お前のような哲学者が居るか (神撃のカツウォヌス)
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第1話

 ドイツ

 

 とある公園のベンチにて、本を読む。

 心地良い風が頬をなでる。

 季節は秋。所謂、読書の秋だ。

 別に秋だから外で本を読んでいるわけではない。

 時々、外の空気を吸いながら本を読み、リフレッシュしている。

 というのもこの本、何度も読み返したものであり内容は全て覚えている。故に真剣に読む必要はなく、木々の擦れる音をきいたり雲が流れる様子を見るのがメインだ。そして時々、読み進め1ページめくる。

 こうしてリフレッシュすることで、更なる()()を可能としている。

 

 しばらくして、昼食の時間が来た。

 本を閉じ、どこかの喫茶店にでも寄ろうと立ち上がった時、視界の端に黒い眼帯をした女性の顔がみえた。

 

「何か用ですか?」

「い、いえ!その、用というより、アナタの読んでいる本が気になりまして…」

「これですか?ただの錬金術の本です」

「錬金術!?も、もし宜しければ読ませて頂けませんか!?」

 

 …凄い食い付きだな。

 思わずのけぞってしまった。

 

「…私は今から喫茶店へ行こうと思っていたのですが。

貴女さえ良ければ一緒にどうです?この本がとても気になるようですし」

「是非!御一緒させてください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し歩き、近くの喫茶店へ入る。

 適当な席に座り、互いに軽い自己紹介をする。

 

 彼女の名は“クラリッサ・ハルフォーフ“。

 ドイツ軍に所属しており、階級は大尉、部隊の副隊長を務めているそうだ。

 今日は休暇をもらったので本屋へ向かう予定だったらしい。

 眼帯をしているのは部隊の誇りだそうで、怪我をしているわけではないらしい。

 

「では貴方は、教師なのですか?」

「いえ、違いますよ。時々、大学へ外部講師として赴いているだけです」

 

 そう、私は時々、講師として大学から呼ばれる事がある。

 様々な分野においてそれぞれの界隈では有名らしく、私の噂を聞いた大学から依頼されるのだ。

 1度の講習でそれなりの報酬が貰えるので嬉しい限りだ。

 

「外部講師……。!もしかして錬金術!?」

「哲学です。これはまぁ、ちょっとした趣味ですよ。

そもそも今の時代、オカルトじみたモノに興味を持つものなど殆ど居ない。ましてや錬金術などつまらないと思うのが大半でしょう」

「そんなことはありません!少なくとも私は興味があります!」

 

 こちらに前のめりになってそう言った。

 

「…先ほどもそうでしたがすごい食いつきですね。理由を伺っても?」

「あ、失礼しました…。理由ですね」

 

 そういってハルフォーフは私に語る。

 どうやら元々日本の少女漫画のファンであるらしくそこからライトノベルやゲーム等、日本のサブカルチャー文化に傾倒。つい最近、錬金術を話題にした漫画を読み興味が沸いたそうだ。

 なぜ声をかけてきたかも訊いてみたが、乙女の感、だそうだ。

 

「なるほど、そうでしたか。

それで、錬金術についてどこまでご存知です?」

「えーっと、ホムンクルスという人造人間を生み出したり、賢者の石を作ったりとかですよね?」

「よくご存知で。ちなみに、金の生成自体は理論上可能ということは知っていますか?」

「できるのですか!?」

「えぇ。ただまぁ金1グラムを得るのに莫大なコストと時間がかかるので実質不可能ですね。」

「なるほど。流石に漫画にはありませんでした」

「まぁそういうものです。細かく設定が練られているのは、あくまで漫画を楽しめるようにですから。」

「たしかに、漫画の中でいきなり現実の話を持ち出されても困りますね。」

「…そういえば、貴女は本を買いに行く予定でしたがどちらへ?私はこれから2ブロック先の本屋へ行くつもりですが」

「!私もそこへ行くつもりでした。あの、せっかくですし一緒に行きませんか?」

「えぇ、構いませんよ」

 

 互いの目的地が一致していたので揃って向かうことにした。

 ちなみに、会計は個人で済ませた。初対面であるし妥当な所だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本屋にて

 

 私は既に目当ての本の購入を済ませ、今はクラリッサの本探しを手伝っている。

 (ここにくる道中、クラリッサと呼んでくれと頼まれた。そのほうが呼ばれなれているそうだ)

 

「…ここは他のところに比べて本の種類が多いですけど、探すのが大変なんですよね」

「私はそうは思いませんが…」

「実は日本の漫画とかラノベって結構人気で、置いてる店って多いんですよ。種類も多いので他の文学書とかに比べて探すのが大変なんです、ここは特にそうで」

「なるほど、そういうものか。………ここにあるのがそうじゃないか?」

 

 そういって目の前の棚を指差す。

 

「そうです探していたやつです!ありがとうございます!

それにしても、よくそんな簡単に見つけられましたね。私が初めて探したときはすごく時間が掛かったのに…」

「私は()()()()のでね。探すのは得意です」

 

 探していた本を抱え会計へ向かうクラリッサ。

 その間に私はもう1冊、本を探しだし会計へ向かう。

 

「あれ?もしかして買い忘れですか?」

「そんなところです」

 

 会計を終え、時間を確認すると時計は15時20分を示していた。

 クラリッサは17時までに帰らなければならず、ここから基地までは徒歩で1時間は掛かるのでちょうどいい時間といえるだろう。

 帰り道が途中まで同じなので雑談を交えながら並んで歩く。雑談と言っても私のほうは特に話すようなことが無いので、自然と彼女の仕事である軍隊の話となる。

 

「軍というのはやはり大変ですか?」

「まぁ大変と言えば大変ですかね。訓練もありますが、いろいろな手続きや細かい確認が必要な事務作業のほうが疲れますね」

「なるほど、正直意外ですね。軍隊といえば厳しく辛いものというイメージばかりですから」

「意外なのは私のほうですよ。軍の男性のほとんどがISに嫌悪感を持っていて、女性というだけで嫌な顔をされることが多くて…。そういう人ばかりでない事はわかっているのですが…」

「私としては仕方ない、としか言えませんね」

 

 …本音を言えばくだらない。男だから、女だから。そんなことを考える時点でどちらも愚か者でしかない。

 しかし、わざわざ口にする必要な無い。

 

「それだけじゃないんです…って、こんなこと愚痴ってもしかたないですね、あはは…」

「愚痴は時々吐き出したほうがいいですよ。溜め込みすぎると体に毒ですから」

「…ありがとうございます」

「いえ。…おっと、どうやらここまでのようです」

「あ…。もうこんなに歩いていたんですね、時間が経つのは早いです。では、私はここで。今日はありがとうございました」

「こちらこそ。それでは…っと、その前にこれを」

 

 そういって先ほど追加して買った2冊の本を渡す。

 

「これは…」

「経緯がどうであれ、錬金術に興味があるという貴女へのプレゼントです。初心者でも比較的わかりやすいものと、私の持つのと同じものを買いました」

「いんですか?」

「えぇ。迷惑でなければ」

「そんな、迷惑だなんて…。ありがとうございます。大切にしますね」

「では失礼します。縁があればまた遭いましょう」

 

 そうしてそれぞれ帰路につく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それにしても…。

 ()()()()だったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2話

 とある建物の廊下を女性が走る。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

 走る

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」

 

 走る走る

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」

 

 走る走る走る

 

「クソッ……」

 

 ふざけるな

 

「クソッ…クソッ……」

 

 ふざけるなふざけるな

 

「クソッ…クソッ…クソォォォォ!」

 

 ふざけるなふざけるなふざけるな

 

「何なんだよ……何なんだよ……!」

 

 何故自分が

 

「何なんだよ…何なんだよ……何なんだよアイツは……!」

 

 何故自分がこんな事になるんだ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性はある組織に所属している。

 ISの操縦、作戦指揮、部下から慕われるカリスマ。

 その全てが高水準の彼女は、将来の幹部候補として最も期待されており、今回の任務が成功したら昇格するはずだった。

 任務の内容は、

 【ある国の開発途中のISを強奪し、本部の研究所に送れ。】

 というものだった。

 事実、5日前に無事任務は成功。

 明日到着予定の輸送班を待ち、自身も輸送班と共に本部へ戻るだけだった。

 それだけだったのに。

 

 

 

 爆発が起こった

 

 

 

 何が起こったのか。

 女性はすぐさま爆発の場所、原因を調べるよう指示を出そうとしたがそれよりも早く、部下から報告があった。

 

 警備部隊Aチームが全滅

 現在Bチームが交戦中

 

 Aチームが全滅?この短時間で?

 だとすると、先の爆発とAチームの全滅の早さから考えて、相手がISである可能性が大きい。

 すぐさま整備中の自身のISのもとへ向かおうとするが、再び爆発が起こった。

 思わず窓から外の様子を確認するが、その光景を見て絶句する。

 

 身体の部位が欠けていたり、おかしな方向に曲がっている者。

 熱で皮膚がドロドロに溶けていたり、火傷を負った者。

 自身の部下だった者たちが見るも無残な状態で転がっているが、女性にとっては(敵か味方は別として)決して見慣れない光景ではない。絶句するほどのものではない。

 

 

 問題なのは、その地獄の中で佇む人物だ。

 これだけの惨状にも関わらず、

 傷らしい傷はおろかその身に纏う衣服にさえ一切の汚れが見当たらない、いっそ清々しいまでに周囲から浮いた存在。

 それが女性にはひどく不気味だった。

 脚が震える。

 腕が震える。

 身体が震える。

 歯がガチガチ音を鳴らし、呼吸が苦しくなる。

 すると、ヤツが此方を向いた。

 

 

 目 が あ っ た

 

 

 瞬間、女性は走り出す。

 一刻も早く、自身のISのもとへ向かわなくては。

 ヒールが脱げたが構わない、その方が速く走れる。

 お気に入りの懐中時計を忘れた、また買えばいい。

 そういえばISは整備の途中だった、生身より安全だ。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」

 

 走れ走れ走れ

 

「クソッ…」

「クソッ…クソッ……」

「クソッ…クソッ…クソォォォォ!」

 

 ふざけるなふざけるなふざけるな

 

「何なんだよ……何なんだよ……!」

「何なんだよ…何なんだよ……何なんだよアイツは……!」

 

 何故自分がこんな事になるんだ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか自身のISのもとに辿り着いた。

 整備班がいない。逃げたのだろうがどうでもいい。

 すぐさまISを装着する。

 これで助かる。SEは若干心許ないが問題ない。

 さっさとアレを殺して本部へ帰ろう。

 いくら警備部隊を瞬殺できる手段を持っていようと、ISならば確実に殺せる。

 ハイパーセンサーで生態反応を探す。

 発見。さっき入ってきた扉のすぐ向こうだ。

 唯一使える武器、ライフルを構えるがすぐには撃たない。

 相手がISではないことが分かっているのだ。

 ならばすぐには殺さず情報を集めてからのほうがいい。

 何処のどいつかで何が目的か。何も喋らないかもしれないが、訊かないよりはマシだ。

 そして扉が開かれ、ヤツが入ってきた。

 

「……何故撃ってこない?」

「うるせぇ。テメェ、何モンだ?何が目的だ?」

「……愚か者め」

「あ?聞こえねぇよ」

「……貴様には関係ない」

 

 そう言って奴はこちらに向かって腕を伸ばす。

 その手は、子供がよくやる”拳銃を模した形”。

 ふざけているのか。

 そう言おうとした矢先、

 

 

 

 爆発。そして凄まじい衝撃

 

 

 

 痛い。

 何が起きた?吹き飛ばされた?

 痛い痛い痛い。

 身体中が痛い。

 理解できない。

 ISにはバリアが、絶対防御があるではないか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それに、センサーは武器の類を一切感知していなかった。

 意味が分からない。

 

「ほぅ……今の一撃で全壊しないのか。相変わらずその防御力だけは大したものだ」

 

 SEが残っていない。

 唯一の武器だったライフルはほとんど原型を留めていない。

 駆動部が完全にイかれてる。

 全く動かない。

 飛ぶことはおろか、立つことすらできない。

 

「とはいえ所詮はその程度か………。まぁ、最低限のデータは得られた。()()()()()があることもわかった。目的は達した以上、もうここに用はない」

 

 そう言ってヤツはこちらに腕を伸ばす。

 手はさっきと同じく”拳銃の形”にして。

 

 それが最後に見た光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ISを強奪したテロリストの潜伏先を突き止めた軍。

 先行部隊が敵勢力を確認し、後衛部隊へと連絡。

 応援の到着後、テロリストを殲滅し強奪されたISを回収。

 という作戦がたてられていた。

 だが、部隊が向かう途中に目標地点から爆発を確認。

 現場へ着いた頃にはすでに廃墟となっていた。

 

 

 

 

 

「………こいつは酷ぇ」

「一体何があったんだ………」

 

 ボロボロの建物。

 壁や天井は吹き飛び、骨組みがむき出しになっている。

 それなりの大きさのこの建物が、これほどの惨状になるには歩兵がもつ火力では足りない。

 そもそもこのような施設はそれなりに頑丈に作られているはずなので、相当な量の爆撃でもされない限りこうはならない。

 爆撃以外となると、

 

「ISの仕業ですかね、隊長」

「……いや。いくらISといえど不可能だろう」

 

 よく誤解されがちだが、ISの武装は近接用のブレードの類や銃火器が主武装のものが多い。

 もちろん、手榴弾やグレネードランチャーなどは大型化されている分破壊力はあるし、中にはミサイル等を搭載した機体もある。

 しかし、ここまでの惨状となるといくらISでも時間はかかる。

 ましてや3()0()()()()()で行うなど不可能だ。

 

「……予め大量の爆薬を用意しておけば可能だろう。だが……」

「…はい、避難した様子はありませんしそれに……」

 

 辺り一帯に転がる死体。

 死体。死体。死体。

 四肢が吹き飛んだモノ。

 身体の半分が消えているモノ。

 皮膚がドロドロに溶けたモノ。

 全身真っ黒になっているモノ。

 鼻をつまんでも感じる、血の臭いや肉の焼けた臭い。

 まさに死屍累々。地獄絵図とはこの事だろう。

 

――――――う"、う"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"

――――――お、おい。大丈夫か!?

――――――とりあえず水を飲め!

 

 あまりにもグロテスクな光景。

 人の死に触れたことすら無い新入りが、吐き出してしまう。

 仕方ないだろう。ベテランですら目を背けたくなるほどだ。

 自分だってそうだ、だが隊長として情けない姿は見せられない。

 すぐに指示を出す。

 

「通信係は後衛部隊へ連絡。"敵は既に全滅だが念のため待機。"」

「それと”重傷者を運ぶ準備もしておけ”、とも連絡を」

「医療部隊、ですか?」

「あぁ。生存者がいれば何か情報が得られるかもしれん」

「り、了解であります!」

 

「1班は建物内の探索。強奪されたISを探す」

「2班は周囲の警戒。3班は2手に別れ、それぞれ1班と2班につけ

「「「了解!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

作戦報告書

 

~前略~

 

 今回の作戦により、強奪されたISを奪還。

 更に、所属不明のISも回収。のちにテロリストが使用していた物と同一機体であることを確認。

 また、今回の作戦における部隊の損害はナシだが帰還後、3名の隊員が体調不良を訴え、現在医務室にて療養。

 3名の精神面を考慮し、カウンセリングを予定。

 

 

特記事項

 

 現場にて負傷者を1人保護。テロリストと思われる。

 現在、軍病院にて治療中。

 意識が取り戻り次第、様子を観察しつつ尋問予定。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話

 哲学とは何か。

 

 そう訊かれたとき、ほとんどの人がこう答えるだろう、

 考える学問だ、と。

 別に間違いではないが断定も出来ない。

 哲学とは英語で〈philosophy(フィロソフィー)〉といい、古代ギリシア語の〈Φιλοσοφία(フィロソフィア)〉に由来する。直訳すると「愛知の学」という意味であるが何を研究する学問であるかは示されておらず、「知を愛する学問」としかいいようがない。

 時代や文脈によって派生的に複数の意味をもつが、古代ギリシアでは学問一般をさすことと語源を考えると、様々な事を考える学問でいいだろう。

 少なくとも私はそう思うし、それに倣って様々な分野において教養を深めている。

 

 尊敬する哲学者はもちろん居る。個人ではないが。

 アリストテレスをはじめとする古代ギリシアの哲学者達だ。

 私の()()も、彼らからヒントを得ているものが多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街が騒がしい。否、慌しいというべきか。

 第2回モンド・グロッソにより街中が活気付いているが、それとは違う。

 軍と警察だ。

 あちらこちらで連絡をとっていたり、聞き込みのようなことをしている様子が見受けられる。

 気になったので、悟られないように情報を集めてみたがどうやら誰か誘拐されたようだ。

 ただの一般市民なら態々軍を動かす必要は無い、警察だけで十分なはずだ。

 ならば逆説的に一般市民ではない人物、政府官僚の身内とかそんな感じだろうが。

 そんな事を考えていると、

 

《第2回モンド・グロッソ。”アリーシャ・ジョセフターフ”選手と”織斑千冬”選手による決勝戦ですが、織斑選手が棄権しました。これにより決勝戦は------》

 

 ……成る程な。

 余程のことが無い限り織斑千冬(ブリュンヒルデ)が棄権することはない。

 そして軍が動くほどの誘拐事件。

 誘拐されたのは織斑千冬の弟”織斑一夏”だな。

 案の定、その名前が出てきた。

 織斑千冬に棄権させるのが目的なのかその他かどうかまでは分からないが、これ以上探る必要はない。

 そもそも慌しさが気になっただけ、私には関係のないことだ。

 

 

 

 そう考えを切り捨て、行きつけの喫茶店へ入る。

 

「いらっしゃい。今日はニイチャン1人なんだな」

「まるでいつもは1人じゃないかのような物言いですね」

「最近は、クールなネエチャンと来る事が多いじゃねぇか」

「……たしかにそうですね」

 

 あれから何度も、クラリッサとここへ来ている。

 行動範囲が同じだからだろうか。

 私の居る所へ彼女が現れ、私が行くところに彼女が居る。

 偶然にしては出来すぎであるし、もしかしたら向こうから会いに来ているのではと思ったが、

()()()()()感じだと本当に全くの偶然らしい。

 あまりにも会うのでいっその事、連絡先を交換することにしたのだ。

 現在では、休みのたびに彼女から連絡があり待ち合わせすることになっている。

 

「ほれ、いつものだ」

「すっかり私も常連客ですね」

 

 少ししてからコーヒー2つと菓子を持ってきて、目の前に座る。

 客が私しか居ないときはこうして雑談に興じることとなっている。

 ここの店主は見た目がかなり厳つい。その所為か、元々客が入りにくく常連客は片手で足りる程度だ。

 見た目とは裏腹にかなり気前がいいのだが、それを知る前に他店へ行ってしまう客が殆どで、なかなか客足が増えないらしい。

 よく潰れないものだと思うが、昔からのツテを利用して大幅に原価を抑えているからだとか。

 (ちなみに菓子は自前のものらしい)

 

「それより、さっき警察が来たんだけどよ」

「警察?何かやらかしましたか」

「違ぇよ。なんか怪しい奴みなかったかって」

「怪しい奴?」

 

 事情を知っているが話すわけにもいかず、知らぬふりをする。

 

「怪しい奴ならば目の前に」

「冗談でもやめてくれや。前に通報されたことがあったんだよ……」

「……それはそれはご愁傷様です」

「チクショウ……他人事だと思って……!」

「実際、他人事ですし」

 

 しかしここのコーヒーは美味しい。

 店内の雰囲気もいいし、それだけに客足の伸びない理由が悲惨すぎる。

 ……まぁ、千客万来であったなら、こうしてゆっくり話すこともなかっただろうし、これはこれでいいのだろう。本人も気にしていないようだし。

 

 話題は自然とモンド・グロッソにうつる。

 

「しかし、まさかあのブリュンヒルデが棄権するたぁ驚いたな」

「怪我などがあったというわけではなさそうでしたね」

「人類最強と言われてんだ、そもそも怪我するような奴じゃないだろ」

「確かにそうですね。ブレードだけであの圧倒的な強さ、天災の親友だけあって特別なのでしょう」

「しかも美人ときたもんだ。高嶺の花ってああいうのを言うんだろうな」

「どちらかというと孤高の獅子という方があっている気がします。どちらにせよ私は興味ありませんね」

「まぁお前さんはあのネェチャンがいるからな。そりゃ興味ないだろう」

「そういう意味ではないですよ。中身が重要だということです」

 

 そう、外見的な要素など全く関係が無い。

 

「性格とかか?男女で態度を変えない全うな性格だって聞いたことがあるが…」

「そうではありません。もっと本質的な話です」

「どういう意味だ、そりゃ?」

「……まぁ、感覚のことですよ」

 

 中身と言えば性格の事だと思うのが大半だが、私の言うそれは違う。

 そもそも性格は時間や環境に左右されるものであり、いわば外的要因の影響を受けるものだ。

 外的要因を受ける以上、私にとってそれは外側の話である。

 だが、それをここで言っても仕方ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




zzzzさん、誤字報告ありがとうございます

 


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第4話

 

 インフィニット・ストラトス。

 

 通称”IS”。

 天災・篠ノ之束が開発した、宇宙空間での活動を想定された”マルチフォーム・スーツ”。

 数年前に起きた「白騎士事件」によって従来の兵器を超える圧倒的な性能が世界中に知れ渡り、”飛行パワード・スーツ”として軍事転用が始まった。

 当時は、開発者が日本人であることもあり日本がIS技術を独占的に有していたが、そのことに危機感を募らせた各国が「IS運用協定(通称”アラスカ条約”)」によって情報開示と共有し、その他に研究のための国家機関の設立や軍事利用、コアの取引等が禁止されることとなった。

 しかしこのISには、原因は不明であるが女性にしか動かせない、という問題があった。

 ISの心臓部たるコアは天災本人にしか製造できず、また自己進化の設定以外は完全なブラックボックスとなっているため、問題の原因がわからなかった。

 これにより「ISが動かせる=女性は偉い」という方式が出来上がり女尊男卑の世の中になり、ただ甘い蜜を吸いたいが為にここぞとばかりに権利を主張してくる女性権利団体なる愚か者達の組織ができあがったり、女性優位の考えによる男性の冤罪件数が大幅に増えたりした。

 この所為で夫が会社をクビにされて自殺した主婦や、自身が何もしていないのに男性から嫌な顔をされる女性がいたりと。

 地味に社会が破綻し始めていると私は思うのだが、はたしてどれほどの者がそう思っているのだろうか。

 

 

 

 

 

 何故、今更こんなことを考えているのか。

 それは、つい先日に報道されたニュースが原因である。

 

《世界初の男性IS適合者が現れた》

 

 まさに青天の霹靂。

 ”ブリュンヒルデ”織斑千冬の弟である”織斑一夏”がISを起動させたというのだ。

 これにより各国で大規模な適合調査が行われることとなり、多くの男性が「もしかしたら自分も」と希望に満ち浮き足立った。

 しかし、その希望は儚く砕け散ることとなった。

 1人目が現れてからそれなりの日数がすぎ、それなりの数の男性が適合検査を行ったが未だに適合者は現れていない。また、何故、織斑一夏だけがISを動かせるのかは分かっておらず、開発者本人でさえ原因が特定できていないというのだ。

 ……正直、特定できていないというのは嘘であると私は思っている。

 篠ノ之束の唯一の親友である織斑千冬、その弟である彼だけがISを動かせるというのは偶然にしては出来すぎている。

 ()()()()()()()()してもいいのだが、分かるのは彼がそういう因果に生きているということだけだ。その因果が人為的かどうかまでは判断できない。

 

 

 

 

 

 あれから数ヶ月、学生から成人までおおよそ全ての男性の適合検査が終わったが、結局、2人目以降の男性適合者は現れなかった。

 一応、強制ではないという事になっていたので、学校単位で調べる学生はともかくとして、既に社会人となっている者は仕事や休日の都合上、検査漏れの可能性はあるだろうが。

 第一、そもそも戸籍に存在しない者は探しようがないので、完全に全ての男性ということはない。

 まぁ、織斑一夏がISを動かせる原因がわかれば、今後、人工的に男性適合者を作り出すことは可能になるかもしれない。

 もしそれが知れ渡ったら人道的な行いではないと世間一般は思うのだろうが、それを言っても今更な話でしかない。

 現在でも、誰よりも優秀なISパイロットを生み出そうと遺伝子組み換えや改造行為などが行われている。その大半が違法な研究所によるものだが、中には国が関与している所だってあるだろう。ただ公にされていないだけで。

 ……もしかしたら織斑姉弟も試験管ベビーの可能性がある。

 あの2人は幼い頃に両親に見捨てられたらしいが、そもそも親が存在せず研究所の類も既にないのかもしれない。

 証拠がないうえ突拍子も無い話だが、ISが無くとも人間離れした動きができるという噂もある。所詮は噂でしかないのだが、火の無い所に煙は立たないというし信憑性はある。

 仮に事実だとしたら、作られた可能性が高くなるし興味もあるが……。

 知ったところでどうこうなるわけでもないからな、この話題は終わりでいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 雲ひとつ無い夜空。

 空気が澄んでいるので、いつもより輝いてみえる、天に瞬く星々の輝き。

 今、こうして見えている輝きは、無数にある恒星のうちの一握り。否、それにすら満たないほんの一つまみでしかない。

 ()()を見上げる。徐に手を伸ばす。

 インフィニット・ストラトス。

 兵器へと成り下がらずに本来の役割を果たせていたのなら、人類は今頃どこまで行けたのだろう。

 月に都市を建設できただろうか。

 火星をくまなく探索できただろうか。

 新たなエネルギー資源を発見できただろうか。

 もしかしたら………。

 と、ここで思考を止める。

 あんなことがあったからだろうか、珍しくISについて考えてしまった。

 あれから何度かISの適合検査を受けるようにと役人が来たが、織斑一夏が特別だっただけで検査など時間の無駄でしかないと断った。

 ダメ元で受けてみれば良かったのでは、と言う人がいるだろうが今更ISなんぞに興味などないのだ。

 別に後悔はない。

 あんなガラクタなど不要だと、早々に見切りをつけたのは私なのだから。

 己の意思で、ガラクタへの可能性を切り捨てて、人の身にすぎた知識・力を求めた。

 そして()()()()()()()()()()()()()()

 そのおかげで、()()()()()を過ごせるようになった。

 故に、

 後悔などない。

 後悔などあるはずがない。

 

 

 己が意思を確かめる。

 己の目的はなんだ?

 己は何故人をやめた?

 

 決まっている。

 

 この宇宙の全てが知りたい。

 

 そのために、”真理へ至る”。

 

 そしてこの宇宙(そら)を手にいれてみせる。

 

 

 

 

 



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第5話

 

 人間には(エネルギー)が流れる"経脈"と言うものがあり、鍼灸や按摩などはこれを利用して病気を治療している。

 この経脈は地球にもあり、風水術では「龍脈」、西洋では「レイライン」などと呼ばれている。

 世界中にある聖地や先史時代の遺跡、不可思議な現象の起きる場所などはその殆どがこのレイラインに沿って存在しており、先史時代の有名な遺跡"ストーンヘンジ"や、魔の三角海域"バミューダトライアングル"などがある。

 その他にも、異常気象が起きやすかったり、地下の鉱脈には貴重な物が多く含まれていたりと。

 地球の内部にただ流れているだけでここまでの影響があるのだ。

 仮に、この膨大なエネルギーに指向性を持たせたら?自在に扱うことが出来たら?

 どこまでのことができるだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教師!?IS学園の!?」

「声が大きいぞ、クラリッサ」

「あぁ…すみません。ちょっとビックリしたのでつい……」

 

 いつもの喫茶店にてクラリッサと、談笑する。

 何度も会う内に知人から友人へとランクアップし、今では互いに砕けて話すほどにまで親しくなった。

 ちなみに彼女が敬語口調なのは、そのほうが話し慣れているからだそうだ。

 

「それにしても、何でそんなことになったんです?」

「教員の一人が寿退職するかららしい。そこでどうせなら優秀な人材を、とのことで私に白羽の矢が立ったようだ」

「自分で優秀って言っちゃうんですね…」

「向こうがそう言っていただけだよ。……以前話したことがあるが、それなりに広い分野に造詣が深いからな、他の教師の手助けができるというのが大きかったらしい」

「なるほど……。あれ?」

「?」

 

 何か気にかかることがあるようだ。

 

「教員免許持っているからといってそんないきなり教師やってくれ、なんてなります?ましてやIS学園ですよ、いろいろ手続きとかあるんじゃないですか?」

「そこはあの手この手でどうにかしたそうだ。それに、どうしても4月からやる必要があるんだ」

「……!男性適性者ですね」

「そうだ。知っての通りIS学園は職員はともかく生徒は全員女子だ。たとえ職員であろうと同じ男性が居るほうが精神的に楽だろうな」

 

 いくら肝が据わっていようと、自分の周りが全て女性なんて環境に放り込まれたら疲弊するに決まっている。

 それに加えて今の時世、男が同じ学び舎に通っているというだけで不満を表すものもいるのだ。ストレスは相当のものになるだろう。

 

「それじゃあ、今度からは会える機会が少なくなりますね」

「何も全く時間が取れないことはないさ。それに、電話なり何なりがあるじゃないか」

「確かにそうですね!……あ、そうだ!ちょっとお願いしたいことがあって」

「なんだ?」

「織斑教か…じゃなくて織斑先生によろしく言っておいてくれませんか?」

「接点があったのか」

「えぇ、前に部隊でお世話になったことがあって。それで、そのことについて改めてお礼をと思いまして」

「そういうことならわかった。ちゃんと伝えておく」

「よろしくお願いします」

 

 ふむ。

 部隊で、織斑千冬に、お世話になった、か。

 

「クラリッサはIS部隊所属なんだな」

「な、何で分かったんですか!?……あ」

「やっぱりそうか」

「……カマかけたんですか」

「さっき織斑千冬にお世話になったと言っただろう?」

「えぇ、まぁ言いましたけど…」

「只の鍛錬かとも思ったが、ISの操縦に関してブリュンヒルデの右に出るものは居ない。ならばISについて教導してもらうのが一番だろう考えてな」

「あれだけでわかっちゃうんですか……」

「まぁな」

 

 もしかしたら、以前の織斑一夏誘拐事件。

 軍が織斑千冬に恩を売るために仕込んだのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 店を出る。

 時刻は13時を少し過ぎたころ。

 

「まだ時間があるな、どうするか……」

「それだったら映画見に行きません?」

「映画か、いいかもな。それで何を見るんだ?」

「それは着いてからのお楽しみということで」

 

 何を観るのかなんとなく気になるが、着いてからと言われたのでは仕方がない。

 

「クラリッサは映画はよく観るのか?」

「んー、借りてきて観ることはあるんですけど。映画館ではあまりないですね」

「それは何故だ?映画館のほうが大画面・大音量で見ごたえがあると思うが…」

「何と言うか、時間が勿体無い気がして。ほら、借りてくれば観たいときにみれるし、途中で止めることもできますし」

「確かにそれは言えるな。自分の都合に合わせられるのはいい」

 

 映画館は上映時間が決まっており、それにあわせなくてはならない。

 それとは逆に、家ならば空いた時間に観ればいいし、合間の時間にちょくちょく観ることもできる。

 シリーズものなら時間さえあれば一気に通して観る事もできるのか。

 

「でもアクション映画とかは映画館のほうが迫力があって面白いですし、それに…っと、着きましたね」

「あまり大きくはないのだな。それでも周りの建物より大きいが」

「最近だとこうやって映画を観に来る人が少ないらしいので、これくらいなんだそうです」

「そうなのか」

 

 中に入って券を買いに行く。

 

「それで。いったい何を観るんだ?」

「えーっと。これです、これ」

「最近CMが結構流れていて話題になっているやつか。確か、CG無しの実写だけで撮影されたアクション映画だったか」

「はい、隊の中でも何人か観た人がいておススメされまして」

 

 券を買って時間を確認すると、あと10分後に始まるようだ。

 飲み物とポップコーンも買い席へ向かう。

 

「そういえばさっき何か言いかけていたな」

「さっき?」

「映画館のほうが迫力がある、ともう一つ」

「あー、それはですね」

 

 並んで座る。

 平日だからだろうか。

 周りにはあまり人が居ない。

 

「こうやって一緒に観られますし」

「……そうか」

 

 そう言って、少し照れくさそうに微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約2時間の映画が終わり、時間は15時半。

 

「いやー、凄かったですね!あれが全部CGじゃないなんて!」

「俄かには信じられなかったな。一歩間違えば大怪我では済まないシーンがかなりあったぞ」

「実際、撮影中に怪我して撮影が延びたって話も聞きますし。でもそれだけ面白かったですね!」

「特に中盤の、燃える大広間での戦闘は凄まじかったな。手に汗握るとはまさにあのことだな」

「確かに凄かったですね、観てるこっちまで熱くなりましたよ」

 

 お互いに映画の感想を言い合いながら歩く。

 昨今の映画は内容がチグハグだったり、人物描写が違和感だらけのものも少なくない。

 だが、今日見た映画は登場人物の心境やストーリーの組み立てが上手かったりと、よく2時間に収められたものだ。

 初めて観た映画がこれでよかったと思う。

 それとも、一人だったらまた違ったのだろうか。

 

「あ……そろそろですね」

「あぁ、そうだな。時間が経つのは早いな」

 

 かなり話し込んでいたようで、気付けばそれぞれの家路が見える。

 

「ふふ、確かに時間が経つのは早いですね」

「どうかしたか?」

「いえ。初めて会ったときに私言ったじゃないですか」

「そういえばそうだったな」

「気付けばあの日から5年も経ってるじゃないですか。それで2つに意味が掛かっているって気付いたのでつい……」

「別に狙ったわけではないが、そうか……。もうそんなに経つのか」

 

 もうそんなに経つ。

 最初に出会ったあの日から。

 そして……

 

「はい、なんだかあの日が懐かしいです」

「あぁ、懐かしい」

 

 

 

 この世界に生れ落ちた日から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第6話

 

 女子。

 女子、女子女子。

 女子女子女子女子。

 

 周りが全員女子だ。

 男は俺だけだし何より視線が痛い。

 どうしてこんなことになったんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は高校一年生の織斑一夏。

 中学三年生の時、愛越学園とIS学園の受験会場をうっかり間違えた俺は、そこにおいたあったISにほんの出来心で触れてしまい、ISを起動させてしまった。

 そのことを知られた俺は世界初の男性IS適性者として保護されてここ、IS学園に通うことになってしまった。

 男が自分一人だけという状況で、同じクラスに居た幼馴染の”篠ノ之箒”を見かけるも、シカトされて「……らくん」しまった。

 ついさっき、副担任の”山田麻耶”先生が入ってきて「…り斑くん」HRが始まることに「織斑くん!」

 

「は、はい!」

「その、大声出してごめんなさい。あ、あのね?自己紹介で「あ」から始まって今「お」で織斑くんの番なの。それで……」

「あ、謝らないでください!ちゃんと自己紹介するので……!」

 

 山田先生が涙目になりながら説明してきた。

 某小さな名探偵の冒頭を真似して現実逃避していたらいつの間にか自己紹介が俺の番まで回ってきていたようだ。

 初めの自己紹介で印象が決まるからな、しっかりやらなきゃな。

 席を立つ。

 

「お、織斑一夏です」

 

 視線が突き刺さる。

 え、それだけ?という顔をしている。

 ヤバい。

 ここで何か言わなきゃ暗いやつという印象が残ってしまう…!

 でも何を言えばいいんだ。

 ヤバい、ヤバい…!テンパって何も出てこない。

 だからといってこのままではダメだ。

 こうなったら…!

 

「い、以上です!」

 

 せめて元気よく、だ。

 これで最悪、暗いやつにはならないですむ…!

 とりあえず安心していると、

 

 スパンッ!

 

 脳天に衝撃。

 振り向くとそこに居たのは、

 

「げ、宇宙一の戦闘民族!」

 

 スパンッ!

 2度目の衝撃。

 

「誰がサ〇ヤ人だ、馬鹿者」

 

 千冬姉が居た。

 なんで千冬姉がここにいるんだ?

 職業不詳で月1、2回くらいしか家に帰ってこなかった姉。

 追求しなかったのは俺なんだけども。

 

「あ、織斑先生。会議はもう終えられたんですか?」

「山田君、すまなかったな。クラスへの挨拶を押し付けてしまって」

「いえ!副担任ですから!このくらいは平気です!」

 

 さっきまで人の頭叩いていた人は何処へやら、穏やかな千冬姉。

 山田先生もさっきまでの困り顔から一転、すごくいい笑顔になっているし。

 まさか教師をやっていたなんて知らなかった……。

 追求しなかったのは俺なんだけども(2回目)

 

「諸君、私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが私の仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五歳を十六歳までに鍛えぬくことだ。逆らっても構わないが、私の言うことは聞け。いいな?」

 

 なんて爆弾発言をするんだ。

 とても教師のセリフとは思えない傲慢さ。

 さぞかし怯えた空気に満ちるのだろうと思った瞬間、

 

「「「キャーーーーーーーー!」」」

 

 突然、襲い来る音の衝撃波。

 思わず耳を塞ぐが、全く意味を成さずに鼓膜を突き破ってくる。

 モンスターを狩るゲームに出てくる轟く竜みたいだ。

 

「本物よ!本物の千冬様よ!」

「ずっと好きでした!」

「お姉さまに憧れてこの学園にきたんです!北九州から!」

 

 怯えるどころか大歓喜。

 随分と人気な俺の姉。

 確かに、IS学園の生徒ならIS操縦者の頂点を目の前にして、興奮しないはずが無いか。

 しかしお姉さまってどうなんだ?女子校なら普通なんだろうか?

 

「私、お姉さまのためなら死んでもいいです!」

 

 前・言・撤・回

 俺の姉に命を捧げようとする異常な人がここにいます!

 他にも所々ヤバい発言をする生徒が何人かいる……。

 

「…はぁ、まったく。毎年毎年、よくもまぁこれだけの馬鹿者共が集まるものだ。ある意味感心させられるが何か?私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか?」

「キャーーー!もっと!もっと叱って!罵ってぇぇ!」

「でも時々優しくして!」

「そしてつけあがらないよう躾して~!」

 

 もうやだこのクラス。

 まともな人が何処にも見当たらない。

 山田先生もなんか恍惚の表情を浮かべているし……。

 

「…で?挨拶もまともに出来んのかお前は」

「いや、千冬姉。俺は―――」

 

 スパンッ!

 これで本日3度目。

 近いうちに俺は馬鹿になってしまうのではないだろうか。

 

「織斑先生と呼べ」

「……はい、織斑先生」

 

 人の頭をバンバンバンバン叩くとはなんて教師だ。

 もうこれ以上叩かれるのはごめんなのでそう思うだけに留めて置き、そのまま席に突っ伏す。

 

 バシュ

 

「……いくら肉親とはいえ、人の頭をそう簡単に叩くものではないでしょう?先ほどの自己紹介といい、とても教師とは思えないですね」

 

 聞こえてきた男の声に顔を上げる。

 先生……だろうか?でも俺以外に男が居たなんて知らなかったな。

 どこかで見た気がするんだけどな……。

 

「これで何年もやってきたんだ。今更言われたところでな……」

「まぁこれ以上は何も言いませんよ。なにせ新入りなものですから」

 

 そう言って教卓の隣に立つ。

 ……思い出した!

 たしか入学式の時に紹介があった気がする。

 

「既に入学式で自己紹介は済んでいるが改めて、」

 

 

 

 

 

 

 

「私は”シーク・ウェリタス”。呼び方は最低限の礼儀を欠かさなければ好きに呼ぶといい。今期から追加されたカリキュラムである哲学の授業で教鞭を振るうことになった。そして、このクラスの副担任でもある。専門は哲学だが、物理や数学等、所謂理数の分野に関しても見識が広い。遠慮なく訊いてくれて構わない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の時間から早速授業が始まる。準備を怠るなよ」

 

 そう言って教室を出て行く。

 2人も後に続いて出てくる。

 

「それにしても」

 

 山田君が話を切り出す。

 

「副担任が2人だなんて、すごいことになりましたよね」

「理由はご存知でしょう?」

「そうですけど。なんていうか、なんとなく違和感があって……」

「まぁ私も山田君と同感だな。いくら理由があるとはいえ、こうして隣に男がいるというのは何とも言えない違和感がある」

「それは仕方ないでしょう。壊れた時計の針が動き出した故の弊害というわけです」

 

 ……しかし、やはり気になるな。

 

「……ずっと気になっていたんだが」

「どうかしましたか?織斑教諭」

「なに、シーク殿は偶に妙な言い回しをするものだと思ってな」

「あーたしかに。私も思っていました!なんでなんですか?」

「何故と言われても困りますね、これは癖のようなものですから。敢えて言うならそうですね……。物事の捉え方が違うからでしょう」

「捉え方の違い、ですか?」

「……そうですね、絶対音感は知っていますよね?」

「絶対音感ってあれですよね?聞こえてくる音がレの音とかファの音とか分かるって言うやつですよね?」

「それです、その感覚だと思っていただければ」

「んー、なんとなくわかったんですけど……」

「まぁ、結局は個人の感覚ですから。無理に理解する必要はないですよ」

 

 なるほどな。

 自分にしかわからない感覚を言葉にするからあのような妙な言い回しになるのか。

 

「授業の時などはどうするのだ?さっきのような言い回しだと上手く伝わらないのではないか?」

「あー、たしかにそうですね。どうするんですか?」

「問題ないですよ。あくまでも私の主観について話す時だけですから。文章を読んで聞かせる時に態々別の言葉に置き換えて話す必要はないでしょう?」

「それなら大丈夫そうだな」

「それよりも私の事よりクラスの事を心配すべきでしょう。何せ今年は彼がいますから」

「織斑くんですね。先輩の弟さんなんですよね?」

「あぁ。だがここではあくまでも教師と生徒にすぎん、贔屓はしないとも」

「そうは言っても人間、そう容易く割り切れるものではないですよ」

 

 確かに私の唯一の家族であるのだから心配ではあるがそれとこれとは話が別だ。

 第一、身内だからと言って特別扱いをするようでは他の職員や生徒に示しがつかないし教師失格だ。

 

「……と、新入りの私が言うのも変な話ですね。忘れてください」

「そんなことはない。そもそも私がここの教師になる前から講師として色んな大学に呼ばれていたそうじゃないか」

「そういえばそんな話してましたね。じゃあ先輩になりますね」

「私の場合は個人でしたし、組織に所属するのとでは勝手が違いますから。やはり貴女方のほうが先輩ですよ」

 

 丁寧且つ穏やか、それでいて強い何かを感じさせる不思議な男だ。

 そんな事を思いつつ他愛も無い話をしながら歩く。

 

 

 

 

 

 




zzzzさん、誤字報告ありがとうございます

 


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第7話

「――――――というわけで、ISの基本的な運用には国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用は刑法によって厳しく罰せられます。例えば無許可でISを起動したりした場合ですね。そして――――――」

 

 山田教諭がすらすらと教科書を解読していく。

 最初の授業はISの運用方法等の初歩的な部分だ。

 しかし専門知識なだけあって聞きなれない言葉も多いので、ISと関わりのない一般人にとっては難しい話だが、それでも単語からある程度の意味は察することができるし事前に予習していれば全くついて行けないというわけでもない。

 それに加えて山田教諭の説明は要点がまとめられており、非常に理解しやすくなっている。

 にも関わらず挙動不審にしている者が1名居るようだが……。

 

「えーっと…織斑くん大丈夫ですか?分からない所があれば言ってくださいね。なにせ先生ですから!」

 

 その言葉に意を決した織斑が言う。

 

「せ、先生!」

「はい!」

「ほとんど全部わかりません!」

「え……せ、全部ですか?」

 

 山田教諭の顔が引き攣る。

 

「え、えっと……織斑くん以外でわからないって人はいませんか?いれば正直に言ってください」

 

 無論、誰も居ない。居るはずがない。

 IS学園に居る時点でこの程度のことはわかっていて当然だ。

 

「…織斑。入学前に送られた参考書は読んだか?」

 

 織斑教諭が問いかける。

 

「あの分厚いやつですよね。古い電話帳と間違えて捨てました」

 

 ズバンッ!

 

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者」

 

 衝撃のカミングアウト。

 さすがの織斑教諭も呆れているようだ。

 かくいう私も多少の驚きを隠せざるをえない。

 古い物と新しい物を間違えるとはどういう了見だ?

 そもそも捨てる時は本当に捨てていいのか確認するものだろう。

 

「あとで再発行してやる。一週間で覚えろ、いいな」

「い、いや、一週間であの厚さはちょっと…」

「やれと言っている」

 

 睨む。

 当たり前だ、自分の不手際にも関わらずそれは無理だというのは道理が通らない。

 

 

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力において過去の兵器を遥かに凌いでいる。そういったモノを深く知らずに扱えば必ず事故が起きる。そうならないための基礎知識と訓練だ。理解が出来なくとも覚えろ、そして守れ。規則とはそういうものだ」

 

 助けを求めるかのようにこちらへ視線を向ける。

 同じ男性の私なら何とかしてくれるのではと思っているのだろう。

 だが、現実()はそう甘くない。

 

「織斑。自分は望んでここにいるわけじゃない、そう思っているのだろう?そんなもの関係ない。前提として、お前の今座っている椅子は本来別の誰かが座るはずだったものだ。その誰かを退けて空けられた椅子でありそこに座りながら自分には一切の責任は無い、と言い張るのはただの傲慢だ」

 

 そう。

 定員は決まっている。

 つまり織斑一夏はその限られた枠を一つ潰したことになる、本人に一切の悪気が無くとも。

 もし彼が居なかったら、そう思っている者が必ず何処かに居る。

 

「もしお前が居なかったら。そう思う者に対して、お前は「何もかもわからないけど自分は一切悪くありません」そう言って開き直るのか?」

 

 そこまで言ったところで、織斑はバツの悪そうな顔をする。

 ……少々言いすぎただろうか?

 今日まで説教染みた事はしたことが無かったからな、生憎とどこまで言えばいいのかの加減が分からん。

 

「……だが、あの参考書を一週間で覚えろというのは流石に無理がある」

「おい?」

「最低限覚えておくべき箇所を教えてやる。手を貸すのはこれが最初で最後だ、二度は無い」

「は、はい…!」

「……失礼だがシーク殿。今までISに関わったことは無かったのでは?」

「ここへ来る前に座学ならば教えられる程度には仕上げて来た」

「教師をやることが決まってからひと月も無かったはずだが……」

「10日あれば十分足りる」

 

 個人差はあれど効率よく覚えるコツがあり、それに加えて私は理解力がずば抜けて高い。

 0から覚えるにもそれほど時間・手間はかからない。

 

「いくらなんでも……いや、それが出来るからここに居るのだったな」

「私の事はいいです。それよりも早く授業を再開しましょう、山田教諭」

「……は!?そうですね……では、続きを始めますね。これらの規定が定められた場所がアラスカだったことから通称”アラスカ条約”と言われ――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 先ほどは運用規定、そしてこの時間では武装に関する講義。

 武装は実技にも直結し扱いには更に慎重にならなければならないので、織斑教諭が教壇に立っている。

 ……重要なのはわかるが、山田教諭までノートを手にとっているのは如何なものか。おそらく憧れの存在が教える、というのが理由の大半だろうが。

 

「あぁ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

 入学してすぐクラス対抗戦というのは少々早すぎる気もするが、

 

「クラス代表はそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席…まぁ、ようするにクラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の段階でたいした実力差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間は変更は無いからそのつもりでな」

 

 なるほど、呼んで字の如くだな。

 クラス対抗戦をする意義も分かるが、こういうのはクラス総出でやるものだろうし第一、代表候補生が対抗戦に出場しては意味が無いだろうに。

 ……他の行事にも色々と穴がありそうだな。

 

「なお、自薦他薦は問わない…無論、推薦されたものに拒否権は無いからな」

 

 ……いったい彼女は何を言っているのだろうか。

 大方、「推薦されるということは期待されているということでその期待を裏切るのは許さない」と言う考えなのだろうがそうではないだろう。

 期待を背負うと押し付けられるのとでは意味が違う。その事を理解していないのか。

 第一、一年間変更できず重要な役割になるのだから、まだ実力も何も知らない今の段階で推薦は不適切であるしそんな事をしたら、

 

「はい!織斑君を推薦します!」

「私もそれがいいと思います!」

 

 織斑に票が入るのは自明だ。

 世界でただ1人の男性操縦者、それが同じクラスに居るのだから見世物としては格好の的だ。

 教師も教師だが生徒も生徒だ。さきの説明を聞いていただろうに……。

 

「では候補者は織斑一夏……他にはいないか?」

「お、俺!?」

「邪魔だ織斑、席に着け。居ないのなら織斑に決まるが」

 

 それに、()()()()()()()()このクラスには面倒な奴がいることはわかっている。

 代表候補生である彼女が、面白半分で男性操縦者(織斑一夏)に票が集まるこの状況をだまって見過ごすなんてことはない。

 

「待ってください!納得いきませんわ!」

 

 セシリア・オルコットが異を唱える。

 当たり前だ、国の代表候補生として何時間も訓練してきたプライドの高い彼女にとってポッと出の素人がクラス代表というのは到底許容できない。

 

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 わからなくは無い。

 クラスの代表として委員的な仕事はともかくとして、戦闘云々をこなせなどしない。

 だが、彼女の場合は「弱い男が自分を差し置いて代表など言語道断だ!」という意味だが。

 

「実力からいけばわたくしがクラス代表になるのは必然!それを物珍しいという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ありませんわ!」

 

 世界中から入学しにくるとは言え、生徒及び職員の9割が日本人だ。

 こんな事を口にすれば自分が孤立することを理解していないのか彼女は。いくら感情的になっているとしても周りが見えて無さ過ぎる。

 

「いいですか!?クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」

 

 強さに自身があるのは結構だが、あくまでも代表”候補生”だろうに。その肩書きは自分と同等以上のレベルの存在が居ることの証左である。

 これまでの発言に何人かが嫌悪感を示しているし、織斑教諭までもが険しい顔をしているのが見えていないようだ。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

 耐え切れなくなった織斑が口を挟む。

 あれだけの罵詈雑言の嵐だ、黙っていられなくなるのはわかる。

 だが、今この場においては悪手である。

 

「あっ、あっ、あなたねぇ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

 案の定、オルコットは怒髪天。

 よくもまぁ自分の発言をあそこまで棚に上げられるものだな。

 

「決闘ですわ!」

「いいぜ、やってやるよ」

 

 あっさりと了承する織斑。

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い…いえ、奴隷にしますわよ」

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

 

 決闘の内容も聞かずによく堂々としていられるな。

 

「そう?まぁ何にせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわ!」

 

 素人を相手にして実力を示すも何もないだろう。

 

「ハンデはどのくらいつける」

「あら、早速お願いかしら?」

「いや、俺がどのくらいハンデをつけれたらいいのかなぁって」

 

 彼は素人にも関わらずハンデを、それも代表候補生相手につけてやるだと?

 これまでの言動は別として、IS操縦においてはクラスで一というのは紛れもない事実。

 と、織斑の発言を聞いた周りから爆笑がおこる。

 

「織斑君、それ本当に言っているの?」

「男が女より強かったのって大昔の話だよ?男と女で戦争になったら三日ももたないよ」

 

 ……彼女達が本気で言っているのがわかる。

 

「…愚かな」

 

  あまりの愚かさに思わずそう溢す。

 

「何か言いたげですな、シーク殿」

 

 耳ざとく聞いていた織斑教諭。

 クラスの視線が向けられる。

 

「何も、ただ単純に愚かだと思っただけですよ。ISがあるから強いと、そこで思考を止めていることに対して」

 

 私の発言に不満や嫌悪感を示すもの、織斑と同じ前時代的な考えの持ち主だと嘲りの表情を浮かべる者。

 何も理解できていないのなら、ここで一度現実を教えてやろう。

 

「そもそもの前提として男女間の戦争云々の話はISありきの話だ。そして今この場にISは無い。つまりだ」

 

 パァン!

 

「もしも今の音が銃声だったら、ここにいる誰かは死んでいたぞ」

 

 手を叩いて音を鳴らす。

 ここで何人かは私の言いたいことを察する。

 事実、私が本気だったら少なくともこの教室は消し飛んでいる。

 

「それだけじゃない。予め爆弾を用意するもよし。親しい者を人質にとるのもよしだ」

「そ、そんなの詭弁ですわ!第一、戦争が始まればそんな暇などありませんわ!」

 

 彼女の言葉に何人かが頷く。

 ここまで愚かだと一周まわってオモシロイ。

 

「戦争は戦う前から始まるんだ。まさか、明確な戦争開始の合図があると思っているわけではないよな?」

 

 ここまで言って漸く理解したようで、クラスは重い空気に包まれる。

 

「更に付け加えるならば、たとえISが相手だろうと勝ち筋はある」

 

 私の言葉に驚く一同。

 まさか山田教諭と織斑教諭まで驚いているとはな。

 

「ISに勝てないと言われているのは、偏にその防御性能と機動力にある。そこらの銃火器では防御を貫けず、火力を求めれば取り回しが悪くなり避けられる。これは逆に、圧倒的な火力を確実に当てられれば撃破できるということだ」

「で、ですが!それができないからISが最強と言われているのではありませんか!」

「つい先ほど言っただろう?爆弾や人質だ」

 

 どうやら織斑教諭は理解したようだ。

 流石ブリュンヒルデ、とは言わない。むしろこの程度が分からぬほうが可笑しい。

 

「ISの開発・整備には男性も多く携わっている。否、そういう現場仕事は男性が圧倒的に多い。何故なら女性は権利を手に入れやすく管理職に就くからだ。故に、ISの開発段階、整備中に強力な爆破装置を仕込んでおけばいい。人質をとればたとえ軍人であろうと大半が動けなくなる」

 

 もう異を唱える者は誰一人としていない。

 ここでトドメといこうか。

 

「極論、世界中無差別に核を落とせばいい。大気・海洋汚染を起こせば人類は衰退する。もしお前達のイメージする戦争がどちらかが全滅することを前提としているのならばたとえ戦争に勝とうと人類は滅亡の一手を辿るだけだ」

 

 もう誰一人として女性が勝つとは言わない。言える筈がない。

 だがこの話は全体に向けてであり、事の原因にはまだ何も言っていない。

 

「話を戻すが織斑」

「は、はい」

「あぁは言ったが、世間の常識ではやはりお前の発言は非常識と言える。自分に正直なのはかまわないが時には周りに合わせることも重要だ。覚えておけ」

「はい……」

 

 さて次は、

 

「オルコット」

「な、なんですの」

「多くは言わない。お前はイギリスの代表候補生だ。それを踏まえたうえで今一度、自身の発言を振り返ってみろ」

 

 しばらく考えるオルコット。

 すると、次第に顔が青ざめていく。

 

「そうだ。この場では代表候補生の言葉はそのまま国の言葉でもある。もしさきの発言が記録に残されていたら外交問題に発展するだろう」

 

 ここまでにしておこう。

 それにしても喋り過ぎたな、私らしくもない。

 これでは感情も棄てる事も視野に入れる必要がある。

 

「とまぁ、大方言いたいことは言いました。続きをどうぞ、織斑教諭」

「あぁ、すまなかったな。今聴いた通り、この場においては男か女かは関係ないしお前達の強さなど私とっては意味はない。織斑とオルコットは一週間後の月曜。放課後に第三アリーナで戦ってもらう。ハンデは無しだ、いいな?」

 

 どうやら決闘はするようだ。

 正直、辞退できない点やそもそも決闘はさせるななど、まだ言いたいことはあるがいつまでも引っ張るのはよくないだろう。

 

 その後、織斑に専用機が与えられる話がされたり、その織斑が専用機について知らなかったりと、ひと悶着があったがまぁ些事だろう。

 

 

 

 

 

 



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第8話

 

 あれから一週間が経ち、今はこの学校の初の哲学の授業をする二年生の教室へ向かっている。

 この哲学の授業は週一で二年生のみ、一年と三年生はやらないとのことだ。

 一年生はISに関する知識や実技、そして主要五科目で手一杯になるのでなし。

 三年生は卒業後の進路に向けてだったり、企業からのスカウト等があるのでなし。今年度の三年生は一度も私の授業を受けないことになるがしかたない。

 

 それと、先日のクラス代表の話の事が既に広まっているらしく、様々な視線を感じる。

 恐れを含んだ視線。

 興味や関心を含んだ視線。

 そして嫌悪と怒りを含んだ視線。

 それ以外にもこちらを()()()()()()様子の視線も感じる。

 別に害があるわけではない。表面上は真面目に挨拶もするので気にしないが、小蠅が耳元を飛んでいる程度の鬱陶しさがある。

 

 そんな事を考えているうちに目的の教室についたようだ。

 

「おはよう」

 

 おはようございます。

 元気に挨拶するものもいれば控えめにするものもいる。

 完全に無視をきめているものもいるが別に構わない。

 

 始業のチャイムが鳴る。

 

「さて、授業を始める」

 

 面倒臭そうな表情を浮かべる者が幾人かいる。大して興味の無いことを学ぶのは誰だって嫌だろう。

 だからこそ、私はこう言って始める。

 

「まず最初に言っておく。正直に言って、哲学などなくても生きていく分には何も困らない」

 

 私のいきなりの発言に同意を示しつつ少なからず驚いている。

 初授業でいきなり「やらなくてもいい」など言われては動揺するに決まっている。

 

「と言うわけで特にテストがあったり課題等もない。授業中に騒がしくしなければ寝ても構わないし他教科の課題をやっていても一切咎めない」

 

 更に動揺する生徒達。

 いくら必要ないからって、そんな声がちらほら聞こえる。

 だが、

 

「しかしこれだけは言っておこう。哲学はそれ単体では殆ど意味が無いが、他の分野と併せる事で真価を発揮する。今日の授業でそれを証明してみせよう」

 

 こういて始まる授業。

 最初は古代ギリシャからだ。

 さて、じっくりといこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――哲学はしばしば宗教や神学と同列に語られることが多く時代が変れば哲学者の思想も変わり、それは同時に当時の常識や情勢を表す。特に中世ヨーロッパあたりは覚えることが多く苦手としている者も多いが、焦点を哲学に絞ればおおよその時代背景が分かる」

 

 ここまで、飽きないように少ない情報量で最大限の理解が出来るように授業を進めた。

 そのおかげか、皆一様に興味を持ってくれたようだ。私としても興味を示してくれるのは嬉しい限りだ。

 

「っと、今日はここまでだな。次回からは授業内容は半分に分ける。前半は哲学、後半は所謂自由な時間だ。他教科のわからない所を聞かれれば教えるしテスト勉強も見てやる。哲学者の本領を発揮してみせよう」

 

 この言葉を皮切りに皆浮かれる。

 それもそうだ。授業時間の半分とはいえ、他のことができるのは時間が無駄になりにくいということである。

 特に英語や数学は一度置いて行かれたら追いつくのはなかなか難しいので、こうして時間が取れるというのは嬉しいのだろう。

 

 ここでチャイムが鳴る。

 

「始まりと同様に終わりの挨拶もしなくていいぞ。昼休みだが次の授業に遅れるなよ?」

 

 はーい!

 最初は無視していた生徒も今では打って変わって元気に返事を返す。

 この調子なら他のクラスも問題なくできそうだな。

 

 職員室へ向かい歩きだすが、

 

「先生♪」

 

 声をかけられ立ち止まる。

 薄い水色の髪に赤い瞳。

 片手に扇子を持ち、人をからかうような笑みを浮かべる少女。

 

「更識か。何か用でも?」

 

 更識楯無。

 IS学園の生徒会長、つまり学園一の実力を持つ生徒。

 そしてロシアの国家代表。

 自由国籍を取っているので日本人でありながら他国の代表になれるのだ。

 と、ここまでは調べれば誰でもわかる。

 

「いえ、生徒会長として改めて御挨拶をと思いまして♪」

「随分と礼儀正しい。流石は全生徒の模範となるだけはある」

「いえいえ、そんなことありません♪」

 

 広げた扇子には”謙虚”と書かれている。

 先ほどの文字は”礼儀”だったが気にしなくともいいか、些細な手品だろう。

 

「私これから生徒会室に行くんです。先生は職員室に行くのでしょう?同じ方向ですし少しお話しませんか?」

 

 ”提案”。

 まぁ断る理由もないので承諾する。

 

「構わないぞ。と言っても3分程度だが」

「十分です♪ありがとうございます♪」

 

 次は”感謝”。

 どうでもいいが、いちいち扇子を使うのは癖なのか?

 

「どうです?まだそれほど経っていませんがこの学校には慣れましたか?」

「それなりにな。視線が鬱陶しい事を除けばだが」

「まぁ男の人が珍しいのでしょうがないでしょう。かくいう私もちょっと興味がありますし♪」

「それは織斑のことか?」

「えぇまぁ。何せ世界初の男性操縦者ですし。そういえば!」

「うん?」

「今日の放課後は一組のクラス代表を決める試合があるのでしょう?織斑君とオルコットさんの対決だとか」

「あぁそうだ。素人と代表候補生の対決など本来は止めるべきなのだがな」

「決まってしまったのですから仕方ありません。それで、先生はどちらが勝つと思いますか?」

 

 殆どの人間がこの質問を無意味だと思うだろう。

 方や偶々ISを起動できただけの知識も何も無い素人。

 方や国の代表になるべく何百時間もISに乗り続けた代表候補生。

 前提の時点で既に勝敗が決まっているのだ、態々勝敗を予想する必要はない。

 

「織斑は確実に負ける」

「やっぱりそう思「だが、」?」

 

 どうあがいたって織斑は負ける。

 いくら専用機が与えられようと素人が勝てるわけが無い。

 だが、

 

「ただ負ける訳ではない。そしてクラス代表は織斑になる」

 

 負ける事は確定事項だが、惨敗はしない。

 

「負けるのにクラス代表ですか?理由を伺っても?」

「彼はそういう因果の下に生きている。それが理由だ」

「?」

 

 この数日間、()()()()()()彼を見て分かったことだ。

 世界中の男性の中で彼だけがISを動かせる理由も。これから巻き起こる波瀾の日々も。

 全て彼が中心となる、なっている。

 この世界が物語ならば。

 彼が、織斑一夏が物語の主人公なのだろう。

 故に、今日の試合は必ず何かが起こる。

 

「よくわかりませんが、織斑君が負けると思っているわけですね」

「……まさか賭けでもするつもりではないだろうな?」

「そんなことする気はありませんしさせる気もありません。ただのちょっとした好奇心です♪」

「それならいいが……っと、ここまでのようだな」

「そうですね。話に付き合ってくださりありがとうございました♪それでは♪」

「あぁ。午後の授業に遅れないようにな」

 

 流石は対暗部用暗部更識家の当主だ。

 授業中や今の世間話の中で、私の視線やしぐさから怪しさや不可解さが無いか観察していたようだが。

 残念ながら相手が悪かったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「特に怪しい様子は無かったわねぇ。時々妙な言い回しになるくらいかしらねぇ」

 

 生徒会室に戻り、これまで集めた情報を整理するが特に不可解な点も怪しい事も無かった。

 

「世界初の男性操縦者の入学と同時にここの教師になったのは何か裏があると思ったんだけど……」

 

 唯一の男子生徒の精神的負担を和らげるためと言う理由はあるが、それをそのまま鵜呑みにするわけにはいかなかった。

 生徒会長としてこの学校のみんなを守る義務があるし、更識家としても黙っているわけにはいかなかった。

 

「ですが驚くほど何もありませんね。来歴も特に怪しい点はありませんし……」

 

 私の親友の”布仏虚”がコーヒーを淹れながら話す。

 

「そうなのよねぇ……まぁ何も無ければそれでいいんだけど。そういえば部屋に仕掛けていたのはどうなの?」

「それが……何度も仕掛けたのですがその度に壊されてしました。監視にも気付いていたようですし」

「ウソ!?どっちかならまだしも両方だなんて…」

「はい。少なくともただの教師ではないようです」

 

 人間、全く痕跡を残さずに行動を起こすのは不可能だ。

 それでも、細心の注意を払って極力気付かれないようにしていたのだ。

 

「むぅ。しょうがないから別の手段にしましょ」

「別の手段と言いますと?」

「……」

「……お嬢様?」

「……そ、それはこれから考えるのよ!」

 

 そんなすぐに思いつくわけないでしょ!

 まったく、虚はせっかちなんだから。

 

 

 

 

 



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第9話

 

 放課後、第三アリーナ。

 

 遅い。

 いったいどれだけ待たせれば気がすむのかしら。

 このセシリア・オルコットを侮辱するつもりですの?まったく、これだから男は。

 

 いい加減待ちくたびれたころ、ノロノロとフラフラと覚束無い様子で現れる対戦相手。

 

「あら、あまりにも遅いので逃げたのではと思っていましたのよ?」

「あんな事言っといて逃げるはず無いだろ」

「そう。まぁなんにせよ逃げなかったことは褒めて差し上げますわ」

 

 態々負けるために来たのは滑稽でもありますが。

 

「織斑一夏。あなたに最後のチャンスをあげますわ」

「チャンス?」

「わたくしへの数々の無礼を謝罪するというならば手心を加えてあげてますわよ?」

 

 素人を相手に甚振って愉悦を感じるような落ちぶれた人間ではないので、こうして譲歩して差し上げるのもエリートとしての義務。

 あぁ、なんて器が大きいのでしょうわたくしは。

 

「今更そんなことできるかよ。俺は勝つぜ」

「まぁ!せっかくの慈悲を無碍にするだけでなくわたくしに勝つですって。思いあがりもここまでくれば笑えてきますわ」

 

 ほんとうにここまで滑稽だと哀れみすら感じますわね。

 

「双方、準備はいいな?」

 

 アリーナに織斑先生の声が響く。

 

「えぇ、いつでもよろしくてよ」

「こっちも準備OKだ」

「では、試合開始!」

 

 さぁ!

 

「踊りなさい!この”ブルー・ティアーズ”の奏でる輪舞曲(ワルツ)で!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始まったわね」

 

 たった今、セシリア・オルコットと織斑一夏の試合が始まった。

 

「お嬢様はどちらが勝つと思いますか?」

 

 隣で一緒に試合を観ている虚ちゃんがきいてくる。

 

「そりゃあセシリアちゃんが勝つでしょうね。虚ちゃんは?」

「私も同じです。いくらなんでも素人が代表候補生に勝つのは無理でしょう」

 

 もっとも。この試合を観ている殆どの人間が同じ予想をする。

 織斑君が勝つと信じているのは幼馴染の篠ノ之箒くらいだろう。

 それも勝ってほしいという願望のようなものだ。

 

「でもシーク先生の言うにはただじゃ負けないらしいんだけど」

「一矢報いる、そういう意味でしょうか?」

「さぁ?多分そうだと思うけど…」

 

 件の先生はこの試合を観ていないようだし。

 相変わらず新しい情報は入ってこないし、全くの謎だわ……。

 

「今の所目立った変化は無いわね」

「はい。辛うじて避けている感じですね」

「このままだとジリ貧ね。いくら織斑先生の弟といえど流石に素人では無理なようね」

 

 どれだけ才能を秘めていようと、全くの経験0ではその才能を発揮できずに終わる。

 ましてや相手は代表候補生、瞬殺されないだけでも十分かしら。

 そろそろ終わりかしら。

 そう思っていると。

 

「…直撃しましたね」

「えぇ、やっぱり素人では……?」

「?お嬢様どうしました?」

「……ブザーが鳴らないわね」

「たしかに変ですね」

「……まさか!?」

 

 煙が晴れる。そこににはさっきまでと違う姿のISが。

 

第一次移行(ファーストシフト)!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奴め。機体に助けられたな」

 

 千冬さんが言う。

 さっきまでとは姿が変わっている私の幼馴染。

 

「ギリギリで第一次移行が間に合ったみたいですね」

 

 第一次移行(ファーストシフト)

 初期段階のISが操縦者に合わせて最適な機体へと進化するISの自己進化機能の最初の現象。

 

 ついさっき届いたばかりで初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)が済んだばかりの機体でなんとか逃げ回ってばかりだったが、今では最初の覚束無さは無くなり自在に動いている。

 しかしそれだけではなかった。

 

「あれは……単一仕様能力(ワンオフアビリティ)!?」

 

 普通は第二次移行(セカンドシフト)してから発現する、その機体固有の能力。

 それを発現させるなんて……流石は一夏だ。

 

「いいぞ一夏!」

「すごいですね!もしかしたら!」

 

 思わず熱くなる私と山田先生。

 もしかしたらこの勢いに乗って勝てるかもしれない。

 

「ふん、まだまだだ。使い方がなっていない」

「?それはどういう…」

 

 ビー!

 

 突如、試合終了のブザーが鳴る。

 モニターを見ると一夏のSE(シールドエネルギー)が無くなっていた。

 おかしい。

 いくらミサイルの直撃を受けたからって第一次移行で満タンになったSEが0になるなんて。

 

「零落白夜は自身のSEを消費するからこその攻撃力、いわば諸刃の剣。SEの残量を考えず振り回せば瞬く間に0になる」

 

 千冬さんががピットに戻ってくる一夏にも聞こえるように説明してくれた。

 上手く扱えなければ自滅するなんてとても経験のない素人が使えるものではない。

 

「とにかく、試合はオルコットの勝ちだ。まぁクラス代表がどうなるかはわからんがな」

 

 最後の終わり方が納得いかなかったようで少々消化不良のようだ。

 こ、ここは優しく励ましてやろう。

 

「お、織斑くんお疲れ様です!」

「情けない奴だ、鍛錬を怠るからこうなるのだ」

「全くその通りだ。それでよくもまぁあんな啖呵を切れたものだ」

 

 ……しまった。

 照れくさくてついキツイ言葉を言ってしまった。

 

「うっ…ちょっとは慰めの言葉とか無いのかよ箒、千冬姉」

 

 ……あれ?千冬さんの出席簿アタックが無い。

 もしかして一夏の「千冬姉は俺が守る(意訳)」が嬉しかったのだろうか?

 

「情けなく自滅した身で文句を言うな」

 

 ますます落ち込む一夏。

 これは部屋へ戻ったら少しは労ってやろう。

 

 

 

 

 

 結局、恥ずかしくて出来なかった。無念…!

 

 

 

 

 

 



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第10話

 
 無事に10話まで続けられたのでここから感想返信をすることにしました


 

「はい。という訳で、一年一組のクラス代表は織斑一夏くんに決まりました!一つながりで縁起がいいですね」

「ちょ、ちょっと待ってください!俺は試合に負けたんです。クラス代表はセシリアになるんじゃ」

 

 織斑は試合に負けたがクラス代表となった。

 その理由だが、

 

「それはわたくしが辞退したからですわ」

 

 とのことだ。

 詳しくは本人が勝手に話してくれるだろう。

 

「今にして思えば、代表候補生であるわたくしが素人のあなたと戦うのは弱いものいじめと同じことでした。にも関わらずわたくしをあと一歩の所まで追い詰めたあなたこそが、このクラスの代表に相応しいと思った次第ですわ」

 

 以前までの高慢さは何処へやら。

 所々に少々の驕りが見受けられるが、相手を敬えるようになったようだ。

 

「そしてこの場を借りて皆様に謝罪致します。この度はわたくしの不躾な発言のせいで皆様に不快な思いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした。もし皆様が許してくださるのなら今一度、わたくしと仲良くしてくださいませんか?」

 

―――もちろんだよー!

―――ちゃんと謝ってくれたからね~。

―――こっちこそよろしくね。

 

 誠意を込めた謝罪によりクラスメイトとの確執も無くなり、本人も憑き物が落ちたような明るい雰囲気だ。

 かなりの罵詈雑言の嵐だったはずだが、全員がこうも簡単に許せるのは学生ゆえだろうな。

 各国の汚い大人達ならば、幸いとばかりに責め立てて利益を得ようとする。

 

「それとシーク先生」

「ん?」

 

 何だ?

 私は特に何かを言われてはいないが。

 

「その、あの時わたくし、先生の事をISも使えないくせに偉そうな男だ、と思って内心で見下しておりましたの。そのことについて謝罪をさせてください」

「なんだそんなことか。黙っていれば誰も分からなかっただろうに、正直だな」

「いえ、黙っているのはわたくしのプライドが許しません。それに失礼なことを思っていたのは事実ですし」

 

 真面目というか融通が利かないというか。

 自身の誇りを大切にするタイプなんだろうが、なんというか不器用な奴だな。

 

「そうか、いや。別に害があったわけではないからな、気にしなくとも良い」

「そう言っていただきありがとうございます」

 

 今更他人からどう思われようが気にしないし、普段の生活に支障がなければ一切構わない。

 

 その後、織斑のコーチの話で篠ノ之とオルコットが揉めたり、クラスで織斑を祝うことが決まったりしたが、何事も無く時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生の言っていた通りになったわね……」

 

 クラス代表は織斑君になった。

 それだけじゃない。

 試合もシーク先生の言ってた通りになった。

 

「まさか土壇場で第一次移行するなんてね。しかも単一仕様能力まで発現させるなんて…」

 

 そこから動きがよくなったが、あと一歩のところで自滅。

 結局試合には負けたが一方的ではなかった。

 ただでは負けなかった。

 

「まるでこうなることを知っていた…?でも……」

 

 未来を知るなんてできるはずがない。

 ある程度は結果を予測することは可能でも、それは前提として情報が無ければならない。

 性格やセンス、癖、ISの性能や兵装。セシリアちゃんはともかくとして織斑君はこれと言った情報は無いし、機体なんて専用機なうえ到着がギリギリだったのだから知りようが無いわ。

 そもそも細かく情報収集して試合内容や結果を予想する必要がないし…。

 

「……そういえばたしか」

 

 ”そういう因果の下に生きている”。

 

 そう言ってたわね。

 言葉の意味自体はわかる。でも何でそんなのがわかるのかしら。

 考えられるとすれば、

 

「いわゆる”共感覚”、というものでしょうか」

 

 虚が言う。

 それならわからないこともない。

 普通じゃわからない何かを感覚的に捉えていて、そこに培ってきた知識や経験を併せる事で結果を導き出している、とか。

 もしくは、

 

「本当にそういうのがわかる、かしらね」

 

 最初からそういうもの、と言うならば辻褄は合う。

 でも、

 

「そんな超常的なこと信じられないわね……。あぁもう!何であんな得体の知れないのが教師やってんのよ!」

「お嬢様、失礼ですよ」

「だってしょうがないでしょ!?」

 

 いくら調べても怪しい情報は一切出てこないし、そのくせ監視には全て気付くし普段の振る舞いも一般人とは思えないくらい隙はないし!

 しかも無表情なせいで何考えてるのかわからないし容姿含めて全てが高スペックだしキャラ盛りすぎなのよ!チャレンジメニューなの!?

 

「…前半はわかりますが後半は関係ありませんよね?」

 

 虚が何か言ってるけどそんなのどうでもいいわ!

 こうなったら何が何でも絶対に…!

 

「絶対に正体を突き止めてみせるんだから!覚悟してなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。やっと着いたわね」

 

 ここに来るまで長かったわね…。

 でもこれでようやく、ようやくあいつに会えるわね。

 

「ふふっ、待ってなさい一夏。それにしても……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「広すぎじゃないのよーーー!」

 

 

 

 

 

  




薊(tbistle)さん、誤字報告ありがとうございます


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幕間 ~1~

 
 時系列は前半が第2話、後半が5話と6話の間くらいです


 

「あ”---、何か面白いこと無いかなぁーーー」

 

 機械や衣服などで散らかっている薄暗い部屋。

 その壁に備え付けられている大小様々なモニターの数々を気だるげに見やりながらぼやく、ウサギの耳のような機械を頭に着けた女性。

 彼女の名は篠ノ之束。

 世界中の誰もが知っている自他共に認める天()である。

 

 各国が彼女の所在を調べている最中、かの天災は暇を持て余していた。

 如何に世界最高の頭脳を持つ彼女であろうと四六時中何かの作業をしているわけでもないので、こうして面白いことを探しているのである。

 自信の興味が惹かれるものなど殆ど無いのだが暇つぶし程度にはなる。現に今までも何度かこうしていたが、それも今日ばかりは違う。

 

「ん?何だコレ?」

 

 沢山のモニターの中に一つ、おかしなものを見つけた。

 それは自身が作ったISのコアの状態をモニタリングしていたもの。

 ISの起動反応が出たと思ったらそのISのSEが一瞬で無くなり、次の瞬間には完全に破壊された。

 

「なにやら面白そうな予感がするぞー!」

 

 そして調べられるデータの数々。

 直近の武器開発データから件のISの武装情報まで調べ上げる。

 

「あのISに自爆装置は無いし、完全に破壊できるほど強力な武器の情報もナシ……。あとはコアか」

 

 特にめぼしい情報は無かったので最後にコアの記録を調べる。

 膨大な数の中から一つ、最後の起動から機能停止するまでの映像ファイルを開く。

 

「んー?生身の人間?何をして……ほわぁぁぁぁ!?目がぁぁぁぁぁぁ!耳がぁぁぁぁぁぁ!………ふぅ、ビックリしたぜまったく」

 

 いきなり起きた閃光と爆音が束を襲うがそこは天災クオリティ、数秒でダウンから立ち直る。

 数秒の間で映像は終わってしまったので再び最初から、今度は他のデータファイルも一緒に開きスローで再生する。

 

「多分コイツが何かしたんだろうけど……ふむふむ、この男の指先から超密度のエネルギーの塊が飛んできてボーン!大・爆・発☆……ってどういうことじゃあーーー!直前まで何も反応は無かったよね!?しかも何だよこの束さんでも見たことない密度のエネルギー!そもそもどう見たって完全に手ぶらだろ!?ふざけんなよ!」

 

 天災の自分ですら全く理解できない光景はコレまでの退屈さをキレイに吹き飛ばす。

 過去最高に興奮した様子で苛立ちの言葉を放つ束だが、しかしその表情は言葉とは裏腹に歓喜に満ちている。

 

「はぁはぁ……まさかこの束さんを驚かせるとはね。一体何処の誰なのかなー?まず顔を拡大して明るくしてっと、わぉイケメン☆。そして顔認証して……”シーク・ウェリタス”、シーくんだね!…へー!同い年なんだー!」

「束様、夕食の準備ができました………束様?」

 

 束を呼びに来た少女クロエ・クロニクルが今までに見たことの無い束の様子に目を丸くするが、当の本人はそんなことは露知らず。件の彼の来歴や趣味を調べるのに夢中になり、クロエが来たことに気がつかないし、クロエ本人も楽しそうな自身の主の邪魔をしないようにとその様子を眺めるだけ。

 結局、束がクロエに気づくのは15分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――侵入者だ!

 

 自身の所属とは別の警備部隊(Aチーム)の叫び、このアジトに侵入者が現れたようだ。

 

――――――いつの間に!?

――――――いったいどうや

 

 爆発。

 一体何が起こった?あいつらは無事なのか?

 部隊長が指示を出す。

 

「戦闘準備!人影を見つけたら躊躇わず撃て!」

 

 全員が武器を構えて周囲を、特にAチームがいた方向を警戒しつつ爆発のあったところへ向かう。自分は最後尾なので背後からの奇襲を警戒しながらついて行く。

 敵の人数や武装は不明だが部隊を一瞬で、おそらく全滅させるほどヤバいのは確かだ。

 焦らず、しかし弱腰にならない程度の慎重さをもって―――

 

「いたぞ!撃て!」

 

 先頭から敵を発見を知らせる声と共に銃声が聞こえてくる。

 すぐさま上司に報告をする。

 

「Aチームが全滅!現在Bチームが交戦中!」

 

 手短にかつ的確に必要最低限の情報を伝え、自分も援護しようと一歩踏み出した瞬間。

 

 再び爆発が起こった。

 

 その衝撃により、3回ほど地面にバウンドしながら後方まで吹き飛ばされる。

 痛い……突然の出来事でそう思う暇も無かった。

 転がってるときに小石や枝で切り傷ができ、全身を強打したことによる痛みで体を満足に動かせない。

 頭を強く打ったからか血が垂れてきて、それが目に入り痛みで目を開けていられなくなる。

 意識が朦朧とする中、何故こんなにも冷静に自分の状態がわかるのか不思議だ。

 

 今にして思えば、きっとアドレナリンとかそこらへんの何かが関係してるんだろうけど、俺はそういうのはよくわからない。

 とにかく、気を失いかけている時にせめて相手の姿だけはってことで片方だけの視界で頑張ったんだ。火事場の馬鹿力みたいなのがあったのか、今でも鮮明に憶えてるよ。

 ………内側が夜空みたいになった、風ではためいた時見えた、白いコートの若い男が一人だけいた。凄く不気味だったし驚いたよ。俺はてっきりISか集団だと思っていたからな。

 武器らしい物は何も見当たらなかったし、あれだけの銃撃と爆発があったのに傷どころか全く汚れてすらいなかったんだぜ?あたり一面地獄のような光景の中で、まるでその男だけ別の空間にいるようだったよ。

 

 そこまで見たら急に眠くなってきてな。それで目が覚めたらここに居たってわけだ。

 俺が話せるのはここまでだ。

 助けてくれたことには感謝してるが、あんた達の知りたい情報は話せない。俺は言われたことをこなすだけの下っ端だからな」

 

 口調は軽めだが、この男の意思は固いようだ。

 

「……いや、十分だ。体調はどうだ?」

「少しだるい程度だ。もう少し休めばあの男の顔も思い出せるかもしれねぇ」

「そうか……私はこれで失礼する」

 

 医師に一言告げて病室を後にする。

 残念ながら例の組織、亡国機業(ファントムタスク)の詳細は得られなかったが、それでも十分有益な情報を得ることは出来た。

 聞いた通りなら、その襲撃者はISを倒したということになる。これはつまり生身でISに対抗できる手段が存在するということを意味するし、捕虜の男が嘘を言っていないのはバイタルの変化を観測していたのでわかる。男の勘違いなら話は別だが。

 それに、現場を見てきた隊員の報告と照らし合わせても矛盾は無く、現在でも予め仕込みをしておけばISを倒せる事実がある以上、信憑性の高さは十分である。

 あとは件の襲撃者の正体だが、捕虜が思い出すのを待つしかない。

 

 

 

 

  




 
Q.なぜ亡国機業の名前が出てくるの?
A.そもそもISを所持しているテロリストは亡国機業しか考えられないから


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第11話

ここから展開を早めることにしました


 凰鈴音(ファン・リンイン)

 中国の国家代表候補生であり、このIS学園に途中編入してくる事になった。

 何故、編入という形なのだろうか。代表候補生にはなれる程度ならば入試で落ちるとは考えられず、聞いたところによると元々ここに来るつもりはなかったらしい。

 織斑教諭、山田教諭のどちらも詳しくは知らぬようだが、そこまで重要な話でもないか。どのような理由であろうと新しく生徒が増える、という事実が変わるわけでもない。

 そんな事を考えていたからか。

 

 スパンッ!

 

ホームルーム(HR)の時間だ、教室に戻れ」

「ち、千冬さん……」

 

 件の生徒が入り口を塞いで何かしていたのが目に入った。

 

「織斑先生と呼べ。入り口を塞ぐな、邪魔だ。そしてさっさと自分の教室に戻れ」

「は、はい…!すみません!」

 

 相変わらず生徒に厳しい一組の担任。

 どうやら織斑教諭と…否。織斑姉弟と面識があったようで、あの天敵と相対したような怯えも過去に何度か経験しているのなら納得である。

 

「ふん……では、HRを始める。席に着け―――」

「い、一夏さん!さっきの方とはどういう関係でして!?」

「…えらく親しいそうだったが、今のは誰だ?」

 

 スパンッ!スパンッ!

 

「聞こえなかったか?席に着けと言ったんだが」

 

 二人だけでなく、同じように質問しようとしていた他の生徒も慌てて席に戻る。

 まるで恐怖政治だな。

 

 

 

 

 

 

―――――

―――

 

 

 

 

 

 

「そうだな……篠ノ之、ここを答えてもらおうか」

「……」

「…おい?」

「……」

 

 スパンッ!

 

「いっ…!?」

「授業に集中しろ……オルコット、答えろ」

「……」

「…オルコット」

「……」

 

 スパンッ!

 

「痛っ…!?」

「授業中だ、集中しろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……篠ノ之、オルコット」

「「……」」

 

 スパンッ!スパンッ!

 

「いい加減にしろ」

「「す、すみません……」」

 

 

 

 

 

 

―――――

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

「先輩が溜め息なんて珍しいですね」

「あの二人ですか?」

 

 結局、篠ノ之とオルコットの両名は、午前だけでそれぞれ3回の出席簿アタックを受けた。

 

「言ってもわからぬどころか痛い目にあってもあれだったからな。呆れて溜め息の一つ二つくらい溢したくもなるさ」

「思わぬ恋のライバル(仮)の出現で気が気でないのでしょう。まぁ、授業を聞かぬ理由にはなりませんが」

「…わかるのか?そういうことには疎いと思っていたが」

「とある友人のおかげですかね。そうでなくとも、あの様子を見てわからないのは彼だけでしょう」

 

 いくら恋愛に鈍くても殆どの人は、あそこまであからさまな様子を見れば流石にわかるだろう。その殆どから外れているのが織斑一夏なわけだが。

 そういえばこの際だからついでに聞いておこうか。

 

「ところで、織斑教諭は凰と面識があったのですか?」

「まぁな。一夏が小学5年の時に転校してきてな。そこから中学2年になって中国へ帰るまでに何度か家に遊びに来ていたからその時ににな」

「随分貴女に苦手意識を持っているようでしたが?」

「さぁな、身に覚えが無いからな。向こうが勝手にそう思っているだけだろう」

「…先輩って目つき鋭いですからそのせいなんじゃ……」

「何か言ったか?山田君」

「い、いえ!」

「……」

 

 そういうところだろう、と言いかけるがそのまま飲み込む。口は災いの元だ。

 ……山田教諭に助け舟を出すか。

 

「ところで織斑教諭」

「なんだ?」

「もうすぐクラス対抗戦ですが、織斑はどこまでやれると思います?」

「…鳳か」

「えぇ。代表候補生ですし、少なくともオルコット程度の実力はあるでしょうし」

「わたしは結構いいところまでいくと思います。オルコットさんをあと一歩のところまで追い詰めましたし、もしかしたら勝てるかもしれませんね」

「それはどうでしょう。オルコットの場合は油断と初見だったのが大きいですから」

「シーク殿の言うとおりだ。それに機体同士の相性もあるし、織斑が素人に変わりはない」

 

 代表決定戦の時や此度の対抗戦。

 事前に相手の機体データを調べておけば対策を組んで優位に立てるが、そこまで頭が回る生徒は少なくとも今の一組の中には居ない。

 仮に調べたとしても、そこから対策を練り、練習を積むには間に合わない。

 本人のセンスが問われる戦いだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラス対抗戦当日

 

 

 

 対戦カードは初戦が一組VS二組、いきなり専用機同士の試合となっている。

 偶然かもしれんが学園側で仕組んだ可能性が……無いな。態々そんな事をするメリットが無いし、2戦目以降が盛り上がりに欠けるかもしれないのはデメリットだろう。

 そしてその件の代表二人は言い争ってるようだ。

 

「何を言ってるのでしょうか」

「さっぱりわからん。ん?何か慌ててるようだが…」

「シーク先生、何を言ってるかわかりませんか?」

「何故、私に聞くのです?」

「いえ、読唇術とかできそうですから」

「…できませんが言ってることはわかりますよ。謝るなら手加減する、もし自分が勝ったら言うことを聞いてもらう。こんなところでしょう。まぁ、織斑が凰を泣かせただの転校して早々に喧嘩しただのといった噂とあの二人の様子から推測しただけで、実際は全く違うことかもしれませんが」

 

 そんな他愛も無いことを話しているうちに、試合が始まった。

 武装が「雪片弐型」しかないこともあり開始早々に突っ込む織斑に対して、凰は大型の青龍刀「双天牙月」で持って受ける。前回の反省を生かし単一仕様能力の零落白夜を常時稼動させることはしていないが、それでもいくらかの無駄が発生しているので最大効率にはまだまだ程遠くい。また、鳳の防御が安定しているのでなかなか崩せず、このままではジリ貧である。

 

「攻めあぐねていますね」

「織斑はともかく凰も近接戦闘が主だからな。どちらも自身の得意である以上、経験の少ない織斑では分が悪い」

「正直すぎる動きに加え、長引くと不利になる焦りがそれを助長している」

「がんばれ一夏…!」

「一夏さん……」

 

 このままではダメだと判断したのか、一度距離を取る織斑。

 だがそれは悪手だ。

 突如、織斑が吹き飛ばされる。

 

「なんだ!?何が起きたのだ!?」

「”龍砲”。第3世代型兵器だ」

「龍砲…」

「山田君、解説を」

「はい。空間自体に圧力をかけて砲身をつくり、砲弾の代わりに衝撃を撃ち出す衝撃砲です。その性質上、射角限界が無く、砲弾はおろか砲身すら目に見えないのが特徴です」

「それじゃあ避けようがないじゃありませんか!?」

「いや、そうでもない」

 

 額面通り受け取ればそう思うだろうが、この龍砲には弱点が多い。

 

「あくまでも衝撃でしかないのだから実弾より射程は劣り遠距離から攻撃されれば対処は難しい。そして砲身を生成するところから始める以上連続して攻撃はできない。また、空間を圧縮する際の温度変化を見れば擬似的に見えるようになる、密度が高くなると温度は上がるからな。ISのハイパーセンサーならそれを見ることも可能だろう」

「ほぅ、シーク殿はISにも造詣が深いのか?」

「解説を聞けばこの程度のことは考えられるだろう。それに、鳳の場合は攻撃の意思が表情に出る。それを見ればタイミングは読める」

「……たしかに。何となくわかりますね」

 

 解説をしているうちに織斑の顔つきが変わり、鳳に向かって突っ込む。

 どうやら隙を見て懐にもぐりこみ零落白夜での一撃に賭けるようだ。これが決まれば素晴らしい逆転劇になるが、そう上手くはいかなかったようだ。

 

 アリーナに走る閃光と衝撃、そしてシールドバリアの破壊される音が響く。

 

「何事だ!?」

「高熱の何かがアリーナのバリアを破壊したようです……こ、これは!?ISです!」

 

 山田教諭が襲撃者の正体を確認するとほぼ同時に砂煙が晴れ、ISの姿が確認できる。

 黒い全装甲(フルスキン)の機体。武器らしきものは持っておらず、機体の大きさの半分を占める巨大な腕が特徴的だ。

 …っと、観察はこの程度にしておこう。

 

「どうやらアリーナの観戦席の出入り口が開かないようですね」

「外部からのハッキングのようです!急いで対応していますが…」

「…客席の専用機持ちに扉を破壊させましょう。緊急時ですし致し方ないでしょう」

「しかし……いや、そうだな」

 

 幸か不幸かマイクは通じたので、提案した通りに呼びかける。あとは外に待機している者にまかせればとりあえず観客は大丈夫だろう。

 あとは問題の所属不明のISだが…。

 

「…いや、やらせてみてもいいだろう」

「織斑先生!?」

「ただし!教員が到着するまでだ。その後は速やかに退け、いいな?」

 

 …その場に居合わせているとはいえ、生徒に対応させるとはそれでも教師か?

 織斑の性格だ、時間稼ぎをすると自分から言い出したのだろうが。姉弟揃って何を考えているのか。

 

 ん?

 

「篠ノ之が何処かへ行ったようですが?」

「何だと?」

「えぇ!?こんなときに……」

 

 この非常時に何を考えているんだ。

 あの性格なら自分だけ逃げるという選択肢はなく、あったとしても今の時世、ブリュンヒルデの側に居るほうが安全と考えるのが自然だろう。

 意中の相手が心配でいても立ってもいられなくなったというところ―――『一夏!』

 

『男なら…男なら、それくらいの敵に勝てなくてどうする!』

 

 そんな大音量を出せば、標的にされるのは自明の理。

 案の定、襲撃者は篠ノ之に向けて砲撃。織斑が間に割って入ろうとするが間に合わず、このままでは篠ノ之はただではすまない。

 全く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余計な手間をかけさせるな」

「……え?」

 

 教師として、生徒を見殺しにするわけにはいかないからな。

 

「色々言うことがあるが、それは後だ」

 

 篠ノ之は何が起きたのかわからないって顔をしているがそれはしょうがない。

 ()()()()()()()()ように動いたのだからな。

 緊急時故、かなりの不自然さはあるが納得できる範囲での説明はできる。

 …さて、呆けている連中を何とかせねばな。

 

「織斑、篠ノ之は無事だ。さっさとそのガラクタを沈めろ」

 

 無事だったマイクを使って篠ノ之の無事を伝える。

 あの砲撃は連射できないのは観察済みだ、危惧することは何一つ無い。

 

「一先ず騒動は治まったな。まずは織斑教諭のもとへ戻るぞ」

「…はい。あ、あの、助けてくれてありがとうございます」

「生徒を助けるのも教師の仕事だからな。これに懲りたら、勝手な行動は慎むことだ」

 

 放送室を出て以降は会話は無く、管制室まで戻る。

 山田教諭は涙を浮かべ、織斑教諭は呆れつつも鬼の形相なのは流石というべきか。

 

「篠ノ之さん!無事でよかったです…!」

「お前がしたことは到底許されることではない。反省文を50枚書いてもらう」

「……はい」

「だが、お前が無事でよかった」

「…千冬さん……!」

「わかったらさっさと行け」

 

 我々に一礼をして退出する篠ノ之。

 一先ずの騒動が治まったことと、生徒が無事だったことに安堵した様子の二人。 

 と、そこで何かに気付いた織斑教諭が質問してくる。

 

「シーク殿、篠ノ之を助けてくれて感謝する。だが、何をしたのだ?ここ(管制室)から放送室まではそれなりに距離があるが…」

「篠ノ之が居ないことに気付いてすぐ向かったんですよ。あの性格ですからね、行き先はすぐわかりましたよ」

「それならギリギリ間に合うか。だがあの砲撃はどうやって…?」

「着いてすぐに篠ノ之を引っ張りましたから。角度があったことが幸いしました、ギリギリでしたが」

「……そうか。ともかく、篠ノ之を助けてくれたことを改めて感謝する」

「いえ、教師ですから」

 

 多少こちらを訝しんでいるが大丈夫なようだな。

 自分でもかなり無理がある説明だったと思うが他に良い言い分はなく、納得してくれたのならそれでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園地下

 

「所属は不明。コアは未登録で損傷が激しく使用は不可…」

 

 襲撃してきたISを回収し、地下の極秘解析室にて所属や登録ナンバーを調べる。

 極秘と言うので私には無関係かと思ったが、私が居ればわからない事が少ないだろうとのことで学園長直々に同伴してほしいと言われたそうだ。

 

「未登録のコアで無人機。この時点で該当する人物は一人しか居ませんが、たしか織斑教諭とは親しい間柄でしたよね?」

「…さぁな、少なくとも私は何も聞いていない。あいつが何を考えているかはわからん」

 

 事実がどうであれ、あのウサギ(天災)が態々こんなものを作って介入してきたのは、十中八九織斑が目的だろう。

 成長具合を見るためか、ただ面白半分で事を起こしたか。

 

「…とにかく。このISの所属も何もかもが不明でコアは使えない」

「しかし先輩…」

「……」

「…まぁ確かに状況証拠だけで確証はありませんからね。それに、そもそもコンタクトが取れないですから」

 

 都合・不都合は今に始まったことではない。

 第一、当人に動機を聞こうが何を言おうがどうにもならない。

 

「さて、今日はもう他にやるべき事はないからな。飲みにいかないか?」

「いいですね、行きましょう!」

「明日は臨時休校になったので気兼ねなく飲めますね」

「店は私に任せてもらえるか?いいところを知っているんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここですか」

 

 いいところがあると言われ連れてこられた場所は小さな居酒屋。

 織斑千冬(ブリュンヒルデ)ほどの人物ならばそれなりに値の張る店を選ぶと思っていたが、世間の評価と本人は関係ないということだな。

 

「あぁ。IS学園から近く、尚且つ周りを気にせず飲めるから気に入っているんだ」

「私もよく連れて来てもらってるんですよ」

「なるほど。有名人はこういうところで辛いですね」

 

 中へ入るとすぐに奥の個室へ案内される。

 なるほど、行き着けなだけあってスムーズな対応だ。

 

「ところでシーク殿は飲める口か?」

「ビール大国ドイツ出身ですよ。それに、飲もうと提案したのは私です」

「それもそうか。とりあえず生3つとからあげを2つ」

 

 まぁ飲めるというより「酔う事ができない」が正しいが、真実をそのまま言う必要は無い。世の中には知らなくていい事が多々ある。

 空いているからか、そう時間が経たないうちに注文の品が届いた。

 

「実はな、これはシーク殿の歓迎祝いでもある。ただ飲みたかったのもあるがな」

「本当は他の先生も誘いたかったんですけど、みんな用事があってなかなか…」

「仕方ないでしょう。全員が全員都合がつくわけではないですし」

「まぁともかく、ようこそIS学園へ。乾杯」

「「乾杯」」

 

 一気にビールを呷る。

 

「…っはぁ~!やはりビールはいいな。疲れが吹き飛ぶ」

「酒は一日の長、っていいますからね」

「織斑教諭はともかく、山田教諭までいい飲みっぷりですね」

「いつも先輩につき合わされているので自然と…」

「だがすぐダウンするがな」

「先輩が強すぎるんですよ…」

「たしかに。天下の織斑教諭が酒に弱いとは考えられませんからね。潰れた山田教諭を連れて帰る様子が目に浮かびます」

 

 雑談を交えながら酒を飲み、無くなればつまみとセットで頼み、また飲み進める。

 

 教師としての威厳が無い。生徒から尊敬されたい。

 山田教諭の愚痴だが、それほど苦労しているのか普段からこういう場で一気に発散しているのだろう。

 織斑教諭は主に弟の織斑一夏についてだな。

 まだまだ未熟だ。あの唐変木に何人が涙を流したか。

 やはり流石の彼女でもこれだけ飲めば少々の酔いが回ってくるのか、姉としての弟の愚痴が多くなっている。

 

 おや?

 

「山田君はもうダウンか。いつもならもう少し飲めるのだが…」

「我々はかなりのハイペースで飲んでいますし、ついてこようと無理したのでしょう」

「そういうお前はまだまだ大丈夫なようだな?」

「貴女もですよね?」

「これでも少しは酔いが回ってきているさ」

 

 とジョークを言いつつもやはり余裕にしているのは流石と言うべきか。

 そうだな、今のうちに伝えておくか。

 

「そういえば織斑教諭に伝言があります」

「ん?私にか?」

「えぇ、クラリッサ・ハルフォーフからです。”部隊を指導していただき、改めてありがとうございます”とのことです」

「別にそうかしこまらずともよかったのだが、わかった。たしかに聞いたぞ。それにしてもハルフォーフと接点があったとはな」

「休暇中の彼女と偶然街中で出逢いましてね。偶々私の読んでいる本と彼女の趣味が合致したので、それ以来何度か会ううちに親しくなった次第です」

「ほう、あいつの趣味と。何を読んでいたんだ?」

 

 面白いものを見つけたと言わんばかりにニヤニヤしている。

 一時期とはいえ教官をやっていただけはあるのかクラリッサの趣味は知っているようで、どうやら私がそういう方面の趣味があったのかと思っているようだ。別に間違ってはいないが少々ジャンルが違う。

 

「楽しそうなところ残念ですがたいした本ではありませんよ。ただの錬金術書ですから」

「…それはそれで気になるのだが…」

「錬金術と言ってもあくまでも化学の歴史書のようなものですよ」

「折角いじりがいのありそうな話題を見つけたと思ったのだがな…」

 

 そこまで残念がられるとは…。少しだけ楽しませてやろうか?

 

「…突然の話ですが最近映画を観に行きましたよ、CMで話題だったアレです」

「あぁ、あの映画か。面白そうだと思っていたんだ。まさか一人で行ったのか?」

「まさか、映画館は複数で観に行くのが楽しいでしょう?クラリッサと行きましたよ」

「…なんだ惚気か?そういうのは勘弁してくれ…」

「態々いじりがいのある話を切り出したのですがね」

「それとこれとは話が別だ。私だってそういう相手がほしいとは思っているのだ」

「いえ、そんな事言ってませんが」

「別に高望みしているのではない。芯がしっかりしていればごく平凡な相手でも構わないのだがなかなか―――」

 

 どうやら変に気を回したせいで余計なスイッチを入れてしまったようだ。

 いつだかの店主が言っていた高嶺の花というのは間違いではなかったようで、本人が気にしなくともその相手が気にするので結果誰とも近しい関係にならない悲しい現実が目の前にいる。

 ふと、時計を見るとそろそろ帰る時間だ。

 

「そもそも世界最強と称えられてもこんな肩書き私はいらないんだ。大会に出たのだって一夏の面倒を見るために」

「ストップ。いろいろあるのでしょうがそれはまた今度。もう時間ですから」

「む?もうそんなに経っていたのか」

「楽しい時間は早く過ぎさるものです」

 

 未だダウンしている一名を連れて勘定を済ませて店を出る。

 ぴったり割り勘できる金額で、山田教諭の分まで織斑教諭が払い後日徴収することになった。何でも毎回同じ状況になるそうだ。

 

 

 

 翌日、山田教諭は二日酔いに悩まされたらしい。

 

 

 

 

 




織斑先生って高嶺の花すぎて、きっと灰色の青春時代だったに違いない


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第12話

今更ながら哲学要素が申し訳程度しかない件について。

それとお待たせしました、主人公が動き始めます。


 織斑一夏は世界で唯一の男性IS操縦者である。

 初めて起動してしまった時に大々的に報道された事からわかる通り、ISを動かせる男はどの新種の生物よりも貴重で珍しく、その動向の一つ一つに世界中が興味を惹かれる。言い換えれば、ISに関わる企業にとっては体のいい広告塔になるわけだ。

 

「それなのにこの男子転入生はISが動かせることが一切報じられていない。無論、全てを公にするべきとは思わないが、少なくとも”二人目の男性操縦者が現れた”、程度の騒ぎはあってもいいはずだ。これが意味する事を上は知っているのだろうな?」

 

 シャルル・デュノア。

 フランスから転入してくる男子学生。

 男でありながらISを動かせるにも関わらず、こうして資料が送られてくるまで、その存在どころか噂話すら上がらなかった時点で怪しさしか無い。

 

「言いたいことはわかるが、それを私に言ってどうする」

「貴女ほどの存在が上と全く関わりが無いほうが可笑しいでしょう?」

「…少なくともそれで通すことは決まっている」

「…まぁ、これ以上は何を言っても意味がありませんね。それでもう一人が…」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 ドイツの代表候補生であり、少佐の階級をもつIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の隊長。

 そう、学生の中で唯一の正規軍人である。

 軍のIS部隊の隊長で、織斑千冬から直接指導を受けていたこともほぼ確定しており、一年生の中では一番の実力者だろう。

 たしか現在、欧州では統合防衛計画「イグニッション・プラン」の主力機の選定中だったか。オルコットもそうであったが、そのための実稼動データを取るために来るのだろう。

 

「こちらは書面上では特に不審な点は確認できず。だがどちらも一組に入れるのは何故だ?」

「それは」

「否、ドイツは織斑教諭と縁がある。フランスは男性操縦者の情報収集が主目的だろう」

「…」

「まぁ上が決めたことだ。組織に属する以上従っておこう」

 

 あの学園長の事だ。ドイツはともかく、フランスに関してはぬかりはないはずだ。

 何かあっても国と会社の責任ですませられるし、学園側は被害者として慰謝料なり何なりを受け取る企みでも考えていることだろう。

 

 さて、そろそろHRの時間だな。

 

 

 

 

 

 実際に目にすればこれで男だというのは無理があるほど粗末な装いだな。

 デュノアの自己紹介の途中で早速()声が上がる。

 事前情報が無く中性的な顔だとしても男装した女子というのは明らかで、それに加え、一切男性操縦者の話題が無い状態でいきなり「世界で二人目です」などと言われて信じるのはおかしいだろう。学生という事を加味しても少々の不信感は持ってしかるべきだろう。

 

 次にボーデヴィッヒ。

 織斑教諭が自己紹介をするよう促してようやく始めるがその内容は最低限。いつかの織斑を彷彿とさせる有様だった。

 更にはそれだけに止まらず、織斑へ強力なビンタをくらわせる始末。織斑千冬を崇拝している奴の言う事だ、認めない云々は第2回モンド・グロッソの件だろうが、そもそも誘拐された被害者なのだからボーデヴィッヒの考えは的外れもいいところ。

 しかもその様子を見ておきながら大して咎めるでもなく、あろうことか話を進める担任。

 

 どいつもこいつも、ここにまともな奴はいないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルコット、凰とボーデヴィッヒがアリーナで模擬戦。。

 そこに織斑一夏が乱入し、騒ぎを聞きつけた織斑千冬が止めに入り、学年別トーナメントまでの私闘が禁じられる事態となった。

 オルコットと凰が負傷しISのダメージレベルが辛うじてBだったこともあり、この二人は学年別トーナメントの参加を見送ることが決まった。

 騒ぎの発端となったボーデヴィッヒとアリーナのバリアを破壊した織斑は反省文を書かされる。

 

 私の知らぬところとはいえ、よくこれほどの騒ぎを起こしその処罰も随分軽く、ここまでくると一周回って感心させられる。

 代表候補生の三人は自己管理が出来ず、織斑はアリーナのバリアを破ることの重大性を理解しておらず、学園からの処罰は軽い。

 この一件以前にも、許可無くISを部分展開する問題行動や暴力行為がしばしば見受けられ、それに関してもほぼ黙認している状態。

 

 職員室に向かって歩いていると声をかけられる。

 

「シーク先生♪」

「…更識か。相変わらず情報収集か?」

「…何のことでしょう?」

 

 表面上は変わらず笑顔のままだが、必死に取り繕っているのがわかる。

 いい加減、こいつらの動きも鬱陶しく感じてきた。

 …そろそろ潮時だな。

 

「別に探られて痛い事は何も無いが、特に気をやる必要の無い羽虫でも流石に黙らせたくなる」

「……」

「…それで?何か用事でもあったか、更識」

「……いえ。呼び止めてすみません」

 

 少々強引だが、これで幾許かマシになるだろう。

 

 廊下を歩いていると、用務員の轡木十蔵がいた。

 柔和な人柄と親しみやすさから生徒の間では「IS学園の良心」といわれているが、その実態はこの学園を取り仕切る事実上の運営者。

 

「どうも、お疲れ様です」

「そちらこそ、お疲れ様です」

「…」

「…」

「…この学園での数々の問題。どうにかしようとする気はないのですか?」

「さて、私はただの用務員ですから」

「…近いうちにここを去らせてもらいます」

「それは残念ですね。せっかく優秀な人材を引き入れたのですがねぇ」

「各々の意識があまりにも低すぎた。何より織斑千冬が致命的なまでに教師に向いていなかった。カリスマと知名度があってもあの有様ではな」

「彼女のおかげでこの学園に箔がついているのは事実ですから」

「…では私はこれで」

 

 挨拶も程ほどに立ち去る。

 彼にはここへ連れてきてもらった恩がある。一方的な恩だが。

 おかげで計画を完成させられたし、実行に移せるだけの時間も得られた。そういった感謝を示すためにも黙って去るという選択肢は無かった。

 

 ん?

 職員室前にいるのは…

 

「ボーデヴィッヒ。誰に用だ?」

「シーク・ウェリタス先生。少しよろしいでしょうか?」

「問題ない。それと呼びやすいように呼んでくれて構わないぞ」

「はい。ではシーク先生と呼ばせていただきます」

 

 私に用があるとな。

 個人としての関わりは0なので、となるとこの学園の事か間接的な繋がりか。

 

「突然ですがクラリッサ・ハルフォーフ大尉をご存知でしょうか」

「あぁ、私の唯一の親友だ。隊の副隊長を務めているとは聞いていたがそうか、お前の部隊だったのか」

「はい。彼女から先生のことは聞いております。”自分の趣味に付き合ってくれる素敵な方”だと。私としても是非御挨拶をと思いまして」

「それは殊勝な心がけだ。私としても彼女は素敵な女性だと思っている。…このことは他言無用だぞ?」

「はい、わかりました。では失礼します」

 

 こちらに一礼をし去っていくボーデヴィッヒ。

 資料を見たときにまさかと思ったが、やはり同じ部隊だったか。

 弱冠15歳の彼女が部隊長で少佐、クラリッサが大尉で副隊長なのは気になるが、出来て間もない部隊であり、ISの台頭によって軍の平均年齢が下がっている現在では際立って珍しいことではないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学年別トーナメント当日

 

「この対戦カードはどう見ても仕組まれたとしか思えませんが」

「私もそう思いますが、ランダムなので偶然としか…」

 

 第一試合 織斑・デュノアペアVS篠ノ之・ボーデヴィッヒペア

 

 奇しくも因縁のある者同士、専用機持ち同士の戦いである。

 

「この戦い、どっちが勝つんでしょうか…。やっぱり実力が抜きん出ているボーデヴィッヒさんと篠ノ之さんのペアですかね」

「シュヴァルツェア・レーゲンのAICは1対1なら強力だが外からは隙だらけだ。その隙をカバーできるのがペアの利点だが、そこに期待はできないだろう。対する織斑・デュノアペアだが、二手に別れてデュノアが篠ノ之を瞬殺し、二人がかりでボーデヴィッヒを相手にすれば勝ち目は十分ある。というより、今のレベルではそれ以外の手段はないだろう」

「毎度のことながら、その慧眼には感服させられるな」

「事前に情報があれば誰にでも考えられる程度の事ですよ」

 

 少なくとも、実力が離れており協調性が無く全く連携が取れないペアと、たとえ付け焼刃程度でも連携が取れる実力にそれほど差が無いペアでは、後者の方が有利になりやすい。複数が相手の戦いでは弱い奴から狙うのが定石。

 この程度のことを考えられないなら話にならない。

 

「本来なら相手の戦術レベルを考慮するなり裏をかくなりするところだが、ボーデヴィッヒは織斑しか眼中に無く生徒を全体的に見下している。織斑・デュノアペアの勝利がほぼ決まっているようなものだ」

「ほぼ、ですか?」

「この短期間で態度と認識を改めていて、ボーデヴィッヒと篠ノ之が事前に作戦を立て尚且つ慢心していなければその限りではない」

「でも、そんな感じはありませんでしたよ?」

「あくまでも可能性の話です」

 

 そんな話をしているうちに始まった試合。

 予想通り、ボーデヴィッヒは織斑しか見ておらず、デュノアは事前の作戦の通り篠ノ之を瞬殺しにかかる。

 篠ノ之も食い下がるが、気持ちで経験の差は埋まるわけもなく、あっけなくやられる。

 

 残されたボーデヴィッヒは流石の軍属だけあって中々の実力だが、一撃必殺の白式、多彩な攻撃手段をもつラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが相手では分が悪い。加えて未だに慢心、織斑への執着のせいでまともに対処できていない。

 そこで油断したボーデヴィッヒの懐に潜り込んだデュノアが繰り出すは、通称”盾殺し(シールド・ピアース)”と呼ばれるパイルバンカー。

 それに気付いたボーデヴィッヒが目を見開くが、もう遅い。

 

―――ドガンッ!ドガンッ!ドガンッ!

 

 1発、2発、3発と間髪入れずに連発するデュノア。

 あの威力をまともに、それも3発もくらえば無事ではいられない。

 よろいた大きな隙を狙って織斑が零落白夜で斬りかかる。

 これで勝負は決まりかと思われたが…。

 突如叫び声をあげたボーデヴィッヒから、否、そのIS”シュヴァルツェア・レーゲン”から紫電が発せられ、装甲が溶け出す。

 

 

 

 この学園ではまともに行事が行えないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

―――――

 

 

 

 私が負ける?

 

 何故あの男が。

 教官を侮辱したあの男が平気なのだ。

 

 何故私がこうして負けそうになっているのだ。

 

 何故だ。

 何故だ何故だ。

 

 一体何故…

 

『力が欲しいか』

 

 そうだ。

 私にもっと力があれば。

 

『力が欲しいか』

 

 欲しい、力が欲しい。

 あの男を、どんな相手も捻じ伏せられる圧倒的な力が…!

 

 その力で、私は……!

 

 

 

VT(ヴァルキリー・トレース)システム起動』

 

 

 

―――――

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何ですかアレ…!?」

「非常事態だ!すぐに観客を避難させろ!」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンの装甲が解け始めたかと思えば、それは次第に人の形を模っていく。

 その手には見たことのあるブレードが一本。白式の「雪片弐型」によく似ている。

 となるとあれは。

 

「出来の悪い模倣、といった所でしょうか」

 

 どういう原理かどうかは知らないが、あれは織斑千冬(ブリュンヒルデ)の姿、技量を模倣しているようだ。

 何かを叫びながら織斑が突っ込むが、相手はたとえ劣化していても世界最強。その技量は本物(オリジナル)には程遠い真似事であろうと、ただ一直線に迫るだけの隙だらけな突撃ではどうあがいたってとどかない。

 直情型なのはわかるが、あそこまで酷い有様だと最早病気だ。

 

「織斑君!先生たちの部隊が向かっています!皆さんも!すぐ避難してください!」

 

 全く聞く耳を持たない彼ら。

 

「いや、部隊が到着するまでやらせてみてもいいだろう」

「そんな…!?」

 

 あろうことか生徒に任せると言い出す織斑千冬。

 非常事態と言って観客を避難させるよう真っ先に指示を出したのはお前だろ。自分で言っておきながら悠長にしすぎだ。

 トーナメントが終わるまでは、と思っていたが前言撤回、さっさとここを去る……。

 

 

 

 ………。

 ………ふむ、コピーであろうとブリュンヒルデだ。

 アレで研究の成果を軽く確かめてから去るとしようか。

 

「織斑千冬、山田麻耶」

「何だ?」

「何です…?」

 

 普段とは違う呼び方に怪訝に思う二人。

 

「私はここで終わりだ。残り少ない時間を精々楽しんでみろ」

「…何を言っている?」

「…どういう、事ですか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何で先生がここに!?」

 

 シーク先生が突然変なこと言っていなくなったと思ったら、アリーナの方からそんな声が聞こえてきました。

 その方向を見ると、そこにはシーク先生が。まるで瞬間移動でもしたみたいです。

 

「模倣といえど世界最強。研究の成果を試させてもらおう」

「何言ってるんですか!?どいてください!そいつは俺が」

「喧しい」

 

 織斑くんが叫びますが、次の瞬間にはみんな吹き飛ばされていました。

 叫んでいた織斑くん、篠ノ之さんとデュノアさん、そして暴走して形が変わったボーデヴィッヒさんの真っ黒なISも。

 

「ど、どうなってるんですかぁ…」

「……」

 

 先輩も目を見開いて驚いているようです。

 

 シーク先生は何かを確かめている感じです。

 普段と全く同じ雰囲気なのに、それがこの場では酷く不気味に感じます。

 黒いISがすぐに立ち直り、シーク先生に斬りかかりますが、その攻撃は全て避けられています。

 後ろに回り込んだり、フェイントをかけたりして攻撃しても一向に当たりそうにありません。

 

 するとシーク先生の姿がブレたと思ったら、黒いISがまた飛ばされて。その先にいつの間にか回りこんでてまたISが…。

 やっぱり、私には何が起きているのか全くわかりませんが、先輩は見えているようです。

 

「信じられん…」

「な、何がどうなってるんですか…?」

「…ISを殴り飛ばしたとほぼ同時に回り込み、今度は蹴り飛ばしたのだ。ギリギリ目で追えたほどの速さでな。最初に周囲を吹き飛ばしたのも同じだ」

 

 あの一瞬の出来事を目で追えたのは流石ですが、その先輩がギリギリ見えるほどの速さのシーク先生は一体…。

 それに…。

 

「あの、私の見間違いでしょうか。ISにかなりダメージが入ってるみたいなんですが…」

「……」

 

 圧倒的な火力を確実に当てられればISの撃破は可能。

 前にシーク先生が言っていたことを嫌でも理解させられる光景。

 

「…検証は十分だな。これ以上は時間の無駄だ」

 

 何故かそう言ってるのがわかりました。

 そして、シーク先生はそのまま消えてしまいました。

 

 

 

 

 




山田先生の口調がわからなくて、後半雑になってしまった。


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第13話

 まとめて投稿することにしました。 
 原作通りのところは描写少な目です。


 

 ここ最近、世界各地で異常現象が立て続けに起きている。

 ある地域では竜巻が何度も発生し、またある所では地震が多発している。

 とある街ではペースメーカー使用者全員が謎の突然死。とある島では気温の急激な上昇による生態系の崩壊が始まっている。

 世界中の様々な専門家がその知恵を絞るが、誰一人として原因はわからず。

 メディアが勝手な憶測で情報を発信し、それを真に受けた人々が騒ぎを起こし。

 

 それはまるで、世界の終わりが近づいているよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「箒ちゃん久しぶり!」

「…お久しぶりです」

「しばらく見ない間に大きくなったね!とくにこのおっぱい!…いてっ」

「殴りますよ」

「殴ってから言ったぁ!箒ちゃんひどーい!」

 

 臨海学校に来ているIS学園一年生。

 初日にたっぷりと遊び、2日目はISの各種装備の試験運用とそのデータ取り、特に専用機持ちは種類が多く忙しくなる。

 

 その専用機組に篠ノ之箒が混ざっているのだが、それは彼女の姉、束が妹のためにと専用機を作り持って来たのが理由だ。

 箒は感謝こそすれどその態度は好意的ではないが、束は気にも留めていない。

 

「あれ?シーくんは?」

「…シーク・ウェリタスのことか?」

「そうそう!私のお気に入りなんだけどどこに隠れてるのかなー?」

 

 何気ない束の一言に聞いていた一向は驚く。

 あの天災のお気に入り?今そう言ったのか?

 

「まて。お前、ヤツと知り合いだったのか?」

「いや?知ったのは最近で偶然だったけど、何度も束さんを楽しませてくれるんだ♪」

「何度も、だと?」

 

 シークの異常さを目の当たりにしたのは学年別トーナメントの一件のみ。

 だが、束は何度もと言った。

 それはつまり、あれ以前にも何かしらしでかしているという事。

 

「この際に直に会おうと思ってたんだけど居ないの?」

「…ヤツは諸事情でしばらく戻ってこない」

「ふーん、そっかぁ。折角色々と聞こうと思ってたのになぁ」

 

 フリでもなんでもなく残念がる束。

 とは言えいつまでもうだうだせず、次に切り替えて箒専用のISの紹介と説明に入る。

 

「じゃじゃーん!これが箒ちゃんの専用機”紅椿”だよ!現行する全ISのスペックを遥かに凌駕している第4世代機だよ!」

 

 何でもないようにとんでもないことを言い放つ束。

 全ISを凌駕するとはつまり世界最強のISということ。

 

 早速箒に装着させ、試運転を開始する。

 その圧倒的な性能に、見ていたものは言葉を失い、箒はようやく一夏に並べる力を手に出来たと喜びを隠せない。

 

「…まぁ、シーくんに敵うかはわからないけどね……」

「……何?」

 

 誰に言うでもなくぼそりと呟かれた独り言。

 その一言を耳ざとく聞いていた千冬が聞き返すが、束は何でもないようにデータ取りを続ける。

 

「これが終わったら次はいっくんの白式だからね!束さんは興味津々なのだ!」

「は、はい…」

 

 そんなやり取りの途中、山田先生が慌てて千冬のもとへやってきて耳打ちする。

 

「…何?そうか、わかった」

 

 内容を聞いた千冬は即座に作業を中止させる。

 

「全員作業を中断し、直ちに自分の部屋に戻り指示があるまで待機だ!勝手に出歩くことは何があろうと許さん!それと専用機持ちは私とともに来てもらう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅館の大広間。

 そこでこの緊急事態の説明をする。

 

「では現状を説明する」

 

 そういってディスプレイに映像が表示される。

 

「二時間ほど前、ハワイ沖で試験稼動にあったアメリカ、イスラエル共同開発の第3世代型軍用IS”銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)”が暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

 想像以上の事態に息を呑む一夏たち。

 アラスカ協定により、軍用ISの開発は禁止されているはずだが誰も突っ込まない。

 

「その後の衛星による追跡の結果、福音はここから2キロ先の空域を通過することが分かった。時間にして約50分後。学園上層部からの通達により、我々が対処することになった」

「俺たちが、ですか…!?」

「そうだ。教職員は学園の訓練機を使い空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要の福音への対処は諸君ら専用機持ちにしてもらうこととなる」

 

 相手は軍用に開発されたISであり、あくまでも競技用に開発されたそれらとは一線を画す性能。

 千冬は言う。

 強制ではしないので辞退するならば素直に申し出よ、と。

 

 無論、ここにいる者達にそんな考えは無い。

 自分たちしかいないのならやるしかない。

 それは正義感か使命感か。

 

「よし、では作戦会議を始める。意見のあるものは挙手しろ」

「はい」

「オルコット」

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

 その後、スペックを見た結果。

 零落白夜による一撃必殺による撃破作戦がたてられる。

 途中、束の乱入もあり、白式を作戦空域まで運ぶ役割は紅椿が担うことになった。

 

 

 

 

 

「残るはこの海域だな。面倒だが他に手段は無い以上そうも言ってられんな」

 

 失踪した哲学者と彼らが再会することになるとは、この時は誰も思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀の福音が高速で飛行中。

 

 すると前方にISの反応が2機。白式と紅椿だ。

 

『いいか?今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間での決着を心がけろ』

「了解!」

『篠ノ之。お前はまだ戦闘に不慣れだ。織斑のサポートをしてやれ』

「了解…」

 

 その指示に少々不満げにする箒だが、逆らうことはできない。

 その様子を見ていた千冬が一夏に個別通信(プライベートチャンネル)に繋ぐ

 

『織斑。どうも篠ノ之は浮かれている。あんな状態では何かを仕損じる可能性が高い。いざとなればサポートしてやれ』

「了解です」

 

 再び全通信(オープンチャンネル)に戻し作戦開始を告げる。

 

『では…。戦闘開始…!』

 

 白式と紅椿、そして福音が戦闘態勢に移行する。

 激しい戦闘が今にも始まろうとしている最中、誰もが予想だにしない突然の乱入者。

 

「む…タイミングが悪かったか」

 

 何の予兆もなく突然現れたシーク。

 作戦を見守っていた千冬たち、一夏と箒、暴走しているはずの福音ですら戸惑っている。

 まさかの出来事というのもあるが、それ以上に混乱しているのが現在いる場所だ。

 

 何の足場もない空中で、何故平然と浮いていられるのだろうか。

 

「まぁいい。邪魔者は全て排除するだけだ」

 

 学園側、福音、そして哲学者による三つ巴の戦いが始まる。

 

 先制するは哲学者。

 狙いは…

 

「……!」

 

 ギィィンッ!

 

 福音。

 一夏、箒と違い、感情に乱されない一番厄介な相手から墜とすつもりだ。

 

 福音は白式と紅椿にも意識を分散していたため予想外の速さに面食らうが、背後からの一撃に辛うじて反応し防御できたところは流石軍用ISといったところか。

 加えて、シークの慣れていない空中という事もあってVTシステム事件の時ほどの速度が出ないことも理由の一つ。

 だが、攻撃はそれだけで終わらない。

 

 僅かに体勢が崩れたところに追撃する。

 殴。蹴。殴殴。蹴殴蹴。

 不慣れとはいえ速いことに変わりは無く、一夏や箒がギリギリ追える程だ。

 その凄まじい速さの攻撃の数々を何とか防ぐ福音。

 このままではマズイと思ったのか、後方まで急加速してさがる。

 そしてさがりながら、36の胞をもつ大型ウィングスラスター”銀の鐘(シルバー・ベル)”による広域射撃をし、一度体勢を整える。

 

 ここでようやく状況を理解した一夏と箒が慌てて回避行動をとる。

 

「くっ…!」

『二人とも何を呆けている!すでに戦闘は始まっているのだぞ!』

「でも…!」

「戦闘中に随分と余裕だな?それは油断と言う」

 

 何時の間に背後に回りこんでいたのか。

 銀の鐘の回避に夢中になっている一夏に強力な一撃を加えながら言うシーク。

 その言葉は一夏に言ったそれとは違い、余裕の表れ。

 

「ぐっ…!先生!何で…!」

「言っただろう、邪魔者は排除すると」

「先生!私たちは福音の撃破作戦中です…!」

 

 だから貴方の邪魔なんて。

 箒が弁解するが、そんな単純な話ではない。

 

「俺はこの海域に用がある。お前たちがさっさとここを立ち去ればいい話だが、あの暴走ISにはそんなつもりはなく、お前たちは撃破しなければならない。ならばどちらも俺の邪魔になる」

『そちらこそ作戦の邪魔だ!いったい、何が目的だとというのだ!』

「話す義理は無い」

 

 ISの通信越しにスピーカーを通して拡大された声で千冬が目的を問うが、その声を一蹴するシーク。

 ここで痺れを切らした一夏がシークに斬りかかる。

 

「邪魔するなら先生でもゆるさねぇ!」

「相変わらず直情的で研鑽の欠片も見られない攻撃」

「くそ!なんで当たらねぇ!」

「一夏!援護する!」

 

 いくら攻撃してもかすりもしない。

 そも、ISの攻撃がかすりでもしたら致命的なのだから完璧に防ぐか避けるのは普通の事なのだが。

 隙だらけな攻撃を避けながら蹴り飛ばす。

 

 箒が”雨月”の刺突によるレーザーで何度も攻撃するがそのどれもが躱され、”空裂”のエネルギー刃による斬撃もやはり躱される。

 突、避。突斬、避避。避、斬突。斬、避。避、突。

 

 当たらない。それどころか先読みして攻撃前に躱してもいる。

 

「そしてもう一人は、新しい玩具を与えられて自分の力と過信する愚者」

 

 焦り始める箒。

 一夏が再び突撃し二人がかりで攻めるが、二人は重要なことを忘れている。

 

「何時までも俺に構っていられるのか?相手は他にも居るのだが?」

 

 気付いたときには福音が再び攻撃を始めていた。

 再び襲い来るエネルギー弾幕。

 

 自身に当たるものだけを最小限に避けるシークと違い、一夏と箒は動き回り避ける。

 その最中に、一隻の漁船を一夏が見つけた。

 

「船だ!漁船がいる!」

『海域は封鎖している。それにもかかわらず入ってきたのだから無視しろ。作戦を優先させるんだ』

「でも…!」

 

 と、福音の攻撃が漁船のほうへ飛んでいった。

 それを見た一夏が慌てて庇いに向かう。

 結果、撃沈し墜ちてゆき、庇われた密漁船は慌てて海域を離脱していく。

 

「一夏!?千冬さん一夏が!」

『篠ノ之!すぐに織斑を回収して撤退しろ!』

「…一夏ぁ…」

 

 好きな人が目の前で撃沈され戦意を喪失する箒。

 千冬からの指示ですぐに一夏を拾い上げ戦線を離脱し、残されたのは福音とシークのみ。

 

「ふん、あの程度のリスク管理もできないか。さて…」

 

 福音は相手の出方を疑う。

 三つ巴が無くなり。1対1の状況となれば、相手一人に集中できるので、最初のように一方的にやられはしない。

 シークから動かないのは余裕の表れか、それとも戯れの気持ちからか。

 

 1分か2分か、もしかしたらもっと経ってるかもしれないし短いかもしれない。

 すると福音から動き出した。

 銀の鐘による弾幕で遠距離戦に徹する。

 だがそれでも、シークは最小限の回避と共に接近し攻撃を入れようとする。

 が、今度は完全に防がれ反撃を食らう。

 

 まともに食らっても平然としているシークだが、その表情は僅かに驚きが浮かび上がっている。

 

「…学習したのかそれとも偶然か。一つ確かめてみるか」

 

 弾幕を張ることで攻撃コースとタイミングを限定させたのだ。

 暴走状態とあるが、その実制御下から離れただけで、IS自身の性能はそのままなのだろうか。

 

 再び弾幕を張る福音。

 先ほどのは偶然か、それとも本当に学習し狙っていたのか。

 それを確かめるため、敢えて同じように攻撃に移るシーク。

 

 すると今度は防御をせずにカウンターを狙ってきたではないか。

 予測していたためクリーンヒットはしなかったが。

 

 休ませぬように間髪入れず弾幕を展開する福音だが、シークの攻撃手段は徒手空拳だけではない。

 回避しながら手で銃の形を模り、それを相手に向ける。

 

 

 

――― バ ン

 

 

 

 

 




 
※主人公は世界を間違えています。

 戦闘描写は上手くできただろうか…。
 流石に全速だとどうしようもないので不慣れと言う理由で少し弱体化。
 慣れ以外にもちゃんと理由はありますが、それは次回。


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第14話

 弱体化しているといったな、あれは嘘だ()

 途中これは流石に、と思うかもしれませんがちゃんと元ネタがあるのでどうかご勘弁を。


 

 時は少し遡り、一夏と箒が福音と、そしてシークと会敵した頃。

 作戦本部の旅館、花月荘の大広間では束が勝手に設置した特製のディスプレイによって状況を見ていた。

 

「な、なんでいきなりシーク先生が!?」

「てかなんで浮いてるのよ!?」

「…助けに来た、ってわけじゃないよね?」

「……」

 

 セシリア、鈴、シャルロットが順に疑問を口にし、ラウラは何も言わない。

 自身の部下のクラリッサと親しい以外は殆ど何も知らず、VTシステムの件でも、後から映像を確認しただけだ。未だクラリッサに事実を伝えられていないまま、こうして再び目の前に現れたのだ。何か感じるところがあるのだろう。

 

「お!まさかシーくんの方から来てくれるなんてね。束さんは運がいいなぁ!」

「…おい、アイツについて何かわかるのか?」

 

 束が何度も楽しませてくれた、といったのを憶えていた千冬が聞く。

 お前ならあの得体の知れない何かがわかるんじゃないのか、と。

 

「残念ながら私にも殆どわかんないんだよね。特にあの瞬間移動(仮)は全然」

 

 いつものおどけた様子は一切無く、真剣に答える束。

 それがよりシークの異質さを醸し出す。

 

「戦闘が始まったみたい」

 

 誰が言ったかその言葉にディスプレイに注目する一同。

 シークが福音に攻撃し、その反撃の弾幕にようやく動き出す二人。

 

「二人とも何を呆けている!すでに戦闘は始まっているのだぞ!」

 

 渇を飛ばす千冬。

 

 その言葉にいい加減覚悟を決めた一夏と箒だが、一向に攻撃が当たらない。

 見ているこちらにも焦りが伝わってくる。

 

「馬鹿共が、主目的は福音なんだぞ…!」

 

 福音からの攻撃が襲い、一夏と箒は回避を余儀なくされる。

 すると一夏から通信。

 

『船だ!漁船がいる!』

「海域は封鎖している。それにも関わらず入ってきたのだから無視しろ。作戦を優先させるんだ」

『でも…!』

 

 密漁船と作戦の成功。

 どちらが優先かは誰にだってわかるが、一夏はたとえ犯罪者でも切り捨てられない。

 

 結局、一夏が福音の流れ弾から密漁船を庇い撃墜。

 箒に回収と撤退を命ずる。

 

「作戦は失敗だ…」

「そんな…!」

「一夏…」

「一夏さん…」

 

 セシリア達が部屋を出て迎えに行く。

 ディスプレイは未だ戦場を映し出している。

 

 やがて撤退していた箒が帰ってき、重体の一夏を寝かせたところ。

 山田は一夏の怪我の対処に向かっており、ここに残っているのは千冬と束のみ。

 千冬は新しい作戦を考えるが、いい案が浮かばない。

 

 と、戦場で動きがあり、初めてシークが攻撃を食らう。

 

「おっと。まともに食らったねぇ。でも全然平気なのは流石かな?」

「…もう何もつっこまんぞ」

 

 再び銀の鐘の弾幕。

 それを今度は近づかずに回避し続けていると、何やら手を銃の形にして福音に向ける。

 初めて見る千冬はその行動を怪訝に思うが、隣の束は笑っている。

 

「来るよ。私が興味を持ったきっかけが」

 

 すると福音が突如爆発し吹き飛ばされる。

 その規模は凄まじく、映像で見るに直径500メートル程と推測できる。

 

「今のはいったい…」

「あれは目視できない程に圧縮された超密度のエネルギー弾による攻撃だよ。どこからそのエネルギーが来てるとかどうやって圧縮しているとかはわかんないけど。あれを食らえば余程のISじゃない限り致命的なダメージだよ」

 

 福音は所々装甲にひびが入っており、最大の特徴である大型ウィングスラスターは見るも無残なほどボロボロになっていた。

 どうやらあの翼で防御したことで、本体へのダメージを抑えたようだ。

 

「流石は軍用ISだね。無事じゃないけどあれを食らってまだ動けるなんて」

 

 思わぬところで束の評価を貰う福音だったが、それは届かず。

 

 このまま戦闘を続ければ確実に福音は墜ちる。

 もうこのままシークが倒すのを待つのが最善策では?と思う千冬だったが、そこに山田が慌てて報告に来る。

 

「大変です!オルコットさん達が勝手に出撃してしまいました!戻ってきたばかりの篠ノ之さんも一緒にです!」

「何だと!?あいつら…!」

 

 まだ作戦が決まっておらず、更には福音を圧倒するシークがいるのだ。

 そのまま向かわせるのは危険極まりない。

 

「全員今すぐ戻れ!」

『すみませんがそれはできません』

『一夏がやられて黙っていられるわけ無いでしょ!』

『すみません、織斑先生』

『命令違反は重々承知していますが、行かせてください』

「……はぁ」

 

 こうなってはテコでも動かない。

 これまで何度も同じ事をしているし、まともに作戦を立てられていないのだから彼女たちに任せるしかない。

 

「…わかった。ただし、全員無事に戻ってこい。いいな?」

『『『はい!』』』

「では新しく情報を伝える。福音はダメージが激しく、油断しなければお前たちなら撃破可能だが気を付けるべきは福音ではなくシークだ。速さもそうだがヤツが手を銃の形にしたら絶対に避けろ。福音を墜としかけた一撃が飛んでくる」

『何よそれ。デタラメじゃない』

『レーゲンのAICでも無理ですか』

「束曰く、目視不可な超密度のエネルギー弾らしい。動き自体は止められるだろうが弾は止められないだろう」

『了解、十分に留意します』

「では、戦場ではボーデヴィッヒが指揮を取れ。健闘を祈る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって福音とシーク。

 よくその状態で飛んでいられるというほどにボロボロの福音。

 

「防御したとはいえよく耐えたな。やはりISといえどむざむざ墜ちたくは無いのか」

 

 ここで忘れてはいけないのが無人機はIS学園を襲ったあの1機しか確認されておらず、技術的にも一人を除いて不可能とされているということ。

 つまり、

 

「それとも、その操縦者がそれほど大切か?」

 

 暴走中の銀の福音にはまだ操縦者がいる。

 この激しい戦闘の中、操縦者の命はおろか意識があるのかもわからないが、どちらにせよ無事ではないはずだ。

 

 ここで専用機持ちの五人が到着する。

 彼女たちはボロボロの福音を見て驚きを隠せない。

 

「聞いてはいたけど本当にボロボロだね」

「てことは要注意なのはシーク先生ね」

「操縦者は大丈夫でしょうか…」

「今度は慢心しない…!」

「全員、動き続けろ!足を止めれば一撃で落とされるぞ!」

 

 戦闘が始まる。

 セシリアは後方からの狙撃で味方の援護。

 シャルロットはその多彩さで前線での援護。

 鈴は双天牙月による近接戦闘がメイン。龍砲は隙が大きく、混戦状態では使いにくいため基本使用せず。

 箒は接近戦とそのエネルギー攻撃で遊撃にまわり、ラウラは全体を把握し指示を出しながらワイヤーで戦闘を行い、ここぞという時にAICで動きを止める。

 

「最優先は福音の撃破!その後帰還すればシーク先生を相手せずにすむ!」 

「いつまで俺を教師と呼ぶ?」

「先生は先生ですから…!」

 

 鈴と箒は福音に集中し、ラウラがシークの足止めをする。

 シャルロットがラウラの援護をし、セシリアが福音、シーク両名の隙を狙撃する。

 

 ボロボロとはいえ軍用IS。シークと比べるとぬるい鈴と箒の攻撃をさばき、打撃を混ぜながら門数の減った銀の鐘で攻撃する。

 シークはラウラの多角的なワイヤーによる攻撃とシャルロットの射撃、そして時々とんでくるセシリアの狙撃を紙一重で、しかし余裕に回避する。まるで攻撃がすり抜けているかのように。

 

 回避にまわっていたシークの姿がブレる。

 一気に加速しラウラの背後に回りこむが、そこをセシリアが狙撃する。

 当たる寸前で回避しセシリアのもとに向かうがシャルロットが弾幕を張り近づかせない。

 その時間で再びセシリアが距離をとり、ラウラとシャルロットによる波状攻撃が始まり、振り出しに戻る。

 回避の最中に手を銃の形にし、今度は福音側を狙うが、常に動き続け狙いがすぐには定まらない。

 

 いくら空中での動きが不慣れとはいえ、彼女たちが何とかついていけるのは何故か。

 それはシークが常に演算中だからである。

 そもそも彼がこうやって浮いているのは、足元の空気を固定し立っているからである。

 そして固定された空気の足場を蹴ることで移動しており、方向転換や停止の度にそこの空気を固める必要がある。

 その都合上常に意識を分散させる必要があり、その結果、全力で動けない彼の動きに食らいついている訳である。

 

 

 

 鈴と箒は果敢に福音を攻め立てるが、この二人に満足な連携ができるはずもなく、隙をついて福音が間合いから離脱。

 銀の鐘による広域射撃を行おうとするが、そこをセシリアが狙撃。

 体勢を崩した福音に再び接近戦をしかける。

 今度は攻撃をさばきながらシーク側に寄っていき、混戦に持ち込もうとする福音。だが正確無比な狙撃がそれを許さない。

 結果、ジリ貧となる福音。

 

 そしてついに福音のエネルギーが尽きる。

 撃破したかと一瞬浮かれるが、ここで誰もが予想外のことが起きる。

 

 福音が眩い光に包まれる。

 そしてその中から出てきた福音は姿が僅かに変わっていた。

 全身からエネルギーの翼が生え、しかもそこから威力が格段に上がっているエネルギー弾を乱射する。

 

「まさか、第二次移行(セカンドシフト)…!?」

「くっ…この土壇場でか!」

「まるであの時の一夏さんみたいですわ…!」

 

 流石の弾幕に誰もが距離を取り回避に専念する。

 だが無駄の無い回避を行うシークはその隙を逃さない。

 上空へ移動し、下に向けて攻撃する。

 

―――バン

 

 誰に命中するでもないソレは海面に当たり大爆発。

 爆発の衝撃による巨大な水飛沫がその熱で一気に気化し水蒸気爆発を起こす。この場にはいない生徒会長の専用機”霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)”の得意技、”清き熱情(クリア・パッション)”を彷彿とさせるが、誰も知る由は無い。

 

 視界が晴れない中、福音の背中にシークの蹴りが入り、他の者も同様に攻撃を食らう。

 まともに攻撃を受け体勢を崩した彼女たちに再び指を向ける。

 今度こそ直撃する、そう覚悟するが乱入者が斬りかかり攻撃を中断させる。

 

 思わぬ横槍に、回避せずとっさに防御を選択したシークが驚きに目を見開く。

 

「何故お前がここにいる…」

「一夏!?」

「ちょっと大丈夫なの!?」

 

 織斑一夏である。

 確かに重体でしばらくは絶対安静だったはずだ。それが何故。

 

「俺が見間違えた?違う。俺の眼に間違いはない…」

「はぁぁぁぁあ!」

 

 戸惑っているシークを一気に力を込めて飛ばす一夏。

 彼の戦線復帰に士気が上がる彼女たち。

 飛ばされたシークの隙を狙いラウラとセシリアが追撃を仕掛け、残りは脅威度の増した福音へと向かう。

 

 想像外の出来事で動きが鈍っているシークにワイヤーと狙撃が襲い掛かる。

 辛うじて反応するが、躱しきれず何発かがクリーンヒット、海へと叩きつけられる。

 

 戦闘しながら一夏の容態を伺う一行。

 最大の脅威のシークが居なくなり余裕が出てきたのだ。

 

「身体は平気なの!?」

「あぁ。なんか白式には生体再生能力があったみたいなんだ」

「しかも第二次移行してるじゃないか!」

 

 織斑一夏の奇跡の復活と第二次移行。

 それは確かに風向きが追い風になったことを意味する。

 全員で福音の撃破にかかるが下からシークが昇ってくる

 

「…生体再生能力か。理由がわかれば十分だ」

 

 それを聞けば誰もが信じられないと思うが、シークにとっては織斑一夏の復活の理由でしかない。

 第一、

 

「た、たしかにダメージを与えたはず…」

「何故無傷なのだ…!」

 

 肉体の再生が出来るシークにとって然程驚くことではない。

 

「織斑もやっていただろう?致命傷でなければ再生は可能だ。そもそも生物には自然治癒能力があるだろう。何を驚くことがある?」

 

 違う、そうじゃない。

 たしかに自然治癒があるがそれは時間をかけて少しずつである。数十秒でどうこうなる次元ではない。

 

「さて、呆けている暇があるのか?敵は健在だぞ?」

 

 最初に動き出すのは福音。

 この中で一番墜としやすいと思われるセシリアを狙うが、寸でのところでラウラのAICで動きを止めることに成功する。そしてその間に福音を撃破しようとするが、敵はもう一人。

 シークがAIC使用中の隙だらけなラウラに攻撃を仕掛けようとするが、それに気づいた一夏が増設された左手の多機能武装”雪羅”の荷電粒子砲で牽制する。その後再びシークに斬りかかり、福音撃破までの時間を稼ぐ。

 

「先生!頼むから邪魔しないでくれ!」

「何故俺がお前たちに配慮せねばならん」

 

 右手の雪片弐型。

 零落白夜のエネルギー爪の左手の雪羅。

 単純に手数が2倍に増えた連続攻撃は並みのISなら掠るだけで大ダメージは必至。だが相手はISではないのでその特製はただエネルギーを大量消費するデメリットだけの愚物へと成り下がる。

 だが利点はある。

 

 一夏を蹴り飛ばし超密度エネルギー弾を撃つ。

 

―――バン

 

「…!雪羅ァ!」

 

 ここへ来るまでに自身のISから送られてきた情報で、まともに食らえば致命的なダメージなのは理解している。

 とっさに雪羅の機能で()()()()のバリアシールドを展開しガードする。

 衝撃に備える一夏だったが爆発は小さく僅かによろける程度、一瞬だけ零落白夜の出力が低下する。

 

「なんともない…?」

「何?……そういうことか」

 

 零落白夜。

 その特製は()()()()()()()()()()()()()()()()

 ゆえに、相手のエネルギー兵器による攻撃の無力化やSEに直接ダメージを与えられる。

 そしてシークの超密度エネルギー弾。

 威力は凄まじいがエネルギーの塊であることに変わりない。結果、零落白夜との接触により殆どが消滅し爆発が小規模に、そしてその膨大なエネルギーを一瞬で消した反動で出力が低下したのだ。

 

 この事実を確認した一夏が全員に伝える。

 

「みんな!なんか零落白夜ならシーク先生の攻撃を無力化できるみたいだ!」

「それは本当か!」

「あぁ!俺が足止めするからみんなは福音を」

「話す余裕があるのか?」

「…くっ!」

 

 攻撃はアレだけではない。

 そもそもシークが厄介なのはその速さとISに簡単にダメージを通す打撃にある。

 殴。蹴殴殴。殴蹴。

 この短時間で何度も見てきたおかげか、何とか防げている。

 反撃しようと剣を振るうが避けられ、あの構えをする。

 

―――バン

 

 雪羅で防ぐ。

 僅かによろけるがすぐに背後を振り向く。

 

 回りこんできたシークが再び、今度は至近距離で撃つ。

 ギリギリでシールドの展開が間に合うが、今度は何も起きない。

 今度は完璧に防いだのか?一瞬だけ思考にとらわれ、その隙におもいっきり蹴り飛ばされる。

 

「ぐっ…重い!ホントに人間なのか…!」

 

―――バン

 

「く…!雪羅!」

 

 やはり何ともない。

 

「へ…それはもう効かないぜ!」

「……」

 

 余裕が出てきた一夏。

 一撃で墜とされる可能性がなくなり、あとは福音を撃破するまで時間を稼ぐだけである。

 

―――バン

 

 防御。

 流石に一夏が疑問に思う。

 何故、効かないとわかっているのに連発するのか。

 

「(俺が何か見落としているのか?でも何を…)!」

 

 気付いた、SEの残量が少ないことに。

 それもそうだ。

 零落白夜をあれだけ使用していたのだ。加えて、第二次移行によるスラスター増設のせいで更にエネルギー消費が激しくなっている。

 

 シークはこれを狙っていたのだ。

 完全に防げていたと思っていたのは、単純にその攻撃がブラフだっただけ。実際にエネルギー弾は飛んできていない。

 もともとシークの速さは直進だけなら瞬時加速(イグニッション・ブースト)で並べるのだ。そこにスラスター増設により完全についていけるまでの機動力になったのだ。

 零落白夜よりもその機動力が面倒だったため、SEを無駄に消費させていたのだ。

 

 そして追い詰められる一夏。

 いつ必殺の一撃が飛んでくるか気が気でなく、いつ撃沈されるかわからない。

 その様子に気付いた箒がたまらず一夏のもとへ向かう。

 

「箒!どこへ行く!?」

「(私が…!私が一夏を支えられるようになれれば…!)」

 

 そんな箒の想いに紅椿が応える。

 展開装甲から黄金色の粒子が放出され、機体が金色に輝く。

 自身のSEがフルにまで回復したのを確認する。

 

【単一仕様能力、”絢爛舞踏”発動】

 

「機体が金色に…!?」

「一夏ぁぁぁ!」

「箒!?」

 

 雨月の刺突と空裂の斬撃でシークをはがし、一夏の横に並び立つ。

 

「!…SEが回復していく!?」 

「これが紅椿の単一仕様能力、絢爛舞踏だ!」

「次から次へと…」

 

 カラに近かった雪羅のSEが全回復する。

 それを確認した箒が叫ぶ。

 

「みんな!この状態なら近くにいればエネルギーが回復する!残量を気にせず戦える!」

「「「わかった!」」」

 

 福音の攻撃力を前に攻めあぐねていて、このままではジリ貧だと思っていたところに聞こえてきた朗報。

 帰りの分の残量すら気にしなくていいとなれば、十分に戦える。

 そして雪羅が回復したことにより、続けて対シーク戦に集中できる一夏。

 

 戦況が動く。

 福音組は武装全てを使い、一夏は消費を気にせずしかし無駄な垂れ流しを控えながら戦える。

 箒が飛び回り、全員のエネルギーを回復させながら自信も戦闘に参加する。

 

 そしてついに福音が墜ちる。

 

『福音の撃墜を確認!操縦者を直ちに保護し即帰還しろ!』

 

 まだ終わりじゃない。

 ここにいる限りシークは止まらない。

 急いで福音が墜ちた地点へ向かい操縦者を救助。

 

「一夏!作戦成功だ!戻るぞ!」

「あぁ!くっ…ぅぅうらぁ!」

 

 大振りの一撃でシークから離れ、急加速で一瞬で離脱。全員で旅館へ帰る。

 

「……邪魔者は消えたか」

 

 一人残ったシークはゆっくり海中へ潜っていき、海底にて作業を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、その海域一帯では謎の磁気異常が発生。

 原因解明まで空域、海域が封鎖されることになった。

 

 

 

 

 




 
 ラスボスの唯一の天敵が主人公、みたいな展開にしたかった…。


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第15話

国の対応が雑かもしれませんがこの世界なら多分雑なくらいがいいと思う()


 

 波乱の臨海学校から数日。

 夏休みに入ったIS学園では、専用機組と楯無、そして千冬が教員寮のシークの部屋を訪れていた。

 

「…本当に人が住んでいた部屋なのか?」

「全然生活感がないんだけど…」

 

 彼の部屋は備え付けられたベッド等を除き何も無かった。

 食器も衣類も趣味に関する物も何もだ。

 

「ここに色々仕掛けに来る度に思っていたわ。本当に住んでいるのかって」

「仕掛けるって何をですか?」

「そりゃもちろん盗聴器とかカメラとか。万が一ってこともあるし」

 

 何事も無く混じっている楯無だが初め現れた時は怪しさ満点だった。事情をある程度知っている千冬が説明したことで一夏たちは受け入れたが。

 生徒を守るのが生徒会長の責務とは聞いていたが、盗聴器や隠しカメラの話を改めて聞かされると代表候補生はともかく、一夏と箒はあまりいい顔ではない。

 

「何かわかったの?」

「何も。仕掛けてもすぐに壊されたし、監視にも気付かれていたわ」

「…しかし、これでは何も分からんぞ」

「何か手がかりは無いのでしょうか…?」

 

 いきなり手詰まりかと思われたがこの場には二人、シークの知人を知っている者がいる。千冬とラウラだ。

 

「クラリッサはどうでしょう」

「奇遇だな、今そう思っていたところだ」

「…誰なんだ?」

「私の部下だ。副隊長を務めている。ここへ来るときによろしく言うようにと言われていたんだ」

「かなり親しいようだったからな。ハルフォーフなら何か知っているかも知れないが…」

 

 そこで千冬は言い淀み、ラウラは少し暗い顔をする。

 何故なら、まだ彼女に話していないのだ。福音戦はもちろん、VTシステムの件も未だに。

 

「…この際に話せる範囲で全て話します。それに、近いうちに上から聞かされるでしょうから…」

「わかった。何かあれば私に変われ」

「はい」

 

 するとラウラの端末に電話が掛かってきた。

 相手はクラリッサ。

 驚くがすぐに出る。

 

「私だ」

『隊長!今上から通達があったのですが…』

 

 内容はシークについてだ。

 

 銀の福音暴走事件の詳細は国際IS委員会にも報告された。

 福音は凍結処置がなされ、シークに関しては事のあらましと篠ノ之束に次ぐ重要人物として各国の軍・自衛隊の上層部には知らせるつもりだが、ドイツだけは軍全部に知らせることにした。

 テロリスト壊滅事件の生き残りの捕虜が襲撃犯がシークだと言ったとの報告を聞いていたからだ。

 その時は偶々雑誌に載っていた彼の写真を見た捕虜の勘違いの可能性が高いと思われていたが、今回の福音戦の映像を見て確信に確信に変わり重要人物として発表することにしたのだ。

 

 それを聞いたクラリッサが慌てて隊長に連絡してきたのだ。

 

「その事で今電話を掛けようと思っていたのだ…。黙っていてすまない…」

『いえ、気にしていません。私のことを思っての事ですよね?』

「あぁ。シーク先生とかなり親しいようだったから余計なショックを与えないようにと思っていたんだ」

『…大丈夫です。私は軍人、副隊長ですから…』

 

 スピーカーにし、ラウラは今の状況を簡潔に話す。

 すると予想通りだが想定外の言葉が飛んできた。

 

『もしかしたら彼の家に行けば何かわかるかもしれません』

「…何?あいつの家を知っているのか?」

『はい。以前に一度だけ行った事があります』

 

 まさかの爆弾発言に戸惑う一同。

 思春期真っ只中の彼女達は要らぬ妄想をして顔を赤くする。

 

『もし行くのでしたら私も同行させてください』

「だが仕事はいいのか?」

『上には彼の行方を知るためと、教か…織斑先生が一緒ということを伝えれば大丈夫です』

「…そうか、わかった」

『来るのは隊長と織斑先生だけでしょうか?隊長は報告に先に戻られますよね?』

「そうなる。他はそれぞれ事情があるからな」

 

 セシリア、鈴、シャルロットの3人は帰国し、専用機の稼動データと諸々の報告。楯無はそれに加え、生徒会の仕事がいくつか。

 箒は帰らず寮に残り、一夏は自宅に帰る予定だ。

 

『では来る前に再び連絡をください。迎えに行きますので』

「あぁわかった。世話をかけるな」

『いえ。では失礼します』

 

 千冬とラウラはもちろん、全く関わりの無い一夏たちにもクラリッサが無理をしているのがわかった。

 話を聞いただけだが、シークとクラリッサがかなり親しいのは分かったし、だからこそ彼女が相当ショックを受けているのは想像に易い。

 

 彼女のためにもシークを捜し出す。それが出来ずとも、彼が何を企んでいるのか、あの力は何なのか。

 それを明らかにすると決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドイツ空港

 

 千冬が飛行機から降りロビーに向かうと、ラウラとクラリッサが待っていた。

 

「織斑先生。お疲れ様です」

「いや、二人とも態々すまないな」

「お気になさらず。すぐに向かいますか?」

「あぁ、頼む」

 

早速、車に乗り込み目的地へ向かう。

 

「…ハルフォーフは、どうやってあいつと知り合ったのだ?」

「どうやって、とは?」

「あぁいや、大学の外部講師だったあいつとお前との接点が見当たらなくてな」

「そういうことでしたか。本当に偶然だったんですよ。彼の読んでいた本が気になったのが切欠ですね」

「読んでいた本?」

 

 クラリッサの趣味をよく知っている千冬とラウラは訝しむ。

 日本の少女漫画に始まり、そこからラノベやゲーム等にのめりこんでいる。そんな彼女が気になると言うのはほぼ間違いなくそっち系統のもの。

 シークがその類のものを読むのだろうか?真面目な顔で漫画を読んでいたらそれはそれでギャップがあるのだろうが、残念ながらそんな姿は全く想像できない。

 

「お二人が思っているような本ではありませんよ?」

「では、いったい…」

「錬金術です」

「何だと?たしかにお前なら興味は惹かれるだろうが、あいつがそんなオカルト染みたものを…?」

「本人もそう言ってました。まぁとにかく、それが切欠ですね。行動範囲が同じだったのか、休暇で出かけるたびに会っていました」

「「……」」

 

 出会いの話をするクラリッサの嬉しさと悲しさの混ざった表情を見て、二人はなんとも言えない気持ちになる。

 そのまま無言の状態で目的地に到着した。

 

「着きました。ここです」

 

 住宅街から少し離れた閑静な場所。

 そこに一軒だけ建っている少し大きめの家。

 当然、鍵はかかっているのだが…。

 

「今開けますね」

「…鍵を持っているのか?」

「いえ、ピッキングです。アニメの主人公がやっていたのでちょっと覚えてみました」

「…趣味もここまで来ると恐ろしいな…」

 

 手際がよく、すぐに鍵は開いた。

 

「キレイに片付いているな」

「しっかりしてる人ですから」

「…」

 

 私とは大違いだ、千冬はその言葉を飲み込む。

 世間から超人だ何だと言われる自身が片付けが出来ないなどと言うのは、色々なプライドが許さない。

 

「手がかりとは言ったがどこから手をつければいいのか…」

「…軽く見回しただけですけど、特にめぼしいものはありませんね」

 

 本は多いが、一般人の生活の代表のような家だ。

 部屋を物色しても何もなく、無駄足に終わるかと思い始める。

 そして残るは一部屋。

 

「ここで最後ですね」

「中は本ばかり…書斎のようだな」

「ほとんどが学術書ですね」

 

 シークの専門の哲学を筆頭とし、物理学、生物学、歴史学、天文学etc...

 その他にも錬金術関連の本、神話や伝承まである。

 そして机の上のメモ書や数式や様々な図形の描かれた大量の紙。

 書斎と言うよりはまるで、

 

「研究室のようだな…」

「我々だけでは何もわかりませんね…」

「…一人だけ知っている。適任な人物をな」

「…篠ノ之博士、ですか」

「そうだ」

「私から電話をかければすぐ来るだろう。気は進まないがな」

「では我々は外で待機したほうがいいですね」

「そうですね。彼女の性格を考えればそうしたほうがいいでしょう」

「あぁ、すまないな」

 

 たしかに、かの天災なら理解できるだろう。というより彼女以外に適任はいない。

 世界中が探している人物を電話一本で呼び寄せられるのは千冬とこの場にはいない箒くらいだろう。

 電話を掛けるとワンコールしないうちに出る。

 

『やぁ!ちーちゃんから掛けてくるなんて珍しいね!束さん嬉しいよ!』

「今私が居るところまですぐ来れるか?」

『本当に珍しいね!ちーちゃんが会いたいなんて―――』

「シークについて調べている」

『…わかったすぐ行くね』

 

 臨海学校の時もそうだったが、束はシークの事になるとふざけた雰囲気が無くなるのは、それほど気に入っているのか別の何かがあるのか。

 千冬には知る由もないが、本人がやる気なら問題ない。

 

 電話を切ってから5分しないうちに束が現れた。

 

「おー、ここがシーくんのお家か!おじゃましまーす!」

「来たか。早速で悪いがこれを見てくれ」

「んーなになにー?……ほうほう」

 

 部屋に案内された束は、机の上を興味深そうに見る。

 

「ふむふむ……これは…なるほどねぇ…」

「どうだ?何か分かったか?」

「…これだけじゃ足りないね」

「足りない?」

「別にこれだけでも意味はあるんだけど、あくまでもこれはパーツだね」

「…つまり暗号のようなもの、ということか?」

「そ。多分この部屋のもので十分だろうけど。ちーちゃん」

「…全部持っていけるか?いけるな。場所は用意する」

「さっすがちーちゃん!以心伝心だね!」

 

 ISの量子変換を応用した束特製の収納BOXで部屋中の資料となるもの全てをしまう。

 千冬はIS学園の学園長に電話し、事情を説明する。

 

「というわけですが、お願いできますか?」

『わかりました、すぐに用意しましょう。それとIS委員会にも事情を話しておきます。後でとやかく言われたくはないですからねぇ』

「ありがとうございます」

 

 そして千冬は待機している二人にも事情を説明し先に学園へ帰り、束はお手製のステルス装置で誰にも気付かれずに学園へ向かう。

 残る二人は軍に戻り事の説明、篠ノ之博士がIS学園でシークに関して調べる事とそれについて学園ひいてはIS委員会のほうからも説明される旨を話し、ラウラは専用機の整備が終わり次第学園に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園が用意した秘密の部屋で、束は持ってきたものの他に端末でシークの論文も探し、本格的に作業を開始する。

 しかし、

 

「…改めてみても、これはちょっと大変だなぁ」

 

 天災たる束が大変だと言うのは何故か。

 それは単純に数の多さ。

 いくらISを開発できるほどの頭脳があろうと、興味のないことは知らない。それでも並の専門家以上の知識はあるが、ここにあるのは並の専門家を凌駕するシークのものだけだ。

 それに加え、数式や図形やメモに書かれている文字。

 ドイツ語はもちろん英語や日本語、ロシア語やヒンディー語、更にはラテン語やサンスクリット語まで。世界中の言語が使われており中には束の見たことのない、おそらくシーク独自で考えたものもあり、それらを翻訳しなければならない。

 ただでさえ面倒なものを更に面倒にしているのだから、束でなければ一瞬で投げ出しているだろう。

 

「でもまぁ、シーくんに近づくためだもんね!」

 

 途方もない道程だが、やらないという選択肢はない。

 千冬に頼まれたとかお気に入りに近づくためというのはもちろん、天()としてのプライドがある。

 

 シークの解明を束に任せた千冬は一夏に電話をしていた。

 

「一夏。すぐ学園に戻ってこい」

『え、なんでだよ?』

「お前を鍛えるためだ」

『た、確かに俺はまだまだだと思うけどさ…』

「零落白夜ならシークの攻撃を防げるのはわかっているだろう?ならばヤツに一番対抗できるお前はすぐにでも強く成らなければならない」

『…わかった。明日からでもいいか?』

「…いいだろう。しっかり備えろよ」

『わかった。それじゃあな』

「あぁ」

 

 通話を切り、次は他の専用機持ちたちに同じ連絡を、シークを相手に出来るように特訓する旨を話す。もちろん一夏も一緒ということを伝えて。

 この夏休みの間なら生徒が少ないこともあり、自信が直接指導しやすくなるのでやるなら今しかない。

 次にシークと事を構える時はさらに手強くなっているかもしれない。出来ることは出来るうちにやっておかなければいずれ手遅れになる。それに専用機、とくに一夏はISだけでなく本人も狙われているのだから実力をつけておくにこしたことはない。

 

 

 

 だがここで誰も想定していない懸念がある。

 それはシークの目的や力がわかったとしても対抗策が無い可能性があるということ、もしくはわかったころには既に手遅れとなっている可能性があるということを。

 

 

 

 世界の終わりは、決戦の時は近い。

 

 

 

 

 



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第16話

 あけましておめでとうございます。

 お待たせして申し訳ありません。
 断じて展開に詰まったとか、サボってたとかではないです。はい。

 そして亡国機業が完全に空気だった()

 今回は短めです。


 

 IS学園、第1アリーナ。

 そこで生徒会長の更識楯無と織斑一夏が戦っている。

 

「うおぉぉぉぉ!」

「よっと♪」

 

 一夏が斬りかかるが簡単に躱され、勢いよく突っ込んだのですぐには止まれない。

 そのがら空きになった背中をランスで突かれるが、身を翻し辛うじて回避する。だがそのせいで体勢が崩れ、連続で放たれる突きが立て直しを許さない。

 みるみるSEが削られていき焦りが出てくる。すると一瞬だけ攻撃が緩み、その隙をついて一度離脱する。

 だが、

 

「あら、逃げられちゃった。でも残念♪」

「何を―――!?」

 

 一夏の周りで爆発が起こり、防御体勢が出来ていなかったこともありSEが0になる。

 ナノマシンによる水蒸気爆発”清き熱情(クリア・パッション)”だ。

 

「くそ、また勝てなかった…!」

「動きは大分マシになってきたけどまだまだね」

 

 一夏たち専用機持ちが特訓を始めて3日が経った。

 ひたすら模擬戦を繰り返し、見つかった反省点を意識しながらまた模擬戦。基本は楯無がコーチをし、千冬と山田は都合がつけばそれぞれブレードの扱いや銃火器の扱いを教えている。

 代表候補生はそれなりの地盤があり、動きがちゃんと良くなっていくのだが問題は一夏と箒の二人。

 

「一夏君は動きのキレは良くなってきてるんだけど…」

「その突っ込み癖を直せ。直線的な動きでは簡単に見切られると何度言ったらわかる。それと戦闘中は常に冷静でいろ」

「焦るのは分かるけど、そういう時に慌てて動くと簡単に罠に嵌るわよ、さっきみたいに」

「え?じゃあ一瞬攻撃が緩んだのも」

「わざとよ。案の定、見事にだまされて大技くらったってこと♪」

 

 一夏はとにかく最短距離で突撃する癖があり、余程の素人が相手では無い限り簡単に避けられる。そして攻撃が当たらない焦りのせいですぐに旗色が悪くなってしまう。

 

「そして篠ノ之もだ」

「私もですか!?」

「箒ちゃんは剣道で全国優勝しただけあって攻撃の鋭さは十分あるわ。でも」

「一夏と、特に篠ノ之は正々堂々に拘りすぎている。武士道、騎士道は結構だが相手は違うのだぞ?」

 

 箒は攻撃自体は十分通用するのだが搦手に弱い。自分はやらないからと、相手のブラフに引っかかったり思わぬ攻撃でやられやすい。

 そして二人とも、真っ直ぐな性格なのでそれが戦闘にも出てる。

 所謂、”正面からぶつかり合おうぜ”タイプなのだ。

 

「要はもっと攻撃を工夫しなさいってことよ。一夏君は多用は出来ないけど、雪羅の荷電粒子砲をチラつかせれば相手は下がりにくくなるし、箒ちゃんは雨月と空裂をこっそり持ち替えて相手を混乱させたり。ほらどっちも同じ見た目だし」

「搦め手というほどではないが、あの時の戦いでシークはやっていただろう」

 

 話を聞いていた全員が福音戦を思い出す。

 自分たちの上から海面に向かって撃ったエネルギー弾。攻撃の爆発とその衝撃でできた水飛沫の気化による水蒸気爆発の二重攻撃、そしてそれによる目晦ましの二段構え。事実、あの時に一夏が来なければ誰か墜とされていた。

 

「今思い返してみてもやっぱり反則よ。普通に強いのに更に頭もキレるし…」

「たしか、篠ノ之博士がシーク先生の資料の解読をしてるんですよね?」

「そうだ。一筋縄ではいかないと言っていたがな」

「…もしかして、博士以上の頭脳だったりして…」

 

 シャルロットがポツリと呟いた一言に誰も意義を唱えない。全員がそう思っているから。

 そもそもISの知識をたった10日で教えられるまでに憶えられ、幾つもの分野で一番の専門家と言われる程の人物は普通ではない。独自の言語を編み出すなど最早変態の領域だ。

 

「わかったか?これから立ちはだかるかもしれないのはそんなヤツなんだ。勝ち方に拘る前にまず勝てる程度の実力を身に付けろ」

「…わかりました」

「わかったぜ」

 

 特訓を再開する一同。

 彼女達を見ながら千冬は考え込む。何となく胸騒ぎがするのだ。

 あのシークが自身の研究成果であろうもの、その一部を自室に置いておくだろうか?簡単には解読できないようにされてはいたが、時間をかければいつかは分かる。

 罠か、あるいは知られても全く問題のないものか。どちらにせよ手掛かりが他にない以上どうしようもないが。

 国際IS委員会は、束が動いているなら結果を聞いてからにしようと完全に待ちの姿勢をとっている。

 福音事件の直後に起きた異常現象を最後に、世界では特に騒ぎになるようなことは起きていない。

 まるで嵐の前の静けさのようだが、

 

「今悩んだ所で仕方がない、か…」

 

 束は休まずに解読を続けている。

 ならば自分は出来ることを、時間の許す限り彼女達を強くするしかない。

 

「無闇に突っ込むなと言ってるだろう!何度言えばわかる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今頃は俺の残した物を解読しているところだな」

 

 とある施設の中で誰に聞かせるでもなく一人呟く男。

 その周りには死体が転がっており、床や壁、天井は今にも崩れそうなほどボロボロ。その様相はいつかのテロリストのアジトを想起させるほどの凄惨さである。

 

 ここは亡国機業の本拠点。

 行方知れずのシークは計画を完成させるにあたって一番の不安要素であるこの組織を潰して回っていたのだ。

 テロリストである以上、何をやらかしても不思議ではない。世界中の核ミサイルを発射されでもしたら自身の目的が一気に遠ざかる。

 それにこれほどの規模の組織が壊滅したと知れれば、裏の関係者は少なくとも動きが慎重になる。

 故に、やらかされる前に先に消してしまおうと判断した。

 

 しかし、各国が手を焼いていた程の亡国機業の拠点をどうやって見つけたのか。

 その方法は然程難しいものではない。

 見知らぬ土地で見知らぬ目的地へ辿り着く為に、地図を開き現在位置から行ける場所を全部訪れればいつかは辿り着く。

 

 しらみつぶし、である。

 

 北は北極、南は南極、上はエベレスト、下はマリアナ海溝まで。

 本来なら入念な下調べと準備、そして時間が必要だがシークにはそんなもの必要無い。座標さえ分かればその身一つで何所へでも一瞬で行ける。

 

 そうして拠点を探し出しては潰し、また探し出しては潰し。それを繰り返して漸くこの本拠点にたどり着き、つい先程殲滅を完了した。

 玩具が何機かいたがそのどれもが瞬殺。あの三つ巴の戦いから更に研鑽を積んだ自身の前では、どれほど性能が良かろうが操縦者の技量が高かろうが、少しの脅威にもならない。

 

 各地に仕組んだ術式が完全に馴染むまで時間の問題。

 そして…。

 

「計画はまもなく成就する…」

 

 世界の終わりまで、残り時間350。

 

 

 

 

 




 亡国機業は犠牲になったのだ…話の都合のな…。

 ・残り時間を100時間から350時間に修正


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