街地上空でやり合うつもりか!? ったく! とにかく一夏は補給を済ませてこい! いいな!」

 

 それだけ言い残して、俺もバリアーの隙間からアリーナ外に飛び出す。

 

 ――警告! 火器管制レーダーの照射を検知! ロックされています!――

 

「!?」

 

 先行したセシリアの支援に向かうため市街地上空を目指す俺に、またもやハイパーセンサーが警告を寄越してくる。

 そしてその直後、ミサイル・アラートがけたたましく鳴り響いた。

 

Fuck!(クソッタレ!)

 

 撹乱(かくらん)用のチャフとフレアを同時に放出した俺は、機体を急旋回させてミサイルを回避する。

 

「(こんな時に新手(あらて)か!?)」

 

 捜索レーダーに視線をやると、ミサイルが飛来した方角に編隊を組む3つの光点を見つけた。短距離捜索モードにしていたがゆえに発見が遅れたらしい。

 

ルームサービス(・・・・・・・)を頼んだ覚えはないんだがなっ……!」

 

 不明機編隊、なおも接近中。目視圏内まで、あと20秒。

 



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54話 The mayhem sky( 混 沌 の 空 )

「(くっ! やはり、強い――!)」

 

 並走しながら、セシリアは長大な大出力BTライフル『ブルー・ピアス』を【サイレント・ゼフィルス】向ける。

 しかし、その攻撃タイミングを狙い澄ましたかのように、シールドビットと射撃によって潰されては、また距離が開いてしまうのだった。

 

「~~~♪ ……♪」

 

 ゲイマーは相変わらず鼻歌を歌いながら、遊ぶかのようにセシリアに攻撃を繰り返す。

 正確な射撃に加えて、圧倒的な連射速度、そして何より偏向射撃(フレキシブル)がセシリアを苦しめた。

 

「(このままではいずれやられてしまいますわ。かくなる上は……!)」

 

 セシリアはギュッと握りしめた手に格闘ブレード『インターセプター』を呼び出すと、一気に【サイレント・ゼフィルス】へと突撃した。

 

「もらいましてよ!」

 

「へえ~、そう来たか」

 

 ゲイマーは、付き合ってやるとばかりに左手にナイフを呼び出し、セシリアと格闘戦を始める。

 キンッ! と、(やいば)同士がぶつかるたび、鋭利な音と火花が弾ける。

 

「くっ……!」

 

 超音速状態での格闘戦は精神力を激しく消耗する。

 しかし、意地でも負けられないとばかりにセシリアは食い下がった。

 

 キンッ、ギィンッ! ガッ……ギィィンッ!

 

 片手で格闘戦を続けながら、ゲイマーは()えて高度を下げる。

 それに追随(ついずい)するセシリアは、突如視界に入ってきた高速道路の立体交差ポイントにぶつかりそうになる。

 

「このぉっ!」

 

「あははっ、やるじゃん!」

 

 高速横回転移動(アーリー・ロール)で危ないところを切り抜けたセシリアは、からかうように笑っているゲイマーに激昂(げきこう)する。

 

「(遊んでいるつもりですの!?)」

 

 再度、ブレードを振り下ろすセシリア。しかし、その(やいば)はゲイマーの一閃によって弾き飛ばされた。

 

「!?」

 

()っしいっ」

 

 まるで子供がゲームで遊んでいるかのような声。しかし、それとは真逆の無慈悲な連続射撃がセシリアを襲う。

 

「ああっ!」

 

 シールドエネルギーが一気に削られ、左腕で支えていたライフルを破壊される。

 なんとか地上に被害を出すまいと、地表ギリギリのところで急上昇するのがセシリアにはやっとだった。

 

「ねー、もう終わりぃー?」

 

 ライフル先端に取り付けられた銃剣(バヨネット)にエネルギーを充填させながら、ゲイマーがつまらなさそうに言う。

 

「まだ……ですわ。わたくしの切り札は、まだありましてよ!」

 

 叫んで、セシリアは心の中でトリガーを引く。

 高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』。そのビットを全て推進力に回している仕様の中で、けしてやってはならないと言われている禁止動作――。

 

「はああああああっ!! ブルー・ティアーズ・フルバースト!」

 

 閉じられている砲口からの一斉射撃。パーツを吹き飛ばしての4門同時発射。

 これを行えば最悪、機体は空中分解してしまう。しかし、偏向射撃(フレキシブル)を使えないセシリアにとっては、必殺の間合いによる最大級の攻撃だった。

 ――が、しかし。

 

「わーお! すごい攻撃ね! で・も」

 

 ゲイマーはふざけた調子で、セシリアの射撃を全て高速ロールで避けてみせた。

 

「なっ!?」

 

狙い(エイム)が甘いんだよねぇ」

 

 ザクッ――と、銃剣(バヨネット)がセシリアの二の腕を貫通する。

 

「あああああっ!!」

 

 耐え(がた)い苦痛に叫びが漏れる。

 その声を聞いて、悪意を微塵(みじん)も感じさせない純粋な笑みを浮かべるゲイマー。

 

「――お願い、【ブルー・ティアーズ】――」

 

 セシリアは貫かれた右腕をそのままに、もう何も握っていない左手をゲイマーへと向ける。

 その心の中に、(あお)(しずく)が落ちる。

 水面(みなも)に落ちた雫は静かに波紋(はもん)を広げた。

 

「(ああ、そうでしたの。【ブルー・ティアーズ】とは、つまり――)」

 

「……?」

 

 セシリアの意図を(はか)りかねるゲイマー。

 そして、セシリアがゆっくりと微笑みを浮かべた。

 

「バーン」

 

 手で作ったピストル。その指先からは何も発せられない。

 だが、次の瞬間、ゲイマーを背後から4本の(・・・・・・・)レーザーが貫いた(・・・・・・・・)

 

「!?」

 

 BTエネルギー高稼働率時にのみ使える偏向射撃(フレキシブル)

 それを土壇場(どたんば)でものにしたセシリアだったが、超音速状態からバランスと推進力を失った機体はその姿勢を維持できずに崩壊を始める。

 

「(これまでですわね……。でも、一矢(いっし)(むく)いましたわ)」

 

 (いさぎよ)い諦めを顔にするセシリア。しかし、諦めたその瞬間に届く声があった。

 

「待たせたな!」

 

 最大出力で突っ込んできた【白式】は、【サイレント・ゼフィルス】のライフルを切り裂き、その腕にセシリアを取り戻した。

 

 ▽

 

 ヴオオオオオンッ!

 

「ッ!? ちくしょう……!」

 

 小さく悪態をつきながら、俺は機体を上昇させて真横からの機銃射撃を回避する。

 耳元を巨大なハチが飛び回るかのような音と共に飛んでくるのは20ミリの機関砲弾だ。

 

「(こいつら、まさか軍用の人型航空兵器(ターミネーター)まで持っているとはな……!)」

 

 眼下に広がるのは一面の海。

 アリーナから離れた沖合い上空にて、俺は3機のターミネーターに囲まれながらの空中戦闘を繰り広げていた。

 

「(何なんだこの機体! 強奪されたどこかの新型か!?)」

 

 俺を取り囲む敵機のうち2機は翼面積が広く、円盤のような形状をした大柄なシルエットをしている。

 扁平型(へんぺいがた)のジェットエンジンが左右の分厚い主翼と一体化していて、ゴツいくせに機動力は悪くない。おまけに両腕には機関砲、翼下にはミサイルを大量に懸架(けんか)しているという重武装だ。

 そして、残ったもう1機だが、こいつもまた風変わりな見た目をしている。

 前翼(カナード)と前進型の主翼を持ち、しかも2枚の垂直尾翼が内側を向いて(・・・・・・)斜めに傾斜しているのだ。

 ジェットエンジンは尾部から突き出るほど巨大なものが2発、機体を挟み込むようにして配置されている。

 機体サイズは俺の【バスター・イーグル】以上だが、前進翼とカナードが生み出す機動力は(あなど)れない。

 

「(パンケーキ(フラップジャック)が2機に、エンテ型が1機。指揮機はあのエンテ型か)」

 

 さて、コイツらをどう片付けようか……と思考しているところへ、背後を付け回してくるフラップジャックAからミサイルを撃たれる。

 

「うるさい奴だ!」

 

 急旋回機動(ブレイク・マニューバ)でミサイルを回避した俺は、続いてエアブレーキを展開し、それと同時進行で機体にロール動作を加える。

 空気抵抗を受けて急激に速度を落とす俺と【バスター・イーグル】の動きについていけず、背後のフラップジャックAはそのまま高速で通過して行った。

 

「良いところに来たな」

 

 オーバーシュートしたフラップジャックAが、ちょうど機銃の射線上に入ってくる。

 俺は躊躇(ためら)いなくトリガーを引き、発射された30ミリの砲弾が敵機の主翼を食い破る。そして、それが内部で炸裂したことによって、さらに被害を拡大させた。

 

「せいぜい海水浴でも楽しんどけ」

 

『――!?』

 

 主翼、尾翼、さらにはエンジンまでズタズタに破壊されたフラップジャックAは制御を失い、きりもみしながら海面に突っ込んだ。

 ……あとはフラップジャックBと指揮機のエンテ型か。

 

「少しはやるようだな、シャークマウス」

 

「次はお前だ!」

 

 敵編隊長であろう男からの言葉にそんな返事をして、ミサイルのシーカーを合わせる。

 しかし、捕捉が完了してミサイルを発射しようとした瞬間、エンテ型のターミネーターは恐ろしい速度と機動力を(もっ)て俺のロックをあっさりと外してみせた。

 

「チッ……!」

 

 あの機体は格闘能力に優れているようだが、それだけじゃない。認めたくはないがパイロット自身もかなりの腕利きだ……!

 

「直接話せて光栄だよ、シャークマウス。たとえ『さよなら』を言うだけでもな」

 

 無線からはこちらを嘲笑う声が流れてくる。

 

『――敵機、近接攻撃圏内。格闘用ブレードを起動』

 

「こいつっ――!?」

 

 左腕をブレード状に変形させたフラップジャックBが不意に死角から現れ、それを振りかぶって襲いかかってくる。

 

「(近接格闘までこなせるのか!?)」

 

 慌てて機体を傾けて回避しようとするが避けきれず、ガギギギッ! と音を立ててブレードの切っ先が主翼を(たて)(えぐ)った。

 

「クソッ!」

 

 パンケーキ(フラップジャック)が人を襲う? タチの悪いジョークだぜ……!

 自身の平静を(たも)とうと内心で軽口を飛ばしながら、エンジン出力全開で敵機の攻撃範囲を離脱する。

 2機からの機銃射撃を紙一重(かみひとえ)でかわして、俺は海面スレスレまで高度を落とした。

 

「(くっ……! これじゃあ、まるでターキーショットだな……!)」

 

 背後と上空から聞こえる機銃の発砲音が、俺の焦燥感をさらに煽る。

 鳴り止まないロックオン警報が鬱陶(うっとう)しい。高速戦闘下での度重なる回避運動で、精神的にも肉体的にも疲労が蓄積されてゆく。

 

 ヴオオオオオンッ!

   ――ガガギゴガンッ!!

 

「ッ!? やられたか……!」

 

 エンテ型のターミネーターから放たれた機銃弾が、とうとう【バスター・イーグル】の右水平尾翼に当たった。

 当然、被弾した尾翼の利きは悪くなる。……最悪だ。

 

「しっかり逃げろよ、シャークマウス。さもないとローストターキーが出来上がるぞ」

 

「(言ってくれる……!)」

 

 キッと一瞬だけ背後の敵機を睨みつけて、俺は得意のコブラ機動で急減速をかける。

 一か八かの()け。ミスれば即ハチの巣だが、このままでは本当にローストターキーだ。

 ゆえに逆転を狙っての博打(ばくち)だったが、フラップジャックBに上手くカウンター・マニューバが決まった。

 

焼かれる(ローストされる)のは貴様らの方だ!」

 

 衝突を避けようと上昇したフラップジャックBが真上を通過する刹那、俺は背部増設エンジン・ユニットに載せられた『アヴェンジャー』をフルオートで叩き込んだ。

 

 ヴァアアアアアアアアッ!!!

 

 軽量化がほどこされたとはいえ、本来重装攻撃機に積まれるようなそれは、射線上の敵機に向けて体の芯にまで響くような咆哮(ほうこう)を上げる。

 破壊――など生易しい。フラップジャックBはたちまちアルミとチタンの残骸となり、水飛沫(みずしぶき)を上げて海中へと消えていった。

 

「よし! 墜とした!」

 

「ふん、所詮は無人機か」

 

 最後に残ったエンテ型ターミネーターのパイロットが下らなさそうに呟く。

 

「(無人……? 成程、そういうことか)」

 

 現在、各国で運用されているターミネーターには有人機と無人機が存在している。

 有人機は航空歩兵(こうくうほへい)と呼ばれる兵科の人間が運用を(にな)っているのが世界共通だ。

 対する無人機は文字通り人が乗っていないものを指し、それを『スレイヴモード』で有人機が(ひき)いて運用している。

 自立戦闘も一応は可能であるが、戦闘能力が下がることから有人機とセットでの運用が基本だ。

 給料はいらない、休みもいらない。必要なのは定期整備とジェット燃料、そして武器弾薬のみ。1機が墜ちれば工場で新たに2機がロールアウトする。

 

「(それをテロリストが運用しているというのが、どうしても()に落ちん……)」

 

 自前の生産工場を持っているのか、はたまたバックに支援者(パトロン)がいるのか。

 答えはコイツを叩き落としてから聞き出せばいいだけのことだ。俺はトリガーにかけた人差し指に力を込める。

 

「――なんだ、ゲイマー。…………。了解した、帰投する」

 

「なんだと……?」

 

「残念だが、お遊戯(ゆうぎ)はここまでのようだ」

 

 そう言って俺に背中を向けた敵機は、アフターバーナーを()いて飛び去って行く。

 あまりの展開に一瞬(ほう)けてしまったが、目の前で悠々(ゆうゆう)と逃亡するコイツを黙って見逃すわけにはいかない。

 

「逃がさん!」

 

 こちらも負けじとアフターバーナー全開での追跡を開始する。

 

「俺を追い回したいのなら好きにするがいい。だが、アレを放っておいてもいいのか?」

 

「……?」

 

 敵パイロットが向けた視線の先――だだっ広い青空にキラリと何かが反射した。ハイパーセンサーでその部分だけを拡大表示する。

 その正体を確認した瞬間、俺の顔からは一気に血の気が引いた。

 

「巡航ミサイル……!?」

 

「モタモタするなよ、シャークマウス」

 

 こ、この野郎ッ……!!

 

「クソッ!!」

 

 逃げる敵機の追跡を断念して、俺は巡航ミサイルの元へと全速力で飛ぶ。

 ミサイルが向かう先は間違いなく市街地だ。

 

「(弾頭はなんだ!? 通常弾か? クラスター? なんでもいい! アレが到達すれば甚大(じんだい)な被害が出ることには変わらん!)」

 

 額に大量の脂汗を(にじ)ませながら、俺は全力で巡航ミサイルのあとを追った。

 

 ▽

 

「セシリア! しっかりしろ!」

 

「あら、一夏さん……。ふふ、遅刻でしてよ」

 

「悪いな!」

 

「仕方ありませんわね。デート1回で許してあげます……わ……」

 

「!? セシリア! セシリア!!」

 

 叫ぶ一夏に、ハイパーセンサーからセシリアの生命反応(バイタル・サイン)が送られる。どうやら気絶しているだけのようだった。

 

「(無茶しやがって、まったく……)」

 

 一夏は降りれそうなビルの屋上を見つけて、そこに着地する。

 

「(腕の傷はISが止血してくれたみたいだな……。けど、急がないとどうなるか分からない)」

 

 IS学園には大学病院並みの設備がある。取り敢えず学園に連れて行こう。

 そう考えて飛び立とうとした一夏は、ギクリとしてその動きを止める。

 

「ッ……!!」

 

 太陽を背負った【サイレント・ゼフィルス】が、笑みを浮かべて一夏を見下ろしていたのだ。その口元は新しい遊び相手を見つけたかのような喜色に満ちている。

 

「テメェ……」

 

 一夏はセシリアを傷つけた相手を睨む。相手の顔はバイザーに隠れて見えないが、確かな敵意は感じ取ったはずだ。

 

「(けど、どうする? セシリアを守りながらあいつと戦えるのか?)」

 

 だが、無理だろうがなんだろうが、仲間を守るためにはやらなくてはいけない。一夏は覚悟を決めて、『雪片弐型(ゆきひらにがた)』をギュッと握りしめた。

 

「――あれ? 博士(ドクター)、どうしたの? ……えっ、帰る? そんなぁ~。……はーい……」

 

「何……?」

 

「もしもーし、リーパー? ドクターがそろそろ帰るってさー。伝えたからねー」

 

 あからさまにテンションが下がった様子のゲイマーは、そう言ってから通信を切る。

 

「今日はここまでみたい。また遊びましょ」

 

【サイレント・ゼフィルス】は一夏に軽く手を振ると、背中を向けて飛び去った。

 

「あいつ、どうしたっていうんだ……?」

 

【サイレント・ゼフィルス】が去って行った方角を見つめながら呟く一夏。

 直後、【白式】のプライベート・チャネルにウィリアムの焦燥した声が響いた。

 

《一夏! 一夏、聞こえるか!?》

 

「あ、ああ。聞こえてる。どうした、ウィル?」

 

《余裕がない、手短に言うぞ。――今、そっちに巡航ミサイルが向かっている》

 

「な……!?」

 

《驚くのは分かるが落ち着け。セシリアと【サイレント・ゼフィルス】は?》

 

「左腕を怪我してる。【サイレント・ゼフィルス】はどこかに飛んで行った」

 

《やはり、あいつも逃げたか……。よし、取り敢えずお前達はアリーナに戻れ》

 

「わ、分かった。ウィルは?」

 

《俺はミサイルの撃墜を(こころ)みる。任せろ、ちょっと海の上でデカイ花火が上がるだけだ。セシリアは頼んだぞ》

 

 頼もしい声といつもの軽口を告げて、ウィリアムとの交信が切れる。

 

「(……急ごう……!)」

 

 ウィリアムの言葉を信じて、一夏はひとまずセシリアを抱えてアリーナへと戻るのだった。

 

 ▽

 

「見つけた!」

 

 細長い小型航空機のようなフォルムに、後部のジェットエンジン。

 マッハ1.5で飛行するそれは、もう間もなく市街地を攻撃することだろう。

 

「よし、後ろに付いたぞ」

 

 巡航ミサイルの真後ろに付き、早速攻撃を開始しようとした次の瞬間だった。

 

「――!?」

 

 巡航ミサイルが、突如デタラメな機動を描き始める。

 目標到達直前に(あらかじ)めプログラムされた回避機動を取るミサイルは珍しくないが、ここまで滅茶苦茶(めちゃくちゃ)な飛び方をされるのはさすがに予想外だ。

 

「ぐぅぅっ……!」

 

 体にかかるGに耐え、必死に追いすがりながら『スカイバスター』を発射する。

 発射した『スカイバスター』は確かに巡航ミサイルを直撃したが、しかし撃墜には至らなかった。

 

「頑丈だなオイ……!」

 

 多少の出力低下は確認できたが、依然として巡航ミサイルは目標へ向けて飛行を続けている。

 アリーナ及び市街地への到達まで残りわずか。

 

「クソッ、いい加減に墜ちろ!!」

 

 苛立(いらだ)ちを(にじ)ませた声で叫ぶ俺は、巡航ミサイルのエンジンと尾翼を狙って『アヴェンジャー』を撃ち放つ。

 ガスンッ! と30ミリ砲弾が命中して、とうとう安定性を保てなくなった巡航ミサイルは若干フラついたあと、今度は垂直に上昇していき、そして――

 

 ドッッォォオオン!!!

 

 まばゆい閃光を放った直後、空中で大爆発を起こした。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……。ま、間に合ったか……」

 

 爆風に煽られた【バスター・イーグル】の姿勢を立て直した俺は、爆心地に視線をやる。

 放射能は検出されず、細菌や毒ガスなどの物質もなし。あの巡航ミサイルは単純に爆風と爆圧を用いた攻撃兵器だったようだ。

 しかし、威力があまりにケタ違いすぎる。あんな物が市街地に到達していたらと思うとゾッとする。

 

「(とにかく、まずはアリーナに戻るとしよう。燃料はギリギリだし、機体もボロボロだ)」

 

 ISスーツの内側を冷たく湿らせる不快な感触に1度顔をしかめてから、俺はアリーナへと戻るのだった。

 

 




 エスコンあるある:ミサイルが異常なほど硬い上に、デタラメな回避機動を連発する。


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55話 バースデーパーティー

「せーの、一夏」

 

「ウィル」

 

「「お誕生日おめでとうっ!」」

 

 シャルロットとラウラの声を合図に、パパパァンッ! とクラッカーが鳴り響き、飛び出した紙吹雪が俺と一夏に降り注ぐ。

 

「お、おう。サンキュ」

 

「サンクス、みんな」

 

 時刻は夕方5時、場所は一夏の家……まではいいんだが。

 

「この人数は何事だよ……」

 

「随分と集まったなぁ」

 

 メンバーを整理してみよう。

 いつもの面々――ラウラ、シャルロット、箒、セシリアに鈴。

 それに見知らぬ女の子。そして一夏の男友達が2人(うち1人は学園祭の時に会ったな。たしか五反田 弾(ごたんだ だん)だったか?)。

 さらには生徒会メンバーの楯無(たてなし)先輩、のほほんさんに(うつほ)先輩。

 その上、新聞部のエース・黛 薫子(まゆずみ かおるこ)さんまでもなぜかいて、そこそこ広いはずのリビングはもうパンク寸前だった。

 

「(にしても、あんな事件のあとでよく騒ぐ気になれるもんだ……)」

 

 いや、逆か。むしろあんな事件のあとだからこそ、みんな騒ぎたいのだろう。

 結局、今回も亡国機業(ファントム・タスク)の目的は不明ということで一応の決着を見た。

 ISでの市街地戦闘に加えて、海上で撃墜した例の巡航ミサイル。これらはやはり大問題だったようで、学園関係者は織斑先生も山田先生も事態の対応に追われていた。

 

「(破壊時の二次爆発だけであの威力だ。市街地上空で起爆されようものなら……そのあとは想像に(かた)くない)」

 

 その時の爆風は市街地にも届いていたらしく、海に面していた建物数件の窓が破損したらしい。

 事件に関わった者は全員例外なく取り調べを受けさせられ、解放されたのは4時を過ぎてからだった。

 

「あ、あ、あのっ、一夏さん! け、ケーキ焼いて来ましたから!」

 

「おお、(らん)。今日、どうだった? 楽しめたか? って言っても、途中でメチャクチャになったけどよ」

 

「は、はい! あの、かっこよかったです!」

 

 言いながら、ポッと顔を赤らめる女の子。……オーケー、この子も一夏に()れてるクチだな。いったいこいつは何人落とす気なんだ?

 ていうか、今さらだが最近はもう驚かなくなってきた気がする。慣れって怖いな。

 

「あっ、ケーキどうぞ!」

 

「サンキュ」

 

「(これからもまだまだ増えそうだなぁ~)」

 

 差し出された皿を受け取り、その上のケーキを食べる一夏を横目に、俺はこれからも続くだろうラヴァーズの戦いを想像して苦笑する。

 

「んん! うまいな、これ! ウィルも食べてみろよ!」

 

「おっ、いいねえ。じゃあ、俺もいただくとしよう。もらってもいいかい? あー……」

 

「あ、申し遅れました! 五反田 蘭(ごたんだ らん)です!」

 

「ん、蘭ちゃんか。初めまして、ウィリアム・ホーキンスだ。よろしく」

 

 名字が同じ五反田か。たぶん、この子は学園祭の時にいた彼の妹なのだろう。

 

「よ、よろしくお願いします! どうぞ!」

 

「ありがとう」

 

 皿を受け取った俺は、早速切り分けたケーキをフォークで刺して口に運ぶ。

 ココアベースのスポンジに、生クリームとチョコのケーキだった。ふんわりとした食感とボリュームのあるクリームが咀嚼(そしゃく)するたびに絶妙な甘さを口内に広げる。

 

驚いた(マーベラス)……! こりゃ確かに美味いケーキだ!」

 

「だよな! これ、蘭が1人で作ったのか?」

 

「は、はい!」

 

「蘭って料理上手だよな。うん、いいお嫁さんになるぞ」

 

「お、お嫁っ……!?」

 

「はははっ。『誰の』とは言わんが、そのお相手に選ばれた奴はさぞ幸せ者だろうな」

 

 笑いながら、チラリと一夏に流し目を送る。

 ちなみにその一夏はというと、真面目な顔で腕を組んでうんうんと深く頷いていた。お前のことだよ、お・ま・え・の。

 

「あぅぅ~……」

 

 とうとう耐えきれなくなったのか、蘭ちゃんは真っ赤になりながらうつ向いてしまう。

 少しからかい過ぎたか? 俺の悪いクセだな。スマンスマン。

 

「一夏、はいラーメン」

 

「おわっ!? 鈴、いきなりだな」

 

「出来立てだから美味しいわよ。何せ(めん)から手作りだからね、ふふん」

 

 鈴が自慢げに胸を張る。

 確かに、黄金色のスープに浮かぶ(ちぢ)れ麺は非常に美味そうだった。もしかして、このチャーシューも手作りなのだろうか? なかなか手が込んでいるな。

 

「あ、ウィルの分もあるわよ」

 

「サンクス、鈴。ありがたくいただくよ」

 

 鈴お手製のラーメンは見た目はもちろん、ドンブリから(ただよ)う香りがさらに食欲をそそる。

 

「むっ、鈴さん……」

 

「ん? あー、誰かと思ったら蘭じゃない。ちょっとは身長伸びた?」

 

「あ、あなたには言われたくありません!」

 

 一瞬にして険悪になった鈴と蘭ちゃんは、互いにメンチを切り合う。おお、怖っ。

 2人が火花を散らし合う理由は明白だ。下手に首を突っ込めばどうなることか……。

 

「(触らぬ何とかに(たた)りなし……ってな。退避、退避)」

 

 この場は一夏に任せて(おしつけて)、俺はラーメンを持ってリビングのテーブルへと向かった。

 

「んじゃ、いただきます」

 

 モムモムと、唇で麺を咥えて(・・・・・・・)ゆっくりと食していく。

 麺によく絡んだスープは海鮮メインのだし汁らしく、さっぱりしていて後味がいい。

 麺も歯ごたえ十分で、口の中でプツッと切れるたびにプルンと弾む。

 いったい、どうやったらここまで美味いラーメンを作れるのだろうか。

 そこらのインスタントとは比べ物にならない……というか、この味を知ってしまったら、俺はもうインスタントには戻れないかもしれん。

 

「……美味すぎるっ……!」

 

「あかんあかん。ラーメンはもっとこう、ズズーっとすすって食べんと」

 

「?」

 

 モムモムと次のラーメンを口に運んでいると、横合いから声をかけられた。

 その声というのがなんとも変わったイントネーションをしていて、俺はラーメンをゴクリと飲み込んでから、その声の主へと振り返る。

 

「君は?」

 

「ああ、スマンスマン。御手洗 数馬(みたらい かずま)や。一夏とは中学ん時の同級生でな」

 

「成程、一夏が言っていた『中学の友達』ってのは五反田くんと君の2人のことか。ウィリアム・ホーキンスだ。気軽にウィルと呼んでくれると嬉しい」

 

「そか。じゃ、俺のことも数馬でええよ。よろしくな、ウィル」

 

「こちらこそ、数馬」

 

 互いに差し出した手を握り、握手を交わしたところで、数馬は本題とばかりに口を開いた。

 

「それで、そのラーメンやけど、ウィルは麺すすられへんのか?」

 

「すする? ……あー、そうだな。俺の国では麺をすする、というより食事中にズルズルと音を立てるのはマナー違反だったからな」

 

 今でこそ慣れたが、昔はズルズルとラーメンをすする一夏や鈴を見て『マジか……』と顔を引きつらせたもんだ。

 あらかじめ知識では知っていたが、実際に目の前でやられた時のカルチャーショックはすさまじい。

 

「成程なぁ。じゃあ、普段はラーメンみたいなんは食わへんのか?」

 

「いや、唇で咥えるようにして少しずつ食べてる。一応、麺をすすってみようと前に試したことはあるんだ。あるんだが……」

 

 その時のことを思い出して、俺はウゲーっと顔をしかめる。

 

「あるけど、どしたん?」

 

「麺とスープが気管に入って、その場でブフォォッ!? と盛大にな。テーブル席はドッタンバッタン大騒ぎさ」

 

 一夏が大慌てで水を持って来てくれから助かったものの、(せき)は止まらないわ息苦しいわでとんでもない昼食になったのは記憶に新しい。

 

「くっ……! あっははははっ! なんやそれ。まるでギャグやな」

 

 何が面白いのか、数馬は腹を抱えて大笑いする。目尻に涙も浮かべているので、余程ツボに入ったのだろう。

 

「あ~、笑い死にするかと思ったわ。まあ、文化の違いがあるんやし、そうなるのもしゃーないやろ」

 

「さっきまで笑い死にしかけてた奴がよく言うぜ。結構キツかったんだからな?」

 

「もう笑わんて。約束や」

 

「せめてそのニヤケ顔をなんとかしてから言ってくれ……」

 

 そんなこんなで数馬と談笑しながらラーメンを平らげた俺は、ドンブリを片付けようとキッチンに向かった。

 

「(にしても、随分と広い家だなぁ)」

 

 リビングだけでもかなりの広さだったが、これは家というよりちょっとした邸宅(ていたく)だな。

 

「おっ、ウィルか。キッチンに用か?」

 

 軽く辺りを見回しながら歩いていると、同じくキッチンへ向かっていた一夏と出くわした。

 

「ああ。鈴のラーメンが美味すぎて、あっという間に空になっちまってな」

 

「確かに。あいつ、どんどん料理の腕を上げてるな」

 

そりゃあ、好きな奴に美味いもん食わせたいから頑張ってるんだろうさ

 

「? なんか言ったか?」

 

「いや、花嫁修業でもしてるんじゃないかってな」

 

「鈴も同じこと言ってたな。代表候補生とはいえ、花嫁修業もしてるんだ、とかって」

 

「言ってたのか……」

 

 一途で健気なのに、しかし素直になれない。難しいもんだなぁ。

 乙女心とやらの複雑さを改めて認識しながら、俺は一夏と共にキッチンの暖簾(のれん)をくぐる。

 その先にいたのは右腕に包帯を巻いたセシリアだった。

 

「セシリア」

 

「は、はい?」

 

 一夏に声をかけられて、セシリアが振り返る。

 幸いなことに傷はそこまで深くなく、活性化再生治療を受けることで1週間ほどで元に戻るらしい。

 しかし、今日のところは入院した方がいいと一夏に勧められたが、本人が猛反対して現在こうして誕生日パーティーに参加している。

 

「傷、大丈夫か? (つら)かったら休んでろよ」

 

「あまり無茶はしないようにな。何かあったらいつでも言えよ?」

 

「いえ! ご心配には及びませんわ! そ、それより一夏さん」

 

「ん?」

 

「お、お誕生日おめでとうございます。それで、こちらを」

 

「なんだこの箱」

 

「ぷ、プレゼントですわ。開けてみてくださいな」

 

「おう」

 

 箱を受け取った一夏は、しっかりと梱包(こんぽう)されているそれから包装紙を取り除き、フタを開ける。

 

「おお? ティーセットだ」

 

「コホン! これはイギリス王室御用達(ごようたし)のメーカー『エインズレイ』の高級セットでしてよ。それと、わたくしが普段愛飲(あいいん)している1等級茶葉もおつけしますわ」

 

「おお……なんかすごいな。サンキュ。大事に使うぜ」

 

「い、いえ、このくらいはなんでもありませんわ。それと、ウィリアムさんにはこちらを」

 

「俺の分まで用意してくれたのか?」

 

 セシリアから受け取った円筒形のそれはズッシリとしていて、早速包装紙を剥いて中身を確認する。

 

「むっ、こいつは……!?」

 

「ウィリアムさんは毎朝コーヒーを飲まれていると聞きましたので。お口に合えば(さいわ)いですわ」

 

 俺へのプレゼントは高級銘柄のコーヒー、それを粉末状に加工したものだった。

 高くてなかなか手が出せない代物だったが、まさかここでお目にかかれるとは……!

 

「サンクス、セシリア。……し、しかし、なんだか逆に飲むのがもったいなく感じるな」

 

「そ、そこは飲んでくださいまし」

 

 100グラムあたり約4,000円( 40ドル )の高級コーヒーを震える手で持つ俺の言葉に、セシリアは苦笑を浮かべた。

 

「一夏くーん、ウィリアムくーん、ちゃんと食べてるー?」

 

 ドンッと、いきなり背後から現れた楯無先輩が一夏に抱きつく。

 相も変わらず、この人のスキンシップはいささか過激だ。

 

「食べてますよ。ケーキにラーメン、全部美味すぎて舌が肥えそうです」

 

「それは結構。で、一夏くんはどう?」

 

「た、食べてますって! ていうか、後ろから抱きつくのやめてくださいよ!」

 

「ふふん、いいじゃない。減るもんじゃなし」

 

「減るんですよ! 俺の純情とかが!」

 

「あら、それじゃあちょうどいいじゃない。傷心のおねーさんを慰めなさい」

 

「傷心って……」

 

 そうこうしている間にも、楯無先輩の豊満な胸の膨らみが一夏の背中に押し当てられている。もちろんだが、別に羨ましいなどとは考えてない。

 ……ちょっとだけからかってやろう。

 

「一夏ぁ、背中の感触はどんなだぁ?」

 

「柔らか……って何言わせんだよ、ウィル! 楯無さんも少し離れてください!」

 

「んもう、いけずぅ」

 

 そう言ってわざとらしく唇を尖らせる楯無先輩は、人差し指で一夏の背中にクリクリと『の』の字を書く。

 

「ちょっと! 更識会長!」

 

 セシリアが声を荒げる。

 どうにか一夏から先輩を剥がそうとしているのだが、ベッタリとくっついた体はなかなかどかない。

 

「は、離れてくださいな!」

 

「あん、楯無って呼んでよ」

 

「そんなことどうでもいいですわ! 今すぐ一夏さんから離れ……痛っ!」

 

「ば、バカ。セシリア、右腕怪我してるんだから無理するなよ。大丈夫か?」

 

「おいおい、怪我が悪化するからあまり無茶なことはするなって」

 

「だ、大丈夫……い、いえ! 大丈夫じゃありませんわ!」

 

「どっちだよ……」

 

「忙しい奴だな……」

 

「こ、コホン。一夏さん、右腕を怪我しているので、お料理を食べさせてくださいな」

 

 成程ねぇ。セシリアめ、怪我を理由に一夏に食べさせてもらおうってわけだったのか。しかしまあ、この様子ならセシリアはひとまず安心だな。

 

「おう、いいぞ」

 

 切り分けられていたケーキを1つ取って、セシリアの口に運ぶ一夏。

 

「はい、あーん」

 

「あ、あー……」

 

「ああっ! セシリア、何してるの!?」

 

 一夏がセシリアにケーキを食べさせているところを目撃したシャルロットが声を上げた。

 パクンとケーキを食べるセシリアは、瞳を閉じて満足そうに吐息を漏らす。

 

「ふう……。役得ですわ」

 

「い、一夏! ずるいよ! って、楯無先輩も何してるんですか! ああもう!」

 

 忙しなくシャルロットはあれこれと喋っている。……うーん、やはりシャルロットは根っからの苦労人気質なのかもしれんな。

 

「あらら。それじゃあセシリアちゃん、私達は向こうに行きましょうか」

 

「ええ、わたくしは満足したので構いませんわ。はぁ……♪」

 

 どうやら十分満足できたらしい2人組は、一夏から離れてリビングに向かう。

 

「そういえば」

 

 一夏は思い出したようにゴールドホワイトの腕時計を取り出した。

 

「シャル、これサンキュな。これから使わせてもらう」

 

「う、うん! 大事にしてね!」

 

 その腕時計というのが所謂(いわゆる)フルスペック腕時計というもので、現在の気温から湿度、天気、最新ニュースまで見れたりするそうだ。おまけに小型の空中投影ディスプレイを搭載し、電池は最新型の空気電池と太陽光発電、体温発電機能まであるらしい。……もはや腕時計の範疇(はんちゅう)を超えていないか?

 

「それからウィルには……はい。お誕生日おめでとう」

 

「サンクス、シャルロット。ここで開けてもいいか?」

 

「もちろん。気に言ってもらえるといいな」

 

 シャルロットから許可をもらって、箱の包みを丁寧に剥がしていく。

 

「おっ、据え置き時計か」

 

「一夏の腕時計を見に行った時に買ったんだ」

 

 落ち着いたシルバーのデジタル時計は薄型ボディーの前面が液晶になっていて、その端には一夏の腕時計と同じく天気、湿度、気温が表示されている。電池は部屋の明かりで発電するタイプのようだ。

 

「帰ったら早速使わせてもらうよ。――おっ、そうだそうだ! 俺も一夏にプレゼントがあってだな」

 

「おお! マジで!? 実は俺もウィルにプレゼント用意してたんだよ」

 

 2人同時にポケットに手を突っ込み、手の平サイズの紙袋を取り出す。

 

「ハッピーバースデー、一夏」

「誕生日おめでとう、ウィル」

 

 ………うん?

 

「その袋の(がら)……」

 

「……俺が寄った店のと同じだな」

 

 まさかプレゼントまで被ってたりして……と思いながら取り敢えず袋を開くと、中にはキーホルダーが入っていた。

 それを手に出して見てみると、ホルダーの先には堂々(どうどう)たる姿のサメがデザインされたプレートが繋がっている。

 

「(かっこいいキーホルダーじゃないか)」

 

「これ、デザインが【白式】にそっくりだな。サンキュ、ウィル。家の(かぎ)につけさせてもらうぜ」

 

「そうしてくれると嬉しい限りだ。こっちこそ、プレゼントありがとな。俺も実家の(かぎ)につけるとしよう」

 

 カチッと(かぎ)にホルダーを連結して、それをベルト通しに引っかけた。

 

「あ、そうだ。ウィル」

 

「なんだ?」

 

「えっとね、ラウラがあとで庭に来てくれって言ってたよ」

 

 シャルロットの言葉に、俺はなぜだかピクッと反応してしまう。

 

「……ラウラが?」

 

「うん。確かに伝えたからね」

 

「分かった。少し行ってくる」

 

「おう。またあとでな」

 

 俺は一夏とシャルロットの2人と別れると、リビングを通って玄関から外に出た。

 

「お、遅い!」

 

「あ、ああ。待たせて悪かったな」

 

「あ、いや、別に……私が勝手に待っていただけだ。前言を撤回する」

 

「そ、そうか」

 

 実直と頑固な性格が売りのラウラが前言撤回とは、珍しいこともあるもんだ。――と、以前までの俺ならそう考えていただろうが、今は違う。

 

「(き、気まずいというか何というか……。とにかく妙にソワソワするっ……!)」

 

 普段とは違った雰囲気のラウラを前に、俺はつい落ち着かない気分になってしまう。

 ちくしょうっ。これも全部、織斑先生が余計なことを言うから――

 

「う、う、ウィル!」

 

「な、なんだ!? ――うおおぉっ!?」

 

 いきなりナイフが首元を狙ってくる。反射的に首を()らした俺だったが、よく見るとナイフは直前で止まっていた。

 

「(さ、さすがに今のはビビったぞ……!)」

 

「お、お前にこのナイフをやろう!」

 

「……え?」

 

「誕生日プレゼントだ! 私が実戦で使っていたものだ。切断力に()け、耐久力も高い。受け取れ!」

 

「お、おう!」

 

 ラウラの手からナイフを受け取ると、付属の(さや)も渡される。

 刃渡り20センチを超えるそれは、明らかに軍事用のもので、ブラックメタルな外観が静かな威圧感を放っている。

 言うまでもなく、『戦うため、殺しのための道具』だ。

 

「ほう」

 

「な、なんだ!?」

 

「いや、グリップもいいが、(エッジ)の曲線がきれいだなと思ってな」

 

「そ、そうか。ホルスターもなかなかだぞ。そら」

 

「サンクス。おっ、確かにこいつはいいな」

 

 (さや)にベルトを通すとそのままホルスターになる。

 脇下に配置するらしいそれは、最小動作で引き抜けるよう、ナイフの向きが真横になるようになっていた。

 

……戦士が己の武器を渡すという意味を理解してだな……

 

 瞬間、俺の心臓は飛び跳ねた。

 俺だって軍人(せんし)(はし)くれだ。小声で言ったラウラの言葉を理解するのに、そう時間はかからなかった。

 戦士が自らの命とも言える武器を相手に渡すという意味。解釈違いならかなり恥ずかしいが……。

 

「……信頼、してくれてるんだな」

 

「ッ!?!? い、今のっ、聞こえていたのか……!?」

 

 ボッと、ラウラの顔が()でダコのように赤くなる。

 

「ありがとな。大切にするよ」

 

「な、なななな……!!」

 

 俺の言葉が意外だったのか、それとも純粋に照れているのか、ラウラは耳まで真っ赤になりながら「す、好きにしろ!」と言い残して行ってしまった。

 

「……………」

 

 ポツンと独り残された俺は、静かにラウラの背中を見送る。

 渡されたナイフは無機質な冷たさを放っているのに、俺の心はなぜか日だまりのように温かかった。

 ただ単純にプレゼントをもらえたからではない。

『ラウラから』もらえて、そして彼女に信頼してもらえているんだと、そう実感できたから。

 

「(……ん?)」

 

 ここでふと、1つだけ疑問が浮かび上がる。

 俺は、いつから『ラウラのこと』ばかりを考えるようになっていたのだろうか?

 気づけば(そば)にいたラウラは、いつの間にか俺の心の中を占領していた。

 ……ああ、成程。そういうことだったのか。

 

「ふっ、ははは……」

 

 自分の(にぶ)さに、思わず笑いが込み上げてきてしまう。

 分かりやすいヒント(・・・)なんざゴロゴロ転がってたってのになぁ。このニブチン鮫野郎(さめやろう)め。

 

 ――『身近なものほど、気づきにくいものよ』

 

 ようやくあなたが言った言葉の意味が分かりました、ミューゼル大尉。

 

 ――『お前、ボーデヴィッヒのことが好きだろう? もちろん異性としてな』

 

 ええ。どうやらそのようです、織斑先生。今、答えが出ました。

 

「……まったく、最高の誕生日プレゼントだよ」

 

 誰に対してでもなく、俺は星がきらめく夜空に向かって小さく呟く。

 

 そうだ。俺はラウラのことが、好きなんだ。

 

 ▽

 

 あのあと、やって来た箒に質の良い布で()られたハンカチをプレゼントされたり、鈴が持ってきたボードゲームを遊んで惨敗したりと、楽しい時間はあっという間に過ぎ去って行った。

 いや、正直に言うとボードゲームはちょっとトラウマになりそうだ……。あれ? なんか涙が。

 

「お、ツイてるな。売り切れはなさそうだ」

 

 そして、今は織斑宅から最寄りにある自動販売機の前。そこで足りなくなったジュースの補給をするために、10本ほど缶ジュースを買っていた。

 最初、一夏が『俺もついて行くぜ』と言っていたが、とっくに過ぎたはずの誕生日を祝ってもらっている身で俺は何もしていなかったので、こうして自分から買い出しを志願したのだった。

 

「(えーっと、缶コーヒーに緑茶、ウーロン茶、オレンジジュース、スポーツ飲料、紅茶、それから……)」

 

 取り出し口から飲み物を取っては用意したビニール袋に入れていく。

 

「(こんなもんだな。さっ、帰るか)」

 

 と、俺が歩き出したところで、ちょうど自販機の明かりが届かないギリギリのところに人影を見つける。

 

「(あんなところで何を……?)」

 

 自販機の順番を待つにしては離れすぎている。

 かといって、俺の知り合いというわけでもなく、はっきり言えば怪しさ満点だ。

 下手に関わるのは止そうと思って2歩目を踏み出そうとすると、人影が1歩前に出てきた。

 

「よぉ、クソガキぃ」

 

「――!?」

 

 人影は女だった。しかも、見覚えのある顔をしている。

 会いたくない(・・・・・・)女の顔が。

 

「サベージッ……!」

 

 ニタニタと不愉快極まりない笑みを浮かべるその女は、学園祭の日に襲撃してきた亡国機業(ファントム・タスク)のエージェント――サベージだった。

 

「おいおい、なんだよ。せっかく会いに来てやったってのに挨拶もなしか?」

 

「何が目的だ? 言っておくが、俺のISは――」

 

「修理中なんだろ? だから来たんだよ! テメェがISを展開できない時を狙ってなあ!」

 

「なに?」

 

「テメェのせいで私は組織の笑い者だ! このサベージ様がッ!!」

 

 報復が目当てかっ……! 自業自得という言葉を知らないのか? このバカは。

 

「テメェは私の顔に(どろ)を塗りやがった!」

 

 サベージは息を荒くして続ける。

 

「これは報復じゃねえ。罰だ」

 

「罰だと? クズが随分と(えら)ぶるじゃないか」

 

「ッッ~~~~!!」

 

 瞬間湯沸し器(しゅんかんゆわかしき)のように頭を沸騰(ふっとう)させて歯ぎしりするサベージだったが、「まあいい」と言ってもう1歩前に出てくる。

 その手に握られているのは、鈍く光を放つハンドガン。俺を殺しに来たか……!

 

「どうせ生意気(ナマ)言ってられるのも今のうちなんだからよお!」

 

 チャキッ

 

 しっかりと弾を装填(そうてん)したハンドガンが俺に向けられる。

 

「――!!」

 

「安心しな。今ここで殺しはしねえよ。じゃねえとテメェを痛めつけることができねえからなあ!」

 

「(悪趣味な女め!)」

 

「おら、鮫野郎(さめやろう)。カメラに向かってピースしな。ピカッと光るぜぇ」

 

 パァンッ! と、乾いた銃声が響いた。

 

 



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56話 動き出す悪意

 パァンッ!

 

「ッ――!?」

 

 いきなり発砲だと!? このイカれ女(サイコ)め!

 

Damn it(ちくしょう)!」

 

 右足を狙った弾丸を、俺は自販機の陰へ飛び込むようにして回避する。

 ガシャッ! と、缶ジュースがいっぱいに入ったビニール袋が地面に落ちた。

 

「ギャハハ! いい逃げっぷりだなぁ!」

 

 パンッ! パンッ!

 

 愉快そうに笑いながら、サベージは俺――と、俺が隠れている自販機に向けてピストルを撃ち続ける。

 

「(クソッ、この状況はまずい……!)」

 

 近くに他の遮蔽物は無し、おまけに相手はピストル持ち。完全に向こう側の有利だ。

 その場から動くことさえ封じられた俺に、サベージはゆっくりと近付いてくる。

 

「見ぃつけた」

 

「くっ……!」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべるサベージに銃口を突きつけられた俺は、両手を頭上の高さにまで挙げて自販機の陰から出た。

 

「おぉっと、そこで止まりな」

 

 何かしら反撃されることを恐れて距離を一定に保っているのは、腐ってもプロということなのだろうか。

 

「さぁて、まずはテメェが余計なマネできねえようにしないとな」

 

 チャキッと、ピストルの銃口が俺の右足へと向けられる。

 

「まずは右足。その次ぁ左だ」

 

 パァンッ!

 

 マズルフラッシュの直後、1秒にも満たない時差で右足に走るであろう激痛に備えて、俺は強く歯を食い(しば)った。

 

「なっ……!?」

 

 目の前の襲撃者――サベージが驚愕に目を見開く。次の瞬間、俺へと向かっていた9ミリ弾はその軌道を止められていた。

 弾丸が空中で静止している。こいつは(・・・・)――!

 

「(ラウラのAICか!)」

 

「ウィル! そこを動くなっ!」

 

 言われるまま体の動きを止めると、俺の頭と挙げた腕の間スレスレをナイフが飛んでいった。ヒュパッ、という風切り音に俺は思わず背筋を凍らせる。

 あ、あっぶねぇっ……!

 

「テメェ、あの時の――!?」

 

 サベージは正確に右目を狙ってきたナイフを寸でのところでかわす。

 

「づっ!?」

 

 直撃こそ(まぬが)れたものの、(ほほ)のわずかな切り傷から血を流すサベージ。

 

「ッ~~~! クソがッ!」

 

 そして、それを手で雑に(ぬぐ)い、ラウラにピストルを連射する。

 しかし、動体視力、視覚解像度等を数倍に()ね上げる左目『ヴォーダン・オージェ(オーディンの瞳)』の封印を解いているラウラにとっては、その弾丸を止めることは造作もない。

 金色の瞳が弾丸の次にサベージを追うが、煙幕を足元に展開した襲撃者は、足音だけを残して夜の闇へと消えていく。

 

「ガキどもが! 次は無いと思え!」

 

「くっ、特殊煙幕か!」

 

 ハイパーセンサーを阻害するスモークに隠れて、サベージは走り去る。

 こうして、唐突に現れた襲撃者にして復讐者は、亡霊のようにその姿をかき消したのだった。

 

「逃げたか……」

 

「ラウラ、大丈夫か!?」

 

「私を誰だと思っている。お前こそ無事か?」

 

「ああ、おかげでなんとかな。助かったよ。ありがとう」

 

「礼には及ばん」

 

 そう言いながら、ブロック(べい)に突き刺さったナイフを回収して仕舞う。

 俺も「ふぅっ」と一息ついてから、地面に落ちた缶ジュースを拾っていく。

 

「(袋が破れて使い物にならなくなっちまったな)」

 

 そうして最後の1本を拾い上げたところで、ふとラウラの姿が視界に入り込んだ。

 ちょうど眼帯を着け直しているところのようだが、月の光を美しく反射する金色の瞳に、思わず俺はくぎ付けになってしまう。

 

……やっぱり綺麗(きれい)だよなぁ

 

「ん? どうした?」

 

「え? あー、いや、何でもない」

 

「なんだ、いいから言ってみろ」

 

 ジッと見つめてくるラウラに催促されて、俺は大人しく口を開いた。

 

「……その、なんだ。……やっぱりラウラの左目は綺麗(きれい)だな、と思ってな」

 

「な、なんだと?」

 

「こんな時に何考えてるんだって自覚はしているんだが、宝石みたいに光るその目を見てたら、つい――!?」

 

「ま、まったくだ! こんな時に何を考えているか! この馬鹿者!」

 

 ズズイッと俺に詰め寄ってから、思いっきり足を踏んでくるラウラ。

 

「おっしゃる通りデスぅっ!」

 

 ぐおぉ……! こいつ容赦無くつま先を踏んづけやがったぁぁ……!

 

「ふ、ふん! 帰るぞ!」

 

「お、おい、待ってくれよ。袋が破れたんだ。ちょっとくらい缶ジュースを運ぶの手伝ってくれないか?」

 

「知らん!」

 

 ズンズンと、ラウラは足早に歩き出す。

 仕方ない、持ちきれない分はズボンのポケットにでも入れて運ぶか。

 

「そういえば、なんで俺が襲われているところに間に合ったんだ?」

 

「そ、それは……」

 

「『それは』?」

 

……い、言えるわけないだろう。2人きりになる機会をうかがっていたなど……

 

 ラウラ本人は小声で言ったつもりなのだろうが、俺には全部まる聞こえだった。

 当然、さっきプレゼントを渡された時のこともあって、俺の心臓はミサイルアラートのようにうるさく鳴り響く。

 

「ふ、2人きりっ……!?」

 

「ッッ!! なんでもない! え、ええい、このっ、このっ!」

 

「あだっ!? あだだだっ! あ、足を踏むな! やめろって、バカ!」

 

「だ、誰がバカだ!」

 

「うわらばっ!?」

 

 カーッと耳まで赤くなったラウラは、同じく顔を赤くした俺に思いっきり踏み込みのいいパンチをくれた。

 

 ▽

 

「「襲われた!?」」

 

 月曜日、夕食の席で一夏と箒が口を揃えて大声を上げる。

 それを手で『ボリュームを下げろ』とジェスチャーして、俺は言葉を続けた。

 

「ああ。昨日の夜にな」

 

 サベージという名前も出して、俺は一同に説明した。

 ちなみに昨日の夜すぐに告げなかったのは、混乱を招かないようにするためだ。

 あの様子なら、さすがに奴も帰ってくることはないという判断からだった。

 

「サベージって、あいつのことだよな……」

 

 一夏が表情を険しくさせる。まあ、そうなるのも仕方ないだろう。

 俺と一夏は、学園祭の日にあの女の襲撃に遭っているのだから。

 

「『亡国機業(ファントム・タスク)』のエージェント……いったい何が目的なんだろう。ウィルは思い当たること、ある?」

 

「……ある。とびきりタチの悪い理由が、な」

 

 シャルロットの問いかけに対して、俺はうんざりしたように溜め息を吐きながら答える。

 

「それは?」

 

「報復だよ。学園祭の日、俺と一夏は奴と一戦交えているんだが、少しやりすぎた(・・・・・・・)ようで(うら)みを買ったらしくてな」

 

 あの時は俺と一夏、そして楯無先輩の3人で撃退したのだが、その楯無先輩が来るまでの間、俺はサベージを散々に(あお)り散らした。

 頭に血を昇らせて冷静さを欠かせるというのが目的だったのだが、どうやらそれが裏目に出たらしい。

 

「あいつ自身が語ってくれたよ。おかげで組織の笑い者だとか、なんとかってな。つまり、俺への仕返しさ」

 

「……すまねえ、ウィル。俺があいつにやられたばかりに……」

 

「一夏が謝る必要なんざ無いさ。向こうが勝手に逆恨(さかうら)みしてるだけだ」

 

 けどまあ、と俺は再度口を開いて同席する面々の注意を集める。

 

「あの女、(おつむ)はダメだが、曲がりなりにも組織のエージェントだ。それに、一夏も奴とは関わりがある。みんなも注意だけはしておいてくれ」

 

 あれで終わりのはずがない。サベージはいつか必ず、また襲いかかってくる。

 いや、奴だけじゃない。『亡国機業(ファントム・タスク)』という組織が、まだ何かを企んでいるのは確実だ。

 

「そう、だな。俺も十分気をつけるよ。――あ、セシリア。次はどれがいい?」

 

「でしたら、卵焼きをいただけますかしら?」

 

「ん、分かった。ほら」

 

 一夏は先日の一件で右腕を負傷したセシリアに食事を食べさせている。利き腕が使えないというのは、確かに不便だ。

 ……当の本人はホクホク顔だが。

 

「あ、あーん……」

 

 パクッ。口を手で隠しながら咀嚼(そしゃく)するセシリア。

 みんなの前で一夏に食べさせてもらっているのが恥ずかしいのか、その顔はわずかに赤い。

 

「(うわぁ、ラヴァーズの目つきが完全に据わってやがる……)」

 

「……何よ、セシリアってば。わざとらしく(はし)の料理頼んでさぁ……」

 

「……パスタを片腕で食べればいいだろうに……」

 

 ジローっと睨む鈴と箒の視線を払うように、セシリアは咳払いをする。

 ちなみにメニューはサケの塩焼きにダシ巻き卵、それにほうれん草のゴマ()え、ジャガイモの味噌汁(ミソスープ)、海鮮茶碗蒸(ちゃわんむ)しだ。どれも(はし)で食べるようなものばかりである。

 セシリアのやつ、グイグイ攻めるじゃないか。

 

「一夏、茶碗蒸しはスプーンで食べれるでしょ? ね、セシリア?」

 

 ニッコリ、シャルロットが威圧感のある笑みを浮かべる。

 うーむ。これは確かに、怒らせると怖いと一夏が言うだけあるかもしれんな。

 

「そ、それは……わ、わたくしは左手だと上手く食べれないのですわ!」

 

「ふーん。じゃあ、あたしが食べさせてあげるわよ」

 

「り、鈴さん!? ちょっと……せめて冷ましてから……あつつつっ!」

 

 グイイッと熱々の茶碗蒸しを乗せたスプーンがセシリアの口にねじ込まれる。

 こ、こいつ容赦ねえなオイ……。

 

「あらあら、楽しそうですね~」

 

「ああ、山田先生。それに……」

 

 織斑先生も一緒だった。2人ともその手に夕食のトレーを持っている。

 

「あんまり騒ぐなよ、馬鹿者が」

 

「わ、わたくしは怪我人ですのに……」

 

「はぁ……。(ファン)、怪我人にはもう少し丁重に接してやれ」

 

「は、はいっ」

 

「それとオルコット。本来なら昨日の市街戦について謹慎(きんしん)処分のところを特別に免除してやったんだぞ、それを忘れるなよ」

 

「は、はい……」

 

 ちなみに、【サイレント・ゼフィルス】を追撃しての市街戦について、一夏もセシリアも今日たっぷりとしぼられたらしい。

 俺も勝手にアリーナを抜け出したことを厳重に注意されたのだが、それとは別に例の巡航ミサイル撃墜については『よくやった』という言葉もいただいた。

 

「ところで、お前達はいつもこのメンツで食事しているのか?」

 

「あ、はい。大体は」

 

 織斑先生の問いに一夏が答える。

 

「そうか」

 

「あら? 織斑先生、もしかして気になるんですか~?」

 

 おっとぉ? やはり鬼の織斑先生も弟の生活は気になるらしい。

 

「山田先生、あとで食後の運動に近接格闘戦をやろうか」

 

「じょ、冗談ですよぉ! あ、あは、あははは~……」

 

 山田先生、織斑先生をからかって無事でいられるわけないじゃないですか。学習しましょうよ……。

 

「……ホーキンス、その気色悪いニヤケ顔をやめろ。笑う余裕すらなくなる特訓メニューを用意してやろうか?」

 

「……イエス・ミス。すみませんでした」

 

 どうやら俺も他人のことは言えないらしい。

 

「あまり騒ぐなよ。……といっても、10代女子には馬に念仏か。まあ、ほどほどにな」

 

 そう言い残して、織斑先生は山田先生と共に去って行く。

 

「……ラウラ、俺ってそんな顔に出やすいか?」

 

「食後にババ抜きでもするか?」

 

「あー、やっぱり今の話はなかったことにしてくれ」

 

 そんなこんなで夕食の時間は過ぎていった。

 

 ▽

 

「……で、なんで全員ついてくるんだ?」

 

 寮の自室へ戻る途中、一夏はさっきからゾロゾロとついてくる女子達に尋ねた。

 俺とラウラの自室は一夏の部屋を越えた先なので途中まで道は同じだが、箒を始めセシリアに鈴、シャルロットの4人は反対方向だ。

 

「そ、それは……別にアンタのことを心配してるわけじゃないわよ!」

 

 そう言って手本のようなジャパニーズ・ツンデレで返す鈴。

 

「あー、えっと、ほら。たまには一夏の部屋でお話しようかなって思って」

 

 続けてシャルロットがそう告げる。

 

「う、うむ! そうだぞ一夏、こうやって全員でコミュニケーションを取ることも大切だぞ」

 

 箒もウンウンと頷くきながらシャルロットの言葉を後押しする。

 

「あの、一夏さん? よろしければ包帯の交換を手伝って欲しいのですけれど」

 

「おお、いいぜ」

 

 一夏がそう答えれば、途端にパアッとセシリアの表情が華やぐ。

 

「まったく、傷の手当てぐらい1人でできなくて何が代表候補生か」

 

 キツいツッコミを入れるラウラ。こいつは相変わらず辛口だなぁ。

 

「この国では怪我は唾液(だえき)を塗ると治るそうだ。ちょうどいい、そうしろ」

 

 おお~、さすがはサムライの国・日本だな――って、そんなわけあるかい!

 

「いや、ラウラ。確かに唾液を塗れば極微少(ごくびしょう)の効果はあるらしいが、そもそも衛生上よろしくないし、あれは所詮(しょせん)まじないの一種だぞ」

 

 そんなことで本当に怪我が治るんなら、日本の外科病院は軒並(のきな)(つぶ)れることになってしまいそうだ。

 

「そうなのか? ちなみに私の唾液には医療用ナノマシンが微量だが含まれているぞ」

 

「……そいつは初耳だな」

 

 聞くだけならすごいことなんだろうが、しかしあまり突っ込んではいけない気もする。

 

「(言われてみれば、ラウラはドイツの軍事研究所で生まれた試験管ベビーだもんな)」

 

 戦うためだけの『命』を生み出すという行為は――果たしてどうなんだろうか。

 

「(産まれた時から兵器として育てられる、か)」

 

 正義感で否定することなど簡単だが、それはラウラの存在自体も否定することになってしまう。そして、俺の気持ちさえも。

 そもそもの話、ラウラは兵器ではなく1人の女の子だ。自分の意思で歩んでいける人間なのだ。

 ……もし、そんなラウラに向かって兵器だの何だのとぬかす奴がいたら、俺は冷静でいられるだろうか。

 

「(いや、無理だろうな)」

 

 たぶん、その場でそいつを殴り飛ばすくらいはしてしまいそうだ。

 それに、日本に来て――この仲間達と出会って、けしてラウラの人生が戦うだけのものではなくなったんだと、そう思いたい。

 

「こら、聞いているのか。まったく、嫁の風上にも置けない奴だ」

 

「ああ、はいはい。悪かったよ」

 

 嫁と呼ばれるたびに、(ひそ)かにキスのことを思い出してしまうのは黙っておこう。

 俺自身、あの日のことを思い出すたび顔が若干熱くなってしまうのだから。

 

「どうかしたか、ウィル?」

 

「いや、なんでもない。――ほら一夏、部屋に着いたぜ」

 

 不意打ちのように顔を寄せてきたラウラに内心ドキリとした俺は、彼女からさりげなく離れて一夏に鍵を開けるよう催促する。

 

「おう。イスとかどうする? 借りてくるか?」

 

「ううん、ベッドでいいよ。ね、みんな?」

 

 と、シャルロットが俺を含めた面々に声をかける。

 

「ま、あたしは座れればなんでもいいわよ」

 

「そうだな、それにこの寮のベッドは質がいい」

 

「わたくしは、自分のベッドでないのが不満ですけど――まあ、よろしくてよ」

 

「私も構わんぞ」

 

「俺も、これといったこだわりはないな」

 

 鈴、箒、セシリア、ラウラ、俺とそう答えて、そのまま部屋に入っていく。

 

「そうだ、せっかくだから何か飲み物でも買ってくるか。何もないってのもさびしいだろ?」

 

「だな。ちょっと自販機まで行ってくるか。行こうぜ、ウィル」

 

 そう言って支度を始める俺と一夏に、ラウラとシャルロットが待ったをかけた。

 

「いや、買い物なら私が行ってこよう。この部屋から自販機はそう遠くないからな、お前達はここで待っていろ」

 

「うん。飲み物は僕とラウラが買ってくるから、2人は部屋で待っててよ」

 

「2人とも、そんな気を(つか)わなくて大丈夫だぞ?」

 

「ちょっと近くの自販機で飲み物買ってくるだけだって――」

 

「馬鹿者! そんなことを言って何かあったらどうする気だ!」

 

「もう襲ってこないとは限らないんだよ!?」

 

 いきなり語調を強めたラウラとシャルロットに驚いて、俺と一夏は口をつぐむ。

 そうすると2人もハッと我に返って、慌てて体を引っ込めた。

 

「……すまなかったな」

「ご、こめん、いきなり……」

 

「俺達のことを思って言ってくれたんだろ? 別に謝らなくていいさ。な、一夏?」

 

「おう。大丈夫だ。2人ともありがとな」

 

「俺からも言わせてくれ。心配してくれてありがとう」

 

「う、うむ……」

「うん……」

 

「「……………」」

 

 そこからしばしの間、室内を沈黙が流れる。

 

「「「じー……」」」

 

「おわああ!?」

 

「な、なんだなんだ!? ――って、oh(うわぁ)……」

 

 ドアの間から、鈴に箒にセシリア……っていうか、ラウラとシャルロット以外の全員が俺達――正確には一夏をジト目で睨んでいた。

 

「まーたシャルロットね……」

 

「一夏、貴様という奴は……!」

 

「ひ、卑怯でしてよ! シャルロットさん!」

 

 あちゃー、これは面倒なことになりそうな予感100%だな。

 一夏が、日本に古来より伝わる伝説の謝罪方ド・ゲーザをする未来を見た気がしたところで、俺は小声でラウラに声をかける。

 

「ラウラ。何度も言うが、心配してくれてありがとうな」

 

「ふ、ふん。分かったのなら、別にいい……」

 

 面と向かって礼を言われたのが恥ずかしいらしく、腕を組んだままプイッと、そっぽを向くラウラ。その表情を確認することまではできないが、わずかに覗く耳はほんのり赤みが差している。

 あー、ちくしょう。その仕草なんか可愛いなオイ。

 

「よし。あの様子じゃ一夏は動けそうにないし、飲み物買いに行くの手伝ってくれないか?」

 

「っ! し、仕方ないな! では、私もついて行ってやるとしよう」

 

「おう、頼んだ」

 

「ウィルーー! 助けてくれーー!」

 

「一夏!」

「一夏ぁ!」

「一夏さん!」

 

「ギャアアアアア!」

 

 背後から一夏の助けを求める声が聞こえたが、触らぬラヴァーズに巻き添えなし。俺はラウラと共に部屋を出て、自販機へと向かうのだった。

 

 ▽

 

 ガッシャァァンッ! パリーンッ!

 

「クソッ! クソッ、クソッ、クソがぁ!!」

 

 テーブルが強引に倒され、上に乗っていたコップや皿が欠片へと変えられる。

 イスは蹴り倒されて脚が折れ、怒りに任せて暴れ狂うサベージの周りは早速滅茶苦茶(めちゃくちゃ)に破壊され尽くしていた。

 

「はあっ、はあっ、はあっ……!」

 

「おやおやぁ、こぉんな所にいたねぇ」

 

 ひとしきり暴れて肩で息をするサベージに、男がネットリとした口調で声をかけた。

 度の強い眼鏡、三日月のように歪められた口から覗く金歯、それらを見てサベージは不快感を隠そうともしない表情で答える。

 

「あぁ? テメェ、なんの用で来やがった」

 

「分かっているだろぉう? 昨日の無断接触の件だよぉ。あまり勝手な行動は控えてもらいたいんだけどねぇ」

 

「ぅるせぇ! 誰がなんと言おうが、あの鮫野郎は私が必ずこの手で殺してやる! ドイツの銀髪女も一緒になぁ!」

 

 瞳の中に確かな怒りの炎を(とも)すサベージの怒声に、勝てるわけないのにねぇ……と男は内心で呟く。

 

「君があの2人をどれほど憎んでいようと、『亡国機業(ファントム・タスク)』の1人である限りは指示に従ってくれたまえよぉ?」

 

「けっ!」

 

「とにかく、君は次の任務まで大人しくしていたまえぇ」

 

 どのみちサベージのIS【アラクネ】はコアを残して全壊しているため、新たな機体の用意とそれにコアを馴染ませる期間が必要なのだが。

 しかし、昨日の一件もあるため男はサベージに念を押す。

 

「それじゃあ私は仕事に戻らせてもらうよぉ。アレの実戦テスト日には間に合わせたいからねぇ」

 

「ハンッ、あんなガラクタに何ができる。どうせ前の【ゴーレムⅠ】と同じ目に遭うだけだ」

 

「今回の【ゴーレムⅢ】は一味違うよぉ? それにもう1機、面白そうなものを試作してみたんだよねぇ」

 

「あ?」

 

「彼、なんて言ったかなぁ。ああ、ウィリアム・ホーキンスくん。彼の戦闘データを組み込んだ機体なんだけどねぇ」

 

「あのガキのだとッ……!?」

 

「彼、面白いねぇ。本当にただのセカンドマン(2人目の男性IS操縦者)かと疑いたくなるよぉ。リーパーを含めた3対1でも互角に戦い、その直後にはアメリカ軍から奪った例のミサイル『トリニティ』をも撃墜せしめた。それも消耗しきった状態でねぇ」

 

 先日アメリカ空軍の航空輸送部隊が襲撃に遭い、載せていた積み荷を奪われたという事件は記憶に新しい。

 その積み荷というのは新型広域殲滅ミサイル『トリニティ』――その試験型。

 巡航速度はマッハ1.5に達し、加えてコンピューターがランダムに選んだ独自の回避機動を取ることで撃墜は困難を(きわ)めるという代物だ。

 

「これはただ者じゃないねぇ」

 

 クフフフッ……と笑ってから、男はズレた眼鏡を指で戻して続ける。

 

「どんな戦いを見せてくれるのか、どんなデータが取れるのか、楽しみだよぉ」

 

 男のかけた眼鏡が、天井の照明を白く不気味に反射した。

 




 お暇があれば、感想・誤字脱字報告等をいただくと幸いです。


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57話 軍人タッグ結成

 突然だが、俺のルームメイトは朝が弱い。

 同室になってからというもの、先に起きた俺が身支度(みじたく)を済ませてから起こすのがもはや恒例(こうれい)と化している。

 

「ラウラー。いつまで寝るつもりなんだ~?」

 

「ん~……」

 

 声をかけると、(くだん)のルームメイト――ラウラから何とも適当な声が返ってきた。

 知ってるか? こいつドイツの代表候補生な上に、軍の特殊部隊隊長なんだぜ?

 

「お前は本当に朝が弱いな」

 

 そう呟きながら苦笑を浮かべ、俺はラウラのベッドへと歩み寄る。

 いったん目を覚ませばすぐいつも通りのシャキッとした様子になるんだが、そうなるまでがちと大変なんだよな。

 

「ほれ、さっさと起きて顔を洗って――」

 

 丸まるようにして眠るラウラの布団を掴んで引っぺがした瞬間、俺はピシリと凍りついた。

 布団の中にいたのはラウラ本人で間違いないのだが、問題はそこではない。

 問題なのは、ネコの着ぐるみパジャマを着たラウラが、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)可愛い寝顔をして眠っている、ということだ!

 

「ぅみゅぅ……」

 

 そして、極めつけに今のこの寝言である。

 これを真正面から、しかも不意打ちでくらったのだから、たまったものではない。

 

「っ~~~! ゴハッッ!?」

 

 ボディーブローのごとき強烈な一撃をモロに受けた俺は、なんとか気持ちを落ち着かせようと熱々のコーヒーが入ったマグカップを手に取る。

 そして、それをグビッと豪快に呷った(・・・・・・・・・・)

 

「ッ!!? うわァッチィ!!」

 

 熱々のコーヒーを一気飲みしたらどうなるかなど、簡単に想像できるだろうに……。バカだなぁ、俺。

 そんな間抜けなことをしていると、ラウラが目をこすりながら起き上がった。

 

「ん……、騒がしいな……。何事だ……?」

 

「お、おう。悪いな、突然騒ぎ立てて。何でもないから取り敢えず顔洗ってこいよ」

 

「うむ」

 

 そう軽く言葉を交わしてから、洗面所へと入って行くラウラ。

 ちくしょう、ここ最近の出来事のせいで調子が狂いっぱなしだ。

 

「(っていうか、俺ってちょっとずつバカになっていってないか……?)」

 

 特にラウラが絡むと、とにかくやらかしている気がしてならない。

 

「(これも長いこと男所帯にいた弊害(へいがい)か。思い返してみれば、恋愛経験なんざしたことなかったもんな……)」

 

 ――おいゴラ、そこ。今、俺のことを恋愛クソザコ野郎とか思った奴は大人しく出てこい。大当たりだよ、こんちくしょう。賞品は高度2万からのヒモ無しバンジーでいいかぁ?

 

「ウィル、今は何時だ?」

 

 洗面所からしたラウラの声に思考を引き戻されて、俺はサイドテーブルの上に置かれた時計に目をやった。

 先日の誕生日パーティーでシャルロットにプレゼントされた据え置き式の時計は、今日も正確な時刻を俺に示してくれる。

 

「あー、7時10分だな」

 

「そうか。少々寝すぎたようだな」

 

 ああ。起こすのに苦労したよ。おかけでいいもん見れたけどな。

 

「あ、そうだ。ラウラ、お前もコーヒー飲むよな? 前にセシリアからもらったやつなんだが」

 

「お前が、飲むのが楽しみだと言っていたやつか。()れてくれ」

 

「あいよ」

 

 そう返事をして、俺はもう1人分のマグカップを取り出す。

 こうして、今日も1日が始まるのであった。

 

 ▽

 

「やっほー、織斑くん。篠ノ之さん」

 

 2時限目のあとの休み時間、1年1組に現れたのは2年の黛 薫子(まゆずみ かおるこ)先輩だった。

 

「あれ、どうしたんですか?」

 

「いやー、ちょっと2人に頼みがあって」

 

「頼み? 私と一夏にですか?」

 

「うん、そう。あのね、私の姉って出版社で働いてるんだけど、専用機持ちとして2人に独占インタビューさせてくれないかな? あ、ちなみにこれが雑誌ね」

 

 そう言って黛先輩が取り出したのは、ティーンエイジャー向けのモデル雑誌だった。

 

「専用機持ちへのインタビューでなんでモデル雑誌が……?」

 

 眉をひそめながら雑誌を見つめる俺の言葉に続いて、同感だといった様子で一夏が口を開く。

 

「えっと、この雑誌ってISと関係なくないですか?」

 

「ん? あれ? 2人ってこういう仕事初めて?」

 

「はぁ」

 

 一夏も箒も要点が分からず、曖昧(あいまい)にうなずく。

 俺もわけが分からないまま話を聞いているだけだったが、ラウラだけは理解できたらしく「ほう」と言って雑誌に視線をやっていた。

 

「それに似たことなら私も本国で受けたことがあるぞ」

 

「驚いた……! お前さん、モデル業もやってたのか!?」

 

「軍が発行(はっこう)する人員募集のポスターに載っただけだ。別にモデル業をしているわけではない」

 

 何ともなさそうに告げるラウラだが、そのポスターがどんなものかは何となく想像できる。

 容姿が良く、特殊部隊の隊長で専用機持ちともなれば、そりゃポスターの表を(かざ)るのもうなずけるな。うん。

 

「えっとね、専用機持ちって普通は国家代表かその候補生のどちらかだから、タレント的なこともするのよ。国家公認アイドルっていうか、主にモデルだけど。あ、国によっては俳優業とかもするみたいだけど」

 

「へえ、そうだったのか……」

 

「私も初耳だな……」

 

「俺ももうちっと芸能界のことを勉強するべきか?」

 

「その知識がなんの役に立つかは知らんがな」

 

 俺達4人、10代のくせして芸能関係にはとんと(うと)い。

 

「(しかし、モデルといったらどんな格好させられるんだ?)」

 

 恐らく、流行りの服から果てはドレスや、男の場合はタキシードなども着せられてカメラの前に立つのだろう。

 

「(一夏がタキシードねぇ……。ヤベッ、なんか笑いが込み上げてきた……!)」

 

「おい、ウィル。なんか失礼なこと考えてねえか?」

 

「くくくっ……! き、気のせいっ、気のせいだっ。くははっ」

 

「ウソつけ! ぜってぇなんか考えてただろ!」

 

 そんなやり取りをしていると、ちょうどそこに鈴がやって来た。

 

「なによ、一夏。モデルやったことないわけ? 仕方ないわね、あたしが写真見せてあげるわよ」

 

「いや、いい」

 

「なんでよ!」

 

 バシン! と、一夏の頭がはたかれる。

 

「だってお前、変に格好つけてるんだろ、どうせ」

 

「あ~」

 

「な、なんですってぇ!? ていうか、地味にウィルまで納得してんじゃないわよ!」

 

「そう言われても、なあ?」

 

「お前、4月の時もそうだったじゃねえか」

 

「うぎぎ……! じゃあ見てみなさいよ! すぐ見なさいよ! 今見なさいよ!」

 

 携帯電話を取り出した鈴は、画像を呼び出して強引に見せつけてくる。おいおい、そう一夏の首を引っ張ってやるなよ。

 

「お……?」

「ワーオ……」

「む……」

「ほう……」

 

 モノのついでにと一緒に画像を見た箒とラウラも、俺や一夏と同じ反応をした。

 ちなみに携帯電話にはしっかりとカジュアルを着こなす鈴の姿が写っている。

 

「へぇ……。いいじゃん」

 

「ふふん。そうでしょう、そうでしょう。あ、こっちのは去年の夏の――」

 

 キーンコーンカーンコーン。休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 

「一夏くん、今日は剣道部に貸し出しよね。放課後また来るから。じゃあ!」

 

 来た時と同じように颯爽(さっそう)と立ち去る黛先輩。

 鈴も同じく2組に帰るかと思いきや、写真を見せるのに夢中になっている様子だった。

 と、そんな鈴の背後へ忍び寄る人影が1つ。正体は我らが1組担任――織斑先生だ。

 先生は鈴のすぐ後ろまでやってくると、ゆっくり拳を振り上げて狙いを定める。

 うわっ、あれ絶対に痛いやつだ!

 

「鈴、鈴っ」

 

「でねでね、こっちが――」

 

「おい、鈴っ!」

 

「? なによ、ウィル。そんな血相変えて」

 

「後ろ後ろ……!」

 

「後ろ?」

 

 クルッと振り返った鈴が、俺が指差す先へと視線を向ける。

 そして、織斑先生と目が合った。

 

「……あっ」

 

 ゴスッ! 鈴の頭に拳骨が乗っかる。

 遅かったか……。

 

「とっとと2組に帰れ」

 

「は、はい……」

 

 すごすごと引き下がるいつものパターンだった。

 これがあるせいで鈴はあまり1組に来ない。休み時間をオーバーするのはいただけないが、彼女だけ他クラスであるため少し不憫(ふびん)だ。放課後か昼休み辺りを狙うしかないだろうな。

 

「さて、今日は近接格闘における効果的な回避方法と距離の取り方についての理論講習を始める」

 

 そうしていつも通り授業が始まった。

 

 ▽

 

「(さーて、ようやくメシの時間だな)」

 

 4時限目が終わり、昼休みに教室中が騒がしくなる。

 

「一夏、食堂行こうよ」

 

 ラウラを誘って食堂に行こうと席を立った矢先、シャルロットと一夏の会話を耳にして、俺は何の気なしに視線をやる。

 

「シャル、悪い。今日はちょっと用事があるんだ」

 

 いつもの優しい笑顔で話しかけるシャルロットに、一夏は申し訳なさそうに手を合わせた。

 なんだ、先約か? いつもなら『みんなで食おうぜ!』とか言うのに、断るなんて珍しいこともあるもんだな。

 

「そ、そうなんだ。じゃあ、どうしようかな……」

 

「でゅっちー、私達と行こうよ~」

 

 少し落ち込んだ様子のシャルロットに話しかけたのは、意外なことにのほほんさん達のグループだった。

 相変わらず、絶対に邪魔であろう長すぎる(そで)をダラリと垂らしたまま、その腕をブンブンと降っている。

 

「でゅ、でゅっちー?」

 

「行こうよー。えへへ~」

 

 驚くほど遅い動きで、のほほんさんは戸惑うシャルロットの腕に腕を回す。

 

「それじゃあ、れっつごー」

 

 教室のドア前で待っている谷本さんを始め数名の女子生徒と合流したのほほんさんは、未だに戸惑っているシャルロットを引っ張って学食へと向かって行った。

 ていうか、シャルロットにも変なアダ名がついたな。

 

「(……っと、そうだそうだ。俺もラウラを誘って学食行くんだった)」

 

「ウィル、ちょっといいか?」

 

 改めてラウラを誘いに行こうとした瞬間、俺の背中に向けて声をかけてくる一夏。

 

「? どうした、用事があるんじゃなかったのか?」

 

「聞いてたのか」

 

「ああ、偶然聞こえてきたもんでな。それで、俺に何かあるのか?」

 

「あ、ああ。それなんだけどさ……」

 

 妙に歯切れの悪い口調の一夏は、おまけに目まで泳がせ始める。

 そんな彼の様子に、何か言いづらい内容か? と眉をひそめていると、いきなりパンッ! と両手を合わせて頭を下げてきた。

 

「頼む! 付き合ってくれ!!」

 

「…………は?」

 

「「「おおお……!!」」」

 

 あまりにも突然のことで、俺の口からは間抜けな声が漏れる。

 そんな俺の後ろでは、一部の危険思想(俺と一夏のBL)を持つ女子達が拳を握りしめて立ち上がる。

 ……おい、そこの君達。そのキラキラした目をやめてくれ。――今 す ぐ に。

 

「オーケー、落ち着けミスター。会話には順序ってもんが――」

 

もう俺にはお前しかいないんだ! 頼む!

 

「「「おおおおおお~……!!!」」」

 

よし、分かった! 分かったからッ! 話は聞いてやるから今すぐその口を閉じろォォォッ!!

 

 ……

 ………

 …………

 

「さて、ここなら落ち着いて会話もできるだろう」

 

 一夏を引きずって1組の教室を出た俺はあまり人気(ひとけ)のない休憩所を探して、そこのベンチにドカリと座り込む。

 

「お、おう。っていうか、お前なんか怒ってねえか……?」

 

「この顔が幸せスマイルに見えるっていうなら、腕のいい眼科を紹介してやる」

 

「ア、ハイ。なんかすみません……」

 

「はぁ……、もういい。それで? その用件ってのはなんだ?」

 

「そ、そうだ。実はちょっとウィルに頼みたいことがあってさ。昨日の話になるんだけどよ――」

 

 一夏は昨日の夜にあった出来事を説明し始めた。

 ――昨夜、寮部屋に楯無先輩が訪ねてきたこと。

 ――先日のキャノンボール・ファスト襲撃事件を踏まえて、各専用機持ちのレベルアップを図るために全学年合同のタッグマッチがあると伝えられたこと。

 ――そのタッグマッチで楯無先輩の妹とタッグを組んで欲しいと頼みこまれたこと。

 ――妹の名前は更識 簪(さらしき かんざし)ということ。

 そして……

 

「その妹さんは本来なら専用機を持っているはずが、お前さんの【白式】に人員を回されたせいで未完成のまま後回しにされた、と」

 

「ああ。なんでも開発元が同じ倉持技研(くらもちぎけん)らしくてな」

 

 また出たな、倉持ィ。あそこはいったいどれだけ迷惑をかけりゃ気が済むんだ? 多少の人員くらいは残せるだろうに。

 

「しかも、極めつけに楯無先輩と妹さんは仲がよろしくないときたか」

 

 なんだか頭が痛くなってきた気がして、俺は本日2度目の溜め息をついた。

 ちなみに全学年合同タッグマッチの話は今朝のSHRで説明されている。

 

「なんにしても、まずは顔を合わせるところからだな。だが、専用機の件でお前さんはその子に良い印象を持たれていない」

 

 一夏だって邪魔してやろうと思っていたわけでもないのだから、少々理不尽な話ではあると思うが……。

 

「それで、心細いから俺にもついて来てくれってことであってるか?」

 

「この通りだ! 頼む!」

 

 言って、また手を合わせて深々と頭を下げる一夏。

 

「1つ訊きたいんだが、なんでシャルロット達じゃなく俺に相談したんだ?」

 

「いやぁ、それも1度は考えたんだけどさ。なんかやぶ蛇な予感がして……」

 

「あー、確かにな。うん。お前の判断は実に正しいと思うぞ」

 

 話した瞬間には、悲鳴を上げながら学園中を逃げ回るハメになりかねない。

 まあ、本気で困っているようだし、こいつには俺も世話になったりしてるし、ここは一肌(ひとはだ)脱ぐとしよう。

 

「ぃよし! 分かった、付き合ってやる」

 

「ほ、本当か!?」

 

 パアッと表情が明るくなる一夏。そこまで喜ばれると、相談を受けた側としても嬉しい限りだ。

 

「ただし、俺がついて行けるのはあくまで4組の前までだ。男2人で絡むなんざ、ヤバい連中にしか見えんからな」

 

「ああ! 途中までついて来てくれるだけでも助かるぜ! サンキュ、ウィル!」

 

「ユアウェルカムだ」

 

 そんなわけで、俺と一夏は早速1年4組へと向かうのだった。

 

「ここだな、4組は」

 

「ああ。バシッと決めてこい――」

 

「ああっ! 1組の織斑くんだ!」

 

「ホーキンスくんも一緒よ!」

 

「え、うそうそ! なんで!?」

 

「よ、4組になんのご用でしょうか!?」

 

 一夏と俺の姿を見つけるなり、ワーッと人が集まってくる。……こいつは参ったな。

 

「ゴメンよ。用があるのは俺じゃなくて、こっちなんだ」

 

 そう告げて、俺は一夏にアイコンタクトを送る。

 

「えーっと、更識さんっている?」

 

「「「え……」」」

 

 女子一同の声がハモった。

 

「更識さんって……」

 

「『あの』?」

 

 モーゼの海割りがごとく、女子の壁が開く。その直線上、クラスの一番後ろの窓側席に、彼女はいた。

 購買のパンを脇によけて、空中投影ディスプレイを凝視(ぎょうし)しながらその手はひたすらキーボードを叩いていた。

 

「………………」

 

「(昼休みを使ってまで作業か……随分と活動的だな)」

 

 そんなことを考えながら近くの壁にもたれて一夏の姿を見守っていると、女子の1人が呟いた。

 

「えっと……もしかして、朝のSHRで説明された、専用機持ちのタッグマッチの相手として更識さんを選んだ……とか?」

 

「ん? まあ、そんなところ」

 

 一夏がそう言ってうなずくと、ザワザワと波紋(はもん)が広がった。

 

「え……。だってあの子、専用機持ってないじゃない」

 

「今までの行事、全部休んでるしさぁ」

 

「それに、あの子が専用機持っているのって、お姉さんの――」

 

 それ以上の言葉はまずいと思ってか、一夏はわざと大きな音を立てて手を合わせた。

 

「悪い! 俺、あの子に用があるから」

 

 そう言って群衆から抜け出すと、一夏は真っ直ぐ更識さんの席に向かった。

 

「えっと、イス借りていいか?」

 

 適当に近くの女子に頼んでイスを調達した一夏は、断りも無しに更識さんの正面に座った。

 

「……………」

 

 しかし、更識さんは一夏に対して目もくれず、カタカタカタカタとキーボードを打ち続ける。

 

「(無反応か。これは少々難しいことになりそうだな)」

 

 一夏の苦労に心の中で合掌(がっしょう)して、改めて一夏と対面する女子を見る。

 髪はセミロングで、楯無先輩とは対照的にその癖毛(くせげ)のハネが内側に向いている。

 ずっとディスプレイを見つめている目は人よりも細く、どこか(うつ)ろに見えなくもない。

 さらに顔にかけている長方形レンズの眼鏡が、なんとも人を寄せ付けない雰囲気を放っていた。

 

「えーと……織斑 一夏です」

 

「…………」

 

 ピタリ、ボードを打っていた指が止まる。

 

「……知ってる」

 

 一応、反応はしてくれるらしい。しかし、態度は冷たいな。

 そう思った次の瞬間、更識さんは立ち上がった。

 

「?」

 

 それから右腕をわずかに少し上げてから下ろすと、そのまま再び席についてキーボードを叩き始めた。

 おいおい、今のアレって……。

 

「えっと……」

 

「……私には、あなたを……殴る権利がある。……けど、疲れるから……やらない」

 

 やっぱりか……。

 どうやら、あの子からすれば一夏は殴りそうになるほどの相手らしい。

 更識さんの言い分も分からんでもないが、それで一夏を殴るってのはいささかお門違(かどちが)いだろう。殴るなら倉持技研の奴らにしとけ。

 

「……用件は?」

 

「おお、そうだった。今度のタッグマッチ、俺と組んでくれないか?」

 

「イヤ……」

 

 Oh……即答か。

 だがしかし、一夏は諦めずに更識さんに声をかける。

 

「そんなこと言わずに、頼むよ」

 

「……イヤよ。それにあなた、組む相手には……困っていない……」

 

「あー、いや……」

 

 いい理由が思い付かないのか、一夏が言葉を詰まらせる。

 ちなみに楯無先輩からは『私に頼まれたとは言わないで』と念を押されているらしく、理由を正直に答えることはできないらしい。

 

「えーと、みんな実はもう決まってて――」

 

「見つけたわよ、一夏!」

 

 サマー1! ミサイル! ミサイル!

 ……じゃなかった、鈴だった。

 

「アンタ4組で何してんのよ! 来るんなら2組に来なさいよね!」

 

「ぐえっ」

 

 いきかり制服の(えり)を掴まれて、一夏は息を詰まらせる。

 なんつうタイミングだ。

 

「いいから来なさい!」

 

「じゃ、じゃあ、更識さん。また」

 

「……………」

 

 更識さんは特に一夏に返事をすることもなく、パクッとパンを一口かじるだけだった。

 ――さて、俺もどうしようか。この状況。

 ポツンと独り取り残された俺。周りを完全に女子に包囲され、1組に戻ることすらできない。

 

「(誰か~、助けてくれ~……)」

 

 腕時計の針は、あと15分足らずで昼休みの終了を告げようとしている。

 

「(俺もラウラを誘って食堂に行きたかったのに……)」

 

 引っ切り無しにやって来る女子からのトークに返事をしながら肩を落としていると、突然誰かに腕を掴まれた。

 

「こんな所にいたか。探したぞ、ウィル」

 

「ら、ラウラ……!」

 

「ほら、帰るぞ」

 

 そう言って、グイッと腕を引っ張ってくるラウラ。

 

「お、おう。というわけで、すまないがここらで失礼するよ」

 

「「「また来てね~!」」」

 

 やや強めに腕を引かれて思わずたたらを踏みながら、俺はラウラに連れられるまま女子の包囲網から抜け出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、助かったぜラウラ。あやうく空きっ腹のままで午後の授業を受けるところだった」

 

 なんとか1組教室に戻ってきた俺は、自分の席に座ってカロリーブロックをかじる。

 さすがに今から食堂へ向かう時間は残っていなかったので、念のためバッグに入れてあったそれが今日の昼食だ。

 やはりフルーツ味こそ至高(しこう)だな。

 

「そういえば、俺のことを探したって言ってたよな?」

 

 カロリーブロックをゴクリと飲み込んで、俺はラウラに訊ねる。

 

「うむ。今朝のSHRでタッグマッチのことを説明されたが、お前はもう誰かと組んだか?」

 

「いや、まだ誰とも」

 

 実を言うと、タッグマッチの相方にはラウラを誘うつもりだった。

 今日の昼食時にそれを言おうと思っていたのだが……。

 

「ならば話は早い。ウィル、今回のタッグマッチは私と組め」

 

「!」

 

 なんという偶然か、ラウラも俺を誘うつもりでいたらしい。正直、今ここでガッツポーズを決めたいくらいだ。イェス!

 

「もちろんだとも。断る理由がない」

 

「そうか! よし、ではこの申請書にサインしろ」

 

「おう」

 

 カロリーブロックをボリボリと噛み砕きながら、俺は机に置かれた申請書の記入欄(きにゅうらん)に自分の名前を書く。

 

「できたぞ」

 

 ほら、と申請書をラウラの元へスライドさせる。

 あとはラウラが名前を書いて、それを提出すれば申請は完了だ。

 

「~~♪」

 

 心なしか上機嫌のラウラはペンを取り出し、早速名前を書き始めた。

 

「(あ……)」

 

 ふと、ラウラの手元に視線が行く。

 その右手には、以前プレゼントしたペンが握られていた。

 

「(大事に使ってくれてるんだな……)」

 

 サラサラと筆跡を残していくそれを見ていると、心が暖かみに満ちた感情に包まれる。

 

「これで記入は完了したな。織斑先生への提出は私がやっておこう」

 

「おう。頼んだ。――よろしくな、相棒(バディ)

 

「ばっ、バディ、だと……!?」

 

 ニヤリと笑いながら冗談めかして告げると、ラウラは(ほほ)をほんのり朱色に染めてわずかに目を見開いた。

 

「ふ、ふんっ。タッグマッチまでの間、キツい訓練を覚悟しておけっ」

 

 ラウラはそう言い残して、自分の席へと戻って行ってしまう。

 昼休み終了まで残り2分。最後のカロリーブロックを口に放り込んで咀嚼(そしゃく)していると、待機形態(ドッグタグ)にしている【バスター・イーグル】が、まるで俺に抗議するかのように点滅を繰り返した。

 

「(はっはっはっ! ()くな()くな。いいじゃないか、相棒が2人いたって)」

 

 キーンコーンカーンコーン。チャイムの音が昼休みの終わりを告げ、それと同時に織斑先生が入室する。

 

「席につけ。これより5時限目を始める」

 

 (ツル)の一声ならぬボスの一声で、1組生徒達は静かに教科書を開くのであった。

 

 




建前「もうさっさと告っちまえよ……」
本音「もうさっさと告っちまえよ……」


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58話 大きいは正義

「ふぅ~」

 

 放課後のロッカールームで、俺は疲労混じりの息をつきながらベンチに腰を下ろしていた。

 今日は生徒会の『部活動貸し出しの日』で、サッカー部のマネージャーとして派遣(はけん)されたのである。

 部員のみんなからあれやこれやと注文が殺到してなかなかにハードな時間だった。

 

「(さて、さっさと着替えて帰るとするか)」

 

 部屋に帰ってシャワーを浴びよう、と立ち上がってロッカーから制服を引っ張り出す。

 

 ~~♪

 

 制服ズボンを取り出したところで、ポケットに入れていた携帯電話のメロディーが俺に着信を(しら)せてきた。

 誰からだ? と思いながら画面を見ると、国際電話の表示が……。しかも、発信者は俺がよく知る人物だった。

 

「(うわぁ……出たくねぇ……)」

 

 しかし無視するわけにもいかず、携帯電話から耳を離して通話マークをタッチする。

 

「はい、お電話取りました。ホー――」

 

 次の瞬間、部屋を揺るがさんばかりの雄叫(おたけ)びがスピーカーから響いた。

 

《ぶるアアアアあ!!!》

 

「……キンスです」

 

 出たよ、変態中将……(好い人ではあるんだけどな)。

 アメリカ空軍ティンダル航空基地司令官、デイゼル・ガトリング中将。

 高級将校で基地司令でもある彼は、事あるごとに俺のISにトンデモ装備を載せようとしてくる。

 この人なら、そのうち駆逐艦の主砲を載せるとか本気で言い出しそうで普通に怖い。

 

《んん~? 元気がないじゃないかぁ。どうかしたかね同志ホーキンスくぅん》

 

「いえ、何も。それより自分は中将の同志になった覚えは微塵(みじん)もないのですが」

 

《またまたぁ。そんなこと言って、君も重装・巨砲の魅力にとりつかれつつあるのだろぉう?》

 

「いえ、まったく」

 

《くくくっ。口ではそう言ってても体の方は正直――》

 

「ご用が無いなら切りますよ?」

 

《あああー! 待った待った! 大事な話があるんだ! だから切らないでくれホーキンスくぅん!》

 

 慌てた様子のガトリング中将。はて、大事な話とはなんだろうか。

 

《実はぁ最近、君のISの製造元……ウォルターズ・エアクラフト社が【バスター・イーグル】用に新装備を開発してねぇ》

 

「新装備をですか?」

 

 正直、第2世代型である【バスター・イーグル】の装備を新たに開発するとは思っていなかっただけに、俺は少し驚いてしまう。

 

《うむ。君のISは、まあ、はっきり言ってしまえば『異端(いたん)』な実験機だ》

 

 確かに、中将の言う通り【バスター・イーグル】は他国のISとは一線を(かく)した異端機だ。

『重武装能力』と『パッケージ無しでの超音速突破』両方の基準を満たすためにジェットエンジンを取り付けられたそれは、見事に目標を達成してみせた。

 ――がしかし、結局は第2世代型の実験機なのだ。投入された技術が他に活用されることはあっても、実験機は実験機止まり。わざわざ新たな装備が開発されるというのは、そうそう無いだろう。

 

《しかし、送られてくる稼働データには軍と会社、双方が目を見張るものがあってね。(ゆえ)にぃ、本国はさらなる技術評価の名目で新装備開発の許可を正式に下したのだよ》

 

 そこでさっきの話しに戻るが、とガトリング中将は言葉を続けて本題に入る。

 その声にはえも言われぬ喜色が含まれていて、また変な物じゃないだろうな……と、俺はつい勘繰(かんぐ)ってしまう。

 

《装備の到着予定は4日後だ。その時にぃ担当のジョーンズ中尉より改めて説明が入るだろぉう》

 

「分かりました。しかし、なぜ中将(みずか)らご連絡を?」

 

《ふっ……。この喜びをぉ真っ先に君と分かち合いたかったのだよ》

 

 瞬間、俺の背中を悪寒が走った。

 中将が嬉しそうな声で真っ先に連絡を寄越してくるほどの物って、いやまさか……。

 

「……ちなみに、その装備がどのようなものかお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

《よぉぉくぞ訊いてくれったぁぁっ!!》

 

 うわ、テンション高ぇ!? どうせロクでもない装備なんだろ!

 

《新たに開発された【バスター・イーグル】の装備ぃ! その名もぉ! 76ミリレールガン『メナサー』ァァァ!!》

 

 な……。

 

「76ぅ!?」

 

 さすがにそれは予想外だった。76ミリと言えば、比較的小型とはいえ軍艦が装備する主砲と同口径のサイズだ。

 つまるところ、【バスター・イーグル】に艦砲を載せろと言っているのとほぼ同義なのだ。

 

「じょ、冗談ですよね……? そんな艦砲みたいなものをISに載せるんですか!?」

 

《大きいは正義だ。弾は大きい方が強いに決まっているだろう?》

 

「 」

 

 お前はどこのマッカーサーだゴルァ! ンなもん撃ったらこっちが吹っ飛ぶわ! この脳筋野郎! 

 しかも、これが正式に開発許可を下された(・・・・・・・・・・・・)装備だというのだから、なおさらタチが悪かった。

 

《ようやく時代が我々に追い付いたというわぁけだぁ! ふはっ、ふふははははは!!》

 

 悪役のような高笑いを上げる中将の後ろからは、恐らくその信者であろう兵士数十名の歓声が聞こえる。

 みんな口々に万歳! とか、栄光あれ! とか騒ぎ立てていて、それがスピーカーからダダ漏れだった。

 

《吉報を待っているぞぉぅ! 我らが同志ホーキンスくぅぅん!》

 

「は、ははは……イエッサー……はぁ」

 

 ビリビリとスピーカーを震わせる携帯電話を片手に、俺はもう溜め息をつくことしかできなかった。

 

 ……拝啓、会ったこともない大統領閣下(かっか)へ。アメリカ空軍は、もうダメかもしれません……。

 

 ▽

 

「スマン! 2人とも、本当に悪い!」

 

 部屋にやって来た箒とセシリア、その2人に頭を下げる一夏。

 

「「……は?」」

 

 2人は揃って間抜けな声を上げて、目を点にしたまま固まる。

 

「(……こりゃ一波乱ありそうで怖いな)」

 

 現在は夕食後の自由時間。場所は一夏の部屋。

 更識さんの件で今後について話し合っていたところ、部屋を訪れた2人がタッグマッチの相方にと一夏を誘った直後の出来事だった。

 

「いや、だからな? 俺がタッグを組む相手ってもう決めてるんだ」

 

「だ、だから、それは私――」

「で、ですから、わたくしを――」

 

「?」

 

 話が微妙に噛み合ってないようで、一夏はキョトンとしてしまっている。

 

「2人とも。一夏はお前ら2人とは別の相手と組むから、と言ってるんだぞ?」

 

 横から俺がそう補足を入れると、ようやく理解が追いついたらしい箒とセシリアがギギギ……と、ぎこちない動きで首を向けてきた。

 

「「つ、つまり……?」」

 

 つまりも何も、正直ちょっと言いづらいことではあるんだが……。

 

「あー……。『お誘いはまた今度の機会に』?」

 

「「 」」

 

 ピシリと何かが凍りつくような音を聞いた気がする。

 

「そういうわけなんだ! だから、スマン!」

 

「す、すまないで……」

 

「済むと思っていますの!?」

 

 箒は近接格闘刀『空烈(からわれ)』を、セシリアは遠距離狙撃銃『スターライトmkⅢ』を展開した。おいおいおいおい! こいつらマジか!

 

「ファッ!?」

「ヤバスギィッ!!」

 

 慌ててしゃがむと、箒の『空烈』が横一文字に通過する。

 それに続いて、今度はセシリアの『スターライトmkⅢ』から放たれたレーザーが俺と一夏の顔の間を一閃した。

 

「うひぃぃぃっ!?」

「うおぉぉぉっ!?」

 

「節操無しめ! 私がその性根を叩き直してやる!」

 

「わたくしと組まないというのなら、いっそここで……ふ、ふふふ……!」

 

 おい箒ぃ! 俺は無関係だろ箒ぃ!! それとセシリア! お前は目のハイライトをどこへやった!?

 

「死ぬ死ぬ! 俺マジで死ぬぅぅ!」

 

「待て!」

「お待ちなさい!」

 

 涙目で部屋中を逃げ回る一夏と、それを追いかける2人の乙女(おとめ)

 ひとまず俺は解放されたものの、食後の平和なひと時は(またた)く間に命懸(いのちが)けの鬼ごっこへと変わってしまった。

 

「お、お前ら落ち着け! こんな所で一夏をスプラッタ映画よろしく()っちまう気か!? おい!」

 

「ひぃぃぃぃ!?」

 

「「待てえええ!!」」

 

 ガンッ!

 

「(……ガン?)」

 

『スターライトmkⅢ』の銃身がテーブルに当たり、その上に置かれたケーキ(一夏がせめてもの礼にと出してくれた)が宙を舞う。

 そして、それは美しい放物線(ほうぶつせん)を描きながら俺の顔に…………ウソだろ?

 

 ベチャァァッ!

 

「ブヘァッ!?」

 

「「「あっ……」」」

 

 顔いっぱいに広がる甘いクリームの香り。あと、固い皿に鼻先が押し(つぶ)される若干の鈍痛。

 顔に()り付いた皿を()がすと、ポトリと音を立ててイチゴとクリームが額から落ちる。――と、同時に沸々(ふつふつ)と怒りが込み上げてきた。

 

「……………」

 

 顔全体に塗りたくられたケーキを、グイーッと手で(ぬぐ)う。

 視界がクリアになり、部屋の(すみ)蒼白(そうはく)になって震える3人が映る。

 きっと今の俺の顔は、とても他人には見せられないような(すさ)まじい形相(ぎょうそう)になっていることだろう。

 

「お・ま・え・らァ……!

 

 

 

 

 

――いい加減にしろおおおおおお!!

 

 このあと、騒ぎを聞きつけてやって来た織斑先生に箒とセシリアはこっ酷く叱られることとなった。

 ちなみに部分展開とはいえ、ISの無断使用に変わりはないので、罰として箒とセシリアは第1グラウンドをISを装着して10周を言い渡されていた。もちろんPICは無しで補助動力も最小限のみ。

 2人とも明日は筋肉痛に悩むことだろう。

 

 ▽

 

 ガッシャン、ガッシャン、ガッシャン

 

「はぁ! はぁ! はぁ!」

 

 ガッショ、ガッショ、ガッショ

 

「ふう! ふう! ふう!」

 

 夜の第1グラウンド、そこでは(あか)(あお)の機体が重量のある金属音を響かせながら走り回っていた。

 

「はぁっ、セシリア! お、お前のせいだぞ! はぁっ、はぁっ!」

 

「ふうっ、ふうっ! 何を! 箒さんこそ、勘違いするのがいけないんですわ! ふうっ、ふううっ!」

 

 ガッション、ガッション、ガッション

 

「い、今ここで決着をつけてくれる……!」

 

「こ、こちらの台詞ですわ……!」

 

 睨み合いながら、徐々に速度が落ちていく。装甲、武装、各システム等々、ISというのはとにかく重いのだ。

 

「よお、2人とも。()りずにまた喧嘩か?」

 

「「ぴぃっ!?」」

 

 いきなり聞こえてきた声に、箒とセシリアは揃って短く悲鳴を上げる。

 それから慌てて視線を声がした方にやると、そこにはウィリアムが腕を組んで立っていた。

 

「う、ウィリアム……」

「ウィリアムさん……」

 

「織斑先生に、お前らがまた喧嘩をおっ始めてないか見てきてくれって言われてな。それで? ――ま た 喧 嘩 か ?」

 

 ニ゛ッ゛コ゛リ゛、目がまったく笑っていない笑顔を浮かべるウィリアム。

 それを向けられた箒とセシリアは顔を引きつらせながら、逃げるように走る速度を上げた。

 

「よ、よし! あと6周だ! 行くぞセシリアぁ!」

 

「ま、負けませんわぁ! オホホホホ!」

 

 ウィリアム監視の下、箒とセシリアは真夜中のISランニングを続けるのだった。

 

 ▽

 

 翌日の放課後。場所は第3アリーナ。

 全学年合同タッグマッチに向けて早速特訓を始めたウィリアムとラウラは、アリーナ・フィールドで激しい戦闘を繰り広げていた。

 

「脇が甘いぞ、ウィル!」

 

「くっ……!」

 

 スラスト・ベクタリングによる急上昇でラウラの斬撃をかわし、距離を取りながら『ブッシュマスター』を連射する。

 しかし、それを急後退と蛇行(だこう)で回避したラウラからお返しとばかりにレールカノンが放たれた。

 

Holy――!?( なにっ!? )

 

 飛来する超音速の砲弾をかわすことに、一瞬とはいえ意識を削がれたウィリアムを、ラウラは見逃さない。

 回避する先々にワイヤーブレードを伸ばして逃げ道を封殺(ふうさつ)したラウラは、瞬時加速による爆発的な速度でウィリアムを一閃した。

 

「そこだ!」

 

「ぐうっ!」

 

 見事な回し蹴りが胴体に入り、【バスター・イーグル】は大きく姿勢を崩す。

 さらに追撃としてレールカノンをウィリアムに向けるラウラは、ガギンッ! と巨大なリボルバーを回転させた。

 

「チェックメイトだ」

 

「っ……。まだまだぁ!」

 

 補助翼で体勢を立て直したウィリアムは、アフターバーナーを点火して一気に速度を(かせ)ぐ。

 夕日に染まった第3アリーナを、ジェットの轟音が包み込んだ。

 

 ……

 ………

 …………

 

「以前よりマシになったとはいえ、やはりお前は近接格闘戦に持ち込まれた際の対処力が心もとないな」

 

 模擬戦を終えて、ISを解除したラウラがそう告げる。

 

「それは俺も自覚あるんだがなぁ……」

 

 ラウラに指摘されたウィリアムは、答えながら困ったような表情を浮かべた。

 

「そもそも【イーグル】は近接格闘をしないのが前提として作られているからな」

 

「完全に撃ち合いのみに特化した機体か」

 

「その通り。一応、格闘武器も持ってはいるんだが、気休めにナイフが1本あるだけだ」

 

 しかも、そのナイフは非常に切れ味が悪い。ウィリアムに、もはや刃物の形をした鈍器(どんき)とさえ言われる始末だ。

 おまけにISコア自身が装備することを嫌がるため、機体パーツの一部として強引に組み込んだという経緯付きである。

 

「ついでに言うと、コイツはシールド系の装備も持てないからな。攻撃されたら全て()けきるしか取れる手段がない」

 

「聞けば聞くほど極端な性能の機体だな……」

 

 これにはさすがのラウラも嘆息するしかなかった。

『当たらなければどうということはない』

 これはとあるジャパニメーションの名台詞だが、ウィリアムのISはそれを違う意味で体現したような仕様だった。

 

「だから、時々一夏の『雪羅(せつら)』を羨ましく感じるんだよなぁ」

 

 最後に「なんで俺はアホみたいにゴツい砲ばかり……」と、ウィリアムは(うつ)ろな目をしながら小声で愚痴(ぐち)を呟く。

 

「無い物をねだっても仕方あるまい。ナイフしか無いのなら、それで戦う(すべ)を身に付けろ」

 

「ド正論すぎてぐう(・・)()もでねぇ……」

 

 実際、近接格闘戦に遭遇した場合、それを苦手とするウィリアムと【バスター・イーグル】にとっては大きな弱点になるだろう。

 自覚があるだけに、ウィリアムにとっては耳が痛くなるような言葉だった。

 

「とにかく、まずは近接格闘の基本から始めるぞ」

 

 そう言って、IS【シュヴァルツェア・レーゲン】を展開したラウラがフワリと浮遊する。

 対するウィリアムは、うげっと小さく悲鳴を上げて顔をしかめた。

 

「も、もう1戦やるのかよ……」

 

「習うより慣れろ、と言うだろう? それとも今日はもう()めにしておくか?」

 

 ニヤリと笑いながら右手をウィリアムに向け、その指先を自分側に向けて2回折り曲げるラウラ。

 そんなラウラの挑発に思わず呆気(あっけ)にとられてしまうウィリアムだが、それも数瞬のことですぐさま(ひとみ)に闘志を宿らせる。

 

「ふっ。まさか」

 

 言いながらIS【バスター・イーグル】を展開したウィリアムは、しかしどこか楽しそうにヘッドギアの中で笑みを浮かべていた。

 

 ガゴッ、ジャキンッ

 

 左大腿(だいたい)部の装甲がわずかにスライドして、中から飛び出した大型ナイフ『スコーピオン』を引き抜く。

 

「それでこそ私の嫁だ。――来い!」

 

「おおおおおっ!!」

 

 この日、2人はアリーナの使用時間をギリギリまで使って特訓に(いそ)しむのであった。

 

 ▽

 

「うーん……なんで怒ったんだろうか……」

 

「そりゃあ、お前がその子の(しゃく)(さわ)ったからだろうな」

 

 夕食後の自由時間、俺は昨日に続いて今日も一夏の部屋で例の件についての相談に付き合っていた。

 

「一夏、お前ひょっとして何かやらかしたんじゃないか? 平手打ちされるなんて相当だぞ?」

 

 今、俺の目の前では一夏が左(ほほ)をさすりながらイスに座っている。

 話は夕食が終わってすぐ、学園内のIS整備室でのことらしい。

 今日も更識さんをタッグに誘おうとジュースの差し入れを手に整備室を訪れた一夏だったが、その会話の途中で何か触れてはいけないこと(・・・・・・・・・・)を口走ってしまったようだった。

 

「何か、って…………」

 

 少しの間考えを巡らせ、それからポンッと手を打つ一夏。

 

「あ。そっか。あいつの専用機、まだ実戦で使える状態じゃないのか」

 

「あ。そっか。じゃねえよ。お前、本人の目の前で専用機の話を持ち出したのか?」

 

「あ、ああ。つい口を(すべ)らしちまった……」

 

「はあぁぁぁ。お前って奴は……。仲良くなりに行ったのに喧嘩売ってどうするんだよ」

 

 眉間(みけん)を押さえた俺の口からは、思わず深い溜め息が漏れた。

 しかし、専用機か。それに、夕食後の時間を使ってまで1人で整備室に(こも)って未完のISを……。ふむ。

 

「一夏、IS学園の概要案内書を持ってきてくれ」

 

「おう。ちょっと待ってろ」

 

 イスから立った一夏が本棚から1冊の本を取り出して戻ってくる。

 

「ほい」

 

「サンクス。えーと、なになに?」

 

 IS学園では2年生からIS開発・研究・整備を専攻にした『整備科』が1クラス作られる。学内でのトーナメント戦……特に2年生以上が参加するものには、基本的に整備科に協力を(あお)ぎ、複数名からなるチームをつけてもらう――か。

 

「あれ? じゃあ、(かんざし)も整備科に手伝ってもらえばいいんじゃないのか?」

 

「そうだ一夏。俺もそこが引っかかるんだ。なぜ1人で――」

 

 コンコン

 

「ん? 誰か来たな」

 

「はーい、どちら様ですか?」

 

「私よ」

 

 うわ、出た! 2年生のヤベー奴!

 

「一夏くんにウィリアムくん、今失礼なこと考えたでしょう?」

 

「ハハハ。そんなことないですよ、楯無さん。なあ、ウィル?」

 

「ああ、もちろんだとも。あなたは敬愛する先輩ですから」

 

「んー、まあいいわ。シュークリーム買ってきたから、一緒に食べましょ?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 一夏が室内に楯無先輩をエスコートして、俺はもう1(きゃく)イスを用意する。

 楯無先輩はふと机の上に広げたままの分厚い案内書に目をやった。

 

「あ、2人とも。もしかして整備科に協力してもらうの?」

 

「あ、いや。俺じゃなくて簪さんの専用機のことでウィルと話し合ってたんです」

 

「え? ウィリアムくん『と』?」

 

 楯無先輩がキョトンとした表情で俺に視線を送ってくる。……そうか。この人は俺も一夏に関わっていることを知らなかったのか。

 

「すみません。先輩にはまだ言ってませんでしたね」

 

 俺はそう一言告げてから、昨日の昼休みの一件から今日にかけての話を説明した。

 

「そういうことだったのね。ごめんね、君まで巻き込んじゃって」

 

「謝られることではありませんよ。相談を持ちかけられたのが始まりとはいえ、首を突っ込んだのは自分の意思ですから」

 

「そっか。ありがとう、ウィリアムくん」

 

「自分達もこれまでお世話になりましたから、お互い様ですよ。――それで、さっきの話に戻りますが、その専用機の件で、整備科に協力を仰いだ方がいいのでは? と、2人で話し合ってまして」

 

「うーん……、それはちょっと難しいかもしれないわね」

 

 そう言いながらイスに腰かけた楯無先輩に、一夏は怪訝(けげん)そうな顔をして問うた。

 

「どうしてですか?」

 

「簪ちゃん、たぶん独りで組み上げるつもりなのよ」

 

「え?」

「独りで?」

 

「私がそうしてたから、たぶん意識しちゃってるのね。気にしなくていいのに」

 

「楯無さんって……あの機体、自分で組んだんですか!?」

 

「あれほどの性能を持った機体をたった1人で……!?」

 

「え? うん。まあ、7割方できてたからなんだけど」

 

 うわぁ……。どんだけスペック高いんだ、この人は。

 

「でも私は結構薫子(かおるこ)ちゃんに意見もらってたからね。それに、(うつほ)ちゃんもいたし」

 

「えっ? あの2人って整備科なんですか?」

 

「そうよ。3年主席と2年のエース」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

「虚先輩はなんとなく分かるが、(まゆずみ)先輩もとは意外だな」

 

 てっきり、ただの新聞部部員だとばかり思っていたぞ……。

 

「一夏くんとウィリアムくんも1回見てもらいなさい。探せばどこか不具合が見つかるかもしれないわよ?」

 

「分かりました。今度相談してみます」

 

「そうだな。ISのことはその道の人間に任せるとしよう」

 

 シュークリームを取り出す楯無先輩を見て、一夏は慌てて紅茶の用意を始める。

 

「それで、どう? 簪ちゃんの様子」

 

「えーと、叩かれました」

 

 そう答える一夏の後ろで、俺は左(ほほ)を指差しながら苦笑を浮かべた。

 

「きれいなのを1発、決められたそうですよ」

 

「えっ?」

 

 なぜか驚いた顔をする楯無先輩。そうこうしているうちに、紅茶ができあがった。

 

「あの子、そういう非生産的な行動にはエネルギー使いたがらないはずなんだけど……」

 

「はぁ……」

 

「お尻でも触ったの?」

 

「そんなわけないでしょう!」

 

「じゃあおっぱい?」

 

「だから! どうしてセクハラ方向なんですか!?」

 

「(はぁ、まーた始まった……)」

 

「んもう、しょうがないなあ。言ってくれればおねーさんが触らせてあげるのに」

 

 ニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべながら、楯無先輩は自分の制服を脱ぐような仕草をとる。

 

「わー! 何脱ごうとしてるんですか! お、お、怒りますよ!?」

 

「先輩、そこから先はこの部屋に織斑先生が突入してくることを覚悟の上で続けてくださいね?」

 

 俺が真顔でそう告げると、楯無先輩はピシリと凍りついた。

 一夏の反応だとかえって面白がられると思っての行動だったが、効果は覿面(てきめん)だったらしい。

 学園最強でも織斑先生には敵わないようだ。

 

「じょ、冗談よ冗談っ。ほんのジャパニーズジョークだから、織斑先生を呼ぶのだけはやめてっ」

 

「んなジャパニーズジョークがあってたまるか」

 

 思わず先輩に対する敬語を忘れてしまっていたが、これくらいの不敬は許されるだろう。まったく、この人ときたら……。

 

「はい、お茶どうぞ。パックのやつですけど」

 

「一夏くんが()れてくれたのなら世界一美味しいわよ」

 

「またそういうウソを……」

 

「うん、ウソ」

 

「はぁ、もういいや……。ウィルは紅茶のおかわりいるか?」

 

「いや、遠慮しとく。腹の中がチャポンチャポンになっちまうからな」

 

「ん、分かった」

 

 今日はもうヘトヘトだ。夜中にトイレで目覚めるのは勘弁願いたい。

 

「しかし、あの簪ちゃんがねえ……一夏くん、脈有りなんじゃない?」

 

「ええ? 殴られたのにまた会いに行くんですか?」

 

「次は殴るだけでは済まないかもしれませんよ?」

 

「2人とも分かってないなぁ。女の子は押しに弱いのよ」

 

「「……………」」

 

 ()けてもいい。絶対にウソだ。

 

……ウィル、どう思う?

 

 ヒソヒソと、一夏が小さな声で話しかけてくる。

 

ウソに決まってるだろ

 

だよなぁ。うーん、でも確証も無いのに疑うのも……

 

お人好しめ。なら試しに周りの女子でシミュレートしてみろよ。会って間もない間柄で、1回殴られてからもう1回会いに行ったらってシチュエーションでな

 

お、おう

 

 ということで、早速シミュレートを開始する一夏。……どれ、俺も少し試してみるか。というかちょっとだけ気になる。

 真面目な顔をして黙りこくっている一夏の隣で、俺も興味本位でシミュレートを行ってみることにした。

 もちろん、シチュエーションは一夏に言ったものと同じだ。

 ――ラウラの場合。

 

『知っているか? 人間は首を切断しても10分近く生きていられるそうだ』

 

『へ、へえー。そうなんですね……』

 

『貴様で試してやろうかッ!』

 

『ノオォォォォォ!!』

 

 William is died(ウィリアムは死んでしまった)

 

 ダメだ! 俺の首がパージされる未来しか見えない! っていうか、もしラウラにそんなこと言われたら……!

 

「もうダメだ……。おしまいだぁ……」

 

「楯無さんのウソつき!」

 

「そうよ?」

 

 こ、こいつ開き直りやがった!

 

「とにかく、一夏くん。簪ちゃんと組んであげてね。あと、機体の開発も手伝ってあげなさい」

 

「命令ですか……」

 

「命令されるの好きでしょ?」

 

「まるで一夏がマゾみたいな言い方だな……」

 

「なんでですか!」

 

「やん。怒らないでよ、ウソウソ。ウィリアムくんも一夏くんを手伝ってあげてね」

 

「分かりました」

 

「んー。お茶、ごちそうさま。それじゃあまたね」

 

 引っかき回すだけ引っかき回して、楯無先輩はそのまま部屋を出て行った。

 

「取り敢えずシュークリーム食べようぜ……」

 

「だな……。疲れた時には甘いものが一番だ」

 

 パクリ。モグモグ……モグ?

 

「ブ――――っ!?」

「ング――――っ!?」

 

「あははは!! ひっかかったわね、カスタードはマスタードに入れ替えておいたわ!」

 

 ドアの隙間から満面の笑みを見せている。お、おのれ悪魔めぇ……!

 

「楯無さんっ!!」

「楯無先輩っ!!」

 

「きゃー」

 

 パタンとドアを閉じて逃げる。

 

「クソぅ、楯無さんめ。なんてことを……。み、水~!」

 

「一夏っ! 塩()いとけ、塩! ちくしょう、鼻がぁ……!」

 

 マスタード入りシュークリームのあまりの威力に、俺達はしばらく悶絶(もんぜつ)するのであった。

 

 



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59話 Ewige Liebe(永久の愛を)

 一夏が(かんざし)と出会ってから、1週間が経過した。

 

「なあ、俺と組んでくれって」

 

「絶対、イヤ……」

 

 毎日この調子で、一夏が簪に付きまとっているという(うわさ)はあっという間に広まった。

 

「ねえねえ、聞いた?」

 

「なんでも織斑くん、4組の更識さんに迫っているらしいわよ」

 

「ええ、うそ!? なんでなんで!?」

 

「分かんないけど……織斑くん、今度の専用機持ちタッグマッチのパートナーに更識さんを選んだって」

 

「え? 他の子達は?」

 

「いや、それがさあ……」

 

 

 ――セシリア・オルコットの場合。

 

「一夏さん……わたくしと組まなかったことを後悔させてあげますわ。ふ、ふふ、ふふふふ!」

 

『スターライトmkⅢ』とビット4機による一斉射撃。しかも、偏向射撃(フレキシブル)によるホーミングで、セシリアは動いている射撃ターゲットを全て撃墜する。

 

「震えなさい! わたくし、セシリア・オルコットと【ブルー・ティアーズ】の(かな)でる葬送曲(レクイエム)で!」

 

 

 ――凰 鈴音(ファン・リンイン)の場合。

 

「右肩部ユニットを拡散衝撃砲、左肩部ユニットを貫通衝撃砲に換装したパッケージデータを今すぐにちょうだい。あと、『双天牙月(そうてんがげつ)』は刀刃仕様にして、腕部衝撃砲は外して、代わりに高電圧縛鎖(ボルテック・チェーン)をつけて。3日で仕上げてよね。――はあ? できない? できないじゃないわよ、やるのよ!!」

 

 本国の装備担当者に一方的な通信を送ったあと、鈴は最大出力の『龍咆(りゅうほう)』を放つ。

 盛大に地面が()ぜて、アリーナに巨大な穴が開いた。

 

「見てなさいよ一夏……泣いて許しを請うても許さないんだから!」

 

 グググッ……と握り拳を作る鈴は、その瞳を闘志でメラメラと燃やしていた。

 

 

 ――シャルロット・デュノアの場合。

 

「スー……ハー……」

 

 中央タワー上空200メートルから真下を見る。タワー外周に沿って配置されてターゲット数は57機。しかも、それぞれ自動射撃を行ってくる実戦モデルであった。

 

「行くよ、【リヴァイヴ】!」

 

 ギュンッ! と、真下に向かって急降下するシャルロット。その両手には長大な59口径重機関銃『デザート・フォックス』が2(ちょう)握られていた。

 

「……………………」

 

 速度を落とすどころかさらに加速しながら、シャルロットは重機関銃を振り回してターゲットを落としていく。

 ガギンッ! 弾切れと同時に、シャルロットは銃を捨ててその手にアサルトブレードを1(つい)呼び出す。

 最高速を維持したまま、シャルロットは地上へと一直線に向かっていく。

 その途中でターゲットを切り裂きながら、グングンと地表が近づく。

 

 ――ズシャアアアッ!

 

 地表に激突する寸前、姿勢を180度反転させたシャルロットは、脚部ブースターの噴射によって体を支えた。――と、同時に両腕のブレードをクロスして投擲(とうてき)、最後のターゲットに見事命中させた。

 

「僕は強敵だよ、一夏」

 

 ニコッ。その天使の微笑みは、だがしかし絶対零度の冷気を放っていた。

 

 ……と、そんなこんなでここ最近の一夏は専用機持ちの女子一同(主に彼のラヴァーズ)から厳しい敵視を受けていた。

 そして、肝心のもう1人、篠ノ之 箒(しののの ほうき)はというと――。

 

「はぁ……」

 

 ロッカールームにて、桜色の溜め息を漏らしながら胸の上で両手を重ねる。

 

「(『箒はおれが守る!』か……。あいつめ、あいつめ!)」

 

 ニヘラッとした顔でロッカーを乱打する箒。4発目の衝撃でアルミニウム製のそれがわずかにへこんだ。

 箒が想像しているのは先日、一夏と2人で薫子(かおるこ)の姉・渚子(なぎさこ)のインタビューを受けた時のことだった。

 ちなみに一夏が言った台詞は正確には『仲間は俺が守る!』である。かなり都合のいい聞き間違いだったが、青春暴走特急は止まらない。

 

「そうか……、そうかぁ……! うふふ、うふふふふ!」

 

 余程嬉しかったのだろう。数日前の話であるにもかかわらず箒は上機嫌でロッカーを開く。

 中の制服を取り出しながら、箒の回想はインタビュー後に行った写真撮影へと移っていた。

 

「(それにしても、スーツを着こなした一夏がああも格好良く見えるとはな。それに……)」

 

 制服の(そで)に腕を通しながら、箒は(ほほ)をポッと赤らめる。

 

「(腰を抱かれて、一夏の首に腕を絡めて……あ、あんなに顔を近づけて……)」

 

 もし、あの場が2人きりの空間だったならあるいは……。

 心の中に広がる、一夏とキスをするビジョン。

 

「~~~~~!!」

 

 恥ずかしさを誤魔化すように、ロッカーにさらなる乱打を加える箒。

 それなりの強度を誇っていたはずのロッカードアは、早速使い物にならないほど大破した。

 

 ▽

 

「まさか……まさかジョーンズ中尉までガトリング中将に洗脳されて(どくされて)いたとは……」

 

 俺は第4アリーナの上空を飛びながら、つい先日の出来事を想起して呟く。

 その出来事というのは、【バスター・イーグル】の新装備『メナサー』が届いた日のことだった。

 

「(あの真面目なジョーンズ中尉が……はぁ……)」

 

 満面の笑みを浮かべながら『大口径はすばらしいよホーキンスくん!』と言われた時はフリーズして、しばらく意識を飛ばしてしまった。

 やはり、あの変態集団どもは一刻も早く滅さねばならないらしい。

 ……頭を45度の角度で殴ってみれば、もしかしたら正気に戻るかもしれないな。

 

「ウィル、今日の訓練はあのターゲットを撃ち落として最後にするぞ」

 

「あいよ」

 

 相方のラウラに言われて、俺は残る最後の射撃ターゲットへ向けて機体を飛ばした。

 使う武装はもちろん、例の新装備76ミリレールガン『メナサー』だ。渡された以上はこいつの使い方にも慣れておかなくては。

 

「(よーし、そこでそのまま大人しくしてろ……)」

 

 ターゲットから放たれる迎撃射を右へ左へ、上へ下へと最小限の動作で回避しながら、レティクルの中心を攻撃目標へと合わせて『メナサー』を展開する。

 

 ヴゥゥ……ガゴンッ……

 

 右のウェポンベイが開く音がして、内部から現れた長方形の物体が伸縮式の砲身を伸ばす。

 それは展開を終えるとすぐさま電力のチャージを始めて、バチチチッと音を立てながら砲身内に紫電を走らせる。

 そして――

 

「――発射」

 

 ズガオォンッ!!

 

 放たれたマッハ7の徹甲弾(てっこうだん)がターゲットに大きな風穴を開けた。

 

「(っく……! 相変わらず反動がキツいな。そもそも76ミリなんてのがおかしいんだが)」

 

 こんなもの対地専用攻撃機(ガンシップ)にも載せないぞ、と愚痴(ぐち)りながら『メナサー』をウェポンベイ内に格納する。

 極超音速大口径砲弾(ごくちょうおんそくだいこうけいほうだん)の威力は確かなもので、メナサー――脅威(きょうい)をもたらす者――の名は伊達(だて)ではないだろうが、反面ウェポンベイを丸ごと1つ占領することになるので一長一短といったところか。

 

「よし、これで全部片付いた」

 

「うむ。ではこれにて本日の訓練は終了とする」

 

 用意した射撃ターゲットを全て破壊した俺とラウラは、武装の安全装置をかけてからゆっくりとアリーナ・ピットに降り立った。

 

「連携については問題なし。残る課題はお前の近接格闘能力の向上だな」

 

「(うっ、そうだった。まだあの地獄のナイフファイト訓練は続いてるんだった……)」

 

 繰り出される容赦のない格闘連撃を死に物狂いでかわしながらの訓練を想像して、俺のテンションは急転落する。

 ゲッソリとした表情で「そ、そうだな……」と答えると、ラウラがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ずいぶんと嬉しそう(・・・・)だな。ならば次回の格闘訓練はフルタイムで行うとしよう」

 

 げぇ!? ただでさえ厳しいラウラがSっ気のある鬼教官みたいなこと言い始めた!

 

「か、勘弁してくれ。フルタイムでなんて死んじまう」

 

「安心しろ。死にそうになったら助けてやる」

 

「マジかよ……」

 

 ガクッ、と肩を落としてうなだれる。

 そんな俺の様子がおかしかったのか、さっきまで意地の悪い笑みを浮かべていたラウラは楽しそうに口元を(ゆる)めていた。

 

「冗談だ、本気にするな」

 

「な、なんだ冗談か」

 

 ほっ……、と胸を撫で下ろす。

 ラウラが言うと例え冗談でも本気に聞こえてしまうので、正直かなりハラハラする。

 

「(それにしても、こいつよく冗談を言うようになったよな)」

 

 ラウラが転入してから早4ヶ月。出会った頃と比べて、彼女は見違えるほど変わったと常々思う。

 

「(いや、それを言ったら俺もか)」

 

 当初は喧嘩腰の応酬(おうしゅう)ばかりしていたというのに、よくもまあここまで彼女に()れてしまったものだ。

 

「(…………いい加減、腹をくくらないとな)」

 

 心の中で自分に(かつ)を入れる。

 

「(よし、今度こそラウラに言うぞ――)」

 

「さて、雑談はここまでにしてアリーナを出るぞ」

 

 そう言ってISを解除するラウラ。

 ふと時計に視線をやると、もうじきアリーナの使用可能時間の限界を迎えようとしている頃だった。

 ま、まずい。せっかく気合いを入れ直したというのに、このままだとまたチャンスを逃してしまう!

 

「ら、ラウラっ」

 

「なんだ?」

 

 慌てる気持ちを必死に抑えながら声をかけると、ラウラは「?」といった表情で振り返る。

 ルビーのような瞳がまるでこちらの目を覗き込んでいるかのようで、俺は次の言葉を詰まらせてしまう。

 

「あー、その、なんだ……」

 

「……?」

 

 ちくしょう! この恋愛クソ雑魚野郎! 『今週の日曜に2人で出かけないか?』って言うだけだろうが! 何ここにきてブルッてんだ!

 ちなみに、この(こころ)みは本日3度目である(1度目と2度目はタイミングを逃した)。

 

「よければ、なんだが……」

 

 たった一言訊ねるだけなのに、ずいぶんと遠回しな言葉が出てきてしまう。

 

 ――IS操縦者補助システムより、1件のご提案があります――

 

 突然、ISのハイパーセンサーがそんなことを告げてきた。

 そういえばISを解除するのを忘れていたな。だが、今その話は後回しだ。

 

「(あとにしてくれ相棒。俺は今忙し――)」

 

 ――『腰抜け』の意味をインターネット検索にかけますか?――

 

「は?」

 

「ウィル?」

 

 思わず間抜けな声を漏らしてしまう俺に、ラウラは(いぶか)しげな表情を浮かべる。

 腰抜けの意味って……え? 俺そんなこと頼んでないんだけど。しかも、よりにもよって腰抜け? 何? こいつ反抗期なの? それとも単なるシステムエラーか?

 

 ――腰抜け……腰が抜けて立てないこと。そういう人。転じて、意気地(いくじ)がなく、臆病(おくびょう)なこと。そういう人――

 

「……………」

 

 なんだァ? テメェ……。誰がそんなこと検索しろっつった。お前の名前これから『アレクソ(・・)』にするぞコラ。

 しかし、【バスター・イーグル】は止まらない。

 

 ――類義語に、弱虫。臆病者。腑抜(ふぬ)け。小心。小胆などがある――

 

 ……上等だアレクソッタレ(・・・・・)。天ぷら油かサラダ油、どっちを給油口に突っ込まれたいか選ばせてやる……!

 

 ――また、アメリカ合衆国内のスラングでは『チキン』とも言われる――

 

 チキン!? チキンって言いやがったなこの野郎! エンジンに砂糖菓子(さとうがし)ぶっ込んでやるから覚悟しとけ!

 

「(ととっ、いかんいかん! こいつを()め上げるのはまたあとだ!)」

 

 取り敢えずさっきから妙に煽ってくる【バスター・イーグル】を解除して、俺は改めてラウラに話しかける。

 

「こ、今週の日曜は空いてるか? もしよければ2人で出かけないか?」

 

「……ほぇ?」

 

 思いきって一息で言い切ると、ラウラからはなんとも間の抜けた声が返ってきた。

 

 ▽

 

「それで? 今日はどうだったんだ?」

 

「これといった進展はなかったな……」

 

 夜。今日も今日とて、俺は一夏の自室で楯無さんにお願いされた件について話し合っていた。

 

「おいおい、大丈夫なのか? タッグ申請の締め切りまでそう長くはないぞ?」

 

「分かってはいるんだけどさぁ……」

 

 うーむ、と腕を組ながら唸る一夏。どうやらかなり悪戦苦戦しているようだ。

 

「(まあ、恐らくそんなことだろうとは思っていたが)」

 

 俺は出された緑茶をズズッと一口すすって、それから目を閉じて考え込む一夏に声をかけた。

 

「よし! そんなお前に今から秘密兵器をくれてやろう」

 

 ふっふっふっ……と笑って、俺はポケットから2枚のチケットを取り出す。

 それから、ふざけて「シャキーン!」と効果音を口にしながら、それを頭上に(かか)げた。

 

「それ、映画のチケットか?」

 

「おう。しかも、ただのチケットじゃねえぞ? 聞いて驚け! こいつは期限までの間ならいつでも使えて、なおかつ好きな映画を観れるという超プレミア物だ!」

 

「お、おお~……!」

 

 パチパチパチと拍手を送ってくる一夏。

 

「はっはっはー! もっと拍手してくれてもいいんだぞ?」

 

「なんか、今日のウィルはえらく機嫌がいいな。どうしたんだ?」

 

「ふふん、ちょーっとばかし良いことがあってな」

 

 いや、正確には今週の日曜日に良いことがある(・・・・・・・・・・・・・・)んだが……っと、話が脱線したな。その話は今は置いておくとしよう。

 

「一夏、たしか更識さんは戦隊(レンジャー)やヒーローもののアニメが好きなんだよな?」

 

「? ああ、そうだな。楯無さんからはそう聞いてる」

 

「完璧だ。一夏、このチケットをお前にやろう。今度の休日にでも更識さんと行ってこい。上手くいけば仲良くなれるチャンスだ」

 

「え? い、いやいやいや。やるも何もそんなの受け取れねえよ」

 

「なんだ、プレミアって言われてビビってるのか? なーに、どうせ口座には今の俺じゃ使いきれない額が貯まってるんだ」

 

 それに、言うほど大した価格じゃなかったしな、と付け加えるが、しかし一夏は首を縦には振らなかった。

 

「金額だけの問題じゃないって。友達にそこまでさせるわけにはいかねえよ」

 

「なんだ、そんなことか」

 

「そんなことって……」

 

「もちろん、俺だって誰彼構わずここまでしたりはしない。――お前が俺の友達で、その友達が困っているからこそ俺はこうしたんだ」

 

「ウィル……」

 

「もし、それでも気が済まないっていうなら、そうだな……今度昼メシでも(おご)ってくれ。それでチャラだ」

 

 これならどうだ? と、俺は一夏にチケットを差し出す。

 

「……分かった。大切に使わせてもらう」

 

 ようやく納得したらしい一夏は深く頷いて、チケットを手に取った。

 

「よーし、交渉成立だ」

 

「悪いな、気を遣わせて」

 

「まったく、日本人はすぐにアイムソーリーと言いたがるな。こういう時はサンキューでいいんだよ」

 

「おう。サンキュな、ウィル」

 

「ユアウェルカムだ。それじゃ、次は更識さんをどう誘うかだな」

 

 こうして、俺達の作戦会議は夜遅くまで続くのだった。

 

 

 

「ああ、そうだ。一夏」

 

「うん?」

 

「言っておくが、箒とセシリア、それに鈴とシャルロットの4人にはくれぐれも悟られるなよ。もしこのことを知られたら……」

 

「し、知られたら……?」

 

 ゴクリ、一夏が生唾(なまつば)を飲み込む。

 

「……その時は、お前が無事に次の日を迎えられる保証はできん」

 

「ひぇっ……!?」

 

 ▽

 

 週末の日曜日。

 本日は晴天。気温も高すぎず低すぎずで、(やわ)らかな風が2人の(ほほ)を撫でる。

 

「ん、バスが来たな。乗ろうぜ、ラウラ」

 

「う、うむ……」

 

 そう短く答えてウィリアムに続いてバスに乗車したラウラは、まさに借りてきた(ねこ)状態である。

 先日の『デートのお誘い』だが、もちろんこれを断る理由があるはずも無く、ラウラはこうしてウィリアムと2人で外出していたのだった。

 

「やっぱりこの時間帯だと空いてるな」

 

「そ、そうだな」

 

 まさかウィリアムから突然デートに誘われるとは思っていなかったラウラは驚きと羞恥(しゅうち)で取り乱し、今もぎこちない様子で客席に腰を下ろした。

 

「この辺りは景観がいいなぁ。さすがはIS学園の玄関口だ」

 

「(こ、こちらの気も知らずこいつは呑気(のんき)な……!)」

 

 窓からの景色を眺めるウィリアムをこっそりと睨みながら、「ぐぬぬ……」と心の中で唸るラウラ。

 しかし、彼女は知らない。

 ウィリアムの右(ひざ)が貧乏ゆすりしていることを。何とも無さそうに振る舞っている彼の口元が微妙に引きつっていることを。

 

「(ヤッベー。頭の中が真っ白でなんの話題も出てこねー……!)」

 

 実はラウラの思いとは反対に、ウィリアムも内心では盛大に取り乱していたのだった。

 

「あ! 見て見て! あの銀髪の子!」

 

「え? あー! 夏休みの時、金髪の子と一緒にいた子だわ!」

 

「「?」」

 

 ふと、後席から聞こえてきた遠慮の無いボリュームの会話にウィリアムとラウラは気づく。

 

「今日はあの金髪の子はいないのね。じゃあ、隣にいる男の人って……」

 

「そりゃあ彼氏に決まってんでしょ」

 

「あれだけ可愛いんだもの、彼氏の1人いたっておかしくないわよ」

 

「しかも、あの彼氏さんめっちゃカッコいいじゃん……」

 

「はぁ~、やっぱり神様はいつも不公平なのね……」

 

 当然、女子グループの会話は同じ車内にいるウィリアムとラウラにも丸聞こえで、2人は氷像のようにピシリと凍りついてしまった。

 

「「(かっ、かかか、彼氏だとぉっ……!?)」」

 

 互いが互いに好意を抱いているというのに、双方ともその相手の気持ちに気づけていない。なんとももどかしい話である。

 

「お、おお! ここから見る海もいいもんダナー! 晴れてるとここまで見えるのカー!」

 

 とうとうその場の空気に耐えられなくなったウィリアムは、自分の顔を隠すように窓の外へと視線を戻してしまった。

 前世では敵兵から恐怖の象徴とまでされていた戦闘機乗りも、この状況にはお手上げらしい。『シャークマウス』も形無しである。

 

「(な……!? う、ウィル……! お前という奴はどこまで唐変木なのだ……!)」

 

「(な、なんか滅茶苦茶(めちゃくちゃ)睨まれてる……!!)」

 

 握りしめた拳をプルプル。(すく)ませた肩をガタガタ。

 それぞれ違う意味で震える両者を乗せて、バスは目的地――『レゾナンス』前の停留場に到着した。

 

「着いたか。ほら、ラウラ。降りるぞ」

 

「い、言われなくとも分かっているっ」

 

 バスが停まるまで終始ウィリアムを睨みつけていたラウラは、そうぶっきらぼうに返事をしてから足早に降車する。

 

「おいおい、早すぎるって。ちょっと待ってくれよ」

 

「お、お前が遅いだけだ!」

 

「なんという理不尽……」

 

 停留所を出たウィリアムとラウラはレゾナンスへと入り、上りのエスカレーターに乗る。

 エスカレーターを乗り継いで4階に着いた2人は渡り廊下で繋がった北棟のシネコンへと向かった。

 

「ふむ、ここが映画館か……」

 

「おう。もっと正確に言えば複合映画館(シネマコンプレックス)ってやつだな」

 

 興味深そうに辺りを見回すラウラに答えながら、ウィリアムはショルダーバッグから2人分の映画チケットを取り出す。

 

「それじゃあ俺は受け付けでチケットを見せてくるから、少し待っててくれ」

 

「分かった」

 

 受け付けへ向かったウィリアムの背中を少しだけ見送ってから、ラウラは壁に貼られた様々な映画のポスターに視線をやる。

 

「(この世にはこれほどの数の映像作品が存在するのか)」

 

 SF、アクション、ホラーにスリラー、ラブロマンスetc……。もちろん、ここにあるだけが全てではない。

 ウィリアムが個人端末やテレビで観ていた映画を興味本位から観たことはあるが、それはまだ氷山の一角程度でしかない。

 

「よう、待たせたな。ちょうどもうすぐ上映だそうだから、今から席に座ろうぜ」

 

「それは分かったが……」

 

「? どうかしたか?」

 

 頭上にクエスチョンマークを浮かべるウィリアムに、ラウラは呆れたような様子で問うた。

 

「その山ほどのポップコーンと飲み物はどうした……」

 

 そう、戻ってきたウィリアムの手にはポップコーンと飲み物が入ったカップが握られていたのだ。

 ちなみにポップコーンと飲み物はそれぞれLサイズとSサイズが1つずつ。割り当てはLがウィリアムで、Sがラウラである。

 

「ははっ、何を言う。大スクリーンで映画といったら、ポップコーンとコーラだって相場が決まってるんだよ」

 

 いやぁ、映画館なんて久しぶりだなぁ。と言って笑うウィリアムにつられて、ラウラも自然と口元を(ゆる)ませてしまう。

 

「(まったく、こいつの時折見せる子供のような笑顔は、どうして私の心をこうもくすぐるのか……)」

 

「さっ、映画が始まる前に行こうぜ」

 

「ああ」

 

 チケットよし、ポップコーンよし、コーラよし。準備万端のウィリアムとラウラは早速上映室へ入るのだった。

 

 ▽

 

「「……………」」

 

 映画を観終えて出てきたウィリアムとラウラは無言であった。

 並んで歩く2人の間には心なしか距離が開いており、しかもお互いに気まずい表情を浮かべている。

 というのも……。

 

「(なーんであの映画にR-17.9の濡れ場シーンぶっ込んだんだ、あの監督ェ……)」

 

 話の途中から違和感を覚え始めたウィリアムだが、まさか予想外にあからさまな表現のシーンに突入した時はポップコーンを(のど)に詰まらせてしまったほどだった。

 

「(前にラウラと観たやつの続編だったから、なんて理由で選んだのがまずかったか……)」

 

 1人だけならまだしも、今回は隣にラウラもいたのだ。映画が終わるまでの間、無言でスクリーンを見るラウラが気が気でなく、途中からのストーリーはほとんど覚えていない。

 

「(ラウラのやつさっきから一言も話さないが、まさか気分を害して怒ってるんじゃ……!?)」

 

 思わず悪い方へと想像してしまい、ウィリアムは恐る恐るラウラに流し目を送る。

 しかしそんな心配は全くの杞憂(きゆう)で、ラウラは心臓を高鳴らせながら、例のシーンを頭の中で何度もリピートさせていた。

 

「(ち、知識程度には知っていたが、まさかあれほどのものとは……!)」

 

 耳まで赤くなった顔は湯気を放ちそうなほど熱くなり、ドイツの冷氷と呼ばれるラウラはまさに氷解寸前であった。

 

「(い、いいい、いつかは私もあんな風に、ウィルと…………)」

 

 映画の主人公とヒロインの顔を自身とその想い人とに入れ換えて、さらに想像を膨らませるラウラ。

 (きし)むベッド、シワだらけのシーツ、雑に脱ぎ捨てられた衣服。

 

「…………」

 

 部屋中に甘く響く(なま)めかしい声、荒い息づかい。

 そして、自分の名前を呼ぶ(いと)しい恋人の声――。

 

「――ラウラッッ!!」

 

「!?」

 

 横断歩道を渡ろうとした刹那の出来事だった。

 いきなり大声で叫んだウィリアムが、ガシッと抱きすくめるかのように引き寄せてくる。

 直後、けたたましいクラクションを鳴らしながら、黒塗りのスポーツカーがラウラの目と鼻の先を通過して行った。

 

「あのバカ運転手め……! 赤信号が青に見えるのか!」

 

 ウィリアムの怒声を聞いて、ラウラは自分が危うく信号無視の車に()かれかけたということに気がついた。

 

「ラウラ、大丈夫か? 怪我はしてないか?」

 

「あ、ああ。大事ない、感謝する」

 

「そうか……」

 

 安堵(あんど)したように深く息を吐く。

 それから「なんともなくてよかったよ」と言って微笑んだウィリアムの顔が、ラウラにはキラキラと輝いて見えた。

 

「ったく。教習所で何を習って来たんだ、あのボケは。さっさと免許剥奪(はくだつ)されちまえっ」

 

 白馬の王子様だとか勇敢な騎士(ナイト)だとか、そういったメルヘンチックなものではない。

 けれども、ラウラの胸をさらにときめかせる理由としては十分だった。もし彼女の好感度パラメーターが可視化できるのなら、恐らくゲージの限界を軽く突き破っていることだろう。

 

「っと、悪いな。今離すよ」

 

 落ち着きのない様子のラウラに気づいたウィリアムがその腕を解く。

 

「あ……」

 

 名残惜しそうな声を上げたラウラだったが、すぐさまここが公衆の面前であったことを思い出した。

 複数の視線を感じて周囲を見やると、道行く通行人が好奇や嫉妬(しっと)の混じった顔でこちらを見ている。

 

「う、ウィル。取り敢えずここを離れるぞ」

 

「お、おう」

 

 遅れてウィリアムも周囲の視線に気づき、ラウラに手を引かれるままその場を離れることにした。

 

 ……

 ………

 …………

 

「こ、ここまでくれば大丈夫だな」

 

 ウィリアムを引っ張ってきたのは、派手な音がやかましいゲームセンターだった。

 以前にウィリアムと行った所とはまた別の店舗(てんぽ)で、ラウラの知らないゲーム機もいくつか置いてある。

 

「む……? これはなんだ?」

 

「ん? ああ、なんだろうなこれ……。えーっと? 『プリとも』って言うらしいぞ?」

 

「プリとも……。そうか、これが……」

 

 それは仲のいいクラスメイトが教えてくれたボックス型ゲーム機、所謂(いわゆる)プリクラというものだった。

 

「ほうほう、成程。こいつは写真を撮れるのか」

 

「話によると、撮った写真はシールになって出てくるそうだ」

 

「へえ、面白いゲーム機だな」

 

 アメリアではあまり見かけることのないプリクラを、ウィリアムは興味深そうに見つめる。

 

「た、試しに撮ってみるか?」

 

「え? 俺とか?」

 

「お、思い出づくりとしてはいいだろう」

 

「思い出づくりか……。そうだな、せっかくだしやってくか」

 

「よ、よし! では早速入るぞ!」

 

「あ、おい」

 

 財布から小銭(こぜに)を出そうとするウィリアムだったが、その手を引いてボックスに入ったラウラが素早くコインを投入してしまう。

 

「まずは写真フレームから選べとさ。どうするんだ?」

 

「な、なに? かなりの種類があるな……」

 

「手慣れてないと案外難しいな。お、黒ウサギのもあるみたいだぞ」

 

「お、おお! ではそれにしよう!」

 

 ピポン、と音がして、機械がペンタッチモードに切り替わる。

 

「今度は好きな言葉を書くそうだぞ、ラウラ」

 

「う、うむ……。好きな言葉でいいんだな?」

 

 コホンと咳払いをひとつして、ラウラが訊ねる。

 

「ところでウィル、お前はどれくらいドイツ語ができるんだ?」

 

「少しくらいなら知ってるぞ。『シャイセ』がありがとうだよな」

 

 ――そんなことを言ったら即殴り合いが始まってしまうんだが。

 ちなみに『シャイセ』はウィリアムが言うところの『シット(クソ)』である。

 

「(よし、ウィルがバカで助かった)」

 

「おい、今なんか失礼なこと考えなかったか?」

 

「気のせいだ。――よし、文字はこれでいいだろう」

 

 次はシャッターを切ります、と機械音声が告げる。

 

『フレームから出ています。近づいてください』

 

 ウィリアムとラウラはキョトンとしてから、取り敢えず身を寄せ合う。

 この時すでに2人の心臓は破裂寸前だったが、お互いなんとか平静を装って撮影を終えることができた。

 

「お、出てきたみたいだな」

 

 20枚(つづ)りのシールを2人で半分にして、今日の記念にと持ち帰る。

 ウィリアムとラウラが写った写真には、ドイツ語で『Ewige Liebe(エーヴィゲ リーベ)』――永久の愛を、と書かれていたのだった。

 

 




・76ミリレールガン『メナサー』
 ウィリアムとその専用IS【バスター・イーグル】の実力が認められ、正式に研究開発が許可された新装備。
 正式名称は、メナサー76ミリ口径電磁投射砲システム。
 艦砲並みの口径を持つ砲弾をマッハ7で撃ち出す強力な兵装。
【バスター・イーグル】のステルス性と空気抵抗を考慮(こうりょ)して、本体はウェポンベイ格納式となっている。
 そのため砲身は伸縮式となっており、展開時の全長は2倍にまで達する。
 前述の通り本兵装はウェポンベイへの搭載が前提条件のため、携行(けいこう)する際は左右どちらかのベイが占領されることになってしまう。
 なお、本兵装を使用後には毎回の砲身冷却(れいきゃく)と電力チャージが必要であり、当然1発撃つごとに長いクールタイムを要する。

※メナサー…脅威(きょうい)をもたらす者。

 今なら皆様のISに割引価格でお届けします! さあ! そこで見ているあなたも重装巨砲のすばしさを体感しましょう!


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60話 整備士泣かせの機体

 誤字報告、本当にありがとうございます。
 投稿前に必ず2度チェックしているのにミスが見つかるとはどういうことなんだ……。

ウィル「ということで、作者。何か弁明はあるか?」

「ま、待て! 離せば分かるっ!」

AWACS(エイワックス)マジックよりウォーバード1。JDAM(ジェイダム)の使用を許可する」

ウィル「ウォーバード1、了解。さて、お料理の時間だ」

「ヤメテーーーッ!」




「ふーむ……。どっちを取るべきか……」

 

「まだ悩んでいるのか?」

 

 4時限目を終えた昼休み。学食のメニューとにらめっこしながら唸る俺に、ラウラが声をかけてくる。

 

「いやな? このマグロユッケ丼とマグロ鉄火丼とで迷っててな?」

 

「大して変わらんだろう。どちらもマグロだ」

 

「いやいやいや! 全然違うぞ! 特製ダレと生卵が絶妙に絡んだマグロユッケのとろけるような食感は最高だ! だが、甘辛(あまがら)いタレを乗せた肉厚のマグロを白米と一緒に噛み締める鉄火丼も捨てがたい……!」

 

 呆れた様子のラウラに熱く語ってから、俺はまたメニュー表をにらむ。

 

「…………よし。今回は鉄火丼にしよう」

 

 散々悩んだ結果、俺は券売機で鉄火丼の食券を購入して、それから少しして出てきたメニューを手に取った。

 

「やっと決まったか」

 

「待たせて悪かったな。じゃあ席を探すとしようか」

 

「その必要はない。向こうの窓際に1つ空いているのを確認した」

 

「お、ホントだ。相変わらずラウラは目がいいなぁ」

 

「あの程度の距離ならば普通だ」

 

「そうかぁ? 俺はその視力が羨ましいよ。たぶん2.0(最高値)は余裕で超えてるぜ?」

 

 ちなみにいつも左目を眼帯で覆っているラウラだが、それで視力や視野が下がることはないらしい。

 以前に聞いたのだが、この眼帯は稼働状態のままカットできなくなった『ヴォーダン・オージェ』の機能を抑制(よくせい)するだけで、視界ごと(さえぎ)るようなものではないそうだ。

 

「じゃ、あの席が他の生徒に取られる前に行くか。今日は人も多いし、あれを逃すと立って食うことになりそうだ」

 

「どこかの誰かがメニュー表の前で百面相している間に席がことごとく埋まっていったのだがな」

 

 ジトーっとしたラウラの視線が痛いくらいに突き刺ささり、俺は(たま)らず目を()らしてしまう。

 

「ハハハ、ホントイッタイドコノ誰ダロナー」

 

「私の目の前に立っているが?」

 

「……すみません……」

 

 そんなやり取りをしながら、俺達は窓際のテーブル席へと向かった。

 ちなみにこの学食はかなり広い。なので、窓際席までは結構な距離があるのだが、同時に海に抜ける展望を楽しめる席でもあるので、気持ちのいい晴れの日は埋まっていることが多い。

 

「(今日もいい具合に晴れてるんだが、ツイてるな)」

 

 空いているテーブルに、俺とラウラは差し向かいで座る。

 

「「いただきます」」

 

 手を合わせて、それから昼食を食べ始める。

 マグロユッケ丼とかなり迷ったが、やはりこの鉄火丼も実に美味い。

 

「(考えてみれば、2つとも頼む手もあったな。腹減ってたんだし)」

 

 マグロの切り身と白米を頬張(ほおば)りながら、ふと、食い意地が張った子供のようなことを考えてしまう。

 まったく、ここの学食は誘惑が多すぎて困る。

 

「………♪」

 

 ラウラはというと、うどんの上に乗っかったかき揚げを(はし)で持ち上げてかぶりついている。パリパリッと小気味のいい音を立てながら、ラウラは満足そうな表情で拳大ほどのそれをかじっていた。

 

「ラウラはいつもそのままで食べるよな。たまにはつゆに漬けて食べてみたりとかしないのか?」

 

「考えたこともないな。なぜわざわざ揚げ物の食感を台無しにする必要がある?」

 

「おっと? 今のは全国のベチョ漬け過激派を敵に回すような台詞だから気をつけろよ?」

 

「ふん、そんなもの返り討ちにしてくれる」

 

 好戦的な笑みを浮かべながら、ラウラはまた一口かき揚げをかじる。

 

「そ、『そんなもの』呼ばわりだと……!? 恐れを知らん奴だな、お前さんは……」

 

 これはベチョ漬け派の皆さんにはとても聞かせられない言葉だな。サクサク・ベチョ漬け戦争勃発(ぼっぱつ)間違いなしだ。

 ちなみに俺もどちらかと言えばサクサクしている方が好みではあるが、結局は美味けりゃどっちでもいい派だ。

 

「では質問するが、ウィルは湿気(しけ)って味の薄れたフライドポテトを食べれるのか――」

 

「それはないありえない。湿気ったフライドポテトなんてフライドポテトじゃねえ。そんなもんフライドじゃなくて湿った(モイスト)ポテトだッ……!」

 

 サクサクだろうがベチョ漬けだろうが俺は基本中立の立場を取っているが……ただしモイストポテト、テメーはダメだ。

 

「だろう? 私にとってはそれと同義なのだ」

 

「成程。お前の言い分はよぉーく分かった。どうぞ好きな食い方で食べてくれ」

 

「さすが私の嫁はよく分かっている――!?」

 

 ピクッ。突然ラウラの言葉が、動きが一斉に止まる。

 

「お、おい、どうした……?」

 

 何事かと思って眉をひそめていると、ガタンッと険しい表情を浮かべてラウラが立ち上がった。

 

「……どこかに」

 

「うん?」

 

「どこかにかき揚げをベチョ漬け――いや、それをも超えた凶行(きょうこう)に及んでいる者がいる……!」

 

 …………。………。……。

 

「……へ?」

 

「ッ! そこか!」

 

 俺の脳内処理が完了するよりも先に、ラウラは走り去ってしまう。

 かき揚げをベチョ漬けしてる奴がいるとか何とか言って走って行ったが、あいつの頭にはレーダーでも付いているのだろうか?

 

「(って! こんな所で(ほう)けてる場合じゃねえ!)」

 

 慌てて(はし)を置き、早足でラウラのあとを追う。誰かに迷惑がかかる前にあのサクサク過激派ドイツ娘を止めなければ。

 

「追いついた。おいラウラ。ちょっと落ち着け、どうしたんだよ」

 

 やっとの思いでラウラに追いつくと、そこでは一夏と更識さんがテーブルに座ったまま目を丸くしていた。

 

「ん? おお、ウィルじゃねえか」

 

「よう一夏。それに更識さんも。いきなり邪魔して悪かったな。――ほら、帰るぞラウラ」

 

「邪魔をするな、ウィル。私はかき揚げをこんな無惨な姿に変えたこいつが許せんのだ」

 

「無惨って……」

 

 ラウラの視線の先にあるのは、更識さんのものであろうかき揚げうどんが。

 しかし、そのかき揚げはつゆの中に完全に沈みきっており、プクプクと気泡を浮かばせていた。ラウラが言う無惨な姿というのはこのことだろう。

 

「(ていうかこの2人、一緒に食事を取っているということは多少なり関係に進展があったのか)」

 

 よかったよかった、と喜びたいところではあるが、まずは目の前の問題を解決せんとな。

 

「別に他人がどんな食い方してようがいいだろ。一夏からも何か言ってやってくれ」

 

「そうだぞ、ラウラ。別にサクサク派でもベチョ漬け派でも――」

 

「……違う……これは、たっぷり全身浴派……」

 

 さっきまで無言だった更識さんが一夏の言葉を途中で(さえぎ)る。

 どうやらベチョ漬け派と一括(ひとくく)りにはされたくないらしく、その言葉には若干強めの語気を感じた。

 

「おぉう、新しい派閥だったか」

 

「サクサク過激派のラウラが見過ごすとは思えんな」

 

 そんな俺の予想は嬉しくないことに的中して、ラウラと更識さんとの間にバチバチと火花が飛び散る。

 

「ぜ、全身浴派だと……!? かき揚げへの冒涜(ぼうとく)を通り越して、もはや邪悪すら感じるぞ!」

 

 邪悪ってお前な……。

 

Geez(ったく……)……。ほら! サクサクこそ至高なのは分かったから、さっさと帰るぞって」

 

 これ以上2人の邪魔をし続けるわけにもいかず、俺はやや強行な手段に出ることにした。

 

「なっ……何をするか! 私はこいつに――」

 

「というわけで本当にすまなかったな、2人とも」

 

「お、おう。気にすんな」

 

「……………」

 

 一夏が苦笑いを浮かべながら、更識さんがコクリと静かにうなずいたのを確認して、俺はラウラを小脇にはさんだまま(きびす)を返す。

 振り返りざまに一夏に『グッドラック』とアイ・サインを送ると、小さくサムズアップが返ってきた。

 

「離せ! ウィル! ――ハッ!? ま、まさかお前もベチョ漬け派だったのか!?」

 

「いや、俺は中立だな。別にどう食ったって美味けりゃそれでいいだろ? 湿ったポテト以外は」

 

「くっ……! ええい! 離せと言っているだろう! 裏切り者ぉぉぉぉ!!」

 

「はいはい、そもそも俺はサクサク過激派に属した覚えはないからな~」

 

 食堂中の視線を痛いほど浴びながら、俺はラウラを抱えて自分の席へと戻るのだった。

 

 ▽

 

「さて……」

 

 放課後の第2整備室で俺は無人展開したIS【バスター・イーグル】の前に立っていた。

 専用気持ちだけのトーナメントということは、つまりそれだけレベルの高い試合になるということで、俺以外にも機体を調整している生徒は複数いた。

 

「ねえ、昨日録った機動データ、こっちに回してちょうだい」

 

「武装の軽量化をしたいのよね。今からでも間に合うかしら?」

 

「コラー! ハイパーセンサーの基準値ずれてるじゃない! 最後にいじったの誰ぇ!?」

 

「ここに120ミリ砲があるでしょ? コレをこうしてこうしてこうよ」

 

 わいのわいのと騒がしい。楽しげにやっているところもあれば、怒号が飛ぶグループもあるし、中にはヤバいことを言っている者もいる。しかし、みんながみんな真剣にISを整備していた。

 ちなみに俺のISを担当してくれる先輩は用事で少し遅れるらしく、今この場にはいない。

 

「(今のうちに、こっちでできるだけのことをしておこう)」

 

 ということで、早速メンテナンス用ハッチを開けて内部の自己診断装置を確認する。

 よし、機体各部に異常なし。あとの細かい調整は整備科に任せるとしよう。……それと、そろそろ消耗部品の替え時だな。

 

「よっと」

 

 プラスドライバーとチャフ・フレアが封入されたマガジンを手に機体の上へ登り、そのテールコーンに(また)がる。

 今は(ひざ)を着けて立たせているとはいえ、やはり元が4メートル近い機体の上にいると周りがよく見渡せた。

 

「……ん?」

 

 ふと、整備室の入り口に一夏と更識さんの姿を見つける。

 更識さんが他の専用機持ちとそのISを解説しているらしく、聞き手の一夏が「へー」「ふーん」などと相槌(あいづち)を打っていた。

 

「それで……奥にいるのが……」

 

「げっ……。セシリア……」

 

 セシリアの姿を見つけた一夏は、バツの悪い顔をして足を止める。

 そんな一夏の視線を感じたのかセシリアは振り向くが、すぐにプイッと全力でそっぽを向いてしまった。

 

「ふんっ!」

 

 と、こんな感じでペアを断られたラヴァーズ達から一夏は敵対視されている。

 

「(難しいところだよなぁ。理由をバカ正直に告げるわけにもいかないし、言ったところで納得するかも分からないし……)」

 

 ちなみに鈴は会うたびに一夏を()りまくっている。

 箒からは「浮気者め」と声に出さずとも分かるような目でにらまれ、シャルロットに至っては「なにかな、織斑くん」と言い出す始末だ。

 

「もう少し素直になれないもんかねぇ」

 

 やれやれ……とかぶりを振りながらマガジンを取り付けて、ドライバーで四角(よすみ)のネジを()める。よし、1つ目完了っと。

 

「最後に……あそこにいるのが……」

 

「おっ、ウィルも来てたのか」

 

「よう、お2人さん」

 

 やって来た一夏と更識さんに軽く手を上げて応える。

 

「その子が……【バスター・イーグル】……?」

 

「おう、こいつが俺の相棒だ。見ての通り今はメンテ中で少々不恰好(ぶかっこう)に見えるが、飛んでる時の姿は見違えるぞ」

 

 更識さんの問いにそう返したところで、そういえば、と俺は言葉を一度切った。

 

「まだ挨拶をしていなかったな。ウィリアム・ホーキンスだ」

 

「更識……(かんざし)。よろしく……」

 

「ああ、よろしく。2人はISの調整をしにここへ?」

 

「う、うん……。そんな、ところ……」

 

「そうか」

 

 一夏のやつ、なんとか更識さんと打ち解けることができたらしいな。残すは彼女の専用機を組むだけか。

 

「――あ、一夏。悪いがそこの台車からA‐2って書かれたマガジンを取ってくれ」

 

「おう、分かった。これだよな?」

 

「ああ、それだそれ。手、届くか?」

 

「いや……ちょっと無理だな。投げ渡してもいいか?」

 

「頼む」

 

「よし、いくぞ」

 

「っとと。サンクス」

 

 ズッシリと重量感のあるマガジンを受け取って、それを同じくA‐2と表記された四角い穴にガチャリと()し込む。

 

「ずいぶん重かったけど、それ中に何が入ってるんだ?」

 

「んー? アルミを吹き付けたガラス繊維(せんい)とマグネシウムがミッチリと。それが1マガジンにつき20発だ」

 

「へえ、道理で重かったわけだ」

 

 ちなみに【バスター・イーグル】は機体の上下に合計4マガジンのチャフ・フレアを取り付けることができる。

 合計80発と聞くと多く感じるが、戦闘時はこれを10発単位でバラ()いたりするので、これくらいがちょうど良いのだ。

 

「……そろそろ、始めないと……」

 

「お、そうだな。じゃあまたあとでな、ウィル」

 

「おーう。頑張れよ~」

 

 去って行く2人の背中を少しの間見送ってから、また視線を手元に戻す。

 

「さて、と……」

 

「わりぃ! 待たせた!」

 

 タタタッと足音がやってくる。……どうやら用事を済ませた整備科の先輩が来たようだ。

 

「モーガン先輩、用事はもう終わったんですか?」

 

「ああ。速攻で済ませてきた。――ったくよぉ、ウチの担任は細かすぎんだよなぁ。朝のSHRに10秒遅刻しただけで居残り掃除だぜ?」

 

「あはは……そんなことがあったんですね……」

 

 ガシガシと後頭部をかきながら愚痴をこぼす彼女は、アメリア・モーガン先輩。男勝りな性格と荒い口調が特徴の3年生だ。

 ちなみにモーガン先輩は俺がティンダル基地で世話になった整備員ボリスさんの1人娘で、『もし俺のウルトラ・キューティーな娘に手ぇ出したら回転中のタービンブレードに頭から突っ込んでやる』という大変ありがたいお言葉もいただいている。

 あの時のボリスさんの目は血走っててマジで怖かった。

 

「それで、まずはどこから手をつける? 機体システムの調整か? それとも内部パーツの交換か?」

 

「そうですね……。今日はシステムの調整と最適化をお願いします。パーツ交換は一度機体を大きく分解する必要があるので、それはまた明日に」

 

「オーライ。んじゃ、早速取りかかるとするか」

 

「了解です」

 

 それから俺達2人は機体の調整に時間も忘れてのめり込んだ。

 俺は半分マニュアルを参照しながらだったが、ISのシステムに精通したモーガン先輩からの適切なアドバイスもあったおかげで作業は圧倒的に楽だった。さすがは整備科。

 

「それにしても、機体調整というのはとにかく重労働ですね。……よっと」

 

 軽いメンテナンスならコンソールやメンテ用ハッチからのアクセスで楽に行えるが、微妙な出力調整や特性制御を行う場合は、機体の装甲ごと開いて直接パーツをいじる必要がある。

 マシンアームを使用しているとはいえ、この装甲を開く作業というのがかなりキツい。

 

「お前のISは全身装甲型だからな。おまけにこの図体(ずうたい)ともくれば、そりゃあ必然的に装甲はデカく、パーツ数も増えてくるわ」

 

 この全身装甲には何度も助けられたが、こういう時ばかりはそれがかえって億劫(おっくう)に思えてしまう。

 

「……おい。言っておくが、面倒くせぇからってISの自己進化と最適化に甘えるんじゃねえぞ?」

 

 う゛っ!? や、ヤバい。ちょっとだけそっちの方に思考が傾きかけていただけにモーガン先輩の言葉が痛い。

 

「……もちろんです」

 

「本当だろうなぁ?」

 

 ジーっと、ボリスさん譲りの鋭い目でにらんでくるモーガン先輩。

 おまけにメンチを切るかのように顔を寄せてくるものだから、俺はカクカクと必死にうなずくしかなかった。

 

「は、はいっ! 肝に(めい)じます!」

 

「よぅし、分かってるならいい」

 

 モーガン先輩はそう言ってニヤリと笑いながら、俺から顔を離す。

 

「それじゃ、今日はここまでだな。明日は機体のパーツ交換と試運転だ」

 

「わ、分かりました。明日もよろしくお願いします」

 

「おう。任された」

 

 ……うん、あの人は間違いなくボリスさんの娘だな、と。モーガン先輩の背中を見つめながら、俺はそう思うのだった。

 

 ▽

 

 翌日、放課後の第2整備室。

 

「こ、こいつはさすがに想像外だぜオイ……」

 

 引きつった顔で呟くモーガン先輩。

 そんな彼女の前には、メンテナンスのため機体中の装甲やハッチを開放された姿の【バスター・イーグル】が(たたず)んでいる。

 

「アクチュエーターはエラく損耗(そんもう)してるし、エンジンも妙に()げ臭ぇ……。いったいどれだけイカれた飛び方すりゃあこうなるんだ……?」

 

 今日も張り切ってISの整備に取りかかろうと機体を覗いた瞬間、こうしてモーガン先輩は凍りついてしまったのだった。

 

「(これはさすがに怒られるかなぁ。……怒られるよなぁ……)」

 

 機体を酷使してきた自覚があるだけに、俺は小言の2つ3つは飛んでくるだろうと覚悟する。

 だがしかし――

 

「これが親父が言ってた『整備士泣かせの機体』か。おもしれぇ……」

 

 俺の予想に反して、先輩はニヤリと口角を吊り上げて【バスター・イーグル】を見据えていた。

 

「上等だ! やるからには徹底的にやってやる! 取り敢えずニーナと佳奈子(かなこ)に応援頼むから待ってろ」

 

 言うなりモーガン先輩は携帯電話を取り出し、チームの召集を始める。

 そのエサは何かと言うと――

 

「そうそう学食の期間限定スイーツ。あれをホーキンスが好きなだけ(おご)るとさ」

 

 え、待って? そんなこと一言も言ってないんだけど。しかしまあ、スイーツで相棒(バスター・イーグル)の重整備を手伝ってもらえるなら安いものか。

 

《え!? ホントにいいの!?》

 

 電話の向こうからそんな声が聞こえる。恐らくこの人が『ニーナ』先輩なんだろう。

 

「あー、はい。それでよければ……」

 

《よっしゃあああ! 燃えてきたわよ! ああ、でも食べ過ぎたら体重が……》

 

 いったいどれだけ食べるつもりなんだ……。取り敢えず財布には多めに入れておこう。

 

「んで、佳奈子は?」

 

《そうねぇ……私はなんでもいいわ。彼のISにちょっと興味あったし》

 

「よっしっ! 決まりだな! じゃあ今すぐ第2に集合! 遅れた奴はジュース奢りだ!」

 

 そう言って電話を切るモーガン先輩。しかし、第2整備室にはすでに俺とモーガン先輩が集まっているので、事実上ニーナ先輩と佳奈子先輩のワン・オン・ワンである。

 

「じゃっ、一丁やるか!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるモーガン先輩。このあと、俺は整備科の厳しさを嫌というほど味わうことになった。

 

「ホーキンスェ! 特大レンチはまだかぁ!?」

 

「あと、そっちのケーブル持ってきて! 全部ね!」

 

「あ、ついでに小型発電機も借りて来てくれるかしら? それと液晶ディスプレイもよろしく」

 

「は、はいただいまぁぁっ!」

 

 とにもかくにも俺は走り回っていた。

【バスター・イーグル】から巨大な主翼とエンジンを取り外し、さらに細かい部品へと変えていく。

 まだ寿命を迎えていない部品もついでに新品と取り替えたため、実質機体のオーバーホールのようなものだった。

 

「……………」

 

 (なか)ば解体状態で(たたず)む愛機に視線をやる。

 これからも過激な機動を繰り返して、そのたびに部品交換やら何やらをすることになるだろう。けれども、俺はこいつに「すまない」とは言わない。俺もこいつも、今までずっと(・・・・・・)そうやって飛び続けてきたのだ。

 だから……。

 

「(これからもよろしく頼むぜ、相棒)」

 

「おいゴラァ! 何ボサッとしてやがる! ケツを蹴り上げられたいか!?」

 

「ホーキンスくん! こっちに空気圧洗浄機! はいダッシュ!」

 

「ついでに超音波診断装置もお願いね」

 

 先輩達からの注文を受けて、またしても超絶ハードなシャトルラン with 重量物が始まる。

 とにかく俺は汗だくになりながら、全力で機材を運びまくった。

 

「ホーキンス! ジュース! 買ってこい!」

 

「ホーキンスくん、そこのお菓子取って!」

 

「悪いんだけど、髪留めつけ直してくれる?」

 

 ……おい、なんか少しずつ関係のない雑務までやらされていないか……?

 

「あ、ヤベッ。今日中に提出する課題があるんだった。ホーキンス、代わりに出してこい」

 

「ホーキンスくん。今日の夕食の日替わり定食、見てきて」

 

「そういえばシャンプーが切れてたわね。購買で買ってきてくれる? ベルガモットの匂いのやつ」

 

「ちょぉぉっと待ったぁぁっ!! もうISと関係ないでしょ! それもこれもあれも!」

 

「チッ、賢い野郎だぜ」

 

「あ、引っかからなかった」

 

「うふふ、ちょっとした冗談よ」

 

 つ、疲れる……。

 肉体的にもそうだが、精神的にもドッと疲れが押し寄せてきた。

 

「はぁぁぁ……」

 

 深く、深く、溜め息を漏らす。酸欠になってしまわないか心配になるくらいに。

 取り敢えず機体は組み直したし、あとは各システムの最終チェックと試運転のみ。時間にして30分もあれば終わるだろう。

 (あらかじ)めISスーツに着替えていた俺は、3人の先輩に見守られる中【バスター・イーグル】に乗り込むのだった。

 

 



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61話 Nightmare( 悪夢 )

 響く爆発音。()げ臭い熱風。逃げ(まど)う人々の悲鳴。

 

「お父さん、お母さん……!?」

 

 散乱する瓦礫(がれき)に何度も(つまず)きながら、俺は倒れ()す2人の元へ()け寄る。

 

「お父さん! お母さん!」

 

 ピクリとも動かない2人を強く()さぶるが、しかし応えは返ってこない。

 (あふ)れて(ほほ)を伝い始める涙を服の(そで)でぬぐい、俺は必死に両親を呼び続ける。

 だが、ついさっきまで俺の名前を呼んでくれていた口も、頭を()でてくれた手も、一緒に競争した脚も、もう二度と動くことはなかった。

 ――2人は、すでに息絶(いきた)えていた。

 

「う……うぅ……!」

 

 まだ小さかった俺にでも分かる、あまりにも残酷な事実。

 それを目の前にしてとうとう心のダムが決壊し、声を上げて泣き出しそうになったその時だった。

 

 キギャアァァァァァ……

 

「!?」

 

 頭上から響く、金属音とも咆哮(ほうこう)とも取れるような音。

 

「あっ……!」

 

 その不気味な『声』につられて空を見上げると、そこには全身を血のような赤に染めた1匹の巨鳥がいた。

 

『――?』

 

 そいつは(はる)か眼下に立ち尽くす俺を見つけるや否や、胴体の3分の1ほどもある(くちばし)を開く。

 

『キギャアァァァァァ!!』

 

 そして、開いた嘴の奥に光が収束していき……。

 

 ▽

 

「――ウィル!!」

 

「ハッ!?」

 

 誰かに名前を呼ばれて、俺はバネ仕掛けのように飛び起きる。

 寝起きのせいなのか視界が妙にボヤけているが、窓から差し込む日の光は眩しかった。あぁ……朝か……。

 

「おい、ウィル!」

 

「……ラウラ……?」

 

 また名前を呼ばれて、声がした方向に視線をやると、取り乱した様子のラウラがいた。

 

「……どうした? そんなに慌てて」

 

「どうもこうもあるかっ、酷くうなされていたんだぞ?」

 

「うなされて……あぁ、そういうことか」

 

 俺は1度目頭(めがしら)を指で押えてから、気分の悪さを追い出すように小さくかぶりを振る。

 

「(……クソ……最悪な夢だ……)」

 

 ふと、体に張り付くような冷たい不快感に気づいて手を当てると、寝間着として着ていたTシャツにグッショリと汗が染み込んでいた。

 

「すまんな、朝っぱらから」

 

「そういう話ではない。大丈夫なのか? 何があった?」

 

「ああ、大丈夫だ。――貞子(さだこ)伽椰子(かやこ)の2大スターに追い回される夢をな」

 

「……つくならもう少しマシなウソをつけ」

 

 ジトっとした目で(にら)んでくるラウラ。やはり俺はウソが下手なようだ。

 

「ははは、バレたか」

 

 もちろん気分は最低最悪だが、休むわけにはいかない。今日はタッグマッチトーナメントの大会当日なのだ。

 ……それに、馬鹿正直に話して何になるというんだ? 説明したところでラウラを困惑させてしまうだけだろうし、そんな迷惑はかけられない。かけたくない。

 

 ▽

 

 つくならもう少しマシなウソをつけ。私がそう言い返してやるとウィルは観念したように両手を上げて、苦笑しながら口を開いた。

 

「ははは、バレたか。実を言うとちょっと昔にあった嫌な出来事が夢に出てきてな」

 

 続けて、「野暮なことは訊かないでくれよ? プライベートだ」などといつもの軽口を叩くウィル。

 しかし、私はこいつの表情に一瞬だけ影が差したのを確かに見た。

 

「(昔にあった出来事? いったいウィルの過去に何が……)」

 

「さてっ! 今日はタッグマッチトーナメントの当日だ! 気合い入れていくぞ!」

 

「あっ、おい……」

 

「大丈夫だ大丈夫! 顔洗ってコーヒー飲んで、それからメシを食えば調子も戻るさ! あっ、ちょっとシャワー使うぞ?」

 

 ウィルはそう言って強引に話を打ち切ると、空元気で笑って見せながら洗面所へ入っていく。

 あまり訊かないでくれ。そう言外に告げられたような気がして、私はそれ以上の追及をやめた。

 

「(……下手な作り笑いなど浮かべおって)」

 

 そんなウィルの助けになってやれなかったことが悔しい。

 それと同時に、あいつが私から『何か』を(かたく)なに隠そうとしていることに心がチクリと痛んだ。

 

「(少しくらい、私を頼ってくれてもいいだろうに……)」

 

 もしかしたら、私に迷惑をかけまいと思ってのことだったのかもしれない。いや、ウィルのことだからきっとそうなのだろう。

 だが……。

 

「(あの時、お前は悪夢にうなされながら、――泣いていたんだぞ)」

 

 当の本人がそれに気づいていたかは分からないが。

 

「……嫁の悩みを迷惑がる夫がいるか、馬鹿者め……」

 

 私の小さな呟きは、朝の光が差す室内に溶けて消えていくのだった。

 

 ▽

 

「それでは、開会の挨拶を更識 楯無生徒会長からしていただきます」

 

 (うつほ)先輩がそう言って、司会用のマイクスタンドから1歩下がる。

 ちなみに俺も一夏も、そしてのほほんさんも生徒会メンバーなので、虚先輩の後ろの列に整列していた。

 

「ふあー……。ねむねむ……」

 

「シーッ。のほほんさん、教頭先生が(にら)んでる」

 

「しゃんとしてないとあとで雷が落ちるぞ?」

 

「ういー……」

 

 注意深く見ていないと分からないほど、小さくのほほんさんはうなずく。

 その反動なのかは知らないが、波に揺られるボートのようにフラフラと左右に揺れた。

 oh……また教頭先生がこっち睨んでやがる。

 ちなみに教頭先生というのは逆三角形の眼鏡にひっつめ髪、お堅いスーツ、濃いめの口紅という絵に描いたような人だ。生徒の間では『鬼ババア』などと呼ばれているが、本物の鬼に比べたら聖母様みたいなものだ。……その鬼というのが誰なのかは口が裂けても言えんが。

 

「どうも、皆さん。今日はタッグマッチトーナメントですが、試合内容は生徒の皆さんにとってとても勉強になると思います。しっかりと見ていてください」

 

 よどみなく澄んだ声、しっかりとした発音は、まるで1つの美しい音楽のようですらある。

 相変わらず圧倒的な存在感を醸し出している楯無先輩だったが、彼女が人気の理由はそれだけではない。

 

「まあ、それはそれとして!」

 

 パンッ、と扇子(せんす)を開く。そこには『博徒』の文字。

 

「今日は生徒全員に楽しんでもらうために、生徒会である企画を考えました。名付けて『優勝ペア予想応援・食券争奪戦』!」

 

 わあああああっ! と、きれいに整列していた生徒達の列が一斉に騒ぎだす。って、ちょっと待て!

 

「それ()けじゃないですか!」

「学園規模でギャンブルかよ!?」

 

「織斑副会長、ホーキンス補佐。安心しなさい」

 

「「()?」」

 

「根回しはすでに終わっているから」

 

 ニコッと笑みを浮かべる楯無先輩。よくよく見ると、教師陣の誰も反対していない。……織斑先生だけは頭が痛そうにしていたが。

 

「それに賭けでもギャンブルでもありません。あくまで応援です。自分の食券を使ってそのレベルを示すだけです」

 

「結局やること変わってないですよね!?」

 

「ウィルの言う通りだ! それを賭けって言うんです!」

 

 そもそも俺も一夏もそんな企画は1度も聞いた覚えがないぞ!

 そう言おうと思ったら、のほほんさんがツンツンとつついてきた。

 

「おりむーもホーくんも全然生徒会に来ないから~、私達で多数決取って決めましたぁ」

 

「くっ……。そりゃ確かに最近は整備室にしか行ってなかったけど……!」

 

「俺も格闘訓練ばかりで生徒会には顔出してなかったが……!」

 

「それにぃ、バレなかったら犯罪じゃないんだよ~?」

 

「「 」」

 

 この子、眠たそうな顔で何エグいこと(のたま)ってんの!?

 

「では、対戦表を発表します!」

 

 そう言って大型の空中投影ディスプレイが楯無先輩の後ろに現れる。

 そこに表示されていたのは――

 

「げえっ!?」

「おぉ……」

 

 第1試合、織斑 一夏&更識 簪 VS 篠ノ之 箒&更識 楯無――。

 

 ▽

 

「あっ、織斑くーん、ホーキンスくーん」

 

 タタタッと走ってきたのは、黛 薫子(まゆずみ かおるこ)先輩だった。

 

「どうしたんですか? 俺、ISスーツに着替えに第4アリーナまで行かなきゃいけないんですけど」

 

「同じく、自分も今から着替えに行く途中なのですが……」

 

 第4アリーナはここからグルリと遠回りしていかないといけないので、かなり遠い

 試合を始める前に中距離ランニングをさせるとは、部屋割りを決めた奴は鬼畜だな。

 

「これこれ、予想分配率(オッズ)なんだけど」

 

「はあ」

 

「そういや、これ賭けだったな」

 

 見せられた紙には、箒&楯無先輩ペアが圧倒的な人気を誇っていた。

 まあ、楯無先輩は学園で唯一の『国家代表』だからな。候補生とは文字通りレベルが違う。

 

「ちなみに俺は――げっ。最下位……」

 

「まあ、更識さんのデータも未知数だからでしょうけどね」

 

「どれどれ、俺の順位は……と。おっ、3位か」

 

「君とラウラちゃんって結構(うわさ)になってるからね。色々と」

 

 ……正直、最後の『色々』のところを詳しく聴きたいところだが、墓穴を掘ることになりそうなので聞かなかったことにしよう。

 

「6組……専用機持ちって現在11人なんですか」

 

 ちなみに11人6組だとペアのできないチームが出るが、そのチームには教師が1人(あて)がわれることになっているらしい。

 

「そうよ。1年生だけでも8人。今年は異常よ、異常。去年はこんなことなかったのに。しかも、最新型の第3世代機が何機いると思ってるのよ」

 

「なんかすごいですねぇ」

 

「はははっ、俺達はある意味ツイてるらしいな」

 

「なに呑気(のんき)なこと言ってるの。君達のせいでしょう、君達の!」

 

 ズビシッと指で顔を指される。……まあ、そうだろうな。

 

「しかも篠ノ之さんの【紅椿】に至っては第4世代相当なわけだし……って! そんな話はいいのよ!」

 

 自分から始めた話でしょうが……とは言えないので、俺と一夏は勢いに押されて沈黙した。

 

「ともかくね、試合前にコメントちょうだい! 今から全員分行かないといけないから、私忙しいのよ! はい、ポーズ!」

 

 言うなり、カシャカシャッ! とシャッターを切る。相変わらず行動力の塊みたいな人だった。

 

「写真オーケー! それじゃあコメント! まずは織斑くんから!」

 

「え、えっと……精一杯頑張ります!」

 

「目指すは優勝! くらい言ってよ!」

 

「いや、それは……」

 

「おい、一夏。なんなら『俺に負けたら恋のハーレム奴隷だぜ』とでも言ってやったらどうだ?」

 

「うーん。いいね、それ最高」

 

 ふざけて言ったつもりの言葉だったが、黛先輩は少し考えてからメモに何やら書き込み始めた。

 

「なんだよ、それ! ただのナルシストじゃねえか!」

 

「はっはっはっ! 冗談だ冗談。本気にするな」

 

「あはは。織斑くんって本当にからかうと面白いわねー。たっちゃんの言う通りだわ」

 

「やめてくださいよ、本当に……。ウィルもだからな! タチわりぃぞ!」

 

「悪かったよ。あとでメシ(おご)ってやっから――」

 

 そう言ってヒラヒラと手を振った時だった。

 

 ――ズドォオオオオンッ!!

 

「「「!?」」」

 

 突然、地震が起きたかのように大きな揺れが襲う。

 

「きゃあっ……!?」

 

「危ない!」

 

 連続して続く振動に、黛先輩が姿勢を崩す。

 壁に体をぶつけそうになる先輩を、一夏は反射的に腕を引いて抱き寄せた。

 

「おい! 2人とも大丈夫か!?」

 

「ああ。先輩は大丈夫ですか?」

 

「う、うん。それより……何が起きているの……?」

 

 バシャンッ! と派手な音を立てて、廊下の電灯が全て赤に変わる。続けて、あちこちに浮かんだディスプレイが『非常事態警報発令』の文字を告げていた。

 

『全生徒は地下シェルターへ退避! 繰り返す、全生徒は――きゃあああっ!?』

 

 緊急放送をしていた教師の声が突然途切れる。

 続けて、また大きな衝撃が校舎を揺らした。これは、この感覚は……。

 今朝に見た悪夢が、――かつての惨劇の記憶がフラッシュバックする。

 

「(『あの時』と同じだッ……!!)」

 

 ▽

 

「織斑先生!」

 

 廊下を走っていた真耶は、やっとのことで千冬を見つけた。

 

「山田先生、状況は? 何が起こっている?」

 

「しゅ、襲撃です! こ、この画像を見てください!」

 

 息を切らしながら、真耶は携帯端末を取り出す。そこには数秒前のアリーナ・カメラで確認された『敵』の姿が克明に写っていた。

 

「こいつは……!?」

 

「は、はい! 以前現れた無人機と同じもの――いえ、発展機だと思われます!」

 

 携帯端末の画面に写し出されているのは、禍々(まがまが)しい姿をした機体だった。

 その無人機は、名を【ゴーレムⅢ】という。

 以前現れた【ゴーレムⅠ】よりも遥かに強化されたそれは、シルエットも大幅に変更されていた。

 鉄の巨人といった体躯(たいく)の【ゴーレムⅠ】に対し、【ゴーレムⅢ】は鋼の乙女といった容姿である。黒いマネキン、といってもいいだろう。

 真っ黒な装甲はスマートに整形され、女性的なシルエットを描き出している。

 複眼レンズだった頭部は、より視野を広く取るためだろう、バイザー型ライン・アイに置き換えられ、羊の巻き角のようなハイパーセンサーが前に突き出ていた。

 そして最も大きく変更されているところは、両腕だった。

 右腕は(ひじ)から先が巨大ブレードになっており、高い格闘性能を有している。

 反対に左腕は、そこだけが【ゴーレムⅠ】の意匠(いしょう)のままで、巨腕になっている。しかし、改良を施したその腕には、(てのひら)に超高密度圧縮熱線を放つ砲口が4つ、まるで地獄の穴のようにポッカリと開いていた。

 

「(以前、更識から報告のあった機体に似ている。亡国機業か……!)」

 

 以前、というのはキャノンボール・ファスト襲撃事件のこと。

 その際に楯無がこの【ゴーレムⅢ】のプロトタイプと交戦をしているのだが、結局自爆されてしまったため、学園側はこの無人機の情報を十分に得られないでいた。

 

「数は?」

 

「5機です! 各アリーナのピットに上空からの超高速降下によって出現、待機中だった専用機持ちの生徒が襲われています! それと、それに便乗するようにして接近する4つの機影も確認しました!」

 

 そこまで真耶の話を聞いて、千冬は忌々(いまいま)しげに顔を歪める。

 

「クソッ……早すぎる……。まだ『あいつ』は出せない……」

 

「え?」

 

 ボソリとした呟きに、真耶が反応する。

 しかし、その独り言は思わず漏れてしまったというものだったらしく、千冬は口を閉ざした。らしくないと言えば、らしくない焦り方である。

 

「お、織斑先生! 私達はどうしたら!?」

 

 真耶は懇願するように千冬を見上げる。

 IS学園において『予測外事態の対処における実質的な指揮』は、全て千冬に一任されている。それはもちろん、かつて世界最強の称号『ブリュンヒルデ』を冠したことに起因していた。

 

「各セクションの状況は?」

 

「前回と同じく、最高レベルでロックされています」

 

「分かった。教師は生徒の避難を優先。同時にシステムにアクセスしてロックを解除しろ。戦闘教員は全員が突入用意、装備はレベルⅢでツーマンセルを基本に拠点防衛布陣を()け!」

 

「接近中の不明機4機はどうしますか?」

 

「適任に心当たりがある。私は第4アリーナの管制室へ向かう、山田先生は急ぎ出撃準備を!」

 

「りょ、了解!」

 

 真耶は背筋を伸ばしてそう答えると、自分の機体を取りに格納庫へと走り出した。

 その背中を見送ってから、千冬は思い切り壁を殴りつける。

 

「やってくれるな……。だが、甘く見るなよ」

 

 その目に怒りの炎を宿しながら、小さく――しかし、はっきりとした声でそう呟いた千冬は第4アリーナ管制室へと駆け出した。

 

 ▽

 

 断続的な揺れが襲う中、俺と一夏は第4アリーナの廊下を全速力で走っていた。

 敵の規模は分からないが、少なくとも強力な兵器を搭載していることは間違いないだろう。

 

「ウィル! あと少しで出口だ! 走れ!」

 

「ああ! もう走ってる!」

 

 ――と、その時だった。

 

「「なっ……!?」」

 

 ズドォオオオンッ!! と、ひときわ強い衝撃が廊下を揺らし、天井が崩れて俺の頭上に降り注ぐ。

 どうやら、すぐ真上に攻撃が当たったことで崩落したようだった。

 

「くっ!」

 

 咄嗟(とっさ)に体を後ろに(ひね)り、飛び込むような姿勢で緊急回避する。

 (さいわ)いにも瓦礫(がれき)に押し潰されることはなかったが、外への出口を絶たれてしまった。

 

《ウィル! ウィル!! 大丈夫か!?》

 

 ISのプライベート・チャネルから俺の安否を確認する一夏の声が響く。

 

「ああ、大丈夫だ。取り敢えずお前はそのまままっすぐ外へ出ろ。俺は別のルートを探す」

 

《分かった! 気を付けろよ!》

 

「お前もな」

 

 そう言って通信を切り、俺は元来た道を引き返す。

 

「クソッ、迷路みたいに入り組みやがって!」

 

 外に繋がる道は全て遮蔽扉(しゃへいとびら)が下りており、一向に出口が見つからない。

 

「ここもか!? ちくしょう!」

 

 堅く閉ざされた遮蔽扉をガンッと殴りながら悪態をついていると、またもやISのプライベート・チャネルに連絡が入った。

 

《ホーキンス、聞こえるか? 私だ。今第4アリーナの管制室から通信している》

 

「織斑先生……? はい、聞こえています」

 

《よし、急いでアリーナ・ピットまで上がってこい。詳しくはそこで説明する》

 

「い、イエス・ミス!」

 

 そう返事をしながら、俺はピットまで続くエレベーターの前で立ち止まる。

 ――が、システムロックがかけられているようでエレベーターは動きそうもない。ということは、つまり……。

 

「これを上がってくしかないよな……!」

 

 ふうっ、と短く息を吐いてから、俺はエレベーターに隣接された階段を2段飛ばしで上がって行く。

 それからまたピットまでの道のりを走って曲がって、そうしてようやく目的地にたどり着いたのだった。

 

「つ、着いた……!」

 

「来たか、ホーキンス」

 

「はぁ、はぁ、遅くなりました」

 

 ゼーハーと肩で息をしながら、俺は織斑先生から現在の状況説明を受ける。

 襲撃してきたのは以前現れた無人機の改良発展型で、それが専用機持ちを襲っているということを。

 また、それらに加えて4機の不明機が学園に向かって来ているということを。

 

「お前にはこの4機の対処を任せたい。すでに学園側から何度も呼びかけているが、いずれも返答は無しとのことだ」

 

「つまり、撃墜しても構わないということですね?」

 

「学園上層部からの許可は下りている。速やかにISを展開してカタパルトに接続しろ」

 

 その言葉に首肯(しゅこう)すると、早速ドッグタグを握りしめてISの展開に集中する。

 光の粒子が集まって装甲を形成していき、俺の体を包み込む。

 

 カチッ、キュゥゥィィィイイイイン……!!

 

【バスター・イーグル】の展開が完了するとほぼ同時にジェットエンジンを始動させる。

 徐々に出力を上げていくこの聞き慣れたエンジン音が、これから始まる『戦闘』を俺に強く意識させた。

 

「(行くぞ、相棒。目を覚ませ)」

 

 必要最低限のシステムチェックだけを済ませてカタパルトに足を固定すると、インカムを着けた織斑先生から通信が入る。

 

《システムクラック班に連絡したところ、一瞬であればピット・ゲートの封鎖を解除できるそうだ》

 

「分かりました。準備完了と伝えてください」

 

《よし。――やってくれ》

 

 織斑先生がそう告げると、ゴゴンッと重々しい音を立ててピット・ゲートの分厚いシャッターが開き始めた。

 わずかに覗く隙間から外の光が差し込む。

 

「……………」

 

 シグナルランプの赤い光が『Stand-by(待機せよ)』から『Ready(用意せよ)』に変わった。

 温まってきたジェットエンジンがノズルから轟音を上げながら高温高圧のガスを大量に吐き出す。

 

《ホーキンス》

 

「? 何でしょう?」

 

《頼んだぞ》

 

「イエス・ミス。お任せを」

 

 シグナルランプが『GO!(発進)』と、緑色の文字を点灯させる。

 直後、俺と【バスター・イーグル】は滑るようにしてピット・ゲートから射ち出された。

 

「(来るなら来い……! 貴様らがその気なら受けて立ってやる……!)」

 



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62話 大切だから

「(まったく、とんだ貧乏くじを引いた気分だ)」

 

 IS学園を目指して人型航空兵器(ターミネーター)を飛ばしながら、男は内心で愚痴(ぐち)をこぼす。

 

「(なんの任務かと思えば、こいつらと学園へ向かえとは……)」

 

 一度レーダーから視線を外し、軽く周囲を見やれば、左後方には同じくターミネーターを()る同僚が。右後方には2機の無人ターミネーターが、彼を先頭にして編隊を組んでいた。

 

「(いったい何を考えてるんだ? あの胡散臭(うさんくさ)い科学者め)」

 

 男は件の人物の顔を思い浮かべて、それから「ケッ」と小さく悪態をつく。

 その任務というのは、今回の【ゴーレムⅢ】投入に合わせて『ウィリアム・ホーキンスを優先して攻撃せよ』というものだった。

 

「1番機より2番機へ、もう間も無くIS学園上空だ。敵との交戦(エンゲージ)に備えておけ」

 

《了解。……はぁ~、かったりぃ仕事だぜ。なぁ?》

 

「まったくだ」

 

 もちろん任務に不服はあるし、文句などいくらでも出てくるが、しかしウィリアム個人を名指ししていることがどうにも不可解だ。

 

「(まあ、あのイカれ野郎の考えることなんか知らないし、知りたくもないがな)」

 

 大方、何かしらで目障(めざわ)りにでもなったんだろう。と男は適当に結論付けて、レーダーに視線を戻す。

 

「(一応、増援を待機させているらしいが、こっちは4機もいるんだ。相手がISとはいえ、数で()せばガキ1人くらい楽に……)」

 

 と思ったその時だった。

 

「……ん?」

 

 ほんの一瞬、レーダーに小さな光点(ブリップ)が出現して、また消えた。

 鳥……にしてはあまりに速すぎる。――しまった、やられた!!

 

「2番機! 上空に敵機――!?」

 

 異常事態に気付いていない様子の同僚に注意を促そうとするが、しかし対応が一足遅かった。

 

 ガガガガガガガンッ! ……ボンッ!

 

 真上からの30ミリ弾に打たれた2番機が火を噴きながら高度を落としていく。

 あまりにも唐突に、そして呆気なく味方機が食われた。

 

「ちくしょう! ステルス機か!」

 

《や、やられた!? コントロールが利かない! 脱出する!》

 

 撃墜されたターミネーターのパーツが爆発ボルトで(はじ)け飛び、パラシュートを装備したパイロットが空中に放り出される。

 

「(今の攻撃、かなり手慣(てな)れてやがるッ……! どこのクソ野郎だ!?)」

 

 直後、彼の眼前を独特なシルエットの機体が高速で通り抜けて行った。

 その突然の襲撃者は8枚もの羽を持ち、全身をマットグレーの制空迷彩で包んでいる。明らかに空戦に特化した姿だ。

 そして、何よりも存在感を放っているのが――

 

「シャークマウス……!」

 

 間違いない、奴だ。

 ギラリと陽光を照り返すそのノーズアートに言い知れぬ悪寒を覚えて、彼は背筋をゾワリと粟立(あわだ)たせた。

 

 ▽

 

「なんだこいつは!?」

 

 天井をぶち抜いて現れた【ゴーレムⅢ】は、その勢いをさらに加速させてラウラに襲いかかった。

 巨大な左腕がラウラの頭を掴む。ガッシリと固定された指には次第に力が込められいく。メキメキと悲鳴を上げる頭部ハイパーセンサー。そしてうるさいくらいの警告表示。

 

「くっ……!」

 

 ラウラは状況が掴めないなりにも、とにかく拘束から逃れようと左腕のプラズマ手刀を展開した。

 

「(腕ごと断ち切ってくれる!)」

 

 そう思うと同時の高速斬り上げだったが、それは【ゴーレムⅢ】の右腕ブレードに阻止される。

 

「なにっ!?」

 

 ――まずい!

 そう思った瞬間、しかし頼もしい友人の声が聞こえた。

 

「ラウラ!」

 

 シャルロットだった。その左腕部シールドから69口径パイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』を飛び出させている。

 

「このぉっ!!」

 

 ドズンッ!!

 

 激しい音を立てて、【ゴーレムⅢ】の左腕がラウラから離れる。

 しかし、手が離れる瞬間、その(てのひら)の砲口からは超高温の熱線が放たれようとしていた。

 

「(まずい、この距離では……!)」

 

「伏せて!」

 

 ラウラと【ゴーレムⅢ】の間に体を滑り込ませたシャルロットは得意の高速切替(ラピッド・スイッチ)で物理シールドを3枚重ねて呼び出した。

 

「くぅっ……」

 

 強固な【リヴァイヴ】の物理シールド、それが3枚重ねですら防ぎきれなかった。わずかに貫通した熱線は、シャルロットの腕を焼いた。

 

「しゃ、シャルロット!」

 

「だ、大丈夫……ちょっと、シールドエネルギーを削られただけ」

 

「……許さん。私の仲間を傷付けた罪は重いぞ!」

 

 バッと左目の眼帯をむしり捨てる。反射速度を数倍に跳ね上げる補助ハイパーセンサー『ヴォーダン・オージェ』は、その金色の輝きを放つと同時に、AICをフルパワーで【ゴーレムⅢ】に撃ち込んだ。

 

『―――――』

 

 ビシリと凍り付いたように動きが止まる。

 

「砕け散れ!!」

 

 大口径リボルバーカノンの高速連射。轟音と爆音とが、まるで1つのメロディーのように重なり合って鳴り響く。

 

「うおおおおおっ!」

 

「ラウラ、ダメ! 下がって!」

 

「っ!!」

 

 シャルロットの叫び声に、ラウラは反射的に【ゴーレムⅢ】から距離を取る。

 次の瞬間、AICに拘束されていたはずの【ゴーレムⅢ】が、それを振り切って一気に肉薄してきた。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)!? しかも、この出力は――」

 

 並大抵のものではない。

 ――が、『ヴォーダン・オージェ』によって反応速度が向上したラウラは、その攻撃を正確に捉えて反撃の姿勢を取る。

 

「ナメるなよッ……!!」

 

 振り下ろされたブレードを、ラウラはサマーソルト・キックで()り弾いた。

 

 ▽

 

「まずは1機!」

 

 撃墜したターミネーターから脱出するパイロットを尻目に、俺は右ロールで機体を傾けながらピッチアップ操作を行う。動翼と推力偏向(ベクタード)ノズルがわずかな機械音を上げて【バスター・イーグル】は速やかに旋回した。

 

「よし、次!」

 

『――!?』

 

 奇襲攻撃に慌てた編隊が一斉に散らばる。

 どうやら、今回は有人機2機と無人機2機の編成だったらしい。

 無人機は以前にも戦ったことのある、あのパンケーキ型(フラップジャック)だ。

 反対に有人機の方は初めて見る機種だった。機体サイズは【バスター・イーグル】と同サイズで、機体色はタンカラーとダークアースの2色迷彩。後退角のついた大きめの主翼と小さな前翼(カナード)、水平尾翼と背の高い垂直尾翼を1(つい)ずつ持っている。

 

「(こいつらが連中の主力ターミネーターか?)」

 

 見たところ何か特殊な機体のようには見えないが、注意するに越したことはない。それに、相手が何であろうと撃ち墜とすまでだ。

 

「さあ、かかってこい。全部スクラップにしてやる」

 

 次の瞬間、ハイパーセンサーが敵機の急接近を警告してくる。

 フラップジャックの1機が攻撃を仕掛けてきた。そいつは近接ブレードに切り換えた右腕を振り上げて襲いかかってくる。

 

「前と同じ手が通用するか!」

 

 素早く左大腿(だいたい)から『スコーピオン』を引き抜き、斬撃を防ぐ。ラウラに格闘訓練で散々しごかれてきた甲斐(かい)があったというものだ。

 ギチギチギチッ……と刃同士がつばぜり合い、激しく火花が飛び散る。

 

『――左腕部ブレードを起動』

 

 右腕がダメなら左腕で、とばかりにもう片方の腕をブレードに変形させるフラップジャック。

 

「させると思うか?」

 

 さらなる斬撃を繰り出される前に頭部に機銃射撃を浴びせると、コンピューターを破壊されて制御を失った機体が真っ逆さまに落ちていった。2機目も撃墜。

 しかし、休む間もなく今度はロックオン・アラートがけたたましく鳴り響く。

 リーダーの有人機と無人機の片割れが血眼(ちまなこ)になって追いかけてきていた。

 

「チッ……」

 

 ――警告! 後方に敵機2機! 追尾されています!――

 

「チャフ・フレア放出!」

 

 妨害用のチャフ・フレアを惜しみ無くバラまきながら、エンジン出力を全開にして後ろの敵機を引き()がしにかかる。

 

 ヴオオォォォォン!!

 

 撹乱(かくらん)されてミサイルを使えない敵機が機銃攻撃に切り換えてきた。――が、その射撃は少々(ねら)いが(あら)っぽい。

 ……じれったくなってきたようだな。相手が苛立(いらだ)ってきている証拠だ。

 

「それじゃあ、ここらでチキンレースといこうか……!」

 

 ガクンッと、俺は機体を急激に降下させてダイブ・マニューバをかける。

 頭が真下を向き、高度がすさまじい勢いで失われていくが、それに反比例するように速度は増していく。

 

「(もう少し、もっと速く……!)」

 

 雲を突き抜け、眼前には海が広がり、そして海面の波が見えるほどまで近づいたその瞬間、一気にピッチアップを行った。

 

「くっ、ぐうぅぅぅぅッ……!」

 

 すさまじいプラスGを身体に受けながら、これまでに(かせ)いだ加速と推力を維持して今度は急上昇する。

 後ろのターミネーター2機があとを追いかけてくるが、海面への衝突を恐れて速度を落としていた機体では到底追いつけるはずもなかった。

 

「その程度の度胸じゃまだまだだな」

 

 マッハ2を超える速度で上昇を続け、敵機の頭上を取ると同時にエアブレーキを作動させる。

 当然、【バスター・イーグル】はたちまち失速を始めるが、俺は勢いをそのままに背面方向へ180度ターンして2機のターミネーターと向かい合った。

 互いが鼻先を向け合った状態、ヘッドオンだ。

 

「墜ちろ!」

 

 敵機と衝突してしまわないよう機体をバレルロールさせながら、無人機には『スカイバスター』を、有人機には『ブッシュマスター』をそれぞれ叩き込む。

 

 ズドォォン!!

 

 目の前で黒煙が2つ上がった。

 無人機(フラップジャック)はミサイルを真正面から受けて爆散し、有人機は破片をまき散らしながら海面へと落ちていく。

 

「おやすみ」

 

 パァンッ! と音を立てて有人機の胸部パーツが弾け飛び、直後にパラシュートが開かれた。パイロットが脱出したようだ。

 

「ふぅ……」

 

 風に(あお)られるパラシュートを見下ろしながら、俺は呼吸を落ち着かせるように一息つく。

 索敵レーダーに反応なし。ひとまず事前情報にあった敵機は全て撃墜したようだが……。

 

「…………」

 

 しかし、俺は今になって妙な違和感を覚え始めていた。

 

「(おかしい。なんなんだ、この感覚は……?)」

 

 思い返してみれば、戦いがあっさりしすぎていたように感じる。

 まるでさっきの連中は前座だ、とでも言うかのように。……まるで時間稼ぎのためだけ(・・・・・・・・・)にあてがわれていたかのように――

 

 キギャアァァァァ……

 

 突然、頭上から金属を(こす)り合わせたかのような『音』が聞こえた。

 いや、それは音というよりかは『咆哮(ほうこう)』のようにも感じる。

 

「!?」

 

 音のした方向へ顔を向けるよりも先に、俺は反射的に【バスター・イーグル】の(かじ)を限界まで右に切っていた。

 身体にかかる強烈なGで一瞬息が詰まりそうになるが、そうでもしなければ確実に死ぬと、本能が告げているのだ。

 直後、さっきまで俺がいた場所を熱線――いや、レーザーが通過した。

 

「あっつっ……!?」

 

 ジュゥゥ……っと、かすめた右脚の装甲が溶けて、生身に焼けるような痛みが走る。――待て。今ISの絶対防御が機能しなかったぞ!?

 

「(まさか……!?)」

 

 すぐにISのステータス・ウィンドウを開く。

 

 ――現在、広範囲にシールドバリアーを阻害するジャミングが発生中――

 

「(ちくしょう、そういうことか!)」

 

 ISアーマは、そのどれもが強固な装甲によって構成されている。

 だがしかし、操縦者が生身なら……殺すことに苦労はしない。

 

「(この機能を作った奴は相当性根(しょうね)が腐ってるらしいな……!)」

 

 歯噛(はが)みしながら、先ほどレーザーを放ってきた張本人を(にら)みつける。

 そして、その姿を見るや、俺は息をするのも忘れて『そいつ』に釘付(くぎづ)けになってしまった。

 

「な……!?」

 

 それは、航空機としてはあまりに刺々(とげとげ)しく異様なシルエット。

 

「(バカな……!?)」

 

 血のように赤く染まった機体。

 巨大な機首(くちばし)は胴体の3分の1ほどもあり、同じく巨大な2基のエンジンが後ろに突き出ている。

 前進型の主翼にカナード、それと内側に傾斜した形の垂直尾翼。そいつには水平尾翼がなく、代わりに腹部から下側に向けて細長い翼がもう1枚伸びた独特のデザインをしていた。

 

「(なぜ、お前がここにいる……!)」

 

 忘れようのない記憶。

 額からは冷や汗が(にじ)み、心臓は激しく動悸(どうき)する。

 

『キギャアァァァァ!!』

 

 その深紅の機体は、複眼センサーで俺を真っ直ぐに捉えて突っ込んで来る。

 

「――ファルケンッ……!!」

 

 次の瞬間、猛烈(もうれつ)なミサイル・アラートが鳴り響いた。

 

 ▽

 

「はぁ、はぁ……」

 

 (から)くも撃破に成功した【ゴーレムⅢ】の残骸を前に、ラウラは荒い息をつきながらプラズマ手刀を格納する。

 

「敵機の沈黙を確認……。シャルロット、無事か?」

 

「う、うん。大丈夫」

 

 そう答えるシャルロットだったが、専用機【ラファール・リヴァイヴ】には決して軽くない損傷が目立ち、彼女自身の腕にもわずかな火傷が見られた。

 

「シャルロット、少し腕を出してみろ」

 

 言いながらISの拡張領域から応急処置キットを取り出すラウラ。

 

「え? そ、そこまでしなくてもいいよ。あとで医務室に行って診てもらえば……」

 

「女は肌も大事にしろ、という話を以前耳にした。簡単なものしかできんが、怪我の処置を後回しにするのはやめておけ」

 

 そうラウラに言われたらシャルロットも返す言葉がない。

 それじゃあ、お願いしようかな。と差し出した腕にラウラは手際よく軟膏(なんこう)を塗り、その上から冷却シートを被せた。

 

「よし、これでいいだろう。火傷はすぐに冷やすことが重要だ。シートは剥がさんようにな」

 

「うん、分かった。だいぶ楽になったよ。ありがとう、ラウラ」

 

「こ、このくらい礼を言われるほどではない。当然のことをしただけだ」

 

 ニコッ、と笑みを浮かべるシャルロットを前に気恥ずかしくなってきたのか、ラウラは顔を()らす。

 面と向かって礼を言われることに未だ慣れていないらしく、その(ほほ)はわずかに桜色をしていた。

 

 ――ィィインッ! ――ギュォンッ!

 

「「!?」」

 

 いきなり現れた2つの機影が鋭いジェットの轟音と共に上空を通過して、そのまま急上昇していく。

 続いてブオォォンと、スズメバチの羽音のようにも聞こえる重たい音が響いた。……機銃の発砲音だ。

 

「あっ……!」

 

 舞うように蒼空を飛ぶ2つの機影。1つはウィリアムと【バスター・イーグル】のもので、もう1つは見たこともない機体だ。

 そして、ラウラは見た。敵機に背後を取られ、危機に陥ったウィリアムの姿を。

 

「スマン、シャルロット。少し行ってくる」

 

「待って、ラウラ! 1人で行ったら危険だよ! 僕も一緒に――」

 

「先の戦闘でシールドエネルギーが底を尽きかけているだろう? シャルロットは休んでいてくれ」

 

 そうシャルロットに告げて、【シュヴァルツェア・レーゲン】のスラスターに火を(とも)す。

 こうなったラウラは、早速誰にも止めることはできないだろう。

 

「……分かった。じゃあ一言だけ。――絶対に2人(そろ)って帰ってきてね」

 

「ああ。元よりそのつもりだ」

 

 力強くうなずいてから、ラウラは先ほど【ゴーレムⅢ】が開けた穴をくぐり抜けて急上昇して行った。

 

 ▽

 

「くっ、このぉぉ……!」

 

 エンジン出力を一気に(しぼ)りながら、機体にピッチアップ操作を加える。

 一瞬だけ身体が圧迫されるような感覚がして、俺と【バスター・イーグル】はコブラ機動によって急減速した。

 

「(よし、背後を取り返した!)」

 

 敵機――ファルケンのオーバーシュートを見計らい、俺は機体姿勢を水平に戻して、またエンジン出力を上げる。

 

「(今度こそ……!)」

 

 熱源誘導ミサイルの追尾装置(シーカー)をファルケンにロックして、発射ボタンに指を置く。――が、まだ発射はしない。

 

「(まだ……まだ……今だ!)」

 

 激しい回避機動を繰り返すファルケンの動きに合わせてタイミングを見計らい、ミサイルを撃ち込む。

 当たる! そう確信した俺だったが、しかし、考えが甘かった。

 

「は……!?」

 

 ファルケンは突然コブラ機動を始めたかと思うと、次の瞬間、機体尾部( テール )を左に振って側転(そくてん)するかのような機動――サイドクルビットを行う。

 

What the……!?(なんだと……!?)

 

 ミサイルが命中する寸前での無茶苦茶(むちゃくちゃ)な機動。その曲芸のような動きについて行けず、ミサイルは標的の真横をすり抜けて行ってしまった。

 

「なんて動きだ……!」

 

 ファルケンはその奇怪な機動を維持したまま速度を減退させて、また俺の後ろに張り付いてくる。

 今のでもう3度目の攻撃失敗だ。その事実が俺の焦りを加速させた。

 ダメだ。こいつは何をしても反応して確実に対応してくる。まるで俺の戦い方を知っている(・・・・・・・・・・・)かのようだ。

 

「(クソッ、つくづく気色の悪い奴だな!)」

 

 飛んでくる機銃弾をかわしながら、内心で悪態をつく。

 しかし、その気色悪さは何も敵機の奇抜な動きに対するものだけではなかった。

 

「(本当に気持ち悪いくらい似てやがる……!)」

 

 敵機の武装から特徴的な機体形状、果ては塗装(とそう)まで、ほとんど『とある無人機』にそっくりなのだ。

 ……まさか、またコイツと戦うことになるとは。まるで幽霊でも相手にしているかのような気分だ。

 

『キギャアァァァァ!!』

 

 ファルケンのくちばしが縦にスライドして開く。またTLSを撃つ気か!

 TLS――戦術レーザー兵器システムとは、メガワット級の化学レーザーを敵機に指向するレーザー攻撃兵器だ。そんなものが直撃しようものなら、機体に穴が開く程度では済まない。

 

「(マズイ……!)」

 

 光がTLSの砲口内に収束していく。次の瞬間だった。

 

『!?』

 

 ファルケンは発射態勢に移行していたレーザーの照射を打ち切り、いきなり右に急旋回(ブレイク)する。

 直後に奴を狙って1発の砲弾が飛来した。今の砲撃……レールカノンか!

 

「ラウラ!?」

 

「間に合ったか!」

 

 ISの回線を通してラウラの声が響く。

 俺はラウラが無事であったことと、この場に駆けつけて来てくれたことについ嬉しくなってしまうが、慌てて思考を引き戻した。

 

「ラウラ、来るな! コイツに狙われる前に早く離れろ! コイツは……」

 

 ただのターミネーターじゃない。そう告げようとしたところで、ファルケンの機銃射撃が言葉を(さえぎ)ってくる。

 

「うおぉっ!?」

 

 30ミリの機銃弾が数発機体をかすめた。ちくしょう、空気読めよ!

 

「ウィル!」

 

 ファルケンを追い払おうとレールカノンを連続で放つラウラ。

 高い機動力によって弾は当たらなかったものの、敵は鬱陶(うっとう)しそうにこちらとの距離を空ける。

 

「助かった! もう大丈夫だから、今のうちに早く行け! あの機体はそこらのターミネーターとはワケが違うぞ!」

 

「ならば、なおさらお前を放って置くわけにはいかんな! 嫁を見捨てて逃げ帰るなど、夫の名折(なお)れだ」

 

「まったく頑固な奴だな……!」

 

「私の性格はお前もよく知っているだろう?」

 

 フッ、と不敵な笑みを浮かべてラウラは軽口を叩く。……ああ、お前さんの性格はよーく分かってるつもりさ。

 

「はぁ、分かった。援護を頼めるか?」

 

「任せておけ。爪の先であろうともお前には触れさせん」

 

「そいつは心強い限りだ」

 

 俺は胸中に()く確かな戦意の高揚(こうよう)を感じながら、ファルケンに向かってUターンする。対するファルケンも機関砲を撃ち放ちながらこちらに向かって速度を増していく。

 ヘッドオンの状態で機関砲を撃ち合い続けること数秒、先に()を上げたのはファルケンの方だった。

 

『―――――』

 

 ファルケンは機体を降下させて俺の腹の下をくぐり抜けて行く。また後ろを取ってくる気か!

 その予想は的中で、超小径旋回(ちょうしょうけいせんかい)で回り込んできたファルケンがミサイルをロックしてくる。

 

「……ラウラ、任せた」

 

「了解した」

 

 機体を直角90度に傾ける。そこに開いたわずかな隙間を狙ってレールカノンが火を吹いた。

 バキャンッ! とけたたましい音を立ててファルケンの機銃が左腕ごと吹き飛ぶ。

 だが、痛みや恐怖を感じない無人機にとっては武装が1つやられた程度の認識でしかなく、ファルケンはすぐさま狙いをラウラに変えてブレードに変形させた右腕を振るった。

 

「ラウラ、(つか)まれ!」

 

「!!」

 

 ファルケンのブレードが当たる直前、ラウラのワイヤーブレードが俺の脚に巻き付き、俺は推力を全開にする。

 すると、【バスター・イーグル】は軽々と【シュヴァルツェア・レーゲン】を引っ張り上げてみせた。

 

「まだだ! 仕掛けて来るぞ!」

 

『キギャアァァァァ!!』

 

 ラウラの言葉通り、ファルケンは開いた口からTLSの砲口を覗かせる。

 

「ビーム兵器か……!?」

 

「いや、正確には化学レーザー兵器だ。奴の胴体にはメガワット級の電力をチャージできる機関が備わっている」

 

「……なぜそんなに詳し――」

 

「しっかり掴まってろ! 舌()むなよ!」

 

 ラウラが何かを言おうとしていたようだが、呑気に会話をしている(ひま)はないこの状況では後回しにさせてもらおう。

 俺はラウラを抱いたまま連続バレルロールでTLSの砲撃を回避する。

 頭上を鮮やかなピンク色のレーザーが通過して行くが、もし生身で触れれば『熱い』程度では済まされない。

 

「くぅ……! ははっ、レーザー脱毛にしては少しばかり威力が高すぎるな……!」

 

 強烈なGと殺人レーザーの板挟(いたばさ)みにされた俺は、今にも漏れそうな弱音をくだらないジョークに変換して吐き出す。

 とは言うものの、このままではジリ(びん)だ。激しい機動の連続で燃料も残り少ないし、体力面でもそう長くは保ちそうにない。

 それはきっとラウラも同じで、ファルケンとは別に現れた無人機と戦ってすでに消耗しているはずだ。

 

「(そろそろ決着をつけないと共倒れは必至か)」

 

 ……ファルケンからのレーザー砲撃が止む。チャンスだ。

 TLSは高い威力の代償として、次発までのクールタイムが長い。やるなら今だ。

 俺はエアブレーキを作動させながらの高速回転(アーリー・ロール)で空気抵抗を作り、一気に機体を減速させてファルケンの背後につく。

 

「よし。ラウラ、離すぞ」

 

「ああ。助かった」

 

 ラウラを抱いていた手を離しながら、俺は右ウェポンベイに格納したレールガン『メナサー』を起動した。

 

 ――『メナサー』起動。スーパーキャパシタへの充電を開始します――

 

 ファルケンとの戦いで分かったことがある。あの機体がもし『前世のアイツ』とほぼ同じだとすれば、攻撃力と機動力は高くても安定性で苦労しているはずだ。

 なにせ【バスター・イーグル】よりデカイ図体(ずうたい)を巨大なエンジンで無理矢理飛ばしているような機体なのだ。

 おまけに主翼は前進型ときた。この形状の翼は格闘性能に優れる反面、安定性が悪い。その弱点を突くことさえできれば……。

 

「ラウラ、カウント3で敵機の右側を狙って撃ってくれ」

 

「右を? 何か策があるのか?」

 

「ああ。あの機体は安定性があまりよろしくなくてな。だから、回避機動を()いてバランスを崩したところで一気に叩く」

 

「成程。よし、やってみよう。合図はお前に任せる」

 

「いくぞ。――1」

 

 ファルケンが機体をUターンさせて俺と向かい合う、と同時にミサイル・ロックを仕掛けてくる。

 真正面から放たれたミサイルを、俺は残り少ないチャフ・フレアを全てバラまいて回避する。

 

「――2」

 

 ――発砲可能な電圧に到達しました。過電圧に注意してください――

 

 レールガンのレティクルをファルケンの中心――よりも俺から見てやや左にズラして合わせる。

 

「――3! 今だ!」

 

撃て()ぇぇ!!」

 

『!?!?』

 

 レールカノンの砲撃を機首上面のセンサー・アイで捉えたファルケンが慌てたように機体を右に傾ける。

 そして、わずかな気流の乱れにバランスを崩したその瞬間、俺は発射スイッチをカチリと押し込んだ。

 

 ズガオォンッ!!

 

 マッハ7の砲弾はひたすらまっすぐに飛んで行き、グシャリ! とファルケンの右エンジンを尾翼ごと吹き飛ばす。

 突然の推力損失と機体損傷を受けて、ファルケンはきりもみを起こしながらIS学園の第1グラウンドへと落下して行った。

 ……盛大な置き土産を残して。

 

「しまった――!?」

 

 きりもみ落下をしながらも、ファルケンはその大口を開いてメガワット級レーザーを滅茶苦茶(めちゃくちゃ)な方向に撃ちまくる。

 それが【バスター・イーグル】の左の主翼と垂直尾翼に命中して溶解させた。

 

「マズイマズイマズイマズイッ!?」

 

「ウィル!?」

 

 先ほど墜ちていったファルケンと同じく、俺もきりもみしながら高度を落としていく。

 その横を並走しながら追いかけてくるラウラから伸ばされた手を(つか)もうと、空中で(おぼ)れたように必死にもがく。

 

「何をしている! 早く掴め!」

 

「分かってる! 分かってる!」

 

 ――警告! 地表急速接近! ただちに上昇してください!――

 

「ウィル! もう地表までそう遠くはないぞ!」

 

「掴ん……だぁ!」

 

 ガシッ。ようやっとのことでラウラの手に掴まった俺は、そのまま肩を貸してもらうような姿勢でゆっくりと地表に降り立った。

 

「ふぅ~、助かったぁ……。一時はどうなることかと思ったぜ……」

 

「ああ、まったくだ。さすがに生きた心地がしなかったぞ」

 

「はははっ。お前さんにはデカイ借りができちまったな」

 

「ふふん、では高級パフェの(おご)りで手を打ってやろう」

 

「おう。いいぜ、なんでも好きなものを――」

 

 笑いながら、そんな会話をしていたその時だった。

 

『ぎ、ぎ、ギャアアァァァ!!』

 

 金属音のような咆哮(ほうこう)が鳴り響く。

 

「「!?」」

 

 音のした方へ視線をやると、変わり果てた姿のファルケンが残り1発のエンジンにアフターバーナーを(とも)して突っ込んで来ていた。……ブレードを突き出し、真っ直ぐラウラを狙って。

 

「(……ダメだ……!)」

 

 かつての記憶がまたフラッシュバックする。深紅の怪鳥に大切な家族を一瞬にして奪われた、あの記憶が。

 それがラウラの姿と重なり合った瞬間、俺は無意識に彼女の身体を押し退()け、前へと飛び出していた。

 

「(俺は、もう2度と……!)」

 

 左大腿(だいたい)から抜き出した『スコーピオン』を構え、ファルケンのブレードを受け止める。

 たった2~3秒の出来事が、俺には異様なほどスローモーに見えていた。

 

「(2度と大切な人を……!)」

 

 受け止めたブレードを弾き飛ばす。

 しかし、その刹那、俺はファルケンのくちばしがニヤリと(ゆが)むような様を幻視した。

 

 バキンッ、ドスッ!

 

『何か』がISの装甲を貫通(かんつう)し、腹部に突き刺さった。

 俺はその『何か』を確かめようと視線をゆっくり下に()わす。……あった。アームから伸びるもう1本のブレードが。

 

「(ふ、副腕、だと……?)」

 

 ファルケンから伸びる第3の腕(・・・・)。ブレード状に変形したそれが、確かに俺の腹に刺さっていたのだった。

 ちくしょう、ドジ踏んだ……。そりゃあそうだ。バケモノの腕が2本だけだとは限らないよな……。

 

「くっ、ぐ、うぅ……!」

 

 なんとか『ブッシュマスター』を叩き込んでやろうとするが、それよりも早くさらなる追撃として、ほぼゼロ距離でミサイルを撃ち込まれる。

 そして、俺の意識は暗闇の中へと落ちて行くのだった。

 

 ▽

 

 ファルケンに腹部を(つらぬ)かれた挙げ句、ミサイルの直撃を受けて吹き飛ばされるウィリアム。

 

「あ……。ウィ、ル……?」

 

 それが自分を(かば)ったが(ゆえ)の出来事だとラウラが理解するのに、そう時間はかからなかった。

 

「ウィル! ……ウィル!!」

 

 ISの操縦者保護機能がすでに止血処置を始めているとはいえ、すでにかなりの量の血が地面に広がっている。

 ラウラは自分の手にベッタリと生暖かい血がつくのも他所(よそ)に、ウィリアムの体を抱き起こした。

 

「ウィル……! なぜこんなことを……!!」

 

 ボロボロと、溢れ出した涙は止まらない。

 軍人として鍛えられたラウラでも、大切な人の無惨な姿を見て平静でいられるほど心は強くなかった。

 

『キギャアァァァァ!!』

 

 背後でファルケンが空に向かって耳障(みみざわ)りな咆哮を上げる。

 

「っ……」

 

 それがまるでウィリアムを(あざけ)るかのような声に聞こえて、ラウラはピクリと反応する。

 だんだんと込み上がってきた怒りは、やがてドス黒い感情へと変化していった。

 

「……してやる……!」

 

 ラウラはウィリアムの体をそっと地面に寝かせると、ユラリと立ち上がる。

 ――こいつだけは絶対に許さん。私の手でズタズタに引き裂いてやる。

 

壊して(ころして)やるッ……!!」

 

 両腕のプラズマ手刀が、ヴンッと音を立てて展開される。

 ギロリ、と顔を振り向かせたラウラの(ひとみ)にはこれまでに類を見ないほどの怒りの炎を宿していて。

 

「ああああああああッ!!!」

 

 激情に身を焼かれたラウラは、瞬時加速(イグニッション・ブースト)でファルケンに斬りかかった。

 

 ▽

 

「――面白い冗談だろ?」

 

「ええ。確かに笑えますね」

 

 (なつ)かしい夢を見ていた。

 古い記憶だ。これは……あぁ、そうだ。俺がウォーバード隊に入ったばかりの時、食堂での……。

 

「お前には教養がある。ご両親は戦わせるために産み育てたんじゃない」

 

「誰の親もそうですよ」

 

「ふっ、確かにな」

 

 男――隊長は手に持っていたタバコを口に咥えて肺いっぱいに煙を取り込み、また吐き出す。

 

「さて、ここは腹を割って話そうじゃねえか」

 

「そうですね」

 

 当時の俺は、毎回こうして絡んでくる隊長を少し鬱陶(うっとう)しく感じていたものだ。今となってはもうずっと昔の話だが。

 

「知っての通り、ここは危険な最前線だ。寝床に就いても、不安ですぐに目が覚めちまう」

 

「……………」

 

「俺かてただの人間だ。いつも口うるさいあの上官もな。本当に恐れを知らないのは命を落とした者だけ」

 

 タバコを灰皿に押し付けて、隊長は真剣な表情で言葉を続ける。

 

「任務のために命を(ささ)げた奴らは確かに英雄だ。でもな、あとにはなんにも残らねえ。なんにもだ」

 

 そうだ。俺はこのあとの言葉をよく覚えている。その言葉は……。

 

「だから、【生き延びろ。生き延びて、そして周りの奴らも守るんだ。――お前にはそれだけの力があるはずだ】」

 

 その言葉を噛み締めるように反芻(はんすう)する。

 そうだ。俺はこんなところで死ぬわけにはいかない。もう2度と大切な人を失わないためにも……!

 

 ……

 ………

 …………

 

「うっ……」

 

 ボヤける視界の中、貧血にフラつきながら立ち上がる。……ちくしょう、血を流しすぎたか。

 脚に力を入れて踏ん張ると同時に走る腹部への鋭い痛みが、俺の意識を強引にクリアーへと導いた。

 

「ぐっ!? ……あ、あのクソ無人機めっ、タチの悪さは一級品だな……!」

 

 悪態をつきながらISのステータス・ウィンドウを開くと、機体の情報が次々視界に飛び込んでくる。

 だいぶ派手にやられてるな。武器システムの一部が死んで(トンで)やがる。――が、もう戦えないというわけではないらしい。

 

「そら、相棒。お前の根性見せてみろ……!!」

 

 その言葉に呼応するがごとくジェットエンジンから(いさ)ましい轟音を(かな)でる【バスター・イーグル】と共に、俺はラウラの元へと飛翔した。

 

 ▽

 

「貴様はっ! 貴様だけはぁぁぁ!!」

 

 目にも止まらぬプラズマ手刀の高速連撃。それをファルケンは右腕と副腕のブレードで受けて、弾いてと、無人機特有の反応速度で対応する。

 

「はぁ、はぁ、これでぇぇぇぇ!!」

 

 敵機を一刀両断してやろうと、腕を大きく振りかぶるラウラ。

 しかし、それをファルケンが黙って見逃すはずがない。

 

『ギィィイ!!』

 

 隠されていた残る4本目の腕を展開し、ラウラの首をガシリと引っ掴んだ。

 

「うっ、ぐっ……。かはっ……」

 

 副腕の指が(のど)に食い込み、息ができない苦しさからラウラは必死にもがくが、思うように力がでない。

 シールドバリアーが展開できない今の状況では、首を折られるか窒息(ちっそく)させられるか、はたまたブレードで八つ裂きにされるか、そこに大した違いはない。

 ファルケンは、左腕のお返しだと言わんばかりにブレードを振り上げる。

 

「(っ……!)」

 

 死を覚悟した――直後の出来事だった。

 

おおおおおおおおおお!!

 

 どこからか誰かの雄叫びが聞こえる。

 

 ゴギャギン!!

 

 金属同士が激しくぶつかり合い、何かがひしゃげる音が聞こえて、その衝撃でラウラはファルケンの腕から解放される。

 

「ぁ……」

 

 ひび割れたバイザーの奥から見える目と視線が合う。

 そして、ファルケンに強烈なタックルを見舞った雄叫びの主は、一緒に()みくちゃになりながらグラウンドへ落ちて行った。

 あの瞳を、あの声を、あのシルエットとノーズアートを、間違えるはずがない。

 驚きに見開かれたラウラの目から、再び涙が溢れてくる。

 

「ウィル……!」

 

 ズドォォン……! と、眼下の地表で大きな砂煙が巻き上がった。

 

 ▽

 

 タックルで弾き飛ばしたファルケンと共に、俺はグラウンドの砂地へ落着する。

 

「っつぅ……。もう2度と地面とのキスなんてゴメンだぜ……」

 

 当然のごとく激しい抵抗を見せるファルケンは右腕部ブレードで攻撃しようとするが、それを振り上げる前に【バスター・イーグル】の機体重量に物を言わせて踏み砕いた。

 

「そんな安っぽいナマクラをぶっ刺したくらいで仕留めた気になったか? 残念だったな……!」

 

 それならば、と突き出された副腕のブレードも両手で掴み取り、そのまま刀身をへし折る。

 いよいよ近接武器がなくなったファルケンは、あろうことかこの至近距離でTLSの砲門を開放した。……まあ、無人機だから恐怖心もクソもないか。

 

『キギャアァァァァ!!』

 

「やかましいっ! キーキー鳴くな!」

 

『ゴゲッ!?』

 

 TLSの砲口に『スコーピオン』を無理矢理ねじ込み、発射不能の状態にしてやった。

 

「さて、これでお前の自慢の武器は(つぶ)したぞ。ミサイルもさっきので最後なんだろう?」

 

 ファルケンは潰れた声しか上げないが、俺の言った通りミサイルは品切れなのだろう。

 

「地獄に送り返してやる……!」

 

 右ウェポンベイを開放し、内部に格納してある『メナサー』を展開する。

 

『ぎ、ギィィ! ガァァァ!』

 

 コンピューターが『危機的状況』を察知したのか、ファルケンはがむしゃらに折れた腕を振り回して暴れる。

 バリンッ! と殴られたバイザーが割れて、飛んできた破片が左の(ほほ)を横に切りつけた。

 

「ぐっ、やりやがったな……!」

 

 仕返しにファルケンのくちばしを力任せに割り開き、その口腔部(こうこうぶ)に『メナサー』の砲身を突っ込む。

 そして――

 

「吹き飛べぇぇぇ!!」

 

 発射スイッチを力いっぱい押し込んだ。

 バチチチッ、と砲身内を紫電(しでん)が走った次の瞬間、射出された76ミリ極超音速大口径砲弾(ごくちょうおんそくだいこうけいほうだん)がファルケンの頭部を跡形もなく消し飛ばした。

 

『っ……! っ……、――――』

 

 わずかに痙攣(けいれん)のような動作を起こしたのち、完全に機能を停止するファルケン。

 ズシャリと力なく落ちた腕を見下ろして、俺は今度こそ勝利を確信した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……。もう2度と地獄から()い上がってくるなよ、クソ無人機め……」

 

 ここでとうとう具現化維持限界を迎えた【バスター・イーグル】が強制解除される。

 突然支えを失った俺はその場に立つ余力すら残っていなかったらしく、動かなくなったファルケンにもたれるようにして地べたに座り込んだ。

 

「あぁ、ちくしょう。滅茶苦茶(めちゃくちゃ)痛ぇ……」

 

 これで2回目だな、腹に物が刺さったのは。

 そんなくだらないことを考えていると、血相を変えたラウラがこちらに駆け寄ってきた。

 

「ウィル!」

 

 パッと見たところ、(さいわ)いラウラに目立った怪我は無いらしい。よかった……。

 

「おぅ、ラウラ……。悪いがちょっとだけ肩貸してくれないか? 1人じゃまともに立てなくてな……うぐっ」

 

「ま、待て! 無理に動こうとするな! 出血が酷くなる!」

 

 タオルを取り出し、それを4つ折りにして傷口の上まで持ってくるラウラ。

 

「3つ数えたら押さえる。痛むが我慢しろ」

 

 そう言われて、俺はゴクリと生唾を飲んでから無言でうなずいた。

 絶対痛いだろうなぁ……。今も十分痛いが。

 

「いくぞ。――1」

 

 ギュッ……

 

「ぐぅっ……!?」

 

 傷口を通して激痛が走り、俺は歯を食いしばって悲鳴を噛み殺す。って、ちょっと待てコラ。

 

「にっ、2と3はどこ行ったぁっ……!」

 

「……………」

 

 痛みに悶絶(もんぜつ)しながら抗議するが、ラウラは返事をしないどころか俺と視線を合わせようともしない。

 

「おい、ラウラ?」

 

 不審に思って声をかける俺だったが、ふと、ラウラの肩が小さく震えていることに気づく。

 うつむかせた顔から表情をうかがうことはできないが、その手の甲を濡らす(しずく)は間違いなく涙だった。……ラウラは泣いていた。

 

「お前……」

 

「ぐすっ……。うるざい。ばがもの」

 

 ギュッと、タオルを握るラウラの手に力が込められる。

 

「そうだ。お前は馬鹿だ、大馬鹿だっ。自分の身を犠牲にして、一歩間違えば殺されていたかもしれないというのに!」

 

 大声と共に勢いよく上げたラウラの顔は、怒りや悲しみといった感情が混じり合ったような表情を浮かべていた。

 

「……悪かった」

 

「ひぐっ……、お前が死んでしまったら、私は……!」

 

 嗚咽(おえつ)を漏らしながら、込み上げる何かを必死に(こら)える様子のラウラ。

 そんな彼女に対する罪悪感か、はたまた思考がまともに働いていないからか、俺の口は自然と動いて白状していた。

 

「もう2度と、誰も失いたくなかったんだ」

 

「え……?」

 

「失ったものは2度と返ってこない。何をしても、どれだけ足掻いても。俺はそれを痛いほど味わった」

 

 それは、かつての惨劇。

 両親を一度に失くし、何気ないいつもの生活すらも失い、ずっと心にしこりを残したまま生きてきた。

 

「だからかな。あの時は勝手に身体が動いちまったんだ。大切で、何を()いてでも守り抜きたいと思った、――()れてしまった人を失いたくなくて」

 

 それは甘い考えかもしれない。命を懸けた戦いの中で、そんなヤワな思想は通じないかもしれない。

 だがそれでも、俺はこの信念を曲げはしない。力のある限りを尽くしてみせる。かつてそう(ちか)ったのだから。

 ……それにしてもラウラのやつ、さっきからポカンとしているが、俺何か変なことでも言ったかな?

 

「……ん? あっ、いや待て! 今のは……!」

 

 遅れて、俺は自分が最後にとんでもないことを口走っていたことに気づく。

 大慌てで弁解しようとするが、時すでに遅し。数瞬の放心を経て、ラウラは両目から大粒の涙を溢し始めた。

 

「こんな……時に……!」

 

「い、いや、そのだな。今のは、だな……」

 

 もちろん本音であり、ラウラに()れてしまっているのも事実なので否定はしない――というかできない。

 そんなこんなで俺が言葉を詰まらせている間にダムの決壊値を超えてしまったラウラは、とうとう声を上げて泣き出してしまった。

 

「こんな時にっ……! 告白するようなバカがいるかぁぁぁ! うああぁぁぁ!」

 

「(まったくもっておっしゃる通りです……)」

 

 吸い込まれそうなほど青い空の下、俺はつい数秒前のおしゃべりな自分を恨みながら、ラウラをどうにか(なだ)めようと四苦八苦するのであった。

 

 



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63話 伝える想い 伝わる想い

「ぅ……………」

 

 ぼんやりとした意識のまま、俺はゆっくりと2回まばたきをする。

 白い天井が夕日のオレンジに染まっていた。

 

「うん?」

 

 ふと右腕に重さを感じて、視線を感触のある方に向ける。

 ずっと(そば)についてくれていたのだろうか、ラウラが俺の右手を握ったまま突っ伏(つっぷ)して眠っていた。

 

「(……ここは……?)」

 

 見たところ学園の医療室だろうか。

 まだ意識がはっきりとしない俺は、覚えている限りの記憶を呼び起こす。

 ……そうだそうだ。ラウラに運んでもらって、ここで治療を受けたんだった。そこから先は完全に記憶が無いので、恐らく薬の副作用で眠ってしまったのだろう。

 

「…………」

 

 湿布(しっぷ)が張られた左手を握って開いてと、それを数回繰り返してから、改めて自分がまだ生きていることを実感する。

 

「お前さんのおかげで命拾いしたよ……」

 

 俺の腕を枕にして寝息を立てるラウラの頭に手を置いて、そっと撫でた。

 絹のようにサラサラとした髪がなんとも心地よい手触りで、ついつい撫でる手が止まらなくなってしまう。

 

「ん…………」

 

 頭の触感に眠りを妨げられたのか、小さく声を上げながら薄くまぶたを開くラウラ。

 

「おっと」

 

 サッと左手を下げて毛布の中に隠し、俺は眠そうに目をこするラウラに声をかけた。

 

「悪い、起こしちまったな」

 

「構わん。それより具合はどうだ? どこか体に違和感はないか?」

 

 ついさっきまで寝ていたのがウソであるかのように、いつも通りの様子のラウラがそう問うてくる。

 そんな彼女に、俺は軽口を交えて笑いながら答えた。

 

「いや、何とも。――誰かさんの枕にされて右腕が少し(しび)れている意外はな」

 

 そう言って視線を下にやれば、つられて目を向けたラウラが「あっ」と小さく呟いて顔を赤くする。

 ――が、何を思ったのかラウラは手を離すどころか握る力をさらに込めた。

 

「えっ……。あの、ラウラさん……?」

 

 別段痛いわけではないのだが、いつものラウラらしからぬ行動に俺は戸惑(とまど)ってしまう。

 

「ふ、ふんっ。その程度の痺れくらい我慢しろ」

 

「あっ、はい」

 

 プイッと顔をそっぽ向かせたラウラの言葉は冷たいが、握られた右手は優しい温かさに包まれていた。

 それから俺もラウラも無言のまま、しばしの時が流れる。

 

「(医療室で2人きり、か。なんだか学年別トーナメントを思い出すな)」

 

 まあ、今は当時と逆の立場になっているわけだが。

 

「(……それにしても)」

 

 こうも沈黙が続くと、さすがに気分が落ち着かなくてしょうがない。普段の俺達ならばこういった無言のやり取りというのも好きなのだが、生憎(あいにく)状況が状況だ。

 俺は理由不明の羞恥心(しゅうちしん)に耐えられず、逃げるように視線を窓へとやった。

 

「ウィル……」

 

 不意にラウラが口を開く。

 

「お、おう。どうした?」

 

「その、だな……」

 

 ラウラは一度俺の手を離し、それから視線を何度も行ったり来たりさせながらゆっくりと言葉を続けた。

 

「あ、あの時、お前が口にしていたこと、なのだが……」

 

「ん?」

 

 あの時……。あの時? あの時って、どの時?

 ラウラの言葉に当てはまるシーンを脳内ストレージから探すが、その答えが見当たらなくて俺は首をかしげる。

 

「スマン、ラウラ。もう少し具体的に言ってくれると助かる」

 

「そ、それは……」

 

 余程口にしづらい内容だったのか、ラウラは何度もためらったあと、思い切ったように告げてきた。

 

「お、お前がっ、私に……ほ、ほ、()れたと言ったことだっ……!」

 

「んぐっ……!?」

 

 不意打ちに驚いて変な息の吸い方をしてしまい、思わずむせ返ってしまう。あの時って、その時のことか……!

 それはファルケンにトドメを刺した直後のこと。俺は(はか)らずしてラウラに自身の想いを漏らしてしまったわけだが。

 

「そ、そう――だったな……」

 

 つい腑抜(ふぬ)けてしまい、そうだっけか? ととぼけて逃げようとしていた自分を心の中で殴り飛した。

 ここで逃げて、ここで伝えなくて、いったいいつ伝えるというんだ。

 

「あの言葉は……本当、なのか……?」

 

 恐る恐るといった様子でラウラは訊ねてくる。

 

「(――言わなければ――)」

 

 覚悟を決める。

 俺は深呼吸をしてから、すっかり乾ききった口を必死に動かして言葉を口にした。

 

「…………ああ。俺はラウラのことが、1人の女性として好きだ」

 

「……!!」

 

 ラウラの瞳が大きく見開かれる。

 

「確信したのは、誕生日パーティーでお前にプレゼントを渡された時だった。けどまあ、俺は鈍い奴だから、本当はもっと前からだったんだと思う」

 

 振り返ってみれば、それは学年別トーナメントの日。ラウラの笑った顔を初めて見たその時から、俺の目には彼女が周りと比べてどこか輝いているように見えた。

 当時の俺はその理由が何なのか検討もつかなかったが、今なら言える。

 

 ――俺はあの時、ラウラに一目惚れしてしまったのだ、と。

 

 それからラウラと毎日を過ごして、彼女の意外な一面や時折見せる可愛らしい姿に()かれていき、そしてつい先月、ようやく自身の想いに気がついた。

 

「気づくと同時にこうも思ったんだ。――これからも、その先も、俺はラウラと一緒にいたいってな。だ、だから……」

 

 バクンバクン、と心臓は激しく鼓動し、握りしめた両の拳が小刻みに震える。もし断られたら、そう思うと怖くて仕方がない。

 だがそれでも、伝えなければ。ここまで来た以上、もう止められない。引き返すことはできない。

 意を決した俺はもう1度深呼吸をはさんでから、ラウラの目を見て言葉を(つむ)いだ。

 

「だから、これからは恋人として、俺と一緒の時を過ごしてくれないだろうか……?」

 

 言い切った。我ながら痛い台詞だったと今になって思うが、想いを伝えることはできた。あとは……ラウラからの返事を待つだけ。

 たった数秒の()のはずが、俺にとっては酷く長いものに感じられた。

 

「……………」

 

 ガタッと、無言のままイスから立ち上がるラウラ。その表情は逆光のせいでうかがえない。

 

「(もし、これで(こば)まれたら……)」

 

 そんなネガティブな思考を脳裏に浮かばせては、それを必死に振り払う。

 

言うのが遅すぎだ。バカっ……!

 

 さっきまで無言だったラウラがボソリと呟いた、その直後の出来事だった。

 突然、(ほほ)に手が()えられたかと思うと、そのままグイッと顔を引き寄せられて、――(くちびる)(やわ)らかいものが触れた。

 

「んっ……!」

 

「!?!?!?」

 

 視界いっぱいに映るラウラの顔。

 遅れて、自分は今ラウラにキスをされているんだ、と理解した。

 

「ッ~~~、プハッ……!」

 

 酸欠気味になってきた頃合いでラウラの唇が離れていき、俺は肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 同じく酸欠を起こしたのだろう、顔を真っ赤にしたラウラは肩を激しく上下させていた。

 

「ら、ら、ラウラっ、今のはっ……!?」

 

 突然のことに頭がついて行かないながらも何とか言葉を(しぼ)り出す俺だったが、それを(さえぎ)ってラウラの声が室内に響き渡った。

 

「こ、これがお前への『答え』だっ!!」

 

 言うだけ言って、ラウラは脱兎(だっと)のごとく医療室を出て行ってしまう。

 タタタタッ……という廊下を駆ける音だけが、異様に大きく聞こえた。

 

「(あ、あれって、つまりそういうこと(・・・・・・)、なんだよな……?)」

 

 ポツンと1人取り残された部屋の中、俺は頭の中でつい先ほどのシーンを再生させる。

 

「(そう解釈してしまっても……良いんだよな……!?)」

 

 込み上げる感情に、思わずベッドの上で飛び跳ねそうになる。なんなら部屋中をスキップして回りたいくらいだ。

 

「ッッ~~~~~!!! イェス(やった)……! ぁいててて……」

 

 小さくガッツポーズをキメた瞬間、傷口が痛んでうずくまってしまう。怪我人なのだから当然だ。

 しかしそれでも、こうして喜ばずにはいられないほど、俺の心は晴れやかな気分だった。

 

 ▽

 

「(や、やってしまった……!)」

 

 廊下を全速力でダッシュしながら、ラウラは耳まで真っ赤になっていた。

 ――私を助けてくれたウィル。

 ――私の目を綺麗(きれい)だと言ってくれたウィル。

 ――私が好きになってしまったウィル。

 

 そんな彼に想いを告げられ、思わずキスで応えてしまった。

 

「っ……!」

 

 ただでさえ初めての恋だったというのに、その想い人からの告白にラウラは大混乱だ。

 頭の中では黒ウサギがグルグルと走り回っている。

 

「(な、何が『お前への答え』だっ! 誇り高きドイツ軍人が、あ、あんなふしだらな……!)」

 

 と、そこでラウラは「ん?」と引っ掛かりを覚えた。

 

「……あっ」

 

 そういえば、トーナメント戦の翌日にもウィリアムの唇を奪ってしまっていたのだった。しかも、本人を前に『嫁宣言』までして。

 

「うぅ~……!!」

 

 その時を思い返して、ラウラの顔はさらに赤く、走る速度も増していく。

 ――もちろん、これらの行動は副官であるクラリッサの発案に従っただけなのだが……。

 そうして過去最短時間で自室に帰り着いたラウラは、ドアを閉めるやベッドに飛び込んだ。

 

「……………」

 

 赤くなった顔を隠すように枕に押し付けながら、告白のシーンを思い出す。

 

『俺はラウラのことが、1人の女性として好きだ』

 

 その言葉を繰り返すたびに口元が(ゆる)んでしまうが、それも仕方がないだろう。

 なにせ、あの『エース・オブ・唐変木』ウィリアムから、聞き間違えようのない告白をされたのだ。嬉しくないはずがない。

 

「そ、そうだ……」

 

 思い出したように、ラウラはISのプライベート・チャネルを開く。

 その通信先の相手とは……。

 

《――受諾。クラリッサ・ハルフォーフ大尉です》

 

 ▽

 

「……………」

 

 IS学園、地下特別区画――。

 教師でさえ一部の人間しか知らないその場所で、真耶(まや)は回収された無人機の解析をずっと行っていた。

 

「少し休憩したらどうだ?」

 

「あ……。織斑先生」

 

 部屋に入ってきた千冬は、真耶に缶ジュースを投げて渡す。

 差し入れのロイヤルミルクティーに口を付けながら、真耶はディスプレイに解析結果を表示させた。

 

「見てください。やはり、以前現れた無人機――ゴーレムの発展機で間違いありません」

 

「ふむ……。もう1機、例の無人人型航空兵器(ターミネーター)は?」

 

「はい。そちらの方は既存のターミネーターには見られない技術が多数盛り込まれていました。――それと、もう1つ発見が」

 

「何だ?」

 

「これらの無人機ですが、頻繁(ひんぱん)にデータの送信を行っていた痕跡がありました」

 

「……送信先は?」

 

「残念ながら、そこまでは……。すみません」

 

「いや、お前が謝ることではない」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる真耶にそう告げて、千冬は台座に寝かされた【ゴーレムⅢ】と【ファルケン】の残骸に視線を移す。

 

「……報告では、こいつらはISのシールドバリアー展開を妨害した、そうだったな?」

 

「はい。周囲にジャミングを張り、その範囲内にいたISはシールドバリアー発生機能が一時的に阻害(そがい)されたとのことです」

 

 腕を組んで少し考えたあと、千冬は再び口を開いた。

 

「そのシールドバリアー妨害機能だが、政府には内密にしておけ。このような技術が世に出回れば、ISを使った戦争が現実に起きかねん」

 

「分かりました。この残骸はどうしますか?」

 

「部品レベルにまで分解した上で、完全に処分しろ」

 

 短く言い切ってから、千冬はまた思考する。

 

「(こんなことができるのは、私の知る限り2人しかいない……)」

 

 1人目・ISの生みの親にして古くからの親友――は、すぐさま候補から除外する。

 あいつは確かに変わり者だが、例え悪ふざけであったとしても決してこのようなことをやる奴ではない。

 ……だとすれば、残る候補は1人しかいない。いや、(はな)から分かっていたはずだ。

 

「……………」

 

 千冬はその人物の顔を思い浮かべて苦々しい表情を浮かべる。

 奴ならやりかねない。あの男は自分以外を実験対象(モルモット)としか見ていない。『作品』という名の兵器が物を壊し、人を殺すことに愉悦(ゆえつ)を感じるような、根っからの異常者だ。

 

「織斑先生……」

 

「っ! あ、あぁ、どうした?」

 

「顔色が優れないようだったので。大丈夫ですか……?」

 

 真耶の言葉に思わずキョトンとしてしまう。どうやら表情に出してしまっていたらしい。

 千冬は「しまった……」と心の中で呟いて、それから真耶の不安げな表情に対してわざと明るく答えた。

 

「おいおい、そんな顔をするな。ちょっと考え事をしていただけだ」

 

「そうですか……。あまり無理なさらないでくださいね」

 

「分かっているさ」

 

 だがしかし。

 

「(また同じようなことを奴が(たくら)んでいるのであれば、その時は……)」

 

 ――例え命を()けてでも、この学園を守ってみせる。

 

 ▽

 

「……肉が食いたい」

 

 学園襲撃事件から一夜が明け、俺は医療室のベッドでそんなことをボヤいていた。

 

「ちくしょー、血が足りないせいか?」

 

 どうにも今朝から肉料理への欲求がすさまじい。何というか、本能的に体が鉄分を欲しているのだ。

 ちなみに今日の朝飯は消化のいい煮物料理だった。美味しくはあったんだが、やはり俺には物足りない。

 

「(入院生活でなけりゃ、学食で(あぶら)がのった厚切りステーキにかぶりついていたんだが……)」

 

 診察によると、全身に10箇所の打撲と左肩にヒビ、右足に火傷(やけど)、左(ほほ)に切り傷、そして腹部には深めの刺創(しそう)を食らっていた。

 (さいわ)いなことに内臓などの重要器官はギリギリ外れていたそうだが、放っておけば失血死していたらしい。

 まあ、入院させられるのは自然な流れだ。

 

「(むしろ、昨日の今日でまともに腹を空かせている方がおかしいのかもな。ははっ、はぁ……)」

 

 コンコン

 

「失礼します!」

 

 ドアのノックが聞こえて、人が入ってくる。

 

「ああ、おはようございます。山田先生」

 

「はい、おはようございます!」

 

 入って来たのは山田先生だった。今日はえらく機嫌がいいように見えるが、目の下の(くま)が寝不足であることを物語っている。

 機嫌がいい、というよりは眠気を通り越してハイテンションになってるのか。

 

「あれからお加減はいかがですか?」

 

「そうですね……体に悪そうな物をたらふく食べたい気分、ですかね?」

 

「その気持ち分かります。病院食って味気ないというか、ちょっと物足りないですもんね」

 

 そう、そうなんだよなぁ。さすが山田先生、話の分かるお方だ。

 

「ところで、先生は何かご用事があって医療室( ここ

)へ?」

 

「あっ、そうでした。ホーキンスくん!」

 

「はい」

 

「取り調べです!」

 

「……はい?」

 

 ちょっと待ってくれ。今、取り調べって言われなかったか?

 

「えっと……自分に何か容疑がかけられているんですか?」

 

「? いえ、昨日の戦闘に関わった専用機持ちへの聞き取り調査ですが……」

 

 なんだ、そういうことか。身に覚えのない容疑で拘束されるのかと思ってヒヤヒヤしたじゃないか。

 

「分かりました。何時からですか?」

 

「今から15分後に生徒指導室で始めます」

 

 15分? こりゃ少し急がないとな。

 一応自力で歩けはするが、今の状態で生徒指導室まで歩くとなると少しかかる。

 

「あ、無理に急がなくても大丈夫ですよ。ゆっくりご自身のペースで歩いてくださいね」

 

 おぉう、まさか山田先生もエスパーだったとは知らなかったぜ。

 

「あはは……では、そうさせていただきます」

 

「じゃあ、ホーキンスくん。先生は他の方々にも伝えに行くので失礼しますね」

 

 用件を終えた山田先生は、タッタッタッと(せわ)しなく走り去って行った。

 さて、まずは着替えるか。これがまだ一苦労なんだよなぁ。

 

「ま、ボヤいても仕方ないか」

 

 と、ベッドから出たところで、またコンコンとドアがノックされた。

 ん? 何か伝え忘れだろうか?

 

「山田先生?」

 

「し、失礼する……」

 

 ドアを開けて入ってきたのは山田先生ではなく、なんとラウラだった。

 

「お、おぉ。ラウラじゃないか。ど、どうした?」

 

「う、うむ。……これから昨日の件で専用機持ちへの事情聴取があるのは知っているか?」

 

 俺もラウラも、昨日の出来事が出来事だけにお互い会話がぎこちなく、辺りに気まずい雰囲気が流れる。

 

「ああ。その話ならさっき山田先生から聞いたが、それがどうかしたのか?」

 

「まあ、なんだ……。1人で行くのも(つら)かろうと思って、な……」

 

 え? ということは、つまりラウラがここへ来たのは……。

 

「わざわざ迎えに来てくれたのか?」

 

「……………」

 

 どうやら当たりだったらしい。ラウラは(ほほ)を桜色に染めながら(かす)かにうなずいた。

 そんな彼女の優しさがたまらなく嬉しくて、つい「ふふっ」と笑みをこぼしてしまう。そのおかげかは知らないが、さっきまでの緊張も少し(ほぐ)れたような気がした。

 

「ラウラ」

 

「な、何だ?」

 

「ありがとな」

 

「ッ~~~!?」

 

 ボフンッ! と何かが爆発して、ラウラの顔がみるみるリンゴのように赤くなっていく。

 なんだ? まだ面と向かって礼を言われ慣れていなかったのか?

 

「い、いいからさっさと準備しろ!」

 

「(でも、そこもまたラウラの可愛い所なんだよなぁ)」

 

 と、そんなことを考えて独り惚気(のろけ)る俺だったが、山田先生が来てからすでに時間は5分も進んでいた。

 おっと、こりゃマズイ。

 

「それじゃあ上着羽織(はお)るから、少し待っててくれ」

 

 そうラウラに告げて、サイドテーブルに置かれた上着を引っ掴んで患者服の上から羽織る。

 

「待たせたな。じゃあ、行くか」

 

ま、まったくっ。狙ってやっているのか、こいつは……

 

「? 何か言ったか?」

 

「な、何でもない! 早く行くぞ!」

 

「はいはい。分かったから、そう()かさんでくれ」

 

 いつもよりゆっくりとしたペースで、俺とラウラは生徒指導室へ向けて歩を進めるのであった。

 

 



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64話 学園の良心? まあ、いい奴だったよ

「で?」

 

「っ…………」

 

 放課後の学食、そのカフェテラスエリアで、鈴がジロッと簪をにらむ。

 意味も分からず連れて来られて、さらにこの仕打ち。自身の人見知りな性格も手伝って、簪はビクッと身をすくませた。

 

「(なんで……私が、こんな目に……)」

 

 ちなみにそこにいるのは鈴だけでなく、箒にセシリア、シャルロットにラウラといった面々も一緒である。

 これでウィリアムと一夏を加えれば見事に1年の専用機持ち全員が揃うことになる。その数8人、つまりはIS8機。それは世界有数の軍事国家をも相手取れるだけの戦力であった。

 

「まあまあまあ、鈴。落ち着いて、ね。ほら、簪さん、怯えちゃってるし」

 

 シャルロットが持ち前の優しさで全員をなだめながら席を立つ。

 

「……シャルロット、そういうお前こそ顔色が険しいぞ」

 

 コーヒーを飲みながら、さっきまで傍観(ぼうかん)の立場を取っていたラウラが呆れたように口を開いた。

 その様子はずいぶんと落ち着き払っているが、実際ラウラ自身にはあまり関係の無い話なので、コーヒーを一口すすってまた静観に戻る。

 

「……うん。確かにラウラの言う通りだったね。ごめんね、簪さん。あ、これ、オレンジジュース。どうぞ。(のど)渇いたでしょ?」

 

 怯えた上目遣いでシャルロットを見る簪。そんな視線に対して、シャルロットはニッコリと微笑んだ。

 

「(こ、この人は、大丈夫……なのかな……?)」

 

 そう思ってオレンジジュースを口にする。

 それが二口ほど喉を通ってから、シャルロットは笑顔のまま簪に訊いた。

 

「それで、実際どうなのかな?」

 

 ニ ッ コ リ ★

 

「……………?」

 

 いまいち質問の意図が分からず、ぎこちない笑みを返しながら首をひねる簪。

 

「(シャルロット……)」

 

 小さくラウラが、はぁ……と溜め息をついたところで、()れた箒とセシリアがテーブルを同時に叩いて立ち上がった。

 

「だ、だっ、だからだなっ! い、いい、一夏と、だなっ!」

 

「つつつつっ、付き合ってますの!?」

 

「ッ――!?」

 

 いきなりのとんでもない質問に、簪はパチクリと(まばた)きをして一呼吸。そのあとでボッと真っ赤になった。

 

「わ、私と一夏は……そういうのじゃ……」

 

「『一夏』ぁ?」

 

 鈴が(いぶか)しげに聞き返す。

 

「(何よ、こいつ。どういうつもりよ。いきなり呼び捨てとか馴れ馴れしいんじゃないの? ……って、あれ? あたしもそうだっけ? ……ま、まあ、そのことはいいわ。うん)」

 

 一瞬で沸騰してから、一瞬で常温まで下がる。

 そしてまた、4人の視線が一斉に突き刺さり、少女はしおしおと小さくしぼんでいく。

 (わら)にもすがる思いでラウラに視線を向けるが、当の本人は「ウィルが()れるコーヒーの方が私の口には合っているな」などと呟いていた。……うん、頼めそうにない。

 

「そ、それは……その……ゴニョゴニョ……。希望がないわけじゃ、ないけど……。とにかく、そういうのじゃ……」

 

 ただでさえ小さい簪の声は、4人のプレッシャーでますますボリュームが絞られていく。

 最後の方はもう何を言っているのか聞き取れなかったが、顔を赤らめてうつむきながら指をいじる仕草を見て4人は確信した。

『ああ、ライバルだな』――と。

 

「……………」

 

 簪はガラス越しにトントンとつつかれた小動物のように小さくなってしまった。

 一夏と付き合っているわけではないと分かった4人は、今度は今度で目の前の簪が可哀想になって、慌てて取り(つくろ)った。

 

「あ、ああっ。更識……さん?」

 

「か、簪で……いい……」

 

 オドオドと箒が訊いて、同じくらいオドオドと簪が返す。

 

「じゃ、じゃあ、あたしらも名前呼び捨てでいいから」

 

「う、うん……」

 

 きっぱりと言い放つ鈴に、簪も少しだけはっきりとした声で答える。

 

「し、しかし、あれですわね。いきなりカフェまで連行とは、エレガントではありませんでしたわね」

 

「び、びっくり、した……」

 

 ぎこちない笑みを浮かべるセシリアに、簪も気を遣わせて悪いなと思いながら不器用な笑みを見せる。

 

「えー、えっと。ジュース、もう1杯飲む?」

 

「だ、大丈夫……」

 

 メニューを差し出したシャルロットを、簪は小さく手を横に振って制する。

 

「こいつらは一夏のことになると暴走を始めるが、(みな)いい奴らだ。そう怖じ気づくことはない」

 

「う、うん。ありがとう……」

 

 一度コーヒーカップを置くラウラの言葉に、簪はコクンコクンと2度うなずいた。

 

「「「ふぅ……」」」

 

 6人が6人とも、ちょうど同じタイミングで息をはく。

 それが全員お互いに意外だったようで、顔を見合わせてから1秒おいて、プッと吹き出した。

 

「なんか、変なの」

 

 シャルロットが切りのいいところでそう言って、簪に手を差し出す。

 

「これからよろしくね」

 

「う、うん……。こちらこそ……」

 

 握手をしている2人を眺めながら、他の4人もウンウンとうなずく。

 こうして、抱えた問題は1つ解決し、新たな絆が1つ増えたのだった。

 

 ……

 ………

 …………

 

「さて、じゃあ次の話に移るわよ」

 

 話はこれでおしまいかと思いきや、突然の鈴の言葉にラウラと簪が首をかしげる。

 そして、その声を合図に箒にセシリア、シャルロットの視線がラウラへと注がれた。

 

「? 私がどうしたというのだ?」

 

 状況についていけずそう訊ねるラウラへ、さらに鈴が言葉を続ける。

 

「率直に訊くけどさあ、アンタとウィル、なんかあったでしょ」

 

 ブフゥッ! と思わずコーヒーを吹くラウラ。

 何かあったのかと訊かれれば、もちろんあった。ウィリアムから愛の告白をされるという大事件が。

 

「その反応、当たりみたいね」

 

「ゲホッ、ゲホッ。な、ななな、何を言い出すかと思えば、いったいどこに根拠がある!」

 

 先ほどまでの落ち着き払った様子から一転、ラウラは盛大に取り乱す。

 もう、思いっきり『隠し事してます』と周りに告げているも同然だった。

 

「んー、なんて言うのかしらねぇ」

 

「先日の学園襲撃事件から、2人の距離感が以前にも増して近くなったように見えるというか……」

 

「はっきり言って、恋人同士のそれにしか見えないというか……」

 

「むしろ、あれで今までお付き合いすらしていないのが不思議でなりませんが……」

 

 箒、シャルロット、セシリアの順で述べていき、それから全員の目がキュピーンと妖しく光る。

 猛烈に嫌な予感がする。例えばそう、まるでこれから尋問(じんもん)を受けるかのような。

 

「それで~? アンタとあいつに何があったのよ?」

 

 ニヤニヤと好奇の視線を向けながら訊いてくる鈴にたじろいだラウラが、席を立とうと腰を浮かす。

 ――が、しかし、その両肩に背後からポンと手を置かれたことで逃走は阻止された。

 

「しゃ、シャルロットっ……!?」

 

「僕もちょっと気になるかなーって♪」

 

 いつの間にか背後に移動していたシャルロットに、優しく席へ戻される。

 

「わ、私も……後学のために、聞いておきたい……!」

 

 とうとう簪まで加わり、ラウラは四面楚歌(しめんそか)となってしまった。

 

「諦めろ、ラウラ。こうなったらこいつらは梃子(てこ)でも動かんぞ。……それに、私も少し気になるしな」

 

「さあさあさあ、全部吐くまで帰さないわよ~?」

 

「う、うぅ……!」

 

 ガールズトークに花を咲かせる10代乙女はもう止められない。

 一瞬で周りを囲まれてしまったラウラは、背中に冷たいものが伝うのを感じた。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ、絶体絶命。

 

 ▽

 

「ぅいっきしっ! あ゛~……」

 

 IS学園の医療室に大きなくしゃみが響く。

 

「なんだ、風邪か? ほい、ティッシュ」

 

「サンクス」

 

 ティッシュ箱を一夏から受け取り、俺はそこからペーパーを1枚取り出して鼻をかんだ。

 

「ふぅ。――風邪ではないだろ。鼻詰まりとかもないしな」

 

「そっか。あ、ひょっとして誰かがウィルのこと(うわさ)してたりしてな」

 

「さあな。部屋に(ほこり)が舞ってるだけじゃないか?」

 

「――失礼ね。部屋の掃除は毎日してるわよ」

 

 ガチャッ、とドアが開き、中から出てきた白衣の女性が話に割って入ってくる。

 

「うげっ……」

 

 俺はその白衣のドクターと、彼女が右手に持つ物を見て思わず顔をしかめた。

 現在の俺は入院患者の身。治療には医療用ナノマシンを用いた活性化再生治療が行われるのだが、これがまた結構キツかった。

 ナノマシン治療の原理は代謝を(うなが)すことでその傷の治りを速めるというものだが、その間は猛烈に腹が空くし、傷口はかゆくなるし、何よりナノマシンを入れ替えるたびに注射を刺さなければいけない。

 

「ほら、そんな顔しない。これも君の傷を治すためなんだから」

 

「分かっています。分かってはいますが……!」

 

「うわっ、なんだその注射器!? 針太すぎだろ!」

 

 そう、今一夏が言ったようにこの専用注射器は針の太さが並みの倍以上あるのだった。

 

「じょ、錠剤タイプとかは無いんですか……?」

 

「あったら苦労しないわよ。さっ、腕を出しなさい」

 

「はい……」

 

 これ以上抵抗しても無駄なのは分かりきっているので、俺は大人しくドクターに右腕を差し出す。

 

「はーい、そんなに(りき)んだら針が刺さらないわよー」

 

 バカデカイ注射器の先端が、俺の静脈へと狙いを定める。

 

「それじゃ、ちょっとチクッとするわよー」

 

 ブスッ……

 

「ッ~~~!?!? っでえぇぇぇぇ!!?」

 

 唯一の救いは、このドクターが1発で静脈に刺してくれる腕前の持ち主だったことだろう。それでも痛いことに変わりはないが。

 

「チキショー……! 注射なんて嫌いだ……!」

 

「あはは……。お疲れ、ウィル」

 

 ▽

 

 数日後、朝6時半。部屋にはカーテン越しに朝日が差し込んでいる。

 その部屋で、イスに腰かけてモーニング・ルーチンのコーヒーを熱そうにすするウィリアムがいた。

 

「ふぅ、やっぱり自分の部屋が一番落ち着くな」

 

 周囲を軽く見回しながら呟く。

 活性化再生治療によって早くに入院生活を終えたウィリアムは、つい昨日自室に戻ってきたばかりだった。

 

「んん……」

 

「? 起きたか」

 

 同居人の声に、ウィリアムはコーヒーを飲む手を止める。

 まだ眠たそうに目をこすりながら半身を起こす彼女の名は、ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツの代表候補生にして特殊部隊の隊長をも務める実力者。

 そして――

 

「おはよう、ラウラ」

 

「ああ。おはよう、ウィル」

 

 ――ウィリアムの恋人。

 しかし、恋人同士となったこの2人に特に大きな変化というものは起きなかった。

 いつも通りの生活。ただ唯一変わったことを挙げるとするならば、2人の距離感がさらに縮まったことくらいか。

 

「ははっ、まだかなり眠たそうだな。ほら、早く顔洗ってこい。その間にコーヒー()れといてやるから」

 

「うむ。――今日は少し濃いめで頼む」

 

「はいよ」

 

 まるで夫婦のようなやり取り。――(いな)、もはや完全に夫婦のやり取りである。

 こうして今日も2人で『おはよう』を言い合って、1日は始まるのであった。

 

 ▽

 

「「……………」」

 

 更衣室で制服から体操服に着替えながら、俺と一夏は無言だった。

 今日はこれから身体測定で、着替えたらすぐ1組に戻らなくてはならない。

 

「……一夏、着替えたか?」

 

「……ああ」

 

「……腹はくくったか?」

 

「……ああ。……いや、やっぱまだだ」

 

「だろうな。俺もだ」

 

 1つだけ、問題がある。

 それは、俺と一夏がなぜか身体測定係に選ばれているということだ。

 な・ぜ・か! 『体位』測定係だということだッ!!

 

『うふふ』

 

 ファック(クソッタレ)……! あの鬼畜生徒会長の笑みが脳裏に浮かぶぜ……!

 

「(考えても見ろ。『体位』って言ったらつまり、スリーサイズだぞ? 何をトチ狂ったら許可するんだよ、IS学園!)」

 

 俺達は1組の教室で2人、イスに座ってその時を待っていた。

 すると――

 

「ああ、すみません。織斑くん、ホーキンスくん。ちょっと書類を集めるのに遅れちゃって」

 

「えっ!? 山田先生!?」

「や、山田先生……!?」

 

 声を弾ませて教室に入って来たのは、我らが副担任・山田先生だった。

 

「あ! もしかして、山田先生が測定係ですか!?」

 

「た、助かった! やっぱりこの学園にも良心は残っていたか!」

 

「はいっ。私がバッチリ記録します」

 

「……ん?」

「……Huh?( え? )

 

「はい? 私、記録係ですよ?」

 

 学園の良心は死んだ。

 

「な、な、な……なにかんがえてるんだぁぁぁぁぁ、この学園ッ!!」

 

「チキショォォォォォ!! これを許可したバカどもをぶん殴ってやるぅぅぅぅぅ!!」

 

 俺達の絶叫も(むな)しく、早速1組の女子達がガヤガヤと教室に入ってきた。

 

「あー! 織斑くんとホーキンスくんだ!」

 

「ほ、本当に2人が測定係なの?」

 

「ええええ、うそうそっ!? 私、昨日ご飯おかわりしちゃったのに!」

 

「やっほー。おりむ~、ホーくん~。へへー、たっちゃんさんの秘策炸裂だね~」

 

 俺は今ほどあの人を炸裂させてやりたいと思ったことはない。……ケケケ、いつか頭上に爆弾の雨を降らせてやるぜ……!

 

「はーい、皆さん、お静かに~。これからする測定ではISスーツのための厳密な測定ですから、体に余計なものは着けないでくださいねー」

 

 山田先生が楽しそうに告げるが、俺達はちっとも楽しくない。それどころか死刑宣告も同然だった。

 

「体操服はもちろん脱いで、下着姿になってくださいねー」

 

(社会的に)ハイ死ンダー!

 ……一瞬だけ、MP40短機関銃をフルオート射撃されて崩れ落ちるシーンが脳裏に浮かんだのはなぜだろう?

 

「あ、1人ずつ隣のスペーサーに入って脱いで、測定して、服を着る、の流れですから、他の人に下着姿は見えませんよー」

 

「山田先生に見えるじゃないですか!?」

 

「それ、まったく意味ないですよね!?」

 

「私はホラ、このカーテンの奥にいますから、数字だけ言ってもらえば大丈夫です」

 

 ピキピキ……プチンッと、頭の中でそんな音を聞いた気がした。

 

「……汚しやがって」

 

「ウィル……!?」

 

「分からんか! 楯無先輩( ヤツ )は土足で踏みにじりやがった!! 新品のシーツのように真っ白な俺達の純情(じゅんじょう)をッ!!」

 

「そ、そうだ……。これは全部楯無さんの悪ふざけが原因なんだ……!」

 

 その通りだ、一夏。俺達だって怒る時は怒るってことを思い知らせてやろうぜ!

 

「我々は現時刻をもって体位測定係より離脱する!」

 

邪知暴虐(じゃちぼうぎゃく)の生徒会長に正義の鉄槌(てっつい)を!」

 

 意気揚々(いきようよう)とプチ・クーデターを起こそうとする俺達にまず慌てたのは山田先生だった。

 

「だ、ダメですよ2人とも! 勝手に離れたら測定が……」

 

「俺達が楯無先輩にいじられ続けた2ヶ月間! それ以外を忍耐と呼ぶことは俺が許さん!!」

 

「おおおおお!!」

 

「「今こそIS学園男子生徒に救済をッ!!」」

 

 俺は、俺達は、もう、激怒とか、そういう次元じゃなく、おかしくなっていた。

 

「何を騒いでいるんだ、貴様らは」

 

「! その声、千冬ね――ぐえ!」

 

「うわっ、暴君――ごふぅ!?」

 

「織斑先生だ」

 

 一夏は首筋に32度の鋭いチョップを、俺は頭にキツめの拳骨をそれぞれ食らう。お、俺もチョップの方がよかった……威力的な意味で。

 

「貴様らは人に任された仕事も満足にできんのか」

 

「いや、これは明らかに違う! はめられたんだ!」

 

「先生は自分達に死んでこいと言うんですか!?」

 

「情けない……これが男のセリフか」

 

「ぐっ……!」

「言ってくれますね……!」

 

「『やってやるぜ!』くらいがどうして言えん。ホーキンスも、空での貴様はどこへ行った?」

 

 ――イエス・ミス、織斑先生!!

 

「よっしゃあ! やったろうぜえ!!」

「やあってやるぜえええええ!!」

 

 俺達の中で内なる獣が目覚めた。

 

「そうか。ではせいぜい頑張ることだ」

 

「えっ? えっ? あれっ?」

 

「……あっ、もしかして、はめられた?」

 

「や る の だ ろ う ?」

 

「は、ぃ……」

「い、イエス・ミス……」

 

 ギロリとにらまれてはもう何も言い返せない。俺達はもう、死神の(かま)からは逃げられない運命なのか。

 

「そんな絶望的な顔をするな。そら、目隠しだ」

 

「――おお!」

「こ、これは……!」

 

 なんという救済アイテム。さすが織斑先生! あなたの生徒で本当によかった!

 

「ではな」

 

 颯爽(さっそう)と立ち去る織斑先生の背中を見送って、俺達は敬礼する。

 ありがとう、織斑先生。ありがとう、我らが偉大な1組担任。

 

「(さて、それじゃあ目隠しするか……)」

 

 ――ギュッ

 

「って、スケスケじゃねええかああああああっ!!」

「なぁんじゃこりゃああああああああっ!!?」

 

 廊下で織斑先生の大爆笑が聞こえた。

 

「(お、おのれぇ、どいつもこいつも……!)」

 

 とにもかくにも、俺達にはもうどうすることもできない。撤退(てったい)は不可能、ならばやることは1つだ。

 

「スゥ……フゥ……」

 

 深呼吸を済ませた直後、カーテンが開いて1人目の女子が入ってきた。

 ――ウォーバード・ワン、測定開始(エンゲージ)

 

 ……

 ………

 …………

 

「お、終わったぁ……」

 

 なんとか3人目(・・・)まで測定を終えた俺は、イスの背もたれに身を沈めてグッタリしていた。

 ……こんな調子で続きも耐えられるだろうか?

 なにせ、たった3人測定するだけでこのザマだ。まだまだ後続は控えているし、精神がゴリゴリ削られていくのが感覚で分かる。

 

「……………」

 

 ちなみに隣で同じく測定をしていた一夏はというと、1人目を終えることなく早々にリタイアした。

 なんでも心眼だとか第3の(ひとみ)だとかで目を閉じて測定した結果、女子の胸をガッツリ触ってラヴァーズの逆鱗(げきりん)に触れたらしい。

 で、そうなると残された女子は全て俺の方に回ってくることになるわけで。……何してくれちゃってんの? あいつ。

 

「はぁ~。次どうぞー」

 

 ボーっとしていてもどうにもならないので、俺はまったく気は進まないが次の女子に声をかける。

 

「出席番号25番、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「……ぽへ?」

 

 おい待てい。今ラウラ・ボーデヴィッヒって言ったか? 言ったよな?

 そうだ、そうだよ。ラウラだって同じクラスなんだから測定は1組でやるよな、うん! 完全に頭から抜けてたわ!

 

「は、入るぞ……」

 

 シャーっとカーテンが開き、測定場所にラウラが入ってくる。

 

「なぁっ……!?」

 

「あまりジロジロ見るな。馬鹿者……」

 

 そう言って小さく身をよじらせるラウラは、当然のごとく下着――ブラとショーツだけの姿だった。

 上下ともに薄桃色をしたそれは、ちょっとしたアクセントに花を想わせるような刺繍(ししゅう)がされている。

 

「……………」

 

 控え目に言って滅茶苦茶(めちゃくちゃ)エロかった。それはもう、ほんの少し気を抜くだけでマスターアーム(意味深)がオンになってしまいそうなくらいには。

 

「お、おいっ、いつまで(ほう)けているつもりだっ……!」

 

「ハッ!? あぁ、いや、スマン」

 

 ラウラに声をかけられたことで、ようやく正気に戻る。

 きっと、さっきまでの俺はとんでもない間抜けヅラを(さら)していたことだろう。

 

「そ、それじゃあ、上から順に測るぞ……?」

 

「う、む……」

 

 まずはバストから。

 俺はおっかなびっくりラウラの胸にメジャーを回していった。

 

「ん……」

 

 くすぐったかったのか、手が触れた瞬間、ラウラが小さく身を跳ねさせる。

 華奢(きゃしゃ)な身体は少し力加減を誤れば簡単に壊れてしまいそうで、俺の手はプルプルと震えていた。

 

「ぁ、んっ……」

 

「(集中、集中、これは仕事だ……)」

 

 ラウラの口から時折漏れる(あで)やかな声に思わず意識を持って行かれそうになる。

 おい、ラウラ。頼むからその扇情的(せんじょうてき)な声を抑えてくれ。

 

「んぁっ……ぁふっ……」

 

「(これは作業……! コレハ作業……! コレハサギョー……!)」

 

 頭の中で暗示を(とな)えながら作業を続けようとした、その時だった。

 

「(……なんか、鼻の奥が水っぽいような……)」

 

 ポタッ……。液体らしき何かが鼻から垂れ落ちた。

 

「ぁ?」

 

 ポタタッ……。まただ。今度は続けざまに3(てき)。それに妙に鉄っぽい(にお)いもする。

 

「う、ウィル!?」

 

 なんだよ、ラウラ。そんな驚いた顔して。それより次はウエストを……測らないと……。

 

「お、おかしいな……」

 

 身体が……どうにも……動かん……。

 

 ドサッ……

 

 いよいよ立つことすらままならなくなってきた俺は、その場に尻もちをついてしまった。

 

「お、おい! ウィル、しっかりしろ!」

 

 慌てたラウラが俺の状態を確認しようと、しゃがんで間近で顔を覗き込んでくる。

 ああ、やっぱりラウラって美人だよなぁ。顔立ち整ってるし、銀髪もきれいだし……おまけに……肌も白くて……。

 

「衛生兵! 衛生兵~~~~~!!」

 

 そんなラウラの声を最後に聞いて、俺の意識はプツリと途絶えるのであった。

 

 



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65話 俺の彼女がSな件

 数日後、1学年合同IS実習。

 グラウンドには1年生全員が整列していて、いつものように千冬が腕組みをして立っていた。

 

「織斑、ホーキンス、篠ノ之、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、(ファン)、更識! 前に出ろ!」

 

 授業開始早々、専用機持ち全員が千冬に呼び出された。

 

「先日の襲撃事件で、お前達のISは全て深刻なダメージを負っている。自己修復のため、当分の間ISの使用を禁止する」

 

「「「はいっ!」」」

 

 さすがにそのことは言われなくても分かっているため、全員が(よど)みのない返事をする。

 しかし、ウィリアムだけは何やら言いたいことがあるらしく、「先生」と千冬に呼び掛けた。

 

「何だ?」

 

「自分のISはつい先日、日本駐在の米軍基地にて修復を受けてきたのですが」

 

「知っている。だが、念のためだ。しばらくの間はISの展開使用は控えておけ」

 

「イエス・ミス」

 

 千冬の言葉にウィリアムはコクリとうなずいて返事をした。

 

「さて、そこでだが……山田先生」

 

「はい! 皆さん、こちらに注目してくださーい」

 

 そう言って真耶が千冬の後ろに並んでいるコンテナの前で、「ご覧あれ!」とばかりに手を開いて挙げる。

 グラウンドに集合した時から、1年生全員が何だろう? と思っていたものなので、やっとのお披露目(おひろめ)に生徒がザワザワと騒ぎ出す。この、隙あらばおしゃべりを始める辺りが、10代乙女の特権だろうか?

 

「何だろ、あれ?」

 

「もしかして、新しいISだったり!?」

 

「えー? それならコンテナじゃなくてISハンガーでしょ?」

 

「何かな何かな? お菓子? お菓子かなぁ!」

 

 ……最後は言わずもがな、のほほんさんの言葉だった。

 

「静かに! ……ったく、お前達は口を閉じていられないのか。山田先生、開けてください」

 

「はい! それでは、オープン・セサミ!」

 

 真耶の掛け声の意味がいまいち分からなかった1年生がキョトンとする。

 

「(開けゴマ(オープン・セサミ)とは、また古いネタを……)」

 

 と、心の中で呟くウィリアム。

 しかし、その古いネタを瞬時に理解できてしまう辺り、彼も大概(たいがい)なのだが。

 シーンと静まり返る生徒達を見て、わずかに涙ぐみながら、真耶はリモコンのスイッチを押した。

 

「うう、世代差って残酷ですね……」

 

 内部駆動機構を備えたコンテナは、ウイィィィン……とモーターの音を響かせながら、その重厚な金属壁を開放していく。

 

「こ、これは……」

 

 驚いた一夏が声を上げた。

 

「……何ですか?」

 

 スパーン! 毎度お馴染み、千冬の出席簿アタックが炸裂する。

 

「(なんてベタでアホな反応をするんだ、お前という奴は……)」

 

 痛む頭を押さえる一夏にジト目を送っていたウィリアムは、改めてコンテナに視線をやる。中から現れたのは、金属製のアーマーのようなものだった。

 

「教官、これはもしや――」

 

「織斑先生と呼べ」

 

 ラウラはそのアーマーに見覚えがあったのか、ついついドイツ軍時代の呼び方をしてしまい、千冬に軽く睨まれる。

 敬愛している千冬にキツい表情をされて、ラウラはついつい怯んで口を閉ざした。

 

「……ボーデヴィッヒ、これの説明をしてみせろ」

 

「は、はい。これは現在、国連が開発中の外骨格攻性機動装甲、通称『EOS(イオス)』だ」

 

「「「イオス……?」」」

 

Extended(エクステンデッド) Operation(オペーレーション) Seeker(シーカー)、略してEOSだ。その目的は災害時の救助支援から、平和維持活動など、様々な運用を想定している。――が、まだ研究途中の機体であり、実用化の目処(めど)は立っていない」

 

「上出来だ。もういいぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 千冬に褒められたのが嬉しかったのか、ついさっきまでとは打って変わってラウラの表情は明るくなった。

 

「あの、織斑先生。これをどうしろと……?」

 

 箒が恐る恐る訊ねる。

 そうすると、返ってきたのは至ってシンプルな言葉だった。

 

「乗れ」

 

「「「えっ……!?」」」

 

 男子2人+女子6人が揃って口を開ける。

 

「2度は言わんぞ。これらの実稼働データを提出するようにと学園上層部に通達があった。お前達の専用機はどうせ今は使えないのだから、レポートに協力しろ」

 

「「「は、はぁ……」」」

 

 わけも分からぬまま、取り合えず何となくの返事でうなずく8人。

 その後ろに移動した真耶は、その他の一般生徒達にパンパンと手を叩いて指示を始めた。

 

「はーい。皆さんはグループを作って訓練機の模擬戦を始めますよー。格納庫から運んできてくださいね~」

 

 どうやらEOSの性能を見たかったらしい多くの女子生徒は「ええーっ」と声を上げるが、千冬の一睨みで即座に運搬作業に取りかかる。

 さて、どうしたものかと考えている専用機持ち8人の頭を順番に叩いて、千冬は行動を促した。

 

「早くしろ、馬鹿ども。時間は限られているんだぞ。それとも何か? お前達はいきなりこいつを乗りこなせるのか?」

 

「お、お言葉ですが織斑先生。代表候補生であるわたくし達が、この程度の兵器を扱えないはずがありませんわ」

 

 自信満々に言い切ったのはセシリアだった。

 

「ほう。そうか。ではやってみせろ」

 

 ニヤリと唇を吊り上げる千冬にゾクッとした恐怖を感じながら、各々が各機へと乗り込みを始めた。

 

 ……

 ………

 …………

 

 ガチリとした、重い金属の動く感触。

 全く自由に動かない四肢に、自然と眉間にシワが寄る。

 

「くっ、このっ……!」

 

「こ、これは……」

 

「お、重い……ですわ……」

 

「うへえ、ウソでしょ……」

 

「う、動かしづらい……」

 

 一夏、箒、セシリア、鈴、シャルロット。その全員が、EOSの扱いに困り果てていた。

 なにせ、重いのである。

 もちろん、総重量ならISの方が上だが、あちらにはPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)という反重力システムが搭載されている上に、各部に搭載された補助駆動装置、それにパワーアシストなどの恩恵から、ほとんど重量を感じることなく扱える。

 それに対して、EOSは一言で言ってしまえば金属の(かたまり)だ。

 補助駆動装置は積んでいるものの、そのレベルはISより遥かに低い。

 しかも、エネルギーの運用関係上、常時オンにしておけるものではない。

 さらにはダイレクト・モーション・システムにより、操縦者の肉体動作の先回りをして動くISとは異なり、全ての動きは操縦者の動作のあとになる。

 (きわ)めつけは背中に搭載された巨大なボックスだ。次世代型PPB(ポータブル・プラズマ・バッテリー)と呼ばれるそれは、単重量だけで30キロを超す。

 それほどの重量がありながら、EOSのフル稼働では十数分程度しか保たない。

 いかにISが優れた装備であるかを、今更ながらに実感するハメになった。

 

「よっこらしょ。おぉ、確かにこいつは重いな……」

 

「ふむ……」

 

 しかし、その一方でEOSを装備しながらもウィリアムはまだ余裕そうにしており、ラウラは黙々と各部の感触を確かめていた。

 

「お前、どんな筋力してんだよ……」

 

 EOSを装備して立つだけでも一苦労の一夏が、とんでもないモノを見るような目を向けながらウィリアムに声をかける。

 

「いやいや、お前さんがヒョロいだけだろ。この前の筋トレ、ベンチプレスの70キロを上げるだけでヒーヒー言ってたじゃねえか」

 

「……じゃあ、普通に100キロ上げてたウィルはゴリラだな」

 

「はっはっはっ。なんか言ったか、この野郎」

 

「ひぃっ!?」

 

 ニッコリ笑顔を浮かべるウィリアムに一夏は顔を引きつらせた。

 

「それではEOSによる模擬戦を開始する。なお、防御能力は装甲のみのため、基本的に生身は攻撃するな。射撃武器はペイント弾だが、当たるとそれなりに痛いぞ」

 

 千冬がパンパンと手を叩いて仕切る。それからすぐに響いた「始め!」の声と同時に、ウィリアムは脚部ランドローラーを使って未だに操縦に手こずる一夏との間合いを詰めた。

 

「げぇ!?」

 

「はっはーっ! 甘いな一夏ぁ!」

 

 反撃のへなちょこパンチを受け流し、そのまま姿勢を低くして脚を狙ったタックルを食らわせる。

 

「ぐへ!」

 

 一夏が転倒したところに、取り出したEOS用のサブマシンガンを突きつけた。

 

「よお、一夏。さっきは俺が『何』だって?」

 

「ご、ゴリラなんて言ってないです」

 

「ファッキュー」

 

「ま、待っ――」

 

 容赦なくペイント弾を2発撃ち込むウィリアムと、顔を紫のインクまみれにされる一夏。

 2人がそんなやり取りを交わしている間、その背後ではラウラがセシリアに狙いを定めて襲いかかっていた。

 

「もらった!」

 

「そう簡単にはやられませんわよ!」

 

 サブマシンガンを構えてフルオート射撃をするセシリアだったが、その照準はまったく合っていない。

 

「くっ! なんという反動(リコイル)ですの……!」

 

 通常、ISは射撃・格闘を問わず反動を自動で相殺するPICリアクティブ・コントローラーとオートバランサーが搭載されている。しかし、EOSにはそんな便利な機能はないので、それはつまり、全ての行動と反動を生身で制御しなくてはならないということだった。

 

「ああもうっ! 火薬銃というだけでも扱いにくいのに!」

 

 最初こそ戸惑ったものの、セシリアは代表候補生である。当然、生身での戦闘訓練も軍で受けているため、段々と反動制御に慣れが出てきた。

 しかし、ラウラはその上を行っている。完全にセシリアが銃器を使いこなす前に、ジグザグ走行で彼女へと肉薄した。

 

「速いですわね! けれど、この距離なら逆に外しませんわ!」

 

「甘いな」

 

 ()えて一直線の特攻。弾丸は左腕の物理シールドで受けて、そのままセシリアに向かって行った。

 

「!?」

 

「ふっ……」

 

 咄嗟に身構えたセシリアの肩部アーマーを、慣性のままに突き進んだラウラが(てのひら)で叩く。

 

「きゃあっ!?」

 

 バランスを崩し、背中から地面に倒れるセシリア。

 EOSはその重量の関係上、倒れるとなかなか起き上がれない。

 もちろん、そのための背部起立アームは装備されているが、いかんせん起動が遅すぎる。

 体を起こす前に、セシリアはラウラのペイント弾連射を浴びた。

 

「まずは1機!」

 

「ふふん、隙だらけよ!」

 

 ラウラの側面から、ランドローラーの出力を全開にした鈴が突っ込む。

 

「うりゃあ!」

 

 思い切り突き出した外骨格アームの正拳突き。

 しかし、ラウラはその攻撃を受け流すように身をひねってかわす。

 

「あれ?」

 

 そうなると、加速慣性を相殺できない鈴はつまずいてスッ転んだ。

 ドガシャゴガン! と、のっぴきならない音が響く。

 

「さすがラウラだな……」

 

 そんなラウラの戦いを眺めていたウィリアムは、ウンウンとうなずきながら独りごちた。

 

「(考えてもみろ。あんなにカッコよくて、それでいて抜群に可愛い上に人柄も良しときた。仮に俺が女だったとしても絶対()れてたぜ。そんな最高の恋人を持てた俺は幸せ者だな。うん)」

 

 と、模擬戦そっち退けで早速惚気(のろけ)に突入するウィリアム。

 誰か、このアホに効く薬を持って来てくれ。え? そんなもの無い? ……頭にペイント弾でも食らわしたれ。

 

 閑話休題(まあ、そのアホは放っておくとして)

 

「さて、次は……」

 

 ラウラが見つめる先には、箒とシャルロットが並んでいる。

 

「どちらからだ?」

 

「わ、私はあとでいい!」

 

「ぼ、僕も……」

 

 ブルブルと顔を振って、順番を譲り合う箒とシャルロット。

 

「シャルロット、お、お前が行ったらどうだ?」

 

「い、いや、箒こそ」

 

「そう言うな」

 

「遠慮せずに」

 

「「……………」」

 

「じゃあ私から行くぞ!」

 

「ううん、僕が行くよ!」

 

「いや、私が行こう」

 

「「どうぞどうぞどうぞ」」

 

 嗚呼(ああ)、美しき日本文化の美学。

 しかし、最後に名乗りを上げたのはラウラだった。

 

「「えっ?」」

 

 箒とシャルロットは顔を見合わせるが、もう遅い。

 ギュイイイン……! と、重く鋭い音を立てながら、ランドローラーはラウラを前進させる。

 

「く、食らえ!」

「ごめんね、ラウラ!」

 

 2人の即席タッグは、鈴がスッ転んだのを目撃しているせいで、格闘よりも射撃を選んだ。

 けれども、シャルロットはともかく箒は反動制御に失敗して尻餅をついてしまう。

 

「もらった」

 

 当然、そこにペイント弾は降り注ぐ。

 

「痛っ! や、やめろ馬鹿者! いたた! いたたたたっ!」

 

 ラウラは容赦なく残弾全てを箒に叩き込んだあと、空になったサブマシンガンをシャルロットに投げつける。

 

「うわ!?」

 

「悪く思うな」

 

 ザッと、一気に接近したラウラは、防御姿勢を取るシャルロットを両腕でドンッと押した。

 

「わ、わわっ……!」

 

「む。耐えたか」

 

「え、えへへ……」

 

「ではもう1度だ」

 

 ドンッ! 無慈悲なハンドプッシュは2回目も辞さない。

 

「わあっ!?」

 

 セシリアの時と同じく、バターンッと背中から地面にダイブするシャルロット。

 しかし、そこはさすがというか、接地寸前でしっかりと受け身を取っていた。

 

「これで残りは……」

 

 顔を振り向かせたラウラの視線が、未だ脳内お花畑モードのウィリアムを捉える。

 

「最後は私とお前の一騎討ちらしいな」

 

 言いながら、箒が取り落としたサブマシンガンを拾い上げるラウラ。その声にウィリアムはようやく我に返った。

 

「正直、お前さんを撃つのは心苦しいんだが……。是非(ぜひ)もない、か」

 

 サブマシンガンのマガジン残量を確認して、それから射撃モードをフルオートに切り替える。

 

「行くぞ!!」

 

 ランドローラーの出力全開でラウラに向かって突撃した――次の瞬間だった。

 

 ガリガリガリバキキキキキッ!!

 

 ウィリアムのEOSが、ランドローラーに異物を巻き込んで急停止する。

 その異物とは、一夏が転倒した弾みで取り落としたEOS用サブマシンガンだった。

 

「ぬおぉっ!?」

 

 突然の衝撃に前へとつんのめってしまうウィリアム。

 反動で左脚は浮き上がり、右脚1本だけでなんとかバランスを取る。

 

「ぬ、ぐぐぐぐぅっっ……!!」

 

 しかし、それも早速限界を迎えようとしていた。

 筋力に自信のあるウィリアムでも、EOSで片足立ちなど無茶もいいところなのだ。

 

「(な、なんとか体勢を立て直して……!)」

 

「……………」

 

 転倒しないよう片足だけで必死に体を支えるウィリアムの元へと、ラウラはEOSを進ませる。

 そうして気づいた時には、ラウラはウィリアムのすぐ目の前に立っていた。

 

「ハッ!? お、おい、ラウラ。いったい何をするつもりだ……!?」

 

「当てさせてやろう」

 

 ニヤァ……っと、口角をつり上げるラウラ。

 そのサディスティックな笑みにウィリアムはゾクリとした悪寒を感じた。

 

「ま、まさか……!?」

 

「くくっ、察しがいいな。――もっとも、察したところですでに手遅れだが」

 

 ラウラはその手に持った銃を撃つわけでもなく、体術を食らわせるわけでもなく、ただウィリアムの肩部アーマーに手をあてがう。

 

No god!(よせ! やめろ!) No god please no!(頼むからやめてくれ!) No! No!(マジで!)

Noooooooo!!!(やめろォォォォ!!!)

 

「こ・と・わ・る♪」

 

 懇願(こんがん)(むな)しく、トンッと、ラウラは手に少しだけ力を込めて突き出した。

 

「ちょっ、ちょちょちょちょおおぉぉおおぉぉ!!?」

 

 ギギ……ギギギギ……ズガシャーーン!

 

 元より不安定だったEOSは、外部からのわずかな衝撃で今度こそ完全にバランスを崩す。

 必死に手をバタつかせるも無意味に終わり、ウィリアムは背中から地面へと転倒してしまった。

 

「(お、おのれ、このSっ気ましましドイツ軍人娘めぇ……!)」

 

「優秀な戦士とは自分の足元にも注意するものだぞ?」

 

 そう得意げな表情で告げながら、ウィリアムの眉間(みけん)に銃口を向ける。

 

「ちくしょう……。はぁ、分かった。降参だ」

 

 抵抗は無意味と悟ったウィリアムは、溜め息をついてから力なく両手を上げた。

 

「よし、そこまで!」

 

 千冬の声でEOS模擬戦が終了する。

 

「さすがだな、ボーデヴィッヒ」

 

「いえ、これはドイツ軍で教官――織斑先生にご指導いただいた賜物(たまもの)です」

 

 そんな会話を交える2人に、それぞれEOSを装備解除した面々が集う。

 

「ラウラ、このEOSってのを使ったことがあるのか?」

 

「いや、これではないが、似たようなものがドイツ軍に存在したのだ。主に、ISの実験装備の運用試験や重量物運搬などに用いられた」

 

 ウィリアムの問いに、ラウラはスラスラと答える。そうしていると、次に話しかけてきたのはシャルロットだった。

 

「へぇ、それであんなに上手かったんだ」

 

「上手いというほどでもないだろう」

 

「あれで上手くなかったら何なのよ。まったく」

 

 完全敗北を味わった鈴としては、苦笑せざるを得ない。

 

「それにしてもお前達……ぷ、ふ、くくっ」

 

 いきなりラウラが笑いをこらえる。

 

「? ああ、なるほど。ふっ、ははっ……こりゃ確かに笑えるな」

 

 続いてウィリアムまでもが笑いをこらえ始めて、どうしたのかと一夏達はお互いの顔を見合わせると、顔やら運動服やら、とにかくペイント弾のインクまみれになっていたのだった。

 

「ま、まるでパンダだな。なかなか似合ってるじゃねえか。ぷふっ……くくくっ……!」

 

「く、クソ、ウィル……お前、絶対わざと狙っただろ」

 

「あっははははは! いいじゃねえか、みんなの人気者で」

 

「…………ラウラに遊ばれてたくせに……」

 

 こらえ切れず爆笑するウィリアムに、一夏からの鋭いカウンターが炸裂する。

 

「ハハハ。お前さん、夢でも見たんじゃないか? きっと疲れてんだよ」

 

「おう、その言葉、俺の目を見てもう1回言ってみろよ」

 

「私など首から下が斑点模様のようになったぞ……。やってくれたな、ラウラ」

 

「や、やられる方が悪いのだ……はははっ」

 

 ジト目で抗議の視線を送る箒に、ラウラはとうとう声を上げて笑い出す。

 そんな、まるで友達とじゃれ合う、どこにでもいる少女のような笑顔を浮かべるラウラを、ウィリアムは優しく微笑(ほほえ)みながら見守るのだった。

 

「それにしても、このEOSとやらは本当に使い物になりますの?」

 

「それは私も気になったな」

 

 セシリア、箒が答えを求めて千冬に視線を向ける。

 

「まあ、ISの数に限りがある以上、救助活動などでは大きなシェアを獲得するだろうな」

 

 千冬の言うように、災害派遣や小規模な戦闘では大いに役立つだろう。

 生身の人間を向かわせるのは危険だが、ISを出すには大袈裟(おおげさ)。しかし、人型航空兵器(ターミネーター)では入れないような(せま)い場所。それこそ瓦礫(がれき)の散乱する被災地や室内での運用にはEOSが最も適正であると言える。

 

「(しかし、なんだってそんなものの性能試験をIS学園が受け持ったんだ……?)」

 

 ふとした疑問にウィリアムが眉をひそめているところへ千冬の声が響いた。

 

「それでは全員、これを第2格納庫まで運べ。カートは元々乗っていたものを使うように。以上だ」

 

 千冬がパンパンと手を叩くと、全員がその指示通りに動き始める。

 さすがにカートに乗せる作業は真耶(まや)がISを使用したが、結局運ぶのは各人の生身なので、鈴はあからさまに「うえー」っと嫌そうな声を漏らした。

 そんなこんなで、今日もまた実習の時間は過ぎて行くのであった。

 

 ▽

 

 EOSによる模擬戦があった、その翌日。

 

「はー。なーんか、かったるいわねぇ」

 

 鈴は頭の後ろで腕を組んで廊下を歩きながら、はしたないことにストローだけで支えた紙パックジュースを飲んでいる。

 

「おいおい、うっかり落としでもしたら、あとの拭き掃除が面倒だぞ?」

 

「大丈夫よ、だいじょーぶ。……はぁ~」

 

 そうウィリアムに適当な返事をして、鈴は溜め息をつく。

 

「ずいぶんとデカイ溜め息だな。一夏がいないのがそんなに退屈か?」

 

 横で一緒に並んで歩いていたウィリアムがそう言うと、鈴はポロッとジュースを落としそうになった。

 

「な、なぁっ!? ち、違うわよ! ふん! あんな奴、いなくたって別にいいわよ!」

 

「あーあー、はいはい。それじゃあ、そういうことにしておこうか」

 

 ちなみにこの珍しい組み合わせは、前の授業で合同講義があったのでその資料片付けの帰り道だ。

 早速ジュースを買う辺り、非常に鈴らしい。

 

「しっかし、当分ISが使えないっていうのはヤバいわよね。一応、パーソナルロックモードにしてあるから、盗まれないし、盗まれても使えないけど」

 

 そう言って鈴は自分の腕の【甲龍(シェンロン)】を見る。

 本来ならリングブレス状のそれは、パーソナルロックモードとして薄さ1ミリ以下の皮膜(スキン)状態で腕に張り付いている。パッと見では、何かのファッションシールを貼っているようにも見えた。

 

「問題は、このモードの時は操縦者緊急保護がいつもより遅いことよね」

 

「まあ、銃を分解して保管しているようなもんだからな。そいつは仕方ないさ」

 

「んー。まあ、それなりに訓練受けてるから、ちょっとやそっとじゃやられないけどさぁ。それに、時間がかかるだけでいざという時は呼び出せるわけだし」

 

「だな。けどまあ、そのことで、今は専用機持ちが全員2人以上での行動を義務づけられてるわけだが」

 

「学園に残ってるので1人なのって2年の楯無さんだっけ?」

 

「ああ。あとは今、倉持技研に出向いてる一夏だな。あいつなら大丈夫だとは思うが」

 

「……ったく、早く帰って来なさいよ」

 

 思わずそう呟いてから、ハッとして鈴は口を手でふさぐ。

 しかし、ばっちりとウィリアムに聞かれたようで、ニヤニヤと意地の悪い笑みが返ってきた。

 

「ち、ちっ、違うのよ! あたしはただ、あいつ、軍事訓練とか受けてないから、だからっ……!」

 

「はっはっはっ。そう否定しなくてもいいだろう。まったく、愛されてるなぁ、あの色男め」

 

「ち、違っ――」

 

 さらに鈴が声を荒げようとしたところで、突然廊下の照明が一斉に消えた。

 廊下だけではなく、教室も、電子掲示板も、ありとあらゆる灯りが一瞬で消えたのだった。

 もちろん、昼間なので日光があるため、視界は確保できる。――かと思いきや。

 

「なんだ、いったい……!?」

 

「防御シャッター!? はあ!? なんで降りてんの!?」

 

 ガラス窓を保護するように、斜めスライド式の防壁が順番に閉じていく。

 ザワザワとそこら中からどよめきが聞こえる中、全ての防壁が閉じて、校舎内は光の一切届かない暗闇に包まれた。

 

「……2秒経ったわ。ねえ、ウィル」

 

「ああ。緊急用の電源にも切り換わらないし、非常灯すら点かない。こいつは明らかに異常だな」

 

 2人はそれぞれISをローエネルギーモードで起動し、視界にステータスウィンドウを呼び出す。同時に視界を暗視モードに切り換え、ソナーに温度センサー、それから動体センサー、音響視覚化レーダーといった機能をセットした。

 

《ラウラだ。ウィル、無事か?》

 

《鈴さん、今どこですの?》

 

 ISによるプライベート・チャネルでラウラとセシリアの声がそれぞれ響く。

 各々に返事をしていると、それを割り込み回線(インターセプト・チャネル)の声が(さえぎ)った。

 

《専用機持ちは全員地下のオペレーションルームへ集合。今からマップを転送する。防壁に遮られ場合、破壊を許可する》

 

 千冬の、静かだが強い声。

 それは、このIS学園でまたしても事件が発生したことを克明(こくめい)に告げていた。

 

 



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66話 IS学園防衛戦線

「では、状況を説明する」

 

 IS学園地下特別区画、オペレーションルーム。

 本来なら生徒の誰1人として例外なく知ることのない場所に、現在学園にいる専用機持ち全員が集められていた。

 ウィリアム、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、楯無が立って並んでいる。その前には、千冬と真耶だけがいた。

 このオペレーションルームは完全に独立した電源で動いているらしく、ディスプレイはちゃんと情報を表示している。ただし、空中投影型ではない旧式のディスプレイだったが。

 

「(まるで冷戦時代の核シェルターだな……)」

 

 チラリと周囲に軽く視線をやりながらウィリアムは内心で呟く。

 

にしても、こんなエリアがあったなんてね……

 

ええ。いささか驚きましたわ……

 

 同じく室内を見渡しながら鈴とセシリアが呟いていると、すかさず千冬に注意を受けてしまった。

 

「静かにしろ! (ファン)! オルコット! 状況説明の途中だぞ!」

 

「は、はいぃっ!」

 

「も、申し訳ありません!」

 

 千冬の怒号で、鈴とセシリアのヒソヒソ話は中断される。

 それから改めて、真耶が表示情報を拡大して全員に説明を始めた。

 

「現在、IS学園では全てのシステムがダウンしています。これらは何らかの電子的攻撃……つまり、ハッキングを受けているものだと断定します」

 

 真耶の声も、いつもより堅さがある。どうやら、この特別区画に生徒を入れることは、かなりの緊急事態のようだった。

 

「今のところ生徒に被害は出ていません。防壁によって閉じ込められることはあっても、命に別状があるようなことはありません」

 

 今のところは、ですが……と真耶は真剣な表情で続ける。

 

「現状について質問はありますか?」

 

「はい」

 

 ラウラが挙手する。相変わらず、現役軍人は有事の際に行動が機敏なのだった。

 

「IS学園は独立したシステムで動いていると聞きましたが、それがハッキングされることなどあり得るのでしょうか?」

 

「そ、それは……」

 

 困ったように真耶が視線を横に動かす。それを受けて、千冬が口を開いた。

 

「現に学園はこの有り様だ。敵はかなりの設備と優秀な人員を揃えていると見ていいだろう」

 

 そう淡々と答える千冬だが、内心苦虫を噛み潰したような気分であることは間違いなかった。

 

「敵の目的は?」

 

「それが分かれば苦労はしない」

 

 確かにそうかと、ラウラは質問を終える。

 

「はい、先生」

 

 次に手を挙げたのはウィリアムだった。経験上こういった緊急事態に慣ている彼は、予め決めていた質問を1つだけ投げ掛けた。

 

「システムハックを受け、電力その他がダウンしているということは、学園を覆うシールドバリアーは?」

 

 その問いに千冬は(しぶ)い顔を浮かべながら答えた。

 

「完全に無力化されている。今のIS学園は丸裸も同然だ」

 

「やってくれるな……」

 

 溜め息混じりに呟くウィリアム。

 その後、他に挙手する者がいなかったので、真耶は作戦内容の説明へと移行した。

 

「それでは、これから篠ノ之さん、オルコットさん、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんはアクセスルームへ移動、そこでISコア・ネットワーク経由で電脳ダイブをしていただきます。更識 簪は皆さんのバックアップをお願いします」

 

 スラスラと真耶が告げる。しかし、それに対する専用機持ち達の反応は静かなものだった。

 

「「「……………」」」

 

「あれ? どうしたんですか、皆さん」

 

 キョトンとしている真耶の前に、楯無以外の全員がポカンとしていた。

 

「「「で、電脳ダイブ!?」」」

 

「って、聞いたことはあるが……」

 

 驚愕に声を上げる専用機持ち一同。その中でウィリアムだけは眉をひそめている。

 

「はい。理論上可能なのは分かっていますよね? ISの操縦者保護神経バイパスから電脳世界へと仮想可視化しての進入ができる……あれは、理論上ではありません。実際のところ、アラスカ条約で規制されていますが、現時点では特例に該当するケース4であるため、許可されます」

 

「そ、そういうことを聞いているんじゃなくて!」

 

 鈴がブンブンと握り拳を縦に振る。

 

「そうですわ! 電脳ダイブというのは、もしかして、あの――」

 

 セシリアが困惑気味にしゃべると、それにシャルロットが続けた。

 

「個人の意識をISの同調機能とナノマシンの信号伝達によって、電脳世界へと進入させる――」

 

「聞けば聞くほどSF映画みたいな話だな。逆に頭の中いじくられたりしないのか、それ……」

 

 あからさまに顔をしかめながら、心配を口にするウィリアム。

 

「それ自体に危険性はない。しかし、まずメリットがないはずだ。どんなコンピューターであれ、ISの電脳ダイブを行うよりもソフトかハードか、あるいはその両方をいじった方が早い」

 

 ラウラのもっともな言い分に、簪が付け加える。

 

「しかも……電脳ダイブ中は、操縦者が無防備……。何かあったら、困るかと……」

 

 最後に箒が全員の意見を代弁した。

 

「それに、1箇所に専用機持ちを集めるというのは、やっぱり危険ではないでしょうか」

 

 それらの意見を全て聞いてから、千冬はキッパリとした口調で告げた。

 

「ダメだ。外部から干渉できないよう、犯人はあらかじめ細工を施していた。従って、この作戦は電脳ダイブによるシステム侵入者への直接攻撃及び排除が絶対となる。無理強いはせん。嫌ならば、辞退しても構わん」

 

 卑怯な言い方だとは千冬も分かっていた。

 もしこれで全員が辞退を選んだならば、無防備に晒されたIS学園がどうなるかはみんなが理解している。

 だからこそ――

 

「選択肢なんて始めから決まってるようなものじゃない」

 

「ええ。わたくし達以外に動ける人がいないのであれば」

 

「できるよね。ラウラ?」

 

「ああ、無論だ。お前はどうだ、ウィル?」

 

「おいおい。今さら訊く必要あるか?」

 

「ベストを尽くす……」

 

「やるからには成功させねばな」

 

 互いにうなずき合ってから、一同は千冬へと向き直った。

 

「よし。それでは電脳ダイブを始めるため、各人はアクセスルームへ移動。更識 楯無とホーキンスはここに残れ。これより作戦を開始する!」

 

 その(げき)を受けて、ラウラ達はオペレーションルームを出る。

 あとに残ったのは、千冬と真耶。そして、楯無とウィリアムだった。

 

「さて、お前達には別の任務に当たってもらう」

 

「なんなりと」

「イエス・ミス」

 

 楯無がいつものおちゃらけはゼロで静かにうなずき、ウィリアムは本職の軍人然とした(たたず)まいで千冬の言葉を待つ。

 

「恐らく、このシステムダウンに乗じて、犯人と同一の勢力が学園内部に侵入してくるだろう」

 

「敵――、ですね」

 

「間違いなく来るでしょうね。ただシステムをダウンさせるだけで終わるはずがない」

 

 敵はこの混乱に乗じて学園内部への侵入を(くわだ)てている。千冬はそう睨んでいた。

 

「そうだ。今のあいつらは戦えない。悪いが、頼らせてもらう」

 

「任されましょう」

 

「お任せください」

 

「ホーキンス、お前の任務は学園上空からの監視及び敵勢力の排除だ。準備ができ次第、すぐ空へ上がれ」

 

「イエス・ミス!」

 

 背筋をピンッと伸ばして返事をしたウィリアムは、駆け足でオペレーションルームを出て行く。

 その後ろ姿をしばし見送ってから、千冬は楯無へと視線を移した。

 

「お前には厳しい防衛戦になるな。更識」

 

「ご心配なく。これでも私、生徒会長ですから」

 

 そう言って不敵に微笑んでみせるが、千冬の顔色は変わらない。

 

「しかし、お前のISは先日の一件で浅くないダメージを負っただろう。まだ回復しきってもいないはずだ」

 

「ええ。けれど私は更識 楯無。こういう状況下での戦い方も、分かっています」

 

 生徒の長として、1歩たりとも引きはしない。

 その強い決意が双眸(そうぼう)の奥に見えて、千冬はふうっと溜め息をついた。

 それから真っ直ぐに楯無を見つめて、一言告げる。

 

「では、任せた」

 

 楯無はペコリとお辞儀をして、オペレーションルームを出て行く。

 その姿がドアに閉ざされてから、千冬と真耶は重い口を開いた。

 

「私達は何をしているんだ……。守るべき生徒達に戦わせて、私達は……」

 

「織斑先生……」

 

 仕方がない、とは言わない。言ってはいけない。

 生徒を……子供を戦場に立たせるなど、どんな事情であっても許されない。

 それは千冬にとっても真耶にとっても譲れない一線だった。

 

「さあ、ぼんやりしている暇はないぞ。我々には我々の仕事がある」

 

「はい!」

 

 そうして千冬も真耶も、ある準備へと取りかかった。

 

 ▽

 

「……………」

 

 ギュウッと、ブーツのベルトを締める。

 黒ずくめの、まるで忍者のようなボディースーツを着た千冬が顔を上げる。

 視線の先にはIS用物理サーベルをさらに細くした、(かたな)と呼べるものがズラリと6本、(さや)に収まった状態で立て掛けられている。

 それを太腿(ふともも)のホルスターに通すと、異形のサムライが出来上がった。

 

「この髪型にするのも久しぶりだな」

 

 そう言って髪を、キュッと(ひも)でくくる。

 ポニーテールの千冬は、さらに両手にIS刀を持った。

 

《織斑先生、聞こえますか?》

 

「どうした?」

 

 突然のウィリアムからの通信に、千冬はわずかに眉をひそめながら応える。

 

《本土と学園を繋ぐ橋梁(きょうりょう)上に大型のトレーラー1台を視認。今日、学園に物品の納入予定はありましたか?》

 

「……いや、ない」

 

 千冬の目が鋭さを増す。

 来校予定に無いはずの車両が、このようなタイミングでやって来る。それはつまり、敵勢力の襲来に他ならなかった。

 

《こちらの攻撃準備は完了しています》

 

「よし、攻撃を許可する」

 

《了解。――あー、それともう1つだけ》

 

「?」

 

《……最悪、道路をボロボロにしてしまっても?》

 

 インカム越しに聞こえたウィリアムの言葉に千冬は一瞬ポカンとして、それから思わず、ふっと笑ってしまう。

 わざとやっているのだろうか? 冗談にも聞こえるその台詞に、しかし、緊張が和らいでいくような気がした。

 

「構わん。事後処理は私と山田先生でやっておく」

 

 自分のいない所で勝手に巻き込まれる真耶だった。

 

《ははっ、よろしくお願いします》

 

 それでは、の言葉を最後にウィリアムとの交信が終了し、表情を引き締め直した千冬は歩を前進させる。

 このまま教え子達だけを戦わせるわけにはいかない。教師として、――人として。

 

「――行くか」

 

 パシュッとドアが開く。

 暗闇から暗闇へと、足元の非常灯だけが千冬の姿を照らしていた。

 

 ▽

 

「さて、と」

 

 楯無は破壊した防壁からヒョイッと抜け出ると、軽やかに着地した。

 

「全校生徒は大体の避難が終わったようだし、それならまあ、大丈夫ね」

 

 パッと扇子を開く楯無。そこには『迎賓(げいひん)』と書かれている。

 お迎えするのは、笑顔ではなく鉄拳だが。

 

「あら?」

 

 遠くまで真っ直ぐ続く廊下。そこには何も見えない。足音もしない。しかし、何かがいる(・・・ ・・・・・)

 

「こんなに早く接触だなんて。私ってば運命因果に愛された女かしら」

 

 プシッ、プシップシッ

 

 短く音が鳴り、特殊合金製の弾丸が楯無に飛んでくる。

 しかし、それらは全て楯無の目の前で止まった。

 

「「「!?!?」」」

 

 見えない何者かから明らかな動揺が伝わってくる。

 光学迷彩で姿を隠しているようだが、空気中の振動から楯無にはお見通しであった。

 

「ふふん。なんちゃってAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)よ」

 

 実際には、正面にあらかじめIS【ミステリアス・レイディ】のアクア・ナノマシンを空中散布していたのだった。IS用の射撃武器ならいざ知らず、通常兵器の弾丸程度ならこうして容易(たやす)く遮ることができる。

 そもそも、姿の見えない『敵』に気づいたのも、このアクア・ナノマシンの機能の応用だった。

 音がなくとも姿がなくとも、そこにある以上必ず空気には触れる。その空気に感知粒子を混じらせておけば、見つけるのに苦労はしない。そして――

 

「ポチっとな」

 

 楯無がカチンと親指を閉じる。

 刹那、大爆発が廊下を飲み込んだ。

 

「【ミステリアス・レイディ】の技の1つ。『クリア・パッション』のお味はいかが?」

 

 こういった室内戦闘は、まさに【ミステリアス・レイディ】の独壇場だ。なにせ、ナノマシンの分布密度から流動まで、全てコントロールできるのだから

 しかも、光学迷彩に身を包んでいるとはいえ、相手は生身の人間である。例え本調子ではなくとも、相手になるはずがない。

 

「弱い者イジメみたいよねぇ」

 

 はぁ……っと溜め息をつく楯無。……しかし。

 

「うふふ。そういうのって大好き」

 

 ニコ~っと、魔性の女が微笑む。

 大体、ほとんどの生徒が非武装の女子校に乗り込んでくるような連中なのだ。大義名分は楯無にある。

 

「さあ、行くわよ。必殺、楯無ファイブ!」

 

 言うなり、その姿が5人に分かれる。

 ズララッと並んだ、制服姿にランスを装備した更識 楯無×5。

 

「まあ、【ミステリアス・レイディ】の機能なんだけどね」

 

 (すなわ)ち、5体の内いくつかはナノマシン・レンズによって作り出した幻であり、その他はアクア・ナノマシンによって製造した水人形だ。

 問題は、その内訳が分からないことだった。

 しかも、水入りの人形に至っては――

 

「どっかーん」

 

 爆発機能付きなのだ。おまけに水でできているので銃弾は効かない。

 

「ま、まずいぞ! このままじゃ――」

 

「ぬわーーっ!?」

 

「あちっ、あちゃちゃちゃちゃっ!? 火! 火ついてる! 火ついてるッ!!」

 

「ば、バカ! こっちくんじゃねえ!」

 

 訓練された兵士、それも完全武装した屈強な男達が次々にやられていく。

 応援要請に駆けつけた別の班も合流してきたが、一切楯無には歯が立たない。

 

「て、撤退! 撤退だぁーー!」

 

 これで16歳。しかも、機体も本人も本調子ではない。それでこの有り様なのだ。

 つくづく、ISというものの恐ろしさを実感させられる。

 

「うふふふ♪」

 

 爆炎の中、微笑む楯無の姿は、誰がどう見ても120%悪役だった。

 

 ▽

 

 同時刻。

 IS学園島と日本本土とを繋ぐ橋。片側3車線、全長4キロ超にもなる巨大な海上道路を1台の大型トレーラーが走行していた。

 

「よぉし! 全員、装備の最終点検をしろ!」

 

 トラックの助手席、そこに座ったリーダーらしき男が仲間にそう促す。

 乗員は全員が黒一色で統一された物々しい装備を身にまとい、手には銃が握られていた。

 

「おい、5.56ミリの予備マガジンを寄越せ」

「ピストルの安全装置(セーフティ)はかけたか? 暴発して自分の足を撃ったらシャレにならんぞ」

「なあ、タバコ持ってるか? 1本俺に分けてくれよ」

「このロケットランチャーは誰が持つんだ? しっかり点検しとかないと、いざって時に作動不良を起こすぞ」

 

 彼らの所属を示すような物は全て取り外してある。これは極秘作戦なのだ、相手に正体を嗅ぎ付けられては困る。

 

社長(ドン)の話では、依頼を完遂したらクライアントは俺達が一生遊んで暮らせる額の報酬を払うらしい」

 

 リーダーの言葉で車内に歓声が広がる。

 彼らは傭兵。依頼を受け、武器を持って戦い、報酬を得るのが生業(なりわい)

 今回も贔屓(ひいき)にしているという、とある組織からの依頼を受けてやって来たのだった。

 

「(IS学園襲撃と聞いた時はさすがに耳を疑ったが――なに、心配することはねえ。現在、専用機持ちはほとんどが行動不能もしくは不在。おまけに先行した部隊の中にはISだっている。俺達は学園の正門に陣取(じんど)って味方を回収し、あとはさっさとトンズラするだけだ)」

 

 まったく、こんな楽な仕事で稼いじまって大丈夫かよ、と口元をつり上げながらリーダーの男は目出し帽を被る。

 

「動く奴がいたら撃て! 動かなくても撃て! クライアントを喜ばせてガッツリ稼ぐぞ!」

 

「「「おう!!」」」

 

 野太い声が響き渡った、その直後だった。

 

 ィィィィィン……

 

「んぁ? なんの音だぁ?」

 

 傭兵の1人が甲高い異音に気づく。

 トラックのディーゼルエンジンとは明らかに違う音。それに耳を立てようと車窓を開けて頭を出す。

 

「何か……あ、そうだ。ジェットエン――」

 

 ィィィイイイイイイイイイン!!

 

 高く鋭い轟音とともに、いきなり灰色の機影が橋下から浮上してきた。

 トラックと並走するようにして飛ぶそれは、よく見ると頭部にサメを模したノーズアートが施されていて……。

 

「しゃっ、シャークマウスだぁ!!?」

 

 一瞬にして車内はパニックに包まれる。

 当然だ。シャークマウスといえば例のセカンドマン、つまり相手はIS。

 ただのトラックがISに勝てるはずもない。

 おまけに、そいつは翼下のハードポイントに8連装ロケット弾ポッドや40ミリオートキャノンを懸架(けんか)した重装仕様。それらを掃射されようものならひとたまりもない。

 そんなものが突然目の前に現れれば、取り乱しもするだろう。

 

「……やっぱり輸送車のなりすましだったか」

 

 シャークマウスことウィリアムは、トラックの乗員達をバイザー越しにジロリと睨み付ける。

 全員が配送業者ではないことを確認すると、右腕の機関砲『ブッシュマスター』をトラックのエンジンへと向けた。

 そして、トリガーを引こうとして……

 

「ッ!?」

 

 即座に機体を傾ける。

 大きく右に傾いた【バスター・イーグル】のすぐ脇をロケット弾が通過して行った。

 反射的に視線を向けると、リーダーの男が車窓から身を乗り出し、ロケットランチャーを構えていた。

 

「チッ、かわされたか。――全員、狼狽えるな!! こっちには『大物』があるのを忘れたのか!!」

 

 空になったランチャーを捨てながら男が怒鳴り、パニックを起こしていた他の兵士達は少しずつ威勢を取り戻していく。

 

「そ、そうだ。俺達にはあのデカブツがあるんだ!」

 

「おい! 早くあれを出せ! 敵は待っちゃくれねえぞ!」

 

「ブラボーチーム! お前らの出番だぞ!」

 

 1人が無線機で合図を送ると、直後にパパパパパンッ! と小さな爆発音が連続し、牽引(けんいん)していたコンテナの外装が爆発ボルトで弾け飛んだ。

 

「おぉい……ウソだろ、 マジかよ……」

 

 顔を引きつらせたウィリアムの口から、そんな言葉が漏れ出る。

 風通しのよくなった荷台にはアサルトライフルやスティンガー(携行式地対空ミサイル)を構えた傭兵達。

 

「バゼラード低高度防空システム……!」

 

 ――そして、8連装35ミリ対空砲までもが載せられていたからだ。

 

「へっへへへ。どうだ、驚いたか。鮫野郎」

 

 ギュィィン……ガチンッ。レーダーで目標を捕捉した機関砲が速やかに砲塔を旋回させる。

 対空対地を問わず絶大な威力を誇る35ミリ8本の砲身が対空目標(ウィリアム)を睨み、その照準器を(のぞ)きながら砲手が愉悦の笑みを浮かべた。

 

「小便は済ませたかァ? ビビってチビるなよォ」

 

Son of a bitch(このクソ野郎め)……!」

 

「鮫野郎をミンチにしてさらせェ!」

 

「ファックしてやるぜえええ!!」

 

 一切の慈悲はなく、リーダーの号令で傭兵達は一斉にトリガーを引いた。

 

 バガガガガガガガガガガガガガッ!!

 

 猛烈な炸裂音が轟き、いくつもの火線がウィリアムただ1人を狙う。

 

「うおおおお!? クソッタレぇぇぇぇ!!」

 

 悪態混じりの悲鳴を上げながらチャフ・フレアをありったけバラまき、ウィリアムはすぐさま橋下へと逃げ込んだ。

 

「クソッ! あの野郎、橋下に逃げ込んだぞ! おい、そっちからどうにかできるか!?」

 

「ダメだ! 下に逃げ込まれちゃこっちからも狙えない!」

 

「それは向こうも同じだ! だが、奴が次どこから出てくるかが分からん! 周囲への警戒を(おこた)るな!」

 

 お互いがお互いに手を出せないまま、しばし沈黙が流れる。

 ディーゼルエンジンの音に混じって聞こえるジェットの甲高い音が、未だ近くにウィリアムが(ひそ)んでいることを告げていた。

 

「(どこかの国から裏ルートで買ったのか? あいつらなんつう代物まで用意してやがるッ!)」

 

 当たれば即ハチの巣。おまけに自前の捜索レーダーで狙ってくるものだから厄介なことこの上ない。

 相手の射線に入らないよう海面スレスレを飛行しながら、ウィリアムは敵をどう攻めようか思案する。

 

「(こんな至近距離ではミサイルより機関砲の方が厄介だな。まずはあのデカブツを黙らせるのが最優先だが……)」

 

 ここで問題なのが、どこから、どのタイミングで奇襲を掛けるか。

 バゼラード対空砲はレーダーで周囲360度を常に監視している。おまけに、いざとなれば手動での照準もできるのでチャフによる電子妨害も大して意味がない。

 つまり、相手にレーダーでも肉眼でも見つからず、かつ速攻で叩く必要があるのだ。

 

「(しかし、そうなると俺と向こうとの間に壁でも(はさ)まない限り……いや、待てよ? たしかこの先には……)」

 

 そういえば、と何かを思い出したウィリアムは、それからニヤリと口端(こうたん)をつり上げた。

 

 ……

 ………

 …………

 

「あの鮫野郎、なかなか出て来ませんね……」

 

「何かを狙ってるのは確かだ。――ライフル班、バゼラードの死角をカバーしろ! スティンガー班はいつでも敵をロックできるようにしておけ!」

 

「「「了解!!」」」

 

 そのまま走り続けること少し、景色のよく見える地点を抜けて、今度は道路の左右に並び立つ背の高い防風壁が見え始める。

 ここは海上道路であり、これは吹き抜ける突風に車が煽られないようにするための設備だった。

 

 バラララララララララッ!!

 

「「「!?!?」」」

 

 突然、重く響く炸裂音がして右側の防風壁に無数の大穴が開く。

 次の瞬間、飛来した40ミリ砲弾が積載トレーラーの片輪を破壊した。

 

「うおぉっ!?」

 

 ズタズタにされた車輪が軸から外れて転がっていく。

 荷台は火花を散らしながら大きく傾き、数人の傭兵が悲鳴を上げながら転げ落ちていった。

 

「くっ、やりやがったなぁ!!」

 

 仲間の(かたき)とばかりに暴風壁に向かって機関砲を乱射するが、そこにすでにウィリアムの影はない。

 ならば後ろか! と即座に砲塔を旋回させてトリガーを引くが、しかし手応えがなかった。

 

「しまった!?」

 

 気づいた頃にはもう遅い。ウィリアムは左右に転換したわけではなく、ただ機体を降下させてタイミングを見計っていただけ。

 相手の姿が見えない(ゆえ)の焦り。そして、そこからくる憶測(おくそく)を利用されたのだった。

 

「なッッ……!?」

 

 またしてもあの発砲音が聞こえて、今度は砲弾によって路面が深く(えぐ)られる。

 その上をトレーラーが通過した直後、つい先ほど破壊された車軸が突っ張り、数トンはあろう荷台がグワンッと勢いよく跳ね上がった。

 

「う、うわあああああああ!?」

 

 衝撃で宙に打ち上げられる傭兵達。

 彼らはシャークマウスの――ウィリアムの恐ろしさを骨の(ずい)まで思い知らされながら、路面に叩きつけられて気を失うのであった。

 

 ▽

 

「ぶ、ブラボーチームが全滅!? 馬鹿なっ!」

 

「積載車ごと吹っ飛んでる!」

 

「トレーラーヘッドには大した装備は積んでないぞ……!」

 

「くっ、ぐぬぅぅッ……!! あの鮫野郎ぉぉぉ……!」

 

 またパニックに包まれる車内。その中でリーダーの男だけは握りしめた拳をプルプルと震わせていた。

 

「あっ! は、班長! あんたいったい何するつもりだ!?」

 

「よせ! そんなのが当たるわけないだろ!」

 

「うるせえ! あの野郎バラバラにしてやる!」

 

 仲間の制止を振り切って対戦車ロケット砲を(かつ)いだリーダーがドアを開けてトレーラーのルーフによじ登る。

 ちょうど、狭苦しい暴風壁が設置された地帯を抜けたところだった。

 周囲の美しい景色がよく見える。IS学園の正門まであと少し。

 ――そして、そこに陣取るようにしてウィリアムと【バスター・イーグル】が待ち構えていた。

 

「来やがれ鮫野郎! 最後の勝負だ!」

 

 ランチャーの照準器を覗き、トリガーに指を掛ける。

 対するウィリアムも、付き合ってやるといった様子でトラックへ向かって機体を前進させる。

 

「食らえぃ!」

 

 カチッ

 

「……あれ?」

 

 おかしい。あとに続くロケット噴射の鋭い音が聞こえない。

 

 カチッ、カチッ、カチッ、カチッ

 

 何回かトリガーを引いてみるが、やはり反応はなし。安全装置はちゃんと外れているし、弾が切れているわけでもない。

 そう、つまりこれは……

 

「こ、壊れひゃ……」

 

 そう告げるリーダーの男は、引きつった口元に鼻水を垂らしたなんとも情けない表情をしていた。

 

 ………。……………。

 

「こ、降参だぁぁぁ!! 降参んんんん!!!」

「撃たないでくれえええ!!」

「許してください、何でもしますからぁぁ!!」

「だからやめろって言ったじゃねえかぁぁぁ!」

「チキショーォォ! こんな仕事辞めてやるぅぅぅ!!」

 

 彼らに早速打つ手なし。

 泣きながら車窓から白い布切れを全力で振り続ける男達だった。

 

 



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67話 眠り姫 救出作戦

 皆様、あけましておめでとうございました(・・・・・・)
 もっと早めに投稿するつもりがこんなに遅くなってしまい申し訳ありません……。



「(どいつもこいつも使えないわね……!)」

 

 次々と交信が途絶していく無線のノイズ音に顔をしかめながら、女は(ひと)り真っ暗な通路を進んでいた。

 その体には、独自のカスタムが施されたIS【ラファール・リヴァイヴ】を(まと)っている。

 電波吸収剤を混ぜた黒い塗料で機体全体を包み、背面のカスタムウィングは狭い場所でも小回りが利くよう、より小型の物が取り付けられている。

 飾りっ気など全くない。今回の任務が完全秘匿(ひとく)である(ゆえ)、パーソナルマークや部隊章も取り外されている。

 それは女自身も同じで、素性を知られないよう顔の上半分を隠すセンサーバイザーを被り、名前も便宜(べんぎ)上、『侵入者(イントゥルーダー)』のコールサインを用いている。

 IS学園を襲撃した者達の正体、それは世界中で名の知れた巨大民間軍事会社、『ブラックフォレスト』の特殊部隊であった。

 

「(ったく、何が楽しくてこんな陰気臭い所にいなきゃなんないのよ)」

 

 イントゥルーダーは進む。

 目標は、IS学園地下区画、その最深部に眠った『とあるIS』。

 それを持ち帰りさえすれば任務は完了。そんなものを手に入れてどうするかなど、こちらの知ったことではない。

 

「(こんな仕事さっさと終わらせてやるっ!)」

 

 思想も信仰も、忠誠などもない。いつもの端金(はしたかね)の給料より圧倒的に高額な報酬だったから任務に志願しただけのことだ。

 

「……?」

 

 ISの浮遊による前進を停止する。真っ暗な通路の先に、センサーがしっかりと人の姿を捉えていた。

 

「――参る」

 

「なッ!?」

 

 いきなり、短い言葉と共に一陣の風が駆け抜けた。

 ガインッ! と派手な音を立てて、影はイントゥルーダーの後ろへと飛ぶ。

 そして、次の瞬間通路全体の灯りが点いた。

 

世界最強(ブリュンヒルデ)っ……」

 

 イントゥルーダーは思わず呟いた。

 灯りのついた廊下で、しっかりと地面に足を着いて立つ女。

 漆黒のボディースーツを纏った千冬。その太ももには、左右3対……計6本の日本刀が(さや)に納められていた。

 それに加えて、両手にも2本の刀が握られている。さっき【ラファール・リヴァイヴ】の装甲に刃を立てたのは、どうやらそれらしい。

 

「(正気……?)」

 

 ブリュンヒルデの登場には驚いたが、イントゥルーダーがまず思ったのはそれだった。

 ISのセンサーで何度確認しても、千冬は生身にボディースーツという装備だ。ダイビングスーツのように、全身を覆うそれを着込み、強化仕様のゴツいブーツを履いている。手には格闘用グローブをはめ、露出しているのは顔だけだ。しかし、それでも――。

 

「(そんな対通常兵器用のスーツで……こいつ、どういうつもりよ……)」

 

 もちろん、多少の防弾・防刃性はあるだろう。しかし、それにしたところでIS用の大型武器には大した効果はない。

 

「どうした」

 

「は?」

 

「かかってこい。お前の目の前にいるのは初代ブリュンヒルデだぞ。世界で初めて最強の名を手にした女だ。全身全霊をもって挑むがいい、傭兵(マーセナリー)

 

 ニヤリと不敵に笑う千冬。その笑みには圧倒的強者の迫力があった。

 

 ▽

 

「ったく、面倒なことしてくれやがって……」

 

 パンパンッ、と手をはたきながら、俺は思わずそんな悪態を漏らした。

 

「(せっかくの土曜日、珍しくラウラに誘われて放課後出かける約束してたってのに……それが今じゃ、女子校に襲撃を仕掛けるようなクソどものお相手とは……)」

 

 まったく最高だよ……、と溜め息混じりに皮肉ってから、特殊ファイバーロープでグルグル巻きにされた兵士達を見下ろす。

 

「チキショー! 放しやがれー!」

 

「お、俺達にこんなことしておいてただで済むと思うなよ!」

 

「この鮫ヤローッ!」

 

「魚ヤローッ!」

 

 ちなみに、兵士達は全員装備はもちろん、下着以外の衣類も剥ぎ取った状態でキツく(しば)りあげている。

 というのも、こいつら手持ちの武器以外に服の下やズボンの(すそ)にも装備を隠し持っていたのだ。

 ダイヤモンド刃ペンチにプラズマカッター。他にも短身散弾銃(ソードオフ・ショットガン)や予備のピストル、コンバットナイフに手榴弾やらが出るわ出るわ。隠しすぎだろ。

 

「ファッキューメェンッ!!」

 

 はぁ……。やかましい連中だ……。

 ギャーギャーと騒々しい(わめ)き声にまた溜め息が出てきた。

 

Shut the fuck up.( だ ま れ ) 魚の撒き餌(まきえ)にされたいのか、ええ? それで後始末が楽になるんなら、こっちとしては大歓迎だぞ?」

 

 そろそろ苛立ちも(つの)ってきた頃なので、遺言を聞いてやるから言ってみろ、と8連ロケット砲『ハイドラ』を向ける。

 

「勘違いしているようだから言っといてやる。――お前達を殺そうと思えばわざわざ生け捕りにせず、直接ロケット弾を叩き込んで皆殺しにもできた。むしろそっちの方がより確実に脅威の始末ができるからだ。言っている意味は(わか)るか?」

 

 お前達の命がまだあるのは、こっちのお情けがあったからだ、と遠回しに告げる。

 脅し文句としては常套句(じょうとうく)だが、この場においてこれほど効果のある台詞は他にないだろう。

 

「すみません許してください。何でもしますから」

 

「じょ、冗談キツいっスよ旦那ぁ~」

 

「へ、へへ。あの、肩お揉みしましょうか? へへへ……」

 

 事実、先ほどの騒々しさから一転して兵士達は引きつった顔に冷や汗を流し始めていた。

 

「まだ生きていたいか?」

 

 震える兵士達から、コクコクコクコク! と全力の首肯(しゅこう)が返ってくる。

 

「なら俺がいいって言うまで、そのうるさい口を閉じてろ。さもないと……」

 

 一度言葉を切り、ロケット弾を満載したハイドラのランチャーをコンコンとノックする。

 

次はこいつと会話してもらうことになるぞ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「「「い、イエッサー……!」」」

 

 返事のあと、辺りは水を打ったかのように静まり返った。はじめからそうしてろ、アホどもめ。

 ――まあ、それはさておき。

 

「(さっさとこいつらを運んじまうか)」

 

 抵抗力を削いだとはいえ、ここに放置しておくわけにもいくまい。こいつらにはあとで尋問が待っているだろうし、ひとまずは学園のオペレーションルームに連れて行くのがいいか。

 そうと決まれば、早速縛られたまま大人しくしている兵士達に声をかける。

 

「おい」

 

「「「?」」」

 

「少し遊覧飛行といこうか」

 

「「「……は??」」」

 

 首をかしげる兵士達にニヤリと笑いながら、俺はジェットエンジンを始動させた。

 

 ▽

 

「……………」

 

 ギィン!

 

 もう何度目だろうか、千冬の刀が【ラファール・リヴァイヴ】の装甲を斬りつけるのは。

 しかし、傷の1つもつかない。

 それどころか、刀はもうすでに4本が刃こぼれしていた。

 

「ふん……」

 

 ダメになった刀をザクッと床に刺し、新たな刃を太ももの(さや)から引き抜く。

 シュラン……と、殺伐とした戦場に(あで)やかな刀の()が鳴り響いた。

 

「……さっきから何なのかしら?」

 

 痺れを切らしたイントゥルーダーが、鬱陶(うっとう)しそうに口を開く。

 ただでさえ機嫌を損ねていた彼女の声は、さらに苛立ちの籠もった声色にと変わりつつあった。

 

「なんだ、私の歓迎は気に入らなかったか?」

 

 バイザーから覗く口元が苛立たしげに歪む様を見ながら、千冬は挑発する。

 

「傭兵というのはずいぶんと暇なんだな。こんな、極東の島国の学園までわざわざやって来るとは。争いごと(お前達の仕事)など世界中で事欠かんだろうに」

 

「(……こいつ、私達の正体に勘づいて……?)」

 

「目的は地下の『あいつ』――だけではないだろう? だが、残念だな。【白式】はすでに別の場所にある。もちろん、【バスター・イーグル】もお前達程度が捕らえられるほどヤワな操縦者が扱ってはいない」

 

 ニヤリと、薄く笑う千冬。

 イントゥルーダーは軽く奥歯を噛みしめた。

 

「そこまで分かってるくせに、なんでわざわざ出てきたのよ」

 

「ふん。『生身ではISに敵うはずがない』、か?」

 

 ヒュン、ヒュンッ、と、左右の刀を振り、構える。

 

「――並の人間ならな!」

 

 刹那、飛び出した千冬は素早く【ラファール・リヴァイヴ】を斬りつける。しかし、今度こそはその刃はイントゥルーダーの右手に受け止められた。

 

「無駄だってのよ……!」

 

「それは私が決めることだろう」

 

 刀を放した千冬が、その腕を蛇のように相手の体に絡ませる。

 スルリとすり抜けるようにして、イントゥルーダーを背負う千冬。その手にはワイヤーが握られていた。

 

「がッ……!? かはッ……!」

 

 首を締め付けられ、思わず声が出る。

 

「絶対防御に頼ってばかりいるから、判断が遅れる」

 

 次の瞬間にはワイヤーが絶対防御のエネルギーシールドに焼き切られたが、すでに千冬は体勢を入れ替えて回し蹴りを叩き込んでいた。

 

「ッ!?」

 

 重いISの装甲、それに人間1人分の重量を壁に叩きつけて、千冬は平然とした顔をしている

 一方、イントゥルーダーはますます困惑していた。

 

「(なんなのこの女……!? 身体能力が化け物じみてる……!)」

 

 いえ、待ちなさい……。と、自身を落ち着かせる。

 

「(いくらおかしな身体能力をしていたとしても、ISに傷をつけれるわけじゃないわ)」

 

 しかし、だからこそ不可解だった。

 

「(何の意味があって、こいつは――)」

 

 それを考えさせないとばかりに、千冬の剣撃が連続して襲いかかってくる。

 

「このッ……鬱陶しいのよ! ()えるしかできない番犬が!」

 

「ほう? 私が番犬か。ならば、お前はさしずめ(にく)にたかる野犬、といったところだな」

 

「ッ! すぐに()え面かかせてあげる……!」

 

「やってみろ」

 

 再び、戦いの火花が散った。

 

 ▽

 

「さて、こんなものかしら」

 

 特殊ファイバーロープで襲撃犯の男達を縛り上げ終えた楯無は、ふうっと一息ついた。

 

「(欧米系にアジア系、こっちはスラブ系かしら? 人種がバラバラ。恐らくどこかの(やと)い兵ね。それも装備の質からして、かなり大手の)」

 

 しかし、不可思議なのは学園のシステムが停止したことだった。

 あまりに長時間続くようなら、各教室のシャッターを破壊して外気を取り入れなければならない。

 

「(うーん、生徒会長自ら破壊行為っていうのは、さすがにちょっと……)」

 

 しかしまあ、迷ってもいられない。

 

「行きましょうか」

 

 エネルギー節約のため、ISを待機形態に戻す。

 1歩、歩き出す。

 その瞬間、無音銃の弾丸が楯無の腹部を貫通していた。

 

「え?」

 

 ブシッと血が噴き出す。

 そのまま、わけも分からず楯無は前のめりに転倒した。

 

「やっと隙を見せたか……」

 

「(しまった、私としたことが!)」

 

 縛り上げた兵士達の拘束が解けていた。

 

「(ボディチェックを怠ったわ……!)」

 

 恐らく、隠し持っていたプラズマカッターで切断したのだろう。その四肢は自由に動いている。

 

「この女はどうする?」

 

「こいつはロシア代表登録の操縦者だな。日本人のくせしてIS欲しさに自由国籍権で国籍を変えた尻軽だ」

 

 倒れ伏す楯無を見下ろしながら、リーダーの男は吐き捨てるように言う。

 

「まあ、尻軽でも使い道はあるだろうさ。取り敢えず、死なない程度に止血して、あとはモルヒネで黙らせとけ。このままISごと持ち帰る」

 

「はいよ」

 

 リーダーの言葉を聞いてからの兵士達の行動は早かった。

 まずは自殺されないように素早く猿ぐつわを楯無に噛ませる。

 

「ん、ぐぅっ!」

 

「暴れるな、面倒くせえ」

 

「っ…………!」

 

 ズキズキと骨肉を(えぐ)り取るような痛みが響く。

 楯無は首筋に打ち込まれたモルヒネによって意識が遠のいていった。

 

「(いちか……く……ん……)」

 

 なぜだろうか。無意識にその名を呼んでいた。

 そして、楯無はカクンと意識を失う。

 

 ▽

 

「ッ!」

 

 バギンッ! と鈍い音がして、千冬の刀、その最後の1本がへし折れた。

 

「終わりね!」

 

 イントゥルーダーの動きは機敏だった。

 素早く左手のブローを腹部に叩き込む。

 ――刹那、バンッ! と炸裂音が響いて千冬は吹き飛ばされた。

 

「何? 今の……」

 

 自分の手応えに疑問を持ったイントゥルーダーは、自らの左手を見る。

 そこには焼け付いた火薬の跡があった。

 

「(しまっ――)」

 

 遅れて気づいた。

 千冬どの距離は離れ、相手は指向性爆破装甲で被害は最小限。しかも、自分の周りを囲むようにして刀が大量に刺さっている。

 そして、千冬ははっきりと宣言した。

 

「『()端微塵(ぱみじん)』」

 

 その単語が引き金となって、次の瞬間全ての刀が大爆発を起こした。

 

「!?!?!?」

 

 壁の床も天井も、爆発に飲まれて滅茶苦茶に壊れていく。

 千冬は炎が追いついてくるよりも速く、廊下を走り出していた。

 

「逃がす……かァ!!」

 

 なんとか冷静さを保とうとしていたが、とうとう我慢の限界を迎えたイントゥルーダーは吠える。

 スラスターを開き、一期に飛翔する。

 逃げる千冬の背中にIS用マシンガンを叩き込む――が、まるで背中に目があるかのように、千冬はヒラリと宙返りで機銃弾をかわした。

 

「ふん」

 

 ガツッとイントゥルーダーの顔面を蹴って、その反発力で廊下を曲がる。

 そして、そのまま突き当りの部屋の中へ、ドアに体当たりをして転がり混んだ。

 

「(反響センサーではあの部屋は袋小路! 自分から墓場に飛び込むだなんてバカね!)」

 

 そう思い、出力全開のブーストをかける。

 

「はぁ!」

 

 突入すべく、ドアを蹴破る。

 部屋の中に入った瞬間、バッと照明がついた。

 

「出番だ、真耶」

 

「了解です!」

 

 ステルス・マントを引きはがす千冬。その中から現れたのは、25ミリ口径イコライザー・ガトリング砲を4基装備した【ラファール・リヴァイヴ】だった。

 

「(く、『クアッド・ファランクス』!!?)」

 

 重量と反動制御(ゆえ)に1歩も動けない代わりに最強の破壊力を手にした『固定砲台』がそこに鎮座していた。

 マズイ、と思ってももう遅い。

 

 ィィン……ヴァァアアァァアア!!

 

 砲弾が横殴りの雨のごとく降り注いだ。

 ジャラジャラと、まるで大当たりしたジャックボックスのように溢れ出す薬莢(やっきょう)。それを尻目に、千冬はテーブルのコーヒーを一口。

 

「……うん。山田先生の淹れたコーヒーは格別だな」

 

「それ、インスタントですよ。この前ホーキンスくんにオススメされたので買ってみたんです」

 

「……………」

 

 1分後、ズタボロになったイントゥルーダーは真耶に拘束された。

 千冬は若干血の味がするコーヒーを、静かに飲み終えた。

 

 ▽

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!?」

「降ろせ! 降ろしてくれぇぇぇ!」

「放すなよ!? 絶対に手ぇ放すなよ!?」

「おいバカやめろ! そいつはジャパニーズの『フリ』ってやつだぞ!?」

「奴の気が変わって本当に落とされたらどうすんだ! このバカ!」

「うるせえ! バカって言った方がバカなんだ! バーカバーカ!!」

「なっ、な、なにをぅ!?」

「上等だ! テメェ海に落っことしてやる!」

「はーっ! 手足縛られた状態でできるもんならやってみろってんだ!」

「「縛られてるのはテメェも同じだろうが!!」」

「ちょっ、暴れんな暴れんな! ロープが千切れたら全員もれなくお陀仏(だぶつ)だぞ!」

 

 ワー! ギャー! と、下で宙づりになっている連中が騒がしい。IS学園を目指しながら、俺達は文字通り海の上を飛んでいた。

 

「(やっぱり、こいつら置いてきた方がよかったか……?)」

 

 もしくは全員の口に粘着テープを貼り付けとくのもありかもしれない。……まあ、今手持ちにはないのだが。

 今後に備えていくつか買ってストックしておくべきだろうな(また同じようなことが起きるのは勘弁してほしいが)。

 ――と、そんなことを考えていた時だった。

 

「……ん?」

 

 後方監視レーダーが、学園へと接近する不審な機影を発見する。

 敵の航空戦力のお出ましか? という考えが脳裏に浮かんだが、直後にハイパーセンサーがその不審機の正体を割り出した。

 

「【白式】の反応……一夏か?」

 

 あいつ、今日は倉持技研に行くって言ってなかったか? たしか、ほぼ1日がそれで潰れるってボヤいていたはずだが。

 しかし、件の一夏と【白式】は連続の瞬時加速で音速を叩き出しながら、何かに()き立てられるようにIS学園へと入って行ってしまった。

 

「(ただごとじゃない様子だったが……)」

 

 どうにも嫌な予感がした俺は速度を上げて学園に戻る。

 それから、逃げ出さないようにと兵士達を縛るロープを学園の正門に固くくくり付け、一夏のあとを追うのだった。

 

 ▽

 

 ――一夏。

 

「(呼んでる。誰かが俺を呼んでいる……!)」

 

 それならば、行かねばならない。応えねばならない。

 

「(俺は(・・)織斑(・・) 一夏(・・)なのだから(・・・・)!)」

 

 瞬時加速で連続ブーストをかけながら学園内へと進入する一夏。

 いつも学園を覆っているはずのエネルギーシールドが消失していることに疑問を感じながら、さらに瞬時加速を行おうとした時だった。

 

「!?」

 

【白式】のハイパーセンサーが何かの反応を捉える。

 

「あれは……!」

 

 学園の渡り廊下、黒いアサルトスーツを着た男達に運ばれながら気を失っている楯無がいた。

 

「その人を――」

 

 瞬時加速。意識を一点に集中させる。

 

「放せぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 突撃と同時に男達を振り払い、楯無を確保する。そのまま一夏は真下の地面に荷電粒子砲を撃って敵の視界を奪う。

 

「らあああああっ!」

 

 速度を乗せた一蹴(いっしゅう)

 その一撃で6人の男達をまとめて壁に叩きつけた。

 

「楯無さんっ! 楯無さんっ!?」

 

 一夏は必死で名前を呼ぶ。生命反応があるから死んでいないのは確かだ。――が、モルヒネを投与された楯無は目を覚まさない。

 

「楯無っ!」

 

 一際強く名前を呼ぶと、やっとその(まぶた)が開いた。

 

「ん……。いち、か……くん……?」

 

「よかった……! すぐ医療室へ連れて行きますね!」

 

 安堵(あんど)の息を吐く一夏。

 しかし、そんな2人の背後で、運良く意識を保っていた傭兵の1人がピストルをホルスターから静かに引き抜いていた。

 マガジンの中に込められているのは、耐弾性を誇るISスーツをも容易く貫徹できる特殊徹甲弾。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 今にも意識を手放しそうになりながら、照準を楯無の心臓へと向ける。

 そして――

 

 ズシィンッ!

 

 トリガーを引こうとした瞬間、傭兵の右隣でいきなり重量感のある着地音が響いた。

 

「!?!?」

 

 ハッとして即座に銃口を向ける――が、手を蹴り上げられてピストルが飛んでいく。

 ゴキッという痛々しい音とともに蹴られた手の骨が折れて悲鳴が漏れるが、そこに容赦のない追撃が待っていた。

 

「ぶぐぇッ!?」

 

 マスクに覆われた顔の、その中心――鼻っ(つら)を狙ったパンチに、傭兵の意識は今度こそ刈り取られた。

 

「ウィル……?」

「ウィリ、アムくん……?」

 

 鼻先が潰れた顔のまま白目を剝いて気絶する傭兵と、その状況を作った張本人とを、一夏と楯無は困惑した様子で視線を行き来させる。

 

「IS学園へようこそ。クソどもめ」

 

 そう吐き捨てるように告げたのはウィリアムだった。

 

「う、ウィル、そいつ……」

 

「ああ、殺しちゃいないから大丈夫だ。しばらく痛みで地獄のような生活にはなるだろうがな」

 

 明日の日の目を拝めるだけマシだろ、と言ってダウンした傭兵を一瞥(いちべつ)する。

 

「俺からも訊きたいことがあるが、そいつは後回しだな。一夏、楯無先輩を。……そっとだぞ」

 

「ああ。楯無さん、もう少しの辛抱ですからね!」

 

「待って……地下……この場所に、……行って。織斑先生達も……そこに……」

 

「分かりました!」

 

「よし、邪魔な隔壁の破壊は任せろ。お前さんは先輩を揺らさないように運べ」

 

「おう!」

 

 受け取ったデータを元に、一夏はウィリアムとともに校舎の廊下を飛翔する。

 

「楯無さん、血が……撃たれたんですか!?」

 

「へーき……」

 

 えへへっと楯無は笑うが、その顔にいつもの余裕はない。

 

「一夏、その怪我は腹から背中側まで通っているか?」

 

「ああ。たぶん貫通してる!」

 

「弾は(ぬけ)ているか。それなら安心、とは言えないが、処置をすれば死ぬことはない。大丈夫だ」

 

「ウィル、いったい何がどうなってるんだ? 説明してくれ!」

 

「ああ。ことの始まりは……――」

 

 地下への最短ルートを邪魔するシャッターをハイドラロケットで吹き飛ばしながら、ウィリアムは一夏に学園が正体不明の勢力に襲われている(むね)の説明を始めた。

 

 ▽

 

「――……俺が知っているのはここまでだ。――よし、着いたぞ」

 

「ここか!」

 

 パネルを操作してドアを開くと、中には織斑先生と山田先生、それに襲撃犯の1人であろう女が拘束されていた。

 

「千冬姉!」

 

「説明はあとだ! 織斑! ホーキンス! すぐに篠ノ之達の救援に向かえ!」

 

「「救援!?」」

 

 まさか、電脳世界とやらでラウラ達の身に何かあったのか……!?

 

「位置情報を転送する! 急げ!」

 

「は、はいっ!」

「イエス・ミスッ!」

 

 俺達は楯無先輩を山田先生に任せて、来た時と同じように全速力で廊下を進んだ。

 

「ちくしょう! ラウラ達に手ぇ出したクソ野郎を見つけたらぶん殴ってやる!」

 

「俺にも殴らせろ! そいつが何者かはわかんねえけど絶対に許さねえ!」

 

 確かな怒りの感情に拳を握りしめながら、教えられた部屋の前でISを解除し、中へと入る。

 その真っ白な部屋の中には、眠っているラウラ達と、狼狽(うろた)える簪がいた。

 

「あ……。2人、とも」

 

「簪? 状況を教えてくれ」

 

「悪いがほとんど何も聞かされていなくてな」

 

「え、ええと……」

 

 口下手な簪に詰め寄って説明を急がせるのは悪かったな。

 そう思っていると、メールの着信メロディーが鳴った。

 

『織斑くん、ホーキンスくんへ。

 今現在このIS学園は何者かのハッキング攻撃によって無力化されています。

 コントロールを奪還すべく電脳世界に進入した篠ノ之さん達も、同様に何かしらの攻撃を受けて連絡がつきません。また、このままでは目覚めることもないでしょう。

 そこで2人には同じようにISコア・ネットワーク経由で電脳世界へダイブし、みんなの救出をお願いします

 よろしく頼みます。

 更識 簪より』

 

 ……オーケーだ。まだ不確かなことも多いが、やってやる!

 

「それで、電脳世界にダイブってどうするんだ!?」

 

「あれか? なんか催眠電波を出す的なハイテク装置でもあるのか?」

 

「……………」

 

 簪が手にスタンガンを持っている。……おい、まさかとは思うが……。

 

「おい、かんざ――」

 

 バリバリバリバリバリバリバリッ!!

 

「ししししししぃぃぃぃ!?」

 

 バタリと、横で膝から崩れ落ちて動かなくなる一夏。ワオ、超ローテク。

 

「ストップ、ストップだ簪。『次は君ね』みたいな感じで俺の首元にそいつを近づけるのはよしてくれ。そもそもそいつをどこで手に入れた?」

 

「お姉ちゃんが、護身用に持ってなさい、って……」

 

 あんのシスコン生徒会長め……。

 

「と、とにかく、せめてスタンガン以外の方法にしてくれ。電気だけは勘弁だ」

 

「じゃあ、これ……」

 

「なんだこれ?」

 

 ゴソゴソと鞄の中から出されたのは、ラップに包まれたBLTサンドだった。

 

「サンドイッチでどうやって――モガァッ!?」

 

 有無も言わさず口に押し込まれるBLTサンド。こ、これは、この強烈な味は……!

 

「せ、セシリアの……惨弩逸散(サンドイッチ)ぃ……!?」

 

 口いっぱいに形容しがたい味が爆発的に広がっていく。

 辛い。

 甘い。

 酸っぱい。

 苦い。

 マズイ。

 ヤバい。

 口の中が味のパンドラボックスのようだ。

 意識が……持って行かれる……。

 

「おい! あの危険物はキッチリと無毒化した上で地中深くに埋めとけよ!」

 

 ガバッと身を起こす俺。

 ――ん?

 いつの間に横になったのか。そして、目の前に広がる草原は何なのか。

 

「ウィル、起きたか?」

 

「あぁ、一夏か。……ここがその電脳世界って所か?」

 

「みたいだな」

 

《森の中に急いで。そこにあるドアの先にみんながいるはず》

 

 簪の声が頭の中に響いた。

 

「「了解!」」

 

 俺達は力強くうなずいて、駆け出した。

 

 



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68話 ワールド・パージ

「わああっ」

 

 ザアザアと雨が降る中、あたしと一夏は(かばん)で頭をガードして走る。

 

「鈴! 取り敢えずバス停だ!」

 

「うん!」

 

 あたし達は徒歩通学だからバスには乗らないけど、ひとまず土砂降りを回避するためにバス停の軒下に入った。

 

「いきなり降り出してきたなぁ」

 

「ほんとね……。ああもう、グショグショ」

 

 水を吸った髪を鬱陶(うっとう)しく手で払っていると、フワリとあたしの頭に何かが乗った。

 

「タオル、使えよ」

 

「う、うん、ありがと。一夏は?」

 

「俺は別に大丈夫だから」

 

 そう言って、優しくあたしの頭を拭いてくれる。

 ……えへへ、こういう優しいところ、大好き。

 

「なあ、鈴」

 

「ん、なに?」

 

「体も拭いてやるよ」

 

 そう言っていきなりあたしの体を制服の上から拭き始める。

 

「――って、バカ!」

 

 ゴツン! と、鉄拳制裁。

 

「あいたた」

 

「スケベ……」

 

「たははは……」

 

 最近の一夏は、隙あらば体に触れようとしてくる。

 も、求められてるってことはわかるけど……。初めてはやっぱり、ロマンチックな方がいい。

 

「っとに、もう……」

 

 でも、――嫌いじゃない。

 

「(一夏に触られると、体がポワッてする……)」

 

 心地良い。

 気持ちいい。

 ずっと続けて欲しい。

 ……それが、あたしの本心。

 

『ワールド・パージ、完了』

 

 頭の中で何か聞こえた気がしたが、今はそんな事どうでもいい。

 

「(きょ、今日こそは、いいよね……?)」

 

 自分に訊いてみる。

 ――トクン。

 響く、胸の鼓動。

 それが返事。

 

「あ、ああっ、晴れてきたわねえ!」

 

「ん、そうだな」

 

「じゃ、じゃあっ、あたしのウチ行こっかっ!? こ、ここからだと近いし!?」

 

「おう。シャワー貸してくれよな」

 

 ――ドキッ!

 

「髪、濡れたから」

 

「う、うん! あは、あははは!」

 

 あたしはいよいよ胸のドキドキに耐えられなくなって、変な笑い声を上げてしまった。

 

「行こうぜ」

 

 自然に手を握られる。

 あたしは少し遠慮がちに握り返して、うなずいた。

 

「……うん」

 

 それから、焼けたアスファルトが天に濡れた匂いの中、2人で歩いた。

 目的地はあたしの家。中華料理屋『鈴音(リンイン)』。

 両親のあたしへの溺愛っぷりは、ちょっと恥ずかしい。

 今日は休業しているからのれんは出ていない。

 あたしと一夏は店から母屋に入って、一応、その、リビングで立ち止まった。

 

「あー、うー、えーと……」

 

 手はまだ握ったままだ。

 あたしは繋いでない方の手を開いたり閉じたりする。

 

「ど、どうする? さ、先にシャワー?」

 

「そうするか」

 

 一夏がうなずく。

 あたしは一夏のシャワーシーンを想像して独り赤くなった。

 

「(そ、そうだ! その間に下着を替えとかないと……!)」

 

 ドキドキドキ。

 

「鈴」

 

「えっ!? な、なに?」

 

「シャワー、一緒に入るか?」

 

 …………。

 ボッ、と。あたしは耳まで紅潮する。

 

「スケベ!」

 

 思いっきり足を踏んで、一夏の手から逃げ出す。

 そのまま階段を上がって、あたしは2階の自分の部屋に逃げ込んだ。

 

「はあ、はあ、はあっ……」

 

 突然の全力疾走に呼吸が乱れる。

 ――シャワー、一緒に入るか?

 

「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 取り敢えずベッドの枕をボスボス殴る。

 

「と、とにかくっ」

 

 着替えないと!

 あたしは思考を切り替えて、下着の入っている引き出しを開けた。

 

 ▽

 

「なんだ、ここ……」

 

 ドアを開けた先に広がっていたのは、夕焼けのオレンジに染まった住宅街だった。

 ドアの先がなぜ住宅街に繋がっているのか、わけがわからず、俺は周囲に視線を巡らせる。……どう見ても極々普通の景色だが……。

 

「……知ってる場所だ」

 

 ポツリ、と。一夏がそう呟いた。

 

「『知ってる場所』? そいつはどういうことだ?」

 

「ここ、俺が中学のとき何回も通った道にそっくりなんだよ」

 

「つまり、ここは誰かの記憶から創り出されたビジョンということか……?」

 

「もしそうなら行くべき場所がなんとなくわかる気がする。ウィル、ついて来てくれ」

 

「あいよ。しっかり道案内してくれ」

 

 俺達は雨上がりの濡れた道路を蹴って走り出す。

 そうして案内されるがままたどり着いたのは、1軒の中華料理店だった。

 

「なんだ、お前さん中華が食いたい気分なのか?」

 

「んなわけないだろ、こんな時に」

 

「冗談だ。――ここが目的地(行くべき場所)なんだな?」

 

「ああ!」

 

 今は営業時間外なのだろう、店内は真っ暗でのれんも出ていない。

 その店の引き戸を開けて中へ入って行く一夏に続き、俺は店内へと踏み込んだ。

 

 ▽

 

「(あった……!)」

 

 引き出しの置く、そこに隠すようにして置いてあった下着を取り出す。

 この日のために奮発して買ったもの、所謂(いわゆる)『勝負下着』というやつで、正直あたしには似合ってないかもしれないけど……。

 

「(でも、さすがに今のままじゃ……)」

 

 スカートを(まく)って姿見に映す。

 はいているのは白と緑のストライプ。これではあまりに色気が無さすぎる。

 

「(これじゃあ、ダメだよね……)」

 

 でも、自分の体に自身がない。

 

「(ううん! 一夏ってスケベだし、大丈夫よ、うん! 大丈夫!)」

 

 そうと決まれば着替えなくては。

 パンツの両端に指をかけてスルスルと下ろしていく。

 ちょうど膝まで下りたところで、ガチャリとドアが開いた。

 

「!?!?!?」

 

「鈴、シャワーあがったから」

 

「な、な、な、な……」

 

 突き出したお尻。膝まで下げたパンツ。一夏はあたしの背中を見ている。

 

「きゃああああああああっ!!」

 

 ドガッ! バキッ! ゴスッ!

 

 ――バカバカバカバカバカバカバカ!

 ――ヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイ!

 ――スケベスケベスケベスケベスケベ!

 とにかくもうわけがわからない。

 あたしは手が痛くなるまで滅茶苦茶に一夏を殴った。

 

「鈴……」

 

「えっ。……あっ」

 

 そっとあたしの手を包み込み、腕を下げる一夏。

 クルリと体を回され、背中を向けさせられる。

 そして、そのままあたしは抱きしめられた。

 

「……………!?」

 

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ――!!

 

 心臓の音がうるさいくらいに響いている。

 破裂しそう。

 心も。

 体も。

 

「鈴」

 

 耳元で一夏が(ささや)く。

 あたしは一度ビクッと身を震わせてから、恐る恐る訊いた。

 

「な、なに?」

 

 ドクッ、ドクッ、ドクッ……!

 

「お前が欲しい」

 

 ――ドキンッ!!

 

「あ、あ、あっ……」

 

「鈴……」

 

 チュッ、とうなじにキスされる。

 

「あ、あのっ、い、いい、一夏さあ……な、なんか、その……か、かか、硬いモノが……当たってるんですケド……?」

 

 チュゥ――と、今度はキスした場所を吸って……。

 

「当ててるんだよ」

 

 甘い囁き。

 あたしは、ポフッと頭が沸騰した。

 

「鈴……ベッドに」

 

「う、うん……」

 

 後ろから抱きしめられる格好から、お姫様だっこに変わって、あたしは生まれたての仔猫(こねこ)のように簡単にベッドまで運ばれてしまう。

 

「下ろすぞ」

 

 言いながら、また首筋にキス。

 

「にゃぁ……」

 

 腰が抜けて動けない。

 体が火照って暴走してる。

 ()だった頭は、もう一夏のことしか考えられない。

 ボーっとしている間にセーラー服は脱がされ、ブラのホックを外され、そしてとうとうパンツに指をかけられた。

 

「あっ、ま、待って……」

 

「待てないさ」

 

 シュルリ……。パンツを片側から下ろされていく。

 

「ぁ、ぁ……」

 

 ダメなのに。

 イケナイのに。

 ……でもダメじゃない。

 ……でも、イケナくない。

 

「一夏ぁ……」

 

 あたしは甘い猫なで声で(まぶた)を閉じた。

 ――刹那。

 

「てめええっ! 鈴に何してやがる!」

 

「いやホント何やってんだコイツ!?」

 

 突然、部屋のドアが荒々しく開かれる。

 そこから入って来たのは――。

 

「え、え、一夏……? ――と、誰?」

 

「誰っておまっ……! (ひで)ぇなオイ!」

 

 見たことのない白い制服を着た一夏と、同じく白い制服を着てはいるが知らない男子だった。

 見たことのない(・・・・・・・)……? 知らない男子(・・・・・・)……?

 ――違う。あれはIS学園の制服で、一夏の隣にいる男子はウィルだ。

 

「(え、でも、一夏は目の前にいて、それがあたしの理想で、あたしだけの『世界』で――)」

 

『ワールド・パージ、異常発生。異物混入。排除開始』

 

「きゃあああああああっ!?」

 

 い、痛い! 痛い痛い痛い!

 頭が痛い! 外からも内からも痛い! 割れそう! 死ぬ! 死んじゃう!

 激痛の中、あたしに覆い被さっていた学ランの一夏は、IS学園制服の一夏に殴り飛ばされた。

 ギョロリ、と。学ラン姿の一夏の目、その白目だった部分が真っ黒なものへと変わる。まるで眼球を黒一色のガラス玉にしたようだった。

 

「命令遂行。障害排除」

 

 無機質な声。しかし、それは一夏の声で、けれども似ても似つかない響きをしていた。

 なに、なんなのこれ、なんなのこれぇ! どうなってんの!?

 

「助けて、一夏ぁっ!!」

 

 あたしは泣きながら叫んだ。

 

「大丈夫だ」

 

 ガシッ、と。

 力強い腕があたしを抱いた。

 

「俺はここにいる」

 

 ――ああ。

 ああ。

 あぁ……。

 

「(一夏だ……)」

 

 これが一夏だ。ホンモノの一夏だ。

 わかる。

 頭じゃない。

 体じゃない。

 心じゃない。

 魂で、そうだとわかる。

 

「だったら――」

 

 ギリィっと、痛みを奥歯で殺しながら、IS【甲龍】を展開する。

 

「命令遂行、障害排除。処分、消去、抹消」

 

 偽物(にせもの)の一夏があたし達へと飛びかかってくる。

 

侵入してきた奴( バイきん野郎 )がなに言ってやがる。排除されるのはお前の方だ!」

 

 ウィルがニセ一夏を真横から引っ掴み、大きく勢いをつけて壁に叩きつける。……ナイスよ。

 

「消えなさいよ、偽物!」

 

 あたしは『衝撃砲』を最大出力で放った。

 まるでレンガのようにバラバラになるニセ一夏。それと同時に、部屋も崩れ始める。

 

「鈴! ウィル! 走るぞ!」

 

「うん!」

 

「ああ!」

 

 ドアに向かって、あたし達は走った。

 そして、光に包まれて――。

 

 ▽

 

「ここは……?」

 

「森の中……みたいね」

 

「戻ってこれたようだな」

 

 俺達が出てきたドアは光の粒になって消えた。

 あと4つのドアが支えもなく森の中に立っているのは、なんともシュールな光景だ。

 

「あ」

 

「?」

 

「どした?」

 

「いや、鈴……その格好は……」

 

「え?」

 

「おっと、こりゃまずい」

 

 一夏がフイッと顔を背け、俺は体ごと後ろを向かせる。鈴は「?」といった顔で自分の姿を見た。

 

「きゃあああああっ!?」

 

 あぁ、絶対にこうなると思ったよ。

 鈴の格好はというと、ニセ一夏に脱がされて半裸のセーラー服姿だった。

 

「先に言っとくが、俺はなーんにもやってないし考えてもないからな? じゃないとラウラに殺されちまう」

 

「い、い、いい、一夏ぁ!」

 

「待て待て! 俺もやってないぞ! 俺じゃない! あれは俺じゃないんだから殴ったり蹴ったり衝撃砲を撃ったりするのは――」

 

「……なさいよ」

 

「え?」

 

「き、着せなさいよ、服!」

 

 ……………。

 

「はあ!?」

 

「いや、そうはならんだろ……」

 

 あまりに突拍子もない台詞に俺は思わず声に出してしまう。

 

「あ、あああ、アンタが脱がしたんでしょうが!」

 

「俺じゃないっつの!」

 

「だ、だって、だって、あんな……っ」

 

 突然、鈴が涙声になった。

 

「あんなぁ……あんなぁ……。うええっ……」

 

「ああ、いや、その……」

 

 明朗快活を地でいくようなあの鈴が泣き出してしまった。そんな予想外の事態に一夏も狼狽(ろうばい)してしまう。

 

「(しかし、まあ……)」

 

 このままにしておけない、となるのが織斑 一夏という男なわけで。

 

「鈴」

 

「ひっく……ぐすっ。……なによ?」

 

「ほ、ほら。着せてやるから。こっちこい」

 

「え、あ……。う、うん……」

 

 キョトンとして、驚いた鈴がショックで泣きやむ。

 ……それで、いったい俺はいつまで後ろを向いてりゃいいのだろうか。

 

「そ、そういえばアレだな、この制服、懐かしいな!」

 

「そ、そうね! 懐かしいわね! あは、あはは!」

 

 緊張からだろう、変な空元気で笑う一夏と鈴。そんな2人を他所に俺は口の中の違和感に顔をしかめさせた。

 ……セシリアの惨弩逸散(サンドイッチ)、なんか以前よりも威力と残留性を増してないか? まだ口の中にあの味が残ってるんだが。

 

「(まったく、俺の胃袋はマルコニウム製じゃないんだぞ……)」

 

 とにかく、戻ったら簪に文句の1つでも言ってやらねば。

 と、それはさておき、そろそろ振り向いてもいいだろうか――

 

「……り、鈴……さん? 下は自分で……」

 

「……………」

 

「うぅっ……」

 

 まだ終わってなかったんかい。ていうか、まさかパンツまで着させるつもりかよ。こいつら、ここには俺もいること忘れてないだろうな?

 

「おい、一夏」

 

「な、なんだよ……?」

 

「もうしばらく後ろ向いててやるから、さっさと済ませてくれ」

 

「ウィルまで……!? ああもうっ、わかったよっ」

 

 それから、パンツ触るぞ、とだけ告げて一夏は鈴の下着に手を伸ばす。

 時間にして3分ちょっとだろうか。ふうっ、と一夏が少し疲労の混じった息を吐いたのを合図に、ようやく鈴のパンツを着け終えた。

 

「あー、振り返っても大丈夫か?」

 

「おーう、もういいぞー……」

 

 クルリと、元の方向へと向き直る。

 

「……………」

 

 ()でダコのごとく顔を真っ赤にした鈴と、鈴ほどではないがわずかに耳の赤い一夏が互いにそっぽを向いて背中合わせになっている。

 さて、これからどうしたものか。

 

「あの……!」

 

「「「!?」」」

 

 いつの間にそこにいたのか、森の茂みに半分姿を隠した簪がいた。

 

「か、簪っ……」

 

「い、い、いたんなら、声かけなさいよ!」

 

「じゅ、寿命が縮むかと思ったぞ……!」

 

「声をかける……雰囲気じゃなかったので……」

 

「「う……」」

 

「そりゃたしかにその通りだわな」

 

 ガサガサと茂みから出てくる簪。

 

「取り敢えず、一度……私は鈴さんを連れて……ここを出ます。任務続行は……難しいでしょう……」

 

「あ、あたしはまだやれるわよ!」

 

「いえ……ISになんらかの攻撃を受けた可能性が……高い、です。一度、帰還しましょう……」

 

 冷静な簪の言葉に鈴は渋々(しぶしぶ)うなずく。

 

「わかったわよ……」

 

「それでは……一夏とウィリアムは、他のみんなを……」

 

「おう。あ、簪。ちょっと待った」

 

「……?」

 

「葉っぱ、髪についてる。ほら」

 

「あ……」

 

 うつむいて、モジモジとする簪。電脳世界でも一夏のタラシっぷりは健在らしい。なんというか、逆に安心したぜ。

 

「あー! なんか! 衝撃砲のテスト発射をしたいわねえ!」

 

 いきなり鈴がわざとらしい大声を出す。

 

「な、なんだよ、鈴」

 

「べ・つ・に・い!?」

 

 怒り心頭の鈴に、一夏はなぜ怒られているのかわからず困り顔を浮かべた。

 

「じゃ、じゃあ、そういうことで!」

 

「あ、こら、待て一夏!」

 

「そういうことで、って。おーい、一夏! ドアはそっち方向じゃないぞー!」

 

「わかってるー! すぐ戻るから待っててくれー!」

 

 織斑 一夏、逃走。

 

「帰ってきたら覚えてなさいよ、一夏ぁ!」

 

 一夏はドアには行かず、鈴から逃げるために一旦森の中へと入って行くのだった。

 

 ▽

 

「ふう……」

 

 わたくしの名前はセシリア・オルコット。イギリスで最大規模のオルコット社を束ねる若き総帥(そうすい)

 一流の調度品に囲まれた執務室で今日の職務を終えたわたくしは、特別性の小さなプラチナ・ベルを鳴らした。

 

 チリリン……

 

 繊細で透き通るような音色が響く。それからピッタリ3秒経って、ドアが開いた。

 

「お呼びですか、代表」

 

 部屋に入って来たのは、執事服がよく似合う黒髪の男子。

 わたくし専属の執事で昔から仕えてくれている――織斑 一夏。

 喜びに表情を明るくしたいところですけれど、ここは敢えてムッとした表情を浮かべてみることにした。

 

「……わたくし、今日の職務はもう終わっていますの」

 

「失礼しました。お嬢様」

 

 うやうやしくお辞儀をする一夏さん。

 けれど、そうじゃない。

 

「もうっ。2人きりの時は……わかっているでしょう?」

 

「はは。ごめんよ、セシリア」

 

 幼馴染の一夏さんは時々こんなイジワルをする。

 でも、そんな茶目っ気のあるところも……好き。

 

「(そう、織斑家は代々オルコット家に仕える家柄で、昔からずっと一緒に――)」

 

 ――一緒に?

 一緒にいたのは……ええと……。

 

『ワールド・パージ、開始』

 

「(――そう! 一夏さんですわ!)」

 

 今は主従の関係ですけれど、いずれは将来を誓い合う仲。ですから、2人きりの時はうんと甘えることにしていますの。

 

「(……本当は恥ずかしい時もありますけど)」

 

 まるで2人だけが世界から切り離されているように、心地良い。

 これが夢なら覚めないでほしい。

 ずっと(ひた)っていたい。

 ずっと、ずっと――。

 

『ワールド・パージ、完了』

 

「?」

 

「どうしたんだ、セシリア」

 

「一夏さん、今何か言いまして?」

 

「いや、何も」

 

「そう。それならよろしいですわ」

 

 今日は特別な木曜の夜。

 これから始まる秘め事に、心を踊らせずにはいられない。

 

「(昨日はケーキを我慢しましたし、大丈夫ですわ)」

 

 そう思いながら、わたくしは一夏さんを従えて1階のバスルームへと、はやる気持ちをおさえながら向かう。

 豪華なシャンデリアの照らす階段を下りて、バスルームへと。

 わたくしの心臓はドキドキと高鳴る。

 

「それでは5分後に」

 

「ああ。アロマはどうする?」

 

「ふふっ。お任せしますわ」

 

 優雅にウインクをして、わたくしはドアを閉じる。

 全てが一流職人手作りの脱衣所で、ゆっくりと服を脱ぎ捨てていく。

 片付けるのはもちろん、一夏さん。

 

「(さて、と)」

 

 イヤリングを外し、ヘアバンドを取って、わたくしは生まれたままの姿になる。

 そうしてバスルームの中へと入ると、すでにお湯の張られた足つきバスタブが湯気でわたくしを歓迎した。

 

「(今日は週に1度の特別な日……ですものね)」

 

 ドキドキドキ。

 ノブをひねって熱いシャワーを浴びながら、わたくしの胸の高鳴りは増していくばかり。

 

「セシリア、入るよ」

 

 ドキィッ!

 

 ――一夏さんの、ドア越しの声。

 けれど慌てず、わたくしはシャワーのお湯を止めて冷静に応える。

 

「え、ええ。よろしくってよ」

 

 ガチャ、と。ドアの開く音。

 それからペタペタと一夏さんの素足の音が聞こえて、わたくしは顔を紅潮させてしまう。

 

「(そ、そう、今日は一夏さんが体を洗ってくださる日……)」

 

 もちろん、目隠しはさせていますけど。

 バスタブにアロマを注いだ一夏さんは、いよいよわたくしの真後ろに立つ。

 

「お待たせ、セシリア」

 

「え、ええ……」

 

 わたくしは恥ずかしさで振り向けない。

 

「(も、もし、一夏さんが目隠しをしてなかったら……)」

 

 そう考えると頭が沸騰してしまいそうで、わたくしはチラリと後ろを盗み見る。

 

「(め、目隠しは……していますわね)」

 

 ホッとしたような、ガッカリしたような。

 わたくしの後ろにはいつもと同じ、シャツとズボンだけの一夏さんが立っていた。

 

「じゃあセシリア、洗っていくから」

 

「お、お願いしますわ」

 

 上ずってしまった声を恥ずかしく思っていると、泡だったボディーウォッシャーが背中に触れた。

 

「(あっ……)」

 

 優しい手つきで背中を洗われ、気持ちよさが込み上げてくる。

 いつも背中から洗い始める一夏さんの手は、一度首を()でてから腰へ、そしてさらに下へと向かっていく。

 

「(い、いよいよですわね……)」

 

 そっと、一夏さんの手がわたくしのお尻に触れる。

 触れたのはボディーウォッシャーではなく、ソープをつけた素手。

 わたくしは頬を朱に染めながら、その至福の時を味わった。

 

「(は、恥ずかしいですけれど……やっぱり気持ちいい……)」

 

 ほうっ、と溜め息を漏らすと、耳元で一夏さんが囁いた。

 

「セシリア、お尻少し大きくなった?」

 

「えっ!? そ、そんなことはありませんわよ?」

 

 ドキドキドキッ……!

 

「だって、ほら。ここの肉付きがすごくエッチになってるぞ」

 

 ツツ……と、指先がお尻を撫でる。

 

「ひゃんっ!?」

 

「下着のサイズ、調整しないとな」

 

「あ、あの、別に、その、……ふ、太ったわけでは……」

 

「わかってるよ。……エッチなセシリア」

 

 はむ、と耳を甘噛みされた。

 予想外の行動に、わたくしはヘナヘナと座り込んでしまう。

 

「い、一夏さん……」

 

「セシリア、次は前の方を洗おうか」

 

「っ…………」

 

 少し待って、わたくしはコクンとうなずいた。

 

 ▽

 

「よし、次はこのドア行くぞ」

 

「おう」

 

 ウィリアムと一夏は、森の中に突っ立っている残り4枚のドアのうち1枚の前に立っていた。

 

「さっきのニセ一夏みたいに、次も変な奴が潜んで可能性があるからな。気をつけろよ?」

 

 言いながら、ノブをひねるウィリアム。

 ガチャッ、と音を立てて次の世界へと繋がるドアが開いた――その時だった。

 

『グルルルルル……』

 

「あん?」

「なんだ?」

 

 背後――の、地中から響いた唸り声のような何かを聞いて、2人は足を止めて視線を向ける。

 

《っ……!? 2人とも、今すぐそこから離れてっ……!》

 

 簪の焦燥した声が響いた直後、ゴゴゴゴ……! と地響きを立てながら草地を大きく盛り上げ、そして『何か』が地面を割って飛び出てきた。

 

『グゴアアアアアアアッ!!』

 

 飛び散った大量の土が雨のように降り注ぐ。

 しかし、ウィリアムと一夏にそれを払う余裕はなく、その『何か』を見上げたまま放心していた。

 

「う、ウィル……俺、変な夢でも見てるのか……?」

 

「……ここがすでに夢の中みたいなもんだろ……」

 

「は、ははっ。それな! ……じ、じゃあ、あの滅茶苦茶デカイイモムシも……夢、だよな……!?」

 

米軍主力戦車( エイブラムス )よりデカイ図体(ずうたい)のイモムシがリアルにいてたまるかよ……!」

 

 そいつは、少なくとも体長10メートル以上。頭には目がなく、口は鋭いくちばしのようなものが3(また)状に大きく開くような構造をしている。

 まず現実にはいないだろう、まさにモンスターが2人の前に現れたのだった。

 

『ググルルル……』

 

 ガパァ……と開かれる異形の口。その奥から、さらに3本の触手がゆっくりと這うようにして出てくる。

 どう見てもマズイ状況なのは確かだった。

 

「に……」

 

『グゴアアアアアアアアアアッ!!』

 

「逃げろォォォォォォォ!!」

「うおおおおおおおおお!!?」

 

 モンスターの咆哮にも負けず劣らずの絶叫を上げながら、2人は死にものぐるいで全力疾走を開始した。

 

「な、ななな、なんだあのキモい奴はあああ!?」

 

「か、簪! いったいどういうことなんだ!?」

 

《恐らく、さっきの鈴さんの件で何者かが防衛プログラムを起動させたんだと思う……!》

 

「防衛プログラムぅ!? あのイモムシがか!?」

 

 通信越しに話す簪の言葉に、ウィリアムと一夏は走りながら続きの言葉に耳を傾ける。

 

《入り込んだ異物、つまり2人を排除しようとしてる……!》

 

「何か切り抜ける方法はあるのか!?」

 

「逃げてるだけじゃ(らち)があかねえぞ!?」

 

《もう少しだけ待って……! 今、突破用のシステムをプログラミングしてるから……!》

 

「ちなみにどれくらいかかる!?」

 

《あと3分……!》

 

 ウィリアムの問いに答えながら、簪はカタカタカタッと、キーボードをすさまじい速さで叩く。

 

「3分だな!? よし!」

 

 そう呟いたウィリアムが、いきなり進路を変えて一夏から離れて行った。

 

「あっ! おい! ウィル! お前なにしてんだよ!?」

 

「そら! こっち来てみろ、このクソイモムシ野郎! 一昔前のパニック映画に出てくるような見た目しやがって!」

 

 わざとらしく大声を上げるウィリアム。当然、モンスターは目立つウィリアムへと狙いを定める。

 ただの人間とモンスター。その身体能力は歴然で、巨体に見合わぬ速度でジワジワと距離を詰めてくるそいつは、口の中から伸ばした3本の触手でとうとうウィリアムを捕らえた。

 

「ぐお!? くっ、このッ!」

 

「ウィル!!」

 

「うわっ、なんだこいつ! 妙にヌメついてるし(くせ)えぞ!?」

 

「待ってろ! 今助けるぞっ!!」

 

「よせ! 来るな! 3分(かせ)げば簪がこいつに反撃できる方法を作ってくれるんだろ!」

 

 言いながら、しかし、すさまじいパワーで引っ張られるウィリアム。

 

「チキショー! 俺なんか食っても美味くねえぞおおお――」

 

 ゴクン……ゲップ……

 

 触手ごと口の中に引きずり込まれていたウィリアムの体が、とうとうモンスターに丸呑みされてしまう。

 そして、それと時を同じくして一夏の体を光の粒子が包んだ。

 

「な、なんだこれ……!?」

 

《データのインストール、完了……!》

 

「これは……?」

 

 一夏は全身黒ずくめの格好にガスマスクをした、特殊部隊のような姿をしていた。

 しかも、肩からブランとぶら下がっているのは自動小銃だ。――これならあのモンスターを倒せる!

 

「ウィルを……」

 

 一夏はすかさず自動小銃を構え、ウィリアムを丸呑みにしたモンスター目掛けて引き金を引いた。

 

「放しやがれええええ!!」

 

 タタタタタタタタッと、軽快な銃声を響かせながら放たれた高速弾は、吸い込まれるようにしてモンスターの頭部に無数の穴を開ける。

 マガジン1箱分の斉射を受けたモンスターは苦しそうにもがいたあと、力が抜けたように動かなくなった。

 

「やったか!?」

 

《それは一番言ってはいけない台詞……》

 

 思いっきり嫌なフラグを立てる一夏に簪が苦言を(てい)すが、モンスターがそれ以上起き上がることはなく、白い光に包まれて、パッと弾けるように霧散した。

 

「ウィル!」

 

 銃を乱暴に肩にかけ直し、一夏はシステム構築の時間を稼ぐためモンスターに丸呑みにされた親友の元へと駆け寄る。

 

「おう、一夏……。ナイスだ……。よくやってくれた……」

 

 ベチャッ、ベチャッ、と体中についた謎の粘液(しかも、なんか臭いしテカテカしてる)を(したた)らせながらウィリアムは言う。

 

「お、おい。お前大丈夫か?」

 

「……何が?」

 

「なんかこう……目が死んでるっていうか……」

 

「ふ、ふふふふふふ……」

 

 突然、ウィリアムが不気味に笑い始める。うつむいた顔から表情を伺えないのが、その気味悪さに拍車をかけていた。

 

「学園を襲撃してきたクソどものせいで放課後の予定が丸々潰れ、一段落済んだと思ったら今度は口にサンドイッチの形した劇物を突っ込まれ、そんでもってあの人食いイモムシに追い回された挙げ句、唾液(だえき)だかなんだか知らん(くせ)ぇ粘液まみれにされて、大丈夫かだって? ああ、もちろんだとも。くくくっ、ふ、ふふふふふははははは……!」

 

「お前マジで目が()ってるぞ!? 気をしっかり持て!」

 

「あーっはははははーっ!」

 

「ウィルーーーー!!?」

 

 ……

 ………

 …………

 

「はぁ……、よし。もう大丈夫だ。世話かけたな」

 

 パンパンッと両頬を叩いて気合を入れ直すウィリアム。

 なんとか正気に戻った彼は、そういえば……と、一夏の格好を見て口を開いた。

 

「武器はわかるが、なんだってお前さんSAS(イギリス特殊部隊)のコスプレなんざしてるんだ?」

 

「さあ? 武器と一緒に出てきたから俺もわかんねえ。――簪、なんで格好まで変わったんだ?」

 

《さっきの防衛プログラム、あれは1度認識した対象に向けて作動する。そして、2人はプログラムに『敵』と認識された》

 

 通信だと言い淀まずにスラスラとしゃべる簪に、「ふむ」と相槌(あいづち)を打つ2人。

 

「つまり、今の俺達は指名手配犯みたいなもんか」

 

「なんか嫌だな、その例え……」

 

《ウィリアムの言う通り。だから、防衛プログラムの目を(だま)す必要がある》

 

「騙すってどうやってするんだ?」

 

「そういうことか。つまり、別の存在だと認識させることで、1回限りだがプログラムから隠れることができるわけだ。そしてその方法が……」

 

《変装》

 

「ってなわけか」

 

「だから格好まで変わったのか」

 

 ポンポンと、黒いボディーアーマーを叩きながら、一夏が「なるほどな」と呟く。

 

「なら簪、俺の分も早速やってくれ。さすがに全身粘液まみれのままじゃいたくねえ……」

 

《少し待ってて》

 

「せっかくだからカッコいいので頼むぜ?」

 

 通信回線越しにカタカタというキーボードの音を聞きながら、ウィリアムは自分がどんな格好になるのかを想像する。

 

「(一夏の格好がSASだったからな。ここは海兵隊……いや、シールズのミッション・ドレスか? うーむ、以外とSWATとかもありえそうだな……!)」

 

《インストール、開始……》

 

「うおっと!?」

 

 突然現れた光の粒子がウィリアムの全身を包み込む。

 そうして出てきたのは……。

 

「こ、こいつは……」

 

 ――海兵隊でもシールズでも、SWATのどれでもなかった。

 袖をまくったポロシャツにサスペンダー付きの茶色いズボン。頭には目元に穴の空いた頭陀袋(ずだぶくろ)を被っている。

 そして何より、その手には大型の動力付き伐採機――つまり、チェーンソーが握られていた。

 

「って! これどう見たって某サバイバルホラーゲームの敵モブじゃねええかああああ!!」

 

《ごめん……。一夏に先にデータを送ったから、今は残ったそれしかない……》

 

「逆にこの格好があったことに驚きだよ! なんだよ! チェーンソー振り回して敵を切り刻めばいいのか!? 一夏のとか滅茶苦茶カッコいいじゃねえか!」

 

「お、落ち着けってウィル……」

 

「あーりえんなー!!」

 

「そ、そんなこと言うなって。ほら、な? け、結構似合ってるぜ?」

 

 フォローのつもりだったのだろう、一夏の言葉にウィリアムがピクッと反応する。

 

「……似合ってる、だと?」

 

「お、おう――」

 

「じゃあお前、服脱げお前ェ! 今すぐ俺のと交換しろお前ェ! お前の方がもっと似合うから! ほら! なあ!?」

 

「お、俺よりウィルの方が似合ってる、と思うぞ……?」

 

「目ぇ逸らしながら言うなッ!! ちくしょう! いつも貧乏くじばっか引かされる!」

 

《帰ってきたら他の服も用意しておくから……》

 

「簪もそう言ってるし。ほ、ほら、そろそろ行こうぜ」

 

「……俺が何したっていうんだこんな理不尽が許されてたまるかこうなったのも全部襲撃犯のクソ野郎どものせいだ許さん許さん絶対許さん……!」

 

 ドス黒いオーラを放ちながらブツブツと呪詛(じゅそ)のように呟くウィリアムを連れて、一夏は青い色をしたドアのノブに手をかけた。

 

《気をつけて。またニセ一夏に襲われる可能性が高いから》

 

「大丈夫だ。今回は武器があるし、それに……」

 

 と、一夏は視線を左隣に移す。

 そこには、セルモーターに繋がるワイヤーを引っ張リ、チェーンソーを始動させるウィリアムがいた。

 

 ブゥン! ブゥン! ヴィィィィィィンッ!!

 

「……なんかウィルの()る気がすごいしな……」

 

 心の中で、もう本当に某ゾンビゲーのクリーチャーにしか見えねえよ……と呟く一夏。

 

テ・ボイヤ・マタァル!(野郎ぶっ殺してやる!)

 

「……………」

《……………》

 

 なぜかスペイン語で物騒な発言をするウィリアムは、どこからどう見ても完全に某ゾンビゲーのクリーチャーだった。

 

 ▽

 

「こっちの方も成長してるな」

 

「ンッ……!」

 

 後ろからそっと乳房を持ち上げられ、わたくしははしたない声を漏らしてしまう。

 最初は下からすくい上げるように。

 それからゆっくりと全体を確かめるように一夏さんの手が触れていく。

 そして、いよいよ胸の先端に指先が触れようとしたところで――

 

 ガッシャアアアアアンッ!!

 

「だから! お前(オレ)は何やってんだよ!」

 

 窓ガラスを突き破り、やって来た特殊部隊装束の男が一夏さんに銃弾を浴びせる。

 

「一夏さん!!」

 

『ワールド・パージ、異物排除……異物、排除……いぶ……』

 

 頭部を撃ち抜かれて、斜めになった首のまま、一夏さんはブツブツとわけのわからない単語を繰り返す。

 ギョロン、と。その目が黒一色に変わった。

 

「一夏……さん?」

 

 何かがおかしい。でも、何が……?

 

 バゴオオンッ!!

 

 室内が揺れるほどの轟音とともに、何かが壁を破壊して入ってくる。

 

「今度はなんですの――」

 

 ヴイイィィィィィィンン!!!

 

イ"ヤ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!

 

「いやあああああああ!!?」

 

 特殊部隊の男に続いてやって来たのは、頭に頭陀袋を被り、回転するチェーンソーを振り上げて走ってくる大柄な男だった。

 

「テメェ、セシリアに何やってんだァ!!」

 

 チェーンソー男によって胸部を深々と斬りつけられた一夏さんは、さらに銃弾を撃ち込まれる。

 

「(い、い、一夏さんが!?)」

 

 傷口から黒い粘液を出しながら、ドロドロに全身が溶けていく。

 やがて最後には全て光の(くず)となって消えた。

 

「あ、あ、あ……っ」

 

「セシリア、大丈夫か? 助けに来た――ぞっ!?」

 

 わたくしは【ブルー・ティアーズ】を展開し、近接用ブレード『インターセプター』で侵入者達を払いのける。

 

「わたくしの一夏さんが! わたくしの! わたくしだけのっ!」

 

「うお、まずっ――!? 正気に戻れ、セシリア!」

 

「お、おい、待て! やめろっ、バカ!」

 

「バカですって!? このわたくし、イギリス代表候補生、セシリア・オルコットに向かって――」

 

 あれ?

 

「(わたくしは……セシリア・オルコット。イギリスの……代表候補生?)」

 

 頭の中がモヤモヤとする。

 

『ワールド・パージ、強制介入』

 

 ――ズキンッ!

 

「痛っ!」

 

 頭が痛い。まるで割れるように。

 

「う、う、う、わたくし……わたくしはっ……わたくしはぁっ……!」

 

「セシリア!」

 

 ガスマスクを取り払う侵入者。

 その顔は、一夏さんだった。

 (りん)とした眼差し。力強い声。

 そう、わたくしを夢中にさせるイケナイ男性(ひと)――。

 

「撃て、偽物の世界を!」

 

 ――そう、これこそが、わたくしの一夏さんですわ!

 

「よろしくってよ!」

 

 わたくしは天井に向けて『スターライトmkⅢ』を撃つ。

 まやかしの世界は、それで砕け散った。

 

 ▽

 

「まったく、酷い目に遭いましたわ!」

 

 プンプンと腕を組んで怒っているのは、制服姿のセシリアだ。

 さっきからしきりにロール髪をいじっては、ブンブンと振り払い、そしてまた腕組みをしている。

 

「……………」

 

 まあ、無事に救出できたからいいんだが? 正直、セシリアの『酷い目に遭いましたわ!』って台詞には物申したい。

 

「それなら俺だって散々な目に遭ったぞ〜?」

 

 ニッコリ笑いながら、チェーンソーの回転スイッチをカチッカチッと押す。

 

 ブゥン! ブゥン!

 

「ひっ……!」

 

 どうやら、さっきの俺はセシリアにとって軽いトラウマになったらしい。

 

「まあ、なんにせよ、無事でよかったよ」

 

 ホッとした様子で、一夏が微笑む。

 

「無事? 無事ですって!? わたくしはあの偽者に体を――」

 

 ギャンギャンとした剣幕でまくし立てるセシリアが、ピタッと止まる。

 

「お、お2人、とも? あの、あなた達……バスルームに入って来ましたわよね……?」

 

Uh-Oh(おっと……)

 

 ……こりゃマズイ。

 さっきからなるべく思い出させないようにしていたところに、セシリアの意識が向かった。

 

「わ、わ、わたくしの裸を……み、みっ、見ましたわね!?」

 

「落ち着けセシリア! はじめに言っておくが、俺はニセ一夏しか見ていなかったからな!? この頭陀袋、視界が悪いから! 本当だぞ!?」

 

 ちなみに、俺の言葉は全て事実である。

 

「考えてもみろ! もし俺がそんなことしようものならラウラに生きたままパールハーバーに沈められちまうだろ……!」

 

「それもそうですわね。――一夏さん!」

 

「み、見てない! 俺も見てないぞ!」

 

「ウソおっしゃい! ……【ブルー・ティアーズ】!」

 

 いきなりIS展開。セシリアは耳まで真っ赤にして、一夏をズビシッと指さした。

 

「ウィルと扱いが違う!?」

 

「そりゃお前さん、日頃の行いってやつだろ」

 

「行きなさい、ビット!」

 

「う、ウソだろ、おい!」

 

 しかし、冗談でも何でもなく、4機のビットが射出され、一夏に向かってビーム攻撃を始めた。

 

「うわあああああっ! 死ぬ、死ぬ! 死んでしまう!」

 

 一応、手加減はしているのかビームが体を撃ち抜くことはないが、そんなことを知らない一夏は必死の形相で逃げ回る。

 

「わ、わたくしを(はずかし)めておいて!」

 

「俺じゃない! 俺じゃないだろ!」

 

「どちらも一夏さんですわ!」

 

「無茶苦茶だ!」

 

 ビームが一夏のケツを焦がす。

 

「せ、セシリア……!」

 

「聞く耳持ちませんわ!」

 

「きれいだった!」

 

「えっ……?」

 

「ワオ……あいつ言いやがったな」

 

 ピタッとセシリアの動きが止まり、それに合わせてビットも止まる。

 

「その、なんだ……きれいだったぞ、セシリアの体っ……」

 

 自分で言ってて恥ずかしくなってきたのだろう、一夏の耳はわずかに赤い。

 

「……………」

 

 しかし、その恥ずかしい言葉の効果はあったらしく、セシリアはISを解除して、急にモジモジとしおらしくなった。

 

「い、一夏さんだけですわよ……ご覧になっていいのは……」

 

「こ、光栄だ……」

 

「それにしても、世界一きれいだなんて」

 

「(いや、そこまでは言ってなかっただろ……)」

 

 なんて横から言うのは無粋極まりないので、ここは黙って見守ることにしよう。

 ……恋する乙女は耳に特殊なフィルターを搭載しているらしい。勉強になる。

 

「もう、一夏さんったら!」

 

 ドンッと、一夏を両手で突き飛ばしたセシリアは、タッタッターと森の外へと駆けて行った。

 

「は、はは……。死ぬかと思った……」

 

「よう、一夏。大変だったな」

 

「大変だと思うなら助けてくれてもよかったろ……」

 

「はははっ。でもお前さん、セシリアの体を見ちまったのは事実なんだろ? 頭をぶち抜かれなかっただけマシなもんだ」

 

「うぐっ……」

 

……まっ、未来の嫁さんだといったら話も変わってくるだろうが、な……

 

「……? ウィル、今なんか言ったか?」

 

「ああ、女の裸を見たんなら責任はしっかり取れよって言ったんだよ」

 

 はてさて、このニブチン王子様の行く先はいったいどうなることやら。

 

《一夏……》

 

 簪からの通信が届く。

 ……が、しかし、その声は酷く不機嫌そうだった。

 

「(あっ……もしかして、さっきまでの一夏とセシリアの会話を聞いて……)」

 

「簪、次はどうする?」

 

《衣装を転送するから、好きにしたらいい》

 

 ブツッと通信が切れる。

 うん、間違いなくさっきのこいつとセシリアの会話を聞いて嫉妬(しっと)したな。

 

「な、なんだあ?」

 

「乙女心ってのはスパコンよりも複雑ってことなんだろうさ」

 

 わけがわからない、といった様子の一夏に短くそう告げる。

 直後、俺達の頭上に巨大な衣装ケースが落ちてきた。

 

「おわあああっ!?」

「な、なにぃぃぃ!?」

 

 ギリギリのところでそれをかわした俺と一夏は、ゴクリと(つば)を飲む。

 

「お、俺、何かしたか……?」

 

「か、完全にとばっちり食っただけじゃねえか……」

 

 お前のせいだぞ、このミスター唐変木め。

 ともあれ、残るはラウラ、シャルロット、箒の3人だ。

 ――よし。

 

「さっさと片付けちまうか!」

「いっちょうやりますか!」

 

 俺達は衣装ケースを開いた。……今度はもう少しマトモな格好がありますように。

 

 



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69話 偽りの『幸せ』を吹っ飛ばせ

「こういうのでいいんだよ、こういうので」

 

 豪華なカーペットの敷かれた廊下を歩きながら、ウィリアムはフフンと満足げに笑う。

 

「ほんとそれ気に入ってるよな、お前」

 

「そりゃお前、あのクリーチャーの格好と比べるまでもないだろ? 断然こっちの方がいいに決まってる」

 

 その言葉に、「それはまあ、確かにそうだよな」と答えた一夏は、改めてウィリアムの格好を見た。

 全体的にゴツいその見た目は砂漠(デザート)迷彩の軍用装備で構成されている。

 ニーパッド付きズボンにコンバットシャツとコンバットブーツ、アーマーグローブ、そしてタンカラーのボディアーマーで固めた姿は見るからに強そうだ。

 背中にはバックパックを背負い、頭は目出し帽とヘルメットで覆われている。おまけにその両手には巨大な銃――M240軽機関銃を(たずさ)えていた。

 

「(バイオの次はBFかよ……)」

 

 まんま某FPSゲームに登場する『援護兵』と呼ばれるキャラの格好である。

「弾ならあるぜ!」とか「メディーーック!」という台詞がなぜか一夏の脳裏を(よぎ)った。

 

「……………」

 

 ふと、ウィリアムのそれと見比べるように自分の体を見下ろす一夏。

 その格好はなんというか――変な仮面に背の高いハット、派手な色をしたマントにブーツ、手袋と、『怪盗』だった。

 

「(あの時、チョキを出してたら……)」

 

 どっちがどの服を着るかをジャンケンで決めることにしたのだが、結果はこの通り。すさまじい気迫のウィリアムに惨敗したのだった。

 しかしまあ、自分達で取り決めたことなのだから(なげ)いてもしょうがない。

 窓から差す陽の光に照らされた長い長い廊下を、一夏とウィリアムは歩いて行くのだった。

 

 ▽

 

 僕の名前はシャルロット・デュノア。

 IS学園に通う――

 

『ワールド・パージ、完了』

 

 ――豪商、織斑家に仕えるメイド。

 でも、それはあと1週間で終わり。なぜなら……。

 

「シャルロット」

 

「ひゃあっ!?」

 

 いきなりお尻を撫でられて、僕は大きな声を上げる。

 思わず落としそうになった掃除道具を、慌てて両手で抱きしめた。

 

「ご、ご主人様!? ま、またそうやってイタズラを――」

 

「いいじゃないか、少しくらい。それに、そろそろご主人様呼びはやめてくれないか?」

 

「で、でも……」

 

 教会で育った僕を雇ってくれた先代の当主は昨年亡くなり、今年はもうご主人様――一夏が当主の座に就いている。

 その一夏が、当主の座に就くなり宣言したのが『メイドのシャルロットを妻として迎える』だった。

 1週間後、結婚式で僕と一夏は結ばれる。

 

「ま、まだ、その……メイドですし」

 

「ふうん? じゃあ、ご主人様の命令には絶対なんだ?」

 

「は、はい、もちろん」

 

「そうか」

 

 そう言うと、いきなりご主人様――一夏は、僕のスカートを(まく)った。

 

「きゃあああっ!?」

 

「今日もエッチな下着つけてるんだな、シャルロットは」

 

「こ、ここ、これは、だって、ご主人様がっ、つけなさいって……」

 

 白いレースで縁取られたシースルーのエッチな下着。

 つけている理由は、ご主人様に命令されたからってだけじゃなくて……一夏が、その、いつ夜伽(よとぎ)に誘ってきてもいいようにと思って――。

 

「シャルロット、顔が赤いぞ」

 

「も、もう、ご主人様っ! 僕は仕事があるから失礼しますっ!」

 

 そう言って逃げ出そうとした僕を、一夏が後ろから抱きしめてくる。

 

「逃さない」

 

「だ、ダメ……です……。仕事がまだ、残って……」

 

 サワサワと、お尻を撫でられる。

 

「俺の相手をするのも仕事だぞ?」

 

「んっ……。わ、わかりました……」

 

 カァッと顔を合わせる赤らめて、僕はうなずく。

 そうすると、一夏はいきなり僕をお姫様抱っこした。

 

「可愛いメイドを捕まえた♪」

 

「こ、こんなところ、他の人に見られたらっ……!」

 

「大丈夫だって。俺とシャルロットの仲はみんな公認なんだから」

 

「そ、そういう問題じゃ……」

 

 口ではそう言いながらも、その事実が嬉しすぎて(ほほ)が緩んでしまう。

 

「さ、俺の部屋へ行こうか」

 

 チュッ、と頬にキスされて、僕は生まれたての仔猫のように大人しくなってしまう。

 

「(さ、逆らえないよ……)」

 

 だって、逆らいたくないと思ってしまうから。

 身も心も(ささ)げたい。

 愛おしい一夏に。

 大好きなご主人様に――。

 

「着いたよ、シャルロット」

 

「う、うん……」

 

 連れてこられたのは一夏の寝室。天蓋(てんがい)付きの大きなベッドに、僕はゆっくりと下ろされる。

 

「(こ、これって、ついに……そういうことなのかな……!?)」

 

 ドキドキドキ

 

 高鳴る胸は、もう痛いくらいだった。

 

「シャルロット……」

 

 覆い被さってくる一夏を間近で見つめてから、僕はそっと(まぶた)を閉じた。

 

「くすっ。今日はプレゼントがあるんだ」

 

 やや力んだ唇を指でなぞられて、やっと僕はキスじゃないことに気づく。

 

「(あ……。ち、違うんだ……)」

 

 ホッとしたような、ガッカリしたような。

 そんな曖昧(あいまい)な気持ちを抱えていると、フワッと僕の体にドレスが舞い降りた。

 

「あっ。こ、これって!」

 

「そう、結婚式のだよ」

 

 女の子の(あこが)れ、純白のウェディング・ドレス。

 それが今自分の体の上にあった。

 

「着てみてくれないか、シャルロット」

 

「う、うんっ」

 

 コクンッと元気よくうなずいて、僕は一夏と一緒にベッドから降りる。

 

「……………」

 

「……………」

 

「あの……ご主人様?」

 

「なんだい、シャルロット?」

 

「そこにいられると、その……」

 

「着替えられない?」

 

「は、はい」

 

 ドレスを抱きしめながらうなずく。……ああもう、恥ずかしいよ。

 

「見せてくれないかな」

 

「へ……」

 

「見たいな」

 

「え、いや、だって、その……」

 

「お願い」

 

 そう言って一夏は僕にイタズラなウインクをしてみせる。

 

「(も、もうっ! そんな顔されたら断れないよ……)」

 

 けれど、自分から「いいよ」とは言い出せなくて、僕は黙ってしまう。

 

「いい? シャルロット」

 

「は、はい……」

 

「ありがとう」

 

 ご褒美、とばかりに一夏が僕の頬にキスをする。

 それだけでもう、幸せいっぱいになってしまう。

 

「(よ、弱いなぁ、僕……)」

 

 照れ笑いを浮かべて、一旦ドレスをベッドに置く。

 それから改めて一夏の正面に立った。

 

「そ、それじゃあ、その……ぬぐ――き、着替えるね」

 

『脱ぐね』と言いかけて、慌てて訂正する。

 さすがにそれは、あまりにも直球的だ。

 

「……………」

 

 ゴクッと唾を飲んで、僕はまずエプロンをほどく。

 シュルッ……と、音を立てて、メイド服からエプロンが外れる。

 ただそれだけのことなのに、一夏の視線を感じるだけで僕の心臓はもう破裂寸前だった。

 

「(だ、大丈夫、大丈夫……。下着を見られたことなら何回もあるんだし……)」

 

 でも、自分から『脱ぐ』ところを見せるのは初めてだ。

 そう思ってしまうと、ますます手が憶病になってしまう。

 

が、頑張れ、僕……! 夫婦になったら毎晩なんだからっ

 

 ……あれ?

 

「シャルロット、毎晩……いいのか?」

 

「く、口に出てた!?」

 

「うん」

 

「っ〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 ボフウッ! と、音が出そうなくらい、僕の顔は一気に真っ赤になる。

 

「(そ、そうだよ! 何言ってるの、日曜日くらいはお休みして鋭気を養ってもらわないと――って、そうじゃなくて!)」

 

 ブンブンブンと頭を振るが、ピンク色の思考はなかなか出て行ってくれない。

 

「ほら、シャルロット。手が止まってる」

 

「う、うん……」

 

 こうなったら無心だ。無の境地だ。心を空っぽにして、僕はサササッとボタンを外していく。

 

「そんなに急がなくてもいいよ」

 

「ゆ、ゆっくりは恥ずかしいよっ……」

 

 わかってるって、という顔で微笑む一夏。

 

 ああもう、ああもうっ!

 僕は意を決して、ワンピースタイプのメイド服をスルリと床に脱ぎ捨てる。

 一夏の遠慮のない視線が恥ずかしくて、僕は反射的にブラとパンツを手で隠した。

 

「い、一夏ぁ、ジロジロ見すぎだよ……」

 

「しょうがないだろ、魅力的なんだから」

 

「も、もうっ……」

 

 そう言われると、悪い気はしない。

 むしろ、大好きな人に言われているんだから、恥ずかしい反面誇らしく思えてくる。

 

「い、一夏、もっと……見たい?」

 

「見たい」

 

 即答。

 でも、僕の顔はだらしなくニヤけてしまう。

 

「しょ、しょうがないなあ……。一夏のエッチ……」

 

 ゆっくりと手をどけて、レースとシースルーが扇情的な下着姿をあらわにする。

 身に付けているのはメイドの証、ヘッドドレスとガーターベルト、それに白のニーソックス。あとはブラとパンツだけ。

 

「(恥ずかしいけど……一夏なら、いいよ)」

 

 そう思った、その時だった。

 

 ダダダダダダダダダダッ!!

 

 火薬の炸裂音が連続して、ドアの蝶番(ちょうつがい)と鍵が壊される。

 次の瞬間にはドアが蹴破られておかしな人物が2人入ってきた。

 

「あぁ……またこの展開かよ。あとで絶対ラウラに殺されるよな、俺……」

 

「なんでみんなしてこんな夢ばっか見てんだよっ!」

 

 変な格好をした2人組。重装備兵の男はどこか遠い目をしているが、もう1人――怪盗のような姿の男が一夏に殴りかかる。

 

「なんだお前は!」

 

「お前こそなんだ!」

 

「い、一夏っ!」

 

 押さえ込まれた一夏を助けようと、僕は壁に掛けてあった剣を手に取った。

 

「ご主人様から離れろっ!」

 

「うわあっ!?」

 

 ビュン、と迷いのない剣筋で放った斬撃を、怪盗はギリギリのところでかわす。

 

「ウィル!」

 

「ああ! そのまま頭下げてろ! あのクソを落としてやる!」

 

 怪盗の声に素早く反応した重装備兵は近くの机を蹴り倒し、その上にマシンガンを置いて固定する。

 

「させないよ!」

 

 僕は手近な所に飾ってあった花瓶を手に取り、マシンガンに向かって投げつけた。

 ガシャーンッ! とけたたましい音を立てて花瓶は砕け散り、その衝撃で照準が一夏から大きくズレる。

 

「シット――!?」

 

「そこ!」

 

 動揺した(すき)を突いて、僕は重装備兵に猛スピードで接近して刺突を繰り出した。

 

「うおおおおお!?」

 

「ッ!?」

 

 ガギンッ! マシンガンのトリガー部分に剣先を引っ掛けられてギリギリ攻撃が防がれてしまう。

 反撃を警戒して重装備兵の男から飛び退いた僕は、一夏を背中に隠して剣を構えた。

 

「い、今のはさすがに死ぬかと思ったぞ……!」

 

「お、落ち着け、シャル!」

 

「気安く呼ばないで!」

 

 ――あれ?

 

「助かったよ、シャルロット」

 

 ――あれれ?

 

「(僕、ぼくは……シャルロット……。でも、……誰かにだけ、特別に……シャルって呼ばれて……)」

 

『ワールド・パージ、強制介入』

 

 ――ズキッ!

 

「ううっ!」

 

 まるで思考を(さえぎ)るかのように、急激な頭痛に襲われる。

 僕、僕は、僕が好きなのは――

 

「一夏に、シャルって呼ばれること!」

 

 そう呼んでくれた一夏でもなく、大切な友達のウィルでもなく、僕は偽者の一夏に剣先を向ける。

 途端に、ニセ一夏の目の色が物理的に変わった。

 

「ワールド・パージ、異物排除……異物排除……いぶ――」

 

 ピウン、と。

 ニセ一夏の首が飛んだ。

 ()ねたのは、僕。

 

「偽者とはいえ自分の首が斬られるところを見ることになるとは……」

 

「ぅわお……。こりゃそこらのスプラッタ映画よりエグいな……」

 

 本物の一夏とウィルがそう呟く。

 偽者の方はというと、血を噴き出すこともなくパラパラと光の(くず)になって消えた。

 

「シャル! ウィル! 脱出するぞ!」

 

「えっ!?」

 

 いきなり、ガバッと一夏が僕を抱きかかえる。

 

「ははっ! 役得だな、シャルロット!」

 

 重そうなマシンガンを肩に(かつ)いで並走するウィルが、からかうように声をかけてくる。

 

「も、もうっ……!」

 

 顔が熱くなるのを感じながら、マントに包まれた僕は、ガラスを突き破る音をどこか遠くに聞いていた。

 

「(一夏の鼓動……感じるよ……)」

 

 愛しい温もりに包まれて、僕は(いつわ)りの世界を抜け出した。

 

 ▽

 

「ふう……」

 

 ドアを抜け、俺達は森の中に戻ってくる。

 

「……さて、そろそろお決まりの時間だよな……」

 

 そう呟いて、俺はスッと後ろを向いた。

 ――直後。

 

「きゃあああああっ!?」

 

「な、なんだ――ぐあっ!」

 

「み、見ないでぇ! 一夏のエッチ!」

 

 背中越しにシャルロットの悲鳴が響く。

 シャルロットはIS学園の制服に戻っておらず、さっきまでいた世界のセクシーな下着姿のままだった。

 

「な、な、なんでっ!?」

 

「せ、セシリアは制服に戻ったぞ」

 

 ……たぶんだが、素っ裸じゃない=身につける物を(まと)っているから問題なし、って判断されて服が戻らなかったんだろうな……。

 なんてのんきに考察をしていると、またもやシャルロットの悲鳴が聞こえた。

 

「だ、だから、見ないでってばぁ!」

 

「ぎゃあああっ!? 目がっ、目がああああ!!」

 

「ああっ!? ご、ごめん! 大丈夫!?」

 

 おいおいおい! 今、ドブスッて音したぞ!? さすがにヤバくないか!?

 

「お、おい! お前ら何やって――」

 

 尋常ではない一夏の絶叫に驚いた俺は、咄嗟に2人の方に振り向く。……振り向いてしまった。

 

「あっ……!!?」

 

「あっ……」

 

 命乞い(いいわけ)をさせてもらうならば、俺に悪気や下心があったわけではない。本当の本当に2人が心配になってつい振り返ってしまっただけだ。

 えっと、だから、その……

 

「あー、と、シャルロット? 土下座(ド・ゲーザ)でもなんでもするから、俺の目を潰したり、抉り取ったりはしないでいただけると、すごく、助かるんだが……」

 

「ッッ〜〜〜〜!!」

 

 プルプルと震えるシャルロット。その右手は目潰し(チョキ)ではなく、パンチ(グー)の形になっている。

 引きつった顔でぎこちない笑みを浮かべる俺はゆっくりと後退(あとずさ)りしながら、せめてもの防御手段としてヘルメットに掛けていたゴーグルを下ろした。

 よし、これで目は大丈夫だな。

 

 ――次の瞬間に飛んできた右ストレートは、世界最速の偵察機(ブラックバード)が如き速さだった。

 

 ……

 ………

 …………

 

「もうっ! 見ないでって言ってるのに見てくるんだからっ!」

 

 一夏のマントを羽織り、プクーっと膨れた顔で背中を向けるシャルロット。そんな彼女の後ろで俺と一夏が(そろ)って正座していた。

 

「な、なあ、シャルロット?」

 

言 い 訳 す る の ?

 

「アッ、イエ。滅相(メッソウ)モゴザイマセン」

 

 ギンッ、と鋭い流し目を向けられて、俺は口を一文字にして即黙る。

 

「あ、あのな、シャル……」

 

 シャルロットの表情を伺いながら、今度は一夏が声を上げた。

 

「そ、そんなに怒ってると、可愛い顔が台無しだぞーっと」

 

 い、一夏!? お前、恐れを知らん奴だな……! そんなこと言ったら機嫌を治すどころかIS用マシンガンでミンチにされちまうぞ!?

 

「……デート」

 

 青筋を立てたシャルロットに機銃掃射されるシーンを想像して戦々恐々としていると、件のシャルロットが小さく口を開いた。

 

「う、うん?」

 

 わずかに聞こえた声に一夏が反応すると、シャルロットがマントで体を隠しながら首を振り向かせる。

 

「だ、だからっ! デート! 遊園地デートしてくれたら許してあげる!」

 

「お、おう。じゃあ遊園地ならみんなで一緒に――」

 

「2人きりがいいの!」

 

 ジーッと一夏を睨む目は、わずかに涙が溜まっている。

 昔から男という生き物は、どうにもこういった表情をされると弱くなる。

 それはもちろん鈍感な一夏であっても例外ではなく、仕方ないと諦めてうなだれた。

 

「わかったよ……。貯金、下ろすから」

 

「え、ウソ!? ほんとに!?」

 

「シャルから言い出したんだろ」

 

「えっ!? あ、うん、そうだけど……」

 

 シャルロットはパアッと表情を輝かせると、(ほほ)を両手で押さえてニヤけた。

 

「……やったぁ。言ってみるものだね。えへへ」

 

 なんとか機嫌を取り戻してくれたらしい。さて、ところで俺の処遇はどうなるのだろうか。

 

「ウィル」

 

「は、はいっ。なんでございましょうっ」

 

「ウィルも、さっきのことは許してあげる。そ、その替わりに、ね……」

 

 少し伏せ目がちになったシャルロットが口ごもる。

 

「『その替わり』?」

 

 く、口にするのも躊躇(ためら)うほどとは、俺にはいったいどんな罰が待っているというのだろうか……!

 

「こ、これからも色々と手助けしてくれると、嬉しいかなって……」

 

 ……。…………。

 

「へ? 『手助け』?」

 

 助けるって何を……と首をかしげながらシャルロットが視線を向ける先に同じく目をやる。

 

「(……ああ、なるほど。それくらいならお安い御用(ごよう)だとも)」

 

 こっそり向けた視線の先、そこにいるのは――今まさに貯金の切り崩し(遊園地デートの計画)について考え込んでいる王子様だった。

 

「役に立てるかはわからんが、精一杯手を貸そう」

 

 そう言って小さくサムズアップしてみせると、シャルロットの顔に花が咲いた。

 よしよし、許してもらえたようで何よりだ。これでひとまずは安心だな。

 

「おい、王子様。家計のお話はまたあとにしとけ」

 

「それもそうだな。取り敢えずこの世界を出るか。送っていくよ」

 

「その必要は……ない」

 

 またしても森の茂みの中から、簪が現れた。

 

「私が……送っていくから……」

 

「お、おう」

 

 わずかに怒気を含んでいるような声に一夏が気圧されている。どうやら、さっきの話を聞かれていたらしい。

 

「取り敢えず、シャルロットの……制服をダウンロード……、完了」

 

 パアッと光に包まれたシャルロットが、いつものIS学園制服へと(よそお)いを変える。

 

「じゃあっ、一夏っ。ウィルっ。僕は一旦戻るからねっ。約束、忘れないでねっ」

 

 テンション最高なシャルロットが、軽い足取りで森の外へと向かう。

 それを追う直前、簪がボソッと俺達に呟いた。

 

贔屓(ひいき)……」

 

「うぐぅっ!? そ、それを言われると痛い……!」

 

「な、なあっ!? ち、違うぞ、俺は別に――」

 

 しかし、簪はプイッと顔を背けて行ってしまった。

 

「「……………」」

 

 2人だけで残された俺達は、参ったなぁと頭をかく。

 ともあれ。

 

「残るドアは2つ。箒に――」

 

「ラウラだ。あいつらがまだ取り残されている」

 

 絶対に助け出してやると、俺達は宙に浮かぶ2枚のドアを睨む。

 

「よし、行くぞ!」

 

Let's do this(やってやろうぜ)!」

 

 そう意気込んで、俺達は衣装ケースを漁った。

 

 ▽

 

「っ! これは……」

 

 ゴソゴソと衣装ケースを漁って出てきたのは、深緑色のツナギと金具で繋がったハーネス――戦闘機用のパイロットスーツだった。

 ご丁寧に酸素マスク付きヘルメットもセットになっているそのスーツ一式を、俺は迷わず引っ張り出す。

 途端にさっきまで着ていた重装備が光の粒子となって消えていき、代わりに今手に取ったパイロットスーツが俺を包んでいた。

 

「(やっぱりこれが一番しっくりくるな)」

 

 ハーネスに体を締めつけられる圧迫感、動作のたび擦れる金具の音、人工皮革(じんこうひかく)製ブーツのガッチリとした履き心地、機能を盛り込んだヘルメットの重さ。それら全ての感覚が懐かしい。

 

「……よし」

 

 指出しグローブを着けた手を数回開閉させて感触を確かめてから、俺はそう呟いてうなずいた。

 

「これ、久しぶりに着るなぁ」

 

 隣で懐かしそうに口を開いたのは、同じく着替えをしていた一夏だ。

 その格好は白袴(しろばかま)に胴鎧と(たれ)篭手(こて)、そして(めん)を被った、まさに剣道着だった。手に握った竹刀も合わせてよく似合っている。

 IS【白式】のメイン装備がブレードだからだろうか、一夏のイメージにはピッタリだった。

 

「いいね。なかなか似合ってるじゃないか、一夏」

 

「へへっ。そう言うウィルこそよく似合ってるっていうか、これこそウィルだ! って感じしてるぜ」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。――それじゃあ、早速行くとするか」

 

「おう!」

 

 次のドアの前に立ち、ノブをひねる。

 

 ガチッ

 

「うん?」

 

「どうした?」

 

「妙だな。ノブが回りきらない」

 

 強めの力で再度ノブをひねってみるが、まるで何かが詰まっているかのように途中でつっかえてしまう。

 参ったな。ドアが開かなければ、あいつらが閉じ込められている世界に入れないじゃないか。

 

「もしかして、犯人がまた何か仕掛けてきてるんじゃないか?」

 

「その線が濃いな。また人食いイモムシに追いかけ回されるなんざゴメンだぜ……。簪、そっちから原因を特定できるか?」

 

《少し待ってて》

 

 カタカタカタカタ、と素早くキーボードを叩く音が聞こえる。優秀なオペレーターのおかげで原因解明はすぐのことだった。

 

《……どうやら2人は少し暴れすぎたのかと。犯人によってロックされてる》

 

「「……つまり?」」

 

《ここから先は1人ずつしか入れない》

 

 1人で、か……。

 正直、別行動には不安しかない。例のニセ一夏のこともあるし、それ以外に何も起こらないという確証もないのだから。

 しかし、だからと言ってここで尻込みしているわけにもいかない。

 

「「……………」」

 

 互いに目配せして、うなずき合う。

 このドアの先――クソッタレな世界に、大切な人が(とら)われているのだ。今、俺達が行かなくて誰が行くというのか。

 

「俺は、このドアを行く」

 

「俺はこっちだ」

 

 残るドアは2つ。俺達は2人。それぞれノブにかけた手をひねると、さっきのつっかえがウソのようにすんなりとドアが開く。

 

「一夏! 幸運を!」

 

「またあとでな! ウィル!」

 

《2人とも、気をつけて》

 

「「おうっ!」」

 

 そうして、俺達は先の見えない暗闇へと進んで行った。

 

 ▽

 

 私の名前はラウラ・ボーデヴィッヒ。

 ドイツ軍所属、IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊長で現在は――

 

『ワールド・パージ、完了』

 

 ――現在は、新婚2ヶ月目の『嫁』を愛する『新郎』だ。

 愛の巣は私と嫁で半分ずつ金を出し合って買った一軒家。

 家族は嫁と私、そして愛犬のラッキー。2人と1匹には広い気もするが、将来を思えばどうということはない。

 ちなみに、愛犬にラッキーと名付けたのは嫁だ。私の嫁は実にいいセンスをしている。

 

「ふむ……」

 

 私はリビングのテーブルで、新聞を広げて朝食を待っていた。

 

「やはり、中東情勢が変わってきているな。我がドイツへの影響は少ないだろうが――」

 

「ラウラ、朝食ができたからそろそろ新聞をたたんでくれ」

 

「む? もうできたのか」

 

「ああ。運ぶから少し待っててくれ」

 

 そう言って嫁はミルク多めのホットコーヒーを私の前に置く。

 

「(良くできた『嫁』だ)」

 

 ウンウンと心の中でうなずく。

 嫁の名前はウィリアム・ホーキンス。――いや、今はもうウィリアム・ボーデヴィッヒという方が正しいか。愛称はウィルだ。

 

「お待ちどうさん。ラウラ、オムレツができたぞ」

 

 中身はフワトロ、愛情たっぷりオムレツを受け取って、私は改めてウィルを見る。

 エプロン姿が様になっている、自慢の『嫁』だ。

 

「あー、ウィル。実はだな……」

 

 コホン、と咳払いをして話を切り出す。

 

「今日は、特別休暇が出たのだ。だからだな、その……」

 

「待て、言わなくてもわかるぞ。つまり、1日中2人きりでいられるってわけだ!」

 

「う、うむ……」

 

 私が少し照れてうなずいたのに対して、ウィルは嬉しそうに笑った。

 

「それなら、早速コイツを使わない手はないよな」

 

「う! そ、それは……」

 

 言いながら取り出したのは、結婚記念日に1人5枚ずつ交換した『なんでもおねだり券』だった。

 見覚えのある自分の手書きの字に、ますます恥ずかしさが(つの)る。

 

「(な、何を『おねだり』する気だ、ウィルめ……)」

 

 前は『ゴスロリ』の格好をさせられた。

 今度は何だ? な、ナースか?

 

『ラウラ、俺だけの癒やしの天使……』

 

 め、メイドか!?

 

『ほら、ご主人様って言ってみな……』

 

 それともバニーか!?

 

『かわいいウサギちゃん、俺だけのラウラ……』

 

 ………………。

 

「ラウラ? おーい、ラウラー」

 

「――ハッ!? な、なんだ!?」

 

「鼻血、出てるぞ」

 

 そう言ってハンカチでゴシゴシと私の顔を拭くウィル。

 

「じ、自分でできるっ。馬鹿者っ!」

 

「へいへい」

 

「返事は『はい』だ!」

 

「そんなことより、ほれラウラ、あーん」

 

 ……パクッ。

 

「(わああ、ウィルのオムレツ、フワッフワのトロットロ〜♪)」

 

 ――などと幸福感に浸っている場合ではない!

 

「ウィル!」

 

「うん?」

 

「な、な、何をおねだりする気だ!?」

 

 思わず立ち上がった私を、ウィルは笑顔でたしなめる。

 

「まあ、落ち着けって。指揮官たる者、焦りは禁物。常に冷静であれ、だろ?」

 

「う、うむ……そうだなっ」

 

 取り敢えず座り直す。そしてトーストをかじって、サラダを頬張(ほおば)り、コーヒーを一口。

 

「裸エプロン、とかいうのが見たいな」

 

 ――ブフウッ!!

 

「ゲホッゲホゲホッ! ……な、なに?」

 

「ラウラに裸エプロンってのをしてほしいな、っておねだり」

 

「ば、ば、馬鹿者! 誰がそんなハレンチなことをするものか!」

 

 テーブルに身を乗り出してウィルに詰め寄る。

 返ってきたのは、額へのキスだった。

 

 チュッ……

 

「あっ……」

 

「なあ、ダメか……? ラウラ」

 

 普段のウィルならば絶対にしないような上目遣い。

 額へのキスに加えて、こんな表情までされては(こば)めない。

 

「う……、うむ……」

 

 私は小さくうなずくことしかできなかった。

 

 ▽

 

「さて……ここはどういう世界だ?」

 

 ドアをくぐった先、ちょっとした庭が付いた一軒家の前に出てきた俺は、ひとまず辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「どう見たってこの家が怪しいんだが……」

 

 ベストのホルスターからピストルを引き抜き、マガジンを外して弾が入っているか確認する。

 

「(15発マガジンか。ちと心もとないな……)」

 

 スライドを半分だけ引いて薬室を覗く。……薬室とマガジン合わせて16発。まあ、持ってないよりかはマシか。

 

「よし、行くか」

 

 周囲を警戒しながら目の前の一軒家に忍び寄る。豪邸とまでは言わないが、それでもずいぶん良い家だ。

 俺の給料で何年分だろうかと、そんなことを考えながら庭のすぐ手前まで近づく。

 

「……ん?」

 

 ふと、視界の端に立っていた表札に自然と目が()まる。

 そこには、ややデフォルメされた可愛らしい字でこう書かれていた。

 

「ラウラ&ウィリアム……ボーデヴィッヒぃ!?」

 

 ヘルメットの中で間抜け面を(さら)したまま、思わず固まってしまう。

 お、俺の苗字(みょうじ)変わってるぅ……!? つ、つまり、この世界では俺とラウラは、け、結婚してるってことか!?

 いや待て、落ち着け。今の問題はそこじゃない。この表札からしてラウラがここにいるのは間違いない。問題なのは、俺の偽物も一緒にいる可能性が(おお)いにあるということだ。戦闘は避けられないだろう。

 

「……………」

 

 偽物の俺がラウラと夫婦してるってことがとてつもなく気に食わないが、何よりもラウラをこんな世界に閉じ込めている犯人に対して怒りが沸々と込み上げてくる。

 

「偽物だろうがなんだろうが叩きつぶしてやる!」

 

 カチッと、ピストルの安全装置(セーフティー)を解除した俺は(さく)を乗り越え、芝生に覆われた庭へと侵入する。

 芝を踏みつけ、花壇を(また)ぎ、庭を横断してズカズカと荒い足取りで玄関口へと向かっていたその時だった。

 

『グルルルル……』

 

「!?」

 

 家の陰に隠れて見えない向こう側からした低い(うな)り声に、ピタリと足を止める。その声というのは、まさに牙をむき出して威嚇する犬のそれだった。

 

「ウソだろ……」

 

 ゆっくりと(かど)から現れたソイツは、いかにも歓迎ムードではない様子のドーベルマン。その首輪のプレートには――

 

「……お前どう見たって『ラッキー』って(がら)じゃねえだろ……」

 

 コイツにこんな名前をつけた飼い主は少々センスがズレているらしい。――などと、そんな下らないことを考えている場合じゃない。

 まただ、人食いイモムシに続いて今度は筋肉モリモリの軍用犬が出て来やがった。冗談じゃない。

 

Oh,come on. Gimme a break……!( おぉい、頼むぜ。もう勘弁しろよ……! )

 

 犬歯をむき出しにしたソイツは体格に見合わない速さで飛びかかってきた。

 まったく、今日はとことんツイてないな!!

 

 ▽

 

「こっ、これでいいのかっ……!?」

 

 声にもイマイチ迫力のない私は、おずおずとリビングに姿をさらす。

 身に(まと)っているのは眼帯とエプロンだけ。恥ずかしいことこの上ない。

 ギュウッと前垂れを引っ張って少しでも肌を隠そうとするが、ウィルの遠慮のない視線は私の身体を執拗(しつよう)愛撫(あいぶ)する。

 

「うぅっ……」

 

「可愛いぞ、ラウラ」

 

「ええい、うるさいうるさい!」

 

 私の羞恥心を煽るように、ウィルはとびきり優しい声で言う。

 

「それじゃあ、せっかくエプロンを着てるんだから料理でもしようか」

 

「な、なにっ!?」

 

「その方がラウラの可愛さがグッと増すぞ?」

 

「ぬ、ぬぐぐっ……!」

 

 ウィルに『可愛い』と言われれば私は逆らえない。

 そんな自らの愚かしさが、小ささが、憎くて……愛おしい。

 

「(私は……弱い女だ)」

 

 それは悔しいけれど、認めてしまえば嬉しさに変わる。

 

「うわー!? チクショー! ハウス! ハウス! こっち来るなってぇぇぇ!」

 

「? ウィル、今何か言ったか?」

 

「いや、何も言ってないぞ」

 

「(しかし、確かに何か聞こえたと思うのだが――)」

 

「ああっ。もしかしたら俺の心の声が漏れてたのかもな」

 

 ポンッと手槌(てづち)を打つウィルの言葉に思考を中断させられる。

 ニヤリとイタズラを思いついたような表情を浮かべているウィルは、それから私の耳元に口を寄せて(ささや)いた。

 

「お前さんがあまりに可愛すぎて、今すぐにでも食べてしまいたい(・・・・・・・・)って」

 

「ッッ〜〜〜〜!!?」

 

 カーッと、顔どころか身体全体が熱を持ち始める。

 

「ば、ばばば、馬鹿者っ! こんな朝っぱらから、な、何を言っとるか!」

 

「朝じゃなかったらいいのか?」

 

「ええい! うるさい! もう口を開くな!」

 

 ベシッ! とウィルの腹を叩いて、私はこいつから離れるように大股でキッチンへと向かう。

 

「ぐおあぁ!? かっ、か、噛みやがったなこのアホ犬ぅ! うひぃぃぃ!?」

 

「いてて……。ラウラ」

 

「今度は何だ!?」

 

「可愛い尻がガラ()きだぞ」

 

 裸のままのそこをペロンと()でられる。

 私の頭はますます沸騰(ふっとう)して、渾身(こんしん)の裏拳をウィルにお見舞いする。

 けれど、ウィルはその拳を柔らかく手で受け流して、こともあろうか私の体を後ろからギュッと抱きしめてきた。

 

「うぎゃぁ!? 上等だこのヤロー! もう怒ったからな! イチから(しつけ)し直してやるッ!」

 

「はっはっはっ、本当にラウラは可愛いなぁ」

 

「こ、こらっ! やめろ、バカっ……あっ!」

 

 エプロンの上から胸を撫でられた瞬間、甘い(しび)れが電流のように頭を駆ける。

 敏感なそこが反応を示すと、ウィルは聞いたこともないような(みだ)らな声で囁いてきた。

 

「……今日は1日中シてしまおうか」

 

「な、何をだっ?」

 

「こちとらテメェらのせいで今日は散々な目に遭ってんだ! わかるか!? ちくしょうっ!」

 

「言わなくても、もうわかっているんだろ?」

 

 チュッと肩にキスを刻まれる。

 ――身も心も、私の全てがこいつのものであると示すかのように。

 

「はーっ! どうだ、思い知ったかアホ犬め! しばらくそのロープと(たわむ)れてろ!」

 

「(わ、わわ、わたっ、わたしっ、私はっ――)」

 

 頭がクラクラとする。

 ああ、だがしかし、だがしかし。

 

「(流されてしまうのも……いいかもしれん……)」

 

 ポワッと、この先に待っているだろう桃源郷を思い描く。

 しかし、そのミルクのように甘い想像は、バンッ! といきなり荒々しく開かれたドアの音で霧散した。

 

「ゼェ……ハァ……! ゼェ……ハァ……!」

 

 いきなり入ってきたのは、噛み傷やら引っかき傷やらで全身ボロボロなパイロットスーツ姿の不審者。

 その男は肩を大きく上下させて呼吸しながら、ひねり出すように言葉を(つむ)いだ。

 

「2つ、言うことがある……。犬を飼うのは構わんが……軍事訓練を受けたドーベルマンだけは、絶対に、何と言われようが、反対だ……!」

 

 少しずつ呼吸の落ち着きを取り戻してきたパイロット男は、ふぅっ……! と短く息を吐き出す。

 

「そんでもって2つ目。これが一番重要だ」

 

 ガチャンッ、と後ろ手に玄関のドアを閉じた男は、あろうことか突然ウィルにピストルの銃口を向けた。

 

「今すぐラウラから離れろ! このクソ野郎!」

 

「貴様ッ!」

 

 相手が発砲するより先に、手に届く場所にあった出刃包丁を男に投擲(とうてき)する。

 

「ぬおぉっ!?」

 

 ドスッ! と短く音を立てて――壁に包丁が刺さった。……咄嗟(とっさ)のことで狙いが甘かったとはいえ、よくもまあ上手く避けたものだ。

 一方で男の方はというと、深々と刺さった包丁と私とを交互に見てから上擦(うわず)った声で叫んだ。

 

Jesus Christ! Really!?( ウソだろ! マジかよ!? )

 

「貴様は我が家に不法侵入した挙げ句、私のウィルを撃とうとまでした。無事で済むとは思わんことだ!」

 

 ウィルの抱擁(ほうよう)から抜け出して、私は身を低くしてパイロット男に迫る。

 

「はぁっ!」

 

「クソッ……!」

 

 必殺のかかと落としが決まる。

 慌てて左手でガードしたようだが、その腕からは(かす)かにミシリと骨にヒビの入った音がした。

 

「ぐ、ぅぅ!」

 

 痛みにうめき声を上げてバランスを崩す男。私はかかと落しの勢いを使って男の背後にジャンプし、壁から出刃包丁を引き抜くと、素早くそれを脇腹(わきばら)に突きつけた。

 

「動くな。抵抗すれば、これが貴様の動脈を貫く」

 

「頑張れ、ラウラ」

 

 いきなり後ろからウィルの声援が飛んできて、ドキッとしてしまう。

 

「あ、当たり前だっ。もう決着は――」

 

「なにが『頑張れ』だ、ふざけやがって……! ラウラに戦わせて! お前はそこに突っ立ってるだけかッ!!」

 

 突然激昂(げっこう)したパイロット男が勢いよく立ち上がる。

 私は慌てて包丁を押し込むようにしてパイロット男を突くが、急所を大きく外してしまった。

 

「ぐっ……! ラウラっ、離れてろ!」

 

「頑張れ、ラウラ」

 

 2つの声が、ウィルの声が、前と後ろから聞こえる。

 

「(わ、私、私は……)」

 

 戸惑う私を体で押しのけるようにして前に出たパイロット男がピストルを構える。

 

「頑張れ、ラウラ」

 

「またその台詞か……! クソ気に入らないが、仮にも結婚してるんだろうが! だったら大切な家族を守ろうとぐらいしてみせろよッ!!」

 

「頑張れ、ラウラ」

 

 パンパンパンッ! と、3発の9ミリ弾がウィルの胸に刺さる。

 完全に心臓を貫かれているはずなのに、……血が1滴も出ていない。

 それどころか、まるで壊れたラジオのように同じ台詞をくりかえすだけだった。

 

「頑張れ、ラウラ」

 

 繰り返し、繰り返し。

 

「頑張れ、ラウラ。頑張れ、ラウラ」

 

 いつまでも、繰り返し。

 

「頑張れ、ラウラ。頑張れ、ラウラ。頑張れ、ラウラ。がんばれ、ラウラ。がんバレ、ラウら。 ガンバレ、らうら。がンバれ、らうラ」

 

 頑張れ、という言葉がやがて『戦え』に聞こえてくる。……そう、まるで私に戦うことを強制するように……。

 

「(わ、私は、私は、戦うために、生まれてっ……)」

 

「頑張れ、頑張れ、頑張れとッ……!! お前はそれしか言えないのか!? どうしたァ!! ファックユーとでも言い返してみたらどうなんだッ!! ええッ!!?」

 

 怒りに任せた咆哮(ほうこう)のような怒声を上げながら、パイロット男はウィルの胸に追加で5発の銃弾を撃ち込む。

 着弾の衝撃でウィルは後ろへヨロめくが、そこに一切の容赦はなく、続けて眉間(みけん)を狙った銃口が火を噴いた。

 通常の人間なら即死しているはずが、しかし頭に穴が空いた状態になっても、まだ言葉は続く。

 

「がんば……れ、らう、ら。たたか……え、たたかって……殺し……て……殺さ……れ……て……」

 

 あ、あ、あぁぁっ……!

 

 「うわああああっ! い、いや……だ。嫌だ……嫌だ! 私は、戦う機械なんかじゃ……!」

 

「おま、えは……兵器……だ。敵、を……ころ、せ……」

 

「ち、違うっ! 私はっ、私は……!」

 

「たた、かえない……兵器……など、できそこな――」

 

「もういい……。だ ま れ

 

 体の芯から震え上がるような、恐ろしいほど冷たく重い声が響いた。

 声の主は、侵入者のパイロット男。男は一度クルリと(きびす)を返すと、そのままゆっくり私の方へと歩いてくる。

 

「あっ……く、来るなッ!」

 

 ただただ怖かった私は、手に持っていた包丁を男に向けて威嚇する。

 だがしかし、床にへたり込み、手は震え、声音も怯えたようなものしか出て来ない私の言葉では止められるはずもなかった。

 

「くる、な……」

 

 ゴツッ、ゴツッ、とフローリングを叩くブーツの重い音が異様に大きく聞こえる。男の表情は、下りたヘルメットバイザーと呼吸マスクに覆われていて見えない。

 

「…………来ないで……!」

 

 最後の最後に私の口から出てきたのは、そんな弱々しい言葉だけだった。

 やがて男は私のすぐ目の前で止まると、何を思ったのか右膝を床につけてしゃがみ、そして……

 

「大丈夫。大丈夫だ」

 

「……ぇ……?」

 

 ポンッと、頭の上に手を置かれる。

 優しく、優しく。指先以外がグローブに覆われたその手で頭を撫でられる。

 

「あんな『嫁』の風上にも置けん奴、さっさと片付けてくるから。だから、少しだけ待っていてくれ。な?」

 

 パイロット男は、さっきまでの怒声がウソであったかのように柔らかな声音で私にそう言う。

 それからスッと立ち上がり、早足でウィルの元へと歩いて行くと、その首を手で強引に(つか)んで固定した。

 

「料理の途中で邪魔したな。よし、代わりに俺がとっておきをごちそうしてやろう」

 

 言いながら、調理台上の棚をまさぐって何かを取り出す。

 その手に握られていたのは携帯コンロ用のガスボンベ。それを、パイロット男はウィルの口に無理矢理ねじ込んだ。

 

「――!? ――〜〜〜!!?」

 

「そう遠慮するなよ。ほら、弾け飛びそうなほど(・・・・・・・・・)美味いだろ?」

 

 液化した可燃ガスで満たされたボンベを突っ込まれたウィルはジタバタともがくが、パイロット男は相当な怪力の持ち主なのだろう。まったく拘束から抜け出せない。

 

「なに? もう腹がいっぱい? そうかそうか。それじゃあ最後にデザートだ」

 

 ふざけた台詞とは裏腹にパイロット男は強烈な蹴りをウィルの胸部に叩き込み、その体をリビングへと吹っ飛ばす。

 

「――美味いぞ、食え」

 

 2発の銃声。放たれた正確無比な弾丸が、ガスボンベを撃ち抜いた。

 

 ボンッ!!

 

 手榴弾の爆発と錯覚するほどの炸裂音。ウィルの体は光の粒子となって跡形もなく吹き飛んだ。

 

「満足したか? ゴミ野郎」

 

 吐き捨てるように何かを呟いて、それから炎を背に歩いてくるパイロット男。

 

「ラウラ」

 

 男がヘルメットの呼吸マスクと固定具を取り外す。

 頭を完全に覆っていたそれを脱ぎ去ると、そこには見慣れた、(いと)しい人の顔があって――。

 

「ラウラ、あいつの言ったことなんか気にするな。お前はお前だ。たった1人、かけがえのないラウラ・ボーデヴィッヒだ。決して誰かの道具なんかじゃない」

 

 外したヘルメットをコトリと床に置いて膝立ちになったパイロット男――ウィルは私の目を見ながらそう告げてくる。

 

「そりゃあ、生きていたら戦わなければいけない時だっていずれはくるさ。誰かを守るため、誇りのため、信念のため。――けどな、それは結局自分の意思で決めるものだ。誰かに強制されてやるようなものじゃない。そんな権利は誰にもない。だから、お前が無理に戦う必要なんて、ないんだ」

 

 そっと抱きしめられる。

 温かい……ホンモノでしか感じられない、私の好きな温もり……。

 

「あぁ……、ウィル……」

 

 分厚いスーツ越しでもわかる確かな温もりに包まれて、私は心地よく微睡(まどろ)んでいった。

 

 ▽

 

「よっこらしょっと……」

 

 森に帰ってきた俺は、抱きかかえていたラウラをそっと草原に寝かせ、その頭を膝の上に乗せてやる。所謂(いわゆる)膝枕というやつだ。

 穏やかな吐息は優しい眠りに包まれている証拠だろう。ラウラに異常は見当たらない。

 

「こうしてると、まるで眠り姫だな」

 

 ツン、とその鼻に触れる。

 

「ん、ん〜……」

 

 ムニャムニャと鼻を動かし、それからまた寝息を立てるラウラ。

 

「(……なんだこの可愛い生き物は。可愛すぎてマジで可愛いんだが)」

 

 と、つい語彙力(ごいりょく)がベイルアウトしてしまうが、これはラウラが可愛いすぎるからであって、俺の言語能力が壊滅したわけではない。

 

「……………」

 

 何気なく空を見上げながら、さっきの世界のことを思い出す。

 

「(……ラウラと2人に飼い犬1匹。小さな庭つきの家で幸せな家庭、か……)」

 

 偽物の世界ではあったが、ああいう将来も……ありかもしれない。

 戦闘機に乗って戦いに明け暮れていたかつての自分では想像すらできなかっただろう。正直、今の俺でもこの先のことなんてどうなるかわからない。

 ……けれども、もしそんな未来が待っているのならばそれは――きっと毎日が今よりもっと楽しくて、幸せな日々になるのだろう。

 

「しかしまあ、軍事訓練を受けたドーベルマンはさすがに勘弁願いたいな」

 

 そんな俺のふざけた独り言は、フワリと頬を撫でるそよ風に乗って消えていった。

 

 



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