まごころを、アスカに (鱸のポワレ)
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まごころをアスカに/おまけ①/おまけ②

ある日の夕方、シンクロテストを終えた僕、碇シンジはリツコさんに呼び出されていた。

なんとなく嫌な予感がしていた。リツコさんと2人きりで話すのが初めてだからだろうか。

 

「何かあったんですかリツコさん?」

「あら、怖い顔してるわね。心当たりはある?」

 

少し驚いたようにリツコさんが言った。

……心当たり。

1つだけある。僕にとっては使徒よりも、いや、ほかの何よりも大切な件が1つだけ。

 

「……アスカですか」

 

惣流アスカラングレー。

訳あって一緒に暮らしている仮の家族のような人だ。

家にいる時も、学校にいる時も、ネルフにいる時もいつも一緒だった、元二号機パイロット。

 

「さすがシンジくん。最初にアスカが出てくるなんてアスカのことが大好きなのね」

「そ、そんなんじゃないですよ!からかわないでください」

「本当かしらね」

 

リツコさんが少し微笑んだ。

でもどこか余裕のない、何かを悩んでいるそんなような笑顔に見える。

僕の気のせいかもしれない。それならそっちの方がいい。

けれど、こういう嫌な時だけ勘が当たってしまうもので……。

 

「アスカが失踪したわ」

 

アスカが失踪した。

リツコさんから聞かされた時、もちろん最初は驚いた。けれど、どこかにすんなりと納得をした自分がいたのも確かだった。

おそらく原因は3日前にある。

その日は、ネルフでいつもとは違った実践型の戦闘訓練が行われた。綾波は他のテストがあったため参加しておらず僕とアスカの2人だけだった。

以前現れた使徒によって精神汚染を受けたアスカの動きの確認が1番の目的である。

結論から言ってしまうと訓練は散々だった。

エヴァンゲリオン二号機はピクリとも動かなかったのだ。

もちろんこの結果に1番ショックを受けたのはアスカで、それ以来、一緒に行動はしたものの1度たりとも口を開くことはなかった。

そして、今に至る。

アスカが失踪したのは、当然といえば当然なのかもしれない。アスカは昔に1度だけ言っていた。

 

『私がエヴァに乗れなくなったら価値なんて無くなる』

 

この言葉が全てなのだろう。

自分の価値が無くなったから、アスカは僕たちの前から姿を消した。

 

さっきリツコさんには否定をしたが、アスカは僕にとって大切な家族で、大事な友達で、大好きな人だ。

だからこんなことで、アスカともう会えなくなるなんて絶対に嫌だ。

アスカとまた2人で話しをしたい。2人でご飯を食べたい。2人で学校に行きたい。どんなに罵られたっていい。僕はアスカが好きだから。

この気持ちを伝えよう。アスカに価値が無い訳がない。僕にはアスカが必要だと。 

 

それから3日間アスカを探し続けた。

委員長の家や水族館、学校、綾波の家、近くの公園。

思いつく場所は全部行ったけれど、結局アスカを見つけたのはネルフの黒服の人だった。

……さすがです。

僕は急いでアスカのいる場所、海へと向かった。

 

 

「はぁ、全然だめね私って。日本に来てから失敗ばっか。エヴァのパイロットからは降ろされるし、こりゃあドイツに帰国させられるのも時間の問題ね」

 

3日ぶりに聞くアスカの声。弱々しくて守ってあげたい、そんな声をしている。

 

「アスカ。やっと見つけた」

「げっ!なんであんたがいるのよ」

「3日ぶりだね」

 

そっと微笑むように心がけながら、アスカの横に座る。

 

「ずっと探してたんだよアスカのこと。さあ、帰ろうよ」

「フン!誰も探してくれなんて頼んで無いわよ。今は誰とも喋りたく無いのどっか行って」

 

今にも泣いてしまいそうなほど顔を歪ませて、寂しそうにアスカは呟いた。

そんな顔されたらやっぱりほっとけない。1人にはできない。

 

「そんなこと言わないでさ、ほら、みんなも心配してるよ」

「うるさいわね!エヴァに乗れない私のことなんて誰も気にしてないわよ。どうせミサトだっていつも通り今もネルフで仕事してるんでしょ!」

「アスカ……」

 

そんなこと言わないでほしかった。ミサトさんは僕たちの大切な家族だから。

 

「それにあんただって、本当は私のことなんてどうでもいいんでしょ。早くネルフに戻りなさいよ。みんな無敵のシンジ様のこと待ってるわよ、使えない私と違ってね」

「そんなことないよ!みんなアスカのこと必要だと思ってるよ。それに僕はアスカがたいーー」

 

大切だよ。そう言う前に言葉を遮られる。

 

「あんたに何言われても、嫌味にしか聞こえないのよ。どうせミサトの家に戻ったってすぐにドイツに帰国させられるだろうし」

「そんなことさせない!僕がアスカをドイツになんか帰させないよ」

 

アスカがエヴァに乗ることを大切にしているのと同じように、僕はアスカが大切だから。

 

「あらあら、無敵のシンジ様に守られるなんて私も焼きが回ったわね。それじゃあお願いしようかしら、シンジ様〜」

 

ヘラヘラと笑いながらアスカは言った。

……たぶん心は全く笑ってない。

 

「……ふざけてないで帰ろうよ」

 

「私には、私にはもう価値なんて無いのよ!誰も私を必要としてないのよ!捨てられるのが怖かったから、エヴァのパイロットになってつらい訓練にも耐えてきたし、命がけで使徒とも戦ってきた。それなのに、あんたなんかに、あんた達なんかに負けて……たまたまパイロットになったあんた達なんかに!」

 

吐き出すように早口でアスカは言った。これがアスカの本当の想い。ずっと言いたかったこと。本音。

 

私にはもう価値なんて無い?

誰も私を必要としてない?

 

そんなことない。現に目の前にいるじゃないか、この世の中の人間の中で1番アスカに価値があると思っているやつが。1番アスカを必要としているやつが。

これをアスカに伝えよう。シンプルに、1度で僕の想いをわかってくれるように。

大きく息を吸って、アスカを見つめる。そして、吐き出す。

 

「じゃあ結婚しようか」

 

アスカへの想いを。

 

「は?」

「僕と結婚しようよアスカ」

 

大切な君への想いを。

 

「はぁ!?あんたバカァ!?私たちの歳じゃ結婚なんて出来ないでしょ」

 

少しだけ顔を赤くしてアスカが言った。

久しぶりに話せた。いつものアスカと。

 

「ツッコむところそこなんだ」

「そ、そうだわ!なんで私があんたなんかと、そ、その、結婚……なんて、しなくちゃいけないのよ!」

「僕はアスカと一緒にいてすごく楽しい」

 

アスカに伝える僕の本当の想い。

 

「な、なによ急に」

 

ずっと言いたかったこと。

 

「それにアスカのことすごく可愛いと思う」

 

本音。

 

「か、かわ、可愛い……へへッ」

「そのニヤケ顔も可愛いよ」

「う、うるさいわね!」

 

そして、大切な気持ち。

 

「僕はそんなことないと思ってるけど、アスカが言うように、みんながアスカのことを必要がなくていらない子だと思ってたとしても、僕はアスカが必要だしずっと一緒にいて欲しい。僕の隣にいて欲しいんだ。だからさ、結婚しようよ」

 

これがアスカへの僕の全て。全部言い切った。

 

「あんたーー」

「愛してるよ」

「だからーー」

「子供は3人欲しいな」

「そんなことーー」

「2人で過ごそうよアスカ」

 

アスカの言葉を遮る。たぶんネガティブなことしか言わないから。そんなこと言ってるアスカを見たくないから。

 

「私の話も聞きなさいよ!」

「ごめんごめん」

「はぁ、もういいわ」

 

アスカが呆れたような顔で、それなのにどこか楽しそうに言った。

 

「……りしない?」

 

ぼそっと小さな声でアスカが呟いた。

 

「ご、ごめんなんて言ったの?」

「だから!……見捨てたりしない?」

「もちろんだよ」

「私ってめんどくさいわよ」

「知ってるよ。アスカが日本に来てからは僕が1番長い時間一緒にいるんだから」

「他の女と浮気したら殺す」

 

急に顔も声も怖いですアスカさん。

 

「し、しないよ」

「目ぇ見て言いなさいよ」

「絶対浮気なんかしません」

 

怖いもん。

 

「じゃあいいわ」

 

ゆっくり、何かを悟ったようにアスカが微笑んだ。

 

「いいってなにが?」

「そんなの決まってるでしょ?結婚よ結婚!」

「いいの!?」

「ただし18歳になってからよ」

「絶対幸せにするよ」

「当たり前よ」

 

この日、僕たちはお互い想いをぶつけ合い、お互いを見つめ合い、お互いに認め合った。

そして、お互い必要な、すごく価値のあるものを手に入れた。

 

☆ おまけ①

 

ミサト宅 シンジの部屋

 

 

「今日はいろんなことがあって疲れたな……」

 

アスカを探して、アスカと話して、アスカに、その……ぷ、プロポーズして。冷静に考えたら凄い1日だったな。思い出して苦笑いする。

アスカと婚約……か。これから楽しみだな。

将来のことをぼーっと考えていると、突然誰かが部屋のドアをノックした。

 

「シンジ?いる?」

 

ドアを開けてアスカが入ってくる。

みんなお風呂に入ったのでパジャマ姿。

パジャマ姿のアスカが自分の部屋にいると考えるとなぜかドキドキする。

 

「どうしたのアスカ?」

「私たちってほら、一応婚約したでしょ?」

「今日ね」

「だから、その、ふ、夫婦は一緒に寝るもんだって聞いたから仕方なく来てやったのよ!」

 

僕の嫁が可愛い件について。

 

「そっか。なんかアスカらしいね」

「なにがよ?」

「言い訳の仕方、かな?」

「はあ!?いつ言い訳したのよ!」

 

アスカが驚きと怒りが混ざったような表情をして声をあげた。

どんな表情のアスカでも可愛いと思えてしまうのは、今の状況だからだろうか、それとも婚約したからだろうか。

 

「僕たちは夫婦なんだしさ隠し事は無しにしようよ」

「親しき仲にも礼儀ありでしょ。ていうかなんにも隠してないわよ!」

「ふわぁ〜」

「なにあくびしてんのよ」

「ごめん、今日は動き回ったから眠たくて」

「それって……」

 

アスカが申し訳なさそうな顔をした。

 

「とにかく一緒に寝ようよ。その、ぼ、僕もアスカと寝たいな、なんて……」

 

話題を変えようと焦ってほかの話をした。けど、恥ずかしいこと口走ってるような……。

 

「うん」

 

アスカは頷いて僕の布団に入ってくる。至近距離で目が合う。

 

「「……」」

 

お互い無言。気まずい空気が流れている。

夫婦なのに。大事なことなのでもう1度。夫婦なのに。

 

「シンジ、まだ起きてる?」

「う、うん。起きてるよ」

「今から話すことはただの独り言だから、あんたは気にせず寝てなさい。言っとくけどこっち見たら殺すから」

「わかったよ」

 

どんな関係になっても、人は怖い時は怖いなあ。

 

「今日はあんたにいろいろ言っちゃったけど嬉しかった、私を探してくれて。……それと結婚のことも。」

「そっか」

 

恥ずかしくて短く返事をすることしかできない。

でも、アスカが喜んでくれると僕も嬉しい。

 

「これは独り言だって言ったでしょ。あんたは返事しなくていいのよ」

「うん」

「はぁ。まあとにかく、その、つまるところ……」

「ん?」

「……あ、ありがとう」

「うん」

 

初めてアスカにありがとうって言われた気がする。なんだろう、よくわからないけど、涙が。

 

「……それと私も愛してる」

「え!?」

「何よ」

「ううん。なんでも」

「そう」

「じゃあおやすみ」

「おやすみ」

 

アスカから言われた『ありがとう』も『愛してる』もすごく嬉しくて涙が止まらない。僕はアスカに気づかれないように早めに眠りについた。

 

☆ おまけ②

 

次の日の夜

 

 

「それで、2人揃って報告ってなーにー?」

 

アスカが帰ってきたことが嬉しいのか、ニコニコしながらミサトさんが言った。

報告とは、もちろん僕たちの結婚のことである。

 

「実は、その……」

 

い、言い出しづらい。

たぶん反対されるか、からかわれるかのどっちかだろうし……。

 

「シンジと結婚することにしたの」

 

世間話をするようにしれっとアスカが言った。

 

「えぇ??」

 

ミサトさんが驚く、というより困惑した表情をする。

 

「ちょっとアスカ!そんな適当に!」

「別にいいでしょ。どんな言い方しても変わんないわよ」

「それはそうだけどさ」

 

大事な話だしもう少し言い方があるような気が……。

 

「ち、ちょっと待ちなさい。2人が結婚するってどういうこと」

 

ミサトさんが思い出したように大きな声で言った。

 

「だから私とシンジが結婚すんのよ」

「あっ、もちろん18歳になってからですよ」

「あ、あんた達いつからそんな関係だったわけ?」

「昨日です」

「昨日ね」

「昨日って、もう何が何やら……」

 

ミサトさんは今度は頭を抱えて下を向いた。

 

「とにかくそういうことだから」

「……そう。まああんた達がいいならいいけど」

 

意外だった。ミサトさんが真面目に認めてくれるなんて。

 

「大丈夫です。アスカのこと愛してますから」

「なっ、ミサトの前で変なこと言うな」

「ごめんごめん」

「こうやって見るとお似合いねー。結婚式のスピーチはまっかせなさい!」

「はい。お願いしますね」

「ちょっとシンジ、ミサトで大丈夫なの?きっとろくなこと言わないわよ」

「た、確かに」

 

酔った勢いで何言うか分からないからな。シンちゃんのチンちゃんとか言われたらどうしよう……。

 

「聞こえてるわよ」

「「……あははは」」

「……まったく」

「すいませんミサトさん」

 

ミサトさんは小さくため息を吐くと、僕たちの顔を見つめ直す。

 

「まあとにかく、シンちゃん、アスカ本当におめでとう」

 

笑いながらミサトさんが言った。泣きながら言った。僕も泣いている。アスカも泣いている。

僕たちは家族だから。

 

「ありがとうございます」

「サンキューミサト」

「幸せになんなさい」




ありがとうございました。


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