山道から滑落して出会ったのは、超絶イケメンの精霊でした。そして彼の思惑を知らないまま、俺は日本とは違う世界で生きていくことになりました。 (白田まろん)
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プロローグ
プロローグ
「あ……あっ……」
突然木の影から飛び出してきた少女が、俺の姿に気づいてへなへなと腰を落とす。その表情には恐怖と絶望が入り交じっているように見えた。着ている物はあちこちが裂けてボロボロで、太股は付け根の辺りまで露出している。かなり
「なんだ、どうした?」
「もう、おしまい……」
「おしまい?」
そこへ突然、2人の男が現れた。彼らは
「
「オスは固くて
「そうだな。おい、人族のオス!」
「俺?」
「他に誰がいる! よく聞け、そのエルフは俺たちが最初に見つけた俺たちの獲物だ」
「エルフだと?」
世界樹の精霊、グッジョブだ。まさかこんなにすぐに出会えるとは。
改めて少女をよく見ると、確かに彼女の耳は長くて尖っている。腰まで届くシルバーブロンドのサラサラした髪に、大きな緑色の瞳も印象的だ。小柄で四肢は細く腰は
胸は軽く膨らみが分かる程度の大きさだが、正直27年間生きてきた中で、これほどの美少女にはお目にかかったことがなかった。
「大人しく渡せ。背中の荷物も置いていけ。そうすればアンタは見逃してやるよ」
「ああ? このリュックのことか?」
「人族の道具は出来がいいからな。こりゃ儲けモンだぜ」
エルフも初見だったが、男たちの姿も同様に初見だった。彼らも物語で出てくるようなゴブリンそのものだったのである。背が低く、デカい鼻にずる賢そうな顔つきは醜悪そのものだ。悪名高いゴブリンとエルフの少女なら当然、味方すべきは少女の方だろう。
「断る、と言ったら?」
「人族がたった1人で俺たちに逆らうだと?」
「ちょうどいい、日頃の恨みを晴らさせてもらおうぜ!」
「お前たちから恨みを買った覚えはないぞ」
「うるせぇ! 人族は1人じゃ弱いクセに、集団で俺たちの仲間を捕らえて殺しまくってるじゃねえか!」
人族もひでぇな。
「まあしかし、お前たちの要求は聞けない」
「愚かな人間だ。やっちまえ!」
呆気に取られる少女の目の前を通過して、ゴブリン男の1人が鉈を振り上げて襲いかかってきた。いい機会だ。少々不安もあったが、俺は自分に与えられた力を試してみることにした。これまでのことが全て夢ならやられた瞬間に目覚めるだろうし、現実ならゴブリンごときに負けることはないはずである。
果たして、それは夢ではなかったようだ。俺の目にはゴブリンの動きはえらく緩慢に映り、次の瞬間には右手の人差し指と中指で、鉈を挟んでいたのである。1度やってみたかったんだよね、こういうの。
「ふむ。どうやらアイツの話は本当だったらしいな」
「な、何をごちゃごちゃと!」
ゴブリンは俺に封じられた鉈を引き抜こうとしているようだが、ビクともしない。彼の肌は元々緑色だから変化は感じられなかったが、冷や汗をかいていることだけは分かった気がする。
「死にやがれ!」
そこにもう1人のゴブリンが、横から鉈を振るってきた。そのまま受ければ俺の脇腹を切り裂く剣筋だ。しかし俺は、たった今指で挟んだ鉈を持ち主のゴブリンごと叩き込んでやった。
「ぎゃっ!」
あまり力を入れたつもりはなかったが、2人は5メートルくらい吹っ飛んで折り重なっている。
「俺を殺そうとしたということは、自分たちも死ぬ覚悟が出来ていると考えていいんだよな?」
「なん……だと……?」
使ったのは身体を強化する魔法だ。アイツの言葉通り、魔法は頭で考えて結果をイメージするだけで発動した。呪文の詠唱なんか必要ないようだ。
そしてゴブリン族は、魔法を極端に恐れるとも聞いた。
「ま、まさか人族じゃなくて魔法使い……?」
「いや、人族で間違いない。ただし、魔法は使えるようだがな」
「ひ、ひぃっ!」
鉈を捨てて逃げ出すゴブリン男たち。だがその直後、彼らの全身は炎に包まれる。
「あ、アチぃっ!」
「アチチッ、アチぃ、助けてくれ!」
ゴブリン2人はたまらずその場に倒れて転げ回っていた。ところが、そんな様子をエルフの少女はキョトンとして眺めている。
「もう大丈夫だ。立てるか?」
努めて優しく微笑みながら手を差し伸べたが、彼女は恐怖を感じているのかビクッと体を震わせた。そしておそるおそる苦しむゴブリンたちを指さす。
「あ、あの、あれは……?」
「ああ、奴らは
「燃えて? でも火なんてどこにも……」
「自分が燃えている夢を見ているのさ」
「え?」
やがてのたうち回っていたゴブリンたちは静かになり、ピクリとも動かなくなった。脳が自ら焼死したと判断したのだろう。俺が奴らに放ったのは火の魔法だ。ただしリアルな熱や痛みと、炎に包まれるイメージを直接脳に送り込んだに過ぎない。つまり実際のゴブリンたちは全くの無傷というわけである。
『魔物を倒して売ればお金になります』
あの精霊、確かイグドーラと名乗ったような気がしたが、彼はそう教えてくれた。中でもゴブリン族は特に凶暴で、人族はもちろん、他の種族たちからも忌み嫌われているそうだ。だから倒せば報酬がもらえるし、状態のいい死体はより高値で引き取ってもらえると聞いた。
あまり感心できる趣味とは思えないが、剥製にして自分の力を誇示するために飾る金持ちもいるらしい。
「も、もしかして私も……!」
「うん?」
「私も、拷問されて殺されるのでしょうか……」
「は?」
少女のか細く小さな体はさらに大きく震えだし、大粒の涙が頬を伝う。そして――
「お願いです! 殺すなら……殺すならどうかひと思いに……! 獣のエサにはしないで下さい!」
「いや、あのさ……」
どうやら彼女は、俺を異種族狩りにやってきた人族の仲間だとでも思っているようだ。それでさっきから、こんな風に怯えたり絶望したりしているというわけか。
「安心してくれ。俺は君を痛めつけたり殺したりはしないから」
「でも……」
「う〜ん、信じられなければ無理に信じろとは言わないけど、1つだけ頼みを聞いてほしいんだ」
「た、頼み、ですか?」
「うん、そう」
「痛く……ありませんか?」
「痛く? ないない。どこか近くの町まで案内してほしいだけだよ」
「町まで……そこで私を売り飛ばすつもりなんじゃ……」
「町の入り口が見えるところまで送ってくれたら帰っていいから」
「本当に、それだけですか?」
「約束するよ」
こんな美少女、しかもエルフとすぐに別れてしまうのは惜しい気もしたが、向こうが俺のことを怖がっている以上は仕方がない。そう思って改めて手を差し出したところで、彼女のお腹から空腹を知らせる可愛らしい音が聞こえたのだった。
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第1章 イケメン精霊と美少女エルフ
第1話 超絶イケメンが現れた
山の天気は変わりやすい、というのは一般的に知られた事実だろう。しかしそれはそこそこの標高がある山のことで、俺が今いる標高1000mにも満たない山は、平地と同じような天気の移り変わりと考えてまず問題ない。
俺は
「いい天気だな。それに空気もひんやりしていて気持ちがいい」
20日間、朝から深夜まで働いてようやく取れた休みが今日1日だけって、どんだけブラックなんだよ。残業もほとんどつかないし、このままじゃ俺、本当に過労死しちまうんじゃないだろうか。
それでも、疲れがたまった体を引きずって山に登るのは、この空気に触れたいからだ。平日だから他人ともほとんどすれ違わないし、絶景ポイントだってある。これらを全て独り占めできる充足感は、分からない人には永遠に分からないだろう。
そんな気分に浸りながら歩いていた時だった。何か光る物が目の前を通り過ぎたように感じたのである。しかもそれは視界を覆い尽くすほど巨大だった。だが、辺りを見回してもそんな物はどこにもない。
「気のせいか。疲れてるしな」
そう呟いて再び歩き始めたその時、踏み出した俺の足は地面を捕らえることが出来なかった。
本格的な険しい登山道を歩いていたわけではない。さすがに舗装はされてないが、きちんと整備されて転落防止用のロープも張られているような道である。なのに俺はいきなり足を踏み外し、恐ろしい速度で滑落してしまったのだ。まるで足元の道が忽然と消えてなくなった、そんな感覚だった。
気がつくとそこは、うっそうと木が生い茂る森の中のような場所だった。あれだけ急な速度で滑落したのに、ほぼ無傷だったのは奇跡としか言いようがない。背中のリュックも無事のようだし、スマホのマップ機能を使えばどちらに行けばいいかすぐに分かるだろう。
ところがここでまた問題が発生した。マップが表示されないのである。よく見ると圏外だ。GPSも機能していないように見える。これは困ったぞ。自分がどこにいるのか分からない。しかも圏外だから電話やメッセージで助けを呼ぶことも出来ないときた。
それでも高い山に登っていたわけではないから、闇雲に歩いたとしても遭難することはないだろう。むしろその内県道とか国道に出られる可能性の方が高い。
「仕方ない、とりあえず行ってみるか」
それから1時間ほど歩いただろうか。だが、一向に森を出られる気配はなかった。それどころかどんどん深くなっているような気がする。
「まさか本当に遭難した……なんてな」
幸いリュックの中にはまだ食べ物も飲み物も十分に入っていた。山歩きした後に帰ってから晩飯を作るのが面倒だったので、夜食う分までコンビニで買っておいたからだ。というわけで、万が一今日はこのまま迷って夜になっても食料に困ることはない。そして帰宅が明日になっても夜勤の予定だし、最悪夕方までに帰れれば仕事に穴を空けることもないだろう。
そんなことを考えながらさらに歩き続けていると、小さな池の
「写真でも撮っておくか」
職場で見せてやろう。そんな軽い気持ちだった。この時の俺はまだ、自分が本当に帰れないなんて思ってもいなかったのである。
◆◇◆◇
『貴方はそこで何をされているのですか?』
涼しげな男性の声に振り向いたが、誰もいない。おかしい。確かに声が聞こえたのだが、まさか幻聴が聞こえるほど疲労しているということなのだろうか。これは少し体を休めた方がよさそうだ。そう思って再び正面を向くと、そこに立っていたのはどうやら声の主らしかった。
「うわっ!」
どこから現れたんだ、コイツ。まさか幽霊とかじゃないだろうな。それにしてもえらいイケメンだ。肌は白く、そこにまた輝くような白いローブを纏っている。少々面長で髪と眉は金、瞳はブルーときたもんだ。天使、と言われれば信じてしまいそうなほど清潔感にも溢れている。
『ふむ。天使ではありませんが、似たようなものかも知れません』
「えっ!? 俺はまだ何も言ってないぞ」
『貴方の思考を読み取らせて頂きました。私の言葉も、貴方の頭の中に直接届けているのですよ』
「思考? 直接頭の中に……?」
『それより、どうやら巻き込んでしまったようで申し訳ありません』
「は?」
『貴方は2193
「2千……何だって?」
『世界樹の悪い虫が湧いた枝を切っていたのですが、誤って実に傷を付けてしまったようです』
何のことだよ。世界樹って言ったか。それは聞いたことがあるが、神話か何かの架空の木だったはずだ。
『架空の木ではありません。あそこに見えているのが世界樹の枝です』
彼は池の中央の大木を指さして言った。てかあれ、木の幹じゃなくて枝なのか。
『枝の比較的先端の部分ですよ』
「あれで先端かよ……」
『さらにそこから伸びた小枝の中に、悪い虫が湧いたものがありましてね。それを切り落とそうとして、貴方の住んでいた実に傷を……』
「待ってくれ。さっきから実とか傷とか、言っている意味がさっぱり分からないんだが」
『これは失礼致しました。少々お待ち下さい。知識レベルを確認させて頂きますので』
言うと彼はいきなり俺の頭を抱きしめた。っておい、俺にそんな趣味はねえぞ。だけど何だかいい匂いがするし心地いい。新たな境地に目覚めてしまいそうだよ。て、そんなわけあるか。だが、その至福の時間はすぐに終わってしまった。
『ふむ、そういうことでしたか』
「何がだよ」
『ではご説明致しますので……お顔が赤いようですが、何かありましたか?』
「な、何でもねえよ!」
『まあいいでしょう。気持ちを落ち着けて、そちらに座ってお聞き下さい』
彼は言いながら俺の背後を指し示す。そこにはいつの間にか、公園によくありそうな木製のベンチが現れていた。さっきまでそんなものなかったのに。
『ではまず、とその前に』
「うん?」
『私も、そんな趣味はありませんよ』
そう言って微笑むイケメンを、俺は本気で殴ってやりたいと思うのだった。
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